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図 1 - 日本機械学会

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図 1 - 日本機械学会
日本機械学会誌 2002. 5
Vol. 105 No. 1002
355
TOPICS
中耳滲出液を排出するマイクロポンプの実現
はし
大学は世の中の役に立たない,
と言われて久しい.文学部や経済
か
後には箸 のように掻 き取る作業が
図1 微細スクリューのSEM写真
入った.
学部ならいざしらず,工学部では
この要求機能に対する設計解が
そんなことはない,と4年前に大
「ねじポンプ」である.遠きエジプ
見栄切って始めたプロジェクトが
トのころから考案されたアイデア
(a)ねじり細線
このマイクロポンプである.
を再利用するのだが,困るのは細
図2 流体の粘度と流量の関係
(
(e)吐出(s)吸引)
いねじの製作法である.そこでア
石井哲夫元教授と高山幹子教授の
イデア合戦となったが,図1に示
要求機能をもとに設計を始めたの
すように,2本のワイヤをねじっ
だが,それは「低侵襲で鼓膜を切
て接着剤で固定すればよい,さら
しん
開して中耳滲出液を排出すること」
に角断面のワイヤをねじればより
である.これまでは医者の中で
効率がよい,というアイデアを出
「鼓膜は切ってもそのうちにきれい
したのは学部4年生であった.そ
1 000
排出流量 mm3/s
東京女子医科大学耳鼻咽喉科の
に直る」と信じられていたのだが,
れで一気に成功し,図2に示すよ
はり
石井教授の研究から,「扇子の梁の
うに,どの径でもねじで土砂用の
ような太い細胞は切られたらその
エクストルーダのように押し出し
ままで,そこはやけど傷のように
た(図中のe)ほうが,真空で吸引
切開部分に柔らかい細胞が盛り上
する(図中のs)よりも,高粘性領
がってつながる」ことがわかった.
域で排出流量が大きいことがわか
つまり,鋼の梁が折れたのに回りを
った.中耳炎では大体50mm 程度
鋳掛けて直すようなもので,強固な
の滲出液が存在し,それを麻酔の
梁が途中で切れていることには変わ
効いている20秒間で排出しなけれ
りはない.そうすると,飛行機に乗
ばならないのだが,図から外形
るたびに,またはトンネルに突入す
0.45mm,内径0.28mmの注射針で
るたびに再び切れることになる.
排出流量は十分なことがわかる.
3
90 000rpm
ID 1.23mm
OD 1.1mm
90 000rpm
ID 0.45mm
OD 0.28mm
24 000rpm
ID 0.23mm
OD 0.16mm
100
10
1
0.1
0.01
(b)ねじり板
1
10
100 1 000 10 000 100 000
粘度 mPa・s
図3 3種類のマイクロポンプの外観
スクリュの固定位置
DCモータ
微細管
5cm
真空チューブの固定位置
(a)DCモータを用いたマイクロポンプ
エアタービン
微細管
真空ポンプ側
5cm
(b)エアタービンを用いたマイクロポンプ
真空ポンプ側
同期モータ
微細管
10cm
(c)同期モータを用いたマイクロポンプ
のぞきながら手術するのに,扱いに
ここまでは2年間でできたのだ
くくてしょうがない.もうだめかな
こじらせて喉 に伝わる耳管が詰ま
が,いざ臨床で使ってみるとワイヤ
と思っていたときの救世主は,歯科
ったら,鼓膜を切開して中耳浸出
回転機構の騒音が問題になった.最
用の同期モータである.増速歯車機
子供はよく中耳炎にかかるが,
のど
がん ぐ
液を排出しなければならない.し
初は図3に示すように,玩具用の小
構まで付けると毎分16万回転まで可
かし,その切る量をできるだけ小
形直流モータを使ったが,回転数が
能だが,今回はそれを9万回転で使
さくしたい.ところが,中耳滲出
毎分2万回転しかでない.回転数と
った.騒音は最大で72dBまで低減
液は粘性が高く,この後で「微量
排出流量との関係を調べてみると,
でき,鉛筆を扱うようにマイクロポ
用粘度計」なるものを新たに作っ
比例の関係にあることがわかった.
ンプを挿入できた.
て粘度を測定したところ,滲出液
丸断面のワイヤではねじが進む容積
これまでに内径0.45mmのパイプ
の粘度は「水(約1mPa・S)」から
に対して,滲出液はその1%しか押
を用いたマイクロポンプで20秒間
「グリセリン(約1 000mPa・S)」ま
し出されず(角断面にすると10%だ
に排出できた患者は80%であり,
で大きく分布し,中には一部が固
が細いのが引抜できない)極めて効
比較のために同じ大きさのパイプ
まって「水飴状」になっているこ
率が悪い.そこで速く回すしかない.
で真空で吸引すると,48%の患者
ともわかった.
次に試したのはエアタービンであ
しか排出できなかったので有効で
る.研磨工具用のを使うと,毎分6
あった.現在,これを歯科用機器
注射針を挿入し,滲出液を真空で
万回転と回転数は十分だが,騒音が
メーカのモリタ製作所が試作して
吸い込んでいた.しかし,パイプ
耳元で90dBも生じ,患者さんが難
いる.意地でも信頼性とコストに
内の摩擦が大きくて吸い込めず,
聴になると言われ,カバーをぐるぐ
優れたものを世に出していきたい.
徐々に太い注射針に変えて排出す
る巻きにして,手術者はそれを担ぐ
(原稿受付 2002年2月20日)
る.しかし,それでもだめだと最
ようにハンドリングした.顕微鏡を
〔中尾政之 東京大学〕
これまでは鼓膜を切開した後で,
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