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第 4章
第 日本は法治国家である。そして、機能障害のある人たちも、たまたま機能 障害をいまはもたない人たちと同様、日本国で生活している市民である。市 民であるということは、日本国憲法により保障された人権と、日本国憲法の もとで国会により議決された法律とこうした法律に基づく諸規則のもとで、 生活することになる。さまざまな要因で機能障害をもつと、日常生活や社会 生活において、さまざまな困難を生じることが多い。こうした困難を少なく していくためには、さまざまな社会的なサービスが必要になる。こうした社 会的サービスの提供も、各種の法律により定められている。 本章では、機能障害のある人たちに関する基本的な法律について、制定過程、 目的、対象、内容、課題などについて、学習する。 1 機能障害のある人たちの生活を保障するために制定された障害者基本法の 制定過程、目的、対象、内容、課題などについて、学ぶ。 機能障害のある人に関する日本で制定された多種多様な法律群について、 関係法、関連法、個別法に分けて、その位置づけと働きについて、課題とと もに学ぶ。 2 身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神障害者福祉法など、身体障害、 知的障害、精神障害、発達障害、難病など、機能障害の種類という対象別の 法律について、制定過程、目的、対象、内容、課題などについて、学ぶ。 3 さまざまな機能障害を対象とする法律ではなく、差別や虐待など機能障害 のある人たちに共通する人権侵害の事案に対応するために制定された個別の 法律である障害者虐待防止法や障害者差別解消推進法(障害者差別解消法) について、制定過程、目的、対象、内容、課題などについて、学ぶ。 章 障害者福祉の法 4 1. 障害者基本法と障害者福祉の法体系 法治国家 法により国家権力が行使 される国家。国民の意志 によって制定された法に 基づいて国政の一切が行 われ、国民の基本的人権 の保障を原則とする。 障害者権利条約 障がい者制度改革推進本 部 障がい者制度改革推進会 議 障害者制度改革の推進の ための基本的な方向(第 一次意見) 制度改革の基本的な方向 と し て、 ①「 権 利 の 主 体」である社会の一員、 ②「差別」のない社会づ くり、③「社会モデル」 的観点からの新たな位置 づけ、④「地域生活」を 可能とするための支援、 ⑤「 共 生 社 会 」 の 実 現 が、確認された。 障害者制度改革の推進の ための基本的な方向(第 二次意見) ①障害に基づく差異を否 定的な評価の対象として ではなく、人間の多様性 の 1 つとして尊重し、相 互に分け隔てられること なく個性と人格を認め合 うインクルーシブな社会 に組込むこと、②基本法 が依って立つ障害概念を 転換したうえで、差別禁 止も含め、障害者に認め られるべき基本的な人権 を確認し、各種施策が人 権確保のために国や地方 公共団体の責務を定める ものであるとの位置づけ を与えること、③障害者 に関連する政策決定過程 に障害者が参画する重要 性にかんがみて、障害者 に関する施策の実施状況 を監視する権能を担う機 関を創設することが確認 された。 76 A. 障害者基本法 [1]障害者基本法の基本的性格 日本は法治国家であり、機能障害のある人たちに関する施策も、法律に 基づいて実施される。 障害者基本法は、日本国憲法と障害者権利条約と、障害者に関する各法 律(個別法、関係法、関連法)との間に位置する法律である。1970(昭和 45)年に心身障害者対策基本法として制定され、1993(平成 4)年、2004 (平成 16)年、そして、2011(平成 23)に改正された。2011 年の改正は、 障害者権利条約の批准を目的としており、重要な改正であった。 2009(平成 21)年 12 月、権利条約の締結と関連する国内法の整備を目 的に障がい者制度改革推進本部が閣議決定により設置され、内閣総理大臣 が本部長になった。この推進本部のもとに障害者施策の推進に関する事項 について意見を求めるため、障害者、学識経験者等からなる障がい者制度 改革推進会議が開催された。この推進会議は、知的や精神分野の障害者本 人の参加をはじめ過半数の委員が当事者であった。また、手話、字幕付き の情報公開、イエローカードルール等、当事者参画による情報公開や会議 運営が行われ、 「合理的配慮の社会実験の場」となり、国際的にも評価が 高い会議となった。 推進会議は、2010(平成 22)年 1 月から審議を開始し、障害者基本法 の抜本改正、障害者差別禁止法制の制定、総合福祉法の創設に向けての検 討、障害者の雇用、教育、医療、司法手続、政治参加等の各分野のあり方、 「障害」の表記、予算確保に関する課題などについて、2012(平成 24) 年 3 月まで 38 回にわたり幅広く精力的に審議を行った。同年 6 月には、 制度改革の基本的な方向について取りまとめた「障害者制度改革の推進の ための基本的な方向(第一次意見) 」が出された。 障害者基本法の改正の基本的方向に関しては、同年 12 月に、「障害者制 度改革の推進のための基本的な方向(第二次意見) 」としてまとめられた。 こうしてまとめられた第二次意見と成立した改正障害者基本法を比較する と、 「手話」を言語とすること、「政策委員会」に基本計画に関する意見・ 監視・勧告の権限が与えられるなどは、意見が反映されている。しかしな がら、権利条約の批准を目的とした「前文」 、目的における「権利性」の 4 的配慮の定義がなされていない、 「可能な限り」という文言の挿入など、 全体的には、十分に意見が反映されない内容となった。 [2]障害者基本法の主な内容 通りである。また、構成と概要は、表 4─1─2 の通りである。 表 4─1─1 障害者基本法の主な条文 第 1 条(目的) この法律は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を 改正障害者基本法〈わか りやすい版〉 「障害者基本法は、障害 のある人に関係する一番 大切な法律です」と漢字 にはルビもつけた〈わか りやすい版〉は障がい者 制度改革推進会議のウェ ブサイトで読むことがで きる。 享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのつと り、全ての国民が、障害の有無によつて分け隔てられることなく、相互に人 格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、障害者の自立及 び社会参加の支援等のための施策に関し、基本原則を定め、及び国、地方公 共団体等の責務を明らかにするとともに、障害者の自立及び社会参加の支援 等のための施策の基本となる事項を定めること等により、障害者の自立及び 社会参加の支援等のための施策を総合的かつ計画的に推進することを目的と する。 第 3 条(地域社会における共生等) 第 1 条に規定する社会の実現は、全ての障害者が、障害者でない者と等しく、 基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわ しい生活を保障される権利を有することを前提としつつ、次に掲げる事項を 旨として図られなければならない。 1 全て障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる 分野の活動に参加する機会が確保されること。 2 全て障害者は、可能な限り、どこで誰と生活するかについての選択の機会が 確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと。 3 全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための 手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のた めの手段についての選択の機会の拡大が図られること。 第 4 条(差別の禁止) 何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利 益を侵害する行為をしてはならない。 2 社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その 実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に 違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がさ れなければならない。 3 国は、第一項の規定に違反する行為の防止に関する啓発及び知識の普及を図 るため、当該行為の防止を図るために必要となる情報の収集、整理及び提供 を行うものとする。 77 1 ・障害者基本法と障害者福祉の法体系 2011(平成 23)年に改正された障害者基本法の主な条文は、表 4─1─1 の 第 章 ●障害者福祉の法 不明確さ、障害の定義における「谷間をなくす」規定の不備、差別や合理 表 4─1─2 2011 年改正障害者基本法の構成と概要(内閣府ウェブサイトより) 総則関係(公布日施行) 1)目的規定の見直し(第 1 条関係) ● 全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっ とり、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現する。 等 2)障害者の定義の見直し(第 2 条関係) ● 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。 )その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁(障害がある者にとっ て障壁となるような事物・制度・慣行・観念その他一切のもの)により継続的に日常生活、社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの。 等 3)地域社会に置ける共生等(第 3 条関係) 1)に規定する社会の実現は、全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その 尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを前提としつつ、次に掲げる事項を旨として図る。 ● 全て障害者は、あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されること。 ● 全て障害者は、どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと。 ● 全て障害者は、言語(手話を含む。 )その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用の ための手段についての選択の機会の拡大が図られること。 等 4)差別の禁止(第 4 条関係) ● 障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。 ● 社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、その実施について必要 かつ合理的な配慮がされなければならない。 ● 国は、差別の防止を図るため必要となる情報の収集、整理及び提供を行う。 等 5)国際的協調(第 5 条関係) 1)に規定する社会の実現は、国際的協調の下に図られなければならない。 等 6)国民の理解(第 7 条関係)/国民の責務(第 8 条関係) ● 国及び地方公共団体は、3)から 5)までに定める基本原則に関する国民の理解を深めるよう必要な施策を実施。 ● 国民は、基本原則にのっとり、1)に規定する社会の実現に寄与するよう努める。 等 7)施策の基本方針(第 10 条関係) ● 障害者の性別、年齢、障害の状態、生活の実態に応じて施策を実施。 ● 障害者その他の関係者の意見を聴き、その意見を尊重するよう努める。 等 基本的施策関係(公布日施行) 1)医療、介護等(第 14 条関係) ● 障害者の性別、年齢、障害の状態、生活の実態に応じ、医療、介護、 保健、生活支援等の適切な支援を受けられるよう必要な施策 ● 身近な場所において医療、介護の給付等を受けられるよう必要な施 策を講ずるほか、人権を十分尊重 等 2)教育(第 16 条関係) ● 年齢、能力に応じ、その特性を踏まえた十分な教育が受けられるよ う、障害者でない児童及び生徒とともに教育を受けられるよう配慮 しつつ、教育の内容及び方法の改善及び充実を図る等必要な施策 ● 障害者である児童及び生徒並びにその保護者に対し十分な情報の提 供を行うとともに、可能な限りその意向を尊重 ● 調査及び研究、人材の確保及び資質の向上、適切な教材等の提供、 学校施設その他の環境の整備の促進 等 3)療育【新設】 (第 17 条関係) ● 身近な場所において療育その他これに関連する支援を受けられるよ う必要な施策 ● 研究、開発及び普及の促進、専門的知識又は技能を有する職員の育 成その他の環境の整備の促進 等 4)職業相談等(第 18 条関係) ● 多様な就業の機会を確保するよう努めるとともに、個々の障害者の 特性に配慮した職業相談、職業訓練等の施策 等 5)雇用の促進等(第 19 条関係) ● 国、地方公共団体、事業者における雇用を促進するため、障害者の 優先雇用その他の施策 ● 事業主は、適切な雇用の機会を確保するとともに、個々の障害者の 特性に応じた適正な雇用管理 等 6)住宅の確保(第 20 条関係) ● 地域社会において安定した生活を営むことができるようにするた め、住宅の確保、住宅の整備を促進するよう必要な施策 等 7)公共的施設のバリアフリー化(第 21 条関係) ● 交通施設(車両、船舶、航空機等の移動施設を含む。 )その他の公 共的施設について、円滑に利用できるような施設の構造及び設備の 整備等の計画的推進 等 8)情報の利用におけるバリアフリー化(第 22 条関係) ● 円滑に情報を取得・利用し、意思を表示し、他人との意思疎通を図 ることができるよう、障害者の意思疎通を仲介する者の養成及び派 遣等の必要な施策 ● 災害等の場合に安全を確保するため必要な情報が迅速かつ的確に伝 えられるよう必要な施策 等 9)相談等(第 23 条関係) ● 意思決定の支援に配慮しつつ、障害者の家族その他の関係者に対す る相談業務等 ● 障害者及びその家族その他の関係者からの各種の相談に総合的に応 ずることができるよう、必要な相談体制の整備を図るとともに、障 害者の家族が互いに支え合うための活動の支援その他の支援 等 10)文化的諸条件の整備等(第 25 条関係) ● 円滑に文化芸術活動、スポーツ又はレクリエーションを行うことが できるよう必要な施策 等 11)防災及び防犯【新設】(第 26 条関係) ● 地域社会において安全にかつ安心して生活を営むことができるよ う、障害者の性別、年齢、障害の状態、生活の実態に応じて、防災 及び防犯に関し必要な施策 等 12)消費者としての障害者の保護【新設】(第 27 条関係) ● 障害者の消費者としての利益の擁護及び増進が図られるよう、適切 な方法による情報の提供その他必要な施策 等 13)選挙等における配慮【新設】(第 28 条関係) ● 選挙等において、 円滑に投票できるようにするため、投票所の施設、 設備の整備等必要な施策 等 14)司法手続における配慮等【新設】(第 29 条関係) ● 刑事事件等の手続の対象となった場合、民事事件等に関する手続の 当事者等となった場合、権利を円滑に行使できるっよう、個々の障 害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮するととも に、関係職員に対する研修等必要な施策 等 15)国際協力【新設】(第 30 条関係) ● 外国政府、国際機関又は関係団体等との情報の交換その他必要な施 策 等 障害者政策委員会等(公布から 1 年以内に政令で定め る日から施行) (国)障害者政策委員会(第 32 〜 35 条関係) ● 中央障害者施策推進協議会を改組し、 「障害者政策委員会」を内閣府に設置(障害者、障害者 の自立及び社会参加に関する事業に従事する者、学識経験者のうちから総理が任命) ● 障害者基本計画の策定に関する調査審議・意見具申、同計画の実施状況の監視・勧告 等 (地方)審議会その他の合議制の機関(第 36 条関係) ● 地方障害者施策推進協議会を改組し、その所掌事務に障害者に関する施策の実施状 況の監視を追加 等 78 附則 検討(附則第 2 条関係) ● 施行後 3 年を経過した場合、施行の状況につい て検討を加え、その結果に基づき必要な措置 ● 障害に応じた施策の実施状況を踏まえ、地域に おける保健、医療及び福祉の連携の確保その他 の障害者に対する支援体制の在り方について検 討を加え、その結果に基づき必要な措置 等 [3]障害者基本法の変遷 基本法の前身である心身障害者対策基本法は、1970(昭和 45)年に制 定された。これまでは、身体障害者福祉法などの機能障害種別の個別法し かなかった。当事者、関係者からは、施策に一貫性や総合性がなく、各行 政機関の連携調整がなされていないという指摘のもとでようやく制定され かにするとともに、心身障害の発生の予防に関する施策及び医療、訓練、 保護、教育、雇用の促進、年金の支給等の心身障害者の福祉に関する施策 の基本となる事項を定め、心身障害者対策の総合的推進を図ること」であ る。 現在の人権思想の水準からすると、法律名称に表れているように障害者 を「対策」の対象とすること、後に改正され、削除された 3 条(個人の尊 厳)「ふさわしい処遇」の「処遇」という表現、6 条(自立への努力)に おいて本人や家族に「自立に努めなければならない」と努力義務を課した 条項などが散見される。しかしながらその後どれだけ実現できたかを別に して、医療、教育、職業指導、雇用、年金、住宅の確保、経済的負担の軽 心身障害者対策基本法 3 条(個人の尊厳) 「すべて心身障害者は、 個人の尊厳が重んぜら れ、その尊厳にふさわし い処遇を保障される権利 を有するものとする。」 減、施策への配慮、文化的諸条件の整備、国民の理解などについて、国お よび地方公共団体に対して「努力義務」を課したことは、一定程度評価で きる。 障害者基本法(1993〔平 成 5〕年) 1991(平成 3)年バブル 1993(平成 5)年、 「国連・障害者の十年」 (1983〔昭和 58〕~ 1992〔平 経済崩壊、政治汚職も。 1993(平成 5)年、衆院 成 4〕年)の展開を中心とした国際的潮流を踏まえ、心身障害者対策基本 選 で 自 民 党 が 少 数 野 党 法は大幅に改正され、名称も障害者基本法に改められた。心身障害者とい に。38 年間継続した「55 年体制」が終わり、細川 う名称も障害者に改められた。法の目的も、後半が「障害者の自立と社会、 連立政権誕生の中で制定 された。 (2)障害者基本法(1993〔平成 5〕年) 経済、文化その他あらゆる分野の活動への参加を促進すること」に改めら れた。3 条(基本的理念)は、 「すべて障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、 その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとする」 「すべ て障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる 分野の活動に参加する機会を与えられるものとする」と改められた。6 条 (自立への努力)はそのまま残された。 「与えられるものとする」という 規定にみられるように、市民として権利の主体者としての位置づけはされ ていなかった。 「第二次意見」では、次の点で評価されている。①それまでの障害者の 自力更生と社会復帰、優生思想を背景とした障害の予防と早期発見、障害 の克服等を基調とした心身障害者対策基本法をノーマライゼーション理念 「障害」の定義の変遷 p.7 障害者基本法の「障害」 の定義の詳しい変遷につ い て は、 第 1 章 1 節 C 参照。 心身障害者対策基本法 6 条(自立への努力) 「障害者は、その有する 能力を活用することによ り、進んで社会経済活動 に参加するよう努めなけ ればならない。障害者の 家庭にあつては、障害者 の自立の促進に努めなけ ればならない。」 79 4 1 ・障害者基本法と障害者福祉の法体系 た。目的は、「心身障害者対策に関する国、地方公共団体等の責務を明ら 心身障害者対策基本法 1970(昭和 45)年には、 大阪で国際万国博覧会が 開催されるなど、高度経 済成長下、「福祉なくし て成長なし」という政治 スローガンのもと制定さ れた。 第 章 ●障害者福祉の法 (1)心身障害者対策基本法(1970〔昭和 45〕年) に基づいて改編したこと。②「国連・障害者の十年」とノーマライゼーシ ョン理念の提唱による国内の「障害者対策に関する長期行動計画」(1983 〔昭和 58〕 年~1992〔平成 4〕年)の策定と実施による経過と実績を踏まえ て、当時の障害者施策の到達点を基本法によって事後的に確認したこと。 ③精神障害者が初めて法的に障害者として位置づけられたこと、である。 障害者基本法(2004〔平 成 16〕年) 「改革なくして成長な し」と、小泉純一郎首相 が郵政民営化をはじめと する基礎構造改革を推進 していく中で制定され た。 (3)障害者基本法(2004〔平成 16〕年)改正 2004(平成 16)年の改正では、1 条(目的)の後半が「あらゆる分野の 活動への参加を促進すること」から「障害者の福祉を増進すること」に改 められた。加えて 3 条(基本理念)において、「有するものとする」「与え られるものとする」が「有する」 「与えられる」に改正、加えて「何人も、 障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵 害する行為をしてはならない」という差別禁止規定が追加された。関連し て、 「国及び地方公共団体の責務」(4 条)と「国民の責務」(6 条 2 項)に 差別の防止がそれぞれ追加され、「施策の基本方針」(8 条 2 項)に「可能 な限り、地域において自立した日常生活を営むことができるよう配慮され 障害者基本法 5 条(国民 の理解) 国及び地方公共団体は、 国民が障害者について正 しい理解を深めるよう必 要な施策を講じなければ ならない。 なければならない」との文言が盛り込まれた。5 条として、 「国民の理解」 が加えられ、旧 6 条(自立への努力)が削除された。 この改正の背景として、1990 年代のアメリカ、イギリス等における障 害者差別禁止法の実現や障害者への差別を禁止する法制化を求める国連・ 社会権規約委員会による日本政府への勧告(2000 年)などの国際的動向と、 国内の地域社会における障害者の生活保障を求める多様な取り組みがある。 2011(平成 23)年の改正のような「画期」となる改正ではなかったが、 新自由主義の思想に基づく市場原理の導入の具体化の 1 つである、事業者 障害者基本法(2011〔平 成 23〕年) 障害者の定義 「身体障害、知的障害、 精神障害(発達障害を含 む。)その他の心身の機 能の障害(以下「障害」 と総称する。)がある者 であつて、障害及び社会 的障壁により継続的に日 常生活又は社会生活に相 当な制限を受ける状態に あるものをいう。」 社会的障壁の定義 障害がある者にとって日 常生活または社会生活を 営むうえで障壁となるよ うな社会における事物、 制度、慣行、観念その他 一切のもの。 80 との「私的契約」をもとにした社会福祉基礎構造改革路線が進行していき、 障害者自立支援法が成立していく流れの中で、意義のある改正であったと 評価できる。 (4)障害者基本法(2011〔平成 23〕年)改正 2011(平成 23)年の改正では、「障害者の福祉を増進すること」の文言 が削除された。そして、 「機能障害の有無に関わら」ず、「基本的人権を共 有するかけがえのない個人として尊重」され、相互に「共生社会の実現」 を目指すという価値のもと、 「自立と社会参加」のための「総合的な施策 を計画的に推進する」に改められた。また、「障害者」の定義が、WHO の ICF(国際生活機能分類)と障害者権利条約の考え方をもとに、 「障 害」は、 「心身機能障害」と「社会的障壁」との相互作用により日常生活 と社会生活に相当な制限を受ける状態と改正された。この意義は大きい。 そして、改めて「障害を理由」とする差別を禁止するとともに、社会的障 壁を除去していくことと、そのための合理的配慮がなされるべきであるこ 第 章 ●障害者福祉の法 とも記載された。差別防止のための国の責務規定は、 「必要となる情報の 4 収集、整理及び提供」と不十分である。 B. 障害者福祉の法体系 (1)障害者福祉の特徴─個別性と多面性・多様性・総合性 機能障害の種類は、身体障害を 1 つ取り出しても、視覚、聴覚など多種 に広がり、かつその程度もたとえば視覚障害でも人により、見え方も見え る範囲も多様である。そして、年齢とともに変化もする。こうした機能障 害は、胎児から子ども、青年、成人、高齢になって死に到るまでのあらゆ る時期に起こる。そして、こうした機能障害による日常生活や社会生活の 障害者である児童 「可能な限り障害者であ る児童及び生徒が障害者 でない児童及び生徒」と いう表現が改正障害者基 本法の 16 条にある。障 害児ではなく、障害者で ある児童と表現する理由 は、機能障害と社会的障 壁の相互作用を意識した 定義による。 困難の度合いは、性別、年齢によっても、そしてその人が生きている地域 社会によっても、時代や国々の社会制度や施策によっても、影響を受ける。 また、人間の自立した日常生活、社会生活は、食事から排せつなどの基 本的な領域から、就労などの社会生活にいたるまで、多分野多領域に渡る ので、機能障害の種類や程度と社会環境により、必要とされる支援は、個 別性と総合性が必要となる。 (2)多分野多領域に重なり、広がる法律 障害児者を対象として多分野多領域に重なり、広がる主な法律を図にし 障害者総合支援法 p.110 第 5 章参照。 たのが、障害児者福祉に関係する主な法律である(図 4─1─1) 。 図4─1─1 障害児福祉に関係する主な法律 バリアフリー新法 道路交通法 身体障害者福祉法 戦傷病者特別援護法 郵便法 放送法 福祉用具研究開発促進法 所得税法 水俣病被害者救済問題解決特措法 相続税法 公害健康被害者補償法 原子爆弾被爆者援護法 児童手当法 義肢装具士法 社会福祉士及び介護福祉士法 母体保護法 国民年金法 厚生年金保険法 特別児童扶養手当法 生活保護法 難病医療法 精神保健福祉法 知的障害者福祉法 身体障害者福祉法 保健所法 医療観察法 刑法 身体障害者 補助犬法 母子保健法 発達障害者支援法 スポーツ基本法 児童福祉法 介護保険法 老人福祉法 社会福祉法 障害者総合支援法 欠格条項 ・医師法 ・薬剤師法 など 教育基本法 学校教育法 特別支援学校就学奨励法 学校保健法 身体障害者補助犬法 知的障害者福祉法 精神保健福祉法 発達障害支援法 障害者虐待防止法 障害者差別解消推進法 物品調達推進法 障害者雇用促進法 雇用保険法 民法 成年後見 職業安定法 障害者基本法(1970制定 2014改正) 障害者権利条約(2006国連採択-2014日本発効) 日本国憲法 (1946) 第13条 幸福追求権/第25条 生存権 81 1 ・障害者基本法と障害者福祉の法体系 [1]障害児者の福祉に関する多種多様な法律 日本国の障害者福祉に関する法律は、日本国憲法の基本的人権条項を基 難病医療法(難病法) p.99 第 4 章 2 節参照。 障害者虐待防止法 障害者差別解消推進法 正式名称は、「障害を理 由とする差別の解消の推 進に関する法律」。国連 の「障害者の権利に関す る条約」の締結に向けた 国内法制度の整備の一環 と し て、 す べ て の 国 民 が、障害の有無によって 分け隔てられることな く、相互に人格と個性を 尊重し合いながら共生す る社会の実現に向け、障 害を理由とする差別の解 消を推進することを目的 として制定された。「障 害者差別解消法」と略さ れるが、当事者団体は、 権利条約の主旨を踏ま え、アメリカなどの各国 の差別禁止法を念頭に 「差別禁止法」を要求し た。障がい者制度改革推 進会議の部会も同様の意 見であった。制定された 法律は、「禁止法」では な く「 解 消 法 」 で も な く、「解消推進法」であ るため、本書では「障害 者差別解消推進法(障害 者差別解消法)」と表記 する。 p.107 第 4 章 3 節参照。 礎に、批准された障害者権利条約と連携しつつ、障害者基本法をもとに構 成されている。障害者基本法の主な項目をみると理解できるように、基本 的人権を保障するために必要な障害者の日常生活や社会生活を支えていく ためには、各種の社会福祉サービスの提供に関する分野、医療保健に関す る分野、療育教育に関する分野、雇用保障に関する分野、所得保障に関す る分野、住宅に関する分野、スポーツやレクレーションに関する分野、災 害時の対策に関する分野、情報交通移動保障に関する分野、政治参加保障 に関する分野など、日常社会のあらゆる領域が含まれている。 そして、それぞれの分野ごとに個別の法律がある。こうした法律は、障 害者総合支援法のように直接福祉サービスを必要とする機能障害種別を超 えた障害者を対象としている法律もあれば、障害児の教育に関する特別支 援学校についての条文が、小学校に関する条文と並んでいる学校教育法の ように、その条文に障害児者に関する規定が含まれている法律もある。 (3)関連法・関係法・個別法 こうしたあらゆる分野に対応している法律は、教育、年金など障害の有 無に関わらず、広い意味で人間らしく幸せに生活していくために必要な総 合的な福祉(ウェルビーイング)に対応した法律の中で、特に障害者の規 定を設けている障害関連法律群、障害種別を超えて虐待防止や障害のある 個人へのヘルパーの派遣など具体的な生活の必要に応える狭い意味での福 祉施策に対応している障害関係の法律群、知的障害者福祉法、発達障害者 福祉法のように個別の障害種類を対象とした個別法律群に分けることもで きる(図 4─1─2) 。 図4─1─2 関連法・関係法・個別法 障害者雇用促進法 【個別法】 物品調達推進法 p.146 第 6 章参照。 身体障害者福祉法 知的障害者福祉法 精神保健福祉法 国民年金法 厚生年金保険法 特別児童扶養手当法 生活保護法 p.139 第 5 章 10 節参照。 【関連法】 介護保険法 児童福祉法 難病医療法 など 【関係法】 障害者虐待防止法 障害者差別解消推進法 学校教育法 障害者雇用促進法 生活保護法 物品調達推進法 国民年金法 身体障害者補助犬法 厚生年金保険法 特別児童扶養手当法 公害健康被害補償法 など バリアフリー新法など 82 発達障害支援法