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世界の消費者団体と さまざまな課題
第 8回 世界の消費者団体と さまざまな課題 丸山 千賀子 Maruyama Chikako 金城学院大学教授 専門は消費者政策。消費者運動・消費者団体に関する研究を中心に行っている。著書に 『消費者問題の変遷と消費者運動−消費 者政策の基礎−』 (開成出版、2015年) 『消費者をめぐる世界の動き−欧米の消費者団体と政策−』 (開成出版、2016年) 等がある。 前号*1では、世界の消費者運動の流れを概観しました。本号では前 号を踏まえて、現在の新しい情報を補足しながら、日本を含む世界の 消費者運動の課題に触れていきます。 *1 ウェブ版「国民生活」2016 年 12 月号 第7回 「消費者運動 昔・今・これから」 http://www.kokusen.go.jp/wko/ pdf/wko-201612_10.pdf 歴史ある消費者団体と活動資金に関する問題 まず、前号*1の 「消費者運動のはじまり」で紹介した “ アメリカで最 も歴史の古い消費者団体 ”といわれる全米消費者連盟 (National Consumers League、以下、NCL) についてもう少し詳しく触れるとともに、 消費者団体の活動資金について考えることにします。 NCL は現在、ロビー活動や消費者啓発を中心に活動しています。設 立当初の労働者の権利を守る運動のほか、ヘルスケアや児童労働 (国 内外の問題を扱う) 、子どもの金融教育に力を入れています。NCL の特 徴として触れておかなければならない点は、企業や業界団体からさま ざまな方法で寄付を受けていることです*2。企業から受けた寄付の大 部分は、会議、教育プログラム (企業向けのものを含む) 、消費者世論 調査といった特定の事業の支援に使われています。この点について、 *2 丸山千賀子「アメリカの消費者運動と 消費者団体の現況 (2・完) ( 」 『国民生活 研究』第 56 巻第1号 (2016 年) ) 85 ページ。 NCL は、「企業から支援を受けているわけではなく、企業が NCL と話 し合いをする機会を得るための寄付であり、資金調達方法として問題 はない」 と考えています*3。しかし、この資金調達が原因で、NCLは、企 業からの資金供与が規約で禁止されている国際消費者機構 (Consumer *3 2014 年7月に筆者が NCL 会長のサ リー氏にインタビューした。 International、以下、CI) の会員団体になっておらず、アメリカの他の 消費者団体と世界の消費者運動から少々孤立しているという見方もあ ります*4。 日本もそうですが、消費者運動を続けるために消費者団体が資金集 めに苦心するのは万国共通であるのが現実です。リーマン・ショック による世界的な経済不況以来、欧米の先進諸国の消費者団体が財政難 になったため、現在は CI も財政状況が厳しく、ロンドン本部の人員 2017.1 25 *4 ロバート・N・メイヤー著、井上拓也 訳「アメリカの消費者団体の財政基盤」 ( 『生活協同組合研究』No.355(2005 年))38 ページ。 を削減、ラテンアメリカ事務所は閉鎖されました。アフリカ事務所も 2016 年 12 月で閉鎖、アジア太平洋事務所は移転が予定されているな ど、資金繰りには頭を悩ませています*5。事務所や人材を確保する ことが難しくなっている現在の CI の活動は、スタッフが自宅で仕事を 続ける(ラテンアメリカ、アフリカ事務所) 、定年退職したスタッフが 引き続きボランティアで仕事を続けるなどで補われています*6。 *5 2016 年にアジア太平洋事務所を訪問 しインタビューを行った。2016 年10 月時点では、「クアラルンプール事務 所を 2016 年 12 月で閉鎖し、インド のデリーに移転する計画があるが (消 費者問題省がニューデリーにあるた め) 、現在インド政府と交渉中」という ことであった。 消費者団体と消費者情報誌 *6 前号*1の「情報提供型消費者運動」で触れたアメリカ消費者同盟 (現 Consumer Reports・旧 Consumers Union:CU)は、世界最大の消費 者団体といわれています*7。Consumer Reports は、設立当初は財政的 には厳しいうえ、共産主義的であるという非難を受けていました。し かし、商品テスト誌『コンシューマー・レポーツ』 (“Consumer Re- C I の財政難の理由について詳しくは、 丸山千賀子 『消費者をめぐる世界の動 き−欧米の消費者団体と政策−』 (開成 出版、2016 年) 142 ページ参照。 *7 丸山千賀子 「アメリカの消費者運動と 消費者団体の現況 (1) ( 」 『国民生活研 究 』第55 巻 第2 号(2015 年 ) ) 117 ページ。 ports”)の売れ行きが好調になるにつれ、財政面での困難は徐々に解 決されていきました。この雑誌は、消費者に商品テストの概念を広め、 客観的で公正な商品情報を与える基礎となり、少しずつヨーロッパ等 他の国々へも広まりました。 アメリカには、全米規模の商品テストを行う Consumer Reports のほかに、地域ごとにサービスの質や価格を評価する Consumers’ CHECKBOOK があり、これらの団体は成功しています。また、アメリ カ以外にヨーロッパでも消費者向けの雑誌を販売している有力な団体 はいくつも存在しています。 他方、日本では、NHK の朝ドラ ( 「とと姉ちゃん」 )の影響で、 『暮し の手帖』や商品テストが再注目されましたが、最近の日本では商品テ ストは廃止の傾向にあります。国民生活センターの商品比較テストが 廃止され、 『暮しの手帖』 も 2007 年に人手とコストがかかるという理由 で商品テストが中止されています*8。海外では商品テストを中心とし た生活情報を発行する消費者情報誌は常に一定の需要があるため、そ の売上げから安定的収入を得て活動を行う消費者団体がありますが、 *8 丸山千賀子 『消費者問題の変遷と消費 者運動-消費者政策の基礎-』 (開成出 版、2015 年) 170 ページ。 日本では商品テストや消費者問題を専門に扱う情報誌は、 (一財) 日本 消費者協会の 『月刊消費者』、国民生活センターの 『たしかな目』など 次々と廃刊に追い込まれています*9。最後に残った (公財) 関西消費者 協会の 『消費者情報』 も大阪府の支援がなくなって以来、赤字財政が続 き、その改善のために紙媒体は 2017 年3月号をもって休刊し、5月 からウェブ版配信に切り替えることになっています。 このように日本で情報提供型消費者運動が発展しない理由として は、消費者行政において消費者情報や消費生活相談が充実しており、 2017.1 26 *9 一口に 「消費者情報誌」 といってもいろ いろな内容のものがある。詳しい分類 については*7の 「アメリカの消費者 運動と消費者団体の現況 (1) 」 (168- 170 ページ)で整理しているが、ここ では、総称として 「消費者情報誌」 とし ている。 消費者団体の役割として定着してこなかったこと、雑誌の発行は、現 在の日本の消費者団体の財政状況では難しいこと、人材面も含め雑誌 発行に必要な高い専門性を消費者団体が備えることが難しいことなど が考えられます。また、海外では、消費者が商品の購入の際に消費者 情報誌を買い求めて比較検討するのに対し、日本では、そのような情 報よりパンフレットや広告など企業からの情報を判断材料にする傾向 にあることも影響しているといえるでしょう。海外の消費者は、企業 よりも消費者団体の中立な情報を活用する傾向にあるため、日本人と の気質の違いも考えられます。 消費者団体・企業・政府との関係 前号*1の「告発型消費者運動」 で触れたパブリック・シチズン (Public Citizen)の最も重要な目的は、公益のためのロビー活動にあるとい います。設立以来、企業だけでなく、必要があれば消費者保護ができ ていない政府機関を相手に闘ってきました。特に、自動車のシートベ ルトやエアバッグの標準装備化、危険な医薬品や医療機器を排除する ための活動などを通して、 多くの人命を救うことに貢献してきました。 政府や企業、団体からの資金援助は受けておらず、中立的な財団から の助成金や、出版事業、会員 10 万人からの寄付によって運営されてい ます* 10。 日本では、消費者団体による企業に対する告発は珍しくありません が、政府機関に対する厳しい追及などはほとんどみられません。日本 の消費者団体は政府に対して協調的で、国からの依頼を受けて調査を したり、消費者啓発活動を行なうなど行政機関の運営にも協力してい ます。これは、最近のアジアの消費者運動の特徴でもあるようです。 2016 年9月に筆者が CI アジア太平洋事務所にインタビューに行った 際、 「アジア地域の消費者団体は、政府からの信頼を得ており、政府 は消費者団体・企業・政府を三位一体と考え、お互いに話し合って良 い結果を導こうという方針を取っていることが特徴だ」 という話を伺い ました。この点について詳しくは、次回紹介することにします。 2017.1 27 * 10 *2の 77 ページ