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【神を表に! 合気道Ⅴ 気付き他】

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【神を表に! 合気道Ⅴ 気付き他】
【神を表に! 合気道
! 合気道Ⅴ
合気道Ⅴ 気付き
気付き他】
1. 目次
2011/05/19 PDF作成
△2011/05/12 合気道は(1・神産み、2・愛を現す方法、3・気と体) 2011/05/09 想念の現実化(対立想念を和して人間精神はまとめられ作られていく) △2011/05/07 例・宇宙の法則、人間の法則(体に移し霊肉一体)
2011/05/04 開祖、合気道を語る(本「武産合気」から口述部分)
2011/05/04 道歌から開祖の合気道を探る(一部資料)
2011/04/27 調和は間合いをほど良く取れ(結べ)!・・気の起こり、無常の変化
2011/04/25 何と結べば自分になるか!(天地に合する合気道で捜せ)
2011/04/20 自然をどう切り取るか!(天地の心、地球は浮いている)
2011/04/19 人間がする合気道(人間は自分の成し遂げたものの彼方に立ち現れる) 2011/04/18 対立的相手の存在の力に感謝!(北風と太陽)
2011/04/18 合気道は無刀流(剣を振っても、腹内振りの有無でも)
2011/04/17 気は自由!相手の個体は今の現実(自己の活動は次の現実)
2011/04/14 合気道の気は無秩序無法の自由(軽い気を臍下丹田化) 2011/04/13 逆半身片手取り呼吸投げ・内回転(芯を極小回転させる場合)
2011/04/11 合気道は舞楽道健康道(生命の金殿玉楼、活動力の源泉) 2011/04/05 過去からのもの(出会ったことのない新しさ・未知&共感)
2011/04/01 ?正しい合気道とは(神の近くへ?)
2011/03/24 現実化させる意思能力・気(物理的因果関係と精神的因果関係)
2. 2011/
2011/05/
05/19 19 PDF作成
PDF作成
2.1. △2011/
2011/05/
05/12 12 合気道は
合気道は(1・神産み
神産み、2・愛を現す方法、
方法、3・気と体)
1・合気道は神産みでありたい。
すなわち自己は小アメノミナカヌシの神である。そして小タカミムスビノカミ、小カミムスビノカミを生み出さなければなら
ない。
それから自己の世界が始まる。
2・合気道は、地上に宇宙の愛を現す方法(植芝盛平開祖)、である。
宇宙万世の宿命、万物の生命の発芽増殖・・・愛・・・宇宙の秩序を整え納めるという経綸、そエネルギーを愛というの
か!?
3・気(心)は軽い!しかし強ければ体を導く。
若い時は体も軽い(筋力がある)。自らその気に導かれて動き回る。
しかし老人は体が重い(筋力が弱っている)。地の引力に引き込まれて動けない。気を自らの方へ導くしかない。
合気道も変わって当然だ。
2.2. 2011/
2011/05/
05/09 09 想念の
想念の現実化(
現実化(対立想念を
対立想念を和して人間精神
して人間精神はまとめられ
人間精神はまとめられ作
はまとめられ作られていく)
られていく)
私が合気道に求めるものは、精神の統合力であります。
すなわちこころに浮かぶ考えをまとめて具体化するのですが、それは対立する相手の想念と自分のそれを和してまと
めあげる能力の養成です。
想念は個々の人生の方向性を定めるのみでなく、その集成は社会に影響します。社会は想念の現れであり、組織性
を有します。
日本社会では個々人の安全と生存を保持するために憲法がさだめられ、個々の自由権利を認める一方で公共の福
祉のため、その乱用が戒めています。つまり個々の自由と権利は公共の福祉に反してはならないのです。
その意味で双方は対立しながらバランスをとっているといえます。
(日本の社会はその憲法に3つの基本原則をもっています。
1・国民主権、2・基本的人権の尊重、3・平和主義です。)
-1-
組織とは
1・ 一定の共通目標を達成するために、成員間の役割や機能が分化・統合されている集団。また、それを組み立てる
こと。「組合を―する」「全国―」
2・ 生物体を構成する単位の一で、同一の形態・機能をもつ細胞の集まり。さらに集まって器官を構成する。動物では
上皮組織・結合組織・筋肉組織・神経組織、植物では分裂組織・永久組織などに分けられる。
3・ 岩石を構成する鉱物の結晶度・大きさ・形・配列などのようす。石理。
4・その他・・・とあります。
[ 大辞泉 提供: JapanKnowledge ]
では、宇宙に組織性はあるのでしょうか?・・・宇宙には一定の共通目標があるのでしょうか?・・我々は一単位として
宇宙組織を構成しているだけで、宇宙は統合されてはいないのでしょうか? 宇宙に限界がなければまとまっているとはいえないのではないか!と思うのですが!
想念は宇宙と同じで、その構成単位が無限に広がりつつ精神(宇宙)にまとめられ集成される。人間精神もまとめあげ
られ作られていく、と思うのです。
2.3. △2011/
2011/05/
05/07 07 例・宇宙の
宇宙の法則、
法則、人間の
人間の法則(
法則(体に移し霊肉一体)
霊肉一体)
合気道の武技は、天の理法を体に移し霊肉一体の至上境に至るの業である。業は行い、働きの意味。
*軽い重い
・原子の中では、水素が1番軽く(原子番号1)、自然界に存在するものの中で最も重いのがウラン(原子番号92)であ
る。
・創出力、生命力
宇宙には、星々がちりばめられ、太陽地球等が存在しています。そのなかの地球には生命が存在し日々生死を繰り返
しています。宇宙は何らかの意志力に支配されていると感じます。
そして、その意志力は私達の中にも存在し、私達を生かし、そして消滅させます。
死はともかくとして、生きてる間は成長力、自然治癒力などその生命力を感じずにはいられません。
参考・・・自然に従う善は理性・神我に従う。
http://www.otc.ne.jp/~bolivi-/otogi%20[52]%20index.html ストア学派によれば、全宇宙は、神、精神、運命などとよばれる能動的原理によって合理的に支配されている。人間
の本性(自然=自分)もまた宇宙の一部であり、自然法則にしたがうことが善である。人間以外の自然物はその衝動に
したがうことが自然だが、人間にとっての自然とは理性、すなわち裡なる『神我』にしたがうことである。
・つながり、原因と結果
http://www.otc.ne.jp/~bolivi-/otogi%20[52]%20index.html
マイトレーヤの教えは、世界のすべてのものが相互につながり合っていることを示します。これがカルマの法則、すな
わち原因と結果の法則の道理です。
・プラス、マイナス
原子の構造と電子殻構造・・・
原子は、原子核と、その周りを回る電子から出来ています。
原子核は陽子と中性子からなる。
電子はマイナスの性質を持つ粒子、陽子はプラスの性質を持つ粒子、中性子はどちらの電気的性質も持たない粒
子です。原子核はプラス。
・自分の世界
「あなたの与えるものが、あなたに戻ってくる」 ・・・日ごろの諸事選択があなたの世界をつくりつつある、ということ。
例1・意識をしてなくても、自分が周りの人に影響を与えている。
強く嫌うと、嫌いな面が目に付くようになる・・・嫌いな世界現出の原因となる。
例2・お金が好きだ・・・お金関係の世界が広がる。
例3・幸せが好きだ・・・幸せにつながるものの世界になる。
・思考の波及
http://www.otc.ne.jp/~bolivi-/otogi%20[52]%20index.html
ひとつひとつの行動、ひとつひとつの思考が人類の思考と行動の一部になる。そしてそれらが人類すべてに影響を及
ぼします。
-2-
・自己疎外・・・自己の本質を本来的自己の外に出し、自己にとって疎遠な他者となること。
組織が強くなると、組織の法則により動く・・・その構成員の存在が軽くなる。疎外感、孤独感を感じていく。
人間みずから作り出した事物や社会関係・思想などが、逆に人間を支配するようになる。疎遠な力が現出してきて、
自己の本質を喪失した非人間的状態になる。
・リラックス
親指には力を入れない、添えるだけ・・・緊張を解くために。
呼吸を深くする・・ユックリ動く。
・引力
万有引力の法則とは
「すべての物体は互いに引き合う。その力の大きさは引き合う物体の質量の積に比例し、距離の2乗に反比例する。」
となる
・運動の法則
ニュートンの運動の三法則をさす。
(1)第一法則(慣性の法則)静止または等速直線運動をする物体は力が作用しないかぎりその状態を保つ。
(2)第二法則(ニュートンの運動方程式)物体に外力がはたらくとその方向に、力に比例し質量に反比例した加速度を
生ずる。
(3)第三法則(作用反作用の法則)物体が他の物体に力を及ぼすとき、相手の物体は同一直線上にあって大きさが等
しい逆向きの力をはたらき返す。
・力
crane-club.com:http://www.crane-club.com/study/dynamics/friction.html#
力の三要素
1. 力の大きさ (どれぐらいの力か!)
2. 力の方向 (どの方向に働いているか!)
3. 力の作用点 (どこに作用しているか!)
力の合成と分解
1つの物体に2つ以上の力が作用する時、これらの力を合成して1つの力に置き換えることができる。この合成した力
を 「 合力 」 といい、合成以前のそれぞれの力は 「 分力 」 という。
物体の安定
物体を安定した状態に保つためには、重心位置を低く、底面積が広くなるように置くことが重要である。
遠心力及び向心力
ある物体に糸を結び、その端を持って振り回すと、手は引っ張られる力を強く感じる。物体が円運動をしている時は、
物体を円の外へ飛び出させようとする遠心力と、物体を回転中心に向かわせようとする向心力(求心力)が作用してい
る。遠心力と向心力は、力の大きさが等しく、向きは反対になる。物体の質量が大きく回転が速いほど、遠心力及び向
心力は大きくなる。なお、以前は向心力を求心力と呼んでいた。
・摩擦
crane-club.com:http://www.crane-club.com/study/dynamics/friction.html#
力を加えても物体がすぐに動き出さないのは、 静止している物体の接触面に抵抗力が働いているからである。 この物
体の運動を妨げようとする力を 「 静止摩擦力 」 といい、静止摩擦力は動きはじめる瞬間が最大になる。 この最大の
摩擦力を 「 最大静止摩擦力 」という。
摩擦の法則
静止摩擦力及び運動摩擦力は、物体に作用する重力である垂直力に比例するもので、 物体の接触面積の大きさ
は関係ない。 摩擦の法則は、その経験則を見いだしたアモントンとクーロンの名を取り、「アモントン・クーロンの法則
」 と呼ばれている。 物体の接触面に作用する垂直力と、最大静止摩擦力の比を 「 静止摩擦係数 」 という。 垂直力と
は、垂直方向に作用する力のことで、荷重や外力を指す。つまり、その物体の質量をいうものである。
*精神
・脳波と心(精神)の関係 引用参考http://www.geocities.jp/psitact/ltncbrin/mentalvl.html
脳波と脳の働き
-3-
脳波というのは脳の活動状況に応じて発生した生体の電気信号です。つまり脳の活動は心(精神)の働きから肉体
的な機関として細胞内に生じるものです。
脳波と心理的レペルとホルモンの分泌
脳の活動に於いては、脳波信号のレベルによって心の(精神)の状態がある程度のことは判断できます。覚醒状態
か或いは平静状態か、それとも興奮状態なのかとか 眠りの状態なのかの程度の把握です。
一方、各種のホルモンの分泌量などを調べたところ、怒っている時と喜んでいる時、または平静にしている時の血液
中に含まれるホルモンの種類と量が著しい違いを示したとか。
ホルモンという言語はギリシャ語の「刺激するもの、呼び覚ますもの」から派生した言葉で、体内には色々な情報伝達
物質があり今では約80種類が見つかっていて各々に役割があります。
脳波と心構え
瞑想用のアルファ波が発生しているからといっても、瞑想三昧に入っているとは限らないでしょうし、その時の心理的(
心境)レベルも人によって大きく違うのが当然でしょう。
つまり脳波をアルファ波レベルに保っておいても、その人が拒否したり、懐疑的であったりすると「心の法則」により心
の力は分散して効果は期待できなくなります。さらに心の状態がプラス的や積極的、協力的、調和的、感謝的な人は
善い結果が得られます。
反面、マイナス的や消極的、非協力的、不調和的、不満的な人は心の法則により悪い結果が現れてきます。
日頃の生き方や人生観とその時(瞑想時)をどの様に有効的に心を自主的に働かせるかが重要なカギなのです。
これは本人だけでなく周囲の人々の思考(想い)にも感応して同様に大きな影響を受けます。
つまり、あなたの幸、不幸の運命はあなたの心の在り方に掌握されております。
J,マーフィ氏の著書では、『自分が頭の中で考えていることは間違いなく実現することであり、外的な状態、状況、事
件、体験などは自分が習慣的に考えたり頭に描いたりしていることを正確に反映するものなのです。人間とは一日中
その人が考えていることにほかならないという法則があるのですから。』と、書かれてます。
2.4. 2011/
2011/05/
05/04 04 2011/
2011/05/
05/04 04 開祖、
開祖、合気道を
合気道を語る(本「武産合気」
武産合気」から口述部分
から口述部分)
口述部分)
開祖は合気道をどのように考えておられたのか?
武産合気(植芝盛平先生口述)高橋英雄編著 白光出版
P28(スタート)
合気道とは
合気道とは、宇宙の万世一系の理であります。
合気道とは、天授の真理にして、武産の合気の妙用であります。
合気道とは、天地人、和合の道とこうなるのであります。
また合気道とは、万有の処理の道であります。
合気道とは、言霊の妙用であり、宇宙みそぎの大道であります。
P29
合気道は、どうしても「天の浮橋に立たして」の天の浮橋にたたなければなりません。
これは一番のもとの親様、大元霊、大神に帰一するために必要なのであります。
またほかに何がなくとも、浮橋に立たねばならないのです。
大神さまに自己を無にして、自分は鎮魂帰神の行いにかなうように努めることであります。
一番の神業は、大神にして創造主(つくりぬし)たる神に同化、帰一和合すること、つまりその方法は与えられたつとめ
を尽くすこと、精霊のご神霊にむすんでゆくことである。大宇宙に同化することになるのであります。
そしてこの霊は霊、体は体でととのえていかなければならない。みな霊、体をととのえて、気、流、柔、剛とその世界に
進んでゆくのである。
P30
合気道とは、真の武であり、愛のみ働きであります。
この世のすべての生物の、守護の道であります。即ち、この合気道は、すべてを生かす羅針盤であります。
そして、この今日までの武技を産み出してきた、武産(たけむす)の現れであります。
そしてその生れてくるところの武は、万有の生成化育の法(のり)にふして、万有の成長をまもる法であります。
P32
武産(たけむす)とは引力の練磨であります。
P33
かくて合気道は、地上天国建設のため、宇内(うだい)の完成に進むのであります。
合気道とは宇内を悉くみそぎ、森羅万象の罪障、邪気邪念を祓い清め処理するところの大道なのであります。
その方法は言霊によってするのであります。
合気の道は愛を守の道であります。愛なくばこの世の一切は成り立たないのです。故に合気の真の働きがなければこ
の世はつぶれると私は信じているのであります。
合気とは、宇宙の中心に立って、ただよえる世を立直す役目を持っておる処の一つの道であります。
P38
人はみな天の浮橋に天之御中主神となって立たなければいけません。阿彌陀仏となって立たなければなりません。そ
して自分が光となって宇内を清めていかなければいけません。
大地はすでに完成され、国常立命が表にあらわれてきたのです。まだ人のみが完成されていない。罪けがれが身にし
みこんでいるからです。合気道の技の形は体の節々をときほぐすための準備です。これから六根の罪けがれをみそぎ
-4-
清めていかねばなりません。
みそぎのために合気道は生れてきたのであります。即ち草薙の神剣の発動です。罪けがれの雑草を払い、万有万真
の条理を明らかにし、処理してゆくことであります。森羅万象すべてに、虫けらまでにもその処を得さしめ、そして各々
の道を守り、生成化育の大道を明らかにするのが合気道の道であります。
P51
合気はある意味で、剣を使う代わりに、自分のいきの誠をもって、悪魔を祓い消すのである。つまり魄の世界を魂の世
界にふりかえるのである。これが合気道のつとめである。魄が下になり、魂が上、表になる。それで合気道がこの世に
立派な魂の花を咲かせ、魂の実を結ぶのである。そして経綸の主体となって、この世の至善至愛なる至誠にご奉公す
ることなのです。結局祭政一致の本義、忠孝の大本を崩さぬように、天地の正しい道を守り育てることであり、これにつ
とめることである。そうすると、諸神諸仏はまねかずとも来て守護するのである。
P53
一元の現れであるこの世界は、やはり霊と体、つまり表があって裏があると同じように、物の根源と霊の根源で営まれて
いる。つまり造化(ぞうか)の三神のように、水と火の息の交流によってこの世は営まれている。
P54
合気は、全神代からの歴史を、その活躍の霊営を悉く身心に吸収し、胎蔵させて頂いて、営みの世界たる万有万真、
森羅万象に至るまでの現れのごみいずの大気を胎蔵して、授けられた本能によって、神代にさかのぼり又天下の造化
の歴史を未来に及ぼし、古も未来も一身に胎蔵して、その智(ひかり)によって技を湧出するものである。技はその造
化機関を通して科学化されて湧出してくるものである。これを誤つことなく霊と体と調和のとれた、フトマニの神意を体
得して技を生み出してゆくことである。
武産合気とは、自己の魂が、身心によって科学されて出てくるものである。だから神代からの歴史を、自己の想念の内
に吸収せねばならない。誠によって吸収して皆の行えるように、この世に現してゆかなければならないのである。
祈りも又実在のもとに武技となって生れるのである。祈りそのものが悉く武術でなければならない。祈りそのものが又、
実在にこの世を清めねばならない。即ち祈りそのものが武の実行と同じである。であるから皆さんのような信仰の持ち
主こそ、武を学ぶ必要がある。信仰の徳がなければ、武産合気は会得できないからである。
P57
武産合気というものは、丁度、呼吸の出来る中心部に、肉をつけ皮膚をつけ、枝葉をつけ、大地に根をはって、天に
呼吸している一本の大木のようなものである。葉一枚落ちてもいけない。
武産合気は気の交流を最も尊重する。ナギナミ二尊の二柱の尊いごみいずの気の交流によって、その営みの道によ
って、この世は固まったといわれている。合気はこのナギナミ二尊の島産み神産みに基礎根源をおいているのであり、
これを始めとしているのである。
合気に志す方々は、この神産み島産みをよく学んでいただきたい。私がこういっているのも直接内流か、間接内流か
私にはわからない。ただ神様のみ心におまかせして、自分は島産み神産みの法則によって、技を生み出しているので
ある。であるから、その技はすべてみそぎである。
P62
またいかなる正守護神といっても、悉く肉体の上において修行をするのである。であるから肉体魄清めねばならない。
そして精神の働きによって正守護神が本守護神に変わるのである。
各々の正守護神なるものは、天人の種のようなものである。
人は、天地経綸の主催者、天人の養成所なのである。又この世界も天国天人の養成所なのである。それ故、合気によ
り、天界と不離一体となる修行をすることが必要なのである。天界をはなれて人類の存在はなく、人類は宇宙の妙精を
吸収して、高天原の運化の流れとその完成に、天界と相和合して、連絡を断絶してはなりません。
P63
大体武とは祭政一致の本義であって、人を殺す機関ではない。祭政一致の本義にたって剣をもてば、剣の徳によって
悪気邪霊は消滅させられるのである。その剣の徳により武産合気の身心の活動によって、悉く悪魔は消滅して大地は
浄まるのである。この道は万有万神の道筋を明らかにせねばならない。それには与えられた使命を果たせばよいので
す。私の使命はみそぎの技より他にない。
深呼吸をして血行をよくし、血液のかすをとる、これもみそぎである。祈りの言葉も又祈りによって気のかすが取れるか
らみそぎである。
P69
真の武道には敵はありません。真の武道とは愛の働きであります。殺す争うことではなく、すべてを生かしそだてる、生
成化育の働きであります。愛とはすべての守り本尊であります。愛なくばすべては成り立ちません。合気の道こそ愛の
現れなのであります。
P70
今までの武道は、長い年期を入れないと自分になれなかったのですが、私はすぐにも了解し得る道を開いたのであり
ます。それだけ今迄の武道と合気道とは違うのであります。
気の流れ込み、むすび立つ引力の主体たる人は、権威と力がなければなりません。それが合気道なのです。目標も
定まり、一日一日絶えず完成から完成へと向上しているのであります。
宇宙は広大です。その真理も広大無辺であります。人間の生命も始めなく終わりなく、過現未を一貫して生き通してい
るのであります。
生き通しの生命を腹中に胎蔵し、宇宙も悉く腹中に胎蔵して、自分が宇宙となるのであります。自分が宇宙と一体とな
るのであります。それはとりもなおさず高天原と一体です。
宇宙と一体となった自分の振る舞いが、宇宙に輝やかに鳴りひびいてゆくのであります。こういう見地で合気同人は進
んでゆかなければなりません。
P71
神とは生宮(いきみや)を通して、初めてこの世に現れるのであります。
生宮(いきみや)とは、肉体人間のことであります。人間の造った木のお社にさえ、神々が集まるのですから、神の子た
る人間の生宮に、神々の集まらないわけがありません。
人は顕幽神三界の理を悉く胎蔵し、これを調和する主体にならねば、何時迄たっても、大神様の大み心、大み心は既
に地上に現れているのにかかわらず、掴むことが出来ません。
―略― 人は思うままに三界を織り成し、心の持ちよう一つで、宇内を開くことが与えられているのであります。
P72
-5-
何事も"天の浮橋に立たして"から始まるのであります。古来より日本でも今迄誰もこれを修するものはありません。
天の浮橋に立った折りには、自分の想念を天にも偏せず、地にも執(つ)かず、天と地との真中に立って大神様のみ
心にむすぶ信念むすびによって進まなければなりません。そうしませんと天と地との緒結び、自分と宇宙との緒結びは
出来ないのです。
天の浮橋に立つ時、魂に宇宙の妙精を悉く吸収するのです。天之御中主神となって立つのですよ。
一つ礼拝するのにも宇宙に礼拝するのです。そして天の中心に同化してゆくのです。
P74
私は人間を相手にしていないのです。では誰を相手にしているのか、強いていえば神様を相手にしているのです。人
間を相手にしてつまらぬことをしたり言ったりするから、この世はうまく行かないのです。
P75
世界中の人々が平和を望み、平和を願っているのに、この世は依然として争いあい憎しみあっています。
それは物質科学と精神科学(霊科学)とが調和していないからであります。
今や物質科学はその頂点に達した観があります。ところが精神科学はなおざりにされていたのであります。
今迄は魄(肉体的)物質の世界でありましたが、これから魂(精神的)と魄とが一つにならなければなりません。物質と
精神との世界に長短があってはなりません。
人間は霊ばかりでは駄目で、肉体がなければ働けません。また肉体ばかりでは本当に働けません。肉と霊が両々相ま
って働く時、真実の働きが出るのであります。
精神が明るい世界を眺め、明るい世界と相接する為に、肉体を頂き、そして肉体は生成化育のものを生み出す地場な
のであります。
故に霊は肉体を育てあげねばなりません。
体はまた精神に従って、すべて精神によって動き、精神にまかせてゆかねばなりません。
精神を守るだけの肉体となってはじめて道が成り立つのです。
P77
自分一人でも開眼すれば、宇宙の気はみな悉く自分一人に、自然に吸収されて来るのです。
そして悟るべきものはすべて悟るのであります。
タカアマハラも自分にあるのであります。天や地をさがしてもタカアマハラはありません。それが自己のうちにあることを
悟ることであります。
タカアマハラは造化機関であり、人もまた同じ素質、同じめぐり、動きをもっている造化機関なのであります。タカアマハ
ラを天や地に尋ね求めるより、まず自己に尋ね求めることです。
宇宙のいとなみが自己のうちにあるのを観得するのが真の武道なのであります。
P80
合気道は合気道のことだまで地上天国建設の上にご奉公するのです。
魂の緒をとぎすまし、そして大祓い祝詞を奏上すると、その道々より神神がお招きせぬとも、相参じ相集いて、八百万
の神神がその人その人を守り、導いて下さるのです。
山川草木、禽獣魚虫類にまで、その処を得さしめ、共に楽しむのが合気道であります。
万有愛護の大精神がなかったら、合気道を行う価値はありません。
<!--P81-->
結局は一元の神の大み心をこの世に現せばよいのです。
***つづく
2.5. 2011/
2011/05/
05/04 04 道歌から
道歌から開祖
から開祖の
開祖の合気道を
合気道を探る(一部資料)
一部資料)
開祖の理想とした合気道を道歌から探る。
From The Essence of Aikido
Spiritual Teachings of Morihei Ueshiba
Compiled by John Stevens
SONGS OF THE PATH
Like many Japanese masters,Morihei employed 道歌 doka,"Songs of the Path,"
to present his teachings, Doka are poems with deep spiritual meaning
arranged in the 5-7-5-7-7 syllable pattern of traditional Japanese 和歌
waka varse.
Such poetry can be a powerful kototama, and the first waka was said
to be an incantation chanted by the goddess Waka-Hime to rid a rice
paddy of horde of locusts.(Incidentally, this act was said to have
occurred in an area that was later called Wakayama-Morihei's birthplace) Once the plague was lifted the rice plants were able to sprout
again; thus one meaning of waka is to "enliven," and doka are meant to
be vehicles that convey a master's teaching in a fresh and vibrant manner.
One edition of Morihei's doka contained this preface:
Those who train in Aikido must never forget that the teaching
has to be forged in one's very body.Always keep in mind the
Divine workings of creation,from beginning to end, and
ceaselessly learn from the gods. Make the entire universe your
-6-
dojo. This is the great meaning ob Budo.
*****開祖の合気道を道歌から探る*****
(2)大宇宙 合気の道は もろ人の 光りとなりて 世をば開かん
Dai uchu aiki no miti wa morobito no hikari to narite yo oba hirakan
The great universal
Path ob Aiki
illminates
all people,
opening the world {to the truth}.
(4)合気とは 愛の力の 元にして 愛は益々 栄えゆくべし
Aiki towa ai no tikara no moto ni shite ai wa masumasu sakae yuku beshi
Aikithe wellspring
of love's power: Make the glory of that love
ever increase!
(5)合気とは 万和合の力なり たゆまず磨け 道の人々
Aiki towa yorozu wagou no chikara nari tayumazu migake michi no hitobito
Aikithe power whitch
harmonizes all things:
Never stop polishing{that jewel}.
You who tread this Path!
(9)武とはいえ 声もすがたも 影もなし 神に聞かれて 答うすべなし
Bu to wa ie koe mo sugata mo kage mo nashi kami ni kikarete kotau subenashi
Bu{do}no voice, no form,
no shadow:
Question the gods as you like
but they will not reply
(10)声もなく 心も見えず 惟神 神に問われて 何物もなし
Koe mo naku momoro mo miezu kannagara kami ni towarete nanimono mo nashi
No voice,
no heart to see:
Just follow the Divine
and there will be nothing
to ask of the gods
(13)気の御わざ 赤白魂や ますみ玉 合気の道は 小戸の神技
Ki no miwaza akasiro tama ya masumi tama aiki no miti wa odo no kamuwaza
The exalted techniques of ki:
Red, white,
and crystal-clear jewelsthey reveal the Path of Aiki,
and the Divine Techniques of ODO.
(17)合気とは 神の御姿 御心ぞ いずとみずとの 御親とうとし
Aiki towa kami no misugata mikokoro zo izu to mizu tono mioya totoshi
Aikithe Exalted Divine Form,
the Exalted Heart!
IZU and MIZU are the
Exalted Parents.
(33)美しき この天地の 御姿は 主のつくりし 一家なりけり
Utukusiki kono ametsuchi no misugata wa nushi no tsukurishi ikka narikeri
How beautiful,
this form of
heaven and earthall created by the Lord,
we are members of one family.
(40)気の御わざ 魂の鎮めや みそぎ技 導き給え 天地の神
Ki no miwaza tama no shizume ya misogi waza michibiki tamae ametsuchi no kami
The exalted techniques of ki
-7-
calm the soul, and are
vehicles of purificationguide us to them,
O gods of heaven and earth!
(53)三千世界 一度に開く 梅の花 二度の岩戸は 開かれにけり
Sanzen sekai ichido ni hiraku ume no hana nido no iwato wa hirakare nikeri
Amid three thousand worlds
a single plum flower
bloomsthe stone door will
open a second time.
(100)合気とは 解けばむつかし 道なれど ありのままなる 天のめぐりよ
Aiki towa tokeba mutsukasi michi naredo arinomama naru ame no meguri yo
Aikia Path so difficult
to comprehend,
yet as simple as
the natural flow of Heaven.
************************
2.6. 2011/
2011/04/
04/27 27 調和は
調和は間合いをほど
間合いをほど良
いをほど良く取れ(結べ)!・・
)!・・気
・・気の起こり、
こり、無常の
無常の変化 変化 合気道は武術の面とは別に、愛、宇宙の哲学として、 自然を含む世界・人生などの根本原理を追求する。それは人
生観や世界観、物事を統一的に把握する理念を形作ることになる。
ただの武術に留まらない。
宇宙エネルギーは、我々に見えない空間も含め現れている宇宙、太陽、月、地球などの星々、万物・・を存在させ、
無常の変化を起こさせる。
合気道の体技は宇宙の法則を体に移す。そのために宇宙法則、真理の探求を必要とします。
気とは:
1 天地間に生じる自然現象、またそのもとになるもの。万物生成のもととなるもの。〔空気〕air; 〔大気〕the atmosphere
2 〔雰囲気〕an atmosphere 様子、気配
3 〔風味〕a flavor, 〔におい〕a smell 気の抜けたビールflat [stale] beer
4 心や精神の働き、感情〔気質〕〔意志〕〔意識,心〕〔気分,気持ち〕
〔「…する気」の形で,…のつもり〕
何をする気だ
What do you intend to do?
合気道とは武の道であり、愛、天地の意志、万有愛護をもって、自己の使命を完遂させるもの。しかし天地は創造と
破壊を繰り返し、無常である。とても万有愛護とは思えない。もっとも創造主としての神はそれを容認している。愛の平
和的な無常はなかなかむづかしい。
技は天の理法をとり入れ、魂(霊)肉一体の働き、気心体一体の境地にいたる行いである。
自己の生命力は・・・天地の重力に逆らい、風に立ち向かい、肉体を立ち上げ歩く。人間の自然への反抗は、人類が
誕生したときからの運命である。
もっとも、時には自然に寄り添い、時には対抗する。そもそも宇宙誕生自体、相対的世界の始まりであるから事物に表
裏、陰陽があることは当然である。
*
陰陽
天地間にあり、互いに対立し依存し合いながら万物を形成している陰・陽2種の気。
*
1.バランス【balance】
1 釣り合い。均衡。また、調和。「左右の―が悪い」「―のとれた食事」2 収支・貸借(たいしゃく)の釣り合い。
-8-
合気道は武道であります。・・・武は、文字の成り立ちから、武器を持ち戦う意を表すようです。 武道は武士道・・武
士の守るべき道・・守るものは己、家族、社会、国、世界とあるでしょうが、究極は宇宙の理、これを我意によって歪めて
はいけないということでしょう。
対立は・・二つのものが反対の立場に立ち、互いに譲らないで張り合うことであります。
間合は・・向かい合った両者の隔たり・・であるがその距離が遠ければ対立は生じない、少なくとも肉体的対立は避けら
れる。しかしあまりにも近ければ目障りかつ衝突して争いは避けられません。
武の道は、天地の理を守ること。天地の理とは?・・・天地の法則・・
天地の中心は?時間を遡りビッグバン時が・・・気の起こり・・ということです。
まず第一に・・気の起こり・・次に、
己と天地の調和を図れ、ということか。・・・ということは関係、間合の釣り合いを取り、気の間合いの均衡を保て(結べ)・
・・!ということになる。
*
ちょう‐わ【調和】
大辞泉(JapanKnowledge)
[名](スル)全体がほどよくつりあって、矛盾や衝突などがなく、まとまっていること。また、そのつりあい。「―を保つ」「周
囲と―のとれた建造物」「精神と肉体が―する」
我々の成長力は天地の賜物であるが、同時に天地によって抑制されている。人間たちの動きは、精神と肉体、意思
と重力とのつりあいの結果である。心は悪魔と天使の間でバランスを取っている。
気は、無から有を生じさせ、万物に無常の変化を起こさせる。
2.7. 2011/
2011/04/
04/25 25 何と結べば自分
べば自分になるか
自分になるか!(
になるか!(天地
!(天地に
天地に合する合気道
する合気道で
合気道で捜せ)
私の体も、またすべての物質は原子でつくられている。
原子は、中心に原子核を持ち、その周囲をいくつかの電子が回っているといいます。
まあ、わたしに例えれば原子核はこの肉体で、気(精神でもいいのだが)は電子といってもいいだろう。その原子に相
当する個は外の他の因子と結びついて自分になったり、家族などあるグループを構成したりする。
ここでは、人間としての自己に関して言えば、自分というものは、外界のあるものと結合して自分になるということです
。
自然の一部である自己は自然を完全には理解できない。なぜならば自己は自然の一部であるからだ。
しかし、外界と結合するあるものが、多ければ多いほど自然をより理解出来るようになる。
それでも自然(宇宙・神)の一部には変わりはない。人間も含めて自然のうちの何かと結合することによって、違う自
分が現れる。
ある本を読んでいたら、そのような文章に出会った。
(「怒りの葡萄」スタインベック著 大久保康雄訳 新潮社)
「あるとき、やつは自分の魂をさがしに野原へ出かけたんだそうだ。そして、自分だけの魂なんてものはないということ
に気がついたんだそうだ。ただ自分は偉大な魂の一部分をもっているだけだってことがわかったんだそうだ。野原なん
てものは、なんの役にも立たねえ。なぜって、やつの持ってる魂の一かけらは、残りの一かけら一かけらといっしょにな
り、全体のものとなるんでなけりゃ役に立たねえから、というわけだで。・・」
2.8. 2011/
2011/04/
04/20 20 自然をどう
自然をどう切
をどう切り取るか!(
るか!(天地
!(天地の
天地の心、地球は
地球は浮いている)
いている)
人生観の違いは、ものごと、社会、自然等をどのように理解把握しているか、により出てくる。合気道もそうであるが。
特に自然の法則を発見しどう捉えるか、による。
その理解把握の程度により合気道に違いが出る。しかし、不変共通のものもある。それは人間の本能、究極は種の
保存の故か!?相手(世界)を思うままにしたいという欲求、それに肉体を運ぶ筋肉の力・・・有形無形の力であります
。
力に変わるものは・・・理性をもって、他を理解し、相手(世界、自然)をおもいやり、働きかけ、共に成長し、自己との
調和、均衡をとりつづけること、精神です。
自分が生き残る力も、まかれる長いもの(社会、自然)が衰退しては、発揮できるかどうか・・・?
地球は浮いている!宇宙空間に浮いている!消滅しないで存在している。いずれ死ぬであろうとも、直ちに消滅し
ない。人間も・・・。
2.9. 2011/
2011/04/
04/19 19 人間がする
人間がする合気道
がする合気道(
合気道(人間は
人間は自分の
自分の成し遂げたものの彼方
げたものの彼方に
彼方に立ち現れる)
れる)
-9-
今日は、人間がする合気道について、ある作家の本から引用しよう。
「人間がする合気道」の人間とは?どういう人間であるかということであります。
(合気道で)自分の思考の枠を踏み越え、自分のなしとげたものの彼方にたちあらわれた人間としての自分の合気道
を見てみたいものだ。
*
人間とは・・
「怒りの葡萄」スタインベック著 大久保康雄訳 新潮社より
原因は、もっと深いところにあり、そして簡単なことだ・・・原因は百万倍にふえた一人の胃の腑のなかの飢え、百万
倍にふえた一個の精神のなかの飢え、よろこびと、いくらかの保証に対する飢え、百万倍にふえた、成長し、働き、創
造したいと熱望する筋肉と心なのだ。最後の明白にして決定的な人間の機能・・・働きたくてうずく筋肉、ただ一個人の
要求以上のものを創り出そうとしてうずく心・・・これが人間なのだ。壁をつくり、家を立て、ダムを建設し、そして壁とダ
ムのなかに人間自身をそそぎこむこと、そして壁と家とダムの力を人間自身とり入れること、その建設から、たくましい筋
肉をかちとり、その構想から明確な線と形とを引き出すこと、人間とは、そういうものなのだ。
なぜなら人間は、宇宙におけるさまざまな組織体のどれともちがって自己の創造したものを乗り越え、自分の思考の
枠を踏みこえ、自分のなしとげたものの彼方に立ちあらわれるものであるからだ。
人間については、こういうことがいえるかもしれない・・・学説が変わり、そして崩壊するときにも、学派や思想、それか
らまた、国民的宗教的経済的思想の狭く暗い横道が生長しては解体するときにも、人間は痛ましく、時には誤りをおか
しながらも足をのばして、つまずきながら前進する。一歩前に踏み出して、あるいはすべって後ずさりするかもしれない
が、しかし、それは、ほんの半歩だけで、けっして完全に一歩後退することはないのだ。これはたしかなことだし、だれ
でもそのことは身にしみて知っているはずである。
*参考
自分で自分を可哀そうがっている。
「怒りの葡萄」スタインベック著 大久保康雄訳 新潮社より
「そりゃ、口でいうのはやさしいさ。だが、いざやるとなると、そう簡単にゃいかねえよ・・・片目の男にはな」
トムは彼のほうを向いた。「なあ、いいかい、おまえさん。おまえさんは、なるほど穴のあいた目を持っている。おまえさ
んは汚ねえし、そして臭い。だけど、おまえさんは、それを自分から進んでやってるんだ。好きなんだよ。自分で自分を
可哀そうがってるんだ。もちろんその穴ぼこ眼(まなこ)でうろついたんじゃ、女はつかめねえさ、なにかをそこえかぶせ
て、顔を洗いなよ。だれにしろ鉄棒でなぐることなんかねえやな」
「実際のところ、片目の男ってものは、つらいことがあるんだぜ」男は言った。「ほかの連中がやるようには、なにごともで
きねえ。ものが、どれくらい遠くにあるかわからねえんだ。なんでも、ただ平たく見えるだけなんだ」
トムは言った。「おまえさんはごまかしているだよ。そうだ、おれは以前、片足の淫売を知ってた。その女は横町でニ
十五セントしか稼げなかったとでも思うかい?とんでもねえ!あべこべに半ドルだけ割増しをとってたぜ。こういうんだ、
『あんた、片足の女と寝たことあって?ないでしょう?』そしていうんだ。『いいわよ』とね。『あんたはここで特製品と寝る
のよ。だからあんた、半ドルよけいに払わなきゃだめよ』それで結構、やつは客をとるんだ。そして男のほうは、とてもい
いことをしたという気になって出てくるだ。・・・略・・・ところがおまえさんは、たった片目をなくしただけじゃねえか」
2.10.
10. 2011/
2011/04/
04/18 18 対立的相手の
対立的相手の存在の
存在の力に感謝!(
感謝!(北風
!(北風と
北風と太陽)
太陽)
最近の私は内奥からあふれ出るエネルギーに乏しい。日常生活にしろ、合気道にしろぬるま湯につかってるようで、
我ながらキッと目が見開かず情けない。
この状態は、北風と太陽の話で、我に対して冷たい北風も吹かず暑い太陽の光も注ぎ込んでいない状態である。つ
まり北風の寒さにコートの襟をたてなくとも良いし暑さにコートを脱がなくても良い、何もしなくて良い状態なのである。
自ら課題を見つけて行動できない今となっては、七難八苦を我に与えて自らの行動を引き出す他に無い。相手の対
立的気配が己に気を出させるのである。
対立的相手の存在の力に感謝!
2011/04/18 人類の共感と争い
・・・人類の潜在意識の底流に、人類共通の共感があるのか?・・と信じるに足る根拠を捜してきた。
それは、ある!人類の潜在意識に共通に流れているもの、人類共通の共感、それにそれと反対の争いの本能をも、
有している。
137億年前宇宙の誕生(ビッグバン)、46億年前地球の誕生、そして 700万年前人類が誕生した。なんと宇宙誕生に比
べれば、つい最近のことだ。赤の他人になりつつあるとはいえ、人類はまだまだ皆兄弟・・・同根なのだ。
同じ感情を持ち合わせていることも不思議ではない。同根のDNAは似ているのです。違っていてもたいした違いでは
ない。
- 10 -
また人類は分化して赤の他人になりつつあるのも事実である。そこには種の保存本能としての争いもある。共感と争
いの狭間で人類は生きている。
人類は違いもあるが皆似ていてもおかしくはない。
2.11.
11. 2011/
2011/04/
04/18 18 合気道は
合気道は無刀流(
無刀流(剣を振っても、
っても、腹内振りの
腹内振りの有無
りの有無でも
有無でも)
でも)
合気道は、徒手のみでなく剣も振ります。その剣は、実際に手に持って振っても、所持しないで丹田で振っても、合
気道です。
心を以って心を打ち「心の外に刀なし」として、無刀流という流儀があります。剣を持って対峙しても心で相手の心を戒
める、とわたしは解釈しますが、現代では、腹内に剣を納め、剣を使わない流儀も無刀流に含め、武器としての剣は持
たない、使用しないという平和主義に徹した無刀流でもありたいものです。
*名 称:一刀正傳無刀流 公式HPより
代 表:井﨑 武廣
http://www.mutoryu.jp/yurai.html
組太刀は凡そ四百年前、一刀流元師伊藤一刀斎景久先生が天地自然の道理に適ったものを「述而不作、信而好古
」として五十本を選び、五本十組とし、一刀即ち萬刀を形に表わして後世にお遺しになったものです。
當一刀流組太刀は旧幕府御師範の小野次郎右衛門家に代々正しく傳えられ、明治十八年三月に開祖山岡鉄舟先
生は九代目小野次郎右衛門忠政(業雄)先生の嫡傳を承け、従来の無刀流に「一刀正傳」の四文字を冠し、「一刀正
傳無刀流組太刀」として定められました。
その後歴代の先生方によって今日まで、蝋燭の火を次々と移す様に寸分違わず傳えられているものです。
剣の道は人の道であって二つなく、心を正し身を修める事を本分とします。技は我が体をすべて敵に任せて好む所
を打たせ、捨身を正体として自我を無くし、迷いや曇りのない明鏡の心を以って、時々刻々敵の心と技とを映し取り、
千変万化に応ずるもので、心を以って心を打ち「心の外に刀なし」として、無刀流と名付けられました。
*
述而不作、信而好古
論語学朋塾・みちしるべの会
http://powbig.com/kaisetu7.html
[白文]1.子曰、述而不作、信而好古、窃比我於老彭。
子曰く、述べて作らず、信じて古(いにしえ)を好む。窃か(ひそか)に我を老彭(ろうほう)に比す。
先生(孔子)が言われた。『陳述するだけで新たに制作しない、古代の教えを信じてそれを好んでいる。そんな自分を
密かに老彭になぞらえているのだ。』
[解説]晩年の孔子の基本的な学問への態度を示した部分であり、『学問の教えを述べる(教える)』ことに徹して、『礼
制や祭祀を新たに作る』ことからは手を引いているということである。孔子は古代の周王朝の政治体制や礼制を尊重し
ておりそれを好んでいたのだが、『新たに礼楽を作る』ということは実際的な政治を実施するということである。しかし、こ
の言葉を述べた時期の孔子は政治の一線からは身を退いて、門弟たちの教育に情熱を傾けており、そんな自分を理
想的な賢人である『老彭』になぞらえているのである。老彭が何ものなのかについては確定していないが、一説には周
の前の『殷の時代』に朝廷に仕えた名宰相(賢哲)・彭祖(ほうそ)のことであるという。
2.12.
12. 2011/
2011/04/
04/17 17 気は自由!
自由!相手の
相手の個体は
個体は今の現実(
現実(自己の
自己の活動は
活動は次の現実)
現実)
2011/04/14 合気道の気は無秩序無法の自由(軽い気を臍下丹田化)・・・を受けて!
つまり、各人の日常、各人の仕事、あるいは専門の分野における可能性を探るためには、“ 現実離れした ”考え方を
する時間を取ることを薦めます。
今、その可能性を妨げているような制限が取り払われたら、あなたは何をしたいでしょうか?その可能性を妨げている
制限に気を奪われずに、それから自由にならなければ、今の現実から一歩も前には進めません。
その自由の中から、今の現実を改革した次の現実が現れるのです。
合気道の場合、気は自由!相手の個体は今の現実、自己の活動は次の現実です。相手の存在に拘束されず、しか
もその存在と調和できたもの、天地の営みと調和できたものが自己の肉体に降り、丹田に積み重ねられるのであります
- 11 -
。
合気道の稽古直前はいつも、新しい世界の入り口に立っています。
2.13.
13. 2011/
2011/04/
04/14 14 合気道の
合気道の気は無秩序無法の
無秩序無法の自由(
自由(軽い気を臍下丹田化)
臍下丹田化)
氣、気は軽い。天上に駆け上がろうとし留まることをしない。それに反して肉体は地上に留まろうとし、また重力に拘
束されている。
重い気は表面化しさらに肉体深く沈みこみ臍下丹田に収められる。重い宇宙の氣は物化し、なお重いものは地中深
く埋没しその中心たらんとする。
軽いものは動きやすく変化しやすい。重いものは動きが鈍く変化しにくい。精神は天に駆け上がろうとし、肉体は地
に拘束され地を這う。不調和の極みである。しかし、軽い気も重くなり現出することもある。重いものも気化して雲散霧
消することもある。
精神の変遷は統合への過程とも言える。
統合はそれらを秩序化し規律化することである。精神を統合しなければ肉体は方向性を失い十分な活動が出来ない
。
内面、精神の自由の極致は無秩序と無法です。
人間社会での自由は責任が伴うが、それは人間社会が社会化、規律化しているからである。
個人に限れば無秩序、無法の自由を統合していくのが人間であります。それがその人間を形成し胆力、丹田を養う
ことになります。始まりは無秩序無法の自由なのです。
合気道の稽古も、慣習、先入観を取っ払って自由に気を放つことを、忘れてはなりません。自由に気を出すことを恐れ
てはいけない!己に必要なものは、肉体を通って腑に落ちていきます・・・上、中、下丹田と・・・。
気の働きが鈍く迷っていると、他の気に追い詰められることになる。そうなると間合いを詰められ身動きが取れなくなり
ます。
合気道は舞楽道、健康道、生命の金殿玉楼を造るものであり、活力の源泉を養成する。必要に応じて如何なる方面
にも無限の変化を為し、機に臨み変に応じ得る迫力も備わる・・というようなことを、合気会の財団法人認可申請書に
故二代目道主植芝吉祥丸が記載、と小林保雄師範が述べています。・・・気の自由はそれに通じるための所以であり
ます。
2.14.
14. 2011/
2011/04/
04/13 13 逆半身片手取り
逆半身片手取り呼吸投げ
呼吸投げ・内回転(
内回転(芯を極小回転させる
極小回転させる場合
させる場合)
場合)
相手に手を待たせたときには、既に入り身、前後運動をしている。
相手がこちらの手を掴むという一動作中に、入り身、前後運動の動作を済ませているのである。
したがってそれまでに、当身を入れることに囚われると合わせが遅れることになる。
合わせを重視して内回転の呼吸投げをしようと思えば、ある動作は極小にするなどしてメリハリをつける工夫が必要と
なる。
更に言わせてもらえれば、事の前に既に気を巡らしていることであります。
当然、逆半身片手取り呼吸投げ・内回転には、呼吸力を使って大きく相手を動かす捌き方もある。これは「気」の精
神に対して肉体的物理的な要素が混入してくる。
2.15.
15. 2011/
2011/04/
04/11 11 合気道は
合気道は舞楽道健康道(
舞楽道健康道(生命の
生命の金殿玉楼、
金殿玉楼、活動力の
活動力の源泉)
源泉)
合気道小林道場新聞(H23年4月第48号)の中で道場長小林保雄師範が述べていました。
以下要約すると・・・、
昭和20年8月15日の終戦より昭和28年までの武道禁止令をきっかけに、戦前の「財団法人 皇武会」が現在の「財団
法人 合気会」に組織改革された。その認可を受けるために故植芝吉祥丸先生が文部省に申請した合気道理念とは
・・・?
「合気道は一種の舞楽道と健康道とを兼ね備えた遊技ともなり、体育でもあり、生命の金殿玉楼を造るものであり、活
動力の源泉を養成するもので有ります。・・・又必要に応じては如何なる方面にも無限の変化を為し、機に臨み変に応
じ得る迫力も備わり気魄の力は自然に蓄えられ・・・均衡のとれた心身ともなり、柔順、強剛、叡智、至誠の四徳を得る
妙術であります。・・・」
以上ですが、
その時の他の武道の理念も知りたいところです。
- 12 -
その頃を境に「・・道」と改名されたのかもしれないと思って調べたら、もっと前に改称されていました。(下記参照)
(合気道については・・・昭和17年1942年戦中(植芝盛平開祖59歳)合気武道より合気道と呼称す。大いに「道」の発
展をはかる。・・・と本部道場講習会テキスト資料に掲載されている。)
*
国語辞書の検索結果 - 大辞泉(JapanKnowledge)全1件
1.きんでん‐ぎょくろう【金殿玉楼】
金や宝玉で飾った宮殿。非常に美しくてりっぱな建物。
*
ウィキペディア百科事典
大日本武徳会(だいにっぽんぶとくかい、大日本武德會)は、戦前の日本で、武術・武道の振興・教育・顕彰を目的と
して設立された財団法人。1895年(明治28年)4月17日結成、1946年(昭和21年)10月31日解散。
第二次世界大戦中の1942年からは、武道関係組織を統制する政府の外郭団体となる。1946年、連合国軍最高司令
官総司令部指令により解散した。関係者の公職追放は1300余名に上った。
(歴史)・・・
以上のように、全国的な組織として発展した武徳会であるが、1942年に政府の外郭団体として再編される。
1938年、武道審議会の設置が帝国議会で承認され、それをうけて、翌1939年12月23日、厚生大臣の諮問機関「武道
振興委員会[2]」が設置、この委員会は武道を総合統制する団体の組織化や政府内部に武道関連部署の設置等を政
府側に答申。昭和16年(1941年)5月には厚生省体力局武道課が新設される。同年12月22日、太平洋戦争開戦。同年
12月、同じく厚生大臣諮問機関の「国民体力審議会[3]」は、新設する武道団体は政府の外郭団体として厚生省・文
部省・陸軍省・海軍省・内務省の5省共管によるものとし、既存の武徳会を包含する形で新たな武道団体に改組・帰一
させる旨を答申。これを受けて1942年3月21日、既存の武徳会を改組、会長に東條英機内閣総理大臣、副会長に厚
生・文部・陸軍・海軍・内務の各大臣と学識経験者1名をそれぞれ招き、理事長に民間人、各支部長には各地の知事
をあて、本部は京都の武徳殿から東京の厚生省内に移転、こうして政府5省が共管する政府の外郭団体として新たな
大日本武徳会が発足する。
政府の外郭団体となった武徳会は、大日本学徒体育振興会・講道館・日本古武道振興会・大日本剣道会などを包摂
組織とし、統制をおこなった。また、武徳会は、銃剣道・射撃道・剣道・柔道などの各部会を設け、各武道の振興にも
寄与した。
1945年の第二次世界大戦の敗北後、武徳会は、全国の武道組織を統制する政府の外郭団体から、民間団体へと組
織を改編し、人員も刷新された。また、各武道組織の統制も消滅した。
しかし、設立当初から旧内務省との密接な結びつきをもっていたため、連合国軍最高司令官総司令部から解散を命じ
られ、1946年10月31日に解散した。また、1947年の公職追放では、武徳会に関わった人物も対象となり、約1300名が
公職から追放されることとなった。
*
(・・術から・・道に改称)
ウィキペディア百科事典
武道、剣道、弓道の名称統一 [編集]1919年大日本武徳会は「剣術」「撃剣」などの名称を「剣道」に統一。またこのこ
ろ、弓術を弓道と改称、柔術を柔道と改称。
2.16.
16. 2011/
2011/04/
04/05 05 過去からのもの
過去からのもの、
からのもの、一系(
一系(出会ったことのない
出会ったことのない新
ったことのない新しさ・
しさ・未知&
未知&共感)
共感)
過去に創造されたもので現在でも残っているものには、残るための何があるのだろうか?何故忘れ去られないのであ
ろうか?
まず現在でも人々に親しまれているもの、我々の周りにある過去のものには、芸術、音楽、文学、哲学、歴史、骨董
品・・・など。
残る理由にもいろいろあるだろう。
歴史的重要性、技能、考え方などを含めて温故知新、不変の感動、人物、作品への興味、知の欲求・・・。
懐古、過去を知る、現在でも必要とする、・・過去と現在をつないでいるものは何か?
芸術の中でも、絵画の鑑賞は我々との間に、現代人の編集、編曲などが入らず直接的であるという。その意味で現在
でも鑑賞されている名画には、一体何が描かれているというのだろう。絵画を趣味とする人々にのみ鑑賞されているわ
けではないだろうに。
また、文学はどうだ?翻訳ものでない限り直接に我々と対峙することができる。なぜ読まれ続けられるのだろうか?感
動を得られるからだろうか?
- 13 -
感動、知の欲求、現在にも活きる先人の智恵、現代の源となったものへの探求・・・・好きなもの、未来に繋がるもの、高
めるもの・・・。
・・・過去からのものに目を留めるには、好み、感動、知の欲求などよりも、まず、興味こそ人をひきつける。そこには自
分が出会ったことのない新しさの予感が感じられるのだ。そこに出会ったことのない新しさがあるからではないか!
何か価値あるものを創造構築する人は高度な技能、意欲、根気などを必要とする。もの事ををただ批判し、壊すことは
あまりにも単純すぎる。ただ、そうすることは本人にとって必要としない事なのだろう。
興味をかきたてるもの事には、出会ったことのない新しさが秘められている。
新しさは破壊の気持からは生まれない。また共感があれば破壊しない。
将来も必要な合気道であり続けるには、未知を求めて進化していかなければならない。それに共感を得るものも備え
ていたいものだ。繋がるために・・!
2.17.
17. 2011/
2011/04/
04/01 ?
01 ?正
?正しい合気道
しい合気道とは
合気道とは(
とは(神の近くへ?)
くへ?)
正しい生き方?それは誰が決めるのか?自分か?他人か?社会か?神か?一般的には、人は社会道徳に従いつ
つ、時には神の方を向いて祈ります。もっとも信者はいつも神に向って祈っていますが・・・。
私たちは安心を得るために神に祈ります。
神に仕えたり、神に向って祈る者は、その寵愛を受けて神の加護を得られることを信じ安心、喜びを得られるからだろ
う。なんと言っても、我々を死に至らしめるのは神(自然)である。
その神に近づき、神の方向を向ってて生きる。
神の法、摂理に従って生きれば間違いない。なんと言っても神は絶対者で、現世は神の意思によって動かされている
のだから・・・。結局は神の意のままにしてしまう。
神に抵抗し服従しない者は、いつ神の罰を受けるかと、苦しい道を歩み
懐疑、不安、苦、絶望に襲われ不幸な道を歩む・・・と言われている。
それはそうだろう、絶対者に抵抗すれば、その反動で弾圧もそれに比例してひどく感じることになる。
では、神にも頼らず抵抗もしない、つまり自分の道を歩む者(広くは神の加護にあると思えるが)は・・・?
信じるものは自分自身のみ・・になります。
それは、自分の生き方と自然(神)の法則、社会の法則、人の法則の調和バランスを計り生きざるを得ないことになりま
す。つまり調和は、自分の身はひとつでありますので四方八方に気を配り自分を最も活かす周囲のエネルギーを取捨
選択し、堂々と自分を生きることにつながるのです。
そこには不安、苦もあるがそれらを喜び、充足感に変える力も秘められています。それに何よりも自由がある。
最期の審判を恐れ神に絶対服従するか?しかしそれは神に対しての偽りで罪になるに違いない。それとも偽りでも
神へ近づくか?それは自分の一部は天国へはいけるだろうが自分の他の大切なものは地獄に落ちるかもしれません
。
天と地に引き裂かれ、魂はいつまでも成仏できないでしょう。
さあ、合気道では、何が正しい合気道なのでしょうか?
*
[ 大辞泉 提供: JapanKnowledge ]
さいご‐の‐しんぱん【最後の審判】
キリスト教の教義上の、世界の終末における人類の罪に対する神の審判。キリストが再臨して死者も生者も裁かれ、天
国と地獄とに所属が分けられる。絵画ではミケランジェロのシスティナ礼拝堂壁画が名高い。公審判。
2.18.
18. 2011/
2011/03/
03/24 24 現実化させる
現実化させる意思能力
させる意思能力・
意思能力・気(物理的因果関係と
物理的因果関係と精神的因果関係)
精神的因果関係)
環境意思とでも言おうか!ある結果をひき起こすその原因は、意思だそうだ。その意思には個人の意思ばかりでは
ない。他人の意思、自然の意思、社会の意思・・・つまりその結果を被った個人を取り巻く全体的な意思であろうか!
しかし良く考えてみると、眼前の世界は自分が選んで現れている結果だという面もあるのだから、考え方の程度の差
はあれ個人の意思が原因であることは免れない。
結果とは?・・今回、3/11起こった東日本巨大地震による大被害はどうなのか?!と言いたい。これも個人の意思が
ひき起こしたのか!と詰め寄りたくなる。
結果とは?・・・因果関係の結果とは・・・物理的結果の原因は物理的原因、個人の幸不幸、精神的な結果に対応す
る原因は個人の意思と、思っていいのではないか。物理的因果関係と精神的な因果関係を混同すると複雑になる。天
地から分離してしまった個としては、天地の創造主である神ではないのだから、天地の理、意思はかけ離れた外界の
ことになる。
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問題はその個の意思の及ばない外界の変化に対応していかなければならない我々の精神、意思だろう。その変化
の兆しに気づくことができずにいきなり被ったときに、いかに受身にならずにその持っている能力・意思を働かすことが
できるか!ということでしょう。
対立(不幸)を和(幸)に現実化させる意思能力・気、エネルギーを培うことが合気道であります。
2011/03/25
物理的、精神的といえば・・・外界的、内奥的と言いますか、世界を外界が主となるか、内奥が主となるかで見え方が
違ってくる。
つまり外界が主のときは受身消極守勢的なり、内奥が主のときは前向き積極能動攻撃的になる。
対象の世界に対して受けにたってしまうか、能動的に働きかけるか、それによって世界は与えられた世界か、自分の
世界になるかである。
受け身に立てる場合は受け入れる度量があるともいえる。受け入れたり能動的に働きかけたり・・・は、その都度思い
出したように心がけるのではなく同時双方向的に・・が理想だ。
合気道は勇・愛をもって前進していくことが基本であります。
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