...

パブリシティ権の諸論点

by user

on
Category: Documents
26

views

Report

Comments

Transcript

パブリシティ権の諸論点
パブリシティ権の諸論点
パブリシティ権の諸論点
〜パブリシティ権に関する契約上の留意点を中心に〜
会員
香田
常克※
要 約
平成 24 年 2 月 2 日に最高裁にて,
「ピンク・レディーパブリシティ事件」に関する判断が下された。当該
判断は,いわゆるパブリシティ権侵害の成立範囲を明確にするもので,有名人の肖像や氏名,著名な芸名等を
使用する事業に少なからずインパクトを与えた。本稿では,権利侵害の成立範囲だけでなく,現時点で結論が
不明確な論点を含めたパブリシティ権一般に関する諸論点を取り上げ,特にライセンスを受ける側の視点か
ら,網羅的に考察を加えるものである。なお,パブリシティ権については,立法的手当もなく,本稿内での考
察に一部私見が含まれている点,悪しからずご了承いただきたい。
する州とに分かれている。
目次
Ⅰ.権利の成り立ち
2008 年 3 月 31 日,マリリン・モンローの肖像権を
1.パブリシティ権の成り立ち
めぐる訴訟において,米ロサンゼルス連邦地裁が,既
2.日本における取扱いと現状
にマリリン・モンローの肖像権は消滅しており,マリ
Ⅱ.法的性質の概要
リン・モンローの遺産管理団体に使用料を支払う必要
Ⅲ.定義,対象,物のパブリシティ権
1.パブリシティ権の定義
はないとの判決を言い渡した(その後 2012 年 9 月の
2.パブリシティ権の対象
上級審でも同様の判断が下される。)。ニューヨーク州
3.契約ドラフトに当たって
民の肖像権(ニューヨーク州民権法 51 条は,「広告商
4.物のパブリシティ権
業目的のために自己の氏名・肖像・声を,書面による同
(1) ギャロップレーサー事件判決前
(2)「物」の利用に関する注意点〜想定事例 1〜
意なく使用している者に対して,差止め及び損害賠償
(3)「物」の利用に関する注意点〜想定事例 2〜
の請求を認める。」と定める。)は死亡時に消滅すると
(4) ギャロップレーサー事件判決(最高裁平成 16 年 2 月 13 日)
されており,連邦地裁はマリリン・モンローがニュー
Ⅳ.権利主体,譲渡性,相続性
ヨーク州民であったと判断し,上記の通りに結論付け
1.権利主体
たという。マリリン・モンローの遺産管理団体は,マ
2.パブリシティ権の譲渡性
リリン・モンローの自宅がカリフォルニア州にあった
3.パブリシティ権の相続性及び保護期間
として,肖像権が死後も認められると反論していた。
Ⅴ.差止請求の可否,保護範囲と限界
1.パブリシティ権に基づく差止請求の可否
マリリン・モンローの遺産管理団体は,相続税負担を
2.パブリシティ権の保護範囲とその限界
軽減するために,ニューヨーク州を居住として申請し
(1) 従来の学説
(2) ピンク・レディーパブリシティ事件(最高裁平成 24 年 2 月 2 日)
ていたため,
これが裏目に出たとの報道がなされている。
Ⅵ.清廉潔白義務
2.日本における取扱いと現状
Ⅰ.権利の成り立ち
人気のあるタレントやプロ・スポーツの選手等の氏
(1)
1.パブリシティ 権の成り立ち
名や肖像が,パブリシティ権と呼ばれる財産的権利で
パブリシティ権(right of publicity)は,米国におい
あることは,昭和 51 年東京地裁判決で示されて以来,
てプライバシー権からスピンアウトして独自に発達し
多数の裁判例で承認されている(2)。平成 3 年「おニャ
た権利である。米国では州毎に規律されているため,
州法によって明文上認める州と,判例法によって保護
パテント 2013
※
− 30 −
株式会社トーセ
経営管理本部
経営企画部
Vol. 66
No. 13
パブリシティ権の諸論点
ン子クラブ事件」東京高裁判決は,パブリシティ権が
Ⅲ.定義,対象,物のパブリシティ権
1.パブリシティ権の定義
「氏名や肖像の顧客吸引力が有する経済的利益及び価
・人格権説に従う場合
値をコントロールする排他的権利」であることを明示
→「自己の氏名や肖像の有する財産的価値をコン
したように,パブリシティ権は我が国において法的に
トロールする排他的権利」
確立された状態でありながら,その立法的手当がなさ
・財産権説に従う場合
れていない。そのため,学説上もその根拠や定義,各
→「自己の氏名や肖像その他の顧客吸引力のある
論点についての結論及び理論構成が論者により異なる。
個人識別情報の有する経済的価値を支配する権
以上のような状況下では,パブリシティ権に対する
利」
国民の規範意識は低いと言わざるを得ず,氏名や肖像
等を無断使用する例が多発しており,いわゆる「生写
・契約書をドラフトする場合には,
真」と呼ばれる人気タレント・人気選手の写真,又は
パブリシティ権(right of publicity)=「人に備わっ
それらを利用した商品等が,観光地において又は祭事
ている,顧客吸引力を中核とする経済的な価値(パブ
のどさくさに紛れて無許諾のまま製造・販売されてい
リシティ価値)及び利益を排他的に支配する財産的権
る場合が多々ある。また,情報通信技術の発達に伴
利」と定義するのが穏当であると思われる。
い,例えば,動画投稿サイト You tube や各人のブロ
グ等,インターネット上でのパブリシティ権侵害の機
2.パブリシティ権の対象
会も飛躍的に増加している。
これを漫然と放置すれば,業界慣習として確立して
Q
パブリシティ権の保護対象は,氏名・肖像に限られるの
いる商品化権(具体的には,著作権法,商標法及び不
か?それとも,氏名・肖像以外の他の情報も含まれるの
正競争防止法による保護)の保護範囲や解釈に悪影響
か?例えば,声等はどうか?
を及ぼす可能性もある。これを防ごうと,肖像パブリ
顧客吸引力を有するものであれば,音声や動画等も
シティの啓蒙活動を進める「肖像パブリシティ権擁護
含まれる。逆にこれを含まないとしてしまうと,例え
監視機構」が存在する。
ば,インターネット上での著名人の動画を組み込んだ
Ⅱ.法的性質の概要
サイトについて,パブリシティ権侵害を主張できない
〜法的性格〜
ということになるが,結論として妥当ではない。
人格権説 vs 財産権説
物のパブ
差止の
譲渡 相続
リシティ
可否
性 性
権の是非
人格権説 人格権に根付くもの × ×
×
○
人格権から離れた財
財産権説 産としての価値に根 ○ ○
○
×
付くもの
3.契約ドラフトに当たって
概要
Q
契約書において,パブリシティ権の対象をどのように定
義すべきか?
その法的性質については,割り切れないものがある。
「(1)本件肖像等
甲の芸名(◎◎◎◎氏),肖像(写
パブリシティ権は「顧客吸引力が有する経済的価
真による静止画だけではなく,動
値」という点で,財産権的であるが,他方,権利の源
画及び図案化されたイラスト等
泉は,著作物や特許発明のような「創作物であること」
を含む。),直筆サイン,音声等,
「新規性・進歩性を有すること」ではなく,あくまで
甲個人の同一性を社会的に確定
「人格権であること」という点に求められる。その意
するものの総称をいう。」
味で,財産権的性質と人権権的性質との両方の性質を
※ライセンスを受ける側(ライセンシー)にとっては,
(3)
持ち合わせた中性的な権利である 。
許諾範囲を広く取った方が良いであろう。特許や意
それゆえに,各解釈において一概に割り切れない場
合が生じており,これが論点になっている。
匠,商標に比べると,明文規定が無いことから権利
範囲が不明確である。従って,顧客吸引力を有する
可能性があるものであれば,できるだけ広く定義し
Vol. 66
No. 13
− 31 −
パテント 2013
パブリシティ権の諸論点
ておくのが妥当であり,仮にこれを一度狭く定義し
なる。
てしまうと,後から定義に含まない肖像素材の使用
①パブリシティ権の源泉が人格権にある以上,物に
パブリシティ権を認める理論的根拠が存在しない。
が必要になった場合,別途変更の覚書でこれを広げ
る必要が生じてしまう。その場合,元の許諾とは別
②経済的価値の侵害に対して,物権的請求権(差止
物であるとして,別途ライセンス料の支払を求めら
請求)を認めるためには,実体法の根拠が必要で
れる可能性が否定できない。
あるが,現在当該実体法が存在しない。
③物にパブリシティ権を認めるとしても,その判断
基準が不明確であり,経済活動の自由への弊害が
4.物のパブリシティ権
大きい。
(1) ギャロップレーサー事件判決前
④物のパブリシティを肯定すると,既存の知的財産
Q
法体系との抵触が懸念される。
ある著名な物を利用する場合,当該物を対象としてのパ
※否定説に立ったとしても,対象物が特定の施設
ブリシティ権許諾契約は必要であろうか?
内に存在する場合には,管理者の施設内で撮
物自体にパブリシティ権が認められるか否か,パブ
影・収録する必要がある。その場合には,管理
リシティ権の法的性質と関連して問題となる。結論か
権(施設の所有権等)に基づく許諾を得る必要
ら言えば,物のパブリシティ権否定説が現在の最高裁
がある点は別である。また,
「物」を借りて,映
の立場であるが,当該最高裁の判断が下されるまで
像を撮影する等,当該「物」の占有を移す,す
(4)
は,下級審レベルで判断が分かれていた 。
なわちレンタルする場合には,レンタル料とし
現在,いわゆる「ゆるキャラ」
「アバター(インター
ての許諾料が必要になるのは,注釈 5 で述べた
ネット上でのコミュニティに用いる自身の分身キャラ
通りである。
クターで,その多くは,サービス提供業者に課金支払
をすることで,オリジナルのものにカスタマイズする
(2)「物」の利用に関する注意点〜想定事例 1〜
ことができる。
)
」等のキャラクターや,犬やネコ等の
動物が,テレビコマーシャルに多数使われる等,その
Q
建築物(東京タワー等)を写真撮影して利用する場合
物自体が保有する顧客吸引力が見逃せない。これを肯
建築著作物であれば,著作権侵害に基づく権利行使をされ
定すると,少なからずライセンス契約締結の必要性が
る可能性は残る(著作権法 21 条乃至 28 条)
。
(5)
高まる 。
しかし,通常の使用方法であれば,問題にならない(46
A.物のパブリシティ権肯定説の理由は以下の通りで
条)。
ある。
それでは,パブリシティ権については,考慮する必要は
①財産権説を徹底し,パブリシティ権の本質を「顧
あるか?
客吸引力」にあると考えた場合,物であっても適
肯定説に従えば,考慮する必要がある事例となる。
用できる。
②著作権法,商標法,不正競争防止法では保護が不
否定説に従えば,考慮する必要は無い事例となる。
十分である。
③実務上,物の所有者から名称や映像の使用許諾を
(3)「物」の利用に関する注意点〜想定事例 2〜
受ける例は多く,
「物のパブリシティ権」は,取引
界において事実上承認されている。
Q
④社会情勢の変化により新たな無体的価値の保護の
著名な鐘の音(例えば,清水寺の鐘の音等)を収録して
利用する場合
必要性が認知されるに至れば,既存の知的財産関
鐘の音自体は,著作物とは言い難い。
連の各法律の保護対象でなくとも,顧客吸引力を
それでは,パブリシティ権については,考慮する必要は
形 成・管 理 す る 者 等 に 権 利 を 認 め る べ き で あ
あるか?
(6)
る 。
B.物のパブリシティ権否定説の理由は以下の通りと
パテント 2013
− 32 −
肯定説に従えば,鐘の音が判別可能であり,顧客吸
Vol. 66
No. 13
パブリシティ権の諸論点
引力を有することを条件に,考慮する必要がある。し
し,その権利の保護を図っているが,その反面として,
かし,通常,需要者たる一般人をして,鐘の音が判別
その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自
可能であるとは言い難いことが多く,肯定説に立つと
由を過度に制約することのないようにするため,各法
しても,真に許諾が必要な事例であるとは考えにくい。
律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,
消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,
(4) ギャロップレーサー事件判決(最高裁平成
限界を明確にしている。
上記各法律の趣旨,目的にかんがみると,競走馬の
16 年 2 月 13 日)
プライバシー権,肖像権と同様に,人格権に根ざし
名称等が顧客吸引力を有するとしても,物の無体物と
た権利である,と解釈すれば,物にパブリシティ権が
しての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用
認められないとの結論に親和性がある。
につき,法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排
この点,ギャロップレーサー事件判決(最高裁平成
他的な使用権等を認めることは相当ではなく,また,
16 年 2 月 13 日)によって以下の通り各論点の結論が
競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成
明らかにされた。
否については,違法とされる行為の範囲,態様等が法
令等により明確になっているとはいえない現時点にお
Q
いて,これを肯定することはできないものというべき
所有権は物(本件では馬)の名称等の支配についてまで
及ぶか?
(7)
である。したがって,本件において,差止め又は不法
行為の成立を肯定することはできない。
「1 審原告らは,本件各競走馬を所有し,又は所有し
なお,原判決が説示するような競走馬の名称等の使
ていた者であるが,競走馬等の物の所有権は,その物
用料の支払を内容とする契約が締結された実例がある
の有体物としての面に対する排他的支配権能であるに
としても,それらの契約締結は,紛争をあらかじめ回
とどまり,その物の名称等の無体物としての面を直接
避して円滑に事業を遂行するためなど,様々な目的で
排他的に支配する権能に及ぶものではないから,第三
行われることがあり得るのであり,上記のような契約
者が,競走馬の有体物としての面に対する所有者の排
締結の実例があることを理由として,競走馬の所有者
他的支配権能を侵すことなく,競走馬の名称等が有す
が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用
る顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面におけ
することができることを承認する社会的慣習又は慣習
る経済的価値を利用したとしても,その利用行為は,
法が存在するとまでいうことはできない。」
競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきで
ある(最高裁昭和 58 年(オ)第 171 号同 59 年 1 月 20
Q
日第二小法廷判決・民集 38 巻 1 号 1 頁参照)。
ギャロップレーサー事件の事案において,知的財産権侵
害を介さずに,直接民法 709 条により不法行為が成立する
可能性は(8)?
本件においては,前記事実関係によれば,1 審被告
は,本件各ゲームソフトを製作,販売したにとどまり,
本件各競走馬の有体物としての面に対する 1 審原告ら
調査官解説によれば,ギャロップレーサー事件の場
の所有権に基づく排他的支配権能を侵したものではな
合,他の法律構成による不法行為の成立についても,
いことは明らかであるから,1 審被告の上記製作,販
以下の事情から認められる余地が無いとされる(9)。
売行為は,1 審原告らの本件各競走馬に対する所有権
①馬主は,競走馬の名称等を利用した商品化等の営業
活動を行っていない。
を侵害するものではないというべきである。
」
②競走馬の名称使用について何らかの利益を有してい
Q
たとしても,それは名称利用者と契約を締結すれば
物(本件では馬)にパブリシティ権は認められるか?
何らかの使用料が得られるであろうという,一般
「現行法上,物の名称の使用など,物の無体物として
的・抽象的かつ潜在的な期待に留まる。
の面の利用に関しては,商標法,著作権法,不正競争
③専ら馬名の顧客吸引力を使用する目的とはいえな
防止法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の
い。パンフレットに「トウカイテイオー」と表示し
者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与
たことを除けば宣伝広告に利用していないこと,
Vol. 66
No. 13
− 33 −
パテント 2013
パブリシティ権の諸論点
ゲーム固有の顧客吸引力(ゲームの面白さ)が認め
が,タレントの場合には,現実には芸能事務所等の管
られ,現実感を増すために実名の馬名を使用した側
理者(大手芸能プロダクション,タレント自身で設立
面が多分にあること,1,000 頭登録されている個々
した事務所,著名人が未成年者である場合には,当該
の馬名の顧客吸引力は非常に希薄であること等は,
未成年者の両親が設立した会社等)が介在する。
「タレントのパブリシティ権を事務所(プロダク
このことを裏付ける事情である。
④個々の競走馬の顧客吸引力というよりも,競馬全体
ション)に譲渡する」といった契約をプロダクション
の状況設定が利用されたにすぎず,個々の競走馬の
サイドとタレントサイドで締結している場合を間々見
所有者の経済的利益を保護する積極的理由は見出し
受け,また,当該パブリシティ権を譲り受けている旨
難い
(10)
発言している事務所も存在する。
。
この点,後述の譲渡否定説を前提とすると,「譲渡」
⑤競馬の状況設定をもとにゲームソフトという新しい
価値を生み出していることに鑑みると,従来の下級
契約は無意味,法的には無効,になるものと考えられ
審判例の流れからしても,民法 709 条による救済も
る。但し,当該条項が一切の意味を持たないという意
困難な事例であった
(11)
。
味ではなく,当事者意思を合理的に解釈して,当該条
項は,タレントのパブリシティ権の「使用許諾」又は
以上の通りであり,パブリシティ権否定説が最高裁
に支持された。では,前述のキャラクターや,犬やネ
「管理」条項であるという意味に捉え,その範囲内で有
効であるとの解釈が可能であると考える。
コ等の動物が保有する顧客吸引力はどのように保護す
るべきか。これについては,商標法や不正競争防止法
グループや団体の場合の名称の場合はどうか?
での保護を図るしかないと思われる。商標での保護を
意図していなかった場合,周知混同表示,著名表示に
Q
SMAP や嵐,AKB48 等のアイドルグループのグループ
関する不正競争防止法 2 条 1 項 1 号及び 2 号の役割は
名称は,グループ自体に帰属するのか,個々のメンバーに
極めて重要になると考えられる。
共有帰属するのか?
また,否定説の理由③にもある通り,実務上,物の
グループ自体は,法人でも民法上の組合でもないと
所有者から名称や映像の使用許諾を受ける例は多い。
これは,万が一揉めた場合に事業を止めざるを得な
考えられる。この点,経済的実体を重視し,権利能力
かったり,継続したとしてもその評価が落ちてしまっ
なき社団として,権利主体性を認めることも考えられ
たりすることを懸念しての対応である。
なくはないが,権利能力なき社団(12)としてまでの実体
しかし,許諾を申し込んだ結果,支払う必要の無い
があるのか相当に疑問がある。
使用料を支払うことになるといった「やぶ蛇事例」に
従って,個々のメンバーに共有帰属すると考えるが
なり得る。パブリシティ権に関する知識が,許諾を与
妥当であると思われるが,その場合に,特許法 73 条や
える側及び受ける側の双方にあれば,このような「や
著作権法 65 条の等の知的財産権に関する特別法の共
ぶ蛇事例」は生じ得ないが,明文無く,判例法理での
有に係る規定が準用又は類推適用されるのか,はたま
みパブリシティ権が承認されている現状では,実務の
た一般法である民法の共有規定が適用されるのか,疑
対応を厳しくは糾弾できない。
義が残る。
著作権法を準用又は類推適用するのであれば,著作
Ⅳ.権利主体,譲渡性,相続性
権法 65 条 2 項に従うと,アイドルグループの単一メ
1.権利主体
ンバーが単独でグループ名称の使用を第三者に許諾す
「著名人」本人である(∵顧客吸引力を有することが
ることはできない。
民法の共有の規定は,
「所有権以外の財産権」に準用
前提であるため)
されるため(民法 264 条「準共有」),民法が適用され
Q
るとするのが,一番素直な解釈であるが,
「持分に応じ
誰と契約すべきか?
た使用」が可能とされているだけで(同 249 条)
,アイ
基本的には,著名人本人であることが理想である
パテント 2013
ドルグループの単一メンバーが単独でグループ名称の
− 34 −
Vol. 66
No. 13
パブリシティ権の諸論点
使用を第三者に許諾することができるかどうかについ
商品「スロットマシン」や「パチンコ器具」で「所
て,明確な答えを教えてくれない。民法 249 条につい
ジョージ」という商標で商標権を得ている。肖像を使
(13)
,いずれも有体
ては,様々な判例が出されているが
用する権利も「商標権」という産業財産権に昇華させ
物に関する判断であって無体財産権は射程外であり,
た形であれば,否定説に立つとしても,本人以外に権
そのまま借用できない。立法的手当が待たれる。
利が帰属するということがあり得る点に注意が必要で
ある。
2.パブリシティ権の譲渡性
なお,譲渡肯定説の理由②については,商標法でも
4 条 1 項 7 号の適用があり得るため,死者の肖像を商
Q
標登録することが,著名人や遺族の意思に拘らず自由
パブリシティ権の譲渡契約を締結することはできるか?
であるとは決していえないとの反論が可能である。
パブリシティ権の譲渡性については,学説の争いが
また,4 条 1 項 8 号を根拠とするにしても,排他的
ある。
独占を本質とする知的財産権は,全て存続期間が定め
A.譲渡否定説(人格権説に親和性)
られており,存続期間が存在しない,又は存在すると
しても不明確,であるパブリシティ権について,同列
【理由】
①人格権は一身専属権であり,一身専属権は,譲
に扱うのは些か違和感がある。
渡・移転不可というのが通常の理解である(民法
896 条但書,著作権法 59 条(14))
3.パブリシティ権の相続性及び保護期間
②譲渡肯定説を支持すると,二重譲渡について困難
な問題が生じる
Q
著名人が死亡した場合,誰と契約すべきか?
つまり,二重譲渡を対抗関係で処理すると考え
ると,パブリシティ権について登録制度がない現
A.相続否定説(人格権説に親和性)
【理由】
状においては,実効性のある公示方法が存在しな
①パブリシティ権は人格権であり,一身専属権であ
い。そうすると,譲受人は双方ともに対抗力のな
る(民法 896 条但書(16))。
い譲受人となり,譲渡人に対する損害賠償請求
②相続を肯定した場合,パブリシティ権の保護期間
(民法 415 条)はともかく,他の譲受人に対しては
何等の権利主張ができないことになる。つまり,
に関する難しい問題が別途発生する(17)。
譲受人が取得したパブリシティ権については,い
→相続を否定した場合,パブリシティ権の保護期
間に関する問題は生じない(18)。
つまでも完全な排他的権利とならない。
③法制度が整っていない現状では,譲渡否定説が妥
B.相続肯定説(財産権説に親和性)
当である。
【理由】
(15)
B.譲渡肯定説(財産権説に親和性)
パブリシティ権は財産権であり,相続対象となる。
【理由】
→相続を肯定した場合,パブリシティ権の保護期間
①経済的権利であり,財産権であるため。
に関する難しい問題が別途発生する。
②商標法 4 条 1 項 8 号については,死者の肖像を商
標登録することが自由とされている。
相続肯定説にたった場合の保護期間に関する立
場としては,①半永久説(商業的な使用が途切れ,
③外国法において「設定的移転理論」を認める近し
い規定が存在する。
顧客吸引力が無くなった段階で自然消滅する。
),
②信義則・権利濫用適用説,③死後 50 年説(著作
権法 51 条 2 項の規定を類推適用し,死後 50 年で
法制度が整っていない現状では,
否定説が妥当である。
消滅する)というものが存在するが,現時点では
この点,商標法においては,4 条 1 項 8 号により,本
どの説が優勢か不明である。
人以外に本人の承諾を得た者も,
「氏名」
「肖像」や「著
③死後 50 年説が,折衷的且つ基準明確で受け
名な芸名等」に関する商標権を取得することができる
入れ易い印象であるが,著作財産権を規律する著
(同号括弧書き)
。例えば,株式会社大一商会は,指定
作権法 51 条 2 項を,人格権を源泉とするパブリ
Vol. 66
No. 13
− 35 −
パテント 2013
パブリシティ権の諸論点
シティ権に類推適用するのは無理があるように思
使用していることを確認した場合,速やかに
われる。逆に,著作財産権よりもパブリシティ権
相手方にその旨を報告する。
により親和性のある著作者人格権と同様に考える
2.甲(=ライセンサー)は,乙(=ライセン
のであれば,
『死亡によって消滅し,著作権法 60
シー)が第三者に本件パブリシティ権に基づ
条及び 116 条のような特別の立法的手当てが無い
く差止請求権を行使するよう甲に要望した場
限り,保護されない』とするのが妥当ではないだ
合,当該第三者に対して係る差止請求権を行
ろうか。
使する。
そうとすると,存続期間に関する議論から逆算
ライセンシーの立場に立つのであれば,例えば,上
して,私見ではあるが,やはり相続否定説が妥当
記文言を加筆しておくべきである。但し,パブリシ
ではないかと思われる。
なお,相続否定説に立ったとしても,著名人故
ティ権を有しているのは芸能人等の著名人であり,訴
人が亡くなる前に発生した損害賠償請求権自体
訟提起を求めても,訴訟提起に起因する自身のレピュ
は,財産権であるため相続対象になることを申し
テーションの低下を恐れられてしまい,本規定を設け
(19)
添える
。
ること自体嫌がられる事が間々ある。
独占的なライセンスであれば,債権者代位権(民法
Ⅴ.差止請求の可否,保護範囲と限界
423 条)が利用できる可能性も生じるが,非独占の通
1.パブリシティ権に基づく差止請求の可否
常ライセンスであれば,債権的権利,つまり権利者に
対する不作為請求権しか有しないため,債権者代位権
Q
の被保全債権としては不適格であり,債権者代位権を
パブリシティ権に基づく差止請求は可能なのか?
使うことはできない。
(20)
争いはあるものの,
肯定説が判例 ・多数説と言える。
上記規定は,契約相手方の性質によるが,受け入れ
パブリシティ権の人格的側面を重視すれば,差止請
られれば儲けモノとして考えておくのが妥当であろう。
求権を導くことは理論的には比較的容易である
(21)
。
しかし,経済的側面を重視する立場では,
「明文の根
拠を持たない排他性のある財産権を認めることは,物
(22)
2.パブリシティ権の保護範囲とその限界
(1) 従来の学説
に反する」との批判を受ける。実は,お
A.専ら顧客吸引力を利用する目的で使用され
ニャン子クラブ事件(東京高判平成 3 年 9 月 26 日)に
た場合にパブリシティ権侵害になるとする説
権法定主義
ついても,経済的(財産的)側面を強調しておきなが
(専ら説)
ら,何故差止請求が認められたのか,物権法定主義に
B.肖像等の利用が商業的利用に該当する場合
反するのではないかとの批判がある。物のパブリシ
であれば,パブリシティ権侵害になるとする
ティ権を否定した前掲ギャロップレーサー事件とも理
説(商業的利用説)
解が整合しない。
※侵害成立範囲だけを捉えると,A 説< B 説
なお,パブリシティ権に基づく差止請求が可能であ
るとして,どの道,ライセンスを受けた者は差止請求
をすることができない。ライセンスを受けたものは債
権的権利を有するに過ぎないためである。
であり,権利者としては侵害成立範囲の広
い B 説を支持したいところである。
他方で,A 説は,パブリシティ権が明文
無き権利であり,その保護範囲を明確にす
る趣旨から,ある程度限定的に権利範囲を
Q
捉えるものである。
パブリシティ権に基づく差止請求に関するモデル条項
【モデル条項】
(2) ピンク・レディーパブリシティ事件(最高裁
平成 24 年 2 月 2 日)
第○条(差止請求)
ピンク・レディーパブリシティ事件(最高裁平
1.甲及び乙は,本件氏名等を第三者が無断で
パテント 2013
− 36 −
成 24 年 2 月 2 日)では,
Vol. 66
No. 13
パブリシティ権の諸論点
「肖像等を無断で使用する行為は,
天皇陛下や政治家等の公人に達しないにしても,顧客
(1) 肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象とな
る商品等として使用し,
吸引力を有する芸能人・著名人は,社会的な関心の対
象となり得る存在である。侵害成立範囲を広く認めて
(2) 商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品
等に付し,
は,その人物像,活動状況等の紹介,報道,論評等を
不当に制約してしまう危険性がある。
(3) 肖像等を商品等の広告として使用するなど,
また,補足意見では,
「また,我が国にはパブリシ
専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的と
ティ権について規定した法令が存在せず,人格権に由
するといえる場合に,パブリシティ権を侵害する
来する権利として認め得るものであること,パブリシ
ものとして,不法行為法上違法となると解するの
ティ権の侵害による損害は経済的なものであり,氏
が相当である。
」
名,肖像等を使用する行為が名誉毀損やプライバシー
として,上記 A「専ら説」に拠ることを明示し,
の侵害を構成するに至れば別個の救済がなされ得るこ
パブリシティ権侵害の範囲が明確にされている。
とも,侵害を構成する範囲を限定的に解すべき理由と
してよいであろう。」とされており,要するに,法制度
結論としては,
「しかしながら,前記事実関係によれば,本件記
の不備を原因とする法定安定性を確保する必要性と,
事の内容は,ピンク・レディーそのものを紹介す
名誉毀損及びプライバシー権侵害に基づく救済が一定
るものではなく,前年秋頃に流行していたピン
程度可能であるという許容性の両側面から,救済範囲
ク・レディーの曲の振り付けを利用したダイエッ
(侵害成立範囲)が限定されることを肯定する。立法
ト法につき,その効果を見出しに掲げ,イラスト
的手当の無い現状では,至極妥当な判断であると考え
と文字によって,これを解説するとともに,子供
る(23)。
の頃にピンク・レディーの曲の振り付けを真似て
いたタレントの思い出等を紹介するというもので
Ⅵ.清廉潔白義務
ある。
そして,本件記事に使用された本件各写真は,
Q
清廉潔白義務とモデル条項
約 200 ページの本件雑誌全体の 3 ページの中で使
用されたに過ぎない上,いずれも白黒写真であっ
パブリシティ権(right of publicity)=「人に備わっ
て,その大きさも,縦 2.8cm,横 3.6cm ないし縦
ている,顧客吸引力を中核とする経済的な価値(パブ
8cm,横 10cm 程度のものであったというのである。
リシティ価値)及び利益を排他的に支配する財産的権
これらの事情に照らせば,本件各写真は,
・・・
利」,であるからして,事件・事故によって著名人の顧
上記振り付けをまねていたタレントの思い出等を
客吸引力が無くなってしまった場合には,もはや利用
紹介するに当たって,読者の記憶を喚起するな
価値が無くなる。
ど,本件記事の内容を補足する目的で使用された
ものというべきである。
間々見る事例として,例えば,テレビコマーシャル
に採用した女優が,薬物に手を染めてしまったり,殺
従って,被上告人が本件各写真を上告人らに無
人容疑で逮捕されてしまったりした場合,通常の契約
断で本件雑誌に掲載する行為は,専ら上告人らの
違反の条項では,ライセンス契約を解除できるのか疑
肖像の有する顧客吸引力の利用を目的とするもの
義が生じる場合がある。そのような事態が生じたとし
とはいえず,不法行為法上違法であるということ
ても,肖像等は引き続き使用することができるから,
はできない。
」
債務の本旨に違反したとは言い難い。
そこで,そのような事態が発生した場合,確実に解
として,原告の請求を認めなかった。
除できるように,パブリシティ権に関するライセンス
裁判官金築誠志の補足意見では,「肖像等の商業的
利用一般をパブリシティ権の侵害とすることは適当で
契約を締結する場合には,以下のような条項を設け,
清廉潔白義務を著名人に課すべきである。
なく,侵害を構成する範囲は,できるだけ明確に限定
されなければならない」とする。確かにその通りで,
Vol. 66
No. 13
− 37 −
パテント 2013
パブリシティ権の諸論点
みライセンス料の不返還特約があれば,当該特約に
【モデル条項】
よって,ライセンス料の一部返還が難しくなる可能性
が高い。
第○条(甲の義務)
1.甲は,本件氏名等を乙に提供するに当た
受領済みライセンス料の不返還特約の有無,ライセ
り,本件氏名等を構成する画像及びイラスト
ンス料をイニシャルで支払うのか,売上等一定の数値
等について,当該画像及びイラスト等の権利
に比例してランニングで支払うのか等を加味して,ラ
を有する第三者から使用許諾を受ける等必要
イセンス料に関する条項及び損害賠償条項のドラフト
な権利処理を行っていることを,乙に対して
及びカウンターが必要になる。
保証する。
2.甲は,本件パブリシティ権が甲の人格権を
根拠とするものであり,甲自身の社会的評
価・名声・品位を喪失するような甲の人格権
を毀損する行為を行わないことを保証する。
注
(1)パブリシティ(Publicity)=①知れ渡ること,周知,知名
度,評判,②広告,宣伝広報,公表,公開,等の意味がある。
(2)マーク・レスター事件(東京地裁昭和 51 年 6 月 29 日)
,王
貞治仮処分事件(東京地裁昭和 53 年 10 月 2 日)等,その他
3.乙は,甲が前項に違反した場合,本契約の
多数。
全部又は一部を解約することができ,係る解
(3)パブリシティ権が憲法上どの条文に根拠を求めるのか,と
約に代えて,又は解約とともに,被った損害
いう論点についても,財産権説に立つのであれば憲法 29 条 1
の賠償を甲に請求することができる。
項が親和的,人格権説に立つのであれば憲法 13 条が親和的,
という形でそれぞれ結論が分かれてくる。この論点でも,そ
第 2 項において,
「社会的評価・名声・品位を喪失」
とかなり広汎に定めているのは,例えば,薬物事件,
の結論にパブリシティ権の法的性質が影響してくる。
(4)ギャロップレーサー事件の第一審及び名古屋高裁の判断で
は,
「物のパブリシティ権」は肯定されていた(いずれも,損
殺人事件等といった社会的インパクトがある事案でな
害賠償は認容し,差止請求権は否定。名古屋地方裁判所平成
くとも,酔い乱れて,淫らな姿を週刊誌にキャッチさ
12 年 1 月 19 日,名古屋高等裁判所平成 13 年 3 月 8 日)
。
れてしまった場合や,自身のホームページやブログ等
(5)肯定説の理由③の通り,実務上,物の所有者から名称や映
像の使用許諾を受ける例は多く,「物のパブリシティ権」は,
で不謹慎な発言をして,ブログが炎上してしまった場
取引界において事実上承認されている。使用料を支払う有償
合等もカバーする趣旨である。
の許諾や,無償での許諾の双方の態様がある。しかし,「物」
但し,上記のような規定を設けたとしても,例えば,
については,後述の通り,物のパブリシティ権否定性が最高
裁で承認されたところ,パブリシティ権の使用許諾というも
結婚式関連の事業を行う業者によりモデルとして採用
の自体が観念できず,「物」の有体物(民法 85 条)としての
された女優がその後離婚した場合,ライセンス契約が
側面から,当該使用許諾の本質は,その有体物たる「物」を
「社会的評価・名
解除できるかというと,離婚自体は,
貸し出すという所有権(民法 206 条)に基づく使用貸借契約
声・品位を喪失」する行為とは言い難く,この点の
(民法 593 条)又は賃貸借契約(民法 601 条)と構成するのが
フォローが別に必要になる。従って,ライセンスを受
妥当であると考える。
ただ,その法的構成を採用する場合にも,例えば,実際に
ける側の事業ドメインから逆算して,発生し得るリス
「物」たる動物を借りて,撮影を行う等せず,出来合いの映像
クを個別具体的に考察する必要があるのは,通常の契
を利用する場合には,撮影者は当該動物を占有することはな
約書の作成・検討手法と何ら変わらない。
く,一体何に対する使用貸借,賃貸借なのか疑問が残る。
また,第 3 項において,別途損害賠償に関する定め
(6)新井みゆき
「物のパブリシティ」同志社法学 52 巻 3 号 148 頁
を設けている。この点,ライセンス契約締結時に一括
(7)平成での事例としては,所有するかえでの木の写真を勝手
して 1,000 万円のライセンス料を支払う,というイニ
に本に掲載されたことに対して,所有権を侵害されたとして
シャルペイメントで契約を締結している場合,著名人
の肖像を使用した事業を開始後に僅か 10 日で当該著
名人の不祥事が発生したときの当該 1,000 万円分の行
訴えた事件において,
「所有権は有体物をその客体とする権利であるから,本件
かえでに対する所有権の内容は,有体物としての本件かえで
を排他的に支配する権能にとどまるのであって,本件かえで
方が気になる。損害賠償に関する定めに基づき,逸失
を撮影した写真を複製したり,複製物を掲載した書籍を出版
利益分の賠償請求と合わせて当該 1,000 万円の一部の
したりする排他的権能を包含するものではない。」
返還を求めることになるだろうが,その場合,受領済
パテント 2013
− 38 −
「第三者が本件かえでを撮影した写真を複製したり・・・し
Vol. 66
No. 13
パブリシティ権の諸論点
たとしても,有体物としての本件かえでを排他的に支配する
きではないと考える。
権能を侵害したということはできない。従って,本件書籍を
(16)民法 896 条は,
「相続人は,相続開始の時から,被相続人の
出版,販売等したことにより,原告の本件かえでに対する所
財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし,被相続人
有権が侵害されたということはできない。」
の一身に専属したものは,この限りでない。」と定めており,
として,出版差止請求,不法行為を理由とする損害賠償請求
を棄却した判決が存在する(東京地裁平成 14 年 7 月 3 日)
。
著作者人格権は,正に本条但書に該当することになる。
(17)類似の権利を定める著作者人格権については,相続を否定
(8)例えば,著作権法及び意匠法では保護されない木目化粧紙
した上で,
「著作物を公衆に提供し,又は提示する者は,その
をデッドコピーし,化粧紙を生産・販売していた会社と競合
著作物の著作者が存しなくなつた後においても,著作者が存
する地域で廉価販売する行為について,損害賠償責任を認め
しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行
た事例として東京高裁平成 3 年 12 月 17 日がある。
為をしてはならない。ただし,その行為の性質及び程度,社
また,著作権法で保護の対象となり得ない創作性のない他
会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害
人のデータベースを複製し,競合地域等で販売する行為につ
しないと認められる場合は,この限りでない」(著作権法 60
いて,損害賠償責任を認めた事例として東京地裁平成 14 年 3
条)として,権利行使の途を残している。
月 28 日がある。
この場合,具体的には,
「著作者又は実演家の死後において
(9)理由①②③について,最高裁判所判例解説民事篇平成 16 年
は,その遺族(死亡した著作者又は実演家の配偶者,子,父
母,孫,祖父母又は兄弟姉妹をいう。以下この条において同
度(上)(1 月〜6 月分)法曹会 117 頁
じ。)は,当該著作者又は実演家について第六十条又は第百一
(10)田村善之・
〔本件批判〕判例セレクト 2004(法教 294 号)21
条の三の規定に違反する行為をする者又はするおそれがある
頁参照
者に対し第百十二条の請求を,故意又は過失により著作者人
(11)平成 16 年重要判例解説「知的財産法 4」:井上 由里子 神
格権又は実演家人格権を侵害する行為又は第六十条若しくは
戸大学教授 273 頁
第百一条の三の規定に違反する行為をした者に対し前条の請
(12)「組合」よりも団体としての独自性の強い「社団」であり
ながら,まだ法人格の与えられていない団体のことである。
求をすることができる。
」(著作権法 116 条)とされており,
学校の同窓会,町内会,学会,クラブなどがある(内田貴・
相続人が(とは言っても,著作者人格権は相続されないから,
民法Ⅰ〔第 2 版補訂版〕220 頁)。
著作者人格権の相続人ではないが)その権利を行使すること
権利能力なき社団の要件としては,①団体としての組織を
ができる。
備え,②多数決の原則が行われ,構成員の変更にもかかわら
(18)但し,相続否定説に立った場合であっても,遺族の追慕の
ず団体そのものが存続し,③代表の方法,総会の運営,財産
情を害する利用については,遺族固有の損害賠償請求を認め
の管理その他団体として主要な点が確立していること,が必
。
ることが可能であると思われる(民法 710 条,711 条参照)
要であるとされている(最高裁昭和 39 年 10 月 15 日)。アイ
(19)不法行為法の事案であるが,慰謝料請求権の相続性を肯定
ドルグループは,運営自体は,運営会社やプロデューサーが
したものとして,最高裁昭和 42 年 11 月 1 日が存在する。
行っており,また,AKB は別として,通常は構成員の変更が
(20)おニャン子クラブ事件(東京高判平成 3 年 9 月 26 日)
あれば,解散・改組してしまうため,②③の要件を満たすか
「固有の名声,社会的評価,知名度等を獲得した芸能人の氏
疑問が残る。
名・肖像を商品に付した場合には,当該商品の販売促進に効
(13)共有者の一人が無断で共有物全部を使用している場合で
果をもたらすことがあることは,公知のところである。そし
も,他の共有者が直ちに共有物全部の明け渡しを請求できる
て,芸能人の氏名・肖像がもつかかる顧客吸引力は,当該芸
とする最高裁昭和 41 年 5 月 19 日や,第三者が共有者の一人
能人の獲得した名声,社会的評価,知名度等から生ずる独立
から使用許諾を受けて共有物全部を使用している場合,他の
した経済的な利益ないし価値として把握することが可能であ
共有者が当該第三者に対して共有物全部の明渡しを請求でき
るから,これが当該芸能人に固有のものとして帰属すること
るかについて,これを否定する最高裁昭和 63 年 5 月 20 日等。
は当然のことというべきであり,当該芸能人は,かかる顧客
後者の判例を借用すれば,アイドルグループの単一メン
吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財
バーが単独でグループ名称の使用を第三者に許諾した場合で
産的権利を有するものと認めるのが相当である。したがっ
も,他のアイドルグループのメンバーは,差止請求ができな
て,右権利に基づきその侵害行為に対しては差止め及び侵害
いことになる。しかし,人格権的側面からすれば,これを無
の防止を実効あらしめるために侵害物件の廃棄を求めること
ができるものと解するのが相当である。」
制限に認めるのは妥当ではないし,全員の合意を必要とする
著作権法 65 条 2 項の態度からしても,単独での許諾行為は
(21)民法 723 条
「他人の名誉を毀損した者に対しては,裁判所は,被害者の
認め難い。
(14)著作権法 59 条「著作者人格権は,著作者の一身に専属し,
請求により,損害賠償に代えて,又は損害賠償とともに,名
譲渡することができない。
」以下の注釈民法 896 条と合わせ
誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。
」そし
て参照。
て,「名誉を回復するのに適当な処分」とは別に,以下の通
(15)いずれにしても,当事者の当初の期待を損ねる危険性があ
るため,現時点では,パブリシティ権の譲渡条項は定めるべ
Vol. 66
No. 13
− 39 −
り,判例で人格権に基づく差止請求が認められている。
「人格権としての名誉権に基づき,加害者に対し,現に行わ
パテント 2013
パブリシティ権の諸論点
れている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防す
制限,義務負担については,国会による法律の制定が必要で
るため,侵害行為の差止を求めることができる。…蓋し,名
ある(憲法 41 条参照)。パブリシティ権に関する立法が成さ
誉は,生命,身体とともに極めて重大な保護利益であり,人
れていないことが立法府の懈怠(立法不作為)であって憲法
格権としての名誉権は,物権の場合と同様に排他的権利を有
違反になるかどうかは別問題として,日本は米国のような判
する権利というべきであるからである」
(最高裁昭和 61 年 6
例法主義を採用しているわけではないので,成分法主義を前
月 11 日「北方ジャーナル事件」)。
提とすれば,立法が成されていない以上,パブリシティ権に
(22)民法 175 条
基づく差止請求及び侵害の成立範囲等について消極的に解さ
「物権は,この法律その他の法律に定めるもののほか,創設
ざるを得ず,これらを積極的に拡張することは承認し難いも
のと考える。
することができない」と定められている。
(23)そもそも,日本は成文法主義を採用しており,国民の権利
(原稿受領 2013. 6. 6)
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
㌀
パテント 2013
− 40 −
Vol. 66
No. 13
Fly UP