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自然災害と生物多様性シンポジウム
プログラム
12:30 開場
13:00-13:10 開会挨拶:岩槻邦男氏 (生物多様性JAPAN代表)
13:10-13:20 趣旨説明:西田治文氏 (生物多様性JAPAN事務局長)
13:20-13:50 横山 潤氏(山形大)
「大規模自然災害と生物多様性:概論」
13:50-14:20 大原昌宏氏*(北海道大学総合博物館)
・稲荷尚記氏(北海道大学総合博物館)
・
小林憲生氏(埼玉県立大学)
:
「博物館標本と現地調査から見た津波被災地域
の生物多様性変化(海浜性甲虫類を対象に)
」
14:20-14:30 休憩
14:30-15:00 黒沢高秀氏(福島大):「福島県における震災前後の植物相解明,および
復旧事業と生物多様性保全両立の試み」
15:00-15:30 三浦 収氏*(高知大)・牧野渡氏(東北大)・金谷弦氏(国環研)・
中井静子氏(日本大)
・佐藤信子氏(高知大)
・占部城太郎氏(東北大)
:
「干潟に生息する巻貝ホソウミニナは津波によりどのようなダメージを
受けたのか?」
15:30-16:30 ディスカッション コメンテーター 鈴木まほろ(岩手県立博物館)
(*印のついている方が講演されます)
本シンポジウムは平成 25 年度独立行政法人環境再生保全機構
地球環境基金の助成を受けて開催されます
2
災害と生物多様性シンポジウム
岩槻邦男
(生物多様性JAPAN
代表)
はじめに
生物多様性ジャパンでは、東日本大震災という大災害に直面し、すぐに災害
と生物多様性のかかわりに反応しました。すでに問題意識をもっていたことも
あって、震災の傷跡もまだ生々しかった4ヶ月後の2011年7月10日に、
「災害と生物多様性—災害から学ぶ、私たちの社会と未来」というシンポジウ
ムを開催し、12年2月にはその報告書を刊行しました。
生物多様性ジャパンは、自体が主体的に研究を推進する機構ではありません
ので、この問題に関連していくつかのプログラムを企画はしましたが、具体的
な成果を通じて、災害復興に向けて何かの貢献をしたということはありません
が、災害と生物多様性の相互関係を見つめ、その関係性についての問題意識を
もち続けています。自然災害と生物多様性の間には、純粋に科学的な相互の関
わり合いがありますが、さらに人とのかかわりに焦点を当てれば、災害によっ
てその場所の生物多様性に生じる影響もあり、その影響に人為的な要素も関与
します。災害のもたらす生物多様性に向けての人の働きかけの問題もあります
し、災害が生じた際、人に与えられるかもしれない影響を生物多様性がどこま
で和らげることができるか、というのも注意すべき課題でしょう。誰にでも分
かりやすい問題意識をもって、生物多様性の動態を大災害との関連で科学的に
追跡し、その課題を専門家に閉じずに社会的な問題に拡大することが、今求め
られている喫緊の課題のひとつであると認識します。
東日本大震災については、地元の人の活動や、日本中、あるいは世界中の意
識の高い人たちの協力などもあって、当面する課題は少しずつ解決に向かって
いるようですが、まだ根本的な問題で解決が先送りされているものもたくさん
あります。未解決の問題や、まだ意識されていない課題のうち、生物多様性が
介在する課題も少なくありません。しかし、そのことを意識するのはごく限ら
れた範囲に閉じられています。
今回のシンポジウムでは、わたしたちが直面する課題のうち、生物多様性を
通じて見、考え、解決にいたるみちすじを考えるべきものを取り上げ、解析し
ていきたいと期待します。より多くの人々がこの種のアプローチに関心をもつ
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ようになり、豊かで安全な地球を維持し、発展させることに貢献したいもので
す。演者の皆さん方にも、参加くださる方々にも、この貴重な機会に、わたし
たちが直面している課題に対して積極的に参画していただけるようお願いし、
このシンポジウムがこの問題に対する関心の環を拡大する一里塚になるよう期
待します。
生物多様性JAPAN
出版
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国際生物科学連合IUBSと「災害と生物多様性」
シンポジウムの目的と意義
西田
治文(IUBS日本派遣代表・DABプロジェクト責任者
生物多様性JAPAN事務局長)
日本国を形作っている列島が、アジア大陸から離れて現在あるような姿にな
るのは、いまから 2500 万年前以降のことです。列島の地質図をみれば、その複
雑さに驚くでしょう。そのわけは、アジア大陸の下側に沈み込むプレートがそ
の移動の過程で海底を削り取った構造である「付加体」が寄せ集まって、日本
を形成しているからです。列島の形成過程でさらに、基盤岩の上に次々と火山
が生じ、その活動は環太平洋火山帯という地球規模の火山群のひとつとして、
現在も続いています。このことは、日本が本質的に激烈な変動を続ける場所で
あることを意味しています。同じ大地のようにみえて、安定した基盤をもつ大
陸の一部とは全く異なる地質環境に私たちは住んでいることを、まず理解しな
ければならないのです。
加えて日本は、中緯度モンスーン地域にあって南北に長く、三千メートル級
の山岳を有することから、年間雨量に恵まれている反面、例年のように台風や
多雪に見舞われます。これらを総合すると、日本は激甚災害の巣であることが
わかります。日本の生物も人も、そのような環境に日常的に翻弄されながらも、
一方でそれを利用しつつ、たくましく生き抜いて来たのです。日本人の特質と
してしばしば世界でも紹介される「協調性」や「助け合い」、さらには「おもて
なし」に共通する精神は、このような激甚災害を繰り返すなかで人々の間に自
然に培われたものであるかもしれません。日本の生物多様性は、激甚災害の国
に育まれた特徴ある存在で、私たちはその豊かさによって活かされてきたとい
えます。
いつ人が移り住むようになったのかは、まだはっきりと特定できないとはい
え、日本人の歴史は、3~4 万年前ぐらいまでさかのぼることができるそうです。
列島の歴史のわずか 1/1000 ほどですが、人の一世代を 50 年とすれば、600~800
世代になります。その中で、明治維新以降の科学・技術立国の時代は、わずか
3世代でしかありません。特に、第二次世界大戦後の高度経済成長と国土利用
の激化にともなう自然環境の劣化と生物多様性の滅失は、近々2世代の間に顕
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著となりました。したがって、近代社会における激甚災害が自然と生物多様性
に与える影響は、明治以前の社会と較べればその内容と質が異なり、結果的に
も深刻なものとなる可能性が高いのです。近代社会以前には「自然にまかせて」
回復できた生物多様性が、そのようにならないこともありえます。また、地域
の生物多様性に依存した農林水産業への影響も、明治以前とは大きく異なって
います。
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災は、そのような近代社会に起こった激甚災害
でした。津波被害がわずかであった 1995 年の阪神淡路大震災では、生物多様性
への影響調査は積極的になされませんでしたが、東日本大震災では様々な問題
が露呈しました。3.11 以降、多方面で生物多様性への影響調査が行われるよう
になり、問題点が指摘されたり、懸念や提言が表明されつつあります。加えて、
東京電力福島第一原子力発電所で発生したメルトダウン事故とその後の放射性
物質拡散は、放射性元素の物理的特性から、今後長期にわたって周辺の生物相
に影響が続くことが避けられません。福島の事故は、旧ソ連で起こったチェル
ノブイリ原発事故と似ているようにみえますが、生物多様性が高く、地域の一
次産業が活発な地域で起きた放射性物質の拡散という点では、広島・長崎に次
いで人類が遭遇した深刻な現象です。また、広島・長崎と異なり、私たちは当
時とは比較にならない科学的分析力を手にしています。福島においては除染ば
かりが注目されていますが、放射性元素の物理的性質は変えることができない
ので、私たちが最も注意を払うべきであることのひとつは、生態系内での放射
性元素の「行方」を継続調査することでしょう。これは、日本の義務ともいえ
ます。
世界でも稀有な災害多発国である日本は、3.11 以降の経験を無駄にせず、国
内における生物多様性の保全と持続的利用の可能性をさらに実効性のあるもの
とするために、情報を集約し、共通理解の促進と共同利用をはかる必要があり
ます。以上の点を発露として、生物多様性JAPANは、2011年7月10
日に、
「災害と生物多様性—災害から学ぶ、私たちの社会と未来」というシンポ
ジウムを開催し、12年2月には同名の報告書を刊行しました。報告書におい
ては、当時明らかになった現象や問題点を集約しましたが、あわせて取り上げ
た重要な点がありました。それは、生物多様性の歴史資料ともいうべき博物館
標本などが、大きな被害を受けたことです。今後の世界では、生物多様性の動
向は継続的に監視してゆく必要があるのに、その体制作りの基本となる情報が、
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日本ではおろそかにされてきたことが、図らずも露呈してしまいました。
以上の問題点と課題は、ひとり日本だけの問題にとどまりません。諸外国に
おける同様の問題を集約し、情報を世界に向けて発信することで、人類の平和
と安全に寄与できるはずです。インドネシアや中国、ニュージーランド、チリ
など様々な自然と人の生活に、激甚災害が直接、間接に影響している国は多く
あります。日本の経験を生かすために、日本学術会議IUBS(国際生物科学
連合)分科会は、「災害と生物多様性 Disaster and Biodiversity (DAB)」とい
うプログラムを立案し、2012年7月に中国蘇州で開催された、第31回I
UBS総会においてIUBSが募集した三年計画の一つとして提案し、採択さ
れました(要旨集附属資料参照)。DAB 計画では、2013年に日本で情報集約
するためのワークショップを開催し、2014年に被災地域で国際シンポジウ
ムを行うこととしています。2015年には、成果をまとめてIUBSの機関
誌である Biology International に発表する予定です。本シンポジウムは、初
年度の国内ワークショップであり、2014年1月28日には、ここで議論さ
れた内容を加味した国際ワークショップが開かれます。
今回のシンポジウムは、平成25年度独立行政法人環境再生機構地球環境基
金の助成を受け、IUBSとの共催で開催いたします。DAB3年計画の手始めで
もあります。参加者の皆さんの英知と経験を集約し、世界に向けて有意義な情
報が発信できるように是非ご協力を賜りますよう、お願いいたします。
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大規模自然災害と生物多様性—概論
横山
潤(山形大・理・生物)
1.はじめに
自然界では常にさまざまなレベルの撹乱が生じ、撹乱を受けた場所に生息す
る生物の多様性は少なからずその影響を受ける。短い時間間隔で繰り返される
小規模な撹乱は、安定した生物群集を部分的に壊し、撹乱環境に依存する生物
種の侵入を促すことで、種多様性を変化させる。その地域の生物群集に与える
影響の小さい撹乱は、このようなメカニズムでむしろ種多様性を増加させる。
しかし、これが特定の地域の生物群集を完全に破壊するほどの大きな撹乱であ
ったら、どのようなことが起こるだろうか。そのような壊滅的な撹乱が生じる
ことは、私たちの時間感覚ではまれなことだが、生物進化の歴史から見れば、
たびたび起こってきたに違いない。ここでは、大規模な自然災害が生物多様性
に与える影響について、事例とともに考えてみたい。
2.大規模自然災害
2011 年 3 月 11 日に発生した「平成 23 年東北地方太平洋沖地震(東日本大震
災)」において東日本一帯の太平洋岸を襲った津波は、同地域の沿岸域の多くの
居住地を飲みこんで、おびただしい人的・物的被害をもたらしただけでなく、
この地域の生態系や生物群集にきわめて大きな影響を与えた。ここでは、大規
模自然災害を便宜的に「特定の地域において、特定の生物群集や生態系全体が
消失するか壊滅的な損傷を受けるような規模の自然災害」と定義したい。東日
本大震災や 2004 年のスマトラ沖地震のような巨大地震に伴う津波や、内陸の巨
大地震で発生する大規模な地滑り、火山噴火による溶岩流や降灰、熱帯性の低
気圧による強風と降雨などが、このような大規模自然災害に発展する可能性が
ある現象と考えられる。
3.大規模自然災害が生物多様性に与える影響
大規模自然災害による生物多様性への影響を考える際に重要になるのは、ま
ず発生した災害の規模である。壊滅的な影響を受けた範囲が大きければ大きい
ほど、回復には時間がかかる。規模によっては類似した生物群集のほとんどが
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失われてしまう可能性もあり、この場合は不可逆的な多様性の喪失が生じると
考えられる。また、影響を受けた範囲に存在する生物種の特徴も重要な要因と
なる。その範囲のみに生息する固有種がいる場合は、それらの種の絶滅という
ことも起こるかもしれない。近年の人間活動により、良好な環境が減少し、結
果的に非常に限られた地域にしか分布しない生物となってしまった種について
は、このような自然災害が、絶滅への最後の「引き金」を引いてしまうことに
なることも考えられる。さらに、影響を受けた範囲の外にどのような生物群集
が存在しているのかは、回復過程を考える上で重要な要素となる。特に外来種
の多い人為的撹乱を受けた地域が隣接している場合、生物群集や生態系の回復
過程において重要な、生物種の侵入順序がかき乱されてしまう可能性があり、
場合によっては影響を受ける前とは異なる生物群集になってしまう可能性もあ
る。このような大規模自然災害による生物多様性への影響は、災害規模が大き
いほど事例を集めるのが困難になっていくが、数少ない事例を確実に記録する
とともに、災害前の多様性情報の収集にもつとめることで、大規模自然災害に
よる生物多様性への影響を正確に評価できるようになると考えられる。
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博物館標本と現地調査から見た津波被災地域の生物多様性変化
(海浜性甲虫類を対象に)
大原昌宏○・稲荷尚記(北海道大学総合博物館)・小林憲生(埼玉県立大学)
○:発表者
陸前高田市立博物館収蔵の昆虫コレクションのレスキュー
北海道大学総合博物館では、東日本大震災の津波被
害を受けた陸前高田市立博物館所蔵の甲虫標本 1,001
個体のレスキューを担当した。2011 年 5 月 9 日に岩手
県立博物館より標本が届き、11 日より作業開始。
「塩抜
き→クリーニング→殺菌→展足・台紙貼り→ピンニン
グ→ラベル付け→乾燥」の一連の作業を行ない、19 日
に全個体の標本化が終了した。作業は迅速に行われ、
作業日数9日、作業参加人数のべ 60 名(日平均 6.6 人)
である。参加者は農学院院生・研究員・博物館昆虫ボ
ランティアであり、全員標本ハンドリングに熟練した
者である。11 日当日よりホームページを開設し情報を
公開、作業内容を事前に確認できるようにし、参加者
のオーガナイズ・情報交換にメーリングリストを使用
した。新聞報道 2 回、テレビ放映 2 回、作業終了後、
標本は「レスキュー標本」として展示公開を行った。
これらの標本には、海浜性甲虫類が多く含まれてお
り、津波被害以前の海浜生甲虫類の分布様式を知る貴
重なデータとなっている。
10
東北地方太平洋岸域の海浜性甲虫類の現地調査
海浜性昆虫とは:海浜性昆虫は、主に海浜に打ち上げられた海藻類の塊(北海道から東
北地方にかけて塊は「ゴダ」と呼ばれる)内に生息しており、昆虫綱鞘翅目ガムシ科(6
種)、エンマムシ科(4種)、ハネカクシ科(20 種)、ゾウムシ科(4種)などが含まれ
る。特に北海道から東北地方にかけては、いわゆるコンブのなかまが大量に浜に打ち上げ
られ腐敗し、腐敗海藻塊に腐食性昆虫が集まり、それらに双翅目のウジが大量に発生し、
ウジを食べる捕食性昆虫が集まり、相乗的、階層的な極めて多様な昆虫群集が構成されて
いる。これらの昆虫類には、移動力に変異があり、種によって、後翅が退化し歩行によっ
てのみ分散するもの(例えばハマベゾウムシ、ツガルホソシデムシ)と、頻繁に飛翔し分
布を広げるもの(ガムシ類、ハネカクシ類)がある。
海浜性ガムシ類
これまでの現地調査:2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災による津波で、東北地方
の海岸線は破壊され、生息していた海浜性昆虫群集の多くが生息環境を消失あるいは減少
したと考えられる。2007 年より北海道・東北地方の海岸線を調査し、約 150 地点の海浜性
昆虫群集に関するデータを蓄積してきた。今回の津波被害を受けた東北地方太平洋側海岸
地域においては、津波前年、前々年の 2009,2010 年に 22 地点の調査を行っており、津波を
受ける前の海浜性昆虫群集構造を把握していた。
11
釜石市根浜・鵜住居地域
津波の前(2010 年)と後(2012 年)
2012 年および 2013 年には、北海道・東北・関東地方の海岸線を調査し、約 70 地点でサ
ンプリングを行った。東北地方では津波前後で比較が可能な 22 地点で詳細なサンプリング
を行い、海浜性甲虫類の個体数の変化を追った。結果
として、津波前にも十分な個体数が採集できた 6 地点
のうち、4地点では、個体数変化は無く、津波の影響
は少なく、2地点では明らかな個体数減少が見られ、
津波による影響は大きかったと考えられた。
本講演では、地域調査を基軸とする博物館標本にも
とづく記録データの重要性と、津波前後の海浜性甲虫
類の個体数変化と環境変化を示し、津波影響後の海浜
性生物の回復過程などを見ながら、海浜生態系の保全
に必要な方策についても論じたい。
津波前年と前々年の 2009 年、2010 年に実施した東北地
方海浜性昆虫調査地点。津波被害地域 22 地点を含む。
12
福島県における震災前後の植物相解明,
および復旧事業と生物多様性保全両立の試み
黒沢高秀(福島大・共生システム理工)
東日本大震災に際して,福島県では津波と原子力発電所事故という二重の厄災に見舞わ
れた.これらの厄災は直接的,間接的に太平洋沿岸や阿武隈山地の生物多様性に大きな影
響を与えているものと考えられる.2011 年 3 月 11 日の東北地方太平洋沖地震により,福
島県では巨大な津波(相馬で 9.3 m 以上)が襲い,25〜50 cm の地盤沈降が生じた.これ
らは,クロマツ植林の壊滅などの植生や景観レベルでの大きな変化をもたらした.また,
福島第一原子力発電所の事故と放射性物質の放出により,原子力発電所の周囲や高線量地
域が警戒区域などに指定され,立ち入りが原則禁じられ,人の暮らしが失われた.このこ
とにより,水田や畑地がセイタカアワダチソウ群落になるなど,里地里山の環境が大きく
変化し,生物多様性に大きな影響を与えていると考えられる.
これらの地域では,復旧事業や除染の計画や実行に当たって生物多様性に関する情報が
必要になることが予想される.一方で,震災前から生物多様性がよく調べられているのは,
重要湿地や県立自然公園に指定されていた松川浦程度で,他の地域は,どのような生物が
生息・生育していたかの情報がほとんど無かった.そこで,まず,震災前の生物相がよく
わかっている松川浦で震災前後の植物相や植生の変化を定量的に把握することを目的に,
震災後の植物相および植生の調査を行った.
松川浦では 2002〜2004 年に 88 ヵ所で植生調査が行われると共に,砂州である大洲で証
拠標本採集を伴う詳細な植物相調査が行われ,絶滅危惧種を中心に数十種の植物の生育場
所が特定されていた。また,その後も継続的に調査がなされ,植物相および植生に関する
知見が蓄積されていた。2011 年 4 月より松川浦で植物相調査および植生調査を行い,震災
前の植物相と比較した。その結果,場所が特定できた 83 ヵ所のコドラートのうち,19 ヵ
所が津波による浸食で土壌ごと消滅し,36 ヵ所が地盤沈下による水没などで植生が消滅し,
維管束植物が生育していたのは 28 ヵ所に過ぎなかった。2000〜2010 年に確認されていた
352 種類の維管束植物のうち,再確認できたのは 112 種に過ぎなかった。15.9%であった
帰化率は 20.5%に上昇した。チゴユリなど林床生の種類は多くが消滅し,ヨモギなど路傍
生の種類は多くが残存した。ハマハナヤスリなど津波の浸食で消滅した絶滅危惧種がある
一方で,分布が変わったもの,塩性湿地生の植物でハママツナなど震災前より分布を広げ
たものが見られた。
13
図1 塩性湿地だった場所の変化.震災前(左)
,震災後(右,湿地が消失)
.
松川浦の砂州である大洲には,震災直後から相馬市によりがれきが運び込まれ,広い地
域が造成地にかえられた.その後,2012 年度から福島県相双農林事務所と林野庁いわき森
林管理署による海岸防災林と,福島県相双建設事務所による防潮堤の復旧事業が始まった.
福島県相双農林事務所が環境アセスメント調査をすると,造成されなかった場所に絶滅危
惧種が多数生育することがわかった.そのため,福島県の希少野生動植物保護条例に従っ
て,海岸林や生物多様性保全の専門家の会議を開催された.その意見を踏まえて林野庁な
どと協議を行った上で,防災機能を確保しつつ生物多様性に配慮した復旧計画を作成した.
それはゾーニングを基調とするもので,土盛りせず重機も入れない「保存区域」
,および資
材置き場などに一時利用するが工事後は湿地に戻す「保全区域」を計約 10 ha 設定した.
防災林造成区域との間のエコトーンの設置,湿地を良好に保つための水路の維持,繁茂を
始めた侵略的外来生物ハリエンジュの駆除などの細かい配慮も含められた.海岸近くの湿
地の植物の保全は,単なる移植では成功は見込めないが,十分な埋土種子や周囲からの種
子散布が期待される状況下では,環境さえ準備すれば,津波跡地に突如現れ繁茂したよう
に,たいした手間もなく群落を形作ると考えられる.そのような,保全対象植物の生態を
利用した計画であった.森林を維持することが原則の保安林で,湿地生態系を計画的に整
備することは画期的なことだと思われる.
14
図2
福島県松川浦の海岸防災林に設けられた保全区域とエコトーンの計画図.福島県報
道発表資料を一部改変.
松川浦の事例を契機として,県の各部署や林野庁森林管理署では,計画を作成する際に
地元の生物多様性の専門家にこまめにヒアリングを行う,他の海岸防災林や防災緑地内に
保存区域や保全区域を設ける,遺伝的多様性に配慮した植林や植栽を行う(絶滅危惧種や
自然公園指定植物の植栽をおこなわないなど)などが行われるようになった.一方,市町
村は,概して生物多様性に無配慮な復旧事業を依然として続けている.
松川浦は震災前の生物相がよくわかっている場所であったため,生物多様性保全を求め
るために説得力があり,実効性のある議論ができた.松川浦以外の太平洋沿岸や阿武隈山
地地域では,震災前の生物相が詳細に報告されている場所はほとんどない.生物相がわか
らないと復旧事業の際に生物多様性の配慮を求めることも,避難区域などで生じていると
思われる自然の具体的な変化を指摘することも難しい.そのような場所の震災前の植物相
を明らかにするために,資料や標本の収集と整理,これらをもとにした植物リストや分布
図の作成・公表などに取り組んでいる.これらの取り組みについても紹介したい.
15
図3 福島第一原発事故による警戒区域からレスキューされたコレクション.避難区域等,
容易に調査できない場所で震災前に採集された植物標本を多く含む.
16
干潟に生息する巻貝ホソウミニナは津波によりどのようなダメージ
を受けたのか?
三浦収(高知大)・牧野渡(東北大)・金谷弦(国環研)・中井静子(日本大)・
佐藤信子(高知大)・占部城太郎(東北大)
1.本研究の目的
2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災に伴う大津波で海岸の生物は大きな
ダメージを受けたことが考えられる。しかしながら、震災から 2 年以上経った
現在においても海岸の生物が受けた影響の定量的な報告はあまりなされていな
い。そこで私たちの研究グループは、津波前から蓄積してきたデータを活かし
て大津波が海岸に生息する巻貝ホソウミニナに与えたダメージの定量的な調査
を試みた。
2.生態調査
津波前後の生息密度を比較したところ、震災直後には巻貝の生息密度が大き
く減少し、多くの調査地点で壊滅的な被害が確認された。しかし、震災から 2
年後には一部の調査地点で生息密度に回復傾向が観察された。
3.遺伝的調査
このような生息個体数の大規模な減少は遺伝的な多様性にも大きな影響を与
えることが考えられる。その影響を検出するために、多型性の高いマイクロサ
テライトマーカーを用いて震災前後の遺伝的多様性の比較を行った。マイクロ
サテライトの多型データを津波前・津波後に分け、遺伝的多様性を算出したと
ころ、予想に反して、津波前後のホソウミニナ集団に遺伝的多様性の大きな変
化は見られないことが分かった。
4.今後の課題
生息密度の劇的な減少が観察されたにもかかわらず、遺伝的多様性の減少が
観察されなかったのは何故であろうか?それには津波によるダメージの大きさ
の問題や調査方法の問題、そしてマーカーの感度の問題など様々な理由が考え
17
られる。その中で現在私が第一候補に考えているのは、個体数の変化と遺伝的
多様性の変化との間のタイムラグの問題である。個体数が急激に減少したとし
ても、ある一定個体数から算出される遺伝的多様性は急激には減少せずに、個
体数の回復と共に徐々に減少することが予想される。現時点では震災が生じて
からまだ約 2 年しか経っておらず、多くの地点においてホソウミニナの個体数
も十分には回復していない。そのため、本研究の調査方法では遺伝的多様性の
変化をまだしっかりと検出できていない可能性が考えられる。ホソウミニナの
遺伝的多様性の変化を捉えるには今後も継続した調査が必要であると考えられ
る。
18
IUBS Current Program
DAB, Disaster and Biodiversity
modified from http://www.iubs.org/prg/dab.html
The Great East Japan Earthquake that occurred on 11 March, 2011 followed
by the collapse of the Fukushima Atomic Power Plant not only destroyed local
human life and properties, but also seriously damaged biodiversity and
primary industry of the area. Furthermore, many local museums and
biological specimens were also lost or damaged. The local biodiversity and
biological records are a part of global biological resources that insure
future sustainability, and best be inherited to the next generation as good
as possible. Japan has paid large attention to biodiversity, e.g., renewing
four times the National Biodiversity Strategy since 1995. However, the 3.11
disaster clarified the lack of national academic and social systems that
could continuously monitor local biodiversity and biological information
to provide necessary data for urgent rescue activities of various aspects
and fields. It is also an urgent need to establish a protocol for precautious
measures in case of future disasters. Based on the experience in Japan the
DAB project aims to accumulate similar problems worldwide in order to
present a standard measures and policy from various aspects for minimizing
disaster influences.
Leader:
Harufumi Nishida
Steering Committee
(IUBS Committee, SCJ): Hiroyuki Takeda, Motonori Hoshi, Makoto Asashima,
Hiroo Fukuda, Ikuko Nishimura, Noriyuki Sato, Harufumi Nishida
(Selected Japanese scientists)
Kunio Iwatsuki, Jun Yokoyama (Project Program Organizer), Toru Nakashizuka
(Biodiversity Network, Japan)
Kunio Iwatsuki, Harufumi Nishida, Naoya Furuta, Mieko Kawamichi (Project
Secretary and Treasurer)
(Possible International members)
19
Dedy Darnaedi (Indonesia), Steven Wagstaff (New Zealand), Guan Kaiyun
(China) (The names are tentatively selected from international scientist
communities.)
Countries involved:
Japan, followings are tentatively listed: China,
Indonesia, Philippines, New Zealand, Australia, Chile, Russia, others may
be added
Field of Research: Ecology, Taxonomy, Molecular Biology, Medical Science,
Agro-Forestry, Marine Biology, Museumology
Objectives:
The Japanese Tsunami and Earthquake disaster and further collapse of the
Fukushima Atomic Power Plant in March 2011 evoked national movement to
monitor the loss and recovery of biodiversity and related biological
resources in local (affected) environments. The disaster also damaged many
local museums and preserved biological specimens, including type specimens.
Various natural disasters and related human-invoked chain disasters, such
as one in Fukushima, and even wars, not only influence local biodiversity
and bio-resources, but also damage biological records which should be kept
safely for the future generations. The biological communities have never
took an international action to discuss about the influence of such
disasters, recovery process, and future precautional approaches.
Summarize recent disaster-related biodiversity loss, influence on the
primary production (agriculture, fishing .. etc.),damages to biological
information and records, their rescue and recovery process, then establish
an international protocol for establishing an effective logistics to
minimize disaster influences based on precautional risk management.
DAB, Disaster and Biodiversity background
One of the peculiar features of the current human and earth history is that
human activities have reached to the level that could cause disasters.
Possibly originated from human activities, huge storms, sea-water raise,
and other unpredictable climate fluctuations caused serious biodiversity
loss which is disadvantageous to the local as well as global economy. Recent
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natural disasters that have occurred worldwide, though incidental,
even
caused human-based second disasters such as the Fukushima atomic pollution.
Disasters, irrespective of natural or anthropogenic, destroy local
biodiversity, ecosystems that provide ecological services and human life
and culture. The 3.11 earthquake and subsequent disasters in Japan in 2011
gave us an opportunity to think and act seriously and globally on this issue.
Similar disasters have recently occurred in various countries, e.g. China,
Indonesia, New Zealand, and Chile. It is time that international academic
societies should deal with this issue.
Articles published on that topic:
As the topic is rather novel based on recent incidents, only a limited number
of articles are published in Japanese.
Iwatsuki, K. and Domoto, A. (eds.) 2012. Saigai to Seibututayousei
(Disaster and Biociversity). Biodiversity Network of Japan, Tokyo. 150 pp.
(in Japanese, partial English translation in prep.)
Harufumi Nishida. 2011. Why we should take care of museums and specimens
after the catastrophic disaster? In: Academic response to the Great East
Japan Earthquake. Trends in the Sciences 16(12): 34-35, Japan Science
Support Foundation, Tokyo. (in Japanese)
DAB, Disaster and Biodiversity detailed program
Action plan for the triennium
The IUBS Committee of the Science Council of Japan, Term 22nd had its first
meeting on April 22, 2012, where the first discussion on proposing this
DAB program was opened. Therefore, the present program for the first year
of triennium will start to organize an international working group to
summarise recent information related to DAB worldwide in order to address
the activities for the next two years. The DAB action can be planned
tentatively as below.
2013: Start a DAB Working Group (WG) consisting of Japanese members and
up to five selected international members. To start with, one workshop
meeting will be held in Japan.
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2014: Organize at least one workshop and one international symposium. The
frequency of the workshops and the meeting places will be decided in 2013
workshop. The symposium can be held either in Japan or other countries
depending on national fund-raising results and the amount of IUBS funding.
2015: At least one workshop for editing a publication of the results. The
final goal of this triennium is to issue a publication on DAB at the end
of 2015.
Detailed action plan for 2013:
Organize an International Workshop in Tokyo or Iwate (Earthquake and
Tsunami affected area). Prepare for 2014 workshop(s) and International
Symposium. The first workshop is aimed to start case studies to classify
different cases and problems, and to fix program strategies for the next
two years, including fund-raising, nomination of additional international
core members.
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