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EU 市場支配的地位濫用規制の生成

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EU 市場支配的地位濫用規制の生成
EU 市場支配的地位濫用規制の生成
金 井 貴 嗣*
Ⅰ は じ め に
Ⅱ 濫用規制の見直し
Ⅲ 濫用規制の生成過程
Ⅳ 濫用規制生成の事情・要因
Ⅴ 結びに代えて
Ⅰ は じ め に
1 .本稿の課題
独占禁止法における私的独占の規制は,不当な取引制限,企業結合および不公正な取
引方法の規制とともに,独禁法体系における主要な柱を構成している。米国反トラス
ト法においては独占行為規制が,EU 競争法においては市場支配的地位の濫用規制(以
下,「濫用規制」と略記する。)が,同様の体系的位置にある。しかし,日・米・欧の競争
法体系の中で同じ位置づけをされながらも,規制の趣旨,規制対象行為,規制基準,違
反行為に対する措置等々において,相当に違いがある。規制の対象が,それぞれの国又
は地域内の事業者にとどまっているときには,規制の違いが意識されることはなかっ
た。しかし,1990 年代頃から,マイクロソフト事件にみられるように,同じ行為に対
して,米国反トラスト法と EU 競争法とで異なる法的取扱いがなされるようになると,
その違いが改めて注目されるようになってきた。米・欧間における競争法の調和と対立
* 中央大学法科大学院教授
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(convergence or divergence)が議論されるようになっている 1 )。
米・欧における議論を瞥見すると,米国では EU から学べといい,他方 EU では米
国から学べといわれる。双方において「何を」学ぶかが異なっている。米国から見る
とシャーマン法 2 条による独占行為規制の範囲は,EU 競争法 102 条の規制範囲に比べ
ると狭いと見られていて,それをカバーするために FTC 法 5 条による独占行為規制が
行われている 2 )。他方,EU では,行為の違法判断について,これまでは行為の形態に
着目するアプローチ(form-based or category based approach)がとられてきたのを見直し,
米国と同様に,行為の効果に着目するアプローチ(effects-based approach)をとることを
主張する見解が有力になってきている。
EU においては,1990 年代後半以降,EU 競争法について見直しが進められている。
EU 競争法の「現代化(modernization)」とよばれており,執行制度の見直しが先行して
行われ,見直しの対象は実体規定の解釈・運用にも及んでいる。2009 年に,欧州委員
会は「排除型濫用に対する 82 条適用に関するガイダンス」 3 )を公表し,効果重視アプ
ローチの採用を表明している。濫用規制の見直しの議論は,違法判断の基準やアプロー
チにとどまらず,濫用規制の目的やそれと関連して,規制の生成過程にまで及んでい
る。
特徴的なことは,議論のなかで「濫用規制は,オルドーリベラリズムに由来する」あ
るいは「濫用規制は 1990 年代までオルドーリベラリズムの影響を強く受けてきた」と
の指摘がなされるようになってきていることである。これらの指摘は,根底に,オル
ドーリベラリズムを基礎とするこれまでの濫用規制から,米国流の効率向上による消
費者厚生を目的として,行為の市場への効果ないし影響を分析して違法判断を行うア
プローチへの転換を図らなければならないとの意味合いが込められているように思わ
れる。このような議論と関連して,EU における濫用規制が,どのような経緯で生まれ
たのかの制定過程について調査・検討する研究が多数現れるに至っている。それまで,
EC 競争法の制定過程については,ヨーロッパにおいてすらあまり知られていなかった
といわれている 4 )。
本稿は,これらの研究成果をフォローし,EU の市場支配的地位の濫用規制が,いか
なる事情・要因によって生成したのか,調査・検討し,考察するものである。
2 .EC 条約 86 条・EU 機能条約 102 条
本稿が考察の対象とする EU の市場支配的地位の濫用規制は,EU 機能条約 102 条の
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規定に基づいて行われている。EU 機能条約 102 条の規定は,1957 年 EC 条約 86 条の
規定を起源としている。1957 年 EC 条約 86 条の規定は,以下のように定められてい
た。
「共同市場又はその実質的部分における支配的地位を濫用する一以上の事業者の行為
は,それにより加盟国間の取引が影響を受けるおそれがある場合に禁止される。この
濫用の例として次のものが挙げられる。
⒜ 不当な購入価格,販売価格その他の不当な取引条件を直接又は間接に課すること。
⒝ 需要者の不利となるように生産,販売又は技術開発を制限すること。
⒞ 取引の相手方に対し,同種の給付に対して異なる条件を付して,当該相手方を競
争上不利な立場におくこと。
⒟ 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加の給付を相手方が受
諾することを契約締結の条件とすること。」 5 )
1957 年 EC 条約 86 条の規定は,2007 年リスボン条約によって EU 機能条約 102 条と
なったが,「共同市場(common market)」の文言が「域内市場(internal market)」に改め
られたほかは変更されることなく,現行の機能条約 102 条の規定に引き継がれている。
本稿では,1957 年 EC 条約の競争法制定過程における叙述においては,
「EC 条約 86 条」
ないし「EC 競争法」と表記し,それ以外では,「EU 機能条約 102 条」あるいは「EU
競争法」と表記することにする。
Ⅱ 濫用規制の見直し
1 .序
1990 年代以降進められている EU 競争法の見直し=「現代化」は,執行制度の見直
しが先行して進められ,その後,実体規定について行われている。両者を含めて「現代
化」とよばれることもある 6 )。執行制度の見直しは,具体的には,1962 年理事会規則
17 号を廃止して,2003 年理事会規則 1 号を制定する形で行われた。それまで,EU 競
争法は,もっぱら欧州委員会によって執行されてきた。執行制度の改正の趣旨は,欧
州委員会中心主義ないし集権的法運用から執行の担い手の多元化を確保することに置
かれている。また,実体規定についても,欧州委員会・競争総局(Directorate General for
Competition)において,共同行為規制の見直し,合併規制の見直しを行い,それらに続
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いて,市場支配的地位の濫用規制についても見直しが行われている。
2 .執行制度の改革
⑴ 1962 年理事会規則 17 号
1957 年に締結された EC 条約は,競争法規定として 85 条・86 条の規定を定めていた。
条約締結当時,それらの規定を,誰が,どのような手続で,適用・執行していくのかに
ついては,EC 条約 87 条の規定により,条約発効後 3 年以内に理事会が規則で定める
こととされた。この規定に基づいて,1962 年に理事会規則 17 号(以下「1962 年理事会規
則 17 号」という。) 7 )が制定された。
1962 年理事会規則 17 号は,85 条 1 項と 86 条の規定については,欧州委員会,加盟
国裁判所および加盟国の競争当局が,これらの規定を直接適用することができる旨定め
ていた(規則 17 号 9 条⑶項)。他方,85 条⑶項の規定,すなわち 85 条⑴項で禁止される
共同行為の適用免除については,一定の共同行為については,事業者に事前に届出をさ
せて,届出がなされた共同行為について 85 条⑴項の規定を適用しないこととし,その
判断は欧州委員会の専管事項とされた(規則 17 号 9 条⑴項)。
加盟国の競争当局および裁判所は,事業者が締結した協定について,一旦,委員会に
適用免除の届出が行われたら当該協定について 81 条⑴項を適用することはできない。
また,委員会が適用免除を認めたら,加盟国の競争当局および裁判所は,当該協定に対
して加盟国競争法を適用することはできない。
85 条⑴項及び 86 条の規定については,加盟国所管官庁も直接適用することができる
が,欧州委員会が事件の手続を開始しない場合に手続をとることができるとされていた
(規則 17 号 9 条⑶項)。また,85 条 1 項又は 86 条の規定に違反する行為に係る民事訴訟
については,違反行為の無効ないし損害賠償請求を国内裁判所に提起することができる
とされているが,ほとんど機能していなかった 8 )。
1962 年理事会規則 17 号の制定によって実現した執行制度は,競争法の規定の運用に
おいて,85 条⑶項の適用免除の運用だけでなく,85 条⑴項および 86 条の規定の解釈・
適用についても欧州委員会の判断を優先させた。欧州委員会中心主義の執行システム
は,EC 条約締結当時ドイツ以外に競争法をもたなかったヨーロッパにおいて,加盟国
の多くが EU 競争法と同じ内容の国内競争法を制定・運用することを通してヨーロッパ
に「競争の文化」を浸透させるのに貢献した。EU 競争法のヨーロッパ化が達成され,
自由な通商を妨げる競争制限行為を規制することを通じて市場統合を促進したと評価さ
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れている 9 )。
⑵ 2003 年理事会規則の改正
2003 年に,1962 年理事会規則 17 号が廃止されて,新たに 2003 年理事会規則 1 号が
制定された 10)。改正のポイントは,以下の 2 点である 11)。
₁)81 条⑶項の適用免除について,2003 年規則は,委員会の専管事項であった共同
行為の事前届出による適用免除制度を廃止した(2003 年規則 1 号 1 条)。この結果,
行われた共同行為が 85 条⑴項に違反するか,85 条⑶項の適用免除の要件に該当
するかについての審査は,欧州委員会のほか,加盟国競争当局及び加盟国裁判所
も行うことができるようになった。
₂)加盟国の競争当局及び裁判所が,加盟国間の通商に影響を及ぼす行為に当該国の
競争法を適用するときは,同時に EU 競争法の規定を適用しなければならないと
して,EU 競争法の適用を義務化した(2003 年規則 1 号 3 条 1 項)。
上記の執行制度の見直しがなされた背景には,次のような事情がある。すなわち,
EC の加盟国は設立当初は 6 ヶ国であったが次第に増加し,1990 年代半ばには 15 ヶ国
になった。それまでも,委員会による 85 条⑶項の適用免除の審査に係る事務量が膨大
な量に達していることが指摘されていた。他方,合併規制の本格化,域内の独占事業の
自由化,国際的な協調の必要性等々,新たな環境の変化にともなって委員会の任務も増
えてきた。このような背景から,共同行為についての事前届出・適用免除審査の制度を
廃止して,委員会が本来の競争政策の任務を適切に遂行する態勢に変えていくべきとさ
れた 12)。事前届出・適用免除の制度を廃止した後は,共同行為は,事後において,委
員会に加えて,加盟国の競争当局および裁判所が当該共同行為の適法・違法を判断する
ことになった。加盟国間の通商に影響を及ぼす共同行為については,加盟国の競争当局
および裁判所は,EU 競争法を適用しなければならないとされた。
このように,従来の欧州委員会中心の法運用から,委員会に加えて,加盟国の競争当
局及び裁判所によっても EU 競争法を執行できるように,執行の担い手の多様化が図ら
れている 13)。
3 .濫用規制の見直し
EU 競争法の「現代化」=見直しは,競争法の実体面についても行われている。実
体面の見直しは,1990 年代後半から行われ,競争法の目的,実体規定の違法基準・
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判断方法について再検討が行われている。1997 年に垂直的制限ガイドラインの改定,
2001 年に水平的協定ガイドラインの制定,及び 2002 年に合併規則の改定が行われてい
る 14)。これらの見直しに際しての競争総局の立場は,競争法の目的を効率による消費
者厚生の達成と捉え,違法判断に新古典派経済学の理論や分析手法を応用することから
more economic approach と呼ばれている。それまで,EU においては,行為の形態に着
目して違法判断を行うアプローチ(「形態重視アプローチ」という。)がとられてきたのに
対して,行為の効果に着目したアプローチ(「効果重視アプローチ」)を提唱する 15)。
市 場 支 配 的 地 位 の 濫 用 規 制 に つ い て は,2005 年 に,EAGCP 報 告(the Economic
Advisory Group for Competition Policy)が出されている。この報告は,報告書の標題(Report
by the EAGCP, “An economic approach to Article 82.”)が示しているように,経済学の理論・
分析手法を用いて排除型濫用についての違法判断の枠組み・基準を検討するものであ
る 16)。EAGCP 報告に続いて,欧州委員会競争総局が 82 条の適用に関するディスカッ
ション・ペーパーを出している 17)。競争総局のディスカッション・ペーパーは,102 条
の濫用規制の目的を「市場における競争を維持することによって消費者厚生の向上と資
源の効率的な配分を達成すること」と述べて,経済学の理論・分析手法に立脚すること
を表明している。2009 年には,欧州委員会が 82 条の濫用規制の対象行為のうち排除型
濫用について欧州委員会のガイダンスを策定・公表している 18)。
これらの見直し及び改革にともなって,EU 競争法における市場支配的地位の濫用規
制の捉え方も変わって来ている。それまでの濫用規制は,行為の違法判断に際して,行
為の形態を重視するアプローチをとってきたこと,規制産業における競争法の適用に対
して介入主義的な立場をとってきたこと,競争法の目的については,経済的自由,公正,
衡平といった価値を実現することにあるとの考えで運用されてきたとの評価がなされて
いる。これに対して,これからは,濫用規制は効率による消費者厚生の達成を目的とし
て,経済分析に基づいて,行為の効果を重視して違法判断を行うアプローチをとる方向
に変わっていかなければならないといった主張が唱えられている 19)。
欧州委員会は,EU 競争法 102 条の解釈・適用において,消費者厚生の観点から効果
重視アプローチを採用するようになってきている 20)が,EU 裁判所は,2014 年時点に
おいては,委員会の見解に同調しているようには見えないと評価されている 21)。
4 .沿革に関する議論
EU 競争法 102 条の市場支配的地位の濫用規制は,1957 年 EC 条約 86 条の規定に由
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来する。規定の文言は,若干字句の修正はあるが,実質的な変更はない。EC 条約 86
条の規定が,いかなる背景,政治経済状況の下で,どのような趣旨・目的を有する規定
として制定されたのか,また,誰が,どのような手続にしたがって執行するのか,等々
について,ヨーロッパにおいてすら,これまで十分な調査・研究がなされてこなかっ
たと言われている 22)。市場支配的地位の濫用規制について,見直しが行われるように
なって,EC 条約 86 条の規定が制定された背景,制定当時の議論,起草者の立法意図,
制定後の解釈・運用の変遷等に関する研究成果が公表されるようになってきている 23)。
著書・論文等において必ず言及されるのが EC 条約 86 条の市場支配的地位の濫用規制
は,オルドーリベラリズムによって生み出されたとのガーバー(David Gerber)の見解
である 24)。そして,このガーバーの見解を中心に議論が展開されている 25)。EC 条約締
結後に EC 競争法 86 条の規定を解釈・適用した判決についても,オルドーリベラリズ
ムの影響が及んでいるとの評価がなされている 26)。
Ⅲ 濫用規制の生成過程
1 .序
本章では,EU における市場支配的地位の濫用規制の生成過程を取り扱う。現在の
EU 機能条約 102 条の濫用規制は,規定上は 1957 年の EC 条約 86 条に起源を有する。
しかし,市場支配的地位の濫用規制の基本的な枠組みは,それより前の 1951 年 ECSC
条約に定められていた。また,前述したように,EC 条約 85 条及び 86 条の規定の執行
については,実際には,1962 年の理事会規則 17 号の制定に委ねられていた。このよう
な経緯から,EU における市場支配的地位の濫用規制の生成を辿るときには,1951 年
ECSC 条約締結から 1962 年理事会規則 17 号の制定に至るほぼ 10 年余の期間において,
どのような議論・交渉がなされたかをみることが適切である。そうすることで,制定を
促した背景事情,立法趣旨,規定の内容および執行システムを明らかにすることがで
き,濫用規制の基本的な考え方を理解することができる。また,検討の対象期間を拡げ
ることで,オルドーリベラリズム以外の様々な事情・要因が作用していることがわか
る 27)。
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2 .ECSC 条約の競争法
⑴ 石炭鉄鋼共同市場の創設
EC 条約は,第二次大戦後の欧州において,市場統合=共同市場の設立を実現するため
に締結された。市場統合=共同市場の設立によって,商品・役務の自由な移動を促進し
ようとするもので,そのために輸出入に係る関税等の貿易障壁の撤廃に加えて,自由な
通商を妨げる民間企業の競争制限行為を取り除くために競争法の規定が必要とされた。
欧州における市場統合=共同市場の設立は,1951 年の欧州石炭鉄鋼共同体設立条約
(the Treaty establishing the European Coal and Steel Community:以下「ECSC 条約」と略記する。
)
に遡る。ECSC 条約は,ドイツ,ベルギー,フランス,イタリア,ルクセンブルクおよ
びオランダの 6 カ国(以下,これらの諸国を「 6 カ国」という。)が,過去の戦禍を繰り返
すことなく世界平和を保持すること,そのためにはヨーロッパの諸国が連帯して経済を
発展させることが必要であるとの認識(同条約序文)に基づいて,石炭及び鉄鋼につい
て共同市場(石炭鉄鋼共同市場)を設立して,加盟国における経済の拡大,雇用の増大及
び生活水準の向上を実現することを目的に締結された(同条約 2 条)。統合によって拡大
した石炭・鉄鋼共同市場において,自由な通商が行われれば,競争が促進されて商品の
価格が下がって消費が拡大する一方,企業も生産規模の拡大によって効率的な生産が可
能になり,投資も増大し,以て経済が発展するとの考えに基づいている 28)。
上記の目的を達成するために,ECSC 条約は,石炭鉄鋼共同市場における商品・役務
の自由な通商を制限する以下のような国家等による措置および企業の行為を禁止する。
すなわち,⒜輸出入にかかる関税,数量制限等,⒝供給者間又は需要者間において,価
格その他の取引条件について差別的取扱いを行うこと,及び買い手が売り手を自由に選
択することを妨げる行為,⒞国による補助金等の支援,⒟市場を分割(sharing)又は自
己に有利に利用(exploiting)する制限的取引慣行(同条約 4 条)である。制限的取引慣行
の禁止については,正常な競争条件を設定,維持及び遵守させるようにする措置を講じ
る(条約 5 条)。
⑵ 競争法の規定
上記の基本原則を受けて,ECSC 条約の 65 条と 66 条に,競争を制限する行為を規制
する規定が定められた。カルテル規制,企業結合規制および市場支配的地位の濫用規制
の 3 つの柱から成っている。執行機関として「最高機関(High Authority)」が設置され
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ている。これらの規制は,言うまでもなく,ECSC 条約が対象とする石炭及び鉄鋼の取
引についてのみ適用される。
ECSC 条約 65 条 1 項は,対価の決定,生産・技術開発又は投資の制限,販路・製品・
顧客・供給先の割当等,共同市場における正常な競争を阻害,制限又は歪曲する事業者
間の協定,事業者団体の決定および協調的行為(concerted practices)を禁止する。
企業集中をもたらす結合行為については,事前に最高機関の認可を受けなければなら
ないとし,結合が,価格を決定し,生産若しくは販売を制限し,又は有効な競争を阻害
する場合には,認可を与えない(66 条 1 項および 2 項)。
市場支配的地位の濫用について,66 条⑺項の規定は,「最高機関は,その管轄内にあ
る製品の一つの市場において,法律上又は事実上,支配的地位を有し若しくは取得し,
その結果共同市場の重要な部分における有効な競争を免れている公企業又は私企業が,
その地位をこの条約の目的に反するように利用していると認める場合には,その企業に
対して,その地位がそのように利用されないことを確保するために適当と思われるすべ
ての勧告を行う。」と定めている 29)。
上記の規定とは別に,60 条⑴項には差別取扱いを禁止する規定が置かれていた。す
なわち,「価格に関して,本条約の目的・基本原則( 2 条~ 4 条)に反する慣行,特に以
下の行為を禁止する」として「不公正な競争慣行,特に独占の獲得を目的とする価格引
き下げ行為」および「販売者が,購入者の国籍によって取引条件を差別する行為」を禁
じていた。
競争法の執行は,最高機関が行う。違反行為者に対する措置,企業結合の認可等に加
えて,恐慌時等において需給が不均衡となったときには,最高価格または最低価格を決
定することができるとされていた(60 条⑵項)。
⑶ 競争法の制定過程
1951 年 ECSC 条約の競争法の規定の起草は,1950 年の夏から秋にかけて行われた。
草案の作成に当たったのは,ロバート・シューマン(Robert Schuman)の後ろ盾があっ
た「欧州統合の父」とも称されるフランスの行政官ジャン・モネ(Jean Monnet)とその
意向を受けた人達で,実際に草案作成を担当した中心的人物は,米国ハーバード大学の
反トラスト法教授であったロバート・ボウィ(Robert Bowie)で,法案の作成は,米国
の影響があることを秘匿するために非公式に行われたといわれている 30)。
市場支配的地位の濫用規制に係る ECSC 条約 66 条⑺項の規定は,文言上は,市場
支配的地位の濫用だけでなく,市場支配的地位を獲得する場合も規制の対象としてい
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る 31)。市場支配的地位の「利用(use)」の意義および「利用」にどのような行為が含ま
れるかについては,規定上定めはない 32)。ECSC 条約の競争法を執行する「最高機関」
の解釈に委ねられたものと解されている 33)。規定上明確になっている点は,私企業だ
けでなく公企業にも適用されることである。
競争法規定の内容は,ヨーロッパのアプローチにアメリカの実務と経験をブレンドし
たものと評されている 34)。前述したように,ECSC 条約の競争法規定の起草過程に,米
国反トラスト法の専門家が携わっていたことから,米国反トラスト法の影響が及んでい
ることが指摘されている 35)。このような指摘に対してガーバー(D. Gerber)は,米国の
ドイツ占領政策およびシューマンプランの遂行といった背景から,米国の影響があった
ことは否定できないが,ECSC 条約の競争法の起草過程において交渉に携わった人々の
中に,オルドーリベラル派に属する人々が含まれていたことから,オルドーリベラリズ
ムなしには,ヨーロッパにおける競争法の制定はあり得なかったという 36)。最近の研
究によると,ECSC 条約の競争法の起草については,米国,フランス,ドイツの研究者,
行政官,政治家等からなるグループが,非公式の会合を重ねる形で行われたことが明ら
かにされている 37)。
ECSC 条約に競争法規定が定められたことは,ヨーロッパにおいて加盟国 6 カ国によ
る条約(=国際法)の形をとって,共同市場における競争法が誕生したことを記すもの
である。モネは,ECSC 条約は,「ヨーロッパにおける最初の反トラスト法」であると
評している 38)。この条約に定められた競争法の規定が,1957 年 EC 条約の競争法規定
の先例として参照されることとなった 39)。もっとも,注意を要するのは,ECSC 条約は
カルテル等の禁止規定を定める一方で,最高機関に,正常な競争条件を確保するために,
価格や生産数量を決定する権限を与えていることである。後述する行政裁量的統制を設
けている 40)。
3 .スパーク報告
1951 年の ECSC 条約締結以降,1957 年の EC 条約締結に向けて,市場統合の範囲を
石炭・鉄鋼以外に拡大する動きが,モネとベルギーの外相スパーク(Paul-Henri Spaak)
を中心に進められた。そのような動きの中で,ベネルクス三国の間で,経済全般にわ
たって市場統合=共同市場設立を推進する「ベネルクス覚書(Benelux Memorandum)」
が交わされた。覚書は,ヨーロッパの連帯を強化するには,市場統合の範囲を経済全般
に広げ,かつヨーロッパ全体の利益を体現する超国家的議会(a supranational Parliament)
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の設置が必要であることを指摘している。さらに,共同市場において市場が機能するた
めの条件を整備し,国家の干渉と私人の独占力から競争を擁護するための競争ルールの
必要性が示された。この時点においては,共同市場における競争の歪曲を禁止するルー
ル,国家間の差別を取り除くためのルールを設けることが強調されていた。この覚書が
示す方向,具体的には,経済統合の必要性,通商の自由化,関税の撤廃,人の自由移動
等については,ドイツ政府も積極的に評価していた 41)。
この覚書の方向に沿った交渉が ECSC 条約加盟 6 カ国の外相によって行われた。1955
年 5 月 29 日・30 日,シシリー島メッシーナで開催された会議における議論は,議長で
あったスパークの名をとってスパーク報告と呼ばれている 42)。スパーク報告は,市場
統合=共同市場設立の目的,競争政策の必要性等について以下のように述べる。すなわ
ち,ヨーロッパが多数の国々に分割されているために,米国やソ連邦と比べて国際競争
力を失ってしまった。ヨーロッパ諸国の生産性と競争力を再生するためには市場統合が
必要である。共同市場の対象範囲を石炭・鉄鋼だけでなく経済一般に拡大する必要があ
る。
同報告では,市場統合目的の達成と関連して,競争政策について以下のように述べら
れている。すなわち,共同市場における通商の自由を確保するには,国家間の通商障壁
を撤廃することに加えて,私人が通商を制限する行為を規制する必要がある。このため
に競争法の規定が必要と考えられた。競争政策については,差別の問題と独占の問題が
議論された。差別については,共同市場が創設されても,供給者が,共同行為であれ単
独行為であれ,取引相手を国籍や居住国によって差別的に取り扱えば,共同市場におけ
る商品の自由な通商が阻害されることになる。もっとも,関税等の通商障壁を撤廃する
措置を講じれば,需要者は自己に有利な供給者を選ぶことができるから,供給者による
差別は自ずと解消されていく。それでも,供給者が独占的地位にある場合には,需要者
によって取引条件を差別することが可能になる。このような差別的取扱いは,需要者の
競争能力を損なうおそれがある。条約案には,市場において支配的地位にある事業者が,
需要者によって,価格その他の取引条件を差別する行為および供給を拒絶する行為を規
制する規定を定める必要がある,と。他方,独占の問題については,独占的状況又は独
占的取引慣行(monopolistic situations or practices)によって,共同市場設立の目的が妨げ
られないよう,以下の行為を規制する規定を盛り込む必要がある。すなわち,①市場を
分割する協定,②生産・技術開発を制限する協定,及び③事業者が単独で特定の商品市
場を占有又は支配すること(absorption or domination)である 43)。
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4 .EC 条約 86 条の制定過程
スパーク報告以降,EC 条約の締結に向けて 6 カ国の代表による議論・交渉が行われ,
競争法の起草については,共同市場創設ワーキング・グループ(the Working Group for
the Common Market;委員長は,Hans von der Groeben) において行われた。最終的に EC
条約 85 条および 86 条として成立する競争法の規定の起草については,以下に紹介する
ように,主要な論点についてフランスとドイツの見解が対立し,議論・交渉の過程を経
て,委員長グローベンによって妥協が図られ,ドイツの立場に近い方向へと収斂されて
いった 44)。
フランスは,ディリジステ(dirigiste)と呼ばれる国家管理計画経済を前提にした行政
統制による競争政策を構想していた。フランスは,①広範かつ一般的な差別禁止原則を
定めること,②競争法の規定については,カルテル,独占および濫用行為を区別せずに
包括的な規定で禁止すること,③カルテルは原則禁止ではなく,弊害のある場合にのみ
規制すること,④競争法の規定は加盟国において直接適用することはできないこと,及
び⑤国家による独占事業および公益事業には競争法の規定は適用しないこと,等を主張
していた。
これに対して,ドイツは,市場経済を前提に,法治国家(Rechtsstaat)ないし法の支
配(rule of law) の考えを基礎にした競争法を構想していた。ドイツ代表には,グロー
ベン,ミュラー = アルマック(Müller-Armack),ルートヴィヒ・エアハルト(Ludwig
Erhard)ら,オルドーリベラル派と目される人々が含まれていた 45)。ドイツは,①カル
テルを規制する規定と市場支配に関する規定は,別個の規定とすること,②市場支配に
関する規定は,市場支配的地位それ自体を規制するのではなく,市場支配的地位の濫用
を規制するものとし,③この規定は,私企業・公企業および国家による独占事業にも適
用されること,等を主張していた。
フランスが主張する差別の禁止については,ドイツのミュラー = アルマックが,競争
においては取引条件の差別が重要な機能を有することから,フランスが提案するような
規制的色彩が強い規定を競争法として定めることに反対した。最終的に,フランスの主
張は,一般原則として,国籍による差別の禁止(EC 条約第 6 条)の中に盛り込まれるこ
とになった。
EC 条約の競争法規定の起草過程は,上記のようにフランスとドイツの主張が対立す
る形で進められ,ドイツ寄りに妥協が図られていったとみることができる。1957 年に
54
第 12 巻第 1 号(2015)
EU 市場支配的地位濫用規制の生成
EC 条約が締結された時点において,結着がついた点としては,①共同行為の規制と市
場支配的地位の濫用規制は,別個の規定として定める。カルテルは原則禁止とする。こ
れはフランスが主張するようにカルテルを「良いカルテル」と「悪いカルテル」を区別
して弊害がある場合に規制するという考え方はとらない。②競争法の規定は,私企業だ
けでなく公企業にも適用されること。
上記のように,基本的な論点については,ドイツの主張に沿った結着がはかられたと
評価されている。その背景・理由については,以下のように指摘されている。すなわち,
ドイツ代表の中に,オルドーリベラル派に属する人達が含まれていたこと,EC 条約 86
条の規定の起草と並行して,ドイツでは,競争制限禁止法(GWB)の立法作業が進めら
れていて,EC 条約の競争法の規定とドイツの立法との間に隔たりが生じないよう配慮
されていたことが指摘されている 46)。
最近の研究によると,EC 競争法の制定過程に関する従来の研究は,フランスの影響
を軽視してきたという 47)。すなわち,そもそも共同市場を設立して,ドイツを含む加
盟国の事業者の行為を超国家的機関の規制下におくという構想自体は,米国とフランス
が主導したものであること,EC 条約 85 条・86 条の規定の構造は,フランスの 1953 年
価格令 59 条の 2 および 59 条の 3 の規定と実質的に同じであること,つまり,カルテル
の原則禁止に対して例外を広く許容する立場が採用されていること 48),企業の集中を
促進する政策をとり市場支配的地位を形成する行為は規制しないとする立場はフランス
の意向に沿っていること等である 49)。
1957 年の EC 条約締結時点において,85 条のカルテル規制と 86 条の市場支配的地位
の濫用規制の 2 つの柱から成る競争法が成立した。しかし,これらの競争法の規定を,
誰が,どのように執行するか等,多くの論点が先送りされた。
5 .1962 年理事会規則 17 号の制定
1957 年 EC 条約は,85 条および 86 条の規定の執行については,87 条⑴項の規定に
おいて,それらの規定の「適用に必要な規則又は命令」を本条約発効後 3 年以内に制定
すると定めて,競争法の執行制度についての議論を先送りした。先送りされた課題は,
85 条⑶項の適用免除に関する手続,欧州委員会と司法裁判所のそれぞれの役割,及び
EC 条約の規定と国内法との関係等である(87 条⑵項参照。)。これらの課題を解決する規
則が制定されるまでの間,85 条および 86 条の規定は,欧州委員会と加盟国の競争当局
が執行することとされた(88 条)。
第 12 巻第 1 号(2015)
55
EC 条 約 87 条 の 規 定 に 基 づ い て,1962 年 に「1962 年 理 事 会 規 則 17 号(Regulation
17/62)
」が制定された。これまで,EC 競争法の制定過程に関する研究は,1957 年の
EC 条約締結時点にとどまり,1962 年理事会規則 17 号の制定過程については取り上げ
られてこなかった。しかし,2003 年に理事会規則が改正されて執行制度の改革が進め
られることになって,改めて 1962 年理事会規則 17 号の制定過程が注目されて,オル
ドーリベラリズムとの関連で新たな研究成果が明らかにされている 50)。
1962 年理事会規則 17 号の制定過程は,概略以下の通りである。
規則案は,欧州委員会競争総局で作成され,欧州委員会の承認を経て欧州議会に提案
された。この過程においても,ドイツとフランスの対立がみられた。ドイツは,オルドー
リベラリズムの法の支配の考え方に基づいて,競争法の規定を個別の事件において解
釈・適用する形で司法的に運用される法規範と考えていたのに対して,フランスは,競
争法の規定は,行政機関が措置をとる際に参照されるガイドライン程度のものと考えて
いた。
この対立について,ガーバーは,第二次大戦後のヨーロッパにおいては,競争政策は
2 つの手法,すなわち「行政的統制(administrative control)による競争政策」と「法の
支配(a rule of law)による競争政策」とがあり,ドイツが後者の道をとったのに対して,
ドイツ以外のヨーロッパ諸国においては,行政的統制の手法による競争政策が 1970 年
代まで行われていた。フランスの考えは,フランスがとってきたディリジステの考え方
を基礎に行政的統制による競争政策を志向するものであった 51)。
1962 年理事会規則の制定過程において見解が対立したのは,以下の点である。第一
に,そもそも 85 条・86 条の規定は法なのか,そうであれば加盟国においても直接適用
可能なのかが議論の対象となった。ドイツ政府及びドイツカルテル庁は,EC 条約は,
「経済制度(an economic constitution)」を定めたものであるから,直接適用可能とするの
でなければならないとの見解を主張したのに対して,オランダ政府は,85 条・86 条の
規定は,政策を遂行するガイドラインに過ぎないとして,法としての効力を否定する
見解をとっていた。欧州委員会は,EC 条約の規定は拘束力を有し,直接適用可能な法
規範であるとの立場をとっていた。また,85 条・86 条の規定の執行について,ドイツ
のグローベン(欧州委員会初代委員で競争政策担当)とオランダのザマート(VerLoren van
Themaat:初代競争総局長)は,ドイツの GWB と同様に,個別の事件への適用を通じて
司法的に運用される制度(a juridical system) を構想していたとされている 52)。規則 17
号 1 条は,85 条および 86 条の規定に違反する行為は,「事前の決定を必要とすること
なく」,これを禁止すると定めて,これらの規定は「直接適用可能」とされた。
56
第 12 巻第 1 号(2015)
EU 市場支配的地位濫用規制の生成
第二に,欧州委員会と各国の競争当局・裁判所との関係については,以下のような議
論がなされた。85 条⑶項の適用免除については,フランスが共同行為が適用免除の要
件を充足したら当該共同行為は適法とするとの取扱いにすると主張したのに対して,ド
イツは,共同行為について適用免除を受けようとする事業者に,欧州委員会への届出を
義務付け,届出が行われた共同行為について,欧州委員会が集中的に審査・判定するこ
ととし,委員会による適用免除の決定(不問証明)があって,はじめて適法として扱わ
れるとの主張を行った。さらに,この適用免除の審査・判断は,欧州委員会のみが行い,
各国の競争当局・裁判所が適用免除について審査・判断することはないとする制度を主
張した。最終的にドイツの主張に近い結果に結着した 53)。
85 条⑴項と 86 条の規定の適用については,1962 年理事会規則 17 号は,委員会と各
国競争当局が 85 条⑴項および 86 条違反について調査を行うことができるが,委員会が
事件の調査を開始したら,当該事件については各国の競争当局は調査を停止しなければ
ならないと定めた(理事会規則 17 号第 9 条⑶)。この規定によって,加盟国競争当局は,
事件の調査を開始するインセンティブを失い,事実上,違反事件の調査を専ら委員会が
行うこととなった 54)。
1962 年理事会規則 17 号は,基本的にドイツの考え方に沿って規定化された。オル
ドーリベラリズムおよびその継承者の意向が反映されている。背景には,EC 条約が施
行される 1958 年 1 月に時を同じくして GWB が施行された。この間,ドイツにおいて
は,GWB の制定過程において活発な議論が展開されていたことが,EC における競争
法の執行に関する規則の制定に大きな影響を及ぼしたことが指摘されている 55)。
6 .小 括
EC 条約 86 条の制定過程を踏まえて,1957 年 EC 条約 86 条として成立した市場支配
的地位の濫用規制について以下の諸点を指摘することができる。
EC 条約 86 条の規定は,市場支配的地位それ自体を規制するものではなく,支配的
地位の「濫用」を規制するものである。換言すれば,既に存在する市場支配的地位を規
制するものではなく,また,市場支配的地位を獲得・形成する行為も規制しないとされ,
あくまで支配的地位の濫用を規制するものとされた。このため,今日,市場支配的地位
を獲得・形成する行為が規制対象から除外されていることの「執行の欠缺(enforcement
gap)
」が指摘されている 56)。
「濫用」概念については,ECSC 条約 66 条⑺項の規定が,単に「支配的地位を本条約
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57
の目的に反する目的で行使する」行為を規制すると定めていたのに対して,EC 条約 86
条の規定は「濫用」に当たる行為として 4 つの類型(①不当な価格その他の取引条件,②
生産・販売等の制限,③差別および④抱き合わせ)をあげている。これら 4 類型が,どのよ
うな背景・事情から定められたのかについては明らかになっていない 57)。
濫用行為は,現在は,搾取型と排除型に区分されている。制定当時はもっぱら搾取型
濫用を規制するものと考えられていたとの見解がある 58)。他方,GWB の制定過程にお
いて,排除型濫用も規制対象としていたことから EC 条約 86 条の濫用には排除型濫用
も含まれると考えられていたとする見解もある。その根拠として,並行して立法作業が
進められていたドイツの GWB において,ボイコット等の排除型濫用行為を含む方向で
議論がなされていたことがあげられている 59)。
86 条⒜項は,不当な価格設定を定め,これには,今日,搾取型濫用の典型的行為と
される超高価格設定行為(excessive pricing)が含まれる。かかる超高価格設定が入れら
れた経緯・趣旨は必ずしも明らかになっていないが,以下のような指摘がある。すなわ
ち,かつて欧州において深刻なインフレへの対処策として政府による価格統制が行われ
た。EC 条約制定時においても物価水準には強い関心が持たれていた。ECSC 条約 60 条
2 項の規定には,恐慌時(siutation conjunctuelle critique)に,最高機関が,最高価格又は
最低価格を定めることができるとしていた。前述したように,ECSC 条約には市場にお
ける競争とともに,なお価格統制の措置が盛り込まれていた。しかし,EC 条約の競争
法の規定に,高価格規制として価格統制を用いることは,共同市場創設の趣旨に反する
と考えられた。そこで,競争法の中で高価格設定を規制することにした。それも高価格
設定が過度な場合にのみ規制するという趣旨であったといわれている 60)。
Ⅳ 濫用規制生成の事情・要因
1 .序
本稿の冒頭で,1990 年代後半以降の EU 競争法の「現代化」=見直しのなかで,EC
条約における市場支配的地位の濫用規制は,オルドーリベラリズムの強い影響を受けて
成立したとの見解をめぐって議論が展開されていることを指摘した。この章では,前章
において検討した濫用規制の生成過程を踏まえて,EC 競争法における濫用規制が,ど
のような事情・要因から生まれたのか。果たして,オルドーリベラリズムの影響を受け
58
第 12 巻第 1 号(2015)
EU 市場支配的地位濫用規制の生成
て成立したのかを検討する。
2 .オルドーリベラリズムの競争政策
⑴ オルドーリベラリズム
「オルドーリベラリズム(Ordoliberalism)」の語は,1930 年代,ドイツのフライブルク
大学で研究活動に携わっていた経済学者オイケン(Walter Eucken),法律学者フランツ・
ベーム(Franz Böhm),ドース(H. Grossmann-Doerth)らを中心とする研究者グループが
唱える新しい自由主義の思想(neo-liberalism)を指している 61)。フライブルグ学派とも
よばれる。彼らは,ワイマール体制が崩壊し,ナチス・ドイツの台頭を目の当たりにし
て,自由放任主義でも全体主義でもない「第三の道」として,第二次大戦後に,ミュー
ラー = アルマック(Müller-Armack) によって「社会的市場経済(soziale Marktwirtschaft;
social market economy)
」概念で括られる思想を唱えた 62)。
オルドーリベラリズムは,第一次大戦後のドイツにおいて,多くの経済統制法規が出
現した状況を背景に,国家と経済の関係のあり方をめぐって唱えられるようになった
「経済制度(Wirtschaftsverfassung; an economic constitution)」概念を前提にしている。「経
済制度(economic constitution)」とは,国家と社会の二元的構造を前提に,一国の経済が
どのように構成されなければならないかについての政治的な決定を指す。その決定は,
その国の経済の実態を踏まえてなされる。決定された経済制度がとる原理・原則を基礎
に,個々の経済法規の内容が導かれる 63)。オルドーリベラリズムは,以下のような経
済制度を構想する。
一国の経済は,取引経済と管理経済からなっている。取引経済は競争による市場経済
の仕組みによって経済の秩序が形成される。社会が民主的に且つ利他的に統合されるよ
うに経済秩序が形成されなければならない。そのような経済秩序は競争を基礎にしては
じめて形成される。
オルドーリベラリズムが「新しい」自由主義(neo-liberalism)とよばれる所以は,旧
来の自由主義が国家の経済への干渉を否定していたのに対して,個人の自由を保障する
ために,国家の経済への干渉を肯定する点にある。国家の経済への干渉といっても,経
済過程への直接的な干渉を肯定するのではない。国家は,競争を基礎にした経済秩序が
形成されるように,一定の「秩序政策(Ordnugspolitik)」を策定・実行する。他方,管
理経済については,社会的公正と安全が確保されるように,国家は,通貨政策,景気政
策および社会政策等がとられる。秩序政策は,政府が経済活動を直接に統制するやり方
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59
ではなく,競争が機能するための諸条件を整備することにある。これは法を制定し司法
的に運用する形で実行される。経済秩序は,実質的な意味での憲法規範に根拠付けられ
た法制度によってなされることから「規範的秩序(normative order)」として形成される。
競争法制度は,私有財産制度,自由市場経済及び法の支配を基礎として展開される市場
経済において中核的役割を果たす。
⑵ オルドーリベラリズムの競争政策
オルドーリベラリズムは,個人の自由は,政治権力から自由であるだけでなく,私的
な経済力からも自由であることによってはじめて確保されると考える。ナチス・ドイツ
が,私的な経済力と政治的権力が結びついて,民主主義の基礎を崩壊させたことを踏ま
えて,私的な経済力からの自由は,政治的な自由が政治権力の分散によって確保される
のと同様に,私的な経済力の分散によって確保される。競争こそ経済力の集中=独占を
排除して経済的自由を保障すると考える。
オルドーリベラリズムの競争政策の特徴として,メッシェルは,以下の 4 つをあげて
いる 64)。すなわち,⑴競争政策の目的は,個人の経済的自由を保障すること,⑵国家は,
競争が機能するための条件を整備・維持する役割を担っていること,⑶競争政策は,行
政による裁量的な決定によるのではなく,「法の支配(a rule of law)」に基づいて執行さ
れること,⑷競争政策は,自由で開放的な社会において経済秩序を形成するのに不可欠
であること,である。
オルドーリベラリズムの競争政策は,カルテルおよび独占といった私的経済権力を排
除することを内容とし,complete competition 概念を基礎にして構想される。complete
competition とは,「市場において他の経済主体の行動を左右するに足る力をもつ事業者
が存在しない競争」をいう。この点,ワルラスが一般均衡状態を導くために,一定の条
件を備えた競争市場の理想的な形態としての「完全競争(perfect competition)」概念とは
異なっている 65)。
独占は,complete competition を歪めるがゆえに排除されなければならない。私的経
済力には,カルテルと独占とがある。独占は,オイケンによれば,可能であれば解体す
べきである。しかし,独占には公益事業分野における独占や知的財産によって独占が生
じる場合も含まれる。これらの場合には,独占の解体は,非現実的でかつ財産権侵害の
問題もあることから,独占を認めた上で,その行動をコントロールすることになる。そ
の際の基準が,想定競争基準(Als-ob-Wettbewerb: as if competition)で,あたかも競争があっ
たかのように行動するよう規制すべきであると 66)。
60
第 12 巻第 1 号(2015)
EU 市場支配的地位濫用規制の生成
3 .EC 条約 86 条とオルドーリベラリズム
EC 条約 86 条の市場支配的地位の濫用規制は,オルドーリベラリズムに由来すると
のガーバーの見解は,以下の点を根拠にしている。市場支配的地位それ自体は規制せず
に,支配的地位にある事業者の濫用行為を規制するとの濫用規制の核心的部分は,オル
ドーリベラリズムの「想定競争基準」を基礎にしている。想定競争基準は,ミクシュ
(Leonard Miksch) が 1937 年の著作で提示したもので,オイケンによって,政府が独占
を監督する際の基準として用いられている。ドイツ GWB の制定過程においてオルドー
リベラリズムに忠実にしたがっているといわれる 1949 年のヨーステン法案において想
定競争基準が規定化されていることをあげている 67)。超高価格設定等の搾取型濫用,
すなわち,支配的事業者が取引相手に不当な取引条件を設定する行為の規制は,この想
定競争基準を基礎にしているという 68)。EC 条約の交渉過程におけるドイツ代表には,
オルドーリベラル派が占めていた 69)。これらから,EC の市場支配的地位の濫用規制は,
オルドーリベラリズムの影響を受けて成立したと考えるのである。
これまで,EC 競争法における市場支配的地位の濫用規制とオルドーリベラリズムの
影響に関するガーバーの見解が広く受け入れられてきた。近年,ガーバーの捉え方を疑
問視する研究が現れるようになってきている 70)。ここでは,ガーバーの見解を批判的
に捉えるメストメッカー(Mestmäcker, Ernst-Joachim)の見解を紹介しておく 71)。メスト
メッカーは,まず,想定競争基準は自然独占や知的財産に基づく避けがたい独占を政府
が規制する際の基準として提唱されたもので,オイケンもそのような場合に限定してい
た。つぎに,GWB の制定過程において,一般にヨーステン法案がオルドーリベラリズ
ムの競争政策を反映しているといわれているが,メストメッカーによれば,オルドーリ
ベラリズムの競争政策は 1955 年に連邦議会に提出されたベーム法案に最も良く反映さ
れているという。ベーム法案は,想定競争基準はとらない,独占は解体しない,不完全
市場における価格統制も行わないというもので,オルドーリベラリズムの競争政策と
符合しているという。濫用規制についても,ベームが考えていたのは,競争(complete
competition ではなく workable competition を指す)は経済力を弱体化する機能を有し,独占
企業と他の市場の企業との間で,また,寡占市場においても寡占企業の間で競い合い
が起きる。そのような競争が既存の支配的地位を弱める効果,その強化を阻止する効
果を有している。支配的企業が存在する市場において,たとえ限られた範囲での競争
(marginal competition)であっても,支配的企業の戦略的行動から競争を維持しなければ
第 12 巻第 1 号(2015)
61
ならないと。ガーバーのような捉え方は,市場経済というよりも政府による経済統制的
な発想で捉えるものでオルドーリベラリズムとは全く異なるものであると 72)。
一般論としては,ドイツや EC における競争法の形成にオルドーリベラリズムの影響
があったことは否定できない 73)。そもそも,当時のヨーロッパにおいて,市場経済に
おける競争による経済秩序の形成という考え方は,オルドーリベラリズムしかなかった
し,競争法を「法の支配」原則に従って執行すべきことを説いて,そのような競争法
の執行システムが EC に実現した点にオルドーリベラリズムの最大の功績がある。しか
し,EC 条約における市場支配的地位の濫用規制の生成については,ガーバーが根拠と
してあげる想定競争基準についてもオルドーリベラル派内部で見解が分かれていて,オ
ルドーリベラリズムの競争政策に固有の理論・基準とは言えない 74)。このようにみて
くると,EC 条約締結時において,86 条の濫用規制の成立にオルドーリベラリズムが強
い影響を及ぼしたかについては判定が難しい 75)。
Ⅴ 結びに代えて
一般的に,法の制定過程には,多様な事情・要因が複雑に絡み合って,政治的な妥協
が図られながら法が成立する。EC 条約の競争法についても,このことがあてはまるよ
うに思われる。近年の研究成果も,オルドーリベラリズム以外に,多様な事情・要因が
作用していた点を強調している。
第一に,1951 年の ECSC 条約の競争法が,EC 競争法の先例となった。ECSC 条約の
競争法制定過程において,米国反トラスト法の専門家であるボウィを中心に作成された
草案を基に,ドイツ,フランスから派遣された専門家によって議論・交渉が行われて,
ECSC 条約の競争法が成立したことを確認した。換言すれば,ECSC 条約に競争法の規
定を入れることについては,米国の強い意向が反映されていたこと,草案の内容もカル
テル,企業結合および市場支配的地位の濫用という 3 つの柱からなる競争法であった。
この過程に参画したドイツの専門家の中には,オルドーリベラル派と目される人々も含
まれていた。
第二に,1950 年代における欧州の政治・経済の情況をあげることができる 76)。欧州
の企業は,それまで,国家間の通商障壁のために他国の市場に自由に参入することがで
きなかった。そのために,生産規模が最適規模に達していなかった。共同市場が創設さ
れて,通商障壁が撤廃されたことにより,市場が拡大し,企業は生産効率を達成する最
62
第 12 巻第 1 号(2015)
EU 市場支配的地位濫用規制の生成
適規模まで,規模を増大させることが可能になった。生産規模の増大は,市場統合によ
る経済の発展に資する。
EC 条約の競争法規定においては,企業結合規制が入れられなかった。この点は,市
場支配的地位の濫用規制において,市場支配的地位を獲得する行為を規制しないことと
符合している。その最大の理由は,EC 条約締結当時の欧州の政治経済状況,すなわち,
国際社会の中での欧州の産業および企業の国際競争力を強化することにあった 77)。
第三に,オルドーリベラリズムなしには,EC 条約の競争法は生まれなかったと言っ
ても過言ではない。オルドーリベラリズムが及ぼした最大の影響あるいは功績は,EU
における競争政策を,行政裁量的統制による運用から,法の支配原則に立脚した司法的
運用によって施行される制度として確立したことにある。この点は,1962 年理事会規
則 17 号の制定過程をフォローすることによって明らかになった。
市場支配的地位の濫用規制が,その後,いかなる展開をみせるかは,EC 条約 86 条
の規定を解釈・適用した個別事例の検討をまたなければならない。別稿で検討する予定
である。
注
1 ) 米・欧間の競争法の調和と対立(convergence or divergence)の議論に関する文献は多数ある
が,さし当たり,以下の文献参照。William E. Kovacic, “Competition Policy in the European Union
and the United States: Convergence or Divergence,” Bates White Fifth Annual Antitrust Conference,
Washington, D. C. June 2, 2008[FTC の Web サイトから入手],最新の議論に,Daniel J. Gifford
and Robert T. Kudrle, The Atlantic Divide in Antitrust: An Examination of US and EU Competition
Policy (Univ. of Chicago Press, 2015) がある。
2 ) 拙稿「私的独占の外延─米国における FTC 法 5 条の適用事例を素材に」根岸哲先生古稀祝賀
『競争法の理論と課題─独占禁止法・知的財産法の最前線』191 頁(有斐閣,2013 年)参照。
3 ) Guidance on the Commission’s Enforcement Priorities in Applying Article 82 of the EC Treaty to
Abusive Exclusionary Conduct by Dominant Undertakings [2009]OJ C45/2.
4 ) David J. Gerber, Global Competition: Law, Market, and Globalization (Oxford, 2010) p. 159.(以下,
Gerber(2010)として引用。)
5 ) OECD 編公正取引委員会事務局訳編『海外主要国の独占禁止法─法令と解説』(商事法務研究
会,1970 年)450 頁の訳を参考にした。
6 ) David J. Gerber, “Two Forms of Modernization in European Competition Law,” 31 Fordham Int’l L.
J. 1235 (2008) pp. 1245–1246.(以下,Gerber(2008)として引用。)
7 ) Council Regulation No. 17 [1962] OJ 13/204.
8 ) 1974 年の Case 127/73 BRT v. SABAM [1974]ECR51 para. 16 により,EC 条約 85 条⑴項・86 条
の規定に違反した行為について,当該行為の無効,あるいは当該行為によって損害を被った者は
加盟国裁判所に民事訴訟を提訴することができるとされているが,民事訴訟事件はきわめて僅か
であったといわれている。Wouter P. Wils, Principles of European Antitrust Enforcement (Hart Pub.
2005) p. 113.
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63
9 ) Commission White Paper on Modernization of the Rules Implementing Articles 85 and 86 of the
EC Treaty, 1999/C 132/01.武田邦宣「EC 競争法原理の生成」阪大法学 56 巻 1401 頁(2007 年)
1409-1410 頁参照。
10) Council Regulation No. 1 [2003] OJ L1/1. 2003 年理事会規則 1 号の内容を紹介・検討するものに,
多田英明「EC 競争法の分権的執行─第 5 次拡大を契機として」日本 EU 学会年報第 27 号 167 頁
(2007 年),塚田益徳「EC 条約 81 条及び 82 条の新施行規則について─執行強化のための改正を
中心に」公正取引 634 号 64 頁(2003 年 8 月)がある。
11) 市場支配的地位の濫用規制のあり方との関係で,2003 年理事会規則 1 号による執行制度の改
革について,次の点を指摘しておきたい。第一は,確約決定手続(Commitment Decision)の制
度を設けたことである。これは,違反行為者が申し出た競争回復措置を,委員会が相当と認めた
ときに当該措置を内容とする命令を行うものである。この手続がとられたときは,違反行為者に
制裁金は課されない(2003 年理事会規則 1 号 9 条)。米国反トラスト法において FTC 及び DOJ
が用いる consent decree ないし consent judgment の手続にヒントを得て導入されたといわれて
い る。Wouter P. J. Wils, “ The Use of Settlements in Public Antitrust Enforcement: Objectives and
Principles,” 31 World Competition 335 (2008) p. 339。この手続が設けられてから,市場支配的地位
の濫用事件の多くがこの手続によって解決・処理されている。第二は,委員会が命じることので
きる措置について,法違反を効果的に除去するために必要な行動上の措置および構造上の措置を
とることができる旨を明文で定めたことである(規則 7 条)。
12) White Paper on Modernization of the Rules Implementing Articles 85 and 86 of the EC Treaty,
[1999]OJ C 132/01. Mario Monti, “The Modernization of EC Antitrust Policy”, in Claus Dieter
Ehlermann and Isabela Atanasiu ed. European Competition Law Annual 2000: The Modernization of
EC Antitrust Plolicy (Hart Pub. 2001) p. 3.
13) 2003 年理事会規則 1 号の施行から 5 年後に,欧州委員会は,欧州議会及び閣僚理事会に対して,
施行後の経過報告を行っている。Report on the functioning of Regulation 1/2003, COM (2009) 206
final.
14) 欧州委員会による実体規定の見直しについては,Gerber, supra note (6) pp. 1245–1252.
15) EU 競争法の目的,排除型濫用の違法判断アプローチに力点をおいて,EU 競争法の現代化につ
いて紹介・検討するものに,市川芳治「EU 競争法の規範的考察に関する一試論(上)(中)(下)」
公正取引 714 号 72 頁,715 号 46 頁,716 号 65 頁(2010 年)がある。
16) この報告書の内容は,米国の Steven C. Salop 教授の見解を反映したものと評されている。
Christian Ahlborn and A. Jorge Padilla, From Fairness to Welfare: Implications for the Assessment
of Unilateral Conduct under EC Competition Law, in Claus-Dieter Ehlermann and Mel Marquis ed.
European Competition Law Annual 2007: A Reformed Approach to Article 82 EC (Hart Pub. 2008) p.
57. 引用されているサロップの論文は,Steven Salop, “Exclusionary Conduct, Effect on Consumers,
and the Flawed Profit-Sacrifice Standard”, 73 Antirust Law Journal 311 (2006).
17) DG Competition discussion paper on the application of Article 82 of the Treaty to exclusionary
abuses, Brussels, December 2005.
18) Guidance on the Commission’s enforcement priorities in applying Article 82 of the EC Treaty to
abusive exclusionary conduct by dominant undertakings, OJ [2009] C 45/02.このガイダンスにつ
いては,林秀弥「支配的事業者による濫用的排除行為に対する EC 条約 82 条の適用指針」法政論
集(名古屋大学)234 号 95 頁(2010),伊永大輔「EU における市場支配的地位の濫用に係る指針
(上)(下)」公正取引 710 号 43 頁(2009 年),711 号 48 頁(2010 年)参照。
19) 欧州委員会の一連の見直しを踏まえて,本文で述べたような動きを紹介・検討する文献は多数
存在するが,ここでは,かかる動きを批判的に分析・検討するものとして以下の論文をあげてお
く。Ariel Ezrachi, “ The Commission’s Guidance on Article 82 EC and the Effects Based Approach
─ Legal and Practical Challenges,” in Ariel Ezrachi eds. Article 82 EC: Reflections on its Recent
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EU 市場支配的地位濫用規制の生成
Evolution (Hart Pub. 2009) pp. 51–65: Heike Schweitzer and Kiran Klaus Patel, “EU Competition Law
in Historical Context: Continuity and Change”, in Kiran Klaus Patel and Heike Schweitzer eds. The
Historical Foundations of EU Competition Law (Oxford University Press, 2013) pp. 207–08.
20) Microsoft v Commission, Case T–201/04 [2007] Ⅱ –3601; Deutsche Telekom AG v Commission,
Case T–271/03 [2008]ECR Ⅱ –447.
21) Alison Jones and Brenda Sufrin, EU Competiton Law, (5th edn, Oxford 2014) p. 288.
22) Robert O’Donoghue and Jorge Padilla, The Law and Economics of Article 102 TFEU (2nd ed. Hart
Puplishing. 2013) p. 55; Gerber (2010), supra note (4) p. 159.
23) EC 条約 86 条の制定史に関する研究に,Pinar Akman, The Concept of Abuse in EU Competition
Law: Law and Economic Approaches (Hart Puplishing. 2012); Ekaterina Rousseva, Rethinking
Exclusionary Abuses in EU Competition Law (Hart Puplishing. 2010); Kiran Klaus Patel and Heike
Schweitzer ed. The Historical Foundations of EU Competition Law (2013); Heike Schweitzer, “The
History, Interpretation and Underlying Principles of Section 2 Sherman Act and Article 82 EC,” in
Claus-Dieter Ehlermann and Mel Marquis ed. European Competition Law Annual 2007: A Reformed
Approach to Article 82 EC (2007).
24) David J. Gerber, Law and Competition in Twentieth Century Europe: Protecting Prometheus (1998)
pp. 263–264.(以下,Gerber (1998) として引用)。
25) Patel and Schweitzer, supra note (23) p. 7; Pinar Akman, The Concept of Abuse in EU Competition
Law: Law and Economic Approaches (Oxford Hart Publishing, 2012) p. 49.
26) そのように評価する文献は多数あるが,代表的な文献として Jones and Sufrin, supra note (21) p.
41 では,市場支配的地位の濫用規制は,オルドーリベラリズムの影響を受けて,①競争ではなく,
競争者を維持するように,②中小企業を保護するように,③市場を開放するように,④公正さを
確保するように運用されてきたとの評価がなされている。
27) O’Donoghue と Padilla の共著書は,市場支配的地位の濫用規制の生成に影響を及ぼした事情・
要因として,以下の 5 点をあげている。すなわち,①オルドーリベラリズムおよびドイツ GWB
の制定過程,② 1951 年 ECSC(パリ)条約,③ 1950 年代にヨーロッパが直面していた政治経済
の状況,④ EC 条約における競争法規定の起草者達の立法意図(スパーク報告から EC 条約締結
に至る経緯),⑤米国反トラスト法である。O’Donoghue and Padilla, supra note (22) pp. 55–56.
28) William Diebold, The Schuman Plan: A Study in Economic Cooperation 1950–1959, (Published for
the Council on Foreign Relations by Praeger, 1959) pp. 1–4.
29) ECSC 条約の競争法の規定については,OECD 編・前掲(注 5 )『海外主要国の独占禁止法─法
令と解説』501-513 頁参照。
30) Gerber (1998), supra note (24) p. 338.
31) Rousseva, supra note (23) p. 14.
32) Gerber によれば,大恐慌時の「濫用」概念,すなわち,経済力が社会に弊害をもたらすように
用いられたときには,行政官がそれを矯正することができるとする考え方に対応しているという。
Gerber (1998), supra note (24) p. 341.
33) Rousseva, supra note (23) p. 14.
34) Diebold, supra note (28) p. 352.
35) Nicola Giocoli, “Competition Versus Property Rights: American Antitrust Law, The Freiburg
School, and The early years of European Competition Policy,” 5 (4) J. of Competition Law &
Economics, 747 pp. 764–765.
36) Gerber (1998), supra note (24) p. 340.
37) Brigitte Leucht, “ Transatlantic policy networks in the creation of the first European antitrust law:
Mediating between American anti-trust and German ordo-liberalizm,” in Wolfram Kaiser, Brigite
Leuchit and Morten Rasmussen ed. The History of the European Union: Origins of a trans- and
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supranational polity 1950–72 (Routeledge , 2011) p. 56.
38) Diebold, supra note (28) p. 355.
39) Gerber (1998), supra note (24) p. 341.
40) OECD 編・前掲(注 5 )『海外主要国の独占禁止法─法令と解説』503-504 頁参照。
41) Joanna Goyder and Albertina Albors-LLorens, EC Competition Law, 5th ed. (Oxford Univ. Press,
2009) pp. 31–32.益田実「メッシナ提案とイギリス:ヨーロッパ共同市場構想への初期対応決定
過程,1955 年(1)」三重大学法経論叢 17 巻 2 号 71 頁(2000 年),103-107 頁参照。
42) スパーク報告の原文は,フランス語で書かれているが,本稿では以下の英訳版に拠った。
Report Prepared by the Heads of Delegations of the Intergovernmental Committee set up by the
Messina Conference to the Ministers of Foreign Affairs (Spaak Report), 21st April, 1956.競争政策
については,報告書の Title Ⅱ , Chapter 1 Competition の項に記されている。
43) Spaak Report: Title Ⅱ , Chap. 1: Competition.
44) 本稿における EC 条約 86 条の制定過程についての記述は,主に,Schweitzer, supra note (23)
pp. 128–138; Rousseva, supra note (23) pp. 9–25 を参照した。
45) Schweitzer, supra note (23) p. 129 n. 54.
46) Rousseva, supra note (23) p. 17 , Schweitzer, supra note (23) pp. 132–133.
47) Lorenzo Federico Pace and Katja Seidel, “The Drafting and the Role of Regulation17: A HardFought Compromise,” in Kiran Klaus Patel and Heike Schweitzer (eds.), The Historical Foundations
of EU Competition Law (Oxford Univ. Press. 2013) p. 56.
48) Id. p. 62.
49) 奥島孝康『フランス競争法の形成過程』(成文堂,2001 年)156-158 頁参照。同著 43 頁では,
フランスの 1953 年価格令は,統制経済ないし価格統制の色彩を帯びていることから「競争法制ら
しきもの」と記されている。
50) 本稿における 1962 年理事会規則 17 号の制定過程は,主に Pace and Seidel, supra note (47) pp.
64–85 を参照した。
51) Gerber (1998), supra note (24) pp. 346–347.
52) Pace and Seidel, supra note (47) pp. 66–67; Gerber (1998), supra note (24) p. 346.
53) Pace and Seidel, supra note (47) p. 88.
54) Gerber (1998), supra note (24) pp. 349–350.
55) Schweitzer, supra note (23) pp. 133–135.
56) 帰山雄介「EU 競争法における支配的地位搾取型濫用規制〔上〕〔下〕」国際商事法務 39 巻 4 号
475 頁,39 巻 5 号 653 頁(2011 年),39 巻 4 号 479-480 頁参照。
57) Gerber によれば,ECSC 条約と GWB の制定過程に由来するという。David Gerber, “Law and
the Abuse of Economic Power in Europe,” 62 Tul. L. Rev. 57 (1987) pp. 85–86(以下,Gerber (1987)
として引用。)。ECSC 条約が市場支配的事業者が超高価格設定や不当に有利な取引条件の設定を
禁止していたこと,及び GWB の立法過程において,差別取扱いおよび抱き合わせが濫用行為と
されていたことを指しているのであろう。
58) Pinar Akman, “Searching for the Long-Lost Soul of Article 82 EC,” 29 Oxford J. of L. Studies 267,
p. 271 (2009).
59) Schweitzer, supra note (23) pp. 136–137.
60) Schweitzer, supra note (23) p. 136.
61) オルドーリベラリズムの概要については,以下の文献を参照した。
Alan Peacock and Hans Willgerodt ed., Germany’s Social Market Economy: Origins and Evolution
(Trade Policy Research Centre, 1989); Walter Eucken, Grundsätze der Wirtschafrpolitk (1952).大野
忠男訳『経済政策原理』(勁草書房 ,1967 年); Gerber (1998), pp. 232–265; Liza Lovdahl Gormsen,
A Principled Approach to Abuse of Dominance in European Competition Law (Cambride Univ. Press,
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EU 市場支配的地位濫用規制の生成
2010) pp. 39–48; Giocoli, supra note (35) pp. 768–780.高橋岩和著『ドイツ競争制限禁止法の成立
と構造』
(三省堂,1997 年)67-91 頁参照。舟田正之「ドイツ「経済制度」理論史(1)~(7・完)」
(1975 年)国家学会雑誌 88 巻 7 ・ 8 号 49 頁以降の連載のうち,「ドイツ「経済制度」理論史(5)」
89 巻 11・12 号 61 頁以下および「同(6)」90 巻 5 ・ 6 号 64 頁以下参照。
62) 「社会的市場経済」概念については,Alfred Müller-Armack, “The Meaning of the Social Market
Economy,” in Alan Peacock and Hans Willgerodt (eds.), Germany’s Social Market Economy: Origins
and Evolution, (Trade Policy Research Center, 1989) pp. 82–86, 金子晃「西ドイツの社会的市場経済
─経済法的一考察」峯村光郎教授還暦記念『法哲学と社会法の理論』(有斐閣,1971 年)521 頁参
照。なお,近年における議論については,黒川洋行「リスボン条約における社会的市場経済の適
用─ EU の経済秩序に関するオルド自由主義からの考察」日本 EU 学会年報 31 号(2011 年)102
頁参照。)
63) 「経済制度」概念の意義と歴史的背景については,舟田正之,前掲(注 61)国家学会雑誌 88 巻
7 ・ 8 号 82 頁以下,金子・前掲(注 62)523 頁以下,参照。
64) Wernhard Möschel, “Competition Policy from an Ordo Point of View,” in Alan Peacock and Hans
Willgerodt (eds.), German Neo-Liberals and the Social Market Economy (Trade Policy Research
Center, 1989) pp. 142–159.
65) Id. p. 157 note16.
「完全競争」概念の意義については,伊東光晴編『岩波現代経済学事典』(岩
波書店,2004 年)「完全競争・純粋競争」を参照。
66) オイケン・前掲(注 61)(大野訳)『経済政策原理』398-405 頁参照。
67) ヨーステン法案とオルドーリベラリズムの関連については,高橋・前掲(注 61)『ドイツ競争
制限禁止法の成立と構造』67-91 頁参照。
68) Gerber (1987), supra note (57) p. 74.
69) Gerber (1998), supra note (24) pp. 261–265.
70) Akman, supra note (23) pp. 49–63; Rousseva, supra note (23) pp. 10–20; O’Donoghue and Padilla,
supra note (22) pp. 55–63.
71) Mestmäcker, Ernst-Joachim, “The development of German and European competition law with
special reference to the EU Commission’s Article 82 Guidance of 2008,” in Lorenzo Federico Pace
(eds.), European Competition Law: The Impact of the Commission’s Guidance on Article 102 (Edward
Elgar, 2011) pp. 25–62.
72) Ibid. pp. 42–44.ベーム法案については,高橋・前掲(注 61)225-228 頁参照。ドイツにおい
ても想定競争基準についてオルドーリベラル派内部においても見解が分かれている。Schweitzer,
supra note (23) p. 122 note 17.山部俊文「ドイツ競争制限禁止法における市場支配的企業の濫用
行為の規制について」法学研究(一橋大学研究年報)29 号(1997 年) 3 頁,23-25 頁参照。舟田
正之「取引における力の濫用(1)─西独における「購買力濫用」問題を素材として」立教法学
27 号(1986 年) 1 頁では,GWB の政府草案における濫用の意義は,オルドー自由主義の主張す
る想定競争の原理に基づくものではないと指摘されている(14 頁)。
73) 田中裕明「ヨーロッパ競争法の歩みとドイツ法の役割」神戸学院法学第 34 巻第 4 号 53 頁(2005
年),67 頁以下参照。
74) Mestmäcker, supra note (71) p. 43; Giocoli, supra note (35) p. 774.
75) Schweitzer, supra note (23) p. 133.
76) O’Donoghue and Padilla, supra note (22) pp. 55–62.
77) Eleanor M. Fox, “Monopolization and Dominance in the United States and the European
Community: Efficiency, Opportunity, and Fairness, 61 Notre Dame Law. 981 (1986) pp. 983–984.
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●Summar y
Article 102 of the Treaty on the Functioning of the European Union, which prohibits abuse of
dominant position, comes from article 86 of the 1957 European Community Treaty. Article 86
of the EC Treaty is widely thought to be a product of the Freiburg School’s Ordoliberalism in
Germany.
In order to re-examine that common view, I investigated ten years of legislative histor y,
beginning from the 1951 ECSC Treaty and culminating in the 1962 Council Regulation No. 17.
The competition law of the 1957 EC Treaty was discussed in parallel with the drafting
process of German competition law (GWB). Additionally, the 1962 Council Regulation No. 17
was discussed and enacted under the leadership of the German representatives.
Therefore, the evidence is substantial for the proposition that Ordoliberalism influenced
the EC Competition Law’s formation of abuse of dominant position. Recent research, however,
also indicates that US antitrust laws influenced the 1951 European Coal and Steel Community
competition law. Morever, the 1957 EC competition law is similar to articles of the 1953 French
decree.
I thus conclude that the abuse of dominant position component of the EC competition law
comes not only from Ordoliberalism but also from these other factors.
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