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米ビッグ3のコーポレート・ガバナンス ~形成過程・特徴と示唆
米ビッグ3のコーポレート・ガバナンス ~形成過程・特徴と示唆 (The Corporate Governance of the US Auto Big3: ~ Their History, Feature and Implication) 危機管理システム研究学会(2011.06.04) 国際経済研究所 、依田光広 (Institute for International Economic Studies, Mitsuhiro Yoda) 1 目次 【Ⅰ】報告の背景 【Ⅱ】会社設立~戦前 (大株主から経営者の時代へ) 【Ⅲ】50年代~80年代後半 (経営者主導がさらに進展) 【Ⅳ】80年代末~2000年代 (株主利益重視への転換) 【Ⅴ】まとめと若干の示唆 2 1 【Ⅰ】報告の背景 3 わが国で“米国流の株主利益重視のコーポレート・ガ バナンス”が叫ばれるようになり、既に一定の期間が 経過している。 直近では、法務省の法制審議会を舞台に、産官学の間 で新たな法制化に関する議論も進行中である。 この間、米国流ガバナンスのしくみ、日本企業に対す る批判については多くの紹介や分析がなされてきた。 しかし、実際の米国企業を対象にしたガバナンスの実 態については、体系的な研究はほとんど存在しない。 4 2 本報告では、長期でみた米ガバナンスの形成過程や特 徴について、ビッグ3という企業の実例を通じ、これ まで十分に分析されてこなかった実態を説明したい。 ・過去どのような過程を経て構築されたのか ・各社それぞれの特徴・違いはどのようなものか その際、“企業業績のリスク・マネジメント”という 視点を重視し、分析を実施した。 ※なお今回は、米国流ガバナンス全般の基礎的な概要や歴史については、 周知のものとして記述を割愛した。 5 【Ⅱ】会社設立~戦前 ・・・大株主から経営者の時代へ 6 3 ▼GM:経営の悪化により大株主が経営に介入 しかし、その後経営者主導の優良企業へ 創業者デュラントの過度の拡張志向などが災いし、 1920年代初頭に経営状況が悪化。 大株主であったモルガン商会(銀行)とデュポン(化 学)が、資金面や人事面などから経営に介入。 その後、経営者スローン社長はROIや事業部制など を導入、総投資収益率(配当+株価)は拡大の方向に。 経営者主導により株主に利益をもたらす優良企業へ。 この過程で、株主から経営者へ権限が大きく移行。 7 ▼GM:スローン社長の下、業績は向上 (図表1)GMの各種財務データ 30-34年 35-39年 40-44年 年平均 年平均 年平均 9% 18 15 配当性向 95% 79 75 株価上昇率 -3% 11 6 3% 18 13 ROE 総投資収益率 (注)配当性向=配当金÷当期利益×100 総投資収益率=(配当+株価の上昇分)÷株価×100 (出所)以下、財務統計はアニュアル・レポートより当研究所が作成。 8 4 ▼フォード:創業初期の大株主との争いの後、 一族所有の非公開会社化(経営権の確保) 創業初期に、大株主兼経営幹部であったダッジ兄弟と、 配当をめぐり争いとなり、これに敗訴(1917年)。 フォードⅠ世は設備資金確保のため、配当を停止 株主でもあったダッジ兄弟が配当を要求、フォードⅠ世は敗訴 その後1919年、外部の干渉を嫌い、フォード一族で株 式を買い戻し、非公開会社化を敢行。 株主を排除し、経営者自らの戦略遂行が可能な体制 へ転換(現在のMBOの先例)。 9 ▼クライスラー:大株主の金融機関依存で あったが、30年代以降経営者権限が強化 操業初期は丌安定な業績が続いたため、大株主でも あった金融機関に依存。 ビッグ3の中では三番手であったため、業績は丌安定 大株主兼債権者のM.ハノーバー銀行等に、経営や資金を依存 30年代以降、創業経営者W.クライスラーの経営努力 などで業績が向上、金融機関の発言権は次第に希薄化。 GMと同様、経営者主導の経営改革により業績が 向上、株主から経営者へ権限が移行。 10 5 【Ⅲ】 50年代~80年代後半 ・・・経営者主導がさらに進展 11 ▼GM:60年代にかけ、高い業績と株主還元で 経営者の権限はさらに強化 戦後になり、さらに高い業績と株主還元(配当)を実 現。株主にとって丌満の材料がない状態へ。 50~60年代、国内市場の好調を背景に、ROEは20%超へ 7割前後の高い配当性向もあり、総投資収益率は二桁台に 一方、かつての大株主は保有株の売却を余儀なくされ、 影響力は大きく低下(株主の分散化)。 銀行は大恐慌後の株式保有制限で、大株主の地位を喪失 デュポンに独禁法違反の嫌疑が出され、GM株を売却 60年代にかけ、高い業績と株主還元がなされる一方、 株主が分散化したため、経営者の権限はさらに強化。 12 6 ▼GM:50~60年代、高い株主還元を実現 (図表2)GMの各種財務データ 50-59年 60-69年 70-79年 80-89年 年平均 年平均 年平均 年平均 ROE 22% 20 16 10 配当性向 66% 70 71 64 株価上昇率 21% 5 -1 8 総投資収益率 28% 10 7 14 (出所)アニュアル・レポートより当研究所にて作成。 13 ▼GM:80年代の業績回復で、経営者権限は 極限に達し、取締役会は形骸化 オイル・ショックの後、80年代に入り市場の回復や日 本車の輸出自主規制により、業績は再び拡大。 株価上昇率は8%へ低下したものの、配当性向を64%に維持する ことで、総投資収益率は14%と再び二桁台へ回復 業績の回復を背景に、経営者R.スミス会長への権限 集中は極限へ達し、取締役会も形骸化。 この時期、取締役会はまさに「仲良しクラブ化」 スミス会長が取締役候補を指名、経営への口出しはせず 14 7 ▼フォード:株式公開を行ったが、議決権・ 経営権は一族が維持 1956年株式の再公開を行ったが、議決権を一定の比率 に維持(40%)、経営権もCEO職などを一族で確保。 種類株B株を導入、大幅に株数が減らない限り議決権は40% 一方、80年代にかけて業績回復や自社株取得により、 株価は大きく上昇。 GMとは違い、ファミリーの意向で配当をおさえ、事業の 再投資へ資金を配分し、業績の拡大を図った(ROE13~15%) 同時に、GMを上回る自社株取得も実施(F:42億$、G:39億$) 議決権・経営権を維持しつつ、株主還元も十分な状況 15 ▼フォード:80年代配当を抑え投資に回し、 株価の上昇で高い株主還元を実現 (図表3)フォードの各種財務データ 50-59年 60-69年 70-79年 80-89年 年平均 年平均 年平均 年平均 15% 13 13 14 配当性向 N.A. 41% 46 16 株価上昇率 N.A. 3% 2 24 総投資収益率 N.A. 8% 8 29 ROE (出所)アニュアル・レポートより当研究所にて作成。 16 8 ▼フォード:再公開の際、ファミリーのB株が 常に議決権の40%を確保できるよう規定 (図表4)フォードの株式再公開(1956年) A株 B株 普通株 所有者 フォード財団 フォード一族 一般株主 議決権 なし 議決権の60% 議決権の40% (150万株未満に なると普通株化) 株数 約3600万株 約650万株 約1100万株 (構成比) 67% 21% 12% (出所)「Moody's Industrial Manual」より、当研究所にて作成。 17 ▼クライスラー:GMと同様、80年代にかけて 経営者中心の体制へ 戦後しばらくは経営基盤が脆弱であったため、業績悪 化に直面し、再三金融機関・大株主・政府が介入。 50~60年代の業績悪化時に、ハノーバー銀行などの金融機関、 クリーブランド財閥などの大株主が経営に介入 オイル・ショック時、政府の融資保証枠に救われた(79年) しかし、その後80年代半ばにかけ、業績が急回復。 ミニバンの成功などで業績は急回復、株価も急上昇(平均50%) GMと同様、経営者のアイアコッカ会長は権限を 大きく拡大。 18 9 ▼クライスラー:80年代に総投資収益率が 大幅に回復 (図表5)クライスラーの各種財務データ 50-59年 60-69年 70-79年 80-89年 年平均 年平均 年平均 年平均 ROE 10% 12 -2 11 配当性向 86% 41 20 15 株価上昇率 3% 23 -10 50 総投資収益率 9% 26 -7 52 (出所)アニュアル・レポートより当研究所にて作成。 19 【Ⅳ】 80年代末~2000年代 ・・・株主利益重視への転換 20 10 ▼GM:80年代末、経営者と株主の力関係に 大きな変化、逆転へ 80年代末、大株主化したCalPERSを筆頭とする 公的年金基金が、GM経営陣に対し公然と圧力。 90年、業績改善や後継CEOの問題で、レターを送付 株主総会でも、経営陣の年金問題で委任状争奪合戦へ 背景には、74年ERISA法で年金基金に受託者責任 (Fiduciary Duty)が規定、年金は自らの運用に責任。 公的年金基金は投資額が巨額、インデックス投資中心などで、 丌満なら売却という手法(Wall St. rule)が取れなくなった 経営者と株主の力関係に大きな変化が生じ、逆転へ。 21 ▼GM:公的年金基金の圧力で経営陣が更迭、 株主利益重視の企業へ大きく転換 90年代初頭、業績改善策に丌満を抱える大株主の公的 年金基金の意向を汲み、社外取締役が経営陣を更迭。 リセッションで深刻な業績悪化に直面したが、会社側のリスト ラ案に対し、公的年金基金が直接丌満を表明。 社外取締役が中心となり、92年ステンペル会長以下の経営陣を 更迭。社外取締役が会長となり、J.スミス新社長体制へ刷新 その後「GMガバナンス原則」を制定、CalPER Sはこれを模範事例として、全米企業へ推奨。 年金などの機関投資家の圧力で、米国企業の中でも いち早く株主利益重視のガバナンス優等生へ転換。 22 11 ▼80年代末から公的年金基金がGMに圧力 (図 表 6 )G M をめ ぐる 公 的 年金 基 金の 動向 1987 機関投資家評議会(CII)が、業績悪化などに関する対話を要求 → 会 談 に 応 じ 、自 己 株 取 得 ・設 備 投 資 縮 小 1990 C a l P E R S と ニューヨーク州 職 員 年 金 が 、 シ ェ ア 低 下 や 合 理 化 の 遅 れ、スミス会長の後継者選びの基準を問うレターを送付 →スミス会長は抗議のレター →最終的に会談に応じ事情説明 1990 公的年金が株主総会で会長などの経営陣の年金倍増提案に反対 →委任状の争奪合戦を展開(一応、経営陣の提案が可決) 1992 公的年金などの不満を背景に、経営陣を更迭 → ス テ ン ペ ル 会 長 が 更 迭 、 ス メ ー ル 会 長 /J.ス ミ ス C E O 体 制 へ (注)ガバナンス論の権威ミルスタイン弁護士が、更迭に際し社外取締役に助言。 また、巨額の年金信託を抱えていたJPモルガンも、財務スタッフを提供。 (出所)各種資料・報道より国際経済研究所にて作成。 23 ▼全米に推奨された「GMガバナンス原則」 ( 図 表 7 )G M のコ ーポ レ ー ト・ ガ バナ ンス 原 則 ( 94 年 、 全 28 条 ) 1条 会 長 / CEO 職 の 兼 務 ・分 離 は 必 要 に 応 じ 決 定 可 能 。 2条 リード・ディレクターを選任、定例会議議長や社外取締役の統括。 11 条 年3回社外取締役だけの定例会議を開く。 15 条 取締役会の半数以上は社外取締役。ガバナンスは社外取締役が決定 21 条 毎 年 Directors Affair 委 員 会 は 取 締 役 会 の 評 価 を 行 う 。 25 条 毎年社外取締役全員でCEOを評価し、報酬を査定する際に使用。 ( 注 ) CalPERS は 主 要 企 業 に 対 し GM ガイドラインを 模 範 と す る よ う 要 請 。 (出 所 )「 GM Corporate Governance Principle」 よ り 、 当 研 究 所 に て 抜 粋 。 24 12 ▼GM:しかし、その後09年には破産法申請へ 大きな要因の一つに経営の短期志向化 ガバナンスでは優等生となったが、リーマン・ショック による市場縮小などに耐え切れず、09年破産法申請へ。 大きな要因の一つに、過度の株主利益重視からくる経 営の短期志向化の指摘あり。 フォードに比べると、長期的な開発投資や設備投資を軽視 例)小型車や燃費改善への投資は、利益率の低さから後回し 内部留保を抑え、配当による株主還元を優先 →資金ショートへ 25 ▼フォード:依然ファミリーが大株主であるが 近年の業績悪化の程度は軽い 依然、ファミリーが大株主として取締役会を支配。 取締役会の主要ポストはフォード家が押さえ、重要な意志決定 には一族の意向を反映 一方、経営権は適宜、一族以外の専門経営者に委譲。 W.フォードJr.(01~06年)以外は、非一族の専門経営者がCEO 大株主としてのフォード一族の持つ長期志向が奏功し、 リーマン・ショックによる業績悪化の程度は最も軽い。 大株主兼経営者として長期的な企業の発展・存続を重視 →自ら配当を抑え、開発投資や設備投資へ資金を投入 26 13 ▼フォード一族が取締役会の主要ポストに (図 表 8 )取 締 役会 に お け る フォ ー ド 一 族(96/3) ウィリアム・クレイ・フォード Jr( 委 員 長 ) 財務委員会 (定 員 7 名 ) 組織指名委員会 (14 名 ) ウィリアム・クレイ・フォード、エドセル・フォードⅡ ウィリアム・クレイ・フォード Jr ウィリアム・クレイ・フォード 報 酬 委 員 会 (4 名 ) 監 査 委 員 会 (5 名 ) ( 出 所 )「 ア ニ ュ ア ル ・ レ ポ ー ト 」 よ り 、 当 研 究 所 に て 作 成 。 27 ▼クライスラー:GMと同様、株主利益優先へ 転換したものの、09年には経営破綻へ GMと同様、CalPERSなどの公的年金基金の圧 力を受け、株主利益優先の経営へ転換。 CalPERSは、92、93年連続して同社を注視リストに選定 さらに96年、個人投資家K.カーコリアンに株を持たれ、 増配や自社株式取得の要求などを受け入れ。 しかし、長期投資の遅れや手元資金の丌足が起因し、 リーマン・ショック後の09年に破産法申請へ。 28 14 ▼K.カーコリアンは株主還元を強く要求 (図 表 9 )カ ー ク・ カー コ リ アン と の和 解内 容 < K.カ ー コ リ ア ン の 要 求 > <和解の内容> ・増配 ☆ 増 配 ( 25%) ・自己株取得 ☆ 自 己 株 取 得 ($20 億 ) ・株式の買い増し ☆ 2:1 株 式 分 割 の 実 施 ・手元資金の引き下げ ・ カーコリアン側 の 役 員 1 名 ○ T O B は 回 避 ・株式分割 ・ 手 元 資 金 $75 億 は 承 認 ・役員の派遣 (=95 年 売 上 の 1.7 ヶ 月 分 ) (出所 )各 種資料 ・報 道より 国際経 済研究 所にて 作成。 29 【Ⅴ】 まとめと若干の示唆 30 15 ▼まとめ ~ビッグ3各社のガバナンス <GM> ・かつては経営者主導の典型(但し、株主還元は充実)。 ・90年代以降、公的年金の圧力を受け、株主利益重視 の米国流ガバナンスを主導。しかし、09年に破綻。 <フォード> ・一族の影響力が維持されてきた米国でも例外的な企業。 ・一方で、長期志向の経営により業績悪化の程度は軽い。 <クライスラー> ・GM同様、株主重視のガバナンスに転換。しかし、破綻。 31 ▼若干の示唆 ~わが国のガバナンス論議に対して ①企業業績のリスク・マネジメントの視点からも、米国 流ガバナンスの優れた部分は積極的に採用すべき。 ・客観的な視点での意思決定のモニタリング(監督) ・経営のアカウンタビリティ(説明責任)の向上 ②ただし、現在企業競争力の低下や資本市場の空洞化が みられる中、わが国企業の強み(長期的経営など)を 損なわないような柔軟な制度設計も必要。 ・一定数の社外取締役を法律により義務付けることには懸念 ・監督監査委員会設置会社による選択肢の拡大は望ましい 32 16 <主な参考文献・情報> ▼ビッグ3関連 ・ビッグ3各社のHP、アニュアル・レポート ・「GM」「フォード」「クライスラー」(下川) ・「GM帝国の崩壊」(M.ケラー) ・「カムバック 勝利なき戦い」(イングラシア、ホワイト) ・「Automotive News」各号、「フォ-イン世界自動車月報」各号 ▼ガバナンス全般 ・「アングロサクソン・モデルの本質」(渡部) ・「コーポレート・ガバナンスの経営学」(加護野、砂川、吉村) ・「コーポレート・ガバナンスとアカウンタビリティ論」(関) ・「会社はだれのものか」(岩井) ・「独立社外取締役」(富永) ・「商事法務」各号、「ビジネス法務」各号 ・「法制審議会」議事録・資料 33 17