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第 37 回 月例発表会 - 医療情報システム研究室

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第 37 回 月例発表会 - 医療情報システム研究室
Vol.4, No.5, 1 September 2014
Monthly Lecture Meeting
第 37 回 月例発表会
第4巻5号
同志社大学生命医科学部
医療情報システム研究室
Published by the Medical Information System Laboratory
of Doshisha University, Kyotanabe, Japan
Medical Information System Laboratory
Monthly Lecture Meeting
Contents
ワーキングメモリのトレーニングによる汎化性の効果-fNIRS による脳機能計測のための基礎的検討長谷川 由依 . . . 1
fNIRS による一次視覚野における脳血流変化の検討
下村 絵美子 . . . 7
ゲーム課題に対する持続的注意の変化とその脳活動の検討
宮嶋 めぐみ . . . 11
人-機械間の同期タッピング課題時の脳活動の検討
村上 晶穂 . . . 15
SSVEP を用いた BMI システム構築の検討
森下 拓哉 . . . 19
脳神経線維描画における新規手法の開発
石田 和 . . . 25
脳神経線維のファントム作成と神経追跡結果の検討
伊藤 千幸 . . . 29
問診型病院推薦アプリケーションの提案
竹中 誠人 . . . 34
大腸腹腔鏡手術における腸間膜内走行血管の強調表示システムの構築
田中 那智 . . . 37
MOCS
後藤 優大 . . . 41
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
ワーキングメモリのトレーニングによる汎化性の効
果–fNIRS による脳機能計測のための基礎的検討–
長谷川 由依
Yui HASEGAWA
背景:認知機能の低下に対して,ワーキングメモリトレーニングにより様々な認知能力の向上が可能.
研究目的:ワーキングメモリトレーニングを行うことで,他の脳機能にどのような影響を与えるか fNIRS を用いて検討する.
発表の位置づけ:n-back 課題でトレーニングを行った際,RST とストループ課題の成績に与える影響を検討する.
方法:被験者 5 人に n-back 課題でトレーニングを行ってもらい,RST とストループ課題を用いて成績の評価を行う.
結果:ストループ課題は被験者全員の成績が向上し,RST も被験者 2 人は変化が見られなかったが 3 人は成績が向上した.
はじめに
1
我々は,60 歳代くらいになると,心身のさまざまな機能の低下を自覚する.しかし,こう
した心身機能,特に前頭前野が司る認知機能の低下は,20 歳代 30 歳代からすでに始まってい
ることが知られている.この前頭前野が司る認知機能の低下に対して,最近の認知心理学研究
において,認知トレーニングと呼ばれる方法が有効であると言われている.その中でも,特に
ワーキングメモリトレーニングによって,様々な前頭前野の認知能力を向上させることが可能
であること,前頭前野を中心とした大脳の構築に可塑的な変化が生じることが証明されてい
る 1) .ワーキングメモリ容量はトレーニングで増大することは既知であったが,近年,ワー
キングメモリ容量のトレーニング効果がその他の課題パフォーマンスにも影響を与えることが
報告されている.これらの研究ではワーキングメモリのトレーニングを1ヶ月間行うことで,
ワーキングメモリ成績の上昇,ワーキングメモリ課題遂行時の脳活動の増強,推論課題成績
の上昇,反応抑制成績の向上,そして注意欠陥・多動性障害 (Attention Deficit Hyperactivity
Disorder: ADHD) の改善などが報告されている 2) .ワーキングメモリ課題のトレーニング
により,脳の前頭葉や頭頂葉におけるワーキングメモリ課題中の脳活動の増加が引き起こさ
れることが示されている.先行研究では,MRI 実験によりトレーニング前後の脳活動を測定
されている.しかし,脳活動や脳内ネットワークの変化の検討に,より時間分解能の高い機
器を使用されてこなかったことが課題である.そこで,本研究では,時間分解能の高い機器
である fNIRS(functional Near Infrared Spectroscopy) を用いて,ワーキングメモリ容量のト
レーニングを行うことで,他の脳機能にどのような影響を与えるかについて検討することを
目的とする.本稿では,fNIRS 実験を開始する前に,ワーキングメモリ課題である n-back 課
題を用いてトレーニングを行い,同じワーキングメモリ課題であるリーディングスパンテスト
(Reading Span Test: RST) と,優勢反応抑制課題であるストループ課題の成績に対する影響
を検討する.
ワーキングメモリとトレーニング
2
2.1
ワーキングメモリ
ワーキングメモリは情報の一時的な保存を行う記憶である.例えば,27 × 3 という計算を
暗算で行う時は,まず 1 の位を計算し 21 という解答を得て記憶する.そして次に 10 の位を
計算して 6 という解答を得てこれも記憶する.最後に,21 という 1 の位の解答に 10 の位の解
答である 6 を 10 の位に足すといった処理と貯蔵のプロセスを経て,81 という最終的な答えを
得ることができる.このように課題を行うために必要な情報を一時的に貯蔵し,計算などの処
理を行うための記憶がワーキングメモリである.ワーキングメモリモデルは,音韻ループ,視
空間スケッチパッド,中央実行系の 3 つのコンポーネントで構成されている 3) .音韻ループ
は構音ループとも呼ばれるコンポーネントで,音韻形態の情報の維持と貯蔵を行う.視空間ス
1
ケッチパッドは視空間スクラッチパッドとも呼ばれることがあるコンポーネントで,視空間情
報の維持と貯蔵を行う.そして,中央実行系は注意の制御システムとされ,上記の 2 つの従属
システムを調整すると考えられている 2) .
ワーキングメモリのトレーニング効果
2.2
ワーキングメモリ容量はトレーニングで増大することは既知であったが,近年,ワーキング
メモリ容量のトレーニング効果がその他の課題パフォーマンスにも影響を与えることが報告
されている 4) .これらの研究によると,ワーキングメモリのトレーニングを1ヶ月間行うこ
とで,ワーキングメモリ成績の上昇,ワーキングメモリ課題遂行時の脳活動の増強,推論課題
成績の上昇,反応抑制成績の向上,そして ADHD 症状の改善などが報告されている.これは
トレーニングの効果が汎化あるいは転移していると考えられる.また,その他の先行研究によ
ると,25 日間のワーキングメモリトレーニングを行った群と,何もしていないコントロール
群を比較したところ,トレーニング群ではワーキングメモリ成績は上昇したが,コントロー
ル群では効果が見られなかった 2) .しかしながら,聴覚的ワーキングメモリ,実行系ワーキ
ングメモリ,そして反応抑制成績にはトレーニングも効果は見られなかった.これらの結果か
ら,ワーキングメモリトレーニングにおける効果は不透明な部分が多く,現状では安易に効果
があるとは言えない 2) .そのため,更なる検討が必要である.そこで,先行研究で使用され
てきた fMRI よりも時間分解能の高い機器である fNIRS に着目した.より時間分解能が高い
fNIRS は,大脳皮質におけるある程度の広がりをもった脳活動を全体として捉えるのに適し
ている.例えば,第 1 次感覚野における機能局在の研究には向かないが,連合野や複数の脳部
位が統合された機能系の働きを検討するには適切である 5) .そのため,fNIRS を用いて脳活
動や脳内ネットワークの変化の検討を行うことは,ワーキングメモリトレーニングにおける効
果の汎化性の解明に重要である.
実験
3
本実験ではワーキングメモリ課題である n-back 課題を用いてワーキングメモリのトレーニ
ングを行い,同じワーキングメモリ課題である RST の成績に対する影響と,優勢反応抑制課
題であるストループ課題に対する影響を検討することを目的としている.被験者は健常者 5 名
(21-25 歳) で,1 週間毎日 n-back 課題でトレーニングを行った.そして,トレーニング開始前
とトレーニング終了時に成績を評価するためにストループ課題と RST を用いて実験を行った.
3.1
3.1.1
実験に使用する課題
n-back 課題
n-back 課題とは,脳機能イメージングなどの分野で実験参加者の脳活動を調べる際や心理
実験などでよく用いられる持続処理課題である.1958 年にキルヒナーによって紹介された.一
連の文字や言葉などが順次提示され,その N 回前に提示されたものが同じであった場合に合
図を出す 6) .今回の実験では,three-back 課題を用いた.実験設計は Fig. 1 に示す.
1. 60 秒間スクリーン上に 0.5 秒ごとにアルファベットが1つ表示される.
2. 表示されたアルファベットが 3 つ前に表示されたものと一致した場合 2 を入力し,それ
以外は 1 を毎回入力する.
3. 被験者は 2 の手順を 1 日に 4 試行行う.
Fig. 1 n-back 課題の実験設計
2
3.1.2
ストループ課題
ストループ課題とは,実行機能の 1 つである干渉の抑制能力を評価する課題の 1 つである.
この課題では,青インクで書かれた「赤」のような色名(赤)と実際の文字の色(青)が一致
していない語(以下,不一致語)のインクの色(青)を口頭で答える際の所要時間が,単なる
青色の紙の色名呼称よりも延長する,いわゆるストループ干渉を測定する 7)
8)
.実験設計は
Fig. 2 に示す.
1. Rest: スクリーン上に縦 4 列横 6 列に並べられた「赤・青・黄・緑」の 4 色を用いて書
かれた 24 個のそれぞれの文字の色を左から順に読む.
2. Task: 7 秒以内にレスト時同様に並べられた文字の色を読む.ただし,Rest 時は文字と
色が一致しているのに対し,Task 時は文字と色がランダムに組まれている.
3. 被験者は 1∼2 の手順を 5 試行繰り返す.
Fig. 2 ストループ課題の実験設計
3.1.3
RST
リーディングスパンテストは短い文章を呈示し,実験参加者は文章を音読しながら文中に示
されたターゲット語を覚えるよう要求される.音読が終わるとすぐに次の試行に移り,何試行
か遂行した後に呈示されたターゲット語を再生するといった課題である 2) .また,RST は中
央実行系の容量を測定する課題である.実験設計は Fig. 3 に示す.
1. Rest: 60 秒間スクリーン上の中心に表示される”+”を注視する.
2. スクリーン上に表示された文章を音読しながら,文章上の赤線が引かれた単語を覚え
る.(5 文)
3. 5 文読み終えた後,白紙のスクリーンが 10 秒間表示されるので,記憶した単語を答え
る.ただし,直前に暗記した単語を 1 番最初に答えることは禁止とする.
4. 被験者は 2∼4 の手順を 5 試行繰り返す.
Fig. 3 RST の実験設計
実験結果
4
4.1
n-back 課題
被験者ごとの n-back 課題の正答率を Fig. 4 示す.結果より,トレーニング初日に比べト
レーニング最終日の成績は被験者全員で向上したことがわかる.
3
Fig. 4 n-back トレーニングの結果
4.2
ストループ課題
被験者ごとのストループ課題の正答率を Fig. 5 示す.結果より被験者全員でトレーニング
開始時に比べトレーニング終了時の正答率が上昇していることがわかる.
Fig. 5 ストループ課題の結果
4.3
RST
被験者ごとの RST の正答率を Fig. 6 示す.結果より被験者 C と D に関しては成績の変化
はなかったが,それ以外の被験者の成績は上昇していることがわかる.
4
Fig. 6 RST の結果
5
考察
ワーキングメモリのトレーニングをすることで,ワーキングメモリ成績や,反応抑制成績が
向上することは先行研究から明らかであった.今回の実験を通して,ワーキングメモリ課題
である n-back 課題を用いてトレーニングを行うことで,n-back 課題の成績と,同じワーキン
グメモリ課題の RST の成績が上昇したことが確認された.このことから,ワーキングメモリ
容量が増大したと示唆される.そして,ストループ課題の成績も上昇することが確認された.
そのため,トレーニング効果によるワーキングメモリ容量の増大が,ストループ課題における
優勢反応抑制機能を向上させたことが示唆される.これらの結果から,ワーキングメモリのト
レーニングを行うことは,ワーキングメモリ容量の増大と,他の脳機能に影響を与えている可
能性があると言える.また,n-back 課題に関して日々の成績が上下したのは,被験者が毎日
のトレーニングを行う時間帯などを指定しなかったことなどが原因として挙げられる.
6
展望
本実験により,ワーキングメモリ課題である n-back 課題を用いたトレーニングは,他のワー
キングメモリ課題である RST や優勢反応抑制課題であるストループ課題の成績を向上させる
効果があることが示された.今後は脳機能計測装置である fNIRS 装置を用いて,n-back 課題
を用いたワーキングメモリトレーニングによる,脳機能の変化を計測する.これにより,ワー
キングメモリ課題のトレーニングが,他の脳機能に及ぼした影響を観察することが可能にな
る.そして,ワーキングメモリトレーニング効果の汎化性の解明に繋がることが期待される.
7
まとめ
認知機能の低下に対して,最近では認知トレーニングの中でもワーキングメモリトレーニン
グによって,様々な前頭前野の認知能力を向上させることが可能である.そこで,ワーキング
メモリ課題である n-back 課題を用いてトレーニングを行い,同じワーキングメモリ課題であ
る RST の成績と,優勢反応抑制課題であるストループ課題の成績に対する影響の検討を行っ
た.その結果,ワーキングメモリのトレーニングを行うことでワーキングメモリ容量の増大
と,優勢反応抑制機能に影響を与えることが確認された.そのため,今後は fNIRS 装置を用
いて,脳機能の変化を計測し,優勢反応抑制機能に及ぼした影響を観察する.
5
参考文献
1) 川島隆太. 咀嚼は脳トレになるか? 顎機能誌, Vol. 18, pp. 1–5, 2011.
2) 土田幸男. ワーキングメモリ容量とは何か?: 個人差と認知パフォーマ. 北海道大学大学院
教育学研究院紀要, Vol. 109, pp. 81–92, 2009.
3) Alan D Baddeley and Graham Hitch. Working memory. The psychology of learning and
motivation, Vol. 8, pp. 47–89, 1974.
4) Pernille J Olesen, Helena Weserberg, and Torkel Klingberg. Increased prefrontal and
parietal activity after training of working memory. nature neuroscience, Vol. 7, pp. 75–
79, 2004.
5) 福田正人. 精神疾患の診断・治療のための臨床検査としての nirs 測定. MEDIX, Vol. 39,
pp. 4–10, 2003.
6) Wayne K. Kirchner. Age differences in short-term retention of rapidly changing information. Journal of Experimental Psychology, Vol. 55, pp. 352–358, 1958.
7) 池田吉史, 平田正吾, 奥住秀之. 2 つの反応様式におけるストループ干渉と逆ストループ干
渉の特徴. 東京学芸大学紀要, Vol. 60, pp. 231–235, 2009.
8) 池田吉史, 奥住秀之. 健常児及び発達障害児におけるストループ課題の干渉抑制能力に関す
る文献検討. 東京学芸大学紀要, Vol. 61, pp. 237–249, 2010.
6
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
fNIRS による一次視覚野における脳血流変化の検討
下村 絵美子
Emiko SHIMOMURA
背景:視覚野の機能構造を解明するための基礎研究の多くは動物を対象に侵襲的な方法を用いている.
研究目的:fNIRS を用いた脳血流変化により一次視覚野における方位選択性を再現する.
発表の位置づけ:一次視覚野を中心に,視覚野全体においてタスクによる脳血流変化を確認する.
方法:LABNIRS と ETG-7100 を用いて先行研究に基づき作成した提示刺激による脳血流変化を確認する.
結果:今回の計測・解析方法ではタスクによる脳血流変化を確認できない部位があった.
はじめに
1
私たちは日常生活において,五感(視覚,聴覚,嗅覚,味覚,触覚)と呼ばれる様々な感覚
情報を取得,処理している.その中の一つである視覚情報は,外側膝状体を通って大脳皮質の
一番後ろに位置する一次視覚野(V1 野)に送られ,その後二次視覚野,三次視覚野と高次視
覚野に送られる.視覚野にはそれぞれ,色,輪郭など,識別する情報が決まっており,V1 野
は傾きの検出を行う.これは方位選択性と呼ばれており,1968 年に Hubel らによって発見さ
れた.その研究によれば V1 野のニューロンは,線分の傾きに対してそれぞれ好みを持ち,傾
きがそのニューロンの好みの傾きからずれると反応しなくなる 1) .その後も多くの研究者に
よって V1 野を中心に機能構造の解明が進められ,視覚情報処理の解明に繋がる.しかしそれ
ら研究の多くは,内因性光計測法や微小電極法を用いた侵襲的な方法で,なおかつサルやネズ
ミ,ネコを対象に行われている 1)
2)
.そこで本研究は,ヒトの V1 野を対象に非侵襲,かつ
計測時の身体への拘束性が低い fNIRS(functional Near Infrared Spectroscopy)を用いて方
位選択性を再現することを目的とする.本稿ではまず,fNIRS によって V1 野を中心に,視覚
野において,タスクによる脳血流変化を計測することができるかを検討する.
視覚野
2
視覚野は外側膝状体から送られてきた視覚情報の処理を行う.視覚野はいくつかの機能領野
に分けられている.見ている対象物の形状解析には V1 野が関わり,さらに細かい処理には高
次視覚野(V2∼V5 野)が関係している.大脳皮質では,似た性質を持った神経細胞が大脳皮
質の表面に垂直な方向に伸びた領域に固まって存在するコラム構造を形成している.コラム構
造は一次視覚野で最初に発見された 3) .
2.1
一次視覚野(V1 野)
V1 野は Fig. 1(b) に示すように,方位選択性コラムと眼優位性コラムがあり,それぞれ別
の方向に向かって並んでいる.方位選択性コラムとは,似た傾きに対して選択的に応答する
ニューロンが垂直方向に,幅数百μ m の範囲に集まっている構造のことである.眼優位性コ
ラムは,左の目から優位な入力を受ける細胞が集まった左目コラムと,右の目から優位な入力
を受ける細胞が集まった右目コラムが交互に存在している構造のことである.
2.2
二次視覚野(V2 野)
V2 野は V1 野と同様網膜上に投影された位置,奥行き,動き,形,色などの視覚情報を処
理する.また V2 野には両眼視差選択性細胞,主観的輪郭に反応する細胞がある.
2.3
高次視覚野
視覚野は機能ごとに一次∼五次視覚野(V1∼V5 野)に分けられており,V1 野以降の視覚
野を高次視覚野と呼ぶ.V2 野は V1 野を取り囲むように周囲に存在し,V3 野は V2 野を取り
囲んでいる.高次視覚野では V1 野や他の視覚野の情報の統合を行い,より細かく視覚情報を
7
分析する.
(a) 視覚情報の伝達
(b) V1 野におけるコラム構造
Fig. 1 視覚野
実験
3
3.1
実験目的
本実験は,視覚野における脳血流変化の違いを検討し,方位選択性を再現するという研究目
的達成のための前段階として,視覚刺激による脳血流変化の有無を確認することを目的とす
る.視覚野における脳血流変化を確認できれば,刺激の種類による血流変化の違いを検討し,
傾向として示すことができ,方位選択性を再現することに繋がると考えたためである.
3.2
実験概要
被験者は女性健常者 1 名(年齢:22 歳,利き腕:右利き)である.本実験では,島津製作所
製の LABNIRS,および日立メディコ製の ETG-7100 を使用した.計測箇所は後頭部で,脳
波電極配置の国際基準である 10-20 法に従いプローブを設置した.また,視覚刺激を提示する
ために SAMSUNG【SyncMaster E2020】製のディスプレイを使用し,ディスプレイと被験者
との距離は 60cm4) である.また,ディスプレイ以外の照明による影響を除外するために暗室
で行った.
3.2.1
実験設計
本実験では最終目標である方位選択性の再現を見据えたうえで,6 種類の刺激を用いた.ど
のタスクも先行研究 5) を基に作成した.
1. ある傾きを持った線分の移動注視
2. ある傾きを持った斜線の移動注視
刺激 1,2 の実験の流れを,Fig. 2 に示す.はじめに画面中央の「・」を注視する(30s).
そのあと,ディスプレイに表示される提示刺激を黙視する(10s,もしくは 20s).どちらの刺
激においても,線分の移動速度 5cm/s,2cm/s,1cm/s の 3 種類を用いて実験を行った.
(a) 刺激 1
(b) 刺激2
Fig. 2 視覚刺激
3.3
データの処理方法
LABNIRS と ETG-7100 の両装置による計測データについて,頭部の緩徐な動きや呼吸,血
圧変動などによるノイズの影響を取り除くために 0.1Hz のローパスフィルタをかけた.また,
8
定量的に活性チャンネルを判定するために,タスク開始直前のレスト 5 秒間と,タスク開始後
5 秒間(LABNIRS:238 サンプル,ETG-7100:50 サンプル)に対して t 検定を行った.
4
実験結果
プローブチェックにおいて,LABNIRS,ETG-7100 の両装置ともに,全チャンネル計測可
能と示した.しかしながら,実験中の体動が見られたため,線分の移動速度 5cm/s と 2cm/s
の提示刺激の時の V1 野での脳血流変化の測定は不可能だった.そのため以下は,移動速度
1cm/s の提示刺激を用いた実験結果についての検討である.両装置の t-検定の結果を Fig. 3
に示す.
Fig. 3 両装置の t-検定の結果
Fig. 3 より,ほぼ全チャンネルにおいて有意差 (p ¡ 0.05) がある結果となった.両装置の計
測結果 (Fig. 3) より,傾きを検出する機能を持つ V2 野を含む左上部では,目視によって,タ
スクに関連する脳血流変化を確認することができた.しかし,方位選択性コラムが存在する V1
野を含む下部においては,ETG-7100 での計測結果からは確認することができたが,LABNIRS
による計測結果では確認することができなかった.
Fig. 4 LABNIRS による結果
Fig. 5 ETG-7100 による結果
9
5
考察
本実験で用いたタスクは先行研究を基に作成したため,視覚野全体で脳血流変化を確認す
ることができると予想した.しかしながら,LABNIRS を用いた計測結果では t-検定による活
性部位の特定によって,ほとんどのチャンネルが活性と判定された一方で,目視では V1 野を
中心に下部全体でタスクに関連する脳血流変化を確認することはできなかった.その要因とし
て,提示刺激あるいは計測方法の問題が挙げられる.この要因を特定するため,ETG-7100 を
用いて,同様の計測を行った.ETG-7100 の計測結果 (Fig. 5) より,V1 野においてタスクに
関連する脳血流変化を目視ではあるが確認できたため,LABNIRS における結果の問題点は計
測方法であることが考えられる.LABNIRS を用いた計測の利点として,時間分解能が高いこ
と,倍密測定が可能なこと,測定キャップを被験者の頭に合わせて変形可能なことが挙げられ
る.そして,方位選択性を脳血流変化の違いをより正確に検討するためには,V1 野における
脳血流変化を確認することができるチャンネルの数は多い方が望ましい.したがって,本研究
では LABNIRS を用いて倍密測定を行うと同時に,最適な解析手法を構築する必要がある.
6
展望
本実験では,視覚野の全チャンネルにおいて,タスクによる脳血流変化を確認することはで
きなかった.しかし本研究の最終目的である,方位選択性を再現するためには前提として全
チャンネルでの脳血流変化を確認できる必要がある.そのためにはまず,LABNIRS を用いた
最適な計測・解析手法を習得しなければならない.その後,得られた技術によりさらに多くの
被験者について計測すると同時に,脳血流変化の違いを傾向として示すための解析方法を調
査,構築していく.
7
まとめ
本実験は,V1 野を含む視覚野全体における脳血流変化の有無を確認することを目的とした.
その方法として LABNIRS と ETG-7100 の 2 つの NIRS 装置を使用した.その結果,タスク
による脳血流変化が確認できたチャンネルと,確認できなかったチャンネルがあった.本研究
目的である,脳血流変化の違いによる方位選択性の再現には,視覚野の全チャンネルで脳血流
変化を確認できることが前提である.そのため,今後は LABNIRS を用いた最適な計測・解
析の仕方を習得し,脳血流変化の違いを傾向として示す方法を調査,構築していく.
参考文献
1) D.H.Hubel and T.N.Wiesel. Receptive fields and functional architecture of monkey striate
cortex. The Department of Physiology, Vol. 195, pp. 215–243, 1968.
2) K.Ikezoe, Y.Mori, K.Kitamura, H.Tamura, and I.Fujita. Relationship between the local
structure of orientation map and the strength of orientation tuning of neurons in monkey
v1: A 2-photon calcium imaging study. Neuroscience, Vol. 33, pp. 16818–16827, 2013.
3) D.H.Hubel and T.N.Wiesel. Receptive fields, binocular interaction and functional architecture in the cat’s visual cortex. The Department of Physiology, Vol. 160, pp. 106–154,
1962.
4) 玉田彰, 樋渡章二, 三好豊二. 視標追跡運動における速度, 振幅, 周波数の影響力について.
京都大学医学部耳鼻咽喉科教室, Vol. 40, pp. 38–44, 1981.
5) Y.Kamitani and F.Tong. Decoding the visual and subjective contents of the human brain.
Neuroscience, Vol. 8, pp. 679–685, 2005.
10
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
ゲーム課題に対する持続的注意の変化と
その脳活動の検討
宮嶋 めぐみ
Megumi MIYAJIMA
背景:現在,不注意による事故や労働災害が多く起きている
研究目的:不注意の状態の脳血流変化の特徴を掴み,注意の欠如を予測する
発表の位置づけ:被験者 5 名の脳血流変化より,注意の欠如の脳血流変化の傾向を掴む
方法:ゲーム課題を 600 秒間実施し,エラー率と脳血流変化について検討する
結果:被験者 5 名で注意の持続の欠如を予測できる血流変化の傾向は掴めなかった
はじめに
1
現在,不注意による事故や労働災害が多く起きている.不注意とは二重タスクを行う際や,
睡眠不足による疲労などによって注意の範囲が狭くなり,注意の持続が欠如することである.
注意とは,高度な認知,行動を行うために基盤となって働く脳機能であり,人が円滑に目的を
達成するために注意の持続は不可欠である.注意の持続ができなかったために引き起こされる
事故や労働災害を未然に防ぐためには,注意の持続の欠如に伴う脳活動を検討し,不注意を予
測する必要がある.そこで事故や労働災害が起こる際の脳活動を解明する前段階として障害
物を避けるという課題を用いる.本稿では fNIRS(functional Near Infrared spectroscopy) 装
置を用いて,注意の持続を必要とする課題を実施した際の脳活動と注意持続の欠如の関係を
調査する.
注意の持続
2
注意機構の要素として,選択,集中,注意の持続,注意の切り替え,転導性,注意の程度
の調整および記憶過程への注意が挙げられる 1) .本実験ではこの中の注意の持続に着目する.
注意の持続とはある一定の時間選択した標的への注意を維持し,処理する能力である.この注
意の持続が欠如すると標的に対する注意がおろそかになり,ヒューマンエラーが生じると考え
られている.
実験概要
3
3.1
目的
本実験では,持続的注意を必要とするゲーム課題を用いて,注意の持続が欠如する際の特徴
について検討する.
3.2
方法
被験者 5 名(男性 3 名女性 2 名:全員右利き,年齢:21 ± 1 歳)に対し実験を行った.実
験内容は Fig. 1 のようにした.
レスト
タスク
レスト
ゲーム課題
30
600
Time[s]
30
Fig. 1 実験内容
課題はレスト区間 30 秒,タスク区間 600 秒,更にレスト区間 30 秒というブロックデザイン
11
を採用した.レスト区間では,画面を見ながら無作為にタッピングを行って対象物 (気球) を
動かし,タスク区間では,障害物 (飛行機) に当たらないように気球を回避させる.障害物は
毎秒 21cm,障害物が画面から消えてから 0∼0.64 秒間でランダムな間隔を空け,出現するよ
うにした.その課題画面を Fig. 2 に示す.被験者は障害物を避けるために 3 パターンのボタ
ン (←:左,↑:真ん中,→:右) を押し,対象物が 3 レーンの中を移動できるようにした.
(a) レスト期間
(b) タスク期間
Fig. 2 ゲーム課題
3.3
環境
本実験は,室温 21∼24 度,湿度 54∼67 %で行った.脳血流変化量の測定には,サンプリング
周波数が 10[Hz] である 116 チャンネルの fNIRS(functional Near-Infrared Spectroscopy:ETG-
7100, 日立メディコ) を使用し,国際 10-20 法に基づいて前頭部を測定した.そして神経活動
があった際に増加するとされる酸素化ヘモグロビン濃度変化量 (Oxy-Hb) について検討した .
3.4
データ処理
3.5
fNIRS データ
本実験では注意機能を担うとされている前頭部右下部に注目し 2) ,その部分の Oxy-Hb 濃
度変化を用いて検討を行った.また,ローパスフィルタは 1.0[Hz],移動平均処理のサンプル
秒数は 5 秒に設定した.
3.6
エラー率
エラーは対象物が障害物に当たることとした.障害物が 30 回現れたうちのエラー数からエ
ラー率を算出した.それを1サンプルづつずらして求め算出したエラー率の値の変化をエラー
率の時系列変化とし,実験結果 Fig. 3 に示す.
4
実験結果
被験者ごとの fNIRS データとそのエラー率を Fig. 3(a) に,また 5 名の被験者の高エラー
率とその前の脳血流を平均し,積分値比較をしたグラフを Fig. 3(b) に示す.被験者 A は前頭
部右下部においてエラー率が高い領域で Oxy-Hb が上がっており,賦活する傾向が見られた.
また,エラー率が高くなる直前の 120[s] 程は Oxy-Hb に大きな変化がなく,血流が安定した
状態であることが分かった.しかし被験者 5 名に共通した血流変化ではなかった.被験者 B,
C では,エラー率に関わらず全体的に血流に変化がなく,タスク区間全体を通してエラー率に
関連した脳血流変化は見られなかった.被験者 D ではタスク区間全体を通して安定した脳血
流変化は見られなかったが,エラー率に比例して血流の変化が大きくなった.被験者 E では
時間の経過とともに Oxy-Hb が上昇し,下降してきたころにエラー率が高くなっていること
が分かった.
12
脳⾎流量濃度変化[mMol*mm]
時間
被験者A
被験者B
被験者C
被験者E
被験者D
(a) 前頭部右下部
(b) 高エラー率と高エラー率前の脳血流積分値比較
Fig. 3 実験結果
5
考察
被験者 A の結果より,ゲーム課題を行っている時の血流変化として,注意が持続している
間は Oxy-Hb に大きな変化は現れず,注意の持続が欠如することで障害物に当たり,注意をし
直すために血流変化が大きくなる傾向があると仮定した.しかし 5 名の被験者間では Oxy-Hb
変化に同じ傾向は見られなかった.これは,被験者のゲーム課題の習熟度によって障害物を避
けることに慣れる時間が違ったためであると考える 3) .今回使用したゲーム課題の難易度を
上げるために障害物の出現する間隔を短くしたため,障害物を避ける術を身に付ける早さが
被験者によってばらついたことが考えられる.今後は持続的な警戒注意を必要とするヴィジラ
ンス課題 4) を参考にして障害物の出現数や出現する間隔を長くし,出現頻度の低い事態に対
して即座の反応を求める課題に改良が必要ではないかと考える.
6
まとめ
現在,不注意による事故や労働災害が多く起きており,その原因としてヒューマンエラー
が考えられる.ヒューマンエラーが起こる原因として注意の持続の欠如が考えられ,本実験
13
ではゲーム課題を用いて脳血流変化を検討した.被験者 A において,エラー率が高い領域で
Oxy-Hb が上がっており,賦活する傾向が見られた.また,エラー率が高くなる直前の 120[s]
程は Oxy-Hb に大きな変化がなく,血流が安定した状態であることが分かった.しかし他の
被験者では同じ傾向は見られず,注意の持続が欠如する脳血流変化の傾向を掴むことはできな
かった.その理由として,課題の難易度が高かったために被験者ごとで得意,不得意の差が
あったためであると考える.今後は持続的な警戒注意を必要とするヴィジランス課題を参考に
し,出現頻度の低い事態に対して即座の反応を求める課題に改良が必要ではないかと考える.
参考文献
1) 津島靖子, 眞田敏. 注意機構の脳機能局在および脳機能システムに関する文献的調査. 岡山
大学大学院教育学研究科研究集録, Vol. 147, pp. 145–149, 2011.
2) John Jonides Tor D. Wager and Susan Reading. Neuroimaging studies of shifting attention: a meta-analysis. NeuroImage, Vol. 22, pp. 1679–1693, 2004.
3) 八田原慎悟, 藤井叙人, 長江新平, 風井浩志, 片寄晴弘. テレビゲーム実施時の熟練者と非熟
練者の脳活動の分析. 情報処理学会 インタラクション資料, 2008.
4) 福田恭介, 早見武人, 志堂寺和則, 松尾太加志. ビジランス課題中における持続性瞬目と一
過性瞬目. 福岡県立大学人間社会学部紀要, Vol. 15, pp. 27–35, 2007.
14
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
人−機械間の同期タッピング課題時の脳活動の検討
村上 晶穂
Akiho MURAKAMI
背景:うまくコミュニケーションをとるために,相手とのタイミングを合わせることが重要だと考えられ,協調作業に着目した.
研究目的:人間同士が協力して作業を行う際の脳機能を解明し,社会性障害の理解・予防・治療に役立てる.
発表の位置づけ:機械に対して人が協調する際のヒトの協調による脳活動を検討する.
方法:機械に対する同期タッピング課題時の脳活動を fNIRS を用いて計測する.
結果:音刺激がランダムになるにつれて,音刺激とタップ動作の時間差が大きくなり,また前頭極が活性している人数も増加した.
はじめに
1
私たち人間は,常に他者とコミュニケーションをとりながら社会生活を送っている.自分の
気持ちを伝えたり,逆に相手の気持ちを読み取るなど,人間同士が影響し合い,他者と協調す
ることが必要である.人間同士の協調作業を円滑に行うためには,タイミングを合わせること
が重要だと考えられている.人間のタイミング機構を明らかにするための研究を三宅らが行っ
ており,外的イベントが単純である場合と複雑な場合では人間のタイミング制御機構が異なる
ことを報告している 1) .比較的簡単な環境への適応行為が計測できる課題として,同期タッ
ピング課題が挙げられる.同期タッピング課題とは,機械系から提示される音刺激とスイッチ
を押すタップ動作を同期させる課題である.協調作業時を脳機能を観察することで,コミュニ
ケーション能力などの社会性を向上させる手掛かりになると考える.本稿では,周期的な音刺
激とランダムな音刺激を与えた際の被験者の脳活動の変化を,脳機能イメージング装置であ
る fNIRS(functional near-infrared spectroscopy) を用いて検討する.
同期タッピング
2
同期タッピング課題は単純な周期的な刺激とそれに対する応答としてタップ動作を同期さ
せる課題である.本稿では,一定の時間間隔の音刺激とそれに外乱を加えた複雑な音刺激を提
示刺激間隔(Inter Stimulus Interval:ISI)とした.被験者が協調できているかを判断するた
め,外乱の大きさを複雑さの指標とする.ISI は式 (1) に示すように,平均μと標準偏差σで
表される正規分布に従う正規乱数として与えられる.μを固定し,σの大きさを変化させるこ
とにより外乱の大きさを制御することができる.
2
2
1
f (x) = √
e−(x−µ) /2σ
2
2πσ
(1)
k 番目の音刺激提示タイミングを S(k),その刺激に対する人間のタッピングタイミングを Tap(k)
と表した.被験者がタップ動作を行う間隔を ITI(Inter Tap-onset Interval) とし,また提示音
刺激とタップ動作の間隔を SE(Synchronization Error) として,用いられるパラメーターを式
(2) と式 (3) のように定義している.
IT I = T ap(k + 1) − T ap(k)
(2)
SE = T ap(k) − S(k)
(3)
実験概要
3
機械から提示される音刺激のタイミングに人が合わせる際の脳活動を調査するために,同期
タッピング課題を用いてタスク時の脳血流量変化を fNIRS で観察する.
3.1
実験目的
機械から提示される音刺激と人のタップ動作を同期させる際の脳活動を検討する.
15
3.2
被験者,実験環境
被験者は 21∼24 歳の健常者 6 名(男:2 人 女:3 人,左利き:1 人 右利き:5 人) で実
験を行った.実験環境として,温度は 20∼22 [℃],湿度は 50∼67 [%] であった.
3.3
実験装置
脳血流量変化の計測には fNIRS 装置(ETG-7100,日立メディコ)を用いた.プローブは,
前頭部,両側頭部,頭頂部,後頭部に設置した.プローブの設置は,脳波電極配置の国際基準
である国際 10-20 法に従った.
3.4
実験設計
被験者はイヤホンから提示される音刺激に合わせるように,右人差し指でタッピングする.
課題に慣れるために,実験前に練習を行う.練習は,レスト 5 [s],タスク 88 [s],レスト 50
[s] で行った.式 (1) の標準偏差σが 0 [msec] と 80 [msec] の 2 試行した.本実験は,レスト 30
[s],タスク 88 [s],レスト 50 [s] とした.レスト中は,画面中央に表示される「+」を注視し,
意識的に等間隔にタッピングをする.音が提示され始めるのをタスク開始の合図となり,タス
ク時は,
「+」を注視しながら,聞こえてくる音に合わせるようにタッピングをする.ISI の平
均値μを 800 [ms] の固定値とし,ISI の標準偏差αは 20ms 刻みで 0 [ms] から 80 [ms] の全部
で 5 種類とした.タスクの順番,音量は被験者すべて統一し,標準偏差の小さいものから順番
に 5 試行した.一試行につきタスク時のタップ回数は 110 回で,最初の 10 回を除いた 100 回
を解析に用いた.ISI=800 [ms] の値は,ISI と SE の標準偏差の比が最小であり,課題遂行が
容易であると示唆されている 2) .
本実験では,presentation ソフトを用いて作成した.提示刺激音は 500 [Hz] の sin 波,100ms
を用いた.
Fig. 1 同期タッピング課題における時間的関係
実験結果
4
音刺激に対しての協調した程度を見るために,音刺激とタップ動作の間隔について検討す
る.また,脳血流量変化から協調作業時の賦活部位を検討する.
4.1
SE 算出結果
タップ動作の時間から提示された音刺激の時間を引きいたものを SE とした.Fig. 2 には各
外乱における被験者 5 人の SE の平均値を示す.外乱の程度が複雑になると SE も大きくなる
ことが Fig. 2 から分かる.外乱の程度が複雑になると SE も大きくなる.SE の分散を求めた
ものを Fig. 3 に示した.分散値から定量的に外乱が複雑になるにつれて SE が大きくなって
いることが分かる.
4.2
脳血流量変化
協調作業時の賦活部位を検討するために,T 検定を行った.前頭部においてサンプルがレス
ト 30[s] の 30 サンプルとタスク開始直後の 30[s] の 30 サンプルを T 検定を行った.レストと
タスク区間で有意差が認められたチャネルを人数で色分けしたものが Fig. 4 である.Fig. 4
より,80 [msec] で賦活部位が多いことが分かる.
16
Fig. 2 log による SE 算出結果
Fig. 3 SE の分散値
Fig. 4 前頭部における賦活部位の検討
17
5
考察
外乱の程度が複雑になるにつれて SE が大きくなることが Fig. 2 から分かる.これはタス
クが難しくなっており,また協調するもの Fig. 4 からσ=80 [msec] の時に多くの人が賦活し
ている部位は前頭極であった.機能としては,将来の予測に関わる 3) .着目した部位が,協
調するのに関連する部位だと考えられる.このことから,タスクの複雑さは脳血流量に影響を
及ぼしていると分かる.
6
展望
同期タッピング課題で機械の協調による人の脳活動の変化を計測する.これにより,さらに
人と機械間での協調作業時の脳活動状態について知ることができる.協調作業を行っている時
の脳活動変化を理解することができれば,コミュニケーション能力の向上にも繋がり,また他
者とコミュニケーションを取ることが苦手な人の助けの手掛かりになると期待される.
7
まとめ
コミュニケーションが必要不可欠なこの社会において,うまくコミュニケーションをとるた
めには,相手とのタイミングを合わせることが重要だと考えられている.タイミングを合わせ
る協調作業として,比較的簡単なものに同期タッピング課題がある.本稿では,機械に対して
人が協調する際のヒトの協調による脳活動を fNIRS を用いて検討した.その結果,外乱の程
度が複雑になるにつれて音とタップ動作の時間差が大きくなることが確認された.また,音刺
激が複雑にになるにつれて,将来の予測に関わる部位である前頭極部位が賦活していること
から,協調に関わる部位であると考えた.次は,機械が人のタッピングの音に合わせる音刺激
を提示できるようにし,その際の脳活動に及ぼした影響を観察する.
参考文献
1) 武藤 ゆみ子, 三宅 美博, エルンスト・ペッペル. 複雑な外的イベントとの同期における 2
種類のタイミング制御機構:自動的な機構と認知に制御された機構. 第 19 回自律分散シス
テム・シンポジウム資料, pp. 115–120, 2007.
2) Nishimura T. Matumoto, M. A 623-dimensionally equidistributed uniform pseudorandom
number generator. Mersenne Twister, Vol. 8-1, , 1998.
3) Jiro Okuda. Thinking of the future and past - the roles of the frontal pole and the medial
temporal obes. NeuroImage, Vol. 19, , 2003.
18
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
SSVEP を用いた BMI システム構築の検討
森下 拓哉
Takuya MORISHITA
背景:完治が困難な身体障害者を対象とした BMI 技術は,研究が進められている
研究目的:BMI を用いることで身体に不自由がある使用者でも外部機器の操作を可能にする
発表の位置づけ:フリッカ刺激に誘発される脳電位変動である SSVEP の発生現象について調査した
方法:モニタと LED の二つの方法を用いて 2∼50Hz の周波数を単一で提示し,視覚野を中心に脳波を計測した
結果:LED でのフリッカ刺激のみ 4∼26Hz の間で視覚野からの信号が見られた
1
はじめに
近年,EEG(Electroencephalograph),fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging),
MEG(Magnetoencephalogram),NIRS(Near-Infrared Spectroscopy)などの非侵襲計測法
の進展に伴い,ヒトの脳機能に関する研究が活発に行われるようになってきている.一方,工
学分野では,末梢神経系,感覚器,運動器などを介さずに,脳とコンピュータ間で直接情報を
伝達する技術である BMI(Brain Machine Interface)が注目を集めている.BMI は,完治が
困難な身体障害者を対象とした技術で,患者の QOL(Quality Of Life)の向上を目的として,
研究がすすめられている 1) .
ヒトがコンピュータや機械に動作を行わせる時に必要な入力方法をインタフェースと呼び,
現在,多様なインタフェースが存在している.例えば,車のインタフェースは方向を決める
ハンドルや加速の為のアクセルペダル,停止の為のブレーキペダルが存在している.しかし
ながら,この様なインタフェースは筋萎縮性側索硬化症である ALS(Amyotrophic Lateral
Sclerosis)や筋ジストロフィー症など身体に不自由を抱えている使用者には最適とは言いがた
い.さらに症状の末期になると運動を行うことも困難になる為使用することが出来ない.そ
して,ALS や筋ジストロフィー患者の脳内情報処理は健常者と変わらないと言われている為,
体を動かすことなくコンピュータや機械を操作するインタフェースを用いることで健常者と同
等の操作を可能にすると考えられている 1) .
本稿では,BMI に用いられるシステム,SSVFEP(Steady State Visual Evoked Potentials)
の実験と結果,今後の課題について述べる.
2
BMI に用いられるシステム
BMI に関する研究では,時間分解能の高さや計測の簡易性から EEG の使用が好ましいと
され,脳活動を捉える計測方法として広く用いられている.EEG を用いた BMI には,肢体の
運動を想像することによるμ律動の事象関連脱同期/事象関連同期に基づくもの ,周期的な視
覚刺激により誘発される定常的視覚誘発電位 SSVEP に基づくもの ,記憶に関連した刺激に
より誘発される P300 などの事象関連電位 ERP(Event Related Potential)に基づくものな
どがある
2)
.その中でも視覚に関連している SSVEP と P300 ERP を紹介する.
今回検討する BMI システムはこの SSVEP を用いたものである.Fig. 1 に示す様に無線通
信で動くラジコンを命令を割り振った複数のフリッカ刺激を選択的に注視することで,操作を
行う事を最終目標としている.
19
PC
Analysis
EEG
Flicks
RCcar
Fig. 1 SSVEP を用いた BMI システムの概要
2.1
SSVEP
SSVEP は周波的に明滅を繰り返す視覚刺激(フリッカ刺激)に誘発される脳電位変動であ
り,フリッカ刺激の明滅周期(刺激頻度)とその高調波と同じ振幅変動を有する.これにより
使用者の脳波に強く含まれる周波数成分を特定することで,どの刺激を注視しているかを知
ることができる.様々な命令を割り振った複数のフリッカ刺激を提示し,使用者の必要に応じ
て注視することにより多様な意思の伝達も可能となる.また,SSVEP を用いた BMI は使用
者の訓練時間が短く,かつ単位時間当たりの情報伝達量が高いことから注目を集めている 1) .
2.2
P300 ERP
P300 ERP は聴覚,視覚,触覚刺激について,一定の刺激の中に頻繁に起きないものが混
じっている場合,その刺激後 300ms に,頭頂中央部に正の誘発成分が現れる現象である.独
立した行と列が連続して点滅し,ユーザーはその中で特定のアイテムに注意を向けることで
P300 が誘発される.P300 はユーザーが視覚障害であれば,代わりに聴覚や触覚刺激を用い
ることができるという長所を持っている 1) .
実験
3
3.1
実験目的
SSVEP を用いた BMI システムのインタフェースとしてモニタと LED(Light Emitting
Diode)の二種類の方法が考えられる.本実験では,この二つの方法で単一フリッカ刺激の提
示を行い,その結果から SSVEP の発生現象を検討する.
3.2
実験環境と被験者
実験は温度 21.5∼23.5 度,湿度 62∼65%,蛍光灯をつけた照度 1080lx の部屋で行った.被
験者は,事前に本実験の趣旨,方法,課題等について十分に説明し,実験に関する同意が得ら
れた成人男性 3 名である.Table. 1 に被験者の詳細を示す.
Table. 1 被験者情報
被験者 年齢 (歳) 利き目
3.3
A
21
右
B
C
21
24
右
右
計測機器と計測部位
使用機器は,生体計測器としてデジテックス研究所の Polymate AP1000 ,アクティブ電極
変換器として g.tec 社の g.GAMMAbox を使用した.サンプリング周波数は 1kHz,電極の設
置方法は国際 10-20 法を拡張した拡張 10-20 法 3) を参考に行った.基準電極を両耳朶の A1,
A2,接地電極を前前頭部の AFz として探査電極は視覚野を中心に Oz,O1,O2,POz,PO3,
PO4,PO6,PO7,P3,P4,P5,P6,P7,P8 の計 14 個を使用した.Fig. 2 において色付
けした部位が計測部位である.
20
Fig. 2 計測部位
3.4
実験設計
実験設計はブロックデザインを使用し,レストでは閉眼,タスクでは開眼しフリッカ刺激
を注視した.閉眼と開眼のタイミングはビープ音で知らせた.刺激の提示方法は被験者から
50cm 離したモニタと LED の二種類でどちらも首に負担をかけない姿勢で目線の中心に刺激
が与えれるようにし,周波数は 2∼50Hz の 2Hz 刻み 25 パターンで行った.タスクシーケン
スを Fig. 3 に,実験の様子を Fig. 4 に示す.また,提示環境としてフリッカ刺激の色は黄色
に統一し,モニタはリフレッシュレート 60Hz,刺激提示プログラムは Unity を使用し,提示
する刺激は照度 523lx の一辺 7.4cm の正方形とした.LED の場合一個 5mm の LED36 個を
Arduino UNO を用いて,提示する刺激は照度 530Lx の一辺 3.5cm の正方形とした.また,刺
激の照度は提示位置から 50cm 離した被験者の位置で測定したものである.
• レスト(10s)
:力を入れずに閉眼する
• タスク(15s)
:開眼しフリッカ刺激を注視する
レスト 10s タスク 15s レスト 10s
閉眼
開眼 注視
閉眼
Fig. 3 タスクシーケンス
(a) モニタ
(b) LED
Fig. 4 実験風景
21
3.5
実験結果および考察
解析は MATLAB を使用し,タスク区間に FFT(Fast Fourier Transform)処理を行った.
その結果,モニタでフリッカ刺激を提示した実験はすべての周波数において提示周波数の信
号は確認できなかった.これはモニタのリフレッシュレートや周波数提示プログラムの処理
の重さが関係し,正しくフリッカ刺激が与えられていないと考察できる.一方 LED を用いフ
リッカ刺激を提示した実験では信号が得られた電極位置や強さに個人差はあるが,4∼26Hz の
間で提示周波数と同じ信号を得られた.例として 12Hz のフリッカ刺激を与えた時のモニタと
LED で観測された被験者 A の Oz での信号を Fig. 5 に示す.
Fig. 5 被験者 A Oz における 12Hz の刺激提示時のモニタと LED の信号
被験者 A,B,C で Fig. 5 の LED の様に,提示周波数と同じ周波数が脳波から確認できた
位置を Fig. 6 に示す.被験者 A(Fig. 6(a))は Oz,O1,O2,被験者 B(Fig. 6(b))は Oz,
O1,O2,PO7,PO8,被験者 C(Fig. 6(c))は Oz,O1,O2,POz,PO3,PO4 で信号が得
られた.この事より,共通して Oz,O1,O2 の視覚野で信号が得られることがわかった.
(a) 被験者 A
(b) 被験者 B
(c) 被験者 C
Fig. 6 信号取得位置
次に,この共通した観測位置での信号を被験者間で比較する為,4∼26Hz での刺激に対する
Oz のパワースペクトルを Table. 2 に示す(ノイズまたは信号が微弱で提示周波数が確認出来
なかった場合”-”で表す).被験者 B,C の 10Hz 付近の信号において体動によるノイズが観測
されたため 10Hz の時の信号を見ることが出来なかった.
また,信号の検出例として,それぞれの被験者の 12∼18Hz の信号を Fig. 7 に示す.体動がな
く安定して計測が行えた被験者 A(Fig. 7(a))を見てみると提示周波数の周りには他の周波
数は乗っていないことがわかる. また, 被験者 B(Fig. 7(b))は 10Hz 付近に体動によるノイ
ズが見られるが, 被験者 A と同様に提示周波数のみが観測できる. 被験者 C(Fig. 7(c))に関
しては 12Hz の信号が体動によるノイズで確認することが困難となっている. しかし, 脳波にノ
イズが含まれていても, ノイズが被っていない提示周波数は確認することができる. この事よ
り,BMI システムに用いる周波数は体動によるノイズを考慮し, ノイズが乗りやすい周波数を
避けて選択しなければならないことが考えられる.
22
Table. 2 フリッカ刺激に対する Oz のパワースペクトル
周波数 [Hz] 被験者 A[uV2 ] 被験者 B [uV2 ] 被験者 C[uV2 ]
4
1.5 × 104
1.4 × 104
-
6
8
4
1.6 × 10
4.1 × 104
4
1.1 × 10
1.7 × 104
4
10
12
14
6.6 × 104
3.1 × 104
1.0 × 104
-
-
4
1.5 × 10
0.8 × 104
4
1.2 × 10
1.6 × 104
16
18
20
1.9 × 104
1.9 × 104
0.7 × 104
1.3 × 104
0.8 × 104
0.4 × 104
0.7 × 104
1.4 × 104
-
22
24
1.1 × 104
-
-
-
26
0.8 × 104
1.6 × 104
-
1.8 × 10
1.2 × 104
(a) 被験者 A
(b) 被験者 B
(c) 被験者 C
Fig. 7 各被験者における 12∼18Hz の信号例
23
4
今後の課題
今後の課題として,まず SSVEP を用いて物を操作するには複数の信号が必要になるため,
今回得られた周波数範囲の結果から提示周波数の数を増やして実験を行う必要がある.また
信号が得られた場合,どの強さからその信号が有効と見なすかの閾値の検討を行わなければ
ならない.更に使用者の負担軽減の為,刺激の与え方や使用電極の個数を考えていく.
5
まとめ
BMI は,完治が困難な身体障害者を対象とした技術で,患者の QOL の向上を目的として,
研究がすすめられている.今回はその BMI に用いられる,周期的な視覚刺激により誘発され
る定常的視覚誘発電位 SSVEP での発生現象を確認する実験を行った.単一の周波数をモニタ
と LED の二つの方法でフリッカ刺激を与え,LED で行ったフリッカ刺激の 4∼26Hz の信号
を得ることが出来た.この結果を BMI に活かすための課題として,複数のフリッカ刺激や操
作システムの検討,使用者の負担の考慮を考えていく必要がある.
参考文献
1) 板井陽俊, 船瀬新王. BCI システムの構築を目指した単一試行脳波の解析技術. 日本神経回
路学会誌, Vol. 19, No. 3, pp. 118–125, 2012.
2) 木村陽介, 東広志, 田中聡久. BCI のための律動成分抽出を用いた定常的視覚誘発電位の観
測法 (BCI/BMI とその周辺). 電子情報通信学会技術研究報告. NC, ニューロコンピュー
ティング, Vol. 109, No. 280, pp. 23–28, 2009.
3) 入戸野広. 心理学の為の事象関連電位ガイドブック, pp. 45–47. 北大路書房, 初版第 2 刷,
2005.
24
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
脳神経線維描画における新規手法の開発
石田 和
Izumi ISHIDA
背景:既存の tracking 手法では微小な神経線維の可視化が困難とされており,tracking 手法の精度を向上させる必要がある
研究目的:決定論的 tractography における問題点を改善する新たな tracking 手法の開発
発表の位置づけ:拡散の方向性を決定する固有ベクトルと tracking の指標となる FA 値の算出
方法:テストデータから拡散テンソル D を求め,FA 値の算出また FA 画像の出力を行う
結果:FA 画像の結果とテストデータの設定を比較した結果,一致する結果が得られることを確認
1
はじめに
近年,脳白質線維の有無を水分子の拡散によって表す拡散テンソル画像 (Diffusion Tensor
Image: DTI) と,その DTI を用いて神経線維を可視化する手法である fiber tracking を利用
した研究が進歩し臨床への応用が広まっている.例えば DTI は脳腫瘍とその周囲の白質線維
との関係を表すことができる.特に悪性神経膠腫の神経線維にそった進展範囲と白質変性を
区別でき,重要な機能を担う神経線維保存のための手術計画を支援する情報となる 1) .また,
fiber tracking は神経線維束における白質路と病変との位置情報を三次元的に可視化すること
が可能なため,術中のナビゲーションシステムとして用いられ,より正確な神経線維束の情
報を術中にもモニタリングすることを可能にした 1) .しかし,DTI,fiber tracking 共にそれ
ぞれ改善すべき課題を抱えている.DTI においては核磁気共鳴画像法 (Magnetic Resonance
Imaging: MRI) で撮像できる画像である.DTI を構成する元となる拡散強調画像 (Diffusion
Weighted Image: DWI) の撮像精度の向上が必要とされている.また fiber tracking において
は,現在の既存描画ソフトの追跡手法では 2, 3 mm 内の範囲で交叉する複数の神経線維束を
区別することが出来ない.そのため,局所の微小な神経線維の可視化は困難とされており,本
来あるべき神経が描画されないことや複数の微小な神経が混在して描かれるなどの問題点が
挙げられる.そこで現在確立されている既存手法での問題点を補うことの出来る新たな fiber
tracking 手法の開発を行う.
本稿では,fiber tracking の新たな手法を開発するため fiber tracking に必要な数値の算出を
行った.
2
拡散強調画像 (Diffusion Weighted Image: DWI)
拡散強調画像とは,通常の MRI 撮像シーケンスに拡散強調傾斜磁場 (Motion Probing Gra-
dient: MPG) を印加することで生体内の水分子のブラウン運動に基づく拡散の強さを信号強
度として画像化したものである.水分子の拡散現象は拡散方程式 Einstein-Smoluchowski の式
(式 (1) x2 :変位の平均二乗変位,D:拡散係数,t:拡散時間)を基本にしており,DWI で
は細胞レベルでの水分子の拡散現象を利用して画像のコントラストをつけている.
x2 = 2Dt
3
(1)
拡散テンソル画像 (Diffusion Tensor Image: DTI)
DTI は 6 種類以上の MPG を印加した DWI を利用して水の拡散を三次元情報に変換した画
像である.Fig. 1 のように拡散テンソルを楕円体と仮定し,神経線維方向の拡散の速さ(x ’
軸方向)と神経線維と直行する 2 方向(y ’軸方向と z ’軸方向)の拡散の速さをボクセルご
とに求め,神経線維の方向ベクトルを定める必要がある.これを表現するための拡散テンソル
D は次式で与えられる.
25

Dxx
Dxy
Dzx
Dyy
Dzy

D = Dyx
Dxz


Dyz 
Dzz
(2)
DWI において,Dxx が 1 対の等しい大きさの MPG を x 軸方向に印加した時の拡散係数と
なる.MPG を斜め方向に印加した時の拡散係数は Dxx ,Dyy ,Dzz ,Dxy ,Dxz ,Dyz の一次
式で表され,次式を用いることで信号値毎の拡散テンソル D を求めることができる 2) .
S = S0 exp(−bg T Dg)
(3)
Fig. 1 拡散テンソルモデル
式 (2) を対角化することで,固有値 λ1 ,λ2 ,λ3 と,これらに対応する固有ベクトル e1 ,e2 ,
e3 が求められる.この時,固有値 λ1 ,λ2 ,λ3 を用いて楕円体を構成し,e1 は神経線維の方
向,e2 ,e3 は神経線維と直交する方向を表す.
これらの値を用いて,拡散の大きさを表す指標 (Apparent Diffusion Coefficient: ADC) と
拡散の異方性を示す値 (Fractional Anisotropy: FA) を算出する.FA の値は組織ごとに異な
り,特に脳梁や錐体路といった白質は FA の値が高いが灰白質や脳脊髄液では FA の値が低い.
これは白質では灰白質に比べて神経線維が豊富であり,また神経線維の方向が揃っているため
である.そのため,DTI を用いて神経線維描画を行う描画ソフトにおいて線維を描画する際,
ボクセル毎の FA 値を指標として線維方向を推定することが可能である.ADC,FA 値は以下
の式を用いて算出できる.FA を画像化したものを FA 画像とよぶ.
ADC =
λ1 + λ2 + λ3
3
√ √
3 (λ1 − ADC)2 + (λ2 − ADC)2 + (λ3 − ADC)2
√
FA =
2
λ21 + λ22 + λ23
(4)
(5)
式 (2) より式 (4),式 (5) を算出し,得られた FA 画像と固有ベクトルを用いて脳神経線維
束を fiber tracking することで,脳内における白質路の走行路を描画することが可能となる.
4
線維追跡手法
Fiber tracking は式 (5) より得られる FA 値を神経が存在しているボクセルとし,式 (2) を
対角化して得られた第1固有ベクトル方向を神経線維の走行方向として行う.現在ではその
26
fiber tracking には 2 通りの手法が存在する.
4.1
決定論的 tractography
線維方向を推定する際,式 (2) の最大固有値,すなわち拡散係数が高い方向を線維の走行方
向と推定して追跡する.X を追跡走行上の座標点,s を追跡開始点からの距離,X(0) を追跡開
始点,そして F は追跡走行の接線方向とすると,線維追跡における追跡走行の決定は以下の
式で表現できる.
dX(s)
= F (X(s))
ds
(6)
F は局所の走行方向を表す方向ベクトルであり,式 (2) を対角化した際に得られる第 1 固有ベ
クトルにあたる.
しかし,既存の tracking 手法では交叉 (crossing),接吻 (kissing),扇状 (fanning) など異な
る複数の神経線維がボクセル内で混在する Fig. 2 のような場合,線維束を描画する際に誤った
走行方向に描画してしまう恐れがあり,DTI を用いたテンソルモデルにおける神経線維の走行
方向推定の限界ともされている 2) .特に扇状構造は連続的な線維方向の分布の混在である場合
はそもそも分離が不可能とされている.また,決定論的 tractography ではノイズやアーチファ
クトなどにより,わずかでも方向推定を誤ると,それ以降は元の正しい軌跡に復帰することが
難しい.よって,撮像時の環境や撮像する機器によって得られる DWI の精度で誤った走行方
向に描画をする原因にもなる.そこで,上述した問題点を解決するために確率的 tractography
が確立された.
交叉 crossing)
接吻 kissing)
扇状(fanning)
Fig. 2 複数線維の混在
4.2
確率的 tractography
拡散 MRI の信号値群から決定されるパラメータには,画像の雑音,撮像アーチファクト,
部分容積効果,モデルの表現限界に起因する近似誤差などの一定の不確実性が存在する.確率
的 tractography ではこの不確実性を確率分布として利用する.追跡のたびにパラメータを変
化させて追跡方向を得ることで,様々な線維方向が抽出される可能性を高めるのと同時に,ボ
クセルの通過回数により追跡結果に対する確信度を得ることが出来る.決定論的 tractography
では,走行方向を推定する点が同一であれば決定される走行方向も同一である.そのため,開
始点が同じであれば常に同じ軌跡を描画してしまい,誤った走行方向に描画されていても 1 つ
の開始点からの追跡処理は一度しか行われない.一方,確率的 tractography では,同一の開
始点から何度も追跡処理を繰り返すことで,同じ開始点であっても確率分布に基づき毎回異
なった走行方向を描画する.よって,何本もの追跡軌跡の中から抽出したい線維束に一番近い
ものを得られる可能性が高い.
しかし,決定論的 tractography で問題点として挙げられている,交叉線維に対応した線維
の可視化を行うには,最低 30 程度の MPG 数が必要であるとされていて,また計算コストが
高いため,並列化による高速化も重要である 2) .
5
実験概要
確率的 tractography を用いた新たな tracking 手法を開発するための第一段階として,解析
ソフト Matlab を用いて,テストデータから拡散テンソル D を算出し,式 (5) より FA 値の算
出を行った.テストデータとして,3 本の神経束を模擬した線維束が直線的に交叉している設
定で作成されたデータで,MPG 無しの B0 画像と MPG を 6 軸方向に印加した 6 種類の DWI
画像,それぞれ 192 × 192 × 38 のマトリックスで格納された計 7 枚の画像を利用した.また,
27
1 ボクセルサイズは 1mm×1mm×1mm サイズで格納されており,神経線維部分の座標はそれ
ぞれ x 座標: 90∼145,y 座標: 110∼150,z 座標: 12∼16 に存在すると設定した.
6
実験結果
MPG の印加軸から式 (3) を用いて D を求め,固有値と固有ベクトルを算出した.また算出
された固有値を用いて式 (4),式 (5) より FA 値を求め,FA 画像 Fig. 3 を出力した.
実験内容よりテストデータは 3 本の神経束が直線的に交叉している設定であるので,出力
された FA 画像はその設定と一致していると確認できた.
Fig. 3 FA 画像 (z = 14)
7
展望
本実験結果より求めた FA 画像と固有ベクトルをより,既存手法である決定論的 tractography
手法を用いて tracking を行う.そのために決定論的 tractography の既存手法である i 番目の
追跡点座標を Xi とし,追跡点間のステップ幅をεとして,追跡点開始から方向推定と微小距
離移動を連続的に繰り返す手法の 1 次 Runge-Kutta 法を用いて tracking を行う 2) .
Xi+1 = Xi + ϵ · F (Xi )
(7)
決定論的 tractography の手法で tracking 出来ることが確認できた後,確率的 tractography
の既存手法を用いて描画し,既存手法の問題点を挙げ,新しい描画手法の開発を目指していく.
8
まとめ
現在,fiber tracking 手法の一つである決定論的 tractography 手法では複数混在する微小な
神経線維の区別が困難とされている.そのため既存手法である決定論的 tracktigraphy 手法の
問題点を改善する新たな手法の開発を確率的 tractography 手法を用いて目指す.そこで,本
稿では,神経線維束を模擬したテストデータから,神経線維が存在する指標となる FA 値と
神経線維の走行方向を決める固有ベクトルを算出し,FA 画像の出力までを行った.今後の展
望としては,今回,算出された FA 値と固有ベクトルより,テストデータにおいて,決定論的
tractography 手法を用いて tracking を行う.更に決定論的 tractography の既存手法で挙げら
れている問題点を改善できるような手法を確率的 tractography 手法を用いて検討していく.
参考文献
1) 酒井圭一. 悪性神経膠腫に対する治療戦略–難治性がんの克服に向けて–. 信州医誌, Vol. 58,
pp. 189–200, 2010.
2) 青木茂樹, 阿部修, 増谷佳孝, 高原太郎. これでわかる拡散 MRI[第 3 版]. 秀潤社, 第 3 版,
2013.
28
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
脳神経線維のファントム作成と神経追跡結果の検討
伊藤 千幸
Chiyuki ITO
背景:近年,精神疾患の患者数増加に伴い,脳神経線維の構造を非侵襲的に検査する手法として DTI が用いられている
研究目的:神経線維を模擬したファントムを作成し,実際の神経線維の構造と DTI によって神経追跡した線維構造との比較を行う
発表の位置づけ:線維束密度の変化によって FA がどのような結果になるのかを検討する
方法:線維の本数,撮像パラメータ等を変化させて,DTI 撮像を行う.DTIStudio で FiberTracking を行う
結果:線維束密度は FA 値に影響を与えることが示唆された.ファントムの修正を行う必要性がある.
はじめに
1
近年,臨床現場では脳神経線維の構造を非侵襲的に検査する手法として拡散テンソル画像法
(Diffusion Tensor Imaging:DTI) が用いられている.DTI とは核磁気共鳴画像法 (Magnetic
Resonance Imaging:MRI) を用いて,複数の方向に拡散強調の傾斜磁場 (Motion Probing Gradient:MPG) を印加し,撮像することで,生体内に存在する水分子が拡散する方向を画像化す
る技術である.通常,水分子はブラウン運動しているため不規則な方向へと拡散するが,神経
線維周辺の水分子の拡散は線維の隙間に沿った方向に制限される.この現象を DTI によって
画像化することで,アルツハイマー病や脳腫瘍などの白質病変を診断することが出来る.しか
し,神経線維そのものによる信号ではなく線維の走行に沿って運動すると仮定した,水分子の
信号を基に線維の追跡を行っているため,実際の脳神経線維と DTI によって神経追跡された
神経線維の構造が一致していることを検証する手法は,死後脳や動物モデルを用いるほかな
い.そのうえ,線維走行が複雑な線維束の描画像の妥当性の低下も問題点のひとつである.そ
こで,本研究は,再現性のある脳神経線維を模擬したファントムを作成し,ファントムの構造
と DTI によって神経追跡された神経線維の構造を比較し定量的に検証することを目的とする.
拡散テンソル画像法 (Diffusion Tensor Imaging:DTI)
2
通常,水分子の拡散現象は,三次元的に等方的に拡散している.一方で,生体内の水分子
は,さまざまな構造物により拡散方向が制限されていることから拡散の大きさが方向に依存し
て三次元的に異方的に拡散する.拡散テンソル画像を撮像するには,微小な動きを検出するた
めの傾斜磁場である MPG の方向を変えた複数の拡散強調画像(diffusion weighted imaging:
DWI)が必要となる.そしてそれを基に,テンソル解析を用いて,拡散の異方性(diffusion
anisotrophy)を表したものが DTI である.DTI では,拡散の異方性により一定の方向に向
かって連続する白質線維の描出が可能である 1) .
2.1
FA 画像
FA 画像は Fig. 1 に示す水の拡散状態を意味する楕円体の形の情報,すなわち水の拡散の異
方性の強さを表している.尚,白色の方が,水の拡散の異方性が強く線維質な組織であり,黒
色の方が,水の拡散の異方性が弱く非線維質な組織であることを示す 2) .
2.2
Tractography
特定の白質路が確実に通る部位から,小さなステップで拡散テンソルの楕円体を描き,長軸
方向に辿っていくと特定の白質路を追跡 (fiber tracking) することができる.描かれた白質路
を拡散テンソル tractography と呼ぶ.白質路を三次元的に抽出できる方法で,病変と錐体路
などの白質との関係を三次元的に抽出したり,特定の白質路を抽出して定量的に評価すること
が出来る 3) .
29
拡散異⽅性が強い
(線維質)
拡散異⽅性が弱い
(非線維質)
Fig. 1 FA 画像
実験
3
3.1
実験概要
研究の大目的は,再現性のある脳の神経線維束を模擬したファントムを作成し,そのファン
トムの構造と DTI によって神経追跡した構造との比較を定量的に検証することである.そこ
で,本実験ではその第一段階として,単純な直線構造のファントムを作成し,その線維束の密
度を変えることで,FA 値がどのように変化するのかを検討する.同時に,ファントム作成の
際に使用する糸の直径が実際の神経線維の太さ (直径:0.2∼20 μ m) をした線維でなくても,
脳神経線維束の密度を再現することが出来れば,模擬したことになるのかを検討する.
また,撮像パラメータに関しては,二種類設定し,得られた結果がどのように異なるのか検討
する.
3.2
使用機器
本実験で使用した機器とその名称や品番,製造会社などの詳細を Table. 1 に示す 2) .
Table. 1 使用機器の一覧
使用機器
名称・品番
製造会社
詳細
写真
MRI,頭部コイル
ECELON Vega
日立メディコ
1.5T 超電導型
Fig. 2(a)
RCX-1000S
EYELA
特記事項なし
Fig. 2(b)
脱気装置
(a) MRI 装置,頭部コイル
(b) 脱気装置
Fig. 2 使用機器
3.3
ファントムの作成
今回作成したファントムに使用した材料は以下の通りである.
• 脱気した水道水
• ナイロン製の透明糸 (直径:0.2 mm)
• 透明ビニールホース (内径:6mm,外径:8mm)
• ポリプロピレンの容器と蓋
• ポリプロピレンの網状の容器
Fig. 3 に示すように脳神経線維束を模擬するために,ナイロンの糸を束ねたあと,透明のビ
ニールホースに入れて,ポリプロピレンの網状の容器に結束させた.そして,それを水道水の
30
入ったポリプロピレンの容器に入れて蓋を閉めた.尚,撮像の際にノイズの原因になると考え
られる線維束中の気泡を除去するために,1 時間程度脱気装置により,脱気を行った.
作成したファントムは 3 種類で,透明のビニールホースに充填するナイロン製透明糸の本数
をそれぞれ変えることで,密度の変化を検討できるようにした.今回の実験で模擬を試みた線
維束は上縦束である.上縦束は神経線維約 2400 万∼3300 万本の線維束であり,その断面積は
50∼70mm2 といわれている.上縦束における神経線維一本の直径を 4 μ m として線維束密
度を算出すると,約 60 %となった.そのため,上縦束を模擬するために線維束密度 60 %の
ファントムを作成した.これを基準にして,線維束密度の疎密によって FA がどのように変化
するかを検討するために,残りの二つは線維束密度が 40 %と 80 %のファントムを作成した.
Fig. 3 ファントム
撮像環境
3.4
3.4.1
撮像パラメータ
今回の実験で検討項目として設定したパラメータは以下の 2 パターンであり,各パラメータ
をパラメータ A,パラメータ B という名称で定義した.各々を Table. 2 に示す.
Table. 2 2 種類のパラメータセット内容
パラメータ項目
3.4.2
パラメータ A
パラメータ B
FOV(撮像視野) [mm]
TR(繰り返し時間)[msec]
240
2923
192
2923
TE(エコー時間)[msec]
Thickness(スライス厚)[mm]
90.4
3.0
90.4
3.0
Interval(スライス間隔)[mm]
MPG Dir # (傾斜磁場方向)[Tensor]
b-factor(傾斜磁場係数)
3.0
21
1000
3.0
21
1000
NSA(積算回数)
Freq # (周波数エンコード方向マトリクス)
2
128
2
64
Phase # (位相エンコード方向マトリクス)
ReconMatrix(再構成マトリクス)
voxel size x,y,z[mm]
128
256
1.88,1.88,3
64
256
3,3,3
MRI 装置と線維束の軸合わせ
ファントムの MRI への置き方を Fig. 4 のように,MRI への挿入方向と線維束の長軸方向
が垂直になる向きで統一して撮像を行った.
実験結果
4
4.1
撮像
線維束密度 40 %,60 %,80 %のファントムで撮像を行った結果を Fig. 5,Fig. 6,Fig. 7
に示す.掲載している画像は tractography と FA 画像の結果である.
また,パラメータ A,B それぞれの撮像から得られた線維束の密度ごとの FA 値 (Max) を
Table. 3,Table. 4 に示す.
31
Z
線維束
MR
I
Y
X
Fig. 4 ファントムの MRI への置き方
Tractography
Tractography
FA
(a) パラメータ A
FA
(b) パラメータ B
Fig. 5 線維束密度 40 %
Tractography
Tractography
FA
(a) パラメータ A
FA
(b) パラメータ B
Fig. 6 線維束密度 60 %
FA
Tractography
Tractography
(a) パラメータ A
FA
(b) パラメータ B
Fig. 7 線維束密度 80 %
Table. 3 パラメータ A
Table. 4 パラメータ B
線維束密度 [%]
FA 値(Max)
線維束密度 [%]
FA 値 (Max)
40
0.45
40
0.25
60
80
0.50
0.47
60
80
0.60
0.62
考察
5
5.1
線維束密度の変化による比較
Fig. 5,Fig. 6,Fig. 7 に示した撮像結果によると,実際の線維束の密度 60 %を模擬した
ファントムのみ,神経線維束の描画ができたが,密度 40 %と 80 %のファントムに関しては
ほとんど描画されなかった.その理由として考えられることは,まず 40 %のものに関しては,
32
透明ホースの断面積に対して半分以下の透明糸しか充填しなかったために,透明ホースの中の
糸と糸の間隔が広くなり隙間が多くできたために,拡散の異方性が減ったためではないかと考
えられる.これに対して,密度 80 %のファントムに関しては,透明ホースの断面積のほとん
どを占める割合で糸を充填したので,拡散の異方性が強くなり,FA 値が 60 %のときよりも
大きくなると考えたが,Table. 3,Table. 4 によると、FA 値は 60 %のときと比べて変化があ
まり見れなかった.この理由としては,作成したファントムの糸の束がねじれてしまっていた
ことが原因ではないかと考えられる.実際に作成した密度 80 %のファントムの線維束を見る
と 40 %,60 %のものと比べて明らかにねじれていることが分かった.よって,今後ファント
ム作成は技術面においても再検討が必要であると考える.
5.2
パラメータ A,B による比較
パラメータ A,B の 2 種類のパラメータでファントム撮像を行ったが,今回得られた結果か
らはこの二つのパラメータの違いを検討することはできなかった.今後も撮像の際にはこの二
つのパラメータで実験を行い,違いを検討していく必要性がある.
6
今後の展望
今回は,単純な直線構造の線維束を模擬したファントムを作成し,二種類のパラメータで撮
像を行ったが,今後は下記の事を検討していく必要がある.
• 直線構造の線維束だけではなく,交叉型や接合型といった本来の脳神経に存在する複雑な
線維束形状のファントムを作成する.
• 先行研究でファントムの線維束の素材として用いられているダイニーマや中空糸を用いて
作成し,今回設定した撮像パラメータ A,B を再度検討し,FA 画像における線維束描画
への影響を考察する.
• 今回の実験でファントム作成の際に線維束のねじれによって,線維束描画に影響がでると
いう結果になったので,今後はファントム作成の技術的な面においても検討が必要だと考
える.
7
まとめ
本研究の目的は,DTI によって撮像可能な再現性のある脳神経線維束を模擬したファント
ムを作成し,ファントムの線維束の走行と DTI によって追跡された神経線維束の走行の比較
を定量的に行うことである.本実験では,その第一段階として,単純な直線構造の線維束を
模擬したファントムを作成し,密度変化によって FA がどのようになるかを検討した.その結
果,線維束密度が小さいファントムでは,水の拡散の異方性が低くなり,FA の値も小さかっ
た.密度が大きくなると拡散の異方性が強くなり,FA の値も大きくなった.そのため,密度
が FA 値に関係していることが分かった.今後は,直線形状以外の形状をしたファントムの作
成や,素材を変化させるとどのような撮像結果になるのかについて検討する.
参考文献
1) 臼倉政雄. 頭部領域における new imaging. アールティ No.19, pp. 7–11.
2) 森口美紅. DTI 撮像のための脳神経線維ファントムの作成と神経線維追跡手法の検討. 第
32 回 月例発表会, pp. 39–43.
3) 青木茂樹. これでわかる拡散 MRI. 学研メディカル秀潤社, 初版第一刷発行, 2013.
33
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
問診型病院推薦アプリケーションの提案
竹中 誠人
Makoto TAKENAKA
背景:ユーザーの症状を把握し,適切な病名を判断し,かつ適切な病院を推薦するアプリケーションが存在しない
研究目的:問診から得た病名と DPC を基にユーザーにとって適切な病院を推薦するアプリケーションの開発
発表の位置づけ:疾患データベースを作成し,データベースと連動した問診アプリケーションの開発
方法:データベースから質問項目を作成し,回答から病気を推測し,診療科を推薦する
結果:選択された症状から病気を推測し,病名と診療科を表示するアプリケーションの開発
はじめに
1
ネットの普及により,病気に関する情報や病院を検索・閲覧することが容易となり,医療に
関する情報がより身近になっている.また,検索するだけではなく,問診により症状から病名
を推測することも可能となっている.更に診療科など条件を入力することによって病院を紹介
するアプリケーションも存在する.
しかし,既存のアプリケーションでは,病名を判断する情報が少数である,診断結果に病名
が複数表示される,どの診療科に行くべきかわからないなどの問題がある.そこで,ユーザー
から多くの情報を引出すことで病気を推測する.更にユーザーの目的に合った病院を検索し,
質の良い病院を推薦するアプリケーションが必要だと考える.
本稿では,疾患データベースを用いた病気診断と,病院の診療実績を表し,医療の質の評価
基準として使用できる DPC(Diagnosis Procedure Combination)を用いた病院評価の検討を
行う.
DPC(Diagnosis Procedure Combination: 診断群分類評価)
2
2.1
概要
DPC は平成 15 年 4 月より,閣議決定に基づき,特定機能病院を対象に導入された,急性
期入院医療を対象とする診断群分類に基づく 1 日あたり包括払い制度 (DPC 制度) に用いられ
る患者データである.制度導入後,DPC 対象病院は拡大され,平成 26 年 4 月 1 日見込みで,
1585 病院・約 49 万床となり,一般病床の約 55 %を占めるに至っている.また,対象病院は
DPC データを年に4回,病院の所在地を管轄する地方厚生局医療課に提出する義務がある.
提出された DPC データは,診療報酬調査専門組織 (DPC 評価分科会) において,
「DPC 導入
の影響評価に関する調査」として参加病院別の実績データが報告されている.
2.2
DPC コード (診断群分類番号)
DPC コードは 2873 ある全ての診断群分類に対して,14 桁で構成される.14 桁の DPC コー
ドは,
「主要診断群 (MDC:Major Diagnostic Category)」,
「各 MDC における分類」,
「入院目
的」,
「年齢・出生時体重等」,
「手術」,
「手術・処置等 1」,
「手術・処置等 2」,
「副傷病名」,
「重
症度等」で構成される.これらは,3 層に区別されており,1 層目は「傷病名」に基づく層で
あり,ICD-10(国際疾病分類)1 で定義されている.2 層目は「手術」の有無に基づく層であり,
医科点数表により定義されている.Fig. 11)
2.3
包括払い制度
包括払いの最大の特徴は,様々な診療行為に対する1日当たりの医療費が包括評価となって
おり,診断群分類点数表から算定される点である.診断群分類点数表は,
「DPC コード」,
「傷
病名」,
「手術名」,
「手術・処置等 1」,
「手術・処置等 2」,
「定義副傷病」,
「重症度等」が記載
1 International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems:国際疾病分類第 10 版
(2003 年改訂)
34
01
①MDC
0010
1層目
x x 99
x0xx
2層目
3層目
⑨重症度等
②MDCにおける分類
⑧副傷病名
③入院目的(今回は使用しない)
④年齢・出生時体重等
⑦手術・処置等2
⑤手術
⑥手術・処置等1
Fig. 1 DPC データ構造
され,併せて「入院日」と「点数」
(入院日に応じた1日あたり包括点数)が記載されている.
しかし,すべての医療行為が包括されているわけではなく,医科点数表で出来高算定するもの
も多数ある.つまり,包括払い制度では,包括点数と出来高点数を組み合わせて診療報酬の請
求を行う.具体的には,医科点数表の入院基本料や検査,画像診断,投薬,注射など,病院の
運営に要する「ホスピタルフィー的要素」の費用は 1 日あたり包括点数に含まれ,手術や内視
鏡検査など医師の専門的な技術を要する「ドクターフィー的要素」の費用は,出来高で算定す
る仕組みになっている.
2.4
導入目的・メリット・デメリット
DPC 制度を導入することにより,医療費の抑制と,医療の平準化を図るのが目的である.
医療費の抑制の点では,包括払い制度は従来の出来高払い制度に比べ,収益率が高いが,入
院期間が長くなるほど病院が得られる診療報酬が減ってしまう.そこで,医療機関は医療の質
を上げて効率的に短期間で治療し収益率を高めようとする.そのことから,患者は,治療期間
が短くなり,医療費の負担が軽減するというメリットがある.また,包括評価のため,過剰検
査や過剰投薬などの問題が起きなくなる.しかし,医療機関が経営効率を重視した場合,患者
の早期退院を促したり,質の低い医療を提供するなどの問題が発生する.実際に,平均在院日
数は減少しているが,再入院率が増加しているのが現状である.
医療の標準化の点では,全国の病院が同じ形式でデータを提出することによって,同条件下
で比較することが可能となる.そのことにより,病院側は全国の病院から見た自院のランキン
グや改善点を検討することが可能となる.また,患者側も,各疾病に強い病院や質の良い病院
を選択することも可能となる.
提案アプリケーションの概要
3
本章では提案アプリケーションに用いる,疾患データベースを用いた病気診断と,DPC を
用いた病院評価,更に推薦方法の概要を述べる.
3.1
疾患データベースを用いた病気診断
病気診断では患者から多くの情報を引出し,診断しなくてはならない.そのため,ユーザー
の回答から推測される病気に関する質問を作成し,病気の候補を絞っていく必要がある.そこ
で,疾患データベースを用いることで症状や発症原因などの情報を引き出す質問項目を作成
することが可能となると考えられる.そのことにより,従来よりも正確な病気診断が可能とな
ると考えられる.
3.2
DPC を用いた病院評価
厚生労働省が公開した DPC データを用いて病院を評価する.これらのデータは全国の病院
が同じ形式で作成しているため,同条件下で比較が可能である.そのため,提案アプリケー
ションを作成する際,病院を推薦する際の評価基準として最適であると考える.用いるデータ
は,
「在院日数の平均の差 MDC 別」,
「退院時転帰の状況」,
「再入院の状況」,
「疾患別・手術
別集計」,
「再入院・再転棟医療機関別集計」の 5 つである.以上のデータを解析することによ
り,
「各 MDC・分類別の受け入れ件数」,
「患者の在院日数」,
「入院後の予期せぬ合併症発率」,
「患者の退院時の状況」,
「再入院の原因」などが分かる.以上の 5 つのデータは「患者を集め
る力・各 MDC に対処できる力」と「病院の質」の 2 つの病院評価に用いる要素に分類でき
35
る.この解析結果を用いて病院評価と比較を行うことを考えている.
4
提案アプリケーション開発の状況
現状では,Web フレームワークに Django,データベースに MySQL,web ページに HTML2
を用いて疾患データベースとデータベースと連動した問診アプリケーションを開発した.質問
作成にはユーザーが選択した症状が含まれる疾患をデータベースから抽出し,その抽出した
疾患から更に質問を作り出すプログラムを用いている.結果の表示までの流れを Flow1-4 と
Fig. 2 に示す.
Flow1. 症状のある部位を選択
Flow2. 症状を選択 (複数選択可)
Flow3. Flow2 で選択した以外に症状があれば選択.なければ「他にない」を選択
Flow4. 選択された症状から病気の候補と受診科が挙げられる
(a) Flow1
(b) Flow2
(c) Flow3
(d) Flow4
Fig. 2 問診アプリケーションの流れ
5
今後の展望
現在の開発状況では,問診の質問項目が多く使いづらい.そのため,負担をかけず,ユー
ザーから更に多くの情報を引き出せるように質問項目の作成や問診方法を検討していく必要
がある.そして,GoogleMap を用いて病院検索を行い,検索結果から DPC を用いて病院評
価を行いたい.しかし,全ての病院 DPC 対象病院ではないので,対象外の病院への対処を検
討する必要がある.また現段階の web アプリケーションでは,プログラムの結果を簡単に表
示するだけだったので,JavaScript3 や CSS4 を用いて,ユーザー使いやすい問診アプリケー
ションにしなければならない.
将来の展望として,疾患データベースの情報を拡大,詳細化するために Linked Open Data
の技術を組み込みたいと考えている.また,疾患だけではなく病院検索にも用いられ,病院の
施設や周辺の情報など様々な用途に応用しようと考えている.
参考文献
1) Dpc はやわかりマニュアル (2014 年 4 月改訂).
http://medical.mt-pharma.co.jp/support/dpc-manual/pdf 2014/dpc all.pdf.
2 Hyper
Text Markup Language の略.Web 上の文書を記述するためのマークアップ言語である
上でインタラクティブな表現をするために開発されたオブジェクト指向のスクリプト言語
4 Cascading Style Sheets の略.web ページのスタイルを指定するための言語
3 web
36
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
大腸腹腔鏡手術動画における腸間膜内走行血管の
強調表示システムの構築
田中 那智
Nachi TANAKA
背景:大腸腹腔鏡手術においては視野が狭く血管の視認性も悪いため医師の負担が大きく高い技術を要する.
研究目的:腸間膜に埋没している腸間膜内走行血管を画像処理によって強調し,医師の負担を減らす.
発表の位置づけ:小型のマシン内にシステムを構築し,内視鏡に接続して強調が行えるようにする.
方法:フィルタシステムに既存システムのフィルタを追加し,マシンに搭載する.
結果:バイラテラルフィルタをフィルタシステム内に作成した.
1
はじめに
近年の癌の増加に伴い,より患者への負担の少ない外科用内視鏡 (腹腔鏡) を用いた治療が
増加している.腹腔鏡手術とは,腹部に 3cm 程度の穴を開け,腹腔鏡と呼ばれる内視鏡を挿
入してモニタを観察しながら手術を行うものである.従来の開腹手術のように腹部を大きく
切開することなく小さな穴をあけるだけであるため,傷が小さい.そのため術後の痛みも少
なく,回復も早いという利点がある.このような利点がある一方で,通常の開腹手術より視
野が狭いため手術時間が長くなり,出血時には対処が困難であるという欠点もある.特に大
腸癌に対する腹腔鏡手術では血管の視認性が問題となる.大腸は腸間膜と呼ばれる二重膜で
つながっており,その二重膜の間に血管 (腸間膜内走行血管) が走行し,大腸への血液供給を
行っている.腹腔鏡画像を Fig. 1 に示す.Target vessel は強調を目的とする腸間膜内走行血
管,Superficial vessel に多く存在する細い赤色の血管が表在血管である.全体的にオレンジが
かったような色をしている Fat が腸間膜に蓄積した脂肪である.治療の際には腸間膜内走行血
管を探し出さなければならないが,二重膜の間に脂肪が蓄積し,その脂肪に血管が埋没してし
まう場合が多く,視認性が低下している.血管を強調するためには造影剤を注入したり,特殊
な機器を用いる必要があり,患者へのデメリットやコストがかかるのが現状である.本研究は
これらのデメリットをなくすため,既存の腹腔鏡のまま,画像に対して処理を行うことで血管
強調を行うことを目的とする.
2
提案システム
このシステムでは以下の手順で処理を行う.
1. 学習画像の RGB 分離
2. 各色成分に対して 2 回の平滑化処理
3. 画素値反転処理
4. 3 × 9 の矩形構造要素を用いたオープニング処理で 8 枚の各度成分画像を生成
5. 8 枚の画像の同じ位置のピクセルの最小値を新たな画素値として画像を生成
6. 画素値反転処理
7. RGB 合成
8. RGB 色空間から HSV 色空間へ変換
9. 腸間膜領域から 500[pixel] 抽出し,H 成分の範囲決定
10. 腸間膜領域から 500[pixel],腸間膜内走行血管から 500[pixel] 抽出し,重回帰分析
11. 未学習画像に対して,表在血管処理,9 で設定した H による腸間膜領域検出,10 で得
られた式から対象を血管検出
12. 検出画像を現画像に重ね合わせて表示
37
Fat
Target vessel
Superficial vessel
Fig. 1 腹腔鏡画像
Fig. 2 システムの流れ
ここで,9 と 10 は学習データを作成しており,未学習データはそれらの段階を行わない.こ
れより,行っているいる処理について述べる.
このシステムの手法の流れを Fig. 2 に示す.また以下に,それぞれの手法について詳しく
述べる.
2.1
バイラテラルフィルタによる平滑化
バイラテラルフィルタとは,平滑化に用いられるガウシアンフィルタに正規分布の重みをか
けたフィルタである.処理前の画素値を f (i, j),処理後の画素値を g(i, j) とすると式 (1) のよ
うになる.
w
∑
g(x, y) =
w
∑
f (i + m, j + n) exp(−
n=−w n=−w
w
∑
w
∑
n=−w n=−w
exp(−
m 2 + n2
(f (i, j) − f (i + m, j + n))2
)
exp(−
)
2σ12
2σ22
m 2 + n2
(f (i, j) − f (i + m, j + n))2
)
exp(−
)
2σ12
2σ22
(1)
w はカーネルのサイズ,σ1 がガウシアンフィルタを制御し,σ2 が輝度差を制御している.バ
イラテラルフィルタはガウシアンで用いたカーネルにさらに重みを変化させる.輪郭をぼかさ
ずノイズのみを除去するために,目的画素との値の差が大きいところは重みを小さく,差が小
さいところでは重みを大きくする.なお本手法では σ1 = 50,σ2 = 100 を用いる.
2.2
オープニング処理と最小値取得による表在血管の削除
Fig. 1 の画像でそのまま血管の強調処理を行うと対象血管だけでなく表在血管まで強調し
てしまい,観察が困難な画像になってしまう.従って,表在血管を削除することで,対象血管
のみの強調表示を行いやすくする.表在血管の削除にはモルフォロジー演算のオープニング
処理を用いる.オープニングの処理の流れを Fig. 3 に示す.この処理は構造要素と呼ばれる
擬似的な血管テンプレートを用いて,該当する部分を抽出する処理である.本手法では 3 ×
9[pixel] の構造要素を用いた.これを 0◦ から 22.5◦ ずつ 157.5◦ まで傾けながらそれぞれオー
プニング処理を行うことで,それぞれの角度に走行している血管を抽出する 1) .これにより
8 枚の角度成分画像が得られる.次にそれぞれの角度成分画像の同じ位置の最小画素値を取得
し,新たな画像を生成する.これにより表在血管を削除した画像が得られる.
38
Image
Opening
480pixels
720pixels
0°
22.5°
45°
67.5°
90°
112.5°
125°
157.5°
Structuring element
3pixels
9pixels
Rotation from 0° to 157.5°
every 22.5°
Fig. 3 オープニング処理の流れ
(a) 腹腔鏡画像
(b) 処理結果画像
Fig. 4 既存手法を用いた腸間膜内走行血管強調結果
2.3
HSV 色空間における腸間膜領域と腸間膜内走行血管の候補の検出
得られた表在血管削除画像を RGB 色空間から HSV 色空間に変換する.通常,画像は RGB
色空間で表現される.しかし,より人間の色認識に近い HSV 色空間に変換することで色情報
を用いた処理が容易に行えることが知られている 2) .腸間膜内走行血管の検出は腸間膜領域
を特定しその領域内で行う.腸間膜領域の検出法はまず,学習画像における腸間膜領域から
500[pixel] ずつ抽出し,H(Hue:色相) 成分を取得する.次にこれを用いて腸間膜領域の H 成
分の分布を調べることで H の範囲を目視で設定し,領域検出を行う.これにより抽出された
腸間膜領域内で,腸間膜領域,対象血管から 500[pixel] ずつ抽出し,H,S(Saturation:彩度),
V(Value:明度) 成分を抽出する.この 3 次元データにおいて重回帰分析を行い,境界面の式
を決定する.この式を未学習画像に適用し,画像内の各ピクセルが対象血管か否かを判定す
る.これを原画像に重ね合わせたものを強調画像とする.
3
既存手法の問題点
腹腔鏡画像とそれを既存手法によって処理した画像を Fig. 4 に示す.
Fig. 4(b) における灰色がかった部分が強調された部分,丸で囲んだ部分が対象血管として
認識しなければならない領域である.よって,認識すべき対象血管は全て検出できていること
がわかる.しかし丸で囲んだ部分以外にも,対象血管ではない部分が多く検出され,強調され
ている.これらの誤検出を減らすよう改善していく必要がある.また,Fig. 5 は Fig. 4 とは
異なる患者の腹腔鏡画像に対して Fig. 4 の患者による学習データを使用して血管強調処理を
行った結果である.患者により脂肪の色など個人差が大きいため,丸で囲んだ強調すべき部分
が強調できていないことがわかる.このように同じ重回帰分析の境界面では検出できない場
合がある.そのため現段階では患者毎に学習を行わなければならない.この問題についても,
すべての患者に対応できるよう改善する必要がある.
39
Fig. 5 個人差による失敗例
4
卒業論文作成までの目標
短期目標として,実行時に使用するフィルタを選択しフィルタの追加も自由に行えるプログ
ラムに既存の腸間膜内走行血管強調プログラムを複数のフィルタとして組み込み,Windows
を搭載した小型のマシンでの動作環境を構築する.すなわち,内視鏡にこのマシンを接続する
と処理が行えるようにする.現在はバイラテラルフィルタをこのフィルタシステムへの追加を
行った.順次,オープニング処理などのフィルタを作成,追加していく.またその環境が整い
次第,実用性を高めるため実際に直接医師と相談し,誤検出の減少と患者間の個人差への対応
を進めてくことを現段階の目標とする.
5
まとめ
腹腔鏡を用いた手術では,患者への負担が少ないなどの利点に対し,視野が狭い,出血時の
対応が困難という欠点もあり血管の視認性が問題となる.そこで本研究では腸間膜内走行血
管の強調画像表示システムの構築を行う.既存手法では,表在血管以外の強調すべき腸間膜内
走行血管を表示すことが可能であるが,誤検出も多く見られる.また患者毎に個人差があり,
患者毎に学習を行わなければならない.
今後はまず windows を搭載した小型のマシンに動作環境を構築し,既存のシステムをフィ
ルタシステム内で再構築することを短期目標とする.卒業論文作成までに医師と連携して誤
検出を減らし,患者毎に学習しなくてもよいシステムを作成する.
参考文献
1) A. BUYANDALAI, 内山良一, 畑中裕司, 村松千左子, 原武史, 藤田広志. モルフォロジー
フィルタバンクを用いた眼底画像における血管抽出. 電子情報通信学会技術研究報告, Vol.
110, No. 364, pp. 105–108, 2011.
2) 松橋聡藤本研司, 中村納, 南敏. 顔領域抽出に有効な修正 hsv 表色系の提案. テレビジョン
学会誌, Vol. 49, No. 6, pp. 787–797, 1995.
40
第 37 回 月例発表会(2014 年 09 月 01 日)
医療情報システム研究室
MOCS
後藤 優大
Yudai GOTO
長谷川 由依
Yui HASEGAWA
宮嶋 めぐみ
Megumi MIYAGIMA
伊藤 千幸
Chiyuki ITO
村上 晶穂
Akiho MURAKAMI
下村 絵美子
Emiko SIMOMURA
堀 真弓
Mayumi HORI
Abstract 我が国の交通情勢は悪化し,交通渋滞だけで 12 兆円の損失など厳しい状況にある.近
年,物流システムの効率化,車両位置の把握,配送状況を把握した運送管理システムが注目されていて,
多くの運送事業者で利用されている.従来は車両運行中でのドライバー操作が必要であったが.警察庁
が推進する MOCS を利用すれば,自動的に車両位置を把握することができる.本稿では MOCS の原理,
特徴について取り上げた.そして実際の使用例と共に今後の展望をまとめた.
1
はじめに
我が国における交通情勢は悪化し,年間交通事故数が毎年増え続け死者 1 万人に達したり,
交通渋滞だけで 12 兆円の損失など厳しい状況にある.近年,交通情勢の問題を解決するため
に,人,道路,車両など交通に関するすべてを一体と捉え,情報通信技術,エレクトロニクス
技術,その他の科学技術を導入し,互いに連携をとりつつ高度化していこうとする高度道路交
通管理システム (Intelligent Management System:ITS) の研究・開発・実用化が進められてい
る.ITS に関する研究開発は,日本をはじめ,ヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国等の先進国で
積極的に行われている 1) .その中,運送業界においては,顧客ニーズの多様化に対応するた
めに,時間指定宅配便,配送確認,共同配送,特殊貨物輸送など多種多様な運送形態を取って
きている.流通形態が複雑化するなか,物流システムの効率化を図るため,運送管理システム
が重要視されてきている 2) .本稿では ITS のシステムの内の一つである最新の運送管理シス
テムである Mobile Operate Control System(MOCS) について記述する.
2
ITS
ITS とは,最先端の情報通信技術を用いて,人と道路と車両とを情報でネットワークするこ
とにより,交通事故,渋滞などといった道路交通問題の解決を目的とした新しい交通システ
ムである.ITS の進展に伴い,カーナビゲーションシステム,ETC などが先駆的に実現され,
カーナビによる利便性・ 安全性向上や ETC の普及による料金所渋滞の減少,多様な料金施策
の実現など, ITS による安全で円滑な道路交通や生活環境の改善など,様々な効果が現れ始
めている 3) .さらにこれからは、個々のサービスが連携・融合し、これまで解決が困難であっ
た様々な社会的課題を解決し, また,より多くの利用者を得ることにより,ITS が深く浸透
し,国民の生活・文化を変革することが期待されている.セカンドステージを迎え ITS を展
開していく上で,近年,警察庁が推進する ITS である新交通管理システム (Universal Traffic
Transport System :UTMS) が注目されている 1) .
3
UTMS
急速な勢いで到達することが確実となっている高齢化社会や障害にやさしい環境つくり,そ
して,世界中で問題となっている CO2 や NOx などの公害問題に対応し,
「安全快適で快適に
41
して環境にやさしい交通社会」の実現を目指している.現在,各種のサブシステムの開発に
伴い,UTMS の発展型である UTMS21(Next Generation Universal Traffic Management:次
世代交通管理システム) が推進されている 1) .UTMS21 は,近赤外線を各システムのキーイ
ンフラとし,個々の車両との双方向通信により,ドライバーに対してリアルタイムの交通情
報等を提供する.高度交通管制システム (ITCS) を中心に,サブシステムとして交通情報提供
システム(Advanced Mobile Information Systems :AMIS),交通車両優先システム (Public
Transportation Priority System :PTPS),動的経路誘導システム (Dynamic Route Guidance
Systems :DRGS),車両運行管理システム (MOCS) ,緊急通報システム (Help system for
Emergency Life saving and Public safety :HELP),交通公害低減システム (Environmental
Protection Management Systems :EPMS),安全運転支援システム (Driving Safety Support
Systems :DSSS),高度画像情報システム (Intelligent Integrated ITV Systems :IIIS) の8つの
システムがある 4) .概要は Table.1 の通りだ
Table. 1 UTMS21
概要
システム名
PTPS AMIS IIIS
公共車両を優先的に運行させる
DSSS
EPMS
IC カードを利用し,自動車の安全走行支援.
気象などを考慮した交通情報を提供する.
MOCS
DRGD
HELP
トラック等の走行位置などを運行管理者に提供.
渋滞,事故,所要時間,画像などの交通情報を適切に提供する.
違法駐車抑止や信号制御を行う.
目的地まで最短時間で到着できる経路を推奨する.
交通事故発生時にセンターを通じを通じ救急車の手配を行う.
その中で,今回車両の現在位置を把握し,荷物到達の管理を行い,荷主や配送先からの問い
合わせに対応することで,サービスレベル及び管理レベルの向上を図ることを目的としてい
る MOCS について検討してみた.
MOCS の概要
4
Mobile Operation Control System の頭文字を取って MOCS と呼ばれている.運送事業者
の車両に,光ビーコン (光学式車両検知器) との通信を行う車載装置を搭載し,車両が光ビー
コンの下を通過した場合,光ビーコンは車両の個別 ID を受信し,ITCS を兼ね備えている交
通管理センターに送信する.交通管理センターでは受信した個別ID,受信した時刻,通過し
た光ビーコンの位置等を,運送事業者に送信する,それを基に運送事業者,現在の各車両の運
行履歴等を端末装置の地図に表示し,効率的な車両運行管理を行う.光ビーコンと車載機との
双方向通信機能の活用により,事業者へ車両位置情報を提供するとともに,事業者から車両へ
運行情報を伝達し,トラックなどの業務用車両の効率的な運行を支援し物流の効率化を図る.
従来は,運行管理を行おうとする事業者自身が,高価な車載装置を各車両に整備するととも
に,本社,支店あるいは道路上などにこれを受信する無線機などを整備する必要があったが,
このシステムでは,各車両に整備する安価な車載装置と交通管理センターとの間の通信料金
程度の負担で,安価に車両位置情報の収集が可能となった 1) .
4.1
光ビーコン
光ビーコンとは,近赤外線を媒体とし,交通情報を得るための装置で,走行車両の車載装置
との双方向通信機能と車両感知機能の両方を持っていて,新しい交通管理システムを構築する
ために重要な役割を担う装置である 5) . 光ビーコンは投受光器と制御機からなり,道路の各
車線のちょうど真上で地上から 5.5 mの位置にポール等を用いて投受光器を設置し,道路脇に
制御機を取り付ける.投受光器は走行車両の車載装置との双方向通信や車両感知を実施し,得
42
た情報を制御機が交通管制センターに送信する. 光ビーコンがリアルタイムの交通情報を送信
することで, より精度の高い交通情報を得ることができる.投受光器と車載装置の双方向通信
は,指向性の高い近赤外線技術でなされており,走行車両間で通信を相互干渉しない.また,
高速かつ大容量のデータ通信ができ,時速 0∼120km の走行車両の存在検出が可能である 4) .
光ビーコンから車載器へ情報を伝達する通信回線をダウンリンク (Down-Link:DL),車載器か
ら光ビーコンへ情報を伝達する通信回線をアップリンク (Up-Link:UL) という.光ビーコンの
基本機能は,UL は伝送速度 64Kbps で伝送容量 276B であり車両の光ビーコン間の旅行時間
や位置情報の伝達などであり,DL 情報は,伝送速度 1024KB で伝送容量 10KB であり光ビー
コン設置区間の道路情報などが送信可能となっている.データ容量の詳細は車両 ID20byte 時
刻 4byte 緯度 4byte 経度 4byte となっている 5) .また,小型で設置や取扱いが容易なうえ,
設置費用が安価で, 電波法上の免許が不要であることが光ビーコンのメリットとなっている.
光ビーコンは 2011 年末時点で日本に 5 万 4 千基設置されている 6) .
光ビーコン
双⽅向通信
Fig. 1 双方向通信
MOCS の運用例
5
5.1
京阪バス
京阪バスは大阪府警察本部の協力の下,枚方高槻線に MOCS を導入している.当路線では,
平成 14 年 3 月に大阪府警察本部・大阪府・地方自治体の協力により,高槻方面ゆき区間でバ
ス専用レーンの設置や,バスに車載器を搭載し,バスが光ビーコンの下を通過した際に,専門
ID を受信し,ITCS がバスがこの先の信号で停止することなく走行できるよう,優先的に通
過できるよう信号を制御する「公共車両優先システム (PTPS)」を導入し,定時性の確保等に
効果をあげることができた.さらなる利便性の向上を目指し MOCS を導入した.警察本部が
道路上に設置した光ビーコンから集めた情報 (バスの走行位置及び通過時刻)を利用して,旅
客サービスの向上をはかっている 7) .
5.2
千葉ニュータウン
千葉ニュータウンは MOCS と救急車が緊急走行する際,信号機制御で交差点を優先的に
通過させる現場急行支援システム(FAST)を統合させたシステム M-MOCS(Medical Mobile
Operation Control System) を千葉県警の主導により,国道464号と296号,県道佐倉印
西線の路線約 27 区間において,全国に先駆けて平成 16 年 3 月から導入・運用している.シ
ステムでは,救急車に光ビーコンとの通信を行う車載装置を搭載し,車両が光ビーコンの下を
通過した場合,光ビーコンは車両の個別 ID 等を受信し,交通管制センターに送信する.交通
管制センターは,救急車の出向方向の信号機を優先制御するとともに,救急車の名称,通過時
刻,通過位置等を,救急患者が搬送される病院に送信する.これにより病院では,救急車の現
在位置と時刻を把握することができ,効率的な救急患者の受け入れ準備が可能となる.また,
傷病者搬送時間の短縮が図られた他,運転に従事する救急隊員の負担軽減にも効果を発揮し
ている 8) .
43
6
展望
光ビーコンは,感知エリアの全領域に対して一斉に光を照射してその反射レベルの変化によ
り,車両の存在を検知する方法を用いているので,車両が感知エリアへ進入あるいは出ようと
している過程で車両の一部がエリア内にある場合,受光部で検出する反射レベルには,車両か
らの反射と路面からの反射が重畳されており,検知が遅れたり,車両が完全に感知エリアから
出る前に感知出力がなくなり非感知状態の状態になる.さらには感知エリアの投光に要する
電力が過大なものとなるなどの問題点がある.ここから,車両の一部分でも感知エリアに入っ
たら速やかに探知し,車両が完全に感知エリア外にでたら速やかに非感知状態となることが
でき,投光に要する電力を節電できる光ビーコンの開発を目指したい.この開発を成功させる
ことで,消費電力が減少し,通信料が低くなり,より多くの人に MOCS が活用されていくで
あろう 9) .
7
まとめ
交通情勢の問題を解決するために,警察庁が推進する ITS である UTMS21 は ITCS を中心
とした 8 つのサブシステムがある.その中の車両運行管理を行う MOCS というシステムは光
ビーコンを使い車載器との双方向通信により ITCS に位置情報を送り,そこから,車両の事業
者に車両位置を伝えるシステムである.UTMS21 のサブシステムと連携することで物流の効
率化を図っている.通信料の低下で利用者が増えていくであろう.
参考文献
1) 警察庁交通局. 仮想化の基本と技術, pp. 73–120. 都市交通問題調査会, 警察による ITS,
1998.
2) 知加良盛, 菊池 保文久保田 浩司. 車両運行管理プラットホームの検討, 参照:2014/4/10.
3) 国土交通省. 交通分野の ict 化.
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/hakusho/h20/html/j2912000.html,
参照:2014/4/10.
4) UTMS 協会. Utms society of japan.
http://www.utms.or.jp/index.html,
参照:2014/4/10.
5) 葉山幸治, 白永英晃, 三宅一正, 谷口裕一. 通信容量を拡大した高度化光ビーコンの開発, 参
照:2014/4/10.
6) KDDI 株式会社. Designing the future kddi.
$http://www.kddi.com/yogo/%E9%80%9A%E4%BF%A1%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%
E3%82%B9/%E5%85%89%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%B3.html$,
参照:2014/4/10.
7) 京阪バス. こころの町をつくろう keihan.
http://www.keihanbus.jp/index.html,
参照:2014/4/10.
8) 医療連携支援センター. 救急搬送支援システム(m-mocs).
http://hokuso-h.nms.ac.jp/toin/tokushoku/m-mocs.html,
参照:2014/4/10.
9) 関憲三郎. 米国特許情報 光学式車両感知器.
http://www.patentjp.com/07/R/R100007/DA10538.html,
参照:2014/4/10.
44
Fly UP