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東アジア経済統合と日本および ASEAN の役割
「東アジア経済統合と日本および ASEAN の役割」 東アジアセミナー オープニングリマークス 日本貿易振興機構(ジェトロ) 理事長 渡辺 修 2006 年 6 月 26 日(月) 於:フォーシーズンズホテル、シンガポール 1. はじめに おはようございます。小島高明在シンガポール大使館特命全権大使、サイモン・テイ・シ ンガポール国際問題研究所(SIIA)所長、各界を代表される皆様、並びにご来場の皆様、 本日はご出席いただき感謝申し上げます。ここシンガポールで、このような形で SIIA と共 催でセミナーを開催できることを大変嬉しく思います。 先日は、天皇陛下がここシンガポールにお見えになりました。また、日本とシンガポール との間で外交関係が樹立されて今年で 40 周年を迎えるなど、2006 年は両国にとって記念す べき年になるでしょう。 シンガポールは ASEAN の中心的な存在として、域内の経済・産業を牽引しております。物 流や金融の中心地として、人材や技術開発、さらには学術といった知的交流の中核拠点と して著しい発展を遂げており、多くの日本企業が ASEAN ワイドでの事業をこの地から展開 しております。 本日は、「新たな局面を迎えた東アジア経済統合」というタイトルの下に、シンガポールお よび日本、米国、中国、アジア開発銀行を代表する識者による基調講演やパネルディスカ ッションが予定されております。また、ランチョンではリム・フンキャン貿易産業大臣に スピーチいただくことになっております。各国それぞれの立場から、東アジアの経済統合 に向けた考え方や今後の課題など、貴重なお話が聞けるものと期待しております。 まずはじめに、私から、東アジアの経済統合が進む中での今後の日本および ASEAN の役割 について私見を述べさせていただきます。 2. 本格的な回復を遂げた日本経済 まずは日本経済の現状から始めさせていただきます。 日本経済は、91 年以来長い停滞期を経てきましたが、官民挙げてのリストラ努力により、 設備、雇用、債務の3つの過剰を解消しました。そして、構造改革の結果、日本企業の収 益構造は大幅に改善しました。日本経済は順調に成長局面を歩んでおります。今年 11 月に 1 は、連続 57 ヵ月という戦後最も長かった成長記録を塗り替えると私は思っております。 企業のスリム化・効率化が進む過程で、日本企業が、東アジア域内で生産工程間分業を進 めてきたことも景気回復に大きく貢献しています。日本企業は ASEAN や中国を含む東アジ ア域内への投資を活発化させ、最適地生産・調達を進めてきました。東アジアで上げた収 益を現地で再投資し、あるいは、日本国内に還流させることで、景気回復を確実なものに するという新しいビジネスモデルが確立されたわけです。 日本企業は収益の 3 分の 1 を海外で、その海外からの収益の 3 分の 1 を東アジアで上げて います。東アジアからの収益比率は、今後ますます上昇すると思います。したがって、今 後は東アジアの経済統合をさらに進めることで、日本が成長していくことになるでしょう。 3. 相互依存関係を深める日・ASEAN 関係 東アジアの中でも、日本と ASEAN との関係は、歴史を振り返ってみれば、緊密ぶりが明ら かです。日本の ODA は ASEAN 向けから始まったと言っても過言ではありません。また、日 本の戦後復興が進むにつれ、日本と東アジアの貿易・投資活動が活発化し、この地域の輸 入代替工業化に大きく貢献しました。1977 年、当時の福田首相が東南アジア歴訪の際、単 にモノの交流のみならず、心と心の触れ合いを強調した対 ASEAN 外交ドクトリンを発表し たのもこの頃です。 85 年 9 月のプラザ合意後の円高は、日本企業が輸出競争力を維持するため、ASEAN に生産 拠点を移すという事象をもたらしました。この時の直接投資は、ASEAN 諸国が輸入代替工業 化から輸出指向工業化へと政策転換を図る時期と重なるものでした。それ以来、ASEAN 諸国 は付加価値の高い工業製品の輸出を拡大させてきました。 97 年のアジア通貨危機の際には、日系企業はレイオフをしたりすることなく、逆に ASEAN への技術移転をより確実なものとするため、一部企業は日本への研修生派遣を増やしまし た。後になって、ASEAN にいる私の友人の何人かが、私に対して、「アジア通貨危機の際に 日本がサポートしてくれて本当に助かった。本当の友人というものがどういうものである か、よく分かった」と言ってくれました。民間だけでなく、日本政府は、98 年より向こう 5 年間で、日本への派遣・現地での研修といったプログラムを 3 万人の域内民間実務者・技 術者に対して実施しました。 2000 年代に入ってからは、日本の対中投資が急速に拡大してきました。しかしながら、ス トックベースで見ると、対外投資全体に占める対中投資のシェアは、対 ASEAN 投資の 9.6% と比較して、わずか 5.4%しかありません。日本にとり ASEAN は今でも重要な投資先なので す。また、対中投資を進める企業は、自社の投資先が中国に一極集中することによるリス クを回避するための「チャイナ・プラス・ワン」という戦略を好んで用いています。さら には、ASEAN がインドやオセアニア地域と FTA 交渉を進める動きを見せていることから、こ 2 れら市場への有利な参入機会をもたらすハブとしての ASEAN の役割が重要度を増していま す。 4. de facto ベースで進む東アジアの経済統合 東アジア経済は高い経済成長を達成してきました。しかも、その成長は域内貿易主導型で 進んできました。 2004 年における ASEAN+3 の貿易総額の内訳を見ると、域内貿易比率は 55.3%となっていま す。これは EU の 67.9%には届きませんが、NAFTA の 46.3%を上回っており、この地域の経 済が実態として統合されてきていることを示しています。 東アジア諸国は、この事実上進展してきた統合を政府間レベルの協定に変えて行こうと取 り組んでいます。東アジアの経済統合は、ASEAN が中心となって進展し、2007 年末頃まで には ASEAN と中国、ASEAN と日本、ASEAN と韓国、さらには ASEAN とインド、ASEAN と豪州・ ニュージーランドという 5 つの「ASEAN+1」という FTA が締結されようとしております。 また、このような広い意味での制度化模索は、財貨分野の関税率の引き下げのみに止まら ないはずです。モノやサービス、知財などを始め、投資や人的交流、紛争処理など、もっ と幅広い領域をカバーする取り決めもいずれ必要になってくるでしょう。 ジェトロとしましても、昨年 10 月、広範な領域をカバーする日・ASEAN包括的経済連携協 定の締結に向けた環境整備を進めるために、10 項目にわたる提言をまとめました。この提 言の考え方は、3 段階からなっております。まずは、前提となるASEANの、一層の経済統合 を支援するという提案、次に、日本とASEANを一体とする経済圏を目指すという提案です。 そして最後に、日本とASEANが中核となって、東アジア経済の一体化を目指す、という提案 であり、こうした 3 つの構造から成っています。 5. カギとなるのはアプローチ面での柔軟性 こうした東アジアの経済統合を進めるに際しては、2 つのアプローチがあると思います。一 つは、ASEAN +3 の動きを加速化させることです。ただし、そのためには日中韓 3 カ国の連 携が進んでいない現状を改善することが必要です。もう一つは、ASEAN が進める 5 つの 「ASEAN +1」の内容を均質化することによって、ASEAN +6 を具現化させることです。 そうはいうものの、東アジアの経済統合が更に進むためには、資源エネルギー、安全保障 など FTA の枠ではカバーしきれない様々な問題が起こってくると思います。ある時は ASEAN+3、ある時は ASEAN+6、またある時は他の国をも含めた別のフォーラムを活用するこ とが重要でしょう。要は東アジアの柔軟性を生かして課題ごとに最も相応しい形態を活用 3 することが大事なのです。 6. 東アジア経済統合をさらに進めていくための課題 以上述べてきたように、東アジアの経済統合をさらに進めるためには4つの課題がありま す。1 つ目は、ASEAN がハブであるという役割を果たすためにも、ASEAN はまとまって国際 競争力を維持・強化することが必要です。 2 つ目は日中韓、とりわけ日中関係です。意見の違いは違いとして、その中からお互いの共 通の接点を見出し、協力関係を拡大していくことが重要なのです。しかし、現在は不幸に もそのような関係が構築されていません。これは、日中双方で解決すべき問題と痛感して おります。 3 つ目は、エネルギーの大量消費や環境問題など、中国の急速な成長や社会的発展によって 生じている問題を見過ごすべきではありません。中国の成長が東アジア域内の健全な発展 に貢献できるよう、対策を考えていく必要があります。 4 つ目は、米国の東アジアにおけるプレゼンスの重要性です。安全保障について見れば、東 アジアは米国の傘の下にあります。また、経済の面では、米国はシンガポールと FTA を締 結したほか、マレーシアやタイ、韓国とも交渉を進めています。 このように、米国もそれぞれの目的に応じて、様々なチャネルを活用しており、その姿勢 は極めてフレキシブルであるように思います。もし、米国が東アジアの経済統合に関与す ることを考えているのであれば、ASEAN全体とのFTAを締結する可能性について真剣に考え ることになるのかもしれません。 7. 日本の取り組み 「日本は、東アジアの諸問題に対して、新しいアイデアや創造的な解決策を出すよう、も っと貢献してほしい」と指摘されることがよくあります。 しかしながら、この点、日本はこれまでにも大胆なアイデアを出し、それらを実行させて きています。オーストラリアが提唱したとされる APEC についても、アイデアを生み出した のは日本ですし、関係国に働きかけたのも日本でした。また、97 年のアジア通貨危機直後 に発表した新宮澤構想は、最近になって改めて議論が活発化しているアジア共通通貨構想 に先べんをつけたものです。さらに、東アジア域内で FTA/EPA についての十分な概念認知 がなかった状況下で、真っ先に二国間の EPA を実現させたのは、日本とシンガポールでし た。日・シンガポールの二国間協議が始まった時には、アジアの他国には全く初耳のこと でした。そして、こうした取り組みは、中国や韓国などの FTA/EPA に対する関心を高める 4 契機となったものです。日本はアイデア面での先駆的な役割を担ってきたと自負しており ます。 東アジアにおけるさらなる経済発展や域内統合を目的として、日本が最近発表したイニシ アティブは 2 つのコンセプトから成っています。一つは、OCED のような機能を持った経済 研究機関を設立するというもの、もう一つは、ASEAN+6 によって、域内で包括的な EPA を締 結しようというものです。 この経済研究機関は、様々な側面から域内統合を支援することを目的に設立しようという ものです。同機関は、ASEAN 事務局や既存の研究機関と協力しながら、域内の貿易・投資を 促進するための諸機能のあり方について課題を出し合い、検討結果を各国政府に提言する など、期待される役割は大きいと思われます。ジェトロはこの研究機関を全力で支援した いと考えています。 8. むすび:東アジアと共に歩む日本 日本は 2005 年から人口が減り始めており、高齢社会に入っています。日本が東アジア地域 で生産工程間分業のネットワークを作り上げたという現象をこうした点から見ると、これ は、日本の人口減や高齢社会という問題にまさに対応したものと言えましょう。 半年ほど前、友人である米国のエコノミストと、この問題について話し合う機会がありま した。日本の人口減、高齢社会に関して、彼は、「アメリカは毎年、移民を 2∼3%受け入れ ているから労働力には不足しない。しかし日本は人口が減り、労働力と資本の蓄積が弱く なるから結局 GDP の規模は今がピークで、今後は次第に縮小していくだろう」と主張しま した。これに対し、私は、 「優秀な若い人は日本の外、例えば ASEAN にはたくさんいる。国 内で若い人は減っているが、逆に日本の投資・経済活動を東アジア地域に広げていくこと で、この問題を解消することができる。日本は東アジアの若い人の力を借りて成長してい くのですよ」と答えました。 そして、 「東京とバンコクの距離はニューヨークとロスアンゼルスとほぼ同じです。これは、 言い換えると、東アジア・ビジネス経済圏という範囲が、米国とほぼ同じ広がりを持って いることであり、米国が自国内で行っていることを、我々は東アジアワイドで協力し合い ながら、やっていこうという訳ですよ」と指摘しました。日本には東アジアと共に歩む覚 悟があること、とりわけ、ASEAN を最も重要なパートナーと考えていることを、ここで強調 して、私の話を終わりたいと思います。 ご清聴ありがとうございました。 5