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テラヘルツパルスによる凍結生体組織のイメージング
テラヘルツパルスによる凍結生体組織のイメージング 保科宏道、林 朱、大谷知行、三好憲雄 背景と目的 近年,テラヘルツ(THz)領域の電磁波の発生・検出技術の向上により,THz 波を利用した様々 なアプリケーションが開発されてきた.THz 波は波長(約 300μm)程度の空間分解能と,紙やプ ラスチックなどに対する透過性を併せ持つため,X 線に次ぐ新たな透視イメージングの手法とし て活用できる.特に医療分野では,THz 波の光学特性(透過率,反射率,屈折率)の違いを利用 して癌などの生体組織のイメージングが試みられている[1-3].しかし生体組織の透過イメージン グを行う際には組織に含まれる水分を取り除く必要がある.液体の水は THz 波を強く吸収するた め(~300-1000 dB/cm),数十ミクロン程度の薄いサンプルを用いるか,サンプルを脱水する必要が あった.過去に我々はパラフィン包埋した肝臓癌組織の THz 透過イメージを測定したが,サンプ ルの準備には,ホルマリン固定,アルコール脱水,パラフィン固定と複数の工程が必要で,作業 には数日を要した.本研究では,応用を視野に入れたより簡便な生体イメージングの手法として, 凍結生体組織の分光イメージ測定を試みた.THz 領域で氷は水よりも透過率が良いため,数 mm 以上の厚みのサンプルでも透過分光測定が可能である.本研究ではテラヘルツ時間領域分光法 (THz-TDS)により,凍結した豚肉の透過イメージを測定した. 成 果 THz スペクトルの測定には市販の THz-TDS(先端赤外 pulse IRS-2300)を用いた.THz 集光光 学系の焦点に XZ 自動ステージ上に固定された銅製セルを設置し,100 ピクセル×100 ピクセル (20mm×20mm)の分光イメージを 7 時間かけて取得した.セルは冷媒によって-33℃まで冷却さ れた.本研究ではサンプルとして市販の薄切り豚ロース肉を用いた(図1).サンプル内の赤身 (筋肉組織)と脂肪組織は肉眼で確認できる.サンプルは厚さ 2mm の石英窓で挟まれセルに固 定した.固定の際にサンプルは締め付けられ,均一の厚みになっている.なお,全ての THz 光学 系は窒素ガスで置換しており,水蒸気による吸収やセルへの結露の影響は無視できる. 図2は測定された THz 時間波形の中から,図1に示した点 a-e の常温(22℃)と凍結時(-33℃) におけるスペクトルを示す.それぞれ(a)石英窓のみ,(b)脂肪組織(c)筋肉組織(d,e)組織の境界に対 応する.b-d 全ての点で凍結によって透過テラヘルツ波の強度が上がっている.特に,筋肉組織 は常温でほとんど THz 波が透過していないが,凍結により透過率が劇的に上昇している.図2(a) の THz 時間波形では石英窓による多重反射成分がメインパルスから約 7.7 ps 遅れて確認でき,そ こからサンプルの厚みが約 1.2mm であるとわかる.一方で筋肉組織および脂肪組織における THz メインパルスは,(a)のメインパルスに比べ,それぞれ 3.2 ps と 2.2 ps 遅れており,各組織の屈折 率がおよそ 1.8 と 1.6 であると見積ることができた. 図2(d,e)は脂肪組織と筋肉組織の境界領域 のスペクトルである.これらの THz 時間波形を扱うときには,組織の不均一性を考慮に入れる必 要がある.本研究で用いた THz-TDS のビームスポットサイズは 1THz で直径約 1mm であり,THz 波の波長(300mm)より広い領域を観測している.そのため,ビームスポット内の組織が不均一 である場合,時間波形は本来のスペクトルを直接反映しないと考えられる.ビームスポット内に 異なる屈折率を持つ組織が混在し,その境界面が THz 波の進行方向と平行である場合,得られる THz 時間波形は各領域を通過した波形の足し合わせになり,複数のピークを持つ.一方で境界面 が THz 波の進行方向と垂直である場合,時間波形は各組織の時間波形の平均になる.図2の境界 領域を見ると,スペクトル(d)は 7.9ps 付近と 8.8ps 付近の2カ所にピークを示し,それらの位置 -67- が筋肉組織と脂肪組織のピーク位置と一致することから前者であると思われ,スペクトル(e)では 筋肉組織と脂肪組織の中間にピークが現れることから,後者であると考えられる.以上のように, THz-TDS による凍結生体サンプルの分光イメージにはサンプルの空間的な不均一性が反映され, 時間波形が複数の波形の線形結合になる場合が多い.その場合,時間波形のフーリエ変換から求 められる吸光度は物性を直接反映しない.図3(a)は時間波形をフーリエ変換後,1THz における THz 透過強度でプロットしたサンプルのイメージである.組織間の吸光度の差が確認できる一 方,境界領域付近でテラヘルツ光の強度が大幅に減少し,強調されている.これは生体組織の物 性を直接反映したものではない偽情報であり,診断において判断を誤らせる可能性がある.そこ で,図3(b)では時間波形のメインピークの位置をパラメーターとして 2 次元イメージを作成し た.ピークシフト量は組織の屈折率を反映しているが,二つの組織の境界において中間値を取る ため,イメージ上では連続的に変化する.その結果,作成したイメージは組織の空間分布をよく 反映し,図3(a)で見られたような偽情報は現れにくく,THz-TDS による分光イメージング手法 として適することがわかった. 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5 a c d b 図 1 豚肉サンプルの光学写真 20 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5 0.2 (b) adipose tissue o -33 C o 22 C y (mm) e THz electric field (arb. unit) x (a) o -33 C 0.7 10 1.2 1.7 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5 (c) striated muscle 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5 (d) boundary o -33 C o 22 C 0 0 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5 20 6 7 8 9 10 11 12 6.5 7.0 7.5 8.0 8.5 9.0 o -33 C o 22 C 5 13 10 14 Time (ps) 0 0 図2 20 (b) (e) boundary 4 10 x (mm) o -33 C o 22 C y (mm) y (a) quartz 10 x (mm) 各点のテラヘルツ時間波形 図3 20 (a) テラヘルツ透過光強度と (b)時間波形のメインピーク位置 参考文献 [1] J. Darmo, V. Tamosiunas, G. Fasching, J. Kröll, K. Unterrainer, M. Beck, M. Giovannini, J. Faist, C. Kremser, P. Debbage, Optics Express, Vol. 12, pp. 1879-1884 (2004). [2] S. M. Kim, F. Hatami, J. S. Harris, A. W. Kurian, J. Ford, D. King, G. Scalari, M. Giovannini, N. Hoyler, J. Faist, G. Harris, Appl. Phys. Lett., Vol. 88, pp. 153903 (2006). [3] T. Loffler, K. Siebert, S. Czasch, T. Bauer, H. G. Roskos, Phys. Med. Biol., Vol. 47, pp. 3847-3852 (2002). -68-