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鉄道沿線の電波環境を守る - [鉄道総合技術研究所]文献検索

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鉄道沿線の電波環境を守る - [鉄道総合技術研究所]文献検索
特集:沿線環境を守る
鉄道沿線の電波環境を守る
川﨑 邦弘
信号通信技術研究部(通信 研究室長)
はじめに
かわさき くにひろ
が開発した鉄道沿線向けの地上デジタル放送の受信品質の
鉄道沿線の環境に関する分野の一つに,電波環境があり
予測計算方法について紹介します。
ます。鉄道沿線の電波環境を守るためには,放送通信の受
信に影響を与えるような電波が鉄道から出ていないか,ま
電波と測定方法
た逆に,鉄道で使われている様々な装置に影響を与えるよ
電波は,電界と磁界がともに振動しながら空間を伝搬す
うな電波が周辺から到来していないか,を把握することが
る,いわば電気エネルギーの波です(図 1)。この電気の波
まず必要となります。ところが,電波は,騒音や振動とは
が 1 秒間に振動する回数を周波数(単位は Hz =ヘルツ)と
異なり,人間が五感で直接感じることができません。そこ
呼び,1 周期の波の進行方向の長さを波長(単位は m)と呼
で,空間を飛んでくる電波の周波数と強さをいかに正しく, びます。電波は光の速度で空間中を進みますので,周波数
定量的に捉えるかが鍵となります。しかし,測定者が,自
f と波長λ(ギリシャ文字のラムダ)の関係は,以下の式か
分の都合のよいように測定の方法や条件を決めて測定した
ら求められます。
のでは,測定結果がばらばらになってしまい,公正な比較・
波長λ(m)=光速(m/s)÷周波数 (
f Hz)
評価ができなくなってしまいます。そのため,再現性が確
光の速度は約 3 × 108 m/s ですので,例えば AM ラジオ
保できる測定の条件と方法(以下では,測定の条件と方法
で使われている 1 MHz(MHz =メガヘルツ,106 Hz)の電
をまとめて「測定法」と呼びます)が規格などによって定義
波の波長は約 300 m,地上デジタル放送で使われている
されており,測定者は,その条件と方法にきちんと従って
500 MHz 前後の電波の波長は約 60 cm,無線 LAN で使用
測定しなければなりません。鉄道総研では,こういった鉄
されている 2 . 45 GHz(GHz =ギガヘルツ,109 Hz)の電波
道沿線の電波環境を保全していくうえで必要となる測定評
は約 12 cm の波長になります。
価手法の開発に取り組んでいます。ここでは,国際的に決
電波を送受信するために不可欠なものがアンテナです。
められている鉄道周辺での電波の測定法のほか,鉄道総研
アンテナは,送受信しようとする電波の周波数(波長)や
利用形態によって,図 2 のように様々なタイプがあります。
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これらのアンテナは,使う周波数によって大きさが決まり,
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波長λの1/2や1/4など,波長λを基準にしてエレメント
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ンテナを構成する電線)の長さが決められています。携帯
電話やテレビ放送,また列車無線など,ある特定の周波数
を送受信する場合には,アンテナをその周波数に同調させ,
使う周波数だけを効率よく送受信できるようにする必要が
あります。電波環境を評価するためには,使おうとする周
波数だけでなく,数 kHz から数 GHz に至るまで,広い周
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します。
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図 1 電波
30
波数範囲を測定しなければならない場合が多いので,図 3
に示すようなやや大型の測定専用の広帯域アンテナを使用
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電波環境の測定では,これらのアンテナを使って空間を
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図 2 さまざまなアンテナの例
飛んでくる電波を電圧・電流に変換し,その大きさを測
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図 3 広帯域アンテナの例
ケーブルを使用する必要があります。この時,アンテナと
ることによって,電波の周波数や大きさを調べます(図 4)。 測定器,そして両者を接続する同軸ケーブルの特性(正確
電波の測定の場合,アンテナと測定器を接続する電線は何
には「特性インピーダンス」と呼ばれる信号に対する抵抗
でもよいわけではなく,無線周波数でも損失が少ない同軸
値)をきちんと合わせなければ,正しい値を得ることがで
きません。測定器では,入力された電圧・電流の大きさを
測り,電波の強さを示す単位(電界強度:V/m または磁界
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強度:A/m)に換算して表示あるいは出力します。具体的
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トラムアナライザ(どのような周波数の電波が,どのよう
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な測定器としては,電界強度計(ある調べたい周波数の電
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な強さで届いているかを測定できる測定器)などが使用さ
れますが,使用すべき測定器の性能や仕様については,関
連する規格等で決められています。
沿線における電波環境の測定
鉄道沿線における電波の測定法のうち,鉄道システムか
ら沿線に放射される電波については,国際規格で測定法
と限度値が定められています。これは,国際電気標準会
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議(International Electrotechnical Commission:IEC と略
図 4 電波を測定する仕組み
称されます)が発行している IEC 62236 と呼ばれる規格で
表 1 IEC 62236 の構成
規格の番号
IEC 62236 - 1
IEC 62236 - 2
IEC 62236 - 3
IEC 62236 - 3 - 2
IEC 62236 - 4
IEC 62236 - 5
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鉄道応用 電磁両立性 –
鉄道応用 電磁両立性 –
鉄道応用 電磁両立性 –
鉄道応用 電磁両立性 –
鉄道応用 電磁両立性 –
鉄道応用 電磁両立性 –
タイトル
総則
鉄道システム全体から外界への放射
車両 - 列車・車両からの放射
車両 - 車両搭載機器
地上の信号通信機器
固定給電設備で使用される危機
す。IEC 62236 は,2003 年 4 月に第 1 版
が発行されましたが,2008 年 12 月に改
訂され,現在は第 2 版が発行されていま
す。この国際規格は,表 1 に示すように
6 つのパートで構成されていますが,こ
こでは,パート 2(IEC 62236 - 2)で定義
されている鉄道から沿線に放射される電
波の測定法を紹介します。
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図 5 規格で定義されている測定位置
図 6 実際の測定配置の例と測定機材の例
表 2 規格で定義されている測定の設定
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30 MHz
30 MHz ~
300 MHz
300 MHz ~
1 GHz
使用
ログペリオ
ループ
バイコニカル
アンテナ
ディック
アンテナのエ アンテナのエ
ループ面が大地に垂直,線路
アンテナの
レメントが大 レメントが大
(または変電所のフェンス)に
向き
地 に 垂 直・ 水 地 に 垂 直・ 水
平行
平の双方
平の双方
アンテナ高
1m~2m
1m~2m
2.5m~3.5m 2.5m~3.5m
水平離隔
10 m(10 m 以上の場合は,規定された換算式で補正する)
測定器
CISPR 16 準拠の電波雑音測定器
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図 7 測定される電波の強さの変化のイメージ
IEC 62236 - 2 では,図 5 に示すように鉄道の線路中心
周囲環境の状況も考慮しながら評価すべき電波の強さを求
から 10 m 離れた位置にアンテナを設置して測定すること
めて,測定対象・測定条件に応じて設定されている限度値
を基本としています。もし 10 m 離れた位置にアンテナが
に照らし,電波環境の状態を判断します。
置けない場合は,10 m より離れた位置にアンテナを置き,
鉄道総研では,このような国際規格に従った沿線での測
測定結果を換算することとしています。実際の測定アンテ
定評価に対応できる測定用ワゴン車(図 8)を所有してお
ナの配置と測定機材の例を図 6 に,また表 2 に測定の設定
り,実際に測定評価を実施しています。また,国際規格の
の概要を示します。測定周波数は,9 kHz ~ 1 GHz の範囲
審議作業にも参加し,測定法などの提案を行っています。
から少なくとも 16 点の周波数を選びます。なお,測定周
なお,図 8 に示した測定用ワゴン車は,テレビ放送の受
波数は,放送波や通信波が存在する周波数や既に鉄道以外
信品質の測定にも使用されています。1999 年まではアナ
から発生している妨害波の周波数をあらかじめ確認してお
ログ放送の測定のみでしたが,2000 年からは鉄道沿線に
き,その周波数を避けて設定する必要があります。
おけるデジタル放送の受信品質の測定にも対応できるよう,
各周波数の電波の強さは,列車が通過する前後数分間の
列車通過に伴う受信品質の時間変化を測定する方法をまと
時間変化を連続して測定します。これは,鉄道の場合,沿
め,デジタル放送用の測定機材を整備し,測定評価等を行っ
線に放射される電波の強さは一定ではなく,列車の走行に
てきています。また,沿線における地上デジタル放送の受
よって大きく変動するためです(図 7)
。さらに,同一の測
信品質を予測するためのプログラムの開発にも取り組んで
定条件下で複数のサンプルを得るため,規格で定義されて
います。
いる運転条件での試験走行を複数回行わなければなりませ
ん。このような実際の沿線での測定を実施する際に最も重
要なことは,測定場所の選定と走行条件の設定です。測定
沿線における地上デジタル放送の
受信品質の予測
場所の適否はそのまま測定結果の正しさに直結しますので, 地 上 デ ジ タ ル 放 送 が 2006 年 12 月 に 全 国 で 開 始 さ れ,
測定場所の選定作業は慎重に行わなければならず,列車の
2011 年 7 月にはアナログ放送が終了して地上放送が完全
走行条件も規格の指定通りに設定する必要があります。
にデジタル化される予定となっています。地上デジタル放
測定によって得られた時間変化のデータから,測定中の
送は,電波の強さの変動や電波雑音等による影響を受けに
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図 8 測定用ワゴン車
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さの比(
“C/N”=“シーエヌ”と呼ばれま
す)がある一定以上の値であれば,高い
品質の映像と音声を安定して受信するこ
とができます。この地上放送のデジタル
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図 9 鉄道沿線向け地上デジタル放送受信品質予測計算プログラム
化によって,鉄道沿線の大部分の箇所では良好に受信でき
が予測できるよう,高架橋や列車による回折現象と,高架
るようになることが期待されています。特に,高架橋や列
下を通過して到来する電波の影響を考慮して受信レベルを
車の車体等によって電波が反射されて発生するゴースト現
計算・評価するプログラムを開発しました(図 9)。このプ
象(映像が二重・三重にぶれて映る現象)は,デジタル放
ログラムでは,計算対象とする地域の送信所を選択して鉄
送の原理上,完全に無くなります。
道構造物の位置・大きさと受信地点の位置・高さ等を任意
ところが逆に,C/N がその値よりも低い場合,すなわ
に設定することにより,列車通過に伴う C/N の変動幅を
ち受信できる放送波の強さが弱く,雑音が多いような場合
計算し,影響が起こる可能性を 4 段階(極めて低い,低い,
には,今度は映像や音声が全く出力されなくなります。つ
あり,高い)で予測します。特異な電波伝搬条件でなければ,
まり,デジタル放送では映像や音声を「1」か「0」のデジタ
列車通過に伴う放送波強度の変動幅を± 6 dB 程度の誤差
ルデータで伝送していますので,影響の出方もデジタル的
で算出できます。このプログラムにより,影響が出る可能
になり,受信できるか,できないか,のいずれかになりま
性がほとんどない地点と,影響が出る可能性のある地点と
す。もし,この C/N が変動していて,一時的に所定の値
を分別でき,実測調査すべき箇所をあらかじめ選ぶことが
よりも下がるような場合には,ブロックノイズと呼ばれる
できますので,実測調査にかかる時間と経費を軽減するこ
現象が現れ,場合によっては画面が動かなくなってしまう
とができます。
画像凍結という現象が起きます。アナログ放送では,C/N
現在のプログラムは,列車通過による変動幅の計算に重
の大小によって画質が変化してしまいますが,
全く復調(受
点を置いて開発しましたが,今後は,受信できる放送波強
信した電波から画像や音をとり出すこと)ができない C/N
度の絶対値を予測計算できるようにし,沿線での受信品質
の他まで下がらない限り,品質は悪くても受信して映像を
を総合的に評価できるシステムに発展させる予定です。
見ることが可能でした。このため,鉄道の沿線において,
従来のアナログ放送のときには品質が悪くとも受信できた
おわりに
のに,デジタル放送になると受信できなくなる,あるいは
ここでは,鉄道の沿線での電波環境を測定評価する方法
列車通過のタイミングなどによって一時的に受信品質に影
と,地上デジタル放送の受信品質の変動を予測するプログ
響が表れるような箇所が存在する可能性があります。
ラムについて紹介しました。鉄道沿線の電波環境を守るた
このような鉄道沿線における地上デジタル放送の受信状
めには,客観的・定量的にきちんと測定評価を行い,現状
況を把握,特に列車通過等による一時的な受信品質の変化
を正しく把握することがまず第一歩となります。直接見た
が表れてしまうような箇所があるか否かを把握するために
り感じたりすることができない電波をいかに正しくとらえ
は実測調査が必要となりますが,全線にわたって状況を把
て鉄道の電波環境を把握・予測すべきか,これからも新し
握するためには,膨大な時間と経費がかかってしまいま
い技術を取り入れながら,測定評価法や予測手法を検討し
す。そこで,実測に依らずに鉄道構造物や列車通過の影響
ていく予定です。
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