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複合型経営の中小医療法人の経営を考える

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複合型経営の中小医療法人の経営を考える
保健医療経営大学紀要 № 7 51 ~ 60(2015)
<研究ノート(Research Note)>
複合型経営の中小医療法人の経営を考えるフレームワーク
―医療生協法人の収益性と経営管理の考察―
白木 秀典 *
要 旨
全国の医療生協の中から 200 床未満の病院を運営する 38 法人をもとに、中小病院を運営し、介護や福祉を複合的
に展開している医療法人の経営について、その収益性の構造を経営管理との関係で分析した。 経営管理について、
経営戦略と組織管理の2つの側面からの分析を行った。 経営戦略では、収益性は病床規模や病床利用率と相関があ
ることがわかった。また介護や福祉の比重が高いが、一般急性期医療も維持していると、労働生産性が高くても人件
費倒れで、逆に収益性が低いという傾向にあることがわかった。
組織管理の側面では、収益性が高い法人は人件費率、委託費率が低い傾向にあり、サンプル数は少ないが、職員の
やりがいやモチベーションを高く保ち、満足度を高めている法人、看護師の離職率が低い法人ほど、収益性が高い傾
向にあった。複合型の中小医療法人の経営は、経営戦略として病院機能の選択や診療報酬などの制度面とともに、内
部の人材マネージメントなどの組織管理面での巧拙が収益性を左右する傾向にあるといえる。
Keywords: 複合型経営、経営管理、収益性、生産性、職員満足度、離職率
以下添付用図表(白木秀典)
Ⅰ はじめに
(1)増えすぎた7対1病床の抑制
近年の診療報酬は「資格保有者」や「補助者」をそろ
えることによって、より「質の高い医療」のための施設
基準を設ける傾向にあったので、病院としての収益の確
保は、主として人材への投資を伴って実現され、結果と
して、患者当りや施設当りの従業者数は、増加する一方
であった。
たとえば福祉医療機構(WAM)の取引先の事例をあ
げると、一貫して増えていることがわかる。(図表1) 中小病院の経営改善の基本的なパターンも、経費の削減
は勿論ではあるが、主として、あらたな事業や加算をと
るという収益の拡大に依存してきた。業界全体ではより
高コストにより、高収益な「質の高い医療」をめざすこ
図表1
図表 1
とが、これまでの個々の経営努力の実態であった。
て大胆な政策をとったのが、平成 26 年4月の診療報酬
この動きは、7対1看護基準の導入時に加速されてお
の改定であった。
り、全国で看護師の獲得競争が起こったのは周知の通り
こうした 7 対1看護基準の導入の背景には、病床数を
である。7 対 1 病床は 35 万7千床と、日本の一般病床
増やさずに、高齢化による患者増を病床の回転で補うた
区分の中では 41.3% と最大をしめている。
め、在院日数を短縮するという厚労省の大方針がある。
そこで「急性期病院」である7対1病床の削減にむけ
中医協の資料でも、100 床当たりの従業者の投入量と平
1
* 保健医療経営大学保健医療経営学部 准教授
― 51 ―
図表 2
白 木 秀 典
均在院日数の短縮とは非常に強い相関があることがわか
図表
1
る。
(図表2)
図表 1
図表4
図表 4
一方で、一種の人材獲得競争により、医師や看護師の
図表22
図表
不足が慢性化し、過重労働が問題となり、医療崩壊が叫
そしてそれは、収益性にも直結するような誘導を伴っ
ばれて久しい。
ている。医療機関としては DPC 制度の診療報酬の仕組
こうした医療業界の動きは、主として7対 1 でDPC
みに端的に表れているように、入院期間を短くすること
参加病院の中核である、大規模あるいは中規模の「急性
で、入院単価を上げ、ベッドの効率性をあげると、利益
図表
2
期病院」に主として起っている現象であるが、介護や福
率も向上していく傾向にある。
(図表3) 祉事業にも取り組んでいる、中小の複合型の医療法人の
経営は、これとはどのように異なっているのであろうか。
Ⅱ 複合型経営の中小医療法人の経営を考えるフレーム
ワーク
(1)アドバンテージマトリックス
筆者は、以前に「複合型経営の中小医療法人の経営」
について、その「収益性を考えるフレームワーク 2」と
図表 5
して、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)
図表 4
のコンセプトである、
「アドバンテ-ジ・マトリックス 3」
図表 3
を用いて考察しようと試みた。(図表 5)
図表33
図表
(2)生産性と雇用の質
ただ果たしてそれは、効率性アップにつながっている
のだろうか。全体の国民医療費の削減が目標とはいえ、
個々の医療機関ベースで、生産性の向上につながってい
なければ、診療報酬の誘導が効いている間はよいが、高
コスト体質に傾斜していることには違いないので、誘導
が終了するにつれ、収益の確保が難しくなろう。実際の
ところ、同じく WAM の取引先の例では、職員一人当
たりの医業収益はほとんどかわらず、一人当たりの付加
価値(労働生産性)がわずかに上昇しているだけである。
図表 6
図表5
図表 5
(図表4)
― 52 ―
複合型経営の中小医療法人の経営を考えるフレームワーク
このコンセプトは経営戦略における戦略変数と優位性
関の方が、総合的な所よりも収益性に優れている所が多
の構築のフレームワークであり、事業を「優位性構築の
いのは様々な所で指摘されている。例えば、最近の例で
可能性」と「競争上の戦略変数」の大小に基づいて4つ
は、福祉医療機構(WAM)の取引先では、小規模な病
に分類(
図表
4「規模型事業」「特化型事業」「分散型事業」「手
院(99 床以下)の中でも診療科に特化している所は収
詰まり事業」
)し、収益性(利益率のこと)と規模によ
益性に優れているという指摘 5 がある。
る定量的な分析の基準で、業界の競争環境から、その特
性を視覚的に説明するツールである。
(2)分散型事業
平成 26 年 3 月に発表された岡山大学のメディカルセ
これに対し、特化の側面の少ない、多くの複合型経営
ンター構想 のように、アメリカのIHNの事業体を前
の中小医療法人の経営は、「分散型」といえよう。する
提とした、
「非営利HC型医療法人」のコンセプトは明
とその特色は、セオリーによれば、戦略変数の数は多く
らかに「規模型事業」をめざす範疇に入るであろう。病
あるものの、安定した収益に結びつく優位性を構築でき
院業界の場合、全国公私病院連盟の報告では、これまで
にくいものであり、
「その経営者の現場での資質が成功
規模の大きな病院が必ずしも収益性(利益率のこと)が
の鍵を握ることが多い 6」ということになる。まさに実
高いわけではなかったが、平成 23 年度の病院経営管理
際の多くの医療法人は、地域密着型で小規模であり、全
指標では規模の大きい病院の方が収益性が高いようにも
国一律の制度の下に、様々な市場環境で同じような事業
みえる。
(図表6、7)ただし、これらは平均値での分
を行っているが、収益性のバラつきが大きい。すなわち、
4
析で示されており、ばらつきが大きいと想像され、統計
的な有意性については留意する必要がある。
図表
5
一方で、特定の診療科や機能への「特化型」の医療機
「経営者による経営管理の巧拙」が直接的に収益性に影
響している結果ではないか、との仮説が導き出せるので
ある。
(3)中小医療法人にとっての「経営管理」
この稿では「経営管理」の定義や学説について詳しく
議論するものではないが、例えば「経営管理」とは、
「組
織の有している能力(資源)を状況のニーズに適応させ
ながら、組織目的を達成していく過程(活動)である。
」
(野中、1980 年 7)との定義がある。ここでは「組織の
有している能力(資源)」とは、「ヒト、モノ、カネ、情
報」に限らず、
「個人、集団、組織の特性のうみだす力
と組織の戦略・資源」ととらえている。「経営管理」と
いった場合、特に主体的に行動する「ヒト」
(人的資源)
が重要であり、これらを必要なだけ獲得し、うまく働き
かけて組織化し、能力を発揮させるようなシステムを如
図表
図表66
何に構築して実践していくか、が課題となるのである。
人件費率が高く、資格を保有する技術者を多く抱える
医療法人の場合、こうした「組織管理」の側面は大きい。
ただしそれだけではなく、先の定義に「状況のニーズに
適応させる」とあるように、医療法人としては、厚労省
の政策方針の下、地域のニーズをくみ取りながら、頻繁
に変更されていく診療報酬、介護報酬制度に迅速に「適
応」していくという、経営戦略の面での比重も、収益性
の点では非常に大きいといわねばならない。
(4)経営戦略と組織管理
そこでこの稿では、中小複合型医療法人の「経営管理
の巧拙」の問題を大きくわけて、経営戦略と組織管理と
図表
図表77
いう2つの軸によるフレームワークとしてとらえ、それ
らの要因と収益性との関係を明らかにしてゆきたいと考
― 53 ―
白 木 秀 典
Ⅲ 研究の方法
えている。
手法としては、
収益性の指標と病院の機能的な指標(医
(1)研究の対象
療の質にかかわる)や法人の生産性指標との関係でとら
今回、中小複合型の医療法人の研究対象としては、日
え、その相関をみながら、複合的な経営の課題や問題点
本医療福祉生活協同組合連合会本部の協力を得て、全国
を実証的に明らかにすることになるが、あくまで仮説と
の医療生協法人をとりあげた。
して、この2つの軸を念頭においている。(図表8)
日本医療福祉生活協同組合連合会のホームページによ
ると、医療生協とは、「地域の人々が、それぞれの健康・
医療とくらしに関わる問題を持ち寄り、組織を作り、医
療機関を所有・運営し、役職員・医療従業者との協同に
よって問題を解決するための運動を行う、消費生活協同
組合法に基づく住民の自主的組織である。
」と規定され
ている。
「組合員は出資、利用、運営を通じて、あらゆ
る活動の担い手で、保健・医療生活動においても、単な
?
る受診者・受療者ではなく、これらの活動に主体的に取
り組むことが求められている。」という点が特色であり、
組合員が主体となり、組織全体を通して、生協の理念が
深く職員に浸透しているケースが多い。
その日本医療福祉生活協同組合連合会によれば、2013
年 3 月末の時点では、全国の 111 の会員生協の運営する
図表8
病院は 77 である。診療所のみの生協も少なからずある
からである。この研究では、77 の病院を運営する医療
生協法人の中から、事業規模の影響をなるべく排除し、
(5)先行研究
単に財務系の指標、あるいは単に医療の質の指標を分
「中小病院を経営する事業体」を取り出すために、200
析した医療機関の経営の研究は種々あるが、その両方に
床未満の病院を経営し、かつ、介護施設を複合的に経営
ついて分析している研究はまだ少ない。
する、38 の中小医療生協法人だけを対象に、複合型の
厚生労働省の平成 23 年度の事業に「医療の質の評価・
中小医療法人の収益性の構造を分析することとした。そ
公表等推進事業」があり、社会福祉法人恩賜財団済生会
れは医療生協の中では「H2」と呼ばれる分類である。
が参加しているが、そのデータをもとにした「医療の質
これに対し、200 床以上の病院を運営する大型の医療生
と病院経営の質の関係性」について研究(西野 、2012 年)
協は「H1」と分類されている。
したものが発表されている。ここでは経営上の収益性指
研究対象の医療法人の事業規模は、2011 年度の決算
標と診療指標の関係についての分析を行い、
「患者満足
でみると、10 億円に満たない小規模な所から 70 億円ま
度、地域連携パスの実施率、がんの外科手術件数、退院
で幅広いが、平均は 33.4 億円である。また、収益構造
患者数」との相関が指摘されている。これは平均病床数
の平均値を見ると、入院収益は 40.4% にすぎず、1つを
407 床の比較的規模の大きな、全国の 37 の済生会病院
除いてすべて一般病床を有しているが、10 対1の所が
を対象にした分析である所が特色であり、
「がんの手術
多い。一般病床のみをもつ法人は 19 法人で 50%、療養
件数」や「地域連携パスの実施率」
「退院患者数」など
病床のみは 1 法人、両方もつのは 18 法人である。療養
の地域の基幹病院としての機能を備え、その役割を果た
型も含めた平均病床数は 131 床であるが、一般病床だけ
している病院は、診療報酬制度の恩恵にもよるが、収益
を平均すると、106 床であり、DPC病院はない。また
の点でも優れていることがわかる。これは先の2軸でい
在宅医療を含む外来収益が 34.7% と、通常の医療法人に
えば、経営戦略に該当するといえよう。一方「患者満足
比べて多くなっている。これは、医療生協の法人が平均
度」との相関は、ここではその内容にまで踏み込まない
して、3 ~ 4 件の診療所を経営するためである。そして
ものの、巧みな組織管理の結果としてとらえられること
この他に、介護福祉事業が平均して 19.2%(2011 年度)
ができよう。
あり、これらは訪問看護ステーション、訪問介護、グルー
ただこの研究も、
比較的大型の急性期病院の例であり、
プホーム、老健など、複合的な経営として、幅広い領域
中小病院、まして複合型の「分散型」医療法人の経営と
を手掛けている。尚、健診その他の事業は 5.4% である。
8
は異なる面も多いと考えられる。
― 54 ―
複合型経営の中小医療法人の経営を考えるフレームワーク
図表 8
(2)分析の方法 今回の分析は、2010 年度と 2011 年度の 2 年間を対象
とし、医療生協法人の収益性の指標と、経営戦略と組織
管理の 2 軸につながる生産性指標、経費率や病院の経営
指標との相関を調査した。
データの入手の問題があり、38 医療生協すべてに対
して行えたのは、以下の分析である。
収益性指標としては、経常剰余率(これは医療法人の
経常利益率に相当する)を使い、組織管理系の経営指標
としては、職員一人当たりの人件費、医師一人当たりの
医業収益、職員一人当たりの付加価値(労働生産性)、
職員一人当たりの事業収益高などの生産性指標、材料費
率、人件費率、委託費率、減価償却費率などの経費率で
指標として、入院単価、病床利用率、病床数、そして介
図表9
図表 9
一方、②の「人件費率、委託費率との(逆)相関」と
護事業比率である。これらの指標と収益性との相関性を
いう分析結果は、医療法人の経営指標として、経営管理
みるために、まずピアソンの相関係数にもとづいて検定
の巧拙を示すものとして、当たり前の面はあるが、分母
を行った。
である事業収益が低いせいなのか、分子である人件費等
統計ソフトとしては、Statcel 3 for Microsoft Windows
が高いせいなのか、その因果関係についてはこれも慎重
Excel Add-in Forms を利用した。
に考える必要がある。
ある。経営戦略につながる指標としては、病院の機能性
一方、組織管理の軸となるが、補足的に追加で一部の
(2)考察
医療生協に、以下の2つの分析を行った。
一つは看護師の離職率であり、先の 38 の医療生協の
この①の相関関係が意味するところは、複合型の生協
うち、2011 年度のデータのそろった 30 件のみの分析で
法人であっても病院の運営が収益性の中核であり、その
ある。もう一つは、職員満足度であるが、これについて
傾向は病床規模が大きいほど有利である、ということで
今回は、
データの開示が許された 6 件のみの分析である。
あろう。そして対象がDPC病院ではないので、入院期
さらに分析にあたっては、
生協法人の経営者(専務理事)
間による単価の大小よりも、病院の利用率を確保するこ
への訪問インタビューを、9法人に対して同時並行的に
とが大事であり、他の複合的な施設も、その病院の入院
行った。
収益への寄与との位置づけとなる、ということがいえよ
う。
Ⅳ 収益性との相関についての分析結果
この稿では、複合型が進展した中小医療法人の収益性
について分析しているのであるが、この結果は、別に複
(1)全体像からの分析結果
38 件の中小規模の医療生協は、その全体をみると、
合型に限らず、病院の収益性の分析とかわらない。思
一般的な病院経営管理指標の一部に相関がみられた。す
うに、複合型の医療生協は、
「入院収益の割合が低く、
なわち、2010 年度、2011 年度とも、図表9の通りで、
介護福祉の割合が高い」といっても、平均で全収益の
95% の信頼域で収益性(経常剰余率)と相関が有意で
19.2% しかなく、80% 以上は病院を中心とした医療がメ
ある、と判断される(p値< 0.05)のは、以下の 2 つの
インの収益構造であるため、結局は全体として病院運営の
指標群であった。
収益構造の分析結果と似通っている、ということになる。
①病床数、病床利用率(正の相関)
一般に、介護福祉収益の比重が増えると、単価の高い
②人件費率、委託費率(負の相関)
医業収益が減るわけで、事業規模が小さくなるし、医師
この①の結果からは、病床規模の小さな医療生協は収
の割合が減って生産性が低くなることになるのだが、だ
益性が低く、病床規模の大きな医療生協は、収益性が高
からといって、必ずしも収益性が低くなるわけではない。
いといった関係性が伺えるが、この段階では因果関係を
これは、医療分野の高収益・高コスト経営に比較し、
示すものではない。同じように、病床利用率が高いと収
介護福祉分野では低収益・低コストで経営できるように
益性が高い傾向にある、ということも示唆されている。
介護報酬が設定されているからであり、実際、このとこ
ろ施設経営でみれば、老健の収益性の方が、病院の収益
性よりも高い傾向 9 にあるのである。
― 55 ―
白 木 秀 典
益規模による分類とはならない点にあらかじめ注意すべ
(3)重回帰分析 次に経常剰余率を目的変数とした重回帰分析を行っ
きである。
た。経営管理指標をその説明変数とするに際し、前述の
その結果は、図表 11 である。医療グループの場合は、
相関関係が認められた 2010 年と 2011 年の結果をもと
はじめの全体での分析と同じく、95%の信頼水準の範囲
に、変数を選択の上試みた結果が図表 10 である。 重
で、人件費率が負に相関することに有意性がある(p<
回帰式のための説明変数としては、95%の信頼域で、労
0.05)と判断された。そして、合計病床数が正に相関した。
働生産性、職員一人当たりの事業収益、人件費率につい
て、2010 年及び 2011 年とも予測において有意性が高い
との結果である。 この重回帰式の自由度修正済み決定
係数は、2010 年では、0.71 と大変高くなっている。最
も 2010 年と 2011 年では委託費率と総病床数等で結果が
異なる。
結局、この分析では、人件費率や労働生産性など、人
材など組織にかかわる経営管理面での巧拙が収益性に与
える影響が大きいことがわかる。 ただし、よくみると、
職員一人当たりの事業収益については、回帰係数はマイ
ナスであり、
職員一人当たりの事業収益が大きくなると、
収益性が低くなる、ということを示唆している。 前述
のように、医療と介護の事業の性格の違いが影響してい
ると思われる。
図表 11
図表
10
しかし、介護グループの場合は、2010 年と 2011 年を
概観すれば、同じような指標には相関はなく、職員一人
当たりの事業収益や一人当たりの付加価値(労働生産
性)が、逆に負に相関する結果となった。ただし、介護
グループの場合は、サンプル数が少ないせいか、相関係
数は極めて高いものの、95 パーセントの信頼水準では、
わずかに有意性は認められないp値もでている。 最も
2010 年、11 年とも、図 12 のように散布図にしてみると、
図表 10
同じような相関の傾向は伺えることはできる。
図表
図表 10
10
図表 11
(4)
「医療グループ」と「介護グル―プ」に分けた分析
結果 そこで、複合型が進展したことにより、「平均よりも
介護福祉の割合が高い医療生協の収益性」について、特
に取り出して分析してみた。ここでは、2010 年と 2011
年の指標について平均の 20% を境に、全収益に占める
介護福祉の収益割合が 20% 未満を仮に「医療グループ
(2011 年では 26 件)
」
、20% 以上を仮に「介護グループ
(2011 年では 12 件)
」とグループ分けし、それぞれにつ
図表 12
図表
11
いて、はじめの全体の分析と同じように、生産性指標を
中心に、ピアソンの相関係数の分析によって、収益性と
の相関を調べ、検定した。この分類は、必ずしも事業収
図表 11
図表 12
― 56 ―
複合型経営の中小医療法人の経営を考えるフレームワーク
図表 10
(5)グループ別の考察
生への奨学金制度、全国的なネットワークでの研修医受
傾向を示したに過ぎないが、医療グループでは、医師
け入れによって、
「生協の理念に共鳴した医師」の供給
や看護師等を確保して、より高い単価の医療分野での収
を長期的な計画に基づいて行ってきたが、その仕組みに
益をあげることで、人件費率が下がり、全体の収益性を
変化の波が押しよせているようである。
プラスにもっていくことができる、ということで、最近
診療単価が低いことから、看護師の確保についても、
の病院の経営に特徴的である。介護グループでは医療グ
同様の問題が起こっていると考えられる。
ループとは逆に、
医療で単価を高め、
付加価値の高いサー
ビスを追及すればするほど、収益性としてはマイナスに
(8)変化への対応戦略
働いていることを示唆している。2011 年度では一般病
このパラドックスは、実は外部環境の変化の要因が大
床利用率でさえ、負に相関しているとの結果がでている
きく、収益性の低い医療生協はこれに対応するのが遅れ
のである。
ているといえないだろうか。図表 13 は、介護グループ
に属する医療福祉生協の中からデータのある 8 カ所が運
(6)生産性のパラドックス
営する病院について、2007 年度と 2011 年度の経常剰余
これは、少なくとも 2010 年度、2011 年度においては、
介護グループは「労働生産性が高いこと」と「収益性が
率と一人当たりの生産性の関係の変化を示す図である
図表
11
が、この 4 年間で相関関係が全く逆になっている。
低いこと」に相関がある、あるいは逆に、「労働生産性
が低いこと」と「収益性が高いこと」に相関があること
を意味する。これは付加価値の中での労働分配率が高い
ことを示すと考えられるが、個々の給与水準の問題とい
うよりは、医療分野への人材の投入が経費倒れに終わっ
ていることを意味し、ここに複合的な経営を行っている
中小医療生協の課題がでている、と考えられないだろう
か。
端的にいえば、介護グループの医療生協法人は、全体
では売上規模の大きな、病院の機能を維持するために、
医師、看護師などの医療技術スタッフを雇用して、高コ
スト(この場合でいえば、生産性が高い)になっている
が、それに見合った、十分な医業収益をあげることがで
きていないわけである。
(7)医療技術者の確保がもたらすもの
図表 13
図表
12
従来とは反対に、医療機能をより高く維持している所
ここで、インタビュー先の、ある西日本の医療福祉生
(高い生産性の所)ほど、全体の収益性が悪い、という
協の専務理事のコメントを引用すると、
「病院の日当点
のが最近の傾向としてはっきりわかる。
は、一般病床(100 床を超える)で 3 万円を切っている。
実際の変化への対応としては、2013 年の夏の段階で、
外科医はいるが高齢で手術数が少ない。稼ぐ医師はい
上記の 12 の介護グループの病院のうち、9 法人は在宅
たが開業してしまった。看護基準は 10 対1だが看護師
療養支援病院の届けを出し、傘下の診療所群と機能強化
の定着率が悪く、維持に苦労している。質、量ともに医
型を形成し始め、急性期機能維持から在宅医療重視へ転
療レベルにおいて、病院が組合員の期待に応えていない
換しつつある。
のではないかと懸念している。
」200 床未満の一般病床
以上の問題は、人員や生産性といった定量性からいえ
の機能をどのように位置づけるのか、が課題となってい
ば組織管理の問題ともいえるが、むしろ制度に密接な病
る。また、診療所については、
「常勤医どころか、院長
床機能の選択と資源である人材の確保の側面が大きく、
の確保が困難であり、50 歳を超えて、体力的にきびし
経営戦略の問題ともいえよう。
い病院の勤務医から移ってきた、
『医療生協の理念』へ
Ⅴ 追加的な収益性との相関の分析(その1)
の共感がうすい人がくるのもやむを得ない。」 総じて、医師の確保に競争力がなく、確保できたとし
(1)職員満足度と組織管理
ても医師の稼働高が低いという実態が伺える。医療生協
38 件の医療生協の全体の分析ではないが、収益性と
は、民医連 10 に加盟している所が多く、伝統的に医学
組織管理の関係を測るものとして、一部の医療生協につ
― 57 ―
白 木 秀 典
いて、収益性と職員満足度の関係を分析したので、追加
的に記述する。
職員満足度と収益性について、直接的にその相関を分
析した研究は少ないが、医療法人財団献心会の川越胃腸
病院が、2011 年度に財団法人日本制生産性本部から「日
本経営品質賞」を受賞した際の受賞の理由に、
「医療は
サービスと早くから位置づけ、従業員の満足なくして患
者様に高いサービスを提供することはできないと考え、
従業員のやりがい、働き甲斐を出発点にした仕組みづく
りを行ってきた結果、従業員満足が全国トップレベルと
なるとともに、人が育って患者満足を生み出すサービス
提供の繰り返しにより従業員の感性が磨かれ、サービス
レベルは満足を超えて感動レベルにまで向上した。
」そ
してそれらが「患者様満足につながり、結果として高い
図表
13
図表 14
売上や利益率につながっている」とある。
川越胃腸病院では「ひと満足の好循環スパイラル」と
(3)結果
呼んでいるが、
「①職員満足度の向上⇒②医療の質の向
調査した生協では「設備や施設などの職場環境に満足
上⇒③患者満足度の向上⇒④来院患者の増加⇒⑤収益性
している」
「今の仕事は自分の能力を発揮できる」とい
の向上⇒⑥再投資、
給与のアップ⇒①職員満足度の向上」
う点で、同意の評点が収益性と強い相関(相関係数 0.91、
という好循環モデルが理想であり、近年、患者満足度調
0.89)が、
「今の給料は自分の能力や仕事内容に合って
査のみならず、職員満足度調査が医療業界で広範囲に行
いる」
「今の仕事はやりがいがあり、満足している」と
われている理由もここにある。
いった質問に対する同意の評点が、収益性とやや弱い相
関(相関係数 0.64 、0.71)がみられた。いずれもp値か
ら、95%の信頼区間で有意との判定がでて(2011 年の「能
(2)分析の方法
医療生協では毎年、全国の医療生協の職員に対し、意
力発揮」質問を除く)いる。また、R2乗決定係数はい
識調査を行っている。今回は 38 医療生協の中で、2010 年、
ずれも 0.78 ~ 0.83 であり、回帰分析のモデルの適合度
2011 年に行った職員意識調査の開示の同意を得られた、
図表 13
は高い。
(図表 15)
6医療生協のみ、それらを収益性の情報と組み合わせて
図表 14
分析した。
具体的な職員意識識査の質問は、全体から抜粋した給
与や満足度に対する下記の8問である。
その意識調査の 5 段階評点の結果自体は、図表 14 の
ように、給与や職場環境についての評点では、各医療生
図表 15
図表
14
図表 15
(4)考察
協で差がでている。 そこで、その情報をもとに、各々
今回の職員意識調査の分析は、あくまで医療法人ごと
の生協の収益性(経常剰余率=経常利益率に相当)を従
の一つの平均値であり、職種(看護師、事務職など)、
属変数とし、それぞれ質問に対する評点を決定係数とし
職階(管理職などの地位)
、職場(病院、診療所等)別
て、単回帰分析によって相関性を分析した。
のクロス分析は行っていないので、非常に大まかな分析
― 58 ―
図表 15
複合型経営の中小医療法人の経営を考えるフレームワーク
図表 14
でしかない。そこで、日本生協連医療部会(当時)とく
らしと協同の研究所が、2006 年にこれらの階層別のク
ロス分析を行った職員意識調査(事務職と看護職のみ)
の報告 11 があるので、これを参考としてみてみる。こ
の報告では、
「やりがい満足」
「能力発揮」系の質問に対
する高いスコアは、モチベーションが高く、良い「職場
風土」を生んでいる因子としてカウントでき、特に事務
職におけるスコアは、
「MBOやISO 9001 といったマ
ネジメントシステムの浸透」との関連性が指摘されてい
る。
この点からも組織管理の面で秀でた医療法人では、職
員満足度が高く、
結果的に高い収益性に結びついている、
との仮説をたてることができる。
また、
「給料に対する満足」
「設備環境への満足」との
図表
15
図表 16
相関からは、収益をあげて、ヒトやモノに再投資すると
いう、
「経営循環」
がうまく回っている状態が想定される。
果だけでは仮説の段階にすぎないが、離職率の低さは看
ヒトの能力を発揮させ、こうした好循環を回す経営管理
護師の労働環境や報酬体系が一定の水準にあり、それが
こそが、組織としての、構造的、継続的な強みの一部を
継続的に続いていることで、組織管理の面で優れている
形成していると考えられる。
結果なのでは、と推測することはできる。
Ⅵ 追加的な収益性との相関の分析(その2)
(3)2つの追加的な相関の分析のまとめ
以上、組織管理に関連する追加的な分析は、サンプル
(1)組織管理と職員の離職率
最近では職場環境の改善が「医療の質の向上」に役立
数が少なく、因果関係についてあくまで仮説の段階では
つとの考えから、医療分野の「雇⽤の質」向上プロジェ
あるが、職員の満足度が高く、モチベーションを高く保
クトチームが発足し、その報告書 12 が平成 25 年2⽉に
てていること、看護師については、離職率が低い組織は、
厚⽣労働省から発表されている。
経営管理面でも優れており、収益性が高いことに繋がっ
その報告書によると「医療分野の勤務環境の改善によ
ているのではないか、という傾向を示唆している。
り、医療に携わる⼈材の定着・育成を図ることが必要不
可⽋である。特に、⻑時間労働や当直、夜勤・交代制勤
Ⅶ 本稿のまとめ
務など厳しい勤務環境にある医師や看護職員等が健康で
中小医療法人の経営は、一つの診療科や機能などに特
安⼼して働くことができる環境整備が喫緊の課題」であ
化すれば、一般には収益性がよいと考えられている。特
り、その「良質な⼈材の確保と定着が離職率の低減をも
化の度合が低い、介護や福祉施設を複合的に経営してい
たらし、臨床成績、医療安全につながる」とされている。
る中小医療法人の場合は、その収益性の良しあしを決め
組織管理の面からは、職員の離職率が高い組織は、満
る要因は色々あるが、経営管理の巧拙に依る所が大きい
足度や組織力が高いとはいえないので、日々の仕事の達
と考えられる。そこで経営管理の内容について、全国の
成度も低く、一般的には収益性も低いままで終わるので
中小医療生協法人について、経営戦略と組織管理の2軸
は、と推定される。
に集約して考えた。
経営戦略の側面からは、複合型といえども、病床数が
大きく、入院医療を中心とした医療の売上の大きな所ほ
(2)看護師の離職率と収益性
医療生協の看護師の離職率については、当初の分析対
ど収益性はよい。 その入院医療も、DPC病院ではな
象であった 38 件の医療生協のうち、30 件のみに、2011
いことが多いので、極端な入院期間による単価の大小よ
年度のデータを得ることができたので、それだけを対象
りも、病院の利用率を確保することが大事であり、他の
に 1 年分行なうこととした。
複合的な施設も、その病院の入院収益への寄与の位置づ
今回も看護師の離職率を決定変数、経常剰余率を従属
けということがいえる。
変数として、単回帰分析を行なった。その結果、看護師
また、人件費率や労働生産性など、人材にかかわる経
の離職率と収益性は逆の相関があることがわかった。
(図
営管理での巧拙が収益に与える影響が大きい。
表 16)統計的に有意とはいえ、1 年分だけのこうした結
介護部門の比重が大きくなってくると、逆に急性期医
― 59 ―
白 木 秀 典
療機能の維持のために、医療技術者を獲得しているとこ
WAM(福祉医療機構)
「経営分析参考資料(5 施設)
」
9
ろほど、人件費倒れに終わって収益性を落としている。
これは変化する外部環境への対応の遅れの問題と考えら
平成 25 年度
「民医連」とは「民主医療機関連合会」のこと。医療
10
れ、経営戦略的に医療技術者の獲得と高稼働が前提な急
や介護などの事業所の連合体であり、戦前の無産者
性期医療からの転換が急務であろう。
診療所の活動がルーツになっている。全日本民医連
組織管理面では、職員が「やりがいがある」「能力を
発揮できる」というように満足感がもて、モチベーショ
のホームページは、http://www.min-iren.gr.jp/
11
ンが高い組織は収益性がよい。さらには給与や施設への
会報告書「第 5 回医療生協職員意識調査」医療生協
満足度とも相関が高いので、職員満足度との因果関係と
いうよりも、何年かの間に相互が呼応しあって、好循環
リポート , No.60, 2007 年
12
が回る組織を作れるかどうかが、収益性の鍵となってい
るといえよう。同じことは、看護師の離職率からも仕事
内容、労働環境、そして報酬など職場への満足度が高い
医療生協では、離職率が低く、好循環が回っており、収
益性との相関があるとの仮説がたてられる。
今回、こうして経営管理の2側面として、経営戦略と
組織管理を取り上げたが、それらの内容が具体的にどの
ように収益性に繋がっているのかという因果関係、さら
に両軸のクロス関係について、今後さらに定量的に解明
してゆくべき課題と考えている。
Ⅷ 謝辞
この論文は科学研究費の助成を受けた研究に基づいて
いる。
また、この研究について全面的な協力をいただいた、
日本医療福祉生活協同組合連合会本部と各地域の医療生
協の経営幹部の方々に御礼を申し上げる。
1
2013 年 9 月 6 日 社会保障審議会 医療保険部会 資
料)
2
白木秀典「複合型経営の中小医療法人の経営」保健医
療経営大学紀要 , № 5, 2013, P17 ~ 23
3
相葉宏二「日本企業の変革の手法」プレジデント社 ,
1995 年 , P166
4
森田潔「岡山大学メディカルセンター構想 ~岡山
における医療・福祉サービス提供体制の効率化と地
域経済活性化の実現~」岡山大学、平成 26 年 3 月 28
日
5
福祉医療機構経営サポートセンターリサーチグルー
プ「 小 規 模 病 院 の 特 性 と 求 め ら れ る 方 向 性 」SC
Research Report, 2014 年 10 月 17 日
6
相葉宏二著,グロービス・マネジメント・インスティ
テュート編「MBA経営戦略」ダイヤモンド社,2005
年,P 106
7
野中郁次郎「経営管理」日経文庫 , 1980 年 , P 15
8
西野正人「医療の質と病院経営の質の関係についての
くらしと協同の研究所・日本生協連医療部会共同研究
研究」商大ビジネスレビュー , no.2-1,2012
― 60 ―
厚生労働省「医療分野の『雇⽤の質』向上プロジェク
トチーム報告」平成 25 年2⽉
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