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マンガを読めるおれが世界最強∼嫁達と過ごす

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マンガを読めるおれが世界最強∼嫁達と過ごす
マンガを読めるおれが世界最強∼嫁達と過ごす気ままな
生活
三木なずな
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
マンガを読めるおれが世界最強∼嫁達と過ごす気ままな生活
︻Nコード︼
N9488DB
︻作者名︼
三木なずな
︻あらすじ︼
魔導書を読めば魔法を覚えられる世界、その魔導書の内容はマン
ガだった。
異世界人は一冊読むのに一年くらいかかるけど、おれにとってはマ
ンガだから一時間もかからない。
あらゆる魔導書を読みほどいた世界最強の大魔道士になったおれは、
愛らしい嫁と自由気ままな生活を送る。
1
転生︵前書き︶
5月14日、GAノベル様から書籍版が発売されます!
<i193346|15669>
よろしくお願いします!
2
転生
目を覚ますと、全然知らない場所にいた。
どうやらおれはベッドの上に寝てるけど、寝てる場所がまったく
知らない場所。
一人暮らしのかび臭い安アパートでも、実家で物置に化している
おれの部屋でもない。
広くて天井が高くて、やたら広いベッドが置かれてる部屋だ。
なんでここで寝てるんだ?
記憶をたどる、寝る前の記憶を。
たしか本屋にマンガを買いに行って、その帰り道で突っ込んでき
たトラックにはねられて︱︱ってはねられて!?
おれは慌てて体を確認した。起き上がってベタベタ触った。
特に怪我はない、ないのだが。
体がおかしい。
張りのある肌に、プニっとした短い手足。
まるで子供、それも幼稚園くらいの子供って感じだ。
3
手を動かしてみた。動く。
足をバタバタしてみた、バタバタする。
グワシッ! は指が短すぎでできない。
とりあえずやろうとした通りに体は動く。
ってことは、このガキの姿がおれなのか?
どういう事だ?
最後の記憶が交通事故、目が覚めたら子供の体になってる。
これってもしかして⋮⋮異世界転生?
﹁おはようございます、お坊ちゃま﹂
﹁え?﹂
声の方向を向いた。メイドが見えた。
ロングスカートにエプロン、萌え系じゃなくてちゃんとしたメイ
ドだ。
メイドはおれの方に近づいてきて、ぺこりと頭を下げて、言った。
﹁おはようございます﹂
4
﹁お、おはよう?﹂
﹁失礼いたします﹂
メイドが服を脱がそうとしてきた。
﹁ちょ、ちょっと?﹂
﹁どうなさいましたか?﹂
﹁どうなさいましたかって⋮⋮何をするんだ﹂
﹁なにって、いつも通りお坊ちゃまのお着替えを手伝わせて頂くの
ですが。なにかまずかったでしょうか。あっ、もしかしておねしょ
︱︱﹂
﹁そんなことはしてない!﹂
ヤバイ濡れ衣を着せられそうになったから、かぶってたシーツを
ぱっと広げた。
﹁でしたら、問題はないですよね﹂
﹁⋮⋮うーん﹂
訳わからないうちに、とりあえずメイドに着替えさせられた。
髪をくしですかされて、パジャマを脱がされて別の服に着替えさ
せられた。
5
貴族っぽい服だ。
﹁失礼いたします﹂
同じ事をいって、メイドが部屋から出て行った。
やっぱり訳がわからなかった。
状況をもっと把握するために、おれは部屋を出た。
廊下を歩き回って、きょろきょろあれこれを見る。
いた場所は建物の二階だったので、階段から一階におりた。
一階も見て回る。どうやらちょっとした屋敷みたいだ。
一人のおじいさんを見つけた。じいさんと目が合った。
﹁ちゃんと起きれたのかルシオ、感心感心﹂
おじいさんはおれの頭を撫でた。
ルシオ⋮⋮ってのはおれの名前か?
﹁えっと⋮⋮﹂
﹁どうした、まだ眠いのか?﹂
﹁そうじゃないけど⋮⋮ルシオって?﹂
6
﹁自分の名前を忘れたのかルシオ。やっぱりまだ寝ぼけてるようじ
ゃな﹂
どうやら本当におれの名前らしかった。
おじいさんは愉快そうに笑う。
﹁ねえねえ、おじいさんはだれ?﹂
おじいさんに聞いた。コ○ンばりの子供モードを意識して。
﹁じいちゃんの顔をわすれたのか、んん?﹂
おじいさんはやっぱり楽しそうに言って、更におれの頭を撫でた。
このおじいさんがルシオの祖父ってことなんだな。
﹁どうやら本当に寝ぼけてるようじゃな。朝ご飯食べたら二度寝す
るといい。じいちゃんは書庫で本を読んでるから、昼くらいに遊ぼ
う﹂
﹁本?﹂
﹁本は好きか?﹂
おじいさんが聞いてきたけど、どう答えていいのかわからない。
だって、プロフィールの趣味欄に﹁読書﹂って書きながら、読ん
だものが全部マンガだから。
7
マンガは大好きだけど、﹁書庫﹂って所にマンガはないよな。
﹁よし、じいちゃんの書庫を案内してやろう﹂
じいさんはおれを抱き上げ、歩き出した。
そしてある部屋に入る。
﹁おお﹂
部屋の中は本棚ばかりで、本がぎっしりだ。
おじいさんはおれを下ろした。
﹁どうだ、すごいじゃろ。おじいちゃんが生涯かけてあつめた魔導
書の数々じゃ。個人でこれほど集めてるのはなかなかないぞ﹂
﹁まどうしょ?﹂
聞き慣れない言葉が出た。
﹁うむ、魔法やスキルなどを記載した書物の事をいうのじゃ。読み
ほどけば魔法などを覚えられる魔法の書物、二重の意味でな。この
部屋だけでこの屋敷の数個分の値打ちはあるのじゃ﹂
﹁そうなんだー﹂
またよく分からないけど、その魔導書ってのはものすごく高価な
もので、読めば魔法とかスキルとかが使える様になるのか。
8
﹁すごいね﹂
﹁おじいちゃんは読みかけのヤツを読んでるから、ルシオも興味を
持ったら好きなのを読んでいいぞ﹂
そう言って、おじいさんは部屋の一冊の本をとって、部屋の真ん
中にあるロッキングチェアに座った。
それを開いて、うんうん唸る。
よっぽど難しいのか、ページを全然めくれてない。
魔導書ってのがどんな本なのか気になって、近づいて、チェアを
よじ登ってのぞき込んだ。
﹁え? マンガ?﹂
おじいさんがうーんうーん唸りながら読んでいたのは、普通にマ
ンガだった。
9
魔導書の内容はマンガだった
どうみてもマンガにしか見えないものを、おじいさんはものすご
い真剣な顔で見つめている。
普通のマンガだ、おれは十秒くらいでその見開きの二ページを読
めたけど、じいさんはページをめくらない。
どういうことなんだろう。
チェアから飛び降りて、一番近くにある本棚から一冊の本を抜き
取った。
開く︱︱これもマンガだった。
おれはそれを読んだ。
シュールなマンガだ。
何となく進学塾の宣伝用マンガを連想させられる展開で、ファイ
ヤーボールって魔法を覚えればやせっぽちだったおれがムキムキの
モテモテになるという超展開だ。
あまりにも突飛すぎて、一周回って面白く感じてくる。
それを、ついつい最後まで読んでしまった。
まあ、結構面白いマンガだった。
10
と、マンガをパタンと閉じてから、おじいさんがおれの事をじっ
と見つめてる事にきづいた。
﹁な、なあに﹂
﹁ルシオ、お前それを読めたのか?﹂
﹁え?﹂
おじいさんのようすがちょっとおかしかった。
なんかものすごく驚いてるって顔だ。
読めたら⋮⋮まずいのか?
﹁どうなんだ?﹂
せっつかれて、おれはおずおず頷いた。
﹁よ、よめたよ﹂
﹁⋮⋮ちょっと来い﹂
おじいさんはそう言って歩き出した。おれは慌ててついていく。
廊下に出て、建物を出た。
ここではじめて、ちょっとした屋敷、洋館のようなものだとわか
った。
11
その中庭に出て、おじいさんはおれに言った。
﹁あそこにある木がみえるか?﹂
﹁うん、見えるよ﹂
﹁あれに向けてファイヤーボールを撃ってみるのじゃ﹂
﹁ふ、ファイヤーボール?﹂
なんか魔法の名前が出てきた。
初級魔法っぽい名前だけど、そんなの使える訳がない。
﹁さっきルシオが読んでたのはファイヤーボールの魔導書じゃ。あ
れをちゃんと読めたのならもう使えるようになってるはずだ。さあ、
やってみろ﹂
そんな事をいっても。マンガを読めたら魔法が使えるなんてこと
が⋮⋮。
だけどおじいさんは真剣な目でおれを見つめるから、とりあえず、
やるだけやって見ることにした。
えっと、どうするんだ?
わからないから、とりあえず手のひらを突き出して、魔法名を言
ってみた。
12
﹁ファイヤボール﹂
次の瞬間、おれの手からドッジボールくらいの大きさの火の玉が
飛び出して、木に向かってすっ飛んでいった。
火の玉が木にあたって、木が燃えだした。
屋敷の中かでメイドが飛び出してきたけど、おじいさんが﹁大丈
夫だ﹂といって下がらせた。
﹁⋮⋮うそ﹂
おれは自分のてのひらをみた。
今の、本当に魔法が?
﹁ちゃんと使えた、本当に読めたのか﹂
おじいさんも驚いている。
﹁ルシオ、今まであの魔導書を読んだことは?﹂
﹁ううん、ないけど?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁だ、ダメだった?﹂
おじいさんがすごく険しい表情をした。本当に何か良くないこと
をしてしまったんじゃないかって気持ちになった。
13
﹁いや、書庫に戻ろう﹂
おじいさんに連れられて、また書庫に戻った。
おじいさんは棚の上にある一冊の魔導書を抜き出して、おれに渡
した。
﹁この魔導書を読んでみろ﹂
なんだかわからないけど、受け取って、読んでみた。
今度はファイヤレーザーって名前が出てきた。
三人の子供の受験のために、襲いかかってくるスベリ虫をファイ
ヤレーザーで応戦するお母さんの話だ。
やっぱりシュールで、突き抜けたおバカ展開が面白かった。
最後まで読んで、顔を上げる。
おじいさんがずっとおれを見つめてた。
﹁読めたか﹂
﹁はい﹂
﹁いくぞ﹂
またおじいさんに連れられて、中庭にでた。
14
さっき燃えた、半分になってる木をまだ指した。
﹁あれに、今度はファイヤーレーザーを撃ってみろ﹂
﹁ふ、ファイヤレーザー﹂
人差し指で指して、魔法を唱えた。
赤いレーザーが飛び出して、木を貫いた。
また魔法が使えた。
﹁おおお﹂
おじいさんが感心した声を上げた。
そして、おれの頭を撫でる。
﹁本当に魔導書が読めるみたいじゃな。さすがわしの孫じゃ﹂
と、目尻が下がりっぱなしだった。
それよりももしかして。
魔導書ってのは、全部マンガになってるの?
15
魔導書の内容はマンガだった︵後書き︶
第二話です、いかがでしたでしょうか。
マンガを読めば対応した魔法を覚える世界、という設定です。
16
できる弟とダメ兄貴
屋敷の食堂で、メイドに給仕されて、昼飯を食った。
﹁どうぞ、お坊ちゃま﹂
朝におれの着替えを手伝ってくれたメイドだ。
名前はアマンダで、若くて綺麗な人だ、そんな人にお坊ちゃまっ
ていわれるのはちょっと落ち着かない。
﹁あのー、そのお坊ちゃまってのはやめてくれない?﹂
﹁はあ、ではルシオ様とお呼びしますね﹂
﹁いや様でもさ⋮⋮こっちの方が年下だし、呼び捨てでいいよ﹂
向こうも若いけど、こっちは見た目がまるっきり子供だ。
客観的に小柄に見えるメイドでも、いまのおれは見上げなきゃい
けない。
﹁それはできませんよ、マルティン家のお坊ちゃまを呼び捨てにす
るだなんて﹂
﹁マルティン家?﹂
話の流れからしておれの家ってことか?
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﹁はい。代々大地主でいらっしゃるマルティン家のご次男様に、た
だのメイドであるわたしが呼び捨てにするなんてできません﹂
﹁⋮⋮そっか、ごめん﹂
メイドはなんか悲壮感漂う表情をしてた。どうしてもって言うの
なら従うけど、でも⋮⋮って顔だ。
別にそこまでしてもらわなくていいので、無理強いすることはや
めた。
﹁それよりも、兄さんはどこいるの?﹂
いまおれの事を次男だといった、なら長男がいるはずだ。
﹁イサーク様は旦那様とお仕事でお出かけになってます﹂
﹁そっか﹂
イサークという兄がいるんだな。
最後にもう一つ、聞きたい事があった。
﹁どころで、日本って国をしってるか? それと地球って星は?﹂
﹁いえ、どちらも存じませんが﹂
﹁⋮⋮そっか﹂
18
それを聞いて、おれは上の空で昼飯を食べた。
ルシオ・マルティン、in地球じゃない異世界。
一体どうなってるんだろうな。
☆
昼飯を食べた後、おれはまたおじいさんの書庫に向かった。
実はさっき、じいさんから鍵をもらった。あそこにある本はどれ
も好きによんでいいぞって言われた。
魔導書︵※中身はマンガ︶を普通に読めたことで、おじいさんに
かなり気に入られた。それで鍵をもらった。
マンガを読むのは好きだから、せっかくだし、読ませてもらうこ
とにした。
書庫に着いて、鍵を使って中に入る。
本は山ほどあるから、とりあえず端っこから一冊を本棚抜き取っ
て読もうとした。
﹁何をしてるんだルシオ﹂
﹁え?﹂
顔をあげると、15、6位の少年の姿が見えた。坊ちゃん刈りで
ちょっとふっくらしてる見た目。
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そいつは廊下からこっちを睨んでくる。
だれだ? こいつは。
﹁おまえは︱︱﹂
﹁おまえだって?﹂
少年は眉を逆立てた。
﹁何度も言ってるだろ、兄さんを見たらまず挨拶!﹂
こいつがおれの兄貴なのか。
﹁えっと⋮⋮こんにちは、イサーク兄さん﹂
軽く頭を下げて挨拶した。
﹁ふん。それよりお前、こんな所で何してるんだ。ここはお爺様が
大事にしてる書庫、無断で入ったら怒られるだけじゃすまさないぞ﹂
﹁それなら大丈夫、おじいさんから入っていいって言われたから﹂
﹁はあ? 嘘つくなよ﹂
嘘じゃないんだけど。
﹁そもそもお前がはいってどうするんだ? なんだその手に持って
るの﹂
20
﹁え? 今から読もうかと﹂
﹁見せてみろ﹂
イサークはおれの手から本を奪って、ぱらぱらめくりだした。
パッと見た感じ、氷の魔法を使って人間サイズのカマキリと戦っ
て裏庭の平和をまもる、という流れのマンガだ。
﹁よめるの?﹂
おれはイサークに聞いてみた。
イサークはなぜか間をおいてから。
﹁もちろんだろ﹂
といった。
﹁ふむ、ならばその本の魔法をつかってもらおうか﹂
﹁えっ﹂
﹁あっ、お、お爺様﹂
いつの間にかおじいさんが姿を見せた。
イサークの顔が青ざめた。
21
さっきまでおれに大いばりしてたのはなんだったんだ? って位
青ざめた。
﹁庭にでよう、その魔導書に記された魔法を使ってもらおう﹂
﹁お、お爺様っ﹂
イサークは抵抗するが、じいさんに無理矢理中庭に連れ出された。
そしておれの時と同じように、魔法を使えという。
﹁さあ、使ってみるのじゃ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁どうした、読めたのなら使える様になってるはずじゃ﹂
﹁うぅ⋮⋮﹂
﹁それとも、わしの書庫に無断で足を踏み入れたあげく、出来ない
事をできたと嘘ついたのか、お前は。マルティン家の男子にあるま
じき行為をしたというのか?﹂
﹁そ、それならルシオも同罪です。あいつが読めるなんて言うから﹂
話がこっちに飛び火した。
おれは例の本を持ち出して、歩きながら読んで、今最後まで読み
終えた所だ。
22
﹁言ったのか? ルシオ﹂
﹁うん﹂
﹁なら、魔法を使ってみろ﹂
﹁わかった﹂
﹁え?﹂
イサークがビックリした。それを無視した。
二回の試し打ちで黒焦げになった木に向かって、魔法を唱える。
﹁アイシクル!﹂
数本の氷の槍が出現して、木に突き刺さった。
さっきと同じように、本を読んだだけで魔法が使える様になった。
ファイヤーボール、ファイヤーレーザー、アイシクル。これで三
つ目の魔法だ。
﹁な、なななな⋮⋮﹂
﹁おお、その本は氷の魔法か﹂
おじいさんは感心していた。
﹁おじいちゃん、知らなかったの?﹂
23
コ○ン口調で聞いた。
﹁わしには読めない魔導書じゃったからな﹂
おじいさんはおれの頭を撫でた。
﹁ルシオは出来る子じゃな﹂
や、マンガを読めただけなんだけど。
﹁だれか﹂
おじいさんが屋敷に向かって呼びかける。メイドが一人現われる。
﹁イサークを離れに閉じ込めておけ、期間は三日間じゃ﹂
﹁かしこまりました⋮⋮イサーク様、こちらへどうぞ﹂
﹁ちょっと待ってくださいお爺様! おれは今父さんの仕事を手伝
ってるんです! おれがいなくなったら︱︱﹂
﹁それは本当か? それともまた嘘か?﹂
﹁︱︱っ!﹂
イサークは慌てて口を押さえた。弁解しようとしてまた地雷を踏
みかけたらしい。
嘘はマルティン家ではあまりよろしくない行動らしい。
24
イサークは何も言えなくなって、メイドにつれてかれた。
ちょっとかわいそうだけど、自業自得だしな。
﹁さあルシオ、また本読みに行こうか﹂
イサークを見るおじいさんの目は呆れた目だけど、おれを見る目
は優しい目だ。
出来のいい孫を見るような目。
﹁うん!﹂
おれはじいさんと一緒に書庫に戻った。
25
6歳の幼妻
異世界にやってきてから一ヶ月がたった。
おれはその間、おじいさんの書庫の中で一日の大半を過ごした。
六歳の子供に何かができるわけでもないし、マンガを読んでいろ
んな魔法を覚えるのは楽しかった。
一ヶ月で、おじいさんの蔵書の三分の一は読破した。
それで覚えた魔法が3桁を越えた。
それで知ったのは、この世界の人間は何故かマンガがほとんど読
めないということ。
四コママンガはぎりぎり読める、ストーリー漫画のコマ割りにな
ったら混乱、擬音がどーんと出たらそのページはもう読めない。
アメコミ風のやつはおじいさん曰く﹁地上でもっとも難しい魔導
書﹂らしい。
それにはおれも苦労した。コマ割りと開きが普通のと違ってたか
ら⋮⋮それでも普通に読めたけど。
で、具体的にどれくらい読めないのかっていうと、コミックス一
冊読むのに普通は半年から一年かかるってレベルだ、速い人でも一
ヶ月かかる。
26
おじいさんによくしてもらったからマンガの読み方を教えようと
したけど、まったく理解されないで終わった。
マンガなんて難しい事なにもないのになぁ、不思議だ。
☆
﹁ルシオ﹂
﹁どうしたのおじいちゃん﹂
おじいさんの前ではすっかり子供モードがなじんできたおれ。
そのうち﹁あれれれー﹂って言い出しかねないと自分でも心配し
てる。
﹁あしたお前の嫁が来るからな、仲良くしてやるのじゃぞ﹂
﹁うん、わかった﹂
頷き、マンガの続きを読む。
⋮⋮。
⋮⋮。
⋮⋮。
﹁えええええ?﹂
27
あまりの事に反応が遅れた。
今なんて言った、嫁? 嫁が来るっていったか?
盛大にひっくり返りそうになって、おじいさんを見る。
﹁ど、どういう事なのおじいちゃん﹂
﹁だからお前の嫁が来る﹂
﹁嫁って、ぼくはまだ六歳だよ?﹂
﹁大丈夫じゃ、相手も同じ六歳じゃからな﹂
﹁問題あるよ、いっぱいあるよ。どういう事なの一体﹂
﹁ふむ、やはり一から説明せねばならんか﹂
是非そうしてください。
おじいさんは自分が読んでる魔導書︵おれは五分で読んだ︶をお
いて、語り出した。
﹁もともとルシオにはいいなずけがいる。わしの大親友の孫娘でな、
お前達が生まれる前から、生まれてくる子供が異性同士だったら許
嫁にしようって約束を交わしたのじゃ﹂
そんな事⋮⋮子供が生まれる前に決めるのか。
28
﹁もちろん結婚は互いが大きくなってからの予定じゃったが。わし
の親友が︱︱商人なんじゃが、商売に失敗して家が没落してな。助
けようと思ったが、わしの所に話が来た時はもう手遅れじゃった﹂
なんか重い話になってきたぞ。
﹁手を尽くしたが、救えたのは孫娘一人だけじゃった。こうなった
らせめてその孫娘を引き取ろうと思ってな﹂
親友の忘れ形見ってヤツか。
﹁そうだったんだね﹂
﹁その娘を守るにはこっちの身内にしてしまうのが一番じゃ。だか
らルシオ、嫁として大事にするのじゃぞ﹂
﹁うん、わかった﹂
そういうことなら仕方ない。事情が事情だ。
相手は六歳の幼女だし、妹って感じで接すればいいかな。
☆
次の日、おれの嫁が来た。
屋敷の表に馬車が到着する、中から降りてきたのは可愛いけど、
顔がやつれてる幼女だ。
頬はこけて目に力がない。
29
よっぽど疲れてきってるな、って一目でわかる。
﹁おお⋮⋮シルビアちゃん、かわいそうに。前にあったときはあん
なに可愛らしかったのに﹂
おじいさんは幼女⋮⋮シルビアに近づいていった。
かわいそうだと思うのはおれも同感だ。なぜならおじいさんが近
づいただけでシルビアは怯えたから。
人見知りから来るタイプの怯えじゃない、そもそもおじいさんの
話じゃ初対面じゃない。
ひどい目にあって、それで大人を怯えてるって顔だ。
﹁い、いや⋮⋮﹂
﹁おおぉ⋮⋮かわいそうに﹂
おじいさんは足を止めた。
﹁おじいちゃん、ここはぼくに﹂
そう言って、代わりにシルビアの前に立った。
実家の商売の失敗で多分地獄を見た幼女。
それが、おれの嫁。
30
このままにしておきたくはなかった。
﹁ドレスアップ﹂
手をかざして、3桁を越えるうちの一つの呪文を唱えた。
シルビアの体がひかりに包まれ、直後に姿が変わった。
頭にヴェール、体にドレス、そして両手にブーケ。
可愛らしい、ウェイディングドレス姿。
﹁え、ええ?﹂
驚くシルビア、おれは彼女の手を取って、甲にキスをする。
﹁ようこそシルビア、ぼくの可愛いお嫁さん﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
シルビアは頬をポッと染めて、恥ずかしそうにうつむいてしまっ
た。
うん、怯えるよりはずっといい。
﹁おお、よくやったぞルシオ﹂
おじいさんは大いに喜んでくれた。
☆
31
夜中、変な気配に起こされた。
目を開けると、シルビアがベッドから起きて、おろおろしてる。
おじいさんの命令で、おれとシルビアは同じベッドで寝てる。
ベッド自体はキングサイズよりでっかいから、ベッドの上で離れ
て寝てた。
寝てたんだけど、何故か起きて、おろおろしてる。
﹁どうしたんだ、シルビア﹂
﹁きゃあ!﹂
声をかけると、盛大に悲鳴を上げられた。
どうしたんだろう。
おれも体を起こした。
シルビアは枕を抱いて、縮こまっている。
﹁どうした⋮⋮ってうん?﹂
近づいていこうとすると、ベッドの上に這うおれの手がなんか湿
ってる所を触った。
ベッドの一部が水でびちゃびちゃになってる。
32
なんだろうと思ってかぐと︱︱おしっこだった。
もしかして⋮⋮とシルビアを見る。
湿ったベッド、恥ずかしがる六歳の子供。
なるほど、おねしょか。
﹁着替えよう﹂
﹁わ、わたし︱︱﹂
何かいいわけしようとするシルビア。
﹁大丈夫だから、きにしなくていい﹂
そう言って、微笑んでみせる。本当に気にしてない、という顔を
する。
﹁そのままだと風邪引くから、着替えよう﹂
おれはメイドを呼んで、着替えを用意させた。
着替えをもらって、メイドをいったん外に出す。
﹁着替えよう、手伝ってあげる﹂
﹁お、おこらないの?﹂
33
﹁おこらない。おこる必要はない﹂
子供のおねしょくらいでいちいちおこる必要性を感じない。
﹁⋮⋮ごめんなさい。わたし、知らない所でねるとこうなの﹂
﹁そうなのか﹂
﹁本当にごめんなさい﹂
﹁いいさ。この家にゆっくり慣れていけばいい﹂
そういいながらシルビアのパジャマを脱いでやって、布で股間を
綺麗に拭き取って、新しいパジャマに着替えさせた。
シルビアは恥ずかしがりながら、着替えをおれに手伝わせた。
汚したパジャマをファイヤボールで跡形もなく燃やし尽くした。
着替えをすんで、メイドを呼んで、シーツをかえてもらった。
新しいシーツになったベッドにシルビアと一緒に乗った。
﹁さあ、寝ようか﹂
﹁あの﹂
﹁うん?﹂
﹁ありがとう﹂
34
﹁どういたしまして﹂
﹁あ、あの﹂
﹁うん?﹂
﹁おてて、つないでもいい?﹂
﹁ああ、いいよ﹂
手を差し伸べる、シルビアは大喜びで手をつないできた。。
二人で、手をつないで寝た。
35
水で商売
おれとシルビアは結婚した。
どっちも六歳だけど、この世界のお金持ちの間ではそういうのは
あまり関係ないらしい。﹁結婚は○歳から﹂という法律は存在して
なくて、子供のうちでも両親が認めれば割と普通にするらしい。
貴族の政略結婚とか、赤ちゃんでも普通にするって聞いた。
神の前で誓いを立てて、魔法の指輪をシルビアにはめるという簡
易的な結婚式をした。
ちなみに魔法の指輪のどこが魔法の指輪なのかというと、浮気を
すればすぐに粉々に砕け散るという代物だ。
まあ、六歳のシルビアにはあまり関係ない。
そして、シルビアとおれは同じ部屋で暮らすようになった。
一晩寝るだけじゃなくて、毎日おれの部屋で一緒に暮らす事にな
った。
結婚して、同じ部屋で暮らすけど、何かできる訳でもない。
シルビアは六歳だし、おれも肉体的には六歳だ。
おててとおててをつないで一緒に寝る、が一番の肉体的接触だ。
36
⋮⋮手をつなぐだけで安眠できるのは結構意外だった。
☆
マンガ
この日、おれは庭で魔導書を読んでいる。
おじいさんから許しをもらって、自由に本を持ち出して読めるよ
うになった。
その横からシルビアがのぞき込んでくる。
のぞき込んで、まじまじ見つめてくる。
気になって聞いてみた。
﹁シルビアはこれ読める?﹂
﹁ううん﹂
首を振った。
﹁すごくむつかしい﹂
﹁全然読めない?﹂
﹁うん、よめない﹂
今度は頷いた。それでも視線は魔導書に釘付けだ。
37
そうか、やっぱり読めないのか。もしかしたら年寄りが読めない
で、子供だったら読めるというパターンなのかなって思ったけど、
そうではないらしい。
やっぱり異世界人はマンガを読めないのかな、普通に。
﹁ルシオ様は読めるの?﹂
﹁読めるよ。意外と面白いんだ、この魔導書﹂
﹁おもしろいの?﹂
シルビアは目を見開かせた。
読めないから驚いてるんだろう。だけど読めるとわかる。ここの
マンガって、シュールな展開が多いけど、それが結構面白いって事
がある。
だから飽きずに毎日読んでられるのだ。
おれは手の甲で汗を拭って、ページをめくった。
ちょっと熱くなってきた。
ふと涼しい風が吹いてきた。
横を見るとシルビアがパタパタあおってくれていた。
﹁ありがとう﹂
38
いうと、シルビアはよろこんだ。
パタパタ扇がれて、魔導書を読み続けた。
しばらくして、馬車がやってきた。屋敷の庭に乗り込んできた。
馬車は荷台にでっかい木のタルをいくつも積んでる。
﹁なんだろう、あれ﹂
﹁わかりません﹂
みつめていると、屋敷の中からメイドのアマンダが出てきた。
馬車に近づき、操縦してる中年男にお金を払って、タルを下ろし
てもらう。
おれは近づいていき、質問した。
﹁アマンダ、それは何?﹂
﹁お坊ちゃま。これは水でございます﹂
﹁水?﹂
﹁はい、飲用の水です。この一帯の水はあまり綺麗ではなく、沸騰
させても飲めないし料理に使えないんです。ちょっと飲んだだけで
もすぐお腹を下してしまうんです。だからこうして、お口にいれる
ための水を綺麗な水源地から取り寄せてるのです﹂
39
﹁そうだったの? それ大変じゃない?﹂
﹁そうでもありませんよ﹂
アマンダは微笑んだ。
﹁この一帯に住んでる人ならみんなずっとそうしてきましたから、
慣れたものです﹂
アマンダは笑って言いながら、水のタルを台車を使って、屋敷の
中に運び込んだ。
おれは考えた。
水が飲めない、か。
☆
本を書庫に戻し、屋敷を出て、近くの森にやってきた。
記憶の中の道をたどる、たしかこの先に小川があったはずだ。
それで歩いて行く。後ろからとことことシルビアがついてくる。
森の中のデコボコな道だから、ぜーぜー言っててキツそうだ。
﹁シルビア。屋敷で待ってていいんだぞ﹂
﹁う、ううん。一緒に行く﹂
40
﹁そうか﹂
おれは足を緩めた。
シルビアを待って、ペースを合わせて、ゆっくりと川に向かって
いった。
川に着く。綺麗に見える川の水を手のひらに掬う。
匂いを嗅ぐ、じっと見つめる。
特になんともない、ぺろっとなめてみる。
﹁︱︱っ!﹂
刺激的な味が脳天を突き抜けた。
﹁ぺっぺっぺ!﹂
慌てて吐き出す、舌先がしびれた。
﹁大丈夫!? ルシオ様﹂
﹁ぺっぺ、だ、大丈夫だ﹂
あんなに綺麗に見えて、匂いもしないのに、口に入れた瞬間毒み
たいだった。すぐに吐き出して、舌を袖でごしごしこすったけど、
違和感が強く残った。
なるほど、これは確かに飲むのは無理だ。
41
ならばと、おれは懐の中から小さなコップをとりだした。
水を汲んで、コップの口に手のひらを当てる。
﹁ディスティレーション﹂
コップの水に魔法をかける。光がコップを包み、水が沸騰したよ
うにコポコポし出した。
ちょっとして、それがおさまる。
﹁これで大丈夫のはずなんだが⋮⋮﹂
魔法が効いてたら、これで﹁飲める﹂水になってるはずだ。
ディストレーション。液体から不純物を飛ばして、純水にする魔
法。
多分だけど蒸留の逆バージョンで、不純物を飛ばして純水にする
魔法だ。
だからこれで飲める⋮⋮はずなのだが、さっきと同じ透明で匂い
がしないってのがちょっと怖い。
おれが迷ってると、シルビアがそれを持っていった。
そしてぐい、と一気に飲み干す。
﹁シルビア!? 何をするんだ﹂
42
いきなりそうしたシルビアに驚き、どうなったのか見守る。
しばらくして、にこり、と微笑んでおれを見た。
﹁⋮⋮だいじょうぶです、美味しいです﹂
﹁おいおい、本当に大丈夫なのか?﹂
﹁はい!﹂
シルビアはコップをおれに返した。
おれはもういっぱい水を汲んで、またディスティレーションをか
けて、今度は自分で飲んだ。
シルビアが言うとおり、水はちゃんと飲めるものになった。まっ
たく味がしない純水になった。
ディスティレーションで、魔法で水の浄化はできる事が確認され
た。
これで⋮⋮商売できるよな。
水がないわけじゃなくて、たっぷりあるけど飲めない地域。
この魔法なら、商売になるんじゃないかって思った。
43
水で商売︵後書き︶
日間113位になりました、ありがとうございます。
44
小遣い稼ぎ
結果から言うと、ディスティレーションはちゃんとお金になった。
近くのアイセン、カルチ、キブの三つの村に言った。
話をして、売り込みをして、洗濯とかにしか使えないって水源に
魔法をかけて、実際に飲んで見せた。
それがすごく喜ばれた。一週間に一回浄化に行くという約束で金
をもらった。
次に何が金になるのかを考えた。
最後の村、キブから屋敷に戻る帰り道で歩きながら、考える。
すっと横からシルビアが手を伸ばして、おれのおでこをハンカチ
を拭いてくれた。
また、汗が出てたみたいだ。
﹁暑いな﹂
﹁はい﹂
﹁シルビアは大丈夫なの?﹂
﹁わたしは大丈夫です﹂
45
そうは言うけど、シルビアも額に豆粒大の汗がにじんでる。
季節は夏に近い。そろそろ暑くなってきてる上に、二人で歩きっ
ぱなしだ。
そりゃ汗も出る。そして気づいたら喉も渇いてる。
﹁冷たい飲み物がほしいよな。氷でキンキンに冷やしたジュースと
か﹂
﹁氷は高級品だから﹂
﹁うん?﹂
足を止めた、シルビアを見た。
﹁どうしたんですか?﹂
﹁いまなんて? 氷は高級品?﹂
﹁はい﹂
﹁どういう事?﹂
﹁えっと、昔お父さんから聞いた話だけど。夏に氷が食べられるの
は、地下のすごーく深いところを掘って、冬の氷を保管して、食べ
たい時に取り出すって方法しかないの。それができるのはすごいお
金持ちか、王様とかだけだって。後は大きい街のこーきょーじぎょ
ーだけだって﹂
46
公共事業か。
でもそっか、そういえば冷蔵庫とかないのか。
つまり⋮⋮氷も金になるって事か。
おれは今まで覚えた魔法を一つずつ思い出して、使えそうなもの
がないか探した。
☆
屋敷に戻って、リビングに飲める水と包丁、そしてシロップを用
意した。
﹁セルシウスゼロ﹂
まず魔法で水を凍らせた。水はすぐに氷になった。
その氷を包丁で削った。こっちは肉体労働だったから、ちょっと
苦労した。
削り出した氷に、甘いシロップをかけてみた。
かき氷のできあがりだ。
﹁ほら、食べてみて﹂
﹁いいの?﹂
47
﹁ああ﹂
﹁シルビアはかき氷を受け取って、一口すくって、口の中に入れた。
﹁あまい、冷たい。くぅ⋮⋮﹂
最初はうれしがったけど、すぐに目が×みたいになった。
きーんときたな。
﹁大丈夫か﹂
﹁う、うん⋮⋮ちょっと頭﹂
﹁かき氷を一気に食べるとそうなるんだよ﹂
笑って、シルビアからかき氷を受け取って、自分でも食べてみた。
美味しかった。シロップに色がついてないから面白さはなかった
けど、味は問題なかった。
これは、金になる。
☆
メイドから台車を借りて、必要な道具一式を乗せて、アイセンの
村にきた。
村の広場で道具を広げて、水を浄化して、凍らせて、かき氷にし
た。
48
一人の農作業者が通り掛かったので、呼び止めた。
﹁ねーねーおじさん、かき氷食べていかない?﹂
子供モードで、愛想を振りまいてみた。
﹁かき氷?﹂
﹁うん! こう、氷を削って、シロップをかけた食べ物なんだ﹂
﹁氷を!? それは美味しそうだ。⋮⋮でも高いよね﹂
﹁200セタでいいですよ﹂
セタというのはこの世界の通貨の単位で、200は小さい茶碗い
っぱいのスープ麺の値段くらいだ。
つまりかなりリーズナブルな値段設定だ。
﹁安い! その値段で氷を売っていいの?﹂
﹁魔法で作った氷だからね﹂
﹁キミが作ったの?﹂
﹁うん!﹂
﹁そっか、魔法で作ったのか。じゃあ一つもらおうかな﹂
49
男は200セタを出した。シルビアがそれを受け取って、おれが
かき氷を作って渡した。
﹁あまい、それに冷たい。はあ⋮⋮熱い日に冷たいものを食べるの
ってこんなに気持ち良かったんだ﹂
﹁だよねー。よかったらみんなにも紹介してよ。これからお水を綺
麗にしに来る度にここで売ってるから﹂
﹁うん? ああキミが水を浄化してくれるっていうルシオくんか﹂
﹁うん! これからよろしくね﹂
﹁おう、よろしく﹂
男はおれの頭を撫でた。
﹁でもキミすごいね、その歳で商売してるのは﹂
おれはシルビアの手を取って、指輪を見せた。
﹁お嫁さんできたからね﹂
男は一瞬きょとんとして、それから大笑いした。
﹁そりゃそうだ、お嫁さんできたら稼がないといけないよな。男の
子⋮⋮いや男だもんな﹂
﹁うん!﹂
50
﹁よし、おじさんにまかせろ。キミのこの⋮⋮かき氷だっけ? を
村中に宣伝しとくよ﹂
﹁ありがとうおじちゃん﹂
﹁ありがとうございます!﹂
おれが礼を言って、シルビアも礼を言った。
これでもう少し、稼げそうだった。
51
敵と認定する
はじめて金を稼いでから一週間がたった。
三つの街にそれぞれ一回行って、水を浄化して、その後かき氷を
売った。
どっちもほぼ元手がいらない商売で、一週間で10万セタ位稼い
だ。
これがどれくらいの金額なのかって言うと。20万セタで四人家
族が一ヶ月を節約なしで過ごせる位だ。
そこそこいい収入だけど、すげえ! って程じゃない。
でも楽に稼げるし、これでいいと思った。
その仕事に行かない時は、屋敷でのんびりマンガ魔導書を読んだ。
今読んでるのはレイジングミストという名前の魔法の魔導書だ。
かなりの広域攻撃魔法で、使える機会なんてなさそうだけど、内
容がやっぱり結構シュールで面白いから読んでる。
おれが読んでる横で、シルビアがかき氷を持って、一口ずつ食べ
させてくれてる。
特に意味はないけど、シルビアがどうしてもやりたいっていうか
52
ら、やらせてる。
﹁ばっかもーん!﹂
屋敷に響き渡る程の大声が聞こえた。
おじいさんの怒鳴り声だ。いきなりどうしたんだ?
気になった俺はシルビアに目配せして、魔導書をおいて、二人で
一緒に何事か見に行った。
中庭におじいさんと兄貴のイサークがいた。
イサークは小さく縮こまってて、おじいさんが説教をしてる。
﹁まえからあれほど言ってるじゃろ! 甘い話には裏があると。だ
というのにこりもせず大金を注いで失敗をして﹂
どうやら商売の失敗で説教してるみたいだ。
16歳になってるイサークは両親の仕事を手伝ってて、それで失
敗したみたいだ。
イサークは黙ってしかられていたが、思い切って反論した。
﹁し、しかしお爺様。ブルノが絶対に儲かるといったのです。今投
資すれば倍になって帰ってくるからって﹂
﹁いやそれはダメだろ﹂
53
思わず声に出てしまった。あまりの話に思わず突っ込んでしまっ
た。
イサークに睨まれた。
⋮⋮いやそこで睨まれても。ブルノってのが何者かは知らないけ
ど、絶対に儲かるから、今投資すれば倍になって戻るなんて詐欺の
中でも時代遅れの詐欺だぞ。
そんなのに引っかかったのかイサークよ。
﹁だから前から言ってるじゃろ! 甘い話など存在せん、と。絶対
に儲かるのなら、なぜそのブルノという男が自分でやらない﹂
うん、まさにその通り。
﹁ブルノはおれに言いました、お前は友達だから、特別におしえて
やるって﹂
それで信じたのかよ、おいおい。
その反論で、イサークはますますおじいさんにしかられた。
こっぴどくしかられて、反省しろと言われて、解放された。
おじいさんがさった後、イサークに思いっきり睨まれた。
﹁なんださっきのは! それになんだその目は!﹂
⋮⋮正直哀れんでる目だが、いわないことにした。
54
あんな詐欺みたいなのに引っかかったあげく、反省をまったくし
てないのがなあ⋮⋮。
﹁その目をやめろ! 子供のくせに、働いた事もないくせに!﹂
﹁る、ルシオ様は︱︱﹂
﹁お前は黙ってろ! 買われてきた女がしゃしゃり出るな﹂
怒鳴られて、シルビアは涙目になった。
ぎゅっと自分の服の裾を掴む。
涙がこぼれて⋮⋮指輪に落ちた。
﹁⋮⋮﹂
カチーン、となった。おれはイサークに聞いた。
﹁あれれれー、兄さんって稼いでるんだっけ﹂
﹁はあ? なんだそれは﹂
﹁ぼく、兄さんが稼いだって記憶がないんだ。いつも商売で損をし
て怒られてばかり。そういうのって、ちゃんと働いてるっていえる
のかなあ﹂
﹁子供が生意気言うな、儲けるってのはそんなに簡単な事じゃない
んだ!﹂
55
あるって言えばいいのに逆ギレって︱︱まさか儲けたことないの
かよ。
﹁ぼくは儲けたよー、一週間で、10万セタ﹂
﹁は?﹂
﹁これが証拠だよ﹂
この一週間で稼いだ金を見せた。
﹁な、何をやったんだお前は﹂
﹁魔法で水を綺麗にして、それを売ったんだ﹂
﹁︱︱っ!﹂
兄貴は言葉を失った。
やがて元に戻って、虚勢を張った。
﹁ふ、ふん。その程度、子供のおままごとには丁度いい﹂
﹁うん、おままごとかもしれないね。兄さんはおままごと以下のこ
としかできないんだよね﹂
子供モードでわざとらしくいって、ぎろっと兄貴を睨んで、トド
メをさすようにいった。
56
﹁結婚してない子供だし、おままごとでも大丈夫だよね﹂
﹁くっ﹂
兄貴はまたも言葉を失った。そして言い返す事もできず、そのま
ま逃げる様に立ち去った。
おれは追いかけようとした、もっともっと言ってやりたかった。
人の嫁をコケにして、この程度で済ますわけがない。
しかし追いかけられなかった。服をつかまれた。シルビアだ。
シルビアはおれの服を摘まんで、涙目のまま上目遣いで見てきた。
﹁ありがとうございます、ルシオ様﹂
涙目で感謝された。
シルビアの涙を拭いてやった。口調を普段のものに戻して言った。
﹁言っとくけど、シルビアは買われてきた女じゃないからな。生ま
れる前からおれのお嫁さんになる運命の人だから、買われたとかそ
ういうのじゃないからな﹂
﹁はい⋮⋮﹂
﹁⋮⋮書庫にもどろっか﹂
もっと兄貴に言いたいことはあったけど、シルビアの顔を見てる
57
とどうでも良くなった。
おれたちは書庫に戻って、魔導書の続きを読んで、かき氷を食べ
た。
夜はおててをつないで一緒に寝た。
58
親友救出
異世界転生から二年がたって、おれは八歳になった。
二年のあいだで何かが変わったといえば、あまり変わってない。
相変わらずおれは毎日おじいさんの書庫でマンガの魔導書を読み
ふけって、たまに水とかき氷を売りにいく。
それで儲けた金を貯金して、ちょっとした財産になった。
それ以外はほとんど一緒だ。
変わってないことと言えばもう一つ。シルビアのおねしょだ。
今でもたまにおねしょをする。おれと手をつないでないと、かな
りの割合でおねしょしてしまう。
それとは別に、最近は手をつなごうとするとはにかむようになっ
た。
どうやらおれとの間に男女を意識しだした。もう結婚して夫婦な
のに、今更それを意識するのかおかしかった。
☆
この日も書庫で魔導書を読んでいた。手足がちょっと伸びたシル
ビアがうちわでゆっくりおれを扇いでいる。
59
﹁ルシオ様、そのご本は前にも読んでましたよね﹂
﹁ああ﹂
﹁同じ本を二度読むのですか?﹂
﹁ここにある本は全部読んじゃったからな﹂
じいさんの蔵書は読破した。それで覚えた魔法の数は四桁を超え
た。
正直、今のおれはなんでもできる。
魔物を召喚しようと思えばできるし、ホムンクルスも作ろうと思
えば作れる。
一回人気のないところで隕石落とし︱︱メテオも使ってみた。
魔法でできそう、って思う事は大抵本当にできる。
やる必要性があまりないから、やってないだけど。
﹁ルシオ様、みかん剥けました﹂
﹁あーん﹂
﹁はい、どうぞ﹂
口をあけて、みかんを口の中に入れてもらう。シルビアは結構手
60
先が器用で、うちわで扇ぎながらみかんを剥く芸当もできてしまう。
そのシルビアとのんびりした日々を過ごしてる。
☆
シルビアと一緒にバエサの街に来た。
結構大きい街で、たまに二人でやってきて、何するでもなくぶら
ぶらする。
まずは本屋に入った。
街にも魔導書を取り扱う本屋がある。だけど品揃えはそんなに良
くない、大半はじいさんが既に持ってたりするものだ。
﹁いらっしゃいませルシオ様。今日も新しい魔導書が入荷されてま
すよ﹂
店員の男がおれを見つけて、商売用の愛想笑いを振りまいてきた。
﹁どんなの? みせて﹂
﹁はい、こちらの三冊です﹂
そういって、おれの前に三冊の魔導書を出した。
表紙を見て、ざっと中も見た。
﹁この二冊はもうあるね。サスピションとドキュメント。この三冊
61
目だけまだ持ってないかな﹂
﹁では⋮⋮﹂
店員は目を輝かせた。
おれはおじいさんに言われてる、本なら︱︱魔導書ならいくらで
も買っていい、むしろまだ持ってないのがあったらどんどん買えと。
おじいさんの趣味なのと、おれにもっともっと読ませたいので、
魔導書はかぶってないのだったら容赦なく買ってる。正直結構あり
がたい。
それをこの二年間やってきて、店の人もそれを知ってる。
﹁うん、買っちゃう。いつもの用に屋敷に送っといて、請求もそっ
ちにお願いね﹂
﹁ありがとうございます!﹂
店員の満面の笑顔に見送られて店を出た。
魔導書というのは結構高いものらしく、あれ一冊だけで相当の売
り上げになると聞いた。
﹁また新しいご本が読めますね﹂
一緒にいたシルビアが満面の笑顔で言った。
﹁ああ、どんな本なのか楽しみだ﹂
62
﹁前回買った本はすごかったですよね﹂
﹁スクリーニングのことか。うん、あれはすごかった﹂
スクリーニングという魔法はかなり便利な魔法だ。
例えば十個くらいの卵があって、一つだけ古いもので腐ってて、
でも外見からわからない。
そういう時にスクリーニングをかけて、腐った卵、って条件をつ
ければ腐った卵だけが光り出す。
たくさんあるものの中から、条件にあったものを選び出す魔法で
ある。
すごいのもそうだし、かなり便利なのだ。
ちなみに魔導書の方は、おれは読むのに一時間掛かった、シルビ
アもおじいさんも未だに一ページも読めてない。
世間話をしながら街の中を散歩する。
﹁あれ?﹂
﹁どうしたシルビア﹂
﹁⋮⋮あの馬車、あの馬車の中に知ってる子がいた気がする﹂
﹁どれ?﹂
63
シルビアがすぅと指した。
丁度角を曲がった馬車が見えた。
﹁知ってる子って、どういう子なんだ?﹂
﹁お父さん同士が親友の、同じ商人の娘の子です﹂
﹁へえ、この辺に遊びにでも来たのかな。会いに行こうか﹂
シルビアをつれて、馬車を追いかけた。
馬車が止まってる店の前についたとき、おれはぎょっとした。
﹁ここは⋮⋮﹂
﹁奴隷だと?﹂
そこはバエサでお悪名高い、奴隷を扱う店だった。
﹁シルビア、お前のその知りあいの実家って、奴隷の関係ある商売
をしてるのか﹂
﹁ううん、そんな事はない⋮⋮と思います﹂
﹁そうか﹂
なんかちょっと悪い予感がした。
64
とにかく話を聞こうと、おれはシルビアを連れて中に入った。
店の人間がいきなりでてきて、いやそうな顔をした。
﹁ほら出てった出てった。ここは子供が来る所じゃないんだよ﹂
﹁あのね、ぼくの名前はルシオ・マルティンって言うんだ﹂
﹁ルシ⋮⋮マルティン様!?﹂
店の人がいきなりへこへこしだした。
﹁マルティン様と言えば、あの? イサーク様とは?﹂
﹁ぼくのお兄さんだよ﹂
﹁これはこれは、まさかマルティン様のお坊ちゃまだったとは思い
も寄らず失礼いたしました﹂
店の人はおれたちを中に通した。
個室に案内され、おれたちは座った。
しばらくして、違う男がやってくる。
ヒゲ面の中年男だ。
﹁初めまして、わたしがこの店の主人ゴルカ・ポロシと申します﹂
﹁ルシオ・マルティンです﹂
65
﹁して、今日は奴隷をお求めに?﹂
﹁えっとね! ぼくの妻が知りあいかもしれない人がこの店に入る
のを見たっていうんだ。それを探しに来たの。ねえシルビア、その
子の名前と特徴は?﹂
﹁えっと、ナディアちゃんっていいます、わたしと同じ歳です﹂
﹁家が商人で、彼女と同い年の子で、ナディアって言う子なんだけ
ど。いるかな﹂
﹁ございます﹂
ゴルカは即答した。
﹁当店の商品として﹂
﹁商品?﹂
﹁はい﹂
﹁そんな! ナディアちゃんがなんで商品になるの!?﹂
﹁それは︱︱﹂
﹁シルビア、それは後でゆっくり話そう﹂
おれはシルビアを止めた、そしてゴルカに切り出した。
66
﹁商品なら買います。いくらですか﹂
﹁1000万セタでございます﹂
﹁⋮⋮うん、買うよ﹂
﹁承知いたしました、では請求はマルティン家に︱︱﹂
﹁ううん﹂
おれは首を横に振った。
﹁家じゃなくて、請求はぼくにお願いします﹂
﹁⋮⋮ほう﹂
ゴルカは面白そうな顔をした。
魔導書と違って、おれのわがままだから家の金は使わない。
幸い、この二年間に溜めた金で足りた。
67
次男坊、独り立ちへ
﹁ナディアちゃん!﹂
﹁シルヴィ⋮⋮シルヴィなの!?﹂
部屋の中、友達の二人が再会を果たした。
つれて来られて驚くナディアに、シルビアがかけよって抱きつい
た。
﹁どうしてここに?﹂
﹁ナディアちゃんこそどうして?﹂
女の子二人が話す中、おれはゴルカに向き合う。
﹁もう、連れて帰っていいよね﹂
﹁支払いを確認しました。今この時より奴隷ナディアの所有権はあ
なた様にうつりました。ご随意に﹂
ゴルカが言った。
支払いはついさっき、使いを走らせて、屋敷にいっておれがため
込んだ金を運んで来てもらった。
魔導書はおじいさんに事後報告でいくらでも買っていいけど、こ
68
っちは自分の金じゃいけなかった。
貯金の大半を使ったけど、まあいい。
﹁シルビア、それと⋮⋮ナディア? とりあえず帰ろう﹂
☆
おまけのつもりだろうか、屋敷までの馬車を出してくれた。
おれたち三人が馬車に乗って、屋敷に戻る。
﹁シルヴィの事をずっと心配してたの。お父さんに聞いても何も話
してくれないし。シルヴィちゃんの事はもう忘れなさい、ってしか
言ってもらえなくて﹂
﹁ごめんなさい⋮⋮﹂
﹁それより、お前はなんで奴隷になったんだ?﹂
普段の口調に戻ってナディアに聞いた。
ナディアは一瞬きょとんとして、シルビアを見た。シルビアが頷
き、ナディアがおずおずと話し出した。
﹁わかんないよ、いきなり家に知らない人がいっぱい来て、差し押
さえとか言って﹂
﹁ああ﹂
69
ナディアはわからないって言うけど、それだけでなんとなくわか
った。
シルビアと似たようなもんだろ。
﹁ルシオ様﹂
﹁うん、なんだ﹂
﹁ナディアちゃんは⋮⋮これからどうなるの?﹂
﹁⋮⋮﹂
おれは迷った。
ナディアの身分は奴隷、だから普通は召使いとか、メイドとかそ
ういうのでこき使うものらしい。
でもナディアはシルビアの親友だ、同じ年の彼女をシルビアの近
くで使用人として使うのは気が引ける。
どうすればいいのかな。
☆
﹁結婚すればいいのじゃ﹂
屋敷に帰り、一番の理解者のおじいさんに相談すると、そんな事
を言われた。
70
﹁結婚? ナディアとも結婚するの?﹂
﹁それが一番無難じゃ﹂
そっか、無難か。
﹁あっ、でも奴隷だから身分がどうとかってならないかな﹂
﹁マルティン家は大丈夫じゃ。そこの所うるさいお貴族様もいるが、
うちは問題ない。というか﹂
おじいさんはにやりと笑った。
﹁わしも奴隷妻もってたしな﹂
おいおい、マジかよ。
でもそれはいいことを聞いた。
事実上の当主であるおじいさんがそう言って後押しをしてくれる
のなら何も問題はない。あとはナディアを説得するだけだな。
﹁そうするのか?﹂
﹁うん、それしか方法がないみたいだから﹂
﹁なら、独立した方がよいな﹂
﹁独立って?﹂
71
どういう事だ。
﹁二人も妻を持つのに実家暮らしもないじゃろ? 家を買って、妻
達とそっちで暮らすのが筋というものではないのか?﹂
確かにそうかもしれないけど。
﹁おじいちゃん、ぼくまだ八歳だよ?﹂
﹁自分の意思でおなごを連れてきて嫁にする男ならもう大人だ﹂
そうかもなあ。
仕方ない、何か稼ぐ方法を見つけて、家を手に入れて独立しよう。
あっ、その前にナディアの意思を確認しないと。
☆
﹁と言うわけで、結婚するのが一番無難な方法だけど、どうだ?﹂
部屋に戻ってきて、シルビアとナディアの二人にその話をした。
﹁本当!﹂
ナディアは何故か大喜びした。
﹁シルヴィと同じ人のお嫁さんになれるの?﹂
﹁まあ、そういうことだな﹂
72
﹁なる、お嫁さんになる!﹂
ナディアが予想以上に乗り気で、逆にれおが戸惑ったくらいだ。
﹁そ、そうか。シルビアはどうなんだ﹂
﹁ルシオ様がそれがいいっていうのなら﹂
にこりと微笑むシルビア。この歳にして、従順な嫁が板について
きた。
﹁よし、じゃあそうする﹂
意外とあっさり話がまとまった。
さて、まずは独立するための家だな。
73
次男坊、独り立ちへ︵後書き︶
次回、独立するための家を探す話です。
74
最初の家
﹁わたくし、土地と建造物の売買をさせて頂いてます、カルロス・
ジェネと申します。この度はご用命頂きまして、誠にありがとうご
ざいます﹂
屋敷の応接間、一人の商人がおれに頭を下げていた。
﹁ルシオ・マルティンって言います。どうぞ﹂
カルロスを座らせた。
﹁マルティン家のご子息様の力になれる事は大変光栄なことと存じ
ます。なんでもお申し付け下さい﹂
ものすごく下手に出られた、もはやへこへこしてるって言っても
いいくらいだ。
これからの事を考えると、ちょっと申し訳なかったりする。
﹁ごめんなさい、マルティン家として買うのじゃなくて、ぼくが自
分で稼いだポケットマネーで買うんだ﹂
はじめてあう大人だから、おれは子供モードで話した。
﹁だから、すごく安い家しかかえないんだ。本当にごめんなさい﹂
﹁何をおっしゃいますか﹂
75
カルロスは満面の笑顔を浮かべたままいった。
﹁マルティン様のお手伝いできるなんて名誉の極みでございます。
それに、今の話でますます感服いたしましたぞ﹂
﹁えっ、どうして?﹂
﹁ルシオ様はご自身で稼いだからとおっしゃいましたが、当方商売
をはじめて三十年。八歳の子供︱︱失礼、八歳の男の子が自分の稼
ぎで家を買うなんて聞いた事もございません。さすがはマルティン
様と言わざるを得ませんな﹂
⋮⋮確かに、普通の八歳の子供が自分の稼ぎで家買うなんてあり
得ないわな。
カルロスは色々と大げさにおだててくるけど、おだてるのに値す
る理由はちゃんとあるから、ちょっと気分良かった。
﹁さて、どのような物件をお探しですか﹂
﹁予算は500万セタ﹂
まずそれを伝えた。
それは譲れないラインだ。
ナディアで1000万使ってしまったから、マルティン家の援助
を頼らないとなると、500万が出せるぎりぎりだ。
76
﹁なるほど﹂
﹁それと巨大なベッドを置ける部屋が一つ。それ以外は全部妥協す
るよ﹂
﹁巨大なベッドですか?﹂
﹁うん、大体これくらい﹂
おれは立ち上がって、部屋の中をぐるっと回って、大体の大きさ
を伝えた。
いまおれの部屋に置かれてるベッドのサイズだ。
おねしょがちなシルビアのために、ベッドだけは今まで通り大き
いものにしたい。
﹁なるほど﹂
カルロスはあごを摘まんで、がんがえた。
﹁では、こういうのはどうでしょうか﹂
おれはカルロスに連れられて、実際に物件を見に行くことにした。
☆
﹁わー、すごい広い﹂
カルロスにつれてこられたのは、バルサの街の外れにある空き家
77
だった。
一階しかない平屋で、かなり年期が入ってるのか、はっきり言っ
てぼろい。
台所とかトイレとか一通り揃ってるけど、とにかくぼろい。
だけどおれが要求した通り、あのベッドが丸ごと入るでっかい部
屋があった。
一緒に来たシルビアとナディアが家の中に入って、あっちこっち
見て回った。
玄関先に立ったまま、カルロスがおれに聞いてきた。
﹁いかがでしょう。正直極端すぎる気もいたしますが、条件に合致
する事はするので﹂
﹁うん、いいかもしれない。これでいくら位なの?﹂
﹁400万セタ﹂
﹁予算よりちょっと安いね﹂
﹁ここが極端に安いのです、理由はご覧の通り﹂
だろうな、これだけぼろかったら安いのも納得だ。
﹁ここ以外ですと、ちょっと訳ありのようなものが増えてしまいま
す﹂
78
﹁訳あり?﹂
﹁霊が出るとか、前の住人が⋮⋮だったり﹂
自殺とかか、そりゃ良くないな。
おれはいいけど、むしろその辺魔法でどうにかなるけど、シルビ
アが良くないな。
ヘタしたら毎日おねしょしそうだ。
おれは家の中を見た。
うん、いいかもしれない。
最初の物件としてはいいかもしれない。ここからスタートして、
どんどんいい物件に住み替えていくのも楽しい気がする。
おれは二人の女の子に近づいて、聞いた。
﹁どう? シルビア、それにナディア﹂
﹁ルシオ様﹂
﹁ルシオくん﹂
﹁どう? ここは﹂
﹁わたしはルシオ様と一緒なら、どこでもいいです﹂
79
﹁そうか。ナディアは﹂
﹁ここ、落ち着く気がする﹂
﹁じゃあ決まりだな﹂
おれはカルロスの所に戻って、言った。
﹁ありがとうね、カルロスさん。ここ、買わせてもらうよ﹂
﹁お役に立てて何よりです。では早速契約の方に︱︱﹂
☆
夜、早速魔法で運んで来たベッドの上に、シルビアとナディアと
の三人で寝そべっていた。
﹁なんか静かだね﹂
シルビアが言った。
﹁この家にはおれたちしかいないからな。あとものが少ないから、
余計にしーんってなるんだ﹂
﹁そうなんだ﹂
﹁ねえルシオ様、あしたになったらお部屋のお掃除しましょう﹂
﹁ああ、いいな﹂
80
﹁あそこにある部屋をご本の部屋にしましょう。そこにルシオ様の
ための魔導書をいっぱいおくの﹂
﹁いいな。じゃあその隣の部屋を衣装部屋にしよう。シルビアとナ
ディアの衣装をたくさん詰め込むための部屋﹂
﹁わ、わたしのも?﹂
﹁ああ﹂
おれはナディアの手を取って、言った。
﹁シルビアといっしょに、いつも可愛らしい格好をしててくれ。お
れの可愛いお嫁さん﹂
そういうと、ナディアは頬を染めた。
ナディアと手をつないで、シルビアとも手をつないで。
色々世間話をして、手をつないだまま寝た。
こうして、おれは最初の家を手に入れて、嫁達との新生活をはじ
めた。
明日から、ちょっと稼がないとな。
81
最初の家︵後書き︶
八歳で自分の稼ぎで家を買った男の子、と言うお話。
82
マジックハンド
﹁⋮⋮ほっ﹂
ベッドの上でシルビアが自分のお股のあたりをみて、ほっとした。
起き抜けで確認して、おねしょしてない事にほっとしたみたいだ。
﹁おはよう、シルビア﹂
﹁お、おはようございますルシオ様!﹂
ちょっと慌てるシルビア。
もう一度念の為にお股とベッドを確認したのがちょっと可愛かっ
た。
﹁どうしたんだ?﹂
﹁ううん、何でもないです!﹂
﹁そうか﹂
微笑ましい感じでシルビアを見た。
﹁あよ⋮⋮﹂
背後で寝ぼけた声が聞こえた。
83
振り向く︱︱おれは吹いた。
﹁あははははは﹂
パジャマ姿のナディア、頭が寝癖で爆発してた。
まるでアフロみたいな感じのボンバーヘッドだ。芸術的ですらあ
る。
﹁どーしたの⋮⋮?﹂
本人は寝ぼけててわかってないのがまたちょっとおかしかった。
﹁わわ、ナディアちゃんの頭が大変な事になってる﹂
﹁シルビア、お前のクシをかして﹂
﹁はい! ぬらすためのお水もとってきますね﹂
シルビアからクシと水の入ったコップを受け取って、ナディアの
寝癖を直してやった。
そんな事をしながら、おれは考えごとをした。
今日から新しい商売を考えないといけない。
水売りは続けるけど、独立するからにはもうちょっと他にも何か
したい。
84
シルビアとナディアとこんなのんびりした生活を続けるためには
稼がないといけないからな。
問題は何をすれば良いのかだけど。
大抵の事は魔法でできてしまうから、なんでもいいんだ。
なにかきっかけさえあれば。
﹁なにかいい商売はないかな﹂
﹁お魚はどうですか、ルシオ様﹂
﹁魚? なんで魚?﹂
シルビアを見た。
﹁えと、お水から連想しただけです。ごめんなさい﹂
﹁よし、じゃあ魚釣りに行こうか﹂
☆
朝ご飯の後、バルサの街を出て、シルビアとナディアとの三人で
のんびり歩いた。
右手でシルビアと、左手でナディアとつないでいる。
﹁あ、わんこ﹂
85
﹁違うよシルヴィ、あれはキツネだよ﹂
ナディアの言うとおり、道の先、草むらからキツネがひょこん、
と顔を出している。
きょろ、きょろとまわりを見回してから、また草むらの中に引っ
込んでいった。
﹁かわいい﹂
﹁エサをやってみるか?﹂
﹁エサ? 食べるもの持ってないよ﹂
﹁とればいい﹂
おれはまわりを見回す。
離れた所にリンゴの木があったから、二人を待たせて、木の下に
いった。
﹁ウインドウカッター﹂
覚えてる四桁の魔法のうちの一つを使ってみた。
風の刃が木の枝を切り刻む。
リンゴが落ちてくるのをキャッチして、二つとって、二人の所に
戻った。
86
﹁すごい⋮⋮﹂
ナディアが目を見開いたビックリしてた。
﹁ルシオくんって、そんな魔法も使えるの?﹂
﹁ルシオ様は1000を越える魔法を使えるんだよ!﹂
﹁えええええ! すごい!﹂
ナディアが盛大に驚いた。
﹁たいしたことないよ。それより、はい﹂
リンゴをシルビアとナディアに渡した。
二人はリンゴを受け取って、キツネがいた草むらに向かっていく。
またひょこっと顔を出したキツネにえづけをする。
焦げ茶色のキツネと二人の女の子。おれは目を細めてそれを見守
った。
二人はしばらくの間キツネとじゃれ合った。
おれの所に戻ってきて、手をつないできた。
そしてまた、歩き出す。
﹁ねえねえ、ルシオくんってどうしてそんなに魔法が使えるの? 87
魔導書をいっぱい読んだの?﹂
﹁おじいさんが集めた魔導書を全部読んだ﹂
﹁魔導書って、難しくない?﹂
﹁面白いぞ、魔導書﹂
﹁面白いの!? わたし、魔導書ってすごく難しいものだって聞い
たけど﹂
﹁うん、すごく難しい﹂
シルビアはうんうん頷いた。
﹁それをすいすい読めるルシオ様はすごい人だよ!﹂
と、おだててきた。
ナディアも尊敬の目でおれを見るようになった。
いや、マンガ読めるだけなんだが。
﹁ねえ、他にどんな魔法が使えるの?﹂
﹁基本的なのだと︱︱ドレスアップ﹂
魔法をシルビアとナディアにかけた。
二人の着てる服が可愛らしい別の服に替わる。
88
﹁うわあああ⋮⋮﹂
ますます尊敬の目で見られた。
一方のシルビアはちょっと得意げだった。
そんな二人と手をつないだまま、湖にやってきた。
﹁ルシオ様、ここで釣りをするの?﹂
﹁ああ、するつもりだ﹂
﹁でも釣り竿がないよ?﹂
﹁待ってて﹂
近くの木の下に言って、ウィンドウカッターを使う。切りおとし
た木の枝の強度を確かめて、先端に持ってきた糸をくくりつける。
﹁マジックハンド﹂
次の魔法を使った。
糸の先端、本当なら釣り針をくくりつける部分に白い﹁手﹂が現
われた。
﹁手﹂がワッシャワッシャと動く。うん、いける。
それを二つつくって、シルビアとナディアに渡した。
89
﹁はい、これ使って﹂
﹁これ⋮⋮釣り竿?﹂
﹁手になってる⋮⋮﹂
﹁その手を動かすように念じてみて﹂
﹁えっと⋮⋮うわ! 動いた﹂
﹁手﹂が、マジックハンドが動く。
二人はそれを湖の中に入れた。
﹁る、ルシオくん! 引いてるよこれ﹂
﹁引き上げて﹂
﹁うん!﹂
ナディアが思いっきり釣り竿を引いた。
湖から上がってきたのは、小魚を掴んでるマジックハンドだった。
﹁すごい!﹂
﹁面白い!﹂
二人はきゃっきゃ言いながら釣りをした。おれはもう一本マジッ
90
クハンドの釣り竿をつくって、一緒になって釣りをした。
成績は︱︱文句なしの入れ食いだった。
91
ゴキブリ大戦争
﹁きゃああああ!﹂
台所からシルビアの悲鳴が聞こえてきた。
ナディアと慌てて台所に駆け込んだ。
シルビアが隅っこで縮こまってるのが見えた。
﹁シルヴィ!? どうしたの?﹂
ナディアが聞く。シルビアが小さくなって震えながら、台所の反
対側を指す。
そこを見た、別に何もないように見えた。
﹁あっ、ゴキブリだ﹂
﹁きゃああああああ!﹂
ナディアが言って、シルビアがまた悲鳴を上げた。
よく見ると、確かにそこに一匹のゴキブリがいた。
なるほど、これが悲鳴の原因か。
シルビアに近寄って、聞く。
92
﹁シルビア。シルビアはゴ︱︱アレが苦手なのか?﹂
コクコクコク。
まともに返事する余裕すらないみたいで、シルビアはゴキブリが
いる方向に背中を向けて、ぷるぷる震えていた。
女の子だしな、あの黒光りするヤツが苦手なのは仕方ないことだ。
一方でナディアはまったく平気みたいだった。
﹁おのれぇ、シルヴィをこんなに怯えさせるなんて⋮⋮ええい!﹂
ナディアは近くにある竹箒をとって、振りかぶってゴキブリに飛
びついていった。
大上段からの振り下ろし、竹箒がうなりを上げて床にたたきつけ
られる。
が、あたらない。
ゴキブリはズザザザとはって逃げた。
﹁この! この! あたれぇ!﹂
ブンブンと竹箒を振り回して約一分、ちょこまかと逃げるゴキブ
リをようやく退治した。
ペチャンコになったゴキブリを摘まんで、家の外に放り捨てた。
93
﹁シルヴィ﹂
﹁ナディアちゃん⋮⋮﹂
﹁もう大丈夫、ちゃんと退治したから﹂
﹁ナディアちゃん!﹂
シルビアはナディアに抱きついた。
涙目で、感激しきった様子で。
ゴキブリを殺ってくれたのだから、シルビアからすれば紛れもな
い救世主なんだろう。
﹁しかし、良くないなこれ。ゴキブリって1匹見たら100匹はい
ると思え、っていうからな﹂
﹁え⋮⋮﹂
ビシッ! って固まる音が聞こえたような気がした。
シルビアがおれを見る、絶望に満ちた顔になる⋮⋮やべえ。
﹁⋮⋮うふ﹂
﹁シルヴィ?﹂
﹁うふ、うふふふふ。ああ⋮⋮星がきれい﹂
94
﹁シルヴィ!? どうしたのシルヴィ、大丈夫﹂
﹁ねえ、ここから出して? 出して下さいよ、ねえ﹂
﹁シルヴィ!?﹂
あまりのショックでお花畑に行ってしまったシルビア。
まずい。
﹁スリープ!﹂
﹁⋮⋮きゅう﹂
シルビアに眠りの魔法をかけた。すぐに効いて、シルビアは眠り
についた。
﹁ルシオくん?﹂
﹁しばらく寝ててもらった方がいいだろ﹂
﹁そうだね﹂
床で寝てしまったシルビアをベッドに運んで、寝かせて、それか
ら台所に戻ってきた。
﹁ねえ、さっき言った事って本当? 1匹見たら100匹はいるっ
て思えって﹂
95
﹁結構常識だぞ﹂
﹁そんな、どうしよう⋮⋮本当に100匹もいたらシルヴィが持た
ない﹂
﹁退治するしかないな﹂
﹁でも、どこにいるのかもわからないよ﹂
﹁あそこ﹂
部屋の隅っこを指さした。
さっきゴキブリをみかけた所で、部屋の角に小さな穴がある。
ちょうどゴキブリが通れそうな位の穴だ。
﹁あそこから巣に繋がってると思う﹂
﹁そっか﹂
﹁あそこから入って、巣に行ってまとめて殲滅しよう﹂
﹁入って? どういう事なの?﹂
﹁スモール﹂
自分自身に魔法をかけた。
体が徐々に小さくなって、ゴキブリの穴が通れそうな位小さくな
96
った。
相対的に巨大になって︱︱巨人に見えるナディアに言う。
﹁これで中にはいって、巣を見つけ出して殲滅してくる﹂
﹁あたしも行く!﹂
﹁ナディアも?﹂
﹁うん! シルヴィちゃんを怖がらせたゴキブリを許せない﹂
﹁⋮⋮わかった。スモール﹂
ナディアにも魔法をかけて、同じサイズにした。
持ってる竹箒も小さくなる。
おれはちょっと考えて、違う魔法をかけた。
﹁フレイムエンチャント﹂
竹箒が赤く光り出した。
﹁わわ、これなに?﹂
﹁炎の力を付与した。それで戦えるはずだ﹂
﹁︱︱! ありがとう! ルシオくん!﹂
97
ナディアは盛大に感激した。
竹箒をブンブンふってみる。
﹁うん! いける!﹂
と、自信たっぷりにいった。
おれたちは穴の中に入った。
普段とは違う、見慣れない建物の内側。
借りぐらしの小人になったような気分だ。
そんな気分に浸ってる間もなく、早速ゴキブリとエンカウントし
た。
﹁でたな、化け物め。覚悟!!!﹂
炎の竹箒を振りかぶって、ゴキブリに突っ込んでいくナディア。
スモールで小さくなった分、ゴキブリはセントバーナードとか、
あの辺の大型犬くらいのサイズがある。
ぶっちゃけちょっときもい。
でもナディアは怖がることなく突っ込んでいった。
﹁フレイムレーザー﹂
98
魔法で援護射撃した。
炎の竹箒と炎の魔法。同時攻撃でゴキブリを黒焦げの真っ二つに
する。
﹁よし! どんどん行こうルシオくん!﹂
盛大に意気込むナディアと一緒にゴキブリ退治した。
ナディアには言ってないけど、念の為にビルドアップとかスピー
ドアップとか、強化魔法をかけて、安全にゴキブリ退治した。
小さくなって家を隅々から探索したおかげで、ゴキブリを家の中
から完全に追い出す事ができた。
99
ドラゴンナイト
﹁こんにちは、こちらルシオ・マルティンさんの家でしょうか﹂
玄関先で一人の女の子が立っている。
女子高生くらいの歳で、可愛いタイプの女の子。
おれの家を訪ねてきた客だ。
﹁うん、そうだよー﹂
コ○ン
おれはいつもの子供モードで返事をした。
﹁おねえさん、だれ?﹂
﹁わたしの名前はイネスって言います。あの⋮⋮ルシオさんはいら
っしゃいませんか?﹂
﹁ぼくがそのルシオだよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮えええええ!﹂
イネスは盛大にビックリした、半身でのけぞる位大げさに驚いた。
﹁き、きみ⋮⋮今年で何歳?﹂
﹁八歳だよ﹂
100
﹁そんな⋮⋮まだこんな子供だったなんて⋮⋮﹂
今度はがっくりした。喜怒哀楽の激しい女の子だな。
﹁うーん、こんな子供で大丈夫なのかな。子供だし、もしかして親
ばかならぬじいさんバカかもしれないよね。でも他に心当たりはな
いし、とにかく話すだけ話してみようかな﹂
なんかぶつぶつ言い始めた。丸聞こえだけど。
﹁あのね!﹂
﹁うん﹂
﹁ルシオさ︱︱ルシオくんのおじいさんに紹介されてきたの﹂
﹁おじいさんに?﹂
﹁そう、ルシオくん、魔導書を読むのが得意なんだって﹂
確かにマンガを読むのは得意だ。
﹁うん、得意だよ﹂
﹁本当? ルシオくんのおじいさんがいうには読むのに一日もかか
らないって言うけど、さすがに大げさに言ってるよね﹂
﹁うん、大げさに言ってるね﹂
101
﹁やっぱり⋮⋮﹂
イネスはがっくりとなった。
﹁一日なんていらないよ。ものによっては十分くらいでよめるから﹂
﹁⋮⋮え?﹂
イネスは固まった。
ビックリした顔でおれを見つめてる。
﹁じょ、冗談だよね﹂
﹁ううん、本当だよ﹂
﹁じゃ、じゃあ⋮⋮この魔導書、読んでみてくれる?﹂
イリスは一冊の魔導書を取り出した。
なんのつもりなのかわからないけど、魔導書を︱︱新しい魔法を
くれるって言うのなら断る理由はない。
﹁いいよー。立って読むのはつらいから、中に入って読んでいい?﹂
﹁うん﹂
イリスを連れて、家の中に入った。
リビングにした部屋に入って、座る。
102
おれは魔導書を開いて、読み出した。
シルビアが部屋に入ってくる。
﹁お茶です、どうぞ﹂
﹁あ、ありがとうございます。あなたは?﹂
﹁ルシオ様のお嫁さんです﹂
﹁えええええ!? もう結婚したの、ルシオくん﹂
﹁はい。あっ! もう一人ルシオ様のお嫁さんいるけど、今日は用
事があって出かけてます﹂
﹁二人も!? まだ八歳なのに?﹂
﹁うん﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
イリスはおれをじっと見つめた。
見つめられると何となく読みつらいな。
﹁あの、どうしてこの魔導書を読んでほしいのですか?﹂
シルビアがまた話しかけた。イリスはシルビアの方を向いた。
103
ナイスシルビア。
﹁それ、わたしのおばあちゃんの魔導書なの。おばあちゃんが唯一
覚えてる魔法で、子供のころ、その魔法であやしてもらってたの﹂
﹁そうだったんですか﹂
﹁想い出の魔法で、誰かにもう一度使ってもらいたくて。それでお
ばあちゃんの知りあいである、ルシオくんのおじいさんに相談した
の。おじいさんはいっぱい魔導書を集めてるので有名な人だから﹂
イリスとシルビアの会話で大体の事情がわかった。
マンガ
丁度そこで、魔導書を読みおえた。
﹁おわったよ﹂
﹁え? うそ! まだ三十分もたってないよ?﹂
﹁うん、読みやすい魔導書だったから﹂
﹁本当に読めたの?﹂
﹁魔導書を読めたかどうかで嘘はつけないよ。だって読めなかった
ら魔法使えないんだから﹂
﹁あっ、そっか﹂
納得するイリス。
104
そう、魔導書を読めたらその魔導書の魔法が使えるようになるか
ら、嘘のつきようがない。
﹁魔法を使ってみる?﹂
﹁う、うん! お願い﹂
﹁じゃあ外に出ようか﹂
おれたちは外に出た。シルビアが話しかけてきた。
﹁ルシオ様、どうして外に出るの?﹂
﹁すぐにわかるよ﹂
おれはそう言って、シルビアからちょっと距離をとった。その必
要があったからだ。
﹁トランスフォーム・ドラゴン﹂
魔法を使った。おれの体が変化していく。
みるみるうちに、おれは巨大なドラゴンになった。
二本足で立って、背中に翼を持つ、五メートルくらいのドラゴン
だ。
そう、イリスのおばあちゃんの魔導書は、ドラゴンに変身する魔
法だ。
105
﹁⋮⋮おばあちゃん﹂
イリスが感動した様子でおれを見上げた。
おれをみて自分のおばあちゃんの事を思いだしてるのか。
﹁おねえさん、おねえさんのおばあちゃんはどんな風にしたの?﹂
﹁あっ、わたしを背中に乗せて、空を飛んでくれた﹂
﹁そっか﹂
おれは爪でイリスを摘まんで、自分の背中に乗せた。
﹁じゃあ、いくよ。シルビア、留守番よろしく﹂
﹁はい、行ってらっしゃいませルシオ様﹂
可愛らしい嫁に見送られて、おれじゃ翼を羽ばたかせて、空に飛
び上がった。
﹁わあ⋮⋮﹂
イリスを乗せて、大空を飛び回った。
﹁あの時と同じ景色だ⋮⋮﹂
﹁おねえさんのおばあちゃんはよくこうしたの?﹂
﹁うん、いつも背中に乗せてくれた。わたしがぐずると、いつも﹂
106
﹁そっか﹂
﹁ありがとうルシオくん﹂
﹁ううん、お役に立ててぼくも嬉しいよ﹂
﹁本当にありがとう﹂
もう一回お礼を言ってくるイリス。
そのイリスを乗せて、空をしばらく飛んで回った。
かなり感謝されたし、可愛い女の子を乗せて空を飛び回れるとい
う貴重で楽しい体験ができた。
107
嫁と空のデート
ドラゴンになって、ナディアを背中に乗せて空を飛んだ。
人が豆粒くらいに見えるくらい高いところを飛ぶ。
青い空、地平線の果て。胸がすっとする程の素晴しい景色で、体
をふく風も心地よかった。
﹁すごい⋮⋮空を飛ぶのってこんな気持ちだったんだ!﹂
﹁空を飛んだのははじめてか?﹂
﹁当たり前だよ! 空を飛ぶなんて普通できるわけないじゃん!﹂
ナディアは興奮気味のまま言った。
﹁そっか。ちなみにナディアは高いところは平気か﹂
今までの事で大丈夫だと思うけど、一応聞いてみる。
﹁うん、平気﹂
﹁もっと面白いことがあるけど、やってみようか﹂
﹁どんなの?﹂
﹁ちょっと待って︱︱マグネティクス﹂
108
追加の魔法を使った。
﹁あっ、ルシオくんの背中にくっつく﹂
﹁磁力の魔法だ。大丈夫だと思うけど、一応つかまってて﹂
﹁うん﹂
﹁じゃ、行くよ﹂
おれはそういって、急降下をはじめた。
それまでゆるゆると空をとんでたんだけど、ジェットコースター
みたいに急降下と急上昇を繰り返した。
﹁きゃあああああ、あはははははは、なにこれすごーい!﹂
黄色い悲鳴が聞こえた、どうやら好調みたいだ。
女の子は絶叫マシーン好きな人が多いって聞いたけど、ナディア
もそういうタイプっぽい。
﹁よし、じゃあもっと行くよ。それ一回転!﹂
﹁わあああ﹂
﹁ひねりも加えてみる!﹂
﹁うおおおお﹂
109
﹁急停止! ︱︱からの垂直落下!﹂
﹁きゃっほーい!﹂
ナディアはおれの背中ではしゃいだ。まるっきりジェットコース
ターに乗った女の子のテンションだ。
喜んでもらえるのが嬉しくて、おれは色々やってみた。それが全
部好評で、ナディアは大いにはしゃいだ。
﹁ルシオくんすごいな、色々できるんだもん﹂
﹁まあな﹂
﹁ねえねえ、あとでシルヴィにも乗せてあげようよ、シルヴィきっ
と喜ぶよ﹂
﹁喜ぶかな。こういうの苦手な女の子もいるんじゃないのか?﹂
﹁大丈夫だよ、シルヴィは絶対好きだよ﹂
﹁じゃあ聞いてみて、好きだったら乗せよう﹂
﹁うん!﹂
ゆっくり、まったりと空を飛んだ。
遠くに塔が見えた。
110
寂れた、二十メートルくらいの塔だ。
ナディアを乗せたまま、最上階に降り立った。
﹁いい風だね﹂
﹁景色もいいな﹂
ナディアはおれの背中に乗ったままだ。
磁力の魔法は解いてある、ナディアは自分の力でおれにつかまっ
てる。
手のぬくもりが心地よかった。
﹁ルシオくん﹂
﹁うん?﹂
ナディアは動き出した。
ジャングルジムとかアスレチックスとかで遊ぶように、おれの背
中をよじ登って、頭のところにやってきた。
そして、おれの顔にキスをする。
チュッ、って音を立てるキス。
﹁ありがとう、ルシオくん﹂
111
﹁大したことしてないよ﹂
﹁ううん、すごいよ。空を飛ぶルシオくん、かっこよかった﹂
かっこいい、か。
あんまりかっこいいって言われた事はない。
言ったのが八歳の嫁だけど、心地よかった。
もっともっと、かっこいい所を見せたくなる。
﹁ドレスアップ﹂
ナディアに魔法をかけた。
見た目をかえる、服装を変える魔法。
普段着姿だったのが、鎧姿になる。
女戦士とか、女騎士とかそんな格好だ。
﹁うわあ、すごい﹂
﹁背中に戻ってみろ﹂
﹁うん﹂
ナディアは言われた通り、背中に戻った。
112
竜のすがたのおれの背中に乗る鎧姿のナディア。
幼いけど、パッと見かっこよかった。
﹁騎士様、次はどちらに行かれますか﹂
おれは芝居がかった口調で言った。
ナディアは更に興奮した。
﹁空を飛ぼう!﹂
﹁御意﹂
そう言って、再び大空に飛び立った。
﹁ライトニング﹂
雷の魔法を使ってみた。
おれが飛ぶまわりに稲妻が次々とおちる。
﹁すっごーい!﹂
さっきから同じ言葉を繰り返すナディア。その目は輝いている。
さっきはジェットコースター気分で飛んだ、今度はファンタジー
全開の、コスプレっぽい感じで飛んだ。
さっきほど大騒ぎの大興奮にはならなかったけど、ナディアは静
113
かに興奮してる。
やって良かった、と思った。
﹁ねえ、ルシオくん、あれみて﹂
﹁うん?﹂
﹁ほらあそこ、あそこ誰か襲われてない?﹂
目を凝らした。
ナディアが言うとおり、地上で旅人っぽい格好の人が虎みたいな
のに襲われてるのが見えた。
﹁助けなきゃ!﹂
﹁わかった。マグネティクス﹂
魔法をかけて、急降下する。
一瞬で襲われてる現場について、着陸する。
急速で着陸したから、ドーン、と地面が揺れた。
﹁ルシオくん﹂
﹁ぐおおおおおおお!﹂
竜の声で鳴いた。
114
空気がビリビリする程の大きな声だ。
それだけで、虎が逃げていった。
竜と虎じゃ当たり前の光景だ。
﹁大丈夫だった?﹂
ナディアは旅人に聞いた。
﹁だ、大丈夫です、ありがとうございます﹂
旅人は大いに感謝した。
﹁あの、あなたは⋮⋮﹂
おれは振り向いてナディアを見た、ウィンクをして見せた。
ナディアはそれで理解した。
悪戯っぽく、旅人に言った。
﹁竜騎士ナディアっていうんだよ﹂
と、それっぽく名乗った。
そして旅人に感謝されながら、再び大空に飛び上がった。
日が徐々に沈んでいった。
115
﹁楽しかった。ありがとうね、ルシオくん﹂
﹁またやろうな﹂
﹁今度はシルヴィも一緒にね﹂
﹁ああ﹂
茜色の空の中、バルサの街に向かって飛んでいく。
楽しい︱︱ひたすら楽しい一日だった。
余談だが、竜騎士ナディアはその後しばらくうわさになった。
116
20の男、1000の男
冬、おれは9歳になった。
転生して最初の記憶が9歳の朝なおれは、新年を迎えたら一歳年
取った事に、数えで歳をとる事にした。
それを三回繰り返した、9歳の冬。
この日、シルビアと一緒に出かける約束をした。
それで待っているのだが、現われたシルビアの表情が曇ってる。
﹁ルシオ様⋮⋮﹂
もじもじして、何か言いにくそうにしてる。
﹁どうした﹂
﹁今日のお出かけ、ごめんなさいしてもいいですか?﹂
﹁なんでだ?﹂
聞くが、シルビアは答えない。
ますますもじもじした。
ちょっと待つと、シルビアは観念して話した。
117
﹁前髪⋮⋮きるの失敗してしまいました﹂
﹁前髪? ああ、ちょっときってるな﹂
言われて見ると確かに昨日までとは前髪がちょっと違う感じだ。
きったのか。
﹁いいじゃん、それ﹂
﹁ダメですよ、変です。こんなのじゃ、恥ずかしくてルシオ様と一
緒に歩けません﹂
おれの目からしたらまったく問題ない、むしろ可愛い位なんだが。
どうやらシルビア的には何かがダメらしい。
﹁ちょっと待って﹂
記憶を探った。
マンガ
今まで読んだ魔導書の中から使えそうなものを探した。
ちょうど、いいのがあった。
あれは悲しいタイトルだ。﹃また、髪の話をしてる﹄というタイ
トルのマンガだった。
﹁グロース﹂
118
それで覚えた魔法を唱えた。
シルビアの髪がにょきにょき伸びた。
前髪も後ろ髪も伸びて、一瞬のうちに身長よりも長くなった。
﹁わわ! こ、これは?﹂
﹁髪が伸びる魔法だ。それだけの魔法だな﹂
﹁すごい⋮⋮﹂
﹁これなら出かけられるだろ﹂
﹁はい!﹂
☆
髪を切ったシルビアと一緒に出かけた。
いつもの髪型に戻ったシルビアは可愛らしい格好をしてる。
ワンピースの上にもこもこのケープを羽織ってる。スカートの下
はニーソだ。
おれ、ニーソはむっちり派だったけど、9歳のシルビアの細い足
のニーソもすごく可愛いと思った。
そんな可愛いシルビアと街中を歩く、ちょっとしたデートだ。
119
﹁本当にこれでいいのか?﹂
﹁はい。すごく楽しいです﹂
﹁そうか? 歩いてるだけじゃん? なんだったらドラゴンになっ
て空を飛び回ってもいいぞ﹂
ナディアに大好評なドラゴンの姿でのフライトを提案したけど、
シルビアは食いつかなかった。
﹁大丈夫です。ルシオ様とこうして歩いてるだけでも楽しいです﹂
控えめだけとはっきり言い放った。
それでいいのなら別にいいが。
そうしてしばらく街中を歩いた。
シルビアとあっちこっち見て回った、言葉通り楽しそうだけど、
なんかしてあげたいな。
そんな事を考えていると、なんか人たがりが見えた。
﹁なんだろ、あれ﹂
﹁人があつまってますね﹂
﹁行ってみようか﹂
﹁はい﹂
120
シルビアと一緒に人が集まってるところに向かっていった。
バルサの広場に一人の若い男と、それを取り囲む女達がいた。
男は二十歳くらいの若者で、女達はそれを見てきゃあきゃあを黄
色い声を上げている。
﹁最後はこれ、﹃ダイヤモンドダスト﹄﹂
男は魔法を使った。
氷の結晶が出てきた。
大粒の結晶で、太陽を反射してキラキラしていた。
﹁すっごい! 本当に二十個も魔法使えるんだ﹂
﹁さすがアドリアーノ様﹂
﹁ねえねえ、もう一回最初から見せてくださる?﹂
女達が大興奮していた。どういう事なんだろ。
ちょっと離れたところに中年のおっちゃんが腕組みして面白くな
さそうな顔で見てたのを見つけた。
﹁ねえねえおじさん、アレって何?﹂
近づき、子供モードで質問する。
121
﹁うん? ありゃ宮廷魔術師様だよ﹂
﹁きゅうていまじゅつし?﹂
﹁そう、このバルサの一番の出世株。あの若さで二十冊の魔導書を
読みほどいた事を買われて、王国の宮廷魔術師に抜擢されたんだ。
久しぶりに故郷に帰ってきたから、女どもがキャアキャア騒いでる
って訳だ﹂
﹁そうなんだ﹂
﹁けっ、見てられねえ﹂
おっちゃんはそう吐き捨てて、その場から離れた。
にしても、宮廷魔術師か。
すごいんだろうな、それに金持ちなんだろうな。
二十歳くらいでアレなら、エリートの出世コースにのったってと
ころだろう。
そんな事を思ってると、シルビアの様子がおかしい事に気づく。
彼女はむっとした顔でアドリアーノを見てる。
﹁シルビア? どうしたんだ?﹂
﹁納得いきません﹂
122
﹁納得いかないって、なにが﹂
﹁あの人があんなに歓迎を受けてる事です。魔法を二十個なんて、
大した事ないのに﹂
あーまあ、そうだな。
おれの事を知ってるシルビアはそう思うだろうな。
何しろおれは二十ところの騒ぎじゃない、四桁⋮⋮千を超える魔
法が使えるんだ。
シルビアからすればアドリアーノよりずっと上だと思うんだろう。
シルビアはむっとしたままだった。
アドリアーノが取り巻きの女達と立ち去っても、その後ろ姿をず
っとぶすっとした顔で見てる。
﹁シルビア、その顔はやめて。可愛い顔が台無しだよ﹂
﹁でも⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ちょっとまって﹂
シルビアに笑顔になってもらいたかった。
﹁バブル﹂
123
魔法を唱えた。大小様々なシャボン玉が飛び出た。
シャボン玉を作るだけの魔法だが、そこに合わせ技を使った。
﹁ダイヤモンドダスト﹂
さっきアドリアーノが使ったのとまったく同じ魔法、転生して二
日目くらいには覚えた魔法だ。
氷の結晶がシャボン玉にくっついて、凍らせた。
シャボン玉に氷の結晶がくっついた。
みた感じ、ラメの入ったスーパーボールみたいで綺麗だった。
想像したとおりのものになった。
それをそっと掴んで、シルビアの手のひらに載せる。
﹁はい﹂
﹁綺麗⋮⋮﹂
シルビアはちょっと笑顔になってくれた。
﹁ありがとう、シルビア。あの人よりもすごいって思ってくれて。
これはそのお礼﹂
﹁ルシオ様は実際その人よりもすごいから!﹂
124
﹁ありがとう。よし、じゃあもっとすごいの見せてやろう﹂
﹁すごいの?﹂
違う魔法を使った。
まずはナスとカボチャを出して、それを大きくして、形を変えて、
疑似的な命を与えた。
四つの魔法の複合技、ナスの馬とカボチャの馬車の一丁上がりだ。
﹁うわああああ﹂
﹁どうぞ、お姫様﹂
﹁お、お姫様!?﹂
シルビアはうろたえた。
﹁そんな、わたしお姫様じゃないです﹂
﹁いいや、シルビアは可愛いお姫様だよ。可愛い可愛い、おれだけ
のお姫様﹂
﹁ルシオ様﹂
﹁おれの魔法は、お姫様のためのものだよ﹂
シルビアははっとした。おれが言いたい事がわかったみたいだ。
125
あんな女達にキャアキャア言われるよりも、シルビア⋮⋮それに
ここにいないけどナディアの方がよっぽど大事だ。
それを、もっとわかりやすく言葉にした。
﹁おれのすごさは、シルビア達だけのものだよ﹂
﹁︱︱はい! ルシオ様!﹂
シルビアは満面の笑顔で頷いてくれた。
二人で馬車に乗って、街の外に出てドライブした。
可愛いシルビアとメルヘンなカボチャの馬車はとてもよく似合っ
てて、とても楽しいデートになった。
家に帰ることには、シルビアはすっかり怒りが収まって、取り巻
きの女達を﹁かわいそう﹂とまで思う様になっていた。
126
雪の女王達
﹁ルシオくんルシオくん﹂
寝てるところを、体を揺すられて起こされた。
目をこすった体を起こす、ナディアが興奮した顔でおれを見てい
る。
﹁ふあーあ。おはよう。どうしたんだ﹂
﹁外!﹂
﹁外?﹂
﹁うん外! 良いから来て!﹂
手を引っ張られて、部屋から連れ出された。
家からも出て、庭に出た。
そこは一面の銀世界、雪が積もっていた。
﹁ルシオ様﹂
シルビアもそこにいた。彼女もうきうきワクワクの表情をしてる。
﹁夜の間に降ったのか﹂
127
﹁すごいよね! あたしこんなに雪が積もってるところはじめて見
たよ﹂
﹁そうなのか?﹂
﹁うん! 昔すんでたところはほとんど降らないし、ふってもべち
ょべちょの雪だから﹂
﹁ああ、なるほど。⋮⋮じゃあこういうのもやったことはないのか﹂
﹁こういうの?﹂
﹁見てろ﹂
おれは頭の中でポーズを想像して、そのポーズをとって、雪の中
に飛び込んだ。
体が雪の中にめり込む。柔らかい雪がおれの全身を包む。
普通はここでちょっともったいない事になるけど、今は魔法があ
る。
﹁フライ﹂
空を飛ぶだけの魔法を使って、雪の中から浮かび上がる。
そしてナディアのところに戻ってきて、着陸する。
﹁ああいうの、見た事ないだろ﹂
128
﹁わあ、ルシオ様の形になってる﹂
﹁あはははは、なんか面白い﹂
雪は綺麗にくっきりと、おれがとったポーズの形でめり込んでい
た。
ポーズが面白かったからか、シルビアもナディアも大うけだった。
﹁新雪でこれをやるのが定番なんだ。後は雪合戦とかもそうだな﹂
﹁雪合戦? 何それ﹂
﹁わたし知ってる⋮⋮こう﹂
シルビアは雪玉を丸めて、ナディアに軽く投げつけた。
﹁こういう風にぶつけて遊ぶゲームのことだよ﹂
﹁普通はチーム分けしてやるもんだ。そうだな、シルビアとナディ
アがチームを組んで、もう片方はおれ一人で十分だから﹂
三人で、男女の事を考えてそのチーム分けを提案した。
﹁えー、あたしルシオくんと同じチームがいい﹂
﹁わたしも、ルシオ様と同じがいいです﹂
﹁じゃあ三人で同じチームにしよう﹂
129
﹁うん﹂
﹁いやいや、三人で同じチームなら相手どうするんだよ﹂
﹁ルシオくん何とかして﹂
ナディアはあっさり言い放った。
当たり前の様に言い放つ、その顔はおれなら何とかできるって思
ってる顔だ。
いやまあできるけど。
﹁じゃあ、まずは雪だるまを作ろう﹂
﹁雪だるま?﹂
﹁こういうのだよ、ナディアちゃん﹂
シルビアはサッと、二つの雪玉をくっつけて、手乗りサイズの雪
だるまを作った。
﹁ここに目と、手と⋮⋮あっ、ちょっとまって﹂
部屋の中に飛び込んで、小さい布きれを持ってきた。
それを雪だるまの首に巻き付けて、マフラー代わりにする。
﹁こうするの﹂
130
﹁わあ、可愛い!﹂
﹁じゃあこれを﹂
おれは雪だるまに魔法をかけた。
命のないものに命を吹き込む、即席のホムンクルスを作る魔法だ。
雪だるまが動く、シルビアの手から跳び降りて、雪の上をぴょん
ぴょん跳び回る。
﹁すごい、可愛い!﹂
﹁こんなのもあるぞ﹂
おれはちょっと違う雪だるまを作った。
ちょっと四角い、﹁●﹂の目と﹁▲﹂の口をかいた雪だるまだ。
ぶっちゃけダ○ボーだ。
﹁か・わ・い・い!!!﹂
ナディアが盛大に目を輝かせた。うん、かわいかろう。
雪だるまを何体もつくって、それに命を吹き込んでいった。
そしておれたち三人と、雪だるまでわかれて雪合戦を始めた。
131
﹁わたしが雪玉を作るから、ルシオ様とナディアちゃんはどんどん
投げて﹂
﹁うん!﹂
﹁わかった、任せる﹂
シルビアの提案に乗った。
シルビアが雪玉をつくって、おれとナディアが投げる。
雪だるま達も雪玉をつくってどんどん投げてきた。
雪玉と笑い声が飛びかう。
相手が雪だるまのせいで、雪玉があたるとどんどんくっつき、膨
らんで動きが鈍くなって、更にあたりやすくなって、膨らんで︱︱
の繰り返しだ。
五分もしないうちに、全部の雪だるまが雪玉にうもれて動けなく
なった。
﹁あはははは、勝利!﹂
ナディアはVサインをした、のりのりだ。
﹁たのしいね! 雪合戦﹂
﹁そうだな﹂
132
﹁あー、動き回ったから喉渇いた﹂
﹁あっ、飲み物持ってくるね﹂
﹁ああちょっとまって﹂
シルビアを呼び止める。
一方で新しい雪だるまを作る、▲と●のかわいい雪だるま。
それを何体もつくって、まとめて命を吹き込んだ。
﹁飲み物、それと食べ物﹂
命令すると、雪だるま達は一斉に動き出した。
家の中に入って、命令通りに飲み物と食べ物を準備する。
▲と●の雪だるまがわらわら動く。
お茶を出して、お菓子を出して、しまいにはシルビアとナディア
の肩を揉み出した。
最初は所在なさげだったシルビアも、次第にまんざらじゃなくな
って、ナディアと一緒に至れり尽くせりを楽しみだした。
おれはというと、至れり尽くせりされる二人の笑顔が嬉しかった
から、雪だるまをこっそり量産し続けていた。
最後の方は100体をこえて、ふたりはまるで女王みたいになっ
133
ていた。
134
雪の女王達︵後書き︶
おかげさまで週間一位になりました。本当にありがとうございます。
135
壁一枚の夏と冬
﹁ルシオくん!﹂
マンガ
雪を眺めながら魔導書を読んでると、ナディアがかなりの剣幕で
部屋の中に飛び込んできた。
﹁どうした﹂
﹁ルシオくんは海を知ってる?﹂
﹁海?﹂
﹁そう海!﹂
ナディアは両手で小さく握り拳をつくって、おれに迫ってくる。
﹁海って、あのでっかくでしょっぱい海の事か?﹂
端的に表現してみた、するとナディアは目を輝かせた。
﹁知ってるんだ! ねえねえ、それってどんなところ? もっと詳
しく教えて﹂
﹁海に行ったことないのか﹂
﹁うん! 近所の人から聞いたんだけど、どんなところなのかピン
と来なくて﹂
136
﹁なるほど﹂
おれは考えた。
海に行ったことがないって言うのなら、実際の海を見せてやりた
い。
﹁よし、海を見せてやる﹂
﹁本当!? ありがとうルシオくん!﹂
魔導書をおいて、立ち上がった。
部屋を出て、ほとんど使われてない空き部屋のドアの前に立つ。
﹁ルシオくん? 海にいくんじゃないの?﹂
﹁まあ見てな﹂
1000の魔法から使えそうな物を思い出して、ドアに手をかざ
す。
﹁リプレイス﹂
ドアが一瞬光って、すぐに落ち着いた。
手応えあり、魔法は成功したと確信する。
﹁よし、いくぞ﹂
137
﹁行くって︱わああ!﹂
ドアを開けた瞬間、ナディアは瞳を輝かせた。
青い空、まぶしい太陽、そして白い砂浜。
ドアを開けた向こうに海が広がっていた。
﹁なにこれ? ここ部屋の中だよね! 空き部屋だったよね﹂
﹁ああ。魔法で空間をコピーした。ここは実際にどっかにある海そ
のものだ﹂
﹁すごーい! これが海かあ⋮⋮海って暑いものなんだね!﹂
ナディアは感動して、厚着してた上着を脱ぎだした。
中に入って、砂浜に立ってあっちこっちを興味津々に見つめる。
おれも中に入ってドアを閉めた。
暑い海、まるで南国に来たみたいだ。
﹁別に海が暑いって訳じゃないけどな﹂
﹁そうなの?﹂
﹁ああ、暑いところの海をコピーしてきた﹂
138
﹁なんで?﹂
﹁それは︱︱﹂
﹁きゃあ!﹂
もくろみを言おうとしたその時、ナディアがいきなりこけた。
後ろ向きにこけて、砂浜に尻餅をついた。
﹁いったーい。なにこれ、水に足を引っ張られた﹂
﹁あはは、そういうものだよ。波が引くとそういう風に足を持って
かれるんだ﹂
﹁もー、ビジョビジョじゃん﹂
﹁まっ、丁度よかった﹂
﹁え?﹂
﹁ドレスアップ﹂
ナディアに魔法をかけた。
魔法の光が体を包み込んで、格好を変えた。
水玉模様にフリルがついた可愛らしい水着だ。
﹁うん、かわいいかわいい。やっぱり水着姿も可愛いなナディアは﹂
139
﹁水着って言うんだこれ﹂
﹁そっ、海で遊んだり、泳いだりするための服。濡れても大丈夫な
服だから思う存分あそんでいいよ﹂
﹁うん!﹂
ナディアは波打ち際を走り回った。パシャパシャやって海を楽し
んでいる。
﹁おーいナディア、そこの足元に貝殻おちてるだろ? それ拾って
耳に当ててみな、面白いぞ﹂
﹁えーどれどれ⋮⋮おー、海の音がする、なにこれすっごーい﹂
ナディアは更にはしゃいだ。
あれだけはしゃぐと後で喉渇くだろうな。
おれは部屋を出て、台所から何か飲み物をとってきてやろうと思
った。
﹁ルシオ様﹂
シルビアと遭遇した。
﹁どうした﹂
﹁あの⋮⋮ルシオ様は温泉に入ったことありますか?﹂
140
﹁温泉? 天然のお風呂みたいなあれの事か﹂
﹁あるんですね!﹂
﹁ああ﹂
﹁あの⋮⋮それってどういうところなんですか? 近所の人から﹃
屋内なのに、冬でもいつも熱いお湯が出てる﹄って聞いたんですけ
ど、想像できなくて﹂
﹁実際に見ないとなかなか想像しつらいかもな⋮⋮よし﹂
温泉を見せてやろうと思った。
﹁シルビア、タオルをとってきて﹂
﹁はい!﹂
海になってる部屋の横の部屋の前に立って、ドアに手をかざした。
﹁リプレイス﹂
ドアが光ったあと、おれはドアを開けて中に入った。
そこは冬の山の中だった。
まわりを木々と雪に囲まれ、地面には天然の温泉が湧いてる。
戻ってきたシルビアがタオルを持ってビックリしてた。
141
﹁おいで、シルビア﹂
﹁こ、これは⋮⋮ルシオ様の魔法ですか?﹂
部屋の中に入って、まわりをきょろきょろする。
﹁ああ、どっかにある温泉をコピーしてきた。これが温泉だ﹂
﹁うわぁ⋮⋮本当に屋外なのにお湯が熱い⋮⋮。これルシオ様の魔
法じゃないんですか﹂
﹁いや、これは普通の温泉だ。天然の温泉は大体こんな感じだ﹂
﹁わあ⋮⋮﹂
﹁入ってみるか? 外気が寒い露天の温泉は気持ちいいぞ?﹂
﹁じゃ、じゃあ⋮⋮﹂
シルビアは服を脱いで、温泉に入った。
﹁わあ⋮⋮なんだろこれ⋮⋮なんか⋮⋮気持ちいい⋮⋮﹂
﹁そういう時は﹃生き返るぅ﹄っていうんだ﹂
﹁い、生き返るぅ⋮⋮あ、なんか気持ちいい﹂
﹁これが温泉だ﹂
142
﹁すごいです⋮⋮﹂
シルビアは温泉に浸かってまったりした。
﹁ちょっと待ってな﹂
おれは温泉の部屋を出た。
湯上がりにはフルーツ牛乳とか飲ませたいから、今度こそ台所に
向かった。
台所でナディアのためのジュースと、シルビアのためのフルーツ
牛乳をつくって、それをもって戻ってきた。
﹁ルシオくん︱︱え?﹂
﹁ルシオ様︱︱あっ﹂
戻ってくると、二人とも部屋から出てきた。
シルビアはタオルを巻いて、ナディアは水着姿で。
二人は驚いた顔でお互いを見ていた。
﹁どうしたのナディアちゃん、その姿﹂
﹁シルヴィこそ何それ﹂
﹁えっと、ルシオ様に温泉に連れていってもらってて﹂
143
﹁あたしは海に連れてってもらってたところ﹂
﹁海?﹂
﹁温泉?﹂
二人は同時に首をかしげた。
そして場所を入れ替えて、シルビアは夏の海の部屋に、ナディア
は冬の温泉の部屋にはいった。
﹁ここどこ? なんですかこれ﹂
﹁うわあ! 外なのにお風呂がある! なにこれ﹂
二人は興奮した。
﹁ルシオ様!﹂
﹁ルシオくん!﹂
同時に部屋から顔を出して、興奮した表情でおれを見つめた。
その後、二人はとっかえひっかえで、夏と冬を行ったり来たりし
て楽しんだ。
144
壁一枚の夏と冬︵後書き︶
瀬戸内海のように山と海を同時に楽しめる所のように、夏と冬を一
遍に楽しめるところがあればいいな、と思いながら書いたエピソー
ドです、楽しんでいただけたでしょうか。
145
いぬとねこ
﹁まずはここを読む、で、次はここのコマ。ああ、その前にそこの
擬音あるだろ。それはみ出してるけどこっちのコマの擬音だから﹂
﹁うーん﹂
ナディアが魔道書を見つめながらうんうん唸ってる。
読み方を教えてほしい、っていったナディアにマンガの読み方を
教えてる。
﹁こっちのは?﹂
﹁こっちの擬音は二つのコマにかかってる﹂
﹁へえ、そうなんだ﹂
ナディアがまじまじと見つめてる。
﹁うん!﹂
しばらくしてマンガを閉じた。
﹁読めたのか?﹂
﹁読めない﹂
146
あっさり言われた。
﹁読めなかったのか? どこがわからないんだ? 言って見ろ﹂
﹁どこがわからないのかわからない﹂
﹁⋮⋮だめだな、そりゃ﹂
教えようがない。ここがわからないって言うのがあればそれを教
えられるんだけど、それすらもわからないんじゃ教えようがない。
ちなみにマンガそのものは結構普通のマンガだ。
﹁子供の頃の約束﹂って言葉をキーワードにした、男女のラブコ
メだ。
﹁わかんないけど、ルシオくんが読めるしいや。ねえねえ、これっ
てどんな魔法なの?﹂
﹁プロミスって魔法だ。使うと、約束をしたことを強制的に守らせ
る事ができる。約束をしてない事は強制できないけど、約束したこ
と絶対に破られない魔法だ﹂
﹁へえ﹂
﹁例えば、ナディアにその指輪を贈ったとき﹂
ナディアの薬指をさす、そこにおれがおくった結婚指輪がある。
﹁それにこの魔法を使えば、一生一緒にいるって約束を守らせる事
147
ができる。ちなみに後から掛けてもオーケー。結婚式で約束はして
るから、今掛けてもちゃんと守らせる事ができる﹂
﹁ふーん、あんまり意味ないね﹂
﹁意味ないのか?﹂
﹁うん、だってルシオくんとはずっといるし﹂
ナディアがあっさりいいはなった、おれは面食らった。
直後にちょっと嬉しくなった。
魔法なしでずっと一緒にいるって言ってくれたのが嬉しかった。
嬉しくて、ちょっとなにかしてやろうかな、とおもったその時。
﹁ルシオ様! 助けてください!﹂
家の外からシルビアが飛び込んできた。
せがんでくる顔は、目がうるうるしていた。
☆
シルビアと街の広場に来ていた。
そこに流れのサーカスがあった。
おれたちは金を払って、テントの中に入る。
148
テントの中は結構賑わってて、客がいっぱいいた。
そこでちょっと待ってると、サーカスの人間、一人の男が女の子
を連れて出てきた。
男は三十半ばくらいの中年で、太ってて、ひとのよさそうな笑顔
を浮かべてる。
女の子は結構可愛くて、犬耳の女の子だ。首輪をつけてる。
犬耳だからか、従順そうで忠犬ハチ公を連想させる様な大人しい
見た目だ。
⋮⋮犬耳か。異世界に転生してきたからそのうちそういうのに遭
遇するかもしれないって思ってたけど、まさかここで遭遇するとは。
﹁レディースアンドジェントルメン。本日はようこそお越し下さい
ました﹂
男は芝居がかった口調で言った。
﹁こちらにいるのは世にも珍しい、犬耳の少女でございます﹂
﹁犬耳なんてそんなに珍しくないだろー﹂
客の一人がヤジを飛ばした。
そんなに珍しくはないのか。
149
﹁その通りでございます、ただの犬耳少女ならばそうでございます
︱︱しかし!﹂
男は力説して、横に置かれているバケツをとった。
﹁ここに入っているのはただの水、ご覧の通り、普通に飲めるただ
の水でございます﹂
一口飲んで、続けた。
﹁この水を︱︱掛けますと!﹂
バケツの水を犬耳の少女にぶっかけた。
まわりにどよめきが起きる。
今まで犬耳だった女の子が、猫耳になったのだ。
顔つきは一緒だった、しかし今までが可愛い従順系だったのが、
強気の美人系に見えた。
まるで顔が一緒の別人、そんな雰囲気のかわりそうだ。
﹁こんな風に、猫耳に早変わり﹂
﹁おおおおお!﹂
﹁さらに、もう一回かけますと! ほおら、また犬耳に﹂
男は女の子に何回も水をぶっかけて、その変化を見せものにした。
150
さすがにそれは珍しいのか、観客は歓声を上げて、大いに喜んだ。
﹁ルシオ様⋮⋮﹂
ここに連れてきたシルビアが、服の裾を掴んで、切なそうな目で
おれを見上げてきた。
☆
ショーが終わった後、シルビアと一緒にテントの裏に向かった。
言い争いの声が聞こえていた。
﹁一体いつまで働かせるんだ!﹂
女の怒鳴る声が聞こえてきた。かなりの剣幕だ。
シルビアと一緒に足を止めて、それをみた。
さっきの男の女の子がいた。
女の子は猫耳になってて、つり上がった目で男を睨む。
男は冷めた目で女の子を見ている。客の前とは180度と違う、
人を見下す様な目だ。
﹁なんの事をいってるんだね、キミは﹂
﹁すっとぼけるな! 話が違うぞ!﹂
151
﹁話? なんの話だ﹂
﹁すっとぼけるな、お前についていって1年間見世物として働いた
ら、家の借金をチャラにして解放してくれるって話だっただろ? もう一年たつじゃないか!﹂
﹁うーん? そうだったかな﹂
﹁すっとぼけるな! そもそも︱︱﹂
女の子が更に何かを言おうとしたけど、男はつまらなそうな顔で、
女の子に水をぶっかけた。
猫耳が犬耳になる。
雰囲気も豹変する。それまで食って掛かっていたのが、瞬時に従
順になった。
﹁うぅ⋮⋮ひどいですぅ﹂
﹁ああん?﹂
﹁うっ﹂
犬耳の時は気が弱いのか、男のどうでもいい恫喝にすくみ上がっ
た。
﹁ふん。後片付けと明日の準備、ちゃんとやっとけよ﹂
152
﹁⋮⋮あ、あの﹂
﹁なんだ﹂
﹁や、約束を⋮⋮﹂
﹁まだいうか!﹂
男はからになったバケツを投げつけた。犬耳の子の近くの地面に
たたきつけられた。
犬耳の子は小さくなって震えた。
シルビアを見る、悲しそうな、すがるような目でおれを見ている。
話はわかった。
おれは男に向かっていった。
﹁ねえねえ、おじちゃん﹂
子供モードで話しかける。
﹁うん? どうしたのぼく、ここは舞台裏、勝手に入っちゃダメだ
よ﹂
さっきまでのを見られてるともしらず、男は商売用の笑顔でおれ
にいった。
中腰で微笑み掛けてくる姿は善人に見えてしまう。
153
﹁あのお姉ちゃんの事、解放してあげてよ﹂
﹁何をいってる︱︱﹂
﹁あのお姉ちゃんはいっぱい働いたんでしょう? だったらもうい
いじゃない﹂
いうと、男の顔色がかわった。
﹁ボウズ。これは大人同士の話、商売の話なんだ。ボウズみたいな
のが口を挟んじゃいけないよ﹂
まだ優しい口調、だけどあきらかに子供扱いで、見下した言い方
だ。
⋮⋮商売ね。
﹁じゃあぼくがお金出して、お姉ちゃんの事を身請けするよ﹂
﹁ボウズが?﹂
﹁うん、いくらなの?﹂
﹁そうだな⋮⋮1000万セタって所だな﹂
﹁えええええ、借金は100万セタですよぅ?﹂
﹁うるさい、借りた金には利子がつくんだよ。お前が返した分と利
子を引いて、今1000万セタになってるんだよ﹂
154
﹁そんなぁ⋮⋮それじゃいくら働いても返せないですぅ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮呆れたな﹂
普通の口調に戻った。
男が﹁あん?﹂とおれを睨んだ。
﹁まるで高利貸しだな﹂
﹁なんとでも言え、借りたあっち、あいつの親が悪いんだ。金を借
りたら返す、ボウズ、それが大人の世界だ﹂
﹁約束は守らなくてもいいのか﹂
﹁約束? そんなのは破るためにあるんだ﹂
﹁いいや、約束は守るためにあるんだ﹂
﹁なにを言って︱︱﹂
﹁プロミス﹂
男に魔法を掛けた。
約束した事を守らせる、それを強制する魔法。
本当に約束したのなら︱︱。
155
﹁ち、仕方ねえ﹂
男はそう言って、犬耳の子に向かっていった。
彼女についてた首輪をはずす。
﹁ほらどこへでもいきな﹂
﹁い、いいのぉ?﹂
﹁約束だからな、けっ﹂
男はつまらなそうに吐き捨てて、テントの中に消えていった。
魔法は成功、効果をちゃんと発揮したようだ。
﹁ありがとうございますルシオ様﹂
﹁大したことはしてない﹂
﹁でも、ありがとうございます﹂
シルビアに感謝された。
﹁あのぉ⋮⋮﹂
おずおずと声を掛けられた。
犬耳の子が近づいてきて、おそるおそる話しかけてきた。
156
﹁助けてくれてありがとう⋮⋮あの﹂
﹁とりあえず着替えようか﹂
﹁え?﹂
びしょ濡れじゃ風邪引くだろ。シルビア。先に帰って風呂を沸か
しといて﹂
﹁︱︱っ! うん!﹂
シルビアは大喜びで、家に向かって走り出した。
﹁とりあえず行こうか﹂
犬耳っ子に手を差し伸べた。
彼女はちょっとためらって、それからおれの手を取った。
犬だからか、なんかものすごく信頼された、熱い目でみつめられ
た。
とりあえず、彼女を家に連れてかえることにした。
157
いぬとねこ︵後書き︶
ちょっと長くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
次回でねこの方もしっかり落ちます
158
猫と兄
家に猫を連れて帰った。
サーカスでの扱いがひどくて、服は妙にぼろぼろ、体も汚れてい
る。
だから、まずシルビアに風呂に入れてもらうことにした。
﹁きゃあ!﹂
シルビアの悲鳴と、パシャ! って水音がした。
どうしたんだろうって思って廊下に出ると猫耳の子が走ってくる
のが見えた。
風呂に入る直前の薄着姿だ。
﹁ごめんなさいルシオ様、捕まえてください﹂
﹁ああ﹂
こっちに走ってきた猫耳の子をひょいって避けて、首根っこを捕
まえた。
すると途端に大人しくなった。
恨めしそうな目でおれをみつめる。
159
﹁ほらもどって、体をちゃんと洗ってもらえ﹂
﹁やだ﹂
﹁やだって⋮⋮﹂
﹁あの人に洗われたくない﹂
﹁うん? 相手の問題なのか。ナディアー﹂
声をだして、ナディアを呼ぼうとした。
﹁その人もやだ﹂
﹁やだって、ナディアと会ってもないのに?﹂
﹁とにかくやだ﹂
なんかわがままを言われた。
﹁じゃあ自分で洗うか?﹂
聞くと、猫耳の子がおれを指した。
まっすぐおれを指して、じっと見つめて来た。
﹁おれ?﹂
﹁そう﹂
160
﹁いやでもおれは男だし、色々まずいだろ﹂
迷っていると、シルビアが追いついてきた。
さっきの水音のせいで、彼女はビジョビジョになってる。
﹁シルビア、ちょっとそのまま立ってて﹂
﹁はい﹂
﹁アピュレス﹂
手をかざして、シルビアに魔法をかけた。
魔法の光がシルビアを覆って、姿形を変える。
光が落ち着くと、シルビアの見た目はおれになっていた。
並んで立っていると双子にしか見えないくらい、おれとそっくり
になった。
﹁これでどうだ? これならシルビアに洗ってもらってもいいだろ
?﹂
猫耳の子に聞くが、ほとんど即答で首を振られた。
﹁こっちがいい﹂
と、またしてもおれを指でさしたのだった。
161
☆
風呂の中、おれは真っ裸にした猫耳の子を洗った。
何となく目をそらす。
裸の彼女はオッパイがすごかった。
美人の巨乳、一言でいうとそんな感じ。
恥ずかしくて直視出来ないので目をそらして、当たり障りのない
会話をした。
﹁お前の名前は?﹂
﹁マミ﹂
意外と素直に答えた。
﹁わたしはマミ。もう一人の方はココ﹂
﹁もう一人って、犬耳の子の方か﹂
﹁そう﹂
﹁名前が違うのか、そもそも別人なのか?﹂
﹁うん、別人。わたしとココは別人﹂
162
﹁へえ﹂
姿だけ変わるって訳じゃないみたいだ。
水をかけると肉体が変化して、人格も入れ替わるって事なのか。
犬耳の子の名前がココ、猫耳の子の名前がマミ。
﹁水をかぶると入れ替わるんだよな。なんでそうなんだ?﹂
﹁わからない。物心がついた時にはもうこうだった﹂
﹁かぶるのは水? お湯は?﹂
﹁水だけ﹂
﹁ならながしても大丈夫だな﹂
とりあえず背中の泡を流してやった。
今度は腕をとって洗う。
洗ってる最中も、気をそらすためにしてる世間話の最中も、おれ
はマミから目をそらした。
﹁⋮⋮﹂
マミはおれをみて、体を移動させた。
自分の体をおれのそらした視線の方に移動して、そこからおれを
163
じっと見つめる。
当然裸︱︱オッパイが見えるから、おれは更に目をそらした。
するとマミはまだ移動する。
移動して、おれは目をそらす。
目をそらして、移動する。
それを繰り返した。
するとどういうわけか、マミがどんどん笑顔になっていった。
楽しそうな笑顔。
元が美人で、それが笑顔になった。ますます直視してられなくて、
おれは目をそらす。
さすがにまずい、このまま悪循環を繰り返すのはまずい。
思い切って流して、逆にまっすぐ見つめて、聞いた。
﹁他に洗ってほしいところは?﹂
作戦成功。見つめられたマミは逆に目をそらした。
少し考えて、答える。
﹁こ、ここ﹂
164
と、しっぽの付け根当たりを指した。
﹁うん? ああここは確かにちゃんと洗った方がいいな﹂
しっぽの付け根、お尻としっぽの境がかなり汚れていた。
土とか埃とか、そういうのが塊状になってこびりついてる。
﹁わかった、じゃあお尻をこっちに向けて﹂
﹁うん⋮⋮﹂
マミは四つん這いになって、おれにお尻を突き出した。
おれは尻を、しっぽの付け根を洗った。
せっけんを手につけて、思いっきり泡立たせて、丁寧に洗った。
ごしごし、ごしごし。
最初は汚れでざらざらだったお尻としっぽの付け根が、次第にス
ペスペになっていった。
﹁一回流すぞ﹂
﹁ひゃん!﹂
お湯で泡を流した。
165
大分綺麗になったけど、まだちょっと汚れてる部分があった。
もう一回石けんで泡を作って、ごしごしと洗う。
﹁にゃあ⋮⋮にゃああ!﹂
なんか猫っぽい声を出された。
﹁力入れすぎ? 痛いのか?﹂
﹁そ、そんな事ない⋮⋮﹂
﹁? じゃあ続けていいんだな﹂
こくりと頷くマミ。
洗いを再開する。ごしごしして、お湯で流す。
﹁うーん、まだちょっとよごれてるな。もう一回洗うぞ?﹂
﹁う、うん。お願い⋮⋮﹂
お願いされたから、またお尻を洗った。
じっくり、丁寧に洗った。
☆
洗い終わった後、何故かマミがヘトヘトになってたから、服を着
せて空いてる部屋に休ませた。
166
おれは自分の部屋に戻ってきた。
巨乳美人を洗うのは初めてだったから、おれも相当ヘトヘトにな
った。
一息ついて、飲み物とかほしいな、と思ったその時。
﹁うわあああ、な、なんだお前は!﹂
家の外から悲鳴が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。
﹁イサーク?﹂
悲鳴はおれの兄、イサークのものに聞こえた。
慌てるとかなり間抜けさが出る声だ、きっと間違いない。
なんか用事があってきたのか? とおもって表に出ようとすると。
部屋のドアが開いた。入ってきたのはさっきまでヘトヘトになっ
てるはずのマミだった。
彼女は何かを引きずっていた。よく見るとそれは、簀巻きにされ
たイサークだった。
﹁兄さん!﹂
﹁おいこらルシオ、これはどういう事だ﹂
167
﹁えっと⋮⋮どういう事って言われても﹂
さすがに困った。
マミを見る。マミは簀巻きイサークを引きずってこっちに来た。
そしておれの前にぽいと放り出して、言った。
﹁怪しい人、家の前でうろうろしてたから﹂
﹁⋮⋮うろうろしてたんですか? 兄さん﹂
﹁うっ、そ、そんな事はないぞ﹂
あるのか。
﹁いいから、そんな事よりもこれをほどけ!﹂
それもそうか。
簀巻きになってるイサークをほどいてやった。
﹁で、なんか用なんですか、兄さん﹂
聞くと、にらみつけられた。
﹁もういい! お前に話す事は何もない!﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
168
﹁ばーかばーか﹂
イサークはそう言い残して立ち去った。
いやあんた⋮⋮いい歳して﹁ばーかばーか﹂はないだろ。
ちょっとあきれた。
まあどうでもいいので、マミを見た。
マミは目をきらきらさせて、おれをみた。
何かを期待してる顔だ。猫耳がヒクヒクしてる。
これってもしかして⋮⋮褒めてほしいのか?
えもの
簀巻きイサークをとってきたから、褒めてほしいのか?
試しに手を出して、頭を撫でてやった。
﹁にゃあ⋮⋮﹂
マミの顔がとろけた。どう見ても気持ちよさそうな顔だ。
頭を押しつけてきた、もっとなでて、と言わんばかりに押しつけ
てきた。
おれも楽しくなってきた、試しに耳の付け根を撫でてやると更に
うっとりした。
169
しばらくの間、おれはマミをなで続けた。
ふと、マミの体がビクンってなった。
顔を上げて、壁をじっと見つめる。
﹁どうした?﹂
聞くが、答えてくれなかった。マミはそのまま部屋を飛び出した。
一体どうしたんだろう、と思っていると。
﹁うわあああああ! またお前か!﹂
イサークの声が聞こえた。しばらくするとまたマミが簀巻きにな
ったイサークを引きずってきた。
﹁こらルシオ! これをはずせ!﹂
﹁いや、何をしたいんだあんたは。帰ったんじゃ無かったのか﹂
あまりにも呆れて、素が出てしまった。
﹁そ、そんなのお前には関係ないだろ?﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
話にならないから、放置してマミをなで続けた。
マミは気持ちよさそうに、すっかり心を許してくれたみたいにな
170
った。
猫だし、飼いたいな、とおれは思った。
ちなみにイサークは放っておくと天丼で三回目の簀巻きがありそ
うだったから、簀巻きのまま実家に連れ帰った。
その後めちゃくちゃおじいさんに説教された。
171
交換日記からの初対面
﹁おはよう﹂
朝のリビング、そこにマミがいた。
マミはじっと天井を見つめていたが、おれが声を掛けたからこっ
ちを向いた。
昨夜の事を思い出す、また撫でてやろうと思って近づいた。
﹁⋮⋮どいて﹂
マミはおれの横を通り抜けて、リビングから出て行った。
﹁あれ?﹂
おれは首をかしげた。
昨夜とは180度違う、つんつんした態度だ。
﹁しらない内になんかやって怒らせたのか? いやあれから寝て起
きただけだし⋮⋮﹂
何があったのかまったくわからなかった。
そんな風に首をかしげていると、遠くからパシャーン、という水
音が聞こえてきた。
172
大量の水をぶちまけた音が、家の外から聞こえてきた。
おれは外に出た。そこにココがいた。
可愛らしい、マミよりちょっと小柄な犬耳の少女、ココ。
ココは濡れていたが、ぷるぷると体を震わせて、水をはじいた。
まるっきり犬のような仕草だ。
﹁どうしたんだ?﹂
﹁ごめんなさいぃ、多分マミだと思うですぅ﹂
﹁多分?﹂
﹁はい⋮⋮﹂
ココはそう言って足元を見た。そこに空のバケツがあった。
かぶった水はこのバケツの中にある物なんだろう。
﹁マミが自分から水をかぶってお前に変身したっていうのか?﹂
﹁はい⋮⋮多分そうですぅ﹂
﹁多分? マミとお前は同じからだの違う人格なんだろ? わから
ないのか?﹂
173
﹁わたしとマミは直接話せないんですぅ。どうしても話したいとき
はこうして⋮⋮﹂
ココはその場でしゃがんだ、指を出して地面をなぞって土の上に
文字を書いた。
﹁こうして手紙を書いたあと水をかぶるんですぅ﹂
﹁文通⋮⋮いや交換日記みたいだな、まるで﹂
というか⋮⋮それは不便だし、何より切ない。
﹁おれはてっきり、おまえたちは心の中で話せるもんだと思ってた
よ。多重人格ってそういうのが約束だしな﹂
﹁?﹂
ココは首をかしげた、おれが言ってることがわからないって顔だ。
﹁じゃあ、本当に一回も話した事がないのか。声を聞いたことも?﹂
﹁ないですぅ﹂
﹁ふむ﹂
おれはあごを摘まんで、考えた。
読んできた1000冊以上の魔導書、使える1000以上の魔法
を脳内検索する。
174
一つだけ、使えそうな物があった。
﹁ちょっとじっとしてろよ?﹂
ココに言って、手のひらをかざして、魔法を唱える。
﹁タイムシフト﹂
光がココの体を包む。
次の瞬間、その横にマミがあらわれた。
﹁えっ?﹂
﹁えっ?﹂
二人同時におどろいた。
﹁あなた⋮⋮ココ?﹂
﹁マミなんですかぁ?﹂
顔合わせ自体はじめてみたいだ。二人は互いを見て驚いてる。
ココがおれをみた。
﹁ど、どうなってるんですかぁ?﹂
﹁タイムシフトって魔法だ。ものすごく簡単に言うと、未来にある
物を一時的に前借りする魔法﹂
175
﹁みらい?﹂
﹁そう、そこにいるマミは五分後くらいから持ってきた、未来のマ
ミだ﹂
﹁何言ってるのかよく分からないんだけど﹂
マミがぶすっとした顔でおれをみた。
もうちょっとわかりやすく説明した方がいいか。
﹁魔法で五分間だけ会える様にしたんだ﹂
﹁そうなんですねぇ!﹂
﹁そんな事が出来るなんて、あなた何者﹂
﹁そんな事より﹂
おれは二人の肩をつかんで、互いに向き合わせた。
ココとマミ、犬耳の子と猫耳の子。
二人は互いを見た。
﹁は、初めましてぇ⋮⋮、ココです﹂
﹁し、知ってるわよそんなの。その毛、いつも抜け毛でみてるもん﹂
176
﹁わたしもですぅ! マミの匂い⋮⋮残り香をいつも嗅いでますぅ﹂
﹁そう。あんた⋮⋮そういう声だったんだ﹂
﹁マミはそういう顔だったんだぁ⋮⋮﹂
二人は互いをまじまじと見た。
ぺたぺた触って、感触を確かめ合った。
﹁マミッ!﹂
ココが感極まった様子でマミに抱きついた。
﹁ちょ、ちょっと何するの!﹂
﹁会いたかったですぅ、ずっと会いたかったですぅ﹂
﹁⋮⋮﹂
最初は困っていたマミだが、ココの告白を聞いて目を細めた。
抱きしめてきたココをそっと抱きしめ返す。
体を寄せ合う犬と猫は見てて微笑ましかった。
やがて、時が来る。
現われた時と同じように、マミがフッと消えた。
177
﹁マミ?﹂
﹁時間切れだ﹂
﹁そうですかぁ⋮⋮ありがとうございますぅ。あなたのおかげでマ
ミに会えましたぁ﹂
﹁よかったな﹂
﹁はい!﹂
﹁それじゃあ、回収しないとな﹂
﹁回収ぅ?﹂
不思議がるココ、おれはバケツをとって、水を汲んできた。
そのまま何も言わず、水をぶっかける。
﹁きゃあ!﹂
ココがマミに変身した。
朝起きたときと同じ、ツンツンしてたマミに。
﹁ちょっと、何するのよ﹂
﹁三、二、一︱︱はい﹂
マミが突然消えた。タイムシフトの後払いで、五分前に飛んだの
178
だ。
今ごろココとあってるんだろうな。
﹁⋮⋮いや、過去に飛んでるんだから今ごろとかじゃないか﹂
くっくと笑った。なんかちょっと面白かった。
そこで五分間待った。マミが戻ってきた。
﹁お帰り。ちゃんと会えたか﹂
﹁⋮⋮会えたわよ﹂
﹁そりゃ良かった﹂
タイムシフト自体は使ったことあるけど、生き物に使ったことは
なかったから、ちょっと不安だった。
でも成功したみたいで、何よりだ。
ココとマミ、二人が抱き合ってる姿を思い出す。
たまにまた、会わせてやろうかなと思った。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
マミが何かつぶやいた。考え事してたから聞き取れなかった。
﹁なんか言ったか?﹂
179
﹁︱︱っ、なんでもない!﹂
マミはそう言い捨てて立ち去ってしまった。
さり際の顔がにやけてるように見えたから、おれはますますやっ
て良かったと思った。
180
だらけきったいちゃいちゃ
この日は朝から寒かった。
その寒さに目を覚ますと、シルビアとナディアの二人がぴったり
くっついて来てる事に気づく。
﹁おはようございます、ルシオ様﹂
﹁おはようルシオくん。すっごく寒いね﹂
二人はもう起きてて、おれにくっついたままいった。
キングサイズよりも広いベッドの上で、三人はひとかたまりにな
ってまるまってる。
まるで白米の中にある梅干し、日の丸弁当みたいな感じだ。
﹁確かに寒いな⋮⋮って雪降ってるのか﹂
﹁はい、夜中からずっと降ってました﹂
﹁そりゃ寒いはずだ﹂
窓の外、雪が降ってるのを眺める。
二人がくっついてきてるところは温かいけど、ふれあってないと
ころは寒かった。
181
﹁オートヒート﹂
ベッドに魔法を掛けた。ベッドの中から熱を放つようになった。
電車のシートのような、温かい空気が体の下から上ってくる。
﹁温かい⋮⋮﹂
﹁すごい、これ気持ちいいね﹂
二人に好評だった。
温かくなったから、ぴったりくっつく事はなくなった。
体の一部を重ねたまま少しだけ離れた。
例えばナディアは腕をおれの太ももの上に置いて、シルビアは頭
のてっぺんをおれの脇腹にくっつけた。
ぬくもり目当てではないスキンシップ。
ベッドの上でごろごろしながら、スキンシップを続けた。
﹁ぎゅるるるる﹂
﹁今のは⋮⋮ナディアか﹂
﹁えへへ、ごめんなさい、ちょっとお腹すいちゃったかも﹂
182
﹁ちょっと待ってて﹂
シルビアはベッドから跳び降りた。ぶるっと体を震わせながら部
屋の外に出て行った。
ちょっとして、焼いたパンをボウルに入れて持ってきた。
﹁はいナディアちゃん﹂
﹁ありがとう﹂
﹁ルシオ様もどうぞ﹂
﹁ああ、お前も食え﹂
三人でパンを分け合って食べた。
ベッドの上でごろごろしながら食べた。
﹁あっ、食べかすが落ちちゃった﹂
﹁いいよ、後でまとめて掃除すれば﹂
﹁そうねー﹂
怠け者になったくらいの勢いでごろごろした。
最初は仰向けでパンをむしゃむしゃ噛んでたけど、それだと飲み
込むのに苦労するから、顔を横にして何とか飲み込んだ。
183
それも実は面倒臭かった。
二人を見る、二人も同じような感じだ。
何をするのも面倒臭い、ごろごろしてたい、そんな雰囲気を感じ
る。
﹁もそもそするね、なんか飲み物ない?﹂
﹁あっ、ちょっと待って﹂
シルビアはそう言ったが、動かなかった。
なかなか動かず、ナディアが聞く。
﹁どうしたのシルヴィ?﹂
﹁⋮⋮はっ! ちょ、ちょっと待ってね﹂
慌てて起き上がろうとする。ごろごろしすぎて起動が遅くなった
みたいだ。
おれはシルビアを引き留めた。
ベッドにポスンと倒れ込んで、驚いた目でおれを見る。
﹁ルシオ様?﹂
﹁ちょっと待ってろ﹂
184
頭の中の魔法を検索︱︱あった。
﹁シックスセンス﹂
魔法の光がシルビアを包み込む。
光は更に収束して、髪を包み込む。
﹁これって?﹂
﹁これをキャッチしてみな、それ﹂
おれはそういって、パンを放り投げた。
ごろごろしてておれもおっくうだけど、なんとか投げれた。
パンは放物線を描いてベッドの外に飛んでいく。
﹁あっ⋮⋮﹂
シルビアはびくっとなった。
おれに言われてキャッチしようとしたけど、ごろごろが心地よす
ぎて動きだすのがおくれた、って感じだ。
直後、異変が起きる。
シルビアの髪がのび出して、飛んでいったパンをキャッチした。
﹁えっ?﹂
185
﹁なになに、なにそれシルヴィ﹂
﹁わたしにもわからない﹂
二人揃っておれを見る。
﹁人間には五感があって、それ以外でもう一つつけられる魔法だ。
今回は髪にかけたから、その髪を手のように使いこなせるはずだ﹂
﹁手ですか﹂
﹁それで飲み物をとってきてみて﹂
﹁はい、わかりました﹂
シルビアはベッドの上でごろごろになったまま︱︱髪を伸ばした。
髪は伸びていって、ドアを開けて、部屋の外に出て行く。
しばらくして、コップに入った水を持って戻ってきた。
﹁わあ、すっごーい﹂
﹁えっと、ナディアちゃん、どうぞ﹂
﹁うーん、飲ませて!﹂
ナディアもごろごろしてて、動きたくない様子。シルビアに至れ
り尽くせりを要求した。
186
﹁シックスセンス﹂
見かねて、ナディアにも魔法をかけた。
同じようにナディアの髪が伸びて、動き出す。
﹁ほら、自分でやって﹂
﹁はーい﹂
ナディアはそういってシルビアからコップを受け取った。
髪から髪で渡されたコップ、ちょっと面白かった。
飲んだあと、コップを部屋の外に持っていく。
その間も、本体はずっとごろごろしてる。
おれはごろごろした、シルビアもごろごろした、ナディアもごろ
ごろした。
温かいベッドの上、とにかくごろごろした。
ふと、つんつんと脇腹をくすぐられた。
ナディアが髪をつかってツンツンしてきたのだ。
それを見習って、シルビアもツンツンしてきた。
187
ごろごろして、髪の毛だけでツンツンしてきた。
さっきと同じ、微妙なスキンシップ。
それも悪くなかった。
﹁シックスセンス﹂
おれは自分にも魔法を掛けた。髪の毛がうねうねし出して、二人
の髪の毛に絡んでいった。
おれたち三人はごろごろしながら、髪の毛だけでいちゃいちゃし
たのだった。
188
夕飯前の魔王戦
昼下がり、おれはのんびり魔導書を読んでいた。
おじいさんが手に入れた新しい魔導書で、メイドのアマンダに持
ってきてもらったヤツ。
最近はおじいさん相変わらず魔導書を集めてて、新しい魔導書を
手に入れると真っ先におれのところに持って来させるのだ。
今もそれを今読んでる。やたらと古い、表紙が既にぼろぼろの、
年季の入った魔導書だ。
﹁ルシオ様、ココちゃんの散歩に行ってきますね?﹂
部屋のドアを開けて、シルビアが顔を出した。
ドアの向こうにちらっとココの姿が見える。
おれの嫁のシルビアと、最近飼い犬っぽいポジションに収まった
ココ。
二人は一日に一回は散歩に行くようになった。
﹁行ってらっしゃい﹂
﹁えっと、おやつは台所に用意してますので、後で食べてください
ね﹂
189
﹁わかった﹂
シルビアはそう行って、ココと散歩に出かけた。
マンガ
一人になった部屋の中で、魔導書を読む。
最後まで読みきった。
﹁なんじゃこりゃ﹂
と、おれは思った。
ぶっちゃけわからないマンガだ。何を言いたいのかわからない。
シュールギャグなのか?
ところどころハイセンス過ぎて、読めるのに理解できない、そう
言うマンガだ。
まあただで読めたし、魔法もなんか覚えてるはずだから良しとし
よう。
そういえば、これってなんの魔法を覚えるんだ?
︱︱ククク。
声が聞こえた。妙な声だ。
少なくとも普通に聞こえるタイプの、音波を耳で拾うような声じ
190
ゃない。
﹁誰だ!﹂
︱︱礼をいうぞ、小僧。よくぞ我を解き放った。
﹁はあ? 何を言ってるんだお前は。というかどこにいる、姿を見
せろ﹂
︱︱ククク。貴様、魔法を使えるな? 丁度いい、我の復活には
魔法使いの血が必要だ。我のニエになってもらうぞ。
﹁何を︱︱うわ!﹂
突然空間がゆがんで、おれを吸い込んだ。
吸い込まれた先は暗くて、何もない空間。
そこにそいつがいた。
ヤギのような角を生やして、まがまがしい顔つきの男。
全身から妙なオーラも出している。どう見てもまともな人間じゃ
ない。
﹁だれだお前は!﹂
﹁我は魔王、魔王バルタサル﹂
﹁魔王だって?﹂
191
﹁そうだ、かつてはこの地上をしていたのだが、忌々しい勇者によ
って倒され、あの魔導書に封じ込められた。それから約一千年、魔
導書を読み解き、我を復活させる者をまっていたぞ﹂
﹁⋮⋮つまり、千年間だれも読めなかった魔導書をおれが読めたか
ら、お前が復活したってことか﹂
うつしよ
﹁その通りだ。感謝する小僧、汝のおかげで我は復活できた。あと
は汝の血と魂を取り込めば、我は再び魔王として現世に顕現できる﹂
なんというか、結構どえらいことをしてしまったのかもしれない。
﹁くくく、待っていろ人間ども。千年前と同じ、この世を恐怖に染
め上げてやるわ。手始めには男の皆殺し、そしてメス人間牧場の復
活からだ﹂
⋮⋮本当にやばい事になるのかもしれない。
﹁さあ、貴様のその命をよこせ﹂
魔王バルタサルは手を突き出す、鋭く尖った指がおれを襲う。
﹁フォースシールド!﹂
とっさに魔法を唱えて、手刀をはじく。
﹁むっ、防御魔法の使い手だったのか。ならばこれはどうだ?﹂
バルタサルは手をかざした。今度は魔法が飛んできた。ビームの
192
ような、炎の魔法が。
﹁マジックシールド!﹂
また魔法を使ってはじく。
シールドがバリンと音を立てて割れた。
﹁やるではないか、小僧。その歳で複数の魔法を自在に操り、更に
その度胸﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁気に入った。小僧、我の僕になれ。そうすれば生きたまま、国の
一つでも与えてやるぞ﹂
﹁いやだと言ったら?﹂
﹁くくく﹂
バルタサルは笑って、パチンと指を鳴らした。
背後に色々うごめくものが現われた。ドロドロに溶けた、人間の
ようなものだ。
それが大量にあった、数千じゃかかない、万単位でいた。
﹁汝を殺し、血と魂をすすって、亡者どもの仲間にするまでよ﹂
﹁それはやだな﹂
193
﹁さあ、答えはどうじゃ﹂
﹁やだ﹂
﹁そうか、なら死ね!﹂
バルタサルが襲ってきた、手下の亡者達が襲ってきた。
おれは、1000の魔法で応戦した。
☆
異空間から戻ってきた。
﹁疲れた⋮⋮ブラックホールを覚えてなかったらやばかったかもし
れない﹂
椅子にぐったりと座り込んだ。
転生してきた新しい人生の中で、今日が一番疲れたのかもしれな
い。
﹁あれ? ルシオ様だ﹂
部屋のドアが開いて、シルビアが顔をだした。
﹁いつ帰ったんですかルシオ様、さっきはいませんでしたけど﹂
﹁さっき? おお、夕方になってる﹂
194
外をみて、ちょっとびっくり。空がいつの間にか赤く染まってい
る。
﹁どこかに行ってらっしゃったんですか?﹂
﹁ああ、ちょっとな﹂
﹁? そうなんですか。あっ、そろそろご飯の時間ですから、お手
を洗ってきてくださいね﹂
シルビアがそう行って、部屋の外に出て行こうとする。
﹁シルビア﹂
﹁はい?﹂
﹁バルタサルって知ってるか?﹂
﹁バルタサルですか? ⋮⋮あっ! 伝説の魔王ですね、300年
間に渡って世界を支配して、人間から全ての希望を奪い去ったとい
う﹂
﹁へえ、あいつ、やっぱりすごいヤツだったんだ﹂
﹁バルタサルがどうしたんですか?﹂
シルビアはキョトンと首をかしげた。
﹁いや、なんでもない。それより腹減ったから、夕飯はいつもの倍
195
の量で﹂
﹁わかりました!﹂
シルビアは今度こそ出て行った。
それを見送って、夕焼けの中魔導書をジト目で見る。
疲れるから、魔王なんて、出来れば二度と戦いたくないもんだぜ。
196
ダメ男の代わりに姫救出
ココを散歩させてると、街の外れで騒ぎに遭遇した。
たくさんの街の住人がひとかたまりになって、誰かを取り囲んで
いる。
﹁それで逃げてきたのか﹂
﹁見捨ててきたとか言わないよな﹂
﹁そんな男だったなんて︱︱見損なったぞ﹂
みんなが口々に、真ん中に取り囲んでる誰かを責めたてていた。
子供
どうしたんだろう、とココのリードを握り締めて、騒ぎの中心に
向かっていく。
﹁ねーねー、なにがあったの?﹂
モード
外周に立っている青年に向かって、子供モードで質問する。おれ
のこれに慣れてないココがビックリしてるけど、とりあえず無視す
る。
青年が答えた。
﹁こいつがとんでもない事したんだ﹂
197
﹁こいつ? とんでもない事?﹂
囲まれてる人を見た。
見た事のある顔だ、たしか⋮⋮アドリアーノ。
宮廷魔術師で村に凱旋した、魔法を二十個使える男だ。
その男が地面に直で正座させられている。
﹁姫様が乗ってる馬車が盗賊に襲われたのに遭遇したのに、それを
助けないで、あろう事か逃げてきたんだよ﹂
﹁⋮⋮﹂
おれは言葉を失って、所在なさげのアドリアーノを見た。
おいおい、おまえ宮廷魔術師じゃなかったのかよ。二十個も魔法
使えるんじゃなかったのかよ。
あんなに女に囲まれてちやほやしてたのに⋮⋮。
﹁本当、見損なったわ!﹂
﹁最低よ、あなた!﹂
アドリアーノを囲んでいる人間の中には、あの日彼をちやほやし
てる女の姿もあった。女達は冷たい目でアドリアーノを見下してい
る。
198
﹁待ってくれ、ちがうんだ、それには原因があるんだ﹂
﹁原因ってなに?﹂
おれは子供モードのまま聞いた。
それが火をつけた。
﹁そうだそうだ、原因ってなんだ﹂
﹁姫様︱︱主君が襲われてるのを見捨てて自分だけ逃げてくる原因
を聞かせてもらおうか﹂
﹁そ、それは︱︱そう、みんなに知らせようとしたんだ。王女殿下
の身が危ないのと、ここにも盗賊が襲ってくるかもしれないのと﹂
﹁へー、でもお兄ちゃん。お兄ちゃんは宮廷魔術師で、たくさんの
魔法が使えて強いんだよね。だったらお兄ちゃんがその場で倒せば
よかったんじゃないの?﹂
﹁そうだそうだ!﹂
﹁なんで倒さなかった!﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
アドリアーノは答えられなかった。正座したまま、ますます肩を
ちぢこませた。
街の住人のさげすむ視線を一身に浴びて、今にも死にそうな顔を
199
してる。
不倫が発覚した好感度ナンバーワンアイドル、それと同じ無様さ
を感じた。
おれはその場からそっと離れた。
そのまま街の外に出た。
﹁どこに行くんですかぁ?﹂
一緒に連れてきたココが聞いてきた。
﹁お姫様を助けてくる﹂
﹁えええええ?﹂
﹁盗賊に襲われたんなら、そのままにしておく訳にはいかないだろ。
というか︱︱﹂
ちらっと背後を見た。街の人達はまだアドリアーノを責めてる。
せめて続けてるけど、誰も助けに行くと言い出さない。
﹁でもわかるんですかぁ? その、お姫様のいるところ﹂
﹁何とかする︱︱サーチサム﹂
人捜し用の魔法があったから、とりあえず使った。
200
探す相手がお姫様って条件をつけると、地面に一本の線が浮かび
上がった。
3D映像のような赤い線が長く伸びて行く。
魔法の効果を考えれば、この先にいるはずだ。
﹁よし、行くぞ﹂
﹁は、はいぃ﹂
ココを連れて、伸びて行った線を追っかけていった。
街の外の街道に延びてった線だけど、途中から脇道にそれていっ
た。
やがて山の中に入り、洞窟の中に伸びて行った。
洞窟の横には馬車がうち捨てられている。
魔法の追跡と物的証拠、間違いなくここだな。
﹁あのぉ⋮⋮﹂
﹁うん?﹂
ココを見た。ここまで一緒についてきた彼女の犬耳がピタッと後
ろにつく。
顔もそうだけど、なんかに怯えてる感じだ。
201
﹁どうした﹂
﹁なんか怖いですぅ。盗賊、ですよねぇ?﹂
﹁ああ、そう聞いたな﹂
﹁盗賊って⋮⋮怖いですぅ﹂
なるほど、盗賊って存在に怯えてるのか。
その話わからなくはない。
﹁安心しろ、おれがついてる﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
ココははっとして、それからポッ、と顔を赤くした。
﹁わ、わかりましたぁ﹂
おずおず頷くココ。とりあえず恐怖は取り除けたみたいだ。
ココを連れて洞窟の中に入った。﹁フィラメント﹂で明かりをつ
けて、道なりに進んでいく。
ふと、話し声が聞こえてきたから、ココに﹁しー﹂ってジェスチ
ャーして、立ち止まって聞き耳を立てた。
﹁そなたら、わらわを誰だと心得る。サボイア王国第一王女、王位
202
継承権第七位のルビー・サボイアなるぞ!﹂
﹁知ってる知ってる、今一人だけいるお姫様だよな﹂
﹁そんな有名人しらないわけないだろ?﹂
﹁おれよ、何回もあんたの事をみてるんだ。あんたがした講演を何
回もみてるんだぜえ?﹂
お姫様らしきものと、盗賊らしきものの声が聞こえた。
﹁ならばわらわを早く解放するのじゃ。いまならまだ何事もなかっ
た事にしてやらんでもないぞ﹂
﹁こんなこと言ってるけど、どうするよ﹂
﹁それは⋮⋮ねえだろ﹂
﹁当然だ、せっかくお姫様に来てもらったんだ、ちゃんとおつとめ
を果たしてもらわねえとな。ケケケ﹂
盗賊の一人がそういうと、全員がいやらしく笑い出した。
﹁おつとめじゃと? こんなところでわらわがしなければならない
つとめなどあるものか﹂
いや、あるんだなそれが。
正確にはおつとめって言うより、お約束だが。
203
﹁へっへっへ、あるんだな、これが﹂
﹁そうそう、お姫様にしかできないことが﹂
﹁な、なんじゃ。なぜズボンを脱ぐのじゃ﹂
⋮⋮やっぱりそれか。
いやまあ、当たり前だけどな。
盗賊がお姫様を捕まえて、それでそういう発想がないなんてホモ
の集団でもない限りはあり得ない。
だから、この流れは正しい。
﹁やめるのじゃ、わらわに近づく︱︱ふれるな!﹂
お姫様が叫んだ。声が震えている。
﹁このあま、大人しくしろ!﹂
﹁きゃ!﹂
小さい悲鳴が聞こえて、それから静かになった。
⋮⋮たすけるか。
﹁あれれれー、ここどこだろー﹂
子供モードになって、そこに踏み込んだ。
204
会話で聞こえてきた通りの現場だった。
姫のルビーが壁際で拘束されてて、何人かの気の早い盗賊が既に
ズボンを脱いで、ルビーに群がっている。そのルビーのドレスも体
ごとまさぐられ、あられもない姿になっている。
襲われてる時に頭を打ったのか、意識をなくして、ぐったりして
いる。
おれは盗賊の数を数えた。
全部で八人。そんなに多くはない。
﹁なんだお前は︱︱ってガキか﹂
一瞬警戒した盗賊はおれの姿を見てあきらかに油断した。
まあ、こっちは見た目九歳の子供、当たり前だな。
﹁おいガキ、ここはガキがくるところじゃねえ。ケガしねえうちに
とっととー﹂
その盗賊がこっちに向かってきた、手を伸ばして肩をつかもうと
した。
﹁ブレイズニードル﹂
魔法を詠唱。空中に炎の針が生成され、男を貫く。
205
四方八方から飛んできた針に全身を貫かれ、男は体を内部から焼
かれ、そのまま崩れ落ちた。
﹁なっ︱︱﹂
残った七人の盗賊が顔色を変えた。何人か反応の早いのは既に武
器を構えている。
﹁てめえ! 何者だ!﹂
﹁なのるほどの者じゃないよー﹂
そう言いながら、七人のいる場所を確認して、魔法を唱えた。
二回目のブレイズニードル。人数分の炎の針が盗賊達をおそう。
六人は針に貫かれ、崩れ落ちた。
一人が武器を振って針をほとんどはじくが、一本だけはじききれ
ず、腹に深く突き刺さった。
一本だけだが、充分に致命傷だ。
﹁て、め⋮⋮いったい⋮⋮なにものだ﹂
﹁ルシオ・マルティン。ただの転生者だ﹂
男は理解不能って顔をした。
おれは﹁ブラックホール﹂を唱えた。せめて一瞬のうちに、と思
206
った。
当たりを見回す、盗賊は全て片付けた。あとは姫様を連れ出すだ
けだが。
﹁⋮⋮これはこれはやっかいだな﹂
気を失って、あられもない格好になってるルビーを見て、おれは
ちょっとだけ困ったのだった。
207
姫を助けた報酬
そういえば。
﹁ココー、いるかココ?﹂
おれは振り向き、洞窟の外に向かって叫んだ。
バタバタと足音が聞こえる。外に置いてきたココが入ってきた。
﹁はいぃ、ココここいますぅ﹂
﹁あれ、頼む﹂
ルビーを指していった。
ココも女の子だ。あられもない姿のお姫様をどうにかするにはコ
コに任せた方がいい。
ここは少し考えて、困った顔をして頷いた。
﹁わかりましたぁ﹂
そう言ってルビーの元に向かった。
おれは背中を向けて、見ないようにした。
しばらくして、ザッ、ザッという音が聞こえた。
208
なんの音だ?
ちらっと肩越しに見る、ココが地面を掘ってるのが見えた。
﹁ココ? なにしてるんだお前は﹂
﹁はい、穴を掘ってますぅ﹂
﹁穴? なんで穴なんて掘ってるんだ?﹂
﹁穴を掘らないと埋められないですよぉ?﹂
﹁埋めるな埋めるな!﹂
おれは大声を出した。
﹁埋めないんですかぁ?﹂
﹁埋めるな! 服を直せって意味だ﹂
﹁⋮⋮あぁ﹂
ココはポン、と手を叩く。
本当に埋めるつもりだったのか、こいつ。
また背中を向く。今度はちゃんと衣擦れの音が聞こえたから、ほ
っとした。
209
﹁おわりましたぁ﹂
﹁ん﹂
振り向く。ルビーの格好がちゃんとしていた。
それに近づき、魔法を掛けた。
﹁フロート﹂
ルビーの体が浮かび上がった。
寝そべった体制のまま浮かび上がる。
後ろからそっと押した、まるで氷の上をすべるように、ルビーの
体が宙を浮いていく。
﹁わあ、すごいぃ﹂
﹁ココがやるか?﹂
﹁うん!﹂
大喜びで頷くココ。
おれはそこを譲った。ココがおれがいた場所に立って、ルビーを
ツンツン突っつく。
ルビーがホバーして滑っていく。
210
とりあえず街に連れて行こうと思った。
﹁う⋮⋮ん﹂
洞窟を出る前に、ルビーが目を覚ました。
上から顔をのぞき込む。
﹁起きた?﹂
﹁ここ⋮⋮は、ひゃ!﹂
目があったルビーが悲鳴を上げつつ、両手でドン! とおれを突
き飛ばしてきた。
体は大人のルビー、体だけは子供のおれ。
普通なら、おれが突き飛ばされるところだが。
﹁ひゃあああ!﹂
飛んでいったのはルビーだった。
フロートの魔法で空中を浮いてる彼女は、おれを突き飛ばした反
動ですっ飛んでいく。かなりの勢いで洞窟の中に逆戻りした。
どーん、ドサッ。
どこかとぶつかって、それから地面に落ちる音がした。
211
﹁きゃあああああ!﹂
その直後に悲鳴が聞こえた。何事かと思って中に入ってみると、
ルビーは地面に転がってる盗賊の死体に悲鳴を上げていた。
ほとんどが黒焦げだけど、一部︱︱例えば頭の半分だけ焼け残っ
てるのが残ってる。
悲鳴をあげて当然な光景だ。
﹁こ、これは⋮⋮一体どういうこと﹂
﹁おれがたおした﹂
子供モードだと逆に面倒臭いから、普通に話した。
﹁そ、そなたが?﹂
﹁ああ﹂
﹁そんな⋮⋮まだ子供ではないか、それを︱︱﹂
﹁ブレイズニードル﹂
魔法を使った。
ルビーの横にある岩めがけて、炎の針が三方向から貫く。
突き刺し、燃え上がる岩。ルビーはそれとおれを交互に見比べた。
212
﹁こ、これは⋮⋮炎の上級魔法。そなたがこれを使ったというのか
?﹂
上級魔法だったのか? 何となく威力が高いから使ってたけど知
らなかった。
﹁もう一度使って見ようか?﹂
﹁⋮⋮いや、もう十分じゃ﹂
ルビーはかなりの勢いで落ち着きを取り戻した。
ちょっと驚く位、急速に落ち着いた。
﹁礼を言う。わらわはルビー・サボイア。サボイア王国第一王女で
ある﹂
﹁しってる。助ける前に盗賊との会話を聞いた﹂
﹁そうか。しかし何故、そなたのような子供がここに?﹂
﹁アドリアーノって男から聞いた﹂
﹁むっ﹂
ルビーの眉がひくついた。表情に不愉快な色がよぎった。
﹁あいつが逃げたしたのは覚えてるのか﹂
﹁目の前に逃げ出された。信用に値する男だと思っていた己の不明
213
さが恥ずかしいわ﹂
﹁そうか。まあそこはどうでもいい。とにかくそんな経緯で、おれ
が助けに来た﹂
﹁助かったのじゃ。このお礼は必ずする。ルビー・サボイアの名に
かけて﹂
ルビーがまっすぐおれを、力強い目でおれをみつめて、宣言した。
王族とか貴族とかってのはこういう風に自分の名前にかけて、っ
てのが好きみたいだな。
まっ、その分お礼が期待出来るってもんか。
﹁そなたは魔導書を読み解いた魔法使いなのだな﹂
﹁ああ。1000くらいだな、使えるの﹂
﹁1000だと!?﹂
ルビーに驚かれた。
﹁そんなにか﹂
おれは黙って魔法をつかった。
ファイヤボール、ファイヤレーザー。
アイシクルにダイヤモンドダスト。
214
ビッグにスモール、ウインドウカッターにドレスアップ。
法則はない、思いついたものを片っ端から使っていく。
魔法をどんどん使っていって、ルビーがどんどん驚愕してく。
100を越えた辺りから開いた口がふさがらなくなったので、や
めといた。
﹁まあ、こんなもんだ﹂
﹁す、すごい⋮⋮﹂
驚くルビー⋮⋮今度はなかなか戻らなかった。
たっぷり一分以上間抜け面︵それでも結構綺麗だけど︶を晒した
後、咳払いをして、無理矢理表情を戻した。
﹁そなたは、どこかに属しているのか﹂
﹁属して? いや別にどこにも?﹂
どういう意味かはわからないけど、組織っぽいものはどこにも入
ってないから、きっぱり否定した。
﹁ならば、宮廷魔術師︱︱﹂
﹁それはいやだ﹂
215
おれはきっぱり断った。
本当はそんなにいやじゃないけど、この流れだとアドリアーノを
思い出すから微妙にいやだった。
﹁むぅ﹂
ルビーは迷った。それ以外の何でお礼をすれば良いのか悩んでる
表情だ。
仕方ないから、おれの方から提案した﹂
﹁なあ、サボイア王国って、魔導書をどれくらい持ってる﹂
﹁魔導書か? 正確な数はしらないが、数万は︱︱﹂
﹁それを全部見せてくれ﹂
言った後、自分でも興奮してきた。
数万の魔導書︱︱数万の魔法。
興奮、してきた。
﹁そんな事でよいのか?﹂
ルビーはあっさり了承してきた。
216
子供とネコとラスボスと
洞窟の外にある馬車はルビーが乗ってたものだった。馬はないか
ら、フロートの魔法で浮かせて、ココに引かせた。
ココが楽々とひくそれは馬車っていうよりは犬そりって感じにな
った。
それにルビーを乗せて、バルサの街に戻ってきた。
街の入り口にはまだ人々が集まって、アドリアーノを取り囲んで
いた。
﹁姫様!﹂
アドリアーノがこっちを見つけて、大声を出した。すると他の人
達も一斉にこっちを見た。
いぬぞり
馬車が止まった、ルビーが中から出てきた。
お姫様の登場に、群衆がざわめく。
地べたに正座させられていたアドリアーノが半ば這うようにルビ
ーの前にやってきた。
﹁ご、ご無事だったのですか。このアドリアーノ、心配︱︱﹂
言葉が途中で止まった、アドリアーノは﹁うっ﹂ってなった。
217
それを見下ろすルビーの表情が、目が、とてつもなく冷たかった
からだ。
﹁わらわをよくもみすててくれたのう﹂
ざわざわ。群衆の目もより一層冷たくなった。
それまでの事が、本人の口から告げられ、揺るぎない事実になっ
たからだ。
﹁ち、ちがうのです姫様。これには訳が︱︱そ、そう、わたしは助
けを求めにあえてあの場を︱︱﹂
﹁アドリアーノ、そなたの宮廷魔術師の職を解く﹂
﹁姫様!?﹂
驚愕するアドリアーノ。
いやビックリするところじゃないだろ、当たりまえだろそれ。
﹁ここはそなたの出身地だったな。ならば家にもどっておれ、沙汰
は追って通達する﹂
﹁姫様﹂
﹁下がれ﹂
威厳たっぷりにルビーが言った。アドリアーノは気圧されて何も
218
言えず、そのままその場にへたり込んだ。
ルビーと、街の人々の冷たい、さげすむ視線。
宮廷魔術師として凱旋したきた男の失墜が決まった瞬間だった。
☆
翌日、おれは呼び出された。
使者に連れられてやってきたバルサの一番立派な屋敷の中の、一
番立派な部屋。
そこでルビーと対面した。
﹁⋮⋮﹂
おれは絶句した。ルビーの服装に言葉を失った。
昨日は普通のドレスを着ていたルビーだったけど、今日はまるっ
きり違う。
一言で言えば、年末の歌合戦に登場するラスボス、そんな﹁セッ
トの様な衣装﹂をルビーは着ていた。
威厳はあるけど⋮⋮あるけど⋮⋮。
﹁ルシオ・マルティン﹂
ルビーがおれの名前を呼んだ。衣装のせいか、口調も昨日より大
219
分威厳がある。
自然とかしづきたくなるような、そんな威厳だ。
﹁昨日の件、大儀であった。あらためてそなたに礼をいう﹂
﹁はあ﹂
おれは生返事をした。正直その衣装が気になって仕方がない。
﹁そなたに礼をせねばな。魔導図書館への立ち入りを所望じゃった
が、本当にそんなものでよいのか﹂
﹁そんなものなのか、それって。魔導書が数万冊ある魔導図書館っ
て、かなりのものじゃないのか﹂
﹁まともによめないものにさほどの価値はない﹂
ああ、そういうことか。
マンガ
この世界では魔導書を読んだら魔法を覚えて使えるようになるけ
ど、読める人間がほとんどいないし、読める人間も一冊に数ヶ月っ
ていう時間がかかる。
豚に真珠、使いところおかしいけどそうなるのか。
だが、それはこの世界の普通の人間にとってだ。
マンガ一冊を一時間そこらで読めて、それで魔法を覚えられるお
れにとってそれ以上の褒美はない。
220
地味に、魔導書そのものは高いしな。
﹁それでいいよ、もっともっと魔法を覚えたいって思ったし﹂
﹁そうか。だれか﹂
ルビーが言うと、使用人が一人入ってきた。
使用人はトレイを恭しくもってて、それをおれの前に持ってきた。
トレイの上に一枚の紙、紋章の入った羊皮紙がおいてある。
おれはそれを手に取った。
﹁それをもって、都にある王立魔導図書館に行くといい、話は既に
つけてある。持ち出す以外、そなたの自由にしてよい﹂
﹁そうか、ありがとう﹂
﹁本当に他になにもいらんのか? わ、わらわを助けたのじゃ、も
う一つくらい願いをきいてやるぞ﹂
﹁いや、これで充分﹂
おれは羊皮紙をくるくるに丸めて、ふところにしまった。
大した事はしてないし、これだけで十分だ。
﹁そうか⋮⋮﹂
221
ルビーは何故か落ち込んだ表情をした。
もっとねだってほしかったんだろうか? 王族の考えてることは
わからない。
﹁ではな、また都であおうぞ﹂
ルビーはそういって、横をむいてあるきだした。
ふとおれは思った。このセットっぽい衣装でまともに歩けるんだ
ろうか。
もしかしてうまく歩けないでずっこけるんじゃないだろうかと思
った。
そう思って、じっと見つめた。が、ルビーは普通に歩いた。
威厳ある歩き方だったから遅いのは遅いけど、普通に、何事もな
く歩いた。
なんだ、つまらないな。
ルビーは普通に歩き続けて、ドアに向かっていった。
使用人が先にいって、ドアを開ける︱︱瞬間、ちょっとした風が
流れ込んできた。
前髪がちょっと揺れる程度の、微風も微風。
222
﹁わわ!﹂
ルビーがバランスを崩した。
風に吹かれて、後ろ向きに倒れてしまった。
倒れたあと、起き上がれなかった。
衣装︱︱セットのせいで、手足が地面につかなくて、起き上がれ
なかった。
使用人が慌てて起こそうとした、起こされるルビーはおれをキッ、
と睨んだ。
おれは目をそらした︱︱見なかったことにしよう、そう決めた。
☆
家の中がバタバタした。
王立魔導図書館に立ち入る許可をもらったから、都に引っ越そう、
そう決めたのだ。
それでシルビアとナディア、そして猫耳に変身したマミがバタバ
タと引っ越し準備をしている。
﹁ルシオ﹂
おじいさんがたずねてきた。おれをみて、満面の笑顔をうかべた。
223
﹁聞いたぞルシオ。王立魔導図書館に入れる様になったようだな﹂
﹁うん、そうだよー﹂
子供モードで答えた。
﹁お姫様を助けたらね、その許可をくれたんだ﹂
﹁盗賊を一人で倒したらしいそうじゃな﹂
﹁うん! 魔法でね﹂
﹁そうかそうか。さすがわしの孫じゃ﹂
おじいさんに頭をなでられ、褒められた。
悪い気はしない。
﹁ルシオは賢いな。イサークに爪の垢を煎じて飲ませたいのじゃ﹂
ガタッ。
窓の外から物音がした。なんだろう。
﹁待て、またおまえかうわああああ!﹂
直後に悲鳴が聞こえてきた。聞き覚えのある悲鳴だ。
そしてもうちょっと待ってるとマミが現われて、簀巻きにしたイ
サークをおれとおじいさんの前に放り出した。
224
﹁捕まえた﹂
﹁うん、ありがとう﹂
頭を撫でてやると、マミは大喜びした。
そして簀巻きを解いて、上機嫌のまま部屋から出て行った。
おれは残された、ふてくされたイサークを見る。
﹁なんなんですか、これは﹂
﹁⋮⋮﹂
イサークは答えない、そっぽ向いたまま答えない。
﹁イサーク﹂
おじいさんが口を開く、イサークはびくっとなった。
イサークが怯えて、おれとおじいさんを交互に見た。
﹁こ⋮⋮﹂
﹁こ?﹂
﹁これで買ったと思うなよーーーー﹂
そう言って、部屋から飛び出していった。
225
よく聞く捨て台詞だけど、まったく意味がわからない。
﹁はあ⋮⋮あいつもそろそろ大人になってくれないものかのう﹂
無理だろ。
なんかもう、あのまま大人になりそうな気がする、イサークは。
おじいさんはため息ついてから、気を取り直して、とおれに行っ
てきた。
﹁なあルシオ、折り入って頼みがあるのじゃ﹂
﹁なあに?﹂
﹁ルシオはこれから都にいって、王立魔導図書館にいくのじゃな﹂
﹁うん、そうだよ﹂
﹁そこに珍しい魔導書があったらちょろまかしてこれんかのう﹂
﹁ちょろ?﹂
⋮⋮盗んでこいって事か。
おじいさんは目を輝かせて、更に言った。
﹁三冊、いや一冊でもいい。王立図書館に収蔵されてる魔導書がど
のようななのかをみたいのだ﹂
226
まるで子供の様にワクワクした顔で言う。
魔導書を集めるのが趣味のおじいさん、昔からそうで、何となく
気持ちはわかる。
かっぱらうのは無理だが。
﹁今度お姫様にあったら、おじいさんも入れてくれるように頼んで
みるよ﹂
もっとおねだりしてほしそうだったからな、いけるだろ。
﹁マジか!﹂
おじいさんがくいついてきた。おいおい、言葉使いがおかしいぞ。
﹁うん、頑張る﹂
そういうと、おじいさんはますます子供の様な、わくわくした顔
になったのだった。
227
子供とネコとラスボスと︵後書き︶
独り立ち編終了で、ここまでの話楽しんでいただけましたでしょう
か。
次回から王都編。更にマンガで強くなって、更に自由きままに生き
ていきます。
228
こども館長
バルサを出て、シルビアとナディア、ココ/マミを連れて王都・
ラ=リネアについたのは春先の事だった。
道中は馬車の中でシルビア・ナディアとだらけきったいちゃいち
ゃをしてたから、意外と早く着いたって感じだ。
ラ=リネアに入って、とりあえずの宿を取った。
それなりの宿屋で、おっきい部屋を一部屋。
泊まるのが嫁とペッドだからこれでいい。
ナディアとココが窓から外を見ていて、シルビアはおれの方に向
かってきた。
﹁お出かけですか、ルシオ様﹂
﹁ああ、とりあえず王立魔導図書館に行ってくる、その後すむ家を
探してくる﹂
﹁わたし達は何をしてればいいんですか?﹂
﹁適当に都の見物をしてていいぞ﹂
﹁わかりました。行ってらっしゃいません﹂
229
シルビアが言うと、窓辺にいるナディアとココも手を振ってきた。
﹁いってらっしゃーい﹂
﹁い、いってらっしゃいですぅ﹂
三人をおいて部屋をでた、カウンターで筋肉マッチョのオーナー
がいたので話しかけた。
﹁ねえねえ、王立魔導図書館ってどこにあるのー?﹂
﹁図書館? あんなところになんのようだ﹂
﹁ちょっとね、興味があるんだ﹂
﹁ふうん。それならここをでて、左にまっすぐ行って三つ目の通り
で右に、そこから直進して行けばたどりつくぞ。他とは違う建物だ﹂
﹁他とは違う建物?﹂
﹁行けばわかる﹂
筋肉マッチョは同じ言葉を繰り返した。そんなにわかりやすい、
目立つ建物なのかな。
﹁わかった、ありがとうおじちゃん﹂
子供モードでお礼を言って、宿屋を出た。
マッチョマスターの言われたとおりの道を進んだ。
230
ラ=リネアは王都だけあって、かなり賑やかだった。
人々が行き交い、活気に満ちあふれ、その上バルサにいた頃は見
た事の無い様な商品があっちこっちの店で売られている。
落ち着いた色々見て回りたい、シルビアとナディアと一緒にあっ
ちこっち回りたいと思った。
しばらく開いていると、それが見えてきた。
﹁⋮⋮なるほど、これはわかりやすい﹂
その建物は上下が逆さまだった!
大きくて、立派で、﹁王立﹂って言葉にふさわしいくらい綺麗な
建物だった。
ただし上下が逆さまだ! まるで屋根が地面に突き刺さっている
ような、そんな感じのする建物。
他と違うって意味なら、間違いなくこれのことだ。
おれは入り口っぽいところから中に入った。
中は更におかしかった。
内部も上下逆さに出来てるのに、カウンターとかテーブルとか椅
子とかは普通だ。
それでいて本棚は上下逆さで屋根から生え降りてる。
231
誰が、どうやってこんなものを作ったのか、ちょっと気になった。
﹁おう坊や、ここは子供が来る場所じゃないぜ﹂
声の方に振り向く、そこにでっかい男がいた。
身長は余裕で二メートルを超えてる。図書館ってよりはスタジア
ムが似合いそうな男だ。
その男は手に積み上げた本を持ってる。男に比べて本はものすご
く小さく見える、感覚がちょっと狂う。
﹁迷子か? うん?﹂
﹁ねえ、ここって王立魔導図書館だよね﹂
おれは子供モードで聞いた。
﹁ああ、見ての通り国中から集めた魔導書を保管してる場所だ﹂
男はちらっと背後を見た。
広い空間に、多数の魔導書。
おじいさんが集めたものの数十倍はあって、さすが王立って言う
だけある光景だ。
﹁じゃああってるよ﹂
232
﹁うん?﹂
﹁ぼくはルシオ・マルティン、これ﹂
ルビーからもらった羊皮紙を取り出して、男に渡した。
男は積み上げた本を片手で持って、羊皮紙を受け取って器用に開
いた。
それを読む。最後まで読むと、男の顔色が変わった。
﹁坊やが新しく来る館長だったのか!﹂
﹁うん?﹂
男が驚いた、おれも驚いた。
館長?
﹁何それ﹂
﹁上の方から言われてたんだ、近いうちに新しい館長が来るって。
王女様直々にスカウトしてきた大魔道士だって﹂
﹁ぼくそんな事を聞いてないよ? ルビー様には魔導書をもっと読
みたいから、図書館に入る許可をもらっただけなんだけど﹂
﹁ちょっと待って﹂
男はカウンターの奥から紙を取り出した。
233
その紙をじっと見つめて、いう。
﹁やっぱりそうだ、バルサのルシオ・マルティンを新たに王立魔導
図書館の館長として任命する。丁重に扱い、説明するように﹂
﹁あらら﹂
本当だったのかそれ。
でもまあ、よく考えたら図書館の本を自由に読みたいから、館長
ってのはすごく便利な立場だ。
ありがたく受けて、魔導書を全部読ませてもらおう。
﹁あー、おれはファン・クルス。よろしくな﹂
﹁ぼくはルシオ・マルティン。よろしくお願いします﹂
おれとファンは握手した。
あまりにも体のサイズ差があって、おれの手はファンの指くらい
しかなくて、奇妙な握手になった。
﹁しかし、なんでまた坊やみたいなのが館長になったんだ? 名誉
職かな﹂
﹁ぼくがこの世で一番、魔導書を早く読めるからかな﹂
﹁でっかく出たな﹂
234
﹁本当だよー﹂
多分だけどな。
﹁ふーん、そうだ﹂
ファンは何かを思い出したように図書館の奥に行った。そこから
一冊の魔導書をとって、戻ってきた。
﹁ほら﹂
﹁なあに、これ﹂
﹁新しい魔導書だ。まだ見つかったばかりの、この世界で一冊しか
ない魔導書。だれも読めてないし、どんな魔法にあんるのかわから
ないヤツだ﹂
﹁へえ﹂
ファンはそれをおれに突き出した、ちょっと意地悪な顔だ。
読めるなら読んで見ろ、って言う顔である。
おれは魔導書を受け取って、開く。
切ないマンガだった。
雨を題材にした泣ける系のシナリオだけど、最後は大団円の感動
エンドを晴れと共に迎えるって構造だ。
235
それを最後まで読むと、頭の中に魔法が浮かび上がった。
なるほどそう言う魔法か。
﹁どうだい﹂
﹁うん、覚えたよ﹂
﹁へっ?﹂
﹁ちょっと試して見る﹂
魔導書をおいて、外に出た。
ひんやりする図書館の中とは違って、春を迎えた王都・ラ=リネ
アは温かい南風が吹いていた。
ファンがついてきた。
﹁何をするんだ?﹂
﹁あの魔導書の魔法を使ってみる﹂
そう言って、目を閉じてイメージした。
そのイメージを強く持って、手をかざして、唱える。
﹁ウェザーチェンジ・スノー﹂
236
唱えた後、今までで最大級の脱力感を覚えた。
魔力がごっそりと持って行かれる程の脱力感。
それは、成功を感じさせる脱力感でもあった。
﹁な、ななななな!﹂
ファンが驚く、おれは目を開けて空を見る。
さっきまで暖かい陽気だった空が曇り、雪が降ってきた。
天気を変える古代魔法。魔力を大量に必要だけど、相応の効果・
現象を引き起こす魔法だった。
成果をだしたおれはファンに聞いた。
﹁どう?﹂
﹁しゅ、しゅごい⋮⋮﹂
目を見開き、開いた口がふさがらないファンだった。
237
魔導書に関する全て
おれは図書館の中に戻った。
外はおれの魔法で雪が降ってるけど、中は何も変わらない。
マンガ
数万の魔導書がある素晴しい空間。
まるで満喫みたいだ。
外の雪が止むまで、ちょっとマンガを読んでいこうと思った。
一番近い本棚の前に立って、背表紙をざっと眺める。
結構わくわくした。ほとんどの魔導書がまだ読んだことのないも
のだったから。
読んだことのない中から一冊抜き取って、さて読もうとしたその
時。
﹁初めて見る顔ですねえ﹂
﹁うん?﹂
声がしたので、横をむいた。
そこに一人の老人がいた。
238
質素の服を着て、ホウキとちりとりをもってる。
清掃の人なのかな。
おれはいつも通り、子供モードで返事をした。
﹁はじめまして、ルシオ・マルティンと言います﹂
﹁おお、ではあなた様がこの図書館の館長になるというルシオ様﹂
﹁はい、おじいさんは?﹂
﹁エイブと呼んで下され﹂
﹁エイブさんですね。よろしくお願いします﹂
おれは抜き取った魔導書をちらっと見て、図書館の中をくるっと
見回した。
﹁どうしたのですかな﹂
﹁あのね、どこで読もうかな、って思ったの﹂
﹁どこで?﹂
﹁うん、なんかソファーとか、椅子とかあればいいなあって。そこ
に座ってじっくり魔導書をよみたいなって﹂
いうと、何故かエイブさんはものすごく驚いた。
239
しわくちゃの顔で目を見開かせて、おれを凝視した。
なんかおれ、変な事言ったか?
﹁どうしたのエイブさん?﹂
﹁館長さんは面白い事を考えますな﹂
﹁そうなの? だって、図書館なんだし、座って読む場所がほしい
じゃない?﹂
﹁普通の図書館ならそうでしょうな。しかしここは魔導書を収蔵し
ている魔導図書館、一冊読むのに数ヶ月から数年かかる魔導書ばか
り、椅子やソファーなどあってもいみはありませんぞ﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
そういえばそうだった。
おれは普通に読めてるからつい忘れがちだけど、この世界の人間
はマンガをほとんど読めないのだ。
エイブさんの言うとおり、普通は一冊読むのに数ヶ月とか、ヘタ
したら数年とかかかる。たしかにそれだとこの図書館に椅子とかは
意味ないな。
﹁そっか⋮⋮ねえ、ぼくが自分で椅子を持ち込むのは大丈夫なのか
な﹂
﹁ルシオ様は館長様ですし、そのくらいのことは﹂
240
﹁良かった。それじゃあいい椅子かソファーを見つけないとね、こ
んなにいっぱい魔導書を全部読むのだから、その間に座る椅子はち
ゃんとしたものじゃないとね﹂
﹁全てをお読みになるおつもりか﹂
エイブさんはまだ驚いた。
﹁うん! せっかくあるんだし、読まないと。ワクワクするよね、
こんなにいっぱいある魔導書を好きに読んでいいなんて﹂
﹁ルシオ様は勉強好きなのですな﹂
﹁そうなるのかな﹂
おれは苦笑いした。
﹁そう思いますぞ。今まで見てきた者達は全員、魔導書を読むこと
を苦行と感じていましたぞ﹂
苦行か。まあ読めないものを無理矢理読むんだから、苦行になる
のか。
ああでも、満喫にある全部のマンガを読破するって考えたらちょ
っぴり苦行なのかも。
それでも頑張って読むけどな。
マンガ
この魔導書を読めば読むほど魔法を覚えられるんだから、苦行で
241
もなんでもやってやるさ。
﹁ルシオ様のような方ははじめてですぞ﹂
﹁そうなんだ﹂
﹁わたしは魔導書を読めませんが、影ながらルシオ様の事を応援し
ていますぞ﹂
﹁ありがとう、エイブさん﹂
お礼を言った。
エイブさんからは何となく、実家の屋敷にいるおじいさんのよう
な感じを受けた。
目を細めて、孫を可愛がるおじいさんとまるで同じ感じだ。
おれ、じじいキラーなのかな。悪い気はしない。
そんな事を考えながら次のマンガを読もうとしたとき、図書館の
扉が乱暴に開かれた。
開けたのは立派な格好をした中年の男。その人は深刻そうな顔を
していたけど、こっちを見て明らかにほっとした。
﹁まずい﹂
と言ったのは横にいるエイブさんだった。何がまずいんだ?
242
中年男は息を切らせながら、つかつかと近づいてきた。
そしておれの横、エイブさんの前に立って。
﹁探しましたぞ陛下﹂
﹁陛下!?﹂
盛大にビックリしたおれはエイブさんをみた。エイブさんはやれ
やれと、困った顔でため息を吐いた。
直後、雰囲気が変わる。
親しみやすい掃除のおじいさんの雰囲気から、荘厳なオーラを出
す貴人の雰囲気に。
姿は変わったないのに、まるで別人の様だ。
﹁陛下って⋮⋮もしかして国王、なの?﹂
﹁うむ。余がサボイア国王、エイブラハム三世である﹂
マジで国王だったのか!
﹁正体を黙っていてすまない。ルビーから話は聞いていたが、そな
たがどういう人間かこの目で実際にみたくてな﹂
﹁そ、そうなんだ﹂
﹁実際にあえて良かったぞ。ルビーが話した以上に素晴しい子だ﹂
243
﹁ありがとうございます﹂
かなりの勢いで褒められた、やっぱり相当気に入られたみたいだ。
そのエイブさん⋮⋮国王は中年男の方をむく。
﹁ウーゴ﹂
﹁はっ﹂
﹁職人を集めよ、館内にこの子がゆっくりと魔導書を読める、くつ
ろいで読めるスペースを作るのだ﹂
﹁御意﹂
﹁それと、王家が持っている、魔導書に関する権限をすべてこの子
に与える。勅書の草案を作ってくれ﹂
今度はおれを向いて、言ってきた。
﹁ルシオよ﹂
﹁なあに?﹂
﹁聞いての通りだ。この魔導図書館の全てをそなたに任せる。何か
ら何までだ﹂
﹁新しい魔導書があったら買っていい?﹂
おじいさんに任されていたことを思い出して、それを聞いた。
244
﹁はっはっは。もちろんだ、どんどん収集するといい﹂
﹁わーい、ありがとう!﹂
子供モードでちょっと大げさだけど、これは純粋に嬉しい。
今あるだけじゃなくて、更に増えるのなら普通に嬉しい。
おれが喜ぶのをみて、国王は更に目を細めた。
やっぱり実家にいるおじいさんと感じが似てる。
﹁陛下﹂
ウーゴが真顔で国王に言った。
﹁どうした﹂
﹁魔導書に関する権限全てとなりますと、実行するために男爵以上
の位が必要となりますが﹂
﹁なら男爵にすればよい﹂
﹁御意﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
えええええ?
245
それって、それってもしかして!?
国王は、ますます目を細めておれに微笑み掛けたのだった。
246
魔導書に関する全て︵後書き︶
頑張って魔導書を読むと宣言したら館長どころか貴族になった、そ
んな話でした。
247
ノンストップ・ルシオ
ウーゴが図書館から出て行ったあと、国王がなにやらため息を吐
いた。
﹁どうしたの?﹂
国王って知って微妙につっかえたけど、何とか子供モードのまま
聞いた。
﹁そなたの事がふと羨ましくなったのだ。ルビーから聞いた話では、
魔導書を1000冊以上読み解いたというではないか﹂
﹁うん、読んだよ﹂
﹁余は一冊も読めておらん。これほどの魔導書を収集しておいてな﹂
﹁うーん、それは仕方ないと思うな。だって王様なんだから、王様
は忙しいから、魔導書なんて読んでる暇はないよ﹂
今のは本音だった、そして本音はもう一つあった。
この世界の魔導書はマンガだ、そしておれは元いた世界でマンガ
がどういうものなのかを覚えてる。
国王ともあろうものがマンガを読んでる暇なんてないのは仕方な
いことだ。
248
﹁⋮⋮本気で思っているのだな﹂
﹁うん、本当にそう思ってるよ﹂
﹁それでも読めればと思うのだ。余も、魔法を使うのがどういう事
なのかを一度は体験してみたいとおもう﹂
﹁そっか⋮⋮ちょっとまって﹂
国王をそこにおいて、おれは図書館の中をかけずり回った。
おれが読んだ1000冊の魔導書から、更にいくつかの心当たり
を抜き出して、それを図書館の中から探してきた。
そうして持ってきたのは三冊の魔導書を国王に差し出した。
﹁はい、これ﹂
﹁これはなんだ?﹂
国王が首をかしげて聞いてきた。
﹁こっちがね、ぼくのおじいさんが読んでた魔導書。一番読みやす
いって言ってたヤツだよ。で、こっちはあるおばあちゃんが唯一よ
めたっていう魔導書、ドラゴンになる魔法をおぼえるものだよ。こ
っちがいろんな人に聞いて、一番読める人が多かった魔導書﹂
﹁ほう?﹂
﹁これならどれかは王様にも読めるんじゃないかな﹂
249
﹁⋮⋮読めるのか﹂
﹁ごめんなさい、ぼくが読み方を教えられればいいんだけど⋮⋮﹂
ちょっとだけ申し訳なさを感じた。
今までいろんな人に読み方を教えたけど、誰一人に教えられてい
ない。
﹁だから、せめて読みやすいかもしれないって本を持ってきたの﹂
﹁そうか。よし﹂
国王は魔導書を受け取った。
﹁卿の推薦だ、じっくり読ませてもらう﹂
☆
国王と別れ、魔導図書館から宿に戻ってきた。
宿の中に入ると、何故かロビーにイサークがいた。
﹁ようやく帰ったかルシオ。どこをほっつき歩いてた﹂
﹁ちょっとな。それよりなんで兄さんがここにいるの?﹂
﹁せっかくだから挨拶にきたんだ﹂
250
﹁挨拶?﹂
﹁ああ、おれもこれからラ=リネアに住むことになった、一応それ
を知らせに来た﹂
﹁そうなんだ﹂
﹁屋敷もかった。そのうちお前を招待してやるよ﹂
いや別にいいよ。招待されても困る。
そもそもなんでイサークがラ=リネアに来たんだ?
それを聞こうとした時。
﹁ルシオ・マルティン様はおられるか﹂
ドアを開けて一人の男が入ってきた。
初めて見る顔の男だけど、ウーゴと似たような服を着てる。
国王の使いの者かな?
﹁ぼくがルシオだよ﹂
子供モードになって、男の前にたった。
﹁国王陛下のお言葉である、謹んで拝聴せよ﹂
﹁はい﹂
251
男は羊皮紙を取り出して、広げてそれを読みだした。
﹁ルシオ・マルティン。その方の古代魔法復活の功績をたたえ男爵
に任命する﹂
﹁ありがとうございます﹂
さっき図書館で言ったやつだな。
しかしこう来たか。古代魔法復活の功績、うん、筋は通る。
国王はとにかく男爵にしろって言ってたはずだから、側近だか大
臣だか、誰かがこの落とし所をつけたんだろう。
おれは羊皮紙を受け取った。
これ男爵になったのか︱︱と、思っていたその時。
﹁ルシオ・マルティン様はおられるか﹂
ドアを開けて別の男が入ってきた。
さっきの男と同じような服装だが別人だ。
⋮⋮どういう事だ?
﹁ぼくがルシオだけど?﹂
﹁国王陛下のお言葉である、謹んで拝聴せよ﹂
252
﹁はあ⋮⋮﹂
﹁ルシオ・マルティン。第一王女救出の功績をたたえ子爵に任命す
る﹂
﹁⋮⋮はあ﹂
﹁どうした、勅命を受けぬのか﹂
﹁いえ、えと⋮⋮ありがとうございます﹂
羊皮紙を受け取ると、男は満足げに出て行った。
まさか連続で来られるとは思わなかった。まあ、ルビーを助けた
のもそれなりの功績だしな。
﹁ルシオ・マルティン様はおられるか﹂
﹁またぁ?﹂
またまた違う男が入ってきた。
まったく同じ服装で、同じ流れで。
﹁ルシオ・マルティン。魔導書推挙の功績をたたえ伯爵に任命する﹂
⋮⋮⋮⋮。
マンガをすすめたから?
253
いやまさかそんな︱︱と思っていた。
﹁ルシオ・マルティン様はおられるか﹂
﹁うぇ?﹂
﹁ルシオ・マルティン。前人未踏の1000の魔法を覚えた功績を
たたえ、侯爵に任命する﹂
﹁えと、はい︱︱﹂
﹁ルシオ・マルティン様はおられるか﹂
﹁また!? どうなってるの?﹂
﹁ルシオ・マルティン。魔導書を本棚に戻した功績をたたえ、公爵
に任命する﹂
﹁そりゃ戻すよ! というかもうなんでもいいわけ?﹂
五人の使者が立て続けにやってきて、おれに五枚の羊皮紙を押し
つけていった。
怒濤の数分間、訳わからないうちに公爵になった。
えっと⋮⋮。
﹁ルシオ︱︱﹂
254
﹁今度は何!?﹂
パッと入り口を向いた。今度は違った。
なんとそこにいたのはアマンダだった。
実家の屋敷で働くメイド、融通は利かないけど、仕事はものすご
く出来る人だ。
﹁アマンダ? どうしてここに?﹂
﹁先代様のご命令で参りました﹂
アマンダはそう言って、おれの横をすり抜けて呆然となってイサ
ークの前にたった。
そういえばいたっけ、イサーク。
﹁イサーク様﹂
﹁︱︱はっ、な、なんだアマンダ﹂
﹁先代様のお言付けです﹂
アマンダは息を大きく吸い込んだ。
そして、表情と雰囲気が一変する。
﹁家の金を無駄遣いするとは何事じゃ! 今すぐ屋敷を手放して戻
ってこい︱︱でございます﹂
255
最後はいつものアマンダに戻って言った。
ていうか⋮⋮イサーク。勝手に金を使って勝手に屋敷を買ったの
か。何がしたいんだお前は。
間接的におじいさんに説教されたイサークは真っ青になった。か
と思えば顔を真っ赤にしておれを睨んだ。
﹁⋮⋮お﹂
﹁お?﹂
﹁覚えてろよーーーー﹂
と、懐かしい捨て台詞を残して、宿から飛び出していった。
おれはため息ついて、アマンダにいった。
﹁アマンダ、おじいさんに伝えて﹂
﹁何をでしょう﹂
﹁兄さんが買った屋敷、ぼくが買い取るからって。それと図書館に
入る許可をもらったから、いつでも遊びにきてって﹂
アマンダは一瞬驚いた、しかしすぐに頷いて感嘆するように言っ
た。
﹁さすがルシオ様でございます﹂
256
日替わり屋敷
﹁⋮⋮これが兄さんが買った屋敷なの?﹂
目の前の光景におれは絶句した。
おれの後ろでシルビアとナディア、マミも似たようなものだ。
﹁⋮⋮左様でございます﹂
ここまでおれたちアマンダも普段より声のトーンが低い。
あきらかに呆れてる、そんな声のトーンだ。
それもそのはず、おれ達の前にある屋敷は屋敷でも、もはや幽霊
屋敷と呼んだ方がいい代物だ。
屋根はぼろぼろ、窓もガラスが割れている。壁はところところ剥
がれてて、観音開きの正面玄関も扉が半分壊れている有様。
敷地内は至る所に草がぼうぼうと生えてる荒れ放題と、とても人
が住めそうな場所ではない。
﹁ルシオ様、わたし、中を見てきますね﹂
﹁あたしも一緒に行く﹂
﹁い、一緒に行ってやらなくもないわ﹂
257
三人が次々と屋敷の中に入っていった。
残されたおれは深いため息をついた。
﹁なんだってこんなのを買ったんだ?﹂
﹁とにかくすぐに屋敷がほしい、との事でしたので。それに⋮⋮﹂
﹁それに?﹂
﹁即決で購入なさったため、かなり割高で買ったとか。具体的には
相場の倍﹂
﹁倍って⋮⋮おいおい﹂
相変わらず想像の斜め上の事をやるヤツだな、イサークよ。
﹁しかもそれが、﹃新築﹄である事を前提にした相場でございます﹂
⋮⋮更に斜め上にいったよあいつ。
それってヘタしたらこの屋敷の現在の価値の十倍近くの値段を出
してないか。
本当に何がしたかったんだよあいつ。
﹁と言う事ですのでルシオ様、僭越ながら、これをルシオ様が無理
に引き取らない方がよろしいかと﹂
258
アマンダがそういった。顔はちょっと心配そうだ。
﹁いや、大丈夫だ﹂
﹁ですが﹂
﹁げほ、げほげほ﹂
シルビアが咳き込みながら屋敷から出てきた。
﹁どうした。大丈夫かシルビア﹂
かけよって、背中をさすってやる。
シルビアは涙が出るくらい盛大に咳き込んで、くしゃみもした。
よく見れば目もなんだか腫れている。
﹁ご、ごめんなさいルシオ様。屋敷の中のほこりがすごくて﹂
﹁それでか﹂
納得した、外から見てもこんな有様だし、中はもっとすごいんだ
ろうな。
﹁ところでナディアは?﹂
﹁ナ、ナディアちゃんはもうちょっと見て回るって。変な気配がし
てワクワクするって言ってました﹂
259
﹁なんで住むための屋敷でそんな探検っぽい台詞が出てくるんだ?﹂
咳を続けるシルビアの背中を更にさすってやると、横に気配を感
じた。
顔を上げるとマミがそこにいた。猫耳の少女はなんと口にネズミ
をくわえていた。
⋮⋮ネコだなあ。
﹁それは?﹂
﹁獲った﹂
﹁獲ったのか﹂
﹁まだあるから、もっと獲ってくる﹂
ネズミを地面において、また屋敷の中に飛び込むマミ。
わかりにくいけど、彼女もナディアと同じでワクワク組か。
げんなり組はおれとシルビアとアマンダの三人だ。
敗走してきたシルビア、探検を続けるナディア、狩りに戻ってい
くマミ。
﹁⋮⋮すごい屋敷だな、おい﹂
﹁無理に引き取らない方がよろしいかと﹂
260
アマンダが同じ言葉をリピートした。
ちょっとだけむっとしてるのは多分イサークに対しての怒りだろ
うな。
普通に考えたらアマンダの言うとおりにした方がいいけど、ここ
で投げ出すのはなんだかなあと思った。
﹁いいよ、おれが引き取る﹂
﹁ですが、これでは住むのも⋮⋮﹂
﹁何とかする﹂
おれは敷地に踏み込んで、魔法を脳内検索する。
ざっと思いつく限りで、使えそうな魔法は二つある。
片方は正統派なヤツで、片方はちょっと変則的なものだ。
どっちにしようかと考えて︱︱後者にした。
﹁ナディア、マミ、出てこい﹂
大声を出して、ナディアとマミを屋敷の外に呼び出した。
おれが魔法を使うとみた二人は何も聞かずに出てきた。
ナディアワクワクした顔でシルビアの横に立って、おれを見つめ
261
た。
おれは手をかざして、魔法を唱える。
﹁デイリーマンション﹂
魔法の光が光の泡になって屋敷を包み込む。
しばらくして、飲まれた屋敷の外見が変わった。
大分形はかわったが、その分新しく︱︱普通に住める屋敷になっ
た。
﹁おお、すっごいかわったね﹂
ナディアがキラキラ目で屋敷に駆け込んでいく、マミも同じよう
に屋敷の中に入っていく。
しばらくして二人とも戻ってきた。
﹁普通すぎてつまんない⋮⋮﹂
﹁獲物いなかった⋮⋮﹂
と、どっちもしょんぼりしていた。
﹁それでいいんだよ。普通に住むところなんだから﹂
﹁あの⋮⋮ルシオ様、これってどういう魔法なのですか?﹂
262
﹁そのうちわかる﹂
シルビアににやっと笑いかけた。
アマンダに振り向いて、言った。
﹁見ての通りだから。問題はない﹂
﹁はい﹂
アマンダは恭しく一礼して、感心しきった表情で言った。
﹁難題を一瞬で解決なさるとは、さすがルシオ様でございます﹂
☆
﹁ルシオ様!﹂
翌朝、シルビアの慌てた声で起こされた。
ベッドから体を起こして、目をこする。
やけにまわりが明るい気がした。
﹁ふああ、おはようシルビア﹂
﹁おはようございます︱︱じゃなくてルシオ様! 大変です﹂
﹁どうした﹂
263
﹁屋敷が透明になってます!﹂
﹁うん?﹂
目を開けてまわりを見た。
外が見えた。
正しく言えば、屋敷の壁とか床とかが全部ガラス張りのような透
明なものに変わって、寝室にいるのに何枚かの透明の壁越しに外が
見えた。
形は屋敷なのに、全部がすけすけのスケルトンハウスそのものに
なった。
﹁なるほど、二日目はこうか﹂
﹁こうかって⋮⋮どういう事なんですかルシオ様﹂
﹁デイリーマンション。建物にかけると、その建物が毎朝違う建物
に変わっていく魔法だ。まっ、日替わり定食か日めくりカレンダー
みたいなものだ﹂
﹁えええええ、そ、そんなのもあるんですか﹂
﹁ああ﹂
﹁そうなんですか⋮⋮じゃあ明日もまた違う屋敷になるんですか?﹂
﹁そうなるな﹂
264
﹁はあ⋮⋮﹂
シルビアは複雑そうな顔をした。
一方で、ナディアは楽しそうだった。
伸びをして天井を仰いだ途端、上の階にいる彼女と目が合った。
こっちをじっと見つめて笑顔で手を振ってくるナディア。
こっちはスケルトンなのを楽しんでいるようだ。
☆
﹁ルシオくんルシオくん﹂
次の朝はナディアに起こされた。
﹁ふあーあ。おはようナディア。今日はお前か﹂
﹁ルシオくん、この魔法ダメ﹂
﹁へっ? ︱︱ってうわ﹂
どうしたんだろうと思って横を向くと⋮⋮ベッドから転がり落ち
た。
ぶつけた肩をさすって体をおこす。
265
寝ていたベッドはものすごく狭いベッドだった。
もはや平均台のようなベッド、転ぶのは当たり前︱︱むしろよく
今まで寝れたもんだ。
よく見たら部屋も、寝室のはずなのに倉庫みたいな感じであれこ
れ器具が詰め込まれている。
それらは微妙に家具にカスタマイズされてて、よくよく見れば面
白く感じる。
﹁ねっ、ダメでしょ﹂
それが一番好きそうなナディアだったが、否定した。
﹁うん、なんでだ?﹂
﹁このベッドだよ。これじゃルシオくんと一緒に寝れないじゃん。
毎日変わるのは面白いっておもったけど、ベッドまで変わるのはや
だ﹂
﹁ふむ﹂
ナディアの言う事は考えた。
確かにその通りだ。
面白い家は楽しめるけど、ベッドの部屋を変えたくないのは確か。
広い部屋にキングサイズよりも大きいベッドを置いて、嫁達と一
266
緒に寝るのが好きだ。
うん、この日替わり屋敷はダメだな。
﹁わかった、何とかする﹂
全員を屋敷の外に出して、魔法をかけた。
二つある魔法の内のもう一つ。
﹁リグレッショングローリー﹂
魔法の光が屋敷を包み込み、徐々に形を変えていく。
﹁ルシオくん、今度のはどういう魔法?﹂
﹁魔法をかけたものが持ってる、一番いい状態に戻す魔法だ﹂
﹁一番いい状態?﹂
﹁そう、まあ見てな﹂
屋敷が変わった。
昨日のスケルトンハウスに変わって、一昨日の普通の屋敷に変わ
る。
三日前の幽霊屋敷に変わった後は、まるで動画を逆再生するかの
よう光景になった。
267
寂れていくのと逆の光景、少しずつなおっていく光景。
﹁こんな風にすこしずつ昔の状態、一番良かった時の状態に戻す魔
法だ﹂
﹁戻すだけ?﹂
﹁そうだ﹂
﹁うん! それならちゃんと暮らせるね﹂
﹁よかった⋮⋮﹂
シルビアもほっとした。
ナディアと違って、日替わりの家で彼女は一度も楽しめなかった
から余計にほっとした感じだ。
魔法が加速する、早送りが続くと速さが上がるあの現象だ。
やがて早すぎて目で捕らえられなくなった。
﹁わくわくするね﹂
﹁うん﹂
二人の嫁がそう言った。
やがて再生が止まる。
268
﹁うわあ、なにこれすごい﹂
﹁えっと⋮⋮これが一番良かった時? ⋮⋮そうかもしれない﹂
それぞれの反応をする二人の嫁、おれもちょっと微妙な顔をした。
屋敷の形はほとんど変わっていなかった。外見は幽霊屋敷の時と
ほぼ一緒だ。
しかし屋根が、壁が、装飾のそこかしこが。
なんと、黄金色に輝いていたのだ。
黄金屋敷として作られたんだろうな、最初は。
﹁なんーだ、つまんない﹂
﹁ルシオ様、中は普通ですよ﹂
先に中に入った二人の嫁が言ってきた。どうやら金ぴかなのは外
だけみたいだ。
﹁なら、いっか﹂
とりあえず住んでみよう、ダメならまた別の魔法でなんとかすれ
ば良いとおもった。
あれこれ考えたら、また色々思いついたし⋮⋮魔導図書館でなに
か覚えるかもしれないからだ。
269
こうして、おれは王都での屋敷を手に入れた。
のちにここが黄金屋敷と呼ばれる観光スポットになる事を、今の
おれはまだ知らなかった。
270
自慢の嫁
パーティーに来ていた。
宮殿の中で開かれる、夜のパーティー。
主催者は国王、そのため参加者はほぼ全員貴族かお金持ちかっぽ
い、セレブっぽい外見だ。
もちろん会場もものすごくきらびやかだ。
﹁わわ⋮⋮﹂
おれの横でシルビアが気後れしている。
ドレスアップの魔法でドレスを着せて一緒に連れてきたけど、パ
ーティーの規模にあたふたしてる。
﹁る、ルシオ様﹂
﹁うん?﹂
﹁わたしなんか場違いのような気がします﹂
﹁そんな事ないだろ﹂
﹁でも、まわりはみんなすごく大人で、みんな紳士と淑女です。わ
たしのような子供はいません﹂
271
﹁それを言ったらおれのようなガキも他にいないさ。まあそんな事
を気にするな。シルビアはおれの嫁、だから堂々としてればいいん
だ﹂
﹁はい、わかりました﹂
頷くシルビア、でもがっちがっちにかたち。
ちゃんとしないとって緊張してるのがありありと見える。
﹁あっ、ルシオ様のお飲み物とってきますね!﹂
そういって、パタパタと走って行った。
いやそういうのは会場の人間に任せればいいんだが。
まあ、緊張させっぱなしより、何かする事あった方がシルビアも
気が紛れるだろう。
それを遠くから見てると、シルビアに一人の男が絡んでるのが見
えた。
イサークと同じような16・7の少年で、着てる服はおれが遠目
から見てもわかる位高価そうなものだ。
おれは近づいていき、後ろから声をかけた。
﹁ねえねえ、ぼくの妻がどうかしたー?﹂
272
子供モードで話しかけた。
﹁ルシオ様!﹂
﹁ルシオ様ぁ?﹂
シルビアがおれのところに駆け寄ってきて、男が値踏みするよう
な目でおれを見た。
﹁どうかしたの?﹂
﹁えっと⋮⋮その﹂
﹁なんでおまえのような子供がここにいるんだ? ここがどんなと
ころか、今日のパーティーがどんなものかわかってるのか?﹂
﹁ごめんなさい、わからないの﹂
ぶっちゃけこれは本音だ。
何かあるのか? 国王からの招待をうけたから来たんだけど、な
んか違う真の目的とかあるのか。
﹁だろうな。おまえたちのような子供にはわからない事だ。子供は
さっさと帰って、おままごとでもしてな﹂
少年はそういって、大股で去っていった。
離れた所にいる同じ位の年齢のお嬢様に声をかけて、楽しそうに
話す。
273
﹁もどろうか﹂
﹁はい﹂
シルビアを連れて、元の場所に戻った。
﹁ごめんなさいルシオ様﹂
﹁うん?﹂
﹁わたしが子供だから、ルシオ様にご迷惑かけてますよね﹂
﹁別に迷惑なんかかかってないぞ﹂
﹁うん⋮⋮でも⋮⋮﹂
シルビアは大人達を見た。
視線を追うと、すごく大人びた美女をじっと見つめているのがわ
かった。
﹁早く大人になりたい⋮⋮﹂
﹁なってみるか?﹂
﹁え?﹂
シルビアは驚き、おれをまじまじと見つめた。
274
﹁なってみるかって、どういう事ですかルシオ様﹂
﹁あんな風な大人の美女になってみるか、って意味だ。おれの魔法
で﹂
﹁あっ⋮⋮ルシオ様の魔法﹂
一瞬目を輝かせたシルビアだけど、すぐにしゅんとなった。
﹁いいです、わたしが大人になっても、あんな美女になれませんし﹂
﹁うん? いやそんな事はないだろ。シルビアが大人になったらあ
の人より美人になるぞ。毎日シルビアを見てるおれが保証する﹂
﹁でも⋮⋮﹂
﹁百聞は一見にしかず﹂
シルビアの言葉をとめて、手をかざして魔法を使った。
近くにいる何人かがざわめく。おれがいきなり魔法を使い出した
からだ。
それを無視して、シルビアに魔法をかけた。
﹁グロースフェイク﹂
魔法の光がシルビアを包み込んだ直後、体が成長した。
9歳のシルビアの体が一瞬で成長した。
275
おれが指定した16歳の姿に成長した。
シルビアは自分の姿を見て、驚いた顔でおれを見下ろした。
﹁こ、これって?﹂
﹁成長したあとの姿に変身する魔法だ。16歳くらいに設定した。
つまり今の見た目が、シルビアが本当に16歳になったときの見た
目そのものだ﹂
﹁すごい⋮⋮こんな魔法もあるですね⋮⋮﹂
感嘆するシルビア。おれはそんな彼女をじっと見つめた。
﹁うん、綺麗だ﹂
﹁え?﹂
﹁思った通り綺麗だぞシルビア。そうだな、この場にいる誰よりも
綺麗だ﹂
﹁そそそそんな事ないです﹂
赤面して手をふるシルビア。が、おれのそれは素直な感想だ。
今のシルビアは綺麗だ。間違いなく、今日この場にいるどの女よ
りも綺麗。
もとが美少女だけど、ドレスアップされて美女になったのはある
276
が、それを抜きにしても一番綺麗だと本気で思ってる。
﹁あるさ。おれは幸せ者だ、シルビアと結婚出来たんだから﹂
﹁うぅ⋮⋮る、ルシオ様ぁ⋮⋮﹂
盛大に赤面して、困り果てた顔のシルビア。
でも、まんざらでもなさそうだ。
﹁ほら、もう照れるのはやめて。ぼくの妻としてもっと綺麗な表情
をして﹂
﹁もっと、ですか?﹂
﹁そうだ、ぼくが自慢できるくらいもっと綺麗に﹂
﹁が、がんばります!﹂
シルビアはそういって、深呼吸して、表情をつくった。
今のは魔法の言葉だ、違う意味での魔法の言葉だ。
おれのために、っていう言葉はシルビアによくきく。
さっきまでの赤面が引っ込んで、落ち着いた表情になった。
ますます綺麗に見えるシルビア。彼女じゃないけど、こうなると
おれの方が釣り合わないように思えてくる。
277
自分にも魔法をかけて、せめて見た目は同年齢にしようか、と思
ったその時。
﹁麗しい人よ﹂
聞き覚えのある声がシルビアに話しかけた。
さっきの少年だ。向こうからやってきた彼はなにやらきざっぽい
セリフでシルビアに声をかけた。
﹁わたし、ですか?﹂
﹁他に誰がいますか。今日は素晴しい日だ、あなたのような美しい
人と巡り会えるなんて﹂
﹁えっと⋮⋮﹂
シルビアが困っている。
﹁わたしの名はディエゴ。よろしければあなたの名前を教えていた
だけませんか﹂
少年︱︱ディエゴが貴族っぽい仕草で一礼して、シルビアを見つ
めた。
ますます困り果てるシルビアはおれを見た。
さっきと違う意味で困ってるのがわかった。おれの目から見ても
まるっきりナンパだ、困って当然である。
278
﹁ねえねえ、ぼくの妻がどうかしたー?﹂
﹁むっ、なんだまたお前か﹂
ディエゴは冷ややかな目でおれを見る。
﹁場違いだから帰れって言ったはずだとボウズ﹂
﹁ごめんなさい﹂
﹁というか今なんて言った、妻?﹂
﹁うん、妻。おいで﹂
シルビアに手招きをする、シルビアは笑顔を浮かべて、おれの横
にやってきた。
身長差があるから腕を組めないけど、代わりに手をつないだ。
﹁ぼくの妻だよ。ねっ、シルビア﹂
﹁はい、ルシオ様﹂
﹁綺麗だよ、シルビア﹂
﹁わたしが綺麗なのはルシオ様のおかげです﹂
シルビアがそういって、従順な妻そのものの顔でおれを見つめた。
まわりからクスクス笑い声が聞こえる。
279
ナンパを失敗したディエゴを笑っている。
ディエゴはぷるぷる震えだして、顔を真っ赤にさせた。
さっきとは違って、妙齢のシルビアに実質ふられたのはいたたま
れないものがあるんだろう。
﹁だ、だからなんなんだお前は、なんでお前の様な子供がいる!﹂
逆ギレのような感じで聞いてきた。
﹁余が招いたからだが﹂
﹁なに︱︱陛下!﹂
国王がいつの間にかやってきて、ディエゴがそれをみて慌てて頭
を下げた。
﹁申し訳ございません陛下、陛下の客人とは知らず﹂
﹁客人でもないのだがな﹂
﹁え?﹂
戸惑うディエゴ、国王はおれに話しかけてきた。
﹁よく来てくれた千呪公よ﹂
﹁千呪公? なにそれー?﹂
280
﹁千の魔法を操る公爵、千呪公。そなたの爵号だ、余が考えた。気
に入らないのならまた考えるが﹂
﹁ううん? かっこいいからそれでいいよ。ありがとうね陛下﹂
﹁うむ。話を聞いていたけど、この娘がそなたの妻だというのはま
ことか?﹂
﹁うん、ちょっと魔法をかけてるけど、本当はこういう姿なんだ﹂
そういってシルビアの魔法を解いた。
元の9歳の姿に戻ったシルビアはほっとして、おれに腕を組んで
きた。
﹁はっはっは、なるほど、これはお似合いだ﹂
﹁ありがとう﹂
﹁お似合いだけではないな。これほど可愛らしい公爵夫人は我が国
の宝だ﹂
﹁そんな⋮⋮ありがとうございます﹂
恥じらうシルビア。
﹁ちなみに今の魔法はなんじゃ?﹂
﹁成長した姿に変装する魔法だよ。こんなかんじで﹂
281
もう一度グロースフェイクを使った。今度はおれとシルビアの両
方にかけた。
見た目十六歳のカップルになった。
﹁お似合いの美男美女だな﹂
﹁それに今の魔法、あれはほとんど使い手のいない高等魔法だぞ﹂
﹁千呪公の名は伊達ではないということか﹂
まわりから称賛の声があがる。おれはいいけど、シルビアがまた
恥ずかしいモードにはいった。
そんな風にシルビアと一緒に、国王と世間話をした。
大恥をかいたディエゴはひっそりと、しっぽを巻いて逃げ出した
のだった。
282
夢の中へ
春眠暁を覚えず。
この日も朝からずっと、シルビアとナディアと三人で、ベッドの
上でごろごろした。
魔法を使わなくてもベッドの上は温かくて快適で、すごく快適に
ごろごろできた。
﹁あっ⋮⋮﹂
﹁うん?﹂
横でシルビアが声をだしたから、彼女の方を向く。
目が半開きで、目覚めたばかりみたいだ。
﹁夢⋮⋮なの?﹂
なんだ夢を見てたのか。
シルビアはしばらくきょろきょろしてから、また目を閉じてその
まま寝た。
寝顔は気持ちよさそうだ。それを見てるだけでおれは幸せな気持
ちになった。
283
﹁シルヴィ、なんの夢を見てたんだろ﹂
﹁うん?﹂
ナディアの方を見た。ナディアの方はごろごろしてるけど完全に
起きてる。
﹁なんの夢なんだろうな﹂
﹁えへへ⋮⋮ルシオ様ぁ⋮⋮﹂
シルビアが寝言を言った。
﹁ルシオくんの夢を見てるらしいね﹂
﹁そうみたいだな﹂
﹁どんな夢なんだろ⋮⋮二度寝する位だから、いい夢だよね﹂
﹁そうだな﹂
その気持ちはわかる。
いい夢を見て、もう一回見たくて二度寝して、それでもっといい
夢を見る。
それはおれにも経験がある事だ。
﹁どんな夢なのか、あとでシルヴィに聞いてみよっと﹂
284
﹁⋮⋮なんだったら今のぞいてみるか?﹂
ナディアに提案した。
﹁のぞくって、どうやって?﹂
﹁魔法﹂
﹁できるの!?﹂
驚くナディア、ベッドの上からパッと起き上がった。
顔がワクワクしてる、やれるのなら是非やりたい、そんな顔だ。
おれも体を起こす。丁度そう言う魔法を魔導図書館で覚えてきた
ばかりだ。
﹁やるか?﹂
﹁うん!﹂
﹁ならおれの手を掴んでて﹂
﹁こう?﹂
﹁それでいい、いくぞ︱︱﹃ドリームキャッチャー﹄﹂
呪文を唱えて、魔法の光が二人を包み込む。
目の前が真っ白になった、全身を浮遊感が包んだ。
285
しばらくして、ぼんやりとした背景のないところにやってきた。
﹁ここは︱︱あっ、この感じ、夢だ﹂
ナディアはすぐに理解した。ふわふわとしてて、焦点があってな
くて背景とかがないこの感じ。
夢の中、明晰夢を見た時の感じそっくりだ。
﹁ここがシルヴィの夢の中?﹂
﹁ああ、そう言う魔法だ﹂
﹁すっごーい。ルシオくんすっごーい﹂
﹁さて、シルビアはどこかな﹂
ナディアにおだてられながら、シルビアの姿を探す。
ふわふわとした夢の世界の中、それはすぐに見つかった。
﹁あれ、シルヴィ?﹂
﹁ああ﹂
ナディアがわからないのも無理はなかった。
なぜならそこにいたのは大人版のシルビア。先日のパーティーで
おれが魔法をかけて大人の姿にしたのとまったく同じシルビアだ。
286
彼女の横に一人の男がいる。
⋮⋮メチャクチャキラキラしてて、イケメンの男だ。
﹁じゃああっちはだれ?﹂
﹁⋮⋮誰だろうな﹂
おれはすっとぼけた、あまり言いたくなかった。
ナディアはしばらくじっとみつめて、ポン、と手を叩いた。
﹁わかった、あれルシオくんだ!﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁そうでしょ﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
おれは苦い顔をして頷いた。
そう、そこにいるのはおれだ。シルビアと同じように大人になっ
たおれだ。
しかしそれはメチャクチャイケメンだった。おれが魔法をかけて
大人にした自分よりも遙かにイケメンだ。
かなり美化されていて、あれがおれだ、っていうのが恥ずかしい
287
くらい美化されてる。
そんな夢の中のおれとシルビアが向き合っていた。
﹁ルシオ様、あなたはどうしてルシオ様なの?﹂
おいおい。
﹁キミと出会うためさ﹂
うげえ⋮⋮。
背中に悪寒が走った。夢ルシオの台詞で全身に鳥肌が立ってしま
った。
こんな夢を見てるのかシルビアは。
﹁ああ⋮⋮ルシオ様かっこいい﹂
いやいや⋮⋮。
﹁甘い、甘すぎる!﹂
ナディアが大声をだして、大人の二人の間に割って入った。
﹁な、ナディアちゃん?﹂
﹁甘すぎるよシルヴィ。ルシオ様はこんなんじゃない﹂
どうやらシルビアの夢を︱︱ある意味妄想を止めに入ったみたい
288
だ。
軌道修正してくれるみたいだから、様子を見る事にした。
﹁じゃあ、どうなの?﹂
﹁うーん﹂
目を閉じて、額に人差し指をあてて考えるナディア。
﹁こんな感じ!﹂
ぱっと目をあけて言った後、夢のおれ︱︱夢ルシオが姿を変えた。
それは一言で言えば⋮⋮覇王だった。
精悍な顔つき、王冠つけてマントをなびかせ、自信に満ちた顔で
遠くを見つめている。
その視線はやがて二人に注がれ。
﹁シルビア、ナディア。取りに行くぞ︱︱世界を﹂
﹁はい! ルシオ様﹂
﹁ああんもうどうにでもしてルシオくん!﹂
うっとりしきった目のシルビア、自分を抱きしめるポーズで体を
くねくねさせるナディア。
289
覇王ルシオのことを、二人とも気に入ったみたいだ。
﹁でも、これもちょっと違うかな﹂
﹁じゃあシルヴィが本当のルシオくんを見せてよ﹂
﹁うん、ちょっとまってて﹂
今度はシルビアが考える番になった。
しばらく考えた後、同じように夢のおれが姿を変える。
覇王ルシオと大分同じだった。
違うのは服装の色が白メインになってて、マントはあるけど、王
冠はなく代わりに頭の上に輪っかが浮かんでいる。
おい⋮⋮それってまさか。
﹁われはこの世の全てのすべし神なり﹂
やっぱり神かよ! つうか、やけに俗っぽい神だなおい!
﹁すごい⋮⋮やっぱりルシオ様だわ﹂
﹁うん、ルシオくんじゃん⋮⋮﹂
﹁えええええ?﹂
思わず声に出てしまった。あんなんでいいのか?
290
ぶっちゃけこの神より、最初のイケメンの方がよっぽど普通にい
いと思うぞおれは。あれはあれでちょっとアレだけど!
﹁ねえシルヴィ、このルシオ様だと偉いのはぎりぎりで届くけど、
かっこよさが足りないってきがするの﹂
﹁そっか⋮⋮でも難しいよ、だってルシオ様はすごくてかっこいい
んだから、わたしの想像力じゃ追いつかないよ﹂
⋮⋮。
﹁それ賛成。そうだ、二人で一緒に考えてみようよ。あたし達二人
なら一番素敵なルシオくんを作り出せるよ﹂
﹁うん! そうだね﹂
⋮⋮。
盛り上がるシルビアとナディア。
おれは二人を置いて、夢から出た。
ベッドに戻ってきたおれは、顔が火を噴きそうな位恥ずかしかっ
た。
覇王とか、神とか、しかもそれでもまだ足りないとか。
⋮⋮なんか美化されすぎて、ちょっと恥ずかしい。
﹁ルシオ様⋮⋮素敵﹂
291
﹁ルシオくん⋮⋮素敵﹂
いつの間にかお手々をつないで寝ている二人の嫁。
顔はにやけてて、いかにも幸せそうだ。
本気でおれのことをそんな風に思ってるみたいで、おれはますま
す、恥ずかしくなったのだった。
292
読み放題と食べ放題
この日は朝から魔導図書館にいた。
マンガ
国王が作ってくれた読書スペース、ゆったりくつろいでられるソ
ファーに寝っ転がって魔導書を読みふけった。
今日、異世界に転生してきて初めての経験をした。
続刊があったのだ!
マンガとして読めば、今までのは全部一巻完結のものだった。
読めばそれだけで魔法を覚えられるから、特に気にしてこなかっ
たけど、ちゃんと続刊ものもあった。
今読んでるのはバトルものだ。
四人の仲間が武闘大会に出場して、熱いバトルを繰り広げてどん
どん勝ち進んでいくものだ。
リングの外の人間ドラマも面白くで、ついつい読んでしまう。
そして今、三巻を読み終えた。
﹁終わりましたかぁ?﹂
﹁ああ﹂
293
﹁じゃあ、次の持ってきますねぇ﹂
一緒に図書館に来た、おれが読んでる間はずっとそばで忠犬のよ
うにじっと座っていた犬耳の少女、ココ。
彼女はおれから魔導書を受け取って、元の本棚に戻していった。
さっきからこうしていた、読んだ本を戻して、新しい本を持って
くる。
すごく楽ちんだ。
﹁こんなに楽して魔法をおぼえていいのかなあ﹂
そんなつぶやきが口に出てしまうほど楽ちんだった。
読めば魔法を覚えるのは今までと一緒だけど、それから更に自分
で取りにいったり戻したりする手間がなくなった。
ぶっちゃけ⋮⋮元いた世界だと、寝床のまわりにマンガが散乱し
てたんだよなあ。
寝る前に読んでたのがそのままで、次の日も戻さないで新しいの
持ってくるからどんどん散らかっていくんだよな。
それを考えるとちょっとココにお礼を言いたくなった。
﹁はい、どうぞぉ﹂
きっちり四巻を持って戻ってきたココ。
294
異世界の人間はないよう読めないけど、表紙は読めるんだよなあ。
まあそれはともかく、おれは魔導書を受け取って、お礼を言った。
﹁ありがとう﹂
﹁どういたしましてぇ﹂
﹁お礼をしてやる。おまえ、骨はすきか?﹂
﹁ほね、ですか?﹂
﹁ああ骨だ﹂
﹁大好きですけどぉ⋮⋮﹂
それがどうしたんだ、って言う顔をする。
思った通りだ。
ココは水をかぶると、もう一つの人格・体であるマミに変身する。
イサークとかネズミとか
マミは猫耳の美少女で、獲物をとって見せびらかしに来るなど、
ネコそのままの性質を持ってる。
だからココも犬っぽいのかなと思って聞いた。
まあ、ずっとおれのそばにじっといて、本を取り替えてくるとこ
ろで既に忠犬そのものだけど。
295
﹁ちょっとまってな﹂
魔法を頭のなかで探して、やり方をシミュレート擦る。
一つは古いもの、もう一つはせっかくだから今覚えてるこの続刊
ものの魔法でいいか。
﹁サーモンズスケルトン﹂
﹁わわ!﹂
驚き、おれの後ろに隠れるココ。
魔法が魔法陣をつくって、そこからガイコツが出てきた。
そのガイコツに向かって次の魔法を放つ。
﹁ソウルアロー﹂
魔法の矢がガイコツを貫き、バラバラにした。
ソウルアロー、今読んでるこのマンガで覚えた攻撃魔法だ。
ちなみに一巻読破したところで2本、二巻読んだときに3本、三
巻を読み終えた今の時点で5本が同時に出た。
なんか法則がありそう。次の巻を読んだらまだ試そう。
それよりも今は骨だ。
296
ココに向かって、言った。
﹁ほら、骨だぞ﹂
﹁いいんですかぁ?﹂
﹁ああ、たんと食えー﹂
﹁ありがとうございますぅ﹂
ココは大喜びで骨に飛びついた。
人型だった、バラバラになった骨を一本ずつかじっていった。
一生懸命かじる姿が愛らしくて、口からのぞく犬歯が可愛かった。
それをちょっと眺めてから、おれは四巻を開いた。
相変わらずのんびりまったりしてマンガを読む。
ガジガジガジ、ペラ。
ガジガジガジ、ペラ。
二人が作り出す音がいい感じにリズムを作った。
﹁読めた﹂
﹁ちょっと待ってください﹂
297
魔導書を受け取って、走って行って、五巻を持ってきた。
その間おれはソウルアローを試した。今度は7本でた。
この法則︱︱知ってるぞ。
次は7本で、その次が11本、そして13本︱︱の順かもしれな
い。
まあ読んでいけばわかる事だ。
﹁お待たせしました﹂
﹁ありがとう﹂
魔導書を受け取って、頭を撫でてやった。
まだ骨が残ってるから、召還はやめておいた。
そうして、魔導書をひたすら読み続けた。
一日中ココと図書館にこもった結果、全20巻のシリーズを読破
して、同時に71本の矢を撃てるようになった。
ココは骨の食べ放題でお腹がパンパンになった。
298
アニメ化
この日、朝から国王は図書館に来て、くつろぎスペースで魔導書
を読んでいた。
服装はいつぞやの清掃員の格好、あの質素な服だ。
おれが30分一冊のペースで読んでいる横で、国王はずっと同じ
魔導書を、おれが前にすすめた魔導書を読んでいた。
﹁ふむ﹂
﹁どうしたの? 読んじゃった?﹂
顔をあげて、子供モードで聞く。
﹁いや、まったく読めん。なんなのじゃこれは、こんなに難しく描
くなんて、魔導書をかいたものは他の人間に読ませる気がないとし
か思えん!﹂
国王は怒り出した、かなりご立腹のようだ。
難しいって、全然難しくないんだよなあ。横から国王が持ってる
それをのぞき込むけど、やっぱり普通のマンガにしか見えない。
﹁これを誰かわかりやすくしてくれんかのう﹂
愚痴る国王。
299
いや、マンガ以上にわかりやすくするのは無理だろ、それこそア
ニメとかにしないと︱︱。
﹁アニメ?﹂
﹁どうしたルシオ﹂
不思議そうな顔をする国王。
一方でおれは自分のつぶやきを考え込んだ。
この世界の魔導書はマンガだ、そしてマンガと言えばアニメ。
おれの中ではアニメはマンガよりわかりやすいし、見るのが楽だ。
もしかして、アニメならいけるんじゃ? って思った。
となると必要な魔法は⋮⋮。
おれはしばらく考え込んだ。
そろそろ2000くらいに届く魔法の中から使えそうなものを探
した。
ふたつの魔法の組み合わせと⋮⋮協力者でなんとかなりそうだ。
﹁王様、ちょっとこれ借りるね﹂
と言って、国王が持ってるマンガを手に取った。
300
﹁何をするのじゃ?﹂
﹁いいから、ちょっと待っててね﹂
﹁うむ? なんだか知らんが待ってるぞ﹂
国王を置いて、魔導書を持ったまま外に出た。
移動しながら、魔導書を読む。
一度読んだ事のある内容だから、すぐに頭に入った。
それを反芻する、最初から最後まで通しで思い浮かべる。
パタンと本を閉じて、一つ目の魔法を唱える。
﹁クリエイトデリュージョン﹂
妄想の内容を現実の世界に映し出す魔法だ。
魔法は成功した。
おれがマンガをよんで、頭の中で再構築したものが立体映像にな
って出た。
さっきのマンガの内容そのままだ。
歩きながらやったから、それを見た通行人がぎょっとした︱︱け
ど無視する。
301
歩いてるうちに屋敷に戻ってきた。
﹁ただいま! シルビア、ナディア、いる?﹂
玄関で二人を呼んだ、すぐに足音がして、二人がバタバタ走って
きた。
﹁お帰りなさいルシオ様﹂
﹁はやかったじゃん。今日は遅くなるって言ってなかったっけ﹂
﹁それより頼みたい事があるんだ﹂
﹁あたしたちに?﹂
﹁そう︱︱クリエイトでリュージョン﹂
もう一度魔法を唱えてさっきの映像を出力する。
﹁わわ、これはなんですかルシオ様﹂
﹁動いてる、人形劇の魔法?﹂
﹁似たようなもんだ︱︱これに合わせておれが言う台詞を言ってほ
しい﹂
そういって、二人に耳打ちする。
キャラクターの台詞を教えた。
302
﹁台詞、ちゃんと覚えた﹂
﹁うん、なんとか﹂
﹁これくらい余裕余裕﹂
﹁よし、じゃあ行くぞ。クリエイトでリュージョン︱︱レコーディ
ング﹂
二つの魔法を連続で唱えた。
☆
図書館に戻ってくると、国王がのんびりお茶をすすってるのが見
えた。
﹁またせてごめんね、王様﹂
﹁よい、それよりも何をしにいったのじゃ?﹂
﹁うん、これを﹂
おれが差し出したのは一つの宝石。
﹁これは?﹂
﹁これを持って念じてみてよ﹂
﹁こうかな?﹂
303
国王は言われた通り、宝石を持って念じてみた。
宝石が光り出した。光が一方向にすすみ、壁に映像を映し出した。
プロジェクターのような感じだ。
﹁これはなんじゃ? 可愛い娘が二人で戦っているみたいじゃが﹂
﹁あっ、わかるんだ﹂
﹁むろんじゃ。むっ? この声は︱︱ルシオの妻の声じゃな﹂
﹁うん、二人に声を当ててもらった﹂
﹁で、これは一体何じゃ?﹂
﹁あのね、これの内容﹂
そういって、さっきの魔導書を国王に返した。
﹁おお、わしが読んでいた魔導書﹂
﹁その内容がこれなんだ。王様、わかりやすくしてほしいっていっ
たから﹂
﹁おお、それでこんな風に翻訳してくれたのか﹂
翻訳って言うか、アニメ化だけど。
304
﹁どう?﹂
﹁うむ、わかる、わかるぞ。むっ、この娘たち、親友同士なのか?﹂
﹁うん、親友だけど敵味方に分かれて戦う話だよ﹂
﹁それはむごい。なんとかやめさせられないものか﹂
﹁そう言う話だからね﹂
﹁むむ、こっちの黄色い髪の子がやられたのじゃ。あっちは何故親
友に全力をだしたのじゃ﹂
﹁えっとね﹂
おれと国王はおれが作ったアニメをみて、話に花をさかせた。
普通に見れて、普通に内容の話ができる。
そうか、アニメにしたらわかるんだ、それもすぐに。
動画が最後まで流れたあと、おれは国王にきいた。
﹁ねえねえ、魔法は覚えたの?﹂
﹁むっ、そうかこれは魔法書の翻訳だったか﹂
﹁うん。ねっ、ライト、って唱えてみて﹂
﹁うむ︱︱ライト﹂
305
国王は魔法を唱えた。
しーん。
何も起らなかった。
あの魔導書を読めたら、ライトという魔法を覚えられるんだが⋮
⋮。
﹁ダメのようじゃな﹂
﹁うん、だめみたい。ごめんね王様﹂
ちょっと申し訳なくなった。
国王は魔導書をよんで魔法を一度使ってみたいって言ってたから
アニメにしたんだけど、やっぱりちゃんと魔導書を読まないとダメ
みたいだ。
﹁気にするなルシオ。その気持ちだけで十分じゃ﹂
﹁うん、ごめんなさい﹂
﹁それよりもじゃ。この宝石は何度でも使えるのか? 映像はおわ
ったがまた残ってるみたいじゃが﹂
﹁ううん、何度でも使えるよ。そういう風に想い出を保存する魔法
だから﹂
306
﹁よし。だれかー﹂
国王が大声を出して呼ぶと外で待ってたお付きの人が入ってきた。
﹁お呼びでしょうか﹂
﹁うむ。今夜パーティーを開く、用意と招待を﹂
﹁かしこまりました﹂
お付きの人が出て行った。
パーティーって、この前みたいなヤツか?
なんでいきなり。
﹁では、これをもらっていくのじゃ﹂
国王はそういって、宝石を持って立ち上がった。
﹁え?﹂
﹁今日はこれの上映会じゃ。千呪公が余のために作ってくれたと、
すごいだろうと自慢してくるのじゃ﹂
﹁ちょ、ちょっとちょっと﹂
止めようとしたけど、国王は老人らしからぬ、軽やかな足取りで
出て行った。
307
というか、自慢って⋮⋮。
止めるべきかと一瞬悩んだけど。
﹁まっ、いっか﹂
別に何か害があるわけじゃないし、国王のそれが、おじいさんが
おれの事を︱︱孫を自慢する時の姿とダブったから、止められなか
った。
後日、国王がしょんぼりとおれにパーティーの話を聞かせた。
映像そのものよりも、集まった賓客は声優︱︱シルビアとナディ
アの声の方が気に入ったらしかった。
308
わたしのために争わないで!
﹁ルシオや、いるかのう﹂
声に呼ばれて、おれは玄関にでた。
そこにおじいさんがいた。
実家にいるはずのおじいさんが何故かそこにいた。
﹁あれれー、どうしたのおじいちゃん﹂
﹁上がってよいか﹂
﹁もちろんだよ﹂
おじいさんを上げて、リビングに通した。
﹁お客様ですが︱︱あっ、おじいさま﹂
シルビアが顔を見せた。
﹁お客様だとおもったらおじいさまだったんですね﹂
﹁客としてもてなしてくれてもよいぞ。ここはルシオの屋敷、わし
は文字とおりの客じゃかなら﹂
﹁えっと⋮⋮﹂
309
シルビアはちょっと困った顔でおれをみた。
﹁じゃあシルビア、お客様用に、一番美味しいお茶と一番美味しい
お菓子をだして﹂
﹁はい、わかりました!﹂
シルビアがリビングから出て行った。
おじいさんはリビングの中を見回した。
﹁ここがイサークが買った屋敷か﹂
﹁うん、そうだよ﹂
﹁⋮⋮負担をかけてしまったようじゃな、ルシオに﹂
﹁そんなことないよ。丁度お屋敷がほしかったところだったし。家
族も増えたし、丁度いい広さでたすかったよ﹂
子供モードで答える。
おじいさんは目を細めて、おれの頭を撫でた。
転生した二年ちょっと前からおじいさんがよくするなで方だ。
﹁そうかそうか。ルシオはさすがだな﹂
﹁ありがとう﹂
310
﹁ルシオくん、お客さんだよ−﹂
ドアがいきなり開いた。そこにナディアと、国王の姿があった。 国王はお忍びようの、質素な服を着ている。
﹁余の千呪公よ、遊びにきたぞ︱︱むっ﹂
国王は機嫌のいい顔で入ってきたけど、一瞬でむっとなった。
おれをみて︱︱いやおれを撫でてるおじいさんをみて不機嫌にな
った。
﹁余の千呪公よ、その老人はだれかな﹂
﹁え?﹂
﹁余の? ルシオや、こちらはどなたかな﹂
﹁えっと?﹂
なんか変な雲行きになってきたぞ。
﹁⋮⋮あたし、シルヴィの手伝いしてくるね﹂
それをさっしたのかナディアが逃げ出した。
⋮⋮あとでちょっとお仕置きしよう。
今はそれよりも二人の事だ。
311
おれの実のおじいさんと、王都にきてからお世話になってる国王。
二人の老人が真っ向から向き合って、パチパチ火花を散らしてい
る。
⋮⋮なんで?
﹁何者なのかは知らぬが、余の千呪公になれなれしいぞ﹂
﹁余の? ルシオは誰のものでもないぞ。誰なのかはしらんがそち
らこそ図々しいのではないか﹂
火花が更に散った。
どういうこと、ねえどういうこと?
えっとこの場合、こういうのをおさめられる魔法って︱︱そんな
のあるか!
そもそもどういう状況なのかもわからないのに魔法もくそも。
とりあえずなんとかしようと思い、二人の間にはいった。
﹁王様、この人はぼくのおじいちゃん。普段は実家にいるんだけど、
今日遊びにきてくれたんだ。おじいちゃん、この人は王様。ぼくが
魔導図書館ですっごくお世話になった人なんだ﹂
﹁千呪公の祖父?﹂
﹁魔導図書館じゃと?﹂
312
二人の眉が同時にぴくりと動いた。
えっ、まさかこれも地雷?
と思ったけど。
﹁失礼した。千呪公の祖父であったとはな。余はエイブラハム三世、
この国の国王だ﹂
﹁こちらこそ失礼した。わしの名はルカ・マルティン。ルシオの実
の祖父じゃ﹂
﹁あえて光栄だ、マルティン殿﹂
﹁こちらこそ光栄ですじゃ、陛下﹂
﹁エイブラハム、それかエイブでよい﹂
﹁ではわしの事もルカとお呼び下され﹂
あれ? あれれれー?
なんだか、二人が意気投合したぞ? どうなってるんだこれ。
☆
針のむしろだ。
﹁ほう、つまりルシオは魔導書を読み解いて、古代魔法を再びこの
313
地上に復活させたと﹂
﹁うむ、あれには驚いた。天気を操る古代魔法をまさかな。今とな
ってはさすが千呪公といったところだが﹂
﹁そういうエピソードはわしにもあるのじゃ。しってるか、ルシオ
は魔導書の二度読みが趣味じゃ﹂
﹁二度読み?﹂
﹁そうじゃ、一度読んだ魔導書をもう一度、趣味で読むのじゃ﹂
﹁なんと! 魔導書をそのように読むとは﹂
﹁さすがルシオじゃ﹂
﹁うむ、さすが千呪公じゃ﹂
リビングの中で、すっかり意気投合した二人の老人が仲良く話し
ている。
さっきまでの一触即発な雰囲気はない、が、これはこれでいたた
まれない。
盛り上がってる二人、間に入ってるおれは褒め殺しにされて、穴
があったら入りたい気分だ。
﹁そういえば、千呪公にこれをつくったもらったぞ﹂
国王はそう言って、おれが作ったアニメの宝石を取り出す。
314
それを起動させて、壁にアニメを流す︱︱持ち歩いてるのか!
﹁むっ。そうだ、わしはルシオからこんなものをもらったのじゃ。
ルシオ、前にお前が買ってくれた魔導書、なんと読めたのじゃ﹂
﹁むっ﹂
⋮⋮仲良くしてると思ったら、二人はまた火花を散らし出した。
あれれれー、これ一体どうなってるの?
この日、二人のおじいさんが意気投合したり火花を散らしたり。
その繰り返しを何度もされて、おれは板挟みになって生きた心地
がしなかった。
315
わたしのために争わないで!︵後書き︶
ジジイ・ミーツ・ジジイ。
ルシオラブな二人が遭遇した、というお話。
316
ドラゴンレース
空の上にドラゴンが二頭いる。
二頭のドラゴンはそっくりだ。
それもそのはず、どっちもおれだからだ。
﹁おいおれ、しっかりシルビアを乗せろよ、落としたらぶっ殺すか
らな﹂
﹁そっちこそナディアを落としたら三代祟るからな﹂
向こうとののしり合った。
なんというか、むかつく。
﹁うわぁ⋮⋮これがナディアちゃんがいつも見てる光景なんだ﹂
﹁うん! いいでしょこれ﹂
﹁うん、すごく綺麗。それに風も気持ちいい﹂
﹁でしょでしょ﹂
﹁それに⋮⋮ナディアちゃんかっこいい。さすが噂の竜騎士ナディ
アだね﹂
317
﹁シルヴィもそのうちそうよもらえるって﹂
おれ達の上でシルビアとナディアがほのぼのな会話をしていた。
おれの上にナディア、おれ′の上にシルビア。
シルビアは普通の格好で、ナディアは竜騎士の扮装で。
なんでこうなったのかというと⋮⋮。
☆
﹁空を飛びたい!﹂
くつろいでるところにナディアがいきなり部屋に飛び込んできた。
何となくよんでる魔導書を開けたまま腹の上に置いて、ナディア
を見た。
﹁空?﹂
﹁うん、空! ほらここに来てからまだほとんど空を飛んでないじ
ゃん?﹂
﹁ああ、あれか。竜になってナディアを乗せて空を飛ぶヤツ﹂
﹁うん! そろそろここの事をもっとよく知りたいな⋮⋮ルシオく
ん、行こうよ、空へ﹂
﹁そうだな、よし﹂
318
ナディアが空を飛びたいのと同じように、おれにもやりたいこと
がある。
竜騎士ナディア。
おれがドラゴンになって、鎧姿になっておれの背中に乗るナディ
ア。
バルサの町ですごく有名になって、ナディアにファンがついたほ
どだ。
その勇姿を王都の人間にも見せたい。
おれの可愛い嫁を自慢して回りたい。
おれはナディアに腕を組まれて立ち上がった。
﹁ルシオ様︱︱あっ、ナディアちゃんとお出かけ?﹂
シルビアが入ってきた。
おれ達を見て何か察したようだ。
﹁どうかしたのか?﹂
﹁ううん、お茶のお代わりいらないかなあ、って﹂
そういうことか。確かにそろそろシルビアが聞いてくる時間だっ
た。
319
そういうことなら遠慮なく出かけるかな。
﹁行ってらっしゃい﹂
﹁ああ、行ってくる﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁ナディア? どうしたそこで考え込んで﹂
﹁そうだ! ねえルシオくん、シルヴィも一緒にいっていい?﹂
﹁シルビアも? おれは全然構わないけど﹂
﹁シルヴィもいい?﹂
﹁どういうことなのナディアちゃん﹂
﹁ぐふふ﹂
にやにやするナディア。そこまで悪企みするような事でもないん
だがな。
おれ達は庭にでた、そこで魔法を使って、まずドラゴンになろう
とした。
﹁トランスフォーム・ドラ︱︱﹂
﹁あっ、待って待ってルシオくん﹂
320
ナディアにいきなり止められた。
﹁まずはタイムシフト﹂
﹁タイムシフト? なんでまた﹂
﹁未来のルシオくんを連れてきて、そのルシオくんにもドラゴンに
なってもらうの﹂
ちょっと考えて、はっとした。
﹁ナディアお前⋮⋮頭いいな。その組み合わせ思いつかなかったぞ﹂
﹁もっちろん! いつもルシオくんの事を考えてるからね﹂
それはちょっと恥ずかしかった。
☆
ってことで今、おれはタイムシフトで連れてきた、一日後のおれ
︱︱おれ′と二人でドラゴンになって、それぞれの背中にマグネテ
ィクスでくっつけたシルビアとナディアを乗せて、大空を飛び回っ
ていた。
のってるシルビアとナディアは大騒ぎ、大喜びだ。
やって良かったと思う。
﹁おい﹂
321
おれ′が目配せしてきた。
おれをみて、前をみる。
自分の事だから、何をしたいのかよく分かった。
﹁バルサまでな﹂
﹁ああ﹂
それだけで全部が決まった。
﹁ナディア、しっかりつかまってろ﹂
﹁シルビア、いくぞ﹂
﹁いけいけごーごー﹂
﹁えっ、えっ?﹂
おれとおれ′は一斉に加速した。
嫁を乗せて、空で加速する。
この先にある、馬車で何日もかかったさきにあるバルサまでのレ
ースだ。
ぐんぐん加速していく、あっという間にトップスピードに乗った。
322
﹁あははは、はっやーい、ルシオくんよりずっとはやーい﹂
どっちもおれだからスピードは一緒⋮⋮だと思っていたけど、向
こうのおれに少しずつ差をつけられた。
おれのスピードが99だとすると、向こうは100。
それくらいの小さな差。だけどどっちも最高速になってのそれだ
から、どんどん引き離されていく。
﹁おっかしいな、どっちもルシオくんなのになんで向こうのほうが
速いんだろ﹂
﹁おれも知りたい﹂
﹁うーん、あ、ルシオくんルシオくん﹂
﹁なんだ﹂
﹁魔法で前の空気無くすことってできないかな﹂
﹁空気︱︱はっ﹂
おれはおれ′を見た。そいつはドラゴンの顔でにやりと笑った。
そうか、そういうことか。
そいつは明日のおれ、すでにこのドラゴンレースをやったあとの
おれ。
323
今のナディアのアドバイスを最初からしって、最初からやってた
んだ。
おれは魔法でルート上の空気を取り除いて加速したけど、相手は
同じおれ、トップスピードで並んだだけだった。
10分後、結局最後まで差は縮まらないまま、おれ′とシルビア
に先にバルサに着かれたのだった。
324
パパとママと魔導書の精霊
﹁ふう⋮⋮今日はここまでにしようかな﹂
マンガ
図書館の中、丸一日魔導書をよんでたおれが伸びをした。
体がばっきばきする、目がしょぼしょぼする。
今日だけでも30以上の魔法を覚えたけど、その代わりものすご
く疲れた。
﹁えー、もっと読もうよ﹂
﹁続きは明日だ、さすがにもう疲れた﹂
﹁えー﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁ねえねえ、今日はもうこれで良いけど、あしたはもっと読んでく
れる?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁ねえ﹂
﹁お前誰だ!﹂
325
普通に会話してたけど、途中からおかしい事に気づいた。
パッと横をむく、そこにすっけすけの女の子がいた。
すけすけといっても服がじゃない、女の子全体だ。
女子高生くらいの女の子は、体が透けて向こうが見えて、その上
空中に浮かんでる。
﹁⋮⋮幽霊か?﹂
﹁うーん、ちょっと違うかな。どっちかって言うと精霊?﹂
女の子は少し考えて、答えた。
﹁あっ、わたしの名前はクリスティーナ、クリスって呼んじゃって
いいよ﹂
﹁クリスか、おれはルシオ。で、精霊ってどういう事だ?﹂
﹁うんとね、魔導書の精霊なの、わたし﹂
﹁魔導書? こいつの精霊か﹂
今し方読んだヤツを掲げて見せた。
読み終わったあとに現われたから、そういうことなのかなって思
った。
﹁ううん、違うよ。あっ、守護霊って言った方がいいかも?﹂
326
﹁ますますわからない﹂
幽霊だったり精霊だったり、守護霊だったり。
一体何なんだ?
﹁もっとわかりやすく一から説明してくれ﹂
﹁あなたがいっぱい魔導書を読んだから、その魔導書の魔力がたま
って、形になったのがわたし。えっとね、人って誰でも﹃種﹄を持
ってるのね。その種を育てるのが魔導書の魔力で、魔導書を読み続
けると、こんな風にわたしみたいなのが生まれるのさ﹂
﹁へえ﹂
﹁へえって、なんか反応うっすーい﹂
﹁いや薄いって言われてもな﹂
つまり、マンガをたくさん読んだから、そのマンガの精霊が生ま
れた、って事なのか。
﹁だから、もっと魔導書を読んで?﹂
クリスはシナをつくって、おねだりしてきた。
﹁なんで?﹂
﹁だってさ﹂
327
手を伸ばしておれが持ってる魔導書に触ろうとした。
が、すり抜けた。幽霊だからな。
﹁今は触れないんだ、何も﹂
﹁ふむ﹂
﹁でもあなたがもっと魔導書を読んだら、ますます魔力が集まって、
わたしの体の密度も上がって︱︱﹂
﹁ああ、より具現化するってことか﹂
﹁そう! だから、ね。もっと魔導書を読んで﹂
﹁話はわかった﹂
おれは読んでた魔導書をぱたんと閉じて、本棚に戻した。
そしてすたすたと歩いて、図書館から出る。
﹁ちょ、ちょっとまってよー﹂
クリスがついてきた、おれの真横をぴったりと飛びながらついて
くる。
﹁あそこから出られるのか﹂
﹁そりゃ出られるよー。わたしはどこにでも行けるしなんにでもな
328
れるんだから﹂
﹁マンガみたいな台詞だな﹂
なんかのマンガで読んだ事ある気がする。
﹁それよりももっと読んでよ、ねっ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁ねえ、パパー﹂
立ち止まった。
目を見開いてクリスを見た。
﹁パパー?﹂
﹁うん、パパ。あなた、わたしの、パパ﹂
﹁何故片言! じゃなくてパパってなんだ﹂
﹁だってわたしを産みだしてくれる存在だから、パパじゃん? そ
れともママ? お前がママになるんだよ! っていえばいいの?﹂
﹁なんだその台詞!﹂
﹁うーん、なんとなく頭の中にポンと出た? なんだろこれ﹂
クリスは自分でもわからないって顔をした。
329
ネタはわからないのか。
マンガの力が具現化したものだからな、そういうのも頭の中にあ
るか。
⋮⋮エロ方面だけど、あれ。
﹁とにかく今日はなしだ、本当に疲れた﹂
﹁えー﹂
﹁あそこにある魔導書はそのうち全部読むから、ゆっくりまで。そ
れとも待てない理由でもあるのか﹂
﹁ううん、ないよー﹂
クリスはけろっと答えた。
﹁パパが死ぬまでに読んでくれればいいから﹂
﹁なら素直にまて。ゆっくり読んでくから﹂
﹁ぶー。わかった、そうする﹂
おれはクリスと一緒にあるいた。
といってもおれが街中を歩いてるのを、クリスが飛んでついてく
るだけなんだが。
330
﹁⋮⋮だれも気にしないな﹂
すけすけの女の子が飛んでるのにだれも気にしない、やっぱり見
えてないからだろうか。
﹁そういえば、お前みたいなのは他にもいるのか?﹂
﹁わたしみたいなの?﹂
﹁魔導書を読んでできた精霊﹂
﹁今はいないよ? わたしで5000年ぶり3人目﹂
﹁甲子園か! ってそんなに離れてるのか、前の人と﹂
﹁みんな読めないからね、魔導書﹂
﹁⋮⋮そうだったな﹂
﹁あっ、でもそう考えるとパパってすごいのかも? 五千年に一人
の天才だ﹂
褒めすぎだ︱︱って思ったけど、事実がそうだし、悪い気はしな
い。
﹁ちなみに﹂
﹁うん?﹂
﹁完全に実体化したら史上初だよ﹂
331
﹁ほう﹂
それはちょっと心引かれる。
まあ、ゆっくりやっていこう。
どうせやる事は今までと変わらない。マンガを読むことだからな。
そうしてるうちに屋敷に帰ってきた。
﹁ただいまー﹂
﹁お帰りなさいルシオ様﹂
パタパタとシルビアが出てきた。
シルビアはおれを見て固まった。
正確には、おれの横にいるクリスを見て。
﹁⋮⋮きゅう﹂
そのまま、何も言わずに倒れてしまった。
慌てて抱き留める。ゴキブリの時と同じだ。
﹁おいどうしたシルビア﹂
シルビアは気絶したまま答えない。
332
直前の事を思い出し、クリスに聞く。
﹁おい、まさか今の︱︱お前が見えたのか﹂
﹁そうみたいだね、なんか目があったし﹂
﹁おいまて、見えないんじゃなかったのか﹂
﹁そのはずなんだけどね⋮⋮あっ﹂
﹁どうした﹂
﹁その指輪﹂
﹁指輪?﹂
クリスがゆびさす、そこはシルビアの薬指で、魔法がかかった結
婚指輪がはめられてる。
﹁まさかその人、ママなの!?﹂
﹁ママって言うな! ってまあ、おれの嫁だけど﹂
﹁じゃあそれだよ。ママに見えて当然じゃん?﹂
クリスはけろっと言った。
いや当然って。
333
﹁でもすっごい、パパ子供なのにもう結婚してるんだ﹂
﹁見た目の事を持ち出すのならパパはやめろ﹂
﹁えー、いいじゃんパパはパパだし﹂
おれはため息ついた、さてどうしたもんかなと思った。
ふと、ある事に気付く。
気づいた瞬間、それがやってきた。
﹁ただいま、あっルシオくんだ︱︱ってこれ誰?﹂
ナディアが外から帰ってきた。
そして当然の如く、クリスの姿が見えている。
﹁またママ!?﹂
台詞がおかしい!
﹁ルシオくん、彼女誰? なんか透けてない?﹂
﹁パパすごーい、ちっちゃいのにお嫁さんがふたりもいるー﹂
﹁あたしナディア。あなたは?﹂
﹁クリスティーナ。クリスってよんで﹂
﹁わっ、握手しようと思ったらすり抜けちゃった。何これルシオく
334
ん﹂
﹁握手できなかったよパパ。ねえはやく魔導書もっとよんで﹂
気絶するシルビア、とことなく楽しそうなナディア、いろいろ突
っ込み満載なクリス。
これからどうなるのか、それを考えると頭痛がしてきそうだった。
﹁できる人の悩みだね﹂
うるさいわい。
335
メイクミラクル
図書館の中で、国王と一緒に魔導書を読んでいた。
魔導書の精霊・クリスはおれ達の真上にいて、空中に浮かんだま
ま寝ている。
空中に浮かんでるのに、手のひらを合わせて枕にする姿はちょっ
と可愛い。
ふと、おれは気づいた。
国王が魔導書のページをめくったのだ。
﹁あれ? 王様、今ページをめくらなかった?﹂
﹁気づいたか﹂
国王は得意げな顔をした。
﹁実は今のページを読めたのだ﹂
﹁本当に?﹂
﹁うむ﹂
﹁すごーい﹂
336
﹁千呪公のおかげだ。あの映像を見たおかげでなんとなく読めてく
るのだ﹂
﹁本当に?﹂
﹁うむ﹂
はっきり頷く国王。
嘘を言ってる雰囲気じゃない。思い込みも含めて、本気でそう思
ってる様子だ。
映像とは、この魔導書を元におれが魔法で作ったアニメだ。⋮⋮
ちなみに声優はシルビアとナディアが担当した。
それをみたから読めるかもしれないと国王は言った。
理屈はわかる。
そしてそれが本当なら嬉しいなと思った。
﹁このペースなら来年の今頃にはこの魔導書を読破できるぞ﹂
﹁頑張ってね陛下。ぼくにできる事があったらなんでも言ってね。
魔導書のことなら協力できると思うから。
﹁うむ、頼りにしているぞ千呪公﹂
﹁うん!﹂
337
二人でまた、黙々とマンガを読んだ。
落ち着いた空間で、ゆっくりマンガを読む。
おれは相変わらず一冊また一冊と読破していった。
国王は同じページをじっと見つめてる。
和やかな一時だ。
﹁だれかー、だれかいるか!﹂
図書館の入り口で声がした。わめき声に近い呼び方。
おれも国王も眉をひそめた。
おれは立ち上がった。この図書館の責任者はおれで、こういう時
に出るのがおれの役目だ。
入り口のところにいくと、そこにイサークが立っていた。
﹁兄さん? どうしてここに?﹂
﹁ふふふ﹂
イサークは笑顔だ。やけに自信たっぷりの笑顔だ。
なんだ? その笑顔は。
﹁ルシオ、お前は魔法が得意といってたな﹂
338
﹁⋮⋮はあ﹂
何を今更と思った。
﹁千の魔導書を読み解いた千の魔法使い、だっけ﹂
﹁まあ、そうよばれてるね﹂
﹁ふふふ﹂
また同じように笑う。
いやそれはいいから、用件を早く言ってくれ。
イサークはかなりもったいぶったあと、一冊の魔導書を取り出し
た。
﹁それは?﹂
﹁ふふふ⋮⋮﹃メイクミラクル﹄﹂
イサークは魔法を使った。
魔力が自分を包んで︱︱小爆発した。
頭がポーン、とコミカルな爆発をして、頭がちりちりになった。
﹁おー、ミラクル﹂
339
おれはパチパチと拍手した。
﹁ちっがーう、こうじゃない。﹃メイクミラクル﹄﹂
もう一度同じ魔法を使った。
今度は魔力がイサークとおれをつつんだ。
温かい感じがする⋮⋮これは回復魔法?
イサークの頭が元に戻った。
ちょっとビックリした。
﹁兄さん、これは?﹂
﹁ふっふっふ。﹃メイクミラクル﹄失われた古代魔法の一つさ。使
う度に違う効果がでるから、あまりの危険さに封印された魔法だ﹂
﹁へえ﹂
毎回違う効果が出る魔法か、そりゃ危険だ。
﹁ルシオ、お前は千の魔法を覚えたと言ってるけど。そうじゃない
んだよ。数じゃない、質なんだよ。こういうのを一個覚えればいい
んだよ﹂
なるほど、それを自慢しに来たのか。
﹁⋮⋮ねえ、それを見せていい?﹂
340
﹁なんだ? 嘘だと思ってるのか? いいだろう﹂
そういって魔導書を渡してくれた。
﹁あ、これって雑誌?﹂
﹁ざっし?﹂
訝しむイザーク。
﹁ううんなんでもない﹂
ごまかして、更に読む。
この世界ではじめて読むタイプのマンガだった。
一つの作品じゃなくて、様々な絵柄で、様々な話が一冊にまとま
ったマンガ。
何となく漫画雑誌に見えた。
﹁ふっ、そんなにペラペラめくって読める振りをしても無駄だ、お
れがそれを読むのにどれくらい︱︱﹂
最後まで読んで、本を閉じて、魔法をつかった。
﹁﹃メイクミラクル﹄
﹁え?﹂
341
驚くイサーク。
しーん。なにも起きなかった。
﹁び、ビックリさせやがって。何もおきないじゃないか﹂
﹁いや﹂
イサークは感じてないけど、使ったおれは感じた。
﹁上から⋮⋮くる﹂
﹁上?﹂
直後、それは上から来た。
空から降ってきた隕石が天井を突き破ってイサークの背後に落ち
た。
衝撃波でつんのめって、四つん這いの間抜けな格好になった。
﹁隕石が落ちてくることもあるのか、これはうかつに使わない方が
いいな﹂
メイクミラクル、うん、封印して二度と使わないようにしよう。
﹁どうしたのだ千呪公よ﹂
国王が出てきた。天井に開いた穴をみて驚く。
342
﹁これは?﹂
﹁ごめんなさい、新しい魔法を覚えたから使ってみたけど、隕石が
落ちてくる魔法だったんだ﹂
国王に謝る。
天井の穴をみて最初は驚いた国王だけど、すぐに目を細めて笑顔
になった。
﹁そうかそうか、それならば仕方がない﹂
﹁ごめんなさい﹂
﹁いいや、千呪公はそれでいい。これからも魔法を覚えたらどんど
ん使うといい﹂
﹁うん﹂
﹁どころで、こちらはどなたかな﹂
と、イサークを見て言った。
他人の前のせいか、国王はお忍びモードだ。
﹁えっと、ぼくの︱︱﹂
﹁お前に名乗る名前はない!﹂
343
イサークはぱっと起き上がって、取り繕っていった。
四つん這いという間抜けな格好をごまかすために、普段以上に︵
普段通りかも︶えばってみせた。
﹁そうか﹂
国王は怒らなかったけど、目は笑ってなかった。
あーあ。
﹁ルシオ! 大丈夫じゃったか? いまここにものすごいが落ちて
きたが﹂
今度はおじいさんが飛び込んできた。
﹁お、お爺様﹂
﹁うん? イサークじゃないか。ここで何をしてるのじゃ?﹂
﹁えっと、おれは⋮⋮﹂
おじいさんにはたじたじのイサークである。
﹁こんなところで油を売ってないで勉強と仕事の手伝いをしてこい﹂
﹁わ、わかったよ﹂
イサークは渋々帰ろうとした。
344
おれから魔導書をひったくって、外に出ようとする。
﹁国王陛下、今日はいいものを持ってきましたぞ﹂
﹁うむ? なんだいいものとは﹂
﹁国王陛下?﹂
イサークが止まった。ぎぎぎとこっちをむいた。
おじいさんと話す国王、それをみて、顔が青ざめていく。
﹁こ、国王陛下?﹂
おれは静かにうなずいた。
うん、そう。
その人、国王。
イサークはますます顔が真っ青になって︱︱この場から逃げ出し
た。
⋮⋮逃げるのかよ、せめて謝ってけよ。
﹁どうしたのじゃ、イサークは﹂
﹁さあ?﹂
おれはすっとぼけた。多分国王は気にしてないと思うから。
345
なんともおもってない、いい意味でも悪い意味でも。
だから何もしないことにした。
その間に、おじいさんと国王が図書館の中に入る。
﹁それよりいいものとはなんだ﹂
﹁これじゃ﹂
﹁これは⋮⋮千呪公の幼い頃か!﹂
え?
﹁うむ、姿をのこす魔法を使えるものにのこさせたものじゃ。わし
のコレクションじゃ﹂
﹁うむ、素晴しい﹂
おじいさん二人が盛り上がっている。
イサーク同様、おれもこの場から逃げ出したかった。
346
メイクミラクル︵後書き︶
そのうちほんとうにメイクミラクルする魔法⋮⋮かもしれない。
347
嫁のおねだり
庭でココと遊んでいた。
﹁今度は少し難しくなるぞ⋮⋮それ﹂
ボールを山なりに投げる。
野球のものとほぼ同じサイズのボールが放物線を描いて飛んでい
く。
ココがそれを追いかけた。スカートの中からしっぽをバタバタさ
せて追いかけていった。
パチンと指を鳴らす。
空中でボールが三つに分裂して、はじけるように三方向に飛んで
いった。
﹁わあぁ﹂
慌てると思いきや、ココは楽しそうだった。
飛んで一つをキャッチして、急な方向転換でもう一つキャッチ、
全くの反対方向に飛んでいったヤツをヘッドスライディングでキャ
ッチする。
三つのボールを全部落とす事なくキャッチした。
348
それを持って戻ってきた。
﹁もう一回行くか?﹂
﹁うん!﹂
﹁今度はもうちょっと難しくなるぞ⋮⋮それ﹂
更にボールを投げた、同じように途中で魔法をかけた。
今度はものを透明にする魔法をかけた、ボールが空中で透明にな
って見えなくなる。
立ち止まるココ。さすがに難しすぎるか?
と思いきや、鼻をスンスンと鳴らし出した。
そこで方向修正をして、飛びかかる。
﹁やったぁ﹂
おれには見えないけど、キャッチしたみたいだ。
それでまだ戻ってきて、おれにボールを渡す。
魔法を解いて、ボールを元に戻す。
そしてまた投げる。
349
魔法をかける、ボールが消える。
さっきのとは違う魔法。ものを違う場所に瞬間移動させる魔法だ。
それでもココは止まって、匂いを嗅いで、まったく違う方にかけ
ていった。
さすがワンコ、瞬間移動でも匂いは辿れるんだな。
その場で待っていると、視線に気づいた。
真横から来る視線。
そっちを向くと、おれと同じくくらいの年頃の男の子がいた。
8歳くらいの、生意気そうな男の子だ。
目が合うと、そいつはこっちに向かってきた。一応おれの屋敷の
敷地なんだけど。
﹁おいお前﹂
﹁なんだ﹂
︵見た目は︶子供同士だから、子供モードじゃなくて普通に返事
した。
﹁おまえの嫁、浮気してるぞ﹂
﹁⋮⋮は?﹂
350
﹁さっさと離婚しろ﹂
﹁意味がわからないんだが﹂
﹁さっさと離婚して彼女を解放しろ、いいな!﹂
男の子はそう言って逃げる様に立ち去った。
敷地を出て、物陰に隠れて⋮⋮隠れきってないけど⋮⋮おれをじ
っと見つめてくる。
﹁シルビアー﹂
まずシルビアを呼んだ。屋敷の中からシルビアが出てくる。
﹁どうしたんですかルシオ様﹂
﹁ちょっとこっちに来て﹂
シルビアを呼び寄せて、抱きついた。
﹁ルシオ様?﹂
シルビアが不思議そうにしてる。力を抜いておれに体を預ける。
おれは男の子の方を見た、特に表情に変わりはない。
﹁どうしたんですかルシオ様、いきなり﹂
351
﹁何でもない、それよりもナディアを呼んできて﹂
﹁はい﹂
不思議そうにしながらもシルビアは屋敷の中に戻った。
しばらくして、ナディアがやってくる。
﹁よんだー? ルシオくん﹂
﹁ああ、ちょっとこっちきて﹂
同じようにそばにやってきたナディアにも抱きついた。
﹁えー、なになに﹂
ナディアはシルビアと違って、おれの体に腕を回して、同じよう
に抱きついてきた。
ぎゅうってしがみつき、愛情表現をする。
男の子の方を見た。
ものすごく悔しそうだった、憎しみで人が殺せそうな目をしてる。
なるほど、ナディアの事か。
ナディアを離す。手を見る。
左手薬指にはめてる指輪が健在だ。
352
魔法で作られた指輪で、浮気をした瞬間に壊れるってアイテムだ。
それが普通にある。
﹁どうしたのルシオくん﹂
﹁うーん。あの子を知ってる?﹂
といって、男の子の方をさした。
ナディアが男の子を見た。
﹁うーん﹂
首をひねる、頑張って考えてる。
﹁うーん﹂
唸って、必死に考える﹂
﹁うーん﹂
﹁わかったわかった、もういいから﹂
いくら考えても出てこない、そんな雰囲気がしたからナディアを
止めた。
﹁ちなみに、最近誰かに好きって言われた事なかった? それか何
かプレゼントされたことは﹂
353
﹁ないよー。意地悪された事とかあるけど﹂
﹁意地悪?﹂
﹁うん、木の枝に毛虫乗っけてこわらせようとするの︱︱ってそう
だあの子だ﹂
いきなり思い出したナディア。
﹁おいおい﹂
そっちかよ、って思った。
小学生男子が好きな子に意地悪するパターン。
でも話がわかってきた。
あの子はナディアが好きで、その旦那のおれにわかれろっていい
に来たのか。
悲しいことに、ほとんどナディアの記憶に残ってない、存在すら
ほとんど認識されてない。
逆に悲しく思えてきた。
﹁またいたずらに来たんだね。ちょっと文句言ってくる﹂
﹁いいから﹂
354
おれはナディアを呼び止めた。
﹁ほっといてやれ﹂
﹁でもさあ﹂
﹁いいから﹂
﹁うん、わかった﹂
ナディアは素直に頷いた。
﹁代わりにお願いしていいかな﹂
﹁なんだ?﹂
﹁今度またあの子がいじめてきたら、ルシオくんが退治して﹂
退治って、穏便じゃないな。
﹁ねっ、お願い﹂
手を合わせてお願いされた。
ナディアのその仕草はめちゃくちゃかわいかった。
﹁わかった﹂
おれは頷いた。
355
﹁わーい。じゃあ今日は見逃す﹂
そういって、いったんおれに抱きついてから、大喜びで屋敷の中
に戻っていくナディア。
おれは男の子を見た。
その時が来たらせめて手加減はしてやろう、おれはそう思ったの
だった。
356
魔王、再び
﹁急ぎ伝達します﹂
﹁うむ、頼むぞ﹂
謁見の間。
魔導書の事で国王に頼みたいことがあってやってくると、その国
王がなんだか困っていた。
おれの直前に会っていた男が謁見の間を飛び出して行く。
﹁王様、どうしたの?﹂
﹁お? おお余の千呪公ではないか。どうしたのだ今日は﹂
それはこっちの台詞だ、そっちがどうしたんだ。
今にも死にそうな顔をしてるけど。
﹁大丈夫王様、なんだか顔色が悪いけど﹂
﹁わかるか⋮⋮いやなんでもない﹂
国王は表情を取り繕った。
﹁何か用か、余の千呪公よ﹂
357
﹁王様、ぼくにも王様のお役に立たせて﹂
﹁千呪公⋮⋮﹂
国王は感動したかのように、目をうるうるさせた。
﹁わかった。どっちにしろ隠し通せるものではない。実は魔王が復
活したのだ﹂
﹁魔王? バルサタルのこと?﹂
ちょっと前に魔導書をよんで復活させてしまったそれの事を思い
出す。
﹁いや、その魔王ではない。バルサタルの子孫、バルサタル七世だ﹂
﹁バルサタル七世?﹂
﹁うむ、三十年前に時の勇者に倒されたはずのものだが、先日復活
し、全世界に通告を突きつけてきた。我に服従せよとな。それ今世
界中が大慌てになっているのだ﹂
﹁そっか⋮⋮ところで勇者はいないの?﹂
﹁先日生まれた⋮⋮まだ生後一ヶ月だ﹂
それは役に立たないな。
﹁先代勇者も一応いるが、使者を向かわせたところ、酒とギャンブ
358
ルで妻に逃げられた直後らしい﹂
転落人生だー。
﹁それでどうしようかと困っていた所だ﹂
﹁そっか﹂
﹁それよりも千呪公の用件はなんだ﹂
﹁大した事じゃないよー、図書館のことだから。そういうことなら
また出直すよ﹂
おれはそう言って謁見の間を出て、王宮を離れた。
﹁さて﹂
外の空気を吸いながら伸びをする。
﹁殺ってくるか﹂
おれはこの世界を好きになってる。
魔法が使えて、シルビアとナディアと自由気ままに過ごせるこの
世界が好きだ。
魔王だのなんだのに世界の平和をかき乱されたくない。
魔王討伐を決めた。
359
魔法を選ぶ︱︱使う。
﹁キャラクターサーチ:バルタサル七世﹂
魔法を使った後、頭の中にレーダーみたいなのが浮かび上がって
きた。
中心におれがいて、離れたところに光の点があるイメージだ。
﹁あっちか。トランスフォーム・ドラゴン﹂
次の魔法を使って、巨大な竜に変身。
頭の中にあるレーダを頼りに飛ぶ。
全速力で飛んでいく。
一時間くらい飛んだあと、光る点のある場所についた。
まわりがどくどくしい沼に囲まれた城。
空は雷雲におおわれ、雷が絶え間なく落ちてくる。
いかにも魔王の城って感じの場所だ。
﹁ってことは最上階だな、魔王も﹂
ドラゴンの姿のまま最上階に飛んで着陸した。
﹁なにもの!?﹂
360
﹁ビンコかな﹂
そこは広い部屋で、玉座がある。
真ん中にケバイ格好の女が座っていた。
頭に角が生えてて、マントと露出の高い服装をしてる三十代くら
いの女の人。
おれはドラゴンから人間に戻った。女はますます驚いた。
﹁魔王はどこ?﹂
﹁子供だと? 何をしにきた﹂
﹁質問を質問で返さないでほしいな。魔王はどこ? っておれは聞
いたんだ﹂
﹁何者かはしらないけど。われが魔王だ﹂
﹁お前?﹂
﹁おーほっほほほ。そう、われこそ今の魔王、かの偉大な魔王、バ
ルサタルの血を受け継ぐバルサタル七世﹂
﹁へえ、あいつの子孫なのか﹂
﹁あいつ?﹂
361
七世は眉をひそめた。顔が豹変した。
青筋をたてたド怒りの表情。
﹁そのものいい、万死に値する﹂
七世は手を振った。かぎ爪の形にした手をしたから振り上げた。
それが衝撃波になって、部屋を地面ごとえぐっていく。
大人の体よりも太い爪痕が五本、地面から壁︱︱そして天井に伸
びた。
﹁跪け、今の発言を取り消せ。さすればひと思いにやってやるぞ﹂
﹁ああそのものいい、バルサタルに似てるわ﹂
あの時もこんなことを言われた記憶がある。
そういうと、七世はますますぶち切れた。
﹁慮外者が!﹂
手をかざして魔法を唱えた。
瞬間、おれのまわりが爆発した。
部屋が崩落するほどの爆発。魔王らしい、高い破壊力の魔法だ。
バルサタルに匹敵する程の魔力だ。
362
まっ、その前に魔法で防壁を張ったから無傷だけど。
﹁まったく、キレやすい年頃か﹂
﹁なっ、何故無傷か﹂
﹁それよりもお前、世界征服を企んでるらしいな﹂
﹁当然だ﹂
﹁それ、やめてくんない?﹂
﹁戯れ言を。征服がわがよろこび、人間の苦しみこそわが幸せ﹂
わあ、ありがちだー。
﹁われはバルサタル七世。今度こそ世界を征服し、人間をあるべき
家畜の姿に戻してやる。配下のモンスターは既に世界各地に散った、
われの命令一つで侵攻して、世界は三日で落ちるだろう﹂
結構のっぴきならぬ状況らしい。
﹁命令はまだ出してないのか﹂
﹁降伏勧告の返事を待とうとおもったが、気が変わった。貴様を八
つ裂きにした後、世界に後を追わせてやる﹂
﹁そっか、じゃあしょうがない﹂
363
説得ですめばそれで良かったんだけど、おれは実力行使すること
にした。
魔力をかき集めて、数少ない、純粋な攻撃魔法をとなえる。
﹁メテオリックベストナイン﹂
雷雲を突き抜け、流星が降ってきた。
まっすぐ、バルサタル七世に降っていった。
﹁なっ︱︱これは﹂
﹁流星が九個連続で降ってくる魔法だ。お前の先祖バルサタルは九
個をしのぎきったけど、お前はどうかな﹂
﹁ま、待って、やめ︱︱﹂
血相を変えておれに何かを言おうとしたけど、その前に流星が降
ってきて直撃した。
流星が、降り続けた。
☆
﹁謎の隕石群が魔王城を直撃。それによって魔王の生死は不明。し
かしながら各地の魔物が沈静化したことを鑑みるに⋮⋮﹂
﹁魔王はしんだ、か﹂
364
次の日、謁見の間にやってくると、国王が使者とまた話していた。
昨日と違って、話は緊迫してるけど、表情は明るかった。
﹁状況を引き続き調べてくれ、くれぐれも油断せぬように﹂
﹁はっ﹂
使者が出ていった。おれは国王に近づく。
﹁王様﹂
﹁おお、余の千呪公か。今日はどうした﹂
﹁王様は? 今日はいいことあったみたいだね﹂
﹁うむ。まだ油断できないが、魔王の脅威はなんとか去りそうだ﹂
もうさったよー、と言おうとしたけどやめた。
四発で跡形もなく消し飛んだ腰抜け魔王の事はどうでもいいから
だ。
それよりも本来の、昨日の用件を済ませることにした。
﹁それより王様、これ﹂
﹁これは?﹂
﹁魔導書⋮⋮のコピーかな、ぼくが写してみた。これで読めるとい
365
いんだけど﹂
アニメに続き、魔法を覚えたい国王のためにする事第二弾だ。
﹁おお、さすが余の千呪公だ﹂
国王は感動した。
おれからマンガを受け取った読んだ。
マンガは読めたけど、魔法を使うことはできなかったのだった。
366
嫁に乗ろう
おれとナディア、二人で昼間っから風呂に入ってる。
今日は朝からのんびりしてて、昼過ぎにナディアに風呂に誘われ
た。
﹁よいっしょ⋮⋮よいっしょ﹂
湯気がたっぷり充満してる風呂の中、ナディアは一生懸命おれの
背中をごしごししている。
﹁ルシオくん、どっかかゆいとこない?﹂
﹁大丈夫だ、いまので丁度いい﹂
﹁そっかー﹂
そういって、背中から腕、そして足も洗ってくれた。
至れり尽くせりで、体も心もほこっとする。
﹁ああもう! また水かぶっちゃったじゃない!﹂
声とともに、ガラガラガラと扉が開く。
そこに猫耳娘のマミがいた。マミはずぶ濡れで、それで体を温め
るために風呂に来たみたいだ。
367
﹁マミちゃん、ヤッホー﹂
﹁ナディ︱︱きゃああああ﹂
おれを見た途端マミが悲鳴をあげて、まわり右して脱兎の如く逃
げ出した。
まあ、真っ裸の男︵ただし九歳︶を見ればそう言う反応もするわ
な。
﹁マミちゃん?﹂
﹁ほっといてやれ。それよりもお前は大丈夫なのか?﹂
﹁なにが?﹂
ナディアはきょとんとする。
﹁裸を見て、見られて恥ずかしくないって事だ﹂
﹁夫婦だから恥ずかしくないもん﹂
ナディアは上機嫌にそう言って、更にごしごししてきた。
どっかで聞いたような台詞だけど、あっちよりも説得力がある。
そのままナディアにごしごし洗われて、流してもらって、それか
ら一緒に湯船に入った。
368
﹁あー、きもちいー﹂
﹁そうだな﹂
﹁湯船に浸かるのって気持ちいーね﹂
ナディアは足を湯の上にだしてバタバタさせた。
おれは湯船の中にあるオブジェにもたれ掛かった。
温泉を思わせるようなオブジェいりの湯船は見た目いい感じだが、
その分ちょっと狭い。
シルビアはいいけど、ナディアにはちょっと狭いんじゃないかと
思う。
案の定、落ち着いてられないナディアはこんなこといい出した。
﹁もうちょっと広かったら泳げたのにね﹂
﹁泳ぎたいのか? のんびりしようぜ﹂
﹁のんびりだからおよぎたいんじゃん? こんな温かいお湯のなか
で泳げたらきっと気持ちいいと思うんだ﹂
﹁ふむ﹂
なんとなくわかるようなきがする。
水ならともかく、お湯の中ってのがみそだ。
369
﹁よし、泳いでみるか﹂
﹁どうやって?﹂
﹁﹃スモール﹄﹂
おれとナディア、二人の体に魔法をかけた。
ゴキブリ退治の時にも使った魔法で、二人の体がみるみるうちに
小さくなる。
﹁ここに上がれ﹂
﹁うん!﹂
小さくなりきる前に、おれがもたれてたオブジェの上に上がった。
そこでサイズが小さくなりきった。
﹁すごーい、湖に島みたい﹂
ナディアが感想を言った。おれも同じように感じた。
小さくなったおれ達は、まるで湖の上に浮かぶ小さな島にいるか
のようだ。
﹁あははは、湖のがあったかーい﹂
﹁これなら泳げるだろ?﹂
370
﹁うん! えい!﹂
パシャーン、とナディアが飛び込んだ。
大はしゃぎで泳ぎまくる。
おれは川岸に腰を下ろして、落ちないようにして、下半身を湯の
中に浸かる。
ふと何かが流れてきた。
よく見るとそれはおれの髪の毛だった。
細い細い髪の毛が、サイズのせいでちょっとした縄に見える。
﹁あー、たのしかった。ルシオくんは泳がないの?﹂
オブジェ︱︱島に上がってきたナディアはそう聞いてきた。
﹁いやおれはこうしてまったりしてるだけでいい﹂
﹁そっかー、じゃああたしもまったりするー﹂
そう言って、おれの横に腰を下ろして、肩を並べて座った。
足でパシャパシャお湯を蹴りながら、とにかくまったり。
しばらくして、足音が聞こえた。
371
﹁ルシオ様、夕ご飯は︱︱あれ?﹂
ドアが開いてシルビアが姿を見せた。
﹁あはは、シルヴィまるで巨人だ﹂
﹁確かにそう見えるな。シルビア、おれはここ︱︱﹂
言いかけた途中でナディアに口を塞がれた。
﹁ナディア?﹂
﹁面白いからもうちょっとこのままで﹂
何が面白いんだろうか。
一方で、シルビアは風呂の中におれが居ない事を不思議がる。
﹁どこに行ったんだろルシオ様、それにナディアも。服はあるのに
⋮⋮﹂
きょろきょろ中を見る。
﹁ルシオ様なら大丈夫だろうけど﹂
シルビアはそう言って中に入ってきた。
手を湯船に入れてきた、湯を抜こうとしてるみたいだ。
﹁これ⋮⋮ルシオ様の髪⋮⋮?﹂
372
シルビアの動きが止まった。さっきおれが見た髪の毛をまじまじ
と見た。
﹁ルシオ様の髪⋮⋮ルシオ様が入ったお湯⋮⋮﹂
ぶつぶつ何かつぶやくシルビア。
﹁お、お湯を抜く前にわたしもはいろうかなー﹂
なんか白々しかった。
いったん外に出て、もそもそと物音が聞こえて、そのあと戻って
きた。
服を脱いだ裸の姿。
フォルムは八歳の子供のまま、しかしサイズは巨人。
普通ではあり得ないアンバランスさだ。
﹁あははは、シルヴィ面白ーい﹂
ナディアも同感のようだ。
シルビアは体を洗ってから湯船に入ってきた。
肩まで浸かって、ほぅ⋮⋮、と息を吐く。
﹁ルシオ様に包まれてるみたい⋮⋮ルシオ様﹂
373
﹁だって﹂
ナディアがおれを肘でつんつんした。なんかちょっと恥ずかしい。
﹁気持ちいい⋮⋮そうだ﹂
シルビアが浮かんだ。
体が脱力しきって、お湯の中に寝っ転がるようにして浮かび上が
った。
湯船の中でたゆたうシルビア、その姿は見るからに幸せそうだっ
た。
それを見ていたかった、が。
﹁よいしょ、よいしょ﹂
ナディアがシルビアに近づき、よじ登った!
﹁ナディア!?﹂
﹁え? ナディアちゃん!?﹂
﹁やっほー﹂
気づいたシルビアに、手をあげて陽気に声をかけるナディア。
﹁ど、どうして?﹂
374
﹁ルシオくんの魔法でちっちゃくなって、お湯の湖を楽しんでたの﹂
﹁ええええ? じゃあルシオ様も?﹂
﹁ここにいるぞ﹂
﹁あわわ⋮⋮﹂
ちょっと焦りだすシルビア。
ナディアが乗っかってるのでまともに動けない姿がちょっとおか
しくて、可愛い。
そのナディアはシルビアの上に寝そべった。
まるで砂浜でうつぶせになって日光浴するかのように。
﹁シルヴィ号だね、お船の﹂
﹁お、お船?﹂
﹁ルシオくんもきなよ。一緒に乗ろ? シルヴィ号﹂
﹁ふむ﹂
ちょっと考えて、おれはそうした。
楽しそうだったからだ。
シルビアの上に乗って、おれは仰向けになって寝る。
375
﹁たしかに気持ちいいな、これ﹂
﹁でしょー﹂
仰向けのまま頭をのけぞらせると、シルビアと目が合った。
にこりと笑いかけた。シルビアははにかんだ。
それを機に、三人の動きがとまった。
湯船に浮かぶシルビア、その上に乗っかってごろごろする小人の
おれとナディア。
ごろごろして、たまにつんつんして、ナディアに手で湯をかけて
もらう。
湯が冷えるまで、おれ達はそのままのんびりしたのだった。
376
にゃんことわんこ
パシャーン。
屋敷の外に水音が聞こえた。
読みかけの魔導書を置いて立ち上がる、窓の外にびしょ濡れのマ
ミが見えた。
猫耳の少女は耳からしっぽ、服まで完全にびしょびしょ。
﹁どうしたの⋮⋮マミちゃん!﹂
﹁濡れちゃった﹂
﹁たいへん、着替えなきゃ﹂
駆けつけたシルビアがマミの手を引いて屋敷の中に連れてくる。
気になって後をおった。
床の水滴を道しるべにする。
マミの部屋にやってくると、シルビアがタンスの前にして困り果
ててるのが見える。
﹁どうした﹂
377
﹁あ、ルシオ様。実はマミちゃんの服がないんです﹂
﹁ない?﹂
﹁全部洗濯中でないんです。マミちゃんとココちゃん、洗濯物多い
から﹂
そりゃそうだ。
ココとマミは一心同体的な存在だ。
ココは犬耳の少女で、マミは猫耳の少女だ。
二人は同じ体を共有してて、水をかぶるともう片方に変わってし
まうという体質の持ち主。
そのせいか二人の洗濯物はシルビアやナディアの倍以上で、今は
それで困ってるという。
﹁すぐに乾かすから、ちょっと待っててねマミちゃん﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁ああいや、こっちが何とかする﹂
﹁ルシオ様が?﹂
部屋の外に駆け出そうとしたシルビアが立ち止まっておれを見る。
マミも首をかしげておれを見る。
378
おれはパチンと指を鳴らして魔法を使った。
﹁﹃ドレスアップ﹄﹂
おれがよく使う魔法の一つ、服装を変える魔法だ。
魔法の光がマミの体を包んで、服装を変える。
﹁わああ、かわいい!﹂
シルビアが目を輝かせた。
マミに変えたそれは﹁メイド服だ﹂。
アマンダが着てるクラシックタイプのメイド服ともまた違う、い
わゆる﹁萌え系﹂のメイド服だ。
﹁ああ、前から思ってたけど、お前とココはこういうのが似合うな﹂
おれはメイド服マミを見つめて、うんと頷いた。
猫耳のにしっぽの美少女、可愛いメイド服。
ネコだから表情が乏しい感じなのもまたあってていい。
おれとシルビア、二人がガン見する。
マミはぶすっとして、いやそうな顔をした。
379
﹁これいや、もどして﹂
﹁そんな、もったいないよ﹂
﹁⋮⋮戻さないなら、服が乾くまでどっかいってる﹂
そう言って部屋から逃げ出そうとするマミ。
おれは新しい魔法をかけた。
﹁﹃アンチツンデレ﹄﹂
光の輪っかが出て、マミの体を縛った。
縛られて動けないマミ。
﹁捕まえる魔法ですかルシオ様?﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
半分だけあってる。
捕まえる魔法なのはそうだけど、本気で嫌がる人間はすぐにふり
ほどけるというものだ。
マミはもがいたけど、ふりほどけなくて、こっちに拗ねた顔を向
けてきた。
ふっ、そんな顔をしても無駄だ。
380
﹁せっかくだし、色々着せ替えてみるか﹂
﹁でも⋮⋮﹂
﹁﹃ドレスアップ﹄﹂
シルビアに構わず魔法をかけた。
マミはメイド服から体操服になった。
猫耳に体操服。
﹁わあ、これも可愛い。ルシオ様、これってなんって服ですか?﹂
﹁体操着だ、見た事ないか?﹂
﹁はい﹂
﹁でも似合ってるだろ?﹂
﹁はい、すごく!﹂
小さな握り拳をあわせて力説するシルビア。
﹁どうしてだろ、すごく似合ってて可愛い﹂
﹁こんなのもあるぜ⋮⋮﹃ドレスアップ﹄﹂
今度はスクール水着に替わった。
381
﹁これも可愛いです!﹂
﹁スク水っていうんだ。﹃ドレスアップ﹄﹂
﹁わあああ、わああああ﹂
一段と興奮し出すシルビア。
﹁かわいいいい! なんですかこの下着、胸もとがにゃんこちゃん
だ﹂
﹁これはな︱︱﹂
﹁にゃああああ!﹂
説明の途中でマミが魔法を振りほどいて逃げ出した。
羞恥の限界を超えて、本当にいやになったらしい。
ここまでだな、さすがに本当にいやなら無理強いはしない。
そう思ったとき。
パシャーン。
部屋を飛び出した直後、マミが水をかぶった。
コップを持ってたナディアとぶつかって水をかぶってしまった。
それでココに︱︱犬耳の少女に変身した。
382
﹁ごめーん、ぶつかっちゃった﹂
﹁大丈夫だ、それよりも着替えてこい﹂
﹁うん!﹂
着替えのあるナディアは自分の部屋に着替えに戻った。
シルビアはココに近づき、手を引いて連れてきた。
﹁ご主人様、お願いします﹂
そう話すシルビアは、珍しく目に悪戯っぽい光があった。
何を求めてるのか理解できた。
﹁﹃アンチツンデレ﹄︱︱﹃ドレスアップ﹄﹂
マミの時と同じ流れで魔法をかける。
ココの体を光の輪が拘束して、直後に犬耳メイドになった。
﹁か・わ・い・い!﹂
大興奮するシルビア。その気持ちはわかる。
一方のココは自分の姿をみた。
﹁︱︱っ!﹂
383
魔法をふりほどき、声にならない声を上げて逃げ出した。
﹁あらら﹂
﹁ど、どうしたんだろ﹂
﹁本当にいやだったんだな。マミと比べてあれだけど⋮⋮まあそこ
は人それぞれだ﹂
ココはどうやら着せ替え人形に対する耐性がないらしい。
﹁そっか、残念﹂
シルビアはとても残念がった。
そして床の水滴を拭きだした。
そこにココが戻ってきた。
ドアの影に隠れてこっちの様子をうかがっている。
﹁ココ?﹂
不思議がってると、ココが更に勇気をだして、部屋の中に入って
くる。
そして、おれとシルビアの前にだつ。
﹁ど、どうぞですぅ﹂
384
目をつぶって、思い切った様子で言う。
﹁うん?﹂
﹁ご主人様の⋮⋮お好きにどうぞですぅ﹂
ぷるぷると恥ずかしさをこらえる様子は可愛かった。
ネコ
いやそうな顔してたけど、本当にいやな限界値まで残ったマミ。
イヌ
心底いやだけど、飼い主のために戻ってきてガマンをしようとす
るココ。
それぞれの特徴がでて、面白かった。
﹁ねえねえルシオ様、ココちゃんは何が似合うと思う?﹂
﹁そうだな﹂
ココの健気さに報いるために、おれとシルビアはその後しばらく、
ココにいろんな服を着せて遊んだのだった。
385
ツーランク上のモテ
この日、ナディアと二人っきりでデートした。
おれもナディアも﹁グロースフェイク﹂の魔法で大人の姿になっ
てる。
大人の姿でデートしよう、って誘われてこうした。
ちなみに今ナディアに腕を組まれてる。
大人になったナディアはかなりの巨乳で、組んでて柔らかい感触
が伝わってくる。
﹁ルシオくんルシオくん、あれなんだろ﹂
ナディアが指したのは食べ物を扱ってる屋台だ。
﹁棒で果物をを串刺しにして⋮⋮何かを塗ってるのか?﹂
﹁行ってみようよ﹂
﹁ああ﹂
頷き、ナディアと一緒に屋台に向かう。
﹁へいらっしゃい!﹂
386
﹁ねえねえおじさん、これって何? 果物に何をかけてるの?﹂
﹁これは砂糖を溶かしたシロップさ。こうしてまぶして魔法で冷や
せば︱︱ほら﹂
店の人はそういって、串刺しにした果物をシロップにつけて、言
葉通り魔法で冷やした。
すると果物の表面に硬い、パリッとしたシロップのコーディング
ができあがる。
今やったのはバナナみたいな果物だ。
﹁一個どうだい?﹂
﹁うん! ルシオくん、いい?﹂
﹁もちろんだ﹂
おれは小銭を出して、一本分の料金を払った。受け取ったフルー
ツ串をナディアに渡す。
ナディアはそれをかじる、パリッ、とした気持ちいい音がこっち
にも聞こえてきた。
﹁あはは、これすっごーい、外はパリッとしてるのに中ふにゃふに
ゃのやわやわだ﹂
﹁へえ﹂
387
﹁ルシオくんも一口どう?﹂
﹁ん﹂
ナディアの食べかけをかじった。
彼女が言ったとおり外はパリッとしてて中はふわふわだ。更にい
えば外は冷たくて中は温かい。
刺身のタタキ? それの逆バージョンを食べてるような不思議な
感覚。
でも。
﹁美味しいよね﹂
﹁ああ、うまい。こっちの果物も食べしてみるか?﹂
﹁半分こならいいよ﹂
﹁オーケー。おじさん、こっちのも一本くれ﹂
更に金を払って、今度はトマトみたいなのを串刺しヤツをコーデ
ィングしたのをもらう。
まるで団子串みたいなのを、ナディアがまず一個、おれも一個口
に入れた。
﹁あははは、外硬くて中プシュッってしてる﹂
388
﹁ちょっと皮が固いいくらみたいな感じだな﹂
面白い食感だった、面白いだけじゃなくて美味しい。
﹁お兄ちゃん達恋人かい? 中がいいね﹂
﹁恋人じゃないよ、夫婦だよー﹂
﹁へえ、その歳でもう結婚してるのか﹂
﹁八歳の時に結婚したんだ﹂
﹁おお、じゃあ夫婦歴はおいらよりも上だ﹂
店のおじさんは笑いながらそういった。
おれ達の見た目だと、八歳から結婚してたら結婚歴十年以上に見
えるだろう。
﹁お兄ちゃんはでも毎日気が気じゃないだろ、そんなに可愛い嫁さ
ん、モテモテで心配なんじゃないのか?﹂
﹁大丈夫、あたしはルシオくん一筋だから﹂
﹁熱々だねえ﹂
﹁それに、ルシオくんの方があたしよりもずっとすごくて、ずっと
モテモテだから、心配するのはこっちさ﹂
ナディアは楽しそうな笑顔で言った。
389
﹁おおっと、こいつあごちそうさまだ﹂
のりのいい店主に別れを告げて歩き出した。
腕を組んだまま。
﹁あっ、ルシオくん、ちょっとここでまっててくれる?﹂
﹁うん? どうした﹂
聞き返すと、ナディアが顔を赤らめてもじもじしてるのが見えた。
きいてからちょっと後悔した。多分、トイレかなんかだ。
﹁いいよ、待ってる。行ってらっしゃい﹂
だからそれ以上何もきかず、送り出す。
ナディアは恥じらったまま頷き、小走りで去っていった。
おれはそこでしばらく待った。
﹁あの⋮⋮﹂
横から声をかけられた。
見ると、身なりのいいお嬢様っぽい女の子が声をかけてきた。
女子高生くらいの女の子はおずおずとおれを見上げて、きいてき
390
た。
﹁る、ルシオ様ですよね﹂
﹁うん? ああそうだが﹂
ちょっと驚く。﹁グロースフェイク﹂で大人になったおれの姿を
知ってるのかこの子は。
﹁わたしアナスタシアっていいます。先日の国王陛下のパーティー
でお会いした⋮⋮﹂
﹁ああ﹂
頷き、納得した。
確かに、おれの大人の姿を知ってるのはほとんどあのパーティー
にいる人間だけだ。
おれはその時の事を思い出そうとしたが、目の前にいるアナスタ
シアの事はどうしても思い出せない。
﹁ご、ごめんなさい。お会いしたのは嘘です。あの日遠くから見て
ただけです﹂
﹁そうか﹂
じゃあ思い出せないのも仕方がない。
﹁あの!﹂
391
﹁な、なに﹂
鬼気迫る表情で詰め寄られる。あまりの剣幕にこっちがたじろい
だくらいだ。
﹁あ、握手! してもらえませんか?﹂
﹁握手?﹂
﹁はい!﹂
おれは自分の手を見つめて、それからアナスタシアに差し出した。
アナスタシアは両手で握り締めてきた。油断してたらちょっと痛
いくらいの強い力だ。
﹁ありがとうございます! これからもルシオ様の事を遠くから見
守らせてもらいます!﹂
﹁そうか﹂
﹁本当にありがとうございますう! 失礼します﹂
お嬢様のアナスタシアは腰を九十度に曲げる、何度も頭を下げて、
その場から去っていった。
その姿をじっと見つめて。
﹁﹃フェアリーウィスパー﹄︱︱魔法に興味あったらいつでも図書
392
館に遊びに来て良いぞ﹂
魔法をかけて、言葉をおくった。
離れた場所にいる人間の耳元でささやきボイスを届く魔法だ。
アナスタシアは立ち止まって、びくっとして、おそるおそるおれ
を向く。
笑いかけてやると、満面の笑顔で頭を下げて、今度こそ立ち去っ
た。
一人になって、ナディアを待つ。
⋮⋮遅いな。
いくら何でもちょっと長いと、おれはナディアを探しに行った。
しばらく探すと、ナディアを見つけた。
﹁いいじゃん、一緒に遊ぼうぜ。おれの事を田舎貴族だと思ってな
い? こうみえてもおれ、メチャクチャ都の事詳しいんだぜ﹂
﹁は、はあ﹂
なんとナディアがナンパされていた。
しかも珍しい事に、それに困ってる。
それもそのはず、ナディアをナンパしてるのは。
393
﹁⋮⋮なにしてるんだ、兄さん﹂
近づき、声をかけた。
ナディアをナンパしてるのはイサークだった。
﹁はあ? なんだお前は﹂
﹁⋮⋮﹂
おれはあきれ果てて、魔法を解除した。
瞬間、おれもナディアも元の姿に⋮⋮八歳の子供の姿に戻る。
﹁ルシオ! それにナディアか!﹂
﹁お久しぶり、お義兄さん﹂
﹁お、お前だったのか⋮⋮﹂
﹁兄さん、よりによって弟嫁をナンパするのはどうかと思うぞ﹂
﹁う、うるさいな!﹂
イサークは逆ギレ気味に言って、去っていった。
プンプンおこって大股で立ち去ったかと思えば、途中で別の女の
子を見つけて、ナンパ用の顔をつくって声をかけた。
394
﹁あっ、断られた﹂
ナディアがつぶやく。
﹁あの誘い方じゃ無理だろ﹂
﹁どう誘えばいいの?﹂
﹁どう誘えばって?﹂
﹁誘う方法知ってるような言い方だったじゃん? どうやるのか見
せてよルシオくん﹂
﹁おいおい、デート中だろ﹂
﹁うーん、でもルシオくんのかっこいい所みたい﹂
そっちの方が優先順位高いのか。
まあ見たいって言うのなら仕方ない、さてどうしようかと考えた
その時。
﹁あの! すみません!﹂
﹁公爵様ですよね!﹂
声をかけられる前に、逆に声をかけられた。
かけてきたのはやはりお嬢様風の、今度は姉妹っぽい顔つきが似
てる二人の少女だ。
395
﹁ああ、そうだ。前のパーティーで会ったのか?﹂
﹁はい! 遠くからずっと見てました!﹂
﹁一度公爵様にご挨拶したいってずっと思ってました﹂
姉妹はやはり大興奮で、思いの丈をぶちまけてきた。
それを横で見てたナディアはものすごく納得した顔で。
﹁そっか、ルシオくんはもう、黙ってても向こうから声をかけられ
るレベルなんだ﹂
と言っていたのだった。
396
最強の砂遊び
この日は朝から温かくて、ぽかぽかしていた。
家の中にいるのがもったいないって事で、ナディアの提案で、夫
婦三人で散歩に出かけた。
左からシルビア、おれ、ナディア。
この並びで、お互い手をつないで散歩してる。
傍目からは仲良し幼なじみ三人組に見えるだろう、行き先々で大
人達に微笑ましい目で見られた。
﹁ルシオくんルシオくん、あれ見て﹂
﹁うん? あの砂場で遊んでる子供の事か?﹂
ナディアが指さした方向を見ると、そこに公園があって、砂場の
中で一人の男の子が遊んでいる。
﹁あの子すごい⋮⋮お城が本物みたい﹂
驚嘆するシルビア。その気持ちはわかる。砂遊びしてる男の子が
作った砂の城はとんでもないクオリティだった。
﹁確かに本物っぽいな﹂
397
﹁本当に人が住んでるみたい﹂﹁今にも動き出しそうだね﹂
二人は同時に感想を言った、それぞれがそれぞれらしい感想だ。
﹁砂遊びか⋮⋮﹂
おれは少し考えた。
﹁ルシオくん砂遊びしたいの?﹂
﹁そういえばしたことないですよね、ルシオ様と砂遊び﹂
二人はそう言って、おれを同時に見つめてきた。
確かにしたことはない、どうせだから。
﹁ワンランク上の砂遊び、してみよっか﹂
二人はきょとんと首をかしげた。
☆
屋敷の庭に戻ってくる。
背後に二人を待たせて、おれはそこに新しく覚えた魔法をかけた。
﹁﹃サンドボックス﹄﹂
魔法の光が庭を包み込んで、そこを巨大な砂場に変えた。
398
砂場の中心には青と赤の小さいスコップ二本あって、それが縦に
突き刺さっていた。
離れたところには水場もある。
﹁すごい、庭が一瞬で砂場になった﹂
﹁砂場を作る魔法なんですか、ルシオ様﹂
﹁半分だけあってる。そこにスコップがあるだろ? シルビアとナ
ディアはそれを使ってなんか作ってみて﹂
二人は互いを見てから、同時に頷いた。
スコップをとって、それぞれ何かを作り出す。
おれはそこで見守った。魔法は既にかけた、おれがやるべき事は
終わっている。
シルビアは家を作った。ナディアはちょっと変わってる四本足の
動物を作った。
それができた途端、砂場が光る。
光が二人の作ったものをそれぞれ包み込んで、やがてそれが本物
になった。
シルビアが作ったミニチュアサイズの家は窓がガラスになってド
アも開け閉めできて、ナディアの四本足の動物は後ろ足キックをカ
マして﹁ひひーん﹂といなないた。
399
﹁わっ、こ、これって﹂
﹁すっごーい、作ったものが本物になる魔法なの?﹂
二人がおれを見た、おれは頷いた。
﹁そういうことだ。そのスコップを使ってこの砂場の中で作ったも
のは全部本物になる﹂
﹁じゃあ⋮⋮こういうのも⋮⋮?﹂
シルビアはそう言って、翼の生えた馬︱︱ペガサスを作った。
白い翼の白い馬はミニチュアサイズながらもしっかり空を飛んだ。
そこにドーン! という爆発音がした。
なんとナディアがその間に大砲をつくっていた。大砲が火を噴き、
砲弾がペガサスを打ち落とした。
﹁わお、武器もできるんだ﹂
﹁ナディアちゃん、今のはひどい﹂
おれもそう思う。
﹁攻撃はある程度準備ができてからじゃないと﹂
うん?
400
﹁ごめんごめん、まさか砲弾まで出るとは思ってなかったのね﹂
﹁それじゃ﹂
﹁うん、やろう﹂
シルビアとナディア、二人は頷きあって距離をとった。
なんか妙な流れになったので、何をするのかと思ったら、二人は
ものすごい勢いでものを作り出した。
城、街壁、それを守る兵士と武装。
一時間もしないうちに、庭が小さな戦場になった。
シルビアの領土をシルビア軍が守り、ナディア軍とにらみあって
いる。
﹁じゃあ﹂
﹁うん﹂
二人はほとんどアイコンタクトの域で頷きあった。
戦いの火ぶたが切って落とされた。
ペガサスに乗る将軍が率いる人間のシルビア軍、ドラゴンナイト
が率いる魔物の軍勢のナディア軍。
401
両軍が庭の真ん中、多分国境の境で激突した。
緒戦は︱︱ナディア軍の優勢。
魔物が人間を圧倒し、戦線を徐々にシルビアの城に押していく。
﹁このままじゃあたしがかっちゃうよシルヴィ﹂
﹁うぅ⋮⋮まだまだ、いまから勝てるのを作るもん﹂
シルビアは背中を向けて、せっせと何かを作っていた。
﹁ふふん、その前にあたしが数でおしきっちゃうもんね﹂
一方のナディアもスコップを持って、更に魔物を量産した。
楽しそうで何より。
おれはまったりしながら二人を見守った。
ナディアが次々と魔物を投入する、すると戦線は加速度的に押し
上げられ、あっという間にシルビアの城の前まで迫られた。
﹁どうしたのシルヴィ? このままじゃ城が落ちちゃうよ?﹂
﹁もうちょっと⋮⋮あとここだけ⋮⋮できた!﹂
シルビアがナディアの方を向いた、そして横に移動して道をゆず
った。
402
﹁な、なにそれ。ゴーレム!?﹂
﹁この前ルシオ様からおしえてもらった﹃ろぼっと﹄というものな
の﹂
﹁ろぼっと?
﹁そう、ろぼっと。ろぼっとは最強だってルシオ様が言ってた﹂
﹁むむむ﹂
いやおれが話したものをちょっと曲解してるぞ。確かにちかい事
は話したが。
ともかく、シルビアがつくった﹃ろぼっと﹄が動き出して、魔物
に攻撃をしかけた。
人間と魔物の戦いに突如参戦した﹃ろぼっと﹄、それは圧倒的な
強さを見せた。
魔物をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。まさしく最強にふさわ
しい強さを見せた。
﹁まずい、もっと魔物を作らないと﹂
﹁わたしも、簡単な﹃ろぼっと﹄をつくろ﹂
二人は更に砂遊びで兵力を生産した。
シルビアは﹃ろぼっと﹄の簡易バージョンを次々と作って、ナデ
403
ィアはものすごいペースで魔物を量産した。
﹃ろぼっと﹄対モンスター。
戦線は、徐々に押し戻される。シルビアの優勢だ。
﹁このままじゃまずい、なにか一発逆転の方法を考えないと﹂
﹁無駄だよナディアちゃん。﹃ろぼっと﹄はルシオ様からおしえて
もらった最強のものなんだから﹂
シルビアは珍しく自信たっぷりにいった。
﹃サンドボックス﹄という魔法で出来るものは、作り手のイメー
ジに依存するところが大きい。
シルビアが最強だと思ってるその﹃ろぼっと﹄が強いのはその辺
に原因がある。
﹁くっ⋮⋮あたしもルシオくんにそういうの聞いとけば良かった⋮
⋮あっ﹂
﹁え?﹂
﹁あった。あったよ、あたし知ってる、ルシオくんから教えてもら
った本当の最強が﹂
﹁な、なんですって﹂
優勢だったシルビアが表情を変えた。ナディアの台詞に危機感を
404
覚えたらしい。
﹁ふふん、今からそれを作るから、首を洗って待っててシルヴィ﹂
﹁うっ。こうなったら﹃ろぼっと﹄の量産で押し切るわ﹂
二人は更に砂でものを作る。
簡易型の﹃ろぼっと﹄が次々と量産され、前線に投入される。
一方で、ナディアはゆっくり作っていた。その手つきは今までの
とあきらかに違う。
慈しむような、愛おしいものに触れるような手つきだ。
そういえば、おれがナディアに教えた最強ってなんだ?
その事を気になっていると⋮⋮それが完成した。
﹁それ反則!﹂
﹁ふふん﹂
シルビアが悲鳴を上げた、ナディアは胸を張った。
おれは⋮⋮苦笑いした。
なんとナディアが作ったのは、ミニチュアサイズのおれだった。
﹁お願いルシオくん﹂
405
ミニチュアサイズのおれは頷き、手をかざして魔法をつかった。
量産された﹃ろぼっと﹄がまとめて消し飛ばされた。
シルビアの城もその一撃で半壊した。
勝負は、一瞬のうちについてしまった。
﹁ずるいよ、ルシオ様を作られたら勝てっこないじゃない﹂
﹁ルールになかったもん﹂
﹁ううう、あたしもルシオ様作る﹂
﹁こっちだってルシオくん量産するもんね﹂
やめんか。
とめに入ろうと思ったけど、二人はそんなこんなで結局楽しそう
だったから、好きな様にさせた。
﹁いって、ルシオくん﹂
﹁お願い、めかルシオ様!﹂
⋮⋮二人は楽しそうだった。
406
マンガがダブってしまった、どうする?
この日は朝から魔導図書館にいた。
図書館の館長であるおれだが、いつも通りする仕事なんてない。
ここに来て、一日中マンガを読んでるだけ。
﹁うん?﹂
﹁どうしたのパパ?﹂
﹁パパはやめんか﹂
おれをパパって呼ぶのはクリス。
半透明で、空中にぷかぷか浮かんでるこいつは魔導書の精霊で、
どうやらおれが読んだ魔導書に比率して実体化するらしい。
そういう意味では﹁おれが産みだした﹂存在だが、見た目はおれ
が八歳、そいつは女子高生くらいの美少女だ。
パパってよばれるのは絵面的にどうかと思う。
⋮⋮まあ、今の所おれとおれの嫁達にしか見えないから、絵面的
にはどうでもいいのだが。
﹁それよりこれ﹂
407
﹁これって魔導書? これがどうしたの?﹂
﹁これ、かぶってる﹂
﹁かぶってる?﹂
﹁ああ﹂
頷くおれ。
クリスに見せた魔導書は、異世界にワープした主人公が、魔剣の
二刀流で無双をしまくって、最終的にハーレムをつくりつつ、世界
をすくう英雄に成り上がっていくストーリーだ。
おれと同じく異世界に転移したって事もあって、読んだ事がある
って強く印象に残ってる。
﹁たしか⋮⋮ここか?﹂
立ち上がって、本棚の一つに向かう。
そこから目当ての本を抜き出して、戻ってくる。
マンガ
二冊の魔導書を広げて、比べる。
パラパラめくって、最後まで確認する。
﹁やっぱり一緒だ﹂
﹁そうだね、まったく一緒だね﹂
408
﹁そっか、かぶりだったのか、これ﹂
本を閉じて、二冊を見比べる。
マンガのダブりか、元の世界なら片方を処分すればいいだけだが、
どうしようかな。
﹁ねえねえパパ﹂
﹁なんだ﹂
﹁ここにあるの、同じものじゃないの?﹂
﹁なんだって﹂
クリスのところにいって、彼女が見つめている本を抜き出した。
﹁確かに同じものだ﹂
﹁他にあるかな﹂
クリスはそう言って図書館の中を飛び回った。
おれは三冊になったダブりを見つめて、考えた。
﹁そういえばダブりになったのははじめてだな。おじいさんのとき
はダブったら買わなかったしな﹂
それをどうしようかと考えて、なんとなく三冊のうちの二冊を重
409
ねた。
すると魔導書が光り出した。
重ねた二冊が光って、溶けて融合する。
しばらくすると、それが一冊になった。
﹁パパ! 何が起ったの?﹂
﹁魔導書が合体した﹂
﹁え?﹂
何が起きたのかわからないクリス、おれも自分でいってて何が何
だかわからない。
融合した魔導書を手に取って、開く。
マンガ
魔導書の内容は完全に変わっていた。
元になった魔導書に出てきたヒロインのキャラ、雷の魔法使いが
主役になって大冒険をする話だ。
﹁⋮⋮スピンオフか?﹂
思わずそういう感想だが出た。
人気漫画のスピンオフを読んでいるような感覚だ。
410
この世界にやってきて初めてのパターンだったから、面白くてよ
んだ。
そして最後まで読み終えて、魔導書を閉じる。
﹁読めたの?﹂
﹁ああ﹂
﹁なんか新しい魔法を覚えた?﹂
﹁そうだな⋮⋮﹂
今まで通り、読めた魔導書の魔法を使ってみようとした。
すると、融合した魔導書が光った。
慌てて手を離す。光った魔導書は空中に浮かんで、そこから一人
の女が出てきた。
ぶっちゃけ真っ黒なシルエットだった。
黒一色のシルエットで、とてもじゃないが人間ではない。
女だとわかったのは、そいつがマンガの中の魔法使いと同じ格好
をしているからだ。
﹁なんだこれは、お前はなんだ?﹂
﹁⋮⋮﹂
411
女は答えなかった。
その代わり待ってる魔法の杖をかざして、魔法を詠唱しだした。
﹁まさか!﹂
次の瞬間、稲妻が空から落ちてきた。
魔法でガードする。
﹁問答無用でやるつもり﹂
﹁⋮⋮﹂
魔法使いの女は無言で詠唱を再開する。
﹁仕方ない﹂
おれも戦闘態勢にはいった。
☆
半壊した図書館の中で、影がぱしゅ、と消えていく。
﹁パ、パパ、もう大丈夫?﹂
クリスが物陰から聞いてきた。戦闘中、クリスはずっと隠れてた
﹁もう大丈夫だ﹂
412
﹁良かった⋮⋮それにしてもすごいね、これ﹂
﹁ほぼ作中通りの強さだったな﹂
﹁そうなの?﹂
﹁ああ。それで︱︱﹂
おれは魔法を使った。
魔法使いの女の影を倒した事で覚えた魔法を。
空がごろごろなって、雷が落ちてくる。
連続で雷が落ちてきた。
﹁これ、さっきのが使ってた魔法?﹂
﹁ああ﹂
﹁すごーい﹂
魔法使いの影を倒して覚えたのは、そいつが使ってた魔法だった。
そいつが相手でよかった。スピンオフ前の主人公が出てきてたら
⋮⋮どっちかが死んでたな。
にしても、今のって一体。
﹁ねえパパ﹂
413
﹁うん?﹂
振り向き、クリスを見る。
クリスは地面を見つめていた。
戦闘のあと、散乱した魔導書だったが、そこに同じものが一緒に
なって転がっていた。
またしてもダブりだ。
﹁⋮⋮﹂
おれは無言で近づいて、二冊の魔導書を重ねた。
するとそれも融合して、一冊の魔導書になった。
新しい魔導書は、空飛ぶみかん箱に乗った、スカーフを巻いた子
犬のたびを描いた絵本チックな話だった。
読み終わったあと出てきたのは、スカーフを巻いたかわいい子犬
の影だった。
ちょっと罪悪感を芽生えたが、優しくそれを倒して新しい魔法を
覚えた。
どうやら、ダブった魔導書を使えば新しい魔法を覚えられるよう
だった。
414
○○の日
﹁助けてルシオ様!﹂
マンガを読んでると、おなじみになった台詞でシルビアがおれの
ところにやってきた。
彼女はエプロン姿で鼻先にクリームをくっつけて、何故か髪の毛
が一部ちりちりしている。
﹁﹃アジアンビューティー﹄﹂
髪を直す魔法を掛けつつ、指でクリームをとってやる。
そして、聞く。
﹁どうしたシルビア、何があった﹂
﹁実は、ケーキを作ってたんですけど⋮⋮何回やっても失敗して、
うまくできなくて⋮⋮﹂
﹁ケーキ?﹂
それでクリームがついてたり、髪の毛がちりちりしてたりしたの
か。
﹁なんでまたケーキを?﹂
415
﹁今日って、おじいちゃんの日なんです﹂
﹁おじいちゃんの日?﹂
﹁はい。世の中のおじいちゃんに感謝をする日なんです﹂
﹁敬老の日みたいなもんか﹂
﹁それで、ルシオ様のおじい様にいつもお世話になってますし、ケ
ーキを作ってプレゼントしたいな、ってナディアちゃんと一緒に頑
張ってたのですけど⋮⋮﹂
﹁失敗続き、ってわけか﹂
シルビアは頷いた。申し訳なさそうな顔をしてる。
﹁話はわかった、そういうことなら手伝ってやる﹂
﹁ありがとうございますルシオ様!﹂
シルビアと一緒にキッチンにいった。
そこには、シルビア以上にちりちりで爆発頭のナディアが途方に
暮れていた。
普段の寝癖のアフロ頭よりちょっとひどい、一体何があったんだ
ろうか。
同じように魔法で直してやりつつ、近づく。
416
﹁ルシオくん﹂
﹁話は聞かせてもらった。手作りのケーキとか、お菓子とか作りた
いんだな﹂
﹁うん! 何かいい魔法はあるの?﹂
﹁ああ﹂
頷くおれ、ここに来るまでに頭の中から捜し出してた、こういう
時にぴったりの魔法がある。
﹁手作りチョコでいこう。シルビア、チョコはあるか? できるだ
け普通のチョコ、味がついてないのがいい﹂
﹁板チョコでいいですか﹂
﹁ばっちりだ﹂
シルビアにいくつも指示をして、出したチョコを湯せんにかけて
溶かした。
﹁あとはこれを固めるだけだ﹂
﹁えっ? とかしてかためるだけですか?﹂
﹁それって手作りチョコなの?﹂
﹁まあ見てろ︱︱﹃モルディングハンド﹄﹂
417
シルビアとナディアの二人に魔法を掛けた。
二人の手は黄金色に輝き出す。
そしてそこに、今し方溶かしたチョコを流した。
﹁わわっ﹂
﹁あれ、熱くない﹂
﹁二人とも、心の中で想像するんだ。粘土で何かを作る感じで﹂
﹁粘土で?﹂
﹁うーん、こうかな﹂
二人は素直に、言われた通り想像をはじめた。
﹁わっ、手、手が﹂
﹁勝手に動き出した!﹂
驚く二人、黄金の手は自動で動き出した。
ドロドロにとかしたチョコをを、おれが説明した粘土を扱うかの
ように形を整えていく。
チョコが冷めて固まる頃には、それがいい感じにできあがった。
﹁あっ、本当にできちゃった﹂
418
﹁すごーい﹂
驚くシルビア、はしゃぐナディア。
﹁おいおい﹂
おれは呆れた。
二人が作ったのはおれだった。
ナディアが作ったのは二頭身になったおれで、いわゆるねんどろ
いどのような可愛らしい見た目のおれだ。
シルビアが作ったのはリアル頭身のおれ、ポーズをとって、やた
らと格好いいおれだ。
二人は互いに、作ったチョコのおれをみた。
﹁ナディアちゃんずるい、そんな可愛いルシオ様を作るなんて﹂
﹁シルヴィの方がずるいんじゃん? そんなかっこいいルシオくん、
食べずにずっととっておきたくなるよ﹂
なんか訳わからんことをいいあっていた。
﹁はいはい、それはいいから。それよりも魔法の事はわかったな﹂
手を叩いて、二人をとめた。
419
﹁あっ⋮⋮﹂
﹁うん、わかった﹂
﹁なら、もう一度かける。今度はこう言うのじゃなくて、おじいさ
んにプレゼントできるようなのを作れ﹂
二人は互いを見比べて、﹁うん!﹂と満面の笑顔で頷いた。
☆
王宮、謁見の間。
﹁こんにちは、王様﹂
子供モードの口調で国王の前に立つ。
﹁おお千呪公、よく来てくれたのう。して、今日はなにようだ?﹂
﹁えっとね、今日はおじいちゃんの日だって聞いて。ぼくと妻達で
プレゼントを作ってもってきたんだ﹂
﹁なんと!?﹂
﹁これ、どうぞ﹂
もってきた箱を開けて、国王に差し出した。
箱の中はチョコが入っていた。平べったい、メダルのような形を
したチョコ。
420
チョコはデフォルメされたおれとシルビアとナディアの顔になっ
てる。
おじいさんに渡すものとまったく同じものをワンセット作っても
らって、国王のところにもってきたのだ。
﹁おお、おおおおお﹂
国王は箱をもって、ぷるぷる震えるほど感動した。
﹁この愛らしさ、として勇ましさ﹂
国王はおれの顔のチョコをとって、言った。
その二つはなかなか両立しないと思うけど、国王の中ではそうな
ってるみたいだ。
﹁気に入ってくれたかな﹂
﹁無論じゃ!﹂
﹁よかった﹂
﹁さっそく国宝に指定し、永久保存させてもらうぞ!﹂
﹁えー、待って待って。それはただのチョコだから、そんなことし
たらカビが生えちゃうよ﹂
﹁むっ﹂
421
﹁それに、おじいちゃんの日は毎年あるんだから、また来年も作る
から。それはちゃんと食べてくれると嬉しいな﹂
﹁そうか。わかった、ならば遠慮なく食べさせてもらおう。だれか
ある﹂
﹁はい﹂
大臣っぽい人が一人やってきた。
﹁これを今夜食べる。もっともチョコにあう酒を用意せい﹂
﹁チョコとなりますと、300年物の紫酒がもっともあいますが﹂
﹁うむ、ならばそれじゃ﹂
﹁承知いたしました﹂
大臣っぽい人は下がっていった。
300年物の酒か⋮⋮なんか大げさ過ぎる話になってないか?
いやまあ⋮⋮国王だし、それくらいは別にいっか。
何より喜んでもらえてるみたいだしな。
﹁感謝するぞ、余の千呪公よ。そうだ、千呪公には何か礼をせねば
ならんな﹂
422
﹁え? いいよそんなの、おじいちゃんの日にプレゼントするのは
当たり前のことだし﹂
﹁むぅ、しかしそれでは余の気が⋮⋮そうだ﹂
ポン、と国王が手を叩いた。
なにやら悪い予感がする。
﹁だれかある﹂
﹁はい﹂
さっきの大臣っぽい人がやってきた。
﹁千呪公よ、そなたの誕生日はいつじゃ?﹂
﹁え? ああたしか⋮⋮﹂
おれは自分の誕生日を言った。
なるほど誕生日プレゼントをお返しでくれるのか。
なんかとんでもないプレゼントがお返しでくる気がするけど、ま
あ、そういう話ならいっか。
﹁日付を聞いたな?﹂
﹁はい﹂
423
大臣っぽい人が頭を下げる。
﹁その日を祝日にするのだ。名前は千呪公の日﹂
﹁え?﹂
﹁すぐにやれ、国中に伝達するのだ﹂
﹁承知いたしました﹂
大臣っぽい人がそう言って去っていった。
国王は満足げにふんぞりかえって、チョコを眺めている。
斜め上過ぎるお返しになった。
424
○○の日︵後書き︶
相変わらずのバカジジ二号︵プロット内の呼び方︶でした。
425
サイン本
マンガ
この日は朝から図書館で国王と一緒に魔導書を読んでいた。
昼頃になって、珍しく客がやってきた。
客は女子高生くらいの若い子で、メガネに三つ編みの、いかにも
文学少女って感じの子だ。
﹁あの! せ、千呪公様はいらっしゃいますか﹂
﹁ぼくがそうだよー﹂
﹁わたし! タニア・アガンソって言います﹂
﹁タニアさんっていうんだ。えっと、ぼくに何か用かな﹂
子供モードのまま聞く。
タニアはおれをしばらくじっと見つめたあと、一冊の魔導書を差
し出して、ぱっと頭を下げた。
﹁サインを下さい!﹂
﹁⋮⋮え?﹂
一瞬何を言われたのかわからなかった。
426
サインって、あのサインの事?
﹁えっと、どういう事なのかな﹂
﹁わたし、ずっと千呪公様のファンでした!﹂
﹁余の方がずっと前から千呪公のファン︱︱﹂
騒ぎを聞きつけた国王が奥から出てきた。
話がややっこしくなりそうだったから背中を押して奥に戻してや
った。
戻ってきて、タニアと向き合う。
﹁ぼくのファン?﹂
﹁はい! それで、この魔導書に千呪公様のサインをもらえたらっ
て思って﹂
﹁サインかあ﹂
ちょっと困った。
サインなんて今まで一度もしたことないから、なんて書けばいい
のか。
名前を普通に書いて⋮⋮いいのかな。
﹁あの! みんな言ってます!﹂
427
おれがためらってると、タニアは更に言ってきた。
﹁言ってるって、何を?﹂
﹁魔導書に千呪公様のサインをもらうと、そのご加護で魔導書をち
ゃんと読めるようになるって﹂
﹁ご加護って﹂
おいおい、そんな噂があるのかよ。
﹁だから︱︱お願いします!﹂
タニアはまたパッと頭を下げて、持ってきた魔導書を差し出した。
ものすごく必死な様子で、断ったら泣き出しかねない勢いだ。
仕方ないからサインをしてあげた︱︱サインなんてものはないけ
ど、とりあえず魔導書を開いて最後のページに名前をサインっぽく
してやった。
﹁ありがとうございます! 一生大事にします!﹂
タニアはそう言って、魔導書を大事そうに抱えて去っていった。
﹁参ったなあ﹂
その姿を見送って、図書館の奥に戻る。
428
国王が魔導書を持っておれを見ていた。
﹁ごめんなさい﹂
おれは先制攻撃した。
﹁王様にサインはしないよ﹂
﹁なぜだ!﹂
背景に雷が落ちたような、そんな大げさな驚き方をする国王。
﹁だって王様の魔導書にサインなんてしたら、その魔導書をいろん
な人に見せびらかすよね﹂
これまでのつきあいで絶対そうなると思った。﹁余の千呪公のサ
インだ、羨ましいだろう﹂ってやる国王の姿がありありと想像でき
る。
ただでさえ恥ずかしくて死にそうなのに、そんな事をやられたら
恥ずかしさが限界突破してしまう。
﹁そんな事はしない!﹂
国王が力説した。
本気でしないって顔で、ちょっと意外だ。
﹁あっ、しないんだ﹂
429
﹁もちろんだ! 余の千呪公がサインをしてくれた魔導書、国宝指
定して大事にとっておくに決まってる!﹂
﹁それはもっと恥ずかしいよ!﹂
やっぱりサインなんてしない、ヘタにしたらやばいとおもった。
﹁どうしてもしてくれないのか﹂
﹁しない﹂
ちょっと強めにいった。さすがに国宝指定は恥ずかし過ぎる。
﹁むっ、余の千呪公はいけず過ぎる﹂
いけずっていうな。
国王はしばらくぶつぶつ言った後、あきらめて魔導書を読むのに
戻った。
おれも一緒に魔導書を読みだした。
図書館の中、いつも通りのゆるい時間が流れる。
﹁千呪公様!﹂
﹁うん?﹂
図書館の入り口から声が聞こえた。
430
さっき聞いた声、タニアの声だ。
どうしたんだろうと思って表にでると、魔導書を抱えたタニアが
キラキラ目をしているのが見えた。
並のキラキラ目じゃない、﹁超﹂ってつくくらいのキラキラ目だ。
﹁どうしたの? タニアさん﹂
﹁ありがとうございます! 千呪公様﹂
﹁ありがとう?﹂
﹁はい! 千呪公様のおかげで魔導書が読めました﹂
﹁え?﹂
﹁﹃ファイヤボール﹄﹂
タニアは片手を掲げて、図書館の外に向かって魔法を撃った。
火の玉が飛んでいって、空の彼方に消えた。
﹁おー﹂
﹁千呪公様のサインのおかげです! 本当にありがとうございます
!﹂
﹁いや、それ多分偶然⋮⋮﹂
431
﹁本当にありがとうございます! この魔導書、一生大事にします
! じゃあ!﹂
タニアはそう言って、ぱっと去っていった。
風の様にやってきて、風のように去っていった。
というか⋮⋮まさかね、ただの偶然だよね。
﹁余の千呪公よ﹂
﹁ギグッ﹂
名前を呼ばれて、おそるおそる振り向いた。
そこに魔導書をもって、タニア以上にキラキラ目をしてる国王の
姿があった。
﹁余にもサインを﹂
﹁うっ⋮⋮﹂
さすがに断れなかった。国王が出してきた魔導書にサインをした。
﹁やったぞ、余の千呪公のサインをもらったぞ!﹂
国王はそう言って、タニアに勝るとも劣らない程の勢いで図書館
から飛び出した。
⋮⋮おいおい。
432
ちなみに、サインのはやっぱり偶然だった。サインをしたからっ
て、国王がそれを読めるってことにはならなった。
⋮⋮ただし、サイン本はしっかり国宝になったのだった。
433
サイン本︵後書き︶
大人気ルシオ先生! 的なお話でした。
434
最高の男、最高の女たち
﹁﹃ドレスアップ﹄﹂
屋敷の中、シルビアとナディアの二人に着せ替えの魔法を掛けて
いた。
二人は同時に魔法を掛けた、セットで対比させる、というのをこ
ころがけて。
﹁どうですかルシオ様﹂
聞いてくるシルビア。
子供の姿のままドレスをきた彼女は何かの発表会にこれから出る
って雰囲気だ。
そのシルビアはピンク色のドレス、横にいるナディアは水色のド
レスだ。
﹁良い感じだと思う﹂
﹁もうちょっと大人っぽいのがいいって思う﹂
ナディアが自分を見下ろしながら言う。
﹁ふむ、それもそうだ﹂
435
二人の薬指にはめられてる指輪を見て、おれもそう思った。
おれの嫁の証、結婚指輪。
魔法で作ったちゃんとした指輪だから、こどもっぽいのとちょっ
と違和感がある。
﹁﹃ドレスアップ﹄﹂
魔法を再び二人に掛ける。光が二人を包んで、新しいドレスにす
る。
今度は比較的大人びたデザインのドレスになった。色はシルビア
が赤で、ナディアが黒だ。
﹁どうですかルシオ様?﹂
﹁良い感じだと思う﹂
﹁こっちなら姿は大人の方がいいかも﹂
﹁なるほど﹂
ナディアの意見で、今度は見た目を大人にする魔法をかけて、見
た目を調整する。
こうして、二人の衣装合わせをしていった。
☆
436
今日は年に一度の大型行事、英雄感謝祭という名前の日。
ちょっと前にあったおじいちゃんの日とか、国王が無理矢理ねじ
込んだ千呪公の日とかと違って、この国を作った英雄、初代国王の
誕生日を元にした日だ。
国中大盛り上がりの大行事で、王都ラ・リネアでも儀典を行った
り、お祭り騒ぎになったりする日だ。
そこにおれは公爵として公の場に出席することを求められた。
そこに連れて行くために、シルビアとナディアを綺麗に見せよう
としているところだ。
そのかいあって、シルビアとナディアは子供の姿ながら、おれか
ら見てもうっとりするくらいの貴婦人に仕上がった。
☆
その二人を連れて、儀典の場に姿を現わした。
まわりは大人ばかりだ。
ちょっと前に国王がおれを自慢するために開いたパーティーに比
べて、規模も集まった参加者も、おごそか度合いが数ランクも上だ。
﹁ルシオ様⋮⋮﹂
﹁ルシオくん﹂
437
シルビアとナディアが同時におれをよんだ。
見上げてくる顔は不安でいっぱいだ。
﹁胸を張って、シルビア、ナディア﹂
二人の手を握って、ささやきかける。
﹁おれはここに二人を連れてきた、何故だと思う?﹂
二人は不思議がった。わからないという顔をする。
﹁屋敷の近くに住んでるおじさんがいるだろ、ものすごく大きい犬
を飼ってる。あのおじさん、犬を連れて散歩してる時って犬だけじ
ゃなくておじさんも強く見えるだろ? あれと一緒。綺麗なシルビ
アとナディアが一緒にいてくれる方が、おれもかっこよく見えるん
だ﹂
驚く二人。
﹁だから、綺麗でいてくれ﹂
﹁︱︱はい!﹂
﹁任せてよ!﹂
頷き二人、おれの左右に並んで、一緒になって歩き出す。
自信に満ちた顔の二人。
438
うん、綺麗だ。
そんな二人を引き連れて、まわりの羨望の視線を集めた。
﹁ルシオ﹂
おれ達の前に、ルビーがやってきた。
久しぶりに会う、この国のお姫様。
彼女はきらびやかなドレスで、やっぱり注目を集めている。
﹁やあ、こっちに戻ってきてたのか﹂
﹁都であおうぞ、と約束したはずだが?﹂
拗ねた目で睨まれた。確かにそんな事言われたっけ。
﹁そうだったな﹂
﹁わらわはしばらく、都にある屋敷にいる﹂
﹁そうか﹂
おれはそう言った。
会話が途切れた。
ルビーがますます拗ねた目でおれを見た︱︱どうしたんだ?
439
﹁お姫様、今度遊びにいっていいですか? ルシオ様と一緒に﹂
シルビアが横から口を出してきた。
﹁わたしたちもルシオ様も、お姫様のお屋敷って知らないから﹂
シルビアが言うと、ルビーはちょっと機嫌がよくなった。
﹁そこまでいうのなら仕方がない、特例で招いてやろうぞ。ルシオ
も、それでよいな﹂
﹁あ、ああ﹂
﹁ありがとうございます﹂
シルビアが礼をいった。
そのあとはルビーとわかれ、いろんな人と話をした。
シルビアも、ナディアも、二人はおれよりもうまくいろんな人と
話した。
小さいながらもまるで貴婦人。
二人が注目を集めることで、その注目が巡り巡っておれにも尊敬
の眼差しという形でくる。
二人のいい女を侍らす男はいい男に違いない、という理屈だ。
﹁姫様﹂
440
ふと、一人の男が入ってきて、ルビーに何か耳打ちをした。
ルビーはそれを聞いて顔色を変えて、男と一緒に儀典の会場から
でた。
﹁シルビア、ナディア。ちょっと離れる﹂
二人にそんな事を言って、ルビーのあとを追う。
外に出て、物陰からルビーの声が聞こえてくるので、そっちに向
かった。
﹁で、規模はどれほどの物か﹂
﹁それが⋮⋮最低でも二日は続くものと⋮⋮﹂
﹁なんという事だ⋮⋮﹂
﹁なんの規模だ?﹂
近づいて、声を掛ける。
﹁ルシオ!﹂
驚くルビー。
﹁どうしたんだ? なんかものすごく顔色が悪そうだぞ﹂
﹁な、なんでもない﹂
441
﹁おい、そこのお前﹂
﹁は、はい!﹂
男はビシッ、と﹁気をつけ﹂のポーズをした。
おれ
公爵様によばれて緊張しているようだ。
﹁何があった﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
男はルビーを見る。板挟みになっているのが見える。
﹁魔法で話させてもいいんだぞ? おれは千呪公、喋らせる魔法く
らい覚えてる﹂
﹁はあ﹂
ルビーからため息が漏れた。観念したっていうため息だ。
﹁宮廷の気象観測士から知らせがあった。魔法で観測した結果、今
夜から嵐がくるらしい。しかも最低二日は続く程の大嵐なのだ﹂
﹁嵐か﹂
﹁見ての通り国中︱︱都は大騒ぎだ、これから儀典も行う。それな
のに嵐とは⋮⋮﹂
442
ルビーは難しい顔になった。
この大きな行事が嵐とか台風とか、そういうのに文字通り水を差
されるとなったらそんな顔もする。
﹁わかった、おれに任せろ﹂
﹁なんだと? 任せろとは何をするつもりなのだ﹂
ルビーをおいて、男に聞く。
﹁嵐はどこから来る﹂
﹁う、海の方から﹂
男はあさっての方角を指した。あっちが海のある方角で、嵐がや
ってくる方角か。
﹁どうするのだ﹂
ルビーは同じ事を聞いた。
﹁古代魔法を使う﹂
おれはそう言って、肩で風を切るように歩き出した。
☆
式場を出て、飛行魔法で嵐の方向に向かって飛んでいく。
443
空を飛ぶと一段とよく分かる、天気が加速度的に悪くなっていく
のを。
雲の上に出た。更に進んだ。
すると渦巻く巨大な雲が︱︱嵐にぶつかった。
更に進むと、今度はぽっかり開いてるところが見えた。
おそらく、台風の目。
そのど真ん中に飛んでいき、魔法を詠唱する。
﹁﹃ウェザーチェンジ・サニー﹄﹂
唱えた瞬間︱︱全身が脱力していくのを感じる。
はじめてこの古代魔法を使った時もそうだった。
天気をかえる程の大魔法、それを使った時、魔力がごっそり持っ
て行かれて脱力するのを感じた。
それと同じもので︱︱遙かに強い物を感じる。
当然だ、二日続く程の嵐を晴れにかえるんだから。
目の前がぼやけた、意識を失いそうになる。
目の前にふたりの姿が浮かび上がった。
444
シルビアと、ナディア。
二人の晴れ姿が、大活躍してる二人の姿が浮かんだ。
︱︱ギリッ。
歯を食いしばる、体というタンクの底をさらって、魔力を搾りだ
す。
天気が変わる。
台風の目が徐々に広がっていき、荒れ狂う嵐を塗りつぶす。
やがて、嵐は完全に消え去った。
☆
残った最後の魔力で王都に、式場に飛んで戻ってきた。
﹁ぎりぎりだったな﹂
つぶやき、深呼吸する。
ちょっと足元がふらつきかけたから、慎重に歩いて中に戻る。
ルビーがそこにいた。
﹁嵐を消してきた﹂
﹁⋮⋮え?﹂
445
﹁嵐を消してきた。もう大丈夫だ﹂
﹁そんな馬鹿なことが﹂
﹁じゃ、あとは任せた﹂
ルビーの横を通り抜けて、式場の中に戻ろうとする。
背後からルビーが部下に命令して、気象観測士にところに確認に
走らせるのを聞きつつ、中に戻った。
﹁ルシオ様﹂
﹁ルシオくん﹂
入り口で、二人の嫁がおれを出迎えた。
﹁待たせたな、さあ︱︱﹂
行こうか、と言おうとした時。
二人が腕を組んできた。
左右に挟んで、腕を組んできた。
おれは驚いた。なぜならそれは普通の組み方じゃなかったから。
一見普通に見えるが、実際はおれを支えるかのような組み方。
446
まるでおれが何をしてきたのかわかっているかのようだ。
﹁シルビア? ナディア?﹂
﹁ルシオ様、魔法をいっぱい使った時の顔をしてます﹂
シルビアが言った、ナディアがこくこくと頷いた。
﹁⋮⋮そうか﹂
おれは納得した。
一番おれが魔法を使ってるのを見てる二人にはバレバレのようだ
った。
﹁ルシオくん﹂
﹁なんだ﹂
﹁今のルシオくん、かっこいいよ﹂
﹁そうか?﹂
﹁うん!﹂
ナディアは大きく頷いた。
﹁今のルシオくんと一緒に歩いたら、わたし達も綺麗に見えるかな﹂
ナディアが言う、おれは驚く。
447
さっきおれが言ったことの逆バージョンだ。
﹁⋮⋮ああ﹂
おれは頷き、二人が組んでくる腕にちょっと力を込めて、絡み返
した。
﹁シルビアもナディアも、今は世界で一番素敵な女だ﹂
﹁はい、ルシオ様﹂
、、、、、
﹁当然だよね﹂
二人が笑顔で頷く。
自信ではなく、信頼。
そんな風に頷いた二人と一緒に、おれは式典に戻っていったのだ
った。
448
最高の男、最高の女たち︵後書き︶
台風・天災に打ち勝ったところで、王都編終了です。
この章でいろいろやってきた要素を総合した話ですが、楽しんでい
ただけましたでしょうか。
449
千呪公、国王代理になる
国王に呼び出されて、謁見の間にやってきた。
﹁おお、来たか余の千呪公よ﹂
おれを見た国王はいつも通りテンションが上がった︱︱かと思い
きや。
﹁おおおおお、余の千呪公よ、行かないでおくれー﹂
なんといきなり泣き出した。
⋮⋮え? 泣き出した? ちょっとちょっと、いきなりなんなん
だこれは?
玉座に座ってて直前まで威厳たっぷりだった国王がいきなりめそ
めそし出した。
これがデレデレだったらいつものことだから慣れてるけど、泣か
れるのは初めてだ。
﹁陛下、どうかお気をしっかり持って﹂
横にいる大臣が国王を宥めた。
﹁卿は余の千呪公が離れてもいいというのか﹂
450
﹁しかし公爵様でなければどうにもならないのも確か﹂
﹁それは分かっておる! 余の千呪公を舐めるでないわ﹂
国王が逆ギレした。
⋮⋮なんなんだ、一体。
﹁王様、ぼくにもわかる様に説明してほしいな﹂
﹁ううう⋮⋮﹂
﹁わたくしから説明いたしましょう﹂
国王が使い物にならないと判断したのか、大臣が代わりに切り出
した。
表情が若干呆れ気味だ。
﹁先だって、南方の小国ゲルニカが王国に臣従を申し出ました﹂
﹁しんじゅー?﹂
﹁毎年の朝貢に、王子を王都ラ・リネアに人質として差し出し、い
わば属国になったと思っていただければ結構でございます﹂
﹁そうなんだー﹂
知らない所で国同士で大きな話があったんだな。
451
﹁そのゲルニカは様々な問題を抱えてる国。属国にしても最低限の
安定を維持してもらわねば話になりません。そのため王国から人間
を送って、問題を解決するという話になりまして﹂
﹁なるほど⋮⋮ってまさか﹂
あまり興味のない話だから聞き流しかけた。
﹁ぼくにいけって事?﹂
﹁左様でございます﹂
﹁えええええ、無理だよそんなの。ぼく国の運営なんて何も知らな
いよ?﹂
﹁そんな事はございません﹂
大臣はきっぱり言い切った。
﹁公爵様は千の魔法を自在に操る大魔道士﹂
そろそろ一万超えるけど。
﹁内外に知られる陛下の秘蔵っ子でもあり﹂
なんかやたら気に入られてるのは確かだな。
﹁かわいい奥方をおもちですし。しかもお二人﹂
﹁それは関係ないよね!﹂
452
思わず突っ込んだ。
﹁いいえ、ございます﹂
大臣ははっきり言い切った。
あるのか? なんで?
﹁そういうわけで、ゲルニカ再建のため、能力的にも王国の本気度
を示すためにも、公爵様こそが最適の人選でございます﹂
なるほど。話はわかった。
﹁余はいやじゃ。余の千呪公をあの様な僻地にいかせとうない﹂
﹁王様⋮⋮﹂
﹁うおおおお、千呪公が⋮⋮余の千呪公がいってしまう⋮⋮﹂
めそめそ泣く国王。どうしたらいいんだこれ。
﹁陛下。考えようによっては、これは千載一遇のチャンスでござい
ますぞ﹂
﹁むっ? どういう事だ﹂
﹁属国で小国とはいえ、ゲルニカはれっきとした国。そしてわが王
国から送り込む人間は陛下の名代、あそこでは必然的にトップ。つ
まり⋮⋮﹂
453
﹁王!﹂
国王は目をカッ! と見開いた。
﹁左様でございます。ゲルニカに赴いた公爵様は実質一国の王。千
の魔法の公爵ではなく、千の魔法の国王となるのです﹂
﹁おお、おおおおお﹂
﹁さらに!﹂
大臣が力説する︱︱かなりわざとらしく芝居がかってる。
﹁公爵様のお力ならば無事立て直すことは必然。であればこの一件
で、その勇名が世界中に轟く事は必然﹂
﹁世界!﹂
﹁陛下が公爵様を思う気持ちは痛いほどわかります。しかし、これ
は公爵様の名を世界にとどろかす千載一遇の好機﹂
﹁うむ、卿のいうとおりだ﹂
あっ、なんか洗脳が完了した。
﹁余が間違っておったわ。余の千呪公は世界に羽ばたくべき存在。
余の手元につなぎ止めておくなど言語道断。余は決めたぞ﹂
﹁陛下のご英断、感服いたします﹂
454
大臣は頭を下げた。
下を向くその顔は疲れ果てて、ため息を吐いてる。
⋮⋮結構苦労してるんだな、この人。
﹁話は聞いての通りだ余の千呪公よ。どうかゲルニカに赴いてくれ
ぬか﹂
﹁えっと⋮⋮﹂
おれは考えた、現状を頭の中でまとめた。
つまり、買収した子会社の経営状態が良くないから、本社から新
しい社長を送り込んで経営再建をしろってことか。
国王はキラキラ目でおれを見つめている。
大臣は﹁なにとぞ﹂とすがる目でおれを見つめている。
しょうがないな。
﹁わかった、王様のために働いてくるよ﹂
﹁おおお、さすが余の千呪公じゃ﹂
こうして、おれはゲルニカを立て直すため、国王代理として行く
ことになった。
455
千呪公、国王代理になる︵後書き︶
新章スタート、もちろんかわいい嫁達と一緒に行きます。
そして次回︱︱早速︵面白い意味での︶衝撃展開!
456
テレビ電話
ゲルニカ王都、ルモ。
都の中心部にある屋敷にやってきた。
おれ、シルビア、ナディア、ココ&マミの四人である。
﹁お待ちしておりました、ルシオ様﹂
おれ達をでむかえたのはアマンダ。
実家のマルティン家に仕えている年上のメイドだ。
ルモにやってくるにあたって、アマンダを先行させて屋敷を手に
入れてもらった。
それが目の前にある屋敷だ。
広さだけで言えば、ラ・リネアにあるものよりも一回り大きい。
﹁お疲れ様。ここがおれの屋敷?﹂
﹁さようでございます﹂
﹁値段は?﹂
﹁ルシオ様からお預かりした支度金の三割ほどで﹂
457
﹁三割!?﹂
おれは驚いた。
﹁それはいくら何でも安すぎるだろ﹂
﹁ラ・リネアに比べて地価が安いのです。本当は十割あまらせる事
も可能でしたが、断りました﹂
﹁十割ってどういう事?﹂
﹁ルシオ様の事をさっそく聞きつけた商人や貴族の有力者が、歓心
をかおうと無料での提供を申し出ました。それらを全て断り、あく
まで相場で確保いたしました﹂
﹁⋮⋮すごいな、アマンダは﹂
﹁もったいないお言葉です﹂
いや、本当にすごいと思う。そこで安いから、ただだからって飛
びつかないのはもちろん、その上あえて相場通りに買ったのはすご
い。
﹁ご苦労さん、アマンダ。帰っておじいさんによろしく伝えて﹂
﹁それですが、近く訊ねてくるかと思います﹂
﹁そうか。まあ、それは予想してる。おじいさんだからね﹂
458
おじいさんがひょっこり遊びに来るのは予想がつく。
おれはもう一度アマンダをねぎらって、彼女を送り出した。
☆
屋敷の中をあれこれ見回して、間取りをチェックしたり家具をチ
ェックしていた。 そこに正面玄関のドアノッカーが音を立てた。
﹁誰かおらぬか﹂
シルビアが﹁はーい﹂と言って玄関に行った。
﹁えええええ﹂
シルビアの叫び声が聞こえた。
おれは玄関に駆けつけた。
﹁どうした⋮⋮ってえええええ﹂
シルビアと同じ声を上げる羽目になっちゃった。
玄関にいる訪問客、それは国王だった。
王都ラ・リネアにいるはずの国王が、お忍びの姿でそこにいった。
﹁お、王様? どうしてここに?﹂
﹁来ちゃった﹂
459
来ちゃったって。
﹁王様、もしかしてルシオ様に会いに来たんですか?﹂
シルビアがおそるおそる聞く。
﹁うむ。余の千呪公がどうしているのかいてもたてもいられず、王
宮をちょっと抜け出してきたのだ﹂
﹁それって大丈夫なんですか?﹂
﹁問題ない﹂
国王はきっぱり言い放った。
問題ないのか⋮⋮。
﹁書き置きをちゃーんと残して来たのだ。問題はない﹂
﹁書き置きだけ!? それは問題ありますよ!﹂
思わず突っ込んでしまった。
﹁まあまあ、それよりもこれ、引越祝いだ﹂
﹁これは?﹂
国王が出してきたものを受け取った。
460
中に赤い色をした麺が入っている。
﹁あっ、引っ越しの赤い麺。ありがとうございます、王様﹂
のぞき込んだシルビアがお礼を行った。
﹁うむ、後でゆでて余の千呪公と一緒に食べなさい﹂
﹁ありがとうございます﹂
シルビアの反応からして引っ越しそばとにたようなものみたいだ。
それはじゃあ良いけど。
﹁本当に大丈夫なの、王様﹂
﹁大丈夫だ。ちゃんと書き置きには余の千呪公のところに行ってく
ると書いてある。行き先もちゃんとしておるし、世界でもっとも安
全な余の千呪公のところだ。なにも問題はあるまい﹂
﹁うーん、それなら︱︱﹂
﹁問題大ありでございます!﹂
ドアが開かれ、大臣が入ってきた。
額に汗を浮かべ、息切れしてる。
格好は国王以上に質素な感じで、顔を知らない人はただの中年お
っさんに見える。
461
﹁ど、どうしたんですか﹂
﹁陛下を追いかけてきた。陛下!﹂
﹁むっ﹂
国王が表情を変えた。
﹁困りますぞこのような勝手をなさっては。陛下は我が国の主、そ
のようなものがなんの知らせもなしに属国の、しかも王都に来たと
あっては一大事﹂
あ、やっぱりそうだよな。
﹁仕方ないだろ、余の千呪公に会いたかったのだ﹂
﹁会いたかったのだ、ではありません。ああ、もう! ではもう会
われましたね。さあ、ゲルニカ王国のものに気づかれぬ様な帰りま
しょう﹂
﹁待つのだ、せめて一緒に引っ越しの赤い麺を︱︱﹂
﹁帰・り・ま・し・ょ・う﹂
大臣が国王に詰め寄った。
あまりの剣幕に国王はシュンとした。
﹁もう一度だけ申す、陛下がここにいると知られたら大変な事にな
462
ります。さあ、参りますぞ﹂
もはや説得してもらちがあかないと判断したのか、大臣は国王を
ずるずる引きずっていった。
屋敷の外に連れ出され、用意された馬車に連れて行かれる国王。
おれを見て、切なげに叫んだ。
﹁余はまだ来るからなあああ﹂
﹁二度と来ないで下さい!﹂
大臣はそう言って国王を馬車に詰め込んだ。
ロケットダッシュで王都ルモから逃げ出すように去っていく馬車
を、おれは苦笑いで見送る。
﹁王様、寂しいんですね﹂
シルビアが言った。
﹁そうだな﹂
﹁なんとかできませんか、ルシオ様﹂
赤い麺を持ったままおれを見あげるシルビア。懇願する様な目だ。
きっと国王が可愛そうだと思ったんだろう。
463
﹁そうだな﹂
おれは考える。一万近い魔法を脳内検索にかける。
﹁⋮⋮普通にあった﹂
﹁あるんですか﹂
﹁ああ⋮⋮なんで今思い出すのかってくらい普通にあった﹂
おれは苦笑いした。自分のうっかりにちょっと苦笑いした。
ちょっと前に魔導図書館でよんだ魔導書で覚えた魔法だ。
それを思い出して、手をかざして使う。
﹁﹃ピクチャーフォン﹄﹂
魔力の光が集まって、空中に映像を映し出した。
ホログラムのような半透明の映像。
それは、小さな空間で膝を抱えてめそめそしてる国王の姿だった。
⋮⋮おいおい。
気を取り直して呼びかけた。
﹁もしもし、王様?﹂
464
﹁むっ? 千呪公! 余の千呪公ではないか!?﹂
国王の映像がこっちを向いた。
﹁これはどうしたことだ﹂
﹁ぼくの魔法だよ﹂
﹁そうか、さすが余の千呪公だ!﹂
国王はいともあっさり納得した。
﹁テレビ電話⋮⋮って言ってもわからないよね。とにかく、この魔
法で時々王様に連絡するから﹂
﹁ほんとか!﹂
﹁うん! だから元気出して﹂
﹁うむ、元気が出たぞ。ありがとう余の千呪公﹂
テレビ電話の魔法でやりとりしてると、またしてもドアノッカー
が叩かれた。
ドアが開かれ︱︱実家にいるはずのおじいさんがそこにいた。
﹁おおルシオや、元気そうじゃのう﹂
﹁その声はルカ、なぜそこにいる?﹂
465
﹁む? エイブではないか。これは⋮⋮ははあ、ルシオの魔法じゃ
な﹂
おじいさんは一瞬で状況を理解した、名前で呼び合うほど仲良く
なった国王とテレビ電話越しで話した。
おじいさんは得意げに、国王は悔しそうだ。
﹁孫の新居に遊びに来るのになにか問題が?﹂
おじいさんは得意げに言った。うん、それは問題ないな。
﹁くっ、御者! 大臣! 今すぐ引き返せ、余も︱︱﹂
﹁なりません陛下!﹂
駄々をこねる国王は大臣に一喝された。
﹁ふぉっふぉっふぉ。さあルシオや、一緒に引っ越しの赤い麺でも
食べるのじゃ。おおシルビア、可愛い孫嫁の麺をたべさせてくれん
かのう﹂
﹁ぐぬぬ⋮⋮﹂
ここぞとばかりに国王を刺激するおじいさん。
相変わらず、二人とも仲良しだなあ、とおれは思ったのだった。
466
兄は現行犯
朝、屋敷に一人の男がやってきた。
二十代の青年で、人のよさそうな穏やかな見た目をしている。
﹁ルシオ・マルティオ公爵閣下と臣お受けいたしますが﹂
﹁うん、ぼくがルシオだよ﹂
とりあえず子供モードで返事した。
﹁お兄さん、だれ?﹂
﹁申し遅れました、わたしはシモン・シンプソンと申します﹂
﹁シモンさんだね﹂
﹁公爵閣下を宮殿に案内するよう仰せつかりました﹂
なるほど、ゲルニカ王国側からの使者か。
今日宮殿に行ってこっちの国王と会うから、その案内役としてき
たわけだ。
﹁よろしくお願いします。それと、公爵閣下はやめてよ。名前で呼
んでくれた方がいいな﹂
467
﹁わかりました。それではこれからマルティン様と呼ばせていただ
きます﹂
それでもまだかたいけど、まあいいか。
﹁ルシオくん、出かけるの?﹂
屋敷の奥からナディアがでてきた。
起き抜けで頭がいつもの様に寝癖で大変な事になってる。
﹁そっちの人は?﹂
﹁シモンさん。今からこの人とちょっと仕事にいってくる。彼女は
ぼくのお嫁さんのナディア﹂
﹁⋮⋮﹂
シモンは驚きに目を見開き、無言で慌ててナディアに頭を下げた。
見た目子供でも公爵夫人だからな、ナディアは。
﹁そっか。ルシオくんをよろしくね﹂
﹁いこっか、シモンさん﹂
﹁はい﹂
シモンをつれて屋敷から出た。
468
するとシモンはほっとした。
﹁どうしたのシモンさん?﹂
﹁失礼しました。まさか公爵夫人にお目にかかれるとは思ってなく
て﹂
﹁ぼくの時より緊張したみたいだけど?﹂
﹁それは、ええ、まあ﹂
シモンは口ごもって、額の汗を拭いた。なにか訳があるのか?
﹁ちなみにぼくのお嫁さんはもう一人シルビアって人もいるから﹂
﹁お二人いらっしゃるのは存じ上げております﹂
﹁そっか﹂
シモンと一緒に街中を歩いた。
ゲルニカ王国首都、ルモ。
王国の都と言うにはそれほど栄えてる訳ではなく、規模で言えば
おれが独立した時に住んでたバルサとそんなに変わらない。
それだけでこの国の規模とか国力とかが推測できた。
﹁キミ可愛いね、どこに住んでるの?﹂
469
ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
足を止めて、声の方を見る。
十数メートル離れた先にいるのはイサークだった。
⋮⋮なんでここに?
﹁ちょ、ちょっと。あたしは︱︱﹂
﹁おれの名前はイサーク。キミの名前は? その辺でちょっとお茶
しない? おれこう見えて結構面白い男なんだ。一緒に楽しいと思
うよ﹂
イサークはナンパをしていた。
前にあったときと同じで、そんなにきくとは思えない台詞でナン
パしていた。
ナンパされてるのは十代半ば、高校生くらいの美少女だ。
その美少女はイサークに困ってる。
やれやれ、仕方ないな。
おれが止めに入ろうとした、その時。
﹁こっちです! この人です!﹂
ナンパしてるイサークとは反対の方向から別の少女が武装した兵
470
士を連れてやってきた。
質素な武装をした兵士二人があっという間にイサークを挟み込む。
﹁この人です! この人がお義姉さんをナンパしてました﹂
﹁確認した﹂
﹁あなたは﹂
兵士の一人がナンパされた少女に聞く。
﹁ミクソンです、主人がいます﹂
少女は手をあげた、薬指に指輪がある。
おれはちょっと驚いた。
あの若さで人妻か︱︱ってシルビアもナディアも人妻だったか。
この世界じゃ早婚は珍しくないらしい。
﹁おれは人妻でも気にしない器の大きい男さ。キミに本物の男とい
う︱︱うわっ﹂
イサークは兵士二人に拘束された。
﹁あーあ﹂
隣でシモンが呆れていた。
471
﹁どういうことなの? シモンさん﹂
﹁マルティン様はそういえばご存じないのですね。この国では人妻
にナンパするのは犯罪なのです﹂
﹁そうなんだ﹂
﹁ええ、見つけたら容赦なく逮捕され、初犯なら七日間の禁固刑が
科せられます。知らなかったなら情状酌量の余地もありましたが⋮
⋮﹂
イサークのヤツ、人妻でもって言い切ったからなあ。
そのイサークは兵士に捕まって、ずるずる引きつられていった。
﹁離せ、おれが何をした。離せ︱︱あっ、ルシオ!﹂
こっちに気づいた。兵士も止まってこっちを見た。
﹁助けろルシオ、なんか知らないけどいきなり捕まったんだ﹂
﹁えっと﹂
﹁見苦しいぞ!﹂
﹁あんな子供に助けを求めるとか恥ずかしくないのか﹂
兵士二人がイサークをしかって、そのまま連れていった。
472
﹁えっと⋮⋮禁固刑、だけですよね﹂
シモンに確認する。
﹁はい、外地の人で初犯ならそれ以上のことは。⋮⋮マルティン様
のお知り合いですか? もし良かったら︱︱﹂
﹁ううん、七日間牢屋に入れてあげて。あれ、病気みたいなものだ
から﹂
﹁ええ、病気のようですね﹂
シモンはしみじみいった。
すごいぞイサーク、あの一瞬にシモンに色々わかってもらえたぞ。
イサークがいなくなって、シモンと一緒に再び歩き出す。
﹁そっか、シモンさんさっきナディアにお辞儀だけしたのって、そ
れもあるからなんだ﹂
﹁はい﹂
﹁なるほど﹂
﹁あっ、それと。あれ、ぼくのお兄さんだから﹂
﹁えええええ﹂
驚くシモン⋮⋮そうだよな。
473
﹁だからぼくの名前を出してくるかもしれないけど、ちゃんと、犯
した分の罪は牢屋にいれてね﹂
﹁承知いたしました。後で通知いたします﹂
﹁ありがとう﹂
これでよし、っと。
ま、イサークのためにもこうした方がいいだろ。
シモンは﹁初犯は﹂っていったから、またやったら刑罰があがる
のは目に見えてる。
ここでちょっと痛い目を見た方があいつのためにもなるだろ。
﹁しかし⋮⋮さすがマルティン様、公爵閣下ともなるとそうなるの
ですね﹂
ん?
﹁正しさのためには実の兄も罰する。手心を加えることなく、犯し
た分の罪は償ってもらう様にする公平さ、さすがだと思います﹂
えっと、そうなるのか?
﹁このシモン・シンプソン、感服いたしました。マルティン様!﹂
シモンがおれに詰め寄った。
474
﹁マルティン様の手で、どうか、この国を立て直してください!﹂
﹁う、うん﹂
なんかやたらと熱く︱︱信者になりそうな勢いでお願いされた。
その後、宮殿につくまでずっと熱い目で見つめられた。
475
お菓子の王様
﹁とても失礼な質問かもしれませんが﹂
王宮に向かう途中、シモンが聞いてきた。
﹁ルシオ様は一千以上の魔導書を読み解き、千の魔法を自在に操る
ため、千呪公と呼ばれていると聞いてますが。それは本当のことで
しょうか﹂
﹁本当だよ﹂
おれは両手をかざして、魔法を使う。
左手の親指にマッチのような小さな炎、人差し指は尖った氷柱を
出した。
中指はつむじ風を出して、薬指はパチパチと電気を纏わせた。
全部の指に違うものを、攻撃魔法を十種類使った。
もちろん最小限の威力に絞ってある。
﹁おおお!﹂
シモンが興奮する。
﹁こんな感じで、色々使えるよ。数は、うん、九千を超えたくらい
476
かな﹂
﹁そんなに! で、では﹂
﹁うん?﹂
﹁魔導書をそれだけ読めるのは、何かコツがあるんでしょうか﹂
﹁コツ?﹂
﹁はい、魔導書を読むコツです。わたしはずっととある魔導書を読
んでるのですが、未だに全然読めなくて。もしコツがあれば⋮⋮﹂
﹁そうなんだ﹂
そう言う話か。
おじいさんも国王も、おれのまわりのいろんな人から同じ悩みを
聞いてきた。
おれからすればただのマンガで、何分かあれば一冊読めるけど、
この世界の人間はほとんど読めない。一冊読むのに数年はかかる。
その人達が読めるようにするためにいろんな事をしてみた。
魔法で内容をアニメにしたりとか、色々してみたけど成果は出て
ない。
おれ自身楽に読めるけど、他人に読ませるのは難しい。
477
シモンは頭を掻いて、顔を赤くして語り出した。
﹁実は⋮⋮お恥ずかしい話ですが、幼なじみから出された宿題なん
です。その魔導書を読んで、魔法を使ったら結婚してくれるって﹂
﹁魔法を使ったら結婚?﹂
思わず足が止まって、シモンを見あげた。
それは⋮⋮協力してやりたいな。
﹁それ、どういう魔導書なの?﹂
﹁これです!﹂
シモンは懐からパッと魔導書を出して、おれに渡した。
持ち歩いてるのか。
﹁読んでもいい? すぐ終わるから﹂
﹁すぐ?﹂
シモンが驚く。
渡された魔導書は結構薄いものだったから、立ち読み感覚でパラ
パラ読めた。
﹁そっか、こういうことなんだ﹂
478
おれはそういって、魔導書をシモンに返す。
﹁はい、これ返すね﹂
﹁え? も、もしかして、今ので読めたのですか﹂
﹁うん﹂
頷く。
シモンは驚き、信じられないって顔をする。
論より証拠。
おれは手を差し出して、今覚えた魔法を使った。
手の平が光って、指輪ができた。
シルビアとナディアがつけてるのと同じ、魔法で作った結婚指輪
だ。
﹁こ、これはまさしく。本当に今の一瞬で。さすがです⋮⋮﹂
シモンは感動しつつ落ち込む。複雑な心境みたいだ。
﹁シモンさんの幼なじみさんは、シモンさんが作った結婚指輪がほ
しいんだね﹂
﹁⋮⋮はい、そうです。でもわたしはどうしてもこの魔導書を読め
なくて。ああ⋮⋮ローラ、ふがいないぼくを許しておくれ﹂
479
途中で一人称が変わった。幼なじみと一緒にいるときはそういう
喋り方なのか。
﹁すみません。ルシオ様には関係のない話でしたね﹂
﹁ううん。頑張ってシモンさん。魔導書は頑張ればきっといつか読
める様になるよ﹂
﹁はい⋮⋮﹂
しょんぼりと、魔導書を懐にしまい直すシモン。
さすがにちょっとかわいそうだ。
﹁ぼくも何か考えるよ。シモンさんが魔導書を読めるようにする方
法を﹂
﹁本当ですか!﹂
シモンはまるで救世主を見るような目をおれに向けて来た。
﹁うん、なんとかするよ﹂
おれはブラックホールで使い道のない指輪を吸い込んで処理しつ
つ、なんとかしてやる方法はないかと考えたのだった。
☆
小さな王宮の中、質素な謁見の間。
480
ほとんど舘と言ってもいいくらいのそこで、おれはゲルニカの国
王と向き合っていた。
﹁⋮⋮豚?﹂
思わず感想が口をついてでた。
目の前にいる男︵多分︶は豚の化け物のような見た目をしている。
昔ネットで見た、自分で起き上がれない体重数百キロの男、あれ
とそっくりだ。
あまりの肥満体ゆえに、玉座はなくて、段差の上に地べたで座っ
てる状態だ。
⋮⋮いや、実は玉座があって、肥満体に隠れてるだけなのかもし
れない。
﹁ぶぶー、おまいがルシオか﹂
ゲルニカ国王が口をひらいた。
﹁⋮⋮うん。ぼくがルシオ・マルティンだよ。あなたが王様?﹂
﹁ぶぶー。そう、おれがゲルニカ王クレメンテ一世だぶ﹂
﹁そっか。それより王様、さっきからずっと何を食べてるの?﹂
﹁ぶぶー。公爵とはいえ子供か。いいだぶ、無知なおまいにもわか
481
る様に説明してやる。おれがたべてるのはケーキっていう食べ物だ
ぶ﹂
それはわかってる。
聞きたいのはそんな事じゃない。
ゲルニカ王の横に台車があって、そこにケーキが山ほど積み上げ
られてる。
文字通り山積みだ。
ゲルニカ王はそれを手掴みでむしゃむしゃ食べてる。
おれが謁見の間に入ってから既に十個以上食べてる。
﹁王様、それはちょっと食べ過ぎなんじゃないかな﹂
﹁ぶぶー。おれは王だ、ケーキくらい食べて何が悪い﹂
﹁うんと、はい﹂
﹁ぶぶー、失礼なヤツだ。おいそこのお前、あれをもってこい﹂
ゲルニカ王はそばにいる女の召使いに命令した。女は慌てて謁見
の間からでて、すぐにずっしりした袋をもって戻ってきた。
ゲルニカ王はそれを受け取って、中身を手づかみで食べ出した。
白くでじゃりじゃりした細かいつぶ⋮⋮あれってまさか。
482
﹁王様、それってなあに?﹂
﹁砂糖に決まってるぶ!﹂
おれを怒鳴りつけて、砂糖を手づかみでむしゃむしゃする。
⋮⋮太る訳だ。
﹁えっと、それで王様、ぼくがここに来たのは﹂
﹁めんどくさい話は聞きたくないぶ﹂
﹁え?﹂
﹁話はわかってる、適当にやるがいいぶ。シモンに任せるから話は
全部そいつから聞くぶ﹂
﹁えっと﹂
﹁ぶぶー﹂
ゲルニカ王はそういって、砂糖をむしゃむしゃしたまま謁見の間
をでた。
まるでスライムかなんかの軟体動物の様な移動の仕方で⋮⋮意外
にも普通の人間とそんなに変わらない歩く速さだった。
ていうか⋮⋮それでいいのか?
483
本当におれが好き勝手にやっても。
おれはゲルニカ王がいた場所を見つめる。
砂糖とケーキの食べかすが散乱してる。
思わず﹁行儀わるい﹂って言葉が脳裏に浮かぶくらいの惨状。
﹁﹃ブラックホール﹄﹂
出力を最小に絞って魔法をとなえる。
指先にできたビー玉くらいのブラックホールは、最高級掃除機と
変わらないくらいの吸引力でゴミを吸い込んだ。
﹁﹁﹁おおおおお﹂﹂﹂
使用人、衛兵、そしてずっと黙ってたシモン。
その場にいる全員が感動した声をあげた。
﹁た、大変です﹂
兵士の格好の男が飛び込んできた。
﹁魔物が! 魔物が例の村に現われました! すぐに救援を﹂
にわかに慌て出す謁見の間。
どうやら、いろいろ掃除しなきゃいけないところが多いみたいだ。
484
未来嫁
﹁えええええ!? じゃあルシオくん、モンスター退治をしてきた
の?﹂
夜、新居の屋敷の中。
さっそく運び込んだキングサイズのベッドの上で、おれとナディ
アはお手々をつないで横たわっていた。
﹁ああ。知らせが入って急行して、対応してきた﹂
﹁ねえねえ。どんなモンスターだったの?﹂
﹁﹃クリエイトデリュージョン﹄﹂
魔法を唱えて、空中に映像を映し出す。
ぬぽーとした、オーガのようなモンスターが現われた。
﹁これがいっぱいいたの?﹂
﹁いや、こいつ一体。﹃クリエイトデリュージョン﹄﹂
もう一回魔法を唱えて、モンスターの横に建物を移す﹂
﹁これってこの屋敷?﹂
485
﹁ああ、サイズの割合は一緒だ﹂
﹁えええ、じゃあこの屋敷よりも大きいって事?﹂
驚くナディア。当然の反応だ。
映像に映し出されてるモンスターと屋敷。ざっと比較して、モン
スターは屋敷の三倍近くの大きさがある。
数字に直せば体長100メートルはあるってデカブツだ。
﹁これを倒したの? さっすがルシオくん﹂
﹁倒したっていうか、追い払ったっていうか﹂
﹁追い払った?﹂
﹁どうにも悪さをするモンスターじゃなくてな。村に現われたけど
人間は襲ってなかった﹂
﹁じゃあ何をしたの?﹂
﹁﹃クリエイトデリュージョン﹄﹂
映像に手を加える。
牛や豚と言った動物がモンスターの前に現われる。
モンスターはあめ玉サイズの牛や豚を摘まんで口の中に入れ、丸
呑みした。
486
﹁村の家畜を食べてた﹂
﹁お腹ぺこぺこなんだ。なんか山に降りてきた熊みたいだね﹂
﹁まるっきりそれだ。で、どうやら定期的に村に現われるみたいだ
から、町のみんなは困ってるらしい﹂
﹁そりゃこまるね。牛と豚をこんな風にパクパク食べられてたら﹂
映像が動く、モンスターにとって、牛一頭は大体サイコロステー
キ一個分くらいの大きさしかない。
﹁でもすごいねルシオくん。こんなでっかいのを退治するなんて﹂
﹁退治してないぞ?﹂
﹁え? でも﹂
﹁対応しただけで、退治してない。食べ物ほしさにでてきただけで、
話を聞くと人間を襲ってないらしいんだ。だからこうした﹂
映像を追加する。
小さいおれがでてきて、魔法で牛を一頭大きくした。
この屋敷と同じ位大きくした。
モンスターは最初驚いたが、大喜びで牛に飛びついた。
487
巨大化した牛を平らげて、満足げになった。
﹁こんな感じで、お腹いっぱいになってもらった﹂
﹁そっか。さっすがルシオくん。倒すだけじゃないんだね﹂
﹁倒そうと思えばできるけど、そんな必要なかったみたいだからな﹂
﹁そっかー﹂
﹁そういえばイサークにもあったな﹂
﹁えー? なんでなんで? ここに来てるの?﹂
﹁ああ﹂
頷き、魔法をかけ直す。
映像がぷつんと切り替わる、まるでテレビのチャンネル替えをし
たみたいだ。
イサークの姿が映し出される。
今朝見た、人妻をナンパして、捕まって連れて行かれる一部始終
が映し出される。
それをみて、ナディアはケラケラ笑った。
﹁あはははは、捕まっちゃった。えー、人妻をナンパすると捕まる
んだ﹂
488
﹁らしいな。この国だと﹂
﹁あたしやシルヴィをナンパしてもそうなるのかな﹂
﹁なるらしい。今朝来た人を覚えてるだろ? シモンって人。あの
人がナディア達に話しかけなかったのはそれが原因だったらしい﹂
﹁そうなんだー。よし、ルシオくん、今度あたしをまた大人にして﹂
一瞬どきっとした。
大人にして、という言い回しに。
﹁﹃グロースフェイク﹄﹂
魔法をナディアに掛けた。
ナディアは十六歳の美少女になった。
﹁そうそうこれこれ。もうちょっと大人にならない?﹂
﹁こうか﹂
魔法を重ねがけした。
⋮⋮どきっとした。
ナディアは更に大人になった。二十代半ばくらいの美女に。
489
パジャマ姿からネグリジェ姿になる。雰囲気もいつもの元気はつ
らつな感じから、大人びた感じになる。
﹁うん、これよ﹂
気のせいか、口調まで大人びている。
﹁この姿で義兄さんの前に出てやるわ。ふふ、どうなるのか楽しみ
ね﹂
﹁やめてやれ﹂
おれは苦笑いした。
﹁その姿だと間違いなくナンパしてくる。再犯だと今度は七日間じ
ゃすまなさそうだ﹂
﹁間違いなくするかしら﹂
﹁するな﹂
﹁ルシオも?﹂
ナディアがおれの上に馬乗りになって聞いてきた。
またどきっとした。
おれを組み敷く妖艶な美女、口調も呼び方も変わって、まるで知
らない人のようだ。
490
これが⋮⋮大人になったナディア⋮⋮?
﹁どうなの⋮⋮ルシオ﹂
﹁それは⋮⋮﹂
どう答えようか、と言葉を選んでいると。
ガチャ、とドアが開く。
﹁お待たせ、あれ?﹂
シルビアが入ってきた。
湯上がりのシルビア、可愛らしいパジャマ姿。
﹁ナディアちゃん、何してるの?﹂
大人になった幼なじみを迷いなくナディアと呼ぶシルビア。
﹁あれ? ナディアちゃんだよね?﹂
かと思えばその姿に首をかしげた。
﹁うん。ルシオに魔法で大きくしてもらちゃった﹂
﹁ルシオ?﹂
﹁ふふ。なんか、そう呼びたい気分。体が大人になったからかな﹂
491
﹁⋮⋮﹂
シルビアはしばらく考え込んでから、おれの横にやってきた。
﹁ルシオ様。わたしもナディアちゃんみたいにしてもらって良いで
すか?﹂
﹁うん? ああいいぞ﹂
大した事じゃない。
おれは即答して、シルビアにも魔法を掛けた。
﹃グロースフェイク﹄、大人に偽装する魔法。
二段重ねで、シルビアも二十代半ばの姿にした。
大きくなったシルビアはナディアとは違うタイプの美人になった。
ナディアは変わった、しかしシルビアは変わらなかった。
正統派な大人、お淑やかな美女になった。
﹁おー、シルヴィそうなるんだ﹂
﹁ふむ。大人のシルビアはこんな感じなんだな﹂
シルビアは自分の手足を、自分の姿をまじまじと見る。
﹁そうね、ナディアの気持ちがわかるわ﹂
492
シルビアの口調も変わった。まるで上品な奥様みたいな感じだ。
﹁でしょう? ねえ、その格好だとルシオをどう呼びたいの?﹂
﹁そうね⋮⋮﹂
シルビアはおれを見つめて、穏やかに微笑んで、耳元に唇を寄せ
てきた。
﹁あ・な・た﹂
どきっとした、胸がむずむずした。
耳元で囁かれた﹁あ・な・た﹂はとんでもない破壊力だった。
﹁うん、似合う。そのシルヴィならその呼び方が似合う﹂
﹁ナディアこそ、ものすごく似合っているわ﹂
﹁でも変な感じ。ルシオの事をすごく可愛く見えてしまうのよね﹂
﹁わたしも。ものすごくかわいいだ﹂
二人はおれを見つめた。
なんか⋮⋮目が妖しいぞ?
まるで獲物を見る肉食獣の様な目だ。
493
こんな目をする二人⋮⋮はじめてだ。
二人はじりじりおれに迫ってくる。
なんかまずい、いや夫婦だからちっともまずくないけど、でもな
んかまずい。
なんとかしなきゃ︱︱そう思ったおれはひらめく。
﹁﹃グロースフェイク﹄﹂
同じ魔法を、今度は自分に掛けた。
二人にしたのと同じように、二回分かけた。
青少年を経由して、青年の姿になった。
自分じゃ顔がどうなってるのか見えないけど、二人より大きくな
った。
身長は⋮⋮ざっと180はあるみたいだ。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
迫ってきた二人が止まった。
目を見開き、おれをじっと見つめる。
494
﹁シルビア? ナディア?﹂
どうしたんだろうかと、二人の顔の前で手をヒラヒラ振ってみた。
二人とも反応がない、じっとおれを見つめているだけ。
そうして数十秒。
﹁かっこいい⋮⋮﹂
﹁素敵⋮⋮﹂
二人は同時に口を開く。
﹁ルシオ、腕、くんでいい?﹂
﹁あなた、わたしにもそうさせて?﹂
聞く二人、しかし動かない。
今までならおれが答える前に﹁手をつないで﹂きていた。
しかし今は顔を赤らめて、おれの答えを待ってる。
おれはにこりと笑って、ポスン、とベッドに体を投げ出した。
﹁いいぞ。おいで﹂
いうと、二人は大喜びで飛びついてきた。
495
シルビアは左に、ナディアは右に。
いつものポジションで腕を組んできた。
﹁今日はこのまま寝るか﹂
﹁うん﹂
﹁はい﹂
頷く二人と、いつもとはちょっと違う夜を過ごした。
普段は手をつないで寝る夜、今日は腕を組んで一緒に寝た。
ちょっとだけ、未来を先取りした、幸せな気分になった。
496
未来嫁︵後書き︶
妖艶美女ナディアと、貞淑妻シルビア。
二人の二十年後くらいを想像して書きました。もちろんルシオとは
ラブラブのままです。
497
ぬこ様
外から帰ってくると、屋敷のリビングでココが床で丸まって寝て
いた。
﹁ココ?﹂
軽めに呼びかけてみた、反応はない。
﹁ココ? そこで寝てると風邪引くぞ?﹂
もう一回呼んでみる、やっぱり反応はない。
このまま寝かせておくのもどうかなと思って、せめて彼女の部屋
に運んでやることにした。
ちなみにココとマミは別部屋だ。
水をかぶると変身する一心同体の二人だが、犬と猫って事もあっ
て、それぞれの部屋を用意してる。
そこに運ぼうとした。
﹁﹃フロート﹄﹂
魔法を使う、ココの体がそのポーズのまま浮かび上がる。
そのままゆっくりと浮かして運ぶ。
498
﹁うぅん⋮⋮﹂
途中でココが呻いた。
﹁起きたのか?﹂
と思って運ぶのを中断する。
ココは起きてなかった。寝たまま、空中でじたばたする。
足が床に引っかかって、浮いてる状態から自力でちょっと移動し
た。
日陰から日向に移動した。するとまた満足そうな寝顔になって、
すやすやと寝息を立てる。
これは⋮⋮ひなたぼっこしてるのか。
試しにちょっと引いて、日陰に移動した。
するとまた眉をひそめて、嫌がってじたばたと宇宙遊泳の様に日
差しを求めて移動する。
ちょっと押して日向に戻した、すると満足してまた寝息を立ては
じめた。
﹁うーむ。﹃ピープ﹄﹂
魔法を唱える。空中にスクリーンのようなものが映し出される。
499
テレビ電話と違って、こっちは人がいないところを一方的に映像
だけを見る魔法だ。
確認したのはココの部屋。そこはタイミング悪いことに部屋全体
が日陰に入ってる。
これは、移動させちゃうのはかわいそうだな。
ちなみにマミの部屋は完全に日向だった。
フロートの魔法を解除して、ココを床に下ろす。
日に当ってる床が温かかったからか、ココは満足げな顔でごろご
ろした。
日差しが時間経過で移動する、ココはそれを追いかけて眠ったま
ま床の上をすりすりして移動した。
可愛い。
あとでシルビアとナディアに見せるため、魔法で写真を撮ってお
いた。
﹁喉が渇いてきたな﹂
おれはリビングを出て、台所に向かった。
コップに冷たい水を入れて、リビングに戻ってくる。
500
ココがまだ移動していた、床を軟体動物の様に張って移動した。
さっき以上に可愛らしくて、魔法で写真を撮る。
写真を取るのに夢中で、手が滑ってしまう。
パシャーン、水がココにかぶってしまった。
瞬間、犬耳の少女が猫耳の少女になった。
ボブに近い髪型だったのがストレートのロングになり、全体的な
雰囲気が変わった。
猫耳の少女、マミ。
彼女達は水をかぶると種族が入れ替わる冗談のような体質だ。
水をかぶったマミが体を起こして、きょろきょろと辺りを見回す。
寝起きの目で、何が起きたのがわかってないって顔だ。
気持ちのいい睡眠を邪魔したという負い目で、おれは急いで魔法
をかけた。
﹁﹃クイックドライ﹄﹂
強めに、慎重に魔法を掛ける。
マミの体にかかった水が一瞬で蒸発した。
501
乾燥したマミは更に二度三度きょろきょろしてから、何事もなか
ったかのように床で寝た。
﹁ふう⋮⋮やらかしちゃった﹂
額の汗を手の甲で拭く。
マミがもそもそし出した。
床をもそもそして、寝る場所を移す。
ココと正反対だった。マミは日向から逃れて、日陰に移った。
﹁マミはひなたぼっこいやなのか?﹂
気になってしばらく見守った。
日差しが移動する。それがあたって、マミは逃げる様にもそもそ。
あたって、もそもそ逃げる。
あたって、もそもそ逃げる。
ココとは本当に正反対だった。
面白いから、それを魔法で動画に撮った。
日差しから逃げる姿、あとで倍速でシルビアとナディアに見せて
やろう。
502
そう思って動画を撮っている︱︱ゴン!
日差しから逃げていたマミは頭を壁にぶつけてしまった。
﹁ぷにゃあ!﹂
パッと体を起こして、頭を押さえる。
何が起きたのか本人でもわかっていない。辺りをきょろきょろ見
て回って、最終的におれに視線が止まった。
責める目だ。何をしてくれたんだ、という目だ。
﹁待て待て、おれは何もしてないぞ﹂
﹁嘘つきは千呪公の始まり﹂
ジト目のまま言われる。
﹁変なことわざ作らなくて良いから。ほら﹂
おれは録画した動画を再生した。
空中に魔法で作ったスクリーンが出て、マミの姿が流れる。
日向を嫌がって移動して、自分で壁に頭をぶつけてしまう一部始
終を流した。
うん、完璧なアリバイだ。
﹁どうだ、おれが何もしてないのはわかっただろ﹂
503
﹁うん、わかった﹂
頷くマミ。
容疑が晴れたというのに、マミはまだおれをじとっと睨んでる。
﹁何もしなかった﹂
﹁え?﹂
﹁わたしを床に寝かせて、苦しんでるのを放置した﹂
﹁うっ﹂
痛いところをつかれた。
それを言われると返す言葉はない。というか改めて考えると自分
でもひどいって思う。
﹁悪かった﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁本当にごめん、この通りだ﹂
おれは手を合わせて頭を下げた。
マミはしばらくおれをじっと睨んだ後。
504
﹁もういい﹂
といって、部屋から出て行ってしまった。
うーむ、やっちゃったかな。後で何かフォローしとかないとな。
一人になったリビング。おれは徐々に動き続ける日差しを見た。
ぽかぽかして、温かそうだった。
﹁﹃エアクッション﹄﹂
おれもひなたぼっこしようと思った。
魔法で空気のソファを作って、そこに座った。
いわゆる人をダメにするソファと同じ感じで、空気のソファが体
をほどよくすっぽり包み込む。
それを日差しの真ん中に移動させた。そして﹃フロート﹄の魔法
を使って浮かせた。
傍から見ると、おれは空中でくつろいでる状態。
ぽかぽかして、すごく気持ち良かった。
マンガ
おれはいったんソファから降りて、別の部屋にいって、読みかけ
の魔導書を持ってくる。
そしてソファに乗っかって、ひなたぼっこしながらマンガを読み
505
始めた。
﹁ふんふんふふふーん﹂
ついつい鼻歌を歌ってしまうほど気持ちが良かった。
ふと、横から手が伸ばされてきた。
マミの手だ。
いつの間にか戻ってきたマミはおれの邪魔をするかのように、手
を魔導書の上に伸ばして来た。
﹁マミ?﹂
﹁⋮⋮﹂
マミは返事しない、ちょっと不機嫌な表情のまま、魔導書を手で
隠し続ける。
このままじゃ読めない。
﹁相手してほしいのか?﹂
魔導書を膝の上に置いて、マミの方を向いた。
するとマミは興味をなくしたかのように、ぷいとそっぽを向けて
しまった。
それでおれがまだ魔導書を読み始めると、まだ手を伸ばしてくる。
506
魔導書を置くと、またそっぽを向く。
それを何回か繰り返して、無視して手を伸ばされても魔導書を読
み続けようとすると︱︱マミが乗っかってきた。
空気ソファによじ登って、おれの上に乗っかってきて全身で魔導
書を隠した。
﹁⋮⋮﹂
でも何も言わない、邪魔をするだけ。
なんというか、猫耳少女じゃなくてぬこ様だな。
相手してほしいけど、相手したら逃げる。
なら、しないフリをしつつ相手をするしかないな。
おれはマンガを読みフリをした。
マミは邪魔をしてきた。
邪魔してくるのを相手しつつ、マンガを読むフリをした。
同時に、こっそり魔法を使って空気ソファを移動させた。
日向から、マミが好む日陰に。
少しずつ、こっそり移動した。
507
そうして相手してると、マミの表情に変化はないが、しっぽを立
てはじめた。
おれの上に乗ったまま、しっぽは真上にまっすぐ伸ばした。
嬉しい時の仕草だったかな、これ。
お墨付きをえたおれは、ますますマミの相手をした。
やがて日が暮れて、遊び疲れたマミはおれの上で寝息を立てはじ
めた。
﹁寝顔だと笑顔になるんだな﹂
おれは苦笑した。我が家のぬこ様は気むずかしい。
まあでも、寝顔がこうって事は、喜んでもらえてるって事だよな。
﹁︱︱!﹂
そんな事を思ってると、マミがいきなりパッと起き出した。
おれの上にいたまま、壁の方をじっと見つめる。
﹁どうしたマミ﹂
﹁⋮⋮﹂
マミはやはり答えなかった。
508
しばらく壁をじっと見つめた後、パッとリビングから飛び出した。
なんだろう、とおれは空気ソファから降りて、歩いてマミの後を
追いかけた。
表にでると、見慣れた光景が見えた。
簀巻きにされて、猿ぐつわを噛まされたイサークだ。
マミはイサークを引きずって、おれの前にぽいと置いた。
そして、おれを見つめる。
きらきらした目で、褒めてほしそうな表情だ。
おれは苦笑した。我が家のぬこ様はかなりわかりやすかった。
509
海底デート
街中のカフェテラス、おれはそこで一人お茶を飲んでいた。
この国にやってきた目的、それは国力が低下してるこの国を盛り
返すためだ。
どうやれば一番いいのか、それを知るために、まずは国民の生活
を知るために街にでて、観察をしてるのだが。
﹁全然わからない﹂
ため息を漏らし、注文したホットティーを飲む。
朝早くここに来て、昼過ぎまでずっと座って観察してるんだけど、
何もわからない。
どこがわからないのとかそういう次元の話じゃない、何がわから
ないのかわからない、というレベルだ。
そろそろあきらめようとした、その時。
﹁坊や、ここ良いかしら?﹂
おれの前に一人の美女が座ってきた。
かなりの美人で、妖艶、と言ってもいいくらいの色気を放ってる。
510
﹁いいですけど⋮⋮他の席もあいてますよね﹂
おれは警戒して、子供モードで返事した。
﹁さっきからずっとみてたけど、坊や、あなた午前中からずっとこ
こにいたよねえ﹂
﹁うん、そうだよ﹂
﹁なにかを見てるの? どれとも誰かと待ち合わせ?﹂
﹁どっちでもないよー。暇だからぼうっとしてるだけ﹂
本当の事をいえないし、おれは適当にごまかすことにした。
﹁あらそうなの。だったらお姉さんと良いことをしない?﹂
﹁いいこと?﹂
﹁そう。い・い・こ・と﹂
美女はシナを作って、ウインクを飛ばしながら言う。
誘惑。言い方からして﹁そういうこと﹂なんだろうな。
なんか身の危険を感じるし、何より︱︱この人に悪い。
﹁ごめんなさい、ぼく、結婚してるんだ﹂
﹁え?﹂
511
﹁しかもお嫁さん二人なんだ﹂
﹁⋮⋮嘘よね﹂
﹁本当。だからそういう誘いには乗れないんだ﹂
﹁ぼうや、お姉さんはからかうものじゃないのよ﹂
﹁﹃ピクチャーフォン﹄﹂
論ずるよりも証拠、おれは魔法を使って二枚のパネルを出した。
テレビ電話のような魔法。直後、パネルに二人が応答した。
﹃どうしたんですかルシオ様?﹄
﹃あれ? シルヴィもいる。何かあったのルシオくん﹄
シルビアとナディアの間も繋がるようにしたから、三者通話にな
った。
﹁シルビア、ナディア。悪いけど左手をちょっと見せて﹂
﹃こうですか?﹄
﹃なになに、お土産を買ってくれるの?﹄
二人の幼女妻は左手を見せた。
薬指に結婚した瞬間体と一体化する魔法の指輪があった。
﹁ありがとう。あとでお土産買って帰る﹂
おれはそう言って電話を切った。
512
美女の方を向く。
美女はあっけにとられてた。
﹁と言うわけなんだ。信じてもらえた?﹂
いうと、美女は豹変した。
おれのむかいの席にどかっと座り、足を投げ出した。
﹁けっ、つまんねえガキ。やな事の前に気分転換しようと思ったら
ますますやな気分になったよ﹂
いきなりやさぐれだしたが、それはそれで色っぽい女の人だ。
﹁にしてもさ、その歳で妻帯者、しかも二人かよ﹂
﹁うん、だからぼくの事をナンパしない方がいいよ。この国だとそ
れは違法なんだよね﹂
﹁頼まれたってしねえよ。まったくガキのくせに色気つきやがって。
お前みたいなのがいるからこっちにいい男が回ってこないんだよ﹂
それは大分いいかがりのレベルだと思うな。
そもそもおれは二人の嫁をもらってるんだ。おれみたいなのが増
えたらむしろ回ると思う。
思うが、言わなかった。
513
下手に言っちゃうとかなり面倒臭い話になりそうだ。
﹁そこのお嬢さん﹂
﹁ん?﹂
﹁もしよければぼくと一緒にお茶をしないかな﹂
美女の隣に男がやってきて、ナンパした。
まあかなり綺麗な人だし、やさぐれててもそういう色気があるか
ら、モテるのはあたりまえ︱︱。
﹁ぼくの名前はイサーク。麗しきあなた、お名前を教えていただけ
ないでしょう﹂
ってイサークかよ!
おれはそいつをみた。イサーク、おれの実の兄。
いつも通り派手な貴族の服を更に派手に改造したやつを着てる。
正直関わり合いになりたくない。
あんな服でナンパなんて成功するのか、ってくらいの格好だ。
関わり合いになりたくないけど⋮⋮、仕方ない。
﹁⋮⋮こんにちは、イサーク兄さん﹂
﹁げっ、ルシオ﹂
514
おれに気づいたイサークはのけぞった。
というか実の弟に﹁げっ﹂はないだろ﹁げっ﹂は。
﹁なに、あんたら兄弟?﹂
﹁実はそうなんだ﹂
﹁ふうん﹂
イサークはおれを無視して、美女をさらに誘った。
﹁どこのどなたかは存じませんが、良いことを教えてあげますよ。
こいつは外面はいいけど、こう見えて妻帯者持ちのつまらない子供
です﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁こんなのよりぼくと一緒に楽しみませんか。大人同士で。いろい
ろとたのしい事をしってますよ﹂
﹁そうだねえ、子供と一緒にいてもつまらないもんねえ。ここは大
人同士の楽しみとしゃれ込みたいね﹂
﹁でしょでしょ、だから﹂
﹁いこうか、ルシオ﹂
美女はおれの手を取って立ち上がった。
515
﹁えっ、ぼく?﹂
﹁そう﹂
﹁な、なななな。なんでルシオなんだ?﹂
﹁いっただろ? あたしは子供には興味がないって﹂
イサークが呆然となった。
その間、美女はおれの手を引いて歩き出した。
カフェテラスを離れ、すたすたと人混みのなかを歩く。
大通りを二つ通ったところで、おれは美女に訴えた。
﹁お姉さん、もっとゆっくり﹂
実は結構歩くのが速かった。
おれはまだまだ子供だ。手足が短くて、大人の彼女の歩幅につい
て行くのが大変だ。
﹁⋮⋮﹂
﹁お姉さん﹂
﹁ベロニカ﹂
516
﹁え?﹂
﹁ベロニカ・アモールだよ﹂
立ち止まって、おれをみる。何かを訴えかける様な目つき。
どうやら名前で呼んでほしいらしかった。
﹁そっか。ごめんなさいベロニカさん。それとやっぱりごめんなさ
い、兄さんがご迷惑をかけて﹂
おれは謝った。あんなんとはいえ、身内が迷惑を掛けたんだ、謝
らないと。
イサークのところにはあとでマミをけしかけとくか。
﹁いいさ。どこの家にもそういうどうしようもないのっているもん
さ﹂
なんか実感がこもってる。
この人も兄か姉に苦労してるのかもな。
﹁それよりも、どこに行こうか?﹂
﹁え?﹂
﹁なんだい、その﹃えっ﹄ってのは﹂
﹁ううん、だってもう用事は済んだのよね。イサーク兄さんから逃
517
げられたし﹂
﹁大人同士の時間はこれからだよ?﹂
﹁え? それは兄さんから逃げる方便なんじゃなかったの?﹂
﹁あの男は論外。体つきとは裏腹に子供過ぎる﹂
それは同感だ。
﹁で、ルシオは見た目より遙かに大人さ。最初にみたときからそう
思ってた、だから声を掛けたのさ﹂
﹁⋮⋮﹂
驚いた。
﹁想像より更に大人で、嫁までいたのはさすがに予想外だったけど
ねえ﹂
﹁そんなことないよ﹂
﹁それならそれでもいいさ。それよりもどこかに行こう﹂
﹁妻帯者にナンパはダメだよ﹂
﹁馬鹿男に迷惑を被った迷惑料の請求はしてもいいだろ?﹂
﹁⋮⋮それもそうだね﹂
518
それを言われると返す言葉もない。
さて、何をしようか。
この街はよく知らないんだよな。
☆
少し離れたところにある海にやってきた。
ゲルニカの首都・ルモは海から近い。
飛んできたらすぐだった。
着地したところから見渡せる長い海岸線。
エメラルドグリーンの、元の世界に比べれば数十倍は綺麗な海だ。
﹁海か﹂
ベロニカは平然としていた。
ルモの近くにある海だから、特に感動はないみたいだ。
﹁こんなところに連れてきてどうするんだい?﹂
﹁ちょっと待って、今準備するよ⋮⋮﹃アダプテーション﹄﹂
ベロニカと自分に魔法を掛けた。
519
﹁はい、これでおしまい﹂
﹁今のは魔法かい?﹂
﹁うん﹂
﹁驚いたね。その歳でもう魔法を使えるのかい﹂
ベロニカは笑顔で言った。
ますます気に入られたようだ。
一万近くあるなんて⋮⋮言わないでおこう。
﹁さ、行こう﹂
﹁行こうって、どこに﹂
﹁海の底!﹂
ベロニカの手を引いて走り出した。
さっきとは真逆のパターン。
思いっきり引っ張られて、ベロニカはバランスを崩しそうになり
そうだった。
﹁ちょ、ちょっと待ちな、このままじゃ海に入っちゃ︱︱入っちゃ
ってるよ﹂
520
﹁いいからいいから﹂
構わずベロニカを引っ張って、パシャパシャ水をかき分けながら
海の中に入る。
足首まで浸かって、膝まで浸かって、腰まで浸かった。
ベロニカはわめくけど、気にしないで海に連れ込んだ。
全身が海に入った。
ベロニカは目を閉じて、息を止めてぐっとガマンする。
﹁もう目を開けても大丈夫だよ﹂
﹁えっ?﹂
驚くベロニカ、目を開ける。
まわりをみる。
﹁ここ⋮⋮海の中だよね。なんで普通にしゃべれるんだい?﹂
﹁さっき掛けた魔法の効果だよ。この魔法は普段過ごせない場所で
も、陸の上と同じように過ごせるようにする魔法﹂
﹁すごいねえ、こんな魔法もあったのかい﹂
﹁それよりもほら、あそこに魚が泳いでるよ﹂
521
おれは歩いて、魚の方に向かっていった。
﹃アプダテーション﹄のおかげで、水の中にいる感覚がまったく
しない。普通に歩ける。
そこにいる魚は泳いでるけど、こっちからしたら空中を飛んでる
様にみえる。
不思議な光景だ。
﹁へええええ﹂
ベロニカはしゃがみ込んだ。
海底に泳いでる魚と目線の高さを合わせた。
指を出してつんつんする、魚が逃げていった。
﹁わああああ﹂
楽しそうに目を輝かせる。
﹁ちょっと歩こうか﹂
﹁うん﹂
すっかりとテンションがあがったベロニカを連れて、海の底を散
歩した。
坂道になってるのをゆっくり下っていった。
522
みえる全てが陸の上とまったく違う光景で、連れてきたおれもか
なり楽しい。
﹁よくこんなのを考えつくねえ﹂
﹁魔導書を読んでるときいつも考えてるからね。﹃この魔法はどん
な風に使えば面白いのか﹄とか﹂
﹁へえ﹂
﹁大抵思い通りに行くんだけど、たまに失敗あるんだ﹂
﹁失敗ってどんなのだい?﹂
おれは今までの失敗を話した。
むしろ成功したものより自慢するって感じで。
失敗したものの方が、予想しなかった結果になって、実際面白い
からだ。
散歩のあと、陸上に上がる。
ベロニカは晴れやかな顔で、﹁うーん﹂って伸びをした。
﹁ありがとうルシオ﹂
口調も最初に話しかけてきた頃の、大人びたものにもどった。
523
案外こっちの方が本当の彼女なのかもしれない。
﹁だいぶ気が晴れたよ﹂
﹁そういえば、いやなことの前の気晴らしっていってたね﹂
﹁あら、それで付き合ってくれたんじゃなかったの?﹂
﹁ごめんなさい、今思い出した﹂
﹁ふーん﹂
ベロニカはおれをじろじろみた、ちょっと表情が硬い。
忘れてたことを怒ったのか。
﹁やっぱりルシオの方がずっと大人だね。あのバカ兄貴よりも﹂
﹁そうかな﹂
﹁うん、いい男。これで大人になったら⋮⋮末恐ろしいわね。どれ
だけいい男になるのか想像もつかないわ﹂
どうだろうな。
﹁ちょっと悔しいかもね﹂
﹁え?﹂
﹁出遅れた女の戯言、気にしないで﹂
524
ウインクを飛ばしてきた、やっぱり綺麗だ。
﹁それじゃあね。可愛い嫁さんと仲良く﹂
﹁うん、バイバイ﹂
手を振って、ベロニカと別れた。
☆
海の底で拾った貝殻をお土産に持って、屋敷に戻ってきた。
﹁あっ、ルシオ様﹂
シルビアがばたばたでてきた、なんか慌ててる?
﹁どうした﹂
﹁大変です、お客様です﹂
﹁客?﹂
﹁はい、この国の前の女王様だそうです﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
それは慌てるわな。
おれは気を引き締めた。
525
前女王がやってきた、何事もないわけがない。
いろいろシミュレートする、何がどうなって、どういう状況でど
んな魔法を使えば良いのかを。
脂肪お化け
あの国王の前だったら結構な歳か。
⋮⋮おばあちゃんとかだと良いな。
﹁その人はどうしてる?﹂
﹁応接間に通しました。なんかすごく困ってる感じでした﹂
﹁そうか﹂
困ってるのか。まあ、おれが来た経緯を考えればな。
﹁ルシオ様、着替えはどうしますか?﹂
おれは考えた。正装して魔法で大人になった方が良いかもしれな
いが。
﹁いや、これ以上困らせる必要もないだろ﹂
﹁わかりました﹂
応接間につく、中に入る。
﹁お待たせしました、ルシオ・マルティンで、す?﹂
526
驚いた、中の人に驚いた。
シルビアが言ったとおり困った顔でそこにいたのは。
ついさっきまで一緒にいたベロニカだった。
527
海底デート︵後書き︶
新しいヒロイン登場、この子があんな事になるなんて︱︱。
ビジュアル的な物も含めて、これからの展開にご期待下さい。
528
シャークドライブ
﹁ベロニカさん?﹂
﹁やっぱり⋮⋮﹂
ベロニカはますます苦虫をかみつぶした顔をした。
﹁彼女をみてまさかと思ったんだけど、やっぱりあの時の魔法でみ
た顔だったんだ﹂
シルビアの方をみて言った。
そういえば魔法のテレビ電話にシルビアの顔がでてたっけ。
﹁ルシオ様? わたし、なんかまずいことをしました?﹂
﹁いや、シルビアは悪くない。それよりもお茶を頼む﹂
﹁はい﹂
シルビアはためらいながらも応接間から出て行った。
おれはベロニカの前に座った。
ふたりともぎこちない、微妙な空気が流れる。
﹁えっと⋮⋮とりあえず、ルシオ・マルティンです﹂
529
﹁ベロニカ・アモール・ゲルニカでございます﹂
彼女は優雅に一礼した。
その所作には気品が感じられる、街中であったベロニカと比べも
のにならないくらいの気品が。
﹁えっと、前女王と聞いたけど﹂
﹁はい、現国王クレメンテ一世の叔母にあたります。歳は向こうの
方が上ですが﹂
年上の叔母ってことか。大家族とか王族にたまにあるパターンだ。
とりあえず間を持たせるために、おれは色々質問してみた。
﹁シルビアをみて困ったのは﹂
﹁さっきのカフェでみたから﹂
﹁やな事の前の気分転換っていうのは﹂
﹁千呪公・マルティン公爵の屋敷に挨拶にくるのが憂鬱だったから﹂
﹁なるほど﹂
ついでの質問だけど、色々と繋がった。
﹁⋮⋮ああもう、なんなんだい、あんた、罠をしかけたね﹂
530
ベロニカがいきなり切れた。
﹁罠をはってあたしをはめたね。ずるい男!﹂
﹁いやいや、そっちからナンパしてきたんだろ? おれは何もして
ないぞ﹂
﹁うるさい! あんたのせいに決まってるのさ。そう、魔法。千呪
公だろあんた。千の魔法のなんかであたしを誘惑したんだわ﹂
﹁そんな魔法使ってない!﹂
⋮⋮一応あるけど。
﹁いいや魔法に決まってる。じゃなかったらあんたのようなガキ、
あんなにいい男に見えたりするもんかい。絶対に魔法だ。そうに決
まってる﹂
おいおい⋮⋮。
﹁むちゃくちゃだなあ﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
一気にまくし立てたあと、ベロニカは急にうなだれた。
﹁もうダメだ⋮⋮国がつぶれる。あたしが下手うって罠にかかった
りするから⋮⋮﹂
531
だから罠じゃないって、それに。
﹁つぶさないよ﹂
﹁うそよ﹂
﹁本当﹂
ベロニカは顔を上げた。希望にすがりつく人間の顔だ。
﹁本当に本当?﹂
﹁本当に本当﹂
﹁一番大事なものにかけて誓える?﹂
﹁シルビアとナディア、二人の嫁にかけて誓う﹂
おれは即答した。
ベロニカはきょとんとして、それから笑い出した。
﹁なんだいそれ。そこはもっと別なものがあるじゃないの﹂
﹁一番大事なものだからな﹂
そりゃ嫁だよ。神ごときが出しゃばるところじゃない。
ベロニカはおれをじっと見つめて︱︱表情が和らいだ。
532
﹁わかった。信じてあげるわ。あれはあたしの自分の意思だった。
自分の意思でいい男を見つけて、声をかけた﹂
それもそれでどうなのかって思うけど、気にしないでおくことに
した。
﹁改めて。ベロニカ・アモール・ゲルニカ。千呪公・マルティン公
爵にご挨拶申し上げます﹂
立ち上がって、手を独特な組み方をして、膝をちょっと曲げた。
独特なお辞儀、なんかの作法って感じだ。
﹁ルシオ・マルティンだ。よろしく﹂
そういうのはわからないから、おれは普通に返した。
﹁堅苦しいのより、フランクに話してくれた方がありがたい。おれ
はそういうのが苦手だから﹂
﹁それでよろしいのですか?﹂
﹁魔法バカで、そっちの勉強をまったくしてこなかったからな﹂
肩をすくめて、おどけていった。
冗談っぽく言ったがそれは本当のことだ。
ベロニカはおれをみて、ぷっ、と吹き出した。
533
﹁そうかい、じゃあそうさせてもらおうかね﹂
﹁ああ、たすかる。おれもこう話すから﹂
大分前から子供モードをやめてるけど、改めて宣言する。
シルビアが入ってきて、お茶を置いていった。
﹁ありがとう﹂
ベロニカはにこりとシルビアに微笑みかけた。
シルビアは赤面した。トレイで顔を隠して出て行った。
うん、かわいいかわいい。
﹁本当に大事なんだねえ。嫁が﹂
﹁うん、ああそうだな﹂
ベロニカはほっとした。
﹁それと身内に苦労してるんだね﹂
イサークの事か。⋮⋮まあな。
何となくゲルニカ国王の事を思い出す。
﹁そっちは身内で苦労してない?﹂
534
﹁してる﹂
あっさり答えるベロニカ。
その話し方の時サバサバ感がかなりあがる。
﹁臣従の条件でそうなったけど、あれは国王の器じゃないのさ﹂
豚だもんな。
﹁お互い苦労してるんだな﹂
﹁そうだね﹂
おれ達はしみじみうなずき合ったのだった。
﹁ルッシオくーん﹂
ナディアがいきなり部屋にはいってきて、おれに飛びついてきた
﹁ねえねえルシオくん、あたしおもったんだけど、この前あたしと
シルヴィの三人で空を飛んだじゃん? で、陸の上でもいつもあそ
んでるじゃん? 今度は海の中に遊びにいこうっておもってさ。ほ
らこの前の夏と冬の魔法を使って夏のところにいって海の中に遊び
にいこうよ。そういう魔法ない?﹂
マシンガントークしてくるナディア。
いつも通りの彼女だが。
﹁待て待てナディア、ちょっとまて﹂
535
﹁え、なんで?﹂
﹁客﹂
ベロニカを指す。
﹁あっ﹂
そこではじめてベロニカに気づく。
﹁あー、あらら﹂
気まずそうな顔をする。
﹁おほほほほほ﹂
わざとらしい貴婦人笑いをして部屋から出た。
まったく。
ドアが閉まった後、おれはベロニカに向き直って、頭を下げる。
﹁すまなかった。ナディアはわりとああなんだ。みてわかると思う
けど、悪気はないんだ﹂
﹁ああ、わかるよ。直情的でいい子だ﹂
﹁そう言ってもらえると助かる﹂
536
﹁さっきの子、シルビアだっけ、あの子も素直で良い子だった。二
人ともあんたの元で幸せに暮らしてるのがよく伝わってきた﹂
﹁嫁だからな﹂
﹁ふふ、あたしもそういう子供時代を送れたらよかった﹂
﹁子供になればいいんだよ!﹂
ナディアがまた部屋に入ってきた。
今度は完全に聞き耳立ててたって様子だ。
﹁なんかごめん﹂
おれはまた謝った。
﹁いや構わないよ。なんならここにいてもいい﹂
ベロニカは大人の対応をしてくれた。
﹁それよりも子供になればいいってどういう事だい?﹂
﹁ルシオくんの魔法で子供にしてもらえば良いのよ。あたしもシル
ヴィもたまに大人にしてもらってるけど、それの逆バージョン﹂
﹁できるのかい? そんなことが﹂
﹁まあ、な﹂
537
おれはナディアに魔法を掛けた。
大人の姿にして、子供姿にもどして。
ちょっとしたデモンストレーションだ。
﹁すごいじゃないか。そうか、千呪公は伊達じゃないってことだね﹂
﹁これをやってもらえば良いんだよ。ね、ルシオくん﹂
﹁そうだな﹂
考えて、ベロニカをみた。
﹁興味は?﹂
﹁いいのかい?﹂
﹁ああ﹂
﹁それなら⋮⋮お願いしてもいいかい﹂
﹁⋮⋮わかった﹂
立ち上がって、手をかざす。
﹁﹃リコネクション﹄﹂
魔法の光がベロニカを包む。
538
それをみたナディアが不思議そうに首をかしげた。
﹁ルシオくんルシオくん、普段の魔法と違くない?﹂
﹁ああ。別のヤツだ。あれは見た目だけ大人にしたり子供にしたり
する魔法だけど、こっちは中身までかえてしまう﹂
﹁中身まで?﹂
﹁そうだ。記憶を残したまま、性格は子供に戻す﹂
﹁へええええ﹂
興味深げにベロニカを見つめるナディア。
そんな中、ベロニカの体が徐々に縮んでく。
しばらくして光りが収まると、そこにいたのは子供の姿だった。
面影はある。
シルビアともナディアとも違うタイプの子供。
美人になるタイプ︵実際美人だった︶で、顔つきは自信に満ちて
る。
なるほど子供のベロニカはこうなのか。
﹁これが⋮⋮あたくし?﹂
539
ベロニカは自分の手を、小さくてぷにっとなった自分の手をみて
驚く。
﹁﹃ミラー﹄﹂
魔法の鏡をつくった。
全身を映し出せる姿見サイズのものだ。
﹁懐かしい⋮⋮あの頃のあたくしですわ﹂
☆
シルビア、ナディア、そしてベロニカ。
三人をつれて、おれはまた海の底にきた。
﹁きゃほーい﹂
ナディアは海の底を走り回ってる。
﹁ナディアちゃん、そんなに走ったら危ないよ﹂
﹁大丈夫大丈夫︱︱きゃあ﹂
ナディアはすっころんだ。
﹁ほら! どこかケガしてない﹂
﹁きゃっほーい﹂
540
すぐに起き上がって、また走り出すナディア。
はらはらしながらそれを追いかけるシルビア。
こっちはいつもの二人だ。
いつもじゃないのが、ベロニカ。
﹁ほら、とっとと歩くですの﹂
彼女はいま、おれの上に乗ってる。
というよりおれが彼女を肩車してる。
﹁あんたは歩かなくて良いのか?﹂
﹁こうしてたい気分ですの﹂
﹁そうか﹂
頷く。
なんかわがままを言われてるけど、これくらい別にどうって事な
い。
なんというか、彼女にはそれが許される雰囲気がある。
横暴じゃないわがままなら聞いてあげたくなる雰囲気だ。
541
﹁楽しいですわね﹂
﹁歩いたらもっと楽しいぞ。シルビアとかナディアとかあんなに楽
しそうにしてるだろ﹂
﹁こっちの方がたのしいですわ﹂
肩車に乗って、おれの頭にぎゅっとしがみつく。
それはそれでいいけど、たのしいのか? これ。
﹁ルシオくんルシオくん﹂
ナディアが戻ってきた。
﹁あれ﹂
ナディアが指さす先にはでっかい
指さす、そこにでっかいサメがあった。
全長五メートルはあるでっかいサメだ。
﹁あれに乗れないかな﹂
ナディアはわくわく顔でおれを見つめる。
期待の眼差し、嫁にこんな目で見つめられたらしょうがない。
横暴になろうとわがままを聞いてあげたくなる。
542
そう、嫁の前ではスーパーマンになるって決めてるんだ、おれ。
なんでもかなえるスーパーマンに。
おれはベロニカに肩車したまま、サメに向かっていき、手をかざ
した。
﹁﹃ブレインウォッシュ﹄﹂
洗脳の魔法を掛けた。
魔法の光りがサメを包みこんで、やがてサメは巨体を揺らしなが
ら降りてきた。
凶悪な顔つきのまま、おれにほおずりする。
体のサイズで力加減が難しくて、体当たりされてるような感じに
なる。
大型犬にじゃれつかれてる感じだ。
おれのそばにやってきて、期待に満ち顔をするシルビアとナディ
ア。
﹁さあ、乗ろう﹂
おれは二人に手を差し伸べた。
☆
543
海の中、サメの背中。
シルビアとナディアが手をつないで乗ってる。
二人は相変わらず仲が良くて、見ててほっこりする。
一方でベロニカはおれの上に乗ってる、体勢はさっきのまま。
おれがサメに乗って、ベロニカがおれに肩車する格好だ。
﹁サメに乗らないか?﹂
﹁いやですわ﹂
﹁せっかくだし経験しといたら?﹂
﹁せっかくだからですわ﹂
断固拒否された。
サメがいやなのかな、とおもったけど、きっぱりと断ったベロニ
カは楽しげな表情をしてる。
少なくとも怯えたり嫌がったりという理由で乗らない訳ではない
ようだ。
それなら無理強いすることもないか。
おれはそれ以上誘わなかった。
544
四人でサメにのっての、海の中のドライブ。
普段空中を飛んでるのとは違う楽しさがあった。
☆
ドライブが終わって、地上に戻る。
サメの魔法を解いてやって、海に帰してやった。
日がすっかり暮れていた。
﹁さて、そろそろ帰るか﹂
﹁うん!﹂
﹁帰ったらすぐにご飯作りますね﹂
ゆっくりで良いよ、とシルビアにいう。
ベロニカの方を向く。
﹁さて、そっちの魔法も解くか﹂
﹁わざわざ解くの?﹂
ナディアが驚く。
﹁ああ、﹃リコネクション﹄は永続性の魔法なんだ。ちゃんと解か
ないと元には戻らない﹂
545
﹁へえ、じゃあ解けない人がやったら大変なことになるね﹂
﹁そうだな﹂
おれはベロニカに手をかざした。
ベロニカはおれの後ろに回り込んだ。
﹁いやですわ!﹂
﹁どうした﹂
﹁大人に戻るのはいやですわ﹂
﹁いやって言っても﹂
﹁とにかくいやですわ! こんなに楽しいの、もっともっと味わい
たいですわ﹂
そう言って、ベロニカは逃げだした。あっという間に姿が遠くな
っていく。
ぽかーん、と取り残されたおれたち。
しばらくしてから。
﹁戻せる時に戻せばいいから、別にいいのか?﹂
つぶやくおれ、とりあえずはそう思うことにした。
546
だって、逃げるベロニカの横顔がものすごく楽しそうに見えたか
ら。
547
シャークドライブ︵後書き︶
海底デートの続き。
ちょっとながくなってしまったけど、楽しんで頂ければ幸いです。
548
ドラゴンとお化け屋敷
夜、屋敷のリビングでくつろいでると、横でごろごろしてたマミ
がいきなりパッと起き出して、外に向かって駆けていった。
﹁またイサークか﹂
すっかり見慣れた光景、おれはやれやれとなった。
しばらく待ってると、マミが戻ってきた。
いつも通り簀巻きにしたのを引っ張ってくる。
﹁離しなさい! あたくしを誰だと思ってますの?﹂
﹁あるぇ?﹂
思わず間抜けな声をあげてしまった。
簀巻きで連れてこられたのはイサークじゃなくて、子供姿のベロ
ニカだった。
﹁マミ?﹂
﹁侵入者﹂
マミはいつもの様に答えた。
549
口数は少ないけど、誇らしげだ。
獲物とってきたから褒めて、と言わんばかりの表情である。
おれはマミを撫でた。マミは満足して元の場所に戻ってごろごろ
を再開した。
おれはベロニカの簀巻きを解いてやた。
﹁なんですのあれは、ビックリしましたわ﹂
﹁それはこっちの台詞は。なんでまた侵入して来たんだ? あんた
は帰ったんじゃなかったのか?﹂
﹁一度帰りましたのけど、屋敷に戻ってもだれもあたくしだと認識
してくれなくて、途方に暮れてましたの﹂
﹁そりゃそうだろ﹂
魔法がある世界だけど、その魔法の難易度はかなり高い。
前女王が魔法で小さくなって現われることなんて、不可能じゃな
いけど、白いカラスを目撃するくらいのものだ。
﹁わかった、魔法を解く﹂
﹁それは結構ですわ﹂
﹁え?﹂
550
驚く。
じゃあなんのために来たんだ?
﹁魔法を解きに来たんじゃないのか?﹂
﹁それはいやですわ。ええ、死んでもいやです﹂
﹁じゃあここに来たのは?﹂
﹁泊めてくださいまし﹂
﹁⋮⋮え?﹂
ベロニカが何を言ってるのか、理解するまで大分時間がかかって
しまった。
☆
風呂上がりの三人、全員パジャマ姿だ。
シルビアとナディアは見慣れた格好で、ベロニカははじめてみる
パジャマだ。
﹁あれは?﹂
シルビアに聞く。
﹁新しいものをおろしました。よかった、サイズがあってて﹂
551
﹁まあ体つきはほぼ一緒だからな﹂
というかおれが同じにした。
﹃リコネクション﹄をかける時、どれくらいの年齢に戻すのかイ
メージする必要があって、おれは自然に一番見慣れてる、シルビア
とナディアと同じ年齢をイメージした。
だから今、ベロニカは二人と同じ八から九歳くらいの外見だ。
そんな三人がパジャマを着て並んでいる。
かなり可愛らしくて、ほっこりする光景だ。
﹁それじゃお姫様、お部屋に案内しますね﹂
﹁ええ﹂
ベロニカはシルビアが連れて行った。
おれはナディアと一緒に部屋に戻った。
﹁面白い人だね、ベロちゃん﹂
﹁ベロちゃん?﹂
﹁ベロニカのベロちゃん﹂
﹁あだ名つけちゃったのか﹂
552
﹁うん﹂
自分達の寝室に戻って、二人でベッドに上がった。
いつものポジションに着いてから、ナディアは笑顔でおれを見た。
﹁今日も楽しかった、ありがとうねルシオくん﹂
﹁それは何よりだ﹂
﹁空も海も地上も制覇したし、次はどこいこっか。それ以外に何が
あるかな﹂
﹁そうだなあ﹂
ベッドに寝っ転がって、考える。
陸海空は一通りやったから、残ってるのは地中と宇宙くらいなも
んだけど、この世界に宇宙なんてあるのか?
魔法で宇宙に行けるかどうか試してみるのもいいかもしれない。
﹁いろいろ考えとく﹂
﹁うん! それまでに海でもっと遊ぼうね!﹂
﹁ああ﹂
話してる内にシルビアが戻ってきた。
553
﹁ルシオ様、お待たせしました﹂
﹁お疲れ。彼女は?﹂
﹁客間にご案内しました。それとマミちゃんはココちゃんになって
もらいました﹂
シルビアの名采配だ。
マミだとまたベロニカを簀巻きにしてしまうかもしれないしな。
というか、うちの飼い犬よりも飼い猫の方が番犬な件について。
シルビアがドアを閉めて、いそいそとベッドに上がってきた。
それを待ってましたかのように、ナディアも移動する。
シルビアが左に、ナディアが右に。
いつものポジションで、三人でベッドの上に寝る。
お手々とお手々とつないで、ゆっくりと気分をしずめる。
今日は一日楽しかった、明日も楽しい一日のはず。
﹁お休みなさい、ルシオ様﹂
﹁お休み、ルシオくん﹂
そう思いながら、二人と共に眠りについていく。
554
☆
﹁︱︱ま、⋮⋮様﹂
﹁う⋮⋮ん﹂
﹁ルシオ様﹂
肩を揺すられて目が覚めた。
何も見えない。あたりは真っ暗で、まだ深夜のようだ。
それでもわかる、シルビアが上からおれを見下ろしている。
﹁どうしたシルビア﹂
﹁ルシオ様⋮⋮なんか泣き声が﹂
﹁泣き声?﹂
耳を澄ませてみた、どこからともなく泣き声が聞こえてくる。
幼い女の子の泣き声だ。
これは⋮⋮多分。
﹁ちょっと見てくるよ﹂
ベッドを降りようとしたけど、引き留められた。
555
シルビアがおれの袖をぎゅっと掴んでる。
﹁どうしたシルビア﹂
﹁ルシオ様⋮⋮行っちゃうんですか?﹂
﹁行かないと確認できないだろ?﹂
﹁でも⋮⋮﹂
徐々に目が慣れてきて、シルビアの表情がわかるようになった。
シルビアは泣きそうな顔になって。
彼女は結構臆病なところがあるのだ。
Gが怖いし、おねしょするし、今も夜中に女の子の泣き声に怯え
てるし。
まあ、最後のは怖がって当然だけど。
﹁行かないで、欲しい、です⋮⋮﹂
﹁それは別にいいけど﹂
どうせこの泣き声はベロニカだし、確認しなくても問題ないとい
えば、まあ問題はない。
この屋敷でなにか本当にやばい事が起きたらおれが感知してるは
556
ずだ。
それがないって事は、たいしたことじゃない。
多分だけど、ホームシック的ななんかだろう。
だったら放置︱︱と思ってると泣き声が徐々に大きくなった。
いや、声が近づいてくるのだ。
﹁ルシオ様⋮⋮﹂
シルビアはまずますおれにしがみついた。。
﹁なんか⋮⋮怖いです﹂
﹁とりあえず確認してくるよ﹂
﹁行かないで下さい!﹂
うーん困った。これはどうしたらいいんだ?
あれこれ考えて、ある魔法を思いついた。
それをシルビアにかけてやる。
﹁﹃サイレント﹄﹂
まわりから音を消す魔法だ。
557
﹁あれ? 声が⋮⋮﹂
驚くシルビア。どうやらしっかりと、声が聞こえなくなったみた
いだ。
鳴き声は今でも続いてる。おれには聞こえるけど、シルビアはき
ょろきょろして、首を傾けて耳を向けた。
おれは手を握ってやった。
声を消して、手を強く握ってやって。それでシルビアは大分安心
したようだ。
しばらくこうしてやろう︱︱と思ったその時。
﹁どうして来てくれませんの!﹂
部屋のドアがパーン、とたたきつけられるように開く。
ベロニカがそこに現われた。
枕を脇に抱えて、涙目でおれたちをにらむ。
泣いてるのはやっぱり彼女だった。
﹁わるいわるい、後で行くつもりだったんだ﹂
﹁早くしてくださいまし!﹂
ベロニカはドアを閉めた。
558
するとまた泣き声が聞こえてきた。
⋮⋮えっと、行けばいいのか?
シルビアをみる、ベロニカの姿は見えたが、やりとりは聞こえな
かった彼女は不思議そうな顔で首をかしげる。
さてさて、どうするべきか︱︱で考えてると。
﹁どうして来てくれませんの!﹂
またドアが開いた。
ベロニカはさっきよりもますます涙目になってた。
おれは苦笑いした。
シルビアはおれの手を離した。
にっこり笑って、背中を押してくれた。
もう大丈夫ですから、と笑顔で訴えてきた。
微笑み返してから、ベロニカのところに向かった。
﹁どうしたんだ? 眠れないのか?﹂
﹁こ、この屋敷ってどうなってるんですの?﹂
559
﹁屋敷?﹂
﹁出ましたの﹂
﹁何が?﹂
﹁幽霊﹂
はいはい。
言うに事欠いて幽霊か。
こわいなら怖いって素直に言えばいいのに。
まあ、いえないんだろうな。
﹃リコネクション﹄で子供になってからベロニカはちょっとわが
ままになった様な気がする。
それと素直じゃなくなった。
意地っ張りな子供、まるっきりそんな感じだ。
﹁本当ですわ、出たんですわ﹂
﹁わかったわかった﹂
﹁本当ですわ!﹂
力説するベロニカ。
560
﹁とにかく一緒に来て下さいまし!﹂
﹁はいはい﹂
おれはベロニカと一緒に部屋を出た。
暗い夜の廊下を二人で歩く。
袖をぎゅってつかまれた。まるでシルビアみたいだ。
クスっとなりながら、一緒に客間にやってきた。
ドアを開けて、一緒に中に入る。
そこはいたって普通だった。
﹁ほら、何もないから︱︱﹂
﹁パパ!﹂
天井から女の子がにょきっと顔を出してきた。
﹁きゃあああ! でたあああああ!﹂
ベロニカはおれを置いて逃げ出した。
あー、そっか。
、、
おれはすっかり忘れてた。そう、うちは出るんだ。
561
魔導書が具現化した存在。
おれが魔導書を読めば読むほど、実体化していく幽霊。
クリスティーナ、愛称クリス。
﹁どうしたのパパ。難しい顔をしてるよ?﹂
﹁どうやって彼女に謝ろうかって悩んでるんだ﹂
☆
寝室に戻ってくると、ベロニカは布団を頭からかぶって、がたが
た震えているのが見えた。
シルビアもナディアも起こされて、困った顔でベロニカを見てる。
布団がめくれる、ベロニカの涙目がみえた。
なんか申し訳ない気分になった、安心させてやりたい。
﹁⋮⋮﹃トランスフォーム:ドラゴン﹄﹂
魔法を使って、ドラゴンに変身した。
部屋ぎりぎりに収まる程度の巨体をベッドの前で横たわる。
﹁それ、は⋮⋮?﹂
562
顔を上げるベロニカ。
﹁ここで守ってるから、安心して寝るといい﹂
﹁守って⋮⋮くださるの?﹂
﹁ああ﹂
ぶっちゃけ意味はない。ここでドラゴンになる実質的な意味は。
なにかあって戦闘になったら、ドラゴンじゃなくても魔法は使え
るからだ。
これはあくまで、それっぽい姿になってるだけ。
ドラゴンという強さの象徴である姿に。
それがこうを奏したのか、ベロニカは泣き止んだ。
﹁ずっと⋮⋮いてくださいましね﹂
﹁ああ﹂
頷いてやると、ベロニカの表情が見るからにほっとした。
さて、これで寝れるのかな。
﹁ねえねえルシオくん﹂
ナディアが話しかけてきた。
563
﹁どうした﹂
﹁ルシオくんと一緒に寝ていい?﹂
﹁一緒にって?﹂
どういう事だ?
ナディアがベッドから降りて、おれにくっついてきた。
まるででっかいクッションにするかのように、おれに抱きついて
きた。
もちろん構わない、おれは無言で、翼でナディアの頭を撫でた。
シルビアもやってきた。ナディアのそばで同じようにおれにくっ
ついてきた。
二人の頭を同時に撫でた。
﹁⋮⋮﹂
ふと、ベロニカがおれを見てることに気づく。
一人でベッドに取り残されて、こっちをじっと見つめてる。
﹁あんたも来るか?﹂
聞く。意地を張って拒む物だと思っていたが。
564
﹁⋮⋮﹂
ベロニカは頷き、いそいそとおれのそばにやってきて、二人と同
じようにくっついてきた。
﹁お休みなさい﹂
誰かが言って、それっきり言葉はなかった。
ドラゴンに守られた少女達︱︱ベロニカは静かに寝息をたてはじ
めた。
この世で一番安全な場所で、という安心感に包まれて。
565
おじいちゃんズ
﹁ルシオや﹂
﹁余の千呪公よ﹂
その日、おじいさんと国王が一緒にやってきた。
玄関に並んだ二人を見て驚くおれ。
﹁おじいちゃん、それに王様。どうしたのいきなり?﹂
﹁遊びに来ちゃったのじゃ。のうエイブや﹂
﹁うむ、ルカに誘われてきちゃったのだ﹂
ものすごくフランクに会話する二人。
相変わらず意気投合してる。
だが⋮⋮来ちゃったって。
おじいさんは良いけど、国王はまずいんじゃないのか?
大臣がまた泣くぞ。
﹁大丈夫だ、余の千呪公よ﹂
566
どきっとした。
まるで心を読んだかのように国王がいった。
﹁今回の余に抜かりはない。ちゃんと他のものにはバレないように、
認識を変える魔法を変えてもらってる。今の余は知ってる人間以外
にはただの老人にしか見えないはずだ﹂
﹁へえ、そう言う魔法もあるんだ﹂
おれはまだ覚えてないけど、まああっても何の不思議もない。
それ以上の魔法をおれはいくつも覚えてるしな。
まあ、そういうことならいっか。
﹁じゃあ、上がって﹂
おれは二人を屋敷に招き入れて、リビングに通した。
そこにベロニカがいた。
ソファでくつろいでて、シルビアが入れた紅茶を飲んでる。
それを見たおじいちゃんズが一斉に首をかしげた。
﹁うむ? ルシオや、あの娘はどちら様なのじゃ?﹂
﹁えっと、ぼくの友達です﹂
567
﹁ほう、余の千呪公の友達﹂
﹁なかなか可愛らしい娘ではないか﹂
﹁うむ、余の千呪公とお似合いだ﹂
いやいや。
いきなりお似合いって。
そりゃ見た目の年齢はそうかもしれないけどさ。
おれがそんなことを思っていると、国王はベロニカに近づき、話
しかけた。
﹁初めまして。お嬢ちゃんの名前を伺ってもよろしいかな﹂
﹁はじめまして。ベロニカ・アモール・ゲルニカですわ。そちらは
?﹂
﹁エイブラハム三世である﹂
ちょっとちょっと、何二人とも本当の名前名乗ってんの?
当然、空気が固まる。
﹁わしはルカ・マルティンじゃ﹂
おじいさんの自己紹介なんてだれも聞いちゃいない。
568
﹁ふむ、余はそなたと同じ名前の娘を一人知っておる。このような
幼い娘ではなかったが﹂
﹁あたくしも似たような名前の方を存じ上げていますわ。このよう
な変哲のない老人ではありませんでしたが﹂
いや二人とも本人だから。
国王と、前女王。
ものの見方によってはこれ、サミットのようなもんだぞ。
二人はしばしの間見つめ︱︱いやにらみあった。
やがて、二人はにらみ合ったままおれに話しかけてきた。
﹁そういえば余の千呪公よ。最近困ったことなどないか?﹂
国王がやたらとお忍びで他の国に行くことに困ってます。
﹁ねえルシオ。今日はどこに遊びにいくの?﹂
遊びに行ける様な状況じゃないです。
答えないでいると、二人の間にますます火花がちった。
魔法でどうにかなりそうにない状況を、おれは困り果ててしまっ
た。
☆
569
表の馬車から荷物がどんどん屋敷の中に運び入れられる。
その大半が魔導書だ。
国王がおれに読ませるために、王立魔道図書館から持ってきた魔
導書だ。
荷物の量から推測して、ざっと一千冊。それも表紙を見る限りま
だ読んでないものばかりだ。
これは正直ありがたい。
﹁ありがとうございます、王様﹂
﹁いやいやなんの。余の千呪公のためだ、このくらいどうというこ
とはない﹂
﹁でも次は前もって知らせてくれると嬉しいな。いきなり来るとび
っくりしちゃうから﹂
﹁だって、余の千呪公の驚く顔がみたかったんだもん﹂
だもんって⋮⋮。
﹁おねがい、王様﹂
まっすぐ見つめて、上目遣いでおねだりをする。
﹁むむむ、わかった。そこまで言われたら仕方ない。次は先に使い
570
の者をよこしてから来ることにしよう。
﹁ありがとう王様!﹂
お礼を言うと、国王はジーンと感動した。
﹁ルシオや﹂
今度はおじいさんが話しかけてきた。
﹁どうしたの?﹂
﹁これをみるのじゃ︱︱﹃アイシクル﹄﹂
じいさんは手をかざした。
魔法を使って、氷柱をだした。
ちょっと驚いた。
﹁おじいちゃん、新しい魔法覚えたんだ?﹂
﹁うむ、ルシオが進めてくれた魔導書、あれが読めたのじゃ﹂
﹁すごい﹂
﹁ルシオのおかげじゃ。のうルシオや、次の魔導書をすすめてくれ
んかのう﹂
﹁そうだね、じゃあ次はブラストストーンがオススメかな? あれ
571
も結構読みやすかったと思う。おじいちゃんのところにあったはず
だよ﹂
﹁うむ、帰ったらすぐに読むのじゃ﹂
えびす顔で頷くおじいさん。
そこに国王が割り込んできた。
﹁余の千呪公よ。生活で困ったことはないか?﹂
﹁生活、ううん大丈夫だよ?﹂
﹁そうか。公爵の通常俸給に加えて出張手形を五割で上乗せしたが、
足りないときはいつでもいうのだぞ﹂
﹁五割?﹂
ちょっとまって、それってかなりの額だぞ。
﹁たりないよな、慣れない地で出費も多かろう。余もそう言ったの
だが大臣がうるさくてな﹂
いやいやいや。
ありがとう大臣、よく止めてくれた。
﹁そうだ、余の千呪公は妻が二人いたな。よし、帰ったら家族手当
もつけさせるとしよう﹂
572
﹁やめて王様。そんなにいらないよ。今までのお給金でも充分過ぎ
る位だよ﹂
というか王国の公爵はかなりもらう。元々の額でも使用人を百人
雇っても全然足りてしまうくらいだ。
そこから更に上乗せするとなるとちょっと恐ろしい。
だから慌てて止めた。
﹁そうか⋮⋮﹂
﹁そうじゃぞエイブ、金の問題ではない。ルシオや、わしはアマン
ダをここによこそうと考えているのだがどう思う﹂
﹁アマンダさん?﹂
﹁そうじゃ。ルシオは嫁の二人と悠々自適に暮らしたいのじゃろ?
ならばルシオの事をよく知っているメイドに身の回りの事をやっ
てもらった方がいいと思ったのじゃ﹂
﹁それは、うん、そうかも﹂
実家暮らししてた頃のことを思い出す、アマンダがいると助かる
のは確かだ。
彼女がいると、その分シルビアとナディアと遊べる。おじいさん
の言うとおりだ。
﹁じゃあ⋮⋮お願いできるかな﹂
573
﹁うむ、帰ったらすぐにアマンダをこっちによこす﹂
﹁ありがとうおじいちゃん﹂
﹁ふふん﹂
おじいさん自慢げに鼻を鳴らした、国王はぐぬぬってなった。
あぁ⋮⋮これは失敗したかもしれない。
﹁余の千呪公よ。メイドなら宮殿にもたくさんおるぞ。余の方から
も一人スーパーメイドを派遣しよう﹂
やっぱり張り合いだした。
おじいさんと国王。二人は仲がいい分すぐに張り合い出すんだよ
な。
しかも後腐れのない張り合いをするから、とめるのも難しいし、
困る。
﹁そうだな、百人くらいいれば良かろう﹂
﹁ルシオや、子供の頃食べてた干しガキはいらんか? 今度山ほど
送ってやろう﹂
本当、困る。
困るけど、何故か嬉しかった。
574
だって、張り合う二人は生き生きしてるからだ。
575
おじいちゃんズ︵後書き︶
久しぶりのおじいちゃんたち。
この二人は出すとちょっと面白いから、ついつい出してあげたくな
っちゃう。
576
検索エラー?
﹁遅いですわ!﹂
おじいさんと国王を送り出した後、リビングに戻るなりベロニカ
に怒られた。
﹁わるい﹂
﹁老人達の事などさっさと追い返しなさいな﹂
﹁や、そうも行かないだろ﹂
﹁まあいいですわ。さあ、それよりも今日はどこに行きますの?﹂
﹁うん? どこにってどういう意味だ?﹂
﹁あ・そ・び・に﹂
ベロニカはにこりと微笑む。
わがままな笑顔、でもどこか憎めない笑顔。
﹁行きますわよ。さあ、何か考えて﹂
﹁行くのは確定なのか﹂
﹁当然ですわ﹂
577
﹁そうだな⋮⋮﹂
別に遊ぶのは構わないから、おれは考えた。
いつも通り、どんな魔法を使ってどんな風に楽しく遊べるのかを
考えた。
﹁大変ですルシオ様﹂
シルビアがリビングに入ってきた。
かなり慌ててる様子だ。
﹁どうした﹂
﹁ご本を運びこんだ部屋の床がぬけちゃいました﹂
﹁あー、やっちゃったかあ﹂
とうとう来たか、とおれは思った。
本って重いからなあ。国王が持ってきてくれた量は床をぶち抜い
てもおかしくないくらいある。
シルビアと一緒に魔導書を運び込んだ部屋にやって来た。
ベロニカもついてきた。
部屋の中にはいる、そこは確かに穴があいていた。
578
おれは床が抜けたところに行って、そこに手をかざした。
修復の魔法をかけて、床を元に戻した。
大した魔法じゃない。
﹁にしても、かなり魔導書が増えたな﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
﹁あっ﹂
あることを思いだして、くっついてきたベロニカに話す。
﹁あんたはあまりここに近づかない方がいいぞ﹂
﹁なぜですの?﹂
ベロニカは不審がった。
﹁あたくしがここに近づいたらなにか不都合がありますの?﹂
﹁いや、不都合っていうか⋮⋮﹂
︵パーパ!︶
クリスがでた。
﹁きゃああああああ﹂
579
ベロニカが悲鳴を上げて逃げ出した。
ほらな、こうなる。
ベロニカは幽霊が苦手だ、そしてクリスはある意味幽霊みたいな
ものだ。
出会ったら、まあこうなる。
﹁魔導書を守ってて、大事なものだから﹂
︵うん!︶
﹁シルビアは続きを頼む﹂
﹁はい﹂
二人にそう言って、逃げ出したベロニカの後を追いかけた。
そんなに広い屋敷じゃない、すぐに見つかった。
ベロニカは廊下の突きあたりでしゃがみ込んで、頭を抱えて振る
えていた。
﹁出ました出ました出ました出ました出ました﹂
壊れたレコードのようにそれだけをリピートする。
あーあー、ガチ怯えだよこれ。
580
﹁ベロニカ﹂
﹁ひぃ!﹂
普通に声をかけただけだというのに、飛び上がりそうな勢いで怯
えられた。
不憫だ。
﹁もうなんですか! なんですかあれは! この屋敷に住み着いて
るんですの!?﹂
﹁ごめんごめん。いや、あそこから出てこないように言っといたか
ら安心して︱︱﹂
︵パパ、魔導書の中に偽物があったよー︶
言いかけたところでクリスが現われた。
あっちゃー、って思いながらベロニカを見る。
﹁⋮⋮﹂
放心顔のベロニカ。
彼女はへなへなとへたり込んだ、ジョーーーー、と漏らした。
﹁ひぐっ⋮⋮﹂
581
そして。
﹁びええええええええん﹂
ガキ泣きをし出したのだった。
☆
﹁おーい、もう大丈夫か﹂
﹁入らないでくださいまし!﹂
枕を投げつけられた。
﹁いや、もう︱︱﹂
﹁出て行って下さいまし!﹂
様子見で部屋に入るいきなりたたき出されてしまった。
おれは仕方なく外にでた。
廊下の壁に背中をもたして待つことしばし。
シルビアが中から出てきた。
﹁どうだ﹂
﹁着替えました﹂
582
頷くおれ。漏らしてしまったベロニカの事をシルビアに頼んだの
だ。
﹁おれの魔法でやれば早かったのに。﹃ドレスアップ﹄とか使えば
一発だったろうに﹂
﹁だめですよ﹂
珍しくシルビアに強い口調で言われた。
﹁そんなことをしたらベロニカさんますます傷ついちゃいます﹂
﹁そうなのか?﹂
むしろ魔法でぱぱっとやって、ぱぱっと証拠隠滅した方が良くな
いか?
﹁そういうものです﹂
﹁そういうものか﹂
わからないけどシルビアがそこまで言うんならそうだろうな。
何せ出会った頃は︱︱。
﹁ルシオ様?﹂
ジト目で見られた。うん、思い出さないようにしよう。
﹁とにかく後はわたしがお片付けしますから、ルシオ様はもうその
583
事を忘れてください﹂
﹁わかった、ありがとう﹂
﹁いいえ﹂
シルビアが立ち去った。ベロニカの着替えは済んだけど、やっち
まった場所の後始末が残ってる。そこに向かったのだ。
さてどうするか。一回クリスのところに寄って、何が何でもあそ
こからでるなって言っとくか。
このままだとまたベロニカ怯えるしな。
がちゃ、ドアが開く。
幼女姿で、ナディアの服を着せてもらったベロニカがドアの影に
隠れたまま、涙目でおれをにらみつける。
やっぱり不憫だ。なんとかして慰めるか。
﹁大丈ぶ︱︱﹂
﹁責任とって下さいまし﹂
﹁え?﹂
﹁責任とって下さいまし!﹂
思いっきり怒鳴られた。
584
責任って⋮⋮なんだ?
﹁乙女の恥ずかしいところをみたのですから、責任を取ってくださ
いまし!﹂
﹁そうはいっても⋮⋮﹂
こんなことに︱︱どう責任を取って良いんだ?
それをわからないでいると、ベロニカがドアの影から出てきた。
涙目のまま更におれをにらみつけて、やけ気味に言い放った。
﹁遊びにいきますわ!﹂
﹁え?﹂
﹁あ・そ・び・に。行きますわよ﹂
そういって、ベロニカはおれの手を引いて、無理矢理屋敷の外に
引っ張っていったのだった。
☆
ベロニカと二人で穴の中から出てきた。
穴は蟻の巣、今まで小さくなって中に入っていた。
出てきた直後魔法で元のサイズに戻して、そのまま二人で地べた
585
に座った。
﹁たのしかったですわ﹂
﹁それはよかった﹂
﹁こんなこともできますのね﹂
﹁前にナディアと同じ事をやったんだ﹂
あの時は相手がGだった⋮⋮というのを言うとまた泣かれるかも
しれないから、言わないことにした。
魔法で小さくなって、中に入って兵隊蟻を倒しつつ、女王蟻も倒
した。
ベロニカはノリノリだった。
おれに魔法でいろんな武器を出させて、それをつかって倒してた。
﹁しっかし、あんたすごいな﹂
﹁なにがですか?﹂
﹁蟻を倒してた時の笑い声。﹃あっひゃひゃひゃひゃ﹄とか、普通
女の子はやらんぞ。蟻の巣に水を流すちびっ子だってそこまではし
ない﹂
﹁そ、そんな事はいたしません。ねつ造は感心しませんわよ﹂
586
﹁えー﹂
魔法を使う。途中から録画したものが空中で流れる。
﹃あっひゃひゃひゃひゃ、死ね死ね死ね死ねええええ!﹄
ベロニカがノリノリで蟻をなぎ倒してるシーンが流れた。
﹁あ、死ねもいってた﹂
﹁きゃあ、きゃああああ﹂
空中の映像を手で振り払おうとする。
﹁なんなんですの、なんなんですのこれ﹂
﹁魔法で録画したやつ﹂
﹁やめて今すぐ消して﹂
﹁わかった﹂
言われた通り素直に消した。⋮⋮出そうと思えばまた出せるけど。
﹁もう、あなたって人は﹂
﹁わるかった﹂
むらむらしてやった、反省はしてない。
587
はあ、と深く息を吐くベロニカ。
それで顔も口調も落ち着いた。
﹁あなたって人は⋮⋮なんでも魔法でできますのね﹂
﹁千呪公って呼ばれてるくらいだからな﹂
﹁千冊も魔道書を読んだんですのね﹂
﹁いや、そろそろ一万超える頃だ﹂
﹁とんでもない人﹂
そう言うベロニカ、でも楽しそうだ。
幼女バージョンのベロニカ、その笑顔はかわいかった。
シルビアともナディアとも違うタイプのかわいい笑顔だ。
可愛い笑顔だった。
﹁楽しかったから、許して差し上げますわ﹂
﹁ありがとう﹂
﹁あの二人が羨ましいですわ。あなたと毎日こんな日々を過ごして
るなんて、世界一幸せなお嫁さんですわ﹂
世界一幸せにするつもりでやってるからな。
588
﹁ねえ、もう少しあたくしに付き合ってくださる?﹂
﹁ああ、いいぞ﹂
別に構わない、ベロニカと一緒にいるのはそれなりに楽しい。
﹁それではお茶をいたしませんか﹂
﹁お茶?﹂
﹁ええ。あたくし達が出会ったあそこで、この姿で﹂
﹁わかった﹂
頷き、立ち上がる。
﹁さあ、お茶をしに行きますわよ﹂
ベロニカは立ち上がって、おれに手を伸ばす。
﹁あっ﹂
横から声が聞こえる。
聞き覚えのある声。振り向くとシモンがそこにいた。
シモン・シンプソン。
はじめて王宮に行くときに案内してくれた男だ。
589
シモンはおれとベロニカをみて、複雑そうな顔をした。
なんだ? その顔は。
シモンはさんざん悩んでから、意を決した顔で通り掛かった兵士、
質素な武装をした兵士を。
﹁ああ、そこの君、わたしはこういう者だが﹂
懐から札のような物を取り出してみせる、呼び止められた男は立
ち止まり、ビシッと敬礼した。
﹁お疲れ様であります﹂
﹁この娘を拘束してください﹂
﹁はっ﹂
﹁待って﹂
おれは間に割って入った。
﹁何それどういう事?﹂
﹁マルティン様は妻帯者、そのマルティン様をナンパしたのですか
ら﹂
シモンは真顔で答えた。
590
⋮⋮あっ。
おれはあの日の事を思い出した。
宮殿に行く前に、イサークがやらかしてつかまったこと。
それと同じ事だ。
確かに傍から見ればおれの事を誘ってるように見える。いや実際
に誘ってるし、これもある意味デートだ。
そしてシモンはあれを知ってる、おれがイサークをちゃんと処罰
してくれって頼んだのを知ってる。
﹁何をするのですか! 離しなさい、あたくしを誰だと思ってるの
です? あたくしはベロニカ・アモール・ゲルニカですのよ﹂
ベロニカはわめく、しかし兵士の男は彼女を離さない。
いまの彼女を元女王だと誰も信じない。
戻すか? いやそれはかえって話がややこしくなる。
妻帯者をさそったのは事実だ。ここで戻したら公爵と元女王もっ
と話がおかしくなる。
だったら︱︱。
魔法を使い始めて二年、すっかり慣れたおれはすぐに﹁何とかな
る魔法﹂を思いついた。
591
﹁﹃マリッジリング﹄﹂
手のひらに指輪が現われた。
シモンはあっ、と声を漏らす。
かれの懐にはまだあるはずだ、この魔法の魔導書が。
結婚指輪を作る魔法の魔導書。
おれはそれをベロニカに渡した。
﹁妻なら問題ないだろ?﹂
と、シモンに言ったのだった。
592
第三の嫁
ベロニカは屋敷につくなり客室にこもってしまった。
おれはリビングで一休みして、そこにナディアがやってきた。
﹁ベロちゃんなにかあったの? なんかすごい様子で部屋に駆け込
んじゃったんだけど﹂
﹁ちょっと色々あってな﹂
﹁色々って?﹂
ナディアは容赦なく問い詰めてくる。
﹁だからいろいろ﹂
さすがにいえない。
あんな形で指輪をわたして、妻だって宣言しちゃったなんて。
﹁うーん、普段なんでも話してくれるルシオくんが話せないって事
は⋮⋮﹂
ナディアは考える。
結構鋭いところのあるナディア。もしかして︱︱。
593
﹁外でもおしっこもらさせた?﹂
﹁してないから!﹂
その方がまだマシだよ!
﹁はあ⋮⋮﹂
﹁ありゃりゃ、ルシオくんがため息をつくなんて珍しい﹂
洗いざらいぶちまけてしまおうか、と思った。
パン!
ドアが開き、壁にたたきつけられた。
シルビアが入ってきた。なんかものすごく怒ってる。
﹁シルヴィ?﹂
驚くナディア。親友の彼女でさえビックリするくらいの形相だ。
シルビアはつかつかとおれのところにやってきて、真っ正面に立
った。
﹁ルシオ様ひどいです!﹂
﹁ひ、ひどい?﹂
﹁はい! ベロニカさんから全部聞きました﹂
﹁⋮⋮あー、聞いたか﹂
594
それで怒ってるのか。まあ、当然だな。
おれはソファーの上で正座した、何となく。
それを見て、ナディアが横で目を丸くさせていた。
﹁どうしてですかルシオ様!﹂
﹁なんというか⋮⋮うん、ごめん﹂
﹁わたしに謝らないで下さい!﹂
ごもっともだ。
﹁それよりもベロニカさんの所に今すぐ行ってください。ちゃんと
ルシオ様の手ではめてあげてください﹂
﹁ああそうする︱︱うん?﹂
なんかおかしい。いまシルビアはなんて言った?
顔を上げて彼女を見る。
﹁えっと、シルビア?﹂
﹁なんですか!﹂
﹁いまなんて?﹂
595
﹁ですから! 今すぐベロニカさんのところに行って、ちゃんとル
シオ様の手ではめてあげてください。そうじゃないとベロニカさん
かわいそうです﹂
﹁えええええ﹂
ナディアが驚きの声をあげた。
﹁それ本当なのルシオくん?﹂
﹁まあ、一応⋮⋮﹂
﹁マジなの? 正気なの? あたまイカれちゃったの?﹂
シルビアよりも遙かにストレートで、遠慮のない言葉でおれを罵
倒した。
怒られるのは覚悟してたが、どうにもずれてる気がする。
﹁あの⋮⋮二人はなんでそんなに怒ってるんだ?﹂
聞くと、二人は揃ってプンプンした。
二人は同時におこった。
﹁﹁ちゃんとはめてあげないとだめでしょ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
思考が停止した。
596
なにを言われたのかすぐにはわからなかった。
つまり⋮⋮渡したことを怒ってるんじゃなくて、渡し方にダメだ
しをされてるって事なのか?
﹁ひどいですルシオ様、そんなプロポーズのしかたってないですよ﹂
﹁そうだよ! 指輪だけ渡して自分ではめてとかはないよ! こう
いうのはちゃんとルシオくんがはめてあげないと﹂
﹁見損ないました!﹂
﹁こんなもの返してやる︱︱って外れないじゃん!﹂
ナディアは指輪をはずして投げつけようしたが、魔法の指輪で体
と一体化してるから外れなかった。
ありったけの言葉でおれを罵る二人、表情も珍しくマジ怒りモー
ドだ。
﹁待て待て、とりあえず待ってくれ。二人はおれが別の女の子にプ
ロポーズしてもいいのか?﹂
﹁え?﹂
﹁え?﹂
二人はきょとんとなった。
597
そこまでは考えてなかったのか。
と、思いきや。
﹁なんでダメなのですか?﹂
﹁うん、なんでダメなの?﹂
﹁いやだって⋮⋮プロポーズしたら⋮⋮﹂
﹁だってふえるんですよ? ルシオ様のお嫁さんが﹂
﹁うん! もう一人増えたら絶対楽しくなるよね﹂
﹁わくわくするよね、四人になったら一緒に何をしよう﹂
﹁まず一緒に空を飛ぼうよ、ルシオくんを二人分呼び出してさ、み
んなで一緒に空飛ぼ﹂
シルビアとナディア、二人は和気藹々と遊びのプランを語り合っ
た。
現状を整理した。
つまり、二人ともおれが嫁を増やすことにまったく異論はなくて、
ベロニカにプロポーズした方法に怒ってるって事か。
いやおれも別に本当に増やすんなら問題はないんだ。
シルビアとナディアが言うように、三人家族から四人家族になっ
598
てできることがどう増えるのか楽しみだし、ここ二三日、特にベロ
ニカが子供になってからの一緒にいるときは楽しいし。
だからベロニカが三人目の嫁なら嬉しいんだが。
﹁待ってくれ二人とも、そうじゃないんだ﹂
おれははしゃぐ二人をとめた。
ベロニカに指輪を渡すまでに至った流れを説明した。
成り行きでそうなった事を強調した。
﹁そういうことだったんですね⋮⋮﹂
﹁なんだ、ちぇ﹂
二人して残念がった。
話がわかればその気持ちもわかる。
おれもなんだか残念になってきた。
二人がベロニカを含めた遊びのプランを語ってる時の顔は本当に
楽しそうで、こっちまで楽しくなったからだ。
﹁ごめんなさいルシオ様、わたしの早とちりでした﹂
﹁ごめんね、ルシオくん﹂
599
二人は謝った。
﹁でもベロニカさんは混乱してますので、説明と誤解を解いた方が﹂
﹁そうする﹂
☆
客間のドアをノックする。
﹁⋮⋮はい﹂
ちょっと遅れて返事が聞こえた。
中に入る。ベロニカは隅っこで膝を抱えて体育座りしてた。
部屋に入ってきたおれをジト目で睨んできた。
さて、どう謝ったものか。
﹁えっと⋮⋮﹂
﹁あたくしは妾なのですか?﹂
﹁はい?﹂
﹁あたくしは妾なのですかと聞いているのですわ!﹂
パッと立ち上がって、ぷんぷん怒りながら聞いてきた。
600
﹁ごめん何の事かわからない。なんで妾なんて話になってるんだ?﹂
﹁シルビアから聞きましたわ。二人ともあなたに直接指輪をはめて
もらいましたと﹂
﹁ああ、それは確かに﹂
﹁二人はあなたにはめてもらって、あたくしには指輪をポンと⋮⋮
二人よりも下の妾と言うではありませんか﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
その発想はなかった!
ベロニカはずんずん近づいてくる。
指輪をおれの胸に押しつける。
﹁あたくしは妾なんてまっぴらごめんですわ。妻以外なる気はござ
いませんの﹂
﹁あ、ああ﹂
﹁だからこれは今度いただきますわ﹂
﹁⋮⋮え?﹂
こんど? コント? 近藤?
⋮⋮まさか、今度か?
601
﹁今度って⋮⋮どういう意味なんだ﹂
﹁決まってますわ、これをあなたからはめてもらえる様になるまで、
妻として迎えてくれるようになるまで受け取らないと言うことです
わ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁もう一度言いますわ。妾なんてまっぴらごめんですわ。あの二人
のような﹃妻﹄以外はあり得ませんわ﹂
﹁⋮⋮ぷっ﹂
思わず吹き出した、そして大笑いした。
なんかもう、とてつもなく面白かった。
そして、妙に嬉しかった。
﹁な、何がおかしいんですの?﹂
﹁いやおかしくはない、おかしくはないんだ﹂
﹁ならなんですの?﹂
おれはベロニカから指輪を受け取って。
﹁ベロニカ﹂
まっすぐ見つめた。
602
﹁結婚してくれるか?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁三人目になるけど、した後はみんなで仲良くしてるのが条件だけ
ど、それでもいいのなら﹂
左手を取る。
﹁おれの嫁になってくれないか﹂
きょとんと言葉を失った。
遅れて意味を理解して、顔が真っ赤になった。
戸惑い、でも拒絶はない。
やがて彼女はおずおずと頷いた。
耳の付け根まで真っ赤になって、上目遣いでおれをじっと見る。
期待。
﹁まだだいぶ永い人生だ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁楽しく、気ままにたのしもう﹂
603
﹁⋮⋮はい﹂
しっとり頷くベロニカ。
指輪をはめてやった。
魔法の指輪は、ベロニカの薬指と一つになった。
604
第三の嫁︵後書き︶
第三の嫁、やっぱり幼女。
ビジュアルとしてお見せできる日を祈ってます。
605
馬に蹴られて三途の川
﹁この指輪ってそういうものだったんですの!?﹂
大ベッドの上で、パジャマ姿の幼女妻三人。
魔法で作った結婚指輪の効果、浮気をしたら砕け散ってしまうと
言うのを二人から聞いたあと、ベロニカが思いっきり怒り出した。
﹁知らなかったのか?﹂
ちょっとだけ驚いた。
シモンもやろうとしてる事だし、割と一般的な事だと思ってたん
だが。
﹁自慢ではありませんが、女王の仕事以外のことは何も知りません
の﹂
﹁本当に自慢じゃないな。いや自慢としても通るか﹂
というか。
﹁なんでそれで怒ってるんだ?﹂
﹁言われなければわかりませんの? こんなもので監視されて嬉し
い女がいるはずありませんわ﹂
606
﹁あー﹂
そうか監視か。
うん、この指輪は監視の意味合いもあるんだよな。
というか本来はそっちの方がメインか。
浮気したら指輪が砕けるなんて、監視以外の何者でもないよな。
シルビアもナディアも浮気をするなんてあり得ないから、完全に
意識の外にそれをはじき出してた。
﹁馬鹿にしないでくださる? こんなものがなくても浮気などいた
しませんわ!﹂
﹁そうか、それは悪かったな﹂
﹁ふん! 別に良いのですけれど!﹂
ベロニカは腕を組んで、プイと顔を背けてしまった。
﹁なんか別のを用意しようか﹂
﹁一度あげたものを返せ、と?﹂
ギロッ、と睨まれてしまった。
怖くない、むしろちょっとかわいい。
607
﹁ずっとつけてる、と﹂
﹁当然ですわ﹂
﹁ねえねえ、それよりもベロちゃん﹂
﹁なんですの﹂
ナディアの方を向くベロニカ。おれの時よりだいぶ表情が柔らか
い。
﹁ルシオくんから聞いたんだけど、二人で蟻の巣に入ったんだって﹂
﹁ええ、入りましたわ﹂
﹁それどうだった? たのしかった? シルヴィはたしか蟻は大丈
夫だったよね。今度一緒に遊びにいこうよ﹂
﹁うん、蟻は大丈夫﹂
﹁ならアドバイスしますわ。先に兵隊蟻を殲滅しても油断しないこ
とね。兵隊蟻がいなくなったらそれまで働き蟻だったのがいきなり
兵隊蟻になりますわよ﹂
﹁そうなの? なんか楽しそうかも、それ﹂
シルビア、ナディア、そしてベロニカ。
三人はベッドの上に座ったまま、楽しく世間話をした。
608
おれはそれを眺めながら、ポスンと仰向けになった。
すると三人が一斉に寄ってきた。
三人で雑談したまま、おれに体をくっつけてくる。
一人増えた、四人でのベッド。
予想以上に温かくて幸せだった。
一生離婚しないと言われたし、この幸せは︱︱。
︵ぱぱー︶
天井からクリスが現われた。
﹁きゃあああああ﹂
ベロニカが悲鳴を上げた。
﹁なんですの、なんで幽霊がまたいますの?﹂
﹁悪い﹂
﹁早く退治してくださいまし!﹂
﹁そうもいかないんだ﹂
おれは苦笑いした。
609
﹁改めて紹介する。彼女はクリスティーナ、おれの⋮⋮まあ娘? 的なものだ﹂
﹁幽霊が娘ってどういう事なの!﹂
﹁話せば長くなるけど、まあ慣れてくれ。害はないし素性もはっき
りしてるから﹂
﹁慣れられますか!﹂
﹁いや、でもなあ⋮⋮﹂
﹁こんなのがいるなんて﹂
ベロニカクリスを睨んで、おれを睨む。
﹁今すぐ離婚ですわ!﹂
シルビアはあわあわして、ナディアはゲラゲラ笑った。
☆
翌朝、書庫。
ベロニカがおれの後頭部にしがみついてる。
ほとんど肩車の体勢だ。
﹁なあベロニカ、すごく読みつらいから降りてくれないか﹂
610
おれは魔導書を読んでる、なのにベロニカはおれにしがみついて
くる。
冗談とかじゃなくて、本当に読みつらい。
﹁お断りしますわ﹂
﹁断るって⋮⋮﹂
﹁あの幽霊の子が怖いのでこのままでいさせてもらいますわ﹂
クリスの事か。
﹁それならシルビアとナディアと一緒に行けば良かったのに﹂
ちなみに二人は仲良く出かけていった。買い物があるらしい。
二人ともベロニカを誘ったけど、ベロニカは断った。
﹁シルビア、すごく残念がってたぞ﹂
﹁そ、そっちは今度埋め合わせいたしますわ﹂
﹁まあ、そうしてやってくれ﹂
﹁ええ、そうしますわ。何しろあたくしは新婚。いま夫から離れる
訳にはいきませんもの﹂
﹁それはいいけど、ここまでくっつく必要はないんじゃ?﹂
611
﹁ありますわ!﹂
言い切られた、ちょっと切れ気味だ。
いやまあ、別にいいんだけど。
というか結構慣れてきた。
ベロニカはおれにくっつくとき、こういう風に頭にしがみつく。
なんだかシスターさんがフードをかぶってるような、あんな気分
だ。
あるいはアニメ的に、デフォルメしたヒロインが頭にひっつく、
そんな感じか。
悪い気はしないので、おれはそのまま魔導書をめくって、読み続
けた。
今読んでるのは国王が送ってきた、魔道図書館でまだ読めてなか
ったやつだ。
30分かけて、ゆっくりと読み終えて、パタンと閉じた。
﹁どうしたんですの?﹂
﹁いや、読み終わっただけ﹂
﹁読み終わった?﹂
612
驚くベロニカ。
﹁うん? ああ、そういえば初めてだっけ、おれが魔導書を読み終
えたのに立ち会ったのって。大体こんなもんだよ、一冊読むのにこ
れくらい﹂
﹁嘘ですわよね﹂
﹁じゃなかったら千呪公とか呼ばれてないぞ﹂
﹁⋮⋮あっ﹂
今更気づいたのか。
﹁で、でも⋮⋮本当に読めたのです?﹂
﹁﹃パーチェス﹄﹂
漫画読みに持ち込んだ飲み物のコップを取って、魔法を掛けた。
魔法がコップを金に換えた。
数枚の硬貨、感覚的に数百円って程度の小銭だ。
﹁これは?﹂
﹁今覚えた魔法。かけたものを適切な相場で金にしてくれる魔法ら
しい。ふむ、結構使い出があるなこれ。質屋とか中古屋って名目で
商売とかできそうだ﹂
613
やらないけど。
今し方読んだ魔導書をおいて、新しいヤツを手に取った。
﹁また読みますの?﹂
﹁そりゃ読むさ。魔導書は読めば読むだけ魔法を覚えるんだ。生活
を守るためにも時間ができたらどんどん読んでいかないと﹂
﹁そう⋮⋮﹂
ベロニカはおれから降りた。
横で物静かに座った。
﹁どうした﹂
﹁邪魔をするのはよくないかな、って﹂
﹁⋮⋮ぷっ﹂
﹁何故笑いますの!﹂
ベロニカは怒り出した。
顔を真っ赤にして︱︱結構かわいい。
﹁悪い悪い。そんなことは気にしなくていいぞ﹂
﹁でも⋮⋮﹂
614
﹁﹃フロート﹄﹂
魔法でベロニカの体を浮かせる。
﹁わっ⋮⋮こ、これは?﹂
﹁ものを浮かせる魔法だ。それでさっきみたいにやってみて﹂
﹁えっと、こうかしら﹂
ベロニカは言われた通りさっきと同じポーズになった。
おれの頭にしがみつくポーズ。
浮遊魔法
さっきは重かったけど、今度は﹃フロート﹄のおかげで全然重く
感じなくなった。
﹁ああ、良い感じだ﹂
﹁本当に?﹂
﹁ああ﹂
﹁じ、じゃあ遠慮しないでくっつきますわよ﹂
﹁ああ﹂
頷き、ベロニカをひっつかせたまま魔導書を読みはじめる。
615
今度は四コマの漫画で、さっき以上にすんなりと読めた。。
半分くらいまで来たところで、ふとベロニカが手を伸ばして、ペ
ージをめくってきた。
﹁え?﹂
﹁どうしまして?﹂
﹁いや⋮⋮﹂
首を振って、また魔導書を読む。
しばらくして、ページの最後まで読むと︱︱また手が伸びてきて、
ページをめくってくれた。
さっきと同じ、読み終えたタイミングでめくってくれた。
﹁ベロニカ? これが読めるのか?﹂
﹁いいえ﹂
﹁じゃあなんで?﹂
﹁そろそろめくりそうだなって。みてて何となく思ったのですわ﹂
﹁魔導書を?﹂
﹁あなたの顔ですわ﹂
616
﹁おれの顔⋮⋮それでわかるのか?﹂
﹁夫ですもの﹂
即答された。
ちょっと恥ずかしかった。
﹁ほら、サボってないで、続きを読みなさいな﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
魔道書を読むのを再開した。
やがて手を完全に離した。
魔道書をおいて、ただ読むだけ。
それをベロニカが丁度いいタイミングでページをめくってくれた。
視線でパソコンを操作するシステムと似てるが、比べ物にならな
いくらいよかった。
嫁とくっついて、漫画のページめくりをしてもらう。
心が温まる、素敵な時間だ。
一方でリア充死ね。というのも聞こえてきそうだ。
そうやって、その魔導書を最後まで読み終えると、今度は異空間
617
に吸い込まれた。
何もない真っ黒な空間に、ベロニカと一緒に吸い込まれた。
﹁またあったなルシオ、今度こ︱︱﹂
﹁﹃ブラックホール﹄﹂
顔なじみを瞬殺して元の世界に戻る。
﹁い、今のはなんですの?﹂
﹁たまにあるんだ、トラップが。読み終えると魔導書の中に吸い込
まれて、魔王バルタサルとの強制戦闘になるんだ﹂
﹁魔王バルタサルって、あの!?﹂
﹁知ってるのか。うんあの﹂
おれはため息ついた。
﹁まったく、新婚のいちゃいちゃを邪魔しやがって﹂
むかつくから口上の途中で瞬殺してやった。
﹁ですわね、新婚のいちゃいちゃを邪魔するなんて馬に蹴られて死
んでしまうべきよね﹂
ベロニカは同意した。
618
トラップの魔導書をおいて、新しいヤツを取る。
同じように読んで、めくってもらって、覚えた魔法を実際に試し
て。
そうして過ごした午後の一時は、結構楽しいものだった。
︵みてみてパパ! あたしまた少し実体化に近づいた︱︱︶
﹁今すぐ馬に蹴られなさいな!﹂
ベロニカもクリスの耐性がついたし、わりと実のある一日だった。
619
馬に蹴られて三途の川︵後書き︶
現在、マンガ嫁一巻の表紙がamazonで公開されてます。
ものすごくかわいくできてるので是非一度見てみてください。
620
鉱海夫ルシオ
﹁ぶぶー、そんなことはどうでもいいぶ。まえにもいったけど、お
れは忙しいからそっちが適当にやってればいいぶ﹂
謁見の間、ぶた︱︱もといゲルニカ王に会いに来た。
この国にやってきた目的、それでやる事を見つけたから、その許
可を取りに来た。
ちなみにベロニカは隣にいるけど、まったく気づかれてない。
﹁本当にいいんですか?﹂
おれは念押しで聞いてみた。
ゲルニカ王は相変わらず砂糖と手づかみで食べてて、口のまわり
にべとべとそれがくっついてる。
﹁くどいぶ! 勝手にやるといいぶ﹂
そう言って謁見の間から去っていった。
なんというか、フリーダムだな。
隣でベロニカがため息を吐いた。
﹁相変わらずですわね﹂
621
﹁昔からそうだったのか?﹂
﹁ええ、子供の頃から。あの趣味は割と有名で、国家首脳の間では
割と有名な話でしたわ﹂
﹁なるほど﹂
だからこそ王にさせられたのか?
どう見ても、ベロニカの方が王にふさわしい。
実際に女王として何をやってきたのかはしらない、でもあれ以下
はあり得ない。
実際の能力も︱︱高いとおれは思ってる。
初対面でイサークのダメさを見抜いてたしな。
用事が済んだから、おれとベロニカは謁見の間を出た。
廊下を歩く、たまに兵士やら女官やらとすれ違って、その度にち
ょっとドキドキする。
﹁どうしましたの?﹂
﹁いや、ベロニカの正体がばれたのかなって思って﹂
﹁それはありませんわ﹂
622
にこりと微笑んで、ベロニカは言い切った。
﹁気づいたらこの程度の騒ぎではすみませんもの﹂
﹁そうなのか?﹂
﹁ええ、だってあたくし﹂
にやりと笑う。
﹁王宮に出入りしたら死刑ですもの﹂
﹁えええええ﹂
驚き、思わず立ち止まった。
﹁なんで?﹂
﹁退位した時の条件でそうなりましたわ﹂
﹁そういう条件をつけられたのか。だったらまずいんじゃないのか
? ここにいるのは﹂
辺りをきょろきょろする、急にドキドキしてきた。
ベロニカがあまりにも普通にしてるもんで、そんな事になってる
とは予想もしなかった。
﹁あら、どうしてですの?﹂
623
﹁いやだって︱︱﹂
﹁あたくしの夫はこんなに頼もしい人ですのに?﹂
笑顔で言われた。
卑怯だ、その言い方は卑怯だ。
そんな風に言われたら︱︱嬉しくなってしまうじゃないか。
﹁ダメですの?﹂
﹁⋮⋮そんなことはない﹂
おれは首を振った。
信頼されてる、だったらこたえなきゃ。
﹁何があっても傷一つつけさせない。絶対に﹂
﹁⋮⋮﹂
ベロニカは恥じらってうつむいた。
﹁卑怯ですわ﹂
﹁え?﹂
﹁そんな⋮⋮予想以上の言葉を返してくるなんて﹂
624
﹁予想以上?﹂
﹁﹃絶対に守る﹄と予想してましたのに⋮⋮﹂
﹁守れても怪我とかさせたら困るからな。傷一つつけさせない、絶
対に﹂
もう一度宣言するようにいう。
﹁⋮⋮﹂
ますます恥じらってしまうベロニカ。
でも顔は嬉しそうだ。
ふと、すぐそばにいる兵士と目が合った。
血走った目で、今にも血の涙を流しそうな表情。
リア充爆発しろ、今すぐもげろ。
そんな祝福の言葉に聞こえてくるかのようだ。
﹁ね、ねえルシオ﹂
﹁なんだ﹂
﹁手を⋮⋮つないでもいいかしら。ほら、二人がいつもしてるよう
な﹂
625
お手々とお手々をつないでの、あれか。
おれは何も言わず、手をつないだ。
それでベロニカはますます嬉しそうになった。
彼女と手をつないだまま外に出た。
☆
ベロニカと一緒に海にやってきた。
前に来たのと同じ場所で、同じ魔法をかけた。
﹁﹃アダプテーション﹄。さあ、行こうか﹂
﹁うん﹂
そして、お手々とお手々とつないで、散歩気分で海にはいる。
﹁本当にこんなところにあるのかしら﹂
﹁ある。というかおれは見た﹂
﹁見間違いってことはないのかしら。だって、ねえ⋮⋮﹂
﹁その時はベロニカとのただの散歩になるだけだ。何も損はない﹂﹂
﹁そうね﹂
626
ベロニカは納得した。
おれたちは歩く、のんびりのんびりと、海底を散歩していった。。
海藻が漂ってる。
魚が泳ぎ回ってる。
無粋なサメは魔法で召喚した馬で蹴っ飛ばす。
色々あって、それでも散歩を続ける。
﹁さて、この辺のはずだが﹂
﹁手分けして探したほうがいいかしら﹂
﹁いいのか?﹂
ベロニカはにこりと笑った、普通に手を離した。
ちょっと驚きだ。てっきり手を離すのを渋られると思ってたのに。
それがにこりと笑って︱︱自ら手を離した。
⋮⋮いい女だ。
おれ達はまわりを探した。
目当てのものをしばらく探して回った。
627
﹁ルシオ!﹂
離れたところからベロニカがおれを呼んだ。
駆け寄ると、ベロニカは拾った石をおれに見せた。
﹁もしかしてこれ?﹂
﹁そう、これだ﹂
﹁これが⋮⋮﹂
﹁そう、金の鉱石だ﹂
ベロニカが見せてくれたのは金。
鉱物としての金鉱石だ。
﹁まさか本当に海底にあるなんて。誰かが投げ込んだのかしら﹂
﹁違う、ここにあるものなんだ﹂
﹁海底ですのに?﹂
﹁海底に結構資源が寝てるんだ。ガスとかはもちろん、以外と鉱石
類もな﹂
﹁そうだったの⋮⋮﹂
﹁ベロニカ、ちょっと離れててくれるか﹂
628
﹁ええ﹂
ベロニカは言われた通り離れた。おれが何かをすると一瞬でわか
って、距離をとって待避した。
おれは手をかざし、魔法を使う。
﹁﹃ゴールデンピッケル﹄﹂
でっかい金色のつるはしを召喚して、海底にたたきつけた。
舞い上がった土でエメラルドグリーンの海底が一気に混濁する。
﹃アダプテーション﹄の効果があるから大丈夫だが、一応ベロニ
カに聞いた。
﹁ベロニカ、大丈夫か?﹂
﹁ええ、なにも見えないけれど﹂
声が平気そうだ。
そのまましばらく待った、やがて海が落ち着いてまたエメラルド
グリーンの綺麗な海に戻っていく。
いつ戻って来たのか、ベロニカがそばにいた。
﹁わあ⋮⋮﹂
629
土が剥がれて、そこに鉱床が剥き出しになった。
﹁これ⋮⋮全部金の鉱石なの?﹂
﹁見た感じそうだな。それに⋮⋮﹂
辺りを見回す。
﹁この調子ならまだまだありそうだ。それに金だけじゃない、銀や
ら銅やらもありそうな気配だ﹂
﹁それらも?﹂
﹁更に⋮⋮﹂
﹁更に?﹂
﹁手がつけられてない分、地上の鉱山よりも量は多そうだ﹂
﹁⋮⋮世界ではじめて手をつけるからですわね。まだ誰にも手をつ
けられたないまっさらなところ﹂
﹁そういうことだ﹂
﹁ルシオじゃなかったらできなかった事ね﹂
それはわからない。﹃アダプテーション﹄の魔法は昔からあった。
おれは単に、昔テレビで﹁海底はメタンハイドレートだけじゃな
くて鉱物もあるよ﹂ってみたから、ここに目をつけただけだ。
630
よく考えたら海底だって﹁地面﹂なんだから、その下に鉱物が埋
まってるのは当たり前のことで。
単にずっと海底にして掘り起こすのが難しいだけだ。
﹃アダプテーション﹄の魔導書がよめて、かつその事に気づく人
間だった同じ事ができる。
まあ、今の所おれがこの世界で初めてっぽいけど。
きん
﹁とりあえずお金になりそうな金からはじめるか?﹂
﹁採掘のための人間を集めますわ﹂
﹁いやそれはいい、魔法でなんとかなる心当たりがある﹂
採掘して、海上に運び出すのはできる。
﹁それよりも鉱石から金にする方をなんとかしてほしい﹂
そっちも心当たりあるけど、効率が悪い。
﹁わかりました、任せてくださいまし﹂
﹁やれるの? ベロニカは実権を取られたんじゃないのか?﹂
﹁こちらも心当たりがありますわ。もちろん、ルシオの元に確実に
戻ってこれる程度には安全な﹂
631
﹁そうか﹂
おれは安心した。
魔法を更に使って、金鉱石を掘り出していった。
☆
海底で発掘した金鉱石は瞬く間に金塊になった。
手つかずの鉱床にはものすごい量が隠されてて、金塊だけでも最
終的に100トンになるという概算をだした。
その資金をどう使うのかは、おれにはわからない。
おれはただ﹁金塊100トン以上の財産﹂をゲルニカにもたらし
た。
それだけだ。
それだけのことだった。
632
鉱海夫ルシオ︵後書き︶
百トンの金塊を稼いだルシオ。
水の浄化以来の真っ当な商売ですね。その気になればこれくらい稼
げる子、っていうお話。
633
魚と釣り竿
﹁さすが余の千呪公だ﹂
王都、謁見の間。
報告にやってきたら、国王がメチャクチャ大喜びした。
﹁余は信じておったぞ、余の千呪公ならきっと魔法のごとき手腕で
ゲルニカの国政を立て直してくれるだろうと﹂
﹁褒めすぎだよ王様。ぼくはただ金を掘ってきただけで他には何も
してないよ﹂
﹁うむ、その謙虚さもさすがである。さすが余の千呪公だ﹂
﹁公爵閣下。その⋮⋮閣下が掘り当てた金塊は⋮⋮﹂
﹁全部ゲルニカの国庫に納めてきたよ﹂
﹁全部ですか!﹂
﹁うん、全部﹂
﹁さすが余の千呪公。金を前に目をくらまぬとは。その清廉さは史
書に書き残すべきだ﹂
﹁⋮⋮私腹を肥やしてくれた方がどんなに良かっただろうか⋮⋮﹂
634
大臣がくらくらした。
気持ちはわかる。おれも後から気づいた。
金塊百トン。
百トンという数字は大した量に聞こえない。金だから高いだろう
な、って思ってたけど、でも百トン程度だしなあ。って思ってた。
それがよくよく考えてみたら、元いた世界の相場を思い出してみ
たら。
どんぶり勘定でも実は5兆円くらいになることに気づいた。
百トンの金というのはそれくらいの量だ。
この世界の相場はわからないけど、でもとんでもない金額なのは
間違いない。
大臣がくらくらするのもわかる。
ていうか、マジごめん。
﹁公爵閣下、今からでもなんとかならないだろうか。今回の件公爵
閣下が最功労者だし、いくら何でも取り分が少なすぎるかと﹂
大臣は食い下がってきた。
﹁よいではないか大臣よ﹂
635
国王がたしなめるようにいった。
﹁余の千呪公はこの一件で名前が轟いたのだ。そなたの進言通りな。
それでよいではないか﹂
﹁サヨウデゴザイマスネ﹂
うわあ、めっちゃ棒読み。
この人、そのうち胃に穴が開くんじゃないだろうか。
大変な王の下につくと大変なことになるんだなあ。
いや、今回はおれのせいでもあるけど。
大臣と目が合った、同情する視線を向けるとますます切ない顔を
された。
などと、大臣とわかりあっていると。
﹁大臣よ﹂
﹁は﹂
﹁そなたの危惧はわかっておる﹂
﹁え?﹂
﹁余はそこまでもうろくしているように見えるか? 百トンの金塊、
636
それがゲルニカに渡ったらどうなるのかくらい、余にも想像がつく
わ﹂
﹁な、ならば﹂
﹁それを踏まえた上で問題ないと言っておるのだ。何しろ我が国に
はほれ﹂
国王がおれをみた。ニコニコ顔のえびす顔だ。
﹁余の千呪公がおる﹂
﹁⋮⋮おお﹂
大臣が手をポンと叩いた。
なるほど、って顔だ。
﹁たしかに、あれをなさったのは公爵閣下、そして公爵閣下は我が
国の重鎮﹂
、、、
﹁うむ、その通りじゃ。渡った金塊はそれっきりの、いわば死んだ
金。しかしここにいるのは生きている千呪公だ﹂
﹁たしかに、なんの問題もありはしませんな﹂
⋮⋮。
まあ、言いたいことはわかる。
637
釣った魚を大量にわたしとしても、釣り竿さえ手元にあれば大丈
夫って理論だろ。
それはわかる。
驚く、まさか国王がそこまでかんがえてるとは。
てっきりいつも通り、何も考えないでおれを持ち上げてるだけだ
と思ってた。
正直すまん。
﹁それでよいな、大臣よ﹂
﹁はっ﹂
気のせいか、大臣のおれを見る目も変わった。
﹁公爵閣下﹂
﹁なに?﹂
﹁これからもよろしくお願いいたします﹂
何というか、国王とまるっきり同じ目︱︱千呪公すげえ、って目
になったのだった。
638
魔法の言葉
夜明け前、なんとなく目が覚めた。
三人の嫁はすやすや寝ている。
すっかりおねしょしなくなったシルビア。
今でも起きると寝癖が大爆発するナディア。
新しく加わったベロニカ。
三人の手を軽く握ってやってから、おれはベッドから降りた。
寝室の外に出る。薄暗い中に人影があった。
目を凝らす、それはメイドのアマンダさんだった。
おじいさんの命令で、おれの屋敷で働くようになったアマンダさ
ん。
﹁おはようアマンダさん。もう起きてたんだ﹂
﹁主より早く起きるのがメイドでございますので﹂
事もなさげに答えた。
ぶっちゃけ、おれはトイレのために起きてきた。
639
突発的なものだ、終わったらまたベッドに戻って二度寝する。
そんなおれよりも早く起きてるなんて、いつ寝てるんだろうか、
って気になる。
﹁旦那様はお気になさいませぬよう﹂
心を読んだのか、アマンダさんはそう言ってきた。
まあ、それはそれでいいけど。
﹁それよりも旦那様ってなに?﹂
﹁マルティン公爵様のお屋敷に使える様になりました。ですのでお
坊ちゃまでなく旦那様、と。お気に召さないのであれば呼び方を変
えますが﹂
﹁変えるの?﹂
﹁ご命令とあらば﹂
﹁へえ﹂
アマンダさんのキャラ的に﹁旦那様としか呼ばない!﹂って拒否
られるものだと思ってたけど、そうじゃないんだな。
まあ、﹁旦那様のご命令なら﹂というのも彼女のキャラではある
けど。
640
﹁わかった。旦那様でいいよ﹂
﹁はい﹂
おれはそう言って、トイレに行った。
用を足して来た道を戻る、アマンダさんがやっぱりそこに佇んで
いたから、会釈をして通り抜けた。
部屋の中に入る。嫁達はまだ寝ていた。
おれが出た後、ぬくもりを求めてベッドの上をさまよったのか、
シーツはくしゃくしゃになって、三人が体を寄せ合うようにして寝
ている。
﹁﹃エアクッション﹄﹂
小声で魔法を唱えて、空気のソファーに載る。
そこで三人を見つめる。
シルビア・マルティン、一人目の嫁。
かわいらしさの中に穏やかさがある。
将来は正統派美女に成長する事が魔法で確認されてるおれの嫁。
今でも十日に一回はおねしょするのは愛嬌だ。
ナディア・マルティン、二人目の嫁。
641
かわいらしさを引き立てるやんちゃさががある。
将来はさばさばな美女に成長することが魔法で確認されてるおれ
の嫁。
竜騎士ナディアは一部では有名で、本人もそれにまんざらじゃな
い。
ベロニカ・アモール・マルティン、三人目の嫁。
かわいらしさだけじゃなくて、気品と強がりが高いレベルで同居
してる幼女。
既に妖艶な美女に成長してるけど、あえて魔法で幼女姿に戻した
おれの嫁。
大人の時とは違って、ストレートに感情を表に出すのがかわいく
てしょうがない。
三人の幼女妻、三者三様の可愛さ。
空気ソファにのったまま、彼女達を眺めた。
﹁ルシオ様⋮⋮もう食べられない﹂
シルビアの寝言。
いやあ、それはナディアの持ちネタだろ。
642
﹁ルシオくん⋮⋮まだ食べ足りない﹂
ナディアの寝言。
うん、シルビアのはシルビアらしかった。
﹁ルシオ⋮⋮あたくしを食べて﹂
ベロニカの寝言。
十八歳以上
お前らしいけどエロいの禁止。
三人は寝言を言った。
何かの時に使えると、おれは魔法でそれを録音した。
にしてもろくな夢をみないな。﹃ドリームキャッチャー﹄で内容
を確認できそうだが、するのがばからしいくらいの寝言。
その代わり寝顔はかわいいから良しとする。
三人を見つめていると、いつの間にかうとうと寝てしまった。
気持ち良かった。
空気ソファーで寝るのは気持ち良かったが、途中からもっと気持
ち良かった。
何となくまぶたを開ける。
643
朝日が差し込む中、三人がおれに体を寄せてるのがみえた。
全員が起きてて、目と目があった。
その目は︱︱キラキラしている。
﹁⋮⋮おはよう?﹂
思わず朝の挨拶が疑問系になってしまった。
それくらい、三人の目はきらきらしていた。
なんで今そんな目をしてるんだろう、と思っていたら。
﹁もっと寝ててルシオ様﹂
﹁そそ、それで今のをも一回やって?﹂
﹁こらナディア。それを言ったらだいなしですわよ﹂
もう一回? 台無し?
一体何の事だ?
それをわからないでいると、ドアがコンコン、コンコンとノック
された。
静かでリズミカルなノックの後、メイドのアマンダさんが入って
きた。
644
﹁旦那様、奥様がた。おはようございます﹂
﹁おはようアマンダさん﹂
﹁朝食の用意ができております﹂
﹁わかったわ﹂
﹁ちぇ、しょうがない﹂
﹁お開きですわね﹂
嫁達が次々に言って、おれから離れて部屋を出た。
アマンダさんだけが残った。
やっぱり訳がわからなくて、おれは首をかしげた。
﹁なんだったんだろ﹂
﹁知りたいのですか?﹂
﹁うん? 知ってるのかアマンダさん﹂
﹁はい﹂
﹁教えてくれ﹂
﹁かしこまりました﹂
645
アマンダさんはそう言い、咳払いをして。
﹁お前達を好きでいふふけるんだー﹂
おれの物まねをした。
ビックリするくらいおれの声そっくりだが、そんな事よりも。
﹁それってもしかして寝言?﹂
﹁はい﹂
うわー、なるほどな。
それで三人はおれをじっと見つめてたのか。
自分もやったことだから、気持ちはわかる。
はあ。
﹁それはいいけど。アマンダさんおれの声まね上手いね﹂
﹁恐縮です﹂
﹁これで噛まなかったら百点満点だったんだけど﹂
﹁いえ原文ママです﹂
﹁え?﹂
646
おれはきょとんとした。それってまさか。
﹁はい、旦那様が噛みました﹂
また心の中を読んだかのようにアマンダさんがいった。
﹁まじか!?﹂
﹁はい。もっと厳密に言うと。﹃お前達を好きでいふふけるんだー。
失敗だあ。お前達を好きでいふふけるんだー。また失敗だ。お前達
を好きでいふふけるんだー。なんで好きなのにうまく言えないんだ
ああああ﹄、です﹂
﹁⋮⋮﹂
愕然。
そんなのを連呼してたのかおれ。
それで三人が上機嫌でおれを見つめてたのか。
うわああああ。
頭を抱えた。ちょっと死にたくなる寝言だ。
⋮⋮いや、別にならないけどさ。
気を取り直して、着替えて部屋を出た。
屋敷の大食堂に移動する。そこで嫁達が待っていた。
647
全員がるんるん状態で、ものすごく上機嫌だ。
多少ニヤニヤしている。
⋮⋮はあ。
、、、、
そんな顔をされると、ちゃんとしたくなるじゃないか。
﹁シルビア、ナディア、ベロニカ﹂
おれは息を吸って、言った。
﹁好きだ﹂
噛むといけないから、一番重要なところだけを伝えた。
三人はますますにやけてしまった。
648
よっぱらい
﹁るっしおー﹂
マンガ
夜、魔導書を読んでると、ベロニカがいきなり部屋に入ってきて、
絡んできた。
顔が赤く、ろれつが回ってない。テンションが普段と違う。
﹁ベロニカ?﹂
﹁うふふ⋮⋮うふふふふ﹂
﹁どうしたんだ?﹂
﹁るぅしおぉ﹂
顔を近づけて、トロンとした目で見つめてくる。
﹁おまえ、まさか︱︱﹂
﹁顔にるしおがついてまふわー﹂
﹁言ってる意味がわからない﹂
﹁あはははは、るしおにるしおがついてる、おっかしー﹂
おかしいのはお前の様子だ。
649
﹁ええい、たべちゃえっ﹂
いきなり舐めてきた。べろっとおれの頬を舐めた。
首にひっついてきて、べろべろなめる。
そんなベロニカを慌てて引きはがす。
﹁ちょっとちょっとベロニカ?﹂
﹁うっふふふふー﹂
今度は体が前後左右に揺れだした、まるでだるまの様だ。
もしかしなくても酔ってるな、これ。
八歳の子供がよっぱらう姿はちょっと珍しい。ベロニカの中身は
とっくに成人した大人の女だが。
﹁なんかあついれす﹂
手でばたばたあおいだ。
﹁窓を開けるか? それとも魔法がいいのか?﹂
﹁うーん﹂
頬に指をあてて、考える。
650
﹁るしおしかいないれふわ﹂
部屋の中はおれとシルビアの二人っきりだ。
﹁るしおだけだから︱︱ぬいちゃえー﹂
ベロニカはいきなり服をぬぎだした。
パパパ、と服を脱いでキャミソール姿になった。
﹁ちょっとちょっと﹂
いきなりの事なので慌ててベロニカを止めた。
﹁ろーしてとめるんれふの?﹂
﹁はいはい、酔っ払いは少し黙ってて﹂
手を押さえつつ脱ぎ捨てた服を拾い上げる。これ、どうやって着
せたらいいんだ?
面倒臭いから魔法使うか。
﹁ルシオくん﹂
名前を呼ばれた。
ナディアがこっそりドアの影からおれをみてる。
﹁どうしたナディア﹂
651
﹁ごめんなさいルシオくん﹂
ナディアが入ってきて、おれの前にたった。
顔が赤い、酒の匂いがする。
﹁お前も飲んでたのか?﹂
﹁うん。あのね、ベロちゃんが酒は良いものだって。一人前の大人
なら酒くらいのめるようになるべきだっていったんだ﹂
みんな子供じゃないか。
いやベロニカはちょっと違うか。
﹁あたしルシオくんのお嫁さんだし、それで一緒になってちょっと
飲んだんだけど、ベロちゃんが急にああなって﹂
﹁なるほど﹂
頷き、ベロニカをみる。
﹁よっれないれふ!﹂
﹁はいはい、酔っ払いは黙っててな﹂
ベロニカはもうまるっきり酔っ払いだ。
﹁で、どれくらい飲んだんだ?﹂
652
﹁えっと、ベロちゃんはコップをこれくらい﹂
親指と人差し指で摘まむような仕草で量をしめした。
コップの満タンから一センチもない、舐めるように飲んだ程度だ。
それでこうなのか。
﹁ルシオくん﹂
おれの名を呼ぶナディア、珍しく不安そうな表情だ。
﹁どうした﹂
﹁お酒を飲むとこうなるの? あたし、ベロちゃんが飲み残したの
を全部飲んじゃったんだけど⋮⋮﹂
﹁コップの残りを全部か?﹂
﹁うん﹂
﹁へえ﹂
こっちはこっちでちょっと面白い。
ナディアは受け答えがしっかり出来てるし、顔が赤くなってるが
酔っ払いって程じゃない。
﹁大丈夫だ。何かあってもおれがここにいるし、どうにでもしてや
653
る﹂
﹁それもそっか﹂
ナディアはほっとした、顔から不安が一気に消えた。
﹁うん、ルシオくんがいるんだもんね。じゃあ大丈夫だ﹂
﹁ああ﹂
﹁でもお酒って不思議な味だね。ふわふわしてあったかくて気持ち
よくて﹂
﹁そういうもんだ﹂
﹁ルシオくんと手をつないで寝るの半分くらい幸せ﹂
﹁斬新な比較対象だ﹂
﹁お風呂上がりにこう、ちょっと飲みたい感じ﹂
﹁天才だったか﹂
ナディアには酒飲みの素質があるかも知れない。
﹁るっしおー﹂
ナディアと話してる横から、ベロニカがひっついてきた。
おれの後頭部にひっついた。
654
いつもの肩車っぽい体勢だが、普段はしがみついてるだけなのに、
酔っ払ってる彼女は前後に揺れ出した。
まるで遊具の木馬にのってるかのような感じ。
酔っ払いってこういうもんだが、それにしてもひどい。
暴れるだけ暴れて、電池が切れたかのようにぐっすりと寝てしま
った。
﹁ベロちゃんが別人だ。お酒を飲むとこうなるんだ﹂
﹁個人差もあるけどな。大抵は酔っ払うと普段とは違う姿になるん
だ﹂
﹁あたしも?﹂
﹁しっかり酔えばな﹂
﹁なんかそれ面白い。もうちょっとのんでこよ﹂
﹁あー待て待て﹂
部屋の外に飛び出そうとするナディアを引き留める。
﹁酒は飲み過ぎると体にわるいからやめとけ﹂
おれの嫁で社会的には成人扱いだが、それでも体は子供だから良
くない。
655
﹁えー、でもなんか楽しそうだよ?﹂
ナディアはベロニカを見る、ものすごく羨ましそうだ。
﹁ふむ、ようはよっぱらったらどうなるのか知りたいんだろ?﹂
﹁うん!﹂
﹁わかった︱︱﹃リバースソーバ﹄﹂
瞬間の脳内検索をして、一番適してる魔法を使った。
手のひらに数個、あめ玉のようなものが出てきた。
﹁それはなに?﹂
﹁一粒で一分間酔っ払える魔法の薬だ。アルコールじゃないから体
に悪いとかはないし、一分間で溶ける様に出来てる﹂
﹁すごい、そんな便利なものがあるんだ﹂
﹁これでためしてみろ﹂
﹁うん!﹂
ナディアはあめ玉を受け取って口に放り込む。
ゴクン、と一気に飲み込んだ。
656
そして、次の瞬間。
﹁るしおくーん﹂
超ハイテンションになっておれにしがみついた。
﹁るしおくん、るしおくん、るっしおくーん﹂
さっきまでと違って、一気に酔っ払い状態になった。
﹁るしおくん!﹂
﹁うん﹂
﹁だいすき!﹂
ぎゅっとしがみつかれて、ほっぺにキスをされた。
﹁だいすき﹂
またほっぺにキスをされた。
﹁だいだいだいーすき﹂
ほっぺをめちゃくちゃキスされた。
キス魔か、こいつ。
キスの雨が降り注ぐこと、一分。
657
﹁だーいしゅ⋮⋮き﹂
魔法の効果が切れた。
一瞬で我に返ったナディア。
おれの顔と魔法のあめ玉を交互に見比べる。
これは⋮⋮酒飲みにありがちな醒めたら後悔するパターンかな。
﹁まあ気にするな、酔っ払いってのは︱︱﹂
﹁面白い!﹂
﹁え?﹂
予想外の反応だ。
﹁すごいよルシオくん、お酒ってこういうものなんだ﹂
﹁お酒っていうか、よっぱらいっていうか﹂
おれの魔法だからな。
﹁そっかぁ⋮⋮面白いなあ。そうだ、チョット待ってて﹂
ナディアは部屋から飛び出してしまった。
どうしたんだいったい。
658
しばらくして、シルビアの手を引いて戻ってきた。
﹁どうしたのナディアちゃん。わたし、お部屋のお片付けが﹂
﹁いいからいいから、そういうのはアマさんに任せてさ、シルヴィ
はこれを食べて﹂
ナディアは余った魔法薬を一粒シルビアにわたした。
﹁これ食べて﹂
﹁これは?﹂
﹁いいから﹂
押し切られたシルビアは魔法薬を飲んだ。
直後、顔が赤くなって、目がうるうるし出した。
﹁るしおさまぁ﹂
いきなり抱きついてきた。ベロニカパターンか?
﹁ごめんらさいるしおさま、ごめんらさいるしおさま﹂
いきなり泣き出す始末。
ああ、泣き上戸なのか。
﹁うぇーん、いつもおねしょひてごめんらさい﹂
659
﹁おー、泣くんだ﹂
ナディアが楽しそうケラケラ笑った。
泣きながらすがってくるシルビア。
そして、一分。
ナディアの時と同じように、ピタッととまるシルビア。
ぎぎぎ、とぎこちない動きでおれから離れる。
恨みがましい目でおれを見る。
﹁ひどいです、ルシオ様﹂
﹁おれのせいかな﹂
﹁ナディアちゃんもひどい﹂
﹁大丈夫! シルヴィかわいかったから!﹂
親指を立てるナディア。
何が大丈夫なんだか。
﹁そうだ、ルシオくんもそれ飲んでみてよ﹂
﹁え?﹂
660
﹁うん、ルシオ様のが見たいです﹂
﹁いやいや、待て待て﹂
おれは冷や汗をかいた。
﹃リバースソーバ﹄のあめ玉を見た。丁度もう一つ残ってる。
このままじゃ飲まされてしまう、処分しなきゃ︱︱。
﹁だーめ﹂
寝たと思ったベロニカがいきなり起き出して、あめ玉をおれの口
の中に入れてきた。 いきなりの事で、つい飲み込んでしまった。
やばい︱︱と思った時は時既に遅し。魔法の酔いが回った。
目の前の三人を見る。
かわいいかわいいおれの嫁達、大事な大事な幼女妻。
﹁シルビア、ナディア、ベロニカ﹂
三人の手を取って、目をまっすぐ見て、いった。
﹁取りに行くぞ︱︱世界を﹂
﹁ルシオ様かっこいい⋮⋮﹂
661
﹁ルシオくん⋮⋮﹂
﹁ふ、ふん、あたくしの夫なのだからこれくらい当然よ﹂
三人はそれぞれ違う反応をした。
目をきらきらさせたり、まんざらでもなかったりで、全員が好意
的だった。
が︱︱一分後。
おれは生まれてきたことを死ぬほど後悔するのだった。
662
よっぱらい︵後書き︶
本日マンガ嫁一巻発売です。
それを記念して、一巻収録分の﹁夢の中へ﹂︵31話︶にちなんだ
話を書きました。
この話につけたイラストが個人的に一番お気に入りです。
よろしければ31話も読んで、書籍版も手に取ってみてください。
よろしくお願いいたします。
663
その体はきっと綿で出来ていた
王都ラ・リネア、王立魔導図書館。
ゲルニカの一件が終わって無事戻ってきたおれはいつも通り魔導
書を読んでいた。
今読んでるのはどこかで見たような話だ。
小さな女の子が泉に人形を落として、わんわん大泣きしてるとこ
ろに女神が泉の中から現われて、﹁あなたが落としたのはこの人形
ですか﹂って聞いてきた。
﹁金の斧と銀の斧をリスペクトしたものだなぁ﹂
正直な女の子に女神は高価な人形を押しつけたが、女の子は思い
入れのある元の人形を返してくれって懇願した。
﹁ああ、綺麗なジャイアンの方の展開だ﹂
マンガ読みとしてはこっちの方がなじみがある展開だ。名作だし
な、うん。
その魔導書を最後まで読んで、魔法を覚えた。
試してみるか、そう思って呪文を唱えた。
﹁﹃ポゼスドール﹄﹂
664
瞬間、目の前が真っ白になった。
瞬間移動系か召喚系の魔法にありがちな感覚だ。
魔法に身を任せた。
しばらくして視界が戻ってくる。
︵ここは⋮⋮どこだ? むっ︶
まず声が出ないことに気づいた。
喋ろうとしたが声が出ない。口がパクパクしてるって感触はある
けど、声は出ない。
︵﹃ライト﹄︶
魔法を使ってみた。指先がぽわぁ、と光った。
魔法は問題なく使えるみたいだ。
それで落ち着いて、まわりを見回した。
どこかの室内のようだ。それも、見覚えがある。
くるりと視線を一周させると。
︵ココ?︶
665
我が家の飼い犬の姿がみえた。
綺麗でもふもふしそうなな毛並みの犬耳少女。水をかけると猫耳
少女に変身する不思議な種族。
そのココが、ベッドの上でうつぶせになって寝ていた。
獣人の姿としてはちょっと不思議な、犬のような丸まった寝相。
︵なるほど、ココの部屋だったのか。そりゃ見覚えがあるわけだ︶
改めて部屋の中を見た。間違いなく、王都ラ・リネアにあるおれ
の屋敷の中の一室だ。
窓ガラスで自分の姿を確認できた。
おれはぬいぐるみになった。
ココの三分の一くらいのサイズのぬいぐるみだ。
見た目は︱︱まるっきりおれだ。
デフォルメされてるが、一目でおれだとわかるぬいぐるみ。
手を動かす、人形の手が上限した。
足を動かす、人形がくるっとターンした。
ポーズをとってみる、サポテ○ダー。
666
なるほど、魔法でこの人形に乗り移ったって事だな。
マンガの内容が内容だ、それに呪文の名前もある。
人形に乗り移るための魔法だろう。
しかしなんというか⋮⋮ぼろぼろだな。
乗り移ったルシオ人形は窓ガラスに映し出されたうっすらとした
姿でもわかるくらいぼろぼろだ。
頬がちょっと汚れてて、あっちこっちほつれてる、ズボンのとこ
ろに至ってはちょっと破けて綿が飛び出してる位だ。
なんでこんなことになってるのか、と思っていると。
﹁うにゃぁ⋮⋮﹂
ココの声が聞こえた。
振り向く、ぽかぽか陽気に寝ぼけた顔のココがこっちを見ている。
﹁こっちのがあたたかいでしゅよぉ⋮⋮﹂
ぬいぐるみ
そういって、おれを抱き寄せた。
そのまま寝入ってしまった︱︱かと思いきやぬいぐるみにほおず
りをし始めた。
ほおずりをしたり、甘噛みをしたり。それを寝ぼけたままやった。
667
︵そりゃぼろぼろになるはずだ︶
甘噛みされたところによだれが染みこんでくる、不思議な感覚を
覚えた。
さて、どうするか。
魔法はチェックしたし、自分の体に戻るか。
そう思った瞬間、目の前が真っ白になった。
瞬間移動系か、召喚系にありがちな現象。
ぬいぐるみに乗り移った時と同じ現象だ。
だが︱︱おれは何もしてない。
何も魔法は使ってない。
どういう事だ?
しばらくして、視界が元に戻った。
目に飛び込んできたのは異次元空間だった。
﹁くくく、待っていたぞこの時を﹂
魔王バルタサルの空間だ。
668
そいつは前にあった時とちょっと姿が変わっていた。
元々は人間に近かったけど、今は体の半分くらいがモンスター化
? してる感じだ。
﹁お前に魔法をしかけていたのだ。自分の肉体をはなれ、本来の力
を出せないであろうこのような時を待っていたのだ﹂
そんな事をしてたのか。
﹁そして︱︱ぬうぅん!﹂
かけ声と共にバルタサルは服をビリリと裂いた。
ギリギリ人型だが、ほとんどモンスターの様な肉体。
前とは大分違う感じだ。
まじゅうごうたい
﹁魔力の大半をつぎ込んで肉体改造したこの魔獣鋼体。これなら勝
てる、今度こそ貴様を倒して現世に舞い戻り、地上を恐怖を染めて
くれる﹂
⋮⋮。
﹁しねえい!﹂
☆
バルタサルを瞬殺して、屋敷の部屋に戻ってきた。
669
まったくもう。あいつ、回を追うごとにしつこくなってないか?
もはやストーカーの域だぞ。
窓ガラスに映し出される自分の姿を見た。
ただでさえぼろぼろだったぬいぐるみがもっとぼろぼろになった。
流石にぬいぐるみの体じゃ勝手が違ったから一発もらってしまっ
たのだ。
頬が破けて、そこからも綿が飛び出している。
︵﹃リペア﹄︶
自分自身︱︱ぬいぐるみに向かって魔法を使った。
ぼろぼろだったぬいぐるみが魔法の力でみるみるうちに修復され
ていく。
瞬く間に、新品のようになった。
︵さて、今度こそ元の体にもどるか︶
﹁うにゃぁ⋮⋮﹂
ココがまた起きてきた。
寝ぼけた顔のまままわりを見回す。
670
﹁ごしゅじんしゃまがいないれすぅ⋮⋮﹂
おれはこっそりココの前に移動した。
まわりをきょろきょろするココ、おれの姿を見つける。
ベタベタ触って、クンクン匂いをかいで。
﹁ちがうれすぅ⋮⋮﹂
ココはものすごく悲しそうな顔をした。
むっ。
﹁ごしゅじんさまろこれふかぁ⋮⋮﹂
泣きそうな顔でまわりをきょろきょろして、ぬいぐるみを探した。
いかん、直しすぎたか。
魔導書の内容を思い出す。
新しくて綺麗のがいいって訳じゃないんだ。
、
おれは、元の姿を強くイメージした。
窓ガラスに映し出された、あの姿を。
︵﹃レストレーション﹄︶
671
呪文をとなえ、魔法を自分にかけた。
ぬいぐるみが変わった。
頬がちょっと汚れててあっちこっちほつれてる、ズボンのところ
がちょっと破けて綿が飛び出してる。
そんな、元の姿に。
﹁⋮⋮スン﹂
ココが鼻を鳴らして、こっちをみた。
﹁いたぁ﹂
にへら、と笑顔になった。
ぬいぐるみ
おれをたぐり寄せて、抱きしめる。
そのまま犬のポーズで、また寝る。
ほおずりをしたり、ガジガジ甘噛みしたり。
﹁うへへぇ⋮⋮﹂
ぼろぼろのおれが更にぼろぼろになった。
バルタサルにやられたのよりも、更にぼろぼろに。
ココは、ものすごく幸せそうで。
672
彼女のよだれが体に染みこんでくるのを感じながら、その幸せそ
うな笑顔をいつまでも眺め続けた。
673
その体はきっと綿で出来ていた︵後書き︶
書籍版のイラストを担当してくださったわたあめ様の発売応援イラ
ストに触発されて書いた話です。
ココが持ってるルシオくん人形がとてもかわいいです!
<i193808|15669>
674
フランケンシュタイン
朝起きて、キッチンにやってきた。
﹁おはようございます旦那様﹂
﹁あっ、おはようルシオ様﹂
キッチンの中にいるシルビアとアマンダがおれを出迎える。
二人は一緒になって料理をしてるみたいだ。
﹁朝ご飯を作ってるの?﹂
﹁ううん。ルシオ様のお弁当を作ってるんです﹂
﹁弁当?﹂
﹁はい。今日はルシオ様、図書館に行くんですよね﹂
﹁そのつもりだ﹂
﹁そのお弁当を作ってました﹂
﹁へえ、どんな弁当なんだ?﹂
﹁あっ、だめっ﹂
675
のぞき込もうとしたところに、シルビアが慌てて弁当を隠そうと
した。
慌ててやったせいで手が滑って、中身を台の上にぶちまけてしま
った。
﹁あっ⋮⋮﹂
落ち込むシルビア。ぶちまけてしまったものをシュンとした顔で
見つめる。
おれのせいだな。
﹁大丈夫です、奥様﹂
一方で、アマンダさんはいつも通り冷静に振る舞った。
﹁もうワンセット分の材料がございます。今から作り直しましょう﹂
﹁うん。ごめんなさいルシオ様。後でお届けしますから﹂
﹁こっちこそ悪い、出来るまで部屋で待ってる﹂
﹁はい!﹂
笑顔で頷くシルビア。
おれはアマンダさんが弁当の具を拾い集めるのをちらっとみて、
キッチンを後にした。
676
拾い集めて弁当につんだものから推察するに、キャラ弁︱︱しか
もおれの姿をしたキャラ弁みたいだ。
それは見られるの恥ずかしいな。
一方で、アマンダさんはそれを拾い集めて弁当箱に詰め直したが。
﹁まるで福笑いだな﹂
とおれは思った。
﹁福笑いって何?﹂
廊下でばったり出会ったナディアがきいてきた。
﹁福笑いをしらないのか?﹂
﹁しらない﹂
﹁そうか﹂
おれは少し考えた。
どうせシルビアの弁当を待つんだから。
﹁すこし遊ぶか?﹂
﹁うん! 何して遊ぶ? 蟻の穴に水を流す?﹂
﹁んな小学生男子みたいなことじゃないよ﹂
677
ナディアを連れてリビングにやってきた。
ナディアと一緒にソファーに座って、魔法をつかう。
﹁﹃モンタージュボディ﹄﹂
魔法の光が空中に浮かぶ。
﹁これをどうするの﹂
﹁見てて。顔はアマンダさん、体は大人のベロニカ、服装は⋮⋮兄
さんだ﹂
魔法の光に触れて、目を閉じてパーツ単位で想像・指定をした。
光が明滅する。強くなったり弱くなったりを繰り返して、やがて
収束する。
そこに、一体の人形が現われた。
指定通りの見た目だ。
顔は鉄面皮のアマンダさん、体はグラマーな大人ベロニカ、着て
る服はまるでクジャクを連想させるイサークのもの。
﹁きゃははははは、なにそれ、おもしろーい﹂
﹁そういう魔法だ。今みたいな要領でやってみろ﹂
678
﹃モンタージュボディ﹄を唱え直して、人形を魔法の光に戻す。
ナディアは同じようにそれに触って、目を閉じてぶつぶつつぶや
いた。
しばらくして、それができあがる。
﹁なんだこれは﹂
﹁普通のルシオくんの体に、ルシオくんドラゴンの羽、そして覇王
ルシオくんの顔﹂
﹁お、おう﹂
ナディアが作り出したものを︱︱不覚にちょっとかっこいいと思
ってしまった。
体のサイズこそおれのままで子供だけど、背中に力強さを象徴す
るドラゴンの羽、顔はいつだったかナディアがシルビアと一緒に妄
想していた﹁すごいおれ﹂。
ぶっちゃけ、結構かっこいい。
﹁ルシオくん素敵⋮⋮﹂
﹁﹃モンタージュボディ﹄﹂
自分でもかっこいいと思ったが、目の前でうっとりされると恥ず
かしい。
679
おれは魔法を唱えて人形を魔法の光に戻した。
﹁えー、どうして消すの?﹂
﹁いいから。他のを作ってみろ﹂
﹁ちぇ。そうだね⋮⋮ねえねえルシオくん、これってもっと細かい
事出来ない?﹂
﹁細かい事って?﹂
﹁例えばさ⋮⋮ってやって見ればいいじゃん﹂
ナディアはそう行って、また人形を作った。
出てきたのは一人の美少女だった。
どこかで見た事あるようなないような、そんな美少女。
﹁なんだこれは﹂
﹁シルヴィの目にあたしの鼻、それにベロちゃんの口﹂
﹁ああ、お前達のパーツを顔に限定して組み替えたのか﹂
人形を見る、いわれるとわかる、確かに嫁達のパーツだ。
本当にモンタージュ写真みたいだな。
﹁ルシオくんもう一回﹂
680
﹁﹃モンタージュボディ﹄﹂
﹁これに⋮⋮こうやって﹂
﹁その顔をドラゴンのボディにくっつけるのはやめろ﹂
クソコラか。
﹁もう一回もう一回﹂
﹁はいはい。﹃モンタージュボディ﹄﹂
﹁今度は⋮⋮こうだ! おじいちゃんと王様をくっつけてみた﹂
﹁縦にわってくっつけるな! アシュラ男爵か﹂
﹁もう一回!﹂
ナディアと一緒に魔法で遊んだ。
﹁ねえねえ、これって一緒に作れないの?﹂
﹁うん? 一緒にって?﹂
﹁例えばあたしが目と口をきめて、ルシオくんが眉毛と鼻きめる。
そんな感じの﹂
﹁できるぞ﹂
681
﹁本当! じゃあやって見ようよ﹂
﹁﹃モンタージュボディ﹄﹂
魔法の光を二人で触った。
目を閉じる。
﹁髪型⋮⋮決めた。次ルシオくん﹂
﹁眉毛決めた⋮⋮でいいのか? 次ナディア﹂
﹁それでオッケー。じゃあ目はこの人!﹂
﹁どんな見た目になってるのやら⋮⋮鼻はこっちで﹂
﹁ミミだけばらすね⋮⋮ココちゃん!﹂
﹁ケモミミになった! やばい、目とのアンバランスさが既にもう
ヤバイ﹂
一つずつ言い合いながらナディアと合成で遊ぶ。
何ができあがるのか楽しみにしながら。
やがて。
﹁ふう、出来た⋮⋮ぷっ﹂
﹁おいおいおいおい﹂
682
﹁あは、あははははは。これまずいでしょ。こんなの外に出したら
つかまっちゃうよ﹂
﹁それよりもショックで気絶死すると思う﹂
﹁あははは、そうかも﹂
できあがったのは⋮⋮もう名状しがたい生き物だ。
ギリギリ人型を保っているが、下手すれば人には見えない。
まさにフランケンシュタイン、あれを数十倍やばくした感じだ。
手一つとっても、三本が嫁のもので、残り二本がココとマミだ。
チョイスにヤバイ素材はないけど、もうヤバさしかない。
﹁ちょっとこれ見せてくる!﹂
ナディアは人形を抱えてリビングから飛び出した。
キッチンの方からシルビアの悲鳴が聞こえた。
まったくもう。
﹁⋮⋮﹃モンタージュボディ﹄﹂
一人になったリビングの中でもう一回魔法を使った。
683
魔法の光に念じる。
シルビア。
ナディア。
ベロニカ。
嫁達の姿を念じながらパーツを選ぶ。
ある意味三人が合体した、美しい人形ができあがった。
それを⋮⋮おれは⋮⋮。
思わず、見とれてしまったのだった。
⋮⋮が。
﹁ルシオくんがすっごい美女に浮気してる!﹂
戻ってきたナディアに説明するのがすごく難しかった。
684
ルシオ先生
﹁にゃっ﹂
︵残念、はずれだよー︶
﹁これでどう⋮⋮にゃっ﹂
︵あっははー、つかまらないよーだ︶
屋敷の中、ヤケにドタバタしてるって思って見に来たら、猫耳っ
娘のマミとマンガ幽霊のクリスがじゃれ合っていた。
普段使ってない広い部屋の中で、クリスがあっちこっちを飛び回
って、マミがそれに飛びかかる、のを繰り返してる。
﹁なにやってるんだお前らは﹂
︵あ、パパだ。おっはよー︶
﹁おはよう﹂
テンションの高いクリス、低いマミ。実に対照的な二人だ。
︵鬼ごっこをしてたんだよ、マミタンと︶
﹁おにごっこ?﹂
685
︵うん。ケイドロって言った方がわかるかな︶
﹁うちの近所はドロケイ派だ。そうじゃなくて。鬼ごっこなんてや
ってもお前つかまらないだろ﹂
︵そうでもないよ。ほら見てみて、あたし、前となんかかわってる
ように見えない?︶
クリスはそう言って、モデルの様にクネクネしてポーズを作った。
⋮⋮ぶっちゃけ。
﹁どこもかわってないだろ﹂
見た目は最初にあった時と同じなままだ。
︵えー、もっとよく見てよパパ︶
﹁って言われてもな⋮⋮﹂
もう一度見つめた。
やっぱり変わってないように見える。強いていえば前に比べては
っきりと見える様になったくらいか。
﹁うん? はっきり見える様になった?﹂
︵やっとわかった?︶
得意げになるクリス。
686
もう一度よく見た。確かにはっきりと見える様になった。
前は完全に透けて体の向こうが見えてたけど、かなり見えつらく
なってる。
透過の度合いが10%くらいから50%くらいになった、って感
じだ。
﹁どういう事だ?﹂
︵もう、パパボケるのはやーいパパがマンガを読めば読むほどあた
しが実体化してくって前に教えたじゃん︶
﹁そういえばそんな事もあったな﹂
クリスがはじめて現われた時にそんな話をした記憶がある。
マンガを読み続けるのは日課だし、普通に娯楽にもなってるから、
大して気にしてなかった。
︵でね︶
クリスはマミに近づき、ベタベタ触った。
マミは嫌がったが、後ろから抱きついて、じゃれつく。
︵こんな風にマミタンともおさわりが出来るようになってるんだ︶
﹁なるほどな。それで鬼ごっこか﹂
687
︵そういうこと!︶
大きく頷くクリス。
その顔は嬉しそうだ。
マミをベタベタ触って、まとわりつく。
よっぽど実体化してきたのが嬉しいみたいだ。
一方のマミはぶすっとした。
そっぽ向いてしまって、部屋の外に出て行った。
︵マミタンでて行っちゃったね。しょうがないから遊ぼパパ︶
﹁遊ぶってまた鬼ごっこか?﹂
︵パパとマンガ読みたい︶
﹁いつもそれだなお前は、いいけど﹂
部屋を出て、廊下を進む。
クリスはおれの斜め後ろをプカプカとんでついてきた。
﹁そういえば。あとどれくらい読めば完全に実体化しそうなんだ?﹂
︵⋮⋮今の倍くらい?︶
688
﹁なるほど。別に読むのいいけど、そんなに魔導書があるのかな。
この世界に﹂
︵えー、ないの?︶
﹁いや知らない。あるかも知れないしないかもしれないだろ﹂
︵じゃあパパが書いてみれば?︶
﹁はあ?﹂
︵パパが自分で書いて自分で読めばいいんだよ。自家生産すればな
くなる心配もしなくていいじゃん?︶
﹁そんなに上手く行くか。魔導書もそうだし、マンガなんてどう書
けばいいのかも想像つかない﹂
この世界の魔導書はおれからすれば二重の意味を持ってる。
おそらく魔力を持ってて、読破したらその魔導書の魔法が使える
様になる。
そしてストーリーを持ってて、読んだ後普通に楽しくなる。
その二つの意味を同時に持ってる。
そしておれはそのどちらもわからない。
﹁魔導書なんて作れないさ﹂
689
︵あれ? パパまだその魔法を覚えてないの?︶
﹁うん? どういうことだ?﹂
︵魔導書を作る魔法︶
﹁そんなのあるのか﹂
︵なかったら魔導書作れないじゃん?︶
﹁⋮⋮そりゃそうか﹂
魔導書を作る魔法。
ある意味、当たり前の事だった。
☆
王立魔導図書館にやってきた。
助手のファンに聞いて、その魔導書の所にやってきた。
魔導書を取って、じっくり読む。
マンガとしての内容はどこかで見た事のあるようなものだ。
マンガ家を目指す高校生の四人組が、それぞれが持つ才能を上手
く組み合わせて、一組のマンガ家として成り上がっていく話。
690
マンガを作る話のマンガだ。
それを読み終えて、本棚に戻す。
︵読めたの? パパ︶
﹁ああ。﹃カトゥーニスト﹄﹂
魔法をとなえる。
魔法の光が一瞬だけ出て、すぐにはじけて消えてしまった。
︵だめなの?︶
﹁いや、そんな事はない。今の一瞬で頭の中に声がした﹂
︵声?︶
﹁ああ﹂
頷く。
聞こえてきた声は大きく分けて二つのことを行ってきた。
まず、マンガの内容をイメージする。
次に、それの魔法をイメージする。
﹁もう一回やって見る。﹃カトゥーニスト﹄﹂
691
魔法の光を前に、目を閉じて思考を巡らせた。
漫画の内容と魔法を。
やろうとしたが、失敗した。
マンガの内容をイメージしてる所で魔法の光がまたはじけて消え
てしまった。
﹁時間制限があるのか﹂
︵そうなの?︶
﹁そうみたいだ。わかりやすい、コンセプトがちゃんとした話、そ
のコンセプトに沿った魔法﹂
さらに考えた、真剣に考えた。
そして、三度目の正直。
﹁﹃カトゥーニスト﹄﹂
魔法を唱えて、イメージする。
マッチ売りの少女を少し変えた話。
︵おお︶
声をだすクリス。
692
おれ達の前に一冊の魔導書が現われた。
︵すごいパパ、本当にできたんだ︶
﹁おれもびっくりだ、まさか出来るなんて﹂
︵ねえねえ、これって何の魔法?︶
﹁それはな﹂
説明しようとした時、国王がやってきた。
﹁おお、余の千呪公ではないか。どうしたのだ? なにかいいこと
でもあったのかな﹂
﹁こんにちは王様。うん、これをちょっと﹂
そういって、新しい魔導書を差し出した。
﹁これがどうかしたのか?﹂
﹁ぼくが作った最初の魔導書なんだ﹂
﹁ほう!﹂
目を輝かす国王。
﹁余の千呪公の初魔導書か、これはめでたい、早速国ほ︱︱﹂
﹁国宝指定はやめてね﹂
693
先回りをした。
﹁むぅ、そうか。仕方ない。しかし口惜しい、余が魔導書を読めれ
ばなあ﹂
国王はものすごく残念そうだった。
何しろ今までほとんど魔導書を読めなかった人だ。
おれの事をものすごく可愛がってもいる、孫のように。
孫の初めての魔導書を読めないと嘆いて当然だ。
悔しがりながら、魔導書をペラペラめくる。
﹁むっ?﹂
﹁どうしたの王様﹂
﹁読めるぞ﹂
﹁え?﹂
﹁読める、読めるぞ﹂
﹁本当に?﹂
﹁うむ!﹂
694
国王はマンガを読んだ。
おれのマンガを、普通の速度で読んだ。
﹁おお、こんな感じなのか魔導書を読むというのは﹂
国王は一気に最後まで読んだ。
そして︱︱。
﹁﹃キャンドル﹄﹂
魔法を使った。国王の手にマンガの中に出てくるのと同じロウソ
クが出現した。
﹁おお、余にも魔法が使えたぞ﹂
﹁本当だ﹂
﹁どういう事だ。誰かいるか﹂
﹁はい? どうしたんですか陛下﹂
ファンがやってきた。
﹁これを読んでみよ﹂
﹁これですか? むっ?﹂
魔導書を受け取ったファンがそれをめくった。
695
国王と同じ反応だ、普通の速度で読み進めていく。
﹁これは⋮⋮こんな読みやすい魔導書を見た事がない﹂
﹁余の千呪公特製の魔導書だ﹂
﹁なるほど!﹂
驚きつつも納得するファン。いや特製ってほどじゃないけど。
しばらくして、ファンも魔導書を読み終えて、魔法を使える様に
なった。
﹁すごいぞ余の千呪公よ、これは革命だ﹂
どうやら、おれがちゃんとした手順を踏んで作った魔導書は異世
界人でも読めるようだった。
696
お宝ゲット
屋敷での昼下がり。
リビングのソファーでくつろぎながら魔導書を読み。テーブルの
上に本が積み上げられてて、その横にアマンダさんが用意してくれ
たジュースとお菓子がある。
お菓子はアマンダさん手作りのポテチ。異世界にこういう食べ物
はなかったけど、説明したら作ってくれた。
アマンダさんすごい。
﹁うーん、ごくらく﹂
ジュースにポテチという、マンガ読みのゴールデンパートナーで
魔導書を読む。
部屋は﹃リプレイス﹄で季節を春にしてあるので、かなり快適だ。
魔導書を読む。
一冊読み終えたので、次のを手に取った。
魔法は覚えた、がそれすぐに試さないのは、続刊ものだったから。
続刊ものは同じ魔法を強化する、過去にあった例だと魔法の矢を
覚えて、続刊を覚えれば覚えるほど同時にうてる数が増えていった。
697
一巻の時点で2本、二巻で3本、三巻で5本と、同時に討てる数
が素数で上がっていって、全二十巻を読み終えた時点で71本の魔
法の矢を同時にうてるようになった。
マンガ
そういう事もあって、図書館から持ち出して全十巻のこの魔導書
を読破してから試そうと思った。
﹁あれ?﹂
二巻であるはずの魔導書は二巻じゃなかった、まったく違う本だ
った。
テーブルに置いた他の魔導書を手に取ってみる。
読み終えた一巻、積み上げられた三巻四巻五巻六巻︱︱。
シリーズものは、二巻だけが抜けていた。
﹁くっ、これじゃ読めない﹂
この世界に来てはじめて、マンガを読めない事態に落ちいってし
まった。
二巻をすっ飛ばして三巻を読むなんてあり得ない。
うっかり三巻を読んでしまうと話の繋がらないもやもや感と、微
妙なネタバレ感がおれを襲うだろう。
﹁仕方ない、二巻を取ってくるか﹂
698
はあ、とため息をついた。
にしても、なんでこんなものがまざったんだ? そもそもこれは
なんだ?
せっかく持ってきたし、単巻ものだったら返す前に先に読んでし
まおうと思った。
そう思ってページを開くが。
﹁むっ? これは﹂
﹁あれえ、それもしかして宝の地図?﹂
いつの間に入ってきたのか、後ろからのぞき込んだナディアが言
った。
彼女が言った通り、それは宝の地図のようなものだった。
マンガ
少なくとも魔導書じゃない。なぜなら。
﹁ふむふむ、ルシオくん、これってラ・リネアっぽくない?﹂
ナディアがすぐに読めてしまったから。
この世界でおれ以外に魔導書をさくっと読める人間は未だかつて
出会ったことはない。
ナディアがさくっと読めるって事は魔導書じゃないって事だ。
699
ただの宝の地図、ってことか。
﹁宝の地図かあ。わくわくするねルシオくん!﹂
﹁そうだな﹂
﹁ちょっと探してくる!﹂
宝の地図が書かれた本をひったくって、ナディアは外に飛び出し
ていった。
相変わらずアクティブな行動派だな。
﹁ココー、ちょっと来てー、探しものにいくよー﹂
部屋の外から聞こえてくるナディアの大声。犬耳っ娘のココを連
れてくみたいだ。
行動派の上に結構頭脳派なのかもしれない。
さて、どうしたもんかな。
﹁ただいま⋮⋮﹂
﹁はや!﹂
しょんぼりして、肩を落とした様子で戻ってきたナディア。
﹁どうした﹂
700
﹁ここ﹂
﹁ココ?﹂
ココがどうしたんだ?
﹁ここだったんだよ、宝の地図がさしてるところって﹂
ああ、そういう。
ていうかこの屋敷を指してたのか。
ナディアから地図を受け取る。
集中して読んでみた、確かにこの屋敷を指してる。
﹁この屋敷の下に埋まってるっぽいな。というかもうないんじゃな
いのか、これって﹂
﹁うん。屋敷だったらもうない。ココがゆってた﹂
﹁⋮⋮普段から庭を掘り返してでもしてたんだろうか﹂
犬だからな、ココ。
﹁うー、残念、宝探しをしたかったのに﹂
﹁⋮⋮するか? 宝探し﹂
701
﹁え?﹂
驚くナディア、何を言ってるのかわからないって顔をした。
☆
ナディアと一緒に屋敷の庭に出た。
﹁﹃ドリームサーチ﹄﹂
魔法を唱えると、目の前に一枚の地図が現われた。
端っこがぼろぼろで、いかにもな地図だ。
﹁これは?﹂
﹁宝の地図だ﹂
﹁宝の地図? これって、うち?﹂
ナディアは地図と屋敷を交互に見比べた。
﹁ああ﹂
﹁うちに宝があるの?﹂
﹁ああ。探してみろ﹂
﹁うん!﹂
702
ナディアは屋敷の中に飛び込んでいった。
それを見送った後、アマンダさんが外から帰ってきた。
﹁お待たせしました旦那様﹂
﹁どうだった?﹂
﹁受け取って参りました﹂
アマンダさんが魔導書を渡してくれた。
ついさっきまで読んでいたシリーズ物の魔導書、そして今使った
魔法の魔導書の、その第二巻だ。
﹁ありがとうアマンダさん﹂
﹁恐縮です﹂
おれはそこで魔導書を開いて読み始めた。
しばらくするとアマンダさんが椅子と机と、ジュースとポテチと
シリーズ全作を持ってきてくれた。
パラソルも建ててくれた。
﹁ありがとうアマンダさん﹂
﹁ごゆっくりどうぞ﹂
703
至れり尽くせりの中、マンガを読む。
二巻を読み終えた所でパタパタ足音がした。
ナディアが屋敷の中からもどってきたのだ。
﹁ルシオくん!﹂
﹁どうだった?﹂
﹁タンスの裏にこれを見つけた!﹂
そういってナディアが差し出したのは一枚の銀貨だった。
﹁これがお宝?﹂
﹁そう。今読んでる魔導書の魔法、﹃ドリームサーチ﹄。宝物のあ
りかをさがして宝の地図にしてくれる魔法だ﹂
﹁すっごーい。そんなのもあるんだ﹂
﹁あるんだな﹂
おれも驚いてる。
﹁でもでも、銀貨一枚じゃお宝っていうには寂しいね。なんていう
かさ、宝の地図ってのはもっとこう、わくわくするものがいいよね
!﹂
﹁じゃあ次ぎ行ってみるか?。二巻読み終えたばっかだ。魔法も強
704
化されてるはず﹂
﹁うん! やってやって!﹂
わくわくするナディア。八重歯がちょっとかわいい。
﹁﹃ドリームサーチ﹄﹂
レベル二を使った。出てきた宝の地図は更に古ぼけて見えた。
﹁どれどれ⋮⋮あっ、これラ・リネアだ﹂
﹁町全体にひろがったのか﹂
﹁ちょっと行ってくるね!﹂
風の如く去っていくナディア。
おれは三巻を読んだ。
読み終えたのとほぼ同時にナディアがまた戻ってきた。
﹁ルシオくん! 今度はこれ!﹂
﹁サイフか﹂
﹁中に銀貨が二枚はいってたよ﹂
﹁ちょっと微妙だな。三巻もいっとく?﹂
705
﹁うん! なんかすっごく楽しい﹂
ナディアは大いに喜んだ。
魔法の効果は微妙だが、かわいい嫁が喜んでるんだからいっか。
おれがマンガを読んで、ナディアが地図で宝探しをした。
巻数を重ねるごとに宝の地図がどんどん古くなり、見つけてくる
宝の価値も徐々に上がっていったが、そっちは雀の涙ていどだった。
九巻の時点で見つけてきたのが安物のブローチ︵アマンダさんの
鑑定で銀貨10枚︶ってあたりでいろいろアレだ。
価値はアレだし、魔法の効果としては微妙だけど。
﹁ナディアが喜んでるからいいか﹂
夕日の中、庭でおれはナディアの動画を見てそう思った。
ナディアが戻ってくるたびにこっそり﹃クリエイトデリュージョ
ン﹄でとってた彼女の姿だ。
まるで子供のように大はしゃぎする姿はすごくかわいい。
⋮⋮いやまあ八歳の子供、幼女妻だけど。
﹁ルシオくーん﹂
それを眺めてるとナディアが戻ってきた。
706
手に何かを持ってる。
﹁こんなのを見つけたよ﹂
テンションが今までのと同じ、ま、そんなもんだ。
戻ってきて、おれの前に立つナディアに聞く。
﹁どんなんだ?﹂
﹁これ。魔導書﹂
﹁へえ、一気に価値が上がったな。どれどれ⋮⋮﹂
受け取り、何気なしにめくろうとしたおれの動きがとまった。
﹁どったの?﹂
﹁これは⋮⋮いやまさか﹂
﹁なになに、どうしたのルシオくん﹂
﹁この表紙、見た事ある﹂
﹁よんだ事のある魔導書? じゃあ外れだね﹂
﹁いや⋮⋮大当たりだ﹂
﹁え?﹂
707
﹁これ⋮⋮古代魔法の魔導書だぞ﹂
いきなりの超大当たりに、不意を突かれたおれは思いっきり驚い
た。
708
お宝ゲット︵後書き︶
長くなったのでちょっと前後編チックに。
次回、古代魔法二つ目です。どんなものなのか︱︱頑張って書きま
す。
709
未来予想図
ナディアがわくわくしてる横で、宝探しで見つかった魔導書を読
んだ。
SFチックなマンガだ。未来の自分の声を一方的に聞ける主人公
が、それを予知能力として使いこなしていく話だ。
パタンと魔導書を閉じる。
﹁読めた?﹂
﹁うん﹂
﹁どういう魔法なの?﹂
﹁実際に使って見せた方が早いだろ。﹃フォレッシー﹄﹂
魔法を唱えた。
目の前に映像が映し出された。
シルビアが転んでるのか、スカートがめくり、パンツが見えてる
映像だ。
﹁ルシオくんのエッチ!﹂
ナディアに背中をはたかれた。
710
﹁なにこれ、なんでシルヴィのパンツなの?﹂
﹁いやこれは﹂
焦った、ナディアが珍しく怒ってるからだ。
どういいわけ︱︱説明しようかと悩んでると。
﹁こういうのが見たいんならシルヴィに言えばいいのに。魔法を使
って偽物を見るなんてシルヴィかわいそう!﹂
﹁そういう意味なの!?﹂
流石にそれは想像出来なかった。
見るなら本人のを見ろ、魔法で出したのを見るのは本人がかわい
そう。
その発想はなかったわ。
﹁そうじゃなくて、これはな︱︱﹂
﹁ルシオさまー﹂
屋敷の中からシルビアが出てきた。
つけてるエプロンで手を拭きながら、小走りでばたばたやってく
る。
711
ふと、長いスカートを踏んづけて︱︱すっころんだ。
ドンガラガッシャン! ってSEがつきそうなくらい見事なコケ
っぷりだ。
それでスカートがめくり、パンツが見えた。
さっきの映像そのままだ。
﹁シルヴィ大丈夫?﹂
﹁あいたたた、だ、大丈夫﹂
﹁もう、気をつけなよ。庭は走っちゃだめなんだからね﹂
いや庭は走っていいだろ。
というかナディアはそれに気づいてない。今のシルビアがさっき
の映像そのままだって事に。
古代魔法、予知の能力。
魔法を唱えると、ちょっとした未来の映像を映し出すことが出来
るみたいだ。
﹃タイムシフト﹄の方が強力だと思うんだが、これが古代魔法で
ある以上、何か差があるんだろうな。
﹁ルシオ様﹂
712
考え込んでると、シルビアがそばにやってきた。
何故か顔を赤らめている。
﹁どうしたシルビア﹂
﹁あ、あの⋮⋮ナディアちゃんから聞きました﹂
﹁ナディアから?﹂
シルビアの背後のナディアを見る。イケイケゴーゴー、とばかり
にジャスチャーではやしたててる。
なんなんだ?
もう一度シルビアを見る。
ますます赤面して、ぷるぷるふるえてる。
やがて︱︱。
﹁え、えい!﹂
かけ声をして、スカートを裾を持ち上げた。
さっき見たパンツが見えた。
﹁ちょ、ちょっとシルビア! 何してんの﹂
﹁な、ナディアちゃんが言ったんです。ルシオ様がさみしさのあま
713
りに魔法で作ったわたしのパンツを見てるって﹂
﹁だー! それはちがう!﹂
﹁ち、違うんですか? でも魔法でパンツが見えたって﹂
﹁あれは予知の魔法! シルビアさっきコケてただろ? それを予
知しただけだ、それのついでにパンツが見えただけ!﹂
﹁そ、そうだったんですね﹂
シルビアはほっとして、それから恨めしい目でナディアをみた。
ナディアは﹁なになにどうしたの?﹂って近づいてきて、親友の
シルビアにぽかぽか叩かれた。
しばらくして、落ち着いた二人。
ナディアにも魔法の事を説明して、納得させた。
﹁そっか、そういうことかー。うん、確かにパンツは一緒だった﹂
﹁体勢が一緒だったって言ってくれ﹂
﹁ねえねえルシオくん、それってちょっと先しか見えないの?﹂
﹁どうだろ。やってみる﹂
念じて、﹃フォレッシー﹄をもう一度使う。
714
映像が生まれる、棺桶の中にガイコツがある映像だ。
﹁きゃああああ!﹂
﹁なにこれなにこれ﹂
シルビアは悲鳴をあげて、ナディアは楽しそうに食いついた。
﹁えっと⋮⋮ああ、三百年後のおれだ﹂
魔法を使ったのはおれだから、何となく理解する。
﹁えー、ルシオくん死んでるの?﹂
﹁ナディアちゃん、そりゃあ死ぬよ、三百年後だもん﹂
﹁そっか。なんかルシオくんだったら三百年くらい生きてるきがし
たから﹂
﹁人間だから百年くらいで死なせてくれ﹂
﹁未来過ぎてつまんない、もっと他に出来ないの?﹂
﹁調整してみるか⋮⋮﹃フォレッシー﹄﹂
ヒゲを蓄えた、ロマンスグレーのじいさんが映し出された。
マントをなびかせて軍隊を率いてる。威風堂々として、おれの目
からも格好良く見える。
715
﹁なんじゃこりゃ﹂
﹁うーん﹂
﹁⋮⋮﹂
シルビアとナディアがじっと見つめる。
おれも考える、何となく理解した︱︱。
﹁ルシオ様だわ﹂
﹁うん、ルシオくんだね﹂
﹁⋮⋮よく分かったな﹂
そう、それは未来のおれだ。
大体六十年後くらいのおれ、何をしてるのかはわからんが。
﹁すっごいな、ルシオくんかっこいいな﹂
﹁こういうルシオ様も素敵⋮⋮﹂
﹁もっと、ねえもっとルシオくん﹂
﹁﹃フォレッシー﹄﹂
今よりもうちょっと年を取った、国王とおじいさんが日本家屋の
縁側で碁をうっていた。
716
⋮⋮どういう光景だ?
﹁やっぱり仲いいよね、この二人﹂
﹁そうだね﹂
﹁﹃フォレッシー﹄﹂
今度はアマンダさんだ。
いつも通り鉄面皮でメイド姿のアマンダさん︱︱が墓の手入れを
してる。
﹁アマンダさんだ、変わってないからちょっと後のことかな﹂
﹁かもね﹂
⋮⋮墓の名前に﹁ルシオ・マルティン﹂って書いてあった。なん
でおれの墓参りしてるアマンダさんの姿が変わってないんだ?
怖いから考えない事にした。
﹁﹃フォレッシー﹄﹂
今度はイサークの姿が映し出された。
寒空の下、物乞い姿で凍えるイサーク。
ちょっとかわいそうにも思える。
717
そうやって新しい魔法を使って、色んな未来をだして、二人と観
賞して、わいわいやった。
﹁﹃フォレッシー﹄﹂
そこに映し出されたのはベロニカ。
草原に一人佇んでちょっと寂しげにしてたが、おれたちがそこに
やってきた。
おれとシルビアとナディア。
草原にシートを広げて、ベスケットから弁当を出してピクニック。
﹁そういえばベロちゃんいないじゃん﹂
﹁散歩にいくっていってましたね、そういえば﹂
﹁⋮⋮ねえルシオくん、これってもしかして﹂
﹁ああ、三十分くらいあとの未来だ﹂
﹁やっぱり﹂
シルビアとナディアは互いを見て、頷く。
﹁超特急で準備してくるよ﹂
﹁ちょっと待っててねルシオ様﹂
718
﹁ああ﹂
頷くおれ、二人が屋敷の中に戻っていくのを見送る。
未来映像の中では、寂しげだったベロニカが満面の笑顔になった。
719
未来予想図︵後書き︶
アマンダさん何者!? って書いてから思わず突っ込みました、作
者が。
720
マルティン家の幸せ
﹁何か面白いことはありませんの?﹂
屋敷の庭でひなたぼっこしながら魔導書を読んでると、嫁の一人、
ベロニカがそんなことを言ってきた。
おれの前に立つベロニカ、退屈にあきあきって顔をしてる。
その向こうにシルビアとナディアがいて、二人ともこっちを見て
る。
もうちょっと離れた所にココが犬座りで、愛用のルシオ人形を抱
き締めて寝ている。
﹁面白いことってなんだ?﹂
﹁退屈なんですの﹂
﹁のんびりしたら良いじゃないか﹂
﹁あなたと一緒にいるのに退屈なのがありえませんの。そんなのも
ったいないですわ!﹂
ものすごく遠回しに好きって言われたような気分になった。
口調はキツいが、ベロニカの気持ちはわかった。
721
﹁ふむ、なんかで遊ぶか﹂
﹁そうしなさい﹂
﹁とは言ってもなあ⋮⋮じゃあ運だめしなんてどうだ?﹂
﹁運だめし?﹂
﹁ああ。四人いるから⋮⋮五にするか﹂
一瞬で脳内検索をすませた魔法を使った。
﹁﹃ロシアンルーレット﹄﹂
目の前に白い皿が現われて、その上に五つの黒い粒がのっていた。
﹁なになに、ルシオくんの魔法手料理?﹂
﹁チョコレートですか? 一口サイズで美味しそう﹂
シルビアとナディアが集まってきた。
﹁ああチョコだな、正確にはロシアンチョコだろうな﹂
﹁どういうチョコなんですの?﹂
﹁五つのうち、当たりが四つあって、一つが外れだ。外れをよけて
当たりを引くゲームだ﹂
﹁当たりと外れだとどうなるの?﹂
722
ナディアが聞く。
﹁見てろ︱︱あむ﹂
チョコを一つとって、口の中に放り込む。
チョコはすぐさまとげて、丁度いい甘さが口の中に広がった。
それとは別に、頭の中で何となく感じる。
﹁うん、これは当たりだな﹂
﹁どうなるの?﹂
﹁当るとしばらく運が良くなって、いいことが起こるんだが︱︱お
っと﹂
さっきまで読んでいた魔導書を落としてしまった。
芝生の上に落ちた魔導書を拾い上げる︱︱その下になにか光って
るものが見えた。
ついでに拾い上げる、くすっと笑って三人の幼女妻に見せる。
﹁こんな風に運が良くなるんだ﹂
﹁お金を拾えるんですね﹂
﹁金とは限らないけどな。まあ、いろいろ起きる。ちなみに外れだ
723
と運が悪くなるから気をつけてな﹂
外れを聞いて、シルビアとベロニカはちょっと及び腰になった。
﹁面白そう! わたしから行くね﹂
ナディアがうっきうきな感じでチョコを一つ取って、口の中に入
れた。
﹁あ、あたりだ﹂
﹁わかるの?﹂
﹁うん、何となく﹂
親友のシルビアに答えるナディア。
そう、食べた瞬間頭の中で﹁なんとなく当たり﹂だとわかるもん
だ。
﹁何が起きるかな﹂
﹁ここで待っててもいいし、どっかに行ってもいい。とにかく運が
上がってて、いいことが起きるようになってるはずだ﹂
﹁そっか、じゃあちょっと行ってくる﹂
ナディアは屋敷の中に戻っていった。
かと思えば、すぐに戻ってきた。
724
しかも、猛烈にダッシュして。
﹁ルシオくんルシオくん!﹂
その表情からいいことがあったのはあきらかだったが、あえて聞
いた。
﹁どうした﹂
﹁これ!﹂
ナディアはそう言って、黄色いシュシュを差し出してきた。
﹁どこかで見た事あるな。どうしたんだこれ﹂
﹁前に夏の魔法を使ってくれたじゃない? その後に無くしちゃっ
たやつ﹂
﹁ああ、リプレイスで部屋を夏に変えた時の事か﹂
﹁ずっと探してたんだけど、それが出てきたんだ﹂
﹁へえ。よかったな﹂
﹁うん!﹂
なくなったものが出てきた。ちょっとした幸せだ。
﹁じゃあ、次はわたしが﹂
725
シルビアが一つとって、食べた。
﹁あ、あたり⋮⋮﹂
﹁そっか﹂
﹁どうなるのかな﹂
﹁待ってみるか?﹂
﹁うん﹂
シルビアはその場から動かないで、しばらく待った。
﹁もし﹂
屋敷の外から声が聞こえた。
見ると、執事風の老紳士が敷地の外から話しかけてきてるのが見
えた。
﹁シルビア・マルティン夫人はご在宅でしょうか﹂
﹁それはわたしですけど﹂
シルビアが困惑した様子で向かって行った。
老執事から﹁シルビア・マルティン夫人﹂って言われて困ってる
様子だ。
726
﹁わたくし、エスカロナ家の使いの者です﹂
﹁エスカロナさん?﹂
﹁はい。当家の主、シリアコ・エスカロナとは以前パーティーでお
会いになったかと存じますが﹂
﹁もしかしてシルビアが大人になったあのパーティー?﹂
横から指摘した。
﹁左様でございます﹂
老執事は頷く。
﹁その時に見かけたお姿にいたく感動した我が主はこのようなモノ
をかかせました﹂
老執事が言った後、後ろから数人の使用人が現われた。
使用人は布に被せた大きな板のようなモノを持ってきた。
それをシルビアの前に持ってきて、布を取る。
﹁わああ⋮⋮﹂
両手を頬に当てて、感動するシルビア。
板じゃなくて、額縁に入った絵だった。
727
絵は、大人になってるおれとシルビアを描いたモノ。
ただ描いただけじゃなく、何割増しか美形に描かれてるって感じ
だ。
﹁素敵な絵⋮⋮﹂
﹁あの時見かけたご夫妻の姿を理想の夫婦と感じた我が主が描かせ
たものです。是非ともお納めください﹂
﹁綺麗だけど⋮⋮本当にいいんですか?﹂
﹁是非﹂
おれ達は絵を受け取った。
ナディアもベロニカもうらやましがるほどの、綺麗な肖像画だ。
受け取って、老執事が立ち去った後。
﹁さて、あと一つですわね﹂
残った一つをベロニカが取って、躊躇なく食べた。
確率二分の一なのに、ためらわないところが彼女らしい。
﹁あら、当たりですわ﹂
﹁へえ﹂
728
驚いたな、外れが最後まで残ったって事か。
ベロニカはおれをジト目で見た。
﹁なんですのこれ。ルシオ、あなたまさか、全部を当たりにしたん
ですの? もしそうなら興ざめですわよ﹂
﹁そんな事はしない、単に確率の問題だ﹂
4回連続で当たりを引く確率は19%くらいだからそんなに低い
わけじゃない。充分にあり得る数字だ。
が、ベロニカはジト目でおれを見てる。
しょうがない、証明してやるか。
﹁そこにいたのかルシオ﹂
チョコレートを食べようとした時、屋敷の入り口から覚えのある
声が聞こえた。
やけに派手な服に、無駄に自信満々な顔。
おれの兄、イサークだ。
イサークはやってきて、おれの前に立った。
﹁いきなりきて、なんか用事?﹂
729
﹁話したいことがあってね︱︱むっ、なんか美味しそうなのがある
じゃないか。もらうぞ﹂
﹁﹁﹁﹁あっ﹂﹂﹂﹂
嫁達と声が揃った。
イサークはチョコを摘まんで、止める間もなく口の中に放り込む。
﹁んぐ⋮⋮味は悪くないな。なんだ? はずれ?﹂
きょとん、と首をかしげるイサーク。
何が起きるんだ?
ふと、空からぼつりぼつりと雨が降ってきた。
太陽が出てる、お天気雨だ。それが徐々に強くなった。
屋敷の中に入ろう、と思っていると。
﹁⋮⋮にゃっ﹂
離れた所からネコのこえが聞こえた。
振り向く、そこにはマミがいた。
ついさっきまでココだったマミが、雨に打たれて変身したのだ。
不機嫌なマミ、なんでなのか、って思ってると。
730
﹁﹁﹁﹁︱︱あ﹂﹂﹂﹂
嫁達と声が揃った。
四人同時にイサークを見る。
イサークは脂汗をだらだらたらしていた。
不機嫌じゃない、あれは狩りモードだ。
猛獣
天敵が解き放たれた、止められる者はいない。
﹁こっちにくるなー﹂
﹁︱︱にゃっ!﹂
逃げるイサーク、追いかけていくマミ。
イサークがいなくなったあと、雨はすぐに止んだ。
﹁運がわるかったね﹂
﹁いつも通りかもしれない﹂
﹁イサークだもんな、その辺は難しいところだ﹂
はずれ
当たりなのかいつも通りなのか、その辺がちょっと難しい。
ま、イサークはおいとこう。
731
ベロニカの当たりの方が気になる。
どうするのか、と聞こうとして彼女を向く。
すると、ベロニカが明後日の方を見てるのに気づいた。
﹁どうしたベロニカ﹂
﹁あれ﹂
指をさすベロニカ。
その先の空には虹が架かっていた。
お天気雨の後の虹。
それはとても綺麗だった。
ベロニカはそれを眺めつつ、おれに身を寄せてきた。
﹁幸せですわ﹂
﹁だよね!﹂
﹁はい﹂
ナディアもシルビアも同じように身を寄せて、おれと手をつない
だ。
732
﹁⋮⋮ああ、幸せだな﹂
同意した、その通りだと思った。
ひととき
全員が当たりを引いたチョコ。もしかして、今までのじゃなくて、
この虹が本当の当たりなのかもしれない。
全員、そう思ったのだった。
733
メイドの夢
マンガ
昼下がりの魔導図書館、おれはいつもの様に魔導書を読んでいた。
ごろごろしてマンガを読む。だらけきった姿に見えるけど仕事だ。
むしろライフワークだ。
ここでもっともっと魔法を覚えて、かわいい嫁達と楽しく過ごし
たい。
その思いでマンガを読んでて︱︱最近は読むペースが上がってき
てる気がする。
﹁旦那様﹂
呼ばれて顔を上げる。
メイド姿のアマンダさんがいつの間にかそこにたっていた。
﹁お弁当をお持ちしました﹂
アマンダさんがバスケットを差し出す。
たまに嫁達と行く、ピクニックなどで使う蓋付きのバスケットだ。
﹁ありがとう﹂
734
受け取って、ふたを開ける。
﹁本日はベロニカ様がお作りいたしました﹂
﹁ベロニカが? 彼女料理できたのか?﹂
﹁僭越ながらお手伝いさせていただきました。それと﹂
﹁うん?﹂
﹁キッチンの修理にしばし時間がかかるため、本日は帰宅を遅らせ
るのがよろしいかと﹂
﹁なるほど﹂
つまりベロニカはやっぱり料理下手で、キッチンを破壊するレベ
ルだって事か。
それを聞いてちょっと安心する。ベロニカはそっちの方が似合う。
しかしそうなると弁当は大丈夫なのかって気もしてくる。
おそるおそるバスケットの中を見る、やいたトーストにジャムや
らバターやらを塗ったのがいくつも入ってる。
形は︱︱よく言えば芸術的だ。トーストそのものの形も、塗った
ジャムとかの形も。
﹁キッチンは大丈夫か? なんならこっそり戻って魔法で修復する
けど?﹂
735
思わずアマンダさんにそんなことを聞いてしまうほどの出来映え
だった。
﹁問題ありません。日没より後に戻ってきていただければ。ついで
に言えば味の方は普通でございます。﹂
﹁そう﹂
アマンダさんがそういうのならそうなんだろう。
おれは裏が何故か尖ってる一枚のトーストを取って、かじった。
⋮⋮うん、普通だ。
焼いたトーストにジャムを塗ったら普通にこうなるって味だ。
まあ、うまい。食材レベルで。
造形は先鋭的だが、味はちゃんとしてる。
安心して他のトーストも食べた。
全部見た目が壊滅的だけど、味は普通に美味しかった。
﹁まあ、彼女の過去とか経歴を考えればこんなもんか﹂
﹁おっしゃる通りだとおもいます﹂
﹁そういえばアマンダの過去って聞いたことないな。マルティン家
736
のメイドになる前は何をしてたんだ?﹂
﹁いろいろありました﹂
﹁いろいろ?﹂
﹁はい﹂
そう言ったきり、口をつぐんでしまうアマンダさん。
いつもと変わらない表情だが、話すつもりはないって顔だ。
多分命令したら話すだろう、アマンダさんはそう言う人だ。
命令はしなかった。
それはなんかダメだと思ったからだ。
残ったトーストを食べた。一緒に入ってるベーストよりも更にど
ろっとしてるが味だけは美味しいジュースも飲んだ。
﹁ごちそう様。おいしかった︱︱﹂
お礼を言おうとして顔を上げたが、口をつぐんだ。
おれの前で手を揃えて立ってるアマンダさんがうとうとしてたか
らだ。
立ったまま寝てるという、彼女らしくないようで、実に彼女らし
い芸当をやってのけてる。
737
おれはしばらくアマンダさんをみつめた。
ほとんど隙を見せないパーフェクトメイドの寝顔を楽しんだ。
多分、彼女を消耗させたベロニカにお礼を言うべきなんだろう。
﹁ご﹂
﹁うん?﹂
﹁ごめんなさい、もう許して⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
突然寝言を言い出したアマンダさん、その寝言が聞き捨てならな
いものだった。
おれは少し考えて、魔法をかけた。
﹃ドリームキャッチャー﹄
かつてシルビアとナディアに使った、夢をのぞく魔法。
☆
幼いアマンダさんはある日、住んでた村を盗賊に襲われ、そこで
両親を殺されてしまう。
子供だから見逃されたが、両親を埋葬するために、自分を奴隷商
738
人に売って、その金で両親を埋葬した。
その後おじいさんに買われ、マルティン家にやってきた。
☆
のぞいた夢から現実世界に戻ってきたおれ。
今見た夢がものすごく胸くそ悪かった。
、、、
なぜなら、それは見た事のあるタイプの夢だったから。
シルビアやナディアと同じ、つらい過去がベースになってる夢だ。
つまり、これがアマンダさんの過去。
むらを襲われ、自分を奴隷商人に売って両親を弔ったという過去。
⋮⋮胸くそが悪い。
﹁せめて夢を変えよう。﹃ドリームモルファイ﹄﹂
別の魔法を唱えて、もう一度夢の中に入った。
夢の中を一部修正する。
﹃この娘はかしこいのう。どうじゃ、わしにあずけてみんか。わし
のところで教育をうけて、世界最強のメイドにそだててやるぞい﹄
盗賊に襲われた部分を消して、その代わりおじいさんが村をたず
739
ねて、アマンダさんの素質を見いだして引き取ったというストーリ
ーにする。
そうしてアマンダさんは両親に笑顔で送り出されて、マルティン
家にやってきた。
こうして、また夢から現実世界に戻ってくる。
丁度アマンダさんが目を覚ますところだった。
アマンダさんはきょろきょろとまわりを見回す。
﹁おはようアマンダさん﹂
﹁おはようございます、旦那様﹂
﹁ぐっすりだったな、夢でも見てたのか﹂
﹁夢⋮⋮? ええ、夢を見てました。素晴しい夢を﹂
﹁そうか﹂
とりあえず夢改変が成功した事を喜ぶおれ。
﹁それよりもごちそう様。美味しかったよ﹂
と、バスケットを返す。
バスケットを受け取ったアマンダさんにいう。
740
﹁後はよろしく。ああ、今日は遅くなるから、キッチンの修理はゆ
っくりやっていいぞ﹂
﹁⋮⋮わかりました﹂
アマンダさんが図書館から立ち去った。
いなくなったのを確認して、おれは声をあげた。
﹁ファン、ファン・クルスいる?﹂
呼ばれて、男が姿を現わした。
二メートルを超える大男、この図書館に常駐しているが、普段は
中々姿を見せないおれの助手だ。
﹁どうした館長﹂
﹁これを知ってるか?﹂
魔法で空中に絵を描いた。
アマンダさんの夢の中で見た、盗賊達がつけてた紋章だ。
ふんわりとした景色がほとんどの夢の中、それだけくっきりと写
ってる。
⋮⋮心に刻み込まれてるってことなんだろ。
﹁これは⋮⋮鉄鮫団のエンブレムだぜ﹂
741
﹁鉄鮫団?﹂
﹁ああ、団長の石頭が有名な⋮⋮ってそっちはどうでもいいか。有
名な盗賊団のエンブレムだ。極悪非道、ほしい物はとにかく奪って
手に入れるってのがモットーな奴らだ﹂
やっぱりそうか。
関わってないのにあんな夢を見るはずがない。
つまり、あの夢はほとんどアマンダさんの過去で︱︱アマンダさ
んは今でもそれにうなされることがあるってことだ。
﹁そいつらの居場所はわかるか?﹂
﹁本部って言われてるところならこのラ・リネアの北西にあるけど
⋮⋮って、な、なにをするんですか?﹂
﹁決まってる﹂
、、、
頭をフル回転して、使える魔法を検索した。
﹁つぶすんだ﹂
久しぶりに凶暴な感情が胸を支配した。
☆
ラ・リネア北西にある山城。
742
﹁止まれ! ってガキかよ﹂
﹁ここはガキが来る所じゃねえぞ﹂
﹁帰ってママのオッパイでも吸ってな﹂
最初は武器を向けて恫喝してきたが、やってきたのが八歳児の男
の子だとわかるや、全員が汚い言葉を飛ばして、からかってきた。
﹁﹃フレイズニードル﹄﹂
おれは無言で魔法を撃った、全員の手足を炎の針で撃ち抜いた。
絶叫と悲鳴が轟く、撃たれた盗賊達は地面に転がり回った。
一部元気なヤツがいて、さらに汚い言葉でおれの罵ったから、追
加で針をたたき込んだ。
﹁どうした! なんなんだこれは!﹂
奥から一人の男が出てきた。
他の男達と違って、鮫をあしらった鎧にマントを着けてる。
﹁ねえねえ、おじさんがここのボス?﹂
久しぶりの子供モード。
こうでもしないと、怒りでどうにかなりそうだったから。
743
﹁小僧、てめえなにもんだ﹂
﹁聞いてるのはこっちなんだ﹂
魔法を撃つ。炎の針が男の足の甲を貫く。
まるで釘のように、男をその場に釘付けにした。
﹁がああああ!﹂
﹁ねえ、答えてよ﹂
﹁てめえこんなこと︱︱﹂
﹁頭がわるいなあ﹂
さらに魔法を撃つ、もう片足にも炎の針で釘を打ち込む。
﹁質問に答えてくれる気になった?﹂
﹁な、何をしに来た。敵討ちか? 賞金稼ぎか? もし金なら︱︱﹂
﹁残念、前者なんだ﹂
多少話が出来る様になったから、それに答えた。
﹁アマンダさん⋮⋮この子の事覚えてる?﹂
﹃クリエイトデリュージョン﹄を唱えた。
744
映し出されたのは幼いアマンダさん、それに殺された両親の姿。
アマンダさんの夢で見た光景だ。
﹁⋮⋮﹂
男は答えない。
﹁どうなの?﹂
﹁⋮⋮しらん﹂
﹁知らない?﹂
﹁こんなのいちいち覚えてられるか! お前は自分が食ったの形を
いちいち覚えてるのか! ああん!?﹂
﹁逆ギレかあ。ひどいね。でも心当たりはあるんでしょ﹂
﹁おう、あるさ。こんなの数え切れないくらいやってきたさ。それ
の何が悪い﹂
﹁悪くないよ。ぼくがきらいなだけ﹂
もういっか。これ以上やっても無駄な問答が続くだけだ。
﹁てめえ覚えてろよ。ガキだろうがしったこっちゃねえ。いずれ仲
間を集めててめえをぶち殺しに行くからな﹂
745
﹁あれれれー、おかしいな﹂
﹁はあ?﹂
おれは笑った、思わず笑いが出た。
心が、口調が冷たくなる。
﹁お前、いずれなんてあるって思ってるのか?﹂
一瞬きょとんとなった男、直後におれの言葉の意味を理解して、
わめきだした。
命乞いだったが、聞く耳は持たなかった。
☆
盗賊を一掃して、砦を立ち去ろうとしたおれの前に彼女が待ち構
えていた。
砦の前、いつも通りの冷たい顔にメイド服。
﹁⋮⋮アマンダさん、どうしてここに?﹂
﹁いい夢をみました、旦那様が今日は遅くなるとおっしゃいました。
それに﹂
﹁それに?﹂
﹁目覚めた時の旦那様のお顔が強ばってました。旦那様のあんな顔
746
を見たのは初めてです﹂
﹁なるほど﹂
うかつだった、とは思わなかった。
アマンダさんなら気づいても不思議はない、と思ったから。
﹁バレたものはしょうがない。それよりもどこから見てた﹂
﹁一部始終﹂
﹁あの中にいた?﹂
﹁マントの男が﹂
﹁そうか。じゃあ帰るか﹂
﹁はい﹂
アマンダさんを連れて、山城を出て、歩きでラ・リネアに戻る。
﹁アマンダ﹂
﹁なんでしょう﹂
﹁記憶を作り替える魔法がある。過去は変えられないが、記憶その
ものを丸ごと上書きできる。つらい過去を忘れるための魔法だ。か
けてやろうか﹂
747
﹁結構でございます﹂
アマンダさんに即答で断られた。
﹁いいのか? 終わったことだし、上書きしてつらいことを忘れる
のもありだぞ﹂
﹁いいえ、終わってません﹂
﹁むっ? どういうことだ、まだ仇がいるのか? もしそうならお
れが︱︱﹂
﹁旦那様によくしていただいたご恩を返すのがまだです、なので、
終わってません﹂
﹁ああ、そう言う意味か﹂
﹁旦那様﹂
真剣な、いつにもまして真剣な口調だ。
アマンダさんの足音がとまった、おれは立ち止まって、アマンダ
さんを向く。
﹁ありがとうございました。旦那様に受けたご恩、一生かけて返し
ます﹂
﹁わかった。これからもよろしく頼む﹂
﹁はい﹂
748
静かにうなずくアマンダさん。
口調は、今まで通り。
しかし、その顔には。
今まで見た事の無い様な、穏やかな笑顔をしていたのだった。
749
メイドの夢︵後書き︶
アマンダさんの出番をもっと増やしたいな、と思ったらこうなりま
した。
重めな話ですが、これからアマンダさんはもっと笑顔になると思い
ます。
750
ファッションリーダー
朝の玄関、魔導図書館に行こうとしたところ、ベロニカが屋敷の
奥からやってきた。
﹁まってルシオ、一緒に行きますわ﹂
﹁ああ﹂
頷き、ベロニカと一緒に外に出る。
屋敷を出て、朝の王都を一緒に歩く。
様々な人が行き交い、今日もラ・リネアは活気に満ちあふれてい
る。
ちらっと横を歩くベロニカを見た。
彼女はフリルがついた黒いワンピースドレスに白いタイツ、それ
に首元には赤いリボンがつけられている。
シルビアとナディアに比べておめかしが得意な彼女は、今日も彼
女らしく上品で、かわいいと綺麗がハイレベルで共存してる格好を
してる。
﹁その格好も似合ってるな﹂
﹁あ、あら。そうですの?﹂
751
﹁ああ、よく似合ってる﹂
﹁ま、まああたくしにかかればこれくらいのおしゃれ朝飯前ですわ﹂
そう話すベロニカ。褒められたのはまんざらでもないようだ。
﹁最初にあった時の格好も色っぽくてよかったけどな﹂
﹁あれは流行でしたのよ﹂
﹁流行?﹂
﹁そう。脇腹と背中を黒いレースで、見えるかどうかのラインで隠
すのが流行ですの﹂
﹁ああいうのをもう着ないのか?﹂
﹁あれはレディのたしなみ、この姿でする様なものではありません
わ﹂
﹁ああ、なるほど﹂
いわれてみたらそうだ、レースで脇腹と背中を透かせる格好とか、
子供にはやる訳がないもんな。
﹁あなた、流行に疎いんですのね﹂
﹁悪かったな﹂
752
苦笑いする、たしかにそうだ。
流行には疎い、というかわからない。
転生前からそうだ︱︱だが。
﹁流行には疎いけど、流行を作り出すことなら出来るぞ﹂
﹁流行を作り出す?﹂
﹁ああ、見てろ︱︱﹃メイクトレンド﹄﹂
魔法を唱えた、目の前に光の塊が出来た。
その塊にイメージを込めて、解き放つ。
やがて、光の玉が小さな粒子になって町中に飛び散っていった。
﹁これでよし﹂
﹁どうなりますの?﹂
﹁見てな﹂
しばらく歩いてると、ある建物のドアが開いて、中から一人の少
女が出てきた。
少女はおれ達と同じくらいの歳だが、ドレスを着ている。
そのドレスは露出が大きく、脇腹は黒いレースで透かして見える
753
って格好だ。
はじめてあったベロニカ、大人版の彼女と同じ格好だ。
﹁あら、偶然ね﹂
﹁偶然じゃないぞ﹂
﹁え?﹂
﹁ほら﹂
離れた所を指さす、そこに違う少女がいて、今度は背中をレース
で透かす格好をしてた。
朝の町中は徐々に人が増えていった。大人や男の子は特に変わら
ないが、小さい女の子は全員、ベロニカっぽい格好をしてた。
はなからお嬢様っぽい子も、男の子と遊ぶ元気な子も。
﹁おはよう、今日もかわいいわねマリーちゃん﹂
﹁えへへ、そうでしょう。今一番流行ってる格好なんだ﹂
﹁そうなんだ。はい、これおまけね﹂
果てには買い物袋を持っておつかいをする子も、みんな似たよう
な格好をしてた。
﹁こんな感じで、流行を作る魔法だ﹂
754
﹁す、すごいわね。相変わらずあなたの魔法は﹂
﹁そうか?﹂
﹁他の流行にも出来ますの?﹂
﹁ああ﹂
もう一度魔法を使う。光の玉がでて、それをベロニカに見せた。
﹁これにイメージすればいい。やってみるか?﹂
﹁いいんですの?﹂
﹁ああ。後で魔法で戻すから、気にしなくてやっていいぞ﹂
﹁でしたら遠慮なく﹂
ベロニカが念じて、光の玉が飛び散った。
しばらくして変化が生まれる。
全員が頭の上に鳥の巣を乗せるようになった。
男も女も、大人も子供も。
全員、鳥の巣︱︱鳥が入ってるを乗せていた。
﹁すごいですわね。こんなのも本当に流行してしまうだなんて﹂
755
﹁お前の発想の方がすごいよ﹂
頭に鳥の巣を乗せるとかどういう発想だ。ペガサス盛りも真っ青
な発想だぞ。
﹁しかし、なんというか﹂
おれはまわりを見回した。
﹁流行するといっても、色々バリエーションがあるんだなあ。乗せ
てる鳥も結構みんな違うし、巣からしていろんな色があるな﹂
﹁それがおしゃれですわ﹂
﹁へえ、そういうもんか﹂
﹁これはあなたの魔法ですが、通常ならここから色々変化が生まれ
て、更に新しい流行が生まれていくのですわ。自然に、緩やかに﹂
﹁なるほど﹂
﹁それを生み出せるのがファッションリーダーになりますのよ﹂
﹁おれには無理な芸当だな﹂
そういって、魔法を唱える。
流石に目の前の光景はおれからすれば違和感あるし、一通りやっ
たから、流行を元に戻そうとした。
756
﹁ルシオじゃないか﹂
﹁この声は︱︱イサーク﹂
立ち止まり、話しかけられた背後に振り向く。
そこにイサークがいた。
イサークは頭にクジャクを乗せていた。
いつもの派手な貴族っぽい服に、頭はクジャクとその巣を乗せて
る。
ビックリするくらい自然だった、いつも通りのイサークだった。
﹁どうしたルシオ、兄の美貌に見とれたか?﹂
﹁あ、うん﹂
﹁ルシオ⋮⋮﹂
ベロニカと視線を交換する。
行き交う通行人は全員イサークに尊敬とあこがれの眼差しを向け
ている。
流行は、戻さない方が彼にとって幸せかもしれない、そんな風に
思ってしまったのだった。
757
ファッションリーダー︵後書き︶
珍しくイサークが報われた︵?︶、という話。
758
動物と子供
﹁え、えええええ!﹂
マンガを読んでると、屋敷の外からナディアの悲鳴が聞こえてき
た。
どうしたんだろうと思って外に出る。
屋敷の庭、ナディアが口に手を当てて驚いた目をしている。
﹁どうしたナディア﹂
﹁あっルシオくん! 大変なんだ﹂
﹁ん?﹂
﹁あれ見て!﹂
ナディアがそう言って指さした方を見る。
屋敷の木の下、そこで犬っ娘のココが丸まって昼寝をしていた。
しっぽがぱた、ぱたと振られてて、いかにも気持ちよさそうだ。
それがどうしたんだ? といいかけて︱︱おれも異変に気づいた。
、、、
ココの横、そこにもう一つなにかがあった。
759
なにか、というのはそれがちいさかったからだ。
小柄なココに比べても更にその半分くらいの大きさしかない。
赤ちゃんだった。
人間の赤ちゃんだった。
問題なのは、その赤ちゃんはベロニカだった。
赤い髪、ぶかぶかになったドレス。
そのドレスを布団にするかのように、その中で丸まって、さらに
ココに体を寄せて寝ている。
﹁ど、どうしたんだろこれ﹂
﹁⋮⋮魔法の暴走だな﹂
﹁魔法の暴走?﹂
﹁ああ﹂
頷く。
マンガ
﹃リコネクション﹄の魔導書に書かれてた内容を思い出す。
この魔法はかけた人間の体調に依存する。体が弱ると魔法が利き
すぎてしまう事がある。
760
それをナディアに説明してやると。
﹁そういえば⋮⋮ベロちゃん今朝なんか調子悪いって言ってた﹂
﹁それが原因だな﹂
﹁そっか、それでベロちゃん縮んだのか﹂
﹁ちなみに体調が戻ればサイズも戻るから。これは一次的なものだ﹂
﹁そっか、よかった﹂
ナディアはほっとした。
そうこうしてる間にベロニカが起き出した。
﹁⋮⋮ふぇん﹂
﹁ベロちゃん﹂
﹁ふええええん!﹂
赤ちゃんベロニカはいきなり泣き出した。
前兆とかまったくなくて、ナディアは慌てた。
﹁ど、どういう事なのルシオくん﹂
﹁﹃リコネクション﹄は見た目だけじゃない、中身も見た目通りに
761
かえてしまう魔法だ﹂
﹁え? ってことは︱︱いまのベロちゃんは⋮⋮﹂
﹁ああ、完全に赤ちゃんになってるって事だ﹂
﹁はわぁ⋮⋮そっかぁ⋮⋮﹂
ベロニカが泣き出した時は慌てたナディアだったが、おれの説明
を聞いて落ち着いた。
赤ん坊が泣くのは当たり前だと、ナディアもわかってるからだ。
一方でベロニカは泣き続けた。
鳴き声に起こされて、ココが半開きの目でベロニカを見た。
そして、泣き続けるベロニカの顔をベロっと舐めた。
ちょっと本能が出てる、犬っ娘の愛情表現だ。
﹁あ、機嫌直った﹂
つぶやくナディア。
ココに顔を舐められたベロニカは一瞬で泣き止んだ。
ドレスを這い出て、体に引っかかってるキャミソール姿のまま、
ココによじ登ろうとした。
762
﹁⋮⋮ふぇ?﹂
流石にココが起きた。
起きて、ベロニカを見て困った顔をする。
﹁ご主人様? これはなんですかぁ?﹂
﹁ベロニカだ﹂
﹁えー?﹂
﹁うきゃきゃきゃきゃ﹂
赤ちゃんベロニカはココをアトラクションにするかのようによじ
登ろうとした。
上って、体の上で器用に反転させて、犬っ娘をまるでソファーみ
たいにして、くつろいだ。
﹁わー、楽しそう﹂
﹁ココは困ってるみたいだがな﹂
﹁でもやめさせようとしてないじゃん。それにしっぽをバタバタさ
せてるよ?﹂
ナディアの言った通り、ココは困り顔をしてながらも、しっぽを
バタバタ振っている。
763
困ってるけどまんざらでもない、って感じなのだろうか。
あるいは子供ベロニカに母性を刺激されたからだろうか。
いずれにしても、おれが何かをする必要はなさそうな状況だ。
﹁よし!﹂
ナディアは何かしようとしてるみたいだ。
﹁ちょっとまっててルシオくん、わたしちょっと水をかぶってくる﹂
﹁待て待て、水をかぶってどうするんだ?﹂
﹁風邪を引くんだ、それでわたしも子供になるの﹂
ああ、ベロニカが弱ったから子供になってるから、そうするって
事だ。
﹁待て待て、﹃リコネクション﹄で最初から子供にする事もできる
ぞ﹂
﹁そうなんだ! じゃあルシオくんお願い!﹂
﹁はいはい﹂
満面の笑顔で期待の目をするナディア。
そんな彼女に﹃リコネクション﹄の魔法を掛けた。
764
彼女の身体が徐々に縮んでいく。
十秒もしないうちに、はいはいする赤ちゃんの姿になった。
﹁きゃきゃ!﹂
赤ちゃん笑いをしながら、ナディアはハイハイをしてココに向か
って行く。
ココはますます困り顔をしたが、拒もうとはしなかった。
やがてナディアもココによじ登る。
ココがまるでアトラクション︱︱ジャングルジムのように、その
上でナディアとベロニカが遊びだした。
﹁ご主人様ぁ⋮⋮﹂
﹁がんばれがんばれ﹂
救いを求められたが、突き放した。
逆に魔法で空気ソファーを作りだし、読みかけの魔導書を取り寄
せた。
その場でくつろぎ、じゃれ合う子供達と飼い犬っ娘を見守った。
ナディアが顔をペチペチ叩いても、ベロニカがしっぽを引っ張っ
ても。
765
ココは怒る事なく、二人の好きな様にさせた。
最初はただ困った顔だったのが、次第に﹁しょうがないなあ﹂と
いう風に変化していくココの表情。
ハイハイする赤ちゃんナディアと赤ちゃんベロニカに付き合って、
自分もハイハイというか四足歩行するココ。
犬っ娘だから普段は二足歩行で︱︱その光景におれはクスッと来
た。
﹁動画にして投稿したら百万再生は硬いな、これ﹂
赤ちゃん嫁と飼い犬のふれあいは、そう思うくらい心温まる光景
だった。
766
動物と子供︵後書き︶
皆様のおかげでマンガ嫁累計入りしました!
本当にありがとうございます!!!
767
ギャンブルデート
おれとシルビアはデートしていた。
昼間の王都をお手々つないだまま歩く。
﹁わああ、可愛らしいお二人だわ﹂
子供の姿だからか、それともシルビアが純粋にかわいいからか、
すれ違う人々にうっとりされた。
﹁ルシオ様、あそこ、なんだかすごく賑わってます﹂
﹁うん、行ってみようか﹂
﹁はい!﹂
手をつないだまま、シルビアと一緒にある店の前にやってくる。
パッと見て酒場って感じだが、それにしては昼間から賑わってる。
入り口から覗いた感じ、中は二・三百人はいるって感じだ。
表で立ち番してる男がいたから、そいつに聞いてみた。
﹁ねーねーおじちゃん、ここはなに?﹂
﹁ああん? ここはガキには早い、十年後にまたきな﹂
768
冷たくあしらわれた。
まあ本当に酒場なら子供に関係ないのも確かか。
﹁行こうシルビア﹂
﹁⋮⋮うん﹂
シルビアと一緒にそこから離れたが、彼女はちらちらと店の事を
しきりに気にした。
店をちらっとみて、おれの顔もちらっとみる。
入りたいのか? ⋮⋮入りたいみたいだな。
これがナディアなら﹁ルシオくんなんとかして﹂ってストレート
におねだりしてくる所だが、シルビアはそういう所奥ゆかしいから
な。
﹁シルビア、ちょっと付き合う﹂
﹁はい﹂
頷くシルビアに魔法をかけて、おれ自身にも魔法を掛けた。
みるみるうちに、二人が大人の姿になる。
よく使う魔法、大人の姿になる魔法だ。
769
おれもシルビアも大人になった。
目の前のシルビアはいつだったかの舞踏会でみたような美女に変
わった。
おれでもちょっと見とれる位だ。
﹁これなら入れるだろ﹂
﹁はい!﹂
やっぱり入りたかったみたいで、シルビアはうきうき顔で頷いた。
おれが歩き出す、ついてきたシルビアは手じゃなくて、腕を組ん
できた。
お手々つなぐ可愛らしい子供たちから、腕組みのアツアツカップ
ルに早変わりだ。
胸が腕に当るのにちょっとどきどきして、店の方に戻ってくる。
﹁入っていいか?﹂
﹁どうぞ﹂
立ち番の男はあっさりおれたちを通した。
中に入ると、ますます賑わってるのがわかる。
たくさんの席があり、奥にステージがあて、その上に透明のでっ
770
かい箱がある。
﹁いらっしゃいませ、お二人ですか?﹂
店の人が出てきた。
若い優男だ。
﹁ああ。それとはじめてだが、ここはどういう所だ?﹂
﹁当店﹃一攫千金亭﹄の事はご存じないので?﹂
男はちょっと驚いたって顔をした。
そんなに有名な店なのか。
﹁ああ、説明してくれ﹂
﹁実際に一度ご覧になればおわかりになるかと、至ってシンプルな
システムでございます﹂
シンプルな⋮⋮システム?
なんだシステムは、ただ酒場じゃないのか?
﹁席までご案内いたします﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
まあ、何があっても大丈夫だろ。
771
おれはシルビアをつれて、男に案内された。
﹁おぉ⋮⋮べっぴんさんや﹂
﹁すっごく綺麗⋮⋮﹂
﹁けっ、男も美形とか、この世は間違ってるよな!﹂
まわりからいろんな声がでた、町中でお手々つないでた時とはま
た違う感想だ。
そうして、壁際の席に案内される。
﹁それでは! 次のゲームを始めます。参加料をテーブルの上に置
いてください﹂
ステージの上で一人の男がいった。
三十代の男だ。
男が言うと、まわりからガチャガチャって音がした。
みんなしてテーブルの上に硬貨を一枚置いた。
それ一枚で500セタになる、硬貨の中では結構額面の大きいも
のだ。
硬貨がすぅと消えて、代わりに木造の同じサイズのコインになっ
た。
772
コインは裏表がある、表が緑、裏が赤に塗りつぶされてる。
そして消えた硬貨はと言えば︱︱いつの間にかステージの透明の
箱の中に集まっていた。
おれを除いた店のほぼ全テーブル分の500セタ硬貨、ちょっと
壮観だ。
﹁それでは参りますよ、﹃バイナリィワールド﹄﹂
男は魔法を使った。
男の前に白い光を放つ箱があらわれた。
箱は空中でぐるぐる回転する。
﹁ルシオ様、あれはどういう魔法なんですか?﹂
よこにいるシルビアが聞いてきた。
﹁コイン占いみたいな魔法だ。使うと設定した二つの結果が50%
50%の確率で出てくる。シンプルだけど強い魔法でもある。魔導
書じゃ神の意志が働いてるって表現があって、魔法をつかった後は
外部の干渉が一切効かない、完全なる二分の一の確率ででる﹂
﹁ルシオ様でも干渉出来ないんですか?﹂
﹁無理だな、そういう魔法だ。つかえはするけどな﹂
773
バイナリィワールド
そういっておれは魔法を使った。
ステージ上と同じ白い箱がでて、やがてはじけた。
マミの顔が一瞬そこにあらわれた。
﹁あ、マミちゃん﹂
﹁﹃バイナリィワールド﹄﹂
﹁今度はココちゃんだ﹂
﹁こんな感じだな﹂
﹁すごいです!﹂
何がすごいんだろ。
気を取り直してまわりをみた。
﹁おれは赤で行くぜ﹂
﹁今までの傾向は赤赤緑赤緑赤緑緑緑⋮⋮﹂
﹁今回は緑縛りでやってみよう﹂
テーブルごとにいろんな声が聞こえてきた。
がちゃがちゃって音がして、全員が赤緑のコインを動かした。
774
﹁では⋮⋮いきますよ、オープン!﹂
光の箱が消えて、緑のコインが出てきた。
瞬間、テーブルの上が赤のコインだったのがきえて緑の人だけが
のこった。
男がまた魔法を使う。今度は赤がでて、緑にしたコインが消えた。
﹁○×クイズか﹂
﹁はい?﹂
しばらくそれが繰り返されて、やがて、一人に絞られた。
﹁ジャックポット! おめでとうございます!﹂
その男の元に、500セタコインが全部運ばれた。
まわりから拍手と祝福とやっかみの声がひっきりなしに聞こえた。
なるほどそういうことか。
みんながコインを一枚出し合って、○×クイズをやって、最後に
残った一人が総取りか。
ある意味宝くじみたいなものだな。
﹁久しぶりに当ったぜ。この店で一番いい酒を持ってこい。みんな
にも一杯ずつだ﹂
775
﹁かしこまりました﹂
﹁けっ、おい、こっちも酒お代わりだ! ヤツの酒なんか飲まねえ﹂
あっちこっちで注文がされた。
当った人間も当ってない人間も酒や料理を注文する。
特に当ったヤツは気が大きくなって散財してる。
なるほど、店は宝くじから金を取らない代わりに、こうして商売
してるのか。
うまいな。
﹁ええい! こんなのおかしい!﹂
店の反対側から男の叫び声が聞こえた。
みると︱︱イサークだった。
﹁お客様、騒ぎを起こすのは﹂
﹁いいか! おれは今朝からここにいて十回やってるんだ。それが
全部一回目に外れるってどういうことなんだよ﹂
イサークは思いっきりわめいた。
まわりも店の人も迷惑そうな顔をする。
776
﹁ずるだ! 絶対ずるしてる!﹂
﹁お言葉ですがお客様、﹃バイナリィワールド﹄はいかなる干渉も
不可能な魔法で⋮⋮﹂
うん、それはそうだ。
﹁いいや絶対にずるしてる!﹂
﹁⋮⋮仕方ありません﹂
店の男は手招きした。
離れた所から大男が二人やってきて、左右からイサークを挟み込
んだ。
そして無理矢理外に連れて行く。
まわりの客はわめくイサークを冷たい目でみた。
﹁あいつバカじゃねえの?﹂
﹁あの魔法が干渉できないのはみんなわかってるし﹂
﹁運が悪いのは同情するけどよ﹂
イサークがつまみ出された後、店は通常運転に戻った。
﹁さあ、気を取り直して次のゲームはじめました。参加料をどうぞ
777
!﹂
﹁ルシオ様、やってみてもいいですか?﹂
﹁やるのはいいけど、どうせなら勝ちたいな﹂
﹁でも⋮⋮運試しですよね。ルシオ様でも干渉出来ない魔法って﹂
﹁ああ、結果は干渉出来ない﹂
﹁でしたら︱︱﹂
﹁だが未来はわかる﹂
﹁えっ﹂
﹁﹃タイムシフト﹄﹂
魔法を唱えると、シルビアの横にシルビアが現われた。
﹁シルビア﹂
﹁流石ルシオ様、赤です﹂
数十秒後の未来からやってきたシルビア′がそう言って、すぐに
消えた。
﹁ってことだ﹂
﹁わあ⋮⋮﹂
778
おれは500セタを払って、赤緑のコインを手に入れた。
それを赤にする。
ステージ上の結果が赤と出た。
そしてシルビアが消えた。
﹁﹃タイムシフト﹄﹂
﹁次は緑ですルシオ様﹂
シルビア′′が現われるなり言った。
そしてまた消えて、ステージの結果は緑になった。
未来予知で、二分の一の賭けを次々と当てた。
一回目に最後まで生き残って、まわりは拍手で祝福してくれた。
二回目を最後まで生き残って、まわりが更にすげえって盛り上が
った。
三回目も勝ってしまうと、それが一気に驚愕に変わった。
テーブルの上に積み上げられた三回分の大当たりの硬貨がものす
ごい事になってる。
﹁どういうことだ、まさかズルを﹂
779
﹁しかし﹃バイナリィワールド﹄はそういうの出来ないはず﹂
﹁じゃあ運がいいってのか? 30回近くの二分の一を当て続けた
ってのか?﹂
2の30乗を当てたら運がいいところの騒ぎじゃないけどな。
﹁ルシオ様、なんかまわりの目が﹂
﹁そうだな。おい﹂
おれは近くにいる店員を呼び寄せた。
﹁いかがしましたか?﹂
﹁この店のシステムにキャリーオーバーってあるのか? だれも当
らず次の回に持ち越しってのは﹂
﹁ございます、最後の勝負で全員一斉に外れたはしばしばございま
すので﹂
﹁やっぱりあるか。じゃあこれを全部キャリーオーバーに回してく
れ﹂
﹁え? こ、これ全部ですか?﹂
﹁ああ。当てた金でおごりってのもありなんだろ。それと一緒だ﹂
店の男がきょとんとして、それから慌てて確認に走った。
780
しばらくして、それをステージ上で発表された。
三回分のキャリーオーバーがみんなに教えられる。
﹁まじか! すげえ!﹂
﹁兄ちゃん男前!﹂
﹁ヒューヒュー!﹂
歓声と口笛が飛びかった。
﹁ルシオ様⋮⋮すごいです﹂
﹁そうか?﹂
﹁はい、いろんな意味で﹂
﹁そうか﹂
﹁わたし、ルシオ様のお嫁さんでよかったです﹂
そういって、うっとりした顔でおれに抱きついてくるシルビア。
大人の姿になるとちょっと積極的になる彼女。
こうして抱きつかれたのが、今日一番の収穫かも知れない。
ちなみに。
781
﹁おれにもやらせろ﹂
騒ぎを聞きつけて、店に戻ってきて三回のキャリーオーバーを狙
おうとしたイサークはすぐにつまみ出されたのだった。
782
ギャンブルデート︵後書き︶
すっかりオチ担当になってしまったかれに幸いあれ。
ブクマ・評価いただけるととても励みになります。
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783
決戦! 神ルシオ対悪魔ルシオ
﹁ルシオくん、なんかヒマだよ﹂
屋敷のなか、ナディアがそんなことを言い出した。
外は雨が降っている、三日連続の雨で、活動的なナディアが屋敷
からまともに出られなくてあきあきしてるようだ。
﹁なんか楽しいことない?﹂
﹁またG退治でもやるか? それとも蟻ダンジョンの探検とか﹂
﹁それ飽きた、なんか新しいものとかない?﹂
﹁あたらしいものか﹂
﹁そうそう、雨の日にやるようなのがいいな﹂
﹁雨の日か⋮⋮﹂
おれは考えた。
さて、昔は雨のひどうしてたんだっけな。
この世界に転生する前、現代日本にいた頃の事を思い出す。
﹁雨の日はゲームやってたな、主に﹂
784
﹁ゲーム?﹂
﹁格ゲーとか、狩りゲーとかやってたな﹂
﹁へー? それってルシオくんの魔法で出来るの?﹂
ナディアは目を輝かせて聞いてきた。
期待の目だ。まったく、そんな目をされたら応えたくなるだろう
が。
﹁出来るぞ。そうだな、そこのティーカップを取ってくれ﹂
丸テーブルの上にあるものをさした。
アマンダさんが入れてくれた、飲み終わったティーカップのセッ
トだ﹂
﹁はい! これで何をするの?﹂
﹁みてな。﹃エニシングリモコン﹄﹂
魔法を使うと、ゲームのコントローラーっぽい形のリモコンとア
ンテナが出てきた。
リモコンとアンテナ、二つ一組の2セットだ。
そのアンテナをティーカップとソーサーにそれぞれ突き立てた。
785
そしてリモコンの一つを持って、スティックとボタンをおす。
ティーカップが動いた。
﹁おお!﹂
﹁こんな感じで、アンテナをさしたものを操作できるようにする魔
法だ。でもって﹂
もう一個のリモコンも手にとって操作した。
するとソーサーも動いた。
ティーカップとソーサーを操作して、バトらせた。
ティーカップがソーサーを吹っ飛ばして、勝利の決めポーズとば
かりにぐるぐる回る。
﹁こんな感じだ﹂
﹁おもしろーい!﹂
﹁やってみるか?﹂
﹁うん!﹂
ナディアにリモコンを一つ渡した。
﹁こんな感じかな!﹂
786
ナディアは早速慣れた様子でリモコンを操作する。
ソーサーが戻ってきて、今度はティーカップを吹っ飛ばした。
﹁あはは、ルシオくんよわーい﹂
﹁いったな﹂
おれとナディアがリアル格闘ゲームで楽しんだ。
﹁旦那様﹂
アマンダさんが静かに入ってきた。
﹁どうした﹂
﹁国王陛下と大旦那様がお見えになりました﹂
﹁王様とおじいさんが?﹂
﹁どうしたんだろ﹂
ナディアがリモコンを置いて首をかしげた。
﹁プレゼントを持ってきたとのことです。是非旦那様に︱︱﹂
﹁ルシオやー﹂
﹁余の千呪公はいずこかー﹂
787
アマンダさんの報告を遮って、おじいちゃんズの声と足音がどん
どん近づいてくる。
﹁おお、ここにいたのか﹂
﹁会いたかったぞ余の千呪公よ﹂
相変わらずのおじいさんと国王のコンビ。
部屋に入って、おれの顔を見た瞬間顔がデレデレになった。
﹁こんにちは。おじいちゃん、それに王様﹂
子供モードで二人に話しかける。
二人はさらに目尻が下がる。
﹁うんうん、元気にしとったかルシオや﹂
﹁なにか不自由はしてないか? なんかあったらいつでも余にいう
のだぞ﹂
﹁大丈夫。毎日楽しく過ごしてるよ。それよりも今日はどうしたの
? 一緒に来たの?﹂
﹁そうじゃ、今日はルシオに見せたいものがあるのじゃ﹂
﹁ルカめがどうしてもと言って。余はさほど興味はないのだが、勝
負に逃げたと思われるのはシャクでな﹂
788
﹁ふん、そんな事を言えるのも今のうちだけじゃ﹂
現われるやいなや、いつも通りエスカレートしてパチパチ火花を
散らす二人。
﹁ごめんなさい、何をいってるのかわからないよ﹂
﹁これじゃ!﹂
﹁これだ!﹂
おじいちゃんズは同時にぬいぐるみを取り出した。
二人とも、自分にそっくりのぬいぐるみだ。
﹁えっと、これは?﹂
﹁わしのぬいぐるみだ﹂
﹁それは見てわかるよ?﹂
﹁余が夜なべして作ったものだ。どうだ似てるであろう﹂
﹁うん、ものすごくよく似てる﹂
国王のだけじゃなくて、おじいさんのもそうだった。
ちょっと特徴的なぬいぐるみだけど、二人にそっくりのぬいぐる
みだ。
789
﹁ルシオや。わしのとエイブのと、どっちにするのじゃ﹂
﹁余のを受け取ってくれるよな﹂
⋮⋮え? どういうこと。
なんというかじいさん二人に﹁あたしとあの女どっちを選ぶのよ
!﹂って迫られてる様な気分になった。
いや気分じゃない、完全にそう言う場面だ。
﹁えっと⋮⋮選ばなきゃダメ?﹂
﹁そうじゃ!﹂
﹁選んでくれい!﹂
二人がおれに迫る。
なんというか、どうすればいいんだ?
と、おれが迷ってると。
﹁あ、ぬいぐるみの方がよく動くね﹂
ナディアはリモコンを取って、おじいさんのぬいぐるみを操作し
た。
おじいさんそっくりの手作りぬいぐるみが真上にジャンプしてア
ッパーカットを放つ。
790
﹁こっちすごく動くね。ティーカップより動かしやすいかも﹂
今度はもう一つのリモコンを取って、国王のぬいぐるみも動かし
た。
﹁むっ、それはなんじゃルシオよ﹂
﹁えっと、﹃エニシングリモコン﹄っていって、なんでもリモコン
で操作できる魔法なんだ﹂
﹁さっきこれでルシオくんと遊んでたんだよ﹂
ナディアはそう言って二体のぬいぐるみを同時に操作する。
おじいさんのぬいぐるみが国王のぬいぐるみを殴り飛ばした。
﹁ほう⋮⋮﹂
﹁これはいい⋮⋮﹂
キュピーン! という擬音が聞こえそうなくらい二人の目が光っ
た。
﹁ナディアよ、それを渡すのじゃ﹂
﹁そっちは余が預かろう﹂
おじいちゃんズが半ば強奪の勢いでリモコンをナディアから取り
上げた。
791
﹁なるほど、こう動かすのじゃな﹂
﹁流石余の千呪公。相変わらずいい仕事をする﹂
いや別に仕事はしてない。
リモコンで自分のぬいぐるみを一通り動かして操作した。
そして、向き合う。
ぬいぐるみも向き合う。
﹁恨みっこなしじゃな﹂
﹁うむ、格好のロケーションだ﹂
﹁﹁勝った方が受け取ってもらう﹂﹂
なんかものすごい勢いで二人はぬいぐるみを操作して戦いだした。
おじいさんのぬいぐるみと国王のぬいぐるみ激闘を繰り広げた。
﹁ほえー、すごいねルシオくん﹂
おれは頷き、同意した。
やがて、二人のぬいぐるみは同時にぼろぼろになって、操作不能
になって地面に転がった。
792
引き分け︱︱痛み分けか。
﹁ふ、ふふふ。やるではないかルカよ﹂
﹁おまえもじゃ、エイブよ﹂
﹁仕方がない、こうなれば余の秘密兵器をだそう﹂
秘密兵器?
﹁見よ! これが余が作った千呪公のぬいぐるみ、その名も﹃世の
全てを司る千呪の王﹄だ﹂
国王はバーン、って集中線がつくほどの勢いでぬいぐるみを取り
出した。
黒をベースにした、マントを羽織ったおれっぽい︱︱魔王とか吸
血鬼とか連想させる格好だ。
﹁わあ、かっこいい﹂
ナディアは純粋に喜んだ。かっこいいけど⋮⋮うーん。
﹁エイブよ、お前はそこがいかんのじゃ。ルシオの前にそんな仰々
しく長ったらしい名前はいらんのじゃ﹂
おっ?
﹁むっ﹂
793
﹁ルシオのイメージはこう︱︱﹃聖人ルシオ﹄じゃ!﹂
こちらもばーん! って感じでぬいぐるみを取り出した。
こっちも顔はおれで、全身は白をベースにした、神とか天使とか
あっちのイメージのぬいぐるみだ。
﹁すっごーい、こっちもルシオくんにそっくり﹂
ナディアはますますはしゃいだ。⋮⋮いやいや。
というかなんだ? 今度はおれの人形を取り出したぞ二人は。
﹁どうやら決着をつけねばならんようじゃな﹂
﹁そのようだ。いくぞ!﹂
おじいちゃんズはリモコンでおれそっくりのぬいぐるみを操作す
る。
今度はドラ○ンボールの様な超人バトルになった。
空を飛んで、超スピードで殴り合って、技をだしあう超バトル。
﹁ぬうううん! ゴッド・ルシオ・バスター!﹂
﹁甘いわ! 千呪公アルティメットブリザード!﹂
おじいちゃんズはノリノリで、自分達の中にあるおれのイメージ
を具現化させる勢いでぬいぐるみを戦わせた。
794
﹁おじいちゃんたち、いつも通りだね﹂
にこりと笑うナディア、おれはちょっと苦笑いしたが、それに同
意した。
795
決戦! 神ルシオ対悪魔ルシオ︵後書き︶
おじいちゃんズ好きな方ってどれくらいいるのか気になります。
わたしは結構好きです、この二人の孫バカ加減に。ついついセット
で出してあげたくなっちゃいます^^;
796
農業革命
﹁ようこそ、わらわの領地、ラルタルへ﹂
ラルタルという場所にある、領主の館。
館に入ったおれを出迎えたのはお姫様ドレス姿のルビーだった。
なんというか⋮⋮相変わらずのラスボス風ドレスだ、しかも前回
と微妙に違うぞ。
前回のが普通のラスボスで、今回は一回倒された第二段階って感
じでパワーアップしてる。
そのうち玉座を自分の姿にしてその上に座るんじゃないだろうか。
﹁久しぶりだな﹂
﹁遠路はるばるご苦労だった⋮⋮いきなり呼びつけてすまぬ﹂
ルビーは神妙な顔で言った。
そう、ついさっき、王都ラ・リネアのおれの屋敷に彼女の使いと
名乗る人がやってきた。
おれを呼んでる、ってことでここまでひとっ飛びしてきた。
﹁気にしなくていい、大した距離じゃなかった﹂
797
﹁早馬でも丸一日は掛かる距離だが﹂
﹁飛べば一瞬だ。それよりもおれを呼んだのは?﹂
﹁うむ、実際の様子をみて話そう、その方が話が︱︱﹂
ルビーは身を翻して歩き出した。
︱︱ピターン!
ドレスを踏んづけてしまって、盛大にすっころんで顔から床に突
っ込んでいった。
ぱっと顔をあげて、涙目でおれを睨む。
﹁︱︱♪﹂
わざとらしく目をそらして口笛を吹いた。
ルビーは立ち上がって、咳払いして、取り澄ます。
﹁︱︱その方が話が早い﹂
﹁わかった﹂
こっそり魔法で裾を踏まないようにしてやりながら、彼女のあと
について屋敷をでた。
☆
798
﹁ここラルタルは我が国の穀倉地帯として重要な地だったのだが、
ここ数年収穫高がめっきりへってのう﹂
﹁減った、なんでだ﹂
﹁理由はわからぬ。新しく作物を植えようとすると半数以上が死滅
し育たぬのだ﹂
﹁へえ﹂
ルビーと一緒に馬車にのって、農園の視察に回った。
彼女が言ったとおり植えても作物がほとんど定着しないためか、
畑はすかすかで、十円ハゲがあっちこっちにあるような感じになっ
てる。
﹁法則性もないみたいだな﹂
畑を見て、感想を言った。
植えた物が育たないで枯れて地面が見えてる所はランダムで、法
則性とか内容にみえる。
﹁うむ。まったく原因不明で困っておるのじゃ﹂
﹁あっちの果樹は普通だな﹂
指でさしてルビーに聞く。
799
遠くに果物がなってる果樹園みたいなのがあって、そっちは割と
普通だ。
﹁一度定着した作物は問題なく育つ。不思議であろう﹂
﹁定着するまでが大変って事か。それなら数を植えればいいんじゃ
?﹂
﹁育つかどうかわからぬし、ある程度育ってから枯れることもある。
数を植えればいいのはまさしくそうじゃが、土地の半分近くを無駄
にしてしまうことに変わりはない﹂
﹁なるほど、それもそうか﹂
頷き、ルビーを見る。
﹁で、おれに何とかして欲しいと﹂
﹁うむ。陛下肝いりの千呪公じゃ。そなたならきっと何とかしてく
れるであろうとおもってな﹂
﹁買いかぶるなあ。まあ、もう解決策見つかったけど﹂
﹁本当か!﹂
ルビーは目を輝かせた。
☆
果樹園の所にやってきた。
800
その中で一番健康そうな木の前にたって、ルビーにいった。
﹁もともとここで育ててる主力の作物はなんだ?﹂
﹁これじゃ。アロースという﹂
ルビーはすっと種を差し出した。
それはほとんど毎日食べてる、米みたいなやつだ。
﹁なるほどこれか﹂
﹁春に植えて、秋に収穫する物じゃ。育つまでが長く、異常に枯れ
るまでの猶予期間もながくて困っておる﹂
﹁本当にイネと同じなんだな﹂
﹁これをどうするのじゃ?﹂
﹁みてろ⋮⋮﹃シンザシス﹄﹂
魔法を唱える。
光が種と果樹を包み込んで、二つを融合させる。
光が収まったあと、現われたのは一回り小さい木だった。
成人男性と同じ高さの比較的小さい木、木にたくさんの実がつい
ている。
801
﹁これは⋮⋮アロースか﹂
﹁そう﹂
﹁アロースが木にじゃと?﹂
﹁多分植えっぱなしで、年に複数回は収穫出来る思う。これで問題
は解決するだろ?﹂
﹁⋮⋮﹂
ポカーンと口を開けるルビー。
﹁どうした﹂
﹁どうしたもこうしたも⋮⋮﹂
信じられない表情でおれを見つめる。
﹁問題は解決ところか、これは大変な進化であるぞ﹂
﹁そう?﹂
そうかもしれないけど。
﹁どっちみち問題が解決するのは間違いないだろ?﹂
﹁う、うむ。その通りじゃ。そなたの申す通りだな﹂
802
ルビーは気を取り直して、まっすぐおれを見つめて、いった。
﹁礼をいうぞ千呪公﹂
ルビーにメチャクチャ感謝された︱︱のはいいが。
このアロースの木、後に国王の鶴の一声で。
﹁品種名はルシオだ﹂
と、ササニシキみたいな感じでつけられてしまったのだった。
803
ルシオ'sダンジョン
巨大迷路の中をナディアが走っていた。
迷路の壁は木の板で出来ていて、数歩進むごとにドアがある仕組
みだ。
ナディアは次々とドアを開いて先に進む、が。
﹁こっちも行き止まりじゃん!﹂
ドアを開いて入ったそこは小さな部屋の様な空間だった。
ナディアはすぐ様引き返して、二つ前のドアに戻って、違う方の
ルートを行った。
﹁あと30秒ですわ﹂
﹁頑張ってナディアちゃん﹂
空から少女たちの声が聞こえてくる。
ベロニカは急かしつつ楽しんでるような声色で、シルビアは純粋
に親友を応援してるって感じだ。
﹁30秒!? あわわわ、どうしようどうしよう﹂
制限時間をきいてますます走る速度をあげるナディア。
804
ドアを開けて、進む。
ドアを開けて、引き返す。
ドアを開けて︱︱水の中に突っ込んでしまう。
﹁終了ですわね﹂
﹁ナディアちゃん惜しい﹂
、、、
、、、、、、
水の中に突っ込んだナディアはそこをでると、体が元のサイズに
戻った。
びしょ濡れになったナディアに、シルビアがタオルを持って駆け
寄る。
、、
それで頭を拭きながら、ナディアはそばにある巨大迷路の模型を
見る。
水たまり
ミニチュアサイズの巨大迷路の端っこでドアが開けた状態でゆら
ゆら動いてて、その先の池に波紋が広がっている。
それの、更にすぐ横に。
﹁あー、右に行ってたらゴールだったじゃん!﹂
﹁うん、最後のドアだった﹂
﹁もう、悔しいな。せっかくここまで来たのに﹂
805
﹁では、つぎはあたくしですわね。ルシオ﹂
﹁はいよ﹂
ちょっと離れた所で見守ってたおれが応じた。
二つの魔法を使う。
一つはベロニカの体を小さくするもの、もう一つはミニチュアサ
イズの巨大迷路を作り替えるもの。
小さくなったベロニカが入り口にたって、巨大迷路はその入り口
とまわりの池を残して、内部の構造を作り替えた。
﹁行きますわよ﹂
﹁じゃあスタートで﹂
おれとシルビアとナディアが観戦する中、ベロニカがドアを開け
て巨大迷路に飛び込んでいく。
﹁あ、そっちは︱︱﹂
﹁ダメだよナディアちゃん。反応しちゃだめ﹂
シルビアが慌ててナディアの口を押さえたが、それを聞いたベロ
ニカがにやりとして、手をかけたドアから離れ、別のドアに入った。
ランダムで生成した巨大迷路のダンジョン。
806
そのランダム故に、最初のドアから池ぽちゃになってしまってい
た。
それをナディアが思わず声をだして、ベロニカは運良く回避した。
﹁面白いねルシオくん。これ、自分で進むのも面白いけど、外から
みるのも面白いね﹂
﹁そういうもんだ。人狼ってゲームと似てるな。リタイアしたあと
もニヤニヤして見てられる﹂
﹁うん! ニヤニヤだよね。って人狼ってなに?﹂
﹁そっちは今度な﹂
﹁うん、わかった!﹂
ナディアは大きく頷いて、シルビアに向かっていった。
﹁次はシルヴィの番だね。今のうちに対策をたてておこっか﹂
﹁でも始まるまでにルシオ様が魔法で中を変えてしまうのよね。だ
ったら対策の立てようがないと思うけど﹂
﹁そうでもないよ。あたしおもうんだけど、最初からずっと同じ方
向に曲がってたら出られるんじゃないかな。ずっと右だけとか、ず
っと左だけとか﹂
﹁そ、そうなのルシオ様﹂
807
﹁まあ、それは一つの攻略法だけど︱︱﹂
﹁良いことを聞きましたわ﹂
ベロニカがまたしても迷路の中でニヤリと笑う。
﹁ずっと同じ方向ですわね。ならこのさきずっと右にいけば︱︱﹂
﹁あっ﹂
小さく声を上げるシルビア。
二つあるドアのうち、宣言通り右のドアを開けたベロニカは、勢
いよく池に突っ込んでしまった。
元のサイズに戻ったベロニカはびしょ濡れのままおれに詰め寄っ
てきた。
﹁ずっと同じ方向に行けばゴール出来るんじゃなかったんですの!
?﹂
﹁いや、あれは出口が一つしかない時の攻略法で。こいつは壁際が
全部出口のようなもんだろ。ほとんどが池行きになってるだけで﹂
﹁うぅ⋮⋮﹂
迷路を見て、呻くベロニカ。
おれが言った事がすぐに理解できたけど、それでも腹がおさまら
808
ないって感じだ。
﹁もういいですわ! つぎ、シルビアあなたの番よ!﹂
﹁うん。じゃあ、お願いします、ルシオ様﹂
﹁ああ﹂
今度はシルビアに魔法をかけつつ、迷路も作り替えた。
迷路に足を踏み入れるシルビア。性格からか、ドアを一つ開ける
のにもかなり慎重な感じだ。
慎重に慎重に、迷路を攻略して、進んでいく。
﹁ねえ、ルシオ。このままだと⋮⋮﹂
﹁ああ、間違いなく時間切れになる﹂
﹁そういえば時間切れになったらどうなるの?﹂
ナディアとベロニカが同時におれを見た。
﹁説明するより見た方が早いな⋮⋮ほら出たぞ﹂
﹁ああ、こうなりますのね﹂
﹁わわ、シルヴィ逃げて逃げて﹂
﹁え、え、えええええ?﹂
809
小さくなったシルビアが慌てた。
﹁あれは⋮⋮ひどいですわね。あれに追いつかれるのなら素直に水
に落ちた方がましですわ﹂
ベロニカが感想を漏らす。
うん、そのために設定したものだからな。
巨大迷路のなかから小さなバケツのようなものが出てきた。
バケツの中は黒い墨汁がなみなみと入ってて、自走して迷路を進
んでる。
タイムアップした攻略者を探して墨汁をぶっかけるというものだ。
﹁シルヴィ逃げてー﹂
﹁見てる分には楽しいですわね﹂
﹁ちなみに﹂
おれが言った直後、二つ目のバケツが現われた。
﹁時間経過で増量する﹂
﹁ああ! だめシルヴィ、そっちに行ったら挟み撃ち︱︱﹂
ナディアが警告する間もなく、シルビアはバケツにつかまって、
810
墨汁をぶっかけられてしまった。
元に戻ったシルビアはちょっと泣き顔だ。
﹁うぅ、ひどいですルシオ様⋮⋮﹂
﹁悪い悪い、お詫びに拭いてやるよ﹂
おれはタオルを受け取って、魔法を使いつつシルビアを綺麗にし
た。
﹁よし、綺麗になった﹂
最後におでこにちゅ、ってキスをしてやる。
﹁⋮⋮﹂
﹁次はどっち?﹂
じっとおれを見つめるベロニカと、逆にわくわくした顔で迷宮を
見つめてるナディア。
﹁あたくしが行きますわ﹂
そして、ベロニカ二回目の挑戦。
﹁あれ、動かない﹂
﹁どうしたの? うごかないとタイムアップになっちゃうよ﹂
811
不思議がるシルビアとナディア。
ベロニカは入り口から入った最初の部屋に泊まったまま動かなか
った。
やがてバケツが出てきて、彼女は墨汁まみれにされる。
﹁なんで動かなかったの?﹂
戻ってきたベロニカを不思議がって聞くナディアは。
ベロニカは答えず、一直線におれに向かってきた。
﹁あたくしを拭いてくださいな﹂
﹁ああ﹂
シルビアの時と同じようにタオルと魔法の併用で拭いてやった。
﹁うん、これでいい﹂
﹁それだけですの?﹂
ベロニカは不満そうにおれをジト目でみた。
﹁もっとこう、綺麗にしたあとに何かありますでしょう﹂
﹁綺麗にした後?﹂
なんだろうと首をかしげる。
812
﹁うーん、綺麗になったな。って位?﹂
﹁え、い、今なんと?﹂
﹁え? ベロニカが綺麗になった?﹂
それがどうしたんだろう、って思ったけど。
﹁綺麗に⋮⋮﹂
ベロニカはぽっ、って顔を赤くしてうつむいてしまった。
なんだ?
﹁あっ、そういうことなんだ﹂
﹁なになに、どういう事?﹂
﹁えっと、私の時は︱︱で、ベロニカさんの時は︱︱だったから﹂
シルビアがナディアに耳打ちする。
こっちにはよく聞こえなかったが、されたナディアは徐々に目を
見開いていく。
﹁なるほど! ルシオくん、次あたし!﹂
﹁あ、ああ﹂
813
テンション急上昇してMAXになったナディアを小さくして迷路
に送り込む。
﹁こっちかな、こっちかな。まだかな、早くでてこーい﹂
どういうわけか、ナディアはまともにダンジョンを攻略する事な
く、開けたドア、安全な部屋を行き来した。
﹁ねえ、あれ﹂
﹁はい。ああした方が早く遭遇します﹂
﹁なるほど。まあ仕方ないですわね﹂
シルビアとベロニカがなんか訳知り顔で頷きあった。
やがてタイムアップして、ナディアは、出現したバケツに自分か
ら突っ込んでいった。
そして戻ってきたナディアは。
﹁ルシオくん! 拭いて拭いて、おでこにキスして綺麗だっていっ
て﹂
﹁⋮⋮﹂
それでわかった。
シルビアとベロニカを見る。
814
シルビアは恥ずかしそうにうつむいてしまい、ベロニカはしれっ
とすっとぼけた。
おれに何かして欲しくて、わざと突っ込んでったのか。
⋮⋮おいおい、ゲームにならないだろうがそれ。
ゲームにならないが。
﹁ルシオくん、早く!﹂
満面の笑顔でわくわくしながら急かしてくるナディアの姿をみて、
まあいっか、って思ってしまうのだった。
815
ルシオ'sダンジョン︵後書き︶
80年代にこういう番組ありましたよね。
クリアそっちのけでルシオにおねだりする幼女妻達が可愛くて書い
てて悶えました。
そして公式サイトにも情報が出ました。8月にマンガ嫁二巻発売し
ます。
今回もわたあめさんの超絶作品にあったイラスト満載ですので、是
非よろしくお願いします。
816
透明人間
﹁たのもー!﹂
魔導図書館で魔導書を読んでると、外から女人の叫び声が聞こえ
てきた。
なんか古風な言葉で、使い道が限定される言葉。
外にでると、そこに一人の女の人がいた。
いい服を着てるお嬢様風な若い女の人だけど、雰囲気がちょっと
かたい。
﹁こんにちは、なにかごようですか?﹂
初対面の人だから、子供モードで話しかけた。
﹁ここに千呪公ルシオ・マルティン閣下がいるとうかがって﹂
﹁うん、いるよ。ここの館長だからね﹂
﹁可能ならお目通り願いたい!﹂
﹁わかった。ぼくがルシオだよ﹂
﹁なんと!﹂
817
女の人はおれをジロジロ見つめた。
﹃このような子供が千呪公なはずがない。どういうつもりだ? ⋮
⋮なるほど本物は奥にいてわたしを試しているのだな。よし、ここ
は見た目にまどわされずちゃんと千呪公だとして対処しよう﹄
﹁え?﹂
おもわずきょとんとなった。
女の人は考え事する仕草で、早口でまくし立てた。
これってもしかして⋮⋮。
﹁千呪公閣下ご本人でしたか、そうとは知らず失礼いたしました﹂
女の人は一歩下がって、騎士のように片膝ついた。
﹁わたしの名前はマニエラ・エリセ。エリセ一族の末裔である﹂
﹁マニエラさんだね﹂
﹁千呪公閣下にお目通りかなって光栄の極みでございます﹂
そう言ったマニエラ。
一呼吸間を置いて。
﹃これでどうだ。完璧に決まったぞ。これで中にいる本物の千呪公
も満足してくれるだろう﹄
818
と、また早口でまくし立てて、伏し目ながらちらちらとおれの背
後、図書館の奥を見ている。
これって⋮⋮やっぱりあれか?
思ってる事が全部口に出てしまうタイプなのか。
⋮⋮なんで?
確認する、おれは魔法を使ってない、今ここで魔法もかかってな
い。
﹁ねーねーマニエラお姉さん。お姉さんは魔法とか、呪いとか、そ
ういうのかけられたりしてるの?﹂
﹁え? いえそんな事はないのだが﹂
きょとんと答えて、その直後。
﹃何を聞いてくるんだろうこの子は、わたしを試してる? はっ!
中にいる千呪公が知らずのうちにわたしに魔法をかけてるのか!﹄
﹁えっと⋮⋮﹂
﹁そういえばさっきから体調が悪いような気がする!﹂
力強く言われた。体調が悪い人の口調じゃない。
﹃これでどうだ﹄
819
色々とダダ漏れな人だ。
そこは突っ込んでもしょうがないっぽいな。
スルーして、話を進めることにした。
﹁それでお姉さん。ぼくにあってなんのようなの?﹂
﹁えっと⋮⋮﹂
マニエラはおれを見て、図書館の奥を見る。
あー、そういうことか。
﹁大丈夫﹂
おれは言った。マニエラが少しだけ驚いた顔をする。
﹁何でもいって。千呪公がちゃんと聞いてるから﹂
マニエラはハッとした。
﹃やっぱりそう言うことなのね。自分は表に出てこないから代わり
にこの子を。よーし、それなら﹄
うまく勘違いしてくれた。
﹁これを見ていただきたい!﹂
820
そういって、まるで昇降口でラブレターを渡すような姿勢で一冊
の本を出してきた。
﹁これ⋮⋮魔導書?﹂
﹁そう! わがエリセ一族に代々伝わる魔導書! ⋮⋮の、はずだ﹂
尻すぼみに消えていくセリフ。
﹁はず? どういうことなの?﹂
﹁実は⋮⋮これはとんでもない魔法が秘められている魔導書なのだ。
エリセ一族のご先祖様はこの魔法で天下を取りかけた、という言い
伝えが残ってるくらいの強力な魔法が﹂
﹁天下を取りかけた? すごいね、どういう魔法なの?﹂
マニエラは首を振った。
﹁それはわからない、言い伝えではとにかくすごいってしか。それ
と一目見たらわかるとも﹂
﹁そーなんだ﹂
よっぽど視覚的に強烈な魔法なんだな。
﹁だがご先祖様以外、数百年もの間誰もこの魔導書を読めなかった
のだ。数百年、一族合わせて数千人が挑戦したが、だれも﹂
﹁ありゃ﹂
821
﹁だから最近ではこの魔導書自体偽物なんじゃないかって言われて
る﹂
﹁それはつらいね﹂
﹁いや、魔導書が偽物でも別にいい、ただそれでエリセ一族の栄光
まで否定されるのは⋮⋮﹂
魔法が偽物ならそれで達成した事績も嘘になる。
なるほどな。
マニエラはしょぼーんとなった。
肩を落として、跪いたままおれを見る。
﹁千呪公閣下の事を噂で聞いた。どんな魔導書でもすぐに読めてし
まう、千の魔法を使えるすごい人だと﹂
一万超えたけどな。
﹁だから! 千呪公閣下に読んでもらえれば、この魔導書が本物な
んだって証明できる! そう思ってこちらにうかがった!﹂
﹁なるほど﹂
﹃そしてあわよくばわたしがそれを覚えてエリセ一族の栄光を取り
戻してむふふ⋮⋮﹄
822
なんか聞こえた。
心の声が漏れてるぞ。
まっ、それくらいは人として当たり前だからスルーしとこ。
﹁それじゃあ見せてもらってもいい?﹂
﹁え、いやしかし﹂
マニエラはまたおれと図書館の奥を見くらべた。
﹁とりあえずぼくが先に見るから﹂
とりあえず、を強調して言う。
﹁わ、わかった﹂
魔導書を受け取って、パラパラ中身をみた。
ふむ、現代物で、ちょっとエロい主人公が︱︱。
﹁あれ?﹂
﹁ど、どうしたのだ?﹂
﹁これ⋮⋮ちょっとおかしい﹂
﹁おかしい?﹂
823
﹃何がおかしいの? っていうかあんたのような子供じゃわからな
いから早く本当の千呪公だして﹄
無視して魔導書を読む。
パラパラめくる、前後を行ったり来たりして読み比べる。
それでようやくわかった。
﹁これ、乱丁だね﹂
﹁ら、乱丁?﹂
﹁うん、ページの順番がぐちゃぐちゃだよ? 一ページ目は普通な
のに、その次が四ページ目になってる。めくったら今度は三ページ
目が来てその次に二ページがやっと来てる。うん、これは読めない
のも仕方ないよ﹂
﹁そ、そんな事がわかるのか!?﹂
﹁わからないの? ⋮⋮そっか、そもそも読めないんじゃ乱丁かど
うかもわからないんだ﹂
﹁あ、ああ﹂
﹁ちょっと待ってね⋮⋮﹂
そう言ってマニエラを待たせて、おれは魔導書をに専念した。
ページの並びがぐっちゃぐちゃだけど、乱丁だっていう認識があ
824
れば読める。
ページの最後からある程度次のページの最初が予想できるし、完
全に場面が転換されて飛ぶときも何となくわかる。
ページを前に後ろに行ったり来たりして⋮⋮普段の倍、一時間く
らいかけて読み切った。
﹁うん、読めたよ。確かにこれはすごい魔法で、見れば一発でわか
るね﹂
﹁え? よ、読めたの?﹂
﹃まさかこの子⋮⋮本当に千呪公⋮⋮?﹄
最初からそう言ってるけどな。
まっ、今から証拠を見せてやる。
﹁﹃インビジブル﹄﹂
魔法を唱える。
次の瞬間、おれは透明人間になった。
着てる服がそのままで、体が透明に。
活用する場面じゃなくて、すごさをわからせる目的だから、服を
着たままにしてマニエラに話しかけた。
825
見た目は空中に服だけが浮いてるかなりすごい光景だ。
﹁こういう魔法だよ﹂
﹁わあ!﹂
﹁見ての通り体が透明になる魔法。せこいこともやっちゃえるけど
⋮⋮すごいことも出来ちゃうねこれ﹂
﹁透明⋮⋮﹂
﹁魔導書は本物、魔法の内容も納得だね。マニエラのご先祖様はき
っとすごい事をしたに違いないよ﹂
﹁本当、に?﹂
﹁うん﹂
おれは頷く⋮⋮透明だから多分見えない。
でも、マニエラの表情がほっとした。
安心して、ほっとした顔になった。
﹁本物だったんだ⋮⋮よかった﹂
﹁疑ってる人がいるって話だね。ぼくから文書をだすよ。この魔導
書が本物で、すごい魔法だって公表する。魔法がらみで千呪公の言
葉だから多分ちょっとは説得力あると思うよ﹂
826
﹁本当か!﹂
﹁うん。任せて。何だったら出向いて魔法を実際に使って見せても
いいよ﹂
すごい魔法を覚えさせてもらった礼だ。
おれがそう言ったあと、マニエラはしばらくの間ポカーンとした。
やがて、我に返って。
﹁感謝する!﹂
﹃この人すごい! この人すごい! この人すごい!﹄
表に裏と、ものすごく感謝されたのだった。
827
好感度勝負
﹁ルシオくん!﹂
﹁なにをするんですの!? おやめなさい!﹂
昼下がり、外から帰ってくると、屋敷の中からナディアが飛び出
してきて、直後にベロニカが追いかけてきた。
二人はおれの前に立って、言い争う。
﹁いいじゃん、ルシオくんに判定してもらうのが一番だよ﹂
﹁その必要はありませんわ﹂
﹁あるよー。ちゃんと白黒つけるべきだよ﹂
﹁そもそもそのことに優劣をつけるのはおかしいことですわ﹂
﹁優劣じゃなくて自慢したくならない? ああ、わたしの方がこん
なに︱︱って﹂
﹁じ、自慢⋮⋮﹂
﹁うん自慢。それに知りたいじゃん、あっ、やっぱりそっちもそん
なに︱︱ってさ﹂
﹁そ、そんなの知りたく︱ー﹂
828
おれの前で言い争う二人。
いや言い争うと言うよりも、ナディアが一方的に押しつけて、ベ
ロニカがたじたじしてる、って感じだ。
﹁待て待て﹂
おれは二人の間に割り込んだ。
﹁話が見えないぞ。そもそもなんの話だ? おれに判定して欲しい
ってなに?﹂
﹁なんでもありませ︱︱﹂
﹁ルシオくんって、好き好き度を確認できる魔法を使える﹂
﹁好き好き度を確認⋮⋮? 好感度を可視化すればいいのか?﹂
﹁多分それ!﹂
ビシッ! と指さされた。
ナディアはかなりテンションが高い。一方のベロニカは唇を尖ら
せて拗ねてる様な顔。
よく分からないけど、その顔は︱︱。
﹁そそる﹂
829
﹁え? ルシオくんなんかいった?﹂
﹁いやなんでもない。えっと、これでいいのかな?﹂
手を二人にかざす、脳内検索の一瞬でヒットした魔法を使う。
﹁﹃ラブパラ﹄﹂
魔法の光が二つのパネルを産み出した、パネルはそれぞれ一つの、
三桁の数字がある。
ナディアの前にあるのが121で、ベロニカにあるのが197だ。
﹁わー、出たね。ねえねえ、これってどういう感じ? わたし達が
ルシオくんの事の好き好き度?﹂
﹁好感度って言ってくれ﹂
苦笑いする。好き好き度はナディアらしい表現だがなんか慣れな
い。
﹁まあ、そういうことだな﹂
﹁へー﹂
ナディアは二枚のパネルを見て、ベロニカを見て、手で口を押さ
えて﹁ふむ﹂って笑った。
そして肘でベロニカをつっついて。
830
﹁やっぱベロちゃんもルシオくん好き好きじゃん﹂
﹁うぅ⋮⋮﹂
ベロニカは真っ赤にうつむいた。
好感度を暴露されて、更にからかわれての二重に恥ずかしい状態
だ。
﹁そ、そんなことありませんわ! これは何かの間違いですわ﹂
﹁でも数字出てるよ?﹂
﹁それがおかしいのですわ。あたくしがあなたにこんな大差をつけ
るなどありえません。何かの間違いです﹂
﹁そうなの?﹂
ナディアがおれに聞く。
﹁間違いっていうか、変動してるからって言うか。今この瞬間の数
字なんだよこれ﹂
﹁今の?﹂
﹁そう今の﹂
頷いてやると、ナディアは頬に指を当てて、考えた。
そして、おれに抱きつく。
831
﹁ルッシオくーん﹂
﹁おわっ﹂
﹁大好きだよ! ルシオくん!﹂
おれの首に抱きついた状態でいってきた。
すると、彼女の数字が上がった。
121、122、123︱︱、と、一気に140まで上がった。
﹁おー、本当に上がった。うん、それくらいだよね﹂
﹁そうなのか?﹂
﹁うん、さっきよりちょっとだけルシオくんの事を好き好きしてみ
た﹂
よくわからんが、ナディア本人としては納得出来る数字だ。
だが、それはベロニカの悲劇でもある。
﹁むふっ﹂
おれの首にしがみついた状態のまま、ベロニカと彼女の数字を見
た。
198、何故かちょっと上がってる。
832
﹁ち、違いますの。違いますの!﹂
﹁いいじゃんいいじゃん、ルシオくん好き好きで。ベロちゃんもル
シオくんのお嫁さんなんだから当たり前の事だよ﹂
﹁それは! ⋮⋮そう、かもしれません⋮⋮けれど﹂
﹁そうだ! ねえベロちゃん、勝負しようよ!﹂
﹁勝負?﹂
﹁うん! どっちがよりルシオくん好き好きになるのかの勝負﹂
﹁そんな勝負なんて︱︱﹂
﹁勝った方がルシオくんにいいことをしてもらえる﹂
﹁い、いいこと?﹂
ベロニカはうつむき加減でおれをちらっと見た。
ほんのり頬を染めてる︱︱何を要求するつもりなんだ?
﹁どう?﹂
﹁⋮⋮いいですわ﹂
﹁おお﹂
833
﹁ただし、こちらからもルールをつけますわ。競う間、彼に触れて
はいけない﹂
﹁触っちゃダメなの?﹂
﹁触れてあがるなんて当然ですわ﹂
﹁うーん⋮⋮それもそっか﹂
よく分からないルールを提示されたが、ナディアは納得した。
ベロニカの言うとおり、さもそれが当然であるかのように。
﹁それじゃ、いっせーのでやろうよ﹂
﹁わかりましたわ﹂
おれを置き去りにして二人で盛り上がる。
見てて楽しいから、おれは空気ソファを出して、観戦モードに入
った。
﹁いっせーの﹂
﹁せ!﹂
合図と共に、二人は同時に動いた。
まずはナディア、彼女はいつだったか見たような、自分の体に腕
を回してニヘラ顔になった。
834
﹁うへへ⋮⋮ルシオくん、そんなところだめだって﹂
どんなところだ。
一方のベロニカは彼女らしくおへその辺りで手を揃えた上品な仕
草で、同じように目を閉じていた。
その顔は徐々に赤くなっていく。
﹁これ以上は出来ませんわ!﹂
何ができないんだろうか。
方やもうダメ、方やもう出来ない。
内訳を聞くのがとても恐ろしい。
﹁ねえルシオくん、今のどっちが勝ち?﹂
ナディアが聞いてきた。
﹁勝敗の基準は? 現在値? それとも上昇値?﹂
﹁じゃあ上昇値で。ベロちゃんもそれでいい?﹂
﹁ええ﹂
﹁ならナディアだな。僅差だが﹂
835
﹁やた!﹂
﹁⋮⋮﹂
小さくガッツポーズするナディア、口をあけてぽかーんとなって
しまうベロニカ。
﹁残念だったねベロちゃん﹂
﹁⋮⋮三本勝負ですわ﹂
﹁え?﹂
﹁三本勝負で二本先に取った方が勝ちにしますわ﹂
﹁いやしますわって。後出しもいいところだろそれ﹂
﹁のった!﹂
﹁のるんかい!﹂
ナディアは大喜びでベロニカの提案に乗った。
﹁次は道具ありでやろうよ﹂
﹁望む所ですわ﹂
二人はいったん屋敷の中に戻っていく。しばらくして、同時に何
かを持って現われる。
836
ナディアはココが愛用してるおれの人形を、ベロニカはおれの普
段着、その上着を持ってきた。
二人はそれをもって、おれの前に立って向き合う。
﹁じゃあ⋮⋮﹂
﹁いっせいのっせ!﹂
﹁クンクン﹂
﹁スー、ハー。スー、ハー⋮⋮﹂
いっせいに匂いをかぎ出した!
﹁うへへへ⋮⋮﹂
﹁ルシオ⋮⋮﹂
変態だー、二人とも変態だー。
何が変態なのかっていうと、パネルの数字がぐんぐん上がってる
ところが一番変態だ。
しばらくして、二人は示し合わせたかのように匂いを嗅ぐのをや
めた。
﹁やるじゃん﹂
﹁大した事ありませんわ﹂
837
なんか称えあうような感じになってる。
﹁ルシオくん、どうだった?﹂
﹁どうですの?﹂
﹁うーん、今度もナディアの勝ちだな。僅差だけど﹂
﹁やた﹂
ナディアが二本先取した。
これで終わるのかと思いきや。
﹁よーし、じゃあ二回戦やろう。三本勝負を全部で五回戦ね﹂
﹁⋮⋮望むところですわ﹂
続けるのかよ! っていうかなんで勝ったナディアが提案してる
んだよ。
二人は勝負を続けた。ビックリする位の接戦で、ナディアが五回
戦をストレートで三回取った。
勝負してる間に日が沈み、夕焼けの中、勝者と敗者は向き合って
いた。
﹁く、悔しいですわ。あたくしが遅れをとるなど﹂
838
言葉通り悔しがるベロニカ。最初の頃のいじっぱりはどこへやら
だ。
﹁こうなれば夜の部ですわ﹂
﹁望むところだよ﹂
﹁ってまだやるのかよ! つうか今までのがもしかして昼の部? 夜の部って同じ三本勝負の五回戦をくりかえすの?﹂
﹁あったりまえじゃん﹂
﹁当たり前ですわ﹂
何を馬鹿な事を、という顔を二人がする。
﹁次はどうします?﹂
﹁ルシオくんとお手々をつなぐ! それだけ﹂
﹁乗りましたわ﹂
二人がそういって、おれの手をつないでくる。
勝負が続く、パネルの好感度の数字がグングン上がる。
深夜まで続いた勝負は、ナディアの勝利で幕を閉じた。
☆
839
そして、翌朝。
﹁二日目いくよ!﹂
﹁望むところ、今日こそ勝ちますわ﹂
﹁だからなんで勝った方が決着先延ばしにするんだよ﹂
おれは突っ込んだが、それとは関係なく、二人の嫁は実に生き生
きしてて楽しそうだった。
840
マジックAR
この日は朝から雨が降っていた。
いや、ここ三日連続ずっと降っていた。
窓から見える空はどんよりしてて、雨が絶え間なく降り注いでる。
遠くには昼間なのに灯が漏れてる建物もある。雨の日特有の匂い
と合わせて、独特な、物静かな雰囲気を出している。
これはこれで読書日和だ、とおれは魔導書を読んでいた。
料理もののマンガで、主人公とその娘が様々な料理をつくって、
まわりの人たちと食べる話。
娘のリアルな造形が可愛いのと、普通ながらも美味しそうに作ら
れる料理の数々が面白い。
続編ものだから、覚えられる魔法も段階的にレベルアップしてい
く。
それを、二巻まで読んだところで。
﹁ルシオくーん!﹂
ナディアが部屋に飛び込んできた。
841
﹁うわ!﹂
思わず声が上がる程びっくりした。
部屋に入ってきたナディアの頭が思いっきりボンバーヘッドにな
ってた。
まるで寝起きの時の様な、そんな頭に。
﹁どうしたその頭は﹂
﹁えっ、あ、雨のせいだよこれ。湿気が増えるとこうなるんだ。そ
れよりもルシオくん︱︱﹂
﹁それより、こっち来てナディア﹂
﹁え?﹂
ナディアは首をかしげながらもおれの所にやってきた。
﹁﹃ヒートフィンガー﹄﹂
魔法を唱えて、指を熱くした。
ちょっと赤くなった指をチョキにして、その間にナディアの髪を
挟んで、梳いていく。
ヘアアイロンと同じ感じだ。
﹁すぐに終わるから、じっとしてて﹂
842
﹁⋮⋮うん﹂
ナディアは大人しくおれにされるがままになった。
五分もしないうちに、ナディアの髪は元に戻った。
いや、もとよりちょっとストレートでさらさらな感じだ。
もとからちょっとくせ毛なナディアだが、ストレートなのも似合
う。
﹁ありがとう、ルシオくん﹂
﹁どういたしました﹂
﹁それよりもルシオくん! ヒマだよ、暇すぎてどうにかなってし
まうよ﹂
﹁ヒマ?﹂
﹁そうだよ。雨降り出してもう三日目だよ? どこにも行けないし
すごく退屈だよ﹂
﹁ああ﹂
なるほどと頷くおれ。雨が続いて、もともとアウトドアなナディ
アがついに我慢出来なくなった、って所か。
﹁なにかないかなルシオくん﹂
843
﹁またゴキかアリ退治にでも行くか?﹂
﹁あきたー。別なのない?﹂
﹁ふむ﹂
おれは魔導書を置いて、考えた。
一万に及ぶ魔法の中から、使えそうなのを。
﹁狩りでもするか?﹂
﹁狩り? どういうの?﹂
ナディアは目をきらきらさせた。
﹁﹃オーグメンテッドリアリティ﹄﹂
魔法を唱えると、手のひらの中にメガネが出現した。
それをナディアに手渡す。
﹁これをかければいいの?﹂
﹁ああ﹂
ナディアはメガネを掛けた。
﹁お﹂
844
思わず声が漏れた。
ストレートヘアに眼鏡姿のナディアは、普段とはだいぶ違う雰囲
気になった。
知的で物静かな感じ、まるで︱︱。
﹁あはは、まるで先生みたい﹂
ナディアは笑ってそう言った、同じ感想を持ったみたいだ。
﹁ねえねえ、似合う?﹂
﹁ああ似合うぞ。もっと顔をきりっとさせて、なんだろ、お上品、
って感じにしたらもっとにあうかも﹂
﹁お上品⋮⋮こんな感じかな﹂
ナディアは取り澄まして、おれを見つめた。
﹁ルシオくん、まだ宿題を忘れたの? いけない子ね﹂
﹁おお﹂
雰囲気ばっちりだった。まさに女教師、大人って感じだ。
だったが。
﹁ねえねえ、どうかなどうかな﹂
845
一瞬で元に戻ったナディア。
大人っぽいナディアもいいが、こっちの方が見てて落ち着く。
﹁似合ってたぞ﹂
﹁ありがとー﹂
ナディアはすっかり満足した様子で、改めておれに聞いた。
﹁で、これをどうするの?﹂
﹁部屋の中をみまわして見ろ、なんか違う所はないか﹂
﹁違う所? うーん、あっ﹂
ナディアはきょろきょろしてから、部屋の真ん中の床を見つめた。
﹁あそこにうさぎちゃんがいるよルシオくん﹂
﹁そうか﹂
おれには見えないが、きっとナディアには見えてるんだろう。
﹁わー、ふかふかだあ。かわいいね﹂
ナディアはそこに向かっていって、何かを抱き上げて、なでなで
した。
846
おれにはやっぱり見えない。
﹁これルシオくんがだしたの?﹂
﹁そうだ、メガネをはずしてみろ﹂
﹁うん︱︱あっ、消えた﹂
﹁そのメガネを掛けてるときにだけ見えるし触れるんだ。で﹂
魔法を更に使う。メガネをかけ直したナディアは自分の手を見た。
﹁わ、武器が出た﹂
﹁それで戦うってわけだ﹂
﹁なるほどなるほど。うーん、でも﹂
﹁でも?﹂
﹁うさぎちゃんをこの剣みたいなので切るのは可愛そうかな﹂
﹁だったら変えればいい﹂
ちょん、とナディアのおでこにさわった。
おでこはぽわ、とひかった。
﹁敵と武器をそうぞうしてみるといい、それで変わるはずだ﹂
847
﹁どれどれ⋮⋮うーん、うーん、うむむむむ﹂
まるでトイレにいるときの様ないきみ方だ。
﹁どうだ! ︱︱あははははは、ちゃんとなってる。武器もいい感
じ﹂
ナディアは大爆笑した。
何にかえたのか、おれにはわからないが気に入って何よりだ。
﹁えい! あははは、ちゃんとあたる﹂
ナディアは持ってる何かを両手で振り下ろした、ハンマーかなん
かだろうか。
﹁その﹃敵﹄屋敷内のあっちこっちにランダムで出現するように設
定した。軽く狩りアンド冒険が出来るはずだ﹂
﹁ありがとうルシオくん! いってくる﹂
女教師チックなメガネの姿のままナディアは部屋の外に飛び出し
た。
﹁みっけた! えい! えい!﹂
﹁何をなさってるんですの?﹂
﹁ベロちゃん! ルシオくんの魔法でね、イサーク叩きをやってる
の﹂
848
﹁イサーク叩き? 妄想の遊びなんですの?﹂
﹁ちがうちがう、この眼鏡かけてみて︱︱あははは、ベロちゃんも
っと先生みたい!﹂
﹁からかわないで下さいまし︱︱あら、なんかいますわね、あたく
しの手にも﹂
﹁そのハンマーで叩くんだよ﹂
﹁こうですの︱︱あら楽しい﹂
部屋の外から嫁達の声が聞こえてきた。
一部気になる会話が聞こえてから、おれは魔法でもう一つメガネ
を出して、それを掛けた。
そして、ナディアがさっきハンマーを振り下ろした所を見る。
そこにあったのは、二頭身のイサークが、更につぶされて涙目で
てくてく歩いてる姿があった。
妙に愛嬌があって可愛いぞ、おい。
なるほど、これを叩いてたって事か。
﹁しかし⋮⋮﹂
おれはARイサークを見た。
849
二頭身を更につぶした格好でもちゃんと彼だとわかる。
キャラ、立ってるなあ、と、おれは思ったのだった。
850
わたし、多分八人目
マンガ
屋敷で魔導書を読んでいた。
読んでいたけど、まったくはかどらない。
マンガを読めなくなった訳じゃない、たまにある、読む気力が起
きない、なんか読み進められないっていう、アレだ。
頑張って読んでみた。
一コマ一コマ真剣に読んで、ページをめくる。
⋮⋮。
だめだ! やっぱり読む気分じゃない。
﹁よし! 今日はもうやめ! マンガは読まない﹂
声にだして宣言する。そういう日もあるよな。
マンガを読まないから、嫁達と遊ぶか。
リビングをでて嫁を探した。
﹁シルビア? ナディア? ベロニカ?﹂
呼びかけてみた、誰も返事をしない。
851
そういえばさっきから屋敷の中は静まりかえってる。
屋敷の中を歩いて、探し回った。
ぐるっと一周したが、やっぱり誰もいない。
﹁﹃カレントステータス﹄﹂
魔法を使った、建物の現状を調べる魔法だ。
それに﹁人数﹂って指定してやる。
﹃住人1名、訪問者0名、その他0名﹄
むっ? 全部0?
住人というのはこの屋敷の住人で、おれと嫁達、あとアマンダさ
んがここにはいる。
訪問者は客のことだ、これは0で当然。
問題なのはその他も0だってこと。ココとマミ、あとクリスはこ
の枠に入る。
もろもろ込めて住人1名って事は、この屋敷はいまおれしかいな
い。
どういうことだろう。
玄関に何となくやってきた。魔法の光がプカプカ飛んでた。
852
これは⋮⋮メッセージを残す魔法か。
おれはそれに触ってみた。
魔法の光がはじけて、空中に半透明のシルビアとナディアの映像
が映し出される。
﹃ルシオ様。これでいいのかな、アマンダさん﹄
﹃いいみたい。ってことでルシオくん。あたしはシルヴィと遊んで
くるね﹄
どうやらアマンダさんの魔法で、二人はそれを使って伝言を残し
てってくれた。
なるほど。
違う魔法の光を触った、今度はベロニカとココの姿が映し出され
る。
﹃ご主人様。ママ様と散歩にいってきますねぇ﹄
﹃夕方には戻りますわ﹄
なるほどベロニカとココ︵多分途中でマミに変身するだろう︶は
散歩か。
残った玉は一つ、これはアマンダさんかな?
触ってみた、案の定アマンダさんだった。
﹃申し訳ございません旦那様。イサーク様が問題を起こされたとの
ことですので身元引受人として行って参ります﹄
なるほど。またイサークか。
ってか、アマンダさんいつの間にかあいつの身元保証人みたいの
になったんだ?
853
おじいさんに頼まれたのか? あとできいてみよう。
ま、それはともかく。
屋敷のみんなが居ない事と、理由は大体わかった。
しばらく戻ってこないみたいだし、しょうがない、マンガ読むか。
リビングに戻ってマンガを読もうとして、でもやっぱりはかどら
ない。
うーん、誰か客でも来ればいいんだがな。
⋮⋮客?
そうか客か。
うん、客を呼べばいい。来ないんなら、こっちから呼べばいい。
﹁﹃インヴィテーション﹄﹂
魔法を使う。
これは客を呼ぶ魔法。使うとどこからともなく客がやってくる魔
法だ。
ちなみに呼んでくるのは知りあいだが、よく来る客ほど確率が低
い。
854
そう言う意味じゃ、国王とおじいさんはまず来ない。
だれが来るのか、おれはちょっと楽しみにしながらまった。
コンコン、ドアノッカーの音がした。
リビングをでて玄関に向かって、ドアを開ける。
﹁ありがとお、そしてさよーなら﹂
﹁え?﹂
現われたのは見たことのない顔だ。
なんかぽわぽわしてる、シルビアたち嫁と同じくらいの年齢の子
だ。
﹁えっと、キミはだれ?﹂
初対面だから子供モードで応対した。
﹁あなたがルシオちゃんなのねえ﹂
﹁う、うん。そう言うキミは?﹂
﹁あがってもいいかなあ﹂
女の子はおれの返事を待たず、一方的に家に上がった。
おれの横をすり抜けて、きょろきょろしてから、更に奥に進む。
855
あっけにとられたが、慌てて後を追いかける。
☆
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
応接間、おれと女の子は向かい合って座った。
ぽわぽわしてる彼女は勝手に上がり込んで、ここまで来た。
﹁とりあえず名前を教えてくれるかい?﹂
﹁わからない?﹂
﹁わからない。初対面だよね﹂
﹁うん、初対面だけど、初対面じゃないのよ﹂
﹁どういう意味?﹂
﹁生まれる前にあってるんですもの﹂
﹁生まれる前?﹂
意味がわからん。なんだこの子、よくない電波かなんか受信して
るのか?
856
﹁ごめんわからない、教えてくれる?﹂
﹁教えると嬉しい?﹂
﹁嬉しいというか、助けるよ﹂
﹁助かるんだ⋮⋮うふふ﹂
彼女は目を細めて嬉しそうにした。
﹁わかった。じゃあバルの名前を教えるね﹂
﹁バルって名前なんだ?﹂
﹁ううん、ちがうわ、バルの名前はバルタサルって言うの﹂
﹁バルタサル?﹂
って、あの?
魔王バルタサル。かつてこの世界を混乱に陥れた巨悪の名前だ。
﹁そうよ。バルタサル︱︱八世なの﹂
﹁八世、あっ﹂
思い出した、そういえば前にバルタサル七世というのを倒してた。
八世ってことは、あれの娘か?
857
﹁思い出してくれたのねえ﹂
﹁思い出すって言うか、連想したって言うか﹂
おれはこっそり警戒した、脳内で魔法を検索、先制攻撃に適した
魔法をいくつかピックアップして、使う準備をする。
魔王バルタサルなら、一戦は免れないだろう。
﹁で、ここには何をしにに来た﹂
口調もかわった。バルタサル相手なら子供モードの必要はない。
﹁バルね、昨日生まれたばかりなの。生まれたけど、何をしていい
のか全然わからなかったの﹂
﹁わからない? 世界征服じゃないのか?﹂
﹁そうなのぉ? バルね、自分の名前と、ルシオちゃんの名前しか
話からなかったの﹂
﹁おれの名前?﹂
﹁うん。バルにとってすごく重要な人の名前。それだけはわかるの
ね﹂
﹁重要⋮⋮まあ重要かな﹂
むしろ因縁に近いけど、あながち間違ってはない。
858
﹁だから会いに来たの。ルシオちゃんに﹂
﹁⋮⋮﹂
えっと、つまり?
﹁戦う、のか?﹂
﹁バルとルシオちゃんは戦うの?﹂
﹁いや別に戦わないといけないって事はない﹂
﹁そうなんだ﹂
⋮⋮。
調子狂うなあ。
バルタサル八世︱︱面倒臭いからバルタサルでいいけど。彼女は
なんかぽわぽわしてて、敵意がまったく感じられない。
魔王と同じ名前なのに、調子狂うなあ。
さて、どうするか。
無理矢理退治してしまってもいいんだが⋮⋮こっちからしかける
のはなんか罪悪感をおぼえる。
はらわたを食らいつくしてくれるわ︱︱とか言ってくれたらやり
やすいんだが。
859
⋮⋮うーん。
本当、どうしようか。
﹁なあバル︱︱って﹂
﹁⋮⋮﹂
バルタサルは寝ていた。
ソファーに座ったままこくりこくりと船をこいてる。
口の端からよだれをたらしてる。
⋮⋮調子狂うなおい。
狂いすぎて先制攻撃がますます出来なくなった。
本当、どうするかな。
﹁ふ⋮⋮﹂
﹁ふ?﹂
﹁フエックション!﹂
居眠りしてたバルタサルがくしゃみをした︱︱瞬間。
指向性の爆発がおれを襲う!
860
慌てて﹃マジックシールド﹄を張る。
おれは無事だ、しかし屋敷が吹っ飛んだ。
バルタサルのくしゃみ一つで屋敷が半壊した。
魔王だ、こいつはちゃんと魔王だ。
ぽわぽわしてるけど力はちゃんと魔王で、危険人物だ。
なら︱︱。
﹁ルシオちゃん⋮⋮﹂
﹁えっ﹂
﹁やっと⋮⋮あえたぁ⋮⋮﹂
⋮⋮寝言か。
夢のなかでまでおれと⋮⋮?
⋮⋮。
⋮⋮。
仕方ない、しばらく⋮⋮おいてやるか。
こうして、我が家に訪問者が一名増えたのだった。
861
わたし、多分八人目︵後書き︶
しばらくの間毎日連載続けます。
書籍版二巻発売されました。
こちらもよろしくお願いいたします。
<i204774|15669>
862
魔王のくしゃみ
魔法で半壊した屋敷をなおした。
念の為に庭から屋敷をみえる、完全に直ってるかをチェック。
﹁大丈夫みたいだな。ふう﹂
﹁どうしたの?﹂
バルタサルが横にやってきた。
相変わらずぽわぽわしてて、おれを見つめてくる。
﹁誰かさんのせいで必要のない大規模な修復魔法を使ったから疲れ
たんだ﹂
﹁おー﹂
バルタサルはおれを見つめて、なぜかパチパチ、と音の出ない静
かな拍手をした。
﹁どんまい﹂
﹁ドンマイじゃないが﹂
突っ込んだが、彼女は気にもしてなかった。
863
﹁にしても本当にバルタサルなんだな﹂
﹁本当に、って?﹂
﹁今のくしゃみ、放出した魔力に覚えがあった。何回か戦ったから
な。オリジナルとか七世とかと﹂
﹁そうなの?﹂
﹁ほとんど一緒だな。魔力の︱︱そうだな指紋みたいなヤツがそっ
くりだ。特に七世とは﹂
﹁⋮⋮﹂
バルタサルはおれをじっと見つめる。無言のままじっと見つめて
くる。
﹁ん?﹂
見つめ返すと、彼女はニヘラ、って感じで笑顔になって、ぺこり
と頭を下げた。
﹁母がお世話になってます﹂
﹁いやいや、なんだそりゃ。微妙にっていうかだいぶずれてるぞ﹂
そのツッコミにもバルタサルはまともに答えない。トタタタって
走って行って、屋敷をまじまじと見つめる。
⋮⋮会話のキャッチボールしようぜ。
864
おれは近づいていった。こいつをどうしようか、って考えながら。
﹁ふ、ふ⋮⋮﹂
﹁ふ?﹂
﹁ふえくしょん!﹂
﹁︱︱!﹂
思わず腕をクロスして、マジックシードを張った。
バルタサルのくしゃみ、屋敷を半壊された事を思い出す。
それでとっさに防御したけど⋮⋮何も起きなかった。
ずずず、と鼻をすするバルタサル。
屋敷に向けられたくしゃみは何も起きなかった。
﹁なんか鼻がむずむずすりゅ﹂
﹁⋮⋮花粉症か?﹂
﹁花粉症って?﹂
﹁それか誰かお前の噂してるんだろ﹂
﹁ルシオちゃんがしてくれるの?﹂
865
﹁いやだれかって言っただろ。おれは目の前にいるし﹂
﹁うん。ルシオちゃん﹂
﹁うん?﹂
﹁あいたクション!﹂
言葉の途中でまたくしゃみをされた。
今度はおれを向いた状態でだ。
大丈夫︱︱と思ったが瞬間に反応。
魔力の爆発を感じたから慌ててマジックシールドを張る。
微妙に間に合わなくて、服と髪の一部が焦げてしまった。
﹁ルシオちゃんちりちりだね﹂
﹁誰のせいだとおもってるんだよ﹂
﹁お屋敷広いね﹂
﹁会話のキャッチボールを頼む﹂
﹁ふぇっくしょん!﹂
﹁︱︱っ﹂
866
屋敷に向かってくしゃみ。びくっとしたけど、爆発はない。
﹁やっぱりむずむず︱︱くしゅん!﹂
今度はおれに向かって今までで一番可愛らしいくしゃみ︱︱そし
て一番威力のある爆発。
前もって張っておいたシールドが丸ごとぶち抜かれて頭がますま
すちりちりになった。
﹁おまえなあ⋮⋮﹂
﹁ふぁいと﹂
﹁ファイトじゃない。わざとかおまえ﹂
﹁???﹂
首をかしげるバルタサル。
本気で不思議がってる顔で⋮⋮びっくりするくらい悪気はないよ
うに見えた。
まさか⋮⋮素でやってるのか? このお約束みたいなのを?
おいおい⋮⋮うそだろ。
⋮⋮よし。
867
﹁バルタサル﹂
﹁はっちゃんって呼んで?﹂
﹁⋮⋮はっちゃん﹂
﹁うん!﹂
すごく嬉しそうな顔をされた。やりにくいな。
﹁魔法をかけるから、じっとしてて﹂
﹁魔法? ルシオちゃんの魔法?﹂
﹁ああ﹂
﹁わかった﹂
バルタサルは目をつむった。
目をつむって、唇を突き出してきた。
⋮⋮キスじゃないんだから。
そのポーズを無視して、脳内検索の魔法をかけた。
﹁﹃マインドリーディング﹄﹂
魔法の光がバルタサルを包み込む。
868
心の中で思ってるを具体化する魔法だ。
効果は⋮⋮人それぞれ。
文字で物事を考える人は文字が声で流れる。
映像で物事を考える人は映像がそのまま流れる。
ごくたまに音楽とかシンプルに色で物事を考える人がいるけど、
そう言う人でもある程度の解読は出来る。
とりあえず知りたいのは、バルタサルに悪意があるかどうか。
それで魔法をかけた︱︱すると。
彼女の背後にマンガの吹き出しのようなものが現われた。
バルタサルは映像型だった。
映像型なのはいいんだが⋮⋮事もあろうか、吹き出しの中はおれ
の顔だった。
顔顔顔、吹き出しの中にぎっしり詰まったおれの顔。
笑った顔怒った顔泣いてる顔︱︱いやおれはなかないぞ。
おれの顔が吹き出しいっぱいつまってた。
⋮⋮おれの事だけを考えてるのか。
869
で、もう一つわかった。
悪意は、どうやらない。
背景が水色で、ほわほわしてるからだ。
悪意のある人間だと黒くなったり、欲望まみれの人間は紫色とか
金色だったりするから、それでわかる。
余談だがイサークは完全に色型で、いつ見てもピンク色してる。
⋮⋮。
悪意は⋮⋮ないな。
やっかいだけど、バルタサルから悪意はまったく感じられない。
近づいて油断させてから︱︱ってのを想像したけど、そういうの
じゃないみたいだ。
﹁もーおわり?﹂
﹁おわりだ﹂
﹁やた﹂
目を開けるバルタサル。
おれを見て、目を細めた。嬉しそうな顔をした。
870
後ろに残ってる吹き出しが変わる。いっぱいあったのが一つだけ
に︱︱おれの顔が一つだけになった。
頭がちりちりして︱︱今のおれの顔に。
おれをみて嬉しそうにしてる︱︱そうとしか解釈のしようがない
状況。
そんなに⋮⋮嬉しいのか。
﹁ルシオちゃん﹂
﹁なんだ﹂
﹁ルシオちゃんと遊びたいな﹂
﹁遊ぶ?﹂
﹁うん。いっぱいいっぱい、いーっぱい遊びたい。ルシオちゃんと
一緒に﹂﹂
﹁⋮⋮あそぶ、か﹂
毒気を抜かれた、ってのはこう言うときのことを言うんだろうな。
あれこれ考えて、警戒してるのがアホらしくなってきた。
﹁そうだな、遊ぶか﹂
もともとヒマしてたしな。
871
﹁とりあえず屋敷の中に戻ろう﹂
﹁うん﹂
おれは屋敷の中に戻ろうと歩き出した、後ろにバルタサルがつい
てくる。
さて、何をするか。と考えたその時。
﹁くちっ!﹂
可愛らしいくしゃみ、反比例する凶悪な破壊力。
なんとか防御しておれ、跡形なく吹っ飛ばされた屋敷。
安請け合いしたんじゃないかって思ったが。
﹁ルシオちゃん﹂
吹き出しをしょったままの彼女を見ると、何故か怒る気になれな
いのだった。
872
魔王のくしゃみ︵後書き︶
書籍版二巻発売されました。
こちらもよろしくお願いいたします。
<i204774|15669>
873
魔王様の呪い
﹁︱︱くちっ﹂
夕方、開幕くしゃみで屋敷の庭が焼け野原になった。
⋮⋮この説明だけを見たら正気を疑われかねないが、事実そうな
ってるのだから仕方ない。
魔法でちゃんと復元して、バルタサルと向き合う。
﹁⋮⋮?﹂
彼女はきょとん、と言う目でおれを見た。自分がやったことをま
るでわかってないって顔だ。
﹁そのくしゃみ、意識してやってるの、それとも無意識でやってる
の、どっちなんだ?﹂
﹁くしゃみ?﹂
﹁無意識か⋮⋮﹂
付き合いは短いが、彼女が裏表のない人間だってことはわかって
きた。
良くも悪く裏表はない人間だ。⋮⋮魔王が人間かどうかって話は
別として。
874
無意識でやってるんならしょうがない。
﹁ルシオ﹂
﹁うん?﹂
いきなり聞こえた声の方に振り向く。
夕焼けの中、イサークとアマンダさんの姿が見えた。
イサークがつかつかと屋敷の敷地内に入ってきて、アマンダさん
がその後に続く。
そういえば何か問題を起こしてアマンダさんが迎えに行ったんだ
っけ。
﹁大丈夫だったのか﹂
﹁当たり前だ、あの程度の事でおれがどうにかなるもんか﹂
﹁なんでそんなに自信満々なんだか﹂
背後にいるアマンダさんは相変わらずの表情だけど、微妙に苦い
顔をしてる。
絶対に﹁あの程度の事﹂ですまないのはわかる。
後でアマンダさんに聞こう。
875
﹁それよりもルシオ、お前に一つ聞きたい事がある﹂
﹁聞きたい事?﹂
﹁そうだ、ここに赤い髪の美女が住んでるって聞いたぞ。彼女はど
こだ﹂
﹁赤い髪⋮⋮ベロニカの事か?﹂
﹁ちっがーう。あんな乳臭いガキじゃなくて、妖艶でグラマーで、
大人な感じの美女だ﹂
⋮⋮やっぱりベロニカじゃないか。
赤い髪で妖艶でグラマー、ベロニカの本来の姿だ。
その姿に魔法をかけて子供にしたのが今のベロニカだ。でもって
たまに元の姿にもどって、屋敷を出入りしてる。
おれはアマンダさんをみた。
﹁ご説明はしたのですが、信じてもらえなくて﹂
なるほど。
誰かがそれをみてイサークの耳に入って、アマンダさんが説明し
たけど信じてもらえなかった、って事か。
面倒臭い、説明するの面倒臭い。
876
﹁その人がどうしたんだ?﹂
﹁紹介しろ﹂
イサークが即答する、やっぱりそうか。
こいつ、かなりの女好きだからな。
﹁話を聞くと前におれとあったことのある美女だ。あの時はちょっ
とミスってしまったが、今度こそ口説いて俺のものにしてやる﹂
﹁くどいて、ね﹂
イサークが女を口説くシーンを何回も目撃したことがある。
正直あれはコントだ、あれで口説き落とせる女がいると思えん。
なのにイサークは自信満々だ。
ある意味すごい。
﹁早く教えろ。大人の美女は俺のような大人の男がふさわしい。お
前は︱︱ほれ、そこにいる子供と乳繰り合ってるといい。お似合い
だぞ﹂
﹁子供?﹂
振り向く、ぽわぽわしてるバルタサルの姿があった。
お似合いというか⋮⋮まあシルビアたち、おれの嫁と同じくらい
877
の年頃の見た目だから、お似合いっちゃお似合いか。
そのバルタサルはぽわぽわしたままだが、気づけばじー、とイサ
ークを見つめていた。
どうしたんだろ。
﹁⋮⋮3分の1﹂
﹁え?﹂
﹁3分の1ルシオちゃんだ﹂
﹁3分の1おれ?﹂
バルタサルの意味不明な言葉に首をかしげる。
﹁ルシオちゃんと似てる、3分の1くらい同じ﹂
﹁あー⋮⋮兄だしな、しかも血が繋がってる﹂
少なくとも﹁ルシオ・マルティン﹂的にはそうだ。
そう、あまり意識してないけど、イサークはおれの実兄。
⋮⋮意識したらちょっと切ない気分になってきたぞ。
まあいい。
﹁ルシオちゃんは、一人でいい﹂
878
﹁え?﹂
なんの事かわからないうちに、バルタサルはイサークに向かって
手をかざした。
魔力が立ち上って、魔法がイサークを包む。
﹁お、おおおおおぉぉぉぉぉ⋮⋮﹂
声が遠ざかる、イサークの体がどんどん縮んで⋮⋮変化する。
わずか数秒の間で、彼は人間からナメクジになった。
⋮⋮カラフルで、体のあっちこっちに星のマークがついてるナメ
クジ。
おまえ⋮⋮ナメクジになってまでそんな格好か。
いやいや、そんな事よりも。
﹁どういう事なんだ﹂
﹁ルシオちゃんと似てたルシオちゃん以外のルシオちゃんはきらい﹂
﹁おれと遺伝子⋮⋮似てるから魔法で変えたのか﹂
こくこく、と頷くバルタサル。
なるほど、話はわかった。
879
完全にとばっちりだな、イサーク。殺気がなかったから止めない
で様子見したけど悪いことしたかな。
⋮⋮まいっか、イサークだし。
﹁ルシオ様﹂
﹁たっだいまー﹂
﹁帰りましたわ︱︱あら、そちらは?﹂
そうこうしてるうちにおれの嫁達が帰ってきた。
なんか、また一悶着ありそうな予感。
880
魔王様の呪い︵後書き︶
更新が日付を跨いてすみませんでした。
本日︵14日︶にもう一度更新します。
書籍版二巻発売されました。
こちらもよろしくお願いいたします。
<i204774|15669>
881
未成年︵つま︶の主張
夜のリビング、帰ってきた嫁達が集まっている。
﹁どういうことか説明してくださるわよね﹂
三人のうち、ベロニカが険しい顔で聞いてきた。
ちなみに﹃そのこ﹄、バルタサルはちょっと離れたところにいる。
﹁あたしはナディア、キミの名前は?﹂
﹁はっちゃん、って呼んで﹂
﹁はっちゃんか、うん、わかった。どころではっちゃんはお茶好き
?﹂
﹁わからない。お茶って、なに?﹂
﹁ふぇ? お茶を知らないの? よーし、アマンダさん、とびっき
りのお茶をお願い﹂
部屋の外に向かって叫ぶナディア。彼女は早くもバルタサルと打
ち解けそうになっていた。
イサークのこともあって、バルタサルはおれ以外だれとも仲良く
するつもりはないとか、それで嫁達と険悪ムードになるって心配し
てたけどそんなことはなかった。
882
人なつっこくて明るいナディアの面目躍如、ってところか。
ふと、顔をつかまれて。
﹁よそ見を!﹂
無理矢理振り向かせられた。ゴキッ、って首の音が聞こえそうだ
った。
﹁しないでくださいまし。あたくしが質問してるんですのよ﹂
ベロニカはますます険しい顔をした。
﹁わるいわるい﹂
﹁そう思うのなら説明を。その子、どこのどなたなんですの?﹂
﹁はなすと長くなるんだが﹂
﹁手短にお願いしますわ﹂
﹁うーん﹂
ちょっと考えて、素直にはなすことにした。
嫁だし、隠し事はよくないからな。
﹁バルタサルって名前を知ってるか?﹂
883
﹁バルタサル?﹂
ベロニカはちょっと考え込んだ。
﹁あたし知ってる! 魔王だよね!﹂
離れたところからナディアが即答した。
彼女ならそうだろうな。ナディアは何回かバルタサル空間に一緒
についてきて、戦ったこともある。
おれに次いで、この家でバルタサルと関わりのある人間だ。
そのナディアが答えたことで、ベロニカも思い出したようにうな
ずいた。
﹁あのバルタサルのことでしたのね。それなら子供でも知ってます
わ﹂
﹁それにしては思い出すまで時間かかったな﹂
﹁に、日常生活に出てこない単語だからですわ!﹂
ベロニカは顔を赤くして反論した。一理ある。
遠い過去に封印された魔王のことなんて、日常生活に出てくるは
ずがない。
と、思っていたのだが。
884
﹁わたしはよく聞いてるわ。子供のころ、お父さんが﹃いい子にし
てないとバルタサルがさらいにくるぞ﹄って脅してくるから﹂
日常生活にでてきてた、ってなまはげかよ。
シルビアが言うと、ベロニカは赤面した。
﹁そ、そんなことはどうでもいいのですわ! それよりバルタサル
がどうかなさいまして?﹂
﹁彼女、バルタサル﹂
﹁そんな質の悪い作り話でごまかされると思って?﹂
﹁いや本当。正確にはバルタサル八世っていうらしい。オリジナル
の子孫ってことになるのかな? その辺はまだ詳しく聞いてない﹂
﹁⋮⋮本当ですの?﹂
﹁おれがみんなに嘘をついたことはあるか?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁ルシオ様がわたしたちに嘘をついたことはないです﹂
無言のベロニカ、代わりに答えるシルビア。
そして、テンションがあがるナディア。
﹁そっか、バルタサル八世だからはっちゃんっていうんだ﹂
885
﹁そうよー﹂
﹁そかそか。じゃあヨロシクねはっちゃん!﹂
﹁うーん。うん。よろしく﹂
ナディアが手を出して、バルタサルはちょっと考えて、二人は握
手した。
そんなノリでいいのか?
﹁しょ、証拠はありますの?﹂
引っ込みがつかないのか、ベロニカが食い下がってきた。
﹁証拠?﹂
﹁ええ、証拠ですわ。あの子が魔王の血筋だって言う証拠が﹂
﹁といってもなあ⋮⋮﹂
別にバルタサルとにてる訳でもないし、この世界に身分証明書な
んてものはないしな。
なんか証明できるものーー﹃マジックシールド﹄!!
とっさに魔法を使った。嫁たちを守る為のシールドを全開で。
直後に﹁くちっ﹂ってかわいいくしゃみをしたバルタサル。屋敷
886
がまた半分くらい吹っ飛ばされた。
ほとんど前兆のないくしゃみ。シールドが間に合ったのはほとん
ど第六感が働いたからだ。
魔王のくしゃみで半壊する屋敷、おれが守って無傷の嫁三人、そ
してぽわぽわしたままのバルタサル。
﹁すごいじゃん! 何今の、今の魔法なに?﹂
テンションが上がるナディア。彼女らしいな。
おれはベロニカを見る。半壊する屋敷に彼女は呆然としている。
﹁これで信じた?﹂
﹁え、ええ⋮⋮これほどの魔力を見せられては⋮⋮。なぜくしゃみ
なのかはわかりませんが﹂
﹁それはおれもわからん﹂
そういいながら魔法で屋敷を復元。
おれの側にシルビアがやってきた。不安げな表情で手をつないで
きた。
盛り上がるナディア、唖然としつつも冷静なベロニカ。
ふたりと違って、こっちはちょっとおびえてる様子だ。
887
だから力を込めて手を握りかえして、ほほえみかけてやった。
するとシルビアはちょっとホッとした。安心感に包まれた顔をし
た。
気がつくと、バルタサルが目の前にやってきた。
じー、とおれとシルビア、そしてつないでる手を見つめた。
﹁どうした﹂
﹁それ、何の魔法?﹂
﹁それ?﹂
﹁お手々とお手々つないでる﹂
﹁ああ。これはべつにーー﹂
﹁お手々とお手々つないで、その人がふわーん、になった。どうい
う魔法?﹂
小首を傾げて聞いてくるバルタサル。
いや魔法じゃ︱︱。
﹁お手々をつなぐ魔法だよ!﹂
﹁ナディア?﹂
888
﹁こうやってルシオくんとお手々をつないでると、すっごく落ち着
くんだよ﹂
反対側にやってきて、開いてる方の手をつなぐナディア。
﹁こっちもふわーんってなった﹂
﹁そりゃなるよ。ねっ、シルヴィ﹂
﹁うん⋮⋮ナディアちゃん﹂
笑顔のナディア、恥じらうシルビア。
二人を見つめるバルタサル。
つないだ手と、二人の顔を交互に、そして興味津々に見比べる。
反対側から視線を感じた。
ベロニカだ。彼女はおれをじっと見つめてる。
﹁どうしたベロニカ﹂
﹁あたくしの分は?﹂
﹁え?﹂
﹁あたくしの分は、って聞いてますの﹂
﹁分って⋮⋮これのこと?﹂
889
ナディアとつないだ手を見せる。
ベロニカはうなずかなかったが、じっと見つめてくる視線は肯定
の意味を示してる。
なるほど、彼女も手をつなぎたいのか。
といっても、両手ふさがっちゃってるしな。
﹁どうにかなさいまし﹂
おねだりするベロニカ。
なんというか、すごいな。
嫉妬とかそういうのいっさいなくて、シンプルに﹁あたくしもし
たいからなんとかして﹂ってかんじだ。
プロポーズした時といい、彼女らしい。
﹁﹃マジックハンド﹄﹂
魔法をつかって、もう一本の手をだした。
ニョキニョキって、背中から生えてくるもう一本の手。三本めの
手をベロニカにのばした。
﹁どうぞ、お姫様﹂
890
﹁あなたの軽口は相変わらずレベルが低いですわね﹂
そういいながらも、ベロニカは上機嫌に手をつないできた。
三本の手で、三人の嫁とつなぐ。
柔らかくてあたたかくて。
彼女達は魔法というが、逆におれが魔法をかけられてる、そんな
気分になる。
今日はこのまま寝るのもいいな、と思った。
ふと視線を感じる。さっきからずっと感じてたバルタサルの視線
が強くなった。
増えた手、それとつなぐベロニカの顔をじっと見つめて。
﹁やっぱり魔法よね。だってつないだらデレデレしたもの﹂
﹁だ、誰がデレデレしてますか!﹂
﹁あははは、ベロちゃんが意地っ張りだ﹂
ナディアが楽しげに笑う。
﹁意地など張ってません! つ、妻なのですからこの程度でデレデ
レなんてしてられませんわ﹂
﹁でもデレデレじゃん。ねー﹂
891
﹁ねー﹂
互いに首を傾げて、うなずきあうナディアとバルタサル。
活気なナディアとぽわっとしたところのあるバルタサル。
性格は正反対だけど、早くも意気投合し始めたみたいだ。
﹁ねえ、ルシオちゃん﹂
﹁うん?﹂
﹁はっちゃんも、それしたい﹂
﹁これ? 手をつなぐってことか﹂
うなずくバルタサル。どうするか、っておもいかけたそのとき。
﹁だめです﹂
意外や意外、シルビアが反対をした。
﹁シルビア?﹂
﹁それはだめです。お手々をつないでいいのはルシオ様のお嫁さん
だけです﹂
﹁おー、シルヴィがマジだ﹂
892
﹁珍しいですわね、あなたがそこまで強く主張するなんて﹂
﹁だって⋮⋮だって﹂
﹁せめてはいませんわよ﹂
﹁え?﹂
﹁だって、あたくしも同感ですもの﹂
﹁うん、あたしも。お手々をつないでいいのはルシオくんのおよめ
さんだけ﹂
先生のマンガを読めるはジャンプだけ、見たいな言い方をするナ
ディア。
そんな風に嫁たちが次々とシルビアに同調した
同感だ。
お手々をつなぎあうのは嫁たちだけ。
この行為は彼女たちとの特別なもの、それをするのは彼女達とだ
け。
だから、バルタサルには申し訳ないが︱︱。
﹁だから、はっちゃんもルシオくんのお嫁さんになるのがさきだよ﹂
﹁え? いやいや﹂
893
苦笑いするおれ。その提案はナディアらしいが、さすがにーー。
﹁ええ、その通りですわね﹂
﹁それなら問題ないです﹂
なんとベロニカ⋮⋮そしてシルビアまでもが同調した。
⋮⋮え?
どういうこと? どういう展開なのこれ。
おれは、嫁たちが言ってる事が理解できなかったのだった。。
894
未成年︵つま︶の主張︵後書き︶
書籍版二巻発売されました。
こちらもよろしくお願いいたします。
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895
インスペクション
﹁とうちゃーく﹂
一番乗りして、メチャクチャテンションが上がったナディア。
明くる日の昼過ぎ、おれ達は郊外の草原にやってきた。
おれと三人の嫁、そしてバルタサルを加えた合計五人。
バルタサル以外、ここにはちょくちょく来てる。
ピクニックしたり昼寝したり、新しい魔法で遊んだり。
広くて開けてるから、いろいろと都合がいい場所で、一家そろっ
てよく来る。
ベロニカに至っては、最近ココマミのお散歩コースにしてるくら
い足繁く通ってる。
ベロニカがココやマミの手首につながったリードを持って散歩す
る姿は見てて和むから、たまにこっそり後をつけたりする。
ま、それは余談。
﹁おーいナディア﹂
﹁どったの?﹂
896
呼ぶと、ナディアがパタパタ戻ってきた。
﹁なんでおれたちをここにつれて来たんだ?﹂
﹁はっちゃんの力をコントロールするための修行をするから、だよ﹂
﹁コントロール? 修行?﹂
﹁うん! ほらあのくしゃみ。あれをコントロールしないとだめじ
ゃん?﹂
﹁あー、確かにあれはちょっとやっかいだな。おれがいる時は反応
して守れるけど、いない所で暴発されたら目も当てられない。力が
分散してて雑だけど、破壊力は初代のとそんなに変わらないんだよ
な﹂
﹁そーなの?﹂
﹁吹っ飛ばされた屋敷見ただろ? それに威力がだんだんあがって
ってる気もする。そのうち街一個丸ごと吹っ飛ぶくらいになるんじ
ゃないのか﹂
﹁さすが魔王の娘だね!﹂
﹁もう魔王なのよ? バルサタルの中で生きてるのははっちゃんだ
けだもん﹂
バルタサルが脳天気な口調で言う。いや初代はあの空間で生きて
るから。
897
まあそれはともかく︱︱魔王ってそういうものなのか。
﹁それじゃあますますコントロール出来る様にしないとね。ルシオ
くんのお嫁さんになるために﹂
﹁お嫁さんに?﹂
小首を傾げるバルタサル。ほんわか空気をまとったままで。
シルビアもおっとりしてるけど、それとは別物の空気。
シルビアのそれは﹁物静か﹂って感じで、ちょっとだけ﹁気が弱
い﹂がスパイスとして入ってる。
バルタサルのほんわかは﹁浮き世離れ﹂って感じだ。常識がほと
んど通じない。
﹁そ、お嫁さんに。これが出来ないとルシオくんのお嫁さんになっ
ちゃだめ﹂
﹁お嫁さん⋮⋮ならなくてもーー﹂
﹁ならないとお手々つなげないよ﹂
﹁お嫁さんになるー。たとえば世界が敵になっても﹂
ふん! と鼻息を荒くして、かわいらしいガッツポーズをするバ
ルタサル。
898
一晩たって落ち着いたと思ったらまだそれにこだわってたのか。
しかもやたらと決意が固い。
﹁ていうか、本当にそれでいいのか、みんなは﹂
﹁いいと思います﹂
答えたのはシルビアだった。
﹁バルタサルーー﹂
﹁バルの事ははっちゃんって呼んで﹂
﹁⋮⋮ば、バルタサルちゃんのことはまだよくわかってないですけ
ど、ルシオ様と一緒にいたい気持ちが強いのはわかりますから。い、
いいとおもいます﹂
﹁そうですわね。ルシオが手元に置いた方が人類の為になるでしょ
うし﹂
﹁そんな難しい話じゃないよ﹂
満面の笑顔でナディアがほかの二人の背中をたたいた。
﹁ルシオくんがが好き好きで、悪い子じゃなかったら一緒にいるべ
きなんだよ﹂
それはそれでシンプルすぎる。
が、それでいいみたいだ。
899
シルビアもベロニカもちょっと驚いた後、納得した顔でうなずい
た。
﹁それならなおの事⋮⋮あたくしが思うに、コントロール出来なく
ても別にいいのではありませんの? ルシオがいればどうとでもな
ることですし﹂
﹁だからさ、いない時もたまにあるよ? もしはっちゃんがシルヴ
ィみたいに、ルシオくんがいないときだけ寂しくておねしょするみ
たいなのだったら大変じゃん?﹂
﹁わー! わー! ナディアちゃんそれいっちゃダメ!﹂
シルビアは手をふってわーわー言った。盛大に赤面しておれをち
らっと見る。
ってか、そんな事になってたのか。最近すっかりなくなったと思
ってたシルビアのおねしょ癖だけど、完全に直ってわけじゃなかっ
たんだな。
⋮⋮うん夫の情けだ、聞かなかったことにしよう。
﹁あたしもルシオくんがいない夜は寂しくて頭が爆発するしね﹂
﹁そっちはただのギャグですわね﹂
﹁ベロちゃんだってーー﹂
﹁あたくしがなんですの?﹂
900
ぎろ、ってナディアをにらむベロニカ。
顔はナディアを向けてるので表情は見えなかったが︱︱おれまで
ぞくっとした。
背筋がぞわぞわぞわってなった。
﹁⋮⋮つまりはっちゃんは修行をしなきゃだめなんだ!﹂
あっ、話を逸らした。
冷や汗をかいてるじゃないかナディア。
何をいいかけたのか知らないけど、うん、それ以上言わない方が
身のためだな。
﹁ルシオ? 今何か聞こえまして?﹂
﹁い、いや何も。急に耳が遠くなって何も聞こえなかったな﹂
おれも聞こうとしない方が身のためだな、うん。
話をそらしーーバルタサルに戻した。
﹁そういうことなら、克服するか?﹂
﹁はーい﹂
﹁ちなみに何の魔法なんだ? あのくしゃみ。なんの魔法なのかが
901
わかればピンポイントに封印するってのも可能だぞ﹂
﹁バル、魔法は使えないのよ?﹂
﹁へ?﹂
耳を疑った。魔法が使えないって?
いや魔法を使えない人間は大勢いるけど、だったらあのくしゃみ
はなんだ?
﹁あれはくしゃみなのよ?﹂
﹁ただの?﹂
﹁ただの﹂
はっきり頷いて即答するバルタサル。本当に魔法はつかえないの
か?
確認するため、バルタサルに魔法をかけた。
﹁﹃インスペクション﹄﹂
魔法の光がバルタサルを包み込んで、弾け飛んできえた。
覚えてる魔法の数⋮⋮読んだ魔導書の数を調べる魔法だ。魔法を
覚えてたらその数がでるんだが、なかったら今みたいに弾け飛んで
何も起きない。
ちなみにシルビアもナディアもベロニカも1で、おれは軽く五桁
902
越えてる。
﹃インスペクション﹄はちゃんと効果を発揮してる。
ってことは⋮⋮本当に魔法を覚えてないのか。
くしゃみのあれがかなり雑だなって思ってたけど⋮⋮そうか、魔
法じゃなくて魔力を無造作に放出してるだけなんだ。
妙に納得した。
﹁魔法じゃないとダメなんですの?﹂
﹁そんなことないよ。ねっ、ルシオくん﹂
﹁はい、ルシオ様ならきっと﹂
﹁あたくしの夫ですもの、この程度の難題どうという事はありませ
んわ﹂
なんかやたらと信頼されてる。
ま、いけるけど。
脳内で魔法を検索、ただの魔力の放出なら⋮⋮あれがいいだろ。
﹁﹃ワームホール﹄﹂
魔法を使う、バルタサルの前の空間にゆがみが発生した。
903
目で見える程のゆがみ、何かある訳じゃなくて、ゆがんでるだけ。
たとえるなら真夏の日の陽炎、ってかんじだ。
シルビアもナディアもベロニカもそれに注目した。
﹁これってなに? 触っても平気?﹂
﹁普通に触る分には問題ない﹂
おれは率先してそれに触った。といっても何もないので、触ると
いうより通り過ぎたほうがただしい。
手がそこを通り過ぎた時、手がゆがんで見えた。
﹁わあ! これは楽しそう﹂
ナディアはゆがんでる空間に何度も手を通した。
﹁おもしろーい。ほらほらシルヴィ﹂
しまいには顔を突っ込んだりしてみた。
ゆがむナディアの顔、みんなが一斉に吹き出した。
ひとしきり笑ったあと。
﹁で、これが何ですの?﹂
﹁実際に見てもらった方がいいだろ﹂
904
そういっておれはバルタサルを見た。
全員がはっとして彼女を注目する。
話の流れで、全員が﹁くしゃみ対策の魔法﹂だってわかったから、
くしゃみを期待したのだ。
﹁?﹂
唯一わかってない様子のバルタサル。首をかしげておれ達を見つ
め返した。
﹁よし、シルヴィ、はっちゃんの事を捕まえてて﹂
﹁うん、わかった﹂
﹁さっきこれを拾いましたの。この植物さきっぽが綿毛になってる
から丁度いいはずですわ﹂
﹁さすがベロちゃん! 歳のこう︱︱なんでもにゃいです!﹂
びしっと敬礼してからベロニカから細長いものを受け取ったナデ
ィア、バルタサルを後ろから抱きつくシルビア。
ナディアがそれを使って、バルタサルの鼻をくすぐった。
﹁あは、あはははは。やーめーてー﹂
﹁ほらほら、早く観念してくしゃみしちゃいなよ﹂
905
﹁もっと鼻の奥に突っ込んであげた方がよろしいのはではなくて?﹂
﹁そか!﹂
﹁あっ、暴れないでバルサタルちゃん﹂
﹁バルのことははっちゃ︱︱ハックション!﹂
反論が途中でくしゃみに変わった。
盛大なくしゃみ、今まで通り魔力が放出される。
爆発を引き起こす魔力はゆがんだ空間に吸い込まれていく。
次の瞬間、おれの前にもゆがむ空間が出現。
そこから大量の魔力が吹き出されて、おれに直撃した。
草原が半分くらい吹き飛ばされて、おれの背後は焼け野原になっ
た。
あとで魔法で復元しとこう。
﹁ルシオ様!﹂
シルビアは心配そうな声でおれを呼んだ。
﹁安心なさい、彼がやったことですからきっとここまで予想してる
はずですわ﹂
906
﹁あははは、ベロちゃんの声が震えてる、心配そう﹂
おまえはむしろもっと心配してくれ。
魔力の煙が晴れたあと、無傷のおれをみて。
﹁よかった⋮⋮﹂
﹁ま、まあこんなものですわね﹂
﹁あはははは、ルシオくんの頭が爆発してる。夜はおねしょもする
んだきっと﹂
三者三様の反応、楽しそうでなにより。
とりあえず、くしゃみはこれでよし、かな。
907
インスペクション︵後書き︶
次回は四人が楽しく遊ぶ話を予定してます。更新までしばしお待ち
ください。
書籍版二巻発売されました。
こちらもよろしくお願いいたします。
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2コマ即落ち魔王
バルタサルの魔力爆発問題が解決したから、嫁達は︱︱特にナデ
ィアは遊ぶ気満々になった。
おれは嫁たちと遊ぶのが好きだ、だから遊ぶ気になったのを見る
とこっちまで嬉しくなる。
そのナディアが草原を走り回ったかと思えばパッと立ち止まって、
しゃがんで地面をみる。
もうちょっとすれば何かを考えついておれに求めてくる、それを
おれが魔法で実現してやる。
それが我が家の日常だ。
﹁ルシオくん! あれに乗りたい!﹂
﹁来たか﹂
ナディアが見つめる先を目を向ける。
そこに小さなカエルの姿があった。
じっとしてて動かない、時々頬袋を膨らましているだけ。
﹁あれに乗りたいのか?﹂
909
﹁うん!﹂
﹁わかった、スモ⋮⋮﹂
﹁シルヴィも一緒に!﹂
﹁えっ、ひゃん!﹂
体を小さくする魔法﹃スモール﹄を唱え終える前に、ナディアが
親友のシルビアの手を引いた。
二人一緒に魔法にかかって、体が小さくなった。
小さくなった二人、ナディアがシルビアを引っ張って、一緒にカ
エルの背中に乗った。
カエルはピョンと飛んだ。
﹁きゃはははは!﹂
﹁きゃああああ!﹂
飛んだカエルの背中で大笑いするナディアと、無理矢理乗せられ
て悲鳴を上げるシルビア。
彼女達の好きにさせつつ、何かがあってもフォロー出来る様に意
識の一部を残しておく。
そうしながら、横にいるベロニカにも聞いてみた。
910
﹁ベロニカはいいのか? ああいうの﹂
﹁あたくし? そうですわね、せっかくだから空を飛んでみたいで
すわね﹂
﹁ならあのトンボはどうだ? 鳥と違って空中に静止できるから違
った感覚が味わえるかもしれないぞ﹂
﹁面白そうですわね。お願いできるかしら﹂
﹁﹃スモール﹄﹂
微笑みと魔法で返事をして、小さくなったベロニカをトンボの背
中にのせてあげた。
笑い声も悲鳴も上げないが小さくなった横顔は満足しているみた
いだ。
が、それも一瞬だけの事。
彼女が乗ってるトンボのところに別のトンボがやってきて、二匹
は空中でドッキングした。
﹁ちょっとお待ちなさい、なんで他のトンボとひっくんですの!?
ルシオ! ちょっとルシオ! この子達何か変な事をしたますわ
よ!﹂
﹁それはトンボの交尾だな﹂
﹁こ︱︱﹂
911
﹁安心しろ、トンボは交尾したまま飛ぶから何も問題はない﹂
﹁問題大ありですわ! 別のにしますからぎゃあああ﹂
わめいて、悲鳴をあげて、トンボに連れ去られるベロニカ。
交尾中のトンボに乗れるのもいい体験だろってことで、そのまま
にしといた。
もちろん彼女にも害が及ばないように意識を残すことをわすれな
い。
最後にバルタサルを見る。
彼女はおれの横にちょこんと座って、ほわほわした感じで見あげ
てくる。
﹁君はどうする? そっちのミツバチにでも乗ってみるか?﹂
﹁いまのって、まほー?﹂
﹁うん? ああ魔法だ。これくらい君にも使えるんじゃないのか?﹂
なんせ魔王だし。
﹁バル、魔法は使えないのよ?﹂
﹁⋮⋮そういえばさっきもそれを言ってたな﹂
912
イサークをナメクジにしてたけど、あれはなんだったんだろ。
⋮⋮イサークだし別にいっか。
﹁魔王も魔法はマンガーーじゃなくて魔導書を読んで覚えるのか?﹂
﹁まどーしょ?﹂
﹁こういうのだーー﹃トランスファー﹄﹂
魔法を使って、手を横に伸ばす。
真横の何もない空間に不思議な穴があいて、その中に手を入れた。
次元を越えて別の空間につながる魔法。今回は魔導図書館の中に
空間を接続した。
そこから一冊の魔導書を取り寄せた。
マンガ
表紙にもこもこしたひつじが描かれてる、ほのぼのした雰囲気の
魔導書。
ざっと表紙と内容を確認してから、バルタサルに手渡す。
﹁これ読んでみて﹂
﹁読むの? ⋮⋮すぴぃ﹂
魔導書を開いて一ページ目に目を通した瞬間、バルタサルは鼻提
灯で寝息を立ててしまった。
913
﹁うっそだろおい!﹂
思わず突っ込んでしまった。
ていうか教科書じゃないんだから。
マンガを読んで即寝落ちする人初めて見たぞ。
盛大に突っ込まれて、バルタサルは鼻提灯がパチンってはじけて
目を覚ました。
寝ぼけ顔で、おれとおれが渡した魔導書を交互にみる。
やがて、ちょっとだけ拗ねた顔で。
﹁バルだけを呪うアイテム?﹂
と言った。
﹁そうだったらすごいな! 魔王戦専用の貴重アイテムじゃないか。
そうじゃなくて、これを読めたら魔法を使える様になるっていう︱
︱まあ魔法の本だ﹂
﹁バルでも?﹂
﹁それはわからない。人間だったらそうなるけど、魔王はどうなん
だろ。最後まで読んでくれたらそれがはっきりするんだが﹂
﹁読むとルシオちゃんうれしい?﹂
914
﹁嬉しいというか、謎が解明されて助かるな﹂
﹁なら読む﹂
バルタサルはそう言って、もう一度魔導書に目を通す、が。
﹁すぴぃ⋮⋮﹂
またすぐに寝てしまった。
﹁の○太かおまえは!﹂
また一瞬で寝落ちした。
多分二コマも読んでない、即落ちってレベルだったぞ。
そして今度は突っ込まれても起きなくなった。
マンガ
開いた魔導書を持ったまま、こくりこくりと鼻提灯したまま船を
漕ぐ。
﹁ルシオちゃん⋮⋮もう食べられないのよ?﹂
﹁寝言は普通だな﹂
﹁代わりにぃ⋮⋮バルをたべるといいのよ﹂
﹁そういう意味かよ!﹂
915
﹁のよ⋮⋮﹂
ニヘラ、って笑いながらよだれをたらすバルタサル。
魔王って何だっけ、ってわからなくなってきそうなのどかな寝顔
だった。
とりあえずこれでわかったこと。
バルタサルは魔法が使えない、魔導書も︵ある意味︶読めない。
そして︱︱。
﹁ねてますね﹂
﹁あたしも寝る!﹂
﹁もうトンボはこりごりですわ﹂
次々に戻ってきて、小さいままバルタサルの上にのって昼寝をは
じめた嫁達は、バルタサルの事をものすごく気に入ってる、という
ことだった。
916
2コマ即落ち魔王︵後書き︶
※8月25日追記
一部エピソードを修正しました。
書籍版二巻発売されました。
こちらもよろしくお願いいたします。
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917
白鳥のバタ足
昼寝から起きた四人。
ご機嫌に起きた三人と違って、ベロニカだけちょっと不機嫌そう
だ。
﹁どうした﹂
﹁どうしたもこうしたもありませんわ。夢にまであのトンボが出て
きましたわ!﹂
﹁それは大変だったな。口直しになんか別のことするか?﹂
﹁ルシオに乗せてくださいまし﹂
﹁うん? おれに?﹂
﹁そうですわ。いつもの様にドラゴンになって、その背中に乗せて
くださいまし﹂
﹁わかった﹂
おれは即答した。それくらいの注文、どうって事はない。
﹁トランスフォーム・ドラゴーー﹂
﹁へくちっ!﹂
918
魔法を使った直後、バルタサルがくしゃみをした。
お約束のくしゃみ。
放出された魔力が彼女対策のゲートに吸い込まれ、おれにまとめ
て放出される。
頭のあたりで大爆発が起きて、土煙が全身を覆った。
﹁ルシオ様!﹂
シルビアのあわてた声が聞こえる。
﹁大丈夫だ、心配するな﹂
﹁よかった⋮⋮﹂
﹁さすがルシオくんだねーーって、なにこれ﹂
ナディアが言い掛けて、テンションが急上昇した。
ものすごく楽しげな﹁なにこれ﹂。
直後、腹を抱えて笑い出した。
﹁あはははは、ルシオくんすっごいかわいい﹂
﹁これは⋮⋮ありですわね﹂
919
﹁ほわ⋮⋮﹂
嫁達の声が次々と聞こえてきた。何がどうしたんだ?
土煙がはれたあと、すぐに異変に気づいた。
視界の高さがいつものと違っていた。
いやドラゴンに変身する魔法を使ったんだから視界の高さは変わ
るものだが、そうじゃなかった。
むしろ逆だ。
大きくなって見下ろす視界じゃなく、嫁達をみあげる視界。
下からみんなを見上げるような感じ、巨人を見上げる様な感じに
なったのだ。
﹁どういうことだ、これ﹂
﹁ルシオくんがちっちゃくなった﹂
﹁むっ?﹂
﹁ちっちゃい、ドラゴンの赤ちゃんですね﹂
﹁ぬいぐるみみたいになってますわね﹂
﹁﹃フルレンスミラー﹄﹂
920
魔法を使った。
目の前に体と同じサイズの鏡が出現して、おれの姿を映し出す。
移ってるのは小さなドラゴン。
以前変身したドラゴンの姿をそのまま小さくデフォルメした姿。
ベロニカがいうとおり、まるでぬいぐるみみたいだ。
﹁なんでこうなったんだ?﹂
﹁大きくなる事は出来ませんの?﹂
﹁できるーー﹃グロースフェイク﹄﹂
﹁へくちっ!﹂
魔法をつかった瞬間、またもバルタサルがくしゃみをして、魔力
がおれを直撃。
同じように爆発が起きて、土煙がまう。
はれた瞬間、視界の高さがさらに変わる。
なんと、四人が大人になっていた。
ドラゴンになった自分を大きくする魔法を使ったんだが、逆に四
人を大人にしてしまった。
921
さすがにもう、理由がわかる。
魔法を使った瞬間、バルタサルの魔力が直撃した。
それでおれの魔法が誤作動を起こしたんだろう。
﹁すぴぃ⋮⋮﹂
とうのバルタサル⋮⋮初めて見る大人バルタサルは鼻提灯だして、
立ったまま居眠りしていた。
大人になっててかわいいが、ものすごく残念な姿だ。
⋮⋮さて、もう一回魔法を使おう。
大きくなって、ベロニカを背中に乗せてーー。
と思ったら、そのベロニカにひょい、って抱き上げられた。
﹁ベロニカ?﹂
﹁⋮⋮かわいいですわ﹂
﹁え?﹂
﹁ルシオ、あなたこんなにかわいかったの?﹂
﹁待てベロニカ、お前何を言ってる﹂
﹁ルシオくんはもともとかわいいんだよ。ねっ、シルヴィ﹂
922
﹁そんな、ルシオ様をかわいいだなんて⋮⋮でも、うん⋮⋮﹂
頬を染めてうなずくシルビア。
きゃいきゃいと盛り上がる大人姿の三人、囲まれるおれ。
気分は女子高生に捕まった子犬だ。
おれを抱き上げるベロニカは、慈しむような手つきで頭を撫でて
きた。
ひとしきり撫でた後、ナディアに順番を譲った。
ナディアは強めにほおずりしてきた。
その次はシルビアに渡された。
シルビアはおずおずとしながらも、ぎゅって抱きしめてきた。
これも悪くない、お姉さん達に可愛がられるような気分になって、
悪くない。
﹁あはは、ルシオくんをよしよしってしてるみたいで楽しいね﹂
ナディアがそう言った、シルビアとベロニカはうなずいた。
みんな、同じ気分のようだ。
﹁バルちゃんもやってみる︱︱ありゃ、バルちゃんまた寝てる﹂
923
最後にバルタサルに渡そうとしたが、彼女は大人の姿になってか
らずっと眠ったままだ。
﹁残念、楽しいからバルちゃんにもやってもらいたかったのに﹂
﹁起きるまでルシオが今の状況を維持すればいいだけですわ﹂
﹁今のって事故みたいな状況ですけど、それは大丈夫なんですかル
シオ様﹂
心配するシルビア。
確かに今の状況は事故、バルタサルの魔力がおれの魔法を暴走さ
せた結果。
それを心配するのはわかる。
だが大丈夫だ。この程度のアクシデント、どうとでもなる。
安心させるため、にこり微笑んで。
﹁大丈夫︱︱﹂
口を開いた瞬間、景色が変わった。
まわりの空間がゆがんで、まったく違う所に飛ばされた。
﹁︱︱だあ?﹂
924
何もない空間だ。
まわりが真っ黒で、上下左右もなくバランス感覚がおかしくなり
そうな空間。
見覚えのある︱︱何度も来た事のある空間だ。
﹁ふははははは!﹂
聞き覚えのある声。
振り向くと、そこにバルタサル︵一世︶の姿があった。
そう、何回も召喚されてきた空間。
オリジナルの魔王バルタサルが封印されてる空間。
﹁ほう、感じたとおり弱っているようだな、ルシオ・マルティンよ﹂
﹁弱ってる?﹂
﹁貴様に魔法をかけておいたのよ。体力と魔力が低下したときに発
動し、ここに引きずり込む為の魔法をな﹂
﹁そんな事をしてたのか﹂
﹁はらわたを裂いてバラバラにしてくれる!﹂
オリジナルバルタサルが襲ってきた。
925
おれが弱ってる時に発動するトラップ、なるほど戦術としては悪
くない。
わるくない︱︱が。
﹁﹃トランスフォーム・ドラゴン﹄﹂
魔法を使う。姿が変わる。
魔力の暴走︱︱横やりが入らない本来の魔法。
魔法で本来あるべき姿、巨大なドラゴンに姿を変えた。
デフォルメされたものじゃなくて、巨大な、力の象徴であるドラ
ゴンの姿に。
バルタサルの顔色がかわった。
﹁ば、ばかな。弱まっていた︱︱ぶるうううううああああああああ
あ!﹂
オリジナルバルタサルを前足で踏みつぶした。
割と全力で、容赦なく。
ついでにグリグリもつけてやる。
まったく、せっかく嫁達と遊んでたのに邪魔して。
オリジナルバルタサルを倒して、空間がゆがみはじめた。
926
元の場所に戻る前兆だ。
むっ、このまま戻ったら色々台無しだな。
﹁﹃トランスフォーム・ドラゴン﹄⋮⋮﹃リプロダクション﹄﹂
二つの魔法を同時に使う。
ドラゴンに変身する魔法と、状況を再現する魔法。
変身する途中で、自分に魔力の塊をぶつける。
彼女のくしゃみを再現する。
そして、次の瞬間。
﹁⋮⋮﹂
﹁ルシオ様?﹂
元の場所に戻ってきた。
きょろきょろまわりを見回すぬいぐるみサイズのおれをみて、大
人のシルビアが小首を傾げる。
﹁どうかしましたか?﹂
﹁おれは今︱︱いやなんでもない﹂
927
シルビアもナディアも、ベロニカも特に何の反応もしていない、
﹁どこに行ってたの?﹂とも聞いてこない。
バルタサル空間に召喚された事を気づいていないようだ。
気づいてないのならそれでいい、むしろそれがいい。
その時︱︱バルタサルの鼻提灯がはじけた。
目覚めた彼女はまわりをみて、自分をみて、おれをみる。
ぬいぐるみサイズのおれをじっと見つめて、やがて、ぽわあ、と
笑みをこぼした。
﹁ルシオちゃんだあ⋮⋮夢の中でもルシオちゃんだあ﹂
といって、おれを抱き上げて、ナディアのようにほおずりして︱
︱また寝てしまった。
﹁ルシオ様だってわかるんですね﹂
﹁寝ぼけてるのにね﹂
﹁本物という証ですわね﹂
夕焼けの中、バルタサルに抱きしめられるおれ、頷きながら見守
る大人の三人。
草原は、﹁楽しい﹂に包まれていた。
928
白鳥のバタ足︵後書き︶
書籍版二巻発売されました。
こちらもよろしくお願いいたします。
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929
水中飛行
次の日の昼下がり。
おれは魔導図書館に行かないで、屋敷で魔導書を読んでいた。
というのも、バルタサルがおれにくっついて離れなかったから。
魔導書をまとめて吹っ飛ばされると復元とかが面倒だから、今日
は行かないで屋敷に残った。
そのバルタサルは今、おれを膝枕してる。
にじゃなくて、をだ。
空気ソファーに座ってるおれの太ももに頭を載せて、ごろごろし
てる。
普通逆なんじゃないのか? っておもったけど。
﹁うふふー﹂
ご満悦な顔が楽しげだから、好きな様にさせた。
﹁ルシオちゃん。それってなあに?﹂
﹁これか? ﹃ボールプール﹄って魔法の魔導書だ。話は結構面白
いけど、魔法は一発芸に近くてほとんど役に立つ所はないかもな﹂
930
﹁?﹂
バルタサルは頭にハテナマークを浮かべる。
おれの太ももの上に寝っ転がったまま、器用に首をかしげている。
﹁なにがわからないんだ?﹂
﹁魔法? 魔導書?﹂
﹁うん? この魔導書を読めば魔法を覚えられるって昨日説明した
よな﹂
﹁バル、覚えてないのよ?﹂
﹁おぼえてないのか。まっ、そういう事だ。この︱︱というかこう
いう魔導書を読めば一冊につき魔法を一つ覚えられるんだ﹂
﹁ルシオちゃんはもう覚えた?﹂
﹁今読み終わったところだ﹂
﹁魔法を見せて﹂
﹁ああ、いいぞ﹂
汎用性がちっともない魔法だけど、一発芸の時間つぶしにはいい
のかもしれない。
931
おれは魔導書を置いて、魔法を唱えた。
﹁﹃ボールプール﹄﹂
﹁へくちっ﹂
魔法を唱えた瞬間、バルタサルがまたくしゃみをした。
膝枕をしてる状態でのくしゃみ、ゲート関係なく、魔王の魔力が
おれの顔面に直撃する。
予想してたし、対策もした。
それを無視して、魔法が誤作動を起こす。
元々は直径三メートルくらいの、球状の水を作り出す魔法だ。
ただの水が、魔法の力で球状に保ち、その中で泳いだりして遊べ
る魔法。
それが、屋敷全体を包み込んだ。
﹁︱︱!﹂
バルタサルが苦しそうにした。
水がおれ達ごと屋敷全体を包む。
﹁﹃アダプテーション﹄﹂
932
﹁へくち﹂
水中に適応する魔法をかけた。
魔力が顔を直撃して、水を一部ふっとばした。
球状なのが一瞬崩れたが、すぐに元通りに復元した。
そう言う効果もある魔法だ。
﹁くるしー、くるしーのルシオちゃーん﹂
一方で、くしゃみをした後、おれの膝の上でじたばたするバルタ
サル。
普通にしゃべれてるのにじたばたするその姿はちょっと可愛い。
﹁落ち着け、もう大丈夫のはずだ﹂
﹁ふぇ? あっ、ほんとだあ﹂
落ち着いたバルタサル。起き上がって自分の両手をみる。
﹁水?﹂
﹁ああ、水だ⋮⋮うん?﹂
おれは異変に気づいた。
手を出して、空中︱︱というより水中で動かしてみる。
933
水の抵抗を感じた。普通に水中で︱︱風呂とかで手を動かす感じ
の抵抗がある。
ちょっとびっくり、こうはならないはずだ。
今かけた﹃アブダクション﹄って魔法は水の中でも陸上とまった
く同じように過ごせるようになるという魔法。
呼吸できるようになるのはもちろん、水の抵抗も無視して普通に
歩いたり動いたりする事ができる。
﹁呼吸は出来るけど、水の抵抗があるな﹂
手をみて、バルタサルをみた。
今のくしゃみで誤作動を起こしたんだな。
呼吸は出来るから問題ないけど、これじゃ動きにくいな。
﹁わるいな、今魔法をかけ直す︱︱﹂
﹁みてみて﹂
バルタサルは手足をバタバタさせた。
陸上じゃなくて、水中。
バタバタした手足が彼女の身体を持ち上げ︱︱浮かび上がらせた。
934
﹁バル、泳ぎは得意なのよ?﹂
﹁そうなのか﹂
﹁ルシオちゃんも泳ぐ?﹂
﹁そうだな﹂
イレギュラーだけど、せっかくだし、これはこれで愉しめそうだ。
おれはバルタサルを見習って、手足をバタバタさせた。
するとおれも浮かび上がる。
そして平泳ぎの動きを真似た。
﹁うわっ!﹂
勢いがついて、天井に向かってすっ飛んでいった。
天井に頭をぶつけてしまう。
﹁あいたたた⋮⋮﹂
﹁ルシオちゃん大丈夫?﹂
﹁ああ大丈夫だ。水中だから、ちょっと浮くんだな﹂
試しにいろいろ動いてみた。
935
呼吸できるししゃべれるけど、それ以外は水の中にいるのと同じ
感じだ。
下に潜るのは大変だけど、浮くのはわりかし楽だ。
つまり、今の状況は。
自由に呼吸できるプールの中にいる、そんな感じだ。
﹁うっふふ−﹂
バルタサルは部屋の中を泳いで回った。
まるで人魚のようで、みていて飽きない。
﹁ルシオちゃん、外に行こう﹂
﹁ああ﹂
バルタサルと一緒にあいてる窓から外に出た。
巨大な球状のプールは屋敷全体を覆ってる。
おれ達は屋敷のまわりを泳いで回った。
普段いけない様な、テラスの裏側とかもいってみた。
﹁パパ!﹂
おれを呼ぶ声。
936
屋敷の中から出てきたのはクリスティーナ⋮⋮魔導書の精霊クリ
スだった。
クリスはおれ達のように空中を浮かんで、こっちに飛んでくる。
﹁大変だよパパ、魔導書がずぶ濡れだよ﹂
﹁そうか。後でなんとかする﹂
﹁いいの?﹂
﹁ああ﹂
それも織り込み済みだ。
屋敷全体に復元の魔法をかければ済むこと。
その際、バルタサルのいない所でやらないといけないがな。
⋮⋮いや、いる時にやって、どんな誤作動が起きるのかをみてみ
るのも面白いかも知れない。
﹁ねえねえパパ、あの人だれ?﹂
クリスはバルタサルの事を聞いた。
おれが答えるよりも先に、バルタサルが代わりに答えた。
﹁バルはバルなのよ?﹂
937
﹁わたしはクリス。よろし︱︱く?﹂
そういって、おれをみるクリス。
首をかしげる姿は﹁よろしくしていいの?﹂って聞いてるかのよ
うだ。
﹁仲良くするといいよ﹂
﹁うん、よろしくね﹂
クリスが手を差し出した。
バルタサルは握手しようとしたが、半透明のクリスの手はすり抜
けてしまった。
﹁まだ触れないのか﹂
﹁早くもっと多くの魔導書をよんで? パパ﹂
﹁努力する﹂
クリスはおれが魔導書を読めば読むほど実体化する。
いつの日か完全に実体化するのを目指して魔導書を読んでる。
﹁そだ、パパパパ、もう一つ知らせる事があった﹂
﹁うん?﹂
938
﹁あっちでココちゃんがじたばたしてるよ﹂
﹁それを早く言え! どこだ﹂
クリスにココの居場所を聞いた。クリスは一瞬きょとんとしてか
らおれを案内した。
屋敷の反対側でココを見つけた。
ココは犬かきをして水の外に出ようとしてるがうまく出れないで
いる。
泳げてるけど息継ぎが出来ないから苦しそうだ。
あっ、気絶した。
おれは慌てて空中を泳いでココの所に向かって行く。
﹁﹃アブダクション﹄﹂
﹁へくち﹂
背後からくしゃみの声がして、後頭部に魔力が直撃する。
知ってた。だからココにはちゃんと魔法障壁をかけてある。
一瞬して、ココが﹁ぷー﹂って水を吐き出した。
まるでクジラの潮吹きだ。
939
水の中で水を吐き出すという、ちょっとした面白い光景になった。
﹁あれぇ? ここはどこですかぁ?﹂
﹁気がついたか﹂
﹁ご主人様ぁ⋮⋮あれれ、さっきお母さんが川の向こうで手招きし
てるって見えた気がしたですけどぉ﹂
首をかしげるココ、どう聞いても臨死体験じゃないか。
﹁ねえ、今のどうやったの?﹂
バルタサルが聞く。
ん? 今のって普通に﹃アブダクション﹄の魔法だけど⋮⋮。
と思ったらバルタサルはおれじゃなくて、ココに聞いてた。
ここは困惑しておれとバルタサルを見比べた。
おれはバルタサルに聞いた。
﹁今のって、ココの泳ぎ方のことか?﹂
﹁うん﹂
﹁犬かきだったな、やりたいのか?﹂
940
﹁うん﹂
﹁ココ、教えてやってくれるか?﹂
﹁はい、わかりましたぁ﹂
ご主人様が言ったので、ココは安心して、バルタサルに犬かきを
教えた。
バルタサルはすぐに覚えた。
ココと二人、犬かきで屋敷のまわりを飛び回る。
それにクリスも加わる。クリスは空中を飛んでて、動きがスムー
ズだが、一応犬かきのポーズをしている。
昼下がり。
おれ達四人は、屋敷の内外を泳いで、はしゃぎ回ったのだった。
941
水中飛行︵後書き︶
書籍版二巻発売されました。
こちらもよろしくお願いいたします。
<i204774|15669>
942
二倍ルシオ︵前書き︶
間違って別の作品に投稿してしまいました。
修正してお詫び申し上げます。
943
二倍ルシオ
﹁へくちっ﹂
いつものように、おれの魔法に反応して、くしゃみで魔力を放出
バルタサル。
屋敷の庭での出来事、バルタサルは思いっきり落胆した。
﹁ルシオちゃんの指輪⋮⋮﹂
彼女は自分の手を見つめながら、悲しそうにつぶやいた。
おれは彼女に指輪をはめた。
魔法で作った、嫁にはめる結婚指輪。
それに反応してバルタサルがくしゃみして、指輪を粉々に吹っ飛
ばした。
くしゃみの魔力はいつも通りおれに飛ばされたから、指輪が壊れ
たのはそれが直接的な理由じゃない。
もう一つ起きる現象、魔法の誤作動がそうさせた。
浮気をすると壊れる指輪、その誤作動で、しなくても壊れる、そ
れかしない方がむしろ壊れる、って誤作動したんだろう。
944
﹁ルシオちゃん⋮⋮﹂
悲しそうな目をするバルタサル。
胸がズキって痛む。
直前まで彼女は笑ってた。
指輪をはめて、これでルシオちゃんとお手々をつないで寝れる、
って喜んでた矢先の出来事だ。
﹁もう一回やってみよう﹂
﹁もう一回?﹂
﹁ああ⋮⋮﹃マリッジリング﹄﹂
もう一回魔法で指輪を作る、それをバルタサルの指に通そうとす
る。
﹁へ⋮⋮へ⋮⋮﹂
バルタサルがむずがる、くしゃみが出そうなのを必死にガマンし
てる様子。
﹁︱︱へくちっ﹂
でもガマンできなかった。
くしゃみをして、魔力がおれに直撃して、指輪が粉々になる。
945
﹁はぅ⋮⋮﹂
泣きべそをかくバルタサル。
ちょっとかわいそうになってきた。
これは流石に可愛そうだと、どうにかならないものか、とおれは
考えた。
☆
﹁すぴぃ⋮⋮﹂
魔道図書館に入ったのとほぼ同時に、バルタサルは鼻提灯を出し
てねてしまった。
入り口で立ったまま寝る魔王の幼女。
文字にするとかなりシュールだ。
これも仕方ない、魔法に反応してくしゃみをするのと同じように、
魔導書に反応して居眠りをするようだ。
念のために外に連れ出してみた。
パチン、って音をたてて鼻提灯がはじける。
﹁ふわーあ⋮⋮おはようるしおちゃん﹂
946
若干舌っ足らずな感じで言ってくる。
魔導書から離れると起きるみたいだ。
これもまたいかにも彼女らしいって感じだ。
﹁中にはいらないの?﹂
﹁もう入ったあとだけどな﹂
﹁ふえー? そうなの?﹂
﹁そうなの﹂
おれは迷った。
ここにバルタサルを連れてきたのは、魔道図書館の蔵書から、現
状を打破する為の魔法を見つけるためだ。
それがこの調子なら、魔導書のそばで居眠りしてもなにも出来な
い可能性が高い。
寝てるとき魔法でおこすか? いやそれも誤作動するだろうな。
うーん、どうしたらいいんだろ。
と、おれが考えてると。
﹁あっ﹂
947
﹁うん? どうした﹂
﹁3分の1ルシオちゃんだ⋮⋮﹂
聞いたことのある言い回し。
バルタサルがの視線をおった、その先にぎょっとして、逃げ出す
イサークの姿があった。
バルタサルの体がひかって、魔法の光がイサークに追いつき、星
柄のナメクジにかえた。
これも彼女らしいな。
イサークに近づいて、拾い上げて、魔法で安全なところに送って
やった。
くしゃみが爆発して、魔法が誤作動する。
送ろうとしたのが、元に戻す効果が生まれた。
イサークは人間の姿にもどった⋮⋮ただし素っ裸で。
﹁お、おぼえてろよー﹂
イサークはそう言って、逃げ出してしまった。
流石にこれは悪いことをした、魔法でフォローを⋮⋮いや今はや
めた方がいいな。
948
おれはバルタサルを見た。
ふと、ある事に気づく。
﹁バルタサル﹂
﹁バルのことはバルちゃんってよんで?﹂
﹁⋮⋮バル。お前、魔法は使えないんじゃないのか?﹂
﹁うん、使えないよ?﹂
彼女は当たり前の様にこたえた。
うん、これは前にも聞いた、そして魔法でも確認した。
彼女は魔法を使えない。
﹁じゃあ今のは?﹂
﹁ルシオちゃんは一人っていいって思ってたら、そうなった﹂
﹁ふむ⋮⋮﹂
そっちも魔力の暴走みたいなもんか、そして3分の1ルシオって
いう言い回しからして、﹁おれ﹂に反応してる?
なら、﹁おれ﹂の濃度を変えれば?
﹁バル、ちょっとここで待っててくれ﹂
949
﹁えー、どうして?﹂
﹁いいから。すぐにもどる﹂
おれはバルタサルをおいて、図書館の中に入った。
入ってこない︵多分来れない、寝てしまうから︶バルタサルから
距離を取ったのを確認して、魔法を使う。
﹁﹃タイムシフト﹄﹂
魔法で未来の自分を召喚した。
﹁やりたいことはわかってるな﹂
﹁ああ﹂
﹁いくぞ﹂
うなずく未来のおれ。
おれは更に魔法を使った。
﹁﹃コーレセンス﹄﹂
魔法がおれと未来のおれを包み込む。
視界が城に染まって、晴れると、未来のおれがいなくなった。
﹁﹁これでいけるか﹂﹂
950
かわりに、声がおかしくなった。
同じ声が重なっているそんな感じの声。
未来の自分を召喚して、更に合体する魔法を使った。
その状態で図書館の外にでた。
バルタサルがぽかーんとしている。
﹁2倍ルシオちゃんだ⋮⋮どうして?﹂
﹁﹁わかるのか﹂﹂
こくこくって頷くバルタサル。
さて、この状態なら?
﹁﹁﹃マリッジリング﹄﹂﹂
魔法を使った。
念のために警戒しつつ、魔法を使った。
手のひらに指輪が出来た。
くしゃみはなかった。2倍おれだと魔法でくしゃみはないみたい
だ。
唖然としてるバルタサルの手を取って、指輪を薬指に通す。
951
﹁⋮⋮﹂
﹁﹁⋮⋮﹂﹂﹂
しばらく待って、何も起こらなかった。
正しく言えば、変な事は何も起こらなかった。
指輪は本来の効果を発揮して、バルタサルの指と一体化する。
それを確認して、魔法をといて、未来のおれを送り返す。
親指を立てられた。余計だよ、その情報は。
未来のおれはいなくなった。
バルタサルを振り向く。指輪がついてる手をとる。
それを見つめる。
くしゃみはなかった、誤作動もなかった。
二倍おれが作った指輪は、ちゃんとバルタサルの指の上に輝きを
放っていた。
﹁バル﹂
﹁ふぇ? な、なあに?﹂
952
おれは真顔で彼女を見つめて。
﹁おれの嫁になってくれ﹂
改めて、ちゃんとプロポーズしたのだった。
953
仲良きことは美しきかな⋮⋮かな?
﹁ルシオや﹂
﹁余の千呪公よ!﹂
マンガ
魔導図書館の中で魔導書を読んでると、聞き慣れた声がやってき
た。
顔を上げる、おじいさんとお忍び姿の国王の二人が同時に入って
きた。
﹁どうしたの?﹂
この二人の事だから、また何かで張り合ってるのかな。
﹁余の千呪公よ、聞いてくれ。ルカのやつが︱︱﹂
﹁わしは嘘はついとらんぞ、そもそもからして︱︱﹂
﹁すぴぃ⋮⋮﹂
言い争ってた二人だが、のんきな音にぴた、と言い争いをやめた。
同時に音の主を注目する。
おれの隣でバルタサルが鼻提灯で居眠りしていた。
954
魔導図書館という魔導書が大量にある空間で、彼女はいつもとお
り二コマ即堕ちレベルで眠りについた。
それはいつも通りで、そうじゃないところが一カ所ある。
それは、おれと手をつないでること。
お手々をつないだまま、彼女は寝ているのだ。
そんな彼女を見て、驚くおじいさんと国王。
﹁ルシオや、その娘はだれだ?﹂
﹁お前の目は節穴か。ほれ、余の千呪公とつないでるその娘の手を
見るがよい﹂
﹁手? むっ、これは指輪。そうかルシオの嫁か﹂
﹁そういうことだ﹂
何故か国王が胸を張って威張りだした︱︱なぜあなたが威張るの
か。
﹁また妻を迎えたのかルシオや﹂
﹁うん、そういうことになるね。ごめんなさい、バタバタしてて、
報告が遅れちゃって﹂
﹁気にすることはないのじゃルシオよ﹂
955
﹁こればかりはルカの言うとおりであるな。余の千呪公ほどの男だ、
妻を迎えた程度のこと、わざわざ断る必要もない﹂
﹁うむ、そうだな。しかしこうなると結婚祝いが必要だ﹂
﹁その通りだ。少し待っているがいい余の千呪公よ。すぐに支度さ
せる﹂
﹁まってるのじゃルシオ﹂
二人が同時に身を翻して歩き出そうとした。
この二人が張り合ってお祝いをしだしたら結構大変な事になる。
おれは慌てて二人を呼び止めた。
﹁ちょっと待って。それよりもおじいちゃんも王様も、ぼくになに
か用事があったんじゃないの?﹂
﹁むっ?﹂
﹁そうじゃった!﹂
走り出しかけたのが止って、一斉におれに振り向く。
表情が登場した直後のように、ちょっと険悪︱︱といってもこの
二人の場合仲が良い︱︱なものに戻った。
﹁聞いてくれルシオ、エイブがわしの言うことを信じてくれぬのじ
ゃ﹂
956
﹁ルカが妄言を弄するからであろうに。若いころがイケメンだとい
って誰が信じるか﹂
あー、なるほど。おれの若いことは格好良かったんだぞ議論か。
﹁お前は重要な事を忘れてるのじゃエイブよ。わしは、このルシオ
の祖父なのじゃ。同じ血を引いてるのじゃ﹂
同じ血を引いてるって言い回しって、上の人の方がいうものだっ
け。
﹁むにゃむにゃ⋮⋮18.75%るしおちゃんだあ⋮⋮﹂
バルタサルが意味不明な寝言を言い出した。お前実は起きてるだ
ろ。
﹁トンビからドラゴンが生まれることもある﹂
その生み方はすごいな!
﹁どうあっても認めるつもりか﹂
﹁行きすぎた妄言ではな﹂
﹁というわけでルシオ! わしに魔法を頼むのじゃ﹂
﹁魔法?﹂
﹁わしに魔法をかけて、若かりし頃に戻すのじゃ。現物をみればエ
イブも一発で納得じゃろ﹂
957
﹁なるほど、そういう話だったんだね﹂
ようやく話を全部飲み込めた。
﹁王様もそれでいいの?﹂
﹁うむ。やってくれ余の千呪公よ。余は若返った、しかしそれほど
でもないルカを指さしで笑ってやるのだ﹂
プギャーはやめてあげて。
まあ、そういうことなら。
魔法は⋮⋮そうだな、﹃グロースフェイク﹄でいいな。
今までは嫁達を大人の姿にするために使ったけど、逆に子供に︱
︱若返るために使う事もできる。
脳内で瞬時に魔法を検索して、おじいさんの方を向いた。
﹁じゃあ行くよおじいちゃん﹂
﹁うむ、やってくれなのじゃ﹂
﹁﹃グロースフェイク﹄﹂
﹁へくち﹂
瞬間、魔力が爆発した。
958
やべ、忘れてた。
静かに寝てたから忘れてた。
おれの魔法に誤作動を起こすバルタサルがそばにいたのだ。
とっさにシールドを張って、魔力の爆発がおれだけに来るように
ガードした。
ちょっと待て、魔力の煙が晴れて、視界が戻る。
すると、とんでもない光景が見えた。
﹁⋮⋮おじい、ちゃん?﹂
﹁どうかしたのかしら、ルシオ﹂
なんと、おじいちゃんの姿が変わっていた。
いや姿を変える魔法だからいいんだけど、その代わり方がおかし
い。
おじいちゃんは若返って︱︱二十歳くらいの深窓の令嬢風になっ
た。
童貞を殺す服っぽいのを着てて︱︱ぶっちゃけ綺麗だ。
﹁る、ルカ⋮⋮おぬし女だったのか?﹂
959
﹁何を言ってるの? わたしは男よ⋮⋮あら?﹂
おじいさん︵?︶は自分の姿を見て驚く。
﹁ルシオ、これはどういう事なの?﹂
﹁ごめん、今すぐ戻す。﹃グロースフェイク﹄﹂
﹁へくし﹂
ミスった、これは完全におれのミスだ。
慌てて魔法を使って、またくしゃみをされて、爆発と一緒に誤作
動を起こした。
﹁なんなのよもうー。あたしの千呪公様! これはどういう事?﹂
﹁⋮⋮﹂
言葉を失った。盛大な誤爆に言葉を失った。
今度は対象までも誤作動を起こした。
国王が八重歯の可愛い、ツインテールの美少女に変身してしまっ
た!
国王
ミスの二連発、それ結果である二人。
おじいさん
童貞を殺す令嬢とツインテール八重歯が向き合っている。
見つめ合っていた、何故か互いに頬を染めて。
960
﹁あなた、可愛いわね﹂
﹁そ、そんな事言われなくてもわかってるわよ! あんたなんかに
言われるまでもない﹂
﹁こら、女の子がそんな言葉遣いをするものじゃないのよ﹂
おじいさんが国王に唇に指をあてて、﹁めっ﹂をした。
すると国王は顔を真っ赤にして、逃げ出してしまった。
﹁あっ、待って﹂
おじいさんは慌てて後を追った。
なんというか、百合っぽいなにかを見てしまったような気がする。
呆然とするおれ。
誤作動で見た目だけじゃなくて性格まで変わってしまったおじい
ちゃんズ。
後日、また張り合いにやってきた二人の間に、どこかぎこちない
空気が流れていたのだった。
961
最強の旦那様
屋敷の中、昼下がり。
相変わらず手をつないだままのバルタサル。
指輪をはめ込んで以来何をするのも手をつないだまま離してくれ
ない。
最初はいろいろ不便だったけど、最近それもなれてきた。
﹁今日は何をするか。なんかしたいことはあるか?﹂
﹁バルはこのままでいいのよ?﹂
バルタサルはいつも通りの返事をした。
小首を傾げて、﹁このままでいいけどなにか?﹂的な反応をする。
﹁そうか、それならそれでいいけど。おれは魔導書を読むぞ﹂
﹁いいよー。ルシオちゃん、それを読んでる時かわいいから、見て
るの好き﹂
﹁見てないだろうに﹂
苦笑いした。
962
おれがマンガを読み始めると︱︱というか魔導書が近くに来ると
鼻提灯で寝てしまうのがバルタサルだ。
向こうがおれの顔を見てるはずがなくて、むしろ居眠りする彼女
の方こそかわいい。
まっ、それならそれで、マンガでも読むか。
おれは新しいマンガを読もうと、立ち上がりかけたその時。
﹁ルッシオくーん﹂
ドアを開け放って、嫁の一人、ナディアが部屋に飛び込んできた。
彼女はわくわくした顔でおれの所に駆け寄ってきて、座ってるこ
っちに上半身をかがめて視線を合わせてきた。
﹁ルシオくんルシオくん、いいものを見つけたから今日はそれで遊
ぼ!﹂
﹁いいもの?﹂
﹁うん、いいもの。はっちゃんもそれでいい?﹂
﹁バル、ルシオちゃんとこのままがいいのよ?﹂
﹁そ・れ・は﹂
ナディアはバルタサルの手を引いて無理矢理立たせた。
963
﹁あっ⋮⋮﹂
つないだお手々が離れて、バルタサルはちょっと切なそうな顔を
した。
﹁お手々は夜寝るときにね!﹂
﹁うん⋮⋮わかった﹂
またつなごうとしたが、ナディアに丸め込まれた。
﹁それで、いいものって何だ?﹂
﹁それはね⋮⋮﹂
☆
ラ・リネア郊外に連れてこられた。
よく通うようになったお花畑に、ナディアとバルタサルの二人で
やってきた。
先導するナディアは一本の木に近づいていって、少し離れた所で
止って、振り向いてきた。
﹁これだよ﹂
と言って指さしたのは地面。
よく見ると指くらいの広さの穴があって、赤いボディのアリが次
964
々と中から出てくる。
﹁これって、このアリの巣のことか?﹂
﹁うん﹂
満面の笑顔で、わくわくした顔で頷くナディア。
﹁これをどうするんだ?﹂
﹁ここを探検しようよ! 前にみんなでやったのと同じヤツ﹂
﹁ああ、あれか﹂
頷くおれ。
何回か嫁達とやった遊びだ。
体を小さくして、武器とか攻撃手段を持たせて、巣の中を探検し
ていく遊び。
それをやろうっていう提案だ。
﹁それはわかったけど、なんでまた﹂
﹁だってはっちゃんそれをした事ないじゃん? せっかくだしはっ
ちゃんともやってみたいじゃん﹂
﹁ああ、なるほど﹂
965
ぽかーんって感じのバルタサルを見る。
なるほどそういうことか。
よく考えたらベロニカの時も同じことをしてた気がする。
ナディアなりの歓迎会、ってことだな。
﹁話はわかったけど、それなら屋敷でやればよかったんじゃないの
か?﹂
﹁屋敷のまわりはもうないんだ、アリは。一応ゴキちゃんを見つけ
たけど、ゴキちゃんと何かをするのってシルヴィが話を聞いただけ
で怖がるから﹂
﹁なるほど。シルビアはゴキブリが苦手だからなあ﹂
まあ、そういうことなら。
﹁わかった、やろう﹂
﹁なにをやるのルシオちゃん?﹂
﹁まあ、見てな﹂
ナディアとバルタサル、二人の嫁と向き合って、魔法をかける。
ちらっとバルタサルを見た。
どうせ誤作動起きるんだから⋮⋮。
966
﹁﹃ビッグ﹄﹂
﹁へくちっ!﹂
バルタサルがくしゃみをした。
魔力がおれを直撃する。
そう、どうせこうなって魔法が誤作動を起きるんだから、小さく
するんじゃなくて、大きくする魔法を使った。
それで誤作動を起こして、小さくなれば問題ない。
さて。
直撃した魔力の煙が徐々に晴れていき。
﹁あれ?﹂
何も変わらなかった。
目の前に立つナディアとバルタサル。
ぱっと見サイズは変わってない、かといっておれのサイズも変わ
ってない。
﹁変わってない、のか?﹂
﹁変わってないねルシオくん﹂
967
﹁おかしいな。大きくも小さくもなってないとか。誤作動じゃなく
て完全にかき消されたって事か?﹂
﹁もう一回使ってみる?﹂
﹁そうだな﹂
﹁ルシオちゃん、ねえねえルシオちゃん﹂
バルタサルがおれの指をつかんで、ぐいぐいひっぱった。
﹁どうした﹂
﹁あれ﹂
﹁あれ?﹂
バルタサルが指さす先に、おれとナディアが同時に振り向いた。
﹁げげ﹂
声を上げたのはナディアだが、同じ気持ちだった。
そこに⋮⋮バケモノがいた。
アリだ。
体長が三メートル近くもある、バケモノのようなアリがそこにい
た。
968
一匹だけじゃない、同じものが次々と地中から這い出てくる。
﹁どういうことなの?﹂
﹁⋮⋮誤作動が魔法の効果じゃなくて、対象だったってことだな﹂
﹁え?﹂
﹁大きくする魔法が小さくなるんじゃなくて、おれたちにかけたの
がアリにかかった、ってことだ﹂
﹁おー。なるほど!﹂
﹁おおきいのがいっぱいだあ﹂
バルタサルはのんきにつぶやく。
﹁ゴキちゃんじゃなくてよかった。シルヴィの心臓がとまっちゃう
よ﹂
ナディアは違う意味でのんきなコメントを出していた。
﹁って、それ所じゃない。こいつらを戻すか倒すかしないと﹂
﹁ほんとだ! このままじゃアリが街の方に行っちゃう﹂
ようやく危機感が出てきたナディア。
巨大化して出てきたアリが、小丘になってる花畑からぞろぞろと
969
降りていって、ラ・リネアの方に向かって行進をはじめたからだ。
町を襲おうとしてるらしい。
このままじゃ、巨大化したアリが︱︱人間以上のサイズのアリが
町を襲う。
巨大化した昆虫は下手なモンスターよりも凶悪な相手になる。
﹁放っておけんな。ちょっと退治してくる﹂
流石にこれは遊びじゃすまされない事態だ。
﹁ここで待っててくれ。おれが退治してくる﹂
﹁うん。頑張ってルシオくん﹂
﹁バルも﹂
﹁だめだよはっちゃん﹂
ついてこようとするバルタサルを、ナディアが引き留める。
﹁どうして? バル魔王なのよ?﹂
だから戦闘の役に立つ、と言いたげなバルタサル。
それを、ナディアがニヤリと笑って。
﹁だめだめ、こういう時はルシオくんの出番だよ。あたし達はここ
970
でルシオくんの活躍をみてるの﹂
﹁活躍を?﹂
﹁そう、活躍するかっこいいところ﹂
﹁ルシオちゃんはかっこいいよのよ?﹂
﹁もっと格好良くなるから﹂
﹁もっと⋮⋮﹂
バルタサルは首をかしげて、考えて、おれをみて。
やがて、頬を染めてうつむいて、上目遣いでおれをみた。
何を想像したんだろ。
﹁一緒に待ってようね﹂
﹁⋮⋮うん﹂
﹁というわけで、頑張ってねルシオくん! あたしたちはここで見
てるから﹂
﹁ああ﹂
笑顔のナディア、恥じらうバルタサル。
二人に見送られて、おれは走り出した。
971
全力で丘を駆け下りて、バルタサルから充分に距離を取って。
﹁﹃フライハイ﹄﹂
空を飛び上がった。
ちらっと背後を見る。豆粒大になった二人の姿が見える。
そうだな、いいところを見せなきゃな。
嫁が期待してるんだ、応えるのが旦那のつとめってもんだ。
振り向き、アリの先頭集団を眺める。
段々とふえたアリは既に数百匹の数になって、さらにぞろぞろと
ふえてる。
深呼吸して、魔力を組み上げる。
﹁﹃ウェザーチェンジ・ディザスター﹄﹂
地面が揺れる、空が割れる。
雷鳴が轟き、稲妻が雨の如く降り注ぐ。
天変地異を起こす古代魔法を、バルタサルとの付き合いで覚えた
範囲を限定されるやり方で発動。
これをみたバルタサルがどんな表情をするのか、楽しみで仕方が
972
なかった。
973
嫁が四人いる理想の家庭
夜の寝室、風呂からあがったおれはパジャマ姿でマンガを読んで
いる。
持ってるのは魔導図書館から持ち出したマンガ、五人の少年少女
が発明品で様々な物語を展開していく、青い機械猫を彷彿とさせる
マンガだ。
それで覚える魔法は﹃ウェアハウス﹄って言って、次元の壁を開
いてつなぐ小さなスペース、金庫のような魔法だ。
ちなみに続刊もので、巻数を読み進めていくごとに金庫が一つず
つ増えていく。
﹁ルシオ様﹂
﹁お風呂上がったよー﹂
巻末近くまで読み進めると、ドアを開けてシルビアとナディアが
入ってきた。
嫁の二人は言葉通り風呂から上がったばっかりで、かわいいパジ
ャマ姿に頬が上気している。
﹁あっ、ナディアちゃん走ったら危ないよ﹂
﹁きゃっほーい﹂
974
ナディアが走ってきて、ベッドにダイビングしてきた。
シルビアはちょっと遅れて、でもいそいそとベッドに上がってく
る。
﹁ルシオ様は魔導書を読んでたんですか﹂
﹁ああ、新しいヤツを見つけてな。続刊もので五十冊だから、読む
までだいぶ時間がかかりそうだ﹂
﹁五十冊ですか⋮⋮普通の人は一生かかっても読めない量ですね⋮
⋮﹂
﹁そうだな。おれなら徹夜すれば二日、まあのんびり読んで一週間
って所か﹂
昔満喫にナイトパックで入ったときのことを思い出した。
人気シリーズを一巻から読んでいこうと思ったら一晩かけても読
み切れなくてプラン延長したときの微妙な切なさを思い出す。
﹁ねえねえ、どういう魔法なのそれ﹂
ナディアはわくわく顔で聞いてきた。
﹁こんな感じだ︱︱﹃ウェアハウス﹄﹂
何もない所に空間を開いて、手を突っ込む。
975
そこから用意してたクシを取り出す。
﹁こんな風に収納スペースをつくって、どこでもものを出し入れ出
来る魔法だ。シルビア﹂
名前を呼んで、クシを手渡す。
シルビアは受け取って、ニコニコ顔でナディアの髪の毛をすき始
めた。
﹁ほえ、すっごい便利な魔法じゃん﹂
﹁地味に便利、って方がしっくりくるな﹂
﹁ねえねえ、それって何でも入るの?﹂
﹁大きさはなんでも、部屋ごとにものが一個って制限がつく﹂
﹁なんでも?﹂
﹁なんでも﹂
﹁大きくなったアリでも?﹂
﹁はいる。一部屋につき一匹だが﹂
﹁すっごーい﹂
﹁あっ、ナディアちゃん動かないで﹂
976
﹁あはは、ごめんごめん﹂
ナディアは笑って、言われた通りじっとした。
嫁同士であり、親友同士である二人。
シルビアは嬉しそうにナディアの髪をすいて、ナディアも楽しそ
うにシルビアにさせてやった。
魔導書を膝の上に開いたまま置いて、ナディアの手を握った。
シルビアはそれを見て、器用に片手でナディアの髪をすいてアピ
ールしてきたから、彼女の手も握った。
お手々をつなぐ、我が家で一番のスキンシップだ。
柔らかくて、温かくて、いいにおいがして。
心が、落ち着く。
しばらくの間そうしてた。
﹁今日は、お時間がゆっくりですね﹂
シルビアがつぶやくように言った。
ナディアと目があった、三人で微笑みあった。
だれも答えない、﹁そうだな﹂って言葉すらいらない。
977
のんびりしてて、心地いい時間が流れる。
﹁あっ、戻ってきた﹂
沈黙を破ったのはナディアと、二人分の足音。
おれは二つの魔法を唱えた。持ってる魔導書を魔法の倉庫にしま
う。
直後、ドアがいきなり開け放たれて、バルタサルが入ってきた。
﹁ルシオちゃーん﹂
ナディアを彷彿とするダイビングでおれに飛びつくバルタサル。
﹁こら! 髪をちゃんとおふきなさいな﹂
ちょっと遅れて、怒った様子で入ってくるベロニカ。
バルタサルもベロニカも同じようにパジャマ姿で、頬が上気して
るお風呂上がりだ。
二人もベッドに上がってきた。
﹁ルシオちゃん、あのね、バル、ちゃんとお風呂に入ったのよ?﹂
上目遣いでそんなことを言ってくるバルタサル。
ほめてほめて、としっぽをふってくる子犬の様だ。
978
﹁何をおっしゃいますか、全部あたくしがやってあげたのではあり
ませんか﹂
﹁ベロニカが洗ってやったのか?﹂
﹁ええ。そうでもしませんとこの子カラスの行水なんですもの。そ
のくせアマンダがやると言ったら拒否しますし﹂
﹁そうなのか﹂
バルタサルを見る、彼女はキョトンとした顔で答えた。
﹁バルはルシオちゃんのお嫁さんなのよ?﹂
﹁⋮⋮おれの嫁だからアマンダさんには洗われたくないのか?﹂
﹁うん﹂
﹁ベロニカだったらいいのか﹂
﹁ベロちゃんもルシオちゃんのお嫁さんなのよ?﹂
﹁なるほど﹂
そういう線引きなのか、となんだか面白く感じた。
ベロニカはやれやれって顔で、持ってきたタオルでバルタサルの
頭を拭いた。
おれが何かしようとするのをみて、﹁いいから﹂と目で制止した。
979
ニコニコ顔のバルタサル、まるで母親になったかのようなベロニ
カ。
彼女が入ってくる前に唱えたもう一つの魔法︱︱誤作動させない
ために用意したもう二本の腕。
そっとベロニカ、そしてバルタサルの手を握った。
ベロニカはちょっと硬いがまんざらでもない顔をして、バルタサ
ルはふにゃっとなった。
四人の嫁と手をつなぐ。
シルビア、ナディア、ベロニカ、バルタサル。
柔らかい空気の中お手々をつないで、心が軽くなる。
﹁ねえねえ、明日どこに遊びにいこっか﹂
﹁また海の底へでもいきますの?﹂
﹁バルタサルちゃんはまだいってませんから、いいかもしれません
ね﹂
﹁バルはルシオちゃんがいるところならどこでもいいのよ?﹂
おれを中心にお手々つなぐ四人の嫁達、円満な夫婦生活。
この日生まれ変わってから一番健やかに眠れた気がして。
980
おれは、理想の家庭ができあがった、そんな気がしたのだった。
981
嫁が四人いる理想の家庭︵後書き︶
冒頭でルシオが読んでるドラえもんっぽいマンガのように、﹃マン
ガを読めるおれが世界最強﹄はドラえもんとかキテレツ大百科とか、
ケロロ軍曹とかそう言った作品を意識していて、メインキャラは五
人にしたいなあ、と漠然と思っておりました。
と言うわけで四人目の嫁・バルタサル編終了です。
これからも安定した﹁マンガ嫁らしい﹂楽しさを提供して行きたい
と思いますので、応援よろしくお願いいたします。
982
頭の中を消しゴム
﹁ルシオちゃん! これみるのよ?﹂
部屋の中にバルタサルがいきなり入ってきて、弁当箱を見せてき
た。
弁当箱は色とりどりのおかずを詰め込んでて、かなり美味しそう
な出来映えだ。
﹁うまそうだな。どうしたんだこれ﹂
﹁シルビアちゃんに手伝って一緒に作ってもらったのよ?﹂
﹁へえ。バルタサルが作ったのか﹂
﹁バルのことははっちゃんって呼んで?﹂
いつもの様にそういうバルタサル。
ナディアは注文通りはっちゃんって呼んでるけど、おれは何とな
くそう呼びつらかった。
それをごまかすために、手を伸ばしておかずの一つ︱︱タコウイ
ンナーを摘まもうとする。
が、摘まむ前に引っ込まれた。
983
﹁だめ、これはバルのなのよ?﹂
﹁ああ、おれに食べさせるものじゃないんだ﹂
﹁バルこれからちょっとお出かけするから、そのためのお弁当なの
よ﹂
﹁でかけるのか﹂
ちょっとびっくりした。
我が家にやってきてからずっとおれにひっついてたバルタサルが
お出かけか。
弁当をみるに一人で出かけるつもりらしい。
⋮⋮。
ちょっと心配だ。
いや彼女はこれでも魔王だから身の危険はないんだろうが、何と
なく心配だ。
﹁一緒に行こうか﹂
﹁ルシオちゃんはきちゃだめなの﹂
﹁ダメなのか﹂
﹁うん、バルが一人で行くの﹂
984
うーん。
わからん。普段と違う行動パターンでよく分からん。
わからない分、ちょっと心配になってくる。
﹁ココをつけましょうか?﹂
バルタサルの後ろ、部屋の外、廊下から話しかけてくるベロニカ。
﹁話を聞いてたのか﹂
﹁ええ﹂
頷き、バルタサルを向く。
﹁外に出かけるのなら頼まれてくださる? 今日のココの散歩がま
だですの﹂
﹁⋮⋮うん! いいよ﹂
バルタサルは少し考えて、はっきりと頷いた。
三人で庭に出て、ベロニカは庭で遊んでるココに手招きした。
﹁どうしたんですかぁママ様﹂
﹁散歩に行くわよ。今日は彼女が連れてってくれるそうよ﹂
985
﹁わーい﹂
ココは大喜びで、ズボンのポケットからリードを取り出した。
それを自分の手首につけて、バルタサルに差し出す。
犬耳っ娘のココはこんな風に、手首にリードをつけて、それを持
って散歩に連れてってもらうのがすきだ。
最近はそれをもっぱらママ様︱︱ベロニカがしているらしい。
だからいつものようにリードを差し出したのだが。
﹁わーい﹂
バルタサルはそれを受け取らなかった。
ココと同じ喜びの声をあげて、彼女に抱きついた。
首に手を回して、まるでぶら下がるような抱きつき方。
リードを持ったココが困惑している。
﹁ママ様?﹂
﹁せっかくだからそのままお行きなさいな﹂
﹁⋮⋮はい、わかりましたですぅ﹂
大好きなママ様の命令とあっては、って感じでココが歩き出した。
986
バルタサルは弁当箱を持ったままぶら下がるように抱きつき、つ
ま先立ちで一緒に歩いていった。
二人を見送る、やがて屋敷の外にでて姿が見えなくなる。
﹁心配そうですわね﹂
﹁正直言えばそうだ。バルタサルを一人で外に出すのははじめてだ
からな﹂
﹁心配ならついて行く? 体を透明にする魔法使えるんでしたわね。
それで尾行してみては?﹂
﹁バルタサルのことだ、それをやったら﹃わーいルシオちゃんの匂
いだあ﹄でばれる気がする﹂
﹁ばれそうですわね﹂
頷き、同意するベロニカ。
﹁なら、指をくわえて待っているしかないですわね﹂
﹁⋮⋮﹃テレスコープ﹄﹂
脳内で魔法を一瞬で検索して、ふさわしいのを使う。
手のひらにハエの様な生き物が出現する。その横にホログラムの
パネルもついでに出現した。
987
﹁それはなんですの?﹂
﹁これの見てるものがこっちに映し出される魔法だ﹂
コントロール権はおれにある。さながら脳波コントロールでラジ
コンを操作するようにハエを飛ばした。
するとパネルの映像も動き出す。ゲームみたいな画面だ。
﹁へえ、こんなのがありますの﹂
﹁これで後をつける⋮⋮ばれたらその時だ﹂
ハエを操作してココとバルタサルの後をおった。
二人が消えていった方角にむけて飛ばしてすぐ、後ろ姿を見つけ
る。
ダメだったときは次の魔法を、ってことで大胆に近づく。
﹁ばれない様ですわね﹂
﹁そうみたいだな﹂
かなり近くまで近づいても二人はこっちに気づかないので、とり
あえずほっとした。
バルタサルがココの首にひっついたまま進む。
街に出ると、途中でバルタサルがいろんなことに興味をもって、
988
ふらふらと向かって行こうとするが、その度にココが慌てて引き留
める。
﹁どっちがどっちを散歩してるのかわかりませんわね﹂
﹁その通りだな﹂
しっかりものの犬が幼い子供の面倒をみてる、そんな雰囲気が二
人からした。
﹁あら? あれはお義兄様ではなくて?﹂
﹁本当だ、イサークだ。まずいな、バルタサルの顔が険しくなって
る﹂
﹁ルシオちゃんは一人でいいのよ、とかいってそうですわね﹂
﹁またナメクジになるのか、南無﹂
そう思って手を合わせてると、事態は予想外の動きをした。
バルタサルの様子をみたココがどこからともなく水筒を取り出し
て、自分の頭に掛けた。
水をかぶったココ、一瞬で姿が変わる。
犬耳のあどけない少女から、猫耳のちょっと強気な少女に。
マミ。
989
ココと一心同体で、水をかぶると変身する人格の少女。
マミはイサークを見つけるなり、彼に向かって行った。
イサークもマミの姿を見て、ぎょっとにして、だっとの如く逃げ
出した。
残ったのは、ポカーンとするバルタサルだけ。
﹁追い払ってくれたみたいですわね﹂
﹁ますますどっちがどっちを散歩してるのかわからんな﹂
﹁そういえばルシオ、これって他のところは見れませんの? いち
いちあのハエみたいなのを飛ばさないとだめ?﹂
﹁ハエ自体を好きなところにだすことが出来るぞ。ほら﹂
魔法を使って、パネルの映像を切り替える。
実家を映した、おじいさんが庭で盆栽をいじってるすがたが見え
た。
﹁こんな趣味があったんですのね。でも似合ってますわ﹂
次に王宮を映した。国王が玉座に座って、大臣になんか指示を出
している。
﹁あら、ちゃんと王としてのお仕事も出来るんですのね。ただのル
シオボケだと思ってましたわ﹂
990
﹁嫌な言葉を作るなよ﹂
更に画面を変える。今度は屋敷の中だ。
﹁あら、アマンダ﹂
﹁アマンダさんだな﹂
場所はアマンダさんの部屋。
せっかくだからアマンダさんの様子を覗いてみようとしたが、画
面が移った途端、アマンダさんはじっとこっちをみた。
﹁ル、ルシオ? みられてますわよ。というか目が合いましたわよ﹂
﹁あ、ああ﹂
こっちを見つめたまま、アマンダさんの唇がうごいた。
﹃だ・め・で・す・よ・だ・ん・な・さ・ま﹄
ばれてる!
おれは慌てて画面を切り替えた。
ばれてる、何故か知らないけどばれてる!
冷や汗が背中を伝う。
991
﹁あ、アマンダ一体何者なの﹂
﹁⋮⋮それは掘り下げない方がいいとおもう﹂
﹁そ、そうですわね﹂
乾いた笑いを浮かべるおれとベロニカ。
気を取り直して、バルタサルのところに映像を戻した。
いつの間にか、バルタサルとココに戻った二人が草原にいた。
草原の上でバルタサルが何か作ってる。ココが摘んできた花で何
か作ってる。
﹁指輪ですわね﹂
﹁指輪?﹂
﹁わからなくて?﹂
ベロニカに指摘され、改めてじっと見つめた。
確かに、バルタサルが作ってるのは小さい輪っかのようなもの。
指輪にも見える代物だ。
﹁あなたへの贈り物ですわね﹂
﹁そうだな﹂
992
﹁ルシオ、言うまでもないことですけど、みてたなんて言ってはダ
メですわよ。ちゃんと驚いて、その上で喜んであげなさい﹂
﹁⋮⋮だったらこうする﹂
映像を消して、新しい魔法を使う。
﹁﹃メモリーイレーザー﹄﹂
魔法を使った瞬か︱︱。
﹁︱︱ベロニカ? それにここ⋮⋮なんで庭に出てるんだ?﹂
﹁ルシオ? ⋮⋮もしかして今の魔法で記憶を?﹂
﹁記憶? なんの話だ﹂
﹁⋮⋮いいえ、なんでもありませんわ﹂
ベロニカは首を振った。
何を言いかけたんだろ、気になるな。
﹁うっ⋮⋮﹂
﹁どうしましたの?﹂
﹁いや、なんか頭が急にいたくなって⋮⋮なんだこれは、二日酔い
っぽいけど⋮⋮酒なんてこっちに来てから飲んでないぞ﹂
993
﹁ルシオ、あなた⋮⋮﹂
﹁どうした、そんな顔して︱︱って、いてて⋮⋮﹂
頭を押さえる、本当に二日酔いっぽい感じで頭が痛いぞ。
﹁⋮⋮ルシオ﹂
﹁なんだ︱︱むっ﹂
ベロニカはいきなりほっぺにキスをしてきた。
びっくりして、頭痛が吹き飛んだ。
ほっぺを押さえて、ベロニカを見つめる。
﹁どうしたんだ、さっきから?﹂
﹁いいえ。なんでもありませんわ﹂
﹁なんでもないって﹂
、、
﹁さあ、中に入りましょう。頭が痛いのでしょう? 皆が戻ってく
るまで膝枕してあげますわ﹂
﹁あ、ああ﹂
ベロニカに手を引かれて、屋敷の中に戻る。
ベロニカは何故かいつも以上に優しくて、いつの間にか出かけて
994
て戻ってきたバルタサルから素敵なプレゼントをもらった。
なんだかわからないけど、いい一日だった。
995
おれと契約して魔法少女になるんだ
﹁おれと契約して魔法少女になるんだ!﹂
﹁ひゃん! い、いきなりなんですかルシオ様﹂
昼下がりの屋敷の中。
帰宅してすぐに見つけたシルビアに詰め寄ると、彼女は思いっき
り驚いた顔をした。
﹁おれと契約して魔法少女になるんだ!﹂
﹁お、落ち着いてくださいルシオ様。わたしにもわかるように説明
してください﹂
シルビアが訴える。ものすごく困ってる様子。
﹁今日、このマンガを読んだんだ﹂
﹁新しい魔導書ですね﹂
﹁ああ、内容は敵味方に分かれて戦う魔法少女の話だ。萌えと燃え
を足して二で割らない名作だと思う﹂
﹁そうだったんですか。新しい魔法を覚えたんですよね﹂
﹁ああ、それでおれは思った﹂
996
﹁はい﹂
﹁我が家には魔法少女が足りない! って﹂
﹁⋮⋮すみませんやっぱりわかりません﹂
ますます困った顔になるシルビアである。
確実に困っているが。
﹁でも、ルシオ様のお役に立てるのなら頑張ります。どうすればい
いんですか﹂
胸もとに握り拳を揃えて、意気込んで話すシルビア。
﹁待ってな⋮⋮﹃レンタルアグリメント﹄﹂
覚えたばかりの魔法を使う、おれとシルビアの間に小さい魔法陣
が出現。
﹁それを触ってくれ、それで契約成立だ﹂
﹁はい﹂
シルビアは躊躇なく魔法陣に触れた。
瞬間、シルビアの薬指にある指輪が光った。
そこからあふれ出した光がシルビアを包み、一瞬だけ全裸になっ
997
たかと思えば、次の瞬間コスチュームに着替えていた。
魔法少女らしい、制服感が若干あるコスチュームだ。
ちなみに全裸になったとき謎光源で胸は見えなかった、その辺抜
かりはない。
﹁着替えちゃった⋮⋮﹂
﹁変身したんだ。これで今日からシルビアも魔法少女だぞ﹂
﹁はあ⋮⋮それで、どうすればいいんですか?﹂
﹁魔法少女は文字通り魔法が使える少女だ﹂
﹁魔法使いさん、なんですか?﹂
﹁違う魔法少女だ! 魔法使いとは別物だ﹂
﹁そ、そうなんですか。えっと⋮⋮﹂
﹁魔法を使ってみるといい﹂
﹁でも、わたし魔法なんて⋮⋮﹂
﹁今なら魔法少女らしい魔法を、頭の中に浮かんでるはずだ﹂
﹁え⋮⋮あっ、本当です、なんか頭の中に⋮⋮﹂
﹁やってみろ﹂
998
﹁⋮⋮はい!﹂
ここに来て真顔になるシルビア。
さっきまでは状況が飲み込めない困った顔だったのが一転して真
顔になった。
﹁来て、﹃クラテル﹄﹂
今度はステッキが現われた。
先端に宝石がついたきらきらっとした、正統派魔法少女のステッ
キだ。
﹁魔法も使えるはずだ、やってみろ﹂
﹁はい! ﹃フレイズニードル﹄﹂
シルビアが魔法を唱えた途端、炎の針が現われて屋敷の壁を貫い
た。
﹁あっ⋮⋮使えた。これルシオ様の魔法?﹂
﹁ああ﹂
﹁えっと⋮⋮やっぱり説明してくれませんか?﹂
﹁いいぞ﹂
999
魔法少女・シルビアの姿をみて満足した。
少し落ち着いて来たので、彼女に説明する。
﹁この魔導書の魔法の効果はいくつかあって、一つは今みたいな変
身機能﹂
﹁はい。かわいいです﹂
おれもそう思う。後で魔法使って写真撮っとこ。
﹁もう一つは、契約した相手に魔法を貸し出す事。だから今使った
のもおれがマンガ読んで覚えた魔法﹂
﹁そうだったんですね﹂
﹁もちろんおれが使うよりは威力とか効果とかが弱いし、一つまで
しか貸し出せないとかの制限はある﹂
魔法少女には定番のパワーアップイベントがある、なぜならこの
魔導書が続刊ものだからだ。
それはまあおいといて。
﹁そんなわけで、今日からシルビアは魔法少女だ!﹂
ズビシッ! と指さす。
﹁はい!﹂
1000
魔法少女姿で敬礼するシルビア、かわいい。
﹁あの⋮⋮でもルシオ様﹂
﹁なんだ﹂
﹁魔法少女って、何をすればいいんですか?﹂
R18版
そういえば考えてなかった。
全年齢版
健全なのと不健全なのがあるけど、ここは全年齢で行くべきだな。
﹁定番は首を食われるのと︱︱﹂
﹁えええええ!﹂
﹁親友と空の上で全力で殴り合う、とかかな﹂
﹁親友って⋮⋮ナディアちゃん﹂
﹁ああ。よし待ってろ﹂
魔法少女で殴り合って友情を確かめ合うシルビアとナディア。
うん、いい絵だ。
是非とも実現させたい。
おれは屋敷の中を走り回って、ナディアを探した。
1001
そして、見つける。
﹁ナディア!﹂
﹁お、ルシオくんじゃん、どうした?﹂
﹁おれと契約して魔法少女になるんだ!﹂
﹁いいよ﹂
シルビアと違って、ナディアは二つ返事で承諾したのだった。
1002
ガチ勢
屋敷の庭で、契約したナディアが変身する。
着ていた服がすぅと溶けて、謎光が大事なところを鉄壁にガード
する中、魔法少女のコスチュームに替わっていく。
しばらくすると、槍のような長物を持った魔法少女に変身した。
﹁おー、本当に変身した。あっ、これなんか見た事ある﹂
﹁竜騎士の時︱︱おれがドラゴンに変身したときに乗るときの格好
を元にしてるな。細部をより可愛くて魔法少女っぽくした感じだが﹂
﹁こういうのが魔法少女なんだ?﹂
﹁そうだな﹂
﹁へえー﹂
スカートの裾を摘まんだり、くるっとターンしたりして、テンシ
ョンを上げているナディア。
﹁おい!﹂
﹁ん?﹂
敵意たっぷりの声が聞こえた。
1003
声の方に振り向く、男の子の姿が見えた。
おれ達と同じくらいの年頃の男の子。いかにもわんぱく坊主って
感じの男の子だが、どういう訳かおれを睨んでる。
まるで親の敵を睨むような目だが⋮⋮なんだ?
﹁ルシオ様。あの男の子、ナディアちゃんの﹂
同じ魔法少女の格好をしたシルビアがフォローしてくれた。
⋮⋮ああ、だいぶ前に一回だけ会った、ナディアの事が好きで小
学生の様な悪戯を繰り返してるあの男の子か。
一回あったきりだったから、言われなきゃ思い出せなかった。
うん、確かにその男の子だ。そしてそいつならおれを親の敵のよ
うに睨むのも納得。
なにしろそいつが好きなナディアの夫だからな、おれは。
男の子に近づいていく。敷地のすぐ外に立ってるそいつに柵越し
に話しかけた。
﹁なんだ﹂
﹁な、ナディアはいるか?﹂
﹁ナディア?﹂
1004
﹁あたしになんか用?﹂
ナディアがそばにやってきて、男の子にきいた。
男の子はナディアをしばらくしっと見つめた後、さげすむような
目で見た。
﹁だまってろよブス、おれはナディアに用があるんだよ﹂
﹁え?﹂
ナディアは驚いた顔でおれと男の子を交互に見比べる。
﹁あー⋮⋮ナディアはちょっと出かけててな。用事があるならおれ
が代わりにきいとくぞ﹂
﹁ふん! お前になんか話すかよばーか﹂
男の子は悪口を吐き捨てて、走り去っていった。
ここまでわかりやすいとかわいげがある︱︱というかむしろかわ
いげしかない悪口だなあ。
﹁ねえねえルシオくん、今のどういう事? あたしの事わからなか
ったみたいだけど﹂
﹁それは魔法少女だからだな。変身した後は本人だとばれない様に
認識を変えるの﹃インヒビジョン﹄の魔法をついてに発動する様に
した﹂
1005
﹁認識を変える?﹂
﹁そうだな︱︱おっ、ちょうどいいところにベロニカが戻ってきた。
おーいベロニカ﹂
男の子とほぼ入れ替わりでベロニカが戻ってきた。
どうやら散歩帰りらしく、手首にリードをつないだココと一緒に
敷地内に入ってきた
おれが呼ぶとココのリードをはずして自由にさせてから、こっち
に向かってきた。
﹁どうしたんでですの?﹂
﹁この二人、誰に見える?﹂
﹁だれって⋮⋮﹂
ベロニカは魔法少女に変身したシルビアとナディアを見る。
﹁はじめて会う方ですわね。名前は損じ上げませんわ﹂
﹁えっ?﹂
﹁おー﹂
驚くシルビアに面白がるナディア。
﹁見覚えはないか﹂
1006
﹁ありませんわね。これでも人の顔を覚えるのは得意ですの﹂
﹁ってことだ﹂
﹁ふむふむ﹂
頷くナディア、またキョトンとしてるシルビア。
ナディアの方が先に状況を飲み込めたみたいだ。
一方で、まったく蚊帳の外に置かれているベロニカは呆れ混じり
にいってきた。
﹁また妻を増やしますの? それであたくしたちの事をないがしろ
にはしないでしょうけど、ほどほどになさいましね?﹂
ベロニカはちょっと呆れた顔をして、屋敷の中に戻っていった。
冗談なのか本気なのかちょっとわからないセリフだった。
その場におれと二人の魔法少女が残って、早速ナディアが聞いて
きた。
﹁ねえねえルシオくん、説明して説明﹂
﹁説明も何も大体わかるだろ、今ので。変身してるうちは別の誰か
に見えるんだ。魔法少女の基本だな﹂
﹁やっぱり。すっごーい、おもしろーい﹂
1007
ナディアはますます面白がって、変身をといてベロニカを追いか
けていった。
﹁ねえねえベロちゃん! あたしの事誰に見える?﹂
﹁だれに見えるって、ナディアにしか見えませんわよ? なんです
のその質問は、また変な遊びでもしてますの?﹂
屋敷の中から聞こえてくるのは微笑ましいやりとりだった。
さっきから﹁わかってる﹂感じが出てるベロニカのセリフが聞い
ててちょっと楽しい。
﹁あの⋮⋮ルシオ様﹂
﹁うん? なんだ﹂
﹁魔法少女になったのはいいんですけど⋮⋮﹂
シルビアが眉をハの字にした。困ってる顔もちょっとかわいい。
﹁なって⋮⋮何をするんですか?﹂
﹁戦うんだよ﹂
﹁戦うって、何とですか?﹂
﹁そりゃ⋮⋮﹂
1008
そういえば考えてなかった。
普通魔法少女と言えば世界征服とかをもくろむ敵と戦うのが一般
的だ。
この世界で世界征服といえば⋮⋮例のバルタサル一世だが、そい
つは異空間に閉じ込められててたまにちょっかい出してくるだけで、
敵として頼りないし、期待出来る程じゃない。
今まで小さくなってアリとかハチとかの巣に突入して戦ってたけ
ど、あっちは魔法少女らしくない。
かといって何もしないのももったいない。
、、、
せっかく健全な魔法少女になったんだから、戦ってるところを見
たい。
考え込んだ、何か手頃な敵はないのかと︱︱。
﹁ルシオ様?﹂
﹁⋮⋮ルシオか﹂
﹁え?﹂
﹁そうか、ルシオだ。うん、それで行こう﹂
﹁﹃トランスフォーム・ラスボス﹄﹂
、、
魔法を唱える。光がおれを包んで、黒いマントを羽織ったそれっ
1009
ぽいものに変わった。
﹁ルシオ様?﹂
﹁ふはははは﹂
﹁ルシオ様!? どうしたんですかルシオ様!?﹂
﹁愚かなる人間どもよ、この世界はおれ様が支配する﹂
こんなんでいいのかな? セリフがまだ洗練させてないけど、そ
れはゆっくり直していこう。
﹁かかって来い魔法少女ども。おれ様を止られなければ世界はおわ
るぞ﹂
﹁本性をだしたなあくのおおぼすめ﹂
﹁えっ!? な、ナディアちゃんまで!?﹂
屋敷から飛び出してきたナディアが変身して、おれに槍を突きつ
けた。
﹁お前の思い通りにはさせないぞ﹂
といいながら、シルビアに目配せする。
それでようやくシルビアも理解したのか、得心した顔になった。
まあ、いつも通りの遊びにロールプレイを取り入れた様なものだ。
1010
﹁ふっふっふ、魔法少女が二人だけ⋮⋮果たしてこのおれを止めら
れることが出来るかな﹂
﹁止めてみせる! そうよね﹂
﹁う、うん。と、とめます﹂
ノリノリのナディアと違って、シルビアは若干棒読みだ。
なんかこっちも楽しくなってきた。
よーし、ならそれっぽく名乗ってみるか。
﹁聞け魔法少女ども。おれ様の名はルシオ、ルシオ・マルティン。
世界に破壊と混沌をもたらし、いずれこの手中に収めてくれよう﹂
﹁そんなことはさせない!﹂
﹁さ、させません!﹂
﹁ふーはっはははは﹂
やばい、なんか楽しくなってきたぞ。
よし、じゃあちょっと戦ってみるか。
嫁達とじゃれ合う感じで、怪我させないけどそれっぽく見える魔
法を脳内検索して⋮⋮。
1011
﹁ようやくその気になってくれたか﹂
﹁え?﹂
﹁え?﹂
﹁え?﹂
しわがれた声が割り込んできた。
おれ達はびっくりして、声の方を見る。
そこに、国王がいた。
国王はキラキラした目で︱︱まるで少年の様な目でこっちを見て
る。
⋮⋮え?
﹁余の千呪公よ、ようやくその気になってくれた。うんうん、余も
常々余の千呪公こそこの世を統べるのにふさわしいと思っていたの
だ。それがようやくその気になってくれたのだ、これほど嬉しいこ
とはないぞ﹂
﹁ちょっと、あのぉ王様?﹂
﹁おっと、こうしてはいられん。余の千呪公が世界征服をするため
の援護射撃の準備をしなければ。またな、余の千呪公よ﹂
﹁ちょっとぉー!﹂
1012
いきなりやってきて、風のように去っていく国王。
追いかけて、事情を説明するのが大変だった。
1013
ガチ勢︵後書き︶
オチ⋮⋮というかガチな王様。
世界が危うく変わる瞬間でした。
1014
嵐の中で輝いて
﹁うー、うー﹂
廊下を歩いてると、窓にへばりついてるココを見つけた。
犬耳の少女は窓枠に両手とあごをのせて、外を見つめている。
﹁どうしたココ﹂
﹁あっ、ご主人様ですぅ。雨なのですぅ﹂
﹁ああ、雨だな﹂
ココの真後ろに立って、頭越しに窓の外を見た。
昼間のなのに空は暗く、降りしきる雨が窓を打ち続けている。
﹁ずっと雨なんですぅ﹂
﹁言われて見ると⋮⋮今月に入って雨が続いてるな﹂
夏休みの最終日で日記を書くかのように、記憶を辿って天気を思
い出す。
すると、一ヶ月近くほとんど晴れた日がないことに気づく。
﹁ママ様と散歩に行きたいですぅ﹂
1015
﹁いけばいいじゃないか、おっさんと台風の中散歩する柴犬もいる
くらいだから︱︱って、そうか﹂
言って、あることを思い出す。
ココは種族的に特殊な体質の持ち主だ。
今は犬耳にもふもふしっぽの柔らかい雰囲気のする少女だけど、
水をかぶると人格も肉体も変化して、猫耳でキリッとした空気を纏
う少女︱︱マミに変身する。
雨でも散歩行きたがる犬は多いが、ココの場合、行きたくても体
質で出来ないんだ。
﹁うー、うー﹂
窓の外を見つめたまま、更に唸る。
わがままをいわない分不憫でならない。
犬が散歩に行けないのはストレスだから︱︱よし。
﹁なんとかしてやる﹂
﹁ご主人様がですかぁ?﹂
﹁ああ、見てろ﹂
廊下を進み、玄関を開けて外に出る。
1016
ココがついてきた。水をかぶることが出来ないから玄関の内側か
らおれを見た。
いることを確認して、魔力を集中する。
かなり魔力使う、古代の大魔法。
﹁﹃ウェザーチェンジ・サニー﹄﹂
﹁へくちっ﹂
どこからともなくかわいいくしゃみが聞こえた。
同時に目の前にワームホールが現われて、魔力の塊が噴出してお
れの顔に直撃した。
もはやおなじみとなった。
﹁バルタサル⋮⋮﹂
﹁わーい、ルシオちゃんだ。ねえねえルシオちゃん、バルはすごく
ヒマしてるのよ?﹂
現われた四人目の妻、バルタサルがそんなことを言う。
暗に遊んで欲しいって催促なんだが、正直いってそれところじゃ
ない。
全身が脱力する、魔力をがっつり吸い上げる古代の大魔法が誤作
1017
動を起こす。
、、、、、、
横殴りの強風が吹きつけ、顔に雨が突き刺さってちょっと痛い。
何日にもわたってしとしと降っていた雨が、急に台風級の暴風雨
に変わってしまった!
﹁あうぅ⋮⋮﹂
ココがまたまた悲しそうに呻いた。
﹁お散歩ぉ⋮⋮﹂
﹁もう一回天気変える⋮⋮のは難しいな。古代魔法二連続は打てる
かどうか分からん﹂
古代魔法の上に古代魔法を重ねがけするのは一発目よりも二発目
の方がより魔力をつかう。そこにバルタサルのくしゃみで誤作動を
起こしてるのだから、ますます重ねるのが怖い。
天気は、おっかなくてもういじれない。
﹁ありがとうございますぅご主人様。今日もガマンしますぅ﹂
肩を落とし、耳としっぽも垂れ下がって、屋敷の奥に戻っていこ
うとするココ。
﹁まあまて、方法がないわけじゃない﹂
﹁本当ですかぁ!﹂
1018
一瞬で︱︱ダッシュで戻ってきたココ。
やっぱり散歩がしたいんだな。
﹁ああ、そのためには︱︱バルタサル、ちょっとここから離れてく
れ﹂
﹁魔法を使うの?﹂
﹁ああ﹂
﹁うーん。バル、一回くらいなら我慢出来るのよ?﹂
﹁ガマンって、くしゃみをか?﹂
﹁うん﹂
﹁そんなのも出来るのか⋮⋮﹂
なら試してみよう。
脳内検索で見つけ出した代案の魔法は軽いものだ、誤作動起こし
てももう一回かければすむ。
﹁﹃ウォータープルーフ﹄﹂
魔法の光がココを包み込む。
﹁は⋮⋮は⋮⋮はぐっ!﹂
1019
その横でバルタサルがくしゃみしたくてむずむずしていた。
ものすごくガマンして、挙げ句の果てには指で鼻を摘まんで無理
矢理ガマンした。
その甲斐あって、魔法は普通にかかった。
﹁これは?﹂
﹁防水コーディングだ、雨の中に出てみろ﹂
﹁はい﹂
ココはなんの疑問も抱かずに︱︱って感じで玄関から外にでた。
横殴りの雨に打たれて、一瞬でびしょ濡れになる。
が。
﹁変わらないですぅ!﹂
﹁完全防水だからな﹂
﹁やったー。これでお散歩いけますぅ!﹂
大喜びするココだが。
奇しくも、台風になった。
1020
最初におれが言った﹁おっさんと台風の中散歩する柴犬﹂のよう
なシチュエーションになった。
正直この台風の中で歩きたくないが。
﹁⋮⋮﹂
ココのわくわくする目には勝てなかった。
﹁お散歩、いくか﹂
﹁はいですぅ!﹂
﹁バルも、バルもいくのよ?﹂
ココもバルタサルも、台風の暴風雨なんてお構いなしにハイテン
ションだった。
おれはココの手首に繋がってるリードを引いて。
台風の中、バルタサルとココと散歩をしたのだった。
1021
嵐の中で輝いて︵後書き︶
今月にはいって雨続きなので、﹁おっさんと台風の中散歩する柴犬﹂
というネットで有名な写真をふと見つけて、この話を書きました。
台風の中で妻と犬のお散歩︱︱微笑ましい光景⋮⋮ですよね?
1022
秋の花粉症
﹁くしゅん﹂
可愛らしいくしゃみが聞こえた。
ここ最近くしゃみと言えばバルタサルだったが、彼女のくしゃみ
の音じゃない
シルビアだ。
部屋の中でアマンダさんの手伝いをして、洗濯物を畳んでたシル
ビアがくしゃみをした。
﹁大丈夫か?﹂
﹁ちょっと、お鼻がむずむずします﹂
﹁風邪か?﹂
近づいて、おでこをくっつけて体温を測る。
﹁うーん、ちょっと熱があるな。やっぱり風邪かな﹂
﹁ち、ちち違います、これは風邪じゃないんです﹂
﹁うん? でも熱があるぞ。それに顔も赤くなったし﹂
﹁旦那様﹂
1023
アマンダさんが口を開く。
﹁念の為、魔法で計ってみていかがでしょう﹂
﹁ふむ。それもそうだな﹂
魔法で計った方が正確だ。
﹁﹃サーモメーター﹄﹂
シルビアに魔法をかけた、温度を測るだけの魔法だ。
﹁ふむ、三十六度一分、平熱だな﹂
﹁はい﹂
﹁でもちょっと熱があるように感じるんだがな﹂
またおでこをくっつけて計る。
﹁︱︱っ﹂
﹁ほらやっぱりちょっと熱い﹂
﹁旦那様。旦那様はもっとご自分の魔法を優先しては? そのよう
なはかり方はあまりなさらない方が﹂
﹁たしかに、魔法の方が正確だな。わかったなるべくしない﹂
1024
﹁ほっ⋮⋮ありがとうございますアマンダさん﹂
﹁差し出がましい事を致しました﹂
シルビアがアマンダさんに何か言ったけど、それよりもシルビア
だ。
﹁くしゅん!﹂
そんな事をしてる間もシルビアはまたくしゃみをした。
﹁ハックション!﹂
ドアが開いて、ナディアが中に入ってきた。
くしゃみをしながら小走りでおれのところに近づいてくる。
﹁ルシオくん︱︱ックション。ちょっとベロちゃんと︱︱ックショ
ン、ココマミの散歩に行ってくるね﹂
﹁ああ、それはいいけど。お前風邪か?﹂
﹁ううん、そんな事ないよ? なんかベロちゃんもさっきからくし
ゃみが止らないけど、そう言う日なんじゃないかな﹂
﹁くしゅん!﹂
﹁ほらシルヴィも。それじゃいってくんねー﹂
ナディアはそう言って、また小走りで部屋の外に出て行った。
1025
﹁ナディアに⋮⋮ベロニカも?﹂
眉をひそめた。
流石にちょっと見過ごせない事態だ。
﹁旦那様﹂
﹁うん?﹂
﹁もしかして花粉症なのではありませんか?﹂
﹁花粉症? 秋なのに?﹂
﹁秋でも発症する方がございます。花が咲く季節であれば花粉は舞
ってますので﹂
﹁春だけじゃないのか、花粉症って﹂
﹁はい。奥様の様子を見てますと︱︱﹂
シルビアの方を見る、おれもつられてそっちを見た。
眉をハの字にしたシルビアから鼻水がだらー、と垂れている。
﹁そっちなのでは、と﹂
﹁なるほど。そうかもしれないな。花粉症ならちょっとしょうがな
いな﹂
1026
﹁うん、ガマンする﹂
﹁よろしいのですか?﹂
﹁なにが?﹂
アマンダさんを見る、あまり意見をしない彼女が今日はやけに饒
舌だ。
﹁奥様がたがみな花粉症となりますと⋮⋮﹂
﹁なりますと?﹂
なんだろう。
そんな事を思ってると、部屋のドアがまた開いた。
﹁あー、ルシオちゃんここにいたー﹂
今度はバルタサルが入ってきた。
最近はおれにべったりじゃなくてあっちこっちに遊びにいったり
もするバルタサル。
何故か蝶々と追いかけっこするのが大好きで、今も肩に蝶々が一
頭乗ってる。
﹁どうした﹂
1027
﹁バルね、また胡蝶ちゃんとお友達になったよー﹂
﹁そうか、よかったな﹂
﹁ルシオちゃんも胡蝶ちゃんに変身してもいいのよ?﹂
﹁そのうちな﹂
﹁うん! 行こ、胡蝶ちゃん﹂
バルタサルが部屋の外にでた。
蝶々がヒラヒラとんで後についていく。
虫だが、本当に仲良くなったみたいだ。
それを見送った後、ふとシルビアとアマンダさんの表情が目に入
った。
二人とも微妙な顔をしてる。
﹁どうした﹂
﹁ルシオ様、今おもったのですが﹂
﹁うん?﹂
﹁バルタサル︱︱くしゅん!﹂
言いかけてまたくしゃみをするシルビア。
1028
鼻水もまた垂れてきて、見るからにつらそうだ。
﹁ちょっとまって、今なんとかしてやるか︱︱﹂
︱︱ら?
花粉症? くしゃみ?
﹁⋮⋮バルタサル?﹂
彼女が出て行ったドアを見た。
﹁さようでございます﹂
アマンダさんがぼつりと言った。
もしかして⋮⋮かなりヤバイ?
何せバルタサルはくしゃみで魔力を爆発させるんだ、そんな彼女
が花粉症になったら?
﹁確証はございません。旦那様の魔法に反応するくしゃみと、花粉
症のくしゃみでは違うかもしれませんので﹂
﹁いや、よく気づかせてくれた。そうか、くしゃみか﹂
﹁生まれたばかりだからまだ花粉症になってないんですね。それに
魔王様だから、ならないのかもしれまくしゅん!﹂
1029
シルビアがフォローをする。
まったく慰めにならない、そんな事をいうシルビアがまたくしゃ
みをした。
なんかヤバイ気がする。
ちょっと想像してみた。
花粉症発症したバルタサル。
一日中くしゃみして、その度に魔力がおれの顔を直撃する。
﹁⋮⋮さすがにちょっといやだな﹂
どうしようかなと思った、花粉と、バルタサル。
どうにかするとしたらどっちかなって考える。
﹁花粉を根絶やしにした方がよろしいのでは? 他の奥様方もそれ
に悩まされていることですし﹂
﹁そうだな。よし、花粉をなんとかしよう﹂
そういって立ち上がる、アマンダさんの言うとおり花粉をなんと
かしよう。
外に向かって歩き出そうとして、ふと立ち止まる。
なにか引っかかりを覚えた。
1030
なんだかわからないけど、なんか引っかかる。
﹁どうしたんですかルシオ様﹂
﹁いや⋮⋮うーん﹂
なんだろうな、いったい。
﹁くしゅん!﹂
シルビアがまたくしゃみをした。
﹁旦那様。奥様のことをお考えになって﹂
アマンダさんに急かされた。かなり真に迫った顔で。
﹁そうだな﹂
そう言って再び歩き出そうとして︱︱また止った。
アマンダさんに急かされた?
引っかかりが具体的な形になった。
アマンダさんが急かす? おれを?
今まで一度もなかったぞそんなの。アマンダさんと言えば妙に超
然としていてツカミどころのないメイドさんだ。
1031
いやメイドさんなのかどうかもあやしく思える時があるくらい、
謎の多い美女だ。
そんな彼女がおれを急かしてる、微妙に感情的に。
﹁もしや⋮⋮﹂
そうおもって、アマンダさんを見た。
一瞬だけアマンダさんがぎょっとした。ほんの一瞬だけで、すぐ
にいつもの超然とした表情に戻った。
取り繕ったのか? それともおれの勘違いか?
次の瞬間、向こうから答え合わせをしてくれた。
﹁ふ、ふ、ふぁ⋮⋮ふぁくしょん!﹂
ガマンしきれなかった様子で、盛大にくしゃみをするアマンダさ
ん。
﹁っくしょん! ⋮⋮ふぁっくしょん!!﹂
それまでガマンしてた反動だから、立て続けにくしゃみをするア
マンダさん。
みるみるうちに目も、鼻の下も赤くなっていった。
﹁アマンダさん﹂
1032
﹁なにか﹂
キリッとするアマンダさん。いや何かじゃなくて。
よくみればいつもの顔だか、鼻だけひくひくしてる。
またガマンしてるのか。
﹁⋮⋮ぷっ﹂
﹁⋮⋮﹂
むすっとして、睨まれた。
睨まれるのもこっそり初めてなのかも知れない。
ますますおかしくなって、今度は吹き出すのをガマンした。
﹁よし、ちょっと行ってくる。みんなの為に花粉の源を絶滅させて
くる﹂
﹁えええええ、ルシオ様そこまでしなくても﹂
﹁行ってらっしゃいませ﹂
慌てるシルビア、いつも以上に真顔のアマンダさん。
﹁⋮⋮ぷっ﹂
背中を向けて、見えないように小さく吹き出して、屋敷を発った。
1033
アマンダさんの可愛らしいくしゃみを心の中で反芻しながら。
☆
余談だがこの年を境に秋の花粉症が消滅して世間ではちょっと騒
ぎになった。
1034
秋の花粉症︵後書き︶
バル回とおもったらアマンダさん回でした、まる。的なお話。
1035
幼女嫁の看病
﹁ハックション!﹂
朝起きたら体がものすごくだるかった。
頭がぼうっとするし、くしゃみと鼻水が止らない。
なんか風邪をひいたかもしれない。
はじめてかも、この世界にきて風邪を引いた。
風邪を治す魔法は⋮⋮と、頭の中で検索していると。
﹁おはようございますルシオ様。朝ですよ﹂
ガチャってドアが開いて、シルビアが入ってきた。
﹁じるびあが⋮⋮﹂
返事をする、自分でもビックリするくらい声がガラガラだった。
﹁ルシオ様? どうかしたんですか?﹂
﹁いや⋮⋮ハックション!﹂
﹁ルシオ様!﹂
1036
慌てて、バタバタ走ってくるシルビア。
おれの横に立って、顔をのぞき込む。
﹁顔が赤い⋮⋮風邪ですか﹂
そうみたいだ
﹁ぞうびばいば⋮⋮﹂
﹁大変! ルシオ様寝てて下さい。ナディアちゃん、みんな、いる
ー?﹂
おれをしっかり寝かせて、肩まで布団を被せてから、バタバタ部
屋の外に走って出て行くシルビア。
しばらくすると四人の嫁が集まってきた。
シルビアにナディア、ベロニカとバルタサル。
朝の八時、嫁の全員集合だ。
﹁これは⋮⋮風邪ですわね。大分熱がひどいですわ﹂
﹁ルシオくんも風邪を引くんだ。びっくりだよ﹂
﹁どうしましょう、すごく熱高いし、ルシオ様がつらそうです﹂
﹁⋮⋮まずは熱を下げたほうがいいですわね。熱で頭をやられない
ように冷やした方がいいってどこかで聞きましたわ﹂
﹁ルシオちゃんやられちゃうの?﹂
1037
﹁そうしないために冷やすのですわ﹂
﹁冷やす他には何をしたらいい?﹂
﹁そうですわね⋮⋮温かくしてちゃんと栄養を取る、でしょうか﹂
﹁冷やすのに温かくするの?﹂
驚くナディア。
﹁そう言うものですわ。頭は冷やして、体は温かくする。風邪の時
の基本ですわ﹂
﹁なるほど! よーし、みんなでルシオくんを看病しよう!﹂
ナディアが言って、三人がほぼ同時に頷いて同調した。
そして看病の準備をするため、ぞろぞろ部屋から出て行く。
⋮⋮。
こんな風邪なんて魔法一つで直せるが、それはちょっと後でいい
か。
なんか、見てみたくなったから。
嫁達がおれをどう看病するのかを。
おれはそのままベッドの上に寝そべって、頭がぼんやりしてきて、
1038
うつらうつらとなった。
そのまま寝入って︱︱どれくらいの時間が経ったか。
人の気配を感じたから、ゆっくりと目を開けた。
﹁あっ、おはようございますルシオ様﹂
シルビアか。
って返事しようとしたけど声が出なかった。
喉がますますガラガラになってて、声が出ない。
﹁タオルをかえに来ました﹂
言われて、おでこに絞ったタオルが載せられてる事に気づく。
﹁お食事も出来ましたけど、食べますか﹂
声が出ないから、かるく頷いた。
シルビアはいったん部屋の外に出て、可愛らしいキッチンミトン
をつけて、鍋を持ってきた。
よほど重いのか、ふらふらしてる。
待て待て、その歩き方はまずい。
これはずっこけておれにぶっかけるパターン︱︱。
1039
﹁お待たせしました﹂
お約束を覚悟したおれだが、そうはならなかった。
ふらつきながらもシルビアはちゃんとおれの横に鍋を持ってきた。
蓋を開ける、湯気が立ちこめる。
中はおじやだった。
﹁これなら食べられるかなって﹂
風邪の影響でほとんど食欲はないけど、これなら入りそうだ。
﹁⋮⋮﹂
食べる、って言ったはずがほとんどかすれた声しか出ない。
ベッドに肘をついて起きようとする、それをみてシルビアは慌て
て支えに来てくれた。
おれを起こして、背中に枕を立たせて背もたれにする。
気が利く。
﹁⋮⋮﹂
喋ろうとした、やっぱり声が出なかった。
1040
咳払いして、頑張って、もう一度しゃべった。
﹁ありがとう﹂
かすれて変な声になったけど、なんとか言えた。
﹁どういたしまして﹂
シルビアは恥じらって、嬉しそうにした。
鍋からおじやを器に移して、れんげでおれに食べさせた。
ふーふーもしてくれた。
おれが食べ終わると、枕を直して寝かせて、鍋を持って部屋から
退散していった。
ハプニングはなかった、逆にしっかりした看病で心がほっこりし
た。
ありがとうシルビア⋮⋮そう思って、またうとうとした。
﹁ルシオくん⋮⋮あっ、寝てるね﹂
次に目が覚めたらシルビアが来ていた。
﹁⋮⋮はよ﹂
少しよくなったのか、ちょっとだけ声が出た。
1041
﹁ごめんね、起こしちゃった﹂
﹁や、だいじょぶ﹂
﹁そっか。あのね、風邪の時リンゴのすり下ろしがいいって聞いて
さ。いま作るね﹂
﹁いま作るのか﹂
﹁うん!﹂
大きく頷くナディア。よく見たらベッドの横におろし金とリンゴ
と小皿とスプーンが置かれてる。
必要なものが一式あって、それは下ろすだけだ。
ナディアはおろし金を使って、一生懸命リンゴをすり下ろしてい
く。
性格的に比較的おおざっぱなナディア、手つきがおっかなくて、
いつ指をすってしまわないか見ててはらはらする。
﹁おれがやろうか﹂
﹁大丈夫、ルシオくんは見てて﹂
笑顔のナディア、顔だけ見ると信頼感たっぷりなんだが、手つき
はやっぱり不安しかない。
何かあったらすぐ止血出来る様に魔法を頭の中で検索した。
1042
それは、しかし使われることはなかった。
最後までケガしないでやり遂げたナディアは、すり下ろしたリン
ゴをおれに食べさせてくれた。
もちろんあーんで、だ。
食べた後、またベッドに横になって、道具一式をもって撤収して
いくナディアを見送った。
⋮⋮どうしよう、なんか幸せだ。
胸がじんわりと温かくなるのを感じながら、しばらくうとうとす
る。
しばらくしておでこのタオルが取り替えられた感触がした。
目を開けると、今度はベロニカだった。
﹁よう﹂
﹁起こしてしまいましたの?﹂
﹁いや、大体この周期で目が覚める﹂
﹁そうですの﹂
﹁タオルをかえてくれたのか﹂
1043
﹁ええ。それとこれ﹂
﹁これは?﹂
﹁栄養剤ですわ。飲みやすくて風邪の時の水分補給にいいらしいで
すわ﹂
水筒みたいなのにストローが指してある。
﹁作ってくれたのか﹂
﹁あたくしが? 作る訳がありませんわ﹂
﹁そうか?﹂
﹁金を出した、ちゃんとした人に作ってもらいましたの﹂
ちょっと残念だ。手作りを期待してたのに。
﹁⋮⋮普段料理をしない女の手料理など凶器でしかないじゃありま
せんか﹂
ベロニカはぼそっと言った、ちょっと拗ねた顔で。
独り言のつもりなんだろうが、ぶっちゃけばっちり聞き取れた。
⋮⋮かわいいじゃないか。
﹁手がだるくて上がらないから、飲ませてくれるか?﹂
1044
﹁︱︱ええ! 任せて下さいまし﹂
ベロニカは大喜びで、水筒を持ってストローをおれの口に近づけ
させた。
ストローで吸い上げる、営業剤ってよりスポーツドリンクの様な
味だった。
なるほど、これなら確かに風邪の時にいい。
それを飲んで、ベロニカを見送って、また温かいシーツの中に潜
り込んでねた。
しばらくうとうとして、四回目の目覚め。
今度はバルタサルがいた。一番天然の魔王嫁バルタサル。
、、
体調が大分よくなってきたこともあって、おれは今度こそハプニ
ングが来るぞと期待した。
さて何をしてくれるのか、そう思って、寝たふりをして様子をう
かがった。
バルタサルはタオルをかえて、シーツを変えてくれた。
どっちもそっとやってくれて、おれを起こさないように、って手
つきだった。
あまりにも優しかったから、体がすっきりしただけじゃなくて胸
もじんわりして、バルタサルが動き回ってるのに、いつの間にかう
1045
とうとして、本当に寝てしまった。
﹁はっ!﹂
起きるとバルタサルはもういなかった。代わりに枕元に一枚の紙
があって、デフォルメされたバルタサルの顔と、﹁元気になるのよ
?﹂ってぐにゃぐにゃな字で書かれていた。
なんか⋮⋮今日で一番じんわりきた。
同時に申し訳なくなった。
ハプニングとか、お約束とか期待してごめん。
おれの嫁達は全員素晴しい子だった。
いろんな看病をしてもらって、風邪ははっきりと自覚出来るほど
急速になおっていった。
ありがとう。シルビア、ナディア、ベロニカ、バルタサル。
嫁達への感謝を胸に秘めて、おれは再び目を閉じた。
☆
翌日。
﹁うぅ⋮⋮頭が痛いです﹂
﹁鼻水がとまらないよ﹂
1046
﹁うぅ⋮⋮情けない﹂
﹁くしゅん! くしゅん!﹂
一日中看病した嫁達が、全員おれがうつしたであろう風邪で倒れ
てしまった。
そんな約束に感謝しつつ、おれは、全力で彼女達の看病をしたの
だった。
1047
無双命令︵前書き︶
次回節目の100回目で、その前振り回です。
1048
無双命令
﹁よく来てくれた、余の千呪公よ﹂
王宮の謁見の間、おれは久しぶりに国王にココに呼び出された。
﹁お久しぶりです、王様﹂
﹁うむうむ、余の千呪公よ、変わりはなかったか? なにか生活に
不便はないか? そうじゃ、これから寒くなる、王宮が所蔵してい
る暖石半分ほどわけてやろう﹂
﹁陛下、王宮が所蔵している量の半分ですと、公爵様のお屋敷がま
るまる埋まってしまいます﹂
横にいる大臣がツッコミを入れて、国王の暴走を止めてくれた。
相変わらず良いコンビだ、と思いつつ話を進める。
﹁ありがとう王様。ちょっとだけもらって良いかな。みんなと使っ
てみて、良かったらまたもらいに来るね﹂
﹁そうかそうか。うんむ、いつでも待ってるぞ﹂
﹁陛下、そろそろ⋮⋮﹂
横から大臣が国王をせっついた。
1049
いつも通り目尻下がりっぱなしの国王と違って、大臣はちょっと
⋮⋮いやかなりの真顔だ。
何を頼まれるんだろう、おれは気を引き締めた。
﹁さて、余の千呪公よ。卿を呼び出したのは他でもない、是非とも
やって欲しい事があるのだ﹂
﹁うん、王様の頼みなら。何をすればいいの?﹂
﹁討伐じゃ﹂
﹁討伐?﹂
﹁そうだ。ゲルニカの事を覚えているか﹂
﹁うん、もちろん﹂
ベロニカの出身だ、忘れる訳がない。
小国ゲルニカ。財政難を原因に、ちょっと前に王国に臣従してき
た国だ。
臣従してきた直後、その財政を立て直すため、国王はおれを派遣
した。
いろいろあって、おれは地上じゃなくて海にも鉱脈が埋まってる
という当たり前の事を思い出して、魔法で100トンもの金を採掘
して、ゲルニカにおいてきた。
1050
ちなみに金の値段はこの世界でも同じくらいのもので、帰った後
に思い出して計算してみたら、四兆から五兆円くらいの価値がある
ことが分かった。
それはまあ、余談。
おれにとって一番重要なのはそこでベロニカと出会ったこと。
おれの大事な大事な、可愛い嫁のベロニカ。
彼女と出会って、連れ戻ったのがあのゲルニカで一番の収穫だ。
金の採掘なんて、彼女と海底の散歩デートの副産物でしかない。
﹁そのゲルニカがどうしたの?﹂
﹁先日ゲルニカ領内にあるミ・アミールという街に賊が現われた、
ゲルニカ王は2000の兵を差し向けて、これを鎮圧したのだ﹂
﹁2000人も? そんなにすごい賊だったの? ⋮⋮ってちょっ
と待って、違うよねそれ﹂
﹁うむ、流石余の千呪公、よくぞ気づいた。そう。ゲルニカは我が
属国、臣従してきたときに兵権は全て剥奪しておる。余の許しがな
い限り兵を持つことは許されぬ、ましてや動かすなど言語道断﹂
﹁もちろん、許しはないよね﹂
あったらこんな話をしてない。
1051
国王は頷いた。
﹁うむ。すべて独断だ﹂
﹁なるほど﹂
﹁しかも賊の討伐後、そのままミ・アミールに駐在していると聞く﹂
﹁⋮⋮それもまずいよね﹂
﹁実質反乱でございます﹂
大臣が横から口をだした。
だよな。兵権がないくせに兵を集めて動かして、その上街を﹁占
拠﹂してるんだ。
大臣の言うとおり、実質反乱だぞ、それ。
﹁というわけで余の千呪公よ。ミ・アミールに出向いてゲルニカ兵
を殲滅してくれまいか﹂
国王はおれをそこで言葉を切って、おれを見つめた。
いつになく、真面目な顔で。
﹁単身で赴き、余の千呪公の力を見せつけてやるのだ﹂
ものすごい無茶ぶりをされた。
1052
1人で2000人の兵に無双してこいって命令された。
普通に考えたらあり得ない命令、死んでこい、って言われた方が
マシだけど。
おれの場合、そして国王の場合。
無茶ぶりでも死んで来いでもない、言葉通り、おれという人間を
自慢したくて、あえて一人で行って来いという命令だ。
﹁うん、わかった﹂
だからおれは頷いた。国王の言うとおり一人で行くことを承諾し
た。
さて、2000人か。
どういう魔法がいいかな? と、おれははやくも頭の中で魔法の
検索をはじめたのだった。
1053
マンガを読んでるおれが世界最強
ミ・アミール郊外、街を一望できる小丘の上。
話を聞いて、国王の依頼を受けてきてみたけど、予想以上にヤバ
イ状況だった。
なぜなら丘の上から見える街は、兵が9分に民が1分、って感じ
だ。
人口がせいぜい百人ちょっとな街っていうか村っていうかなとこ
ろに、それを遥かに上回る兵が駐屯してる。
いや、これはもう砦だな。
民よりも兵が多かったら実際は砦みたいなもんだ。
﹁兵士さんがいっぱいですね﹂
﹁うじゃうじゃいるね。あれ全部倒さなきゃいけないの?﹂
﹁そうしなければなりませんわね、放っておくと戦火が広まる原因
にもなりかねませんし、火種は小さいときにつぶした方がいいです
わ﹂
﹁すぴぃ⋮⋮﹂
⋮⋮。
1054
おれのそばに四人がいた。
シルビア、ナディア、ベロニカ、バルタサル。
薬指に魔法の指輪をはめた、四人の幼妻。
おれはこう思った。
何故、ここにいる。
﹁どうしたんですかルシオ様。わたし達の事をじっと見つめて﹂
﹁なんでここにいるんだ?﹂
ストレートに疑問をぶつけることにした。
今回の件、国王から依頼されたのはおれだ。
2000人程度の兵、おれがぱぱっとやって、ぱぱっと終わらせ
るつもりだった。
それが全員くっついてきた。何故なのかこれが分からない。
﹁同行するのは当然ですわ。妻ですもの﹂
﹁しかし危ないぞ、今回のは﹂
﹁なにいってるのさ﹂
1055
パンパン、とナディアに背中を叩かれる。
いつものように明るい表情で八重歯を覗かせながら笑う。
﹁もっと危ないことだってしたことあるじゃん。ルシオくんと一緒
にさ﹂
﹁なんかやったっけ﹂
﹁その、一緒に魔王と戦ったことも⋮⋮﹂
おずおずって感じで話すシルビア。
言われて、思い出す。
魔王バルタサル。おれを付け狙い、何かにつけては異空間に召喚
して無理矢理戦いを挑んでくる元魔王。
何回か嫁達を巻き込んだこともある。
たしかに、あれに比べればちっとも危険じゃないな。
たかが2000人の兵、危険なんてあってないようなもんだ。
それでも対応を考え直さなきゃならん。
おれは頭の中で魔法を検索し直した。
大分前に五桁を越えた、マンガを読んで覚えた魔法を。
1056
一万冊以上読んで覚えた様々な魔法の中からこの状況に適したも
のを探す。
そうしたんだが。
﹁じゃあちょっと行ってくるね﹂
ナディアはそう言って駆け出した。
﹁ちょっと行ってくるって、ナディアどうするつもりなんだ﹂
﹁変身﹂
薬指の指輪にちゅっ、ってキスをするナディア。
瞬間、指輪の宝石が光を放つ。ナディアの服が一瞬で消え、また
一瞬で衣装に着替えた。
魔法少女としての衣装を纏うナディア。
﹁へ、変身﹂
﹁変身、ですわ﹂
シルビアベロニカも、ナディアに倣うように指輪にキスをして、
魔法少女に変身をした。
三人ともちょっと前におれと契約して魔法少女になった。
いくつか魔法を組み合わせて、彼女達が結婚指輪にキスをすると
1057
魔法少女に変身して、おれの魔法を代行で一個使えるようになる。
﹁いってきます、ルシオ様﹂
﹁見ててねルシオくん!﹂
﹁あなたはそこでお茶でもすすってるといいですわ﹂
三人の魔法少女がミ・アミールに向かって飛んで行った。
しばらくして、三人の勇姿が見えて来る。炎と氷と風、それぞれ
の魔法を操って戦う三人の魔法少女を。
﹁すごいな⋮⋮うわ、ベロニカ容赦ないな。あいつらお前の祖国の
兵だろうに﹂
三人の前に兵士は次々倒されていった。遠くから見てるのもあっ
てかまるでゲームの無双シーンに見えてしまう。
ぶっちゃけ、自分でやるのとは違う爽快感があった。
﹁すぴぃ⋮⋮ふぇ?﹂
おれの隣でねてたバルタサルが起きた。
寝ぼけた目でまわりをきょろきょろしてから、おれを見てにへら、
と笑う。
﹁おはよールシオちゃん﹂
1058
﹁おはよう﹂
﹁あれ? みんなは?﹂
﹁あそこだ﹂
三人の魔法少女が飛んで行った先を指す。
バルタサルはそこを見て。
﹁なんか楽しそう﹂
﹁いってくるか?﹂
﹁バル、魔法は使えないから行ってもたのしめないんだよ?﹂
﹁それなら大丈夫だ、なんとかする﹂
﹁うーん。じゃあちょっと行ってくる﹂
四人目の幼妻、現魔王バルタサル八世がとたたたと走り出した。
おれが魔法をかけようとするとくしゃみをして魔法に誤作動を起
こすから、彼女だけ契約して魔法少女になってない。
そんな彼女がシルビアのところにたどりついた。おれは自分にか
かってる魔法を解いた。
おれの魔法
シルビアが魔法を使い、バルタサルがそれに反応してくしゃみを
した。
1059
彼女は何故か、おれの魔法に反応してくしゃみをする。
それだけなら良いが、くしゃみ自体魔王の魔力を同時に放出する
からかなりの破壊力を持つ。
それを普段は魔法を使って、まわりに被害が出ないようにおれに
向けるようにした。
それを調整して、バルタサルの近くの兵士に向けるようにした。
無双キャラが一人増えた。
バルタサルはあっちこっちでくしゃみをして、兵士を蹴散らして
いく。
四人の嫁が活躍する光景を眺めるおれ。
﹁﹃エアクッション﹄﹂
空気のソファーを作り出して、そこに座って、魔導書を読み出す。
まるでテレビを見ながら、CM中にマンガを読むような感覚で。
丘の上でおれは、マンガを読んで、応援をおくり続けた。
四人の嫁はおれの代理をして、マンガ一冊読み終えるまでの間で
2000人の兵を一掃したのだった。
1060
マンガを読んでるおれが世界最強︵後書き︶
おかげさまで連載100話到達しました。
150話目指してがんばります!
1061
フラワーファイター
昼過ぎの屋敷の中、何となくぶらついてると、リビングに二人分
の気配を感じた。
中を覗くとシルビアとアマンダさんがいた。
二人は手元に視線を落としてる、みた感じ、シルビアが何かをし
てて、アマンダさんがそれを指導してる、って感じだ。
﹁よう。何をしてるんだ﹂
﹁ルシオ様︱︱ひゃっ﹂
おれが現われた事で喜び顔になったシルビアだが、直後眉をしか
めて小さい悲鳴を上げた。
﹁どうした﹂
﹁針が⋮⋮指先に刺さってしまいました﹂
﹁針﹂
真横に立ってのぞき込む。どうやらシルビアは何か針仕事をして
いるようだ。
型紙があって、それに沿って針と布で衣装を作ってる︱︱って所
か。
1062
﹁薬箱をご用意します﹂
﹁ああいい︱︱﹃ヒーリング﹄﹂
立ち上がりかけたアマンダさんを制して、魔法でシルビアの指を
治してやった。
﹁ありがとうございますルシオ様﹂
﹁それよりもいきなりどうしたんだこれ﹂
﹁実は、昨日の夢の中でこんな服を着てたんです。お花がそのまま
服になった、というか⋮⋮それをアマンダさんに話したら、作って
みようか、って事になったんです﹂
﹁なるほど﹂
型紙を見る、確かにそれは花をモチーフ⋮⋮というより花そのも
のな服だ。
﹁でも難しいです﹂
﹁そりゃ普通の服じゃないからな﹂
﹁それに夢の中にでてきた物ですから。現実にある物なら参考にな
るような物もあるのですけど﹂
﹁参考になるもの、出してやるよ﹂
1063
☆
庭で待つことしばし、シルビアが小走りでやってきた。
﹁お待たせしましたルシオ様﹂
﹁それがモチーフの花か?﹂
﹁はい!﹂
シルビアが持ってきたの小さな、黄色い花びらの花だった。
名前は知らないが、道ばたに慎ましく咲いてるのをよく見る花。
﹁これをどうするんですか?﹂
﹁見てな︱︱﹃フラワーファイター﹄﹂
呪文を唱え、魔法の光がそれを作り出した。
一言で言えば巨大な顕微鏡みたいな機械だ。
おれはレンズの下を指して、シルビアにいった。
﹁ここにその花を置いて﹂
﹁はい﹂
﹁そのすぐ上にある青いボタンを押して﹂
1064
﹁こうですか﹂
言われた通りボタンを押すシルビア。
レンズがカシャッ、カシャッて音を立てて、花が光に包まれた。
やがて、それは小さな人形に姿を変えた。
シルビアそっくりの人形だ。
しかし姿がそっくりというだけではない、人形が着ている服は元
になった花をあしらったような物。
黄色い花をモチーフにした、魔法使いのような衣装をきたシルビ
アだ。
﹁わああああ﹂
それを見たシルビアは目を輝かせた、自分そっくりの人形を手に
取った。
﹁かわいい。すごいですルシオ様﹂
﹁喜んでもらえて嬉しいよ﹂
﹁こういう魔法もあるんですね﹂
﹁本当は使い道違うんだけどな。ベースになる花を持ってきて、そ
れをボタンをおした人間と同じ姿の人形に着せる。そして、戦わせ
る﹂
1065
﹁戦わせる?﹂
﹁こんな感じに﹂
おれは足元から雑草を抜いて、同じレンズの下に置いてボタンを
押した。
光が雑草を包み込み、おれそっくりの人形を作る。
草色のはねつき帽子をかぶって、弓矢をもったおれの人形ができ
た。
二体作ったことで、機械の前に光のリングが出来た。
シルビアの手から取り上げて、二体の人形をリングに並べる︱︱
と、人形がまるで命が吹き込まれたように動き出し、戦いだした。
﹁わああああ﹂
﹁こんな感じだな﹂
﹁すごい、すごいです﹂
﹁ふむ、シルビアの方が強いな﹂
人形同士の戦いは、シルビアがおれを圧倒した。
弓矢を持つおれと魔法使いのシルビア、遠距離同士の戦いは、最
終的に花びらが舞うエフェクトの魔法を放ったシルビアの勝利に終
1066
わった。
﹁すごい﹂
﹁ま、こんなもんだ。人形としての出来はいいから服作りの参考に
︱︱﹂
﹁みんなも呼んで来て、一緒に遊んでいいですかルシオ様!﹂
瞳を輝かせておれに聞くシルビア。
最初の目的を軽く見失ってるみたいだが。
﹁ああ、呼んでおいて﹂
嫁が喜んでるんだから、水を差すおれではなかった。
☆
﹁ココトーの花見つけてきたよシルヴィ﹂
﹁わたしはこれ﹂
﹁おー、ドロクバじゃん。シルヴィのイメージぴったりじゃん﹂
﹁どうなるかな﹂
二人はわくわくした顔で、順番に機械に花を入れてボタンを押す。
ナディアのはカボチャっぽい頭巾をかぶったキャラに、シルビア
1067
は青と白をベースにした鎧すがたになった。
何故か鎧なのに背中が大きく開いている。
二人のキャラはリングの中で戦う。一方的な展開になって、ドロ
クバ・シルビアがかった。
﹁負けた﹂
﹁バルもひろって来たのよ?﹂
﹁はっちゃん、それ花じゃなくてキノコ﹂
﹁⋮⋮? キノコは、だめ?﹂
﹁うーん、だめ?﹂
ナディアは首をひねって、おれに水を向けた。
﹁植物ならなんでもありだ。なにが出てくるのかは保証できんが﹂
﹁じゃあいれる﹂
機械に入れて、ボタンを押す。
光がキノコを包んで、でてきたのはオーバーオールを着た︱︱。
﹁てぃっ!﹂
光の速さでそれをつかんで空の彼方に投げ捨てた。
1068
﹁⋮⋮? どうしたの?﹂
﹁いまのは忘れてくれ﹂
﹁⋮⋮? うん、ルシオちゃんがそう言うならそうする﹂
聞き分けが良くて助かった。最強法務部は敵に回したくない。
﹁ルシオ、これは大丈夫かしら﹂
今度はベロニカだ。持ってきたのは紫色の花だった。
﹁大丈夫じゃないのか?﹂
よく分からないからとりあえず頷いた。
﹁ベロちゃんベロちゃん、それはやめといた方がいいとおもうよ﹂
が、ナディアからNGがでた。
﹁どうしてですの?﹂
﹁だってさ、いままでの傾向見てると、使った花の特徴にあわせて
人形の動き変わってたじゃん?﹂
﹁ええ、そうですわね﹂
﹁だからやめた方がいいと思うよ?﹂
1069
﹁訳がわかりませんわ。とりあえず作らせて頂きますわね﹂
ベロニカは紫色の花を機械に入れた。ナディアは﹁あーあー、し
ーらないっと﹂といった。
なんだろう?
光の中から生まれたのは、紫のナイトドレスを着たベロニカだっ
た。
いまのベロニカというよりは、元の、オリジナルベロニカににた
妖艶なたたずまいだ。
﹁あら、いいんじゃありませんの﹂
﹁そうだな﹂
ベロニカの雰囲気にも合ってるし、あとは強さだけだな⋮⋮と思
った次の瞬間。
どこからともなくミツバチが一匹とんできて、それがベロニカ人
形の前を通ったと思ったら。
パックン。
ベロニカ人形の口から舌が音速の如く飛び出して、ミツバチを捕
らえて口の中に引っ張り込んだ。
捕食してしまったのだ。
1070
唖然とするベロニカ。
﹁あーあー、だから言ったのに﹂
ナディアが苦笑いして言った。
﹁あの紫色の、綺麗だけど先っぽのねばねばで虫を捕って溶かして
食べる花なんだ﹂
﹁⋮⋮食虫植物だったか﹂
ベロニカはわなわな震えた、涙目になって叫んだ。
﹁︱︱っ! つ、強ければいいんですわ!﹂
と、半ばやけくそのようにさけんだ。
ちなみに食虫ベロニカは騎士シルビアに負けた。
そうして、嫁達はいろんな植物を見つけてきては、人形にして、
戦わせた。
意外と最初期に見つけてきた騎士姿のドロクバ・シルビアが強く
て、ほとんど無敵状態で連戦連勝を誇っていた。
他の嫁達がそれに挑み、シルビア自身も新しい花でそれに挑む、
と言う形になった。
﹁ルシオちゃん﹂
1071
﹁お、次はバルタサル、か⋮⋮﹂
振り向いたおれは思わず言葉をうしなった。
戻ってきたバルタサル。萌え袖は大量に花を抱えていた。
﹁それは?﹂
﹁バル、頑張って集めたのよ?﹂
﹁いや頑張ったのは分かる﹂
﹁れっつごー﹂
バルタサルはなんと花をまとめて機械に入れて、ボタンをおした。
レンズがいつも以上にカシャカシャ、カシャカシャと音をならす。
﹁だ、大丈夫なの?﹂
﹁こ、壊れたりしませんよね﹂
怖じ気つくベロニカ、おそるおそるおれに聞くシルビア。
さあ、この場合どうなるんだ?
いつもより大分時間がかかったあと、バルタサル人形ができた。
全員が︱︱バルタサルを除く全員が一斉に息をのんだ。
1072
バルタサル八世︱︱と畏怖を込めて呼びたくなる存在がそこにあ
った。
まず嫁バルタサルじゃなくて、大人版の魔王バルタサルがいた。
その体を包むというか、守ってるというか、植物の触手で出来た
物がうねうねしていた。
まさに異形、まさに畏怖。
そんな物ができあがってしまった。
﹁わー、すごーい﹂
当のバルタサルは大喜びした。
﹁こんなのが出来るんですのね﹂
﹁なんか、イレギュラーっぽいです﹂
﹁イレギュラーだな。いやある意味あってるのか﹂
バルタサル魔王だからなあ、これも似合ってるっちゃにあってる。
﹁あ、ドロクバのシルヴィが触手につかまった﹂
﹁これは︱︱お子様お断りなシーンですわね﹂
﹁バル、りょーじょくも得意なのよ?﹂
1073
﹁きゃあああ! 見ないで、みないで下さい!﹂
平和的なエグいシーンを鑑賞する嫁達︵結婚してるので大人︶。
マルティン家は、今日も一日平和だった。
1074
ルシオを上回る魔力
﹁たったいまー。うー、寒い寒い﹂
外から帰ってきたナディアは手のひらをしきりにこすり合わせて
いた。
確かに今日は朝から気温が下がってて、長袖でもちょっと寒いく
らいの気温だ。
﹁あっ、ルシオくんだ。きゃっほーい﹂
リビングを通り掛かったナディアはマンガを読んでるおれを見つ
けるなり、ほとんどダイブする勢いでしがみついてきた。
﹁うーん、ルシオくんあったかーい﹂
﹁そうか。外、大分寒かったみたいだな﹂
手を彼女のほっぺたに押しつける。ぷにっとしたナディアの頬は
ひんやりしている。
﹁そうなんだよ。なんか面白いことないかなあ、ってぶらぶらして
たんだけどただ寒いだけだったよ﹂
﹁もう秋だもんなあ﹂
﹁気づいたらねー。今年は夏が長かったから油断してたよ﹂
1075
ナディアはそう言いながら、おれの腕にほおずりした。
それで人心地ついたのか、いつも通りの元気いっぱいな笑顔で八
重歯を見せておれに言った。
﹁ねえルシオくん、なんか暖かくなるものない?﹂
﹁ふむ﹂
読みかけのマンガを太ももの上に置いて、脳内で魔法を検索する。
するとある物を思い出した。
検索の範囲は魔法以外に及んで、久しぶりのある物を思い出した。
☆
﹁これは?﹂
﹁こたつっていうんだ﹂
﹁こたつ? ただのテーブルに布団を掛けただけに見えるけど﹂
そりゃそうだ。
アマンダさんに頼んで、リビングに運んで来てもらったのはただ
のローテーブルに、布団を掛けただけもの。
厳密にはいまの状態はこたつじゃない。
1076
﹁﹃キープウォーム﹄﹂
魔法をかける、温度を上げて、温かいのを保つだけの魔法だ。
布団を掛けたローテーブル、そこに暖かさとなる熱源が入った。
﹁おー、いまかけた魔法でこたつになるんだ﹂
﹁いや、まだだ﹂
﹁ほえ?﹂
﹁旦那様﹂
アマンダさんがやってきた。
有能な我が家のメイドは注文通り、皿いっぱいに乗ったみかんの
ような果物を持ってきた。
﹁こちらでよろしかったでしょうか﹂
﹁うん、ばっちり。さすがアマンダさん﹂
みかんと言っても通じないから、見た目を例えて似たようなもの
を揃えてもらったけど、見た目はほとんどみかんそのものだ。
それをテーブルの真ん中に置く。
﹁これで、こたつの完成だ﹂
1077
﹁ほええ?﹂
﹁さ、入るか﹂
おれは先にこたつに入った。それをみたナディアがまねして同じ
ようにこたつに入ってきた。
﹁おー、暖かいね、これ!﹂
﹁だろ。ここでのんびりするんだ﹂
﹁うん﹂
おれとナディア、二人でこたつに入った。
ナディアは布団をめくってこたつの中をのぞいたり、仰向けにな
ったりうつぶせになったり色々やっていた。
みかんっぽいのも剥いて食べて、次第にはこたつに入ったままう
とうとし出した。
その間おれはずっと魔導書を読んでいた。
いろんな夫婦の形を紹介する、ちょっと異色なマンガだが、それ
なりに楽しい。
我が家も下手すればこのマンガに乗ってるような面白夫婦なのか
な、と思っていると。
1078
﹁大変だよルシオくん!﹂
ナディアが切羽詰まった声でおれを呼んだ。
﹁どうした﹂
﹁お手洗いに行きたいの!﹂
﹁うん﹂
﹁お手洗いに行きたいの!﹂
﹁行っておいで﹂
﹁でられないの!﹂
﹁あー﹂
おれはにやりと口の端をゆがめた。
﹁こたつからでるのに苦労するからなあ。まあがんばれ∼﹂
と、気楽な声援を送った。
こればかりはしょうがない。こたつからでられなくなるのは当た
り前の事で、おれにはどうしようもないことだ。
出来るのはせいぜい、今のように応援することしかない。
﹁くっ、流石ルシオくんの魔法。まさか一度入ったら出られなくな
1079
るなんて!﹂
おれの魔法じゃなくて、日本人の叡智だけどな、これ。
﹁くううう、むむむむむ⋮⋮まいっかぁ⋮⋮﹂
大した尿意︵?︶じゃなかったらしく、ナディアはしばらく悩ん
だ結果諦めて、そのままこたつに居残ることを選んだ。
﹁ナディアちゃん、なんか唸ってたみたいだけど大丈夫?﹂
﹁あら、これは何ですの?﹂
シルビアとベロニカは同時にやってきた。
﹁ニヤリ﹂
あっ、悪そうな顔だ。
ナディアの八重歯がきらりと光った。
そして、約一時間後。
﹁で、でられないです⋮⋮﹂
﹁謀りましたわね!﹂
シルビアもベロニカも同じ、こたつにつかまってしまっていた。
﹁あはははー、すごいよねー、ルシオくんの魔法﹂
1080
﹁うん、流石ルシオ様﹂
﹁テーブルに布団を掛けて、温かくするだけ。海の散歩といい、相
変わらず発想力がすごいですわね﹂
いやだからこたつはおれの発想じゃなくて先人の偉大な発明だけ
どな。
ま、黙って置くけど。
﹁あっ、ルシオちゃんだ﹂
そして、遅れること一時間ちょっと、四人目の嫁バルタサルがふ
らふらとやってきた。
﹁おー、はっちゃんもこたつにはいる?﹂
﹁でも、もう満員﹂
シルビアは困った様子でつぶやく。
確かに満員だ。
正方形のローテーブル、普通にやって定員四人のこたつ。
おれ、ナディア、シルビア、ベロニカ。
これで満員だ。
1081
そして全員がこたつにつかまって出られないでいる。
つまりバルタサルは入れない。
どうしよう、と嫁達が困っているよ。
﹁バル、寒いのよ?﹂
﹁おう﹂
﹁ルシオちゃんが温めてね﹂
といって、こたつにではなく、おれの腕にしがみついてきた。
﹁﹁﹁あ﹂﹂﹂
三人がそろって声を上げる。それがあったか、って顔をした。
おれにしがみついてきたバルタサルはと言えば、ほとんど間をお
かず﹁すぴぃ﹂って寝息を立てはじめた。
おいおい、キミはのび太くんか。
﹁いいですわね⋮⋮それ﹂
ベロニカがつぶやく、同時に﹁はっ﹂という声が聞こえた気がし
た。
シルビア、ナディア、ベロニカ。
1082
三人の目が肉食獣のそれになった。こたつとは違って、おれの腕
はまだ空きが一つある。
マンガを読んでるが、前にも両手をつないだ状態で、嫁がページ
をめくってくれた事がある。
マンガを読んでることは問題じゃない、腕はやっぱりあいてる。
これをめくっての争奪戦になるか、と覚悟していたら。
﹁うぅ⋮⋮でられないです⋮⋮﹂
﹁ああもう! こたつのばかばかばか﹂
﹁くっ、目の前にくっつけるチャンスがあるというのに﹂
三人が揃って嘆いた。
⋮⋮おれとくっつきたいけど、こたつからでられないから無理、
ってことか。
⋮⋮プッ。
思わず吹き出した。
結局その後、誰一人としてこたつから抜け出せることが出来ず。
おれのもう片方の腕は、最後まで寂しく空きになったままだった。
こたつの魔力、恐るべし。
1083
同人誌をつくる嫁達
﹁ルシオ! 絵を描く魔法を下さいまし!﹂
マンガ
久々にいい天気だから庭で魔導書を読んでると、ベロニカがぷん
すかした様子でやってきた。
﹁どうした﹂
﹁どうしたもこうしたもありませんわ。絵を上手く書ける魔法をあ
たくしに﹂
﹁⋮⋮絵が下手なのか?﹂
﹁うっ﹂
息を飲んで、ハッとするベロニカ。
勢いに任せて魔法をおねだりしにやってきたはいいが、そこを突
っ込まれることは考えてなかったって顔だ。
﹁そ、そうでもありませんわ。人並みですわ﹂
﹁人並み?﹂
﹁そう人並み﹂
﹁ふーん。どんなのを書いたの、見せて﹂
1084
﹁そんなのどうでも︱︱﹂
﹁ここにあるよー﹂
急に現われたナディア、彼女は一枚の紙を持っている。
﹁はい、ルシオくん﹂
﹁どれどれ⋮⋮﹂
ナディアから紙を受け取って、書かれてる絵を見る。
む、これは⋮⋮もしや⋮⋮。
﹁つぶれたトンボ?﹂
﹁ルシオの顔ですわ!﹂
﹁っておれの顔かよ!﹂
思わず突っ込んだ。
﹁あはははははは!﹂
腹を抱えて笑うナディア。それをよそに絵を見つめる。
おれの顔⋮⋮おれの顔⋮⋮。
﹁ベロニカ⋮⋮もしかしておれのこときらいか﹂
1085
﹁そんな事ありませんわ! 大好きですわ!﹂
﹁おー、にやにや﹂
﹁ってそんな事はどうでもいいですわ! 絵を上手にかける魔法を
!﹂
悪戯っぽい笑みを浮かべるナディアに、顔を真っ赤に染め上げる
ベロニカ。
彼女は更に魔法をおねだりしてきた。
﹁なるほど話は分かった﹂
﹁よろしい︱︱﹂
﹁ナディアは書かなかったの?﹂
﹁あるよー﹂
満面の笑顔でもう一枚の絵を取り出して渡してきた。得意げな顔
でおれの感想を待つ。
﹁これがおれで、これがナディア。ベロニカにバルタサルにシルビ
ア。全員集合だな﹂
絵はベロニカに比べればかなりマシだった。8歳児相応の絵だが、
モデルの対象がちゃんと判別つくレベルだ。
1086
﹁うん!﹂
﹁気のせいかシルビアだけ気合入ってるしうまいな﹂
﹁シルヴィの顔は見ないでもかけるもん﹂
﹁なるほど﹂
流石親友同士ってことか﹂
﹁他はないのか?﹂
﹁ふふん。じゃっじゃじゃーん﹂
口で効果音をつけて、更に絵を出した。
﹁シルヴィのだよ﹂
﹁どれどれ︱︱ってうまっ!﹂
シルビアが書いたとされる絵はメチャクチャうまかった。
少女マンガタッチでキラキラしてて、八頭身の超絶イケメンが書
かれている。
﹁すごいなシルビア。マンガ描けるんじゃないのかこれなら。これ
何のキャラだ?﹂
﹁え?﹂
1087
﹁え?﹂
きょとんとするナディア、きょとんとしかえすおれ。
そこに、ベロニカが呆れた顔でため息交じりに言った。
﹁何をおっしゃいますの? どこからどうみてもルシオですわ﹂
﹁っておれなのかよこの超絶長身イケメン!? 生徒会やったり学
生実業家やったり髪にくっついた芋けんぴ食いそうだぞこれ﹂
﹁セイトカイもガクセイジツギョウカもイモケンピもなんの事なの
かわかりませんが﹂
﹁それはちゃんとルシオくんだよ﹂
﹁マジかよ⋮⋮﹂
もう一度よく見る、背景がキラキラしてる⋮⋮完璧に少女マンガ
の万能イケメンだ。
﹁マジかよ⋮⋮﹂
もう一度つぶやく。
妙なショックから気を取り直して、更に聞く。
﹁バルタサルのは?﹂
﹁はっちゃんはいなかったから書いてないんだ﹂
1088
﹁いなかった?﹂
﹁ええ、どこかにふらふらと︱︱﹂
﹁バル、ここにいるのよ?﹂
﹁﹁﹁うわ!﹂﹂﹂
驚いた三人が同時に声をあげた。
いつの間にかバルタサルがやってきてて、おれの腰にしがみつい
ていた。
﹁はっちゃん、どこに行ってたの?﹂
﹁あたらしい胡蝶ちゃんとお友達に﹂
手を差し出す、紫色の蝶々がそこに乗っていたのが、ひらひらと
羽ばたいてどこかへ飛んで行った。
﹁そっか。はっちゃんのことさがしてたんだ﹂
﹁これからは蝶々を見つけるところからはじめた方が早そうですわ
ね﹂
﹁バルを探してたの?﹂
﹁うん!﹂
1089
八重歯を光らせて、楽しげな笑顔でいままでのことを説明するナ
ディア。
﹁ルシオちゃんの似顔絵⋮⋮﹂
﹁はっちゃんも書いてみる?﹂
﹁うん!﹂
大きく頷くバルタサル。
ナディアはとたたたと走って行って、すぐにとたたたと戻ってき
た。
紙とペンを受け取って、バルタサルは地面にうつぶせになって絵
を描き出した。
その隣で見守るナディアとベロニカ。
微笑ましくて、ちょっといい。
完成までおれは読みかけのマンガを読んだ。ついでにこの後の展
開に必要になりそうな魔法を脳内検索する。
﹁できた﹂
﹁おー﹂
﹁これは⋮⋮すごいわね﹂
1090
どうやら書き上がったみたいだ。
﹁ルシオちゃん、バルちゃんと描けたのよ?﹂
﹁そうか見せてくれ︱︱って浮世絵やんけ!﹂
思わず即突っ込んでしまった。
バルタサルが描いてきたのはまるで浮世絵のようなものだった。
まるでそうは見えないが、服装からしてどうやらおれっぽい。
﹁はっちゃんすごいね、ルシオくんそっくりだよ﹂
え?
﹁えへへ⋮⋮バル、ルシオちゃんのことなら自信あるのよ?﹂
いや別な方向に自信持っていいと思う。
﹁悔しいですけど⋮⋮僅差で負けですわねこれ﹂
いやベロニカのは論外だ。
﹁ねっ、もっと書いてみようよ。というかさ、みんなの事かいたの
あたしだけじゃん。ルシオくんもいいけど、やっぱり全員かこうよ﹂
﹁ルシオちゃん以外も書くの? もっとルシオちゃん、もあルシオ
ちゃんでもいいと思うのよ?﹂
﹁それもいいですわね﹂
1091
﹁そだ! 書いた後それをまとめて本にしちゃおうよ﹂
本はやめて。
おれのツッコミをよそに、三人が楽しそうに去っていった。
ベロニカさえも、最初にすっ飛んできた目的をも忘れて、和気藹
々と去っていく。
色々と魔法を考えていたが、どうやら必要なさそうだ。
嫁達が楽しそうだから、とりあえず良しとした。
この日もマルティン家は平和だった。
1092
はじめてのちゅー
この日、シルビアと二人で街に来ていた。
特に用があるわけじゃなく、ちょっとしたデート気分だ。
街角のカフェに入って、二人でのんびりする。
﹁今日もいい天気ですね、ルシオ様﹂
﹁ちょっと前まで毎日雨降ってたのが嘘みたいだな﹂
﹁もうすぐ冬ですね⋮⋮ルシオ様、ルシオ様はどんな色が好きです
か?﹂
﹁色? 緑系とか割と好きだけど、なんでそんなことを聞くんだ﹂
﹁わたし、マフラーを編もうかなって思ってるんです。編み上がっ
たらルシオ様巻いてくれますか﹂
﹁もちろんだ。期待してる﹂
﹁はい!﹂
その一言でシルビアはワクワク顔になった。
一番最初に嫁になったシルビア、一番お淑やかで家庭的なシルビ
ア。
1093
彼女を見てると、つい色々してあげたくなる。
﹁さて、どっか行こうか﹂
﹁どっか、ですか?﹂
﹁ああ、ちょっとデートっぽいところにもいってみよう。そうだな、
大人が行くようなところとか﹂
﹁はい﹂
穏やかに微笑むシルビア。
おれはそんな彼女に魔法をかけた。
今まで何度も使った魔法を
﹁﹃グロースフェイク﹄﹂
﹁くしゅん!﹂
瞬間、予想してなかった爆風がおれを襲う。
くしゃみの直後に襲いかかってきた爆風、何とか魔法で防ぐこと
が出来た。
﹁げほっ、げほっ。ば、バルタサルか﹂
﹁わーい、ルシオちゃんだ﹂
1094
腰に抱きつかれた。視界がもどる、やっぱりバルタサルだった。
おれをルシオちゃんと呼ぶのも、おれの魔法に反応してくしゃみ
して、魔王級の魔力を放出するのも。
この世でただ一人、バルタサルだけだった。
﹁どうしたんだ一体﹂
﹁散歩してたらルシオちゃんの匂いがしたから来てみたの﹂
﹁匂いって、わんこかお前は﹂
﹁バル、わんこじゃなくて魔王なのよ?﹂
﹁知ってるよ﹂
魔王バルタサル八世、それが彼女の正体だ。
﹁ふー﹂
﹁うわっ!﹂
びっくりした、いきなり耳に息を吹きかけられた。
生暖かい息に飛び上がるくらいびっくりした。
振り向くと、そこにシルビアがいた。
魔法﹃グロースフェイク﹄で大人になったシルビア。
1095
何回か見た事のある姿だが、なんだか様子が変だった。
﹁シルビア?﹂
﹁ふふ⋮⋮、どうしたの、ぼ・う・や﹂
﹁坊や?﹂
﹁ねえ坊や、お姉さんとい・い・こ・と、しない?﹂
﹁⋮⋮何いってるんだシルビア﹂
﹁もう、ノリが悪いわね﹂
大人シルビアはちょっとふてくされた。
﹁あれ、いい男﹂
﹁ちょっとシルビア?﹂
﹁じゃあね坊や、また縁があったら会いましょう﹂
﹁ちょ︱︱﹂
シルビアは投げキスをして、去っていった。
追いかけようとしたが、バルタサルに腰をしがみつかれたまま、
追いかける事ができなかった。
1096
﹁なんなんだシルビア。﹃グロースフェイク﹄は見た目を変えるだ
けの魔法のはずなんだが﹂
﹁そうなの?﹂
﹁⋮⋮そっか、今のくしゃみ﹂
しがみついたままのバルタサルを見て、理解した。
どういうわけか分からないが、バルタサルはおれが魔法を使う現
場にいると、魔法に反応してくしゃみをする。
そしてくしゃみだけじゃなく、おれが使う魔法そのものに誤作動
を起こす。
今のがまさにそうだ。見た目を変えるだけの魔法﹃グロースフェ
イク﹄が誤作動を起こして、性格まで変えてしまったようだ。
ていうか、まずくないか?
☆
バルタサルを言いくるめてその場で待ってもらって、おれは一人
でシルビアを追いかけた。
追いかけてもバルタサルがいたら魔法で元に戻せないからだ。
そうして一人で街をかけずり回っていると。
﹁いた!﹂
1097
シルビアの姿を見かけた。
大人になった彼女は、なんとイサークと一緒にいた。
﹁それじゃあ、目・を・閉・じ・て﹂
﹁は、はい!﹂
大人なシルビアに誘惑されて、イサークは童貞っぽい緊張の仕方
をして、言われるがままに目を閉じた。
﹁唇をすぼめて、んー、って﹂
﹁んー﹂
言われたまま唇をすぼめて突き出す。キスするときのような唇だ。
おいまさか︱︱。
﹁んぐっ!﹂
と思っていたら、シルビアはどこから持ってきたのか、小さい瓶
をイサークの口に突っ込んだ。
ふたを開けた瓶、中身がどくどくとイサークの口の中に流し込ま
れる。
﹁︱︱!!! か、か、からげほげほげほっ!﹂
1098
﹁あははははは﹂
イサークが喉を押さえて悶絶するのをみて、ゲラゲラと笑う大人
シルビア。
というか⋮⋮悪女なんじゃないのか、それ。
ほっとしつつ、からかわれて悶絶するイサークを同情しつつ。
﹁あっ﹂
気がついたら、シルビアはまたどこかに消えてしまっていた。
☆
さらに街中をかけずり回ってシルビアを探す。
次第に日がおちて、茜色の夕日が街を染め上げる。
﹁いた!﹂
ようやくシルビアを見つけた。彼女は軽やかに歩いて、おもしろ
いものはないか、って感じでまわりを見回しながら歩いていた。
﹁シル︱︱﹂
﹁シルヴィー﹂
おれが声をかけるよりも先に、見慣れた女の子がシルビアに近づ
いていった。
1099
ナディアだ。彼女は一目でそれが親友でもあるシルビアだと見抜
き、近づいていった。
﹁あら﹂
﹁シルヴィどうしたの? そんな格好をして。ルシオくんとデート
なんじゃないの?﹂
﹁いいえ、違うわ﹂
﹁へえ。シルヴィがそんな格好で一人で出歩くのは珍しいね。そだ、
あたし、今から買い物に行くんだけど、シルヴィ一緒にいかない?﹂
﹁うふふ、買い物なんかより、もっといいことをしよう?﹂
﹁いいこと?﹂
﹁そう。い・い・こ・と﹂
ウインクするシルビア。その姿はすごく色っぽかった。
﹁なにいいことって︱︱んん!?﹂
いきなりの事でナディアがかっと目を見開いた、おれもものすご
くびっくりした。
なんと、シルビアが屈んだと思ったら、いきなりナディアにキス
したのだ。
1100
大人なシルビアと、子供なナディア。
とはいえ女同士です、キスシーンは名状しがたい妖しい雰囲気を
醸し出していた。
﹁ごくり﹂
思わず、生唾を飲み込んだほどだ。
﹁ぶはー﹂
﹁な、な、ななななな﹂
﹁ふふ、ごちそうさま﹂
﹁何するんだよシルヴィ、いきなりキスするなんて。ルシオくんに
もされたことないのに﹂
﹁あら、じゃあよかったじゃない。予行演習だと思えば、ね﹂
﹁おもえないよー。ちょっとシルヴィ﹂
﹁あははははは﹂
両手をあげて、ぷんすかしながら怒って追いかけるナディア、そ
んなナディアから逃げるシルビア。
いいもの見れたし、今日もマルティン家は平和だった⋮⋮かも。
1101
トリックオアトリート
﹁おお、ここにいたのか余の千呪公よ。探したぞ﹂
﹁王様﹂
王立図書館の中で魔導書を読んでると、国王がやってきた。
両手を広げて、オーバーリアクションでおれに近づいてくる。
﹁久しぶりだぞ余の千呪公よ、元気だったか﹂
﹁うん。おかげさまで。ありがとう王様、また魔導書を増やしてく
れて﹂
﹁なんのなんの。余の千呪公の為ならこれくらいの事は。それに魔
導書も読めるもののところにあった方が幸せというものだ﹂
﹁うん、ありがとう﹂
﹁それにしても手狭になったな、この図書館。そうだ、近いうちに
増築をさせよう﹂
﹁お願いします﹂
おれは素直にそう言った。
結構暴走がちな国王だが、今日は珍しくまともだ。
1102
この世界で魔法を覚えるためには魔導書を読む必要がある。その
魔導書は何故か中身がマンガになってる。
更に何故か、この世界の人は読める人が少なくて、読めても年単
位の時間が必要なのがほとんど。
でもおれは普通に読める、マンガなんて長くても一時間あれば読
めてしまう。
そのおかげでおれはこの世界でたった一人だけバシバシ魔法を覚
える人間になって、国王と会ったときは四桁の魔法を覚えてたから、
公爵の爵位をもらって千呪公って呼ばれるようになった。
ちなみに今は五桁行ったけど、相変わらず千呪公のままだ。
その名前をつけてくれた国王はおれの事をものすごく気に入って、
世界各地から魔導書を集めてくれた。
その魔導書が図書館に入りきらなくなってきたからの増築話だ。
﹁余の千呪公よ、今はどのような魔導書を読んでいるのだ?﹂
﹁トリックオアトリートだよ﹂
﹁トリックオアトリート?﹂
﹁しらないの?﹂
﹁うむ、初めて聞く言葉だな﹂
1103
﹁そうなんだ﹂
手元のマンガはハロウィンをネタにしたマンガだ。だからこの世
界にもハロウィンはあるんだと思って国王に﹁トリックオアトリー
ト﹂って話したけど、それを知らないって言われた。
知らないだけなのか、そもそもないのか。
⋮⋮まあ、それはいい。
﹁魔法を使ってみようか﹂
﹁うむ。余の千呪公の魔法を是非みせてくれ﹂
☆
﹁﹃トリックオアトリート﹄﹂
国王に魔法をかけた。
魔法の光が全身を包み込んで、カボチャベースの服装にその姿を
かえた。
﹁おお、服飾がかわったのだ﹂
﹁うん﹂
﹁外見を変える魔法なのか?﹂
1104
﹁ううん、それはおまけだよ。この魔法をかけられた人は、10分
以内にかけた人にお菓子をあげないといたずらされちゃうんだ。い
たずらはいろいろあるけど、何をされるのかランダムだね﹂
﹁ほう﹂
﹁魔導書のなかだと、子供達がこの服をきて、いろんな人にお菓子
をおねだりするんだ。そういうお祭りなんだ﹂
﹁なるほど。お菓子をくれないと悪戯する。うむ、お祭りだし子供
相手ならお菓子を惜しげなく与えるな﹂
国王はすぐにハロウィンを理解した。
﹁じゃあ王様、トリックオアトリート﹂
今度は魔法じゃなくて、単なるおねだりのセリフ。
悪戯のランダム性はパル○ンテレベルのヤバさだから、お菓子を
もらわないとな。
﹁おおそうだ。待っているが良いよの千呪公よ、今すぐこの国のお
菓子を全て集めさせるぞ﹂
﹁えええ、そ、そんなに食べきれな︱︱﹂
﹁待っているが良い!﹂
とめる間もなく、国王は図書館の外に飛び出した。
1105
相変わらず極端な国王、本当にこの国にあるお菓子を全種類集め
てきかねないな。
シルビア達でも呼ぶか。お菓子はみんなで食べた方が美味しい。
と思ってると。
﹁おお、ルシオや﹂
今度はおじいさんがやってきた。
﹁さっきそこでエイブにあったが、すごい勢いで走って行ったのじ
ゃ。なにかあったのか?﹂
﹁えっと﹂
魔法の事をおじいさんに説明した︱︱ちょっと悪い予感を感じな
がら。
﹁なんと、そのような魔法が。ルシオや、それをわしにもかけるの
じゃ﹂
やっぱり来た。
なにかにつけて張り合う二人、国王がやってるって聞いたらおじ
いさんも絶対やるって言い出すと思った。
そして、止めるのも無駄だと思った。
﹁わかったよ、﹃トリックオアトリート﹄﹂
1106
おじいさんもカボチャベースのハロウィン仮装になった。
﹁おお、これはなにやら楽しそうじゃな﹂
おじいさんはのんきに自分の格好を見た。
﹁おじいちゃん、お菓子を取りに行かないと悪戯されちゃうよ?﹂
﹁それなら大丈夫じゃ。ほれ﹂
そういって小さな包みをとりだす。おれはそれを受け取って、ひ
らく。
中は色とりどりなあめ玉が入っている。
﹁どうしたのこれ?﹂
﹁わしが作ったのじゃ。暇つぶしに作ったのじゃが意外と出来が良
くてのう、だからこれを渡しに来たのじゃ﹂
﹁なるほど﹂
﹁待たせたな余の千呪公よ︱︱むっ、ルカではないか﹂
﹁遅かったなエイブ。今回はわしの勝ちじゃ﹂
﹁なんと!﹂
国王は近くにやってきて、おじいさんとおれが持ってるあめ玉を
1107
交互に見比べた。
﹁くっ、卑劣なりルカ﹂
﹁時間をかけた方が悪いのじゃ﹂
得意げに鼻をならすおじいさん、ぐぬぬ⋮⋮ってなる国王。
﹁よし﹂
ぐぬぬをやめて、なにやら決意をする国王。
﹁おかしは渡さぬ﹂
﹁なに?﹂
﹁お菓子では遅れをとったが、こうなったら悪戯されるまで﹂
﹁⋮⋮くっ! その手があったか﹂
悔しがるおじいさん。いやどの手だよ。
﹁みているのだルカよ。これが! 余の千呪公の! 悪戯だ!﹂
まるでなんか必殺技を繰り出すような感じで、国王が両手を天に
突き上げる。
次の瞬間、光が国王を包む。
十分、魔法のタイムリミットを迎えたのだ。
1108
直視出来ない程のまばゆい光が、やがて徐々に弱まっていく。
どんな悪戯をされるんだ? ﹃トリックオアトリート﹄の悪戯は
ランダム効果、使ったおれにも把握出来ない。
ゴクリと生唾を飲んで、なりゆきを見守る。
光が収まったあと、国王は変身してしまった。
八重歯の可愛い、ツインテールの美少女に変身してしまったのだ。
﹁なんだ、こうなったの。ふん、こんなの悪戯にもならないわ﹂
そう、女体化国王はいったが。
﹁⋮⋮ぽっ﹂
隣からなにか嫌な音が聞こえてきた。
ちょっとおぞましい、正体を知りたくない音。
勇気を出して横を向いた。そこにいたのは赤面してるおじいさん。
﹁可憐だ﹂
﹁え?﹂
﹁わしと付き合ってくれ−﹂
1109
おじいさんはいきなり国王に飛びついた。
﹁きゃあああ!﹂
女体化国王はその場に押し倒されてしまった。
やっぱりおぞましかった、ちょっと見てられなかった。
見てられないから、おれは頑張って、性的な悪戯をされそうな女
体化国王からおじいさんを引き離したのだった。
1110
ぺーるーせーうーすー
﹁余の千呪公よ、折り入って頼みがある﹂
昼下がり、屋敷を訪ねてきた国王はいつになく真剣な表情をして
た。
呼び方こそいつも通り﹁余の千呪公﹂だが、なんというか仕事モ
ード? 的な重さがある。
﹁なに? ぼくが役に立てること?﹂
﹁うむ。実はのう、このところ国民の不満がくすぶっていてのう。
それとなく探らせたところ、どうも娯楽に不満があるらしいのだ﹂
﹁娯楽?﹂
﹁そうだ。我が国には伝統のコロシアムがあって、剣闘士による戦
いが行われているのだが、それの人気が低下していてな。かといっ
て他にかわりはない。それで不満がたまっているのだ﹂
﹁ありゃりゃ。うん、娯楽は大事だもんね。ちゃんとガス抜きさせ
てやらないといつか大爆発起きて大変な事になるもんね。娯楽は食
べる、に次いで大事なことだから﹂
﹁流石余の千呪公、為政者の心得も万全だな。うむ、そうなのだ。
だから余の千呪公よ、何かいい案はないか﹂
1111
﹁魔法でなんとかすれば良いの?﹂
﹁それもよいが﹂
といってまっすぐおれを見る国王。
魔法もいいけど、ちゃんとしたアイデアをくれ、って真剣な目だ。
最近すっかりだめだめ国王ってイメージがおれの中でできあがっ
てるけど、ちゃんとした国王だったんだな。
﹁うーん、そうだね。じゃあ野球なんてどう?﹂
﹁やきゅー? それはなんなのだ?﹂
国王は首をかしげた。
☆
屋敷の庭、おれと国王とナディア。
﹁ナディアしかいないのか﹂
﹁うん、シルヴィもベロちゃんもはっちゃんも、みんな出かけてる
よー﹂
﹁うーん。出来れば二人いて欲しかったんだが﹂
﹁余の千呪公よ、そのやきゅーとやらも二人でやるものなのか? 剣闘のように﹂
1112
﹁ううん、九対九の十八人でやるんだ⋮⋮﹃アバター﹄﹃グロース
フェイク﹄﹂
二つの魔法を連続で使った。
魔法の光がナディアを包み、直後、彼女が九人に分裂した。
オリジナルのナディアに比べて半分くらいの二頭身サイズになっ
て、ホットパンツと太ももがまぶしい野球のユニフォーム姿になっ
た。
それが、九人。全員がグローブを持ってて、一人がプロテクター
をつけたキャッチャー姿だ。
﹁こんな感じで、九人一チームなんだ﹂
﹁ほう﹂
﹁ナディアをもう九人増やしてもいいけど、それじゃ見た目的にわ
かりにくいから﹂
﹁では、余が︱︱﹂
﹁お任せ下さい旦那様﹂
いつの間にかアマンダさんがやってきた。
メイド姿の彼女はまるで忍びのような登場をした。
1113
﹁アマンダさん!﹂
﹁お手伝いいたします﹂
﹁うん。お願いねアマンダさん﹂
﹁はい﹂
﹁じゃあ魔法を︱︱﹂
どろん、って音がした。
直後、アマンダさんが九人になった!
メイド服姿のまま、二頭身で九人になった。
グローブももって、キャッチャー役はプロテクターもつけてる。
﹁これでよろしいでしょうか旦那様﹂
﹁う、うん。アマンダさん⋮⋮それは?﹂
﹁メイドのたしなみでございます﹂
﹁メイドのたしなみなんだ﹂
それじゃしょうがないな︵棒︶。
アマンダさんの事にはあまり突っ込まないで居ようと思った。
﹁じゃあ簡単にルールを説明するね﹂
1114
割り切って、十八人のナディアとアマンダさんに野球のルールを
説明したのだった。
☆
急遽草野球場っぽくした屋敷の庭で試合が始まった。
先攻ナディアーズ、後攻アマンダーズだ。
一番ナディアがバッターボックスに入る。
﹁見ててルシオくん! 頑張るからね﹂
バットを構えて、おれに向かってウインクするバッターのナディ
ア。
﹁頑張れー﹂
﹁うん!﹂
﹁奥様⋮⋮参ります﹂
アマンダさんがそう言って、振りかぶって⋮⋮投げた!
︱︱ってアンダースロー!?
アマンダさんは地面すれすれから白いボールを投げ込んできた。
ものすごく綺麗なフォーム、浮き上がる球筋。
1115
なんでそんなのしってるの!?
﹁やあっ!﹂
ナディアがバットを振った。がきーん!
ジャストミート、ボールが内野の頭上を越えて落ちた。レフト前
のクリーンヒット。
先頭打者ナディアが早速出塁した。
﹁ねえねえルシオくん、こういう時って確かアレすればいいんだよ
ね﹂
二番のナディアがおれのところにやってきて、アドバイスを求め
た。
二頭身のますます可愛いナディアの頭を撫でて、頷いてやる。
﹁ああ、二番の仕事はアレだ﹂
﹁うん! じゃあ行ってくる﹂
二番ナディアがバッターボックスに入る。
ランナーナディアの盗塁を挟んで、堂々とした構えからのバンド
で、ランナーを三塁に進めた。
三番ナディアが大きく外野に打ち上げた打球が犠牲フライになっ
て、ランナーが戻って一点になった。
1116
ちなみに四番ナディアはランナーがいなくなったせいか三振を喰
らって、﹁もー悔しい!﹂って言って膝でバットを折った。
﹁ふむ、これは中々に楽しいものがあるのう。やきゅー、といった
か﹂
﹁うん。結構楽しいよ。いろんな戦略があるし、今みたいに、九人
がそれぞれ違う役割を果たして、点数を取っていってそれを競うん
だ﹂
﹁なるほど﹂
﹁役割は九個だけじゃないから、選手の交代でも色々やれるんだ﹂
﹁ふむふむ。おっ、あれは大きいぞ﹂
﹁うん? あっ、アマンダさんホームランだ﹂
攻守が交代して、アマンダさんが早速ホームランを打った。
空の彼方に消えていく白球、悠然とダイヤモンドを一周するアマ
ンダさん。
風格あるなあ⋮⋮。
﹁ふむ、あの姿は格別だな。全選手の動きを止めてただ一人走って
いるのは﹂
﹁王様、野球の素質あるね。うん、そうだよ。ホームランでダイヤ
モンドを一周するのは野球の中でも最上級に格好いい姿なんだ﹂
1117
﹁なるほど。うむ、これはよいかもしれん﹂
﹁気に入ってもらえた?﹂
﹁もちろんじゃ。さすが余の千呪公、このような素晴しいゲームを
知っていたとはな﹂
﹁気に入ってもらえてぼくも嬉しいよ﹂
﹁早速これを広めよう。そうだ、大会をひらこう。まずは第一回千
呪公杯を開いて、大々的に国民にアピールするのだ﹂
﹁え、ぼくの名前を﹂
﹁無論だ。こういう時はしっかりと権威つけねばな。今一番なのは
余の千呪公の名を冠した千呪公杯なのだ﹂
天皇杯っぽい感じがする。なんかむずがゆい。
﹁開催は⋮⋮そうだな一ヶ月後を︱︱﹂
﹁話は聞かせてもらったのじゃ!﹂
背後から声が聞こえた。
振り向く、いつやってきたのかおじいさんの姿があった。
﹁ルカ!?﹂
1118
﹁エイブよ、その千呪公杯、わしも参加するのじゃ﹂
﹁年寄りの冷や水はいかんぞ﹂
﹁忘れたかエイブ、わしはこれでもそれなりの資産家。今でも何人
かの剣闘士に支援しているのじゃ﹂
えっ? そうだったの。
﹁九人程度のチームを結成するなど造作もない事じゃ﹂
﹁むっ! そういうことなら余も負けられぬな。主催するだけのつ
もりだったが、ちゃんとチームを結成して参加せねばな﹂
﹁それでこそエイブじゃ。しかし、ルシオの名を冠した大会、その
栄冠はゆずれんのじゃ﹂
﹁それはこっちのセリフだルカよ。余の千呪公の大会、勝つのはこ
っちじゃ﹂
﹁ならば、勝負は﹂
﹁来月の大会で﹂
バチバチと火花を散らす二人。なんだか知らないうちに話がまと
まったぞ?
﹁こうしちゃいられない﹂
﹁さっそく見込みのある若者を集めるのじゃ﹂
1119
そういって、国王とおじいさんが去っていった。
なんか⋮⋮楽しそうだな、うん。
二人がいなくなった後の庭で、おれは、ナディアとアマンダさん
の試合を観戦して、応援して楽しんだ。
この後、﹁四番・余﹂と﹁代打わし﹂が繰り広げる死闘によって、
野球が国中に広まって大人気を博すことになることは、今のおれは
まだ知らなかったのだった。
1120
小説なんか読めないおれでも世界最強
﹁ファイヤボール!﹂
庭で魔導書を読んでるといきなり魔法が飛んできた!
とっさにマジックシールドを張ってはじき飛ばす。
﹁敵か! ︱︱ってナディアじゃないか﹂
﹁えへへー﹂
八重歯がちらっと見える可愛い笑顔のナディア。今はじいた魔法
を撃ってきたのは彼女だった。
かざした手からぷすぷすと煙が出てて、もう片手に本を持ってる。
手を下ろして、駆け寄ってきた。
﹁どうしたんだ。魔導書読めたのか?﹂
﹁うん! どうあたしの魔法は﹂
﹁びっくりした。すごかった。ファイヤボールって聞こえたけど、
威力普通のヤツより強いんじゃないのか?﹂
﹁へへ、この魔導書のおかげだよ﹂
そういって魔導書を俺に見せるナディア。
1121
﹁そうか︱︱あれ?﹂
思わず魔導書を二度見した。
ファイヤボールはおれも使える。それの魔導書も読んでる。
読んだ魔導書は大抵覚えてるから覚えた違和感。
その魔導書は、まったく見た事のない外見だった。
﹁おれが知ってるファイヤーボールの魔導書と違うな﹂
﹁あっ、気づいちゃった?﹂
﹁気づいちゃったって、どういう事だ?﹂
﹁あのね。これ、最近はやってる新・魔導書っていうんだ﹂
﹁新・魔導書?﹂
﹁うん。すごく読みやすくて、大抵の人は読めちゃうけど、その代
わり読んでも一回しか魔法を使えないんだ﹂
﹁へえ、そんなのがあるんだ﹂
﹁うん! すっごく流行ってるんだ。みんな買ってるよ?﹂
﹁へーどれどれ、って﹂
1122
魔導書を受け取って、開いたおれは目を疑った。
直後に、何となく納得した。
新しい魔導書、そこに絵はなかった。
まったく絵がなくて、文字がびっしり。
ある意味おれが転生する前に持ってる魔導書のイメージより近い
もの。
それは⋮⋮小説だった。
文字だけで物語をつくる、小説だったのだ。
﹁どったのルシオくん?﹂
﹁え? ああいや、おれが普段読んでる魔導書と大分違うなって﹂
﹁そりゃそうだよ。だってみんな普通に読めるんだもん。ルシオく
んが読んでるのと違うのは当たり前じゃん?﹂
﹁そうなるのか⋮⋮ふむ﹂
しょうせつ
新・魔導書をぱらぱら最後までめくる。
絵は一枚もない、全部文字だ。
﹁これだとみんなよめるのか?﹂
1123
﹁うん。あたし、半日くらいかかったけど読めたよ﹂
﹁半日⋮⋮小説だと妥当な速度だな﹂
﹁それでね、はいこれ﹂
どこに隠し持ってたのか、ナディアはもう一冊の本をだして、お
れに手渡した。
﹁なんだこれ﹂
﹁別の魔法。これを読んであたし達に使ってね?﹂
﹁たち?﹂
﹁シルヴィとベロちゃんとはっちゃん﹂
嫁達のことか。
﹁じゃ、お願いね﹂
ナディアはそう言ってパタパタ走って去っていった。
おれの手元に魔導書だけが残った。
これを読んで一回だけ使える魔法を嫁達に使えばいいのか。
よし。
おれは新・魔導書を開いた。
1124
びっしりつまってる字を読んでいった。
⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
﹁だー!﹂
本を投げ出した。
読めるかこんなもん!
小説なんて生まれてこの方読んだこともないわ!
半ページだけで精神力ごっそり持ってかれたわ!
いやいや、ナディアのおねだりだ。ちゃんと読んで魔法を覚えな
いと。
本を開く。
⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
﹁小説書く人とかしね!﹂
本をまた投げ出した。
1125
半ページだけでやっぱり先に進まない。
マジ読めない、小説とか全然読めない。
﹁くっ、まずいぞ。このままじゃ﹂
ナディアの失望する顔が頭に浮かんだ、他の三人も同じだ。
おねだりをかなえてやれない俺に失望する顔が。
なんとかしなきゃ。しかしどうすればいい。
なんの魔法なのかも分からない、そもそも覚えてるかどうかも。
くっ⋮⋮まずい。
どうにかしないと、どうにか。
﹁旦那様﹂
﹁アマンダさん?﹂
アマンダさんが現われた。
いつも通りの無表情な顔に近いアマンダさん。
彼女はおれに、一冊の本を差し出した。
﹁これは?﹂
1126
﹁魔導書でございます﹂
﹁魔導書? なんの?﹂
﹁旦那様が持ってらっしゃる新・魔導書と同じものでございます﹂
﹁同じもの⋮⋮?﹂
魔導書を受け取ってページを開く。
見慣れたコマ割り、全篇絵で構成される内容。
実家の様な安心感︱︱マンガだ!
そして⋮⋮一コマ目。
おれがギリギリ読めた半ページの内容がその一コマ目と同じだっ
た。
﹁これなら読めるぞ﹂
﹁それはようございました﹂
﹁ありがとうアマンダさん!﹂
﹁はい。ではわたしはこれで﹂
アマンダさんはしずしずと頭を下げて、去っていった。
なんでアマンダさんがこんなものをもってるのかは聞かなかった。
1127
だってアマンダさんだから。
おれは小説を捨てて、マンガを読んで。
覚えた魔法で、ナディアのおねだりをかなえてやった。
1128
影の実力者
﹁アマンダさん、みんなの事しらない︱︱﹂
ドアを開けた瞬間おれはそのまま固まった。
屋敷の中、嫁達もココマミもいないから探してるうちにアマンダ
さんの気配を感じた。
それでドアを開けて中にはいったら、アマンダさんが着替えてい
た。
白い下着にガーダーベルト、半脱ぎのメイド服。
﹁旦那様﹂
︱︱殺される。
おれは一瞬にして覚悟を完了した。
だってアマンダさんだ。アマンダさんの着替えを見てしまったん
だから。
もう、助からない。
おれはまな板の上に乗った鯉の気分になって、地面に正座した。
﹁露とおち、露と消えにし、わが身かな︱︱﹂
﹁何をなさってるのですか旦那様﹂
﹁辞世の句だ。さあ、ひと思いにやってくれ﹂
﹁なんの事かは分かりかねますが。奥様方ならご一緒に出かけられ
ました﹂
﹁⋮⋮へ?﹂
﹁ですから、ご一緒に︱︱﹂
1129
﹁いやそうじゃなくて。いいのアマンダさん﹂
﹁メイドが奥様の行動を制限する道理はございませんが﹂
いやそうじゃなくて⋮⋮。
⋮⋮いいのか?
いいのか。
いいんだ。
⋮⋮⋮⋮たすかったぁ。
おれはそそくさと立ち上がった、変にこじれる前にさっさと出て
いこうとした。
﹁ありがとうアマンダさん﹂
﹁いえ︱︱旦那様﹂
振り返った瞬間、アマンダさんに呼び止められた。
ここで振り向くおれじゃない、そんな地獄に自ら足を突っ込んで
いくほどバカじゃない。
バカじゃないけど。
﹁二度目は、ありませんよ﹂
とっくに手遅れだったらしい。
おれはコクコクコクと必死に首を縦にふって、慌ててその場から
逃げ出した。
☆
自分の部屋に逃げ込んだおれは魔導書を読み始めた。
忘れよう。あれは事故だったんだ。マンガでも読んで忘れてしま
おう。
1130
そう思って、マンガに没頭しようとした。
図書館から持って帰った新しい漫画を読む。ゲーマーだった男が
ひょんな事から異世界に行って、魔王のロールプレイをして奴隷と
いちゃいちゃするマンガだ。
すごい面白い、しかもシリーズ物だから読み応えがある。
マンガをに没頭してる内に、さっきまでの事を忘れつつあった。
コンコン。
部屋がノックされた。
この家でノックする人は⋮⋮アマンダさんだけ。
一瞬どきっとした。
﹁ど、どうぞ﹂
﹁失礼いたします﹂
やっぱりアマンダさんだった。
ドアをあけて中に入ってきたアマンダさんは台車を押していた。
台車の上にお茶とケーキが載ってる。
﹁お茶をお持ちしました﹂
﹁あ、ああ﹂
﹁失礼いたします﹂
アマンダさんは無言で給仕をした。
いつもと同じ無表情だが、給仕自体は完璧。
⋮⋮怒ってないのか。
怒ってないよな。
というか気にしてないように見える。
よかった。
⋮⋮ビビリとか言うなよ、アマンダさんだぞ。
あのアマンダさんの着替えを偶然とはいえ見てしまったんだから、
1131
死を覚悟するのは仕方ないだろ?
給仕が終わって、一礼して外に出ようとするアマンダさん。
﹁アマンダさん﹂
思わず呼び止めてしまった。アマンダさんは振り向いておれをみ
る。
﹁なんでしょうか﹂
﹁⋮⋮ありがとう﹂
﹁恐縮です、失礼いたします﹂
アマンダさんはもう一回ぺこっと頭をさげて、それから部屋をで
た。
きにしてないんなら、おれも気にしない様にしよう。
アマンダさんが入れてくれたお茶とケーキを楽しみつつ、マンガ
を読んだ。
マンガを読み進めた。気が楽になったからか、マンガをより楽し
めた。
すごく面白い漫画だ、カップルを容赦なくぶっ殺す主人公が突き
抜けてていい。
それを読破すると。
コンコン。
またドアがノックされた。
﹁はい﹂
﹁失礼いたします﹂
またアマンダさんだ、そしてまた台車を押してる。
今度はお茶とサンドイッチだ。
1132
﹁お食事をお持ちしました﹂
﹁ありがとう﹂
給仕をするアマンダさん、うん、やっぱり完璧メイドだ。
給仕姿はみててほれぼれする。
新しいお茶とサンドイッチを置いて、さっきのカップとケーキの
食器を回収する。
﹁失礼いたします﹂
そういって、部屋から出て行った。
お茶とサンドイッチを楽しみながら、マンガを読んだ。
コンコン。
﹁え?﹂
サンドイッチを完食したのとほぼ同じタイミングでまたノックさ
れて、アマンダさんが台車を押して入って来た。
今度はお茶と、焼き立てっぽいクッキーだ。
﹁失礼いたします、お食事をお持ちしました﹂
﹁え? 今食べ終えたばっか︱︱﹂
﹁お持ちいたしました﹂
﹁う、うん⋮⋮﹂
なんかものすごい迫力が。
これって⋮⋮まさか。
前の食器を回収して、新しい野をおいていくアマンダさん。
部屋からでていったあと、お茶とクッキーを見つめる。
1133
流石にちょっと胸ヤケがしてきた。これはたべなくても︱︱。
﹁︱︱っ!﹂
瞬間、ぞっとした。
背筋が凍る恐怖を覚えた。
慌ててまわりを見る、部屋の中にはおれしかいない。
いないんだけど⋮⋮。
﹁た、たべよう﹂
マンガを読む余裕はなくなった。
おれはクッキーを食べた。
美味しい、メチャクチャ美味しい。
焼きたてだから香りもよくて味もいい。
美味しいけど⋮⋮空腹の時に食べたい。
そんな素晴しいクッキー。
それをなんとか完食すると。
コンコン。
アマンダさんがまたまた台車を押して部屋に入ってきた。
今度はプリンとおちゃだ。
﹁お食事をお持ちいたしました﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁お食事をお持ちいたしました﹂
うん、分かった。
やっとわかった。
怒ってる、怒ってるよアマンダさん!
やっぱりというかすごくおこってるよ!
1134
﹁ね、ねえアマンダさん⋮⋮﹂
﹁作りたてですので、温かい内に召し上がってください﹂
﹁う、うん﹂
おれは頷く事しか出来なかった。
アマンダさんは前のを回収して、出て行った。
残されたおれはプリンを見つめる。
﹁げっぷ﹂
胸やけがした、食べるのがつらかった。
ふう、ここは魔法で︱︱。
﹁︱︱っ!﹂
そうおもった瞬間またぞっとした。
背中をさす圧倒的な恐怖。
ああ、魔法はダメだ、ダメなんだ。
おれは、観念して、プリンを食べた。
コンコン。
﹁失礼いたします﹂
﹁ごめんなさいアマンダさん!﹂
最高に美味しそうなパンケーキを持ってきたアマンダさんに、お
れは超高速土下座を決めたのだった。
1135
幸せの使者
すぴぃ、と鼻提灯でお眠りしているバルタサルとお手々をつない
でマンガを読んでると。
﹁ご主人様﹂
ココがパタパタと部屋の中に入ってきた。
おれの前に立ち止まって、尻尾がちぎれそうなくらい勢いよく振
られている。
﹁どうした﹂
﹁ママ様と散歩にいくですぅ、マミちゃんも一緒に行きたいですぅ﹂
﹁そうか。﹃タイムシフト﹄﹂
魔法を使った。
対象の﹁未来にいる自分﹂を連れてくる魔法、﹃タイムシフト﹄。
これで自分の数を増やしたり、水をかぶるとそれぞれココ/マミ
に変身する一心同体の二人を同時に存在させるという使い方をして
きた。
今回もそれで、ココとマミ、二人いっぺんにベロニカと散歩をし
たいって言うからこの魔法をつかった。前にもあった使い方をした。
しかし。
﹁へくちっ!﹂
居眠りしていたバルタサルの鼻提灯がはじけて、ワームホールが
魔力をおれの顔に噴射した。
1136
バルタサル、おれの魔法に反応してそれに誤作動を起こさせる︱
︱ってやべえ、忘れてた。
﹁げほ、げほげほ﹂
﹁ご主人様ぁ、大丈夫ですかぁ﹂
﹁ああ大丈夫だ、って誰あんた﹂
魔力直撃の煙が晴れたあと、そこに見知らぬ顔があった。
ココはそのままだったが、その隣に知らない女の子が。
歳は嫁達とほぼ一緒、長い黒髪がツインテールでさらさらだ。
なんか気が強そうで、生意気そうな感じの女の子だ。
﹁あれ? お父さんの部屋じゃんここ。ってあんた達だれ?﹂
﹁お前こそ誰だ﹂
﹁あたし? あたしはララ・マルティン。世界一可愛い公爵令嬢様
だよ﹂
﹁ララ⋮⋮マルティン?﹂
﹁ご主人様と同じ名前ですぅ⋮⋮﹂
つぶやくココ。
マルティン、確かにおれと同じ名字だ。
それに公爵令嬢、誤作動を起こした﹃タイムシフト﹄。
⋮⋮まさか!
﹁あれ? その喋り方⋮⋮ココちゃん﹂
﹁わたしの事を知ってるですかぁ﹂
﹁本当にココちゃん?﹂
﹁はいですぅ⋮⋮けど﹂
﹁うーん﹂
1137
ララはしばらくじっとココを見つめた後、部屋の中を見回して、
すたすたと窓の横に向かっていった。
そこにある花瓶を持ってきて、水をココに駆けた。
﹁にゃああ! なにするのよ!﹂
﹁あっ、マミちゃんだ。本物だったんだ﹂
﹁ふしゃああ!﹂
尻尾の毛を逆立てて威嚇するマミ。
﹁マミ。ここはいいから乾かして服を着替えてきて﹂
﹁⋮⋮わかった﹂
ぶすっとするマミ、でも言われた通り部屋から出て行った。
残されたのはおれと、未だ鼻提灯のバルタサルと、ツインテール
のララ。
﹁ねえ、あんたはなんなの。なんでお父さんの部屋にいるの?﹂
﹁おれの名前はルシオ・マルティン。多分、お前のお父さんだ﹂
﹁え? なに言ってんの?﹂
﹁﹃タイムシフト﹄を知らないか?﹂
﹁知ってるわよ、お父さんがよくそれココちゃんにかけてるもん﹂
おれ
﹁その魔法でお前を偶然呼んでしまったらしい。ここにいるのは九
歳のルシオだ﹂
﹁⋮⋮おお﹂
ララは一瞬で納得した。
﹁そかそか、それでか。道理でなんか屋敷新しいし、ココちゃんも
若いしで変だと思ってんだ。あっ、それじゃそこにいるのはバルマ
1138
マ?﹂
﹁そうだ﹂
﹁そかそか、へー。おねむなの変わってないんだ﹂
変わってないのかよ。
というか将来でもこんななのかバルタサル。
⋮⋮いや、らしいっちゃらしいのか。
﹁そかそか、お父さんなのか。ふーん﹂
ララはじろじろとおれを見た。そして悪戯っぽい笑みを浮かべた。
﹁どうした﹂
﹁お父さん今九歳って言ったよね、あたしよりも年下なのかあ。っ
てね﹂
﹁何歳なんだララは﹂
﹁十歳、というかパーティーの真っ最中だったんだ。お誕生日パー
ティー﹂
﹁そうだったのか﹂
⋮⋮。
﹁なあ、ララは誰の娘なんだ?﹂
﹁誰だと思う? 四人のうちの﹂
いたずらっぽい笑顔で聞き返された。
ララを見つめた。
うーん、わからん。
性格はどの嫁とも違うし、髪の色も黒で誰とも違う。
1139
﹁見た目からも性格からも、ちょっと想像がつかない。
﹁わからない。だれなんだ﹂
﹁ふふん、じゃあ秘密。今度来た時までの宿題ね﹂
﹁今度?﹂
﹁なんかそろそろ戻るころっぽい。バルママがここにいるって事は、
﹃タイムシフト﹄の誤作動なんでしょ﹂
﹁そこも変わってないのか﹂
﹁バルママがいるのにお父さんがついうっかり魔法使ってしまうの
もかわってないよー﹂
﹁⋮⋮嘘だろおい﹂
ちょっとショックだ。未来のおれもそんなんなのか。
﹁じゃねお父さん、ばばばばーい﹂
﹁ちょっとルシオ、マミから聞きましたわ︱︱あら?﹂
ベロニカが部屋に入ってくるのと、ララが消えるのとほぼ同時だ
った。
﹃タイムシフト﹄特有の消え方、ララは未来に戻った。
娘かあ、誰のむすめなんだろうな。
次に呼び出す時に教えてくれるといいんだが。
娘かあ。
なんかちょっとにやけてくるな。
﹁ルシオ⋮⋮﹂
﹁え、あっ、ベロニカ﹂
そういえばベロニカが部屋に入ってきてたんだ。
それはいいんだけど、なんかジト目で睨まれてるぞ。
1140
なんだ?
﹁はあ、別にいいですけれども﹂
﹁え?﹂
﹁五人目の妻候補なのでしょう。いいですわよ、別に。ただ一言相
談はしてほしかったですわ﹂
﹁え? いやいやそうじゃなくて。ララはそういうんじゃなくて﹂
彼女が未来から来た娘だと、ちょっと拗ねたベロニカに納得させ
るまでにちょっと時間がかかった。
1141
未来からの刺客
﹁ベロニカ、ちょっといいか﹂
ベロニカを探して、屋敷の中を歩き回った。
リビングにやってきたところえ彼女を見つけた。
が。
﹁あら、ルシオ﹂
﹁あっ、お父さんだ﹂
ベロニカと一緒にララがいた。
﹁ララ!? なんでここに﹂
おれは﹃タイムシフト﹄を使った覚えはない、彼女はここにいる
はずがないんだ。
﹁お父さんに送ってもらったの﹂
﹁おれ? いやおれは⋮⋮﹂
﹁そうじゃなくて、あたしのお父さん﹂
﹁⋮⋮ああ、未来のおれってことか﹂
﹁うん! あの後ね、ベロママに話をしたらちゃんとベロママに誤
解を解きに行きなさいっていわれて、それでお父さんに送ってもら
ったの﹂
﹁⋮⋮ごめんよく分からない﹂
﹁あたくしがララの事を誤解したのを解きに来たのですわ。ルシオ
の五人目の妻だってことを﹂
1142
﹁あれか﹂
たしかにベロニカはそう言ってたっけ。
﹁それはいいんだけど、納得したのか?﹂
﹁未来のあたくしからの伝言をもらいましたもの。あたくしでしか
知らないような事を証拠に添えられれば納得せざるをえないですわ﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
人間誰しも他人では絶対に知らないような秘密が一つや二つはあ
るもので、未来のベロニカはそれをララに預けて、今のベロニカに
言ったのか。
﹁お父さんにもあるよ。今でも半信半疑だった、ってお父さんが言
ってた﹂
﹁ややっこしいな。未来のおれが言ったんだな﹂
﹁うん! でねでね、これを言ったら信じてもらえるって﹂
﹁どんなのだ?﹂
﹁えっとね、ソフトオンデマンド︱︱﹂
﹁︱︱良く来たわが娘よ。ゆっくりしていくがいい﹂
食い気味でララのセリフを遮る。
うん、ララはおれの娘だ、未来から来たおれの娘だ。
少なくとも未来のおれと繋がってるのは確実だ。
というか⋮⋮未来のおれよ。
今度呼び出してぶっ殺す。
娘になんて事をいうんだお前は。
﹁ねえねえお父さん、ソフトオンデマンドってなに?﹂
﹁子供は知らなくていいことだ﹂
1143
﹁お父さんだって子供じゃない﹂
﹁おれは大人だ、結婚してるから﹂
そう、この世界じゃ年齢関係なく結婚出来る、そして結婚した人
間は一人前の大人として見られる。
つまりおれは大人で、見た目が八歳だろうとX指定的なものはオ
ールオーケーなのだ。
﹁えー、お父さんズルイ﹂
﹁ズルくない﹂
﹁ルシオ、あたくしもそのソフト⋮⋮なんとかのに興味はあります
わ。あたくしも大人ですから、教えて下さいまし?﹂
﹁うっ⋮⋮。そ、それは﹂
﹁それは?﹂
﹁男の夢だ!﹂
﹁男の夢?﹂
﹁男の夢だ!﹂
いまいち納得出来ないって顔のベロニカに、おれはカウンターを
放った。
﹁ベロニカこそ、ララから︱︱未来のベロニカから何を言われたん
だ?﹂
﹁え?﹂
﹁ベロニカも何かいわれたんだろ? 自分しか知らないようなこと
を﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
﹁それは?﹂
﹁⋮⋮女の夢ですわ!﹂
1144
追い詰められたベロニカ、顔を真っ赤にして言い放った。
﹁女の夢か﹂
﹁女の夢ですわ﹂
﹁そうか﹂
﹁そうですわ!﹂
⋮⋮なんとなくだけど、追求しない方がいいな。
いや別にしたらこっちも追求されるという心配とかじゃなくて。
こっちが追求されるとつらい内容だから、きっとベロニカも同じ
なんだろうなって思った。
見つめ合う、互いの目からそれを読み取る。
﹁詮索は⋮⋮﹂
﹁ああ、なしだ﹂
と、合意した。
それが誰も不幸にならない唯一の方法だろう。
﹁それじゃあたし帰るね﹂
﹁帰るって、未来にか﹂
﹁うん、今日の用事は済んだし。また来るね﹂
﹁ああ﹂
頷き、ララに手を振った。
ララは手を振りかえしてきた。体が徐々に透明になって、やがて
きえた。
﹁嵐の様な子でしたわね﹂
﹁ああ、だれの子なんだろうな﹂
1145
﹁知りませんの?﹂
﹁ああ、知らない。ただ四人の誰かの子だと思う﹂
﹁あら、五人目六人目の妻を作ってるかも知れませんわよ、未来の
ルシオは﹂
﹁それはない﹂
﹁なぜ?﹂
﹁ララのツインテール、髪留めに二つずつの宝石が使われた。みん
なの指輪と同じ色だ。左はシルビアとナディアの、右はベロニカと
バルタサルのヤツと同じ色だ﹂
﹁あら、よく見てますのね﹂
﹁気づいて五人目とか言ってくるのは反則だな﹂
﹁そうかしら﹂
﹁そうだ﹂
﹁そうかしら﹂
同じ言葉をリピートしながら、おれの手をそっと握るベロニカ。
お手々とお手々をつなぐ、おれと嫁達が一番気に入ってるスキン
シップ。
つないで、互いを見つめ合った。
そうして見つめ合っていると︱︱ドアがいきなり開け放たれる。
﹁お父さん、あたし帰るね﹂
入って来たのは、さっき帰ったはずのララだった。
﹁ララ? お前帰ったはずじゃ?﹂
﹁あっ、あたし二回目だから﹂
﹁は? 二回目?﹂
どういう事なのかと思ってると、ララの後ろから更にララが現わ
1146
れた。
﹁あたしは三回目のあたしだよ。終わったから帰るねー﹂
﹁四回目参上! さーて帰ってシルママのカレーをたべよっと﹂
集まった三人のララ、同時に消えていなくなった。
なんなんだこれは︱︱と思っていたら。
部屋の入り口にシルビア、ナディア、バルタサルが現われて。
三人は頬を染めて、もじもじしながらこっちにやってきた。
﹁ルシオ様⋮⋮﹂
﹁ルシオくん⋮⋮﹂
﹁ルシオちゃん⋮⋮﹂
三人はおれの前に立って、上目遣いで見つめて来た。。
﹁どうやら﹂
ベロニカがいった。
﹁同時に四人送り込まれたということですわね﹂
⋮⋮なるほど。
時間差で四回、同じ時間軸に来たって事か。
そして四人の嫁に同時に何かを吹き込んだ。
﹁みんなも一緒ですのね﹂
ベロニカがいって、三人が頷いた。
どうやら、同じことを言われたみたいだ。
1147
何を言われたんだろう、気になる。
それを聞こうとしたが、おれの顔から察したベロニカが。
﹁言いませんわよ﹂
﹁はい、言えないです﹂
﹁言えないね﹂
﹁ルシオちゃんをいつ好きになったのかだよー﹂
三人は黙秘したが、バルタサルは空気読まずにけろっと告白した。
﹁﹁﹁ちょっと!﹂﹂﹂
三人が同時に声をあげて、バルタサルはきょとんとした。
⋮⋮いかん、これはいかん。
まさかそう言うのだったとは。
恥じらいながらおれをちらちら見つめる三人、一人だけニコニコ
顔でお手々をつないでくるバルタサル。
まずい、こっちまで恥ずかしくなってきた。
そこに︱︱ララが現われた!
﹁そうだ、お父さんからもう一つ。おれがみんなにプロポーズを決
意した瞬間︱︱﹂
﹁ソフトオンデマンド!!!﹂
あまりの恥ずかしさに、大声をだしてララのセリフを遮った。
1148
太陽をおいかけろ
﹁大変ですルシオ様!﹂
シルビアが血相を変えてリビングに飛び込んできた。
正直今までに見た事のないレベルでの剣幕に、おれはちょっとた
じろいだ。
﹁ど、どうしたんだ﹂
﹁新婚旅行です!﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁新婚旅行をしてなかったです!﹂
﹁⋮⋮おお﹂
読みかけのマンガを置いて手を叩く。
そういえば色々やってきたし、プロポーズからの結婚も四回した
けど、新婚旅行は一度もしてなかった。
ちょっとうっかりじゃ済まないレベルのうっかりだった。
☆
おれは空を飛んでいた。
竜に変身してでもなく、背中から翼を生やしてでもない。
頭のてっぺんに竹とんぼみたいなものをくっつけて、それがくる
くる回っておれを飛ばしている。
⋮⋮正直これまずいんじゃなかろうか。
魔法を使った瞬間かなりヤバイ気がした。
でもこれは数多くある空の飛び方の中で一番夢があるし、マンガ
1149
読みとしては死ぬほど憧れる飛び方だ。
ヤバイのを覚悟して、それで空を飛んだ。
﹁わあ⋮⋮本当に空を飛べるのですね﹂
﹁さっすがルシオくん、そんな飛び方想像もしなかったよ﹂
流石なのはF先生だ。そんな事を思ったが言わなかった。
今話したシルビアとナディアは﹃スモール﹄の魔法で手のひらサ
イズに小さくなって、おれのポケットから顔を出して、頭の竹とん
ぼを見あげながら感心している。
﹁あたくしはこっちの方が好きですわ。竜の姿では正直、ルシオの
ぬくもりが遠く感じてしまいますもの﹂
襟の間からニョキって顔を出してるベロニカが言った。
﹁すぴぃ⋮⋮﹂
ちなみにバルタサルは背中にひっついて肩にあごを乗せてのおね
むだ。滑り落ちないかちょっと心配。
小さくなった四人の嫁を乗せて、空を自由に飛んでいる。
はじめて使う魔法は、嫁達に大好評だった。
﹁で、どこか目的地は決めてるのか?﹂
聞くと、嫁達は一斉に黙り込んだ︵一人は寝てるけど︶。
やっぱりノープランだったか。
ま、そもそもの発端がシルビアの﹁新婚旅行に行こう﹂だもんな。
旅行に出かけたら目的は果たしてるからなあ。
1150
﹁どうしよう。ナディアちゃん、何かアイデアないですか﹂
﹁えええ? い、いきなりあたしに聞かれても。ベロちゃん助けて﹂
﹁あたくしはこのままで充分ですわ﹂
もぞもぞと、おれの懐深く潜り込んでしまうベロニカ。マフラー
を巻くようにして、おれの襟で顔を半分隠すくらい深く潜り込んだ。
起きてる三人は完璧にノープラン、しかも代案も出せずにいる。
それはそれでいいんだけど、何かがほしいな。
と、そんな事を思ってると。
﹁すぴぃ⋮⋮太陽ちゃん逃げるな、なのです⋮⋮﹂
バルタサルがむにゃむにゃと寝言を放った。
太陽逃げるな?
﹁いいな、それ﹂
昔からどうなるかって気になったことを、おれはやろうと思った。
☆
半日が経って、おれはまだ飛び続けている。
シルビアとナディアの親友コンビは、ナディアがおれの体をつた
って反対側のポケットに入って、シルビアと体を寄せ合って寝てい
る。
﹁すぴぃ﹂
バルタサルは飛び始めた時とまったく同じ体勢で寝たまま。
1151
﹁ルシオ大丈夫、疲れてないかしら﹂
﹁大丈夫だ。別におれの体力を消耗する訳じゃないからな、この魔
法は﹂
﹁そう。でも、本当にどこまでいくのかしら、これ﹂
﹁多分⋮⋮どこまでも﹂
﹁どこまでも?﹂
首をかしげて聞いて来るベロニカ。
おれは今、太陽を追いかけて飛んでいる。
正確には、太陽がずっと前方斜め45度の角度を保ちながら飛ん
でいる。
子供の頃からずっと疑問だった、﹁太陽と同じ速さであとを追い
かけていったらどうなる?﹂というのを実践した。
理屈は分かってる、太陽が動くのと同じ速度で追いかけ続ければ
永遠に沈まないだろう。
⋮⋮多分、理屈じゃそうなるはずだ。
実際、半日以上飛び続けても太陽は前方斜め45度のまま変わっ
てない。
﹁どこまでも、ですか﹂
﹁ああ、どこまでも。世界の果てまでいっちゃうかもな﹂
冗談を言ってみた。
この世界が同じ球状で地動説なら、世界の果てじゃなくて単に一
周するだけだけど。
﹁⋮⋮わ﹂
﹁うん? なんか言ったか﹂
﹁ルシオとなら、世界の果てでもいいですわ﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
1152
不意を突かれたけど、ちょっと嬉しかった。
太陽を追いかける︵多分︶世界一周する新婚旅行は、もうちょっ
と続く。
1153
人間コンセント
太陽に向かって飛び続けた。
流石に暇になってちょっと飽きてきたから、荷物の中からもって
きた魔導書を取り出してよんだ。
さえない男子高校生がある日流れ星に﹁彼女が欲しい﹂とお願い
したら、流れ星がそのまま人間になって彼女になりに来たというド
タバタラブコメディ。
願いを叶えた流れ星が一個じゃなくて一気に九個というところで
ものすごくドタバタ感があって楽しい。
これでどんな魔法を覚えられるのか、そして最後はどういう話に
なるマンガなのか。
それを楽しみにしながら読んでいった。
﹁ふわーあ⋮⋮﹂
伸びをして、あくびをした。
しまった肩にバルタサルがいるから伸びをしたら︱︱とおもった
ら肩に気配が感じられなかった。
どうしたんだろ︱︱って思ってると。
﹁むぐっ!﹂
口の中に何かが入って来た。
もぞもぞと、強引に入って来た。
﹁あが⋮⋮あぐが⋮⋮﹂
1154
口の中に突っ込んできたのはバルタサルだった。人形よりもちょ
っと小さくした彼女がなぜか尻をフリフリさせながら、おれの口の
中に潜り込もうとする。
といつめようとするも、口を塞がれて声が出ない。
魔法で何かしようとするも︱︱相手がバルタサルだから下手に使
えない。
つまみ出そうとしたら、尻尾でペシッとはたかれた。
そうこうしてるうちに、バルタサルは完全に口の中に入って、中
で体を入れ替えて顔を出してきた。
唇の上に腕を載せて、その上に自分の横顔を乗せる。
そのま。
﹁すぴぃ﹂
とまた寝息を立てはじめた。
っておい! 寝るのか!? そこで寝るのか!?﹂
﹁えへへ⋮⋮ルシオちゃんだぁ⋮⋮﹂
そりゃおれだよ! おまえ今おれの中に入ってるからな!
﹁ふにゅ⋮⋮﹂
これはこまった、本当にこまった。
転生してきた人生の中で二番目くらいのピンチだ。
どうする、どうするおれ。
﹁ふわーあ⋮⋮﹂
ポケットの中でもぞもぞ動いた、ナディアと一緒に寝てるシルビ
アが起きてきた。
1155
顔を出すシルビアが寝ぼけた目でこっちを見た。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮うごうご﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁うごご﹂
助けてくれシルビア、この状況を何とかしてくれ。
﹁⋮⋮るしおしゃまのおくちにまおうしゃまが﹂
﹁うごご﹂
﹁⋮⋮ゆめでしゅね、これ。おやすみなさい﹂
そういって、シルビアは再びポケットに潜り込んだ。
同じポケットに入ってる、同じサイズに縮んだナディアと指を絡
ませ、身を寄せ合って二度寝した。
可愛い、二人の姿はかわいい。
かわいいけど!
﹁うごご﹂
状況は何も変わらない。まずいままだ!
パチン! 春田サルのはな提灯がはじけた。
﹁ふみゃ⋮⋮﹂
いやふみゃあじゃなくて。
八方ふさがりのおれは空を見上げた。昼間だというのに、太陽の
そばをものすごい明るい流星が流れた。
思わず流星にお願いした︱︱って叶うわけないだろそんなの!
1156
心のなかでキレ芸を披露しつつ、おれは諦めた。
そのうちおきるだろう、と諦めることにした。
しかし、この時のおれはまだ知らなかった。
悪夢は⋮⋮うらやましがるシルビアとナディアとベロニカによっ
て、口だけじゃなくて鼻や耳の穴まで狙われてしまうという未来を。
今のおれはまだ知るよしもなかったのだった。
1157
雲を掴むような話︵前書き︶
マンガ嫁第三巻発売したときに、担当イラストレーター様が書いて
くださった応援イラストに触発されたエピソードです。
バルタサル可愛い!
<i225604|15669>
1158
雲を掴むような話
太陽に向かって飛び続けていた。
天動説なら太陽の動く速度、地動説ならこの星の回転する速度。
この世界がどれなのか分からない、分からないけど。
とにかく太陽の動く速度に合わせて、それにむかって飛び続けた。
魔法で小さくした四人の嫁を乗せて、飛び続ける。
太陽と常に同じ距離を保ち、常に明るい。
一日中昼間のまま飛び続けた。
魔法をつかって飛び続けるが、おれには大した負担じゃない。
魔導書を呼んで魔法を覚える度に魔力も上がってるから、空を飛
ぶだけなら大した負担じゃない。
おれはそうだが、嫁達はそうじゃなかった。
﹁ルシオくん、どこかで休まない?﹂
﹁どうした﹂
﹁ちょっと手足がしびれてきたし、つかれてきた﹂
﹁ルシオの服の中に入ってるのは体勢が制限されるし、しがみつく
のに体力が必要だものね﹂
ベロニカがナディアの提案に賛同した。
なるほど確かにそうかも知れない、よく見ればシルビアもちょっ
とつかれてるっぽい。
1159
⋮⋮バルタサルは相変わらず鼻提灯で居眠りモードだ。
嫁達を小さくしておれのポケットとか服の中にいれて飛んでるけ
ど、たしかに快適な旅とは言いがたいな。
﹁わかった﹂
おれは頷いて、まわりを見た。
丁度いいものがあった、太陽を追うのをやめて、そこに飛んで行
った。
巨大な雲だった。東京ドーム一つまるまる入ってしまう雲だった。
雨雲じゃない、綺麗に白い雲。
その雲の前にとまった。
﹁どうするんですかルシオ様﹂
﹁魔法を使う﹂
﹁わかった、あたしにまかせて﹂
ナディアが名乗り出た、シルビアは複雑そうな表情をした。
ナディアは居眠りしてるバルタサルに近づいて、鼻提灯をつっつ
いて割って、そのまま二本指でバルタサルの鼻を押さえた。
﹁やっちゃってルシオくん﹂
﹁ああ︱︱﹃スカイアイランド﹄﹂
﹁へっぷ︱︱﹂
おれの魔法に反応して、寝てるバルタサルがくしゃみをした︱︱
が。
1160
鼻に指を突っ込んでるナディアに止められて、くしゃみは不発だ
った。
魔法が無事発動する。
まばゆい光がおれの体から雲に乗り移って、全体をつつんだ。
光が消えるのをまって、おれは雲に上陸した。
﹁おお! 雲に乗れる﹂
﹁みんなおりて。ああ、バルタサルの鼻は押さえたままで﹂
ナディアにそう言って、四人の嫁を地面に下ろしてから、魔法を
かけて元のサイズにもどした。
おれと四人の嫁、フルサイズで雲の上に立った。
シルビアは目を輝かせた。
ナディアはジャンプしたりしてわいわいはしゃいだ。
ベロニカは雲の端っこに立っておそるおそる下を見た。
バルタサルはココのように丸まって寝ていた。
﹁雲の上ははじめてですわ﹂
﹁そうだっけ﹂
﹁ルシオくんにのって飛んだ事はよくあるけど、雲に乗ったのはは
じめてだと思う﹂
﹁今ルシオ様が魔法を使いましたけど、もしかして雲って乗れなく
て、ルシオ様が乗れるようにしたんですか?﹂
ナディアが質問する。ナディアもベロニカもおれを見る。
雲が乗れないのは常識で、でも乗れそう・乗りたいとだれもが一
1161
度は思う。
というおれの常識は彼女達には通用しなかったようだ。
﹁そういうことだ﹂
﹁そっか、流石ルシオくん﹂
﹁さあ、ここで少し休んでいこう﹂
﹁でもそれじゃあ太陽に離されますわよ。この旅行中ずっと太陽を
追いかけるという話でしたわよね﹂
﹁大丈夫、雲ごと追いかけさせてるから﹂
﹁ほんとだ、他の雲と違う動きしてる﹂
ナディアがまわりをみて、上機嫌に言った。
質問者のベロニカもそれを確認して、満足げにうなずいた。
こうして、休憩もかねて、嫁達と雲に上陸した。
シルビアはナディアに引っ張り回されて雲をかけずり回った。
雲に乗れるようにしたけど、形は変えてない。
天然のジャングルジムというかアスレチックっていうか、そんな
感じの雲の上ではしゃぐナディアとシルビアのコンビ。
ベロニカは控えめに手足をぶらぶらさせて、ストレッチをしてい
た。
おれも雲の上を適当にぶらぶら歩いた。
高低差のあるところにのぼったり、端っこから下を見たり、つも
1162
ってる雪にする様にちょっと蹴ってみたり。
子供の頃、つもって道ばたにどかした雪を殴ったり蹴ったり、傘
でマンガとかアニメの必殺剣をぶち込んだりした時の事をおもいだ
して、懐かしい気持ちになった。
そうして一周してくると、バルタサルが起きてるがみえた。
彼女はちゃぶ台程度の高さの雲に頬杖をついて、その上にある何
かをつんつんついている。
﹁何をしてるんだ?﹂
﹁ルシオちゃんと遊んでたの﹂
﹁おれ?﹂
どういう事なんだろうか、と彼女の手元をみた。
そこにあるのは雲の塊、塊だけど、自然に出来た雲じゃない。
一言で言えば﹁八重歯とコウモリの羽が生えた、貴族の服を着た
おれ﹂だった。
それが魔導書の上に乗ってる。
なんとなく魔王っぽい。本物の魔王であるバルタサル︱︱バルタ
サル八世よりも見た目は魔王っぽい。
そんな感じのぬいぐるみなおれを、バルタサルは指でつっついて
楽しんでいた。
﹁これは?﹂
﹁ルシオちゃん﹂
﹁作ったのか﹂
1163
﹁うん、こうして﹂
バルタサルは手元の雲を掴んで、粘土にするかのようにこねこね
した。
やがてそれは小さな王冠になって、バルタサルはおれの人形の頭
の上においた。
﹁器用だな﹂
﹁ルシオちゃんだからだよー﹂
﹁せっかくだから色を塗ろうか﹂
﹁うん!﹂
粘土
おれはバルタサルと一緒に雲をこねくり回した。
たっぷりリフレッシュしたあと、また嫁達と新婚旅行の続きに空
にとびだした。
1164
空母ルシオ
相変わらず太陽に向かって、同じ速度で空を飛び続けていた。
空を飛び続けてもう一週間くらいか、嫁達はすっかり空の生活に
なれてきた。
飛び続けてるおれの体をジャングルジムみたいによじ登ったり、
おれの背中でごろごろしている。
いまも、おれの背中に小さなこたつを置いて、そこでまったりし
ている。
﹁今思ったんだけどさ、これ、帰り大変じゃないのかな﹂
﹁大変って、どうしてなのナディアちゃん﹂
﹁だってさ、太陽をおっかけてずっと飛んでるじゃん。引き返すと
きに同じくらい飛ぶよね﹂
﹁あっ⋮⋮そうだよね﹂
今も、おれの背中でまさにごろごろ真っ最中のシルビアとナディ
アがいう。
この世界が地球と同じ球体の惑星ならそのうち一周するから引き
返す必要はないんだけど、二人ともそういう認識はないみたいだ。
﹁ねえねえルシオくん、帰りはどうするの?﹂
﹁そうだな、いろいろ考えてるけど、スピードを上げて引き戻すか、
パッと一瞬で戻るかのどっちかだろうな﹂
﹁一瞬で、ですか?﹂
﹁実質瞬間移動が出来る魔法があるんだ﹂
1165
バルタサル空間。
かつての魔王、バルタサル一世が今も囚われている空間。
あの空間はいわゆる異次元だが、ひとつ大きな特徴がある。
この世界のあらゆる場所と繋がっている事だ。
つまり空間に入る、空間からでる。
という手順を踏めばどこへでも移動出来る、実質ワープが出来る
という事だ。
まっ、それをするには力を溜めてるバルタサルを倒さなきゃなら
ないんだけどね。
﹁それならすぐに戻れますね﹂
﹁そういうことだ﹂
﹁ねえねえルシオくん、あたしも空を飛んでみたいな﹂
﹁空を?﹂
﹁うん、ルシオくんと同じそれで﹂
ナディアはおれの頭でぐるぐる回転してる竹とんぼみたいなのを
さした。
F先生が産み出した最高に夢のあるソレとそっくりなヤツを。
﹁そういえばやってなかったな﹂
﹁うん!﹂
﹁よし︱︱﹃バンブーフライ﹄﹂
魔法を使う、お人形サイズになったナディアの頭にも竹とんぼが
ついた。
﹁じゃあいくね︱︱ひゃっほい!﹂
1166
﹁ちょっとナディアちゃん、説明を聞かなきゃ﹂
親友の制止も待たずに、ナディアはおれの背中から飛び立った。
離陸した直後、上手く操作できなくて垂直落下した。
﹁ナディアちゃん!﹂
﹁おお、なんか難しい︱︱こうかな﹂
﹁ルシオ様! ナディアちゃんが!﹂
﹁大丈夫﹂
おれは手をあげて、シルビアに見せた。
小指から赤い糸が出ている、それが伸びていってナディアに繋が
ってる。
﹁危なくなったらこれで引き上げられるから﹂
﹁あっ、命綱をつけてたんですね﹂
﹁あたり前だ。シルビアもやってみるか?﹂
﹁きなよシルヴィ、たのしーよ﹂
早くも竹とんぼの操縦になれたナディアが急上昇してきて、おれ
に並走しながらシルビアを誘った。
﹁そうね。ルシオ様、わたしもお願いします﹂
﹁はいよ﹂
シルビアにも同じ魔法を使ってやった、頭の上に竹とんぼが生え
た。
性格の差がはっきり出た。
ナディアは初っぱなから飛び出して空中でじたばたやりながら飛
び方を覚えてったのに対して、シルビアはおれの背中で垂直に飛び
1167
上がったり、慎重に飛び方を試していった。
﹁ひゃっほーい﹂
その間もナディアはどんどん上達していった。
アクロバットにおれのまわりを飛び回ったり、飛び立った背中に
タッチアンドゴーを決めてみたり。
あれこれやって、実に楽しそうだ。
﹁シルヴィ、あそこの雲まで競争しよう﹂
﹁うん﹂
﹁勝った人が今日のルシオのお尻ポケットで寝れる権利ね﹂
﹁︱︱っ! 負けないよ﹂
シルビアの表情が変わった。
尻ポケットで寝る。
空の旅を始めてから一躍人気スポットになった場所だ。
小さくなった嫁達はおれにしがみついたり、懐とか口の中に潜り
込むとか、いろんな場所で寝ようとしてる。
その中でも一番人気なのが尻ポケットだ。
曰く、﹁温かくて柔らかい﹂かららしい。
それの権利をかけた空中レースということだ。
﹁それを聞いては黙ってられませんわ﹂
﹁ベロニカ﹂
﹁ルシオ、あたくしにも魔法を﹂
﹁バルもルシオちゃんのお尻大好きなのよ?﹂
懐から顔を出してきたベロニカ、こたつの中からカタツムリの如
1168
く出てきたバルタサル。
二人とも、お尻ポケット争奪戦に名乗りを上げた。
自分の尻が狙われている︵直喩︶のがなんとも複雑な気分だが、
ナディアにバルタサルのくしゃみに対処させつつ、二人にも竹とん
ぼをつけてやった。
﹁それじゃあ行くよ⋮⋮レディ、ゴー!﹂
ナディアのかけ声で、四人の嫁が一斉に飛び出した。
小さくなって頭に回る竹とんぼをくっつけて、おれから大空に飛
びだっていった。
レースはバルタサルが優雅な一人旅のごとく大逃げで先行したが、
チェックポイントの雲でターンするのにかなり手間取ってその間に
三人に追い抜かれた。
復路はナディアが先行してそのまま一位でゴールするかと思って
いたら、竹とんぼに一番なれてるナディアが調子にのってゴール直
前でアクロバティックな飛行をしたら失速して落ちていって、その
間に追い抜いたシルビアとベロニカがハナ差で1着をあらそった。
どっちが一位なのかは微妙な判定になるが、尻ポケットは二つあ
るから賭け的には問題無かった。
ナディアは自分のやらかしに空をとんだまま地団駄を踏んだ、後
半追い上げられなかったバルタサルは唇に人差し指をあてて羨まし
そうにした。
レースはそれで終わったけど、四人はそのあとも飛び続けた。
あっちこっちに飛んで、飛びつかれたらおれの背中で休んで、一
休みしたらまた飛び立って。
おれはまるで、空母になったような気がした。
1169
艦載嫁四人を搭載した空母ルシオ。
なんとなく楽しそうな妄想をしてみた。
﹁ルシオ、なにか様子が変ですわよ﹂
﹁うん?﹂
おれの顔の横に飛んで来るベロニカ。
彼女はまっすぐ前を見つめていた。
太陽を追いかけて飛び続ける空、その先に黒い点がうようよして
いた。
それだけじゃない、地上から黒い煙が何カ所も立ちこめていた。
﹁な、なんでしょうあれは﹂
﹁﹃テレスコープ﹄﹂
指で輪っかをつくって、魔法を唱えた。
遠くを見渡せる魔法で様子を確認。
﹁竜︱︱ワイパーンのようなものか﹂
見えたのは大量の翼竜だった。
固い鱗、鋭い爪。
半開きの口から炎が渦巻いてる。
地上はその翼竜に襲われていた。
そして、なんと。
﹁ラ・リネアか﹂
﹁都なんですか!?﹂
﹁ああ、間違いない﹂
1170
頷くおれ。
望遠の魔法で真っ先にあの真っ逆さまの建物︱︱王立魔導図書館
が見えた。
襲われてるのはおれ達が住んでいる王都ラ・リネアで間違いない。
一周してきたのか⋮⋮。
なんて考えてる場合じゃないぞ。
﹁一方的にやられてる、倒さないと﹂
﹁ルシオくん、あたしに任せて﹂
﹁ナディアが?﹂
﹁わたしも行きますルシオ様﹂
﹁G退治とか色々話を聞いてますわ、あたくしも行きます﹂
嫁が次々と参戦をと名乗り出た。
王都を襲う程の翼竜で普通なら危険なのだが。
﹁分かった﹂
頷き、嫁達に魔法をかけた。
攻撃魔法を一種類レンタルする魔法と、体のまわりにバリアを張
る魔法。
その二つを嫁達にかけた。
﹁気をつけてな。バリアは攻撃を三回食らったら消える。消えたら
戻ってきて、かけ直すから﹂
﹁分かりました﹂
﹁行ってくるね﹂
﹁わくわくしますわね﹂
シルビア、ナディア、ベロニカの三人が発艦︱︱飛びだっていっ
1171
た。
﹁⋮⋮﹂
﹁バルタサル、どうした?﹂
﹁あそこに、バルっぽいのがいるのよ?﹂
﹁バルっぽいの?﹂
どういう事なんだろうか。
﹁それって︱︱あっ! いっちゃった⋮⋮﹂
詳しく聞こうとしたら、その前にバルタサルも飛んで行った。
なんなんだろうか。
初めての空戦はかなり激烈だった。
人間よりも遥かに巨大な翼竜に、竹とんぼとバリアをつけた嫁達
が襲いかかる。
王都を炎上させる程の強力なモンスターだが、嫁達が使うのはお
れの魔法だ。
ぬいぐるみサイズで小さくなっても互角以上に戦えた。
﹁きゃあ!﹂
﹁バリアが消えた? 援護しますわシルビア、ルシオの所に戻って﹂
﹁ここはあたしが食い止めるから早くいって﹂
いやそれは死亡フラグなんだぞナディア。
戻って着艦したシルビアにバリアをかけ直してやって、ほっぺた
についたすすを指の腹で拭ってやった。
﹁大丈夫か﹂
1172
﹁うん、大丈夫﹂
﹁無茶はするなよ﹂
﹁わかりました﹂
シルビアは再び飛んで行った。
流石の翼竜は強く、交戦中に嫁達は何度もバリアを剥がされた。
その度に戻ってきて、おれがかけ直す。
ますます、空母になったような気分だ。
翼竜が一匹また一匹と倒されていった。
こっちはバリアをかけ直せば再出撃できるけど、向こうは倒され
るまで戦うから、次第に数が減っていく。
やがて、翼竜達は全滅した。
﹁ふう、こんなもんだね﹂
﹁これは楽しいですわね﹂
﹁アリの巣とかも楽しいよ。あと体の中﹂
﹁体の中、ですの?﹂
﹁うん! 病気って体の中にちっちゃい魔物が侵入してなるものだ
から、もんのすごくちっちゃくしてもらって、体の中に入って退治
するんだ。ダンジョンみたいで楽しいよ﹂
﹁お体のダンジョンなら、バル、やったことあるのよ?﹂
嫁達が戦闘後のおしゃべりをしてる中、おれは地上をみた。
地上は都の住民がこっちを見あげてる、何人かはおれの姿をみと
めて﹁ルシオ様バンザイ﹂とか言ってきたりした。
王宮のテラスには王様とおじいちゃんが何故か一緒にいて、二人
はそれぞれ自慢げに何か言った後、今度はとっくみあいのケンカを
始めた。
何をやってるのか大体想像がつくから放置だ。
1173
なんで襲われたのかはわからないけど、ピンチを救ってほめられ
るのは悪い気はしない。
﹁あっ⋮⋮﹂
﹁どうしたのハッちゃん﹂
﹁御先祖様、くる﹂
﹁え?﹂
バルタサルがつぶやいた直後、目の前に空間のゆがみが生まれた。
この現象しってる。
﹁バルタサル一世だ﹂
ナディアもそれを知ってた、前に一緒に召喚されて戦った事があ
る。
﹁ふははは、この時をまっていたぞ﹂
空間を開いて、今まさに出てこようとするバルタサル一世。
相変わらずだなあ、こいつも。
仕方ない、倒して再封印するか。
﹁行こう、シルヴィ!﹂
﹁うん!﹂
﹁遅れは取りませんわよ﹂
﹁バル、もうお嫁さんなのよ?﹂
四人の嫁はおれより早く飛んで行った。
それぞれ違う軌道を描いて、空を飛んでバルタサル一世に襲いか
1174
かった。
攻撃を加えようとしたが、やめた。
おれは母艦として、嫁達のフォローに徹することにした。
嫁達はノリノリでバルタサル一世を攻撃した。中でも子孫である
バルタサルが一番容赦なかった。
途中でおれは背中を上にといううつぶせの姿勢から、ぐるっと半
回転して仰向けの姿勢に変えた。
そんなおれの腹に、バリアを補給しに戻ってくる嫁達。
魔法をかけて、なでなでしてやって、また送り出した。
地上でみていた人間には激戦に見えた。
後にラ・リネア空戦と呼ばれ歴史にも残るほどの元魔王との激闘
は。
﹁ひゃっほーい﹂
ナディアのかけ声に代表されるように。
おれの強大な魔力で、コミカルで一方的な戦いだった。
こうして、おれ達の新婚旅行は世界を一周して、思いがけない戦
いの中幕がおりたのだった。
1175
嫁と合体したら⋮⋮
朝、鳥のさえずりの中、ゆっくりと目が覚めた。
今日もマンガを読んだりのんびりしたりする一日が始まる︱︱と
思っていたら。
真上から、ベロニカがおれをじっと見下ろしていた。
﹁⋮⋮どうしたんだ?﹂
﹁ルシオの顔を見ていましたの﹂
﹁それはわかるけど、なんで?﹂
﹁ルシオ、一度大人になっていただけません?﹂
﹁⋮⋮わかった﹂
理由は不明だけど、ベロニカがそう望むのなら是非はない。
ベッドから降りて、魔法﹃グロースフェイク﹄を自分にかけた。
見た目をごまかすだけの魔法で、おれは自分を大人の格好に変え
た。
ちょこちょこやってる、大人のおれの格好だ。
ベロニカはそれをじっと見つめてから、更に言った。
﹁あたくしも大人にしていただけます?﹂
﹁姿だけ? それとも心も?﹂
嫁の中でベロニカだけちょっと特殊だ。
彼女だけ元が大人で、本当は妖艶な美女である。
そんな彼女は今、おれと同じくらいの八歳の姿だ。
かけた魔法は﹃リコネクション﹄。見た目だけじゃなくて、人格
を見た目相応の年齢に一緒に変える魔法だ。
1176
そんな彼女を大人の姿に戻すのなら、人格面もどうするんだ、と
聞く必要がある。
﹁見た目だけで結構ですわ﹂
﹁わかった︱︱﹃グロースフェイク﹄﹂
魔法をかけて、ベロニカを大人の姿にした。
赤い髪が長くなって、露出の多いドレスになって。
妖艶な美女・ベロニカに姿を変えた。
ベロニカはおれの横に立った。
腕を組んで、部屋の隅っこにある姿見の前につれて行った。
並んで、一緒に鏡に映って、それをじっと見つめる。
﹁⋮⋮﹂
﹁どうかしたのかベロニカ﹂
﹁今度は二人とももっと子供にかえて下さるかしら。そうですわね、
三歳くらいに﹂
﹁分かった﹂
何も聞かないで、もう一度﹃グロースフェイク﹄をかけた。
大人な二人がみるみるうちに縮まって、元の姿よりも更に幼い三
歳児になる。
ベロニカはお手々をつないできた、鏡に映っておれ達はちょっと
可愛かった。
﹁⋮⋮なるほど﹂
﹁どういう事なんだ?﹂
﹁ルシオとの子供がどんな見た目になるのか気になりましたの﹂
﹁子供!? ああそれで大人になったり子供になったり﹂
﹁そうですわ。おかげで大体わかりましたの﹂
1177
﹁どうせなら本物にあうか?﹂
﹁本物? そういう魔法がありますの?﹂
﹁ああ﹂
頷くおれ。ベロニカは少し考えて、頷いた。
﹁お願いできるかしら﹂
﹁任せろ︱︱﹃タイムシフト﹄﹂
おれはまず、﹃タイムシフト﹄で一時間後の自分達を呼び出した。
﹁よう﹂
﹁待ってましたわ﹂
一時間後のおれたち、ルシオダッシュとベロニカダッシュがニコ
ニコしたまま現われた。
﹁未来のあたくしたち、ですの?﹂
﹁ああ、この二人に︱︱﹂
﹁おれがやるよ﹂
未来のおれが言って、魔法を使った。
﹃ネクストジェネレーション﹄
お手々をつないで、魔法を唱えた途端、ルシオダッシュとベロニ
カダッシュが光になって、その光が溶け合って一つになった。
光は徐々に収束して、やがて一人の女になった。
女は真っ赤な長い髪を伸ばして、露出の多い鎧︱︱いわゆるビキ
ニアーマーを身につけて、体くらい大きい剣を持っていた。
1178
﹁ここは︱︱って父ちゃん母ちゃんじゃないか。その姿って、また
魔法でなんか遊んでるのか?﹂
﹁あなた⋮⋮は?﹂
﹁何とぼけてんだ母ちゃん、自分の娘の顔を忘れたのか?﹂
﹁娘!?﹂
ベロニカはびっくりして、ぱっとおれの方をむいた。
﹁﹃ネクストジェネレーション﹄、男と女が合体して、その二人の
子供に姿を変える魔法だ。結婚前にちょっとした相性占いとかにも
使えるぞ﹂
﹁実際に生まれない子供でも?﹂
﹁そうだ、この二人だったらこういう子供が生まれる、って魔法だ﹂
﹁そうでしたの⋮⋮﹂
﹁なにごちゃごちゃ言ってるのかわからないけど︱︱ってここ都の
屋敷? っていうか新しい? なんだこりゃ﹂
おれとベロニカの娘はガッシャンガッシャンと鎧をならして窓際
にかけていった。
見た目は大人のベロニカによく似てる。
性格は︱︱ヤケにがさつっぽいな、誰に似たんだろ。
﹁見た目はあたくしに似てますわね﹂
﹁そうみたいだ﹂
﹁ナディアにでも育てられたのかしら﹂
﹁おじいちゃんたちに甘やかされてああなった可能性も﹂
﹁たしかに!﹂
将来生まれるかもしれない娘を、ベロニカと二人で評論しあった。
1179
そうしてる間に合体の魔法が切れて、未来から呼び寄せる魔法も
切れた。
ルシオダッシュとベロニカダッシュはおれたちにウインクを残し
て、未来へ帰っていった。
﹁ねえルシオ、あれって﹂
﹁ああ。せっかくだから他の子供もみるか﹂
ベロニカと頷きあう。
もう一回﹃タイムシフト﹄を使って、今度はおれとシルビアを呼
び出した。
ウインクを残して行った未来のおれは何もいわないで、すぐに﹃
ネクストジェネレーション﹄をつかった。
﹁あれー、ここどこ?﹂
現われたのは、金色のロングヘアーで、アイドル衣装を纏った女
子高生くらいの女の子だった。
見た目は間違いなくシルビアの子供だってくらいそっくりだが、
性格がかなり活発で明るそうなかんじだ。
﹁ってパパじゃないの。ライブ見に来てくれたの?﹂
﹁ライブってなんの事ですの?﹂
﹁ベロママもいる、あれ? これどういう事?﹂
﹁それよりもライブ前に一曲聴かせてくれるか?﹂
﹁うーん、わかった。リハーサルがてらに歌ってみる﹂
おれの提案に乗った娘が歌い出す。
ノリノリで歌って踊った。
パフォーマンスはほぼ完璧だった。
1180
振り付けも歌も、全身から放っているオーラもアイドルそのもの
だった。
﹁シルビアの娘はこうなるのですわね﹂
﹁一度飲ませてみたいな、母親と同じ泣き上戸なのかどうか﹂
﹁⋮⋮あたくしの子は飲まなくても脱いでましたわね﹂
複雑な顔をするベロニカ。
前に酒を飲まなくても酔っ払う魔法・﹃リバースソーバ﹄を使っ
た事がある。
その時に酔っ払った嫁達はそれぞれ普段とは違った一面を見せて
くれた。
シルビアは泣き上戸で、ナディアはキス魔、ベロニカは脱ぎたが
りになっていた。
ベロニカの娘がビキニアーマーを着たいたのがそれと関係あると
は思えないけど、ベロニカ本人は複雑そうだ。
やがて曲が終わって、アイドルな娘は﹃ネクストジェネレーショ
ン﹄からおれとシルビアに戻って、﹃タイムシフト﹄も切れて二人
は消えた。
﹁次はナディアがいいですわね﹂
﹁わかった﹂
三回目のタイムシフト、そして三回目のルシオダッシュによる合
体魔法。
みらいのおれとナディアが合体して、緑髪の赤ん坊になった。
赤ん坊はハイハイをやっと出来るくらいの年齢で、まわりをきょ
ろきょろと見回して、あれこれイタズラをはじめた。
カーテンによじ登ろうとしてひきちったり、ベッドシーツを噛ん
でよだれべとべとにしたり、どこからともなく取り出したクレヨン
1181
で床に落書きをはじめたり。
元に戻って消えるまで、とにかくやりたい放題だった。
﹁彼女の娘らしいわね﹂
﹁まだまだ子供だけど︱︱確かにそうだな﹂
﹁最後、いきますわよ﹂
﹁ああ﹂
最後のタイムシフト、未来のおれとバルタサルを呼び出した。
現われたおれとバルタサル。そっちが﹃ネクストジェネレーショ
ン﹄をつかった。
バルタサルはそれに誘発して盛大にくしゃみをした。
魔力の爆発がこっちにした。
ちょっと予想外で慌ててガードした。
﹁ルシオ!? 大丈夫ですの?﹂
﹁ああ、問題無い。それよりも子供は?﹂
﹁えっと⋮⋮あっ、いましたわ﹂
部屋に充満する魔力の煙が晴れていき、そこに一人の男が現われ
た。
おれにそっくりな男、年齢は二十代の半ばのワイルドな青年って
感じか。
格好はマントを身につけてて、態度はとにかく偉そうだ。
﹁わーははははは、我こそはこの世を支配するバルタサル九世。愚
民よ、我にひれふ︱︱ブゲッ!﹂
大仰な口上を言い出した青年に、少女姿のベロニカがつかつか近
づいていき、ぽか、と頭を叩いた。
1182
﹁ベロニカ?﹂
﹁なんとなくしつけた方がいいと思いましたの﹂
﹁そうだな、それは同感だ﹂
その後、おれとベロニカはバルタサル九世を正座させて、コンコ
ンと説教をしてから返すのだった。
1183
時空の始まり
よく晴れた昼下がり。
マンガ
屋敷の庭でマミとごろごろしながら魔導書を読んでいた。
マミは庭の草花や虫を追いかけ回したり、たまにおれの所に戻っ
てきて、腕とかマンガの上に頭を載せてちょっかいを出したりして。
そんな、いつもと同じの昼下がり。
ふと、気づく。
そういえば今日はまだ一度も嫁達の姿を見ていないな、って。
出かけてるのかな? と思いつつ魔法を使った。
﹁﹃カレントステータス﹄﹂
屋敷の現状を数値化して表示するための魔法だ。
調べる内容を﹁人数﹂に絞って、それを表示させる。
﹃住人6名、訪問者0名、その他1名﹄
住人は結構いた。
おれとマミが2人だとして、屋敷の中は残り4人いる事になる。
みんな屋敷の中にいるのか、にしては姿を見せないな。
読みかけの魔導書をおいて、ささやく程度の声で呼ぶ。
﹁アマンダさん﹂
﹁およびでしょうか旦那様﹂
真横にメイドのアマンダさんが現われた。
1184
直前までそこにいなかったはずで、まるで忍びの如くやってきた。
姿が見えてる今もほとんど気配を感じない。相変わらずうちで一
番ミステリアスな人だ。
﹁みんなは何をしてるんだ?﹂
﹁奥様方のことでしたら、お三方は居間に集まっていらっしゃいま
す。ナディア様だけお出かけでございます﹂
﹁集まってる。何かしてるのか?﹂
﹁はい﹂
静かにうなずくアマンダさん。
﹁何か魔法でフォローが必要そうか?﹂
﹁今の話を聞かなかったことにするのがベストかと﹂
﹁ふーん、わかった﹂
﹁﹃メモリーイレーザー﹄﹂
魔法を使う、頭の中を消しゴムのように記憶を消し︱︱。
よく晴れた昼下がり、屋敷の庭で魔導書を読んでいた。
ずっこけたマミがバケツをひっくり返して水をかぶってココにな
った。
ココが切なげにやってきて、﹃クイックドライ﹄で体を乾かして
やった。
ココは足元で丸まって昼寝をはじめた。
どこからともなく取り出したおれの人形を抱き締めて、幸せそう
に寝ている。
マンガを読むおれ。
そういえば、今日は一度も嫁の姿を見てないな。
と思っていたら、屋敷の中からシルビアが出てきた。
太陽の光を反射する綺麗な金髪をなびかせて、おれの所にやって
1185
きた。
﹁ルシオ様、一つお聞きしていいですか?﹂
﹁うん、なんだ?﹂
﹁ルシオ様と最初にしたお仕事︱︱えっと、水のお仕事﹂
﹁ああ、水を売り歩いてたんだっけ﹂
﹁あれってどんな魔法だったんですか?﹂
﹁﹃ディスティレーション﹄だな。液体から不純物を飛ばして純水
にする魔法﹂
そばに置いた、マンガ読み間に飲むジュースをグラスごと手に取
った。
シルビアに聞かれた﹃ディスティレーション﹄の魔法をかける。
ジュースの色が徐々に薄まって、透明な純水に変わっていった。
﹁これです! ディスティ、レ⋮⋮?﹂
﹁ディスティレーション﹂
言いにくそうにするシルビア、ゆっくりともう一度教えてあげた。
普段はほとんど使わない言葉だからな。
﹁ディスティレーション。うん! ありがとうございますルシオ様﹂
﹁ああ﹂
シルビアは満面の笑顔で身を翻して、屋敷の中に戻っていった。
後ろを姿を見送ったあり、ふと気になる。
なんで今更そんな魔法の事を? しかも名前を聞くだけ。
﹁アマンダさん﹂
﹁およびでしょうか旦那様﹂
1186
﹁シルビアは何をしてるんだ?﹂
﹁他の奥様達と居間で何か話しておられます﹂
﹁想い出語りなのかな﹂
﹁⋮⋮サプライズという言葉を耳にしました﹂
﹁サプライズ⋮⋮﹂
アマンダさんの言葉を反芻する。
サプライズ⋮⋮おれになにかするつもりなんだろうか。
ならちゃんと、驚かなきゃいけないな。
﹁うん、ありがとうアマンダさん。わかったよ﹂
、、、、、
アマンダさんは静かに立ち去った。
そういうことならば、とおれはひさしぶりに﹃メモリーイレーザ
ー﹄を使った。
指定した記憶を綺麗さっぱりに消す魔法、使いすぎると男女平等
パンチの使い手に︱︱。
よく晴れた昼下がり、おれは屋敷の庭で魔導書を読んでいた。
足元にココがお昼寝していて、とってものどかだ。
喉が渇いたから、サイドテーブルにおいてたグラスを取った。
﹁水? おかしいな、確かジュースを持ってきたはずなのに﹂
首をひねる、確かにおれはジュースを持ってきた、それが水に変
わってた。
誰かのイタズラなんだろうか︱︱と思ってると。
パラパラパラ、急に雨が降り出した。
空を見上げる、雲はほとんどなくて、太陽がさんさんと照らして
くる。
お天気雨か、珍しい。
1187
魔導書を閉じて、空を見上げた。
これはこれで気持ち良い、と雨に打たれてみた。
足元で寝てるココが雨にフラれて、マミに変身した。
マミは起き上がって、きょろきょろとまわりを見回してから、お
れの椅子の下の狭いところに潜り込んで再び寝てしまった。
﹁あはは、﹃クイックドライ﹄﹂
風邪を引くと切ないから、体を乾かしてやった。
しばらくして雨がやんで、おれは再び魔導書を読みはじめた。
﹁ルシオ﹂
﹁ベロニカか、どうしたんだ?﹂
﹁シルビアから話を聞いたのですけど、以前三人で一緒にお風呂に
入っていたとか﹂
﹁お風呂? たまに一緒に入るけど、それがどうしたんだ?﹂
﹁シルビアだけそのままで、ルシオとナディアが小さくなった時の
事ですわ﹂
﹁ああ、あれか﹂
おれとナディアがフロに入ってた時に、遊び半分で二人に﹃スモ
ール﹄の魔法をかけた事がある。
それで小さくなって、湖のような広さになったフロの中で泳ぎ回
ってると、シルビアが入って来て、そのままのサイズで一緒に風呂
に入った。
オリジナルサイズのシルビア、スモールサイズのおれとナディア。
二人してまるでアトラクションにする様にシルビアにのって、の
んびりフロに入ってた事がある。
あれは楽しかった。
1188
﹁それがどうしたんだ?﹂
﹁その時の光景をみせていただけます?﹂
﹁光景? ﹃クリエイトデリュージョン﹄⋮⋮こうか﹂
魔法を使って、空中に映像を作る。
風呂に入ってるシルビアと、まるで人形のようなおれとナディア。
おれはシルビアの肩に寝っ転がって、ナディアはシルビアの手の
上ではしゃいでいる。
﹁これは⋮⋮確かに楽しそうですわ﹂
﹁ああ楽しかった、二人してシルビアの両手にぶら下がって水上ブ
ランコみたいなのもやったぞ﹂
説明しつつ、それも魔法の映像で見せてやった。
ベロニカは食い入るようにそれを見つめる。
もしかしてやりたいのだろうかベロニカも︱︱いや、ベロニカは
﹁確か﹂っていったぞ。
誰かから話を聞いたのかな。
﹁ありがとうルシオ。それじゃ﹂
話を深く聞く前に、ベロニカはタタタと屋敷の中に走っていった。
﹁旦那様﹂
﹁うわ! びっくりした。どうしたんだアマンダさん﹂
﹁﹃メモリーイレーザー﹄という魔法に後遺症はあるのでしょうか﹂
﹁記憶を消すあれか? あまり回数重ねなければ別に大丈夫だけど、
、
それがどうしたんだ?﹂
﹁一日四回までなら?﹂
﹁まあ大丈夫だろ﹂
1189
答えると、無表情のまま黙ってしまうアマンダさん。
一体どうしたんだ?
﹁大変ぶしつけですが、今の奥様の行動をお忘れになっていただけ
ませんでしょうか﹂
﹁ベロニカの? ⋮⋮わかった﹂
理由は分からないけど、アマンダさんの言うことだ。
おれは自分に﹃メモリーイレーザー﹄をかけた。
ベロニカが聞いてきた事、質問してきた事自体を︱︱。
よく晴れた昼下がり、おれは屋敷の庭で︱︱。
﹁ルシオちゃんルシオちゃんルシオちゃーん﹂
バルタサルがいきなり飛んで来て、おれにタックルをかました。
抱きつかれて、転がった。
何故か地面がずぶ濡れになってて、どろんこになった。
改めて視線を向けると、わくわく顔のバルタサルと、離れた場所
で何故か複雑そうなアマンダさんの姿が見えた。
なんだろう、一体。
☆
、、
日が沈んで、マンガを閉じて屋敷に戻ろうとした。
今日は丸一日、嫁達とあわなかった。
こんなことは結構珍しい、家に居るのに、だれともあわないで一
日が終えようとしている。
あわなかった分、会いたくなった。
おれは屋敷の中を歩き回って四人を捜した。
するとアマンダさんに出会った。
1190
﹁お疲れ様です旦那様﹂
﹁お疲れ様? 別にマンガを読んでただけだけど。それよりもみん
なはどこにいるの?﹂
﹁奥様達は居間に揃っておいでです﹂
﹁そうか﹂
頷き、歩き出す。
アマンダさんが何故か心配そうな顔をしていた。
アマンダさんらしくないなあ、何かあったんだろうか。
そう思ってるうちに居間にやってきた。ノックをして、中に入っ
た。
﹁みんな、いるかー﹂
中に四人がいた。
シルビアも、ナディアも、ベロニカも、バルタサルも。
おれの可愛い嫁が四人ともそこにいた。
四人はテーブルに集まって、色鉛筆とか使って、紙に何かを書い
ていた。
それをちょうど一冊の本にまとめてた所らしく、綴じられ、カバ
ーがつけられ、ちゃんとした一冊の本になった。
﹁あっ、ルシオくんだ。ちょうどいいところにきた﹂
ナディアが立ち上がって、パタパタとおれの所に走ってきた。
﹁ちょうどいいところ?﹂
﹁うん! こっち来てよ﹂
1191
手を引かれて、みんなの所につれて行かれた。
嫁達はみんな、満足そうな、それでいて何かを期待してそうな顔
でおれを見た。
﹁ルシオ様、これ、読んでみて下さい﹂
﹁これは⋮⋮むっ、マンガか?﹂
シルビアが差し出したのはみんながつくってた本だった。
分厚いそれはなんと︱︱かなりちゃんとしたマンガだった!
﹁これは?﹂
﹁みんなで書いたのですわ﹂
﹁ルシオちゃんとの事をいっぱい、いーっぱい詰め込んだのよ?﹂
﹁タイトルは⋮⋮ドゥルドゥルドゥルドゥル︱︱じゃん!﹂
﹁﹃マンガを読めるおれが世界最強﹄、です﹂
得意げにそれをおれに披露する四人。
マンガを読めるおれが世界最強って⋮⋮タイトルもそうだけど、
内容もだ。
パラパラめくる、驚いた、しっかりマンガになってる。
﹁ねえねえ、読んでみてよルシオくん﹂
﹁ああ﹂
せっつかれて、おれは嫁達のマンガを読みはじめた。
物語はおれがおじいちゃんの書斎でマンガを読んでた所から始ま
った。
魔導書を読み解いて、あらゆる魔法を身につけていったおれ。
シルビアと出会って、彼女がおねしょして。
ナディアと出会って、彼女を奴隷商人の手から助け出して。
ベロニカと出会って、彼女と海の底を歩いて。
1192
バルタサルと出会って、彼女にくしゃみをぶっかけられて。
四人と出会って、自由気ままに過ごしてきた生活がマンガになっ
ていた。
読んでる間、みんなは黙っていたが、わくわくしていた。
シルビアはお行儀良く正座して、ナディアはシルビアに抱きつい
てニコニコしてた。
ベロニカは子供姿にもかかわらず威厳を感じさせる脚組みで座っ
てて、バルタサルはおれの膝にあごをのせて鼻提灯で居眠りしてた
りして。
そんな中、マンガを読み終える。
﹁どうでしたか﹂
シルビアが代表して聞いてきた。
おれは四人を見回した。
﹁この生活、ずっと続けて行きたいな﹂
はっきり頷く四人、バルタサルもいつの間にか起きていた。
この生活を、四人とであって、こうして物語になるほど過ごして
きたこの生活を。
続けて行きたい、どこまでも。
おれはそう思った、全員そう思っていた。
だから、おれは手をかざした。
﹁﹃スペースタイムオブサザエ﹄﹂
魔法を使った。
嫁達が描いたマンガ︱︱魔導書﹃マンガを読めるおれが世界最強﹄
を読んだ直後に頭の中に浮かび上がってきた魔法を使った。
1193
魔法の光がおれから発して︱︱嫁達と、屋敷と、そして世界に広
がっていった。
どれくらいたったのか分からないが、光が徐々に収まった。
わくわく顔から、不思議そうな顔になる四人。
﹁今のはどういう魔法ですの?﹂
﹁古代魔法︱︱よりも多分上位の魔法だろうな﹂
﹁さっすがルシオくん、そういうのも使えるなんて。ねねねね、ど
ういう効果なの?﹂
﹁この世界をサザエさん時空にした﹂
﹁ざさえさんじくう、ですか?﹂
首をかしげるシルビア。
他の全員も何がなんだか分からないって顔をしてる。
天候を操る古代魔法よりも更に上位な魔法、この世界の有り様を
そのまま変えてしまう魔法。
それを使える様にしてくれた嫁達とお手々をつないだ。
シルビア、ナディア、ベロニカ、バルタサル。
大事な大事な嫁達の温もりと存在が手から伝わってくる。
﹁そうだ、せっかくだから写真をとるか
﹁何がせっかくなのか分からないけど、そうですわね﹂
﹁アマンダさんとココちゃんマミちゃんもよんでくるね﹂
﹁あたしちょっと着替えてくる﹂
﹁すぴー﹂
それぞれ動き出す四人の嫁、そんな四人をみて、おれは確信する。
転生したこの世界で、マンガを読めるおれが世界最強になった。
この先ずっと、嫁達と過ごす気ままな生活が続くだろう。
そう、思ったのだった。
1194
時空の始まり︵後書き︶
ここまで、2017年3月発売の書籍版最終刊︵第四巻︶に収録さ
れます。
WEB版はもうしばらく続きますので引き続きよろしくお願いいた
します。
1195
いぬあつめ
﹁ルシオ様、わたし魔法を覚えました﹂
﹁へえ?﹂
昼下がり、惑う図書館から帰ってくると、シルビアがそんなこと
を言ってきた。
彼女は手に本を持ってる。装丁からみて、小説タイプの﹁新魔導
書﹂らしい。
新魔導書は誰にでも読めるが、読んだ後一度しか魔法を使えない
という制限がある。
前にナディアに見せてもらったことがある、シルビアはその時の
ナディアと同じ、小説を読破して一発限りの魔法を覚えたんだな。
﹁なんの魔法なんだ?﹂
﹁使いますね。﹃キャットコレクション﹄﹂
シルビアは魔法を使った。
魔力の光が体から立ちこめた後、庭を包み込んで、消えた。
そして庭の真ん中に絨毯のような、カーペットのような長方形の
場所が現われた。
﹁場所に作用する魔法か。どんな効果なんだ?﹂
﹁なんでもホイホイです。魔法を使った時に決めたものがふらふら
と集まってきちゃうって魔法です﹂
﹁へえ﹂
1196
名前でGを連想したが、言わないでおいた。
何がふらふら集まってくるのって聞こうとしたが、すぐにそれが
分かって、聞く必要がなかった。
敷地の外から子いぬがふらふらやってきた。
白くてちっちゃくてまんまるで、まるでわたあめのような子犬だ。
子犬はカーペットの所にやってきて、そこでごろごろし始めた。
﹁ああああああ、かわいいいいい!﹂
シルビアは瞳を輝かせて、子犬に近づいた。
子犬は寝そべったまま逃げない、顔を上げてちらっとシルビアみ
ただけで、そのままごろごろを続行した。
﹁なるほど、わんこホイホイにしたんだな﹂
﹁はい! 他にどんなわんちゃんが来るんでしょうか。わくわく、
わくわく﹂
シルビアはわくわくしながら次の犬がホイホイされるのを待った。
が、いくら待っても次の犬は来なかった。
﹁どうしたんでしょうか⋮⋮わんちゃん来ないです﹂
﹁⋮⋮もしかして﹂
﹁え?﹂
﹁一回限りだから、ホイホイ出来るのは一匹だけなんじゃないのか
?﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
シルビアはハッとした、直後にものすごく落胆した。
多分そうなんだろう。
1197
新魔導書は覚えた魔法を一回しか使えない、そしてこの魔法の効
果は一回こっきりであるようだ。
そのためホイホイされてくるのは一匹だけ。
多分わんちゃんパラダイスをシルビアは期待したんだろう、その
分落胆した。
﹁ルシオ様⋮⋮キャットコレクション、使えませんか?﹂
﹁それは知らない魔法だ﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂
﹁が、わんこを集める事は出来る﹂
﹁本当ですか!﹂
、、
シルビアはキラキラ目でおれに詰め寄った。
可愛い。
可愛い嫁の為だ、ちょっと犠牲になってもらうか。
﹁ココ︱︱、ココいるか︱︱﹂
大声でココを呼ぶ、しばらくすると、屋敷の裏からイヌミミの少
女が姿を見せた。
うちの飼い犬、ココだ。
﹁どうしたんですかぁご主人様ぁ﹂
﹁ちょっとそのカーペットの上で座ってて﹂
﹁はいですぅ﹂
ココは素直に、カーペットの上でちょこんと正座した。
うん、これもかわいいかわいい。
1198
そんなココに手をかざして、魔法をかけた。
﹁﹃エストレス﹄﹂
魔法の光がココを包んで、消えた。
﹁ほえ?﹂
﹁これでどうなったんですかルシオ様﹂
﹁まあ見てなって。あ、ココはそこでごろごろしてていいぞ﹂
﹁はいですぅ﹂
ココはまたまた素直に、その場で丸まって寝始めた。
人間っぽい外見に、イヌミミと尻尾を持つ獣人の少女。
こういう所は本能がでてて、可愛いと思う。
そんなココのまわりに犬が集まってきた。
一匹また一匹と集まってきて、ココのまわりをうろうろし始めた。
やがてみんな、ココに体を擦りつけた。
ココはうっすら目をあけて、犬を確認すると、べろっと顔を舐め
た。
やっぱり本能がちょっと出てる、かわいい仕草だ。
﹁うわあああ、かわいいです!﹂
﹁そうか﹂
﹁わんちゃんがいっぱいきます、ルシオ様ルシオ様! あのわんち
ゃんの目がすごくかっこいいです、イケメンさんです!﹂
集まってくる犬に、特にあとからやってきたハスキーっぽいのに
大興奮するシルビア。
1199
たちまち犬だらけになった庭を、シルビアはうっとりしながら眺
めていた。
﹃カストレーション﹄
おれは密かにフォローの魔法をかけた。
こうしないとココがヤバイからだ。
、
最初にかけた﹃エストレス﹄は動物のフェロモンをダダ漏れにさ
せる魔法で、ココがそうなった事で雄犬ばっかり集まってきた。
その後の﹃カストレーション﹄は強制的にエッチな気持ちを抑制
する魔法で、ココを守る為だ。
﹁かわいいです⋮⋮﹂
まさか交尾するためにホイホイされてきたなんて知らないシルビ
アはわんこ天国にうっとりしていた。
知らぬが仏だと、おれはそう思いつつ、彼女と一緒に犬たちを眺
めるのだった。
1200
時の観覧車︵前書き︶
2017年3月15日、書籍版第4巻発売です。
1201
時の観覧車
﹁それはどんな魔導書ですの?﹂
昼下がりの庭、ベロニカが話しかけてきた。
上からおれの読んでる魔導書をのぞき込んでるが、首を回してい
ろんな方向からのぞき込むあたり、やっぱりマンガは読めない様子
だ。
﹁観覧車にまつわる話だ。覚える魔法は結構ユニークだぞ﹂
﹁どんなのですの?﹂
﹁やってみるか﹂
﹁ええ﹂
頷くベロニカ。彼女に手招きして、おれのそばに座らせた。
﹁﹃クロノスホイール﹄﹂
魔法を使った瞬間、まわりの景色がモザイクの様になった。
﹁これは?﹂
﹁三分間続けて、過去、現在、未来の景色を順にみてく魔法だ、ち
なみにどこの何が見えるのかはランダム﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
﹁まあ説明より見てもらった方がいいだろ﹂
おれもこの説明で理解できるとは思ってない。
結構ややっこしい魔法だ。
1202
ベロニカと体を寄せ合って待ってると、モザイクがとれて、景色
が映し出された。
王都の街中で、ココとバルタサルがいた。
ココの散歩だが、バルタサルは相変わらずココにしがみついてる。
前とちょっと変わったのは、ココの手首に繋がってるリードをバ
ルタサルが持ってるってところ。
正直散歩というか、手綱をとっての馬乗りに見える。
﹁お散歩ですのね、しかしココはさっきあちらでひなたぼっこして
るの見かけましてよ?﹂
﹁うん、だから過去の光景なんだ。これが一分くらい続いて、その
後に現在のどこかの光景が一分間流れて、その後に未来の光景が一
分間︱︱って訳だ﹂
﹁なるほど﹂
﹁ちなみに見れるだけで、干渉は一切出来ない﹂
ちょっと待ってると、景色がまた変わった。
モザイクを経由して、どこかの室内になった。
﹁ふっ、やはりおれは美しい﹂
﹁あら、義兄上じゃありませんの﹂
イサークだった。
彼は姿見の前に立って、髪を手のひらでなでつけて髪型を整えた
り、ポーズをとったりしている。
⋮⋮イサークよ。
﹁さーて、おれを待ってるかわいこちゃんに会いに行くか﹂
1203
﹁相変わらず冗談のセンスがあるのね、義兄上は﹂
﹁ありゃ本気だ﹂
﹁知ってます、ただのフォローですわ﹂
﹁そうか﹂
そんなこんなしてるうちに、また画面が切り替わった。
今度は未来だ。
﹁ふう⋮⋮今日もいい一日だった﹂
﹁って、おい﹂
﹁あら、ルシオではありませんの。しかもめずらしい入浴シーンで
すわ﹂
そう、映し出されたのは風呂に浸かってるおれ。
窓の外は暗く、夜になってるみたいだ。
﹁ショタの入浴シーンとか﹂
﹁これはこれで需要ありですわ﹂
﹁想像もしたくないな﹂
﹁堪能させて頂きますわ﹂
﹁お手柔らかに﹂
かくしておれは、嫁と一緒に自分の入浴シーンを一分間凝視する
という、ちょっとした羞恥プレイをする事になった。
やがて、風呂シーンが終わって、景色が元いた庭に戻る。
﹁とまあ、こんな魔法だ﹂
﹁楽しいですわね。もう一回いけて?﹂
﹁ああ、何度でも﹂
1204
ベロニカは上機嫌になった、どうやらお気に召したみたいだ。
こんなのでいいのなら、何度でもやってやるさ。
可愛い嫁のためだ。
﹁﹃クロノスホイール﹄﹂
魔法を使って、しばらく待った。
景色が切り替わる︱︱どこかの屋敷か宮殿の中みたいだ。
そこに、泣いてる幼い女の子がいた。見覚えがある。
﹁ベロニカ?﹂
﹁ええ、あたくしのようですわ。過去ですし、この体の大きさ︱︱
四歳くらいの﹂
﹁かわいいな。ところで何でこんなに大泣きしてるんだ?﹂
﹁さあ⋮⋮記憶にありませんわ﹂
首をかしげるベロニカ、しかし理由はすぐに分かった。
﹁かえちて、あたくちのおしゃぶりをかえちてー﹂
﹁︱︱んなっ!﹂
﹁おしゃぶり、へえ﹂
ベロニカをみた、彼女の顔は真っ赤になった。
そして、景色の中に別の女が現われた。
こっちは中年の女性だ。
﹁いけません姫様。姫様はもう四歳なのです、いい加減おしゃぶり
はおやめなさい﹂
1205
﹁やーだー、おしゃぶりかえちて、かーえーすーのー﹂
幼いベロニカは駄々をこねた。
﹁ベロニカ⋮⋮四歳までおしゃぶりを﹂
﹁こんなの嘘ですわ! ねつ造ですわ! 名誉毀損ですわ!!!﹂
﹁いやでもなあ﹂
﹁もう! みたいで下さいまし!﹂
ベロニカはおれの目を覆った。
いやそんな事をされても。
﹁かーえーちーてー﹂
幼いベロニカの声丸聞こえなんだけどね。
まいっか、あまりベロニカを追い詰めるのもな。
おれはそのままにさせた。
彼女はずっとおれの目を覆った。
やがて景色が変わって、幼いベロニカが見えなくなる。
﹁⋮⋮もう、なんてものをみせるんですの﹂
﹁ランダムだからな﹂
﹁今みたことは忘れなさい、いいわね﹂
﹁ああ、忘れとく﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
無言の時間が流れる。
1206
やがて現在が映し出される。
王都のどこかで、マミがイサークを簀巻きにしてる︱︱まあどう
でもいい光景だ。
おれはフォローを考えた。
みなかったことにする、おれ自身の記憶を魔法で消すのは簡単だ
が、その前にベロニカにフォローしてからだ。
そのためにどうしたらいいのか、それを考えた。
頑張って考えたが、出てこなかった。
そうこうしてるうちに、また景色が変わった。
﹁あっ⋮⋮﹂
声を漏らすベロニカ。
どうしたんだ、っておもって彼女の視線を追いかけた。
そこに一人の老女がいた。
上品なおばあちゃん、ものすごく優しげな、赤毛のおばあちゃん。
見覚えはない︱︱けど知ってる。
間違いなく、しってる。
彼女は、一人の男と手をつないで、春の風に舞い散る桜を一緒に
眺めていた。
﹁⋮⋮ルシオ?﹂
﹁うん?﹂
﹁あたくし、昔から依存心が強いんですの。おしゃぶりもにがーい
お薬につけられて、ようやくやめる事ができましたの﹂
﹁そうか﹂
1207
﹁多分、ずっと依存し続けますの﹂
﹁ああ﹂
ベロニカは手をつないできた、隣にいるおれと。
視線の先にいる、未来のベロニカと︱︱おれのように。
おれ達は手をつないで、一分間、何もしないだけの時間を過ごし
たのだった。
1208
MAGIシステム
図書館から屋敷に戻ってくると、ナディアがリビングでうーんう
ーん唸ってるのが見えた。
リビングに入って、彼女に話しかける。
﹁どうしたナディア﹂
﹁ルシオくん!﹂
﹁なんか唸ってるけど、どうしたんだ?﹂
﹁うんとね、あたし今眠たくて昼寝したいんだけど、でも今ねちゃ
うと夜眠れなくなるから、どうしようかなって迷ってるんだ﹂
﹁なるほど﹂
まあ、よくある悩みだな。
気持ちもわかる、ついでにどっちにも決めにくい今の状況も。
正解がない事もまたよく分かる
﹁ねえルシオくん、あたしどうしたらいいかな﹂
﹁そうだな⋮⋮自分に決めてもらうか﹂
﹁自分に? もうっルシオくんってば、それが出来ないから困って
るんじゃん﹂
﹁まあまあ、見てなよ﹂
ナディアから一歩離れて、手をかざした。
おれが魔法を使うことを理解して、彼女は眠たいのもどこへやら、
途端にわくわくしだした。
もう魔法なんて必要ないんじゃないのか? なんて思いつつ予定
通り魔法を使った。
1209
﹁﹃マギ﹄﹂
魔法の光がナディアを包む。
ひかりが収まって、ナディアは三人に分裂した。
オリジナルの約三分の一くらいの、ぬいぐるみの様なサイズにな
った。
服に名札みたいなのがついてて、それぞれ、
﹁ルシオくん好き﹂
﹁シルヴィ好き﹂
﹁みんな好き﹂
とある。
﹁なにこれなにこれ、どうなってるの?﹂
﹁なんか可愛くなっちゃってる﹂
﹁ルシオくんこれどういう魔法?﹂
かしま
三人のちびナディアが文字通り姦しくきいてきた。
﹁その人の中にある性質を三つに分けて、一時的に分裂させる魔法
だ。その胸もとのに書いてる通り三タイプのナディアって事だな﹂
読んだマンガには﹁女の自分﹂﹁母の自分﹂﹁科学者の自分﹂み
たいな話だった。
ナディアの場合おれスキーと、シルビアスキーと、みんなスキー。
おれとシルビアが抜きん出てて、他の家族︵多分︶がまとめて別
1210
枠って事か。
ナディアらしいな。
﹁へえ、そうなんだ﹂
﹁おもしろいじゃーん﹂
﹁でもなんで三人なの?﹂
﹁三人っていうのが、一番少人数で多数決をビシって決められる数
だからな﹂
﹁﹁﹁おー﹂﹂﹂
チビナディアは三人揃って納得した。
﹁さあ、三人で多数決取ってみなよ。昼寝するかどうか﹂
﹁うん! じゃ⋮⋮昼寝しない方がいいって思う人︱︱はい!﹂
﹁はい﹂
﹁はいはい!﹂
三人揃って手をあげた。
これは驚いた、迷ってるからてっきり多数決割れると思ったんだ
が。
多数決を取った直後ナディアは元に戻った。
そんな彼女にきいてみた。
﹁満場一致で昼寝しないになったな﹂
﹁だって、ルシオくんが面白い魔法をつかったんだもん。昼寝なん
てしてる場合じゃないもーん﹂
﹁なるほど﹂
1211
これまたナディアらしい理由だ。
眠いから昼寝をするかどうかで迷ってても、新しい魔法を見れば
全部吹っ飛ぶってことか。
﹁ねえねえ、この魔法って三人にするだけなんだよね、別に多数決
とかしなくてもいいんだよね﹂
﹁ああそうだ﹂
﹁ちょっと待ってて!﹂
ナディアは外に駆け出していった。
何事かと待ってると、彼女はすぐに戻ってきた。
﹁どうした﹂
﹁もうちょっと待って﹂
ニコニコしながら言うナディア。
待つのは問題ない、おれは言われた通りもう少し待った。
図書館から持ち帰った魔導書を読んでのんびり待った。
しばらくして騒がしい物音がして、飼い猫のマミが入って来た。
マミだけじゃない、彼女は簀巻きにしてるイサークを連れてきた。
﹁狩ってきた﹂
﹁おー、偉いねマミ。いい子いい子﹂
﹁⋮⋮﹂
ナディアはマミの頭を撫でた。
マミはつまらなさそうにしつつも、まんざらでもなさそうに頬を
赤らめた。
1212
﹁ルシオくん、お義兄ちゃんにも﹂
﹁そうだな﹂
イサークを三つに分けたらどうなるのか興味はある。
﹁﹃マギ﹄﹂
魔法を使って、彼を三つに分かる。
魔法の光の中からあられたのは三分の一大になった、三人の簀巻
、、、
きにされたイサークだった。
簀巻きのムシロにそれぞれ、
﹁かっこいいおれ﹂
﹁モテモテなおれ﹂
﹁世界最強なおれ﹂
﹁あはははは! お義兄ちゃんすごい自信だ﹂
ナディアに大うけだった。
しかし、イサークよ。
その自信は一体どこかからくる。
マミにイサークを元に戻すように言って、ナディアは更におねだ
りしてきた。
﹁ねえねえ、もっと色々やってみようよ色々﹂
﹁そうだな﹂
﹁あっ、シルヴィだ。シルヴィこっち来て﹂
﹁どうしたのナディアちゃん﹂
1213
﹁ルシオくんお願い﹂
﹁うん﹂
魔法をかけて、シルビアも三人にする。
﹁お淑やかなシルビア﹂
﹁泣き虫なシルビア﹂
﹁おねしょが直らないシルビア﹂
﹁﹁﹁きゃああああ﹂﹂﹂
三人のチビシルビアが同時に悲鳴を上げた。
元に戻ると、シルビアは真っ赤な顔で逃げ出した。
﹁大丈夫なのかな﹂
﹁大丈夫大丈夫、あたしが後で叱っとくから﹂
﹁え? 叱る?﹂
﹁おねしょは早く直さないとね﹂
﹁ああ⋮⋮﹂
もうここまで来たら治さなくてもいいかなって思う気もするけど。
その後も色々な知りあいに﹃マギ﹄をかけて回った。
みんなそれぞれ違う三人になって、結構面白かった。
そして、アマンダさんと出会う。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
1214
﹁⋮⋮﹂
﹁どうなさいましたか、旦那様、奥様﹂
﹁アマンダさんはやめよっか﹂
﹁うん、やめよう﹂
なんか怖い気がする。
アマンダさんのそれ、暴かない方がいい気がした。
おれもナディアも危機管理は完璧だった︱︱が、その分不完全燃
焼感がした。
そんなときに、
﹁おーい、余の千呪公や﹂
国王が屋敷を訪ねてきた。
﹁いけルシオくん! 王様に魔法だ!﹂
﹁ガッテン!﹂
ナディアのコマンドにおれはノリノリで魔法を使った。
﹃マギ﹄を国王にかけると、
﹁余の千呪公LOVE﹂
﹁余の千呪公LOVE﹂
﹁余の千呪公LOVE﹂
と、こんな三人になった。
﹁﹁﹁会いたかったぞよ余の千呪公よ﹂
1215
ぬいぐるみサイズになった国王三人は一斉に、おれにしがみつい
てきたのだった。
1216
お菓子の家
昼下がり、屋敷の庭でマンガをのんびり読んでいた。
ちょっと離れたところにバルタサルがいた。
彼女はあっちにふらふら、こっちにふらふらと、庭の蝶々を追い
かけ回している。
蝶々を﹁胡蝶ちゃん﹂とよぶくらい大好きなバルタサル、そんな
彼女をそっとみまもりつつ、マンガを読む。
読んでるのは魔導図書館から持ち出したシリーズ物のマンガだ。
人相の悪いピカレスクヒーローみたいな主人公が、伝説の魔剣の
使い手になったばかりでなく、その魔剣を孕ませて娘の魔剣を産み
出すというトンデモ展開な一作。
魔剣との夫婦漫才とか、まわりのヒロインが可愛くて安心して読
めるマンガだ。
﹁ルシオちゃん﹂
﹁うん、どうした︱︱ってそれなに?﹂
﹁それはこっちのセリフなの? これはどういうものなの?﹂
キョトンと小首を傾げるバルタサル。
彼女が抱えるように持ってきたのは大きな蜂の巣だった。
だぶだぶの袖で抱える姿を可愛いやら、蜂の巣で恐ろしいやらな
光景だ。
1217
﹁それは蜂の巣だよ。危ないから戻してこい﹂
﹁あぶない? でもこれ、すごくいいにおいがするのよ?﹂
﹁そりゃ中にハチミツがあるからな︱︱とと、そこから垂れてるの
がそうだ﹂
﹁ハチミツ?﹂
バルタサルは蜂の巣を抱えたまま、器用にその真下をのぞき込ん
だ。
そして垂れているハチミチをぺろっとなめる。
﹁甘い﹂
﹁ハチミチだから︱︱っておい﹂
止める間もなくバルタサルはそのまま蜂の巣にかぶりつき、顔に
﹁×﹂をつくった。
﹁まずい⋮⋮﹂
﹁そりゃ蜂の巣、蜂の家だから﹂
﹁こんなに甘い匂いがするのに⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ふむ﹂
甘い匂い⋮⋮家。
おれはある魔法を思い出した。
﹁バルタサル、それを食べたいか﹂
﹁ハッちゃんって呼んで? 美味しくないからもうたべたくないの
よ?﹂
﹁美味しかったら?﹂
きょとんとするバルタサル。
1218
彼女の鼻をそっと摘まんで、持ってる蜂の巣に魔法をかけた。
﹁﹃ヘクセンハウス﹄﹂
魔法の光が蜂の巣を包んだ。
﹁これで食べられるはずだ﹂
﹁あっ、チョコレートだ﹂
躊躇なくかぶりついたバルタサルはほっこり顔をした。
見た目は蜂の巣で変わらないが、どうやらチョコレートになって
るようだ。
﹁もぐもぐ⋮⋮るひおひゃんは⋮⋮もぐもぐ⋮⋮にゃにを﹂
﹁食べながら話さない。これはお菓子の家の魔法なんだ。簡単にい
うとどんな建物でもお菓子にしてしまうんだ﹂
﹁家をおかしに?﹂
﹁ああ﹂
﹁家?﹂
バルタサルは屋敷を指した。
﹁魔法をかければな。屋敷はダメだぞ、みんなが住んでるところだ
からな﹂
﹁⋮⋮ルシオちゃん、こっち来るのよ?﹂
バルタサルに引っ張られて立ち上がった。
そのままむりやりつれて行かれる。
屋敷の裏側にやってきた。
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そこに大きめの犬小屋があり、中でココが丸まって昼寝している。
獣人であるココは屋敷の中にいる事もおおいが、こういういかに
もな犬小屋の方が落ち着く事もある。
まさかココの家を食べるのか⋮⋮と思いきやそこを素通りされた。
更に進んでいくと、普段あまり来ない、屋敷の裏の裏にやってき
た。
そこに使われなくなった、寂れた物置小屋があった。
﹁これも家なのよ?﹂
﹁食べたいか﹂
バルタサルははっきり頷いて、瞳を輝かせた。
﹁わかった。﹃ヘクセンハウス﹄﹂
物置小屋に魔法をかけて、お菓子の家にする。
魔法をかけ終えるや、バルタサルはすぐ様とびついた。
﹁あまくておいしい﹂
﹁どれどれ⋮⋮お、窓は飴っぽいな﹂
﹁ドアはクッキーの味がするのよ?﹂
﹁壁はスポンジケーキになってるな。うんいける﹂
おれとバルタサルはお菓子の小屋を食べた。
さすがに量が多くて全部は食べきれないから、あれこれをちょっ
とずつつまむって感じだ。
﹁な、何をしてらっしゃるのルシオ!?﹂
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﹁え﹂
振り向く、ベロニカが晴天の霹靂って顔でこっちを見ていた。
﹁⋮⋮あっ﹂
彼女の驚きの理由に気づく。
﹃ヘクセンハウス﹄はお菓子の家に帰るけど、見た目はそのままだ。
つまり何も知らない彼女からすればおれとバルタサルが壊れかけ
た物置小屋を喰ってる事になる。
そりゃそういう顔もする。
﹁ルシオに⋮⋮そんな趣味があったなんて﹂
﹁まて誤解するな。バルタサル、お前もなんか説明してやってくれ﹂
﹁わあ、クモちゃんのお家もある、ルシオちゃんこれも食べるのよ
?﹂
﹁むぐっ﹂
口の中に蜘蛛の巣を突っ込まれた。
﹁美味しい?﹂
﹁わためみたいだ﹂
﹁わー。これは胡蝶ちゃんにたべさせないと。積年の恨みを晴らさ
せるのよ?﹂
バルタサルは物置小屋の中に張り付いていた蜘蛛の巣を剥がして、
バタバタとどこかへ走って行った。
﹁蜘蛛の巣まで食べるなんて⋮⋮しかもわたあめっぽいって⋮⋮﹂
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ベロニカはポロポロ泣き出した。
﹁夫がそんな人だったなんて﹂
﹁ちょっとまって説明するから﹂
危うく迎えた離婚の危機、おれはベロニカを引き留めて魔法を必
死に説明して何とか納得してもらった。
物置小屋はその後、家族で美味しく頂いたのだった。
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お菓子の家︵後書き︶
下の同時連載作品も、読んでくれたら嬉しいです。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n9488db/
マンガを読めるおれが世界最強∼嫁達と過ごす気ままな
生活
2017年3月24日05時56分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
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