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立ち読み - Book Stack
特集 HPV関連腫瘍
【 総論 HPV と悪性腫瘍 】
HPV and Cancer
吉川 裕之
Hiroyuki
Yoshikawa
Key words
HPV,がん,ワクチン
子宮頸がん発生の征圧が期待できる HPV16/18 ワク
要 約
パピローマウイルスはウサギなどでも造腫瘍性が証
明されている。ヒトパピローマウイルス(HPV)のが
んとの関連については,子宮頸がんではほぼ明らかに
なっているが,HPV16/18 ワクチンで予防できることを
確認することが絶対的な証明となる。子宮頸がん以外
に,外陰がん,膣がん,肛門がん,陰茎がん,中咽頭
チンの公費助成による接種が,思春期女性を対象とし
て我が国でも実施され始めた。子宮頚がん撲滅の実現
も夢ではなくなってきた。 2008 年度のノーベル医学
生理学賞が HPV16(1983 年)や HPV18(1984 年)を
子宮頸がんに発見した Harald zur Hausen 博士に与えら
れることとなった。
がんが関連しているとされる。その他に一部で関連が
指摘されているものとしては,口腔がん,食道がん,
喉頭がん,膀胱がん,食道がん,肺がんなどがある。
HPV16/18 ワクチンは現在思春期女性を主な対象として
1.HPV のウイルス学
HPV はエンベロープを持たない DNA ウイルスであ
いるが,男性への接種の必要性についても議論があり,
り,パピローマウイルス科に属する。ゲノムは約
実際に臨床試験も行われている。男性への接種の目的
8,000 塩基対の環状 2 本鎖 DNA。HPV ゲノムはウイル
は,子宮頸がんの減少の効率を上げることに加え,他
ス蛋白がコードされた ORF と遺伝子発現をコントロ
の HPV 関連悪性腫瘍を予防することである。
ールする LCR からなり,ORF は,E1, E2, E4, E5, E6,
E7 の初期遺伝子と L1,L2 の後期遺伝子に分けられ,
初期遺伝子は DNA の複製,遺伝子の転写調節,ウイ
はじめに
ルス粒子の形成,宿主細胞の細胞転換などに関与し,
綿尾ウサギ(野兎,cotton tail rabbit papillomavirus
後期遺伝子はウイルス粒子の外被蛋白をコードしてい
[CRPV])の乳頭腫の抽出物を家ウサギに接種すると
る。癌関連 HPV の E6, E7 は p53 と Rb に抑制的に働く
100%に乳頭腫が発生し,その 60%が 2 年以内に扁平上
癌遺伝子である。HPV ゲノムは,メジャー(L1)お
皮癌になることを Raus が報告した(1935 年)1)。この
よびマイナー(L2)構造タンパク質からなるキャプ
CRPV による発癌は固形癌のウイルス発癌として初め
シドの殻で覆われており,正二十面体の小型(直径約
て証明されたものであり,それが自然宿主に in vivo で
55 nm)のウイルス粒子を形成する。
証明された意義は大きい。SV40 など多くのウイルス発
HPV 型は遺伝子型として分類され,130 種類以上知
癌は in vitro で自然宿主ではない細胞に感染させた結果
られている。これらの HPV 型は,感染部位により粘
起こる現象であることを考えると,パピローマウイル
膜型 HPV と皮膚型 HPV に大別されるが,粘膜型 HPV
スが由緒ある発癌ウイルスであることがわかる。また,
の多くは生殖器から検出されることから性器 HPV
ヒトパピローマウイルス 16 型(human papillomavirus16,
(genital HPV)とも呼ばれる。特定の HPV 型は,発が
HPV16)も自然宿主の細胞で in vitro での immortalization
んに関係する細胞の不死化および形質転換と関連して
が初めて証明されたウイルスである
。
2,3)
いる。粘膜型 HPV は病原性により,oncogenic HPV
筑波大学大学院人間総合科学研究科
Department of Obstetrics & Gynecology Graduate School of Human Comprehensive Sciences University of Tsukuba
〒305-8575 茨城県つくば市天王台1-1-1 TEL: 029-853-3049
2(238)
細 胞 43(7)
,2011
特集 HPV関連腫瘍
【 女性性器(子宮頸部)における HPV 感染と免疫】
HPV infection and immunity in the female genital tracts
笹川 寿之
Toshiyuki
Sasagawa
Key words
HPV, Host immunity, Immuno-evasion,
Cervical cancer,HPV vaccine
要 約
ヒトパピローマウイルス(HPV)は子宮頸部などの粘
膜に感染し,癌化を誘発する。性交経験後数年以内に5
割以上の女性が HPV 感染するが,その 9 割は 3 年以内に
治癒する。HPV 感染後に自然免疫(innate immunity)が
誘導され,感染数か月で HPV に対する細胞性免疫が成
立すると考えられている。その後 HPV 抗体が誘導され
て治癒する。しかし,HPV は本来ヒトの免疫を回避して
潜伏する能力を有しており,感染した女性の一部では
HPV に対する免疫が誘導されないか,HPV に対する免
疫寛容が誘導されて持続感染化する。その後,高度の上
皮内新生物(CIN)に発展し,最終的に癌になると考え
られる。HPV16, 18 感染予防ワクチンは最も確実な子宮
頸癌予防法であるが,すでに HPV 感染した CIN や癌患
者には無効である。そのような患者には免疫治療が必要
図 1 HPV 感染から子宮頚部発癌までの自然史と発癌危険因子
ふれたものである。また,これら若い女性の HPV 感
染は 3 年以内に約 90 %が自然治癒することが知られて
となる。HPV に対する免疫応答とその回避機構を理解す
いる 1)。HPV 感染以外の発癌の危険因子は,多産,ピ
ることによって,HPV 感染後に有効な免疫治療法が開発
ル長期服用,喫煙,HIV 感染など免疫不全である。免
できるだろう。CIN に対する細胞性免疫の誘導には HPV
疫不全は HPV 感染の持続化を誘発し,多産やピルは
抗原の暴露と炎症の誘導が必須であり,進行癌において
E6, E7 遺伝子の発現を亢進させる可能性があり,喫煙
は,がん組織局所の免疫寛容や癌細胞の免疫抵抗性をい
は遺伝子変異の誘導や免疫を抑制する 1)。CIN1 の半数
かに排除するかが今後の課題である。
以上は自然治癒するが,CIN2 では 43%,CIN3 では
32 %のみ消失または軽快する 1)。CIN 病変が進行すれ
1.HPV 感染から発癌までの自然史(図 1)
ばするほど自然治癒しにくくなる。HPV 感染から発
癌までには 10 年以上かかるとされている。
産婦人科を訪れた若い日本人女性の子宮頚部の
HPV-DNA を調査したところ,10 歳代後半の女性の半
2.HPV 感染と免疫応答
数,20 歳代前半の 36%に高リスク型 HPV に感染して
いた 1)。また,米国の女子大生を5年間追跡した調査
HPV 感染のほとんどは自然に排除されるが,それ
から,のべ 6 割が HPV に感染することも明らかになっ
はどのようなメカニズムによるのだろうか?ウイルス
ている。このように,HPV 感染は女性にとってあり
抗原が暴露されると,樹状細胞(DC),マクロファー
金沢医科大学・産科婦人科
Department of Obstetrics and Gynecology, Kanazawa Medical University
石川県河北郡内灘町大学1-1 TEL:076-286-2211
細 胞 43(7),2011
(241)5
特集 HPV関連腫瘍
図 2 HPV に対する適応免疫応答
図 3 Toll-like receptor(TLR)と免疫応答(文献 9 から引用)
ジ,B 細胞などの抗原提示細胞(APC)はそれを貪食
示する(cross presentation)。その結果,HPV 抗原に特
して細胞内でペプチドに分解する。抗原認識した
異的なキラー T 細胞(CTL)が作られる。HPV が再度
APC はリンパ節に移動し,その細胞表面に HLA class-
侵入すると,Th1 細胞や DC から分泌される IL-2 や
2 抗原拘束性にペプチドを提示して,その抗原情報を
IFN-8 に反応して,この HPV 特異的な CTL は増殖し,
ナイーブ CD4+T 細胞へ伝える (図 2)。抗原提示を
武装化して,HPV 感染細胞を攻撃できるようになる。
受けたナイーブ T 細胞は,その抗原に特異的に反応す
これが細胞性免疫である。犬の口腔内乳頭腫ウイルス
るヘルパー T 細胞へと分化する。この際に,マクロフ
の研究から,乳頭腫は細胞性免疫の成立にともなって
ァージ,NK 細胞,NKT 細胞から分泌された IL-12, IL-2
消失し,その後にウイルス抗体が誘導されることが判
など細胞性免疫を活性化するサイトカインが存在する
明している 3)。このモデルでは,一旦免疫が誘導され
と,CD4+T リンパ球はタイプ 1 型ヘルパー細胞(Th1)
ると,抗体価の低い状態であってもウイルスの再感染
に分化し,IL-10, IL-6, IL-4 などのサイトカインが存在
は起こらない。ヒトにおいて HPV16 の E2 に対する
すれば,タイプ2ヘルパー T(Th2)細胞に分化する 。
Th1 細胞活性 4)や HPV16-E7 ではなく E6 に対する CTL5)
一方,抗原認識した DC は CD4 + T 細胞のみならず,
の存在が自然治癒に関連していることが示されてい
HLA class-1 を介してナイーブ CD8+T 細胞にも抗原提
る。このことは HPV 感染防御には細胞性免疫が重要
2)
2)
6(242)
細 胞 43(7)
,2011
特集 HPV関連腫瘍
【 子宮頸癌予防のための HPV ワクチン 】
HPV vaccines for cervical cancer prevention
松本 光司
Koji
Matsumoto
Key words
HPV, 子宮頸癌
要 約
とから HPV 感染は子宮頸癌発症の最大のリスクフ
ァクターと考えられている。近年,原因ウイルスで
子宮頸癌やその前癌病変を原因ウイルス (ヒトパピ
ある HPV に対するワクチンを用いることによって
ローマウイルス, HPV) に対するワクチンを用いること
子宮頸癌や前癌病変を予防することが現実のものと
によって予防することが現実のものとなっている。臨
なっている。厳密に言えば HPV ワクチンは予防ワ
床治験のデータでは子宮頸癌からの検出率が最も高い
クチン (prophylactic vaccine; HPV に感染していな
HPV16/18 に対するワクチン効果は性交渉開始前にきち
い女性に接種して HPV 感染を予防することによっ
んと接種すればほぼ 100%に近い。我が国でも子宮頸癌
て子宮頸癌の発症率の低下を目指す) と治療ワク
の約 70%を予防できると推定される。子宮頸癌の予防
戦略は一次予防としての HPV ワクチン,二次予防とし
てのがん検診(細胞診・ HPV テスト)を両軸としたも
のに大きく変わろうとしている。
はじめに
チン (therapeutic vaccine; すでに子宮頸癌や前癌病
変を発症している患者に対する免疫治療としてのワ
クチン)に大別されるが,現在海外の多くの国々で
実用化されている HPV ワクチンは予防ワクチンで
ある。残念ながら,治療ワクチンは依然として実用
化のめどが立っていない。
ヒ ト パ ピ ロ ー マ ウ イ ル ス( HPV: human
papillomavirus)は正二十面体のキャプシドに包まれ
た小型(直径 50-60nm)のウイルスで,ゲノムは約
1.HPV ワクチンの概略
8,000 塩基対の 2 本鎖 DNA である。HPV はゲノム
現在までに海外の多くの国々で承認されている
DNA の相同性の程度によって型が分類され,現在
HPV ワクチンはグラクソスミスクライン(GSK)社
では 90 以上の型が分離されている。皮膚に感染し
が開発したサーバリックスⓇとメルク社(本邦では
良性のイボの原因となるもの(1,2 型等),粘膜に
MSD)が開発した Gardasil Ⓡの2種類である。前者
感染して尖圭コンジローマ(外陰部のイボ)の原因
は子宮頸癌からの検出率が最も高い HPV16,18 型に
になるもの(6,11 型)や子宮頸癌やその前癌病変
対する 2 価ワクチンで,後者は HPV16,18 型に尖圭
[cervical intraepithelial neoplasia (CIN) grade 1-3] の
コンジローマの原因ウイルスである HPV6,11 型を加
原因 (16,18,31,33,52,58 型等) になるもの
えた 4 価ワクチンである。これらのワクチンは,ウ
など,HPV の型によって感染部位と生じる疾患が異
イルス DNA を持たない (感染性のない) 人工ウイ
なる。子宮頸癌病変から極めて高率 (90%以上)
ルス粒子(virus-like particle, VLP, 図 1)を抗原とし,
にヒトパピローマウイルスの DNA が検出されるこ
中和抗体を誘導することによって HPV が細胞に感
筑波大学 大学院人間総合科学研究科 婦人周産期分野
Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Comprehensive Human Science, University of Tsukuba
〒305-8575 茨城県つくば市天王台1-1-1 TEL: 029-853-3073
細 胞 43(7),2011
(251)15
特集 HPV関連腫瘍
図 1 HPV ウイルス様粒子(VLP)の電子顕微鏡像
(筆者が抗体測定用にバキュロウイルス発現系を用いて作製)
図 2 HPV 未感染者におけるワクチンの効果
図 3 HPV 既感染者を含む集団におけるワクチンの効果
染する前に感染をブロックするしくみである。いず
のところ我が国ではサーバリックス Ⓡのみが接種可
れも筋注による 3 回接種(0,1-2,6 か月)となっ
能である。米国や欧州などからいくつかのガイドラ
ているが,これまでの海外臨床試験では HPV16,18
インが提唱されているが,我が国では 2011 年 2 月に
型による感染の予防効果と前癌病変発生の予防効果
発刊された産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編
は 100%に近く(図 2) ,重篤な有害事象は報告さ
2011 (日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 編
れていない
集・監修) のなかで扱われている。
1-3)
。我が国の臨床試験でも同様の結果が
1,3)
得られている 。現在のところ,中和抗体価は少な
4)
ワクチン効果は基本的には HPV16,18 型感染に限
くとも 8.5 年間は維持されることが確認されており,
って認められる。ただし,HPV31, 33, 45 型に対して
かなりの長期間効果が持続すると期待される。
も交差反応による予防効果がいくらか期待できると
Gardasil Ⓡは現在米国をはじめ海外 100 ヶ国以上で,
い う 報 告 が あ る 1 , 5)。ワ ク チ ン が 普 及 す れ ば ,
Ⓡ
サーバリックス も欧州や豪州など 100 ヶ国以上で
HPV16,18 型の検出頻度から約 60-70%の子宮頸癌を
認可されている。我が国では 2009 年 10 月にサーバ
大幅に予防することができると推測されている 6,7)。
Ⓡ
Ⓡ
リックス が承認されたが,Gardasil は承認申請中
しかし,現行のワクチンではすべての子宮頸癌を予
である(2011 年 4 月末日現在)。したがって,現在
防することができるというわけではないので,ワク
16(252)
細 胞 43(7)
,2011
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