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図書館の多文化サービスについて

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図書館の多文化サービスについて
特集:情報バリアフリーとしてのユニバーサル・サービス
UDC 02:000.000:000.000
図書館の多文化サービスについて
-様々な言語を使い,様々な文化的背景を持つ人々に図書館がサービスする意義とは-
小林
卓*1,高橋隆一郎*2
本稿では,まず,民族的,言語的,文化的少数者(マイノリティ)を主たる対象とする図書館サービスである多文化サービスの発展経緯
を公立図書館,大学図書館それぞれについて,少し詳しく述べた後に,その意義について,1)知る権利,2)コミュニティの構成員として
のマイノリティ,3)人権の尊重,4)障害者サービスとの共通性,の 4 つの観点から論じる。続いてこの問題についての国際人権の動向や
国際機関の動きを記し,それらを踏まえることの重要性に触れ,最後に,今後私たちが図書館関係者として,自分たちの関わるコミュニティ
(地域・大学)において多文化サービスに関わっていく際に踏まえておくべきことについて提言を行う。
キーワード:図書館,多文化サービス,多言語,言語権,国際図書館連盟
1.様々な言語的・文化的背景を持った人々が混在
して暮らす現状
の国々を中心に発展してきた。その社会的背景としては,
①アメリカ合衆国におけるアフリカ系アメリカ人公民権運
動の進展とそれに引き続く各マイノリティ住民の民族意識
人々のアイデンティティの基盤となる文化は民族や社会
集団等により多様である。加えて言えば,民族により言語
の高揚,②北西ヨーロッパや北アメリカにおける外国人労
働者の大規模な受け入れに代表される国際労働力移動の活
も多様となり,社会の中ではコミュニケーションの問題が
発生する。そして昨今の移住の増加やグローバリゼーショ
発化,などをあげることができる。こうした流れにともな
い,上記の国の図書館ではその国のマジョリティの言語/
ン等により,社会での文化的な多様性が増している。日本
でも,多数者である日本人社会の中で韓国・朝鮮人や中国
文化を主流としてきた従来のサービスから,地域社会の文
化的多様性を反映したサービスが積極的に提唱,実践され
人,南米の人々など多くの外国人が生活している。法務省
『平成 19 年末現在における外国人登録者統計について』に
るようになり,多文化サービスは現在の図書館サービスを
考える上での重要な要素の 1 つとして捉えられるように
よると,外国人登録者数は,2,152,973 人となり,過去最
高を更新。日本の総人口の 1.69 パーセントを占めるように
なっている。
日本においては,奉仕対象者としてのマイノリティ住民
なっており 1),独立行政法人日本学生支援機構によると,
2008 年 5 月 1 日現在の留学生数が 123,829 人となっている
を考慮したサービスが明確に意識され,各地での実践が急
速に発展していったのは 1980 年代後半以降のことである。
2)。社会一般においては,1990
年に「出入国管理及び難民
認定法」が改正されたことや,大学においては,1983 年に
1986 年の IFLA(International Federation of Library
Associations and Institutions)東京大会において,日本の
発表され,2003 年に到達した留学生受入れ 10 万人計画が
日本での文化的多様化に大きく関わっていると言えよう
公立図書館におけるこの種のサービスの不足が指摘され,
サービス発展を促す決議があげられたことは,図書館の多
が,現在では,日本社会の中で様々な文化的背景を持つ人
が暮らす状況に対して多文化共生が重要視されるように
文化サービスの概念普及の大きな契機となった。
一方実践の面では 1988 年が 1 つの画期的な年となった。
なってきている。
この年,大阪市立生野図書館の韓国・朝鮮図書コーナーと
厚木市立中央図書館の国際資料コーナーが設けられ,その
2.図書館の多文化サービス:その発展経緯と現状
2.1 発展経緯
後各地の地域館で同種のサービスがはじまる先鞭がつけら
れた。
2.1.1 公共図書館
図書館の多文化サービスの概念は 1960-70 年代以降,北
日本における図書館の多文化サービスの広がりの背景と
しては,在日韓国・朝鮮人をはじめとする定住外国人の権
アメリカおよび北西ヨーロッパ諸国,オーストラリアなど
利保障運動の進展,新規入国者数の急激な増大,自治体の
「国際化」強調施策等をあげることができるが,同時にそれ
*1 こばやし たく 実践女子大学
〒191-8510 東京都日野市大坂上 4-1-1
Tel.042-585-8817
*2 たかはし りゅういちろう 東京学芸大学附属図書館
〒184-8501 東京都小金井市貫井北町 4-1-1
Tel.042-329-7225
(原稿受領 2009.6.1)
以前の図書館活動が多文化サービス発展の土壌を形成して
いたという点が見逃せない。
これは,①70 年代から東京都立中央図書館の中国語,韓
国・朝鮮語資料の収集と提供や,関西の韓国・朝鮮関係私
設図書館の活動など優れたサービスが行われていたこと,
②60 年代後半以降の日本の公共図書館発展の中で,
「いつ
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でも,どこでも,誰にでも,どんな資料でも」の合言葉の
もとに,
「住民の権利としての図書館利用」という概念が根
学院のチームが 2006 年,2007 年に,公立図書館,大学図
書館のホームページを精査した学会発表を日本図書館情報
づいてきていたこと。なかでも障害者サービスを実践する
なかで,
「読書権」を 1 つのキーワードにすべての住民に
学会の研究大会で行っており,公開されたものとしては,
同調査の大学部分が,2009 年アジア太平洋図書館・情報教
対してサービスを保障する必要性と図書館の責任が認識さ
れてきたこと,の 2 点から考えることができる。
育国際会議の proceeding として英文でウェブ上に発表さ
れている17)。
したがって,日本における図書館の多文化サービスを単
なる「舶来物」とみたり,国際化社会の新しいサービスと
3.多文化サービスの内容
のみ捉えるのではなく,1970 年に出された『市民の図書館』
(日本図書館協会)以降の地域住民奉仕の流れの中に位置づ
多文化サービスという時,その中身にはどのようなもの
があるのか。まず,何よりも大切なことは,自分たちが関
ける必要がある。1980 年代後半以降の日本における図書館
の多文化サービスの概念の普及と実践の広がりは,いわば
わっているコミュニティ(地域・大学)にどのような外国
籍の人がいて,どのようなニーズを持っているのかを把握
外側から扉を叩く動きと内側から扉を押し開ける動きが一
致した結果であるということができるだろう3)。
することである。次に,その外国籍の人々のニーズに合う
資料を入手し,整理し,利用者に分かるように目録等を作
2.1.2 大学図書館
大学図書館の留学生へのサービスは,古くから実施され
ることである。例えば,どの本屋に頼めば何語の本が手に
入る,等の知識を図書館の側で持っておいたり,資料整理
ているが,やはり注目を集めるようになったのは,前述の
1983 年の「留学生 10 万に計画」と,同時期から「日本の
の方法をどうしたらよいのかを検討したりすることが求め
られるであろう。3 番目には,自分の図書館で利用者に必
国際化」論が盛んに論議されるようになってからである。
文献の上から,いくつか重要なものをたどると,1988
要な資料が提供できない時,国内外のどの図書館にそれが
所蔵されており,どのようにその図書館とやり取りをして
年の『現代の図書館』12 月号で,
「図書館と国際化」が特
集され,同号で逸村裕の「大学図書館における留学生への
利用者に提供するかという,図書館間相互協力に関する知
識も必要となろう。4 番目はカウンター等での利用者との
サービスについて:上智大学の場合」4)と田村俊作の「図書
館学と留学生」5)が掲載されている。1991 年の『図書館年
対応の力である。また,昨今はインターネット等 ICT が発
達しているが,Windows2000 以降のシステムでは様々な
鑑』では,
「多文化社会図書館サービスと国際識字年:IFLA
東京大会以降の展開」が特集され,寒川登の「留学生対策
言語の取り扱いができ,それをインターネットにつなげる
ことにより,母語でインターネット上に流通しているコン
と大学図書館:1983 年以降の動向」6)が,同時期の動向を
知るのに格好の論文となる。
『大学の図書館』では,1997
テンツの利用が可能になる。そのような情報技術を目の前
のコミュニティの利用者に使っていく力も大切になろう。
年 3 月号で留学生サービスの特集論文を掲載しており,
2008 年 2 月号で再び「大学の図書館の多文化サービス」
そしてなにより,今まで述べたニーズの把握,蔵書構築,
利用者対応,情報技術の応用のためには職員の側の力量が
の特集が組まれた。同号所収の川崎千加の「多文化サービ
スの 10 年:大学図書館を中心に」7)は,寒川論文以降の動
大切になるため,職員の研修も重要になる。
向をみるのによいまとめとなっている。
4.サービスの意義
「図書館は,基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国
2.2 現状の調査
図書館の多文化サービスの調査に関しては,上記の 1986
民に,資料と施設を提供することをもっとも重要な任務と
する」18)。これは,「図書館の自由に関する宣言」の冒頭の
年 IFLA 東京大会での決議を受けた形で,1988 年の「日本
の図書館」付帯調査として,公共・大学図書館の全国調査
文章である。1954 年に採択され,1979 年に改訂されたこ
の宣言では,今紹介した冒頭の文章のもと,第 5 項として
が行われ 8)9),1998 年にも経年調査として,同じく付帯調
査が行われている 10)11)。2008 年にも,10 年ごとに行われ
次のように記されている。
「すべての国民は,図書館利用に
公平な権利を持っており,人種,信条,性別,年齢やその
てきたこの定期的な調査を継続して行うべく,筆者らの所
属する日本図書館協会多文化サービス委員会で,日本図書
置かれている条件によっていかなる差別もあってはならな
い。外国人にも,その権利は保障される」
。
『
「図書館の自由
館協会事務局・理事会に強い働きかけを行ったが,諸般の
事情でいまだ果たせずにいる。同委員会では,今後も調査
に関する宣言 1979 年改訂」解説第 2 版』では,このこと
について,以下のように解説している。
「図書館を利用する
の実施に向けて,努力を続けていく方針である。
個別の調査・研究事例としては,公共図書館よりも大学
権利は,日本国民のみならず日本に居住しまたは滞在する
外国人にも保障されるというのが第 5 項後段の趣旨であ
図書館関連において,近年注目すべき調査があり,東京大
学の調査 12)13) ,明治大学図書館のグループの一連の研究
る。さらには,国際的な図書館協力を通じて,日本国外に
いる人々にもその権利が保障されるべきことは,先に述べ
14)15)16)などが,注目される。
なお,本稿の読者の興味をひくと思われる,図書館のホー
た国際人権規約の趣旨からみても当然である。したがって,
宣言本文および解説文等に「国民」とのみ書かれていると
ムページの多言語対応に関する調査としては,東京大学大
ころも,そのように意識して読む必要がある」19)。ここで,
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「先に述べた国際人権規約」とは,「市民的及び政治的権利
に関する国際規約(国際人権規約 B 規約)
」第 19 条第 2 項
わるものはこのことをしっかりと認識しておく必要がある
だろう。
の次の規約のことを指している。
「すべての者は,表現の自
由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き
5.世界の動きから
もしくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法によ
り,国境との関わりなくあらゆる種類の情報及び考えを求
さて,この多文化サービスについて考えていくうえで,
世界の動きを若干触れておくこととする。取り上げるのは
め,受け,及び伝える自由を含む」
。多文化サービスについ
て考えていく時にはまずこのことをおさえておく必要があ
国際人権の流れ(特に第 3 世代の人権)と,IFLA,UNESCO
(United Nations Educational,Scientific and Cultural
る。
次におさえておかなければならない点は,
「外国人もその
Organization)である。
コミュニティの一員であること」であろう。地域のことか
ら考えてみると,
「地方自治法」10 条および同条第 2 項が
5.1 国際人権の流れ:第 3 世代の人権としての言語権
第 3 世代の人権については少々長くなるが,
カレル・ヴァ
有力な根拠になるであろう。この 2 つの文から読み取れる
ことは,外国人もその地域の住民であり,図書館サービス
サクの説明を引用すると,「世界人権宣言に謳われた権利
は,2 つのカテゴリーに分けられる。一方が,市民的およ
など地方公共団体の役務を受ける権利があるのだというこ
とである。
び政治的権利であり,他方が,経済的・社会的および文化
的権利である。近年の社会パターンの変化に応じて,ユネ
・地方自治法 10 条「市町村の区域内に住所を有する者
は,当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする」
スコの事務総長が名付けたような『第三世代の人権』を形
成することが緊急事となった。
『第一世代』の権利というの
・第 2 項「住民は法律の定めるところにより,その属す
る普通地方公共団体の役務の提供を等しく受ける権利を有
は,
『消極的』権利である。つまり,この権利の尊重という
ことは,国家は個人の自由に干渉となるようなことは一切
し,その負担を分任する義務を負う」
大学についても,それぞれの留学生は入学試験等を経て
してはならないということであり,大体において,市民的
および政治的権利がこれに相当する。
『第二世代』はこれと
それぞれの大学に入り,日本人学生と同様それぞれの大学
の決まりに従って学園生活を送っているのであり,留学生
対照的に,社会的・経済的および文化的権利の大部分のよ
うに,それらの実施のために国家の積極的な行動を求める
も図書館を含めた大学のサービスを等しく受ける権利があ
るのだと言える。
ものである。ところが国際社会は目下『連帯の権利』と呼
ばれうる,
『第三世代の人権』を形成しはじめた。これらの
第 3 点は,どのような人にも「人としての権利」が尊重
される必要があることである。国際人権規約 B 規約第 19
権利は発展への権利,健康でバランスのとれた環境への権
利,平和への権利,そして人類の共同財産を所有する権利
条 2 項については先に触れたが,その他にも国際人権規約
A 規約 13 条の教育権等の規定には,そのコミュニティに
を含んでいる」となる21)。
そして,この第 3 世代の人権で,多文化サービスともっ
おけるどのような人にも「人としての権利」が尊重される
必要がある旨の意図が見て取れるであろう。
ともかかわるのが,
「言語権」である。言語権とは,個人的
な権利であると同時に集団的権利であるとされ,典型的な
4 点目は,障害者サービスとの共通性である。筆者(小
林)は,かつて,
「視覚障害者読書権保障協議会」の読書権
第 3 世代の人権の 1 つである。鈴木敏和は,その定義を「言
語権とは,自己もしくは自己の属する言語集団が,使用し
に関するアピール(1971 年)を踏まえながら,その中の「視
覚障害者」を「在住外国人」と置き換えても文章が成立す
たいと望む言語を使用して,社会生活を営むことを,誰か
らも妨げられない権利」としている 22)。鈴木の定義はやや
ることを述べ,障害者サービスで考慮すべきことを多文化
サービスでも考慮しなければならないことを述べた 20)。文
消極的だが,より積極的に意義づけるならば,言語権の内
容は一般的に,①言語差別を受けない権利,②教育におけ
字を中心とした情報に接することが,人間の文化生活を維
持発展させるために不可欠な条件であるが,在住外国人は,
る言語使用,③名前や地名の権利,④特定の文字表記の権
利,⑤メディアと出版における権利,等々とされる。図書
その社会的条件や母語の違いのゆえにこの文化生活を維持
発展させるための不可欠な条件を持ち得ない状況に置かれ
館の多文化サービスは,この住民の言語権を保障する社会
的システムと位置づけることもできるだろう。なお,日本
ている。この社会的条件もしくは母語の違いをカバーする
作業,すなわちその人の母語による資料の提供や日本語学
での言語権の議論はまだ緒についたばかりだが,
「ろう者」
の手話使用の権利/手話で教育を受ける権利の根拠とし
習の援助が十分になされなければ,在住外国人の文化生活
は保障されない。この,多文化サービスと障害者サービス
て,理論的紹介がすすめられている 23)。本特集の観点から
見ても,興味深い関連といえるだろう。
との共通性には考慮を払う必要があろう。
以上,多文化サービスの意義,多文化サービスをなぜ行っ
5.2
ていかなければならないのかを 4 点述べた。同じコミュニ
ティの成員である以上,どのような文化的背景を持った人
IFLA は,世界中の図書館協会組織および図書館組織の
連合体である。IFLA には,その中に主題ごと,館種ごと
であろうと同じ人としての権利がある。私たち図書館に関
に分科会があり,その 1 つとして 1986 年から多文化社会
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IFLA の活動
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図書館サービス分科会(Section on Library Services to
Multicultural Populations)が結成されている。多文化図
文化間の対話という国際社会の流れを踏まえて,文化の多
様性保護のための国際的なルールを作ろうという問題意識
書館サービス分科会には,文化的・言語的マイノリティの
ニーズに応えるための図書館サービスの開発に関心のある
が背景になって成立したとされており,次のような項目が
規定されている。○目的 ○指導原則(人権及び基本的自
図書館員等が集まっている。ここでは,地球社会の構成員
があらゆる種類の図書館・情報サービスを利用することを
由の尊重の原則,すべての文化の平等な尊厳及び尊重の原
則,等) ○適用範囲 ○定義 ○締結国の権利義務 ○
保障する必要があるということを考慮したうえで,多文化
図書館サービスの経験を分かち合うことを目指しており,
文化的表現を促進するための措置 ○文化的表現を保護す
るための措置 ○情報の共有及び透明性 ○教育及び周知
そのことを成し遂げるために,この分野での国際的な協力
を推進している。
…など。
「文化的表現を促進するための措置」には,例えば次のよ
次に,同分科会が発表された成果からいくつかあげる。
(i)ガイドライン“Multicultural Communities: Guidelines
うな規定がされており,この規定は図書館関係者にとって
もとても大切なものとなるであろう。
for Library Services”2nd edition, revised (1998)
そこでは,
「図書館サービスは,社会のすべての民族的・
第 7 条 1 締結国は,その領域において,(a)個人および社
会集団が次のことをするよう奨励する環境を生み出すよう
言語的・文化的集団に公平に差別なく提供されるべきであ
る」とする大原則のもと,
「資料・サービス提供の責任」や,
努める(b)多様な文化的表現に自国の領域内および世界の
他の国からアクセスすること。
「様々な形態の資料・デジタル資料をも含めた様々な図書館
資料に配慮する必要性」
「少数者に関する資料を多数者の言
上記に掲げた国際人権の流れや,IFLA,UNESCO の活
語の資料で,多数者に対してサービスを提供する必要性」
「職員教育の重要性」などが規定されている24)。
動の成果を踏まえ,私たちがすべきことを考えていく必要
があろう。
(ii)『多文化サービスの意義』
多文化サービスを行うことで,それぞれ互いの文化や言
語社会,価値観を学ぶことができ,相互理解や対話がます
こと。多文化サービスは付け足しのサービスではないこと,
6.最後に:今後多文化サービスを取り組むうえで
必須なこと
今後とも,在住外国人来訪の流れは増すことはあっても
等が述べられている25)。
(iii)多文化図書館宣言“The IFLA Multicultural Library
止まることはないであろう。まず特記すべきことは,日本
とインドネシアが 2007 年 8 月 20 日に締結し,2008 年 7
Manifesto”
本宣言は,2006 年 8 月に IFLA 運営理事会で承認され,
月 1 日より発行した経済連携協定(EPA)によって,イン
ドネシアから看護師・介護福祉士として働くことになるイ
2008 年 4 月の UNESCO の「みんなのための情報計画
( IFAP)」政府間理事会の席で,2009 年秋に行われる
ンドネシア人の候補者が来訪していることである。付け加
えて言えば,同様の EPA がフィリピンとの間にも締結さ
UNESCO 総会の審議事項として提出されることが決まっ
ている段階である。そこでは,多文化サービスの原則や使
れ,
2009 年 5 月 10 日にはその第 1 陣約 270 人が到着した。
昨今の不況の中で,これらの候補者の日本での採用には困
命,図書館の管理・運営,職員について,財政・法令・ネッ
トワークについて規定されている26)。
難な状況もあるとも伝えられているが,グローバル化は時
代の流れであろう。大学の環境を見ても,現在「留学生受
私たちが図書館関係者として自分たちのコミュニティに
入れ 30 万人計画」が進行し,留学生をもっと積極的に受
け入れていこうという流れになっている。ルポライターの
暮らすマイノリティと向き合う時に,有用な原則がこの中
には規定されているといえるだろう。
沢見涼子が『世界』で,インドネシアからの看護・介護関
係者を受け入れるにあたっての環境整備の必要性を強調し
5.3
ており 28),文部科学省の織田雄一が留学生受け入れ 30 万
人計画のための体制整備の必要性を述べているが 29),まこ
UNESCO の動き
次に,多文化に関わる UNESCO の動きについて触れて
おこう。大きなものは,2001 年の「文化の多様性に関する
とにその通りで,これは公共・大学を問わず私たち図書館
関係者が肝に銘じておくべきことであろう。
世界宣言」と 2005 年の「文化的表現の多様性の保護及び
促進に関する条約」27)である。
ならば,私たちには何が必要なのか。まずは何よりも図
書館としては,ますます利用者の情報ニーズを把握して
前者の「文化の多様性に関する世界宣言」は,2001 年第
31 回 UNESCO 総会において満場一致で可決・採択されて
30)。そして,このサービスを行っていくうえでは,図書館
おり,
「市場原理のみでは,人類の持続的発展にとって要と
なる文化多様性の保護と促進を保障できない。この観点か
外の資源も積極的に活用していくべきである。公共図書館
であれば,役所の国際関係部局や国際交流協会のような機
ら,民間部門や市民社会との協力関係における公共政策の
優越性を再確立しなければならない」などと謳われている。
関であり,大学図書館の場合が留学生関係部局や国際関係
部局等のことである。
後者の条約は,前者の宣言を踏まえてできたものである。
そして,多文化サービスについては,民間の団体でこの
サービスに努めていくことから始めていくべきであろう
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情報の科学と技術
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問題に関心のある図書館司書や図書館学関係者,多文化共
生に関わっている人々が集う団体「むすびめの会」31)があ
り,そのウェブサイト上では外国語図書の入手先など有用
な情報を提供している。また,日本図書館協会多文化サー
ビス研究委員会が 2004 年に『多文化サービス入門』32)とい
う本を出版しており,やはり多文化サービスに取り組むう
えで有用な情報が掲載されているので,ぜひご覧いただき
たい。
拙稿が,多文化サービスに取り組むうえで参考になれば
幸いである。
注・参 考 文 献
01) 平成 19 年末現在における外国人登録者統計について.
http://www.moj.go.jp/PRESS/080601-1.pdf
[accessed 2009-05-13].
02) 平成 20 年度外国人留学生在籍状況調査結果.
http://www.jasso.go.jp/statistics/intl_student/data08.html
[accessed 2009-05-13].
03) 小林卓.“図書館における多文化サービス”.多文化共生と生
涯学習.明石書店,2007,p.187-217.
04) 逸村裕.大学図書館における留学生へのサービスについて:
上智大学の場合.現代の図書館.1988,vol.26,no.4,p.208-210.
05) 田村俊作.図書館学と留学生.現代の図書館.1988,vol.26,
no.4,p.220-222.
06) 寒川登.
“留学生対策と大学図書館:1983 年以降の動向”.図
書館年鑑 1991.日本図書館協会,1991,p.257-259.
07) 川崎千加.多文化サービスの 10 年:大学図書館を中心に.大
学の図書館.2008,vol.27,no.2,p.18-22.
08) 河村宏.図書館の多文化サービス:
「多文化サービス実態調査
(1988)」の分析 1:公共図書館. 現代の図書館.1989,vol.27,
nop.2,p.118-125.
09) 河村宏.図書館の多文化サービス:
「多文化サービス実態調査
(1988)」の分析 2:大学・短大・高専図書館.現代の図書館.
1989,vol.27,no.4,p.254-258
10) 日本図書館協会障害者サービス委員会編.
「多文化サービス実
態調査 1998」報告書:公立図書館編.日本図書館協会,1999,
28p.なお,公立図書館については,「日本の図書館」付帯の
2002 年「ミニ付帯調査」としても,中間調査が行われており,
図書館雑誌の 2003 年 2 月号(p.290-291)に概略が記載され
ている。
11) 日本図書館協会障害者サービス委員会編.「留学生等への図書
館サービスに関する調査」報告書.日本図書館協会,1999,
27p.
12) 三浦逸雄ほか.東京大学における外国人留学生の図書館・情
報サービス利用の実態:アンケート調査の結果と分析.東京
大学大学院教育学研究科紀要.2003,no.42,p.349-367.
13) 奥山智紀ほか.プロフィール別に見る留学生の図書館・情報
サービス利用:東京大学における実態調査の分析から.名古
屋大学附属図書館研究年報.2004,no.2,p.31-42.
14) 久松薫子.図書館自主研修グループ報告 大学図書館のアウ
トリーチサービス:外国人利用者サービスの向上に向けて.
図書の譜.2006,no.10,p.159-169.
15) 土田大輔ほか.図書館自主研修グループ報告:大学図書館の
アウトリーチサービス:外国人利用者サービス(2)外国人利用
者に関する調査報告:留学生アンケートを中心に.図書の譜.
2007,no.11,p.233-252.
16) 久松薫子.図書館自主研修グループ報告 大学図書館のアウ
トリーチサービス(3).図書の譜.2008,no.11,p.248-252.
17) Matsubara, Takayuki. et al. Investigating Multi-Linguistic
Information in University Libraries’ Web Pages.
http://a-liep.kc.tsukuba.ac.jp/proceedings/Papers/a46.pdf
[accessed 2009-05-13].
18) 日本図書館協会図書館の自由委員会編.
「図書館の自由に関す
る宣言 1979 年改訂」解説 第 2 版.日本図書館協会,2004,
p.5.
19) 同上,p.21.
20) 小林卓.図書館と多様性:多文化サービスの視点から.図書
館界.2005,vol.57,no.4,p.240-249.
21) 海老原治善ほか編著.現代教育科学のフロンティア.1990,
エイデル研究所,p.225.
22) 鈴木敏和.言語権の構造.成文堂,2000,p.8.
23) 全国ろう児をもつ親の会編.ろう教育と言語権:ろう児人権
救済申立の全容.明石書店,2004,481p.等,参照。
24) Section on Library Services to Multicultural Populations.
(深井耀子,田口瑛子編訳)IFLA 多文化社会図書館サービス.
多文化サービスネットワーク,2002,64p.をもとにまとめ
た。なお,同ガイドラインは,現在第 3 版の改訂作業中であ
る。
25) 多文化サービスの意義.
http://archive.ifla.org/VII/s32/pub/s32Raison-jp.pdf
[accessed 2009-05-31].
26) UNESCO 承認前の日本語仮訳が,
http://www.iflatest.org/files/library-services-to-multicultur
al-populations/Japanese.pdf [accessed 2009-05-13]にアップ
されている。
27) 条約全文の訳が次の資料に紹介されているので参照された
い。
鈴木淳一訳.文化的表現の多様性の保護及び促進に関する条
約(仮訳).獨協法学.2007,no.71,p.196-176.
28) 沢見涼子.看護・介護の現場で求められる“国際力”とは:
インドネシアから看護師・介護福祉士候補者が来日.世界.
2008,no.783,p.232-242.
29) 織田雄一.外国人留学生受入れの現状と「留学生 30 万人計
画」.法律のひろば.2008,vol.61,no.12,p.19-25.
30) 多文化サービスにおける情報ニーズ把握の必要性について
は,以下のものも参考にされたい。
平田泰子.公共図書館の多文化サービスを進めるために:情
報ニーズ調査の必要性,カレントアウェアネス. 2008,
no.296.
http://current.ndl.go.jp/ca1661 [accessed 2009-05-13].
31) む す び め の 会 . http://www.musubime.net/ [accessed
2009-05-13].
32) 日本図書館協会多文化サービス研究委員会編.多文化サービ
ス入門.日本図書館協会,2004,198p.なお,「多文化サー
ビス研究委員会」の名称は,現在,「多文化サービス委員会」
になっている。
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情報の科学と技術
59 巻 8 号(2009)
Special feature: Universal services for barrier-free access to information. Multicultural library services:
Library services to users with diverse language and cultural backgrounds: What is so significant?. Taku
KOBAYASHI (Jissen Women’s University, 4-1-1, Osakaue, Hino-shi, Tokyo 191-8510, JAPAN), Ryuichiro
TAKAHASHI (Tokyo Gakugei University Library, 4-1-1, Nukuikita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501,
JAPAN)
Abstract: This paper begins with detailed descriptions of how the multicultural services provided ethnic,
linguistic, and cultural minorities have evolved over the time. The significance of multicultural services is
discussed from the four perspectives: 1) the right to know, 2) minorities as members of the community, 3)
respect for human rights, and 4) commonality with services to the disabled. This is followed by descriptions of
how international trends in human rights are developing, what measures are being taken up by international
organizations for this issue. Finally, the paper concludes with a proposal that discusses the important aspects
for librarians to have as they engage in multicultural library services in their communities and constituencies
in the future.
Keywords: library / multicultural library services / multilingual / linguistic human right / IFLA
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情報の科学と技術
59 巻 8 号(2009)
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