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3.5 ヒートアイランド
ある。気温分布図を描くと、等温線が都市を丸 3.5 ヒートアイランド く取り囲んで島のような形になることから、こ 近年、都市化の進展にともない顕著となりつ のように呼ばれる。図 3.5.1 は、11 月の朝の東 つあるヒートアイランド現象は、気温の上昇や 京付近の気温分布を、鉄道網を利用した移動観 熱帯夜の増加によって生活上の不快さを増大さ 測で測定したものである(Yamashita, 1996)。 せ、熱中症などの健康への被害を生じさせてい 都心部では 14℃台であるのに対し、西部∼北部 る。また、光化学オキシダント生成の助長や短 では 10∼11℃であり、都心部から郊外に向かっ 時間集中豪雨との関連も懸念されている。 て気温が低下していく様子がみられる。 効果的なヒートアイランド対策を実施してい 現実の都市周辺の気温は、多かれ少なかれ海 くためには、その実態や発生機構に関する科学 陸分布や山岳などの地形の影響あるいは前線な 的知見を充実させる必要がある。気象庁では、 どの気象の影響を受けるため、各都市に固有な 都市気候モデルを開発してヒートアイランド現 分布を示し、図 3.5.1 のように丸く閉じた等温線 象の観測・監視体制を強化し、その実態把握や ができないことも多い。いずれにせよ、ヒート メカニズム解明を進めている。3.5.1 項でヒート アイランドを「都市がなかったと仮定した場合 アイランドがどのような現象なのかを説明し、 に観測されるであろう気温に比べ、都市の気温 3.5.2 項では関東地方を例に挙げ、ヒートアイラ が高い状態」として定義することができる。 ンドを発生させる気象要因などの詳細な解析結 ヒートアイランドの実態把握においては、気 果を示す。また、全国 6 大都市および関東地方 温の空間分布(都市と郊外の比較)や長期変化 の都市における過去 100 年間にわたる長期的な が用いられる。これは、「都市がなかった場合 変化傾向から、ヒートアイランドの現状につい の気温」に代わる尺度として、都市化の進んで て述べる。 いない郊外の気温や、過去の都市化されていな かった時代の気温を利用することにほかならな 3.5.1 ヒートアイランドとは い。しかし、気温の空間分布には前記のように (1)ヒートアイランドの定義 地形や前線などにともなう気温差が含まれるし、 ヒートアイランド(heat island=熱の島)と 長期変化には地球温暖化をはじめとする広域の は、都市の気温が周囲よりも高い状態のことで 気候変動による気温変化が含まれるので、「都 図 3.5.1 東京周辺の気温分布 1990 年 11 月 7 日 6 時ごろ。鉄道網 を利用して観測したもの。等温線は 0.5℃ごと。Yamashita(1996)の 図に着色。 312 市がなかった場合の気温」を厳密に評定するの を超えると見積もられ、これによって 1℃程度の は難しい。この意味で、ヒートアイランドはあ 昇温が見込まれる。 る程度幅をもつ概念として受け取るべきである。 都市気温の長期変化の例として、東京(大手 2)土地利用状態の変化 町)・ニューヨーク(セントラルパーク)・パ 農地など植生地では、植物の活動によって水 リ(ルブルジェ:パリ中心部より十数 km の地 蒸気が空気中に放出され(蒸散)、その際に気 点)における 20 世紀の気温変化を図 3.5.2 に示 化熱が消費されて気温の上昇を抑える働きをす す。東京の気温は 100 年間に約 3℃上昇してお る。一方、都市は地表面がアスファルトやコン り、これは地球全体平均の気温上昇率の数倍で クリートに覆われているため、蒸発や蒸散が少 ある。ニューヨークとパリでも、東京ほどでは なく、気温の上昇を引き起こす。この効果は夏 ないが、地球全体の平均気温に比べて大きな上 の昼間には都市域の広範囲に大きな昇温効果を 昇がみられる。なお東京とニューヨーク・パリ もたらすと考えられる。 との差については、観測点周辺の状況および都 市化以外の要因の影響も含めて今後検討が必要 3)建物の効果 である。国内の気温の長期変化については 2.1 節 都市の街区では建物の存在によって、表面積 で詳しく紹介する。 の増加や弱風による蓄熱作用、日射の吸収量の 増加、赤外線の放出量の減少などさまざまな影 響が生ずる。昼間は、これらの効果が全体とし て気温をやや低下させる可能性もあり、例えば ビル街では日陰の増加による気温低下がみられ ることがある。しかし、夜間は赤外線の放出抑 制効果や昼間に蓄積された熱によって冷却が妨 げられ、これがヒートアイランドを作り出す重 要な要因になる。なお夜間のヒートアイランド は一般に風が弱いときに発達するものとされる が、少し風が吹いている場合には建物によって 図 3.5.2 世界の大都市の気温変動 東京は大手町、ニューヨークは Central Park、 パリは le Bourget(パリ中心部より十数 km の 地点)、世界の年平均気温平年差は世界の陸上 の気象観測所における月平均気温の平年差デー タをもとに気象庁で算出したもの。 下層の空気が攪拌され、上空の相対的に暖かい 空気が地上の気温を上昇させてヒートアイラン ドを作り出すことを指摘する研究者もある。 図 3.5.3 は夏のヒートアイランドに及ぼす各要 (2)ヒートアイランドの成因 ヒートアイランドの成因はさまざまである。 主なものとして以下の要因が挙げられる。 1)人工排熱 都市の多様な産業活動や社会活動にともなっ て熱が排出され、気温を上昇させる。大都市の 中心部では、昼間の排熱量は 1m2 あたり 100W 図 3.5.3 ヒートアイランドの成因の模式図 313 因の寄与を昼夜に分けて概括したものである。 一方、昼間は都市・郊外ともに日射の加熱に これらの要因は、それぞれ工場や自動車、道路、 よる対流が発達し、大気下層は上下に混合され、 建物など、都市を構成する一つ一つの要素にか 活発な熱拡散が起こる。このため、都市と郊外 かわる。ヒートアイランドは、これらの要因が の気温差は高さ 1km かそれ以上まで及ぶが、そ 無数に集積した結果である。したがって、ヒー の値は比較的小さいのが普通である(図 3.5.4 上 トアイランドの形成メカニズムを理解するため 段)。この結果、都市化による気温の長期変化 には、各構成要素やそれらを含む街区の詳しい をみると、日最高気温よりも日最低気温のほう 熱収支を知るだけでなく、それらが集積し相互 が、上昇率が大きい。 に影響し合ったときに都市域全体の気候がどの しかし、夏季の大都市圏では市街化による大 ように変化するかということを解明する必要が 量の熱負荷が発生し((2)2)参照)、これが あり、現在それに向けた研究が進められている。 上空へ拡散しつつ風に流され、広い範囲に高温 一方、地球温暖化の主因は、人為的に排出さ をもたらす傾向がある。日本の大都市の多くは れる気体(二酸化炭素など)による温室効果で 沿岸にあり、夏の昼間には海風が吹くため、都 ある。この意味で、都市の温暖化と地球温暖化 市の内陸側一帯に高温域があらわれる。首都圏 とは原因が別である。 の場合、都市効果による 1℃以上の気温上昇の範 囲は東京周辺から数十∼100km の範囲におよび、 (3)ヒートアイランドの構造と時間変化 上昇量は都心部よりもむしろその内陸側で大き ヒートアイランドの立体構造は昼間と夜間と い。これは「夜間を中心として、都市部に限局 で異なる。夜間は地上の熱が上空へ拡散しにく される高温域」という従来のヒートアイランド く、郊外は放射冷却(赤外線の放出による冷却) 観を超えるものである。 によって地上付近が強く冷え込んだ状態(接地 こうした広域性がある一方で、ヒートアイラ 逆転)になるのに対し、都市は人工排熱や蓄熱 ンドの成因となる各要素((2)1)∼3)参照) 効果などのため冷えにくく、両者の間に大きな に対応したミクロな気温分布も存在する。市街 気温差ができる(図 3.5.4 下段)。晴れて風が弱 地の中の緑地は周囲に比べて気温が低くなる傾 いときには気温差が特に大きく、大都市では 5∼ 向があり、クールアイランドと呼ばれる。図 3.5.5 10℃、小さい都市でも 2∼3℃になることがある。 は新宿御苑で観測されたクールアイランドの例 これは気温差が地上付近に集中した結果であり、 である(成田ほか, 2004)。建物に囲まれた街区 夜間のヒートアイランドの高さは大都市でも数 にも複雑な気温分布がみられる。ヒートアイラ 百 m 以下にとどまる。 ンドは本来、都市周辺の気温分布のマクロな特 徴をあらわす言葉であるが、現実の都市気温分 布は都市圏から街区、すなわち数十 km から数 百 m 以下のスケールにまたがる多面性をもって いる。 なお、ヒートアイランドは夏だけでなく 1 年 をつうじてあらわれる。夜間のヒートアイラン ドは、日本の多くの都市ではむしろ冬に顕著で ある。 図 3.5.4 ヒートアイランドの立体構造 314 3) 風の変化 空気は暖まると軽く(密度が小さく)なるた め、ヒートアイランドによって都市の気圧がわ ずかに低下し、風の収束(集まること)をもた らす。収束した風は都市域で上昇し、少し上空 では外へ吹き出し、 全体として一つの局地循環 を成す(図 3.5.6)。この風や循環は強いもので はなく、通常はおおよそ 1m/s 以下であると考え られるが、海陸風などの局地風の吹き方を変化 させ、大都市周辺の環境に影響を与える可能性 がある。なおヒートアイランドとは別に、都市 では建物が障壁になって風が弱まる傾向がある。 一方、建物による風の乱れや上空の風の吹き降 ろしによって局所的に強風が吹くビル風という 現象もある。 図 3.5.5 新宿御苑内(上に航空写真を掲載)の 気温分布 2000 年 8 月 5 日 03 時。成田ほか(2004)よ り。 4) 雲や降水の変化 都市域では強い加熱によって夏の積雲の発生 (4)ヒートアイランドにともなう気象変化 が促される。また、ヒートアイランドによる風 1)気温の階級別日数の変化 の収束により、都市上空に上昇流が生じ、この 都市の気温の上昇によって、真夏日(日最高 上昇流やそれがもたらす水蒸気によって、積雲 気温 30℃以上)や熱帯夜(日最低気温 25℃以上) の発達が促される可能性がある。アメリカの都 は増加し、冬日(日最低気温 0℃未満)は減少す 市やその周辺では、夏の午後のにわか雨や雷の る。昼間よりも夜間の気温上昇が大きいため、 増加傾向が報告されている。東京でも夏の午後 真夏日日数よりも熱帯夜や冬日日数のほうがよ の降水量は周囲よりもやや多い傾向があるが、 り顕著に変化する。なお、これらの日数の変化 これがヒートアイランドの影響であるかどうか には都市化だけでなく地球規模の気候変化も影 についての確認はまだ十分でなく、さらに検証 響する。 が必要である。 2)湿度の変化 気温の上昇によって、都市では相対 湿度が低下する。また、都市では霧の 減少傾向が目立つ。空気中の水蒸気量 も、都市では夏の昼間を中心として周 囲よりもやや少ない傾向があり、その 理由としては市街化による蒸発抑制の 影響が考えられる((2)2)参照)。 図 3.5.6 ヒートアイランド循環の模式図 浅井(1996)の図にもとづいて作成。 315 3.5.2 ヒートアイランド現象の監視 【都市気候モデル】 本項では、気象庁におけるヒートアイランド ヒートアイランド現象にともなう気温や風の 現象の監視の成果にもとづき、その実態を空間 空間分布の把握には、気象台・測候所とアメダ 分布ならびに経年変化という二つの側面から捉 スの観測網では粗く、より細かな間隔で現象を えた結果について述べる。 捉えるシステムが必要である。このため、気象 空間分布については、関東地方の状況につい 庁では都市気候モデルを開発し、モデルによる て都市気候モデル(囲み参照)を用いて解析し ヒートアイランド解析システムを構築した。モ た気温や風の詳細な分布を示す。経年変化につ デルによる解析システムは、実際の観測値によ いては、日本の主要な大都市と関東地方の都市 る検証を行って精度向上を図っていく必要があ における平均気温や熱帯夜日数などについて示 るが、詳細な分布を再現できること、解像度の す。これらの経年変化には、ヒートアイランド 変更が容易なこと、また、ヒートアイランド現 現象の長期間にわたる進行があらわれている。 象の発生メカニズムや対策の効果を調べるため のシミュレーションが可能なことなどの利点が (1)関東地方のヒートアイランド現象の状況 ある。 一般に、夏季のヒートアイランド現象は「晴 都市気候モデルは、土地利用形態や人工排熱 れて風が弱い」という気象条件下で顕著にあら の効果を取り入れて気温や風の詳細な分布を再 われるといわれるが、関東地方ではそれ以外に 現するモデルで、おおむね関東地方をカバーす 「晴れて風が西寄り」あるいは「晴れて風が北 る 200km×200km の範囲を計算領域としてい 寄り」という気象条件下で、高い日最高気温が る。土地利用形態は、国土地理院が公開してい 観測されている*。ここでは、夏季の関東地方 る国土数値情報(1997 年)をもとに、都市・ においてヒートアイランド現象が典型的にあら 森林・水田・草地・裸地・水面の 6 カテゴリ われた 2001∼2003 年の「晴天弱風日」、およ ーに分け、各格子ごとにそれぞれの面積割合を びフェーン現象の影響が加わった 2004 年の 「晴 与えている。人工排熱は、土木研究所作成の時 天北風日」の気温・風分布の特徴について述べ 間別データ(妹尾ほか, 2004)を使用している。 る。 大気境界データは、気象庁のメソ数値予報モデ ルによる一時間ごとの予測値を用いている。こ のため、実際の気象条件にもとづいて地表の気 * 関東地方の 8 観測地点(宇都宮、前橋、熊 谷、水戸、銚子、東京、横浜、館山)のいずれ かで日最高気温が 36℃を超えた日は、 「風が弱 い」(風速 6m/s 未満)、あるいは風速が 6m/s 以上で風向が「西寄り」(西南西∼西北西)か 「北寄り」(西北西∼北北東)で、それ以外の 風向・風速ではほとんど出現しないことがわか っている(藤部, 1998)。ただし、ここでの風 向・風速は、当日午前 9 時に観測された全国 24 官署での海面気圧から東京における気圧傾度を 求め、地衡風の関係から算出したもので、必ず しも地上で観測された風向・風速とは一致しな い。また、ここでの晴れの日は、都市気候モデ ルの計算領域(200km×200km)に含まれる アメダス観測点のうち、70%以上の地点で日 降水量 1mm 未満、かつ 50%以上の地点で日 照時間が 7 時間以上の日である。 温分布などを再現できることがこのモデルの特 徴となっている。 これらのデータを都市気候モデルに入力し、 出力結果をアメダス観測値で補正した後、気温 の解析値としている。風は、モデル最下層(お よそ標高 15m)での風向風速を示しており、 アメダス観測値による補正は行っていない。 3.5.2 項で示す分布図は、水平解像度(格子間 隔)4km の都市気候モデルで得られた解析結 果である。 316 2) 「晴天北風日」の気温・風分布 1) 「晴天弱風日」の気温・風分布 夏季の関東地方におけるヒートアイランド現 「夏季の晴天北風日」の事例として、2004 象の典型的な状況をみるため、2001∼2003 年 年 7 月 20∼21 日の気温・風分布を図 3.5.8 に 7∼8 月の「晴天弱風日」における気温・風分 示す。20 日は、東京の日最高気温は 39.5℃を 布について述べる。この期間に解析した全 39 観測し、最高気温の記録を更新した。21 日に 事例のうち、「晴天弱風日」は 23 事例と全体 かけて、熱中症で搬送される患者が多発した。 の約 6 割を占めた。この 23 事例で平均した気 気温・風分布をみると、20 日の日中は、関 温・風分布を図 3.5.7 に示す。 東平野では北西の風が支配的で、海上の南風が 気温をみると、早朝は、25∼26℃の高温域 内陸へ進入できない状況である。この北西風に が東京都心を中心に分布し、典型的なヒートア よるフェーン現象の影響で、関東のほぼ全域が イランドの形状を示している。一方、日中は、 35℃以上となっている。もっとも高温の 38℃ 34∼35℃の高温域が東京都北部から埼玉県を 以上の領域は関東南部にあり、北西の風と海上 通って北へのび、群馬県南部まで広がっている。 からの南風の境界付近にあたる東京 23 区、埼 すなわち、関東地方における夏季日中のヒート 玉県南東部、房総半島中央部に分布している。 翌 21 日の早朝になっても北西の風が吹いて、 アイランドは、内陸まで延びた広域的な分布を 東京 23 区から横浜には 28∼30℃の高温域が 特徴としている。 残っている。東京(大手町)の 21 日午前 5 時 風の分布をみると、早朝は全般に風速が弱く の気温は 30.3℃であった。 風向も定まっていないのに対し、日中は南風が 内陸部まで進入している。この南風は太平洋か この事例のように、関東地方でのヒートアイ ら吹く広域的な海風で、本来は海上の低温の空 ランド現象のあらわれ方は、気圧配置、一般場 気をもたらすものだが、都市部での人工排熱や の風向・風速、フェーン現象の有無などによっ 昇温効果によって加熱され、低温の気流として て変わる。ヒートアイランド現象をもたらす要 の性質を失うため、都市部から内陸側へ延びた 因による気温上昇分とフェーン現象などほかの 広域的なヒートアイランドの形成に寄与してい 要因による気温上昇分を分け、それぞれを定量 ると考えられる。 的に評価することは今後の課題である。 図 3.5.7 2001 年∼2003 年 7∼8 月の晴天弱風日 23 事例を平均した気温分 布(単位:℃) ・風分布 (左)午前 5 時、 (右)午後 2 時。 午前 5 時と午後 2 時では気温の色のスケールが異なることに注意。 317 図3.5.8 晴天北風日・2004年7月20∼21日の気温分布(単位:℃) ・風分布 (左)20日午前5時、 (中)20日午後2時、 (右)21日午前5時 午前5時と午後2時では、気温の色のスケールが異なることに注意。 て振り分けた。 【ヒートアイランド現象の発生メカニズム: 図 1 に、その結果を示す。基準実験(「都市」 都市気候モデルによるシミュレーション】 効果的なヒートアイランド対策を講じるため あり、「人工排熱」あり)では日中に広域的な には、メカニズムの解明を進める必要があり、 ヒートアイランドが形成されているが、「都 モデルを用いたシミュレーションはそのための 市」と「人工排熱」を取り除くと、関東地方に 有力な手段である。ここでは、ヒートアイラン ヒートアイランド状の高温域は形成されない。 ド現象の発生メカニズムを探る第一歩として、 図は示してないが、早朝においてもヒートアイ 土地利用形態での「都市」を取り除き、「人工 ランド状の高温域は全くみられない。基準実験 排熱」をゼロにするという仮想的な条件で、都 との気温差をみると、日中の昇温域は関東地方 市気候モデルを用いたシミュレーションを実施 のほぼ全域におよび、約 2∼4℃の昇温域が関 した。シミュレーションは、夏の晴れた日を仮 東平野の西側を中心に茨城県や千葉県へ広がっ 定し、無風状態からスタートした。土地利用形 ている。この結果から、「都市」と「人工排熱」 態は「都市」カテゴリーの面積割合を「森林」 、 の効果が、関東地方における広域での昇温をも 「水田」、「草地」の各カテゴリーに 3 等分し たらす主たる要因であることがわかる。 (a) (b) 図 1 シミュレーション結果・午後 2 時の気温分布(単位: ℃) (a)基準実験(都市、人工排熱とも有り) 。 (b) 「都市」と「人工排熱」を除いた実験。 (c) (a)と(b)の気温差。 318 (c) (2)日本の都市における年平均気温、熱帯夜 10 札幌 日数などの経年変化 8 ℃ 過去数十年から 100 年に及ぶ気温などの経 6 年変化から、都市におけるヒートアイランドの 4 141900 進行を概観することができる。ここでは、日本 1920 1940 1960 1980 2000 19 20 19 40 19 60 19 80 20 00 12 181 900 1 920 名古屋 1 940 1 960 1 980 2 000 1 920 1 940 1 960 1 980 2 000 1920 1940 1960 1980 2000 1 920 1 940 1 960 1 980 2 000 仙台 の主要な大都市と関東地方の都市における経年 12 ℃ 変化について述べる。長期間にわたる観測デー 10 タの均質性や地域の代表性を考慮して、日本の 8 1819 00 主要な大都市として 6 地点(札幌、仙台、東 東京 16 京、名古屋、京都、福岡)を選んだ。また、ヒ ℃ 14 ートアイランド現象の影響が大きい関東地方に ついては 7 都市(宇都宮、前橋、水戸、熊谷、 東京、千葉、横浜)を選び、経年変化を調べた。 16 ℃ 14 1)日本の主要な大都市 12 181 900 (ア)年平均気温などの経年変化 京都 大都市における年平均気温の経年変化を図 16 ℃ 3.5.9 に、平均気温(年、1 月、8 月) 、日最高 14 気温(年平均)、日最低気温(年平均)の 100 12 201900 年あたりに換算した変化量を表 3.5.1 にそれぞ 福岡 18 れ示す。表 3.5.1 には、比較のため、都市化の ℃ 16 影響の小さい中小規模の都市(2.1 節で日本の 14 年平均気温の算出に用いた 17 地点)で平均し 1 900 年 た 100 年あたりの変化量をともに示した。 年平均気温は、各都市において上昇傾向を示 している。100 年あたりの上昇量は、中小都市 平均では+1.1℃であるのに対し、大都市では +2.2∼+3.0℃と 2 倍以上の大きさである。中 小都市平均の上昇率は日本全体としての平均的 図3.5.9 大都市における年平均気温の経年変化 1901年以降、仙台は1927年以降、名古屋は1923 年以降、京都は1914年以降。 折れ線が各年の値、赤線は11年移動平均。 表3.5.1 大都市における100年あたりの気温上昇量 気温データは、2004年までの観測値。 な上昇率をあらわわし ていることから(2.1 100 年あたりの上昇量(℃/100 年) 都市 節参照)、およその見 積もりとして、各都市 と中小都市平均の上昇 率の差が、各都市にお けるヒートアイランド 現象による上昇分とみ られる(中小都市も都 市化の影響を多少は受 データ 開始年 平均気温 日最高気温 日最低気温 (年平均) (年平均) 年 1月 8月 1901年 1927年 1901年 1923年 1914年 1901年 +2.3 +2.2 +3.0 +2.7 +2.6 +2.6 +3.0 +3.3 +3.8 +3.4 +3.0 +1.9 +1.2 +0.2 +2.4 +1.8 +2.2 +2.1 +0.9 +0.8 +1.8 +1.1 +0.7 +1.1 +4.1 +3.1 +3.9 +3.8 +3.7 +4.1 中小都市平均 1901年 +1.1 +1.0 +0.9 +0.7 +1.5 札幌 仙台 東京 名古屋 京都 福岡 319 (イ)熱帯夜・冬日の日数の経年変化 けており、厳密にはこの影響を考慮しなければ 気温の長期的な上昇にともなって、熱帯夜(日 ならない) 。 1 月と 8 月の平均気温の 100 年あたりの上 最低気温が 25℃以上の日)の日数が増加し、 昇量は、中小都市ではほとんど同じだが、大都 冬日(日最低気温が 0℃未満の日)の日数が減 市では福岡を除き 1 月のほうが大きい。また、 少すると考えられる。図 3.5.10、図 3.5.11 に、 日最低気温の 100 年あたりの上昇量は、日最 大都市における熱帯夜の年間日数と冬日の年間 高気温の上昇量より大きく、中小都市平均では 日数の経年変化を示す。 +1.5℃(日最高気温の上昇量の約 2 倍) 、大都 熱帯夜の年間日数は、札幌と仙台を除き顕著 市では+3.1∼+4.1℃(日最高気温の上昇量の な増加傾向を示している。東京、名古屋、京都、 約 2∼5 倍)となっている。ヒートアイランド 福岡における 1970 年代の平均値(1970∼1979 現象にともなう郊外との気温差は、夏季より冬 年)はそれぞれ 17.1 日、6.3 日、12.0 日、21.3 季に、日中より夜間に大きいといわれており 日だったが、 最近 10 年間の平均値 (1995∼2004 (3.5.1 項参照) 、この効果が顕著にあらわれて 年)はそれぞれ 30.6 日、21.6 日、25.6 日、37.2 いるものと考えられる。 180 60 札幌 札幌 120 40 日 日 60 20 0 0 1 80 60 仙台 仙台 1 20 40 日 日 20 60 0 0 18 0 60 東京 東 京 12 0 40 日 日 60 20 0 0 60 18 0 名古屋 名古 屋 12 0 40 日 日 60 20 0 0 60 18 0 京都 京都 12 0 40 日 日 20 60 0 60 0 1 80 福岡 福岡 1 20 40 日 日 20 60 0 0 1900 1920 1940 1960 1980 2000 1 9 00 1 9 20 1 9 40 1 9 60 1 9 80 2 0 00 年 年 図3.5.11 大都市における冬日の年間日数の経年 変化(1931年以降) 棒グラフが各年の値、赤線は11年移動平均。 図3.5.10 大都市における熱帯夜の年間日数の経 年変化(1931年以降) 棒グラフが各年の値、赤線は11年移動平均。 320 16 日に増えている。 宇都宮 14 一方、冬日の年間日数は、全般に減少傾向で ℃ 12 ある。東京、福岡における 1930∼40 年代の平 10 1 6190 0 均値(1931/32∼1949/50 年)はそれぞれ 56.5 192 0 194 0 日、37.8 日だったが、最近 10 年間の平均値 196 0 198 0 200 0 196 0 198 0 200 0 19 60 19 80 20 00 196 0 198 0 200 0 19 60 19 80 20 00 19 60 19 80 20 00 1960 1980 2000 年 前橋 14 ℃ (1994/95∼2003/04 年)はそれぞれ 3.1 日、3.0 12 10 190 0 日にまで減少している。 192 0 16 194 0 年 水戸 大都市におけるこれら日数の増加(減少)に 14 ℃ は、地球温暖化なども寄与しているが、ヒート 12 アイランド現象の影響が大きいと考えられる。 10 19 00 18 19 20 19 40 年 熊谷 16 2)関東地方の都市 ℃ 14 (ア)年平均気温などの経年変化 12 190 0 関東 7 都市における年平均気温の経年変化 192 0 18 194 0 年 東京 を図 3.5.12 に、平均気温(年、1 月、8 月) 、 16 ℃ 日最高気温(年平均)、日最低気温(年平均) 14 の 100 年あたりに換算した変化量を表 3.5.2 に 12 19 00 それぞれ示す。表 3.5.2 では、比較のため都市 19 20 18 19 40 年 千葉 16 化の影響の小さい中小規模の都市で平均した変 ℃ 14 化量もともに示した。 12 1819 00 年平均気温の 100 年あたりの上昇量は、関 19 20 19 40 横浜 東地方では+1.1∼+3.0℃と都市によって違い 年 16 ℃ がある。都市化の影響の小さい都市(水戸)で 14 は上昇量は小さく、影響の大きい都市(東京な 12 1900 1920 1940 ど)では上昇量は大きい。 年 1 月と 8 月の平均気温の 100 年あたりの上 図3.5.12 関東地方の都市における年平均気温 の経年変化 1901年以降、千葉は1967年以降。 折れ線が各年の値、赤線は11年移動平均。 昇量を比べると、前橋を除き 1 月のほうが大 きい。また、日最低気温の 100 年あたりの上 昇量は、日最高気温の上昇量より大きく、関東 表3.5.2 関東地方の都市に おける100年あたりの気温 上昇量 千葉はデータ期間が短いた め、未算出。 100 年あたりの上昇量(℃/100 年) 都市 データ 開始年 平均気温 年 1月 8月 日最高気温 (年平均) 日最低気温 (年平均) 宇都宮 前橋 水戸 熊谷 東京 千葉 横浜 1901 年 1901 年 1901 年 1901 年 1901 年 1967 年 1901 年 +1.7 +1.8 +1.1 +1.9 +3.0 ― +1.7 +1.9 +1.5 +1.3 +2.0 +3.8 ― +2.4 +1.2 +1.9 +1.0 +1.7 +2.4 ― +1.2 +0.6 +1.4 +0.4 +1.4 +1.8 ― +1.7 +2.3 +1.8 +1.3 +2.1 +3.9 ― +2.1 中小都市平均 1901年 +1.1 +1.0 +0.9 +0.7 +1.5 321 地方では+1.3∼+3.9℃となっている。東京は ある。前橋、熊谷、東京における最近 10 年間 +3.9℃と最大で、日最高気温の上昇量の 2.2 の平均値(1995∼2004 年)は、それぞれ 352 倍である。このような差が生じた理由は、前述 時間、394 時間、355 時間で、約 20 年前の 10 のように、ヒートアイランド現象にともなう郊 年間の平均値(1976∼1985 年)と比べ約 1.5 外との気温差が夏季より冬季に、日中より夜間 倍に増えている。 に大きいためと考えられる。 (イ)熱帯夜日数などの経年変化 50 宇都宮 40 30 日 20 10 0 1900 1920 50 前橋 40 関東地方の都市については、熱帯夜日数のほ か、日最高気温が 35℃以上の日数、30℃以上 の積算時間数の経年変化を示す。これらの増加 は、生活上の不快さや健康被害の増大に直接結 びつくため、ヒートアイランド現象の進行を示 日 す指標として重視されている。なお、増加傾向 にはヒートアイランド現象以外の要因(地球温 暖化など) からの寄与も含まれている。 図 3.5.13 30 20 10 0 1900 1920 50 水戸 40 30 20 10 0 1900 1920 50 熊谷 40 30 日 20 10 0 1900 1920 50 東京 40 30 日 20 10 0 1900 1920 1940 1960 1980 2000 1960 1980 2000 1960 1980 2000 1960 1980 2000 1960 1980 2000 1960 1980 2000 1960 1980 2000 年 1940 年 日 ∼図 3.5.15 に、関東地方の 7 都市におけるこ れらの年間日数(時間数)の経年変化を示す。 熱帯夜の年間日数は、都市化の影響が大きい 関東南部で顕著に増加している。東京、千葉、 横浜における最近 10 年間の平均値(1995∼ 2004 年)は、それぞれ 30.6 日、24.2 日、22.1 日で、約 30 年前の 10 年間の平均値(1967∼ 1976 年)と比べて 2 倍以上に増えている。 日最高気温が 35℃以上の年間日数は、関東 50 千葉 40 30 日 20 10 0 1900 1920 南部では目立った増加はみられないが、前橋と 熊谷では顕著な増加傾向がある。また、宇都宮 と水戸では 1980 年代の平均(1980∼1989 年) 50 横浜 40 30 日 20 10 0 1900 1920 ではともに 0.3 日だったが、最近 10 年間の平 均(1995∼2004 年)ではそれぞれ 5.8 日と 2.7 日に急増している。関東北部で高い最高気温が 頻発するようになった原因として、ヒートアイ 1940 年 1940 年 1940 年 1940 年 1940 年 ランド現象に加え、関東地方にフェーン現象を 図3.5.13 関東地方の都市における熱帯夜の年間 日数の経年変化 1931年以降、千葉は1967年以降。 棒グラフが各年の値、赤線は11年移動平均。 もたらす気圧配置の出現頻度が最近多くなって いる可能性が指摘されている(藤部, 1998) 。 アメダスによる毎時観測記録から求めた 30℃以上の年間積算時間数は、統計可能な期 間が短いため長期的な傾向を判断することはで きないが、1976 年以降は明らかな増加傾向が 322 30 600 宇都宮 宇都宮 20 時 400 間 200 日 10 0 19 00 30 19 20 19 40 19 60 19 80 20 00 年 前橋 20 時 間 日 10 0 19 00 30 19 20 19 40 19 60 19 80 20 00 年 水戸 20 時 間 日 10 0 19 00 19 20 30 熊谷 20 19 40 19 60 19 80 20 00 年 日 時 間 10 0 19 00 19 20 30 東京 20 19 40 19 60 19 80 1960 1980 2000 1960 1980 2000 1960 1980 2000 1 960 1 980 2 000 1 960 1 980 2 000 1 960 1 980 2 000 1 960 1 980 2 000 年 0 1920 6001900 水戸 400 1940 年 200 0 1900 1920 600 熊谷 400 1940 年 200 1 940 年 時 間 200 10 0 19 00 0 19 20 30 20 1940 200 0 1 920 6001 900 東京 400 20 00 年 日 日 0 1920 6001900 前橋 400 19 40 19 60 19 80 20 00 6001 900 年 千葉 時 間 10 19 20 19 40 19 60 19 80 20 00 時 間 10 19 40 1 920 1 940 年 横浜 年 19 20 年 200 600 日 0 19 00 1 940 400 0 1 900 0 3019 00 横浜 20 1 920 千葉 19 60 19 80 400 200 0 1 900 20 00 1 920 1 940 年 年 図3.5.15 関東地方の都市における30℃以 上の年間積算時間数の経年変化 1976年以降、千葉は1981年以降。 棒グラフが各年の値、赤線は11年移動平 均。 図3.5.14 関東地方の都市における日最高 気温35℃以上の年間日数の経年変化 1961年以降、千葉は1967年以降。 棒グラフが各年の値、赤線は11年移動平 均。 成田健一,三上岳彦,菅原広史,本條 毅,木村 参考文献 浅井冨雄, 1996: ローカル気象学, 東京大学出版 圭司,桑田直也, 2004: 新宿御苑におけるクー 会, 233pp. ルアイランドと冷気のにじみ出し現象, 地理学 藤部文昭, 1998: 関東内陸域における猛暑日数増 評論, 77, 403-420. 加の 実態と都市化の影響についての検討, 天 Yamashita, S., 1996: Detailed structure of heat 気, vol.45, 8 月号, 35-44. island phenomena from moving observations 妹尾泰史, 神田 学, 木内 豪, 萩島 理, 2004: 潜 from electric tram-cars in Metropolitan 熱割合を考慮した人工排熱時空間分布の推計 Tokyo, Atmos. 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