...

MOT 2輪

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Description

Transcript

MOT 2輪
http://sangakukan.jp/journal/
2006 年 10 月号
●巻頭言
金子 尚志
…………………………………………………………………
●巻頭座談会
日本型MOTと産学官連携
1
̶MOT大学院の課題と可能性を考える̶ 亀岡 秋男*榊原 清則*水野 博之*山本 尚利 …………
2
●特別インタビュー
特許売買ができるデータベースの構築はこれでOK
̶知財戦争は知恵で勝つ̶ 冨岡 勉 …………………………… ………… ………
11
●特別寄稿
産学連携による日本型COOP教育の構築を目指して
……………………
17
……………………………………………
21
̶洋上事前講義を取り入れた神戸大学の新たなる挑戦̶ 松澤 孝明 ●特集
「都市エリア」函館の挑戦 川下
浩一 ●連載
産業界に聞く産学連携
前 日本経済団体連合会 産学官連携推進部会長 山野井 昭雄氏に聞く
産学連携による人材育成の必要性 ………………………………………………
産学連携と法的問題
第10回 産学連携と税務 大森 孝参 ……………………………………………
31
34
大学発ベンチャーの若手に聞く
コメの新しい食べ方を世界に提案
̶小麦粉アレルギーに福音̶
東野 真由美氏(株式会社パウダーテクノコーポレーション)に聞く 平尾 敏 …………
37
ヒューマンネットワークのつくり方
地域連携ネットワークの輪の中で
̶顔の見える産学官連携活動̶ 野呂 治 ……………………………………………
●イベント・レポート
「イノベーション・ジャパン 2006̶大学見本市」報告 …………………………
39
43
「UNITT2006 第 3 回産学連携実務者ネットワーク」報告 ………………………
47
●編集後記 ………………………………………………………………………………
48
Vol.2 No.10 2006
●産学官連携ジャーナル
金子 尚志(かねこ・ひさし)
日本 MOT 学会 会長
日本電気株式会社 名誉顧問
◆MOT学会の発足に当たって
昨今、技術革新が経営の死命を制する時代に入り、従来の MBA 教育に加え
て技術経営を教える教育プログラムに対するニーズが高まってきた。実はこの
プログラムこそ、昨今の専門職大学院大学の科目として新設されてきた MOT
(Management of Technology)にほかならないわけである。その背景には米国に
おいて 1980 年代中ごろから、急速に進展する技術革新を背景に、ビジネス・ス
クールと工学部が連携して MOT プログラムを導入してきた世界的な動向がある。
世界の動向に対してタイミングを失する事なく MOT を創設支援された行政当局、
大学当局ならびに関係する諸先生方のご努力に深く敬意を表する次第である。
一方、産業社会の実態も「経営知識の付与と技術革新知識の付与」、つまり
MOT のカリキュラムを真剣に求めていたわけである。私自身企業人を 50 年間
相務めたうち、研究開発に約 20 年、事業に 10 年、企業経営に 15 年間携わっ
てきた。しかし特に後半の経営面では、技術系教育を受けたままでは経営面の戦
略知識の不足に常に悩まされ続けてきたと言えよう。特に私が MOT ニーズを強
く感じたのは、M&A や TOB 等の戦略的経営環境の激しい米国法人の社長を務め
ていた時だった。当時カリフォルニア大学バークレー校のビジネス・スクールと
工学部の連携による MOT が創設され、われわれに企業寄付を求めてきたころで
ある。当社は率先してこれに参加・支援してきた。
さて、3 年ほど前から、私は「科学技術と経済の会」の「技術経営会議」議長
を仰せ付かった。この運営をつかさどるうちに、この組織の重要なミッションは
技術経営の教育、すなわち法人会員各社の技術系幹部社員に対する「MOT」で
あることを痛感した。事実、当会としても経営者の卒業生は大勢いるので、東京
大学工学部と連携するなどあらゆる機会を使って MOT の実践を図ってきた。そ
のような中で、当然ながら、専門職大学院大学の方々と協調して MOT 分野の進
歩発展に尽くすべきとの考えに到達し、古川勇二氏や、児玉文雄氏とも議論を
重ね、まずは論文発表の土台をベースにした「MOT 学会の創立」を図り、開放
的環境での多角的議論展開により、学術的内容のレベルアップを目指そうとい
うことになった。「科学技術と経済の会」は、その機関紙を A4 判横書きに変更
し、学会誌を包含し得る体裁も整えていただき、学会設立に絶大な協力をいただ
いた。その間、学会会則等の整備もなされ、去る 6 月 20 日に芝浦工業大学内に
「MOT 学会」として発足したわけである。
当面、「科学技術と経済の会」との関連で、私が初代会長を引き受けることに
なったが、本来は MOT を実践する先生方が中心になってリードすべきとの信念
を持っているので、いずれ会長はお譲りする。関係者全体でこの学会を健全な姿
に育てて行こうではありませんか。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
1
日本型MOTと産学官連携
̶MOT大学院の課題と可能性を考える̶
亀岡 秋男●榊原 清則●水野 博之●山本 尚利
司会進行・本文構成:田柳恵美子(本誌編集委員)
科学技術立国を目指す日本にとっての日本型MOTの問題点を多岐にわたり論じた。
◆科学技術立国を論じるMOTがない
亀岡 秋男
日本型の MOT(技術経営)と言ったときに、さかのぼれば 1960 年代から
その源泉はあると思うのですが、ここにきて急増した MOT の専門職大学院に、
過去の日本型 MOT を打破するものが要請されているとすれば、それは何なの
でしょうか。
水野 まず間違いなく言えるのは、日本が 21 世紀に向けてどう行くかと
いったら、科学技術立国しかない。確かに小泉さん(前首相)は、科学技
術立国ということは言ってくれた。お金も出してくれた。科学技術基本法、
科学技術基本計画が立てられ、お金はたくさんかけられているけれども、
それをどういう方法論で日本の活力に持っていくかという議論があまり
にも少ないと思います。45 兆円出してその成果はどうだったんだという
ことを含めて、MOT というものをきっちり議論しなければならないのに、
いまだに次の時代が見えるようなところに達していない。
1980 年代は日本が一番ハッピーだった時代で、やることが山のよう
にあって全然迷いのない時代でした。当時は、MOT なんてはっきり意識
してやっていたわけじゃないが、欧米先進国の知的財産をうまく利用し
て、安くて質のいい労働力と結合して、世界最高の製造技術で立国し、
世界を脅かすまでになった。これはまさに日本が成功した、最も美しい
MOT の例だと思います。しかし、いまだに過去の栄光を引きずって、こ
のモデルから脱却できずにいる。新しいものが何も出ていないから、こ
れは非常に不安です。
亀岡 私もそのように思います。キャッチアップにうまく乗っかって、も
のづくりがうまいということを過信してきた。とっくの昔に新しいモデ
ルに移らなければいけないのに、いつまでも日本はまだまだ強いと言い
ながら、1990 年代、2000 年代と過ごしてきた。新しいモデルが必要だ
ということは、何となく自覚しつつあるものの、産業界はまだ本気にな
っていない、きちんと対応できていないという認識を持っています。
水野 一方で米国は、日本の怒とうのような進撃を見て、1980 年代に「知
的財産」を上部機構に位置付けた新しい MOT の戦略を打ち出した。日
本は不幸なことに、この米国型の MOT に乗って、キャッチアップはも
う過去のものだと言いつつ、依然として米国の情報化社会の戦略をキャ
ッチアップしてきた。米国の戦略そのものを、日本がバックアップして
自爆自沈したのが、過去の 10 年です。
今、日本は多少元気が出ているというけれども、元気印と言われるのは、
皆もう古ぼけた大企業です。シリコンバレーのような、若手が次々に新
しいビジネスを創るという状況はいまだ見えない。これは日本が次の時
代の MOT を何ら提示していないというあらわれだと思います。
http://sangakukan.jp/journal/
(かめおか・あきお)
北陸先端科学技術大学院大学
知識科学研究科 特任教授
榊原 清則
(さかきばら・きよのり)
慶應義塾大学総合政策学部教授
/独立行政法人 産業技術総合研
究所 技術革新型企業創生(ルネ
ッサンス)プロジェクト プロジ
ェクトリーダー
水野 博之
(みずの・ひろゆき)
高知工科大学名誉教授/立命館
大学(MOT 大学院)客員教授/
大阪電気通信大学 副理事長
山本 尚利
(やまもと・ひさとし)
早稲田大学ビジネススクール教
授/元 SRI グループ技術経営コ
ンサルタント
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
2
亀岡 それを乗り越えるような仕掛けを、一匹おおかみ型のベンチャーに
期待するだけでは無理で、大企業そのものが脱皮しないかぎり、日本は
変わらない。しかし、その難しさがまたのしかかってきています。
米国と日本の大企業の違いは何かというと、日本の場合、例えば半導
体ができればそれをいち早く取り込んでいくとか、新しい技術をどんど
ん吸収していくという意味において、上手に変革していった。しかし、
インクリメンタル(漸進的)に学習する範囲であれば変われるが、もっと
大きく飛躍して変わろうとするときに、対応できない。いまだに、そこ
の壁は突き破れないのです。
水野 米国の場合、大企業がやらんでも、周りに新しい企業がほうはいと
して起きる。ところが日本は起きない。
亀岡 GE がコンピューターに乗り出そうとして、IBM に対抗しましたが、
撤退した。半導体産業にも入ろうとしたけどやらなかった。結局、米国
には新興の企業がどんどん成長する要素があって、そちらのほうが勝つ
からでしょう。
◆日本人の「ビロンガー体質」が問題
山本 日本の大企業はそこを突破しようということで、もう 20 年来、社
内ベンチャーに力を入れてきていますよね。富士通も NEC も三菱電機も、
いろいろなプログラムでやってきている。しかし結論としては、投資効
果は上がっていないでしょう。三菱電機のように、もう社内ベンチャー
は一切やめた、無理だという企業も出ている。
水野 それが突破口になれたかというと、ほとんどなっていないでしょう。
もちろん、成功事例もありますよ。東芝から出たザイン・エレクトロニ
クス *1 の飯塚さんとかね。でも極めて例外的です。
山 本 結 局、 日 本 人 の 精 神 力 の 問 題 が 大 き い で す。 私 が 前 に い た SRI
(Stanford Research Institute)に、VALS(Values and Life-Styles)という
メソッドがあって、その中に「ビロンガー(belonger)
」という造語がある。
要は、組織に属する人のことですが、私は、この言葉を借りて「日本人
ビロンガー論」というのを以前から主張しています。日本の問題をひと
ことで言ったら、日本人の「ビロンガー」なメンタリティーなんじゃな
いかと。
水野 要するに「大樹に寄りたい」という気持ちがある。一匹おおかみ、
アンチ・ビロンガーは嫌だと。
山本 そうです。リスクを取らない。自分自身に自信を持てる人というの
が圧倒的に少ない。就業者全体からみて、米国人の 40%がビロンガーで
すが、日本人は、ひところに比べてやや減ってはいますが、それでも 80
%はいる。米国の倍いるわけです。
水野 その差ですな。
山本 そんな社会だから、例えばベンチャーの名刺を持って売り込みに歩
いても、「どこの馬の骨か」と、誰も相手にしてくれない。ところがシリ
コンバレーに行くとそれが真反対で、「社長」と書いてあっても会社の名
前は聞いたことがない。香港や中国でもそうです。ほとんど大企業なん
てないから、会社の名前なんて書いてもわからない。だからみんな自分
の名前だけで動く。個人として自立している。日本人は、ほとんどがど
こかの組織に属しているから、名前じゃなくて肩書にまず目が行く。メ
ンタリティーが根本的に違うんです。
http://sangakukan.jp/journal/
*1:ザイン・エレクトロニクス
http://www.thine.co.jp
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
3
◆そもそも「理系と文系」という切り分けが悪い
水野 結局、MOT をやるのは誰かといったら、明治から今日まで文系中心
ですよ。経済産業省の局長職にしたって、技術局長職というのは 10 分
の 1 もない。技術立国と言いながら、文系がちょこちょこっと勉強して
作文書いて、それで科学技術政策が諮問されている…。
亀岡 私もまったく同感で、マクロに見ると、うまく文系の人たち
にしてやられたという感じがします。結局、技術屋は専門家とい
う名付けをされて、別世界に囲い込まれた。技術屋も、個別の技
術に関心を持つだけの、小さな人間になってしまって、大所高所
から考えるような人材を十分に育ててこられなかった。
水野 技術屋にはそれが求められなかった。文系はゼネラリストと
して育てられるのに、理系は入ったときから専門職でずっときて
いる。しかし、やはり MOT は技術者がやるべきなんです。過去の
人類の歴史を見たら、技術をもって人類を変えたのはみんなエン
ジニアですよ。「技術者に MOT 教育を」という話は喜ばしいこと
なんだけれども、何かこう遅きに失するという感じがします。
亀岡 そもそも、「技術系と文系」という切り分けをした人たちが、
ある意味ではずるいんです。
水野 ずるいです。いまだにそれが直っていない。
山本 とにかく官僚の中で理系の人たちの不満がものすごいです。 亀岡秋男/株式会社 東芝 研究開発セ
上に行く道がかなり閉ざされていて、仕事もまさに専門的なとこ ンター特別研究室技監、政策研究大学
院大学客員教授、北陸先端科学技術大
ろに追いやられて、最終的にトップに立てない。理系の官僚が上 学院大学副学長を経て現職。2003年
に上がれるようになるためには、国家技術戦略を構想できるよう 10月、同大学院知識科学研究科に技術
経営(MOT)コースを立ち上げる。
な人材に育てなければならないということで、ここ何年か人事院
で、理系出身の官僚への技術戦略教育を担当しています。ただ、それで
根本的な文系優位の問題が解決するかどうか….。
◆MOTプログラムにマクロな課題をどう組み入れるか
榊原 なるほど。そういう日本の産業社会の大きな在り方とか、日本人の
帰属意識のような非常に大きな話が、現実に各大学でやっている MOT
プログラムの具体的なカリキュラム内容とは、必ずしも一致しないので
はないかということが、一つ問題としてあるでしょうか。あらためて、
それぞれ MOT 大学院の創成にかかわられたお三方に、私から質問した
いんですが、日本の MOT が抱えている積年の問題を打破するポテンシ
ャルを、MOT 大学院は持ち得ているのでしょうか。
日本で現実に教育の現場で行われていることは、もう少し小さなこと、
経営戦略だ、財務だ、技術評価だと、テクニカルなことに焦点が置かれ
ているような気もしますが、そのあたりは実際どうなんでしょう。
山本 早稲田大学の場合、私が担当している必修科目の 1 つは、「経営と
技術」という漠然とした科目名で、中身は今日出ているようなマクロな
話を講義しています。基礎科目からいきなり方法論とか細かい知識をや
っても、学生がついてこられない。今、東京大学工学系大学院の MOT(技
術経営戦略専攻)でも技術開発・製品開発マネジメントを教えていますが、
テクニカルな話をしたらみんな寝始めるけれど、マクロで根源的な問題
を話していくと、みんなわりとついてきます。
水野 高知工科大学では、「起業家コース」というものを初代学長の末松安
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
4
晴先生が打ち出されて、私も賛同してお手伝いしてきました。と
にかく「ビジネスを起こしたらドクターや」と勝手に言っとった
ら、「そんなのは学問じゃない」と先生方にしかられましたけれど
ね(笑)
。しかし、ビジネスを起こすようなやつが書く論文という
のは、学者志向の学生とはちょっと違うんです。まあ、ビル・ゲ
イツもドクター論文を書けずに、大学から放り出されたというの
が分かるような気がします。
山本 その能力とは別でしょう。
水野 そう。だから、そこは今でも学内で大激論になっています。
だけど実際、ベンチャーが起きていることは事実なんです。とに
かくベンチャーを起こせ、そのための勉強を一からしてみろ、会
社起こすためにどんどん動いてみろ、ということが先にあるコー
スです。
亀岡 北陸先端科学技術大学院大学の場合は、先ほども言いました
が、ベンチャーで日本を変えるのは時間がかかりすぎる、ともか
水野博之/松下電器産業株式会社 副
く大企業がもっと脱皮しないといけないということで、養成する 社長、スタンフォード大学工学部顧問
人材像として「イノベーター」あるいは「テクノ・プロデューサー」 教授、奈良先端科学技術大学院大学客
員教授、高知工科大学副学長を経て現
という表現をしました。キャンパスは東京八重洲のサテライトで、 職。1999年に創設された同大学大学
院起業家コースの立ち上げにかかわっ
東京の社会人が中心です。
てきた。
MOT コースをつくるにあたって議論を重ねて、行き着いたのが
イノベーションです。イノベーションをいかにうまく効率的に起こして
いくかを系統だって教えようということで、カリキュラムを組みました。
本学には、野中郁次郎先生が創られた「知識科学研究科」があり、野中
先生の流れをくんだ教員もいますから、知識科学をベースにして組み立
てていこうというのでスタートしています。
◆サービスのイノベーションで閉塞(へいそく)感を打破する
山本 知識科学とイノベーションを結び付けるわけですね。
亀岡 そう。技術というのは知識の一形態であって、イノベーションを「知
識創造」という視点でとらえようということが 1 つの柱です。
今日のテーマは「日本型」ですが、日本企業の特徴を重視しようとす
ると、要するに「トップは大きな意思決定ができない」という前提で
MOT を教えなければいけないんですよ。
山本 そういう前提ですか。
亀岡 前提です。日本の大企業というのは、優秀なトップがぐいぐい牽引
するというより、みんながコンセンサスを得ながらやっていくというス
タイルです。このスタイルで新しいものにチャレンジし、リスクが高い
ところにチャレンジするには、極端なトップダウンではない、何か新し
いかたちでやっていかなければならない。
水野 そのとおりですね。
亀岡 それを可能にするには、将来の目標を共有して、うまく分担できる
ようにしないといけない。そのための道具立てとして、「ロードマップ」
を中心においています。従来は技術と製品とマーケットという 3 層でや
っていたんですが、昨年から、製品とマーケットの間に「サービス」と
いうレイヤーを築くという新たな試みを始めました。
ものづくりは日本の基礎力としてあるわけですが、イノベーションを
起こすには、ものの先にあるサービスを見て、その先の人間の欲望とか
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
5
欲求について考える必要がある。このレイヤーをしっかり考えることが
できれば、次にどんなものをつくればいいのかが見える。日本のメーカ
ーが抱えている閉塞感のようなものから抜け出せるんじゃないかと、そ
んなふうに考えています。
そこでいうロードマップというのは、従来の技術予測みたいなものとは違う
わけですね。
亀岡 技術予測よりも、人間予測とか社会予測とかサービス予測。
山本 技術のバリュー(価値)というのはそこでしょう。
亀岡 まさに人間にとっての、社会にとってのバリューを創造するための
ロードマップです。業界や企業で閉じるのではなくて、異分野連携、企
業間連携、そして産学連携と、舞台をつないでいくつなぎ役、コミュニ
ケーションの道具立てとしても使っていける。この共通のロードマップ
を基に、将来の先読みをしていく。技術の先読み、社会の先読み、生活
の先読みをして、それを技術革新へと高めていく。
山本 それこそ MOT ですよね。「先進 MOT」というのは、まさにそうい
うことです。
◆MOTの学位にメリットを感じる文系社会人
榊原 そういう専門職大学院としての MOT プログラムは、企業の技術者
の再教育というかエンパワーメントを狙ったものとしてきちんと機能し
ているのでしょうか。
山本 いちばん悩ましいのは、理系の人というのは、ほとんど修士まで行
っていますから、専門職大学院へ行って修士号をもらうことにあまり積
極的な価値が見いだせない。だから会社から「行け」と言われた人以外は、
あまり来ないという傾向があります。じゃ、どういう人が来るかというと、
外資系の技術系が来る。いつでも転職できるように、学位を増やしてお
こうということです。日本企業の社会人では、個人で MOT の修士号を
取ろうという人はむしろ文系出身者が増えています。
榊原 文系の人が MOT ですか。
山本 もはや MBA では競争できないから、ほかの人とはちょっと違う学
位を持っておこうという動機ですね。製造業など技術系の企業で活躍し
ようという文系の人のニーズが高いですね。
亀岡 本学は、6対4くらいでしょうか。文系が 4 で、技術系のほうがち
ょっと多い。
山本 早稲田大学は、初めのうちは理系が多かったけれど、徐々に文系出
身者が増えてきました。
水野 高知工科大学の場合は、地域ということもあってちょっとパターン
が違います。3 種類あって、1 つはすでに中小企業で功なり名を遂げて
いる 40 代くらいの経営者で、次のビジネスを起こすためにもう一度勉
強しようという人たち。2 つ目が大企業の人たちで、次の時代の芽を社
内ベンチャーといった角度から議論したいという人たち。3 つ目が、一
般教養として勉強する、わりと若い人たち。こういう組み合わせになっ
ています。
◆文理クロス、ダブルディグリー(学位を2つ持つ)の課題
水野 ところで榊原先生は、理工系を出てから経営学を学ばれたという珍
しい経歴の持ち主ですが、何で理系から文系に移ったんですか。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
6
山本 実は私もそこが聞きたい(笑)。
榊原 ちょっとまじめにお話しすると、大学を受験するまで
は完全な理科系志望で、成績を見ても自分は理科系の人間
だと思っていたので、工学部に入って電気の勉強を始めた
わけです。ところが蓋を開けてみたら、自然現象とか、電
気の現象とかに、本来的にあまり強い関心が持てないこと
に気付いた。じゃあ社会現象に関心があるかというと、こ
れまたそうでもなくて(笑)。
で、あるとき気が付いたら、人間がつくったアーティフ
ァクト、人工物に関心があるんじゃないかと。そこには工
学的な技術もあるけれど、それを考えたり使ったりする人
間の要素も入っている。当たり前のことなんですが、もの
づくりを支える基礎知識には自然科学的な知識も必要だ
し、社会科学的な知識も必要です。例えば、自動車なら機 榊原清則/一橋大学商学部教授、ロンドンビジ
ネススクール準教授を経て現職。技術経営の研
能や技術のスペックも重要だけれど、「あるモデルが売れ 究、政策提言・形成の第一人者として、政府や
民間のさまざまなMOTプロジェクトをけん引
て、あるモデルが売れない」というのはそれだけでは説明 してきた。
できない。そういうことにどうも自分は関心があるようだ
と…。
山本 なるほど。そういうふうに関心が移った。
榊原 人工物というのは、その時は思い付かなかったのですが、今、産総
研の理事長をされている吉川弘之さんが、東京大学で人工物工学という
分野を確立されて、後になってから「ああ、なるほど。自分の関心は人
工物にあったか」と。後付けの理由ですけれどね。
亀岡 文科と理科に分けてそのままずっと行くからいけないんで、米国の
ように、理系で技術の基礎を勉強して、次に MBA をやるという人がも
っといていいでしょう。榊原先生みたいに、出口は経営学でも、根っこ
には技術があるという人が圧倒的に多い。
水野 ただ、文系を出てから技術の勉強をみっちりやり直すというのは難
しいです。理系の学部教育で、まだ頭が柔らかいうちに 4 年間みっちり
基礎的なツールをヒーヒー言わされながら学んで身につける。いったん
文系で教育受けてから理系に来た人に、この基礎を改めて学べといって
もそうは簡単にいきません。
そう考えると、若者の理科離れ、理系離れの問題はいっそう深刻ですね。
山本 それは米国も同じ、むしろ米国は日本よりもっとすさまじいです。
「イ
*2
ノベート・アメリカ 」というプロジェクトが立ち上がったのも、理系
離れが日本よりもっと深刻だからです。厳しい競争社会で、上に上がっ
ている人は文系が圧倒的だから、理系に行っても将来、あまり希望が持
てないように見えてしまう。とりわけ、アングロサクソン系があまり理
系に行かない。それで結局、エンジニアが足りなくて、インド人とか中
国人とかをたくさん雇う。
水野 プロセス・エンジニアは特にそうですな。
山本 われわれの世代は、工業化がどんどん進んで、猫もしゃくしも理系、
理系で育ってきた。だから高校時代も、「こいつは本当は理系に向かない
な」という友人も、必死になって数学を勉強したりしていた。50 代以上
の人の中には、実は本来的にあまりエンジニアに向かない人も、結構い
るんですね。文系的な才能があるのにたまたま理系へ行っちゃったと、
http://sangakukan.jp/journal/
*2:イノベートアメリカ
通称パルミサーノ・レポー
ト。産業界・学界・政府・労
働界を代表とする400名以上の
リーダーが15カ月かけて作成
した報告書。米国の産業力優
位にはイノベーションの促進
が不可欠とする。http://www.
nedo.go.jp/kankobutsu/
report/949/949-01.pdf
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
7
そういう人たちが、経営のセンスを発揮して活躍しているところが大い
にある。でも、これからはそうはいかないですよね。
亀岡 逆に、行きたがらなくなっている。
水野 行きたがらない理由が、また非常に重要ですな。
山本 数学が面倒くさい。
水野 苦労しても報われない。
山本 金持ちになれない。
結局、何かの反動が来ているのでは。特に 1980 年代半ばからバブルにか
けての技術者採用ブームは、ちょっと尋常ではなかったと記憶しています。
水野 そう。大企業が一度に何千人も技術者の新卒採用をするなんて時代
があったわけですからね。大学の先生方からは「人さらい」だなんてイ
ヤミも言われましたな。
山本 それで技術者が大事にされているなら問題ない。だけど実態は、例
えば医薬品だったら、1 つのテーマを 10 年ぐらいずっとやらされたあ
げくに、おまえのやったやつはボツだよと言われて、立ち直れなくなる。
化学品だったら逆に、3 カ月ごとに違うテーマをやらされるなんてこと
もあったりする。これでは専門性もへったくれもないです。
技術者なのだから、転職とか、そういう逃げ道はないんでしょうか。
山本 どこかであきらめている。転職して何か明るい未来が見えるならい
いけれど、転職したらますます今より悪くなるとしか思えないから、転
職意欲がなくなってしまう。これが日本のビロンガー社会です。
◆技術の資本効率を上げるという意味でのMOT
榊原 最近では一部の投資ファンドが、プライベート・エクイティで日本
企業の事業再編に大きなビジネスのチャンスを見て入ってきている。技
術があってもなかなかビジネスとして花開かない、大きく育たない、収
益化しないようなものに対して、資本効率とか資本政策絡みでいろいろ
なシナリオを描いて、再編に結び付けるのが彼らの商売で、そのときに
MOT 的な考え方がシナリオづくりの中で結構使われていますね。
水野 世界一の投資ファンドである KKR*3 もつい最近、日本に進出してき
ましたよ。結局、日本は今そういう意味でいえば「収奪の場」になって
きている。しかも彼らはリターンを 30%出せる。そこをバックアップし
ているのはスタンフォードやハーバードのファンドです。
山本 大学のファンドがものすごく入っていますよね。
水野 大学の連中はこれを自分たちのビジネスだと認識して、一緒になっ
てやっている。
榊原 ちょっと誤解のないように言えば、彼らには彼らなりの社会的使命
感を持っていて、「技術の資本効率を上げることは、天下国家のために役
に立つ」という意識がある。ほんとうにいい技術があるんだったら、「武
士は食わねど」では駄目なのであって、それなりの成果も獲得できるよ
うにするのが、技術の正しい姿だというわけです。
亀岡 確かにその大義名分はあると思いますね。一方で投資効率を上げる
という目的もあるけれど、もう一方では、技術を社会の役に立つように、
もっといろんなかたちで表現していくという努力をしないといけない。
次世代の MOT の議論の中でも、「技術の価値化=バリュエーション」の
話はもちろん出てきますし、大義は同じです。
http://sangakukan.jp/journal/
*3:KKR
コールバーグ・クラビス・ロバ
ーツ。世界最強と呼ばれるプラ
イベート・エクイティ・ファンド。
http://www.japan-stock.net/
modules/tinyd0/index.php
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
8
◆技術者が語り合う中からMOTの「共通言語」が生まれる
今日の話をお聞きして、皆さんが取り組んでおられる MOT 教育が、日本の
技術者たちの「内なる革命」であってほしいとあらためて強く思います。
亀岡 MOT 大学院に関しては、大企業を含めて産業界がもうちょっと育て
るという姿勢を持ってほしいですね。MOT 大学院は、官の主導で始まっ
て、全国の大学がそれに乗って、MOT コースがたくさんそろってきた。
たぶんこの後いったん失速するんですね。
水野 しますな。
亀岡 これを何とか上手に育てようという気持ちを産業界に持ってもらう
必要があると思います。
水野 日本は大企業が自己完結型だというところに問題がある。
山本 そうですね。社内でワンセット、企業内大学のような教育システム
を持っていますからね。
亀岡 今、逆に企業の中に自前の MOT コースをつくろうという動きも出
てきています。しかし、やはり半分ぐらいの人は、外の大学院に出して
学ばせるべきです。MOT 大学院の役割の一つは、いろいろなケースを企
業の人が持っていて、でも今まで語られていない、そういうものを語っ
てもらいたい。語ることによって、MOT の共通言語が生まれていくわけ
です。それはやはり、体系化することへの高いモチベーションを持った
研究者が大勢いる「大学」という場でこそ育つんだと思います。
水野 MOT の言語によって技術者の共通のプラットフォームができてい
く、それは素晴らしいことじゃないですかね。
榊原 亀岡さんがおっしゃるように、大学に MOT ができたということは、
技術者同士が物語を語り伝えるコミュニケーションの場として、存在意
義があると思いますね。それは一見、素朴なことだけれども、大変重要
なことです。
水野 先日も関経連(関西経済連合会)の会合で、「あなたがた企業は今、
わらをもつかみたいんでしょう。だったら、なぜ大学の知恵を借り
んのか。大学はわらにもならないのか」と言ったら、笑っとったけ
どね。
山本 日本の産業人は、学を低く見る傾向があると思います。米国の
場合は、産学官を人間が転々と動く、そういう流動性がある。だけ
ど日本はそこに厳然として壁がある。この壁が存在する限りは、米
国のようにいかない。それは無理にやらないほうがいいと思う。何
か自然なかたちでその壁を崩していかなければいけないでしょう。
◆MOT的な英知が21世紀社会にインパクトを与える
榊原 きれいごとかもしれないですが、世の中大きくみればオープン・
イノベーションの時代だから、脱・自己完結が必要ですよね。
山本 確かに、オープンソースの時代なんだけど、日本の場合はちょ
っと逆行していると思います。
榊原 グローバリゼーションの時代でもあり、またサイエンスリンケ 山本尚利/石川島播磨重工業株式会
ージも大切というのが天下の正論なのだから、産業界がそういう方 社 、SRI インターナショナル(スタ
ン フ ォ ー ド 研 究 所 )東 ア ジ ア 本 部、
向に行くように、大学が MOT のプログラムで支援していくことが、 SRI コンサルティングにて技術経営
コ ン サ ル タ ン ト を 経 て 現 職。1986
多少なりとも役に立っていくんじゃないでしょうか。
年より、技術経営を専門とするコン
亀岡 それは絶対にそうですね。
サルタントとして活躍してきた。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
9
山本 長い目で見ることが必要です。
榊原 淘汰(とうた)はされるでしょうね、
良いものと悪いものと。
山本 そうですね。今はその過渡期なのか
もしれない。
水野 成功例が出てくると早いですよ、日
本は。そこはあまり心配しなくても、い
ったん成功例が出だすと、日本の企業は
猫もしゃくしもみんなやり始めるから、
あともうちょっとだろうと思いますよ。
亀岡 海外の MOT は、米国は米国でどん
どん進んでいるし、欧州はちょっと翻訳
型というか、米国のモデルを参考にしな
がらやっている。でも、日本の次世代 MOT は、もう絶対に米国を追い
かけてはだめです。米国も欧州もアジアも、目標は共有しながら、互い
に学びながら一緒にやろうということで、国際的な MOT 大学院の連携
は積極的に進めています。もちろん、あわよくば日本が先回りしようと
(笑)。
榊原 国の成長戦略にしても、経営学や経済学だけじゃ駄目で、MOT が絶
対必要です。MOT 的な英知は 21 世紀社会に広くインパクトがあり得る
し、あるべきだと思います。
水野 科学技術への公共投資の成果をどう問うのか。科学技術をどうマネ
ジメントするのか。次の時代にその英知が形成されなかったら絶望的で
す。MOT の取り組みをどう次代につなぐかというフェーズに入って、だ
んだん集約されつつあるように思います。そういう意味でいえば、今日
はだいぶ悲観的な話で遠回りしたけれど、最後は楽天的になって、これ
からも大いに議論をして、「日本型 MOT ができたじゃないか」と胸張っ
て言っとったら大丈夫です。
皆さんの大胆な議論から、日本型 MOT の本質的な問題点が見えてきたと思
います。長時間どうもありがとうございました。
司会進行・本文構成:田柳 恵美子(サイエンス & リサーチコミュニケーシ
ョンスペシャリスト、本誌編集委員)
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
10
特
別イ
ンタビュ
ー
特許売買ができるデータベースの
構築はこれでOK
̶知財戦争は知恵で勝つ̶
衆議院議員の前にTLO社長を経験された冨岡議員がそのTLOでの経験から、特許出願から公開までの18カ月
の間で、それら特許内容が分かるようなデータベース構築の必要性を語る。それは迅速な技術シーズとニー
ズのマッチングに資すると述べる。
◆TLO社長を経験して
冨岡 勉
江原 内閣府知財推進事務局の荒井事務局長にお会いした時に、「君、知っ
ているかね、もはや TLO の社長は国会議員のキャリアパスなんだよ」と
いう話をされて、「初耳です。そういう方がどこかにいらっしゃるんです
か」、
「君それを知らないんじゃ産学連携、君はアマチュアだよ」と。なぜ、
どのように国会議員と TLO が結び付くかというのが私には全く分かりま
せんでしたね。
冨岡 そうですね。私はもともと外科医なんです。要するにリサーチャー
の指導にずっと当たってきて、論文ばかり書かせてきたんですよ。当時
はまだ直接 TLO と関係はないんですが、将来的に医療・介護・福祉問題
が国の中枢になっていくという認識のもとで医療界や行政と対応してい
ました。その介護保険から政治の世界に入るきっかけになったわけなん
です。県議を 4 年間した後、2 期目を目指す県議選で落ちたんですよね。
その無職の時にこの TLO の話があって、TLO を引き受けるということに
なったんです。
ですから、初めから目的として知財をどうこうするということで引き
受けたわけではなかったんです。ただ、私自身が長年携わってきた医療(医
療産業)を戦略産業として育てていきたいというのは常々思っていたこ
とであり、知財には関心を持っていました。齋藤長崎大学学長さんから
お話があったときには、「ぜひやらせてください」ということでお引き受
けしました。引き受けた時は、まだ TLO が認定されていない状態でした
ので、正式には私が初代の社長じゃないかと思います。初めて TLO に行
った時は、社員は事務長さん1人でした。社長の机もない。こんなこと
じゃいけないんじゃないかということで部屋を確保し、人員も採用、と
にかく仕事ができる体制を作っていくことにしました。
江原 ああ、そうでしたか。
冨岡 このままじゃ他の大学の後塵を拝してどうにもならない、「とにかく
追い付こうぜ」と。私自身、東大 TLO の山本さんとか関西 TLO や九大
TLO のほうにも見学に行って、「とにかく追い付かなければいかん」と
いうことでスタートしました。今でも暇ができれば TLO に行っては、わ
いわいやっています。政治の世界に出てきて 8 年目ですが、医療・介護
に関する部分を先端産業に仕立て、次に世界に通用する戦略産業に仕立
てて、外貨を稼ぎ収入につなげなくちゃいけないと考えています。
まず、TLO で最初に行ったのは、1 年間でとにかくマンパワーを確保
すること。それは今、順調にいっています。長崎大学の TLO 自体は知財
と TLO がよく連携して仕事を行い、うまくいっています。
http://sangakukan.jp/journal/
(とみおか・つとむ)
衆議院議員/株式会社 長崎
TLO 顧問
聞き手:
江原 秀敏
本誌編集委員長
同席者:
鴨野 則昭
独立行政法人 科学技術振興機構
産学連携事業本部 産学連携推進
部長
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
11
今の特許庁のデータベースには 5,550 万件以上登録されていますが、
TLO の役割と産学官の連携をうまく進めるためには、あまり役に立って
いないと思います。これが最大のネック、あい路になっています。何で
不動産分野のように売買が成立するようなデータベースがないのか。企
業と大学とのミスマッチが起こっている原因は、数ある特許の中でお互
いに誰を、また何を見つけたらいいのか分からないからだと思います。
特許庁のデータベースや民間のパトリスにしても、自分が発明したと思
われる案件を先行する事例と比較して、特許として成立するかしないか
をチェック、確認することを念頭に置いてつくられていますが、何ら売
買を目的としたものではありません。これがマッチングをうまく進める
ための最大のネックになっています。僕に言わせれば、もっとお互いの
ニーズが分かるデータベースがなぜできないのか不思議でなりませんで
した。そこで次に行ったのは新しいデータベースの提案と構築でした。
江原 なるほどわかりやすい。
◆売買ができるデータベースの3つのポイント
冨岡 そこで、TLO で独自のデータベースができないかを考えたんです。
そのデータベースの新規性は、まず経時的な変化を加味したデータを提
供する。これは特許案件を古いものから 10 年くらいずつの年代別に 3
つぐらいに分ける。2 番目に特許の売買に欠かせない項目を取り入れる。
最後に未公開情報を含めたものを提供する。これは TLO にしかできませ
ん。この 3 点です。こうすることによってニーズとシーズがマッチング
する環境を整えたデータベースをつくることができます。特許庁の検索
項目は機械的に調べられる項目をコンピューター化しているだけです。
特許を利用するには現在のデータベースは非常に使いづらいものです。
なぜか。さっき言ったように、そのデータベースは権利を確定するため
のもの、先行技術の調査をするためのもの、なんです。この 2 点以外に
は使い道はない状態です。従って、売買を念頭に置いた項目を含んでい
ないんです。相手が何を考えているのかわからない状態で、交渉を開始
するしか仕方がないんです。よくもまあこんな状態で我慢してきたもん
ですね。
例えば、発明者に売る気があるのかないのか、すでにもうどこかの会
社に独占、または非独占で、しかもいくらで売っているのか、等が分か
るような項目があったら便利だとは思い
ませんか? その上、関連資料の料金や共
特許が成立するまでの過程
同研究の希望、提案有効期限、ライセン
研 究
発明評価
ス状態、TEL・FAX・メールなどの連絡先
を付加し、企業(ユーザー)側が利用しや
出 願
すいものが見られれば、今すぐにでも電
出願から18カ月後に情報が公開
話(交渉)しますよ。
公 開
特許がどんなふうにして権利化される
か考えてみると、特許の成立過程はスラ
出願から3年以内に審査請求
審 査 しなければ無効
イドのようになります(図 1)。まず研究
者が研究を始める。そして発明評価が行
特許の成立
われて、次に出願する。これは出願であ
って権利が確定したわけではありません。
図1 特許が成立するまでの過程
この公開される前、審査が終わっていざ
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
12
ほんとうに成立するまでには、出願から公開までにブラックタイムがあ
ります。つまり、出願から 18 カ月の間は未公開案件(期間)、これが次
のポイントなんです。持ってこられた方はとにかく早く売りたい。買い
たい方も旬なものがいいに決まってますよ。この期間の 18 カ月は何と
もったいないことか。ここではデータベース上の表示を赤色にしましょ
う(未公開案件)。これを TLO で扱う。TLO しか、多分だめでしょ。発
明協会じゃ組織立ってやれない。人的な余裕もないと思いますよ。
また経時的な変化を色で表現する(公開して 10 年未満のものは黄色、
それ以上経つと青色)。もちろん狙い目は赤(未公開案件)。従って、連
絡場所はご本人か TLO、おそらく TLO になります。具体化したデータベ
ースはおそらくこういうふうになる(表 1)。これはパテントマップにも
応用できる。不動産や車のような売買市場にするのにあい路になってい
る部分がありますが、TLO だったら守秘義務契約をして 1 年半(18 カ月)
の間に売りさばいてみせる。なぜ TLO にできるのか。大学の中にあって
教授は(特許に関しては)非専門家ですよ。私もそうでした(いわゆる専
門バカ)。顧客が1つの大学に(長崎大学だったら 1,000 人ぐらい)教職
員がいます。その顧客は信託銀行じゃないけれども、少なくとも 10 年
にいくつか案件を生み出してくれて、しかもすべてを任せてくれる。そ
の信頼関係がきちんとあれば、たとえ 18 カ月でも今の制度自体をぶち
壊さなくてもやれると思いますよ。いま米国(欧米)に追い付いて追い越
すというのはこの 18 カ月をうまく使えるか、その制度をきちんと特許
庁が認識・構築すれば、これは追い付ける。そして過去のデータについ
ても(研究者から)提供してもらえる。売れなかったデータは棚卸しがで
ユーザーに使いやすい特許データベース記載項目と記載例
青色:1995年1月1日∼1999年12月31日までの案件
黄色:2000年1月1日∼2004年12月31日までの案件
赤色:出願から18カ月以内の案件
出願日 出願番号
1996. 特願平88.20 255264
2003. 特願20034.17 113497
出願人
発明の名称
非独占的
独占的
共同 提案
全文資料
使用権料
使用料 研究の 有効
料金
(一時金)(一時金) 希望 期限
連絡先
TEL・FAX
ライセ
ンス
状態
株式会社 弾性表層を有す
ディス る舗装用複合材
カバリー とその製造方法
ゴム、
プラスチック
等の廃材を有効
利用して、透水性
を有する弾性表
層を有する舗装用
̶
̶
̶
̶
̶
̶
̶
血糖値の非侵襲
測定装置
人体の血糖値を非
侵襲的に誤差なく
測定できる小型で
携帯容易な器具
̶
̶
̶
̶
̶
̶
̶
長崎県
出願、公開済 (●●●
2004.
特開2002- 大学)
1.2
306089
講師
●●病ワクチン
●●●●タンパク ●●病診断薬 独占のみ
質の抑制方法
現在の免疫組織化 3,000円
希望
およびその利用
学的診断法に代わ
る診断法への応用
(●●●
2006. 未公開
大学) ●●臓痛緩和剤
3.25 2006325
教授
2006. 未公開
6.30 2006630
要約・
応用分野
(●●●
大学)
教授
200万円
無し
5,000円
●●痛時の鎮痛剤(周辺特許 30-50万円 500万円
(共同研究
嗅覚を介しての
の取得有・(2社に提供
有り
の後
安定剤
その文献
済み)
相談可)
香水として
含む)
各種の医療用
●●管内壁への
2万円
カテーテル
●●着性コーティ
(試作品の 20万円
血液透析チューブ
ング技術
提供含む)
航空機材
200万円
無し
株式会社長崎TLO
TEL(095)813-1621
2005.
FAX(095)813-1631
12.31
E-mail tlo-kazu@
net2.nagasaki-u.ac.jp
無し
株式会社長崎TLO
TEL(095)813-1621 2社に
常に FAX(095)813-1631
提供
相談可 E-mail tlo-kazu@
済み
net2.nagasaki-u.ac.jp
出願人
1社と
2007.
TEL(095)833-0000
交渉中
4.30
FAX(095)833-0003
表1 ユーザーに使いやすい特許データベース記載項目と記載例
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
13
きるから(過去の案件の)動向をデータベースに取り入れたり、随時それ
をリニューアルすることができる。これは特許庁じゃできない。TLO だ
けにしかできない。IBM や NEC などの民間企業はそこまでは考えていな
いし手が出ないはずです。
江原 鴨野さんいかがですか。
鴨野 先生のスライドでも、先ほど J-STORE *1 って出てきましたね。実は
未公開特許を載せ始めたらアクセス数が格段に増えて、今、1 日 35 万
件アクセスがある。先生が目を付けた未公開特許をというのは全く素晴
らしいアイデアだと思います。
冨岡 表に示したあの 18 カ月がポイントだと思いますよ。J-STORE とい
うのがあるのを僕も調べてすぐに見てみました。でもこれじゃ肝心な事
が足りないな、と思いました。
鴨野 売買についていえば、われわれは今のところ全くノーアイデアですね。
冨岡 空欄(新しく提案した項目)を埋めるか否かは申請者の自由ですよ。
ただし、これらの項目欄がないと売りたい人にとっては意思表示ができ
ません。それで、J-STORE の中にでも「欄をつくりませんか」と言って
いるんです。まず記載する欄をね。それは全部書けと言っているわけじ
ゃない。例えばメールアドレスだけでもいいわけなんですよ。それがあ
るだけでも全然違うと思いますよ。
鴨野 ほんとうに未公開特許を入れたとたんにアクセスが増えたというの
は、そのあたりを如実に物語っているのでしょうね。
*1:J-STORE
http://jstore.jst.go.jp/
◆さらに進化するためのポイント
江原 この先もう一歩押しなさいという部分はどこでしょうか?
冨岡 3色表の項目です。あの項目の 5 つか 6 つを入れるだけでまたアク
セス数が倍になる。60 万件になる。この表を検討してください。見ると
ころはおそらく独占か非独占です。独占というのはほかのところにはも
う許容しませんよという、だから僕だったら(=お金がない人の意味)
非独占を探していくと思います。検索エンジンと一緒ですね。非独占の
ところだけサーッとピックアップして、その次に自分で金額が合う欄を
パーッと並べ替えてみる。そして次にジャンル、最初にジャンルかな。
ちょうど不動産を選ぶのと一緒ですよ。
ただしお気付きのようにもう一押ししなくてはいけない部分は、1つ
は現在特許の経済的な価値を示す指標がない(いくらで売れるのかさっ
ぱり指標がない)のでこれを何とかすること。2番目に、市場の信頼性、
透明性を担保するための仕組み作りが進んでいないので、この部分を早
く構築すること(守秘義務契約等を取りまとめる組織の不在)ですかね。
この点でも TLO は有利な立場にあるんですよ。
TLO は民間(株式会社)だけど、雰囲気としては何か大学的ですよね。
つまり公平、中立に知財を評価できる立場に見える。つまり価格決定権
も持つようになる。だからお願いすれば過去のデータについても提供し
ていただけけると思いますね。やはりここでも TLO の役割は大きいと思
いますよ。
江原 なるほど。
冨岡 とりあえずあのまま(表 1)使っていけばいいと思いますよ。
江原 難しくはないと。
冨岡 はい。そう難しい話ではないと思います。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
14
鴨野 要するに特許が流通するマーケット市場をつくるみたいなイメージ
ですね。
冨岡 そうですよ。世界各国も右へならうでしょう。記載したくない人は
記載しなくてもいいんです。未記入でいい部分はそれでいい。売りたい
人と買いたい人が売買する。ちょうど不動産市場と一緒ですね。だから、
それをニーズとシーズをマッチングさせるためにやることは何ら問題な
いと思います。このようにして、既存のデータベースとの差別化を行う
と特許情報の開示と管理が進みますね。そこで価格メカニズムの確立が
行われ全国の TLO や、行政などの公的機関も参加してきます。間違いな
く、相乗効果が出てくる。多数の参加者がさらに進化した知的財産取引
市場(intellectual property transaction market)を形成する。しまいには
パテントオークションなんかの事業の展開も起こるんじゃないですかね。
ぜひ特許庁に音頭をとっていただきたいですね。
江原 おもしろいですね。
冨岡 おもしろいでしょう。
江原 つまり先生が言われるのは TLO の本質はここに極まれりと。
冨岡 極まれり、ですね(笑)。
江原 売買市場は TLO しかないと。
冨岡 そうです。どこの TLO もがっちり大学ごとに顧客を抱えている(行
ける立場にある)から、マン・ツー・マンのつながりが生きてくるんですよ。
特許流通アドバイザーにしても、各大学にはおそらく5、6人しかいな
いわけですが、
それが行商じゃないけれども、ずっと顧客(発明者、研究者)
を回って信頼関係を作っている。だから TLO の「売買項目に記入してく
ださい」という提案にも快く応じる。これは、一企業の知財管理者がお
願いしても無理です。例えば、IBM の知財を扱う人が行っても、弁理士
さんが行っても大学の研究者は手の内を見せまいと思いますよ。だって
利益のためだったらどうされるか分からないという不安があるからだと
思います。だから僕は TLO があの 18 カ月をうまく利用できれば日本は
知財戦争で欧米に追い付くと思います。
江原 なるほど。そこに目を付けられたきっかけは。
冨岡 きっかけは、何で売買の市場がないのか、ということだけです。
それとね、もう1つはどこの TLO も規模が小さ過ぎる。知財を扱う組
織としては特許庁系列の発明協会がありますよね。それと大学関係の知
財本部や TLO があります。このほとんどが知財を扱う部局はあっても専
任というのがいません。併任なのです。県にも行ってみました。市にも
行ってみました。長崎県にも知財を扱う部門があって、県立の研究機関
が 7 カ所あってそこで何十人かが働いています。例えば県の総合水産試
験場には、何十人も知財特許を持っている方がいます。だけど特許を取
るに至るまでにはお金がかかるから特許公開期間の途中で全部おりてし
まいます。つまり公開期間後の申請をしないんですよ。だから全部公開
期間中に中国に持っていかれてしまいますね。で、どう考えたかといっ
たら、まず、県独自の新しいデータベースを持ちませんか? ということ
を提案したんです。だけど皆さんよく分からなかったみたいですね。
江原 何が分からないんですか。
冨岡 「できるんですか」から始まる。
江原 「できるんですか」と。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
15
冨岡 いや、「できるよ」って、だから知財を扱わせてくれと。県には 7
つの研究所があります。それなりのものを出しているんだけれども、特
許で稼ぐという気は全くない。だけど、もう日本というのは知的な財産
で飯を食っていくしかないと思っているから、知財戦略を一緒になって
強力に推し進めましょうと。どこもここも少人数でやっていても、らち
が明かない。分散していてもだめだから、極端に言えば地方では発明協
会と TLO と県や市の知財を合体させようと。同じように、国自体が同じ
知財を扱うのに役割分担してどうのこうのという時代はもう終わってい
る。県単位での対抗とか大学間の対抗とかいう時代はもう終わっている。
航空産業見てもそう。造船産業見てもそう。どれを見てもその1つの産
業が1つの国の中で成立するかしないかが分からない時代が来ているの
に、小規模な考え方ではだめ。早く体勢を整えた産業分野が、やっぱり
強いと思うんです。だから知財のデータベース1つとっても、使いやす
いものを使って早く企業や大学を結び付けベンチャー企業の育成を行っ
た国のほうが勝つ。
江原 なるほど。知財に関しては特に一元化することが必要なんですね。
冨岡 早くしないと。
江原 国でいわゆる売買市場を早く一元化しろということですね。
冨岡 そうです。分かる人間がいるかいないかでこれだけスピードが違う
という道具はそうはない。
江原 これはもうまさに荒井事務局長マターじゃないですか。
冨岡 そうかもしれませんね。ただし今のところポイントは、TLO のネッ
トワークを使わなければいけないことなのです。これがみそになります。
企業グループは利害損得をすぐ考えちゃう。国家的にものを考えなくっ
ちゃ。僕がしてもいいですよ、(国政へ)通ってなかったら今ごろゴソゴ
ソと動き出しているでしょう。ただ、国家の観点から言えば、早くシス
テマティックにして命令を下せる立場にある今の時期に、特許庁主体で
「ここにこれをやりなさい」と指導しないと駄目だと思いますね。
江原 なるほど。国がするんですかね。
冨岡 国が TLO にこうしろと言ったほうが早くできるんじゃないですか。
それが日本の良い所(悪い所?)だと思いますよ。
江原 先生は政治の道を追いかけておられる、というふうに私には見える
んですけれども、なぜそこまで政治の道にこだわるんですか。
冨岡 人生の組み立てを 10 年単位で考えて、10 年たったらまた変えるよ
うなそういうプログラムの中でやっているんですよ。
江原 好奇心が旺盛でもある。
冨岡 好奇心、ものすごく旺盛ですね。
江原 10 年単位で好奇心の対象が変わる。
冨岡 変わりますね。行けるところまで行ってみましょうかと、それが一
番分かりやすいかもしれませんね。
江原 なるほど。いいですね。わかりました。それで行けるところまで行
くと。
冨岡 行けるところまで行ってみましょうと。
江原 見出しになりそうですね(笑)。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
16
特別寄稿
産学連携による日本型COOP教育の
構築を目指して
̶洋上事前講義を取り入れた神戸大学の新たなる挑戦̶
神戸大学は、総合大学型COOP教育モデルを実践する、練習船上での人材育成のための洋上事前講義を試行
した。この人材育成プログラムの意義、COOP教育モデルの構築、船上での講義内容を述べる。
◆はじめに
松澤 孝明
「グローバル化する世界の中で、果敢にチャレンジし、リーダーシップを
発揮できる意欲ある若者を育てたい !」̶これは「国際都市神戸」に根差
した総合大学としての本学が目指す人材育成の切なる 願い である。
いまや世界の「トップランナー」の一員となったわが国においては、従
来の「キャッチアップ型」システムからの脱却が求められているが、「科学
技術人材育成」システムもそのひとつである。自らの「専門性」を社会全
体の中で的確にとらえ、与えられた問題を解決するだけでなく、自ら問題
設定を行い、それに取り組むことのできる「意欲」と「能力」を兼ね備え
た人材を養成するにはどのような取り組みが必要か? 第 3 期科学技術基
本計画が「人材育成」を重要な柱として位置付ける中、社団法人日本経済
団体連合会の「長期インターンシップ」の提言を踏まえつつ、当時、文部
科学省の企画官として、政策立案をする立場から、産学連携教育の在り方
を真摯(しんし)に考えてきた。そして、この 4 月より神戸大学の教員と
して、実際に学生に触れる機会を得る中で、私自身、「小さな一歩」を踏み
出したいという気持ちになった。
(まつざわ・たかあき)
神戸大学連携創造本部 教授/
本誌編集委員
◆「総合大学型COOP教育モデル」の構築に向けて
いまや、単位認定ベースで年間 5 万人超、未認定を入れると年間約 12
万人とも言われる「インターンシップの量的拡大」の中で、インターンシ
ップ政策は「質」への転換が求められている。教育としての有効性を高め
るためには、「事前講義」と適切な「フォローアップ」システムは不可欠で
あり、また、プログラムの提供においても、大学と企業のパートナーシッ
プが求められることは言うまでもない。そして何よりも、これらの一連の
プログラムを提供するための大学の「組織的」な取り組みが必要不可欠で
ある。
これらは、ある意味、当たり前のことであるが、わが国の大学の現状を
考えると、実際は非常に努力を要することである。実際、多くの大学にお
いては、インターンシップに見識ある学部の教員の「個人的努力」に負う
ところが多く、これでは大学と企業がいわゆるミスマッチ問題などの解決
に向けて組織的に取り組むことは大変困難である。一方、私立大学等にお
いてはインターンシップは就職部門が中心となっている例が多く、依然と
して就職対策のための「就業体験」の域を出ないものも多い。「専門教育」
や「リーダー教育」という観点からは、インターンシップはさらなる充実
が求められる。学校によっては、これまでの取り組みを一歩進めて、「学部
単位」で取り組んでいる例もあるが、学部という「モノ・カルチャー」な
単位での取り組みは、「自らの専門性を社会全体の中でとらえる」という思
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
17
想からすると、おのずと限界を感じざるを得ない。
実社会は、多様なバックグラウンドを持つ人々が互いに影響しあいなが
ら成り立っているいわば「マルチ・カルチャー」な環境である。この点を
産学連携教育として取り上げることができないだろうか? 神戸大学は、
理系文系を含め 11 学部からなる総合大学であり、しかも、大学法人化に
伴い旧神戸大学と旧神戸商船大学が合併した「統合法人」である。私は、
この「総合大学」は COOP 教育をはじめ産学連携による人材育成政策を考
えていく上で、「マルチ・カルチャー」ゆえの「難しさ」と「可能性」を同
時に備えており、今後のわが国の総合大学において COOP 教育を実施して
いく上での貴重なモデルとなるポテンシャルを有しているのではないかと
考えた。
◆神戸大学のCOOP教育の特徴と洋上事前講義の意義
そこで、本年度下期の工学部学生の企業への長期派遣に先立って、総合
大学型 COOP 教育モデルの構築を目指すための「試行的」取り組みを開始
することとした。本学の「総合大学」としての特徴と大学の「統合効果」
を最大限に生かしつつ、「組織的」で、かつ「実践的」な COOP 教育に取
り組むこと、これがミッションである。
第 1 に「総合大学」としての特徴を最大限に発揮するためには、学部間
連携、特に実際の企業や社会を意識した「理文融合」型の取り組みが必要
である。そこで、本年度は試行的に、工学部、海事科学部、発達科学部、
および連携創造本部の協力を得て、その連携により取り組むこととした。
発想が異なるこれらの学部には、これまで、長期インターンシップを含め
て個々のノウハウの蓄積と、互いの強み・弱みがある。この「強み」を集
約し、マルチカルチャーな環境の下で学生に異なるカルチャーを吸収させ
ることこそ、自分の専門性の中に「新たな可能性」を見いだすための「発
想の転換」を誘起する良い機会となると考えた。
第 2 に、本学の「統合効果」を生かした「実践的」環境の提供について
であるが、海事科学部の練習船「深江丸」を、「発想の転換」で「リーダー
教育のためのインフラ」として活用することを考えた。それが「洋上事前
講義」である。教室での授業と異なり、船という「閉鎖空間」では、「組織
と規律」が求められる。すなわち自分の興味に基づく行動が原則の大学と異
なり、船長(社長)をヘッドとして、組織の成員としての「役割」と組織へ
の「貢献」が学生にも期待される(われわれ教員や企業からの参加者にも当
然、期待される)
。洋上で、学生に逃げ場はない。しかも運行スケジュール
という、
「時間的管理」の下に、一定のタスクをこなす「実務能力」が試さ
れる。これは、まさしく「企業のアナロジー」である。
このような状況の中で、理系・文系の混成チーム(6
人)を編し、各学生に「役割」を「宣言(declaration)」
させ、ロールプレイング方式で問題発見・解決形のタ
スクを与えた。テーマは各国においてイノベーション
の中核的な課題になりつつある「Commercialization of
Science under the Knowledge Based Economy」である。
船内には、われわれ 3 学部、1 部門からなる教員に加え、
実際に受け入れる企業から人事、企画、技術にわたる多
様な関係者が加わり、さらに知財や産学連携の専門家が
練習船「深紅丸」船上のようす
乗船し、学生の活動を見ている。いわば「上司」である。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
17
学生は、チームリーダーの下、議論を深めつつ、論点整理を「上司」に適
時報告・相談しつつ、下船後の「総合発表会(プレゼンテーション)」まで
に、タスクを遂行することが求められる。
しかも、実際の企業環境を模して、プログラムの中には、あらかじめ学
生に知らされていない「突発的」な「船長(社長)命令」が盛り込まれてお
り、その「適応能力」も問われる「過酷」で「楽しい」演習である。私は、
これまで文部科学省インターンシップの学生受け入れ経験を通じて、貴重
なインターンシップ期間を「漫然」と過ごす学生に少なからず出会ってき
た経験に基づいて本プログラムを考案した。このような体験を通じて、学
生は組織において求められる行動様式を理解し、実際の企業派遣の際、ス
ムーズに組織に適合することが可能となる(「ブースタリング効果」と呼ぶ
ことにした)。さらに船内体験を通じた「印象効果」により、実際の企業派
遣期間中、同様の場面に出くわしても、一定の対処能力が醸成されるもの
と期待している。
第 3 に「組織的」な COOP 教育を行うため、今回、理事をヘッドとする
COOP 教育推進室を作り、各部門の教員が有機的に活動する体制を整備し
た。これは 2 つの意味で重要であり、対外的には今後企業との全学的なパ
ートナーシップを発展させていく上での素地ができたことであり、学内的
には、本学としての姿勢を示すことにより、COOP 教育プログラムに参加
する学生のモチベーションを一層刺激する効果が期待できることである。
これらに加えて、われわれはプログラムの効果測定のためのエビデンス
ベースのフォローアップを重視することとした。具体的には、プログラム
に参加した学生や協力企業に対するアンケート調査を行い、その結果を発
達科学部等の専門家の意見を交えながら、来年度以降の本格実施に向けて、
プログラムの有効性や改善点について検証することとした。
◆産学官の力を結集したCOOP教育の新たな「船出」
かくして、われわれの新しい COOP 教育の新たな「船出」が始まった。
はじめに、乗船前の1週間を事実上のオリエンテーション・ウイークとし
て、参加学生に対する事前教育を行った。この間、本学教員によるプログ
ラムの説明、守秘義務教育、安全教育等、通常の教育は言うに及ばず、外
部講師として、文部科学省より専門教育課の柿田企画官、科学技術政策研
究所の三浦上席研究員をお招きして、それぞれ、国の進める科学技術人材
育成政策の背景や、科学技術人材問題の背景等についてご講演をいただい
た。これは、学生に COOP 教育プログラムの意義と社会的背景を理解させ
る上で極めて意義が深かった。
また、洋上事前演習は 9 月 25 日から 1 泊 2 日のプロ
グラムで実施された。船内では、各部門から集められた
本学教員が 6 名、各企業からの参加が 10 名、それ以外
の外部講師 3 名が参加し、工学部を主体に、海事科学部、
発達科学部から厳選された総勢 23 名の意欲ある学生に
対し、教育が行われた。この中で、本学からは筆者より
「人の神戸が目指すもの̶総合大学型 COOP 教育の構築
に向けて」と題して、COOP 教育の政策的背景や、イン
ターンシップの現状と課題等について説明し、また外部
講師として金沢大学知的財産本部 吉国教授(本誌編集委
員)より「身近な知財管理」について説明し、また、独
http://sangakukan.jp/journal/
講義風景
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
18
立行政法人科学技術振興機構 阿部コーディネーター(本誌編集委員)より
「松下幸之助の人の育て方」について、それぞれご講義いただいた。また受
け入れ企業を代表して川崎重工業株式会社 大山氏より、「企業の求める人
材像について」の講義が行なわれ、学生と活発な意見交換が行われた。
次に、講師陣が見守る中、各グループに分かれて学生による「ロールプ
レイング方式」でのタスクが開始された。タスクの内容は学生は企業と
同様、それぞれに役割が与えられ、各グループのうち 1 名が実際に大学
で研究しているテーマを選び、それをたたき台に、「Commercialization of
Science」(基礎研究の商業化)について考え、技術的可能性や社会的意味
等を多角的に考えつつ、その技術を用いて市場に提案する商品およびその
CM を企画するというものである。各グループでは、入れ代わり立ち代わ
り、参加企業の関係者にも議論にご参加いただき、技術の可能性、社会的
ニーズ、研究の価値等について多角的な議論が行われた。ある時は紛糾し、
またある時は互いに衝突しながら、学生は目を輝かせつつ夜を徹して企画
を練り上げるための議論を続けた。議論の途中、いきなり船長命令(会社
の社長命令に相当)として、「操練」が行われるなど、学生は臨機応変な行
動の切り替えが求められ、目を白黒させながら対応していた。多少戸惑う
者もいたものの、突発的事案に対する日ごろの「心構え」を学ぶ上で、良
い経験になったようだ。
かくして、学生も教員も、へとへとになりながら、何とかすべてのプロ
グラムを終え、各グループからの「成果発表会」が行われた。評価には、
企業の関係者にもご参加いただいた。各グループからは、学生ならではの
ユニークな発想も数多く飛び出し、商品だけでなくビジネスモデルの提案
なども行われた。かくして「理系」「文系」という発想の枠を超えた「思考
訓練」と多角的に問題を設定する「ビジョン作り」には一定の成果があっ
たように思われる。最後に、学生の発表の講評として私から「イノベーシ
ョン」についての理論的説明と議論展開のための方法論指導等を行ない、
学生が行なった活動の「意味付け」を説明した。その場で、学生から「今
後とも続けてほしい!」との声が上がったことは、われわれ教員にとって
も大きな励みであり、このプログラムに参加した学生が今後、半期に及ぶ
企業派遣を通じてどのように成長していくか、大いに楽しみである。
◆最後に̶ 志ある企業の協力を求む!
話は変わるが、本年 9 月に韓国 KHIDI の招待で国際シンポジウム「BIO
KOREA 2006」の「バイオ・クラスター政策」セッションで講演する機会
を得るとともに、クラスター政策に取り組む政府・地域関係者や、教育機
関関係者と交友を深めるよい機会となった。優れた研究機関の集積が進み、
わが国有数のバイオ・クラスターを形成しつつある世界に開かれた港湾都
市神戸の現状を振り返るとき、地域のさらなる発展とわが国の国際競争力
発展のためにわれわれ(神戸大学)に何ができるのであろうか? 多くの聴
衆を前にして、私が伝えたかったメッセージは、まさしく世界に開かれた
「人の神戸」である。
「世界に通用する人材を育てたい」̶ われわれのチャレンジは今始まっ
たところである。最初から100点を取れるような生易しい取り組みではな
い。今後は、より多くのパートナー企業を見つけ、社会に根を張り、支え
られることで、このCOOPプログラムを成長させていきたい。チャレンジ
精神旺盛な、多くのパートナー企業の参加と協力を期待したい。
http://sangakukan.jp/journal/
お問い合わせ:神戸大学 COOP
教育推進室:078 - 803 - 6332
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
19
特
集
「都市エリア」函館の挑戦
取材・構成:川下 浩一
函館は水産加工業が盛ん、大学の研究拠点も数多くあることから産学連携の素地が備わっている。函館名産
の「イカ」と「ガゴメコンブ」とを核とした事業プロジェクトを語る。この発展型都市エリア産学官連携促進
事業が全北海道に波及するよう大きな期待がかかる。
◆はじめに
川下 浩一
2003 年、函館エリア(写真 1)は、文部科学省が行っている都市エリア
産学官連携促進事業(一般型)に採択された。
財団法人函館地域産業振興財団・北海道立工業技術センター *1(写真 2)
、
*2
北海道大学水産科学研究院 (写真 3)等を中心とした研究グループが提案
した研究テーマは、函館市内の漁獲・水揚高のうち、量では約 90%、価格
で約 75%(市町村合併前の数値)を占める函館市 *3 の魚、
「イカ」*4 の高度加
工技術の開発と、函館近海にしか生息しないといわれ、近年生産量を大幅
に減らしている海藻、「ガゴメコンブ」*5 の生態解明と高度利用に関するも
のだった。
地元で普段から密接に関わってきた産品と、それを高度化するための知
恵の集積。これらを結び付け、地域の発展へ、さらには海洋生物の総合的
な資源開発へと結び付けようという野心的な計画は、事業当初の連携企業
数 13 社から、事業終了時点での連携企業数 53 社へと夢を広げ、申請され
た特許数で 15 件、商標出願は 3 件、新規に開発された商品はガゴメコン
ブ関連を中心に 30 種以上を世に送り出すという成果を生んだ。
現在、函館エリアでは、「都市エリア」
(一般型)事業で紡ぎだした夢をさ
らに広げ、また、紡いだ夢を実際に手に取ることができる果実へと創り換
えるため、「都市エリア」
(発展型)事業に取り組んでいる。はこだて「都市
*6
エリア」 に取り組んできた想いと、今後の取り組みにかける意気込みと
を、函館の人びとに聞く。
◆「都市エリア」採択
写真1 函館市の風景
http://sangakukan.jp/journal/
函館エリアがこの事業に取り組むキッカ
ケを生んだのは、函館地域産業振興財団・
工業技術センターの宮嶋克己開発部長(写
真 4)であると断言して差し支えあるまい。
宮嶋氏は、北海道庁 *7 が主催するある会
議の席上で、当時新規募集が開始された「都
市エリア」事業の説明を聞いた。その時、
彼の脳裏に浮かんだのは、函館エリアに最
もふさわしい事業であるという想いだった。
「事業の目的は、地域の個性を重視しつつ、
大学等の『知恵』を活用して新技術シーズを
生み、地域活性化を目指すというもの。函
館には幸い、『イカ』という、代名詞とも呼
べる水産物があり、それを中心として水産
(かわした・こういち)
北海道大学 創成科学共同研究機
構 リエゾン部/文部科学省 産
学官連携活動高度化促進事業 産
学官連携コーディネーター
*1:
(財)函館地域産業振興財団・
北海道立工業技術センター
http://www. techakodate.
or.jp/center/
*2:北海道大学水産科学研究院
http://www.fish.hokudai.
ac.jp/
*3:函館市
http://www.city.hakodate.
hokkaido.jp/
*4:イカ
函館など道南地区の場合はスル
メイカを指す。胴(頭部)の長
さは約 30cm。胴の中に細く硬
いスジがあり全体に赤褐色。旬
は夏から秋。夜間集魚灯をつけ
て釣る。煮物、天ぷらなどにし
て食べるほか、イカめしやイカ
ソーメンなどに加工される。ま
たスルメイカの内臓と眼球を取
り除き、天日などで干したもの
をするめとする。別称「マイカ」
(真烏賊)、あるいは漁獲期から
「夏イカ」とも呼ばれる。
*5:ガゴメコンブ
正式名は「ガゴメ」であり、褐
藻コンブ目コンブ科トロロコン
ブ属の海藻。外見の特徴は葉の
前面に見られる龍紋状の凹凸紋
様であり、葉は長さ 3m、幅 20
∼ 50cm に達する。葉の紋様は
生涯消えない。函館市海域を主
な生息場所とし、ほとんどここ
から生産されている。分布範囲
は渡島小島、福島町から函館、
鹿部、室蘭と東北地方の北部。
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
21
加工業なども盛んに興っている。
大学も、大きな知恵の集積地と
して北海道大学水産科学研究院
がこの地にある。北洋漁業の衰
退以来、沈滞ムードが続いてき
たこの街に、『イカ』をキーワー
ドに新たな風を呼び込むことが
できるかもしれないと考えたの
です」
(宮嶋氏)
写真2 財団法人函館地域産業振興財団・北海道立工業
宮嶋氏は最初、母体である財
技術センター
団法人をはじめ関係機関を駆け
回り、この事業の適合性と将来
性を説いて回った。だが、当初
は、「億単位の事業を受けられる
ほどの体制は整うのか」「財団が
事業主体となるのは重荷では」
といった消極論もあったという。
宮嶋氏は北海道大学の門を叩
き、当時水産学部長を務めてい
写真3 北海道大学水産科学研究院
た山内晧平特任教授(写真 5)の
もとを訪れる。想いを訥々(とつとつ)と語る宮嶋氏に対して、しかし、山
内氏の返答は拍子抜けするほど好意的だった。
「私たち水産科学の研究者は、応用科学の道にある者として、社会に自分
たちの研究成果を還元したいという思いは常に強い。それが地元の函館で
行えるとしたら、それは願ってもない幸運であると思います」
(山内氏)
山内氏は水産部内に指示を出し、北海道庁企画振興部の佐藤克司科学技術
振興課長と協議した後、すぐに若手研究者らによるテーマ設定の議論が開
始された。そのときの山内氏の言葉は一言、「われわれの目標は技術移転で
ある」だった。
「長い期間にわたって研究成果を出して行くのでは、事業期間内には終わら
ない。すぐにでも技術移転できる研究内容でなければ、無意味です」
(山内氏)
このときの議論から生まれたのが、ガゴメコンブのライフサイクル操作
等といった研究テーマである。
このとき、「イカ」と「ガゴメコンブ」を核とした函館「都市エリア」事
業の骨格が決まったのである。
◆「イカの新鮮さ」は東京に届くか
写真6 函館の夜景
http://sangakukan.jp/journal/
*6:はこだて「都市エリア」
都市エリア産学官連携促進事業
【函館エリア】。一般型は「水産・
海洋に特化したライフサイエン
ス領域」を特定領域としており、
「ガゴメのライフサイクル操作
等に関する開発研究」「イカ資
源の高価値化と健全性確保に関
する開発研究」をテーマに掲げ
た。発展型では「マリン・イノ
ベーションによる地域産業網の
形成」をテーマに掲げ、下に 6
本のサブテーマを置いた。
http://www.techakodate.
or.jp/found/urban/
*7:北海道庁
http://www.pref.hokkaido.
lg.jp/
写真4 宮嶋克己開発部長
写真5 山内晧平特任教授
函館は、「世界一の夜景」
(写
真 6)とともに「朝イカ」でその
名を知られる。2004 年のスルメ
イカ類の漁獲量は、市町村合併
後の函館市だけで約 2 万 8,000
トンと北海道全体の 4 割弱を占
め、 金 額 ベ ー ス で も 約 75 億 円
と 道 内 シ ェ ア 4 割 強 に 達 す る。
スルメイカを細切りにしたイカ
ソーメンなど函館に伝わる独特
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
22
の調理法もあって、函館地域の人びとは「函館のイカは世界一」と信じて
いる。
とは言え、イカの漁獲は全国津々浦々に広がっており、簡単にその座を
主張するわけにはいかない。
「函館では活イカといって、獲れたての生きているイカをさばき、料理に
しています。その身の透明さや歯応えは何ともいえないほどですが、これ
は現地でなければ食べられないものとずっと考えられてきました。しかし、
生きたまま東京の市場まで届けることができたら、一体どうなるでしょう。
函館のイカは新鮮だ、世界一うまいイカだという評価が得られるはずです」
(宮嶋氏)
「都市エリア」(一般型)で設定さ
れた研究テーマ「イカの品質保持
技術の開発研究」では、工業技術
センターの吉岡武也水産食品加工
科長が中心となって、生鮮イカ組
織内の ATP(アデノシン三リン酸)
量をトレース、イカの透明感や硬
さといった鮮度と細胞活動の維持
写真 7 千葉水産株式会社
との関係性を導き出し、ついで細
胞活動の維持には、海水温と海水の pH が重要な
因子となっていることを突き止めた。
これらの研究成果を基に函館市内の水産加工
業者、千葉水産株式会社(写真 7)では生きたま
まイカを長距離輸送する「活イカ」を、同じく
株式会社古清商店 *8(写真 8)では函館でイカを
活締めし、細胞活動のみを維持した状態で長距
離輸送する「活締めイカ」をそれぞれ商品化し
ている。各企業では現在、輸送実証試験として
東京方面や盛岡などといった実際の消費地に、
活イカ、活締めイカといった商品を送っている。
活締めイカの輸送実験を担当する古清商店の
古伏脇隆二社長(写真 9)は、
「今まで透明なイカ
写真 8 株式会社古清商店
を家庭では見られなかったというお客さまから、
続々と感謝の言葉を頂いておりま
す。私どもは、函館のイカは世界
一であると思って育ってきました。
残念ながら、今までその素晴らし
さを函館以外のお客さまにお見せ
することができずに、悔しい思いを
してきましたが、今後は胸を張って
函館のイカをお届けすることができ
写真 10 イカ(スルメイカ)
ます」という(写真 10)
。
*8:(株)古清商店
http://www.marunama.co.jp/
写真 9 古伏脇隆二社長
◆「課題」とともに「夢」も視野に
だが問題がないわけではない。例えば輸送コスト。昨年行った試験輸送
では、出荷量が少なかったためにトラックをチャーターして使用したが、
これがコスト超過の一因となった。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
23
「それだけではありません。活イカは当然ですが、活締めイカの場合も生
きた状態のイカを入手することが必要不可欠です。この供給がなかなか得
にくく、価格も不安定です」と語るのは、活イカの輸送実験を行っている
千葉水産株式会社の千葉秀実専務取締役だ(写真 11)。
千葉水産では、今年、盛岡方面からの要請を受けて活イカを出荷してい
るが、この場合は工場から卸売市場まで約 18 時間を費やしており、入手
できるイカの状態によっては、生きたまま届く率が 5 割強にまで減ってし
まうという。
「現在、生きた状態で輸送可能なのは、最大 24 時間以内。空輸で送って
も東京がギリギリです。せめてこれを 36 時間まで延長することができれ
ば、活イカの到達範囲は格段に広がります。大学の研究者や工業技術セン
ターのスタッフと連携してきたおかげで、課題と一緒に夢も見えてきてい
ますね」
(千葉水産株式会社・千葉専務)
北海道大学水産科学研究院の今野久仁彦教授(写真 12)は、これらのイ
カ生鮮輸送について、蛋白質変性の過程の解明などを通じて膨大なバック
データを提供してきた。
今野教授は言う。
「生きたイカを『活イカ』で、イカそのものは死んでい
ても組織としては生きているイカを『活締めイカ』で提供できるようにな
り、消費地における生鮮イカの概念は一変しました。今後は、変化に対応
しきれていない既存の生鮮イカの物流体制部分についてどう調整を図って
いくかに神経を注ぎ、品質保持期間の延長といったもう一段の開発が成功
すれば、十分に普及できる技術になったと思っています。同時にわれわれ
は、蛋白質変性から細胞活動の状態変化を知ることを学びました。この方
法は他の農畜産物や、最終的には移植医療用の臓器などの『鮮度』が価値
に大きな影響を与えるものについて、応用を図っていくことができると思
います。一旦産業に移転した技術が、科学の世界へとフィードバックされ
る『次の段階』に進んだと感じています」
すでにこのプロジェクトでは、将来の医療用臓器輸送技術の確立に向け
た基礎データづくりに取り組む計画だ。「都市エリア」
(発展型)における
研究プロジェクト名は、「生体組織の機能保全メカニズムの解明と応用」。
組織内 ATP を通じて細胞活動の状態を探るという、(一般型)で構築した
手法「バイオエナジェティクス」*9 を駆使し、生鮮魚介類全般の付加価値
向上に取り組む。
写真 11 千葉秀実専務取締役
写真 12 今野久仁彦教授
*9:バイオエナジェティクス
生体エネルギー論。
◆「生鮮」だけが水産加工品ではない
現在利用されているイカ関連の水産加工品には、塩辛やスルメなど、多
彩な加工食品がある。函館のイカは、生鮮品としての「イカ」だけではな
いのだ。
「都市エリア」
(一般型)では、ここにもスポットを当て、主に乾燥加工
品の水分状態や乾燥過程のシミュレーションを行い、乾燥工程での細菌増
殖抑制技術の開発にも取り組んできた。工業技術センター装置技術科の小
西靖之主任を中心にした「微生物制御によるイカの高品質乾燥製品に関す
る開発研究」プロジェクトである。
ここで発見されたのは、温度や湿度の変化に応じてイカの組織内の水分
種が変わることだった。つまり、乾燥初期の段階に多い「水気」は、組織
と弱い関係性しか持たない「弱束縛水」であるが、乾燥過程が進むにつれ
て、組織の組成と密接な関係を持つ「強束縛水」までが界面に現れ、この
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
24
途中で色や風味といった品質の変化を起こすということである。また、細
菌の増殖に用いられる水は、初期過程で急速に蒸発してゆく「弱束縛水」
であることも解明された。
イカの乾燥操作には最適と考えられる指針を提示したこのプロジェクト
だが、(発展型)で目標としたのはイカ以外の食品への応用、プロジェクト
名は「機能性と感質に基づいたフードデザインシステム」である。
水分種状態の変化やその影響は、食品それぞれに異なる。それはサケトバ
やニボシといった水産物乾燥製品やアワビ、ナマコといった中華食材、そ
の他の農畜産物でも同様だ。
このプロジェクトでは、今年度から同じく「都市エリア」
(一般型)に採
択された十勝エリア *10 と連携し、ビーフジャーキーといった畜産加工品に
おける最適乾燥操作法の開発などを行い、湿度や温度、風量や水分量を自
在に操作することで、食品の品質を思いのままに制御できる「フードデザ
インシステム」の開発へとつなげる計画だ。
◆「食の安全」を守る技術
食品加工の集積地である函館にとって、食中毒の発生は文字通りの打撃
を地域が被ることとなる。主な原因は食品中での微生物の繁殖によるもの
だが、特に流通スピードの速い水産加工品の場
合、従来行われてきた培養法を主体とする公定
法では時間がかかり過ぎ、間に合わないことも
十分に予想される。
工業技術センターバイオテクノロジー科の大
坪雅史主任研究員は、蛍光 in situ ハイブリダ
イゼーション法(FISH 法)という技術にブレ
ークスルーを期待していた。だがこの手法は、
指標となる細菌の生死の区別がつきにくく、検
出できる細菌数の限界が低いという欠点を持っ
ていた。
この欠点を補ったのが、
「都市エリア」
(一般
写真 13 培養併用 FISH 法の測定 型)研究プロジェクト「生物̶遺伝子情報を応
器試作機
用した迅速細菌検査装置の開発研究」で開発さ
れた、培養併用 FISH 法 *11 である(写真 13)
。
標的となる菌種の DNA パターンに合致する蛍
光 DNA プローブを作製し、公定法より短い期間
で培養を行った試料に投入する。必要とされる
培養時間は、通常の就業時間に相当する約 6 時
写真 14 走査テーブルのようす 間をメドとしており、公定法の数日∼ 1 週間と
いう培養時間の長さに比べると、格段に短
縮されている(写真 14)
。
プロジェクトは大坪氏を中心に、プロー
ブ用 DNA 情報の研究に北海道大学水産科学
研究院の山崎浩司助教授や澤辺智雄助教授、
画像処理による微生物自動検出の研究に公
立はこだて未来大学 *12 の高橋信行教授、装
置製作に地元企業で自動イカ釣りロボット
写真 15 株式会社東和電機製作所
を製造している(株)東和電機製作所*13(写
http://sangakukan.jp/journal/
*10:都市エリア産学官連携促
進事業【十勝エリア】
機能性を重視した十勝産農畜産
物の高付加価値化に関する技
術 開 発。http://www.tokachizaidan.jp/t-cityarea/index.
htm
*11:培養併用 FISH 法
FISH 法と培養法の利点を組み
合わせた技術
*12:公立はこだて未来大学
http://www.fun.ac.jp/
*13:(株)東和電機製作所
http://www.towa-denki.co.jp/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
25
真 15)や札幌市の電子制御装置メーカー(株)電制 *14、蛍光検出系や起業
化についてのアドバイザーとして北海道大学創成科学共同研究機構 *15 の荒
磯恒久教授(写真 16)が参画した。
これまでに腸内細菌科エロモナス、リステリア、ウエルシュ、サルモネ
ラ、大腸菌に対応する検出プローブは開発されており、試料の走査検出機
構やコロニー検出用高精度データマイニングといった技術の開発による自
動化装置の試作も進められている。
装置開発に携わった株式会社東和電機製作所の浜出雄一社長(写真 17)
は、「開発のきっかけは、宮嶋部長に『やってみてもらえないか』とのお声
がけを頂いてのことです。もう、二つ返事でお引き受けしました」と言う。
株式会社東和電機製作所は、イカ釣りロボットでは世界で約 70%のシェア
を持っており、他にもホタテ全自動穿孔結束機やマグロ一本釣機など多く
の自社開発製品を擁している。漁業用省力機械の開発では類を見ない高い
能力を有する同社に宮嶋部長が着目したのも、当然と言えよう。
澤辺助教授(写真 18)は言う。
「今までは食中毒原因菌にスポットを当て
て研究を進めてきましたが、今後は一般細菌の検出自体にも力を注いでい
く必要があります。力のあるチームなので開発自体に不安はありません」
「都市エリア」(一般型)で培ったこれだけの技術を基に、
(発展型)では
「公定法を超える高感度の分子生態学的微生物モニタリングシステム」と
銘打ち、従来の細菌検査法を超える迅速細菌検査法としての培養併用 FISH
法の確立を目指す。ここで新たな研究メンバーとして、プローブや検査キ
ットの製造・販路開拓を担う日水製薬(株)*16 が加わり、さらに、迅速細
菌検査の信頼性や公定試験法とのマッチング、衛生政策についてアドバイ
スを行う(財)東京顕微鏡院 *17、北海道立衛生研究所 *18 も参画し、より広
範な布陣となっている。
(発展型)で克服を目指す課題は、すでに技術的なものではなくなって
きている。
「解析用コンピュータを搭載し、その場で解析するか、あるいは外部に持
ち、ネットワークや DVD などを経由してデータを集約するのか。あるい
は、検体の供給用シャーレはどのような形のものにするのか。周辺の状況
によって、装置の構成も変わってきます。つまり、どのような形状・機能
にすれば市場に受け入れられやすいかが今後の検討課題なのです」(株式会
社東和電機製作所開発部設計開発課・澤田大剛氏)
すでに検出機構の精度や速度は目標値に達しており、今後はインターフ
ェース部の検討だ。同社では、まもなく検出画像を DVD に蓄積する方式の
試作に取りかかるという。
◆捨てられる「イカ」にも光を
イカのメッカ、函館ではあっても、捨てられるイカは存在する。正確に
はイカそのものではなく、イカ墨や内臓などの非可食部分のことだ。中に
はこの処理のために数百万円ものコストをかけている企業もあり、資源化
は急務となっていた。
「都市エリア」(一般型)の研究プロジェクト「イカ墨色素粒子の分離精
製技術の研究」では、函館工業高等専門学校の上野孝教授や工業技術セン
ターの田谷嘉浩装置技術科長を中心に、イカ墨を原料とした可食性色素(可
食性顔料)の開発に取り組んできた(写真 19)。
イカ墨の色素粒子であるユーメラニンは蛋白質などと複雑に絡まり合い、
http://sangakukan.jp/journal/
*14:(株)電制
http://www.dencom.co.jp/
*15:北海道大学創成科学共同
研究機構
http://www.hokudai.ac.jp/
bureau/cris/
写真 16 荒磯恒久教授
写真 17 浜出雄一社長
写真 18 澤辺智雄助教授
*16:日水製薬(株)
http://www.nissui-pharm.
co.jp/
*17:(財)東京顕微鏡院
http://www.kenko-kenbi.
or.jp/
*18:北海道立衛生研究所
http://www.iph.pref.
hokkaido.jp/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
26
数 10 μm 程度の粒子凝集体で存在している。
プロジェクトではこの粒子凝集体を分散し
て、サブミクロンの球形粒子に均質化する
ことに成功し、インクジェットプリンタ用
の可食性インクとして実用化寸前の段階に
ある。今後は色素粒子の高度分画技術を開
発し、より小さな粒子による可食性染料の
実現までを視野に入れている。
写真 19 イカ墨を原料とした可食性
インク(財)工業技術センター提供
また、この研究プロジェクトは後述する
ガゴメコンブ(写真 20)の粘性多糖の高度
利用技術開発などとも合流し、新たなプロ
ジェクト「機能性成分の医・薬・工・食分
野における利活用」として、「都市エリア」
事業の構想企画段階から関わってきた北海
道大学水産科学研究院の佐伯宏樹教授(写
真 21)らのグループを交え、26 社の企業を
ガゴメの群生 函館周辺海域
擁する巨大な連携体へと発展しつつある。
水深 15m
佐伯教授はこう言う。「例えばガゴメコン
ブのぬめりは、熱湯を加えると消えてしま
う。これは函館市内の漁師や水産加工業者
の中では常識です。しかし、そのとき機能
性成分は消えているのかどうなのか。ある
いはぬめりなどの特性が消えてしまうとす
函館市沿岸水深 10m に設置
れば、どのようにすればその特質を消さな
した藻礁に生育するガゴメ
いように食品の中へと取り込めばよいのか。
写真 20 ガゴメコンブ(北海道大学 こういった基礎的な物性を調べ上げ、機能
水産科学研究院提供)
性との相関をしっかり記録していけば、今
後の商品開発にとっての一助となるはずです。さらには、その機能性成分
を活用しての薬剤の開発や、その周辺に広がるさまざまな機能性食品の開
発、また、それに資する機能性成分の最適な抽出・精製技術の確立につな
がります」
このプロジェクトのスタートによって、高度な機能性を提供する商品の
開発が、つまり産学連携の成果として周囲が期待しているものへのアプロ
ーチが、函館「都市エリア」でもついに始動することとなったわけだ。
そして、その引き金となったのが、かつては害藻といわれ、天然資源量
(生産量約 200 トン)が、数年前から約 10 分の 1 にまで減退した函館周辺
固有の海藻、ガゴメコンブに脚光を当てた「都市エリア」(一般型)研究プ
ロジェクト「ガゴメのライフサイクル操作等に関する開発研究」である。
写真 21 佐伯宏樹教授
◆嫌われものの海藻を一躍スターに
北海道大学水産科学研究院の安井肇助教授(写真 22)は、「都市エリア」
事業に参入するとき、すでにガゴメコンブの多量の粘性多糖類と、その中
のフコイダン *19 に注目していた。
「しかし機能性にスポットを当ててしまえば、詳細な成分分析と機能性を
生かすための膨大な臨床データが必要になる。そうすれば、成果としての
アウトプットは極端に少なくなるはず。商品は自動的に生まれるものでは
なく、かかわる人びとの想いで出来上がるものです。であれば、その想い
http://sangakukan.jp/journal/
写真 22 安井肇助教授
*19:フコイダン
モズク、メカブやコンブなどの
海藻類に含まれる粘性多糖類に
含まれる。フコイダンの機能性
には癌細胞のアポトーシス誘導
作用、新生血管抑制作用、免疫
強化作用などがあるとされる。
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
27
を活性化し、深めていって、価値を生み出し続ける形をつくる方が、商品
としての価値を追求するよりも重要だと考えたのです」と、安井助教授は
「都市エリア」
(一般型)の採択当時を振り返る。
また同時に、生産量が減退した海藻を商業化するためには、慎重な資源確
保と増産技術がセットになっていなければならない。安井助教授の想いは、
商品開発や機能性発見といった ありがち な成果を目指すよりも、北海道
固有の生物資源の回復と、それにかかわる人材の教育と育成へと傾いた。
このプロジェクトは、「都市エリア」(一般型)で最大となる、累計 30 件
に及ぶ開発商品数を誇っている。その種類はいわゆるサプリメントから、
果てはチョコレートやキャラメルといった菓子、カレーパン(写真 23)に
至るまで幅が広い。これらの開発案件に対しても、安井助教授のグループ
はあくまでも丁寧に対応し、指導を行っ
てきた。
「商品開発には既存の価値観ではなく、
その機能性をどう使いこなしていくかが
重要です。同時に、何か新たな商品が開
発されたとき、それによって既存の産業
が打撃を被るという構図は、私にとって
写真 23 がごめこんぶのカレーパン
好ましくないものでした」
(安井助教授)
◆ガゴメに込める函館の誇り
写真 24 日糧製パン(株)函館事業所
写真 26 函館市内小売店のようす
http://sangakukan.jp/journal/
カレーパンを 1 年 6 カ月にわたって開
発し、今年 7 月に発売した日糧製パン株
式会社 *20 函館事業所(写真 24)の川崎
俊治事業所長(写真 25)は、開発の苦労
をこう語っている。「当社はオリジナル
商品開発の伝統があり、これ以前にも、
函館市内の乳業者からの牛乳を練りこ
んだパンを製造していた時期がありまし
た。今回のガゴメコンブによるカレーパ
ンも、最初はアンパンの餡に練りこみ、
割ってみるとガゴメ特有の粘りで糸を引
くため、腐敗しているものと見分けがつ
かなくなるなど、苦労の連続でした」
さまざまな失敗を繰り返し、アドバイ
スを受けるたびに改良して、現在のカレ
ーパンへと収れんしていったのである。
発売以来、8 月までは供給が追いつかな
い状態であったが、現在の生産数は 1 日
約 500 個。自動化ラインが利用できな
い揚げパンのカテゴリーとしては、ほぼ
工場の生産能力ぎりぎりである。
「ガゴメコンブを使おうと思ったのは、
やはり地元ならではの原料だからです。
従業員にも手作業の製造で苦労を強いて
いるし、原料のカレーもしょうゆベース
にしてもらうなど苦労をかけています。
*20:日糧製パン(株)
http://www.nichiryo-pan.
co.jp/
写真 25 川崎俊治事業所長
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
28
カレーパン自体にも低カロリー植物油を使うなどの工夫を凝らしています。
スーパーにガゴメコーナーができ、とろろ昆布や菓子類など、さまざまな商
品が並んでいて、カレーパンが一緒にあるのを見ると、やはり誇らしい思い
があります」
(川崎所長)
「ガゴメが前浜にあり、その中にこれだけの健康機能が含まれていること
を知って、父の昆布漁に誇りを感じた」という中学生の文章に、最大の成果
を感じるという安井助教授ならではの 地域活性化 の秘策である(写真 26)
。
プロジェクトの発展にともなって、ガゴメコンブは害藻の立場から一躍、
高級コンブと匹敵する価格で取引される貴重品のひとつへと価値認識を一変
させた。同時にフコイダン量が 2 倍となる栽培法や、長期間にわたって粘性
多糖を採取し続けながら栽培するなど、さまざまな増殖法も編み出してきた。
「都市エリア」(発展型)に際してこのプロジェクトは「特殊成分の組成・
ゲノム解析・連鎖型マリンガーデンシステムの構築」と「機能性成分の医・
薬・工・食分野における利活用」に発展している。前者は 20 社以上の企
業と連携してマツモやアナメ、チガイソ、ツルシラモといった低利用海藻、
雑藻の中から有用な粘性多糖類を回収後、フコキサンチン *21 やプロスタグ
ランジン *22 といった機能性成分を抽出、あるいは特殊成分が高濃度で産生
する栽培法を開発しようとしている。いわば、第 2、第 3 のガゴメを発掘
しようというプロジェクトだ。最終的にはアワビなどとの連鎖栽培や、未
利用海域の多目的利用を組み込み、マリンガーデンシステムへと発展させ
ようというのが目標だ。
◆平成22年度に経済効果780億円
現在、研究活動が進められている「都市エリア」
(発展型)では、他にも
公立はこだて未来大学、工業技術センターを中心とした研究プロジェクト
「生体成分情報による生物種・産地鑑定とトレーサビリティ」があり、他の
研究プロジェクトでブランド価値の向上に取り組んでいる各種水産生物資
源に対する、産地偽装などの被害防止を企図した試みも開始されている。
また、この事業には数値目標として事業終了後における目標経済効果が
設定されており、その目標は経済波及効果で 780 億円という。これは、函
館市の域内 GDP 総額、約 1 兆 2,900 億円の約 6%に相当する。つまり、
事業終了後の 2010 年度(平成 22 年度)時点で函館エリアの経済成長率は、
約 6%の底上げがなされている計算だ。
前出・工業技術センター開発部の宮嶋部長は、「あらゆるパターンでシミ
ュレートし、積算をしてみた結果、堅いと思われる数値を目標として提示し
た。実現は十分に可能」と言い切る。これだけの自信はどこからくるのか。
それは、古くから食品加工を中心に 2 次産業を厚く擁する函館エリアの
産業特性と、「都市エリア」
(一般型)の 3 年間を通じてみてきた、地域の
企業に表れた自信のようなものを総合的に勘案した結果ではないだろうか。
言い換えれば、宮嶋部長が最初に描いた夢を、地域の産学官の関係者が、
それぞれの想いへと引写してきたことに対する自信であるともいえる。今
後の「都市エリア」
(発展型)における 3 年間が、その想いを具体的な果実
にまで落とし込めるかどうかを決めるのだ。
*21:フコキサンチン
海藻に多く含まれる色素。抗が
ん作用があるとされ、最近では
脂肪細胞の代謝関連遺伝子の機
能を高め、肥満が抑制できると
して注目される。
*22:プロスタグランジン
アラキドン酸から生合成される
生理活性物質の一種。種類や作
用は多岐にわたり、血圧低下や
血小板凝集作用、睡眠誘発作用、
血小板合成阻害作用などがある
とされる。
◆おわりに 夢を想いに、想いを果実に
函館市の商工観光部次長兼商工振興室長を務める片岡格氏は、「いままで
の(一般型)では、エリア内でのシナジー効果を発揮するように細心の注意
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
29
を払ってきた。これからは、十勝圏の『都市エリア』や、旭川市などのさ
まざまな地域と連携し、エリアを超えたシナジー効果を生み出していく段
階だと考えている。函館で行われている『都市エリア』
(発展型)の成果が、
全北海道に波及するような産業活性化のうねりへとつながれば、われわれ
としては言うことはない」と語る。
また、前出・北海道大学水産科学研究院長を勤める山内皓平教授は、「海
の向こうを見晴らすと、そこには急激な人口増にあえぎ、食料の鮮度保持
についても発展途上にあるアジア諸国が見えてくる。この光景は、実は 40
年前、わが国で起きていたことのデ・ジャ・ビューに過ぎず、わが国の技
術を導入すれば、クリアできるハードルも数多いことは想像に難くない。
ここにビジネスチャンスを見出し、国を出て戦うことができるだけの自信
と能力を、この『都市エリア』事業で、民間企業には涵養(かんよう)して
もらいたい」と言う。
また、いま一人の人物、安井肇助教授もこう言う。
「いままでの北海道は、モノカルチャー的経済運営体制に慣れ、自分たち
が生産する富の多様な価値をあまり表現せずにやってきたと感じます。こ
の『都市エリア』事業をキッカケにして、さまざまな画期的食料加工品や
流通システム、生産システムが生まれてくるはずです。これを今度は北海
道の価値の持続的創出に活用してもらいたい。北海道は食料基地であると
よく言われますが、それだけではもったいない。前線基地ではなく、食の戦
略本部としての機能も付け加わって欲しいし、全国の、ひいては全世界の食
料安全を担える中心になればどんなに良いことかと、私は念じています」
これらは、宮嶋氏の夢を受け継いで育ってきた「都市エリア」の上に、さ
らに新たに描かれた夢である。だからこそ、この実現のためにはやはり新た
な想いを分かち合い、労苦をともにする 連携の輪 が必要不可欠である。
果実を受け取るには、それしか方法はないのだ。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
30
連載●産業界に聞く産学連携
前 日本経済団体連合会 産学官連携推進部会長
山野井 昭雄氏に聞く
産学連携による人材育成の必要性
複数ディシプリン融合型のイノベーションを推進するための研究開発、それを担う人材育成の重要性を語
る。大学の研究体制の現状などにも触れる。
◆連載「産業界に聞く産学連携」記事掲載にあたり
本号から連載で、産学連携に関して、産業界の方々への取材記事を掲載するこ
とになりました。その第 1 回は、山野井昭雄氏に取材した内容を掲載します。毎
回、産学連携について産業界からの見解、コメント等を伺っていきます。本連載に
関する読者の方々からのご意見、ご感想をお寄せいただきたく期待しております。
山野井 昭雄
(やまのい・あきお)
味の素株式会社 顧問(非常勤)
/本誌発行推進委員(平成 16・
17 年度)
社団法人日本経済団体連合会(以下、経団連)の産学官連携推進部会長だっ
たご経験から、産業界からみた産学連携で気付かれる点、大きな課題など、
特に人材育成の面からお話しいただけますでしょうか。
山野井 ちょうど 5 年ほど前になりますが、産学官連携推進部会(以下、
部会)の最初のテーマは大学との間の研究開発についてでした。部会を
構成する 33 企業は各業種を代表する、世界市場で活動する企業なので、
国内の大学だけでなく海外の大学とも連携していました。アンケートや 聞き手:
部会での議論を総合すると、残念ながら海外の大学の評価が日本のそれ 江原 秀敏
本誌編集委員長
に比べ高い結果でした。
なぜ海外の大学が好評価なのか、理由はかなり多岐にわたっているの
ですが、ポイントを絞れば、海外の大学が大学本来のミッションである
自由な発想に基づく真理究明のための基礎研究と並んで、社会ニーズや
産業化を念頭に置いた研究の重要性をよく認識していること、この 2 つ
の基礎レベルでの研究の考え方、進め方の違いを十分把握していること
が挙げられます。
いまひとつは、知財関係をはじめ権利の取り決めが明確であること、
つまり契約の精神がはっきりしている点です。このほかにも、海外の大
学と組むと日本企業はいろいろな領域の専門家との交流の機会が得られ
たこと、優れた論文の創出にもつながったことなど、自社研究レベルの
向上に役立っていると評価しています。
もちろん、国内の大学との連携でも成功例の報告がありますが、2001
年ごろまでの経験では、その事例が少なかったということが分かりました。
従って海外の大学の良い面のいくつかを国内の大学が具備していけば、
国内の大学との連携はもっと進むだろうというのが、部会構成企業の意
見でした。
この違いについての議論で、結局歴史の違いや価値観の違いに基づく
ことが多いととらえる、従って最後は人材の問題、考え方やカルチャー
の相違に帰着するとの認識から、人材育成を部会の主要なテーマに切り
替えたのです。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
31
日本の大学の研究体制ではイノベーション型の研究は期待できるのでしょうか。
山野井 答えを先に申し上げれば、期待できると考えています。ただしそ
のためには、従来大学の持つ価値観はしっかりと保持した上で、時代の
流れに基づく社会の変化を視野に入れて、いまひとつの新しい価値観を
醸成することが求められます。
大学は文系、理系を問わず、実に多くの専門領域(ディシプリン)を包
含しています。おのおののディシプリンには教授以下専門家がおり、担
当のディシプリンをさらに深める、つまり垂直方向に深耕することによ
り新しい法則の発見や新理論を構築することで、そのディシプリンをよ
り豊かに進化させること、ここに最も大事な価値観を置いています。そ
して、専門ディシプリンの数は多いので、比較的小さなコンパートメン
トがたくさんあり、それらはおのおの独立性、自主性が強く、お互いの
内容についてはあまり関心を持たないというイメージでした。
この担当の単一ディシプリンの深耕の背景は、自由な発想による真理
究明の研究の価値観であり、またそれを担う優秀な人材の育成であって、
これ自体は今後とも大学の最も重要なミッションであることは何ら変わ
らないので、決して緩めることなく展開してほしいと願っています。
ところで、イノベーションは、あるひとつの単一のディシプリンが画
期的な成果を出したとしても、それだけでは前進しません。産業化や社
会ニーズ実現へ向かう研究は、基礎レベルの段階から必要な複数のディ
シプリンの融合がないと成立しません。つまり単一ディシプリンの大き
な成果を核にして、いくつかの異領域の科学技術の配列と融合思考が必
要なのです。
そのためには異なる専門性の研究者が一堂に会し、おのおののディシ
プリン間の壁を越えて、垂直方向でなく水平方向への取り組みを通じて
新しい価値を生み出す思考と行動が求められます。この型の基礎的研究
がイノベーションの芽を創出すると考えます。
海外の大学は単一ディシプリンの垂直方向への深耕による真理究明の
研究を極めて精力的に展開する一方で、イノベーションの芽を生む型の
融合型研究にもしっかり軸足を置いている点が、先に述べた経団連会員
企業が産学連携において良い評価を与えた理由と言ってよいでしょう。
最近国内の大学も、この融合型研究とそれを担う人材育成について重
視する方向へ、有力な大学を含め明らかに変化が認められることは事実
で、これがご質問に対する答えをあらかじめ申し上げた理由です。
産学連携を行うにあたっての産側の問題は何でしょうか。
山野井 大きな課題であると思っています。大学へのアプローチでは少な
くとも 7 ∼ 8 年先、まずは 10 年以上先の社会の動き、その中での自ら
の企業の在り方を想定した上で、自前ではできない課題をテーマ化して
提起すべきだと思います。5 年先ぐらいに事業化を狙う事業は産学連携
の対象ではないと考えます。従って産側の課題は、いかにして長期的視
野に基づく展望を描くかにあると言ってよいでしょう。
最後に人材育成からみた産学連携をお聞かせください。
山野井 単一ディシプリン垂直深耕型の真理究明の研究と人材は大変大事
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
32
ですが、これは大学の課題であって産学連携の対象ではありません。
産学連携のポイントは、複数ディシプリン融合型のイノベーションを
推進する型の研究開発と、担う人材の育成にあります。なぜかと言えば、
産業界における研究開発は、基本的にほとんど融合型です。例えば自動
車 1 台製造するのにどのくらいの要素技術が必要かを考えればよく分か
ります。味の素社でのアミノ酸の製造について述べれば、微生物学、バ
イオインフォマティクス、化学、工学等の専門の研究者、技術者の協同
活動がなければ成立しません。
今まで大学で学んでいる段階では、おのおのが自らの専門性を深める
ことが中心課題で、周辺の異領域の専門性との協同という経験は少ない
と思います。
今後はいろいろな専門性の若者が融合型テーマの設定の下に集い、お
互いが周辺のディシプリンに関心を持ち、その考え方や進め方の違いや
特徴を知り、組み合わせ、融合させることで全く新しい価値が生まれ、
新しい地平が拓けることを体験し、喜びを感じるような拠点が大学内に
設けられることを期待しています。またこうした知識の幅の拡大に資す
るという意味で、インターンシップの高度化や博士課程の問題、学と産
の間の人材交流の在り方や、融合型 COE の設置などを産業界はステーク
ホルダーの 1 つとして求めています。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
33
産学連携と法的問題
10
産学連携と税務
平成15年、日本は研究開発を促進するために税制改革を行い、実質的な減税措置をとった。産学連携を推進
する税制優遇措置とは。
◆はじめに
大森 孝参
日本の民間企業の研究開発投資額は、米国の約 1/2 の規模と言われてい
る。この差は、ほぼ両国の GDP の差と符合している。しかし、平成 15 年
の税制改革によって研究開発を促進するために講じられた実質的な減税規
模は、日本の方が、米国よりも大きいものとなった。
政府が研究開発を促進するために税制優遇措置を講じたことによって、
(おおもり・こうぞう)
高橋雄一郎法律事務所/特許業
務法人高橋・林アンドパートナ
ーズ 弁護士・弁理士
今後日本の民間企業の研究開発投資は、政府のもくろみどおりに促進され
るのであろうか。本稿では、まず第 1 に現在民間企業に対して用意されて
いる試験研究費の税額控除制度(研究開発促進税制)について述べ、第 2
に産学官連携促進特別税額控除制度について詳しく述べ、第 3 にそのほか
の産学官連携を推進するための税制優遇措置について述べ、最後に TLO に
関する税制優遇措置について述べる。
◆民間企業の研究開発促進税制
政府は、平成 15 年、研究開発税制の抜本強化を打ち出した。長引く経
済状況の悪化とデフレの深刻化を受けて民間企業の研究開発投資が微増、
微減の横ばい状況に危機感を持った政府は、民間企業の研究開発投資を促
進し経済波及効果を狙った大規模な特別減税措置を講じた。
民間企業の試験研究費に係る税制優遇措置は、法人税法の特例として租
税特別措置法第 42 条の 4 に規定されている。主な税制優遇措置としては、
①全ての青色申告法人を対象とした試験研究費の総額に係る特別税額控
除制度
②産学官連携の共同研究・委託研究に係る特別税額控除制度(産学官連
携促進特別税額控除制度)
③中小企業を対象とした試験研究費の総額の特別税額控除制度(中小企業
技術基盤強化税制(上記①の割合よりも高い税額控除率となっている)
)
が用意されている。なお、法人税の試験研究費に係る税額控除限度額(上
限)は平成15年の税制改正で12%から20%に引き上げられている。また、
1年間の税額控除額の繰り越しが可能となっている。
(1)試験研究費の総額に係る特別税額控除制度
対象となるのは、研究開発に取り組む全ての青色申告法人であり、税額
控除率は、試験研究費の総額の 8%∼ 10%(租税特別措置法第 42 条の 4
第 1 項)。なお、8%∼ 10%となっているのは、試験研究費の 4 年間の平
均売上金額に対する割合(10%が分岐点)によって、税額控除率が変わる
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
34
ためである。
(2)産学官連携促進特別税額控除制度
対象となるのは、公的機関・大学との〈共同試験研究〉および〈委託試験
研究〉に係る試験研究費であり、公的機関・大学との〈共同試験研究〉およ
び〈委託試験研究〉に係る試験研究費の税額控除率は原則として 12%であ
る(租税特別措置法第 42 条の 4 第 2 項、同条第 11 項第 3 号)
。この産学
官連携促進特別税額控除制度については後に詳述する。
(3)中小企業技術基盤強化税制
対象となるのは、中小企業および農業協同組合であり、税額控除率は、
試験研究費の総額の一律 12%である。中小企業の研究開発活動を強力に推
進するために上記(1)の一般的な試験研究費の総額に係る特別税額控除制
度とは異なり、対象を中小企業および農業協同組合としており、税額控除
率を優遇して一律 12%としている。
◆産学官連携促進特別税額控除制度
以上に述べた研究開発促進税制のうち、産学官連携の共同試験研究・委
託試験研究については、基礎的創造研究を促進する観点から、高い税額控
除率が設定されている。企業等が国立大学・私立大学・公的試験研究機関
と共同試験研究契約または委託試験研究契約を締結して支出した経費の 12
%について、税額控除を受けることができる。この税制優遇措置は、平成
15 年度税制改正により講じられた措置であって、平成 15 年度から当初 3
年間は一律 12%にさらに「3%」の上乗せ措置が講じられていた。この「3
%」の上乗せ措置について、平成 18 年度税制改正の際にさらに 3 年間延
長する要望が出されたが、結局延長されず平成 18 年 3 月をもって廃止さ
れたため、現在は 12%の控除率となっている。
ここで注意を要するのは、前記(1)の一般的な試験研究費の総額に係る
特別税額控除に(2)の産学官連携促進特別税額控除を上乗せして前記(1)
と(2)の合計額の最大 20%まで税額控除できるという点である。ただし、
(3)の中小企業技術基盤強化税制による税額控除を選択した場合には、
(1)
の一般的な試験研究費の総額に係る特別税額控除と前記(2)の産学官連携
促進特別税額控除を上乗せできない。
例を挙げると以下のようになる。
【例】資本金 2 億円の青色申告法人に該当する A 株式会社が当期(平成
18 年 4 月 1 日∼平成 19 年 3 月 31 日)に開発製品の設計・試作等のため
に複数の取引先企業に試験研究費として 3,300 万円を支出した。さらに、
B 大学との共同研究のために 1,000 万円を支出した。試験研究費の総額と
しては、4,300 万円を支出したことになる。なお、A 株式会社の当期の所
得に対する法人税額は 2,500 万円とし、当期を含む過去 4 年間の平均売
上金額に対する当期の試験研究費の割合が 11%だったとする。
①企業に支出した試験研究費の総額
3,300 万円
②当期の①の試験研究費の割合
11%
③①のほかに大学へ支出した共同研究費
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
35
1,000 万円
④当期の法人税額
2,500 万円
1)試験研究費の総額に係る特別税額控除制度による税額控除
3,300 万円 10%= 330 万円
2)産学官連携促進特別税額控除制度による税額控除
1,000 万円 12%= 120 万円
3)税額控除額合計
450 万円
4)控除後の当期法人税額
2,050 万円
産学官連携促進特別税額控除制度の適用を受ける「対象」となる共同試
験研究・委託試験研究については、租税特別措置法第 42 条の 4 第 11 項
第 3 号、同規定をうけた施行令第 27 条の 4 第 14 項・15 項、施行規則第
20 条第 7 項・8 項を参照されたい。
◆そのほかの産学官連携を推進するための税制優遇措置
以上の民間企業の試験研究費に対する税制優遇措置のほかに、産学官連
携を推進するための税制優遇措置として、国立大学に対する「寄付金」が
法人税法上全額損金扱いとされる優遇措置が設けられている(租税特別措
置法第 40 条、同法施行令第 25 条の 17)。
◆ TLOに関する税制優遇措置の必要性
このような現行の税制優遇措置から見ると、産学官連携に対するインセ
ンティブは、現在のところ民間企業にしか与えられていない。
これに対して、TLO、大学、研究者に関する税制優遇措置は不十分なも
のである。TLO に関する税制優遇措置として、大学に還元するライセンス
収益の非課税化の措置を講じることが平成 18 年度税制改革の要望事項と
して挙げられたが、結局この要望は盛り込まれなかった。
社会的にいまだ認知度の低い TLO を、企業と大学・研究者との橋渡し役
として必要不可欠な存在に育て上げるためには、TLO のライセンス収益の
非課税化、TLO の寄付金収益の非課税化、さらに、TLO に対する特許権譲
渡の実質が信託に近いことを考慮して、税法上信託として扱うことなどの
検討が必要である。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
36
連 載
大学発ベンチャーの若手に聞く
コメの新しい食べ方を世界に提案
小麦粉アレルギーに福音
東野 真由美氏(株式会社パウダーテクノコーポレーション)に聞く
取材・構成:平尾 敏
米の消費量減少の回復・小麦粉アレルギーの人でも食べられる、といった両者を満たす米で作るパンとは?
その産学連携を語る。
◆きっかけは誰も研究を引き受けてくれなかったこと
株式会社パウダーテクノコーポレーション *1 は、山形大学発の第 1 号ベ
*1:株式会社パウダーテクノコ
ーポレーション
http://www.vbl-ptc.co.jp/
ンチャーだ。
創設者である東野真由美さん(写真 1)は家庭の主婦からこの世界に飛び
込んでしまった。東野さんは、もともとアルバイトで山形大学工学部の小
山教授の秘書をしていた。
山形はおいしい米が生産されることでも有名だ。しかし、国民の米の消
費量は年々減少し 40 年前の約半分になっているという。地元の人たちか
ら消費拡大を見込んだ新しい米の利用方法として「米粉によるパン作り」
が持ち上がった。かくして「米からパンを作るための粉作り」という研究
依頼が飛び込んできた。このとき、研究を引き受ける学生がいなくて彼女
にお鉢が回ってきた。東野さんは急きょ「にわか研究生」としてこの課題
に取り組むことになった。結果的には、工学部的な研究に、主婦の感覚を
写真1 代表取締役専務
東野 真由美氏
取り入れることが成功に結び付いたとも言えるだろう。
米粉は「グルテン」を含まないため「グルテン」が機能するパンの膨ら
みが作れない(写真 2)。そこで、研究生としてさまざまな工学部的な試行
錯誤を繰り返した。結果として、山形大学工学部のプラスチック
発泡技術を米パンの膨らみに応用した。従って、無添加にて小麦
グルテンを使わないパンができあがった。家に持ち帰ってはパン
を試作するという毎日が続き、9 カ月後には米粉によるパン作り
に成功した。「ラブライス」と命名された商品は、パンとは違う、
米のもちもち感をもった新しい食味だという(写真 3)。
ラブライスの食パンから始まった商品は、いまやホットケーキ、
カップケーキやパスタへと広がっている。
◆食物アレルギーに福音…新しい食味の開発を
写真2 米粉には「グルテン」がないため、膨らま
ない
最近は食品によるアレルギーが問題となっている。代表的なも
のとしては卵・牛乳・そばなどが挙げられるが、欧米では小麦粉
によるアレルギーが人口の 5 パーセントを占めていると言われて
いる。この技術によりその人たちにもおいしいパンやホットケー
キを食べてもらうことができるようになった。最近は新しいニー
ズに応えるべく、オーストラリアから欧州へと活動の場を広げて
いる。
米粉から始まった製品開発は、健康成分が豊富な大豆へと展開
http://sangakukan.jp/journal/
写真3 「ラブライス」商品
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
37
している。工学部的に始まった粉作りは、今後さまざまな食品の粉作りに
発展していく可能性を秘めている。今後思いもよらない食材が東野さんの
手によって登場してくるかもしれない。
とんとん拍子に進めてきた事業だが、東野さんにも悩みがある。それは
原料費が高いことだ。「アレルギー症を持つ方にも安心して食べていただけ
る米粉によるパン作りをしているので、米の選択が必要です。つまり、農
薬を使わないで栽培している米、米の生産トレーサビリティが明白な米に
こだわるため、原料費が高くつくのです」。従って安い小麦粉との価格差を
どのように縮めていくかが大きな課題のようだ。
◆筆者の感想
大学発ベンチャーとしては成功した東野さんだが、事業家としてはもう
少し。ベンチャー企業として手作りの経営を行うなど、身の丈にあった事
業展開をしてきた。しかし、企業は商品を売ることで消費者の幸福に貢献
しなければならない。その貢献度が高ければ高いほど、他社との差別化が
大きければ大きいほど売り上げが増え、利益となってはね返ってくる。そ
ういう意味で、価格競争に負けない広く普及する商品開発が期待される。
例えば、大豆の粉など農作物の粉類を使った新しい食品開発などである。
東野さんのモットーは「夢を描けば必ずかなう」というもの。「日ごろか
ら『こうしたい』『ああしたい』という希望をいつも心の中に持っていれば
流れ星が消えるまでにその願いを言うことができるが、その気持ちを持っ
ていなければ流れ星が見えたときに願いを込めることができない」という。
この思いがある限り事業家として成功するのはもうすぐだ!
取材・構成:平尾 敏
(野村證券株式会社 公共・公益法人サポート部 課長/本誌編集
委員)
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
38
地域連携ネットワークの輪の中で
̶顔の見える産学官連携活動̶
産学連携を進める上で、情報の受発信を行ない、大学の認知度を上げるため、地域内に接点としての複数の
拠点をサテライト形式で置いた。筆者の青森県内での経験とそれらの成果を述べる。
◆はじめに
野呂 治
筆者は長年専門商社の営業部門で大学・試験研究機関の研究者および民
間企業等へ、研究開発支援ツール(科学計測機器、試薬等)の販売・営業
企画・商品開発を担当してきた。また、平成 7 年からは、弘前大学との共
同研究を開始し、平成 10 年、11 年には当時の青森テクノポリス開発機構
(のろ・おさむ)
弘前大学 地域共同研究センター
産学官連携コーディネーター/
文部科学省 産学官連携活動高度
化促進事業 産学官連携コーディ
ネーター
(現:財団法人 21 あおもり産業総合支援センター)から科学技術振興事業
団(現:独立行政法人科学技術振興機構)の地域研究開発促進拠点支援事業
(RSP 事業)の採択により県の試験研究機関とも共同研究を行い、産の立場
で産学官連携にも携わってきた。
平成 14 年 1 月に現職を拝命する半年前に、弘前大学地域共同研究セン
ターで刊行した「CJR ニュース」のインタビュー記事の中で、筆者は企業
からみた共同研究に関し、企業が求める成果を得るには複数の技術が必要
とされる。また個々の研究者には専門の分野があり、1 研究室だけでは厳
しい場合が多い。その対応として、学内研究者同士のつながり、ネットワ
ークづくり、すなわち、大学内での学部を越えた研究者同士の情報交換等
を活発化し、基礎研究から応用研究、商品化まで一貫して成果の出せる産
学連携の組織ができてほしいと強く感じている、ということを話した。当
時は、まさか自分が産学官連携コーディネーターとして産学連携のマッチ
ングを行うことになるとは思ってもいなかったが、現職で課せられた務め
は、そのことを実践することである。
地域の企業の多くは、大学は敷居が高い面があり、なかなか連携がしに
くいと思っている。
これらを少しでも解消するために、民間企業での今までの営業職経験を
活かし、学内外を問わず企業へ、研究室へと積極的に出向き、顔の見える
産学官連携活動に努めている。顔が見えるということは、声が掛けやすい
ということで、産学官連携活動の基本と考えている。
◆弘前大学サテライトネットワーク
「連携」には、情報の受発信が必要である。産学官連携はこれに加え、大
学を近くに感じてもらうことも重要であると認識し、地域の接点としての
拠点づくりを進め、サテライトネットワークを構築してきた。
まずは八戸地域での認知度のアップのために、平成 14 年 6 月に八戸サ
テライトを設置した。弘前大学は同じ青森県内でありながら、産業の集積
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
39
地である八戸地域の企業・自治体にとって距離的にも時間的にも遠い存在
でなじみが薄かった。産学官連携コーディネーターの配置が決まり、連携
活動の幅が広がったこともあって、地域共同研究センターが中心となり、
地域の大学、支援機関等である八戸工業高等専門学校、八戸インテリジェ
ントプラザとの連携から始めた。まず週 1 日は、産学官連携コーディネー
ターが出向きシーズ提案会、セミナー・会合等に積極的に参加し、顔の見
える活動に努めた。開設まもなくの八戸高専とのシーズ提案会後の交流会
の席で、株式会社興和からマッチング要請を受け、人文学部地理情報研究
室の後藤助教授との共同研究を開始した。1 年半後の平成 16 年 4 月には
「GIS 活用地籍調査システム」の商品化という共同研究成果が生まれた。
また「近隣で産学連携の相手企業が見あ
たらない」との研究者の声で首都圏の拠点
地域連携サテライトネットワーク
を検討し、平成 16 年 4 月、青森県との連
携で、青森県ビジネスプラザ内(東京都中
央区八重洲)に弘前大学東京事務所を、コ
・青森サテライト教室
・東京事務所(八重洲)
青森観光物産館(アスパム)
7階
住友生命八重洲ビル5階
青森県東京ビジネスプラザ内
ラボ産学官プラザ in Tokyo(東京都江戸川
区船堀)に分室をそれぞれ開設した(図 1)。
平成 17 年 7 月にコラボ産学官青森支部が
設立され、平成 17 年 11 月にはオリジン
・八戸サテライト
・東京事務所分室(船堀)
(財)八戸地域地場産業振興
センター(ユートリー)
4階
朝日信用金庫船堀センター6階
コラボ産学官プラザ in TOKYO内
生化学研究所と教育学部食物学研究室との
共同研究成果が商品化されるなど、青森に
も産学官金連携に弾みの輪が広がった。身
近な活動拠点で顔の見える連携活動の成果
図1 地域連携サテライトネットワーク
だと考えている。
◆弘前大学プロテオグリカンネットワークス*1
プロテオグリカンとは、コラーゲンやヒアルロン酸と肩を並べる軟骨の
成分で、優れた保水力を持つ物質である。この物質が今、医薬品や化粧品、
人工臓器などに用いられる新素材として注目されている。これまで主に牛
*1:詳細は弘前大学広報誌「ひ
ろだい」Vol.4 を参照
http://www.hirosaki-u.
ac.jp/daigakuannai/hirodai/
hirodaivol04.pdf
の気管軟骨から微量しか抽出されず、非常に高価なため応用研究ができな
かったが、このプロテオグリカンの大量精製技術を、高垣啓一医学部教授
率いる研究プロジェクトが開発した。
高垣教授は、サケの鼻軟骨からプロテオグリカンを抽出することを思い
付いたが、簡単な方法がなかなか見つからなかった。だが、気晴らしの居
酒屋で何げなく注文した酒のさかな、「氷頭なます」から重要なヒントを得
る。実はこの「氷頭なます」こそが、精製の手本だった。つまり軟骨を酢
に浸すことで簡単に抽出することができる。牛などの哺乳類ではなく魚類
から抽出する発想は、サケの産地ならではのもの。地域の食文化が、世界
初の精製技術の開発、低コスト化へとつながった。
この成果で平成 14 年 11 月に医学部、理工学部、農学生命科学部、教育
学部等に在籍する研究者で構成する学内初の全学横断的な研究プロジェク
ト組織「弘前大学プロテオグリカンネットワークス」を立ち上げ、プロテ
オグリカンに特化した応用化・実用化の研究を開始した。平成 16 年 4 月
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
40
には「プロテオグリカン応用研究プロジェ
クト」が文部科学省「都市エリア産学官連
重点研究
プロテオグリカン研究拠点の構築
携促進事業(連携基盤整備型 平成 16 年∼
18 年度)」に採択され、現在、実用化に向
けた取り組みが行われている(図 2)。
宣
伝
高垣教授は「大学から地域へ」、「弘前地
域が、プロテオグリカンを活用した新産業
の発信地となることを望んでいる」と述べ
ている。
地域の資源、文化から生み出されてきた
ものを、青森ブランド、Japanブランドと
外部資金
シンポジウム
(総括)
高垣啓一(リーダー)
(糖鎖工学班)
高垣啓一
中村敏也
糠塚いそし
吉田孝
須藤新一
柿崎育子
糖鎖の組み換え
ヒアルロン酸の代謝と機能
グラコーム解析法の開発
新規酵素の探索
粘弾性と構造
マラリア感染阻害
して確立するためには、地道に発信してい
く必要がある。ブランドとして確立するに
は選択と集中そして継続である。
国際会議
申
請
情報交換
内山大史
宣
伝
(糖鎖医学班)
吉原秀一 ラット実験腸炎
四ツ柳高俊 軟骨新生の調査
田中幹二 子宮頚管無力症新規
治療薬の開発
組織再生および修復
柏倉幾郎 血小板造血促進作用
石橋恭之 膝関節軟骨修復
樋口 毅 骨粗しょう症マーカー
リ
エ
ゾ
ン
今 淳 地域社会
図2 プロテオグリカン研究拠点の構築
◆お酒飲みネットワーク
筆者には十数年来通っているおいしくお酒を飲ませてくれる居酒屋があ
る。弘前 P ホテル向かいの居酒屋「D」である。地元の蔵元「三浦酒造」
で一般市販されていないお酒をご主人が試飲し、気に入ったものを居酒屋
「D」特別酒として提供している。県内外の観光客、仕事の出張で来ている
客、地元の常連客、とリピーターの多い店である。
長いお付き合いの中で、ご主人が出会い、お付き合いをしている多くの
人との輪の中に入れてもらいながら、①数多くの全国の銘酒、幻の銘酒を
手に入れての利き比べ、② 1 つの日本酒を絞りたてから熟成していく過程
(ほぼ 1 年間)の利き比べ、③同じ蔵元でつくられた日本酒の酒米による違
いを利き比べ、④同じ酒米でつくられた日本酒の蔵元による違いを利き比
べ、の 4 通りのお酒の味わい方を教えてもらい今日に至っている。通い始
めたころ、ご主人に「自分の口に合うのがおいしいお酒」と言われた。そ
の通りである。常連客としてお酒についての知識を教えてもらい、かつ多
くの人との出会いの場を与えてもらえた。昨年のイノベーション・ジャパ
ンの展示ブースで、プロテオグリカンの共同研究の成果を紹介している PR
ビデオが流れた。NHK が取材をしてニュース番組で流れたものである。高
垣教授と一緒に居酒屋「D」のご主人の顔も写っている。
平成 11 年に第 3 回全国「亀の尾サミット」
(開催地:宮城県古川市)に
参加する機会を得た。「亀の尾」は、テレビドラマにもなった人気漫画「夏
子の酒」の幻の酒米のモデルとなったお米で、山形県余目町が発祥の地で
ある。このサミットは、この地域固有の資源に着目し「亀の尾」をシンボ
リックに据えながら米・酒・地域を柱とした地域再発見活動で、1997 年
に余目町でスタートした。内容は、①大学等研究者の講演、②米の作り手、
酒造りの蔵人、そして飲み手のディスカッション、③全国の蔵元の「亀の
尾」で造ったお酒を利き比べながらの交流会、である。日本酒を水と米の
文化の結晶としてとらえ、米の作り手、酒造りの蔵人、そして飲み手がそ
れぞれの思いを語り合いながら明日の地域づくりと夢づくりを行うイベン
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
41
トとして、年 1 回全国各地で開催し今年で 10 回目(宮城県仙台市)
となる。私は、第 7 回(青森県弘前市)、第 8 回(秋田県大潟村)、
第 9 回(大阪府大阪市)にも参加し、多くの人との出会いの機会を
得ている。私の自己紹介に使っている似顔絵(写真 1)を描いても
らった漫画家の高瀬斉さんもその 1 人である。
◆おわりに:産学官民連携の推進
筆者は、産学官連携コーディネーターネットワークに加え、イン
キュベーションマネージャー、産学官連携活動で得た学内外のネッ
トワーク、そしてお酒飲みのネットワークを構築してきた。
弘前大学のように地方都市に位置する大学は、地域の活性化に貢
献し、少子高齢化に向けた大学の生き残りを意識し、地域を基盤と
した地域貢献型の産学官民連携を推進することが極めて重要である
と考える。産学官民連携を推進するに当たっては、地域社会との連
写真1 漫画家 高瀬 斉氏に描いていただ
いた筆者の似顔絵
携が取りやすい仕組みづくりが必要で「亀の尾サミット」のように
地域の資源、文化に根ざしたものを柱とした地域再発見の活動は大
いに参考になる。地域との連携の事例の 1 つに、ラベルに校章を入
れた日本酒「弘前大学」の販売がある。弘前大学農学生命科学部金
木農場産の「豊盃米」を 100%使用して平成 15 年、弘前市の蔵元・
三浦酒造店の協力を得て醸造した純米吟醸である。平成 16 年 3 月
から弘前大学生協の売店で販売されている(写真 2)
。筆者は、学外
に産学連携事例として弘前大学を売り込むのに活用している。
人との出会い、人とのつながりとは不思議なものである、そして
世間は狭い。夕刻に裃(かみしも)を脱いで酒を酌み交わし、人と
の出会い、人とのつながりの潤滑剤としてお酒を活用することで、
地域社会での産学官民連携活動の輪を広げていきたい。
写真2 日本酒「弘前大学」
この原稿を執筆中に、前述のプロテオグリカン研究者の高垣啓一教授が 8 月 16 日
急逝されました。
高垣啓一教授に先生の研究成果を世に還元することを誓うとともに、心よりご冥福
をお祈りいたします(合掌)。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
42
「イノベーション・ジャパン2006̶大学見本市」報告
国内最大規模の産学マッチングのための標題見本市が今年も開催された。
今年の総入場者数は約 4 万人と昨年より 4,000 人も増え、盛況であった。
イノベーション・ジャパン 2006 フォーラムも連日の基調講演、特別公演、
パネルディスカッション、企画プログラムと多彩に開催され、国内外からの
演者を得た。筆者は、野村證券協賛セミナー:
【中国に学ぶ産学連携】
(①)と、
【我が国のイノベーションシステム構築に向けた産学官によるロードマップ・
コミュニケーション】
(②)とに参加した。
①では、市場経済に入った中国での深圳、中関村での産学連携の現状を聞
き、中国の経済立国への上昇を理解した。②では、コミュニケーションツー
ルとしてのロードマップの役割、そこからみた産学官の役割および産学官各
セクターでのロードマップの意義、有効性が分かり、興味深かった。以下に
同協賛セミナーで招請された北京市人民政府中関村科学技術園管理委員会副
主任の夏穎奇氏に中関村サイエンスパークについてインタビューをしたので、
その内容を記す。
(本誌編集長 加藤多恵子)
日時:平成 18 年 9 月 13 ∼ 15 日
場所:東京国際フォーラム
(東京・有楽町)
主催:
(独)科学技術振興機構、
(独)新エネルギー・産業
技術総合開発機構
共催:文部科学省、経済産業省、
内閣府、日経 BP 社
後援:(独)工業所有権情報・研
修館、
(社)発明協会、
(独)
中 小 企 業 基 盤 整 備 機 構、
日本学術会議、知的財産
戦略本部、(株)日本経済
新聞社、(株)テレビ東京
特別協賛 :野村証券(株)
Special Award by:UBS
夏穎奇氏インタビュー 平成 18 年 9 月 14 日
中国北京の北西部に所在する中関村科学技術園区はアジアのシリコンバレ
ーを目指して設立された。その経済発展目標には、2010 年までに、技術・工
業・貿易の総収入を 6,000 億元、ハイテク産業付加価値を 1,300 億元、工業
総生産額を 2,500 億元、ハイテク技術製品・サービスの輸出総額を 80 億米ド
ルとし、税収総額を 190 億元とすることが挙げられている。
【中国に学ぶ産学連携】の講演者、パネリストとして来日された北京人民政
府中関村科学技術園区管理委員会副主任の夏穎奇氏にインタビューした。
中関村サイエンスパーク設立からお話しいただけますでしょうか。日本
のつくば研究学園都市は貴サイエンスパーク設立の際、参考になったの
でしょうか。
夏 中関村というのはご存じのとおり北京にあります。中関村が発展を始め
た 10 年から 15 年ぐらいの間は、中国政府は一切関与していません。自然
発生的に発展が始まりました。中関村の位置する北京の北西部は学園都市
で、いろいろな研究機関もたくさん集まっている場所です。中国では改革
開放政策が始まり、この学園あるいは研究機関が集まっている北京の北西
地域で、規模は小さいが多くのハイテク企業も生まれました。これらの小
さいハイテク企業が、産業として自分自身の研究開発を行いながら発展に
努めてきました。中関村が設立されて 20 年後の発展の状況を、中国の中央
政府も北京市政府も全く予想していなかったのです。1999 年になり、初め
て中央政府が政府としてこの地域の発展に関与しなければならないと考え
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
43
始め、2000 年に中関村科学技術園という名前を政府として正式につけて公
表したのです。
私はつくばの状況を完全に理解しているわけではありませんが、私の
知る範囲で申しますと、つくばの場合は最初にまず政府が主導して構想
を立て、それから政府が町の設計も行い実際の開発も行ったということ
で、最初のスタートラインの段階から政府が関与していたといえると思
います。この点が中関村と異なる点であると思います。もう 1 つ加えま
すと、中関村の建設の過程でわれわれは何度もいろんな代表団を組んで
外国へ派遣しました。日本のつくばも訪問しております。それ以外にも
米国のシリコンバレーや、アイルランド、インド、シンガポール等、訪
問しておりますが、どこか 1 カ所から全面的にモデルを取り込んだとい
うところはひとつとしてありません。
データを申し上げます。中関村が所在する北京の北西地域は大学や
研究機関が密集しており、具体的には大学が 39 校、それから研究所が
213 あります。これら大学、研究所を取り囲むような形でハイテク企業
が出来上がってきましたので、中関村のサイエンスパークは最初に構想
があって、その構想に基づいて、人為的につくったということではなく、
あくまで北京の町の一角が発展してサイエンスパークになったというこ
となのです。
海外からハイテク企業を招請するときに優遇政策、税制の優遇などもさ
れていると聞いていますが、それらを除いてもその招請に応じるという
非常に魅力的な部分が確実にあると思います。そのあたりをお聞かせく
ださい。
夏 中関村自体として強みは 3 つあると思います。まず今申し上げた学園地
区であるということ、教育関係のリソースが豊かです。中国の研究機関の中で
も非常に権威があります中国科学院と中国工程院がともに中関村にあります。
中国科学院のメンバーは全国に散らばっていますが、そのメンバーの
40%は中関村で仕事をしています。そして 213 の研究所はすべて国家レ
ベルの研究所で、39 の大学もすべて国から重点大学の指定を受けていま
す。2 点目は人材です。大学、それから研究所から毎年多くの人材が輩
出されております。現在中関村内の大学に在校している学生が全部で 70
万人おります。中国は米国のように 7 月に卒業式がありますが、今年の
7 月に卒業した学生は約 17 万人です。大部分が学卒ですが、修士も博
士もいます。これらの大量の新人で中関村の非常に旺盛な人材需要を賄
っています。
加えて、多くの海外留学生の帰国組が仕事をしています。外国で修士、
博士を履修した学生が中関村で仕事をしていますが、その数はこの 5 年
間で 8,000 人ぐらいに達しています。3 点目の強みは情報リソースです。
北京は首都で中国の中央政府の所在地であり、北京市政府もありますの
で、政策絡みの情報をいち早く得られますし、各国の大使館もすべて北
京にありますので、国際的な関係構築にも有利なわけです。また、多く
の多国籍企業がその中国本部を北京に置いていますので、ビジネス面の
関係構築にも有利です。また、中関村ではインターネットもコンピュー
タ事情も携帯電話事情も中国の他の都市に比べ大変に良好です。情報イ
ンフラの整備は中関村における仕事の効率、事務の効率を上げています。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
44
こういったことで、中関村は国際的なリスクマネーを引き付けています。
資金が集まるのです。
中関村サイエンスパークの今後の課題であるとか、問題点をお聞かせい
ただけますか。
夏 ご存じのとおり中国は今、市場経済に向かって動いております。従って、中
関村もより一層市場経済に適応していくという面での課題に直面しています。
市場経済化というコンテキストで申しますと、政府の関与は環境保護
であるとか、交通インフラ、あるいは中関村のサイエンスパーク建設に
かかわる種々の立法措置に限られるということです。政府が関与するか
らといって個別企業の運営に関与するわけではないのです。
中関村の今後の発展において解決すべき課題は、やはり技術移転の面
です。つまり大学、あるいは研究機関で何か研究成果が出たとき、これ
を速やかに企業に移転し、速やかに商品化して市場に投入していく。こ
の技術移転の面でさらに強化が必要な部分があります。
次に、一層の強化が必要なのは知的財産権保護です。中関村には研究
所が集中し、多くの開発が行われており、そしてその結果としてソフト
ウエアの蓄積も膨大なものになりました。こうした企業、あるいは研究
者の知的財産権が十分に保護されないとなりますと、中関村自身のイノ
ベーションにも影響が出てきます。
そして、今まで以上に国内外のリスクマネーを導入していくことです。
研究者、あるいは R&D 企業もしくは開発型企業は立ち上げ段階で大量の
資金のサポートが必要なので、今まで以上にリスクマネーを引き付けて
いかねばなりません。リスクマネーを投資するという行為は中国はまだ
経験が十分ではないので、日本、米国、あるいはさらにそのほかの西側
諸国に学んでいく必要があります。
最後に、中関村では信用システムをつくり上げていかねばなりません。
企業の信用システム、個人の信用システムもありますが、それら信用シ
ステムが構築されて初めて中関村では、銀行からの融資、市場社会から
の融資、資金調達、あるいは国際的な資本の導入がより容易になるのです。
これらが今後強化していかなければならない課題です。
きょうは短時間ではありますが、お話を聞かせていただきありがとうご
ざいました。
(聞き手:本誌編集長 加藤多恵子)
「中関村について」解説
平尾 敏:野村證券株式会社 公共・公益法人サポート部課長/本誌編集委員
中関村の歴史は、中国の開放改革の歴史でもあるし、世界の IT 産業発展
の歴史でもある。また、北京の大学を中心として、とりわけ清華大学を中
心とした産学連携の歴史でもある。加えて、中国の建国政策と世界の IT 産
業の発展がたまたま偶然につながりあった現象といっても過言ではない。
もし、これを戦略的に計画を練り、実行に移した人がいたとすればその知
略に舌を巻かざるを得ない。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
45
【開放政策から頭脳流出の時代】1978 年∼1990 年
深圳をはじめ 5 つの地域が 1980 年、「経済特区」として開放され、現
在に至る中国の新しい国づくりが始まった。政策は順調に推移したものの、
自由を求める動きには対応できず 1989 年に天安門事件が勃発し、希望を
失った人たちは中国を去ることとなる。このころ、日本を始め世界の大企
業は「北京にはとてつもない天才が居る」とのうわさから清華大学を中心
とした超一流の人材を買いあさる事となった。当時、世界の企業や大学へ
彼ら中国人材が 10 万人単位で散ったと言われている。このときの人材が
世界の企業や大学に存在し、現在の発展に大いなる影響を与えた。
【出稼ぎの時代】1991 年∼2000 年
天安門事件を教訓に、中国は着実に開放改革政策を実行し成果を上げて
きた。一方、世界の経済は IT の進歩と相まって大きく発展した。自国で
IT 技術を身に付けた中国人は職場を世界に求め、1 円でも高い賃金をくれ
る国(または企業)を求めて出稼ぎをすることになる。もちろん日本の企
業も例外ではなく、極めてコストパフォーマンスの高い中国人を 5 人、10
人とチーム単位で採用する。日本の企業も、システム制作の現場で、中国
語が飛び交っている光景は今や不思議でも何でもない。
【サイエンスパーク設立からベンチャー育成まで】2001 年∼現在
2001 年の WTO 加盟をきっかけに 2008 年の北京オリンピック、2010 年
の上海万博と、世界的規模での事業が目白押しだ。北京政府は、世界の IT
企業を中心とした事業現場としてサイエンスパークを続々と建設し入居させ
ている。企業は、クオリティーの高い大学生を格安の賃金で雇うと同時に、
さまざまな優遇措置を受けられる。グローバルな競争に勝ち残るためには、
自国で中国人を雇うのではなく中関村での業務の展開が条件となるだろう。
こうして中関村サイエンスパークに世界の大企業を誘致した北京政府は、
同時に海外に流出した頭脳を呼び戻し、ベンチャーとして独立させ国家プ
ロジェクトを担わせている。中国に帰国してベンチャーを行っている人た
ちこそ、かつての「とてつもない天才たち」だ。スタートアップでの資金
不足は北京政府が面倒を見るし、極めて安い家賃で施設に入居することも
可能である。
【今日から将来への予測】
中国の産学連携は極めて戦略的に、中関村を中心に実行されている。国
内最初のサイエンスパークは 1988 年に設立されているから中国の産学
連携は 18 年の歴史がある。しかし、本格的に建設されたのは最近 5 年間
(2000 年以降)のことだ。世界の IT 企業はこぞって中関村に居を構えるこ
とになった。
「産学官連携」について言うなら、中国で欠けている「産」を、「官」と
「学」で確立してきた。これから、先進国としての仲間入りをするためにも
ますます産学官連携が大きな役割を担っていくだろう。その意味では、わ
が国の産学官連携を考えるヒントがここにあろう。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
46
「UNITT2006 第3回
産学連携実務者ネットワーク」報告
「第3回産学連携実務者ネットワーク」で、「大学における情報管理」セッ
日時:平成 18 年 9 月 8、9 日
場所:明治大学 アカデミーコモ
ン(於 東京都千代田区)
主催:有限責任中間法人 大学技
術移転協議会
ションが開催された。大学技術移転協議会が平成 17 年度に実施した産学連携
アンケートでは、7 割以上の企業から現状の大学における秘密情報の管理に不
安を感じている結果が出ており、大学の情報管理の在り方について産業界の
視点も入れて議論を展開するのが狙いである。
パネリストからは、「大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドラ
イン改訂」など最近の情報管理に関する動向が紹介され、転入転出者の情報
管理の徹底や知財本部・TLO と教員との間のポリシー共有化など大学におけ
る課題も指摘された。研究ノートの活用と留意点についての発表もあった。
会場からは、研究ノートについて「実験データは電子媒体に記録しており、
紙媒体をどう使えばいいのか」といった質問や「意義は分かるが、一律の義
務化は難しい」といった意見が寄せられた。秘密情報については、企業側か
ら「情報の持ち出しは禁止。自宅で仕事はしない」という発言があり、大学
側から「インターンシップ(就業体験)をする学生には、受け入れ企業から公
知情報以外は持って帰ってくるなと教えている」といった報告もあった。
IT の発展で容易に大量の情報が流出するリスクが高まっていることも加わ
り、約 2 時間にわたって熱心な議論が続いた。
(農工大ティー・エル・オー株式会社 代表取締役社長/本誌編集委員 伊藤伸)
「第 3 回産学連携 実務者 ネットワーク」において、パネリストとして参
加する機会を得た。テーマは、
「学生の関与(発明の取扱と秘密情報管理)」。
特許を得る権利は、本来は発明者にある。教員の発明は、職務発明制度の
導入により大学に帰属する運用を取ったとしても、それはあくまでも、雇用
関係にある教員にのみ適用できることであって、学生には適用されない。一
方、大学発の発明を見ると、教員と学生が同時に関与しているものも少なく
ない。多くの大学では、その取り扱いに苦慮しており、小生の所属する金沢
大学でもその例外ではない。
今回驚いたのは、パネルディスカッションの進め方。これまで参加したパ
ネルディスカッションは、パネリストからのプレゼンテーションの時間が少
なくとも半分を占めていたように思うのだが、今回のパネルディスカッショ
ンは、モデレーターのプレゼンテーションのみで、パネリストのコメントを
含めても、20 分程度ではなかっただろうか。全体の 2 時間の大半は、フロア
に意見を求めながらの、シナリオのない進め方であった。
壇上に座っている者にとっては、いつ銃弾が飛んで来るかもしれない緊張
感にさらされて、ふと気が付けば本音の悩みを語っていたようである。時間
も 10 分余り超過して、無事終了。やはりそれだけ、関心の度合いが高かった
というべきか。
(金沢大学 知的財産本部長/本誌編集委員 吉国信雄)
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006
47
★ 4 月から編集委員の陣容が変わり、編集委員会も私のような「留め置き組」には新
たな刺激に満ちたものになっています。産学連携の現場経験者・現役担当者が多いた
めか、「編集」という目的を忘れて「産学官連携」の議論に没頭することもしばしば。
産学官連携の「厚み」
話題は「わが国の産学官コーディネータはいかにして誕生したか?」「企業から見た大
学知財本部のミッションは?」「地域における高専の役割は?」等々多彩です。「産学
官連携」という言葉が世間で使われ始めて 10 年、話題も新局面を反映するもの、歴
史をたどるものと幅が広がっています。産学官連携の活動に厚みが出てきたことの反
映でしょうか。連携推進の飛躍を予感させる新編集委員会です。 (荒磯委員)
★海は広いな、大きいな! 瀬戸内海の片隅に船を浮かべながら、一昼夜、学生や企業
の方々と語り明かした。これから社会という大海原にこぎだそうとしている 23 人の若
者たち。荒波にもまれ、立ち往生しそうになったとき、彼らが人生を切り開いていく
ための光を投げつづける灯台としての役目を果たし、それでも彼らが転覆しそうになっ
たときは、いつでも寄港し、心を休め、再び大海にチャレンジできる、そんな温かい
「母港」であり続けたい…。大学を単なる「研究者の楽園」ではなく、意欲ある学生の
大学を
「巣立ちの場」に
「巣立ちの場」として、これからどのようにしていけばよいのか̶高等教育に携わる一
人の大学人として、洋上事前講義を担当しながら、私自身、大いに考えさせられる経
験であった。 (松澤委員)
★ 10 月号は特に多岐にわたる内容をお届けしています。
本ジャーナルは、「産学連携と MOT」を連載で掲載しております。本号の座談会記
事では、日本型 MOT に見られる問題点を、多角的な視点から忌憚(きたん)なく話
していただきました。都市エリア型の取り組みでは、函館のイカ事業のプロジェクト
ポイントをとらえた
内容の記事を
を取材した記事を掲載しました。産学連携による研究開発と、それを支える地元企業
の事業化意欲が成功をもたらしました。「産学連携と法的問題」では税の優遇制度に
ついて論じています。
9 月に開催されたイノベーション・ジャパン 2006 のフォーラムでも、多彩な課題
がみられました。秋風に身が引き締まる季節です。産学連携の記事もポイントをとら
えた、締まった内容にしていく所存です。 (加藤編集長)
産学官連携ジャーナル(月刊)
2006年10月号
2006年10月15日発行
Copyright ⓒ2005 JST. All Rights Reserved.
編集・発行:
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携事業本部 産学連携推進部
産学連携推進課
編集責任者:
江原秀敏 文部科学省
都市エリア産学官連携促進事業
筑波研究学園都市エリア科学技術コーディネータ
コラボ産学官事務局長
問合せ先:
JST産学連携推進課 菊池、加藤
〒102-8666
東京都千代田区四番町5-3
TEL :(03)5214-7993
FAX :(03)5214-8399
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.10 2006 48
Fly UP