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国際協力研究
Vol.14 No.1
1998.4
(通巻27号)
〔総 説〕
経済発展とグッド・ガバナンス
―実効ある政策論議への脱皮のために―
〔論 文〕
サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する
日本の援助可能性
―1990 年代の社会変動をふまえて―
下村 恭民
中村 雄祐 浜野 隆
永田 佳之 横関祐見子
蔵下 順子 〔事例研究〕
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
―フィリピン「1991 年自治体法」の移行期終了時における一考察― リスクを考慮した最適作物選択
―フィリピン水田裏作の場合―
横山 繁樹
セルジオ R . フランシスコ
南石 晃明
国際理解・国際協力を目指した日本語教育のあり方
―インドネシアに対する支援・協力を例にして―
マラウイ農村部において
分娩出産異常に影響を及ぼす要因
山田 恭稔
百瀬 侑子
中野 博行 犬尾 元
小早川隆敏 金子 明
秋葉 敏夫 山崎 裕章
斎藤 智子 中川 公輝
パナマの酸性土壌の改良と陸稲栽培に関する技術協力の事例
―特に稲わらマルチ導入の効果について―
〔研究ノート〕
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和
―アプローチをめぐる争点の整理―
冨田健太郎
勝間 靖
河川流域管理に基づいた参加型農村開発
―スリ・ランカ・USAID天然資源共有管理プロジェクト― 山本 渉
ボリヴィア内国移住地における焼き畑によるコメ生産技術の実態
今泉 七郎
〔情 報〕
インドネシア・スラウェシ貧困対策支援村落開発プロジェクトと連携した地域社会開発手法の研究
サブ・サハラ・アフリカ諸国における基礎教育の現状と日本の教育援助の可能性
サブ・サハラ・アフリカにおける農業開発協力のあり方に関する基礎研究
国際協力事業団
国際協力総合研修所
国 際 協 力 研 究
Vol.14 No.1(通巻 27 号)
1998 年 4 月
目 次
〔総 説〕
経済発展とグッド・ガバナンス……………………………………………………… 下村 恭民 ………
―実効ある政策論議への脱皮のために―
〔論 文〕
サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する日本の援助可能性………………… 中村 雄祐 ………
浜野 隆
―1990 年代の社会変動をふまえて―
永田 佳之
横関祐見子
蔵下 順子
〔事例研究〕
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係……………………………… 山田 恭稔 ………
―フィリピン「1991 年自治体法」の移行期終了時における一考察―
リスクを考慮した最適作物選択……………………………………………………… 横山 繁樹 ………
セルジオ R. フランシスコ
―フィリピン水田裏作の場合―
南石 晃明
1
9
19
33
国際理解・国際協力を目指した日本語教育のあり方……………………………… 百瀬 侑子 ………
―インドネシアに対する支援・協力を例にして―
43
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因……………………… 中野 博行 ………
犬尾 元
小早川隆敏
金子 明
秋葉 敏夫
山崎 裕章
斎藤 智子
中川 公輝
51
パナマの酸性土壌の改良と陸稲栽培に関する技術協力の事例…………………… 冨田健太郎 ………
67
―特に稲わらマルチ導入の効果について―
〔研究ノート〕
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和………… 勝間 靖 ………
―アプローチをめぐる争点の整理―
河川流域管理に基づいた参加型農村開発…………………………………………… 山本 渉 ………
―スリ・ランカ・USAID 天然資源共有管理プロジェクト― 77
91
ボリヴィア内国移住地における焼き畑によるコメ生産技術の実態 ……………… 今泉 七郎 ……… 101
〔情 報〕
1. インドネシア・スラウェシ貧困対策支援村落開発プロジェクトと連携した地域社会開発手法の研究 ……… 113
2. サブ・サハラ・アフリカ諸国における基礎教育の現状と日本の教育援助の可能性………………… 114
3. サブ・サハラ・アフリカにおける農業開発協力のあり方に関する基礎研究………………………… 116
本誌は再生紙を使用しています
〔本誌の目的〕
本誌は、投稿および依頼により、自然、社会、経済、文化など開発途上国の環境と技術
協力とのかかわりについて、国際協力における経験および知識をもとに展開された独自な
考え、事例研究、関係情報などを扱う専門誌です。技術協力専門家および関係者の国際協
力業務に関連する論文などの発表の場であるとともに、国際協力事業の推進に資すること
を目的としております。
〔投稿について〕
1. 自由に投稿できます。
2. 日本語の未発表論文に限定します。また、二重投稿は認めません。
3. 投稿原稿は、国際協力に関する〔論文〕
〔事例研究〕
〔研究ノート〕に区分されています。
原稿には、上記の区分を明示してください。
〔研
4. 原稿は横書きとし、400字詰め原稿用紙で〔論文〕および〔事例研究〕は 30 枚相当、
究ノート〕は 20 枚相当(いずれも図表を含む)を上限とします。
原稿は、ワープロで作成されたものでも結構です。
5. 原稿には、全体の要約(800 字程度)を付してください。
6. 原稿には、投稿者の所属機関名および連絡先(住所・電話番号)を付記してください。
7. 原稿の採否などは、編集委員会で審査のうえ決定します。編集委員会は、原稿中の字句
について加除修正を求めることがあります。
8. 採用された原稿は、署名原稿として扱います。
9. 採用された原稿には、当研修所の規定により原稿料を支払います。
10. 原稿は、採否にかかわらず返却いたしません。
11. 採用された原稿は、当事業団の運営するインターネットホームページ(http://www. jica.
go. jp/)上にて全文公開いたします。また、
『Technology and Development』誌に掲載の
ため、
英語に翻訳して使用およびインターネットホームページ上にて公開させていただ
くことがあります。
12. 採用された原稿の著作権は執筆者に帰属し、出版権は当事業団に設定させていただき
ます。
13. 原稿の送り先、連絡先
〒 162-8433 東京都新宿区市谷本村町 10番 5 号
国際協力事業団 国際協力総合研修所
技術情報課
『国際協力研究』誌 編集事務局
03-3269-2357 Fax 03-3269-2054
経済発展とグッド・ガバナンス
〔総 説〕
経済発展とグッド・ガバナンス
−実効ある政策論議への脱皮のために−
しもむら
やすたみ
下村 恭民
(政策研究大学院大学・埼玉大学教授)
近年、持続的な経済発展にとっての「グッド・ガバナンス」の重要性が強調されるよう
になってきた。これは適切な方向であると思われるが、
「途上国が何をすれば持続的な経済
発展が可能になるのか」の道筋は必ずしも明瞭に見えていない。その一因は、グッド・ガ
バナンスの概念自体に明確でない部分があるためである。
現在、国際的に有力になっているグッド・ガバナンスの定義は非常に広範で、
「政治体制」
「資源配分に関する権力行使のあり方」
「政府の政策立案・実行能力」の 3 つの側面から構成
されるといわれている。ただ、この“広い定義”には問題点も認められる。まず、政治体
制と経済発展の間には特に有意な相関関係がみられず、これを経済発展に貢献するとして
途上国に勧めることは適切といえない。第2に、途上国にあまりにも広範で高度な目標が求
められており、実効ある政策目標となり得ていない。第 3 に、東アジアが優れた経済発展の
実績を上げた理由を十分に説明できていない。最後に、発展段階によって求められるガバ
ナンスがどう違うのか明らかでない。
途上国に対して過大なガバナンスの要求をするよりも、
「政府の政策立案・実行能力」に
絞って、
「途上国が経済発展するために何が最低限必要か」を論じたほうが実効ある政策論
議になり得ると考えられる。そのためにはかつて注目されることの少なかった東アジアの
国々、特にタイやインドネシアが長期的な発展を遂げた理由を検討することからヒントを
引き出すことが可能ではないか。また、最近の東アジアの通貨危機の影響の度合いは域内
でも顕著な差がみられるが、これが、ある程度の発展成果を上げた後の段階で求められる
ガバナンス充足の度合いと関連しているかどうかが、グッド・ガバナンスの論議の検討課
題となろう。
なお、現在のグッド・ガバナンス論議は、あまりにも先進国側の視点と論理が優越して
いるように思われ、途上国固有の文化や共同体の論理に基づいた視点を入れる方向での改
善が望まれる。
でもこのテーマに関する検討が進められており、
はじめに
1 9 9 2 年に閣議承認された「政府開発援助大綱
(ODA大綱)」の基本理念の部分にも言及されてい
冷 戦 の 終 結 を 契 機 に 、開 発 援 助 の 新 し い 政 策
るし、国際協力事業団(JICA)も 1995 年に『参加
課題として政治的なテーマが強調されるように
型開発と良い統治』という優れた報告書を出して
なった。この新しい波の中で、近年、経済発展の
いる 注 1)。
持続にとっての「グッド・ガバナンス(g o o d
これまでの論議を通じて、経済発展に果たすべ
governance:良い統治)」の重要性が指摘されてい
きグッド・ガバナンスの役割については、かなり
る。経済協力開発機構(OECD)や世界銀行などを
整理されたといってよいであろう。これは大きな
中心とする国際社会での論議と並行して、わが国
成果であるが、同時に、残された課題の多いこと
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
1
経済発展とグッド・ガバナンス
も痛感させられる。残された課題を要約すれば、
る世界銀行の見解は政治体制の要素をグッド・ガ
「途上国が何をすれば持続的な経済発展が可能にな
バナンスに含めず、主として「政府が経済的・社
るのか」という道筋が必ずしも明瞭に見えてこな
会的な資源を開発に向けて活用する際の権力行使
いという点である。グッド・ガバナンスに関する
のあり方」に着目している。具体的には、公的部
概念整理の作業を「第 1 世代のイシュー」である
門の効率、予測可能な法制度、説明責任
とすれば、途上国の経済発展にとって有効な政策
(accountability)、透明性(transparency)、情報公
手段を具体的な形で求める作業は「第 2 世代のイ
開などの項目がカギになるとしている注6)。ガバナ
シュー」と呼べるかもしれない。本稿の目的は、こ
ンスを論じるに際して世界銀行が政治制度に触れ
の第 2 世代のイシューについて序論的な考察を試
ることを慎重に避けているのは、政経分離を原則
みることである注 2)。
としてきたブレトン・ウッズ体制の下で、借入国
グッド・ガバナンスの問題の難しさは、結局の
の政治的な状況を融資基準としてはならないとす
ところ、概念が必ずしも明確でないことに起因す
る「非政治的考慮の規定」
(世界銀行協定第 4 条 10
ると考えられる。そこで、
「グッド・ガバナンスと
項)があるためである 注 7)。この点で、ブレトン・
は何か」という原点に戻って再検討することから
ウッズ体制の基本思想は、冷戦終結後の思潮を反
始めたい。
映した形で発足した欧州開発銀行のそれとは明ら
かに異なっている。このような制約の下にあるた
I
グッド・ガバナンスの概念
―“広い定義”と“狭い定義”
め、世界銀行がグッド・ガバナンスを重視するの
は、政治的理由からではなく、資源配分の改善に
貢献するから(つまり経済的視点)であるとしてい
これまでに提示されてきたグッド・ガバナンス
る注 8)。
の定義は多様であるが、これを“広い定義”と“狭
しかしながら、近年、世界銀行が途上国に対し
い定義”に分類することができる
注 3)
。
て求めているような権力行使のあり方は、議会制
現在、
“広い定義”が国際的に有力な見解となっ
民主主義なしに実現することが難しく、したがっ
ているが、その代表的な例であるOECDの見解は、
て、世界銀行のグッド・ガバナンスに関する主張
ガバナンスを「政治体制」
「経済的・社会的資源を
は、暗黙の内に議会制民主主義という特定の政治
管理する上での権力行使のあり方」
「政府が政策を
体制を志向しているとも考えられる注 9)。この観点
立案し実行する能力」の 3 つの側面から構成され
に立てば、世界銀行の“狭い定義”は実質的には
るものとし、さらに、公的部門の効率、法の整備
“広い定義”と本質的な差を持たないといえよう。
状況、腐敗や軍事支出の抑制などの要因も重要で
それでは、世界銀行とは異なった“狭い定義”の
注 4)
。前記の JICA の報告書は、良
考え方があり得るのだろうか。それは、おそらく
い統治の概念を民主化志向を持っているかどうか
「政府の制度能力(institutional capability)」すなわ
の「国家のあり方」と、政府が効果的・効率的に
ち「政府が経済発展に寄与し得る政策を立案し実
機能し得るかという「政府の機能のあり方」の2つ
行する能力と効率」の側面に焦点を絞ったものと
に区分しており注 5)、両者は基本的に同じ思想を共
なろう。ここでは、途上国政府の能力や効率の相
有していると考えられる。これらの“広い定義”の
違が、その国の政治体制や権力行使のあり方とは
大きな特徴は、政治体制の要素、すなわち議会制
独立して決まり、経済発展パフォーマンスを直接
民主主義または民主化の動き(非民主主義体制か
左右すると想定している。これを“第 3 の定義”と
ら民主主義体制への移行)をグッド・ガバナンス
しておこう。この“第 3 の定義”については、本
に明示的に含めている点であろう。
稿の後半部分で掘り下げて検討することとしたい。
あるとしている
これに対して、
“狭い定義”の代表例とされてい
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
2
経済発展とグッド・ガバナンス
の間に何らかの関連を見いだすことは困難であ
II “広い定義”のグッド・ガバナンス
を再検討する
る 注 14)。
途上国に対してグッド・ガバナンスを勧める理
由が経済発展への寄与であるとすれば、政治体制
上述のように、現在の国際社会では“広い定義”
の要素を含めることは妥当とはいえないであろう。
が有力な考え方となっているが、この考え方に
沿って途上国にガバナンスの改善と、それを通じ
2. 途上国にとって実効ある政策目標であり得るか
た持続的な経済発展の達成を助言する場合、どの
政治的側面を除くとしても、途上国が“広い定
ような点に留意しなければならないだろうか。以
義”のグッド・ガバナンスに含まれた広範な要求
下の 4 つの点が特に重要と考えられる。
を全面的に満たすことは大変難しい。日本のよう
な非西欧型の先進国も権力行使のあり方について
1.
政治体制は経済発展に有意な影響を与えるか
は合格にほど遠いことを勘案すると、現時点で
途上国に対するOECDの政策提言は、
「 政治体制
「政府の能力・効率」と「権力行使のあり方」の両
が(具体的には議会制民主主義の確立が)持続的
面で十分な要件を備え得る途上国が存在するのか
経済発展のカギである」という前提に立っている。
どうか疑問である。その一方で、東アジアなど持
この前提の哲学や理念としての評価は別にして、
続的な経済発展を達成した途上国が少なくないと
これを歴史的事実によって支持することは容易で
いう事実がある。これは、経済発展の持続に不可
はないであろう(ここでは、紙数を考慮し、途上国
欠なのは高度のガバナンスよりも、むしろ最低限
の政治体制について先進国あるいはドナーが干渉
必要なガバナンスであることを示唆している。理
することの是非の論議には踏み込まない)。
すでに、
想的な条件を並べるよりも「途上国にとって何が
政治体制と経済発展パフォーマンスの間には確立
最低限必要か」を検討し、その目標の実現に向
した有意な相関関係が見いだされないとする多く
かって途上国と先進国が協力することを提案する
の研究結果が出されているからである
注10)11)12)
。ち
ほうが政策論議としての実効が期待できるのでは
なみに、長期間にわたって高い経済成長率を示し
ないだろうか。
てきた国々のリストを作成してみれば、そこには
グッド・ガバナンスの重要性を強く認識させる
民主主義、権威主義、開発主義など多様な政治体
契機となったのは、1980 年代から精力的に続けら
制が見いだされることがわかる
注 13)
。
れた対アフリカの構造調整援助注 15) の結果に関す
議会制民主主義と経済発展の間に密接な関連が
る反省であった。構造調整政策の結果、いくつか
なくとも、民主化と経済発展の間にはそれが見い
のアフリカ諸国では市場原理に沿った経済政策が
だされるという主張があり得るかもしれない。こ
導入され、経済運営のあり方が大幅に改善された
のような信念が国際的に広く共有されていること
が、期待されたような投資の伸びや経済成長には
は重要な事実であるが、これを実証することも容
結び付かなかった。このような経験を総括した報
易ではない。一例を挙げてみよう。冷戦の終結後、
告書の中で、世界銀行は、
「適切な経済政策が行わ
かつて中央計画経済体制をとっていた国々の多く
れても、人的資源やインフラストラクチャーヘの
が市場経済への移行を開始したが、中欧の国々や
投資、行政能力の改善がないと貧困緩和や生活水
ロシア、キルギス、モンゴルなどは政治改革(議
準の向上につながりにくい」と述べ、
「開発の目標
会制民主主義の導入)を試み、中国、ヴィエトナ
を達成できる形に資源を活用するためには、特に、
ム、ウズベキスタンなどは、実質的には一党独裁
強いリーダーシップとグッド・ガバナンスが必要
体制を崩していない。これらの市場経済移行国の
である」と、グッド・ガバナンスの重要性を強調
民主化の進展度合いとマクロ経済パフォーマンス
「グッド・ガバナンスは健全な経済
している 注 16)。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
3
経済発展とグッド・ガバナンス
政策にとって不可欠の補完要因である」という問
は、東アジアのガバナンスが権力行使のあり方の
題意識はこうして生まれたのである。
面で相対的に優れていたという発見はみられない。
ただ、世界銀行の上記の報告書は、アフリカに
ただ、権力行使のあり方に深刻な欠陥があれば発
とって必要なグッド・ガバナンスの要件を具体的
展の持続は困難であっただろう。
に示していない。国際社会から求められている高
ところで、東アジアの政府の能力を扱う西欧の
度なガバナンスの水準は、アフリカの現状から遠
研究の多くは東アジアを一括して扱い、その多様
すぎて、アフリカ経済をとりあえず成長軌道に乗
性を十分考慮しない傾向を持つことに注意する必
せるためのガバナンスの確保という目的には適さ
要がある。もっぱら日本、韓国、台湾などの北東
ない。言い換えれば、正統的なグッド・ガバナン
アジアの状況に基づいて東アジア政府の能力の高
スの概念は、アフリカの現状を改善する政策論議
さを論じる傾向がみられるが、北東アジアと東南
の基礎として実効性を持ち難いのである。実効あ
アジアの差を十分に考慮せずに東アジアとして一
る政策論議のためには、前述のように、
「途上国に
般化することは危険である。科挙の伝統を文化遺
とって何が最低限必要か」を検討するべきであ
産として継承した韓国や台湾では、社会における
ろう。
官僚機構の位置づけが一般の途上国とは明らかに
違っていたであろう。東南アジアでも、独立の指
3.
東アジアの経済発展をどう説明するか
導者がエリート官僚制度の確立に全力を挙げたシ
そのためのひとつの手がかりは、東アジアでの
ンガポール注 20) は、発展初期に他の途上国にはみ
長期にわたる経済発展の実績とガバナンスとの関
られない特殊な制度能力の芽を備えていたといえ
係を分析することである。いくつかの東アジア諸
るだろう。これらの国々の経験は、他の途上国の
国は昨年から深刻な経済危機を経験しているが
参考例として必ずしも適当でない恐れがある。
(この点については次節で述べる)、1960 年代から
そこで、平均的な途上国の経験を探すと、タイ
の長期的な成長実績という点で、東アジアが際
とインドネシアは比較的この目的に適していると
立った存在であることに変わりはない。
「ガバナン
思われる。急速な発展が始まる以前のこの両国の
スと経済発展の間に極めて密接な関係がある」と
経済は取り立てて注目されることが少なかったし、
いう基本認識注 17) を前提にすれば、高度成長が軌
当時の政府や官僚機構の能力が平均的な途上国の
道に乗った時点での東アジアのガバナンスの水準
水準と異なっているともみられていなかった。イ
は、他の途上国に比べて優れていたはずである。
ンドのように、当時も今も、他の途上国に比べて
どこが優れていたのだろうか。
官僚の選抜のための競争がはるかに厳しく体系的
90 年代に入ってから、東アジアの発展過程に関
であり、昇進システムもより整備され、また、官
する多くの優れた研究が出された。これらの研究
僚の社会的地位も相対的に高い国ではなかったの
が共通して指摘するのは、東アジアにおける政府
である。
の役割の重要性である。特に、政府による介入が
50 年代末のタイや 60 年代半ばのインドネシア
他の地域と異なり生産的な結果を生んだ点が東ア
の政府の能力が通常の途上国と大差のない状態
ジアの特徴とされ、これを可能にしたテクノク
だったという仮説に立てば、当時のこれらの国々
ラートの能力や機能的な官僚制度が脚光を浴び
のガバナンスが、途上国の発展に求められる最低
注 18)
。東アジアと他の地域の明暗が分かれた決
限必要なガバナンスの水準と内容にヒントを与え
定的な要因が「政府の制度能力」、前述の OECD の
ることが考えられる(現在との時代の違いを考慮
枠組みに当てはめると「政府が政策を立案し実行
する必要のあることはいうまでもないが)。当時の
する能力」であるという点もコンセンサスになっ
タイとインドネシアに着目するもうひとつの理由
た
ているといえよう
注 19)
。ちなみに、これらの研究に
は、この時期に両国の経済が停滞から抜け出て、
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
4
経済発展とグッド・ガバナンス
持続的な成長軌道に乗ったことである。この変化
る。これまでのところ、ガバナンスと通貨危機の
はガバナンス要因からどう説明できるのだろうか。
関連は挿話的に説明されるにとどまっているが、
韓国、インドネシア、タイの 3 カ国と台湾、シン
4. 求められるガバナンスは経済発展段階によっ
てどのように変わるのか
ガポールのガバナンスの水準の差がダメージの差
につながったとすれば、発展段階とガバナンス
これまで、途上国の持続的発展にとって最低限
(経済発展を軌道に乗せるために必要なガバナンス
必要なガバナンスの内容に注目してきた。アフリ
ではなく、好調な発展を経験して次の高度な段階
カをはじめ、多くの途上国が発展プロセスの始動
に進むために必要なガバナンス)の関連を論じる
に悩んでいるからである。他方、経済発展がかな
上で重要な事例となろう。
りの期間持続すると、従来どおりのガバナンスの
水準では一段上の段階に進めないという困難が生
じることも考えられる。このように、途上国の持
III 経済発展の始動に不可欠なガバナ
ンスを求めて
続的発展のためのガバナンスの水準は発展段階に
伴って高度化すると想定するほうが、発展段階に
これまでの検討の結果、グッド・ガバナンスの
かかわらず同じ水準・内容のガバナンスを適用し
“広い定義”に基づいて途上国に実効ある政策提言
ようとするよりも現実的であろう。
をする上での問題点が浮かび上がってきた。第 1
これに関連して、1997 年に発生した東アジアの
に、経済発展と政治体制の因果関係は実証されて
通貨危機を、政府主導の経済運営や統治の質と結
いないので、経済発展に寄与するという理由で特
び付ける主張が出てきている。
「政府が大きな企業
定の政治体制を示唆することは適当でない(これ
グループと官民一体で資源配分を決める仕組みが、
は民主化についての価値判断とは別の問題であ
市場の変化に対応できず、過剰投資や供給過剰な
る)。第 2 に、途上国の現状とかけ離れた広範で高
どの問題を引き起こしている」というグリーンス
度なガバナンスの要求は意味のある政策目標とは
パン米国連邦準備理事会(FRB)議長の指摘が典
なり得ず、したがって実効ある政策論議のベース
注 21)
。この点の結論を出すのは容
になり難い。第 3 に、
“広い定義”では東アジアの
易ではない。確かに韓国やインドネシアでは開発
経済発展実績をうまく説明できないし、第4に、経
主義型の経済運営注 13) が行われてきたが、その特
済発展段階と求められるグッド・ガバナンスの内
徴を共有している台湾とシンガポールは、今回の
容の関連が明瞭でない。
危機の過程で軽微な影響を受けたにとどまってい
そこで、政府の制度能力に焦点を絞った前述の
る。他方、タイでは政府の役割は伝統的に控えめ
“第 3 の定義”を採用したほうが有効と考える。
で韓国やインドネシアと対照的であり、規制緩和
1960 年前後のタイと 60 年代半ばのインドネシア
や自由化など経済改革も他の途上国をリードして
に生じた変化を、この角度から検討してみよう。
いる。
58年にタイで起きたサリット将軍のクーデター
韓国、インドネシア、タイの 3 カ国に共通して
は、その他の数多くのクーデターと違って、タイ
いるのは、民間企業が将来を過度に楽観して外貨
経済に決定的な転機をもたらしたことで知られて
建ての過大な借入に走り、マクロ経済の外貨繰り
いる。国営企業重視で停滞気味であったタイ経済
を破綻の危機に追い込んだという点であり、その
は、サリットの導入したいくつかの新機軸によっ
過程で政治家や政府高官の庇護が民間企業の暴走
て活性化されたが、これはサリット体制のキー
を可能にした(要人と民間企業の間のパトロン関
ワードである「開発」の達成に向けたテクノク
係が背景にあった)という側面であろう。これは
ラート体制の確立でもあった。
「国家経済社会開発
権力行使のあり方としてのガバナンスの問題であ
庁(The National Economic and Social Development
型的な例である
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
5
経済発展とグッド・ガバナンス
Board:NESDB)」と「予算局」が設立され、大蔵
れたことによって民間部門にとっての予測可能性
省と中央銀行を加えたテクノクラートの中核体制
(predictability)が増し、その結果、政府に対する
が整った。また、60 年には「経済開発 6 カ年計画」
信頼が増して安定した経済活動ができるように
が発表され、貴族出身者を中心とする従来のエ
なった。これらの体制の特徴は、先に述べた 注 13)
リート官僚層に代えて、海外留学経験を持つ若手
「開発主義体制」の特徴でもあり、開発主義が経済
テクノクラートが多く登用されたが、サリットは
発展の始動にとって有利な環境条件を用意する上
これらの若手テクノクラートに経済運営の大幅な
で有効であるという主張の論拠となっているが、
権限を持たせた。重要なことは、この変化が経済
これは、必ずしも議会制民主主義の下での開発の
活動の実権を持つ華僑によって強く支持されたこ
制度化の可能性を排除するものではない。重要な
とである 注 22)。経済開発と社会的安定を重視する
のは政治体制ではなく、開発に向かってどれだけ
サリットの姿勢は、民間部門にとって好ましい
資源を効果的に動員でき、優秀な人材を政府部門
ゲームのルールが確立されたことを意味し、積極
にどれだけ引きつけられるかなのである。
的な投資マインドを生んだのである。
タイやインドネシアの政府の制度能力はこうし
一方、66 年に、インドネシアでは「9.30 事件」に
て改善され、経済発展を導くような経済政策の立
続く混乱の中からスハルト将軍への大統領権限委
案・実施が可能となった。残された問題は権力行
譲が行われ、今日まで続く「新秩序体制」が成立
使のあり方の改善である。この点では基本的な変
した。第三世界の連帯の旗手として、バンドン会
化はなく、政治家や政府要人による利権追求や彼
議の開催をはじめとする輝かしい実績を上げた
らと民間部門とのパトロン関係が存続してきた。
スカルノの関心が政治・外交面に偏っていたのと
このようなタイプの経済社会で重要なのは、利権
対照的に、経済重視のスハルト体制のキーワード
追求や腐敗を一定の限度内に制御する効果を持つ
は「開発」と「安定」であったが、最優先テーマが
チェック・アンド・バランスの仕組みである。大
開発に転換したことは、スカルノ時代末期のよう
統領に権限の集中したインドネシアではチェッ
な混乱と恐怖はもうこりごりだという国民の間の
ク・アンド・バランスは非常に弱体である。タイ
広範な合意に合致したものであったといえる
注23)
。
では、特に80年代のプレーム政権時代には、軍部、
スハルト政権もまた、留学経験を持つ若手 経 済
政党、テクノクラート、民間企業などの相互牽制
学者グループを登用してマクロ経済運営を任せ、
によって比較的うまくチェック・アンド・バラン
彼らの活動の基地としての「国家開発庁(Badan
スが機能していたが、皮肉なことに 92 年の民主化
Perencanaan Pembangunan Nasional:BAPPENAS)」
の大幅な進展の後、かえって政治ボスの権力乱用
が重要な役割を但った。スカルノ時代に超インフ
に対する歯止めが失われてしまった注 25)。
レと債務返済不能に悩まされ停滞していたインド
ネシア経済は次第に改善され、68 年以降は力強い
おわりに
成長がみられるようになった。
以上にみたように、サリットとスハルトの 2 つ
本稿では、途上国の経済を持続的な成長軌道に
の体制の間に多くの共通点がみられることは、す
乗せるためには、ガバナンスの諸側面のうち政府
でにいろいろな形で指摘されているが、その共通
の制度能力の強化に努力を集中して、適切な経済
点を要約すれば、開発指向というゲームのルール
政策との補完関係を構築するのが効果的だという
が明確にされたということになろう。ノースは
ことを強調してきた。この視点からグッド・ガバ
「社会におけるゲームのルール」を制度と呼んでい
ナンスと経済発展の関係を再検討することが望ま
注 24)
、サリットやスハルトの体制は「開発の
れる。ただ、強力な政府の負の要素を抑えるため
制度化」であったといえよう。ルールが明確化さ
のチェック・アンド・バランスの仕組みの強化が
るから
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
6
経済発展とグッド・ガバナンス
望ましい。そして、持続的な経済発展を達成した
途上国が一段上の段階に飛躍するためには、権力
私有財産制度と市場経済を基本とする.③経済発展の
達成という長期的視点から,政府による市場の介入を
容認する.④議会制民主主義に対する何らかの制約が
行使のあり方にかかわる側面のグッド・ガバナン
加えられることが多い.⑤経済開発の遂行に関する権
スの改善がカギとなろう。
限がテクノクラートに大幅に委譲される.特に①と⑤
なお、グッド・ガバナンスについてのこれまで
の論議をみると、あまりにもドナー側の論理・視
点が優越しすぎているように思われる。途上国固
有の文化や共同体の論理により多くの注意を払っ
た概念の構築が望まれる。
は通常の権威主義体制に比べ大きな特徴といえる.
(村上泰亮:反古典の政治経済学,中央公論社,p1-6,
1992.渡辺利夫:新世紀アジアの構想,筑摩書房,p1419,1995.末廣,op. cit., p223.)
14) 西垣昭,下村恭民:開発援助の経済学,有斐閣,p3540,1997.
15) 1970年代末に,途上国のマクロ経済不均衡の深刻化に
対応するべく,世界銀行によって導入された援助方
注 釈
式.途上国に対外決済資金を供給する代わりに経済改
革プログラムを立案・実施させ,市場原理に沿った規
制緩和や自由化・民営化などの政策が行われるように
1) 参加型開発と良い統治:分野別援助研究会報告書,国
際協力事業団,1995.
2) ガバナンスについての基礎知識に乏しい筆者は,稲田
して,成長軌道への復帰を図るもの.
16) World Bank:Adjustment in Africa:Results, and the Road
ahead, Oxford University Press, New York, p219, 1994.
十一,アン・エミッグ,辻 也,中川淳司の各氏から
17) OECD, op. cit., p5.
貴重な教示を得た.ここに記して深謝したい.ただ,
18) 世界銀行は,「強力で政治的圧力から有効に遮断され
本稿の内容についての責任が筆者1人にあることはい
うまでもない.
た官僚機構」の重要性,特に,①激しい競争の中で能
力主義に基づいて行われる採用と昇進,②給与や社会
3) Nelson, J., Eglinton, S.:Global Goals, Contentious
的地位の高さなどを強調している.World Bank:The
Means:Issues of Multiple Aid Conditionality, Overseas
East Asian Miracle:Economic Growth and Public Policy,
Development Council, Washington, D.C., p14-17, 1993.の
アプローチを参考にしている.
4) OECD:Participatory Development and Good Governance
(Development Co-operation Guidelines Series), p14-23,
1995.
5) 国際協力事業団,op. cit., p28-32.
Oxford University Press, New York, p173-179, 1993.
19) World Bank:World Development Report 1997, Oxford
University Press, New York, p32, 1997.
20) Soon, T.W., Tan, C.S.:The Lessons of East Asia:
Singapore:Public Policy and Economic Development,
World Bank, Washington. D.C.,p19,1993.
6) World Bank:Governance and Development, p3-6, 1992.
21) 日本経済新聞,1997. 12. 3(朝刊).
7) 大芝亮:国際組織の政治経済学:冷戦後の国際関係の
22) Christensen, S,. Siamwalla, A., Vichyanond, P.:Institu-
枠組み,有斐閣,p134-136,1994.
8) World Bank, op. cit., p5.
9) Nelson, J., Eglinton, S., op. cit., p15.
10) Haggard, S.:Pathways from the Periphery:The Politics
of Growth in the Newly Industrializing Countries, Cornell
University Press, London, p263, 1990.
11) Huntington, S.:The Third Wave:Democratization in the
Late Twentieth Century, University of Oklahoma Press,
London, p59, 1991.
12) Nelson, J., Eglinton, S., op. cit., p71-77.
tional and Political Bases of Growth-Inducing Policies in
Thailand, Draft prepared for the World Bank project on the
East Asian Development Experience (mimeo), p7, 1992.
23) 白石隆:インドネシア:国家と政治,リブロポート,
p60,1992.
24) North, D.:Institutions, Institutional Change and Economic
Performance, Cambridge University Press, Cambridge, p3,
1996.
25) 下村恭民 : タイの通貨危機を総合検証する.国際金
融,998:22-26,1998.
13) 権威主義体制(authoritarian regime)は,もうひとつの
非民主主義体制である全体主義体制(t o t a l i t a r i a n
regime)と同様に,政策決定を個人や少数の集団が独
下村 恭民(しもむら やすたみ)
占するが,一般大衆の政治動員への積極性や体制を支
1940 年生まれ.慶應義塾大学経済学部卒.米国コロン
えるイデオロギーの明確さに欠ける.〔末廣昭:アジ
ビア大学経営学大学院修士課程修了(MBA).
ア開発独裁論.近代化と構造変動(講座現代アジア第
現在,政策研究大学院大学および埼玉大学大学院政策科
2 巻),中兼和津次編,東京大学出版会,p214,1994.〕
学研究科教授.
権威主義体制のうち,以下のような特徴を持ったも
のを開発主義体制(developmental state)と呼ぶ.①経
専門は経済協力論,市場経済移行論.
〔著作・論文〕
済開発の推進を最重点政策課題とし,国民的統合の目
ODAの現場で考える,外国為替貿易研究会,1991.
(編著)
標および手段,政権の正統性のよりどころとする.②
Japan's Aid:Historical Roots, Contemporary Issues, Future
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
7
経済発展とグッド・ガバナンス
Agenda, The Overseas Economic Cooperation Fund, Tokyo,
1996. (Nishigaki, A. との共著)
開発援助の経済学 : 「共生の世界」と日本の ODA,有斐
閣,1997.(共著)
Northeast Asia in Transition:Evolving Issues and a Policy
Agenda, Facets of Transformation of the Northeast Asian Countries, Research Institute of Northeast Asia, Tohoku University,
Sendai, 1998.(予定)
ODA 大綱の政治経済学,有斐閣,1998.(共著)
(予定)
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
8
サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する日本の援助可能性
〔論 文〕
サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する
日本の援助可能性
− 1990 年代の社会変動をふまえて−
なかむら
ゆうすけ
はま の
たかし
中村 雄祐
浜野 隆
(東京大学助教授)
(武蔵野女子大学専任講師)
なが た
よしゆき
よこぜき
ゆ
み
こ
永田 佳之
横関 祐見子
(国立教育研究所研究員)
(国際協力事業団国際協力専門員)
くらしも
じゅんこ
蔵下 順子
(国際協力事業団ジュニア専門員)
開発援助において、サブ・サハラ・アフリカの基礎教育は、現在最も注目されている領
域のひとつである。この地域の基礎教育の問題点は「量的拡大の停滞と教育の質の悪さ」で
あり、その背景には、「教育財政の逼迫と教育インフラの不足」
「教員給与の低さと職業と
しての魅力のなさ」
「教育内容の不適切さ」
「言語状況の多様性と教授言語問題」
「教育行政
と学校の管理運営の悪さ」「さまざまな社会集団間の教育格差」といった問題がある。
このようなさまざまな問題を抱えた基礎教育への援助を検討するに当たっては、その地
域特有の社会経済的変化を踏まえる必要がある。この地域においては、現在、1950 年代か
ら 60 年代の独立期以来の大規模な政治経済体制の変革(政治体制の民主化、行政機構の地
方分権化、経済の自由化)が起こっている。そのような変革の中で、基礎教育にも「住民
参加」といった新たな流れが生じつつある。一方、援助機関の側にも、90 年代に入ると、80
年代の構造調整への反省から、
「オーナーシップ」
「パートナーシップ」といった概念をキー
ワードにした新たなアプローチが生じてきている。
このような「サブ・サハラ・アフリカにおける大規模な変革」
「援助機関における新たな
アプローチの台頭」を考え合わせると、わが国も、サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に
対する援助において、これまでの枠組みにはとらわれない援助アプローチを展開すること
が必要となる。また、国際協力事業団の「開発と教育分野別援助研究会」でも、
「新たなア
プローチを開発する」ことは強調されている。そこで、本稿では、
「住民参加」をひとつの
キーワードと考え、短期的には「住民参加型学校建設のための実態調査」、中・長期的には
「基礎教育に関与する諸組織の運営・調査研究能力の強化」「多元化する組織、複雑化する
制度間の相互調整」を提言している。
めの教育世界会議」では基礎教育の重要性が強調
はじめに
され、96 年には DAC(開発援助委員会)新開発戦
略において、教育開発が不可欠であることが示さ
開発援助において、サブ・サハラ・アフリカ(以
れた。さらに、96 年の UNCTAD(国連貿易開発会
下、アフリカ)の基礎教育は、現在最も注目され
議)総会では、池田外相(当時)が、アフリカ諸
ている領域のひとつである。1990 年の「万人のた
国における日本の積極的な役割と教育支援の実施
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
9
を約束した。
入学する児童の割合が低く、6 歳で小学校に入学
今後の日本の対アフリカ教育援助を効果的にす
する児童は全体の 40% に満たない。いうまでもな
るためにも、アフリカにおける教育の実態の把握
く、このように就学率が低い上に、内部効率が悪
とその分析は欠かせない。にもかかわらず、わが
いことは、非識字者の増大にも結び付いている。
国においては、アフリカの基礎教育や基礎教育分
野の国際協力を対象とした研究はほとんどないの
2. 教育開発が停滞する背景
が現状である。そこで、本論文では、アフリカに
前節で述べたような、量的にも質的にも基礎教
おける基礎教育の現状および問題点をまず把握し、
育の発展が停滞している背景には、各国が共通し
さらに、日本の援助可能性について検討する注 1)。
て直面するいくつかの問題がある。以下、主な共
なお、一般的に、
「基礎教育」とは、初等教育お
通問題を手短にみていこう。
よび成人識字教育を指し、国によっては就学前教
1) 人口増大による教育財政の逼迫と教育インフ
育や中等教育の一部を含むものであるが、先の
ラの不足
UNCTAD総会の声明でも特に初等教育に焦点が当
アフリカにおける学齢人口は年々増加の一途を
てられているため、本稿では基礎教育の中でも主
たどり、総人口に占める学齢人口の割合はほとん
として初等教育について論じることにする。
ど低下する気配がない。世界銀行(以下、世銀)に
よると、アフリカにおける 6 歳から 11 歳人口の年
I
サブ・サハラ・アフリカの基礎教
育における共通問題
間増加率は、1991 年から 2000 年までの 10 年も、
2001年から2010年までの10年も世界で最も高く、
2.5% 以上であると予測されている注 3)。
まず、アフリカの基礎教育の現状が世界の他地
学齢人口の増加に加えて、教育予算の内部配分
域と比較した場合、どのような特徴があるのかを
にも問題がある。第 1 に高等教育への支出が学生
概観しておきたい。
数の割には大きすぎ、これが基礎教育普及を間接
的に妨げる要因となっている。第 2 に経常支出の
1. 量的拡大の停滞と質的低下
割合の大きさである。アフリカ諸国では、教育予
アフリカは、世界で最も初等教育の就学率が低
算の大部分が教員給与を中心とする経常支出に費
い地域である。1980 年の時点では南アジアとほぼ
やされており、教科書や教材、教育施設などの改
同水準であったが、80 年代のアフリカ諸国におけ
善や、教員再訓練のための予算は乏しい。
る初等教育就学率の動向をみると、まさに「失わ
基礎教育への支出が少ないことは、教育施設や
れた 10 年」といわれるように、多くの国で初等教
設備の不足の問題につながっている。小学校の二
育就学率は低下したことがわかる。しかも、この
部制、三部制は授業時間減少の一因となり、教育
時期に就学率が低下したのは世界でこの地域だけ
の質の低下を招いている。また、教科書や教材も
である。また、90 年代に入ってからも就学率の伸
不足している。児童が購入する負担を軽減し、同
びは芳しくはない。アフリカではほとんどの国で
じ教科書を複数年使用するために、教科書は貸与
2000 年までに「万人のための教育」を達成するの
制としている国もあるが、教科書の管理が困難な
は不可能であるといわれている
注 2)
。
ため、制度が有効に機能していない場合が多い。
アフリカの基礎教育においては、量的な側面の
2) 教員をめぐる諸問題
みならず、質的な面でも問題が多い。それは、留
教育予算の大部分が教員給与を中心とする経常
年率とドロップアウト率が高いという内部効率の
支出に費やされているにもかかわらず、教員の給
悪さに反映されている。たとえば、比較的就学率
与は他の職種に比べて決して高くない。また、ア
の高いジンバブエのような国でも、適切な学齢で
フリカでは、一般的に教師の社会的地位は低く、
10
サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する日本の援助可能性
社会的に尊敬される職業でないことが多い。この
する主な問題を挙げた。こうした問題の表れ方は
ような教員の社会・経済的地位の低さと待遇が、
当然国によってさまざまであるが、忘れてはなら
教員の志気の低さと職業としての人気のなさを生
ないのは、同じ国の中でも、地域(都市/村落)、
み出し、教員の質の低さや教員不足に結び付いて
社会階層、民族、性別などによって状況が大きく
いるといえる。
異なり得ることである。つまり、国内でもさまざ
3) 教育内容の不適切さ
まな格差が認められることもまた、アフリカの基
多くのアフリカ諸国では、カリキュラムの見直
礎教育が直面する重大な問題のひとつなのである。
しや学習内容の改善が行われているが、国や地域
の社会・文化的環境に合致していないため、児童
の学習ニーズを十分満たしていない場合が多い。
II
サブ・サハラ・アフリカの基礎教
育をめぐる 1990 年代の社会変動
学校で教えられている教育内容があまりにも自分
たちの生活と無関係であったり、自分たちのニー
前章でみたようなさまざまな問題を抱えた基礎
ズからかけ離れたものであれば、住民たちは学校
教育への援助を検討するには、さらに、その地域
へ行く価値を見いだしにくい。このような教育内
特有の社会・経済的変化をふまえる必要がある。
容の適切さの欠如は、教育の質を低下させ、就学
アフリカにおいては、現在、1950 年代から 60 年代
率の向上を阻む一因となっている。
の独立期以来の大規模な政治経済体制の変革が起
4) 多言語状況とメディア格差
こっている。それは、単純化して述べれば、それ
アフリカの基礎教育においては教授言語が非常
までの極度に中央集権的な政治経済体制から〈政
に大きな問題である。アフリカの多くの国は多言
治体制の民主化〉、
〈行政機構の地方分権化〉、
〈経
語国家であるが、公用語が旧宗主国以来の西ヨー
済の自由化〉へ、という複合的な変化である。そ
ロッパ言語でありながら、住民の第一言語である
のような中で、90 年代に入り、基礎教育にも大き
アフリカ諸語の文字化が立ち遅れている国が少な
な変革が生じつつある。そこでのキーワードのひ
くない。このようなメディア格差を伴った多言語
とつとして「住民参加」が挙げられる。周知のご
状況は、児童の学習にとって大きな障害となって
とく、経済開発、社会開発における住民参加の重
おり、ドロップアウト、ひいては識字率の低迷の
要性はアフリカに限らず広く認識されており、教
大きな要因となっている。
育分野もその例外ではない。とりわけ、中央集権
5) 教育行政・学校運営能力の低さ
的な政治体制の機能不全が明らかな現在、住民参
地方では、人的資源や予算の不足により、中央
加には大きな期待が寄せられている。本章ではア
で策定された教育政策を計画どおりに遂行できな
フリカの学校教育における住民参加が持つ可能性、
いことが多く、教育の地域間格差を招いている。
およびその問題点を検討したい。
現在、地方分権化が進む中で、ガーナのように地
方での教育開発に重点を置く政策を採る国が今後
増加する傾向にあるが、地方教育行政のキャパシ
1. 自由経済化・民主化・地方分権化と教育制度
改革
ティーには問題が残る。また、学校レベルでの管
ここでは、近年大規模な教育制度改革が行われ
理運営においては、学校施設や資機材の保管の不
ているマリ共和国を例に採りたい。1980 年代まで
十分さという問題がある。たとえば、ザンビアな
のマリ共和国における教育制度は、旧宗主国フラ
どの国々では学校施設や資機材の盗難などが頻繁
ンスの植民地時代以来の中央集権的傾向が強く、
に起こり、教育インフラの不足につながっている。
住民による自主管理という側面は希薄であった。
しかしながら、80 年代の構造調整により経済の自
以上、アフリカ各国の基礎教育が共通して直面
由化が促進され、さらに 91 年の軍事クーデターを
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
11
契機に民主化が起こり、現在もさまざまな制度改
速に広まった国内 NGO(非政府組織)の活動であ
革が進行中である。
る。最新の報道によれば、民主化前の 1990 年には
教育制度の改革はその重要な柱のひとつであっ
50 ほどしかなかった国内 NGO が、現在では 650 に
た。94年には、
「 私立学校教育(enseignement privé)
まで増え、各地で活発に活動している 注 5)。
に関する新しい法律」
(loi no.94-032)が公布され
NGO の台頭は、〈民主化・地方分権化〉という
たが、それはいわば「国家こそが国民に教育を与
変化を考えれば、より積極的な住民参加の印とし
える」という独立以来の基本方針の放棄を宣言す
て、一見当然の帰結のようにも思える。しかしな
るものであった。新しい私立学校法の要点は、そ
がら、行政機構や選挙制度の改革は必然的に、本
れまでもっぱら中央政府によって集中的に管理さ
来〈非政府的:non-governmental〉を標榜しつつ活
れながら実質的には深刻な機能不全に陥っていた
動してきた NGO 側にもさまざまな影響を及ぼす。
学校教育に対して、より柔軟かつ多様な設立・運
たとえば、南アフリカ共和国ではアパルトヘイト
営の可能性が開かれるようになったことにある。
体制下においてNGOの活動が活発であったが、94
中でも初等教育における有力なオルタナティヴ
年の国民統合政府の誕生以来、国外からの資金供
として注目されているのが、地域(communautés
給メカニズムの変化、NGOから新政府への人材流
r u r a l e s o u u r b a i n e s )、 あ る い は 協 会 組 織
出などによって、多くのNGOが困難に直面してい
(associations)によって非営利的に運営される「共
る。91 年に約 5 万 4000 あった同国の国内 NGO の
同体学校」
(écoles communautaires)である。共同
総数は、96 年には約 1 万 5000 から 2 万 5000 に激
体学校は、教育プログラム、生徒数(20 人以上)、
減したといわれる注 6)。新政府の今後のパフォーマ
施設などに関して満たすべき基本条件が定められ
ンスいかんでこうした状況の評価も変わるであろ
てはいるものの、教授言語、教員給与の支払い方
うが、いかなる制度にも必ず限界や弱点があるこ
式など、緩やかな条件の範囲内で各学校・運営委
と、特に NGO の持つ機動性、柔軟性を考えれば、
員会の自由裁量とされる部分も少なくない。たと
民主化以降の NGO 活動の停滞は憂慮すべき事態
えば、教育プログラムに関しては、原則として国
といえよう。
定プログラムを用いることとされているものの、
基礎教育省が認める範囲内ならば独自のプログラ
3.公共制度と多様な価値観
ムを教えることもできる。また、教員資格保持者
以上のNGOに関する2つの対照的な事例からも
が見つからない場合、地域や協会のメンバーが代
うかがえるとおり、民主化・地方分権化が引き起
用教員を務めることも認められている。
こす帰結は決して単純なものではない。しかも、
マリにおける一連の教育改革、特に共同体学校
民主化・地方分権化と同時に自由経済化が進行し
方式は、アフリカ全体で進行しつつある基礎教育
つつあることを考えれば、
「住民参加」は住民間の
における〈民主化・地方分権化〉の動きの中でも
生活格差の拡大につながる危険性も否定できない。
最も大胆な試みのひとつといえよう(同様の変化
「地域社会による学校運営」は、たとえさまざまな
はやはりフランス領植民地から出発したセネガル
サポートが用意されたとしても、特に困窮地域の
でも認められる)。
住民にとって決して容易なことではない。その一
方で、本質的に私企業的性格の強い私立学校は、
2. 民主化・地方分権化と NGO の活動
規制緩和によって今後アフリカにおいてますます
マリの共同体学校方式は村落部、都市部を問わ
無視できない存在になる可能性が高く、その動向
ず、いくつかの貧しい地域ですでに就学率や定着
は今後注目を要する。
率などの面で一定の成果を上げ始めているといわ
さらに、こうした初等教育の非国営化により、
れているが
12
注4)
、その背景にあるのは民主化以降急
学校設立・運営、さらには教授言語や教育内容に
サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する日本の援助可能性
ついても住民の関与度が高まることになる。それ
②相手国と共同で計画を策定する。
は、単に財政負担という点で国の手を離れるとい
③教育援助に関する国際的ネットワークへ積極
うだけではなく、社会的・文化的な色彩を帯びた
的に参加する。
ものとなり、そこにはさまざまな利害関係が生じ
④途上国とのコミュニケーションを確立する。
てくることになる。このように、
〈自由経済化・民
⑤新たな援助アプローチを開発する。
主化〉は中央集権的な体制のもとでは表立つこと
このうち、大きな社会変動の中にあるアフリカ
のなかった多様なステークホルダー(利害関係を
基礎教育への援助を検討する上で特に重要なポイ
持つ関係者)の存在を顕在化させるという側面も
ントは、⑤の「新たな援助アプローチを開発する」
備えているのである。
ということである。本章では、アフリカの基礎教
育への援助において、
「新たな援助アプローチ」と
4. 多様な価値観、利害の相互調整の必要性
は何かを検討したい。
以上、本章ではアフリカの学校教育における住
民参加のあり方を検討してきた。実際の中央政府
1. 短期的課題
の能力不足を考えれば、教育制度における国家独
日本の対アフリカ基礎教育援助に関する短期的
占状態から住民参加型への移行は、いわば必然的
な課題としては、これまでにも行ってきた協力分
な成り行きとみることもできよう。しかしながら、
野に関して、その評価を行い、効果発現要因、効
それによって新たな(というよりも、これまでは
果発現阻害要因を特定した上で、今後の方向性を
問わずに済まされてきた)難問を抱えることに
決めるのが望ましいと思われる。しかし、前章で
なったのも事実である。ほぼ共通した問題として
検討してきたような社会変動を考えると、従来の
浮かび上がってきたのは、住民参加が必然的に引
枠組みにはとらわれない新たな援助アプローチを
き起こす多様な価値観、利害の顕在化であり、そ
開発していく必要もある。
れらの間の相互調整の重要性である。それはいわ
1) 新たな援助アプローチとしての「住民参加」
ば民主化・地方分権化を獲得した代わりに住民が
と「オーナーシップ(当事者意識)」
払わねばならない代価であるが、その一方で、自
アフリカの教育開発においては、1980 年代の構
由経済化という一種の競争原理が持ち込まれてい
造調整によって大きな打撃を受けたという事実を
る現在、多様な価値観、利害の調整は、より安定
踏まえる必要がある。80 年代、対アフリカ教育援
した社会の発展を実現するためにますます欠かせ
助においては、世銀の構造調整アプローチが支配
ないものとなっている。それに加えて、貧困層を
的であり、その影響は他の地域と比べても強かっ
はじめとする社会的弱者の住民参加を促進するた
たといわれている注 8)。構造調整に端を発する教育
めの支援体制を強化する必要があることはいうま
予算の削減は、教員数や新校舎建設の抑制、受益
でもない。
者負担の強制などにつながり、教育の発展を停滞
させる。しかし、構造調整の問題点はそれだけで
III わが国の援助課題
はない。80 年代のアフリカ教育開発における世銀
の支配的状況は、アフリカ各国教育省の行政能力、
わが国の教育援助のあり方を検討するための基
政策形成能力を改善することなく教育開発を進め
礎資料として、1994 年に『開発と教育 分野別援助
ていくことにつながった。その結果、教育省の能
注 7)
研究会報告書』
が作成されている。そこでは、
力は向上しないまま、援助依存体質だけが残ると
教育援助の実施方法について次の 5 点が重視され
いう問題が生じたのである。このようなアフリカ
ている。
各国の「参加の欠如」こそが、構造調整融資の大
①複合的なアプローチを取り入れる。
きな問題点であったと思われる。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
13
しかし、90 年代に入ると、アフリカの社会状況
ると思われる。
に重大な変化がみられるようになった。II 章にみ
①学校施設調査(信頼できるスクールマッピン
たように、社会開発におけるその重要な柱は住民
参加の拡大であるが、それに呼応するように、援
助 機関の動きにも変化がみられる。すな わ ち 、
「オーナーシップ」
「パートナーシップ」といった
概念をキーワードにした新たなアプローチである。
「オーナーシップ」とはまさに「開発は自分たちの
グ)の有無。
②地域住民による教育の重要性の認識、特に学
校運営への参加の程度。
③人口移動の頻度(人口移動が激しい地域では、
地域の発展に対するコミットメントも生じに
くい)。
ものであり、自分たちが主体である」という「当
④学校建設を行っている他の援助機関との連携。
事者意識」のことであり、
「パートナーシップ」と
⑤日本による教育行政や地域住民、学校関係者
は、アフリカ諸国を「被援助国」ではなく、主体
の監督体制の整備。
性を持って教育開発を行う「パートナー国」とし
もちろん、現時点のアフリカで、住民参加型学
て位置づけようとすることである。こうした援助
校建設のための条件が最初から十分に満たされて
機関側の変化が、地方でのNGOなどを通した積極
いると期待することはできない。それゆえ、何よ
的な住民参加の動きと連動するものであることは
りもまず、住民のより積極的な参加を促すような
いうまでもない。では、日本のこれまでの教育援
形で協力を進めていくことが必要となる。そのた
助経験から、
「住民参加型アプローチ」をアフリカ
めにまずもって重要なのは実態調査であるが、こ
基礎教育の領域に取り入れると、具体的にはどの
の点において、近年発展の著しい参加型開発調査
ような項目が浮かび上がってくるであろうか。
は大きな効果を発揮すると考えられる。なぜなら
2) 「住民参加型学校建設」の実現に向けて
ば、参加型調査においては、基礎教育をめぐる状
アフリカの基礎教育に対するこれまでの日本の
況把握に住民が積極的に参加することによって、
無償資金協力では「学校施設・設備への協力」が
教育の重要性に対する住民の認識を高めることも
その大半を占めてきたが、アフリカ諸国では現在
期待できるからである。
もそれらの基礎的インフラ不足に悩まされており、
参加型開発調査の代表的な例として、チェン
学校施設・設備への協力は今後も第 1 に取り組ま
バースらが中心となって編み出した参加型村落調
れる課題であり続けている。学校建設においては
査法(Participatory Rural Appraisal:PRA )がある。
従来も、資材の現地調達がしやすいこと、建物の
この調査法はもともと 1970 年代に、従来の専門家
維持管理がしやすい工法であることなど、地域社
による村落調査が持つバイアス、つまり、①都市
会への適合性が重視されてきたが、基礎教育にお
周辺、舗装道路周辺、②プロジェクト偏重、③エ
けるアフリカ側の住民参加、オーナーシップが高
リートや男性など優遇者、④乾季、⑤礼儀や臆病
まりつつある今日、学校建設は単なるインフラ整
さ、⑥専門性、などを軽減しつつ、なおかつ短期
備を超えた重要な社会的意義を帯びつつある。と
間で村落調査を行うことを目的とした促成村落調
いうのも、学校は子供の教育の場としてだけでな
査法(Rapid Rural Appraisal : RRA)から始まった
く、地域住民にとって一種のコミュニティー・セ
が、より効果的な調査方法を模索する過程で住民
ンターとしても機能しているが、その機能をより
の積極的な参加を促進する方向へと発展して現在
高めるためにはすでに学校建設計画の形成・実施
に至ったものである注 9)10)。
過程から住民のニーズを取り入れた参加型アプ
PRA では、村の広場に共同で周辺地域の大きな
ローチを目指す必要があるのである。
地図やカレンダーを描き、環境利用や生業活動の
「住民参加型学校建設」の実施に当たっては、
実態を把握したり、小石や木の枝、身近な道具な
次のようなチェックポイントを設定する必要があ
どをシンボルとして使って問題の優先順位や相互
14
サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する日本の援助可能性
関係を検討するなど、大勢の人間、特に読み書き
ADEA は今後のアフリカ地域での教育分野への
のできない人も気軽に参加できるようさまざまな
協力において、国・援助機関レベルでのパート
工夫が凝らされており、すでに各地でさまざまな
ナーシップを実現させるための重要な土台となる
成果を上げている。たとえば、ガンビアでは女子
ものであり、すでに世銀をはじめとして 18 援助機
教育の阻害要因の調査がPRAを用いて行われた結
関が加盟している。ダカールの ADEA 運営委員会
果、①学校への出費が最大となる時期がちょうど
において、国際協力事業団(JICA)が日本のアフ
収穫直前で、住民が現金を持たない時期と重なっ
リカ地域における教育援助に関する発表を行って
ていること、②授業が行われる時期が女子の畑仕
いるが、現時点では日本(JICA)はまだ正式メン
事が増える時期と重なってしまうこと、などが明
バーとなってはいない。DAC 新開発戦略などの関
らかになり、やはり PRA を用いて住民自身によっ
連からも、一日も早く正式メンバーとなることが
て対応策が練られるに至った
注 11)
。
望まれる。
現在、さまざまな参加型開発調査が各地で実践
されているが、日本でも関連プログラムが提供さ
2.長期的課題──今後の展望
れている。たとえば、国際開発高等教育機構
前節では、従来の日本の援助実績をふまえたア
(FASID)による海外フィールドワーク・プログラ
フリカの基礎教育分野の援助方針に関する提言を
ムである。近年発展の著しい住民参加型アプロー
行ったが、最後に、今後の援助に関するより長期
チを基礎教育分野に取り入れるためには、こうし
的な視野に立った提言を行いたい。
た参加型調査法を学校建設計画の形成・実施過程
多元化、複雑化が予想される今後のアフリカの
段階から積極的に組み込む必要があると考えら
基礎教育に対して日本が援助を行う場合、長期的
れる。
には以下の2つの領域が重要となると考えられる。
3) ADEA の活動
注 12)13)
:国・援助機関レベルでの
パートナーシップの構築
1)基礎教育に関与する諸組織の運営・調査研究能
力の強化、2)多元化する組織、複雑化する制度間
上に述べたのは、住民参加といういわば草の根
の相互調整。以下、1)、2)のそれぞれの領域で日
レベルでのパートナーシップの試みであるが、他
本が今後、長期的に貢献し得る具体的な項目を提
方、援助機関とアフリカ地域の教育代表者との間
示する。
のパートナーシップの確立に向けた近年の試みと
1) 基礎教育に関与する諸組織の運営・調査研究
して、援助機関とアフリカ各国の教育省代表をメ
能力の強化
ンバーとして組織された「アフリカ教育開発協会
現在の地方分権化・民主化・自由経済化によっ
(Association for the Development for Education in
て、アフリカの基礎教育に関与する組織は確実に
Africa:ADEA)」がある。ADEA は政策決定のた
多元化していくこととなるが、現実には、規模・権
めの「機関」というよりも、むしろ問題意識の共
限を縮小される中央政府、新たに積極的な関与を
有のための「ネットワーク」として運営されてお
期待される地方政府や地域社会ともに、新しい事
り、アフリカ諸国と援助機関が対等な立場でアフ
態に対処するに十分な運営能力を備えているとは
リカ地域の教育について話し合うことのできる場
言い難い。また、カリキュラム改革やアフリカ諸
としての機能を重視している。1997 年 10 月には、
語による教材開発など、基礎教育の非中央集権化
2 年ごとに開催される総会の第 3 回目が初めてア
は、各地域の社会状況、言語や文化に関する綿密
フリカの地(セネガル・ダカール)で開催され、そ
な調査研究活動を必要とするが、そうした要求に
れに先駆け、女子教育、教育セクター分析、ノン
応えるほどの十分な調査研究能力を備えた高等教
フォーマル教育などのワーキンググループ会合も
育・研究機関はいまだ少ないのが現状である。
持たれた。
基礎教育制度の改革を成功させるためには、こ
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
15
れら多元化した組織・機関の運営・調査研究能力
必須である。特に、教育制度の激変が予想される
の強化は必須であり、この面において今後日本を
現在、長期的な視点に立った公正な状況判断を行
はじめとする援助機関がなし得ることは少なくな
うためには、研究活動に加えて教育に関する基礎
いと考えられる。
データの体系的収集がますます重要性を帯びる。
①
したがって、高等教育・研究機関の教育基礎デー
中央政府
制度改革によって規模・権限が縮小するとはい
タの収集・分析能力の強化が不可欠であり、情報
え、基礎教育において中央政府は今後も多元化す
インフラの整備や専門家の養成などにおいて、援
る組織、複雑化する制度間の連携を保ち、全体の
助機関の貢献が期待される。また、常に変化する
統一性を維持するという重要な役割を担わねばな
教育環境の実態を把握するためには、単に高等教
らない。組織の多元化によって地域格差が拡大す
育・研究機関の環境整備だけでなく、フィールド・
る危険性が予測される現在、中央政府の果たすべ
リサーチ能力を強化する必要もある。
き責務は極めて大きい。そのためには、従来以上
2) 多元化する組織、複雑化する制度間の相互調整
に効率的な運営能力を持つ必要があり、全国的な
多元化する組織の運営・調査研究能力の強化に
情報ネットワーク、教育統計の整備、スタッフ・ト
加えて欠くことができないのは、組織の多元化に
レーニングなどの部門で援助が期待される。
伴って複雑化する基礎教育制度全体の相互調整で
②
ある。アフリカ諸国の大半は独立後まだ半世紀も
地方政府、地方教育事務所
アフリカ諸国では一般に中央と地方の間に財政、
経ておらず、いまだに十分な国民統合が進んでい
人的資源などにおいて格差があり、現状のままで
ない状態で、地方分権化・民主化・自由経済化と
は地方政府や地域社会が自ら基礎教育制度を円滑
いう大変化を迎えつつある。基礎教育、特に初等
に運営することは極めて困難である。それゆえ、
教育は国民統合という観点からみても重要な領域
地方レベルでのインフラ整備、スタッフ・トレー
であり、
〈多様性を尊重しつつ国民統合を図る〉と
ニングは今後ますます重要性を増すこととなる。
いう現在の目標を達成するには、多元化する組織
特に、地域の多様性に対応した基礎教育制度を確
や複雑化する制度間の相互調整が重要なカギと
立するためには、地元からの教員採用に力を入れ
なる。
る必要があり、教員養成機関の充実が望まれる。
①
その際、教員の志気向上プログラムや女子教員の
前節に述べたように、多元化する教育行政の相
養成は重点課題となろう。
互調整は本来中央政府が果たすべき機能であるが、
③
多くの難問に直面することが予想され、ワーク
地域社会
中央政府/地方政府/地域社会
地方分権化・民主化の進む国では、基礎教育に
ショップの開催などの形で外部の援助機関による
おいても地域社会の負担が増大することが予想さ
サポートが行われることが望ましい。特に、カリ
れる。都市部富裕層と貧困層や村落部との間の教
キュラムや教授言語の多様化が推進される場合、
育格差の拡大を食い止めるためには、中央レベル
NGO も含めた全国レベルでの相互調整は必須で
の調整のみならず、地域社会の学校運営能力や
ある。
ニーズ発掘能力を高める必要がある。その際、近
②
年活発な活動を展開しつつある NGO は極めて重
アフリカ諸国では概してフォーマル教育の効率
要である。
が低く、ノンフォーマル教育は重要な領域となっ
④
ている。さらにいえば、教育に対するニーズが多
高等教育・研究機関
フォーマル/ノンフォーマル
本来国内に多様な文化を持つアフリカ諸国にお
様化しつつある現在、ノンフォーマル教育は単な
いて、複雑化する基礎教育制度を実りあるものと
る「フォーマル教育のためのセーフティー・ネッ
するためには、従来以上に強力な調査研究活動が
ト」ではなく、より積極的な役割を担う可能性も
16
サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する日本の援助可能性
秘めている。ただし、だからといってフォーマル
には、従来より行ってきた学校施設・設備への協
教育の重要性がなくなるというわけではなく、特
力をより住民参加型のものへと改良していくこと
に基礎教育においては当面の間、フォーマル、ノ
がある。その際、PRA などの参加型調査法の導入
ンフォーマル並存という状況が続くと予想される。
は効果があるであろう。さらに、長期的な課題と
それゆえ、基礎教育制度の過度の複雑化、混乱を
しては、①基礎教育に関与する諸組織の運営・調
防ぐためには、単位の互換、共通カリキュラムの
査研究能力の強化、②多元化する組織、複雑化す
作成など、フォーマルとノンフォーマルの間の相
る制度間の相互調整、などへの貢献を考える必要
互調整が必要となる。
があるであろう。
③
調査研究/行政
前節で述べたように、基礎教育制度の充実には
注 釈
教育の実態に関する基礎研究が欠かせないが、そ
の成果を効果的に反映させるためには、調査研究
活動の中立性を保ちつつ、教育行政機関と連携す
ることが必要となる。この面でも、報告書の出版、
ワークショップの開催などを通じて、援助機関の
積極的な働きかけが効果的であると考えられる。
④
アフリカ諸国と援助機関
短期的課題の箇所でも触れたが、国レベルでは
教育関係者を交えて援助機関の調整がもたれるよ
うになってきているが、国を超えた、地域的な連
携も今後重要性を増すと考えられる。各国政府と
援助機関の間、援助機関相互の政策対話の促進、
地域内の組織制度や能力強化、地域内の情報交換
1) 本論文では具体的な事例を十分に紹介できないが,
JICA 調査研究課でとりまとめた基礎調査報告書『サ
ブ・サハラ・アフリカ諸国における基礎教育の現状と
日本の教育援助の可能性』(1998)において,より詳
しい事例が紹介されているので,参照されたい.
2) ADEA:Towards Education for All:the Situation in Ten
Countries of Sub-Saharan Africa. ADEA Newsletter, Apr.Jun.,1997.
3) World Bank:Prioirities and Strategies for Education:A
World Bank Review, Washington D.C., 1995.
4) Antonioli, A.:Le droit d' apprendre : Une école pour tous
en Afrique, Paris, 1993.
5) Le Monde Diplomatique, mai, 1997.
6) 北川裕久:試練を迎えた南アの NGO.月刊アフリカ ,
36(12) : 32-37, 1996.
7) 国際協力事業団:分野別(開発と教育)援助研究会報
告書,1994.
や協力のネットワーク設立など、地域的な基盤づ
8) Reimers, F.:Education and Structural Adjustment in Latin
くりに向けた取り組みの可能性は大きくなると考
America and Sub-Saharan Africa. International Journal of
えられる。
Educational Development, 14(2) : 119-129, 1994.
9) チェンバース,ロバート:第三世界の農村開発 :貧困
の解決−私たちにできること , 明石書店 , 東京 , 1995.
おわりに
10) Chambers, R.:Participatory Rural Appraisal (PRA) : Challenges, Potentials and Paradigm. Wold Development, 22
(10), 1994.現在、PRA は都市部においても積極的に
本論では1990年代のアフリカにおける基礎教育
使われており,1995 年に名称も PLA(Participatory
の現状を概観し、それに対する日本の援助可能性
Learning & Action:参加型学習活動)へ変更されて今日
について検討を行った。アフリカの基礎教育をめ
ぐる状況は質的、量的にも停滞傾向にあり、しか
も近年の政治経済体制の変化によってさらなる激
動が予想されるが、そうした中にあって、NGO の
台頭に代表されるような積極的な住民参加の動き
が各国で認められるのは明るい兆しである。
に至っている.
11) Economic Development Institute:Groundwork : Participatory Approaches to Girl's Education. Format PAL and
NTSC (video, 30 mins), World Bank, 1994.
12) ADEA:Preparing for the Daker Meeting. ADEA Newsletter, Jul.-Sept., 1997.
13) Ingemar, G.:Opening remarks, ADEA Biennial Meeting
Panel, 1997.
こうした状況に対して、今後の日本の対アフリ
カ教育援助もより住民参加を視野に入れたもの
を目指す必要があると考えられる。まず、短期的
中村 雄祐(なかむら ゆうすけ)
1961 年生まれ.東京大学教養学部教養学科卒.同大学
院総合文化研究科博士課程中退.
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
17
現在,東京大学大学院総合文化研究科助教授.
〔著作・論文〕
白人のためのタリク:あるマンデの口承史の終焉.ニ
ジェール川大湾曲部の自然と文化:日本・マリ共同学術研
究の成果(1986-1994),川田順造編,岩波書店,p149-184.
1997.
文字という文化(岩波講座・文化人類学,第 10 巻・神話
とメディア),小松和彦編,岩波書店,p.149-181,1997.
蔵下 順子(くらしも じゅんこ) 1965年生まれ.東京学芸大学教育学部卒.メキシコ・ヌ
エボ・レオン自治大学大学院哲文学研究科教育学修士課程
修了.青年海外協力隊を経て,
現在,国際協力事業団調査研究課ジュニア専門員.
〔著作・論文〕
Estudio comparativo entre Japón y México de las actitudes de
los estudiantes a nivel secundaria y la influencia de los patrones
de crianza de los padres en su formación, 修士論文
(未出版)
,
浜野 隆(はまの たかし)
1967 年生まれ.名古屋大学卒.名古屋大学大学院教育
学研究科博士(後期)課程修了.
現在、武蔵野女子大学専任講師.
〔著作・論文〕
アフリカにおける構造調整下の教育政策 : 初等教育就学
率との関連を中心に.国際協力研究,11(2) :11-21,1995.
世界銀行による構造調整と教育改革過程 : ガーナにおけ
る教育部門調整を事例として.比較教育学研究,22 号,
1996.
韓国,
オーストラリアの情報教育の現状と日本の情報教育
への示唆.科学教育研究,20(2),1996.
永田 佳之(ながた よしゆき)
1962 年生まれ.上智大学外国語学部卒.国際基督教大
学大学院教育学研究科博士(後期)課程満期退学.日本ユ
ネスコ協会連盟国際協力委員会識字協力専門員,
国際基督
教大学教育研究所助手を経て,
現在,国立教育研究所研究員.
〔著作・論文〕
自由教育をとらえ直す:ニイルの学園 サマーヒルの実際
から,世織書房,1996.
アジア・太平洋地域の中等教育改革:国際的動向と課題.
高等教育改革の総合的研究,菊池栄治編著,多賀出版,
p225-242,1997.
Die Herausforderung von Moo-Ban-Dek:ine Alternativ schule
in Thailand. Summerhill:Antiautoritäre Pädagogik heute, Peter, L. ed., Beltz, Weinheim, 1997.
横関 祐見子(よこぜき ゆみこ)
1957 年生まれ.ロンドン大学 Institute of Education 博士
課程修了.NGO ボランティア教師,UNICEF 職員を経て,
現在,国際協力事業団国際協力専門員.
〔著作・論文〕
中等教育拡張の農村に及ぼす影響 :1980 年の独立から 5
年目のジンバブエの場合.国際協力研究,7(1) :71-84,
1991.
Teacher Education in Ghana, Paper Presented at BATROE
(British Association for the Teachers and Researchers for Overseas Education) conference, London, U.K., May, 1994.
Causes, Processes and Consequences of School Drop-out:Case
Study in K.E.E.A. District in Ghana,博士論文(未出版),
1996.
18
1995.
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
〔事例研究〕
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
−フィリピン「1991 年自治体法」の移行期終了時における一考察注 1)−
やま だ
やすとし
山田 恭稔
(社会開発国際調査研究センター副主任研究員)
中央政府から自治体に開発運営の権限を移譲する地方分権化は、経済協力開発機構
(OECD)の開発援助委員会(DAC)が、持続可能な開発のための中心的援助戦略として掲
げた「参加型開発とグッド・ガバナンス」において重点対象分野に位置付けられている。
OECD/DAC の「グッド・ガバナンス」のコンテクストから、近年の地方分権化への動きは、
開発における地域社会の公益およびその合意形成のあり方を重視したものとしてとらえら
れる。本稿では、フィリピンで「1991 年自治体法」
(「新自治体法」)に基づき現在推進され
ている地方分権化の状況を、その移行期(1994 ∼ 96 年)終了時に確認された自治体と中央
政府機関の機能関係を中心に分析し、同国の地方開発を促す地方分権化を制度的に支援す
る開発協力についての考察を試みた。
「新自治体法」の施行は自治体の存在意義および開発事業の実施機能や効率の向上をもた
らし始めたが、
「グッド・ガバナンス」の視点をふまえた本考察は、同国の地方分権化の現
状に、地域社会や住民に持続的に効果を促すための開発プログラムやプロジェクトのデザ
インと実施のいっそうの必要性を示唆している。地域開発協議会(RDC)および地方開発
協議会(LDC)での開発計画の立案過程に多様な開発の担い手の声を反映し、それらで承
認された開発プログラムやプロジェクトが住民に対して責任を持つか否かという地域社会
の公共性をチェック、ならびにそのための合意を形成する社会技術も求められている。
国際協力事業団(JICA)が、中央政府機関管轄の開発事業の実施を通し地域社会にアプ
ローチする際でも、自治体の LDC 承認機能の有効活用が望まれている。従来のように自治
体や地域社会を蚊帳の外に置くのではなく、その開発事業の意思決定プロセスやマネージ
メントに自治体や地域社会を巻き込むことで、その効果をフェーズ・アウト後にも持続で
き、地域社会の公共性を促進する自治体の強化が地方分権化の結果として求められてい
よう。
責任を持つ、民主的な運営能力のあり方を目指す
はじめに
ものである。このコンテクストから、近年の地方
分権化への動きは、開発における地域社会の公益
中央政府から自治体に開発運営の権限を移譲す
およびその合意形成のあり方を重視したものとし
る地方分権化は、経済協力開発機構(Organization
てとらえられる。
for Economic Cooperation and Development : OECD)
フィリピンでは、
「1991 年自治体法」
(以下、
「新
の開発援助委員会(Development Assistance Com-
自治体法」)の制定ならびに施行により、転換期
mittee : DAC)が、持続可能な開発のための中心的
(1992 ∼ 93 年)、移行期(94 ∼ 96 年)、安定期(97
援助戦略として掲げた「参加型開発とグッド・ガ
年以降)の 3 期からなる施行計画に基づいた地方
バナンス」において重点対象分野に位置付けられ
分権化が現在推進されている。本稿では、その移
ている。OECD/DAC の「グッド・ガバナンス」と
行期終了時に確認された同国の地方分権化の状況
は、意思決定の仕組みが明らかな、市民に対して
を自治体と中央政府機関の機能関係を中心に分析
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
19
表− 1 本事例研究で主に取り上げた開発の担い手および地方分権化に関連する記述項目
開発の担い手
記述項目
中央政府機関
・ 自治体に移管された中央政府機関の職員、資産、資機材、施設
・ 中央政府機関に期待されている自治体への支援および政策的機能の強化
・ 「新自治体法」付帯事項により中央政府機関が管理できる外国援助を財源とする開発
事業
・ 事業移管後も伸び続ける中央政府機関の開発事業費
・ 国家開発計画を取りまとめる国家経済開発庁(NEDA)
・「新自治体法」施行後、自治体に唯一直接アクセスできる内務自治省(DILG)
・「新自治体法」施行後、自治体の支援を自らの職務ととらえる社会福祉開発省
(DSWD)
中央政府機関地域事務所
・ 地域事務所にも把握しにくい本省庁による当該地域の開発事業計画
・ 地域開発協議会の事務局を担うNEDA地域事務所
・ 各セクター関連機関の地域事務所代表を中心に構成する地域開発協議会各セクター委
員会
・ 各セクター委員会および事務局の影響が多大な地域開発協議会の計画立案過程
・ 自治体へのおろそかな技術移転が危ぐされるNEDAのプロジェクト企画開発に関する
技術支援
・自治体への技術移転を進める上で重視されるDILGの役割
自治体(政令指定都市、
州、一般市、郡) ・自治体に求められている事業実施の機能強化
・中央政府と比べて極小な各自治体の財政規模
・自治体独自の開発計画推進の基本財源である国内歳入割当(IRA)開発充当資金
・ IRA以外の中央政府の開発財源にアクセスが困難な自治体
・ 中央政府機関から提示された開発計画ガイドラインに沿った各自治体の開発計画立案
作成
・ 上級機関の裁量次第で決まる管下自治体からの多様な開発ニーズへの対応
・中央政府機関の開発事業との連携調和を図りにくい自治体独自の開発計画
・ 「新自治体法」で定められた機能を十分に果たせない各自治体の開発協議会の現状
・ 当該地域での開発事業を承認するという各自治体の開発協議会の役割機能
・ 当該地域における開発事業のオーナーシップや持続性という効果向上のカギを握る自
治体
・ 地域開発協議会で計画立案過程に影響を及ぼす手段をほとんど持たない最上級自
治体
NGO
・ 地域開発協議会および自治体の開発協議会でおのおの25%以上を占めるNGO選出メン
バー
・ 地域開発協議会で計画立案過程に影響を及ぼす手段をほとんど持たないNGO
地域住民
・ 多様な開発の担い手を登場させ得る「新自治体法」の意図する地域住民の参加促進
・ 地域開発協議会および各自治体の開発協議会に地方公益の形成機能を担わせ得る地域
住民参加
し、同国の地方開発注2)を促す地方分権化を制度的
に支援する開発協力についての考察を試みる。な
お、本稿で主に取り上げた開発の担い手、および
I 「新自治体法」制定の背景と施行
後の新たな課題
地方分権化に関連するそれらの記述項目を表− 1
にまとめた。
1.「新自治体法」制定の背景
フィリピンの歴史においては革命期や第 3 共和
制期などに地方分権化の傾向注 3)も確認できるが、
同国の自治体は、中央統治制度と通常対をなし、
政治的にも行政的にも概して中央政府の強い監督
20
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
下に置かれていた。この中央集権の一方で、マル
1996 年で終了した移行期は、地方分権化の移管
コス独裁体制では、多くの州で 1 つから 2 つの家
作業に伴う新たな状況に対して、中央政府機関と
族が政治的・経済的特権を甘受し、1971 年以来そ
自治体が調整を行い、その状況を制度的に定着化
の継続を支えた。
させる作業を実施する時期にあった。その作業と
86 年の民主革命後、一連の民主化政策を採った
して、中央政府機関には、移管した事業への技術的・
アキノ政権時に制定された「1987年憲法」、ならび
資金的支援のみならず、事業の移管先である自治
に 87 年総選挙の民主化の波を受け、91 年 10 月に
体の地方開発を支援するための政策およびガイド
「新自治体法」は制定された。そして、92 年の総選
ラインの立案、研究・開発、モニタリング・評価
挙を通じ民主化の推進が後退するのではないかと
などという新たな政策的機能の明確化と強化が期
いう政治的危機感を背景に、同法は制定から 2 カ
待された。他方、
「新自治体法」施行前には、中央
月後の 92 年 1 月に施行された。
政府機関が直轄した開発および公共サービス事業
「新自治体法」制定をめぐっては、マルコス政権
の「受け皿」にすぎなかった自治体には、中央政
の基盤となった地方の権力構造を解体しようとす
府機関からの移管に伴う機能と責任をも吸収し、
る政治的側面もあった一方、89 年にフィリピン政
自治体による事業実施の機能強化が求められた。
府が経済構造調整政策の導入を決定しなければな
らなかった深刻な経済状況も、中央政府機関の縮
小再編策の側面を持つ地方分権化が支持された要
II
移行期終了時の自治体による開発
事業の実施をめぐる状況
因だった。しかし、地方分権化に伴う懸念に対し
てコンセンサスを得られないまま、①基本的社会
1.「新自治体法」に伴う自治体の財源
サービス事業の自治体への移管、②中央政府機
「新自治体法」施行後、自治体は自主財源収入と
関−自治体関係の制度的創出、③地方開発協議会
なる税収増加をさまざま試み注 4)、各級自治体の固
(Local Development Councils : LDCs)への非政府
定資産税、ならびに市と郡の商業税の伸びが示さ
組織(NGO)および住民組織の参加促進、④開発
れている。だが、中央政府と比べると、各自治体
計画・予算計画の事業当事者として各自治体を位
の財政規模は非常に小さい(表− 2)。そして、自
置付けること、⑤自治体の歳入向上と財務関連業
治体歳入の大きな割合は、一般的に中央政府の歳
務の刷新、を盛り込んだ同法案は成立した。
入から各自治体に交付金として配分される国内歳
入割当(Internal Revenue Allotment : IRA)注 5)6)が
2.「新自治体法」施行に伴う新たな課題
占める。調査対象自治体における各級自治体ごと
「新自治体法」施行の転換期には、8 省に及ぶ中
の IRA への財政依存度は表− 3 のようにまとめら
央政府機関から、地方での開発および公共サービ
れ、自主財源が比較的豊かな政令指定都市を除く
ス事業を直轄するため従来有していた職員、資産、
自治体の多くが歳入をIRAに大きく依存している。
資機材、施設が自治体に移管された。その規模は、
この現状をふまえると、IRA における開発充当
全国で、7 万人以上の職員、ならびに 2 億 5000 万
資金は、自治体が独自の開発計画を推進し開発事
ペソ以上に相当する資産、資機材、施設に達した。
業を実施するための基本財源となる。IRA 開発充
それら中央政府機関のうち、全正規職員の 43% に
当資金とは、各自治体が IRA の少なくとも 20% を
当たる 1 万 7000 人以上の職員が自治体に移籍され
社会、経済、インフラの各セクターの開発プロジェ
た農業省、州レベル以下の病院および保健所がそ
クトに充当が義務付けられている資金である。だ
の対象となり、4 万 5000 人以上の職員が自治体に
が、自治体の財政が厳しく、またIRAへの依存度が
移籍された保健省、社会福祉開発省が特に影響を
高ければ、IRA 開発充当資金のその割合は概して
受けたとされる。
20% に近いものとなる。さらに、IRA 開発充当資
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
21
表− 2 中央政府支出および自治体支出の推移
年 度
中央政府支出(10 億ペソ)
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
167.4
227.4
233.5
247.1
272.8
281.6
317.1
337.1
10.3
12.5
15.1
22.7
25.3
38.5
n.a.
n.a.
0.061
0.055
0.065
0.092
0.093
0.137
n.a.
n.a.
全州、市、郡政府の支出(10 億ペソ)
全州、市、郡政府の支出の中央政府支出
との対比
(出典)Philippine Statistical Yearbook, 1993, 1994, 1995, NSCB および NEDA 資料 , BLGF/DOF 資料より作成.
注)NSCB:National Statistical Coordination Board.
BLGF/DOF:Bureau of Local Government Finance, Department of Finance.
表− 3 自治体財源における IRA への依存度
自治体
IRA への依存度
州
80%
政令指定都市
56%
一般市
95%
郡
85%
図− 1 フィリピンにおける自治体の階層
(出典)自治体からの聞き取り資料.
注 1)IRA:国内歳入割当.
注 2)IRA への依存度は,自治体の各級における平均値.
(出典)DILG 資料より作成.
金は、各自治体が個々に実施する開発プロジェク
計画を審査する権限を持つ。
トのみを対象として通常運用されるにすぎない。
2) LDC をめぐる現状
(1) LDC の機能状況
2. LDC の役割機能とその状況
「新自治体法」が定めた LDC 機能は上記のとお
1) 「新自治体法」の示す LDC の位置付け
りだが、LDC に期待されたその効果は、移行期終
「新自治体法」によれば、各自治体(図− 1)が
了時点で十分に上げられていなかった注8)。その原
包括的な開発計画を持つことが定められ、その立
因としては、以下の 3 点が指摘できよう。
案組織として、州、市、郡の各自治体は、開発協
①構成メンバー数が多すぎて注 9)、LDCs では実
議会(総称して LDCs)をおのおの設置する。それ
質的な協議が困難である。
らは、当該自治体からの代表、その自治体管下の
②ある上級自治体の開発計画がそのLDC機能を
下級自治体 注7)の首長に加えて、特筆すべき全体の
生かし、管下自治体の開発計画と連携および
25% 以上となる NGO 選出メンバーで構成されな
補完する、またはその管下自治体のニーズを
ければならない。
反映させる現実性に乏しい注 10)。
LDC は、最低 6 カ月に 1 度の開催が義務付けら
③ NGO 注 11)12) の LDCs への参加が、自治体の開
れている。その機能は、①長期、中期、年次の社
発計画の立案と策定という意思決定過程に草
会経済開発政策および計画の立案、②中期および
の根住民が参加することの促進を必ずしも保
年次投資計画の立案、③社会経済開発プログラム
証し得ない。
およびプロジェクトの優先順位付け、④それら開
これらの機能課題を抱えつつも、LDCs は多様
発プログラムおよびプロジェクトの実施に伴う調
なセクターに及ぶ包括的な開発計画の立案を求め
整、モニタリング、評価などである。また、上級
られている。しかし、この逼迫した現状に取りあ
自治体の開発協議会は、その管下の自治体の開発
えず対応するため、その機能を開発計画の諮問程
22
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
度に限定している場合も少なくない。たとえば、
今後促進するための LDC の役割として、「新自治
上級自治体の開発協議会は、管下自治体が独自財
体法」施行前と同様に中央政府機関がある地方で
源で賄えない開発計画を上級自治体の開発計画に
プログラムやプロジェクトを直接実施する場合で
盛り込んでもらう陳情を申し入れる場でもあるの
も、当該 LDCs の承認を得る必要が生じたことは
だが、州、市、郡の開発協議会では、おのおのの
特筆すべきである。この事実に伴い、プログラム
事務局を担う計画開発調整官があらかじめ作成し
およびプロジェクトのオーナーシップや持続性と
た開発計画案の承認が一般的であるため、LDCs
いうフェーズ・アウト後までをも視野に入れた上
でその陳情がかなえられることは難しい。そのこ
での、意思決定プロセスおよび開発事業のマネー
とを以下にみてみよう。
ジメントをめぐった中央政府機関と自治体との新
(2) 自治体による開発計画の立案状況
たな関係の模索が現在求められている。サイト周
各自治体の開発計画案は、中央政府機関からす
辺や地域社会の状況把握、ならびに開発の真の受
でに提示された開発計画ガイドラインに沿って立
益者となる地域住民とのコンタクトが容易なため、
案作成される。このガイドラインは、中央政府機
「新自治体法」施行後の自治体は、中央政府機関が
関があらかじめ定めた国家および地域の開発計画
管轄のプログラムおよびプロジェクトを実施する
に沿ったものであり、
「新自治体法」では、最上級
際でも、その実施効果を向上する重要なカギを
自治体(州および政令指定都市)の開発計画は地
握る。
域開発計画に統合されることがうたわれている。
4) 住民の側からとらえた LDC の役割
したがって、ある自治体の開発協議会のメンバー
自治体は地域社会の状況把握や地域住民とのコ
である管下自治体からの多様なニーズは、その自
ンタクトが容易な立場にあるものの、自治体も地
治体の計画開発調整官によりそのガイドラインに
域住民のニーズを必ずしも把握できるとは限らな
沿って抽出されるため、ボトム・アップに基づく
い。
「新自治体法」に盛り込まれた NGO および住
住民のニーズを反映する程度は、結局、上級機関
民組織の LDC への参加促進とは、自治体の包括的
の裁量次第となる。すなわち、このような状況で
な開発計画の立案および策定という意思決定過程
は、LDC が定める自治体の社会経済開発プログラ
に住民が参加することを通して、草の根住民の
ムおよびプロジェクトの優先順位が、住民のニー
ニーズをも反映した地方の公益が形成されること
ズを反映するのではなく、国家および地域の開発
を意図している。選出基準が不明瞭なNGOおよび
計画がそのニーズをどの程度重視するかで実は決
住民組織の代表メンバーの参加注 11) をもって、住
定される可能性をも含んでいる。
民ニーズを反映する手段がLDCにおいて単純に確
また、自治体の開発計画立案をめぐり、各自治
保されたとは言い難いだろう。
「新自治体法」に盛
体の首長が、その開発協議会の議長でもあり、そ
り込まれたその意図は、地域住民の側から提出さ
の計画案作成に携わる当該自治体の計画開発調整
れる開発計画の代替案が審議され、地方公益形成
官を任命および解任する権限を有することも留意
のための妥協点が模索される可能性を、LDC の機
に値する。これらの事実は、首長の裁量もその自
能が担っていることを示唆している。
治体の開発指針および重点分野の決定に大きな影
響力 注 13) を「新自治体法」施行後も依然として持
つことを示す。そして、この影響力は、自治体に
III 「新自治体法」施行後の中央政府
機関と自治体の機能関係
よって開発指針および重点分野が大きく異なる現
状を生んでいる。
1. 地域開発協議会の役割機能とその現状
3) 中央政府機関管轄の開発事業と LDC の役割
1) 地域開発協議会の位置付け
課題を抱える LDC の機能状況だが、地方開発を
地域開発協議会(Regional Development Council :
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
23
RDC)は、少なくとも 6 カ月に 1 度の開催を定め
RDC は、自主財源で賄えない開発ニーズを陳情す
られた地域開発注 14) の協議の場である。各地域の
る場でもある。しかし、先述の①各セクター委員
RDC は、各中央政府機関の地域事務所
注 15)
、地域
内の最上級自治体(州および政令指定都市)の首
長、全メンバーの 25% 以上を占める NGO
注 16)
か
会のメンバー構成、②地域開発計画の立案過程、
③ RDCの機能実状という、それらの自治体の開発
ニーズを反映しにくい状況がある注 20)。その結果、
らの代表で構成される。
最上級自治体から陳情されたプログラムやプロ
RDC には、国家経済開発庁(National Economic
ジェクトのうち、各セクター委員会の方針に沿っ
and Development Authority : NEDA)地域事務所が
たもののみが、中央政府機関の管轄プログラムお
担うRDC事務局のほかに、①執行委員会、②社会、
よびプロジェクトの実施対象の一部として考慮さ
経済、インフラというセクターごとの各委員会、
れることがしばしばである。
③ディストリクト(地区)の代表や下院議員から
なる諮問委員会、④アドホックに組織されるその
他関係委員会がある。それらがどう機能している
かを以下にみてみよう。
2. 自治体による開発事業実施と中央政府機関の
支援状況
1) 自治体の開発事業と中央政府機関主導の開発
2) RDC とセクター委員会の機能現状
事業
RDC は、開催が頻繁な地域でも年に数回のみ開
かれる貴重な開発協議の場だが、LDC の場合と同
(1) 自治体の開発計画と中央政府機関主導の開発
事業
様、事務局があらかじめ準備した地域開発計画な
自治体が、域内で実施される中央政府機関の管
どの議題を承認するにすぎないのがRDC機能の実
轄プログラムおよびプロジェクトを計画段階から
注 17)
が
あらかじめ把握し、独自の開発計画との効率的な
実質的な協議を行うには大きすぎることが挙げら
連携調和を図ることは概して難しいとされる
状だ。その理由のひとつには、RDC の規模
(図− 2)。それは、国家事業としての中央政府機
れる。
この RDC機能を補って、その下部組織の執行委
関の予算が確定されるまで、その地域事務所でさ
員会ならびに各セクター委員会で、ほぼ隔月の頻
えも、当該地域でどのようなプログラムまたはプ
度で開発協議が行われる。しかし、各セクター委
ロジェクトが行われるかを把握しにくい現状を反
員会では、RDCを構成する自治体ならびにNGOの
映していよう。これは、地方分権化の中で中央政
代表をそのメンバーとすることは義務付けられて
府機関には政策的機能の強化が制度的に求められ
いない。そのため、たとえば第 11 地域 RDC の経
ているにもかかわらず、通常その機関の本省庁が
済セクター委員会は、農業省、商工業省、農地改
そのプログラムおよびプロジェクトを一方的にデ
革省などの経済セクターに直接関連する中央政府
ザインしマネージメントすることに起因する。そ
機関地域事務所の代表を中心に構成されてい
して、この事実は、中央政府機関をカウンター
注 18)
。各セクター委員会での協議内容をふまえ
パートとし、外国資金を部分的にでも財源に実施
つつ、RDC 事務局の NEDA 地域事務所が地域開発
される援助プロジェクトの場合にも当てはまる。
計画案を取りまとめるので、その立案過程に影響
たとえば、教育文化スポーツ省(Department of
を及ぼす手段をほとんど持たない最上級自治体な
Education, Culture and Sports : DECS)は、全国を
らびに開発 NGO および住民組織を含む NGO の意
対象に学校建設プロジェクトを「新自治体法」施
向は、その開発指針に通常盛り込まれにくい。だ
行後も展開している。
「新自治体法」施行に伴い、
が、RDC の運用次第ではそれらを盛り込める例も
DECS は、小中学校の校舎建設、管理、修理にかか
る
ないわけではない
注 19)
。
最上級自治体の州および政令指定都市にとって、
24
わる予算を自治体に分配した。だが、このプロ
ジェクトは、外国援助を財源とするので、そのカ
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
図− 2 自治体による開発と中央政府機関主導の開発
注)図の実線の矢印と破線の矢印は,実線,破線の順に,太いほどその関係および影響力の度合いが強いことを示す.
ウンターパートのDECSが管轄している。そして、
体の開発計画を実施する外部財源を、先述の IRA
通常、DECSがそのサイトを一方的に選定する。こ
以外の交付金や補助金の形で中央政府機関の財源
の一方的な選定は、州内で貧困地域に指定された
から求めることも容易ではない。また、
「新自治体
郡などに初等・中等学校の校舎建設を優先させた
法」の付帯規定により、中央政府機関が得た外国
い州の開発計画と適合しないこともしばしばであ
援助絡みの財源から自治体は疎外されている。そ
る。プロジェクト実施段階でも、サイト周辺の状
して、IRA が「新自治体法」の定めた 3 年前の内
況に詳しく、地域住民の参加促進のカギを握る自
国税収入に依拠したシェア 注 5) を各年の政府支出
治体の関与は、単なる DECS の使い走りにとどま
で占められず 注 21)、自治体の開発事業費が増加し
ることが多い。その建設プロジェクト終了後、校
ない一方で、中央政府支出の伸びに伴い、中央政
舎はサイトとなった郡に譲渡される。しかし、プ
府機関の開発事業費は伸びる傾向が確認されて
ロジェクトの持続性を意味する、新たな校舎の維
いる。
持管理はその郡独自の課題とみなされ、その郡財
たとえば、移管対象職員の自治体への移籍を
政に負担を強いる結果を招く場合も少なくない。
1994 年 9 月までにほぼ完了させた農業省では、プ
(2) 自治体の開発事業と中央政府財源の開発資金
ロジェクト予算(外国援助も含む)を除いた経常
上記の中央政府機関主導の開発マネージメント
予算が 95 年に激減した(表− 4)。しかし、職員が
の状況では、地域住民のニーズを反映できる自治
自治体に移籍しつつある中、93 年の農業省の外国
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
25
表− 4 中央政府支出とそのシェアの推移
年 度
中央政府支出(10億ペソ)
1992
1993
1994
1995
1996
272.8
281.6
317.1
337.1
400.5
100.00
103.23
116.24
123.57
146.81
農業省経常予算の中央政府支出に対するシェア
0.90%
0.68%
0.69%
0.42%
0.42%
1992年実値比
100.00
77.98
88.71
58.07
66.97
農業省経常予算における正規職員1人当たり額の伸び
(1992年実値=100)
100.00
n.a.
n.a.
101.73
117.31
農業省外国援助プロジェクト予算の中央政府支出に
対するシェア
0.52%
1.07%
0.94%
n.a.
n.a.
1992年実値比
100.00
213.78
210.31
n.a.
n.a.
国内歳入割当(IRA)の中央政府支出に対するシェア
5.67%
9.75%
n.a.
n.a.
n.a.
「新自治体法」に基づき国内歳入割当(IRA)の占め
るべき中央政府支出のシェア
8.94%
12.93%
14.73%
n.a.
n.a.
1992年実値比
(出典) Philippine Statistical Yearbook, 1993, 1994, 1995, NSCB および Economic Indicators, 1996, R.A. No. 7180, R.A. No. 7645,
R.A. No. 7863, R.A. No. 7945, R.A. No. 8174, BLGF/DOF 資料,Bureau of Internal Revenue 資料より作成.
注 1)農業省は 1994 年 9 月末までに移管対象職員の自治体への移籍をほぼ完了している.
注 2)公共事業面の予算のIRAへの組み込みが大幅に遅らされてきたことも,IRAが占めるべき中央政府支出のシェアを占め
られない大きな一因である.
援助プロジェクト予算は、92 年のそれの 2 倍以
ところで、国家ならびに地域の開発計画を取り
上に急増しており、9 4 年もそれとほぼ同額を
まとめる位置にある国家経済開発庁(NEDA)が
保った。
起案した同法では、自治体のプロジェクトの明確
さらに、中央政府財源からの開発資金には、上
化、フィージビリティ調査の準備、マスタープラ
院や下院の各議員に割り当てられる開発資金
ン化、そのプロジェクトのモニタリングや評価に
(Congressional Initiative Allocation : CIA、および
かかわる理由で、NEDA 自らがその ODA資金の約
Countryside Development Fund : CDF)注 22) も存在
5%を得ることも同時に認めている。NEDAは自治
する。しかし、その運用の目的と対象は各国会議
体への技術支援をこれまでも行ってきたとするが、
員の個人的裁量というトップ・ダウンで決定そし
それは、NEDA 地域事務所が自治体の計画開発部
て決定変更できる上、この開発資金も当該セク
にガイドラインやハンドブックを一方的に与える
ターの中央政府機関を通して運用されるため、自
という意味にすぎなかった。これは、NEDA 本庁
治体の開発計画を反映させたCIAやCDFの運用を
の地域開発局が提示したセクター別の地域開発フ
図ることは難しい。
レームワークに沿って地域開発計画を取りまとめ
2) 自治体による開発事業実施とNEDAの技術支援
る必要によるものであった。
(1) 「1996 年 ODA 法」と自治体の ODA へのアク
さらに、自治体や各中央政府機関の地域事務所
セス
がODA情報を入手することは、現状では一般に困
自治体の開発事業財源が厳しい状況の 中 で 、
難とされる。これには、ODA の窓口としばしばみ
1996 年 6 月に法令化された「1996 年 ODA 法」
(以
なされる NEDA 本庁の公共投資スタッフ(Public
下、
「ODA 法」)により、各自治体はその開発事業
Investment Staff : PIS)が、実は地域事務所にカウ
を実施するための外部財源となり得る ODA に直
ンターパートを持っておらず 注 23)、さまざまな援
接アクセスできる立場を得た。しかし、それには
助機関へのアクセス方法、ならびにそれら機関の
どのような現実性があるのだろうか。
多様なスキームに関する詳細な情報の提供という
26
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
NEDA/PIS 本来の役目を自治体などに対して満足
化に対応するための主旨となるのであって、
に行えないことも密接に関連している。また、自
PDAC によるその企画開発の代行が単に期待され
治体が詳細な ODA 情報を仮に得られたとしても、
るのではない。
N E D A による自治体への関与がこれまで一方的
3) 自治体による開発事業実施とDILGの技術支援
だった経緯を考慮すると、「ODA 法」施行に伴っ
DILG は、地域事務所のほかに、すべての州、政
た NEDA の自治体支援体制が、多数の自治体から
令指定都市、一般市、郡のみならず、いくつかの
の多様なニーズに個々にきめ細かに対応すること
バランガイ(村)までをも含む各級の自治体に直
は難しいだろうと考えられる。
接入り込む行動力を「新自治体法」施行後も持つ、
(2) 自治体のプロジェクト企画開発能力とプロ
唯一の中央政府機関である。この事実と関連して、
ジェクト開発支援センター
その他の中央政府機関が自治体に正式にアプロー
また、NEDA は、各 RDC の下にプロジェクト開
チする際には、DILG を通す必要を通常伴うこと
発支援センター(Project Development Assistance
になった。
Center : PDAC)を創設する旨を 1996 年 8 月に正式
DILG の自治体支援の主要業務は、自治体の予
決定した。この理由は、プロジェクトの明確化、概
算管理および自治促進のための行政指導である。
念化、デザイン、パッケージ化などに関するプロ
DILG に自治体への財源割り当て権限はないが、
ジェクト企画開発能力が、自治体および各中央政
自治体の IRA開発充当資金の運用をモニタリング
府機関の地域事務所で弱いという状況への対応だ
する立場にあり、自治体による開発事業実施を支
とし、NEDA が「ODA 法」でうたった自治体への
援する役割を担っている。また、
「新自治体法」は、
技術支援の理由とかなり類似する。NEDA による
各自治体が DILG にその開発プログラムおよびプ
PDAC創設
注24)
に関するガイドラインでは、NEDA
ロジェクトのコピーを提出することを義務付けた。
地域事務所を主管とし、少なくとも農業省、農地
このため、DILG 地域事務所の技術支援部門は、自
改革省、教育文化スポーツ省、商工業省、環境天
治体の計画開発部からカウンターパートとみなさ
然資源省、公共事業道路省の地域事務所からの各
れる傾向がある。
代表が支援するコアチームをNEDA地域事務所内
その支援のひとつとして、急務とされる自治体
に結成することになっている。
の組織強化のために、DILGは、統合組織強化プロ
しかし、そのガイドラインでは、
「新自治体法」
グラムという研修を自治体職員を対象に実施して
施行後の自治体による開発事業との連携と調整を
いる 注 26)。 この研修では、DILG 傘下機関の自治体
図る上で重要な内務自治省(Department of the In-
研修所や、DILG 地域事務所とフィールド・スタッ
terior and Local Government : DILG)を含むその
フで編成された機動チームなどが、地方行政にか
他の地域事務所が PDAC に関与することは、特に
かわる分野注 27) の技術移転を図っている。
規定されていない。さらに、NEDA としては、自
「新自治体法」施行後の DILG が担うこれらの役
治体からの要請を受けてプロジェクトの企画開発
割は、自治体の開発事業を通して地方開発の促進
を請け負う形で PDAC による自治体への技術支援
を図る政策を今後実施する上で重要となろう。ま
を行う方針である注 25)。そのため、自治体への技術
た、自治体に対するさまざまな技術の移転が求め
移転の側面がおろそかになることが逆に危ぐされ
られる現在、DILG、特に DILG 地域事務所の果た
ている。自治体のプロジェクト企画開発能力の向
す役割がますます重視されるだろう。先述の
上を通して地方開発を促進する上からも、PDAC
NEDA が試みる自治体のプロジェクト企画能力へ
ではその技術支援に伴い、自治体の計画開発部な
の支援でも、自治体への技術移転を効果的に図る
どにプロジェクトの企画開発技術を移転し、自治
には、DILG との連携が必至となることは指摘で
体にその技術・経験が蓄積されることが地方分権
きよう。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
27
図− 3 社会福祉開発省の取り組みと自治体による開発事業の実施
注)図の矢印は,太いほどその関係および影響力の度合いが強いことを示す.
4) 自治体による開発事業実施と社会福祉開発省
の技術支援
図っている(図− 3)注 28)。DSWD が州および郡と
調整を行うことで、子供、女性、青年、老人など
「新自治体法」施行の影響を被り、地方分権化に
の特定グループに、郡からの社会福祉サービスを
伴う新たな政策的機能の明確化と強化を求められ
組織的に提供している事例も確認された注 29)。
た中央政府機関の間で、社会福祉開発省
数ある中央政府機関の間で、DSWD のようなア
(Department of Social Welfare and Development :
プローチはむしろ例外的存在である。しかし、
「新
DSWD)はその政策を実施するための新たなアプ
自治体法」施行後の DSWD の役割機能の変化は、
ローチを採っている。これは、DSWD が受益者と
地方開発を促進する上でカギを握る自治体の事業
なる地域住民のひざ元に位置する自治体の支援を
運営に適切な技術支援を持続的に提供するための
自らの職務ととらえているからである。そして、
中央政府機関の支援機能の取り組みに関して、そ
移管した社会福祉サービス供給機能を自治体が有
の他の中央政府機関に大きな示唆を投げかけ、同
効に運用できることをその支援の焦点としている。
時に、援助機関にも有効な支援の方向性とアプ
具 体 的 に は 、D S W D は 、 従 来 の 地 域 事 務 所 を
ローチを問うていよう。
フィールド事務所と改め、自治体の社会福祉サー
ビス供給機能をモニタリングしつつ、自ら自治体
おわりに
に直接出向いて専門技術を提供し、自治体と調整
を行いながら、特に郡レベルでその機能の充実を
28
「新自治体法」施行で、自治体は、中央政府機関
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
からの移管に伴う機能と責任を吸収し、その開発
における複数の同級自治体ならびにその管下自治
事業の実施に直接携わることとなった。移管され
体の連携や補完は、あまり機能していない。地方
たディストリクト病院の管理運営で財政が圧迫さ
分権化の下で地方開発を促すための適正規模を模
れている州政府の例を除くと、自治体は、資金や
索し、それを有効活用するプロセスづくりが望ま
技術の不足などに直面しつつも、必要を迫られた
れている。
開発事業の計画および実施を取りあえず果たして
「新自治体法」の施行は、1987年憲法で義務付け
いる。
「新自治体法」の制定および施行の経緯とも
られた 5 年ごとの再審査を伴うため、流動性を含
相まって、移行期に期待されたさまざまな機能の
んでいる。だが、
「新自治体法」の制定そして施行
実態は既述のように錯綜しているものの、この点
を必要としたフィリピンの社会状況、ならびに近
では、フィリピンの地方分権化は、自治体の存在
年の開発における地域社会の重視は、同国の地方
意義そして開発事業の実施機能や効率の向上をも
分権化の促進を支援するものであろう。JICAがす
たらし始めているといえよう。
でに DILG に派遣した政策アドバイザー型専門家
しかし、冒頭で触れた「グッド・ガバナンス」の
や、現在ボホール州をサイトに農業省農業研修所
視点をふまえて考察を加えると、同国で推進され
と実施している農村生計向上のための技術協力プ
ている地方分権化の現状は、地域社会や地域住民
ロジェクトも、これを支援するものと位置付けら
に持続的に効果を促すための開発プログラムおよ
れよう。97 年以降に当たる「新自治体法」施行計
びプロジェクトのデザインと実施のいっそうの必
画の安定期には、自治体は、その職務を管理運営
要性を示唆している。 それに応えるひと つ が 、
するために十分な能力を備え、中央政府機関は、
RDC および LDC での開発計画の立案過程に多様
自治体に対して適切な技術支援を継続的に提供す
な開発の担い手の声を反映する機能の強化だろう。
ることが、計画案で期待されている。OECD/DAC
注 16)
は RDC および LDC の構成メン
加盟国が世界各国で普遍的に進められている地方
バーだが、その構成をもって住民が計画立案過程
分権化に協力する現在、開発において地域社会を
に 参加できると言い切ることは難しい。ま た 、
重視する「グッド・ガバナンス」の意図を反映し
RDC や LDC で承認された開発プログラムおよび
た上で、今後の JICA のさまざまな技術協力が、地
プロジェクトが住民に対して責任を持つか否かと
方分権化状況に基づくフィリピン地方開発の促進
いう地域社会の公共性をチェック、ならびにその
をいっそう効果的に支援することが期待されて
ための合意を形成する社会技術も求められている。
いる。
現在でも NGO
国際協力事業団(JICA)が中央政府機関管轄の
開発事業の実施を通して地域社会にアプローチす
注 釈
る際でも、自治体での開発プログラムおよびプロ
ジェクトを正式なものと位置付けるLDC承認機能
1) 本稿は,1996 年 10 月から 12 月に筆者がフィリピンで
行った地方開発促進のための国際協力事業団(JICA)
の有効活用が望まれている。従来のように自治体
企画調査の結果の一部を基に執筆した.その調査で
や地域社会を蚊帳の外に置くのではなく、その開
は,第 6 地域と第 11 地域における計 11 の自治体を含
発事業の意思決定プロセスやマネージメントに自
治体や地域社会を巻き込むことで、その効果を
フェーズ・アウト後にも持続できる、住民の側に
立った自治体の強化が地方分権化の結果として求
められていよう。
さらに、地方開発を促すための、自治体間の連
携および補完機能の促進が必要である。ある地域
む,中央政府,地域,自治体の各レベルでの聞き取り
をし,「1991 年自治体法」施行の現状分析を行った.
なお,本稿の執筆に際して,国際協力事業団国際協力
専門員の赤松志朗氏,社会開発国際調査研究センター
代表の生江明氏から数々の貴重なコメントを承った.
この場を借りて,両氏にお礼を申し上げる.
2) フィリピンにおける「地域」は,全国を政治・行政面
で把握するために広域ブロックとして設けられた「管
区(リージョン)」をしばしば意味するため,本稿で
は,同国での地域開発を示す場合,
「地方開発」を使う.
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
29
3) 詳細は,平石正美:フィリピンの地方制度.アジア諸
地方交付金とは異なる特徴であろう.そして,その結
国の地方制度,
(財)地方自治協会編,
(財)地方自治協
果,自治体が開発事業を実施する上で,域内における
会,p79-136, 1993.を参照されたい.
上級および管下のみならず,同級の自治体と相互に連
4) たとえば,第 6 地域の西ネグロス州政府では,税収を
上げるために,①固定資産税を滞納している不動産の
携および補完する関係がほとんど図られない現状を招
いている.
競売,②事業と不動産の所在を示した徴税に活用する
11) ここで語られる NGO は,民間企業,専門家協会,住
地図の作成,③郡や村で土地固定資産税の納税促進を
民・市民組織(婦人団体,青年団体,ロータリークラ
目的としたキャンペーンの実施,④郡政府財務課およ
ブなども含む),いわゆる開発 NGO と多岐に及ぶ.
びディストリクト病院に対する収入監査の実施,⑤政
LDC の構成メンバーとなることを希望する NGO の数
府系事業に対する抜き打ち査察の実施,⑥州税に関す
がその議席数よりも多い場合には,「新自治体法」で
る条例の改正,⑦各郡での固定資産税および事業税の
は定めていないが,NGO 間から互選されることにな
税収目標,ならびに税収外の収入目標の設定,⑧村で
る.しかし,NGO の組織構成が多種多様であるため,
の税に関する情報の提供,⑨歓楽地の把握,⑩州課税
どの NGO には投票権があるのかなどの互選方法基準
実施のモニタリング,などを試みている.
が明確にされにくい.そして,このことは,民主的な
5) 「新自治体法」により,IRA が,1992 年には 89 年の内
国税収入の 30%,93 年には 90 年の内国税収入の 35%,
94年以降はその3年前の内国税収入の40%をおのおの
占めることが定められた.
6) IRA は,国内の全州で 23%,全市で 23%,全郡で 34%,
住民参加の促進ではなく,地域のボス支配を強化する
可能性をも含んでいる.
12) LDCsにおけるNGO構成メンバーを自治体級ごとにみ
ると,郡開発協議会では,住民組織がその構成メン
バーとなる傾向が強い一方,州開発協議会では,民間
全バランガイ(村)で 20% と,自治体の各級に対して
企業,専門家協会,住民・市民組織,開発 NGO と多
その配分率が決められている.そして,各自治体に対
様なメンバーによって NGO が構成される傾向が強い
する IRA の配分については,その総人口を 50%,領域
ことが確認される.また,市,特に政令指定都市の開
面積を25%,各級自治体ごとの均等配分を25%の決定
発協議会では,その都市部で活動する開発 NGO があ
要因とする「新自治体法」で改正された基準によって,
まり存在しないことを反映して,NGO 構成メンバー
その配分額が定められる.
は民間企業,専門家協会,市民組織に偏りがちである.
IRA の配分基準を再検討する必要が指摘される一方
13) 首長には,当該自治体のサングニアン議会への予算書
で,バランガイから郡または郡から市という,数のよ
提出,議会審議案件に対する拒否権行使,任命官吏の
り少ない上級の自治体単位に格上げされることでより
任命と解任,予算の作成などの権限がある.また,自
多くの均等配分を得ようとしたり,領域内の人口増加
治体の財政運用に関する最終的な裁量権もその首長に
(移住も含む)によってより多くの IRA 配分を得よう
あるので,首長の一存で自治体職員の研修機会も左右
とする自治体も存在するのが現状である.ちなみに,
「新自治体法」による IRA の配分実施以降 96 年 8 月ま
でに,10 の郡が市に格上げされている.
される可能性がある.
首長による自治体の開発指針への影響の具体例として
は,ジェネラル・サントス市長の関心事項である,急
7) 郡開発協議会ならびに市開発協議会におけるバランガ
激な都市化への対応および持続的農業が同市の開発指
イ,州開発協議会における郡および一般市がそのよう
針に盛り込まれていることを挙げておく.また,筆者
な自治体に当たる(図− 1 参照).
は,バコロド市を訪問中に,台風および洪水からの市
8) 上級自治体の開発協議会による管下自治体の開発計画
の審査権限に関しても同様であった.たとえば,州政
府は郡政府の上位官庁に当たり,所管の郡政府への監
14) この「地域」は,
「管区(リージョン)」の意味である.
督ならびに指導を行っているが,実質的な業務内容
15) しかし,RDCのメンバーには,たとえば農業省におけ
は,郡政府からの結果報告の受理程度にとどまって
る農業研修所や国家灌漑庁など,中央政府各省が全国
いた.
に点在させている付属機関・センターの類は含まれ
9) 調査対象となった各自治体の開発協議会のうち,州開
ない.
発協議会,ならびに政令指定都市の市開発協議会の構
16) ここでの NGO は,民間企業,専門家協会,住民・市
成メンバー総数が概して多数であることが明らかと
民組織(婦人団体,青年団体,ロータリークラブなど
なった.特にこの傾向は多数のバランガイを直接抱え
る政令指定都市で深刻であり,そのメンバー総数が
200 を超える政令指定都市もいくつか存在した.
10) 各州,市,郡はその一般資金から年間50万ペソをその
30
民の避難活動を率先して指揮する同市長を目撃し,首
長の指導性の一面を目の当たりにした.
も含む),開発 NGO を含む.
17) 2 つの調査対象地域のRDCのメンバー数は,おのおの
65 前後であった.
18) ちなみに,教育文化スポーツ省は,
「新自治体法」施
管下内のバランガイへ配分することが「新自治体法」
行前に学校の校舎建設,管理,修理に携わっていた経
で定められている.しかし,自治体による開発事業実
緯,ならびに「新自治体法」施行後も外国の援助を財
施の財源として存在の大きい,各自治体に配分された
源として全国で展開している学校建設プロジェクト
IRA 開発充当資金は,おのおのの自治体での独自の開
(本文で後述)の関係から,第 11 地域 RDC のセクター
発プロジェクト実施予算となる.この性質は,日本の
委員会では,社会セクター委員会ではなく,インフラ・
地方開発における自治体と中央政府機関の機能関係
セクター委員会のメンバーとなっている.
その負担を自治体の財源に通常求めることになる.
19) RDC における地域開発計画の立案過程に,自治体お
その結果,ある自治体の財政状況が厳しければ,そ
よび開発NGOや住民組織を含むNGOの意向を反映す
の自治体の職員が研修に参加できる望みは少なく
る取り組みは,まだ数少ない.しかし,第 6 地域 RDC
の環境天然資源小委員会がその一例として挙げられ
なる.
③自治体の首長はその自治体の財政運用に関する最終
よう.
的な裁量権を持つ.そのため,首長が持つ,自治体
第 6 地域の地域開発計画では,環境保全を重視した開
職員の人材育成についての,
ならびにさまざまな各
発戦略が掲げられている.環境と開発の相互関係への
開発分野についての,理解,指針,ビジョンによっ
配慮がこの地域開発計画に盛り込まれた経緯には,
て,自治体職員の研修機会も左右されやすい.ま
RDC の下部組織としてアドホックに組織された環境
た,首長の特定職員に対するひいきが研修機会の取
天然資源委員会の貢献によるところが大きい.この委
得に影響する場合もある.
員会は,天然資源省地域事務所を中心に構成され,そ
27) 自治体研修所長によると,①組織マネージメント,②
の開発計画実施に不可欠な最上級自治体や NGO の同
地方財政,③開発計画手法,④自治体法令,⑤コミュ
委員会への参加も図られている.
ニティーの活性化,⑥環境整備,⑦災害対策の 7 分野
20) しかし,先に検討したように,この状況は RDC にお
ける制度的要因のみによって現実化されているとは言
い難いだろう.
21)「新自治体法」施行の転換期に公共事業省の技術職員
が自治体にほとんど移管されなかったために,自治体
のこの分野の実施能力および技術力の不足を理由とし
である.
28) 保健省でも,地域事務所をフィールド事務所と改め,
自治体およびコミュニティーとの調整部門を設け,モ
ニタリングや自治体への技術支援を中心とする新たな
役割が試みられている.
29) 北ダバオ州社会福祉開発官からの報告による.
て,公共事業面の予算のIRAへの組み込みが大幅に遅
らされてきたこともこの大きな一因である.
22) たとえば CDF の場合,1994 年には,下院議員 1 人当
参考文献
たり最低 1250 万ペソが国家予算から割り当てられて
おり,議員 1 人当たりのこの最低額はその後年々増加
1) 赤松志朗:フィリピンにおける地方開発促進のための
する傾向にある.また,これらの議員の中には,年間
企画調査:1991年自治体法と自治体行財政力,国際協
に1億ペソ以上の割り当てを得る者もいる.ちなみに,
予算管理省では,CIAやCDFが具体的にどのように支
出されたかを明確に把握できていない.
23) したがって,NEDA地域事務所の職員でもさまざまな
援助機関の個々のスキームついて知っているわけでは
必ずしもない.
24) 1996 年 12 月時点で PDAC の創設を完了した地域は,
第 3 地域と第 9 地域のみであった.両地域の PDAC は,
RDC 直下の各セクター委員会と同等という位置付け
である.
25) すでに PDACを創設した第 9 地域の NEDA地域事務所
長の話では,第 9 地域の PDAC は,自治体への技術移
力事業団企画調査報告書,1995.
2) 勝間靖 , 小山敦史:開発の社会的側面に光を.入門・
社会開発:住民が主役の途上国援助,社会開発研究会
編,国際開発ジャーナル社,p6-19,1995.
3) 国際開発センター:セクター別援助指針策定のための
基礎調査(参加型開発),国際開発センター,1993.
4) 国際協力事業団:参加型開発と良い統治,国際協力事
業団分野別援助研究会報告書,1995.
5) 国際協力事業団:地域の発展と政府の役割,国際協力
事業団分野別援助研究会報告書,1997.
6) 生江明:住民地方自治と税金:フィリピン新地方自治
法雑感.月刊自治研,4 月号:79-85,1992.
転もその目的に含んでいる,とのことであった.しか
7) 森田朗編:アジアの地方制度.東大出版会 , 1998.
し,彼によると,おのおのの NEDA 地域事務所の方針
8) 山田恭稔:フィリピンにおける地方開発促進のための
は,その所長の考えに左右される部分も非常に大きい
企画調査:1991年自治体法施行後の自治体の現状と中
ので,PDAC の創設が,その地域内の自治体の計画開
央政府機関との機能関係,国際協力事業団企画調査員
発部などへのプロジェクト企画開発に関する技術移転
報告書,1997.
を必ずしも意味しない,とのことであった.
26) その他の中央政府機関や大学などからの講師による自
治体職員を対象とした研修機会はすでに存在する.だ
9) Organization for Economic Co-operation and Development
(OECD):Participatory Development and Good Governance, OECD, Paris, 1995.
が,自治体職員がその研修機会に実際にアクセスでき
10) Gerona, R.:Issues, Effects and Actual Influences on
るようになるためには,以下の 3 つの課題に対する改
Decentralisation :The Philippine Experience, JICA-Phil-
善が必要であろう.
ippine Office, Manila, 1997.
①研修を主催する側の予算繰りなどの都合で,研修が
11) Yamada, Y., Gerona, R.:Decentalisation and JICA : Pros-
第 1 ならびに第 4 四半期に集中する傾向がある.し
pects and Challenges-The Philippine Context, JICA-Phil-
かし,自治体職員はその時期多忙であるため,研修
ippine Office, Manila, 1996.
に参加することが難しい.
②研修には参加するための旅費などの出費を伴うが,
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
31
山田 恭稔(やまだ やすとし)
1965 年生まれ . 米国ドゥルー大学教養学部政治学科卒 .
米国州立ウィスコンシン大学マディソン校社会学・農村社
会学大学院修士課程修了 .
財団法人国際開発センター調査部研究員の後,
社会開発
国際調査研究センター研究員およびタイ・チェンマイ大学
社会調査研究所客員研究員を経て,
現在,社会開発国際調査研究センター副主任研究員(地
域社会開発).
〔著作・論文〕
Toward Local Community Initiative in Participatory Development : Conceptual Consideration of Local Control of Development Resources and Utilization of Social Relations Analyzing
A Case in Northern Thailand, 国際開発研究 , 2(2), 1993.
32
リスクを考慮した最適作物選択
〔事例研究〕
リスクを考慮した最適作物選択
−フィリピン水田裏作の場合−
よこやま
しげ き
横山 繁樹
セルジオ R. フランシスコ
(農林水産省農業総合研究所室長)
(フィリピン稲研究所)
なんせき
てるあき
南石 晃明
(農林水産省東北農業試験場室長)
フィリピン、イロコスノルテ州の天水農業を対象に、確率計画法を用いて作物の最適組
み合わせを推計した。対象地域では、雨季に稲、乾季には小型ポンプによる地下水を利用
した灌漑でさまざまな畑作物が栽培されている。モデルでは代表的な乾季作物であるタバ
コ、トマト、ニンニク、リョクトウ(緑豆)、トウモロコシ、ピーマンの 6 作物の組み合わ
せを想定した。モデルには生産物価格と収量変動による所得変動を明示的に組み込んだ。ま
た、作物によって水の要求量が異なるので、乾季の灌漑水の利用可能量を3 段階に分けて計
算を行った。農家がリスク中立な場合は、期待収益、リスクともに最大のニンニクのみが
選択され、リスク回避度が高くなるに従って選択される作物が増加するが、以下のような
興味深い点が観察された。①リョクトウはトウモロコシと同程度に低リスクで、平均収益
はより高いにもかかわらず、モデルでは選択されなかった。これはトウモロコシが他作物
との労働競合が生じないのに対して、リョクトウの収穫期が高収益のトマトと重なるため
である。②トマトはニンニクよりも低リスクであるが、リスク回避度を高めてもニンニク
のトマトに対する優位性は変化しない。これは収益性においてニンニクが低リスクのピー
マンと強い負の相関を持つのに対し、トマトが正の相関を持ち、ニンニクとピーマンの組
み合わせがトマトとピーマンの組み合わせより低リスクとなるためである。
雑穀、マメ類、イモ類などで、低投入、低リスク、
はじめに
低収益、すなわち低位安定型作物と性格づけられ
る。第 2 のグループは、食生活の向上に伴う需要
フィリピンの全耕地面積の約半分は灌漑未整備
増に対応して新たに導入されている野菜などで、
の天水農業地帯である。新規の灌漑開発は限界に
高投入、高リスク、高収益、すなわち高位不安定
近づいており、灌漑稲作の単収向上も頭打ちであ
型作物といえよう。作物の組み合わせは多岐にわ
ることを考慮すると、人口増加や所得向上による
たり、意思決定の過程は非常に複雑で難しいもの
食糧需要の増大ならびに多様化に応えるためには
となるが、リスクはその重要な要因である注 1)∼ 7)。
天水地域の農業振興が今後ますます重要となる。
リスクは生産から販売まで農民の活動のほとんど
天水田では乾季において水制約の程度や市場・立
につきものである。コメと異なり、政府による価
地条件に応じてさまざまな作物が選択され、それ
格支持や融資制度の整備されていない乾季作物の
らは性格の異なる 2 つのグループに大別できる。
振興を図るためには、リスクを考慮した意思決定
第 1 のグループは伝統的に栽培されてきた陸稲、
支援ならびにリスク軽減のための技術的、政策的
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
33
表− 1 イロコスノルテ州の農業生産(1993 年)
支援が肝要となる。
食用作物
目的と仮定
I
コメ
本稿の目的は、フィリピン、イロコスノルテ州
生産量(t)
221,902.6
トウモロコシ
67,967.0
マメ類
18,163.2
野菜
87,228.5
根茎作物
22,732.5
出し、灌漑未整備の条件不利地域の農業開発に対
果実
13,910.0
する政策的含意を引き出すことである。算出に際
商品作物
し次のような仮定を置く。
ニンニク
(1) リスク中立であれば、農民は与えられた資源
タバコ
を対象に天水田乾季作の最適作物組み合わせを算
制約の下で最大利益を期待し得る作物の組み合
わせを選ぶ。
(2) 農民がリスク回避的になるに従って、利益を
犠牲にしてもリスクの低い作物の組み合わせを
選択する。
調査対象地の概況と作付け体系の
特徴
II
生産量(t)
19,002.6
3,487.8
綿花
畜産
182.1
生産量(t)
水牛(carabeef)
1,210.5
牛肉(beef)
1,078.1
豚肉
2,982.7
山羊肉
411.3
家禽肉
305.9
(出典)Ilocos Norte Provincial Profile, 1993.
調査村には用水路や貯水池などの灌漑施設は整
備されていないが、掘り抜き井戸が個人的に掘ら
研究対象となった村は、フィリピン、ルソン島
れ、乾季にはディーゼルエンジンを動力とするポ
北西のイロコスノルテ州に位置する。同州の平均
ンプでくみ上げられた地下水が小規模に灌漑に利
2
高度は海抜 18m である。総面積 3399km のうち
2
2
694km が耕地で、その約半分 324km が天水地域
注 8)
用されている。5 月から 10 月の雨季にはもっぱら
コメが、乾季にはさまざまな作物が栽培される。
。1976 年から 93 年の平均年間降雨量は
資源利用の観点からみると、トウモロコシとリョ
1703mm、そのうちのほぼ 90% は 5 月から 10 月の
クトウ(緑豆)は労働投下量・消費水量が小さい
間に降っている。南西モンスーンの季節には熱帯
作物、逆に、タバコ、トマト、ニンニク、ピーマ
性サイクロンと暴風雨がしばしば訪れる。月間平
ンは労働投下量・消費水量が大きい作物として分
均最高気温は 32.1℃ 、月間平均最低気温は 22.1℃
類される(表− 2)。雇用労働や乾季の水に制限が
である。90 年で州人口は 46 万 1661 人、年間増加
あるので、各作物における労働利用の季節性や資
である
2
率 1.68%である。人口密度は1km 当たり 136人で、
源要求量は作物選択に影響を及ぼす。
家族員数は 1 戸平均 5 人である。就業人口の 51.3%
耕起は通常トラクターの賃耕によるが、一部例
注 8)
外として、農家が保有する水牛による畜耕も行わ
州の主要作物はコメで、93 年の生産量は 22 万
れている。村にはトラクターを所有する農家はな
1903t である(表− 1)。コメに次いで生産量が多
く、各作期の初めに村外から請負業者が訪れ、面
いのは、野菜(8 万 7228t)およびトウモロコシ(6
積決めで耕耘作業を行う。それ以外の作付けから
万 7967t)である。ニンニク(1 万 9003t)やタバ
収穫まですべての作業は手作業である。
が農林漁業に従事する
。
コ(3488 t)は生産量では少ないが、単価が高いの
で地域の農業経済にとって重要である。また養鶏
III 理論的枠組み
をはじめとする畜産も盛んで、州の農業は多様で
商業化されているのが特徴である。
34
農業経営システムの経済的評価をする上で、数
リスクを考慮した最適作物選択
理計画法は最も重要な手法のひとつといえる。そ
せながら、一連の解(E − A フロンティア)が得
の汎用性のため、モデルには作物の生産における
られる。
主要な因子を同時にいくつも組み入れることがで
きる。さらにモデルが適切に定義され作成された
IV モデルとデータ
なら、さまざまなシナリオを設定したシミュレー
ションが可能となる。
計算に当たっては、1.0ha の自作経営を想定し
ここではリスクを考慮して利益を最大にする作
た。モデル農家は与えられた条件下で経済合理
物の組み合わせを計算する方法として、ハッツェ
的に意思決定を行うものと仮定する。物財・労働
ルが提唱した絶対偏差和最小化(Minimization of
投下量、投入財価格および賃金に関するデータは、
Total Absolute Deviations:MOTAD)モデルを採用
3 機関、すなわちマリアノ・マルコス州立大学
注 9)
。このモデルでは、期待所得−平均絶対所
(B a t a c ,I l o c o s N o r t e )、フィリピン稲研究所
得偏差(E − A)基準を次のよう定式化される:
(Maligaya,Munoz,Nueva Ecija)、および国際稲
する
研究所(Los Banos,Laguna)の共同研究プロジェ
∑ yh を最小にする。
-
クトである「天水田稲作研究コンソーシアムプロ
ジェクト」において得られたものである。当プロ
ただし;
ジェクトは、イロコスノルテ州バタックにおいて
∑(chj − gj)xj + yh- ≧ 0
実施され、調査対象農家は層化無作為抽出法によ
(すべての h について、h = 1, 2, …, s)
り抽出された 50 戸の農家である注 10)。また、1989
年から 93 年の収量と生産物価格の時系列データ
また、
は、地域統計 によった 注 11)。生産物価格と収量の
∑ fjxj =Θ(Θ= 0 から無限)
みを確率変数としたが、データとして州平均値を
∑ aijxj ≦ bj(すべての i と j について、i = 1, 2,…,
用いたので、それらの変動は現実の農家が直面す
m ; j = 1, 2, …, n)
xj,yh- ≧ 0(すべての h と j について)
るものより過小となる恐れがある注 12)。
モデルは25の活動つまり変数と、48 の制約で構
成される。利益ベクトルには各栽培活動からの確
ここで、
率論的純益と雇用労賃が含まれている。雇用労賃
f j:j 番目の活動の期待(予測)利益係数
はデータ上の制約から毎年同一と仮定した。制約
gj =(1/s)∑ ch j は、j 番目の活動に対する利益係数
マトリックスは、土地、家族労働力、雇用労働力
のサンプル平均であり、主観的な情報がこれらの
の制約からなる。モデル農家は常時家族労働力 2
値に組み込まれていなければ fj と同値になる。
人を有し、10 日間当たり最高 100 人/日の労働力
を雇い入れることができると想定した。1 日の労
chj = j 番目の活動からの h 番目の利益係数
働時間は家族が 8 時間、雇用が 6 時間とする。各作
xj = j 番目の活動のレベル
物における労働力係数は、「天水田稲作研究コン
ソーシアムプロジェクト」のデータから得た。1日
このモデルは、パラメーターを選択し従来の線
当たり労賃は、その労働強度や男女構成などによ
形計画コードで解くことができ、期待所得および
り作業ごとに異なり、モデルでは 10 日単位で次の
平均絶対所得偏差に対して有効な 1 組の農業計画
ように設定した。1 月中旬から4月下旬までコメ以
を与える。期待所得をパラメーターで表すことに
外の作物の収穫として102ペソ、6 月中旬には田植
よって、所与の資源制約の下で最大利益係数合計
えとして60ペソ、9 月下旬にイネの収穫として198
が得られるまで、総収益と平均絶対偏差を増加さ
ペソ、11月初めから12 月中旬までコメ以外の作物
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
35
表− 2 1
資源制約
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
土地 / 雨季
土地 / 乾季
乾季灌漑水
家族労働
HJAN2
HJAN3
HFEB1
HFEB2
HFEB3
HMAR1
HMAR2
HMAR3
HAPR1
HAPR2
HAPR3
HJUN2
HSEP3
HNOV1
HNOV2
HDEC1
HDEC2
2-May
1-Jun
2-Jun
1-Jul
2-Jul
2-Aug
3-Sep
1-Oct
3-Oct
1-Nov
2-Nov
3-Nov
1-Dec
2-Dec
3-Dec
1-Jan
2-Jan
3-Jan
1-Feb
2-Feb
3-Feb
1-Mar
2-Mar
3-Mar
1-Apr
2-Apr
3-Apr
単位
制約量
ha
ha
1000gal
人
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
人/日
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
hour
1
1
W 注)
2
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
>
−
2
3
4
コメ
タバコ トマト
ニン
ニク
1
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
26
16
160
16
6
8
140
32
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
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.
.
.
.
.
.
.
1
264.6
.
.
.
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.
.
.
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.
.
.
.
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.
.
.
.
.
.
8
46
36
100
.
8
16
8
8
36
70
70
36
36
.
.
.
.
.
.
.
1
352.8
.
.
.
.
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174
44
16
16
16
16
.
.
.
180
.
.
.
.
.
.
.
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1
232.3
.
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10
22
38
94
32
14
14
6
6
14
6
36
30
30
38
30
26
5
6
リョク トウモ
トウ ロコシ
.
1
88.2
.
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.
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6
.
12
12
10
.
.
.
12
.
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.
32
.
56
.
.
.
1
44.1
.
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8
54
8
16
.
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.
60
.
.
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.
.
.
7
8
9
10
ピー
マン
家族
労働
HJa2
HJa3
.
1
220.5
.
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50
20
108
72
24
64
16
.
48
56
48
56
.
.
.
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.
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.
1
.
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− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
− 80
.
.
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1
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−6
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1
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−6
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注)Wは 200, 300, 400 を設定.
の播種として 60 ペソ。これらの賃金水準は、92年
水田稲作研究コンソーシアムプロジェクト」から
での非プランテーション農業の法的最低賃金であ
得た撒水日数に基づいて計算した。
る 63.38 から 105.63 ペソよりおおむね高い 注 13)。
利益ベクトルの要素は、相当する経常経費を 89
モデルには乾季の水制約が組み込まれている。
年から93年の期間の各作物の総生産から差し引く
表− 2 のように、各作物に必要な水量は、掘り抜
ことによって得られる。種苗、肥料、農薬、掘り
き井戸ポンプにより、105gal(ガロン)/日(この
抜き井戸ポンプの燃料やオイル、トラクター利用
地域で最も広く使用されているKatoポンプの排出
料金を含む 93 年の経常経費が、各年に対して使わ
量)、1日 6 時間の灌漑が可能であると仮定し、
「天
れ、これら経常材の投入構造は、研究対象となっ
36
リスクを考慮した最適作物選択
モ デ ル の 構 造
11
12
13
14
15
16
HFe1
HFe2
HFe3
HMr1
HMr2
HMr3
.
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1
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1
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1
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−6
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1
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1
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−6
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17
18
HAp1 HAp2
.
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1
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1
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−6
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19
20
21
22
23
24
25
HAp3
HJu2
HSe3
HNo1
HNo2
HDe1
HDe2
.
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1
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1
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1
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1
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1
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−6
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1
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−6
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1
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−6
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た期間中は一定であると仮定する。収量および生
の相関行列である。コメとトウモロコシ、タバコ
産価格は地域の統計データから得た 注 11)。インフ
とニンニクには高い正の相関関係がみられる。逆
レを考慮に入れるために、各年の生産価格は消費
にタバコとピーマン、トマトとニンニク、ニンニ
者物価指数でデフレートした
注 14)
。
クとピーマンには高い負の相関がみられた。ニン
表− 3 に各作物の利益係数を示す。ニンニクは
ニクやトマトのような高収益、高リスクの作物が、
平均値、標準偏差ともに最も高く、トマトがそれ
多くの作物と負の相関があることに留意すべきで
に次ぐ。一般に利益係数が高いほど偏差も大きい
ある。
という関係がみられる。表− 4 は各作物利益係数
基本モデルの特徴は、次のとおりである(表−2)
。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
37
表− 3 作物別利益係数、各年消費者物価指数でデフレート済み(1989 ∼ 93 年)
平均
(ペソ /ha)
コメ
最小
最大
(ペソ /ha) (ペソ /ha)
標準偏差
4,364
3,525
5,683
タバコ
25,833
21,291
32,648
3,931
トマト
27,040
4,032
42,344
13,914
ニンニク
37,467
13,648
72,583
20,277
6,441
5,073
8,353
1,256
リョクトウ
トウモロコシ
ピーマン
752
2,581
1,233
4,323
1,006
20,294
10,926
26,629
6,765
(出典)Rainfed Lowland Rice Research Consortium, 1993.より算出.
注)利益係数=粗生産額−非労働生産費.
表− 4 作物別利益係数の相関行列(1989 ∼ 93 年)
コメ
コメ
タバコ
タバコ
トマト
ニンニク
リョクトウ トウモロコシ
ピーマン
1
0.018
1
トマト
− 0.063
− 0.442
1
ニンニク
− 0.375
0.801
− 0.676
1
リョクトウ
0.375
0.493
− 0.106
0.007
1
トウモロコシ
0.855
− 0.240
− 0.344
− 0.365
0.164
1
ピーマン
0.146
− 0.787
0.330
− 0.835
0.130
0.356
1
(出典)Rainfed Lowland Rice Research Consortium, 1993.
(1) 雨季、乾季を合わせて 7 の作付けプロセスを
いた 注 15)。
持つ。雨季(5 ∼ 10 月)はコメ、乾季(10 ∼ 4
さまざまなレベルの所得偏差による最適解を
月)にタバコ、トマト、ニンニク、リョクトウ、
表− 5、表− 6、表− 7 に示す。なお、1988 年のイ
ト ウ モ ロ コ シ 、ピ ー マ ン の 6 作 物 が 作 付 け ら
ロコス州における貧困線は、1 人当たり 4934 ペソ
れ る。
である 注 16)。調査村の平均家族数を州平均と同じ 5
(2) 10 日を 1 期間〔上旬(1)、中旬(2)、下旬(3)〕と
人とすると、1 家族当たりの貧困線は 2 万 4670 ペ
する労働プロセスを、5 月中旬(2-May)から 4
ソとなる。したがって所得のしきい値を本研究で
月下旬(3-Apr)まで 27 プロセス持つ。
は 2 万 4000 ペソとし、これ以下(計算結果のコー
(3) 雨季、乾季それぞれ 1ha の作付け面積制約。
ナー解が 1 から 4)の期待所得を与える解は除い
(4) 10 日を1期間とする雇用労働制約を、1 月中
た。それらの値は現実的に意味を持たないからで
旬(HJa2)から 12 月中旬(HDe2)まで 17 制約
ある。乾季における水の利用可能量の差がどのよ
持つ。
うに作物選択に影響を与えるかを調べるために、
表− 2 の水資源制約量(W)を随意に変えた。水
V
結果と考察
資源を 20 万 gal 以下に設定した場合、2 万 4000 ペ
ソの所得しきい値に達する解は 1 つも得られな
モデルはパソコン用に南石晃明ほかが開発した
かった。逆に 40 万 gal 以上どれだけ増やしても結
数理計画ソフトウェア「micro-NAPS」を用いて解
果に変化はなかった。したがって、水資源が 40万、
38
リスクを考慮した最適作物選択
表− 5 リスク選好に対応した最適作物組み合わせ(乾季水制約 = 400,000 gal / ha 以上)
解番号
絶対偏差和
期待純収益(1,000 ペソ)
雨
季 コメ
作
付
け
面
積
︵
ha
︶
5
6
7
8
9
10
11
1.41
1.96
2.62
4.56
26.281
30.363
30.916
1.000
1.000
1.000
12
13.58
34.56
36.23
40.12
31.862
36.121
40.642
40.902
41.367
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
タバコ
0
0.082
0
0
0
0
0
0
トマト
0.170
0.182
0.223
0.180
0.549
0.115
0.080
0
0.220
0.234
0.276
0.348
0.451
0.885
0.920
1.000
0
0
0
0
0
0
0
0
乾 ニンニク
季 リョクトウ
トウモロコシ
0.187
0
0
0
0
0
0
0
ピーマン
0.423
0.502
0.501
0.471
0
0
0
0
合計
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
労
家族
働
投
雇用
入
︵
846
915
913
910
857
864
859
832
0
0
0
0
0
0
6
34
846
915
913
910
857
864
865
866
14.162
14.802
15.025
15.107
14.123
15.135
15.216
15.403
3.997
4.077
3.767
3.596
2.769
1.671
1.585
1.407
時
合計
間
︶
経常経費(1,000 ペソ)
多様化指数注 1)
注 1)1/ Σ(xi /X)2, xi = i 番目の作物の粗生産額.X =合計粗生産額.
注 2)四捨五入の関係上,合計が一致しないことがある.
30 万、20 万 gal の 3 つの場合を、それぞれ表− 5、
作物として選択されるが、解 5 の最もリスクを回
表− 6、表− 7 に示した。各表の 1 段目の絶対偏差
避するケースでは、タバコはリスクが最低のトウ
和は所得変動の程度を表す。所得変動が大きけれ
モロコシにとって代わられる。この場合、期待収
ばそれだけリスクが大きいことになる。
益は 2 万 6281 ペソ、つまり解 12 のリスク中立な場
表−5は乾季において水制約がない場合である。
合の 64% に減少する。
農家がリスク中立な場合(解 12)絶対偏差和は
リスク回避の程度と労力投入量や非労働費用の
40.12 で、平均期待所得は最高値の 4 万 1367 ペソ
間には明確な関係はみられない。リスク中立すな
となる。予想どおり最も高収益で高リスクの作物、
わちニンニク単作の場合、播種および収穫時に労
つまりニンニクだけが選択されている。絶対偏差
働ピークが生じ、雇用労働の利用がみられること
和が減少つまり農民がリスク回避的になるに従っ
を除いて、リスク回避度は資源利用にあまり影響
て、低リスク・低収益作物が選択され、作物の組
を与えないようである。この結果は、農民のリスク
み合わせが多様になり期待収益が減ずる。解 11 か
回避度が高いと投資を節約する作物パターンが選
ら解9 までは、2番目に高収益でリスクの高い作物
択されたインドネシアの事例と対照的である 注 7)。
であるトマトがニンニクに代わって作付けを増加
農業生産の多様性の程度は、フォスター が定義
させ、収益および偏差は減少している。リスクの
した多様性指数(Diversification Index:DI)注 17)に
比較的小さいピーマンが第 3 の作物として選択さ
より測定され、その値は表− 5 の最下段に示され
れると、絶対偏差和は解 9 の 13.58 から解 8 の 4.56
る。表注の定義で明らかなように、1作物しか選択
へと大きく減少するが、収益の低下は 11% と比較
しない場合、DI = 1 となる。選択する作物数が増
的少ない。解 8 から解 6 においては、作付け面積の
えるにつれてDI も大きくなる。また作物の数を一
約半分をピーマンが占める。解6でタバコが第4の
定とすると、総生産額のうちの特定作物が占める
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
39
表− 6 リスク選好に対応した最適作物組み合わせ(乾季水制約 = 300,000 gal / ha)
解番号
5
絶対偏差和
期待純収益(1,000 ペソ)
7
8
9
10
1.41
1.96
2.62
4.56
13.58
18.93
26.281
30.363
30.916
31.862
36.121
37.274
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
雨 コメ
季
作
付
け
面
積
︵
ha
︶
6
タバコ
0
0.082
0
0
0
0
トマト
0.170
0.182
0.223
0.180
0.549
0.438
0.220
0.234
0.276
0.348
0.451
0.562
0
乾 ニンニク
季 リョクトウ
0
0
0
0
0
トウモロコシ
0.187
0
0
0
0
0
ピーマン
0.423
0.502
0.501
0.471
0
0
合計
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
労
家族
働
投
雇用
入
︵
846
915
913
910
857
859
0
0
0
0
0
0
846
915
913
910
857
859
14.162
14.802
15.025
15.107
14.123
14.382
3.997
4.077
3.767
3.596
2.769
2.585
時
合計
間
︶
経常経費(1,000 ペソ)
多様化指数
注 1)
注 1)1/ Σ(xi /X)2, xi = i 番目の作物の粗生産額.X =合計粗生産額.
注 2)四捨五入の関係上,合計が一致しないことがある.
表− 7 リスク選好に対応した最適作物組み合わせ(乾季水制約 = 200,000 gal / ha)
解番号
5
絶対偏差和
期待純収益(1,000 ペソ)
雨
季 コメ
6
7
8
9
10
11
1.23
1.36
1.44
1.57
8.71
16.74
26.57
24.268
24.558
24.666
24.727
26.646
27.211
27.660
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
1.000
タバコ
0
0
0.017
0
0
0
0
トマト
0.160
0.155
0.151
0.159
0.434
0.672
0.861
0.198
0.205
0.201
0.209
0.281
0.125
0
0
0
0
0
0
0
0
トウモロコシ
0.276
0.083
0
0
0
0
0
ピーマン
0.366
0.399
0.406
0.405
0
0
0
合計
1.000
0.842
0.775
0.773
0.715
0.797
0.861
労
家族
働
投
雇用
入
︵
813
804
801
799
727
761
788
0
0
0
0
0
0
0
813
804
801
799
727
761
788
13.710
13.189
12.911
12.939
11.618
11.861
12.043
4.172
3.855
3.820
3.744
2.925
2.276
1.608
作
付
け
面
積
︵
ha
︶
乾 ニンニク
季 リョクトウ
時
間
合計
︶
経常経費(1,000 ペソ)
多様化指数注 1)
2
注 1)1/ Σ(xi /X) , xi = i 番目の作物の粗生産額.X= 合計粗生産額.
注 2)四捨五入の関係上,合計が一致しないことがある.
40
リスクを考慮した最適作物選択
割合が高くなればなるほど、DI は減少する。予想
ピーマンのそれよりリスクが低く、農家がリスク
されるように、農民がリスク回避的になるにつれ
回避的になってもニンニクの作付面積は減少しな
多様性指数も増大している。
いのである。このことから異なる作物の収益間の
以上のように農民がリスク回避的になるに従っ
相関は、個々の作物の変動と同等またはそれ以上
て、最適作物組み合わせは少数の高収益・高リス
の重要性を持つことがわかる 注 18)。作物個々の変
ク作物から、低リスク・低収益の多数作物の組み
動のみを考察したのでは、最適組み合わせは導き
合わせへと移行している。しかし、以下の 2 点は
出せないのである。
考察を要する。第 1 に、リョクトウとトウモロコ
さて、表− 6 は、乾季の水の利用度が 30 万 gal
シはともに低リスク作物であるが、リョクトウは
に減少した場合を示す。解 10 はリスク中立の場合
期待収益がトウモロコシよりかなり高いにもかか
である。ニンニクは水の必要量が多いため(35 万
わらず選択されなかった(表− 5)。これは主に両
2800gal / ha)、その栽培面積は 0.562ha つまり水
作物の労働利用の違いに起因する。両作物とも他
制約がない場合(表− 5)の 60% に制限される。解
作物と同じように 11 月中旬から 12 月初旬にかけ
9 から解 5 は表− 5 と同値である。これは、10 万
て播種される。しかし、トウモロコシは、他作物、
galの水資源の減少がリスク中立の場合以外は作物
特に期待収益の大きいニンニクとトマトに人手が
の選択にほとんど影響を与えないことを意味する。
あまりいらない 2 月中旬に収穫されるが、リョク
水の利用可能量が 20 万 gal に減少すると、農民
トウの収穫・脱穀作業は、トマトの収穫ピークと
の選択は表− 7 のように非常に制限される。ニン
重なる 3 月から 4 月になされる(表− 2)。つまり、
ニクとトマトの 2 つの高収益作物は、その高い水
トウモロコシのほうが労働利用の季節性の観点か
要求量ゆえに作付けが強く制限される。そのため、
ら他作物との組み合わせが容易なのである。トウ
解11 から解6までのようにリスク回避度が低い段
モロコシは典型的な土壌消耗型の作物であるが、
階では、0.2ha から 0.3ha の土地が不作付けとなっ
マメ科のリョクトウは地力維持に資する。した
てしまう。その結果、期待所得はリスク中立の場
がって、リョクトウを含む持続的な作付け体系を
合でも最高 2 万 7660 ペソにしかならない。
普及させようとするのであれば、現在よりも短期
間に収穫できるリョクトウ品種の開発が有効とな
VI 結果の含意
ろう。
第 2 に、ニンニクの安定した作付面積およびト
本研究から最適な作物組み合わせの選択は、リ
マトに対する優位性は、われわれの仮定に一見矛
スクおよびリスクに対する農民の態度に大きく影
盾する。表− 3 にみられるように、ニンニクが期
響を受けることが明らかとなった。農民の意思決
待所得、変動ともに最大で、トマトがこれに次ぐ。
定過程において、リスクは重要な役割を果たすの
したがって農家がリスク回避的になれば、ニンニ
である。
クの作付面積はトマトよりも急速に減少すると予
環境ストレスに強い品種の開発や収量安定化技
想される。しかしニンニクはその収益性において、
術の開発は重要であるが、農業生産においてリス
農家がリスクを回避するにつれて作付けを増やす
クを完全に取り除くことは不可能である。した
低リスクのピーマンと負の高い相関があり、逆に
がって利用水量の制約がある地域において農業振
トマトはこれと正の相関がある(表− 4)。すなわ
興を図るためには、灌漑地帯と比較して農民に対
ちニンニクの収益が低い年はピーマンの収益が高
してより高いリスク管理能力が要求されるし、同
く、逆にトマトの収益が低い年はピーマンの収益
時にリスク軽減のための施策が必要となる。リス
も同様に低くなる確率が高いのである。したがっ
ク管理能力を高めるためには、気象情報、価格情
てニンニクとピーマンの組み合わせはトマトと
報の提供およびそれらの情報を処理・解析するた
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
41
めの指導・教育が重要である。また、リスク回避
度は農民の経済状態に大きく依存する。貯蓄の多
tistical Yearbook 1994, Manila, 1994.
15) Nanseki, T., Zakaria, A., Kosugi, S., Morooka, Y.:Comparative Advantage Analysis of Soybean in An Upland Area
い農民はリスク負担力が強いので、作物選択の幅
of West Java:Case Study of Mathematical Programming
が広いのである。リスク軽減という点で貯蓄と同
Approach. Report on JICA Technical Cooperation With
様の効果を持つ作物保険や救済ローンのような施
策も推奨される。
UN/ESCAP CGPRT Centre, Bogor, Indonesia, 1989.
16) National Statistical Coordination Board:The National Account of The Philippines, Manila, 1991.
17) Forster, G. W.:Farm Organization and Management,
Prentice-Hall, New York, p405-408, 1953.
付 記
本研究は、第 2 著者が 1994 年 7 月から 12 月に農林水産
18) Stovall, J.:Income Variation and Selection of Enterprises.
Journal of Farm Economics, 48(5):1575-1579, 1966.
省・農業研究センターにおいて実施した国際協力事業団
(JICA)カウンタパート研修の成果の一部である。
横山 繁樹(よこやま しげき)
注 釈
1957 年生まれ.北海道大学農学部卒.東京大学大学院
農学系研究科博士課程中退.
現在,農林水産省農業総合研究所室長.
1) McFarquhar, A. M. M.:Rational Decision Making and
〔著作・論文〕
Risk in Farm Planning:An Application of Quadratic Pro-
ジャワ天水農業における集約化と多様化.農業経営研究,
gramming in British Arable Farming. Journal of Agricul-
31 (3), 1993.
tural Economics, 14(4) :552-563, 1961.
Agricultural Diversification and Institutional Change : A Case
2) Camm, B.:Risk in Vegetable Production on a Fen Farm.
The Farm Economist, 10:89-98, 1962.
Study of Tenancy Contract in Indonosia. The Developing
Economies, 33 (4), 1995.
3) Stovall, J.:Income Variation and Selection of Enterprises.
Journal of Farm Economics, 48(5):1575-1579, 1966.
4) Traill, B.:Risk Variables in Econometric Supply Response
Models. Journal of Agricultural Economics, 29(2):53-61,
1978.
5) Antle, J.:Econometric Estimation of Producer's Risk Attitudes. American Journal of Agricultural Economics, 69
(4):509-522, 1987.
6) Hassan, R., A. Hallam:Stochastic Technology In Programming Framework:A Generalized Mean-Variance Farm
セルジオ R. フランシスコ(Sergio R. Francisco)
1953 年生まれ.フィリピン大学ロスバニオス校卒.
現在,フィリピン稲研究所の Supervising Science Research Specialist.
〔著作・論文〕
Risk Preference and Optimum Cropping Pattern for the Rainfed
Areas of Ilocos. Paper presented at the 10th National Rice R&D
Review, Philippine Rice Research Institute, Mar. 1-3, 1995.
Model. Journal of Agricultural Economics, 41:196-206,
1990.
7) Nanseki, T., Morooka,Y.:Risk Preference and Optimal
Crop Combinations in Upland Java, Indonesia. Agricultural Economics, 5(1):39-58, 1991.
8) Ilocos Norte Provincial Profile, Manila, 1993.
9) Hazell, P.B.:Linear Alternative to Quadratic and Semi-
1957 年生まれ.岡山大学農学部卒.同大学大学院農学
系研究科修士課程修了.農学博士(京都大学).
現在,農林水産省東北農業試験場室長.
〔著作・論文〕
不確実性と地域農業計画 : 確率的計画法の理論,方法及
Variance Programming for Farm Planning under Uncer-
び応用,大明堂,1991.
tainty. American Journal of Agricultural Economics, 53(1):
確率的計画法:不確実性に挑む知恵と技術,現代数学社,
53-62, 1971.
1995.
10) Rainfed Lowland Rice Research Consortium:Site Characterization and Economic Evaluation of Existing Crop Sequence - Farmers' Fields, Manila, 1993.
11) Bureau of Agricultural Statistics: Selected Statistics on
Agriculture in Region I-A., Quezon City, 1994.
12) Freund, R.:The Introduction of Risk into A Programming
Model. Econometrica, 24:253-263, 1956.
13) Bangko Sentral Ng Pilipinas:Selected Philippine Economic Indicators:1992 Yearbook, Manila, 1992.
14) National Statistical Coordination Board:Philippine Sta-
42
南石 晃明(なんせき てるあき)
国際理解・国際協力を目指した日本語教育のあり方
〔事例研究〕
国際理解・国際協力を目指した日本語教育のあり方
−インドネシアに対する支援・協力を例にして−
もも せ
ゆう こ
百瀬 侑子
(国際交流基金日本語国際センター専任講師)
インドネシアの日本語教育は 1980 年代より発展傾向にあり、最新の統計によると(国際
交流基金日本語国際センター 93 年調査)、学習者数では世界第 4 位、機関数では第 5 位と
なっている。インドネシアにおける日本語教育の発展要因としては、自助努力および日本
からの人的、物的、資金的な援助が挙げられる。
現在、政府レベルでの日本語教育支援事業の多くは、国際交流基金が窓口となって文化
交流事業の一環として実施されている。「国際交流基金法」に記述されているように、「日
本語の普及」がその中心的政策となっている。
今後、日本政府が日本語教育支援事業を文化交流事業として効果的に展開していくため
には、
「日本語の普及」という狭い観点、援助という一方向的な枠組みを外して、国際理解・
国際協力を目指した新たな日本語教育支援理念を構築する必要がある。新しい理念の構築
に当たって、
「国際協力」
「双方向的な国際交流」
「国際間の相互理解」がキーワードとして
挙げられる。また、理念を具体化するための方策としては、日本語教育に関する国際間の
協力体制の強化、国際理解型日本語教育シラバスの作成、日本語教育ネットワークの構築
などを提案したい。
インドネシアをはじめアジア諸国の日本語教育に対する支援のあり方を考える際、日本
は過去の歴史への反省の意味も込めて、国際理解・国際協力を主眼とした新しい日本語教
育支援事業を追求していくことがより一層求められる。
本語教育は拡大してきた。各種の機関で日本語を
はじめに
学ぶインドネシア人学習者は、1993 年現在約 7 万
人であり、韓国、中国、オーストラリアに次ぐ規
戦後日本の経済発展の後を追うようにして、世
模である 注 1)。
界、とりわけアジア地域において日本語学習者が
今後も、インドネシアをはじめ世界各国との相
増大し、日本語教育が成長・発展してきた。日本
互理解を深化させるために、日本語教育の担うべ
政府はこれら海外における日本語教育に対して支
き役割は大きく、日本は海外の日本語教育の充
援・協力するために、人的、物的、資金的な援助
実・発展のために適切な支援・協力を行っていく
および各種の協力を行っている。インドネシアに
ことが肝要である。その際、日本からの援助とい
対しては、戦後比較的早い時期から日本語教育に
う一方向的な流れではなく、二国間あるいは多国
関する支援・協力が開始されている。インドネシ
間の相互理解を目指した双方向型ともいえる新理
ア側の自助努力に加えて、日イ両国間の政治的経
念に基づいて海外における日本語教育のあり方を
済的な友好政策に支えられて、インドネシアの日
考えることが必要となる。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
43
本稿では、まず、インドネシアを例にして、日
戦後十数年たち、インドネシアの日本語教育が
本語教育分野における日本の支援・協力状況を振
復活し、それに対する支援・協力が行われるよう
り返る。そして、国際文化交流事業の一環として
になったが、この時点では、日本語教育は、技術
相互理解を促進するためには、どのような理念で、
協力の一環として補足的・付随的な要件として扱
どのような支援・協力体制を構築するべきか検討
われていたにすぎない 注 6)。また、インドネシアの
を行い、新しい理念に基づいた海外とりわけアジ
日本語教育復活については、戦後早期に復興・発
アにおける日本語教育の支援・協力方法の例を提
展し始めた日本に対して、インドネシア側からさ
示する。
まざまな期待が持たれたという背景もある 注 7)。
その後、40 年にわたり、インドネシアの日本語
I
インドネシアにおける日本語教育
の歴史と日本の関与
教育は自助努力と日本の支援・協力によって発展
してきた。主要な動向は表− 1 のとおりである。
約 40 年間の日本語教育の動向を概観すると、次
1. 戦前・戦中の日本語教育
のように要約できるであろう。
インドネシアで初の日本語講習会は、1903 年、
①日本語教育の展開が首都および主要都市から
地方へと地理的に拡大してきた注 8)。
イギリス商社バタビア支店勤務の日本人(長山主
税)によって開催された注 2)。講習は、現地の人々
②大学院における専門教育の場から不特定多数
を対象に日本から招へいされた 講師によって行わ
の大衆を対象としたテレビ放送に至るまで日
れたそうである。学校教育の中に初めて外国語科
本語学習の場が拡大している。特に 90 年代に
目として日本語が導入されたのは、34 年バンドン
なって日本語学習者の裾野の拡大と多様化傾
の私立クサトリアン学院においてである
注3)
向がみられるようになった注 9)。
。日本
から教師(長島弘)が招へいされ、日本語教科書
③日本語教育の量的な拡大(高校教育への導入
の制作なども行っている。
が主要因)と同時に、次第に質的な深化がみ
その後、日本占領時代(42 ∼ 45 年)には、日本
られる(大学院レベルでの日本語教育の実施、
語が初等教育から高等教育に至るまで 必修科目と
なった。社会人に対しても日本語講習が行われ、
学会の設立による研究の強化など)。
④インドネシアの日本語教育に対して支援・協
急速に日本語が普及していった。日本軍は「日本
力する日本側の体制が整備されてきた(国際
語普及」を言語政策の柱として、関係法令の立案、
交流基金ジャカルタ日本語センターの開設
インドネシア人教師養成、教科書編纂に精力を注
など)。
いだ
注4)
。占領政策の一環として強制的に行われた
以上のように、インドネシアの日本語教育にお
この時代の「日本語普及」は、インドネシアに対
ける日本の関与は、時代とともに変化してきた。
する文化侵略ともいえるものであった。
明治時代に個人レベルで開始された日本語教育は、
日本語強制という暗い時代を経て、戦後は日本の
2. 戦後インドネシアにおける日本語教育の展開
技術協力事業の一環として再出発した。戦後五十
戦後日本とインドネシアの間に公的な外交関係
数年たった現在、基本的には文化交流事業の一環
が開始されたのは、1958 年、日イ平和条約締結に
として日本政府の各種支援・協力を得て、発展し
よってである。同時に戦争賠償協定が結ばれ、多
てきた。
くの留学生・研修生が来日し、日本語教育を受け
る機会を得た。また、コロンボ計画による対イン
II
日本の支援・協力事業の検討
ドネシア技術協力が開始され、その一環として 61
年に日本語教育専門家が派遣された注 5)。
44
現在、インドネシアに対して政府レベルでの日
国際理解・国際協力を目指した日本語教育のあり方
表− 1 戦後インドネシアの日本語教育動向
1958年: 日本文化学院にて日本語教育開始(機関における日本語教育の開始)
1961年: コロンボ計画による日本語教育専門家を日本文化学院へ派遣
1962年: 高校での日本語教育開始(選択外国語)
1963年: パジャジャラン大学日本語日本文学科開設、日本語教育専門家派遣
1965年: バンドン教育大学日本語学科開設(高校の日本語教師養成開始)
1967年: インドネシア大学日本研究講座開設(日本政府寄付講座)、教授等派遣
1969年: 日本大使館広報文化センター日本語講座開設(市民向け日本語講座)
1975年: 国際交流基金ジャカルタ駐在事務所開設
1976年: 第1回高校日本語教員研修開催(教育文化省、国際交流基金共催)
1977年: 在スラバヤ日本国総領事館日本語講座開設(市民向け日本語講座)
1979年: 国際交流基金ジャカルタ日本文化センター開設
1981年: スラバヤ教育大学日本語学科開設(高校の日本語教師養成地方へ拡大)
1982年: インドネシア日本研究協会第1回全国セミナー開催
1984年: 高校外国語教育カリキュラム改訂(日本語が選択必須科目となる)
1990年: 一般日本語学校用統一カリキュラム作成(教育文化省社会教育局)
1990年: インドネシア大学大学院日本研究コース(修士課程)開設
1991年: 国際交流基金ジャカルタ日本語センター開設(中等教育レベルでの日本語教育に対する支援・協力
強化)
1992年: テレビ日本語教育番組放送(民間テレビ局RCTIによる)
1994年: 高校教育カリキュラム改訂(外国語に関しては96年より新カリキュラム実施)
1995年: 海外青年日本語教師派遣(高校日本語教育アドバイザー)
1995年: インドネシア大学大学院日本研究コース(博士課程)開設
(出典)国際交流基金 15 年のあゆみ,国際交流基金年報,などにより作成.
本語教育支援・協力事業は、国際交流基金、国際
「基金は、第 1 条の目的を達成するために、次の
協力事業団、文部省などによって行われている。
業務を行なう。
本章では海外における日本語教育支援・協力の中
(1) 国際文化交流の目的をもって行なう人物の派
心的役割を担っている国際交流基金の事業を対象
に検討する。
遣及び招へい
(2) 海外における日本研究に対する援助及びあっ
せん並びに日本語の普及(下線筆者)
1. 日本の支援・協力の基本姿勢と支援・協力事
業の内容
1) 支援・協力の基本姿勢
(中略)
(7) 前各号に掲げるもののほか、第 1 条の目的を
達成するために必要な業務(第 23 条)」
国際交流基金は1972年に外務省所管特殊法人と
さらに、
『国際交流基金業務方法書』
(第 3 条第
して設立され、その事業目的は『国際交流基金法』
3 号・昭和 49 年度規程第 2 号)では、
「日本語の普
(昭和 47 年 6 月 1 日法律第 48 号)第 1 条において
及」の方法について次のように述べられている。
次のように規定されている。
「日本語に関する教育専門家の養成及び派遣、教
「国際交流基金は、わが国に対する諸外国の理解
授法の研究並びに教材の開発作成及び頒布等の方
を深め、国際相互理解を増進するとともに、国際
法により日本語の普及を行うこと」(下線筆者)
友好親善を促進するために、国際文化交流事業を
また、事業展開を行う際に関係者が持つべき基
効率的に行ない、もって世界の文化の向上及び人
本姿勢はどのようなものであろうか。この点に関
類の福祉に貢献することを目的としている」
しては特に文書で規定されてはいないが、既刊の
また、その業務内容は次のように指定されて
報告書などを読む限りでは、
「現地主導」が基本姿
いる。
勢として認識されていることが確認できる。
「現地
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
45
表− 2 海外における日本語教育(国際交流基金事業)
日本人教師派遣:日本語教育専門家派遣(長期、短期)
人的支援
青年日本語教師派遣など
(教師・
日本語教師研修:海外日本語教師研修(長期・短期・在外邦人など)
学習者)
日本語教育専門家派遣前研修
日本語学習研修:海外日本語学習成績優秀者研修
外交官日本語研修
司書日本語研修ほか
日本語教材の制作
教材支援
日本語教材制作助成
日本語教材・教育機器寄贈
海外日本語講座専任講師給与助成
給与等助成
海外日本語講座現地講師謝金助成
(出典)国際交流基金年報 1996,p17-19.より整理分類して作成.
主導」主義は、日本語教育のあり方(「その国の教
事業(日本語講座運営、図書館運営、教師研修会、
師が中心になるのが基本であり、また教育内容や
各種コンサルティング、教材助成事業、その他)が
教材についても、基本的にはその国や機関におい
インドネシアの実情に合わせて実施されている注11)。
て、学習者の学習目的や教育目的に沿って構成さ
以上のように、本部、国内付属機関、海外セン
れるべきである」)についても、また、支援・協力
ターが行っている事業の内容は、人材、教材、教
方法(「要請にもとづいて協力する」)についても
授法関係の開発・充実を要点として、前述した「国
とられている姿勢である
注 10)
。
際交流基金業務方法書」に沿って実施されている
以上から国際交流基金の日本語教育事業の要点
ことが確認できる。
は次のようにまとめることができる。
一方、支援を受ける側は、人材、教材などの充
①国際文化交流事業の一環として国際交流基金
実のために機関にとって必要だと判断された助成
は「日本語の普及」を行う。
プログラムへの申請を機関ごとに行うことになる。
②「日本語の普及」のためには、人材、教材、教
授法の充実が要点となる。
③「現地主導」を基本姿勢として日本語教育の
支援・協力事業を行う。
2. 支援・協力事業を考える際の問題点
海外の日本語教育状況調査 注 1 2 ) が開始された
1970 年には、世界の 717 機関(50 カ国・地 域)で
2) 支援・協力事業の内容
5 万 6649 人が日本語を学んでいたことが報告され
本項では、国際交流基金が行っているインドネ
ている。23年後の93 年に行われた海外日本語教育
シアを含む海外の日本語教育に対する支援・協力
機関調査 注 13) では、6800 機関(99 カ国・地域)で
事業の具体的内容を確認しておく。
162万人が学んでいる ことが確認された。また、教
国際交流基金事業のうち日本本部および国内付
師数は 1890 人から 2 万 1034 人に増えた。インド
属機関が担当している「海外における日本語教育」
ネシアについていえば、 23 年間に機関数は 25 機
分野の主要な助成事業を整理分類すると、表− 2
関から 460 機関に、教師数は 84 人から 998 人に増
のようになる。
大している。また、23 年間の総学習者統計はない
また、インドネシアの場合はジャカルタに日本
が、70 年時点の学習者が 2236 人で、93 年時点の
語センターが設置され、東京本部所管事業の窓口
学習者が 7 万 3248 人であるから、これまでの総学
業務のほかに、日本語センター独自の支援・協力
習者数はかなりの人数に達する。
46
国際理解・国際協力を目指した日本語教育のあり方
数的にとらえれば、
「日本語の普及」は、一応の
の普及」という一方向的かつ自文化中心的な枠組
目標を達成できたといえよう。しかし、このまま
みを取り外して、今後の事業展開のためにより適
「日本語の普及」を中心政策に据えておくことが、
切な理念の構築が必要となるのではないか。国際
「国際相互理解」および「国際友好親善」のために
交流基金日本語事業の基本姿勢である「現地主導」
本当に有効であるのかという基本的な疑問が生じ
主義をさらに推進するためにも、日本からの一方
る。文化交流事業の一環としての日本語事業を
向的なイメージを想起させる「日本語の普及」は
「日本語の普及」という観点から推進しようするこ
望ましい言葉ではない。また、自国の日本語教
と自体に、次のような問題および限界があるから
育の充実に向けて努力する外国人日本語教師が増
である。
「日本語の普及」という日本
えつつある現在注 17)、
1)「日本語の普及」という語彙の歴史的意味から
中心的な観点の転換が迫られている。
くる問題
戦前・戦中において「日本語の普及」は日本の
植民地、占領地においては日本語(あるいは国語)
III 国際理解・国際協力を目指した日
本語教育のあり方
の強制を意味する言葉であった。インドネシアに
おいても、日本軍によって「日本語普及教育要綱」
注 14)
1. より適切な理念形成の必要性
、
「大東亜共栄圏の共通語」として
海外の日本語教育支援・協力事業が文化交流の
強制的に日本語教育が行われたという歴史がある
一環として相互理解や友好親善に寄与するために
ことは前述した。
「日本語の普及」が歴史的文脈に
はどのような新理念が構築されるべきか。
置かれたとき、文化交流とは相反する文化侵略的
第 1 に「援助」ではなく「協力」という観点が
な意味を有することになる。そして、アジア各地
重視されるべきである。隅谷にある「海外援助に
にはかつての日本語普及の被害者が現存する。ま
関して最も基本的な問題は、それが援助なのか協
た、若い世代に対しては日本植民地・占領地時代
力なのか、ということである。援助とは援助する
の歴史が現在も詳しく教育・継承されているので
側が主体であって、援助される側は受け手である。
ある。このように、日本政府が対外文化交流事業
これに対して協力の場合は、協力の提供者と受領
の政策として掲げる「日本語の普及」は、アジア
者は対等である」注 18) という見解に示唆が得られ
の人々にとって文化侵略的な意味合いを残す言葉
る。海外の日本語教育事業においても、日本が主
であり、日本との間に顕然たる意識のギャップが
導権を取るのではなく、相手国と対等に協力関係
存在する。
を築きながら進めていくことが肝心である。
2)「日本語の普及」が中心政策でよいのかという
第 2 に「双方向的な国際交流」という視点の必
が作成され
要性である。野津の「日本語教育の普及が国益や
問題
戦後の対外文化政策としての「日本語の普及」
経済利益を追求するためのものではなく、より普
はイギリス、フランス、ドイツ、アメリカなど欧
遍的な文化や価値を双方向から交流することに貢
米先進国が対外文化政策として行っている自国語
献するという理念を明確にすることがアジアの中
の普及政策に範を得て実施されてきたという経緯
での日本語教育において最も重要と思われる」注19)
注 15)
。しかし、
「文化交流とは対外文化事業
という問題提起に注目する必要がある。日本語お
を通して、自国文化に対する理解、諸外国との相
よび日本語教育を介して双方向的な国際交流が行
互理解を深めることにより、友好親善を増進し、
えるような方策検討が求められるのである。
ひいては人類の福祉と世界の平和に寄与するもの
上記 2 点に加えて筆者が付け加えたいこと、つ
がある
注 16)
なら、文化交流事業としての日本語
まり第 3 点目は、日本語教育は二国間、多国間、国
教育支援・協力事業は、中心政策である「日本語
際間の理解促進の役割を担うべきであるという観
である」
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
47
点である。日本語および日本語教育を通して国際
語教育を扱う学校が増加している。それぞれの国
理解が可能であるという立場である。
がそれぞれの目的に応じて日本語教育を行ってい
以上整理すると、日本語教育に関する支援・協
ることは健全な状況であるといえよう。しかし、
力事業の理念を構築する際に、
「協力」
「双方向的
日本語教育事業が国際文化交流に積極的に寄与す
な国際交流」「国際理解」がキーワードとなる。
る役割を担うためには、国際理解を増進するため
これまでの日本語教育事業は「日本語の普及」
の日本語教育シラバス(教育項目)を用意する必
という観点から学習者の量的な拡大を中心に展開
要がある。これまで、文法文型シラバス、機能シ
されてきた。同時に、
「現地主導」主義によって、
ラバス、話題シラバス、場面シラバスなどいくつ
基本的には相手の問題であるという姿勢をとって
かのシラバスが検討されてきた 注 21)。国際理解型
きた。しかし、日本語学習者が増加してきた今、新
日本語教育を追求するためには「国際理解型シラ
たな理念に基づいて、日本語および日本語教育を
バス」とでもいうべき新しいシラバスを用意する
国際交流や国際理解の有効な手段として積極的な
ことが有効である。たとえばインドネシアを例と
役割を与えていくことが必要であろう。
するなら、インドネシア人と日本人が日本語を介
して相互理解を深めるためには、日本語教育の内
2.具体的方策に関する提案
容はどう設計されればよいのかということを検討
次に、新理念に基づいた具体的な方策について、
しなければならない。シラバス作成に当たって、
いくつかの提案を試みたい。
たとえば次のような観点を重視する必要がある。
(1) 協力体制の強化
①インドネシア人はインドネシアについて何を
これまでの支援・協力は日本側からの人的、物
的、資金的な援助を中心に実行されてきた。
「現地
主導」を基本姿勢としながらも、国際文化交流を
十分に実現できる真の意味での双方向型とはいう
ことができない
注 20)
。真の意味で双方向型の日本
語教育事業を実現するためには、前述したように
相手国と日本が同位置に立つ「協力」という観点
日本人に知ってもらいたいのかという観点
②インドネシア人は日本について何を知りたい
のかという観点
③日本人は日本についてインドネシア人に何を
知ってもらいたいのかという観点
④日本人はインドネシアについて何を知りたい
のかという観点
を重視する必要がある。特に、海外の日本語教育
このような観点から日本語教科書で扱う話題が
においては、日本語を母語としない世界各国の教
設定されることによって、これまでのように日本
師たちとの緊密な協力体制が極めて重要である。
語学習によってインドネシア人の日本理解が深ま
たとえば、日本語教育の要点である人材、教材、
るだけではなく、日本語を手段としてインドネシ
教授法などの充実について、次のような協力の強
ア人が自国の情報を日本人に向けて発信すること
化がインドネシアとの間では考えられるであろう。
が容易になる。当然ながら「国際理解型シラバス」
①教師養成・教師研修における協力の強化
の作成に当たっては、日本・インドネシア両国の
②教材開発における協力の強化
協力が必須となる。
③共同研究方式の強化(日本語研究、日本語教
(3) 日本語教育関係情報の整備とネットワークの
授法研究)
構築
(2) 国際理解型日本語教育の追求
双方向型の国際理解・国際協力を実現するため
海外における日本語教育の目的は、現在多様化
には、その基本となる日本語教育に関する世界の
傾向にある。かつては日本研究や日本語・日本文
情報が国際的に共有され、自由に交流されなけれ
学研究がその中心的位置を占めていたが、最近で
ばならない。各国の日本語教育情報が整備され、
は中学・高校で異文化理解教育の一環として日本
ネットワークが構築されれば、各国が必要に応じ
48
国際理解・国際協力を目指した日本語教育のあり方
てシラバスや教授法に関する情報を容易かつ迅速
狭い観点を捨てて、国際理解・国際協力を基本姿
に交換することが可能となる。また、各国で作成
勢とした新たな事業展開を進めていかなければな
された教科書、教育成果としての学習者の作文・
らない。
スピーチなどの情報が蓄積・交換できれば日本語
以上、インドネシアを事例として取り上げ、日
教育を通じて多方向の交流が生まれるであろう。
本語教育が今後国際社会に貢献していくために必
また、日本人が他国・他文化を理解するためにも、
要な理念と方策を検討した。具体的方策の細部に
日本を他の国々に理解してもらうためにもネット
関しては十分な提示ができなかったが、今後の課
ワークを利用することができる。世界の日本語教
題としたい。
育活性化のためには、これまで以上に、政府レベ
ル・教育機関レベルでの日本語教育関係情報の整
注 釈
備、ネットワーク拡充への努力が必要となる。
(4) 日本人に対するアジア理解のためのアジア言
語教育の必要性
1) 国際交流基金日本語国際センター : 海外における日
本語教育の現状:日本語教育機関調査 1993,p75,
1995.
現在、アジア各地の中学生・高校生・大学生が
2) ジャガタラ友の会編:ジャガタラ閑話,p19-20,1978.
日本語を通して日本を理解し、自国のことを日本
3) 後藤乾一:昭和期日本とインドネシア , 勁草書房,
語で日本へ発信する努力をしている。一方、日本
の学校教育は欧米言語中心の外国語教育に終始し
ている。今後広範囲に文化交流が行われ得るため
には、多言語による交流がより有効となる。日本
語を学んでくれる多くのアジア人に対する応答の
意味からも、日本の将来を担う若者たちがアジア
の言語を学べる環境を整備する必要がある 注 2 2)。
言語学習は相手理解の第一歩だからである。
p396-402,1986.
4) 宮脇弘幸,百瀬侑子:南方占領地における日本語普及
と日本語教育.成城文藝,130 号,1990.
5) 国際協力事業団国際協力総合研修所 : 国際協力事業
団における日本語教育事業について,p37,1989.
6) 海外技術協力事業団 : 日本語教育協力−帰国専門家
を囲んで(座談会).EXPERT,9 号,p15,1970.
7) アジ・スマルナ・マルタウィジャヤ:戦後の日本語教
育.インドネシアその文化社会と日本,早稲田大学社
会科学研究所,1979.
8) 1980年代後半以降,地方都市の大学日本語講座の開設
や地方都市周辺の高校における日本語教育が拡大した
おわりに
(国際交流基金日本語国際センター,op,cit.,p156185).
9) 1993年現在,中等教育段階の日本語学習者は全体の約
「日本語の普及」を目指す時代はもはや終わり、
日本語・日本語教育は、今後、積極的に国際相互
理解を促進させる役割を担い、国際文化交流に貢
献していかなければならない。幸い、海外におけ
る日本語教育の状況も、中学・高校への日本語教
育の広がりとともに学習者の裾野が広がり大衆化
傾向をみせているので、国際文化交流事業展開に
8 割である.また,教育段階別にみても学習目的から
みても日本語教育の多様化が進行している.
10) 松原直路:多様化する海外の日本語教育をめぐって .
日本語教育,66 号,p125-126,1988.
11) 国際交流基金日本語国際センター編 : 日本語国際セ
ンター紀要 , 第 7 号,p172-177,1997.
12) 出版文化国際交流会編:世界の日本語教育機関一覧,
1970.
13) 国際交流基金日本語国際センター,op,cit., p15,
p74-75.
有利な環境ができつつある。今後、日本政府の日
14) 爪哇軍政監部総務部調査資料室 : 爪哇に於ける文教
本語教育支援・協力事業も国際理解・国際協力を
の概要,p250,1944.
(龍溪書舎 1991 年刊行復刻版を
基本姿勢として、新しい時代に対応していくこと
が強く求められる。
また、インドネシアをはじめとするアジアの日
本語教育のあり方を考えるときにも、過去の歴史
への反省の意味を込めて、
「日本語の普及」という
使用)
15) 外務省文化事業部:国際文化交流の現状と展望,p31,
1972.
16) ibid.,p2.
17) たとえば,筆者がインドネシアで観察した例として,
近年高校の教師会活動が活発化し,新カリキュラムに
対応した教室活動集の自主的な開発が行われているこ
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
49
とが挙げられる.また,筆者の勤務したインドネシア
のある大学では,若手インドネシア人教師の教授技術
向上への努力,日本からの各種助成を受けながらも自
立への模索が続けられている。
18) 隅谷三喜男:アジアを見る視点:国際協力事業との関
連で.国際協力研究,12(1):6,1996.
19) 野津隆志 : 海外での日本語教育の普及とわが国の援
助政策.佐藤栄学園埼玉短期大学研究紀要,第5,p101,
1996.
20) たとえば,日本人の日本語教育専門家の派遣,海外日
本語教師の日本招へい・研修などによる協力や交流が
行われているが,日本人が助言する立場や指導する立
場に立ち,外国人教師は助言を受けたり,指導を受け
る側になるのが普通であり,現在の形式では両者が同
位置に立つことは難しい.
21) 日本語教育学会編 : 日本語教育におけるコースデザ
イン,凡人社,p14-15,1991.
22) 第 15 期中央教育審議会の第 1 次答申(文部省編『文部
時報・8 月臨時増刊号』1996 年,第 1437 号参照)では,
今後、中学校や高校で英語以外の多くの外国語に触れ
られるよう配慮することが必要であるという意見が出
されている.筆者としてもこの意見を強く支持し,そ
の実現を願う.
百瀬 侑子(ももせ ゆうこ)
1946 年生まれ.埼玉大学教養学部卒.筑波大学大学院
地域研究研究科修了.
現在,国際交流基金日本語国際センター専任講師.
〔著作・論文〕
南方占領地における日本語普及と日本語教育:日本軍占領
下フィリピンとインドネシアの場合.成城文藝,130:5077, 1990.
海外における若手 Non-native 教師養成のための日本語
Team Teaching.日本語国際センター紀要,6:33-50, 1996.
日本軍政期インドネシア「ソロ女子中学校」における教育
の実態:口述資料を中心にして.日本植民地研究,8: 4555,1996.
50
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
〔事例研究〕
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
なか の
ひろゆき
いぬ お
げん
中野 博行
犬尾 元
(聖マリア病院国際協力部
小児科保健医療協力部長)
(聖マリア病院国際協力部
内科保健医療協力部長)
こ ばやかわ
たかとし
かね こ
あきら
小早川 隆敏
金子 明
(東京女子医科大学国際環境・
熱帯医学教室教授)
(東京女子医科大学国際環境・
熱帯医学教室助教授)
あき ば
とし お
やまざき
ひろあき
秋葉 敏夫
山崎 裕章
(国際協力事業団マラウイ公衆衛生
プロジェクト専門家)
(国際協力事業団マラウイ公衆衛生
プロジェクト専門家)
さいとう
とも こ
なかがわ
きみてる
斎藤 智子
中川 公輝
(元国際協力事業団マラウイ公衆衛生
プロジェクト専門家)
(国際協力事業団マラウイ公衆衛生
プロジェクト専門家)
マラウイの農村部において、国際協力事業団(JICA)公衆衛生プロジェクト活動の一環
として妊産婦の検診調査を行い、その健康実態が明らかにされたので、問題点と対応策に
ついて検討した。
調査対象は当プロジェクトのモデル地区であるサリマ地区病院の妊産婦外来を訪れた509
例で、年齢、教育、職業、妊娠歴などの詳細な背景調査と、ヘモグロビン(Hb)、検尿、マ
ラリア、住血吸虫、血清蛋白、梅毒、HIV 検査などを含む包括的な臨床検査を行った。ま
た、検診調査の施行の後、対象妊産婦の分娩・出産結果に関する情報を得るためにフォロー
調査を実施した。
まず、妊産婦の年齢は 15 歳から 19 歳の若年妊娠が多く(全体の 15.8%)、教育レベルは
未就学者が 49.3% を占めた。妊娠回数は多産傾向を示し、最高 16 回の例があった。また、
死産・流産の既往が多く、初回妊娠例を除く 392 例中流産は 4.1%、死産は 14.0% であった。
子供の数も多く、また生産児 1264 人のうちすでに 331 人(26.2%)が死亡していた。この
ほか、妊娠合併症や全身性疾患の既往歴を有する者が多く、また今回の妊娠中にマラリア
や下痢性疾患に罹患する例が多数みられた。臨床検査成績では、蛋白尿 39.7%、糖尿 0.6%、
潜血尿15.6%が陽性で、尿中ビルハルツ住血吸虫卵は15.2%に検出された。Hbが11.0g/100ml
以下の貧血は 54.7% を占め、マラリアは 21.8% に、また TPHA は 2.8% に陽性であった。ウ
イルス検査では、HBs 抗原が 6.4% に、また HIV は 20.2% が陽性であった。分娩・出産異常
のリスクファクターとしては、若年妊娠、特に初回妊娠例、未就学者の妊娠、流産死産の
既往、妊娠合併症を含む既往歴が挙げられ、また臨床検査では、貧血、蛋白尿、マラリア、
性病、HBs 抗原陽性者が分娩異常群に相対的に多くみられた。
以上の結果より、状態改善に向けての対応策として保健衛生や栄養面での健康教育、ハ
イリスク症例に対する適切な管理、貧血、マラリア、性病などのケースマネージメント、そ
のほか緊急リファラルシステムの確立など、医療サービス供給システムの改善を目指した
技術協力が特に重要と考えられた。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
51
図− 1 マラウイの行政区分地図
はじめに
開発途上国における保健医療の実態は一般に劣
悪であるが、とりわけ妊産婦や 5 歳以下小児を対
象とする母子保健の分野にその傾向が著しい。ま
た、その健康実態はアジアやアフリカといった地
域差のほかに、開発段階の程度に応じて異なって
いるのが普通であり、したがって医療協力におけ
るその対応も一律ではない。今回、われわれは東
アフリカの最貧国であるマラウイの一農村部にお
いて、国際協力事業団(JICA)公衆衛生プロジェ
クト活動の一環として妊産婦の検診調査を実施す
る機会を得た。当プロジェクト活動は、国立の公
衆衛生機関(Community Health Sciences Unit :
CHSU)の検査部門の整備強化を主な目標として
いるが、別にモデル地区を設定し、そこでフィー
ルドにおける公衆衛生活動を行い、同時に CHSU
との間のレファラル機能の強化をも目指している。
今回の妊産婦検診は、①モデル地区の健康実態を
把握する上で、母子保健の中心となる妊産婦を対
象とすることが最も妥当と判断されたこと、②検
診に含まれる臨床検査の実施を通じて CHSU の検
注)調査対象地域のサリマ地区は,首都リロングウェの北東
100km に位置し,マラウイ湖に面している.
査部門の強化に寄与できること、③プロスペク
ティブ・スタディにより分娩出産の危険因子を明
地域ではない。地区内にある主な医療施設は、1つ
らかにすることなどを理由に実施したものである。
の地区病院と 8 つの政府系ヘルスセンターおよび
本稿では、これらの調査結果を報告するとともに、
7 つのキリスト教系ヘルスセンターである。
問題点を指摘し、可能な対応策についても考察し
2) 検診対象者
たい。
対象はサリマ地区病院の妊産婦外来を受診する
妊婦とし、調査の対象目標数を 500例に設定した。
I
対象と方法
1 回の外来における対象者数を 30 例、調査延べ日
数 17 日、計 6 週間を要した。調査は 1995 年 4 月 3
1. 対 象
日から 5 月 9 日まで実施された。対象妊婦は原則
1) 対象地域
として初産婦、経産婦にかかわらず初診患者とし
マラウイは北部、中部、南部の 3 地域に分かれ、
たが、初診患者が 1 回の目標数を満たさない場合
25 の行政地区(district)がある(図− 1)。調査対
には再来患者も対象に含めた。
象地域は中部地域のサリマ地区で、首都リロング
ウェの北東約 100km に位置し、マラウイ湖に面し
2. 方 法
た人口約 24 万人の地区である。マラリア、ビルハ
1) 妊産婦の背景調査
ルツ住血吸虫、栄養障害が比較的多いが、特別な
まず、対象者の妊婦全員に当調査の趣旨、検査
52
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
内容および結果の秘密保持について話し、同意が
の母体および生まれてくる児にどのような影響を
得られた場合には検査の同意書に署名ないし拇印
及ぼすかを検討するために、別に質問票(表− 1)
(署名ができない場合)を得た。その後、妊婦への
を作成し、検診を受けたそれぞれの妊婦に携帯さ
問診を中心とした背景調査と診察および指導をサ
せた。この質問票は、後の分娩時に立ち会った地
リマ地区病院の妊産婦外来で行い、これを 3 名の
区病院あるいはヘルスセンターの助産婦や TBA
母子保健(MCH)ナースが担当した。
(伝統的助産婦)に記載を要請する形式にしてお
2) 妊産婦の臨床検査
り、出産後来院した際に MCH ナースが回収した。
臨床検査は、サリマ地区病院の検査室において
なお、出産後来院しなかった場合は、後日、村を
ヘモグロビン(Hb)測定、検尿(尿蛋白、尿糖、尿
巡回して用紙の回収に当たった。なお、質問票の
潜血、尿住血吸虫)およびマラリア検査のための
回収は、1995 年 12 月末まで行った。
塗抹標本の作成を行った。これらの作業はサリマ
分娩出産結果については、表 − 2 に示すように
地区病院の臨床検査技師 1 名と CHSU より派遣さ
母体および児に異常を来した群(分娩異常群)と、
れた臨床検査技師1名の計2名が担当し、プロジェ
これらの異常を伴わなかった群(分娩正常群)の
クトの日本人専門家1名が毎回の指導に当たった。
2 群に分け、患者背景や妊婦検診時に行った検査
また、別に採取された血液サンプルおよび塗抹標
成績との関係を検討した。なお、母体のその他の
本を CHSU へ持ち帰り、当日のうちに血清分離を
異常には、原因不明の再入院および強いめまいの
行い、翌日の血清総蛋白(TP)、RPR(rapid plasma
各 1 例が、また児のその他の異常には多発奇形(2
reagin)検査に備えた。このほか、マラリア鏡検お
例)、敗血症、大泉門膨隆、巨大児、頭蓋変形の各
よびウイルス抗体検査を行った。CHSU でのこれ
1 例が含まれ、いずれも母体あるいは児の予後に
らの検査は、カウンターパートである CHSU の臨
影響を及ぼしたかあるいはその恐れのある例を分
床検査技師が日本人専門家の指導のもとに行った。
娩異常群とした。なお、分娩の正常群と異常群の
検尿はマルチスティックを用いて半定量的に尿
差に関する統計学的検討については、χ 2 検定およ
蛋白、尿潜血、尿糖検査を行った。尿中ビルハル
び平均値の差の検定(t 検定)を行った。
ツ住血吸虫検査はフィルター法により鏡検し、全
視野で 10 個以内を 1+、10 から 50 個を 2+、50 個
II
結 果
以上を 3+ とした。Hb 値は分光光度計を用いて測
定した。マラリア寄生虫の検査は薄層および厚層
1. 妊産婦検診調査のまとめ
の2層の塗抹標本を作成し、鏡検により 1-9個/100
調査対象者として登録された妊産婦総数は 509
視野を 1+、1-9 個 /10 視野を 2+、1-9 個 / 各視野を
例であった。このうち、登録後妊娠していないと
3+、10 個以上 / 各視野を 4+ とした。梅毒検査とし
判断された者 2 例、また質問票を持ち帰ったり採
て、全員にRPR検査を行い、RPR陽性者にはTPHA
血を拒否した者が 6 例あり、これら 8 例を除外し
(treponema pallidum hemagglutination test)検査を
た残り 501 例を分析の対象とした。対象登録後の
施行した。また、血清 TP を屈折計法により行い、
脱落率は 1.6% であった。
アルブミンをBCG 法により測定した。ウイルス検
査はいずれもセロディア法を用いて、H B s 抗原
2. 分娩出産結果の回収
(hepatitis bs-antigen)、HTLV1(human t-cell leuke-
検診調査の後に行われた分娩出産の結果に関す
mia virus 1)、HIV(human immuno-deficiency
る調査票の回収は331例(66.1%)に可能であった。
virus)検査を施行した。
このうち、表− 2 に示した母体あるいは児の異常
3) 分娩出産結果のフォロー調査
を伴う分娩異常群は 52 例(15.7%)にみられた。
妊産婦の背景や妊娠中の健康状態が分娩出産時
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
53
表− 1 分娩出産結果についての質問票
REQUEST
ID No. We are much interested in the outcome of your pregnancy. Pleas e ask the nurse /
TBA to fill out the questionnaire below after your delivery. We appreciate if you
bring this handout when you come back to Salima District Hospital.
Thank you.
To midwives / nurses / TBAs / or whom it may concern,
We appreciate if you fill out the following questionnaire on this woman's delivery.
1. Date of delivery :
2. Place of delivery :
3. Delivery :
(a) ( ) Normal, no complications.
(b) ( ) Mother's complications (specify : )
4. Newborn infant :
(a) ( ) Alive
(b) ( ) Stillbirth (died after 28 weeks)
(c) ( ) Abortion (died before 28 weeks)
5. For the baby born alive :
(a) Gestation period :
weeks
(b) Birth weight :
grams
(c) If known, Apgar score :
points
(d) Did the newborn have any complications ?
( ) No.
( ) If yes, please specify :
Thank you.
JICA-CHSU Project
Salima Pregnant Women Survey
注)検診時にそれぞれの妊婦に手渡し,出産後に関係者に記載してもらうようになっている.質問票
は来院時に回収するか,あるいは直接に村へ出向いて回収した.なお,表面は英語で裏面には現
地語(チェワ語)で印刷した.
3. 妊産婦の背景:集計結果および分娩出産結果
との関係
異常を合併していた。
2) 出産場所
1) 分娩出産異常群の内訳(表 − 2)
分娩出産異常群では病院および伝統的助産婦で
分娩出産異常群のうち、母親の死亡は 2 例
の出産が相対的に多く、正常群では自分の家での
(0.6%)にみられた。1 例は重度の糖尿病、他の 1
出産が多くみられた(表− 3)。この結果は、病院
例は夫がエイズで死亡しており、本人には妊娠中
においてハイリスク群の分娩が多く行われたこと
にマラリア感染、貧血(Hb : 10.3 g/100ml)およ
を示唆しているが、病院外での分娩結果を回収で
びHTLV1陽性の所見を認めている。また児の死亡
きなかったケースがあることを考え合わせると、
は死産、流産、分娩後の死亡を含め 16 例(4.8%)
正確な実態を全体として把握することは困難で
にみられた。なお、母体死亡の 2 例はともに児の
ある。
54
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
表− 2 分娩出産結果を異常群と判断した症例(52 例)の内訳
母体の異常
例数
児の異常
例数
母体の死亡
2
死・流産
9
帝王切開
3
出生後の死亡
7
出 血
5
低出生体重(2kg 以下)
3
難 産
3
仮 死
5
子宮損傷
6
けいれん
1
子 癇
2
呼吸障害
2
その他の異常
2
その他の異常
6
合 計
23
合 計
33
注 1)母体と児の異常は 4 例に重複している.
注 2)その他の異常の具体的内容については本文の記載を参照.
表− 3 出産場所と分娩出産結果との関係
出産場所
ヘルスセンター
分娩正常群
分娩異常群
6 (2.2%)
2 (3.8%)
自分の家
115 (41.2%)
15 (28.8%)
病 院
95 (34.1%)
22 (42.3%)
伝統的助産婦
61 (21.9%)
13 (25.0%)
2 (0.7%)
0 (0.0%)
279 (100%)
52 (100%)
不 明
合 計
注 1)( )内の数値はそれぞれの群における百分率を示す.
注 2)四捨五入の関係上,パーセンテージの合計が一致しない場合もある.
3) 居住地区
合を比較すると、15歳から19歳の若年者において
大部分はサリマ地区病院の周辺地域より来院し
異常群の占める割合が最も多かった(15 歳から 19
ており、ヘルスセンターが近くにある場合には病
歳とそれ以上とに分けて各群を比較すると、
院には来ないのが普通である。つまり、通常徒歩
p<0.05 で若年者が異常群に有意に多かった)。若
で来院するため、道のりの長さを主とするアクセ
年者の妊娠は分娩、出産に関して明らかにハイリ
スの難易が、その医療機関を訪れる最大の理由と
スクといえる。
なっている。今回の調査では、妊産婦の分娩出産
5) 教育レベル
結果に影響を及ぼすような地域的特徴はみられな
初等教育であるスタンダード 1 から 4 を終了し
かった。
た者が全体の 1 8 . 4 % 、スタンダード 5 から 8 が
4) 年齢分布
26.7% であり、両方合わせて 45.1% を占めた
今回の調査対象に15歳未満の妊婦はいなかった
(表 − 5)。全く学校に行かなかったものが 49.3%
が、15 歳から 19 歳は 79 例で全体の 15.8% を占め
もあり、この国の就学率の全体的な低さを反映し
た(表− 4)。また、40 歳以上も 11 例にみられた。
ている。就学者と未就学者を分娩出産結果の両群
年齢不詳は大部分 40 歳以上の人であることから、
で比較すると、統計的に有意ではなかったが、異
妊婦の年齢の広がりは極めて大きいといえる。ま
常群において未就学者の割合が相対的に多かった。
た、各年齢区分間で分娩正常群と分娩異常群の割
学校教育の有無やそのレベルもまた、分娩出産の
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
55
表− 4 全対象および分娩出産結果で分類した症例の年齢分布
年齢区分
全 体
15 歳未満
0
(0%)
分娩正常群
0
(0%)
分娩異常群
0
(0%)
15∼19歳
79 (15.8%)
35 (12.5%)
13 (25.0%)
20∼29歳
275 (54.9%)
157 (56.3%)
26 (50.0%)
30∼39歳
100 (20.0%)
63 (22.6%)
12 (23.1%)
40 歳以上
11
(2.2%)
9 (3.2%)
年齢不明
36
(7.2%)
15 (5.4%)
1 (1.9%)
501 (100%)
279 (100%)
52 (100%)
合 計
0
(0%)
注 1)
( )内の数値はそれぞれの群における百分率を示す.
注 2)四捨五入の関係上,パーセンテージの合計が一致しない場合もある.
表− 5 全対象および分娩出産結果で分類した教育レベルの分布
教育レベル
全 体
分娩正常群
分娩異常群
スタンダード 1 ∼ 4
92 (18.4%)
52 (18.6%)
8 (15.4%)
スタンダード 5 ∼ 8
134 (26.7%)
78 (28.0%)
12 (23.1%)
フォーム 1 ∼ 2
11 (2.2%)
6 (2.2%)
1 (1.9%)
フォーム 3 ∼ 4
15 (3.0%)
8 (2.9%)
3 (5.8%)
大 学
2 (0.4%)
2 (0.7%)
未就学
247 (49.3%)
133 (47.7%)
28 (53.8%)
0
(0%)
合 計
501 (100%)
279 (100%)
52 (100%)
注 1)( )内の数値はそれぞれの群における百分率を示す.
注 2)四捨五入の関係上,パーセンテージの合計が一致しない場合もある.
結果に関連している可能性がある。
いる例が散見された。主婦以外の有職者の割合は
6) 宗 教
正常群が 13 例(4.6%)、異常群が 3 例(6.3%)で
キリスト教が最も多く(63.0%)、イスラム教が
あった。
これについで多かった(22.0%)。このほか、土着
9) 夫の職業
宗教が 13.8% にみられた。調査地区はややイスラ
夫の職業については、マラウイで使用されてい
ム教が多いといえる。また、イスラム教および土
る職業別分類に若干の修正を加え、コード別分類
着宗教が分娩異常群にやや多い傾向を示した。
を行った結果を表 − 6 に示す。全般的にみて、無
7) 結婚状況
職(コード 8)が多く、また職があっても不安定な
夫がいないか、あるいは不明の単身者が 11 例
者が多かった。分娩結果で対比すると、異常群で
(2.2%)にみられ、また夫の 1 名が今回の妊娠中事
コード 6(農村労働者)の割合が高かったが、全体
故で死亡した。分娩正常群に単身者が2.1%にみら
の傾向としては両群であまり差がみられなかった。
れたが、分娩異常群は全例が結婚していた。
10) 総妊娠回数
8) 本人の職業
今回の妊娠を含めた総妊娠回数を示す(図 −
主婦と答えたものが大部分を占め(95.6%)、教
2)。今回が初回妊娠の例が 109 例(21.7%)と最も
師や事務員、タイピストなど本人が仕事を持って
多く、2 回から 4 回がこれに続いた。また、最高の
56
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
表− 6 全対象および分娩出産結果で分類した夫の職業分類(マラウイ・コード分類)
コード分類
全 体
分娩正常群
分娩異常群
1
19 (3.9%)
12 (4.4%)
2 (3.8%)
2
94 (19.2%)
54 (19.8%)
8 (15.4%)
3
8 (1.6%)
4 (1.5%)
4
84 (17.2%)
49 (17.9%)
9 (17.3%)
5
57 (11.7%)
32 (11.7%)
6 (11.5%)
6
139 (28.4%)
71 (26.0%)
20 (38.5%)
0
0
(0%)
7
3 (0.6%)
3 (1.1%)
8
85 (17.4%)
48 (17.6%)
7 (13.5%)
(0%)
合 計
489 (100%)
273 (100%)
52 (100%)
注 1)マラウイの職業分類コード(AIDS Secretariat 分類より一部改変)
1 =専門職,教師など,2 =熟練労働者,事務職員,秘書,運転手など,3 =軍人,
警官,4 =商人,ビジネスマン,5 =非熟練労働者,6 =農村労働者,7 =職業不明,
8 =無職,学生
注 2)
( )内の数値はそれぞれの群における百分率を示す.
図− 2 対象各妊婦の総妊娠回数
妊娠回数は 16 回であった。なお、初回妊娠例は分
4.1% を占めた。同じく流産の既往は 55 例、計 74
娩正常群において 279 例中 46 例(16.5%)である
回にみられ、今回が初回妊娠の例を除く 392 例中
のに比べ、分娩異常群では 52 例中 21 例(67.8%)
14.0% を占めた。また、分娩結果との関係では、経
と著しく多かった。初産婦は著明なハイリスク要
産婦における死産の総回数は正常群で 7 例 7 回
因であると判断される。
(3.0%)に、異常群では 3 例 6 回(19.4%)にみら
11) 死産および流産の既往
れた。一方、流産については、同じく正常群で 31
死産の既往は 16 例、計 19 回にみられた(図−
例 41 回(17.6%)に、異常群では 6 例 12 回(38.7%)
3)。これは、今回が初回妊娠の例を除く 392 例中
にみられた。死産・流産の既往は分娩出産の大き
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
57
図− 3 対象妊婦の死産および流産の既往頻度
表− 7 調査対象となった各妊婦が持つ生産児、生存児および死亡児の数
児の数
生産児
生存児
死亡児
0
112 (22.4%)
144 (28.7%)
300 (59.9%)
1
84 (16.8%)
91 (18.2%)
126 (25.1%)
2
85 (17.0%)
105 (21.0%)
44 (8.8%)
3
80 (16.0%)
75 (15.0%)
17 (3.4%)
4
56 (11.2%)
49 (9.8%)
7 (1.4%)
5
28 (5.6%)
22 (4.4%)
5 (1.0%)
6
23 (4.6%)
8 (1.6%)
1 (0.2%)
7
14 (2.8%)
5 (1.0%)
1 (0.2%)
8
10 (2.0%)
1 (0.2%)
9
5 (1.0%)
1 (0.2%)
10
1 (0.2%)
11
1 (0.2%)
12
2 (0.4%)
合 計
501 (100%)
501 (100%)
501 (100%)
注 1) 数値はそれぞれの児の数を有する妊婦の症例数を示し,また( )内の数値は各項目
における百分率を示す.
注 2)四捨五入の関係上,パーセンテージの合計が一致しない場合もある.
なリスクファクターといえる。
在生存している子供の数を示し、死亡児数は検診
12) 子供の数
時点までに何らかの原因で死亡した子供の数を示
対象となった妊婦が持つ死産・流産を除く生産
す。総死亡児数は 331 人と算出され、これは総生
児の総数、生存児数および死亡児数を示した
産児数 1264 人中 26.2% を占めることになる(すな
(表 − 7)。生存児数は生まれてきた子供のうち現
わち小児の死亡率指数 262)。なお、分娩正常群の
58
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
表− 8 全対象および分娩出産結果で分類した各尿検査の成績
尿検査
蛋白尿
糖 尿
全 体
分娩異常群
0
302 (60.3%)
173 (62.0%)
28 (53.8%)
1+
148 (29.5%)
85 (30.5%)
19 (36.5%)
2+
42
(8.4%)
18
(6.5%)
2
(3.8%)
3+
9
(1.8%)
3
(1.1%)
3
(5.8%)
合計
501 (100%)
279 (100%)
52 (100%)
0
498 (99.4%)
278 (99.6%)
51 (98.1%)
1+
2
(0.4%)
1
(0.4%)
0
(0%)
2+
0
(0%)
0
(0%)
0
(0%)
3+
0
(0%)
0
(0%)
0
(0%)
4+
1
(0.2%)
0
(0%)
1
(1.9%)
合計
501 (100%)
279 (100%)
52 (100%)
0
423 (84.4%)
240 (86.0%)
45 (86.5%)
1+
潜血尿
分娩正常群
43
(8.6%)
26
(9.3%)
3
(5.8%)
2+
9
(1.8%)
4
(1.4%)
2
(3.8%)
3+
23
(4.6%)
9
(3.2%)
1
(1.9%)
4+
3
(0.6%)
0
(0%)
1
(1.9%)
合計
501 (100%)
279 (100%)
52 (100%)
0
423 (84.4%)
243 (87.1%)
43 (82.7%)
1+
43
(8.6%)
22
(7.9%)
4
(7.7%)
尿 中
2+
14
(2.8%)
3
(1.1%)
2
(3.8%)
住血吸虫
3+
19
(3.8%)
9
(3.2%)
3
(5.8%)
2
(0.4%)
2
(0.7%)
0
(0%)
未検査
合計
501 (100%)
279 (100%)
52 (100%)
注 1)( )内の数値は各検査の各群における百分率を示す.
注 2) 各検査の 1+ から 4+ の表示は検査陽性の度合いを示す(分類基準は本文の記載を参照).
注 3) 四捨五入の関係上,パーセンテージの合計が一致しない場合もある.
生存児数は 2.1 ± 1.7 人、分娩異常群は 1.3 ± 1.7 人
14) 全身性疾患の既往歴
となり、分娩異常群の生存児数が有意に少なかっ
全身性疾患の既往歴は、結核 4 例、性病 5 例、高
た(p<0.05)。
血圧 1 例、糖尿病 1 例のほかに輸血の既往が 10 例
13) 前回までの妊娠合併症
(2 . 0 % )にみられ、また泌尿器系の手術が 7 例
前回までの妊娠でみられた合併症には、早産
(1.4%)にみられた。全身性疾患の既往歴のある者
(15 例)、分娩後出血(9 例)、帝王切開(8 例)が
も分娩異常群に多かった。
比較的多く、このほか難産、残留胎盤、子癇前症
15) 今回の妊娠中の病気
が各 2 例にみられた。この質問項目は 2 つ以上の
今回の妊娠中に罹患した病気は、マラリアが圧
回答を含んでいたが、これまでに妊娠合併症を示
倒的に多く、150 例(29.9%)にみられた。このほ
した割合は、今回が初回妊娠の例を除く 392 例中
か、下痢が 50 例(10%)にみられるなど、今回の
10.2% であった。また、前回までの妊娠において
妊娠中に何らかの疾病に罹患したものが全体の
何らかの合併症を示した例は分娩異常群に多くみ
43.9% を占めた。また、今回の妊娠中に何らかの
られた。
疾患に罹患した者についても、分娩異常群にやや
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
59
図− 4 対象各妊婦のヘモグロビン濃度
多い傾向がみられた。
3) 潜血尿(表− 8)
16) 家族歴
尿潜血の頻度は高く、全体の15.6%を占めた。こ
双生児ありという回答が 123 例(24.6%)にみら
れは、ビルハルツ住血吸虫症の感染と密接な関係
れたが、これは家族の範囲をどの程度まで含むの
があると考えられる。
かが明確でなかったことも関係していると思われ
4) 尿中住血吸虫(表− 8)
る。家族歴については分娩結果の両群間に差を認
尿中のビルハルツ住血吸虫卵は 15.2% の高率に
めなかった。
検出された。しかしながら、住血吸虫感染と分娩
結果との間には有意の関係を認めなかった。
4. 臨床検査成績:集計結果および分娩出産結果
の関係
5) ヘモグロビン値
Hb 値の全平均は 10.8g/100ml と低く、また妊婦
1) 蛋白尿(表− 8)
の貧血の基準である 11.0g/100ml 以下を示す例は
検尿で蛋白が検出された例は 39.7% であり、特
274 例で全体の 54.7% を占めた(図 − 4)。なお、
に 2+ 以上は 10.2% にみられた。また、尿中蛋白を
Hb 値が 7.0g/100ml 以下を示す重症貧血が 7 例にみ
認めた例は、分娩正常群で 38.1%、分娩異常群で
られた。分娩結果との対比では、分娩正常群の平
46.1% であり、分娩異常群に多かった。
均 Hb 値は 10.9 ± 1.4g/100ml、分娩異常群は 10.5
2) 糖尿(表− 8)
± 1.6g/100ml であり、分娩異常群で軽度の低下を
尿糖の検出された例は少なく、全体で 3 例のみ
示した。
であった。4+ の例は真性糖尿病として妊娠中から
6) 血清蛋白
把握されていたが、後の分娩フォロー調査で母子
低栄養の状態を調査する目的で血清総蛋白を測
ともに死亡していることが判明した。重い糖尿病
定したが、著明な低蛋白血症を示す例は少なく、
は分娩出産の最大のリスクといえる。
むしろ高蛋白血症が散見された。そこで血清アル
60
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
表− 9 全対象および分娩出産結果で分類したマラリア検査の成績
マラリア検査
全 体
分娩正常群
分娩異常群
0
392 (78.2%)
226 (81.0%)
34 (65.4%)
1+
78 (15.6%)
37 (13.3%)
14 (26.9%)
2+
22
(4.4%)
13 (4.7%)
2 (3.8%)
3+
9
(1.8%)
3 (1.1%)
2 (3.8%)
501 (100%)
279 (100%)
52 (100%)
合 計
注 1)
( )内の数値は各群における百分率を示す.
注 2)1+ から 3+ の表示はマラリア検査陽性の度合いを示す(分類基準は本文の記載を参照)
.
注 3)四捨五入の関係上,パーセンテージの合計が一致しない場合もある.
図− 5 ウイルス検査の成績
ブミン値を追加測定したが、低アルブミン血症の
のマラリア罹患もまた分娩異常のハイリスクファ
頻度は少なく、3.0g/100ml以下の例は16例(3.2%)
クターであることが明らかである。
であった。また、血清総蛋白、アルブミン値、グ
8) RPR および TPHA
ロブリン値およびA/G 比はいずれも分娩結果との
梅毒感染のスクリーニング検査としてRPR検査
間に有意の関係を認めなかった。
を行い、44 例(8.8%)の陽性者を得た。RPR 検査
7) マラリア
はマラリアなどの感染症やその他の疾患で陽性と
血液塗抹標本でマラリア原虫が検出された割合
なる非特異的な反応であるため、RPR 陽性者に
を示す(表− 9)。全体の陽性率は 21.6% と高く、
T P H A 検査を行った。その結果、4 4 例中 1 4 例
特に 3+ の例が 9 例(1.8%)にみられた点は注目さ
(31.8%)が TPHA 陽性であり、これは今回の全対
れる。また、検診調査時にマラリア陽性を示した
象者中 2.8% を占めた。なお、RPR 陽性者は分娩異
頻度は分娩正常群で19.1%、分娩異常群で34.5%で
常群にやや多く、また TPHA は 2 例の陽性者のう
あり、両者の差は有意であった(p<0.05)。妊娠中
ち 2 例が分娩異常群に含まれていた。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
61
9) ウイルス学的検査
したところ、全体として低アルブミン血症は少な
HBs 抗原、HTLV1 および HIV 陽性率はそれぞれ
く、結果として血清グロブリン値の増加例が多い
全体の 32 例(6.4%)、13例(2.6%)、101 例(20.2%)
ことが確認された。つまり、血清蛋白の測定では、
であった(図 −5)。HBs抗原陽性頻度がやや高く、
慢性の低栄養状態を示す低アルブミン血症は少な
HIV 陽性率は著しく高値を示した。なお、HBs 抗
く、むしろ反復あるいは慢性感染による高グロブ
原陽性者とHTLV1陽性者の割合は異常群で多かっ
リン血症の増加を示す結果となった。
たが、HIV 陽性者は両群に差がみられなかった。
今回の妊娠中にマラリア罹患の既往が 29.9% に
みられたが、実際の調査時点におけるマラリア検
III 考 察
査においても 21.8% が陽性であった。マラリア罹
患は貧血を伴うと同時に低出生体重児の出産頻度
1. 妊産婦検診の結果
が高く、また重度のマラリアは妊娠分娩にとって
今回の調査は、サリマ地区という限定された地
極めて危険であるため、緊急かつ適切な対応を要
域における妊婦の総合的な健康調査であるが、そ
する課題である。性病の代表である梅毒の有無に
の結果はマラウイ全体のあるいは開発途上国全般
ついて、今回の調査では RPR 検査によりスクリー
に通じる妊婦の一般的な状態を示したものという
ニングを行い、陽性者に対して TPHA 検査を行っ
ことができよう。たとえば、妊婦の年齢分布が 15
た。RPR検査の陽性率は8.8%と比較的高い値を示
歳から 40歳以上の広範囲の年齢層に及ぶこと、教
したが、TPHA陽性者はこのうち 31.8%であり、全
育レベルが一般に低く未就学の割合が極めて高い
体としてみる限り梅毒感染者は2.8%と比較的低率
こと、夫の職業が不安定な者や無職が多いことな
であった。この点は、近年途上国における梅毒罹
どを指摘することができる。妊娠歴に関しては総
患率の低下傾向の報告と一致した所見であり、
妊娠回数が多く、流産の既往が 14% にみられるほ
HIV 対策の一環として実施されている性感染症コ
か、前回までの妊娠で合併症を認める例も少なく
ントロール計画の一定の成果を反映したものとい
ない。出産数も概して多く、このうち 26.2% の子
えよう。
供がすでに死亡していることは極めて重大な問題
各種のウイルス検査については、HBs 抗原陽性
である。また、妊娠中にマラリア、下痢に罹患す
者が予想以上に多く、また HIV 陽性者の頻度が全
ることが多く、妊娠母体は常に疾病の危険にさら
体で 20.2% と極めて高率であった。また、同じ調
されていることも明らかになった。
査で市街地では40%近くの妊産婦がHIV 陽性であ
各種の臨床検査においては尿潜血を示す例が多
り、健康面のみならず社会的、経済的にも深刻な
く、また尿中住血吸虫は全体の 15.2% に陽性で
問題を抱えている。HIV に関してはその背景との
あった。ヘモグロビンは低値を示す例が非常に多
関連について検討する中で今後の方策を探ってい
く、半数以上が基準値以下の貧血を呈していた。
く必要がある。
特に、ヘモグロビン値が極端に低い重症貧血の例
では、母体の危険性を伴うため早急な対応を必要
とするものである。一方、今回の調査において母
2. 分娩出産結果に及ぼす妊婦の背景および妊娠
中の経過
体の栄養状態を評価するため血清総蛋白の測定を
今回の調査では、検診調査時に携帯させた分娩
行ったが、結果は低蛋白血症を示す例は比較的少
出産の結果に関する質問票を後に回収することに
なく、むしろ高蛋白血症を呈した例が散見された。
よって、妊娠中の経過が分娩結果に及ぼす影響に
これは、マラリアをはじめとする慢性ないし反復
ついてのプロスペクティブな検討も行った。分娩
感染などにより血清グロブリン値が増加している
結果用紙の回収には直接に村を訪問する必要もあ
ものと考え、血清アルブミン値の測定を追加実施
ることから、かなり困難な作業であったが、実際
62
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
には全対象の 66.1% の回収が可能であり、これは
したがって、今回の結果から判断する限り、分娩
かなり高率と考えられた。ただし、結果用紙が回
出産に悪影響を及ぼす検査成績としては、住血吸
収された症例は病院やヘルスセンターにおける分娩
虫、HIV を除く各種感染症の罹患および糖尿、蛋
例、
つまり比較的フォローしやすいケースが多いと
白尿が重要な要因と判断された。
思われ、回収されなかったケースとの間に何らか
の差があることを考慮に入れておく必要がある。
3. 分娩出産結果の改善に向けた方針の提起
今回の調査結果によると、分娩による母親の死
今回の調査結果をふまえ、サリマ地区病院を訪
亡は 2 例にみられ、妊婦死亡率は 604(出生 10 万
れる妊婦に対し、より適切なケアを行うための基
対)と高値であった。また、児の死亡は 16 例にみ
本的な考え方について以下のような提起を行い、
られ、同じく新生児死亡率は 48(出生 1000 対)と
同時にケースマネジメントをはじめとする技術協
高値であった。未回収のケースの条件が相対的に
力に基づいたプロジェクト活動を実施した。一般
劣悪である可能性を考慮すると、全体としてこれ
的な問題として、若年者や未就学者の妊婦に異常
らの数字はさらに増大することになろう。
分娩が多かったことから、その背後にある低栄養
調査時に聴取した患者背景についてみると、分
の問題や衛生面に関して適切な指導を行うことが
娩出産異常群では 15 歳から 19 歳の低年齢層の出
まず重要である。また、前回までの妊娠で何らか
産が有意に多いことが指摘でき、若年者の妊娠出
の合併症があった者や死産・流産の既往のあるこ
産がハイリスクであることが確認された。就学の
れらハイリスク症例では、特に分娩出産異常を伴
有無についても、異常群に未就学者が多い傾向を
いやすいことを考慮に入れてその対策を講じてお
示し、教育レベルが保健の問題に深くかかわって
く必要がある。さらに、今回の調査には直接含ま
いることが示唆される。妊娠歴は一般に初回妊娠
れていないが、ハイリスク症例における分娩時の
例において分娩出産の異常が極めて多く、若年者
医療機関への搬送ないし受診に対する対応や、病
の初回妊娠が最大のリスクファクターであるとい
院あるいはヘルスセンターの医療設備など、医療
える。流産・死産の既往もまた分娩異常群におい
サービスのデリバリーシステムに問題点があれば
て有意に多く、さらに前回までの妊娠における合
積極的に改善を図っていくことが必要である。こ
併症、全身性疾患の合併、今回妊娠中の疾病罹患
れらの点に関し、当プロジェクトではすでに、無
などいずれも正常群に比べて多かった。つまり、
線設備の設置をはじめとして妊産婦の診療や分娩
分娩出産の異常に関与する背景要因としては、低
に必要な機材の供与を実施してきた。
年齢、未就学、初回妊娠、流産・死産の既往を含
妊婦のケースマネージメントとしては、マラリ
む過去の妊娠合併症などを指摘することができ
ア感染への対応が最も重要である。初回受診時に
よう。
血液塗抹標本でマラリア感染のスクリーニングを
次に検診調査時の臨床検査成績が分娩出産に及
行い、陽性例には適切な薬剤を投与し、陰性化を
ぼす影響についてみると、妊娠中のマラリア感染
図る。特に、貧血が持続する場合にはマラリア感
および糖尿病が明らかな危険因子であり、また蛋
染に注意して検索する必要がある。糖尿病は必ず
白尿、低ヘモグロビン値、梅毒感染、HTLV1 陽性、
しも頻度が多くないため見過ごされやすいが、分
HBs 抗原陽性の各検査結果が分娩異常群において
娩の重大な危険因子であるため他の検査を含めて
多い傾向を示した。特に 4+を示した真性糖尿病の
検尿を全員に実施することが望ましい。真性糖尿
症例は母子ともに死亡しており、極めてハイリス
病のケースはその発見とともに積極的にコント
クであるといえる。一方、尿潜血、尿中住血吸虫
ロールすることが重要である。
陽性は両群で差がなく、また各種血清蛋白値や
今回の調査では明らかにならなかったが、妊娠
HIV 陽性についても両群間で差を認めなかった。
中の状態、特に疾病罹患に関して最も頻度が高く、
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
63
分娩出産に悪影響を及ぼすと考えられる貧血につ
床検査体制の強化に重点を置き、知識・技術の移
いては、初回受診時に全員のヘモグロビン検査を
転のみならず信頼できる検査システムの構築に心
行うと同時に、鉄剤を確実に投与することが重要
がけた。
である。ヘモグロビン値が11.0g/100ml以下の場合
には次回来院時に再びヘモグロビン値のチェック
を行い、貧血の悪化に注意する。また、ヘモグロ
4. プロジェクトとしての対応の方向性 ── 結語
に代えて
ビン値がたとえば 7.0g/100ml 以下の重症貧血の場
妊婦の健康状態は、社会、経済、文化的な諸要
合には入院加療が緊急に必要である。性病、特に
因と密接に結び付いており、特にマラウイのよう
梅毒感染については、検査の簡便性から V D R L
な最貧国においては彼女たちの健康状態の全般的
(venereal disease research laboratory)ないし RPR
な改善は著しく困難といえる。一般に、妊産婦お
検査が推奨されるが、これは非特異的に陽性を示
よび新生児の予後を左右する要因としては、栄養、
すことが多いため、正確には TPHA 検査を行う必
感染など妊産婦自身の健康を取り巻く状況と医療
要がある。一方、第 1 期梅毒では TPHA が陽性化
供給側の対応の 2 つに分けて考える必要がある。
しないため偽陰性となる。したがって、VDRL な
前者は、貧困に起因する多くの負の因子、たとえ
いしはRPR検査において陽性を示した例に梅毒の
ば栄養不良、貧血、感染、過重労働、多産などの
治療を行うことは実際的な方法といえよう。なお、
直接要因のほかに、未就学による保健知識の欠如、
住血吸虫感染は分娩結果に直接の影響を及ぼすよ
伝統医療への依存などが根底にあり、これらの問
うな結果は得られなかったが、この疾患は治療が
題解決についての有効な方向性の模索は、その糸
比較的容易であり、積極的に治療を行うことが望
口さえつかめないのが実状である。少なくとも、
ましい。
プライマリー・ヘルス・ケアの活動を念頭におい
HIV 感染は子供に及ぼす影響を含めて現在最大
た当プロジェクトとしては、この構造的ともいえ
の課題といえるが、適切な治療法がない上に予後
る大きな壁にそのままの形で立ち向かうことはほ
不良の疾患とあって、その取り扱いに最も苦慮す
とんど不可能とさえいえる。
るところである。しかも、HIV 感染に関して妊婦
他方、保健医療サービス供給の立場から妊婦や
は極めて敏感な反応を示すのが普通であり、検査
新生児の予後改善を目指した活動としては、上述
自体も拒否する場合が多い。したがって、現段階
のようにケースマネージメントや健康教育をはじ
においてはHIV感染に関して妊婦の特定の問題と
めとする保健医療活動、通信設備や救急車の設置
してとらえて対応することは困難であり、一般的
などによる緊急リファラル体制の確立などを通じ
なエイズ・コントロール計画の中で対応していく
ての技術協力が実効性のある対応策といえる。マ
必要があると考えられる。
ラウイは世界でも 10 位以内に入る最貧国であり、
以上のように、妊婦に対する適切なケースマ
経済的にはもちろんのこと、人的資源も極めて限
ネージメントに関する方針を提起するとともに、
られている。このような状況の中で、対費用効果
この方針に沿ってヘモグロビン測定に必要な光電
を念頭に置き、本調査研究にみられるように、リ
比色計や検体保管用のストッカー、検査試薬、抗
スクファクターを把握する作業からプログラムの
マラリア薬、鉄剤の供与など具体的な対応を行っ
優先度を決定していくような具体的な協力分野が
てきた。また、妊婦に対する健康教育の重要性か
今後とも模索されねばならない。
ら IEC(information, education and communication)
機材の供給を行い、ヘルスワーカーに対するト
レーニングもサポートしてきた。さらに、技術協
力の観点からは、当プロジェクトの目標である臨
64
謝 辞
本稿を終えるに当たり、
本調査にご協力をいただいたマ
ラウイ Community Health Sciences Unit およびサリマ地区
病院の関係スタッフに深甚なる謝意を捧げます。
マラウイ農村部において分娩出産異常に影響を及ぼす要因
なお、本稿の主旨は第 12 回国際保健医療学会(1997 年
〔著作・論文〕
7 月 27 日、結城市)のワークショップ「母子保健プロジェ
感染症マニュアル:その予防と対策,マイガイア,1996.
クト」で発表した。
Ministerial Conference on Malaria 報告.熱帯,26 (3) : 233245, 1993.
参考文献
Ghana/JICA/WHO Training Course in Polio Diagnostic Procedures and Vaccine Potency Testing. Acta Paediatrica Japonici,
35 (6) : 567-570, 1993.
1) Burnham, G.M., Baker, J. : Do Antenatal Clinics Benefit
Mother and Child ?. Malawi Medical Journal, 16(1): 1215, 1983.
2) Nyirenda, T., Cusack, G.S., Mtimuni, B.M. : The Effect of
Mother's Age, Parity and Antenatal Clinic Attendance on
Infant Birth Weight. Malawi Medical Journal, 7(3):110-112,
1991.
3) Sangala, V. : Maternal Deaths in 1990 at Kamuzu Central
Hospital. Malawi Medical Journal, 8(1) : 24-28, 1992.
4) Wiebenga, J.E. : Maternal Mortality at Queen Elizabeth
Central Hospital, 1989 to 1990. Malawi Medical Journal, 8
(1): 19-23, 1992.
5) Ciotti, M.(MOH/WHO) : Syphilis and HIV Sero-prevalence
Survey in Rural Antenatal Women Report from a 1993 Field
Study, Malawi, 1994.
6) MOWCACS, UNICEF, UNDP : Situation Analysis of Pov-
金子 明(かねこ あきら)
1956 年生まれ.弘前大学医学部卒.国際協力事業団に
よるインドネシアのマラリアコントロールプロジェクト,
WHOによるバヌアツのマラリアコントロールプロジェク
トを経て,
現在,東京女子医科大学国際環境・熱帯医学教室助
教授.
〔著作・論文〕
High Frequencies of CYP2C Mutations and Poor Metabolism
of Proguanil in Vanuatu. Lancet, 349 : 921-922, 1997.
Parasitic Infections : Integrated Pharmacology, Mosby, 1997.
メラネシア東部の島嶼マラリア対策:2) 熱帯熱マラリア
及び三日熱マラリア薬剤耐性の島民における年齢群別発
現.寄生虫誌,43 (4) : 371-383, 1994.
erty in Malawi. 159-176, 1993.
7) MOH : Mortality and Maternal and Child Health, Malawi,
1987.
秋葉 敏夫(あきば としお)
1953 年生まれ.東北大学農学部卒.WHO 技術担当官と
してトンガ王国に勤務後,
中野 博行(なかの ひろゆき)
1941 年生まれ.京都大学医学部卒.国際協力事業団マ
現在,国際協力事業団マラウイ公衆衛生プロジェクト専
門家.
ラウイ公衆衛生プロジェクト・チーフアドバイザーを経て,
現在,聖マリア病院国際協力部小児科保健医療協力
山崎 裕章(やまざき ひろあき)
部長.
1958 年生まれ.東洋公衆衛生学院臨床検査学科卒.青
〔著作・論文〕
年海外協力隊員(臨床検査)を経て,
海外医療ハンドブック:マラウイ編,日本熱帯医学協会,
現在,国際協力事業団マラウイ公衆衛生プロジェクト専
1997.
門家.
発展途上国における感染症サーベイランスと臨床検査.
臨
床検査,38 (10) : 1202, 1994.
開発途上国の母子保健:マラウイ,厚生省班研究最終報告
書,1996.
斎藤 智子(さいとう ともこ)
1954年生まれ.茨城県立中央看護専門学院助産学科卒.
青年海外協力隊員(助産婦),国際協力事業団マラウイ公
衆衛生プロジェクト専門家を経て,
犬尾 元(いぬお げん)
現在,リバプール熱帯医学校に留学中.
1962 年生まれ.長崎大学医学部卒.ジョーンズ・ホプ
キンス大学衛生・公衆衛生学校を経て,聖マリア病院国際
協力部内科保健医療協力部長.
現在,国際協力事業団マラウイ公衆衛生プロジェクト・
チーフアドバイザー.
中川 公輝(なかがわ きみてる)
1962 年生まれ.近畿大学商経学部卒.青年海外協力隊
員(システムエンジニア)を経て,
現在,国際協力事業団マラウイ公衆衛生プロジェクト専
門家.
小早川 隆敏(こばやかわ たかとし)
1943 年生まれ.新潟大学医学部卒.WHO,EPI ポリオ
担当課長,国際協力事業団医療協力部課長,同医療協力部
部長を経て,
現在,東京女子医科大学国際環境・熱帯医学教室教授.
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
65
パナマの酸性土壌の改良と陸稲栽培に関する技術協力の事例
〔事例研究〕
パナマの酸性土壌の改良と陸稲栽培に関する
技術協力の事例
−特に稲わらマルチ導入の効果について−
とみ た
けん た ろう
冨田 健太郎
(元パナマ青年海外協力隊員)
西暦 2000 年までに世界の人口増加に応じて、従来の食糧生産をさらに 60% 近くも向上さ
せなければならない。特に、熱帯の発展途上国の発展のために、未開の大地において、農
業生産の拡大という事業に挑戦していかなくてはならず、アルティソルやオキシソルのよ
うに分類される酸性土壌の改良にも力を入れる必要がある。パナマにおいては、約 40% 近
くもアルティソルの存在が認められている。この土壌目は、多量および微量要素の欠乏、さ
ら に ア ル ミ ニ ウ ム 毒 性 と い う 特 徴 を 持 っ て い る 。 パ ナ マ 農 牧 研 究 所 (I n s t i t u t o d e
Investigación Agropecuario de Panamá:IDIAP)土壌研究室のベンハミン・ナメ研究室長お
よびローランド・サンチェス主任研究員は、アルティソル土壌の改良法として、石灰、リ
ン酸およびカリ肥料を用いて、乱塊法に従った圃場による栽培比較試験という形で、陸稲
を含めた食用作物の生産性の向上に力を入れている。しかし、市販の化学肥料の投入を強
調しているので、地主や中核クラスの農民が対象となってしまい、貧困層までは到達しな
ざん さ
いのが現状である。そこで、稲わらのような収穫残渣の有効利用を図り、常に低コストと
いう概念のもとで、作物生産のみならず土壌改良や保全事業も同時に検討することが急務
となっている。その一例として、稲わらに注目し、マルチ資材、養分リサイクルおよびキ
レート効果によるリンの有効化という視点から、品種 Panamá-1048 を使用して、陸稲の栽
培試験を実施した。
結果は、稲わらマルチは、カリなどの溶脱防止や茎葉中のリサイクルも含めて、土壌の
交換性アルミニウムの溶出を抑え、リン酸固定能を軽減して、リン酸少肥で陸稲の生産増
大に貢献した。また、稲わら 8t/ha 施用区では、雨季当初の降水量不足という状態であって
も、水分保持能が高かったためか、0t/ha と比較して陸稲の種苗の生育は良好であった。し
たがって、稲わらのような収穫残渣の有効利用を図り、今後もそれを継続することによっ
て、農業生産が困難とされる赤色酸性土壌も時間とともに改良され、作物の生産性の維持・
向上は可能であると考えている。
る。首都はパナマ・シティーで、人口は 110 万人。
はじめに
世界の銀行や企業などが軒を連ね、中南米の金融
の中心地としても発展を続けている。
パナマは中米最東端にある立憲共和国で、北緯
また、パナマ運河は、太平洋側とカリブ海側を
7 度 12 分から 9 度 38 分、西経 77 度 9 分から 83 度
結ぶ重要な交通路となっており、外貨獲得の手段
3 分に位置し、国土面積は 7 万 7082km2 で、日本の
となっている。反対に、農業のような第一次産業
北海道よりやや小さく、人口は240万人(1989年)、
は、不良土壌が多いということも含めて、他の中
人口密度は 31.1 人 /km 、公用語はスペイン語であ
南米諸国よりも衰退している状況にある。
る。そして、日本との時差は− 14 時間となってい
人種構成は、メスティーソ(混血)が 65%、黒
2
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
67
人が 13%、白人が 10%、そして先住民(インディ
きた 注 15)。
オ)が 10% 程度である。先住民としては、クナ族、
現在、同研究室は、熱帯湿潤サバナ環境下にあ
グァイミー族、ボコタ族、テリベ族など、人種が
るベラグアス県カラバシト地区に分布するアル
豊富だが 20 万人もいない
注 1)
。
ティソル土壌の改良ならびに陸稲、トウモロコシ
西暦 2000 年までに世界の人口増加に伴って、従
およびインゲンマメなどの食用作物の生産性に力
来の食糧生産をさらに60%近くも増産させねばな
を入れるため、乱塊法に従った圃場による栽培比
らず、アルティソルやオキシソルのように分類さ
較試験を実施している 注 5)∼ 15)。
れる赤色酸性土壌が分布する未開の大地において、
もちろん、現地の社会経済性を考慮に入れた土
農業生産を拡大していくことも重要な業務となっ
壌改良法を実践しているが、肥料の投入を強調し
てくる 注 2)3)。
ているため、大型機械を所有する中核以上の農民
パナマでは、国土の 40% 以上もアルティソルの
が対象となってしまい、貧困層までは行き届かな
存在が認められており、この土壌目は多量および
いのが現状である。通常、熱帯の赤色酸性土壌は、
微量要素の欠乏、さらにアルミニウム毒性という
絶対的に養分欠乏状態にあるので、化学肥料の投
注 4)∼ 15)
。アメリカ大陸の水準で
入なしで農業生産を実践することは不可能である
アルティソルは、43% つまり 15 億 2800 万 ha の面
が、土壌改良や保全の立場からも、化学肥料と有
積を覆っており、54% つまり 8 億 ha はカリ欠乏の
機質資材のバランスを考えた施肥設計が望ましい
状態にある。リンの場合、ペドロ・サンチェスお
と考えている。
よびホセ・サリナスは、12 億 1700 万 ha が欠乏状
その中でも、ローランド・サンチェスは、1992
態にあると報告している。そして、この土壌目の
から 93 年の 2 年にわたって、陸稲栽培に市販の鶏
全体の 53% が、リンの高い固定反応という問題を
糞堆肥と尿素を統合させた試験を実施しているが、
抱えている。カルシウムは、約50%つまり7億3200
重粘質のアルティソルには土壌改良としての効果
特徴を持っている
万 ha が欠乏状態にある
注 7)
。
は期待できなく、肥効は 1 年しか持続せず、次年
パナマ農牧研究所(Instituto de Investigación
度は尿素のみの効果であったと報告している注11)。
Agropecuario de Panamá:IDIAP)土壌研究室のベ
通常、パナマを含めた熱帯環境下にある中南米
ンハミン・ナメ室長およびローランド・サンチェ
諸国では、収穫した後の茎葉残渣を焼却処理して
ス主任研究員は、アメリカ合衆国のノースカロラ
しまうのが常である。もちろん、肥料としての灰
イナ州立大学(North Carolina State University:
の効果も望めるが、高木種が分布するセルバ地帯
NCSU)のトーマス・スミス教授とネットワークを
では焼き畑農法として短期間効果を発揮するかも
組みながら、同国に分布するアルティソル土壌の
しれないが、大草原に灌木が点在する湿潤サバナ
研究に従事している。
環境下ではその効果は低いと思われる。また、重
この土壌の物理性についてみると、水分の保有
粘質土壌であるため、有機物を鋤込むことは非常
量が少ないため、作物根の伸長にとっての物理的
に困難であり、新鮮有機物を有効利用する習慣も
障害がないとして報告されている 注 15)。
ない。
鉱物性についてみると、1:1 型粘土鉱物と高含
ところが、有機物をマルチとして利用する方法
量の鉄およびアルミニウムの三二酸化物によって
がある。特に、熱帯の酸性土壌が分布している地
支配されている。パナマでは、土壌調査および分
帯では、雨季の期間は、スコールによる土壌侵食
類、食用作物生産における石灰とリン酸に対する
が問題視されている。また、この地帯の大部分が
応答、酸度に耐性のあるイネを含めた食用作物種
天水依存の農業であり、降水量の変動は収穫物に
の生殖質の選択、そして、カリおよびリンに対す
大きな影響を及ぼしてしまうことも忘れてはなら
る作物の応答を含めて、1970 年代から開始されて
ない要因である。
68
パナマの酸性土壌の改良と陸稲栽培に関する技術協力の事例
図− 1 ディビサにある農牧研究所およびカラバシト実験圃場の位置
(出典) Jaramillo, S. E. : FPedones de campo y estaciones experimentales del IDIAP. Boletín Técnico, No.38 : 2,
1991.
図− 2 1994 年度のカラバシト地区の月別降水量
(出典)IDIAP, 1995.
そこで、鶏糞堆肥よりも難分解性である稲収穫
るカラバシト地区(北緯 8゚15′,西経 81゚5′)であ
残渣稲わらに注目し、マルチ資材、養分リサイク
り、ディビサ農牧研究所からコスタリカ方面に、
ルおよびキレート効果によるリンの有効化という
車で向かって約 1 時間の所にある(図− 1)。ここ
視点から、イネ品種 Panamá-1048(136kg 種子 /ha)
は海抜 100m の高台で、年平均降水量 2500mm、年
を使用して、1994 年 7 月初旬に陸稲の栽培比較試
平均気温 27゚C であり、雨季は 5 月から 12 月まで
験を実施した。
である。図− 2 に、1994 年度の月別降水量の分布
を示す 注 9)15)。
I
実験材料および方法
カラバシト地区のアルティソルは、米国農務省
の包括分類法(Soil Taxonomy)により、詳細には、
1. カラバシト地区の気候および土壌条件
clayey,mixed,fine,isohyperthermic,Typic
試験を実施した場所は、同研究所専用圃場のあ
Plinthudults に類別されている注 4)。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
69
表− 1 本研究に使用された稲わらの養分含有率
リン(P)
カリウム(K) カルシウム(Ca) マグネシウム(Mg)
0.45
2.6
0.45
鉄(Fe) マンガン(Mn)
0.42
3190
亜鉛(Zn)
銅(Cu)
ケイ素
(Si)
290
tr
16.6
800
注)ただし,P,K,Ca,Mg,Si は(%),Fe,Mn,Zn,Cu は(mg/kg)で表示している.
表− 2 陸稲播種前の土壌分析値
pH
有効態
リン
交換性
有効態
カリウム カルシウム マグネシウム アルミニウム
(μg/ml)
5.3
有機物
1.4
35
(meq/100ml)
0.4
0.1
2. 本研究の実験方法
マンガン
(%)
3.5
鉄
亜鉛
銅
(μg/ml)
3.9
14.0
78.0
13.0
1.0
写真− 1 陸稲の生育状況(1)
試験設計としては、石灰とリン酸による土壌改
良のほかに稲わらマルチを導入し、炭カル0, 2t/ha、
重過石(リン酸として)0,100,200kg/ha、稲わ
ら 0, 8t/ha 処理区を設け、1 区 3 連制で 3 因子によ
る実験計画法に基づいている 注 19)∼ 21)。また、1 区
画は 2m × 4m とし、全部で 36 処理区を設けてい
る。石灰散布は、農民の経済性も考慮に入れて、作
物にとって毒性因子である交換性アルミニウムを
沈殿させる目的で実施し、同地区における過去の
研究結果より、2t/ha を全面に散布した。そして、
石灰施用後の土壌 pH は 5.5 であった。リン酸にお
び各種微量要素は、Mehlich No1(0.05N HCl +
いては、作状による施用法を採用した。そして、窒
0.025N H 2SO 4)による抽出である。さらに、有機
素、カリ、硫黄および微量要素の施肥設計、いも
炭素はウァーキーブラック法に準じて実施されて
ち病やハキリアリなどの病害虫の防除のための
いる 注 17)。
薬剤散布は、同研究室の慣行法に 準 じ て 行 わ れ
本研究を実施した所は、新規に開墾した区域で
た 注 5)∼ 1 4)。
あり、交換性アルミニウム含量が 3.5meq/100ml と
さらに、本研究に使用される稲わらの養分含有
高く、塩基に乏しい強酸性土壌であることが容易
率を表− 1 に示すが、ケイ素が 10% 以上も含有さ
に想像がつく。
れている。そして、このケイ素の分析は、重量法
に準じて実施した 注 18)。
2.陸稲の収量結果における報告
写真− 1,写真− 2 および写真− 3 に、陸稲の生
II
結果および考察
育状況を示す。特に、写真− 2 は陸稲の栄養生長
期のころであるが、たとえば、稲わら無施用区(一
1. 陸稲栽培前の土壌の化学性
番手前の左側のブロック)と施用区(その後方)を
表− 2に、栽培前の圃場の土壌分析結果を示す。
単純に比較してもわかるように、施用区での陸稲
分析方法は、交換性カルシウム、マグネシウムお
の生長は良好であった。これは、この年の雨季当
よびアルミニウムは 1M KCl、リン、カリウムおよ
初は、点在的に降雨をもたらす環境であったため、
70
パナマの酸性土壌の改良と陸稲栽培に関する技術協力の事例
写真− 2 陸稲の生育状況(2)
写真− 3 陸稲の生育状況(3)
表− 3 各処理区の陸稲の子実および茎葉収量(t/ha)
炭カル処理区
重過石処理区
稲わら処理区
子実収量
茎葉収量
0t/ha
0kg/ha
0t/ha
1.80
9.00
8t/ha
2.72
12.1
0t/ha
2.62
12.6
8t/ha
3.13
12.3
0t/ha
2.64
13.4
8t/ha
2.84
12.8
0t/ha
1.94
9.60
8t/ha
2.76
11.8
0t/ha
2.67
12.7
8t/ha
3.50
13.7
0t/ha
2.55
10.4
8t/ha
3.02
15.7
炭カル処理区
ns
ns
重過石処理区
**
**
稲わら処理区
**
*
炭カル×重過石処理区
ns
ns
炭カル×稲わら処理区
ns
ns
重過石×稲わら処理区
ns
ns
100kg/ha
200kg/ha
2t/ha
0kg/ha
100kg/ha
200kg/ha
炭カル×重過石×稲わら処理区
LSD(0.05)
ns
ns
0.618
2.73
注)**1% による有意差あり. *5% による有意差あり.
マルチによって、土壌の水分保持能が増大し、過
が得られ、熱帯地域の陸稲栽培条件下においては、
剰な蒸発散を軽減させたことも考えられる。
良好な収穫であったと解釈している。
表− 3 に、陸稲の子実ならびに茎葉における収
また、分散分析の結果から、子実のみならず茎
量結果と同時に分散分析の結果も示す。陸稲の子
葉においても、石灰に対する有意差は認められな
実収量は、処理区において最高 3.5t/ha という結果
かった。これは、Panamá-1048 という品種のアル
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
71
図− 3 稲わら処理区別の陸稲の子実収量の応答曲線
ミニウム耐性の強さを強調していた。
済的施用量ということが一番問題となり、本研究
しかし、今回の試験の本題であるリン酸の比較
はリン酸の比較試験も含んでいるので、稲わら無
試験においては、明らかに有意差(1%)が認めら
施用区と施用区に分けて、それの算出を試みた。
れ、これによる土壌改良は陸稲栽培に大きな影響
図− 3 に稲わら処理区別の収量応答曲線を示す。
を与えたと解釈している。
稲わら0t/ha処理区の二次回帰式は、Y=− 0.038X 2
また、稲わらに関しては、子実収量に顕著な有
+ 11.26X + 1850 であった。同様に、稲わら 8t/ha
意差(1%)が認められたことから、稲わらの施用
処理区の二次回帰式は、Y = − 0.0443X2 + 9.76X
は極めて有効であったと推測している。
+ 2759 であった。これらの二次式を、1 回微分し
て、最適施用量を算出する 注 21)。
3. 陸稲生産におけるリン酸肥料の経済的施用量
の算出
稲わら 0t/ha 処理区では、
一般的には、不良土壌の化学性を完璧に改善さ
最適施用量を算出する:Y=−0.038X 2 + 11.26X
せて、作物の増収を図ることが理想とされるが、
+ 1850 を 1 回微分して 0 とおく。
熱帯環境下では、貧困ならびに教育的な面も無視
Y′
= 2(− 0.038)X + 11.26
できず、社会経済的な立場から、投入資材のコス
0.076X = 11.26
トが重要な要因となってくる。また、ここでの農
X = 148.2
148kg リン酸(P2O 5)/ha 業生産は、最高収量を得るというのではなく、手
ごろな収量でよいから、それを持続させることに
ある。つまり、病害虫による攻撃、干ばつなどの
稲わら 8t/ha 処理区では、
天候不良という要因も絡んでくるため、薬剤散布
最適施用量を算出する:Y=−0.0443X2 + 9.76X
を含めた高投入による理想的な土壌改良は、農業
+ 2759 を 1 回微分して 0 とおく。
経営の面からバランスがとれないという報告もあ
る
注 2)3)
。
稲わらに関しては、前作の収穫残渣の再利用を
考えると、コスト的な問題は簡単に解決がつく。
Y′
= 2(− 0.0443)X + 9.76
0.0886X = 9.76
X = 110.2
110kg リン酸(P2O 5)/ha また、8t という数字も、一般に回収できる範囲で
ある。しかし、リン酸肥料ということになると、コ
以上の結果から、稲わら無施用区は 148kg リン
ストのかかる改良資材のひとつなので、これの経
(P2O5)/
酸
(P2O5)/ha、稲わら施用区は 110kg リン酸
72
パナマの酸性土壌の改良と陸稲栽培に関する技術協力の事例
図− 4 陸稲栽培期間における交換性カルシウムの動態
ha という結果であり、稲わら施用区は明らかにリ
− 0.0886X =− 6.1
X = 68.8
ン酸減肥に貢献できたことが容易に想像がつく。
69kg リン酸(P 2O5)/ha
次にリン酸の経済的施用量の算出法であるが、
この方法は、同研究室主任研究員ローランド・サ
ンチェスから学んだものである。この公式に従っ
つまり、これの解釈は 3.5t/ha ほどの高収量を期
て、稲わら無施用区と施用区別のリン酸の経済的
待してもよいが、経済的な視点から、先ほどの最
施用量の算出を試みた 注 10)∼ 14)22)。
高収量よりも 69kg 程度の施用は、収量は多少減少
しても、農業経営という面においては安全である
(公式 1) ということである。従来まで、ローランド・サン
これを 1 回微分すると、Y′
= b−2aX(公式 2) チェスは、経済的施用量は 120kg リン酸(P 2O5)/
2
Y = − aX + bX + c
b − 2aX = rp
rp:実際のコストの関係
ha という値を報告してきたのに対し注 12)、今回の
X =(b − rp)/2a
(公式 3) 試験では、それを極端に下げることができた。こ
rp = Pp(100 + R/100)/Po
(公式 4) のことが、農民に対するやる気や動機付けにつな
∴ b − 2aX = Pp(100 + R/100)/Po
(公式 5) Pp:リン酸肥料のコスト /1kg;($0.70)
R:消費税(%)(パナマの消費税は 15% である)
Po:コメの原価 /1kg;($0.22)
がればよいと考えている。
このように、稲わらの施用は作物の収量のみな
らずリン酸の経済的施用量においても貢献したこ
とがわかったが、さらに、土壌分析の結果につい
て考察していく。
0t 稲わら処理区の場合
11.26 − 0.076X = 0.70(1 + 0.15)/0.22
− 0.076X = 3.66 − 11.26
− 0.076X = − 7.6
X = 100
100kg リン酸(P2O 5)/ha 4. 陸稲栽培期間における交換性カルシウムおよ
びアルミニウムの動態
図− 4 に、陸稲の栽培期間における交換性カル
シウムの動態を示す。陸稲播種前は、4 . 0 m e q /
100ml 相当のカルシウムを投入しており、陸稲の
8t 稲わら処理区の場合
栽培期間中、降水量によるカルシウムの溶脱や侵
食なども考慮して、収穫後には、約 0.6meq/100ml
9.76 − 0.0886X = 0.70(1 + 0.15)/0.22
− 0.0886X = 3.66 − 9.76
に減少していた。そして、石灰処理区においても、
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
73
図− 5 陸稲栽培期間における交換性アルミニウムの動態
稲わら施用区別の大差は認められなかった。
施用区は 100kg リン酸(P 2O5)/ha であるのに対し、
引き続いて、図− 5 に、交換性アルミニウムの
稲わら 8t 施用区は 69kg リン酸(P 2 O 5)/ha であっ
動態を示す。栽培前の土壌分析値の結果は、
た。このことは有機酸によるキレート効果によっ
3.5meq/100mlであった。石灰を2t/ha投入した石灰
て、リン酸固定能を軽減して、リン酸少肥で陸稲
処理区は、交換性アルミニウムをゼロとして試験
の生産増大に貢献できたと考えられる。また、有
を開始した。収穫後には、石灰の減少と反比例す
機物の効果としては、稲わらは土壌中で分解され
るように増加しており、石灰処理区の交換性アル
て、土壌中および茎葉中のカリなどの養分の蓄積
ミニウム含量が低いのは当然として、稲わら処理
とともに、腐植となり、図− 5 からもわかるよう
区別にみると、稲わら 8t/ha の施用により明らかに
に、緩衝作用のひとつとして、土壌中の交換性ア
交換性アルミニウムの減少が観察された。これは、
ルミニウムの溶出を軽減したと考えられる。この
分解された稲わらが、腐植となって土壌に蓄積し、
ことが、陸稲の子実収量に影響を与えたとして考
交換性アルミニウムを包括し、それの溶出を軽減
察することができよう。また、稲わら施用区では、
させたことが考えられる
注 5)
。
雨季当初は降水量不足という状態であっても、水
また、子実収量においても、稲わら処理区にお
分保持能が高かったためか、稲わら無施用区と比
ける顕著な有意差が観察されたが、これは稲わら
較して陸稲の種苗の生育は良好であった。
が、土壌中でスコールと尿素の追肥効果によって、
いずれにしろ、稲わらのような収穫残渣の有効
分解中間産物である各種有機酸が生成され、有機
利用を図り、今後もそれを継続することによって、
酸のキレート効果によるリン酸肥沃度の向上も
農業生産が困難とされる赤色酸性土壌も時間とと
あったと考えている
注 16)
。
もに改良され、作物の生産性の維持または向上に
役立つものと信じている。
おわりに
また、このような不良土壌で作物生産を強行す
る目的は、単に食糧生産の向上を目指すだけでは
酸性土壌での陸稲栽培において、石灰とリン酸
なく、われわれの生命活動に大きな役割を果たし
による基本的な土壌改良に加えて、稲わらの施用
ている土壌の、侵食防止ならびに保全に努めるこ
効果は極めて顕著であったと判断している。特に、
とにあるのである。
リン酸の経済的施用量の算出において、稲わら無
74
パナマの酸性土壌の改良と陸稲栽培に関する技術協力の事例
謝 辞
本研究の実施に当たって、パナマ農牧研究所土壌研究室
のベンハミン・ナメ室長およびローランド・サンチェス主
任研究員の技術的指導のおかげで遂行できたことに感謝
の意を表します。また、協力隊活動期間においては、温
かいご支援をしてくださった国際協力事業団パナマ事務
所の花田眞人所長ならびに下藤実調整員にも感謝の意を
表します。
259,1981.
17) Villarreal, J., Name, B. : Análisis de muestras de suelos y
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会,40-51,1992.
20) 野口弥吉,川田信一郎監修:農学大事典(第二次増訂
改版),養賢堂,1911-1918.
注 釈
21) 応用統計ハンドブック編集委員会:応用統計ハンド
ブック,194-209,229-232,235-239,養賢堂,1980.
22) Programa de Economía : Un manual metodológico de
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総合研修所,1-2,1991.
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evaluación económica, la formulación de recomendaciones
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国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
75
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冨田 健太郎(とみた けんたろう)
1965 年生まれ.東京農業大学農学部農芸化学科卒.青
年 海 外 協 力 隊 員 を 経 て ,( 社 ) 国 際 農 林 業 協 力 協 会
(AICAF)主催の海外農業協力専門家長期研修を受ける.
現在,AICAF 海外農業技術協力登録専門家ならびに東
京農工大学大学院生物システム応用科学研究科循環生産シ
ステム学岡崎研究室研究生.
〔著作・論文・翻訳書〕
コスタリカおよびエクアドルの植物遺伝資源に関する情
報,翻訳叢書 No.44,
(社)国際農林業協力協会,1996.
(菊
池文雄,坂口進,冨田健太郎共訳)
Estudio de la neutralización de la ácidez intercambiable y
dinámica de fósforo en un ultisol cultivado con frijol-arroz,
IDIAP, Divisa, Panamá (Mimeografiado), 1995.
農業の国際貢献に関する新しい視点.国際協力プラザ
Vol.33,3 月号:24-25,1997.
Billarreal,J., Name, B. 監修:熱帯土壌の有効養分分析法:
米国由来の熱帯土壌を対象にした公定分析法,1995.
(翻訳)
Sanchez, P. A., Salinas, J. G.:熱帯酸性土壌論:熱帯アメ
リカに分布するオキシソルやアルティソル土壌における低
投入による農業生産法について(改訂版),1997.
(翻訳)
76
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和
〔研究ノート〕
低所得者を対象とした金融機関の発展による
零細企業育成と貧困緩和
−アプローチをめぐる争点の整理−
かつ ま
やすし
勝間 靖
(ウィスコンシン大学マディソン校グローバル研究所マッカーサー財団研究員)
1997 年 2 月にワシントン DC で開催された小口融資サミット(Microcredit Summit)は、
「2005 年までに 100 万人の貧困層(特に女性)に対して、自ら事業を起すために必要な小口
融資を供与する」という地球規模の運動を宣言して閉会された。低所得者による零細企業
を対象とした金融機関の重要性を開発課題の前面に押し出したという点で評価されるべき
であろう。しかし、零細企業育成における小口融資の重要性については合意があるものの、
その実施に向けたアプローチをめぐっていまだに見解の隔たりがみられる。本稿の目的は、
そうした零細企業育成および金融サービス提供へのアプローチをめぐる争点を整理するこ
とである。
本稿では、特に議論のすれ違いがみられる次の 6 つの争点を取り上げる。
第 1 の争点は、零細企業の育成は、貧困緩和を目的とすべきか、あるいは経済活動におけ
る民間部門の強化を目指すべきか、という目的をめぐるものである。
第 2 の争点として、零細企業育成に向けて、総合的に取り組むべきか(統合的アプロー
チ)、あるいは金融サービスに焦点を当てるべきか(最小限アプローチ)という見解の対立
がある。
第 3 に、零細企業へ金融サービスを提供する際に、その対象を最貧困層に絞るべきか(貧
困層貸付アプローチ)、あるいは市場に任せるべきか(金融システム・アプローチ)、とい
う意見の違いがある。
第 4 に、零細企業へ金融サービスを提供するための方法論として、小口「融資」を中心と
したプログラムの充実に力を入れるべきか、あるいは金融仲介プロセスの一環として小口
融資だけでなく小口貯蓄を含めた小口「金融」機関の整備を進めるべきか、という対立が
ある。
第 5 の争点は、貸し手の組織形態はどれが最適かという意見の違いであり、第 6 の争点
は、借り手の組織形態をめぐる見解の対立である。
以上の 6 つの争点について、これまでの議論を整理し、今後の検討課題を提示すること
が、本稿の目的である。
めの重要なアプローチとして浮上してきた。
はじめに
1997 年 2 月にワシントン DC で開催された小口
融資サミット(Microcredit Summit)は、世界各地
正規雇用の機会が限られ、自助努力が唯一残さ
から 2000 人もの政治家、援助機関担当者、現地実
れた道とされる途上国においては、零細企業こそ
施機関担当者、非政府組織(NGO)実務者、研究
が多くの低所得者にとっての生存手段となってい
者を集めた。3 日間の会議日程を終え、
「2005 年ま
る。その結果、零細企業の育成が、貧困緩和のた
でに 100 万人の貧困層(特に女性)に対して、自
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
77
ら事業を起すために必要な小口融資を供与する」
り、貧困層貸付(poverty lending)アプローチと呼
という地球規模の運動を宣言して閉会された 注 1)。
ばれている。後者は、多少高く設定された金利を
低所得者による零細企業を対象とした金融機関の
支払う用意があれば、ほかに金融機関へアクセス
重要性を開発課題の前面に押し出したという点で
がない低所得者を借り手として融資していくとい
評価されるべきであろう。現在のところ、600億ド
う金融システム・アプローチである。
ルとも推定される世界の開発援助予算のうち小口
第 4 に、零細企業へ金融サービスを提供するた
融資の割合は 2% にしかすぎないという報告もあ
めの方法論として、小口「融資」を中心としたプ
る
注 2)
。より多くの開発援助を小口融資へ、という
ログラムの充実に力を入れるべきか、あるいは金
大きな潮流がつくり出されたといえる。
融仲介プロセスの一環として小口融資だけでなく
小口融資サミットは、零細企業育成における小
小口貯蓄を含めた小口「金融」の整備を進めるべ
口融資の重要性についての国際的なレベルでの合
きか、という対立がある。この、
「融資」か「金融」
意を象徴するものといえる。しかし、その実施に
かという論争は、公平性と効率性の概念を軸に行
向けてのアプローチに関しては、いくつかの点で
われることが多い。
見解の隔たりがみられる。本稿では、特に議論の
第 5 の争点は、貸し手の組織形態はどれが最適
すれ違いが著しい次の 6 つの争点を取り上げ、そ
かという意見の違いである。銀行、信用組合、
の議論を整理することにする。
NGO、革新的な金融機関といった多様な貸し手組
第 1 の争点は、零細企業の育成は、貧困緩和を
織がみられるが、そのどれが零細企業へ金融サー
目的とすべきか、あるいは経済活動における民間
ビスを最も効果的に提供できるかという論争が行
部門の強化を目指すべきか、という目的をめぐる
われている。
ものである。前者は、最貧困層の自助努力を直接
第 6 の争点は、借り手の組織形態をめぐる見解
的に支援し、生計の向上に寄与すべきだという立
の対立である。個人、借り手グループ、村「銀行」
場である。これに対して後者は、ある程度うまく
のどれが融資の対象として適切かについて、意見
いっている既存の零細企業を育成して民間部門の
の違いがみられる。
雇用を増やすことを通して最貧困層に賃金収入の
以下において、上記の 6 つの争点について、順
機会を拡大する、という間接的な貧困緩和を主張
番に議論を整理していくことにする。
する。
第 2 の争点として、零細企業育成に向けて、総
I
貧困緩和か、民間部門強化か?
合的に取り組むべきか、あるいは金融サービスに
焦点を当てるべきか、という見解の対立がある。
零細企業の育成は、低所得者の経済活動を促進
前者は、統合的(integrated)アプローチと呼ばれ
するような組織の整備または強化にかかわる。正
ており、金融サービスと非金融サービスの一括
規の雇用が限られているところでは、零細企業の
パッケージによるプログラムを推進する。これに
育成が特に重要である。零細企業育成は、金融
対して後者は、最小限(minimalist)アプローチと
サービス、訓練、技術移転、マーケティング、ビ
呼ばれており、金融サービス、中でも融資の供与
ジネス・インフラストラクチャー整備などを通し
のみに焦点を当てる。
て低所得者による自助努力を支援する。
第 3 に、零細企業へ金融サービスを提供する際
に、その対象を最貧困層に絞るべきか、あるいは
1. 貧困緩和としての零細企業育成
市場に任せるべきか、という意見の違いがある。
貧困緩和は、途上国の抱える最も重要な開発課
前者は、土地所有や所得などの基準によって最貧
題のひとつである。雇用の機会に恵まれない場合、
困層のみを借り手として選別するという立場であ
生存のために自ら事業を起こさざるを得ない。結
78
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和
果として、未登録の自営業を含めた非公式な零細
品の価格を低く維持するため、政府が補助金を交
企業は、多くの低所得者にとって唯一の生活手段
付する場合がある。これは、補助金による便益が
となっている。零細企業の育成は、低所得者の自
低所得者のみにもたらされる場合に最も効果的で
助の機会を広げる効果がある。
ある。しかし、そのような厳密に対象を絞った価
低所得者の自助努力の支援は、その実施に政治
格調整補助金は難しく、実際には便益の一部が非
的な障壁はないものの、ローカル・レベルにおい
低所得者にもたらされるため、無駄な費用を伴う
て支援組織の整備または強化を必要とすることか
政策だといえる。また、このアプローチは規制な
ら、中期的な視野に立った取り組みが必要とされ
どによって価格を調整するため、市場介入を嫌う
る。これらの中期的なプログラムは、政治的に実
新自由主義的な政策決定者からは敬遠されている。
現可能なだけでなく、経済発展のための投資とし
福祉援助は、自耕自給農民や特定の民族など絞
て経済的に正当化しやすいことから、多くの開発
られた受益者に所得移転したり、経済的弱者に社
機関によって奨励されている。
会的安全網(social safety net)をかける政策であ
一部においては、零細企業育成は、低所得者の
る。低所得者に対する食糧切符の配給はこの一例
所得向上を実現させる「特効薬」として扱われが
である。これは短期的に実施することが可能であ
ちである。しかし、低所得者層を企業家精神に富
り、その実施に当たっても政治的な障壁は比較的
んだ貧困者(the entrepreneurial poor)とそうでな
少ない。しかし、財政赤字に苦しむ途上国にとっ
い貧困者(the non-entrepreneurial poor)に二分で
て、この政策による継続的な援助には限りがある
きるとすると、零細企業の育成によって直接的に
といえる。
所得向上が期待されるのは、企業家精神に富んだ
土地へのアクセスは、一般的に土地配分が不平
注 3)
。したがって、零細企業の育
等な途上国に住む多くの農民にとって死活にかか
成だけでは、貧困緩和の決め手にはならないとい
わる重要な問題である。土地改革は、土地再配分
える。
を含めた改革によって農民の土地へのアクセスを
企業家精神の欠如した貧困層、さらには社会構
確保することを目指す。この政策は、特に村落地
造に起因する貧困を視野に入れた総合的な貧困緩
域における貧困緩和に効果的である。しかし、政
和のためには、零細企業育成以外の貧困緩和政策
治的発言力を持つ大土地所有者の反対と、途上国
が必要となる。開発機関が貧困緩和における役割
農民の政治参加の未成熟を考えると、大規模な土
を模索する中で、いくつかの政策が提案されてき
地再配分の実施は長期的に取り組む必要がある。
た。途上国が採用できる政策の選択肢として、零
人的資源開発は、初等教育や基礎保健などの充
細企業育成のほか、価格調整補助金、福祉援助、土
実を目指すものである。高等教育や先端医学でな
地改革、人的資源開発といった貧困緩和の政策が
く、初等または基礎レベルに重点を置くことによ
挙げられる。これらは相互補完的であり、排他的
り、低所得者に便益が届く可能性が高まる。これ
に扱われるべきではない。場合によってはいくつ
を通して、低所得者の認識能力および肉体的能力
かの政策を同時に採用することによって、より効
が高められ、経済活動への参加がより生産的にな
果的かつ効率的に貧困緩和を達成することがで
り、より高い所得をもたらすことができると期待
きる。
されている。
貧困者のみである
以上の多様な貧困緩和政策からもわかるとおり、
2. 貧困緩和に向けた他の政策
必ずしも零細企業育成が唯一最適な貧困緩和政策
価格調整補助金は、生活必需品を低所得者の手
ではない。零細企業の育成によって直接的に所得
の届く価格範囲に維持する政策である。たとえば、
向上が期待されるのは、企業家精神に富んだ貧困
低所得者の支出において大きな割合を占める食料
者のみだとすれば、その貧困緩和における役割は
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
79
非常に限られたものだといえる。企業家精神の欠
細企業主に言わせると、最も差し迫った問題は資
如した貧困者、さらには社会構造に起因する貧困
本不足である注 5)。
を視野に入れた総合的な貧困緩和のためには、零
低所得者は、材料や商品の一括購入といった運
細企業育成以外の貧困緩和政策がより重要な場合
転資金や、ミシンや回転のこぎりの新規購入と
がある。
いった投資資金の不足に悩まされているが、その
資金に充てるための融資を受ける機会が著しく制
3. 民間部門強化としての零細企業育成
約されている。銀行を含めた多くの公式の金融機
零細企業育成を、貧困緩和としてでなく、民間
関は、融資の供与に当たって、最低貸出金額を設
部門の強化として位置づける考え方も根強い。国
定しているだけでなく、返済を保証するため担保
営企業の民営化と公共部門の縮小による正規雇用
を必要とする。これらの金融機関は、担保能力が
の減少という途上国全般における潮流の中で、底
ない低所得者に対して少額の融資をしようとはし
辺からの民間部門の活性化および強化に向けて零
ない。親戚や友人、個人の金貸し、または経済講
(rotating savings and credit association)といった
細企業の育成が奨励されている。
零細企業の育成に関して、形成、拡大、変容の
3 つのレベルに分けて考えることができる
注 4)
。零
非公式な貸し手からの小口融資は可能だが、資金
が必要なときに必ずしも融資を受けられるとは限
細企業の「形成」のレベルは、生計のすべを持た
らない。
ない低所得者層が自助努力による経済活動を始め
必要なときにタイミングよく受けられる融資は、
られるよう支援する。これは、まさに最貧困層を
零細企業の経済活動を促進し、低所得者の所得の
対象とした貧困緩和につながるといえる。これに
向上に寄与することが期待されている。融資への
対して、零細企業の拡大と変容は、すでに零細企
アクセスによって、零細企業がより効率的に運営
業を運営している低所得者層を対象としている。
されるようになる。融資を受けることで材料や商
零細企業の「拡大」のレベルでは、すでに立ち上
品の一括割引購入が可能となり、運転費用を下げ
げられている零細企業がより効率よく運営される
ることができる。また、特に製造業者は、商品が
ように支援する。また、さらにうまくいっている
売れて費用が回収されるのを待つことなく、次の
零細企業については、零細から小企業へと「変容」
製造作業に進むことができ、不完全就業の問題を
できるような支援が考えられる。これらの後者 2
解決できる。さらに、ミシンや回転のこぎりなど
つのレベルの零細企業に携わる低所得者は、貧困
への投資によって技術水準を高め、零細企業の生
ラインより高い所得を持つ場合が多い。このよう
産性を高めることも可能となる。以上の理由から、
に、零細企業といっても多種多様であり、貧困緩
融資へのアクセスは零細企業の育成に必要と考え
和という概念のみで零細企業育成をとらえること
られており、特に正規雇用の機会が限られている
には無理があるともいえる。
地域では不可欠とされている。
零細企業育成の方法として、融資や貯蓄といっ
II
零細企業育成への「統合的アプ
ローチ」と「最小限アプローチ」
た金融サービスの提供による支援と、訓練、技術
移転、マーケティング、ビジネス・インフラスト
ラクチャー整備など非金融サービスによる支援と
低所得者による零細企業は幅広い問題に直面し
を区別することができる。零細企業育成の実践の
ている。たとえば、資本の不足、マネージメント
場においては、金融サービスへのアクセスのみに
能力の欠如、職業技能の不足、技術の不適正、市
焦点を当てるべきかどうかの違いにより、大きく
場に関する情報不足、ビジネス・インフラストラ
分けて「統合的(integrated)アプローチ」と「最
クチャーの未整備などが挙げられる。しかし、零
小限(minimalist)アプローチ」という 2 つのアプ
80
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和
ローチが見いだされる 注 6)。「統合的アプローチ」
には、独立採算性を維持できる組織づくりが
は、金融サービスと非金融サービスの一括パッ
必要である。
ケージによるプログラムを推進する。これに対し
④零細企業育成プログラムは、できるだけ多数
て「最小限アプローチ」は、金融サービス、中で
の零細企業にサービスを供与できるよう企画
も融資の供与のみに焦点を当てる。小口融資サ
されなければならない。
ミットに対しては、その会議名のとおり、金融
サービスの役割のみに焦点が当てられたという
「統合的アプローチ」からの批判がある。
2. 「最小限アプローチ」による零細企業育成
零細企業育成に向けた「最小限アプローチ」は、
金融サービスに焦点を当てる。融資のみに特化す
1. 「統合的アプローチ」による零細企業育成
る場合もある。このアプローチによれば、金融
すでに述べたとおり、零細企業は、資本の不足、
サービスへのアクセスこそが零細企業育成のカギ
マネージメント能力の欠如、職業技能の不足、技
となる。実践においては、融資のみに絞った零細
術の不適正、市場に関する情報不足、ビジネス・イ
企業育成プログラムの「成功」が多く報告されて
ンフラストラクチャーの未整備など幅広い問題に
いる 注 7)。
直面している。その幅広い問題すべてに対処する
しかし、
「最小限アプローチ」では金融サービス
ため、
「統合的アプローチ」は、金融サービス、訓
を受けた零細企業の数によってその「成功」が語
練、技術移転、マーケティング、ビジネス・イン
られることが多く、零細企業の成長という観点か
フラストラクチャー整備などの一括パッケージに
らの評価がされない場合が多い。
「統合的アプロー
よるプログラムを推進する。このアプローチにお
チ」の擁護者からみれば、零細企業が抱える幅広
いては、金融サービスと、他のビジネスおよび社
い課題は「最小限アプローチ」による金融サービ
会支援といった非金融サービスとの連繋を強調
スのみでは解決されない。
「最小限アプローチ」に
する。
よって対応できない問題点として以下のものが挙
しかし、実践においては、単一の実施機関が複
げられる。
数のサービスを提供する零細企業育成プログラム
①零細企業に携わる低所得者のほとんどは基礎
は失敗することが多かった。多くのプログラムは、
的なマネージメント技能を持たないため、受
政府または援助機関からの公的資金を失い、運営
けた融資が効率的に用いられない場合がある。
できなくなった。さらに重要なこととして、独立
②金融サービスのみでは零細企業の生産性を向
採算であるべきの融資が赤字となり、全体のプロ
上させるのに不十分である。零細企業の長期
グラム運営の破綻に拍車がかかった。また、プロ
的な成長のためには新しい技術の導入が必要
グラムの対象となったのは一部の零細企業にすぎ
である。
ず、零細企業全体に対するインパクトは非常に限
③零細企業が成長する上での制約として、投入
られていた。これまでの「統合的アプローチ」の
市場および産出市場へのアクセスの問題があ
失敗から、次のような教訓を学ぶことができる。
る。零細企業へのマーケティング支援が必要
①零細企業育成プログラムは、外部からの資金
である。
への依存が少なく財務効率がよい機関によっ
て実施されるべきである。
3.
2 つのアプローチを超えて
②少なくとも初期段階においては、それぞれの
「最小限アプローチ」は、零細企業の金融サービ
実施機関は 1 つのサービス供与に特化するべ
スへの障壁を取り除くという点において成功して
きである。
きた。しかしながら、マネージメント能力の欠如、
③持続可能な形で金融サービスを提供するため
職業技能の不足、技術の不適正、市場に関する情
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
81
報不足、ビジネス・インフラストラクチャーの未
か、あるいは市場に任せるべきか、という意見の
整備など、零細企業の成長にとって残された課題
違いがある。前者の貧困層貸付アプローチは、貸
は多い。生存のための手段としての零細企業から、
し手による選別(targeting)によって借り手を決め
経済発展の中核としての零細企業へと成長するた
る方法である注 8)。これに対して後者の金融システ
めには、
「統合的アプローチ」の擁護者が指摘する
ム・アプローチは、金利を判断材料とした借り手
とおり、これらのすべての課題が解決されなけれ
自身による自己選択(self-selection)によるもので
ばならないだろう。
ある。前者が社会的目的に沿った公平性を重視す
上に述べたとおり、実践においては「統合的ア
るのに対して、後者は効率性を追求するアプロー
プローチ」による零細企業育成は財務的に破綻す
チである。
る場合が多かった。しかし、これは「統合的アプ
ローチ」そのものの欠陥というよりも、その適用
1. 貧困層貸付アプローチ
に問題があったという観点から、
「統合的アプロー
貧困層貸付アプローチでは、貸し手の側が、土
チ」を見直す論者もいる。
地所有や所得といったあらかじめ定められた基準
「統合的アプローチ」による零細企業育成プログ
に従って最貧困層の借り手を選別する。たとえば、
ラムの問題は、補助金による非金融サービスと独
バングラデシュのグラミン銀行は、
「機能的な土地
立採算で運営されるべき金融サービスとの同一組
なし農民」という基準によって、借り手を選別し
織内での両立がマネージメントの上で困難なこと
ている。
であった。したがって、組織づくりにおける革新
このアプローチは、最も貧しい人々に経済的機
が必要であろう。つまり、零細企業が抱える幅広
会を提供するという観点から、公平性の概念にか
い課題に取り組む上で、単一の実施機関が複数の
なっている。しかしながら、融資を希望してきた
サービスを提供するべきではない。これまでの実
者が本当に最貧困層かどうかを実際に確認する作
績をみると、すべての課題に対応しようとする包
業には費用がかかる。また、確認作業をしても最
括的なプログラムは失敗に終わる場合が多い。む
貧困層以外に貸し付けている例も報告されている。
しろ、1つの組織単位が1 つのサービスに特化する
特に、市場より低い金利で貸し付けるときには、
ほうが、マネージメントの面で効率がよい。
非低所得者による介入を招き、実際には低所得者
特に、金融サービスについては、補助金による
さえも融資が受けられないことがあった。
非金融サービスとは別組織によって運営されるべ
きである。一般的にいって、金融専門の実施機関
2.金融システム・アプローチ
に任せるほうが独立採算性を維持する上で有利で
過去において、市場より低い金利で融資が供与
あろう。しかし、プログラム自体が小規模なとき
されることが一般的であった。これは 4 つの問題
には、金融サービスを独立採算部門として非金融
を引き起こした。第 1 に、実際には融資が低所得
サービス部門から組織上区分することにより、複
者に行き着かない場合が多かった。第 2 に、融資
数のサービスを単一の実施機関によって持続的に
が生産活動に用いられない場合があった。第 3 に、
提供することも可能だと考えられる。
外部からの資金が途切れなくつぎ込まれない限り、
低金利による融資サービスは財務的に持続しな
III 借り手をめぐる貧困層貸付アプロー
チと金融システム・アプローチ
かった。第 4 に、融資を受けることができる零細
企業の数が限られていた。これらの問題は、適正
な金利を設定することによって克服される。以上
零細企業へ金融サービスを提供する際に、その
の点を整理すると、次のようになる注 9)10)。
対象となる借り手について、最貧困層に絞るべき
①低金利による小口融資サービスは、返済の見
82
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和
込みのない者だけでなく、面倒な手続きをい
て、当然予測されたことである。しかし、NGO の
とわなければ非低所得者にとっても魅力的
中でも、長期的な観点からみた場合、小口「融資」
だった。融資申込者の中から低所得者を選別
にとどまるのか、あるいは小口「金融」への発展
することが重要な作業だったが、これは必ず
を目指すかという点での論争がある。
しも達成されなかった。小口融資サービスの
持続性に必要とされる若干高めの金利を設定
1. 小口「融資」の調達
することによって、既存の金融機関にアクセ
小口融資は、貸し手から借り手への一方的な資
スがある者は関心を持たなくなる。
金の流れによって特徴づけられる。低所得者層へ
②低金利による小口融資サービスは、生産活動
融資を調達するという社会的な目的によって運営
に用いられない場合があった。低金利の融資
される。小口融資機関は外部からの資金に依存し
を受けた借り手は、別の人へ市場金利で又貸
ており、それが途絶えると活動を停止せざるを得
しするだけで、利ざやを稼ぐことができた。
ないという意味でアド・ホックに設置されている。
適正な金利の設定によって、収益性の高い事
その組織的な持続可能性については十分に配慮さ
業に営む零細企業主に借り手を絞ることがで
れない場合が多い。
きる。
原則として、金融サービスは融資に限られ、貯
③低金利による小口融資サービスは、費用を賄
蓄の機会が提供されない。特に NGO の場合、貯蓄
うことができない赤字運営だった。適正な金
の機能が法律上認められていない国がほとんどで
利の設定により、財務的な独立採算性を維持
ある。しかし、強制的「貯蓄」と呼ばれる機能が
することができる。
ある場合がある。これは、事実上の貸付金保険と
④低金利による小口融資サービスは、融資を受
いえ、小口融資が返済されない場合に緩衝帯の役
けられる零細企業の数と地理的範囲の上で、
割を果たす。この方法では、すべての借り手から
初期の設備投資によって制約されていた。適
融資の一部が自動的に差し引かれ、小口融資機関
正な金利の設定により、独立採算性を維持す
の保険基金または緊急基金に積み立てられる。
るだけでなく、留保所得を使って運営を拡大
2. 小口「金融」による金融仲介
できるようになる。
まとめると、適正な金利を設定することにより、
小口融資は、小口貯蓄を含めた小口金融による
非低所得者による介入を防ぐと同時に、収益性の
金融仲介プロセスの一部として位置づけられるべ
高い事業を営む零細企業主による自己選択を促す、
きだという立場である。資金があるが投資機会の
というのが金融システム・アプローチの立場であ
ない者が貯蓄し、それを投資機会があるのに資金
る。さらに、適正な金利によって持続可能な組織
不足の者に融資するという、市場原理による効率
づくりが可能となり、より多くの低所得者に貸し
性を達成することが目的である。貯蓄を融資に充
付けられるようスケール・アップが図られるとい
てるという意味で、基本的に組織が自律しており、
える。
金融インフラとして持続可能性を持っている。
貯蓄は融資と同様に重要であるが、途上国の低
IV 小口「融資」か、小口「金融」か?
所得者は安全にインフレ防衛できる貯蓄の機会を
持たない場合が多い。したがって、小口融資だけ
小口融資サミットに対しては、小口「融資」に
でなく、低所得者を対象とした小口貯蓄をも発展
過度な重点が置かれて、貯蓄について十分な議論
させる必要がある。小口金融の発展によって、低
注 11)
。こ
所得者の貯蓄の機会が広がり、投資に必要とされ
れについては、NGOの参加が多かったことからみ
る貨幣が創出され、低所得者が融資を受ける機会
が行われなかったこという批判もあった
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
83
図− 1 零細企業育成アプローチと小口融資/金融アプローチとの関係
が広がる。金融サービスへのアクセスが低所得者
1. 銀 行
にとって容易になることで、ローカル・レベルに
銀行は、金融当局によって認可を受け、監督さ
おいて金融仲介が発展し、零細企業の経済活動が
れる法律上の預託金融機関である。預託金融機関
より効率的に行われると期待される。実際には、
として、融資と貯蓄の両方の金融サービスを提供
小口金融に携わる銀行は少ないが、信用組合とい
できる。信用組合や NGO と比較すると、銀行は資
う形態で数多くみられる。
金調達の点で優位に立つ。
これまでの議論を図表化すると図− 1 のように
バングラデシュのグラミン銀行やインドネシア
なる。
庶民銀行(Bank Rakyat Indonesia)の村落ユニッ
ト(Unit Desa)注 12) は、それぞれ 200 万人以上の
V
貸し手の組織形態
村落に住む低所得者にサービスを提供しており、
最も成功している小口金融プログラムとして有名
零細企業育成のための金融サービスは、いくつ
である。また、ボリヴィアのソリダリオ銀行(Banco
かの種類の小口金融機関によって提供されること
Solidario、通称 BancoSol)は、都市に住む低所得者
ができる。親戚や友人、個人の金貸し、または経
を対象としており、6 万人の顧客を持つ注 13)14)。
済講などの非公式な貸し手も重要であるが、本稿
グラミン銀行とソリダリオ銀行が借り手グルー
では援助機関にとって支援しやすい対象である公
プの仕組みを利用するのに対して、インドネシア
式な金融機関に焦点を当てる。これらの小口金融
庶民銀行の村落ユニットは個人へ貸し付けを行う。
機関は、銀行から NGO と幅広い種類がある。地域
グラミン銀行は、顧客による株式取得が進み、そ
の金融をめぐる環境や、零細企業の性質の違いに
のほとんどが零細企業主によって所有されている
より、推進されるべき小口金融機関の種類も違っ
が、バングラデシュ政府によって資金協力を受け
てくると考えられる。
ている。インドネシア庶民銀行の村落ユニットは
84
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和
国有の商業銀行であるが、ソリダリオ銀行は民間
3. NGO
の商業銀行である。先進国の援助機関がこれらの
NGOの活動は多種多様であるが、低所得者の生
小口金融機関に資金協力を行う場合、その資本構
計を向上する目的で金融サービスの提供に重点を
成によって違ったアプローチが必要であろう。
置いた NGO が数多く存在する注 16)17)。途上国では
インドネシア庶民銀行の村落ユニットやグラミ
NGOが財団または非営利団体として登録されてお
ン銀行のように途上国政府から資金協力を受けて
り、厳密には金融機関とは区別される。この分野
いる場合、その途上国政府に対して先進国が資金
へのNGOの進出は近年特に著しい。これをめぐっ
協力することができる。しかし、ソリダリオ銀行
ては賛否両論あるが、従来の金融機関がカバーで
のように途上国政府からの資金協力を受けていな
きていない低所得者層を融資の対象とすることに
い場合、別のアプローチが必要となる。たとえば、
より、金融市場のすき間(niche)を埋めようとす
途上国政府を通さず、民間部門開発を目的とした
る点で積極的に評価できる。
直接投資によって払込資本を追加させることが考
NGOによる金融サービスについては、貯蓄の機
えられる。
能は法律の上で認められていないが、融資につい
ては許されている場合がほとんどである。また、
2. 信用組合
女性への融資を強調するプログラムが多いのも、
信用組合は、法律上の預託金融機関として、融
NGOによる小口融資プログラムの特徴である注18)。
資と貯蓄の両方の金融サービスを提供できる。ほ
先進国の援助機関がこれらの金融サービスに重
とんどの国の場合、信用組合は協同組合法によっ
点を置いたローカルNGOに協力する場合、個々の
て認可されている。信用組合は個々の会員に金融
ローカル NGO への直接的な資金協力はモニタリ
サービスを提供するが、その会員自体が信用組合
ングの点で難しいだろう。したがって、グラミン
の所有者となっている。したがって、外部の株主
銀行の信託基金などを通して間接的に資金協力す
は存在しない。それぞれの会員は、信用組合の方
るほうがより現実的であろう。また、二国間およ
針、人事、運営などについて一票の投票権を持つ。
び多国間援助機関によって構成される最貧困者支
世界各地における信用組合運動を支援する会員組
援諮問グループ(Consultative Group to Assist the
織である信用組合世界評議会(World Council of
Poorest:CGAP)注 19)も同様の試みを始めているの
Credit Unions)は、アメリカ合衆国ウィスコンシン
で、CGAP を通したローカル NGO への間接的な資
州マディソン市にある。ここの資料によると、1989
金協力も考えられる。
年時点において、信用組合世界評議会に加盟して
これらのローカル NGO のうち財務的に独立採
いる信用組合は 67 カ国の途上国に 1 万 7000 ほど
算に近づいているものについては、融資のみの
存在し、870 万人の会員に金融サービスを提供し
NGOから銀行や信用組合といった預託金融機関へ
ている
注 15)
。
転換させる可能性がある。NGOによる小口融資プ
先進国の援助機関が途上国の信用組合へ協力す
ログラムを銀行へ転換させた実例としては、ボリ
る場合、資金協力はなじみにくい。本来、信用組
ヴィアのソリダリオ銀行やロス・アンデス民間金
合は会員による貯蓄によって主導されるため、外
融基金がある 注 13)14)。こういった場合、先進国の
部からの資金調達を受け入れる体制がない場合が
援助機関は、銀行への転換に際して必要とされる
ほとんどである。技術協力については、信用組合
払込資本の調達に資金協力することができる。
世界評議会が途上国において数多くの支援プロ
ジェクトを手掛けている。
VI 借り手の組織形態
小口融資サミットに対して、小口融資の方法論
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
85
として「借り手グループへの貸し付け」が唯一最
どのようにグラミン銀行の信託基金によって支援
良の方法と扱われがちで、他の貸付方法の有効性
されているものもある。ラテン・アメリカにおい
が十分に検討されなかったという批判がある
注20)
。
ては、アメリカ合衆国の NGO であるアクシオン・
グラミン銀行や、アメリカ合衆国のNGOであるア
インターナショナルが多くのローカル NGO を支
クシオン・インターナショナル(A C C I O N
援しており、それにはボリヴィアの P R O D E M
International)と提携しているラテン・アメリカの
(Fundación para la Promoción y Desarrollo de la
ローカルNGOが有名なため、借り手グループを利
Microempresa)やコロンビアのアクトゥアール
用した融資方法に注目が集まりがちである。
(Actuar)などが含まれる。これらの実施機関は、
確かに借り手グループへの貸し付けによる小口
借り手グループへの貸し付けを融資方法として採
融資サービスの成功例が多数報告されているが、
用している。
この貸付方法が唯一最良のものとは限らない。零
個人を対象とせず、借り手グループに対して貸
細企業主が土地や家屋などを所有している地域で
し付けることにより、小口融資サービス機関は、
は、担保保証による個人を対象とした貸し付けも
逆選択(adverse selection)や道徳的危険(moral
可能であろう。また、コミュニティーを基盤とし
hazard)などの貸し手と借り手との間の情報の非
た村「銀行」と呼ばれる革新的な方法もある
注 21)
。
対称(asymmetric information)に伴う問題を解決
この貸付方法では、小口融資サービスの支店レベ
するためにかかる費用を借り手グループへシフト
ルにおける運営が、それぞれの村で民主的に選ば
できる 注 24)。
れた村委員会に任される。返済の保証は、村人の
逆選択とは、信用リスクの高い者ほど積極的に
社会的なきずなによって確保される。これ以外に
融資を得ようとする傾向を指す 注 25)。低所得者の
も、地域を絞った信用組合による零細企業への貸
個人信用情報が欠如している途上国において、小
し付けの成功例も報告されている
注 22)
。
口融資サービス機関にとって融資申込者の信用調
査には費用がかかりすぎる。零細企業主に自発的
1. 借り手グループを対象とした貸し付け
に借り手グループを形成させることにより、この
途上国の零細企業のほとんどは、小口融資サー
問題の解決は零細企業主に任されることになる。
ビス機関へ返済を保証できるような担保能力を持
零細企業主は返済の見込みのない者を、自分と同
たない。この問題を解決するために用いられる一
じ借り手グループの仲間に入れたくないので、信
般的な方法は、
バングラデシュのグラミン銀行を例
用リスクの高い者は小口融資サービスの対象から
とした「借り手グループへの貸し付け」である
注23)
。
排除される可能性が高い。
数人の零細企業主が借り手グループを自発的に形
道徳的危険の問題は、貸し手側からみると望ま
成し、小口融資サービス機関は、その借り手グ
しくない活動に借り手が従事する危険を指す。供
ループに対して融資を供与する。同じ借り手グ
与した融資が当初の目的どおりに使われているか
ループを構成する零細企業主は、それぞれにお互
どうかを継続的に確認する作業は、小口融資サー
いの返済を保証し合う。この連帯保証の仕組みを
ビス機関にとって負担が大きい。ある程度は小口
導入することによって、小口融資サービスは、担
融資サービス機関によって解決できる。たとえば、
保能力のない零細企業からの返済を保証すること
2 週間おきの分割払い計画を立て、定期的に割賦
ができる。
返済がなされるかどうかによって借り手の経済状
数多くの NGO はグラミン銀行の模倣を目指し
態を推定できる。これに加えて、借り手グループ
ている。グラミン銀行ネパール、ベトナムの CEP
へ貸し付けることにより、同じグループ内の仲間
(Capital Aid Fund for Employment of the Poor)基
に相互の活動を監視させることができる。この仲
金、ボリヴィアのプロ・ムヘール(ProMujer)な
間うちのモニタリングにより、受けた融資の有効
86
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和
利用が奨励される。もし、だれかが無責任な資金
への変容を支援する場合、そのアプローチは、貸
運営をしていることがわかると、次の新規融資申
付対象を市場原理に任せ、金融サービスに焦点を
込みの際に、他のメンバーによって借り手グルー
当てた最小限のものとなる。このアプローチの実
プから追い出されることもある。
施については、銀行などの専門の金融機関がふさ
わしいといえる。
2. 村「銀行」
どの理念、アプローチを開発の実践において優
アメリカ合衆国の N G O である国際コミュニ
先していくべきかという点での政策論争は、簡単
ティー支援財団(Foundation for International Com-
に収束する気配はない。しかし、同じ零細企業と
munity Assistance:FINCA)と提携しているロー
いっても、支援の対象となる零細企業のレベルが
カル NGO は、村「銀行」と呼ばれる融資方法を採
若干異なるわけであるから、両者が役割分担をし
用している
注 26)27)
。この融資方法では、実施機関
ながら共存していく可能性があるといえる。
であるローカルNGOは、民主的に選出された村委
未解決の問題が 2 点ある。第 1 に、最貧困層を対
員会へ融資を行う。そして、そして村委員会が、
象として貧困緩和を目指す場合、零細企業の育成
個々の村のメンバーに対して金融サービスを提供
や小口融資がどれほど効果的かという疑問である。
する。ローカルNGOは村委員会に対して融資しか
特に、企業家精神に欠ける貧困層や、社会構造に
できないが、非公式の機関である村委員 会 は 、
起因する貧困については、他の貧困緩和政策のほ
個々の村のメンバーに対して融資だけでなく貯蓄
うが望ましい場合もあるのではないかと思われる。
のサービスも提供できる。この借り手の組織形態
第 2 に、収益性の高い零細企業の拡大および変容
は、国際コミュニティー支援財団のほかに、セー
を支援する場合、雇用の増加などによって最貧困
ブ・ザ・チルドレン(Save the Children)、フリー
層の貧困緩和が間接的に達成されるかどうかとい
ダム・フロム・ハンガー(Freedom from Hunger)、
う疑問である。こうした波及効果が起きるかどう
カトリック救援サービス(C a t h o l i c R e l i e f
かについて、さらに実証的な研究が必要だと思わ
S e r v i c e )、 適 正 技 術 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル
れる。
(Appropriate Technology International)といった多
くの NGO が採用している。
謝 辞
本稿は、財団法人国際開発高等教育機構の平成7年度高
等教育学位プログラム研修における成果の一部である。
研
おわりに
究上の支援をいただいている The John D. and Catherine T.
MacArthur Foundation にこの場を借りて感謝する。
図− 1 からわかるとおり、零細企業育成や小口
本稿は、1997 年 2 月 14 日にウィスコンシン大学マディ
ソン校社会学部主催の「経済変容の社会学コロキアム」で
融資/金融をめぐるアプローチは、理念の違いと、
発表した内容に加筆および修正を行ったものである。
途中
それに伴った対象にしようとする零細企業のレベ
の段階で、
ウィスコンシン大学マディソン校グローバル研
ルを反映している。つまり、公平性や貧困緩和と
究所のワークショップ参加者から貴重な意見をいただい
た。その後、9 月 7 日に国際開発高等教育機構で開催され
いう理念に基づき、生計の手段を持たない最貧困
たマイクロ・クレジット研究会、9 月 22日に海外コンサル
層が零細企業を形成できるよう支援する場合、そ
ティング企業協会で開催された社会開発部会で発表し、
そ
れぞれの参加者より有益なコメントを受けた。
のアプローチは、貸し付けの対象を貧困層に絞っ
たものとなり、零細企業育成の観点からは統合的
注 釈
に なる。このアプローチの実施に当たっ て は 、
NGO が適役ということになる。反対に、効率性や
民間部門強化といった理念に基づき、収益性の高
い事業に営む零細企業の拡大および、その小企業
1) Microcredit Summit:The Microcredit Summit (Feb. 2-4,
1997) Draft Declaration. Washington, D.C., Aug. 1996.
2) Micro-Loans for the Very Poor. The New York Times,
Feb. 16, 1997.
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
87
3) Garson, J. : Microfinance and Anti-Poverty Strategies : A
World of Microenterprise Finance : Building Healthy Fi-
Donor Perspective. United Nations Capital Development
nancial Institutions for the Poor, Otero, M., Rhyne, E. eds.,
Fund, Washington, D. C., 1996.
Kumarian, Connecticut, 1994.
4) Boomgard, J. : A.I.D. Microenterprise Stocktaking : Syn-
16) Remenyi, J. : Where Credit is Due : Income-Generating
thesis Report. US Agency for International Development,
Programmes for the Poor in Developing Countries, Inter-
Washington, D. C., 1989.
5) Devereux, S.,Pares, H.,Best, J.: Credit & Savings for Development, Oxfam, Oxford, 1990.
6) 別の方法で類型化することも可能である.たとえば,
金融サービス,技術支援,訓練,社会福祉促進の 4 つ
mediate Technology, London, 1993.
17) Drake, D.,Otero, M. : Alchemists for the Poor : NGOs as
Financial Institutions, ACCION International, Massachusetts, 1992.
18) インドの自営女性協会(Self Employed Women's
の要素を使って次の 6 つのモデルに類型できる.①個
Association: SEWA)がよく知られている。
人を対象とした金融サービスのみのプログラム,②個
Buechler, S. : Case Study : Self Employed Women's Asso-
人を対象とした金融サービスと訓練および社会福祉促
ciation (SEWA) Cooperative Bank. Women's World Bank-
進の統合プログラム,③個人を対象とした金融サービ
ing, International Coaltion on Women and Credit, New
スを供与した後,技術支援と訓練を行うプログラム,
York, 1995.
④個人を対象とし訓練と技術支援を行った後,金融
Rose, K. : Where Women are Leaders : The SEWA Move-
サービスを供与するプログラム,⑤借り手グループを
ment in India, Zed Books, London, 1992.
形成して金融サービスを供与した後、訓練をオプショ
女性の金融サービスへのアクセスの重要性を強調する
ンとするプログラム,⑥訓練のみのプログラム.Grindle,
代表的な文献として以下のものがある。
M., Mann, C., Shipton, P. eds. : Seeking Solutions : Frame-
Buechler, S. : Best Practices in Financial Services to
work and Cases for Small Enterprise Development Pro-
Microentrepreneurs. Women's World Banking, Interna-
grams, Kumarian, Connecticut, 1989.
tional Coalition on Women and Credit, New York, 1994.
本稿でいう「最小限アプローチ」には、①に加えて、
Hilhorst, T., Oppenoorth, H. : Financing Women's Enter-
⑤のうち借り手グループに対する金融サービスのみに
prises : Beyond Barriers and Bias, Royal Tropical Insti-
焦点を当てるものが含まれる。
tute, Amsterdam, 1992.
7) Tendler, J. : Whatever Happend to Poverty Alleviation?
Holts, S., Ride, H. : Developing Financial Institutions for
Microenterprises in Developing Countries, Levistky, J. ed.,
the Poor and Reducing Barriers to Access for Women,
Intermediate Technology, London, 1989.
World Bank, Washington, D. C., 1991.
8) Malhotra, M. “Poverty
:
Lending”and Microenterprise De-
United Nations International Reserch and Training Insti-
velopment : A Clarification of the Issues, GEMINI, Mary-
tute for the Advancement of Women (INSTRAW) : Women
land, 1992.
9) Adams, D.,Graham, D., Von Pischke, J. eds. : Undermining Rural Development with Cheap Credit, Westview Press,
Colorado, 1984.
10) Von Pischke, J., Adams, D., Donald, G. eds. : Rural Financial Markets in Developing Countries : Their Use and
Abuse, Johns Hopkins University Press, Maryland, 1983.
and Credit, INSTRAW, Santo Domingo, 1990.
19) The Consultative Group to Assist the Poorest : A MicroFinance Program. Focus, No.1, 1996.
20) Zeller, M., Sharman, M., McClafferty, B. : Commentary :
Making Rural Microcredit Work for the Poor. IFPRI Report, 19(1), 1997.
21) Holt, S. : The Village Bank Methodology : Performance
11) 米国オハイオ州立大学の村落金融プログラムが主宰す
and Prospects. The New World of Microenterprise Finance :
る Development Finance Network における小口融資サ
Building Healthy Financial Institutions for the Poor, Otero,
ミットをめぐる議論をみると、この点での批判が圧倒
的であった。
M., Rhyne, E.eds., Kumarian, Connecticut, 1994.
22) Magill, J. : Credit Unions : A Formal-Sector Alternative
12) Mosley, P. : Indonesia : BKK, KURK and the BRI Unit
for Financing Microenterprise Development. The New
Desa Institutions. Finance against Poverty, Hulme, D.,
World of Microenterprise Finance : Building Healty Finan-
Mosley, P. eds., Vol 2. Routledge, London, 1996.
cial Institutions for the Poor, Otero, M., Rhyne, E. eds.,
13) Katsuma, Y. : Transforming an NGO into a Commercial
23) 借り手グループを使った貸付方法の例として有名なの
of Low-Income People : PRODEM and Banco Solidario
は、バングラデシュのグラミン銀行である.ラテン・
(BancoSol) in Bolivia. Technology and Development,
アメリカでは、アメリカ合衆国の NGO であるアクシ
No.10, 1997.
オン・インターナショナルによって支援を受けている
14) 勝間靖:貧困層による零細企業を対象とした金融サー
ローカル NGO や金融機関が代表的である.
ビスを拡大するための NGO から銀行への転換:ボリ
グラミン銀行の貸付方法については次の文献を参照.
ヴィアのソリダリオ銀行.国際協力研究,12(1),1996.
Fuglesang, A., Chandler, D. : Participation as Process: Pro-
15) Magill, J. : Credit Unions : A Formal-sector Alternative
for Financing Microenterprise Development. The New
88
Kumarian, Connecticut, 1994.
Bank to Expand Financial Services for the Microenterprises
cess as Growth, Grameen Trust, Dhaka, 1993.
Bornstein, D. : The Price of a Dream, Simon & Schuster,
低所得者を対象とした金融機関の発展による零細企業育成と貧困緩和
1996.
開発フロンティアへの挑戦,海外コンサルティング企業協
Counts, A. : Give Us Credit, Times Books, New York, 1996.
会,1995.(共著)
アクシオン・インターナショナルと提携しているラテ
入門社会開発:住民が主役の途上国援助,国際開発ジャー
ン・アメリカの機関の貸付方法については次の文献を
ナル社,1995.(共著)
参照.
ピーター・オークレー:国際開発論入門:住民参加による
Olivares, M. : ACCION International/AITEC : A Method-
開発の理論と実践,築地書館,1993.(共訳)
ology for Working with the Informal Sector, ACCION In-
開発の社会的側面に光りを.国際開発ジャーナル,4月号,
ternational, Massachusetts, 1989.
1993. (共著)
Berenbach, S., Guzman, D. : The Solidarity Group Experi-
我が国の援助とジェンダー分析手法に関する調査:地方
ence Wordwide, ACCION International, Massachusetts,
道路プロジェクトのためのチェックリスト
(外務省委託調
1992.
査報告書).海外コンサルティング企業協会開発研究所,
24) Stiglitz, J. : Peer Monitoring and Credit Markets. The Eco-
1993.
(共著)
nomics of Rural Organization : Theory, Practice, and Policy,
途上国における貧困問題解決にむけた参画型開発の研究.
Hoff, K., Braverman, A., Stiglitz, J., eds., Oxford Univer-
外務省委託開発援助研究報告書,1993.(共著)
sity Press, New York, 1993.
途上国における防災体制の整備促進調査報告書
(国土庁委
25) Mishkin, F. : The Economics of Money, Banking, and Financial Markets (4th ed.), Harper Collins, New York, 1995.
託調査報告書).海外コンサルティング企業協会開発研究
所,1993.(共著)
26) Buechler, S. : Case Study : Foudation for International
ロシア極東地域総合開発計画基本構想策定調査報告書
(通
Community Assistance (FINCA). Women's World Bank-
商産業省委託調査報告書).海外コンサルティング企業協
ing, International Coalition on Women and Credit, New
会開発研究所,1993.(共著)
York, 1995.
途上国の教育に対する日本の協力・援助手法に関する研
27) Holt, S. : The Village Bank Methodology : Performance
究.外務省委託開発援助研究報告書,1992.(共著)
and Prospects. The New World of Microenterprise Finance :
Building Healthy Financial Institutions for the Poor, Otero,
M. Rhyne, E. eds., Kumarian, Connecticut, 1994.
勝間 靖(かつま やすし)
米国カリフォルニア大学サンディエゴ校留学を経て国際
基督教大学教養学部卒.大阪大学法学部卒(国際関係法学
専攻).同大学大学院法学研究科修士課程修了(国際関係
論専攻).米国ウィスコンシン大学マディソン校開発研究
プログラムよりPh.D. 取得(開発社会学および開発経済学
専 攻 ). 社 団 法 人 海 外 コ ン サ ル テ ィ ン グ 企 業 協 会
(Engineering Consulting Firms Association:ECFA)開発研
究所研究員(社会開発ユニット).
現在、米国ウィスコンシン大学マディソン校グローバル
研究所マッカーサー財団研究員.
〔著作・論文〕
The Role of Credit in Microenterprise Development: Banco
Solidario's Microfinance Services for the Small-Scale Manufacturing by Low-Income People in Cochabamba, Bolivia, 博
士論文 , University of Wisconsin-Madison, UMI Dissertation
Services, AnnArbor, Michigan, 1997.
世界におけるマイクロクレジットへの取組
(外務省委託調
査報告書).海外コンサルティング企業協会開発研究所,
1997.(共著)
Transforming an NGO into a Commercial Bank to Expand Financial Services for the Microenterprises of Low-Income
People:PRODEM and Banco Solidario (BancoSol) in Bolivia.
Technology and Development, No.10, 71-83, 1997.
貧困層による零細企業を対象とした金融サービスを拡大す
るための NGO から銀行への転換:ボリヴィアのソリダリ
オ銀行.国際協力研究,12(1) : 41-53,1996.
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
89
河川流域管理に基づいた参加型農村開発
〔研究ノート〕
河川流域管理に基づいた参加型農村開発
−スリ・ランカ・USAID 天然資源共有管理プロジェクト−
やまもと
わたる
山本 渉
(レックス・インターナショナル コンサルタント)
スリ・ランカでは、20 世紀の初め以来、急激な人口増加と近代化の影響により伝統的な
農業形態が変容した。乾燥地帯では人工湖(タンク)による伝統的な灌漑システムは崩壊
し、また、湿潤地帯では紅茶プランテーションや家庭菜園(ホームガーデン)の拡大に伴
い、種の多様性の点から国際的に注目される森林地帯が減少している。
天然資源共有管理プロジェクト(SCOR)は、米国国際開発庁(USAID)の協力で乾燥地
帯における人工湖を中心に伝統的に維持されてきた生態系(タンク・エコシステム)の再
生および湿潤地帯における残された森林地帯の保全をテーマに、適正農業技術、集中的な
水資源管理、土地所有および共有管理のための組織開発などをパッケージとして地域住民
に提供することにより、農業の生産性と収益性の向上を図り、総合的な環境保全を河川流
域単位で実現していくことを目指している。
地域住民を主体に流域管理に基づいた環境を保全していくためには、住民自身がその目
的を理解・共鳴し、プロセスを把握した上で、住民レベルでの合意が形成されて組織化が
実現し、さらに参加者が十分な技術を習得し、全体の収益が上がることが重要である。し
かし、これは、行政レベルでの省庁間の合意による政策的な支援があって初めて可能にな
るものである。SCORではその目標達成にさまざまな可能性を追求しており、その活動範囲
は、プロジェクトの計画段階からの政策レベルでの包括的なアプローチから、農民組織と
国内商社との共同企業体の設立まで非常に幅広いものである。
SCORでは、試験プロジェクトとして小さな河川流域に多大なインプットが投じられてい
るが、政府レベルでの協力体制の確立に基づいたフィールドレベルでの技術的実証を行っ
たことは、その将来的な発展の可能性を示しており、土地政策、水資源の管理のあり方が
国家レベルで現在議論されているスリ・ランカにおけるその波及効果は非常に大きい。
性の点から国際的に貴重な森林地帯は減少し、わ
はじめに
ずかに残されるのみとなった。
熱帯の小島国であるスリ・ランカは河川流域が
20世紀初め以来の人口増加と建国以来の近代化
非常に小さく、南西と北東のモンスーンの影響に
の進展の中での大規模な農業開発により、スリ・
よる季節的な雨量の違いは複雑で年によっても大
ランカの伝統的な農業形態が大きな変化を遂げて
きく異なる。また、国土の 80% が国有の社会主義
いる。乾燥地帯の伝統的な人工湖(タンク)によ
国であり、土地の解放が国家レベルでの大きな課
る灌漑システムは崩壊し、多くのタンクが管理不
題になっている。
足のため十分機能せず放置されている。また、南
その中で米国国際開発庁(USAID)の支援によ
西部の湿潤地帯では紅茶プランテーションや家庭
り始められた天然資源共有管理プロジェクト
菜園(ホームガーデン)の拡大に伴い、種の多様
(Shared Control of Natural Resources:SCOR)は、
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
91
河川流域単位の農業生産性の向上による持続的な
理に関して環境保全にかかるコストを内部化する
農村開発を目指し、地域住民の参加の中で包括的
こと、政府や関連するグループおよび個人が農業
に技術、組織開発、資源などを提供することによ
生産や自然保護と土地や水資源の有効利用との関
り、この問題の解決を試みている。
係について理解すること、地方政府の土地と水資
SCOR のアプローチは、その計画段階の中央と
源の管理、計画能力を向上させることである。
地方政府関係機関との協力体制づくりやフィール
SCOR はそのための方策として、流域管理を目
ドにおける技術的な手法など、今後の参加型農村
標にエコシステム全体をみて、総合的な計画づく
開発プロジェクトを考える上で参考になることが
りをしていくこと、生産活動と環境保全のバラン
多い。 本稿は、筆者の 1996 年 7 月および 9 月の現
スをとること、組織体制を整備しながら外部資源
場視察と関係機関のヒアリングおよびその後の文
や適正技術を導入していくこと、土地所有を安定
献調査に基づいたものであり、SCOR のプロジェ
させること、国と地域住民の共同管理を実践する
クト発掘の背景、プロジェクト推進の組織体制お
こと、地域の管理能力を高めていくことを挙げて
よびフィールドでの活動の手法を取り上げ、その
いる。その具体的な活動内容は多岐にわたってお
アプローチを検証することを目的とする。
り、資源の利用者(農民)の組織化による計画実
施への参加の促進、流域の情報システムの計画づ
I
プロジェクトのあらまし
くりへの活用、タンクの水量、地下水などの徹底
した水資源管理の追求、灌漑稲作の水消費量の軽
S C O R は、天然資源と環境政策プロジェクト
減、上流の焼き畑農民の定住化、ホームガーデン
(Natural Resources and Environmental Policy
での自然に優しい農業の普及、アグロビジネスの
Project:NAREPP)の一環として 1993 年に始めら
推進、小水力発電など新しい河川流域の利用法の
れたものである。プロジェクトの詳細は、USAID
導入などである。
による基本概念の提案を受けて、国際灌漑管理研
究所(International Irrigation Management Institute:
II
プロジェクトの実施体制
IIMI)を中心にマハベリ開発省など関連政府機関
からなるコアグループにより、過去の資源管理の
SCOR は、国家レベル、地方レベル、河川流域
経験の検証や政府関係者、非政府組織(NGO)、農
の 3 つのレベルで活動が行われる。国家レベルで
民など資源利用者の聞き取り調査および中央・地
は、国家政策や方針についてプロジェクトの推進
方政府の関係者やコンサルタントとのワーク
に協力し、地方レベルでは組織的な強化を図り、
ショップを通してまとめられたものである。
流域レベルで実際のフィールドにおける組織づく
SCOR は、国全体の環境政策にかかわる NAREPP
り、計画、実施、モニタリングおよび評価の方法
の一部であるが、特に土地政策と水資源管理につ
を試す。
いてフィールドレベルでの活動を通した研究を目
SCOR の実施は USAID よりスリ・ランカに本部
的としたものである。プロジェクトの予算は 734
のある IIMI に協定により委託されている。プロ
万ドルで、プロジェクト期間は、フェーズ 1 が 95
ジェクトの実施部隊は、国および州レベルのプロ
年までの 2 年間、フェーズ 2 がその後 99 年までの
ジェクト作業チームと各フィールドに流域管理
4 年間の合計 6 年間である。
チームがある。国レベルの作業チームには、IIMI
SCOR の目標は、選択された河川流域で農業や
の本部にスリ・ランカ人のチームリーダーと 5 人
その他の商業活動がその生産を持続できるように、
の専門家、州レベルの作業チームには 3 人の専門
インセンティブおよび制度を改善していくこと、
スタッフを置いている。さらに、流域ごとの流域
資源の利用集団やその管理者に土地と水資源の管
管理チームがあり、チームリーダーと 5、6 名の専
92
河川流域管理に基づいた参加型農村開発
図− 1 SCOR の実施体制
門スタッフと農民組織の代表、NGO の代表から
なるが、一般に 1000 ドル以下である注 1)。1994 年
なっている。土地や水資源の利用者(ユーザー=
の終わりまでに 55 件を対象に総額 5 万 8000 ドル
農民)はグループごとに正式に登録された組織を
の資金が提供されている。なお、SCOR では、支
作り、その農民組織が集まって評議会を形成し、
援したプロジェクトがこの小規模無償資金を担保
流域管理チームと一緒にプロジェクト実施に関係
として数倍の銀行融資を受けることを実験的に許
する。また、地域コミュニティーと SCOR のプロ
可している注 2)。
ジェクト実施部隊をつなぐために各流域をいくつ
かのユニットに分け、流域ユニットごとに地域住
III フィールドにおける活動
民の中からキャタリストと呼ばれる計12人のコー
ディネーターを採用している(図− 1)。
SCOR では、その目的達成のために、①土地所
プロジェクト実施を政策的に支援するために、
有の安定、②自然植生を生かした水資源の消費の
国と州レベルにそれぞれ運営委員会がある。国家
少ない農業技術、③水資源の保護や管理に貢献す
運営委員会は灌漑電力エネルギー省以外に農業省、
ることによる経済的便益の受容権などをパッケー
環境省、計画省、北部中央州および南部州政府、
ジとして地域住民に提供することが最も重要であ
NGOおよび農民組織の州代表など、州運営委員会
ると考えられている。つまり、土地や水資源をう
は、州単位で州知事をはじめ、関連省庁の出先、地
まく利用し、保護していくことにより、地域住民
域で活動するNGO、農民組織の代表などで構成さ
に長期的な便益が得られるような仕組みをつくり
れている。
出すのである。
SCOR では、地域住民グループによる環境保全
SCOR のフィールドにおける主な活動は、①農
型農業に基づく経済活動やそのマーケット開発を
業の多様性、収益性を高め、効率的な水資源管理
支援する資金として小規模無償資金を提供してい
を可能にする技術協力、②土地や水資源の共有管
る。資金の金額は、それぞれのレベルで上限が異
理のための農民の組織化、③土地所有などの社会
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
93
図− 2 SCOR の流域管理の概念
的制約に対する政策改善に基づいた河川流域にお
図− 3 スリ・ランカの河川流域
ける総合的な計画づくり、④農民とマーケティン
グ力のある企業との共同投資によるマーケット開
発である(図− 2)。土壌や水資源を保全しながら
農業生産性を高めるために必要なパッケージは場
所によって異なるが、SCOR の専門スタッフと資
源の利用者である地域住民によりプロジェクトの
実施に伴い共同で選択される。
実際の活動を通した研究プロジェクトである
SCOR は、条件の異なる北部乾燥地帯の北中部州
のフルルウェワ流域と南西部湿潤地帯の南部州ニ
ルワラ流域の 2 つの河川流域を選んで実施されて
いる(図− 3)。乾燥地帯ではタンクを中心とした
エコシステムの再生、湿潤地帯では残された森林
地帯の保全が大きなテーマである。
1. 乾燥地帯におけるタンク・エコシステムの再生
スリ・ランカでは、古代から水不足を補うため
灌漑のためのタンクが数多く建設されている。フ
ルルウェワは、ヤン川周辺のフルル湖を中心とし
た面積420km2の南北に細長く起伏の少ない北部乾
燥地帯の典型的な流域である。人口密度は 93 人 /
km 2、降水量は年間約 1200mm である。図− 4 から
もわかるように、流域内には大小 200 以上のタン
クがあるが、その多くは人口増加や近代化の流れ
の中で十分に管理されず、現在では雨期の部分的
な水田稲作のみ可能である。フルル湖の水不足を
94
(出典)SCOR.
河川流域管理に基づいた参加型農村開発
補うためにマハベリ流域から転流されている。
主な土地利用は、雨水による焼き畑農業、灌漑
図− 4 フルルウェワ流域のタンクと農業用井戸
の配置
による農耕地、森林地帯、家屋と荒れた灌木帯で
ある。タンクの上流部は灌木地で焼き畑農業が広
く行われている。この地域には灌漑水田への移住
政策により農民が移住してきている。第 1 世代の
移住民は組織的に灌漑水田をあてがわれたが、そ
の子孫やさらなる湿潤地帯からの移住民は、タン
クの上流やタンクに注ぎ込む水路の周辺に不法に
侵入し、焼き畑を行うようになった。
タンク・システムの崩壊は、次のようなプロセ
スを経る。まず、上流の焼き畑などの農業開発が
水中の沈殿物を増加し、タンクへの容量を減らし、
灌漑水田が小さくなる。そして、下流の農民が水
田を捨て、利用者が少なくなったタンクの管理体
制が崩壊し、さらに管理不十分なタンクには牛な
どが入り込んで、ますますタンクを破壊してしま
う。ここでの主な問題点としては、乾期における
水の不足と雨期の不十分な水管理、土地の荒廃お
よび農民の不十分な組織化が挙げられている。
スリ・ランカの伝統的なタンクの周辺の土地利
用は、基本的にタンクの上流部は森林地帯、周辺
に草地があり下流側の湿地帯で野菜などを作り、
水田稲作を行うというものであった(図− 5)。こ
のようなタンク・エコシステムの再生を目指した
ここでの SCOR の活動は、具体的には、すでに定
住しているホームガーデン(上流側を含む)にお
ける生産性向上と生産物の多様化、農業が可能な
所での技術協力による焼き畑農民の定住促進、農
(出典)SCOR.
業不適地での土壌浸食を防ぐための造林および農
民の組織化による企業の設立である。
ンダン、タマリンドについて農民とコロンボの商
水資源の公平分配,有効利用のために SCOR で
社が契約し、会社を設立した注 3)。これには 4 つの
は、水の消費と栽培作物の現状を調査し、代替作
農民組織が農民と 80% の株式を保有し、農民組織
物生産の可能性について専門家を入れて上流と下
代表、コロンボの商社とが SCOR のプロジェクト
流双方の農民組織の間で話し合いを行った。その
代表がその取締役になっている注 4)。
結果、水消費の少ないダイズの栽培を推進するこ
SCOR ではまた、土壌の水分を保ち、有機分を
とが合意された。これは、さらに各農民から定額
増やすことにより農業の生産性を上げるとともに
でダイズを買い取り、コロンボの企業に販売する
斜面での土壌浸食を防ぐように参加型造林 注 5) と
一民間会社に発展しようとしている。また、乾燥
有機農業、アグロフォレストリー技術の普及を
地帯で生産のポテンシャルのあるゴマやインドセ
行っている。参加型造林には、傾斜地に対しての
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
95
図− 5 スリ・ランカの伝統的なタンクエコシステムの概念図
(出典)SCORスタッフの話に基づき作成.
農民グループによる有用樹種を使って植裁費用を
た、農場の生産を多様化し、堆肥の原料を得るた
負担しての環境造林、焼き畑の跡地などの灌木地
めに牛舎の中でのヤギの飼育、女性グループによ
に対して土地を焼き畑農民に長期間リースして有
る乳牛の育成などの畜産開発も行われている。
用樹種を植え、農業を営む農民造林、タンクや河
川沿いにおける植林などがある。すでに土地の所
2. 湿潤地帯における森林保全と農業生産性向上
有がはっきりしているホームガーデンやその周辺
ニルワラ川流域は面積 1463 km 2 、年降水量は
の耕作地などに対して等高の堤などの物理的な土
2000mm から 3000mm の長い乾期のない南西部の
壌保全と堆肥を利用した有機農業、すでに表土が
典型的な低湿潤地帯に属している。450 人/ km 2
ない土地についてもマメ科の植物により窒素分を
の人口密度は、フルルウェワ流域の約 5 倍である。
固定し土壌改良を行っている(写真− 1)
海抜は、90mm から 300m で上流部は険しい傾斜地
注 6)
。さ
らに、SCORでは水資源の効率的利用を研究し、農
である。
場ごとの水管理、農業井戸とタンクの併用などに
主な土地利用は上流の保護林、荒れた高地森林
ついて問題点を指摘し、改善案を出している 注 7)。
地帯、紅茶畑、水田、ゴム、ココナッツやその他
さらに、生産を多様化し、収益を上げていくた
のフルーツ栽培が盛んなホームガーデンである。
めに栽培期間の集中管理や乾期でも収穫できるよ
SCOR では、上流部の 1 万 ha を選んで活動を行っ
注 8)
、薬草の栽培およびその
ているが、紅茶栽培が 46% を占め、30% は政府に
加工、焼き畑跡地でのバナナなどの果樹や野菜の
より管理されている険しい傾斜の灌木地や森林地
栽培(写真− 2)、プロジェクト実施とともに需要
帯である。国営紅茶プランテーションが肥沃な土
が出てきた苗木の生産などが推進されている。ま
地のほとんどを押さえており、小農家は耕作可能
うな商業農作物の導入
96
河川流域管理に基づいた参加型農村開発
写真− 1 がれきの多い焼き畑跡地の農業開発
写真− 2 商品作物の導入による生計向上
徹底したマルチによりパイナップルの栽培に成功している.
SCOR の農業専門家とキャタリスト(左と後ろ 2 人)と農民
(右前 2 人)
.
水路の周辺で焼き畑を行っていた農民(左の2人)は,SCOR
の指導でバナナを栽培し,大きな収益を上げている.中央
と最右は USAID 現地スタッフ.
な限界地で紅茶の栽培、ホームガーデンを営んで
浸食を抑える排水技術、土壌回復効果のある庇陰
いる
注 9)
。大規模のプランテーションの土地が、分
樹の植林 注 12)、グリリシディアの二重の生け垣な
割して小規模農家に売却されないので、小規模農
ど、よく知られた土壌保全の技術を推進している。
家は傾斜のより激しい森林地帯に紅茶栽培を拡大
また、紅茶の生産性の向上のために、生産能力の
する傾向にある。また、この地域では土地の所有
低い場所にはマメ科の植物を 1 年植えて、有機分
が小さく分かれすぎているため、一部しか耕作し
を回復させてから新しい木に植え替えている。
ていない農家がみられる 注 10)。
SCOR は、ホームガーデンにおいて紅茶以外に
この地域での SCOR の活動の目標は小規模のプ
パパイヤ、ライム、コーヒー、アレカナッツヤシ、
ランテーションの生産性を上げ、森林地帯への農
サトウヤシおよび観葉植物など換金性の高い樹種
民の侵入を防ぎ、流域全体で土壌浸食を抑えるこ
を、河川沿いにはジャックフルーツ、タケ、マホ
とにある。農地で土壌浸食を抑えることが生産性
ガニーなどの有用樹種の植裁を行っている。公有
の向上につながり、森林地帯への農地の拡大を防
地に植栽された木材は伐採できないが、その果実
ぐことになる。
などの副産物のみを収穫する。さらに、急な傾斜
ここでは SCOR はまず、プロジェクトと農村コ
の地形を生かした小水力発電を、農民グループに
ミュニティーの間を持つコーディネーター(キャ
よる管理で建設している。これは、総合農村開発
タリスト)が中心になって地域住民と、小規模紅
プロジェクトによる小規模資金と住民の持ち寄り
茶農園局、農業局、森林局、農民サービス局など
により実現したもので、バッテリーをチャージし
関係政府機関の役人、他のプロジェクトスタッフ
て電力の供給を行うとともに、余剰電力による農
と共に土地と水資源の利用の現状を示す地図を作
産加工を現在検討中である。
成した。そして、農業生産と環境保全が両立する
また、SCOR はニルワラ流域の最上流部にある
ための土地利用を地域住民と共に検討した結果、
森林地帯(ドタウガラ保護林)の保護のため、周
ほとんどの所で持続的に紅茶を栽培することがよ
辺に住む地域住民と共に検討を進め、住職をリー
いという結論が出た。土壌浸食が紅茶の生産性を
ダーとする NGO を設立した。この NGO は小規模
下げているが、理想的な紅茶栽培では土壌浸食を
無償資金により支援され、スリ・ランカの伝統的
かなり減らすことができる
注 11)
ため、 SCOR は現
な地域奉仕活動(セマダナ)を利用して、保護林
在の生産性を農家ごとに比べ、低い農家が高い農
内の荒れ地での植裁および保育管理を行っている。
家に近づくように石を使ったテラスや堤など土壌
自分たちで植林したコミュニティーは、その後の
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
97
保育管理にも熱心になる傾向がある。
ある NAREPP の経験が生かされている。つまり、
政策支援型プロジェクトとフィールド研究型プロ
IV 考 察
1.
資源の共有管理について
ジェクトが連携されているのである。
3.フィールドの活動について
SCOR でいう資源の共有管理とは、資源を使用
参加型の農村開発は、社会的に複雑な問題と深
する農民と行政上管理する政府関係機関との間の
くかかわっているため、部分的な支援がその全体
共有を意味する。つまり、政府も農民もそれぞれ
の推進につながらないこともあり得る。SCOR で
のレベルで資源管理を行ってきたが、政府だけで
は、IIMI の専門家による技術指導、キャタリスト
も農民だけでも効率的な資源管理は行えない。マ
を中心とした農民組織の育成、そして、土地政策、
クロ(政府側)とミクロ(農民側)の協力により
水資源の効率的利用などの資源管理のノウハウを
資源管理全体の効率を上げ、環境を保全していく
パッケージで支援していることがプロジェクトの
ことを目標にしているのである。SCOR では、土
成功につながっている。これは、包括的なアプ
地や水資源の直接的な利用者である農民たちが、
ローチを可能にしたプロジェクトの組織体制を確
組織化することにより政治的発言力を高めるとと
立したことに由来する。
もに、共同で企業活動に参加しマーケットを開発
乾燥地帯と湿潤地帯では人口密度や地域住民の
することにより農民に多くの収益が上がるように
定住度が大きく異なるため、SCOR のアプローチ
活動している。
もかなり異なっている。湿潤地帯の農民は基本的
に定住しているが、生産量増大や生計向上のため
2. 組織体制について
新たに傾斜の激しい残された貴重な熱帯林を切り
流域管理に基づいた環境保全には国、地方レベ
開き、無理のある農業を始めることになる。これ
ルで政策的な改善、フィールドレベルでは技術的
に対して、乾燥地帯では土地自体はあるが、個人
な介入が必要になってくる。SCOR では、国家運
所有がはっきりしていないため土壌保全のインセ
営委員会により政府機関同士の横のつながりを形
ンティブはなく、焼き畑農業を営み、生産力が落
成し、その協力で政策レベルでの流域管理のため
ちてくると移動することになる。SCOR は、乾燥
のさまざまなアプローチを可能にしている。これ
地帯で焼き畑農民の定住化、湿潤地帯で紅茶栽培
らの機関の代表が SCOR のアプローチを検討し、
の生産性向上を目指し、適正農業技術を提供する。
議論を進めながら新しい試みが実施される。たと
しかし、SCOR のプロジェクトサイトは流域全体
えば、森林局の土地を焼き畑農民に長期貸し出し、
の一部であり、農民はその周辺に移動することも
それを担保に融資を行い、そこで持続的な農業を
可能である。雨量が十分ある所では政策と技術次
行 えるように農業省の設備やノウハウを使 い 、
第で定住できる可能性は大きいが、あくまでも
SCOR の専門家が直接実地指導するのである。ま
SCOR の提供しているのはアメとムチのアメであ
た、森林局は参加型造林を推進しているが、SCOR
り、河川流域全体に広げてこのようなプロジェク
のようなプロジェクトなしには造林地の選定が難
トを実施するときには罰則なども検討しなければ
しい。SCOR の運営委員会のメンバーはプロジェ
ならないであろう。
クトのコンセプトおよび実施方法の決定に関与し
乾燥地帯のタンク・エコシステムの再生と湿潤
ているが、この政策レベルでの協力体制は、プロ
地帯の森林保全を考えたとき、共通しているのが
ジェクトの計画段階から確立されなければならな
土壌保全の技術協力と生計向上のための経済活動
いものである。この背景には、国家レベルで
の推進である。農業の持続性は土壌が保全される
USAIDが実施してきた政策支援型プロジェクトで
かどうかで決まるのであり、そのためには農地の
98
河川流域管理に基づいた参加型農村開発
存続的利用権に基づいた適正農業技術が必要であ
SCOR は試験プロジェクトとして小さな河川流
る。さらに、そこで作られた農作物が市場価値を
域に多大なインプットが投じられているが、政府
持ち、地域住民の生活を支えなければならない。
レベルでの協力体制の確立に基づいてフィールド
SCOR では、農民組織とコロンボの企業との共同
レベルでの技術的実証を行ったことは、将来的な
企業体を設立している。これは、あくまでも新し
発展の可能性を示しており、今後、同様なアプ
い取り組みで必ずしもうまく行くとは限らないが、
ローチのさらなる普及が期待されている。
より多くの収益(貨幣価値)を天然資源の搾取し
たその現場の地域住民に戻すことにより土壌保全
に対する投資を促し、長期的な環境保全を実現す
るということである。
謝 辞
本調査にはSCORのチームレーダーのC.M.Wijayatna 氏
ならびに SCOR の専門スタッフ、USAID コロンボオフィ
スの M o h a n S i r i b a d d a n a 氏および灌漑エンジニアの
Mahinda Panapitiya 氏に大変お世話になった。紙上を借り
おわりに
以上みてきたように、SCOR はスリ・ランカで
初めての包括的な流域管理プロジェクトとして注
て深く感謝する次第である。
注 釈
1) SCOR の流域管理チームの許可で 2 万 5000 ルピーま
目され、さまざまな成果を収めている。地域住民
で,以下水資源管理チームにより10万ルピーまで,州
の参加による環境保全は、その当事者である農民
レベル運営委員会により50万ルピーまで,50万ルピー
たちがその目的を理解・共鳴し、プロセスを把握
し、農民間で合意が形成されて組織化が実現し、
十分な技術を習得できると同時に、中央レベルで
も省庁間で合意が形成されて政策的な支援があっ
て初めて可能になる。急激な人口増加を短期間に
経験しているスリ・ランカでは、伝統的なシステ
ムが崩壊するのも当然であり、現状では土地や水
資源の所有・利用権のあり方があいまいである。
このプロジェクトは実験段階であるが、土地利
用、水資源の管理のあり方が国家レベルの政策で
現在検討中であり、SCOR の与える影響は極めて
大きい。
プロジェクト全体をみてわかることは、生産面
から環境面まで多くの視点が混在する流域管理プ
ロジェクトの最終目標は、農業生産活動の推進と
以上は国家レベル運営委員会の許可が必要である.
2) 中間時点の評価では,この点に関して批判的なコメン
トが出されている.
3) ゴマとインドセンダンの種から油を抽出し,タマリン
ドはパルプに利用される.
4) SCOR の代表は,プロジェクトの終了とともに農民組
織にその地位を譲ることになっている.
5) 1993年に森林局によりアジア開発銀行の融資のもとで
始められた参加型森林プロジェクト
(Participatory Forest Project)で農民造林,環境造林,ホームガーデンに
おける造林などを推進している.
6) 従来から行われているグリリシディア( G l i r i c i d i a
sepium)を使ったアレークロッピングによるマルチに
新たにツノクサネム(Sesbania sesban)を,特に焼き
畑の跡地に実験的に導入している.
7) SCOR の研究によると,わらのマルチでタンクの下流
でのダイズ,トウガラシの栽培に必要な灌漑水の供給
の間隔は 2 倍になる結果が出ている.
8) 農業井戸水によるトウガラシの栽培に,マルチにより
水の消費を減らし乾期の栽培を拡大している.
9) 紅茶栽培は大きく分けて,① 5 年リースで政府から土
環境保全の実現であるが、持続性を追求する限り
地を借りて営業する 50 エーカーを超える民間の大規
この 2 つは両立するべきものである。そして、こ
模プランテーション,②中規模の 10 から 50 エーカー
れらはフィールドでは土壌保全と生計向上を意味
し、そのためにSCORでは徹底した水資源管理、土
地政策の改善、適正な農業技術の普及、農民の組
織化の推進およびマーケット開発のための共同投
の民間のプランテーション,③10エーカー以下の小規
模紅茶栽培の 3 種類である.
10) SCOR は中規模のまとまった土地への整理を推進し,
一部で成功している.
11) 管理が十分でない紅茶プランテーションの土壌浸食
は,50 ∼ 100 t/ha/year であるが,管理がしっかりして
資による企業化などが組み合わされて実施されて
いるプランテーションは0.3t/ha/yearである.
〔Fleming,
いる。
W.M., Watershed Management Policies of Sri Lanka. Staff
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4
99
Working Paper 73, Irrigation Management Policy Support
Activities (IMPSA), USAID, ISPAN Project and IIMI,
1991.〕
12) モルッカネム(Albizzia lebbeck)が一般的に使われて
いる.
参考文献
1) Caron, M.C. : Sustainable Natural Resource Management
Project from the Bottom Up. ICWA Letters, Institute of
Current World Affairs, Jan. 1996.
2) DAI : Mid-Term Evaluation of the Shared Control of Natural Resources Sub-Project, Sri Lanka, 1995.
3) IIMI : Proposed GOSL/USAID for Shared Control of Natural Resources (SCOR). Final Report under USAID-IIMI
Cooperative Agreement, 383-0499-A-00-2044-00, 1992.
4) IIMI : SCOR MONITOR, 1(2),(3), Apr.-Dec., 1994.
5) IIMI : SCOR MONITOR, 2(1),(2),. Jan.-Aug., 1995.
6) IIMI : Shared Control of Natural Resources (SCOR) Project,
Technical Proposal. Nov., 1995.
7) IIMI : Shared Control of Natural Resources (SCOR) Project.
SCOR Achievements in Phase I and Work Plan for Phase
II, Part II, 1996.
8) Fernando, N. : Integrated Watershed Management in a Watershed Context. Internal Program Review, IIMI, 1994.
9) 浅川澄彦:熱帯の造林技術 . 熱帯林造林技術テキスト
No.1 ,国際緑化推進センター,1992.
山本 渉(やまもと わたる)
1964年生まれ.大阪大学基礎工学部物性物理工学科卒.
エール大学森林環境学部大学院修了.
現在,レックス・インターナショナル コンサルタン
ト.専門は,森林資源管理,環境政策.
〔著書・論文〕
地方自治体の国際環境協力.環境技術,23(2):45-49,1994.
熱帯林保全と住民参加型開発.国際協力研究,10(2):6976,1994.
住民参加による持続的農村開発を通した自然資源の保護と
管理.国際協力研究,12(1):65-76,1996.
Japanese Official Development Assistance and Industrial Environmental Management in Asia. Workshop on Environment
and Trade, Nautilus Institute, 1994.
100
ボリヴィア内国移住地における焼き畑によるコメ生産技術の実態
〔研究ノート〕
ボリヴィア内国移住地における
焼き畑によるコメ生産技術の実態
いまいずみ
しちろう
今泉 七郎
(元国際協力事業団ボリヴィア CIAT 専門家)
ボリヴィアは、主要食糧を諸外国からの輸入と援助により支えられているのが現実で、国
内における食糧供給の増大は国民生活や社会安定のために重要な課題である。このため経
済的援助とともに技術援助を通じ、同国の食糧生産力を高めることは極めて緊急であると
思われる。この中で同国の熱帯農業研究センター(CIAT)に対する研究協力の基本的方向
と課題を探るために、コメの生産現場を訪ね、調査した結果を取りまとめた。それは次の
とおりである。
(1) コメ生産の基本は山林伐採によって開始される焼き畑方式で、2 年から3年利用の後放
棄して再生林とし、新しい山林の伐採焼き畑へと移行している。
(2) こうした焼き畑移動方式は、山林伐採・抜根・耕地化(常畑化)へと進む近代的農地
開発法とは異なった生産者自らの食糧自給を出発点とした農法で、再生林化を前提とす
るから、抜根・耕起しないため、急激な自然破壊とはならない側面を持っている。
(3) こうした伝統的農法の持つ現代的意義(功罪)について実証的に検討し、近代農法と
の結合を図り、持続可能な農法の創出を考えることが必要である。
めの現場確認調査の結果である。
はじめに
開発途上国での援助協力は、日本国内における
業務活動とは異なり、現地の情報が未知・未確認
筆者は 1988 年 6 月より 1994 年 12 月まで、6 年
のまま感性的認識で行動を開始し、後になって失
半にわたりボリヴィア、サンタクルスにある熱帯
敗に気付いたり、全く予想されなかったところに
農業研究センター(C e n t r o d e I n v e s t i g a c i ó n
落とし穴があったりすることがある。こうした失
Agrícola Tropical: CIAT)に派遣され、前半は主
敗を繰り返さないためにも、協力活動に入る前の
として現地に適用可能な足踏み脱穀機の開発とそ
準備調査は、派遣される専門家の遂行すべき業務
の改良・実用化のための実証試験を通じ、コメの
の第一歩であるという考え方を基本に、活動現場
収穫調製作業(刈り取り・乾燥・収納・脱穀)の
の社会・経済・技術等々の調査を実施したので、こ
合理化、体系化に関する研究協力を行い、後半は
れらの中からコメの生産技術に関する問題を摘出
これらの協力をさらに展開すべく新たな課題とし
したものである。
て、
「陸稲の生産技術改善」に関するミニプロジェ
クトが始まり、その推進に当たった。
I
調査方法
この報告は、これら一連の研究協力過程で、カ
ウンターパートと共に研究課題設定のための現地
この調査は「サンタクルスの農業機械化」に関
事情調査による課題探索と、その手法の移転、な
する研究シリーズのひとつとして、
「米作機械化の
らびに専門家とカウンターパートの意識統一のた
現状」を把握するために米作地帯である内国移住
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4 101
表− 1 記録簿様式
ANOTACIONES DE LAS ACTIVIDADES DIARIAS(行動記録簿)
FENOMENOS DEL DIA:
(天 候)
DESPEJADO ・ NUBLADO ・ LIUVIA
(晴)
(曇)
(雨)
Mes:
(月)
Dia:
( 日)
(A) HORARIO DE ACTIVIDADES Y CANTIDAD DE TRABAJO(行動時間)
Nombre
Agricultor
(行動者・氏名)
Hora
(時間)
Resultado de la obra
(実施結果)
6
8
10
12
2
4
6
8
Ha/persona
(ha / 人)
Kg/persona
(kg / 人)
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
(B) PRODUCTOS Y HERRAMIENTAS(生産と農機具)
Agricultor y producto
(作業者または生産物)
Herramientas
(使用農機具)
Agricultor y producto
(作業者または生産物)
①
⑤
②
⑥
③
⑦
④
⑧
Herramientas
(使用農機具)
注)記録C欄は裏面一面を自由記事欄とし,作業上気付いたことを記録することとした.
地を対象として行った。調査地はサンペドロ
に関する事項を参考として本論を構成した。なお、
(Sanpedro)、ヤパカニ(Yapacani)、サンフリアン
記録農家 2 戸は現地駐在の CIAT職員に依頼し、移
(Sanjulian)の 3 地区で、調査員の聞き取りに応じ
住後 10 年以上の農業経験者で、地区の標準的農家
てくれる農家を対象に、各地区 5 戸から 7 戸を無
とみられ、かつ記帳能力のある者という条件で選
作為に抽出し、聞き取りを行い、その結果から作
定した。調査目的は若干異なるが、対象地域は聞
業方法、作業手段などの共通項を持つものを判断
き取り地区と重複するので米作に関する部分を参
の基準とするとともに、一部実測調査を行った。
考とした。
なお、これに並行して既存の調査、その他資料を
なお、調査関係者は次のとおりである。
参考とするほかに別途計画の農家行動記録の米作
・ 聞き取り調査: 1989 年 1 月∼ 1991 年 3 月
102
ボリヴィア内国移住地における焼き畑によるコメ生産技術の実態
図− 1 サンタクルス州農業地域区分図
(出典)CIAT : Plan Estratégico 1990 ∼ 1995, CIAT, 1989.
・ 記 録 調 査: 1993 年 1 月∼ 1993 年 12 月
問題点の摘出、改良の方向などを論議する素材と
・ 調 査 担 当 者: ラウル・テラサス(CIAT 研究
し、論議を通じて現状認識の意識統一を図った。
員・助手)、アルフレド・クレメ
II
ンテリ(CIAT 研究員・技師)、
焼き畑によるコメ生産の実態
今泉七郎(専門家)
・ 調査の企画と取りまとめ:カルロス・ロカ(CIAT
1.
地域の作物および家畜
前所長)、今泉七郎(専門家)
図− 1 はサンタクルス州の農業地域区分、表−
なお、調査に当たって、聞き取りには簡単な項
2は、それら地域ごとの農作物・家畜の分布を示す
目を設定し、メモ書きできる野帳を準備し、記録
が、作付面積の多いものはトウモロコシ、コメ、ダ
調査には表− 1 のような様式により 1 日ごとの家
イズで、他の作物をしのぎ、次いでコムギ、ラッ
族の行動を線で記入する方法で記録を依頼し、月
カセイ、ジャガイモ、トマト、カボチャ、かんきつ類、
に 1 回、巡回対話と記録状況の把握に努め、予定
綿と続いている。地域別にみると、トウモロコシ
時期までの記録完遂を図った。
は中央地域が約 32% で最も高い作付割合を示し、
聞き取り調査は主として農家の作物栽培に関す
コメについては内国移住地が 75% で、中央地域の
る生態的調査に重点を置き、実態把握に努めた。
15%、チキタニアの 9% より格段と高い割合を示
これらを調査員が持ち帰り、全体で現状を評価し、
す。ダイズについては中央地域の 5 万 ha が圧倒的
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4 103
表− 2 サンタクルス各地域の作物別作付概況
作物 地域
中 央
内国移住 A
トウモロコシ
20,000
10,000
12,000
11,000
10,000
63,000
15.9
コ メ
10,000
49,000
−
5,600
500
65,100
75.3
ダ イ ズ
50,000
4,000
−
4,000
−
58,000
6.9
コ ム ギ
4,000
−
404
1,000
−
5,404
−
ラッカセイ
504
100
600
1,000
150
2,354
4.2
ジャガイモ
800
700
2,500
40
20
4,060
17.2
ト マ ト
300
400
2,400
70
30
3,200
12.5
コ ー ヒ ー
400
60
−
600
−
1,060
5.7
カ カ オ
260
20
−
200
−
480
4.2
渓 谷
チキタニア コルディリア
合計 B
A/B×100(%)
カ ボ チ ャ
50
70
400
250
3,200
3,970
1.8
パイナップル
100
20
−
50
−
170
11.8
タ バ コ
−
−
233
−
−
233
−
かんきつ類
1,300
200
737
200
140
2,577
7.8
綿
−
8,934
−
−
−
−
8,934
リンゴ・モモ・スモモ
−
−
308
−
−
308
−
野菜(キュウリほか)
141
190
1,100
90
60
1,581
12.0
50,000
5,000
2,000
33,500
5,000
95,500
5.2
牧 草
作物栽培面積
96,789
64,760
20,682
24,100
14,100
220,431
29.4
総 面 積
146,789
69,760
22,682
57,600
19,100
315,931
22.1
ウ シ (頭)
238,180
32,236
106,315
393,107
152,082
921,920
3.5
ブ タ (頭)
29,000
18,241
34,296
34,393
28,169
144,099
12.7
(出典)サンタクルス開発公社,東部農牧会議所,農牧省,国立農牧統計,ほかより.
注)内国移住地の作物・家畜の概要は A / B × 100% で示した.
に多く、内国移住地はこれに次ぎ 4000ha である。
ブタの飼育は州全体で 14 万 4000 頭で、チキタ
これはこの地域でコメ、トウモロコシに次ぐ第 3
ニア、渓谷両地域が 24% とほぼ同じく、次いで中
位の作付面積で、中央地域のコメ(夏)−ダイズ
央地域とコルディリア地域が 20%、内国移住地は
(冬)作付方式選択移行への可能性を示すものと目
13% と最も少ない。
される。このほかにジャガイモ、トマト等は、い
まだ小規模で地方の露天商向けの生産である。
2. 農家の経営規模
内国移住地の作付作物はコメ、トウモロコシの
表− 3 から農家の経営規模をみると、中・大規
比重が高いが、これらは第 1 に自家消費が目的で
模経営者(企業的・半企業的経営者)は 1 万 8948
あり、余剰生産物を商品化するという性格が強
戸で、このうち 10 頭以上の牧畜経営者が約 52% を
かったが、入植年次が経過するに従い生産が安定
占め、残りの48%が家畜のない農業経営者である。
化し、商品化の見通しが得られるとともに販売生
この内訳をみると、州の中央地域および渓谷地域
産への姿勢が強くなってきている。
を含めて10ha以上層が21%、外国移住者(メノニー
また、州全体のウシの飼育頭数は 92 万 2000 頭
タ関係者・日系移住者など)が 16%、内国移住者
で、このうちチキタニア地域が最も多く 43%、中
が 12% で、いわゆる土着経営者よりも外国および
央地域が 26%、コルディリヤ地域が 17%、渓谷地
内国移住者のほうが高い割合を示す。小規模農業
域が 12%、内国移住地は 4% である。
経営者は 5 万 6529 戸とされ、この内訳は内国移住
104
ボリヴィア内国移住地における焼き畑によるコメ生産技術の実態
表− 3 規模別農家概要
階層 農家
中・大規模経営者
農家数
SJ-1 が全体の 30.3% に対し、SJ-2 では 9.4% と少
左の割合(%)
なく、収穫作業では SJ-1 が 26.5% に対し、SJ-2 で
は 48.9% と高い。これは特に焼き畑 2 年目から 3
18,948
100.0
10ha 以上
3,925
20.7
外国移住者
3,066
16.2
内国移住者
2,200
11.6
低下にはね返ってくることを示す。また、経営体
牧畜経営者
9,757
51.5
という視点で比較すると、SJ-1 農家ではコメは自
小 規 模 経 営 者
56,529
100.0
給用であり、余剰があれば販売するが、トウモロ
内国移住者
20,500
36.3
コシは販売を目的とした商品作物である。
土着経営者
17,050
30.2
SJ-2 ではコメを主たる商品作物と位置付け、ト
年目の作付けでは雑草の発生が多くなり、除草・
管理が不十分であると収穫作業を困難にし、能率
中央部カンバ経営者
1,500
2.6
ウモロコシは副商品作物であるために通常の管理
小規模野菜経営者
6,470
11.4
の中で実利性の高い作物とその作業に多くの労力
牧畜経営者
11,009
19.5
が分配された結果、こうした差が生じたことが考
合 計
75,477
100.0
えられる。こうした経営間の差はコメの場合 237
中・大規模経営者
18,948
25.0
時間である。
小規模経営者
56,529
75.0
しかし、焼き畑による米作では、いわゆる作付
(出典)CIAT : Plan Estratégico 1990 ∼ 1995, CIAT, 1989.
け準備のための山林伐採・火入れ焼却と、刈り取
り以降の脱穀・調製までの収穫作業は全体の中で
比重は高い。
者 36%、土着経営者 30%、カンバ(平地住民)経
以下、各作業の内容について述べる。
営者 3%、渓谷の野菜経営者 11%、牧畜経営者が
1 ) 播種準備(伐採・火入れ)
20% である。
作付け予定地が原生林か再生林かによって異な
これら全体を通してみると、小規模経営者が
るが、立木の伐採は 5 月から 7 月の乾季に斧
75% と圧倒的に多く、農業上の問題はこれらの経
(hacha)、蛮刃(machete)などを用いて行う。初
営者に多い。
め林木の中の小木を選んで切り倒して、最低 7 日
から 10 日伐木を放置・乾燥した後、残りの大木を
3.コメ作りの農作業
その上部にかぶせるように切り倒す。いわば 2 段
ボリヴィアにおける米作はそのほとんどが畑作
階伐採法を採る。この理由は次工程の火入れ・焼
で、大別して焼き畑による方法と、常畑による方
却の段階できれいに焼却できるようにということ
法になる。内国移住地の農家はすべて焼き畑によ
で、こうした方法を採るかどうかで焼却に微妙に
る米作に依存している。
影響してくる。この伐採にはいまだチェーンソー
表− 4 は焼き畑米作に関する農作業を月別にみ
(動力鋸)の利用はなく、人力による伐採である。
たもので、年間を通してみると、播種時期の 11 月
こうして伐採された林木はそのまま放置し、8月末
と収穫期の 2、3月が最も忙しい時期であるが、山
から 9月末まで自然乾燥し、火入れ焼却を待つ。原
林伐採、播種後の管理、収穫後の脱穀・調製など
生林で叢生密度が高く、大木の多い山林では多く
の作業が多くの月にまたがって行われ、1ha 当た
の労力がかかり、再生林で密度の低い小木の場合
りの作業所要時間は、SJ-1 農家で 771 時間、SJ-2
は所要労力が少ない。
農家では 1008 時間である。
火入れは、その日の風の方向を見定め風下から
これを内容で比較すると、伐採・火入れおよび
火を入れ、予定外の山林に火が移らないよう要所
播種作業ではほぼ同じであるが、除草・管理では
に人を配置しておく。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4 105
表− 4 焼き畑における米作時期別作業時間 (単位:時間)
SJ-2
SJ-1
農
家
作 業 名
月 別
1
2
3
4
5
6
7
8
割合 時 9
10
11
合計 (%) ha
12
山林伐採
4
8
66
67
56
36
24
261
22.6
174
火 入 れ
12
8
20
12
52
4.5
35
焼跡整理
10
20
10
40
3.5
27
播 種
25
104
16
145
12.6
97
除草(パラ)
68
148
24
40
280
24.3
187
除 草(薬)
24
12
18
54
4.6
36
防 除
16
16
1.4
11
刈り取り
102
60
162
14.0
108
貯 蔵(留)
20
24
12
56
4.8
37
脱 穀
10
10
20
40
3.5
27
乾 燥
8
8
0.7
5
調 製
24
24
2.1
16
16
販 売
8
8
1.4
11
合 計
132
160
150
98
12
76
67
108
54
97
126
74 1154 100.0
771
割 合
11.4
13.9
13.0
8.5
1.0
6.6
5.8
9.4
4.7
8.4
10.9
6.4 100.0
山林伐採
202
132
44
5
16
399
19.8
200
火 入 れ
29
31
60
3.0
30
焼跡整理
11
49
65
125
6.2
63
播 種
40
180
36
256
12.7
128
除草(パラ)
51
67
20
32
20
190
9.4
95
除 草(薬)
防 除
刈り取り
199
160
110
56
525
26.2
263
貯 蔵(留)
13 16
46
75
3.7
38
脱 穀
38
52
56
20
40
10
216
10.8
108
乾 燥
22
13
35
1.7
18
調 製
10
14
6
23
20
7
80
4.0
40
販 売
19
10
21
50
2.5
25
合 計
64
304
241
218
146
212
178
98
98
161
228
63 2,011 100.0 1,008
割 合
3.2
15.1
12.0
10.8
7.3
10.5
8.9
4.9
4.9
8.0
11.3
3.1 100.0
注 1)農家 SJ-1 のコメ作付面積は 1.5ha,家族労力 3 人に山林伐採のために臨時雇用員を雇い入れている.
注 2)農家 SJ-2 のコメ作付面積は 2.0ha,家族労力 4 人である.
注 3)1993 年 1 月∼ 12 月にわたる記録調査結果による.
ちょう かん
2 ) 播 種
いった在来種が多く、いずれも長 稈で穂の大きい
播種は天候に左右されるが、10 月から 11 月、遅
ものが採用されている。長稈ということは収穫
くても 12 月上旬に行われる。人力播種機(マタラ
(穂摘み)するとき作業者が自然体でナイフによる
カ)を利用するか、棒の先端をとがらして穴を開
摘み取りに好都合だということが理由である。し
けて種子を入れて足で踏んでいく方法が採られる。
かし長稈のため倒伏が発生しやすい欠点も同時に
品種はドラード、ブルーボネット、ピコネグロと
抱えている。播種密度は 30cm × 30cm、25cm ×
106
ボリヴィア内国移住地における焼き畑によるコメ生産技術の実態
30cm、40cm × 40cm、40cm × 30cm などあるが、
取るという単純な作業であるため、女性、5歳から
厳密なものではない。それは焼き畑地は樹木の根
6 歳の幼児までこの作業に動員される。
株が不整にそのまま残っていること、焼け残りの
穂摘み作業に経営体外から人を雇う場合、賃金
樹幹がゴロゴロ存在する所に播種するので、そう
契約は請負制が多く、摘み取った穂を袋に詰めて
した障害物を避けながら作業するため、だいたい
重量を量り、 1 日の総重量で精算する。普通 1 日
の目安とはなるが均一にはいかない。そうしたこ
の仕事量(穂摘み量)は 6 アローバから 20 アロー
とで単位面積当たりの播種量も出来高勝負となり、
バ( 1 アローバ= 11.5kg)であり、 1 日 10 アロー
全圃場にまいてみてからどれだけまいたか確認で
バとすると 115kg の穂摘みの作業料金は 1 アロー
きる状態である。
バ当たり 0.5BS(ボリビアノス)から 1BS で(1989
こうした状態での播種量をみると、1ha 当たり
年 4 月)、ほぼ 10BS ということになる( 1BS =
25kg から 50kg と、約 2 倍の幅がある。さらに種子
0.33US ドル、 1US ドル= 145 円)。
の浸水萌芽、消毒など一切行わずそのまままか
この料金は、コメの立毛状態がよければ作業し
れる。
やすいから料金は安く、逆に倒伏したり雑草の多
3 ) 管 理
い圃場ではいくらか高くなる。
播種後の管理は、除草・害虫防除が主な作業と
収穫を請負により実施する場合、上述のように
なるが、原生林を伐採した後の第 1 回作付け地で
出来高により料金を支払う方法のほかに摘み取っ
は、雑草の発生はほとんどみられない。そのかわ
た穂、つまり現物で支払う方法もある。この場合、
りに伐採後の樹株は活力があり、新芽が萌え出て
あらかじめいくらにするかを決める。この場合 1
コメ生育に支障を来すので、これを除去する作業
対 3、つまり作業者が 1 で経営者が 3 の場合で、作
を 12 月から 1 月末まで 1 回は行う。しかし再生林
業量が 8 アローバ(92kg)の場合、その報酬とし
の焼き畑地では雑草の発生相が異なり、初年目か
て穂摘みした 23kg のコメを現物で作業者に支払
か
ら禾本科系雑草が侵入してコメと競合するので、
い、残りの 69kg は経営者のものになる。
木株から出る新芽除去のほかにパラ(鋤)、アサド
もうひとつの方法は、隣近所、あるいは兄弟、親
ン(除草鍬)による除草や農薬を使用する者も
類同士が労力交換ということでそれぞれ忙しいと
いる。
きに出向いていき、その分を作業労力で返すとい
害虫防除は、焼き畑農法の中に最も早く化学薬
う、ちょうど日本の「ゆい」に似た共同作業によ
品を取り入れたものとされ、コメ作りに害虫防除
る農作業の互助交換方式である。
は早くから行われている。
穂刈りによる収穫は穂摘み方式に比べ、作業能
4 ) 収 穫
率が高いにもかかわらず農家の採用がいまだ少な
コメの播種時期や品種により異ってくるが、早
いのはなぜか。CIAT の研究員 フィデル・オヨ 注 2)
いものは 2 月初旬から収穫が始められる。
は次のように指摘している。
しかし、一般的には 3 月から 4 月が収穫の時期
①刈り取り作業時に雷雨その他にわか雨などに
である。収穫の方法はナイフにより 1 穂ごとに摘
遭遇すると、穂刈りしたものをまとめて堆積
み取る方法(穂摘み法とする)と、鎌による高刈
しておくと発酵して過熱の危険がある。
り(穂刈り法とする)の方法がある。この収穫法
②刈り取り後、わら部分が乾燥して脱穀できる
の現状は既往の調査結果
注1 )
や、今回の調査範囲
から推定すると、穂摘み方式が全収穫方式の70%、
状態になるまでに 3 日から 4 日の天日自然乾
燥が必要となる。
残り 30% が穂刈り方式によって行われている。穂
③穂摘みに比べ、取り扱う容積・重量が 2 倍か
摘み方式はその大部分の米作農家によって行われ
ら 3 倍となり、運搬条件(道路・圃場内抜根・
ている伝統的方法で、1本ごとの穂をナイフで摘み
倒木の整理など)により搬出やハンドリング
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4 107
表− 5 コメ刈り取り作業の能率比較
項目 刈り取り方法
単位
コメ作付面積
作
鎌
max
ha
コ メ 品 種
8.0
ナイフ
min
0.5
平均
3.1
max
9.0
min
平均
2.0
4.9
ドラード,ブルーボネット ドラード,ブルーボネット
業
草 丈
cm
138.4
120.0
128.7
154.0
120.0
111.3
条
稈 長
cm
116.7
160.5
109.5
130.7
98.3
116.5
件
穂 長
cm
25.0
20.0
21.8
26.7
20.7
23.0
籾 水 分
%
16.5
14.0
15.1
14.5
10.0
12.5
刈り取り作業人員
人
4.0
2.0
3.0
16.0
3.0
7.3
1 日作業時間
hr
12.0
8.0
10.0
12.0
10.0
11.0
刈り取り高さ
cm
76.0
66.1
72.4
120.0
105.3
109.3
刈り取り穂長
cm
45.0
34.0
39.0
25.3
21.0
22.9
114.0
69.0
108.4
85.7
36.5
62.3
作
業
結
果
刈り取り作業能率
−
m 2/hr
毎時面積
毎時収穫量
kg/hr
23.1
10.0
15.6
18.0
8.0
131.0
1 日収穫量
kg/ 日
− −
−
216.0
80.0
131.0
13.0
10.0
11.3
11.3
3.5
5.5
−
−
−
0.6
0.5
0.5
10.0
7.0
8.3
−
−
−
作業料金
−
1 日当たり
BS/ 日
重量当たり
BS/アローバ
面積当たり
BS/タレア
2
注 1) 1 tarea (タレア)= 1,000m ,1 aroba (アローバ)= 11.5kg ,1 BS(ボリビアノス)= 0.33$US = 145 円
注 2) 作業能率は 1 人当たり.
が困難になる。
④刈り取り後、乾燥・貯蔵(一時的)段階で発
酵・変質の危険性が大きい。
また、穂摘みによる場合、コメの後期作物を予
定しないで、次のコメ播種まで休閑となる焼き畑
では収穫損失を気にしない限り米穀(籾)を立毛
以上、要するにこの方法は刈り取り作業だけの
状態で放置しながら貯蔵してゆっくり収穫してい
能率比較では高いレベルになるが、運搬・乾燥・一
る現実的作業でもある。しかし、このやり方はコ
時貯蔵・脱穀といった他の要素との関連でうまく
メの品質に大きく影響してくる。つまり立毛中に
かみ合わない面が出てくる。しかし、これらがシ
自然の雨による吸水と、太陽熱による乾燥が繰り
ステムとしてかみ合ってくれば一段と高いレベル
返され、最終的に刈り取られたとき穀実は胴割れ
になり得る可能性を持っているが、いまだこの条
を起こし、さらに進むとこれらは脱穀・籾摺工程
件は満されていない。
で砕米となり、販売段階で低質米となるし、立毛
表−5は鎌とナイフの作業能率の比較であるが、
中に過熟になると倒伏、穂折れによる損失が多く
サンタクルスの内国移住地ではコチャバンバ、ス
なるから、適期刈り取りが重要となる。
クレ、オルロなど、高地から出稼ぎに来る人々が
5 ) 乾燥・貯蔵
ナイフ 1 丁を持って農家を訪問してその日の仕事
穂摘みされたものは 1 日か 2 日、小さく束ねる
を求め歩く姿は、3月、4月、5月では珍しくない風
かそのまままとめて広げておき乾燥する。しかし、
景であり、多くのコメ収穫はこうした人々に依存
刈り取り適期の遅れたものはそのまま袋に入れて
している。
貯蔵するか、簡易な屋根(モタク利用)のある仮
108
ボリヴィア内国移住地における焼き畑によるコメ生産技術の実態
設貯蔵舎に収納する。したがって特に乾燥操作は
場所まで刈り取った穂を運び、広げたり、作業中
行わない。これは収穫段階ですでに乾燥が進み籾
に材料を反転したり補助的な仕事と、脱穀終了段
水分が低いことを示すが、詳細に調査すると、そ
階で籾の選別・調製作業に従事する。
うしたものの中にはカビの発生がみられたり、堆
籾の選別・調製は唐箕のような農具を使用する
積中に発酵現象の認められるものもある。特に 3
ことはなく、先端が二又になった木の棒で脱穀し
月、4月は天候が不安定で雨が多い時期の作業であ
たわらを高く空中に放り投げ、自然の微風を利用
るため、自然乾燥に任せきる今の方法には無理が
して籾とわらくずを仕分けるため、きれいな選別
ある。
は困難である。④の定置式脱穀機による方法は、
穂刈りしたものは茎葉部の水分状態が収穫に大
機械の所有者が米業者であり、買い取り、売り渡
きく左右するので、刈り取り後 1 日から 2 日圃場
しを前提としている。⑤の家畜に踏ませるやり方
に広げて乾燥し、水分状態をみながらそのまま脱
は、比較的経営の大きい農家が行っている。
穀するか、仮設の貯蔵舎に収納する。いずれにし
脱穀は以上のような方法で行われるが、刈り取
ても穂摘みしたものより高水分状態のもの(茎葉
り作業との関連でみると、穂刈りの場合は収納ま
部)も同一マスの中で取り扱うことになるので、
たは貯蔵しないで直接脱穀し販売されるため、機
乾燥により細かい配慮が必要になる。こうして収
械を持つ米穀業者に依存することになり、これら
穫されたものは袋に入れて積み上げておくか、簡
業者はコメの買い上げ数量を多く確保するため、
易な貯蔵舎に収納する。こうした貯蔵中の問題と
これら機械を装備し、能率的に脱穀しようと考え
してネズミの食害と、水分過多によるカビの発生
ている。
が挙げられる。
ナイフにより穂積みされたものは直ちに脱穀す
6 ) 脱 穀
るものと、一時的に圃場に設けた仮設の収納舎に
鎌による穂刈りの場合と、ナイフによる穂積み
貯蔵し、販売するとき脱穀するものがあるが、後
の場合では脱穀の方法が若干異なるが、総じて次
者のほうが多い。
のような方法で行っている。
こうした脱穀方式の分布について、シモン・マ
①ゴム長靴で直接踏み付ける。
クスウエルらは、棒でたたく方法は全体の約60%、
②棒で直接たたく。
定置型の脱穀機によるものが約 3 0 % 、その他が
③トラック、トラクターの車輪で踏む。
10% で、このとき調査員の聞き取り農家が道路の
④定置式脱穀機にかける。
近くに片寄っていたためにこうした結果になった
⑤家畜に踏ませる。
が、実態はもっと機械脱穀の割合は低いだろうと
①の方式は 1 回の脱穀量が少ないとき、たとえ
注釈している。これらを勘案すると、トラックや
ば自家飯米用のコメを必要な分だけ脱穀するとき
トラクターの車輪による踏圧や、その他の割合が
採用するのが多く、②③は最も一般的な方法で、
若干高くなる。
②は家族労力によって少しずつ脱穀し販売すると
7 ) 焼き畑による米作農作業の摘要
き行われるので、夜間や雨天で畑作業の困難なと
以上、 1)から 6)にわたり個別作業について述
き行っている。③はコメの買い取り業者がトラッ
べたが、これを要約すると次のとおりである。
ク、トラクターを持参し、コメを買い上げるとき
播種準備としての林木伐採は、5月から 7月にか
実施するのが多く、脱穀した籾はトラックに積み
けて、初めに林木中の小木を伐採し、1週間以上倒
買い取って行く。また、直接米穀業者が脱穀しな
した木を乾燥してから残りの大小を小木の上にか
いときは運送業者が運搬料金を稼ぐ手段として所
ぶさるように倒す。こうして 8 月から 9 月末まで
有するトラックにより踏圧脱穀を行う。この場合
放置し、播種直前に火を入れて焼却する。その後
農家は脱穀のための準備、つまりトラックで踏む
10月から11 月になると雨季に入り、降雨を待って
とう み
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4 109
図− 2 焼き畑米作作業の流れ
播種する。ほぼ 11 月中には播種を終了するが、降
向や条件を見つけ出すことが緊急の課題だと考え
雨の関係で 12 月初旬に入ることもある(図− 2)。
る。サンタクルス州内には、伝統的農法に支えら
トウモロコシとコメを混播する場合は、あらか
れる小規模農業と、外国移住地にみられる大規模
じめトウモロコシを 2m 間隔で列条にまいておき、
企業的農業が併存するので、両者の特性を対比し
その条間に適宜コメをまく。
ながら改良の方向を摸索することは有効な方法と
以降、除草、収穫と進められ、収量は 1ha 当た
考える。
り籾重で 1t から 4t で、農家による差が大きい。
本来農業生産は地域性が強く、地球上どこに
栽培技術の改善による収量引き上げは可能で、
行っても画一的に適用できるものは極めて少ない。
特に底辺の引き上げは播種時期、密度、管理と
またその地域、国の経済、社会、文化の違いによっ
いった過程の改善により相当量の引き上げがで
て農業のあり方はさまざまである。そうした違い
きる。
のひとつとして存在する小規模農業者の実践する
一般的には焼き畑初年目は収量が高く、2年、3
焼き畑農業の抱える問題は多様である。ここでは
年と経過するに従い低下するので、3 年目くらい
まず、農業者が自分の労働により一定の場所に安
で、新たな山林の伐採により生産圃場を移動する。
定して生産が営まれる技術の確立が当面の目標で
さらに新たな焼き畑地に移る理由に雑草の侵入が
ある。つまり現実に営まれている農法を基本とし
あり、収量低下と雑草問題も重要である。
て、その延長線上での技術改良を求めることが必
要で、それらを通して国の食糧供給の担い手とし
IV 米作改善上検討すべき課題
ての役割と経営安定を果たすことが重要である。
そうした過程を踏まえてこの地域の技術改良点
ボリヴィアのコメは、生産の 60% から 70% をサ
の発見、適正技術の開発・改良といった問題解明
ンタクルス州が占め、その作付面積の 75% は内国
を行うことが当面の課題であり、いたずらに高度
移住地によって行われ、国の食糧生産供給や地域
な技術を取り入れることではなく、今よりもベ
社会にとっても重要な位置にある。しかし、これ
ターで現実の農家に取り入れ可能な技術の導入に
らの生産方法は外国移住地(日系の機械化生産方
主眼を置いた検討を積み上げることにより、単位
式)を除いては、伝統的生産方式とされる焼き畑
収量の増大、それらを通して収益の増大と営農改
と人力農機具利用による小規模生産が主流を占め、
善の道を開くことが必要である。
生産性は極めて低い。
以上の視点で内国移住地の当面の課題を整理す
こうした現状を改善するためには、伝統的農法
ると次のことが考えられる。
といわれる焼き畑移動農地利用方式から、常時固
まず、大きくは生産性を高めるための技術開発
定農地利用方式に変革することが重要である。し
とこれの農家への普及に集約される。しかし、そ
かし、こうした技術変革を促すにはいくつかの段
の内容は社会的・経済的・技術的と広い関連があ
階的展開が必要であり、特に当地の伝統的農業の
り、いずれも重要であるが、ここでは当地域の大
実態を正しくとらえることにより、これら伝統的
部分の農家が当面している技術的問題に絞ること
農業の特性を解明し、その特性に合った改善の方
にする。
110
ボリヴィア内国移住地における焼き畑によるコメ生産技術の実態
すなわち内国移住地の農業は1953年の農地改革
したがって根の腐朽を待ち、自ら掘り取ることに
以降の移住政策により、アルチプラノ(高原地域)
なるが、伐採後これら根の掘り取りまでの営農技
からの内国移住者の入植と、外国人移民の積極的
術、つまり根株残存状態での土地利用のあり方、
受け入れにより進められてきた経緯からみてもそ
作物の選択、作業方式または林地・草地・牧畜な
の歴史は浅く、移住者もこの地域の農業もこれか
ど、総合的営農技術の開発が必要である。
ら定着しようとしている段階である。現に行われ
第 3 には、栽培され収穫段階に至った作物の収
ている焼き畑農業も、国内外からの移住者が先住
穫・調製技術の改善による収穫損失軽減と品質改
者から開拓初期の過渡的方法として受け継ぎ、短
善の問題が挙げられる。特にコメの収穫は 2 月か
期間に常畑化して新しい段階の農業環境をつくり
ら 4 月で、当地の雨季から乾季に移行する気象不
上げて定住しているものと、いまだに焼き畑農法
安定時期に行われるが、いずれも人力主体の非能
を基本とした小規模農業を営むものとに分化して
率的作業方法のため適期を逃し、コメの胴割れ、
今日に至り、その 70% から 80% が小規模の焼き畑
砕米による品質劣化、乾燥不良による蒸れ米、カ
に依存しているのが実態である。しかし、焼き畑
ビ発生米、穀類害虫による食害による損害など、
による生産物の大部分は自給のための食糧生産が
生産物の多くが実質収穫となり得ず損失となって
主体で、拡大再生産への振り向けは不可能で生活
いる。このため農家収益の損耗は大きいので、こ
はなお苦しい現状である。こうした小規模農家の
れら収穫後損失防止に関する技術開発を急ぐ必要
生活向上のためには生産量の拡大やその品質改善
がある。
とともに新たな作物の導入生産など、技術改善に
よる生産の推進が重要である。
おわりに
しかし、これらを具体的に推進するためには試
験研究側での検討が先行される必要がある。ここ
この報告は、ボリヴィアが抱える低開発経済水
ではコメの生産技術改善に関する検討課題を整理
準の現状を克服し、自立体制を確立できる水準ま
すると、次のことが挙げられる。
で到達することを当面の目標として、現在実施し
第 1 は、内国移住者の大部分が伝統的焼き畑農
ている経済的・技術的協力により国の経済開発を
法に依存して今日に至っているが、これら焼き畑
効率的に導くために、農業開発の側面から何が必
農法の功罪を明らかにし、功として評価されるも
要かを専門家の立場から解明しようとして、現地
のは新しい技術の中にどう採用すべきか、また、
の農業事情を把握するために行ったものである。
現在焼き畑農法は一方で地球環境破壊の象徴であ
結果は実態報告のみに終わっているが、これら
るかのように論議されているが、単に否定的論議
の結果を基礎に、
「陸稲の生産技術改善」としてミ
に終わることなく、そこで現実に農業を営み生活
ニ・プロジェクトが発足し、協力が継続され、調
する人々の立場から技術的解決方法を開発できな
査で指摘されたいくつかの問題が解明された。こ
いかを検討すること。
うした個々の問題もさることながら、これらの調
第 2 は、焼き畑を経て常畑化するためには、林
査を通してカウンターパートら現地スタッフが終
地または草地から耕地に転換することが必要であ
始行動を共にすることで、同一現場で同じ現象へ
り、このための方法として機械力を利用して抜
の理解・疑問など共通認識の基盤が生まれ、その
根・整地することは一般的に行われているが多額
後の調査・論議・実験などの反復により、スタッ
の資金を必要とし、現在の農家経済力では不可能
フの自主的活動のエネルギーとして蓄積されたと
である。次いで可能性のあることは自らの労働力
思われるので、今後彼らの活動を期待したい。
で抜根することであるが、伐採直後の根株は人力
で掘り取ることは非能率的で困難な作業である。
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4 111
注 釈
1) Imaizumi, S., Clementilli, A., et al.:Estudio sobre las
situaciones Reales de mecanización agrícola en el
Departamento de Santa Cruz: (1)Mecanización agrícola
de La Colonia Okinawa. JICA-CIAT Informe No.2, Santa
Cruz, 1991.
2) Hoyos, F. : Dominios de recomendacion para la
investigacion en las zons arroceras de Santa Cruz.
Documento de Trabajo No.75, CIAT, 1990.
参考文献
1) 国際協力事業団:ボリヴィア国における農牧林業の概
況及び 1970 ∼ 1983 年の生産流通状況,1985.
2) Johnson, J., Viruez, D. : A Survey of SAN-PEDRO NonMechanised Rice Prodution and its Credit Requirements.
Working Document No. 61, CIAT, 1987.
3) Johnson J., Viruez, D. : A Survey of SAN-PEDRO Credit
and Mechanised Agriculture. Working Document No.62,
CIAT, 1987.
4) Maxwell, S. : Rice Threshing Technology for Small Farmers in Santa Cruz. Working Document No.5, CIAT, 1980.
5) Imaizumi, S., Clementilli, A., et al. : Estudio sobre las
situaciones reals de mecanización agrícola en el
Departamento de Santa Cruz : (2)Mecanización agrícola
de la Colonia San Juan. JICA-CIAT Informe No.3, Santa
Cruz, 1991.
6) CIAT : Plan Estratégico 1990 ∼ 1995, CIAT, 1989.
今泉 七郎(いまいずみ しちろう)
1927 年生まれ.日本大学専門部工科卒.農林省農政局
を経て,農林水産省畜産試験場,草地試験場,北海道農業
試験場農業物理部勤務.
1988 年から 94 年まで国際協力事業団ボリヴィア CIAT
専門家.
〔著作・論文〕
家畜ふん尿の物理的性状と区分.草地試研究報告,9 : 90102,1976.
酪農におけるふん尿の処理と土壌還元(1)(2).畜産の研究,
29(8):31-35,29(9):29-32,1975.
酪農における施設ならびに機械による作業合理化に関する
研究,北海道大学学位審査論文,1988.
112
〔情 報〕
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村社会組織、市場要素導入の意義と重要性、外部シ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
1. インドネシア・スラウェシ
ステムとしての村落開発行政制度、援助事業の制
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
度分析、国家と伝統的プラクティス、法と法制度と
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いう7項目について検討している。参加型の村落開
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ジェクトと連携した地域社
発プロジェクトを効果的に立案・実施するために
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
会開発手法の研究
は、地域社会システムの固有性とその開発ポテン
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
シャリティーを十分に把握し、プロジェクトの目
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
的を達成するために必要な地域住民の能力育成と、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
1. 調査研究の背景と目的
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
それを支える組織制度メカニズムの整備強化を進
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
貧困対策支援村落開発プロ
JICA はこれまで、
「分野別『貧困問題』援助研究
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
めていく戦略的なアプローチが必要である。地域
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
(1990年)
」
「 プロジェクトマネージメントにおける
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
社会の開発ポテンシャリティーを把握する場合、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
『組織・制度造り』への配慮研究(1993
年)」
「国際
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
農村社会組織のあり方、特に共有資源の管理運営
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
協力における JICA と NGO の連携に関する基礎研
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
のあり方を、組織、資源、規範の 3 つの要素から理
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
究(1994 年)」「貧困問題とその対策:地域社会と
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
解することができる。その意味では、村落開発プロ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
その社会的能力の重要性(1994 年)」
「開発援助プ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ジェクトにおいて、マーケティングを内部資源と
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ロジェクトにおける社会的能力の活用に向けた基
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
外部資源とを結び付ける素因と解釈することも可
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
礎研究(1995 年)」といった一連の調査研究ならび
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
能である。また、そのようなプロジェクトを実施し
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
に報告書作成を通じ、貧困対策支援の留意点の整
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ていく上で、外部システムとしての行政制度や法
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
理と理論的枠組みの構築に取り組んできた。今回
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
制度がどのような政策環境、法環境、資源環境を提
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
の調査研究は、これまでの実績をふまえ、貧困対策
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
供しているかを検討することも重要である。加え
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
支援のための技術協力プロジェクトの形成におい
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
て、プロジェクトの持続性を確保するため、取引費
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
て配慮すべき点を明らかにしようとするものであ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
用の節約を考慮しつつ制度を整備する必要性が指
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
る。具体的には、インドネシアにおけるプロジェク
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
摘され、さらに、プロジェクトが実施される国家や
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ト方式技術協力事業「スラウェシ貧困対策支援村
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
地域に根付いた伝統や習慣を把握することも村落
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
落開発プロジェクト」(1997 年 3 月 1 日より実施)
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開発に資源を動員する手法において必須の条件と
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
を念頭に置き、計画策定にかかわる実効的かつ効
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なろう。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
率的手法の開発に資するための整理と分析をその
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
以上のように、本報告書では既述のプロジェク
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
目的とした。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ト方式技術協力案件をひとつの素材とし、社会開
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□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
発における計画手法のあり方について、参加型開
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
2. 研究会の構成(敬称略)
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発と地域社会システムの把握、村落の内部資源の
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主査 赤松 志朗 JICA 国際協力専門員
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動員と外部資源とのリンケージのあり方、村落開
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武田 長久 JICA 国際協力専門員(客員)
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発における支援システムの概念を中心に、さまざ
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河村 能夫 龍谷大学経済学部教授
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まな角度から論述している。
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大濱 裕 日本福祉大学助教授
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□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
生江 明 社 会 開 発 国 際 調 査 研 究 セ ン
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ター代表
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黒岩 郁男 アジア経済研究所研究員
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佐々木英之 パシフィック・コンサルタン
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ツ・インターナショナル
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プランニング事業部
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新垣 修 JICA 国際協力総合研修所調査
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研究課ジュニア専門員
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3. 報告書の概要
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上記の調査研究の成果である報告書は、参加型
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開発の観点から、プロジェクトの基本的枠組み、農
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国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4 113
〔情 報〕
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よびデータベースを活用し分析を進めた。なお、国
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2. サブ・サハラ・アフリカ諸
によっては、来日していたサブ・サハラ・アフリカ
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□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
諸国の教育関係者、専門研究者へのインタビュー
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
調査も可能な限り実施している。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
と日本の教育援助の可能性
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
本報告書は 5つの章で構成されており、第1章で
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
は、
「サブ・サハラ・アフリカ概況」として、世界
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
の他地域と比較しながら全般的にサブ・サハラ・ア
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
フリカの現状を概観している。第 2 章「サブ・サハ
1.
調査研究の背景と目的
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ラ・アフリカの教育を取り巻く状況」では、特にこ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
近年、社会開発分野における援助が世界的に重
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
の地域において顕著であり特有とでもいうべきい
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
視される傾向にある中、
教育分野は、人造りの基本
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
くつかの問題群を取り上げる。本調査報告におい
的要素としてすべての開発のカギであるととらえ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
てとりわけ重要であると考えた項目を、1990 年以
られ、
中でも、人間開発そのものである基礎教育が
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
降のサブ・サハラ・アフリカ諸国が共通して経験し
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
重要視されてきている。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ている「構造調整」
「政治体制の民主化」
「行政機構
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
1996
年 5 月に採択された「OECD/DAC 21 世紀に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
の地方分権化とそれに伴う住民参加活動の動き」、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
向けて:開発協力を通じた貢献(通称・DAC
新開
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
また、
複雑な問題になっている「教授言語、メディ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
発戦略)
」でも、基礎教育の重要性が強調され、ま
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ア」であるとし、各項目を検討する。さらに、第
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□3
た、わが国は、97
年 4 月に南アフリカ共和国で開
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
章では、
教育水準および経済レベルの異なる9カ国
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
催された
UNCTAD(国連貿易開発会議)総会にお
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
を選定し、
各国の教育事情をまとめ、それらを総括
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いてアフリカ諸国に対する基礎教育援助の拡充を
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
する形で、
共通してみられる問題を分析した。さら
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
表明しており、
開発援助においてサブ・サハラ・ア
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
に、
「サブ・サハラ・アフリカの基礎教育に対する
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
フリカの基礎教育は現在最も注目されている領域
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
援助の現状と課題」
として、他援助機関の基礎教育
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
のひとつと認識されている。
今後、この分野におけ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
分野にみられる協力方針の変化、また今後望まれ
る協力の強化のためには、同地域の教育の状況に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
る支援の方向性を検討する。
そして第 4 章では、わ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
関する情報整備が強く望まれるが、これまでのわ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
が国の対サブ・サハラ・アフリカの基礎教育におけ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
が国における教育分野の協力は大学など高等教育
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
るこれまでの取り組みを紹介し、
最後に、第 5 章に
機関を中心に行われてきているため、基礎教育に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おいて、今後のわが国の教育分野の援助を実施す
関する情報整理・分析が必ずしも十分ではないと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
るに当たっての基本的なアプローチと具体的な支
いうのが実状である。
よって本調査研究では、今後
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
援のあり方を指摘する。基本的なアプローチとし
のサブ・サハラ・アフリカ諸国におけるわが国の教
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ては以下の点を優先項目として取り上げた。
育案件形成や協力実施の際に活用されるような実
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
● 包括的アプローチ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
際的かつ基礎的な資料を作成することを目的とし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
● 受益者の主体性尊重
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ている。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
● 初等教育レベルにおける児童の心理的負担への
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
配慮
2.
報告書の概要
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
● 政府/住民参加などさまざまなレベルへのバラ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
本調査は、
サブ・サハラ・アフリカ諸国の基礎教
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ンス
育に関して、開発援助の視点から行われた
JICA に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
● 質・量双方への支援のバランス
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とって初めての基礎調査であり、
それゆえ、今回は
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
● 能力強化のための支援(情報収集、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
調査研究、カ
初期的な調査として、各国の基礎教育制度の現状、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
リキュラム・教材開発など)
特に近年行われている改革の把握に主眼が置かれ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
● セクター投資計画(SIP)の枠組みに沿った援助
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ている。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
協力
調査方法としては、サブ・サハラ・アフリカ諸国
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
● 当事者同士の情報やアイデア交換を促進するた
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
の基礎教育に関する研究、学術論文、JICA および
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
めの支援
他の援助機関・団体などによる報告書、サブ・サハ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ラ・アフリカ諸国の政府刊行物、各種統計資料、イ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ンターネット情報など、国内で入手可能な文献お
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
国における基礎教育の現状
114
〔情 報〕
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
3. 勉強会メンバー(敬称略)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
永田 佳之 国立教育研究所国際研究・協力部国
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
際教育協力室研究員
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
中村 雄祐 東京大学大学院総合文化研究科助教
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
授
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
浜野 隆 東京工業大学大学院社会理工学研究
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
科助手
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
横関祐見子 JICA 国際協力専門員
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
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□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
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□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
国際協力研究 Vol.14 No.1(通巻 27 号)1998.4 115
〔情 報〕
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
助教授
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
3. サブ・サハラ・アフリカに
原口 武彦
新潟国際情報大学教授
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
半沢 和夫
日本大学国際地域開発学科
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
助教授
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
方に関する基礎研究
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
(2)
タスク・フォース
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
柿沼 潤
JICA 技術協力専門家養成研修
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
コースリーダー(1996 年 9 月∼
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
12 月)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
1.
調査研究の背景と目的
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
中井富美子
JICA 農林水産開発調査部農業
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
サブ・サハラ・アフリカは、
マイナス経済成長の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
開発調査課ジュニア専門員
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
悪循環から抜け出せない最貧困国を多く抱えてお
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
中曽根勝重
東京農業大学大学院農学研究科
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
り、この地域のほとんどの国では食糧の自給が困
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
難となっている。1950
年代から 60 年代後半ごろ、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
3.
調査研究の結果と提言
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
旧植民地から独立した多くの国で、
独立後、急速な
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
この報告書は、21
世紀初頭における世界食糧需
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
工業化・近代化政策が推し進められ、
その結果、農
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
給の見通し、
サブ・サハラ・アフリカ地域における
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
業政策には重点が置かれていなかった。
すなわち、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
食糧需給の見通しについて取りまとめ、同地域に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
この問題の主な原因として、これら諸国内での穀
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おける農業開発協力の現状と農業開発協力の事例
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
物生産に必ずしも十分な配慮がなされてこなかっ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
について検討している。そして、サブ・サハラ・ア
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たことなどが指摘されているのである。
加えて、70
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
フリカ農業開発協力の今後の課題として次のよう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
年代末からサブ・サハラ・アフリカ地域に対し世界
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
に提言する。すなわち、サブ・サハラ・アフリカ地
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
銀行やIMF(国際通貨基金)の構造調整政策が始め
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
域における開発への取り組みを整理するとともに、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
られたにもかかわらず、同地域の食糧生産はほと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
停滞する農業生産力の向上という同地域での農業
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
んど改善されていない。このような背景に鑑み、国
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
開発の目標をふまえ、
時間的・空間的な整合性を維
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
際協力総合研修所では、サブ・サハラ・アフリカに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
持するような長期的な計画が必要である。さらに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おける食糧需給の見通しをレビューし、過去の農
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
今後の重点分野として、土地および水利用の合理
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
業開発協力の事例を検討するとともに、援助の効
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
的拡大のための基盤整備、集約的土地利用のため
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
果的実施に必要となる基本的留意事項の整理を行
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
の技術的改善、
市場アクセスの改善とロスの減少、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
うための調査研究を実施した。さらに、この調査研
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
試験研究の強化、普及システムの強化を取り上げ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
究の成果として、今後の効果的な農業開発協力の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ているが、これらの課題については敏速な対応が
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あり方の検討に資する基礎資料として標記の報告
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
望ましい。
加えて、これまでわが国の農業開発協力
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
書が作成された。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
は東南アジアに重きを置いてきたが、サブ・サハ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ラ・アフリカ農業への接近を図るためには、
技術的
2. 研究会およびタスク・フォースの構成(座長以
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
知識のみならず社会的情報についても集積を図る
外五十音順、敬称略)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
必要があろう。また、過去
40 年間の農業開発協力
(1)
研究会
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の経験がアジア中心に蓄積されてきたとしても、
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座長 紙谷 貢 食糧・農業政策研究センター
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そこで得られた教訓やノウハウはサブ・サハラ・ア
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理事長
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フリカ地域でも大いに役立つものである。また今
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加藤 和憲 JICA
国際協力専門員
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後、農業開発協力にかかるプロジェクト形成に当
黒柳 俊之 JICA無償資金協力業務部フォ
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たっては、
DAC(開発援助委員会)新開発戦略で確
ローアップ業務課長
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認された諸国の開発計画の自立性の尊重、先進国
斎藤 登 JICA農林水産開発調査部計画
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と開発途上国との開発活動における協力およびド
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課長
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ナー間での協調の綿密化と相互対話の促進などを
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中林 一夫 JICA
国際協力専門員
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念頭に置きつつ、計画を具体化することが望ま
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鍋屋 史朗 JICA農業開発協力部畜産園芸
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れる。
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課長
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西川 芳昭 長
崎ウエスレヤン短期大学
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おける農業開発協力のあり
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本誌の編集方針、企画の審議、原稿の審査などは下記編集委員会が行います。
(五十音順)
委員長:五十嵐禎三(国際協力事業団 国際協力総合研修所長)
委 員:池田 ■彦(国際協力事業団 社会開発調査部長)
石川 滋(一橋大学・青山学院大学名誉教授)
内海 成治(大阪大学人間科学部教授)
黒木 亮(国際協力事業団 林業水産開発協力部長)
小嶋 光昭(国際協力事業団 企画部長)
高橋 洋文(関西大学総合情報学部教授/(株)情報通信総合研究所顧問)
福原 毅文(国際協力事業団 医療協力部長)
山口 博一(文教大学国際学部教授)
編集後記
前号の発行以降、編集委員長をはじめ編集委員や関係者が一部交替しました。
新しい視点とともに、編集委員・事務局一同、
『国際協力研究』が今までにも増して高い評価を得られるよう努力
していきたいと存じます。
さて、著者の方々よりいただきました原稿は、当編集委員会において入念に審査を重ねることにより選抜されたも
のだけが紙面を飾ることになります。そのため、投稿原稿すべてを掲載することができないことは残念です。
しかし、長きに亘り審査が継続されるものもあります。審査の過程においては著者と編集者との間で、幾度にも及
ぶやりとりが繰り返されます。今回、掲載された投稿の中にはかなり専門的な視点より書かれたものや、著者のご意
見と編集側の修正意見が平行線を辿ってなかなか合意に至らなかったものも含まれており、その審査には慎重に慎重
を期しました。
近年になり、投稿が増える傾向にあることは編集者として嬉しい限りではありますが、中には投稿要領と異なった
書式にて提出されるものもあり、校正時に手間をとることになる場合もあります。
「投稿要領」は編集事務局に用意
がありますので、事前にお問い合わせの上ご入手いただければ幸いです。また、インターネット上でも同要領を発信
しておりますので、こちら(http://www.jica.go.jp/J-info/J-info-kenkyu/FAp100.html)も併せてご利用いただきたいと存
じます。
最後になりますが、以前よりご案内申しております「特別テーマ編集号」について、ご意見、ご要望、企画案等お
待ちしております。読者の皆様よりお知恵を拝借できればと考えております。よろしくお願いします。
なお、e-mail アドレスをお持ちの場合は、ご意見、お問い合わせを是非 [email protected] までお寄せください。
(いな)
国 際 協 力 研 究 第 14 巻 第 1 号(通巻 27 号)
平成 10 年 4 月 1 日発行
編集・発行所 国 際 協 力 事 業 団
C 国際協力事業団 1998
国際協力総合研修所
本誌の無断転載・複写を禁ずる
〒162-8433 東京都新宿区市谷本村町 10 番 5 号
電 話 東京(03)3269 − 2357
編
集協力
株式会社国際協力出版会
印 刷 所 株式会社キタジマ
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