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1.6 日本近海における海洋の顕著 な現象

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1.6 日本近海における海洋の顕著 な現象
1.6 日本近海における海洋の顕著
な現象
詳細は(4)で記述する。
2001年の夏∼秋に南西諸島や瀬戸内海・九
(1)「異常潮位」とは
州の沿 岸で起き た浸 水は「 異 常潮 位」 と呼 ば
通常、海面は 1 日にほぼ 2 回、規則的に
れる現象であり、海洋が沿岸に住んでいる人々
昇降を繰り返し、その高さと時刻は地球と月
に影響を与えた一例である。また、2004年夏
および太陽の運行からあらかじめ推測するこ
以降、 「黒潮」 が東 海沖で 南 に大 きく 蛇行 し
とが可能で、「平常潮位」や「天文潮」と呼
たため、漁場の移動や船舶の航路選定の変化、
ばれる。しかし、実際に観測される潮位は、
沿岸の 潮位上昇 など の影響 が みら れた 。本 節
さまざまな原因で平常潮位と異なり、観測さ
ではこ のような 国民 の生活 や 産業 に直 接影 響
れる潮位と平常潮位の差を潮位偏差と呼ぶ。
を与える日本周辺海域の海洋の現象について、
潮位 偏 差を生 じ る 代表 的な もの に は、 台
三陸沖 の「親潮 」を 含めて 、 近年 の状 況や 最
風などで起こる高潮や地震で引き起こされる
新の知見を紹介する。
津波があるが、潮位偏差の高い(または低い)
状態が広範囲に数週間を超えて長期間続くこ
1.6.1 異常潮位
とがある。これが異常潮位と呼ばれる現象で
近年、日本沿岸では平均的な海面水位が高
ある。この異常潮位という現象は、季節に関
い状態が続いており、浸水害などの恐れが高
係なく発生しているが、平常潮位が年間でも
まっている。ここでは、数週間を超えて広範
高くなる夏から秋にかけて異常潮位が起きる
囲に潮位が高い(低い)状況を引き起こす異
と浸水被害などが発生する。
常潮位について、その発生要因、最近の事例、
近年発生した主な異常潮位を表 1.6.1 にま
長期的な変化などを解説する。データ解析の
とめた。
那覇市泊の遊歩道
異常潮位により逆流した水で冠水した那覇空港内の気象観測露場
写真 1.6.1 異常潮位による浸水状況(那覇市)
(2001
年 8 月 20 日)
表 1.6.1 近年発生した主な異常潮位
発生年月
継続期間
1999年10月 上旬∼11月中旬
2001 年 7 月 7月上旬∼9月上旬
2001 年 9 月 9月上旬∼10月中旬
2003 年 8 月 8月下旬∼9月下旬
2004 年 6 月 ∼2005年2月
発生した範囲
東海∼紀伊半島南岸
沖縄本島
東海∼九州沿岸、瀬戸内海
沖縄本島
東海∼紀伊半島沿岸
110
原因と考えられる現象
反流
暖水渦
接岸
暖水渦
反流
主な被害
冷水渦 床上浸水・冠水
浸水・冠水
浸水・冠水
浸水・冠水
冷水渦 なし
(2)近年の異常潮位とその原因
港施設への浸水、道路冠水などが発生し市民
1)2001 年の南西諸島の異常潮位
生活に影響が生じた(写真 1.6.1)。農作物へ
沖縄本島周辺では、2001 年 7 月にはいっ
の被害も報告されている。今回の異常潮位時
て潮位偏差が徐々に大きくなり、16 日には
の那覇検潮所における日最高潮位の経過を図
+20cm を超えた。その後、7 月 21 日から 23
1.6.1 に示す。沖縄県消防防災課等でまとめ
日および 8 月 19 日から 22 日の 2 度の大潮
た浸水被害の地域とその被害内容を図 1.6.2
期には潮位が上昇し、那覇市内では満潮時刻
に示す。沖縄本島全域で被害が発生したこと
前後の時間帯に道路冠水があったのをはじめ、
がわかる。
沖縄本島周辺では島しょなどを含め各地で漁
この異常潮位が生じた原因は、沖縄本島へ
那覇における高極潮位146cm
1997年8月17日 台風13号による
今回の異常潮位での最高潮位
8月20日07時37分 144cm
(過去第3位の潮位)
7月22日の潮位
07時46分 135cm
潮位(平均海面からの高さ cm)
150
潮位偏差:+23cm
潮位偏差:+26cm
100
潮位偏差:+15cm
50
大潮期
大潮期
望
大潮期
大潮期
大潮期
朔
望
望
朔
大潮期
朔
0
1
4
7
10
13
16
19
22
25
28
31
3
6
9
12
15
7月
18
21
24
27
30
2
5
8
11
14
8月
平常潮位の日最高
実測潮位の日最高
17
20
23
26
29 日
9月
望
満月
朔
新月
図 1.6.1 那覇の日最高潮位の変化(2001 年 7∼9 月)
・本部町
道 路冠水( 5件)
・粟国村 漁港冠水(1件 )
・伊是名村 漁港冠水(1件)
・座間味村 漁港冠水(1件)
・名護市
道路冠水 (1件)
床下浸水 (2件)
・沖縄市
道 路冠水( 1件)
その他 (2件)
H
・具志川市
道路冠水 (1件)
農道冠水 (1件)
田畑被害 (1件)
・北谷町
道路冠水 (3件)
・宜野湾 市
田畑被害 (4件)
・大宜見村
道 路冠水(6件)
床 下浸水( 6件)
・那覇市
道路冠水 (4件)
漁港冠水 (2件)
その他(1件)
・勝連町
道路冠水 (3件)
田畑被害 (1件)
その他(2件)
図 1.6.2 2001 年夏季の異常潮位による沖縄本島
地方周辺の被害状況
111
図 1.6.3 沖縄本島への高気圧性循環をともなう
中規模渦の接近
呼びかけている。
中規模渦が接近したためと確認された。一見
水平にみえる海洋の表面は、実際には直径数
百 km の渦をともなった凸凹が多数存在して
2)2001 年の日本南岸および九州沿岸の異
いる。それらの凸凹のことを海洋学では、
「中
常潮位
規模渦」と呼んでいる。このうち、時計回り
2001 年秋には日本南岸および九州地方で
の流れをともなう凸レンズ状の海面の盛り上
異常潮位が発生した。9 月にはいって東海か
がりをもつ中規模渦は、周囲よりも水温が高
ら九州地方(瀬戸内海を含む)にかけての沿
く、暖水渦と呼ばれる。このような暖水渦の
岸では、潮位偏差が次第に大きくなり、台風
一つが、2001 年 1 月から 7 月にかけて、潮
第 15 号の接近もあって 16 日には+20cm を
岬の南方約 1,100km の地点から、1 か月あ
超えた。その後、9 月 16 日から 18 日と 10
たり約 150km の速度で東から西に移動し、
月 16 日から 18 日にかけての 2 度の大潮期
沖縄本島の南東に到達したことが確認された
には、満潮時刻前後の時間帯に潮位が上昇し、
(図 1.6.3)。渦の直径は 400km 程度と推定
広島市内の道路冠水、厳島神社の冠水をはじ
され、この渦による潮位上昇量を 20∼30cm
め、各地で漁港施設などの浸水、道路冠水な
と評価している(野崎ほか, 2003)。また、
どが発生した。この異常潮位期間の広島検潮
渦を横切る海洋観測によって得られた渦の水
所における日最高潮位の経過を図 1.6.4 に示
温構造から暖水渦の中心付近では周囲よりも
す。この図によると、9 月にはいって潮位偏
水位が約 18cm 高いことが報告されている
差が+10∼+20cm 程度となり、その間若干
(野崎, 2002)。
の増減はあるものの、10 月中旬まで正偏差
が続いていることがわかる。
この よ うに暖 水 渦 の動 向は 南西 諸 島の 潮
位に大きな影響を与えるため、気象庁では暖
この異常潮位は、上記の沖縄本島地方の例
水渦の監視を続けており、南西諸島へ接近の
とは異なり、複合的な要因で発生したものと
可能性があるときには情報を発表して注意を
考えられている。これまでの研究成果から海
高潮警報基準値 250cm
今回の異常潮位での最高潮位
9月17日21時58分 232cm
高潮注意報基準値 210cm
250
10月17日の潮位
09時50分 211cm
潮位(東京湾平均海面からの高さ cm)
潮位偏差:+21cm
200
150
潮位偏差:+33cm
100
大潮期
大潮期
大潮期
大潮期
望
朔
望
朔
50
0
1
3
5
7
9
11 13 15 17 19 21 23 25 27 29
1
3
5
7
9
11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 日
9月
10月
平常潮位の日最高
望
実測潮位の日最高
満月
朔
新月
図 1.6.4 広島検潮所の日最高潮位の変化(2001 年 9∼10 月)
112
洋と気象の影響による次のような原因が挙げ
積もることは現時点では困難である。
られている。(図 1.6.5)
なお、今回の広島市周辺の異常潮位に関し
① 黒 潮 の 接 岸 に よ り 黒 潮 の 南側の水位の高
て、国土地理院の水準測量成果からここ 40
い 海 域 が沿岸 に 接 近 す るた め に 水 位が上
年の間で 20cm 程度の地盤沈下があったと推
昇す る 。また 、 黒 潮の 流量 が減 少 する こ
定されており、地盤沈下の分だけみかけ上潮
とに よ り、黒 潮 を 挟ん だ沿 岸と 沖 合い の
位が高くなり、その影響を受けていることの
水位 差 が減少 す る ため に沿 岸の 水 位が 上
報告(異常潮位検討委員会, 2003)もなされ
昇することがある。
ている。
② 南岸 に 沿った 西 向 きの 海流 (沿 岸 反流 )
3)2004 年の異常潮位
の強 化 にとも な い 、地 球の 自転 の 影響 で
2004 年の日本南岸の潮位は黒潮の蛇行の
海水 が 岸方向 に 移 動す るた めに 流 れの 右
東進に対応した変化を示した。図 1.6.6 に日
側(沿岸)の水位が上昇する。
③ 気圧 の 低い状 態の 継続 にと もな い 周囲 よ
本 南 岸 に 位置 す る 検 潮 所の 潮 位 偏 差 を、図
り海 面 を押し 付 け る力 が弱 まる た めに 水
1.6.7 に黒潮の蛇行が紀伊半島の沖を通過す
位が上昇する。
る前後の海面高度を示す。黒潮の蛇行部が紀
④ 南岸 に 沿った東 よ りの 風の継 続 に とも な
伊半島の沖を通過する 6 月末までは紀伊半
い 西 向 きの流 れ が 生 じ 、②と 同 様 に沿 岸
島西岸以西の検潮所(図 1.6.6 では串本検潮
の水位が上昇する。
所)で 10∼20cm 程度平年値より高く、7 月
今回の例ではこれらの原因が関与している
以降は紀伊半島東岸以東で高くなった。また、
5 月中旬には紀伊半島西部から四国沖にかけ
と考えられるが、関与の度合いを定量的に見
て海面高度の高い海域がみられる。一方、11
気象の影響
月中旬には東海地方の沿岸で海面高度の高い
海域がみられる。気象庁は 2004 年 7 月に過
去の大蛇行時の潮位偏差の解析から、今後東
L
海から関東地方の沿岸で潮位が上昇する可能
性があるという見通しを発表したが、ほぼそ
気圧の低い状態が続く
れにしたがって潮位は変化した(気象庁,
東よりの風が続く
月平均潮位偏差
300
黒潮
流路の変動(接岸など)
潮位偏差 (mm)
海洋の原因
反流
250
舞阪
200
尾鷲
串本
150
100
50
0
-50
岸に沿った西向きの流れ
-100
-150
1
図 1.6.5 異常潮位の要因
下図は三重県科学技術振興 センター水産研
究部ホームページ(http://www.mpstpc.pref.
mie.jp/SUI)より。
2
3
4
5
6
7
8
9
10 11
12
月
図 1.6.6 2004 年の各月の舞阪(静岡県),尾
鷲(三重県),串本(和歌山県)検潮所におけ
る潮位偏差の変化
113
2004)。なお、これにともなう顕著な被害は
報告されていない。
(3)異常潮位の長期変動
図 1.6.8 に従来から異常潮位の被害が報告
されている日本南岸、南西諸島、日本海の近
海を代表して、串本、那覇、富山の検潮所を
選び、地盤変動、海流などの長期変動や地球
温暖化によるものなど異常潮位現象よりも長
い周期の潮位変動の影響を除く処理を行い、
異常潮位の発生回数の経年変化を示す。その
結果、日本南岸の串本を除いて回数の変化に
傾向はみられなかった。近年、西日本を中心
に異常潮位などにより災害が増えている主な
要因は、異常潮位の回数の変化よりも平均的
な海面水位が上昇していることによる影響が
大きいと推定される。他方、日本南岸ではこ
こ 30 年の傾向として異常潮位の回数が幾分
増えている傾向がみられたが、その原因につ
いては今後の課題である。
図 1.6.7 黒潮の蛇行が紀伊半島の沖を通過す
る前後の衛星高度計による海面高度(1500db
面を基準とした力学的海面高度)
(上)2004 年 5 月中旬。
(下)2004 年 11 月中旬。
(4)異常潮位の算定方法
以上の解析では客観的なデータ解析を行う
ため、約 30 年分の検潮所の月平均潮位を使
って 1 か月を超えるような異常潮位の出現
頻度の経年変化を調べた。まず気圧による補
正を施し、さらに潮位の季節変化を除くため
平年月平均潮位を求めそれからの偏差を求め
る。この潮位偏差には、地盤変動、海流等の
長期変動や地球温暖化によるものなど異常潮
位現象よりも長い周期の潮位変動が含まれて
いるので、その変動の効果を除くため、3 年
移動平均値を求め、それを差し引いた偏差を
作成した。この偏差の標準偏差(σ)を算定
して各年でσまたは 2σを超えたものを異常
潮位とした。
114
那覇
8
7
6
回数
5
4
3
2
1
0
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
年
串本
8
7
6
回数
5
4
3
2
1
0
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
1990
1995
2000
2005
年
富山
8
7
6
回数
5
4
3
2
1
0
1970
1975
1980
1985
年
図 1.6.8 異常潮位の発生回数
(上)串本検潮所、(中)那覇検潮所、(下)富山検潮所。
黄色の棒は標準偏差を超えた異常潮位の回数を、赤色の棒は標準偏差の 2 倍を超え
た異常潮位の回数を示す。緑色の実線は黄色の棒で示した異常潮位の回数の 5 年移
動平均を示す。
115
スケールでみると主として約 20 年周期で変
1.6.2 黒潮の変動
日本南岸の沿岸の潮位や漁場は、黒潮流路
動 す る と いわ れ て お り ( Kawabe, 1987)、
の変化により大きな影響を受ける。本項では、
1960 年代半ばから 1970 年代半ばまでは安
黒潮の流路、およびその流量について近年の
定した大蛇行流路をとることはなかったが、
状況や長期的な変化などを解説する。
その後 1990 年代初めまでは大蛇行流路が頻
繁に発生した。最近では、1989 年末に発生
した黒潮大蛇行が終了した後、約 10 年間は
(1)黒潮の流路
黒潮は北太平洋亜熱帯循環の一部で、フ
非 大 蛇 行 型 が 継 続 し た が 、 1999 年 末 か ら
ィリピン東方から台湾東方を経て、東シナ海
2001 年半ばまで東海沖で蛇行が次々と東進
を東北進し、その後、トカラ海峡から太平洋
を繰り返す不安定な状態となった。その後、
にはいり、日本の南岸を流れて房総半島沖に
ふたたび非大蛇行型が継続したが、2004 年
達する海流である。日本の南岸における黒潮
夏季に大蛇行型となった(図 1.6.9 右)。
流路は、紀伊半島沖・東海沖で南へ大きく蛇
黒潮流路の変動は、日本沿岸の潮位や漁
行して流れる「大蛇行型」と四国・本州南岸
業に影響を与えることが知られている。大蛇
にほぼ沿って流れる「非大蛇行型」の 2 種
行型期間には冷水塊の縁にあたる東海から関
類に大別され、それぞれが安定した流路であ
東地方沿岸で潮位が上昇する。2004 年夏季
る。さらに、非大蛇行型のうち、東海沖から
の大蛇行流路の発生に関連して、2004 年 6
関東の南岸を直進する流路を非大蛇行接岸流
月下旬以降、東海地方沿岸では、20cm 程度
路、紀伊半島から東南東へ進み八丈島の南を
の潮位の上昇が観測され、潮位の高い状態は
通って小さく蛇行する流路を非大蛇行離岸流
2005 年 2 月まで続いた。また、2004 年夏季
路と分類する(図 1.6.9 左)。東海沖で大蛇
以降、カツオ漁場の変化やシラスの不漁など
行流路が定着すると、東海沖の蛇行の内側に
が報告された。
冷水塊が出現して中心部の海面水温が黒潮の
南側に比べて 2∼4℃低くなる。
(2)黒潮の流量
図 1.6.10 に黒潮流路の東海沖における最
本州南方における黒潮の最大流速は場所
南下緯度の経年変化を示した。最南下位置が
によっては 2.0∼2.5m/s にも達し、海面から
南に下がっている期間が大蛇行型、北に上が
水深約 1250m までの流量は平均するとおよ
っている期間が非大蛇行型に対応している。
そ 40∼50×106m3/s(毎秒 4000 万∼5000
安定して大蛇行流路をとる時期は、長い時間
万トン)もの莫大なものである。黒潮は水と
図 1.6.9 (左)本州南岸での典型的な黒潮流路の模式図と(右)2004 年 8 月上旬の
大蛇行流路
左図において、1 は非大蛇行接岸流路、2 は非大蛇行離岸流路、3 は大蛇行流路をあ
らわす。左図の背景の色は海底の深さをあらわしている。
116
ともに大量の熱を太平洋の低緯度域から中緯
ら約 3∼5 年遅れて変動していることがわか
度域へ運んでいる。このような黒潮の流量の
っ て き た ( Hanawa and Kamada, 2001;
本州南方における経年変動を、気象庁が定期
Yasuda and Kitamura, 2003 等)。
的に観測を行っている本州南方からニューギ
近年の黒潮流量の変動については、1996
ニア島北岸に至る東経 137 度線に沿った定
年頃に極小、2000 年頃に極大となり、その
線観測データにもとづいて示す(図 1.6.11)。
後は減少している。2000 年頃の流量の極大
これによると、本州南方における黒潮の流量
期には、亜熱帯モード水(本州東方の黒潮続
は 10 年程度の周期で変動していることがわ
流域において冬季に形成される水塊)の性質
かる。このような 1 年よりも長い時間規模に
の一つであるコア水温も上昇しており(詳細
おける黒潮の流量の変動は、黒潮を含む亜熱
は 3.4.3 項参照)、これまでの亜熱帯モード
帯循環を駆動している太平洋上の風の変動と
水のコア水温変動に関する研究結果
相関が高く、中部太平洋における風の変動か
(Hanawa and Kamada, 2001; Yasuda and
図 1.6.10 黒潮流路の東海沖における最南下緯度の経年変化
細線は月々の値、太線は 13 か月移動平均値。陰影部は黒潮大蛇行期間を示す。
図 1.6.11 東経 137 度線を横切る正味の黒潮の流量の経年変化(単位: 106m3/s)
夏季と冬季の観測にもとづく 1250×104Pa 面(深さ約 1250m)を基準とした地衡流
量であり、細線は観測値、太線はその 2 年移動平均をあらわす。本州南方における東
向き流量からその南側の西向き流量(黒潮反流)を差し引いた値を正味の黒潮の流
量としている。
117
Kitamura, 2003)と整合している。
ま た 、黒潮 域 や 大 西 洋の 湾 流 域 では 亜 熱 帯
循環 が 強くな っ て 流 量が増 加 す る と、黒潮・
黒潮 続 流や湾 流の す ぐ南側 の再 循 環域 で海面
水温の 上昇と貯 熱 量の増加 、 さら には 海洋 か
ら大気への熱の放出量が増加することがVivier
et al.(2002)等によって示されている(3.4.2
項参照)。黒潮流量の変動は、海洋の貯熱量の
変動などをつうじて、北太 平洋におけ る10年
程度の時間規模の変動(1.7節参照)のような、
長い時 間規模の 気候 変動に 影 響し てい ると 考
えられている。
118
【コラム】黒潮の予測
与えたとしても、モデルで海洋のすべての現
黒潮の流れは速いところで 4 ノット(1 ノ
象を表現できるわけではない。気象庁では、
ット=秒速約 0.5m)にもなることから、1.6.2
より正確に海洋の状態を再現するために、モ
項で述べたような流路の変動は、船舶の経済
デルによる海洋の状態を、海水温や塩分の観
運航コースを左右するほか、水温分布が変わ
測値で修正しながら計算する「データ同化」
るため、漁場の位置や沿岸の潮位を変化させ
という方法を採用している。またこのモデル
る要因の一つとなっている。このため、船舶
を利用した海水温、海流の予測技術について
運航や漁業の関係者、沿岸自治体などにとっ
も開発を進めている。
2003 年 11 月に、九州南東海上で黒潮が岸
て、黒潮流路の変動は大きな関心事となって
から約 100km 離れて流れる小さな蛇行(小
いる。
気象 庁 では、 船 舶 ・ブ イ・ 人工 衛 星・ 中
蛇行)が発生した。この蛇行はその後次第に
層フロートなどからの観測データを用いて、
規模を大きくしながら東に移動し、2004 年
海水温・海流の状態を監視している。近年は
4 月下旬には室戸岬の沖合いに達した。その
海洋大循環モデルを導入して、実況監視の精
時点で行った海洋大循環モデルの予測計算に
度を大きく向上させてきた。
より、6 月∼7 月には小蛇行が紀伊半島沖に
海洋大循環モデルとは、海水温、塩分、海
達して、規模もさらに大きくなることが予測
流を、それらの変化を規定する物理法則にし
された。そこで 5 月 11 日に気象庁では、
「こ
たがって計算するものである。海面では大気
の小蛇行が 2∼3 か月後に東海沖に達し、黒
との熱や淡水の交換と海上風による駆動力を
潮大蛇行の引き金となる可能性があります」
与え、海中では密度分布や摩擦による海水の
と報道発表し、関係各方面へ注意を喚起した。
運動、それにともなう熱や塩分の移動・拡散
5 月下旬には海洋気象観測船によって、四国
などをコンピュータで計算することにより、
沖で蛇行の規模が大きくなっていることを確
海洋内部の海水温、塩分、海流とそれらの時
認し、8 月には実際に東海沖で大蛇行型の流
間変化を求める。しかし海面での熱や水の交
路となり、海洋大循環モデルによる予測の可
換量と海上風を正確に把握することは難しく、
能性を示す一例となった(図 1)。
またたとえ正しい海上風、熱、淡水の条件を
図 1 海洋データ同化システム
による 2004 年 8 月 28 日の深
さ 70m の流れの解析
東シナ海から日本の南にかけ
ての流れの強いところが黒潮
流路をあらわす。
119
ていた。2004 年 3 月には 1993 年 5 月以来
1.6.3 親潮の変動
約 11 年ぶりに沿岸寄りの分枝の南端が北緯
千島列島の太平洋側を南西向きに流れる寒
流の親潮は、黒潮と並ぶ日本近海の代表的な
36 度を越え犬吠埼付近に達した(図 1.6.14)
海流である。三陸沖で親潮が占める海域の大
が、著しい南下の状態は長続きせず 4 月に
小は東北地方の夏の低温をもたらすやませに
は痕跡をとどめる程度となった。
関係があるのではないかと古くから考えられ
てきたが、その因果関係は明瞭ではなく、現
在では、やませの原因を気象条件に求めるの
が自然であると考えられている。近年の親潮
の動向を以下に解説する。
(1)親潮南下
本州東方海域の親潮は二つに枝分かれした
図 1.6.12 親潮の模式図
濃い青の部分が親潮の領域。図中の赤線は気
象庁が観測を実施している北緯 41 度 30 分
線に沿った海洋観測定線。
形状を示すことが多い。そのうち北海道の南
東海域から三陸沖・常磐沖に達するものを沿
岸寄りの分枝、これよりはるか沖合いに位置
するものを沖合いの分枝と呼ぶ(図 1.6.12)。
沿岸寄りの分枝の挙動は、東北地方の太平
沿岸寄りの分枝の位置は季節による南北変動
洋側の漁業に影響を与えることから、漁業関
が明瞭であり、例年春先(3 月∼5 月)に三
係者の関心が高い。1981 年および 1984 年
陸沖・常磐沖まで南下し、11 月∼12 月に襟
には分枝の南端が犬吠埼付近に達するほどの
裳岬の沖合いまで後退する。また、沿岸寄り
著しい南下が起こり、青森県や岩手県の太平
の分枝の南下位置は年による違いが大きいこ
洋沿岸部でのアワビの大量死が報告されたほ
とが知られている。
か、イワシやサバなど暖流系の回遊魚の不漁
親潮の沿岸寄りの分枝の南端が塩屋埼(北
やオキアミの漁場の変化などが発生し、異常
緯 37 度)を越える著しい南下は 1980 年代
冷水現象として社会の注目を集めた。
前半にしばしば発生したが、1980 年代後半
から 1991 年まで、および 1995 年以降はそ
の頻度が減少している(図 1.6.13)。特に 2002
年は年をつうじて北緯 40 度より北に留まっ
図 1.6.13 親潮の沿岸寄りの分枝の最南端位置の長期変動
深さ 100m の水温 5℃以下の領域を親潮系の冷水としたときの沿岸よりの分枝の南端
の南北変動を示す。
120
年頃と 2003 年頃に極大、2000 年頃に極小
となっている。2004 年春季など、親潮の沿岸
寄りの分枝が著しく南下した時期の流量は必
ずしも多くなく、流量の増加と親潮の南下と
の関連はみられない。これは、沿岸寄りの分
枝が海流から切り離された水塊の性格をもつ
(詳しくは囲み参照)ことから、沿岸寄りの
分枝の南下位置が主に北海道の南東海域から
三陸沖・常磐沖における暖水塊の配置などに
左右されるためである。
図 1.6.15 北緯 41 度 30 分線を横切って南下
する親潮の沿岸寄り分枝の季節ごとの平均南
下流量(単位:106m3/s)
2000×104Pa 面(深さ約 2000m)を基準 と
した地衡流量。平均期間は 1991 年∼2000
年。
図 1.6.14 2004 年 3 月の親潮系の冷水の分布
気象衛星 NOAA の観測による 2004 年 3 月 5 日
の海面水温分布図。三陸沖から常磐沖を南下し
た親潮の沿岸寄りの分枝の南端が北緯 36 度を越
えて犬吠埼付近に達している(赤矢印)。青色の
海域は水温 5℃以下、水色の海域が 5∼10℃、黄
緑色の海域が 10∼18℃、黄色の海域は 18℃以上
に相当する。白抜きの海域では雲のため海面が
観測できなかった。
(2)親潮の流量
北海道南方における親潮の流量の変動を、
気象庁が定期的に観測を行っている北海道南
方の北 緯 41 度 30 分線に 沿っ た定 線(図
1.6.12 中の赤線)での観測デ ータにもとづ
いて示す。親潮の沿岸寄りの分枝はこの定線
の中央部(東経 143∼145 度付近)を横切っ
て南下しており、その南下流量には季節変化
が み ら れ 、冬 に 最 大 、 秋に 最 小 と な る(図
1.6.15)。この季節変化は沿岸寄り分枝の最
図 1.6.16 北緯 41 度 30 分線を横切って南下する
親潮の沿岸寄り分枝の南下 流量の経年変 化(単
位: 106m3/s)
春 夏 秋 冬 の 季 節 ご と の 観 測 に も と づ く 2000×
104Pa 面(深さ約 2000m)を基準とした地衡流
量であり、細線は各季節における観測値、太線
はその 2 年移動平均をあらわす。
南端位置の季節変化に先行している。
また、親潮の沿岸寄りの分枝の流量の経年
変動(図 1.6.16)には、10 年程度の長い時
間スケールの変動がみられる。流量は 1996
121
れぞれの水塊の配置が漁場の形成位置に影響
【親潮の実態 ∼海流らしくない「潮」∼】
親潮は千島列島の太平洋側を南西向きに流
する。親潮系の冷水は二つに枝分かれした形
れる海流で、太平洋の北緯 40 度より北の海
状を示すことが多い。この枝分かれした冷水
域を反時計回りに流れる循環流(北太平洋亜
のうち、北海道の南東海域から三陸沖・常磐
寒帯循環)の一部を構成している。親潮によ
沖に達する沿岸寄りのものを沿岸寄りの分枝
ってベーリング海、オホーツク海、および北
(または親潮第一分枝)、はるか沖合いに位
太平洋亜寒帯海域といった北方起源の海水が
置するものを沖合いの分枝(親潮第二分枝)
北海道南方および本州東方海域にもたらされ
とそれぞれ呼ぶ。
また、本州東方を南下した親潮の大部分は、
る。本州東方海域での親潮は、流れとしては
明瞭でなく、寒冷な水塊としてその存在が認
亜寒帯循環にそのまま戻らずに、本州東方に
識される。親潮系の冷水と呼ばれるその寒冷
おいて黒潮と混合することによって、北太平
な水塊は、黒潮続流(房総半島沖からおおむ
洋の亜熱帯循環域の中層に広く存在している
ね北緯 35 度線に沿って東へ流れる海流)か
塩 分 の 極 小 層 (北 太 平 洋中 層 水 と 呼 ば れ る
ら切り離され北上する暖水塊や、日本海の対
(3.4.3 項参照))の形成に寄与していると考
馬海流が津軽海峡から太平洋に流入してでき
えられている(Yasuda et al., 1996 など)。
た津軽暖流がもたらす暖かい水塊とともに、
親潮は、この混合をつうじて亜寒帯循環域か
北海道の南東から本州東方にかけての海域に
ら亜熱帯循環域への熱や水の輸送を担ってお
おける主要な水塊である。これらの水塊の存
り、その南向き流量の変動は黒潮とともに熱
在により、本州東方海域は寒冷な水塊と暖か
や水の南北輸送量の変動に寄与している。
い水塊が入り混じった複雑な海況を呈し、そ
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