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中国南部内陸農村における 農家労働力の流出と農民層分解

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中国南部内陸農村における 農家労働力の流出と農民層分解
広島国際学院大学研究報告,第48巻(2015),27~39
中国南部内陸農村における
農家労働力の流出と農民層分解
― 重慶市農村を事例として ―
莫 紅碧※,山本 昌弘
(平成27年10月 5 日受理)
Inland Farming Class Differentiation and Labor Outflow:
― A Case study of a Southern China Village ―
Hongbi MO※ and Masahiro YAMAMOTO
(Received October 5, 2015)
We reviewed the actual state of farmers’labor outflow and the
class differentiation of farmers in Y district in Chongqing City, an inland
farming village in the intermediate area that was neither a suburb
nor a frontier in southern China, since the latter half of the 1980s. As
regards labor outflow, it was revealed that after initially working away
from home alone or with one’
s sibling, followed by working away from
home with one’
s wife or husband or with parent
(s)or child(ren), whole
family migration ensued widely in the first half of the 2010s. In such a
situation, while accepting the labor outflow and the consequent increase
in the provision of farmland use rights, upper-class farms have been
expected to continue farming in their respective areas. However, even
the largest farms have only as small as about 7,000 m2 of farmland per
household, depend on a fragile agricultural labor and labor means, and
barely manage to thrive with severe underestimation of family labor cost.
Needless to say, farms from other classes are dependent on even smaller
land and even more fragile agricultural labor and labor means. As a
whole, the system of securing people who play a key role in agriculture
has not been sufficiently advanced. With this as the background, 37%
of the allocated arable land area in the surveyed village had been
abandoned and food supply base had been progressively undermined.
*
重慶長安鈴木汽車有限公司
27
28
莫 紅碧,山本 昌弘
Keyword:farmers’labor outflow, the class differentiation of farmers,
whole family migration, severe underestimation of family labor cost, landabandoned
本稿では,中国南部内陸・中間地域農村である重慶市Y地区における,
1980年代後半以降の農家労働力の流出過程と農民層分解の現状について検
討した。初期の単身型・兄弟型出稼ぎから出発し,夫婦型・親子型を経て,
2010年代前半には挙家離村型の労働力流出が広範に発生している点が明ら
かになった。また,このような労働力流出とそれに伴い増加が予測される
農地請負権の供給を受け止め,当該地域の農業の担い手となることが期待
される上層農家は,最大規模農家でも 1 戸あたり70アール程度と零細で,
脆弱な農業労働力と労働手段装備に依存し極めて低い水準の自家労働評価
を前提に成立しているに過ぎない。また,他の階層もより零細な耕地と,
より脆弱な農業労働力・労働手段装備に依存し,総じて農業の担い手の形
成は不十分である。このような関係の中で,調査村の配分耕地面積の37%
に及ぶ耕地が耕作放棄され,食糧供給基盤の脆弱化が進行している。
キーワード:農家労働力,農民層分解,挙家離村型,自家労働評価,耕作
放棄
1.課 題
本稿の目的は,中国南部内陸農村の農家労働力の流出と農民層分解構造を解明することにあ
る。その際,池上彰英(2005)の分析は重要である。同論文では,日中の研究者による1990年代初
頭と2000年代初頭の 2 次にわたる農家調査に依拠して,2000年代初頭の内陸農村について,兼業化
が進み,経営面積下層の農家の農業離れ(農地離れ)の傾向が看取されるという指摘を行ってい
る。と同時に,池上は,最下層から放出されるであろう農地請負権を受け止め農業生産力を高めて
いくことが期待される上層農家が形成されていない点をとらえ,中国の食糧生産基盤は弱体化しか
ねないという深刻な危機の予兆を指摘した。
ところで,池上論文がとらえたのは湖南省,貴州省,安徽省,四川省といった中国南部内陸農村
であり,中国北部農村を除外したうえでの議論であった。
中国南部と北部の農業構造の違いの一端をここで検討したい。
図1は,省レベルの農家人口1人当たり耕地面積と食糧作付面積指数を相関させたグラフである
が,前者が 4 ムー1)以下の零細経営地域では,おおむね後者が100を下回り,1990∼2011年におい
て食糧作付面積を減少させ,土地利用型農業の衰退地域であることを示す2)。一方,農家人口1人
あたり耕地面積が 4 ムーを超える黒龍江省,内モンゴル自治区,吉林省など中国北部の地域で
は,食糧作付面積を1990年から2011年にかけて拡大させており,中国における土地利用型農業が全
般的に衰退傾向をたどっているわけではない。全体として見て,これら二つのデータはおおむね正
の相関関係にあると読み取ることができ,経営耕地規模の大小が農業展開の盛衰を規定しているこ
とは明らかであるが,この差異は基本的には中国の南北の農業構造の差異,換言すれば,自然的条
29
中国南部内陸農村における農家労働力の流出と農民層分解
有構造の違いに起因す
3)
るものであろう 。
また,上述の池上彰
英(2005)が把握した
のは,挙家離村がほと
んど見られない中での
農民層分解構造であっ
た。同論文43ページに
は,1992年∼2002年の
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食糧作付面積の変化(1990年→2011年 1990年=100)
件に規定された土地所
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調査戸数のデータが示
の調査地域の農家戸
ムー
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農家人口1人当たり耕地面積(1997年)
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されているが,四川省
図 1 経営耕地規模と食糧作付面積(中国各省)
数 は100戸 か ら98戸 に
減少している。しかし,その他の湖南省,貴州省,安徽省の調査地域の農家戸数は微増してお
り,挙家離村が一般的に起きているわけではない。
本稿では,池上彰英(2005)が2000年代初頭の調査に基づき2005年に予測した中国南部農村の深
刻な事態は,挙家離村の一般化の中で現実化している点を指摘したい。
さらにいえば,その危機は中国南部内陸農村全体を等しく包んでいるのではない。われわれ
は,中国南部内陸農村を少なくとも,①都市近郊農村,②中間地域農村,③辺境地域農村の 3 地域
に区分して議論すべきだと考えている。この中で中間地域農村こそ危機が最も先鋭化している点に
留意が必要である。中間地域農村は,重慶市を例にとればその中心部から150㎞程度農村部に進ん
だあたりで,農地貸借が進展している。図 2 がそのことを示す。図 2 は,重慶市の県・区ごとの農
林漁業人口率(総就業人口に占める農林漁業人口の比率)と借入農家率の 2 つのデータの関係を示
グループに分けられよ
う。Ⅰグループは農林
漁業人口率が小さく都
市に近い地域と考えら
れるが,借入農家率が
おおむね 5 ∼10%で低
い水準に留まる。Ⅱグ
35
農 地 借 入 農 家 率 2006年
きく言えばⅠ∼Ⅲの 3
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30
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20
15
10
ループは農林漁業人口
率が高く都市から遠い
と推定される辺境地域
であるが,借入農家率
はここでも総じて低
い。これらに対し,Ⅲ
ϩ
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20
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30
40
50
60
70
80
90
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農林漁業人口率
(対総就業人口)
2010年
図 2 農地借入農家率と農林漁業人口率(重慶市各県・区)
%
30
象地域である中間地域
で,農林漁業人口率は
ⅠとⅡの中間である
が,借入農家率はⅠ及
びⅡより高い。
Ⅲ地域でなぜ借入農
家率が高いかについて
は,われわれはこれら
農 村 常 住 人 口 率︵ 対 農 村 戸 籍 人 口 ︶ 2006年
地域こそ本稿の分析対
莫 紅碧,山本 昌弘
110
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80
75
地域においては労働力
70
の流出が激しく農業経
65
営の縮小・離農世帯が
60
0
10
20
30
40
50
多数形成された結果,
借入農家率が高まって
いるのではないか,と
60
70
80
90
%
農林漁業人口率
(対総就業人口)
2010年
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図 3 農村常住人口率と農林漁業人口率(重慶市各県・区)
いう仮説を持ってい
る。この仮説をある程度裏付けると考えるのが図 3 である。これも県・区ごとのデータをプロット
したものであるが,横軸は図 2 横軸と同じ指標で,農林漁業人口率をおき,縦軸には農村常住人口
率(農村戸籍人口に占める農村常住人口4)の比率)を取っている。
ここで見て取れるのは,農林漁業人口率がおおむね60%以下の都市に相対的に近い地域では負の
相関関係があり,都市から離れれば離れるほど労働力の流出が進み農村常住人口が減少すると指摘
できる。労働力の流出が農業経営の縮小・離農を促進し,借入農家率上昇に寄与しているとみなす
ことができよう。一方,おおよそ農林漁業人口率60%以上の農村部ではそれ以下地域で見られたよ
うな負の相関関係を見出しがたい(図 3 )。この点はどのように解釈すべきであろうか。
これについては,このような都市からかなり遠い地域では何らかの労働力流出に歯止めをかける
規範がより強く働いていると考える以外ないであろう。と同時に労働力を流出させようとする農林
漁業人口率60%以下地域で働いていた力も同様に作用し,したがって何ら法則性を見いだせないよ
うな外観を呈しているのではないかと考える。
ここで指摘したいのは,図 2 ・図 3 を合わせて見れば,農林漁業人口率がおおよそ50∼60%のあ
たりで,農村常住人口率が低く,かつ,農地の借り入れ農家が多数形成されている地域が検出され
る点である。この農地借り入れ農家の広範な形成,いわば活発な農地貸借の背景としては,農村常
住人口率をこの地域の中での最低水準まで引き下げるような農家労働力の激しい流出を指摘できよ
う。このような地域(図 2 Ⅲ地域)こそ私たちのいう中間地域農村である。
通常農地貸借は農業の構造再編を期待させる事象であり,農業衰退とは対極的なベクトルをも
つ。しかし,後述のように農地賃貸借による農業生産の維持を超えて農家労働力の流出は進んでい
るのである。したがって,農地貸借の多い中間地域農村は,池上論文が指摘したような,経営耕地
下層の農業離れ(農地離れ)の一方で,十分な厚みの上層農家が形成されず,食糧供給基盤の脆弱
性を示す地域の典型といえると考えられる。
本稿では,中間地域農村の典型としての重慶市潼南県宝龍鎮のひとつの村民小組(以下,A村民
中国南部内陸農村における農家労働力の流出と農民層分解
31
小組と呼ぶ)の 1 地区の悉皆調査をもとに,上述の視角により農家労働力の流出と農民層分解構造
を分析した。
2.中国南部内陸農村における農家労働力の流出過程
⑴ 調査村の概要
調査村は,重慶市中心部から約150kmの距離にある重慶市潼南県宝龍鎮X村A村民小組である。
この村は漢族の村であり,畑約150ムー,水田約105ムーである。A村民小組は 2 つの地区(以下,
Y地区・Z地区と呼ぶことにする)に分かれており,今回の調査はほぼ 7 割の耕地を占めるY地区
を調査対象とした。
人民公社制度廃止後の農地の配分を受けて独立の生計を営む人々の単位を1世帯と計算するなら
ば,このA村民小組Y地区には離村世帯も含めて現在47の世帯が存在する。A村民小組Y地区は筆
者の一人である莫が生まれ育った村である。調査は,2011年から2012年にかけて聞き取り等によっ
て行われた。
人民公社制度の廃止の後,農家請負制度の下,1980年に畑1人当たり0.6ムー,田1人当たり0.4
ムーが村民委員会から配分された。2000年頃に道路建設のため農地転用があったので,農地面積は
減少し,畑は1人当たり0.58ムーに,田は1人当たり0.38ムーに減った。2000年頃までは,村の婚
姻・出生・死亡などの人口の増減に伴って,配分面積の調整を行っていたが,その後は国の土地請
負権30年不変の政策に基づき,配分調整を行っていない。
以下,まず,1980年代後半以降この地域を最も大きく揺り動かした農家労働力の流出過程を概観
し,次にそれにともなう農民層分解構造の変容について検討する。
⑵ 調査村における農家労働力の流出過程
この地域の農家労働力の流出は,1980年代の後半から始まる。本調査地域において通勤兼業は皆
無で,ほぼすべて住居を村外に移しての「出稼ぎ」であるので,ここでは出稼ぎという言葉を用い
る。出稼ぎは,単身で行う単身型から始まり,兄弟型,夫婦型,親子型へ展開し,2000年代後半以
降,挙家離村型が多数発生している点が特徴的である。
1) 単身・兄弟型から夫婦型・親子型へ(1990年代前半∼ 2000年代前半)
1980年代後半,当時の30歳代の男子が,主として重慶市中心部に出稼ぎを始めた(紙数の関係で
表出はしていない)。この時期の出稼ぎは,農閑期に建設業を中心として就業し,農繁期には帰村
し農作業にも半年程度従事した。それらは単身男子が行う出稼ぎであったので,ここではそれらを
単身型の出稼ぎと呼ぶ。
1990年代に入り,勤め口が多くなり,出稼ぎの様相は大きく変化する。出稼ぎ者男子で年齢が低
下し,20∼30歳代層によって出稼ぎが行われるようになり,兄弟での出稼ぎも始まる。また20∼40
歳代女子も出稼ぎに出始めるようになる。出稼ぎ先は男女とも,重慶市よりさらに広がり,遠方の
省・自治区(広東省など)にまで展開する。職種は最も多いのは製造業勤務者(工員)であり,
1990年代後半以降は新卒業者も重慶市中心部や広東省などに継続的に流出し,それまでの職種に加
えて,会社の事務・営業職や教師・公務員等もわずかながら形成されるようになる。これは,高校
卒業者などこれまでに比べればさらに高学歴の若年者が輩出され始めたことに基づくものと考えて
よい。
32
莫 紅碧,山本 昌弘
表1の上段は,1990年代前半(1993年)∼2000年代前半(2003年)出稼ぎ類型の変化を示してい
る。1990年代前半においては,出稼ぎを行った20世帯のうち16戸は単身型出稼ぎで,出稼ぎ者の中
では中心的存在であった。それ以上に注目すべきは出稼ぎを行わない世帯が26戸と調査対象の総世
帯47戸の過半を占めていたのである。2000年代前半にかけてこれら出稼ぎなし世帯が一斉に出稼ぎ
を始め,出稼ぎ形態も大きく変化を遂げる。しかも,単身者のみならず小さい子どもがいれば,親
族に預け,通年,長期間夫婦または親子で出稼ぎするようになる。
2000年代前半の出稼ぎは夫婦型と親子型が中心で合わせて28戸を占め,単身型は 7 戸に減少する
(表1)。1990年代前半の単身型16戸の中で 9 戸は親子型へ移行する。ここで,注目すべきはすでに
村に居住者が一人もいない挙家離村型に移行している世帯が 5 戸に上っている点である。
また,1990年代前半に出稼ぎのなかった世帯26戸は,11戸が夫婦型, 6 戸が単身型, 4 戸が親子
型へ移行しているが,挙家離村型への移行は 0 である。出稼ぎなし→単身型→夫婦型・親子型へと
おおむね段階を踏んで出稼ぎ形態は変化しているといってよい。
表 1 出稼ぎ形態の変化(A村民小組Y地区)
単位:戸
2003年
1993年→2003年
単身型
単身型
夫婦型(兄 親 子 型( 兄
出稼ぎなし
弟の出稼ぎ 弟・夫婦の出 挙家離村型
合計
世帯
を含む)
稼ぎを含む)
兄弟型
1
0
兄弟型
1
9
2
夫婦型(兄弟の
出稼ぎを含む)
親子型(兄弟・夫
1993年 婦の出稼ぎを含む)
5
0
1
16
3
1
1
0
挙家離村型
0
出稼ぎなし世帯
6
2
11
4
新設世帯
3
1
合計
7
2
15
13
7
26
1
3
47
2011年
2003年→2011年
単身型
単身型
夫婦型(兄 親 子 型( 兄
出稼ぎなし
弟の出稼ぎ 弟・夫婦の出 挙家離村型
合計
世帯
を含む)
稼ぎを含む)
兄弟型
4
兄弟型
2
1
夫婦型(兄弟の
出稼ぎを含む)
親子型(兄弟・夫
2003年 婦の出稼ぎを含む)
1
7
1
2
2
6
7
15
7
6
13
7
7
挙家離村型
出稼ぎなし世帯
3
新設世帯
合計
3
0
4
1
5
14
20
3
47
資料:実態調査(2011年・2012年)
注:単身型:世帯の中に出稼ぎ者が1人しかいない世帯のこと
兄弟型:世帯の中に出稼ぎ者が2人以上で、独身の兄弟であること
夫婦型:世帯の中に出稼ぎ者が2人以上で夫婦で出稼ぎしている世帯。兄弟関係にある出稼ぎ世帯員がいる世帯でも、夫婦出稼ぎ世帯員がいればここに含める。
親子型:世帯の中に出稼ぎ者が2人以上で親子で出稼ぎしている世帯。出稼ぎする夫婦・兄弟の世帯員関係が存在していても親子出稼ぎ世帯員が存在すればここに含め
る。
挙家離村型:村の中に世帯員が1人も居住せず、家族全員村外に住んでいる世帯
出稼ぎなし世帯:世帯の中に1人も出稼ぎしていない世帯のこと
新設世帯の1戸は1993年以降に分家して2003年に挙家離村世帯になっている
33
中国南部内陸農村における農家労働力の流出と農民層分解
2) 夫婦型から親子型・挙家離村型へ(2000年代前半∼ 2010年代後半)
その後,2000年代の後半以降挙家離村世帯が急増し,2010年代前半には調査対象47戸のうち挙家
離村世帯は20戸に達している(表1)。この変化を詳細にみると,2000年代前半15戸であった夫婦
型は,2010年代後半にかけて 6 戸が親子型へ移行し, 2 戸が夫婦型に留まり,それ以外の 7 戸が挙
家離村型に変化している。2000年代前半の親子型13戸は2010年代後半にかけて 7 戸が親子型に留ま
り,それ以外の 6 戸が挙家離村型に移行している。大きな流れとしては,夫婦型→親子型→挙家離
村型という展開過程を指摘できる。
挙家離村世帯(2011年20戸(表 1 ))には,おおよそ富裕化型,親世代欠損型などのタイプが存
在するが,富裕化型は都市や町にマンションを所有しかつ居住する世帯で,このタイプは12戸
(60%)と過半数に達している。これら世帯は農外就業による富裕化のため農業収入に依存する必
要がなくなった世帯であり,何よりマンションの所有がそれを象徴的に表す。彼らが購入したマン
ションの価格は15万元∼50万元(2008年)で,都市部の 1 人あたり家計費が年間12000元前後であ
るので,その経済力の高さが理解でき,彼らの場合は帰村の可能性は小さいと思われる。
親世代欠損型などのタイプの挙家離村世帯においては,彼らの都市で居住する家屋は借家が一般
的で都市では家屋を所有しておらず,所有している家屋は村にある木造家屋や煉瓦造りの家, 2 階
建ての建物(楼房)である。親世代欠損型( 3 戸)は,若年者が出稼ぎに出て,親世代だけが村で
農業を営み暮らしていた世帯で,親の死亡あるいは高齢化により,村居住者が 0 になった世帯であ
る。これら富裕化型以外の挙家離村世帯は富裕化型に比べれば経済力が劣っており,将来帰村する
可能性が比較的高いと考えられる。
なお,現在男女とも40歳代以下の労働力のほとんどが流出している。表 2 に依れば,50歳代でも
男子の場合はほとんどが出稼ぎに出ているが,女子ではほぼ半数にとどまる。60歳代以上でも男子
の場合は 4 分の 1 程度が流出したが,女
表 2 年齢別出稼ぎ者数(A村民小組Y地区)
単位:人,%
子の場合はほとんど流出していない。こ
こで特徴的なのは,流出した労働力の還
流が極めて少ない点である。流出した男
年齢
子74人の中でわずかに 4 人(すべて50歳
代)が帰村しているに過ぎず,また流出
した女子では47人中,帰村したのは 1 人
(40歳代)のみである。
男
3.中国南部内陸農村における農民層分
解の特徴
このような労働力の流出の下,どのよ
うな農民層が形成されつつあるのか,以
下指摘しておく。
⑴ 調査村における農業概要
この地域の主な作物は米,とうもろこ
し,落花生,アブラナであるが,現金収
入は落花生,アブラナの販売に留まり,
女
70歳代
60歳代
50歳代
40歳代
30歳代
20歳代
10歳代
0~9歳
合計
70歳代
60歳代
50歳代
40歳代
30歳代
20歳代
10歳代
0~9歳
合計
出稼ぎに
出稼ぎに
出た人の
出稼ぎ 出た人の
年齢別
調査農村 う ち 農 村
に出た うち農村
総人口
在住者数 に 戻 っ て
人
に戻って
きた人の
きた人
割合
3
12
20
12
21
18
17
10
113
6
14
14
14
10
11
9
3
81
0
3
17
12
20
18
4
0
74
0
1
8
14
10
10
4
0
47
0
0
4
0
0
0
0
0
4
0
0
0
1
0
0
0
0
1
3
7
6
0
1
0
5
4
26
5
10
5
1
0
0
1
1
23
資料:実態調査(2011年・2012年)
注:表示した世帯員以外に出稼ぎに出ず、村外に流出した者が存在する。
0
0
24
0
0
0
0
0
5
0
0
0
7
0
0
0
0
2
34
莫 紅碧,山本 昌弘
購入する食料は麺類など僅かな種類と量に留まっており,自給的要素が今なお色濃く残存してい
る。かつて盛んであった養蚕養豚の衰退が著しく,また主な労働手段は牛,半自動脱穀機,電動揚
水機,ミニ籾摺り機,鍬,鎌に留まる。
この地域の農業における特徴は,農家労働力の流出の下,後述のとおり農業生産力の発展を担う
上層農家が形成されていない点にあり,そのような農業の担い手不足の中で,耕作放棄地が大量に
発生しており,調査地域の耕作放棄地面積は,調査47世帯の配分面積178ムーのうち,66ムー(調
査地域の配分農地面積から耕作面積を控除して推計した値),37%に達している。
⑵ 農民諸階層の現状
以下,主として農地の貸借を基準として農家を 4 つの階層に区分し,それぞれの性格について検
討を行う。
1) 在村農地借り入れ農家
<土地所有と労働力の保有状況>
この農家階層の借り入れ耕地は最大で 8 ムーだが, 3 ムー以下が 6 戸を占め,この層の農家の 3
分の 2 に達している(表 3 )。 1 戸あたりの配分耕地面積は 3 ∼ 6 ムーである。配分耕地面積+借
り入れ耕地の耕作面積は最大で11ムー程度,最小で 4 ムーに過ぎない。この村の中では最も土地所
有規模の大きい層ではあるが,その零細性は明らかである。
この階層の主要な農業労働力は, 1 戸あたり男女それぞれ0.8人,0.9人と大部分の農家で夫婦の
協業が可能である(表 4 )。表 4 は,農村在住世帯員を示しているが,農村在住世帯員は,ほぼ
100%農作業に従事しており,農村在住労働力イコール農業労働力と考えてよい。年齢は50∼70歳
の幅があるが,50歳代が男女それぞれ 1 戸あたり0.3人,0.6人と相対的にはかなりの厚みで存在す
ることが,この階層の特徴である(表 4 )。20歳以下の非労働力の世帯員の多くが村に在住し,ま
たその両親は出稼ぎに出かけており,両者の別居が多い。20歳以下の非労働力の世帯員と同居して
いるのは,多くの場合50∼70歳の祖父母である。
男子50歳代の農業従事世帯員 3 人のうち, 2 人は出稼ぎから帰ってきた世帯員である。この 2 人
以外の50歳以上の男女農村在住世帯員(13人)は出稼ぎに出ていない世帯員であり,彼らによって
この階層およびこの地域の農業は支えられている。
<労働手段体系>
労働手段体系について,この階層が他の階層に比べ優位であるのは半自動脱穀機を所有している
点である。 9 戸中 6 戸が所有している(表 3 )。この半自動脱穀機は1台800元程度であるが,この
階層において多くの農家がこの機械を所有しているのは,彼らの耕地面積が相対的に大きく適期作
業を行うためである。単年度で2000∼6000元程度の種代・農薬費・肥料代と比較すると,その負担
額は大きいとは言えない。耕耘用の労働手段としては,牛が使用されているが,牛を所有している
のは24番農家のみで,農地借り入れ農家も含め村内の他の農家は24番農家か村外の牛を持つ農家か
ら牛を借り受け耕耘を行うか,彼らに耕耘を委託する。牛以外には鍬があり,それにより耕耘を行
う。米や小麦などの収穫は村内のすべての農家が鎌を使用し,農地の借り入れ農家も同様である。
総じて,労働手段体系は他の階層と同様で,農業機械などの労働手段体系が生産力構造において大
きな役割を演じることがなく,裸の労働力と道具が大きな役割を演じる労働力優位の生産力構造の
段階にあるといってよい。
35
中国南部内陸農村における農家労働力の流出と農民層分解
表 3 農家階層別農業経営概要(A村民小組Y地区)
単位:人,ムー,元
農家階
層区分
在村農
地借り
入れ農
家 農家
番号
半自動
家族総 農地分配
豚飼養 農産物生
農産物現
農業経済
耕作 配分耕 借地 貸し付 耕作放
自家消費
農業経営 農業所得 家計費
脱穀機 農村在
世帯員 基準世帯
頭数
産額
金収入
余剰
所有農 住人口
(推計)
(推計)
面積 地面積 面積 け面積 棄地
額(推計)
費(推計)
(頭) (推計)
(推計)
(推計)
数
員数
家
5
○
1
4
3
11
3
8
0
0
2
13,020
1,154
11,867
5,500
6,367
1,000
5,367
23
○
3
5
4 11.6
4
7.6
0
0
4
12,771
2,771
10,001
5,800
4,201
3,000
1,201
3
5
6
9
6
3
0
0
2
11,258
2,081
9,178
4,500
4,678
3,000
1,678
○
2
3
3 10.2
3
7.2
0
0
2
10,344
1,617
8,727
5,100
3,627
2,000
1,627
1
2
5
7
5
2
0
0
2
7,970
1,154
6,817
3,500
3,317
1,000
2,317
3
6
6
7.6
6
1.6
0
0
2
8,138
2,081
6,057
3,800
2,257
3,000
-743
1
3
3
4.5
3
1.5
0
0
2
5,074
1,154
3,921
2,250
1,671
1,000
671
4
8
4
6
4
2
0
0
4
6,950
3,234
3,716
3,000
716
4,000
-3,284
-983
21
24
29
32
○
25
18
○
4
○
9
20
在村農
地貸し
借りな
し農家
在村農
地貸付
農家 在村非
農家 挙家離
村世帯
○
2
5
3
4
3
1
0
0
2
4,634
1,617
3,017
2,000
1,017
2,000
2
6
6
6
6
0
0
0
2
6,950
1,617
5,333
3,000
2,333
2,000
333
2
6
6
6
6
0
0
0
2
6,950
1,617
5,333
3,000
2,333
2,000
333
0
-325
27
2
6
5
5
5
0
0
2
5,792
1,617
4,175
2,500
1,675
2,000
46
1
1
3
3
3
0
0
1
4,703
809
3,895
2,000
1,895
1,000
895
34
1
5
5
3
5
0
2
1
3,614
809
2,806
1,500
1,306
1,000
306
26
2
5
4
2.5
4
0
1.5
0
3,243
927
2,316
1,250
1,066
2,000
-934
30
3
4
3
3
3
0
0.2
2
4,332
2,081
2,252
1,750
502
3,000
-2,499
47
1
1
2
2
2
0
0
0
2,317
464
1,853
1,000
853
1,000
-147
31
3
6
4
2.6
4
1.4
0
2
5,744
2,081
3,664
2,000
1,664
3,000
-1,337
22
1
3
4
3.1
4
1
0
2
3,341
1,154
2,188
1,550
638
1,000
-362
17
2
6
6
2
6
2.9
1.1
0
2,525
927
1,598
1,000
598
2,000
-1,402
36
1
4
4
1
4
0.6
2.5
0
1,436
464
973
500
473
1,000
-528
35
1
5
4
1
4
1.6
1.4
1
1,436
809
628
500
128
1,000
-873
1
4
3
0
0
1,436
927
509
500
9
2,000
-1,991
11
9
33,159 100,820
57,500
43,320
44,000
-680
44
2
2
4
6
1
5
6
6
42
1
3
4
4
43
1
2
3
3
45
1
1
0
0
3
0
6
5
5
7
0
6
4
4
15
0
6
5
5
12
0
5
4
4
16
0
5
2
2
2
0
4
2
2
8
0
4
3
3
10
0
4
5
5
11
0
4
2
2
14
0
4
3
3
1
0
3
0
0
13
0
3
4
4
19
0
4
4
4
28
0
4
4
4
33
0
4
4
4
39
0
5
4
4
37
0
4
4
4
38
0
4
3
3
40
0
2
3
3
41
0
1
3
合計
48
194
178
3
112
178
34
37 133,979
資料:聞き取り調査(2011年・2012年)
注:①在村非農家及び挙家離村世帯に貸付地・耕作放棄地は存在すると考えられるが、未調査のため表出していない。
②農産物生産額(推計)は、自家消費分も含み、畑では、落花生とアブラナまたはトウモロコシが作付けされ、田では、米とアブラナが作付けされる
と想定して、以下の計算式を基準にして試算した。なお、田の半分は冬季も水を張るため使えず、アブラナの作付ができないと想定している。
・畑での1ムーあたり農産物生産額=落花生の単価(4.2元/kg)×平均単位面積当たり収量(175kg/ムー)+アブラナの単価(2.1元/kg)×平均単位面積あたり収量
(175kg/ムー)×0.5+トウモロコシの単価(2.3元/kg)×平均単位面積当たり収量(450kg/ムー)×0.5
・田での1ムーあたり農産物生産額=米の単価(2.6元/kg)×平均単位面積当たり収量(500kg/ムー)+アブラナの単価(2.1元/kg)×平均単位面積あたり収量
(175kg/ムー)×0.5
③自家消費額(推計)は、トウモロコシ自家消費額(豚1頭当たりトウモロコシ平均給餌量(150kg)×単価2.3元/kg×豚飼養頭数)+一人当たりの平均自家食糧消
費額
((落花生5kg×単価4.2元/kg+アブラナ25kg×単価2.1元/kg+水稲150kg×単価2.6元/kgの合計)×在村人数)
④農産物現金収入(推計)=農産物生産額(推計)-自家消費額(推計)
⑤農業経営費(推計)=(肥料代+種代+農薬費)×耕作面積
⑥農業所得(推計)=農産物現金収入(推計)-農業経営費(推計)
⑦家計費(推計)=1人当たり1000元×在村人数
⑧農業経済余剰(推計)=農業所得(推計)-家計費(推計)
⑨経済力世帯類型のA~Dは本文参照のこと。
⑩半自動脱穀機の所有農家は〇で示している。
36
莫 紅碧,山本 昌弘
表 4 在村農家の年齢別在村世帯員数(A村民小組Y地区)
単位:人
合 計
70歳~
(20歳以上)
在村農地借り 男
入れ農家
女
60~69歳
50~59歳 20~ 49歳 20歳未満
7
1
3
3
0
5
8
1
2
5
0
0
6
0
4
2
0
0
6
2
4
0
0
2
在村農地貸し 男
付け農家
女
3
1
1
0
1
2
5
2
2
0
1
0
在村農地借り 男
入れ農家
女
0.8
0.1
0.3
0.3
0.9
0.1
0.2
0.6
1戸あた
在村農地貸し 男
り世帯員
借りなし農家 女
数
0.8
0.0
0.5
0.3
0.8
0.3
0.5
0.0
在村農地貸し 男
付け農家
女
0.5
0.2
0.2
0.0
0.2
0.8
0.3
0.3
0.0
0.2
世帯員数
(実数) 在村農地貸し 男
借りなし農家 女
農家戸数
(戸)
9
8
6
0.6
0.3
0.3
資料:聞き取り調査(2011年・2012年)
<農家経済状況>
農家経済に目を転じよう。農産物現金収入は12000元∼3000元程度であるが,これから肥料代な
どを差し引いた現金農業所得は6400元∼700元程度となる(表 3 )。これに現金家計費を控除した額
(ここでは,これを農業経済余剰と呼ぶ)は,この層 9 戸中 3 戸が赤字となる。この 3 戸は耕作面
積が 8 ムー以下で農業所得が3000元以下である。赤字部分は息子たちからの仕送りで補てんされて
いると考えられる。
農業所得の最も大きい5番農家の場合,11ムーの耕作面積で,農業経済余剰は5000元で余裕があ
るが,特殊事例と考えてよいであろう。一般的には1000元∼2000元程度の農業経済余剰にとどまる。
ここでの家計費は 1 人あたり年間1000元で計算した。農産物の自家消費分はこれも 1 人あたり年
間1000元程度でカウントしており,あわせて 1 人あたり年間2000元の実質的な家計費と考えてよい
が,これは都市部の年間家計費が12000元前後と推定されるので,都市に比べれば家計費支出を極
度に抑えて,この階層の農業経営は成立しており,そのような低賃金評価による農業経済余剰と認
識すべきであろう。
<まとめ>
以上見たように,この階層は農地を借り受け規模拡大を行っているものの農業生産力の発展を先
導するような性格を持たない。自家労働の低賃金評価により成り立つ経営であり,部分的にはそれ
でも農業経済余剰が赤字で,息子たちからの仕送りに依存せざるを得ない経営も含まれている。こ
の階層をして最大規模階層とさせている要因は,50歳代労働力を相対的に多く抱えていることに象
徴的な農村在住労働力の質的な優位性にある。上述のとおり,これら労働力の大部分は出稼ぎに出
なかった労働力である。25番農家, 4 番農家の52歳男子と56歳男子のみが出稼ぎに出て,還流し農
業に従事している労働力である。と同時にこの階層の中には60歳代以上労働力もかなり広範に存在
する。彼らはすべて出稼ぎに出なかった労働力である。
要するに,この地域の農業経営の中核である在村農地借り入れ農家は,出稼ぎに出なかった農民
+わずかな還流労働力で農業経営を支えているということになる。これは,今後のこの地域の農業
を展望するうえで示唆的である。50歳代以上の労働力のリタイアのあと,40歳代以下の労働力の還
流が上の世代とそれほど大きく変わらなければ,この地域の農業は労働力不足により,より深刻な
衰退現象を招いてしまうといえよう。
中国南部内陸農村における農家労働力の流出と農民層分解
37
2) 在村農地貸し借りなし農家
<土地所有と労働力の保有状況>
この農家階層においては,農地の貸し借りはない。配分面積は 2 ∼ 6 ムーであり,上述のとおり
1人1ムーで配分された結果である。この階層の 8 戸中 3 戸で耕作放棄を発生させている点が特徴
的である(表 3 )。この層の農村在住人口は 8 戸中 1 戸を除き,1 戸あたり 1 人または 2 人である。
頭数だけは農地借り入れ農家とそれほど変わらない。しかし,年齢層は,農地借り入れ農家よりさ
らに高齢化し,60歳代が中心となる。表 4 によれば,これら農家の場合,50歳代男女在村世帯員数
は1戸あたり0.3人で,農地借り入れ農家が男女合わせて0.9人だったのに比べ大きな違いがある。
逆に60歳代では男女それぞれ0.5人で農地借り入れ農家を上回るのである。40歳代以下は軒並み他
出しているが,農地借り入れ層に比べ60歳代層が中心ということで,家族構成が異なっており10歳
未満が少なく,大部分の60歳代層の孫にあたる20歳以下層が就業しており,この階層の場合祖父母
と農村で暮らす子供は少ない。
<労働手段体系>
労働手段体系として注目されるのは,半自動脱穀機の保有が少ない点であるが,それ以外の耕耘
や除草などの労働手段では農地借り入れ農家と変わらず,ここでも労働力優位の生産力構造にある
といってよい。
<農家経済状況>
零細な耕地面積と高齢化した農業労働力によって,この階層の農産物現金収入は2000元∼5000元
と農地借り入れ農家に比べかなり少ない。農業経済余剰は900元以下,赤字となっている経営が 8
戸中 4 戸で,農業だけでは経済的自立は一般的には困難で,息子たちからの仕送りに依存せざるを
得ない世帯が相当数に達していることが明らかである。
<まとめ>
現状は主要な農業労働力は出稼ぎに出なかった60歳代で,40歳代を中心とする息子世代が都市で
長期の出稼ぎを行っている。60歳代のリタイアの時期は近いといえるが,問題は40歳代層の帰村の
可能性である。他出した男子労働力の帰村は50歳代でも20%程度にとどまる(表 2 )。このような
状況からすれば,この階層の少なくない農家は早晩離農に至ると考えてよいであろう。離農時に耕
作されていた農地は,貸付けされるか,耕作放棄されるかであるが,上述の在村農地借り入れ農家
の現状からすれば,後者の可能性が高いと言わざるを得ない。
3) 在村農地貸付農家
<土地所有と労働力の保有状況>
この農家群の配分耕地面積は1戸あたり 4 ∼ 6 ムーと比較的多い(表 3 )。この層の農家全体
で,貸付農地面積は7.8ムー,耕作放棄面積は 5 ムーとかなりな規模に達しており,その合計面積
は耕作面積(12.1ムー)を超えている。1戸あたりの耕作面積は大部分 3 ムー以下と極めて零細で
ある。この背景には農地貸し借りなし農家よりさらに労働力の高齢化と女性化が進行している点と
いう事情がある。60∼70歳,70歳以上の1人あたりの女子農業労働力はともに0.3人で,50歳代の
農業労働力は1人もいない(表 4 )。この階層は50歳代後半から60歳代前半の世帯員が少なく,そ
のような家族構成上の特徴をもった階層であるといえる。
38
莫 紅碧,山本 昌弘
<労働手段体系>
労働手段体系では上述の農地貸し借りなし農家で指摘した点とほぼ同様である。
<農家経済状況>
農産物現金収入は4000元以下,半数が1000元を下回り,農業経済余剰はすべて赤字で,しかもそ
の額は農業所得を超えており,基本的に息子たちからの仕送りに依存せざるを得ない。
<まとめ>
現状ですでに離農しつつある経営といってよい。40歳代以下の帰村がまだ当分先のことであると
すれば,完全な離農に至るのはそれほど遠い将来ではないであろう。現在の貸付面積と耕作放棄面
積を比較すると若干前者の方が後者より多いが,上述の在村農地借り入れ農家の現状からすれば,
後者の増加の可能性が高いと言わざるを得ない。
4) 在村非農家世帯
在村非農家は 4 戸のみでやや特殊事例である。労働能力を失った高齢者か在学中の10歳代の子弟
のみが在村するケースで,後者の場合は親類の家などに預けられている。後者の事例の典型は,42
番世帯である。この世帯の世帯主(48歳)は就学していない。40歳代で就学していないのは,まれ
である。世帯主の兄(54歳)も就学せず, 2 人とも重慶市の都市部で同居している。彼らは,1980
年代後半から1990年代初期のかなり早い時期から出稼ぎに出て,ずっと建設現場で働いている。世
帯主は雲南省出身の女性と結婚し 1 人息子(15歳)も設けたが,10年以上前に離婚した。息子は村
で 1 番上の兄(24番世帯)に預けている。
4.むすびに代えて
以上,中国南部内陸の中間地域農村である重慶市の潼南県A村民小組Y地区における,1980年代
後半以降の労働力の流出過程と農民層分解の現状について検討した。上述のとおり,初期の単身
型・兄弟型出稼ぎから出発し,夫婦型・親子型を経て,2010年代前半には挙家離村型が広範に形成
されていることが明らかになった。また,このような農家労働力流出とそれに伴い増加が予測され
る農地請負権の供給を受け止め,当該地域の農業の担い手となることが期待される上層農家として
の在村農地借り入れ農家は,最大規模農家でも 1 戸あたり11ムー(70アール)程度と零細で,極め
て低い水準の自家労働評価を前提に成立しているに過ぎない。この農家階層の場合,50歳代に比較
的多く在村世帯員を抱え農作業に従事している。これに対し,在村農地貸し借りなし農家の場合50
歳代が少なく60歳代が中心で農業労働力としてより脆弱である。さらに在村農地貸付農家の場合は
50歳代層が存在せず,60歳代層と70歳代層に依存し,極めて脆弱化した農業労働力構成となってい
る。また,労働手段体系において各類型とも農業機械が大きな役割を演じることのない労働力優位
の生産力構造にとどまっている。このように各階層で若干の差異はありつつも総じて脆弱な農業労
働力と労働手段装備に依存しており,農業の担い手の形成は不十分である。このような関係の中
で,調査村配分耕地面積の37%に及ぶ耕地が耕作放棄され,食糧供給基盤の脆弱化が進行している
といってよい。
このような事態を考察する上で見逃せない要因は,農工間の経済力格差のほか,冒頭でも指摘し
た中国南北の経営規模格差である。中国南部内陸農村の食糧を生産する農業経営は,中国北部農村
のそれに比べれば,総じて農業経営規模が零細で,その食糧の生産コストは北部農村から供給され
中国南部内陸農村における農家労働力の流出と農民層分解
39
る食糧の生産コストに比べ高く,国内食糧市場における十分な競争力を持たない。改革開放政策の
展開の下,食糧販売がより自由化された段階で,北部農村から供給される食糧に対し,南部内陸農
村の食糧が市場競争の中で劣位に立たされたことは,現在の食糧供給基盤の脆弱化にとって決定的
だったと考えられる。
また,冒頭にわれわれは中国南部内陸農村を 3 つに地域区分し議論することを提起した。調査村
は 3 地域区分の中間地域農村に属するが,本稿ではここにおいて農家労働力の流出とあいまって食
糧供給基盤の脆弱が進行している点を指摘した。他の 2 地域農村についてはどのような現状を示し
ているかは今後の研究を待ちたいが,冒頭で他の 2 地域のうちの 1 つである辺境地域農村とわれわ
れの中間地域農村たる調査村との差異は,農家労働力の流出に歯止めをかける規範の有無であると
みなす仮説を述べたが,もしこの仮説が正しいのであれば,そのような規範の動向が中国南部内陸
農村の食糧供給基盤の将来を決めるひとつの重要な要素となろう。
注
1︶ 1 ムー( )は6.7a(アール)である。
2) 貴州省,雲南省は全体の傾向から大きく外れているが,その要因の解明は今後の課題としたい。
3) 山田盛太郎(1984)は,中国農業は「秦嶺と淮河を結ぶ線」を境として,以北の「旱地農法の地帯」と以南の
「水稲地帯」の二つの構成部分に分けられると指摘している。
4) 農村常住人口は,農村住居登録した人口の中で 6 か月以上その住居にすんでいる人口,または居住 6 か月に満
たない小学生・中学生である(重慶市第 2 次全国農業普査資料彙編)。
参 考 文 献
[1] 池上彰英,「内陸農村における農民層分解」田島俊雄編『構造調整下の中国農村経済』,東京大学出版会,
2005.
[2] 山田盛太郎,「中国稲作の根本問題:日本稲作技術段階に照らされた中国のその段階」『山田盛太郎著作集』第
3 巻,1984,岩波書店(初出『東亜研究所報』第11号(1941)・第14号(1942))
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