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トーナメントモデルにおける競争者の能力差が努力水準に与える影響

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トーナメントモデルにおける競争者の能力差が努力水準に与える影響
トーナメントモデルにおける競争者の能力差が努力水準に与える影響に関する実証分析
An Empirical Analysis of the Effect of Ability Difference on Effort Level in the Tournament Model Competition
斉藤
潤
Jun Saito
指導教員
樋口
洋一郎
Adviser
Yoichiro Higuchi
This thesis studies the empirical relationship between ability difference and effort level in the tournament
model competition. Using data from Japan Professional Football League and 2010 FIFA World Cup, I
find the followings. (1)When dividing the dataset into favorites and underdogs, ability difference makes
favorites decrease their effort level, while underdogs keep their effort high level in J League data. (2) In
the way to divide World Cup into the round games and knockout stages, only favorites in knockout stages
remark a significant decrease in their efforts.
キーワード:トーナメントモデル、異質性、努力水準、サッカー
Keywords
:Tournament, Heterogeneity, Effort Level, Football
第 1 章 本研究の背景と目的
き出されるとの結論を得ている。一方、参加者が異質と
1.1 本研究の背景
仮定した場合、各参加者の努力水準は最適な水準よりも
企業や組織にとって従業員のモチベーションをいかに
減少することが導かれている。このメカニズムとしては、
上昇させるかというのは重要なテーマである。この問題
能力の低い参加者、つまり弱者にとっては勝率が低く追
への対策として、賃金構造や人事制度等の報酬体系の活
加的な努力をしても無駄になる可能性が高い為、競争か
用が考えられる。しかし人件費に充てられる額には限り
ら逃げてしまうということが考えられる。一方で、強者
があり、また一般的には階級が上がる程 1 つの階級内で
はこのような弱者の心理を把握、または実際に努力水準
の役職数は減少する。その為、賃金や昇進等の限られた
低下を観察した上で、自身の努力水準を調節して競争に
報酬の中でいかに従業員の意欲を上昇させるかが重要だ
臨むことが出来るということが理由として考えられる。
が、このような試みは実際の企業での制度設計に留まら
このように、トーナメントモデルの性質を持つ競争状
ず、学問的にも労働経済学の分野で注目を集めている。
態において参加者が異質な場合、強者、弱者それぞれが
企業内の昇進に関する人事制度に再び着目すると、同
努力水準を減少させ、結果としてその競争の全参加者の
程度の地位の従業員間では上の階級の役職を争う競争が
努力水準の総和も減少してしまう。
起きているといえる。このような限られた報酬を他者と
ここで再び我々の実社会に目を向けてみると、様々な
争う状況は、その他にも、商品市場でのシェア争い、優
競争状態が社会の至る所で発生しているが、そういった
秀者に給付される奨学金制度、スポーツの大会等にも当
競争状態の参加者の能力が皆一定であることは稀であり、
てはまり、社会の多くの場面で見られる状況である。
一般的にはそれら参加者の能力にはばらつきがあると考
このような、参加者間の競争と意欲との関係について
えて良いであろう。その為、理論分野のみならず実証分
欧米では、労働者の意欲に関する代表的な理論であるト
野においても異質性を考慮したトーナメントモデルに関
ーナメントモデルを用いた研究が多くなされている。こ
する研究のさらなる発展が求められていると言える。
1.2 本研究の目的
欧米にてトーナメントモデルの研究が発展してきた一
のモデルは①全参加者に与えられる報酬の総和は固定さ
れている、②各参加者への報酬は自身の絶対的な成績で
はなく他者との相対的な関係で決まる、という2つの性質
を持ち、Lazear & Rosen(1981)以降、理論的な展開が進め
られ、報酬総和、順位間での報酬の差、参加者数等が努
力水準に影響を与えるということが導かれている。
それらの研究の中でSzymanski & Valletti(2004)では、競
争の勝率に影響を与える能力についての参加者間の差に
着目をしている。そこでは、参加者が同質、つまり能力
が均一だと仮定する時、各参加者の最適な努力水準が引
方で、日本における労働環境に関する研究としては、日
本的な長期雇用・年功賃金と景気回復との関係に着目を
した服部・前田(2000)等、ある特定の制度に焦点を置い
て分析したものがほとんどであり、トーナメントモデル
に関する実証研究は石野(2009)に限られている。
しかし、先に述べた人件費や昇進の役職数が限られて
いる点、同階級の従業員間で上の役職への競争が起きて
いる点等、トーナメントモデルが持つ 2 つの性質は日本
企業においても当てはまる部分が多く、トーナメントモ
者は能力差が大きい場合でも努力水準に有意な影響は見
デルに関するさらなる理解は、日本企業の制度設計とい
られなかったが、強者においては能力差が大きい試合ほ
う観点から見ても有益な情報をもたらすと言えるだろう。
ど努力水準が減少するという効果が観察された。
以上より本研究の目的は、労働者への報酬体系と意欲
ここで、イエローカードや 2 分間退場を努力指標とし
の関係について、トーナメントモデルに基づき、能力差
て用いている理由として Berger & Nieken(2010)では、警
が努力水準に与える影響を実証的に分析する事とする。
告や退場のようなラフプレーは相手の好機を身を挺して
第 2 章 先行研究の紹介と本研究の特徴
防いだ結果であり、それらは高い意欲、努力水準からく
2.1 先行研究の紹介
るものだと述べており、それらを定量的に測った各指標
企業データでトーナメントモデルに関する実証分析を
行った研究として、Drago and Garvey(1997)がある。そこ
ではオーストラリアの企業データを用いて昇給額が大き
いほど従業員の欠勤が少なることを発見している。しか
し、企業の労働者の努力水準や成果は客観的なデータと
して測ることが難しく、また基本的に従業員の評価や賃
金等は公開されていないという理由から、実際の企業デ
ータを用いた研究はあまり蓄積されていない。その為、
トーナメントモデルの実証研究は、努力水準や労働環境
のデータが比較的整備されているスポーツのデータを用
いて行われることが多い。本研究もこれに倣い、スポー
ツのデータを用いて分析を行う。以下ではスポーツデー
タを用い、異質性に着目をした先行研究を紹介していく。
Frick et al.(2008)ではドイツのサッカーリーグのデータ
を用い、ブックメーカーが公表している各チームの対戦
オッズの差をチーム間の能力差とし、激しいラフプレー
をした選手に警告として提示されるイエローカードの枚
数を努力水準の指標として推計している。その結果、チ
ーム間のオッズの差が大きい試合ほどイエローカード枚
数が少なくなり、能力差が大きい試合ほど努力水準が低
くなるとの結論を得ている。
また Sunde(2009)ではテニスのデータを用い、世界ラン
キングの順位差を能力差、1 試合内あるいは 1 セット内
での奪取ポイント数を努力指標に用いている。この研究
では世界ランキングの順位を基に、各対戦でランキング
上位の選手を強者、下位の選手を弱者としてサンプルを
分けて推計を行っている。その結果、能力差が大きい場
合、強者には有意な影響が見られなかったのに対し、弱
者は努力水準を減少させているという結果を得ている。
続いて、Berger & Nieken(2010)ではドイツのハンドボ
ールリーグ 612 試合分のデータを用いて分析を行ってい
る。能力差の指標としては、前シーズンの最終順位差、
対戦直前の順位差、さらに Frick et al.(2008)と同様にオッ
ズの差を用いており、努力水準の指標としては、危険性
や悪質性の高い反則をした場合に与えられる警告を 2 回
受けた選手に課せられる 2 分間退場の回数を用いている。
また Sunde(2009)同様、能力差の指標を基に対戦チームを
強者と弱者に分けた推計を行っている。この研究では弱
は努力指標の代理変数として妥当であるとしている。
2.2 本研究の特徴
トーナメントモデルに関する研究は実証分野において
も欧米のデータを使用してのものが主であり、日本国内
のデータを用いてチームスポーツについて分析を行った
もの、またサンプルを強者と弱者に分けて推計を行った
研究は筆者の知る限り存在しない。本研究では分析の 1
つとして日本プロサッカーリーグ(J リーグ)のデータを、
強者、弱者に分けて推計を行う。
また既存研究ではラフプレーの変数を努力指標として
いるが、本研究ではイエローカードでの推計を行うと共
に、2010 年 FIFA サッカーワールドカップ(W 杯)南アフ
リカ大会のデータを用い、選手の走行距離に着目した分
析も行う。しかしここで、イエローカードや走行距離と
いった指標はそれぞれ、クリーンなプレーと高い努力水
準を両立させているチームや、1 試合を通して走り続け
ることはしないが少数の決定機に走行距離を集中させる
という戦術を心掛けているチームについて、努力水準を
適切に観測出来ていない可能性がある。その為、本研究
ではイエローカード、走行距離での推計に加え、これら
の指標が全体として持っている意味合いを解釈する際に
用いられる主成分分析を行い、各指標の背後にある抽象
的な「努力指標」自体の変数を作成し、その変数を努力
指標に用いての分析も行う。
また W 杯の分析では、予選リーグと決勝トーナメント
それぞれでの能力差が努力水準に与える影響を検証した。
さらに、先行研究では相手に関する変数が自身との能
力差を表すオッズ差のみであり、自身の行動を説明する
上で相手に関する情報が不十分であると言える。そこで
本研究では、相手の努力指標も推計式に含め、相手の行
動から自身が受ける影響もコントロールした分析を行う。
以上、日本のチームスポーツデータを用いてサンプル
を強者・弱者に分けた推計を行った点、努力指標として
走行距離と、各指標から抽出した主成分を使用した点、
同一大会内にて予選リーグと決勝トーナメントそれぞれ
での能力差が努力水準に与える影響を検証した点、相手
の努力指標が自身の努力指標に与える影響をコントロー
ルした点の 4 点が本研究の特徴だと言える。
第 3 章 分析方法
3.1 理論モデル
となり、また cs es
 cwew …(9) が成立する。
本研究では Szymanski and Valletti(2004)の理論モデルに
基づき参加者の異質性を考慮したトーナメントモデルの
この時、弱者の努力水準 e w は以下(10)式となる。
定式化を行う。
ew  (2k  1)V
まず n 人の参加者が 1 つの報酬を争う場合を考えるに
あたり、 ei を参加者 i の努力水準とし、参加者 i が報酬
を手に入れる確率 p i を以下で定義する。
pi 
ei
h 1
一階条件は
ew
c c
 (2k  1)V w s 3  0
cs
cw  cs 
…(1)
h
となり、k の条件と(7)式より上の条件式は常に正とな
また n 人の中から参加者 i が 2 位の報酬を得る確率は、
の能力差が減少する時、弱者の努力水準 e w は増加をす
pi (  j ) との積であり、以下の式で表さ
る。つまり反対に「両者の能力差が大きくなる程、弱者
れる。
の努力水準は減少する」と言える。
p
j i
j
p i (  j ) 、where p i (  j ) 
ei
…(2)
e
es  (2k  1)V
h
ここで、c i を参加者 i の努力 ei に関する限界費用、報
酬の総和を V、総報酬のうち 1 位に k
一方、強者の努力水準 e s も同様に(11)式で得られる。
n
h 1
h j
12  k  1 、2 位
に 1-k という割合で分配されるとすると、i は以下(3)式
を最大化するように努力水準 ei を決定する。
kVpi  (1  k )V  p j pi (  j )  ci ei …(3)
j i
これを努力 ei に関して最大化する際の一階条件は以
下(4)式で表され、計算により式(5)に変形出来る。
kV
る。c s が大きくなる時、つまり強者の能力が減少し両者
p j と n-1 人の中から参加者 i
参加者 j が 1 位を取る確率
が 2 位になる確率
(10)式の、強者の努力に関する限界費用 c s についての
n
e
cs
…(10)
cw  cs 2
pi (  j ) 
 p j
pi
  ci  0 …(4)
 (1  k )V  
pi (  j )  p j
ei

e
ei 
j i 
i
kVpi 1  pi   (1  k )V  p j pi (  j ) 1  pi  pi (  j )   ci ei …(5)
j i
cw
…(11)
cs  cw 2
(11)式の、弱者の努力に関する限界費用 c w についての
一階条件は
es
c c
 (2k  1)V s w 3  0
cw
cs  cw 
となり、同様に k の条件と(7)式より上の条件式は常に負
となる。c w が大きくなる時、つまり弱者の能力が減少し
両者の能力差が増加する時、強者の努力水準 e s は減少を
する。つまり、
「両者の能力差が大きくなる程、強者の努
力水準は減少する」と言える。
以上より、強者、弱者の両者について能力差が大きく
なる程、努力水準は減少するということが導かれる。
3.2 推計モデル
本研究の 2 つのデータを用いる分析において、基本的
ここから能力差が努力水準に与える影響を見ていくに
あたり、簡単化の為、トーナメントの参加者を強者 1 名、
弱者 1 名として考える。この時、各参加者の勝つ確率に
ついて pi  p j  1 、 pi (  j )  1 が成り立つ為、(5)式は以
下(6)式に変形出来る。
(2k  1)Vpi p j  ci ei …(6)
な推計モデルは共通であり、以下で表せる。
effort i , j    1 heterogene ity j
 X i, j β 2  Yj β 3  ai   i , j
effort i , j :試合 j でのチーム i の努力指標
heterogene ity j :試合 j での対戦チーム同士の能力差
X i, j :試合 j でのチーム i に関するコントロール変数
Yj :試合 j に関するコントロール変数
ここで、強者の勝つ確率、努力水準、努力に関する限
界費用をそれぞれ p s 、 e s 、 c s 、弱者の勝つ確率、努力
水準、努力に関する限界費用を p w 、e w 、c w とすると、
c s 、 c w はそれぞれ強者、弱者の努力に関する限界費用
である為 c s  c w …(7)が成立する。
この時 e s 、 e w について式(6)より、
c s es  (2k  1)Vp s p w  (2k  1)V
e
es ew
s
 ew
ai :チーム i の固定効果
、
 i, j :誤差項
努力指標としては、Frick et al.(2008)に倣い両データで
1 試合中のイエローカード枚数を用いた。また W 杯の推
計では、1 試合中での攻撃時の走行距離合計を用いた分
析も行った。この理由として、走行距離は選手が各自で
決定出来るものであり、試合の流れの中で自身の意欲と

2
 cw ew …(8)
はさほど関係なく観測されてしまう可能性のあるイエロ
ーカードより選手自身の意思を反映した指標になってい
スプリント数という試合中に全選手がダッシュをした回
第 5 章 推定結果・考察
5.1J リーグデータでの分析
J リーグでの推計結果が以下表 1 である。
本推計には、
数から作成した主成分を被説明変数に用いる推計も行う。
チーム、節、天候、年度、カテゴリー、ダービーのダミ
能力差の指標としては Berger & Nieken(2010)に倣い各
ー変数、ボール支配率、観客数、気温、湿度の変数が含
チームのオッズの差の絶対値を使用する。一般的に賭け
まれているが、表中では省略している。またこれ以降の
のオッズは、勝率が高いと思われるチームの方が低くな
推計結果の表において、***,**,*はそれぞれ有意水準
り、各チームのオッズに開きがあるほど両チームの能力
1%,5%,10%を、括弧内は標準誤差を表す。
差が大きいと言える。
表 1 推計結果:J リーグ
ると言えるであろう。さらに、W 杯の分析では、イエロ
ーカードと攻撃時走行距離、それに追加して入手可能な
その他説明変数は Nieken & Stegh(2010)を参考に、観客
数、各チームのダミー変数、第何節かを表すダミー変数
オッズ差の絶対値
を、J リーグの分析ではホームダミー、同一都道府県を
本拠地とするチーム同士を表すダービーダミーを用いた。
相手イエローカード
その他、先行研究から追加する変数として、各指標で
の分析についてそれぞれ対応する相手の努力指標、ボー
被説明変数:イエローカード
両者
強者
弱者
-0.0225
-0.0428*
0.0197
(0.0143)
(0.0245)
(0.0234)
0.0275
0.0600**
0.0703**
(0.0194)
(0.0272)
(0.0291)
ル支配率、温度、湿度、天候を表すダミー変数を、J リ
Observations
2,816
1,408
1,408
ーグの分析で年度の別、J1 と J2 のカテゴリーの別を表
R-squared
0.081
0.125
0.125
すダミー変数を、W 杯の分析で風速のデータを追加した。
3.3 分析手法
オッズ差の絶対値は、強者のみ 10%水準で負に有意と
なった。つまり能力差が大きい程、強者は努力水準を下
パネルデータでの推計の際、チーム毎の個別効果が説
げていると言える。それに対し、弱者、両者では統計的
明変数と相関している場合、最小二乗法では一致推定量
有意性は確認出来なかった。これは強者では 3 章で示し
が得られない。本研究では各チームのダミー変数を推計
た理論モデル通りの推計結果が検出された一方、両者、
式に含めるダミー変数最小二乗法でこの問題に対処した。
弱者では整合的な結果が得られなかったと言える。結果
また先に述べた主成分分析について、実際にはまず各
が異なる理由としては、本研究でチームスポーツである
指標から相関行列を作り、そこから固有値分解をして固
サッカーのデータを使用したことが考えられる。チーム
有値と固有ベクトルを求める。そこから各指標の固有ベ
スポーツでは、弱者が能力差の大きな強者と戦う場合で
クトルに対応するデータを掛けて合成した値を第 n 主成
も、その試合で努力水準を下げてしまうと次の試合で控
分スコアと呼ぶ。最大固有値に対応する固有ベクトルを
え選手と交代させられてしまうかもしれないという心理
第 1 主成分と呼び、最も大きな説明力を持っている。
が働いている可能性がある。その結果、弱者においては
第 4 章 分析データ
能力差が大きな場合でも努力水準を下げるという効果が
4.1J リーグデータ
見られなかったのではないかと考えられる。
5.2W 杯データでの分析
W 杯データにおいてイエローカードを被説明変数と
J リーグのデータについて、J1 と J2 の両カテゴリー、
2009 年度と 2010 年度の 2 シーズン分の全試合 1418 試合
のデータを用いた。データの出所について、観客数、気
温、湿度、天候ダミーは J リーグの公式 HP から、イエ
ローカード枚数、ボール支配率はデータスタジアム株式
会社より提供を受けた。オッズのデータは、ブックメー
カー評価サイトで A-の評価を受けているブックメーカ
した推計結果が以下の表 2 である。また、これ以降の W
杯の分析では、推計式に雨、チーム、何回戦かを表すダ
ミー変数、ボール支配率、観客数、気温、湿度、風速の
変数が含まれているが、表中では省略している。
表 2 推計結果:W 杯
両者
強者
弱者
-0.0472
-0.0208
-0.0389
(0.0311)
(0.0469)
(0.0581)
0.0635
0.377*
0.116
(0.120)
(0.202)
(0.236)
Observations
128
64
64
R-squared
0.524
0.727
0.703
ーVictor Chandler が運営するアジア向けのブックメーカ
ーサイトである VCBetAsia で公表された値を用いた。
オッズ差の絶対値
4.2W 杯データ
2010 年 FIFA 南アフリカ W 杯の全 64 試合のデータを
相手イエローカード
使用した。データ出所に関して、オッズのデータは J リ
ーグと同じく VC BetAsia にて公表された値を用いてお
り、その他のデータは全て FIFA(国際サッカー連盟)の公
式ホームページにて公表されているものを用いた。
被説明変数:イエローカード
オッズ差の絶対値はいずれも有意性は検出されなかっ
相手イエローカード
0.0876
0.362*
0.110
(0.123)
(0.178)
(0.230)
Observations
128
64
64
R-squared
0.537
0.807
0.730
た。これは理論モデルと、また強者においては本研究の
J リーグの分析とも異なる結果となった。この原因の 1
つとして、J リーグと W 杯の性質の違いが考えられる。
J リーグが年間を通して行う日常的な試合であるのに対
し、W 杯は 4 年に 1 度、各地域を勝ち抜いた国のみが参
表 5 オッズ差の絶対値の係数(イエローカード)
加出来る大会であり、選手にとって重要な位置づけであ
ることから、能力差が大きい試合でも選手は努力水準を
維持し続けた可能性がある。
続いて、W 杯の推計において、被説明変数を攻撃時走
行距離とて推計した結果が以下の表 3 である。
表 3 推計結果:W 杯
被説明変数:攻撃時走行距離
両者
強者
弱者
オッズ差の
決勝トーナメント
-0.184
-0.593**
-0.561
絶対値
予選リーグ
-0.049
-0.025
-0.040
表 5 より決勝トーナメントの強者では能力差が大きい
ほど努力水準を減少させる効果が見られた。しかし決勝
トーナメントでの両者・弱者、予選リーグのいずれにお
両者
強者
弱者
いても有意な効果は検出されなかった。このような結果
53.44
-82.73
50.72
が得られた 1 つの可能性として、W 杯が通常のプロサッ
(45.85)
(105.8)
(55.49)
カーリーグよりも短期間に多くの試合を行う大会だとい
0.700***
0.931***
0.741***
うことに起因する疲労の蓄積が考えられる。2010 年南ア
(0.0528)
(0.134)
(0.0626)
Observations
128
64
64
R-squared
0.950
0.948
0.982
オッズ差の絶対値
相手守備時走行距離
フリカ W 杯は全日程を約 1 ヶ月間で行われ、次の試合ま
での間隔は平均約 4.6 日であった。通常のサッカーリー
グの約 2/3 にあたり、多くの運動量が求められるサッカ
ーにおいては十分な疲労回復が難しいのではないかと思
オッズ差の絶対値はイエローカードでの推計と同様い
われる。その為、大会中盤以降の決勝トーナメントでは、
ずれも有意な結果は得られず、走行距離の変数を用いて
強者はその後も勝ち進むことも見据え、能力差が大きい
も、W 杯のデータにおいては能力差と努力水準の間に有
弱者との試合では努力水準を下げるという行動が反映さ
意な関係性が見られなかった。
5.2.1 予選リーグと決勝トーナメントの違いに着目
ここまでの W 杯での推計では、オッズ差の変数につい
れた結果、このような効果が検出された可能性がある。
て、J リーグの分析と同じ推計式を用いて分析を行って
きた。しかし、J リーグが総当たりの中の 1 試合である
のに対し、W 杯では初めに 4 チームでの総当たりの予選
リーグを行い、その後に行われる決勝トーナメントでは
負けた時点で敗退が決定するという仕組みになっており、
選手が置かれている状況が異なる可能性がある。そこで、
これ以降の分析では予選リーグ時のみ 1 となるダミー変
数とオッズ差の絶対値との交差項を推計式に追加し、予
反対に、予選リーグにおけるいずれの推計でも統計的有
意性が確認されなかった原因としては、大会開始直後で
の試合である為に、能力差が大きな試合でも常に高い努
力水準を維持し続けられるだけの体力的な余裕があった
のではないかということが考えられる。
続いて、被説明変数を攻撃時走行距離として同様の推
計を行った結果を表 6 と表 7 に記す。
表 6 推計結果:攻撃時走行距離
「オッズ差の絶対値×予選リーグダミー」を含む分析
両者
強者
弱者
-139.7
-992.3**
144.4
(262.1)
(443.6)
(461.5)
201.4
964.3**
-94.51
(268.9)
(458.7)
(461.9)
0.687***
0.885***
0.751***
(0.0560)
(0.125)
(0.0813)
Observations
128
64
64
R-squared
0.951
0.958
0.982
選リーグと決勝トーナメントでの効果の違いを検証する。
表 4 はイエローカードでの実際の推計結果、表 5 は決
オッズ差の絶対値
勝トーナメントと予選リーグそれぞれでのオッズ差の絶
対値の効果を抜き出したものとなっている。
表 4 推計結果(イエローカード)
×予選リーグダミー
「オッズ差の絶対値×予選リーグダミー」を含む分析
オッズ差の絶対値
オッズ差の絶対値
×予選リーグダミー
オッズ差の絶対値
両者
強者
弱者
-0.184
-0.593**
-0.561
(0.161)
(0.222)
(0.352)
0.135
0.568**
0.521
(0.165)
(0.234)
(0.346)
相手守備時走行距離
表 7 オッズ差の絶対値の係数(攻撃時走行距離)
両者
強者
弱者
オッズ差の
決勝トーナメント
-139.7
-992.3**
144.4
った。これはイエローカードと攻撃時走行距離をそのま
絶対値
予選リーグ
61.7
-28.0
49.89
ま被説明変数に用いた推計と同様の結果であり、各指標
攻撃時走行距離を用いた推計でも、イエローカードと
同様、決勝トーナメントにおける強者のみ、能力差の大
きい場合に努力水準を減少させるという効果が見られた。
5.3 主成分分析
のチーム平均からの偏差を用いて作成した主成分を用い
ても、決勝トーナメントにおける強者は能力差が大きい
ほど努力水準が減少する効果が見られた。
第 6 章 結論
続いて、主成分を被説明変数として分析した結果を述
本研究では、トーナメントモデルに基づき、J リーグ
べる。ここで、主成分を作成するにあたり、各指標につ
と W 杯のデータを用いて、参加者同士の能力差が努力水
いて各チームの全試合平均を計算し、各試合のそれぞれ
準に与える影響について統計的に分析を行った。
の指標から平均を引いた偏差を用いて主成分を作成した。
J リーグの分析において、オッズ差の絶対値の係数は
これにより、通常の自身の努力水準よりも追加的にどれ
強者で負に有意となった。これは Berger & Nieken(2010)
ほど努力水準が増減したかを観察出来ると考えられる。
で得られた結果と同様、理論モデルから予想される効果
作成した第 1 主成分の特徴について、寄与率は 0.4816
と整合的な結果であり、J リーグのデータにおいても能
であり全 3 指標の情報量の約 48%を説明している。
また、
力差の大きさは強者の努力水準を減少させる効果がある
第 1 主成分に対して、イエローカード、攻撃時走行距離、
ことを示している。ここから、日本企業の人員配置等の
スプリント回数の固有ベクトルの係数はそれぞれ 0.308、
設計の際にも、グループ間で成果を競わせるような場面
0.6202、0.7214 となり、第 1 主成分は 3 指標それぞれと
において、社員の能力差を考慮することが重要であるこ
正の相関を持っており、本研究で測ろうとしている努力
とを示唆していると言える。
また W 杯の分析において、予選リーグと決勝トーナメ
指標を表しているのではないかと考えられる。
ントとの違いに着目し、それぞれについて分析を行った
表 8 推計結果:偏差を用いて作成した第 1 主成分
ところ、イエローカード、攻撃時走行距離、各指標から
両者
強者
弱者
-0.227
-0.454**
-0.255
決勝トーナメントにおいて強者は能力差が大きいほど努
(0.222)
(0.201)
(0.166)
力水準を減少させるという効果が確認された。これは、
0.222
0.380*
0.245
予選リーグという、強者であっても今後決勝トーナメン
(0.224)
(0.198)
(0.178)
トに進めるか不確実な状況においては努力水準を減少さ
0.534***
0.834***
0.765***
せず、全力を尽くしていたことが原因の 1 つなのではな
(0.0974)
(0.187)
(0.133)
いかと考えられる。ここから、実社会においても、グル
Observations
128
64
64
R-squared
0.585
0.822
0.885
オッズ差の絶対値
オッズ差の絶対値
×リーグ戦ダミー
相手第 1 主成分
抽出した主成分のいずれの指標を用いた推計においても、
ープ間で成果を競わせ且つどのグループの成果が採用さ
れるか分からないような状況においては、強者の努力水
準低下が引き起こされない可能性があると考えられる。
上の表 8 が第 1 主成分を被説明変数とした推計結果で
本研究では強者について能力差が大きいほど努力水準
ある。本推計には相手の第 1 主成分、第 2 主成分、第 3
を減少させるような効果が確認されたが、ここで得られ
主成分も推計式に含めている。また、前節において、W
た結果を一般の労働市場へ適用するためには、多くの留
杯の決勝トーナメントと予選リーグでは異なる結果が得
意が必要であることは言うまでもない。しかしながら実
られた為、予選リーグダミーとオッズ差の交差項を推計
社会においてもトーナメントモデルの性質を有する場面
式に含めた推計を記載している。以下の表 9 は、表 8 の
は数多く存在しており、今回の研究で得られた知見は実
結果について決勝トーナメントと予選リーグでの効果を
際の企業内における制度設計にとっても意味のあること
それぞれ抜き出したものとなっている。
であると考える。
主 要 参 考文 献
表 9 オッズ差の絶対値の係数(偏差での第 1 主成分)
両者
強者
弱者
決勝トーナメント
-0.227
-0.454**
-0.255
予選リーグ
-0.005
-0.074
-0.010
オッズ差の絶対値
オッズ差の絶対値は、決勝トーナメントでの強者にて
5%水準で負に有意となり、一方、両者・弱者の決勝トー
ナメントと予選リーグのいずれでも有意性は見られなか
・Johannes Berger & Petra Nieken(2010) “Heterogeneous Contestants and
Effort Provision in Tournaments – an Empirical Investigation with
Professional Sports Data”
・Stefan Szymanski ,Tommaso M.Valletti(2004) “Incentive effects of second
prize” European Journal of Political Economy 467-481
・Sunde, U.(2009).”Heterogeneity and Performance in Tournaments: A Test
for Incentive effects using Professional Tennis Data.” Applied Economics
41. 3199-3208.
・石野 和俊(2009)「トーナメント型賞金構造のインセンティブ効果に
関する実証分析―日本プロゴルフツアーのパネルデータを用いて―」
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