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Title カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 Author(s
Title カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 Author(s) 太田, 貴幸; 笠井, 稔雄 Citation 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 66(1): 331-346 Issue Date 2015-08 URL http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7826 Rights Hokkaido University of Education 北海道教育大学紀要(教育科学編)第66巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 66, No.1 平 成 27 年 8 月 August, 2015 カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 ― 北海道教育委員会「学校力向上に関する総合実践事業」の実践指定校における調査研究を通して ― 太田 貴幸・笠井 稔雄* 北海道教育大学大学院教育学研究科高度教職実践専攻高度教職実践専修 * 北海道教育大学大学院教育学研究科高度教職実践専攻学校経営研究室 A Study on School Improvement by Curriculum Management OHTA Takayuki and KASAI Toshio Department of Advanced Teacher Professional Development Programs, Graduate School of Education, Hokkaido University of Education 概 要 「カリキュラム・マネジメント」は比較的新しい概念であり,教育課程行政においてその必 要性は強く認識されているが,各学校においてカリキュラム・マネジメントを意識した実践は まだ少ないのが実態である。そこで本稿では,先行研究を踏まえてカリキュラム・マネジメン トの考え方を整理するとともに,北海道教育委員会「学校力向上に関する総合実践事業」の実 践指定校における取組を調査し,分析・考察した結果,カリキュラム・マネジメントは間違い なく「効果のある学校」を出現させることと,教務主任が行うカリキュラム・マネジメントの ポイントを明らかにすることができた。 問題の所在 「カリキュラム・マネジメント」は比較的新しい概念であるが,平成20年の中教審答申「幼稚園,小学校, 中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」では,各学校に対して「カリキュラ ム・マネジメントを確立すること」を求め,平成26年の文部科学大臣の諮問「初等教育における教育課程の 基準等の在り方について」でも,新しい学習指導要領の在り方に関し,中教審に対して「カリキュラム・マ ネジメントを普及させる」方策を検討するよう求めている。 このように,教育課程行政においてその必要性は強く認識されているが,全国的に見ても,各学校におい てカリキュラム・マネジメントを意識した実践が展開されてきているとは言えない状況にある。 そこで本稿では,先行研究を踏まえてカリキュラム・マネジメントの考え方を整理するとともに,学校現 場でどのように実践されているのかを調査し,今後のカリキュラム・マネジメントのポイントを提案する。 331 太田 貴幸・笠井 稔雄 Ⅰ カリキュラム・マネジメントが求められる背景 カリキュラム・マネジメントが求められるようになったのは,平成10年の中教審答申「今後の地方教育行 政の在り方について」で各学校に自律的学校経営が求められ,同年告示された学習指導要領において総合的 な学習の時間の導入を核とした教育課程の基準の大綱化・弾力化が示されたことから始まる。 それまでも, 「学校裁量の時間」の実施(昭和52年),生活科の新設や選択教科の拡大(平成元年)などの 経験はあったものの,カリキュラムを一から作らなければならない総合的な学習の時間の導入をはじめ,目 標や内容の複数学年配当,合科的な指導の拡大,1単位時間の弾力的運用などは,学校や教師にカリキュラ ムの開発とマネジメントに関する高度な能力を求めるものであった。 そこで,平成15年の中教審答申「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策につい て」において, 「校長や教員等が学習指導要領や教育課程についての理解を深め,教育課程の開発や経営(カ リキュラム・マネジメント)に関する能力を養うことが極めて重要である」と指摘され,教育課程行政では じめて「カリキュラム・マネジメント」という用語が使われるようになった。 その後,学習指導要領に示していない内容を加えて指導できること,総合的な学習の時間の目標と内容を 各学校が定め全体計画を作成すること,さらには食育やキャリア教育,学力向上,言語活動の充実など新た な教育課題への対応などが求められ,平成20年の中教審答申「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別 支援学校の学習指導要領等の改善について」では, 「各学校においては,このような諸条件を適切に活用して, 教育課程や指導方法等を不断に見直すことにより効果的な教育活動を充実させるといったカリキュラム・マ ネジメントを確立することが求められる」と,改めてその必要性を強調している。 このように,カリキュラム・マネジメントは,学校の裁量権拡大の動きの中,学校課題の解決を志向し, 学校改善の中核として自らの学校の教育力(「学校力」)を高め,子どもたちにとってより充実した教育を提 供するものとして期待されており,今後,この傾向はさらに強まるものと予想される。 Ⅱ カリキュラム・マネジメントとは カリキュラム・マネジメントについて,田村(2010)は,「学校の教育目標を具現化するために,評価か ら始まるカリキュラムのマネジメントサイクルに,組織文化を含めた学校内外の諸条件のマネジメントを対 応させ,これを組織的に動態化させる課題解決的な営み」と定義している。 つまり,カリキュラム・マネジメントには,①教育目標を実現するため,自校の子どもが抱える課題の解 決に有効な教育内容・方法を組織する,②人,物,財,組織・運営,時間,情報などの条件整備を着実に行 う,③隠れたカリキュラムまでを含めた学校文化の改善や形成を重視する,④評価から始まるマネジメント サイクルの進行管理を確実に行うなどの特徴があり,学校の教育目標を実現するために,カリキュラムを核 として,学校課題の解決を目指す学校改善のプロセスそのものである。 一方,組織マネジメントについては, 「学校の内外の能力・資源を開発・活用し,学校に関与する人たち (1) と定義されているが,これは, のニーズに適応させながら,学校教育目標を達成していく過程(活動)」 学校が急激な社会の変化に対応できるよう柔軟で強靭な組織開発を目指し,目標や計画,評価などをこれま で以上に明確にしてマネジメントサイクルを活性化する戦略的な学校経営を展開するためである。 つまり,組織マネジメントには,①学校の共有ビジョンを形成し具現化する(ビジョンづくり),②教育 活動の組織的な改善を促す(組織づくり),③教職員の職能成長を促す(人づくり),④家庭や地域社会と協 働・連携する(互恵的な関係づくり)などの特徴があり,組織マネジメントとカリキュラム・マネジメント 332 カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 の関係を考えるならば,校長が行う組織マネジメントの中核にカリキュラム・マネジメントが位置付くもの と言えよう。 Ⅲ カリキュラム・マネジメントの方法 1 校長の学校経営ビジョンを踏まえた取組内容の重点化 カリキュラム・マネジメントは,子どもを中心に据えた課題解決的な営みであることから,まずは自校の 学校課題を明確にする必要がある。 (2) に着目したミッション・マネジメ そのためには,「学校経営のMVP(ミッション,ビジョン,プラン)」 ントの手法が有効である。 具体的には,自校の社会的使命や存在意義(M)を改めて吟味し,目指す学校像や子ども像,地域像など を描きながら,目標とすべきものと実態との差から学校課題を焦点化するとともに,学校課題を解決するた めに3年程度のしっかりした中期ビジョン(V),それも学校の関与者に共有・支持されるものを設計した 上で,単年度の学校経営計画(P)を作成するものである。 このようにして設計・作成した中期ビジョンや単年度の学校経営計画を十分踏まえ, 「学力向上プラン」 「心 を育てるアクションプラン」 「○○学校新生プラン」など,教職員はもとより,子ども,保護者,地域住民 に分かりやすい形でカリキュラム・マネジメントの取組内容を重点化することが大切である。 2 学校としての推進体制の確立 カリキュラム・マネジメントを推進するには,教職員がコミュニケーションをとりながら,目標に向かっ てPDCAサイクルを迅速に回していくための中核組織や日常的な話し合いの場が必要である。 すでに, 各学校には管理職や主任層により重要案件を検討する校務運営委員会や企画委員会などがあるが, これらをカリキュラム・マネジメントの中核組織と位置付けて機能させたり,「学力向上委員会」等の新た なプロジェクトチームを立ち上げて活性化を図ったりするなど,各学校の実情に応じて,カリキュラム・マ ネジメントにかかわるコミュニケーションが活性化するよう工夫することが大切である。 3 教務主任による進行管理の工夫 校長の学校経営ビジョンを踏まえ,全教職員が協働してカリキュラム・マネジメントを推進するときの 「要」となるのが,教務主任である。その進行管理のポイントは,以下の5点であると考える。 ⑴ カリキュラム全体の連関性の明確化と教職員の協働性の促進 中留(2010)は,カリキュラム・マネジメントの基軸を「目標―内容系列おける『連関性(relevance)』 と条件整備系列における『協働性(collaboration)』」にあるとしている。 これは言い換えると,教育活動(カリキュラム)において,各目標間,各教科等間,学年間,学校段階間 等の間で,目標・内容・方法などの相互の「連関性」を明らかにし,意図的・計画的に指導に当たることに より,子ども自身が各教科等で学んだ知を総合化し教育効果を上げることができ,そのことが,経営活動(マ ネジメント)において教職員や家庭・地域との協働性を大いに促進するということである。 したがって,教務主任は,カリキュラム全体の連関が示されている「学年・学級経営プログラム」や「年 間カリキュラム」等を活用し,各教員が常にカリキュラム全体のつながりを意識して意図的・計画的に指導 するよう促すとともに,教職員や保護者・地域住民をつなぎ,協働して組織的に取り組むよう支援すること が大切である。 333 太田 貴幸・笠井 稔雄 ⑵ 目指す子ども像,目標,取組内容,取組期間,評価指標等の設定 カリキュラム・マネジメントを推進するには,これまでのカリキュラム評価から始め,子どもが抱える課 題の要因を検討し,目指す子ども像を明らかにするとともに,教職員と子ども,保護者,地域住民などが一 緒に目指すことができる具体的な目標や取組内容,取組期間,評価指標等を設定することが必要である。 また,学校として授業規律や指導方法,板書やノートの書き方などについて共通の取組を展開し,一定の モデルやルールを定着させることは,子どもを継続的に育成するという観点から大変重要なことである。 このようなことから,子どもにどのような力を付けるために,そのような取組を,いつまで行うのか。そ してどの程度身に付けばよいとするのかについて,あらかじめ共通理解を図っておくことが大切である。 その際,達成度を客観的にとらえるために,数値化や文章化も含め,目標の達成状況を把握するための「成 果指標」や取組状況を把握するための「取組指標」を設定しておくことが必要である。 ⑶ 取組内容の進捗状況や子どもの育ちについての可視化 カリキュラム・マネジメントを着実に推進していくには,学校の中期ビジョンや年度の学校経営計画を踏 まえた取組内容の進捗状況や子どもの育ちについての可視化が必要である。 具体的に言うと,目標や目標間の連関,教科等間の連関,指導内容や方法の連関,授業時数の状況,教育 活動や条件整備の充実の様子,子どもの変容などをはじめ,大きな成果だけでなく見落としそうな小さな成 果,滞っている部分への働きかけや大きな変更点の提案等について,教職員や子ども,保護者,地域住民な どに分かりやすく積極的に情報を提供していくことが必要である。 このようなことから,教務主任は,教務だよりや掲示板,週案などを活用し,自校の「学力向上プラン」 や「心を育てるアクションプラン」などの進捗状況や子どもの育ちなどを可視化し,教職員や子どもの自信 や信頼を高めるとともに,取組意欲のさらなる高揚に努めることが大切である。 ⑷ よりよい学校文化の創造 児島(1993)は, 「学校内部の諸問題は教育課程だけの問題ではない。教育課程を改訂すれば問題は片付 くものではなく,それをも包み込んだ大きな何かが問題の背景にある。その大きな何かが『学校文化』の問 題である」とし,カリキュラム・マネジメントと学校文化との相関の深さを指摘している。 学校の「組織(教師)文化」とは,その学校の多くの教職員に共有されているものの見方や考え方,行動 様式のことであり,これにその学校の子どもたちに根付いている「児童生徒文化」やその学校に定着した「校 風文化」を加えたものが「学校文化」である。この「学校文化」,特に「組織(教師)文化」がポジティブ でないと, カリキュラムの開発もマネジメントも形骸化していくということだが,そこで問われるのが校長・ 教頭や教務主任などスクールリーダーのリーダーシップ・マネジメント能力である。 したがって,教務主任は,自身のリーダーシップ・マネジメント能力の向上に努めながら,カリキュラム・ マネジメントを推進するとともに,そこで芽生え始めたよりよい「組織(教師)文化」や「児童生徒文化」 を新たな「学校文化」として定着させることに意を用いなければならない。 ⑸ ミドル・アップダウン・マネジメントの工夫 カリキュラム・マネジメントに関する教務主任の役割は,校長の学校経営ビジョンを実現するために,カ リキュラム・マネジメントの具体的な取組内容や推進方法を教職員に示し,効果的な教育活動と経営活動を 展開していくことである。 そのためには,教務主任はヒューマン・スキル(対人関係能力)を身に付け,トップ(校長・教頭)との 意思疎通を図りつつ,常にボトム(一般教職員)の思いを受け止めながら連絡調整や指導支援に努め,教育 活動の協働的な推進に向けて組織を一体化させていくことに意を用いなければならない。また,同僚教職員 や若手教師の職能成長を促すことも自らの任務であることを忘れてはならない。 334 カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 なお,露口(2008)が,「校長が変革的リーダーシップを発揮している状況下では,教頭・教務主任・研 究部長のリーダーシップが促進されるのに対し,校長がそれを発揮できていない状況下では,ミドルリーダー 層のリーダーシップは抑制され,特に教務主任のリーダーシップが機能しない」ことを明らかにしているこ とから,校長が変革的リーダーシップを大いに発揮することが必要であることを強調しておきたい。 Ⅳ カリキュラム・マネジメントの実際 1 検証内容・方法等 A小学校は, 平成25年度から,北海道教育委員会の「学校力向上に関する総合実践事業」の「実践指定校」 として,校長・教頭のリーダーシップのもと,全教職員が一つのチームとなって包括的な学校改善や学校力 の総合的な向上に取り組み,「学び続ける学校」のモデル的な姿を全道の学校に発信している。 そこで本研究では,A小学校の包括的な学校改善の中でも,教務が行っているカリキュラム・マネジメン トの実際を観察・調査し,今後のカリキュラム・マネジメントの在り方を探ろうと試みた。 具体的には, 次のような観点で参与観察・聞き取り・資料収集等を行い,成果と課題を検証するとともに, 今後のカリキュラム・マネジメントの方向性について考察する。 ⑴ 「学校運営実習」の一環として,カリキュラム・マネジメントの在り方を探求する。 ⑵ 調査期間は,平成26年5月7日(水)から平成27年1月29日(木)までとする。 ⑶ A小学校の「学力向上プラン」に関わるカリキュラム・マネジメントの実際を観察・調査する。 ⑷ 管理職や教務主任へのヒヤリング及び日常業務のジョブシャドーイングを行う。 ⑸ 6年生に所属し,TTを行いながら,教職員の日常業務・指導状況等の観察・調査を行う。 2 結果と分析・考察 ⑴ 校長の学校経営ビジョンを踏まえた取組内容の重点化 カリキュラム・マネジメントは,自校の学校課題を解決し子どもの教育的成長を目的として行われる学校 改善の営みである。そのためにも,まず,学校課題を適切にとらえた校長の学校経営ビジョンを踏まえ,取 組内容を重点化することが重要である。 A小学校は,北海道教育委員会が平成24年度から実施している「学校力向上に関する総合実践事業」の指 定を受け,学校力向上に向けた4領域26項目の学校改善の視点に基づいて包括的な学校改善に取り組み,子 (3) どもの「生きる力」をはぐくむための教育活動の充実を図っている。 北海道教育委員会(2014)によると, 「学校力」とは, 「個々の教員の力に過度に依存しないチーム力」「学 校が一体となった組織的な力が生む教育力」であるとし,それに沿ったカリキュラムづくりのポイントや具 体的取組について例示している。また,学校改善の視点に基づいた実践の推進を介して, 「学び続ける学校」 という新たなモデルとなる仕組みの構築を目指している。 その背景には,教育の機会均等とその水準の維持向上という視点から見たときの,本道の子どもの学力・ 体力がともに全国平均を下回っている現状がある。 「社会で自立して生きていくために必要な最低限の学力」 を保障するためにも,教職員一人一人が自分の役割を再確認し,学校組織の一員として学校改善策に参画す る意識を高めることが求められているのである。 これを受け,A小学校の「平成26年度学校経営方針」(2014)では,「本校の教育目標を達成するために, 全教職員の共通理解・協働体制を基盤として,昨年度までの課題解決につながる学校づくりを目指す」とし て, 緊要な学校課題を「確かな学力の定着を全校体制で取り組み学校改善を推進するとともに,スクールリー 335 太田 貴幸・笠井 稔雄 ダーを核としてミドルリーダーや若手教員の育成に資する研修システムの構築」とし,年度の重点教育目標 を「確かな学力をはぐくみ 学ぶことを楽しむ子供の育成」とした。 重点教育目標の「確かな学力をはぐくむ」の解説の中には,各教科や全教育活動を通して,また家庭と連 携して「そろえる活動を重視」するという文言が明記されており,全教職員が目標を共有し,協働して取り 組むことで学校改善を推進していくという強い意志がうかがわれる。また,「学ぶことを楽しむ」の解説の 中には,集団の中で互いに学び合う中で,子どもが分かる,できる,楽しいといった実感や喜びを伴うこと ができる教育実践に取り組むことを意図している。 こうした学校経営方針の具体化を図るために,7つの「経営の重点」と9つの「指導の重点」が提示され ている。特に「経営の重点」の1には,次の表1のとおり全校体制で取り組む学校改善の推進に関わる取組 が明確に示されている。 表1 平成26年度「経営の重点」の1 1 学校力の向上を目指し,協働体制を基盤にした一体感のある学校経営の推進 ① 課題の焦点化により経営参画意識を高め,全校体制で取り組む教育活動の明確化 ② 報連相の徹底で,校長までの情報の共有化を図り,迅速に対応できる組織と分掌機能の確立 ③ 教育活動の評価を工夫し,適宜,校務の改善につなげることができる職員集団の育成 ④ 本音で語れる職場風土の醸成と子供の学びの実態を共有し改善できる職員の実践力の確立 また,学力の定着に関しては,次の表2に示すとおり,主に「指導の重点」の1の中にその具体的取組が 示されている。ここで明記されている「学力向上プラン」は,後述する「全校でそろえる10の活動」を軸に した取組で,全教職員がその取組内容を共有できるよう,分かりやすい形で構成されている。 表2 平成26年度「指導の重点」の1 1 学力向上プランに基づき確かな学力をはぐくむ学習指導の工夫・改善 ① 年間計画に沿って基礎的・基本的な学習内容の確実な定着を図る指導体制の実施 100% ② 学習習慣の定着に役立つ大有っ子ドリル(宿題)の取組を年間を通して実施 実施・準備・活用 ③ 学びに集中できる学習用具の準備と家庭学習の習慣化につなげる手引きの活用 ④ 学力の成果指標は,全国学力・学習状況調査,学力検査などの結果が,全国平均以上 このように,A小学校は,校長が適切な学校経営方針を示し,具体的な「学力向上プラン」をもとに,全 校をあげて,重点化した取組を徹底して実践していくことで,着実に学校改善を進展させている。そして, その中で全教職員の共通理解・協働体制が一層強固なものになり,子どもも教職員も日々大きく変容してい るのは,大きな成果であると言えよう。 今後,A小学校がさらなる学校改善や学校力の向上を目指すためには,自校の社会的使命や存在意義を改 めて吟味し,目指す学校像や子ども像,地域像などを描きながら学校課題を焦点化しつつ,3年から5年程 度のしっかりした中期ビジョン,それも学校の関与者に共有・支持されるものを設計した上で,単年度の学 校経営計画を作成することが必要である。 そして, 「A小学校 中期学校改善計画」「A小学校 新生プラン」「A小学校 新学力向上プラン」「A小 学校 心を育てるアクションプラン」などの形で,教職員はもとより,子ども,保護者,地域住民に分かり やすく提示し,カリキュラム・マネジメントの取組内容を重点化・可視化することが大切である。 ⑵ 学校としての推進体制の確立 カリキュラム・マネジメントが効果的に展開されるためには,教職員同士のコミュニケーションを欠かす 336 カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 ことができない。教室や職員室等で日常的に情報交換することも大切であるが,カリキュラムを一括して進 行管理し,その実施状況や改善策を見出す推進体制を確立することが必要である。 A小学校では,包括的な学校改善を推進するために,教頭を中心とした「学校力向上委員会」が設置され ている。この委員会に所属する教職員はそれぞれ,学力向 上担当としての教務主任,初任者研修担当教諭,地域連携 担当教諭,教職大学院担当教諭,校内研修担当教諭,学年 【学校力向上に向けた 学校改善の4領域】 代表教諭,事務職員となっている。これらは,次の図1に 【学校力向上委員会】 ⑴ 示すような学校力向上に向けた学校改善の4領域と深く関 ⑵ わるメンバーであり,それぞれが各領域のリーダーとなっ ⑶ て学校改善に努めていた。 ⑷ このように,学校改善の4領域を担当する中心メンバー が集い,それぞれの進捗状況や課題等を話し合う場が設定 されていることは,組織的な学校改善を進める上で重要な 役割を果たしていると言える。 図1 学校力向上における4領域の学校改善の 視点と「学校力向上委員会」との関連 (A小学校の校務運営組織図をもとに筆者作成) 今後, A小学校がカリキュラム・マネジメントの一層の充実を目指すためには,この「学校力向上委員会」 をカリキュラム・マネジメントの中核組織と位置付け,教務主任が「学力向上プラン」の進捗状況や課題等 を報告し,各委員との協議の中から改善策を見出す場として機能するよう工夫することが必要である。 ⑶ 教務主任による進行管理の工夫 教務主任は,校長の学校経営方針を受け,カリキュラム・マネジメントを推進する中心的な立場としてそ の実働的な部分を多く担っていることから,各取組の目的を明らかにし,人と人をつなぎ,カリキュラムの 進行管理をすることはとても重要である。 A小学校の教務主任は,校長の学校経営方針に基づき,組織として全校児童の学力向上を図るための具体 的取組内容を,図2のような「学力向上プランイメージ図」として提示した。 ここには,主に3つの学力向上策が提示されている。 まず1点目は,「全校でそろえる10の活動」である。この活動は,重点教育目標とも関連し,「そろえる活 動」という視点から,学習規律や生活規律,言語活動等の活動を全校でそろえ,習慣化・定着させることに より, 子どもの学力向上を図ることを目的としている。また,2点目は, 「副担任等の協力による学力向上(担 【オール北海道で目指す目標(平成 25 年度教育行政執行方針)】 ・基本姿勢 ・義務教育において ・学力について 【上川学力ガイドライン】 1基礎・基本の定着を図る授業改善 2学習時間の確保 3キャリア教育の推進 【A小平成 26 年度重点 教育目標】 確かな学びをはぐくみ,学ぶ ことを楽しむ子供の育成 26 年度「全校でそろえる 10 の活動」全校児童が共通した取組(1 年も 6 年も)・新卒もベテラン教師も足並みが揃う取組 1学習規律の定着 6国語辞典の活用 児童(教師)の「行動をそろえ」 , 習慣 2立腰教育(新) 7クラスの言語環境 化させ,定着させることにより,児童 3Aっ子の手引き 8学び直しの重視 (学校)の変容につなげる活動 4音読・暗唱活動 9チャレンジテスト 【3・7・30 の法則】 5読書活動の充実 10 キャリア教育の推進 副担任等の協力による学力向上(担任を支える活動) 春(秋)の 放課後ミニ教室 算数強化の 朝自習 TT・習熟度別 学習 特支との連携 特別支援に学ぶ 図2 A小学校「学力向上プランイメージ図」(教務主任の提案資料をもとに筆者が簡略化し作成) 337 太田 貴幸・笠井 稔雄 任を支える活動)」である。具体的には,春(秋)の放課後ミニ教室,算数強化の朝自習,TT・習熟度別学 習を通じて,学習時間の確保や個に応じたきめ細かな指導により学力向上を図ることを目的としている。最 後に,3点目として,特別支援教育との連携を視野に入れた学力向上策を提示し,A小学校の全校児童の学 力を,全教職員の力で向上させていくことが示されている。 このプランを基に,教務主任が中心となり,学力向上に重点を絞ったカリキュラム・マネジメントが1年 を通して展開された。 ア カリキュラム全体の連関性の明確化と教職員の協働性の促進 教職員にとって,常に教育活動(カリキュラム)全体を見渡し,各教科等の目標・内容・方法の連関を十 分に理解し,意図的・計画的に指導に当たることは,子どもの学びをつなぎ深化させる上でとても大切なこ とである。また,相互の連関を明確にした教育活動を推進するためには,教職員の協働が必要となることか ら,その促進を図ることも大変重要である。 A小学校では,子どもの実態や地域の特性を生かした教育課程を編成して,子どもの「生きる力」をはぐ くむ教育活動を日々実践しているが, 「学力向上プラン」に示されている「全校でそろえる10の活動」は, そうした多くの教育活動の基盤となっている活動である。 この活動は,子ども(教職員)の行動をそろえ,習慣化させ,定着させることにより,子ども(学校)の 変容につなげる活動である。したがって,全教職員が目的を共有し足並みを揃えようと意識して行動・指導 することで,6年間を通じてぶれ幅の少ない教育活動を展開することができる。また,その活動内容につい ては,教職員の自己評価や児童アンケート等から定着具合を分析・考察して,重点目標を設定したり毎年精 選と改訂を重ねたりしていることから,喫緊の学校課題に対応した取組になっていると言える。 次の表3に平成26年度版の「全校でそろえる10の活動」を示す。(概要後方の年度は,それぞれの活動が スタートした年度である。) 表3 平成26年度「全校でそろえる10の活動」 そろえる活動 概 要 1 学習規律の定着 Aっ子学習の決まりを身に付けさせます。H25~ 2 立腰教育(新!) 立腰教育に取り組みます。姿勢を正しくします。H26~ 3 Aっ子の手引き 学習・生活習慣の向上を目指したチェックシート H24~ 4 音読・暗唱活動 国語の時間の詩の暗唱・暗唱検定 H22~ 5 読書活動の充実 学級文庫(100冊以上)の設置,朝読書 H22~ 6 国語辞典の活用 3年生以上は,1人1冊辞書を携帯し活用 H22~ 7 クラスの言語環境 学習内容や学習用語等掲示・言語環境充実 H22~ 8 学び直しの重視 子どもの学習を確実なものにするために,補充的な学習の充実を行います。 Aっ子ドリル等 H26改訂 9 チャレンジテスト オール北海道で目指す目標に関する国・算の練習問題 H23~ 10 キャリア教育の推進 「人間関係を築く力」を重点的にはぐくみます。H24~ 338 カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 ここで,中留(2010)が提唱する「目標―内容系列おける『連関性(relevance)』」を踏まえ,これらの 活動が,学校全体のカリキュラムにおいてどのようにつながっているかを,次の表4のように筆者が整理し た。 表4 平成26年度「全校でそろえる10の活動」における「目標―内容系列における『連関性』」 そろえる活動 1 学習規律の定着 2 立腰教育(新!) 3 Aっ子の手引き 活動のねらい 学校教育目標 他 学校教育目標 よりよい学習習慣 「かしこく なかよく たくましく」 ・生活習慣の定着 意欲的に学ぶかしこい子 他を思うなかのよい子 ねばり強いたくましい子 4 音読・暗唱活動 5 読書活動の充実 言語活動・言語環 6 国語辞典の活用 境の充実 7 クラスの言語環境 8 学び直しの重視 基礎的・基本的な 9 チャレンジテスト 知識・技能の定着 10 キャリア教育の推進 自己肯定感の育成 年度の重点教育目標 「確かな学力をはぐくみ 学ぶことを楽しむ子供の育成」 確かな学力をはぐくみ ⇒各教科等,全教育活動,家庭と連携して「そろえる活動」を重視する 等 学ぶことを楽しむ ⇒基本的な生活習慣と節度ある生活態度,互いのよさや違いを認め合える支持的風土の 醸成,体験的な学習や問題解決的な学習を通して学び方の質を高める 等 研究主題 「分かる」「できる」「楽しい」授業で学力の向上を図る このように,そろえる活動のそれぞれのねらいは,「よりよい学習習慣・生活習慣の定着」「言語活動・言 語環境の充実」 「基礎的・基本的な知識・技能の定着」「自己肯定感の育成」と,大きく4点に絞ってまとめ ることができる。 活動のねらいと教育目標等との連関に目を向けると,例えば,「基礎的・基本的な知識・技能の定着」と いう活動のねらいは,学校教育目標における「意欲的に学ぶかしこい子」,年度の重点教育目標の「確かな 学力をはぐくみ」という部分としっかり連関している。つまり, 「全校でそろえる10の活動」の活動内容は, 「学校教育目標」や「重点教育目標」,「研究主題」と深くつながりを持った活動として推進されていること が分かる。 また,A小学校の教務主任は, 「条件整備系列における『協働性(collaboration)』」を高めるために,「全 校でそろえる10の活動」のそれぞれの意義や教師がそろえる具体的な姿,指導のポイント,具体的推進方法 等を分かりやすく解説した資料を作成し,全教職員の共通理解を図っている。こうした資料を全教職員で共 有することは,活動への理解や必要感を高める上で効果的であった。 なお,行動をそろえ習慣化させるのは,何も子どもだけでなく「教職員自身も」という点がこの取組の重 要なポイントであることから, 「全校でそろえる10の活動」の推進そのものが,全教職員の協働性を高める 具体的方策であったと考えられる。 今後は,年度の重点教育目標の実現を目指すために,各教科,道徳,特別活動,総合的な学習の時間,外 国語活動などカリキュラム全体における目標・内容・方法等の相互の連関性を明らかにした「学年・学級経 営プログラム」や「学年別年間カリキュラム」等を工夫し,全教職員が常に教育目標の実現に向け,教育活 動全体のつながりを意識して意図的・計画的に教育活動を推進するよう促すことが大切である。 また,このようにカリキュラム全体の連関性を重視することは,必然的に教職員や保護者・地域住民をつ なぐことにもなるため,経営活動における協働性を高めることにも引き続き配慮が必要である。 339 太田 貴幸・笠井 稔雄 イ 目指す子ども像,目標,取組内容,取組期間,評価指標等の設定 カリキュラム・マネジメントを推進するには,目指す子ども像を明らかにするとともに,具体的な目標や 取組内容,取組期間,評価指標などを適切に設定することが必要である。 A小学校の教務主任は,子どもの実態を分析してその課題を明らかにし,考察した結果から取組の重点を 定めるとともに評価指標や取組期間等を設定していた。 次の表5は,1学期の取組の分析を踏まえ,1学期末から3学期の初めまでの重点的取組と目標設定の一 部である。1学期の取組を評価・分析・考察し,2学期に重視する「全校でそろえる10の活動」(特に学力 向上につながったと考えられる3つの活動~「1 学習規律の定着」,「3 Aっ子の手引き」,「8 学び直 しの重視」 )を明確に示し,さらに定着を図るという目的で新たな目標を提示している。 なお,実際の提案資料は,数値やグラフ等を用いて子どもの実態を分かりやすく可視化することで,教職 員の共通理解を図っていた。 表5 平成26年度「全校でそろえる10の活動」の重点的取組と目標設定(1学期末~3学期初め) 重視する活動と数値目標の設定 (2学期に向けて) 評価結果 (2学期末) 新たな改善点と数値目標 (3学期に向けて) ・規律4~話の聞き方 ・規律6 ~次の学習の準備 ・3学期末の児童の評価 ⇒3以上を目指す (4段階評価) 1 学習規律の定着 ・2学期末の児童の評価 ⇒その中でも ⇒3以上を目指す 「規律4~話の聞き方」 (4段階評価) 話し手(教師・児童) を見て,最後まで黙って 聞くように指導すること 児童の取組に対する自己評 価(4段階評価) (1学期)2.9 ➡ (2学期)2.8 3 Aっ子の手引き ・手引きの提出率 ⇒2学期以降の改善点 ⇒100%を目指す 取組の様子を児童・保 護者・教師がより可視化 できるように,できたか どうかを○△□で自己評 価し,その数を記入させ ること(反省の具体化を 図る) ・1,2月の手引きの提出 (1学期)ほぼ100% 率 ・6月は未提出のクラスも ⇒(初の)100%を目指 有り す ➡ (2学期)ほぼ100% ・取組の様子を可視化する ・実際の提出率は98%前後 ための○△□での自己評 であった。 価を継続する。 ・毎月3名前後の未提出者 8 学び直しの重視 ⇒具体的取組を通じて ⑴ Aっ子ドリルの取組 ⑵ 算数の朝自習の取組 ⑶ 秋の放課後ミニ教室 ⑷ 評定1の児童への配慮 ・評定1 (2月の学力検査) ・教職員の取組に対する自 ・A っ 子 ド リ ル の 提 出 率 100% ⇒全校で4%以下を目指 己評価 (家庭学習の習慣化) す (4段階評価) ・評定1(2月の学力検査) (現在は9.2%) (1学期)2.7 ⇒全校で4%以下を目指 ➡ (2学期)3.5 す (現在は9.2%) 重視する活動の「1 学習規律の定着」 (規律4~話の聞き方)に関しては,目標であった4段階評価の 3には届かず,0.1ポイント下がる結果となった。2学期を通じて重視して指導してきたものの結果が出な かったことから,さらにその原因について考察するとともに,子どもの話を聞く意識が高まるような具体的 方策が必要と考える。 また, 「3 Aっ子の手引き」の提出率については,100%にこそ届かなかったものの,未提出のクラスも なく高い意識で取組が進められてきたという結果になった。未提出の3名の子どもについては,本人自身は もちろん,家庭との連携にも課題が有りはしないかという点も含めて,具体的な手立てを講じる必要がある 340 カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 と考える。 3つ目の「8 学び直しの重視」の成果については,取組に対する教職員の自己評価が,4段階評価の2.7 ポイント(1学期)から3.5ポイント(2学期)に大きくアップした。つまり,教職員が取組の必要感を持ち, 意識を高く持って具体的取組を推進してきたと言える。 その結果,2月に実施された学力検査では,評定が1だった子どもについて国語科では5.9%に,算数科 においては3.9%となり,学力の底上げが図られた。 このように,取組の視点や目標等が明らかになることで,若手教員もベテラン教員も目標を共有して活動 を推進することができる。教務主任が中心となり,全教職員が情報を共有した中で,子どもの変容や新たな 課題について検討し,取組の改善点を見出し,具体的に取組を進めるといった連続的・発展的な取組により, 学力検査の結果が大きく向上したことは,大きな成果と言える。 今後さらに成果を得るためには,年度当初から「学力向上プラン」の評価計画を作成し,各取組で目指す 子ども像や具体的な目標,取組期間,評価指標,評価方法などを明確にし,全教職員で共通理解を図ってお くことが大切である。 ウ 取組内容の進捗状況や子どもの育ちについての可視化 カリキュラム・マネジメントを進めていく上で,取組の根拠や推進方法,進捗状況や子どもの育ち,成果 や課題等の関連情報について,全教職員をはじめ,学校関与者に分かりやすく可視化して示すことは,教職 員や子ども・保護者等の満足感や協働性を高め,取組意欲のさらなる高揚を促す手段としてとても重要であ る。 A小学校の教務主任は,先に示した「学力向上プランイメージ図」の作成の他に,「教務だより」,「学力 向上に向けた分析資料」等において,可視化を強く意識した資料の作成を行っていた。例えば,「全校でそ ろえる10の活動」をはじめとした,学校の教育活動全般における子どもの実態や取組の進捗状況,教育課程 編成や学力向上にかかわる他校の実践情報等,明日の教育活動の実践にすぐ活用できる多様な内容を,図や 表,グラフ等を効果的に活用し分かりやすく示していた。 なかでも「教務だより」では,主に表6のような内容を可視化し全教職員に還流していた。そうすること により,教職員は自他の取組のよさや課題を知ったり,子どもの変容を実感したり,学校としての取組の進 捗状況を把握したりし,以後の活動の方向性を理解して足並みをそろえて指導に当たっていた。 表6 「教務だより」等での還流内容 ・ 「全校でそろえる10の活動」に対する現在の取組状況 ・あるクラス(教師)または抽出児童の取組のよさ(写真付きで分かりやすく提示している。手本にしてみては どうか,というさりげない呼び掛けの言葉も) ・あるクラスの取組成果(具体的数値を伝えながら) ・ 「○○の頃までに」できたらいいねという,さりげない後押し ・ 「全校でそろえる10の活動」の趣旨の再確認となる内容 ・周りの教師や保護者からの反応 等 このように,実践している取組に関して可視化されたリアルタイムの情報は,教職員自身の実践内容や到 達度を確認する上でとても有効であった。特に若手教員にとっては,実践の迷いや戸惑いを解消したり,自 身の取組に自信を深めたりする上でも効果的であったと考える。また,「学力向上プランイメージ図」等の 作成により,推進する活動のイメージを全教職員で共有できたことで,協働性を高め着実に実践を進めてき たことは,大きな成果である。 341 太田 貴幸・笠井 稔雄 今後も,カリキュラム・マネジメントをよりよく推進するためには,マネジメントサイクルの各段階で教 職員向けの資料はもとより,子ども向けの校内掲示や保護者・地域住民向けの配付資料の作成を工夫するこ とが大切である。効果的な可視化により,教職員はもちろん,子どもが明確な目標をもって活動に取り組み, 子ども自身が,または家庭や学校がその取組の達成状況や成果を実感できることは,喜びであり(時には励 ましとなり) ,次の実践の意欲にもつながるものと考える。 エ よりよい学校文化の創造 カリキュラム・マネジメントを推進するには,その学校の「組織(教師)文化」や「児童生徒文化」にも 着目し,そのよい部分を活用しながら取組を進めつつ,その中で新たに芽生えたよりよいものの見方や考え 方,行動様式等を新たな「学校文化」として定着させることが大切である。 A小学校の教職員は,子どものためになることであれば,「まずやってみよう」という意識が高く,よい 意味でフットワークの軽さと教職員間の相互理解があった。そうした風通しのよい職場の雰囲気は,教職員 の協働性を生み,若手教員の力量アップにもよい影響を与えていた。 このように,A小学校では,教職員一人一人の思いや価値観は様々であるが,「目の前の子どものために 何ができるか」という1つの視点でもって「チームA」としてまとまり,そろえた指導を推進しようとする 「組織(教師)文化」の醸成がなされていた。また,「学力向上プラン」の1つの軸である「全校でそろえ る10の取組」の推進により,子どもの学習規律や生活規律,基礎的・基本的な知識・技能など,全ての教育 活動の基盤となる力の向上を図ることで,よりよい「児童生徒文化」の醸成を図っていた。 スクールリーダーの一人として力を発揮していたA小学校の教務主任は, 「全校でそろえる10の活動」を, 子どもの実態の改善という視点から始まったA小学校の特色ある教育活動としてとらえ,教職員が入れ替 わってもその意義について確認・検討を重ね,教職員のアイディアで精選・改善して継承していくことを重 要視していた。そこには,教職員の足並みをそろえ,子どもの学ぶ力をはぐくむことで,学校の新たな「組 織(教師)文化」や「児童生徒文化」の定着を図ろうとする意図があったと考えられる。 今後は,大きく変化する社会情勢により求められる新たな学校の在り方をとらえ,子どもや家庭・地域社 会の変化に伴って取組の重点を見極め,よりよい「学校文化」の定着を図るために,全教職員が学校経営方 針に基づき,同僚と協働して業務を遂行していくことが大切である。 オ ミドル・アップダウン・マネジメントの工夫 教務主任は,校長や教頭といった管理職と一般教員の間をつなぐ立場にある。カリキュラム・マネジメン トを円滑に推進するためには,校長の学校経営方針に基づき,具体的実践を計画・管理・進行することで教 職員にボトムダウンを図るとともに,各学級や分掌等の現状や課題を的確に捉えて管理職にボトムアップを 図る,ミドル・アップダウン・マネジメントを効果的に行う必要がある。 A小学校では,校長の学校経営方針に基づき,教務主任が「学力向上プラン」等の具体的取組を計画し実 践していた。そして,その進捗状況については,教務主任が校長・教頭に日々報告し指導を仰ぐとともに, 各学年・分掌等のリーダーと相互に連携を図り,取組の成果や課題等の共通理解を深め,その状況を管理職 に伝えながら連続的に取組を推進させていた。 次の表7は,筆者が,A小学校の教務主任がカリキュラム・マネジメントを実施する上で課題に感じてい る点及びその解決策について聞き取りをし,整理したものである。特に,課題1と2についてはミドル・ アップダウン・マネジメントの工夫を意識した取組と考えられる。 342 カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 表7 A小学校の教務主任がカリキュラム・マネジメントをする上で配慮していること 課 題 解決のための方策(例) 1 報連相の時間の不足 ・書面等で校長・教頭に報告,連携 ・教務だよりの活用 2 先生方との共通理解 ・児童の実態把握 ・学力向上策等への理解 ・「全校でそろえる10の活動」の実施状況や それらの理解と継承 ⇒毎年入れ替わる先生方と足並みを揃えて 指導に当たるために ・学年代表者会議の活用 ・教務だよりの活用 ⇒各クラスや学校全体の活動状況が可視化できるように ・状況に応じて朝の打ち合わせで(さりげなく)連絡したり, 個別に(さりげなく)指摘したりする。 ・TTや習熟度別学習の指導を通して,ともに児童への学習指 導や実態把握を行う。 3 個々の児童の課題に向き合う手立ての確立 ・子どもの実態の把握⇒先生方への意識付けも ・指導を必要とする子どもに対しての,ピンポイントでの指導 4 保護者との関わり ・Aっ子の手引きの活用 ⇒毎月,保護者からのコメントをお願い ここからも分かるとおり,A小学校の教務主任は, 「日々,先生方と意識を共有し,子どもや先生方にとっ て学びやすく効果的な学習環境を作る」ことを,カリキュラム・マネジメントを推進する上での基本にして いたと考えられる。 実際,A小学校の教務主任は,日常的にミドル・アップダウン・マネジメントを意識し,常に教職員の意 見を吸い上げながら取組の見通しをもったり,助言をしたり,自ら協力を申し入れたり,労を惜しまず細や かな配慮あるマネジメントを行っていた。 また,年間を見通してのマネジメントサイクルはもちろん,日々生じる新たな課題や問題についても即座 にプランを練り,校長・教頭の指導を仰ぎながら具体策を提示し,教職員との協働を図るという意味では, 日々小さなマネジメントサイクルを回しながらカリキュラム・マネジメントを実施していたと言える。 このように,A小学校の教務主任の実践する姿は,教務主任にとって,計画的に見通しをもってカリキュ ラムを進行管理する力はもちろん,全教職員とコミュニケーションを図り,カリキュラムを円滑にマネジメ ントしていくヒューマン・スキル(対人関係能力)の向上を図ることの重要性を明確に示していた。また, そのバランスのよさにより,ミドル・アップダウン・マネジメントそのものの幅が広がり,その質も高まる ということも学ばせていただいた。 今後,より一層効果的にカリキュラム・マネジメントを推進していくためには,教務主任のミドル・アッ プダウン・マネジメントの工夫を継続するとともに,教務主任という一教師に仕事の負担が偏らない組織体 制を確立していくことが大切である。 Ⅴ 総合考察 1 カリキュラム・マネジメントは「効果のある学校」を出現させる 「効果のある学校(Effective School)」とは,教育的に不利な環境(貧困や失業,差別などにより,社会的, 経済的,文化的に一般的生活水準にない状況)のもとにある子どもたちの基礎学力を引き上げることに成功 (4) この考え方は,教育における平等原理に立脚し,学力の「ばらつきの小ささ」 している学校のことである。 を重視する。つまり,階層とか人種などといった指標で子どもたちを集団に分けたとき, 「マイノリティ集団」 に属する子どもたちの学力が, 「マジョリティ集団」に属する子どもたちの学力と同等か,ほぼそれに近い 343 太田 貴幸・笠井 稔雄 ものになっているとき,その学校は,「効果のある学校」と呼ばれるのである。 日本における「効果のある学校」研究は,関西における同和地区の子どもたちの低学力問題への対応から 始まっており,志水(2005)らによって表8のようにその特徴がまとめられている。 表8 しんどい子に学力をつける7つの法則―日本の「効果のある学校」 ① 子どもを荒れさせない( 「荒れ」の兆候に気を配り,「荒れ」を未然に防ぐ) ② 子どもをエンパワーする集団づくり(無力感をもつ子どもが自分自身に内なる力を感じるようになる) ③ チーム力を大切にする学校運営(様々な個性と力量をもつ教職員をまとめ,チームとして対処する) ④ 実践志向の積極的な学校文化( 「この学校は動きが速い」「動くときは一斉に動く」という文化がある) ⑤ 地域と連携する学校づくり(家庭学習の支援,保護者等の教育活動への参画,幼保小中の連携がある) ⑥ 基礎学力定着のためのシステム(実態把握と分析,習熟度別指導等授業改善,補充指導の工夫がある) ⑦ リーダーとリーダーシップの存在(トップやミドルのリーダーシップが発揮され人間関係が円滑である) この先行研究をもとにA小学校の実践を振り返ってみると,カリキュラム・マネジメントを基盤とした包 括的な学校改善の取組がA小学校を間違いなく「効果のある学校」にパワーアップさせていると言える。 具体的に見ると, 「7つの法則」の③に関しては,全ての教育活動においてチーム力を大切にし,メンター チームやプロジェクトチームによる教職員の協働性を発揮した取組が図られているとともに,ジョブシャ ドーイングなどを通じて,若手教職員の育成にも力を入れている。 また,⑥に関しては,基礎学力定着のための習熟度別指導等の学力向上プランの推進により,学力検査に おける各学年の学力が前年度に比べ向上していることがあげられる。特に低位であった子ども(評定1の子 ども)の学力が向上したことは大きな成果である。 さらに,⑦に関しては,教務主任を中心としたスクールリーダーのリーダーシップが発揮されることによ り,教職員も子どもも,当たり前のことや必要な取組をみんなでそろえ徹底して取り組む,「凡事徹底」と いう意識の高まりが見られる。重点化された取組に対しても,共通理解のもと活動が進められるなど,人間 関係が円滑な職場づくりがなされている。 あえて課題にあげるとすれば, 「②子どもをエンパワーする集団づくり(無力感をもつ子どもが自分自身 に内なる力を感じるようになる)」であるが,A小学校においては,「全校でそろえる10の活動」の1つとし てキャリア教育の推進を図り,自分自身を見つめるとともに,友達のよさを認め合う活動を行っている。今 後も, 「振り返りカード」や「ありがとうカード」などの取組を工夫・改善するとともに,異学年集団によ る活動の充実によって,エンパワーする集団づくりが進められるものと考える。 2 教務主任が行うカリキュラム・マネジメントのポイント 教務主任がカリキュラム・マネジメントを進めていくためには,どのようなことに配慮する必要があるの か,A小学校の実践から見えてきたポイントを図3のように整理する。 まず第1に,教務主任は校長の学校経営ビジョンを踏まえ,その実現のために,「学力向上プラン」の作 成等,ビジョンを具現化する道筋を作る必要がある。その際は「カリキュラム全体の連関性の明確化と教職 員の協働性の促進」を重視し,教育活動全体のつながりを意識することが大切である。 第2に, 「目指す子ども像,目標,取組内容,取組期間,評価指標等を明確に設定」することである。こ れらを共有することで,全教職員が同じベクトルの方向を向き足並みをそろえた取組を推進していくことが できる。また,取り組んで終わりではなく,その成果や次への改善策を全教職員で客観的に検証することも 可能となる。 344 カリキュラム・マネジメントによる学校改善に関する一考察 第3に「取組内容の進捗状況や子どもの育ちに 学校の共有ビジョンの実現 ついて可視化」することである。取組の根拠や推 進方法,進捗状況や子どもの育ち,成果や課題等 の関連情報について,マネジメントサイクルの各 段階で可視化を工夫することにより,教職員や子 教 育 目 標 の 実 現 学 校 課 題 の 解 決 ども,保護者等の取組意欲をより一層高め,より 一体感を持ってカリキュラム・マネジメントを推 進していくことができる。 第4に,新たな「学校文化」の定着を意識し, その学校のよき文化と取組を進めた中で芽生えた C D (動態化) A よりよい文化を融合させることである。つまり, 学校に残る「よりよい学校文化の創造」により, 日常の授業 や教育活動 のPDCA C D P A P 学校教育目標の具現化を図ることである。 第5に,教務主任の立場として,人と人とをつ なぎながら取組を進めることである。つまり,校 長・教頭の学校経営方針を踏まえて教職員にボト ムダウンを図るとともに,教職員による教育活動 の現状について管理職にボトムアップを図る, 「ミ ドル・アップダウン・マネジメントの工夫」を日 常的に実践することである。 ・カリキュラム全体の連関性の明確化 と教職員の協働性の促進 ・目指す子ども像,目標,取組内容, 取組期間,評価指標等の設定 ・取組内容の進捗状況や子どもの育ち についての可視化 ・よりよい学校文化の創造 ・ミドル・アップダウン・マネジメン トの工夫 学校内外の諸資源の活用 特に,重点化した取組の推進に当たって,現場 の教職員をいかに「まきこむ」かは,とても重要 である。教職員一人一人が学校に求められている 新しい役割を理解し,これまで以上にカリキュラ ム・マネジメント・マインド(学校経営への参画 意識)を高めることが,学校課題解決を図ること 図3 教務主任が行うカリキュラム・マネジメントの イメージ図 (中留・田村のモデル図を参考に筆者作成) につながる。 また,今後,教職員の大量退職により,多くの新採用教員が学校現場に入ってくることから,若手を「ま きこむ」ことを意識したマネジメントの在り方についても熟考していく必要がある。 今後の展望と課題 今後は,今回明らかになった教務主任が行うカリキュラム・マネジメントのポイントを踏まえて自ら実践 検証を行い,カリキュラム・マネジメントの充実により勤務校が「効果のある学校」にパワーアップし,子 ども一人一人の「生きる力」を確実にはぐくむことができるよう研究を継続していく。 345 太田 貴幸・笠井 稔雄 付 記 本調査研究は,北海道教育大学教職大学院の「平成26年度学校運営実習」の一環として実施したものであ る。この実習は,大学院生が1年間を通して学校を拠点にした調査研究を行い,学校全体を俯瞰・対象化し て,学校課題の解決に当たるための高度な専門的能力や実践力を養うことをねらいとしている。 謝 辞 本調査研究の実施に当たり,多大なるご指導・ご助言をいただいたA小学校の校長先生をはじめ教職員の 皆様に,心から感謝を申し上げます。 【註】 ⑴ マネジメント研修カリキュラム等開発会議『学校組織マネジメント研修―これからの校長・教頭等のために―』文部科学 省,平成16年3月 ⑵ 篠原清昭編著『学校改善マネジメント―課題解決への実践的アプローチ―』 (ミネルヴァ書房,2012)の中の「第4章 学校ビジョンの設計」において,笠井稔雄が指摘している。 (63-64頁) ⑶ 北海道教育委員会「学校力向上に関する総合実践事業実施要綱」平成26年3月27日一部改正 ⑷ 鍋島祥郎は,著書『効果のある学校―学力不平等を乗り越える教育』 (解放出版社,2003,17頁)において, 「効果のある 学校」を「人種・階層的背景による学力格差を克服しうる学校」と定義している。 一方,鍋島らとともに研究を深めてきた志水宏吉は,編著書『 「力のある学校」の探求』 (大阪大学出版会,2009,69頁) において, 「効果のある学校」から「力のある学校(Empowering School) 」 (定義「その学校に通うすべての子どもたちを エンパワーする学校」)を目指すことを提唱している。 【引用参考文献】 ・中留武昭・田村知子「カリキュラムマネジメントの理論と実践を深め広げる戦略1-カリキュラムマネジメントの基本的あ り方を再吟味し深める」『教職研修』2010年6月号,教育開発研究所,2010年,52頁 ・中留武昭・田村知子「カリキュラムマネジメントの理論と実践を深め広げる戦略3-カリキュラムマネジメントの構成要素 の検討」『教職研修』2010年8月号,教育開発研究所,2010年,65-66頁 ・児島邦宏『学校文化を拓く先生』1993年,図書文化,5頁 ・露口健司『学校組織のリーダーシップ』2008年,大学教育出版,240-250頁 ・北海道教育委員会『平成26年度小学校教育課程改善の手引』2014年,1-2頁 ・旭川市立大有小学校『平成26年度学校経営計画 大有の教育』2014年,経営13-17頁 ・志水宏吉『学力を育てる』2005年,岩波書店,164-169頁 (太田 貴幸 旭川校大学院生,旭川市立新町小学校教諭) (笠井 稔雄 大学院教育学研究科教授) 346