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上ノ岳
山からの便り 2016 年 5 月活動報告 その 5 大村顕介 ① 泥田道 (2016 年 5 月 27 日 岐阜-富山県境 飛越新道) 週一で山登りを続けているのにも理由がある。 過去の調査地である上ノ岳山頂付近で交尾産卵期に縄張りがまだ存在しているか確認し たいのだが、例年この時期(5 月下旬)は富山の有峰林道が開通していないので、入山には 岐阜側から入る必要がある。そしてこの飛越新道から上ノ岳のルートは長いという。そこ で 10 時間以上の歩行に耐えるように、他の山で修練を積んでいたのだ。 長いということは、傾斜が緩やかである。そして傾斜が緩やかであるということは、土 壌の流出が起こりにくい。土壌の流出が起こらないということは、登山道は泥である。 この日は雨だった。聞きしに勝る泥田道。 うっかり足の置き場を間違えば、大地がくるぶしまで包み込んでくれる。うひゃあと足 を引き抜いたら今度は反対の足がずぶりとはまる。 風がどうどうと唸り、木々が揺れ、足元はドロドロ。 黒い泥の中にミズバショウが群生していた。どこまで行ってもミズバショウの森。 雨の中の山登りはいつも楽しい。 ② アブレ雄 (2016 年 5 月 27 日 富山県 上ノ岳山頂付近) ライチョウの研究をしているのに、ちっともライチョウの写真が出てこないじゃないか ということで、今年の初ライチョウ。登山道上をおっかなびっくり歩いていた。おそらく アブレ雄だろう。 小屋の人に「アブレ雄がいるってことは、雄のほうが多いの?」という素朴な質問をい ただいた。依然数に関しては(ライチョウに限らず)はっきりしたことはわからない。し かし、雄の方が体格は良いということならば、冬場に生き残る数は多いかもしれない。 不思議なことには、雌同士は争わない。また雄が他縄張りの雌をつつき出すところも見 たことがない。抱卵期には二羽の雌が同じ餌場を共有していたこともあった。 もっと不思議なことには、見張り雄はヒトを見ても逃げない。アブレ雄は逃げる。この 違いは何なのか。夏至を迎え日が長くなり、ホルモンが分泌されてイライラムラムラ来て 気が大きくなっている個体が縄張りを持とうとするのだろうか。ウズラではそのような事 が報告されている。それは他の鳥でも同じなのか。 この時期はイワヒバリもそこらじゅうで戦いを繰り広げている。早朝の林内も鳥のさえ ずりでいっぱいだ。 もう少し、鳥の生理や繁殖について、文献収集が必要かもしれない。 ③ 寡雪 (2016 年 5 月 27 日 富山県 上ノ岳) 雪が少ない、とはいえ山頂部にはそれなりに雪が残っていた。11 年前の同じ時期に比べ たら、半月ぐらいは雪解けが早いような気がする。小屋周辺は明らかに少ない。昨年の 7 月上旬並だ。 毎年同じ時期に入山していれば、今年は雪が多いとか少ないとか言いやすいのだが、毎 年同じ時期に入れるかというとそれは難しく、じゃあどれだけ雪が多いのか少ないのか、 というのは評価が難しい。 私の場合は、植物が雪の量ではなく、雪の下の植物がいつ露出したのか、という点だけ に注目している。ライチョウにとって重要なのは植物のフェノロジーと分布であり、植物 のフェノロジーと分布を決めているのが融雪時期だからだ。雪が多くても溶けるのが早い 年もあるだろう。雪が少なくても溶けるのが遅い年もあるだろう。 そういう自然の振れ幅というものを、どうやって記録していったらいいのか、いつも頭 を悩ませている。 ④ 見張り雄 (2016 年 5 月 28 日 太郎兵衛平) 見張り雄は逃げない。大抵はこのようにアオモリトドマツのてっぺんや石の上に陣取っ て、目の上の肉冠を真っ赤にしている。 下界でライチョウのぬいぐるみを見ると、夏場の茶色い羽毛で目の上に赤いフェルトを くっつけているものがあるが、それは間違いだと思っている。赤くないわけではないが、 そんなに目立ちはしない(そんなことを言っていたら、たかがぬいぐるみに厳密さを求め るなとたしなめられた。この辺が科学教育の限界かもしれない) 。 後ろに見えるのは水晶岳(黒岳) 。この時期の雄の羽毛の色合いにそっくりだ。 ⑤ ホシガラスの食事 (2016 年 5 月 28 日 太郎兵衛平) 山を歩くときは左手にコンパクトカメラをぶら下げて、ここぞというときに早撃ちのよ うにカメラを構える。そうでないとチャンスを逃すのだ。特に野生生物はとるのが難しい。 ホシガラスが地面をつついては、何かを丸呑みしているので、そっと近づいて行って限 界までズームして撮れたのがこれである(ぶれているのは彼が動くからだ) 。くちばしの中 に何かがある。 虫でも食っているのかと思ったが、何度も何度もその行動を繰り返す。まさか地面がカ メムシに埋め尽くされているわけでもあるまい。とすれば、地面の中だろうか。写真を拡 大しても黒い影にしか見えない。 帰って調べたところ、ホシガラスは貯食するらしい。食い物を地面に埋め込んで、その 場所をしっかり覚えていられるという。ということは、あれはハイマツの種子か何かを昨 年のうちに地面に埋め込んでおいたものだろうか。 神経衰弱が苦手な私にすれば天才にも思える。 ⑥ 縄張り争い (2016 年 5 月 29 日 上ノ岳) 草木も眠る丑三つ時(二時ごろ)に小屋を出て、上ノ岳山頂に夜明け前に着く。凍った 斜面を冷や冷やしながら登って、さてライチョウはというと暗闇で鳴き声が。あっちへう ろうろこっちへうろうろと登山道を歩いていたところ、かなり唐突に見張り雄に出会った。 観察しているとかなり頻繁に場所を移動する。侵入者が居るらしい。 すると、一声鳴いて飛び立った。 飛び立ったところを撮ったのがこれである。画面の真ん中左寄りに、二羽、見える、と 思う。こうなると追うのは困難だ。二羽とも隣の尾根に滑空していってしまった。 今回の 3 日間の入山とその後 6 月の入山で、ライチョウの痕跡調査や登山者からの聞き 取りの結果、生息状況は 11 年前とさほど変わらないのではないかと考えられた。もちろん 正確なことはわからない。彼らは自由に飛んでいける翼があるし、昨日いたところで今日 見られる保証もないし、別の場所で見た個体とここで見た個体が同じかもしれない。 憶測で物を言いたくはない。私がミスリードすれば後々ライチョウたちを傷つけること になる。現にライチョウと他生物との対立を演出し、ヒトがその救世主になるというシナ リオが他地域では動いてしまっている。シカやサルに何の罪もない。ヒトはわかりやすい 話にすぐ飛びついていく。特に日本人はそうかもしれない。 「みんなが言っているから」 「新 聞に書いてあるから」そうして危うい方向へ流れていく。 自分で考え、自分の足で歩き、自分の翼で守りたいものを守らなければならない。