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意外と身近なテレワーク
丸紅経済研究所 意外と身近なテレワーク 〜先入観を排し、メリットの大きなテレワークの普及を急ぐべき〜 * 2016/2/16 本レポートはマネックス証券 Web のマネックスラウンジ『総合商社の眼、これから世界はこう動く』に寄稿した内容です。 その後の状況変化等の理由で⼀部加筆修正していることがあります。 1. テレワークのさまざまなメリット アベノミクス三本の⽮では「⼈材の活躍強化〜⼥性が輝く⽇本!〜」が重要課題として掲げられていた。新三 本の⽮では、⼀歩踏み込んで希望出⽣率向上や介護離職防止に関する数値目標が盛り込まれた。それらを実現 するためにはわが国でもテレワーク(在宅勤務を含むが、勤務場所は⾃宅に限らない)を定着させることが有 効だろう。筆者が米国コロラド州のベンチャーに出向していた 2002 年当時、筆者の指示で動いてくれた営業 責任者たちは遥か離れた⻄海岸等の半導体企業の工場周辺に位置する⾃宅がオフィスで、筆者は定期的に彼ら と電話会議を⾏って業務を進めていた。顧客のいる場所に営業スタッフを常駐させられるメリットの大きさは 明らかだろう。この他にも介護離職防止や保育所問題の緩和等、テレワークには多くのメリットがあるのに(図 1)、ICT が大きく進歩した今でもわが国ではそうした仕事スタイルが定着していないことを筆者は奇異に感 じている。 図1 テレワークのさまざまなメリット (出所:(株)ワイズスタッフ(注 1)講演資料) 1 2. 政府目標と現実とのギャップ 総務省のデータ(注 2)によれば、資本⾦ 50 億円以上の企業のうち 12.2%が在宅勤務を導入しているとのこ とだ。政府は⾼度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部の「世界最先端 IT 国家創造宣言」 (注 3)の中で、 2020 年までにテレワーク導入企業を 2012 年度⽐で 3 倍、週 1 ⽇以上終⽇在宅で就業する雇⽤型在宅型テレ ワーカー数を全労働者数の 10%以上にし、こうした取組みも含めた⼥性の就業⽀援等により、第⼀⼦出産前 後の⼥性の継続就業率を 55%(2009 年実績は 38.0%) 、25 歳〜44 歳の⼥性の就業率を 73%(2011 年 実績は 66.8%)まで⾼めるとの目標を掲げている。裏を返せば、 「毎⽇、朝から晩まで会社に来られる⼈しか 雇わない」姿勢では、優秀な社員の確保が難しくなるということだろう。 しかし現実には、在宅でできる仕事がない、勤怠管理ができない、家には仕事できる場所がない等のさまざま な課題(図2)があって、テレワーク導入がなかなか拡大していない。当社でテレワークのトライアルに参加 した同僚に話を聞いてみたところ、「テレワークは⼦育てや介護等の特殊な事情の⼈のための特権制度」とい う社員意識(不公平感・肩身の狭さ)も大きな課題のようだ。 図2 テレワークのさまざまな課題 (出所: (株)ワイズスタッフ講演資料) 3. サテライトオフィスでテレワーク環境を提供する【2016 年 9 月追記】 こうした課題の中でも、 「家だと⼦供がまとわりつくので集中して仕事ができない」、 「Web 会議をしようとす 2 ると、家の中の様⼦が映ってしまって恥ずかしい(注 4) 」といった点は、働き手の側がテレワークしたいと 言い出せないことにつながる。短時間であれば、喫茶店/ファストフード店、駅や空港の待合室等(注5)で のテレワークが現実的な解決策である。テレワークの手段は在宅勤務に限らないのだ。2014 年から「在宅勤 務」のトライアルをスタートさせている⽇本航空では「⾃宅以外の場所」での仕事を希望する声が強かったた め、情報セキュリティを勘案し、「喫茶店や図書館、マンションの共有スペース」等の公共の場所での勤務に は「紙資料の持ち運び禁止」「のぞき⾒フィルター利⽤」等、より厳しいルールを設定の上でテレワークを認 めることしたそうである(注6)。 ⼀⽅で、オフィスや⾃宅以外で、「もっと腰を据えて業務をこなしたい」、「ICT もオフィス並みの環境(パソ コンの性能やカラープリンター等)が必要」というニーズもある。そうした声に応えて雇⽤者側がテレワーク ⽤にサテライトオフィスを⽤意している実例を紹介しよう。佐賀県では、平成 20 年 1 月から全国に先駆け 在宅勤務制度を導入し、さまざまな取り組みを積み上げた結果、現在では①在宅勤務、②出張先や執務室外で タブレット端末等を⽤いて業務を⾏うモバイルワーク、③県が⽤意したサテライトオフィスでの勤務、の三本 ⽴てでテレワークが積極的に⾏われている。このうちサテライトオフィス勤務は、外出先や出張先からわざわ ざ県庁に戻ることなく、⽤務地⽅面で⽴ち寄りやすいロケーションにあるサテライトオフィスで、メールチェ ック、資料閲覧、議事録の作成等の業務をこなせるようにしたものである(図 3)。 図3 佐賀県がテレワーク用に提供しているサテライトオフィス (出所:2016 年 3 月 11 ⽇ 佐賀県資料『テレワークが⽇本を変える』 ) この制度は、⽤務地ないし出張先から次の⽤務地(または⾃宅)までの間にサテライトオフィスがある場合に、 移動に時間を費やすことなく通常に近いレベルの業務を⾏えるメリットがあって、職員からも歓迎されている そうだ。こうした例からもわかるように、働き手のほうは⾃宅での勤務はむしろ不便と考えることも多く、喫 3 茶店、駅・空港やサテライトオフィスを使ったテレワークを雇⽤者が正式に認めることのほうが現実的で、か つニーズもあるようだ。テレワークがこうした裾野の広いニーズに対応できることが認識されれば、「特殊な 事情を持つ⼈のための福利厚⽣」という固定観念にも風⽳が開くだろう。 4. 対⾯式で勤怠管理すべきという思い込み【2016 年 9 月追記】 サテライトオフィスの効⽤を考えた場合、丸紅(株)の海外駐在員は皆、海外拠点というサテライトオフィス でテレワークを実践している先駆者と言えそうである。冒頭の筆者の体験でも示したが、経費や時間効率の点 で、毎回海外出張経費を払うより、海外の「サテライトオフィス」(例:顧客のいる場所の近く)に社員を駐 在させたほうが効率的である、という考え⽅には違和感はないだろう。 図4 丸紅(株)のグローバルネットワーク (2014 年 4 月 1 ⽇時点) また、テレワーク導入が躊躇される大きな理由には勤怠管理ができないことも挙げられるが、仮にワンマン オフィスであっても、海外駐在員の勤怠管理が問題になることはないようだ。そもそも米国でのホワイトカラ ー勤務の場合、⼀般職員は⼀⼈ずつついたてに囲まれた「キュービクル」で仕事をし、上⻑は個室で仕事をす るので、⽇本式オフィスで上⻑の目の届く範囲に職員を座らせて勤怠管理をしようという文化がそもそも存在 しない。 国内でも、出張時の勤怠は出張報告書や訪問先との面談結果等の「成果」で管理しており、そうした管理体制 を不⼗分だと悩む上⻑もいないし、肩身の狭さを感じる出張者もいないはずだ。面白いことに、テレワーク経 験者は、「むしろテレワーク中のほうが緊張感がある」と語っているという。例えば、出張時の新幹線の中で の時間をテレワークとするかどうかで考えてみよう。これを単なる移動だと考えれば、スマホで急ぎのメール のチェックくらいはするにしても仮眠や飲酒も可能であり、むしろそれが出張の秘かな楽しみとしてわが国に 定着していると思われる。⼀⽅で、出張者・上⻑がこの時間をテレワークとして公認するならば、必ずしもパ 4 ソコンを広げる必要はないかもしれないが、書類を読み込んだりメールにしっかり対応したりすることになる。 ビールや出張先の駅弁を楽しむのはその後だ。出張者にとっても、上⻑や同僚、取引先にとっても後者のほう が好ましいことが多いのではないだろうか。 このように、勤怠管理をテレワークの障害と考えるのは、⽇本⼈の単なる思い込みである可能性が⾼い。 5. サテライトオフィスとしての国内支社支店の機能と非常時のメリット【2016 年 9 月追記】 新幹線等の交通網の発達により本社からの⽇帰り出張が可能となって、各企業の国内⽀社⽀店は常駐者を置く 意義が希薄化しているとされる。そうした⽀社⽀店には、出張者むけに Wi-Fi、プリンター、本社との Web 会議・電話会議設備、会議室等を充実させ、サテライトオフィスとしての新たな役割を持たせてはどうだろう か。喫茶店、駅・空港を勤務環境として公認するにしても、やはり落ち着いて席に座り、周りの視線や⾃分の 電話の声が聞かれてしまうことを気にせずに業務できるほうが効率がよいだろう。 先⽇(株)ワイズスタッフの⽥澤社⻑の講演をうかがったところ、興味深い事例をご紹介いただいた。去る 2016 年 1 月 18 ⽇には、首都圏南部は通勤時間帯直前に予想外の降雪に⾒舞われ、筆者も出勤にたいへん苦 労した。⼀⽅、同社では、前⽇までに北海道北⾒オフィスを全員テレワークにする決断を⾏っていた。普段か らテレワークを活⽤していることもあるだろうが、事前に⼀⻫テレワークを決めていたことで業務には⽀障が なかったという。なお、こうした荒天の際には、筆者の⼦供の学校からは早朝のメールで「休校。⾃宅学習に します」といった連絡が来るものの、当社のような企業の場合は「いざ鎌倉」で忠誠心を試されているかのよ うに、むしろ万難を排して出社して⾒せるのが常である。出勤を遂げた後になって「本⽇の天候による出勤の 遅れについては、『通常の出勤』扱いとする。」といった全社員宛メールが届くこともある。電⾞の中で 2 時 間も 3 時間も時間と体⼒を浪費させるくらいなら、勤怠管理がないことで効率が仮に若⼲低下するとしても、 テレワークで 8 時間しっかり働かせるほうが雇⽤者にとってメリットが大きいはずだ。テレワークの可能性 を想定して予め書類データをクラウドに上げておく等の対策を取れば、会社に⾏かないと仕事にならない、と いうことも少なくなる。テレワークが社内に定着している企業は、こうして大規模災害時の対応も取りやすく 持続可能性に優れることになり、格付けや株価も上がるのではないだろうか。 また、佐賀県の場合、上述のようなサテライト勤務体制の整備は、大雨洪水のような災害時の対応の際には移 動が困難な場合も想定されるため、非常時対応としてもたいへん有意義だ、とのアンケート結果があるそうだ。 このように、テレワークは BCP(非常時に備えた事業継続計画)としての効果も大きいのだ。災害時に社⻑ や幹部が⾃宅やサテライトオフィスから指示を出せたり、サテライトオフィスとしての機能を備えた札幌や福 岡の拠点に「出社」可能な職員が集まって臨時本社としての機能を果たせたり、といったメリットが容易に想 像できる。 6. テレワークで「無駄な」残業代が確実に減らせる【2016 年 9 月追記】 5 さて、テレワークのさまざまなメリットが⾒えてきたが、雇⽤者側にとっては「コストがかかるがしかたなく 導入する」だけのものなのだろうか?確かに、介護離職防止や優秀な⼈材の確保にむけ「認めざるを得ない」 面もあるのかもしれない。しかし、実は、テレワークにはコスト削減効果も期待できるのだ。図5の事例で考 えてみよう。夕⽅、忠誠心を試すかのように外出先から職員をいったん帰社させた場合、まず、移動中にはた いした勤務が⾏えず、「業務時間」が無駄に過ぎて⾏く。加えて、終業時刻近くに帰社した外出者は、肉体的 にも精神的にも疲れた状態で残業に入ることになり、本⼈にも辛く、雇⽤者も残業代を⽀払うことになる。⼀ ⽅、外出先近くの喫茶店等でのテレワークを認めれば、そうした業務を業務時間中に終えることができ、残業 代の⽀払いが⽣じないことがわかる。外出者のほうは、残業代はもらえないものの、終業時刻と同時に家路に つけ、外出先と⾃宅との交通事情によっては帰宅時刻も早まって家族との団らんが可能になるのだから、本⼈ も家族もむしろ喜ぶに違いない。このようにテレワークは会社の経費削減にも直接的効果が期待できるのだ 図5 テレワークが残業代削減にもつながるケース (丸紅経済研究所作成) ケーススタディ 午後に外出した社員の場合 16: 00 従 来 訪問先 での 打合せ 17: 00 徒歩・地下鉄で 移動:帰社 17: 30 オフィス勤務 (打合せ記録作成、お礼メール、 テレワーク での 打合せ 20: 00 移動:帰宅 (ラッシュ) 残務整理) 16: 00 訪問先 19: 00 17: 30 (打合せ記録作成、 ついでの仕事もすることに。 2時間分の残業代が発生。 18: 30 訪問先近くの喫茶店で テレワーク いったん出社することで、 普段より早く帰宅でき、 移動:帰宅 家族との時間 お礼メール) 家族と一緒に夕飯。 本人も会社もHAPPY 7. 意識改⾰さえできればテレワークの普及は進む【2016 年 9 月補足】 以上のように、まず、テレワークは在宅勤務だと早合点することをやめれば、テレワークがハンデを背負った ⼀部の働き手のための福利厚⽣制度ではないことが明確になり、不公平感や後ろめたさが解消される。そして、 国内外の⽀社⽀店や出張中をイメージしながら、外出先近くの喫茶店、駅・空港・新幹線⾞内等や、サテライ トオフィスでの勤務を積極的に⾏うようにすれば、雇⽤者側にはタイムリーな業務処理と残業代削減が期待で き、職員には効率的にプライベートの時間が捻出できるというメリットが実感できるはずだ。さらには、雇⽤ 主にとっては非常時対応に備えられるメリットもある。 スマホやクラウド環境の普及により同僚とビデオ通話も資料の閲覧も簡単にできるようになっており、テレワ ークに特段の技術的問題がないことは実証済みと言えるだろう。テレワークに対するいろいろな先入観を払拭 し、テレワークは雇⽤者のためにもテレワーカーのためにもなり、わが国の経済発展のためにも必要だ、とい うことに皆が早く気付く必要がある。上出の⽇本航空も佐賀県もまずはできることから始め、工夫を積み重ね 6 て現在の制度を作り上げている。当社のような会社は、まず手始めに、次の荒天予報時に全職員に「駐在」 「出 張」を命じるつもりでテレワークをさせてみてはどうだろうか。恐らく、大した問題がなく業務が⾏えること が確認できるだろう。こんな意識改⾰しだいでテレワーク導入はわが国でも⼀気に進むはずだ。 (注1) 総務省「ふるさとテレワーク推進のための地域実証事業」に係る提案において、同社グループによる北海道オホーツ クふるさとテレワーク推進事業が採択されている。 http://www.ysstaff.co.jp/archives/news/press/01172.html (注2) 総務省『平成 26 年通信利⽤動向調査』 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001061335&cycode=0 (注3) 2015 年 6 月 30 ⽇閣議決定『世界最先端 IT 国家創造宣言』 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20150630/siryou1.pdf (注4) (株)ワイズスタッフでは、Web カメラの前に座るテレワーカーの背中側に、天井からスクリーン式のブラインドを 吊り下げて、室内の⾒せたくないものが Web カメラに映りこむのを防いでいるようだ。 (注5) ⽇本マイクロソフト社では、東⽇本大震災の危機対応をきっかけに全社⼀⻫テレワークを実施している。勤務場所と して、カラオケボックスの利⽤も認めている(利⽤料も会社負担)という。 http://ascii.jp/elem/000/001/042/1042032/ (注6) 【2016 年 9 月追記】2016 年 9 月 1 ⽇ ⽇経 DUAL『JALで在宅勤務が進むワケ ⾃宅外就業など進化続く』 http://ascii.jp/elem/000/001/042/1042032/ 担当 チーフ・アナリスト 松原 弘行 住所 〒100-8088 WEB http://www.marubeni.co.jp/research/index.html T E L : 03-3282-3507 E-mail: [email protected] 東京都千代田区大手町 1 丁目 4 番 2 号 丸紅ビル 12 階 経済研究所 (注記) ・ 本資料は公開情報に基づいて作成されていますが、当社はその正確性、相当性、完全性を保証するものではありません。 ・ 本資料に従って決断した行為に起因する利害得失はその行為者自身に帰するもので、当社は何らの責任を負うものではありません。 ・ 本資料に掲載している内容は予告なしに変更することがあります。 ・ 本資料に掲載している個々の文章、写真、イラストなど(以下「情報」といいます)は、当社の著作物であり、日本の著作権法及びベルヌ条約などの国際条 約により、著作権の保護を受けています。個人の私的使用および引用など、著作権法により認められている場合を除き、本資料に掲載している情報を、著 作権者に無断で、複製、頒布、改変、翻訳、翻案、公衆送信、送信可能化などすることは著作権法違反となります。 7