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東日本大震災レポート2/医療チームでの薬剤師の活躍
医療チームでの薬剤師の活躍 ― 被災地におけるボランティア薬剤師の活動と、今後の課題 ∼日本災害医療薬剤師学会 副会長/ 増田 道雄先生に聞く∼ 城県薬剤師会常務理事・災害担当理事 東日本大震災の医療支援活動では、被災地でボランティア薬剤師の派遣を求める声が上がり、実際に多 くの医療チームにボランティア薬剤師が加わり活動を行いました。日本災害医療薬剤師学会の副会長 であり、茨城県薬剤師会常務理事・災害担当理事でもある増田道雄先生に、東日本大震災後に行われた 医療支援活動を中心に、薬剤師だからこそ果たせた役割や今後期待される任務、日本災害医療薬剤師 学会の今後の展望などをお聞きしました。 ※このインタビューは2011年7月29日に行われました その後、 日本災害医療薬剤師学会 部を立ち上げました。 城県自体が被 (以下、学会と略)のメンバー1名と坂 災県であったこともあり、県内の会員 東市役所の災害対策本部に行った 薬局の状況を把握することが最優先 のですが、特に被害は無いとのことで 課題でした。県内では各所で停電、 な状況だったのでしょうか。 した。その夜は坂東市内の高齢者施 電話の不通、断水など、 ライフラインに 増田 地震発生時は 城県坂東市 設を数カ所回り、停電の中、不安な時 被害が出ていました。高萩支部(高萩 の老人保健施設で仕事をしていまし 間を過ごしているであろう施設スタッフ 市、北 た。余震が続く中、入所者の避難誘 の方々を励ましました。 陸大宮支部とは連絡が全くとれない 城県薬剤師会の災害担当理事 として安否確認に奔走 3月11日の震災直後はどのよう 城市)や常陸太田支部、常 導と安全確保を行った後、状況把握 城県薬剤師会の災害担当理 状況でした。 とりわけ、県北沿岸部の のためにマスダ調剤薬局(坂東市) に 事という立場では、 どのような対応を 高萩支部は津波の影響が考えられた 戻りました。 しかし停電のためにインタ とられましたか。 ので、 城県薬の事務局スタッフと現 ーネットも通じず、固定電話もつながり 増田 震災当日、 城県薬剤師会内 地に向かいました。現地は電気も電話 にくくなっていたため、外部との連絡が (以下、 城県薬と略) に災害対策本 も不通状態でしたが、会員薬局に大き ほとんどとれず、情報入手は困難な状 図表1 増田先生の3月11日∼23日の動き 況でした。 県中部 沿 岸 部の大 洗 町が 宮城県 相馬市 3月16日∼17日 半径30km 屋内退避指示 半径20km 避難指示 福島県 な被害はありませんでした。 三春町 福島第一原子力発電所 福島第二原子力発電所 3月19日 津波被害を受け、大洗海岸 病院などが浸水、県南部の 神栖市、鹿島地区では液状 化による被害がありましたが、 半径10km 避難指示 建物の損壊というような大き いわき市 3月20日∼23日 北茨城市 3月13日 高萩市 3月13日 常陸大宮市 し、災害に備える体制作りを 水戸市 3月13日 進めていた矢先の震災でし 大洗町 た。十分な訓練ができていれ 坂東市 3月11日 日本災害医療薬剤師学会 副会長/ 城県薬剤師会 常務理事・災害担当理事 マスダ調剤薬局代表 増田 道雄先生 5 鹿島市 神栖市 ば、支部の被災状況の把握 50km 東京都 城県薬では昨年末より 各支部に防災担当者を配置 常陸太田市 茨城県 な被害はありませんでした。 ※避難指示区域、 屋内退避指示区域は 3月15日時点のもの も、 もう少し早くできたのではと 残念な思いでいっぱいです。 翌20日には、今度は福島県いわき いわき市の医療体制は崩壊してお 市で支援要請がありました。私たち り、稼働している医療機関や薬局は 城県薬のグループは総勢9名でした 5%程度でした。福島県薬剤師会いわ 城県以外の医療機関に支援 が、 そのうち数名を三春町での調剤な き支部長からは、 「食事や休みも満足 活動をスタートしたときの状況をお教 どの支援に充て、残りはいわき市を目 にとれずに夜 遅くまで働いている中 えください。 指すことにしました。 で、同じ薬剤師が支援に来てくれたこ 震災6日目、 城県外の 医療支援活動に向けて始動 増田 とを非常に心強く思う」 と言っていただ あまりに被災地域が広く、地震 発生後数日は、 どこに支援に行けばい きました。 いのか全く見当がつきませんでした。 薬剤師では私たちが第一陣でした 2007年に発生しました、能登半島地 が、既にJMAT(日本医師会災害医 震では輪島市門前町、新潟県中越沖 療チーム) を始めとするいくつかの医 地震では柏崎市というように支援地域 療チームが活動を開始していました。 はほぼ限られていました。 しかし今回 JMATの基本構成は、医師1名、看 は、他の医療支援チームからの情報も 三春町の門前薬局での支援活動。 入手できず、 こちらからも連絡のしよう がない状況だったのです。 震災3日目頃から、先行して宮城県 提供:増田 道雄先生 支援活動に向かうときはどのよ うな物資を持参したのでしょうか。 石巻市や岩手県山田町に到着してい 増田 水や消毒薬、OTC薬品、医師 た学会メンバーから連絡が入り始めま が使用するための小手術用キットなど した。現地は津波被害のために悲惨 です。 これまでの震災では、断水にな な状 況で、とにかく薬 剤 師が足りな った場合などの衛生管理のために手 い とのことでした。 また、東京都薬剤 指消毒用のアルコールが喜ばれたの 師会の先生から、宮城県薬剤師会で ですが、今回は昨年の新型インフルエ 必要薬剤のリスト作成に難渋してお ンザ流行のために自治体で相当数を り、 城県薬で作成していたリストを送 備蓄しており、私の見た限りでは足り ってほしいとの連絡も入ってきました。 ていました。 具体的な支援活動はどのように いわき市医師会館に隣接する看護学校に開設された 医薬品集積所。 提供:増田 道雄先生 経口補水液(ORS:Oral Rehydra- して開始されたのでしょうか。 tion Solution) は現地の医療スタッ 増田 震災6日目の3月16日、福島県 フから非 常に喜ばれました。O R Sは 相馬市を訪れ、坂東市薬剤師会で準 発熱や下痢をしていて脱水状態にあ 備した使い捨てカイロや紙おむつ、マ る患者さんに適しています。2007年の スク、水、消毒薬などを届けたのが最 能登半島地震の際、避難所でノロウ 初です。19日に再度態勢を整えて宮城 イルスが流 行したのですが、O R Sを に向かいましたが、私たちより1日先行 提 供したところ多くの医 師から大 変 して出発した 感謝されました。 城県薬の別のグルー 護師2名、事務職員1名の計4名で、通 避難所での医師による診断に同行する薬剤師。 提供:増田 道雄先生 プ経由で、福島県薬剤師会から三春 町立三春病院(福島県)の門前薬局 がパンク状態なので支援に向かってほ しいと要請を受け、急遽三春町に向か いました。現地では、 薬がなくなると困る 医療チームの一員としての 薬剤師の支援活動 福島県いわき市での支援活動 という患者さんの不安心理と、原子力 についてお教えください。 発電所の事故による避難者の移動に 増田 いわき市に入ったのは震災10 より、 通常の5∼6倍の人が医療機関や 日目の3月20日ですが、 その時点でい 薬局に押し寄せ、患者さんは4時間待 わき市の避難所数は140カ所以上、避 ち、 5時間待ちという状況でした。 難者の数は6000人以上でした。 朝と夕方に行われた全医療チームによるミーティング。 提供:増田 道雄先生 6 常は薬剤師が含まれません。 これまで 薬の提案も行えたりと、薬剤師の専門 り、衛生管理の方法について避難所 の 医 療 支 援 活 動 では 、薬 剤 師 は 性を活かした活動は医療チームから の管理者に助言も行いました。 また薬 JMATなどの医療チームとは別に単 非常に高く評価していただきました。 剤を服用している人たちの健康状態 一方で重大な責任が生じること 独で活動し、避難所の公衆衛生管理 も見て回りました。 やOTC医薬品の配布を主体に支援 でもありますね。 してきました。 しかし、今回の医療支援 増田 その通りです。医師との相談の 病状が安定していない方が多く、 また 活動では薬剤師も医療チームに加わ もとで在庫のない薬剤の変更を行わ 食事もカップ麺やおにぎりなど塩分過多 り、 チームとして活動しました。 なければならない状況でした。薬剤の になりやすいものが多いため、 血圧のコ 中には、注意を要するものもあります。 ントロールが難しい状況でもありました。 医療チームの一員としてどのよ 避 難 所は過 酷な環 境 ですから、 うな活動を行われたのでしょうか。 例えば降圧薬やインスリンは、処方変 仮設トイレが汚れていることからトイ 増田 いわき市では、いわき市医師 更によって血圧や血糖値が大きく変 レに行きたがらず、水分摂取を控える 会館が拠点となって、私たちの滞在中 動してしまうこともあるため、細心の注 ために脱水や便秘になっている方もい 意を要しました。 ました。野菜類も不足していますし、高 (3月20日∼23日) に最大で8つの医療 今回の医療支援活動によって薬剤 齢者では身体を動かさずに1日中避難 医療チームにおける薬剤師の活動内 師の価値を非常に多くの医療チーム 所にいるために便秘になる人も多く見 容は図表2の通りです。医師会館には に理解してもらえたと思いますし、実際 られます。支援物資には止瀉薬やか 仮設診療所が開設され、薬剤師はそ に現場では私たちの参加を嘱望され ぜ薬はあるのですが、便秘薬が不足 こでの調剤も実施しました。 もちろん医 ました。 これは、永年にわたる医薬分 しがちでした。 療チームと一緒に各避難所に出動し、 業への取組みの結果であり、医療の 医師が診察し発行した処方せんに基 現場に薬剤師が必要であるという証 づいてその場での調剤も行いました。 明にもなりました。 チームに分かれ、活動をしていました。 薬剤師が災害医療チームの中で 今後、薬剤師が災害現場における 有効な提案や助言ができたことが、今 医療チームの構成要員に加わること 回の医療支援活動では大変特徴的 を確信しています。 でした。医師が診察する際、患者さん の持参薬を鑑定したり、 お薬手帳を見 て同効薬へ処方変更するなど、作業 は大変でした。 また、医師や看護師だ 避難所の衛生管理や、被災者の 健康管理も薬剤師の重要な任務 避難所での支援活動では、 どの けで調剤するにはシートに印刷された 南三陸町ベイサイドアリーナ(宮城県)の避難所 に設置された仮設トイレと、手洗い場の手指消毒 用アルコール。 提供:増田 道雄先生 断水時の手洗いはアルコール消毒 名称を見ないと薬剤を判別できません ようなことに留意されましたか。 になりますが、断水期間が長引いてア が、薬剤師は色と形状から即座に判 増田 薬剤師単独で避難所を回り、 ルコール消毒を多用すると、手の皮膚 断できたり、在庫が無い場合は代替 トイレの消毒薬の使い方を指導した が乾燥して肌荒れを起こしてきます。 そ のような時、 ハンドクリームを持っていくと 図表2 いわき市の医療チームにおける薬剤師の活動 ●拠点:いわき市医師会館 ● 医薬品集積所:医師会館に隣接する看護学校 9:00∼10:00頃【いわき市医師会館】 全医療チームによるミーティング。当日巡回する避難所の割り振り。 薬剤師は必要と思われる薬剤を医薬品集積所にて揃え、 医療チームと一緒に避難所に出動。 10:00∼16:00頃【各避難所】 医師の診察に同行、発行した処方せんに基づき調剤。 医薬品の在庫がない場合は医師に処方変更を提案。 避難所の衛生状況調査、OTCの管理状況調査。 17:00∼18:00頃【いわき市医師会館】 全医療チームによるミーティング。 グ 各避難所の衛生状況や避難者の健康状況等の問題点・課題を報告。 非常に喜ばれるというのは現場を知ら ないとわからないことかもしれません。 避難所を回られていて、他に気 が付かれたことはありましたか。 増田 おそらく避難までに時間的な 余裕があったためか、お薬手帳や薬 剤情報提供書を持っている人が多く 見られたのは、良かったと思います。食 物は人と分け合うことができますが、薬 剤は人からもらって使うことはできませ ん。服用している薬剤が1種類や2種 類なら覚えておけるかもしれませんが、 7 それ以上になるとなかなか覚えられな いため、 このような災害時にはお薬手 帳は極めて有用です。私たちもさらに 薬剤師としての技術や専門性を 活かすべき に災害現場で必要であるということを 実感しました。 今まで「災害現場で薬剤師は何がで 日本災害医療薬剤師学会とし きるの?」 と言われ続けて来ましたが、 今 て、今回の医療支援活動はどのよう 回の震災で「医療チームに薬剤師が必 な印象を持たれましたか。 要である」 ということが証明されました。 増田 日本災害医療薬剤師学会のホ 厚生労働省の検討委員会でもDMAT ームページでボランティアを募りました (災害派遣医療チーム) などの構成要 が、今回の震災では、 あまりにも被害が 員として薬剤師の明記が討議されてい 薬剤師が医療支援活動に参加す 甚大であり、 なおかつ、被災地域が広 るようです。 また、今回、全国から延べ る際、 どのような心がけが必要ですか。 範囲にわたったこともあり、十分な人数 8000名 (2011年9月現在) を超える薬剤 増田 まず心得ておくべきことは、災 を集められなかったこと、 組織的な支援 師ボランティアが各地で活躍しました。 害は決してマニュアル通りに対処でき ができなかったことが反省点です。 しか 薬剤師という資格を与えられた以上、 そ るものではないということです。災害支 し、現地ではこれまでの経験を元に、 の技術や専門性を社会に還元すること 援は初期と中長期以降に分けて考え 様々な助言、活動をさせてもらいまし は、 私たちの使命だと思います。 るべきだと思います。特に発災初期、 た。私たちの医療支援活動が少しでも 今後、 さらに多くの薬剤師に医療支 外部からの支援の無い数日間は、現 役立ったのではないかと思っています。 援活動に参加してもらうためにも、医 地の状況に合わせて対処しなければ 日本災害医療薬剤師学会では、 療チームとの連携や災害に特化した 積極的にお薬手帳の普及に努めなけ ればならないと実感しています。 迅速に現地に入り 情報を収集・伝達することが大切 なりません。マニュアルに無い行動、 災害時での支援活動ができる薬剤師 判断が求められます。速やかに現地 の養成も行われていますね。 入りして状況を把握、後方へ情報を 増田 伝達し、限られた資材や限られたメン 医 療 薬 剤 師 学 会は、2 0 0 4 バーだけで患者さんに対応しないと 年に起きた新 潟 県中越 地 いけないなど、臨機応変な行動が求 震での薬 剤 師 活 動を契 機 められます。 に2 0 0 6 年に設 立され 、以 来、災害時に活躍できる薬 はあるだろうかと考えて、躊躇してしま 剤師の養成を目指して講演 いそうですね。 会や研 修 会 、医 療 支 援 活 増田 動に参加した薬剤師による 薬剤師として何ができるだろうかとか、 報告会を開催してきました。 何を持参すべきだろうかなどと考えて また、e -ラーニングによる薬 も、 きりがありません。 まず求められるこ 剤師生涯研修プログラムを とは、現地の状況、 つまり何が足りて何 提供している特定非営利活 が不足しているのかを把握し、 その情 動法人 医療教育研究所 報を速やかに伝えることです。そうす (IME)の依頼を受け、 「災 れば後続部隊は不要な物資を持って 害医療と薬剤師シリーズ」 と いかなくて済みます。 いう講座の作成にも協力し 現地でコンビニが稼働していれば、 特定非営利活動法人 医療教育研究所 (IME) 「災害医療と薬剤師シリーズ」 特定非営利活動法人 医療教育研究所: http://www.ime.or.jp/index.html (2011年9月現在) ています。本講座は、年内は 食料を携帯する必要はありませんし、 一 般 公 開されているので、 宿泊所が確保できるなら寝袋を持っ ぜひご覧いただきたいと思 ていく必要もありません。 そのようなスピ います。 ーディな情報提供を行うためにも、迅 いきたいと思っています。 そうです。 日本 災 害 発災初期では、自分にできること 発災初期の数日間に関しては、 「災害医療薬剤師」の養成を行って 最後に、読者へメッセ 速に現地に入ることが大切です。今回 ージをお願いいたします。 は、各地で薬剤師のマンパワーそのも 増田 今回の活動を通し、 のが不足していました。 私たち薬剤師も医師と同様 日本災害医療薬剤師学会:http://www.saigai-pharma.jp/ (2011年9月現在) 8