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英国・カナダの企業年金における「偶発資産」の活用

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英国・カナダの企業年金における「偶発資産」の活用
英国・カナダの企業年金における「偶発資産」の活用について*
杉田 健
1.はじめに
れている。
英国の企業年金法制では、金融機関の保証等
を受給権保護に結びつける制度があり Contingent
①年金規制機構(The Pensions Regulator)
Assets と呼ばれている(Payne(2007))。また、カナダ
企業年金の監督権限を持つ非省庁公的機関
では Letter of Credit(信用状)が受給権保護に活
(Non-Departmental Public Body)。機構の運営のた
用されており後述のように、これも Contingent
めに年金制度は年金規制機構に拠出をしてい
Assets と言える。以下、Contingent Assets を「偶発
る。
資産」と訳し、解説するものである。
先行研究であるが、イギリスに関しては、藤井康
②年金保護基金(The Pension Protection Fund、
以下 PPF と略す)
行(2008)が英国の企業年金を解説した中で偶発
母体企業倒産時に年金制度が廃止又は支払不
保証(contingent security)の概要を述べている。ま
能になった場合に一定限度で年金給付を保証す
た、企業年金連合会(2008)の「イギリスの年金制
る制度を支払保証制度と呼んでおり、日本では企
度」の 2004 年年金法の内容解説の中における年
業年金連合会が厚生年金基金に対して実施して
金保護基金支払保証事業の拠出金の解説の中で
いる。英国の支払保証事業を行う非省庁公的機関
Contingent Assets を「非常用資産」と訳して紹介し
が PPF である。PPF の運営のために、年金制度は
ている。カナダに関しては清水信広(2008)にケベ
賦課金(levy)を拠出している。支払保証の保険料
ックの企業年金における信用状の活用に関して記
と言えよう。また、年金制度から引き継いだ資産も
載がある。
PPF の財源となっている。賦課金の計算にあたっ
以下、英国・カナダの現状を解説した後に、日
本における適用可能性について述べる。
ては、積立不足の程度および母体企業の倒産リス
クが考慮されている。
③トラスティー(Trustee)
2.英国における偶発資産の活用
英国の企業年金は、信託によって実施されてい
(1) 英国の企業年金法制の概要
る。信託により年金資産が実施企業の一般債権者
偶発資産を理解する前提として、英国の企業年
金法制の概略を述べる。
英国の現在の企業年金法制は 2004 年年金法
から分離される他、信託における受託者(トラステ
ィー)は年金法上の責任も負う。日本の企業年金
の場合には、制度運営は信託にはよらず、厚生年
により、2005 年から実施されている。この法律のフ
金基金や企業年金基金は法人の形態であるので、
レームワークにおいては、アクチュアリーの他に、
厚生年金基金・企業年金基金はトラスティーでは
次の3者が主要な役割を果たすとして位置づけら
ない。規約型確定給付企業年金の場合は厚生労
* 本稿は、日本年金学会誌(第 28 号、2009 年度)に掲載された論文を同会の許可を得て再掲載するもの。
著者の現在の所属は、三井住友信託銀行株式会社 ペンション・リサーチ・センター、メールアドレスは、[email protected] である。
(なお、本稿の内容は筆者個人のものであり、筆者の所属会社の見解とは必ずしも一致しない。)
1
働大臣承認の規約の元で母体企業が直接実施し
銀行保証や信用状(Letter of Credit)が該当する。
ているが、母体企業もトラスティーには当たらない。
(「信用状」は日本では貿易取引に限定して使わ
日本では資産の管理・運用においてのみ信託が
れるが、英国及びカナダでは銀行保証とほとんど
活用されており、英国のように企業年金全体が信
同義で用いられている。PPF が「偶発資産」として
託されている状況とは異なっている。
認められる信用状と銀行保証書のモデルを公表し
ている(The Board of the Pension Protection Fund
英国企業年金の積立目標は技術的準備金
(2006))が、同一である。)
(technical provision)である。これは英国アクチュア
リーによる負債評価額であり、計算基礎率はトラス
・母体企業の用意する偶発資産。例えば母体企業
ティーが決定できるものであって、例えば予定利
の保有する動産や不動産。
率に資産の予想運用利回りも用いることが可能と
・母体企業の関連会社が提供する偶発資産。例え
なっている。時価資産が技術的準備金を下回ると、
ば親会社の保証。
積立不足があるとして、回復計画を立てて実施す
る必要がある。この点で日本の非継続基準と似て
典型的なものとしては次の 4 つが挙げられてい
いるが、積立目標が最低積立基準額という割引率
る。
が厳格に定められているものではなく、技術的準
① 企業の銀行預金の一部を年金資産用とするも
備金という予定利率が柔軟に定められるものであ
の。偶発事象発生時はその一部又は全部が用い
る点に大きな違いがある。
られる。
②動産、不動産または有価証券を担保にするもの。
(2)偶発資産
偶発事象発生時にはトラスティーに引き渡される。
The Pensions Regulator(2006)によれば、偶発資
③グループ会社の保証。偶発事象発生時には保
産を「企業年金において母体企業倒産または積
証した会社は必要な拠出を行う。トラスティーが保
立水準未達のような特定の将来の出来事(「偶発
証に頼るのは比較的短期間、例えば 3 年以内が
事象」という)の発生の場合に、企業年金からの要
望ましいとされている。
請により存在することとなる資産」と規定している。
④金融機関の保証のような第三者の保証。企業が
「条件付資産」とも言えよう。偶発事象が発生する
倒産などにより拠出できなくなった場合は一定額
までは、財政チェックにおいて資産とはみなされ
を限度として第三者が支払う。
ない。このため「非常用資産」と訳されることもある。
偶発資産を、資産種類で分類すると次のようにな
英国における偶発資産の活用には回復計画に
る。
関するものと、支払保証の賦課金に関するものが
・偶発事象(母体企業倒産や積立不足発生等)発
ある。両者の偶発資産はほぼ一致しているが、例
生時に第三者が年金制度に現金を拠出すること。
外的に回復計画上認められても支払保証で認め
・偶発事象が発生した場合に、第三者が土地や建
られない場合も、回復計画上認められなくても支
物を企業年金に提供すること。
払保証で認められる場合がある。両者の相違は、
・偶発事象が発生した場合に、第三者が他の種類
次の理由による:
の資産を企業年金に提供すること。
・支払保証の場合は、偶発資産が必要とされる
のは母体企業倒産の場合である。一方回復計画
偶発資産を、提供者で分類すると次のようにな
にて必要とされるのは、積立水準が一定以下にな
る。
った場合や一定の投資利回りが得られなかった場
・銀行などの第三者が提供する偶発資産。例えば
合である。
2
・支払保証の偶発資産の有効期間は年度単位
ある。そこでD社は当初 2 年間は拠出額0(ゼロ)、
であり更新には手続きが必要である。回復計画の
3 年目は 3 年分の掛金をまとめて拠出するという回
場合はもっと長い期間であることが多い。
復計画を立てる。同時にD社はこの掛金の支払の
・支払保証の偶発資産に関する規定は画一的・
ために金融機関の保証をつける。
定型的であり、年金保護基金が決めている。これ
に対して回復計画の場合はもっと柔軟であり、原
則としてトラスティーに判断をゆだねている。
回復計画に関して、偶発資産として認めるかはト
ラスティーにゆだねられているが、必要に応じて
年金規制機構は契約書のコピーの提出を要請す
(3)回復計画に関する活用
The Pensions Regulator(2006)によれば回復計画
に関しては次の活用例が挙げられている。
ることがある。
トラスティーは、母体企業が制度の積立戦略に
おいて偶発資産を利用しようと提案したときは、加
(例1)担保資産
入者のためになるのか十分検討する必要があると
A社の年金制度は積立不足(ここでは英国の基
されている。そのために制度の積立不足額、偶発
準に基づき、年金資産の時価が技術的準備金より
事象発生時の偶発資産の価値、偶発資産の活用
も少ないことを指す)がある一方で、動産及び不動
を伴う積立計画の予想の情報を吟味する他、偶発
産を保有。A社は当面は資金繰りが苦しいが、中
資産の活用に関する契約書を作成し、必要に応じ
期的には資金繰りが改善する見込みなので、回
て法律の専門家、アクチュアリーの助言を求める
復計画は 15 年とする(15 年は英国基準では最長
必要がある。グループ会社の保証の場合は、保証
の部類)。トラスティーはA社保有の動産及び不動
を提供する会社がOECD加盟国にあるかを考慮
産を担保にしてこれを偶発資産とすることで、A社
しなければならない。保証を提供する金融機関の
の計画を承認する。
格付けはAA-以上であるとともに、所在地がOE
(例2)グループ会社内の保証
CD加盟国にあり、当該国の監督を受けている必
B社の年金制度は積立不足があり、回復計画を
要がある。
作成する必要がある。技術的準備金の計算前提と
なる予定利率によって想定されているよりも、年金
資産は株式比率が高くなっている。B社はこの株
(4)支払保証事業の賦課金の削減
The Board of the Pension Protection Fund
式比率を維持することにより予定利率を引き上げ、
(2008a)によれば、英国の支払保証事業を実施し
回復計画に必要な拠出金を削減するかまたは回
ているPPFは、年金制度から引き継いだ資産及び
復計画の期間を短縮することを考えている。トラス
各年金制度が拠出する賦課金により運用されてい
ティーの見解では、B社の方針はリスクが高いが、
る。この賦課金は、制度毎賦課金(scheme-based
B社は企業グループの一員であり、当該企業グル
levy)とリスク対応賦課金(risk-based levy)の 2 種類
ープには財務内容の良いC社がある。そこで、グ
からなるが、偶発資産を活用することによってリス
ループ会社内の保証により、運用成績が予定利
ク対応賦課金の額を削減できる。賦課金は毎年計
率未達の場合には未達分を補填することとする。
算式が変更となるが、以下 The Board of the
偶発資産の活用を前提にハイリスク型の運用を行
Pension Protection Fund (2008b)により 2008 年 4
うことにより拠出を減らそうとするもの。
月から 2009 年 3 月までに適用される賦課金につ
(例 3)事業主保証
D社の年金制度は積立不足がある。D社は短期
的に資金繰りが苦しいが、今後 2 年間で資産を処
分して、3 年目には資金繰りが改善する見込みで
いて解説する。
①制度毎賦課金
L×M である。
ここで、
3
L は、制度の年金保護基金の定める負債額
M は、制度毎賦課金乗率であり、賦課金全体の
20%を制度毎賦課金となるように定められる。2008
るので、
U=1.21-0.9=0.31 億ポンド
となる。
年 4 月から 2009 年 3 月までは、この乗率は
0.000165 である。
③年金保護基金の定義する偶発資産
年金保護基金は次の3つの種類の偶発資産を
②リスク対応賦課金
U×P×0.8×LSF
である。
U は未積立額。
P は予想倒産確率。これはダン・アンド・ブラッド
ストリート社の倒産確率データを使用している。
0.8 は賦課金に占めるリスク対応賦課金の割合
定めており、所定の様式によって、年度の始まる
前の日までに届け出なくてはならない。
・タイプ A 親会社又はグループの他の会社か
らの保証
・タイプ B 現金、不動産・有価証券を担保とす
ること
・タイプ C 信用状または金融機関の保証
LSF は賦課金のスケーリング・ファクター(調整
係 数 ) で あ る 。 The Board of the Pension
④リスク対応賦課金への偶発資産の反映
Protection Fund (2008c)によれば 2008 年 4 月
タイプ A すなわち親会社またはグループの他
から 2009 年 3 月までは、この係数は 3.77 である。
リスク対応賦課金には上限が定められており、
の会社からの保証の場合に偶発資産の存在がリ
スク対応賦課金にどう影響するかを見よう。
債務額に上限率を乗じて計算する。2008 年度の
U×P×0.8×LSF
上限率は 0.01、すなわち1%である。
が偶発資産考慮前のリスク対応賦課金である。
U からはタイプ B、タイプ C の偶発資産の額は
未積立額 U は、以下のようにして決定される。
控除される。タイプ A は控除されない。
・制度の資産が負債の 120%未満である場合は、
例えば負債が 1 億ポンドで、資産が 0.9 億ポン
U は制度の保証対象の負債に 1.21 を乗じて得た
ド、タイプ B 偶発資産が 0.1 億ポンド、タイプ C 偶
額から制度の資産額を控除した額となる。
発資産が 0.05 億ポンドとすると、
・制度の資産が負債の 120%以上 125%未満の場
合は、U は負債の 1%である。
・制度の資産が負債の 125%以上 130%未満の場
U=1.21 - 0.9 - 0.1 - 0.05 = 0.16 億ポ
ンドとなる。
保証会社の倒産確率P 保証会社が P よりも小さい場
合は、U は負債の 0.75%である。
合に、保証会社が全ての負債を保証している場合
・制度の資産が負債の 130%以上 135%未満の場
は、
合は、U は負債の 0.5%である。
・制度の資産が負債の 135%以上 140%未満の場
U×P 保証会社×0.8×LSF
となる。P が P 保証会社に置き換わるのだ。
合は、U は負債の 0.25%である。
・制度の資産が負債の 140%以上の場合は、U は
0 となり、この結果リスク対応賦課金は0となる。
なお資産額には、不足を償却するための掛
金が算入される。
保証額が率で決まり、G%で、G<105%であれば、
次の式で「保証されない額」V が定まる。
V=L×(105-G)/100
ここで L は負債額である。
そこで、リスク対応賦課金は
例えば、負債が 1 億ポンドで、資産が 0.9 億
ポンドであれば、資産は負債の 120%未満であ
V が U 以下なら
[V×P+(U-V)×P 保証会社]×0.8×LSF
4
V が U より大なら
U×P×0.8×LSF
となる。
2008 年 4 月 1 日から 2009 年 3 月 31 日までの年
度の場合は 2008 年 3 月 31 日の 24 時より前に提
出しなければならない。
電子的な申請書のみ e-mail で提出可能だが、
保証額に上限がある場合は、この上限を H とし
て、リスク対応賦課金は
他の書類は全て書面で提出しなくてはならず、
FAX は受け付けられない。
H が U 以下なら
[(U-H)×P+H×P 保証会社]×0.8×LSF
H が U より大なら
U×P 保証会社×0.8×LSF
となる。
PPF への提出書類は、以下のとおりである。
[タイプ A(グループ会社等の保証)の場合]
・タイプ A 偶発資産の申請書(certificate)
・保証契約書のオーソライズされたコピー
・標準契約書と相違がないことの言明、または
この他、保証契約が複数の場合などこと細かく
定められている。
相違がある場合は相違点に下線を引いた契約
書
・法律上の意見書のコピー
⑤タイプ B 偶発資産の留意事項
この偶発資産は、銀行預金、英国の土地、適切
[タイプ B(i) (銀行預金の担保)の場合]
・タイプB(i)の申請書
なカストディアンに保管されている債券又は株で
・預金契約書のオーソライズされたコピー
ある。トラスティーがこれらの資産に対して第 1 順
・標準契約書と相違がないことの言明、または
位の担保権を有することが必要である。
相違がある場合は相違点に下線を引いた契約
銀行預金の「銀行」というのは OECD 加盟国に
書
本社があり、英国金融庁または EU の同等の監督
・法律上の意見書のコピー
機関によって規制されている銀行でなくてはなら
・申請前7日以内の日付における銀行の残高証
ず、少なくともフィッチの AA-、ムーディーズの
明書の写
Aa3、スタンダードアンドプアーズの AA-を取得
[タイプ B(ii)EW イングランドおよびウェールズの
していなくてはならない。
不動産の担保]
・タイプB(ii)EW の申請書
⑥タイプ C 偶発資産の留意事項
・不動産契約書のオーソライズされたコピー
タイプ C 偶発資産は信用状または金融機関の
・標準契約書と相違がないことの言明、または
保証であるが、この保証を与える銀行は OECD 加
相違がある場合は相違点に下線を引いた契約
盟国に本社があり、英国金融庁または EU の同等
書
の監督機関によって規制されていなければならな
・法律上の意見書のコピー
い。また、少なくともフィッチの AA-、ムーディー
・申請前 3 ヶ月以内における不動産鑑定書の写
ズの Aa3、スタンダードアンドプアーズの AA-を
・申請前 7 日以内の日付における権利証の写
取得していなくてはならない。
[タイプ B(ii)S]は、スコットランドの不動産担保に関
⑦手続き
するもの、[タイプ B(ii)NI]は北アイルランドの不動
偶発資産により、リスク対応賦課金を削減しよう
産の担保に関するもので、申請書が異なる以外は
とするものは、年金保護基金に年度初の前日まで
同様である。
に必要な書類を提出しなくてはならない。例えば
5
[タイプ B(iii) 有価証券を担保にする場合]
げられている企業のうち 89 社が対象になっている。
・タイプB(iii)の申請書
偶発資産の使用は 16%から 11%に減少した。偶発
・証券契約書のオーソライズされたコピー
資産の 60%は親会社またはグループ会社の保証
・標準契約書と相違がないことの言明、または
である。PPF がリスク対応賦課金の公式に運用リス
相違がある場合は相違点に下線を引いた契約書
・法律上の意見書のコピー
クを取り入れる場合は、制度のリスクをもっと減ら
そうとしていると回答者の 52%が回答している。
・有価証券の価値評価書のコピー
[タイプ C(i) 自動継続条項付の信用状または銀行
3. カナダにおける信用状の活用
保証]
(1)カナダの状況
・タイプ C(i)の申請書
・信用状または保証契約書のオーソライズされ
たコピー
・標準契約と相違がないことの言明、または相
違がある場合は相違点に下線を引いた契約書
・法律上の意見書のコピー
2006 年にカナダの所得税法が改正され、信
用状の活用が認められ、これに基づきケベック
州の企業年金および連邦に登録された年金に
おいて信用状の活用が実施された。2007 年 11
月 28 日にはアルバータ州で導入され(Brown
(2007))、2008 年 11 月ではブリティッシュ・コロ
[タイプ C(ii)積立不足を削減するための拠出を支
ンビア州で導入された(Danzer(2008))。以下、
援するための信用状または銀行保証]
資料が豊富なケベック州について解説する。
・タイプ C(ii)の申請書
・信用状または保証契約書のオーソライズされ
たコピー
(2)ケベック州の企業年金の概要
カナダの公的年金は 2 階建てで、1 階部分は
・標準契約書と相違がないことの言明、または
税方式による定額の老齢保証年金(OAS)であ
相違がある場合は相違点に下線を引いた契約
る。税方式にありがちなことだが所得制限があり、
書
高額所得者の給付は削減される。2 階部分は報
・法律上の意見書のコピー
酬比例年金だが、これがケベック州はケベック
・積立不足を削減するための拠出に関するアク
年金、ケベック州以外はカナダ年金と異なって
チュアリーの確認書の写
いる。名称は異なるが実質的に同じ制度で完
全に通算されている。カナダのケベック州は仏
偶発資産が複数ある場合は、それぞれについ
て上記の書類を準備する必要がある。
語圏でもありカナダの中でも独自の法制があ
る。
既存の偶発資産を、引き続き偶発資産とする場
ケベック州の企業年金には、日本と同様に確
合も年度初の前日までに申請をする必要がある。
定拠出と確定給付の2つの型がある。確定給付
申請書類は新規の申請の場合と類似である。
型には 1,279,000 名が加入し、確定拠出型には
121,000 名が加入している。確定給付型の制度
(5)偶発資産の現状
のうちケベック州年金保険局(Régie des rentes
マーサー・ヒューマンリソース・コンサルティング
du Québec)が管轄しているのは 946 制度で、内
と企業財務部長協会(Association of Corporate
訳は 173 が地方自治体、11 が大学、5 が公共事
Treasurers :ACT)は毎年年金に関する調査をし
業体、その他 757 が主に民間企業となっている。
ているが、今年は 2008 年 9 月 8 日に調査結果を
946 制度のうち 504 制度が最終給与比例制で、
公表した(Mercer(2008))。これは FTSE350 という日
442 がそれ以外である。
本の日経平均に当たる英国の株価指数に取り上
ケベック州の企業年金を監督する法律は「補
6
足年金法」であり、財政運営上は継続基準と非
<参考資料:ケベック州の企業年金改革>
継続基準があり、これにより最低拠出水準が決
(Régie des rentes du Québec(2005a)による)
まる。継続基準の債務評価の予定利率はアク
(1)企業年金の状況
チュアリーの裁量が働くが、非継続基準の債務
① 好調の 1990 年代
評価の予定利率(割引率)は長期金利に連動し
ケベック州の企業年金は、1990 年から 2000
て決められる点も日本と似ている。しかし、積立
年まで資産の平均収益率は 11%と好調だった。
不足の償却年数は日本より厳しく、継続基準に
予定利率の平均は 7.25%だったので大きな利
よる積立不足の償却年数は 15 年、非継続基準
差益を享受できた。各企業年金とも株式への資
による積立不足の償却は 5 年となっている。日
産配分割合を増やし、1990 年には債券 64%、
本の場合、非継続基準に該当しても「回復計
株式 36%であったのに対して、10 年後は逆転
画」と呼ばれるシミュレーションがあり、このシミ
して債券 38%、株式 62%となった。また運用が
ュレーションで積立水準の回復を見込むことが
好調で剰余も蓄積されたので給付増額も行わ
出来れば、追加拠出は必要ないが、ケベック州
れた。剰余が蓄積されたのでコントリビューショ
には「回復計画」のような手段はないようであ
ン・ホリデイ(積立上限到達による拠出停止)も可
る。
能となった。
最高拠出水準は税法が決めている。制度の
債務の約 10%に対応する額を超えて剰余を積
② 2001 年からの運用不振
2001 年から一転して、株価は下落し金利も低
むことが出来ず、剰余が累積すると結果として
下し、この結果として継続基準の予定利率と実
拠出を停止することになる(コントリビューショ
際の運用利回りの差が広がった。例えば 2001
ン・ホリデイ)。基礎率についてはカナダアクチ
年から 2003 年にかけての年金資産の平均利回
ュアリー会のルールに従ってアクチュアリーの
りは 3.1%だったが、予定利率の平均は 7%台
裁量で決められている。
を維持していた。
株価が下がったのみならず金利が下がった
(3)ケベック州の年金における信用状の活用
ことによって非継続基準に使用する予定利率も
ケベック州では一連の年金改革(「参考資料:
低下した。非継続基準に使用する予定利率の
ケベック州の企業年金改革」参照)の一環として、
上限は、インデクセーション(物価等への連動)
積立基準を強化し、予定利率未達等に備える
のある年金については 2001 年12 月末の 6%か
準備金も事前積立を強制するというフレームワ
ら 2004 年の 12 月末では 5.5%になりました。イ
ークを設ける中で、事業主が積立基準の強化を
ンデクセーションのない年金については 2001
受け入れやすいように信用状という金融機関の
年 12 月末の 4%から 2004 年 12 月末の 2.5%
保証が導入された。
に低下した。この結果として非継続基準ベース
すなわちケベック州では、非継続基準の積
で大きな積立不足を抱えることになった。
立不足の償却を延期する手段として、銀行が発
③ 給付増額とコントリビューション・ホリデイの
行する信用状の保証額を非継続基準判定上の
継続
資産額に上乗せすることを定めている。信用状
このように経済環境が悪かったにもかかわら
による保証額は非継続基準の負債額の 15%を
ず、多くの企業は給付増額を続け、コントリビュ
上限とする。但し複数事業主制度(日本の総合
ーション・ホリデイを採用した。これは直前の財
型基金に対応)の設立事業主はこの制度を活用
政計算結果が剰余であったからである(毎年拠
できない。
出上限のチェックをしていなかった)。2001 年か
ら 2003 年にコントリビューション・ホリデイを採用
7
した 414 制度のうち、135 の制度が 2005 年現在
に以下の法改正が実施された。
では積立不足に陥っている。
①臨時的緩和措置(Régie des rentes du Québec
④ 掛金負担増
(2005b)による)
株価下落と金利低下により、多くの企業年金
まず、臨時措置として 2005 年 6 月 17 日に、
が非継続基準ベースで積立不足におちいった。
非継続基準の積立不足の償却年数が 5 年から
非継続基準ベースの積立不足は 5 年で償却し
10 年に延長された。この臨時措置は 2010 年 1
なければならないので、掛金が上がる。2002 年
月 1 日以降では認められず、積立不足は 5 年
のデータを基に考えると、4 割の企業で、通常
で償却されなければならない。但し 2008 年の
掛金と特別掛金を合算して、報酬の 15%以上
金融危機により緩和措置継続の議論もある
の掛金が必要となり、企業によっては報酬の
(St-German(2008))。
25%を超える場合もあった。
②恒久的積立強化措置(Régie des rentes du
(2)ケベック州の企業年金改革案の検討
Québec(2008)による)
この状況を分析して、ケベック州年金保険局
次に、恒久的措置として 2010 年1 月1 日から
が企業年金の課題として以下の点を指摘して
次の積立強化措置が実施される。但し、大学の
いる。
年金、地方自治体の年金、デイケア・センター
①法的・経済的環境を背景とした最小限の拠出
の年金には適用がない。
企業年金法制および 1990 年代の高利回りの
ために、企業は運用利回りを良くして、拠出は
最小限で済ませるという方向に進み、本来のコ
・ 下 方 乖 離 準 備 金 ( Provision for adverse
deviation(PFAD))
経済的変動に関連するリスクに対処するため、
ストとリスクにまで目が行っていなかったと指摘
すべての給付建て年金制度は下方乖離準備金
している。
を積み立てなくてはならなくなった。この準備金
②アクチュアリーの基礎率選定基準の課題
のために新たに掛金を設けるわけではないが、
継続基準の基礎率の選択の許容範囲が広す
2010 年 1 月 1 日から資産が非継続基準の負債
ぎ、継続基準の予定利率は金利低下の反映が
を上回る額を毎年積み立てて準備金とする。こ
遅れ、債務・拠出水準が過小だった。ケベック
の準備金は運用利回りが予定利率に達しない
年金保険局管轄の企業年金に関しては、例え
等、当初の予定どおりに財政運営が行われな
ば 2002 年において、継続基準の予定利率は
かった場合の不足を埋めるためのもの。この準
6.90%に設定されていたが、10 年国債の利回り
備金は制度の資産構成や成熟度によって異な
は 5.66%であった。
るはずだが、詳細は別途定められる予定。この
さらに、基礎率には企業年金がさらされてい
るリスクが考慮されていないとしている。
準備金も非継続基準の負債額に加算されるの
で、結果として、剰余を給付増額に安易に使え
年金保険局は、アクチュアリーの基礎率選定
なくなる他、コントリビューション・ホリデイ(積立
基準の許容範囲が緩いのではないかと見てい
上限到達による拠出停止)も少なくなると見込ま
る。
れる。
③不十分なリスク管理
・信用状の活用(前述のとおり)
資産と負債のマッチングや、価格変動のため
の準備金を積むなどのリスク管理が多くの基金
・制度改訂に関する規制強化
給付増額等の制度改訂により、非継続基準
で不十分だったとしている。
上の積立比率が 90%未満になった場合は少な
(3)ケベック州の企業年金改革の法改正
くとも 90%になるよう一括拠出する必要がある。
以上の状況に対応し、また再発を避けるため
8
4.日本への適用
日本においても受給権保護は企業年金の大
Deficiencies” Osler Update ,November 29,2007
[5]Danzer,Susan(2008) “British Columbia Revises
きな課題であり、受給権保護のために年金資産
PBSA”, Mercer Communiqué July 17,2008
外のものを活用できないかは技術的に興味深
[6]Mercer(2008) “Annual Survey of Pension
い研究テーマである。もっとも、年金資産以外
Financial Risk” 8 September 2008
のものを偶発資産とすることは、管理の対象を
[7]Payne,Beatrix
広げることになるので、管理負担と効果のバラ
replacing cash in U.K. pension deals. ”
ンスを十分考えなくてはならないであろう。
Pensions & Investments, 09 July 2007
日本においては、会計上年金資産とみなされ
(2007)
“Contingent
assets
[8]Régie des rentes du Québec(2005a) “Toward
る退職給付信託が「偶発資産」とならないか、検
better funding of Defined Benefit Pension Plans”
討の対象となろう。しかし、退職給付信託の中
[9]Régie des rentes du Québec(2005b) “Deadlines for
身を見ると、大部分は持ち合い株の信託であり、
an employer to take advantage of the temporary measures
分散化されていないポートフォリオである。従っ
to ease the burden of funding defined benefit pension
て価格変動以上に信用リスクが大きく、受給権
plans” Newsletter Express 7 July 2005
保護向上の観点からは到底無理であろう。現金
[10]Régie des rentes du Québec(2008)
を退職給付信託にしている場合は検討の余地
“Overview of the changes introduced by Bill 68”
があると考えるが、そのような退職給付信託の
Newsletter Express 23 July 2008
例はレア・ケースであり、レア・ケースのために
[11]St-German,Michel “Quebec Funding Relief
制度を作るのは行政コストと効果の面で疑問で
Measures” Mercer Communiqué 19 November 2008
ある。
[12]The Board of the Pension Protection Fund
一方、カナダのように、信用度の高い企業が
(2006) “Form of Contingent Asset Type C(ii):
信用状によって掛金変動を避けるというのは検
Letter of Credit or Bank Guarantee with fixed
討の余地があろう。但し、会計上は資産計上さ
duration to support a planned schedule of deficit
れないので企業側のメリットは限定されよう。
reduction contrubutions version:2.0”(September
いずれにせよ、偶発資産は興味ある仕組み
2006)
であり、まだ世界でも例は少ないものの、受給
[13]The Board of the Pension Protection Fund
権保護強化の観点から継続的に調査していき
(2008a) “Guidance in relation to contingent
たい。
assets”November 2007(updated February 2008)
5.参考文献
[14]The Board of the Pension Protection Fund
[1]企業年金連合会(2008)「企業年金に関する基
(2008b) “Determination under Section 175(5) of the
礎資料」2008.12
Pensions Act 2004 in respect of the financial year 1
[2]清水信広(2008)「企業年金における「連帯」の
April 2008 – 31 March 2009”19 February 2008
構造と積立基準・会計基準のあり方」(社)日本アク
[15]The
チュアリー会 平成 19 年度研究発表集会提出論
Fund(2008c) “PPF Announces 2008-2009 Levy
文 2008.3
Scaling Factor” News Details 30 May 2008
[3]藤井康行(2008)「英国の財政運営基準の動
[16]The Pensions Regulator(2006) “Guidance on
向」、企業年金連合会「月刊企業年金」2008.3
the role of contingent assets in scheme funding”
P.34
May 2006
Board
of
the
Pension
Protection
[4]Brown,Chris(2007) “Alberta Introduces Letter
of Credit Regulations for Funding Pension
9
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