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観光者の交通行動モデリングのための プローブカー

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観光者の交通行動モデリングのための プローブカー
特別研究報告書
観光者の交通行動モデリングのための
プローブカーデータ分析
指導教員
石田 亨 教授
京都大学工学部情報学科
樋口 彰
平成 25 年 2 月 1 日
i
観光者の交通行動モデリングのためのプローブカーデータ分析
樋口 彰
内容梗概
交通渋滞対策や道路計画を行う際に,その効果を事前に予測することは重要
である.この問題に対して,コンピュータ上で実際の交通を模擬するシミュレー
ションが用いられており,マルチエージェントシミュレーションがその例とし
て挙げられる.
近年,より効果的な交通計画を実施するために多様な施策が講じられており,
より正確なシミュレーションが求められている.精度の高いシミュレーション
を行うためには,実際の交通流をより詳細に表現したモデルが必要となる.モ
デルの構築は,データを分析しその特徴を抽出することで行われる.そのため,
詳細なモデルの構築を行うためには,それに応じた詳細なデータが必要となる.
そのような事情から,従来よりも詳細かつ大規模に交通行動が調査可能な手法
としてプローブカー(Probe Car,Floating Car とも)システムが注目されて
いる.プローブカーシステムは,カーナビゲーションシステムをはじめとして,
自動車に搭載された様々なセンサーを用いて自動車の走行情報を収集するシス
テムである.プローブカーを用いることで,従来の交通センサス,アンケート
によるパーソントリップ調査では得られなった詳細かつ正確な経路情報が入手
でき,シミュレーション精度の向上が期待される.一方, 詳細な走行情報が取
得されることで,ドライバーのプライバシーを侵害してしまう恐れがあるため
に,タクシーなどの公共車両でない一般車をプローブカーとした実験を行うこ
とは難しいといった問題がある.このため,一般車をプローブカーとして扱っ
た研究は少ない.
交通は住人や観光者,バス,タクシーといった様々な属性をもつ車両によっ
て構成されている. それぞれの属性を持つ行動パターンは全く異なるものであ
ると考えられるため,モデリングやそのためのデータ分析についても,それぞ
れ行う必要がある.本研究で用いるプローブカーデータは,カーナビメーカー
が持つデータの内,京都府外から京都市を訪れたデータを抽出したものである.
データの収集は,2009 年から 2012 年 9 月にかけて行われ,9,242 台の車両,計
44,439 日分のデータとなっている.本研究では,このデータを用いて観光者の
交通行動の分析を行う.京都のような観光都市においては,観光者の交通を考
ii
えることは都市全体の交通を考る上でも重要である.本研究で,分析を行うの
は以下の点である.
都市内における観光者の移動状況
データから時間的・空間的な条件を用いて,情報を切り出して分析を行う.
観光地での移動パターン
観光地においてドライバーがどのように移動を行なっているのかをデータ
から読み取り,自動車観光の特徴を把握する.
プローブカーデータは,位置情報を記録したレコードの集合であるため,一見
してそれが何を表しているのか理解することは困難である.そのため,本研究
では,プローブカーデータを分析するにあたり,データから得られた情報の可
視化を行った.また,可視化されたデータを用いて観光者の交通行動について
の分析を行った.
本研究の主な貢献を以下に示す.
プローブカーデータの可視化
本研究では,プローブカーデータを可視化するために Google Earth を用い
た.プローブカーデータを加工し,Google Earth で表示可能な KML ファ
イルを出力するプログラムの作成を行った.これにより,提供されたプロー
ブカーデータから,交通量や各車両の経路,旅行速度などを可視化するこ
とが可能になった.
都市内における観光者の移動状況の多面的把握
上記のプログラムを用いてプローブカーデータを可視化することで,京都
市内の各地点での交通量や,京都市進入後の広がり,特定の OD 間での経
路選択の状況,旅行速度について把握することができた.
観光地での移動パターンの把握
プローブカーデータから得られた情報と既存の調査との比較を行い,観光
者数の時系列変化についてほぼ一致し,自動車観光における平均トリップ
数が調査結果よりも低いことがわかった.
iii
Analysis of Probe-Car Data
for Modeling Tourist Traffic Behaviors
Akira HIGUCHI
Abstract
When we perform traffic congestion measures and road planning , it is important
to predict the effect beforehand . For this problem, computer simulation to
reproduce the actual traffic on a computer has been applied. Micro simulation
using a multi-agent system can be mentioned as an example.
In recent years, various measures are considered to implement a more effective traffic planning, there is a need for more accurate simulation accordingly.
For this purpose, it is necessary to collect accurate data and build a model
based on it. From such circumstances,, attention to Probe-Car data is rising
as data used in modeling. Probe-Car data is the data more detailed behavior
information recorded by using the various sensors loaded into a car such as
a car navigation system. By using a Probe-Car System, we can obtain more
detailed and exact route information than information by traffic census or by
the person trip survey. As a result, improvement of the simulation accuracy
is expected. On the other hand, because detailed run information is acquired,
it might infringe the privacy of the driver. Therefore it is difficult to perform
the experiment targeted ordinary cars which is not commercial vehicles such
as taxis. And even if it is commercial vehicles, there is a problem that it is
difficult to get the individual attribute of the driver. For this reason, there is
little research which used the general vehicle as the Probe-Car.
The traffic is formed by a vehicle with various attributes such as resident,
tourist, bus and taxi. Because it is thought that the behavior patterns with
each attribute are totally different, it is necessary to perform modeling and the
data analysis each. The Probe-Car data used in this paper is the data that it
was extracted on the condition which visited Kyoto City from outside of Kyoto
Prefecture among the data a car navigation system manufacturer holds. The
data were collected over September for 2009 through 2012 by 9,242 vehicles. In
this paper, I analyze tourist traffic behavior by using the data. In the tourist
city like Kyoto, analyzing the traffic of tourist is also important to consider
iv
whole traffic. In this paper, analyze the following two points.
The migration situation of tourist in the city
I extract information by spatial and temporal conditions from data and
analyze it
Migration patterns in tourist areas
I read how a driver moves in a tourist areas from data and grasp a characteristic of the car tourism.
Probe-Car data is sets of the records which recorded positional information, so
understanding what it represent at first glance is difficult. Therefore, in this
paper, I make a visualization of information in analyzing the Probe-Car data.
In addition, I performed the analysis about the tourist traffic behavior using
visualized data.
The main contributions of this paper are the following.
Probe-Car data visualization
In this paper, I used the Google Earth in order to visualize the Probe-Car
data. I made the program that processes probe car data and outputs the
KML file that could display in Google Earth. This allows visualization of
the path of each vehicle and traffic, and travel speed from the provided
data.
Multifaceted understanding of the migration situation
From the visualized Probe-Car data, it has grasped about the situation of
the traffic, route selection and travel speed.
Understanding of migration patterns in tourist areas
Made a comparison with probe-car data and existing research. Almost the
same for the time-series variation of the number of tourists, and it was
found that the average number of trips in the car tourism is lower than the
tourism survey results.
観光者の交通行動モデリングのためのプローブカーデータ分析
目次
第1章
はじめに
1
第2章
関連研究
2
2.1
位置情報に基づく観光行動分析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
2
2.2
プローブカーデータに基づく交通分析 . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
第3章
プローブカーデータの利用
4
3.1
データの仕様 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
3.2
観光者行動データの抽出 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
第4章
プローブカーデータの可視化
7
第5章
自動車利用者の観光行動分析
10
5.1
経路ごとの交通量の分析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10
5.2
旅行速度の分析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17
5.3
統計情報との比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18
第6章
考察
19
6.1
公共交通機関を利用した観光との比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19
6.2
プローブカーデータに基づくシミュレーションに関する検討 . . 20
第7章
おわりに
21
謝辞
23
参考文献
23
第1章
はじめに
交通は,最も重要な社会基盤の 1 つである.道路ネットワークの整備には,
大きなコストがかかるため,限られた予算の中で効果的かつ効率的な整備を行
なっていかなければならない.そのためには,
• 渋滞などの問題に対して必要な道路整備
• 計画された道路整備の効果
などについて,十分な検討をすることが必要である.
近年,人々のニーズと共に交通施策も多様化しており,それらを評価するた
めに,より精確な予測が必要になってきている.交通シミュレーションを行うた
めには,交通の主体となる車両の行動を表すモデルが必要である.精度の高い
シミュレーションを行うためには,実際の交通流をより詳細に表現したモデル
が必要となる.モデルの構築は,データを分析しその特徴を抽出することで行
われる.そのため,詳細なモデルの構築を行うためには,それに応じた詳細な
データが必要となる.このような背景のもと,今までより詳細かつ大規模に交通
行動が調査可能な手法としてプローブカーシステムが注目されている.プロー
ブカーシステムは,1 台 1 台の車両をセンサとして GPS(Global Positioning
System)による位置情報をはじめとして,走行速度やワイパーの稼働状況など
の情報を収集するシステムである.プローブカーシステムを利用することで,車
両の走行距離や走行時間,速度や停車回数など,人の記憶に頼らずに正確な情
報を把握することが出来る.一方で,詳細な行動情報を獲得できるために,プ
ライバシーの侵害という問題があり,データの利用が困難になっている.
観光行動を行う際の移動手段としては,徒歩をはじめ,バスや鉄道といった公
共交通機関や自動車,自転車などが存在する.利用する移動手段によって,各観
光地へのアクセシビリティや費用は異なるため,それぞれの移動手段を利用す
る観光者の行動には異なる傾向が見られると考えられる.平成 18 年度に国土施
策創発調査費で行われた京都を中心とした歴史都市の総合的魅力向上調査 [1] に
おいて,自動車を利用した観光者は公共交通機関を利用する観光者と比較して,
トリップ数が少ない,つまり訪れている観光地の数が少ないと報告されている.
公共機関を利用して移動する場合,各々の交通機関の運行スケジュールに従う
必要がある上,京都市内においては日常的にバスの遅延が発生している.公共
機関を利用して観光を行う際には,観光行動はこれらに制約を受ける.一方で,
1
自動車を利用して観光する場合には,そのよう な制約は存在しない.したがっ
て,自動車を利用する観光者と公共交通機関を利用する観光者では,前者の方
が観光行動における自由度が高く,効率的な観光が出来ると考えられ,それに
伴いトリップ数も多くなると予想される.しかし,[1] の報告は,この予想に反
している.本研究では,データに基づき,自動車を利用した観光行動の分析と
本研究で用いるプローブカーデータは,京都府外から京都市を訪れた車両か
ら得られたカーナビのログデータである.府外から京都市を訪れているため,
データに含まれる車両の多くは観光者であると思われる.
本稿の構成は以下の通りである.第 2 章では,関連研究として GPS を用いた
観光行動分析の研究とプローブカーデータの利用事例について紹介する.第 3
章では,本研究で用いるデータの概要を述べる.第 4 章では,本研究で行った
データの可視化の方法について述べる.第 5 章で,プローブカーデータの分析
を行う.第 6 章で,プローブカーデータの利用に関し,歩行者の観光行動との
比較や,シミュレーションの実施について考察を行う.最後に,第 7 章まとめ
を述べる.
第2章
関連研究
本章では,関連研究として 2.2 節においてプローブカーの研究事例を紹介す
る.2.1 節では,観光者の交通行動分析について述べる.
2.1
位置情報に基づく観光行動分析
観光分野は 21 世紀の成長産業として期待されており,効果的な観光振興を行
うために観光者の行動分析が行われている.観光分野での行動分析において,従
来のアンケート形式の調査における記入漏れや時間の誤差などの問題が指摘さ
れ,GPS を利用した調査が行われるようになってきている.長尾ら [2] は,レン
タカーを利用した周遊型観光に注目し,GPS ログからの周遊型観光情報の抽出
方法の提案を行なっている.実際に北海道で GPS 調査とともにアンケート調査
を行い,GPS ログデータのみからでも十分に精度の高い都市遷移情報や主動線
の抽出が行えることを示した.野村ら [3] は,鎌倉市で行った GPS を用いた歩
行者流動調査のデータから,場所ごとの歩行速度や停滞場所など分析し,GPS
を用いた調査の有効性を示した.しかし,観光分野では自動車以外にバスや電
2
車,徒歩といった移動手段が考えられるため,携帯用の GPS 端末が用いられて
いる.調査は実験用の GPS 端末を配布して,回収を行うためコストが高く大規
模な調査を行うことは困難である.また,分析に関しては,訪れた観光スポッ
トや観光スポット内での行動ついての分析は行われているが,観光地間の移動
経路について詳しく分析を行なっているものは少ない.本研究では,観光目的
だと思われる車両に搭載されたカーナビのログデータを用いて,観光地におけ
る自動車での交通行動について分析を行う.
2.2
プローブカーデータに基づく交通分析
これまで,交通行動の分析には,主に PT 調査や道路交通センサスのデータ
が用いられてきた.PT 調査は,一定の調査対象地域において,個人属性と共
にアンケートによりトリップを記録する調査である.アンケート調査であるこ
とから,各トリップの出発・到着時刻の誤差やトリップの記入漏れといった問
題が存在する.また,交通センサスの自動車起終点調査では,5 年に 1 度,全
国で一斉に自動車を利用したトリップについての調査を行なっている.上記の
2 つの調査はいずれも実際に利用したについての情報を得ることが困難である.
そこで,近年注目されているのがプローブカーデータである.プローブカー
は,車両をセンサとして,位置情報をはじめとして速度情報,ワイパーの稼働情
報などを収集するシステムである.カーナビを利用することで,GPS と自律航
法との併用により精度の高い位置情報を得ることができる.平成 22 年度道路交
通センサスの旅行速度調査にも取り入れられている [4].サービスとしては,主
に速度情報から渋滞状況を獲得し,カーナビの経路案内に反映させるといった
ものが提供されている.伏木らは [5] はプローブカー台数の普及率が低いために
発生するプローブカー非存在区間の存在を問題として取り上げ,プローブカー
の普及率とエリアカバー率の関係の定式化を行った.三輪ら [6] は,エリアをカ
バーするだけでなく,信頼性の高いリンク旅行速度を得るために必要なプロー
ブカーの台数の算出し,プローブカーの最適割り当て計画手法についての検討
を行なっている.熊谷ら [7] はプローブカーの不足や走行経路の偏りにより生じ
るデータの欠損を,過去の交通状況と照らし合わせることで,高精度なデータ
補完が可能な手法を開発している.プライバシーの問題から一般車をプローブ
カーとしたものは少なく,各カーナビメーカーがサービスのために独自に利用
しているのが主である.
3
表 1: 本研究で用いるプローブカーデータの概要
項目
説明
対象地域
京都市周辺
対象車両
京都府外から京都市を訪れた車両 (年 7 回以下)
プローブカー台数
9,242 台
レコード総数
120,698,852 件
データ収集期間
2008 年 12 月 31 日∼2012 年 9 月 18 日
データ取得方法
第3章
3.1
1) 25 メートル毎 または 停車・発車時
2) 3 秒間隔 または 停車・発車時
プローブカーデータの利用
データの仕様
本研究で用いるデータは,大手カーナビメーカー から提供されたものである.
本データは,提供を受けたカーナビメーカー製のカーナビを搭載した自動車の
走行情報を記録したものであり,データの収集期間は 2009 年から 2012 年 9 月中
旬までとなっている.以下に提供されたプローブカーデータの概要を示す.表
1 に本研究で用いるプローブカーデータの概要を示す.レコードの記録方式は
大別して
1) 25 メートル毎に記録する方式
2) 3 秒間隔で記録する方式
の 2 方式があり,1 つのレコードは経度,緯度,時刻,速度,進行方向,道路
種別からなるデータである.一定距離ごとに出力する 1) の方式では旅行時間
が正しく計測できないケースが多く,2008 年以降に発売されたモデルではすべ
て,2) の一定時間毎出力する方式が採用されている.
データのフォーマットを表 2 に示す.プローブカーデータはカーナビが正常
に動作している場合にのみ出力され,
1. 記憶容量オーバー
記憶領域を超えたものは,最古のデータから上書きされ欠損が生じる
2. 起動遅延
エンジンをかけてすぐに走りだした場合など,カーナビが起動する前に生
じた走行については記録されない
4
表 2: データの仕様
項目
説明
経度
ナビのマップマッチングを施した座標
緯度
測地系:世界測地系
時刻
GPS によって設定された時刻情報
速度
スピードセンサから得られた速度情報 [km/h]
方位センサから得られた車頭方位
車頭方位
北を 0 として時計回りで 360
元データは 256 階調
マップマッチングした道路の種別番号
0 : 高速(都市間高速)
1 : 都市高速
2 : 国道
3 : 主要地方道
4 : 県道
5 : 一般道路 1 (幹線)
6 : 一般道路 2 (その他案内道)
道路種別
7 : 導入路(存在せず)
8 : 細街路 1
9 : 細街路 2
10 : フェリー航路
11 : カートレイン (未使用)
12 : Public vehicle only road (未使用)
13 : カープール車線 (未使用)
14 : Non-navigable / ロードクリエイター用ユーザー道路
63 : 道路種別なし (オフロード)
といったデータの欠損の可能性もある.
データは,カーナビごとに付与された 6 桁のユーザー ID と日付ごとに CSV
(Comma-Separated Values)形式のファイルに分けられ,
nnnnnn yyyymmdd.csv
5
という名称で保存されている.また,それとは別に,
• ユーザー ID
上記のファイル名に使われたものと同様
• 停止時刻
yyyy/mm/dd hh:mm:ss
• 発車時刻
yyyy/mm/dd hh:mm:ss
• 道路種別
表 2 参照
• 経度
世界測地系
• 緯度
世界測地系
• 停車時間
停止時刻と発車時刻の差 単位:秒
として停車情報だけをまとめたファイルも提供された.
提供されたプローブカーデータは,各カーナビから収集された 44,439 ファイ
ルと,停車情報をまとめた 1 ファイルであり,レコード総数は 120,698,852 件
である.なお,プライバシー保護のため,自宅と思われる場所の付近でのログ
はカーナビメーカー により取り除かれており,含まれていない.
3.2
観光者行動データの抽出
本研究で用いるプローブカーデータは,カーナビメーカーが所有するデータ
の内から,以下に示す 3 つの条件をすべて満たすものだけを抽出して得られた
ものである.
• 京都府外に在住していると思われる
• 京都市を訪れている
• 京都市への訪問が年 7 回以下である
京都府外在住という条件は,京都府に在住している場合,京都市内での移動は
観光目的でない可能性も高いと思われるためである.京都市を訪れているとい
う条件は,京都府外在住という条件と合わせて考えると,観光目的である可能
性が高いと考えられる.京都市への訪問が年 7 回以下という条件は,訪問回数
の多い商用車などを除外するためのものである.この処理だけでは観光者以外
のデータも含まれていると考えられるが,以下では観光者以外のデータは少な
いものとして分析を行う.
抽出されたデータの走行経路の例を図 1 に示す.図 1 の例では,京都府外か
ら京都市内に進入し,市内を移動して退出するまでの移動情報が詳細に記録さ
れている.本研究では,観光地内での行動分析を行うため,取り扱うのは京都
市内への進入から退出までとし,進入前,退出後の移動については考慮しない
6
図 1: 観光者のプローブカーデータ
こととする.
第4章
プローブカーデータの可視化
本研究では,観光者の経路ごとの交通量,目的地の分布,経路と速度情報につい
て分析を行う.そこで,プローブカーデータの分析を行うにあたり,それらの情報
について可視化を行った.可視化には Google Earth 1) を用い,プローブカーデー
タを加工して Google Earth で表示可能な KML(Keyhole Markup Language)
2)
形式のファイルを出力することによって行った.KML では,⟨Placemark⟩ 要
素の子要素として,⟨Point⟩ 要素,⟨LineString⟩ 要素などを加えることで,地図
上に目印やパスを表示させることが出来る.以下に,交通量,目的地の分布,経
路と速度情報,それぞれの可視化について述べる.
交通量
交通量の計算は,データに含まれる各車両が通った道路上におよそ 100m
1)
2)
Google Earth (http://earth.google.com)
詳細な仕様は KML リファレンス (https://developers.google.com/kml/documentation/kmlreference)
を参照
7
間隔で座標を獲得し,それぞれの座標から半径 100m 位内を通った車両の
カウントをすることによって行った.計算した交通量は,KML の ⟨Point⟩
要素を使って地図上に表示させる.表示させる位置は ⟨coordinates⟩ 要素に
世界測地系の経度,緯度を記述することで指定できる.また,交通量の数
値によって表示させるアイコンを変えることで,交通量の高い場所,低い
場所を見分けられるようにした.
目的地の分布
目的地の分布についても,⟨Point⟩ 要素を用いた.停車位置を半径 100 m 以
内に停車した台数によって色を変えて表示した.本研究では,信号での停
止やコンビニなどへの短い停止などは無視することとし,10 分以上の停止
が続いた場合にのみ停車として扱う.
経路と速度
経路は ⟨LineString⟩ 要素を用いることで表現することが出来る.⟨coordinates⟩
要素に,通った地点の経度,緯度,高さを羅列することでそれらの点が順
番に直線で結ばれ,地図上に経路が表示される.また,旅行速度に描画す
る線の色を変更することで,各地点でのおおよその旅行速度を把握するこ
とができる.さらに,線の色の透明度を上げることによって,線が重なった
時に色も重ねて表示させることが可能である.透明度は α の値で指定する.
α は 00 から ff の 256 段階の値をとり,小さいほど色の透過率が高い.色は
アルファブレンディングによって決定され,出力される画素値 out は RGB
それぞれについて背景の画素値を dst ,前景の画素値を src としたとき,
out = src ∗ α + dst(1 − α)
(1)
となる.式(1) からもわかるように,画素値の決定は重なる順序に依存
している.そのため,表示された色は平均を表すものではないが,α の値
を小さくとり,多くの線が重なることで各地点での平均的な旅行速度をお
おまかに把握することが可能である.
特定の時間帯や特定の地点の通過など,様々な条件を用いてデータを切り出
した後に,上記のように KML ファイルを生成することによって,それぞれの
違いについて視覚的に分析を行うことが出来る.
図 2 に,交通量を可視化する際のプロセスを示す.図 2 における矢印は,デー
タのフローを表しており,矩形は各段階で行われる処理を示している.まず,プ
8
図 2: 交通量の可視化プロセス
(a) 交通量
(b) 目的地
(c) 経路と速度
図 3: 可視化の例
ローブカーが通過した経路全体を,100 m 間隔で交通量を集計する地点の作成
を行う.その後,指定した条件で抽出されたプローブカーデータを読み込み,集
計地点の半径 100m 以内で記録されたレコードの数を数える.なお,集計は同
日,同 ID の車両については 1 回のみのカウントとした.この集計結果を用い
て KML 形式のファイルを出力し,出力されたファイルを Google Earth で開く
ことで,交通量の高低を視覚的に把握することが出来る.
最後に,それぞれの可視化について 3 に例を示す.(a) は二条城付近の交通
量,(b) は鳥羽大橋北詰での停車の分布,(c) はあるプローブカーの岡崎神社周
辺での経路と速度を表している.色は,赤に近いほど交通量,周辺に停車した
車両台数,速度の値が大きいことを示し,紫に近づくほど小さいことを示して
いる.
9
図 4: 京都市近郊での交通量
第5章
5.1
自動車利用者の観光行動分析
経路ごとの交通量の分析
経路ごとの交通量は,交通を考える上で,最も基本的な情報の 1 つである.本
節では,はじめに,すべてのデータから得られた京都近郊における各地点での
交通量を図 4 に示す.交通量の高い順に赤,ピンク,橙,黄色,緑,水色,青,
紫で表している.全体的には,国道などの幹線道路の利用が多いことがわかる
が,京都駅周辺や四条周辺といった都心部では,細街路も利用が増加している
ことが確認できる.
さらに,多く利用されている道路について色分けを行ったものを図 5 に示す.
多く利用されている道路の中でも,特に交通量が多いのは,高速道路や山科か
ら京都市街に入り堀川通を下って鳥羽大橋に抜ける国道 1 号線と油小路通であ
る.また,東山の東大路通や山科から三条通に入る府道 143 号線の交通量も多
い.全体としては,京都市の南東での交通量が多くなっていることがわかる.高
速道路上の交通量が多いことから,これは名神高速道路の京都南インターチェ
ンジ(以下,京都南 IC),京都東インターチェンジ(以下,京都東 IC),阪神
10
図 5: 交通量の多い経路
高速上鳥羽インターチェンジ (以下,上鳥羽 IC) を介した進入が他よりも多いこ
とが要因であると考えられる.
一般的に,休日と平日では休日の方が観光目的の割合が高いと考えられる.そ
のため,目的地の違いなどからデータから得られる交通量全体にも変化が見ら
れると考えられる.それらの時間的な要素によって,交通量がどのように変化
するのかを検証する.まず,平日か土日祝日で分けて,それらを比較する (図
6).また,季節によって観光者の目的地が変わることが考えられる.例えば,秋
には嵐山への観光が増えるといったことが考えられる.そこで春と秋それぞれ
についても,同様の操作を行った.
今回の結果からは,平日と休日との間には大きな差は見られなかった.今回
のデータには観光以外の目的を持ったものも含まれると考えられるが,平日・
休日といった分類ではそれらを取り除くことは困難だと思われる.季節につい
ては,秋においては南部から嵐山などの北西部に向かう経路の割合が少し上昇
し,大宮通での交通量が少し減少する他,違いがいくつか見られたものの,い
ずれも差は小さかった.休日と平日,季節による影響は小さいものとし,以下
での分析についてはこれらの時間的要素は考慮しないものとした.
図 4 から,この交通が京都市全域に広く分散していることが分かる.以下で
11
図 6: 土日祝日(左)と平日(右)
は,京都市へ侵入してきた車両がどのように広がっていくのかを分析する.京
都市への進入口としては京都南 IC,京都東 IC 上鳥羽 IC を介したものが最も大
きいと考えられる.そこで,これら 3 つの進入口を通過したログを抽出し,京
都市内に進入後 1 度停車するまでのログを抜き出し,同じように図を作成した.
ログの抽出については,それぞれ鳥羽大橋上,京都東 IC の料金所付近,上鳥羽
IC の料金所付近の点から半径 20 m 以内でログが記録され,その時の車頭方位
が市内へ向かっているものの抽出を行なった.そのため,特に京都南 IC(鳥羽
大橋)を通過したものは,一般道を通って進入したものもある程度の量含まれ
るものと思われる.それらの内,京都南 IC,京都東 IC からの進入について図 7
に示す.以下では,見やすさのため通った車両が特に少ない経路については表
示しないこととする.京都東 IC からの進入では東山での停車も多いが,どち
らも進入口から遠ざかるに連れ,広く分散していることが分かる.
図 4 で表された交通は,京都市への進入,市内での移動,市内からの退出で
構成されている.そこで,これまでの過程から進入口として最も大きいものと
分かった京都南 IC からの進入後,1 度停車してから 2 度目の停車までの移動
(左),2 度停車してから 3 度目停車までの移動(右)についても同様の操作を
行ったものを図 8 に示す.これら 2 つの間の差としては,京阪国道の交通量が
2 度目の停車までの方が多いことがわかる.これは,1 度目の停車として京阪
国道沿いの店が多いためと思われる.また,交通量が多い場所についてはこれ
といって大きな差は見られず,観光者は 1 度目の停車までである程度広く分散
12
図 7: 進入経路 (左:京都南 IC,右:京都東 IC)
図 8: 京都南 IC から進入後の市内での移動
しており,ある程度広く分散したあとには,各経路の交通量は同じような割合
になるものになるものと推測される.
図 7 における観光者の広がりが目的地の分散だけによるものであるのか,そ
れとも目的地が同じでも経路にバラエティがあるのかを調べるため,京都南 IC
から侵入したものについて最初の目的地の分布を調べたものを図 9 に示す.進
入口近くの京阪国道沿いや JR 京都駅付近など,固まっているところもあるが
全体として広く分布している.
続いて,幾つかの目的地についてその経路を調べた.目的地としては,比較
13
図 9: 目的地の分布
図 10: 目的地への移動
的距離があり,サンプル数の多い嵐山,金閣寺,平安神宮を選んだ.それぞれの
観光地を目的地としているかの判断は,図 9 を参考に,観光地付近での停車の
分布のが集まっているところを目的地だとして行った.それぞれに向かったも
のについて図 10 に示す.金閣寺付近に向かうものについては,ほとんどの観光
者が西大路通を通っており,平安神宮付近に向かうものは九条通から東大路通
に入るものが多い.一方,嵐山に向かうものに関しては,観光者は 1 つの道に
集中せず,様々な経路を通って移動していることが分かる.この結果から,図 7
における観光者の広がりは目的地の分散だけでなく,同一の目的地向かう場合
の経路の分散にも影響を受けているものと考えられる.
14
図 11: 経路 1(左) - 3(右)
図 12: 経路 4(左),5(中) と Google マップの検索結果
表 3: 主要な経路
経路
通った数 [台]
経路長 [m]
所要時間 [秒]
速度 [km/h]
経路 1
34
10,155
1,799
21.35
経路 2
32
11,222
1,853
22.25
経路 3
25
10,889
1,678
24.65
経路 4
11
12,222
1,935
23.33
経路 5
11
11,017
1,909
21.16
上記で調べた経路の内,最もバリエーションの多かった嵐山までの経路につ
いての分析を行う.まず,多く通られている経路を抽出した.鳥羽大橋から嵐
山へ向う移動,全 216 の内 10 以上が通った経路を図 11,12 に示す.通った数が
多い順に, 経路 1 − 5 とする.
また,各経路の基本的な情報を表 3 に示す.代表的な経路を通ったのは,嵐
山に向かったものの内 50 %であった.経路長や速度,所要時間は各経路を通っ
たものの平均の値である.この中には,最大で 8 分 45 秒 停止しているものが
含まれており,停車の条件を 10 分としたことが原因で,経路ごとの所要時間が
15
正しく得られていない可能性がある.同じ理由で,嵐山に直接向かっていない
ものが含まれていることも考えられる.
観光者は他のドライバーと比較して,カーナビの経路案内への依存度が高い
ものと思われる.しかし,実際に運転を行なっている時にカーナビがどのよう
な経路を案内していたかというデータは得られていない.そこで,Web 上で公
開されているルート案内サービスを用いて,鳥羽大橋から嵐山へのルート検索
を行い,その結果をプローブカーデータから得られた経路 1-5 と比較した.ルー
ト検索サービスとして,Map Fun Web1) ,NAVITIME2) ,goo 地図3) ,Mapion
ドライブ4) ,いつも NAVI5) ,livedoor 地図情報6) ,Google マップ7) を用いた.各
ルート検索サービスには,幹線優先や直進優先,渋滞回避といった設定があり,
それらを変更しながらルート検索を行った.Web 上のルート検索サービスの検
索結果は,Google マップの結果(図 12:右)を除き,すべての経路が経路 1-5 の
いずれかと一致した.Google マップの結果と同じ道を通ったものは今回のデー
タには含まれていなかった.図 11,12 を見ると,Google マップの結果は,他の
経路が信号で右左折回数が 2 - 3 回であるのに対し,6 回の右左折をしている
ことがわかる.この結果からは,カーナビメーカー のカーナビのルート検索は
(他のルート検索と同様に)Google マップのルート検索よりも右左折のコスト
を高く見積もっているといったことが考えられる.
また,経路 1-5 の経路を通らなかったものについて,その経路と,Google マッ
プの検索結果を含めた 6 つ経路との重複度の算出した.ここで,重複度は (代
表経路と重なっている経路長) / (全体の経路長) として計算した.その結果,6
つ経路との重複率の平均は 73.1 %となった.
5.2
旅行速度の分析
プローブカーデータを用いて旅行速度の分析を行うことも可能である.
図 10 の嵐山への移動における旅行速度を重ねたものを図 13 に示す.図にお
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
Map Fun Web(http://www.mapfan.com/) 2013 年 1 月 8 日に閲覧
NAVITIME(http://www.navitime.co.jp/) 2013 年 1 月 8 日に閲覧
goo 地図 (http://map.goo.ne.jp/route/) 2013 年 1 月 8 日に閲覧
Mapion ドライブ (http://drive.mapion.co.jp/route/) 2013 年 1 月 8 日に閲覧
いつも NAVI(http://www.its-mo.com/map/car/) 2013 年 1 月 8 日に閲覧
livedoor 地図情報 (http://map.livedoor.com/map/) 2013 年 1 月 8 日に閲覧
Google マップ (http://maps.google.co.jp/) 2013 年 1 月 8 日に閲覧
16
図 13: 嵐山への移動における旅行速度
いて,赤に近い色であれば旅行速度が速く,青に近い色であれば旅行速度が遅
いことを示している.図 13 を見ると,鳥羽大橋から国道 1 号久世橋 交差点ま
での道で旅行速度が遅いことや,最もよく通られていた経路 1 では,他の経路
と比較して,全体を通して旅行速度が早いことがわかる.鳥羽大橋から国道 1
号久世橋交差点までで旅行速度が遅いのは,交通量の多さと道路沿いの店など
で停車する車が多いことが原因として考えられる.
5.3
統計情報との比較
本節では,プローブカーデータとから得られた情報と,[1] の中の観光客動向
調査報告書を比較する.はじめに,観光客数の時系列変化について比較を行う.
プローブカーデータから得られた京都への観光客数の時系列変化を図 14 に示
す.観光客数は各時間までの進入数の合計から退出数の合計を引くことで算出
した.京都市内への進入は 10 時から 11 時がピーク,退出は 16 時から 17 時が
ピークとなった.この結果は,[1] での結果と同様の結果であった.また,進入
と退出の数が同程度になるのは 14 時頃であり,これについても [1] での自動車
以外も含んだ観光客数のピークと一致した.
17
図 14: 観光客数の時系列変化
次に,トリップ数についての比較を行う.本研究で用いたプローブカーデータ
からから得られた各車両のトリップ回数について 15 に示す.2 トリップのデー
タが最も多く 50 %に近い結果となった.また,京都に進入してからそのまま次
の日まで動かさない,または宿泊後,京都市内でどこにも寄ることなく 京都か
ら退出するといった 1 トリップのデータも一定数見られた.トリップ数の平均
は 2.74 であり,1 トリップを含まない場合では 2.97 となった.[1] では,自動
車での平均トリップ数は 3.5 であるとされているため,今回の結果はより低い
ものとなった.[1] において回答した自動車利用者は 185 名であり,サンプル数
が少なかったなどの理由が考えられる.また,プローブカーデータに含まれる
観光者以外のデータの影響も考えられる.
第6章
6.1
考察
公共交通機関を利用した観光との比較
[1] では,自動車を利用した観光者と公共交通機関を利用した観光者では,自
動車観光の方がトリップ数が少ない,つまり観光地への訪問地数が少ないと報
告されている.公共交通機関を利用する場合,各々の交通機関の運行スケジュー
ルを考慮したプラニングが必要になるが,自動車を利用する場合にはそのよう
な制約が存在しない.従って,自動車を利用する観光者と公共交通機関を利用
する観光者では,前者の方が観光行動における自由度が高く,効率的な観光が
できると考えられ,トリップ数も大きくなると予想する.この予想に反する [1]
の報告をデータに基づいて検証した.[1] では,自動車利用者の平均トリップ数
18
図 15: 観光者のトリップ回数
は 3.5,公共交通機関利用者は 3.8 となっている.5.3 節で求めた通り,プロー
ブカーデータから得られる平均トリップ数は 2.74 となり,公共交通機関利用者
との差はさらに大きくなる.この結果から,上述の予想はデータによって支持
されなかった.この理由としては,[1] にある交通渋滞の影響や,自動車利用者
の観光に対する選好の影響が考えられるが,本論文では,明確な因果関係の分
析は困難である.
公共交通機関を利用する観光者は,自動車利用者よりも多いため,自動車特
有の選好は統計情報には現れにくいと思われる.両者の訪問地の選好に差異が
存在するならば,プローブカーデータから得られる自動車利用者の訪問地と統
計情報との間に差が確認出来ると考えられる.ここでは,プローブカーデータ
から得られるの訪問地と,観光調査年報 [8] の市内訪問地調との比較を行うこ
とで,両者の選好差の確認を行う.全データについて停車位置を調べたところ,
付近での停車数が多い観光地の多くは,市内訪問地調での調査地点 25 ヶ所に含
まれていた.しかし,それ以外にも,伏見稲荷大社や西芳寺・華厳寺など訪問
が多いと思われる観光地があることが確認できた.これらの観光地は,京都市
の周縁部に位置し,徒歩圏内に他の観光施設が少ないという特徴がある.同じ
条件を持つ上賀茂神社や将軍塚なども,訪問数が多い.また,四条近辺の駐車
場での停車数が多い.車での観光では,歩行者と比較しておみやげなどの買い
物をする際,荷物の量を気にしなくても良いためこのような結果になったもの
と思われる.京都駅周辺での停車数が多いのにも,同じ事が理由として考えら
19
れる.
6.2
プローブカーデータに基づくシミュレーションに関する検討
平成 22 年度の観光調査年報によれば,11 月における自動車での観光者数は,
179 万人である.単純に月の日数である 30 で割ると,1 日あたり 6 万人ほどの
人が車で京都市を訪れていることになる.本研究で用いているデータは 9,242
人分であり,6 万人には足りない.このように,データが実際の数よりも少な
い場合に,マルチエージェントシミュレーションでは,エージェント数を増や
すことで対応する.各エージェントの行動を,現実のデータに基づき確率的に
決定することで足りないデータ数を補い,より現実に近い交通を模擬すること
が可能である.本節では,簡単なシミュレーションを実施と,その結果の考察
を行う.以下に実施したシミュレーションの概要を示す.
エリア の設定
シミュレーションを行うエリアは,南は阪神高速京都線と宇治川の交差点,
北は岩倉までを含む,2 点 [135.6407,34.9206],[135.8433, 35.0857](経度,
緯度:いずれも世界測地系)を対角線の頂点とする矩形で囲まれたエリア
である.東西,南北それぞれ 18km 強であるこのエリアを 20 × 20 の区画
に分割した.
エージェント
エージェントは 1 台 1 台の車両を表し,それぞれ一回ずつのトリップを行
う.エージェント数は 10 万とした.
エージェントが行うトリップの決定
エージェントが行うトリップはプローブカーデータに基づき決定した.は
じめに,データから,1 時間毎のトリップ発生数と 400 に分割された区画
間の遷移数を求めた.エージェントが行うトリップは時間毎のトリップ発
生数に従い確率的に決定される.その際の OD はトリップの発生した時間
の区画間の遷移数から,起点,終点となる区画を決定し,その区画内の道
路からランダムに決定される.
経路選択
経路選択は,交通シミュレーションにおいて広く用いられている Dijkstra
法を用いた.Dijkstra 法では,各道路の予想通過時間を重みとし,最短時
間で目的地に到達できるように経路を決定する.
20
図 16: シミュレーション結果
試行回数
経路選択で用いられる各道路の予想通過時間は,前回の試行における時間
帯ごとの交通量などによって決定される.そのため,1 回目の試行では,少
ない数の道路に車両が集中する.試行を繰り返すことによって,同じ OD
間のトリップであっても経路選択に差が生じるようになる.実施したシミュ
レーションでは,試行回数を 50 回とした.
交通シミュレータには,ベルリン工科大学で開発された大規模交通シミュレー
タである MATSim を用いた.図 16 に,トリップの発生数が最も多かった 15 時
におけるシミュレーションの結果を示す.
シミュレーションの結果,図 4,5 と同じように,東山周辺の交通量が多いな
ど,全体的には交通量の多寡が再現されていることが分かった.しかし,京阪
国道よりも油小路通の交通量が多い,高速道路の交通量が少ないといった違い
も見られた.これは,OD を決定する際に区画内の道路からランダムに決定し
たことで,実際には京都南 IC から高速道路を利用したにもかかわらず,起点・
終点として選択されたのは一般道路であることが多かったなどの理由が考えら
れる.
21
第7章
おわりに
本研究では,プローブカーデータから得られる情報の可視化および分析を行っ
た.まず,プローブカーデータからデータを抽出し,そのデータを可視化する
ためのプログラムの作成を行った.さらに,可視化されたデータを用いて,観
光者の交通行動の分析を行った.また,データから読み取れる統計的な情報に
ついても,分析を行った.
本研究の貢献は以下の点である.
1. プローブカーデータの可視化
本研究では,プローブカーデータを可視化するために Google 社が無料で配
布している 3D 地球儀ソフトである Google Earth を用いた.プローブカー
データに含まれる移動体位置情報から交通量や各車両の経路,旅行速度を
読み取り,Google Earth で表示可能な KML 形式のファイルを出力するプ
ログラムの作成を行った.これにより,提供されたプローブカーデータか
ら得られた情報を可視化することが可能になった.
2. 都市内における観光者の移動状況の多面的把握
上記のプログラムを用いてプローブカーデータを可視化することで,京都
市内の各地点での交通量や,京都市進入後の広がり,特定の OD 間での経
路,旅行速度について把握することができた.
3. 観光地での移動パターンの把握
プローブカーデータと京都市を中心とした歴史都市の総合的魅力向上調査
[1] の観光客動向調査報告書との比較によって,自動車観光における平均ト
リップ数について,調査結果とプローブカーデータでは,プローブカーデー
タの方が平均トリップ数が少ないことがわかった.
今後の課題として,観光者の移動の際の経路選択に関してさらに分析を行い,
モデル化を行うことが考えられる.プローブカーデータから求められる地点間
の遷移確率と経路選択モデルを組み合わせることで,より現実に即したシミュ
レーションが行えると考えられる.また,プローブカーデータにおける観光者
の判別方法についても,検討の余地があるものと考えられる.
22
謝辞
本研究を行うにあたり,熱心なご指導,ご助言を賜りました石田亨教授,服
部宏充助教に厚く御礼申し上げます.また,本論文で用いたプローブカーデー
タの入手にご尽力いただいた京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻の笠
原秀一氏に感謝いたします.最後に,日頃から多くのご助言とご協力を頂きま
した石田・松原研究室の皆様に心から感謝いたします.
参考文献
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向上調査に係る観光客の動向調査報告書.
http://www.mlit.go.jp/
kokudokeikaku/souhatu/h18seika/03kyoto/03kyoto.html.
[2] 長尾光悦, 川村秀憲, 山本雅人, 大内東: GPS ログからの周遊型観光行動情
報の抽出 (⟨ 特集 ⟩「ネットワークデータマイニング」「センサデータマイニ
ング」), 情報処理学会研究報告. ICS, [知能と複雑系], Vol. 2005, No. 78, pp.
23–28 (2005).
[3] 野村幸子, 達也岸本: GPS・GIS を用いた鎌倉市における観光客の歩行行動
調査とアクティビティの分析 (第 4 部 学術論文, 情報化の視点からみた建築・
都市のフロンティア), 総合論文誌, No. 4, pp. 72–77 (2006).
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部道路研究室: 平成 22 年度道路交通センサス一般交通量調査結果の概要, 高
速道路と自動車, Vol. 55, No. 3, pp. 47–51 (2012).
[5] 伏木匠, 岸野清孝, 山根憲一郎, 横田孝義, 権守直彦, 石田康, 伊藤彰朗: プ
ローブカーを利用した交通情報予測方式の検討 (⟨ 特集 ⟩ 次世代移動通信ネッ
トワークとその応用), 情報処理学会論文誌, Vol. 43, No. 12, pp. 3801–3808
(2002).
[6] 三輪富生, 石黒洋介, 山本俊行, 森川高行: 情報の信頼性と収集頻度を考慮した
タクシープローブカーの確率論的最適割当計画, 土木学会論文集 D, Vol. 65,
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[7] 熊谷正俊, 伏木匠, 横田孝義, 君田和也: 特徴空間射影によるプローブカー
データのリアルタイム補完 (ITS,⟨ 特集 ⟩ マルチメディア, 分散, 協調とモバ
イル (DICOMO2005)), 情報処理学会論文誌, Vol. 47, No. 7, pp. 2133–2140
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(2006).
[8] 京都市観光産業局: 京都市観光調査年報. http://raku.city.kyoto.jp/
kanko top/kanko chosa.html.
24
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