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柿渋染めの教材化に向けて
柿渋染めの教 西 澤 材化に向けて 悦 子* 1.はじめに 多いが,これは植物のタンニン成分の色素のためで 柿は食材として日本人が好む果実である.柿の渋 ある. 味であるタンニン成分は柿渋として生活用品や衣料 柿渋の成分は柿渋タンニンまたはシブオールと呼 に利用されてきた.渋染めはどんぐりや栗の果皮な ばれるカテコールタンニンで縮合型タンニンに属す どのタンニンも用いられてきたが,そのほとんどは る . そ の 平 均 組 成 は C 1 4 H 2 0 O 9 で あ る 3) . 柿渋で染められていた. タンニンは植物自体に細菌その他に対する防腐的 今井の「柿の民俗誌」によれば,柿渋の歴史は古 な 保 護 作 用 を 持 ち , 樹 木 , 茶 葉 , 果 実 (ど ん ぐ り 等 ) く『平家物語』のかきの衣や『源平盛衰記』の柿ノ 果 実 の 皮 (栗 )に 含 ま れ る . 渋 柿 を つ ぶ し て 搾 る と ほ キモノ等の文献にみることができる.また,『木葉 とんど無色であるが,これを日光に当てると茶褐色 衣』には「柿の衣と云う名あり,此は麻布を柿漆に となる.この作用を利用して茶系統の染料として使 て摺たるを云う」.昔は藍染を業とする紺屋があっ うようになった.タンニンは水には溶けず,細菌の たように柿渋で染める渋染屋があった 1) とあり,古 くから柿渋染めが行われていることが分かる。 侵 入 を 防 ぐ 役 目 も 果 た し て い る 4) . (2) 柿 渋 の 働 き と 用 途 筆者が渋染めを知ったのは,解放教育研究所編の 柿渋の働きと用途には下記のようなものがある. 『にんげん』の中の「渋染一揆」であった.江戸時 代は渋染めなどの衣服の色により身分が分けられて いた 2) ということから柿渋による染色に関心を持ち, 教材化に向けての研究を試みた. 2.教材化の視点 防水:水を使用する場所や道具の塗装 ② 防腐:抗菌性があり道具などの腐敗防止 ③ 防虫:虫害を防ぐため和紙や木製品に塗装 ④ 補強:和紙や布地の繊維を強化 ⑤ 接着:糊に混ぜ和紙等の接着 ⑥ 清澄:酒の醸造過程で白濁物の除去 最近では,草木染めとして柿渋染めを施した染色 このように柿渋の用途は多様で,『擁州府誌』に 物等を見ることがあり,その色合いの良さと簡単に は「衣服を染めたり,紙に塗って防湿用に箱に貼っ 染められることも利点となって好まれているようで たり,漆塗りの下地として木地に貼るとよい」とあ ある. る 5). 昔 か ら 漁 網 , 型 紙 , 渋 紙 , 衣 料 , う ち わ , 篭 , この柿渋染めを染色の教材として活用するため, 和傘,製茶道具,酒造,漆器下地塗りなどに利用さ 次の3点を教材化の視点として設定した. れてきた. ① (3) 柿 渋 の 搾 汁 生徒が自然と人間生活とのかかわりに気づき, 興味・関心の持てる身近な素材として活用できる. ② 植物染料の中ではタンニン色素を多く含み,染 色が簡単である. ③ 昔の生活文化に学び,課題意識を持って生活に 柿渋の製法としては,渋柿を青柿のうちに採取し て,おろし金かミキサーで粉砕する.それをガーゼ (ま た は 麻 布 )で 搾 る と , 一 番 渋 が 搾 汁 で き る . そこへ少量の水を加えてさらに搾ると二番渋がと 生かすことができる. れる.柿渋液は密閉し冷暗所へ保存して熟成させる. 3.柿渋について と い わ れ た ) で は , 7 ∼ 9 月 頃 に 「天 王 」「鶴 の 子 」と 現在,柿渋を製造・販売している商店(昔は渋屋 (1) 柿 渋 の 成 分 植物に含まれているタンニン成分は渋といわれ, いう渋柿を使用し,粉砕・搾汁してタンクに入れ1 ∼2年間熟成させる.また,柿渋液を粉末にしたり, お茶が茶褐色に変色するのも,このタンニンのため 独特の臭気を除いて(酵母を使用する)無臭の柿渋 といわれる. 液を精製する. 昔から草木染めで使われている色調は,茶色系が 柿渋の搾り方については,『広益国産考』という 書物に「5月頃若くて青い柿を取り,石臼か臼でつ *科 学 教 育 部 産業教育室 ぶして半切桶にいれ,水に浸して半日置く.次にそ れをカマスに入れ,桶の上に置いたスノコにのせて 測 定 は 分 光 光 度 計 ( S 社 製 U V − 240 ) を 使 用 し 棒をてこのようにしてカマスを圧搾する.二番渋は た . グ ラ フ は 横 軸 に 波 長 (nm), 縦 軸 に 反 射 率 (% )を 6) と記されている. とり,波長と染色布の反射率の関係を反射スペクト また,渋の保存について『百姓伝記』に「塩気,油 ルで表示し, この反射スペクトルから染着の度合い 気,酒気は渋気をなくし,鉄気は変色させる.貯蔵 を 判 定 し た . 柿 渋 の 染 色 布 は い ず れ も 波 長 600∼ 700 については,樽か瓶に入れて湿気たところに置くと nmの 域 の 反 射 率 が 高 く な っ て い る . 一 番 渋 の 1/3の 値 段 で 売 れ る 」 よい」 6) と述べられている. ① 試 験 布 は 植 物 繊 維 の 綿 (40番 ブ ロ ー ド )と 麻 ( 80 番 ) , 動 物 繊 維 の 絹 (タ フ タ )と 毛 (モ ス リ ン )を 1 回 4.柿渋による染色 染めし,測定した反射スペクトルが図1である. 柿渋液は繰り返し染色することによって茶褐色を 図1より,染着の度合いは麻,綿,毛,絹の順に 呈する.その際,独特の臭気が伴うので,無臭のも 反射率が小さく,植物繊維の麻・綿が濃色に染着さ のを使用してもよい.染色した布地は,糊付けした れた.視覚的にも麻が最も濃く,昔から柿渋による ような適度の張りと硬さを伴う.この柿渋染めの色 衣服の染色に麻布がよく利用されていたことが理解 合いと張りの特徴を生かして,化学染料などと染め できた. 重ねると深みのある色合いや布に張りを持たせるこ とができる. (1) 染 色 方 法 染色の方法については,次の①∼⑤のように行う. ① 前処理:原布は水洗いし汚れや糊を除去する. 染 液 に 浸 す 前 に 水 で 濡 ら す (む ら 染 め 防 止 ). ② 染色 : ポ リ 容 器 (鉄 器 は 避 け る )に 染 液 を 入 れ , 布 は よ く 動 か し な が ら 30 分 く ら い 染 め る . 手袋をして手でもみこむようにするとよい. 80∼ 90℃ に 加 熱 す る と 染 色 時 間 が 短 か く て す む . ③ 干し方:直射日光に照射し乾燥させる. よ く 干 し て か ら 水 洗 い し 再 び 干 す (繰 り 返 す ). ④ 染色と日光照射を繰り返すと濃く染まる. ⑤ 仕上げ:十分日光照射し発色後,水洗い,アイ 図1 繊維の違いによる反射スペクトル ロン仕上げをする. (2) 染 色 の 留 意 点 濃 く 染 色 す る に は , 染 液 を 高 温 (80∼ 90℃ )に し た り,染め重ねる.また,日光照射で染着の度合いが 増す. ② 綿の晒布について,1回染めと2回染めを行い その染着の度合いを図2に示した. 図2より,1回染めより2回染めの方が反射率は 小さく,濃色に染着されていた. 渋染の方法は「生渋1升に水9升入れ,たらひに てよく和合せ,生布にても晒布にても,先水にて糊 気をおとし,渋水につけよくもみ合わせ,さおにか け,その下に渋水の入りたるたらひを置て,布をし ぼらず干して,幾度も渋水の尽るまで染て干すべし, 渋色むらなくわたりてよき色に染まる」と『萬寶鄙 事 記 』 に 記 載 さ れ て い る 5). このように柿渋染めは特殊な染色技術は要らず, 染めた後干す場所さえあればできる.また,染色後 の日光照射で染着が濃色になるのが特徴である. (3) 染 着 の 度 合 い 染色布の染着の度合いを調べるため,次の①∼③ の反射率の測定を実施した. 染 色 時 間 は 20分 間 , 常 温 で 染 色 し た . 図2 染色回数と反射スペクトル ③ 綿 ( 40番 ブ ロ ー ド ) を 2 回 染 め し , 日 光 照 射 の 表2に剛軟度の結果を示し数値大ほど剛軟度は高 際に割り箸を使って遮光し(遮光部)、日光による い.表2より原布Aより染色布Bの方が,剛軟度は 照射部と発色の程度を測定した. 高く,染色布は硬くなることがわかった. 結果は図3のようになり,同じ染色回数にもかか わらず遮光部の反射率が大きく,染着の度合いは低 表2 かった. 剛 軟 度 (cm) 綿A 39 麻A 52 綿B 73 麻B 101 (3) 引 張 強 さ 引 張 強 さ に つ い て は , JISーL1096「一 般 織 物 試 験 方 法」のショッパー型引張試験機を用いた. その結果は表3に示し,数値は布の破断時の荷重 の平均値である.表3より原布Aと染色布Bを比較 すると,綿・麻ともに染色布の引張強さは原布を上 まわらなかった. 表 3 引 張 強 さ (kgf) 図3 日光照射と反射スペクトル 綿A 29.4 麻A 39.5 綿B 28.1 麻B 31.3 5.染色布の性能試験と結果 柿渋は繊維表面に強い皮膜ができるため,防水, 補 強 な ど の 効 果 が あ る と い わ れ て い る 6). こ れ ら を (4) 摩 耗 強 さ 確 認 す る た め , 以 下 (1)∼ (5)の 試 験 を 行 っ た . 布の摩耗強さについて,ユニバーサル型摩耗試験 試 験 布 に は , 綿 布 ( 綿 100% 40番 ブ ロ ー ド )と 麻 布 機 (平 面 法 )で JIS− L1096「 一 般 織 物 試 験 方 法 」 に よ (麻 100% 80番 )を 用 い , そ の 原 布 ( A と い う )と 1 回 り行った.結果は表4であるが数値大ほど摩耗性は 染めの布(Bという)をたて布で比較した. 大きい.表4より染色布の方が摩耗性は大きかった. 各試験は,3∼5回の測定値を平均したものであ 特に,麻Bが摩耗性に強いことが分かった. る. (1) 防 水 性 表4 防 水 性 の 試 験 は は っ 水 度 (ス プ レ ー 法 )を 測 定 し た . JISーL1092「 繊 維 製 品 の 防 水 性 試 験 方 法 」で 行 っ た . 方法は布に水を掛けて表裏の湿潤状態を判断して 摩 耗 性 (回 ) 綿A 105 麻A 105 綿B 111 麻B 164 はっ水度を調べる.結果は表1のとおりである. 表1より原布Aは水を浸透しやすく, 染色布Bは (5) 耐 洗 濯 性 染 色 布 の 洗 濯 の 耐 久 性 に つ い て は ,洗 浄 試 験 機 (ラ 原布Aよりはっ水度は高かった. ウ ン ダ オ メ ー タ ) で JIS− L0844「 洗 濯 に 対 す る 染 色 表1 堅牢度試験方法」を参照して試験した. はっ水度 洗濯は石けん,合成洗剤及び中性洗剤で行い, 洗 綿A 0 麻A 0 濯前と洗濯後の染色布を①分光光度計(S社製UV 綿B 50 麻B 50 − 240 ) と ② 色 彩 色 差 計 ( M 社 製 C R -300) で 測 定 はっ水度0:表面と裏面が完全に湿潤 50: 表 面 の み 湿 潤 (2) 剛 軟 性 布 の 硬 さ の 試 験 を JISーL1096「 一 般 織 物 試 験 方 法 」 の 剛 軟 度 試 験 法 ( 45度 カ ン チ レ バ ー 法 ) で 行 っ た . した. ① 分光光度計による反射スペクトルの結果は,図 4 -1 と 図 4 -2 で あ る . 結 果 よ り 石 け ん と 合 成 洗 剤 で洗濯した染色布は, 綿・麻とも洗濯前より色調の 変化が大きく,中性洗剤は小さかった. より色調の変化が小さい中性洗剤で洗濯する方がよ いことが分かった. 6.柿渋染めを生かした製作物 柿渋染めの防水性の特徴を生かして, 染色布によ 原布 る製作物としては次のようなものを考えた. 中性洗剤 (1) 食 卓 に 利 用 す る 小 物 類 と し て は , ラ ン チ ョ ン マ 石けん ット,コースターなど 合成洗剤 (2) 日 常 品 と し て は , の れ ん , 帽 子 , エ プ ロ ン な ど で, エプロンは染色布のあまり硬くないものを使用 図4−1 綿の洗濯後の反射スペクトル した方がよい. 7.まとめ 柿渋染めの教材化に向けて,その有用性について 次のように考えられる. (1) 生 徒 の 興 味 ・ 関 心 を 考 え る と き , 柿 渋 の 特 徴 と 原布 用途に気付かせ,自然とのかかわりを考えて生活に 中性洗剤 生かすことができる. 石けん (2) 柿 渋 染 め は 高 度 な 染 色 技 術 や 媒 染 剤 が 不 要 で , 合成洗剤 染めて日に干すだけで簡単に染色できる. (3) 柿 渋 の 防 水 , 防 虫 , 防 腐 な ど の 働 き を 知 り , 生 活への活用を考えたとき,昔の生活文化にも接する 図4−2 ② 麻の洗濯後の反射スペクトル ことができる. 8.おわりに 色彩色差計により測定して色差を算出した結果 昔は敷地内に渋柿の木が植えられ,渋染めや干柿 が表5である.数値大ほど色調の変化は大きい. 表5より綿・麻ともに石けんと合成洗剤での洗濯 などを生活に活用してきた. 京都府の山城郷土資料館で柿渋を使った昔の生活 後の染色布の色差が大きく,中性洗剤は小さかった. すなわち,柿渋染めは中性洗剤で洗濯する方がよい 用具や衣服に出会ったとき,柿の用途と生活のつな ことが判明した. がりを認識させられた.柿渋は身近な素材であり, 簡単に染色でき, 実用性のある多くの特徴を有して 表5 いることを改めて見直すきっかけになった. 洗濯後の色差 洗剤 綿 麻 石けん 52.6 47.5 合成洗剤 53.1 47.2 中性洗剤 37.9 33.2 (6) 染 色 布 の 性 能 試 験 の 考 察 性能試験の結果から次のことが分かった. ① 防水性:はっ水度の結果から効果があった. ② 剛軟性:布の硬さは倍増した. ③ 引張強さ:原布より低下した.一方,孫によれ ば , 綿 ・ 麻 の 引 張 強 度 は 増 加 し て い る と い う 報 告 7) もあり,原布や染め方による強度差も考えられる. ④ 摩耗強さ:綿・麻ともに強くなった. ⑤ 耐 洗 濯 性 : 弱 ア ル カ リ 洗 剤 (石 け ん と 合 成 洗 剤 ) 今後,授業実践を通して,さらによりよい教材に できればと考えている. 参考文献 1) 今 井 敬 潤 : 柿 の 民 俗 誌 , 現 代 創 造 社 ( 1990) 2) 岡山県同和教育研究協議会編:渋染一揆関係教 材資料集 3) 化 学 大 辞 典 , 共 立 出 版 ( 1960) 4) 吉岡常雄:天然染料の研究,光村推古書院 ( 1974) p.127, 141 5) 今 井 敬 潤 : 染 織 , 172 (1995) p.36∼ 40 6) 京 都 府 立 山 城 郷 土 資 料 館 編 : 柿 渋 の 力 ( 1997) 7) 孫敬子:亜細亜服飾学術会議研究発表要旨−韓 国 の 伝 統 カ ル オ ッ (渋 柿 染 色 )特 性 研 究 − ( 1988)