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「エミリーへ の薔薇」 を楽しむ 管そして、 読者 「宙吊り」 の
明治 大 学教 養 論集 通巻 四 二九号 (二 〇 〇 八 ・ 一) 一⊥ 二三 頁 そ し て 、 読 者 ﹁宙 吊 り ﹂ の 表 現 技 法 1 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ を 楽 し む ー は じ め に 池 内 正 直 W ・フ ォ ー ク ナ ー の 作 品 は 難 解 な た め 、 今 日 そ れ を 愛 読 す る 人 は 必 ず し も 多 く な い。 だ が 、 教 室 や ゼ ミ で 、 そ の短 編 集 の 翻 訳 な ど を 丁 寧 に 読 ん で み る と 、 今 日 の青 年 た ち も 、 と き に は 驚 く ほ ど 面 白 く ま た 示 唆 す る と こ ろ の 多 い読 み を 示 す こと が あ る 。 そ ん な と き 、 ︿フ ォ ー ク ナ ー の作 品 も 、 読 み 方 に よ って は そ う 遠 い 存 在 で は な い の か も し れ な い と ﹀、 思 わ れ てく る の であ る。 本 稿 で は 、 特 に文 学 部 に 属 し て い る わ け で は な い 一般 学 生 と か 、 文 学 に あ ま り 縁 の な い社 会 人 で も 、 フ ォ ー ク ナ ー を も う 少 し 身 近 に親 し む こ と が で き れ ば と い う 思 い か ら 、 こ の作 家 の 作 品 を 読 む 面 白 さ に つ い て論 述 し て み た い 。.す な わ ち 、 日 常 の 生 活 の 場 面 で 、 ご く 普 通 の 読 書 を し て い る 人 々を 念 頭 に 置 い て、 フ ォ ー ク ナ ー を 楽 し む た め の 一つ の 手 が か り 、 あ る い は 補 助 と な る よ う な 読 み を 試 し て み た い。 そ の た め 、 ま ず こ の 作 家 の も っと も ポ ピ ュラ ー な 作 品 ﹁エ ミ リ ー 一 明治 大 学教 養 論 集 通 巻 四 二九 号 (二〇 〇 八 ・ 一) へ の薔 薇 ﹂ を 取 り 上 げ る こ と に す る 。 二 本 稿 のも う 一 つ の 目 的 は 、 こ の 作 家 の表 現 の特 色 の 一 ・ つ で あ って、 そ れ が ま た 現 代 文 学 に よ く 見 ら れ る 特 色 で も あ る 、 読 者 の 興 味 を ﹁宙 吊 り ﹂ の ま ま 放 置 す る よ う な 、 ﹁言 い落 と し ﹂ の 箇 所 に つ い て、 特 に 考 察 を 進 め て み た い。 そ し て 、 そ の ﹁言 い落 と し ﹂ に よ る 空 白 の箇 所 に つ い て 、 読 者 側 か ら の ﹁補 完 ﹂ の試 み の 例 を 示 し た い 。 そ こ で ま ず 、 作 品 の世 界 に 入 る 前 に 、 作 品 を め ぐ る 前 提 の 知 識 や 概 観 の記 述 か ら 取 り か か る こ と に す る 。 続 い て 作 品 の読 み 処 や 、 ﹁言 い落 と し ﹂ の箇 所 の意 味 を 検 討 し 、 さ ら に は 補 完 の 意 味 や楽 し み に つ い て 述 べ て い き た い。 作 品 の概観 (一) 本 作 品 の セ ー ル スポ イ ソ ト ー、 フ ォ ー ク ナ ー の 短 編 小 説 で 最 も 有 名 な 作 品 。 二 、 短 く て、 読 み や す く 、 分 り や す い (新 潮 文 庫 版 で 二 〇 ペ ー ジ )。 三 、 フ ォ ー ク ナ ー の 南 部 の 風 土 や 人 物 像 、 そ し て 言 語 表 現 の 典 型 に出 会 え る 。 四 、 ﹁結 末 は 、 ア メ リ カ 文 学 史 上 最 大 の サ プ ラ イ ズ の 一つ (パ リ ニ、 一六 六 )﹂。 五 、 (担 当 ゼ ミ の 女 子 学 生 の 感 想 を そ の ま ま 借 り る と )、 ﹁エ ミ リ ー さ ん は 痛 々 し く ﹂、 ﹁た だ 可 哀 想 と 言 う だ け で は 済 ま せ ら れ な い ほ ど 切 な く て ﹂、 そ の孤 独 は 、 読 ん で い て ﹁一人 で 泣 き た く な る ほ ど 哀 し い﹂。 六 、 ま た 、 (同 男 子 学 生 の 感 想 か ら )、 ﹁家 が 没 落 さ え し な け れ ば 、 エ ミ リ ー も こ ん な 風 な 人 間 に は な ら な か った ろ う に﹂、 ﹁ヘ ン な 悲 し い女 の 人 に 、 薔 薇 で も あ げ な け れ ば 、 か わ い そ う と 言 った 作 者 に 妙 に感 心 し た ﹂。 (二) 出 版 年 月 ・掲 載 誌 (三 ) 作 品 の 執 筆 時 期 一九 三 〇 年 四 月 、 ﹃フ ォ ー ラ ム ﹄ 誌 ( 一九 二 九 年 夏 、 エ ス テ ル と の 新 婚 旅 行 か ら 帰 宅 し て早 速 執 筆 に か か る (二 人 は 新 婚 旅 行 中 に 一家 の 反 対 に も か か わ ら ず 結 婚 に 踏 を も と に し て い る と い う 。 フ ォ ー ク ナ ー に と って、 初 め て全 国 誌 に受 け 入 れ ら れ た 作 品 で 題 材 は 、 実 際 に 作 家 の 故 郷 の 町 に あ った 出 来 事 - も 、 い さ か い が あ った よ う だ )。 エ (四 ) 執 筆 を 巡 る 諸 事 情 み 切 った 女 性 の 話 1 作 品 のあ らす じ あ り 、 以 後 一層 創 作 に没 頭 す る よ う に な る 。 新 婚 早 々 の妻 を 放 置 し が ち に な り 、 両 者 の仲 は い よ い よ 険 悪 化 し た 。 二 ニー 一 登 場 人 物 (同 じ 町 に 住 む 男 性 、 名 前 は な い ) 一軍 ︰ エ ミ リ ー ・グ リ ア ソ ン (没 落 旧 家 の 一人 娘 )、 彼 女 の 父 、 ホ ー マ ー ・バ ロ ン (舗 装 道 路 工 事 の 現 場 監 督 )、 代 々 の町会 議 員 、 語 り 手 一軍 半 ︰町 の 人 々 、 ス テ ィ ー ブ ン ス 町 長 、 薬 屋 と 店 員 、 バ プ テ ィ ス ト 派 の 牧 師 、 召 使 の ト ー ビ ー (元 町 長 )、 エ ミ リ ー の 従 姉 妹 た ち 、 道 路 工 夫 た ち 、 町 の 子 供 ら b 二 軍 Hサ ー ト リ ス 大 佐 め テ キ ス ト に 従 って つ ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ の 展 開 ー 語 り 手 に よ 一ー 一 二 の 二一 二ー 一 物 語 中 の 時 間 区 分 に つ い て て 話 が 進 三 作 品 は 、 長 短 が 一定 し な い (1 ) か ら (V ) ま で の 五 セ ク シ ョ ン (節 ) に 分 か れ 、 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ を 楽 し む 人 明治 大学 教 養 論 集 通巻 四 二九号 ( 二〇 〇 八 ・一) 四 れ て いく 。 物 語 を 語 る 人 物 の 名 前 は 述 べら れ て は い な い が 、 町 の人 々 の 思 い を 代 表 す る 人 と 言 って よ い 。 こ の 作 品 を 読 む 際 に い さ さ か 難 し く 思 わ れ る の は 、 物 語 が 時 間 の 流 れ の通 り に単 純 に は 進 ん で い な い こ と で あ る 。 あ る 事 件 の物 語 か ら 、 そ れ に よ って 連 想 さ れ た 別 の 事 件 や 噂 話 へと 、 語 り 手 の 意 識 の赴 く ま ま に 物 語 ら れ て い く の で あ る 。 こ れ は 、 こ の 時 期 の フ ォ ー ク ナ ー の 代 表 作 ﹃響 き と 怒 り ﹂ 三 九 二 九 ) な ど に も 見 ら れ る 、 語 り 手 の ﹁意 識 の流 れ ﹂ の ま ま に 語 り 進 め る 手 法 で あ る 。 以 下 1 ∼ V の各 節 (セ ク シ ョ ン) の 概 略 を 記 そ う 。 な お 語 ら れ る 主 な 出 来 事 を 、 時 間 の 流 れ に 沿 って整 理 し 理 解 を 助 け る た め に 、 時 間 帯 の 目 印 と し て 、 以 下 の 文 中 に便 宜 的 に 、 ﹁過 去 ﹂、 ﹁中 過 去 ﹂、 ﹁大 過 去 ﹂ と 、 カ ッ コ内 に 記 し て お き た い。 そ の際 、 冒 頭 の 物 語 が 始 ま る 時 点 を ﹁現 在 ﹂ と す る 。 な お 必 要 に応 じ て 、 そ れ ぞ れ の 時 間 帯 の な か で 、 さ ら に 大 ま か に そ の ︿(も っと も ﹁現 在 ﹂ の 側 に 接 近 し た ) 後 期 ﹀、 ︿中 期 ﹀、 ︿(も っと も 古 い 時 間 の 側 に 寄 った ) 前 期 ﹀ と 、 補 足 的 な ラ ベ ル を 付 し た い。 な お 、 そ れ ぞ れ の お よ そ ︹ 以 下 時 間 帯 と い う 記 述 を 省 略 ︺)﹂ ー エミ リ ー の死 去 と 町 民 の 屋 敷 訪 問 (こ の時 期 の後 期 、 前 の ﹁時 間 帯 ﹂ と 、 そ の ﹁時 間 帯 ﹂ の な か で 語 ら れ る 主 な 出 来 事 を あ ら か じ め 示 す と 、 次 の よ う に な る 。 ﹁現 在 (の時 間 帯 ﹁過 去 ﹂ ー エミ リ ー が 死 去 す る 一〇 年 前 、 町 の 議 員 た ち の エミ リ ー 家 訪 問 ﹁中 過 去 ﹂ ー 右 の ﹁過 去 ﹂ の 時 間 帯 の 前 三 〇 年 間 ほ ど の 期 間 、 彼 女 が 閉 じ こ も り に な る 時 期 期 に 主 要 な 出 来 事 の 一部 が 起 こ る ) ﹁大 過 去 ﹂ ー ﹁ 中 過 去 ﹂ 以 前 の 二 年 間 余 り 、 エ ミ リ ー の 父 親 が 死 去 し ホ ー マ ー と 出 会 った 月 日 ( 後 期、中 期、前 期 に主 要 な 出 来 事 の 一部 が 起 こ る ) 二一 ニー 二 作 品 の 各 セ ク シ ョン ︹(1 )∼ ( V )︺ の 概 要 ( こ こ で は 、 テ キ ス ト の セ ク シ ョ ン (1 )∼ (V ) の そ れ ぞ れ の箇 所 で語 ら れ て い る こと の要 点 を 、 そ の ま ま 記 す 。 す な わ ち 、 前 述 の と お り 、 物 語 は 語 り 手 の 意 識 の流 れ る ま ま に 語 ら れ る の で、 時 間 の 面 で は 未 整 理 の ま ま で あ り 、 読 者 は 少 エミ リ ー が 死 亡 。 享 年 七 四 。 全 町 民 が 一〇 年 間 誰 も 訪 れ た こ と の な い家 に 向 か う ︹ 現 在 ︺。 彼 女 は 、 サ ー ト リ な か ら ず混 乱 さ せ ら れ る。 (1 ) ス 大 佐 ・町 長 が 納 税 を 免 除 し た 一八 九 四 年 以 来 の ︹ 中 過 去 ︺、 町 の 文 化 財 的 な 人 物 。 だ が 一〇 年 前 に は 、 新 世 代 町 民 の 代 表 が 納 税 を 求 め て、 こ の邸 宅 を 訪 問 し た こと が あ る 。 し か し 、 彼 女 の言 う 納 税 義 務 免 責 論 を 論 破 で き ず 退 邸 し た ︹ 過 去 ︺。 (H ) 右 の 訪 問 と 失 敗 は 、 三 〇 年 前 に彼 ら の 父 親 た ち が 、 ﹁悪 臭 事 件 ﹂ で 同 様 に退 散 さ せ ら れ た こ と を 連 想 さ せ る 。 そ れ は 彼 女 の 父 親 の死 か ら 二 年 後 で 、 恋 人 の失 踪 か ら す ぐ あ と の こ と で あ った 。 住 民 が 異 臭 に 対 す る 不 平 を 申 し た て て も 、 町 長 た ち は 、 ﹁は て 、 そ な た は ま さ か 淑 女 の 面 前 で斯 様 な こ と を 伝 え よ と 申 す の か ﹂ と 言 う よ う な 時 代 で あ った 。 そ の夜 半 、 邸 に男 た ち が 忍 び 込 ん で石 灰 を 撒 く 。 ︹ 大 過 去 ・中 ∼ 後 期 ︺。 か つ て の 彼 女 のイ メ ー ジ は 、 ム チ を 片 手 に 玄 関 に 立 つ父 親 の背 後 で 好 ん で い る 箱 入 り 娘 だ った ︹ 大 過 去 ・前 期 ︺。 彼 女 が 三 〇 歳 を 過 ぎ る 頃 、 父 が 没 す る 。 町 の 女 性 が 弔 問 す る が 、 彼 女 は 父 親 の死 を 認 め な い。 牧 師 や 医 師 た ち が な だ め す か し て 三 日 後 に よ う や く 埋 葬 す る ︹ 大 過 去 .前 期 の後 半 ︺。 (皿 ) 父 親 の死 後 暫 く し て 彼 女 は 髪 を 短 く 切 って 姿 を 現 す 。 町 に 舗 装 工 事 が 始 ま り 、 エ ミ リ ー は 工 事 監 督 の ホ ー マー 五 とド ライ ブ を す る よ う に な る ︹ 大 過 去 ・中 期 初 め ︺。 そ の 様 子 を 見 る 町 の 人 々 の感 情 は 、 喜 び か ら 、 疑 問 、 懸 念 、 哀 れ み に と 変 る 。 彼 女 は 薬 屋 で砒 素 を 購 入 ︹ 大 過 去 ・中 期 、 中 期 半 ば ∼ 後 半 ︺。 ﹁エミ リ ー への薔薇 ﹂ を楽 しむ 明治大学教養 論集 通 巻 四 二九 号 (二〇 〇 八 ・ 一) が 彼 女 を ど う 見 て い る か と いう 視 点 を 織 り 込 み な が ら、 彼 自 身 が 彼 女 を ど ん な ふ う に見 た り 思 った り し てき た か を 物 語 ら れ な い意 外 性 に満 ち た女 性 の苛 烈 な 生 涯 の物 語 で あ る 。 そ れ を 、 彼 女 と 同 じ 町 で生 き て き た 無 名 の語 り 手 が 、 町 の人 々 化 し て言 え ば 、 恋 人 を 殺 し 、 そ の死 体 を 抱 い て寝 て いた 女 性 の物 語 であ る 。 古 今 の文 芸 作 品 のな か に も そ う ザ ラ に は 見 な お ま た 、 時 間 の 流 れ が ば ら ば ら で複 雑 に 入 り 組 み 、 いか にも 読 み 取 り 難 く 見 え る が 、 ス ト ー リ ー の骨 子 を ご く 単 純 る。 巧 み な 話 術 に乗 せ ら れ て 、 様 ざ ま の 出 来 事 の な か に織 り 込 ま れ な が ら終 局 の ビ ッグ .サ ブ ラ イ スに 向 か って いく の で あ ら エミ リ ー の行 状 や 町 と の関 り 、 そ し て彼 女 を 巡 る 町 の人 々 の噂 話 が 、 前 述 の ﹁各 セ ク シ ョン の概 要 ﹂ で示 し た よ う に 、 好 奇 心 か ら (1)﹂ 出 掛 け て行 く (こ の男 女 の思 考 法 の違 いを 鮮 明 に示 し た 表 現 の面 白 さ に つ い て は 後 述 す る )。 こ こ か て であ る 。 そ の葬 儀 に 町 中 の人 た ち が 、 男 た ち は エミ リ ー への ﹁敬 愛 の念 か ら、 女 た ち は ⋮ 邸 宅 の な か を 見 た いと いう 物 語 は いき な り エミ リ ー の屋 敷 と そ の死 の場 面 か ら 説 き 起 こ す と い う 、 ミ ス テ リ ー 小 説 にも 似 た 、 巧 妙 で大 胆 な 仕 立 横 た わ って い た。 そ の横 の枕 の上 に は 、 一本 の黒 灰 色 の 髪 の毛 が あ った ︹ 現 在 ︺。 の 二 階 の部 屋 を こじ 開 け る。 厚 く た ま った 埃 の下 に新 婚 の夜 の部 屋 と 装 い が 整 え ら れ てお り 、 新 床 の上 に は男 の遺 骸 が (V ) 二人 の 従 姉 妹 と 町 の人 々 に よ り 葬 儀 が 行 わ れ 、 エミ リ ー は 埋 葬 さ れ る。 そ の後 人 々 は 四 〇 年 間 閉 ざ さ れ た ま ま される ︹ 中 過 去 ・後 期 ︺。 時 は 去 り 、 星 は移 り 、 彼 女 は 黒 人 召 使 だ け に看 取 ら れ て死 ぬ ︹ 現 在 ︺。 の指導 をす る が ︹ 中 過 去 ・前 期 ︺、 次 世 代 の親 は 子 供 を 送 ら な く な り 、 彼 女 の屋 敷 の門 は 閉 ざ さ れ 、 町 と の 関 り も 閉 ざ を 見 せ た と き は 、 太 って髪 も 黒 灰 色 に変 わ って い た ︹ 大 過 去 ・後 期 ︺。 四 〇 歳 前 後 の数 年 間 は 子 供 た ち に陶 器 の絵 付 け を 求 め る 。 二人 は 結 婚 す る か に 見 え る ︹ 大 過 去 ・中 期 半 ば ∼ 後 半 ︺。 や が て ホ ー マー の姿 は 消 え る。 次 に エミ リ ー が 姿 (W) 結 婚 式 も 挙 げ ず に逢 引 き を す る 二人 に対 し て、 町 の婦 人 た ち は 牧 師 に忠 告 に赴 く よ う 依 頼 し た り 、 親 族 の来 町 ユ. ノ、 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ の 読 み 処 る と い った あ し ら い の 作 品 な の で あ る 。 三 (1 ) ー エミ リ ー と いう 人 物 ﹁ 大 過去 ﹂ か ら ﹁ 中 過去﹂ ま で エミ リ ー の生 涯 の主 な 出 来 事 時 間 の流 れ に 沿 っ て ー 三一 ー 三 一 一1 一 さ て 、 作 中 の 中 心 人 物 で あ る エ ミ リ ー の人 物 像 を 捉 え る た め に、 改 め て 筋 を た ど る の も 芸 が な い が 、 や は り 彼 女 が 若 か った ﹁大 過 去 ﹂ の頃 か ら 、 そ れ ぞ れ 特 色 を 表 す 典 型 的 な 箇 所 や 出 来 事 を 、 時 間 の流 れ に 沿 って順 に 再 構 成 し て 、 そ れ ( 書 Φ司) は ⋮ と い った / 思 った ﹂ と 語 る と き と で は " エ ミ リ ー 像 も 随 分 違 って見 を 見 直 し な が ら 、 彼 女 の 人 間 像 を 考 え て み よ う 。 そ の際 、 彼 女 を 見 た り 語 った り す る 人 が 、 ﹁私 ら ( 司Φ) は ・ :と 言 った / 思 った ﹂ と 語 る と き と 、 ﹁あ の人 ら え てく る と い う こ と に も 、 注 意 し て お き た い。 ま た こ の と き も う 一 つ留 意 し た い の は 、 彼 女 を 巡 る 様 ざ ま の 出 来 事 の年 代 の 特 定 で あ る 。 作 品 の な か で、 明 ら さ ま に 当 該 の 年 の 数 字 が 語 ら れ る の は 、 ﹁サ ー ト リ ス 大 佐 が 彼 女 の 税 金 を 免 除 し た 一八 九 四 年 の あ の 日 (1)﹂ と い う 一箇 所 だ け で あ る 。 そ こ で 、 そ の あ と ﹁彼 女 の 父 の死 去 の 日 に 遡 って の 免 除 ﹂ と 続 く の で、 父 の 死 亡 し た 年 も 同 じ 一八 九 四 と 解 し 、 そ れ を 元 に 出 来 事 の 年 代 を 設 定 し 、 彼 女 の 七 四 歳 の逝 去 を 一九 三 六 、 七 年 と す る 読 み 方 を 始 め 、 従 来 様 ざ ま の解 釈 七 が な さ れ て き て い る 。 本 稿 で は 後 述 の と お り 、 サ ー ト リ ス大 佐 の 右 の布 告 が あ った 年 を 、 彼 女 が 四 〇 歳 の こ ろ 、 (心 な ﹁ 大 過 去 ー 前 期 ﹂ の エ ミリ ー ( 三 〇 歳 前 後 の彼 女 と 、 父 親 の生 前 か ら 死 ま で 11 一八 八 四 年 前 後 ) ら ず も ア ル バ イ ト で 子 供 ら に絵 付 け の指 導 を し た 時 期 ) と 解 釈 し た い。 (一) ﹁エミリ ー への薔 薇 ﹂ を楽 し む 明 治 大学 教 養 論集 通 巻 四 二九 号 (二〇〇 八 .一) ﹁私 ら ﹂ が 見 た り 聞 い た り 考 え た り し た こ と (皿 )﹂ と 思 い描 い て い た 。 (タ ブ ロー )﹂ に 喩 え ら れ る く ら い だ か ら 、 人 々 の 感 情 や 官 能 に強 く 訴 ﹁ 大 過 去 1 中 後 期 ﹂ の エ ミ リ ー (父 の 没 後 の 夏 か ら の 二 年 間 ほ ど 11 一八 八 五 - 八 七 年 ご ろ ) そ の 夏 、 町 に 道 路 の 舗 装 工 事 が 始 ま る 。 彼 女 は 、 人 夫 頭 の ホ ー マー の黄 色 い 車 輪 の馬 車 で 逢 引 き を 重 ね る 。 (ウ ) ﹁私 ら ﹂ は 彼 女 に関 心 事 が 見 つ か って 嬉 し く 思 った が 、 そ れ が 長 引 く と 、 人 々 の 思 い は 懸 念 か ら 批 判 ま で 、 (イ ) (ア ) 父 の死 後 久 し ぶ り に姿 を 見 せ た 彼 女 は 髪 を 短 く 切 り ﹁少 女 の よ う で ⋮ 一種 悲 劇 的 で 清 澄 さ を 帯 び て い た (皿 )﹂。 ﹁私 ら ﹂ が 見 た り 聞 い た り 考 え た り し た こ と (二 ) え る よ う な 生 命 力 、 魅 惑 に 満 ち た 女 性 で は な か った の だ ろ う 。 だ ろ う 。 も っと も 、 彼 女 は 一枚 の ﹁劇 的 静 止 画 た た め だ ろ う し 、 ま た こ の 一族 に は 頭 脳 に 風 変 わ り な 面 も あ って (皿 )、 一層 の 距 離 を 感 じ て い た こ た め で も あ った の 分 か る 。 な お 語 り 手 は 、 彼 女 の 容 貌 や 言 動 に つ い て は 何 も 語 っ て い な い。 彼 女 は 、 語 り 手 た ち に と って は 高 嶺 の花 だ っ 以 上 の こ と か ら 、 若 い頃 の 彼 女 は 、 名 家 の 気 位 の 高 い箱 入 り 娘 で あ る こ と 、 そ し て少 々 頑 固 な 父 親 っ子 で あ る こ と が ﹁全 て を 奪 って い った 人 に執 着 し 続 け る の も 人 と し て 当 然 の こと と 思 った (H )﹂。 師 た ち を 前 に 、 三 日 後 に 警 察 に よ る 強 制 執 行 の あ る 直 前 ま で 、 父 の 死 を 否 定 し 続 け る 。 ﹁私 ら ﹂ は 、 彼 女 が (ウ ) 父 親 の死 に出 会 って 、 彼 女 が 人 並 み の女 性 に な る だ ろ う と ﹁人 々 ﹂ は 喜 ん だ 。 だ が 、 エ ミ リ ー は 、 牧 師 や 医 い にな る 。 (イ ) 彼 女 が 独 身 で 三 〇 歳 を 越 え た と き 、 結 婚 相 手 に 贅 沢 を 言 う べき で は な か った と 、 ﹁私 ら ﹂ は 溜 飲 を 下 げ た 思 スを 着 た 細 身 の 女 性 の絵 (ア) 彼 女 と 父 親 の 姿 を 、 ﹁開 い た 玄 関 ド ア の 前 で 両 脚 を 広 げ て 立 って い る 父 親 と 、 そ の 影 の な か に立 つ白 い ド レ 八 様 ざ ま に変 化 す る 。 ㌔ こ の時 期 の エ ミ リ ー の行 動 を 見 守 る 、 町 の人 力 の揺 れ る 視 線 や 心 の動 き は 、 こ の作 品 の面 白 さ の も う 一つ の大 き な 要 因 で あ る 。 ﹁私 ら ﹂ は エ ミ リ ー の 逢 引 き の様 子 を ま ず 喜 び 、 や が て 堕 落 し た と 思 う ( 以 上 皿)。 な か でも 婦 人 た ち は 、 ﹁グ リ ア ソ ン家 の お 人 と も あ ろ う 方 が 、 ま さ か 北 部 生 ま れ の 日 雇 い 人 夫 ご と き と 祝 言 な ぞ 思 い も 遊 ば し ま す ま い (皿 )﹂ と 考 え な が ら 。 町 の人 々 の な か で も 、 年 長 の人 々 は ﹁可 哀 想 な エミ リ ー ﹂ と 言 い、 そ し て ま た 名 家 の恥 だ と か 何 だ と か 言 いな が ら 、 カ ー テ ン の陰 か ら 二 人 の馬 車 を 覗 き 見 し て い る (m )。 (エ) そ の 間 二年 ほ ど の間 に、 婦 人 た ち は 、 バ プ テ ィ ス ト の 牧 師 に彼 女 の も と に 忠 告 を し に赴 く よ う 強 い た り 、 従 姉 妹 を 招 請 す る 手 紙 を 書 い た り す る (W )。 ・ (オ ) や が て 二 年 の月 日 が 流 れ 、 二 人 の 従 姉 妹 が 訪 れ た と き 、 彼 女 は 砒 素 を 買 う 。 薬 局 の店 主 が 用 途 を い ぶ か し み 、 売 り渋 る と、 エミ リ ー さ ん は 旦 那 の 視 線 を 捉 え な す って 頭 を う し ろ に反 ら せ て 睨 み つけ な さ る と 、 旦 那 は 目 を 逸 ら せ て奥 に 入 り 砒 素 を お 包 み し た 。 配 達 係 の 黒 人 店 員 が 包 み を 持 って出 て参 り 、 旦 那 の 方 は出 て は 来 な さ ら な か った 。 あ のお 方 が (皿 ) お 邸 に戻 ら れ て包 み を 開 け な さ る と 、 箱 の上 に は 頭 骸 骨 と 、 X印 型 に 組 ん だ 骨 の絵 が 描 か れ 、 そ の 下 に ﹁殺 鼠 用 ﹂ と 書 か れ て あ った そ う な ん です 。 こ こ に も 、 彼 女 の頑 固 さ と 並 は ず れ た 意 思 の強 さ が う か が え 、 フ ォ ー ク ナ ー ら し い巧 み な 細 部 の描 き 方 が 見 ら れ る 。 九 応 対 し た 薬 局 の店 主 の戸 惑 い や 気 弱 さ が 、 目 に浮 か ぶ よ う に 語 ら れ て い る 。 引 用 の最 後 の ︿用 途 ﹀ を 示 す 絵 と 文 字 に 見 ﹁エ ミ リ ー への 薔 薇 ﹂ を 楽 し む 明治大学教養論集 通 巻 四 二九 号 (二 〇 〇 八 ・ 一) 一〇 ら れ る 、 彼 の 精 一杯 の 自 己 弁 護 が 、 読 者 の 微 苦 笑 を 誘 う と こ ろ な ど 、 特 に フ ォ ー ク ナ ー ら し い ユ ー モ ア で あ る 。 (カ ) そ の後 も 人 々 は 、 彼 女 が 自 殺 す る だ ろ う 、 結 婚 す る だ ろ う 、 い や 未 だ だ 、 い や 従 姉 妹 た ち が 来 た か ら 結 婚 す る だ ろ う 等 々 と 思 い 巡 ら す (W )。 (キ ) さ ら に 、 彼 女 は ホ ー マ ー の 化 粧 道 具 や 寝 間 着 を 注 文 し た 、 (だ か ら ) 結 婚 し た ら し い 、 さ す が は 一族 の 従 姉 妹 た ち だ 、 と 安 心 す る 。 そ の 後 、 一時 ホ ー マ ー が 留 守 を し た が 、 従 姉 妹 た ち が 帰 る と 、 ま た 戻 っ て来 た (W )。 そ の 直 後 、 そ の 三 〇 年 後 に 市 議 会 の 議 員 た ち が エ ミ リ ー の 屋 敷 か ら に べ も 無 く 追 い 払 わ れ た よ う に (1 )、 (ク ) ま も な く ホ ー マ ー の姿 が 見 ら れ な く な る (W )。 (ケ ) 邸 宅 を 巡 る 悪 臭 事 件 で 、 そ の 始 末 を す る た め に 屋 敷 に 入 った 男 た ち が 、 ほ う ほ う の 体 で 逃 げ 出 し て く る (皿 )。 (コ) そ の 後 か な り 時 が 経 って姿 を 見 せ た エ ミ リ ー は 、 太 って 白 髪 も 増 え 、 そ れ が や が て黒 灰 色 に な って い く (W )。 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ が 、 エ ミ リ ー の 生 涯 の 物 語 で あ る と 同 時 に 、 彼 女 を 焦 点 と す る 町 の 人 々 と 語 り 手 の 目 や 耳 や 意 識 、 そ し て 時 に は お 節 介 の様 子 を 巡 る あ り さ ま の 物 語 で も あ る と い う 、 重 層 的 な 作 品 で あ る こ と が 改 め て よ く 分 か る と ﹁ 中 過 去 ﹂ の エ ミ リ ー (エ ミ リ ー 四 〇 歳 の 頃 の 六 、 七 年 間 11 一八 九 四 ー 一九 〇 一年 始 め ご ろ ) こ ろ であ る。 (三 ) ﹁私 ら ﹂ が 見 た り 聞 い た り 考 え た り し た こ と (ア ) 彼 女 が 四 十 歳 の 頃 の 日 曜 日 の 六 、 七 年 間 は 、 サ ー ト リ ス大 佐 の 世 代 の 人 々 の娘 や 孫 た ち に 陶 器 の 絵 付 け の レ ッ ス ン を し て い た (W )。 こ こ で 、 こ の 作 品 に 関 し て も っと も 厄 介 な 問 題 の 一 つ、 年 代 の特 定 に 関 し て 、 一つ の考 え 方 を 述 べ て み た い 。 す な わ ち 、 彼 女 が 絵 付 け の教 室 を 開 い た こ の 時 期 を 、 ﹁サ ー ト リ ス 大 佐 が 納 税 免 除 の 法 令 を 出 し た 一八 九 四 年 ﹂ と 解 し た い と い う こ と であ る 。 大 佐 は、 気 位 の高 い エミ リ ー が 、 絵 付 け 教 室 を 開 か ね ば な ら な い ほ ど 生 活 に困 窮 し て い る 様 子 を 見 か ね て、 そ の よ う な 法 令 を 出 し た の で は な い だ ろ う か 。 ま た 、 そ う す る と 、 彼 女 の 七 四 歳 の死 亡 時 期 が 、 こ の作 品 の書 か れ て いた 一九 二 八 年 ご ろ と 特 定 で き 、 先 の 一九 三 六 年 死 亡 説 と 比 べ ても 、 作 品 と し て極 め て自 然 な 成 り 立 ち と 言 って い い だ ろ う 。 ま た 市 の議 員 が 屋 敷 を 追 い払 わ れ た 時 期 (後 述 す る 一九 一六 、 七 年 ご ろ ) と 悪 臭 事 件 の期 間 が 、 ほ ぼ 三 〇 年 で う ま く 辻 棲 が あ ってく る の であ る。 (イ ) だ が 次 の世 代 の 人 々 が 町 の 中 心 に な り 、 娘 た ち も 成 長 す る と 、 自 分 ら の 子 供 た ち を エミ リ ー の邸 宅 に 送 ら な く な った 。 エ ミ リ ー は 門 を 閉 じ 、 そ の 頃 求 め ら れ た 地 番 表 示 や 郵 便 受 け 箱 の 設 置 も 拒 否 し 、 孤 立 が 深 ま る 。 ﹁過 去 ﹂ か ら ﹁現 在 ﹂ ま で ﹁私 ら ﹂ に は 門 を 出 入 り す る 黒 人 が 次 第 に老 い て い く 姿 だ け が み ら れ た (W)。 エミ リ ー の 生 涯 1 ﹁過 去 ー 前 期 ﹂ の エ ミ リ ー (門 が 閉 ざ さ れ て か ら 、 新 し い 世 代 が 町 の 中 心 に な る あ ま で 11 一九 〇 〇 年 前 後 ∼ 一 三 一 ー一 二 (一) 九 一五 、 六 年 ご ろ ) ﹁町 ﹂ は 毎 年 十 二 月 に 納 税 通 知 を 送 った が 、 一週 間 後 に は ﹁受 取 人 不 在 ﹂ で 戻 っ て き て い た ﹁私 ら ﹂ が 見 た り 聞 い た り 考 え た り し た こ と (ア ) エ ミ リ ー が 時 折 窓 辺 に 狩 ん で い る の が 見 え た が 、 ﹁私 ら ﹂ を 見 て い る の か 見 て い な い の か 分 か ら な い (W )。 (W )。 (イ ) そ の ま ま 彼 女 は 、 ﹁大 事 で 、 見 切 り が た く て 、 犯 し が た く 、 穏 や か で 、 途 方 も 無 い も の と し て (W 七 受 け 継 が れ て い った 。 ﹁ 過 去 ー 後 期 ﹂ の エ ミ リ ー (新 世 代 の 人 々 が 町 の 中 心 に な った 頃 ‖ 一九 一五 ∼ 七 年 ご ろ ) 一一 (ウ ) (二 ) ﹁エミ リ ー への薔 薇 ﹂ を楽 しむ 明治大学 教養論集 通 巻 四 二 九 号 (二〇 〇 八 ・ 一) 一二 こ の 時 代 に な る と 、 近 代 的 な 新 ら し い 思 想 を も った 次 の 世 代 が 町 長 や 議 員 に な る 。 (1 )。 す る と 、 ﹁彼 ら ﹂ ﹁私 ら ﹂ が 見 た り 聞 い た り 考 え た り し た こ と (ア ) は 、 ﹁年 の 初 め に 納 税 通 知 を 送 った が 、 二 月 に な って も 応 答 が な い (1 )。 本 稿 は 、 こ の 時 期 を 一九 一五 ∼ 七 年 ご ろ と 設 定 し た い 。 す る と 、 こ れ に 続 く 出 来 事 、 す な わ ち 市 の 議 員 た ち に よ る エ ミ リ ー 邸 訪 問 の 出 来 事 が 、 彼 女 の 死 ん だ 時 点 で の ﹁彼 女 の 家 に 、 過 去 一〇 年 間 誰 も 入 った 事 が な い (1 )﹂ と い う 言 葉 (一八 八 五 ∼ 七 年 ご ろ ) と の ﹁三 〇 年 の 間 隔 ﹂ も 合 って く る 。 そ こ で 、 正 式 の 手 紙 を 書 き ⋮ 、 一週 間 後 に は 町 長 自 身 が 参 上 す る な り お 迎 え に参 じ た い 旨 書 き 送 った と こ ろ 、 と も 平 灰 が あ っ て く る の で あ る 。 ま た 、 先 の悪 臭 事 件 (イ ) (1 )﹂。 ﹁彼 ら ﹂ は 臨 時 町 議 会 を 開 き 、 代 表 者 を 屋 敷 に 送 る こ と を 決 め る 。 ⋮ 古 風 な 様 式 の 紙 に薄 い イ ン ク の 細 く 流 れ る よ う な 字 体 で 、 ご 自 身 は も は や 外 出 は な さ ら ぬ 旨 の 返 書 を 受 け 取 っ た (1 )﹂ 部 屋 に 入 る 。 エ ミ リ ー (ウ ) 屋 敷 訪 問 の 当 日 、 彼 ら は ﹁ヒ ビ の 入 った 重 厚 な 皮 製 の 調 度 が 置 か れ 、 座 る と 彼 ら の 腿 の あ た り に か す か な 挨 が ゆ る ゆ る と 立 ち 上 が り 、 差 し 込 ん で く る 光 線 の 中 の 粒 子 と 絡 ま り あ って い く の 入 室 を 起 立 し て 迎 え た ﹁彼 ら ﹂ の 目 に 映 った 彼 女 の 容 貌 は こ ん な ふ う で あ った 。 そ の人 の骨 格 は 小 さ く て華 奢 だ った 。 だ か ら 他 の人 な ら豊 満 と し か 見 え な か った の に、 こ の 人 の場 合 は で ぶ と し か 見 え よ う が な か った 。 こ の人 は 澱 ん だ 水 に 長 い間 沈 め ら れ て いた 死 体 の よ う に水 ぶ く れ し 、 青 黒 い 色 を し て い た 。 む く ん だ 顔 に 埋 め ら れ た 目 は、 こね た パ ン粉 の塊 の な か に押 し 込 ま れ た 二 か け ら の石 炭 の よ う であ った 。 ( 中略) ﹂ ﹁サ ー ト リ ス閣 下 に お 会 い にな って 下 さ い ま し 。 わ た く し は 町 で は 納 税 は免 責 で ご ざ いま す ﹂ ﹁で す が 、 エ ミ リ ー さ ま ー 黒 人 が 現 れ た 。 三 ち ら の殿 方 を お 送 り し な さ い ﹂ (-) ﹁サ ー ト リ ス大 佐 にお 会 い下 さ い ま し ﹂ (サ ー ト リ ス大 佐 は 一〇 年 ほ ど 前 に こ の 世 を 辞 し て い た ) わ た く し は 町 で は 納 税 は 免 責 でご ざ いま す 。 ト ー ビ ⊥ こ こ に は ・ 彼 女 の容 姿 の表 現 の凄 ま じ い ほ ど の的 確 さ 、 そ し てグ ロテ ス ク さ 、 ま た そ こ に 潜 む ユー モ ア性 を 見 て と っ て い いだ ろ う 。 ま た 、 旧 家 の か つ て の令 嬢 の剥 落 ぷ り は 、 昔 は 町 の目 抜 き 通 り に あ った 豪 邸 が 今 で は ﹁ 頑 固 で艶 な 凋 落 の 姿 の虚 勢 を 見 せ て い る (1 )﹂ こ と に、 よ く 呼 応 し て い る と 読 ん で も い い だ ろ う 。 ま た 、 エミ リ ー の容 赦 の な い対 応 に、 老 い て 一層 頑 固 に な った 彼 女 の 姿 を 見 て よ い。 (エ) そ の後 ・ ﹁私 ら ﹂ は 、 時 折 一階 の 部 屋 の窓 際 に 停 む 彼 女 の姿 を 見 た り し な が ら 、 月 日 が 移 って い った (W )。 父 親 の 死 の こ と で も 、 不 倫 の こ と で も 、 悪 臭 の こ と で も 、 た と え 税 金 の こ と で あ っ て も 、 町 の人 々 が 関 心 を も って く れ る う ち は ま だ よ か った 。 世 間 や 人 々 と の 何 が し か の繋 が り が あ る の だ か ら 。 だ が 、 こ のと き か ら 彼 女 が 往 生 す る ま で の 一〇 年 間 ほ ど は 、 町 の人 々 か ら 孤 絶 し 、 忘 れ ら れ て い く 。 (オ ) ﹁私 ら も 彼 女 の消 息 を 黒 人 召 使 か ら 手 に 入 れ る こ と に長 い 間 に 飽 い て し ま って い た (W )﹂。 ﹁ 現 在 ﹂ の エミ リ ー ( 七 四 歳 の大 往 生 ‖ 一九 二 八 年 ご ろ ‖ 本 作 品 が 執 筆 さ れ て い た 時 期 に相 当 す る ) (カ ) そ し て ﹁私 ら ﹂ の ﹁誰 一人 彼 女 の病 気 の こと も 知 ら ず に、 彼 女 は 世 を 去 った (W )﹂。 ( 三) ﹁私 ら ﹂ が 見 た り 聞 いた り 考 え た り し た こ と (ア ) 彼 女 が 埋 葬 さ れ る と 、 ﹁彼 ら ﹂ が ﹁過 去 四 〇 年 の間 話 も み た こと のな い (V)﹂ 二 階 の開 か ず の 間 のド アを 開 く 。 (イ ) ほ の か に 鼻 を つく 酸 味 の臭 い の な か で 、 バ ラ 色 の カ ー テ ン、 バ ラ色 の電 灯 の笠 も 色 が あ せ て い る 。 埃 の 下 に ご二 は・ イ ニシ アル 入 り の銀製 の洗 面 具 、 そし てカ ラー や タ イ、 服 や靴 、 靴 下 が、 今 脱 いだ ば か り のよ う に、 整 え ﹁エミリ ー への薔薇 ﹂ を楽 しむ 明 治大 学教 養 論集 通巻 四 二九 号 ( 二〇〇 八 ・ 一) ら れ て い る (V )。 一四 (ウ ) 床 の 上 に は 男 が 寝 て お り 、 ﹁私 ら ﹂ は ぞ っと し な が ら 立 ち 尽 く す 。 や が て ﹁私 ら は 二 つ目 の枕 に も 頭 の 形 に (V )﹂ 沈 み 込 ん で い る こ と に 気 が つ い た 。 私 ら の 一人 が そ こ か ら 何 か を つま み あ げ 、 ⋮ 私 ら は 一本 の長 い鉄 灰 色 の 髪 の毛 を 見 た こ の 箇 所 こ そ が 言 う ま で も な く 、 ﹁エ ミ リ ー への薔 薇 ﹂ を 永 遠 のも の に し た 印 象 的 な 幕 切 れ の シ ! ン であ る ( またチ ャ ンド ラ ー の ﹃長 いお 別 れ ﹄ の 枕 に残 った 黒 髪 と 並 ん で 、 ︿ 文 学 史 に 残 る 一本 の 髪 の毛 ﹀ と 言 って よ い だ ろ う )。 こ こ に 及 ん で よ う や く 、 エ ミ リ ー は 、 ホ ー マー を 殺 し 、 し か も 一時 彼 の 遺 体 の横 に寝 て い た こ と が 分 か る の で あ る 。 そ れ が い つ ご ろ の こ と で、 ど の く ら い の期 間 に及 ん で い た の か と い う 点 も 曖 昧 な ま ま で あ る 。 だ が 、 髪 の毛 が そ こ に 残 さ れ た 時 期 は 、 (W ) で 語 ら れ た 髪 の色 や 長 さ か ら 推 測 す る と 、 ホ ー マ ー の 死 後 か な り し て か ら の ﹁大 過 去 ー 後 期 ﹂、 あ る い は エミ リ ー 四 〇 歳 の頃 の ﹁ 中 過 去 ﹂ 以 降 ﹁現 在 ﹂ ま で の 間 の い つか の こ と だ ろ う 。 な お ま た 、 死 ん だ ホ ー マー を 床 の上 で 最 初 に抱 擁 し た の は 、 新 婚 の部 屋 を 整 え た 三 〇 代 前 半 の と き か ら の こ と と 考 え る の が 自 然 だ か ら 、 彼 女 は 相 当 に 長 期 に 渡 っ て、 死 体 を 抱 い て伏 し て い た こ と に な る 。 彼 女 の生 涯 は 、 親 兄 弟 も 配 偶 者 も 友 も な く 、 孤 独 の う ち に過 ぎ て い った 。 そ れ も 名 門 に生 ま れ た こ と や 、 父 親 譲 り の 気 位 が 高 く 頑 固 な 性 質 の た め で あ った 。 そ れ が や が て、 町 の人 々 が 警 め 立 てす る よ う な 恋 愛 を 貫 き 通 す こと にな り 、 孤 立 は 益 々 深 ま った 。 し か も 彼 を 殺 し て永 遠 に 自 分 のも の に す る 。 驚 く べき 意 思 の強 さ であ る 。 彼 女 の 生 き 方 を 、 語 り 手 は と き に コ 族 の精 神 の病 (n )﹂ の せ い に す る こ と も あ る が 、 む し ろ ﹁過 剰 な 誇 り の 罪 ( ブ ル ック ス、 一四 )﹂ と い う 方 が 当 って い る よ う で あ る 。 三一 ニ エミ リ ー が ホ ー マ ー を 殺 し た わ け と こ ろ で 、 エミ リ ー が 恋 人 を 殺 し た 原 因 は ど こ に あ った の だ ろ う か 。 た と え ば 、 ホ ー マ ー 自 身 が 語 って い る よ う に 彼 が ﹁結 婚 す る タ イ プ で は な い (皿 )﹂ と か 、 浮 気 性 だ った か ら な の だ ろ う か 。 だ か ら 、 彼 を 殺 し て独 占 し た か った と い う 思 考 経 路 も 、 無 理 の な いも の で あ る 。 多 分 、 そ れ が 真 実 に も っと も 近 い推 論 だ ろ う 。 た だ し 、 ホ ー マー が も し 彼 女 の 独 占 欲 や 結 婚 願 望 が 露 骨 に分 か って い た ら 、 逃 げ 出 す 機 会 は いく ら で も あ った は ず で あ る 。 た と え ば 、 従 姉 妹 の来 訪 の と き に 一時 屋 敷 の 外 に出 た こ と が あ った が (W )、 こ れ を 幸 い に 逃 亡 す る こ と は で き た は ず で あ る (も っと も 、 そ の 機 会 は 承 知 し て い た が ま た 舞 い 戻 っ て来 た の は 、 男 と い う 性 の未 練 や 優 柔 不 断 の た め だ った の か も し れ な い )。 た だ 、 死 体 を 抱 い て寝 て い た エ ミ リ ー か ら す れ ば 、 ホ ー マ ー の生 死 は 問 題 で は な か った 、 と い う こと は 注 目 し て よ い。 彼 女 は ・ 生 き た 男 の 個 性 や 温 か さ 、 力 や セ ック ス や 経 済 力 な ど 一切 の も の は 、 欲 し く は な か った と いう こ と で あ る 。 た だ ﹁所 有 ﹂ の 感 覚 だ け が 必 要 だ った の で あ る 。 い った い こ れ は ど ん な 思 考 の メ カ ニズ ム の ゆ え だ ろ う か 。 か つて 語 り 手 の ﹁私 ら ﹂ は 、 エミ リ ー の 父 親 の 死 後 に、 ﹁彼 女 に は 残 さ れ た も の は 何 も な か った ﹂ と 考 え た 。 そ し て 、 ﹁何 も 残 さ れ て い な け れ ば 、 ⋮ ご 自 身 か ら 全 て を 奪 って い った も の に し が み つ い て す が る 他 は あ り ま す ま い﹂ と (n )﹂ と 思 っ て い た 。 す な わ ち 、 ﹁人 は み な 、 己 か ら 全 てを 奪 った 人 や 物 に 却 って こ だ わ り 執 着 す る ﹂ と 考 え て い た 。 こ の と き 、 語 り 手 の ﹁私 ら ﹂ は、 ﹁全 て を 奪 って い った も の﹂ ‖ ﹁父 親 ﹂、 と い う 文 脈 で こ の名 文 句 を 吐 き 、 彼 女 が 父 親 の 死 を 受 け 入 れ ず 葬 儀 も し よ う と し な か った こ と も 、 容 認 し よ う と し て い た 。 し か し 、 そ の名 文 句 は 、 父 と 娘 の 間 の こ だ わ り に 関 わ る も の と い う よ り は 、 実 は 、 彼 女 と ホ ー マ ー の 関 係 に つ い て よ 一五 り よ く 当 て は ま る の で は な いだ ろ う か 。 実 際 、 こ の ホ ー マー こ そ 彼 女 か ら ﹁全 てを 奪 って い った も の ﹂ だ った か ら な の ﹁エミリ ー への薔薇 ﹂ を楽 しむ 明治大学教養論集 通 巻 四 二九 号 (二 〇 〇 八 ・ 一) で あ る 。 つ ま り 、 ﹁私 ら ﹂ も よ く 承 知 し て い た と お り 、 彼 女 が 彼 と 交 際 し 、 や が て ﹁堕 落 一六 (古巴一 6ロ) (皿 )﹂ し た 。 す な わ ち 、 彼 こ そ は 彼 女 の 処 女 性 を 奪 った 男 だ った 。 こ れ は 一九 世 紀 か ら 二 〇 世 紀 始 め の 時 代 の 通 念 か ら す れ ば 、 女 性 の全 て を 奪 った こ と に ほ か な ら な い か ら で あ る 。 だ と す れ ば 、 エ ミ リ ー が ホ ー マ ー を 殺 し た り 、 死 体 と と も に 寝 て い た の は 、 た だ 単 に 彼 を 他 の 人 に 渡 し た く な か った り 、 永 遠 に ﹁所 有 ﹂ し た か った た め で は な か った 。 ま た 、 ﹁死 者 は 、 生 者 よ り も 長 い 命 が あ り 、 よ り 実 体 の あ る も の で あ る (ブ ル ック ス、 九 )﹂ と い った 抽 象 的 な こ と の た め で も な い。 む し ろ 、 彼 女 は 広 く 町 の 人 々 の 通 念 に あ る 行 動 に 沿 っ た 振 る 舞 い ﹁自 分 か ら 全 て を 奪 った も の の も つ牽 引 力 ﹂ に こ だ わ り 続 け る と い う 行 動 を し た ま で の こ と で あ った 。 た だ 、 彼 女 の 全 て を 奪 った の は 、 町 の 人 々 の 考 え て い た 父 親 で は な く 、 初 め て の 本 当 の 恋 の 相 手 の ホ ー マ ー で あ った し 、 彼 女 世 代 別 エミ リ ー観 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ の 読 み 処 (H ) ー一 町 の 人 々 と エ ミ リ ー が ﹁す が り 固 執 し た ﹂ の は 、 そ の ホ ー マ ー で あ った の だ が 。 四 四- 一 先 の ﹁過 去 ﹂ の 時 間 帯 の 場 面 で 、 議 会 の 代 表 者 が エ ミ リ ー を 訪 れ た と き 、 ﹁彼 ら ﹂ が 見 た エ ミ リ ー の 外 見 の 描 写 は 、 皮 肉 に 満 ち た ど ぎ つ い も の で あ った 。 皮 製 の 椅 子 は ヒ ビ が 入 り 、 や っ て き た ﹁黒 服 を 着 た 背 の 低 い 太 った 女 ﹂ は 、 ﹁澱 ん だ 水 の 中 に 長 い 間 沈 め ら れ て い た 死 体 の よ う に 浮 腫 ん で ﹂、 目 は ﹁パ ン粉 の な か に 突 っ込 ま れ た 石 炭 ﹂ の よ う だ った 。 彼 女 が ﹁お か け く だ さ い ま し 、 の 挨 拶 も な か った ﹂ こ と も 、 語 り 落 と し て い な い (1 )。 こ の 場 面 に は 、 少 し で も プ ラ ス の 面 を 見 出 そ う と い う 視 線 は 一切 な い 。 落 醜 し た 老 残 の 姿 だ け し か な い 。 一人 の 老 女 の容 姿 や 言 動 を 、 こ う ま で ネ ガ テ ィ ブ に 描 き 出 す の は 、 残 酷 過 ぎ な い だ ろ う か 。 語 り 手 に 何 か 一物 あ る の か 、 と 疑 い た く な り さ え す る 。 こ れ は 、 こ の 場 面 で エ ミ リ ー に 会 った 人 た ち が ﹁私 ら ﹂ で は な く 、 新 し い 世 代 の ﹁彼 ら ﹂ だ った か ら 、 と 考 え る べき で あ ろ う 。 実 際 の と こ ろ エ ミ リ ー の ﹁過 去 ﹂ を 語 る 視 線 や 価 値 判 断 の中 心 に な る 観 点 の 主 は 、 そ れ 以 前 の ﹁大 過 去 ﹂ か ら ﹁中 過 去 ﹂ ま で の ﹁私 ら ﹂ と は 違 っ て 、 モ ダ ン な 世 代 の ﹁彼 ら ﹂ に 代 わ っ て い る の で あ る 。 そ ん な ﹁彼 ら ﹂ に と っ て (V )﹂ と き の 主 語 も 、 エ ミ リ ー は 、 何 の 感 情 移 入 も 必 要 の な い 一人 の 町 民 に す ぎ な い の だ か ら 。 こ の 町 に 住 む 者 と し て の 当 然 の は ず の 納 税 の 義 務 す ら 果 た さ な い 彼 女 が 、 醜 悪 な 女 に し か 見 え な か った の も 、 け だ し 当 然 の こ と で あ る 。 さ ら に 、 作 品 の ﹁現 在 ﹂ の 時 点 で 、 四 〇 年 間 締 め 切 ら れ て い た ド ア を 、 強 引 に ﹁こ じ 開 け る ﹁私 ら ﹂ で は な く 、 ﹁彼 ら ﹂ で あ る 。 こ こ の 場 面 で も 、 も し エ ミ リ ー に 近 い 世 代 の ﹁私 ら ﹂ だ った ら 、 強 引 な 手 立 て で 婦 人 の 秘 密 の 部 屋 の ド ア を こ じ 開 け る よ う な こ と は で き な か った で あ ろ う 。 か つ て の エ ミ リ ー は 、 ﹁私 ら ﹂ の 目 か ら は も う 少 し 温 か く 迎 え ら れ て い た 。 こ の 点 で 、 先 の ﹁彼 ら ﹂ の 目 に 見 え た 、 彼 女 の 異 様 な 姿 と は 大 違 い で あ る 。 ﹁私 ら ﹂ は 、 た と え ば 、 ﹁大 過 去 ﹂ の恋 愛 騒 動 の と き な ど 、 一部 の 人 々 、 そ れ も 年 長 (二 )﹂ と い う 以 上 の 表 現 は な い 。 だ が 、 積 極 的 に 容 姿 を 褒 め た り 評 価 し た り す る 発 話 は な い と し て も 、 の 女 性 は 別 と し て 、 彼 女 と 一緒 に = 暑 一憂 し て い た 。 た だ 前 述 の と お り 、 彼 女 の 容 姿 に つ い て は 、 ﹁白 い ド レ ス を 着 た ほ っそ り と し た 否 定 的 な 言 い 方 は 皆 無 で あ った (こ の こ と か ら 、 エ ミ リ ー は 必 ず し も 美 貌 に恵 ま れ た 人 で は な い の か 、 そ れ と も ﹁私 ら ﹂ の世 代 の人 々 は 、 婦 人 を そ の よ う な 観 点 か ら見 よ う と す る のを 不 敬 に思 って いた のか 、 テ キ ス ト の範 囲 内 で は 不 明 では あ る 樋 )・ こ う し て 、 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ の も う 一 つ の 面 白 さ と し て 、 エ ミ リ ー と い う 一 つ の 記 念 碑 的 人 物 が 、 時 の 流 れ と と 一七 も に・ 町 の人 々 に ど のよ う に 受 け 取 ら れ 、 見 ら れ て き た か と い う 変 転 の様 相 が 読 め る と い う こと が あ る。 そ し て、 時 の ﹁エミ リ ー への薔 薇 ﹂ を 楽 し む 明治 大学教養論 集 通 巻 四 二 九 号 (二〇 〇 八 ・ 一) 男 女 別 エミ リ ー 観 流 れ の無 情 さ を 感 じ 入 る こ と が でき る 、 と い う 点 で あ る。 四一 二 一八 こ の作 品 は 冒 頭 か ら 、 エミ リ ー の葬 儀 に 町 の人 々 が 全 員 出 か け る と こ ろ か ら 説 き 起 こ さ れ る。 そ れ を 受 け て ﹁男 は 倒 れ た 記 念 碑 に 対 す る 一種 尊 敬 に満 ち た 愛 情 か ら 、 女 は 老 い た 召 使 以 外 に は 、 ⋮ 少 な く も 一〇 年 間 は 誰 も 見 た こと が な い 家 の な か を 見 た いと い う 好 奇 心 か ら (1)﹂ 出 か け た 、 と 続 く 。 作 品 の初 め か ら 、 男 と 女 の特 質 を ユ ー モ ラ ス に、 ま た 辛 辣 に 語 る 一節 が 組 み 込 ま れ て い る の で あ る。 男 女 の特 性 を 一般 化 す る の は 必 ず し も 好 い こと で は な いし 、 こ の箇 所 に 関 し ても 反 論 は あ る だ ろ う。 だ が こ の 語 り 手 の世 代 に は 、 こ のよ う に考 え る 人 も 多 か った は ず で あ る。 よ く 言 え ば 男 の 義 務 感 の強 さ と 女 性 の 旺 盛 な 好 奇 心 、 皮 肉 に 取 れ ば 体 面 を 取 り 繕 う 男 と 軽 薄 な 女 の特 徴 が 見 事 に対 比 さ れ て い る 。 こ の作 品 に は、 ほ か にも 同 様 の 切 り 口 が 見 ら れ る 。 エミ リ ー の免 税 措 置 に あ た って、 サ ー ト リ ス町 長 は ﹁エミ リ ー の 父 君 が 多 額 の金 を 町 に貸 与 を し た の で、 当 局 と し て は 子 女 に対 す る免 税 と いう 返 還 法 で報 い る の が 一番 好 都 合 であ る﹂ と い う 複 雑 な 話 を 仕 立 て あ げ た 。 そ し て、 語 り 手 は ﹁サ ー ト リ ス大 佐 の世 代 の考 え を も った 男 衆 だ け が 掩 え 上 げ る こ と の で き る話 で、 女 衆 だ け が 汲 ん で や る こと の でき る 話 だ った (1 )﹂ と 言 い添 え て いる 。 つま り 、 男 た ち の女 性 尊 重 、 南 部 的 貴 書 堂 精 神 や 想 像 力 と で っち 上 げ 力 、 一方 女 の素 直 さ や 単 純 さ な ど を 滑 稽 味 を 交 え て的 確 に表 現 し て い る。 物語 の ﹁ 中 過 去 ﹂ や ﹁大 過 去 ﹂ の時 間 帯 でも 、 男 女 の違 い が い か に も ﹁ら し く ﹂ 描 き 分 け ら れ て い る。 た と え ば 、 エ ミ リ ー の家 か ら 出 る 悪 臭 に不 平 を 言 い、 ﹁あ の 人 に言 ってや ってく だ さ い ま し (皿 )﹂ と 最 初 に ク レ ー ム を つけ てく る の は 女 性 。 翌 日 役 所 に来 た 男 は も っと 弱 腰 で、 ﹁私 ら は 何 と か し な く て は い け な せ ん な あ ﹂ と い った 姿 勢 で ク レ イ ム を つ け て いる ( 傍 線 は 引 用 者 )。 女 性 と 男 性 の思 考 の特 色 の 一面 が よ く 表 れ て い る と 言 え る だ ろ う 。 ま た 、 エミ リ ー の父 親 が死 ん だと き と か・ † り描 か れ て いる・ 婆 は り 女 性 た ち であ る 。 了 来 す る言動 が、 よ く語 る 手 紙 な ど を 書 い た り す る のも 、 や と ド ラ イ ブ を 繰 り 返 す 箇 所 で も 、 女 性 の特 有 の優 し さ と お 節 介 信 の屋 敷 へ牧 師 を 向 か わ せ た り 、 隣 の州 か ら 従 姉 妹 を 呼 び 奪 ・ ﹁あ の 人 は 男 衆 を コ チ ン パ 、 温 か さ や優 し さ を 欠 い た 自 己 中 心 的 な 女 性 と し て早 りれ て い る 部 分 が あ る 。 そ れ は 、 た (n )﹂ の で あ る 。 フ ォ ー ク ナ ー は し ば し ば ﹁女 嫌 い ﹂ と い わ れ 、 女 性 を ネ ガ テ ィ ブ に 表 現 す る こ と が そ の ほ か 、 エミ リ ー対 牧 師 、 彼 女 対 薬 局 店 主 、 そ し て彼 女 対 議 員 た ち の 対 立 で は いず れ も ン に や っ つけ た 多 い・ こ の作 品 の エ ミ リ ← と え ば ・ ﹃響 と 怒 り ﹄ の コ ン プ ソ ン家 の 女 あ る じ の コ ン プ ソ ン 婦 人 や 、 そ の 娘 キ ャ デ ィ ー や そ の 娘 、 あ る い は ﹃サ ン ク 、 で自 分 勝 手 な 女 性 で あ る 。 チ ュア リ ﹄ の 女 子 大 生 テ ン プ ル ・ド レ イ ク な ど の 特 製 に も 通 じ て い る 。 コ ン プ ソ ン 夫 人 は 母 親 の愛 を 欠 い た 自 己 中 心 主 過 去 の カ と 新 し い力 の対 立 孫 娘 のク エ ン テ ィ ンも 我 が ま ま な 女 性 であ り 、 テ ンプ ル も 馨 町 の人 々 1 義 者 だ し ・ 娘 の キ ャデ ィ も 四一 三 フ ォ ー グ ナ ー の 作 品 を 読 ん で 強 く 感 じ る こ と は 、 ﹁過 去 の 力 ﹂ が 現 在 に 生 き る 人 々 を 強 く 支 配 し て い る と い う こ と で あ る 。 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ に も 、 そ の 特 色 が 見 ら れ る 。 先 ず 、 エ ミ リ ー の 性 格 を 形 成 し た も の は 、 人 々 が ﹁静 止 画 像 ﹂ す る 旧 い時 代 の 思 潮 と の決 別 を 示 す と いう 側 面 も あ る の だ る つ。 丁 度 五 6 年代 (皿 )﹂。 女 性 が 、 衝 撃 的 な 事 件 の あ と 髪 型 を 切 った り す る こ と が あ る が 、 エミ リ ー の 場 ムロも そ の の な か に 思 い 描 く イ メ ー ジ に う か が え る と お り 、 父 親 と い う ﹁過 去 ﹂ の 力 で あ る 。 父 親 の 死 後 に 町 に 現 れ た エ ミ リ ー は ﹁髪 を 短 く 切 っ て い た 好 例 だ ろ う ・ な お ま た ・ 父 親 の袋 一九 に 、 流 行 に 敏 感 な 若 い 女 性 た ち が 、 旧 世 代 以 来 の 伝 統 的 な 長 い髪 を 切 った の と 同 様 に 、 一九 世 紀 の 後 半 の エ ミ リ ー も 、 同 時 代 と 別 れ た の であ る。 ミ リ ー への薔 薇 ﹂ を 楽 しむ ﹁エ 明治大 学教 養 論集 通巻 四 二九 号 (二〇 〇 八 ・ 一) 二〇 エミ リ ー の 恋 も 、 町 の 旧 い世 代 の人 々 や 夫 人 た ち か ら は 、 最 初 か ら ﹁口 に手 を あ て て噂 を し 、 板 す だ れ の陰 か ら 絹 や 嬬 子 の衣 装 の首 を 伸 ば し て覗 き (皿 )﹂、 答 め だ て す る よ う な 視 線 を 送 ら れ て い る。 ま し て、 相 手 の男 は、 旧 い世 代 に と っ て は ︿敵 ﹀ で あ る は ず の北 部 人 で あ る 。 ﹁ま さ か グ リ ア ソ ン家 の ご 令 嬢 が 北 部 人 ご と き と ﹂、 と 思 う の は 当 然 で あ る 。 元 来 恋 は 秩 序 と は 正 反 対 も の だ が 、 エミ リ ー の情 事 は 町 の秩 序 を も っと も 大 き く 乱 す も のと な る 。 エ ミ リ ー の父 親 の時 代 は 、 サ ー ト リ ス大 佐 ・町 長 の 旧 き 良 き 時 代 であ った 。 そ の娘 や 孫 た ち は 二 五 セ ン ト 玉 を も って、 エミ リ ー の 家 に絵 付 け の稽 古 事 に通 った 。 し か し そ の次 の世 代 の 娘 た ち は 稽 古 を 止 め る 。 過 去 が 新 し い時 代 に代 わ り 、 時 の流 れ の無 情 を 語 る と こ ろ で あ る 。 だ が 一面 で は 、 サ ー ト リ ス町 長 が 発 布 し た エミ リ ー の税 金 免 除 の事 例 を 、 新 し い 世 代 で も 、 変 え る こ と が で き な い よ う な と こ ろ も あ る 。 ﹁エミ リ ー への 薔 薇 ﹂ に は 新 ら し い も のと 旧 いも の と の葛 藤 や 対 立 が 各 所 に 見 ら れ る が 、 彼 女 の屋 敷 の老 残 の様 子 は、 そ の様 相 が ど ん な 有 さ ま で あ る か を よ く 伝 え て い る 。 (1 ) 目障 り な物 のな か の目障 り な物 修 理 工 場 や綿 繰 り 工 場 が 侵 食 し て き て近 隣 の 由 緒 深 い名 称 も 忘 却 の 淵 に 陥 れ た 。 エミ リ ー の屋 敷 だ け が 取 り 残 さ れ 綿 を 積 ん だ 荷 車 や ガ ソ リ ンポ ンプ の背 後 で頑 迷 で妖 艶 な 没 落 ぶ り を 見 せ て い た ー で あ った 。 時 の流 れ の中 で、 維 持 管 理 の 手 も 届 か ず 、 朽 ち て い く 屋 敷 のあ り さ ま は 、 無 残 であ る 。 こ こ に は 語 ら れ て い な い が 、 庭 園 も 雑 草 だ ら け で荒 れ 放 題 、 樹 木 も 伸 び 放 題 で こ の地 特 有 の葛 (﹁カ ズ ﹂ と 呼 ば れ て い る ) が 暴 れ 放 題 で あ ろ う 。 人 に と って容 易 に は 抗 う 事 の でき な い 時 間 と い う も の の 残 酷 さ を 、 象 徴 し て い る よ う な 情 景 で あ る 。 五 読者 (皿 ) 1 ﹁ 宙 吊 り ﹂ の ﹁言 い 落 と し ﹂ ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ の 読 み 処 五一 一 そ の技 巧 エミ リ ー が 男 と の交 際 を 続 け る 時 期 を 語 る 次 の 一節 に は、 フ ォ ー ク ナ ー の 作 品 に よ く 見 ら れ る特 質 が 表 れ て い る。 そ れ は ま た 、 現 代 の他 の 作 家 の作 品 にも よ く 見 ら れ る特 色 の 一つ であ る 。 (W 、 傍 線 引 用 者 ) 参 上 さ せ た の で す 。 そ し て そ の御 仁 は 面 会 の際 に何 があ った か 一言 も 申 さ れ な か っ 男 衆 は 余 計 な お 節 介 は申 さ ず に お り ま し た が 、 婦 人 方 は し ま い に バ プ テ ィ ス ト 派 の牧 師 に ー ー エミ リ ー さ ん の御 一 族 は エピ ス コパ ル 派 で し た が 1 た の です が 、 以 後 二度 と 参 上 す る と は申 さ れ ま せ ん で し た 。 これ は 、 先 に も 触 れ た と お り 、 エ ミ リ ー 。 の 目 に 余 る デ ー ト を 忠 告 す る た め に 、 町 の 婦 人 た ち の意 向 で 遣 わ さ れ た 牧 師 が エ ミ リ ー 訪 ね た あ と の こ と で あ る 。 し か し 、 こ の と き 二 人 の 間 で ど ん な や り 取 り が あ った の か 、 あ る い は 牧 師 は エ ミ リ ー か ら ど ん な 言 動 を 受 け た の か 、 何 も 語 ら れ ず 、 読 者 の 関 心 は ︿宙 吊 り ﹀ に さ れ た ま ま な の で あ る 。 そ し て 、 作 品 の (1 ) 薬 局 で の 応 対 か ら (皿 ) 類 推 し て 、 エ ミ リ ー が 牧 師 の 助 言 に ど の よ う に 対 応 し た か は 、 お お よ そ 想 像 は つく 。 お そ ら く 、 こ こ は読 者 の自 由 な 想 像 に任 せ よ う と い う こ と であ ろ う 。 彼 女 の そ の際 の対 応 に つ い て は、 議 会 の代 表 者 最 後 の 場 面 に 至 っ て も 、 こ れ に 関 す る 説 明 は 一切 な い。 や 二 一 彼 女 は た ぶ ん ・ 牧 師 の言 葉 を 頑 な に拒 否 し 、 自 分 の意 図 を 貫 い た のだ ろ う 。 だ が そ れ にし て も 、 読 者 に は い つま でも 気 ﹁エミ リ ー への薔 薇 ﹂ を 楽 し む 明治 大 学 教 養 論 集 通 巻 四 二 九 号 (二 〇 〇 八 ・ 一) 二二 が か り な ま ま 心 に 残 る 箇 所 で あ る 。 ち ょ う ど 丸 谷 才 一が 、 ﹁手 紙 と 女 ﹂ を 主 題 にし た 二 枚 の絵 画 を 論 じ て、 こ う 言 って ハぼ い る のと 同 様 に。 彼 女 ら の表 情 を 見 れ ば 、 手 紙 に ど ん な こ と が 書 い てあ る か は あ る 程 度 ⋮ 。 いや わ か る の は せ い ぜ い嬉 し い た よ り だ と い う ぐ ら い ⋮ 。 知 り た い の に 詳 し く は わ か ら な い 。 じ り じ り す る 。 そ の へん の も ど か し い 感 じ が じ つ に い い 。 (﹃二 枚 の 絵 ﹂、 一〇 五 ) エ ミ リ ー と 牧 師 の 面 会 の 場 面 の よ う に 、 語 り 手 に よ る ︿言 い 落 と し ﹀ に よ っ て、 も ど か し い 感 じ を 楽 し む こ と は 、 確 か に 読 書 の 喜 び の 一 つ で あ る 。 だ が 作 中 の 読 者 を ︿宙 吊 り ﹀ に し た 箇 所 を 、 読 者 み ず か ら の 推 理 と 創 造 力 で 補 っ て 決 着 を つ け た く な る の も ま た 自 然 の こ と で あ る 。 ま た そ れ よ っ て、 読 む 楽 し み を な お 一層 増 幅 す る こ と も で き る だ ろ う 。 む し ろ こ の よ う な 箇 所 こそ 、 作 品 に仕 組 ま れ だ 秘 か な 仕 掛 け で、 作 者 は こ れ が 作 品 の次 元 を 広 げ 豊 か にす る 技 巧 と 承 知 し て い た の か も し れ な い 。 や は り 丸 谷 才 一の ﹃輝 く 日 の 宮 ﹄ で、 登 場 人 物 の 一人 藤 原 道 長 が こ う 言 っ て い る よ う に 。 す べ てす ぐ れ た 典 籍 が 崇 め ら れ 、 讃 え つづ け る た め に はぺ 大 き く 謎 を し つら へて世 々 の 学 者 た ち を 騒 が せ な け れ ば な ら な い。 惑 は せ な け れ ば な ら な い。 た と へば あ の孔 子 の言 行 録 の や う に、 前 後 の説 明 を 添 へず 、 わ ざ と き れ ぎ れ にし て。 ( 四 二 三) そ れ で は 、 ﹁エ ミ リ ー の 薔 薇 ﹂ の そ の 箇 所 に ﹁し つ ら え ら れ た 謎 ﹂ に よ っ て 、 学 者 た ち は ど の よ う な 騒 ぎ を 起 こ し た の だ ろ う か 。 そ の謎 に 対 す る 従 来 も っと も 一般 的 な 回 答 は 、 前 後 に宗 教 の教 派 の こと が ふ れ ら れ て い る こ と か ら 、 エ ミ リ ー は ・ ア メ リ カ 社 会 で は 概 し て 格 の低 いバ プ テ ィ ス ト 派 の牧 師 に、 軽 蔑 的 な 言 辞 を 弄 し た の だ ろ う と 考 え ら れ て い る 。 す な わ ち、 た と え ば 、 (イ ) ﹁わ た く し は バ プ テ ィ スト の 牧 師 様 の ご 指 示 な ど ご 不 要 に し て い た だ き と う ご ざ い ま す 。 ど う ぞ お 引 取 り く だ さ いま し﹂ (ロ) ﹁そ ち ら は 、 ご 自 身 が 何 さ ま と 思 し 召 し な の で し ょ う か 。 バ プ テ ィ ス ト の牧 師 さ ま の ご と き が 、 聖 公 会 の わ た く し に 余 計 な お 世 話 で い ら っし ゃ い ま す わ 。 分 を わ き ま え 遊 ば せ ﹂ と い った よ う な こと を 言 った の か も し れ な い。 確 か に ア メ リ カ の 社 会 、 文 化 の コ ン テ ク ス ト で は 、 こ の読 み 方 で十 分 で 読 み の広 が り (エ ミ リ ー と 牧 師 の場 面 に 関 し て ) あ ろ 亮 。 た だ 作 品 の社 会 的 な 背 景 に通 じ て い な い 日本 の青 年 た ち が 読 む と 、 こ の ︿言 い落 ピ し ﹀ の場 面 の解 釈 は 、 ま た ﹁言 い 落 と し ﹂ の 場 面 ー な お 一層 自 由 な 広 が り を み せ る こ と に な る 。 五一 二 先 の場 面 で エミ リ ー が 牧 師 に示 し た 言 動 に 関 す る 推 測 に つ い て は 、 前 述 の と お り 一応 の決 着 は つ い て い る 。 だ が 、 専 門 の 文 学 研 究 と は 異 な り 、 た だ 読 書 を 楽 し む 多 く の人 た ち の間 で は 、 さ ら に自 在 で面 白 い読 み が 許 さ れ る だ ろ う。 た と え ば 、 筆 者 の担 当 し た ク ラ ス や ゼ ミ の学 生 た ち も 、 そ の楽 し み を 享 受 し た 幸 運 な 人 た ち で あ る 。 そ ん な 青 年 た ち の 考 え 二三 他 人 の こ と を 何 だ か ん だ と お っし ゃ れ る お 立 た エミ リ ー の言 葉 や 行 動 に は 、 以 下 の よ う な ユ ニ ー ク で楽 し く 、 且 つ想 像 力 に 富 ん だ 読 み が あ った 。 好 例 の いぐ つか を 引 い て み た い。 (ハ) ﹁あ な た だ って 他 の 女 と 浮 気 を し て い ら っし ゃ る ん で し ょ ? ﹁エミリ ー への薔 薇﹂ を楽 しむ (三 明 治 大 学教 養 論集 場 ?﹂ 二四 し ゃ る ん で す か 。 悔 し か った ・ り、 ご 自 分 で不 倫 で も 何 で も な さ った . b? 通 巻 四 二九 号 (二 〇 〇 八 . 一) ﹁そ ち ら 様 は や き も ち を 焼 い て い ・ 三 も っと も ・ そ ち ら 様 の よ う な 野 暮 った い お 方 で は 、 ど ん な ご 婦 人 も 近 寄 っ て な ど い ら っし ゃ ら な い と は 存 じ ま す が、 おほ ほ⋮⋮﹂ これ ら は・ こ の数 年 来 の学 生 の考 え の類 型 の ; で、 天 の恋 路 に余 計 な お 節 介 を し な い でL と い・ つ樫 日のも のと 言 っ エ ミ リ ー が 牧 師 に身 体 (色 仕 掛 け ) で 迫 った 。 て い い。 そ ん な な か で 、 男 子 の 社 会 人 学 生 の 回 答 の な か に は 、 次 の よ う な 推 量 が あ った 。 (ホ ) 頑 迷 な 人 柄 と いう 文 脈 に沿 った 、 面 白 い推 論 で あ る。 し た が って、 は 牧 師 に ど の よ う な 対 応 を し た か L と い う ﹁正 解 のな い問 題 ﹂ に対 す る解 答 と し て は、 いず れ も ま ち が い で いず れ も ・ 語 り 手 の描 き 出 し て い る モ ・ リあ 三 ミー は な いと 言 え よ う・ (な お 、 これ ら の想 像 力 に富 ん だ 創 造 の提 供 者 の氏 名 は、 蔀 分 本 稿 の元 と な った 紀 要 等 の初 出 の 拙 稿 の ︹注 ︺ に お い て ・ そ の 名 前 の イ ニ シ ア ル + 姓 で 付 記 し て あ る 。 三 ﹂で は 煩 雑 を 避 け 割 愛 し た い 。 以 下 同 じ パ タ ン の 箇 所 に つ い て も 同 様 で あ る )。 と こ ろ で・ さ ら に最 近 の 二 〇 〇 五 年 に 筆 者 の担 当 し た ゼ ミ の男 子 学 生 の考 え のな か には 、 次 のよ ・ つな も の が あ り 、 虚 を 突 か れ た 思 いが し た 。 (へ) ﹁わ た し に は 初 め て の、 そ し て 多 分 最 後 の 、 命 が け の 恋 な の で す 。 牧 師 様 、 な に と ぞ ご 明 察 く だ さ り 、 寛 容 た め に 、 こ の 日 の す べ て を 秘 密 に し て 、 ﹁温 か く 見 て い っ な ご 理 解 を お 願 い い た し ま す ﹂ と 、 恥 を し の ん で牧 師 に 泣 き つ い た 。 そ れ に 対 し て 、 南 部 紳 士 で サ │ ト リ ス 町 長 た ち と 同 じ 旧 世 代 に属 し て い る 牧 師 は 、 エ ミ リ あ て あ げ よ う ﹂ と 思 った 。 た し か に 、 牧 師 の そ の 後 の 沈 黙 の 原 因 と し て は 、 こ の よ う な 会 話 や 状 況 も あ り 得 な く は な い か も し れ な い。 し か し 、 エ ミ リ ー は 、 も う 少 し 孤 高 で 強 い 女 性 な の で は な い だ ろ う か 。 そ れ に し て も 、 ﹁最 近 の 若 い 人 は 昔 よ り 優 し く な った ﹂ と言 わ れ る こと が少 なく な いが、 これ は それ を実 証 す る よ うな 発想 であ る。 こ の よ う な 作 品 の 技 巧 は 、 村 上 春 樹 の 言 い 方 を 借 り れ ば 、 ﹁放 り っ放 し 手 法 ﹂ (﹃若 い 読 者 の た め の 短 編 小 説 案 内 ﹄、 一 四 五 ) は 、 今 日 の 作 家 に は し ば し ば 見 る こ と が で き る も の で あ る 。 こ れ は ま た 、 ﹁話 に け り が つ い て も 読 者 は 宙 吊 り の ま ま の こ さ れ る 。 ⋮ あ と は 、 読 者 の 自 由 に考 え る に任 せ る 。 こ ん な 救 い の な い 書 き 方 も な い。 こ ん な や り き れ な い 世 界 も な い ﹂ (阿 部 昭 、 ﹃短 編 小 説 礼 賛 ﹄、 二 二五 )。 し か し 同 時 に こ の 書 き 方 は 、 右 に 見 た と お り 、 読 者 が さ ら に フ ィ ク シ ョ ン を 補 って 作 品 を 膨 ら ま せ る こ と の で き る 生 産 的 な 箇 所 な の で あ る 。 こ こ に 、 読 書 の 醍 醐 味 を 味 わ う こ と の で き る も う 一つ の世 界 が 開 け る の で あ る 。 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ に は 、 こ の ほ か に も ﹁暖 昧 ﹂ な と こ ろ が な く は な い 。 諸 家 が 指 摘 し て い る と お り 、 語 り 手 が エ (し た が っ て 、 語 り 手 ミ リ ー を め ぐ る 諸 事 万 端 に 通 じ て い 過 ぎ る の も そ の 例 で あ る 。 た と え ば 、 町 の 議 会 で の 具 体 的 な 内 容 や 、 町 長 へ送 ら れ ︹シ ェイ 、 一九 八 五 、 一 一〇 ︺)。 た エ ミ リ ー の 手 紙 の 内 容 、 そ し て 薬 局 か ら 帰 って エ ミ リ ー が 開 い た 薬 ビ ン の ラ ベ ル の こ と な ど が は若 手 議 員 の親 類 縁 者 な の か も し れ な い と い う 論 も あ る 二五 (他 の 作 家 か ら の 例 ) を 注 に 引 用 し て お き た い 。 そ れ に よ り 、 こ の 手 法 の も つ ﹁生 産 性 ﹂ を さ ら に 、 フ ォ ー ク ナ ー の こ の よ う な 現 代 的 な ﹁言 い 落 と し ﹂ 技 法 に 関 し て は 、 別 の と こ ろ で も 論 じ た の で 、 こ こ で は 割 愛 す る が 、 そ の も う 一例 ハ 確 認 し て お き た い の で。 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ を 楽 し む 通 巻 四 二九 号 (二〇 〇 八 . 一) タ イ ト ル に つい て エ ミ リ ー に捧 げ る 薔 薇 明治大 学教養論集 六 六- 一 4 こ の作 品 の タ イ ト ル に つ い て 、 従 来 か ら 様 々 に 議 論 が 出 さ れ てき た 。 ま た 若 い読 者 二六 (学 生 ) の な か に も 、 ﹁何 で 薔 薇 な の か ﹂ と い った 疑 問 を 口 に し た 者 も あ る 。 作 品 の な か で 薔 薇 に 関 連 す る 表 現 は 、 最 終 ペ ー ジ の ホ ー マ ー が 横 た わ っ て へ の薔 薇 と は 、 色 が あ せ て く す ん だ 惨 め な 薔 薇 で あ り 、 惨 め で 空 し い 女 の 一生 の メ タ フ ァ ー い た 、 新 婚 に 相 応 し く し つ ら え ら れ た 部 屋 の カ ー テ ン と 電 灯 の 傘 が 、 今 で は 色 の 落 ち た 薔 薇 色 で あ った (V ) と い う 箇 所 だ け で あ る 。 一体 エ ミ ー で あ って い い の だ ろ う か 。 周 知 の と お り 、 フ ォ ー ク ナ ー 自 身 は ﹁可 哀 想 な エ ミ リ ー に 一輪 の 薔 薇 を 捧 げ た い と い う 思 い を 込 め て タ イ ト ル を つ け た ﹂ と 述 べ た こ と が あ る 。 こ れ は 、 こ の 言 葉 は こ の 作 者 に も と き ど き 見 ら れ る 、 あ と に な って の こ じ つ け と か 、 思 い つ き の 一 つか も し れ な い 。 だ が 、 い つ の と き か 作 者 の 心 に は 、 エ ミ リ ー へ の 憐 れ み が あ った こ と は 確 か だ ろ う 。 作 品 の な か に は 、 エ ミ リ ー の内 面 を 推 測 す る手 掛 か り は な い が、 作 者 の執 筆 の草 稿 の段 階 で は 彼 女 が 優 し い 心 遣 いを す る 人 物 と 四 )。 し て 書 か れ て い た 。 そ れ に よ れ ば 、 死 が 旦 夕 の 間 に 迫 った 床 で 、 彼 女 自 身 が 黒 人 召 使 に ね ぎ ら い の 言 葉 を か け 、 二 階 の 部 屋 の秘 密 を 最 初 に 見 て貰 い た い こと と 、 屋 敷 を 遺 贈 し た い旨 を 述 べ る ( 彼 は それ を断 るが) ( ヴ ォルピ ー、 6 創 作 当 初 の 作 者 は 、 エ ミ リ ー が 心 情 細 や か な 女 性 だ った と い う こ と を 、 も っと 素 朴 に 書 き た か った の か も し れ な い 。 六- ニ エミ リ ー の 生 の 声 は ? 1 も う 一つ の 空 白 の 補 充 、 だ が 完 成 さ れ た 作 品 で は 、 町 の 老 世 代 と 若 い世 代 の人 々 の観 点 か ら 見 た エミ リ ー に つい て は 、 十 分 に 語 ら れ て い る が 、 エミ リ ー の内 面 の撰 の 心 の 裡 は 、 徹 底 的 に抜 け 落 ち た ま ま な の で あ る 。 作 者 に 関 心 が あ った の は 、 彼 女 自 身 の真 実 で は な く 、 町 の 人 々 に と って の エ ミ リ ー だ った よ う で あ る 。 こ れ は 、 ﹃響 き と 怒 り ﹄ の キ ャデ ィ ー や 、 ﹃ア プ サ ロム ﹄ の サ ト ペ ン の場 合 と ま った く 同 じ で あ る 。 これ ら の 作 品 でも 、 キ ャデ ィ ー や サ ト ペ ン の生 涯 と か 人 間 性 は 、 周 囲 の人 々 か ら 念 入 り に語 ら れ 論 じ ら れ る 。 し か し 、 彼 女 た ち や 彼 ら 自 身 の の生 の声 は 、 語 り 手 や 周 囲 の人 た ち の 口 (あ る い は 手 紙 ) を 通 し て、 間 接 的 に 紹 介 さ れ る だ け で あ る。 当 の人 物 自 身 に よ る 直 接 の 声 は ほ と ん ど 皆 無 な の で あ る 。 ﹁エミ リ ー の薔 薇 ﹂ でも 、 エ ミ リ ー の真 実 に つ い て は 、 ﹁言 い落 と し ﹂ に よ って読 者 を ﹁宙 吊 り ﹂ に す る 技 法 を 講 じ た 。 そ こ で 、 読 者 の 自 由 な フ ィ ク シ ョ ン に委 ね た の で あ る 。 読 者 の側 は 、 作 者 の そ ん な 仕 掛 け に の って 、 い っと き エ ミ リ ー 彼 女 は バ ロ ンと の あ の危 う げ な 恋 に 、 ど の よ う な 思 いを 込 め て い た の だ ろ う か 。 ま た 、 そ の 長 い年 月 に及 ぶ の内 面 を あ れ こ れ 想 像 し て み て よ い。 そ の ﹁正 解 の な い質 問 ﹂ は 、 こ の作 品 を 一層 面 白 く 生 産 的 な も の に し てく れ る だ ろ う 。1 孤 独 や 欝 屈 を ど の よ う に 忍 ん で いた の だ ろ う か 。 そ し て さ ら に 、 忍 び 寄 る 肥 満 や 老 い への 恐 怖 に、 ど の よ う な 思 い を 抱 き ・ ど の よ う に耐 え て い た の で あ ろ う か 。 あ る い は 、 ひ た ひ た と 寄 せ てく る 窮 乏 を 、 ど う や って や り 過 ご し て い た の で あ ろ う か。 様 ざ ま の 論 考 や 研 究 者 の な か に も 、 直 接 話 法 で伝 え ら れ て い な い エミ リ ー の声 に思 い を め ぐ ら せ る よ う な 、 無 いも の ね だ り を し て い る は も の は ほ と ん ど な い 。 ま た 、 漱 石 と か 、 シ ェイ ク ス ピ ア や レ イ モ ン ド ・チ ャ ン ド ラ ー の 作 品 を 始 め 、 . 二七 種 々 の 文 芸 作 品 に 見 ら れ る よ う な ﹁補 完 ﹂ 版 、 あ る い は パ ロデ ィ T や パ ス テ ィ ー シ ュ の よ う な も の が 見 ら れ な い の で あ ﹁エミ リ ー への薔 薇 ﹂ を 楽 し む 明治大学 教養論集 通 巻 四 二九 号 (二〇 〇 八 ・ 一) 二八 ︹ ﹃﹁悪 霊 ﹂ に な 範 。 作 品 に 書 か れ て い な い こ と を 邪 推 す る こ と は ﹁悪 趣 味 な 質 問 ﹂ と 言 い な が ら も 、 ﹁ス タ ヴ ロ ー ギ ン は 、 自 分 の 膝 の 上 に 抱 き 寄 せ た マ ト リ ョ ー シ ャ の耳 元 で は た し て 、 何 と 囁 い た の か ﹂ と 想 像 力 を 働 か せ て い る 亀 山 郁 夫 エミリ ーさ ん に捧 げる薔 薇 り た か った 男 ﹄、 八 七 ︺ に な ら っ て 、 も う 少 し 想 像 力 を 遊 ば せ て よ い は ず な の に 。 六一 三 特 に 若 い 読 者 に と って ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ は 、 町 の 人 々 の 思 い の 揺 れ よ り も 、 エ ミ リ ー の孤 独 な 生 涯 と ホ ー マ ー と の恋 路 の方 が 、 は る か に 興 味 深 い こ と の よ う で あ る 。 そ し て 読 み な が ら 、 学 生 た ち は こん な 思 い を 巡 ら す 。 ﹁暗 い 湿 った 部 屋 で 、 ミ イ ラ に な っ て ゆ く バ ロ ン と 毎 夜 話 し て い た の だ ろ う か 。 エ ミ リ ー は 純 粋 す ぎ る ほ ど (イ ) ﹁彼 女 が 痛 々 し く 、 切 な い 気 持 ち で い っぱ い に な った ﹂ (口) 純 粋 で 、 人 間 ら し い 不 器 用 な 女 だ った と 思 う ﹂ ﹁エ ミ リ ー は 疲 れ て い た 、 だ か ら バ ロ ン で も (誰 で も い い か ら ) 選 ん だ ﹂ (ハ) ﹁名 家 の 子 女 な の で 、 何 で も 思 う と お り に し た が る 。 ホ ー マ ー も そ の 一 つ だ った 。 そ れ に し て も 、 恋 し た 男 そ こ ま で好 き に な れ る な ん て羨 ま し い﹂ (二) を 死 体 に変 え て ま で愛 す る ー い ず れ も 、 彼 女 の 情 念 の熱 さ に 衝 撃 と 一種 憧 れ を 覚 え て い る 言 葉 で あ る 。 こ れ ら は 、 お そ ら く 彼 女 の 生 の 心 の 真 実 に 、 極 め て 近 く 、 共 感 の こ も った 推 測 で あ り 、 フ ィ ク シ ョ ン で あ ろ う 。 そ し て 、 こ れ ら 若 い 読 者 の 心 優 し い 共 感 こ そ 、 ﹁エ ミ リ ー に 捧 げ る 薔 薇 ﹂ と し て 、 も っと も 相 応 し い も の な の で は な い だ ろ う か 。 彼 女 の 一時 の 幸 福 の 絶 頂 か ら 陽 の 閉 り 始 め た 月 日 、 ま た 虚 脱 や 孤 独 の 痛 み 、 そ し て 老 い や 貧 困 に 対 す る 恐 怖 等 に つ て の生 の声 は ・ さ ら に様 ざ ま に 想 像 を め ぐ ら す こ と が でき る だ ろ う 。 そ れ は 、 さ ぞ残 酷 な 月 日 を 描 く こ と にな る だ ろ う 。 そ れ に つい て は、 ど ん な に言 葉 を 尽 く し ても か な わ な い こと と 思 わ れ る 。 こ こ で は そ の代 わ り に、 エミ リ ー の想 像 し 得 る 生 の 声 に 、 た ま た ま 極 め て 近 く 思 わ れ る バ ラ ー ド の 一部 を 引 用 し て、 エ ミ リ ー に 捧 げ る も う 一本 の 薔 薇 と し た い 。 そ れ は 、 ﹃名 詞 名 訳 も の が た り ー 1 異 郷 の 調 べ﹄ の な か で 、 著 者 の 一人 沓 掛 良 彦 が 、 ﹁鬼 才 .奇 才 矢 野 目 源 一の 名 訳 ﹂ と 賞 賛 す る ﹁想 夫 憐 ﹂ (ク リ ス チ ー ヌ ・ド ・ピ サ ン) と い う ﹁中 国 古 典 に 倣 った タ イ ト ル を 与 え ら れ て い る ⋮ み ご と な わ れ は ひとり わ れ は ひとり わ れ は ひとり わ れ はひ とり 身 も 世 も あ ら ぬ 嘆 き す る、 悲 し さ の 切 な さ の 身 に 沁 み て、 主 も なく 伴 侶も な く、 背 の 君 に お く れ 参 ら せ て、 さ ても 孤 り のな つか し き 、 つま なが ら 二九 訳 詩 ﹂ か ら の も の で あ る 。 そ こ に は 、 エ ミ リ ー の壮 絶 な 孤 独 の 痛 ま し さ と 同 質 の 言 葉 た ち が 、 吐 き 出 さ れ て い る 。 こ こ で は 、 そ の な か か ら 、 第 一、 二 連 と 、 反 歌 を 引 い て お き た い (一四 二 ー 四 )。 われ は ひと り た と へし な く も う ら ぶ れ て 、 ひと わ れは ひと り 夫 な き後 を 存 うる。 かど べ も わ れ は ひとり 門 邊 に 窓 に 立 ち つ ゐ つ、 と われ は ひとり 物 陰 に身 を ひ そ め、 ぬし われ はひと り 涙 の乾 く 間 も な く て、 のち われ はひ とり ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 [ 薇 ﹂ を 楽 しむ 注 明治 大学 教養 論集 通 巻 四 二九 号 (二〇〇 八 .一) す べ 悲 し さ に心 ま ぎ る る こ と あ れ ど 、 なぐさ わ れ は ひ とり ひと り慰 む術 も な し。 た 閉 ざ せ る 部 屋 に垂 れ こめ て、 と われ はひ と り わ れ は ひと り 歌 夫 な き後 を 存 う る。 反 さいな わ れ は ひ とり う たぎ み くるしみ 歌 君 よ、 胸 の痛 みも いま さ ら に、 わ れ は ひ と り 、 あ り と あ る苦 悩 に 苛 ま れ ハお 顔 の色 墨 よ り暗 く わ れ は ひ とり 夫 な き 後 を存 うる 。 に 際 し て は ・ 筆 者 の霧 子・ 飯嚢 に負 ・ つと ・ ﹂う が 少 な く な い。 の ︿ 翻 訳 にも建 築物 と同 様 に耐 用年整 三〇 限界 があ る、 すな マ数 字 に よ る 番 号 で 示 す 。 そ の方 法 が 、 多 様 な テ キ ス ト に 蕃 容 易 に対 校 の 二 〇 〇 五 年 度 三 年 生 ゼ ミ の学 生 の発 想 や藷 わ れは ひ と り (- ) 本 稿 の墾 ( 2 ) 引 用 箇 所 に つい て は ・ 作 品 の セ ク シ ・ン ( 節) の 〒 イ メ膓 を 抱 い て い る の だ ろ う か 。 学 生 に ﹁エ ・、リ あ 九 九 三年 の勤 務校 の英米 文学 科 で実 施 した アン7 ト (二) の主 要 な人名 、 ・ 梨 花 、 青 木 さ や か 、 鈴 木 京 香 、 夏 木 マリ、 沢 尻 エリ カ (以 上 、 二〇 〇 五 、 七 年 の学 生 )。 及 び さ ら に旧 く 一九 役 ど こ ろ が 相 応 し い俳 優 や タ レ ン ト ヒ ン ト に な った 。 (﹃謹 賀 新 聞 ﹄ 二 〇 〇 六 年 万 + 二 日 、 夕 刊 ) 応 で き る で あ ろ う か ら ・ な お ・ 訳 は 筆 者 が試 み た 。 そ の際 、 村 上 喬 つい て ど 会 わ ち ﹁経 年 劣 化 ﹂ が あ る ﹀ と い う 趣 旨 の エ ・セ も (3) 人 々 は ・ エー リ よ 極墨 の名 前 を 書 く よ う 求 め た と こ ろ 次 のよ う な 人 々 の名 が あ が った 。 (二 な おか なり過去 に遡 三 ぼ (2 )、 (晩 年 の ) マ レ ー ネ .デ ィ ー ド リ ッ ヒ (1 、 以 下 同 )、 八 五 年 の 学 生 の も の (三 ) を 以 下 に 記 し て お き た い 。 挙 げ ら れ る 役 者 ・タ レ ン ト 等 の 名 前 に も 、 時 代 の 変 遷 が 見 ら れ て い さ (6 )、 キ ャ ッ シ ー ・ベ イ ツ (4 )、 淡 谷 の り 子 さ か 興 味 深 い (な お カ ッ コ内 は 同 一回 答 者 数 )。 (二 ) 岸 田 今 日 子 (以 上 3 )、 小 川 知 子 、 大 原 麗 子 、 中 野 良 子 (以 上 2 )、 岸 田 今 日 子 (1 。 両 オ ー ド リ ー ・ヘ ップ バ ー ン 、 加 賀 ま り 子 、 岡 田 茉 莉 子 、 市 原 悦 子 、 美 輪 明 宏 、 美 川 憲 一、 藤 山 直 美 、 泉 ピ ン 子 、 菅 井 き ん 、 (5 )、 田 中 裕 子 、 い し だ あ ゆ み 希 木 樹 林 、 ほ か。 (三 ) 秋 吉 久 美 子 方 の年 度 で名 を挙 げ ら れ た の は こ の女 優 だ け ) ほ か 。 ﹁も う 一 つ の 優 れ た 短 編 小 説 - 司釦巳 片口氏 の . . 吋ロ隅 Φ 弍 但切 図 〇 βΦΦ昌. .に つ (4 ) 文 芸 作 品 の ﹁言 い 落 と し ﹂ の 意 味 を た く み に 表 現 し た こ の 箇 所 は 、 他 の 拙 稿 の 何 箇 所 か で も 引 用 し 、 併 せ て 主 旨 の 重 な る 部 分 の あ る こと を お 断 り し てお き た い。 た と え ば 、 拙 稿 こ の 点 に 関 し て 、 二 〇 〇 五 年 夏 の ミ シ シ ッピ 大 学 の 国恥巳 尻口9 00鳥 鶴 m口口o で 、 字 句o汗 教 授 、 ト 0隅 o日 興 ω教 授 に た だ し た い て ﹂ ﹃明 治 大 学 教 養 論 集 ﹄ 通 巻 三 九 三 号 、 二 〇 〇 五 年 。 (5 ) ﹁言 い 落 と さ れ ﹂ て い る 次 の よ う な 一節 が あ ヘ ミ ング ウ ェイ の ﹁一〇 人 の イ ン デ ィ ア ン﹂ か ら の 実 例 で あ る (な お こ こ に は 、 拙 稿 ﹁イ ン デ ィ ア ン は 、 一 一人 い た は ず で は ? ﹂ と こ ろ 、 両 人 と も こ の解 釈 を 自 然 に受 け 入 れ て い た。 (6 ) ﹃明 治 大 学 教 養 論 集 ﹄ 通 巻 三 八 四 号 、 二 〇 〇 四 年 の 議 論 と 重 な る 部 分 が あ る )。 こ の 作 品 の な か に 、 夫 の ジ ョ ー に 向 か っ て 、 妻 が 何 事 か 囁 く 場 面 で 、 そ の内 容 が る 。 ま ず 妻 が 夫 に 向 か って こ う 言 う (次 ぱ 、 一家 の 息 子 の 発 話 、 そ の 次 は 夫 が ニ ック に 、 イ ン デ ィ ア ン の 彼 女 の こ と を 冷 や か す と こ ろ で あ る )。 ﹁あ な た も 若 い 頃 は た く さ ん 女 の 子 が い た ん で し ょ ﹂ ﹁で も 父 さ ん 、 いく ら 何 で も イ ン デ ィ ア ン の 女 と な ん か つき 合 わ な か った よ ね ー ﹂ ﹁そ ん な こ と は い い と し て 、 ニ ック 、 プ ル ー デ ィ ﹂ に 浮 気 さ れ ん よ う 気 を つ け る ん だ ね ﹂ 妻 が ジ ョー に 何 事 か 囁 く と 、 彼 は 笑 い声 を あ げ た 。 ﹁何 を 笑 って る の ﹂ と 息 子 の フ ラ ン ク が 聞 い た 。 一 一二 (筆 者 に よ る ) の ﹁言 い 落 と し ﹂ の 箇 所 も 、 作 品 は 何 の 具 体 的 な 補 完 は し て い な い 。 そ こ で 、 読 者 の 様 々 の 創 造 力 を ﹁黙 っ て な い と い け な い わ よ 、 あ な た ﹂ と 妻 が 言 う と 、 ジ ョー は ま た 笑 った 。 (三 三 三 ) 右 の傍 線 部 ﹁エ ミ リ ー へ の 薔 薇 ﹂ を 楽 し む 明治大学教 養論集 通 巻 四 二 九 号 (二〇 〇 八 . 一) (夫 の 直 前 の言 葉 を 受 け て) ﹁イ ンデ ィ ア ン女 は 身 持 ち が 悪 いん です も の ね ﹂ と か 、 刺 激 す るだ ろ う。 た と えば 、 ま た学 生 の発 想 を 借 り て、 二、 三 あ げ る と、 (イ ) § の魅 力 の 源 泉 に な って い そ ﹂と も 分 か る で あ る つ。 こ の よ . つな ﹁謎 ﹂ 後 の完 結 編 (﹃続 § b§ σ; ζ ゾ フの 兄弟 ﹂ 続 編 を 空 想 四﹃尻Φ叶)、 あ る いは 、 古 典 的 絶 筆 の補 完 版 )、 後 日談 (﹃・ つ・ りな り ﹄ 小 林 信 彦 ) や ﹃猫 ﹄ 藷 。 § 猫 の巻 ﹄ 柳 広 司 ほ か )、 チ ャ ンド ラ あ 明暗 ﹄ 水 村 蕾 の後 日 談 編 ( § 走 れ メ ・ ス﹄、 森 見 登 美 彦 )、 そ し て 最 新 刊 の ﹃﹁カ フ 了 句§ ・ ン (﹃漱 石 先 生 の事 件 簿 富 深く導き し た文 脈 でと ら え る 推 理 が 多 か 三 。 三 ﹂に は、 白 人 の驕 り と無 知 を 暴 露 し て いる 苦 ン デ イ ア ン の 娘 は 、 は 遊 ぶ に は い い 相 手 ね L / ﹁あ の娘 りは 、 初 め て 女 を 知 る に は 一番 よ ね ﹂、 と い った よ の墾 曇 Φ﹁) や 冒 様 ざ ま のバ ← σ寛 ・5 ユ (﹃新 釈 なか に 雇 ﹁い く ら 物 好 き の あ な た で も 、 今 で も イ ン デ ィ ア ン の娘 な ん か と 付 き 合 って な ん か い な い で し ょう ね ー ﹂ 誓 ク† ム ズ も の と な ると 、 時 代 小 説 作 家 の山 本 周 五 郎 の ﹃シ ャ 占 。ク .† ム ズ 異 聞 三 作 .羅 、 二 〇 〇 二 冊 、 新 聞 雑 誌 掲 載 が 九 五 件 L に 及 ぶ と ひ つ (小 林 司 、 東 山 あ か ね 、 ﹃シ ャ │ 彦 自 身 の手 にな る こ のバ ラ ト の翻 訳 が 添 え ・ りれ て い る 。 こ れ も 、 現 代 語 訳 で分 か り や す い . つえ に、 メ ァ リ女 王 の 個 人 秘 書 殺 人 事 件 ﹄ ︹ ケ イ レ ヴ ・カ ー 著 、 学 習 研 究 社 、 二 〇 〇 六 年 目 解 説 よ り )。 な お・ 同 書 に は・ 沓誓 参考文献 ロ ﹃OO匿P Ω o白目汁ひ § 昌ざ 苦 寒 ミ 沁遥6青 田 a 咋㎏ 菩8 黛昌討 a ・鴫 巴 Φ d 白含 ・勺 ﹁oω◎。・P⑩coω・ エ ミ リ ー の 悲 痛 な 心 の 裡 を 手 に と って 見 る こ と が で き る よ う な 名 調 .名 訳 で あ る 。 (8 ) ロ ッ ク ●ホ ー ム ズ ー 七年) さえあり・ 二〇〇 四年ま で 箪 行本 が一 三 か でも ・ シ ャ ー 三 す る 三 亀 山 郁 夫 ・ 光 文 社 ・ 二 〇 〇 七 ) な ど 。 そ の 他 、 ﹃源 氏 物 語 ﹄ か ら シ ェイ ク ス ピ ア ま で、 ・ ﹂の 種 の も の は 数 え き れ な い。 な 名 品 の パ 。デ ・ - や パ ス テ ・ ← ( ぎ§ め 諸 作 品 のパ 。デ ・ あ (7) た と え ば ・ 漱 石 で言 え ば ・ ﹃明 瞳 が 、 フ ォ ー ク ナ ー は じ め 、 多 く 作 家 の作 品 の 大 き な 魅 力 の 一つ であ る こ と も 了 解 で き る と こ ろ で あ る 。 誘 う こと が分 か るだ ろ う・ そ し て それ が、 作 品 のも う ; こ の よ う に ・ 作 中 の ﹁言 い 落 と し ﹂ が 、 単 に読 者 を ﹁宙 吊 り ﹂ に 放 置 す る だ け に 終 わ ・ りず 、 読 者 を 作 ・器 の よ う に、 フ ィ ク シ ョ ン 性 を さ ら に豊 か に 膨 ら ま せ た も の な ど も 見 ら れ た 。 (ハ) い ユー モ ア が 読 み 取 ら れ て い る 。 ま た 、 う な ・ イ ンデ ィ ア ンの若 い女 性 を 讃 たわね﹂ / 7 (。) ﹁あ な た も 昔 イ ン デ ・ ア ン の娘 と 遊 ん だ こ と が あ り ま す も の ね ﹂ / ﹁あ な た も イ ンデ ィ ア ン の恋 人 に 振 . bれ た . ﹂と が あ っ 三 勺毘 旦 ミ § § 自§ 書 ミ 言 災 q 民 四日 禽 Oo−管 p ・。8 ∈ § ㌻≧ ミ § 穎 9 向き 註 句S o這 § 心計 s d 巳 くo星 宮 [・。市o叶一価oq自計 一Φ。。P 討 ÷§ 句 句︽ 漬袋 ﹄ 卜嘗 § ミ 自S 尋 ミ 澄活§ 廿 S O§ § ω冨 一 "出 9 。。目 阿 部 昭 ﹃短 編 小 説 礼 賛 ﹄ 岩 波 新 書 、 一九 八 六 。 亀 山 郁 夫 ﹃﹁悪 霊 ﹂ ー 神 にな り た か った 男 ﹄ みす ず 書 房 、 二〇 〇 五 。 沓 掛 良 彦 &亀 井 俊 介 ﹃名 詩 名 訳 も のが た り﹄ 岩 波 書 店 、 二〇 〇五 。 (いけ うち ・ま さ な お 三三 政治経済学部教 授) 丸 谷 才 一 ﹁手 紙 と女 ﹂ (高 階 秀 爾 、 丸 谷 才 一、 平 山 郁 夫 、 和 田誠 編 ﹃2枚 の絵 ﹄、 毎 日新 聞社 、 二 〇 〇 〇 、 ﹃輝 く 日 の宮 ﹄ 講 談 社 、 二 〇 〇三。 ■ 村 上 春 樹 ﹃若 い読 者 の た め の短 編 小 説 案 内 ﹄ 文 藝 春 秋 社 、 一九 九 七 。 ﹁エミ リ ー への 薔 薇 ﹂ を 楽 し む