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漂流する金融政策 - MU投資顧問株式会社
五十嵐レポート 2016 年 10 月 19 日 漂流する金融政策 わかりにくい「新しい枠組み」 日銀が 9 月 21 日に発表した「金融緩和強化のための新しい枠組み」は、率直に言って分 かり難い。これまで追い求めてきた「量的」金融緩和を、今後は「金利」をコントロール するやり方に変えるということだが、それなら「金融緩和強化」と言う以上は金利を下げ るべきだろう。しかし金利は当面「現状程度」を維持することを目指すと言いつつ、実際 には長めの金利をやや上昇させようとしているのだ。 また、これまで重視してきた「予想物価上昇率」を高めるために、「現実の物価上昇率 が 2%を安定的に超えるまで通貨供給量(マネタリーベース)を拡大し続けると約束する」 という「オーバーシュート型コミットメント」なるものを打ち出した。これは、従来の「2% の物価上昇が安定的に持続するために必要な時点まで」続けるというスタンスと比較する と「極めて異例の約束」(内田真一 日銀企画局長)だという。 しかし他方で、新しい枠組みの「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」をいつまで続 けるのかという点については「(目標達成が)安定的に持続するために必要な時点まで」 と、従来と同じ言い方だ。つまり、こちらはオーバーシュート型コミットメントではない。 「量」は重要度を下げた上で「オーバーシュート」の対象とし、操作目標に格上げした「金 利」は対象外だというわけだ。「極めて異例の約束」だと言う割には及び腰ではないのか。 それに、そもそも従来の約束と比較して、オーバーシュート型コミットメントをすれば 物価上昇予想が高まるのか。オーバーシュート型の方が金融緩和が長く続くことは想像で きるが、目下の問題は、そもそも物価上昇の目標が一向に達成されそうにないことのはず。 目標が達成された後も緩和を続けると、今の段階で約束したところで、足元で物価上昇予 想が高まるとは考えにくい。 結局、黒田総裁の下で 13 年 4 月に始まった「量的・質的金融緩和」は、1 年半後の 14 年 10 月に「強化」され、16 年 1 月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」に変わり、そ して先月に、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」となったわけだが、少なくとも今 回は金融緩和政策が強化されたとは言えないと思う。 「新しい枠組み」は言い訳? 日銀が困っていることが 3 つあったと思う。順不同に並べると、①金融緩和政策が限界 に近づいていると思われていること、②マイナス金利政策に副作用があること、③金融政 策決定会合のたびに市場から追加緩和を催促されかねないこと、だ。 したがって今回打ち出された「金融緩和強化のための新しい枠組み:『長短金利操作付 き量的・質的金融緩和』」は、こうした困ったことの解消を狙ったものだったと言える。 -1- そこで日銀は、まず物価上昇目標の達成について、期限を設定することをやめた。ただ し、はっきりやめるとは言っていない。「予想物価上昇率を引き上げていくことには不確 実性があり、時間がかかることもある」と言ったのだ。日銀の論理によれば、予想物価上 昇率を引き上げて実質金利を低下させることが物価上昇を実現させることにつながるのだ から、この表現は、実際に物価が上昇するまでには時間がかかると言っているに等しいの だ。 さらに今後は「(新しい金融政策の)枠組みの中心にイールドカーブ・コントロールを 据える」ことで、「経済・物価・金融情勢に応じたより柔軟な対応を可能とし、政策の持 続性を高める」と言っている。「量」を追い求めてきた緩和政策が限界に近づいてきたの で、今年に入って「金利」を加える意図で「マイナス金利」を採用したら、無視できない 副作用が出てしまった。今さら量は限界だとか、マイナス金利は間違いだったとは言えな いし、言いたくもないので、「新しい枠組み」と称して、政策の後退を正当化しようとし たのではないかと言うと、言いすぎだろうか。 実際、「より柔軟な対応」とは、これまで約束してきたようなペースでマネタリーベー スの「量」を増やさないとか、マイナス金利政策の成果だと誇ってきた「長短金利の低下」 を多少とも後退させることだろう。それは明らかに金融緩和の「後退」であって、「金融 緩和強化」だと強弁することには無理があると思う。 しかし「後退」を「柔軟な対応」だと言い張って、少なくとも当面は追加緩和の催促を かわすことができているようだから、「政策の持続性」が高まったと言えなくもないかも しれない。 本来の実質金利とは とはいえ、日銀は「『できるだけ早期に』2%を実現するとのコミットメントは堅持する」 と明言している。では金融政策でそれをどう実現させるのだろうか。この点について内田 企画局長は、「金融政策は実質金利を自然利子率(景気や物価に中立的な金利)よりも低 くすることで緩和効果を追求するものである」(9 月 29 日付け日経新聞)と述べている。 式で示すと、「実質金利=名目金利-予想物価上昇率」だ。理屈としては、実質金利が 低下すると資金の借り入れが促され、そのお金が使われて景気が浮揚し、実際に物価上昇 が実現する、ということだ。 では、借り入れを促す金利は、なぜ名目金利ではなく実質金利なのだろうか。これは、 物価上昇予想があると、借り手は自分の売上げも物価上昇に見合って増えると考える。借 り入れの利子はその売上げから支払うのだから、売上げの増え方(つまり物価上昇率)が 大きいほど利子の負担感は小さくなり、それだけ借り入れ意欲を高めると考えられる。だ から利子の負担感の大きさを決めるのは、名目金利ではなく実質金利だというわけだ。 しかしもう少しよく考えると、借り手にとって利子の本来の負担感とは、今後手に入る と予想される所得に対して利子の支払い額がどれくらい大きいかということだろう。つま り、「実質金利=名目金利-予想所得増加率」であるはずなのだ。 -2- 一般的な実質金利の定義に従うと、たとえば原油価格が下落して予想物価上昇率も低下 すると、実質金利が上昇して借り入れ意欲は低下する。実際日銀は、物価上昇目標が達成 できていない主たる要因が原油価格の大幅下落だと言っている。しかし日本企業をトータ ルでみると、原油価格の下落は明らかに増益要因だ。したがって原油価格が下落すると、 予想所得増加率を使って算出する実質金利は低下することになるはずだ。 日銀はマイナス金利政策を導入して名目金利の引き下げを図るなど、いわゆる実質金利 の引き下げに必死だ。しかし何でもいいから物価が上がりそうな状況を作り出すことが、 「実質金利の低下→実体経済の浮揚→物価の上昇」を実現させると考えるのは間違いだ。 今の日銀は本音では原油価格の反発や円安の進行を望んでいるのだろう。いずれも目標 である消費者物価を上昇させ、同時に物価上昇予想を高める要因になるからだ。しかし、 原油価格の上昇にしろ円安の進行にしろ、わが国から実質所得を海外に流出させる要因で あることも確かだ。この場合、予想所得増加率を使って計算する実質金利はむしろ上昇し てしまうのだ。景気が浮揚するどころか、下押しされてしまうことになりかねない。 金融政策に期待してはいけない このように考えると、今の日本において、金融政策で物価上昇を実現するのは無理だと いうことになる。私はそもそも物価上昇を目標にすることが間違っているとすら思ってい る。日本の物価上昇率が極めて低いのは、成長率が低いことの結果だ。成長率は所得増加 率だと言い換えることができるし、その所得は企業活動の成果に他ならない。デフレは企 業活動の成果が増えないことの結果として生じているのであって、デフレだから所得が増 えないのではない。 日本経済に今求められているのは、成長力を高め、結果として自然利子率を引き上げる ことだ。ただしそれは金融政策の役割ではない。ほとんどゼロだと言われている自然利子 率に対して、実質金利をそれ以下にまで引き下げて物価を上昇させようと奮闘しているの が今の日銀だ。しかし 3 年半にわたって努力を続けてきても、金融緩和政策で予想物価上 昇率は望むようには上がらなかった。また、何とか円安を引き起こして予想物価上昇率を 高めようとするやり方は、かえって本来の実質金利を引き上げてしまう可能性がある。 日銀は、「新しい枠組み」で多少の時間稼ぎができるとはいえ、できないことをできる と言って(信じて)、いずれマイナス金利の深掘りに進んでしまうことになりそうだ。漂 流し始めた金融政策がいずれ座礁する前に、企業が稼ぐ力を高めて、自然利子率を引き上 げていくことが何よりも求められていると思う。 (MU投資顧問客員エコノミスト 兼 三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング 調査本部 -3- 研究理事 五十嵐敬喜) MU投資顧問株式会社 登録番号 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第 313 号 一般社団法人日本投資顧問業協会会員 一般社団法人投資信託協会会員 〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-3-11 電話 03-5259-5351 ※この資料は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社とタイアップし、同社 調査部の作成した経済レポートを中心に掲載しております。本資料の記載内容の一部 を引用あるいは転載される場合には、必ず「MU投資顧問株式会社 資料より」と明記 してください。 ※本資料に含まれている経済見通しや市場環境予測は、必ずしも当社の見解を示すもの ではありません。内容はあくまでも作成時点におけるものであり、今後予告なしに変 更されることがあります。 ※本資料は情報提供を唯一の目的としており、何らかの行動ないし判断をするものではあ りません。また、掲載されている予測は、本資料の分析結果のみをもとに行われたもので あり、予測の妥当性や確実性が保証されるものでもありません。予測は常に不確実性を伴 います。本資料の予測・分析の妥当性等は、独自にご判断ください。 -4-