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動き回る超国籍マネー

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動き回る超国籍マネー
NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE
Title
動き回る超国籍マネー -国際金融市場を学ぶ
Author(s)
田口, 信夫
Citation
経営と経済, 66(3), pp.339-352; 1986
Issue Date
1986-12
URL
http://hdl.handle.net/10069/28314
Right
This document is downloaded at: 2017-03-28T16:50:52Z
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp
《研究ノート》
動き回る超国籍マネー
−国際金融市場を学ぶ
田口信夫
は じ め に
国際金融市場は伝統的には金融中心地での自国通貨(たとえば,それがイ
ギリスのロンドンであればポンド)による短期の貿易金融を中心として発展
してきたが,1950年代の後半,国家の規制を受けない外貨での取引を専門と
する新しい種類の国際金融市場が伝統的タイプの国際金融市場とは別にヨー
ロッパに誕生した。すなわち,ユーロ・マネー,あるいはユーロ・カレンシー
市場がそれである。それから約30年,この超国籍マネーは今や1兆ドルをも
超える規模に達し,その市場もアジアやカリブ海,さらにはニューヨーク等
にも拡大して,今や外国為替市場をはじめとして世界経済や国民経済に多大
の影響を及ぼすに至っている。
そこで,本稿では,まず伝統的国際金融市場とユーロ市場の違いを明らか
にし,その次にユーロ市場の生成・発展のメカニズム,その役割・影響とい
ったものについて考えてみたい。
(1)伝統的な国際金融市場−ロンドン
伝統的な国際金融市場としてわれわれがまず頭に想いうかべるのは,19世
紀におけるロンドンである。当時,イギリスは世界経済の中心であり,各国
間の貿易はイギリスとの貿易のみならず,第三国間の貿易においてもロンド
ンにあるポンド建預金(ロンドン・ノミランス)の振替えを通じて決済がなさ
れていた。ロンドンは貿易金融という短期の信用を供与することによって国
3
4
0
際金融市場としての機能を果たし,もってポンド建預金による決済を円滑に
してきたので、ある。では,この決済および貿易金融の仕組みはどのようなも
のであったのであろうか。今ここで,オスカー・ホブソン『国際金融市場入
門』に依拠して第三国間貿易の事例をとりあげ,その決済ならびに貿易金融
の仕組みについてみてみよう。設例は次のとおりである。
A社はオーストラリアの羊毛の輸出業者であるが,日本の B社から多量の
羊毛の買付の引合をうけたとしよう。 A社は,この注文を引受ける前に,支
払方法をたしかめておきたし、と思うし,また羊毛を貨物船でシドニーから日
本まで運こぶのに 2ヵ月かそこらかかるのであるが,その間, A社は自社の
運転資本のかなりの部分を凍結しておくのを好まないであろう。他方,
B社
は羊毛を入手し,それを国内の繊維会社に転売できるようになるまでは,羊
毛代金の支払をするのを好まないであろう。そのうえ,
A社は,日本円は将
来相場が下るかもしれないから, 日本円で支払われるのを好まない。ところ
が B社はそんな多額のオーストラリア・ポンドを入手することは不可能であ
る,といったとする。
その時,この両者は支払がロンドンで英ポンドでなされることをとりきめ,
B社は日本の取引銀行(甲銀行)を通じて,著名なロンドンのマーチャント
・パンクの C社が, A社にクレジッ卜を与えるようにとりきめる
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信
用状)の発行依頼。 C社は, B社が第 1流の商社であることを知っているの
で
, B社あての羊毛の積荷に関連して A社が振出す手形を引受けることを約
束するのである
-Ycの発行承諾。ただし,手形が満期になったときは,
B社が C社に手形の代金をポンド貨で支払うことを約束している。
さて,シドニーの A社は,羊毛の荷積みをすませると, ロンドンの C社あ
てに取りきめられた額の手形を振出し,この手形に羊毛が実際に船積みされ
たことを証明するための各種の船積書類(船荷証券,保険証券等)を付属さ
せる。もしも A社がすぐ資金を必要とするならば, A社はシドニーの取引銀
行(乙銀行)にその手形を割ヲ I
¥,、てもらうか,手形を担保にして金を貸して
もらうかするであろう - A
社のオーストラリア・ポンド貨による輸出代金
の入手(輸出金融の供与)。その場合,乙銀行は手形に付属書類をつけて自
同き回る超国籍マネー一国際金融市場を学ぶ
3
4
1
行のロンドン支屈または代理庖(コルレス銀行)に送り,支屈または代理屈
は手形を C社に引受のため提示する。 C社は書類を審査して,羊毛が取りき
めどおりの質と量のものであることを確かめてから,手形を引受けるー一引
受信用の供与。 C社は資金力があり,かつ地位の高い会社であるから,その
引受があれば,手形はほとんど現金と同じものになる。その上,正確な支払
期日が定められているから,手形はロンドン割引市場で割引商会(ピル・ブ
ローカー)によって割引かれることができる一一割引信用の供与。かくて,
乙銀行は,その手形を割引こうと思えばし、つでもそのコルレス銀行を通じて
割引市場で割引けるわけであり,そのとき,その手取金は乙銀行がコルレス
銀行にもつ預金口座(ロンドン・パランス)に振りこまれることになる口
これでオーストラリアの輸出業者もシドニーの乙銀行も輸出代金と融資資
金(手形買取りによる債権)を回収したことになるわけだが,ところで,上
記の説明では,輸入代金がどのような形で決済されたのかが説明されていな
い。ホプソンはこの点についてふれていないので,この点について補足的な
説明を加えてみよう。
最終的な輸入代金の支払が日本の B社によってなされるのはし、うまでもな
いことであるが,現実にはこの支払は B社から A社に直接おこなわれること
はなく,
B社の取引銀行である甲銀行がロンドンのコルレス銀行にもつ預金
口座(ロンドン・パランス)からなされることになる。すなわち, コルレス
銀行の預金口座から手形を引受けたマーチャン卜・パンカー C社に対して決
済がなされるのである。その場合,もし甲銀行のコルレス銀行にもつポンド
建預金が不足しておれば,その決済はロンドン市場における短期資金の借入
れ一一 1
9世紀にはその借入の手段として金融手形 (
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裏づけをもたない資金調達のために銀行が振出す手形)が用いられた一ーに
よっておこなわれた一一ロンドン金融市場による輸入金融の供与。こうした
9
1
3年にはイギリスの引受手形の半ば以上に達したと
金融手形は,たとえば 1
し、われている。
以上, ロンドン国際金融市場を通じて第三国聞の貿易がどのようにして決
済され,どのような形で短期信用が供与されてきたかみてきたが,以上の叙
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第 1図
ロンドン金融市場における決済と信用の仕組み
。手形割引
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述を図示すれば,第 1図のように示されるだろう。ロンドン国際金融市場は,
このように輸出や輸入に対して貿易金融を供与することによって各国間のポ
ンド建預金による決済を容易にしもって世界貿易の拡大に貢献してきたの
である。
ところで, 1
9世紀のロンドンを典型とするこの伝統的なタイプの国際金融
市場は,この後とりあげるユーロ市場と比較すると,次のような特徴点をも
っていた。まず第 1は,伝統的な国際金融市場においては,国内市場と国際
市場が一体的なものとして存在しており,国内市場が非居住者(外国人)に
対しても自由に開放されていたこと,第 2は,その市場の所在国が同時に基
軸通貨国であり,非居住者による預金や非居住者に対する信用の供与が自国
通貨,すなわちイギリスの国民通貨であるポンドによってなされたことであ
る。これらはユーロ市場と大きな相違点をなすので留意しておく必要がある。
3
4
3
動き回る超国籍マネー一一国際金融市場を学ぶ
(
2
) 新しい国際金融市場ーユーロ・カレンシー市場
さて 1
9世紀,世界の金融市場として重要な役割を果たしたロンドンの独占
的地位も,第 1次大戦を境にドルが新しい基軸通貨(または国際通貨)とし
て台頭してくるにつれて揺ぎはじめ,国際金融市場はロンドンとニューヨー
クへ両極化してし、くことになる。これ以降,
ロンドンとニューヨークが世界
の金融における複心軸としてその役割を担っていくことになるのだが,第 2
次大戦後,それも 1
9
5
0年代の後半,それまでロンドンやニューヨークがもっ
ていたのとは性格が全く異なる新しい種類の国際金融市場が誕生した。すな
わち,ユーロ・カレンシー市場がそれである。ユーロ・カレンシーとは, I
当
該通貨発行国以外の国の銀行に預けられた外貨建預金(定期預金 )J のこと
であり,ユーロ・カレンシー市場とはこのような外貨建預金が取引きされる
市場のことである。具体的にこれをドルに適用すると,アメリカ以外の国(た
とえばイギリスのロンドン)の銀行に預けられたドル建の定期預金がユーロ
・ダラーであり,このような預金が銀行間で取り引きされるところがユーロ
・ダラー市場である。したがって,もし預金される通貨の種類がマルク,フ
ラン,円であれば,それはユーロ・マルク,ユーロ・フラン,ユーロ・円と
なり,それぞれについて個別の市場が形成されることになる。ユーロ市場と
はこのような各種外国通貨建によって構成されるそれぞれの市場(このうち
全体の約 8割はユーロ・タラーによって占められている一一第 1表参照)を
総称したものだが,なぜ「ユーロ」と L、う言葉がつけられたかといえば,そ
れは上記述べた外貨建預金が主としてヨーロッパ(とりわけロンドン)を中
9
7
0年代に入って,このような市場
心に発達してきたからである。しかし, 1
はヨーロッパ以外にも,たとえばアジア(シンガポール,香港)やカリブ海
諸国(パハマ,ケイマン諸島など)といった地域にも外延的に拡大し,アジ
ア・ダラー市場やラテン・ダラー市場といったものを形成してきている。
ユーロ市場とはこれらの市場をも抱括したものである。
ところで,このように新しく誕生したユーロ市場は,伝統的な国際金融市
場と比較して次のような特徴点をもっている。まず第 lに,ユーロ市場では
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ユーロ・カレンシ一市場の規模(外貨建負債による)
第 1表
(年末,単位:1
0億ドル)
動き回る超国籍マネー一国際金融市場を学ぶ
3
4
5
外から外貨建預金を取入れ,これを外で運用するオフショア取引(~、わゆる
外一外取引)が中心となっていることである。このことは先に述べた伝統的
国際金融市場,たとえばロンドンにおいて,非居住者の預金がイギリスの国
民通貨であるポンド建によってなされ,非居住者に対する貸付が同じくポン
ド建によってなされたのと著しく異なるところである。と同時にまたこのこ
とは,ユーロ市場においては,その市場の所在国が必ずしも基軸通貨国であ
る必要がないことをも意味する。シンガポールや香港等が国際金融市場たり
えていることは,まさにこのことの証左である。第 2に,ユーロ市場は原則
的には国内市場と分離したものであり,為替管理,支払準備率,金利制限な
ど通貨当局の規制を受けないということである。このことはユーロ市場が発
生するための 1つの要件をなすとともに,またユーロ市場が「最後の貸手」
としての中央銀行をもちえないことをも意味する。では,ユーロ市場はどの
ようにして生成・発展-拡大してきたのだろうか。
(
3
) ユーロ市場発生のメカニズム
ここではユーロ・ダラーを例にとり,まず発生のメカニズムについてみて
みよう一一第 2図参照。
0
0万ドルの
今,かりに A という人(または会社)がアメリカの X銀行に 1
当座預金を持っていたとしよう。この場合, Aはアメリカ人でもよいし,外
国人でもよい。次に Aは,ロンドンにおける外貨建預金金利がアメリカの国
0
0万ドルを引きおとしてロンドンの Y銀行
内市場金利より高いので,この 1
に定期預金したとしよう。もし Y銀行が X銀行に預金口座をもっているとす
れば,これは X銀行における Aの口座から Y銀行の口座への資金の振替えに
よっておこなわれる。このことによって, Y銀行はアメリカの X銀行に 1
0
0
万ドルの債権を有することになるわけであるが,他方, Aに対しては同額の
ドル建定期預金債務を負うことになる。このような定期預金がユーロ・ダ
ラー預金である。
次に,定期預金を受け入れた Y銀行は,この資金を何らかの形で運用しな
3
4
6
第
2図
ユーロ市場の仕組み
X銀行(アメりカ)
(債権)
1
(債務)
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ユーロ放出
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B社 ( ド イ ツ )
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当座預金 $
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0 Z銀行から
X
の借入
ければならな L、。もし企業や政府などの借手をすぐに見つけることができな
0
0万ドルをユーロ銀行間市場(これが本来の意味でのユー
ければ, Y銀行は 1
ロ市場であり,多国籍銀行等によって構成される)に放出するのであろう。
L火、かえれば,
Y銀行はどこか他のユーロ銀行に預金するであろう。この銀
行をかりに Z銀行だったとする。この場合, Y銀行が X銀行にもっていた
1
0
0万ドルの債権は Z銀行に移ることになり,もし Z銀行もアメリカの X銀
行に口座をもっていたとすると,これは X銀行における Y銀行の口座から Z
銀行の口座への資金の振替えによっておこなわれることになる。
したがって,ユーロ市場における銀行間の再預金化は,アメリカからみれ
ば X銀行内における単なる口座間の資金移転にすぎず,アメリカのマネーサ
プライには何らの影響をおよぼさないわけである。また,このような再預金
0
0万ドルが最終の借手に届くまでにいくつものユーロ銀行を経由
の過程は 1
することがあるが,このような再預金化は銀行間における単なる資金の移転
にすぎず,ユーロ市場における最終的な信用拡張に何らの追加をもたらすも
のではなし、。したがって,ユーロ市場の信用供与能力(または市場の規模)
を問題にするときには,銀行間預金を差引く必要がある一一これはネットの
動き回る超国籍マネー一国際金融市場を学ぶ
3
4
7
市場規模として表示される。
ところでユーロ取ヲ│はここで終るわけではない。最後の段階は,ユーロ銀
行が借手に貸付ける資金を必要とするときに生じる。単純化のために,ここ
では Z銀行がドイツの B社に資金を貸付けるものと仮定しよう。 Z銀行は新
しく入手したアメリカの X銀行における預金を引出し, 1
0
0万ドルの所有権
を B社に譲渡することによって貸付をおこなう。この場合,この貸付によっ
て X銀行における Z銀行の預金は引きおとされ,かりに B社も X銀行にドル
の当座預金をもっていたとすれば,引きおとされた資金はその口座に振りこ
まれることになる。これがユーロ・ダラー貸付であり,これをもってユーロ
取引は完了する。
ところで,このユーロ貸付であるが,もし借手の借入必要額が 1つのユー
ロ銀行の貸付希望額より大きい場合には,貸付はさまざまの国の諸銀行から
構成される「シンジケート」によってなされる一一これをシンジケー卜・ロー
ンとし、う。また貸付の期間も貿易金融のように短期のものもあれば,開発金
0年をこえる長期のものもある。さらに貸付に当たって適用され
融のように 1
る金利は「変動金利方式」にもとづくのが普通であり,その時々のロンドン
銀行間貸付金利
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マージン(これをスプレッドという)を上乗せした水準にきめられる。
(
1
) ユーロ市場における金利
ユーロ市場発生のメカニズムについては以上述べてきたとおりであるが,
ところで、ユーロ市場が成立するためには金利面において次のような条件が必
要である。まず第 lに,ユーロ・ダラー預金金利は Aが資金をユーロ銀行に
移し替えるに十分なだけ国内金利より高くなければならない。第 2に,ユー
ロ・ダラー貸付金利は,
B社が借入先としてアメリカの銀行ではなく,ユー
ロ銀行を選ぶに十分なだけ低くなければならない。というのは,もしこのよ
うなメリットがなければ,
Aはわざわざ預金をユーロ銀行に移し替える必要
がないし,また B社もユーロ市場から資金を借入れる必要がないからである。
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4
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1
第 3図
アメリカ国内とユーロダラーの金利比較
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月
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アメリカ国内のプライムレート
ユーロダラーの貸付金利
一一一一一ユーロダラーの預金金利
ーーー一ーー一一一アメリカ国内の CD レート
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(出所)中尾茂夫「ユーロ市場と外国為替市場 J(関下位。奥田宏司編『多
国籍銀行とドル体制』有斐閣,昭和 6
0年) 1
3
4頁
。
したがって,ユーロ市場における預金金利は,アメリカ国内の預金金利を下
限とし,貸付金利はアメリカ国内の貸付金利を上限として決められるという
ことになる。つまり,ユーロ金利はアメリカの国内市場金利によって規定さ
れるわけである一一第 3図参照。
しかし,このことは同時にユーロ取引におけるマージン(利鞘)が国内取
引におけるよりも小さいことをも意味する。にもかかわらず,このような取
引がおこなわれるのは,①支払準備率等が課されないためコストが安くつく
ことと,②取引の単位が 1件当たり 1
0
0万ドル以上と大きいためで、ある。
(
5
) 市場の発生および拡大要因
では,どのような事情からこの種の取引が発生・発展するようになったの
であろうかロ一般によく指摘されているのは次の点である。
まず市場発生の要因としては,①戦後の冷戦期においてソ連・東欧圏の中
央銀行がアメリカによるドル資金の凍結をおそれて資金をドルのままアメリ
動き回る超国籍マネー一国際金融市場を学ぶ
3
4
9
カからヨーロッパの銀行に移したこと,② 1
9
5
7年のポンド危機に際し,当時
のマクミラン政府が第三国間ポンド建貿易金融を禁止し一一伝統的国際金融
市場の崩壊一一,顧客を失いかねない英系銀行が貿易金融をポンド建からド
ル建に切り替えたこと。一一ポンドの凋落にもかかわらず, ロンドンが今な
お国際金融市場として機能しえているのは,このような外貨建金融(すなわ
ちユーロ市場の存在)によるところが大き L。
、
次に市場の拡大要因としては,以下の点があげられる。①アメリカにおけ
るレギュレーション Q (預金金利の上限を規制した法律)の存在,②アメリ
カの国際収支赤字によるドル残高の増加,すなわちユーロ・ダラーの原資と
なる外国の米銀における預金(ドル・バランス)の増加,① 1
9
6
0年代後半以
降における米系多国籍企業と多国籍銀行の海外活動の活発化。この場合,多
国籍企業は海外活動に必要な資金を多国籍銀行を通じてユーロ市場から調達
し,その収益を多国籍銀行を通じてユーロ市場で運用することによって需要
0年代におけるオイル・
・供給の両面からユーロ市場の拡大に貢献する。①7
マネーの流入。
ユーロ市場は以上のような要因によって発展してきたといわれるが,ここ
で注意しておかなければならないのは,上記の要因はほとんどが供給側の要
因についてふれたものであり,需要側の要因についてはあまり言及されてい
ないということである。しかし,ユーロ市場は,資金に対する需要の増大が
なければ発展しえない。なぜなら,需要がなければ,銀行はわざわさ ユーロ
e
預金を取り入れる必要がないからである。このことは,逆にいえば,たとえ
ば,供給側の要因であるアメリカの国際収支の赤字がなくても,もしユーロ
資金に対する需要が増大し,ユーロ預金金利が上昇すれば,それに伴って供
給も増大しうるということを意味する。その意味で,ユーロ市場の規模は需
要によって規定されるわけで、ある。実際, 1
9
7
0年代において,ユーロ市場の
規模が飛躍的に拡大したのはこの需要側の要因によるところが大きかった。
その主たる要因は,多国籍企業の海外活動の活発化もさることながら,非産
油国が 2度にわたる石油ショックによって大幅な経常収支の赤字補填をせま
られたことと,とくに NICsを中心とする途上国が積極的な開発政策を推進
3
5
0
することによって海外資金に対する需要を高めたことであった。このことに
よってユーロ資金に対する需要(とくに中・長期の貸付)は一挙に高まり,
それが市場の拡大に大きく貢献したのである。
(
6
) ユーロ市場の功罪
さて,以上のような諸要因によって発展してきたユーロ市場は, 1
9
8
5年末
現在,ネット(グロスの資金量から銀行間再預金による二重計算を差ヲ I~ 、た
もの)で 1兆4
,
8
0
0億ドル (BIS 統計)もの規模に達し,外延的にもカリブ
海のパハマをはじめ,アジアのシンガポール・香港,中近東のパーレンとい
ったところにも拡大してきている一一こう L、う地域をオフショア・パンキン
9
8
1年にはアメリカにも IBF(
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グ・センターとも L、う。さらに, 1
9
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6年 1
2月にはわが
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)というオフシヨア市場が誕生し, 1
国にも東京オフショア市場が開設される予定である。今やこのように各地に
分散した巨額の超国籍マネー(地理的分布ではロンドンが最大で、全体の約 3
割を占める一一第 1表参照)が国家の規制をこえて世界中を自由に移動して
いるわけであるが,それは世界経済または国民経済にどのようなインパクト
を与えているのだろうか。この点を「功罪」両面に分けて考えてみよう。
まず「功」の面としては,ユーロ市場が世界の貿易と投資の著しい成長に
大きく貢献してきたとか,国際取引に従事する企業はこの市場のもつ弾力的
な金融能力なしにはほとんど機能しえないであろうとか,また発展のための
資金調達が是非とも必要な発展途上国にとって,この市場はかけがえのない
0年代においては,オイル・マネー
ものであるとか主張されている。とくに, 7
を効果的にリサイクルできたのは,まさにこの市場の功績であるともいわれ
ている。
次に「罪」の面であるが,これについては世界的なインフレや外国為替市
場の混乱の原因であるとか
あるいは国内における金融政策の自立性をそこ
なうものであるとかいった点が指摘されている。
ユーロ市場は,このような「功罪」両面あわせもったインパクトを世界経
動き回る超国籍マネー一国際金融市場を学ぶ
3
5
1
済あるいは国民経済におよぼしているのだが,今日,何よりもユーロ市場へ
の関心を高めているのは,途上国の対外債務累積問題とのかかわりにおいて
であろう。というのは,先述のごとく,ユーロ市場は 1
9
7
0年代を通じて発展
途上国(とくに NICsやラテンアメリカ諸国)に巨額の資金を貸付けてきた
が,それが今,途上国の債務返済危機に直面し,貸倒れにともなう国際金融
不安の危険性が喧伝されているからである。われわれは,こういった点も考
慮に入れてユーロ市場の動きをみていく必要がある。
(注)オフショア・バンキング・センター
オフショア・パンキング・センターは
一般に
非居住者からの資金吸収
及び非居住者に対する資金運用(~、わゆる外-外取ヲ1)を制度上の制約の少
ない自由な取引として行わせるための仲介市場といわれる。世界各地域に存
在するオフショア・センターに共通する特徴としては
預金金利規制,支払
準備と L、う金融上の制約や源泉利子課税等税制上の制約,為替管理等各種制
度上の制約が緩和されている点があげられる。
オフショア・センターの形態は構造的にみれば,①今日のロンドンや香港
のようにオフショア市場と国内市場との間の資金交流が自由で,かつ両市場
での規制上の取扱いが同等ないわゆるオンショア型市場
⑦ニューヨークや
シンガポールのようにオフショア市場と国内市場の聞に,金融上,税制上,
為替管理上の規制について格差が存在するため,両者を遮断している内外分
離型市場,⑦パハマ,ケイマンのように低税率だけを目的に設立されたベー
ミー・カンパニー(ブッキング・センター)が主体で
実質的な意味での金
融市場とはし、いがたいタックス・へイブン(組税逃避地)型市場の三つのタ
イプに分けられる。
ロンドン金融市場は,
1
9
7
9年の為替管理の撤廃により,居住者と非居住者
の区別がなくなり,外貨については国内金融取引市場と対非居住者取引市場
とが,一つの市場となり,この意味で、オンショア市場と呼ばれる。これに対
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2月 3日,アメリカに誕生した IBF(
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)は,内外分離型の典型であり,一般勘定と区分経理された IBF勘
定に対する特典として,預金金利規制(レギュレーション Q
) と支払準備率
規制(レギュレーション D) の適用除外,ナ│、│税・市税の一部免除がある。(大
蔵省国際金融局総務課長・白鳥正喜編『図説・国際金融一昭和 6
0年版』財経
0年
, 1
2
2頁による)。
詳報社,昭和 6
考
参
文
献
①
竹内一郎・原信編『国際金融市場』有斐閣,昭和 5
8年。
①
オスカー・ホブソン,西村閑也訳『国際金融市場入門』日本評論社,昭和 3
9年。
①
0年
。
小野朝男・西村閑也編『国際金融論入門』有斐閣,昭和 5
④
R
.F
.シャンピヨン /
J・トローマン,日本経済新聞社訳『ユーロタ ラ一入門』日本経済
n
新聞社,昭和 5
6年。
関下稔・奥田宏司編『多国籍銀行とドル体制』有斐閣,昭和 6
0年。
①
@ G・トゥフエイ/1.H
.ギディ,志村嘉一・佐々木隆雄・小林裏治訳『国際金融市場』東
京大学出版会, 1
9
8
3年。
⑦
竹内一郎・香西泰編『国際金融不安』有斐閣, 1
9
8
4年。
@
関下稔・鶴田鹿己・奥田宏司・向寺ー著『多国籍銀行』有斐閣,昭和 5
9年。
①
⑪
『東銀月報~,
1
9
8
6年 9月号。
MorganGurantyT
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.
付 記
本稿は,厳格な枚数制限のため,やむなく一部割愛せざるをえなかった拙
稿「動き回る超国籍マネー一一国際金融市場を学ぶ J(杉本昭七・関下稔・
藤原貞雄・松村文武編『現代世界経済をとらえる』東洋経済新報社,近刊予
定)に加筆したものである。
1
9
8
6年 1
0月2
3日 脱 稿
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