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(指導教員:沼野 恭子)「永遠への希求――サリンジャーの『キャッチャー
卒業論文・卒業研究の要旨 論 文 題 目 永遠への希求 ―サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』とアクショ ーノフの『星の切符』― 氏 コ ー 名 鶴田 さおり ス 総合文化コース (要旨) アメリカの作家サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(1951)とロシアの作家アク ショーノフの『星の切符』(1961)は、どちらも国を代表する青春文学の金字塔であり、たびたび その類似性が指摘される。本論文は両作品の共通性について、登場人物や小説の内容、両作品 が生まれた経緯と当時の時代背景、両作家の人生と関係性という以上三つの観点から考察する ものである。 第一章では、両作品の共通点および相違点を整理し、 『星の切符』の主人公ディームカの兄ヴ ィクトルが担う役割について考察した。ヴィクトルは『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の登 場人物たち(アリー、フィービー、アントリーニ先生、DB)がそれぞれ果たしていた役割を一身 に担う存在であった。 続いて、両小説の終盤シーンに登場する「回転木馬」と「星の切符」という印象的なモチー フの共通性について論じた。この二つのモチーフは社会からの逃避行を経験した主人公に啓示 を授けると同時に、更なる課題を打ち立てるものであるという点で共通している。そして二つ のシーンが両小説の中で強い存在感を示すのは、永遠性への期待と、それが叶わないと知って いるからこそ感じる刹那的美しさの狭間で、感性を強く揺さぶられる両主人公の心の機微を、 言葉少なに読者に訴えかけるシーンだからであると指摘した。 この二つの小説はその内容やストーリー以外にも、興味深い共通性を内包している。第二章 では両作品とも当時の社会や若者の文化を鮮やかに描写していることや、発表当時は文学作品 として高い評価を得た反面、激しい批判を浴びたことについて述べた。そして、20 世紀半ばの アメリカとソ連という、社会的・政治的に正反対の位置にあった国で、似た小説が書かれ、人 気を博し、同じような運命を辿った理由は、何もかも対照的な国で育ったにも関わらず、両国 の若者たちは共通した感受性を持ち合わせており、ホールデンやディームカのような饒舌なア ンチ・ヒーローの登場を潜在的に求めていたからではないかと論じた。 第三章は、サリンジャーとアクショーノフの伝記的事実を概観した上で、 『キャッチャー・ イン・ザ・ライ』と『星の切符』の間には明確な影響関係が認められるのか、考察を試みた章 である。はっきりとした答えを導くことはできなかったが、少なくともアクショーノフは 2003 年ごろまでに『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んでいたこと、1950 年代当時アメリカや 西欧の文化に強い憧れを抱く「スチリャーギ」的青年であったアクショーノフは『星の切符』 執筆以前に『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に出会っていた可能性が高いこと、そして二つ の小説があまりにも「似すぎている」ことなどから、 『星の切符』は『キャッチャー・イン・ザ・ ライ』の影響をほぼ無意識的に受けた作品となったのではないかという結論を得た。