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精神科医としての癌への関わり
精神科医としての癌への関わり ー緩和ケアに本当に精神科医は必要なのかー 倉敷中央病院 精神科 土田和生 精神腫瘍学について 精神腫瘍学とは がんの精神に対する影響、精神のがんに対 する影響など、精神と腫瘍のあいだの相互 作用を研究する学問領域。 がん治療の進歩による生存率の向上、イン フォームド・コンセントやQOLを重視する 傾向の強まり、死についての議論の活発化 などを背景に登場した。 病院によっては、精神腫瘍科を名乗ること もある。(この名称については否定も肯定 もしませんが・・・。) 精神腫瘍学のテーマ ①病名告知の問題 ②インフォームド・コンセントに伴う患者心理の問題 ③患者はどの程度の検査・治療に耐えられるか ④がんによる症状性精神病 ⑤疼痛・嘔気・嘔吐・食欲低下などの苦痛に対する緩和ケア ⑥終末期の医療とケア ⑦ホスピス ⑧子どもや女性のがんの特殊性 ⑨がん患者の家族をめぐる種々の問題 ⑩医師や看護師のストレスおよびその予防 ⑪医療スタッフと患者・家族とのあいだの心理的関係の問題 ⑫精神神経免疫学 浅井昌弘: 新版精神医学事典 1993 「精神腫瘍学」に対する葛藤 多くの先達たちの努力により、開拓された新しい診療分野 であることは間違いない。 例1)緩和ケア研修会(PEACE) 例2)緩和ケアチームへの精神科医参加必須条件 ある意味、総合病院に勤務する精神科医にとってのアイデ ンティティの一つ。精神腫瘍医(サイコオンコロジスト) と名乗る精神科医もいる。 上記のような意義は認めるものの、例えば緩和ケア研修会 での精神腫瘍学分野の講義などは、実態としては精神病理 学の一部を切り取って焼き直したに過ぎない。 難解な理論ではなく、実際に使える形に翻訳したという意 味では、その功績を否定するものではないが・・・。 そもそも実際にがん告知などしない精神科医の話に説得力 があるのか? 「精神腫瘍学」に対する葛藤 がん治療において「精神面の医療」が必要なことは 明白である。 しかし、そこに精神科医として興味を持てるかどう かは別の問題である。 正直なところ、精神腫瘍科というのは、迷走する総 合病院精神科のアイデンティティの一つとして、こ こに活路を見出そうと、自分を納得させているよう なところがあるのではないのか。 果たして、緩和ケアにおける「精神面の医療」に精 神科医は本当に必要なのか? 死の過程の諸段階と防衛機制 死の過程の諸段階 段階 1 2 3 4 5 希望 受 容 虚脱 抑うつ 取り引き 準備的悲嘆 怒り 否認 衝撃 部分的否認 致命的疾患の自覚 時間→ E. キューブラー・ロス: 死 死ぬ瞬間 2001 死にゆく過程を考える意味 死にゆく過程に一定の段階など存在しない。人は生 きてきたように死を迎える。(Schneidman) 日本人の死にゆく患者の心理プロセスとして、病状 に対して疑念から不安になってもいろいろな理由で 病気について尋ねない人が多く、うつ状態からあき らめへの経過をとることが多い。(柏木) 大島彰: 心身医学標準テキスト 2002 以上のように、死にゆく過程に決まった段階がある かどうかは別として、終末期の患者そしてその患者 の家族の心理状態を考えるため、防衛機制という概 念を知っておくことは意味がある。 希望 いわゆるキューブラー・ロスの5段階とよば れる終末期患者の心理過程とは、防衛機制 といわれるものであり、極度に困難な状況 に対処するために人間に備わった心理的メ カニズムである。 すなわち防衛機制は必要なものなのである。 これらの5段階に最初から最期まで存在する 防衛機制が希望である。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 希望を持つこと それが現実的なものであれ非現実的なもの であれ、希望をもたせてくれる医師を患者 は最も信頼していた。 悪い知らせを伝えながらも同時に希望を与 えてくれた医師に患者は感謝していた。 医師も患者とともに、予測できない何か良 いことが起こるかもしれないといった希望 を持つべきである。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 否認 否認は不快で苦痛に満ちた状況に対する健 康的な対処法である。 患者は否認によって自分を落ち着かせ、時 間が経つにつれて、別のもっと穏やかな自 己防衛法を用いるようになる。 もし否認を最後まで持ち続けたとしても、 それで余計に苦痛が増すということはない だろう。 否認はいつでもどんな患者にも必要なもの であり、重い病気の終末期よりむしろ初期 に必要と考えられている。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 怒り 自分が死ななければならないのに、他の人 たちが健康で生きていられるという事実に 対する憤り。怒りは神などの絶対者に向け られる。 自分を患者の立場に置いて、この怒りがど こから来るのか考えられる人がほとんどい ない。 これまでの人生のすべてを自分でコント ロールしてきた人が、そのコントロールを あきらめざるをえなくなったとき、激しい 怒りが出現することがある。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 取り引き 取り引きの相手は神などの絶対者であり、 願いごとは延命であったり、身体的苦痛の 緩和であったりする。 あまり目立たないが、これも防衛機制のひ とつであり、患者にとって助けになること に変わりはない。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 抑うつ(2種類) 反応的抑うつ:過去に対する悔恨 1. 「もっと早く病院に来ればよかった」「これまで酒・た ばこをやりすぎたのが悪かった」など、過去に遡っての 後悔。 2. 物事の悪い面ばかりにとらわれて、いわゆるマイナス思 考に陥る。 3. 認知の歪みの是正(良い面をみる)ことが治療的になる。 準備的抑うつ:未来に対する不安 1. 2. 3. 自分の死を受容するための抑うつ。 物事の良い面をみるようにと患者を励ますことは、もう すぐ死ぬことについて考えるなと言っているようなもの である。 この時期に見舞客が来て元気づけようとすれば、患者の 心の準備が整うどころか、かえって乱されてしまうこと になる。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 受容 患者はある程度の期待は持って、最期の時 が近づくのを静観するようになる。受容と は感情がほとんど欠落した状態である。 幸福な段階と誤認してはならない。患者自 身よりもその家族に、多くの助けと理解と 支えが必要になる。 まわりに対する関心も薄れ、面会者が訪れ ることも望まなくなる。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 受容の時期のコミュニケーション 患者とのコミュニケーションは言葉を使わ ないものになっていく。 私たちがそばにいるだけで、患者は最後ま で近くにいてくれるのだと確信する。 何も言わなくてもかまわないということを 患者に知らせるだけでよい。それだけで患 者はもう何も話さなくても孤独ではないと いう確信を取り戻す。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 がん患者の適応障害とうつ病 がん患者の適応障害 適応障害:うつ病の診断基準を満たすまでには至ら ない抑うつ状態と不安状態を主とする気分の障害。 日常生活や社会活動に支障をきたしているが、正常 反応と厳密に区別できない。 がん患者が呈する精神神経症状の中で最も頻度が高 い。 患者の家族の反応としても最も頻度が高い。 小山敦子 心身医 54(1): 2014 治療としては精神療法が主となる。 薬物を用いるなら、抗不安薬が無難。 がん患者のうつ病 適応障害とうつ病をあわせると、がんの種類や病期にか かわらず、がん患者の15-25%の有病率。 うつ病のみでは5-10%とされている。 QOLの全般性低下、生存期間、がん治療に対するアド ヒアランスの低下、家族の精神的負担の増大、入院期間 の長期化、希死念慮、自殺などに影響する。 明智龍男 心身医 54(1): 2014 重症度の高いうつ病であれば、抗うつ薬の効果は偽薬に 優る。 Foumier JC, et al. JAMA : 2010 治療としては、軽症であれば精神療法と抗不安薬でよい。 中等症から重症で、初めて抗うつ薬の使用を検討する。 抗がん剤と抗うつ薬の併用 CYP2D6で代謝(tamoxifen) パキシルは併用しない。 CYP3A4で代謝(docetaxel paclitaxel etoposide irinotecan gefitinib erlotinib crizotinibなど) パキシル・デプロメール・ジェイゾロフトは併用注意。 P糖タンパク質基質(docetaxel paclitaxel etoposide irinotecan adriamycin vinorelbineなど) パキシル・ジェイゾロフトは併用注意。 薬物相互作用から考えると、レクサプロ・トレドミン・レ メロンなどが使いやすい。 明智龍男 心身医 54(1): 2014 がん患者の適応障害とうつ病への対応 ーまとめー まずは診断をつけること。 どんな場合でも必要なのは、いわゆる精神療法・心 理療法。 軽症であれば、抗うつ薬は役に立たない。それどこ ろか不快な副作用が出現するだけ。ということは、 まず投与するのは、普段よく使う抗不安薬(エチゾ ラム・ワイパックス・メイラックスなど)。 結語:診断と精神療法・心理療法さえ何とかすれば、 薬物療法にコツはいらないのだから、がん患者の適 応障害・うつ病の診療に、8割方精神科医は必要ない のではないか。 8割方、精神科医に頼らずに済むために 適応障害とうつ病のスクリーニング方法 精神療法・心理療法の心構え これから以上についてお話しします がん患者の適応障害とうつ病のスクリーニング つらさと支障の寒暖計: 適応障害:つらさ4点以上かつ支障が3点以上。 うつ病:つらさ5点以上かつ支障が4点以上。 希死念慮:つらさ5点以上かつ支障が5点以上。 猪口浩伸 心身医 54(1): 2014 がん情報サービス ganjoho.jp うつ病のスクリーニング2質問法 1.抑うつ気分 「気分が沈んだり、憂うつな気持ちになったりすることが よくありましたか?」 「悲しくなったり、落ち込んだりすることはあります か?」 2.興味または喜びの消失 「どうしても物事に興味がわかない、あるいは心から楽し めない感じがよくありましたか?」 どちらかが肯定であれば、うつ病を疑う。 Whooley MA. et al. :Case-finding instruments for depression. J Gen Intern Med 1997; 12 がん患者の適応障害とうつ病のスクリーニング スクリーニングツールの性能: うつ状態であるかどうかをスクリーニングするだけ であれば、2質問法は簡便で有効である。 ツール 感度(%) 特異度(%) つらさと支障の 寒暖計 82 82 2質問法 100 79 猪口浩伸 心身医 54(1): 2014 がん患者に必要な精神療法・心理療法 診断告知からまもない時期(混乱の時期) 危機介入:支持的態度を基本として、傾聴しながら感情表 出を促してカタルシスに導く。 フォローアップ期(再発への不安と自己像の変化に対する 葛藤の時期) 支持的アプローチで、再発への不安は受容しつつも、これ までの職業生活や趣味などを語ってもらい、病者である以 外のアイデンティティのありようを意識させる。 進行・終末期(否認と怒りの時期) 精神的苦痛(死ぬのが怖い)、スピリチュアルな苦痛(死 んでも死にきれない)への対応。物語り療法やディグニ ティセラピーなど。 岡島美朗 精神科リュミエール24 サイコオンコロジー: 2010 精神療法における心得 抱える環境のはた らきとは、主に、 患者の力を「引き 出す」「妨げない」 ということである。 精神療法における 技法とは異物のこ とである。 異物のはたらきは、 平衡状態への揺さ ぶりをかける刺激 役であり、一種の 必要悪である。 神田橋條治 精神療法面接のコツ: 1990 ロジャースの3原則 受容:患者に対して真剣な関心をもつこと。決して、 無関心、冷淡、攻撃的であってはならない。その上 で患者の悩みや苦痛を受けとめること。 共感:自分自身を患者の立場において、患者の感情、 願望、思考、行動を自らのものとして心の中に描き 出すこと。共感しているということを患者に返すこ とが必要。 自己一致:治療者の言葉と態度を一致させること。 世の中には慇懃無礼という言葉があるように、言葉 と態度の不一致は相手にストレスをかけることにな る。いくら言葉が受容的であっても態度が拒絶的で あれば、患者は困惑するであろう。 スキルとしての共感 内容に対する共感を患者に返す:患者の話の内容に 対する共感。患者の話をまとめて、きき返すこと。 なるべく正しく理解することにつとめる。ただし患 者の主観的判断をそのまま返すのではない。(例え ば、うつ病患者がもう死ぬしかないと言う時な ど。) 内容と感情に対する共感を患者に返す:患者の話の 内容から推測される感情を言葉にする。場合によっ ては無言の対応が必要なこともある。 さらにプラスαを患者に返す:内容と感情に対する 共感を示しつつ、さらに良いアドバイスなどをする。 がん患者に必要な精神療法・心理療法 ーまとめー 結局はどの時期においても、患者を受容し、患者に 共感し、支持的に接することが基本。普通の感覚が あれば、患者に無理な洞察を要求することなど、お 門違いも甚だしいことが理解できるはず。 神田橋によると精神療法や心理療法の基本は「抱え る」ことであり、技法と呼ばれるものは、すべて一 種の「揺さぶり」であり、「揺さぶり」は少ないほ ど良いとのこと。 神田橋條治 精神療法面接のコツ: 1990 がん患者は、そうでなくても常に「揺さぶられてい る」のであり、そうであれば、「抱える」ことで、 感情が表出されること、自ずから語りだすことを待 てばよいのではないか。 2種類の沈黙 積極的沈黙 1. 患者に考えをまとめる時間を与える。 2. 問いかけに対して答を急かさず、患者が語り出すの を待つ。 消極的沈黙 1. かける言葉がみつからない。 2. 絶句するしかない。 共感は、共感しているということを患者に返すこと が必要であるが、沈黙は言葉ではなく態度で返すこ とになる。 共感スキルついて思うこと 「悪い知らせを患者に伝える技術」を学ぶことには 確かに意味はある。技術はないよりあった方が良い。 技術があることで、コミュニケーション・エラーを 避けることができるかもしれない。 苦しんでいる人に対しては、苦しみから目を背けて 余計な気休めを言うよりも、ただ「苦しいのです ね」といった共感の一言の方が大切である。 E. キューブラー・ロス: 死ぬ瞬間 2001 しかし、重要なことは「告知する技術」よりも、根 底に患者を受容し患者に共感する気持ちが流れてい ることだろう。 だから、心のない言葉をかけるくらいなら、時には 共感的な沈黙の方が良いと思う。 遺族ケア 遺族ケアについて WHO緩和ケアの定義に「患者が病にあるとき、死別 後にも家族がうまく適応できるような支援システム を構築する」とあり、遺族ケアの重要性が強調され ている。 がんで死亡した患者の周囲には多くの親族がいるの で、遺族の数はその数倍に上るはず。 遺族は死別という事実に接して、悲しみに加えて、 さまざまな苦悩を経験することが知られている。し たがって、苦しんでいる遺族に対して遺族ケアを行 うのは至極当然のことである。 大西秀樹 精神科リュミエール24 サイコオンコロジー: 2010 死別が遺族に及ぼす影響 身体面 死亡率上昇(特に男性) 新たな身体疾患への罹患(心疾患、高血圧) 既往歴の悪化 食習慣の変化 アルコール、タバコの消費量増加 精神面 うつ病有病率上昇 自殺率上昇 高齢者におけるうつ病の最大の危険因子 社会・経済面 家族構成員間の問題 社会生活に関する困難 生活環境の変化 不適切なサポート 親族との対立 経済的困難 大西秀樹 精神科リュミエール24 サイコオンコロジー: 2010 死別が遺族に及ぼす影響(身体面) 配偶者を亡くした54歳以上の男性では、死 別後6か月以内の死亡率が40%上昇。死因の 70%は心疾患。女性も死別後3か月間、死亡 率が上昇する。 男性遺族の調査では、死亡前3か月間に妻の 不安や痛みが解消されなかった場合、死後4 ~5年経過しても睡眠の問題を抱える。 大西秀樹 精神科リュミエール24 サイコオンコロジー: 2010 死別が遺族に及ぼす影響(精神面) アメリカでの調査では、死別1か月後24%、 7か月後23%、13か月後16%、25か月後 14%がうつ病の基準を満たしている。 高齢者のうつ病の原因として、死別が最も 大きな要因である。 死後1年以内は、自殺の危険性が上昇する。 性別では、高齢の男性に多く、死別直後に 自殺率が15倍に高まる。 大西秀樹 精神科リュミエール24 サイコオンコロジー: 2010 正常な悲嘆からの回復局面 局面 症状 回避 ショック 同化 悲しみ 適応 死の容認 無感覚 抑うつ 集中不能 睡眠障害 社会からのひきこもり 新たな人間関係の構築 上記に当てはまらないものが、病的悲嘆である。悲嘆の遷 延、故人への強烈な思い、とらわれ、死の侵入的な思考な どの痛々しい感情が繰り返される。50%以上で自殺念慮が 認められる。 大西秀樹 精神科リュミエール24 サイコオンコロジー: 2010 遺族への介入での注意点 遺族の中には、「もっとつらい目に遭っている人もいる」 「新しい人生に進まないとだめだ」などと周囲から言われ て、嫌な思いをしていることがある。 大西教授(埼玉医科大学)は、遺族から「自分のつらさが わかりますか」と尋ねられた時、まずは素直に「わかりま せん」と答えるという。その上で、「でも、わかろうとし たいと思っています」と続けるそうである。 私が良く言うこと(正解かどうかはわかりません。) 悲しい・つらいという方に対しては、「亡くなった方のこ とを考えて、悲しくなったりつらくなったりするのもご供 養ですから、今はそれで良いのです」。 悲しみが受け入れられないという人に対しては、「悲しみ を一人で背負う必要はありません。周囲の人たちと分かち あってみてはいかがですか」。 痛みと精神医学的介入 痛みとは 実質的・潜在的な組織の損傷と関連するか、そのよ うな障害を表す言葉(叩かれるような、刺されるよ うな、やけ火箸をあてられるようななど)を使って 述べられる不快な感覚・情動体験である。 (国際疼痛学会 1986) 不快な情動体験であろうと、侵害刺激の存在しない 身体感覚であろうと、それを患者が痛みと知覚し 「痛い」と表現すればそれは痛みなのである。 痛みとは、生理的レベルの感覚的要素に心理・社会 的要因が密接に関与することによって生じる主観的 な知覚体験である。 小宮山博朗: 心身医学標準テキスト 2002 慢性疼痛の原因 1. 侵害受容性疼痛:持続的な炎症や悪性腫瘍による。 2. 機能性疼痛:自律神経系の機能異常による末梢神経 や消化管、胆道系の不安定な収縮や拡張、骨格筋の 緊張による。 3. 神経因性疼痛:感覚神経路のいずれかの部位の障害 によって誘発される神経系の遷延性の機能不全によ る。 4. 学習性疼痛:疼痛行動 5. 精神医学的疼痛:うつ病や解離性障害による 小宮山博朗: 心身医学標準テキスト 2002 トータルペイン 身体的苦痛 痛み 息苦しさ だるさ 動けないこと 精神的苦痛 不安 うつ 恐れ いらだち 怒り 孤独感 全人的苦痛 トータルペイン スピリチュアルペイン 人生の意味 罪の意識 苦しみの意味 死の恐怖 価値観の変化 死生観の悩み 社会的苦痛 仕事上の問題 人間関係 経済的問題 家庭内の問題 相続問題 がん情報サービス ganjoho.jp 精神的苦痛について 精神的苦痛の中には、①心理的問題:病との取り組 み方、コミュニケーションの問題など情緒的サポー ト、心理的支援の対象となる問題と②精神症状:せ ん妄やうつ病など身体疾患がもとになっている症状 で、精神医学的介入が必要となる問題とがあり、二 つを明確に意識して対応するべき。 小川朝生 精神科リュミエール24 サイコオンコロジー: 2010 疼痛の中にも精神症状として理解できる部分(学習 性疼痛や精神医学的疼痛)があるなら精神医学的介 入が可能かも知れない。 David Livingstonの体験 スコットランドの探検家・宣教師・医師 アフリカ探検中にライオンに襲われた時の 体験談 「肩にライオンが噛みつき地面に倒れた時、あ たかも夢をみているようであった。何の恐怖も 痛みも感じなかった。しかし、意識を失ってい たわけではない。草食動物がライオンなどの肉 食動物に襲われたときに同じことが起こるとす れば、それは神の慈悲である。」 中枢神経内には痛みに対する選択的な抑制 系が備わっているということ。(それこそ が神の慈悲かも知れないが・・・。) 吉村恵: CLINICAL NEUROSCIENCE 20(10):2002 ゲート・コントロール説 認識過程 視覚聴覚系 下行抑制系 体性感覚系 L SG T S ゲート・コントロール系 小宮山博朗: 心身医学標準テキスト 2002 認識過程 L:有髄性の太いAβ S:有髄性の細いAδ・無髄性のC SG:脊髄後角膠様質 T:脊髄後角伝達細胞 ○:興奮性シナプス結合 ●:抑制性シナプス結合 モルヒネの鎮痛作用 大脳皮質や視床などの上位中 枢に作用。 脊髄にも直接作用して痛覚情 報を抑制。 中脳水道周囲灰白質や延髄網 様体にある神経核に作用し、 下行性痛覚抑制系を賦活する。 南雅文: CLINICAL NEUROSCIENCE 20(10):2002 下行性痛覚抑制系と抗うつ薬 視床下部→中脳水道灰白質→大縫 線核→脊髄後角にセロトニンを放 出 青斑核→脊髄後角にノルアドレナ リンを放出 吉村恵: CLINICAL NEUROSCIENCE 20(10):2002 抗うつ薬はセロトニンやノルアド レナリンをシナプス間隙で増やす ことにより、下行性痛覚抑制系を 賦活すると言われている。 逆に、シナプス間隙でセロトニン やノルアドレナリンが減るような 状態(うつ状態)では、下行性鎮 痛抑制系の機能低下により疼痛が 強くなる可能性がある。 小宮山博朗: 心身医学標準テキスト 2002 学習性疼痛 先行刺激 疼痛行動 報酬 弁別刺激 強化 報酬: 1. 重要な人物からの注目・関心・擁護的関わり 2. 家庭または社会生活への再適応の回避 3. 怒り・不満・罪悪感などの心理的苦痛の抑圧 4. 他の家族成員間の葛藤の回避 小宮山博朗: 心身医学標準テキスト 2002 回避学習による疼痛行動 ① 「痛みを起こす動作は病変を悪化させる」という予期。 ② 足をひきずる、不自然な姿勢をとる、などの痛みを回 避する行動。 ③ 回避行動の持続。 ④ 筋萎縮や関節拘縮、筋緊張の亢進。 ⑤ 二次的な痛み。 小宮山博朗: 心身医学標準テキスト 2002 緩和ケアに精神科医は必要なのか ー妄想的私見ー がん患者の自殺 がんと診断された患者の診断後1週間の自殺の発生率は 1000人年当たり2.50件、相対リスク12.6と報告されている。 診断後3ヶ月以内の自殺の危険は非常に高い。 危険因子 1. 進行がん 2. 痛み 3. 身体機能低下 4. うつ病 5. 実存的苦痛 6. がん診断から数ヶ月以内 7. 自殺企図の既往および家族歴 樋口裕二 内富庸介:Depression Strategy 5(3) 2015 スピリチュアリティ スピリチュアリティとは、人生の危機に直面して生きる拠 り所が揺れ動き、あるいは見失われてしまったとき、その 危機状況で生きる力や、希望を見つけ出そうとして、自分 の外の大きなものに新たな拠り所を求める機能のことであ り、また、危機の中で失われた生きる意味や目的を自己の 内面に見つけ出そうとする機能のことである。 窪寺俊之 精神科リュミエール29 自殺予防の基本戦略: 2011 この定義からわかるように、がんに罹患することや自殺念 慮に苛まれることは、明らかに人生の危機であるという意 味で共通している。どちらもスピリチュアリティの活性化 (スピリチュアルケア)が望ましいということであろう。 自殺企図患者の診察から思うこと 自殺企図患者の対応は気が重い。 精神症状による自殺企図なら精神科医として対応できる が、例えば社会的問題が主である場合、精神科医に何が できるというのか。ましてや、スピリチュアルな問題に 対して精神医学に何ができるというのか。 事実、社会的あるいはスピリチュアルな問題で再々自殺 企図を繰り返す患者は多い。 そういう患者でも、現状に大きな変化がないのに、数日 間の入院で落ち着いて退院することが多い。 カタルシス効果もあるが、彼らが入院で感じているのは 「ゆるし」ではないかと漠然と思うようになった。 「ゆるし」と「救い」 (正直、日本語的に合っているかどうかはわかりません。 私のイメージ(妄想)です。) 「救い」には、現状を変化させるイメージがある。しか し「ゆるし」には、そういうイメージがない。 社会的問題やスピリチュアルな問題で自殺企図を繰り返 す患者は、入院しても決して現実的に「救われて」はい ない。しかし、入院で「ゆるされた」感じを得て落ち着 くのではないか。 「ゆるされる」こととは、存在を認めてもらえることに 他ならない。自殺企図自体は決して認められる行為では ない。この場合、「ゆるされる」とは「生きていてもよ い」と認めてもらえたということではないであろうか。 そこには、神仏やご先祖様などの超越的他者の存在が透 けて見える(ような気がする。)。 周囲の人々や医療者に「許され」、またその人たちの手 を介して超越的他者(神仏やご先祖様)に「赦され」た という気持ちになるから、落ち着きを取り戻すのではな いのか。 緩和ケアと「ゆるし」 スピリチュアルケアのありようとは、すなわち、「自分自身への許 し」「他人との和解」「人生における価値の確認」といったものがケ アの対象と考えられる。 福岡緩和ケア研究会HPより 時間の経過につれて、訴え、要望、呟きの種類が変化するように思え ます。病人の置かれる状況が変化する事によって、大切にしたいもの も変化するようです。どのように変化するのかを考えてみました。 1.身体をある程度動かせる時期には、医療従事者という、自分以外の 他人に向かって、不快な身体症状の緩和を依頼される。この状況にお いて大切にしたいものは、苦しみを緩和する為に便利な医療のようで す。言い換えると、癌末期の人が求めるものは、『薬を代表とする医 療』だとも言えそうです。 2.身体を動かしにくくなる時期には、他人の迷惑になる自分の存在が 重荷だと感じて居られるように思えます。この状況にある癌末期の人 が大切にしたいものは、『生産性の低下した自分の存在を認めてくれ る人』なのではないか、と考えました。 3.“もうだめだと思って居られるであろう”と私に思える時期になると、 誰かと話をしていたい、目が開いていて欲しい、孤独で居たくない、 など、ふだんごく当たり前にあった事が、そのまま続いてあって欲し い、と願って居られるように思えます。 周囲の人が許してくれる雰囲気があれば、目を開いて生きていたい、 と思って居られるような雰囲気を感じます。 平松博 日本消化器病学会HPより 終末期患者の診察から思うこと (えらそうなこと書いて申し訳ありません。) 終末期患者の対応は気が重い。 精神症状による苦痛なら精神科医として対応できるが、例 えば社会的苦痛が主である場合、精神科医に何ができると いうのか。ましてや、スピリチュアルな苦痛に対して精神 医学に何ができるというのか。 事実、社会的あるいはスピリチュアルな苦痛を抱える患者 は多いはずである。 そういう患者でも、現状に大きな変化がないのに、落ち着 いて日々の生活を送っているようにみえる方はいる。 そこには、やはり「ゆるし」があるのではないかと漠然と 考えている(妄想している)。 周囲の人々や医療者に「許され」、またその人たちの手を 介して超越的他者(神仏やご先祖様)に「赦され」たとい う気持ちになれば、落ち着いて生活できるのではないのか。