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3/5【16MB】
情報系複合領域
アカデミック・ロードマップ
Abstract
The Information Related Research Academic Roadmap Working Group, on the
information science/technology aspects of robotics, focuses more on the future
development than on the past history, and attempts to draw an “evolutionary graph”
which focuses not on the linear advances of the individual topics but on the fusion and
branching of the flow of evolution. In order to attain these purposes, we predicted what
will be realized in 50 years from now, and identified the most important problems to be
solved for such realizations.
The future realizations are summarized into three large trends; (1) Autonomous Systems
Intelligence: Systems capable of understanding the meaning and importance of
information, self-referencing, and autonomous goal setting, (2) Social Systems Intelligence:
With networking of all the systems and sensors prevailing throughout the society, fused
with the collective intelligence from humans, the entire system acquires autonomy. (3)
Augmentation of Human Being: By connecting to artificial systems via information and
physical means in various ways, an existence of human being will be augmented in many
directions.
Three most important problems to be solved on the way to these future realizations are
identified; (1) Fusion of information, physics, and humans, (2) Capability of
understanding the meaning and importance of information, as well as evaluating and
choosing from them. (3) Networking between words, body and physiology.
Ⅱ-1
ARM情報系執筆者リスト・目次
新項目 No 分野名
テーマ
執筆者
所属
Abstract
Ⅱ-1
執筆者リスト・目次
R0
R1
R2
R3
概要
沼尾 雅之・國吉康夫
日本IBM・東京大学
Ⅱ-3
0 情報計算システム
情報計算システム
山口高平
慶應義塾大学
Ⅱ-24
量子コンピュータ
今井浩
東京大学
Ⅱ-29
2 情報ネットワーク
渡辺尚
静岡大学
Ⅱ-33
3
今後50年間の情報セキュリティの進展
西垣正勝
静岡大学
Ⅱ-41
4 OS,プログラミングアーキテクチャ
河野健二
慶應義塾大学
Ⅱ-47
5
エージェント
栗原聡
大阪大学
Ⅱ-52
6
分散コンピューティング
佐藤一郎・栗原聡
国立情報学研究所・大阪大学
Ⅱ-57
7 セマンティックWeb
0 オントロジー
データベース
1 OSとプログラミング言語
竹内郁雄
東京大学
Ⅱ-60
まとめ
松田勝志、渡辺日出雄
日本電気、日本IBM
Ⅱ-70
Semantic Web
武田英明
NII
Ⅱ-74
2 オントロジー
來村徳信
大阪大学
Ⅱ-77
3 データベース
北川博之
筑波大学
Ⅱ-81
天笠俊之
筑波大学
川島英之
筑波大学
4 World Wide Web
萩野達也
慶應義塾大学
5
検索
松田勝志
日本電気
Ⅱ-92
山川宏
富士通研究所
Ⅱ-99
国立情報学研究所
Ⅱ-105
(独)大学評価・学位授与機構
理化学研究所
脳科学総合研究センター
富士通研究所
Ⅱ-110
Ⅱ-120
0 知能計算・ヒューマンロボットモデル まとめ
Ⅱ-88
3 大規模計算アルゴリズム
宇野毅明
経験強化型学習によるシステム知への接 宮崎和光
近
機能統合のための認知アーキテクチャ
小川昭利
4 サービスロボット
0 物理相互作用知
まとめ
平井慎一
マニピュレーションにおける視触覚と運動
並木明夫
の統合
分散センサと分散アクチュエータの運動を
並木明夫
統合するマニピュレーション
立命館大学
Ⅱ-123
東京大学
Ⅱ-126
東京大学
Ⅱ-130
まとめ
永谷圭司
東北大学
Ⅱ-132
Ⅱ-138
2 1 2
R6-1
Ⅱ-2
まとめ
1 1 R5
頁
0 移動知
R6-1
R6-1
R6-2
ロボット化社会
村川賀彦
Ⅱ-115
ロコモーション
倉林大輔
東京工業大学
ITSの将来
津川定之
名城大学
Ⅱ-142
まとめ
永谷圭司
東北大学
Ⅱ-150
Ⅱ-155
R6-2
宇宙ロボット
久保田孝
JAXA
R6-2
災害救助ロボット
羽田靖史
(独)情報通信研究所
Ⅱ-158
R6-2
水中ロボット
浦環・巻俊宏
東京大学生産技術研究所
Ⅱ-163
国立情報学研究所
Ⅱ-168
R7
インタラクション,コミュニ
ケーション
まとめ
稲邑哲也
1 行為のシンボルグラウンディング
岩橋直人
2
0 融合知覚
インタラクティブヒューマノイド
中野幹生
経験知識に基づく自然言語対話、対話戦
秋葉友良
略決定
平井慎一
0 自律性
まとめ
諏訪正樹
中京大学
Ⅱ-183
1 自律的ゴール設定と重要性認識
諏訪正樹
中京大学
Ⅱ-188
0
3 」
R8
R9
(独)情報通信研究機構・
Ⅱ-169
㈱国際電気通信基礎技術研究所
㈱ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン Ⅱ-173
豊橋技術科学大学
Ⅱ-176
立命館大学
Ⅱ-181
2 感性
諏訪正樹
中京大学
Ⅱ-191
R10
0 全人間シミュレーション
まとめ
山根克
東京大学
Ⅱ-194
2 マルチスケールシミュレーション(運動系) 持丸正明
産総研:デジタルヒューマン研究センター
Ⅱ-203
3 脳神経および感覚器を含むネットワークのモ
デリングおよびシミュレーション
深井朋樹
Markus Diesmann
理化学研究所
脳科学総合研究センター
Ⅱ-209
4 動作計測と身体モデルのロードマップ
持丸正明
産総研:デジタルヒューマン研究センター
Ⅱ-216
5 動作シミュレーション
山根克
東京大学
Ⅱ-222
6 動作データの知的再利用
栗山繁
豊橋技術科学大学
Ⅱ-225
R11
0 適応創発システム
まとめ
細田耕
大阪大学
Ⅱ-229
1
オープンな適応システム
矢野雅文
東北大学電気通信研究所
Ⅱ-237
Ⅱ-242
創発・発達知能システム情報学
國吉康夫
東京大学
3
創発システム情報学
石黒章夫
東北大学
Ⅱ-251
4
知能アークテクチャ情報学
中島秀之
公立はこだて未来大学
Ⅱ-259
5
認知発達システム情報学
浅田稔
大阪大学
Ⅱ-262
6
身体性相互作用システム設計論
細田耕
大阪大学
Ⅱ-267
進化システム情報学
伊庭斉志
Ⅱ-271
8
認知ダイナミクス
谷淳
9
インタラクション創発システム情報学
尾形哲也
東京大学
理化学研究所
脳科学総合研究センター
京都大学
2
7
10
Ⅱ-274
Ⅱ-282
発達認知脳科学とロボット学の相互貢献 開一夫
東京大学
Ⅱ-290
R12
0 自己組織化ロボット
まとめ
東京大学
Ⅱ-293
1
自己再構成可能ロボット
村田智
東京工業大学
Ⅱ-296
2
DNAロボティクス
村田智
東京工業大学
Ⅱ-302
3
分散協調ロボティクス
浅間一
東京大学
人工物工学研究センター
Ⅱ-305
4
ネットワークロボット
宮下敬宏
ATR知能ロボティクス研究所
Ⅱ-309
國吉康夫
5
スマートルーム・ユピキタスロボティクス
橋本秀紀
東京大学 生産技術研究所
Ⅱ-313
R13
0 センシングネットワーク
まとめ
栗原聡・西村拓一
大阪大学・産総研
Ⅱ-323
1
分散協調センシング
和田俊和
和歌山大学
Ⅱ-327
Ⅱ-2
沼尾
R0
情報系複合領域
雅之(電気通信大学)、國吉
康夫(東京大学)
概要
【要約】
情報系複合領域の本年度の作業においては、過去よりも将来の学術・技術の展開を重
点的に描き出すこと、個別の研究の線形な発展でなく融合や分岐に目を向けた進化系統
図を描き出すこと、の 2 点を強く意識した*(注)。未来を描くにあたり、まず、大局的
な学術・技術の進化を踏まえて、50 年後の未来に実現されるであろう出口イメージと、
それに至る進化の流れの合流ないし分岐点となるブレークスルー課題の洗い出しを、徹
底的な議論のもとに行った。未来イメージは三つの大きな方向性に集約された:(1) 自
律システム知:意味理解、重要性認識、自己言及性、自律目的設定などを有するシステ
ム、(2) 社会システム知:社会全体に浸透したあらゆるシステムがネットワーク結合さ
れ、人類の集合知とも融合し、全体として自律性を獲得したシステム、(3) 人間の拡大:
人工システムと情報的物理的に多様に結合することで、人間の存在自体が拡大されるこ
と。また、これらに至る過程での三つの大きな重要課題として、(1)情報・物理・人間
の融合、(2) 情報の意味・重要性認識・評価・選択能力、(3) 言葉と身体・生理のネッ
トワーク、が選定された。
*注:これは、昨年度の報告書において、過去 50 年から現在および近い将来までの
線形な変遷については十分に記述できたものの、未来の姿を十分に描き切れて
いないという認識によるものである。従って、主に過去の技術史や現状の詳細
に興味ある方は、昨年度の報告書も参照されることが望ましい。もちろん、本
年度報告書においても、粒度は粗いものの、過去と現在に関する記述は各項目
でなされており、大まかな流れをつかむには十分と考えている。
Ⅱ-3
【未来イメージ図】
人間を取りまく半円周上に、
未来技術の三つの方向性(自
律システム知、社会システム
知、人間の拡大)がある。各
イメージイラストに、関連す
る重要研究課題が付記されて
いる。外側の宇宙のイメージ
は未来ロボット技術により人
間社会の活動範囲が格段に広
がることを象徴している。
【ロードマップ】
社会システム
知、自律システ
ム知、人間の拡
大、の 3 つの方
向性(3 つの色
分けされた幅
広の水平方向
の帯)ごとに、
未来イメージ
(右端の各項
目)に至る学術
技術項目(菱
形)間の依存関
係が表示され
ている。
多くの分岐や
流入を持つ項
目は重要性が
高い。
本ページの図の拡大版およびより詳細な説明については、本文参照のこと。
Ⅱ-4
【概要】
【基本方針】
情報系複合領域の本年度の作業においては、過去よりも将来の学術・技術の展開を重点的に描
き出すこと、個別の研究の線形な発展でなく融合や分岐に目を向けた進化系統図を描き出すこ
と、の 2 点を強く意識した。これは、昨年度の報告書において、過去 50 年から現在および近い
将来までの線形な変遷については十分に記述できたものの、未来の姿を十分に描き切れていない
という認識によるものである。従って、主に過去の技術史や現状の詳細に興味ある方は、昨年度
の報告書も参照されることが望ましい。もちろん、本年度報告書においても、粒度は粗いものの、
過去と現在に関する記述は各項目でなされており、大まかな流れをつかむには十分と考えてい
る。
未来を描くにあたり、まず、大局的な学術・技術の進化を踏まえて、50 年後の未来に実現され
るであろう出口イメージと、それに至る進化の流れの合流ないし分岐点となるブレークスルー課
題の洗い出しを、徹底的な議論のもとに行った。
【未来の出口イメージ】
その結果、出口イメージは次の 3 項目に絞られた:
1. 自律システム知:個としての真の自律性を有するシステム(情報システムやロボット)。人
工知能の究極の姿。情報の意味を理解し、重要性を判断し、意思決定を行い、自ら目標を設
定し、自分を評価し、修正するなどの能力を持つ。
2. 社会システム知:社会の構成要素が相互に結合され、全体として自律性を獲得したシステム。
社会全体に浸透したロボットや様々な機械、センサ、計算システム、人間がネットワークで
密に結合し、システム全体として情報の融合と蓄積、自律的な構造化や修正、自己保存など
を行う。人間もこれを通して集団としての知を形成し利用することができる。
3. 人間の拡大:人間が様々な形で情報的、物理的に人工システムと結合することにより、人間
の存在そのものが拡大される。人間をサポートするロボットによる行動の拡大、サイボーグ
や適応変形補綴具、テレイグジスタンス、集合知などから、全人間的なシミュレーションに
よる別の人生、地球外のロボットへの転移といった夢の世界まで、人間にとって広大な存在
領域がもたらされる。
また、各執筆原稿から、以下の未来システムイメージが主なものとして抽出された。
4. 全環境が人を見守り助ける
5. 全社会自律知能化:社会に浸透したあらゆるセンサや機械や情報システムがネットワーク接
続され、人間も常時参加し、全てがネットワーク上の巨大な集合知を形作り、全ての要素が
個を維持しつつそれを利用する(自律分散)とともに、集合知全体が一つの自律システムと
なり、一貫性や正当性を自動的に維持し、恒常性維持によって日常の生産活動やサービスを
行い、障害や災害に対する防衛反応として各要素の自己組織的協調動作を生成する。
6. フロンティアロボット群自律インフラ化:宇宙、海中等での自律ロボット群による生産・保
守活動と、社会に浸透した日常作業ロボット群の災害時の緊急活動により人間社会の基盤を
支える。
7. 100%サービスロボット:社会のあらゆる場所で人間のあらゆる活動をサポートする。
8. インタフェースフリー社会:いかなる人間も、特別なインタフェースなしに社会システム知
や自律システム知の恩恵に浴す。
9. 体内マイクロロボット群やナノロボット群による医療や健康管理
10. 超柔軟個人適合身体補綴:自律変形等により完全に個人にフィットする。
11. 人間のコピー、パラレルライフ:全人間シミュレーション技術により、個人の精密なコピー
がシミュレーション中で、さらには物理的実体化して行動できる。個別に異なる人生を経験
し、あとで統合するなどが可能になるかもしれない。
Ⅱ-5
【重要ブレークスルー課題】
上記の出口に至る進化を左右する最も重要なブレークスルー課題として、以下の 3 項目が挙
げられた:
1. 情報・物理・人間の融合:従来、ソフトウェアとハードウェア、物理学と情報理論、のよう
に分離して扱われていたことが、現状のプログラミングや制御や知能計算の限界をもたらし
ている。これらを融合した新たなシステムのパラダイムを打ち立てる必要がある。さらに、
そのようなシステムの意思決定や行動の基盤となる、情報の価値や意味を、人間にとって有
意義なものにすべきであり、そのために、人間がシステムと密に結合して情報の評価を行う
か、またはシステムに自律性を与える場合は、人間的な情報評価系を埋め込む必要がある。
2. 情報の意味・重要性の認識、評価・選択能力:量子計算を筆頭に超大規模計算が可能となり、
膨大な選択肢について全て計算し尽くすことができるようになったとしても、その膨大な数
の結果を瞬時に評価し選択する能力を構築できなければ、意味がない。ネットワーク上の膨
大な情報の蓄積に関しても同様である。また、これら計算結果を解釈し、実世界事象と適切
に結びつけられなければ、これまた意味がない。これらの能力の構築が、将来の情報システ
ムや知能ロボットに向けて、決定的に重要である。
3. 言葉と身体・生理のネットワーク:現状の情報処理の限界は、「記述に対する操作」に留ま
っていることにある。そのために、新たな意味を創出するような処理はできないし、わずか
な齟齬により無意味な結果を出してしまう。このことは、本報告書の多くの執筆者が異なる
表現で繰り返し指摘している。無限定で流動的な実世界事象と適切な記述との対応付けは固
定的ではあり得ない。情報の意味を正しく扱うためには、記述と非記述的実世界事象とを常
に相互作用させる必要がある。人間の場合は、言葉と身体・生理が常に密接に相互作用して
おり、それによって、「ふと思い当たる」ように適切な記述が創発し(記述からの演繹でな
く)、あるいは「体を動かしてコツの意味が分かる」ように記述の意味が創発する。このよ
うな原理を解明し情報システムの構成原理とすることが、情報システムや知能ロボットの将
来のために必ず越えなければいけない壁である。
なお、上記以外に、報告書原稿の総括に基づく進化系統図作成過程において、多くの分岐を持つ
かあるいは出口イメージ実現に必須のものとして、以下の重要課題が選定された:
4. 量子通信・量子計算
5. 自己組織・分散協調システム設計論
6. 自己言及・評価・修復システム
7. 自律性
8. 目的・意図の創発と理解
9. 認知発達システム
10. 全人間マルチスケールシミュレーション
【重要キーワード】
情報系複合領域の進化系統図に現れるキーワードが重要キーワードである。それらを以下に再
掲する。
通信ネットワーク、量子コンピュータ、モバイルエージェント、非電波通信・Pbps 通信・超分
散通信、量子通信、密結合超分散計算システム、地球・太陽系ネットワーク、ホメオスタティッ
クコンピューティング、全社会自律知能化、
センシングネットワーク、全環境が人を見守り助ける、
ロボット化社会、宇宙・海洋・野外ロボット、災害救助ロボット、100%サービスロボット、
セマンティック Web、オントロジー、データベース、国際統一物理世界オントロジ、実世界デ
ータマイニング・オントロジ自動構築、集合知、群知能、オントロジ創発進化、
Ⅱ-6
自己組織化ロボット、自己組織・分散協調システム設計論、自己再構成、超多自由度多センサ機
械、DNA ロボティクス、体内マイクロ・ナノロボット、超柔軟個人適合補綴、
移動知、ロボタイプ移動知、バイオタイプ移動知、
知能計算、ヒューマン・ロボットモデル、情報の意味理解、重要性認識、
自律性、情報と物理の融合、言葉と身体・生理・物理の融合、シンボルグラウンディング、目的・
意図の創発と理解、重要性認識、自己言及・評価・修復システム、
適応創発システム、認知発達システム、感情・動機・感性、
物理相互作用知、融合知覚、インタラクション、コミュニケーション、BMI/BCI、全人間シミ
ュレーション、マルチスケールシミュレーション、全人間計測モデル化、器官・機能ごとマルチ
スケールシミュレーション、社会・文化的文脈理解、対話、 生体機械融合人間のコピー・パラ
レルライフ。
【若手研究者に向けたチャレンジ課題】
上述の出口イメージおよび重要課題が該当するが、最初の三大出口イメージは大分類に過ぎる
ので除外し、個別の未来システムイメージおよび重要課題を挙げておく:
未来システム:全環境が人を見守り助ける、全社会自律知能化、宇宙、海中等での自律ロボット
群による生産・保守活動、社会に浸透した日常作業ロボット群の災害時の緊急活動、100%サービ
スロボット、インタフェースフリー社会、体内マイクロロボット群やナノロボット群による医療
や健康管理、超柔軟個人適合身体補綴、人間のコピー、パラレルライフ
重要課題(中期:20 年未満):情報・物理・人間の融合、自己組織・分散協調システム設計論、
言葉と身体・生理のネットワーク、認知発達システム
重要課題(長期:20 年以上)
:情報の意味理解、目的・意図の創発と理解、全人間マルチスケー
ルシミュレーション、量子通信・量子計算、重要性認識、自己言及・評価・修復システム、自律
性。
なお、未来システムは、重要課題が解決した場合の帰結であるので、
「若手研究者に向けた 10
個のチャレンジ課題」としては、上記重要課題を選定する。なお、量子通信・量子計算は、その
影響の大きさから極めて重要な課題であるが、その本流はロボット分野外の独立した研究領域で
あるので、チャレンジ課題からは除外する。以下に、改めて、上記から選定した 10 のチャレン
ジ課題について、説明を伏してリストアップしておく。
【中期課題(~20 年以内)
】
1. 情報・物理・人間の融合
従来、ソフトウェアとハードウェア、物理学と情報理論、のように分離して扱われていたこ
とが、現状のプログラミングや制御や知能計算の限界をもたらしている。これらを融合した
新たなシステムのパラダイムを打ち立てる必要がある。さらに、そのようなシステムの意思
決定や行動の基盤となる、情報の価値や意味を、人間にとって有意義なものにすべきであり、
そのために、人間がシステムと密に結合して情報の評価を行うか、またはシステムに自律性
を与える場合は、人間的な情報評価系を埋め込む必要がある
2. 自己組織・分散協調システム設計論
自己組織システム、分散協調システムを、所与の目的に従って構成するための体系的な方法
論の確立。これらのシステムは、個別の要素が一定の自律性を有し、トップダウンの個別制
御を行わないので、本質的に(定義上)、従来型の全体仕様をブレークダウンするようなト
ップダウン設計法を適用できない。システム設計論のパラダイム転換が必要である。
3. 言葉と身体・生理のネットワーク
現状の情報処理の限界は、「記述に対する操作」に留まっていることにある。そのために、
新たな意味を創出するような処理はできないし、わずかな齟齬により無意味な結果を出して
Ⅱ-7
しまう。無限定で流動的な実世界事象と適切な記述との対応付けは固定的ではあり得ない。
情報の意味を正しく扱うためには、記述と非記述的実世界事象とを常に相互作用させる必要
がある。人間の場合は、言葉と身体・生理が常に密接に相互作用しており、それによって、
「ふと思い当たる」ように適切な記述が創発し(記述からの演繹でなく)
、あるいは「体を動
かしてコツの意味が分かる」ように記述の意味が創発する。このような原理を解明し情報シ
ステムの構成原理とすることが、情報システムや知能ロボットの将来のために必ず越えなけ
ればいけない壁である。
4. 認知発達システム
システム自らが外界や他者と相互作用しつつ、認知能力を向上していくこと。身体・生理と
認知や言語理解を真に接続する「言葉と身体・生理のネットワーク」を形成・獲得するため、
や、外的に指示や記述されない形で自律的に目的を生成・設定する「目的・意図の創発と理
解」あるいは、自らの認知状態や振る舞いについて解釈・評価する機能である「自己言及・
評価システム」を構築するためには、この方法によるしかないと考えられる。
【長期課題(20 年以上)】
5. 情報の意味理解
情報の字面ではなく、それが自分や他者の目的や利害にどう関係するか、具体的な物理事象
や自他の行動や生理状態にどう対応するか、などの関連性の全体を理解する機能。
6. 目的・意図の創発と理解
他者の目的や意図を理解する能力は、人間へのサービス行動の自律判断や、他者の振る舞い
の意味を理解するために必須である。また、自己の目的や意図を、自ら生成し設定する能力
は、自律性の必須要件の一つである。
7. 全人間マルチスケールシミュレーション
分子動力学、生化学、臓器・生理現象、身体運動、神経活動、認知活動、個性・個人史、文
化・社会的活動といった、人間全体のミクロからマクロまでのあらゆるレベルを包含した精
密なシミュレーションの実現。個人をそっくり情報的に再現する。人間のあらゆるレベルで
の精密なモデル化と量子計算などによる極めて膨大な計算が必要。超高精度個人適合医療や
サービス、知能ロボット開発への知見提供、さらに、(倫理的議論が不可欠だが)人間のコ
ピーやパラレルライフの実現、などの可能性につながる。
8. 重要性認識
極めて膨大な選択肢やデータの中から、重要なものを一瞬にして選択・発見する能力。今後、
センシングネットワークやユビキタスロボットなどの寄与も含め、ネット上の情報の爆発は
とどまるところを知らないが、重要な情報を自動的に見分ける機能が実現されなければ、無
意味なものになってしまう。また、量子計算が実現した場合、その巨大な計算能力によって、
将来のあらゆる事象展開の可能性を計算しつくすことも可能になるかもしれないが、その膨
大な計算結果を超高速に評価し重要な選択肢を決定する機能がなければ、膨大な計算も結局
使い道がなくなる。
9. 自己言及・評価・修復システム
自らの振る舞いや状態や認知内容等について認識・解釈し、評価する「メタ認知」能力と、
それに基づいて自らを修正あるいは修復することで、一貫性や正当性や恒常性を維持する能
力。「自己修復機械」や「ホメオスタティックコンピューティング」などにつながる。自律
システムの必須要件の一つ。例えば自律行動能力を有するフロンティアロボットが実現して
も、物理的な自己修復機能や、情報的な自己補正機能等がなければ、孤立した環境で適切に
行動を続けることはできない。社会全体に広がるネットワーク上の集合知が自律性を獲得す
る未来を考えても、もはや人間が詳細具体的に理解し保守することは不可能な複雑さとなる
から、システム自らが適切に自らを常に補正し維持する能力が不可欠となる。
10. 自律性
Ⅱ-8
11.
知能情報システムの究極の機能。外的に規定・司令されずに自ら行動する能力。「情報の意
味理解」、
「重要性認識」
、
「目的・意図の創発・理解」
、
「自己言及・評価・修復」などを全て
併せ持ち、自らすべきことを決め、自らを律しながら行動する。ただし、これは「ひとの言
うことを聞かない」という意味では全くなく。自律性の能力があるからこそ、それを用いて、
他者の意図や目的とその意味・重要性を理解し、他者のために尽力することが可能となる。
これが実現してはじめて、真に人間にとってストレスなく助けてくれるパートナーとしての
知能システムが実現する。つまり、社会性を実現するためにも、自律性が必要不可欠である。
Ⅱ-9
【ロードマップ】
情報系複合領域全体の進化系統図を次ページに示す。本年度は将来に重点を置いており、ほぼ
現在から 50 年後(あるいはそれ以後)までを描いている。各研究分野間の仕切りをなくし、相
互の関係を明らかにすることに重点を置いている。図中で、重要課題が赤字(白黒の場合は大き
めの太字)で記載されている。全体の流れを大きく、三つの出口イメージに分類して水平方向の
帯で区分している。各項目(菱形)の時間軸上の配置は、大まかな時期に対応するが、当然、そ
れぞれの項目は長期にわたって進化するものであり、実際には水平方向に大きな広がりがあると
読むべきである。
ロードマップの左端の各項目(R1~R13)が、情報系報告書原稿の各章に相当する。なお、R4 は
整理の過程で統廃合されたため、欠番である。
以下に、項目番号とタイトルのリストを示す。各項目の原稿は、最初のその項目のまとめ原稿が
あり、続いて、細分された項目の原稿が続く。
R1:計算機システム(量子暗号、エージェント、分散システム)
R2:データベース(重要情報の選別、知識発見)
R3:知能計算・ヒューマンロボットモデル(環境・状況認識、自律ロボットの知能、実世界デー
タマイニング、形態-機能の共適応)
R5: 物理相互作用知
R6-1:移動知(ロボタイプ移動知、バイオタイプ移動知)
R6-2:ロボット化社会(フロンティアロボット)
R7: インタラクション、コミュニケーション、BMI/BCI
R8: 融合知覚
R9:自律性(物質と情報の融合、シンボルグラウンディング、メタ認知、身体固有性、身体に根
ざした感覚・感情、自動ゴール設定、重要性認識)
R10: 全人間シミュレーション(ロボットの知能と身体、人間-機械コミュニケーション)
R11: 適応創発システム(メタ認知構造を持つロボット、生物規範型ロボット)
R12:自己組織化ロボット(自己再構成可能ロボット)
R13:センシングネットワーク
なお、参考までに、本年度マップに続けて、昨年度作成した情報系ロードマップも掲載する。
過去から現在の流れについての補足資料として参照されたい。
Ⅱ-10
【情報系複合領域進化系統図(現在~未来)(2007 年度版)
】
Ⅱ-11
【情報系複合領域ロードマップ(過去~未来、特に過去~現在について)
(2006 年度版)】
Ⅱ-12
【50 年後の未来像について】
ここでは、各原稿に描かれた未来像を抜粋、集約してひとつの文章にまとめたものを示す。こ
の文章に対応する未来イメージ図を文章の後に掲載した。
詳細に関しては、各項目の原稿を参照されたい。以下の文章で、「」内は、重要キーワードであ
る。
全地球、どころか太陽系にまで広がって(「太陽系ネットワーク」
)瞬時にあらゆるところで情
報が共有されるようなネットワークが形成され(
「量子通信」「密結合超分散システム」)、そのあ
らゆるところに巨大な計算パワーがあり(「量子計算」
)、しかも、至る所にセンサやロボットや
環境に埋め込まれた機械(
「ユビキタス社会」)があり、実世界と融合している(「物理世界と情
報世界の融合」)
。
「自己再構成可能ロボット」によって、そのネットワーク上でシミュレートされた形がそのま
ま実体として形を作りつつある(
「機能と形態の共適応」による「シームレスシミュレーション」
を通した「物理世界と情報世界の融合」
)
。それが、人間の義手になっていく「ハイパーパーソナ
ライゼーション」
、「サイボーグ」
)。
人間の実体に埋め込まれたインプラント間で「人体間通信」「テレパシー通信」が起こっている
し、一方で、実体人間の背後(ネット上)では複数の「全人間シミュレーション」がそれぞれに
異なる経験をしており、「パラレルライフ」を楽しんでいる、
その一部が、地球上の別の場所の古代遺跡や、それどころか火星上のヒューマノイドロボットに
乗り移って「テレイグジスタンス」により別世界体験をしている(これも「パラレルライフ」
「知
識の外在化」
)
。これらが、
「人間の拡大」の未来像だ。
さらに、多くの異なる人間の知識や実世界からセンサ等で得られた情報(「言葉と身体のネッ
トワーク」「シンボルグラウンディング」)や、過去のアーカイブ情報が「重要性認識」を経て総
合され、自己を把握し制御する「メタ認知」により一貫性を維持する「ホメオスタティックコン
ピューティング」により、
「集合知」として「自己組織化」され「自律的機能統合」し、自ら「オ
ントロジ創発進化」により、人類と世界の情報を総合した、生き物のような「社会システム知」
として進化を続ける。
その社会システム知にアクセスするのに、もう端末はいらない(「インタフェースフリー社
会」
)。あらゆる場所にいるロボットがそれを使いこなして人間に意味あるサービスをしてくれる
(「100%サービスロボット」)
、しかもそのロボットは、
「言葉と身体のネットワーク」により個人
の「感情、動機、感性、意図」と融合(
「人間と情報の融合」)しているので「以心伝心」な形で
サービスができるし、
「モバイルエージェント」の技術で、どこにいっても各個人に向けた一貫
したサービスが得られ、「見守り」がなされて「安心・安全」が確保される。これもまた、知識
や情報の意味での「人間の拡大」となっている。
もちろん、この社会システム知は、宇宙、海中、災害現場、など至るところに進出した「フロ
ンティアロボット」による「ロボット化社会」を通して、実世界にリアルタイムに反映されて世
界を人間のために維持する(「知識の外在化」
)。海中農場では、イルカ型のバイオタイプロボッ
ト群が人類のための食糧生産に勤しみ、地球周回軌道上では、宇宙ロボット群が常時、人工衛星
の点検・保守に従事し、人類社会の生命線である全地球、太陽系ネットワークを維持している。
地上では社会の至るところにロボットが浸透し、人間生活をあらゆる面で支えている。いったん
災害が発生すると、「センシングネットワーク」がすぐに全体状況を把握し、社会システム知の
自己保存反応「ホメオスタティックコンピューティング」により、日常生活ロボット群が直ちに
一致団結して、災害救助、復興活動に駆けつける。
Ⅱ-13
個々のロボットは、「人工筋肉」や「五感代替デバイス」や「全要素間全情報共有」や「超多
自由度分散制御」や「自己修復」や「自己配線」などにより、
「物質と情報の融合」を果たした
生物的なシステムになっている。そして、その中のヒューマノイドタイプやフロンティアで独立
して動くロボットは、
「適応創発システム」の原理に基づき、記述されない行動や判断が可能で
あり、「言葉と身体のネットワーク」と「重要性認識」と「メタ認知」と「自律ゴール設定」に
より、
「認知発達」を経て、「自律システム知」を獲得している。
【未来イメージ図】
【未来イメージ図の説明】
50 年後の未来におけるロボット分野情報系複合領域の技術とそれが実現する世界のイメージ
を図にした。中央に人間が位置し、全体の半円の背景は地球であり、人間社会の環境を表す。こ
れは、技術は人間のための、人間に係るもので、かつ、環境と調和すべきものであることを表す。
人間を取りまく半円周上には、未来技術が達成するものの三つの方向性(自律システム知、社会
システム知、人間の拡大)が記されている。各イメージイラストには、その実現に向けた重要研
究課題が付記されている。人間の解明・モデル化に係る課題や共通基盤的課題は中央付近に記さ
れている。半円の外側には、宇宙のイメージが描かれている。ロボット分野の未来技術により、
人間社会の存在領域は今日の範囲よりはるかに多様なフロンティアに進出し、広大な活動範囲を
有することを象徴している。
Ⅱ-14
【未来の出口イメージと研究分野の関連】
情報系複合領域では、R1~R13 の各項目ごとに、項目関連マトリックス、を作成し、それを
用いて、出口イメージや重要課題との関連性を分析、整理した。項目関連マトリックスは表形式
で、列見出しに 3 つの出口イメージ、行見出しに 3 つの重要課題を提示し、当該研究項目が、
それぞれに関連する度合を 1~3 の整数(数が大きいほど関連が強い)で記入したものである。
また、行と列の交差するマスには、対応する出口イメージおよび重要課題に関係する研究課題キ
ーワードを記入した。
これらの分析に基づいて、3 つの出口イメージごとに原稿全体を抜粋集約したものを次ページ以
後に示す。
Ⅱ-15
自律システム知
概要
個としての知であり、また、高度な自律性を持つ知、の実現。情報の評価や意味理解、自己の
解釈や整合性検証、自動知識獲得、などに立脚。
自律システム知に貢献している領域とキーワード:
R1:計算機システム(量子暗号、エージェント、分散システム)
R2:データベース(重要情報の選別、知識発見)
R3:知能計算・ヒューマンロボットモデル(環境・状況認識、自律ロボットの知能、実世界デ
ータマイニング、形態-機能の共適応)
R5: 物理相互作用知
R6-1:移動知(ロボタイプ移動知、バイオタイプ移動知)
R8: 融合知覚
R9:自律性(物質と情報の融合、シンボルグラウンディング、メタ認知、身体固有性、身体に
根ざした感覚・感情、自動ゴール設定、重要性認識)
R10: 全人間シミュレーション(ロボットの知能と身体、人間-機械コミュニケーション)
R11: 適応創発システム(メタ認知構造を持つロボット、生物規範型ロボット)
R12:自己組織化ロボット(自己再構成可能ロボット)
自律システム知による出口イメージ:
量子情報科学、情報通信システム、セキュリティ:量子計算・量子暗号・量子通信が大規模レ
ベルで実現され、電子コンピュータとインターネットから成る電子情報通信ネットワークから量
子情報通信ネットワークに変遷していく。安全性が定量的に保証できる究極の安全性は、セキュ
リティ全般に関する発想を一新するものとなる。それにより、誰でも量子暗号を用いた無条件安
全性の確保された通信を行えるようになり。また、計算量の壁で解けなかった様々な問題が量子
アルゴリズムにより解決され、新しいアプリケーションを生み出す。
OS、エージェント、分散システム:
OS とプログラミングの視点からみれば、ソフトウェアの自律性の達成が成されるとみなされ
る。また、ソフトウェア自身が自律的に実行環境に適応し、さらにその動作を自ら監視し、ソフ
トウェア上の不具合を自律的に回避していく。その視点は、エージェント/分散システムでも同
様であり、単体エージェントから複数エージェント、そして、超多数エージェントとまで拡大さ
れ、MMAS ツールが当然のように利用されることになる。さらに、これらの議論には、量子情
報科学の影響を導入すれば、飛躍的にスケールが拡大され、より大きな発展につながると考えら
れる。
データベース:
世界のあらゆる場所、モノ、組織、人、ロボットが常時ネットワークされた状態で、世界中の
あらゆるデータや情報、これまでの人類の英知が何らかの形でネットワーク上に存在する世界と
なる。このような世界で、大量の情報等に埋没することなく、的確な情報や知識を用いて人々や
このネットワーク内の計算主体(エージェントやロボットなど)は、自律的に行動することにな
ろう。自ら必要な情報を選別し活動するために知的自律性が必要であり、本領域で取り上げた技
術が自律システム知の基盤となる。この様な自律性に基づく世界では、高度な判断が必要な場合
にのみ人が介入し、それ以外の些細な処理は全て計算主体に任せることが可能となる。ネットワ
ークは社会システム知となる。
Ⅱ-16
知能計算理論:
対人場面などで必須である人の知能の制約を考慮した知能計算理論は直接的にヒューマンモ
デリングの発展に貢献する。一方でそうした制約を受けない強力な計算知能は情報系複合領域の
広範囲における要素技術であり、三つの到達点の何れにとっても不可欠である。(a)巨大データ
に対する高速化処理技術が発展し、適用可能なデータ種類(複雑な構造)が増加する。(b)データ自
体のメタ記述の発展などに基づいて柔軟な仮説生成手法が実現される。(c)課題ごとに同種の個
別技術の切り替えを自動的に行い、異種複数の個別技術を連携させる汎用性の高いメタ制御フレ
ームワークや、それを運用管理する言語や自律機能を実現している。(d)量子計算、分子計算等
の新しい計算技術との融合が進んでいる。
移動知:
移動知の目標は、「複数人工移動体の自律的な安全で信頼性の高い移動の実現」に集約するこ
とができる。この目標は、
「安全で」という部分以外は、50 年を待たずして実現されることが期
待できる、特に、これまで積み上げてきたロボタイプ移動知に、高度なロバスト性を実現可能な
バイオタイプ移動知を融合することで、信頼性の高い移動を実現する移動知の実現が期待でき
る。この移動知は、自律システム知の中核をなす知能の一つといえる。また、移動知のアプリケ
ーションは、そのサイズや適用場所に関わらず、適用場所が、大きく広がることが期待できる。
例えば、MEMS 技術により、体内移動用 超小型移動ロボットの完成により、医療技術の大きな
進歩が期待できる。今後の大きな課題としては、人と移動体が共存する中での「安全」の確保で
あり、これには、大きなブレイクスルーが必要であろう。
自律性:
情報・物理・人間の融合が加速し、
「言葉と身体・生理のネットワーク」に基づいて感情・性
格・感性を発現獲得し、自律的に意味理解し行為を選択評価できる自律システム知が誕生する。
それが人間社会に大きなインパクトを与えることは必至である。自律システム知が人間社会の中
でどのような役割を与えられ、どのように共生するかに関して、法的倫理的問題も含めて、社会
実験的な模索が進む。その模索が成功した暁には、人間社会を機能的、質的、精神的に豊かに拡
大することに貢献する。
全人間シミュレーション:
人間と同等の身体と、ある程度の判断力を持ったロボットにより、多くの単純作業、肉体労働
がロボットにより行われるようになり、人間はより創造的な作業に集中できるようになるだろ
う。ロボットはほぼ完全な自律性と汎用性を持ち、自分で周囲の環境や人間の状態を把握しなが
ら学習を行い、次に行うべき行動を決定できる。また、言語や身振りを用いて人間と基本的なコ
ミュニケーションを取ることができる。実現される知能のレベルによっては、話し相手などより
高い適応能力を要求される分野にもロボットが使われる可能性がある。
適応システムの研究は、生物・あるいは人間そのものについての研究であるといっても過言で
はない。生物や人間の適応性を解明することが、人工的なシステムの適応性を実現する非常に重
要な鍵となるからである。
メタ認知構造を持つ完全自律ロボット:
自律的なシステムを構成するためには、これまでのように限定された適応性をもつだけでな
く、メタ認知のレベルでの知能を持ち、開放された環境に適応するための能力を持つ必要がある。
その意味で、自律システム知の構成のために、適応システムに関する研究は必要不可欠である。
特に、生体型の材料や、生物規範型のアーキテクチャに関する研究が進むことにより、現存する
生物(人間)を構成論的に研究すれば、その結果得られた知見は自律システム知を構成するため
Ⅱ-17
に必要不可欠なものとなるであろう。ウェットなヒューマノイドの実現もそう遠くない未来なの
かもしれない。
適応創発システムは個体としての自律システム知の実現に重要なだけではない。群としての適
応性がマルチエージェント研究には欠かせない要素である。50 年後には、現在のノイマン型の
アーキテクチャとは異なる並列処理大規模計算機が開発され、マルチエージェントの大規模なシ
ミュレーションが可能となるであろう。それにともない、現在の社会の構造や、社会の創発など
社会システム知に関する研究が進むと考えられる。
人間型のウェットなハードウエアに関する研究が、適応システムの実用化には必要不可欠であ
る。そのために開発されるさまざまなウェット材料と BMI 技術の進歩に伴って、違和感のない
能力の拡大が行われるであろう。ロボットや人工物と、それを操作する人間とのインタフェース
を十分に研究することと、人間の適応性を理解することは表裏一体であり、人間の拡大を実現す
るためには適応システムの研究が必要不可欠である。
自己再構成可能ロボット:
SR ロボットの応用イメージをあげる。基本的に、最適性を要求されるタスクよりも、予想で
きない複雑なタスクへの対応能力を求められる応用に向く。
・月面、火星面など、リモートコントロールの困難な場所における探査ロボット
・深海、海中プラント、原子力プラントなどの検査・保守ロボット
・災害時(倒壊建物内等)の人命救助ロボット
・故障が許されない機械システムの信頼性向上のための基礎技術
・ロボティクスや進化工学、システム工学などの工学教育のための教材
・芸術的表現の素材
・ゲーム・アミューズメント
・ユーザーの身長・体型にあわせたロボットの自己改変
Ⅱ-18
社会システム知
概要:
ネットワーク化、融合化の究極の姿としての知。機械、情報処理、ネットワーク、人間、社会
インフラ、などが密に統合され、全体としての知、自律性を獲得したものが究極の姿か。個々の
人間に把握できる複雑さを超えるので、システムの自律的な整合性・正当性維持機能(ホメオス
タティック・コンピューティング)のようなものが非常に重要になるだろう。
社会システム知に貢献している領域とキーワード:
R1:計算機システム(量子暗号、エージェント、分散システム)
R3:知能計算・ヒューマンロボットモデル(環境・状況認識、自律ロボットの知能、実世界デ
ータマイニング、形態-機能の共適応)
R6-2:ロボット化社会(フロンティアロボット)
R12: 自己組織化ロボット(自己組織化、分散協調ロボット、ネットワークロボット、スマート
ルーム、環境知能化)
R13:センサーネットワーク(人体間通信、人体機械間通信、実世界と情報世界との融合、ユビ
キタス情報通信基盤、次世代インターネット、センサーデータマイニング)
社会システム知による出口イメージ:
社会的知能:
個々のロボットの能力を補い/拡張するためにネットワークを通して様々なロボットや人と
結びつくことで人に役立つサービスを提供する[社会システム知]。ここでは戦術レベルでの高い
抽象度で記述する一般理論が構築され、動的環境の大局的把握をしながらの役割分担を行える汎
用性の高いマルチエージェント技術が確立されている。
ロボット化社会:
フロンティアロボットに関する 50 年先の技術展望を実現するためには、要素技術の成熟が不
可欠である。特に、自律性は、今後のフロンティアロボットに必須の技術であり、この技術の実
現が、人類のフロンティア開拓に大きく貢献し、広い意味での社会システム知が構築されること
が期待できる。具体な未来像としては以下のものを示すことができる。人類は、水中世界におけ
る資源や食料の獲得に成功し、安全を担保することができる。また、宇宙空間へも、人類の活動
圏が拡大し、新たな生活スタイルや文化が生まれることが期待できる。さらに、地震や津波とい
った、ごく身近なハザード環境においても、被害を削減するための技術が大きく進歩することで、
人の安全を確保することが可能となる。
自己組織化ロボット:
インフラとしてのフレキシブルかつユビキタスなメカトロシステムの利用法が確立、普及。
社会全体に広がる多数のロボットやセンサ等の機能要素がネットワーク結合し、適応創発、自己
組織化の原理により、人間の生活のあらゆる局面にわたる無限定かつ動的な状況において、適切
に動的協調がなされて多様なサービスを提供する世界が実現する。いわば、環境全体が知能化さ
れ、常に人間を見守ることで、安心、安全、快適な生活とプライバシーの確保が実現する。
センサーネットワーク:
ナノセンサー技術、センサーネットワーク、ユビキタス情報通信インフラ、インターネットな
どの熟成により、人間の感覚能力は飛躍的に拡大し、あらゆるものがネットワークにて接続され
ることから、社会そのものが、社会システム知というひとつの生命体のような存在となる。人々
は、高度な創造性や達成感、コミュニケーションにおける喜びの享受に多くの時間を割きつつ、
Ⅱ-19
地球規模の消費エネルギーや環境汚染も持続的発展可能な程度に低減する。センサーネットワー
クは、システム技術や認識技術などの要素技術と連携し、人類の重要な社会基盤となる。
さらに、人間と社会との関係について考えると、無論、人間は自律システムであり、人間の集合
である社会システムも自律システムである。社会システムはひとつの自律システムとしの存在と
なるが、社会システムを構成する個々の人間が社会システムという個体の意識を認知できるかど
うかは不明。我々人間を構成する個々の自律的システムである細胞が、人間という自律システム
としての意識を認識できないことと同じ関係かもしれない。しかし、社会システムという自律シ
ステムが何らかの意思を持つことで、社会システムが個々の人間に対して何らかの影響を及ぼす
ことは間違いないと思われる。自律知的生命体としての社会システムを個々の人間が制御できる
のかどうかは不明であるが、このボトムアップなシステムの構築の仕方を誤ると、社会システム
が個々の人間にとって幸せをもたらす存在にはならないことも想定される。社会システムという
個体レベルにおいても淘汰による進化が適用されるだとすると、淘汰される社会システムとは、
その社会システムの滅亡を意味する。そうあってはならないために、現在において、いかにして
ボトムアップにシステムを構築するのかについての研究の重要性を強調する。
Ⅱ-20
人間の拡大
概要:
ユビキタス、マルチモーダルインタフェース、ロボット、脳直接結合、サイボーグ、などによ
り、人間と情報システム・ロボットとの結合は密になり多相化する。一方で、生理レベルから認
知レベルまでをカバーした全人的シミュレーションが可能となるかもしれない。それとネットワ
ークやロボットが結合することで、人間のコピーを多数作り別々の人生を試してみたり、世界や
果ては宇宙に散在するロボットに転移して行動したり、という夢のようなことが実現する可能性
もある。これらは、人間にとっては、その存在を限りなく拡大することになる。夢物語までいか
ずとも、人間の意図を組んで多様なアシストをするロボット(汎用サービスロボット)は、人間
の行動能力を拡大する。
人間の拡大に貢献している領域とキーワード:
R3 知能計算・ヒューマンロボットモデル(意図理解に基づくロボットシステム。ハイパーパー
ソナライゼーションシステム)
R5 物理相互作用知(物体操作、人工筋肉、ポリマーアクチュエータ、ゲルアクチュエータ)
R8 融合知覚(視覚と触覚の融合)
R10 全人間シミュレーション(究極のテレイグジスタンス、パラレルライフ、BMI、五感代替
デバイス)
R12:自己組織化ロボット(DNA ロボティックス)
人間の拡大による出口イメージ:
ヒューマンモデリング:
人をモデル化した個々の自律型ロボットは、社会においてニッチ(生態的地位)を確立し、人の
モデル化によりユーザの意図理解に基づく対人インタラクションを行うなどして人間生活を支
援する[人間の拡大]。他方でヒューマンモデリングの進展は、専門技術者の補助なしで患者個人
がフィッティングできる汎用補綴装置などといった医療技術の実現を促す[人間の拡大]。
知能計算基盤:
知能計算やその研究を支えるソフトウェア等の基盤技術は、汎用化と標準化が進むことで、応
用性、相互運用性、組込みも含めた可搬性が高まり[社会システム知]、目的に応じた利用の方法
論も進展する。さらに、対人インタラクション技術の進歩をうけてユーザ意図を積極的に取り込
めるなど、ユーザビリティが高い利用技術が確立する。個人が日常的に小型計測パーティクル群
から成る汎用生態計測技術を利用できるハイパーパーソナライゼーションな環境において、個人
の経験や生態データから自動的な予防医療に利用したり、個人の情報を社会に拡散させたりする
ことが可能になる。また、テレイグジスタンスの進歩は遠隔知に自身のコピーロボットを作り出
すことで、人の物理的な移動を減少させる[人間の拡大]。これに付随して、倫理的、道義的、個
人情報保護等の観点から、セキュアに情報を扱う技術が実現している。
物体操作:
物体操作においては視覚と触覚が大きな役割を果たしており、1) 視覚と触覚の人工物による
実現、2) 人のマニピュレーションにおける視覚と触覚の解明という、工学と科学の立場からの
研究が進展している。
アクチュエータ:
ブレークスルーとして期待されているのが、人工筋肉(ポリマーアクチュエータやゲルアクチ
ュエータ)である。これらのアクチュエータでは、フィルム状あるいはフィラメント状のポリマ
Ⅱ-21
ーやゲルに印加することで変位や力を得る。現状では、変位や力が十分ではない、アクチュエー
タ特性のばらつきや経時変化が大きいという課題を抱えているが、人工筋肉そのものの研究が盛
んになっていることと、機械知能学の観点からの解決が模索されていることは強調すべきであろ
う。
マニピュレーションの力学:
マニピュレーションは、ニュートンあるいはラグランジュの力学という確立された力学を基盤
としている。ただし、指が変形する、指と物体との接触は非ホロノミックである等、扱いが困難
な部分を含む。人口筋肉の力学モデルの確立と並んで、マニピュレーションの力学の確立は、着
実に進めるべき分野であろう。
融合知覚:
視覚と触覚は面的に分布した多数の受容器により実現されるという類似の構造を持っている。
もちろん個々の受容器とコンピュータとの通信、多くのセンサ情報の処理においては、量子コン
ピューティングや高速通信ネットワークが果たす役割は大きいと考えられ、これらが実現するこ
とで視覚と触覚を融合することができるかもしれない。
パラレルライフ:
ハードウェア (身体)・ソフトウェア (知能・制御)・センサ (感覚器) のすべての面において人
間の完全なコピーが可能になれば、情報のやりとりだけであらゆる体験が可能になり、物理的な
身体がどこにいるかはあまり重要でなくなる究極のテレイグジスタンスが実現する。また、他人
の体験を自分の感覚情報として受け取ったり、多数の人生を体験したりする (パラレルライフ)
ことも可能になる。
五感代替デバイス:
脳神経系のモデルと脳活動の非侵襲な計測は、非侵襲な計測から人間の意図を推定する必要の
ある BMI を可能とする基盤技術ともなる。これによりロボットや機械の操作性は格段に向上す
ると考えられる。さらに、脳科学の知見を応用した脳の損傷部位の代替、教育の効率化、新たな
能力の開発などができる可能性もある。
詳細な人間モデルは、ロボットが人間の状態を推定・認識したり、超並列計算により得られた多
数の候補を評価したりする際のリファレンスとなる。例えば医学においては、現在大規模な臨床
試験が必要な薬剤・治療法の開発を計算機実験のみで行えるようになる。さらに、個人適合モデ
ルを容易に構築することができれば、将来の疾患の予測や、効率的なテイラーメイド医療が可能
になる。
機械がますます人間に近づくことで、技術と社会との関わりも複雑化することが予想される。
個人適合モデルデータの保護や、脳神経系の完全なモデルにより考えが読まれることなどが社会
問題化することも予想される。人間と完全に同じ知性や情動を持ったロボットを実現するのは
50 年後でも難しいと考えられるが、人間より優れた知能を持つロボットや、感情を持つロボッ
トの是非が深刻な議論を呼ぶことは間違いない。
DNA ロボティックス:
DNA デバイス・システムにより、究極の医薬である細胞内の遺伝子、化学反応の発現レベル
に応じてこれを調整するビルトインコントローラの構築が可能となる。また、(水中に限るが)
バイオ分子を素材とするあらゆるナノ構造物の構築が可能となり、有機系分子デバイスをシステ
ム化するプラットフォームを提供するなど、高分子ナノテクノロジーの基幹技術となる。
人間、社会、へのインパクトとしては、生命システムの分子レベルの動作原理に立脚した分子シ
ステムの設計論が確立することにより、生命と機械をシームレスにつなぐ人工物の構築が可能に
Ⅱ-22
なる。新しい医療、新しい生命科学、新しい分子・電子デバイス等社会への波及効果は計り知れ
ない。
Ⅱ-23
Ⅱ-24
山口高平(慶應義塾大学)
R1
計算機システムロードマップ
将来の計算機システム(R1)の在り方に最も大きく影響を与える技術のひとつが、量子力学+情
報科学=量子情報科学と考えられている。量子コンピュータが実現されれば、電子コンピュータ
とは比類できない計算速度を手に入れることができ、大きな数の素因数分解は電子コンピュータ
では莫大な時間がかかるという前提で発展してきている暗号体系が崩壊する。さらに、従来の通
信システムも崩壊し、大量情報を瞬時に転送する量子テレポーションに立脚した量子通信という
新しい世界の扉が開かれる。
以上のように、計算機システムの将来像は、量子情報科学の成否に依存するといっても過言では
ないが、その成功を前提にして、各要素技術の将来像を予見することは甚だ困難である。よって
本稿では、量子情報科学を R1 のコアとはするが、量子情報科学と関係が直結する情報通信シス
テムとセキュリティについては、量子情報科学の影響を考慮して将来像を予見し、新規に追加し
た OS、分散システム(コンピューティング)
、エージェントについては、ソフトウェア的側面が
大きく量子情報科学からやや遠い技術項目でもあるので、量子情報科学をあまり考慮しないでそ
の将来像を予見することとする。
現在までの技術の進化
量子情報科学:1980 年頃より、量子力学+情報科学=量子情報科学の可能性が議論され始め、
1980 年代の量子力学に基づいた無条件安全性が証明できる量子暗号プロトコル、1994 年の Shor
による素因数分解を多項式時間でできる量子アルゴリズム、1995 年の Grover による探索高速
化アルゴリズムの発見により、量子情報科学は量子計算・量子暗号・量子通信などの各分野にお
いて基礎理論は確立されたといえる。しかししながら、小規模の量子系で実現可能な量子暗号を
除いては、まだまだ小規模な系での情報処理プロトコルの原理実験ができているにすぎない。ス
ケーラビリィティを確保でき、量子コンピュータによる大規模情報プラットフォームが実現でき
るか否かは今後の研究成果を待たねばならない状況である。
情報通信システム:タイムシェアリングシステム、パケット交換分散ネットワークとして
ARPANET、LAN(イーサネット)などの情報通信システムの基礎技術が開発された。広域ネ
ットワークとして、
米国では NSFNET
(大学間を接続する学術研究目的の非商用ネットワーク)、
日本では JUNET、WIDE が開始された後、ナローバンドインターネット上で WWW が普及し
ていった。21 世紀に入り、ブロードバンドインターネット上での WWW が普及した。
セキュリティ:公開鍵暗号、DES(Data Encryption Standard、アメリカ合衆国の旧国家暗号
規格)が開発された。WWW の普及にともない、ファイアウォール、電子透かしによるコンテ
ンツ保護、PKI(公開鍵)基盤などの技術が開発され、アンチウイルスソフト、VPN(Virtual
Private Network)が普及し、生体認証の研究が始まるとともに、社会制度的には不正アクセス
禁止法が施行されていく。
OS:OS(オペレーティングシステム)は、プロセス、仮想アドレス空間、保護など、ソフトウェ
ア実行環境を提供する役割を担っているため、その上位で動作するアプリケーションの進歩によ
ってさまざまな機能が要求されてきた。この 10 年、インターネットの進展によって、ウェブサ
ーバという新しいアプリケーションの出現を受けて、スレッドなどの機能が見直しを受けたり、
インターネットの商業利用に伴ってセキュリティ機能の増強が行われたりなど、時代時代の要請
を受けてさまざまな機能が追加されてきたといってよい。現在ではソフトウェアの実行環境の多
様化に拍車がかかっており、それぞれの実行環境に適したオペレーティングシステムやプログラ
ミングアーキテクチャの模索が行われている。
エージェント:1956 年のダートマス会議にて人工知能(Artificial Intelligence)という言葉が提唱
された。1980 年頃にマルチエージェント研究が開始されるまでの 20 年において、様々な AI 理
論・アルゴリズム・技術などが生み出され、熟成されていった。1980 年代のエージェントの初
Ⅱ-25
期の研究は分散人工知能として始まり、黒板モデル、組織構造研究、分散問題解決、契約ネット
プロトコル、資源割り当て問題、合理的エージェントなどが研究された。1980 年後半では、分
散問題解決が中心的話題となった。1990 年に入ると、協調を仮定しない経済システムのような
競争下の均衡を利用した「ゲーム理論」を利用する研究に対する注目が高まった。そして、1990
後半以降は、組織論、ロボカップ、シナリオ生成、モバイルエージェントなど、人間社会との接
点の拡大が現実化し始めた。近年では、経済システムなどのトップダウンな解析が困難な対象に
対して、マルチエージェントベースドシミュレーション(MABS)というボトムアップな解析手段
が注目されている。また、ネットワーク科学、複雑ネットワークといったエージェントが構成す
るネットワークに注目した研究への取り組みの兆しが生まれつつある。解決すべき問題として
は、目標とする機能に対して最適なシステムを構築するための方法論の確立が望まれる。有力な
方法論として期待されるのが進化的アプローチであろう。
分散システム:離れた場所にあるメインフレームにジョブを送るために使われたのが分散システ
ムの起源である。実行衛星の制御でも同様の技術が使われていた。コードそのものを送るコード
モビリティと、実行状態も送るモバイルエージェント(プロセスマイグレーション、モバイルオ
ブジェクト)に分化した。コードモビリティは、単なるプログラムの移送手段だけでなく、
PostScript プリンターに代表されるように、制御や組み込み系でも広く使われている。モバイ
ルエージェント技術は、General Magic 社の独自言語を使用する Telescript システムなどの商
業システムが登場したが、その後に登場した Java はモバイルエージェントの実現に必要な技術
基盤をもっており、数多くのモバイルエージェントシステムが実装された。
10-20 年先の技術展望
量子情報科学:量子計算については、長時間、量子情報を保持できる量子メモリの開発、量子コ
ンピュータの大規模化、実用的な量子アルゴリズムの開発が必要であり、量子通信については、
長距離間におけるエンタングルメントの共有 (量子中継器の開発)、さらなる量子系間の量子情
報の伝達の実現が期待される。
情報通信システム:100Tbps 級の通信(WDM、 1000x1000 光マトリクススイッチ、光ソリト
ン通信による高速バックボーン情報通信技術)、マルチホップアドホック無線通信(固定インフ
ラなしにその場で構築するネットワーク)、空間並列型高効率無線通信(MIMO やスマートアン
テナなどによって空間利用効率を向上させた無線通信技術)などの技術が開発されることが期待
される。さらに、ユーザデペンダント・オブジェクトオリエンテッド情報選択通信(個々のユー
ザや目的に応じて情報を選択しデータ量を削減した通信技術)技術が開発される。さらに、ホロ
グラム立体静止画伝送(ホログラムによる立体静止画像の効率的伝送技術)
、多視点テレビ(多
くのカメラを利用して多視点からの画像を伝送し物体を好みの位置から観測できるテレビ映像
技術)
、特定用途車車間通信(高速道路やバス路線などの特定用途に限定した車車間通信技術)、
200Tbps 級の通信速度(光通信の限界と言われる単独ファイバ 240Tbps を達成する技術)
、エ
ココンシャス通信(Eco-conscious communication;環境に配慮した通信; 化石エネルギー枯渇
問題や環境問題を考慮しエネルギー消費を抑える通信技術)などの技術が開発される。
セキュリティ:デジタル放送への完全移行にともないコンテンツ保護技術が高度化されていくと
ともに、被認証者と検証者が同じ生体情報を共有する「共通鍵型」の認証システムとなっており、
被認証者の生体情報を検証者に預けなければいけないというプライバシの問題を解決する技術
として公開鍵型生体認証技術が開発される。さらに、公開鍵型生体認証技術、ネットワーク上に
おける不正端末を完全にトレースバックする技術が普及していく。セキュリティホールフリーの
OS が誕生し、マルウエアの完全なる検知方式が普及するとともに、プログラムの動作を完全に
事前解析する技術が確立し、コンピュータワームだけでなく、スパイウエアやボットなどのマル
ウエアがすべて検知可能となる。また、アンコンシャス生体認証が実現され、姿勢、歩き方、癖、
反射などの無意識(アンコンシャス)な行動パターンによる本人認証が確立することにより、
24 時間 365 日の継続的なユーザ認証が可能となる。さらに、情報共有サービス(例えば、P2P
Ⅱ-26
ソフトによるファイル交換サービス)と著作権保護の両立が可能な技術(法制度の改定も含む)
が誕生する。
OS: 現在の仮想化技術は単一のハードウェアを複数のハードウェアとして見せるという機能に
のみ着目されているが、この仮想化技術を用いることにより、ハードウェアの違いを仮想マシン
モニタのレイヤで吸収・隠蔽していくことが可能になっていくと期待できる。さらに仮想化レイ
ヤ、オペレーティングシステムなどによるモニタリング技術が進化し、ソフトウェアの動作を動
的に監視し、動作の不具合を迅速に検出できるようになることが期待される。
エージェント:MABS システムアーキテクチャ、MMAS(大規模マルチエージェントシステム)
システムアーキテクチャ、協調メカニズムなどの方法論、複雑ネットワーク理論の工学的応用に
関する方法論が確立される。また、オークションを代表とするメカニズムデザインについての研
究が成熟し応用され、MABS やメカニズムデザインによるリスク管理が具体的な成果を出し始
める。
分散システム:ユーティリティコンピューティングの普及し、モバイルエージェント技術がもつ、
実行状態を含めてプログラムを転送する技術が必要不可欠となる。上述したように OS 仮想化技
術が進み、OS のスナップショットイメージをネットワーク間で転送して、他のコンピュータ上
の仮想マシンで実行することができるようになる。また、MRAM などの不揮発性メモリが普及
し、メモリ中の実行中プログラムはコンピュータの電源が切れても消えないため、プログラムの
実行単位そのものがロード前という状態なくなり、常に実行中プログラムとして扱うことが想定
される。
50 年先の技術展望
量子情報科学:長距離間に多数配置された大規模量子コンピュータに量子中継器を用いることで
エンタングルメント共有をすることが可能になる。それにより、長距離間の量子暗号などの量子
多者間プロトコルを実行することができるようになる。また、大規模な量子アルゴリズムを実行
可能になり、またそれらの分散計算も可能になる。
情報通信システム:量子通信が実用化され、その結果、他天体通信(他天体(月、火星など)上
の装置との通信技術)、高度エココンシャス通信(High level eco-conscious communication;高
度に環境に配慮した通信; 化石エネルギー枯渇問題や環境問題を考慮しエネルギー消費を最適
化した通信技術;エネルギーの部分的集中利用による通信、太陽光・熱電対発電を主エネルギー
源とした通信、有線通信の汎用的利用+大中電力無線通信の超局所的利用+近距離超省電力無線
の利用)、Pbps 級有線通信(ペタ(10の12乗)bps 級の通信速度を達成するバックボーン技
術)、非電波型宇宙通信(量子通信、重力波通信、ニュートリノ通信などを利用した天体間の通
信技術)などが実現されていく。
セキュリティ:量子計算、量子通信技術が確立してくるのにともない量子暗号も実用化され、セ
キュリティシステム設計理論が確立され、各種暗号方式の危殆化の程度、各種認証方式の安全性
の程度などを定量的・数学的に扱うモデルが確立し、システム要件に加え、セキュリティ要件を
も考慮した形でシステムの最適な仕様を理論的に(最適化問題を解くことによって)決定するこ
とができるようになる。さらに、セキュリティとプライバシの両立が可能な技術(法制度の改定
も含む)が誕生する。また、ロボットに対して知能の側面のファイアウォールが導入される。ロ
ボットの自己学習・進化能力があるレベルを超えた時点で、ロボットの人工知能が人間の理解を
超えた思考へと至ってしまう可能性が出てくる。このため、ロボット3原則的な安全装置をロボ
ットの人工知能に対して設置する必要が生じてくる。また、ユーザの悪意のセンシングが可能と
なる。機械は罪を犯さない。罪を犯すのは常に人間である。よって、人の悪意をセンシングする
ことができれば、サイバースペースでの如何なる犯罪・不正をも事前に検出することができるよ
うになる。
OS:2050 年には実行環境の仮想化技術やモニタリング技術、実行環境から得られる情報を利用
した障害検出などの諸技術が出そろい、高いレベルでの信頼性、安定性を提供できるシンプルで
Ⅱ-27
わかりやすいプログラミングアーキテクチャも確立されていると期待できる。その結果、ソフト
ウェアの開発者は、アプリケーションの動作をきわめて抽象度の高いプログラミング言語で記述
しておけば、あとは自動的にモニタリングのためのコードや実行環境との連携のための機構が組
み込まれ、そのようにして開発されたソフトウェアは実行環境に適合しながら最適な動作を行う
ようになる。
エージェント:ユビキタス情報通信インフラにおいて、MMAS アプリケーションなどが世界規
模で動作を開始し、いつでもどこでも人と、エージェントによる最適なタイミングで最適なイン
タラクションが可能となる。また、高度エージェントシステムがインフラとして定着、ヒューマ
ノイドにも実装される。ヒューマノイドは身体的にも、情報処理能力的にも人に迫る高い能力を
獲得する。そして、人が、常に環境からも、ヒューマノイドなどのロボットなどからも見守られ、
情報処理でのサポートや、日常生活での様々なサポート、リスク回避サポートなどを世界中のど
こでも安定して受けることが可能な世界が確立される。
分散システム:ネットワーク化されたコンピュータは、ローカルのメモリやプロセッサ、そして
リモートのメモリやプロセッサの相違はなくなる。その場合、実行中のプログラムをあるコンピ
ュータから別のコンピュータに移動させたり、複製を作って処理を多重化させることは当然であ
り、その場合はモバイルエージェント技術を使うしかない。フォンノイマン型アーキテクチャに
おいて、モバイルエージェントは自然な実行単位である。つまり、フォンノイマン型アーキテク
チャでは、メモリとプログラムコードが混在して管理している。一方のネットワークでは、デー
タだけか、プログラムコードだけのどちらか一方を送受信している。一方で、モバイルエージェ
ントはデータとプログラムコードを組にして通信する技術であり、ネットワークに対応したフォ
ンノイマン型アーキテクチャのコンピュータをつづける限りは、モバイルエージェント技術は避
けては通れないし、ネットワーク化されたフォンノイマン型コンピュータにおいてモバイルエー
ジェントの方が自然である。
50 年後の未来像について
量子情報科学、情報通信システム、セキュリティ:量子計算・量子暗号・量子通信が大規模レベ
ルで実現され、電子コンピュータとインターネットから成る電子情報通信ネットワークから量子
情報通信ネットワークに変遷していく。安全性が定量的に保証できる究極の安全性は、セキュリ
ティ全般に関する発想を一新するものとなる。それにより、誰でも量子暗号を用いた無条件安全
性の確保された通信を行えるようになり。また、計算量の壁で解けなかった様々な問題が量子ア
ルゴリズムにより解決され、新しいアプリケーションを生み出す。
OS、エージェント、分散システム:OS とプログラミングの視点からみれば、ソフトウェアの
自律性の達成が成されるとみなされる。また、ソフトウェア自身が自律的に実行環境に適応し、
さらにその動作を自ら監視し、ソフトウェア上の不具合を自律的に回避していく。その視点は、
エージェント/分散システムでも同様であり、単体エージェントから複数エージェント、そして、
超多数エージェントとまで拡大され、MMAS ツールが当然のように利用されることになる。さら
に、これらの議論には、量子情報科学の影響を導入すれば、飛躍的にスケールが拡大され、より
大きな発展につながると考えられる。
Ⅱ-28
Ⅱ-29
今井浩(東京大学)
R1-1
量子情報科学
(1)「重要課題」の簡単な説明およびブレークスルーを要する点
(a) 課題の説明
量子情報は量子力学を中心とした物理学とシャノンの情報理論、計算機や暗号理論を中心とし
た情報科学の学際領域である。20 世紀の物理分野ではナノの世界を支配する原理として量子力
学が花開き、情報分野ではコンピュータの開発から通信そしてインターネットへと情報科学技術
として展開していた。そこへ、1980 年頃よりその融合による新たな情報処理の枠組みが提唱さ
れ始めた。これにより量子状態を情報処理の源とする量子情報科学が学際領域として誕生した。
量子情報科学の分野では、現代の計算・通信のモデル・実装では実現できないことを量子情報
的効果によって実現することを目指している。代表的なものとして、1980 年代に発見された量
子力学に基づいた無条件安全性が証明できる量子暗号プロトコル、および 1994 年の Shor による
素因数分解を多項式時間でできる量子アルゴリズムの発見、そして 1995 年の Grover による探索
高速化アルゴリズムの発見によって注目を集め、90 年代後半以降急速に発展を遂げてきた。Shor
のアルゴリズムは、量子コンピュータの実現が現在広く使われている公開鍵暗号系の安全性を破
壊することを意味しており、Grover のアルゴリズムも共通鍵暗号系への脅威となる。それに対
して、量子暗号は物理原理と情報処理方式によって究極の安全性を提供するものである。このよ
うに量子情報の大きな成果がすべて安全・安心を支える情報通信セキュリティに深く関連してい
ることは興味深く、それゆえ量子情報科学研究を推し進める重要性も高い。
現在、量子情報科学は量子計算・量子暗号・量子通信などの各分野において十分に確立された
理論を打ち立てることに成功し、従来の情報科学に対する量子情報科学の優位性は理論的には十
分に検証されている。一方、それら確立された理論の実現のために、ここ十年ほどで様々な量子
系を用いて実験が行われてきているものの、近未来の情報基盤として普及が期待できる小規模の
量子系で実現可能な量子暗号(量子鍵配送)を除いては、まだまだ小規模な系での情報処理プロト
コルの原理実験ができているにすぎない。量子暗号システムとしては、100km ほどの屋外実験で
安全性を定量的に保証するシステムが実現されてきており、さらなる展開が期待されている。
(b) ブレークスルー
1.長距離間におけるエンタングルメントの共有 (量子中継器の開発)
2 点間の量子鍵配送システムについては、100km 程度の通信局間での実装は実現のめどがつい
ているが、それ以上の長距離通信を実現するには新たな技術が必要である。この長距離多者間に
おける量子通信や量子暗号を実現するためには、量子通信のリソースとなるエンタングルメント
(非局所的量子相関)を長距離多者間で共有する必要があるが、現在のところ環境系から混入する
ノイズのために約 100km を越える長距離でのエンタングルメントの共有は実現していない。この
問題を解決するためには、複数のエンタングルした粒子を接続するための量子中継と呼ばれる技
術の確立が不可欠である。量子中継器は小規模な量子コンピュータともみなせるもので、約
100km までの量子暗号システム実証に成功した後は、この量子中継技術の確立が次のターゲット
となる見込みである。
2.長時間の量子情報の保持 (量子メモリの開発)
これまでに様々な用途の優れた量子プロトコルが提案されているが、それらの実現のため、ま
た、さらにそれらを構成要素としてつなぎ合わせた量子情報処理ネットワークを構築するために
は、量子系の情報を長時間にわたって保存する必要がある。現状では核スピンなどの最も安定し
た量子系でも数秒から数十秒といった時間でしか量子情報を保存することはできない。この問題
の解決のためには、長時間量子状態を保存することの可能な量子メモリの開発が必要不可欠であ
り、これは量子状態をそのままで保つ量子制御の基本問題でもある。また、量子メモリの実現は
上記の量子中継器の実現を目指す上でも重要であることが知られている。
Ⅱ-30
3.異なる量子系間の量子情報の伝達
量子情報処理を実現する量子系として様々なものがあるが、各量子系はそれぞれ異なる用途に
おいて優秀な性質を発揮する事が分かっている。たとえば、核スピンは量子状態を保存すること
に優れているし、量子ドット中の電子スピンや超伝導体は様々な系上での演算が比較的容易であ
る。一方、これらのものは通信を担う系としては不向きで、通信には光の系が圧倒的に優れてい
る。しかし、光の系を大規模集積化することは困難を極める。
よって、実際の将来の量子情報処理は物理的に異なる系をいくつも組み合わせて構成した複合
系によって担われると考えられている。しかし、現在のところ異なる量子系間で、量子状態を転
写することは非常に困難である。この課題の解決は様々な量子プロトコルの実現可能な量子情報
ネットワークを構築するために必要不可欠である。
4.量子コンピュータの大規模化について。
量子情報技術の中核をなすのは様々な量子アルゴリズムを実行可能な量子コンピュータだが、
現在のところ数ビット程度のごく小規模の原理実験でしかその実現はなされていない。Shor の
因数分解アルゴリズムなどの量子アルゴリズムが既存のコンピュータより早く動作するために
は、1000 ビット規模の量子コンピュータが必要であるという試算が出ているが、それには遥か
に及ばないのが現状である。この量子コンピュータの大規模化問題は量子情報科学技術分野の最
も本質的かつ重要な問題であり、この問題が解決できるかどうかが当該分野が将来を担う科学技
術として発展できるか否かを左右する。また、この研究課題を追求する過程で生まれた諸量子情
報科学技術が様々な波及効果を与えることで科学技術全体が発展するように展開させることも
重要である。
5.更なる実用的な量子アルゴリズムの開発
現在までに代表的な量子アルゴリズム設計パラダイムとして、量子フーリエ変換と位相推定、
隠れ部分群、量子ウォーク等が構築され、様々な量子アルゴリズムが発見されている。しかし、
初期の Shor、 Grover のアルゴリズムと比べると、相対的に実用的インパクトの観点から見て重
要だと思われるものが少なく、理論的進展をはかっているというのが現状である。この分野には
上記に挙げたように小規模な量子情報処理プロトコルから大規模なものまですべて量子アルゴ
リズム開発に依存した未解決の様々な課題が残っている。それらの解決を促すためには、その実
現が他の科学技術にとっても大きな寄与をもつような実用的なアルゴリズム構築を目指す中で、
量子アルゴリズム設計理論の深化をはかり、研究を推進することが肝要である。
、また、そのた
めには社会全体をリードする立場の国や企業がこの分野に長期的な視点から多額の投資をする
ことが必要であると考える。そこでは
(2)「重要課題」の解決・実現がもたらす未来像(2050 年頃を想定) 。他の研究成果との融合に
よって可能となる場合、その融合課題の簡単な説明(キーワード)
。未来像が複数ある場合、
各々について記述。
(a) 未来像の技術的説明
長距離間に多数配置された大規模量子コンピュータに量子中継器を用いることでエンタング
ルメント共有をすることが可能になる。それにより、長距離間の量子暗号などの量子多者間プロ
トコルを実行することができるようになる。また、大規模な量子アルゴリズムを実行可能になり、
またそれらの分散計算も可能になる。
(b) 人間、社会へのインパクト
現在存在するインターネットを中心とした情報処理社会の基盤技術が量子情報ネットワーク
を中心とした量子情報処理技術に支えられたものに変わる。安全性が定量的に保証できる究極の
安全性は、セキュリティ全般に関する発想を一新するものとなる。それにより、誰でも量子暗号
を用いた無条件安全性の確保された通信を行えるようになり。また、様々な計算が量子アルゴリ
ズムを用いることで従来の計算機では為し得なかった速さで行うことができるようになる。
Ⅱ-31
(c) 必要とする融合課題
量子力学が支配するナノスケールを研究するナノテクノロジ・ナノエレクトロニクスの諸成果
と密に連携・融合を図りながら、次の量子情報科学技術を見通していくことが課題となる。
(3)「重要課題」の研究現状から、各段階の解決・実現および他課題との融合を経て、
「未来像」
に至る過程
(下記の年代分けは変更可ですが、なるべく具体的に、想定年代を付記し、可能なら数値目標を
含めて記述ください。キーワード、箇条書きで結構です。)
(a)現状
・量子情報科学の理論的基礎は完成し、その実現に向けて研究がおこなわれている。
NMR、量子ドット、超伝導系、聖啓光学系、イオントラップなどの系による数ビット規模の量子
コンピュータの作成
・中距離の量子鍵配布の商用化。
・量子情報・量子計算の理論の更なる発展
(b)2010 年代
・単一光子生成器・高性能光子受信器の開発と量子暗号システムの試用
・量子中継器のプロトタイプの作成とそれによる長距離間のエンタングルメントの共有
・小規模量子コンピュータの作成(10~15 ビット)
・量子メモリのプロトタイプの作成
・様々な異なる量子系間の量子情報の伝達の成功
・量子情報での理論的ブレークスルー
(c)2020 年代~30 年代
・量子暗号システムの普及
・量子中継器の実用化による長距離間の量子鍵配布の実現
・人工衛星を用いた深宇宙空間通信をもちいた長距離エンタングルメントの共有と鍵配送
・中規模量子メモリの実現
・中規模量子コンピュータの作成(数十~100 ビット)とそれを用いた様々な量子情報処理の実現
・量子計算での理論的ブレークスルー
(d)2030 年代~40 年代
・量子中継器の商用化により量子暗号が一般の情報通信で使用されるようになる。
・量子メモリの実用化により長距離エンタングルメントを長時間保持可能に。それによりエンタ
ングルメントを用いた量子情報処理ネットワークの実現。
・量子コンピュータの大規模集積化に成功、その結果ついに Shor のアルゴリズムなどの大規模
な量子アルゴリズムが実用化される。
Ⅱ-32
Ⅱ-33
渡辺尚(静岡大学
創造科学技術大学院)
R1-2 今後50年間の分散システム(情報ネットワーク,情報通信システ
ム)の進展
【概要】
【ロードマップ】
○現在までの技術の進化
【1970 年】
70年代までに開発されたネットワークの基礎技術としてアナログネットワーク技術が開発
されていた。アナログネットワークは音声通話に代表されるように人間同士の通信技術であっ
た。アナログネットワーク技術としては、音声信号有線伝送技術、無線電波信号送受信技術など
が開発された。
70年代から、端末として計算機をも想定したデジタルネットワーク技術が開発された。である、
パケットネットワーク技術、ストアードアンドフォワード技術が開発された。後のインターネッ
トの元となった ARPA ネットが開発されたのもこの時期である。
デジタルネットワーク上で、複数の計算機を利用した分散処理技術もこの年代に開発が開始さ
れた。大型計算機の計算機リソースが高価であったため、いかに空きリソースを有効に利用する
かが重要な課題であり、負荷分散、機能分散、タイムシェアリングなどの技術が開発された。
一方、通信に関しては、静止衛星による通信が本格的に実用化された。
・基本分散処理
・静止衛星通信
・ARPA ネット
・モデム通信
【1980 年】
80年代になると、計算機プロセッサ技術の発展とともに、高価な大型計算機の利用とともに
比較的安価なマイクロプロセッサを複数用いて大型計算機に匹敵する性能を達成する並列計算
の技術が開発された。この年代の並列計算は、1つの架あるいはマザーボード上に複数のプロセ
ッサをバスで結合したものを想定していた。すなわち、通信ネットワークを介した並列処理は原
理上では可能であったものの通信ネットワークの速度によりほとんど実現されていない。
この年代の通信ネットワークで最も普及した技術としては、70年代に開発が開始された
Aloha を元にした Ethernet と ARPA の経験を元に開発された TCP/IP が挙げられる。第1層、
第2層として Ethernet(あるいは IEEE 802.3)を利用し、第3層、第4層に TCP/IP を利用し
たLANが世界各所で構築された。それまでアナログモデムで達成されていた最大 30kbps の通
信速度が数 Mbps に高速化された。世界としては、これがインターネットの誕生の年代である。
当時使用されていた端末としては、パーソナルコンピュータからグラフィックインタフェースを
兼ねそえたワークステーションが挙げられる。
一方、車両や船舶などの移動体との通信を行うべく開発が進められたのが移動体通信技術であ
る。それまで、静止衛星に依存していた移動体との通信を、複数のセルに分割し7波の周波数を
繰り返し使用し利用効率を上げるセルラー通信方式が開発された。90年代には携帯電話サービ
スとして確立する。
・並列計算
・LAN
・Ethernet,IEEE 802
・移動体通信(第1世代携帯電話)
Ⅱ-34
・TCP/IP
【1990 年】
90年代には、並列計算がさらに進化し、数百のプロセッサを連結した超並列マシンあるいはコ
ネクションマシンが登場した。連結には、プロセッサ間の通信時間に比べてプロセッサ処理時間
が短い弱連結と通信時間とプロセッサ処理時間がほぼ同一オーダの強連結がある。
91年のソ連解体の前後から米ソの冷戦が終結し、軍事技術して開発が開始された超並列計算機
は徐々に廃れていった。
ネットワークについては、インターネットが世界で爆発的に普及して行った。特に、先進諸国
では一般の家庭に普及が進み、それまでパソコン通信と呼ばれたネットワーク接続が簡単な操作
でネットワークから情報を得られるようになった。この背景には、
Mosaic がそれまで Macintosh
が採用していたハイパーテキストによる情報リソースのリンク技術を応用した Mosaic と world
wide web サーバがあった。
通信回線については、ISDN や ATM 技術が開発され、一般の家庭においては通常の電話回線
の 2400bps 程度の回線速度から 144kbps 程度まで速度が改善された。
移動体通信は、TDMA/FDMA を利用した AMPS や PDC などの第1世代携帯電話方式から、
コードを個別に割り当てることにより同時に同周波数帯で通信可能な CDMA 方式が Qualcomm
を中心に開発され、ディジタル化された。
・超並列マシン
・インターネット
・ISDN
・ATM
・第2世代携帯電話
・CDMA
・WDM
・Moore's law
・組織構造の平面化
・ワークステーション
【2000 年】
この年代では、通信技術としては、ADSL が開発され、一般家庭でのアクセス速度は、数 Mbps
に飛躍的に増加した。その一方で、日本では NTT と政府主導により光ファイバを一般家庭まで
引く FTTH が普及し始めた。これをブロードバンド接続と呼ぶ。TV セットもブロードバンドイ
ンターネット接続を前提とした機種が開発され、放送と通信の融合が始まった。
一方、携帯電話は、従来の音声通話から電子メール、web ブラウジングなどのサービスへ展
開して行った。携帯電話は、W-CDMA などの CDMA に基づく第3世代携帯電話技術が開発さ
れている。伝送速度も最大数 Mbps を達成している。
有線 LAN では、Gigabit Ether が普及し、数10から数百 Gbps のブロードキャスト型メディ
アが登場した。光ファイバでは、単一ファイバで 100Gps 級の速度で 500km 以上を無中継で伝
送する技術が開発されている。また、RadioOnFiber 技術が開発され、電波信号をそのまま光変
調する高速ネットワーク技術が実現されている。
無線 LAN では、OFDM 技術や MIMO などの並列性利用により数 100Mbps が達成された。
90年代に廃れた超並列計算機は、軍事応用ではなく地球シミュレータや DNA 解析など特定
分野で応用が展開された。より汎用性を目指している Grid 技術が、注目されつつある。
Ⅱ-35
・NII
・ADSL
・FTTH
・Gigabit Ether
・第3世代携帯電話
・OFDM
・Grid
・Guilder's law
○10-20 年先の技術展望
【2010 年】
1)ユーザデペンダント・オブジェクトオリエンテッド情報選択通信
世界で供給される情報が非常に多くなり、情報過多の状態となる。そのため、個々のユーザの
目的や特性に応じて情報を取捨選択する技術が開発され、一般に普及する。これは、ネットワー
クシステム側にとってもデータ量を削減するをもたらす。2000 年代後半には Google が個々の
ユーザの特性を収集し統計的に処理を行って効果的なサービスを展開したが、これをさらに発展
させ、ユーザ個別単位で携帯電話と結びついたサービスとして確立される。
2)分子通信・量子通信
分子モデルや量子モデルなど新しいモデルに基づいた計算理論および通信技術が開発される。従
来は、高速化だけを目的としてきたが目的に合致した適切な速度を達成する新しい通信方式が開
発される。
3)100Tbps 級の通信
WDM や光マトリクススイッチ、光ソリトン通信による高速光ネットワークが開発される。
数 Tbps の速度で 1000km 程度の無中継伝送が可能となる。
4)マルチホップアドホック無線通信
マルチホップネットワークは、固定インフラがない状況において複数の端末をホップする形態で
その場でネットワークを構築する技術である。90年代から研究がなされ、一部は軍事技術とし
て利用されたが、この年代で一般的な実用化が本格的に開始される。たとえば、第4世代携帯電
話では、数 100Mbps の伝送速度を達成するためにセルのサイズが、数100m程度のマイクロ
セル、あるいはさらに小さいピコセルになり、複数の携帯端末あるいは複数の無線ベースステー
ションをマルチホップするマルチホップセルラーが開発される。
5)空間並列型高効率無線通信とコグニティブ無線の実用化
MIMO やスマートアンテナなどによって空間利用効率を向上させた無線通信技術が開発され
る。また、端末や基地局に周辺の電波環境を認識する機能を持たせることで,電波環境に応じて,
無線通信に利用する周波数や方式などを端末自身が適応的に選択し,電波周波数の利用効率を高
めるコグニティブ無線技術が開発される.
6)高解像度TVリアルタイム伝送
100万画素程度のTV放送の小遅延伝送技術が開発され、高解像度TVリアルタイム伝送が可
能となる。
Ⅱ-36
7)短距離無線によるHI
Bluetooth や Wireless USB などを利用したパーソナルエリアネットワークが普及し、短距離無
線によるヒューマンインターフェイスが実用化される。
(3)情報
・情報洪水・爆発に対処可能な情報検索(個人による大量の情報発信蓄積に伴う情報量の大幅な
増加とそれに対処する情報検索技術)
(4)計算
・大規模分散処理(Grid computing による大規模分散処理技術)
(1)HI
・人体装着型装置による簡易無言通話(装着型HIを用いて血流などによって簡単な意志表示を
する技術)
【2020 年】
1)立体静止画伝送の本格化
ホログラムよる立体静止画伝送が本格化する。また、多視点テレビなどの立体動画技術が一般に
普及し、ネットワークを通じた伝送も開始される。
2)特定用途車車間通信(高速道路やバス路線などの特定用途に限定した車車間通信技術)
また、特定用途に対する車両間通信などが実用化する。道路交通には信頼性が要求されるため、
この年代までに徐々に実用化が進む。
3)200Tbps 級を見据えた新たな通信技術の開発
単独光ファイバ数十 Tbps 級の通信技術が開発される。一方で、光伝送の限界と言われている
240Tbps を超えるための新たな基礎技術の抜本的な開発が必要となる。
4)エココンシャス通信
化石エネルギー枯渇問題や環境問題に配慮したエネルギー消費を抑える通信技術が本格的に開
発される。
5)ユーザデペンダント・オブジェクトデペンダント情報選択
アンビエント技術がより進化し個々のユーザの事情や目的、場所、その場の時間に応じて情報を
選択しデータ量を削減した通信技術が開発される。
6)地球規模分散処理
Grid コンピューティングがさらに発展し、地球規模で多数の計算機リソースが結合した地球規
模分散処理が実現する。
(1)HI
・ヒューマンインプラント人体間通信(人体埋め込み型HIによる人体間通信技術)
・五感入力・出力デバイス(五感を入力する装置および表示するディスプレイ技術)
・HDTV 品質テレビ電話(HDTV 品質のテレビ電話を達成する技術)
【2030 年】
1)特定用途量子通信の実用化技術
特定領域に対する量子モデルを利用した計算環境が実用化される。また、量子モデルを利用した
新たな通信方式が実用化される。
Ⅱ-37
2)情報選択通信
個々のユーザや目的に応じて情報を選択しデータ量を削減した通信技術が実用化される。
3)量子通信
量子モデルを用いた新たな通信技術の実用化に向けた検討がなされる。
4)地球規模分子・量子計算
分子・量子コンピュータを地球規模に結合して高速に処理できる分散処理技術が開発される。
(3)情報
・分子計算情報ベース(分子計算モデルに適した情報データベースの構築技術)
(4)計算
(1)HI
・形状フリーディスプレイ(サイズや形に依存しないディスプレイを利用する PC 表示。TV放
送技術)
・身体支援ネットワーク(身体の動作を支援する人体装着型装置とそれらを通信に寄って結合す
るネットワーク技術)
・ホログラム立体動画伝送(ホログラムによる立体動画像の効率的伝送技術)
○50 年先の技術展望
【2040 年】
1)他天体通信(他天体(月,火星など)上の装置との通信技術)
他の天体(月や火星など)上の計算リソースとの効果的な実用通信技術が開発される。
2)高度エココンシャス通信
化石エネルギー枯渇問題や環境問題を考慮しエネルギー消費を最適化した通信技術が
開発される。例えば、エネルギーの部分的集中利用による通信,太陽光・熱電対発電を主エネル
ギー源とした通信,宇宙発電等を利用した通信などが開発される。
(有線通信の汎用的利用+大中電力無線通信の超局所的利用+近距離超省電力無線の利用)
3)密結合地球規模分散処理
Grid computing を地球規模で密に結合し、通信遅延を気にせず
一台の計算機として利用できる広域分散処理技術が確立する。
(1)HI
・テレパシー通信(人体埋め込み装置による人体間通信技術)
・ヒューマノイド・アンドロイド(外見も内面も人体と同等のロボット)
(3)情報
・分子計算情報ベース(分子計算モデルに適した情報データベースの構築技術)
【2050 年】
1)人体間・人体機械間通信
人体埋め込み装置による人体間,人体とアンドロイドなどのロボットと意思疎通を図る通信技術
の開発が行われる。
Ⅱ-38
2)五感立体動画伝送
人間の五感をリアルタイムに伝送する五感立体動画伝送技術が実用化される。
3)Pbps 級有線通信技術
有線通信に関しては、光の限界を超えた Pbps 級の通信速度を達成するバックボーン技術が開発
される。
4)非電波型宇宙通信
無線通信に関しては、非電波型(量子通信,重力波通信,ニュートリノ通信など)を
利用した技術が開発される。特に天体間の宇宙通信に利用される。
5)天体規模分散処理・天体環境情報ベース
地球のみならず、月や火星などで生成される情報をも考慮した情報ベースとその検索・処理技術
が開発される。また、惑星上の無重力あるいは小重力下での高速計算・高速通信を有効に利用し
た高速処理技術が開発される。宇宙開発と融合して技術開発する必要がある。
(1)HI
・人間行動レコード(人間の行動履歴を記憶し,個々人あるいは社会にとって有効な活動を支援
する技術)
【50年後の未来像について】
ネットワークは、有線網、無線網のいずれも高速化される。
端末は、一部人体に埋め込まれ、五感を直接送受信する伝送技術が可能になる。
さらに、月や火星などの太陽系惑星をも巻き込んだ超並列処理や天体間分散処理が可能となる。
【参考文献】
・基本分散処理
A. S. Tanenbaum, M. Steen, Distributed systems: Principles and Paradigms, Second
Edition. Prentice Hall, 2006.
・静止衛星通信
D. Roddy, Satellite Communications, Fourth Edition (Professional Engineering).
McGraw-Hill Professional, 2006.
・ARPA ネット
A. S. Tanenbaum, Computer networks, Fourth Edition. Prentice Hall PTR, 2002.
・モデム通信
瀧保夫,通信方式(電子通信大学講座).コロナ社, 1963.
・並列計算,超並列マシン
樫山和男, 牛島省, 西村直志,並列計算法入門 (計算力学レクチャーシリーズ).丸善, 2003.
・LAN
村田正幸,マルチメディア情報ネットワーク -コンピュータネットワークの構成学-.共立出版,
1999.
・Ethernet, IEEE 802
C. E. Spurgeon, Ethernet: The Definitive Guide. O'Reilly Media, Inc. 2000.
Ⅱ-39
・移動体通信(第一世代携帯電話)
W. C. Y. Lee, Mobile Cellular Telecommunications: Analog and Digital Systems.
McGraw-Hill Professional, 1995.
・TCP/IP,インターネット
D. E. Corner, Internetworking with TCP/IP, Vol. 1. Prentice Hall, 2005.
・ISDN
A. S. Acampora, An Introduction to Broadband Networks: LANs, MANs, ATM, B-ISDN, and
Optical Networks for Integrated Multimedia Telecommunications (Applications of
Communications Theory). Springer, 1994.
・ATM
H. G. Perros, An Introduction to ATM Networks. Wiley, 2001.
・第二世代携帯電話
U. Black, Second Generation Mobile and Wireless Networks. Prentice Hall PTR, 1998.
・CDMA
H. Schulze, C. Lueders, Theory and Applications of OFDM and CDMA: Wideband Wireless
Communications. Wiley, 2005.
・WDM
B. Mukherjee, Optical WDM Networks. Springer, 2006.
・Moore's law
G. Moore, ``Cramming more components onto integrated circuits,'' Electronics Magazine,
April 1965.
・ADSL
P. Golden, H. Dedieu, K. S. Jacobsen, Fundamentals of DSL Technology. Auerbach, 2004.
・FTTH
C. Lin, Broadband Optical Access Networks and Fiber-to-the-Home: Systems Technologies
and Deployment Strategies. Wiley, 2006.
・Gigabit Ether
S. Riley, R. Breyer, Switched, Fast, and Gigabit Ethernet (3rd Edition). Sams. 1998.
・第3世代携帯電話
P. Stavroulakis, Third Generation Mobile Telecommunication Systems: UMTS and
IMT-2000. Springer, 2001.
・OFDM
A. R. S. Bahai, B. R. Saltzberg, M. Ergen, Multi-carrier Digital Communications: Theory
and Applications of OFDM. Springer, 2004.
・802.11 a/b/g
M. Gast, 802.11 Wireless Networks: The Definitive Guide, Second Edition (Definitive
Guide). O'Reilly Media, Inc. 2005.
・WiMAX
J. G. Andrews, A. Ghosh, R. Muhamed, Fundamentals of WiMAX. Prentice Hall, 2007.
・IPv6
S. Hargen, IPv6 Essentials. O'Reilly Media, Inc. 2006.
・Gilder's law
G. Gilder, TELECOSM: How Infinite Bandwidth will Revolutionize Our World. Free Press,
2000.
Ⅱ-40
Ⅱ-41
西垣正勝(静岡大学)
R1-3
今後50年間の情報セキュリティの進展
10年毎のキーワードとその説明
1970 年
【暗号】
・公開鍵暗号の誕生
・DES の制定
【ネットワークセキュリティ】
・(ARPA ネットの時代なので)無し
【ユーザ認証】
・(1960 年代より)パスワードによる認証
【コンテンツ保護】
・(アナログコンテンツが主流の時代なので)無し
【セキュリティ基盤】
・(ARPA ネットの時代なので)無し
1980 年
【暗号】
・ゼロ知識証明
・楕円暗号
【ネットワークセキュリティ】
・インターネットの普及にともないファイアウォール等のネットワーク
セキュリティ技術研究が開始
【ユーザ認証】
・IC カードによる社員証
【コンテンツ保護】
・CD から DAT への録音が規制される
・米国でデジタル・ミレニアム著作権法が成立
【セキュリティ基盤】
・CERT/CC 設立
1990 年
【暗号】
・PKI 基盤の制定
【ネットワークセキュリティ】
・PC の普及にともないアンチウイルスソフトが普及
・インターネットインフラの高速化にともない VPN が普及
【ユーザ認証】
・生体認証の研究が始まる
【コンテンツ保護】
Ⅱ-42
・電子透かしによるコンテンツ保護
【セキュリティ基盤】
・日本にて不正アクセス禁止法が施行
2000 年
【暗号】
・AES が選定される
・認証局ビジネス
・証明可能暗号
【ネットワークセキュリティ】
・検疫ネットワークシステム
・シンクライアントシステム
【ユーザ認証】
・お財布ケータイの発売によって携帯電話のユーザ認証が本格化
【コンテンツ保護】
・コピーコントロールド CD、コピーワンス、ダビングテン
・計算量的安全性を有する電子透かし技術
【セキュリティ基盤】
・日本にて電子署名法が施行
・ISMS 認証の制度化
2010 年
【暗号】
・匿名署名が実用化され、著者の匿名性を保ちながら、その電子文書が真正で
あることが保証できるようになる
【ネットワークセキュリティ】
・ネットワーク上における不正端末を完全にトレースバックする技術が普及
【ユーザ認証】
・公開鍵型生体認証の実現
既存の生体認証は、登録しておいた本人の生体情報と認証時に
入力された生体情報が十分似ている場合に、ユーザを本人として
認識する。すなわち、被認証者と検証者が同じ生体情報を共有する
「共通鍵型」の認証システムとなっており、被認証者の生体情報を
検証者に預けなければいけないというプライバシの問題を含む。
この問題を解決する技術が公開鍵型生体認証である。
【コンテンツ保護】
・デジタル放送への完全移行にともないコンテンツ保護技術が高度化
・公開鍵型電子透かし技術が実現
既存の電子透かしは、透かし抽出のアルゴリズムが知られてしまうと
透かしの除去・改竄が可能となるため、透かし抽出情報(抽出鍵)を
公開することができず、透かしのチェックは検証機関が行わざるを得ない。
限られた数の検証機関のみがインターネット上に存在する膨大な
Ⅱ-43
コンテンツすべての透かしをチェックするには限界がある。
この問題を解決する技術が公開鍵型電子透かしである。
【セキュリティ基盤】
・デジタルフォレンジック技術が発展
電子データの証拠性の検証が可能となる
2020 年
【暗号】
・オーバヘッドがゼロに近い(暗号処理が非常に高速な)公開鍵暗号方式の実
現
【ネットワークセキュリティ】
・マルウエアの完全なる検知方式が普及
プログラムの動作を完全に事前解析する技術が確立し、コンピュータ
ワームだけでなく、スパイウエアやボットなどのマルウエアがすべて
検知可能となる
・情報の機密度を自動的に判定し、その機密度に基づいて情報漏洩を防止する
ことが可能な outgoing の通信に対するファイアウォールが実現
【ユーザ認証】
・アンコンシャス生体認証の実現
姿勢、歩き方、癖、反射などの無意識(アンコンシャス)な行動
パターンによる本人認証が確立することにより、24 時間 365 日の
継続的なユーザ認証が可能となる。
・トラストメトリクス技術が発展
インターネット上で非対面・初対面の相手の信頼度を測ることが可能と
なる。
【コンテンツ保護】
・情報共有サービス(例えば、P2P ソフトによるファイル交換サービス)と
著作権保護の両立が可能な技術(法制度の改定も含む)が誕生
【セキュリティ基盤】
・セキュリティホールフリーの OS が誕生
・インターネットがセキュアレイヤとグレイレイヤに2層化
インターネットが、正しい情報のみが存在する実名主義のセキュアなネッ
トワークとあらゆる情報が氾濫する匿名主義のネットワークに2層化さ
れる。セキュアレイヤにおいては、すべてのデータに電子署名による情報
発信者の特定が義務付けられ、かつ、すべての情報閲覧者にユーザ認証に
よる身元確認が義務付けられる。
2030 年
【暗号】
・量子計算、量子通信技術が確立してくるのにともない量子暗号も実用化され
る
【ネットワークセキュリティ】
Ⅱ-44
・スパムメールのフィルタリング技術の完成
自動言語解析技術が完成し、電子メールの本文の意味を完全に自動
解析することが可能となり、これによりスパムメールのフィルタ
リングが完全に可能となる
【ユーザ認証】
・セキュリティとプライバシの両立が可能な技術(法制度の改定も含む)が誕
生
特に RFID やセンサネットワークにおいては重要な技術である。
【コンテンツ保護】
・情報のライフサイクル管理技術が確立
情報のライフサイクル管理技術が確立し、世の中のすべての情報
(電子データ)の主従関係(例えば、コンテンツ A とコンテンツ B が
2次加工されてコンテンツ C が作られた、等の電子データ間の意味情報
レベルのリンキング)の管理が可能となる
【セキュリティ基盤】
・セキュリティシステム設計理論が確立
各種暗号方式の危殆化の程度、各種認証方式の安全性の程度などを
定量的・数学的に扱うモデルが確立し、システム要件に加え、
セキュリティ要件をも考慮した形でシステムの最適な仕様を理論的に
(最適化問題を解くことによって)決定することができるようになる。
・セキュリティと心理学が融合
認知心理学・人間工学の導入により利便性を損なうことなくシステムの安
安全性を高めることが可能となる。犯罪心理学の観点から安全・安心なセ
キュリティシステムの設計が可能となる。
2040 年
【暗号】
・量子暗号の他に、様々な「情報理論的に安全性を保証する共通鍵型の暗号」
が実用化される
【ネットワークセキュリティ】
・通信路でやりとりされるデータから通信先のコンピュータの動作・意図を完
全に解析する技術が確立し、不正アクセス、DDoS、フィッシングなどのインシ
デントがすべて検知可能となる
【ユーザ認証】
・生きている人間の DNA をリアルタイムで検査する方法が実用化され、成りす
ましの心配のない生体認証が実現する
【コンテンツ保護】
・(ハードウエア等を用いることなく)デジタルデータそのものを耐タンパー
化する技術が実用化され、完全なソフトウエア管理が可能となる
【セキュリティ基盤】
・ロボットに対して知能の側面のファイアウォールが導入される
ロボットの自己学習・進化能力があるレベルを超えた時点で、
Ⅱ-45
ロボットの人工知能が人間の理解を超えた思考へと至ってしまう
可能性が出てくる。このため、ロボット3原則的な安全装置を
ロボットの人工知能に対して設置する必要が生じてくる。
2050 年
【暗号】
・情報理論的に安全性を保証する公開鍵型の暗号が実用化される
【ネットワークセキュリティ】
・人間の脳をネットワークにつなげる技術が実現し、脳を外部のネットワーク
からの攻撃から守るためのファイアウォールが導入される
【ユーザ認証】
・ユーザの悪意のセンシングが可能となる
機械は罪を犯さない。罪を犯すのは常に人間である。よって、
人の悪意をセンシングすることができれば、サイバースペースでの
如何なる犯罪・不正をも事前に検出することができる。
【コンテンツ保護】
・物質の原始構造レベル・生物の DNA レベルでの複製が可能となり、これに応
じて、オリジナルの物質・生物を証明するための技術や複製の作成を制限する
ための技術が生まれる
【セキュリティ基盤】
・インターネット上に溢れるすべての情報の客観的な正当性・信憑性が確認で
きる仕組みが整う
Ⅱ-46
Ⅱ-47
河野 健二(慶應義塾大学)
R1-4
OS とプログラミングアーキテクチャ(OS)
【概要】
あらゆるソフトウェア技術の進歩と限界は、その実行環境を提供しプログラミング手法を規定
する「OS とプログラミングアーキテクチャ」に左右される。情報技術が深く社会に浸透するに
したがって、ソフトウェアに求められる機能はますます多機能化・多様化・複雑化している。さ
らに、ソフトウェアの実行環境も高機能なデスクトップ計算機から携帯端末まで極めて多岐にわ
たっており、同一のソフトウェアが多様な実行環境で適切に動作しなければならなくなってい
る。こうした実行環境の多様化もソフトウェア開発を複雑にしている大きな要因である。今後、
こうした傾向が弱まることはなく、ますますその傾向が強まっていくことは確実である。
こうした高機能で複雑化したソフトウェアは、その内部構造もきわめて複雑かつ難解にならざ
るをえない。それゆに、そもそも人間のもつ理解力・認知能力の限界を超えてしまっている。こ
うした人間の限界を補い、社会の求める高機能ソフトウェアを提供し続けていくためには、その
基幹をなすオペレーティングシステムやプログラミングアーキテクチャのたゆまぬ進歩が不可
欠である。特に、ソフトウェアの多機能化・実行環境の多様化によるソフトウェアの複雑化を回
避し、少々の不具合であればそれを隠ぺいしつつ安定動作を可能にするようなブレークスルーが
求められている。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
オペレーティングシステムにせよプログラミングアーキテクチャにせよ、広い意味でソフトウ
ェアの開発及び実行を支援する技術は、人間の認知能力・理解能力の不足を補うために発展して
きたといってよい。人間のもつ認知能力・理解能力がきわめて高いものであれば、オペレーティ
ングシステムやプログラミング言語等の支援を仰がず、常に機械語命令を直接プログラミングす
ればよい。機械語命令がどのようなものであるのか知っていれば、そのようなプログラミング形
態がまったくもって非現実的であることは自明である。機械語命令による直接プログラミングで
は人間の理解能力をはるかに超えてしまうために、アセンブリ言語が開発され、FORTRAN を
はじめとするプログラミング言語が開発されてきた。機械語命令の複雑さを隠ぺいするだけでは
なく、ソフトウェアのもつ複雑さそのものを軽減するため、オブジェクト指向技術やアスペクト
指向技術なども次々と生み出されている。
また、機械語命令による直接プログラミングでは、それぞれの計算機の持つデバイスの特性を
知り尽くした上でプログラミングを行う必要がある。これはやはり人間の認知能力、理解力をは
るかに超える要請であり、デバイスの詳細を抽象化し隠蔽することでプログラミングを容易にす
る必要があった。この要請からうまれてきたのがオペレーティングシステムの原型である。その
後、オペレーティングシステムはプロセス、仮想アドレス空間、保護など、ソフトウェアを実行
する上で必要不可欠なさまざまな機能を提供するようになってきた。オペレーティングシステム
の進展により、ソフトウェアの実行環境が整備され、ソフトウェアの開発者はアプリケーション
の実現に必要な機能に限って開発を行えば済むようになってきた。
オペレーティングシステムはソフトウェアの実行環境を提供する役割を担っているため、その
上位で動作するアプリケーションの進歩によってさまざまな機能が要求される。たとえば、ウェ
ブサーバという新しいアプリケーションの出現を受けて、スレッドなどの機能が見直しを受けた
り、インターネットの商業利用に伴ってセキュリティ機能の増強が行われたりなど、時代時代の
要請を受けてさまざまな機能が追加されてきたといってよい。
Ⅱ-48
現在ではソフトウェアの実行環境の多様化に拍車がかかっており、それぞれの実行環境に適し
たオペレーティングシステムやプログラミングアーキテクチャの模索が行われている。たとえ
ば、ヘテロジニアス・マルチコアの CPU は、従来のオペレーティングシステムやプログラミ
ングアーキテクチャでは想定されていなかったといってよい。オペレーティングシステムの観点
からすれば、さまざまな特性を持つ多様なアプリケーション群を実行したとき、ヘテロジニア
ス・マルチコアの各コアをどのように適切に管理していくのか、また、アプリケーションの開発
者に対してどのような抽象化・仮想化を提供すればよいのかといった問題を抱えているといって
よい。プログラミングアーキテクチャの観点からすれば、オペレーティングシステムによる抽象
化・仮想化をいかにして自然なプログラミングアーキテクチャとしてソフトウェア開発者に提供
するのか、また、いかにしてヘテロジニアス・マルチコアの性能を引き出す最適化を行っていく
のかなど問題は多い。
実行環境の多様化を促しているのはヘテロジニアス・マルチコアだけではない。仮想機械技術
により、ハードウェア全体を管理していたはずのオペレーティングシステムが実はハードウェア
を直接管理しているわけではなくなった。そのため、ハードウェア全体を管理していると思って
発展してきた古典的な資源管理手法が、仮想化技術と相容れないケースが存在することがわかっ
てきた。システム全体の性能を向上させようと導入されてきた資源管理の最適化手法を仮想化環
境に適応すると、かえってシステム全体の性能を劣化させる場合がある。
このようにアプリケーションとハードウェアの発展のはざまで、両者をうまくつなぐためにオ
ペレーティングシステムとプログラミングアーキテクチャは発展を遂げてきたといってよい。両
者の役割を考えれば、この傾向は今後も変わることはないであろう。
○ 10-20 年先の技術展望
現在のソフトウェア技術が直面している問題のひとつは、実行環境の多様化に伴うソフトウェ
アの複雑化である。情報技術の進歩により、機能的にも性能的にも大きく異なるデバイスを扱わ
なければならなくなっている。たとえば、ウェブブラウザは高機能なデスクトップ型の計算機環
境でも動作しているし、携帯電話などのやや貧弱な環境でも動作している。上で述べたように、
実行環境が異なれば、適切な資源管理方式やプログラミングモデルが変わってしまうため、これ
は大きなチャレンジだと言わざるを得ない。
ソフトウェア工学的なアプローチのみを用いて、ソフトウェアを共通化しようという試みはあ
るものの限界があり、それぞれの計算機環境に応じてほぼ独立にソフトウェア開発が行われてい
るといってよい。これはソフトウェア開発というコスト面からも、優秀な技術者の有効活用とい
う点からも無駄が多い。また、ソフトウェアの保守もそれぞれ個別に行わなければならず、無駄
が多いと言わざるを得ない。
こうした実行環境の多様化は、仮想化技術による高度な仮想化によって徐々に吸収されていく
ことが期待できる。現在の仮想化技術は単一のハードウェアを複数のハードウェアとして見せる
という機能にのみ着目されているが、この仮想化技術を用いることにより、ハードウェアの違い
を仮想マシンモニタのレイヤで吸収・隠蔽していくことが可能になっていくと期待できる。実行
環境の少々の違いであれば、仮想化環境を用いた抽象化により単一の共通した実行環境としてみ
せることが可能になってくるであろう。
こうした抽象化が可能となれば、ソフトウェアの開発・保守のためのコストが大幅に削減でき
る。現在であっても家電や自動車などの性能を決めているのはソフトウェアの品質だといわれて
いる。2025 年にはあらゆる製品の品質はソフトウェアの品質で決まるようになっているであろ
う。そのとき、技術の進歩を一般消費者が享受できるようにするには、いかにして安く、早く、
品質の高いソフトウェアを実現できるのかにかかっているといってもよいであろう。仮想化技術
の進展により、ソフトウェア開発のコストが低減できれば、早くかつ安価に最新技術の実用化を
図ることが可能になる。さらに、ひとつのソフトウェアの開発にかかる時間が短縮されることに
Ⅱ-49
より、優秀なソフトウェア技術者を有効に活用できるようになり、更なる技術の進展が望めるよ
うになる。
さらに仮想化レイヤ、オペレーティングシステムなどによるモニタリング技術が進化し、ソフ
トウェアの動作を動的に監視し、動作の不具合を迅速に検出できるようになるだろう。ソフトウ
ェアが不具合を起こす前の前兆を的確に検出し、若化などの手法によってソフトウェア障害その
ものを回避する技術が進化していく。こうした技術を複合的に用いることで、100 万回に 1 開
始しか起きないようなソフトウェア上の不具合をうまく隠蔽して動作するようになることが期
待できる。このような技術が確立することによって、若干の不具合の残ったソフトウェアでもあ
たかも正しく動作しているかのように見せることができる。情報技術に依存した社会では、ソフ
トウェアの安定動作は何にも増して重要な要請であるにもかかわらず、現状ではソフトウェアの
不具合が引き起こす問題は少なくない。確率的にきわめてまれにしか起きない現象をソフトウェ
アテストなどで網羅的に発見することは難しく、このようなセーフティネット的な機能を用意す
ることで、情報技術全体の信頼性を高め、情報化社会における人々の生産性向上へと寄与してい
くものと期待できる。
こうした技術を実現するには、ハードウェア、オペレーティングシステム、プログラミング言
語処理系など、それぞれのレイヤでの技術発展だけではなく、それらの技術融合が不可欠である。
特に、現在ではこれらの階層間は暗黙のインターフェースで区切られており、そうしたインター
フェースを越えて情報共有しながら動作するようにはなっていない。たとえば、実行環境の側で
最適化に有効な情報をコンパイラに提供するといった技術は確立されていない。こうした相互の
情報共有により、抽象化されたインターフェースを提供しながらも、個々の実行環境に最適な処
理がなされるようにしなければならい。さらにこうした処理が可能となるような、あるいは容易
になるような系統的なプログラミングアーキテクチャの確立も必須である。加えて、ソフトウェ
ア障害を系統的に分析する技術や、そういうことを可能にするプログラミングアーキテクチャも
確立していく必要がある。
○ 50 年先の技術展望
2050 年には実行環境の仮想化技術やモニタリング技術、実行環境から得られる情報を利用し
た障害検出などの諸技術が出そろっているだろう。また、そうした技術の存在を知らなくとも高
いレベルでの信頼性、安定性を提供できるシンプルでわかりやすいプログラミングアーキテクチ
ャも確立されていると期待できる。ソフトウェアの開発者は、アプリケーションの動作をきわめ
て抽象度の高いプログラミング言語(あるいはそれに類する開発環境)で記述しておけば、あと
は自動的にモニタリングのためのコードや実行環境との連携のための機構が組み込まれ、そのよ
うにして開発されたソフトウェアは実行環境に適合しながら最適な動作を行うようになってい
るであろう。
言い換えると、ソフトウェアの開発者は高度に抽象化された仮想環境向けのロジックだけを記
述すればよく、そのロジックからソフトウェアの実行環境に応じて、コンパイラやオペレーティ
ングシステムなどが連携し、ソフトウェアの分割、配備、連携などをすべて自動的に行ってくれ
るようになるだろう。実行環境はインターネット上に分散した計算機群などであっても、適切な
分割および配置が行われるものと期待できる。
こうした技術を確立するにはコンピュータアーキテクチャ、オペレーティングシステム、仮想
化技術、コンパイラ、ソフトウェア工学などの発展が必要である。こうした技術の多くは、現状
ではプラクティカルな経験則の集合体であり、論理的かつ数学的な裏付けが不十分である。そう
した弱点を補っていくには、ソフトウェアの意味論などを発展も待たなければならないだろう。
仮想化技術やオペレーティングシステムなどの低レイヤのプログラムの仕様や動作などを形式
的な形に変換した上で、より上位のソフトウェア階層と連携できるようになっていくであろう。
Ⅱ-50
【50 年後の未来像について】
本課題が対象とするのは、あらゆるソフトウェア技術、ひいてはあらゆる工学的な技術の根幹
となるソフトウェア実行開発環境についての未来像である。そのため、情報系マップが対象とす
る3つの到達点(自律システム知、社会システム知、人間の拡大)のすべてにつながっていくと
言ってよい。どのようなブレークスルーの技術があろうとも、それはすべてソフトウェアの実行
開発環境に何らかの形でとりこまれていく必要があるからである。そういう意味では、すべての
未来像に通じる基盤技術であるといえる。
技術的な側面から見るならば、自律性にもっとも大きく寄与しているといえるだろう。本課題
で論じた内容は、ひとことでまとめるならば「ソフトウェアの自律性の達成」と言える。すなわ
ち、指示されたとおりに動作するだけのソフトウェアから、より自律的なソフトウェアへの転換
を目指している。ソフトウェア自身が自律的に実行環境に適応し、さらにその動作を自ら監視し、
ソフトウェア上の不具合を自律的に回避していくわけである。ソフトウェアに自律性を持たせる
ことにより、現状のさまざまな問題を解決し、より高度に発展した情報化社会への発展を促すこ
とを期待している。そのような自律ソフトウェアを実現するための、オペレーティングシステム
およびプログラミングアーキテクチャという基盤技術といってよい。
Ⅱ-51
Ⅱ-52
重要
原理
概念
センサーデータマイニ
ング
3
1
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
言語と身体・
生理のネット
ワーク
(物質)・人間
の融合
実世界と情報世界との
融合
ユビキタス情報通信基
盤
次世代インターネット
センサーデータマイニ
ング
人体間通信
人体機械間通信
実世界と情報世界との
融合
3
3
3
情報・物理
社会システム知
自律システム知
出口イメージ
聡)
行動モニタリング
健康モニタリング
センサーデータマイニ
ング
知覚系センシング技術
体内ナノセンサー
実世界と情報世界との
融合
3
人間の拡大
R1:エージェント・分散コンピューティング (栗原
Ⅱ-53
栗原聡(大阪大学)
R1-5 情報系複合領域/重要課題名エージェント
【概要】
1960 年代の人工知能研究の隆盛を背景として、1980 年代に始まった分散人工知
能研究がエージェント分野の起源である。数々のアルゴリズムなどが生み出され、
1990 年代においてゲーム理論や市場経済研究との接点が生まれ、またモバイルエ
ージェントなど、分散コンピューティング分野とも関連することになった。現在ではエー
ジェントベースドシミュレーションが注目され、様々な研究分野において適用が試みら
れ始めている。今後においては、ユビキタス情報通信分野やセンシングネットワーク
分野、ヒューマンロボットインタラクション、など現在生まれつつある新しい分野の基盤
となる技術としてその重要性が増し、これまでのトップダウン的なシステム構築とは全
く異なる、ボトムアップ的なシステム構築法の登場において基盤的な重要な分野とな
る。
【ロードマップ】
■1960年~1980年代
1956 年のダートマス会議にて人工知能 (Artificial Intelligence) という言葉が初めて提唱さ
れたのが、人工知能研究の起源とされている。それまでの単純計算しか出来なかった計算機
に、人間のような複雑な情報処理をさせることを目的とした研究である。
この期間において、1980 年以降に立ち上がったとされる分散人工知能/マルチエージェン
ト研究のための様々なAI理論や技術が生み出され、熟成されていく。
■1980年代~2000年にかけて
分散人工知能研究とマルチエージェント研究においては、まず、分散人工知能
(Distributed Artificial Intelligence: DAI) が先に立ち上がった。分散人工知能とは、ひとつの
問題を複数の AI システムによって分割して解決する枠組みであり、個々の AI システム間の
連携などについては特に考慮されていなかった。しかし、分散する AI システム間のインタラク
ションが実はとても重要であることが徐々に明らかとなり、分散人工知能研究の開始に少し
遅れること、マルチエージェントシステム(Multi-Agent System: MAS)に関する研究も開始され
た。マルチエージェントシステムでは、エージェントと呼ばれる、自律性を有する人工知能パワ
ーを持つソフトウェア(ハードウェア)が互いに協調や競合を行うことで、システム全体としての
目的を達成する枠組みである。
関連するキーワード:黒板モデル、組織構造研究、分散問題解決、契約ネットプロトコル、
資源割り当て問題、合理的エージェント。1980 年代後半になると、中でも分散問題解決が中
心的話題となった。
1990 年代に入ると、協調を仮定しない経済システムのような競争下の均衡を利用する、ゲ
ーム理論を利用する研究に対する注目が高まる:ゲーム理論、囚人のジレンマ、市場計算モ
デル、オークションプロトコル。
1990 後半になると、人間社会との接点の拡大が現実化し始める:組織論、ロボカップ、シナ
リオ生成、モバイルエージェント。モバイルエージェント技術において、エージェント分野と分散
コンピューティング分野とが密接に関係することとなる。
Ⅱ-54
■2007年の状況
経済システムなどのトップダウンな解析が困難な対象に対して、エージェント指向シミュレ
ーションアプローチ (Multi-Agent Based Simulation: MABS)というボトムアップな解析手段が
注目されている。従来の、数学ツールを用いるトップダウンな理論的解析方法では、複雑な経
済システムの解明に限界があるのではないかという認識の下、ボトムアップなアプローチであ
るシミュレーションに注目がされることとなった。シミュレーションを利用する手法の問題は、シ
ミュレーションでの結果の実世界での妥当性をどのように証明するのか、また、シミュレーショ
ンでは実世界の複雑さを意図的に簡略化するわけであるが、その簡略化の妥当性の証明な
どの難しさにある。
また、この時期にエージェントが構成するネットワークに注目した研究への取り組みの兆し
も生まれる。キーワードとしては、ネットワーク科学、複雑ネットワーク、スケールフリーネット
ワーク、スモールワールドなど。 MAS では多数のエージェントが互いにインタラクション(協
調・競合)を行うことで MAS としての問題を解決するわけであるが、インタラクションを行うとい
うことは、エージェント間に何らかの関係が発生するわけで、これをネットワークとして捉える
と、MAS は個々のエージェントをノードとするエージェントネットワークを構成する。このネット
ワークの特徴などに着目した研究への注目がされ始めている。
<現在の問題点>
(1) 目標とする機能に対して最適なシステムを構築するための方法論の確立への取り組み
に対して真剣に取り組んでもよい時期に来ている。ある構造が存在する場合、その構造
が有する機能は求めることができるが、ある機能を実現しようとした場合、その機能を発
生する構造を考える汎用的な方法は存在しない。
唯一の手本は我々生命であろう。進化と淘汰を通して環境に適応しつつ現在の我々が
獲得した構造は、実環境において「生き残る」という機能を発現する構造としてとても完
成度の高いものとなっている。このことから、有力な方法論として期待されるのが進化的
アプローチであると考えられる。
(2)超多数マルチエージェントシステム(Massively Multi Agent System: MMAS)に対する取り
組みの必要性: エージェント数が超多数になった場合、従来のマルチエージェントシス
テムでのアーキテクチャなどがそのまま適用できるか不明である。
(3)高い適用性・適応力を持つシステムアーキテクチャの創出。(1)の課題とも関係するが、
MMAS ではすべてのエージェントの状態を詳細に把握することが困難となる。また常に
新しいエージェントの追加と、中にはエージェントの破棄が発生することから、このような
状況においても安定してシステムが駆動できるための高い適応力が必要不可欠となる。
■2010年(3年後)の状況
MABS が工学的な方法論として確立される。また、複雑ネットワーク研究が進展し、MASに
対して試行錯誤的に導入され始める。オークションを代表とするメカニズムデザインについて
の研究も熟成する。
■2015年(8年後)の状況
MMASのシステムアーキテクチャや、協調メカニズムなどの方法論が確立。
複雑ネットワーク理論の工学的応用に関する方法論も確立
Ⅱ-55
■2020~2030 年代の状況:
ユビキタス情報通信インフラが整備され、MMASアプリケーションの駆動が一部開始され
る。
MABS、メカニズムデザインによるリスク管理が具体的な成果を出し始める。
■2030~2040 年代の状況:
ユビキタス情報通信インフラにおいて、MMASアプリケーションなどが世界規模で動作を
開始し、いつでもどこでも人と、エージェントによる最適なタイミングで最適なインタラクション
が可能となる。
■2040~2050 年代の状況:
高度エージェントシステムがインフラとして定着、ヒューマノイドにも実装される。ヒューマノ
イドは身体的にも、情報処理能力的にも人に迫る高い能力を獲得する。
人が、常に環境からも、ヒューマノイドなどのロボットなどからも見守られ、情報処理でのサ
ポートや、日常生活での様々なサポート、リスク回避サポートなどを世界中のどこでも安定し
て受けることが可能な世界が確立される。
【50 年後の未来像について】
初期の人工知能研究は、単体のエージェントに関する研究であり、それが複数のエージェ
ントに関する研究にシフトしていく。複数のエージェントを扱うためには、個々のエージェントに
関する研究だけでなく、エージェント間のインタラクションに関する研究も必要となった。そし
て、ユビキタス情報通信インフラの登場に呼応し、同インフラを対象とするシステムにおいて
は、超多数のエージェントが必要となり、それまでの MAS の枠組みでは対応できない状況が
発生し、MMAS 研究が重要視されるようになる。MAS や MMAS では、どのようにシステムを具
体的に実装するかの問題も重要であり、この点において、エージェント分野や分散コンピュー
ティング分野とも密接に関係している。
当然であるが、その時代においてもセキュリティの問題は必要不可欠であり、個々の年代に
はその年代でのシステム構築法に合わせたセキュリティに関する議論が存在する。
ロボットはハードウェアだけでは同然動作しない。ハードウェアを制御するソフトウェアが必
要であり、そのソフトウェアの基本となる枠組みがエージェント技術ということになる。ロボット
と言っても、人型ロボットから、部屋など環境に埋め込まれた形での環境型ロボットのようなも
のまで、今後は実に様々なものが生み出されることが予想されるが、いずれにおいてもエー
ジェント技術が必要不可欠である。
50 年後においては、ボトムアップ的手法が常識であり、超多数マルチエージェントシステム
に対する構築法、制御法が確立されており、ほぼすべてのシステムの基盤において当たり前
のように利用されている技術となる(となっていなければならない)。その意味でも、本分野の
進展が将来を大きく左右すると断言できる。
Ⅱ-56
Ⅱ-57
佐藤一郎(国立情報学研究所)・栗原
R1-6
聡(大阪大学)
分散コンピューティング
【概要】
離れた場所になるメインフレームにジョブを送るための技術として生まれた分散コンピュー
ティング分野であるが、現在においても様々な情報通信分野、計算機科学分野などの基盤的な技
術となっている。今後、不揮発メモリの普及に伴い、プログラムの実行単位そのものが、ロード
前という状態なくなり、常に実行中プログラムとして扱うことが出来るようになり、プログラム
の実行形態はモバイルエージェントに近くなる。この流れは、量子コンピュータとともに使い続
けられるであろうフォンノイマン型アーキテクチャのコンピュータにおける自然な形となる。
【ロードマップ】
○現在までの技術の進化
技術の誕生をうながした社会ニーズなどの背景の説明および、現在までの技術発展の大まかな
歴史について記述してください。
分散コンピューティング技術は、離れた場所にあるメインフレームにジョブを送る際に使われ
たのが最初である。人工衛星制御においても同様の技術が使われた。
その後、コードそのものを送る技術である「コードモビリティ」と、実行状態も送る技術であ
る「モバイルエージェント(またはプロセスマイグレーション、モバイルオブジェクト)」に分
化した。コードモビリティは、単にプログラムの移送手段だけでなく、PostScript プリンター
に代表されるように、印刷データをプリンターの制御プログラムに変換し、そのプログラムを実
行して印刷しており、制御または組み込み系でも広く使われている。一方、モバイルエージェン
ト技術は、General Magic 社の Telescript システムなどの商業システムが登場したが、Telescript
は独自言語を前提にしていたが、その後に登場する Java 言語はモバイルエージェント技術の実
現に必要な技術基盤をもっており、数多くのモバイルエージェントシステムが実装された。
コードモビリティ技術は Web を中心に広く利用されており、モダンな Web サイトでコードモ
ビリティ技術を使っていないサイトはないと思われる。
現状における課題としては、特許で身動きがとれなくなっているという弊害を指摘することが
できる。複数の企業、大学、研究機関、ベンチャーが関連する特許を保持し、一つの企業や組織
だけでは、特許侵害なしにモバイルエージェント技術を利用した製品化は不可能と言っていい。
特にベンチャーの場合は倒産後の特許の行方がわからなくケースがあり、仮にビジネス化しても
その後の訴訟リスクが大きい。またモバイルエージェント技術に関連した Web ブラウザなどの
プラグイン技術は、ソフトウェア分野でももっとも特許裁判が多く、マイクロソフトでさえ多額
のライセンス量を払っている状況であり、誰もビジネス化に乗り出せない。特許化された技術の
共有する枠組みを整備しないと、発展できないと思われる。
○10-20 年先の技術展望
ユーティリティコンピューティングの普及することにより、アプリケーションや計算処理の多
くは、ユーティリティコンピューティングのサーバにより実行されると予想される。その場合、
サーバ側のプログラムを呼び出すこともできるが、ユーザ固有の処理の場合は、ユーザからプロ
グラムをサーバに送って実行させることになるが、実行途中のプログラムをあるサーバから別の
サーバに送って処理を継続させる場合などには、モバイルエージェント技術がもつ、実行状態を
含めてプログラムを転送する技術が必要不可欠となる。
Ⅱ-58
2015 年になると、OS 仮想化技術が進み、仮想化した OS のスナップショットイメージ( 仮想
マシンのメモリイメージをデータ化したものであり、OS やアプリケーションのメモリイメージ
も含まれる)をネットワーク間で転送して、他のコンピュータ上の仮想マシンで実行することが
できる。この場合、技術的にはモバイルエージェント技術と同様であり、モバイルエージェント
技術のひとつといえる。ただ、OS スナップショットイメージ数メガとなるので、現在のネット
ワーク帯域は無理があるが、2015 年ではネットワーク帯域は広がっていることから実現可能で
ある。また、OS 自体も DVD などからインストールのではなく、ネットワークからスナップシ
ョットイメージそのものを、仮想マシンにロードすることが多くなるのではないだろうか。これ
はセキュリティ的には有意義で、プログラムのインストールなどもサーバ上に保持されたスナッ
プショットイメージに行うことにより、ユーザによるプログラムのインストールを制限すること
ができることになる。この場合、コンピュータウィルスやスパイウェアに感染可能性を大きく減
らせることになるので、OS 自体の標準機能になる可能性もある。
○2020 年から 2030 年の展望
MRAM などの不揮発性メモリが普及すると、メモリ中の実行中プログラムはコンピュータの
電源が切れても消えない。このため、ハードディスクや ROM などの不揮発性メモリから、プロ
グラムを RAM(揮発性メモリ)にロードする必要がなくなる。その結果、プログラムの実行単位
そのものが、ロード前という状態なくなり、常に実行中プログラムとして扱うことが想定される。
この場合、プログラムの実行単位はモバイルエージェントに近く、モバイルエージェントの実行
方法の方が一般的になる可能性がある。
○2030 年から 2040 年の展望
ネットワーク化されたコンピュータは、ローカルのメモリやプロセッサ、そしてリモートのメ
モリやプロセッサの相違はなくなる。その場合、実行中のプログラムをあるコンピュータから別
のコンピュータに移動させたり、複製を作って処理を多重化させることは当然であり、その場合
はモバイルエージェント技術を使うしかない。
○50 年先の技術展望
フォンノイマン型アーキテクチャにおいて、モバイルエージェントは自然な実行単位である。
つまり、フォンノイマン型アーキテクチャでは、メモリとプログラムコードが混在して管理して
いる。一方のネットワークでは、データだけか、プログラムコードだけのどちらか一方を送受信
している。一方で、モバイルエージェントはデータとプログラムコードを組にして通信する技術
であり、ネットワークに対応したフォンノイマン型アーキテクチャのコンピュータをつづける限
りは、モバイルエージェント技術は避けては通れないし、ネットワーク化されたフォンノイマン
型コンピュータにおいてモバイルエージェントの方が自然である。
【50 年後の未来像について】
ナノセンサー技術、センサーネットワーク、ユビキタス情報通信インフラ、インターネットな
どの熟成により、人間の感覚能力は飛躍的に拡大し、あらゆるものがネットワークにて接続され
ることから、社会そのものが、社会システム知というひとつの生命体のような存在となる。分散
コンピューティング技術はこれらの基盤となる技術である。
近未来をあつかった SF 映画を検証すると、モバイルエージェント技術を使わないと実現でき
ない(または使った方が簡単に実現できる)設定やシステムが数多く登場する。もちろん SF 映
画は通りになるわけではないが、将来における具体的なニーズを示唆しているとも言える。
Ⅱ-59
Ⅱ-60
竹内郁雄 (東京大学・情報理工学系研究科)
R1-7
テクチャ
オペレーティングシステム、 プログラミング言語、 計算機アーキ
【概要】
オペレーティングシステム、プログラミング言語、計算機アーキテクチャについては、これ
までより、複雑な進化の系統樹が形成されるようになる。その前にこのタイトルのような言い方
は、
「コンピューティング」という言い方にくくられてしまうだろう。現在繁茂しているもの (つ
まり社会インフラになっているもの) が絶滅することは考えにくい。しかし、その繁茂が新しい
系統樹の枝の成長を阻害するとも思えない。ここでは、近視眼的には「時間仮想記憶」
、そして
中長期的には「プロトコル指向コンピューティング」と自己反映など含む「自己□□」について
言及し、50 年先のロボット技術を見据えた課題として「技術進化と社会の受容」について簡単
に言及する。筆者の浅い知識にしか基づいていないので、多くの抜けがあることをあらかじめお
断りしておく。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
この部分だけは、3 つに分けて記述する。なお、表に書かれている過去の技術については本文
中でほとんど触れていない。
I オペレーティングシステム
オペレーティングシステム (OS) とは、ハードウェアとその上に乗る (アプリケーション) ソ
フトウェア (AP) の橋渡しをすることが第一義。ユーザとコンピュータの橋渡しをするという
意味を混ぜると議論が混乱するので、ここでは考えない。
AP から見ると、OS はコンピュータが持っている、あるいは扱っている資源 (resource) を利
用できるようにするサービスを提供していると考えることができる。資源には、CPU 資源 (計
算パワー)、メモリ (記憶)、入出力・通信機能などがある。
このくくりのもとで、OS の機能をざくっと捉えると 4 つに分類できよう。下記の(4)は(1)の
サブ機能と言えるかもしれない。
(1) 資源の抽象化
ソフト的に見て同一とか類似と考えることができるものを、実際に同一あるいは類似なものと
して扱えるようにすること。OS 黎明期にまず実現されたサービス。資源の抽象化が優れている
と AP を書く人間の負担が減る。仮想記憶やネットワーク透過という概念も資源の抽象化に分類
される。仮想記憶やネットワーク透過 (仮想非分散と言うこともできる) は、抽象化の中で「仮
想化」(ハードウェアは階層分離や地理分散しているが、「事実上」そうは見せないということ)
というカテゴリを形成している。
(2) 資源の安全な共有
複数の AP が資源を安全に共有できるようにするサービス。プロセスの概念や排他制御など。
資源の共有の論理的な側面と言える。
Ⅱ-61
(3) 資源の効率のよい利用
できるだけ資源を遊ばせないためのサービス。資源の共有の物理的な側面と言える。CPU と
周辺機器の並列動作や、限られた時間資源を有効に (あるいは合目的に) 使うスケジューリング
など。
(4) 資源の事故に対する動作保証
いわゆるフォルトトレラント機能。資源の多重化のサポートなど。分散計算も資源の事故 (パ
ケットロスなど) を前提としているので、この機能が必須。最近はディペンダブル OS という言
い方に含まれる。大きなくくりでは、これも、故障という「差違」を AP から見えなくするとい
う意味で資源の抽象化と言えないことはない
II プログラミング言語
時間の余裕がないので、詳しくはそのあたりの教科書を参照されたいが、以下にごく簡単な総
括をしておく。
プログラミング言語の誕生・消滅数は、すでに世界史上の国家のそれを超えている。それほど
までに多くの言語が作られ、忘れ去られていった。
コンピュータが登場する以前にあったプログラミング言語として、Turing マシンの 4 つ組 (あ
るいは 5 つ組) 言語がある。これより抽象度の高い理論言語には、
Church のラムダ算法、Markov
のプロダクションシステムなどがある。今日のプログラミング言語の能力は原理的にこれらの言
語の能力を超えていない。
コンピュータが登場した直後 (1940 年代) の実用プログラミング言語は、当時のコンピュー
タの内部論理にそのまま対応した 2 進法数値で手順を表現するものであった (機械語)。しかし、
アセンブラ語がただちに誕生した。
1950 年代に入り、人々が長年慣れ親しんできた数式や、繰り返し指定の表現を書けば、それ
を自動的に機械語に翻訳してくれるコンパイラ言語が誕生した。Fortran や Cobol がそれであ
る。当時、コンパイラ言語は、人間の使う言語に近い表現で書けるという意味で「自動プログラ
ミング言語」とまで呼ばれた。ほぼ同時期の Chomsky の自然言語理論に触発された形式言語理
論は、コンパイラ言語の技術を大いに伸ばした。
コンパイラ言語が定着したころは、Cobol に代表される事務計算用言語と、Fortran に代表さ
れる科学技術計算用言語という 2 分類が行なわれた。この分類は、言語が多様化した現在使わ
れない。このような古い設計の言語がいまだに使われているのは、その上に作られた膨大なソフ
トウェア資産の蓄積と、言語の上に形成された大きなプログラマのコミュニティのおかげであ
る。
1960 年ごろに仕様が決められた Algol は高級言語の歴史に一石を投じた。これは当時のコン
ピュータ界の英知を集めて仕様が決められた言語で、その後のすべての手続き型言語の原型とな
った。
一方、マイナーとはいえ、同じく 1960 年ごろには、Lisp という人工知能向けの記号処理言語
が誕生しており、大学・研究機関で根強い支持を受けて今日に至っている。Lisp は理論言語 (ラ
ムダ算法) がコンピュータの上で実行可能になった最初の言語である。
1960 年代からは、プログラミング言語が百花繚乱、あるいは百家争鳴の時代となる。実に多
種多様なプログラミング言語が誕生する (そして忘れ去られる)。これはコンピュータの応用分
野が圧倒的に広がったことと無関係ではない。応用分野ごとに特化した言語は、思考や記述の節
約につながり、うまく言語処理系を作れば、実行効率もよくなるからである。中にはとても味わ
い深い言語もある。また、現在でも熱烈な愛好者がサポートしている例もある。このあたりの事
情は少し古いが、Sammet の``Programming Languages" (Prentice Hall、1969) に詳しい。こ
Ⅱ-62
の本の冒頭にはいみじくも、数多のプログラミング言語によって築きあげられようとしている
「バベルの塔」の絵が描いてある
1970 年代からは、プログラミング言語の分類が、それが基づく計算パラダイムによるように
なった。たとえば、Algol、Lisp、Basic (1965)、C (1973)、Ada は大掴みには手続き型と呼ば
れる。このほか、計算パラダイムの多様化を反映して、論理型の Prolog (1970)、オブジェクト
指向の Smalltalk (1980)、関数型の ML (1979) など、コンピュータのハードウェア制約に捉わ
れない発想の言語が多数登場した。
プログラミング言語の盛衰は、発想のよさだけでなく、プログラマのコミュニティの厚さに依
存している。このほかにもいろいろな意味、たとえば「悪貨は良貨を駆逐する」とか「みんなで
渡れば恐くない」など、人類の (言語の) 歴史と不思議と共通するところが多い。
III 計算機アーキテクチャ
これについては筆者の能力を超えるので記述を差し控えたい。ただし、概観するところ、少な
くとも商用レベルでは、過去のアーキテクチャ遺産を維持しつつ、既存言語、既存 OS との両立
性を保持しつつ、半導体技術の物量によりひたすら高性能化を目指した開発が進んでいる。
計算機アーキテクチャについては、汎用アーキテクチャと専用アーキテクチャの対比がよくさ
れる。特定の言語やアプリには専用アーキテクチャのほうが性能が出るので、それなりの意義が
ある。しかし、歴史上、信号、画像、CG (コンピュータグラフィックス) など一部のものを除い
て、専用アーキテクチャはことごとく浮かんでは消えてしまった。物量とそれとあいまったコス
トダウンにより、汎用アーキテクチャで専用アーキテクチャが簡単にエミュレートでき、しかも、
ある時間の経過のあと、専用アーキテクチャの性能を超えてしまうことが多発したからである。
実際、筆者が 1980 年代半ばに開発した Lisp 専用マシンの 50 倍以上の性能が、DualCore
Pentium によるエミュレーションで出ている。専用アーキテクチャは、製造の容易な繰り返し
型構造で、汎用アーキテクチャの 1 桁以上の性能が出せるものでないと生き残れないというこ
とになってしまった。CG 専用のプロセッサなどが生き残っている例である。
しかし、一方で消費電力の問題は看過できなくなりつつある。ロボットの中に組み込まれるよ
うなプロセッサはむしろそちらが大きな制約条件となる。この観点での、新たなプロセッサの系
統が生じる気運が出てきた。
新しい計算機アーキテクチャを、新しいアプリ、あるいは新しいプログラミング言語から生み
出す潮流はかろうじて FPGA 等で支えられている。半導体のカスタム化がどれくらい低コスト
で容易に行なえるかが、汎用アーキテクチャ以外の新しい計算機アーキテクチャの開発の促進の
鍵となっている。
さらに最近では Evolutionary Computing の研究の潮流の中で、可変アーキテクチャの研究も
聞こえている。
○ 10-20 年先の技術展望
以降、オペレーティングシステム、プログラミング言語、計算機アーキテクチャの区分けを少々
無視して記述する。しかし、大体、この順序で話が進む。
(1) プロトコル指向コンピューティング
上に見たように資源を共有する際、安全かつ高効率というところに OS の技術課題があった。
実際、抽象化と高効率化は両立しにくい技術課題である。
10-20 年後の OS の技術展望も結局上のくくりの中で議論されると思われるが、将来展望を語
る以前に、過去のしがらみによって硬直化する OS という問題に言及しておく必要がある。これ
は OS に限らず、計算機アーキテクチャ、プログラミング言語にも共通する問題である。有象無
Ⅱ-63
象のソフトウェア資産の増加は、資産の維持をデフォルトの要求とする。新しい OS の技術開発
は過去の有象無象との両立性を無視してはあり得ないという状況に縛られている。プロセッサも
然りである。これがどんなに世の中の計算機アーキテクチャや OS の構造を汚くしているかは簡
単に想像できよう。
こういう状況では、真に新しい OS の創造はともかく、それを世の中に広げることが大変難し
くなる。新しい技術革新があっても、すでに古い OS 上でのソフトウェア資産があったら、過去
との両立性を担保しないかぎり、過去の OS をリプレースすることはできない。
ならば、イノベーションはどう起こすか。多分、これはソフトウェア資産のない世界でしか起
こり得ない。あるいは、膨大のソフトウェア資産を捨ててもいいと思わせる超画期的な技術革新
を期待するしかない。なので、狙いはソフトウェア資産のまだ少ない世界である。
そういう技術革新がどんどん可能になるのであれば、OS や計算機アーキテクチャなどにおい
て、膨大のソフトウェア資産に基づく体系とは別の系統が生えるという、まさに生物の系統樹の
ような技術の進化体系が形成されるわけである。この進化の系統樹において、たとえば、
Windows と Linux がどの程度違うものなのかは興味深い。極端な話、関西人と関東人程度しか
違わないのか、アングロサクソンと日本人ほどの違いなのか、それとも、チンパンジーとイルカ
ぐらい違うのか。これは 100 年後ぐらいにやっとわかることかもしれない。
閑話休題。筆者がいま関心のあるところでは、超分散コンピューティングを支える OS は新し
い系統になると思うし、ロボットを制御するための OS (というものがもしあるならば) として
必要になるものだと思う。
「OS というものがあるならば」というのは以下の考えによる。たとえば、現実のインターネ
ットはある種の巨大な超分散コンピューティングと思われるが、その中には実に多数の OS、プ
ログラミング言語、計算機アーキテクチャが参加している。つまり、インターネットという超分
散コンピューティングは OS、プログラミング言語、計算機アーキテクチャによって本質的に制
御されているわけではない。むしろ、TCP/IP というプロトコルによって「制御」されている。
OS もプログラミング言語も計算機アーキテクチャも TCP/IP という「原理」を機能させるため
の下僕として働いているのである。プロトコルはそういった「下僕」を完全に抽象化してしまう。
ロボットというところに焦点を絞ると、結局、それを実現する要素技術自体は本質ではなく、
イントラロボット (ロボット個体内) の情報プロトコルや、インターロボット (ロボット個体間)
の情報プロトコルがなんであるかが、一番大きな問題になるはずである。この観点で見ると、た
とえば、ロボットをつくるための体内情報プロトコルをどう設計するかが優先されるべきであ
る。OS などはそれにくっついていくしかない。OS などが先にありきではないのである。その
体内情報プロトコルは多分伝送路の性能やセンサ・アクチュエータの性能で決めざるを得ないと
ころがあるので、ひょっとすると技術的に長期安定的なものではないかもしれないが、そこは将
来を見越した先見の明でデザインする必要がある。
このように、プロトコルを決めることが、システムの設計であるという時代が到来する (とい
うかもうしている)。名付けて、プロトコル指向コンピューティング。繰り返しなるが、プロト
コル指向コンピューティングは抽象化が大きな役割だった OS 自体を抽象化してしまうのであ
る。
コンピューティングの系統樹の中でプロトコル指向コンピューティングを根元へたどってい
くと、セルオートマトンに至る。セルオートマトンは、まさにセルの間のプロトコルを決めるこ
とでシステムの動作が生成された。そして、セルオートマトンの世界で「創発」の概念が語られ
たことは有名な事実である。これを敷衍すれば、プロトコル指向コンピューティングを使って「創
発」がさらに豊かに語れるようになると思われる。
こういう話と並行して、ユーザインタフェースを中心とする (しかし、メカニズムとしては古
くさい?) Windows や MacOS は生き残ってそれなりに微速進化はしていく。OS、プログラミン
グ言語、計算機アーキテクチャ全般において、系統樹という枝分かれ構造とそれに付随して発生
Ⅱ-64
するニッチを容認することによって、技術者も産業も安心して新しい技術開発ができるようにな
る (なってほしい)。
(2) 時間仮想記憶
これは、いささか近いスコープの話である。ただし、OS の開発と受容 (それが使われるよう
になること) の長い時間スパンを考えると、10 年-20 年は簡単にかかりそうだ。
さて、OS が資源の抽象化を行なっていることは上でも述べたが、いわゆる仮想記憶もそれで
ある。しかし、この「仮想化」には見逃されている穴がある。それが、時間仮想記憶である。こ
れは筆者が以前から主張していることなので、長くなるが、過去に書いた文章 (とある研究提案
書、2006 年) を引用・補強する。
仮想記憶の概念が誕生してからもう半世紀近く経っている。これはメモリ階層におけるメモリ
一貫性を保証する概念の一つとして整理されるものであるが、主記憶と二次記憶という速度差と
容量差の非常に大きいところでのメモリ一貫性を確保するとともに、計算機に許されているアド
レス空間の大きさと (一般的に実装されている) 主記憶の容量のギャップを埋める重要な技術
として、多大な研究投資が行なわれてきた。実際、大きな成功を修めてきた技術である。これも
資源の抽象化と分類されよう。ギャップの大きさゆえに、ハードウェア技術だけでは足りず、シ
ステムソフトウェア技術、すなわちオペレーティングシステム (OS) が仮想記憶技術の発展に
大きく寄与した (cf.キャッシュメモリ技術)。
仮想記憶により、巨大なデータの処理を二次記憶との外部入出力を意識することなく行なうこ
とが可能になった。つまり、メモリ階層の抽象化である。ユーザは事実上、計算機に実装されて
いる主記憶より大きなメモリが「事実上」存在しているかのようにプログラミングすることが可
能になった。端的に言うと、これはメモリ容量を「空間的に」拡大するマジックであった。
その一方、長年軽んじられてきたのが、従来の仮想記憶のような、いわば「空間仮想記憶」に
対する、「時間軸方向の仮想記憶」である。多くのシステムやソフトウェアは、メモリを利用し、
使い捨てる。メモリ容量は有限であるから、使い捨てられたメモリを再利用する必要がある。こ
の再利用を間違いなく行なうことはやさしくないし、不測の事態が起こったときはプログラムが
正しくても再利用ができなくなってしまう。大昔の非常に小さなメモリ容量の計算機で、Lisp
を実行するために、使い捨てメモリを再利用するためのゴミ集め (GC) の技術が発明された。
以来夥しい数の研究が積み重ねられてきたが、GC の技術が実世界で実際に広く使われるように
なったのは Java が GC を採用してからであった。
GC は、「時間軸方向に無限の使い捨てメモリがある」ことを保証する技術である。その意味
ではまさに「時間仮想記憶」である。ところが、現在でもこれは言語処理系 (run time) の問題
として扱われている。しかし、市販 OS 等で見られるメモリリークやディスクのフラグメンテー
ションなど、計算機の使用可能メモリが減っていくという現象が OS レベルでも存在する。これ
を「疲れ」と言ってもいいし、「老化」と言ってもいいかもしれない。このことは、メモリ管理
を、メモリの空間的拡大だけではなく、時間軸方向についても OS がきちんとサポートすべきで
あることを意味している。特に組み込みのように、実装されたメモリ容量が小さく、二次記憶も
なく、かつ無停電で動き続けないといけない計算機にとって、このことは特に重要である。
実際、時間仮想記憶の具現化である実時間 GC を実現するためには、GC 関連のスケジューリ
ングや、GC 対応のメモリ管理機構など、OS によるサポート、さらには (空間仮想記憶と同様)
簡単なハードウェアサポートが必要である。システムソフトウェアを記述するようなプログラミ
ング言語では通常、GC が期待できないので、自分でメモリ管理をかなり苦労して行なわないと
いけないが、メモリリークを起こさないように注意深くプログラムを書くのは非常に困難であ
る。フォークセオリーでは、GC のある言語で動的なデータを扱うプログラムを書く場合、約
30%生産性が上がると言われている。
時間仮想記憶の実現のためには、GC を内部に持つ既存の言語処理系の構造を変えないといけ
ないし、アーキテクチャにも軽微な拡張が必要となるが、時間仮想記憶はいずれ必ず必要になる
Ⅱ-65
(Lisp マシンをつくろうという気になれば、それらの問題はすべて解決しているが…)。ロボット
のように実世界にあって知的な行動をしないといけないシステムでは、空間仮想記憶よりも、む
しろ時間仮想記憶のほうが重要になる。上にちょっと述べたが、ロボットを制御するコンピュー
タの中でメモリリークやメモリフラグメンテーションが起こったら、それは「ロボットの (精神
的?) 疲労」として現れる。
ロボットは疲れてはならない、いや、疲れてこそ本当のロボットだという議論があるかもしれ
ないが、とりあえず疲れないロボットの需要はあるだろうから、時間仮想記憶は少なくともロボ
ットには重要な技術である。
(3) 自己□□シリーズ
大昔から言われていながら、まだ制限された形でしか実現していない「自己反映、自己学習、
自己修復、自己組織化、自己改造、自己進化、…」について、それをプログラミングできるかど
うかという観点で論じよう。
まずプログラミングとはなにか。プログラムはそもそも
Pro (予め) + gram (書く)
から来ており、プログラミングとは起こってほしいことを予めめ書く行為にほかならない。その
意味では現在のプログラミング言語の形に今後も拘ることはないであろう。ASCII 文字から脱
することは大昔に APL で試みられたし、最近の Fortress も数学由来の豊かな表現形式を採用し
ようとしている。
しかし、プログラムが、フォントの豊かさはともかく、テキストに縛られている必要もない。
図式プログラミングの試みは 1980 年代から行なわれているが、それほど成功していない。これ
は図式プログラミングに計算モデルが対応していないからである。本質的に新しい計算モデルが
出てくる必要がある。人間の情報処理における図式理解や画像理解の重要さは論を待たない。筆
者はいわゆる「記号」だけでは、これに対処することが難しいと考えている。記号着地はそもそ
も無理な課題だったのではないだろうか? つまり、従来の意味の記号ではない、もっと豊かな「新
しい記号」が必要と考える。これについても以前に書いた、いささか怪しい文章から引用しよう。
基礎理論では、論理学に大きな進展がある。記号論理学を越えた図形論理学が登場するのだ。
この論理学では記号や図形に位置、大きさ、質量などに相当する任意の物理量をもたせることが
可能である。物理学と異なるのは、公理として現実世界ではあり得ないようなものを設定してよ
いところである。計算モデルとしてはチューリング機械を本質的に越えた能力をもつ。これによ
り、たとえばモンキー・バナナ問題はわざとらしい前提をいちいち書かなくても解けるようにな
る。図式プログラミングはこの図形論理学によって基礎づけられる。(bit 誌 1989 年 3 月号)
(前略) 上に述べたことにも関連するが、自己モニタ能力 (リフレクション能力) をもつ計算機
が登場する。つまり、疲れを知らない計算機ではなく、同じことをやっていると飽きてくるよう
な計算機である。自己モニタが可能になることによって、ホメオスタシス、自己変革、自己学習
などが可能になる。このためには、現在の計算機のように記号論理やデジタル回路に基づいてい
るだけではダメである。誤解を恐れずにいえば、記号に物理量が付随したようなデジタル・アナ
ログのハイブリッド計算機でそれが実現される。当然、記号論理学は廃れ、記号物理学や統計記
号学が興る。ここでも決定論的な理論基盤は敗北する。(情報処理学会誌 1991 年 1 月号)
上の 2 つの引用は放言的な予言なので無謀な書き方がしてあるが、筆者は現在プログラミン
グで使われている記号に「物理」がないことが、ある限界を超えられない原因だと考えている。
たとえば、上に挙げたモンキー・バナナ問題では、この問題の制約をともかく論理式に焼き直し
ている。しかし、人間はこの問題の図示を見ただけで、そこにおける物理的制約と問題の意味を
理解することができる。多分、脳の中には、記号レベルに上げないで、物理法則を (計算しない
で) 理解するメカニズムがある。この例は、現在の記号論に縛られて、なかなか解決しない記号
Ⅱ-66
着地の代替を考えるためのいい素材になっていると思う。このような「記号物理」を扱うことの
できる計算モデルとそれを実現するハードウェア (アナログとデジタルのハイブリッド?) が必
要になる。
人間の知能の解明に必要なことなのに、コネクショニズムと記号主義はいまだに歩み寄れてい
ない。甘利先生がおっしゃっていたこの乖離をどのようになくすかが、最大の技術的ポイントで
ある。デジタルコンピュータの進歩により、量的にはコネクショニズムの圧倒的な並列アナログ
計算に近付いているように見えるが、このままではスムーズに両者はつながらないだろう。これ
を解決するとすれば上記の「記号物理学」しかないと思うのだが…。
「自己□□」についての根本的な問題は、これらの「自己□□」を従来的なプログラミングと
いう「作り込み」によって実現できるかどうかである。というのも、これらの「自己□□」は「創
発」的な現象と考えられるから、そもそも「作り込み」が可能とは思えないと言えるからである。
これらに関しては議論が尽きないが、議論よりも先に誰かがこのうちのどれかをそれっぽく実現
したところで局面は新展開を迎えると思われる (あたかも、Terry Winograd の SHRDLU が自
然言語処理に大きな展開を与えたように)。
「自己□□」に先立つのは多分「適応」であろうが、これは適応すべき環境が定義できれば「作
り込み」が可能だろう (強化学習と同じ)。しかし、真の「自己適応」を実現するには、それを
未知の環境に放り込んだときになにが起こるかを「観測」し、そこから開発者がインスピレーシ
ョンを得るという、これも昔筆者が言ったことのある「薬品調合型プログラミング」になる。な
にしろ、「そのレベル (階層) での作り込み」ではなく、「それと異なる (下位の) レベルでのル
ールの調合、つまりレベルを超えるための間接的なもの作り」でしかあり得なくなるからである。
しかも、生物がそうであったように、真に未知の環境だと、絶滅する危険がある。つまり、いつ
も成功するとは限らない。
この「異なるレベルでのルールの調合」が上で述べたプロトコル指向コンピューティングなの
である。
「自己反映計算モデル」では、無限の階層が必要とされた。しかし、現実に自己反映している
と思われる人間に中に無限の階層があるとは思えない。筆者は以前、実は 2 階層でよくて、そ
れが双対になっていればよいのではないかと考えたことがある。「二元プログラミング」である。
人間の神経には興奮性のものと抑制性のものがあるという。これらが相互にバランスを取るこ
とよって、適切な行動をしているというのはいかにも妥当な仮説である。少し拡大解釈的な言い
方になるが、プログラムを書くときに、プログラムと論理仕様を 2 つ書くのはそれに近い。論
理仕様を書くだけで、プログラムが自動生成されることを目指すのが自動プログラミングである
が、実は論理仕様自体が「もう一つのプログラム」なので、当然バグがある。動いているほうの
プログラムを見て、論理仕様を直すことも必要になる。弱い意味での相互作用がそこにある。フ
ォルトトレラントなシステムをつくるために、単にデュアルにするだけでなく、違うプログラム
を走らせて結果を比較するのも、強いて言えば二元プログラミングである。
ロボットのプログラムもこの原理、つまり積極行動計画型 (興奮性) と自己監視反省型 (抑制
性) の二元プログラミングを適用すれば、少なくとも暴走しないロボットになると思う。恐らく
生物の行動の仕組みにもこれが適用されていそうだ。
このような二元システムの究極形態の一つとして考えられるのは、興奮性 LSI と抑制性 LSI
を対面で貼り合わせた二元チップである。お互いは相手の回路の漏洩電磁波をセンスして、相手
の様子を見て、なにかあると直接信号を流して相手を間接制御する。まさにアナログ・デジタル
のハイブリッドである。このようにデジタル回路をアナログセンスすることは、たとえば省電力
のために CPU チップ内の信号をフーリエ変換して観測して制御するなど、実はだいぶ前から行
なわれている。これを高度化すればいい。現実的にも、将来のロボットでは内蔵コンピュータの
消費電力を状況に応じていかに下げるかが最大の課題の一つである。
アナログ・デジタルハイブリッドという意味では、MEMS 技術の将来にも期待が膨らむ。
MEMS の連合体でシステムをつくるときには、いまの分散 OS の一つの (極端に小さい多数の
Ⅱ-67
システムの分散制御あるいは分散協調という意味での) 極限形が必要になると思われる。これは
まさに「プロトコル指向コンピューティング」ではなかろうか。超分散計算とは結局プロトコル
を決めることでしかあり得ない。
このように、システム全体を階層的に捉えたときに、ハードウェアとソフトウェアの間に、将
来にわたって OS という際だって特別なものがあるかどうかは怪しい。OS に相当する部品層は
確実に残るであろうが、単なる one of many になる可能性が大きい。将来、
「プログラム」を書
けば、直接ハードウェアにコンパイルされる、つまり必要なハードウェアが出来上がる時代
(2050 年までにはその時代が来ると期待したい) になれば、これは確実なことと思われる。
上記のような話とは別に、そもそも (どんな形のものであれ) コンピュータのプログラムを書
いてなにかすることはますます多様化するので、一つのベクトルでものを語ることは難しい。こ
こまでは、「創発」を誘起するようなプログラムを想定してきたが、コンピュータが人間社会の
ツールであるかぎり、
「創発」が起こっては困る、あるいは「創発」に意味のないプログラミン
グが確実に存在する。実は、これが現代のプログラミング技術に要求されている 99%のことで
ある。つまり、「ソフトウェア工学」に代表される学問が目指している究極のディペンダブルプ
ログラミングである。
これについてはシステムの巨大化・複雑化の道は避けられず、量で片付く巨大化の問題はある
程度大丈夫としても、結局人間の理解を超える複雑さの世界になれば、プログラミング、つまり
システム作りで人間による設計誤りの混入は避けられない。それを避けるには、むしろ人間の社
会システムが過度に複雑にならないように設計するほうが安全で早道である。ある意味で、これ
もプロトコル指向コンピューティングと言えないことはない。いずれにせよ、ここから先は技術
論で済まない領域になると思われる。
○ 50 年先の技術展望
この項は次の未来像に記す。
【50 年後の未来像について】
ここでは、未来像というより、高度化したコンピュータ技術、特に自律ロボットと人間社会の
関わりについて簡単に論じておく。
技術の進歩が人間社会にどのような影響を与えるかについてはすでに多くのことが論じられ
ている。その中で注目しておきたいのは、技術がその技術を生み出した意図とは異なる社会的受
容がしばしばなされることである。たとえば、ラジオは当初は今日のインターネットのような利
用形態を想定した無線通信から始まったが、初期のユーザの大半の無線通信に対する思いとは別
に、マスメディアの占有するものに変質し、一般社会に受容された (水越伸氏の研究)。最近で
はポケベルが、開発者の想定外の、女子高校生の人気通信手段に多用されたというブレークが記
憶に新しい。技術が社会を決めるか (技術決定論)、社会が技術を決めるのか (社会決定論) は、
議論のあったところだが、筆者はその中間というか、技術がしばしば意図しない方向に社会を変
えていくという意見である。
50 年先に十分射程範囲にある自律ロボットが社会、あるいは人々のメンタリティにどのよう
な影響を与えるかは、
「技術がしばしば意図しない方向に社会を変えていく」観点に立つと、技
術者としては事前にいろんなことを考えておかなければいけないというしごく真っ当な結論が
出る。
ここで少し話を焦点を絞ろう。将来の自律ロボットにおいては可制御性のありかたについて社
会的受容の大きな議論が起こる可能性がある。または、可制御性の範囲外で動くものが、徐々に、
かつ自然に社会に受容されてしまっているかもしれない。インターネットは多くの人が可制御の
範囲で動いていると思っているかもしれないが、すでにその範囲外で動いていると感じている人
Ⅱ-68
もかなりいる。インターネットはおそらく人間が技術的産物としてつくったものなのに、それが
社会科学的、および自然科学的な分析対象になっているものの最初だと思う。ロボットがそれに
続くかどうか。あるいはそれを許容するかどうか。ここでは俄に結論を出せないが、研究の進展
とともに常に自問自答しなければならない問題であろう。これは 50 年先を見据えるための問題
である。
そして、これは人間が人間自身の精神性を振り返るための重要な問題である。筆者は、歴史に
おける技術の大きな流れを、物質 → エネルギー → 情報 → 生命 → 精神 と考えている。精
神の領域に意外と早く立ち入ることになるような気がする。
Ⅱ-69
Ⅱ-70
重要
原理
概念
3
1
言語と身体・
生理のネット
ワーク
2
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
(物質)・人間
の融合
情報・物理
・集合知/群知能
・大規模センシング
データベース
・知識の創発的構築
・世界規模オントロジー
の構築
・情報の信頼性判定
・意図推定
・重要情報の選別
・知識発見
・嗜好学習
3
3
・物理世界オントロジー
の構築
社会システム知
自律システム知
出口イメージ
・目的推定による問題
解決支援
・実空間とサイバー空
間の融合
1
人間の拡大
R2:Semantic Web,Ontology,Database (松田、渡辺)
Ⅱ-71
松田勝志(NEC)、渡辺日出雄(日本 IBM)
R2―0
セマンティック Web、オントロジー、データベース
【概要】
本領域は、データベース、World Wide Web(および Semantic Web)、オントロジー、情報検
索の技術の観点からロードマップを作成している。それぞれ独立した起源を持つ技術領域である
が、World Wide Web(以下、Web と呼ぶ)の普及により、相互に強い関連を持つようになってき
ている。すなわち、ロードマップの中央(2008 年)より少し前で相互に関連付けられている。ロ
ードマップの未来部分では、それぞれの技術領域で展開しているように見えるが、実際はいずれ
の技術展開も Web の発展をベースとしている。
ロードマップの根底に流れる大きな思想は、過去は「いかにデータを効率良く扱うか」、現在は
「いかに人に分かりやすくデータを扱うか」、未来は「いかにデータを理解し、自動構築するか」
であると考える。現在は、Web にかなり蓄積されてきたデータや人類の英知をそれぞれの人が
上手く使うためにこれらの技術が役立っているが、未来は、ほとんどのデータや知識が蓄積され
た状態でいかに最適な解を選んで人の生活に貢献するかのためにこれらの技術が役立つものと
考える。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
歴史的には、データベース、Web(および Semantic Web)、オントロジー、検索はそれぞれ独
自に研究開発が進められてきた。
データベース技術での大きなトピックは、Edgar F。 Codd 博士によるリレーショナルデータモ
デルの提唱とそれに続くリレーショナルデータベースの実用化である。1980 年代後半からは、
ポストリレーショナルデータベースとして、拡張可能 DBMS やオブジェクト指向 DBMS が盛
んに研究され、オブジェクトリレーショナル DBMS へと集約してきた。また、SGML を元にし
た XML の策定が行われたことを背景に、XML に対する DBMS サポートが急速に広まってきた。
2000 年代は、データベースのオープンソースプロダクトが普及した年代である。PostgreSQL
や MySQL のように商用に近い品質のものから、元々商用だったものがオープンソース化され
た Firebird、組み込み向けの小型データベース SQLite など DBMS が身近な存在になり、趣味
プログラマや高度な知識を持った一般の利用者が簡単に DBMS を用いてアプリケーションを作
成できるようになった。
Web 技術での大きなトピックは、言うまでもなく Timothy J. Berners-Lee 卿による World
Wide Web の開発である。ハイパーテキストとネットワークの融合である Web は、学術界とい
うより産業界が牽引して現代社会の重要なインフラにまで成長している。また、PC 上だけでな
く携帯電話や携帯端末向けのコンテンツ変換やそれら携帯端末の大画面化により、Web は年齢
や地域や現在位置を越えた情報交換メディアとなってきた。その後、Web の生みの親である
Timothy J. Berners-Lee 卿は、Semantic Web という概念を提案した。これは、人と機械が意
味的に協業できることを目指したものである。この Semantic Web の実現に大きなウエイトを
占める重要が技術項目がオントロジーである。オントロジーは、Web より前から盛んに研究さ
れてきたが、ここにきて、Web の世界との融合が模索されている。
検索技術での大きなトピックは、ブール型モデルにおいて転置ファイルを用いたことであろう。
ユーザが最も理解しやすいブール型モデルにおいて大規模な対象データであっても高速に検索
ができる転置ファイルによる索引法は、対象データのオンライン化とともに検索の一般化を加速
することとなった。また、コンテンツ外情報を用いた PageRank というランキングアルゴリズ
Ⅱ-72
ムは、対象データが Web に限られてはいるが、それまでのコンテンツ内情報を用いた各種ラン
キングより明確な優位性をサービスによって証明することになった。
データベースと検索の各技術が Web という共通プラットフォームで集結しているのが現在の状
況である。これは単に Web コンテンツの検索が可能というだけではなく、図書検索や特許検索
等のトリビアルな検索やオンラインショップの商品検索や各種 FAQ の検索等のデータベースが
主となる検索も Web 上で簡単にサービス享受できるということである。
○ 10-20 年先の技術展望
本領域で取り上げた技術は今後も密関係を保ちながら相互に切磋琢磨して技術革新を続ける
ことであろう。10-20 年先には、世の中のかなりの事象が Machine Readable Media 化され、ネ
ットワークでつながることになろう。すなわち、データの超大規模化、更なるヘテロ化(種類の
多様化)が進む。Web がそれらデータの流通媒体であり続けることは間違いない。超大規模デー
タの蓄積基盤の構築がデータベース技術の担う役割であり、時系列データについても技術的ブレ
ークスルーが必要となる。ヘテロ化に加え、情報やデータの信頼性の多様化に対応するのが検索
技術である。これまで検索技術は、高速化や高適合性の実現に注力してきたが、この頃には、多
様なデータに対していかに的確に検索するかが注力ポイントになるであろう。
知識の表現はオントロジーが司ることになるが、10-20 年後には、国際的に統一された物理世界
に関するオントロジー等が構築されると予想される。さらに、オントロジーの半自動構築技術も
発展していくだろう。このようなオントロジーを用いた Semantic Web アプリケーション(例
えば、ユーザーの分身であるエージェント)の活用が活発となり、様々な意味空間を統合した空
間が一部に実現されることになるであろう。
○ 50 年先の技術展望
概要で述べたように将来は、「いかにデータを理解するか」に主眼が置かれるようになる。
50 年先には、世界のあらゆる場所、モノ、組織、人が常時ネットワークされた状態で、世界中
のあらゆるデータや情報、これまでの人類の英知が何らかの形でネットワーク上に存在すること
になる。このような状況では、人が能動的に何かをしたくても処理しきれない状態に陥るため、
その人の意図や目的を汲み取ったエージェントが超高精度な検索技術を用いて超大規模分散デ
ータベースから的確にデータや情報や知識を集めて、人に分かりやすい形で提供する、または代
行して処理することになろう。このような技術はロボットにも搭載され、ロボットの価値観に基
づいた情報の選別、評価が行われ、人間との最適なインタラクションが図られるようになる。こ
れを実現するためには、実時間情報獲得、意図理解、コンテキスト理解、自動品質保証、超大規
模分散データアーカイブ管理、セキュア情報消去、情報忘却、知識集約エージェント、リスクフ
リークローリング、高精度要約、オントロジーマッピング、超高速インデキシング、利用目的別
ランキング、文書内知識断片化、文書間知識統合等の技術が必要となってくる。
【50 年後の未来像について】
世界のあらゆる場所、モノ、組織、人、ロボットが常時ネットワークされた状態で、世界中の
あらゆるデータや情報、これまでの人類の英知が何らかの形でネットワーク上に存在する世界と
なる。このような世界で、大量の情報等に埋没することなく、的確な情報や知識を用いて人々や
このネットワーク内の計算主体(エージェントやロボットなど)は、自律的に行動することにな
ろう。自ら必要な情報を選別し活動するために知的自律性が必要であり、本領域で取り上げた技
術が自律システム知の基盤となる。この様な自律性に基づく世界では、高度な判断が必要な場合
にのみ人が介入し、それ以外の些細な処理は全て計算主体に任せることが可能となる。ネットワ
ークは社会システム知となる。
Ⅱ-73
Ⅱ-74
武田 英明(NII)
R2-1
Semantic Web
【概要】
人と計算機が共に理解利用できる情報空間(Web)の構築
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
Web は 1980 年代の終わりにスイスにある CERN(European Organization for Nuclear
Research、欧州原子核研究機構)において、Tim Berners-Lee によって提案された。現在の Web
の原型となるものは 1989 年に CERN に出したプロジェクト提案書から始まる。彼は研究者間の
情報共有の仕組みとしてこのプロジェクトを提案している。そのときの彼の提案には現在の
HTML とは異なり、リンクにはタイプがあるものであった。Tim Berners-Lee はもとより単に情
報の共有だけでなく、意味の共有を実現することを狙っていた。
彼の元々の意図は Semantic Web という概念にまとめられ、 Web の標準化団体の W3C の中の活
動と大学等における研究として 2001 年頃より開始された。
Semantic Web の概念は、一言で言うと「人と機械が協力できる Web」である。HTML は主に人
間の可読性のための設計されているため、計算機が内容を理解して処理するには向いていな
い。そこで計算機が情報を容易に処理できるような仕組みを組み込んだ Web を作ることで、単
に人間間における情報共有でなく、人間と計算機の間での情報共有ができると。
Semantic Web の実現の鍵はオントロジーである。オントロジーとは共有可能な概念の体系の
ことである。オントロジーは多くの場合、計算機が処理可能な論理に基づいて記述される。個々
の情報を記述するときに、オントロジー中の概念を指し示しながら行う。こうすることで、自
然言語の曖昧性を取り除くことができ、また背景知識に基づいた解釈ができるので、計算機は
より適切に情報を解釈できるようになる。
このような仕組みを実現するために情報記述言語の制定と応用プログラムの開発が行われ来
た。言語しては RDF、 RDFS、 OWL が W3C の勧告になっている。またこれらの言語に基づくオ
ントロジーが多数構築され、このオントロジーを利用したシステムが構築されてきた。
○ 10-20 年先の技術展望
Web の Semantic Web 化が急速に浸透する。これは Web アプリケーションの高度化により、
より高いレベルの相互運用性が必要とされたため、その解決方法として Semantic Web 技術が
適用されるためである。
いくつかの Semantic Web システムが一般に利用されるようになる。Webの利用において、い
くつかの Semantic Web システムを連携させて使うことが一般化する。一方で Web での情報記
述もオントロジーをメタデータとして使う Semantic Publishing が一般化する。
またオントロジーが相互に結合され、地理的、分野的、文化的障壁を乗り越えた意味空間が出
現する。
さらにユーザの分身としてのエージェントをこの Web 上で使うことが一般化する。エージェン
トはオントロジーによる意味空間を移動して、必要な Semantic Web システムを発見、利用す
るようになる。
また、実空間、サイバー空間、および前述の意味空間を統合した空間が一部に出現する。ここ
では人間とエージェントが区別なく存在し、かつ相互に行動の意味的理解が可能になる。
○ 50 年先の技術展望
Ⅱ-75
(a) 未来像の技術的説明
人間とエージェントが区別なく共存する、実空間・サイバー空間・意味空間が融合した空間が日
常となる。時間的(過去から現在まで)
、地理的、文化的、分野的(あらゆる専門分野)違いを
乗り越えて、世界中の概念を網羅、結合した意味空間が出現する。そして、その意味空間が物理
的に人間が生活する空間と結合され、また主たる人間の社会的・経済的活動を担うサーバー空間
とも結合される。この空間において自律的に行動するエージェントも出現して、人間のパートナ
ーとして活躍する。
(b) 人間、社会、へのインパクト
人間の知は計算機によって統合される社会になるであろう。過去の知の遺産はすべてアクセス可
能になり、大量の知識の処理も自在にできるであろう。Semantic Web による意味空間の構成は
その基本原理となる。個々の人間の知的活動とはこのような意味空間での活動となる。創造的な
活動とはこの意味空間に新しい要素を付け加えることになる。
また意味空間、物理空間、サイバー空間は相互につながっているので、身体活動も社会活動も知
的活動として行われるようになる。
(c) 必要とする融合課題
意味空間の構成においてはすべての学問分野、世界の国々が関与する壮大な社会的活動が必要と
なる。
また意味空間を実空間のデジタル化やサイバー空間(仮想空間)の結合の仕方が技術的課題で、
この方法によって異なる社会システムができる。
【50 年後の未来像について】
(上記(b)参照)
Ⅱ-76
Ⅱ-77
来村徳信(大阪大学)
R2-2
Ontology
【概要】
情報学領域におけるオントロジーとは、計算機システムに人間の持つ知識を記述・格
納・利用する際に共有される基盤として用いられる概念体系を指す。オントロジーは元来、
哲学用語で「存在論」という意味であり、対象世界における物事の成り立ちを深く考察す
ることに特徴がある。オントロジーは実規模の問題を解く際に必要となる膨大で多様な知
を統一的に取り扱い、体系化していく上での必須な基盤理論と技術を提供するものであ
り、次世代の情報技術の重要要素技術となると位置づけられる。実世界で活動するロボッ
トの知的活動を支えるための知識も膨大かつ多様であり、それを有機的に体系づけて記
述・利用する際の基盤としてオントロジー技術は必須なものである。また、ロボット(エ
ージェント)間や対人間とのコミュニケーションにおいても、それらの理解の根幹を構成
するオントロジーに関する知識が必要である。さらに、ロボットの自律性・重要性認識の
実現には、自己の認識・価値体系を表すオントロジーは必須のものである。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
情報学分野におけるオントロジーは、1990 年ごろから、マルチエージェント間のコミュニ
ケーションのための基盤知識や、エキスパートシステムにおける知識の記述と再利用の困難さ
の克服のための基盤技術として大きな注目を集めるようになった。約 10 年前はエージェント
システム間の知識共有・交換や、問題解決手順知識の記述と再利用のためのオントロジーなど
の研究が盛んであった。また用語とその背後にある概念体系の統一に関してはさまざまな応用
分野で切実な要求があり、大規模なオントロジーが構築された。大規模常識知識データベース
CYC の上位概念構造や大規模語彙データベースの概念構造なども一種のオントロジーとみな
すことができる。
約 5 年前からセマンティックウェブが提唱され、ウェブページに対して計算機的意味を与
え、推論を可能にすることに用いられるオントロジー(ウェブオントロジー)が注目されてき
た。それにともないオントロジー研究も、ウェブの特性である分散性、 非均一性、流動性、
オープン性などを意識したものが多くなり、また構築と利用の簡易性を考慮した軽量
(light-weight)オントロジーが多くなっている。これは自律的で本質的な分散性を備えた知的
ロボットと共通する特性であり、近年の潮流に沿った展開が可能である。またそのような軽量
オントロジーを、学習によって、半自動的に構築する技術が進展しつつある。
オントロジーとしては、基礎となる一般上位レベルオントロジーがいくつか提案されるとと
もに、各応用領域で大規模なオントロジーが構築されている。ロボット、エージェント、ユビ
キタスコンピューティングなどの領域においては、物理世界の意味的解釈に関するオントロジ
ー、情報家電などの機能に関するオントロジー、日常生活におけるユーザ行動・身体動作、エ
ージェントの行動や信念・欲求・意図(BDI)、ユーザとロボット(エージェント)のインタラ
クションなどに関するオントロジーなどが構築されている。
また、ウェブサービスを意味情報に基づいて自動的な検索・合成する技術(セマンティック
ウェブサービス)についてもさかんに研究されている。これは、プログラミングの概念を進化
させたサービス指向アーキテクチャ(SOA)による粗粒度な自動プログラミングの一種である
と位置づけられる。ネットワークロボットや、ロボット内の基盤ソフトウェアアーキテクチャ
として、SOA を考えることができる。
Ⅱ-78
○ 10-20 年先の技術展望
(a) 物体概念・シンボルグラウンディング
物体概念やシンボルグラウンディングのために、物理世界の人間認識レベルの認識のためのオ
ントロジーが構築される。これによって「物質と情報の融合」のための基盤が構成される。すで
に存在する形状、位置などの物理量レベルに関するオントロジーではなく、ものの役割や関係性
などを表せるより高次の概念を提供する必要がある。このためには、科学哲学や認知ロボティク
スなどの知見との融合が望まれる。
(b) 国際的オントロジー
ロボットが持つ知識を支え、情報の意味を与える基盤としてのオントロジーとして、現在一般
上位レベルオントロジーとして提案されているものを拡張し、ロボット上位レベルオントロジー
が構築される。すでにいくつか研究があるが、さらに一般的に意図や信念、価値観などを表現す
ることが求められる。これは国際的に上位概念などが統一された「国際的オントロジー」となっ
ていることが望まれる。
オントロジーとしては、上述の物理世界に関するものに加えて、ロボットコミュニケーショ
ン・協調・連携のための共通オントロジーや、ロボットシステムの共通基盤となるオントロジー
が構築される。これらはロボットの自律性と社会システム知を作り出す基盤となる。
また、ロボット内部の動作については、自律性のために、サービス指向アーキテクチャ技術と
の融合によって、サービス指向アーキテクチャによるロボット内部的動作の協調が実現される。
(c) オントロジー自動構築
オントロジーをドキュメントや実世界環境などから、半自動的に構築するする「オントロジー
自動構築技術」が発展する。データマイニング技術との融合と、上述した「物質と情報の融合」
のための基盤に基づいて、実世界環境とのインタラクションによるオントロジー自動構築が可能
になる。現在でも語彙に注目した研究が多く進められているが、より概念間の関係を抽出する技
術と ad hoc さを避けて科学哲学の知見を生かした基礎論をある程度反映したオントロジーの構
築が望まれる。
また、このオントロジー自動構築技術を発展させることで、対象世界の認識が異なるロボット
が出会ったときにでも、コミュニケーションや協調動作が行えるようになる。そのためには、異
なるオントロジーの整合性を見いだすオントロジーアラインメントやネゴシエーションの支援
などに関するオントロジー自動構築/調整技術を実用化する必要がある。ロボット間の異なる認
識を表すオントロジーを動的にアラインメントすることで、異なる認識体系を持つオントロジー
間のコミュニケーション・協調が可能になり、社会システム知や群知能の実現への基盤技術とな
る。
○ 50 年先の技術展望
(a) 情報の意味理解/重要性認識/自律性
物理世界の人間認識レベルの認識のためのオントロジーによって「物質と情報の融合」が実現
され、物理世界の情報の意味が明確になる。また、国際的オントロジーとしてのロボット上位レ
ベルオントロジーを基盤として、ロボット自身の持つ価値観による情報の意味に基づく重要性認
識(情報の評価)が可能になり、注目制御や自発的ゴール設定などを実現できる。これは、これ
らに基づいてロボットは高度な自律性を持つ。このうち、情報の評価/重要性認識は、オントロ
ジーが提供する価値体系に基づいて行われるが、大量の情報から瞬時に意味あるものを同定する
ことは重要なブレークスルー課題である。
Ⅱ-79
(b) 集合知/群知能
オントロジーに基づいた人間とのコミュニケーションにより、知識外在化がより容易になり、
ロボットは知識外在化メディアとして機能する。これにより、人間/機械の融合した集団として
の集合知が形成される。
また、ロボットコミュニケーション・協調・連携のための共通オントロジーと、オントロジー
自動アラインメント技術によって、ロボット間の知識/経験の交換が可能になる。それによって、
ロボット群の持つ知識/経験の体系化・共創が行われ、ロボット群の持つ知能(群知能)となる。
また、ロボットの行動に関しても、内部/外部を問わず、サービス指向アーキテクチャにより、
動的なサービス結合が行われ、ロボット群としての相互作用が行われる。
さらに、オントロジー自動的構築技術をさらに進展させ、基盤オントロジーの上で関連づけら
れた知識を体系的に再構成する技術が開発され、自律的に知識が再構成される。また、人間・他
ロボット・環境とのコミュニケーション・相互作用に伴い、自身のオントロジーを修正・更新・
発展させ、創発的発達を行う。そのためには、創発システム技術やインタラクション創発システ
ムとの融合が必要である。
【50 年後の未来像について】
(a) 未来像の技術的説明
ロボットは、自己のオントロジーとして自身が依って立つ根拠としての概念体系・価値体
系を持ち、「物質と情報の融合」に基づいて、環境や相互作用から得られる大量の情報の
評価や意味理解、重要性認識、注目制御や自発的ゴール設定などを行い、高度な自律性を
持つ。このような個々のオントロジーに基づくロボットの知的自律性は「個としての知」
を体現し、「自律システム知」を構成する基盤となる。
また、ロボットは、異なる価値体系を持つ他者(ロボットや人間)や環境との協調的相
互作用を行い知識/経験を交換・共創することが可能になり、人間の知識の外在化を担う
存在となる。その結果、集合知や群知能が形成され、「社会システム知」を創出する基盤
となる。
さらに、相互作用/環境からのマイニング・体系化や創発的発達を行なって自身のオン
トロジーを自律的に進化/適応させ、また、整合性/正当性を維持する。
(b) 人間、社会、へのインパクト
高度な知的自律性をもったロボットが、自身と異なる世界観(オントロジー)を持つ他者
(人間、ロボット、電子機器など)とのスムーズなコミュニケーション、協調/適応、知
識共有/交換、知識外在化などが可能になることで、ロボットは知識外在化メディアとし
て機能し、人間/機械の融合した集団としての集合知や群知能が形成され、「社会システ
ム知」の創出に貢献する。また、環境や他者の変化への自律的適応が可能になり、その結
果が人間の拡大へつながっていく。
(c) 必要とする融合課題
認知ロボティクス、データマイニング(オントロジーマイニング)
、セマンティックウェブ、サ
ービス指向アーキテクチャ、創発システム技術、インタラクション創発システム、科学哲学
【謝辞】
大阪大学産業科学研究所の溝口理一郎教授には多くの示唆を頂いた。記して感謝します。
Ⅱ-80
Ⅱ-81
北川博之、天笠俊之、川島英之(筑波大学)
R2-3
データベース
【概要】
1950 年代、軍事情報の集積と管理運用等を目的としたデータベースの概念が提唱された。
1960 年代になると、ファイルシステムの拡張機能として、データベース管理システム(DBMS)
の開発が始まり、CODASYL 仕様に基づく DBMS へと発展した。一方、1970 年に E。 F。 Codd
により提唱されたリレーショナルデータモデルは、1980 年前後より商用リレーショナル DBMS
として実現され、主としてビジネスデータの管理を中心に徐々に実用化と普及が進展する。また、
分散データベース、連邦型データベース、データベースマシン、並列データベース処理、主記憶
データベース等に関する研究も実施された。1980 年代後半からは、ポストリレーショナルデー
タベース技術として、拡張可能 DBMS やオブジェクト指向 DBMS が盛んに研究され、オブジ
ェクトリレーショナル DBMS へと集約していく。
一方、それまで独立に研究が展開されていたデータベース分野と情報検索分野の融合が急激に
進んでいく。また、情報分析を主目的とするデータウェアハウスが提唱され、OLAP(Online
Analytical Processing) や デ ー タ マ イ ニ ン グ が 脚 光 を 浴 び た 。 さ ら に 、 SGML(Standard
Genralized Markup Language)を元にした XML の策定が行われたことを背景に、XML に対す
る DBMS サポートが急速に広まることとなる。
データベース関連技術としては、Web を巨大な情報源として、そこから有益な知識や情報を
引き出す Web マイニングに関して幅広い研究が行われており、一部の技術は実際のビジネスに
も応用され始めている。一方、Web データにメタデータを付与することによって意味情報を与
え高度な計算を可能にするセマンティク Web にも注目が集まっている。
近年の動向としては、センサや IC タグ等のセンシング技術の進展に伴い、大規模な実時間デ
ータ処理の重要性が高まっている。従来の静的なデータとは異なり、各種センサやカメラで取得
され、逐次リアルタイムに送信されるデータをストリームデータと呼び、応用構築基盤や実時間
性の高いデータからタイムリーに知識抽出を行うためのデータマイニング技術も盛んに研究が
行われている。
2000 年 代 は 、 デ ー タ ベ ー ス の オ ー プ ン ソ ー ス プ ロ ダ ク ト が 普 及 し た 年 代 で も あ る 。
PostgreSQL や MySQL のように、商用に近い品質のものから、元々商用だったものがオープン
ソース化された Firebird、組込み向けの小型データベース SQLite など、DBMS が身近な存在
になり、一般の利用者が簡単に DBMS を用いてアプリケーションを作成できるようになった。
さらに、世界中に散在している科学的な情報資源を統合利用すると共に、知識発見等の技術を
活用して、新たな科学的発見を行おうとする e-Science が注目され、データグリッド等、各国で
取り組みがなされている。
今日の重要な技術的な課題としては、情報統合、膨大なデータからの情報獲得、セキュアな情
報アクセス、情報の信憑性・品質保証・トラスト等があげられ、Web、情報検索、セマンティッ
ク Web 等の関連技術に加えて、データ管理、情報活用に関わる様々な分野の技術と有機的に融
合を遂げながら、種々の研究開発の取組みが進められている。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
☆1960-70 年代: どのように始まってどのような分野になったか
Ⅱ-82
1950 年代、軍事情報の集積と管理運用等を目的としたデータベースの概念が提唱された。1960
年代になると、企業内のビジネスデータの管理・運用のために、ファイルシステムの拡張機能と
して、データベース管理システム(DBMS)の開発が始まった。1963 年には General Electric
社の IDS (Integrated Data Store)が、1968 年には Cincom Systems 社の TOTAL が、1969 年
には IBM 社の IMS (Information Management System) が発表された。これらの初期の DBMS
は、現在主流のリレーショナルモデルとは異なるデータモデルを用いており、階層型モデル
(IMS)とネットワーク型モデル(IDS、 TOTAL)に基づく。階層型モデルは、レコードを木構造
に集積する。これに対して、ネットワーク型モデルでは、レコード間の1対 N の関係でデータ
を構造化することができる。
1970 年代に入ると、データモデルを統一化する動きが始まり、COBOL を策定した CODASYL
の Data Base Task Group (DBTG) に よ り 、 CODASYL (Conference on Data Systems
Language)仕様が策定された(1971 年)
。これはネットワーク型モデルに基づいており、このた
めネットワーク型データモデルを CODASYL モデルとも呼ぶこともある。また、このデータモ
デルに準拠したいわゆる CODASYL 型商用 DBMS が各種登場し、データベースの実用化が進
展した。
一方、1970 年代の注目すべき出来事として E。 F。 Codd 博士によるリレーショナルモデルの
提案がある。これは、現在の主流であるリレーショナル DBMS の源となっている。リレーショ
ナルモデルは、それまでの階層型モデルやネットワーク型モデルとは異なり、データベース構造
の応用プログラムからの独立性が高い点や、集合論に基づき数学的に定式化されたモデルである
点に特徴がある。この提案を受け、1970 年代には、正規化理論、データモデル論、索引法、問
合せ言語、問合せ最適化、トランザクション処理などに関する基礎的研究開発が活発に行われた。
一方、リレーショナルモデルに基づく DBMS を実装するための研究開発も積極的に行われた。
代表的なシステムとして、System R (IBM)や INGRES (UC Berkeley)がある。
☆1980-90 年代: それがどのように展開、変化したのか
1980 年前後より、商用リレーショナル DBMS が登場し、主としてビジネスデータの管理を中
心に徐々に実用化と普及が進展する。これに伴い、リレーショナル DBMS 用データベース言語
の標準化活動が行われ、最初の ISO における SQL(Structured Query Language)標準が 1986
年に制定された。SQL 標準はその後も様々な改定や拡張を経て、今日も標準化活動が展開され
ている。
また、1980 年代には、コンピュータネットワークの実用化に伴いリレーショナル DBMS に基
づく分散データベースの研究が種々行われ、1990 年代には、各サイトの自律性をより意識した
連邦型データベースへと発展した。さらに、データベース処理の高性能化を目指して、データベ
ースマシン、並列データベース処理、主記憶データベース等に関する研究も実施された。商用ベ
ースでは、クライアントサーバー型の DBMS が 1980 年代には実用化され、また 1990 年代に入
ると、マルチプロセッサ対応の並列処理を伴う DBMS が実用化された。
一方、1980 年代も半ばに入ると、計算機で扱うことのできるデータ量やデータの種類が飛躍的
に増加し、データ管理を伴う応用も多様化した。例えば、CAD システムの普及により、複雑か
つ巨大な設計図形データの管理が必要となった。また、計算機上で画像、映像、音声などのマル
チメディアデータを扱うことが可能になり、その結果、マルチメディアを管理するためのマルチ
メディアデータベースが強く求められるようになった。これらのデータは従来の文字・数値デー
タより複雑な構造を有するため、単純な表形式のリレーショナルデータモデルでは素直に扱うこ
Ⅱ-83
とができず、深刻な性能低下などの問題を引き起こすことが明らかとなった。このため、1980
年代後半からは、ポストリレーショナルデータベース技術として、拡張可能 DBMS やオブジェ
クト指向 DBMS が盛んに研究された。
拡張可能 DBMS は、必要に応じて新たなデータ型や索引機構を DBMS に取り込めるような仕
組みを提供するものである。一方、オブジェクト指向 DBMS は、C++などのオブジェクト指向
言語におけるオブジェクトの永続化を実現し、それによってより複雑な構造を持つオブジェクト
の格納や手続きの扱い等を可能とする。オブジェクト指向 DBMS は、各ベンダーが独自の言語
や仕様に基づくシステムを開発する状況が長い間続いた後、オブジェクト指向 DBMS ベンダー
による ODMG(Object Database Management Group)標準の初版が 1993 年に策定された。そ
の間、リレーショナル DBMS ベンダーは、拡張可能 DBMS のコンセプトを踏まえて、継承、
ユーザ定義データ型、非正規形などのオブジェクト指向の特徴を取り込んだオブジェクトリレー
ショナル DBMS を開発した。この結果、リレーショナル DBMS を引き継ぐオブジェクトリレ
ーショナル DBMS が大きなマーケットシェアを維持し続けることとなった。また、これに対応
して、1999 年にはオブジェクト指向の概念を SQL に取り入れた SQL-99 が策定された。
オブジェクト指向とは異なる方向性の動きとしては、データベースと Prolog 等の推論機構と組
み合わせて、データベース中のデータに基づく推論を行なうことを目的とした演繹データベース
が 1980 年代に活発に研究された。また、トリガーの概念を拡張し、イベント、条件、アクショ
ンからなる ECA ルールと呼ばれるルールに基づいた能動的データ処理を可能とするアクティブ
データベースに関する研究も行なわれた。
データベースの要素技術に目を向けると、画像、音声、長大テキストなどのマルチメディアデー
タに対する検索手法の研究が広く行なわれたのもこの時期である。マルチメディアデータに対す
る検索を可能にするには、画像等から特徴ベクトルを抽出し、それらに対して多次元空間におけ
る近傍検索を行う必要がある。これを高速に行うための多次元索引や類似検索アルゴリズムなど
がよく研究された。これらの研究を通じて、それまで独立に研究が展開されていたデータベース
分野と情報検索分野の融合がこの後進んでいく。
データ量の増大やネットワーク技術の普及は既存データのさらなる有効活用の要求へと発展し
ていく。顧客、製品、販売など、対象を中心とした異種データを統合化し、意思決定を行うため
の分析処理の重要性が認識され、データウェアハウスが提唱された。また、データウェアハウス
に対して多面的かつ対話的な分析手段を提供するために、OLAP(Online Analytical Processing)
が提案された。さらに、膨大な蓄積データに埋もれたデータ間のパターンや相関、因果関係など
を発見することが重要となり、統計学、パターン認識、人工知能等のデータ解析の技法を大量の
データに適用し、そこから知識を発見する技術としてデータマイニングが脚光を浴びた。大規模
データに対する相関ルールマイニング、分類、クラスタリングなど多くの手法がこれまでに研究
されている。
1990 年代後半になると、ISDN や ADSL といった家庭用の高速インターネット回線が急速に普
及し、その結果 Web が爆発的な広がりを見せた。これはデータベース分野にも大きな変革の波
として押し寄せた。主な動きの一つに、インターネットの膨大な情報の中から、目的とする情報
を高速に検索するための Web 検索エンジンが挙げられる。また、Web 環境を前提とした3ティ
アモデル等が提唱され、インターネット環境における DBMS の利用が進んでいく。
また、インターネットの普及に伴い、異種計算機間の連携やデータ交換の需要が高まり、異種情
報源の統合利用に関する研究が盛んになり、現在も研究が続いている。また、異種情報源共通の
Ⅱ-84
データ交換フォーマットが強く望まれるようになり、構造化文書記述フォーマットである
SGML(Standard Genralized Markup Language)を元にした XML の策定が行われた。これを
背景に、XML(Extensible Markup Language)は 1998 年に W3C から勧告された後、急速に広
まることとなる。
☆2000 年代: 最近の潮流はどこにあるのか
Web を巨大な情報源として、そこから有益な知識や情報を引き出すための各種技術の研究開発
が活発である。Web マイニングと言った用語も使われ、コミュニティ分析、トピック抽出、デ
ータ抽出など、幅広い研究が行われており、一部の技術は実際のビジネスにも応用され始めてい
る。一方、Web データにメタデータを付与することによって意味情報を与え、そこに人工知能
の技術を適用することでより高度な計算を可能にするセマンティク Web にも注目が集まってい
る。また、Web では標準のデータ記述フォーマットとして XML が広く用いられており、現在
では多くのデータが XML 形式で流通している。このため、XML データを管理・運用するため
の XML データベースに関する研究が進められている。商用システムやオープンソースのプロダ
クトが開発されると共に、リレーショナル DBMS でも XML のサポートが進んでいる。
一方、センサや IC タグ等のセンシング技術の進展に伴い、大規模な実時間データ処理の重要性
が高まっている。従来の静的なデータとは異なり、各種センサやカメラで取得され、逐次リアル
タイムに送信されるデータをストリームデータと呼ぶ、各種デバイスの小型化と無線ネットワー
クの普及により、ストリームデータを扱う実応用が増えており、そのためのデータベースとして
ストリームデータベースが研究開発されている。また、CPU 性能や記憶容量の少ない小型デバ
イス向けの組込みデータベースシステムなども出ている。実時間位置情報を利用する地理情報シ
ステムは、自動車向けあるいは携帯向けナビゲーションシステムなどに応用されている。また、
実時間性の高いデータからタイムリーに知識抽出を行うためのデータマイニング技術も盛んに
研究が行われている。
DBMS 処理の高速化に関しては、メモリアクセス速度と CPU 処理速度のギャップ(メモリウ
ォール問題)が最近着目を集めており、キャッシュ利用の効率化を目的としたデータ処理アルゴ
リズムの研究が行われている。
2000 年代は、データベースのオープンソースプロダクトが普及した年代でもある。PostgreSQL
や MySQL のように、商用に近い品質のものから、元々商用だったものがオープンソース化さ
れた Firebird、組込み向けの小型データベース SQLite など、DBMS が身近な存在になり、一
般の利用者が簡単に DBMS を用いてアプリケーションを作成できるようになった。
データベースとインターネットの普及は、多様なデータ応用を生み出しつつある。科学分野では、
元来、研究者やグループ内で閉じていた実験データやシミュレーションデータなどがインターネ
ットを通じて流通可能となった。また、これらのデータの規模は年々増加し、ペタバイドスケー
ルのデータを扱うこともまれではなくなっている。このため、世界中に散在している科学的な情
報資源を統合利用すると共に、知識発見等の技術を活用して、新たな科学的発見を行おうとする
e-Science が注目され、データグリッド等、各国で取り組みがなされている。また、上記実時間
データ処理の応用として、実世界モニタリング等のニーズも高まっている。
Ⅱ-85
☆現状でできていないこと/問題点
情報統合
異なる複数の情報源に対して、統一されたアクセスを提供する情報統合技術は、データベースに
おける究極の目標の一つである。情報技術の浸透に伴い、世界中で生成される情報源の量と種類
は飛躍的に増大している。情報統合に関する技術はこれまでの研究により徐々に進展はしている
ものの、現実の情報環境の複雑化やニーズの高度化に追いついてはおらず、各種情報コンテンツ
に対する一貫した高速アクセスを可能にする目標はまだ達成されたとは言えない。
膨大なデータからの情報獲得
Web ページ単位でのキーワード検索は一定のレベルで実用化されているが、コンテンツから必
要な情報を抽出したり要約するための技術の実用化は、極めて限定されたケース以外では実用化
できていない。また、複雑な情報抽出アルゴリズムを大規模データやアーカイブに効率的に適用
するためのシステマティックな方法はまだ確立していない。
セキュアな情報アクセス
あらゆるモノに計算機が搭載され、情報を蓄積、発信するユビキタス情報ネット社会が現実のも
のとなりつつある。その中で個人のプライバシーを確保しつつ、必要な情報を取得するセキュリ
ティ技術が極めて重要である。
情報の信憑性・品質保証・トラスト
取得可能な情報の量が膨大となっている今日、利用者要求に合致した適切な品質の情報をタイム
リーに提供することが重要となっている。情報獲得の代表的な手段である Web 検索エンジンで
は、情報品質の保証や提供情報の根拠付け等ができていない。
○ 10-20 年先の技術展望
☆大規模データ利用のためのシステム基盤
*高性能超大規模データ処理技術データベース技術のコア技術が OS に取り込まれ、OS の機能
性・可用性が向上するとともに、OS とデータベースの境界があいまいになる。以下のような技
術はデータベースのコア技術に基づいたものである。
・デスクトップ検索
- WinFS (Microsoft)、Spotlight (Apple)、 Google Desktop (Google)
・ファイルシステム
- ジャーナリング FS、 ログ構造化 FS
*大規模実時間データ応用構築のための超分散型基盤ミドルウェア
*超大規模データアーカイブ管理
☆超分散ユビキタスデータベース
*身の回りのあらゆる物体にコンピュータが搭載され、データを送受信する「ユビキタス情報ネ
ット社会」が出現。あらゆる物体にデータ蓄積され、
「ユビキタスデータベース」が出現。
*無数の「ユビキタスデータベース」を有機的に連携させる超分散ユビキタスデータベース技術
☆ユビキタス環境における情報獲得・情報品質・データセキュリティ
Ⅱ-86
*状況センシング等を活用したより高度なコンテンツ理解・データマイニング・知識発見・情報
獲得
*情報の信頼性・品質保障・評価技術
*セキュアな情報アクセス・情報流通、高度な認証技術
☆高度ヒューマンインタラクション
*ブレインインタフェイス、センシング技術、ロボティックス等を活用した高度ヒューマンイン
タラクションに基づく情報取得
*五感を用いたインタラクション
*人間の知覚支援
○ 50 年先の技術展望
*世界のあらゆる場所、モノ、組織、人が常時ネットワーク接続された状況での、タイムリーな
実時間情報獲得技術
*高度なヒューマンインタラクションや状況センシング技術を用いた利用者の意図、コンテキス
ト理解
*高度なセキュリティと情報要求分析技術に基づく選択的なコンテンツアクセスと品質保証
*超大規模分散データアーカイブ管理
*セキュアな情報消去・情報忘却技術
【50 年後の未来像について】
インターネット、Web、センサーデバイス、小型情報端末、ユビキタス情報通信インフラ、知
能機械等の発展に伴い、人間が活動する実世界と各種の情報源や知識源を包含するサイバー世界
が融合し自律的に相互作用し合う社会システム知の実現に向かいつつある。データベース技術
は、その初期には主に計算機システムのディスクに蓄積されたデータの管理を目的をするものを
して研究開発が進められたが、情報ネットワーク技術の発展と社会への広範な普及に伴い、大規
模なデータ、情報、知識、メディアの獲得、蓄積、検索、統合、流通、応用、評価を総合的に扱
う幅広い技術へと発展しながら、今日、ますます研究開発活動が活発化している。今後も、情報
分野の他の技術との連携、融合が進みながら、上記に述べたようなより高度な情報利用や人間社
会を支える重要な基盤技術として発展していくものと考えられる。50 年後の未来においても、
人間の活動や人間社会が存在する限り、情報の活用は高度化こそすれ停滞することはあり得な
い。より大規模化する情報量への対応、情報の品質や安全面への対応、利用者ニーズの高度なセ
ンシング等、各時代の情報利用要求に対応するための研究開発が重畳的に積み重ねられながら着
実に今後も進展していくものと予想される。
Ⅱ-87
Ⅱ-88
萩野
R2-4
達也 (慶應義塾大学)
World Wide Web
【概要】
20 世紀最後からインターネット社会に突入し、今日では、企業、家庭、携帯電話を持つ個人
まで、すべてがネットワークで結ばれ、B2B や B2C、個人間のやり取りなど、あらゆる活動が
インターネット上で行われるようになってきている。
インターネット上の情報のやり取りの中心となっているのが World Wide Web (以下 Web)で
ある。HTML による共通の形式で情報を記述することによって、ネットワーク上のどこからで
もその情報にアクセスし利用することができる。また、Web のオープンな性質により、だれで
もが情報の発信をすることができ、情報共有の新しいメディアとして広く企業、組織、個人など
社会のあらゆる場面で利用されている。さらに、検索エンジン、電子商取引などの Web をフロ
ントエンドとして持つシステムを利用により、日々のあらゆる問題を解決することが可能となっ
ている。
今後は、人が読むための Web ページだけでなく、Web サービスやセマンティック Web によ
るエージェントによる Web 上のデータの利用が進み、2050 年ごろには、人が明示的に Web を
利用するだけではなく、Web が知的に処理を行い、人の生活のあらゆる場面において常に支え
る存在になっていくだろう。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
Web は 1990 年頃に登場した、インターネット上のオープンなハイパーテキストシステムであ
る。ハイパーテキスト自身は 1960 年代にはじまった技術であり、紙ではないコンピュータ技術
を用いたテキストとマルチメディアを融合したいろいろなシステムが開発されたが、それらは全
て 1 つのシステム内に閉じていたために広まることが難しかった。Web はハイパーテキストと
インターネットを組み合わせることによって、複数のシステム間で相互に参照可能なオープンな
ハイパーテキストシステムを実現し、だれでもが情報発信をすることができ、発信された情報を
すぐさま多数の利用者が使うことができたため、瞬く間にインターネット上に広がり、社会基盤
としての役割を果たすまでになった。
Web の最初の大きな技術としては、URL、 HTTP、 HTML、 CSS があげられる。URL は
インターネット上にある文書の場所を一意的に指示すアドレスであり、これによってシステムが
一つのところで閉じなくても良くなっている。URL はさらに発展し URI となり場所だけでなく
あらゆる識別に用いることのできる識別子とし Web の基盤技術となっている。インターネット
上のデータ転送としては FTP が広く用いられていたが、HTTP はそれを単純化しマルチメディ
アに対応させたものである。国際化のための文字コード情報の取り扱いや、言語ネゴシエーショ
ンの機能も持ち、さらに、Web の普及に伴いネットワークの利用の効率化にも配慮がされてい
る。HTML は Web 文書を記述する言語であるが、電子文書の国際標準である構造化文書形式
SGML に準拠した言語である。HTML は文書の内容を記述する言語であり、ブラウザによって
どのように表示されるかのスタイルは CSS により記述される。内容とスタイルを分離すること
によって、スタイルを自由に置き換えたり、画面上で表示するだけでなく、音声で読み上げたり
することも可能となり、Web のアクセシビリティを向上させている。Web は社会基盤となり、
重要な情報が配信されるようになっているが、障害者、高齢者を含むすべての利用者に正しく情
報を伝えるためには、単に見た目の綺麗さだけでなく、アクセシビリティ、ユーザビリティの向
上も重要である。
Ⅱ-89
PC 上で情報をブラウズすることで Web は始まったが、携帯電話などの携帯端末がネットワ
ークに接続されるようになり、PC 以外からの Web の利用も急速に広がった。インターネット
と同じ Web を共有することによって、専用コンテンツではカバーできない幅広いサービスを携
帯端末から利用することが可能になっている。携帯端末は、画面が小さく、入力デバイスも貧弱
であり、CSS などの機能も限定されていることがあり、携帯端末向けのコンテンツ変換などの
さまざまな技術も開発されたが、最近ではフルブラウザを搭載する端末も出現し、PC との差が
なくなりつつある。
また、Web ブラウザはプラットフォーム非依存な形で普及しているため、いろいろなアプリ
ケーションのフロントエンドとしても広く使われている。家庭におけるホームルータの設定、ネ
ットワークにつながる情報機器の設定なども Web ブラウザを用いて行う場合が多い。また、従
来までの個別にクライアントが作られていたビジネスアプリケーションにおいても、Web ブラ
ウザをインターフェイスに用いることが多くなっている。
Web の発展は、HTML の準拠している構造化文書形式 SGML にも影響し、インターネット
時代に則した XML として生まれ変わらせた。HTML が Web 文書のみを記述できる言語である
のに対して、XML はあらゆる文書、データを記述することのできる言語であり、B2B では取り
扱う文書・データの交換形式として特に重要となる。URI を用いた名前空間を採用することに
より複数の XML 文書を組み合わせることができたり、XSL-T によって別の XML に変換したり
など、Web 文書の元となるデータの管理などのバックエンドのさまざまなところで用いられる
ようになっている。さらに、Web サービスでは、XML によってサービス記述、データ交換を行
うことによって、複数の Web サービスを Web 上で組み合わせて新たなサービスを作り出すこと
が簡単にできるようになっている。
さらに、Web は単なるインターネット上の文書の共有システムから、いろいろなアプリケー
ションやアクティビティのプラットフォームに進化しつつあり、このような状況は Web 2。0 と
呼ばれている。ニュースや企業などの組織による一方的な情報の発信ではなく、Wiki や blog な
どによるの個人の情報発信も重視し、またその情報を利用したビジネスの展開される。写真や動
画の共有サイト、オープンな百科事典 Wikipedia、SNS、ソーシャルブックマークなど利用者を
巻き込んだ新たなメディアとして進化しつつある。
Web 技術で進化がもっとも目覚ましいものの一つが検索エンジンである。平均 2~3 個のキー
ワードが入力され、目的のページを探し出す。多数の関連するページをランク付けし、重要度の
高いと思われるものから表示する。画像や地理情報を含めた検索も可能であり、あらゆる問い合
わせの場面において利用されている。広告媒体としても、ドメイン名や URL の利用から、検索
キーワードの利用に変わりつつある。
しかし、検索エンジンだけですべてが解決されるわけではない。検索エンジンは関連する Web
ページを探しれくれるだけで、それ以降の処理は人が行わなければならない。複数のページの内
容を比較したり、最終的に商取引やサービスの利用はすべて人手で行わなくてはならず、Web
によって情報量が増えたために以前よりかえって時間のかかるものになっている。これらの問題
を解決するための技術がセマンティック Web である。Web 上で取り扱うデータを RDF により
統一し、コンピュータ上のエージェントソフトウェアがこれらのデータを理解し処理することの
よって、与えられた問題の最適な解を人に代わって探し出してくれる。処理の効率は大幅に改善
されることが期待できる。しかし、セマンティック Web の実現のためには、データを表現する
ときに用いる語彙の定義とその共有、処理するための規則の記述とそれを用いる論理などを決め
る必要もあり、これらの技術の普及が待たれている。
Ⅱ-90
○ 10-20 年先の技術展望
Web 技術においては、Web 2。0 におけるアプリケーションと文書のプラットフォームから、
セマンティック Web によるデータの共有プラットフォームに進化すると思われる。あらゆる情
報がコンピュータで処理・理解可能な形式で Web 上に置かれることによって、ソフトウェアエ
ージェントはこれらを利用し、社会、企業、組織、家庭、個人などのさまざまな状況における問
題解決を行うことを支援するようになる。現在、分からないことがあると検索エンジン問い合わ
せてページを見つけているだけであるが、エージェントに問い合わせることによって問題の最終
的な解決まで行ってくれるようになる。
エージェントは単なるデータの処理ではなく、論理を使った知的な処理を行う必要があり、非
単調推論やデータの信頼性に基づいた結果の推定、膨大な論理式の効率的な処理、Web 上での
知識の共有、知識の発信、マイニングなどの研究が盛んになると考えられる。
データの共有ためには、データ形式の標準化だけでなく、用いる語彙の標準化や統一化も必要
であり、商取引、交通、健康分野など生活に密着した分野から語彙が統一化されていくと期待す
る。
そして、データが Web で公開されるとそれを悪用するものもあらわれる可能性があり、セキ
ュリティに関する技術の確立も重要となる。
○ 50 年先の技術展望
能動的に人が Web に問い合わせを行うのではなく、センサーやあらゆる機器が Web に接続さ
れることにより、エージェントソフトウェアは常に Web 上の情報を監視し、個人あるいは組織
にとって重要な出来事が発生すると人に知らせたり、自動的に処理を行ったりするようになる。
また、Web 上にデータを公開することを能動的に考えなくても、日々の活動を行っているだけ
で自動的に知識が集約され、エージェントはそれを学習することによって、それぞれの人にあっ
た快適で、効率の良い生活を支援し、社会全体としても、みんなが協調しながら安全で安心して
暮らしていける豊のものになる。Web 全体は知識の宝庫・アーカイブとなり社会を支えるイン
フラとしてさらに発展していく。
【50 年後の未来像について】
Web 技術は、ユビキタス情報ネットワーク、センサーなどと融合することによって、あらゆ
る情報を蓄積するようになり、人間の知識を拡大させ、あらゆる問題を取り扱うための知識・情
報の源となり、それらを組み合わせることによって社会システムの知となる。ソフトウェアエー
ジェントは自律システムとして個人あるいは組織毎に独立し、それぞれの活動に最適な問題解決
を行うために Web 上の知識を利用する。知識を集中的に集める必要がなく、個々が自律的に分
散している知識を集め、個々の問題をオーダーメイドにしたがい解決していく。もちろん、解決
によって発見された新たな知識については他と共有されるため、個々のエージェントが無駄な処
理を行う必要もない。
ソフトウェアエージェントに社会が依存するようになると、エージェントの安全性が問題とな
る。エージェントの暴走や他のエージェントからの攻撃の回避、悪意のある情報の排除、機密情
報・個人情報などの漏洩の防止など、社会全体として取り組まなくてはならない。トップダウン
的に制御・制限をするのではなく、ボトムアップ的に利用者が協力し合うことによってこれらの
問題を解決していく必要がある。
【参考文献】
[1] Tim Bernes-Lee、Web の創成-World Wide Web はいかにして生まれてどこに向かうのか、
毎日コミュニケーションズ、 2001。
Ⅱ-91
Ⅱ-92
松田勝志(NEC)
R2-5
検索
【概要】
50 年以上の歴史がある計算機による検索は、初期に基本となる様々な検索モデルが提案され、
続いて実際に有用であるかを確認する実験が多数行なわれ、ベターな方式の確立がなされた.一
方、検索対象のデータは、データベース上の書籍や文献の抄録データから始まり、オンライン化
による大規模化、そして World Wide Web のページデータと単純増加してきており、この大規
模化するデータであっても高速かつ精度良く応答する方式が創出されてきた.
検索システムまたは検索サービスは現代社会に必要不可欠なインフラとなっている.ただし、
現在での使い方は、言葉の意味を知りたい場合や他の人がどのように考えているのかを知りたい
場合等に限定されている.検索で得た情報や知識をどう理解して、どう整理して、どう利用する
かは検索を行ったユーザ次第である.すなわち、ユーザが直面している問題解決の最初の一歩を
助けるツールに過ぎない.
10-20 年先にかけては、まずは更なる対象データの大規模化にどう対処するのか、という課題
に直面することになる.大規模データであっても高速かつ精度良く検索結果を返す画期的な検索
モデルの創出が待たれる.次に現在の画一的なランキング方式ではなく、ユーザの検索目的に適
合した種々のランキング方式が提案・実現されるであろう.
50 年先には、ユーザが直面している問題解決のほとんどの部分を代替して解決または支援し
てくれるツールとなるであろう.検索技術によるシステムまたはサービスは、集合知を知るため
のツールではなく、集合知を使うためのツールとなる.集合知は高度に進化した検索によって社
会システム知と進化する.
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
計算機による検索は、1950 年代から始まったとされており、比較的歴史のある技術領域であ
る.当初のニーズとしては、図書検索や科学技術や医療関係の文献検索が主であり、現在主流で
ある全文を対象とした検索ではなく、抄録の検索であった.1953 年には最初の検索実験が行な
われている[1].なお、この実験は場所を英国に移して行なわれた有名なクランフィールド実験
である[2].この頃、現在でも使われている各種検索モデルの基礎が確立している.最も基本と
なる検索キーワードが対象データ中に存在するか否かのブール型モデルはもちろんのこと、ベク
トル空間モデルや確率型モデル、ファジィ集合モデル等の検索モデルである.
Salton によって提唱されたベクトル空間モデル[3]による索引検索はその 10 年後の 1960 年代
から 1980 年代にかけて体系化されている[4].また、1960 年には、Maron と Kuhns によって
確率型モデルが提唱されている[5].Maron らの確率型モデルは適合確率を人手で付与しなけれ
ばならないという理由で失敗に終わったが、その後も様々な研究者によって改良が続けられたこ
とが特筆できる.この検索に確率の概念を持ち込むというフィロソフィーは、30 年以上経て Brin
と Page によって PageRank[6]として開花したものと筆者は考える.同じくこの頃に Zadeh に
よって提案されたファジィ集合[7]の概念を用いたファジィ集合モデル[8]が提案されている.
1970 年代にはオンライン化された文献や CD-ROM 等の大規模メディアに蓄積された文献な
どを対象とした大規模検索の実験が行なわれている.また、DIALOG や ORBIT などのサービ
スが開始されたのもこの時期である.検索実験を通じて、実験室内での評価と実際の利用時の評
価とでは異なる、評価尺度が統一できていない、そもそも正解セットが正しいのか、等の様々な
問題が表面化した.その結果、大規模な対象データで、どのような研究者でも利用でき、評価尺
Ⅱ-93
度をあらかじめ決定しておき、検索目的、検索式、状況、正解データ等の設問と回答を作成する
テストコレクションが作られることになった.その中で最も影響があったのは、米国の
NIST(National Institute of Standards and Technology) と DARPA(Defense Advanced
Research Projects Agency)が中心となった検索実験プロジェクトである TREC(Text Retrieval
Conference)である[9].TREC は参加者間での競争と協調を目的としている.まず訓練データが
提供され、そのデータを用いてシステム開発ができる.その後テストデータが提供され、結果を
提出し、会議で議論するという流れを取っている.これによって、テストコレクションおよび評
価尺度の洗練、またテスト参加の検索システムの精度向上に大きく貢献している.日本でも、
BMIR[10]を経て NTCIR[11]という形で独自のテストコレクションが作成されている.
テストコレクションにおける評価尺度には、一般的な適合率(precision)や再現率(recall)、F
値だけが用いられる訳ではない.ランキングされた検索結果集合を評価する尺度も必要である.
古くは、平均探索長[12]があるが、最近では、DCG(Discounted Cumulative Gain)[13][14]や
WRR(Weighted Reciprocal Rank)[15]が用いられるようになっている.
一方、検索結果のランキング(スコアリング)については、索引作りに用いられていた用語の出
現頻度(Term Frequency)や逆文献頻度(Inverse Document Frequency)、これらの積である
tf*idf 等が古くから存在していた.1980 年代には Robertson による Okapi BM25[16]が出るが、
万人が納得できるランキングとはならなかった.1990 年代から普及し始めた World Wide Web
検索では、Yahoo! Japan の抄録検索でも goo や NETPLAZA 等の全文検索であっても tf*idf ベ
ースのランキングが行なわれていたため、利用者は求める Web ページを探すのに不便を強いら
れていた.この頃の Web 検索に関する研究は、横断検索[17]や目的特化型の検索[18]や検索ナ
ビゲーションが主流であった.ところが、1998 年に Google が突如登場する.Google は、
PageRank[6]と呼ばれる Web ページの人気度を求めるランキングアルゴリズムを創出した.実
際には人気度ではなく、人が Web をサーフィンする際の推移確率の固有ベクトルを求めるアル
ゴリズムであるが、これはほぼ人気度もしくは支持率と一致するため、Web 検索の利用者に大
いに受け入れられた.現在までの他の Web 検索のランキング方法は多かれ少なかれ PageRank
の影響を受けている.
Web 検索では、膨大なデータを取り扱う.これに対処するには現状では転置ファイルを用い
るしかない.Web 検索での転置ファイル利用により、その他の検索においても検索モデルはブ
ール型モデルで内部データ形式は転置ファイルというのがデファクトとなっている.転置ファイ
ルへの登録方法には茶筅等[19]の形態素解析による分ち書きか、N グラム[20]や複合 N グラム
[21]が用いられている.しかし、分ち書きによる転置ファイルへの登録では、原理的に検索漏れ
(再現率の低下)が発生するため、現在では N グラムが主流となっている.
Web 検索以外の検索、例えば図書検索、文献検索、特許検索等については 1990 年代以降あま
り目立った進歩はない.検索対象データが比較的簡単に手に入れられる World Wide Web の方
が研究がしやすく、Web 検索以外の検索研究者が減少してしまったのが原因だと考える.
一方、検索とは別の流れとして、文字列のパターンマッチングがある.文字列パターンマッチ
ングは、有限長のテキスト文字列から与えられた部分文字列を探索する問題であり、ブール型モ
デルの検索に大きな影響を与えた.単純にテキスト文字列の先頭から部分文字列を順番に照合す
ると非常に時間がかかる.主な高速文字列パターンマッチング手法は 1970 年代に考案されてい
る.例えば、Knuth らによる KMP 法(Knuth-Morris-Pratt 法)[22]や Boyer らによる BM 法
(Boyer-Moore 法)[23]や Aho らによる AC 法(Aho-Corasick 法)[24]である.特に AC 法は複数部
分文字列にも対応した優れたアルゴリズムである.なお、Kowalski らは BM 法を複数部分文字
列に拡張した EBM 法(Expanded BM 法)[25]を提案している.また、篠原らは AC 法を日本語
に対応させた SA 法(Shinohara-Arikawa 法)[26]を提案している.
Ⅱ-94
○ 10-20 年先の技術展望
現在全文検索ができないのは、図書検索のみであると言って良い。抄録の全文検索は実現され
てはいるが、
書籍そのものの全文検索の要望は強い。
同様に DIALOG や JST(Japan Science and
Technology Agency)の文献検索サービスについても抄録のみの全文検索である。しかしながら、
これら文献検索サービスが対象にしている学術論文データは、学会や研究会、著者や大会開催者
らにより論文が PDF 化されて Web 上に公開されていることが多く、Web 検索による全文検索
が可能となっている。図書検索において書籍本文の全文検索が 2020 年代には可能になると考え
られる。実際、Google は人手で書籍をスキャンし、登録を始めている。ここで必要になるのは、
膨大な数になる書籍を自動でスキャンする装置技術の開発と高精度な OCR 技術の開発である。
印刷物の OCR 技術は現在でも高精度であるが、ほぼ 100%の精度まで高める必要がある。
一方、検索技術においては、書籍本文の全文検索の実現には、大きなハードルがある。現在の
Web 検索では、100 億ページ程度の対象データを転置ファイルのインデックスにしている。
google では多数の PC で検索要求を処理しているが、書籍本文が対象データになった場合、転
置ファイルでは対応できなくなる。新しい検索モデルが創出されるか、転置ファイルに代わるよ
り高速な内部データ形式が必要になってくる。
また、組織内での検索に対する要望も高くなってくることが予想できる。現在の組織内検索で
あるエンタープライズ検索システムは、検索モデルがブール型モデルで、内部データ形式が転置
ファイル、ランキングが tf*idf ライクというのが一般的である。しかし残念ながらパフォーマン
ス的にも精度的にも満足されておらず、普及しているとは言い難い。企業規模が大きくなるにつ
れて企業内部で作られる資料は膨大となるため、1 台もしくは数台の検索サーバでは対応しきれ
ない。また、企業内部で作られる資料を上手くランキングする仕組みがないため、ユーザが目的
とする結果を得られず、結果として検索システムが使われなくなっている。これを解決するには、
前述と同様に転置ファイルに変わるより高速な内部データ形式が必要である。また、組織内検索
に適したランキング方式の創出が必要である。
一方、Web 検索においては、検索結果の品質に対する厳しい要求が表面化してくるであろう。
すなわち、信頼の低い情報源からの検索結果を表示してはいけない、等の法令制定や行政命令の
発布等が行なわれる可能性がある。現在でも検索サービスプロバイダ独自にフィルタリングが行
なわれているが、これが強化される方向に進むと考えられる。この時、どのように情報源の信頼
性を計るかが課題となる。また、検索結果の有用性についてもユーザからの厳しい要求が突きつ
けられるであろう。現在の Web 検索では、検索キーワードに関する最も正確で無難な情報が知
りたい、という画一的な検索目的を持っているものとして人気度の高い Web ページを検索結果
の上位に持ってきて成功している。しかしながら本来人間は 10 人 10 色であるため、検索目的
も多少の相違はあるはずである。画一的な検索目的の特化したランキングの次のランキング方法
としてユーザの検索目的に適合した様々なランキング手法の創出が行なわれるであろう[27]。
また、検索にも非常に係わりの深い研究にテキスト自動要約[28]がある。書籍や文献や特許の
抄録の自動生成や、Web 検索結果のスニペット(結果毎に表示される部分テキスト)生成に用いら
れている。現在のテキスト自動要約は、対象テキスト中の重要文の抽出によるものが主流である。
これが 10-20 年先には、人が要約を作成するのと同等レベルの意味を解釈した上で理解しやす
いテキストを生成することが可能となろう。抽出ベースの要約では、元データと同じ状況でしか
そのデータをユーザは把握できないが、意味理解ベースの要約になると、他の分野への適用や他
のデータとの関連の把握等まで可能となり、検索結果の二次利用が容易になる。
○ 50 年先の技術展望
10-20 年先の技術展望の最後で述べた検索目的に適したランキング手法の創出は、ユーザが能
動的に検索目的に合わせて切り替えるものである。これが 50 年先には、ユーザが無意識のうち
に自動的に切り替えてくれるようになるであろう。すなわち、ユーザが検索目的を検索システム
に入力しなくても、これまでのユーザの行動や現在のユーザの状況を鑑みて、自動的に検索目的
Ⅱ-95
を推定し、それに適したランキングで結果を出力してくれることになる。例えば、あるユーザが
年末年始休暇を利用して海外旅行を計画していたとする。ユーザは、旅行会社でチケットを手配
したり、Web で旅行者の日記を読んでいたり、ガイドブックを購入したり、大き目のスーツケ
ースを購入したり、等の旅行準備を進めるであろう。このような準備の途中で、
「おいしいレス
トラン」という検索キーワードで検索すると、旅行日程毎にその滞在地でユーザの嗜好に合った
レストランをリストアップしてくれるようになる。単なるユーザの嗜好だけではなく、栄養バラ
ンスや移動時間、旅行の疲れ等も考慮して候補を選んでくれる。更に旅行日程の時期に合わせた
レストランのお勧め料理やその時のレストランの混雑予想まで提示してくれる。50 年後の検索
サービスは、このようなユーザ個別の秘書またはコンシェルジェになるであろう。
また、情報の提示だけではなく、知識の提示まで実現できる可能性もある。例えば、あるユー
ザがプログラミングを行なっていたとする。文字列のパターンマッチングのコーディングに上手
くいかず、遅い処理となってしまい、良いアルゴリズムを求めている。この状態で「パターンマ
ッチング」という検索キーワードで検索すると、現在コーディングしているアルゴリズムが単純
な逐次照合であることを特定し、BM 法を提案、更に使っているプログラミング言語での BM 法
の実装コードを提示してくれるようになる。必要ならば、BM 法の要約や他の高速なパターンマ
ッチングアルゴリズムの候補やその概要を提示してくれる。50 年後の検索サービスは、ユーザ
の有能な部下になるであろう。
このような検索を実現するためには、ユーザの行動や状況などのコンテキストから検索目的を
高精度に推定する技術、検索対象データを高精度に理解する意味理解技術、ユーザの問題解決タ
スクに必要な情報をリストアップしてサブタスク化する技術、情報や知識間の関連付けや統合を
行なう技術等が必要となってくる。情報や知識間の関連付けや統合は Semantic Web 等で実現
できるものと考える。検索技術に関しては、単純なブーリアン演算だけではなく、類似文書検索
や検索結果セット間の各種ブーリアン演算等が可能となる統合検索モデルの出現が必要となる。
また、10-20 年先時点での検索対象データより更にデータ量は増加しているため、それに対応可
能な内部データ形式が必要となる。
【50 年後の未来像について】
検索技術は、情報や知識を収集、選別、利用するためのインフラとしてますます重要となって
くる。すでに「ぐぐる」という言葉があるように、分からないことや知りたいことがあればまず
は検索サービスで検索する、ということは自然な行為となっている。現在は検索結果を目視して
理解、整理、取捨選択の上、単純な「知りたい」という欲求を満たすために使われているが、
50 年後の未来では、ユーザが理解したり、整理したり、取捨選択する必要はなく、代わりに解
決してくれるようになる。集合知の利用の究極的な利用形態である社会システム知の実現であ
る。
このような重要なインフラである社会システム知をどのように構築・運営するのかは政治的・
倫理的な側面が大きいため、本ロードマップでは言及しない。ただ、全ての人が平等に利用でき
ることを望むばかりである。
【参考文献】
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Ⅱ-96
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ム講演論文集,pp.103-119,1998.
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Knowledge Management,pp.109-113,1999.
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Vol.J82-D-I,No.1,pp.121-129,1999.
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Ⅱ-97
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Proceedings of the First International Conference on Computers and Applications ,
pp.514-522,1984.
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[28] 奥村,難波,”テキスト自動要約”,オーム社,2005.
Ⅱ-98
Ⅱ-99
重要
原理
概念
言語と身体・
生理のネット
ワーク
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
(物質)・人間
の融合
情報・物理
1
3
1
2
3
環境・状況認識,
自律的機能統合シ
自律ロボットの知能, ステム,
実世界データマイニ 実世界データマイニ
ング
ング,
形態-機能の共適応
社会システム知
自律システム知
出口イメージ
ハイパーパーソナラ
イゼーションシステ
ム
意図理解に基づくロ
ボットシステム.
2
人間の拡大
R3:知能計算・ヒューマンロボットモデル
(山川宏)
Ⅱ-100
山川宏 (富士通研究所)
R3―0
知能計算・ヒューマンロボットモデル
【概要】
当分野では、個体から集団にわたる知能を実現するためのモデルと計算理論の研究が並行して
進展すると考えられ、以下の4つの技術要素に整理される。
(1)社会的知能:個体を超えた集団としての問題解決
(2)ヒューマンモデリング:個人レベルの知能のモデル化とアーキテクチャ
(3)知能計算理論:知的と呼ばれる処理を計算として実現する方法論
(4)知能計算基盤:知能計算やその研究を支えるソフトウェア等の基盤技術
これらの技術要素は相互に依存しながら、高い抽象レベルへの一般化と、現実問題への適用拡大
が進行しており、今後もその傾向は維持されよう。
(1)社会的知能
実世界における個体間の協調や競合などの複雑な相互作用を含む社会的知能は、モデル化が難
しい領域である。現段階では高い抽象化や高度な応用までは進行していないが、将来的には個人
の能力を超えた知的機能を実現することで高度情報社会のニーズを満たしてゆくことが期待さ
れる。これまで以上に、脳科学や心理学の知見を取り込んだ技術展開が期待される。
(2)ヒューマンモデリング
伝統的に研究蓄積があるシンボリックな人工知能によるトップダウンアプローチと、最近進展
が著しい脳科学や、認知科学、工学モデルによるボトムアップ手法の融合により、人のモデル化
が進みつつある。しかし現段階では、人のように環境を認識して自律適応的に行動するモデルの
構築には至っておらず革新的なブレイクスルーが期待される。サービスロボットは、まずは目的
を限定した状況で応用され、次第にオフィス、家庭、公共空間へと進出すると想定されているが、
そこでは、円滑に人と共存するためにヒューマンモデリング技術が必須である。
(3)知能計算理論
人の知的能力においても大部分が統計的学習に基づくことを人間科学の研究は示している。よ
ってヒューマンモデリングにおける認知や思考についての計算過程の理解と工学的応用の両面
において知能計算理論の発展は欠かせない。また知能計算理論は、情報の表現法とアルゴリズム
を与えるので、情報系複合領域の広範囲において求められる計算能力を実現する上での不可避の
検討項目である。将来は益々巨大化するデータに対して高速に処理するアルゴリズムが開発さ
れ、適用範囲の拡大と性能向上を実現することが期待される。
(4)知能計算基盤
技術蓄積の結果として専門化が進んだ現在の知能技術は広範囲に細分化しつつも相互関連し
ており、個々人の理解範囲を超えている。そこで実用と研究開発の両場面における今後の進歩を
支えるための知能計算基盤が必要となる。そこには、知識の共有化(ツールの共通化・標準化、
知見やデータの共有)や、個人に特化したサービス環境が含まれる。こうした基盤技術の発展に
際しては、知的所有権、プライバシー等についての社会全体のコンセンサス形成が重要である。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
(1)社会的知能
1960~70 年代に、チェスなど対戦型二人ゲームを使った人工知能によるゲーム研究が始まっ
た。またセンサーフュージョンの必要性から分散人工知能の研究が始まった。
Ⅱ-101
1980~90 年代には、マルチエージェントの概念が提唱され戦闘シミュレーションなどでマルチ
エージェントのチーム戦術記述の研究が開始された、サッカーロボット研究(RoboCup)では動的
環境でのチームワークや複数エージェントによる学習などが注目された。
2000 年代にはいり、比較的単純な役割分担での戦略技術が実現し、要素技術の組合せで複雑な
問題を解く、Layered Learning 技術が注目を集め。模倣学習がロボット設計の手法として取り
上げられ始めた。
(2)ヒューマンモデリング
1960~70 年代の人工知能研究では、人の知的機能の諸側面(探索・パターン認識・学習・問題
解決・プランニング等)が課題として定義された。形式ニューロンを基本単位としたパーセプト
ロンによる第一次ニューラルネット・ブームが起きた。認知心理学は、人工知能と相補的な関係
を持ちつつ言語学や神経科学などを包含し、認知科学に発展した。感性工学は、人の感性やイメ
ージに基づく商品設計技術とする「情緒工学」として出発した。
1980~90 年代には、コネクショニズムによる第二次ニューラルネット・ブームに並行し、シン
ボリズムとの融合により人の認知過程を計算機に実装しようとする認知アーキテクチャの研究
が進んだが、その成果は実用には至らず、この流れは下火となった。多くの試行錯誤を通じて問
題解決集団を自律的獲得する強化学習が注目を浴び、動的計画法(DP)に基づく方法や目的達成
時の経験を強化する方法などが現れた。また環境との相互作用を重視する様相論理による変化に
富んだ実世界状況の記述が進められた。
2000 年代にはいり、人の知能で特に重要な学習機能に関しては情報論的なアプローチにより理
論的な基礎が与えられ始め、整った条件では実問題適用され始めた。また感性的作業の支援や感
性・認知過程のモデル化・シミュレーションが進行した。しかし汎用的な課題において柔軟な創
造性を発揮しながら問題解決する能力は人のレベルには程遠い。また人と共存しながらサービス
を行うロボットに向けた研究が隆盛することで、人のように振舞うロボットだけでなく、サービ
ス相手となる人間を理解するためにもヒューマンモデリングの意義が新たに高まりつつある。
(3)知能計算理論
1960~70 年代の計算アルゴリズム研究は、当初は計算可能性が、次に効率性が論じられた。
すでに統計学の基礎は確立しており、統計的学習、オンライン学習といった考え方が工学的に実
現され始めていた。古典的確率論を数学フレームワークに拡張したベイズ統計学は、その後に確
率推論の計算コストの削減がなされたことでエキスパートシステムとして実用化された。
1980~90 年代には、生物進化の仕組みを参考にした進化計算(ES、EP、GA など)、ニューラル
ネットワーク、ファジー、人工生命、複雑系などのソフトコンピューティング分野が発展した。
これらは、創発的現象の理解・生成の要素技術として利用され、またアルゴリズムの観点から見
れば、最適でなくとも良い解を短時間で得られる発見的解法の研究として進展した。
設計者が細かい設定を必用としない統計的学習(EM アルゴリズム、ICA、MCMC 法)が進歩した。
IT の進展により取り扱うデータ規模が爆発的に増大し、計算時間がデータ規模の線形に近いア
ルゴリズムが求められることでデータマイニング分野が興った。
2000 年代にはいると、統計的学習分野ではカーネル法が提案され、ベイズ推定分野はほぼ成熟
段階に入った。また進化計算も探索・最適化・問題解決の方法論として定着し、いずれも応用の
実現段階に到達した。データマイニングは現在、対象データが拡大中(大規模、構造化など)であ
るが、アルゴリズム理論面での課題は多い。
(4)知能計算基盤
1960~70 年代は、知能計算の実験を行うための、プラットフォームには、プログラミング言
語を用いるしかなかった。
1980~90 年代には、研究者の計算機実験を想定した、MATLAB、Mathematica などの柔軟性
の高い商用プラットフォームが開発された。
Ⅱ-102
2000 年代にはいり、プラットフォームのオープン化が進んだが、依然として研究や実験レベル
での利用を想定している(R、 Octave、 Weka など)。
○ 10-20 年先の技術展望
(1)社会的知能
同時学習問題の理論と制御手法が確立し、複数のレベルにまたがる戦術(チーム戦術レベルで
の駆引き)の研究が進展する。コミュニケーションと戦術の複雑さに基づいた設計手法が確立さ
れ、災害救助など実問題での意思決定支援システムとして利用されはじめる。一方で脳科学や心
理学の知見を取り込んだ研究が進展し、社会制度やインフラの設計への応用も盛んになる。
(2)ヒューマンモデリング
知能計算理論、画像・音声などの認識技術の力強い進歩と、物体概念・シンボルグラウンディン
グ等の課題がある程度克服されることで、人のモデル化や、ロボットによる環境・状況認識がほ
ぼ実用的なレベルで可能となる。ロボットが人の意図・信念・嗜好を推定するためのモデル研究
が進展する。そして、人の主観やあいまいさを扱える確率的情報処理による人の認識と表出のモ
デル化が進む。これらにより個人に適応した物理システムとして人に受け入れやすいアンドロイ
ド等が開発され、オフィス等でのサービスやアシストロボットの実証実験が行われる。
(3)知能計算理論
(a)ユビキタスセンシング等の大規模データへの適用機会が増大し、因果推定、感度分析などの
技術が発展する。適用可能なデータ形式が、連続変数、時空間、関係などに拡大する。データ自
体のメタ記述(オントロジー)が進歩する。より複雑な構造が表現可能で、問題の性質を効率よく
用いる手法が生み出されつつ、その系統化が進む。(b)プリミティブな機能モジュールを自律的
に組み合わせて問題解決を行う自律的な機能統合システムが実現する。同種モジュールの切り替
えによる、性能対コスト、探索対実行、最適性と合理性のトレードオフを調整する技術が発展す
る。異種モジュール結合のために、問題解決におけるモジュールのクレジットアサインメントや
それに応じた報酬配分等の指針が確立する。さらに実運用中にモジュール自体を再構築するリス
トラクチャリング技術も開発される。
(4)知能計算基盤
ソフトウェア工学と結合し、開発レベルで計算プラットフォーム、ユーザインタフェースが整備
進展する。ネットワーク上のリソースをシームレスに結合する技術の進歩やネットワーク・ダウ
ンローダブルなハードウェアの開発が進み、アルゴリズムの常駐化がおこり、同時にセキュリテ
ィマネージメントも進展する。人手を介在せずにシミュレーション結果を実世界へ移行させるシ
ームレス・シミュレーションによる適応的な問題解決過程が実用化されはじめる。一方で、遠隔
操作機能を有する実在人型ロボットによるテレイグジスタンスの実験も進む。
○ 50 年先の技術展望
(1)社会的知能
自律システム知が社会全体に広がることで社会システム知となる。推論・知識システムの進展
で、ビジネス等での意思決定、社会システム設計の支援、日常生活での曖昧な意思決定支援など
にエージェント知能が普通に利用されはじめるだろう。
(2)ヒューマンモデリング
物体概念認識やシンボルグラウンディングを可能とする認識する技術、経験強化型学習などの
発展形としての意思決定技術、心的モデルによりユーザ意図推定を含むインタラクション技術、
身体的モデルによる技能獲得などの要素技術が整備され。さらに、全人シミュレーション、知能
計算理論が状況認識、分析・判断、動作生成を行うヒューマンモデリングを支える。こうして、
技術進展を背景として、安全と効率性が同時に実現した自律型ロボットがいたるところに存在し
介護や教育などの個別利用場面での対人支援が実用化する。
(3)知能計算理論
Ⅱ-103
(a)適用可能なデータが、超大規模となり、複雑な論理(高階、様相)、多体系相互作用などに拡
大する。(b) 柔軟に仮説空間を構築する計算手法が発展する(データの重要部分の自動抽出、手
続を含む複雑なモデル化、変数自動生成など)。(c)個別技術の結合を容易にしたり自動化するた
めの、メタ制御のフレームワークとして言語やアーキテクチャが進歩し、それを利用した複合的
な計算過程では、自己言及したり、自律的ゴール設定が可能な予見型の処理が発展する。
(4)知能計算基盤
知能計算のプラットフォームとしてのアーキテクチャ・運用・知識体系化を含む方法論が確立
される。仮想世界と現実世界の協業による即時プロトタイピングや、常温での可塑性物質を用い
た機能と形態の共適応などが実現される。またユーザの意図を理解するなどユーザビリティの高
い研究開発環境の整備が進みプライバシー問題についても解決されている。
【50 年後の未来像について】
(1)社会的知能
個々のロボットの能力を補い/拡張するためにネットワークを通して様々なロボットや人と
結びつくことで人に役立つサービスを提供する[社会システム知]。ここでは戦術レベルでの高い
抽象度で記述する一般理論が構築され、動的環境の大局的把握をしながらの役割分担を行える汎
用性の高いマルチエージェント技術が確立されている。
(2)ヒューマンモデリング
人をモデル化した個々の自律型ロボットは、社会においてニッチ(生態的地位)を確立し、人の
モデル化によりユーザの意図理解に基づく対人インタラクションを行うなどして人間生活を支
援する[人間の拡大]。他方でヒューマンモデリングの進展は、専門技術者の補助なしで患者個人
がフィッティングできる汎用補綴装置などといった医療技術の実現を促す[人間の拡大]。
(3)知能計算理論
対人場面などで必須である人の知能の制約を考慮した知能計算理論は直接的にヒューマンモ
デリングの発展に貢献する。一方でそうした制約を受けない強力な計算知能は情報系複合領域の
広範囲における要素技術であり、三つの到達点の何れにとっても不可欠である。(a)巨大データ
に対する高速化処理技術が発展し、適用可能なデータ種類(複雑な構造)が増加する。(b)データ自
体のメタ記述の発展などに基づいて柔軟な仮説生成手法が実現される。(c)課題ごとに同種の個
別技術の切り替えを自動的に行い、異種複数の個別技術を連携させる汎用性の高いメタ制御フレ
ームワークや、それを運用管理する言語や自律機能を実現している。(d)量子計算、分子計算等
の新しい計算技術との融合が進んでいる。
(4)知能計算基盤
知能計算やその研究を支えるソフトウェア等の基盤技術は、汎用化と標準化が進むことで、応
用性、相互運用性、組込みも含めた可搬性が高まり[社会システム知]、目的に応じた利用の方法
論も進展する。さらに、対人インタラクション技術の進歩をうけてユーザ意図を積極的に取り込
めるなど、ユーザビリティが高い利用技術が確立する。個人が日常的に小型計測パーティクル群
から成る汎用生態計測技術を利用できるハイパーパーソナライゼーションな環境において、個人
の経験や生態データから自動的な予防医療に利用したり、個人の情報を社会に拡散させたりする
ことが可能になる。また、テレイグジスタンスの進歩は遠隔知に自身のコピーロボットを作り出
すことで、人の物理的な移動を減少させる[人間の拡大]。これに付随して、倫理的、道義的、個
人情報保護等の観点から、セキュアに情報を扱う技術が実現している。
Ⅱ-104
Ⅱ-105
重要
原理
概念
1
3
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
言語と身体・
生理のネット
ワーク
1
情報・物理
(物質)・人間
の融合
2
2
3:大規模情報処理、 3:大規模実世界
知識処理、人工知
データマイニング、
能
超大規模データ解
析
社会システム知
自律システム知
出口イメージ
3:ユビキタス計算、
センサーネットワー
ク
2
人間の拡大
R3:大規模計算アルゴリズム (宇野毅明)
Ⅱ-106
宇野毅明(国立情報学研究所)
R3-1
大規模計算アルゴリズム
【概要】
この課題におけるテーマは、大規模なデータに対する効率的な計算手法である。人工知能やロ
ボティクスにおいて必要となる高度な知能処理を実現するためには、多大なデータを高速に処理
する技術が必要である。現在主流となっている高速化手法はハードウェアの改良という方向性が
大きいが、これでは指数的に増大する計算の負荷を軽減できない。対して計算手法、つまりアル
ゴリズムの改善による高速化は、問題の規模に対する効果が非常に高く、大規模なデータに対し
ては 1 万倍を超える高速化も可能である。現在、大規模データに対する基礎的な情報処理のア
ルゴリズムはあまり検討されていないが、今後 10 年内に多くの技術が登場するであろうと考え
られる。50 年後までには、認知や思考といった複雑な計算を行う際の、基礎的な計算を超高速
で行うアルゴリズムが開発されるだろう。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
1900 年代半ば、コンピュータの出現とともに計算アルゴリズムの研究は始まった。計算アル
ゴリズムは、論理的かつ数理的に記述できる抽象的な体系であるが、既存の論理や数学と異なり、
手続き的な要素が多く含まれている。そのため、当初は計算の可能性のみが論じられていたが、
コンピュータで現実問題が解かれるようになるに従い、徐々に計算の効率性が問題となってき
た。手続きのデザイン自体の評価を行うためには、ハードウェアやソフトウェア作成の技術を評
価要因から排除する必要がある。そのため、入力サイズの増加に対する最長の計算時間の増加を
オーダーで評価するという評価方法が生み出された。これによりアルゴリズムの実行時間に対す
る挙動を数理的に論じられるようになり、アルゴリズム理論の研究が飛躍的に発展した。
1960 年代から、効率良いアルゴリズムが存在するやさしい問題、良いアルゴリズムがなかな
か開発できない難しい問題の違いが注目され始めた。議論の末、両者を特徴付ける新しいクラス
が考案された。やさしい問題に対応するクラスは、入力データサイズの多項式のオーダーで計算
が終了するアルゴリズムが存在する問題のクラスであり、そうでないものは、NP 完全という組
合せ的な問題の中で最も難しいとされている問題のクラスである。以後、多種にわたる問題に対
して、どちらのクラスに入るかを解明するという研究が多く行われてきており、これは現在でも
盛んに研究されている。一方で、現実問題の多くは NP 完全であるため、現実問題に対して有効
なアルゴリズムの開発には、この種の議論はあまり役に立ってこなかった。その観点から、解の
完全性を妥協し、最適ではないが精度の高い解を短時間で見つける発見的解法の研究が始まっ
た。その結果、多くの問題では、多項式時間で良質な解が得られることとなった。
一方で、1990 年代から始まった急激な IT 技術の進展に伴い、現実問題でのデータ規模の爆
発的な増加が起こった。この結果、通常の多項式時間のアルゴリズムはその次数の高さにより現
実的な時間で計算が終了しなくなり、データ規模の線形に近い時間で終了する超高速アルゴリズ
ムが求められるようになって来た。データマイニングやゲノム科学の分野では早くからこのよう
なデータ規模の爆発的な増大に取り組んできており、いくつかの新しい技術が開発されてきてい
る。しかし、アルゴリズム理論面からの研究はまだそれほど進んでおらず、これら技術の系統化
はまだなされていない。
このように負荷のかかる計算、あるいは短時間で多くの質問に答える計算を行うためには、現
在のところ並列計算機に頼ることが多い。しかし、今後ユビキタスなどによる計算機の小規模化
と多様化が進めば、主流となる計算環境はヘテロな機能・データを持った計算機が複数集まった
Ⅱ-107
ものとなり、それらを連携した計算の技術が必要となる。このような環境で効率良く計算を行う
ためには、計算資源の配分や、必要となる機能を持つ計算機の有機的な連携を行う必要があり、
そのような連携の計画を、大規模な計算機ネットワーク上で瞬時に行うような高速計算手法が必
要となってくる。この種の計算能力に関する問題は、量子計算機や超並列計算機などの高性能ハ
ードウェアの登場だけで一元的に解決できる問題ではない。計算能力が高まれば、それだけ多く
の複雑な処理をする必要性が発生するため、つねに計算手法に関する技術革新が必要なのであ
る。
○ 10-20 年先の技術展望
今後順調に研究が進めば、2015 年ごろには、web やゲノムデータといった巨大データに対す
る基礎的な問題、分類、相同性検索、多対多類似性計算、特徴抽出などに対する有効な技術に関
して、技術の系統化が行われると考えられる。これは、巨大なデータに対する計算アルゴリズム
の分野において、ひとつのマイルストーンとなるだろう。技術の系統化は、他の巨大データの取
り扱いも含め、巨大なデータに対する計算をより容易にし、その結果、現在は計算コストのため
実行できずにいる多くの情報処理が可能となるだろう。
現在、多くの分野において計算を用いたデータ解析や分析の手法が研究され、利用されている。
しかし、計算負荷の増大により、巨大なデータに対しては既存の手法が実現不可能となることが
多く、そのためにごく簡単な処理を用いた手法のみが使われる、といった事態になっている。大
規模計算技術の系統化が進むと、それらを効率的に用いるモデル・解析手法の研究が進むと考え
られる。これにより、インターネットをはじめとする IT 技術において、現在は見られないよう
な複雑かつ高度な処理が可能となるだろう。これは、シミュレータなどの大規模計算にとどまら
ず、コンシューマが行う情報検索や言語処理といった作業に、背景知識の有機的な結合を動的に
行う知識処理といった高度な処理を提供することになると考えられる。
このような技術を実現するためには、現在主流となっている最悪計算時間のみを考慮して評価
がされている計算技術から、現実問題の性質を効率よく用いる手法へのパラダイムシフトが必要
である。現在の計算技術は問題の持つ数理的な構造の解明によるところが大きく、手続き的の持
つ構造を解明しているものは少ない。手続き的な要因を含むモデルは、単に数理的に定義された
モデルに比べより複雑な構造が表現可能である。近年このような手続きを用いたモデル化とし
て、HITS などのクラスタリングのモデル、ページランクを拡張した web ページの重要度判定、
ゲノム科学における相同性のモデルなど、効率的な計算から派生したモデリングが増えてきてい
る。現在はまだ個別の分野や問題に対する手法にとどまっている感があり、アルゴリズム、モデ
リング的な観点から系統立てされた技術ではないが、今後、手続き的な側面が明らかになること
で、大規模なデータに対する効率的な処理が可能となっていくだろう。
○ 50 年先の技術展望
将来的には、現在よりもはるかに巨大なデータを処理する必要性が高まると思われる。ユビキ
タス計算による計算機の小規模化や数の増大も加速度的に進むと思われる。多量の情報から有益
なデータを取り出す作業が日常生活において普遍的に行われるようになり、人間の知識獲得や意
思決定をサポートするようになるだろう。そういった問題は、小さいデータは瞬く間に、大きな
データでも短時間で処理できるようになり、複雑な処理を行う情報処理が、日常の生活の中でシ
ームレスに行われることになると考えられる。そのとき、用いられる計算アルゴリズムや情報処
理タスクを現在の時点で予測することは難しいが、実際の計算に焦点を当てたアルゴリズム理論
のパラダイムシフトが、より多くの情報処理を可能としているだろう。
このような巨大なデータに対しては、超高速アルゴリズムの開発とともに、統計的・学習理論
的なアプローチを用いて、サンプリング・フィルタリングでデータの重要部分を抽出する過程を
手続き中に組合せ的に含む、複合的な計算パラダイムが必要となるだろう。統計学・データマイ
ニング・認知科学などの分野では、現在データからの特徴抽出やモデル化に関する議論が多く行
Ⅱ-108
われている。近年、モデル自体にもアルゴリズム的な手続きの要因を含む複雑なモデル化が行わ
れてきており、技術的発展の可能性が大きく広がってきている。例えば機械学習におけるブース
ティングという技術は、巨大なデータの一部をサンプリングしながら学習をするが、その結果に
応じて項目に重みを与えることで精度を上げている。このように手続きの結果を反映したモデル
が、サンプリングやフィルタリングなどの大規模データ処理にかかせなくなるものと考えられ
る。そのために基礎的な処理をどこまで高速化できるか、短時間で何ができるかをより広く理解
することとなるだろう。
【50 年後の未来像について】
情報系マップでは、自律システム知、社会システム知、人間の拡大という3つの出口が想定さ
れている。これらのいずれもが、複雑な構造を持つ大規模なデータに対して高速な計算する技術
を要素技術として包含している。これら 3 つの到達点に対して、現在も盛んに研究が行われて
いるが、大規模計算技術の革新なくては、これらの研究も現実味を持たない。逆に新しい計算技
術を利用したモデル化を行うことで、実際に実現可能な技術の開発が行われていくことだろう。
Ⅱ-109
Ⅱ-110
重要
原理
概念
言語と身体・
生理のネット
ワーク
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
(物質)・人間
の融合
情報・物理
2
3
2
2
3
2
人間の拡大
3:経験強化型学習、 3:経験強化型学習、 3:経験強化型学習、
実世界データマイニ インタラクション
全人間シミュレー
ション
ング、物体概念・シ
ンボルグラウンディ
ング
社会システム知
自律システム知
出口イメージ
R3:経験強化型学習によるシステム知へ
の接近 (宮崎和光)
Ⅱ-111
宮崎和光(独立行政法人大学評価・学位授与機構)
R3-2
経験強化型学習によるシステム知への接近
【概要】
本課題のテーマは、機械による自律システム知の実現にある。そのためには試行錯誤による学
習が必要不可欠であると考える。現在、
「試行錯誤に基づく目的指向の学習」[1]として知られる
機械学習手法に強化学習がある。強化学習は、未知環境に対する学習手法として非常に斬新かつ
興味深いものであるが、一般に、学習には非常に多くの試行錯誤を要する。また、強化学習は、
報酬と呼ばれる結果の良し悪しのみを示す教師信号により学習を行うが、実問題への応用におけ
る報酬の設計指針が明確ではないという問題を持つ。このような背景から、近年、これら強化学
習が有する問題点を克服するための枠組みとして、経験強化型学習「Exploitation-oriented
Learning」が提唱され、様々な検討が行われている。今後、経験強化型学習に基づく手法が完
成し、自律システム知が世界中に存在するようになることで、社会システム知、さらには、人間
の拡大が加速されると考える。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
経験強化型学習とも深い関連がある機械学習手法に、
「試行錯誤に基づく目的指向の学習」[1]
として知られる強化学習がある。強化学習の起源は、1959 年の Samuel のチェッカープレイヤ
ー[2]に求めることができる。これは、チェッカーというチェスボードの黒マスだけを使うゲー
ムにおいて、アマチュア上級者に勝る手を打つことができ、当時としては、たいへん画期的なも
のであった。
その後、試行錯誤的に基づく学習は、動的計画法(DP)による解析が進み、Sutton の Temporal
Difference 法[3]や Watking の Q-learning[4]など今日においても広く研究されている手法が
次々提案される。特に、Q-learning は、理論的に学習結果の最適性が保証される点や、実装の
容易性も相まって、迷路探索問題、倒立振子等の制御、実ロボットへの応用等、様々な問題に適
用されている。また、それに伴い、強化学習(Reinforcement Learning)という名称も広く知られ
るようになった。
強化学習登場当初から、これら DP に基づく各種の手法は、「DP による解析」という強力な
武器をもって研究が進められてきた。一方、近年、強化学習は、マルチエージェント系における
学習手法としても大いに注目されている。しかし、マルチエージェント系においては、シングル
エージェント系で行われていたような DP による解析がなかなか進展していないのも事実であ
る。さらに、DP に基づく強化学習手法は、実応用に際して、一般に、学習に非常に多くの試行
錯誤を要する上、応用時に特に重要とされる「報酬の値の設計指針」が存在しない点が、深刻な
問題として認識されている。
このような背景から、これらの問題を解決すべく、Profit Sharing に代表される経験を強く強
化するタイプの学習手法が登場する。特に近年では、より応用を指向した枠組みとして、経験強
化型学習「Exploitation-oriented Learning」が提唱されている。そこでは、報酬は、あくまで
結果の良し悪しのみを示す信号として取り扱われ、より設計が困難な「報酬の値」は要求されな
い。また、得られた経験を強く強化することで、試行錯誤回数の削減が追及されている。これに
より実応用に際し特に重要と考えられる合理性の素早い保証が実現されている。
Ⅱ-112
○ 10-20 年先の技術展望
経験強化型学習を満たす手法の研究が順調に進めば、2015 年ごろまでには、様々な応用例が
蓄積されていると考える。そして、そこから、経験強化型学習における報酬の設計指針が確立さ
れていると思われる。これにより、さらなる応用例の拡大が予想される。
このような経験強化型学習の拡大を実現するためには、特に、
「環境の認識」問題を解決しな
ければならない。これは、適切に環境を学習器内部にモデル化するための技術と大いに関係する。
そのためには、実世界データマイニング、物体概念・シンボルグラウンディング等の分野におい
て、大きなブレークスルーが望まれる。
さらに、より高機能なシステム知を実現するためには、情報・物理・人間を統合し、言葉と身
体・生理のネットワークを解明する必要もある。これらの問題が解決されることで、真の意味で
の実世界データマイニングが可能となり、経験強化型学習をベースにした各個人に適したシステ
ムが身近に存在するようになると考える。例えば、個人の癖や特性を学習するシステムが登場し、
マッサージ器やエンターテインメント分野において、大きなインパクトを生じるであろう。
このように、10-20 年先には、ある意味、情報・物理・人間の融合の始まりとも言える現象が
起こり、本課題遂行上、特に重要な時期になると考える。
○ 50 年先の技術展望
2040 年ごろには、感情・動機・感性の機械による実現が進み、各個人に適したシステムが、
より各個人のコピーに近づいてゆくと予想される。これは、情報・物理・人間の融合の加速とも
言える現象であり、人間生活をより豊かなものにすると考えられる。そのような世界の実現に、
自律システム知が貢献するために、経験強化型学習をベースにした手法が、実世界データマイニ
ング、物体概念・シンボルグラウンディングのみならず、全人間シミュレーション、インタラク
ションなどの技術と融合する必要が生じると考える。
さらに 2050 年ごろには、言葉と身体・生理のネットワークが解明され、機械による重要性の
認識が可能となり、経験強化型学習をベースにした自律システム知が完成すると予想する。そし
て、その数年後には、自律システム知が社会全体に広がり、社会システム知となり、結果的に、
各自律システム知に埋め込まれた形で人間の拡大が進むと考える。これにより、世界のいたると
ころに各個人のコピーが存在することが可能となり、物理的な移動の必要性がほとんどなくなる
であろう。
【50 年後の未来像について】
本課題は、情報系マップの3つの到達点(自律システム知、社会システム知、人間の拡大)い
ずれに対しても深く関係する。経験強化型学習は、そもそも自律的なシステムを構成するための
技術である。そして、そのような自律的なシステムが世界中に広がることで、社会的なシステム
知、すなわち、社会システム知が形成される。
より具体的には、経験強化型学習を搭載したシステムを各個人がつねに所持する(または体内
等に埋め込む)ことで、ある個人の経験のコピーが可能となる。そして、そのような形で構築さ
れたシステムを社会全体に広めることで、社会システム知が実現される。これは、すなわち、ま
さに最初に経験をコピーされた人間の拡大そのものである。
このような人間の拡大が進むことで、世界のいたるところに各個人のコピーが存在することが
可能となり、物理的な移動の必要性がほとんどなくなる等、人間の生活はより豊かなものになる
と考える。しかし、その一方で、その運用には、倫理的および道義的な観点から、最大限留意す
る必要があることを忘れてはならない。
Ⅱ-113
【参考文献】
[1] Sutton, R. S. and Barto, A. G., Reinforcement Learning: An Introduction, A Bradford
Book, MIT Press, 1998.
[2] Samuel, A. L., Some studies in machine learning using the game of checkers. IBM
Journal on Research and Development, pages 210-229, 1963.
[3] Sutton, R. S., Learning to predict by the method of temporal differences.
Machine Learning, Vol.3, pages 9-44, 1988
[4] Watkins, C. J. C. H. and Dayan, P., Q-learning, Machine Learning, Vol.8, pages
279-292,1992
Ⅱ-114
Ⅱ-115
重要
原理
概念
1
3
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
言語と身体・
生理のネット
ワーク
2
情報・物理
(物質)・人間
の融合
形態と機能の共適
応
自律的機能統合シ
ステム
感覚運動情報の共
有
2
2
免疫寛容ナノ医療
ロボット
社会システム知
自律システム知
出口イメージ
R3:機能統合 (小川)
ハイパーパーソナラ
イゼーションシステ
ム
人工記憶
1
人間の拡大
Ⅱ-116
小川昭利(理化学研究所脳科学総合研究センター)
R3-3
機能統合のための認知アーキテクチャ
【概要】
近い将来、介護などに目的を限定した状況ならば、ロボットを含む合目的的システム開発は
容易になるであろう。しかし、人間が一般に扱うような問題に対しては適応的に問題を解決する
能力が要求され、適応的な問題解決は創造的な試行錯誤を必要とするために、人間にとっても非
常に難しく、人間を上回る技術の開発は現状では困難である。機能要素(モジュール)を大胆か
つ柔軟に組み替え統合することのできる機能統合システムがこのような問題解決に適している
と考えられるが、現状では様々に問題点がある。
これより先 10~30 年で、適応的な問題解決を現実的にする機能統合システムの開発が行わ
れる。このシステムに必要な次の 3 つの技術が開発される。
1. システムに適した機能モジュールの単位
2. テストなどの評価結果のクレジットアサインメント
3. シミュレーション技術やインターネットでの結果共有などによる少試行数での適応
現在よりも個人に特化したサービスを提供する(ハイパーパーソナライゼーション)ことにな
るだろう医療の分野において、検査診療機器などへの応用が期待される。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
人工知能の分野では、ニューロやファジーなど、学習機能や曖昧性の許容など、コンピュー
タの特性である手続き的・論理的記述による計算の制御というイメージに対して、計算のアーキ
テクチャが人間側に近づいたという印象を与える技術が 90 年代に製品化された。一方研究の分
野では、サブサンプションアーキテクチャに代表される周辺環境との相互作用を重視する行動型
人工知能が登場する。しかしながら、これまでの手法に取って代わるだけの技術的発展は見られ
なかった。その理由としては、性能が設計者に全面的に依存していることと、設計の難しさが発
展の障害となったと考えられる。
ゲームなどの状況が良く定義された世界においては、強化学習アプリケーションのひとつで
ある TD ギャモンが適応的問題解決に成功した事例が特筆される。バックギャモンというゲーム
において、強化学習アプリケーションが発見した序盤の手順がこれまでマスタークラスのプレイ
ヤーが使用していた手順よりも良いことがわかり、コンピュータが発見した序盤の手順を人間が
取り入れることとなった。また、IBM が開発したコンピュータ Deep Blue がチェスにおいてチ
ャンピオンに勝利したことは、ゲームなどにおいてはコンピュータの知能が人間の知能を追い越
すのは時間の問題であることを示している。
しかしながら、人間が一般に扱うような問題に対する適応的問題解決能力では、適応的問題
解決は創造的な試行錯誤を必要とするために、コンピュータが人間を上回るとする展望を得るだ
けの技術は、現在のところあまりない。
○ 10-20 年先の技術展望
機能統合システムによる適応的問題解決
適応的問題解決を可能とする機能統合システムに必要な技術は主に 3 つ、システムに適した
機能モジュールの単位、テストなどの評価結果のクレジットアサインメント、少試行数による適
応のためのシミュレーション技術、である。
機能統合に適したモジュール単位の実現
Ⅱ-117
機能統合に適するモジュールには、相互依存性が低く、入出力組合せの変更に対してロバス
トであることが要求される。機能追加などにより相互依存が大きくなってきたモジュールを自動
的にリストラクチャすることでモジュール性の高いモジュールに再構築する。必要となる要素技
術は、モジュール間依存関係抽出、依存関係解消のためのプログラムの自動書き換え、システム
を稼働させながらのコンパイルと検証やテストである。これらの技術開発により、システムを構
成するモジュールが更新を繰り返して自律的にモジュール性を高めることができる。
クレジットアサインメント問題の実用的解決
クレジットアサインメント問題とは、どのモジュールが試行結果に寄与したかを評価するこ
とである。一般的には、すべてのモジュールの寄与の程度を定量評価することはほぼ不可能であ
ると考えられている。
この問題の解決には理論的解決と実用的解決がある。理論的解決とは大域的最適解を求める
方法論の開発であり、実用的解決は、ニューラルネットワークの学習理論と同様に、局所最適解
を求める方法論の開発である。大域的最適解を求めるのは非常に困難であることから、局所最適
性を保証できるアルゴリズムが開発されると期待される。
シームレスシミュレーション技術
ヴァーチャルリアリティ技術の進歩とともに、適応的問題解決過程をシミュレーションでき
るようになる。しかしながら、シミュレーションにより得られた結果が現実世界においてそのま
ま適用できるかどうかの保証はない。現在の技術では、シミュレーション結果をプロトタイプと
して人間がパラメータ探索などを行ってシステムを改善する必要がある。シミュレーションによ
る結果を実際に使用するときに、1。実世界移行への段階が使用者から見えない、2。人間によ
る介在が不要である、などの特徴を備えたシミュレーション技術が開発される。
さらに重要なシームレスシミュレーション技術として、シミュレーションの経過と結果をプ
ラットフォーム(コンピュータの環境)非依存に共有するための技術が開発される。例えば、シミ
ュレーションのための技術要素の標準化がなされ、シミュレーション条件と結果のデータベース
がインターネット経由でアクセス可能となることで、シミュレーター間のデータの移行がスムー
ズに行われるようになる。
○ 50 年先の技術展望
機能と形態の共適応
材料工学が実現すると考えられる常温で制御可能な可塑性物質との融合により、機能と形態
の共適応が実現される。試作品を製作する場合に、従来は金型や成形技術を必要とした行程を機
能と形態の共適応により代替することにより、試作や仕様変更などの要求への即時的対応が可能
となる。
即時プロトタイピング
シミュレーション技術による仮想現実空間内での試作が可能となり、シームレスシミュレー
ション技術と機能と形態の共適応の技術により、仮想世界と現実世界の協業による試作やプロト
タイピングが可能となる。
【50 年後の未来像について】
ハイパーパーソナライゼーション
医療機器など
汎用医療計測装置。医療従事者が操作する端末と小型計測パーティクル群から成る。計測パー
ティクルは砂粒~カプセル程度の大きさで、ほぼ全身に設置可能である。医療従事者が操作する
端末との通信により、体内外を移動したり検査項目の指示を受けたりできる。外部から送られて
Ⅱ-118
くる CT や MRI などの医用計測データや、これまでに疾患発見にいたった検査内容のデータベ
ースとの連携、計測パーティクルどうしの連携によって自律的に疾患部位あるいは将来疾患の原
因となるような危険部位などを発見できる。医師の指示により即時に治療を行うことも可能とな
るだろう。
汎用補綴装置。専門技術者の補助なしで患者個人がフィッティングや調整をすることが可能と
なる。装置は、身体の一部となる補助部とそれを動かすための筋肉の代わりとなる駆動部から構
成される。補助部の形態が患者の身体に適応的に変化するとともに、駆動部の制御も患者の身体
機能を最大限補助するとともに違和感を惹起しないように機能が適応する。
【参考文献】
Lipson、 H. Pollack、 J.B. (2000) Automatic design and manufacture of robotic lifeforms。
Nature 406:974-978。
Ⅱ-119
Ⅱ-120
村川賀彦(富士通研究所)
R3-4
サービスロボット
【概要】
ロボットは自身で人らしく振る舞いながら、人との共存環境で指示されたタスクを実行する。
このタスクが、付加価値サービスであるものをサービスロボットと呼び、オフィスなどでの秘書
ロボット、家庭での家事ロボット、公共空間での案内ロボットなどが考えられる。
サービスは個人に対し行うことが基本であるため、個人を特定する技術が必要となる。また、
気持ちの良いサービスを提供するには、環境・状況や相手の意図をなんらかの方法で認識する必
要がある。例えば、相手へのサービス履歴で現在の状況に至るまでの状況の時系列がある程度一
致することで、相手がこれから行いたいことを推定するなどの方法が考えられる。
ロボットがタスクを実行するには、まず、環境・状況や意図を認識し、それを分析・判断、適
用動作の生成となる。状況認識では、画像認識・音声認識技術により、人の態度やしぐさなどの
行動パターンを抽出。分析・判断では、抽出した行動パターンをパターンマッチ、統計処理や傾
向分析などを行い、人のモデルとのマッチングを取る。マッチングが取れた人のモデルに従って、
ロボットの動作を生成し実行する。これを、即応レベル、ロボットローカルでの判断レベル、ネ
ットワークを介しての広域での判断レベルで行う。これを作り込みではなく、学習により獲得で
きるような仕組みも必要となるであろう。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
人と分離された環境で人の代わりに作業を行うロボットとしては、工場などのラインで利用さ
れる産業用ロボットが 1960 年代から 1970 年代にかけて実用化された。その後、宇宙、原子炉、
水中などの極限環境での作業を代行するロボットなどに用途が拡大されてきた。
しかし、最近では、産業用ロボット市場の頭打ちと今後の若年労働力の減少予測により、ロボ
ットの適用領域をサービス業全般に広げ、人との共存環境で人の代わりにサービスを行うことを
目指すサービスロボットの実用化が待たれている。サービスロボットには、オフィス・家庭・公
共空間などで、我々の生活に密着して付加価値サービスを提供してくれるロボットすべてを含
む。
現状の技術では、サービスロボットが意味のあるサービスを行うには制約が多い。例えば、ロ
ボットは事前に作成された単一のシナリオで動作していたり、自律的な動作が限定的(限られた
場所の移動のみ)であったり、ロボットの反応や動作が作り込みであり学習機構が搭載されてい
ないためワンパターンであったりする。また、環境・状況の認識は、センサー単独で即応的に行
うことが多く、認識率は良くない。個人を特定しようとすると、画像や音声だけで認識を行うに
は、反応速度の問題から、数十名程度が限界であり、IC カードや生体認証などの技術を利用す
る必要がある。このような制約がある中でも、限定的なサービス(掃除、案内、監視・警備など)
を提供するサービスロボットが実用化されている。
ロボットに人らしい動きをさせようとすると、すべて作り込みで行わなければならいため、同
じ動きをさせないためには、非常な労力を要することになる。
○ 10-20 年先の技術展望
ロボットのいろいろなセンサーからの情報やロボットの内部状態などから、それに即応する仕
組み(人のモデル化技術を利用したもの)がロボットに組み込まれるため、ロボット単体である
Ⅱ-121
程度人らしい動作が可能となっている。その上で以下に示すようなことが出来ていて、ロボット
によるサービスがある程度実現できている。
画像・音声認識技術と人のモデル化技術が進展し、ロボットによる環境・状況認識がある程度
可能となる。また、ロボットの他のセンサーや環境側のセンサーとの融合により、より良い認識
が可能になる。このことから、ロボットが環境や状況に応じてサービスを行うことが可能となる。
例えば、ロボットを見ながら近づいてくる人がいれば、ロボットから「何かお手伝いできること
はありませんか」などと声をかけることが可能にとなっている。これは、環境や状況に応じて、
プリミティブな動作を組み合わせることで、自律的にタスクが実行可能な機構ができていること
で実現されている。また、この組み合わせを学習する機能を備え、学習結果をネットワークを介
して交換するような仕組みが実現されているため、よりよい組み合わせが高速に選択可能となっ
ている。
個人の特定についても、画像と音声である程度の人数まで可能となり、過去のサービス提供履
歴なども参照可能となっていて、その人がこれから何をしたいのか(意図)がある程度事前に推
測できるようになっている。ロボットは、個人向けに気の利いたサービスやアシストが提供可能
となる。同時に、個人情報などのプライバシーが問題となる。
○ 50 年先の技術展望
状況認識、分析・判断、動作生成を行う技術が加速度的に進展。ロボットによるサービスがほ
ぼ実現し、駅、店舗、銀行、役所、街角、オフィスなど街のいたるところにロボットがいて人間
をアシストするようになっている。また、ロボットが自律的に行うサービスだけでなく、ロボッ
トの制御技術や通信ネットワーク技術、人間の研究などの進展により、いろいろなところにいる
ロボットに人間が乗り移るようなテレイグジスタンスのサービスも行えるようになっていて、自
宅にいながらにして世界中の街を体験することが可能となっている。
状況認識は、より高度な音声、画像認識技術とより精緻な人間のモデル化により、人間の態度
やしぐさが認識でき、それをモデルにあてはめることで、意図についてもある程度認識可能とな
る。これは、ロボット単体でのセンサーからの入力情報では限界があるため、外部のセンサーか
らの情報やこれまでのサービス履歴情報などを融合させて推定することになる。また、個人の特
定は、画像認識と音声認識により、どのような条件下でも可能となっていて、プライバシーの問
題についても解決策が見つかっている。
【50 年後の未来像について】
サービスロボットの実現には、人間のモデル化技術の確立と画像および音声認識による状況認
識技術の進展が必須となる。ロボット単体での状況認識だけでは限界があるため、ネットワーク
と融合することも必要となる。また、ロボットには、自律で動作しサービスを提供するだけでな
く、遠隔から操作可能とするテレイグジスタンスというサービスも考えられる。これらがそれぞ
れ、情報系マップの3つの未来の到達点(自律システム知、社会システム知、人間の拡大)につ
ながっていくものと考えられる。
Ⅱ-122
Ⅱ-123
重要
原理
概念
3
1
1
情報・物理
(物質)・人間
の融合
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
言語と身体・
生理のネット
ワーク
1
3
視触覚 融合
人工筋肉
超多自由度分散制御
社会システム知
自律システム知
出口イメージ
すべり覚フィード
バック
人間技能のコピー
2
人間の拡大
R5:物理相互作用知 (平井)
平井慎一(立命館大学)
R5-0
物理相互作用知
把持・操作に関する研究は、ハードウェアとしてのハンドとソフトウェアとしてのプランニン
グ・制御手法が不可分の関係にある。モデルベース手法が注目を浴びた 1980 年代には、ハード
ウェアとソフトウェアが分離できるという信念があったが、近年の研究の方法はその信念を支持
しないと思われる。その観点からは、ハードウェアの進展が新しいソフトウェアの発達を生み出
し、ソフトウェアの発展が新しいハードウェアを要求するというスパイラルな発展が生じよう。
物体操作(マニピュレーション)は、物理的な相互作用に強く依存する。マニピュレーション
に関する研究は、物理的な相互作用の知に関する研究題材を提供してきたし、これからもそうで
あろう。研究の一つの方向は視触覚である。物体操作においては視覚と触覚が大きな役割を果た
しており、1) 視覚と触覚の人工物による実現、2) 人のマニピュレーションにおける視覚と触覚
の解明という、工学と科学の立場からの研究が進展している。視覚と触覚は面的に分布した多数
の受容器により実現されるという構造を持っており、個々の受容器とコンピュータとの通信、多
くのセンサ情報の処理においては、量子コンピューティングや高速通信ネットワークが果たす役
割は大きいと考えられる。研究の二つ目の方向はアクチュエータである。従来、ロボットハンド
のアクチュエータとしては電磁モータや空気圧アクチュエータが広く用いられてきた。電磁モー
タは精密な制御が可能であるがトルク重量比が低いという欠点を有しており、多自由度のハンド
を実現する上では課題が多い。空気圧アクチュエータそのものは軽量であるが、背後にコンプレ
ッサやタンクが必要であり、自立的なハンドの実現は困難である。ブレークスルーとして期待さ
れているのが、人工筋肉(ポリマーアクチュエータやゲルアクチュエータ)である。これらのア
クチュエータでは、フィルム状あるいはフィラメント状のポリマーやゲルに印加することで変位
や力を得る。現状では、変位や力が十分ではない、アクチュエータ特性のばらつきや経時変化が
大きいという課題を抱えているが、人工筋肉そのものの研究が盛んになっていることと、機械知
能学の観点からの解決が模索されていることは強調すべきであろう。多数のアクチュエータ要素
を直列あるいは並列に並べて全体を駆動されることにより、十分な変位や力を実現することが期
待できる。このときの課題は、このような多数のアクチュエータ群をどのように制御するかとい
う点である。MIT のグループでは、個々のアクチュエータ要素はバイナリー状態を遷移するの
みとし、全体の確率遷移を制御することによりアクチュエータ群の連続的な制御を行うという
broadcast control という概念を提唱している。新しいハードウェアに対するこのような新しい
制御則がこれから発展すると考える。人工筋肉の性能が上がり人工筋肉を豊富に使えるようにな
ると、マニピュレーションの将来技術は現状技術とは異なる様相を呈するであろう。研究の第三
の方向はマニピュレーションの力学である。マニピュレーションは、ニュートンあるいはラグラ
ンジュの力学という確立された力学を基盤としている。ただし、指が変形する、指と物体との接
触は非ホロノミックである等、扱いが困難な部分を含む。人口筋肉の力学モデルの確立と並んで、
マニピュレーションの力学の確立は、着実に進めるべき分野であろう。
近年、物体把持・操作におけるソフトインターフェースが注目されている。人間の指先が柔ら
かい組織から成っていることから、指先の柔らかさは把持と操作において重要な役割を演ずると
考えられる。また Maeno らにより、指先の組織構造が触覚の検出においてメカニカルなフィル
タの役割を果たし、触覚の感度が増していることが示されているが、今後はこのような触覚との
統合が重要な課題になると考える。
柔軟物操作では、いくつかの典型的な操作においてブレークスルーが必要である。一つは衣服
やニット生地のハンドリングである。高齢化社会を迎えるにあたり、衣服やタオルなどのハンド
リングに対する要望が増えると考えられ、伸縮と曲げ変形を生じる衣服やニット生地の操作技術
を確立することが必要である。もう一つは生体組織である。手術やケアで、臓器や筋組織に代表
される生体組織をハンドリングするニーズがある。これらのハンドリングでは、形状や状態が明
Ⅱ-124
確に計測できることは少なく、変形特性は非一様で時変である。このような複雑な特性を有する
生体組織をハンドリングするためには、豊富なセンサフィードバックが必要になると考えられ、
その実現手法が研究課題になる。
近年の視覚に関する研究の進展に比べると、触覚に関する研究は未開拓の領域が多い。CCD
というキーデバイスの発展に伴い視覚の研究は進展し、様々な手法やシステム、アルゴリズムが
提案されてきた。触覚のデバイスがポピュラーになれば、触覚に関するシステムやアルゴリズム
に関する研究が進み、それが物体の把持・操作に関する研究に波及すると考える。
Ⅱ-125
Ⅱ-126
並木明夫(東京大学)
R5-1
マニュピレーションにおける視触覚と運動の統合
(1)「重要課題」の簡単な説明およびブレークスルーを要する点
(a) 課題の説明
マニピュレーション分野では、現状のコンピュータや電磁モータ、視覚モジュールなどの
ハードウェア面での研究は成熟してきているが、まだ人間の手と比較すると能力には十分
ではない。マニピュレータに関連する技術において革新的なブレークスルーが起きた場合
に、マニピュレーションにおける感覚運動統合や制御の未来像がどのようになるかについ
て述べる。
(b) ブレークスルー
• 量子コンピューティングの導入:
指数オーダー演算のリアルタイム計算が可能となる。計算能力は制約条件ではなくな
る!そのため、全ての計算には困らない。リアルタイム物理シミュレーションを行える。
• 高速通信ネットワーク:
超精細画像をリアルタイムで通信できるレベルの超高速通信ネットワーク。ロボットの
全てのモジュールが全情報を共有できる。
• 配線問題の解決。
何千万チャンネルの配線を束ねる(人間の神経束並み)の配線能力。
自動配線能力。センサをつけると自動的に接続。
使用するチャンネルが強化。一種の修復。
• 新世代アクチュエータ(高分子アクチュエータやゲルアクチュエータ)の性能向上
人間の筋肉並みの軽量、高出力モジュール
• 視覚モジュール
人間を超える感度とダイナミックレンジの実現。光学系(レンズ)の簡素化。屋外での
行動。
• 構成材料
金属材料からカーボン材料へ。軽量。高い剛性。
(2)「重要課題」の解決・実現がもたらす未来像(2050 年頃を想定) 。他の研究成果との融合に
よって可能となる場合、その融合課題の簡単な説明(キーワード)
。未来像が複数ある場合、
各々について記述。
(a) 未来像の技術的説明
• 量子コンピュータの超並列演算能力と、広大なバンド幅を持つ超高速ネットワークの実
現により、多大な情報量を身体各部のモジュールで同時に共有することができるように
なる。そのため、処理や情報を局在化する必要がなくなり、現在進められている分散ネ
ットワーク処理系から集中処理系へと回帰し、センサ情報を取得する超多数のセンサ素
子、超多数のアクチュエータと処理コンピュータをそれぞれ一対一で接続した一極集中
型の処理系になる可能性が高い。処理系は量子コンピューティングの特性を活かした超
並列演算処理アルゴリズムが主流となる。
• 量子コンピュータの超並列演算能力により、現実に近い条件下で、リアルタイムに物理
シミュレーションを行うことができるようになる。そのため、全ての起こり得る可能性
のある状況について、将棋やチェスで先読みするように先読みし、無数の可能性から最
適な行動選択を行うモデルベースト計算の技術が再び注目されるようになる。トラッキ
ング問題におけるパーティカルフィルタのように、確率分布や統計によって行動制御が
取り扱えるようになるかもしれない。一方、将棋などのように条件が明確に確定した問
題ではないため、感覚と行動の統合による制御との融合が求められる。
• 感覚(視覚や触覚系)と行動の統合により、周囲の環境や自らの身体特性を環境とのイ
ンタラクションにより自動で取得するオートキャリブレーション機能が実用化される。
Ⅱ-127
•
•
•
•
•
•
現状では、新たにロボットを設置した場合の負荷が大きいが、キャリブレーション(ロ
ボット身体、ロボットと環境、ロボットとセンサ)が実用化される。
マニピュレータの構造材は、人間の身体のようにあらかじめ網のように信号情報網を埋
め込んで製作され、ロボット身体の至るところにセンサのための信号入出力素子が存在
する。そのため、視覚や触覚などのセンサのシステム変更が容易であり、センサ接続も
自動にキャリブレーションされる。構造材内部に埋め込まれた信号線網は自己修復機能
を持つ、または、一部で切れても残りでカバーできる程に多数の信号線を有する。その
ため、配線の切断などの障害が飛躍的に減少する。
人間の行動を視触覚情報から理解し、そこから必要となるスキルを抽出し、ロボットの
身体特性に合わせて取得されることで、教示機能が飛躍的に強化される。
人間の眼並みのダイナミックレンジと感度を持つ視覚処理系が、人間の眼球並みに小型
化される。そのため、屋内屋外を問わずに活動できるようになる。感度の向上により、
レンズの光学系についても簡略化が可能となり、小型化や高速化の助けとなる。
人間の手のように複数の感覚(圧覚、接触覚、滑り覚、温覚)を含んだ触覚系と信号線
網を内蔵した柔らかい人工皮膚が実用化される。このような人工皮膚はロボット外面に
装備することで、柔らかいマニピュレータを実現するとともに、人間の活用する様々な
日常の道具やヒューマンインターフェース機器にも活用される。一方、人間が皮膚上に
は本来持たない感覚(視覚、聴覚、超音波覚、赤外覚)についても人工皮膚上に統合さ
れ、人間を超える能力を持つようになる。
人工筋肉の進化により、人間の手のような軽量多自由度多指ハンドメカニズムが実現す
る。現状では、各自由度につき1つのモータを割り当てる低自由度システムであるが、
将来は、低出力、低消費エネルギーの人工筋肉複数を1自由度に割り当てる、超多自由
度メカニズムとなり、そのような超多自由度を安定に制御するための制御理論が発達、
また、超多自由度を活用した操り制御理論が発展し、人間を超える器用さ(マジックが
できるレベル?)が実現される。
センサ情報量や計算能力の飛躍的な増大はシステムの構造を複雑化し、自律性が高くな
る。そのため、設計者でさえもシステムの挙動が完全に予測できなくなる可能性がある。
そのための大規模複雑系のシステム設計手法の開発が必要となる。
(b) 人間、社会、へのインパクト
• キャリブレーションや教示の自動化は現状でも産業ロボットの導入時に最も問題とな
っていることであり、ロボット導入のハードルが下がり、多数の業種分野へ導入される
ようになる。
• 軽く柔らかく器用なマニピュレータは産業分野以外へのマニピュレータの応用分野の
拡大を促す。
• システムの飛躍的な複雑化は、設計者ですら挙動が予測できなくなる可能性がある。こ
れまでのロボットは、設計者の範囲内で完全に行動を再現するものとみなされてきた。
しかし、人間のように毎回違う挙動。むらのある動き、また、たまに起こる予想外の動
きといったシステムが、ロボットとして社会的に受け入れられるかに議論の必要がある。
(c) 必要とする融合課題
• 超並列アルゴリズム
• 配線問題の解決しうる高速通信ネットワーク系
• 次世代アクチュエータの開発とそれを利用したマニピュレータ。
(3)「重要課題」の研究現状から、各段階の解決・実現および他課題との融合を経て、
「未来像」
に至る過程
(下記の年代分けは変更可ですが、なるべく具体的に、想定年代を付記し、可能なら数値目標
を含めて記述ください。キーワード、箇条書きで結構です。)
Ⅱ-128
(a)現状
• 視覚を用いた産業用ロボットの実用化開始。
• 感覚と行動の統合によるマニピュレーション
• 剛体対象から柔軟物対象へ
• 視覚情報処理の高性能化、高速化
• 電磁モータを内蔵した小型多指ハンドの開発
(b)2010 年代
• 人間の操り技能の体系化と操り制御への応用
• 柔軟物対象の視触覚フィードバック制御。
• 電磁モータ多指ハンドの高性能化
(c)2020 年代~30 年代
• 動的視覚フィードバック制御の実用化。
• 触覚を用いた産業用ロボットの実用化。
• 視触覚を用いたロボットの教示の実用化
• 新世代アクチュエータの導入
・ マニピュレータの軽量化、高出力化
• 視覚センサ、視覚情報処理装置の小型化、高性能化。
• 柔軟な人工皮膚の開発
• 人間の動的な技能の再現
(d) 2030 年代~40 年代
• 一部の柔軟物マニピュレーションの実用化
• 新世代コンピューティングの導入
¾ 超並列計算アルゴリズム
¾ 確率計算に基づく行動生成
(d)2040 年代~50 年代
• 未知環境への柔軟な対応の実現
• 人間の手を超える器用さを持つ多指ハンドマニピュレーション
Ⅱ-129
Ⅱ-130
並木明夫(東京大学)
R5-2
ョン
分散センサと分散アクチュエータの運動を統合するマニピュレーシ
関連融合課題:
「量子コンピューティング」「高速通信ネットワーク」「ポリマーアクチュエータ」
「自己修復」
*3つの観点から50年後のマニピュレーションを考察し、キーワードを列挙しました。その後
に基本的な考え方を記述してあります。
<1> 50年後のマニピュレータが満たそうとする仕様
[1. 適応性] 未知の物体を適切にマニピュレーション
[2. 高速性、3. 確実性] なるべく高速に、人間に以上にミスがない
[4. 巧みさ] 人間の技能をコピーできる
[5. 創造性] 自分で勝手に高度な技能を獲得する
<2> 現在の技術トレンドの延長線上に予想される周辺技術の進展
[1. 分散センサ] マニピュレータに多数のセンサ(マニピュレータの変形、応力、振動、速
度)を埋め込んで動作させる技術
[2. 分散アクチュエータ] 柔軟な多数のアクチュエータ(人工筋肉のユニット)を分布し、
個別に動作させる技術
[3. 信号伝送] 上記のセンサ・アクチュエータを、
(現在の機械系の制御の常識においては)
ありあまる通信速度で結合する技術
[4. 通信と制御のアーキテクチャ] 分布したセンサ・アクチュエータに局所的フィードバッ
クと、大域的フィードバックを同時実現する技術。また環境、操作対象、他のロボットに埋
め込まれたセンサの情報を共有する技術。
<3> 要求されるブレークスルー
1. 未知の物体を適切に操る制御の実現(無限の可能性に対処できる知能)
2. 微細なアクチュエータ群を実装し駆動する実用技術(センシングより一段階難しい)
3. 実用的な柔軟アクチュエータを実現するための「自己修復機能」の実現
概要・考え方
○ まず <1> としてマニピュレータに対するニーズ側からみた要求仕様を列挙した。ここで
は人間の手足のサイズに限定して考える。なお「本物の手足のような義手、義足」すなわち
「マニピュレータと人間とのインタフェース」も重要なテーマですが、ここでは項目には挙
げない。
○ 50 年ぐらい先になると、微細なセンサの間で高速通信する技術がかなり進展しているよう
に思う。狭義における「視覚」は、光波面のパターンを捉える一まとまりのセンサユニット
を意味するが、センサの微細化と相互結合が進展すると、センシングの形態のバリエーショ
ンやそれらがとらえる情報の質・量は大幅に拡大していて、「触覚」とか「視覚」という区
切りの重要性は小さくなってしまっているように感じる(アクチュエータに分布したセンサ
はアクチュエータの状態を多くの自由度で緻密に計測することができ、それらの情報を周囲
のロボットまでもが瞬時に知ることができる)
。
○ 項目<2>だけでは<1>の仕様を満たす実用的なアクチュエータはおそらく実現できな
くて、いくつかのブレークスルーが必要になると思われる。それを<3>に挙げた。
Ⅱ-131
Ⅱ-132
3
1
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
言語と身体・
生理のネット
ワーク
ロボタイプ移動知
バイオタイプ移動知
ITS,自律運転
2
社会システム知
1
人間の拡大
ロボタイプ移動知 : 少数・決定論的・構造化済み情報を前提とした移動知
バイオタイプ移動知 : 膨大・多様・確率的かつ非構造的な情報を前提とした移動知
重要
原理
概念
1
情報・物理
(物質)・人間
の融合
3
自律システム知
出口イメージ
R6-1:移動知 (永谷 圭司)
Ⅱ-133
永谷 圭司 (東北大学)
R6-1
移動知 まとめ
【概要】
一般に、人工移動体単体が目的地まで自ら自律的に移動するためには、アクチュエータ、環境
のセンシング技術、環境マッピング、走行制御、動作プランニング、予定外の環境状況の変化へ
の対応といった、様々な知能やテクノロジーを必要とする。さらに、複数台の人工移動体では、
これらに加えて通信技術や協調動作技術を必要とする。そこで、ここでは、人工移動体の移動に
関する知能やテクノロジーを「移動知」と定義する。
この移動知の発現は、「20 世紀の負の遺産」といわれる事故と渋滞を解決するために開始され
た、ITS(Intelligent Transport System)に見ることができる。その後、人工知能の分野やロボテ
ィクスの分野における基本課題として始まった「目的地までの経路計画と自律走行」や「障害物
回避」に関する研究と ITS 研究は、互いに関連しつつも平行して研究が進められ、近年の DARPA
Grand Challenge や DARPA Urban Challenge において、これらの分野は、大きな融合を見た。
また、未知環境において、人工移動体が動作するために有用な環境認識ならびに地図構築と、
既知環境における自己位置推定に関する研究課題は、1990 年代に盛んに行われるようになった
SLAM(Simultaneous Localization And Mapping)研究によって統合され、現在これに経路計
画手法や複数台移動体の協調動作などの研究分野の融合が行われている。
今後の移動知においては、 20 世紀に盛んに行われ、現在も活発に洗練が進められているロボ
タイプの移動知に対し、バイオタイプの移動知に関する研究が進むことが期待できる。ロボタイ
プの移動知は、「経路計画、位置推定」などのように、少数・決定論的・構造化済み情報を前提
とした動作に関する知能と定義される。この移動知に対し、バイオタイプ移動知のパラダイムは、
生物の行動規範のように、膨大・多様・確率的かつ非構造的な情報を前提とした移動知として定
義される。このバイオタイプ移動知により、外界環境の変化に対して非常にロバストなシステム
を実現することが期待できる。さらに、このバイオタイプ移動知とロボタイプ移動知の融合によ
り、より高度な自律性を持つ「自律システム知」としての移動知が確立されることが期待できる。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
黎明期:
移動体自動操縦の最初の提案は、1939-40 年のニューヨーク世界博にゼネラルモータースが展
示したコンセプトカーに端を発するが、50 年代には、路面に埋設した誘導ケーブルを用い、移
動経路が固定的に設定されるガイド誘導方式による自動運転の研究が行われた。
60 年代に入ると日本でも同種の研究が行われ、高速の自動操縦が実現されると共に、工場内
の無人搬送車のナビゲーションへと研究開発が展開された。70 年代にはマシンビジョンによる
ガードレールの認識、路上の障害物検出による障害物回避を伴う自動車の自動走行等も実現され
た。この 60‐70 年代に、移動ロボットとして研究開発に先だち、上記要素技術の重要な基礎と
なる GPS、カルマンフィルタ、2次元、3 次元の形状マッチングなどの技術開発が始まった。
また、空間を単純化・記号化し、その中での移動体制御を考察する研究は、幾何学的経路計画問
題として、計算機内の人工的な環境において、この時期から活発な議論が開始された。一例とし
て、経路をグラフ構造で表した環境での最適経路計画が挙げられる。
Ⅱ-134
1980-1990 年代:
80 年代に入ると、移動知の基本を支える「移動ロボットによる地図構築」の研究が発展し、
90 年代の初頭にかけて、各種の主要な地図表現方法が提案された。例として、特徴地図(Feature
map)、占有格子地図(Occupancy grid map)、2次元および3次元の幾何地図
(Geometric map)、
位相地図(Topological map)などが挙げられる。現在、その技術が確立されつつある自己位置
推定と地図構築を同時実行する SLAM(Simultaneous Localization And Mapping)の研究も、
この時期に提案されている。経路計画については、整備された人工環境でグラフ探索手法が広く
適用されるようになった。一方で、広域の経路計画に対し、主に C-space と呼ばれる地図表記
を利用して、ピアノ移動問題のような形状や大きさの考慮を要する局所的な経路計画が盛んにな
った。 また、この時期から、「生物規範型システム」がブームとなり、自律分散型移動体に、さ
まざまなヒューリスティックモデルが導入された。86 年に提案されたサブサンプションアーキ
テクチャは、
「生物規範型システム」の一つであるが、この手法はセンサ情報をより直接的に反
射的な行動に結びつけ、実現されるシンプルな動作を階層的に組み合わせることによってより複
雑な移動動作を実現するもので、以後、移動制御の大きな流れのひとつとなった。一方、ナビゲ
ーションの応用分野としては、1980 年代前半、アメリカで、オフロード走行を指向した軍用の
ALV(Autonomous Land Vehicle)が、メリーランド大学やマーチンマリエッタ社によって開
発された。この研究はカーネギーメロン大学の NavLab(Navigation Laboratory)や国立標準
技術研究所の HMMWV(High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle)に引き継がれた。カ
ーネギーメロン大学は、その後米国の AHS(Automated Highway Systems)計画に参加し、
1995 年にはミニバンをベースとした NavLab-V でピッツバーグ(カーネギーメロン大学がある
町)からサンディエゴまでの 4800km の 98%以上の行程をマシンビジョンによる自動運転で走
破した。
ここで、環境地図の構築、経路計画、ナビゲーションといった「少数・決定論的・構造化済み
情報を前提とした移動知」をロボタイプ移動知、
「膨大・多様・確率的かつ非構造的な情報を前
提とした移動知」をバイオタイプ移動知と定義する。この定義に従うと、1980~90 年代は、ロ
ボタイプ移動知が洗練された時代であり、バイオタイプ移動知が発現した時代といえる。
2000 年代:
計算機の性能向上と小型化・低価格化、センサ類の性能向上と低価格化によってモデル環境か
ら実環境へ、実時間処理へと各要素技術が進展した。これに伴い、経路計画、自己位置推定、地
図構築などのロボタイプ・ロコモーションに関する技術が実ロボット上に登載され、これらの技
術が、研究室レベルから、実用化へ向けて大きく前進した時代といえる。特に、SLAM 研究に
おいては、ステレオカメラやレーザ距離センサなどの環境取得技術の向上に伴い、確率モデルに
もとづく手法を元に、精度のよい地図が実時間で作れるようになった。これにより、2000 年代
後半には、二次元平面における SLAM は、ほぼ実用レベルに達したといえる。また、2004 年、
2005 年と、米国 DARPA 主催で荒野に設定された未舗装路約 240kmを自律走破する競技が行
われ、不整地の高速な自律移動を達成した。この競技会の成功は、ロボタイプ移動知の技術の現
時点での集大成ともいえる。さらに、機械技術研究所と自動車走行電子技術協会(現日本自動車
研究所)は、2000 年に、車対車の通信を利用することで、5 台の協調走行自動車を実現し、複
数台移動体の協調動作の実用化へ向けても、大きな前進があった時代である。
一方、バイオタイプ移動知については、社会性昆虫のフェロモンによる集団統率に着目した、
環境情報型移動体システムなどが提案されており、近年の RF-ID 技術の進展とともに、この種
のシステムが現実味を帯びてきた。しかしながら、バイオタイプ移動知は、情報の選択構造化過
程を内包するがゆえに、現状では、ユーザの意図を正確に反映させることが難しい。さらに、特
定の問題に対し、最適性の面で劣るのが現状である。
Ⅱ-135
○ 10-20 年先の技術展望
ロボタイプ移動知の適用範囲が拡大することが予想される。まず、SLAM 研究に基づく、外
界情報の確率的な取り扱いや、環境情報化システムにより、情報の構造化が洗練され、これに伴
って多くの移動体システムが実用化されることが期待できる。具体的には、家庭・病院・学校等
における人間の生活空間と混在した自動搬送システム、障害物密度が低い海洋等における資源探
査・環境モニタリングシステムが実用化される。これにより、高齢化・人工減社会におけるサー
ビス支援や、広範囲における作業の自動化がなされ、社会活動維持にロボット技術の大きな貢献
が期待できる。特に、自動車に関しては、(法律や制度の壁を乗り越えることができれば、
)自動
駐車システム、歩行者と共存可能な限定地域での超小型車両の低速自動運転、高速道路上でのト
ラックの隊列自動運転などの実用化が 20 年以内に期待できる。さらに、データベースの大規模
化・高速化とネットワークの高速化に伴い、環境情報の構造化は大きく進み、それを利用した人
工移動体の高度な自律動作が次第に実現していくことが期待できる。また、高速ネットワークを
利用した、各人工移動体間の通信により、人・環境・人工移動体間の衝突の無い、安全な動作実
現が期待できる。ただし、上述に示したロボタイプ移動知は、
「少数・決定論的・構造化済み情
報を前提とした移動知」であり、様々な環境の変化に対し十分に柔軟に適応するためには、さら
なる構造化を推し進める必要がある。
一方、膨大・多様・確率的かつ非構造的な情報を前提としたバイオタイプ移動知に関する研究
は、ロボタイプ移動知の拡大と平行して、この 10 年で大きく進展することが期待できる。特に、
人工移動体に搭載可能なセンサの更なる高性能・低価格化により、人工移動体は、より生物に近
い多種のセンシングデバイスを装備することが可能となる。また、環境内にも多くのセンサが配
備されることが予想され、それらの情報は、移動体にフィードバックされることも可能となるで
あろう。ただし、それに伴い、処理すべきセンサ情報も膨大になる。これに対応することが可能
なバイオタイプ移動知は、さらなるロバストなシステムを実現することが期待できる。ただし、
バイオタイプ移動知では、情報の選択構造化過程を内包するため、ユーザの意図を正確に反映さ
せることが難しい。この問題は、ロボタイプ・バイオタイプ双方の統合化により解決されること
が期待される。
○ 50 年先の技術展望
移動知に関する最も大きな変化は、バイオタイプ移動知のさらなる発展と、バイオタイプ移動
知とロボタイプ移動知の融合であろう。現在発展途上のバイオタイプ移動知に関する研究は、今
後更なる研究が進められ、高い自律性を求められる分野への適用が期待される。また、昆虫微小
脳のようなコンパクトな脳・身体システムについて解析が完了し、バイオタイプ移動知による再
構成が行われるころが期待できる。ただし、バイオタイプ移動知は、先述したとおり、ユーザの
意図を反映させることが困難であり、ツールとしての人工移動体(例えば、自動運転など)への
指示は、困難となることが予想される。この種の問題は、最適やプランニングを得意とするロボ
タイプ移動知と、ロバストな動作を実現可能なバイオタイプ移動知の融合によって解決すること
が期待できる。
以上に示した技術融合により、高度な適応性と最適性を兼ね備えた、より高度な自律性を持つ
「自律システム知」としての移動知が確立されることが期待できる。
Ⅱ-136
【50 年後の未来像について】
移動知の目標は、「複数人工移動体の自律的な安全で信頼性の高い移動の実現」に集約するこ
とができる。この目標は、
「安全で」という部分以外は、50 年を待たずして実現されることが期
待できる、特に、これまで積み上げてきたロボタイプ移動知に、高度なロバスト性を実現可能な
バイオタイプ移動知を融合することで、信頼性の高い移動を実現する移動知の実現が期待でき
る。この移動知は、自律システム知の中核をなす知能の一つといえる。また、移動知のアプリケ
ーションは、そのサイズや適用場所に関わらず、適用場所が、大きく広がることが期待できる。
例えば、MEMS 技術により、体内移動用 超小型移動ロボットの完成により、医療技術の大きな
進歩が期待できる。今後の大きな課題としては、人と移動体が共存する中での「安全」の確保で
あり、これには、大きなブレイクスルーが必要であろう。
Ⅱ-137
Ⅱ-138
倉林大輔(東京工業大学大学院)
R6-1
ロコモーション(移動知)
【概要】
ロコモーションを、人工移動体による環境への行動出力と広く捉えた場合、技術課題は(1)
所与動作目標への収束、(2)適応的動作目標生成、の2点から構成されると考えられる。一方、
外界情報の選択構造化過程をシステムの外に置くものをロボタイプ・ロコモーション、内包する
ものをバイオタイプ・ロコモーションと呼べば、従来研究はロボタイプ・ロコモーション中心で
あり、(1)を主目的としていた。これに対し、今世紀の研究では、ロボタイプ・ロコモーショ
ンの洗練と併せてバイオタイプ・ロコモーションへの遷移が起こり、最終的に両者が統合される
ことによって、合理性と適応性の両者を満たすロコモーションが実現されると予想される。 こ
れによって、自動搬送システム等の人工移動体が工場から街へ、街から自然環境へと行動範囲を
拡大し、物流・サービス提供・環境保全等へのロボット適用が拡大すると予想される。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
・黎明期「幾何学の時代」
現在まで、ある空間で自律的に移動する人工物への要求は、軍事的なもの、産業上のもの、観
測・予測用のものがある。これらに対し、空間を単純化・記号化し、その中での移動体制御を考
察する研究は、幾何学的経路計画問題として一分野を確立したといえる。1980 年代初頭には巡
航ミサイルが実用化されており、十分なデータの準備や環境の構造化(人工衛星による誘導支援
等)があれば、障害物が密でない空間での自律長距離移動が可能であることは実証されている。
産業面では、ゴルフ場での芝刈り、農場での収穫等が指向され、やはり十分な構造化がなされた
空間での問題解決は可能であった。
この時期、実環境をどのように構造化するか、データにない状況にどう対応するかといったこ
とは、プログラムを作成する人間のスキルに依存していた。コンピュータ自体は幾何学的最適化
問題を解いていたにすぎず、「幾何学の時代」といえる。コスト面や実装面の問題から、巡航ミ
サイルを除いて量産されたロボットはないと思われる。
一方、大人数の集まるホールでの、災害パニック対策としての群集行動分析や、Boids に代表さ
れるコンピュータグラフィックとしての生物集団再現可能性を追求するモデル提案などが行わ
れた。これは、操作者もしくは設計者が直接的に目標入力を与えない、という意味で新しい方向
性であるとも解釈できる。
・80年代~現在「分散システムの時代」~「ネットワーク構造の時代」
1980年代序盤から、「生物規範型システム」がブームとなる。自律分散型移動体にもさま
ざまなヒューリスティックモデルが導入されたが、社会性昆虫のフェロモンによる集団統率に着
目した、環境情報型移動体システムが出現し、RF-ID 技術の進展とともに現実味を帯びて語ら
れるようになった。
一方、制御理論の分野では、自律分散型複数移動体に関する定式化の興味が急速な盛り上がり
を見せている。コンセンサス問題に代表される、集団の移動速度を一定に揃える挙動などについ
て、通信ネットワークの構造指標(グラフラプラシアンなど)に基づく制御性能の議論、静定制
御アルゴリズムの提案などが相次いでいる。米国における軍事的応用まで目を広げれば、無人偵
察機(UAV)の編隊飛行といった形で実用化される日は近い。
Ⅱ-139
ただし、現状では与えられた目的関数(場合によっては目標軌道)との誤差を最小化する作用
は実用化されているが、合目的な目的関数をオンラインで生成する手法は理論的に確立されたと
は言えず、相互衝突回避・環境衝突回避などを伴う挙動はいまだ模索が続いている。
また、制御手法の整備・情報蓄積・提供手段が広がった一方で、ロボットの行動を決めるのは従
来の最適化理論に則った手法であるといえる。
○ 技術展望:ロコモーション問題の壁
ロコモーションを、人工移動体による環境への行動出力と広く捉えた場合、技術課題は(1)
所与動作目標への収束、(2)適応的動作目標生成、の2点から構成されると考えられる。従来
研究は(1)に対して高いパフォーマンスを示すが、
(2)に対しては限定的である。現在まで
のシステムは、多様な環境において適応的に行動するための情報処理技術が決定的に欠けてい
る。人間のように柔軟・適応的かつ頑健な行動出力の実現には、「認知」という、陽に解決が困
難であると思える壁が存在し、これをクリアするアプローチが必要である。
一方、生物は全身センサというべき多種・多様・大量のセンサを有している。また、身体内の
状態量の1つとして記憶を持っていると考えられる。生物は、これら膨大な情報を統合化し行動
を決定している。非限定的な環境での行動や、身体の改変、誤信号の混入を考えた場合、人工物
においても多種多様なセンサ入力を統合的に判断しアクチュエータと結びつけるシステム構成
が必要であろう。
ここで、少数・決定論的・構造化済み情報を前提として動作するシステムをロボタイプ・ロコ
モーション、膨大・多様・確率的かつ非構造的な情報を前提とするシステムをバイオタイプ・ロ
コモーションと呼ぶことにしよう。すなわち、情報の選択構造化過程をシステム外に持つものが
ロボタイプ、内包するものがバイオタイプである。今世紀のロコモーションシステムは、ロボタ
イプ・ロコモーションの適用範囲を拡大するための洗練研究と、バイオタイプ・ロコモーション
へのパラダイムシフトが同時に生じると予想される。
一方で、バイオタイプ・ロコモーションは、情報の選択構造化過程を内包するがゆえに、ユー
ザの意図を正確に反映させることが難しいと予想される。また、特定の問題に対しては、最適性
の面で劣ることも考えられる。最終的には、ロボタイプ・バイオタイプ双方の統合化が図られ、
高度な適応性と最適性を兼ね備えたシステムが形成されることが期待される。
○ 10-20 年先の技術展望
SLAM 研究に基づく、外界情報の確率的な取り扱いや、環境情報化システムによる、ロコモ
ーションシステム外の情報構造化機構が洗練され、ロボタイプ・ロコモーションシステムの適用
範囲が拡大する。具体的には、自動車に対する自動駐車システム、家庭・病院・学校等における
人間の生活空間と混在した自動搬送システム、障害物密度が低い海洋等における資源探査・環境
モニタリングシステムが実用化される。これにより、高齢化・人工減社会におけるサービス支援
や、広範囲の被覆が求められる作業の自動化がなされ、社会活動維持にロボット技術の大きな貢
献が期待できる。
○ 50 年先の技術展望
昆虫微小脳のようなコンパクトな脳・身体システムについて解析が完了し、バイオタイプ・ロ
コモーションの人工システムによる再構成が行われる。これによってシステムの柔軟性・耐故障
性が大きく向上し、システム全体としての視点において新陳代謝作用を有するシステムが構築さ
れる。これらによって、山林のメンテナンス、ダム等大型構造物のメンテナンス、農作業等への
継続的・自律的対処が可能なシステムが実現される。また、MEMS 技術とバイオタイプ・ロコ
モーションシステムの融合によって、体内で活動するマイクロロボット等が現れると予想され
る。
Ⅱ-140
【50 年後の未来像について】
自律システム知や社会システム知を考えた場合、人工システムにおける「認知」をどのように
扱うかがシステム構成上で大きな問題となる。20世紀までの研究では、陽にこれを扱うことは
困難とされてきた。人間と同等の認知システムを実現すること、言い換えれば人間の脳機能を完
全に理解することは、21世紀中においても困難な問題として残るだろう。
一方、ロコモーションを広く行動出力選択システムと捉えれば、認知の完全な再現を指向する
ことは必ずしも必要とされない。膨大・多様・確率的かつ非構造的な情報から確かな行動選択を
行うことや、環境および身体の改変に適応して行動し、システム全体で非常に頑健な行動能力を
維持し続けること、が人工システムに対して求められることである。これらの一部は生物学との
融合、特にミニマルな神経系で多様かつ高度なロコモーション機能を発揮している昆虫等の脳機
能解明との連携によって達成されるだろう。
このような認知「的」な能力の解明・構築によって、人間の生活空間への人工移動体の進出が
可能となったり、山林や海洋等人間の生活空間から遠く離れた広域な環境における作業の人工シ
ステムによる置換が可能となると考えられる。このことは、人口減・高齢化を問題として抱える
わが国にとって、人的資源配分の自由度を大幅に高めることが期待でき、単にロボット等の応用
範囲拡大を超えた社会的意義を発揮すると期待される。
Ⅱ-141
Ⅱ-142
津川定之(名城大学)
R6-1
ITS の将来(移動知)
【概要】
ITS(Intelligent Transport Systems)とは、
「20 世紀の負の遺産」といわれる事故と渋滞と
いう自動車交通問題を情報通信技術を使って解決するシステムである。ITS が必要とされたの
は、横断歩道橋やガードレールの設置といった従来の施策の効果が飽和し、新しい解決策が必要
となったからである。ITS に関する大規模な国家プロジェクトが開始されたのは、欧米日の先進
国で 1980 年代半ばであるが、ITS 的発想、すなわち情報通信技術を自動車交通に導入すること
は 1950 年代から研究が行われていた。
ITS は、広義には、陸海空における人流と物流の安全、効率、快適を実現するシステムである
が、ここでは、狭義にとらえて自動車交通の安全と効率を実現するシステムと定義する。ITS が
実現する安全とは事故を起こさない安全である予防安全であり、効率は、渋滞発生防止とその結
果としての省エネルギー、環境負荷低減である。狭義の ITS に含まれる三つの主要なシステム
は、信号制御システム、ドライバ情報システム、車両制御システムである。このうち、信号制御
はすでに成熟したシステムで十分に普及しており、ドライバ情報システムは、カーナビゲーショ
ンや交通情報提供システムで、現在普及しつつある。最後の車両制御システムは、運転支援シス
テムや自動運転システムであるが、運転支援システムは実用化が始まったものの十分には普及し
ておらず、自動運転システムは、専用道での実用化はあるが、公道での実用化はない。これらの
ITS の主要な 3 システムの社会への実用化、導入、展開、普及をみると、ドライバからみて時間
的にも空間的にもクリティカルでないシステムから普及していることがわかる。ここでは、ITS
関連システムのなかで、未だ実用化されていない、いいかえれば将来の技術展望が豊かな自動運
転システムに焦点をあてる。ごく最近、地球温暖化防止の観点から、自動車と自動車交通へのオ
ートメーションの導入の必要性から自動運転に対する関心が高まっている。
【ロードマップ】
○ 現在までの技術の進化
自動運転システムの最初の提案は、1939-40 年のニューヨーク世界博にゼネラルモーター
スが展示したコンセプトカーFuturama(future と panorama を併せた造語)であろう。Futurama
は将来の夢物語の段階にとどまったが、1950 年代半ばにまず米国で始まった自動運転の研
究は、当初から事故と渋滞という自動車交通問題の本質的解決という明確で現実的な目的を
もっていた。以来、自動運転に関する研究は、1980 年代半ばまでは一部の大学、研究機関
で行われていたが、1980 年代後半からは世界的に大規模な国家プロジェクトとして取り上
げられた(1)。しかし、自動運転システムは近い将来実用化される見込みがないことから、
1990 年代後半からは取り上げられることが少なくなった。
自動車の自動運転の研究は、ITS の研究で最も早期に開始されたものの一つである。 1950
年代後半から始まる自動運転システムに関する研究の歴史は、用いられた技術と時代背景に
よって、1950 年代から 1960 年代にかけての第 1 期、1970 年代から 1980 年代にかけての第
2 期、1980 年代後半から 1990 年代後半までの第 3 期に分けられる(2)。
第 1 期の自動運転システムでは、
道路に誘導ケーブルを敷設してラテラル制御(操舵制御)
を行った。1950 年代末から 60 年代にかけて米国の RCA(3)、ゼネラルモータース(4)、オハ
イオ州立大学(5)、英国の道路交通研究所、ドイツのジーメンス(6)などで研究が行われた。
わが国では 1960 年代前半に通商産業省機械技術研究所(現産業技術総合研究所)で研究が
行われ(7)、その自動操縦車は 1967 年にはテストコース上で 100km/h で走行した。
Ⅱ-143
誘導ケーブルを用いたシステムは、降雨時や降雪時でも能動的に走行コースを示すという
利点をもつが、走路への誘導ケーブルの埋設と交流電流の供給という欠点のために、限定さ
れた場所、たとえばテストコースにおける自動車の各種試験(8)(9)などでの実用にとどまっ
ている。
誘導ケーブルが公道で用いられた数少ない例として 1980 年代のハルムスタード(スウェ
ーデン)(10)やフュルト(ドイツ)の路線バスの部分自動運転がある。バスを停留所に正確
に停車させるために停留所付近だけに誘導ケーブルを敷設して自動運転を行い、
車椅子や乳
母車での乗降を容易にしている。このようなシステムはプレシジョンドッキングとよばれ、
近年では路線バスの自動運転システムの一環として欧米で研究が行われている。
1970 年代から 1980 年代にかけてのマシンビジョンを用いた自動運転システムの研究を第
2 期とする。マシンビジョンを用いると、特殊なインフラストラクチャが不要の自律型自動
運転システムを構成することができる。
世界で初めてのマシンビジョンを利用した自動運転システムは、1977 年に我が国の機械
技術研究所が開発した知能自動車で、知能自動車は速度 30km/h でテストコースを走行する
ことができた(11)。
1980 年代に入ると、アメリカで軍用の ALV(Autonomous Land Vehicle)(12)がメリーラン
ド大学やマーチンマリエッタ社によって開発されたが、オフロード走行を指向したものであ
った。この研究はカーネギーメロン大学の NavLab(Navigation Laboratory)(13)や国立標準
技術研究所の HMMWV(High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle)(14)に引き継がれた。
カーネギーメロン大学は、その後米国の AHS(Automated Highway Systems)計画に参加し、
1995 年にはミニバンをベースとした NavLabV でピッツバーグ(カーネギーメロン大学があ
る町)からサンディエゴまでの 4800km の 98%以上の行程をマシンビジョンによる自動運転
で走破した。
ただし、自動化されていたのは繰舵だけでブレーキとアクセルは人が操作した。
ド イ ツ で は 1980 年 代 半 ば か ら ミ ュ ン ヘ ン 連 邦 国 防 大 学 で 自 律 走 行 車 VaMoRs
(Versuchsfahrzeug fuer autonome Mobilitaet und Rechnersehen)(15)の研究が行われている。マ
イクロバスをベースとした VaMoRs は、1980 年代の終わりに約 90km/h で自動走行し、
VaMoRs を乗用車に移した VaMP(Versuchsfahrzeug fuer autonome Mobititaet Pkw)は、1995
年にミュンヘンからオーデンセ(デンマーク)までの 1700km のうち 1600km 以上を 400 回
以上の車線変更を行いつつ平均速度 120km/h で自動運転で走行した(16)。
1980 年代後半からの各国の ITS プロジェクトにおいて自動運転システムは大きく取り上
げられ、単独車両の自動運転だけでなく、複数台の自動運転車両による隊列(プラトゥーン)
走行が新たに出現した。
1) PROMETHEUS における自動運転システム
PROMETHEUS(Programme for a European Traffic with Highest Efficiency and Unprecedented
Safety)は、ヨーロッパの自動車会社を中心として 1986 年から 8 年間行われた車両指向の ITS
プロジェクトである。このプロジェクトで開発されたダイムラーベンツの VITAII(Vision
Technology Application)(17)は、 TV カメラ計 18 台からなるマシンビジョンをもち、100km/h
以上でのレーン追従、車線変更を行うことができた。レーン検出用のマシンビジョンには
VaMP のマシンビジョンを用いている。
2) PATH の自動運転システム
米国カリフォルニア州の ITS プロジェクトである PATH(Partners for Advanced Transit and
Highways)では、当初から自動運転システムが扱われ、カリフォルニア大学バークレー校
を中心に研究が進められた。その自動運転システムは、走行コースに沿って埋設した永久磁
石列(磁気マーカ列)を用いたラテラル制御と、小さな車間距離を保って車群(プラトゥー
ン)を走行させるためのロンジチュージナル制御(車間距離・速度制御)に特徴がある(18)。
PATH では、自動運転の目的を道路容量の増加とそれによる渋滞の解消に置いている。ロン
ジチュージナル制御によって車間距離を小さくすることができ、ラテラル制御によって現行
よりも狭いレーンを使えばレーン数を増すことができる。
Ⅱ-144
3) 米国の AHS 計画
米国の AHS 計画は、1991 年に制定された ISTEA(総合陸上交通効率化法、Intermodal
Surface Transportation Efficiency Act)に基づいて開始され、1997 年に大規模な自動運転のデ
モがカリフォルニア州サンディエゴで行われた。カリフォルニア PATH、カーネギーメロン
大学、オハイオ州立大学、トヨタ、ホンダなど、7 チームが、路車協調型と自律型の各種自
動運転システムのデモを 12km のコース(HOV レーン)で行った。
4) 建設省の自動運転道路システム
わが国の建設省は、1995 年秋にテストコースで(19)、それをふまえて翌年秋には未供用の
上信越高速道路の小諸付近で自動運転道路システムのデモを行った。このシステムでは、ラ
テラル制御には走行コースに沿って埋設された磁気マーカ列やマシンビジョンによるレー
ンマーカの検出が用いられ、ロンジチュージナル制御には、車間距離測定システムと車車間
通信が用いられた。さらに路側に設置された漏洩同軸ケーブルから速度指令が各車両に送ら
れた。各システムが 2 台ないし 3 台でプラトゥーンを形成し、車間時間 1 秒、車群間時間 2
秒で最高速度 80km/h で自動運転を行った。
5) 通産省の協調走行システム
機械技術研究所と自動車走行電子技術協会(現日本自動車研究所)は、2000 年に 5 台の
自動運転車両を車車間通信でリンクし、柔軟な隊列走行を行う協調走行システムの実験を行
った(20)。各車両の自動運転は、RTK-GPS による自車位置計測結果と地図データベースで
行い、リアルタイムで各車両の位置と速度の情報を全車両間で送受することによって二つの
隊列の合流、車線変更などを実現した。
2000 年以降、乗用車対象の自動運転システムに関する関心は世界的に低くなっているが、
路線バスや小型低速の車両を対象とした自動運転システムの研究や実用化が進んでいる
(21)。トヨタは、IMTS(Intelligent Multimode Transit System)と呼ばれるデュアルモードバ
スを開発し、淡路島のテーマパークや 2005 年愛・地球博で運用した。このシステムでは、
路面に埋設した磁気マーカ列が操舵のための参照線として用いられている。アイントホーフ
ェン(オランダ)で運用されている Phileas というバスも磁気マーカ列を用いたシステムで
ある。また、スキポール空港(オランダ)の駐車場やロッテルダムのビジネスパークでは、
路面に埋設したトランスポンダを用いた小型自動運転車両が運用されていた。
2000 年以降自動運転に対する関心は低かったが、DARPA 主催による、2004 年と 2005 年の
Grand Challenge と 2007 年の Urban Challenge が契機となって、2008 年初頭から自動運転に
対する関心が急速に高まっている。2008 年 1 月に GM の副社長は、2018 年までに自動運転車
を発売する予定であるとスピーチを行っている。
○ 10-20 年先の技術展望
10-20 年先の技術展望を行う前に、現在までの自動運転技術を展望する。車両を自動運転
するためには、コースを検出しそれに沿って走行させるためのラテラル制御機能、特に複数
台の車両が追従走行する場合の速度と車間距離を制御するロンジチュージナル制御機能、障
害物を検出しそれを回避する機能が必要である(22)。さらに、小さな車間距離でプラトゥー
ン走行を行うためには車車間通信機能も必要となる。
1) ラテラル制御
ラテラル制御の基本は、走行コースを示す路面の参照物を車上で検出し、コースに沿って
走行するように操舵することである。表 1 に路面の参照線と車載センサの組み合わせを示す。
誘導ケーブルを用いたラテラル制御
第 1 期の自動運転システムでは、路面の参照物として路面下に埋設した誘導ケーブルを用
い、車上センサとしてコイルが用いられた。誘導ケーブルに交流電流を流すと、ケーブルの
周囲に交流磁界が発生する。この磁界を車両の前バンパ両端に装着した一対のピックアップ
コイルで検出すると、ケーブルに近いコイルの出力が大きいことから車両のケーブルに対す
る位置がわかる。こうして車上でコースずれを知り、ラテラル制御を行うことができる。
Ⅱ-145
1960 年代に開発された機械技術研究所の自動運転システムでは、ラテラル制御アルゴリ
ズムに PD 制御が用いられた。誘導ケーブルを用いたシステムでは、車両直下のコースずれ
しか測定できないためにコースの曲率が変化する場所では車両の動きが不安定になること
がある。これを防ぐためには車両のヨー角を操舵量の決定に用いる必要があるが、このシス
テムではそのために後バンパ両端にもセンサを装着して車両後部のコースずれも測定した。
磁気マーカ列を用いたラテラル制御
誘導ケーブルを用いたラテラル制御の欠点はケーブルの敷設と交流電流の供給である。磁
気マーカ列は誘導ケーブルのこのような欠点がない能動的な参照物で、経済的で保守が容易
なインフラストラクチャである。磁気マーカ列は、1980 年代後半から PATH で研究され、
サンディエゴのデモ、わが国の自動運転道路システムのデモで用いられた。磁気マーカが発
生する磁界は車両前端下部に装着した複数個の磁気センサで検出する。PATH のプラトゥー
ンではフラックスゲート型センサ、
我が国の自動運転道路システムでは過飽和コア型センサ
またはホール素子が使用された。
磁気マーカ列を用いたときのラテラル制御の原理は誘導ケーブルを用いたシステムと同
様である。しかし磁気マーカ列には、コースに沿った複数個の磁気マーカの磁極を組み合わ
せてデータコードを表現できるという特徴がある。PATH では、マーカ列を用いて前方の道
路線形を表現し、乗り心地を考慮した予見制御を行った。磁気マーカ列を用いたラテラル制
御では、1960 年代以降の制御理論の発展を反映して現代制御理論が用いられている(23)。
マシンビジョンを用いた自動運転
マシンビジョンを用いたラテラル制御の特徴は、路面の参照物としてレーンマーカや路肩
など既存のインフラストラクチャを利用する点と、車両直下ではなく、車両進行方向前方の
参照物を検出して操舵量が決定可能である点にある。
カーネギーメロン大学の北米大陸を横断した NavLabV は、レーン検出用の 2 台の TV カ
メラで道路の境界やレーンマーカを検出して適応テンプレートマッチングに基づいて操舵
を行った。
PROMETHEUS の VITAII のマシンビジョンは、車両の前方、後方、側方を視野とする計
18 台の TV カメラをもつ。これらのカメラは単眼として用いられるものとステレオビジョ
ンを構成するものがある。VITAII の車載コンピュータは 60 個のプロセッサで構成され、計
850MFLOPS の演算能力をもつ。VITAII の走行レーン検出用マシンビジョンは、ミュンヘン
連邦国防大学が開発したもので、焦点距離が異なる 2 台のカメラを用いている。画像処理は、
画像データに対するカルマンフィルタに基いて、カメラからの入力画像と、幾何学的モデル
ならびに動的モデルで記述される内部表現とを比較し、レーンや先行車を検出する(24)。
2) ロンジチュージナル制御
自動運転システムにおいてロンジチュージナル制御が重要となるのは、小さな車間距離を
維持してプラトゥーン走行を行うときである。PATH のプラトゥーン走行における各車両の
ロンジチュージナル制御では、先頭車の加減速動作を後続車に車車間通信で伝えて各車が連
動して加減速を行い、さらに車間距離を 77GHz 帯のレーダで測定して車間距離制御を行う。
その制御アルゴリズムには、エンジンのスロットルから車両速度までを記述した非線形モデ
ルを対象としたスライディングモード制御が使われている。
3) 車車間通信
車車間通信は、車載センサでは測定できない他車の位置、速度、加速度の獲得を可能とするた
め、複数台の自動運転車両による協調走行には必須の技術である(25)。
ヨーロッパの T-TAP(Transport Telematics Applications Programme)で開発されたトラックの隊
列走行システム Chauffeur では、5。8GHz 帯を使用した車車間通信で速度、加速度、プラトゥー
ンへの参加、離脱の指示などのデータ伝送を行っている。カリフォルニアの PATH では、プラト
ゥーン走行時のロンジチュージナル制御に無線 LAN による車車間通信を用いている。 協調走
行システムでは車車間通信に 5.8GHz の DSRC を用い、そのプロトコルは、データ伝達のリア
ルタイム性とネットワークの柔軟性を両立するために、CSMA に基づいていた。
Ⅱ-146
現在までに開発された自動運転システムにおいて、先行車や障害物を検出し、車線変更または
停止によって回避する機能をもつ自動運転システムは必ずしも多くはない。主なものは、
VITAII、VaMP、1997 年のサンディエゴのデモにおけるホンダなどで、使われたセンサはコン
ピュータビジョンやレーザレーダ(ライダ)である。自動回避機能はもたない運転支援システム
としての歩行者を含む障害物検出には、レーザレーダ(ライダ)、ミリ波レーダ、赤外線利用コ
ンピュータビジョン、UWB レーダなどが商品化されている。
2025 年頃の未来像として歩行者と共存可能な限定地域での超小型車両の低速自動運転と高速
道路上でのトラックの隊列自動運転を予想する。歩行者と共存可能な限定地域での超小型車両の
低速自動運転は、人が多く集まる市街(広い歩道をもつ)、メッセや空港といった広大な公共の
場所、高齢者のコミュニティ、観光地などで利用される可能性がある。車両の位置づけとしては、
電動車いすと軽自動車の中間である。
現在のトラックドライバの運転環境はきわめて劣悪であり、またトラックが高速道路上で起こ
す事故は、重大化し、処理に長時間を要する可能性が高く、したがって、トラックの自動運転に
対するニーズは高い。さらにトラックを隊列走行させることによって、燃費を改善し、環境負荷
を軽減することが可能となる。燃費の改善は、隊列走行による道路の実効容量の増加だけでなく、
小さな車間距離による CD 値の低減によって達成される。
この二つのシステムの実現に必要な技術として、センシングと通信がある。DARPA の Grand
Challenge や Urban Challenge で活用されたセンサは、コンピュータビジョンではなく、レー
ザレンジファインダと GPS であった。センシングデバイスとして、
・歩行者検出センサ:夜間歩行者検出を目的とした遠赤外線デバイスを利用したシステムが商品
化されているが、歩行者と共存可能な低速小型自律車両の実現のためにはデバイスとそのセンサ
信号処理機能が必要である。
・障害物センサ:Urban Challenge で使われた、スキャンの範囲が広いレーザレンジファイン
ダとそのセンサ情報処理機能が必要である。
・車車間通信:車両制御のためのリアルタイム性と信頼性が高い車車間通信技術が必要である。
しかし、自動運転の最大の課題は、技術ではなく、法律や制度である。
○ 50 年先の技術展望
自動運転が導入される車種、場所は、2025 年では限定された空間における超小型車両と高速
道路上でのトラックの隊列自動運転であり、2050 年になると、高速道路上での乗用車の隊列自
動運転や専用車線での路線バスの自動運転が出現する可能性がある。路線バスの自動運転につい
ては、欧州の Phileas を考えるともっと早い時期(2025 年までに)に出現する可能性がある。
センシングと通信は依然重要な技術である。
【50 年後の未来像について】
自動車運転の究極の姿は、乗馬であり、自動車交通の究極の姿は、遊泳中のイルカの群れであ
ろう。騎手が居眠りをしても馬は安全に人を運び、イルカはお互いに通信をしながら餌を求めて
遊泳する。もうひとつの自動車運転の究極の姿は、かつて米国の TV ドラマにあった「ナイトラ
イダー」であろう。このことは自動運転とはいえ自動運転車と乗客の間に優れた HMI が必要で
あることを示している。
将来の ITS の姿は、運転する楽しみ・快適と安全・効率を両立させた自動車の自動運転であ
る。人と貨物の移動手段としての自動車は、種類が多様化(超小型、普通車、大型車)し、オー
トメーションが様々なレベルで柔軟に導入される予想する。
道路という、鉄道の軌道よりも自由度があり、空や海の様には自由度がない区間を安全快適、
効率的に移動するための知は、鉄道、航空機、船舶とは異なって、きわめて人間や動物に近い知
が必要である。
Ⅱ-147
表 1 ラテラル制御のための路面の参照線と車載センサの組み合わせ(A:自ら信号を出してい
るもの;P:信号を出していないもの)
道路上の参照線
車載センサ
特徴
誘導ケーブル (A)
誘導コイル (P)
車両直下のコースずれ検出
磁気マーカ (A)
磁気センサ (P)
レーンマーカ (P)
マシンビジョン (P)
車両直下のコースずれ検出、
ただし符号化によってプレ
ビュー情報表現可能
プレビュー
ガードレール (P)
超音波センサ (A)
ガードレールからの距離
なし
GPS、RTK-GPS、差動オドメタ(+地図 DB) 車両絶対位置、ただしオープ
ンループ
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Ⅱ-149
Ⅱ-150
重要
原理
概念
2
1
言語と身体・
生理のネット
ワーク
1
情報の意味,
重要性認識,
評価・選択系
(物質)・人間
の融合
情報・物理
1
自律システム知
水中ロボット
宇宙ロボット
災害救助ロボット
3
社会システム知
出口イメージ
1
人間の拡大
R6-2:ロボット化社会 (永谷 圭司)
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