...

JPF REPORT vol.7

by user

on
Category: Documents
6

views

Report

Comments

Transcript

JPF REPORT vol.7
JPF
Japan Policy Frontier
Report
No.7
Contents
・巻頭挨拶
・Special Issue
小規模自治体の挑戦∼(1)
「町独自の教育基本条例制定に向けて」
・Research Report 日本の東アジア経済戦略(3)
「進む中国、ASEAN、遅れる日本のFTA戦略」
・Research Report 「投票率の低下は我が国“日本”を誰かの私物にする」
・Case Studies
新しい教育の形(3)
「教育バウチャー制度」
・Book Review
「世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す」 (ジョセフ・E・スティグリッツ)
巻頭挨拶
NPO 法人日本政策フロンティア 理事長
小田全宏
『地球環境と
不都合な真実』
2007年を迎えてから2ヶ月がすぎましたが、今年
も昨年同様どうぞよろしくお願い申し上げます。
今年の暖冬には誰もが、私たちの地球がおかしくなっ
ているのではと感じています。今、アメリカ大統領候補
だったアル・ゴアのドキュメント映画「不都合な真実」
が上映されています。ゴアが7年前の大統領選挙で、現
ブッシュ大統領と激戦を繰り広げたことは、皆さんもよ
くご存知でしょう。もしあの時、ゴアが勝っていたら、
世界は違った方向になっていたかもしれないとよく言わ
れますが、反面、ゴアが表舞台から遠ざかっていたため
に、この7年間地球環境問題に懸命に取り組ことができ
たとも考えられます。どちらにしても、この映画の出現
が人類の生存可能のターニングポイントにしなくてはな
らない、それが、私達地球市民の義務だと強く感じてい
ます。
この映画の内容はNPO法人ネットワーク「地球村」
の高木善之さん(JPFアドバイザー)が、10年以上
の前から、講演活動で全国の人々に語り続けてきたこと
です。高木さんの長年の訴えが、「不都合の真実」の出
現によって、よりメジャーなものになることは喜ばしい
のですが、高木さんの予測が、いよいよ現実のものにな
りつつあることには恐怖を感じます。
また、今後、中国やインドがどれだけ経済発展をして
くるのかということも、今後の地球環境問題の大きな課
題です。彼らの全てがエアコンを使いだしたら、どうな
るのだろうかとよく言われます。しかし自分達のエネル
ギー生活を確保したいために、途上国の発展は困るとい
う考え方もエゴです。世界中の人々が豊かに暮らしても
それを支える地球が人類の生存を可能にしてくれるシス
テム作りに先進国が取り組み啓蒙していかなくてはなり
ません。しかし,最近この地球環境問題を自分自身の問題
として捉え、小さいことからでも実践し始めた人達が私
の周りでも増えてきました。ピンチはチャンスです。こ
の異常気象が私達一人一人の覚醒に繋がることになるこ
とを切望します。そのためにJPFも、お役に立ちたい
と思っております。
2月15日の富士山世界遺産シンポジウムも、予想を
超える多くの方々にご参加頂き、素晴らしい大会になり
ましたことを心より感謝申し上げます。美しい富士山を
愛でる気持ちが、人々の心と自然の調和を再考する機会
に繋がることを確信しております。
*********
特定非営利活動法人
日本政策フロンティア
〒105-0001 東京都港区虎ノ門三丁目10番5号6F
TEL 03-5777-5809 FAX 03-5777-5819
http://www.jpf.gr.jp/
発行責任者:小田全宏 編集者:三浦秀之
3月、4月は、卒業と出発の時期です。居場所は変わ
らなくても、古い自分を卒業して、新しい心で再スター
トするのにふさわしい季節です。一人一人が心の中で、
新しい春を迎えられることを願っております。
SPECIAL ISSUE
日本政策フロンティア正会員
北海道松前町長 前田一男 小規模自治体の挑戦∼(1)
町独自の教育基本条例制定に向けて
松前町は、北海道最南端に位置する漁業を基
幹産業とした人口1万人の町である。かつて松前
藩の城下町として栄えたこの町はその文化的香
りを残しながらも、自治体運営の厳しさは他の
過疎地と同様で、教育面でも様々な問題を抱え
ている。
2間口の高校は統廃合の対象となっており、
これが実施されると地元の高校生は片道3時間の
通学を余儀なくされる。経済的問題から高校卒
業時に就職する割合は年々増えており、学習熱
も上がりにくい。また町内に雇用がないため、
ほとんどの子どもたちは高校を卒業すると町を
出て行く。一方、当の子どもたちは屈託がなく
素直で明るい。これは田舎町のよいところだと
思う。そんな彼らに、社会で通用する堂々たる
人間力を身につけてほしいという願いから、町
は19年度に教育基本条例(仮称)を制定し、地
域あげての人材育成を目指す考えにある。
先般、改定教育基本法が決議されたが、私の
問題意識は「国は法改正を実現したが、果たし
てこの精神が全国津々浦々に行き渡るのにどれ
くらいの時間がかかるだろうか」ということで
ある。改正のポイントは「国と郷土を愛する」
ことや、家庭教育の重要性、公共の精神を尊ぶ
ことなどを明文化したことであろう。わが国の
戦後教育は、端的に言えば、道徳教育を家庭も
学校もなおざりにし、責任なき自由と義務なき
権利を黙認してきたとは言えまいか。学力の低
下や公の精神の欠如などは、決して子どもたち
のせいでなく、また、時代の必然でもない。私
たち大人自身の問題であると思わざるを得ない
のである。
北の大地の小さな町の挑戦は、日本の教育を
覆う風潮を変えることはできなくとも、せめて
自分の町の教育環境は変えていこうという決意
である。松前町民は地域の総意として、どんな
環境で子どもを育て、どんな資質を身につけた
子どもを社会に送り出したいと願うのか。これ
を改正教育基本法の理念を踏まえながら、町独
自の教育方針として打ち出そうというものだ。
「卒啄同機」という禅語がある。雛が孵るには
親鳥が卵の殻を外から突くのと雛鳥が内側から
突くのは同時でないとうまくいかない、という
意である。国家百年の計である教育を論じるに
は国家の意思と地域社会の願いが「 卒啄同機」
でなければならないと思うのである。
ただし、地方自治体が教育を主体的に論じる
際には、十分なる注意も必要である。村山政権
下で施行された、いわゆる地方分権一括法は教
育の分権も謳い、結果、市町村の教育委員会が
行う施策に係る国や都道府県の権限は、指導・
助言にとどまり、強制力は失くなった。国会で
も問題になった行き過ぎた性教育やジェンダー
フリーの思想の乱用は、教育の地方分権がきっ
かけとなった。私は、かような危惧から、教育
における地方自治体の自主性や独自性といった
ものには、一定の歯止めを利かせなければなら
ないとの立場にあるが、教育基本法の目指す方
向において、各自治体が地域の伝統や風土を加
松前町概要
人口10,261人
北海道の最南端に位置し、西は日本海、南は津軽海峡
に面し、東西約50km、面積は293.08k㎡で、国道228号
線沿いに集落が形成されています。白神岬の絶景、折
戸浜・小浜の海岸景勝など、海岸線は変化に富んだ景
観を有し、オオミズナギドリの繁殖地として知られる
渡島大島、ケイマフリなどの繁殖地である松前小島と
ともに松前・矢越道立自然公園に指定されています。
気候は、対馬海流の影響を受けて、北海道で最も年
間平均気温の高い、温暖な気候です。夏の雨量が比較
的多く、積雪量は少なく、寒暖差も少ないなど、北海
道としては大変恵まれた気象条件です。平成15年の1
月の平均気温は−0.6度、年間平均気温は10.5度、 平成
15年の平均風速は毎秒4.3mでした。
SPECIAL ISSUE
味した教育指針を打ち出すことは、法の目的に
照らしても、大切なことだと考えるのである。
幸いこの町には、比較的歴史の浅い北海道に
あって、築城400年来の伝統と文化の蓄積があり
藩校や私塾による教育の礎がある。振り返れば
江戸時代の各藩は独自に産業を興し、有為な人
材を育てることに藩の命運をかけてきた。これ
をやっていきたいと考えるのである。
具体の条文は、今後、関係者や町民の方々の
議論を待つことになるが、基本的には次のこと
を盛り込みたいと考えている。
1) 家族愛と郷土愛を育てること
2) 公の心を育てること
3) 徳育の重視
4) 基礎学力の修得
5) しつけの第一義的責任は家庭教育にあ
ること
6) 親や地域社会は学校や教師を信頼し、
協力関係にあること
7) 家庭・地域・学校がそれぞれに責任と
役割を果たすこと
松前町は文化勲章を受章した書家・金子 亭
鴎
の出生地でもある。先生は生前「私の伸びやか
な字は、ふるさとである松前の風土が育んでく
れたものだと思う」と語っていたという。松前
中学校は、北海道庁の「美しく豊かな言葉」推
進事業のモデル指定を受けるなど、町をあげて
書道の普及に取り組んでいる。20年度には鴎亭
先生やその門人の方々の書を刻んだ石碑80余基
が並ぶ「 亭の道」もつくられる予定だ。松前
鴎
の子どもは、保育園に入るとみんな筆を持って
自由に字や絵を書き、高校を卒業して社会に出
て行くときには、履歴書の特技の欄に「書道」
と書き、松前出身の新米社員が社長の代筆を執
る。また、企業から「松前で育った子どもなら
安心して引き受けられます」と言ってもらえる
ようになったらどんなに素晴らしいだろうと思
う。
今の時代、首長は後世に建造物を残すのでな
く精神的遺産を残すことを欲すべきだと思う。
地方自治体の財政はどこも厳しいが、だれかに
責任転嫁しても始まらない。
このような考え方を携え「一燈照隅 万燈照
国」の気概で、自治体運営に当たっている。
Profile
氏 名 前田 一男(まえだ かずお) 役 職 北海道松前町長(1期目)
年 齢 40歳(昭和41年5月27日生)
出 生 地 北海道松前町
家族構成 妻、長女(中学2年生)
【経歴】
平成2年、北海道大学工学部電気工学科卒業。平成2
年、伊藤忠商事株式会社入社。平成5年、同社退社。
平成5年、北海道庁奉職、渡島支庁社会福祉課、総務
部知事室国際課、日高町役場派遣(介護保険担当)、
総合企画部IT推進室情報政策課。平成15年6月、北
海道庁退職。
【政治活動】
平成16年4月北海道松前町長選挙に立候補し、無投
票で当選。(当時、全国最年少町長) 松前城(福山城)
RESEARCH REPORT
日本政策フロンティア研究員
三浦秀之
日本の東アジア経済戦略(3)
「進む中国、ASEAN、遅れる日本のFTA戦略」
先号から引き続きではあるが、近年、特定国間の
貿易に関する障壁を撤廃する自由貿易協定(FTA)
が急増している。2006年9月15日時点で関税と貿易に
関する一般協定(GATT)・世界貿易機関(WTO)
に通報されているFTA(厳密にはFTAと関税同盟の
合計)の累計は211に上る。WTO加盟国の中でFTA
に加盟していないのは、モンゴルだけであるといわ
れており、FTA加盟国間の貿易は世界貿易の40%以
上を占めるようになった。
東アジアは他の地域と比べると、FTAへの関心を
持つのは遅かった。21世紀に入るまでは、東南アジ
ア諸国連合(ASEAN)を加盟国とするASEAN自由貿
易地域(AFTA)が東アジアにおいて唯一の主要な
FTAであったが、21世紀に入ると、東アジア諸国も
FTAを積極的に推進するようになった。
日本は2002年11月にシンガポールとのFTA(公式
には、経済連携協定、EPA)を発効させた後、05年4
月にはメキシコ、06年7月にはマレーシアとのEPAを
発効させた。現在、インドネシアなど東アジア諸国
を中心に交渉を進めている。日本を始めとして近年
設立されつつあるFTAは貿易自由化だけではなく、
投資自由化、貿易・投資円滑化、経済協力などを含
む包括的な取り決めになっている。
WTOでの貿易自由化が進まない中、FTAは今後も
増加することが予想される。日本もFTAに積極的な
姿勢を見せているように感じる。しかし現実には日
本のFTA戦略は東アジアの中でも大きく遅れを取っ
ているのが現状である。
下の表を参照してみるとその違いは一目瞭然であ
る。現在日本がFTAを発行した国は先述のようにシ
ンガポール、メキシコ、マレーシアといった国であ
る。それらのうちシンガポールとマレーシアに関し
ては下記の表で言えばASEANに属している国々であ
る。東アジアの範囲には属さないが近年経済の成長
が著しいインドもFTA戦略を構築し、ASEANとの
FTAの締結を既に行っている。それのみならず、中
国、また韓国も同様に締結済みである。これらの国
々は日本と同様にFTA交渉の後発国であった。
これらからいえることは、日本の東アジアでの存
在感が低下する一方、ASEANや中国の存在感が増し
ているということである。特に下記の表からも明ら
かのようにASEANにおいては東南アジア諸国内にお
ける自由貿易協定(AFTA)のみならず中国・韓国・
インドと結び全方位外交を敷いている。すなわちア
ジアの経済のハブにならんとする戦略ということが
できる。
日本の国内総生産(GDP)は、1990年には中国の
GDPの8.6倍だったが、2003年には3倍に縮小した。東
南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)の
GDPに占める日本と中国の割合は同期間にそれぞれ
76%と9%から、62%と20%へと変化した。貿易では変化
がより鮮明である。90年には日本の貿易総額は中国
の4.5倍であったが、03年にはほぼ等しくなった。
さらに、アジア新興工業経済郡(NIES=韓国、台
湾、香港、シンガポール)とASEAN4(インドネシ
ア、マレーシア、フィリピン、タイ)の総輸出に占
める日本と中国への輸出割合は、90年には15%と7%で
あったが、03年には9%と19%に逆転した。
中国の台頭と日本の低下は外交面でも顕著だ。中
国はASEANとの関係を自由貿易協定(FTA)や経済
協力などで緊密にする一方で、日本と韓国にも日中
韓FTAの締結を提案するなど積極外交を推進してい
る。同様にASEANプラス3やアジア太平洋経済協力
会議(APEC)の場でも、主導的位置を確保しつつあ
る。中国とは対照的に、日本外交は存在感を低下さ
せている。先述のようにシンガポールとの間で02年
にFTAを発効させたものの、他の東アジア諸国との
交渉は期待したほどは進んでおらず、ASEANプラス
3などで効果的な政策も打ち出せていない。東アジア
での存在感の低下は、日本の国益に負の影響を与え
る。日本の経済的繁栄のためには、高成長が予想さ
れる東アジア諸国との関係緊密化が重要だ。
経済成長の実現には、ヒト、モノ、カネ、などの
効率的活用が重要である。それらを効率的に活用す
るには、国内および国際的移動を阻害する障害を取
り除かなければならない。日本では、規制緩和や貿
アジアにおけるFTAの状況
日本
中国
韓国
ASEAN
インド
日本
△
○
○(一部締結)
○
中国
△
△
◎
△
韓国
○
△
◎
○
ASEAN
○(一部締結)
◎
◎
◎
インド
○
△
○
◎
◎締結 ○交渉中 △検討中
RESEARCH REPORT
易・投資の自由化などでモノやカネの移動に対する
障害はかなり削減されたが、農産品輸入や外国人労
働者の受け入れに対する障害は依然として大きい。
ヒト、モノ、カネの移動を活発化させる有効な手
段は国内的には規制緩和・撤廃を中心とした構造改
革であり、対外的にはFTAである。
世界貿易機構(WTO)での多角的貿易交渉が順調
に進んでいれば、モノの貿易自由化はWTOに任せる
のがベストであるが、WTO加盟国の自由化への考え
が異なることから交渉は難航している。こうした状
況では、自由化に対して同じ考えをもつ国同士が貿
易障壁を撤廃するFTAが有効だ。モノの貿易自由化
だけではなく、ヒトやカネの自由化を含むFTAは、
経済成長に貢献する。
発展段階の異なる国々が存在する東アジアでは、
自由化だけでなく人材育成、金融制度などの経済諸
制度やインフラの整備、エネルギーや食料の安定供
給などに関する協力を含む包括的なFTAが必要だ。
ただし、FTAの枠組みに含まれる政策間の一貫性
を確立しなければ期待される効果は実現しない。農
業での技術協力を進める一方、農産品の輸入を規制
するような政策は一貫性に欠ける。
東アジア諸国を加盟国とする東アジアFTAの締結
は、経済的繁栄をもたらし、社会、政治、安全保障
などに関する合意を含む東アジア共同体設立へ向け
ての大きなステップになる。東アジア共同体の形成
は、経済的繁栄だけではなく、平和や民主主義の確
立をもたらすであろう。
1つは、日本国内における貿易や労働市場開放に対
する反対である。いま1つは、日本が東アジア諸国の
信頼を得ていないことである。素晴らしい構想を作
り出すことができても、東アジア諸国の信頼がなけ
れば、構想は実現しない。東アジア諸国の信頼の欠
如は、日本の国連安全保障理事会の常任理事国入り
に対する支持がなかったことに表れている。
東アジア諸国の信頼・支持を得るには、日本にと
っては痛みを伴うが、東アジア諸国の関心の強い、
農産品自由化や外国人労働者受け入れを進めなけれ
ばならない。自由化により失業を余儀なくされる労
働者に対しては、一時的所得補てんや教育・訓練に
よる能力向上への支援が有効だ。
東アジアFTAや東アジア共同体については、日本
だけではな、他の東アジア諸国も自由化への反対、
人材不足、制度・インフラの未整備など多くの障害
・課題を抱えている。障害・課題の克服に向けて日
本が積極的に貢献するためには、強い政治的リーダ
ーシップの下でのアジア戦略の策定と実施が不可欠
だ。
日本政策フロンティア研究員
鈴木孝明
「投票率の低下は
我が国“日本”を誰かの私物にする」
今年は、4月に都知事選や各選挙が行われ、また
夏には参議院選挙並びに統一地方選挙が行われ、選
挙年ということができる。
現在、我が国は無党派層が増加している。加えて
各政党、候補者が挙ってマニ フェストを出し、それ
を有権者が生活事情や自らが持ち合わせた思想によ
って判断するという昨今の選挙事情は健全な民主主
義の方向に進んでいると言える。
これに加えて、更に投票率が高い水準であれば、
我が国は更に進んだ民主主義国家になっていると言
える。
しかしながら、残念なことに、現在の我が国の投
票率は非常に低い水準にある。明るい選挙推進委員
会の統計によると、市区町村選挙の投票率は昭和20
年代中頃には 91.02%を達していたのに対して、前回
の平成15年の選挙では、55.94%にまで落ち込んでい
る。無論、日本だけがこのような状況になっている
わけではない。しかし、ドイツやイタリアのように
今もなお、70%台後半から80%(下院)の投票率を保
っている国もあるのである。
このような投票率事情は選挙で政治の基礎を作り
出す民主主義の政治姿勢からは、当然のことながら
非常に由々しきことと言える。
これは投票率の低下は利権政治の温床になると言
えるからである。つまり、全体の投票数の中である
特定の組織団体の占める割合が格段に増加する可能
性を秘めているのである。我が国には数多くの圧力
団体がある。また、同時に強力な支持母体を持った
政党も存在する。無論、どちらも我が国には必要と
されるものであることも事実かもしれない。しかし
それらの団体の選挙における主張はあくまで一部に
おいて必要されることあり、我が国全体の総意とは
とても言い難い。
仮にこのまま投票率の下落が進めば、特定の支持
母体に我が国が支配される極めて不安定な国家へと
進むであろう。これこそ、現実に起こりうる日本が
誰かの私物化になるということである。
加えて、今もなお投票率が高いドイツ・イタリア
は、日本と同じ第2次大戦の敗戦国であることも胸に
刻んで置くことも必要であろう。
Case Studies
日本政策フロンティア研究員 山﨑基弘
新しい教育の形(3) 「教育バウチャー制度」
バウチャーという言葉を使って、学校教育におけ
る競争の重要性を初めて明確に主張したのは、ミル
トン・フリードマンである。彼は、1955年に発表した
"Role of Government in Education"という論文(「資
本主義と自由」に再録)の中で、米国の公立学校は
非効率かつ低質で、その原因は、公立学校が教育を
無料で独占的に提供しているからであるとした。そ
して、教育の質を高めるために、政府の検査や管理
を強めるのではなく、市場メカニズムを用いること
を提案した。そのために、政教分離を定める連邦憲
法の規定により、政府の補助金を出せなかった私立
学校にも、バウチャー(=クーポン)の形で、生徒
の数に応じた補助をすべきこと、その金額は、公立
学校の平均的費用に相当すべきこと、公立学校の予
算も、生徒の数を反映して決められるべきであるこ
と、等を主張した。彼の主張は、補助を与える対象
を特に限定しなかったので、後に、「制約のないバ
ウチャー」と呼ばれるようになった。
日本におけるバウチャー制の議論は、まず、規制
改革・民間開放推進会議による「文部科学省の義務
教育改革に関する緊急提言」は、「当会議は、欧米
諸外国において様々な成功体験が蓄積されてきてお
Book Review
り、生徒・保護者による選択とこれに基づく教育機
関・教員の創意工夫を引き出すことが可能となる、
『教育バウチャー制度』について、・・・どのよう
な工夫・制度設計を行えば我が国に適した望ましい
『教育バウチャー制度』を実現できるのか」検討が
必要、とした。更に「規制改革・民間開放の推進に
関する第2次答申」は、「バウチャー構想の実現」
として、「イギリス、オランダ、スウェーデン等の
教育先進国では、児童生徒数を基準として公的助成
が行われ、教育の質の維持・向上に成功している事
実は・・見習うべき点が多い。我が国においても、
特区での実験的導入の可能性も視野に入れ・・・る
ことが急務である」とした。これらを受けて、文部
科学省は論点整理のために「教育バウチャーに関す
る研究会」を設立し、会合を重ねてきた。教育バウ
チャーの導入は、安倍政権による教育改革の目玉と
して、2006年の自由民主党総裁選の争点の一つにもな
った。したがって今後、安部政権が設置した教育再
生会議の主要テーマになると考えられている。
日本政策フロンティア研究員 三浦秀之
『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』 ジョセフ・E.スティグリッツ, Joseph E. Stiglitz・著 楡井浩一 ・訳( 徳間書店刊)
自由化と民営化を旗頭にした
グローバル化は、すべての国、すべ
ての人に未曾有の恩恵をもたらすは
ずだったが、今、われわれに訪れた
のは、一握りの富める者のみがます
ます富んでいく、世界規模の格差社
会だった。一体これはなぜなのか?
という問題の回答の一つを導き出し
てくれるのが本書の内容である。ノ
ノーベル賞経済学者スティグリッツが、アメリカの
エゴにゆがめられた、グローバル化のからくりを暴
き、すべての人々に利益をもたらす新システムを提
言する待望の一冊だと思う。
この本から世界には理不尽な格差と極度の貧困が
歴然と存在し日々拡大しつつあるという現状がよく
わかる。その原因となっているのがワシントンコン
センサスからのハゲタカのような企業とそれに癒着
する政治である。現状は予想以上に政経一体の、悪
意に満ちた活動が支配的です。その事実の指摘には
驚かされることは間違いない。
著者は机上の論理を振りかざすわけではなく、政
府の要職にあり一日一ドルで生活するような極貧の人
びとの状況を心を痛めながら見て回ってきただけあっ
て手持ちの材料に事欠くこがない。著者によれば、グ
ローバル化そのものは今後も避けられず、それ自体が
悪いのでもない。悪いのは、現行のインチキなグロー
バル化で、そこにIMFも率先してしっかり絡んでいる
様子がよくわる。みんなでよってたかって途上国にお
金を貸しては債務超過に追い込む手法は、バブル期の
わが国によく似ている。
さらに、この本は、ワシントンコンセンサスやIMF
の政策など国際金融政策の批判に多くのページが割か
れているが、それにとどまらず、地球環境問題や知的
所有権の問題、それに基軸通貨としてのドルの将来に
疑問を投げかけるとともに、前向きな政策提言も数多
くなされている。 改革という言葉が他人を貶めるため
の空虚なスローガンに堕してしまい、「グローバル化
=アメリカ化」といった安易な議論がなされている現
在の日本においても、この本は多くの人に読まれるべ
きであろう。この本が、もっと冷静で公平な議論がで
きるきっかけになればと思う。
Fly UP