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モーリシャス共和国 下水処理施設整備事業

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モーリシャス共和国 下水処理施設整備事業
モーリシャス共和国
下水処理施設整備事業
外部評価者:早稲田大学
大門
毅
0.要旨
本事業は「首都圏の水質汚濁防止及び周辺海域の海洋生態系保護を推進」するとい
う目的で供与され、モーリシャスの開発政策、開発ニーズ、日本の援助政策と十分に
合致しており、妥当性は高い。また、事業費については計画内に収まったものの、ス
コープ変更や調達手続きの遅れのため、事業期間が計画を大幅に上回ったため、効率
性は中程度である。生物化学的酸素要求量(BOD)などの効果指標は計画値をクリア
し、環境・衛生状況の改善に寄与したものの、下水処理場の運用率が計画値を約 30%
下回っているため、有効性は中程度である。持続性については、体制・技術について
は特段の問題は見られないものの、維持運営管理(O&M)費用を回収できるほどの料
金収入となっていない財務上の問題、さらに、故障した一部施設が未修理のまま長期
間放置されている問題を抱えている。
以上より、本事業は、一定の効果発現が見られたが、一部課題があると評価される。
1.案件の概要
下水処理場位置図(星印)
下水処理施設:沈殿池(右上)及びゴミ処理
フィルター(右下)
1
1.1 事業の背景
モーリシャスは、独立(1968 年)後、特に 1980 年代以降の経済発展及び人口の成長に
より、環境問題が表面化してきた。同国の主要産業である繊維産業の発展は著しく、
首都ポートルイス市への人口集中も進んでいた。それに伴い、生活排水及び産業廃水
は、ほとんど未処理のまま珊瑚礁に挟まれたラグーンといわれている沿岸海域に放流
され、同国の主要な外貨獲得産業である観光産業及び零細漁業は汚水による海洋汚染
により危機にさらされていた。また所得水準でみた生活水準は改善していたが、国民
の居住環境に対しては、内科・眼科疾病の増加等の保健・衛生面で影響を与えていた。
首都ポートルイス市内の下水需要は、2.5 万㎥/日(1997 年)から、4.8 万㎥/日(2005
年)、6.1 万㎥/日(2017 年)と増加する見込みであったが、それらは既存の下水処理
施設の処理能力(1.7 万㎥/日)を超えており、各施設(Fort Victoria 処理場、Pointe aux
Sables 処理場)も老朽化していた。このため、早急に新規の下水処理システムの建設
が必要となった。こうした中、ポートルイス市南部の住宅地・商業地の 1340 ヘクター
ル(1997 年現在人口 11.8 万人)をカバーする既存の下水網システムを有効利用し、既
存下水処理施設の場所に新規ポンプ場を建設し、汚水を市内から 6km 南西の地域
(Montagne Jacquot)に建設する新規の下水処理施設に圧力輸送するシステム整備への
支援に対して、モーリシャス政府が日本政府に対して要請を提出したものである。
1.2 事業概要
本件事業は、ポートルイス市南部からの生活排水・産業廃水に対する新規下水道シ
ステムの構築により、首都圏の水質汚濁防止及び周辺海域の海洋生態系保護を推進し、
もって生活環境の向上や観光産業等の発展に寄与するものである。
なお、本事業は世界銀行との協調融資案件である。
円借款承諾額/実行額
交換公文締結/借款契約調印
借款契約条件
4,538 百万円 /
1998 年
9月 /
4,533 百万円
1998 年
9月
金利 1.8 %、返済 25 年(うち据置 7 年)、
一般アンタイド
借入人/実施機関
モーリシャス共和国政府/下水道公社 1
(Wastewater Management Authority: WMA)
貸付完了
本体契約
2008 年
12 月
China International Water and Electric Corporation
(中国)
Jan De Nul Dredging Limited(ベルギー)
1
審査時には公益事業省下水道局であったが、2001 年 8 月に公社化され、WMA となった。
2
コンサルタント契約
日本上下水道設計株式会社(日本)
関連調査(フィージビリティー・スタデ
M/P (AfDB, 1994)
ィ:F/S)等(if any)
F/S , D/D (World Bank, 1997)
関連事業(if any)
技術協力:短期専門家(3 名)
円借款:グラン・ベ地域下水処理施設整備事業
(2010 年 7 月 L/A 調印)
国際機関:世界銀行との協調融資(Environmental
Sewerage and Sanitation Project)(協調融資強化ス
キーム(ACF))
2.調査の概要
2.1
外部評価者
大門
2.2
毅(早稲田大学)
調査期間
今回の事後評価にあたっては、以下のとおり調査を実施した。
調査期間:2010 年 12 月~2011 年 12 月
現地調査:2011 年 2 月 27 日~3 月 12 日、7 月 31 日~8 月 6 日
2.3
評価の制約
維持運営管理(O&M)に関して、実施機関の WMA では下水処理施設ごとの収入・
支出については別会計としていないため、プロジェクト・ファイナンスの観点から正
確な財務分析(FIRR の再計算)を行う上で支障となった。
3.評価結果(レーティング:C 2)
3.1 妥当性(レーティング:③ 3)
3.1.1
開発政策との整合性
モーリシャス政府は、1988 年以降世界銀行の支援により策定された国家環境行動計
画(National Environmental Action Plan:NEAP)を 1990 年に閣議で承認し、国家環境委
員会が設置された。特に、下水道セクターは、国家開発計画の中でも優先度の高いセ
クターとして位置づけられ、同セクター・マスタープラン(M/P)は AfDB(アフリカ
開発銀行)の融資により 1994 年に策定されている。その中で、下水道セクターの政策
における主要目的として、
「島・沿岸部の水質汚濁の防止」、
「人々の健康・保健状況の
2
3
A:「非常に高い」、B:「高い」、C:「一部課題がある」、D:「低い」
③:「高い」、②:「中程度」、①:「低い」
3
改善」、「同セクターの持続的成長のための技術的・法的・制度的・財務的フレームワ
ーク策定」が挙げられていた。
NEAPは 1999 年に策定された国家環境戦略(National Environmental Strategies)の中
で、NEAP2(2000~2010 年行動計画)として継承・改訂された。NEAP2 はさらに、
事後評価時点で検討中の「持続可能な島モーリタニア」
(Maurice Ile Durable: MID)計
画(NEAP3 行動計画)にも継承されており、中でも下水道セクターの重要性につい
ては、沿岸部の水質汚濁の防止による、観光業・漁業への裨益効果という観点から重
要であると引き続き認識 4されている。
以上より「首都圏の水質汚濁防止及び周辺海域の海洋生態系保護を推進」するとい
う事業目的は概ね妥当であったと評価できる。
3.1.2
開発ニーズとの整合性
審査時(1997 年 11 月時点)、独立以降の繊維産業を中心とする工業化、首都ポート
ルイスへの人口集中により、生活排水・産業廃水がほとんど未処理のまま沿岸地域に
放流されたため、海洋汚染によって観光資源が危機にさらされ、また、内科・眼科系
疾病増加等、周辺住民に対して保健・衛生面で影響を与えていた。市内の下水需要は、
2.5 万㎥/日(1997 年)から、4.8 万㎥/日(2005 年)、6.1 万㎥/日(2017 年)と増加す
ると見込んでいたのに対して、既存の下水処理施設の処理能力(1.7 万㎥/日)を超え
ており、各施設も老朽化していた。このため、早急に新規の下水処理システムの建設
が必要となった。
有効性で後述の通り事後評価時点では、下水処理量は 3.1 万㎥/日(2009 年実測値)
であり、当初需要予測を下回るものの、開発ニーズという意味においては、引き続き
下水処理の需要は存在する。当初の需要予測を下回った理由としては、繊維産業の成
長鈍化が指摘された。処理施設の能力余剰に対しては、WMA によって引き続き同下
水処理施設に送られる下水ネットワークへの接続ユーザ数増加が進められている。
3.1.3
日本の援助政策との整合性
審査時の資料においては、本事業の日本の援助政策との整合性に関する記述や分
析が見当たらない。したがって、事後評価においては当時の周辺情報から類推する
しかない。例えば、ODA 白書(1999 年度版)によれば、対アフリカ援助は「二国
間友好関係の強化」、「多国間外交の場における我が国への支持・協力の確保」、「ア
フリカが抱える課題(経済社会開発の促進、紛争の解決、緊急人道援助等)への国
際貢献」という外交目的の達成を念頭に置くべきとしている。この中で、モーリシ
事後評価時の環境省(環境大臣)、漁業省(漁業大臣)へのヒアリング、及び”Maurice Ile Durable”
Green Paper。
4
4
ャスに対しては所得水準が高いことに鑑み、
「経済安定化を支援」するため、援助実
施を検討していく方針であるとしている。
本事業が、日本政府の対アフリカ援助の目的の中で「二国間友好関係」など外交
目的、「アフリカが抱える課題(特に環境問題)」への経済貢献において概ね合致し
ており、また本事業が目的としていた環境改善を通じた関連産業への裨益を通じて、
「経済安定化を支援」にも貢献すべく供与されたという意味において日本の援助政
策との整合性は高いと考えられる。
以上より、本事業の実施はモーリシャスの開発政策、開発ニーズ、日本の援助政
策と十分に合致しており、妥当性は高い。
3.2 効率性(レーティング:②)
3.2.1
アウトプット
下記の通り、フィジカル・コンポーネント(円借款対象事業は圧送管を除く下水道
システム整備、コンサルティング・サービス)、技術協力(円借款対象事業外の世銀融
資による下水道セクターに関する技術協力)のアウトプットについては計画と実績で
特段の変更は見られなかった。
表 1
項
目
アウトプット計画実績比較
計
画
実
績
ポンプ場
2箇 所
計画どおり
圧 送 管 (*)
6km
計画どおり
下水処理場
処 理 能 力 4.8万 ㎥ /日
計画どおり
海中放流官
645m 長 、 30m 深
計画どおり
調達準備、工事管理
計画どおり
経営管理、職員訓練等
計画どおり
コンサルティング・
サービス
技 術 協 力 (*)
(出所:PCR、事後評価時の聞き取り)
*世銀融資(円借款対象外事業)
なお、下水処理場は EIA(Environmental Impact Assessment 環境影響評価:1997 年
及び 2001 年実施)により、処理水の排出については、WMA 側が審査時からのスコー
プ変更を検討していた「地下洞穴」
(地下に穴を掘って浸透させる)方式ではなく、
「海
水放流官」
(海岸より 645m、深さ 30m 地点に放流)方式を採用すること、また放流に
際しては本事業が当初想定していた一次処理(排水中の浮遊物・金属等の物質をポリ
マー(沈殿剤)等により除去)に加えて、大腸菌等に対する塩素殺菌が義務付けられ
5
ることになった。これらの変更や追加に対する評価については、「3.2.2.2 事業期間」
および「3.4.2 その他、正負のインパクト」にて分析する。
3.2.2
インプット
3.2.2.1
事業費
事業費は、下水処理場、ポンプ場建設、放流管の建設コストについては審査時より
も上昇(審査時の比較では 126%) 5となった。これは工期の遅延により、鋼材価格な
どの資機材が審査時予測より大幅に上昇したことによるものである。
他方、コンサルティング・サービス及び世銀融資による技術協力が大幅に下がった
(審査時の 58%)6。これは、円借款対象部分、世銀融資による技術協力とも審査時見
積もりよりも契約額が下回ったためである。
さらに、事前処理施設、用地取得費などモーリシャス側の自己資金による内貨支出
が審査時見込みよりも下がった(ドル換算で審査時の 66%) 7。モーリシャス側の自
己資金部分(内貨)については、工場など大口事業者向けの事前処理施設に対する政
府拠出金が支払われなかった(すなわち、工場などの自己資金で処理施設が建設され
た)こともあるが、現地通貨の対ドル・円レートが審査時と比較して、45%(対ドル)、
65%(対円)下落したことが大きい。
結果として、事業費総額は審査時の 63.7 百万ドル(当時換算レートで 7,708 百万円)
に対して、実績は 61.0 百万ドル(貸付期間レート平均で 7,015 百万円)であり、ドル
ベースでは、審査時の 96%(円貨では、審査時の 91%)に収まった。
表 2
項
目
事業費計画実績比較
計
画
実
外貨
5,155百 万 円
4,658百 万 円
内貨
2,553百 万 円
2,367百 万 円
( 442百 万 MUR)
( 628百 万 MUR)
合計
7,708百 万 円
7,015百 万 円
うち円借款分
4,538百 万 円
4,533百 万 円
換算レート
1US$= 121円
1US$= 115円
1US$=21.1MUR
1US$=30.5MUR
( 1997年 12月 現 在 )
( 2005年 1月 ~ 2007年 12月 平
均)
(出所:PCR)(事業評価時レートは貸付期の年平均を計算したもの)
5
6
7
績
審査時 39.1 百万米ドルに対して、事業完了時 49.1 百万米ドルとなった。
審査時 14.3 百万米ドルに対して、事業完了時 9.5 百万米ドルとなった。
審査時 4.2 百万米ドル相当に対して、事業完了時 2.4 百万米ドル相当となった。
6
事業期間
3.2.2.2
審査時の工期は 1999 年 10 月から 2002 年 12 月(39 ヶ月)を想定していたが、実際
には工事開始が 5 年超も遅れ、2005 年 3 月に開始し 2007 年 1 月(工期 23 ヶ月)に終
了した。工期そのものは 16 ヶ月の短縮ではあるが、工事開始の遅れにより、L/A調印
時を起点とした場合の事業期間は計画 51 ヶ月に対して実績 99 ヶ月 8(計画の 194%)
と、計画を大幅に上回った。
遅延の理由の一つは WMA 側が審査時のスコープを変更し、海水放流管以外の代替
案(具体的には汚水の洞穴利用案)を検討しはじめたことである。その背景には、当
時、沿海漁業を営む漁民による下水処理施設に対する抗議やデモが頻発したこともあ
った。代替案は 2001 年 5 月にモーリシャス環境省により却下されるが、その間、P/Q
書類の同意(1998 年 12 月)から同書類の変更(2001 年 10 月、12 月)を経て、評価
結果同意(2002 年 7 月)まで 3 年半もの時間を費やす結果を招いた。
いまひとつの遅延理由は、下水処理施設・ポンプ場工事にまつわる訴訟問題である。
一番札の企業がWMA側と契約交渉を行っている最中に、二番札の企業が入札結果を
不服として、裁判所に入札結果の差し止めを求めて訴訟を起こした 9。最終的に二番
札の企業が工事を受注することとなった
10
。こうした経緯を経て、最終的に入札評価
結果が承認されたのは 2004 年 2 月である。なお、海水放流管については、別のロット
として入札を行い、2003 年 2 月に入札公示、同 5 月に入札評価を終え、上記のロット
と同じ、2004 年 2 月に入札評価結果(ベルギー籍企業が受注)を承認した。
以上より、本事業は事業費については計画内に収まったものの、事業期間が計画を
大幅に上回ったため、効率性は中程度である。
3.3 有効性
3.3.1
11
(レーティング:②)
定量的効果
3.3.1.1 運用効果指標
運用に関する指標としては、「日平均流入量」(2006 年時点で 48,075 ㎥/日;以降、
施設が拡充するまではこの設計水量が維持されると仮定) 12が設定されていた。これ
に対して、下表の通り 2007 年時点での日平均流入量(実測値)は 32,714 ㎥/日(審査
これにともない、貸付実行期限が 2004 年 12 月から 2008 年 12 月まで延長された。
当時、調達手続きに関する異議申し立ては裁判所に訴訟を起こすしか手立てがなかったが、2006
年に法改正(Public Procurement Act 2006)され、Independent Review Panel に不服申し立てを
行うことが制度化された。裁判手続きに比べて簡略化、時間短縮になったと言われる。
10 WMA からの聞き取り時には確認できなかったが、当時のコンサルタント(NJS 社)からのヒア
リングによる情報。
11 有効性判断にあたり、インパクトも加味してレーティングを行う。
12 なお、設計上の「日最大流入量」は 187,500 ㎥/日。
8
9
7
時想定の 68%)にとどまっており、その後、2009 年時点にいたるまで、使用率は大き
な伸びは見られず、横ばいで推移している。
なお、審査時には設定されていなかったが、WMA では「下水接続数」も運用に関
する指標として記録している。下表のように接続数が増加しているにもかかわらず流
入量が伸びない理由としては、WMA によればモーリシャスは 2007 年以降、慢性的な
水不足に見舞われ、上水の供給制限などが続いたことも影響しているとのことである。
さらには、繊維産業の成長が鈍化し、下水対象地域でも繊維工場が閉鎖されるなど、
大口顧客が想定より下回ったことも外部要因として影響していると考えられる。
表 3
運用指標計画実績比較
計画
実績*
2006
2007
2008
2009
日平均流入量(㎥)
48,075
32,714
30,191
31,096
接続数
設定なし
2,145
2,545
2,845
(出所:WMA)
(*実績値は年平均。なお、下水処理施設は 2007 年 1 月より使用開始のため 2006 年データなし)
一方、効果に関する指標としては、BOD (Biochemical Oxygen Demand生物化学的酸
素要求量)
13
、COD (Chemical Oxygen Demand化学的酸素要求量) 14、及びTSS (Total
Suspended Solids全浮遊物質) 15が設定され、それぞれ、COD 580 mg/l、BOD 340 mg/l、
TSS 400 mg/l(2006 年時点)が目標値(排出口における計測値)として設定されてい
た。実測値はいずれも目標値及びモーリシャス環境省が定めた「2003 年環境保護排出
基準(海洋への排出基準)」 16をクリアしている。
表 4
効果指標計画実績比較
排出基準
(単位 mg/l)
計画
実績*
2006
2007
2008
2009
COD
750
580
446
252
326
BOD
250
340
83
142
152
TSS
300
400
94
100
100
(出所:WMA)
(*実績値はいずれも月二回の計測値の年平均)
13
水中の有機物などの量を、その酸化分解のために微生物が必要とする酸素の量で表したもの。
水中の被酸化性物質を酸化するために必要とする酸素量で示したもの。
15 水中に浮遊する不溶解性物質。
16 Environment Protection (Standards for effluent discharge into the ocean) Regulation 2003,
Government Notice NO 45 of 2003.
14
8
3.3.1.2 内部収益率
(1)経済的内部収益率(EIRR)
:審査時において「下水道プロジェクトにおいては、
教育、医療等他の社会インフラストラクチャーと同様に便益の計量化が難しいため」
17
18
算出しておらず
、事前・事後の比較を行うことができないこともあり、事後評価時
には算出しなかった。
(2)財務的内部収益率(FIRR):事業完成後の料金収入、O&M実測値(2007~2009
年) 19を考慮し、審査時と同じ前提
20
に基づきFIRRを再計算したところ、FIRRはマイ
ナス値となった。その理由としては、持続性の項で述べるように、料金水準及び処理
量とも一定水準に満たないため、O&M費用を回収できるほどの料金収入が確保できて
いないことがある。また、2011 年度より料金収入を拡大、O&M費用削減を含めた大
幅な経営努力
21
を行った場合には、FIRRはかろうじてプラス値となった。
表5
FIRR 再計算結果
審査時
事後評価時(ベース) 経営努力後
7.4%
-10.4%
0.8%
(出所:外部評価者による再計算)
3.3.2
定性的効果
審査時の想定では、裨益者は約 12 万人の住民及び約 150 の工場(うち約 60%が繊
維関連)であり、
「保健衛生の向上」
「生態系の保護・観光の促進」
「持続可能な経済活
動の促進」に寄与するものとされた。
定性的効果の評価の一環として、ポートルイス市の住宅街・商業地に対する受益者
調査(サンプル数 100;うち漁業関係者 10、工場関係 5) 22を実施した。事業に大いに
満足または満足した裨益者(58 名)の大半は「衛生状況の改善」
(32 名)
「沿岸地域の水
質改善」(16 名)を満足の理由として挙げており、「環境保全」(6 名)「地下水汚染の
減少」
(2 名)
「観光業の振興」
(1 名)は少数であり、
「水因性疾病の減少」 23「経済活
JICA 審査時資料
世銀コンポーネントでは料金収入と観光関連収入を便益として EIRR を計算しており、審査時の
12.2%に対して、事業終了(ICR)時 19.2%であるとしている。
19 WMA では下水処理場ごとの収支を計算していないため、Montagne Jacquot 下水処理場の日平
均流入量の全体処理量割合(約 30%、2008 年実測値)を使用して WMA 全体の収支バランスから
概算で求めたものであり、積み上げた数字ではない。
20 「プロジェクトライフ=建設期間を含めて 30 年」
(審査時条件)として計算。
21 キャッシュフローの 40%改善(収入増または O&M 費用削減による)を前提。
22 なお、事後評価時には対象地域には 15~20 程度の工場しか存在せず、繊維関連工場も減少してい
たため、商業関連施設はサンプル数 5 企業に限定せざるを得なかった。
23 水因性疾病について別途質問したところによれば、事業実施前後で若干減少(実施前の 21 件から
17 件)している。
17
18
9
動」24は皆無であった。他方、不満または大いに不満と回答した裨益者は 40 名であり、
その主な理由は「降雨時のポンプ場の溢水」
(13 名)
「下水道料金の高さ」
(18 名)
「下
水処理場付近の環境悪化、漁業へのダメージ」
(9 名)等となっている。漁業関係者 10
名のうち、8 名が不満または大いに不満と回答しており、その内訳は 8 名とも海洋汚
染(による漁業へのダメージ)を理由として挙げていた。このように、受益者はどち
らかといえば経済的効果より環境改善効果の方を認識しているということが判明した。
以上より、本事業の実施により一定の効果発現が見られ、有効性は中程度である。
3.4 インパクト
3.4.1
インパクトの発現状況
審査時に想定されたインパクトは「生活環境の向上や観光産業等の発展に寄与」と
された。生活環境の向上については、「定性的効果」の項で示したように、事業に満
足した理由として「衛生状況の改善」を挙げる住民が多かったことからも一定程度確
認ができる。一方、観光産業等の発展については因果関係を示すデータはなく、審査
時にはベースラインとなる指標も想定されていないが、事業実施前後において、モー
リシャスを訪問する外国人観光客及び観光業収入は堅調に伸びているのも事実であ
る。しかし、本事業のインパクトと断定する材料としては説得力に乏しい。
表 6
観光業関連指標推移
1995
2000
2005
2008
2009
外国人観光客数(千人)
422
656
761
930
871
観光業収入(百万米ドル)
616
732
1,189
1,823
1,390
観光業収入(対輸出総額%) 26.2
27.9
31.7
37.0
33.2
(出所:WDI)
なお、モーリシャスには、Montagne Jacquot 下水処理場を含めて、4 カ所の処理場
があるが、当処理場は設計上・実測値とも約 3 割を占めている。当処理場の建設によ
り、モーリシャス全体の下水処理能力が拡大し、下水道普及率が高まった。審査時、
国全体の普及率は 24,000 契約者数(個人、法人含む)、下水道普及率 18%(ポート
ルイス市内は約 70%)であったが、事後評価時では 64,700 契約者数(同)、下水道
普及率は 25%となっている。
周辺工場(サンプル数 5 社)へのインタビューでは、事業実施前後で売上高は「変化なし」(1
社)
「減少」
(4 社)、経営に対して「変化なし」
(1 社)
「水処理コスト高が負担」
(4 社)との回答を
得ている。
24
10
3.4.2
その他、正負のインパクト
(1)自然環境へのインパクト
モーリシャスには EIA 制度があり、事業実施前の 1997 年及び 2001 年に実施されて
いる。2001 年に再度実施したのは、「3.2.1 アウトプット」にて記載の通り、下水処理
場の処理水の排出について、WMA 側が審査時からのスコープ変更を検討していた「地
下洞穴」方式ではなく、
「海水放流官」方式を採用することになったためである。但し、
2008 年以後、WMA が管轄する下水処理施設に対して、環境省は IEA(Independent
Environmental Audit)(独立環境監査)を外部委託により実施しているほか、漁業省も
本件下水処理場付近を含む周辺水域の水質調査を実施している。
下水処理水の周辺海域に対する影響については、BOD、CODなどの有機汚濁物質、
TSSなど水中浮遊物、砒素などの有害化学物質及び大腸菌などの細菌の有無及び程度
が関係しているが、水中浮遊物、有害化学物質はWMAの調査及びIEA、漁業省調査な
どでは許容範囲内であった
25
。ところが、漁業省調査によれば大腸菌については、下
水処理場付近の海域で検出されている。
表 7
大腸菌検出状況推移
Pointe aux Sables ポンプ
(単位:CFU 26/100ml)
Montagne Jacquot 下水処理場
場付近(最小値・最大値) 付近(最小値・最大値)
Albion 測定箇所
(平均値)
2000
10 - 2450
NA
NA
2001
5 - 26900
NA
NA
2002
4 -14500
NA
NA
2003
5 - 95000
NA
NA
2004
2 - 500
NA
6
2005
5 - 395
NA
10
2006
2 - 610
NA
41
2007
3 - 315
NA
NA
2008
10 - 280
NA
NA
2009
15 -1940
12 - 540
NA
2010
15 - 450
25 -1500
NA
(出所:漁業省)
(注)Pointe aux Sables ポンプ場は MJ 下水処理場の海岸線に沿って北約 2km 付近、
Albion は南約 1km 付近に位置する
WMA の調査は EIA 等に基づくモニタリングではなく、独自に実施しているもの(非公表)であ
る。但し、モニタリングの数値等が定期的に JICA に報告されていたという記録はない。
26 細菌数を計測するコロニー形成単位(Colony-Forming Unit)
25
11
大腸菌については、審査時及び事後評価時点においてモーリシャス政府が定める既
出の「2003 年環境基準」 27に排出に関する基準はない。但し、同国政府が定める「沿
岸海域の水質に関するガイドライン」 28(1999 年施行)には、基準値の 200 (CFU/100ml)
以上
29
が計測された場合、海水浴や漁業活動は禁止されていることもあり、下水処理
場についても、他の汚染源と同様、法的な義務ではないものの、この水準以下を守る
ことが努力目標となっている。その基準に照らし合わせると、現状の大腸菌の検出値
は表 7 の通り、最大値において基準値を超えている
30
。環境省によれば下水処理施設
との因果関係が懸念されるとのことであるが、汚染原因は下水処理場以外にも考えら
れるため、汚染原因の詳細確認が必要である。
なお、下水処理場はEIA(2001)により、一次処理した下水を塩素殺菌していたが、
2008 年以降は一時的に中止している。WMAによれば中止の理由は、下水セクターに
技術協力を行っていたEUがWMAに対して「(当該下水処理施設のように)アンモニア
濃度の高い汚水への塩素注入は効果が薄いため中止すべき」 31と勧告したためである
としている。WMAは塩素注入の再開は技術面(塩素殺菌の効果)、及び費用対効果の
面から再検討した上で結論を出すとしているものの、事後評価時点では再検討の予定
は特にない。
なお、汚水を処理した後に残る汚泥(スラッジ)は、下水処理場内で濃縮、脱水処
理後、焼却されずに処理場の約 40 キロ南東に位置するMare Chicose Landfill(ゴミ埋
立地;処理能力 400~500 トン/日) 32に埋め立てられる。
(2)住民移転・用地取得等
住民移転は行われなかったが、下水処理場で土地収用(10 ヘクタール;私有地)が
1998 年 11 月までに行われた。10 ヘクタールの用地の中には将来の下水処理場の拡大
(微生物殺菌による第二次処理施設等)を見込んでおり、現状は収用した土地が余っ
ている。なお、下水処理場周辺には居住地はなく、畑及び刑務所が隣接している。
Environment Protection Regulation 2003
Guidelines for Coastal Water Quality (General Notice No. 620 of 1999)
29 米国、EU の基準値等もほぼこの水準であり、日本の「水浴場水質判定基準」
(環境省令)では
大腸菌が 100CFU/100ml 以下の場合「適」、400~1,000CFU/100ml 以下の場合「可」等と定めてい
る。
30 2010 年データでは、Montagne Jacquot 下水処理場付近海域の大腸菌検出状況は 25~1500
CFU/100ml と大きなばらつきがある。漁業省の説明によれば、数値にばらつきがみられるのは海
流変化などの影響によるものとのことであるが、計測方法の改善により、より正確な数値が計測さ
れる可能性もあるため、上記表の数字のみでは判断できない要素があるため、クロスチェックの必
要性があると考えられる。
31 Memorandum (27 th June 2008), Technical Assistance for the Mauritius Wastewater Sector
Policy Support Programme (European Union).
32 2000 年に世銀融資により整備されたごみ処理場(40 ヘクタール)
。World Bank (Mauritius Environmental Solid Waste Management Project (Project Information Document).
27
28
12
(3)その他正負のインパクト
審査時に特に想定されておらず、事後評価時にも特段の問題はみられなかった。
以上のように、努力目標値ではあるが大腸菌指標に限って負のインパクトの可能性
が憂慮される。
3.5 持続性(レーティング:②)
3.5.1
運営・維持管理の体制
審査時にはO&Mを民間業者に外部委託すると想定していた
33
が、事後評価時には
WMAのO&M部所属のスタッフ総勢 31 名が勤務していた。スタッフは、時間交代制で
シフト運営(施設は 24 時間で監視されている)されており、2か所のポンプ場にも配
置されている。したがって、実際の各シフトの常勤職員は 15~20 名前後であるとみら
れる。
なお、実施機関のWMAは職員 424 名(2009 年 1 月現在) 34であり、最高意思決定
機関が監督官庁(公益省)、関連省庁の次官等より構成される取締役会となっている。
取締役会の議長がWMAの総裁を勤め、その下に 2 名の副総裁(技術部門担当、総務・
財務部門担当)が置かれている。O&M全般は技術部門担当副総裁が管轄しており、
O&M部長及び専任職員が日常業務に当たっている。
水質検査については、WMA検査部(WMA Laboratory)が行っている。管轄の下水
処理場、ポンプ場における水質検査を行い、環境基準のコンプライアンスをチェック
するほか、排出口のある沿岸海域、独自処理を行っている企業、ホテル、病院の水質
チェックを実施している。実施方法は定期的
35
に水のサンプリングを行い、実験室で
様々なパラメーター(浮遊物質、有害化学物質等)の検査を行うものである。
以上のように O&M を行う組織体制としては概ね整備されていると評価できる。
3.5.2
運営・維持管理の技術
モーリシャスには本件事業の実施以前からもフランスの支援等により下水処理施設
があり、基本的な O&M 技術は蓄積されていた。また、人的資本の初期条件(教育水
準など)も比較的整備されていた。また現在の技術力についても、特段の問題は見ら
れないと評価できる。
こうした比較的整備された初期条件の上で本件事業が追加的にもたらした技術移転、
制度強化の有無及び程度についての捕捉は必ずしも容易ではないものの、本件事業を
33 WMA によれば、WMA 管轄の他下水処理施設(St. Martin)では、O&M 業務の大半を民間委託
しているが、「費用が割高である」(WMA 財務部)ため本件施設(Montagne Jacquot)では外部委託
を行わなかったとのことである。
34 WMA 年次報告書(2009 年度版)
35 ほとんどの施設では月に 2 回のペースでサンプリング検査を実施している。
13
通じて習得したO&M技術(下水処理場システム管理、水質検査等)がその後の下水処
理関連施設においても活用されている
36
ことから、一定の技術移転が行われたと評価
できる。また、本事業内で実施された、制度強化(世銀融資によるソフト・コンポー
ネント)をはじめとして、JICAが派遣した 3 名の短期専門家(O&M分野)、さらにコ
ントラクターによる工事完了後 1 年間の研修などの投入(インプット)実績もある。
こうしたインプットが事業終了後も維持・継続されるためには、研修のフォローやス
キルの組織内での共有化や蓄積など実施機関の「自助努力」によるところが大きいが、
WMAとしては日本、フランス、エジプトを含む諸外国への研修派遣などを通じて職
員及び組織レベルでの「キャパシティ・ビルディングを最重視」37してきたとしている。
3.5.3
運営・維持管理の財務
審査時、WMAは公益省の一部局にすぎず事業費、経常経費とも、公益省の予算(一
般会計)で賄われていた。2001 年度
38
より、WMAは公社化
39
され、原則として一般
会計から切り離され、独立採算制度となった。公社化以降、2005 年度までは、料金収
入の順調な伸びもあり、黒字経営であったが、2007 年度以降は本事業の供用開始等に
よるO&M費が膨らみ、赤字経営を余儀なくされている。
「支出/料金収入」の比率は 100%以下の場合に料金収入が支出費用を回収できる
が 100%超の場合には費用回収ができないことを示している。2008 年度については、
151%(費用回収率はその逆数の 67%)である。
表8
財務関連指標推移
2003/04 2004/05 2005/06 2006/07
227
236
250 N/A
料金収入
196
196
204 N/A
政府補てん等
31
40
41 N/A
支出計(B)
134
198
211 N/A
O&M費
56
73
84 N/A
人件費 N/A
N/A
N/A
N/A
借入金返済 N/A
N/A
N/A
N/A
その他 N/A
N/A
N/A
N/A
収支(A-B)
93
38
39 N/A
支出/料金収入比率
68%
101%
103% N/A
収入計(A)
2007/08 2008/09
301
311
233
68
249
62
318
377
213
67
25
121
238
70
58
110
-17
136%
-66
151%
(出所:WMA 資料)
世銀 ICR の記述による(World Bank (2007) Implementation Completion and Results Report
(Loan No. 42830))
37 WMA 年次報告書の記述。
38 モーリシャスの会計年度は 7 月 1 日~6 月 30 日。
39 設置法は WMA Act 2000
36
14
WMAとしては、接続料金の値上げ(ないしは全体の 15%存在するといわれる未払
い契約者の減少)により料金収入を拡大したいところではあるが、料金設定
40
につい
ては監督官庁である公益事業省の専権事項であるため、WMAの経営努力で対応する
ことができない。公益事業省によれば、上下水道事業の合併により事業全体としての
効率性・採算性を高めることを視野に入れた抜本的改革案を検討中とのことである。
他方、WMA の収支は下水処理場ごとに把握されておらず、組織全体としての収入・
支出しか把握されていない。現在の厳しい財務事情であれば、民間であれば本来、下
水処理場を含めた各部門を「コスト・センター」と位置付け、適切な原価管理会計を
導入することで O&M 費用を抑制する経営努力を行うであろうと考えられるところ、
WMA の場合にはそこまでの経営意識ないし制度化はなされていない。
3.5.4
運営・維持管理の状況
施設全体としては、BOD等を基準値以下まで除去できる程度の稼動はしているが、
一部施設の故障及び故障の長期間放置が見られる。汚泥処理タンク(2 機のうち1機)
は未補修、ゴミ処理フィルター(2 機のうち1機)は故障、沈殿池(3 箇所のうち1箇
所)は未使用
41
、ポリマー剤注入機は稼働していない状態であった。なお、塩素殺菌
施設は上記の通り使用されていない。通常の運用でこれだけの機器が同時に故障ない
し稼働しないということはメンテナンスの方法に何らかの問題があることが疑われる。
WMAの説明によれば、機械等が故障した場合、修理代が 2 百万ルピー(約 550 万
円) 42内の軽微なものであれば、WMAのO&M予算から充当できるが、上記のように
機械設備の取替えを含む 2 百万ルピー超のものについては、WMA取締役会を経て国
家予算(一般会計)から充当しなければならないため、時間がかかるとのことである。
事後評価時に故障していた機材はすべて 2 百万ルピー以上のもので、修理(交換)に
ついては予算申請中ということであった。
また、受益者調査によれば、下水ネットワークへの工場などからの重油の不法投棄
により、ポンプ場及び処理施設の性能劣化の問題がある。また、降雨時には Pointe aux
Sables のポンプ場付近(旧来の排水システムの排出口)で頻繁に溢水することも近隣
受益者から指摘され、WMA としても何らかの対策を講ずるべきとの認識ではあった。
以上より、本事業の維持管理は財務状況に軽度な問題があり、本事業によって発現
した効果の持続性は中程度である。
2008 年度以降、産業用1㎥あたり 20MUR、家庭用は消費量が 10 ㎥増えるごとに1㎥あたり料
金が、5.5MUR(~10 ㎥)、6.5MUR(11~20 ㎥)、15.0MUR(21~30 ㎥)、34.0MUR(31 ㎥~)
の水準に据え置かれている。
41 WMA によれば、沈殿池(1 箇所)については施設への流入水が容量を下回っているため、
「臭い
を低下させるため」あえて使用していないとの説明であった。
42 1MUR=2.75 円(事後評価時レート)を適用
40
15
4.結論及び提言・教訓
4.1
結論
本事業は「首都圏の水質汚濁防止及び周辺海域の海洋生態系保護を推進」するとい
う目的で供与され、モーリシャスの開発政策、開発ニーズ、日本の援助政策と十分に
合致しており、妥当性は高い。また、事業費については計画内に収まったものの、ス
コープ変更や調達手続きの遅れのため、事業期間が計画を大幅に上回ったため、効率
性は中程度である。BOD などの効果指標は計画値をクリアし、環境・衛生状況の改善
に寄与したものの、下水処理場の運用率が計画値を約 30%下回っているため、有効性
は中程度である。持続性については、体制・技術については特段の問題は見られない
ものの、O&M 費用を回収できるほどの料金収入となっていない財務上の問題、さら
に、故障した一部施設が未修理のまま長期間放置されている問題を抱えている。
以上より、本事業は、一定の効果発現が見られたが、一部課題があると評価される。
4.2 提言
4.2.1
実施機関への提言
調達手続中に失注企業から異議申し立てがあったことが事業期間の大幅な遅れを招
いた。当時、調達手続きに関する異議申し立ては裁判所に訴訟を起こすしか手立てが
なかったが、2006 年に法改正(Public Procurement Act 2006)され、入札調整庁が
任命する独立監視委員会(Independent Review Panel)に不服申し立てを行うことが
制度化された。従来の裁判手続きに比べて簡略化、時間短縮になったと言われるが、
実施機関としても調達手続きのさらなる効率化、透明化に努める必要がある。
有効性を見極める上で重要な点である水質検査のデータについては、WMA 自身が
行う水質検査のクロスチェックの意味も含め、現行の IEA 調査では行われていない。
Montagne Jacquot 下水処理場の排出口及び周辺海域における大腸菌(E-Coli, F-Coli)
等細菌データ(最小値、最大値のみならず平均値の測定も含む)の追加 IEA 調査、ない
し、要すれば環境省が認定する検査機関による検査を再度実施し、下水処理場付近の
沿岸水域の水質が漁業・観光業に影響を与えないよう確保する必要がある。さらには、
当該地域は複数の汚染源があり、海流やラグーンや河口域といった複雑な状況にある
ので、下水処理場と汚染の因果関係をふくめた体系的なモニタリングを継続的に実施
する必要がある。この点に関しては、環境省が中心となって、水質計測データの改善
方法の必要性の認識について、WMA、漁業省など関係者間での合意形成を促す必要
がある。
事後評価では、Montagne Jacquot 下水処理場付近の沿岸における大腸菌が「沿岸海
域の水質に関するガイドライン」(1999 年)基準値を超えている場合があることが判
明したものの、同ガイドラインには罰則規定がないため、強制力はない。また、排出
に関する規定の中には大腸菌に関する基準はない。現在、環境省を中心にガイドライ
16
ンの法令化の検討を行っているところであるが、今後とも基準の順守を徹底していく
必要がある。
その関連で、EU による勧告後、2008 年以降停止したままになっている塩素殺菌処
理、または他の消毒工程の導入を検討すべく、技術的観点、費用対効果の観点から調
査・検討を行う必要がある。
また、二カ所のポンプ場付近では降雨時に溢水が頻繁に発生することが受益者調査
の結果明らかとなった。その原因が運営管理上の問題なのか、あるいは設計上の問題
なのかについて、実施機関としても調査しつつ、溢水が発生しないような対策を講ず
る必要がある。
また、現状の下水道料金体系と徴収システムでは、プロジェクトを維持するための
費用回収がなされていないことが判明した。料金体系の見直しや人件費の合理化を含
め、維持管理に関する予算と人員を強化する必要がある。
4.2.2
JICA への提言
「周辺海域の海洋生態系保護を推進」するという事業目的を毀損しないためにも、
上記の大腸菌による海洋汚染の問題について、正確なデータによる検証の結果、必要
と判断された場合には適宜対応する必要があるものの、実施機関側の財務状況では当
該調査を自主的に行うことが見込まれないため、追加的な調査、例えば、
「援助効果促
進調査(Special Assistance for Project Sustainability:SAPS)」あるいは、下水処理
分野の短期専門家の派遣を実施することで、より迅速・効果的に水質検査や対応措置
(塩素消毒の再開など)をとることができると考えられる。
Montagne Jacquot 下水処理場はもともと水中浮遊物の除去を中心とする一次処理
施設として設計された。モーリシャス側としては、当初、本施設の完成後に二次処理
(微生物処理)施設を建設する計画があり、すでに 10 ヘクタールの用地取得済であり、
二次処理が実現すれば硝化作用によりアンモニアレベルが低下し、有効な塩素殺菌が
可能となるものの、実施機関の財政的余力がない中で、独自資金のみで実施すること
はできずにいる。実施機関への提言の項で示したように、モーリシャス側が実施すべ
き追加的な水質調査の結果、仮に二次処理の必要性が技術的に確認された場合には、
JICA としても何らかの技術的・資金的支援やアドバイスをモーリシャス側に対して
行うことが望ましいと考えられる。
本件は世銀との協調融資案件であり、世銀側は主に料金体系等の技術協力を担当し
た。その後、料金体系を含む実施機関の運営体制が、プロジェクトのフィジカル・コ
ンポーネント(円借款担当部分)に O&M 不備という悪影響を及ぼしたと考えられる
ことに鑑みても、世銀協調融資案件では、事業の運営管理のため案件実施後も世銀側
とより一層の意見交換を図る必要がある。
17
4.3 教訓
現地事務所がない国においては、中間監理ミッション、
(短期)専門家派遣の方法を
通じ、事業のモニタリング内容・頻度を強化する必要がある 。案件監理コンサルタン
トは契約に基づき、プロジェクト引き渡し後、1 年間の O&M への技術的支援を実施
したが、結果として、1 年間では短すぎたといえる。実施機関側のキャパシティにも
依存するが、現に類似案件の場合、いわゆる BOT 方式などを通じて、事業完成から
3~5年(場合によってはそれ以上の期間)の O&M への技術的支援を実施する場合
が多くなっている。
また、環境への負の影響として大腸菌の増加への懸念・可能性が確認された点に関
しては、関連事業である「グラン・ベ地域下水処理施設整備事業」と併せて対応策を
検討し、後者で同様の問題が発生しないようにすべきである。
以上
18
主要計画/実績比較
項
目
計
画
実
績
①アウトプット
ポンプ場
2箇 所
計画どおり
圧 送 管 (*)
6km
計画どおり
下水処理場
処 理 能 力 4.8万 ㎥ /日
計画どおり
海中放流官
645m 長 、 30m 深
計画どおり
調達準備、工事管理
計画どおり
経営管理、職員訓練等
計画どおり
1998年 9月 ~
1998年 9月 ~
コンサルティング・
サービス
技 術 協 力 (*)
*世 銀 融 資
②期間
2002年 12月
2007年 1月
( 51ヶ 月 )
( 99ヶ 月 )
③事業費
外貨
5,155百 万 円
4,658百 万 円
内貨
2,553百 万 円
2,367百 万 円
( 442百 万 MUR)
( 628百 万 MUR)
合計
7,708百 万 円
7,015百 万 円
うち円借款分
4,538百 万 円
4,533百 万 円
1US$= 121円
1US$= 115円
換算レート
1US$=30.5MUR
1US$=21.1MUR
( 1997年 12月 現 在 )
( 2005年 1月 ~ 2007年 12月 平
均)
以
19
上
Fly UP