Comments
Description
Transcript
現場探訪
現場探訪 日本のマネジメント技術で アジア諸国の発展に貢献 ∼パハン・セランゴール導水トンネル建設現場を訪ねて∼ (一財) 先端建設技術センター 企画部 参事 小川 正博 昨今東南アジア諸国は急速な経済成長を遂げており、それに伴うインフラ整備が急務となってい ます。このような中、マレーシアでは、首都クアラルンプール周辺における人口増大と工業施設の建 設等に伴う水不足を解消するために、導水トンネルの建設が進められています。 本稿では、パハン・セランゴール導水建設プロジェクトのうち、清水建設、西松建設、他マレーシア 企業JVが施工する導水トンネル建設現場について紹介します。 (現場訪問時期:2014年1月25日) ○マレーシアとは マレーシアは、東南アジアの中心に位置し、古くは大航海時代(15世紀初期)からアジア とヨーロッパを結ぶ交差点として栄えてきました。 マレー半島部分とボルネオ島部分を合わせた、約33万平方キロメートル(日本の約90%) の国土に、マレー系・中国系・インド系、そして多数の部族に分けられる先住民族が暮らす 多民族国家で、人口は約2,800万人です。 1年を通じて常夏(日中平均気温27∼33℃)の熱帯雨林気候で、生活しやすい気候です。 ◆パハン・セランゴール導水建設プロジェクト ◆パハン・セランゴール導水建設 設プロジェクト マレーシアの首都クアラルンプールは、 貿易、商業、政 河川を中心に水資源開発が進められましたが、 ほぼ開 治など国の中心的役割を担いながら、 ここ15年ほどで 発し尽くした状況にあります。 急激な近代化を果たしており、結果、 クアラルンプール 本プロジェクトは、 セランゴール州に隣接するパハン 及びセランゴール州における水需要は大幅に増加して 州から新設するポンプ場、導水トンネルを経て、 セランゴ います。 ール州に原水を導水することにより、 同地域の更なる経 この水需要に対処するため、 セランゴール州の主要 済発展に寄与するものです。 図-1)パハン・セランゴール導水 建設プロジェクトの位置図 カラックからランガットに 至るプロジェクトの全長は およそ44.6kmである。 NETIS プラス 25 現場探訪 ◆東南アジア最長のトンネル ◆東南アジア最長のトンネ ネル 今回筆者が訪ねた清水建設JV工区は内径5.2mの 導水トンネル(全長44.6km) と、 アクセス道路(全長 15.9km) および4坑の作業用トンネル (全長2.5km)から なります。導水トンネルは、TBM工法、NATM工法、開 削工法で施工され、完成すれば、東南アジア最長(世 界で11番目) のマレーシアを代表する土木施設となりま す。 (最大土かぶり1246mは世界8番目) 写真-1)TBM-3工区貫通時の様子 作業員はマレーシア、インドネシア、バングラデシュ、インド 等のアジア諸国を中心に、最大で15カ国1000名以上が参加 している。 図-2) 工事全体平面図、縦断図 26 NETIS プラス 現場探訪 名称 施工場所 発注者 設計・施工監理者 施工者 工期 事業費 トンネル諸元 TBM (全3工区) パハン・セランゴール導水トンネル マレーシア・セランゴール州∼パハン州 マレーシア政府エネルギー・環境技術・水資源省 東電設計・SMEC(オーストラリア)・SMHB(マレーシア)JV 清水建設・西松建設・UEMB(マレーシア)・IJM(マレーシア)JV 2009年6月1日∼2014年5月31日(5年、1825日) 384億円 延長44.6km、直径5.2m、最大土かぶり1246m TBM-1:延長11.333km、TBM-2:延長12.007km TBM-3:延長11.218km(最大月進657m) NATM (全4工区) NATM-1:延長1.927km、NATM -2:延長1.927km(最大月進283m) NATM -3:延長1.909km、NATM -4:延長2.802km 開削工事 (2工区) 作業坑(Adit) (全4工区) アクセス道路 延長0.9km 延長2.5km 延長15.9km 表-1)パハン・セランゴール導水トンネル ◆事前のリスク検証とその対応 ◆事前のリスク検証とその の対応 TBM工法の延長が1工区当り約11kmと長い上に、 土かぶり1000m以上の区間が約5kmも続くという、 非 常に難易度が高く、 規模の大きい工事であると同時に、 本プロジェクトの目的は「急増する水需要への対応」 であるため、 工期厳守が求められています。 このため、本プロジェクトを遂行するにあたり、入札 段階においてリスク検証を徹底的に実施した結果、 実 に100項目以上もの技術的、契約的リスクが洗い出さ 写真-3)直径5.2m、全長205mのTBM (トンネルボーリングマシン) 最大月進657mを記録(国内最大月進記録は809.5m) れたそうです。 技術的リスクとして挙げられた中で特に心配された のは、①湧水量、②高土かぶり下での山はね、 でした が、 それ以外にも③岩盤温度による施工環境の悪化 は、 想像以上に厳しかったとのことです。以下、 それぞ れについて略述します。 ①大量湧水への対応 写真-2)建設所長の河田孝志氏 リスクを最小限にするために、NATM-1からNATM-4 工区の同時施工を決断した。 また、起工ミーティングにて、全体工期を3 ヶ月縮め ると宣言するとともに、TBMの月進を1,000mという 高い目標に設定し、プロジェクトに係わる皆の意識統 一を図った。 ※1 海外工事の特徴の一つである工事遅延金は、 約1,525万円/日である。 TBM-1工区は下り勾配で掘削していく必要があり、 想定外の湧水が発生すれば水没の恐れがあった。 そ こで、想定湧水量(10t/分) の倍の排水設備(20t/ 分) を当初設置したが、実際に遭遇する突発湧水は 徐々に増え、 ついに坑内湧水量が15t/分に達した。 NETIS プラス 27 現場探訪 これ以上湧水量が増えると、この工事にとって致 命傷となりうる事態を招きかねない。そこで、追加費 用をかけて、排水能力を31.5t /分まで増強すること を決断。その後発生した突発湧水は実に24.6t /分 に達し、増強したことで坑内水没という事態を免れ た。 写真-6)ファイバーモルタル吹付状況(t=3cm) 山はね発生前に靱性の高いファイバーモルタルを早 期に施工し、安全性を確保した。 ③高温環境への対応 写真-4)TBM-1工区にて発生した突発湧水状況 最大時には湧水量が15t/分まで達した。 TBM-2工区の土かぶりが900mを超える付近か ら岩盤温度および湧水温度が上昇し、結果、岩盤お よび湧水温度40℃以上の区間が6,200m、そのうち ②山はねの恐怖 1,000m以上の土かぶり区間が5kmと長いことも このトンネルの特徴である。 (トンネルの最大土かぶ りは1,246m) この区間ではトンネル側壁部およびカッタヘッド 前面で山はね※2が断続的に発生し、側壁には鱗片状 の岩片の突出が断続的に確認された。山はね発生 50℃以上の区間は3,100mにも及んだ。 (岩盤温度は 最大55.5℃、 湧水温度は56.2℃) 作業環境の改善が不可避であり、TBM本体およ び後方台車区間への冷房設備の設置はもちろん、坑 内移動台車にも冷却装置が望まれた。試行錯誤を 繰返した結果、断熱材と二重ガラスで覆われた坑内 移動車が完成した。 対策として早期にファイバーモルタル吹付を施工し ている。 ※2:山はねとは、地下深部の坑道や採掘切羽で,比較的強固な 岩盤が大きな応力を受けているとき,発破や採掘の進行な どが引金となって力の平衡が乱され,岩盤が急激に破壊し 坑内に岩片が飛散する現象。 写真-7)断熱材と二重ガラスで覆われた坑内移動台車 トンネル延長が長いため、作業員にとって坑内移動台 車は不可欠な移動手段である 写真-5)TBM-1山はね発生状況 山はねは突発的に発生し、また岩片が勢いよく飛ぶこ ともあるため、非常に危険である。 28 NETIS プラス 現場探訪 写真-8)エアコンが効いた坑内移動台車内にて、工事の説明を 受けている様子 写真-9)現場は整理・整頓がなされ、ワーカーのみなさんも笑 顔で挨拶していただき、非常に気持ちのいい現場訪問 となりました。 ◆おわりに 河田所長は 現場運営の10の方針 として、 「挨拶」、 「時間厳守」、 「清掃」、 「ルール厳守」、 「目標を持つ」、 「協力」、 「改善」、 「隠さない」、 「いつもにこにこ」、 「元 気でいこう」を掲げて、 モチベーションの高い、一体感 のあるチームづくりに努めていました。 日本ではよく見られる安全や環境などのマネジメント 技術を現場のワーカーに真摯に伝えていくことで、 アジ ア諸国の発展に貢献する。今回お邪魔した現場の職 員は、 そういった使命感を持ってこのプロジェクトに取り 組んでいると強く感じました。 最後に、2014年2月19日に無事トンネル貫通を迎える ことができたことをお喜び申し上げますとともに、残され た工事を無事故で竣工されることを祈念いたします。 写真-10)ワーカーへの集合教育 写真-11)現地KY(危険予知)活動の様子 こういった活動を繰り返すことにより、現地のワー カーの意識を高めていく。 写真-12)現場のみなさんと記念撮影 青い制服は、現場の職員の方々。それ以外は、今回の訪 問団(左から3人目が筆者) NETIS プラス 29