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グローバル化:金融革新とその裏側 - econ.keio.ac.jp

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グローバル化:金融革新とその裏側 - econ.keio.ac.jp
慶應義塾大学経済学部研究プロジェクト論文(2007 年度)
「グローバル化:金融革新とその裏側」
経済学部 4 年
青柳健一
(指導教員:金子勝)
2008 年 2 月 28 日
要旨
本論分は、米国を中心とする現在の経済構造の枠組みが、持続不可能なのではいかとの問
題意識を基にして、書かれたものである。米国は現在まで家計の大規模な消費によって、
常に世界経済のエンジン役を担い、そのプレゼンスの大きさを保ってきた。しかしながら、
昨夏に発生したサブプライム危機によって、この構造が大きく変化しようとしている。住
宅市場の減速によって、大きく分けて2つの影響があると考えられる。1つ目は家計消費
の減少を通じた実体経済の悪化であり、2つ目が金融市場に与えている影響である。本稿
においては、各種統計を基にサブプライム危機の状況と、発生原因について検討を行って
いる。筆者は今回の危機を契機として、長期的な世界経済の構造が変化していくものと考
えており、米国一国を中心している現在の経済状況から、世界は多極化し、従来の枠組み
では対応不可能な経済構造へ、変化しつつあると結論付けている。
目次
問題意識・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第一章 米国住宅市場と景気の関連・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第一節
米国住宅市場について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第二節
米国住宅市場の現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
第二章
金融工学の現状とリスク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
第一節
金融自由化と米国住宅市場の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
第二節
何が重大な問題であったのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
第三章
第一節
理論的見地に基づいた分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
第二
ミンスキー
金融不安定性の経済学・・・・・・・・・・・・・・・・・19
節現状と理論の狭間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
1
問題意識
現在世界各国で取り組まれている経済政策は、新自由主義に基づいた競争原理の導入こ
そ、市場競争によって最適な資源配分が行われ、最も効率よく経済発展を達成することが
できるとされている。また現在までの世界経済の構造を考えてみると、米国経済が世界の
エンジン役として、所得水準を上回る過剰な消費を行うことによって、世界各国からモノ
を輸入して世界経済を牽引している構造が浮かび上がる。この構図は、現在においても世
界大戦後の経済構造を規定しており、日本を含めた各国は米国市場へ向けて輸出を行い、
貿易黒字を稼ぎ出している。米国の貯蓄率が0%を下回り、家計が収入以上の消費を行っ
ているにもかかわらず、安定的な経済成長をつづけ、また政府支出の増大による財政赤字
と、国内の過剰消費による輸入超過によって、多額の貿易赤字が発生している。このよう
な双子の赤字という異常な状態にもかかわらず、米国ドルは下落することなく、単独の基
軸通貨としての地位を維持している。なぜ米国の消費者は自らの所得を上回る消費を行う
事ができるのだろうか。
その最も大きな要素となっているものが、経常収支の赤字を支えている米国への資本流
入である。米国の高金利と資産価格の継続的な値上がりが、双子の赤字によって流出した
ドルの還流をもたらしているのである。これこそが米国の不安定な経済構造を支える主要
因であるといえる。また住宅価格の継続的な値上がりを前提として、米国の消費者は Home
Equity Loan を利用し、借金をして消費を行っている。未実現の住宅価格の値上がり益を担
保として、銀行は貸付を行っているのである。つまり住宅価格が永遠に上昇する限りにお
いて、消費者は無限に借金をすることができるのである。このような構造の元に、多くの
消費者が多額の借り入れを行って過剰な消費を行っていたのである。しかしながら、住宅
価格の下落が始まった場合はどうなるであろうか。ドル還流の前提であった資産価格の上
昇が止まったとき、これまでの米国過剰消費構造とドル還流システムの逆回転が起こり、
ドルの減価が始まるといえるのではないだろうか。このような視点から米国経済を観察し
た場合、住宅価格の変動が経済に与える影響は大きく、またそれと消費の関係を観察する
上でも、非常に重要な意味を持っていると考える。
昨夏に起こったサブプライム危機によって、世界経済は非常に混乱しているが、今回の
危機を契機として、先ほど触れた「世界経済の構造」が徐々にではあるが、変動していく
のではないだろうか。米国が過剰消費を行えなくなった後に見えてくる世界経済像は、現
在のそれと大きく違って見えてくると考える。また、なぜサブプライム危機が発生したの
かについて、主流派経済学では十分に説明する事ができない。本稿においては、主流派と
は異なる経済学の考え方を取り上げつつ、今回の危機について理論的な説明を展開してい
る。しかしながら、彼らの提示している解決策でも十分に対応することが困難であると考
える。つまり、従来の世界経済の枠組みから考えている限り、このような重大な局面にお
いて有効な解決策を提示することは困難なのではないだろうか。であるからこそ、新しい
視点に立って現状について検討を行うことが、意味を持つのではないだろうか。
2
第一章
米国住宅市場と景気の関連
はじめに
サブプライム危機は実体経済と金融市場の両面へ非常に強い影響を与えつつあるといえる。
金融自由化によって、国境を越えた資金移動が比較的容易になり、このような環境がデリ
バティブ商品の拡大に寄与し、Mortgage Backed Securities(住宅担保証券:MBS)の発行を
極めて容易にした上で、米国住宅債権に組み込まれたこの商品を、世界中の投資家が購入
することを可能にした。また、住宅価格の継続的上昇を前提として個人が Home Equity
Loan(住宅価格の値上がり分と担保として借り入れるローン制度:HEL)による無理な借り
入れを繰り返し、この一部を消費に回すことによって、米国経済は力強い消費に支えられ
拡大していった。しかし、一度住宅価格が下落に転じた際には、住宅債権の一部にデフォ
ルトが発生し、消費拡大の流れが逆回転する恐れがあるのではないだろうか。本章におい
ては、米国住宅制度の詳細を紹介し、住宅価格と消費との関係について、検討したい。
第一節
米国住宅市場について
昨今サブプライム問題として騒がれている米国住宅市場の問題であるが、なぜ米国住宅市
場の問題が世界各国の金融機関を直撃し、世界的なクレジットクランチを引き起こしたの
であろうか。これを理解するためには、住宅市場の構造を理解する必要がある。
米国における住宅金融市場の枠組みは、世界大恐慌後にその基礎が作られた。まず政府
による住宅ローン融資保険制度(FHA 保険)が創設され、小口の住宅ローンに対して信用
保証を実施していった。この際、個別の詳細な審査は行わず、十分に分散の取れた数多く
の制度利用者によって、保険数理的にリスクを処理する制度であった。これらの動きと併
せて、住宅金融市場に安定した資金供給を行うために、住宅ローンの二次市場が創設され、
連邦政府機関として、Fannie Mae が設立された。Fannie Mae の目的は、全国で住宅ロー
ンの貸し出しが行われるように、住宅ローンの債権者から一定条件を満たす住宅ローンを
購入し、住宅ローンの二次市場を円滑に機能させることである。また、ファニーメイ自体
は住宅ローンの貸付や債権回収業務は行わず、住宅ローンの二次市場業務のみを行ってい
た。
当初は買い上げたローンすべてを自己保有し、債券で資金調達を行っていた。つまり、
Fannie Mae 等の流動化機関が社債を発行し、ローン債権を保有していたことになる。時が
経つにつれ、流動機関の存在を前提に、住宅ローンの貸し出しを行った後に、すぐに流動
化させてしまい、ローンを保有しないモーゲージバンクなる業種が登場した。モーゲージ
バンクとは、預金を集めることが認められていないノンバンクで、多くは小規模の業者が
3
手がけており、ローン創出を専業とする。その際に、流動化機関の提示している低い金利
にて貸付を行い、貸出を行った後に即時売却・流動化を行う機関であるため、銀行に比べ
価格競争力があった。モーゲージバンクは強力なコスト競争力を以ってして、商業銀行や
貯蓄銀行(S&L)からシェアを奪っていった。
これに対し、日本の住宅専門金融会社(住専)は、同じノンバンクでありながら、銀行
から借り入れた資金を元に、銀行借り入れが出来ない層を中心として貸付を行っていた。
このため、コスト競争力で銀行に勝つことは困難であったといえる。
モーゲージバンクに続いて、サービサーという業種も登場した。サービサーとは、流動
化された住宅ローンについて保全回収(サービシング)を実施する機関であり、債権者に
代わって債権取立てを行う機関である。
1970 年代になると、GNIMA、Freddie Mac, GSE といった公的流動機関が新たに設立さ
れ、証券化を前提とした流動化業務を開始した。このときから、流動機関が集めた債権を、
社債という債券を発行するのではなく、証券化して投資家に販売することによって、流動
機関は多額の資本を用意することなく、多くの債権を集め、市場に流通させることが可能
と な っ た 。 こ の よ う な 住 宅 ロ ー ン を 裏 付 け と し た 証 券 化 商 品 を
MRS(Mortgage-Backed-Securities)という。1970 年頃に登場して以降、1980 年代前半から
急速に発行が伸びている。
MBS の一種にパススルー証券という種の証券化商品も存在しており、これは買い上げた
住宅ローンについて、そこから発生する元利収入を、そのまま証券の支払いに充てる証券
化商品のことを指す。この証券の最大の特徴は、小口の元利金が毎月支払われるため、期
限一括返済が通常の債券であることを考えると、毎月キャッシュが入ってくるという点で
画期的である。尚、GNMA と GSE によるパススルー証券は、発行体自らが支払いを保証
している。その一方で Fannie Mae や Freddie Mac といった民間企業(連邦機関という位
置づけになっているが、正確には株式を上場しており、民間の資本で運営されている会社
である)が発行するパススルー証券は、対象資産そのものの信用に依存しており、MBS 発
行体は自らリスクを負わず、対象資産をオフバランス化して身軽になっている。
パススルー証券の他に、CMO と呼ばれる証券もあり、これは
1、GSE の発行したパススルー証券を再度証券化したもの
2、住宅ローンから直接組成したもの
の2つが存在する。
1つ目は、パススルー証券を投資し易くするために、キャッシュフローが異なるいくつか
の証券をまとめて再証券化する。アービトラージ CMO とも呼ばれている。
2つ目は、大手モーゲージバンク自らが発行した GSE の購入対象にならないローンを購入
して証券化して販売している。このため自らは高格付けを持っていないものの、証券化商
品の一部の支払いを劣後させた商品を組成し、残りの部分について高い格付けを得るとい
う手法を駆使した商品である。こういった住宅ローンから直接組成した民間の CMO をホー
ルローンと呼んでいる。
4
このように一口に住宅ローンの証券化、MBS といってもそのストラクチャは非常に複雑
であり、日本の「住宅ローン」とは比べられないほど様々な「仕掛け」がされているマー
ケットと言っても過言ではない。
米国住宅ローン市場について簡単にまとめると、金融機関の役割がオリジネーション(貸
出)、サービシング(保全・回収)、インベストメント(保有・投資)の3つに分けられて
いる。
第二節
米国住宅市場の現状
米国における住宅ローンは、借り手の信用力に応じて上からプライム、オルトA、サブプ
ライムの3段階に分かれている。これら3段階全てを併せた額は、約 10 兆ドルと推計され
ており、その内サブプライムと言われる信用力が低い人向けのローンは一割強の約1兆ド
ルであり、同様に MBS に占めるサブプライムの割合も一割であるとされていた1。その一
方で、2003 年には約 8%であった割合が 2006 年には 20%まで拡大したとの推計も存在し
ており2、正確な金額を把握することは極めて困難であるといえる。サブプライム延滞率は
当然ながら住宅ローン全体の延滞率よりも高く、2002 年現在でサブプライム 15%に対して
全体での延滞率が 5.5%、2003 年から 2006 年中ごろにかけて低下しているものの、06 年
後半へかけて休息に上昇3している。つまりこのような現状からは、金融自由化の推進によ
って実現すると考えられていた現実ではなく、まったく正反対であるリスクヘッジがまっ
たくなされていなかった現実がある。その証左として、米国一流金融機関の多額なモーゲ
ージ債権評価損と、それに伴う一兆円規模での損失が挙げられる。
また消費者は、Home Equity Loan(HEL)という住宅価格の値上がり益を担保とした借り
入れを行うことによって、消費を行っている。このローンは、住宅価格が上がり続けてい
る限りは、新たな借り入れや借り換えを行うことによって、消費を行う事が可能であるが、
住宅価格が下落した場合には、ローンの返済が極めて難しくなるという、リスクの高いロ
ーンである。このローンを利用し、米国消費者は借金をして消費を行っているのである。
1
2
3
日本経済新聞朝刊 2007/4/15。
日経金融新聞 2007/4/16。
日本経済新聞朝刊 2007/3/15。
5
住宅統計
図1
住宅建設着工許可数
New Privately Owned Housing Units Authorized
7,000
6,500
6,000
千戸
5,500
5,000
4,500
4,000
3,500
20
00
Q
Q21
Q
2 0 Q3
01 4
Q
Q21
Q
2 0 Q3
02 4
Q
Q21
Q
2 0 Q3
03 4
Q
Q21
Q
2 0 Q3
04 4
Q
Q21
Q
2 0 Q3
05 4
Q
Q21
Q
2 0 Q3
06 4
Q
Q21
Q
2 0 Q3
07 4
Q
Q21
Q3
Q4
3,000
Source: U.S Census Bureau New Privately Owned Housing Units Authorized
住宅統計の先行指標である、住宅着工許可数は、2006 年第一四半期をピークに急速に減速
している。このことは、住宅着工件数も急速に減速することを示しており、住宅市場の冷
え込みが長期間に渉ると考えられる。また回復の兆しも見えないことから、大規模な調整
期に入ったと見る事ができるのではないだろうか。
6
図2
新築販売戸数の推移
New Houses Sold
1,050
1,000
950
900
850
800
750
700
650
20
06
A
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Se gus
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O
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b
N
ov err
em
be
rp
600
Source: U.S Census Bureau New Residential Sales
販売については、2006 年 12 月をピークとして減少しており、その後数回の販売戸数増加
があったものの、昨夏のサブプライム危機を契機として、急激に下落が進んだ。
図3
地域別販売戸数
New House Sold
600
500
400
Northeast
Midwwest
300
South
West
200
20
06
A
Se ugu
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c
N tob
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Se ugu
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em
O berr
c
N tob
ov er
em r
be
rp
100
Source: U.S Census
Bureau New
Residential Sales
図3は、新築販売戸数を地域別に見たものであるが、販売戸数の大きい南部地区を中心に
7
落ち込みが大きいものの、全ての地域において昨夏以降大きく落ち込んでいることがわか
る。
図4
地域別平均販売単価
Average Sales Price of Houses Sold by Region
550
500
T houdsent of $
450
United States
400
Northeast
350
Midwest
South
300
West
250
200
2004 1Q
2Q
3Q
4Q
2004 1Q
2Q
3Q
4Q
2005 1Q
2Q
3Q
4Q
2006 1Q
2Q
3Q
4Q
2007 1Q
2Q
3Q
150
Source: U.S
Census Bureau
New Housses sold
この図は、平均住宅販売価格を地域別にみたものである。北東部の価格の触れ幅が非常に
大きいが、上昇トレンドが続いていたものの、2007 年第一四半期を境に下降トレンドにな
っているといえる。全米平均においても、07 年第一四半期以降は一貫して価格下落が続い
ている。
8
図5平均販売価格と販売戸数
New Houses Sold by SalesPrice
80
$125,000
$149,999
60
$199,999
50
$249,999
40
$299,999
$399,999
30
$499,999
20
3Q
1Q
07
20
06
1Q
1Q
05
20
1Q
04
20
04
20
3Q
and over
3Q
10
3Q
$749,999
3Q
20
1Q
N u m b er o f H o u ses
70
Source: U.S
Census
Bureau New
Housses sold
この図は、平均販売価格と販売戸数の関係をまとめたものである。販売戸数が増えるほど、
価格変動が激しくなるという傾向が見られる。また価格が 20 万ドル付近の住宅は 2004 年
以降、下降トレンドにあったことがわかる。しかしながら、75 万ドル以上の住宅について
は唯一上昇トレンドが続いており、住宅価格帯によって、販売数の減少率が異なっている。
9
図6
中古住宅市場と在庫
Existing Home Sales and Inventory
800
万
戸 700
600
500
400
300
200
100
0
Jul Aug Sept Oct Nov Dec Jan
Feb Mar Apr May Jun Jul p Aug Sept Oct Nov
2006
Existing Home Sales
2007
Inventory
Source:National Assocoation of Realtors Existing Home Saeles
図6は中古住宅の販売戸数と、中古住宅の在庫の数量を表している。2006 年7月には販売
が在庫を約 200 万個上回っていたが、
07 年 11 月にはその差は 50 万個ほどに縮まっている。
販売戸数の減少によって、在庫がダブついている状況であり、今後価格下落に拍車がかか
るおそれがある。また中古住宅は新築と異なり、着工減少によつ在庫削減が出来ないこと
から、在庫の積み上がりは、価格下落へ直結するといえる。
住宅市場の現状
データで示したように、サブプライム危機が起こる前より、住宅市場は頭打ちとなってい
たといえるのではないだろうか。新築販売戸数のピークは 2007 年 1 月であり、また最大市
場である北東部では 2006 年夏には既に販売戸数のピークを迎えている。しかしながら、平
均住宅価格については、2007 年第二四半期まで価格は小幅ながらも上昇している地域もあ
り、米国内で地域差を伴いながら、全体として減速していったということができるのでは
ないだろうか。そこへ昨夏のサブプライム危機が起こり、一気に市場がクラッシュしたと
考えられる。
10
図7
消費者信頼指数
Consumer Confidence
115
110
105
100
95
90
85
80
M ay- Jul-05 Sep05
05
Nov05
Jan06
M ar- M ay- Jul-06 Sep06
06
06
Dec- M ar- M ay- Jul-07 Sep06
07
07
07
Nov07
Source: Conference Board Consumer Confidence
消費者信頼指数とは、民間調査団体である Conference Board が毎月実施している、消費者
のマインド調査である。小売店売上や、個人消費統計と異なり、消費者のマインドを示し
ていることから、将来の消費の予測をする上で重要な統計資料である。昨夏のサブプライ
ム後に急激に下落し、その下落は 07 年 11 月まで続いた。12月に持ち直したものの、も
ともと年末商戦で消費が拡大する月であることを考えると、改善幅は非常に小さく、今後
消費の減少が予想される。
11
図8
個人消費
Personal consumption expenditures
124
123
122
121
120
119
118
117
116
115
2006:Q1
2006:Q2
2006:Q3
2006:Q4
2007:Q1
2007:Q2
2007:Q3
Source: Bureau of Economic Analysis
個人消費は一貫して拡大トレンドにある。しかしながら、最新の統計は昨年一杯の消費ま
でしか織り込んでおらず、年明け以降、個人消費の落ち込みが徐々に表面化しつつある4。
また、図7の消費者信頼指数が大幅な下落をしていることを考えると、年明け以降第四四
半期からは、消費にブレーキがかかるものと考えられる。
1月7日付日本経済金融新聞によれば、住宅価格の下落によって、HEL の延滞率の急速に
高まっており、2.28%と 2 年振りの高水準となっている。またこれと連動して、自動車ロ
ーンや、消費者ローンの延滞率が高水準に上昇していると報道されている。これらの債権
も住宅債権と同様に証券化されており、住宅価格下落を契機として更に損失が広がる恐れ
がある。消費は現在のところ、実績値としては拡大基調を保っているものの、先行指標が
大幅に下落していることから、近い将来大きく落ち込むものと考えられる。
まとめ
住宅市場と消費者のマインドには強い相関関係があり、住宅市場の減速が米国における消
費の減速を招いている事がデータから読み取れた。住宅価格下落に伴う消費の逆回転現象
は、昨夏のサブプライム危機を機に消費額や消費者マインドも冷え込みを見せており、正
に逆回転現象が起こっているといえる。また、住宅価格の下落は現在も継続しており、HEL
の延滞率上昇と相まって、米国における消費不振は長期化するものと考えられる。
4
日本経済新聞朝刊
2008/1/11。
12
第二章
金融工学の現状とリスクについて
はじめに
現在世界では、高騰する原油価格によって潤った中東諸国のオイルマネーや、巨額の貿易
黒字によって積み上がった外貨準備を戦略的に運用しようとするアジア諸国、日本の超低
金利を利用した円キャリートレード等によって、空前のカネ余りが発生している。この流
れは、IT バブル崩壊や 9.11 同時多発テロ以降の、世界同時金融緩和政策によってもたらさ
れたといえる。これらの巨額な資金は、運用先を求めて世界中を駆け巡り、また資金運用
需要を満たすために様々な金融商品が組成されてきた。近年急速に拡大している金融デリ
バティブ商品の市場規模等を見てみれば、その拡大の勢いを見て取る事ができる。金融自
由化によって、国境を越えた資金移動が比較的容易になり、このような環境がデリバティ
ブ商品の拡大に寄与し、Mortgage Backed Securities(住宅担保証券:MBS)の発行を極めて
容易にした上で、米国住宅債権に組み込まれたこの商品を、世界中の投資家が購入するこ
とを可能にした。住宅価格の継続的上昇を前提としたこれらの一連の流れは、その前提で
ある住宅価格が下落に転じたときに、逆回転を起こす恐れがあるのではないだろうか。即
ち、住宅価格の下落により、原債権リスクが増大しデフォルト率が上昇することによって、
単なる消費減少だけでなく、MBS証券に対してもネガティブなインパクトを与え、それ
が金融危機へとつながっていく可能性を秘めていると考える。住宅市場の動向と金融危機
との関連について、詳しく考察を行っていく。
第一節
金融自由化と米国住宅市場の動向
近年の金余りにより資金運用手段の多様化需要を背景として、様々な金融商品が組成され
てきた。特にその中でも、証券化とデリバティブが挙げられる。証券化とは、金融機関が
保有する資産を証券に組替えて売却しオフバランス化するものである。オフバランス化さ
れた債権は SPC に売却することから、金融機関は債権のリスクをリターンと共に SPC を
経由して投資家へ移転する。その際に多数の債権プールから組成することによって、投資
家に均一的なリスクの債権の販売が可能となる。その一方で原債権のリスクそのものには
変化がないために、証券化によって劇的にリスクが減少することはない。証券化された商
品が広く広まることによって、流動性リスクが減少する。このことは、同じリスクを持つ
債権であっても、投資家がよりリスクを取りやすくなるといえる。
13
証券化商品のリスク
・ 証券化される債権は比較的信用力の高い債権が多いために、証券化後にはリスクの高い
商品が残る可能性がある。
・ 証券化によって金融リスクが分離され、それぞれの金融機関の比較優位に従ってリスク
テイクを行っていくために非常に効率的になる。
・ リスクテイクに必要なリスクプレミアムを取っていないために、システミックリスクが
増大する可能性がある。つまり、リスクをカバーするために十分な対価を得ていないリ
スクテイクが、金融機関に積み上がる危険がある。この現象は、マクロショックであっ
ても市場の内部要因であっても、市場が機能不全になると流動性が枯渇し、デフォルト
の連鎖を通じて金融システム全体に深刻な影響をもたらす。
・ 流動性が高まるということは、確かに利点であったが、その一方で価格急落リスクが存
在する
以下、金融革新によって進んだ証券化・デリバティブの市場規模について述べたい。
図9
デリバティブ市場の規模
Amounts outstanding of derivatives
600000
500000
billion US$
400000
300000
200000
100000
0
Jun.1998 Jun.1999 Jun.2000 Jun.2001 Jun.2002 Jun.2003 Jun.2004 Jun.2005 Jun.2006 Jun.2007
Source: BIS Semiannual OTC derivatives statistics
図9はデリバティブ商品の新規発行額である。2004 年頃まではゆるやかであった市場拡大
のペースが、2005 年以降急激に拡大しており、わずか2年のあいだに市場規模が 2.5 倍に
達しようとしている。この背景には、世界規模で行われた金融緩和と、原油高によるオイ
14
ルマネー、新興国マネーや円キャリートレードによって引き起こされている、カネ余りが
あるものと考えられる。運用先をもとめる巨額の資金がデリバティブ商品の需要を作り出
し、その結果として、市場規模が急拡大したといえる。
図10
Asset Backed Commercial Paper(ABCP)と米国 10 年債とのスプレッド
ABCPと米国債のスプレッド
6.5
6
5.5
5
%
ABCP 30日
米国10年債
4.5
4
3.5
2007/12/1
2007/10/1
2007/8/1
2007/6/1
2007/4/1
2007/2/1
2006/12/1
2006/10/1
2006/8/1
2006/6/1
2006/4/1
2006/2/1
2005/12/1
2005/10/1
2005/8/1
2005/6/1
3
図10は、Asset Backed Commercial Paper(ABCP)と米国 10 年債とのスプレッドについ
て時系列でまとめたものである。ABCO とはその名の通り、資産を担保としたコマーシャ
ルペーパーのことであり、無担保のCPよりも低金利で発行できることから、発行額が増
加している。しかしながら、サブプライム危機によって、資産価格下落の可能性や、流動
性そのものが枯渇したことから、ABCPのクーポンレートは突如として昨夏跳ね上がっ
た。対照的に安全資産である米国債市場に資金が流れ込み、そのスプレッドは急拡大した。
07 年 6 月にはほぼ同じであった利率が、サブプライム危機後には約 2%弱開くなど、マー
ケットの混乱が見受けられる。またその後に行われた中央銀行による協調介入によって、
07 年 10 月頃に流動性が回復し、スプレッドが小さくなるものの、年末にかけて流動性がな
くなると、再び約 2%に開くなど、混乱が続いている。サブプライム危機以前の市場は、F
F金利に併せる形で、ABCPの利率も上昇していただけに、サブプライム危機が金融市
場に与えている影響の大きさが伺える。
15
FF金利と米国 2 年債スプレッド
図11
FFと米国2年債のスプレッド
5.5
5
4.5
4
FF
米国2年債
3.5
3
2.5
2008/1/5
2007/11/5
2007/9/5
2007/7/5
2007/5/5
2007/3/5
2007/1/5
2006/11/5
2006/9/5
2006/7/5
2006/5/5
2006/3/5
2006/1/5
2005/11/5
2005/9/5
2005/7/5
2005/5/5
2005/3/5
2005/1/5
2
図11は、米国における政策金利である Federal Fund(FF)金利と、短期市場である米国 2
年債とのスプレッドをとったものである。ITバブル後継続して引き上げられていたFF
金利は、しばらく中立的に保たれていたが、サブプライム危機後には、流動性枯渇懸念か
らFF金利の動きが極めて急激になった。中央銀行による流動性供給にもかかわらず、安
定しない金融市場の現状が見て取れる。また安全資産である国債市場に資金が殺到し、F
Fよりも期間が長いため金利が高いはずの国債 2 年物の利率が、FF金利を下回るという
奇妙な現象が起こっている。また、年末にかけて流動性確保のために資金需要が高まり、
FRBの流動性供給にもかかわらず、FF金利が跳ね上がるという、極めて不安定な状況
にある。
サブプライム危機後に、世界中の資金がリスクのある ABCP から資金を引き上げ、安全
資産である米国債に集中したことがうかがえる。それにより、ABCP と米国債とのスプレ
ッドが急拡大し、また FF 金利に比べ国債金利が低くなった。つまり短期金利である FF 金
利が、FF 金利よりも期間が長い2年物国債の金利を上回るという、異常な事態となったの
である。この事実こそ、昨夏に起こったサブプライム危機に端を発するクレジットクラン
チの規模の大きさを、物語っている。
16
第二節
何が重大な問題であったのか
昨今の米国サブプライムローン問題が世界中に飛び火し、クレジットクランチを引き起
こしたのは何故であろうか。これは正しく MBS に代表される証券化商品の拡大に伴うリス
クを、市場が過小評価していたからに他ならない。証券化商品とは元来、キャッシュが入
ってくる事業や債権のキャッシュを受け取る権利を、小口化して投資家に販売するもので
ある。MBS とは先ほども述べたように、住宅ローンの毎月の返済金を裏付けとして発行さ
れる証券であり、当然ながら毎月の返済が滞ってしまえば、キャッシュは投資家の元へ入
ってこない。当初の MBS 商品は FHA の保証のついた債券を証券化し、パススルー証券と
して GNMA や GSE が支払いを保証していたので、問題ではなかった。しかし、民間大手
モーゲージバンクを始めとする各機関が、支払いの劣後しているローンや、銀行から借り
入れるだけの信用力のない人々(Sub-Prime)への貸付債権を証券化して来た頃から、少し
ずつ変調してきた。そういった類のローンはリスクが高いため、当然利率は高くなり、証
券としての魅力は高まる。更には、米国住宅市場の規模は拡大し続け、価格も同様に一本
調子で上昇していた。また、Sub-Prime の人々への貸出は、借り入れをし易くするための、
当初の数年間は低利で貸付け、その後急速に利率が高まるという形の商品が大半を占めて
いたため、数年後の貸し倒れリスクが一気に高まるという構造的な問題もあった。しかし
ながら、住宅価格が上昇している限りは、住宅値上がり益を担保として、低利な貸付への
借り換え(つまり、低利貸付期間終了後に、また新たな借換を行って再び低利貸付期間の
借金をする)を行うと同時に、Home Equity Loan(HEL)という住宅値上がり益を担保と
した借り入れを行い、消費するための原資を捻出したのである。
こういった構図が成り立っている期間は、信用力が劣る人であっても、貸付に当たって
の審査がずさんであっても、数年したら値上がり益を担保とした借り換えを行えば、その
場を凌ぐ事が出来、且つ今日消費するための原資を得ることも出来たのである。
MBS を購入した投資家は、ハイリスク(Sub-Prime 向け債権)な証券化商品を購入した
ため、高い利回りを得ることが出来、これに目をつけたインベストメントバンクや、民間
モーゲージバンクは CMO 商品を組成し、前述した支払いを劣後させた商品等を以ってして
高格付けを取得した上で、世界中の投資家に転売を繰り返していた。即ち、本来最もリス
クを負うべきはずである発行体にリスクはほとんどなく、証券化商品を購入した先にリス
クが転嫁されていった。
投資銀行は、MBS投資に当たって自己資本比率の低下を防ぐため、MBS資産をオフ
バランス化するために、Structured Investment Vehicle(SIV)を通じて、投資を行ってい
た。これにより、投資銀行は資産が増えることなく、投資を行う事が可能となり、自己資
本比率の低下を免れる事が出来た。しかしながら、オフバランス化された資産について、
十分なリスク査定や、情報開示を行わなかったために、MBS商品の価格暴落とともに、
一気に財務状況が悪化したSIVを救済するために、オンバランスかすることを迫られた。
これが各金融機関の損失のインパクトとなって、サブプライム危機後の決算に影響を与え
17
たと考えられる。
これらの構図の最も根本にある前提は、正しく「住宅価格の継続的な上昇」である。こ
れが一度下落に転じると、信用力の低い人々のローン支払いが一気に滞り、MBS へキャッ
シュが流れなくなると同時に、HEL を利用して過大に消費していた人々の消費が一気に冷
めることになる。これが現実となったのが昨今起こったサブプライムローンを震源とする
世界的なクレジットクランチである。米国経済は長年このような構図の中で、個人消費を
核にして成長してきたことを考えると、住宅バブルが経済に与える影響の大きさを認識す
ることができる。
まとめ
証券化によるリスクヘッジや SIV によって、バランスシートからオフバランス化された資
産が世界中の投資家へ販売され、そのリスクが広く分散したかに思われた。しかしながら、
原債権そのもののリスクは変化しておらず、住宅価格の下落というきっかけによって、デ
フォルト率は上昇した。これによって、広く分散した MBS 商品の価値が減少し、SIV への
本体からの金融支援を契機として、オンバランス化された資産は、金融機関の収益を圧迫
し、金融危機が引き起こされたと考えられる。一度流れが逆回転を始めると、MBS 価格が
暴落し、更に評価損が拡大するという悪循環に陥ってしまう。現在においても、MBS 商品
の価格下落は続いており、商品を売りたくても売れない状況が継続し、これが更に事態を
悪化させているといえる。
18
第三章
理論的見地に基づいた分析
はじめに
主流派経済学による合理的期待仮説では、金融緩和の結果による金余りによるバブルとバ
ブルの連鎖に対して、十分に説明していない。このようなシステムを理論的に説明してい
る経済学者として、ハイマン・ミンスキーによる「金融不安定性の経済学」やジョセフ・
スティグリッツによる「信用割当論」が挙げられる。本章においては、これらの理論につ
いて説明するとともに、現状についてより理論的な説明を加えようと思う。しかしながら、
これらの理論において触れられている問題の解決策については、非現実的であるように思
われる。即ち、従来の枠内の理論では、いま眼の前に起こっている問題に対処する政策が
導き出せないのではないだろうか。問題意識で触れた「現状の経済の枠組み」自体が変化
しているのではないかとの認識に立ち、現状を正しく認識した上で、新しい視点に立った
解決策を提示したいと思う。
第一節
ミンスキー
金融不安定性の経済学
ミンスキーの主張した金融不安定性の経済学において、主流派経済理論(新古典派経済学)
では資本資産や現実の貨幣の考え方を考慮しておらず、金融恐慌を説明する枠組みが存在
していないと、新古典派経済学を批判した。主流派経済学においては主要命題として、多
数市場から成る経済に完全雇用均衡が存在し、この均衡の所在は市場の調整過程で模索さ
れるとされている。しかし、これらの命題は資本資産が存在し、資本主義的金融機関や金
融慣行を持つ経済にも当てはまるかどうかは、未だ示されていない。更には、主流派は金
融的不安定性については何も触れていない。ミンスキーの主張している金融不安定性にお
いては、資本主義経済体制下においては、金融不安定性の発生が必然であるとし、不安定
性を発生させないような金融体勢及び中央銀行・政府による介入が重要であるとした。ミ
ンスキーが主流派から異端扱いされた要因として、主流派が想定していなかった金融危機
について、必然であるとした点が挙げられる。この点については、現在起こっている「金
融危機」を理論的に理解する上で非常に重要なポイントとなっている。以下、ミンスキー
の主張している金融不安定性について、詳しく見ていくこととする。
金融不安定性理論とは
ミンスキーは、民間主体が借り入れている債務が景気拡大によって増大することによって、
債務の質が徐々に劣化していき、ある小さな出来事をきっかけとして、一気にそれらの債
務が返済不可能となり、金融危機が発生するという、これら一連の流れを通じて金融不安
定性が引き起こされるとした。資本主義においては、資本資産を負債によって所有するこ
が公に認められており、民間主体が積極的に借り入れを行ったうえで、その負債借り入れ
19
を基にして投資を行うという構造が完成している。また投資が収益を上げると、さらに投
資をするための借り入れが繰り返され、金融機関と企業が考える「安全であろう負債構造」
が緩やかになり、負債構造が悪化していく。この景気拡大の流れのなかで、
1、金融的な支払い(負債)が所得支払い(所得)に比して高まる
2、金融総資産に占める外部資産(資産価格)の下落
3、資産ブーム期待による資産価格の上昇
これらが進展していくことにより、金融的脆弱性が起こる。上記のようなインパクトをあ
る主体が発生させた後に、これが他の主体へ波及したときに金融不安定性が顕在化すると
ミンスキーは分析している。またさらに、所得水準の低下や銀行を始めとする金融機関の
倒産も同じように大きなインパクトがある。前者については、所得水準の低下がキャッシ
ュフローの減少を招き、その結果債務支払額がキャッシュフローを上回ることによってイ
ンパクトを与える。後者については、銀行倒産を通じて全ての主体に、債務構造の変化を
迫るほどのインパクトを与え、その結果従来の認識では「安全な債務構造」であったもの
が、「危険な債務構造」であると認識が変化し、これが金融システムに対して大きなインパ
クトとなる。
債務構造とは
ミンスキーは債務構造が金融システムに与える影響を非常に重要視しており、資本主義に
おける債務を掛け繋ぎ金融、投機金融、ポンツィ金融の3つに区分した。以下それぞれの
債務形態について詳しく述べる。
掛け繋ぎ金融
この債務形態の特徴としては、
負債残高>現金支払い債務額
期待粗資本所得>現金支払債務
つまり、負債残高は毎回の返済額よりも多いものの、所得が毎回の現金返済額を上回って
いる状態である。また更に
資本資産の価値>負債
であり、この状態においては現金収入が減少したとしても、資本資産を以って負債を返済
することが可能である。
キャッシュフローが黒字であることから、利子率の上昇によるデフォルトは起こらず、安
定した状態であるといえる。
投機金融
負債現金支払い>粗資本所得
投機金融の状態においては、所得よりも負債返済額が上回っている状態であるが、必要で
あればいつでも再金融が可能である状態が投機金融である。投機金融下においては、企業
20
の現在価値(資本所得の現在価値−支払い債務の現在価値)が利子率の上昇によってマイ
ナスとなる可能性がある。つまり、所得の減少と利子率の上昇によって、簡単にデフォル
トしてしまう状況であるが、景気拡大が続いていく限りにおいて、この債務形態は存続し
える。また投機金融の脆弱性として、
1、借換を行う際に市場の金利要求を呑む必要(急激な利息の上昇に直面する可能性)
2、資産満期が負債満期よりも長い。つまり利子率の上昇は、資産の市場価値を負債価値
よりも下げてしまう
3、負債構造は主観的なものであるため、支払い金額>受取所得となると、パニックが起
こる
ポンツィ金融
利息現金払い>粗資本所得
この状態では、いわゆる追い貸しと同じ状態である。つまり、利払いが所得において賄う
ことが不可能であるため、利払いのための借り入れを行うものである。このポンツィが成
立する条件として、将来において資産市場の価値が、負債を返済した後にも十分に残ると
皆が予見している限りにおいて成立する。つまり、継続的な資産価格の上昇が前提となっ
ている。REITも元本で不動産物件を購入し、賃料収入で配当を行っていることから、
ポンツィ金融の側面を持っているといえる。しかしながら、実際には投機・ポンツィ債務
は、利子非弾力的な借り入れ需要の増加をもたらす場合が多く、利子を更に上昇させ、リ
スクを増大させてしまう。
経済の安定性はこれら3つの債務形態の構成が大きくかかわっている。景気拡大や所得
拡大は、民間主体の投資意欲を増大させ、「安全な債務構造」の基準が緩和されていく過程
において、債務構造が掛け繋ぎ⇒投機⇒ポンツィへと変化していく。
家計について
負債>資産価格
という状態になっても、資産バブルが起こっている際には、負債の支払いを負債の追加発
行によって賄えるという、ポンツィ金融が企業と同様に存在している。資産価格が上昇す
る限り、既に大きな負債を抱えていたとしても、追加的な負債を借り入れて投機ブームは
発生する。この背後には、資産価格上昇を期待している債務者と債権者である金融機関の
双方が存在している。一般的に消費財や住宅は掛け繋ぎ金融によって資金調達が行われて
いる。しかしながら、所得が減少した際には、ポンツィ金融となる可能性は大いにありえ
る。その一方で資産の債務に関しては、資産価格上昇を見込んでポンツィ金融となる。つ
まり、利子率が上昇すると、将来所得の資本還元の減少予測を招き、資産価格の下落が発
生する。このことは、家計部門において特定資産の相対価格の変化が金融不安定性を招く
可能性が存在していることを示している。
21
民間主体について
民間主体においては、投資によって総需要の大きさと負債構造の存続可能性が決定付けら
れるため、投資伸び率の変化に端を発した負債構造の変化の影響が非常に大きい。また、
民間負債を起因とした金融不安定化が顕在化しやすい理由として、
1、「安全な負債構造」の判断が、債権者である金融機関と企業により主観的に決定される
2、投資の将来動向の予測そのものが、主観的性質を有している
以上 2 点が挙げられる。つまり、理論的な根拠なにし借り入れの基準や、資産価格動向が
決められているといえる。更に、負債構造が掛け繋ぎから悪化していく(借入額が増加す
る)理由として、
1、景気拡大が続いていると、負債は正しく返済される
2、借り入れを行ってレバレッジを効かせている企業ほど、業績が良くなる
つまり機関と企業の間で、貸出基準を緩めて債務を増やしたほうが、更に成長できるとい
う結論になり、このサイクルが継続し、投資増大・資産価格上昇によって好況が継続する
という構図となっている。その根幹には、資本資産所有を負債発行で可能とする資本主義
のルールともいえる構造がある。
ミンスキーの主張した金融不安定性についてまとめておくと、
金融不安定性の仮説とは、デットサイドから金融市場の不安定性を考察したものである。
すなわち、継続的な景気拡大によって、企業や個人が借り入れを増やしていく過程におい
て、その債務の質が変化していくと考えている。正常債権であったものが、投機債務へと
変化し、(返済能力を超えた借り入れによって、投資や消費を行う状態)最終的にポンツ債
権(利払いを新たな借り入れで賄う状態で、いわゆる追い貸し)となって、景気拡大が一
気に弾けるというものである。このミンスキーサイクルによって、論文執筆時の深刻な不
景気や、株式市場の暴落を観察している。以下、詳しい解説を加える。
経済の好況が継続していくと、
1、 現状での負債履行が容易に可能となる
2、 負債によるレバレッジ効果によって、負債が大きいほど収益が高い
すなわち、景気が良いということは、各企業が許容可能な負債も大きくなるということで
ある。また、資本主義の大きな特徴として、資本資産の所有が負債によってファイナンス
することができるという点である。つまり、自らの資金力以上の資産規模を持って資本資
産を所有することが可能であるため、安定成長とのトレードオフが常に存在している。つ
まり、順調に拡大している経済を、投機的な投資ブームへと誘う傾向が出てくる可能性が
大いに存在している。これこそが、金融不安定性である。
またミンスキーは、一度金融不安定性が発生した場合、第二次世界大戦以降は、中央銀行
と政府による市場介入によって、深刻な不安定性を回避してきていると述べている。この
22
裏には増大する政府支出が一国経済に与える影響を大きくし、その結果として、政府が財
政赤字を伴った財政出動を行った際に、経済に与える影響が大きくなったといえる。また
中央銀行は「最後の貸し手」として、過剰債務を抱えている金融機関に流動性を供給する
役目を担っている。この流動性供給のタイミングについて、遅ければクレジットクランチ
が、早ければインフレが発生するために、中銀の役割は非常に大きなものと位置づけてい
る。しかしながら、政府・中銀による介入によって経済は最悪の状態を脱するものの、激
しいインフレと、高失業率によるスタグフレーションが発生し、景気回復までに長い時間
がかかると分析している。そのために、中銀は常に経済動向や債務状況に注意を払い、早
い段階から予防的に行動することによって、堅実な債務状態を維持することによってのみ、
金融不安定性を防ぐ事ができると結論付けている。
第二節
現状と理論の狭間
ミンスキーは資本主義体制の下では、金融不安定性が不回避のものであるとし、なぜ不
安定性が起き、またこれを防ぐためにはどのようにしたらよいのかを検討している。経済
理論上で不安定性を認めているという点は、主流派と大きく異なる点であり、これがより
実態に合致した経済理論であるという事がいえる。だからこそ、現在多くの実務家がミン
スキーに着目し、彼の主張を再評価しているといえる。現状起こっている事柄と、ミンス
キーの主張を比べてみると、不思議なことに様々なことが合致している。つまり、昨今の
問題となっているサブプライム問題も、米国住宅市場の価格動向に端を発しており、資産
価格の継続的な上昇を予測していた多くの人々は、負債構造の悪化を考慮していなかった
といわざるを得ない。その結果が、Home Equity Loan を通じた継続的な過剰消費行動であ
り、これこそ正にミンスキーが述べていた、投機的金融に他ならない。人々の「資産価格
は継続して上昇する」という主観的な予測に基づいて、市場が形成されていたといえるだ
ろう。
しかしながら、現在の状況を観察していると、米国住宅市場に端を発したにもかかわら
ず、そのインパクトが全世界へ拡散しているといえる。ミンスキーはこの点に関して、触
れていないが、
現状は、
1、長年の金融緩和による世界規模での金余りと、金融革新による多様な金融商品の登場
によって、金融商品の残高が急激に伸びている。
2、運用資金が一瞬で国境を越えて移動し、その流れはもはや中銀で制御可能なレベルを
超えているといえる。
3、証券化、デリバティブ商品の登場によって「リスクヘッジ」の名の下に、多数の投資
家が「リスクヘッジ」された高利回り商品を購入している
これらの点によって、もはや中銀(国家)という単位では制御不可能なほどに、資金が国
23
境を越えて動き、また金融緩和による過剰ともいえる流動性によって、極めて不安定な状
況に陥っているといえるのではないだろうか。つまりは、金融的不安定性の発生に対して、
従来からの手法である、政府による財政出動と、中銀による最後の貸し手機能だけでは、
十分に機能しない恐れがでている。このことは、先日の FRB ECB England Bank との協
調行動が物語っているのではないだろうか。FRB が米国の問題である住宅市場の危機にも
はや対処しきれなくなっている現状、これこそが中央銀行・政府が一帯となって金融危機
に対処してきた従来のやり方が、通用しなくなっている証左であると考える。即ち、金融
システムやマーケットに事実上国境が無くなった以上、この大きな国境の内側にいる国同
士の経済がより密接に関連し、また経済実態とかけ離れたところで資金移動があるという
現状を踏まえた、新しい金融安定化システムが必要なのではないだろうか。
まとめ
今回の危機を通じて、長期的な視点から現在の経済構造が大きく変革していくものと考え
られる。つまり、ミンスキーの述べた従来の枠内での対応である、中央銀行による最後の
貸し手としての流動性供給と、政府による財政出動では金融機関の破綻を防ぐことは出来
たとしても、損失そのものを解消することは不可能であると考える。主要国の中銀による
流動性供給が行われているが、事態は一向に改善しない。金融緩和を行ったとしても、バ
ブルを繰り返すしかないという悪循環に陥ってしまう恐れがある。それよりも問われてい
るのは、経済構造の転換自体に着目し、長期的な視点に立ったシステム作りを行うべきで
はないだろうか。目先の対応として、流動性の供給よりも過剰に膨れ上がったデリバティ
ブの正しいリスク評価の手法を確立し、資本増強を行いながら一気に不良化した資産の処
理を進める他ないと考える。現状行われている対応は、すべて目先の流動性供給に限られ
ており、経済構造の変化に対応したものであるとは言えない。詳細については、結論に譲
るが、長期的な経済変動を意識しつつ、各国中銀・政府は対応を考えるべきである。
24
結論
ミンスキーらの理論展開によって現状に対する理論的な説明はなされたと考える。しか
しながら、ミンスキーの主張した中央銀行と政府による経済への介入によって、今回のサ
ブプライム危機を防ぐ事ができるのであろうか。もし危機の拡大を防ぐ事ができたとして
も、根本的な解決にならないのではないだろうか。現状の危機と従来の危機が大きく異な
っている点として、物価水準と景気動向が上げられる。米国経済の失速懸念にもかかわら
ず、依然として原油価格は 99 ドル付近で推移している。これは過去とくらべて大きく異な
る点であり、これによってスタグフレーションに陥る危険性があると同時に、中央銀行の
政策手段を大幅に狭めている。今回の危機を乗り越えることが出来たとしても、長期的な
視点からドルの減価が進むようであれば、米国一極集中構造が大きく変化していくことに
なると考える。今後世界経済は急速にそして大幅に変動していくなかで、従来の枠内での
経済成長に留まらず、まったく異なった次元において世界の枠組みが展開される可能瀬を
秘めている。即ち、現状において資源価格の高騰を背景としたオイルマネーの活動と、政
府系ファンドを中心とした公部門が経済に与えるインパクトは急激に拡大している。ドル
の減価(もしくは継続的な緩やかな価値減少)によって米国のプレゼンスや金融的覇権が
揺らぐことは事実であり、ドルの減価こそ米国金融資本の減少を引き起こし、これらの後
ろに控えていく国々は、中国・インド・ロシア等のナショナリズムが非常に強力な国家で
あり、特にロシアや中国においては、自らの影響圏のようなものを作り出しているのでは
ないだろうか。各国とも米国が推し進める金融自由化とグローバル化の過程で発展を遂げ
てきたため、その枠組みの延長のような体制をとるであろうが、現在のような過剰流動性
(実需から非常に乖離した通貨移動)や金融自由化、レバレッジ等についてはある程度規
制する必要があるものの、その具体的な枠組みについては、現状の枠組みでは実効性が伴
わないと考える。また米国が現在の覇権を維持したとしても、他国が従来以上にプレゼン
スを高め、米国一国では、なにも決める事ができなくなるのではないだろうか。このよう
な大きな地殻変動に加えて、インターネットと英語の普及によって、誰でも簡単に世界中
の様々な情報にアクセスすることができ、従来のような先進国の特権といったものも徐々
になくなるように考える。即ち、近い将来世界は多極化しつつ、国家という概念が薄れ、
旧共産圏によるエリア経済が誕生し、それに対しアングロサクソンや欧州が現在のEUの
ような枠組みの元、独自の展開を行っているのではないだろうか。今日のサブプライム危
機は、その大きな地殻変動の始まりのように感じられる。
25
参考文献
・ハイマン・ミンスキー著
岩佐
代市
「投資と金融」
訳
日本経済評論者
・ハイマン・ミンスキー著
1988 年発行
「金融不安定性の経済学」
吉野・浅田・内田訳
1989 年発行
多賀出版
・ハイマン・ミンスキー著
「ケインズ理論とは何か」
堀内昭義訳
1999 年発行
岩波書店
「マクロ経済学の進歩と金融政策」
・片桐謙著
「アメリカのモーゲージ金融」日本経済評論社 1995 年発行
・レオ・パニッチ著
「アメリカ帝国主義と金融」
渡辺雅男訳
2005 年発行
こぶし書房
・加藤出・山広恒夫著
「バーナンキのFRB」
・スティグリッツ・グリーンワルド著
藪下史郎訳
東京大学出版会
・ジェリー・マンダー著
2003 年発行
2000 年発行
朝日新聞社
・デービッド・シシリア著
「グリーンスパンの魔術」
伊藤洋一訳
日本経済新聞社
2000 年発行
「グリーンスパンの嘘」
あ・うん
・ニコラス・ダンバー著
2005 年発行
「LTCM 伝説」
グローバルサイバーインベストメント訳
・山城秀一著
2003 年発行
「グローバル経済が世界を破壊する」
小西祐一郎訳
藤原直哉訳
2006 年発行
「スティグリッツマクロ経済学」
東洋経済新報社
・ラビ・バトラ著
ダイヤモンド社
「新しい金融論」
内藤純一・家森信善訳
・スティグリッツ著
有斐閣
1997 年発行
・清水啓典著
東洋経済新報社
「アメリカの政策金融システム」国際書院
・速水優著
「中央銀行の独立性と金融政策」
・藤木裕著
「金融市場と中央銀行」
2001 年
2007 年発行
東洋経済新報社
東洋新報社
1998 年発行
・New York Times 2007 年 3 月 11 日付
・FRB ホームページ
www.federalreserve.gov/
・U.S. Department of Commerce ホームページ
・U.S. Census Bureau ホームページ
・国際決済銀行ホームページ
www.bea.gov/
www.census.gov/
www.bis.org
26
2004 年発行
Fly UP