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全文 PDF - 国際農林業協働協会
国際農林業協力
目
次
Vol29, No.1 通巻 143 号
巻頭言
アフリカ農業の新方向をめぐって
特
島田
周平 ……
1
金田
忠吉 ……
2
集:アフリカにおける緑の革命
アフリカで緑の革命を実現するためには…
なぜマラウイでは「緑の革命」が進まないのか -小農経営からの視点-
高根
努 ……
6
ARI 加盟国における NERICA の普及と利用の現状
AKINTAYO Inussa・CISSE Boubakary …… 13
TICADⅢと JICA のサブサハラ・アフリカ農業・農村開発協力
北中真人・西牧隆壯 …… 18
アフリカにおける農業生産向上に向けた JIRCAS の取り組み
伊藤
治 …… 23
アフリカにおける緑の革命は可能か?-SG2000 茨の道-
伊藤
道夫 …… 30
アフリカにおける「緑の革命」の実現に向けて ―提言―
米山
正博 …… 38
山中
聰 …… 43
南風東風
トカンチンス州食事考
本誌既刊号のコンテンツ及び一部の号の記事全文(pdf ファイル)を JAICAF ウェブペー
ジ(http://www.jaicaf.or.jp/)上で、みることができます。
巻
頭
言
アフリカ農業の新方向をめぐって
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
島
2005 年に発刊されたサセックス大学の開発
学研究所の雑誌で「アフリカ農業の新方向」(1)
の特集が組まれた。その中で,アフリカの農
業開発の失敗原因が技術面,市場・制度面,
政策面から検討され,過去の開発が投入財重
視,価格重視,専門家主導であった点に批判
が加えられた。そして新しいアフリカの農業
開発の方向を探るために,人々をとりまく状
況の文脈的理解を出発点とすべきであること
が提唱され,農業生産に制限をもたらす障害
を正しく把握するためには地域に根ざした実
態分析が必要であることが指摘された。地域
的差異に重さを置かない一般理論の押しつけ
に対する反省からである。しかし,人々をと
りまく状況を文脈的に理解するということは
どのようなことなのであろうか?
アフリカの農村で調査していると,農民た
ちの変わり身の速さに驚かされることが多い。
伝統的アフリカ農民という言葉から連想され
る農民像とは異なり,彼らは耕作方法を変え
るだけではなく,農業と非農業の間や自村と
他村(あるいは都市)との間を容易に渡り歩
く。農民たちは社会的にも空間的にも活発に
流動する。実際,農民一人一人が経済活動に
おいて変現性(ブリコラージュ性)を見せる
SIMADA Shuhei:Toward New Directions for African
Agriculture
(1)
Scoones, I. et al eds. (2005) ‘New Directions for
African Agriculture’ IDS Bulletin, 36-2 , Institute of
Development Studies, Brighton.
(2)
Berry, S. S. (1993) No condition is permanent: The
social dynamics of Agrarian change in Sub-Saharan
Africa, Madison, University of Wisconsin Press.
田
周
平
ばかりか,世帯レベルでも拡大家族のネット
ワークを通して人々は多生業・多就業を確保
していることが多い。
農民たちが経済活動においてみせるこのよ
うな変現性と多就業性は,彼らの適応能力の
高さを示すものであるといえるが,Berry(1993)(2)
がいうように資源へのアクセスをめぐる休み
のない働きかけ-模索と実践-の結果である
ともいえる。このような日常的な模索と実践
の具体的な姿を描くことが,
「状況の文脈的理
解」につながるのであろう。
日常的な模索と実践の中で,農民たちは変
現性と多就業性を獲得し,その過程で農業を
相対化し,農村も開放系の中で相対的に見る
ようになってきている。もちろん,農業と農
村を相対化することは伝統を破棄しつつある
ことを意味しない。彼らは,新しい活動に着
手するという創造的側面を持つ一方で,基礎
的な経済活動を固守するという別の一面も保
持している。彼らの日常的模索と実践は,過
去の再現と新たな創造を織り交ぜていくプロ
セスであるといえる。これも文脈的理解の示
唆するところである。
このような理解によって新たに見えてくる
ものを具体的な農業政策に生かすためにはど
のようにすべきなのであろうか。それには陳
腐なように見えても今一度,開発実践者が農
民たちの日常的実践の姿を地域的特殊性の中
で深く理解し,それを実際の開発の実践に生
かすことができるシステムを模索するところ
から再出発しなければならないのではなかろ
うか。
-1-
特集:アフリカにおける緑の革命
アフリカで緑の革命を実現するためには・・・
金田
忠吉
ネリカ (NERICA:New Rice for Africa) が
サハラアフリカの稲作面積の大きな部分を占
華々しい脚光を浴びて誕生したのは 1999 年
める陸稲栽培,それを担う零細農民の救済を
である (WARDA Annual Report 1999)。この画
目指した陸稲品種であり,新品種を受け入れ
期的な稲の新品種は,アフリカ固有の稲グラ
るべき農民がその力を持っていないことであ
ベリマ種の持っているさまざまな生物的,物
る。その背景については後述する。また,ア
理化学的ストレスに対する抵抗性や耐性を維
ジアでは組織的な種子生産・配布(IRRI の配
持しながら,その欠点である著しい低収性や
付したミニ・キットのように)が行われ,農
脱粒性をなくして,アジア稲の多収性をつけ
民の中には自ら種子生産・販売をして財をな
たものである。東南アジアで 1960 年代に誕生
す者が現れたりして,急速に新品種が普及し
した「半矮性多収品種」が米の生産量を飛躍
た。これに対して,アフリカでは種子生産・
的に増大させて,50 年代に予見された食糧危
配布組織は一部の国でかつては機能していた
機の回避に大きく貢献したことを想起させ,
ものの,構造調整プログラムが各国で実施さ
アフリカにも「緑の革命」が起こることを多
れると,民営化・財政支援の削減によって実
くの人が期待した。
質的に機能しなくなっている。しかも多くの
アジアでの緑の革命の成功は,誕生した新
国では,品種の純度維持や更新のために種子
品種,それを活かしてその性能を発揮させる
を購入する農民がきわめて少ないため,種子
農家の技術とそれを可能にする経済力,品種
生産組織はおろか種子法もない国が多い。
と技術の結合を有効にするための生産環境,
これらが揃ったところにあった。アジアでは
1.脆弱な陸稲生産基盤への対応
新品種の栽培面積が急速に拡大したのに較べ
アジアでは緑の革命以前(1960 年代半ばま
ると,アフリカではそれが遅々として進まな
で)は,一般農民はきわめて粗放な稲作を行
いが,その理由を考える鍵はここにある。
っていたが,多収の新品種の力を発揮させる
まず,アジアでは育成されたのが水稲品種
条件である,水・雑草・肥料の管理を忠実に
であり,アジア本来の稲作基盤である水田に
実行した。この結果,従来のように雑草の中
おいて,その画期的な多収性を実現する技術
に稲があるという状態から,稲だけの植物群
力と経済力を農民がそれなりに持っていたの
落が水田に出現し,その結果,従来は見なか
に対して,WARDA で育成されたのは,サブ
ったような稲特有の害虫や,それが媒介する
KANEDA Chukiti:To Realize“Green Revolution”
in Africa…
ウィルス病が大発生するという予期しなかっ
たことが起こり,農薬が広く使用されるよう
-2-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
になって,緑の革命の負の側面が顕在化し,
初めの畑は播種してから2週間ほど過ぎてお
新品種・新技術を利用できない貧しい農民層
り,稲は3~4葉期まで成長していたので,
を置き去りにしたとの批判が出るようになっ
傾斜のある畑を流れ下る前日の雨水による流
た。しかし,アジアでは確実に食糧危機の回
失は比較的軽くて済んだ。しかし,第2の場
避に成功したことは誰が見ても明らかである。
所では,播種してから1週間,まだ芽が出そ
これに対してアフリカでは,新品種を受け
ろう前に,傾斜の上の方から流れ下ってくる
入れるべき基盤は粗放な陸稲稲作であり,そ
雨水のために,畑の中央部分はまるで川原を
れを担う大部分の農民は,集約的な稲作に転
見るような光景だった。第3の場所は2エー
換する力をもたない零細農民である。という
カーの畑に3週間余り前に播種して,稲は
よりも,陸稲作は気まぐれな自然のなすがま
30cm ほどに生育しており,畑の傾斜も少ない
まを受け入れる他ない。2006 年5月,ガーナ
ために雨の名残はあちこちの水たまりだけで
各地のネリカの状況を見て廻った。北部ガー
あったが,今後には猛烈な雑草との戦いが待
ナではまだ稲作の季節に入っていなかったが,
っている。
中部ガーナでは,気まぐれな天候に支配され
翌月ベナンで見た乾田直播の田も,稲作は
る陸稲作の姿をあちこちで見ることができた。
技術以前の運次第という実感を抱かせるもの
この地域では,近年の少雨傾向で地代も納め
だった。
ここは 1976 年に台湾の技術協力で整
られない農民が多く,彼らは耕作してきた土
備されたところで,1枚が 0.5ha の大きさで
地を離れて,新たに低地に移動して借地し,
整然と区画されている。案内されて行った2
開墾して水稲作を始めていた。その場所で,
枚の隣り合う田は,ドリル播種の日は6日し
ある農民は,あの油ヤシの木は以前はこっち
か違わないが,一方は播種後2日に雨があり
にあったのだが,洪水であそこまで流された
一斉に発芽して 10cm を越す丈になっている。
のです,と指さして説明してくれた。
これに対して,遅れて播いた一方の田は,播
アシャンテ州北端にちかいエジュラの町は
種後2週間雨に恵まれず,覆土しないで播か
ずれの陸稲栽培地帯では,作物研究所のネリ
れた籾はほとんど発芽せず,かなり鳥に食わ
カ新品種比較試験の畑を3か所見て廻った。
れてしまっていた。
播種日の違いがもたらした苗立ちの差
雨で流失した試験圃場
-3-
治山・治水事業というものをほとんど見な
2.優良種子への認識と種子生産組織の育成
かったアフリカでは,洪水による耕地流失や
ネリカの普及に向けて ARI が組織され,先
干ばつによる収穫皆無というものがひんぱん
導的な7つの国が指定されて,UNDP や FAO
に起こっており,
陸稲作農民を苦しめている。
などがいくつかの国でネリカの普及に乗り出
そしてこうした状況が,農民に種子や肥料な
してから,すでに数年を経過しているが,一
ど農業資材の投入や技術習得への意欲をなく
部の国を除いては,栽培面積が必ずしも拡大
させている。
しているとはいえない。ガーナではようやく
ネリカの普及は,5日間に 20mm の降雨量
本年から本格的な一般栽培に入るし,ベナン
が約 80 日間保証されている地域に重点的に
でもまだ PVS(農民参加による品種選定)を
行うべき,とウガンダで活躍中の坪井専門家
行っている段階であり,JAICAF がベナン国
は報告している。さらに,東アフリカ地域に
立農業研究センターと協力して行う試験栽培
ついては標高 1,500m 以下という要因を加え
に,普及地域拡大の効果が期待されているほ
て,気温と年間降雨量からみたネリカ適地図
どである。このように普及が遅れた最大の原
を,東アフリカ各国について作成している。
因は種子の供給ができていないことにある。
日本でも曇雨天で水稲作が不振な年は陸稲
あ る 国 か ら は 1,000 ト ン の 種 子 の 請 求 が
の当たり年といわれるが,こうした降雨デー
WARDA にあったというが,とても応じられ
タを活かした,地域重視の計画的な普及が大
る量ではない。
切である。同時に,アフリカにおける緑の革
ガーナで実施した農家の社会経済調査で,
命実現のため,容易ではないが避けて通れな
種子更新の意義が認識されていないという結
い施策は,僅かばかりの集中的降雨がもたら
果が出た。種子は買うものではなく,毎年自
す耕地流失を予防するための,小規模な治水
家採種をくり返したり友人などとの交換で済
事業である。ここで洪水を防ぐために誘導さ
ませている者がほとんどである。最近,新品
れる水は,小規模な複数の溜池に貯水するこ
種への関心から種子を購入してみたが品質が
とにより,陸稲や他の作物をより安定的に生
悪かった,という不信の声も聞く。種子生産
産するために,きわめて貴重かつ有効な水資
を民間の事業でやるにしても,あるいは農家
源となる。ウガンダの先進的な農家は,自分
グループでやるにしても,販売できなければ
の畑の一角に池を掘って雨季の水を蓄えてい
組織は永続しない。その意味で,今年8月に
た。これによって畑の地下水位がわずかでも
WARDA で種子生産のための研修コースが
上昇して干ばつの軽減に役立つ。帰国時の機
JICA 専門家によって開かれることは大きな
内で隣り合わせたガーナ大学の教授は,そう
意義がある。ここを巣立った人材がそれぞれ
した小規模溜池を活用した稲作・養魚複合シ
の国で信頼できる種子を生産し,新品種の価
ステムを推進している人であった。雨量に恵
値が農家に認識されれば,種子への需要が高
まれないガーナ北部の農民グループは,やや
まり,採種組織が活性化することになる。ウ
大きな池を掘ってティラピアの養殖を始めて
ガンダでは種子生産が企業として成立してい
いたが,干ばつ時の緊急避難的役割も大きい
るが,そうしたことは手順を踏めば他の国で
と考えられる。
も実現できるはずである。
-4-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
父親はアジア稲のインディカ(IR64)が使わ
3.水稲作の重視と警戒
稲作の基盤として陸稲では大きな制約があ
ることから,水稲作を積極的に拡大しようと
れ,しかも雑種不稔の解消のためには,アジ
ア稲の反復戻し交配が行われている。
する動きがある。アフリカの一部では集約的
ウガンダの農村地域を車で巡っていると,
な水稲栽培が行われており,アジアに較べる
あちこちに広大な「パピルス林」をみる。こ
と歴史がまだ浅いばかりでなく,地域的な拡
こを水田に開発すればと考えるのは日本人の
がりも狭いが,国によっては水稲が中心の国
発想であるが,聞くところによると環境保護
も稀ではない。最近マリで2品種(N1,N2),
論者の抵抗があって(水田開発か自然保護か
ブルキナファソで4品種(FKR60N2, FKR62N3,
については,2005 年 12 月のナイロビにおけ
FKR56N4, FKR58N0)を普及することにして
るネリカセミナーでも論争があった),ウガ
おり(WARDA Ann. Rept 2004-2005),福井県
ンダはやはり陸稲中心で進むとのこと。
一方,
が行っている稲研究功績者表彰事業で,今年
ベナンのように,陸稲栽培による稲作の限界
はこの水稲ネリカの育成者 Dr. Moussa Sié が
を考えれば水稲作に重点をおくべき,と考え
コシヒカリ国際賞を受けた。なお,水稲ネリ
ている国もある。いずれにしても水稲ネリカ
カは正式に Lowland NERICAs と呼ぶことが決
ができたことで選択肢が増えて,「緑の革命」
まった(WARDA Ann. Rept. 2003-2004)。Dr.
をアフリカに実現する新たな道が開かれたと
Sié は受賞挨拶で,西アフリカの水田可能面積
いえる。水稲か陸稲かはそれぞれの国で実情
530 万 ha のうち利用されているのは 200 万 ha
に即して取り組むべきであろう。日本として
だが,ここで平均3t/ha の収穫が得られれば
のネリカ普及に取組むべき姿勢については,
米の輸入は必要がなくなる,と述べている。
既に(水稲ネリカの報じられる前の段階だが)
蛇足ながら,陸稲ネリカの母親はアジア稲の
述べているので,それ(Farming Japan 39-2,
ジャポニカであったが,今度発表された水稲
2005)を参照して頂ければ幸いである。
ネリカは母親がアフリカ稲(TOG5681)で,
(国際農林業協力交流協会
-5-
技術参与)
特集:アフリカにおける緑の革命
なぜマラウイでは「緑の革命」が進まないのか
-小農経営からの視点-
高根
務
た歴史を概観するとともに,
「緑の革命」の進
はじめに
展を阻害している要因を小農の営農実態に注
マラウイはその経済を農業に依存する貧困
目することによって明らかにする。
国である。農村住民の大半を占める小規模生
マラウイの「緑の革命」
産者(以下「小農」
)のほとんどは天水に頼っ
た農業をおこなっており,雨量不足などの天
マラウイの小農は,主食であるメイズの生
候不順によって農業生産が大きな打撃を受け
産に第一の重点を置いた作付けをおこなう。
ることも珍しくない。 近年では 2002 年と
メイズの品種については,現地語で「祖先の
2005~2006 年に,天候不順に起因する深刻な
メイズ(chimanga cha makolo)」と呼ばれる在来
食糧不足が発生している。これらの年には主
種と,ハイブリッド種を含むさまざまな改良
食であるメイズの生産量が大幅に減少し,国
品種がある。
メイズの改良品種の作付面積は,
内は大規模な食糧不足にみまわれた。
1980 年代まで全体の 10%以下にとどまって
土地に対する人口圧力が高いマラウイでは
いた。その背景には当時の改良品種がデント
国内の可耕地はほぼ耕作し尽くされており,
種 (dent) で,マラウイで好まれる硬粒で在来
農地の外延的拡大によってメイズの生産量を
のフリント種 (flint) と比べ,味,保存可能性,
上げることは難しくなっている。また世帯あ
製粉過程でのロスの大きさなどの面で劣って
たりの平均耕作面積は,約1ha と狭小である。
いた事実がある。
しかしその後 1990 年頃には,
このような状況のもとで十分な生産量を確保
上記の弱点を改良した半硬粒 (semi-flint) の
するためには,単位面積あたりのメイズ収量
ハイブリッド種が開発された。この新品種は
を上げることが必要となる。高収量品種の導
雨量不足や化学肥料なしの条件下でも在来種
入による単収の劇的な増加という「緑の革命」
より収量が多いという特徴をもっており,こ
の実現が,マラウイで特に求められる所以で
れが一部の農民に受け入れられてハイブリッ
ある。
ド種の作付面積も一時は 20%台まで上昇し
しかし現実には,マラウイの「緑の革命」
た。しかしその後ハイブリッド種の作付面積
は限定的にしか進んでいない。以下本稿では,
は伸び悩んでおり,2000-2003 年の期間の作
マラウイにおける「緑の革命」の実現に向け
付面積は全体の 23%にとどまっている。他方,
TAKANE Tsutomu:Why is Malawi's Green Revolution
Delayed? -A Perspective from Smallholder Producers-
在来種がマラウイのメイズ作付面積の大部分
を占めている事実に変わりはなく,2000-2003
-6-
国際農林業協力
Vol.29 №1
年の期間のメイズ総作付面積の 59%が在来
(1)
2006
Pollinated Varieties) が中心となった。続く
2001 年には配布量がさらに 90 万まで引き下
種で占められている 。
図1は,メイズの種類別作付面積の推移を
げられたため,いったんは上昇していたハイ
示したものである。
この図に見るように,1998
ブリッド種の作付面積も減少した(図2)。一
年と 1999 年の2年間はハイブリッド種の作
方,翌 2002 年に OPV 中心のパックが 300 万
付面積が一時的に上昇している。これは政府
規模で配布されたため,OPV の作付面積は緩
がドナーの資金援助のもとに,ハイブリッド
やかな上昇傾向にある(3)。このように改良品
種子と化学肥料のパッケージ(「スターター
種の作付面積が政府による無償配布の規模の
パック (starter pack)」とよばれる)の無償
影響を受けて上下している一方で,在来種の
配布をおこなったためである。配布されたス
作付面積はほぼ一定で安定しており,農民の
ターターパックの数は両年とも 280 万あまり
在来種志向が根強いことが明らかである。
と大規模なもので,これがハイブリッド種の
なぜこのようにハイブリッド種の普及が,
作付面積を一時的に引き上げた。しかし配布
マラウイでは限定的にしか進まないのであろ
(2)
規模は翌 2000 年 には 150 万に減り,配布さ
うか。途上国で新技術の普及が進まない原因
れた種子もハイブリッド種から OPV (Open
としてこれまで指摘されてきたのは,①新技
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
年
Hybrid
Open Pollinated Vrieties
Local varieties
図1:メイズの品種別作付面積の割合
出所:Chimimba [2004]
(1)
Chimimba, Paul S. 2004. Challenges and Opportunities
of the Seed Industry in Malawi: Industry Perspective,
in Langyintuo, A. ed. Malawi Maize Sector Stakeholders
Workshop Report, Harare: CIMMYT-Zimbabwe.を
もとに計算。
(2)
スターターパックの正式名称は、2000 年以降は
「Targeted Input Programme (TIP)」に変更されて
いるが、農村部では現在も「スターターパック」
と通称されている。
(3)
OPV は3年目まで自家製種子を利用でき、毎年
種子を購入する必要がない。
-7-
術の存在や情報が農民に伝わっていない,②
来種よりも短いという利点がある。これは前
知っていても何らかの理由で農民側が選択的
年に収穫したメイズの在庫が底をつく時期
にその新技術を採用しない,③農民が新技術
(次の収穫期の直前)に,在来種より早く収
を採用したくてもさまざまな障害のために採
穫が得られることを意味している。この特色
(4)
用できない,などの事実である 。1980 年代
は多くの貧困層の農民のニーズにあったもの
までハイブリッド種が普及しなかったのは,
であるから,農民にとってハイブリッド種を
当時のハイブリッド種が在来種に比べて味,
採用するインセンティブは高い。さらにスター
保存可能性,製粉過程でのロスの大きさなど
ターパックの大規模な配布によりハイブリッ
の面で劣っていたために,農民が主体的にハ
ド種の存在は全国に知れわたっており,新技
イブリッド種を選択しなかったためである
術に関する情報不足が普及を妨げている(上
(上記理由の②)
。しかし 1990 年代には,こ
記理由の①)と考えるのは不適切である。
の点が改良された新たなハイブリッド種が開
マラウイでハイブリッド種の普及が進まな
発された。ただし在来種のほうが味や保存性
い最大の原因は,農民がハイブリッド種を生
の良さの面で勝っているという認識は,現在
産したくてもできない理由があるからである。
でも農村住民の間に根強く,これが障害とな
以下ではその理由を,筆者が 2004-05 年にか
っている可能性は残っている。一方でハイブ
けておこなった調査(5)の結果や,注で示した
リッド種には,播種から収穫までの期間が在
諸研究の成果をもとにまとめたい。
700
600
500
400
300
200
100
0
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
年
ハイブリッド種(千ヘクタール)
スターターパック配布量(万パック)
図2:ハイブリッド種作付け面積とスターターパック配布量
出所:Chimimba [2004], および EIU Country Report
(4)
Langyintuo, A. S. 2005, Maize Production Systems
in Malawi: Setting Indicator for Impact Assessment
and Targeting, CIMMYT-Zimbabwe, Harare.
(5)
-8-
調査は国内6か村で実施し、合計 186 世帯で聞
き取りと圃場面積の測量をおこなった。
国際農林業協力
Vol.29 №1
何が小農にとって障害となっているのか
2006
この点を,実際の小農経営におけるメイズ
の経営費を見ながら検討してみよう。
表1は,
筆者がおこなった調査をもとに,小農生産に
1.種子および化学肥料の購入コスト
メイズのハイブリッド種生産で収量を最大
おけるメイズの経営費の内訳を ha あたりで
に保つためには,毎年種子を購入し,適切な
示したものである。この表に見るように,実
量の化学肥料を適切な時期に投入しなければ
際の小農経営で投入されている化学肥料の量
ならない。推奨の化学肥料投入量(ha あたり)
は ha あたり 71kg で,推奨量の 250kg を大き
は合計 250kg で,播種時に 150kg(50kg 入り
く下回っている。一方,このような少ない投
複合肥料2袋+尿素1袋)および播種後3週
入量であるにもかかわらず,経営費に占める
間目に 100kg(尿素2袋)とされている。種子
化学肥料の割合は 50%に達している。また種
および化学肥料の価格について政府の補助金
子コストも全体の 11%を占めており,種子と
(6)
はなく,すべて市場価格で取引されている 。
化学肥料の2つだけで総費用の6割以上を占
そしてこれら2つ投入財の購入にかかる費用
めていることがわかる。
十分な化学肥料を投入した場合のハイブ
の大きさが,小農がハイブリッド種を採用す
リッド種の ha あたりの収量は,気候条件の悪
る際の最大の障害となっている。
表1:メイズの経営費(クワチャ/ヘクタール)
標本世帯数
186
平均作付面積(世帯あたりヘクタール)
0.631
単収(ヘクタールあたり kg)
863
化学肥料投入量(ヘクタールあたり kg)
71
割
合
金額(クワチャ)
10,819
粗収益(①)
100%
7,184
種子
11%
818
化学肥料
50%
3,582
2%
125
11%
775
2%
179
雇用労賃
22%
1,561
借入地代
1%
87
利子支払い
1%
58
経営費(②)
堆肥
農具、牛車、役牛の減価償却および修理
輸送手段および機械賃借料
作物所得(③=①-②)
3,635
(出所)筆者調査(2004 年 8 月~10 月、2005 年5月~9月)データから作成。
(注)2005 年調査時の為替レートは$1=115~121 クワチャ。
-9-
い年で 1.9 トン,通常の年で最大 3.8 トンで
(7)
間総所得の5割以上にも値する資金を用意し
あると報告されている 。仮に推奨量の化学
なければならないことがわかる。購入費用が
肥料を購入できたとして,この収量で農民は
このように大きい状況の中では,多くの小農
費用に見合う十分な利益を上げることができ
世帯にとって十分な量のハイブリッド種子と
るのだろうか。以下この点を検討してみた
化学肥料を購入するのは難しい。またたとえ
い。
購入できたとしても,気候条件が悪ければほ
2004/05 年度(10 月~9月)の例では,推
とんど利益があげられない。このような状況
奨の種子と化学肥料の投入量を購入するには,
が,「ハイブリッド種子+化学肥料」のパッ
(8)
ha あたり 19,300 クワチャ が必要であった。
ケージ採用の際の障害となっていると考え
この価格はメイズ約 1.6 トン分に相当する
られる。
(収穫期の価格で換算)
。
この価格で種子と化
学肥料を購入し,それ以外の生産コストが表
2.信用・保険市場の欠落
1の数値と同じであると仮定して試算してみ
農民に手持ちの現金がなくても小農向けの
ると,作物所得がマイナスとなる赤字経営を
信用市場が発達していれば,融資によって改
避けるためには,ha あたり 1841kg の収量が
良品種の種子と化学肥料を購入することは可
必要という結果が出る。つまりハイブリッド
能である。実際,新しいハイブリッド種が開
種は,通常年の単収であれば利益があがるも
発された 1990 年代初頭には,
農民は種子と化
のの,気候条件の悪い年にはほとんど利益が
学肥料の購入に際して政府が運営する小農向
あげられない可能性がある。
けの融資機関の SACA (Smallholder Agricultural
次にハイブリッド種子と化学肥料の費用を,
Credit Administration) から低利で融資を受け
世帯の所得レベルと比較してみよう。筆者が
ることができた。さらに当時は改良品種の種
調査した世帯の年間総所得の平均は,約2万
子と化学肥料の流通は政府の農業開発流通公
4千クワチャであった。一方,調査世帯のメ
社 (Agricultural Development and Marketing
イズ作付面積の平均は 0.63ha であったので,
Cooperation: ADMARC) がすべて担っており,
この面積に必要なハイブリッド種子および化
農民は 補助金付きの低価格 (9) でこれらを購
学肥料(推奨量)の費用は 12,159 クワチャと
入していた。このような流通・融資制度のも
試算できる。これらの数字から,推奨の種子
と,当時の農民は ADMARC を通じて改良品
と化学肥料の投入量を購入するためには,年
種種子と化学肥料を現物で受け取り,生産し
(6)
たメイズを ADMARC に販売する際にその代
ただし 2005/06 年度には、化学肥料を補助金付
きの価格で購入できるクーポンを、政府が貧困
層向けに配布した。
(7)
Smale, M. 1995, "Maize is Life": Malawi's Delayed
Green Revolution, World Development, 23(5):
819-831.
(8)
調査時の為替レートは$1=115~121 クワチャ。
(9)
当時の化学肥料の補助金は価格の 25~30%であ
り、また為替の過大評価により国内の化学肥料価
格は国際価格の実勢よりも低くなっていた。
金と利子を支払っていた。
しかし融資返済率の低さから,SACA は
1994 年に財政的に破綻する。かわって農民向
け融資をおこなうことになった MRFC (Malawi
Rural Finance Company) は市場金利での貸し
付けをおこない,また融資先の重点も確実な
返済が期待できるタバコ生産者にシフトさせ
-10-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
た(10)。マラウイでは民間の農村金融はほとん
ダメージを軽減する保険市場が欠落している
ど発達していないため,多くの小農はこれに
ことも,「ハイブリッド種+化学肥料」パッ
より信用市場へのアクセスを失った。また構
ケージの採用を抑制していると考えられる。
造調整下の自由化の流れの中で,改良品種種
天水に頼っているマラウイの小農生産におい
子への補助金廃止(1994 年)
,化学肥料への
ては,天候不順によって農業生産が打撃を受
補助金廃止(1995 年)
,ADMARC の機能縮小,
ける可能性が高い。このようなリスクの高い
投入財市場および農産物市場への民間参入も
状況の下で高額の投入財を購入して農業経営
おこなわれた。その結果農民は,種子および
をおこなえば,当然不作時の経営赤字の額も
化学肥料の価格高騰と農村信用市場へのアク
大きくなる。このような不作による経営赤字
セス喪失という事態に一度に直面することと
を救済するような保険市場が存在しない限り,
なり,これが「ハイブリッド種子+化学肥料」
年収の5割にも達する非常に高価な投入財を
のパッケージが普及する際の大きな障害と
購入する「ギャンブル」をおこなおうとする
(11)
小農は,そう多くないであろう。
なったのである 。
メイズ生産のための融資を得るのが困難な
状況は,現在でも続いている。筆者が 2004~
3.化学肥料の流通の問題
05 年におこなった調査でも,メイズの種子や
化学肥料はマラウイ国内で生産されていな
化学肥料を購入するために融資を得た世帯の
いため,すべて輸入されている。内陸国であ
割合は,全体のわずか5%にすぎなかった。
るマラウイでは輸入に際しての輸送費が大き
農村金融へのアクセスがこのように限られて
く,これが化学肥料の価格を押し上げる大き
いる状況下においては,相当額の現金を準備
な要因となっている。また税関等の諸手続に
できるごく一部の高所得者層だけが十分な量
時間を要するために輸入が遅れ,加えて劣悪
のハイブリッド種子や化学肥料を購入できる
な国内の交通インフラの影響で国内での流通
のである。
がスムーズに進まないという問題もある。た
信用市場の欠落に加え,不作にともなう所
とえば筆者が調査した 2004 年には全国的に
得の大幅な下落に農民が直面した場合にその
化学肥料の供給が遅れ,雨季が始まり化学肥
(10)
タバコは国内3カ所のオークション会場で販売
され、販売代金は農民組合の口座に振り込まれ
る。MRFC は、この口座振り込みがおこなわれ
る際に融資の回収を自動引き落としでおこなう
ことよって、返済率を高める方策をとっている。
他方メイズの販売はローカル市場でおこなわれ
るため、このような方法で融資の回収をおこな
うことはできない。
(11)
Smale, M. and A. Phiri 1998, Institutional Change
and Discontinuities in Farmers' Use of Hybrid
Maize Seed and Fertilizer in Malawi: Findings from
the 1996-97 CIMMYT/MoALD Survey, Economics
Working Paper 98-01. CIMMYT, Mexico.
料を投入する時期になっても店頭に届いてい
ないという状況が,特に遠隔地で顕著に見ら
れた。
また遠隔地に位置する村では,購入後の化
学肥料をどうやって自宅まで運ぶかが大きな
問題となる。調査した世帯の平均メイズ作付
面積に推奨量の化学肥料を投入すると仮定し
た場合の必要量は約 150kg であり,50kg 入り
化学肥料の袋を3袋運搬しなければならない
ことになる。道が整備されている地域であれ
ば車両や牛車を賃貸することもできるが,遠
-11-
隔地ほどその費用は大きく,メイズの生産コ
の利益が大きい。
ストをさらに引き上げることになる。また車
マラウイにおいて緑の革命が進まない最大
両が通行可能な道路のない村では,化学肥料
の問題は,ハイブリッド種子と化学肥料の購
の運搬を人力(または自転車)に頼ることに
入コストの大きさである。これらのコストが
なるが,その労力は甚大であり,特に老人世
大きく下がるか,あるいは購入のために小農
帯や女性世帯主世帯にとっては負担が大きい
が利用できる農村金融制度が発達しない限り,
(マラウイでは全世帯の約 25%が女性世帯
この国における「緑の革命」は,多くの貧困
主世帯である)。
化学肥料の流通に関するこの
層にとって手の届かない高嶺の花にとどまる
ようなさまざまな問題も,化学肥料の投入量
可能性が高い。
を引き下げる原因となっている。
おわりに
参考文献
マラウイにおける緑の革命は,適切なハイ
ブリッド種の開発という技術的な面ではすで
1) Economist Intelligence Unit (EIU), Country
Report Malawi.
に準備が整っている。また数度にわたるス
ターターパックの大規模な配布で,農民は改
2) Morris, M. L. ed. 1998, Maize Seed Industries
良品種の特徴とそのメリット・デメリットを
in Developing Countries, Lynne Rienner,
熟知している。ハイブリッド種は,味,長期
Boulder
保存可能性,製粉加工時のロスなどの面で在
来種にやや劣るが,何よりその単収の多さと
(アジア経済研究所
生育期間の短さという特徴は,農民にとって
グループ長代理)
-12-
アフリカ研究グループ
特集:アフリカにおける緑の革命
ARI 加盟国における NERICA の普及と利用の現状
AKINTAYO Inussa・CISSE Boubakary
ましている。水田では土壌の均平や水管理の
はじめに
拙さも低収の原因である。
また不適切な政策,
稲は世界の主要な食用作物で,サブサハラ
農業研究・普及機関の限られた能力,不十分
アフリカ(SSA)の数百万人には米は主食の一
なインフラ・市場開拓,種子政策の欠如,限
つであり,かつアフリカで最も急速に消費が
られた資金,なども阻害要因となっている。
伸びている食料である。米は,低所得・食糧
NERICA 品種の開発
不足のアフリカの国々で食料安全保障上の重
要性を増してきている。SSA では人口の増加
こうした問題に挑戦するために,WARDA
と都市集中化,生活スタイルの変化と米の貯
は新しい草型の,多収で地域の諸ストレスに
蔵・調理の容易さなどがからんで,米の需要
抵抗性をもち,SSA の小規模農民のための稲
は年6%の割合で増加している。
品種を開発しようとした。まず西アフリカの
東・西・中央および南アフリカにおける米
稲作面積の 40%を占め,農民の 70%(大部分
の消費量は生産量を上回り,主食の一つを外
は女性)が従事する畑作の稲を対象にした。
部依存することから,
毎年 15 億ドル以上が米
最も広く栽培されている品種はアジア稲(O.
の輸入に費やされ,世界で最も貧しいこの地
sativa)で,アフリカに導入されたのは 450 年
域内各国の保有外貨を圧迫している(Nwanze
前である。もう一つはあまり知られていない
ら,2006)。極端な貧困と飢餓を 2015 年まで
アフリカ稲(O. glaberrima)で,3,500 年前に
に半減するという国連ミレニアム開発目標を
ニジェール川のデルタで成立した。アジア稲
達成するには,この点に注目する必要があ
は多収で倒伏や脱粒がなく,肥料反応もよい
る。
のに対して,アフリカ稲は雑草との競争力が
SSA の米産業には農民2千万人と1億人が
優れ,アフリカのいろいろなストレスに抵抗
係わっている(Nwanze ら,2006)が,やせた土
性を示す(Koffi, 1980;Jones ら,1997)。この
壌,陸稲栽培での干ばつと少雨,水田での鉄
両者の利点を結合するために,WARDA は
過剰症,潅漑栽培での塩害,さらには改良品
1992 年に種間交雑プロジェクト(IHP)に着手
種,
収穫および収穫後処理などの適切な技術,
し,日本,アメリカの支援と IHP の多くのメ
肥料等の資材の欠如などが共通して彼らを悩
ンバーとの協力で,アフリカの条件に適する
特性を備えた系統を開発した。1999 年にこ
AKINTAYO Inussa ・ CISSE Boubakary : Current
State of Dissemination and Use of NERICA in ARI
Member Countries
れらの系統は NERICA (アフリカの新しい稲)
と名付けられ (WARDA 1999),2004 年に
-13-
WARDA のトレードマークとなった。2000 年
NERICA は農民にもっとも好まれる上位を占
に WARDA は CGIAR のボードワン国王賞を
め,品種採択率は 68%になっている。
獲得した(WARDA, 2000)。続いて 2004 年に
NERICA の普及の状況
は陸稲 NERICA の育成で Dr. Monty Jones が
World Food Prize を,2006 年には Dr. Moussa
NERICA の迅速な普及と採択は,参加型品種
Sié が水稲 NERICA の育成で福井県からコシ
選定(Participatory Varietal Selection: PVS)と,
ヒカリ国際賞を受けた。NERICA は,過去数
集落単位の種子増殖組織(Community-Based
十年間における稲育種分野で最先端のものの
Seed Systems: CBSS)という新方式によって達
一つと見られており(Van Nguyen ら,2006),
成された。PVS による研究目標は改良された
多収性,早熟性(80-100 日),アフリカの主
稲作技術を農民に伝えることで,WARDA で
要病害虫・干ばつ・鉄過剰症などへの抵抗性・
は3年を1単位としており,生産技術の改
耐性などの特性を持つ,多様な種間交雑品種
良・普及に積極的な農民を裨益する新しい応
を構成している。
用研究方式である。この方式は西・中央アフ
リカ(WCA)各国の研究・普及機関(NARES)
NERICA とその特性
や農民による稲有望系統の広範囲な普及と採
育種の過程では 3,000 もの系統が選抜の対
用を助ける。農民は彼らの必要とする品種を
象となったが,現在までに陸稲では 18,水稲
選ぶことができ,稲研究に参加するというこ
では 60 が品種リストに挙がっている(訳者
の考え方を歓迎している。西・中央アフリカ
注:水稲では PVS で農家が選んだものを整理
地域では 2000 年には,3,500 人以上の農民が
したら 60 にしぼられたのであり,品種はま
PVS に参加し,約 5,000 人が PVS を通じて改
だ6である)。ここではすべてについて特性
良品種に接したと推定された。現在,アフリ
を説明することはできないが,概して,既存
カの多くの国々で PVS が実施されている。
の品種に較べると生育期間が短く,干ばつな
NERICA 品種は既にギニア,ウガンダ,コー
どの影響を回避できるほか,マメ類,被覆作
トジボアールの他,ガンビア,ガーナ,マリ,
物(緑肥など)や他の作物との組合わせで土
トーゴなどで大きなインパクトを与えている。
壌肥沃度を保ち,陸稲の収量を上げることが
2005 年には SSA で 15 万 ha 以上が栽培され,
できる。初期の圃場試験では,低投入栽培で
数年で 20 万 ha に達して年 75 万トンを生産し,
在 来 品 種 よ り も NERICA の 収 量 が 高 く
年 9000 万ドル相当の米の輸入を削減できる
(WARDA, 2000),メイチュウ・線虫・いもち
と期待されている。
病などに対する抵抗性,干ばつ・鉄過剰症な
ギニアでの NERICA の成功(図 1)は,政
どへの耐性が NERICA に認められている。試
府が当初から必要な支援を行ったことによる。
験した NERICA 系統の 72%で玄米の蛋白含量
すなわち政治家が直接栽培に係わり(大統領
が両親よりも高く,輸入米よりも 25%高かっ
自ら,また農業省が最初から数 ha を作付し
た(ARI, 2006)。NERICA 米のパーボイル処理
た),生産,販売,加工を支援する政策をとっ
で蛋白含量は 10%増加する。
(訳者補注:PVS
て人々の関心を集めた。また SG2000 も重要
=農民参加による品種選定試験では)
な役割りを果たした。
-14-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
ブルキナファソで 2000 年以来行われた
2005 年までに,NERICA 系統は SSA のほと
PVS や,マリにおける品種の評価から,新し
んどすべての国で試作され(図2),15 の国
い NERICA 系統が認定された。それらは 90
で 18 系統が採用あるいは公表され(表1),
1
日以下というごく早生で多収である。2005 年
か国あたり1から7品種となっている。
に,11 の新しい NERICA が命名され合計 18 と
なった。新 NERICA のうち3つがブルキナファ
ソで公表 (release) され,少なくとも4つが
マリで農民に選ばれた (selected/adopted)。
さらに PVS は,
NERICA の優先普及国(pilot
country) 以外の多くの国に NERICA を導入す
るのに役立っている。東アフリカでは,伝統
的に非稲作国だったウガンダで 2001-2004 年
間に NERICA 栽培面積は 100 倍となり,1.3
万 ha(年2作で 2.6 万 ha) に達した。現在,
多くの NERICA 系統がタンザニア,マダガス
カル,コンゴ-ブラザビル,ケニア,コンゴ民
主共和国で試作されている。これまでの品種
の大部分は天水畑向けの陸稲であったが,今
図2
後長期的な生産性向上を図るため,似た草型
ネリカ系統を試験中の日々
(2003,2005 年)
で天水低地や潅漑栽培に向くものが試験され
ており,既に5つがブルキナファソ,マリで
米の食料としての利用の多様化
公表されており,ガンビアとトーゴで採用さ
ARI はこうした普及関係以外に,米の利用
れている。
を多様化する活動を始めており,NERICA を
用いたクッキー,ビスケット,パンケーキ,
菓子やウェハースなどの加工食品を開発して
いる(図3)。そうした製品の品質から,米
粉が小麦粉に代わってさまざまなパンや菓子
をうまく作れることを示している。こうした
新しい技術を地方の村落に導入することで,
米の付加価値を創出し,SSA 諸国の女性たち
をさらに力づけることになろう。
種子需要への対応
図1
農民たちによる NERICA の急速な採択は,
ネリカ試作水田を訪れたギニアの農民
種子需要という重要な問題を招き,その供給
-15-
と関連する NERICA 生産増強のための諸問題
は,適切な解決が求められている。原々種子
の生産・配付は品種の純度を維持し,生産物
の品質を改善するために必要であり,ARI と
WARDA はこの基本的な段階で,原々種子お
よびその基礎となる育種家種子の生産に努力
している。研究者・技術者の訓練は NARS の
種子生産能力を高め,良質の種子を維持する
のに役立つであろう。
種子需要に対応するために,NERICA1~
図3
7の原々種子5トン以上が 2005 年の作期初
ネリカの米から作った菓子
めにパイロット国へ送られ,2006 年には 13
トン以上を目指す。他の公表されている
めには,施肥法,雑草制御,播種深度,播種
NERICA 品種では約 16 トンの原々種子が生産
期などの技術について,いっそう研究を進め
されているほか,2004-2005 年の作期にはパ
なければならない。
イロット国内で 2,000 トン以上の原々種生産
今後の展望
を支援した。
2006 年の主な目標は,農家段階でも種子が
NERICA の活用をより強固なものにするた
表1 各国における NERICA 採用奨励系統
国
1
A
ベニン
ブルキナファソ
コンゴブラザビル
コンゴ
コートデボアール R
エチオピア
R
ガンビア
A
ガーナ
R
ギニア
R
ケニア
マリ
ナイジェリア
R
シエラレオネ
A
トーゴ
A
ウガンダ
計
9
R = Variety Adopted
2
A
3
4
A
5
6
7
8
9
NERICA
10 11
12
13
R
R
14
15
16
A
17
18
R
A
A
A
A
A
R
A
R
R
R
A
A
R
A
A
A
R
A
A
R
R
R
A
A
R
R
A
A
A
A
A A
A
R
6 6 9 4
and Released
A
A
A
A
A
A
5
3
1
1
1
A = Variety Adopted and widely cultivated
-16-
1
1
1
1
1
-
1
2
計
2
5
1
3
5
3
7
1
7
1
5
3
6
3
1
国際農林業協力
Vol.29 №1
入手できるようにすることで,WARDA で,
2006
謝
また NARS との協力によって育種家種子,原々
辞
種子の生産を行う。その他,保証種子を生産
著者は,すべての WARDA 研究者・研究補
する NGO,
農民組合,
個人採種業者を確認し,
助者たちに対して,質の高いデータ提供を感
支援することも必要である。NERICA は農民に
謝する。またすべてのドナー,特にロックフ
人気があり,彼らの生活に大きなインパクト
ェラー財団には ARI 創設以来の Coordination
をもつので,農民の選択の助けとなるように
Unit への支援,アフリカ開発銀行には多国間
詳細な品種特性の解明も必要である。さらに,
NERICA 普及プロジェクトへの資金提供,日
栽培・収穫後処理の技術パッケージを作って,
本政府,JICA,UNDP には WARDA,ARI への
生産・品質の向上に役立てなければならない。
貴重な支援に感謝する。
NERICA がアフリカの食糧安全保障に貢献す
るためには,種子や技術情報への農民のアク
セスを改善し,農業セクターの発展をサポー
トするような望ましい政策が必要条件となる。
結
論
SSA の稲作は大部分が,市場へのアクセスが
限られ,手で扱う簡単な農具しかなく,肥料な
どの投入資材もごく限られている小農による,
自給自足的なものである。平均単収は世界でも
っとも低く,アジアの4t/ha(中国では6t/ha)
に対して1t/ha 以下である
(Nwanze ら,
2006)。
こうした背景から,WARDA はアフリカの貧し
い農民や消費者の希望の象徴となっている。現
在,陸稲 NERICA は,ギニアの7万 ha,ウガン
ダの 2.6 万 ha を含めて,アフリカで 15 万 ha
の栽培があると推定される。
さらに NERICA のあるものは,西アフリカ
で流通する輸入米の大部分よりも食味が優れ
るとされてきたが,現在の収穫および収穫後
処理の拙さが改善されなければ,NERICA が
本来持っている優れた粒形質を活かせなくな
る。従って,収穫から以後の一連の作業を検
討して,適切な技術を関係者に徹底することが
参考資料
1) ARI, 2006,ARI Regional Coordination 2005 Report.
2) Carpenter AJ, 1978, Rice history. In:
Buddenhagen IW, Persley GJ (Eds.), Rice in
Africa. Academic Press, London, pp. 3-10.
3) Jones MP, Dingkuhn M, Aluko GK and
Semon M, 1997, Interspecific Oryza sativa
× O. glaberrima Steud. Progenies in upland
rice improvement. Euphytica 92, 237-246.
4) Koffi G, 1980. Collection and conservation
of existing rice species and varieties of
Africa. Agronomie Tropicale 34, 228-237.
5) Nwanze KF, Mohapatra S, Kormawa PM, Keya S
and Bruce-Oliver S, 2006, Rice development in
sub-Saharan Africa. Perspective. Journal of the
Science of Food and Agriculture 86, 675-677.
6) Van Nguyen N and Ferrero A, 2006, Meeting
the challenges of global rice production.
Paddy, Water and Environment 4, 1-9.
7) Viguier P, 1939, La riziculture indigène au
Soudan Français. Larose, Paris.
8) WARDA, 1999, Annual Report.
(http://www.warda.org/warda1/main/Public
ations/publications.htm )
9) WARDA, 2000, Annual Report.
(http://www.warda.org/warda1/main/Public
ations/publications.htm )
10) WARDA, 2005, Annual Report
(http://www.warda.org/warda1/main/Public
ations/publications.htm )
重要である。NERICA は農村社会の生活を一変
させることのできるテクノロジーなのだから。
-17-
(ARI,WARDA・
金田 忠吉 訳)
特集:アフリカにおける緑の革命
TICADⅢと JICA のサブサハラ・アフリカ(1)
農業・農村開発協力
北中真人・西牧隆壯
2003 年 9 月に開催された TICADⅢでは,
として理解されているため,上記方針を当面,
2008 年までの我が国の対アフリカ援助の基
アフリカにおける JICA の農業・農村開発の
本方針を明らかにし,農業・農村開発分野に
協力方針とする。
なお,
上記7課題について,
ついては「食料・農業・農村開発」として「経
その文脈を踏まえ,業務実施の実務の観点か
済成長を通じた貧困削減」という支援の基本
ら,JICA の課題として,括弧内に整理した。
方針の中に位置づけられた上で,以下の具体
農業政策策定支援,食料の安全保障の確保,
的な支援方針が表明された。
小規模農村開発支援及び研究・普及活動強化
はアフリカ共通の開発課題であり,ネリカ普
・ 農業政策策定支援(同左)
及支援は稲作国を対象に我が国が比較優位を
・ 食料生産性の向上(研究・普及活動強化)
有する技術と経験をもって実施する開発課題
・ NERICA イニシアティブ(ネリカ普及支援)
である。砂漠化防止対策は植林事業を単体で
・アフリカの住民の自助努力による持続可
実施するのではなく,砂漠化に晒されている
能な農村開発(小規模農村開発支援)
最前線の地域の農村開発を住民参加型で行う
・飢餓への緊急的な対策(食料安全保障の
ことによって砂漠化の進行を阻もうとするも
のである。零細企業振興は,農産物加工を中
確保)
・ 砂漠化対策(砂漠化防止対策)
心とした地場の零細企業の育成を支援するも
・ ODA による零細企業育成・インフォーマル
のである。
また,最近のアフリカにおいてはガバナン
セクター振興(零細企業振興)
ス改革の一環として,地方分権化政策が推進
上記基本方針は,JICA の農業開発・農村開
されており,農業分野を含めた公共サービス
発の3つの開発目標(持続可能な農業生産,
の提供や開発事業の実施が地方政府を通じて
安定した食料供給,活力ある農村の振興)と
なされる体制に変化しつつある。従来,アフ
整合するものである。また,TICAD はアフリ
リカの地方政府は必ずしも公共サービスや開
カ諸国はもとより広くドナー・コミュニティ,
発事業の実施権限・責任を負ってこなかった
NGOs においても我が国のアフリカ支援の柱
こと,また財政的に脆弱であったことから,
地方政府の事業実施経験・能力は極めて限ら
KITANAKA Makoto NISHIMAKI Ryuzo:TICADⅢ and
Agricultural and Rural Development Cooperation of
JICA for Sub-Saharan Africa
(1)
以下、アフリカと略す。
れている。農業・農村開発事業の協力成果の
持続性を図るためには,住民側の能力強化だ
けでなく,行政機関の能力強化が不可欠とな
-18-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
るが,今後,農業・農村開発事業を推進して
がタンザニア,ケニア,ガーナ等で実施され
いくに当たっては,地方分権化の状況とカウ
てきた。タンザニアのキリマンジャロ農業開
ンターパートとなる地方政府の能力を十分に
発やケニアのムエア灌漑開発ではプロジェク
見極める必要がある。
ト対象地域外にも灌漑による水田稲作の技術
が波及・定着しており,地域の食料安全保障
各方針の具体的な取り組みは以下のとおり
の確保に大きく貢献した。
90 年代以降は,開発・メインテナンス経費
である。
1.
がかさむ大規模灌漑開発案件はドナーから敬
農業政策策定支援
農村の生計向上を図るためには,農村開発
遠され,住民参加による小規模灌漑開発が見
と農業開発が相乗効果を生むような開発計画
直されるようになった。マラウイでは外部か
をデザインする必要があるが,協力の成果を
らの投入を想定しない,現地にある資材(石,
面的に拡大するためには,政策策定,制度構
木の枝等の自然物)のみを利用した小さな堰
築への支援を行い,農民が直接的,間接的に
を住民主体で建設し,乾期の灌漑用水を確保
行政サービスを広く享受できるよう,行政へ
できるよう,2006 年より小規模灌漑プロジェ
の積極的な働きかけが必要となる。政策策定
クト(2006.3.27~2009.3.26)が開始され,3
支援においては,土地政策,金融・信用政策,
年後の全国展開を目指している。
生産物価格政策,食料備蓄政策等,これまで
しかしながら,住民参加型小規模灌漑開発
の我が国の協力においてはあまり関与してこ
だけでは,国全体の食料生産に必要な水を確
なかった課題も多いため,政策対話,ドナー
保することは困難であるため,既存の灌漑施
会議等を通じて最新情報の収集に努めるとと
設のリハビリを低コストで行うことや水資源
もに,政府の施策や他ドナーの支援を補完す
ポテンシャルの高い湧き水の豊富な地域や湿
るような,我が国の経験を踏まえた提言を行
地帯において,施設建設費を低く抑え,メイ
っていくことが重要である。現在,タンザニ
ンテナンスも住民主体で可能な規模の開発を
アにおいて農業セクターの政策策定支援協力
並行して進める必要がある。また,雨水を利
を実施している。今後は現場の技術の強みを
用するウォーター・ハーベストを組み合わせ
生かしつつ,アフリカにおける有力ドナーと
る等,水資源の有効活用を図っていく必要が
して上流の政策策定支援にも取り組み,バラ
ある。
灌漑開発と並行して,優良品種の導入,栽
ンスのとれた総合的な協力を目指していく方
培管理,収穫後処理,流通,マーケティング
針である。
等の課題にも取り組む必要があるが,すべて
2.
を我が国の協力でカバーできないため,
食料安全保障の確保
アフリカにおける安定した食料供給のひと
CGIAR(2)(国際農業研究協議グループ)傘下
つの鍵は水の確保である。天水に依存した農
の国際農業研究センターや他ドナーとの連携
業形態では降雨量の不安定さに翻弄され,積
のなかで総合的なアプローチを目指していく
極的な農業への投入は控えざるをえない。こ
(2)
のため,従来より灌漑開発を中心とした協力
-19-
Consultative Group on International Agriculture
Research
方針である。また,飢饉時の食料備蓄の偏在
のアプローチが気候変動による旱魃や洪水で
も大きな問題となっており,食料備蓄情報の
消失することがないよう,農外収入の確保,
共有や流通網の整備も重要な課題である。
食料の長期保存法の改善,集落近くでの植林
農業の機械化については,まずは農機具の
等,リスクを軽減する取り組みを組み合わせ
改良(手押し除草機,足踏みポンプ,足踏み
たものとすることが重要である。現在,ザン
脱穀機等の導入)や畜力の導入等,現地の技
ビア,ケニア等において,これらの小規模農
術レベルに合わせ,徐々に現地で簡易にメイ
村開発を支援している。
小規模農村開発の方向は,外部からの資材,
ンテナンス可能な小型機械(ハンドトラクター,
精米機,製粉機等)を導入する方向を慎重に
技術,制度の安直な導入は避け,農民の声を
選択する必要がある。
反映した,協力地域の農村社会の持つ潜在的
な活力を引き出す形の「地域営農システムの
3.
新たな構築」を目指す必要がある。特に地力
小規模農村開発支援
自給的農業を営んでいる農村地帯において
低下地帯では,アグロフォレストリーの再評
は,一般的に安全な水,医療保健,基礎教育
価を行い,低投入中収入を目指すことが重要
等の公共サービスへのアクセスが限られてい
である。しかしながら,地域の伝統的な知恵
ることが多く,生活必需品,農業生産資材の
やアグロフォレストリーだけでは解決困難な
定期購入や農産物の適正価格での販売も困難
課題も多く,小規模村落電化に自然エネル
な状況にある。また新規雇用先も極めて限ら
ギー(太陽光,風力)を活用する等の技術的
れている。このため,人間の安全保障の観点
試行錯誤は奨励されるべきである。
から,まずは身近な生活改善から取り組み,
また,農民間の情報の共有,コミュニケー
漸進的に現金収入への方向へ地域の学習速度
ションの強化のため,地域の学校やヘルスポ
に合わせた開発が必要である (キャパシ
スト(診療所)をコミュニティーセンターと
テ ィ・デベロップメントの推進)。そのプロ
して活用し,生産物の学校給食への出荷や栄
セスのなかで新たな農業技術,知識が地域に
養改善のセミナー等に結びつけ,地域の食料
導入され,定着していくことになる。このた
供給セーフティーネットを構築する等の努力
めには,当該地域の住民がその技術,知識に
も人間の安全保障の観点から推奨される。そ
関する基本的な理解と自らリスクを負って導
の際,地域でより貧しい人々,ジェンダーに
入に踏み切れる村落の社会関係資本(ソー
配慮したきめ細かい対応が必要である。この
シャルキャピタル)がある程度整っている必
ためには,技プロ,開発調査及びボランティ
要がある。
ア事業の連携を一層図っていく必要がある。
このように小規模農村開発においては,農
民の生計向上を目的に,基礎教育,識字教育
4.
研究・普及活動強化
の改善,安全な水の確保,身近な衛生改善等
従来型の研究・普及プロジェクトでは試験
を含め,総合的に行っていく必要があるが,
研究機関で開発した技術を普及員により農民
旱魃等の自然災害に対するリスク・マネジメ
へ移転する方式が主体であったが,学術的に
ントを内包させ,住民参加による地道な開発
すぐれた品種,栽培技術が必ずしも農民に受
-20-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
と技術的連携を行っており,国外においては
け入れられたわけではなかった。
この反省を踏まえ,エチオピアの農民支援
WARDA はもとより,UNDP,FAO,IRRI(国
体制強化計画(2004.7.16~2009.7.15)では,
際イネ研究所)等と密な連携を取りながら事
FRG(Farmers Research Group)という農民グ
業を実施している。
ループを組織化し,農民の圃場を活用して試
協力にあたっては,アジアにおける緑の革
験研究を行い,農民のもとで,農民の意見を
命の3要素であった「高収量品種+灌漑+肥
聞きながら技術開発を進めるスタイルを採っ
料」のベストミックスを基本的な技術開発の
ており,技術開発が終わった段階で普及の目
方向とするものの,アジアとアフリカでは降
処がついているという,農民参加型の研究普
雨量,蒸散量,土壌等の自然条件が異なり,
及手法を取り入れている。普及活動も普及員
農民の組織化のレベルの違い,そして開発資
のみが担うではなく,農家圃場に周辺の農民
金に絶対的な不足があるため,技術的ベスト
を集めて実施するオン・ザ・ジョブの Farmer
ミックスが必ずしも農村社会に受け入れられ,
to Farmer の研修を組み入れている。品種の選
持続性のある協力になるとは限らない。その
抜から点滴灌漑技術の導入に至るまで広くカ
ため,農業普及を念頭においた試験研究,技
バーしており,今後の研究・普及事業の中心
術開発が重要となってくる。これまでの中央
としていく方針である。
集権的な上からの政策的支援がうまく機能し
てこなかった経験を踏まえ,持続的な開発の
5.
規模とコストに配慮し,農民に一番近いとこ
ネリカ普及支援
アフリカにおける「低生産性」の悪循環を
打ち破り,安定した食料供給と活力ある農村
ろに位置する農業普及を含む地方行政を巻き
込んでいくことが重要となってくる。
の振興のためには,技術的には主要穀物の生
産性の向上(単位収量の増加)に取り組む必
6.
砂漠化防止対策
要がある。ネリカ普及支援は我が国が得意と
TICADⅢでは,環境と調和した持続可能な
する稲作技術をベースに,ウガンダ,ベナン
農業技術の確立や地域住民と地方行政の参加
をモデル国にし,安定した食料供給,活力あ
を得た社会林業や植林の推進を通して,砂漠
る農村の振興を目指し,西部及び東部アフリ
化防止に取り組むことがアフリカの農村開発
カの稲作国を中心に広域的に展開していくも
の重要事項と位置づけられた。JICA は約 20
のである。
年間にわたりサヘル地域を中心に砂漠化防止
ネリカの品種開発・普及には ①育種②試
に取り組んできたが,サヘルのような砂漠化
験研究・実証③種子増産④普及の4段階があ
の進行が懸念される地域では,
「砂漠化防止は
るが,育種の段階は WARDA (西アフリカ稲開
そこに住む住民自身によって成し遂げられる
発協会) で育種されたアフリカ稲とアジア稲
もの」であるとの認識のもと,地域住民自身
の種間交雑品種を用い,JICA の協力は第2段
が取り組む生活改善や生計向上活動のなかに
階からスタートし,現在第3段階の種子増産
土壌保全や砂防林を組み合わせたアグロフォ
の支援に入ろうとしているところである。国
レストリーなどの自然資源保護活動を取り入
内では JIRCAS(国際農林水産研究センター)
れ,砂漠化防止と人間の安全保障の双方に配
-21-
慮した協力を実施している。現在,ニジェー
上記7分野に関連した案件数(技プロ,開発
ル,マリ,モーリタニアで砂漠化防止に取り
調査,個別専門家)は下表のとおりである。
組んでいる。
「食料安全保障の確保」
関連案件が 15 件と多
2005 年 10 月にケニアで開催された「砂漠
いが,これは農業生産の制限要因となってい
化対策条約第7回締約国会議」では,住民主
る水の確保を目標とした小規模灌漑に積極的
体の持続的な村落開発を目指す「マリ国セ
に取り組んでいるためである。今後の方向と
グー地方砂漠化防止村落開発計画調査」
しては,アフリカ農村部の貧困削減に総合的
(2004.8.1~2008.1.31)の進捗状況を発表し,
に取り組む「小規模農村開発」の拡充に取り
大きな期待が寄せられた。
組んでいきたい。
砂漠化防止対策は現在,二国間協力により
実施されているが,気象変動,遊牧民の移動
以上,JICA の具体的な事業実施でみてきた
と定住化等と砂漠化全体の進行を地域として
ように,アフリカにおける緑の革命への努力
モニタリングしていく必要があり,今後,国
は,アジアを中心に比較的短期間に達成され
際機関とアフリカ全体の砂漠化防止と農村開
た,種子,肥料,灌漑の3点セットによる緑
発に関し,一層の連携が必要となってくる。
の革命が起こった状況とはかなり様子が異な
る。
7.
アジアと異なる第1点は,貿易自由化のな
零細企業振興
地場産業の振興を目的に,農産物加工を中
かで,アフリカ諸国の政府に食料を自給しよ
心に,衣料・繊維,澱粉・油性製品等を含む
うという強い信念と政策の一貫性がないこと
零細製造業の育成を支援している。ガーナ,
である。むしろ都市の消費者により安価な食
マラウイでは日本の一村一品運動の経験を活
料を供給することを目前の政策としてとらざ
用した,地域の生産者グループを対象に,製
るを得ない状況にある。
品の品質向上,安定生産による販路の拡大と
第2点は,モンスーンアジアの水田稲作や
収入の向上を目指した協力を実施している。
西アジアの小麦のように,研究者,普及員及
び農民のそれぞれにある程度まとまった技術
JICA におけるアフリカ農業・
農村開発分野技術協力件数
の集積がなされた作物がないことである。
したがって,それぞれの国のそれぞれの地
8
域ごとの自然と社会条件を考慮した,息の長
食料安全保障の確保
15
い,10 年単位の取り組みが必要とされる。そ
小規模農村開発支援
9
して何よりも,農業・農村開発に携わるアフ
研究・普及活動強化
8
リカと日本相互の若い人材の育成に力が注が
ネリカ普及支援
4
れるべきものと考える。
沙漠化防止対策
3
零細企業振興
2
農業政策策定支援
合
計
国際協力機構農村開発部第三グループ長
国際協力機構広域調査員
49
(2006 年 7 月現在)
-22-
特集:アフリカにおける緑の革命
アフリカにおける農業生産向上に向けた
JIRCAS の取り組み
伊
藤
治
1.環境ストレス耐性に関わる取り組み
はじめに
アフリカが抱える食料及び農業問題のうち,
農業生産の向上のためには,対象とする生
特に深刻な問題は旱魃等の環境ストレスであ
物(ここでは作物と家畜)の能力向上,生産
る。JIRCAS は作物の環境ストレス耐性向上
のために投入される資源管理技術の向上,農
という課題に着目し,最初はカウピーの乾燥
業現場並びにそれを取り巻く地域社会での農
ストレス,それに引き続きイネの水ストレス
民組織や流通機構等も含めたインフラの整備
に関わる研究に取り組んできている。
などの面からの総合的な取り組みが必要であ
る。特に,これら3つの要素がおしなべて低
1) カウピーの乾燥耐性と栽培特性
い段階にあるアフリカ地域においては,それ
カウピー(Vigna unguiculata (L.)Walp)はア
ぞれの要素に属する技術の導入を要素間の関
フリカ原産で半乾燥サバンナ地帯の作物と言
連を強く意識しつつ行わないと,現場に根付
われ,高温・乾燥に適応し,現地での重要な
き生産性向上の牽引力になるような結果をも
蛋白質源として,子実は人間の食料に,茎葉
たらさないことが予測される。このような観
は家畜の飼料に用いられている。生物的窒素
点から,JIRCAS は技術系並びに社系も含めた
固定能を有し,低肥沃土壌でもある程度の収
広角度の研究をアフリカにおいては展開して
量が期待できる。ナイジェリア,ブラジル,
きている。その意味では,本特集で取り上げ
及びニジェールの3国で全世界の 3/4 を生産
られている主に単一作物に焦点を絞っての
している。元来,高い環境ストレス耐性を有
「アフリカでの緑の革命」論議とは方向性を
する作物ではあるが,その栽培は現地でも比
異にしているかもしれないが,
「アフリカにお
較的条件の良い期間,場所に限定されている
ける農業生産向上」という視点で捉えるなら
のが現状である。そこで,乾燥耐性のカウ
ば,共通項も多く見いだせると考えるので,
ピー系統を選抜することにより,生産の安定
これに向けた JIRCAS の取り組みを過去・現
化,栽培の拡大を可能にする事を目的とした
在を通して概観し,最後に今後の方向性につ
研究が,IITA との共同で展開された。IITA は
いても簡単に触れることとする。
1989 年に,カウピーの研究のためにナイジェ
リ ア の Kano に 支 所 を 設 立 し た 。 JIRCAS
ITO Osamu:The Past and Current Activities of
JIRCAS for Improvement of Agricultural Production
in Africa
(TARC)は支所設立当初から,乾燥耐性に
関わる課題で共同研究に参画した。それまで
の乾燥耐性選抜は,短期間で成長・開花し結
-23-
実する品種は登熟期の干ばつに有効という観
病害虫抵抗性に問題を有しており,IITA の乾
点から,早稲品種の育成に主眼が置かれてい
燥耐性カウピー育種母本に組み込まれ,品種
たが,そのような品種は,雨期期間中の無降
改良が進められている(寺尾,1996,渡辺,
雨期の長期化に対するような耐性には有効で
1993)。
はなかった。そこで,そのようなタイプの乾
カウピーの研究は一時中断されたが,2003
燥にも耐性を有する品種育成のための栽培生
年度からスタートした後述する土壌肥沃度改
理的な研究課題を JIRCAS が担当した。
善関連のプロジェクトの中で,
「西アフリカサ
研究の第1段階として,耐乾性評価法の確
ヘル地域に適したカウピー品種・系統の選抜」
立に焦点が当てられた。現地での採用可能性
という課題で再開された。プロジェクトが対
を考慮して,評価法として以下の3法が取り
象とするファカラ地域の農家調査等による実
入れられた。①乾期の圃場を用いた評価法:
態把握から,農民が最も求めているカウピー
播種後2週間は発芽と初期生育を確保するた
品種は子実生産に偏ったり,飼料生産に偏っ
めにできるだけ均一に灌水し,以後灌水をう
たりする品種ではなく,子実・飼料兼用品種
ち切り,その後の生育状況と枯死過程を5段
であることが明らかにされた。子実収量と飼
階評価する方法。②小型ポットを用いた実生
料生産量との間には負の相関が存在する中で,
の評価法:土壌水分を乾土重比3%に調節す
子実・飼料兼用として有望な 6 系統が選抜さ
ることにより,品種間分散が大きく識別が容
れている。ニジェールの現地では,カウピー
易であることから,ポット内の土壌水分を
は通常ミレットと間作されているが,子実生
3%に維持して植物の反応を追跡調査する方
産を制限している最大の要因は低栽植密度で
法。③接ぎ木試験:耐乾性が地上部と地下部
あり,疎植とする理由についての聞き取り調
のどちらに起因するかを判断するための方法。
査では,カウピーの生育のためと次いで密植
これらの方法を駆使して,第2段階として,
とすると除草作業が困難となるということで
乾燥耐性カウピーの選抜と応用がなされた。
あった。その他の生産制限要因としては,
“虫
1次選抜では,①の方法により IITA が保有す
害”という認識が多く,花や莢実を食害する
るカウピー遺伝資源から 900 系統が選抜に供
甲虫(Mylabris spp)とカメムシ(Anoplocnemis
された。2次選抜としては,1次選抜で抽出
curvipes)が取り上げられている。また,農民
された 100 系統を②の方法で検定し,耐性と
の間にはカウピー栽培が土壌肥沃度の維持・
感受性を同定した。最後に,2年間の繰り返
向上に役立っているという認識が高くなされ
し試験により耐性と感受性系統の比較を行っ
ていることも明らかにされた。
た。耐性系統として同定された TVu-11979 が,
このように JIRCAS のカウピーに関する研
感受性系統が 300 キロ程度の収量しかあげら
究は選抜育種を基本とした方向で今も進めら
れない状況で,1 トン近い収量を記録する事
れてはいるが,農民のニーズ,作付け体系内
が確認された。これらの選抜系統は,飼料用
での位置づけ,特に不良環境地域で目標とな
の茎葉型カウピーとしては,このまま実用化
る土壌肥沃度管理を通しての持続的な生産シ
可能ではあったが,晩生であり食料用の子実
ステムの構築との繋がりの中で研究が捉えら
型カウピーとしては,
子実の大きさ種皮の色,
れている。品種の育成もそれを受容するシス
-24-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
テムと強く関連づけて,特に新品種が晒され
方由来)を花粉親としれ得られた雑種に,ア
るであろう環境資源を想定して,初期段階か
ジアイネを花粉親として戻し交雑を数回繰り
ら統合的に進めていこうという動きが
返すことによって固定された系統群であり,
CGIAR 傘下の研究所でも既に起こっている。
その後 NERICA という命名により,世界中に
これを総合的遺伝・環境資源管理(Integrated
良く知られるようになった。この大きな成果
Genetic and Natural Resources Management,
を基に,日本政府の UNDP を通しての資金援
IGNRM)と仮称するとすると,ここで試され
助によりアジア・アフリカ共同研究「アフリ
ているような IGNRM のアプローチによって
カイネとアジアイネの間の種間雑種」という
生み出される技術こそ,多くの生産制限要因
プロジェクトが 1997 年より WARDA を拠点と
を抱えるアフリカに広く分布する不良環境地
して開始された。これには,17 の WARDA メ
域において,農民に受容される高い可能性を
ンバー国以外に,CIAT,コーネル大学,フラ
持ち農業生産向上に貢献する技術となりうる
ンスの IRD,雲南農業科学院,東京大学,JICA,
ものと期待される。
それに JIRCAS が参画した(Tobita,2002)。
JIRCAS はこの中で,
「アフリカイネ及び種間
2) イネにおける環境ストレス耐性の向上
雑種における耐乾性評価法の開発」と「西ア
アフリカ特に西アフリカにおいても,都市
化の進展と共に都市住民を中心にコメの消費
フリカにおける稲作技術普及上の社会経済問
題の解明」という2つの課題を担当した。
が増加し,低所得者層でもコメを摂取するよ
評価法の開発では,根の浸透的吸水能を表
うになってきたことから,コメに対する需要
す茎の切断面から浸出される出液を保水剤を
が急速に高まっている(渡辺,1998)
。コメ需
用いた簡便なユニットで採取する方法を提案
要は年率 5.6%の割合で増加しており,人口増
した。出液速度は根量や深根性,根の活性な
加率を上回っている。また,コメ消費の半分
どで決定される品種の吸水能力の違いをよく
近くを輸入に依存しており,1998 年には年間
反映し,保水剤法が従来法に比べて迅速簡便
280 万トンのコメを輸入した。コメの増産は
であることから,圃場耐乾性に関わる QTL
西アフリカ各国にとって緊急の課題となって
解析に十分適用可能であることが示された。
いる。西アフリカにおけるコメ増産に対する
また炭素安定同位体比の測定から,アフリカ
海外からの支援としては,
1960 年代から 1970
稲品種の中には乾燥ストレス下において速や
年代にかけて,台湾が灌漑稲作の手法を基に
かに気孔を閉じることによって高い水利用効
集約的な技術の移入を図ったのを初めとして,
率を示す品種があることがわかった。西アフ
1980 年代には EC が各地で灌漑用のダムを建
リカ,ギニア湾沿いに広がる湿潤森林地帯の
設し栽培の安定化を図った。そして,1994 年
陸稲作においては,土壌酸性が大きな収量限
には,WARDA の育種プログラムの成果とし
定要因となっており,作物にとっては土壌酸
て,アジアイネとアフリカイネの種間雑種が
性が引き起こすリン酸欠乏が大きな問題とな
育成された。これはアジアイネを母本として
る。
従ってこの地域への適応品種の育成には,
WAB56-104(ジャポニカ型陸稲品種)にアフ
低リン酸耐性並びにリン酸施肥反応性も考慮
リカイネの CG14(セネガル,カサマンス地
に入れる必要がある。アフリカ稲品種を用い
-25-
た現地圃場での試験から,アフリカ稲の低リ
観点からの選抜を経て育成されたものではな
ン酸耐性における遺伝的変異は大きく,特に
いので,耐性系統が育種の過程で見過ごされ
IG10 が低リン酸耐性に優れた品種であるこ
ている可能性を否定できない。そこで,現在
とが見出された。リン酸施肥に対する反応性
進行中のプロジェクトでは,アジアイネ,ア
については,アフリカイネは全体的に低かっ
フリカイネ,それらの種間雑種と NERICA も
たが,Biya Gero (2),Rakin Dan Boto (1),Acc.
含めた幅広い系統の中で,耐乾性に関わる主
100160 や Acc. 100982 のように高い反応性を
要な形質特に深根性に着目して選抜を行い,
示したものもあり,種内変異はアジアイネに
耐性並びに感受性系統の比較による生理機
劣らず大きいものと推察された(飛田,
大川,
構の解明を行っている。深根性に基づくスク
2001)
。
リーニングにおいては,現在の所2次スクリー
社系解析の課題では,低湿地の利用の拡大,
ニングを終え6品種が選抜されている。この
および集約化を妨げている社会経済的要因の
過程で,深根性と地上部乾物重の間には相関
解明を行った。低湿地とは,緩やかな起伏の
が認められず,地上部の形質で深根性を判断
間の谷底(内陸谷,inland valley)に広がる平
することはできないことが明らかにされた。
地を指し,西アフリカにはこのような小規模
また圧縮土壌に対する機械的ストレス耐性を
な低湿地が無数有り,低湿地の周辺の湿潤な
表す耕盤層貫入抵抗能は,概ねアフリカイ
土地を含めると全面積は 2000 から 5000 万ヘ
ネ>アジアイネ>種間雑種>NERICA の順で
クタールに達すると推定されている。
しかし,
あることが示されている。水に関係するスト
その農業利用は,全体の 10 から 25%に留ま
レスではあるが乾燥とは対極にある冠水は,
っているのが現状である。西アフリカ域内に
排水設備の整わないアフリカの天水田ではし
おける低湿地稲作及びそれに影響を与える外
ばしば大きな問題となることから,冠水耐性
的環境は非常に多様である。従って,狭い特
に関する研究も開始された。冠水耐性につい
定の地域に於ける調査研究によっては,有効
ては,深水が長期間に発生する水田では,地
な政策提言に結びつくような一般性のある結
上部伸長型品種が有効であるが,一時的冠水
論を得ることは困難である。そこで,西アフ
に対する耐性については,冠水解除後の乾物
リカ域内の主要な農業生態系を代表する地域
重の増加に対する冠水中の草丈の伸長の割合
を幾つか取り上げ,それぞれを別個に分析し
が簡易検定基準として利用できる。アフリカ
た。具体的には,それぞれの地域において低
イネの冠水耐性は全般的に弱かったが,1 品
湿地稲作の面的拡大及び集約化に関する現状
種優れているものが認められている。
及び固有の問題を明らかにし,技術普及の妨
げとなる社会経済的要因の解明を試みた(櫻
2.砂質土壌肥沃度管理に関する取り組み
JIRCAS のアフリカでの作物生産向上に向
井,2005,Sakurai et al, 2002)
。
イネに関する生理・遺伝的な観点からの研
けた研究は,以上見てきたように遺伝育種的
究は,UNDP プロジェクト終了後も継続中で
側面からスタートしたが,環境資源管理特に
ある。環境ストレス耐性という点から見た場
土壌資源に着目した研究も環境庁プロジェク
合,現在ある NERICA は必ずしもそのような
ト「砂漠化の評価と防止技術に関する総合的
-26-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
研究」の中で,
「サブサハラアフリカの土壌扶
能力,有機物と化学肥料の相互作用などこれ
養力の評価と維持・回復技術の開発」という
までほとんど蓄積されていない基礎的解析を
課題を担当し,1999 年から開始された。ブル
行い,地域の土壌肥沃度と植物栄養に果たす
キナファソの砂漠化危険地域に的を絞り,土
有機態養分の役割を明らかにする。3)砂質土
地利用変遷と農村社会変化の社会経済的要因
壌の肥沃度の維持・向上に寄与する特性を有
の解析・評価,地理情報システム研究による
し,バイオマス生産性に優れた植物遺伝資源
土壌扶養力評価手法の確立と変化予測,現地
を選定し,地域の農業生産体系への活用方法
の村落調査によると土地利用の実態と現行農
を明らかにする。実際の研究に当たっては,
業技術コンポーネントの解析・評価に関わる
ニジェールのニアメイにある ICRISAT の中西
研究を行った。1980 年代前半に調査された村
部アフリカ地域センターに拠点を置き,付近
落を共通調査対象地として選んだので,各分
の農業生態系の特性を良く反映しているファ
野の集中的な調査研究の実施により,2時点
カラ地域を対象サイトとして,農村調査や農
間の農村社会や在来農耕技術などを比較して,
民集会などを通しての農民との接触を図りつ
最近 15 年間の変化の実態とその社会経済的
つ,現場に重きを置いた研究推進を行ってい
な条件等を解明することができた。
る(坂上,高木,2004)
。
プロジェクトは2年間で終了したが,当時
世界的にもサブサハラアフリカ地域における
3.家畜疫病に関する取り組み
土壌肥沃度の低下が問題になってきており,
JIRCAS はアフリカの農業生産体系の中
2002 年の 3 月にはロックフェラー財団の支援
で家畜飼養が果たす役割の重要性に早くか
によりイタリアのバラギオでこの問題に関す
ら着目し,その中でも家畜の間に蔓延して
るワークショップが開催され,この問題への
いる疫病対策に関する課題を取り上げ,
取り組み方針を示したプロポーザルが作成さ
JIRCAS(TARC)のアフリカでの活動として
れた。その年の CG の年次会合では,この問
最も早く 1982 年から研究活動を開始してい
題への取り組みのための関係者の相互連携活
る。この研究は,タイレリア・パルバ(Theileria
性化を意図して,
「サブサハラアフリカにおけ
parva)を病原体とし,ダニ(Rhipicephalus
る土壌肥沃度低下への戦い」として分科会で
appendiculatus)によって媒介される牛タイレ
も取り上げられるに至った。JIRCAS は,この
リア病の一つである東海岸熱の防除を目的と
ような世界的な流れに呼応するために,西ア
して,国際獣疫研究所 (ILRAD) との共同研究
フリカの半乾燥熱帯砂質土壌に着目した土壌
でスタートした。東海岸熱は牛に致死的な疾
肥沃度改善に関わる課題を所内のプロジェク
患を引き起こすため,アフリカ地域に甚大な
トとして 2002 年からスタートさせた。
プロジ
被害を与えていた。研究の内容はその進展に
ェクトには大きく分けて3つの目標が設定さ
伴い診断,疫学,抗原性状の解析,ワクチン
れている。1)対象地域の資源環境・社会特性
開発と変遷していった。
および在来の農業技術の現状を把握し,土壌
東海岸熱と同じく牛に甚大な被害を及ぼす
肥沃度管理の実状を評価する。 2)乾燥帯の砂
疫病としてトリパノゾーマ症があるが,これ
質土壌における有機物の分解過程や養分保持
に関しても 1993 年から 10 年以上にわたり,
-27-
アフリカ国際家畜センター (ILCA) 並びに
らプログラムに参画し,以下の4つの側面か
ILRAD と ILCA が統合された国際家畜研究所
らの研究を行った。1)人工飼料による累代飼
(ILRI) との共同研究で進められた。研究は主
育の技術確立に関する研究;人工飼料により
として遺伝的側面からのアプローチがなされ,
3代目までの飼育に成功したが,孵化率の低
1)トリパノゾーマ等の劣悪な環境下への環境
下によりその後の累代飼育には至っていない。
適応性の遺伝能力と乳・肉等の生産性の遺伝
2)情報化学物質に関する研究:群集相の体表
能力の同時推定手法の開発,2)マイクロサテ
と糞に存在する6個の集合フェロモンの化学
ライト等の DNA 情報を利用して,DNA レベ
構造を決定し,集合フェロモンはバッタを一
ルで直接的にトリパノゾーマ症や乳生産に及
斉に発育させるようなコントロール機能を有
ぼす遺伝的影響の大きさや種畜の遺伝能力を
していることを示唆した。3)神経内分泌科学
推定する手法の開発,3)トリパノソーマ症に
的研究:幼若ホルモン作用を持つ昆虫の成長
対して抵抗性を示すマウス系統での抵抗性因
抑制物質の1種をごく微量群集相の幼虫に与
子としての腫瘍壊死因子(TNFα)の役割,感
えると,脱皮,生長・発育,接触活動が抑制
染症発症経過に伴う発現遺伝子のマイクロア
され,その体色は孤独相に類似し,幼虫でも
レイによる網羅的解析,などが行われた。
早熟的な交尾活動を起こすことを示した。
4)生物的防除:病原微生物である原虫アメー
バ Malamoeba locustae と 糸 状 菌 Beauveria
4.サバクワタリバッタに関する取り組み
アフリカ大陸においては,サバクワタリバ
bassiana が,実験室内ではバッタに効果があ
ッタ(desert locust, Schistocerca gregaria)等の
ることを証明した(八木,1996)
。2003 年の
長距離移動性バッタの突発的な大発生と移動
セネガルのダカールからモロッコのアトラス
によって農作物や牧草が大きな被害を受けて
山脈にかけての前例のない降雨は,北西アフ
いる。また,近年では砂漠化進行によるバッ
リカ並びに西アフリカにおいて,渡りバッタ
タ類の生息域の拡大に加え,バッタ駆除のた
の大発生を引き起こし作物生産に大きな打撃
めの広範囲の農薬散布による環境問題が深刻
を与えたことは未だ記憶に新しく,アフリカ
化している。これらのバッタ類は,気象条件
における農業生産に対するこの問題の影響の
や個体密度によって,通常の孤独相から群集
深刻さを再認識させた。
相と呼ばれる飢餓に強く広い食性と移動性を
おわりに
持つタイプへ変化することが知られている。
1970 から 1980 年前半にかけては,干ばつの
アフリカの農業生態系は,我々が日本で考
ため渡りバッタの発生は多くなかった。しか
える以上に多様性に富んでおり,農業生産向
し,1985 年から異常降雨により過去 50 年間
上を目標に掲げるいかなる試みも,対象とす
見られなかった大発生が起きた。これに対処
る農業生態系の明確化無しにはその実際的効
するために,1990 年に国際昆虫生理生態学セ
力を発揮することは困難である。JIRCAS はこ
ンター(ICIPE)に,バッタを永久的に孤独相の
れまで,主として西アフリカから東アフリカ
ままに保つ技術の開発を目指した渡りバッタ
に広がる地域で営まれている降雨に依存した
プログラムが発足した。JIRCAS もその当初か
農業形態を対象として研究を進めてきた。こ
-28-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
のような地域においては,肥料や農薬といっ
challenges and application to rice farming
たような投入資材また収穫物の流通といった
research -, JIRCAS Working Report No. 25
面では大きな制約があるが,そのような状況
4) 寺尾富夫
1996,乾燥耐性カウピーの選抜
下でも農業活動を持続させるために農民自身
と応用 ―IITA Kano 支所における共同研
が編み出してきた在来の知恵や技術が多く存
究―,国際農林業協力,19:41-48
在する。このような在来農法の科学的解析を
5) Tobita, S.,2002,Rice breeding in West Africa
含めた実態把握に基盤を置き,農民参加型手
– With special interest in the interspecific
法と分野横断的研究とを組み合わせ,IGNRM
hybridization and NERICAs , Gamma Field
的アプローチに基づく技術開発により,アフ
Symposia,No. 41, 81-94
リカに広く分布する条件不良地域における農
6) 飛田
哲,大川泰一郎,2001,アフリカ稲
業生産の向上に貢献できるのではないかと考
及び種間雑種における耐乾性評価法の開発,
えている。
高木
洋子, 伊藤
治, 岩永
勝
編,グ
ラベリマ稲の特性評価と利用の可能性,
JIRCAS Working Report No.22 73-81
参考文献
7) 渡辺巌
ンナにおけるカウピーの耐乾性,国際農林
1) 坂上潤一,高木洋子 編,2004, アフリ
業協力,15, 48-55)
カ半乾燥地域における農業特性,JIRCAS
8) 渡辺英夫
Working Report No.34
1998,西アフリカにおける米作
農業の進展,国際農林業協力,20, 2-13
2) 櫻井武司,2005,アフリカにおける「緑の
革命」の可能性―西アフリカの稲作の場
1993,西アフリカ・スーダンサバ
9) 八木繁実
1996,アフリカにおける渡りバ
合―,平野克之編「アフリカ経済実証分析」
,
ッタ研究の現状と将来―ICIPE における研
アジア経済研究所,21-67
究を中心にしてー,国際農林業協力,
3) Sakurai, T., Furuya, J. and Takagi, H., 2002,
19:45-52
Economic analyses of agricultural technologies
and rural institutions in West Africa– Achievements,
(国際農林水産業研究センター生産環境領域
長兼プロジェクトリーダー)
-29-
特集:アフリカにおける緑の革命
アフリカにおける緑の革命は可能か?
-SG 2000 茨の道-
伊藤
道夫
分野で日本財団と関係のあったジミー・カー
はじめに
ター元米国大統領が会長を務める財団,カー
アジアで実現した緑の革命を飢餓に苦しむ
ター・センター (The Carter Center) の協力を
アフリカ大陸でもー笹川アフリカ協会
得て,SAA が 1986 年にスイス登録の非営利
(Sasakawa Africa Association: SAA)が笹川グ
団体として設立された。プロジェクトを実施
ロ ー バ ル 2000 ( Sasakawa Global 2000: SG
する組織の名は SG 2000 とつけられたが,こ
2000)を通じて食糧穀物生産技術の改良プロ
れは日本財団の故・笹川良一会長(当時)の
ジェクトを始めてから,今年で 20 年になる。
姓と,カーター・センターの開発途上国での
本稿では国際 NGO である SAA の活動のこれ
農業・保健衛生プログラムの名称であるグ
までを振り返ると共に,何がこれまでサブサ
ローバル 2000 を合体させたものである。SAA
ハラ・アフリカ諸国における緑の革命の実現
の会長に就任したのは,インド・パキスタン
を阻んで来たのか,そして緑の革命は果たし
に緑の革命をもたらした功績によって 1970
てこの大陸では実現可能なのかを考察して行
年にノーベル平和賞を受賞したノーマン・
く。
ボーローグ博士その人であった。博士は満 92
歳になる 2006 年現在も会長を務めている。
SAA/SG 2000 の活動
最初の SG 2000 プロジェクトは SAA 設立年の
5 月からガーナとスーダンで始まった。
1.その成り立ち
1984 年の東部アフリカでの大規模な飢饉
は世界中の注目を集めたが,翌 1985 年初め,
2.プロジェクトの理念
日本財団はエチオピアへの緊急食糧・医薬品
ここで改めて詳述はしないが,サブサハ
援助を実施した。その際,現物での援助を続
ラ・アフリカ諸国で食糧穀物生産に携わって
けて行くよりも,食糧生産性自体の改善と
いるのは大多数が小規模零細農家である。彼
向上のための協力を行った方が,食糧不足の
等は家族全員で,広くてもせいぜい 2.0~
根本を解決することになるし,アフリカ諸国
2.5ha の土地を耕しているが,得ることの出
民の自助努力を促すことにもつながる,との
来る収量は 1t/ha 程度と極めて低い。例えば
意見が財団内では有力だった。そこで他の
1986 年当時のガーナでのトウモロコシの平
ITO Michio:Is the Green Revolution in Africa Possible?
-Athorny Path of SG 2000-
均収量は 1.18t/ha でしかなかった。同年の米
国での数字 7.49t/ha とはくらべようもない。
-30-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
この著しい生産性の低さの改善のために SG
材をパッケージにして,プロジェクトに参加
2000 がしたことは,外部から全く新しい技術
を表明した農民に配布する。配布といっても
や品種を持ち込んだり,既存の農業研究・普
無償ではない。参加農民は穀物の収穫後,生
及組織以外に新たな組織の枠組を造ることで
産材パッケージの原価分を現金で返済しなけ
はなく,既に国内に存在している研究・普及
ればならない(現在では事前に販売する方法
部門を活用して,科学的根拠に基づいた生産
がとられている)
。 何分,農村を巡回するた
増のための技術を零細農民に伝えることで
めの経費にも事欠く貧乏な普及組織なので,
あった。
SG 2000 は普及員の使う車のガソリン代を負
サブサハラ・アフリカ諸国の公立の農業研
担したり,普及員が SG 2000 のために費やし
究機関には,主に国際農業研究協議グループ
た時間分の給与を支払うことにした。農民は
(CGIAR) 傘下の国際農業研究所で開発・改良
普及員の指導に従って自分自身の畑に等間隔
された品種が幾種類も揃っていたし,それぞ
に一定の量を播種し,施肥を行う。プロジェ
れの国や地域の環境に適合させるための研究
クトでは農民が改良技術を応用する耕作地を
努力もされていた。問題は,そうしたせっか
プロダクション・テスト・プロット (Production
くの研究の成果が,生産現場である農村へ行
Test Plot: PTP) と呼称した。この呼び方は,
き渡らず,研究所の中で立ち枯れていたこと
国によっては別の場合もあるが,内容は同じ
にあった。一方,実際の生産者である零細農
なので,本稿では PTP に呼称を統一する。
民へ技術を伝える責務を負っている筈の普及
ガーナでの PTP への施肥量は,トウモロコシ
部門は,現場の普及員の能力も低く,街から
の場合,化成肥料(20-20-0)100kg/ha と硫
遠く離れた農村を巡回するための機動力も乏
酸アンモニア 200kg/ha が標準であった。但し,
しく,職員の給料を払い終われば予算が底を
この量は地域,時期などによって様々である。
ついてしまい,現実には何も出来ないという
播種後の除草や間引き,必要な場合は追肥等
有様だった。SG 2000 は普及部門を活性化さ
をどのタイミングで行うかも,作物成長の
せ,農民の土地で既存の技術をうまく組み合
過程で農民は普及員から学んで行く。 畑は
わせて使えば,穀物の生産性が飛躍的に向上
0.5~1.0ha とかなり広い(現在では生産材価
するということを実証してみせる活動を展開
格の高騰もあって 0.1~0.2ha から最大でも
したのであった。
0.5ha 程度である)
。狭い実験圃場での試みを
見せるのでなく,農民自身の広い畑に自分た
ちの手で技術を応用するので,参加農民は収
3.プロジェクト活動の実際
各国のプロジェクトを指揮・監督するのは
穫時に技術の成果を一握りの種としてでなく,
カントリー・ディレクター (Country Director)
2~3 トン単位の収穫物として具体的な「量」
と呼ばれる農業専門家である。このカント
と「利益」
として実感することが可能なのだ。
リー・ディレクターが農業普及員に科学的農
この方法によって従来農法によるよりも平均
法を指導するのだ。技術指導を受けた普及員
2~3 倍以上の収量をあげることに成功した
は,トウモロコシ,ソルガム,ミレット,稲
のであった(表 1)
。
などの穀物の改良種子と化成肥料を含む生産
-31-
ひとつの村での増産技術の移転活動は 2~
3 年を目処とし,以降は新たな地域へと活動
らない,そのためには一か国に長い時間留ま
を広げて行くのがプロジェクトの原則であっ
っていたのでは前へ進まないーそれが活動開
た。農民は期間内にプロジェクトの支援から
始当時の理念であり,
大いなる理想であった。
「卒業」し,自らの責任で活動を継続して行
4.拡大するプロジェクトと新たな課題
くことが求められるのだ。
さて,アフリカ大陸に緑の革命が起こるま
ガーナでのプロジェクトの参加農民は初年
でにどの程度の期間を要するとの考えがあっ
度は 40 人であった。しかし翌年には 1,700 に
たのだろうか。1986 年に活動を始めた当初は,
まで増え,88 年には全国 10 州すべてに活動
個々の農村での活動期間の目安はあったが,
が拡大し,参加農民数は 1 万 5 千を越えた。
ひとつの対象国での活動を何年まで続けるか
そしてガーナ,スーダン以外の国々からの
の明確な設定はなかった。但し,SG 2000 に
要請に応え,1989 年にはタンザニアとベナン
よる増産技術の普及活動が国内の小規模農民
で,1990 年にはトーゴにおいて新たな SG
の間に広く浸透した時点で活動を終了し,他
2000 プロジェクトが始まった。いずれの国で
の国へと移って行くべきで,その達成には 5
も,それぞれの公的農業普及部門を通じて主
年もあれば十分,という了解が組織内には存
食である穀物生産材のパッケージを有償で配
在した。農業技術だけでアフリカ諸国を苦し
布し,零細農民に増産技術の指導を行う方法
めている様々な問題を解決することなどは到
は共通のものであった。各国のプロジェクト
底出来ない。しかし既存の農業普及システム
は順調に参加者数を増やし(政情不安のトー
を改善し,改良技術が普及することで食糧問
ゴを除く)
,タンザニアでは 90 年には 2,000
題の一端の解決につながることを対象国の政
あまりが,
翌 91 年には 1 万人以上がトウモロ
治指導者に示すことまでが SG 2000 の役割で
コシ,ソルガム,小麦の技術指導プロジェク
あるというのが基本的な考え方であった。プ
トに参加することとなった。収量も従来農法
ロジェクトが終了した後,
活動が引き継がれ,
の 2~3 倍以上をあげることに成功している。
更に広がって行くかはその国自身の努力にか
この後,92 年にはナイジェリアで,93 年に
かっているー短期間のうちに緑の革命をサブ
はエチオピア,94 年にはモザンビーク,96
サハラ・アフリカ諸国全体に広げなければな
年にはギニア,マリ,ブルキナファソ,ウガ
表1
SG 2000 ガーナ・プロジェクトの実績
トウモロコシ収量(t/ha)
ソルガム収量(t/ha)
SG 2000
全国平均
SG 2000
全国平均
1986
3.2
1.18
2.4
0.73
1987
3.0
1.09
2.0
0.76
1988
3.8
1.39
1.5
0.98
(注)全国平均は FAOSTAT Data 2006
-32-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
ンダ,エリトリアとプロジェクトの数は増え
方法を推奨するなどの策を講じなければなら
続けていった。その一方,内戦による治安の
なくなった。
悪化のため,90 年で打ち切りとなったスーダ
また,全ての国がそうというわけではない
ンを除き,5 年という目標期限内で終了した
が,自助努力をするどころか,SG 2000 に普
プロジェクトは 96 年になっても未だひとつ
及部門の予算と仕事の肩代わりをさせている
としてなかった。ガーナのプロジェクトは 89
ことがあからさまな例もあった。そうした国
年に PTP の数が 8 万近くに達したのを頂点に
からは早々に撤収した方がよさそうなものだ
規模自体は縮小傾向にあったが,終了を視野
が,対象国の政府もそんな時は引き留めに躍
に入れたものではなかった。但し,ガーナで
起となる。プロジェクトの方でも,途中で放
の活動の中心は,穀物の増産から,貯蔵技術
棄したとみなされるのは不本意なので,活動
の向上,育種農家の技術改善などに移りつつ
予算を年々漸減することで相手国政府が独自
あった。しかし,理由もなくずるずると活動
の財源で活動を維持して行かざるをえない状
を引き延ばし続けることはプロジェクト対象
況を無理にでも作り出そうと試みたりしたの
国側の自助努力を促すという原則に反するこ
であった。
とになる。
何故終われないのか。対象国政府の農業普
5.エチオピアでのプロジェクト
及部門と共に働きながら普及員を訓練し,組
そうした中,エチオピアでは大きな変化
織全体の水準を高めて行くのが SG 2000 プロ
が起こりつつあった。この国のプロジェク
ジェクトの大きな特徴である。この間,対象
トはメンギスツ軍事独裁政権が崩壊した後
国の側は受け身一方に甘んじるのでなく,SG
の 93 年に始まり,最初は全国 2 つの州で約
2000 が去った後も,自分たちの力で活動を継
150 のトウモロコシと小麦の PTP による増
続する体制を築いて行くことが期待されてい
産技術の移転活動が行われた。翌 94 年には
た。しかしこちらの思惑通りに物事は進まな
PTP 数は全国 4 州で 1,474 にまで拡大して
かった。活動を行っている殆どの国で,農業
いる。 この数が飛躍的に増大したのが 95
への投資は増えないばかりか,80 年代後半か
年からである。エチオピアの新政府は「農
らは減り続けていた。
業 開 発 主 導 の 工 業 化 」 (Agricultural
まず世界銀行・IMF の進める構造調整によ
Development-led Industrialization) を国策に掲
って公的支出が抑制され,農業部門の予算が
げ,その具体的な戦略手段として SG 2000 の
どこの国でも大幅に削減されたことが挙げら
増産技術活動に着目したのだ。政府は SG
れる。肥料・種子への公的補助金は削減され
2000 と同じ手法の穀物増産の普及プロジェ
るか完全に撤廃され,生産材価格は高騰し,
クトを独自の財源を投じて行うことを決定し,
零細農民にとって容易に手の届くものではな
こ の 年 か ら National Extension Intervention
くなってしまった。SG 2000 はこれに対処す
Program (NEIP) と名付けた普及プログラムを
るため,PTP の面積を従来の 0.5~1.0ha から
国家事業として全国規模で展開し始めたので
半分以下に減らしたり,化成肥料の投入量を
ある。NEIP の活動は SG 2000 が活動していな
削減し,緑肥やリン鉱石などと組み合わせる
い州・地域で実施され,
同年に SG 2000 の PTP
-33-
の数は 3,200,
一方 NEIP の数はトウモロコシ,
アフリカに緑の革命は起きるのか?
小麦,テフで 32,400 にも上った。NEIP に携
わる普及員の訓練は SG 2000 が行ったため,
1.停滞もしくは後退するサブサハラ・アフ
両者の手法はほぼ同じものといってよかった。
リカ農業
収穫後に SG 2000 がエチオピア政府と行った
2006 年までに SG 2000 はガーナ,
スーダン,
調査によれば,NEIP に参加した農民の 85 パ
タンザニア,ベナン,トーゴ,ナイジェリア,
ーセントが従来の手法より 100~500 パーセ
エチオピア,モザンビーク,マリ,ブルキナ
ント収量を増やすのに成功したことがわかっ
ファソ, ギニア,ウガンダ,エリトリア,マ
た。政府は NEIP を更に拡大し,96 年には一
ラウィの 14 か国で活動を行ってきた。
どこの
挙に 35 万にまで数が増えた。2000/2001 年に
国においても参加農民は食糧穀物の収量を従
は 370 万以上の NEIP プロットが全国で実施
来の 2~3 倍以上増やすことに成功した。これ
された。国連食糧農業機関によれば,僅かで
が全国規模に波及して食糧自給率が高まれば,
はあるがエチオピアは 1998 年からトウモロ
その国では緑の革命が起きた,といえるので
コシを国外へ輸出するようになった。旱魃な
あるが,果たしてそこまで達成出来た国はあ
どで輸入量も多いが,近年は明らかに減少傾
るのだろうか。残念ながらただの一か国でも
向にある(表 2)
。
緑の革命が成功したとは言い難い。国が本腰
このことだけを取ってエチオピアの食糧問
を入れて取り組む姿勢をみせているエチオピ
題が解決に向かっているとはいえないのは勿
アとて食糧自給達成には程遠い状況である。
論である。2000 年も 2003/2004 年も旱魃の被
サブサハラ・アフリカ全体をみると,農業
害は深刻で,緊急食糧援助に頼らざるをえな
生産の平均年間成長率は 1980~90 年は 2.3%
い結果となったし,流通や道路網が未整備な
で,1990~2003 年は 3.3%と,僅かながら増
ため,豊作の地域から旱魃の地域への食糧運
えている。一人当たり食糧生産指数(99-01=100)
搬が迅速に行われないという問題も深刻であ
でみれば,1981 年が 96.9 で,2003 年が 98.4
る。
しかしエチオピア政府の積極的な姿勢は,
と,これもほぼ横ばいである。一方,穀物輸
SG 2000 プロジェクト全体のモデルとして,
入量は,1980 年が 8 百 48 万 9 千トンだった
十分評価出来るものである。
のに対し,2003 年は 1 千 9 百 24 万トンと,
実に倍以上に増加している。人口は 1990~
2003 年の間に平均して年間 2.5%増加してお
表2
NEIP 実施以降のエチオピアのトウモロコシ輸入量と輸出量(トン)
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
輸入量
24,500
20,500
26,800
30,000
35,000
18,300
23,500
輸出量
0
0
0
1,701
979
385
1,327
出典:FAOSTAT Data 2006
-34-
2002
2003
2004
3,189
11,582
4,100
12,848
746
5,375
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
り,これは同時期の世界のどこの地域よりも
た。しかし 2006 年現在,殆どのサブサハラ・
高い増加率である。つまりサブサハラ・アフ
アフリカにとって緑の革命の訪れは遠い。何
リカ諸国は国内生産に頼っていたのでは自ら
がその達成を阻んでいるのか。
第一に,土壌の劣化に対し,何ら有効な改
の食糧需要を到底満たすことが出来ずにいる
善策が組織的にとられて来なかったことが挙
ことになる。
げられる。今更ここで詳しく述べる必要もな
いが,焼畑農業に多くを頼っているサブサハ
2.アジアにおける緑の革命
何故これまでアフリカでは緑の革命と呼ぶ
ラ・アフリカの穀物生産の場合,収穫後の地
に相応しい劇的な変化が起こらなかったのか。
力の回復には本来数年の時間を要する。これ
それを考えるには,まずどうしてアジアで緑
は農村人口が少ない間は持続可能なシステム
の革命が起こったのかを考察するのがわかり
であったが,人口増加によって土地への需要
やすいだろう。
が高まり,休耕期間が短くなると,地力の回
アジアの緑の革命の牽引力となったものの
復にかけられる時間も縮まってしまう。土壌
ひとつに,稲と小麦の高収量品種(HYV)の高
を短期間で回復させるには,化成肥料の投入
い普及率が挙げられる。ノーマン・ボーロー
が不可欠だが,サブサハラ・アフリカ諸国の
グらが日本の農林 10 号との交雑で開発した
肥料消費量は増えるどころか減っているのが
小麦品種や,国際稲研究所 (IRRI) で開発され
現実である。
同地域の 1989~91 年の肥料消費
た IR 種の稲はアジアを席巻した。殊に南アジ
量は 15kg/ha であったが,2000~02 年には
アへの矮小小麦品種の導入は大規模なもので,
13.2kg/ha に減少している。一方で穀物生産に
パキスタンは 1965 年に 250 トン,1967 年に
使われている土地は 1989~91 年の 6 千 3 百
は 4 万 2 千トンを輸入,インドは 1965 年に
75 万 ha から 2000~02 年期には 8 千 4 百 34
200 トンだったのが,1966 年には 1 万 8 千ト
万 ha に増えている。先に述べた一人当たり食
ンを輸入している。高収量品種の浸透によっ
糧生産指数の僅かながらの上昇は,耕地面積
て,アジアでは人口増加にもかかわらず,一
の拡大によるもので,単位収量の増加による
人当たりの穀物とカロリー摂取量が 1970~
ものではないことが明らかである。
1995 年の間に 30%も増加したのである。
改良
構造調整の下,補助金の撤廃によって肥
品種の導入と同時に,化成肥料や農薬の投入
料・種子等の価格が高騰し,零細農民にとっ
量も増え,世界銀行やアジア開発銀行などに
ては高嶺の花となってしまったことは先述し
よる灌漑施設への大規模な投資もアジアに緑
た。この傾向は自由貿易・市場開放の原則を
の革命をもたらした大きな要因としてあげる
サブサハラ・アフリカ諸国にも求める今日で
ことが出来よう。
は,肥料を輸入に頼っているこの地域の国々
にとって,特に輸送コストのかかる内陸国で
3.アフリカにおける緑の革命を阻むもの
は価格の更なる上昇を招く結果となってしま
SG 2000 は,緑の革命を起こすための技術
う。現に,SG 2000 がプロジェクトを行って
は 1986 年当時既にアフリカ諸国には存在し
いるマリの 2000~02 年期の肥料消費量はサ
ているとの信念の許,プロジェクトを開始し
ブサハラ全体の平均を下回る 8.9kg/ha である
-35-
し,ウガンダとなると 1.4kg/ha でしかない。
存の技術を活用すること,農民がその効果を
これでは土壌の回復など,
夢のまた夢である。
実感出来るよう,農民自身の農地を用いるこ
アジアにおける緑の革命は,穀物の単位収量
とも共通している。主な相違点は,①T & V
の増加による農民の収入増をもたらし,更に
のプロットは 10m X 10m と小さく,現在手許
は食品加工技術の向上,市場の成長,ひいて
にある資源をどうやって有効に活用するかを
は農業以外の雇用機会の増大へとつながって
伝えるが,SG 2000 は広いプロットで,改良
行く。緑の革命は恩恵と共に,所得格差の拡
品種と肥料を投入すれば,最大限の収量をあ
大や環境への悪影響など様々な弊害をももた
げることが可能であることを示す,②T & V
らしたとの議論も盛んだが,アフリカにおい
では普及員は普及のみに専念する。改良品種
てそんな議論が成り立つ時がやって来るのは
や肥料の使用を勧めることはあるが,購入の
いつのことであろうか。
手助けはしない。SG 2000 では普及員自身が
投入財の供給・販売および販売資金の回収ま
4. 「国内統一普及システム」から分権化政
で行うことである。SG 2000 は,情報伝達だ
けでは農民は動かない,との哲学で活動を進
策へ
SG 2000 が活動を開始した当時,サブサハ
めたのであった。
ラ・アフリカ諸国の殆どの農業普及組織は世
その後,1990 年代の終わり頃から,世界銀
界銀行のトレーニング・アンド・ヴィジット
行の中で「国内統一普及システム」の見直し
(Training and Visit: T & V) を活動のモデルと
が行われるようになった。これは世銀が新た
していた。トルコやインドで取り入れられて
に進めている分権化政策に呼応しており,中
いたこの方法を世銀がアフリカで試みたのは
央政府の権限を地方自治体へ委譲して効率化
1981 年のケニアが最初で,83 年に同国で本格
を図るという流れに乗ったものである。受益
的に始動して以降,ほぼ全てのサブサハラ・
者との距離が近い地方自治体の方が責任がよ
アフリカ諸国に農業普及の標準形態として広
り明確になり,効率化にもつながるし,サー
まることになった。その目的は,普及組織を
ビスも向上する,というのが分権化の利点と
農業省の下に一元化して「国内統一普及シス
して挙げられるが,世銀の本音をいえば,い
テム」(National Unified Extension System) を確
くら資金を注ぎ込んでも,受益者に届く前に
立し,公共サービスとしての農業普及機関を
中央省庁のレベルで消えてしまうという苛立
強化することにあった。既存の技術を活用す
ちがあった。そこで中央政府をバイパスする
れば,生産性を向上させることが可能である
という荒療治に乗り出したのである。
ことを農民に伝達し,研究機関へのフィード
分権化政策の農業部門への最大の影響は
バックを行うことを普及員の任務とし,普及
「国内統一普及システム」そのものの解体で
業務に普及員を集中させるのが T & V の方法
ある。農業省を頂点とした一元化組織だった
であった。
普及部門は地方自治体毎に独立した機関とな
この T & V は SG 2000 の普及方法との類似
り,地域により密着したサービスを提供する
点が多い,というよりも,後発の SG 2000 が
という観点から,地元の民間セクターや NGO
既存の T & V 方式を利用した面もあった。既
の参入も可能とし,将来的には普及組織の民
-36-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
営化も進めて行くというのが基本的なシナリ
公的機関の役割はなくならないし,SG 2000
オである。
もそれを支持して行くのである。
SG 2000 は競合する組織を外から持ち込ま
おわりに:茨の道は続く
ず,受け入れ国政府の普及組織と共に活動を
行うのを原則としてきた。しかし分権化政策
SG 2000 は 2006 年から 5 年間はナイジェリ
によって「国内統一普及システム」が解体さ
ア,エチオピア,ウガンダ,マリの 4 か国に
れてしまえば,自治体レベルでの対応が出来
限定して活動を行う。これまでの蓄積から,
るように活動形態を変えざるを得ない。小さ
増産技術を現場で実証することに時間はかか
な NGO にとっては大きな負担である。
らないことはわかった。それを定着させるた
現在は分権化が進んでいる国とペースの遅
めのモデルとして 4 か国を選び,NGO では出
い国とまちまちであるが,世銀が融資の条件
来ないインフラや流通網の整備を含めた政策
としている以上,かつての T & V のように分
提言を積極的に進めようという意図からであ
権化政策がアフリカ大陸を席巻することは疑
る。緑の革命への道のりは険しいが,決して
いない。但し,完全民営化の普及組織が成立
達成不可能ではないと信じながら活動は続く。
するかは甚だ疑問である。様々な点で十分で
はないとはいえ,公務であったからこそ,普
参考文献
及員は広い範囲に点在する農家を巡回してい
1) Bagchee, A. 1994 Agricultural Extension in
たのである。
現在は世銀などの融資によって,
民間セクターや NGO の普及活動も公的助成
Africa, Washington D.C. 91p.
2) IFPRI 2002, Green Revolution Curse or
の対象となっているが,ドナー資金は永遠に
は続かない。この先,政府・自治体が独自の
Blessing?, Washington D.C. 4p.
3) 伊藤道夫
2002,サブサハラ・アフリカに
財源を確保してシステムを維持することが出
おける飢餓根絶を目指して:笹川アフリカ
来るのだろうか。しかも自分たちが食べる分
協会の 16 年に及ぶ歩み,笹川アフリカ協
を確保するだけで精いっぱいの零細農家が,
会,151p.
わざわざ対価を払ってでも民間の普及会社に
4) The World Bank 2005, 2005 World Development
サービスを求めるのであろうか。先進国なら
Indicators, Washington D.C. 403p.
ば何の問題もないが,サブサハラ・アフリカ
諸国での普及組織の民営化は現実的ではない。
-37-
(笹川アフリカ協会
東京事務局員)
特集:アフリカにおける緑の革命
アフリカにおける「緑の革命」の実現に向けて
― 提
言 ―
米
山
正
博
アフリカに「緑の革命」をと叫ばれて以来
もこれらの条件が整えばアフリカにおける
相当の年月が経過した。21 世紀に入って数年
「緑の革命」の実現可能性は十分にある。条件
たった今日漸く「緑の革命」の兆しが見えはじ
整備のためにアフリカ自身が努力するととも
めたといえるのではないか。アジアでは「緑
に国際社会が協調して支援・協力に当たらな
の革命」が達成されたが,達成の前提となっ
ければならない。
た条件がアフリカでも揃いつつあり,さらに
より一層の条件整備を行われなければならな
1.水・灌漑
いという雰囲気がアフリカ全域に浸透しつつ
乾燥・半乾燥地帯が多くを占めるアフリカ
あるといえる。なお,特に断らない限りここ
の農業において最も緊要なのは水の確保であ
でいうアフリカとはサブサハラ・アフリカの
る。同一地域でも,同一年内でも干ばつと洪
ことを指している。
水が発生するケースがある。アフリカではこ
社団法人国際農林業協力・交流協会
れまでに十分な治水治山工事が行われてこな
(JAICAF)は,その前身の一つである社団法
かった国・地域が多い。不安定な降雨により
人国際農林業協力協会 (AICAF) 時代より,
播種適期を逸し,収穫が皆無に近かったとい
アフリカにおける農業・農村開発に長年携わ
う経験を持つ農民は多い。如何にして生活用
ってきた。大干ばつで大被害が発生した 1980
水にプラスして灌漑用水を確保するか,この
年代半ばから 2006 年の現在まで様々な手法
問題の解決なしにはアフリカにおける「緑の
を用いてアフリカにおける農業・農村開発に
革命」は達成できない。
取組んできた。これらの経験も踏まえて,ま
用水源は,大河川,小河川,湖,沼沢地,
た筆者がここ数年特に携わってきたガーナに
地下水,雨水等で,これらが効率よく活用さ
おける農業・農村開発の経験を主たるベース
れている地域もあるが,一般的には非効率利
として,アフリカにおける「緑の革命」の実現
用地域が多い。雨季に 1000 ㎜前後の降雨量が
可能性を検討していきたい。
ある地域でも,一時の集中豪雨的雨水は洪水
アジアで「緑の革命」が達成されたのは灌漑,
となり,用水として利用されることなく流失
高収量品種,肥料等の投入財が整備・開発・
する。ガーナ北部のギニアサバンナ地帯では,
調達され,技術指導により改良技術が農民段
溜池(ダムと呼ばれている)を用水源として
階まで広く普及したことによる。アフリカで
いる農村が多く存在するが,ダムの水は生活
YONEYAMA Masahiro:To Realize the Green Revolution
in Africa -Proposition-
用水及び家畜用の水で灌漑用にも利用されて
いるケースはごく僅かである。ガーナ・北部
-38-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
州・ゴリンガ郡(タマレ市の南方)には広大
ニアが半数近くの 70 千 ha を占め,続いてウ
な面積を有するダムが存在する。このダムは
ガンダが 15 千 ha となっている。各国より種
生活用水の他灌漑用水としても利用されてい
子を入手したいとの問い合わせが続出してお
る。重力でパイプを通って流れる水の量は豊
り,
今後とも栽培面積は拡大する方向にある。
富で,稲作用,玉葱・オクラ・トウモロコシ
ガーナではようやくアフリカ開発銀行支援
等の畑作用として利用されている。水田,畑
によるネリカ米普及プロジェクトの一つが動
とも通年栽培されており,水田では 2 期作が
き出した。5 カ年計画で,最終的には 15,000
実現している。このように雨季の豪雨が洪水
農家を参加させ,12,000ha の Upland から
となって流失する地域に存在する既存のダム
30,000 トンのネリカ米を生産する。収量は
を拡張するだけでも豊かな水田・畑作地帯が
2.5t/ha が目標となっている。従来の陸稲の収
陸出するであろう。
量が 0.8-1.0t であることから,3 倍近くの収
アフリカにおけるコメ収量についてみると,
量目標となる。2005 年に,JAICAF がガーナ・
水田における収量(5-6t/ha)は畑 (陸稲) の
サバンナ農業研究所(SARI)と共同で実施し
数倍に及ぶ。灌漑地区の新設・増設には費用
た実証試験では,
ネリカ No.1 が 2.58-4.98t/ha,
は嵩むが,農地及び水の効率的利用面からは
ネリカ No.4 が 2.38-3.65t/ha,ネリカ No.6 が
灌漑面積の拡大に努めるべきである。建設費
3.17-4.96t/ha の収量を記録しており,ガーナ
用には受益者負担も含まれるべきであるが,
食料農業省が目標とする 2.5t/ha は達成でき
灌漑により受益者が納得する収益が得られる
ない数値ではないと思われるが,参加全農家
ような技術指導が伴っていなければならない。
がこの目標収量を達成するには的確なる栽培
アフリカには,緩やかな起伏の丘陵地を持
技術指導が必要となる。ネリカ米の普及を通
つ地帯が多く存在する。この地帯の低地には
じた農業普及システムの機能強化もプロジェ
流水があり,乾季には水量が衰えるものの雨
クトの目的とすべきであろう。
季には水稲栽培が可能な水量となる。こうい
普及システムの強化とあいまって,受け皿
う地帯は西アフリカにも南部アフリカにも多
となる農民組織の強化が必要である。アフリ
く存在している。水田開発に伴う問題(寄生
カ,特に西アフリカでは農民の組織力は弱く
虫等)を放置するわけにはいかないが,住民
農民組織化は緒についたばかりという国・地
の理解と参画を得て水田として潜在力の高い
域が多い。小規模農家が 8 割から 9 割を占め
低湿地の開発に取組むべきである。
るアフリカでの「緑の革命」を実現するには
小農の農業生産性を向上させるのが重要で,
2.品種・栽培・普及
革新技術の普及拡大は農民組織を通じて行う
現在,ネリカ(NERICA=New Rice for Africa)
のが効果的で,かつ効率的である。ガーナの
が注目されている。ネリカは陸稲用として開
ネリカ普及プロジェクトでは 15,000 農家を
発されたが,既に水稲ネリカも開発されてい
1000 グループに組織化しようとしている。特
る。西アフリカ稲開発協会(WARDA=ARI)
に女性の参加を重要視しており,グループ構
によれば,2006 年 6 月現在アフリカにおける
成員の 50%以上に女性を取込むことが計画
ネリカ栽培面積は 150 千 ha に及ぶという。ギ
されている。ガーナを含めアフリカでは農業
-39-
労働の中で女性が重要な役割を占めており,
家は逆に躊躇なく施肥に投資する。少量の施
そういう女性の役割を正当に評価し,女性に
肥量で高い収量が得られ十分な収益となる適
事業遂行の重要部分を負担してもらおうとい
正施肥技術を地域ごとに開発していく必要が
うものである。農村女性は家族のことを考え,
ある。
農業生産を高めて収入を増やしたい,簡単な
ガーナ北部州のギニアサバンナ地帯にはイ
農産加工等を行って副収入を得て生活の向上
オウ欠乏の土壌が存在する。そこでの無肥料
を図りたいと考えており,この思いは男性よ
栽培でのトウモロコシの収量は 0.8-1.0t/ha
りも強いものがある。農村女性を開発活動に
である。JAICAF は 2003 年の雨季に,硫黄分
上手に取込んでいくのが農業・農村開発の成
を含む混合肥料を元肥(成分施与量=NPKS:
功の鍵であり,「緑の革命」を実現させる鍵で
45-45-45-30kg/ha)に,尿素を追肥(成分施
もある。
与量=N:30kg/ha)とした施肥試験を行った
人間の能力は新しい経験を通じて大きく開
ところ,最低でも 2.5t/ha,最高で 4.0/ha の
花する。JAICAF が農林水産省の助成を得て
収量を得た。この試験は農家の資金力等を考
実施した「農民組織強化支援事業」に参加し
慮して,
少なめの施肥量で多くの収量を得て,
たガーナ北部州タマレ県の農村青年は帰国後
最大収益の獲得を目指したものである。施肥
直ちに日本の頼母子講を参考にマイクロクレ
試験は 2004 年の雨季においても行われ,これ
ジットを始め,一週間ほどで参加者は 80 名以
らの試験結果等は 2005 年 11 月にガーナ北部
上に及んだ。参加者の出資金は月々わずか
州の農業・農村開発関係者を対象として開催
5000cedis(1$=約 9000cedis)であるが,2
されたセミナーで発表された。農業研究者か
年程度貯蓄した後,肥料を中心とした農業投
らもイオウ分を含む肥料の施与が収量増加に
入財の購入に出資する計画である。一方,
効果をもたらすと指摘されたこともあり,北
ガーナ国内の野菜栽培の先進地域を見学した
部州におけるトウモロコシ増産対策としてこ
農村女性グループは帰村後直ちに村の全女性
の施肥法を広めていくこと,イオウ分を含む
に呼びかけ,翌日から早速野菜栽培に取組ん
混合肥料にはその成分量の表示を求めること
でいった。これらの事例のとおり,研修ある
等が決議された。
いは視察の経験が人生の方向,農村開発の方
ネリカの品種の中には在来種に比べ脱粒性
向を変えていく。多くの人々にこのような経
難の性状を有する品種もある。JAICAF が
験を積んでもらう機会が与えられるべきであ
ガーナで行った実証試験に参加した農家は,
ろう。
その点を指摘し,ネリカ導入に一抹の不安を
示していた。今後,ネリカの栽培が拡大する
につれ,農家が指摘する問題に即対応可能な
3.投入財 (肥料,農機具,農村金融等)
アフリカにおいても作物の収量を高めるに
体制を整えていかなければならない。
改めて,
は施肥は有効である。農家は施肥の有効性は
コメの生産から流通までの全過程における農
知っていても肥料価格が高いため肥料投入を
作業を精査し,問題点を抽出して,その解決
躊躇している。肥料を投入して収量が高まり,
策を見出す体制を整えていかなければならな
確実に収益が得られることが確認出来れば農
い。
-40-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
ネリカに限らず,コメの需要が増し,コメ
あきらめているわけではない。前項で紹介し
が通年栽培されるようになってきており,雨
たように小額であっても村のほぼ全員が参加
季に収穫作業を行う地域が増えてきている。
して全くの自主財源による貯蓄システムを軌
ここでの問題は,従来どおりの人力作業が主
道に載せつつある農村も出現している。数年
なため,収穫後の乾燥,脱穀作業が迅速に行
後には村における施肥農家が増え,その村の
われず,降雨による穂発芽等により,大きな
生産量は数倍に達するこが期待されている。
損失が生じていることである。この問題は
JAICAF が行った農業・農村開発活動でも
ガーナに限らず,西アフリカを含めアフリカ
小規模金融(マイクロクレジット)は開発に
全体に横たわる問題であり,アフリカ全体で
欠かせないエレメントである。
自分らの手で,
は何万トンにも及ぶコメが失われている。適
農産加工業を中心としたマイクロビジネスを
正な乾燥機と脱穀機の開発・普及は急を要す
実施したいという農村女性の強い要望に応え
る。
て行われたガーナ北部の農村のマイクロクレ
ガーナ北部では多くの農家が耕耘をトラク
ジットは 3 回目の融資からは外部資金に依存
タ賃耕に依存している。一定面積(通常 1
しない体制が整い,自立して運営されるよう
エーカー単位)に一定料金が決められており,
になった。1 回目(2005 年 7 月)は 50 人を対
オペレータは耕耘速度を最大にして,耕耘時
象に 180,000cedis が融資(外部資金)された。
間を短縮することによって,賃耕代を稼ごう
数ヵ月後には全員が 10%の利子をつけて
とするため,その耕耘は真に荒っぽい作業と
200,000cedis 返済した。2 回目(2006 年 1 月)
なる。均平は保たれず,耕耘されない部分も
は増資の要望に応え,外部資金が追加され,
かなり残る。この状態の畑に播種するので,
融資額を一人当り 400,000cedis として 50 人に
発芽は不ぞろいで,成長にムラが出て,低生
融資され,また,新たにクレジットに参加し
産となる。このようなことが毎年繰り返され
た 5 人には 1 人当り 180,000cedis が融資(こ
ており,生産性は向上しない。トラクタによ
の分は外部資金)された。2 回目の融資に対
る適正な耕耘作業が行われるだけでも,圃場
しても 10%の利子をつけて 55 人が完済し,
の均平度が確保され,それが均一な成長につ
返済額の総額は, 23,000,000cedis に到達した。
ながり,生産の増加をもたらす。コメに限ら
3 回目(2006 年 7 月)の融資は返済額の運用
ず,全農作業における農機具の使用状況を精
で行われるようになり,55 人に対して一人当
査し,問題点を解明し,その対応策を講じて
り 400,000cedis が 融 資 さ れ , 貯 蓄 額 の
いくことによっても農業生産性の向上につな
22,000,000cedis が 使 用 さ れ た 。 残 り の
がり,アフリカにおける「緑の革命」の実現
1,000,000cedis は新規参加希望の 5 人を対象
への道が開かれる。
に一人当り 200,000cedis が融資された。当初
アフリカ農業の大半を占める小規模農家は
50 人の農村女性でスタートしたクレジット
蓄えが少なく,革新技術へ投資する資金力に
システムが 1 年後には 60 人に増えている。
全
乏しい。施肥が収量の増加をもたらすと知っ
員が完済し,クレジットシステムを維持して
ていても自力では肥料購入が不可能な農家が
いくという組織に育ち上がっている。農村革
大半である。こういう状態にあっても農家は
命の芽が見える。
-41-
作物を組み合わせた作付体系を作り上げてい
4.農地保全型農法
アフリカにおける土壌は,形成が古く,概
して肥沃度は低いといわれている。風食,水
くことはアフリカにおける農業生産性を向上
させる有効な手段である。
食による土壌浸食も激しく,砂漠化も進んで
土壌浸食を防止するため多くの方法が行わ
いる。土壌浸食を防止し,土壌肥沃度を向上
れているが,アフリカで,概して,見逃され
維持させる取組みがなされない限り農業生産
ているのが,有機物のマルチ・鋤き込みの効
性は向上しない。
果である。マルチは高温下における土壌水分
JAICAF がガーナ北部で行った施肥試験の
の蒸発散を防ぎ,降雨による土壌の飛散を防
結果を分析してみると,乾季に牛が放牧され
ぐ効果がる。また,マルチ材の鋤き込みによ
た農家圃場の収量は他に比べ,約 2 倍の収量
って土壌物理性・化学性が改良され,土壌浸
を上げており,干ばつの年でも他に比べて高
食が防止されるばかりでなく,土壌肥沃度も
い収量を示している。牛糞(有機物)施与が
改善され,農業生産性向上に効果がある。
影響しているといえる。畜耕を導入し,降雨
以上述べてきたことが有機的に行われれば
後の適期耕耘や土壌をかき乱さない耕耘を実
アフリカにおける「緑の革命」は実現すると
現すると共に,家畜排泄物の還元による土壌
信じている。
肥沃度を維持する取組みや,豆科植物や緑肥
(国際農林業協力・交流協会業務第二部長)
-42-
南
風
東
風
トカンチンス州食事考
山中
聰
ブラジル国トカンチンス州(トカンチンス
冷凍するといったことです。また料理の際に
州は首都ブラジリアとアマゾン川河口の街ベ
も,揚げたり,煮込んだりする前処理として
レン市の中間に位置する)で日常的に食べら
茹でてやわらかくしてから使う必要がありま
れているものの中で,日本人にほとんど馴染
す。
次にファリーニャという,キャッサバ芋を
みがないのが,キャッサバ芋(マンジョーカ)
でしょう。世界で第2位の生産国ブラジルで
粉砕して釜で乾燥し粉にしたものに色々な味
は,主にアマゾン川流域から東北ブラジルに
付けして食べる方法があります。②ご飯やイ
かけての地域と南部のパラナ州が一大産地と
ンゲン豆の煮込み(フェジョアーダという豚
なっています。(図1)
の内臓と豆を煮込んだものが有名)にトッピ
このキャッサバ芋の食べ方は,湯がいたり,
ングして食べたり,煮た豆やベーコンなどと
揚げたり,
(牛)肉と煮込むといった一般的な
和えたり(フェジョン・トロペイロ)
,焼き鳥
食べ方がありますが,①ジャガイモなどと異
のように串に刺して焼いた肉にまぶしたり,
なる特徴としては収穫後2日以内に加熱調理
スープのとろみ付けに使ったりします。また
しないと変色して食味が悪くなるので,もし
牛のスジ肉を細く裂いたものと混ぜて木の臼
保存する場合には皮をむいて切り分けてから
でしばらくついたファローファは,トカンチ
ンス名物でビールのつまみにぴったりです。
ピラウンと言うカニや牛の煮汁を加えて練っ
たものを見ていると本当にありとあらゆる食
べ方があるものだと感心しました。その他,
キャッサバ芋から取れるでんぷん粉は,タピ
オカ(東北ブラジルでは,クレープのように
焼き,肉やチーズ,コンデンスミルクを入れ
て軽食にします。)やチーズパン(ポン・デ・
ケージョ)の材料になります。さらに,アマ
ゾン地域では,キャッサバ芋の葉を数日間に
込んで真っ黒いスープにした,マニソバとい
図1
キャッサバ生産地
出典所:IBGE2004データより
う料理もあります。これは見た目も味もかな
り独特でした。
さて,ここでトカンチンス州のキャッサバ
-43-
芋の生産,消費を取り巻く状況に少し触れよ
毎重さを計って値段をつける量り売りです。
うと思います。トカンチンス州でもキャッサ
つまり,肉も野菜も同じ単価で食べられるわ
バ芋の消費は多いのですが,粉(ファリーニ
けです。人気のレストランでは食べ放題のと
ャ)は9割近くが東のバイア州から入ってき
ころも多く,
「息子達を連れてきたかったわ」
ます。したがって,各街で週末にみられる青
と日本からのお母さん達は皆さんおっしゃい
空市には,このバイア州産の粉が主に売られ
ます。
(写真1)
ています。このような状況のトカンチンスで
は小規模農家のキャッサバ芋生産・加工は難
しいかと推測したのですが,地域によって嗜
好に差があるため,小規模な加工販売業者で
も売り上げは十分見込めるのでむしろ生産拡
大を希望している農家が多いくらいでした。
このようにトカンチンスを含む,北部,東
北部の食事には欠かせないファリーニャです
が,サンパウロなど南部の方ではあまり一般
的ではなく,どうもファリーニャ好きはブラ
ジル北部の田舎者と見られるようです。
写真1
シュラスコの食べ方,右端の小皿に
ファリーニャ(キャッサバ粉)がある
次に,キャッサバ芋と並んでブラジル人の
主食といえる(牛)肉です。一般に,レスト
ランやスーパーや肉の専門店では,部位に分
この外食で観察できるのは,
ブラジル人(ト
けてあり好きなところを買う事が出来ます。
カンチンスの人たち)は野菜をあまり食べな
牛はほとんどがゼブー種というインド原産の
いということ。女性でも申し訳程度にレタス
コブ牛です。この牛の肉の一番人気は腰に近
の葉を1枚,トマトを少々といったのが普通
いピッカーニャと呼ばれる部位で,味に癖が
で,たいていの人は米飯にインゲン豆の煮込
無く脂肪分が肉の周りに被さる様についてい
み(フェイジョン)
,肉,ファリーニャを山盛
るため取り除きやすく太り気味の人にも良い
りという食べ方をしています。パーティーで
と店の人は勧めてくれます。これが,800 か
も肉とキャッサバ芋があれば十分で,野菜は
ら 900 円で1キロ買えます。このほか,人気
ほとんど食べません。ビタミン補給はどうや
のある部位はフィレ,こぶ(クッピン)で値
ら果物が中心のようです。 連日 40 度をこす
段も大体同じです。第2ランクの肉は,値段
暑いトカンチンスでは,粗塩たっぷりの焼肉
が半分くらいになり 内蔵など一番安いラン
が活力の源となっているのです。
一方,ここ数年庶民の間でも健康志向が高
クになると 150 円位になります。
これらの肉はシュラスカリアと呼ばれるレ
まっているようでトカンチンス州の地方でさ
ストランやドライブインで頻繁に食べる事に
えウオーキングの姿をよく見ることができま
なるのですが,大体はビュッフェ形式で,皿
す。また,健康的な日本食も近年注目されて
-44-
国際農林業協力
Vol.29 №1
2006
いて,トカンチンスで豆腐を作っている日系
状です。こうした小農の生活向上には,大農
人の方の話では,豆腐より,おからで作るハ
が手の出し難い野菜,果物など付加価値の高
ンバーグが好まれるとのことでした。また,
い作物の生産に集団で取り組んでいくしかあ
大豆を原料とした,ミルクや肉の代替物が健
りません。これまで技術や情報から隔絶され
康食専門店などで売られています。近年の経
ていた小農たちにとってこの取り組みは相当
済の安定がブラジル人の食生活を変化させつ
時間のかかるものと思いますが,ブラジル経
つあるのでしょう。
済が良好な今こそキャッサバだけに頼らない
儲かる農業へ一致団結して発展していって欲
ブラジルは世界で最も貧富の格差が大きい
しいと願います。
国です。少数の大農が米,大豆といった穀物
最後に,トカンチンス州へ実施した日本の
を大規模に生産し,輸出をダイナミックに展
協力により多くの小農の方たちが,営農に希
開しているすぐ隣で,多くの小規模農家は自
望を感じるようになったことを申し添えます。
給のためにキャッサバをつくっているのが現
(元トカンチンス州 JICA プロジェクト専門家)
-45-
入館無料 要予約
FAO 寄託図書館 横浜にリニューアルオープン!
18年4月1日より「(社)国際食糧農業協会(FAO 協会)」か
ら「(社)国際農林業協力・交流協会(JAICAF)」に指定替えさ
れ、FAO 日本事務所内(横浜)に新たにオープンいたしました。
FAO は、「世界最大の食料・農林水産業に関するデータ
バンク」といわれており、毎年多くの資料を発行しています。
FAO 寄託図書館では、それらの資料を誰でも自由にご利用
いただけるよう一般公開していますので、どうぞお気軽にお立
ち寄りください
■開館時間
10:00~12:30/13:30~17:00
■休館日
土曜日、日曜日、祝祭日、年末年始
臨時休館(その都度お知らせいたします)
■サービス内容
・FAO 図書資料の閲覧(館内のみ)
・インターネット蔵書検索
(www.jaicaf.or.jp 「目録検索」より)
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(電話、E-mail でも受け付けています)
・複写サービス(有料)
■主な所蔵資料
・FAO 年報各種(生産、貿易、肥料、林業、水産)
・FAO 各種会議・委員会資料
・The State of Food and Agriculture
(世界食料農業白書)
・Food Balance Sheets(食料需給表)
・FAO シリーズ各種(灌漑、林業、漁業、畜産など)
・CODEX(国際食品規格)資料
FAO 寄託図書館
〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1 パシフィコ横浜 横浜国際協力センター5階
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「国際農林業協力」誌編集委員(五十音順)
池
板
勝
紙
二
西
安
上
垣
俣
谷
澤
牧
村
彰 英
啓四郎
誠
貢
安 彦
隆 壯
廣 宣
(明治大学農学部助教授)
(東京農業大学国際食料情報学部教授)
(明治学院大学国際学部教授)
(前財団法人食料・農業政策研究センター理事長)
(社団法人海外林業コンサルタンツ協会専務理事)
(独立行政法人国際協力機構農村開発部課題アドバイザー)
(社団法人海外農業開発コンサルタンツ協会専務理事)
「アフリカにおいて改良技術をいかに定着させる?」
。これは, 対アフリカ協力にとって古くて新
しい課題である。この問題を多面的に取上げることができ、各著者に感謝している(編集担当)。
-賛助会員への入会案内-
当協会は,賛助会員を募集しております。個人賛助会員に入会されますと,
当協会刊行の次の資料を無料で配布することとしております。
多くの方々が入会されますようご案内申し上げます。
「国際農林業協力」
(年4回発行)
「Expert Bulletin」
(第3回発行)
なお,法人賛助会員については,上記資料以外にカントリーレポート等を
配布いたします。
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社団法人
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月
賛助会員入会申込書
国際農林業協力・交流協会

会長
木
秀
郎
殿
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所
〒
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印
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入会いたしたいので申し込みます。
なお,賛助会費の額及び払い込みは,下記のとおり希望します。
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イ. 銀行振込
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10,000 円)以上です。
2.
銀行振込は次の「社団法人
国際農林業協力・交流協会」普通預金口座
にお願いいたします。
3.
ご入会される時は,必ず本申込書をご提出願います。
み ず ほ 銀 行 本 店 No. 1803822
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郵 便 振 替
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日
JAICAF ニュース
農林業技術相談室
-海外で技術協力に携わっている方のための-
ODA や NGO の業務で,熱帯などの発展途上国において,技術協力や指導に従事している時,
現地でいろいろな技術問題に遭遇し,どうしたらよいか困ることがあります。JAICAF では現
地で活躍しておられる皆さんのそうした質問に答えるため,農業技術相談室を設けて対応して
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相談は無料です。ご質問に対しては,海外技術協力に経験のある技術参与が中心になって,
分かりやすくお答え致します。内容によっては他の機関に回答をお願いするなどして,できる
だけ皆さんのご要望にお答えしたいと考えております。どうぞお気軽にご相談下さい。
相談分野
作物:一般普通作物に関する問題,例えば品種,栽培管理など
(果樹,蔬菜,飼料作物を含む)
土壌肥料など:土壌肥料に関する問題,例えば施肥管理,土壌保全,有機物など
病害虫:病害虫に関する問題,例えば病害虫の診断,防除(制御)など
質問宛先
国際農林業協力・交流協会技術相談室 通常の相談は手紙または FAX でお願いします。
〒107-0052 東京都港区赤坂8丁目 10 番 39 号 赤坂 KSA ビル3F
TEL:03-5772-7880(代)
,FAX:03-5772-7680
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国際農林業協力
発行月日
Vol.29
No.1
通巻第 143 号
平成18年8月 31 日
発 行 所 社団法人
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編集・発行責任者
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佐川俊男
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