...

クラウドコンピューティング技術の活用によるグリーンIT ネットワークの

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

クラウドコンピューティング技術の活用によるグリーンIT ネットワークの
クラウドコンピューティング技術の活用による
グリーン IT ネットワークの実現性に関する調査研究
報
告
書
平成22年3月
財団法人
ニューメディア開発協会
序
わが国経済の安定成長への推進にあたり、情報・機械産業をめぐる経済的、
社会的諸条件は急速な変化を見せており、社会生活における環境、都市、防災、
住宅、福祉、教育等、直面する問題の解決を図るためには技術開発力の強化に
加えて、多様化、高度化する社会的ニーズに適応する情報・機械システムの研
究開発が必要であります。
このような社会情勢の変化に対応するため、財団法人ニューメディア開発協
会では、財団法人JKAから自転車等機械工業振興事業に関する補助金の交付
を受けて、ニューメディアを開発・普及する補助事業を実施しております。
本「クラウドコンピューティング技術の活用によるグリーンITネットワーク
の実現性に関する調査研究」は、ニューメディアを基礎とした調査・研究事業
の一環として、当協会が株式会社日本アイティ総合研究所に委託し、実施した
成果をまとめたもので、関係諸分野の皆様方にお役に立てれば幸いであります。
平成22年3月
財団法人
ニューメディア開発協会
目次
序
目次
1. はじめに ................................................................................................... 1
2. クラウドコンピューティングが意味するもの .......................................... 1
2.1 クラウドコンピューティングの定義 ...................................................... 1
2.2 SaaS の普及 ........................................................................................... 4
2.3 クラウドホスティング............................................................................ 8
2.4 クラウドコンピューティングの本質 .................................................... 10
3. ホスティングおよびデータセンター事業者の認識................................. 10
3.1 クラウドコンピューティングによって生まれる新しいビジネス ........... 11
3.2 パブリッククラウドへの評価と期待 ...................................................... 11
3.3 プライベートクラウドへの評価と期待................................................... 11
3.4 従来型のサーバー運用との比較 ............................................................. 12
3.5 SaaS の展開について ........................................................................... 12
3.6 米国事例評価 (グーグル社、アマゾン社など)...................................... 12
3.7 米国事例への評価(セールスフォースなどの SaaS) ......................... 13
3.8 ホスティングビジネスの将来(共用、専用、VPS) ........................... 13
3.9 変わる業態(SIer、ハードベンダー) ................................................. 14
3.10 米国の主要企業との競争に勝てるか(サービスの質、安定性、価格、セ
キュリティ、サポート)............................................................................... 14
3.11 クラウドのいっそうの展開に必要な技術............................................ 14
3.12 ヒアリング結果の要旨........................................................................ 15
4. グリーン IT ネットワークの実現 ........................................................... 16
4.1 マクロ的な主要課題 ............................................................................. 16
4.2 環境負荷軽減の切り札としての IT....................................................... 16
4.3 データセンターにかかわる指標の問題点 ............................................... 17
4.4 データセンターに関しての求められる施策.......................................... 19
5. 日米の施策と設定課題............................................................................ 20
5.1 日本における施策 ................................................................................. 20
5.2 米国における施策 ................................................................................. 23
5.3 設定すべき課題..................................................................................... 25
6. まとめ..................................................................................................... 27
はじめに
1.
本稿は、
「クラウドコンピューティングの活用によるグリーン IT ネットワークの実現
性に関する調査・研究」における報告を総括したものである。
本総括では、まずクラウドコンピューティングの現状をまとめ、情報通信技術の進展
における位置づけを行う。そしてクラウドコンピューティングの主たる担い手であるデ
ータセンターおよびホスティング事業に焦点をあてたヒアリング調査の結果をもとに、
新しい形態のネットワークへの取り組みの実態を紹介する。
さらにグリーン IT ネットワークの実現に向けた課題などのクラウドコンピューティ
ングに期待される主要課題を整理し、今後に求められる施策についての検討を行う。
クラウドコンピューティングが意味するもの
2.
2.1
クラウドコンピューティングの定義
ここ数年、クラウドコンピューティングという言葉が IT 業界の新しいトレンドを示
すものとして語られてきている。2006 年 8 月 9 日、Google の CEO であるエリック・
シュミット氏が、米国カリフォルニア州サンノゼ市で開催された「検索エンジン戦略会
議」 (Search Engine Strategies Conference) の中で「クラウドコンピューティング」
と発言したことがきっかけであると言われている。しかしその言葉は、いまや業界内だ
けでなく、一般向けの新聞雑誌やテレビ番組などにおいても取り上げられるようになっ
た。
「クラウド」という言葉は、エリック・シュミット氏の発言以前からインターネット
の業界内では頻繁に使われて来た。Wikipedia においては、その言葉の由来について、
「クラウド(雲)は、ネットワーク(通常はインターネット)を表す。『コンピュータ
システムのイメージ図』ではネットワークを雲の図で表す場合が多く、それが由来と言
われている。」と紹介されている。つまり「クラウド」は、インターネットそのものを
形容する言葉であった。そして「クラウド」に「コンピューティング」を付けた場合、
1
インターネットを使ったコンピューティングに過ぎず、なんら目新しさは無いようにも
思える。ところがクラウドコンピューティングは、単にこれまでのインターネットを示
すのではなく、むしろインターネットの今後の方向性を示す言葉として用いられている。
Salesforce
Zoho
Yahoo
Google
The cloud
Microsoft
Rackspace
Amazon
図1
クラウドコンピューティングのイメージ
クラウドコンピューティングは、言葉の由来と最近の用法を同時に考慮すれば、およ
そ以下のものと解説できる。
すなわちクラウドコンピューティングとは、「インターネットをベースとしたコンピ
ュータの利用形態である。そしてユーザーはコンピュータ処理をネットワーク経由で、
サービスとして利用する。従来のコンピュータ利用は、ユーザー(企業、個人など)が
コンピュータのハードウエア、ソフトウェア、データなどを、自分自身で保有・管理し
ていたのに対し、クラウドコンピューティングでは、ユーザーはインターネットの向こ
う側からサービスを受け、サービス利用料金を払う形になる。」
クラウドコンピューティングは、いくつかの異なる種類のサービスの組み合わせであ
る。よく使われる分類法は、以下の3つの種類のサービスに分けるものである。
2
(1) SaaS (サース: Cloud Software as a Service)
インターネット経由のソフトウェアパッケージの提供サービスのことで、電子
メール、グループウェア、顧客情報管理ソフトなどが含まれる。
(2) PaaS (パース: Cloud Platform as a Service)
インターネット経由のアプリケーション実行用のプラットフォームの提供サー
ビスのことで、SaaS はこのプラットフォームの上で動く。
(3) IaaS (イアース: Cloud Infrastructure as a Service )
インターネット経由のハードウエアやインフラの提供サービスのことで、PaaS
の下位レイヤーに位置づけられ、仮想化サーバーや共有ディスクなど、ユーザ
ーが自分で OS などを含めてシステム導入・構築できる。
これらの3つのサービスは、以下の図のような階層構造をなしている。
Clients
User Interface
Machine Interface
Application
Components
Services
Platform
Compute
Network
Storage
Infrastructure
Servers
Cloud Computing Stack
図2
サービス階層構造のイメージ
この階層モデルは、クラウドコンピューティングにおいて提供されるサービスの全体
像を理解する手助けになるが、実際に提供されているサービスは複数の階層にまたがっ
ているケースが多い。例えば SaaS の場合、PaaS の上に構築されて提供されているた
め、SaaS プラス PaaS が実態のサービスとなっているため、ユーザー側は、その組み
合わせを SaaS として理解することがあるだろう。
また IaaS を提供する事業者は、PaaS
や SaaS を組み合わせてサービスを提供することがあり、ユーザーからみれば3つの階
3
層を意識することなく、単にクラウド型のサービスを利用しているという認識になるで
あろう。そこで次節以降では、この3階層モデルに忠実に準拠する形ではなく、実際に
提供されているサービス分類に近い形で、すなわち「SaaS」と「クラウドホスティン
グ」の2つに分類する方法でクラウドコンピューティングの実情を整理してみたい。
2.2
SaaS の普及
SaaS は、インターネット経由でソフトウェアパッケージを提供する仕組みであり、
さまざまな種類のサービスが提要されている。米国の有名な SaaS プロバイダーとして、
顧客管理ソフトを提供する Salesforce.com(Salesforce 社)、統合ビジネスソフトを提
供する Microsoft Online Services(Microsoft 社)や Google Apps(Google 社)などの
サービスがあげられる。下の図は、Google Apps で利用可能なサービスのリストである。
図3
Google Apps のサービス
Google Apps の利用者は急増しており、既に全世界で 200 万社以上の法人がこれを利用
している1。このサービスは、グループウェアと呼ばれてきた組織内でのコミュニケー
ションやコラボレーションを効率化し、仕事上で必用なリソースを有効に配分するのに
役立つ。Gmail に代表される Google 社のオンラインサービスは、個人ユーザーによる
無料サービスの急激な利用の増加によって注目されたが、最近では法人ユーザーによる
有料サービスの利用増が見られる。
1
Google 社発表。
4
日本においても、主に日本の法人向けに SaaS 型のサービスが多数提供されている。
経済産業省が進めている施策の「J-SaaS」というプロジェクトのホームページでは、
日本国内のさまざまな SaaS が紹介されている(図4及び図5)。
図4
日本の SaaS(1)
とりわけ財務会計や給与計算といったカテゴリーに属する SaaS は、中小企業を中心
に今後多くの企業が利用することになると予想されており、種類が多く既に SaaS ベン
ダー間での競争が激化している。また、管理部門系の SaaS 以外にも図5のように会社
でのさまざまな活動を支援するアプリケーションが提供されている。
図5
日本の SaaS(2)
5
日本での SaaS の普及促進のために設立された業界団体である「ASP・SaaS インダ
ストリ・コンソーシアム(ASPIC)」による調査では、国内の ASP・SaaS 事業者数は
約 1,500、提供サービス数は約 3,000 あり、SaaS 市場は 2015 年までに 3 兆円規模に
急拡大するであろうと推定されている2。さらに同団体の調査結果によれば、日本の法
人において実感される SAP・SaaS 導入の利用者メリットは「安全・信頼性の確保」
「コ
ストの直接削減効果」
「迅速かつ自由度の高い経営」
「事業・売上の拡大」および「中小
企業にとっての市場競争条件の改善」など多岐に渡っており、今後の市場拡大への強い
期待感を裏付けるものとなっている。
SaaS の新規性は、従来型のパッケージソフトと対比すれば分かりやすい。ソフトウ
ェア販売の典型的なパターンは、ソフトウェアをパッケージ型の製品として、その利用
ライセンスを販売する形態である。多くの場合、ユーザーは自社コンピュータでそのソ
フトウェアを稼働させて利用する。それに対して SaaS では、ソフトウェアを SaaS 事
業者側のコンピュータで稼働させ、ユーザーはそのソフトウェアが提供する機能をネッ
トワーク経由で利用する。パッケージ型の場合は、ソフトウエアライセンス料を支払い、
運用のためのハードウエアを用意する必用があり初期費用がかかる。ところが SaaS で
は、アプリケーションソフトをサービスとして利用する。利用者は、ライセンス(使用
権)を購入せず、料金を利用量や期間に応じて支払う形態が主流であって初期費用は少
なくて済む。
従来型のパッケージソフトと比べた場合、さまざまな利点が指摘されているものの、
セキュリティ面などにおける不安も指摘されている。確かに SaaS の場合は、インター
ネットを介して利用するため、不安定要素が付け加わる。とりわけ不安視されるのは、
重要なデータの保管に関わる点である。しかしこの点においても、VPN(仮想私設通
信網)を経由して事業者のサーバーに接続するなどの方法に留まらず、さまざまな方法
でなるべく不安を払拭しようとしている。
2
「ASP・SaaS インダストリ・コンソーシアム(ASPIC)」のホームページより
6
クラウドコンピューティングのように仮想化技術を駆使した場合、セキュリティを確
保するために必要な対処項目は増加する。動作しているハードやソフトウェアがどこに
物理的に配置されているのかわからない状態で安定的な運用を管理し、データセキュリ
ティ含めたコンプライアンスを確保しなくてはならない。そのためにはデータの暗号化
の技術の採用、重要なデータの保管場所についてのコントロールなども必要であるが、
普段からの運用技術の重要性がますます高まることになる。
そのような観点から、クラウドコンピューティングの進展に伴い、いわゆるマネージ
ドサービスと呼ばれるサーバー運用ノウハウが重要なり、提供事業者はその分野のサー
ビス拡張を重視し始めている。リソースを一元管理し、データセンターにおけるサービ
ス状況の可視化を進めたりすることで管理しやすい仕組みを構築したり、サービスレベ
ルを自動的に一定以上に維持するためのシステムの構築などが推進されてゆくことに
なるであろう。
SaaS は、従来型のパッケージソフトとの比較において新規性と効率性が指摘できる
が、これまでに同様なサービス提供が無かったわけではない。特に ASP と呼ばれるサ
ービスは、SaaS に先攻して数年前から多くの事業者により提供されてきた同種のサー
ビスである。ASP は、Application Service Provider(=アプリケーションサービス提供
事業者)の略語で、ネットワークを通じてサービスを提供する事業者のこと。SaaS は、
Software as a Service(=サービスとしてのソフトウェア)の略語である。つまり ASP
は、SaaS 事業者とほぼ同義語と言える。
SaaS は ASP が提供してきたサービスの言い換えである。その意味で新規性はない。
しかし SaaS という別名が与えられることによって、ASP への注目が集まっており、業
界内での期待感は高まっている。
7
2.3
クラウドホスティング
SaaS 事業者の前身としての ASP の存在が指摘できるが、おなじく IaaS 事業者の前
身としてのホスティング事業者(英語圏では Hoster と呼ばれる)が存在する。IaaS は、
仮想化されたコンピュータ基盤をインターネット経由のサービスとして提供するもの
であり、これを使えば「サーバー」や「ソフトウェア」や「データセンターのスペース」
などを自分で購入する代わりに、完全にアウトソースされたサービスとして利用できる。
そしてそれは既に世界中で多くのホスティング事業者がレンタルサーバーとして提供
してきたサービスと同種である。ホスティング事業者からみれば、クラウドコンピュー
ティングは特に目新しいものではない。
ホスティング事業者は、これまでに3つの種類のレンタルサーバーサービスを提供し
てきた。一つ目は、専用型といわれるもので、1台のサーバーをまるごとユーザーへ貸
し出すもので、サーバーの設定に関する自由度が最も高い。2つ目は、共用型といわれ
るもので、1台のサーバーを複数のユーザーで共有するものであり、設定の自由度は低
くなるが、安価なサービスである。そして3つ目は、仮想専用サーバー(VPS)と呼ば
れるもので、共用タイプとおなじく1台のサーバーを複数のユーザーで共有するものの、
仮想化技術を使ってあたかも1台を専用しているかのような、それに近い自由度を獲得
できる。
日本において、ホスティングサービスは既に根付いており、会社のホームページを開
設し、社員の電子メールを使えるようにするために多数のユーザーが利用している。日
本のホスティングサービスの市場規模は、2009 年の国内の法人向けホスティングサー
ビスだけで 2,308 億円に達している3。
ホスティング事業者は、ビジネスの見直しの時期に来ている。彼らが提供してきたサ
ービスは、上述の3種類のレンタルサーバーであったが、それをクラウドホスティング
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主催ホスティングビジネス研究
会調べ
3
8
として統合する方向に動いている。ホスティング事業者が活用してきた仮想化技術は、
仮想的に専用サーバーを運用するタイプのものであったが、それをより幅広く応用し、
共用型から多数のサーバーを並列運用するタイプに至るまでのラインナップを揃えよ
うという方向性が見受けられる。つまり3つのタイプに限定するのではなく、ごく小規
模から大規模まで、フルレンジで、ユーザーの希望に合わせてサーバーリソースをいか
ようにも組み合わせることのできるフルカスタマイズ型への移行を目指すものと思わ
れる。こうなれば、それはレンタルサーバーではなく、まさにクラウドホスティングサ
ービスであり、クラウドコンピューティングサービスである。
クラウド型のホスティングサービスは、「パブリッククラウド」と呼ばれるインター
ネット経由の一般向けサービスと、「プライベートクラウド」と呼ばれる企業内・事業
者内利用のためのサービスに分類されることがある。またその2つの組み合わせとして
の「ハイブリッドクラウド」という分類もある。
米国の有名なパブリッククラウドとして Amazon 社が提供する Amazon EC2 という
サービスがあげられる。これは、"Small(メモリ 1.7GB、ストレージ 160GB、32 ビッ
ト 1 仮想コア CPU)"から最大"Quadruple Extra Large(メモリ 68.4GB、ストレージ
1690GB、
64 ビット 26 仮想コア CPU)"までを選択できるホスティングサービスである。
より大きなマシンパワーが必要になった場合は即時に調達することができること、そし
て従量制の課金方法をとっているという点が特徴的である。
日本においては、従来からのホスティング事業者はもちろんのこと、大手キャリア、
大手コンピュータメーカー、そしてデータセンター事業者などが新規参入を表明してい
る。例えば、NEC 社は「REAL IT PLATFORM」、NTT コミュニケーションズ社は
「BizCITY」、KDDI 社は「クラウドサーバサービス」という名称で新規事業をスター
トさせた。そして新規参入組の特徴は、主にプライベートクラウドのビジネス受注に重
きを置いている点があげられる。
9
2.4
クラウドコンピューティングの本質
クラウドコンピューティングは、将来的に大きな広がりを見せる可能性があるが、現
時点で顕在化しているサービスは、一つが SaaS であり、もう一つがクラウドホスティ
ングである。前者はこれまでの ASP の延長であり、後者はレンタルサーバーの発展系
である。それらは、クラウドコンピューティングという言葉によって業界の内外に注目
されることで大キャンペーンが繰り広げられている側面がある。着目すべきは、キャン
ペーンにより宣伝されるクラウドコンピューティングのメリットではなく、クラウドコ
ンピューティングがもたらそうとしている変化の本質である。
変化の本質は、以下の2つである。1つ目は、
「IT の所有から利用へ」の変化である。
これまではソフトウェアであれ、ハードウエアであれ、運用に必用なリソースであれ、
必用なモノを選定し、占有ないし所有してシステムを運用するケースが多く見られた。
クラウドコンピューティングにおいては、そのように所有をせずに、必用なものに対価
を払って借りる、という変化がもたらされる。
2つ目の本質は、クラウドコンピューティングが「既存のサービスの進化系」という
ことである。前述のように、クラウドコンピューティングに先立って ASP やレンタル
サーバー事業において、同様ないし類似の展開がなされ、IT の所有から利用への変化
も進行していた。しかしクラウドの進展によって、その流れがより顕著になり、より大
規模かつ広範囲なものになると予想される。
3.
ホスティングおよびデータセンター事業者の認識
本調査研究では、前述の変化の本質についての解釈を確かめるためにヒアリング調査
を実施した。ヒアリング調査では、日本においてデータセンターないしホスティング事
業を営む法人の経営者ないし事業責任者を対象とし、2009 年 8 月から 9 月にかけて、
合計 6 社に対して実施した。ヒアリング調査により以下のとおりいくつもの興味深い課
題が明らかになった。
10
3.1 クラウドコンピューティングによって生まれる新しいビジネス
クラウドコンピューティングによって、新しいビジネスは生まれないという意見があ
った。もちろんハードで提供していたものがサービスに代わるとか、課金方法が変わる、
そういう程度の変化は起きるものの、クラウドの展開の中心は、あくまでプラットフォ
ームの変化なので、新しい付加価値そのものを生み出すことはないという考えである。
他方で、将来の見込みとして自分が利用しているサーバーの使用状態を判定して、より
低コスト、より効率的なサービスに自動移行するような仕組みが可能となれば、きわめ
て強烈な価格競争に突入しそうであるという危惧も示された。
3.2 パブリッククラウドへの評価と期待
パブリッククラウドといっても、現状のホスティングサービスと本質的な違いはない
という意見が示された。従来のレンタルサーバーの方が操作も簡単で価格競争力もあり
そうであるとの認識もある。スケールする大きさ、値段の付け方(従量制)が新しいが、
革新的なものには見えないという意見である。しかも短時間での処理能力の変更は、現
在のレンタルサーバーのサービスでもやろうと思えば技術的に可能だがニーズが少な
いから実施していないだけであるという指摘もなされた。
また、最初から必要なスケールがわかっていれば、それに最適なシステムをきちんと
設計して、ハードを購入した方が結果的に安いこともあるという意見があった。なお従
量制は、効率的な面はあるものの、毎月金額が変動するとなれば、予算計画が立てにく
いというデメリットも指摘された。
3.3 プライベートクラウドへの評価と期待
新聞などで、大きくプライベートクラウドを取り上げているが、すでにホスティング
事業者がサービスを提供しているということを忘れているという指摘がなされた。日本
の大手ハードメーカが各社とも仮想化によってサービスを月 3 万円程度で提供する予
11
定であるが、ホスティング事業者がより質の高いサービスを安く提供しているところへ
の参入は可能なのであろうかという疑問も示された。さらに、プライベートクラウドに
は、あまり価値を見いださない、自社だけで余ったリソースを融通し合うことにどれほ
ど意味があるのか、という意見も示された。そしてプライベートクラウドは、不用意に
ブームに乗ると、構築コストがかかり、逆にコスト高になってしまうこともあるという
考えもあった。
3.4 従来型のサーバー運用との比較
クラウドは大規模化が可能で、拡張性が高いと言える。しかしホスティング大手のシ
ステム規模も小さくは無く、数十から数百台のサーバーを並列運用しているという事実
がある。普段1秒に 100 回程度のアクセス数が突然 100 万回に急増するようなケース
であっても正常に処理できた実績もある。専用サーバーを数時間で立ち上げるサービス
も実施している。よって一般の顧客にとって従来型のレンタルサーバーとクラウド型の
ホスティングサービスとの間には大きな差は感じられないだろうとの予想が示された。
3.5
SaaS の展開について
ホスティング事業者は、Web や Mail といった「インターネット基本アプリ」を SaaS
にて長年提供してきた。つまり SaaS ベンダーのさきがけである。
SaaS 事業者は、申込や運用を(そうした経験のある)ホスティング会社に任せれば
よいのにと思う、との意見があった。そしてクラウド環境での SaaS はこれからの重要
な流れであり、SaaS ベンダーと一緒にいっそう推進してゆきたいとの期待も示された。
3.6
米国事例評価 (グーグル社、アマゾン社など)
アマゾン社のクラウドサービスは値段が高く、使いづらい。サービスは停止するし、
データも吹っ飛ぶ、という指摘があった。他方で、アマゾンやグーグルのサービスは、
12
よく落ちるといわれるが、そのうち落ちなくなると思うという見解もあった。そもそも
米国では、米国内のインターネット回線が不安定であるためクラウドのサービスだけ安
定性を高めても意味がない。ところが日本では回線が安定しているので、サーバーの安
定性も強く求められる、という理解も示された。
さらにクラウドサービスの特徴の一つとされる従量課金は、期間限定利用や、アクセ
スに関する強烈な季節性がある場合など、かなり珍しいケースしかコスト削減にならな
いという意見があった。
3.7
米国事例への評価(セールスフォースなどの SaaS)
SaaS の先攻例についての評価を求めたところ、アプリケーションをグローバルな視
点から開発し、サービスを提供する場合、提供されているサービスに業務を合わせるの
で良しとするタイプのライトユーザには利用されると思うという意見があった。同時に、
業務要件へのマッチングを一定以上要求したとたんに、個別によく検討された、地域性
も考慮されたものにならざるを得ない、という指摘もあった。
なお、セールスフォースは、それを利用するユーザーにとって優れているから利用し
ているのであって、クラウドプラットフォームであるからとか、SaaS であるから使う、
といことではない、という本質論も述べられた。また、米国発の SaaS は、日本人にと
って使いやすいとは限らない。今後は日本人向けのサービス、日本人が好むサービスが
求められるはずであるとの指摘もあった。
3.8
ホスティングビジネスの将来(共用、専用、VPS)
ホスティングのサービスそのものは、クラウドの影響はあまり受けないという意見が
あった。しかし新規参入の事業者により競争が激化する可能性も指摘された。
またホスティング事業者は、自社が提供するサービスのプラットフォームをすべてク
ラウドに集約してゆくことになるだろうという予測も示された。こうすることで、共用
13
タイプから大規模専用サーバー群的な運用まで完全フルカスタマイズが可能となる。し
かし実際には、お客様へクラウドプラットフォームベースのサービスは、わかりやすい
ようにメニュー化して提供することになるだろうという意見もあった。
3.9
変わる業態(SIer、ハードベンダー)
SIer は、クラウドコンピューティングの流れによって大きな影響を受ける可能性が
あると指摘されている。今回のヒアリングでは、ハードからサービスを売る方向に変わ
るだけで、機能設計の仕事はなくならず、あまり影響を受けないという見解があった。
他方、Sier の売り上げと利益率が減る(保守費とライセンス費が減る)という意見も示
された。また、ハードメーカはホスティング事業者及びデータセンター事業者が顧客だ
ったが、自らもクラウド型サービスを提供し始めるとホスティング事業者との競合とな
るとの指摘もあった。
3.10
米国の主要企業との競争に勝てるか(サービスの質、安定性、価格、セ
キュリティ、サポート)
グーグルは、あまりにも巨大で勝てるとは思っていないが、日本市場のホスティング
サービスにおいては勝てるという意見が多かった。そもそもアメリカと日本では、ユー
ザーから求められるサービスレベルが違い、日本的ホスティングをアメリカで展開して
も、そんなに良いものが求められていないという現実がある、という指摘もあった。ま
た、遠くのアメリカのリソースを使う、というのは非効率、不安定であり、日本の重要
なデータは、日本におかなくてはならないというのはあたりまえという意見もあった。
3.11
クラウドのいっそうの展開に必要な技術
クラウドの中核的な技術である仮想化技術の進展、セキュリティの向上、グリッド的
な技術の進歩が必要であるとの指摘があった。さらに安定化技術や、ストレージの処理
14
性能やコストパフォーマンスも重要であり、オープンソースの標準仮想化 O/S が必要
との意見もあった。また、ユーティリティ的な技術、すなわち運用管理ツール、課金ツ
ールなども不足していて、運用面のテクノロジーは、まだまだこれからであるとの見解
もあった。そして現時点では、アプリケーションが仮想化環境で動かないものが多い(安
定性に不安も残る)
、SLA (Service Level Agreement) の対象となってくると、それの
ためにきちんと管理できるツールが必要、セキュリティレベルの設定や、データの置き
場所指定などが容易にできるようにならないと対応できない、などのさまざまな指摘が
なされ、クラウドコンピューティングの発展のためには多くの技術的課題があることが
示された。
3.12
ヒアリング結果の要旨
以上のように、ヒアリング調査によって、クラウドコンピューティングに関するホス
ティングならびにデータセンター事業者によるさまざまな見解が示されたが、それらは
短期的な視点と長期的な視点に分けて、以下のように要約が可能である。
まず短期的な観点から、以下の点を指摘できる。現在米国で提供されているパブリッ
ククラウド型サービスは、ニーズを射止めていないので、日本では普及しないという見
解が見られることである。そして企業向けのプライベートクラウドの構築についても有
効性は限定的にしか認められないという自負が確認できた。但しデータセンターやホス
ティング事業者は、仮想化技術の安定性に十分配慮しながら、サービスを効率良く提供
するための(プライベートな、しかし最終的には顧客向けの)クラウドプラットフォー
ムを(大々的に)構築してゆくことになると予想される。重要なポイントは、短期的に
は日本のデータセンター&ホスティングサービスは突出した安定性、優れたサポート、
超低価格(月 125 円から)という優位性により「負けない」という考えが浸透してい
る可能性があることである。
そして長期的な観点から、以下の点を指摘できる。まず、将来おいて、アプリケーシ
15
ョンは個別性や地域性に制約されるが、プラットフォームレイヤーのサービスは、グロ
ーバルな競争に巻き込まれる可能性に対する危機感が存在する。そして長期的には、ク
ラウドプラットフォームが著しく進展し、サーバー関連リソースの希少性がますます薄
れ、サービス選定にあたっての流動性が高くなるかもしれない。そうなれば、PaaS や
IaaS のレイヤーにおいては、きわめて強烈な価格競争に突入する可能性があるとの認
識を確認できた。そして長期的観点からの重要なポイントは、技術的な課題は多く残さ
れており、クラウドプラットフォームの普及には時間がかかるという事実認識である。
こうした短期、長期的な見解は、ヒアリング調査において確認できた。但し、これら
の指摘は、業界内の総意であるかどうかはわからない。そのことを調べるためには、よ
り多くのサンプルを対象とした定量的な調査が求められる。
グリーン IT ネットワークの実現
4.
4.1
マクロ的な主要課題
クラウドコンピューティングの進展により、それを利用するユーザーは、効率化やコ
スト削減、サービスの向上などのメリットを享受できるかもしれない。そのようなミク
ロ的な期待感とは別に、よりマクロ的な観点からの期待を議論してみたい。マクロ的な
主要課題には「中小企業の生産性の向上」や「IT 企業のグローバル展開の推進」とい
ったものが上げられるが、本稿ではそれらと並んで重要視されている「グリーン IT ネ
ットワークの実現」についての議論を取り上げる。
4.2
環境負荷軽減の切り札としての IT
クラウドコンピューティングの進展によって、環境負荷(CO2)にどのような影響を
与えることになるのであろうか。その点についての検討が業界内で始まっている。結論
としては、各企業における IT 関連の重複投資の回避、電力消費量の削減、IT の活用促
進による、人やモノの流れの効率化などを通じて省エネ効率がアップし、産業全体の環
16
境負荷は軽減すると見られている。
ところが一部にデータセンターは環境負荷を増大させるマイナス要因であるという
意見がある。しかしこれは次のような誤った理解に基づくものである。誤った理解とは、
「データセンターは大量の電気を使う」がゆえに「大量の CO2 の発生源」に他ならず、
クラウドの進展のみならず、IT の普及そのものが電気の大量消費をもたらす悪い副作
用を有しているという理解である。
しかし実際には、IT 化の促進は CO2 削減の切り札の1つである。クラウドコンピュ
ーティングなどによる IT の利用が促進されれば、当然のこととしてデータセンターの
活用が増大するために、データセンターが利用する電気が増えることは確かである。し
かしそのことは、社会全体、産業全体における人やモノの流れを効率化させるため、ト
ータルの環境負荷は軽減されることになる。つまりデータセンターの活用により増える
電気よりもそれにより社会全体で節約できる電気の量がはるかに大きいということで
ある。従って、環境負荷の軽減のためには、むしろ積極的にデータセンターを利用すべ
きとさえ言える。
但しそのことは、データセンターにおける省エネ化を軽視してよいということではな
い。むしろ役割の集中するデータセンターにおける省エネ努力は、そのこと自体が社会
全体の環境負荷の軽減に結びつく時代が近づこうとしている。日本のみならず、世界中
でグリーン IT を推進してゆくべきであろう。
4.3 データセンターにかかわる指標の問題点
データセンターの省エネ化の先進的な具体例として、コンテナ型データセンターが話
題になることがある。マイクロソフト社やグーグル社などは、コンテナ型データセンタ
ーを積極的に建設している。それにより、PUE(Power Usage Effectiveness )=1.2
を実現したという報告もある。
17
PUE は、データセンターの省エネ指標の1つであり、以下の計算式で求められる。
PUE =
データセンター全体の消費電力 ÷ サーバーなどの IT 機器の消費電力
PUE が大きな値になると非効率で、1に近いほど効率的である。
PUE という指標は、日本にとって不利な指標であるという問題点を抱えている。例
えば、日本のコンピュータメーカーが得意とするサーバーなどの機器の省エネ化は数値
を悪化させる。つまりサーバー1台あたりのエネルギー効率を向上させると、PUE に
はその努力は反映されないどころか、省エネにマイナスという評価の評価がなされると
いう欠陥がある。また、サーバーなどの機器の演算能力は考慮されない。つまり同じ消
費電力の IT 機器がより高い演算能力を発揮した場合、その改善は数値に反映されない。
また、巨大な土地に照明をあまり使わない設備を作れば PUE 値は良くなり、日本のよ
うな狭い国土では不利となる。さらにオフィスが併設されているデータセンターは
PUE の値が悪くなるという傾向もある。このように、PUE という指標には問題があり、
省エネ指標としてはふさわしくない。ところがそれを業界ないし政府施策レベルでの目
標数値としようという意見もあり、そうした考えは採用されるべきではない。
また、データセンターの善し悪しを判断する別の指標として、米国アップタイム・イ
ンスティテュートの評価基準がある。これは、下記の図のように Tier I(最低)から
Tier IV(最高)まで 4 段階でデータセンターを評価するものである。
図6
4
Tier の主要な属性(出展:The Uptime Institute の White Paper)4
独立行政法人情報通信研究機構(NICT)の以下ホームページより。
18
この Tier 基準も問題が多く、日本のデータセンターの実情に合ない。この指標は、米
国の不安定な電力事情を前提としており、日本でははるかに高い稼働率があたりまえの
ように要求される。PUE と同様に、米国の都合から離れたスタンダードの制定が必要
であり、日本のデータセンター業界内では今後の検討が強く望まれている。
4.4
データセンターに関しての求められる施策
日本のデータセンターは、いくつもの点で国際的にみて優れている。まず、優れた
IT 技術を有する人材がデータセンターで働いている。そして優れた電力、通信インフ
ラに支えられており、優れた環境技術の活用も可能である。さらに際立った政治的安定
性が実現されている。そして日本のデータセンターでは、日々のカイゼンがなされてお
り、サポート等においても、おもてなしの精神に満ちているケースが多い。
グローバルな競争における日本のデータセンターの最大の課題は、高い電気代である。
日本のデータセンターのコストのうち、大部分を占めるのは電気料金であるが、日本は
国際的にみて電気代が高い。例えば米国との比較では、かつてほどの価格差はないもの
の 2006 年の時点で産業用電気料金は、日本は米国の約2倍である。
図7
高い日本の電気料金
http://www.venture.nict.go.jp/ezp/index.php/venture/node_2672/node_2755/node_15
953/node_15955
19
こうした事情から、データセンターは、これまでに経営の最重要イシューの1つとし
て、省エネ(CO2 削減)に積極的に取組んできた。他人から省エネの必要性を指摘さ
れる以前から、グリーン IT の推進は、会社にとっての死活問題であった。データセン
ターは少なくとも部分的にグローバルな競争に巻き込まれている。リアルタイム性や大
容量のデータの迅速な転送などが要求されない限り、多くのケースでデータセンターの
所在地が日本でなくても構わない。そうしたグローバルな価格競争の圧力により、たと
え電気代が高くても国際的な標準と大きくかけ離れた価格設定は不可能である。このこ
とは、結果的に日本のデータセンター事業者の低い収益率に直結していると考えられる。
日本のデータセンターの国際競争力向上のためには、電気代負担の軽減が欠かせない。
それが可能となるような産業施策の実施は、業界が熱望するものである。そして日本の
事情に合ない指標をベースとした目標を設定するのではなく、むしろ日本に合った別の
指標を提案すべきである。またデータセンターへ CO2 削減義務(ないしコスト負担)
を強いるべきでなく、むしろ電気代を下げる努力、国際標準により近い電気代負担で済
むような展開を期待すべきであろう。
日本の電気代は、国際標準と比べると値段が高いが品質も高い。現在の高い品質を保
ちながらより国際標準に近い料金が実現できれば日本社会全体に朗報となる。近年話題
となっているスマートグリッドの展開は、その一助となる可能性がある。また従来の電
気料金体系にとらわれること無く、例えば原子力発電を使うことを前提とした固定料金
制の導入などの工夫によって電力の提供側にとっても、データセンター側にとっても相
互にメリットのある工夫も検討すべきであろう。
日米の施策と設定課題
5.
5.1
日本における施策
クラウドコンピューティングの進展は、業界内での強い関心事であるだけでなく、行
政サイドも強い関心を示している。主要国では既にいくつかの具体的な政府系の施策が
20
実施に移されており、産業政策の主要テーマの1つとして着目されてきている。
経済産業省では、2008 年 1 月 21 日に SaaS 向け SLA ガイドラインを提示した。こ
れは、企業の経営者および情報システム担当者が SaaS を利用するにあたって適切な取
引関係を確保し、より効果的に SaaS を利用することを目的としたものである。情報セ
キュリティ確保の観点に重点を置き、SaaS の特徴と利用事例についても解説している。
同省ではさらに 2008 年 9 月 9 日に発表した「新経済成長戦略」の改訂の中で「グリー
ン・クラウドコンピューティング」の技術開発や実用化に取り組むことを明らかにした。
また総務省は、2008 年 11 月 11 日に「ICT ビジョン懇談会」における検討アジェン
ダ(案)」の中で、クラウドコンピューティングにより「規模の経済」が働く傾向が強ま
っており、海外に情報が流れてしまう点を指摘している。続く 2008 年 12 月 4 日に開
催された ICT ビジョン懇談会基本戦略 WG(第 2 回)においては、クラウドコンピュ
ーティングは新規産業に対してマーケットへの参入障壁を下げるという意見が示され
た。そして 2009 年 1 月 9 日の ICT ビジョン懇談会基本戦略 WG(第 3 回)では、
「自
治体のシステム構築における SaaS、クラウドコンピューティング等の技術を使用した
国レベルでの全体最適化の検討が必要」であるという意見が出されている。さらに 2009
年 1 月 27 日に開催された「ICT ビジョン懇談会(第2回)」では「ICT を必要なだけ
利用するというクラウドコンピューティング技術などを重点的に活用し、経営効率化や
新産業育成などを集中的に展開していくことも必要ではないか。」という提言が出され、
クラウドコンピューティングにかかわる施策の必要性が示唆された5。
経済産業省が実施している事業の1つが「中小企業向け SaaS 活用基盤整備事業」で
ある(図 8 および図9)。これは、主に従業員数 20 人以下の小規模企業を対象として、
財務会計などのバックオフィス業務から電子申請までを SaaS を活用して一貫して行え
るワンストップサービスを官民連携して構築・普及させようとするものである。
2007 年から 2009 年の主要官公庁の動向は、以下を参照した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Software_as_a_Service
5
21
図8
中小企業向け SaaS 活用基盤整備事業のイメージ(1)
図9
中小企業向け SaaS 活用基盤整備事業のイメージ(2)
22
また総務省は財団法人マルチメディア振興センターを通じて「ASP・SaaS 安全・信
頼性に係る情報開示認定制度」を開始した6。これは、今後、ASP・SaaS サービスの利
用を考えている企業や地方公共団体などが、事業者やサービスを比較、評価、選択する
際に必要な「安全・信頼性の情報開示基準を満たしているサービス」を認定するもので
ある。
自民党政権当時の 2009 年 3 月には、鳩山総務相の私的懇談会「ICT ビジョン懇談会」
において「霞が関クラウド」の構築など先端 ICT で 100 兆円の新市場創出を発表した。
そこでは、デジタル新産業の創出、霞が関クラウドの構築、ユビキタスタウン構想の推
進などが計画された。さらに ICT 産業の国際競争力の強化やグリーン ICT の開発・展
開なども取り上げられ、クラウドコンピューティング関連の政府主導の施策ビジョンが
発表され、一部は実施されている。
霞ヶ関クラウドは、目玉の政策の1つである。政府における情報システムを、クラウ
ドコンピューティングなどの革新的技術を活用し、関係府省が連携してハードウエアの
統合・集約化や共通機能のプラットフォーム化を実現し、
「霞が関クラウド(仮称)」を
2015 年までに段階的に整備していくというものである。
2009 年の民主党への政権交代により、これらの施策のいくつかは、計画推進が不透
明となっている。他方で、2010 年 1 月に原口総務大臣主導による「原口ビジョン」が
示され、ICT 活用による 2050 年を見据えた達成目標や知識情報革命の実現といったビ
ジョンが示された。しかし、原口ビジョンの中にはクラウドコンピューティングという
言葉は登場せず、今後の展開は未だに必ずしも明らかではない。
5.2
米国における施策
米国においては、民間主導のクラウドコンピューティングの展開が世界をリードして
いる。同時に政府施策も日本より先行している。そして米国では、政府機関が自らクラ
認定制度の運用に関する事務は、特定非営利活動法人 ASP・SaaS インダストリ・
コンソーシアム(ASPIC)
6
23
ウド型のサービスを積極的に構築、運用しはじめている。
米国防総省は、軍隊などに提供しているアプリケーションをホスティングしたり、情
報処理などのコンピューティングサービスを提供したりする RACE(Rapid Access
Computing Environment)と呼ばれるプライベートクラウドを構築し、2009 年 10 月か
ら試験運用開始した。国防総省はもともと、それより 2 年ほど前からオンデマンドコン
ピューティングサービスを立ち上げ、コンピューティングとストレージ容量を利用した
分だけ顧客に課金するモデルを導入していた。ところが必要なサービス開始までに何十
日もかかる場合があり運用に支障があることがあった。これに対し RACE は 24 時間利
用可能で、政府系クレジットカードによる支払いもできるクラウドサービスを構築した。
これにより必要サービスの開始までの時間が数時間まで短縮されたという報告がある。
またワシントン DC 政府は、業務アプリケーションを Google Apps に移行した。2008
年 11 月時点の報道によるとおよそ 5,000 人が利用を開始しており、さらに約 3,000 人
が移行段階にあった。なお、Google のツールを利用することは義務ではないため、残
りの 3 万人ほどの職員の移行は、職員自身またはその上司の要請を受けて随時行われる
ことになる。
さらに 2009 年 2 月、連邦政府公式ウェブポータルである USA.gov のホスティング
をクラウドコンピューティング型に移行すると発表し、2009 年 5 月からバージニア州
カルペッパーにある同社のデータセンターで運用を開始した。年間 1 億 4,000 万人以上
が訪問する連邦政府のポータルをクラウド型に移行することによって、管理コストの削
減と、クラウドコンピューティングに関する経験を他の政府機関と共有する狙いがある。
加えて米政府は 9 月 15 日(現地時間)、米カリフォルニア州マウンテンビューにある
NASA Ames Research Center でクラウドコンピューティング推進計画を打ち出し、そ
の一環としてクラウド上で動作するアプリケーションの売買を可能にするサイト
「Apps.gov」の立ち上げを発表した。
24
5.3
設定すべき課題
日本においても、より積極的にクラウドコンピューティングに関連した施策を推進す
べきであろう。その際に、以下の3つの問題意識を指摘したい。
1つ目は、「誰のための施策か」という観点である。クラウドコンピューティングの
議論の多くは、無意識に大企業によるクラウド活用のみを念頭においている。しかし、
日本の法人の大多数を占める中小企業への配慮も必要である。そしてその際には、中小
企業の IT 利用実態(及びニーズ)を十分に把握した上で課題を設定すべきである。2
つ目は「主要な経済目標の設定」という観点である。クラウドコンピューティングの進
展において期待すべきは、第一に「国内の公的機関および中小企業における労働生産性
の向上」であり、第二に「新たな国際競争力のある事業分野の開拓と育成」であろう。
さらに3つ目は、「短期的および長期的な重点課題の整理」という観点である。クラウ
ドコンピューティングは、短期的な展開として SaaS の普及から始まるであろう。その
ため政府自身による調達と、民間による新たな販売方式の確立が急務である。さらに長
期的にはプラットフォーム型のサービスの国際競争力強化が肝心であり、事業者の大規
模化とグローバル展開を視野に入れた施策を検討する必要があるであろう。
以上のような観点からクラウドコンピューティングに関して求められる施策を検討
すれば、以下のように整理できる。短期的に実施すべき施策は、以下のとおりであろう。
短期的施策(1)公的機関による SaaS 調達の促進策
SaaS の普及を促進するために、
「中央政府機関による積極的な(率先した)SaaS の
調達」や「公的機関に特化した調達ガイドラインの制定」は急務であろう。なお実施に
あたり、取組むべきでは「ない」案件もある。例えば、関連する各種法制度(電気通信
事業法など)の改訂を試みれば、それは長期化するため、短期的な施策とすべきではな
いだろう。また、SaaS 調達の促進に際しては、海外のサービスの過大評価は避けるべ
きである。
25
短期的施策(2)中小企業による SaaS 利用を促進するための施策
さらに中小企業の SaaS 利用を促進するために「SaaS の中小企業向け販売に関する
新たなビジネスモデルの開拓」が必要であろう。「どのようにすれば中小企業に SaaS
が普及するかを調査」し、
「中小企業の SaaS 導入に際しての減税や公的補助金」や「中
小企業向けの全国的な利用促進キャンペーン」が効果的であろう。
長期的施策(1)クラウドコンピューティング技術発展のための国による実証型事業
長期的な成果を目指した施策として、クラウドコンピューティングの技術的な進展を
支援するために複数年にまたがった「次世代の仮想化技術の研究開発及び実証研究」や
「規模とエネルギー効率を高める運用技術の研究及び実証実験」、
「クラウドにおける安
全・安心を高めるための研究及び実証実験」、および「クラウドコンピューティング技
術の国際標準化に関する調査研究」などが求められるであろう。
長期的施策(2)日本のサーバー関連サービス事業者の国際競争力強化のための施策
長期的施策の 2 つ目として「構造的なコスト高騰要因の排除(電気代、不動産税、耐
震コストなど)」や「国内におけるクラウド型サービス利用の地域的格差の解消策」の
実施が望まれる。これにより日本のクラウド型サービスを提供する事業者やデータセン
ターの国際競争力が地域的な格差を解消しながら向上するものと期待される。
26
6.
まとめ
日本は民間ベースでも、政府の施策においてもクラウドコンピューティングの展開に
関して米国を追随する立場にあり、官民における積極的な展開が求められている。施策
実施にあたっては、短期と長期の課題にわけて必要性を議論すべきであろう。クラウド
コンピューティングの進展は、中小企業を含めた日本の産業の国際競争力向上に寄与す
るであろう。そして同時にそれはグリーン IT の推進に他ならず、環境負荷軽減の切り
札的なアプローチの1つである。しかしクラウドコンピューティングに対しては、過度
な期待を抱くべきではない。それは極めて稀な革新的な出来事というよりは、IT 業界
において試みられてきた過去からの蓄積の上に成り立っており、IT の所有から利用へ
という流れを本格化させる進化である。
本調査研究では、クラウドコンピューティングにかかわる主要課題を整理することが
できた。しかしそれには限界があり、より広範囲な業界を対象とした調査が必要であろ
う。米国におけるクラウドの普及に比べて遅れているとはいえ、わが国でもクラウドサ
ービスを提供するデータセンター事業者が現れ始めており、今後ますます普及に拍車が
かかるものと思われる。そして断片的に報告されているクラウドコンピューティングの
影響について、新市場の創出というプラス面と、コンピュータおよび IT 産業に及ぼす
負の変化を調査するとともに、必要となる施策等についてのより深い洞察と分析が求め
られている。
27
28
-禁無断転載-
クラウドコンピューティング技術の活用による
グリーン IT ネットワークの実現性に関する調査研究
平成 22 年 3 月
作
成
財団法人 ニューメディア開発協会
東京都文京区関口一丁目43番5号
委託先名
株式会社日本アイティ総合研究所
東京都豊島区南池袋二丁目8番18号
Fly UP