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生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析
生命保険論集第 193 号 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 崔 桓碩 (八戸学院大学ビジネス学部 助教) 1.はじめに 1.1 研究背景と目的 1990年をはじめ生命保険会社によるグローバル展開は活発に行われ てきた。特に合併・買収(M&A)による進出が多くなっており、株価の 上昇、 規制緩和などの影響で急激に増加してきた。 しかし1997年と2008 年の金融危機をきっかけに生命保険会社によるM&Aは減少の傾向をみ せたが、世界経済がある程度の安定局面に入るとともに、再び活況の 様子をみせている。 生命保険業界におけるM&Aの現状は、先進グローバル生命保険会社 による高成長を続けている新興国の生命保険市場への進出が中心とな っている。また、最近では特にアジアを中心とする先進国や発展途上 国の生命保険会社も、増加する自己資本を活用して地理的な分散を図 る手段として、先進国市場への進出を行っている1)。 本論では、生命保険業界におけるM&A状況と先進グローバル生命保 険会社の海外進出戦略を調べ、今後の課題について考察する。 1)Sigma(2015)、p.1. ―203― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 1.2 研究範囲と構成 研究範囲では1990年から現在までの生命保険業界におけるM&Aの動 向を調べる。2008年の金融危機をきっかけとして、生命保険会社によ るM&A活動は新しい局面をみせており、 その現状について事例を中心に 調べる。そして、先進グローバル生命保険会社を中心に現在における 海外進出の状況を調べ、各社における海外進出戦略とその共通点を分 析する。 本論における先進グローバル生命保険会社に関する定義とは、 生命保険市場において国際的に活動する保険グループ (Internationally Active Insurance Group、IAIG)の中でも、金融 安定化理事会(FSB)が2013年7月に初めて指定したグローバルにシス テム上重要な保険会社(G-SIIs)を指している2)。 本論の構成は以下の通りである。第2章では、生命保険業界におけ るM&Aの動向について調べる。 第3章では先進グローバル生命保険会社 における海外進出の状況と戦略を分析する。第4章では本論の内容を まとめ、今後の課題について考察する。 2.生命保険業界におけるM&A動向 2.1 生命保険業界におけるM&Aの背景と特徴 生命保険会社によるグローバル展開の方法は、大きく①無資本投資 方法、②有資本投資方法、③再保険方法がある。その中で、海外での 2)G-SIIsの選定については、毎年11月に見直すこととなっている。2015年11 月3日の発表時点では、2014年のG-SIIsと比較すると、リストに1社が追加 され、1社が除外された。現在、G-SIIsとして選定されている9社は、Aegon N.V.(オランダ) 、Allianz SE(ドイツ) 、American International Group, INC. (米国) 、Aviva plc(英国) 、Axa S.A.(フランス) 、MetLife, Inc.(米国) 、 Ping An Insurance(Group) Company of China, Ltd.(中国)、Prudential Financial, Inc.(米国) 、Prudential plc(英国)である。 ―204― 生命保険論集第 193 号 営業を目的としている有資本投資方法の場合は、さらに少数・多数持 分出資、単独支配、子会社設立に分けられる3)。この有資本投資方法 については、海外進出を行う生命保険会社の経営戦略または、進出対 象国の外資系生命保険会社に対する進出規制などの諸条件により決め られる。 1990年から現在までの生命保険会社のグローバル展開の類型をみ ると、主として単独支配の方法である合併・買収(M&A)が行われてい る。この現象は、株価の上昇、金利の低下、業界の規制緩和などの要 因により急激に増加した4)。 ところが、 生命保険業界におけるM&Aも他の産業と同様に世界経済の 趨勢に従い、 増減の変化を続けてきた。 1990年から2014年までの間に、 生命保険業界においてM&Aが活発に行われた時期は、1990年代後半と 2000年代半ばから後半にかけてである(図1を参照) 。 1990年代後半のピークであった1998年には約270件に至っており、 2000年代後半のピークであった2007年には約300件に至っている。 全般 的に、生命保険業界におけるM&Aの発生件数は、金融危機後に減少の傾 向に転じ、数年間は比較的に低迷するが、経済動向の回復と併せて再 び増加の傾向をみせている5)6)。 3)無資本投資方法は、さらに①ネットワークの構築、②多国籍保険会社を通 じたネットワーク形成、③職員の常駐を通じたネットワーク、④連絡事務所 に分けられており、要するとネットワークと情報獲得のための方法である。 再保険方法は、再保険の受再を通じて、海外の保険会社と市場に関する情報 およびネットワークを形成する方法である(Lee(2005)) 。 4)崔(2012)、p.111. 5)sigma(2015)、p.1. 6)生命保険業界におけるM&A推移をみると、金融危機後急減しており、今も低 迷している。株式および信用市場の悪化により、生命保険会社の資産価値が 下落した。加えて、低金利と経済低迷のような外部環境は、生命保険会社に よるM&Aに対する期待を落ち込ませている。しかし、保険会社の経営責任者を 対象にした調査結果をみると、経営責任者のうち51%が、欧州、中東および ―205― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 図1 生命保険業界における買収推移 出所:sigma(2015) 生命保険業界のM&A活動に影響を与える要因としては概ね2つが挙 げられている。1つは、マクロ経済状況や規制の変化、新たなテクノ ロジーや販売チャネル、あるいは代替商品の出現などによる事業環境 の変化、顧客選好の変化、コストや資本調達の難易度の変化などであ る。もう1つは、経営責任者と投資家行動、とりわけ株式市場の不完 全性と行動バイアスが果たす役割が焦点となる7)。 2008年の金融危機後、生命保険業界におけるM&A活動の動向は、政府 の支援を受けざるを得なかった生命保険会社が一部の事業を売却した ことに起因する。たとえば、米国ではAIGがALICOを160億ドルでメット ライフ生命へ売却しており、 日本の生命保険子会社であったAIGスター とAIGエジソンを48億ドルでプルデンシャル (米国) へ売却した。 また、 アフリカ(EMEA)における合併活動は今後3年間にわたって上昇すると予想 している(sigma(2015)) 。 7)sigma(2015)、p.3. ―206― 生命保険論集第 193 号 INGは2011年に中南米の保険および年金事業を36億ドルで投資グルー プへ売却した。さらに変額年金商品に主力していたハートフォード生 命は損害保険事業に集中するため、2012年に年金および生命保険事業 から撤退した8)。 2.2 生命保険業界における地域別のM&A活動の変化 地域別における生命保険会社の買収割合をみると、2001年から2007 年までは欧州と北米での買収が9割近くを占めていた。ところが、新 興国の場合、経済の進展と併せ、生命保険業界も高い成長率をみせて おり、成熟した先進国の生命保険市場に比べると魅力度が高い。そこ で大手のグローバル生命保険会社は収益源を多様化するため、新興国 へ積極的に進出している。 その結果、 金融危機後である2008年から2014 年までの推移をみると、欧州と北米の割合は59%まで急減した反面、 アジア太平洋(34%)と中南米およびカリブ海諸国(7%)の割合は 急増している(図2を参照) 。 図2 地域別における生命保険会社の買収割合 出所:sigma(2015) 8)Sigma(2015)、p.7. ―207― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 新興国における生命保険市場の成長率は先進国を大きく上回ってい る。今後、2015年から2025年までの生命保険市場別の年平均成長率展 望は、アジア新興国が8.9%で最も高いと予想されており、ラテンアメ リカが8.2%で次となっている。成熟したアジア太平洋市場(1.5%) 、 西ヨーロッパ(1.7%)と北アメリカ(2.3%)は低い成長率が予想さ れており、この地域に属している生命保険会社は他の地域への進出を 通じて収益性の多様化を図っている。その中でもインドネシアが 13.2%で最も高い成長率が予想されており、ブラジル(9.7%)と中国 (9.4%)がその後を継いでいる(図3を参照) 。 図3 生命保険市場別の年平均成長率展望(2015~2025年) 出所:Munich Re Economic Research(2015) 特に、アジア太平洋の割合が増加した理由としては、インドネシア、 タイ、マレーシアおよびベトナムにおける好調な経済成長や生命保険 普及率の上昇、膨張する多数の人口などがあり、海外の生命保険会社 にとって魅力的である9)。 9)sigma(2015)、p.9. ―208― 生命保険論集第 193 号 また、中南米においては、ブラジルとチリを中心にバンカシュラン ス取引を含めて増加している。 これらの地域における中産層の拡大と、 チリでは民間退職年金ソリューションの役割の増加を機会としてM&A が増加している10)。 ところが新興市場においては、買い手の金利の上昇が価値の過大評 価につながり、売り手による価格設定が将来の成長見込みに基づく強 気なものとなったことで、買収側の一部が撤退する結果になった。ま た、適切な買収ターゲットを見つけることが難しいことや多くの市場 における投資制限の存在などはさらなるM&A活動を阻害する要因とし ても作用している11)。 2.3 最近の生命保険業界における主なM&A状況 生命保険業界におけるM&Aは、 欧米のグローバル生命保険会社から牽 引されており、主に地域・文化的に類似したところを中心として行わ れてきた。さらに1990年代半ばからは、アジア太平洋や中南米および カリブ海諸国地域の規制緩和と併せ、 これらの地域でのM&Aを通じた進 出も積極的に行なっている。 しかし、2008年の金融危機をきっかけとして、生命保険業界におけ るM&Aは急減しており、M&Aの取引方法にも変化が生じた。たとえば、 米国における生命保険会社は政府資金の返済のために、事業の一部分 を売却せざるを得なくなった。また、欧米における数多くの生命保険 会社は、規制の不確実性や低金利などの環境による収益悪化で非中核 部門を売却している12)。 10)sigma(2015)、p.9. 11)sigma(2015)、p.10. 12)たとえば、GenworthはGoldman Sachsを通じて生命保険および年金部門の売 却を進めており、Equitable Lifeもイギリス地域の年金部門をCanada Life へ売却した(Chae(2015)) 。また、Axa、Standard LifeおよびAegonはそのカ ―209― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 また、 M&Aが行われる地域も欧米市場中心からアジア太平洋と中南米 市場へシフトしており、アジア地域での伸展率が急増している。 その他に、最近注目されているのは、アジア系生命保険会社の欧米 への進出である。欧米先進国における生命保険市場は、すでに成熟段 階に至っており、成長率も極めて低い状態であるため、新興国の生命 保険市場に比較し、進出対象としてはそれほど考慮されなかった。と ころが日本では、国内成長見込みの低迷が、生命保険会社に他の先進 国市場やアジア新興諸国への事業拡大を動機づけ13)、先進国市場への 進出も積極的に行っている。中国の生命保険会社(主にグループ)も 巨大な資金をベースに世界各国に進出している(表1を参照) 。 上記のように、アジア系生命保険会社の欧米への進出または、グロ ーバル生命保険会社の先進国市場への進出により、先進国における生 命保険市場の競争は増加の傾向を見せている。 (図4を参照) 。 ナダ事業を売却し、Aviva、ING、AIGおよびNew York生命はアジアにおける事 業を縮小しており、Generaliはメキシコとイスラエルから撤退後にスイスの 資産運用事業を売却する予定であると表明している(Sigma(2015)) 。 13)Sigma(2015)、p.6. ―210― 生命保険論集第 193 号 表1 最近の生命保険業界における主なM&A状況 進出会社 進出 内容(進出方式) 時期 Uni.Asia Capital Bhd.から Uni.Asia Prudential(米) 2013.08 Life Assurance Berhad を1億6千ド ルで買収 進出 対象国 マレー シア 銀行金融グループである AMMB から生 Metlife (米) 2014.01 命保険会社の Amlife の持分 50%を買 マレー 収し、傘下の銀行を通じて今後 20 年 シア 間独占販売することに合意 Axa (フランス) 第一生命 (日) 明治安田生命 (日) 住友生命 (日) 安邦保険 グループ(中) 安邦保険 グループ(中) 復星グループ (中) 損 害 保 険 会 社 の Tian Ping Auto 2014.02 Insurance Co. Ltd の持分 50%を約 中国 6億4千1百万ドルで買収 2014.06 2015.07 2015.08 Protective 生命保険会社を 57 億ドル (6500 億円)で買収 StanCorp Financial Group を 49 億 9700 万ドル(6250 億円)で買収 Symetra Financial を 37 億 3200 万ド ル(4666 億円)で買収 米国 米国 米国 国営金融グループである SNS Reaal 2015.02 の保険部門子会社 VIVAT を1億 5000 オランダ 万ユーロで買収 2015.06 2015.01 東洋生命の持分 63%を 10 億 3000 万 ドルで買収 Caixa Seguros e Saude の持分 80% を 10 億ユーロで買収 出所:公表資料より作成 ―211― 韓国 ポルト ガル 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 図4 主要国における外資系生命保険会社のマーケットシェア (%) 60 50 40 30 20 10 米国 英国 2012 2011 2010 2009 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 0 ドイツ 出所:崔(2015) 、p.145. 3.先進グローバル生命保険会社における海外進出戦略 3.1 先進グローバル生命保険会社の海外進出状況 先進グローバル生命保険会社は早い時期から海外進出を始めており、 進出対象国の規制要因により進出方法は異なっているが、進出対象国 の市場において収益を獲得することが主な目的である。 先進グローバル生命保険会社によるグローバル展開の歴史は各社相 違であるが14)、現在、総収入保険料の中で、海外での割合が高いのは 14)たとえば、AIGの場合は1919年にC.V.スターが上海に損害保険代理店AAU (American Asiatic Underwriters)を設立し、1921年には中国に生命保険事 業を開始(ALICOの全身であるAsia Life Insurance Company(中国名:友邦 人寿保険公司)を設立) 、AAUとAsia Lifeを通じてアジア各国へ進出した。そ して、Metlifeの場合は1985年に初めてイギリスへ進出をしており、Allianz の場合は1974年にオランダ、スペイン、ブラジルへ進出をした。Axaの場合は 上記の3社に比較して割と遅い1992年からEquitable Lifeに資本参加するこ とにより米国市場へ進出した。 ―212― 生命保険論集第 193 号 共通している。たとえば、Prudential(英)の海外割合は先進グロー バル生命保険会社の中でも最も高い82%を占めており、15カ国へ進出 している。次は、Aviva(75%、18カ国)とAxa(73%、24カ国)など の順であり、 最も多くの国へ進出しているのはAllianzで44カ国へ進出 している(図5を参照) 。 図5 先進グローバル生命保険会社における海外進出状況 (海外割合) 90% 80% Prudential plc(英) Axa(フランス) Aviva(英) 70% 60% 50% 40% 30% Allianz SE(独) Generali(イタリア) Prudential(米) Metlife(米) 20% 10% 0% 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 (進出国数) 出所:各社の Annual Report より作成 3.2 各社別の海外進出戦略 以下では先進グローバル生命保険会社の中でも規模の大きい Metlife、Axa、そしてAllianzの3社を中心に海外進出戦略を調べる。 (1)Metlife(米国) Metlifeは1868年に設立され、今年で147年を迎えている15)。現在、 15 ) Metropolitan 生 命 保 険 の 全 身 で あ る National Union Life and Limb Insurance Co(1863年設立)まで合算すると152年となる。 ―213― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 生命保険事業は18カ国で展開しており、当社に占める海外割合は33% である。 図6 Metlifeの生命保険事業の地域別収入保険料割合 0% 6% United States 19% 8% Latin America Asia 67% EMEA corporate & other 出所:Metlife(2015) 事業領域は、大きく生命保険、年金、従業員福利厚生サービス、ア セットマネジメントに分類されている16)。特徴なのは設立当初は株式 会社の形態であったが、1915年に相互会社に変更し、2000年からは再 び株式会社化した。 長い歴史をもっているMetlifeの海外進出戦略の特徴は以下のよう にまとめられる。 16)Metlife(2015)、p.3. ―214― 生命保険論集第 193 号 表2 Metlifeの海外進出戦略 1.海外市場での収益性拡大 2.海外市場での販売チャネル拡大 3.海外市場でのパートナーシップを重視 4.海外市場でのサービスとブランディングに投資 5.海外市場での適切な M&A および戦略的提携 出所:Yang・他(2008) 、pp.271-272. (2)Axa(フランス) Axaは1817年に設立され、今年で198年を迎えている。現在、生命保 険事業は24カ国で展開しており、 当社に占める海外割合は73%である。 図7 Axaの生命保険事業の地域別収入保険料割合 0% France 11% 27% United States Latin America 29% EMEA 21% 12% Asia other 出所:Axa (2015) 事業領域は、大きく生命・貯蓄保険、損害保険、国際保険 (International Insurance) 、アセットマネジメント、銀行、その他 ―215― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 に分類されている17)。 Axaの海外進出過程は、大きく自国での買収を通じた規模の拡大18)、 米国への進出を通じたグローバル化の基盤強化、本格的なグローバル 展開19)に分けることができる20)。最初は国内における中小生命保険会 社の買収を通じて規模を拡大してきたが、1980年代後半から世界的な 金融兼業化やヨーロッパ保険市場の自由化および国内市場での競争拡 大などの環境の下で海外進出を行うことになった21)。まずは、1992年 に当時の資産規模で3位であったEquitableを買収することにより、 米 国の市場へ進出した22)。その後、進出対象国における国民の所得水準 と保険市場の成長可能性、そして文化的な同質性などを考慮し、ヨー ロッパとアジアへ進出した23)。 また、進出対象国の経済状況、国民所得、そして資本市場の発展段 階によって地域別に異なる事業戦略を展開している。たとえば、ヨー ロッパでは生命保険、損害保険、アセットマネジメントなどのすべて の事業を行っている反面、 米国では生命保険とアセットマネジメント、 アジアでは生命保険を中心に事業を行っている24)。このような地域別 の事業ポートフォリオの多様化は、事業リスクの分散、収益構造の安 定化、そして成長市場での競争優位を確保する効果をもたらしてい 17)Axa(2015)、p.9. 18 )Axa は1817 年地方の零細な相互保険会社(当時の社名は、Anciennes Mutuelles)から始まった。その後、他の零細な相互保険会社を買収すること により規模を拡大してきた(Yang・他(2008))。 19)米国への進出をきっかけに、日本、オーストラリアと英国をはじめ、24カ 国で事業を展開している。 20)Yang・他(2008)、p.245. 21)Yang・他(2012)、p.45. 22)Yang・他(2008)、p.247. 23)Yang・他(2012)、p.45. 24)Yang・他(2012)、pp.45-46. ―216― 生命保険論集第 193 号 る25)。 Axaの海外進出に関する特徴は以下のようにまとめられる。 表3 Axaにおける海外進出の特徴 1.強力なリーダーシップによるグローバル化の推進 2.全世界で単一のブランドを使用することにより、認知度を 極大化 3.既存企業の M&A を通じた海外市場進出 4.数多くの子会社を管理するための持株会社を設立 5.総合金融サービスの提供 6.海外進出を行うとき、既存企業の買収を通じて進出するこ とが一般的であり、買収の結果が期待に及ばないときは売 却を通じて撤退 出所:Yang・他(2008) 、pp.249-251. (3)Allianz(ドイツ) Allianzは1890年に設立され、今年で125年を迎えている。損害保険 事業から始まっており、生命保険事業は1922年から始めている26)。現 在、生命保険事業は44カ国で展開しており、当社に占める海外割合は 67%である。 基本的なビジネスモデルは、統合化およびグローバル化を通じて、 より広範囲の保険および金融商品を顧客に提供することである27)。事 業領域は、大きく損害保険、生命・健康保険、アセットマネジメント、 その他(銀行など)に分類されている28)。 25)Yang・他(2012)、p.46. 26)Allianzホームページ 27)Yang・他(2008)、p.238. 28)Allianz Group(2015)、p.63. ―217― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 図8 Allianzの生命保険事業の地域別収入保険料割合 9% Germany United States 33% Latin America 40% EMEA 18% Asia 0% 出所:Allianz(2015) 海外進出に関するAllianzの基本戦略は、5つの基本原則に基づき29)、 効率的な資本管理と営業利益の拡大を進めている。要すると、現地環 境の特性に応じて、競争会社とのM&Aを通じて進出しており、持続的な 収益の確保と競争優位を図るため、顧客中心の戦略を行っている30)。 また、Allianzは1985年に持株会社であるAllianz AGを設立したが、 2006年にはイタリア金融会社のRASとの合併をきっかけとして、 社名を Allianz SE(Societas Europae)に変更した。AGはドイツ語で株式会 29)5つの基本原則は次のようである。①すべての業務活動は顧客の観点から 決められており、持分の所有者に最上の価値を提供できると思われる。② Allianz名声の持続可能性は、社会の容認および各個人の高いパフォーマンス による評判により可能となる。③現地市場に合致する企業家としての意思決 定と効率的なグローバルインフラ構造をより奨励する。④Allianzは既存の事 業領域の範囲を拡大して、より高い収益の達成を追及する。⑤顧客の金融ニ ーズに合致した優れた商品およびサービスを提供することにより、長期的な 観点から顧客を満足させ、これを通じて市場で銀行サービスをより拡大する 戦略を構築していく。 30)Yang・他(2012)、pp.52-53. ―218― 生命保険論集第 193 号 社を意味するが、SEはラテン語でヨーロッパ企業を意味しており、言 い換えると、Allianzはドイツの企業ではなく、ヨーロッパの企業であ ることを宣伝している31)32)。 3.3 海外進出に関する先進グローバル生命保険会社の共通点 上記で調べた先進グローバル生命保険会社による海外進出にはいく つかの共通点がある。1番目は、海外進出への確固たる意志である。 もちろん海外進出を行うに当たって、自国での安定的な収益の確保が 前提とされているが、海外進出に関する認識や株主の同意または意志 がなければ海外での成功を享受することはできない33)。 2番目は、さまざまな顧客のニーズに合致する商品ポートフォリオ の提供である34)。先進グローバル生命保険会社はグループ会社として、 生命保険領域のみでなく、 損害保険領域、 アセットマネジメント領域、 さらには銀行の領域まで事業を行っており、これらの事業基盤を活用 して顧客のライフステージによるさまざまな商品を提供している。こ のような経験は、顧客のニーズに合わせて商品を多様化したり、現地 に特化した商品を開発することができるため、今後の海外進出におい て他社よりもさらなる競争優位を占めることが可能となる。 3番目は、積極的なM&Aの推進による現地化戦略である。先進グロー バル生命保険会社は巨大な資金をベースにして、 海外でのM&Aを積極的 に行った結果、海外でのマーケットシェアを大きく拡大してきた。ま た、 M&A後には現地の文化に適した経営戦略を追求することにより成功 31)Yang・他(2008)、p.227. 32)その他の理由として、ドイツの厳しい勤労者保護規定と税制などさまざま な規制の適用から外れるためであるということも挙げられている(Yang・他 (2008))。 33)海外進出に関する前提要因としては、①自国市場の状況、②海外進出に関 する認識、③株主の同意または意志、④経営戦略などが挙げられる(崔(2014))。 34)Yang・他(2008)、p.204. ―219― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 を創出している35)。 4.おわりに 4.1 海外進出における今後の要因 過去数十年間、生命保険業界における海外進出の動向は、最初には 欧米への進出が中心であったが、高い成長率を背景にアジア新興国へ の進出が急増している。特にアジア新興国でマーケットシェアを確保 しているのは、欧米系の生命保険会社であり、誰よりも早い時期から 海外進出を果たしている。 最近の新しい現象としては、アジア系生命保険会社による米国のよ うな先進国への進出が挙げられる。その背景として、先進国における 小型生命保険会社はニッチ市場を攻略して収益を上げることができる 一方、新興国における小型生命保険会社はすべての部分において大型 または、中型生命保険会社と競争していることが挙げられる36)。 新興国の生命保険市場においてすでに競争優位に立っているグロ ーバル生命保険会社(特に欧米系生命保険会社)との競争は、これか ら進出しようと考えている会社にとっては大きな障壁要因となる。そ こで、先進国の生命保険市場へ進出し、安定的な収益源の確保やニッ チ市場の攻略が魅力的かもしれない。 35) Yang・他(2008)、p.205. 36) A.M.Bestは保険会社の規模により新興国保険市場と先進国保険市場との間 の関係を分析するため、2007年から2012年まで約1,900の保険会社に対して調 査を行った。その結果、保険料規模では先進国保険市場と新興国保険市場に おいて大型保険会社と中型保険会社のマーケットシェアが非常に高く、成長 率側面では両市場ともに小型保険会社の成長率が相対的に高かった。また、 新興国保険市場における保険会社数が先進国保険市場より少ないにもかかわ らず、新興国の保険会社間の市場競争が非常に激しい状況であった (Choi(2015))。 ―220― 生命保険論集第 193 号 生命保険業界における海外進出の今後の要因として、最近、世界的 に低金利、規制強化、消費者関心(信頼) 、銀行とファンドおよびその 他の資産管理業などとの競争が激しくなっており、生命保険業界をめ ぐる脅威(危機要因)が増加している。その反面、人口の高齢化現象 と技術の発展は生命保険業界において機会である(表4を参照) 。たと えば、退職所得の積立段階において政府の役割が減っている成熟市場 では、高齢者の資産管理に保険会社の役割が強く、新興国のマーケッ トでは拡大している中産層の老後所得に対する需要などが機会要因で ある37)。 表4 生命保険会社における機会と脅威 出所:BCG(2014) 生命保険会社がM&Aを行う1つ理由として、買収会社の市場支配力 を増加させ、または地理的ないし商品リスクの分散による収入の変動 性を低くすることによって、付加価値を高めるチャンスが生まれるこ 37)BCG(2014)、p.1. ―221― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 とである38)。 4.2 残される課題 本論では、生命保険会社のグローバル市場参入戦略について分析し た。まず、1990年から現在までの生命保険会社によるグローバル展開 の類型をみると、M&Aによって進められている。この現象は、世界経済 の動向と生命保険業界における規制緩和により、 大幅に増加してきた。 ところが、2008年の金融危機をきっかけとして、生命保険会社によ るM&A活動は急減している。また、この危機を受け、金融安定化理事会 (FSB)から資本規制の強化が予定されており、生命保険業界における M&Aは今後も低い水準で留まると予想される。 その中で、先進グローバル生命保険会社は非中核事業の売却を通じ て、 中核事業に集中しており、 新興国への進出も積極的に行っている。 また、アジア系生命保険会社の場合は、新興国市場のみならず、先進 国市場への進出も積極的に行っている。それは安定的な収益源の確保 とニッチ市場の攻略のためである。 今後、生命保険業界をめぐるグローバル環境は世界的な低金利と規 制強化などの要因で厳しくなると予想される反面、人口高齢化、政府 と企業の支援減少、そしてデジタル化は機会要因として働く。 いずれにせよ、生命保険会社による海外進出も、株式会社の観点か ら考えると、合併と買収の究極的な目的は、株主価値の増加である39)。 Berger・Ofek(1995)によると、グローバル企業による地域別の分散化 は、グループ全体の企業価値が独立した企業の価値を合算した数値よ り低くなる傾向があるとしている。企業の持続可能な成長と株主への 還元といった2つの条件を満たすために、慎重な海外進出戦略が求め 38)Sigma(2006)、p.27. 39)Sigma(2006)、p.27. ―222― 生命保険論集第 193 号 られている40)。 <参考文献> 江澤雅彦(2007)「第16章 生命保険」『保険論』(大谷孝一編著)成 文堂、pp.310-337. 崔 桓碩(2012)「保険監督者国際機構(IAIS)によるComFrameの現状 と今後の課題」『生命保険論集』第181号、pp.103-128. ____(2014)「生命保険会社の海外進出に関する研究-日本と韓国 の比較を中心に-」『生命保険論集』第186号、pp.119-148. 양성문・김진억・지재원・박정희・김세중(Yang, Sungmoon・Kim, Jineok・ Ji, Jaewon・Park, Junghi・Kim, Sejung(2008)『保険会社グロ ーバル化のための海外保険市場調査』保険研究院. 양희산・ 허연・ 정중영・ 김재현(Yang, Heesan ・Heo, Yeon ・Jung, Jungyoung・Kim, Jaehyun)(2012)『保険産業の海外進出方案』韓 国保険学会. 채원영(Chae, Wonyoung)(2015)「2015年上半期グローバル保険産業M&A の現況と特徴」 『KiRi Weekly』第352号保険研究院、pp.12-13. 최원(Choi, Won)(2015)「新興国保険市場の保険会社規模別分析結果」 『KiRi Weekly』第326号保険研究院、pp.12-13. AIG(2015)“2014 Annual Report” Allianz(2015)“2014 Annual Report” Aviva(2015)“2014 Annual Report” Axa(2015)“2014 Annual Report” 40)生命保険会社によるM&Aにおいて重要な課題は次のようである。①戦略面: それぞれの文化が相容れない。シナジー効果が存在しない、②デューデリジ ェンス:過大な買収割増金(プレミアム) 、③実行上の問題:買収目標を管理 する能力の不在、変化を進める能力の不在(Sigma(2006))。 ―223― 生命保険会社のグローバル市場参入戦略分析 BCG(2014) “The Fundamental Trends Reshaping Life Insurance ” bcg.perspectives, pp.1-6. FSB(2015)“2015 update of list of global systemically important insurers (G-SIIs)”, 3 November 2015. Generali(2015)“2014 Annual Report” Munich Re Economic Research (2015)“Economic activity Supports global premium growth”Insurance Market Outlook, May 2015. Philip Berger, Eli Ofek(1995) “ 企 業 価 値 に お け る 分 散 効 果”Journal of Financial Economics. Prudential plc(2015)“2014 Annual Report” Prudential Financial Inc(2015)“2014 Annual Report” Sigma(2006)“Getting together: globals take the lead in life insurance M&A”、No1/2006. _____(2011)“Insurance growth drivers and profitability in emerging markets”、No5/2011. _____(2015)“保険業界における合併と買収(M&A)新しい波の始まり か?”、No3/2015. Soonjae Lee(2005)“The Change of Northeast Asian Insurance Market and the Korean Insurance Firms’ International Expansion Strategies”Journal of Insurance(Korea) No.72, pp.33-76. (本論文は、公益財団法人生命保険文化センターの「平成26年度生命 保険に関する研究助成」による研究成果である。ここに記して、厚く 御礼申し上げる。 ) ―224―