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男の森の小裸
男の森の小裸 不狼児 男の森の小裸 1 ﹁お名前は?﹂ ﹁小さな裸ってかいて、ショウライってよむの。みんな、それが日本 語の発音だって、思ってる﹂ 浴衣と半纏の合いの子のような極端に裾の短い衣服は、小裸がちょっ と屈んだだけで、お尻が丸見えになっててしまうのです。 隣に坐った若い三等書記官の伊鹿和了が、絹のクッションの上で居 心地悪そうに、なんども腰を落ちつけ直すのはそのせいでした。 なにしろ小裸は、こんな境遇にいるせいか、年は七歳と十ヶ月でし たがたいそう大人びて見えたうえ、衣服の下にはかろうじて股間を隠 男の森の小裸 すだけの、お粗末なふんどしを締めているだけだったのです。 おまけに小さな布切れは小裸が腰を浮かせるたびに、三等書記官の 鼻先で、ゆるんだ隙間から綺麗な割れ目を覗かせるのでした。 ﹁ずいぶんいかれたお洋服だとは思わない?﹂ と問いかけられて、 ﹁ああ、これ﹂小裸は答えました。﹁日本人の制服なの﹂ レポーターは質問を続けます。 ﹁お生まれは﹂ ﹁え?﹂ ﹁あなたが生まれて育った場所のことをいえばいいよ﹂ ﹁神奈川県秦野市だけど。町名までいうの?﹂ ﹁いいえ。けっこうよ。こっちへ来てからはもう長いのかしら﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹁小学校へは?﹂ ﹁んー。半年くらい﹂ 男の森の小裸 ﹁そうなの。半年かよっただけでこちらへ?﹂ ﹁準備があったから。家の整理とか。お別れとか﹂ ﹁ねえ。じゃあ、ディズニーランドへは行った?﹂ フーフー キッチョウ 隣りの席から少女のひとりが口をはさみました。名前は 花花 と 吉兆 といって、小裸より二つ三つ年上でしたが、まだ自分の出番をおとな しく待っているほどの分別はありません。 ﹁あたしは遠足で行ったわ。いい日本の想いでになるって﹂ ﹁ミッキーに抱きついた?﹂ フーフー ﹁ううん﹂小裸は首をふって﹁そのときはもう、行かなかった﹂ ﹁わたしってば、四回も行ったよ﹂と 花花 。 ﹁ちょっと待っててね。順番だから。ねっ﹂ 騒ぎ出した少女たちをたしなめてから、 ﹁どうしてこんなことをしなければならないのでしょうか﹂ 小澤アリアは評判の美人レポーターでした。カメラの方に向き直る と、僅かにしなをつくって、 男の森の小裸 ﹁こんな小さな女の子が⋮⋮痛ましい話ですが、戦犯のご家族ですか らこれくらいの償いは当然だという意見が多いようです﹂ そこまで。とディレクターが合図を送り、アリアは小裸の話を続け ます。 ﹁ご両親はどうなすったのかしら﹂ ﹁お父さんは警察官でした﹂ 小裸はきっぱりと、相手を睨むようにして言いました。 ﹁あら、まあ。警官の娘じゃね﹂ このたび日本では民主的な政権交代が行われ、政権与党は野党に、 野党第一党は政権与党になりました。 のっぺりとしたうりざね顔の新首相・鳩村総一郎は落ち着きのない 顔付きで、ひっきりなしにあたりに目配せしながら﹁日本再建﹂を宣 言します。 まずは戦後の総決算と、先の見えない経済状況からの脱却、財政赤 男の森の小裸 字の解消をいっぺんに片付けようと、アジア・太平洋地域に対する新 たな戦後補償を決めました。 といって国庫のどこを探しても余分なお金はないので、支払いは人 的補償となります。 人身御供として各国に送られるのは戦争犯罪者でした。本物の戦犯 は大半が死んでしまい、遺族を探して拉致するのは人道的に問題があ る、ということで解雇になった国家公務員とその家族が目をつけられ たのです。国家公務員なら間違ってうさんくさい在日外国人が混じる 心配もないというのが建前です。 ついでに部落民もリストアップすればどうか、という意見も出され ましたが、ただちに却下されました。そんな差別的な行為が許される はずはありません。 政府が恐れたのは何より返品されることでした。戦犯の名目とはい え、本物の犯罪者はもとより、不良品を送りつけた非難されないよう、 知能検査と健康診断、精神鑑定を行って心身に異常のあるものは排除 男の森の小裸 されました。 ﹁不正の限りをつくしてきた官僚なら、外国に安く売り飛ばしても国 民から文句は出ないもんな。年金基金を食いつぶし、税金を溝に捨て てきた連中の財産と積立金を召し上げて、戦犯に仕立て上げて厄介払 いするなんて、鳩村首相はうまくやったものだ﹂ 若い伊鹿三等書記官は考えていました。 ﹁さんざん官僚を利用してきた企業だって、これからは連中の面倒を 見なくていいんだから余分なコストがカットできて大助かりだ。なに しろ後腐れなく連中を見捨られるんだから。びっしりとへばりついた 寄生虫を一掃して身軽になる、いい虫下しになったろう。それにして も警察関係者が多いのはどういうわけだ﹂ 政治改革が進むなか、多くの不正が暴かれました。省庁が再編され、 独立行政法人が廃止され、数知れない役人が解雇されましたが、中で も警察組織の腐敗はひどかったので、組織をすべて解体し、業務は仕 分けして民間に委託することになったのです。警察がパチンコ業界と 男の森の小裸 つるんで不正に蓄えた隠し資産は、開けてみれば国家予算を潤すほど でした。 それに警官とその家族は知能は低くても、身体は頑健だっ たので、人的補償にはうってつけだったのです。 ここは直轄市・上海。中華人民共和国を代表する大都市です。 伊鹿和了三等書記官はまだ若く、新規採用されたばかりで、外交官 の仕事がどんなものなのかよく知りませんでした。ご多分に漏れず外 務省も改革の波を受けて人員は削減され、代わりに彼のような素人が 大勢採用されたのです。 役人はどこでも横領と癒着以外の仕事は何もしていないので素人で も勤めることは可能でした。むしろその方が好都合でした。為すべき 仕事がわからない人間を使っていれば指導する立場の無能さがあらわ になりにくいのです。 採用が決まるとさっそく飛行機に乗せられて、説明もないまま上海 に送り込まれたのですが、出迎えたのは領事館の職員ではなく、テレ 男の森の小裸 ビ局の取材班でした。 チレンコ すぐさま随員として移送日本人取材に同行し、こうして、場違いな 思いを拭いきれないまま、薄暗い 青蓮閣 の革張りのソファに、ぽつね チレンコ んと坐っているのでした。 青 蓮閣 は東洋の魔都・租界時代の上海にあった有名な娼家を現代に 復元したもので、日本人戦犯収容所として使用されています。 豪壮な木造三階建て。入り口の前には小振りながらも鳥居があり、 外観は驚くほど靖国神社とそっくりでした。 内部に入ると中央にパリのオペラ座を模した劇場が丸ごと収まる巨 大なホールを擁し、観客席のかわりの平土間は数多くの卓を囲んでクッ ションを並べた宴席になっていて、天井は吹き抜け。 舞台を囲む三方の廊下の奥には一階から三階まで大小の部屋が並ん でおり、各部屋には見かけは旧式ですが寝心地のよいベッドと、清潔 な浴室が備えられ、せまい階段と曲がりくねった無数の通路が部屋と 部屋のあいだをつないでいました。 男の森の小裸 ﹁韓国に送られた日本人はすぐ皆殺しにされたという話だけれど、よ ほど憎んでいたのだろう。犬でも殺すように無造作に、できるだけ残 虐に、時間をかけて、多くの人が見ている前で処刑され、肉は料理し て食べてしまったんだとか。あるレストランではキムチに漬けた少女 の首が目玉料理だったらしい﹂ その点、中国四千年の歴史には長く培われた拷問の伝統が今も息づ いています。 あてがわれた人身御供を何の工夫もなく処刑してしまうような、野 蛮な文化ではなかったのです。 チレンコ 伊鹿和了は各国に移送された戦争犯罪者達の運命を思い、薄目をあ けてもう一度、 青蓮閣 の内部を見わたしました。 中国政府は移送された日本人の子供を集め、児童売春専門の娼家を つくったのです。 日中両政府の立場としては﹁売春は個人的な選択﹂である、という のが公式見解でした。日本人戦犯に対して、中国政府は寛容にも中国 男の森の小裸 本土で生活することを許したので、糧を得るために日本人が選んだ職 業の一つにすぎないと。職業選択の自由は地域を問わず名目だけのも のです。 成人男女の戦犯は大半が自分たちの娘や息子が観光客相手に身を売 る娼家の下働きとして生活していました。 もちろん、強制はされていません。 ショウライ フーフー ただ生きるためにはそれ以外の道は残されていませんでした。 小 裸 や花 花 に限らず、日本人の子供には中国側がそれらしく考えた チレンコ 日本風の名がつけられています。本名を明かしたがらないのは素姓や 蓮閣 での生活を語ることが当局から固く禁じられているからで、破 青 ればきついお仕置きが待っていました。 家族のことや、日本で暮らしていた昔の話など、いくら当局からの 許可をちらつかせたところで、そうそうテレビカメラに向かって話し たがらないというのは無理ないことでした。 カメラの後ろではあらためて資料を確かめながら、アリアが小裸に 言いました。 した。 青蓮閣 の秘密を教えてくれるのは信頼の証です。小裸は、 チレンコ 小裸はたしかに警官の娘でしたが、卑劣な密告者ではありませんで 和了を見つめ返していたのです。 思えたのは、瞳の中に小さく映った彼自身の顔でした。少女はじっと 瞬いているのがわかる四等星のようにかすかな光がゆれて見える、と 戸の底のように真っ暗でした。しばらく夜空に目を凝らすとようやく 不安そうに身をすくめる小裸の顔を覗き込むと、少女の目の奥は井 小裸は伊鹿三等書記官の手をぎゅっと握ってはなしませんでした。 本人は慰めたつもりです。 が混じっているか知れたものではないもの﹂ 世一系をうたっている天皇家だって、どこで宮内庁の役人の薄汚い血 気にすることはないわ。非人だって、エタだって、在日だってそう、万 ﹁あら、ほんとに警官の家族なのね。でも血筋なんて不確かなものよ。 男の森の小裸 男の森の小裸 キッチョウ ﹁吉 兆 のお姉ちゃんはね﹂ チュンペー と、突発的な歓喜にうながされるようにささやきかけます。 ﹁春 平 っていうの﹂ 美少女だったので中国人青年実業家に莫大な金額で請け出されまし た。 チュンペー 国籍も人権もない身なのでもちろん結婚など夢見ることも許されま せんが、 春平 は愛人として今は何不自由なく暮らしているそうです。 いつか、自分もそんな幸運に恵まれるのではないか、と少女たちは チレンコ どうしても信じたいようでした。 青 蓮閣 で暮らす子供たちが建物の外に出ることはめったにありませ んでした。 可能性としては公開処刑されるか、病気か不具になって役立たずに なったときぐらい。ですから、いずれにしても生きては出られないの チュンペー です。 春 平 も公式的には死んだことにされたそうです。 男の森の小裸 フーフー ﹁あーあ。誰かたすけてくれる人がいないかなあ﹂ 花 花 が言いました。 キッチョウ ﹁体がボロボロにならないうちに﹂ ﹁毛が生えるまえに、でしょ﹂ 吉兆 が茶化します。 ﹁なんで?﹂ ﹁しょーひんかちが、なくなるの﹂ ﹁妊娠しないうちに﹂ ﹁妊娠したらおしまい﹂ フーフー ﹁誰の子だかわかんないもん﹂ と花 花 が脚を開きます。 ﹁ちがうよ。たいじとフカヒレの煮付け。おなかを裂いて取りだすん だって。お姉ちゃんがゆってた﹂ ﹁嫌だなあ﹂ ﹁早くっ、早くっ﹂ ﹁サービスしなくちゃ見つからないよ﹂ 男の森の小裸 フーフー キッチョウ 伊鹿三等書記官は 花花 が、しきりに膝にまたがりたがるので閉口し ていました。 困った顔をするのをおもしろがって、 吉兆 までがおなじことをする ので、小裸がやきもちを焼いて、インタビューどころではありません。 小澤アリアは憤然として、つい、不躾な質問をぶつけました。 フーフー ﹁中国はひんぱんに核実験をくりかえしていますが、日本を侵略する 準備だと思いますか?﹂ キッチョウ ﹁かくじっけん、ってなに?﹂と花 花 。 ﹁陰核相撲ならしってるよ﹂と 吉兆 。 ﹁とても大きな爆弾よ﹂ ﹁ばくだん、ならしってる。このあいだ、れーちゃんのお兄さんがこ なごなになって、燃えてたよ﹂ ﹁あれは花火でしょ﹂ ﹁うーん。よく、わかりません﹂ 男の森の小裸 あきれたアリアが意地悪をして、 ﹁じゃあ、どう。ここでの生活は楽しいかしら﹂ と訊くと、少女たちはとたんに黙り込んでしまいました。 小澤アリアはテレビレポーターという職業がら、画面構成にはたい へん気をつかい、暗い室内でも見映えがするよう純白のスーツ姿で、長 い黒髪、大きな口、驚いたような目をみひらいて、 ﹁皆さんはどうお考 えでしょうか﹂と順調に運ばないインタビューのあいまにもときどき 笑顔をつくっては、優雅に首をかしげ、カメラの方をふり返るのです。 舞台では日本の音楽にのせて、わいせつな催しが繰り広げられてい ました。 かわるがわる登場する裸の少年少女がJポップや歌謡曲、アニメの チレンコ 音楽に振付けた稚拙なダンスを踊ります。 青 蓮閣 は場末のスナックではないので、歌謡ショーで使った音曲に 関しては日本音楽著作権協会にちゃんと著作権使用料を払っていまし た。が、ベールを被っただけで犬のように四つ脚で這いまわる裸の少 男の森の小裸 女相手に腰を振るドラえもんやミッキーマウスについては、どうも無 許可だったようです。 日本の子供は不器用なので、とても雑技団の少年少女のように高度 な芸は仕込めません。 客の興味をつなぐには色仕掛けが不可欠でした。 というわけで、なにかしら芸を見せようとすれば、動物の助けを借 りるしかありません。犬とからませるなら犬に芸を仕込めばいいこと です。猿でも、オットセイや、熊や、豚でも同じことです。賢明な動 物たちは少女の体を玉の代わりに空中で回したり、顔の上で逆立ちし ながら小便をし、さかりのついた犬でさえ、少女の体を傷つけること なく犯すことができました。 ところが、以前はさかんに行われていた獣姦ショーですが、現在は 動物愛護団体から﹁犬に少女を犯させるなんて、とんでもない。犬の 生殖本能をおもちゃにして虐待するものだ。幼女はしばしば性器が小 さすぎて出し入れには肉を引き裂かねばならないから、犬によけいな 男の森の小裸 苦痛を与えることになる、少年相手ではなおさらだ﹂と何度も激しい クレームがついて、中止になってしまいました。 代りにしかたなくキャラクターのぬいぐるみに相手をさせているの でした。 舞台の照明が落ちると、まわりは曖昧模糊として、 ﹁カモン、ベイビ!﹂ すっかり酔っ払った日本人観光客が調子にのって隣の席から手を伸 ばし、小裸の制服をひっぱったので、ふんどしがずれて、ソファから 何すんのよ﹂ 吉兆 がわめきます。 キッチョウ 落ちかけた小裸を支えた三等書記官の手に、涼しげな股間があたりま した。 ﹁ばか! カメラマンがレンズを向けると、スーツ姿の日本人観光客はあわて て両手で顔を隠すのでした。 ﹁あああああ、ひひひひ﹂ 男の森の小裸 小裸は歌いながら、紫檀の一枚板でできたテーブルの上に立ち上が りました。 ふんどしを解いて制服を脱ぎ、素っ裸になると、身体つきはまぎれ もなく七歳の女の子です。 腰をふり、足を踏み、股間とお尻を激しく叩いて、小裸はテーブル の上で時代遅れのゴーゴーダンスを踊ります。 媚薬でも噴霧されているのか︵売春館薬業謹製の性フェロモン。そ れともファブリーズで匂いを消したベラドンナ・エッセンスでしょう か︶、まわりを見回すと、客席は興奮状態に陥っていました。 カメラマンはさっそくレンズを振って、向こうの席で、いきなり少 女を犯し始めた外国人を映しはじめました。 入港したばかりの、グリーンピースだかシーシェパードだか、緑地 にレインボーの旗を掲げた船の乗組員で、ふだんはまともな女性から 相手にされないので、個室に連れ込むのさえ持ちきれないのでしょう。 調査捕鯨船から強奪した鯨肉に突っ込んでしごく、いつものマスター 男の森の小裸 ベーションとは比べものにならない快感に雄叫びをあげ、背中や腰、 腕ばかりか陰嚢にまで緑色の刺青を彫った生白い巨体をふるわせて、 小さな性器を引き裂いて少女が出血するのもかまわず、激しく腰を打 ちつけています。 チレンコ その横で、少年をサンドバッグ状態で殴っているのはオーストラリ アの環境大臣でした。捕鯨問題の協議を隠れ蓑にお忍びで 青蓮閣 を視 察にきたのです。 日本から送られたあまり数の多くない戦争犯罪者の処遇を検討する ためでした。 いい気分で少年を殴り続けているのは、とんだ憂さ晴らしですがお そらく、アボリジニを絶滅しそびれ、中国は強大になりすぎて媚びへ つらわないと自国が保てず、しばらく肩身の狭い思いをしていたので、 人種差別主義政策の標的をイエロー・ジャップに変更したのが嬉しく てたまらないのでしょう。 男の森の小裸 チレンコ 小裸は調子にのって、伊鹿の目の前で、急須の上でしゃがんで、じ かにおしっこを注いでお茶を入れて見せます。小水茶は 青蓮閣 を訪れ た客が、かならず飲む名物でした。 年端もいかない女の子が、小さな急須にこぼさず小便を注ぎいれる のは至難の業です。もっとも、こぼしたところで、こぼれたおしっこ をテーブルの上からじかに舐めたがるお客は後を絶たないのでした。 チレンコ 小裸は器用に注ぎきると、お尻をふって、書記官に向かって会釈し ます。 テーブルの上には青いステッカーが貼ってあり、そこには﹃ 青蓮閣 は世界の児童保護のため収益の一部を国際児童基金に納めています﹄ と書かれているのですが、小便に濡れるとこんどはステッカーの色が 赤く変わってアフリカの貧困救済を訴えるメッセージが浮きあがり、 間近でそれを見た客は、嫌でも多少の寄付をしなければならないよう な気になるのでした。 男の森の小裸 寄付をすれば、お礼に少女か少年がおしゃぶりのサービスをしてく れるので、お客もあまり嫌な気持ちはしないのです。 国際児童基金に寄付をしないで、安全に児童売春ができるわけがあ りません。 階上にはユニセフの事務所が置かれていて、寄付金の管理と、ひっ きりなしに訪れる国連関係者の接待に当たっていました。 事務所の壁にはU2のポスターが貼ってありましたが、ボノの顔は なぜか漫画の馬の顔に描きかえられています。 もちろん取材班はポスターを大写しにすることを忘れません。 馬の口は接待用の小部屋の入り口を開く鍵なのです。 伊鹿三等書記官がトイレで用を足していると、小裸が覗きにきまし た。彼が声をかけるのを待っています。 ﹁なんだい﹂ ﹁なんでもないの﹂ 男の森の小裸 ﹁インタビューは嫌いかい?﹂ 小裸は彼のすぐそばまで近づいてきました。 ﹁嘘をついちゃった﹂ 少女が言いました。 ﹁お父さんとお母さんが殺されるのを見たって、そういえばいい、っ ていわれたの。ほんとうは知らないのに﹂ ﹁この娘にも家族がいて、みんな殺されてしまったのだ﹂と若い三等 書記官は考え、少しばかり動揺して、 ﹁そうなのか?﹂ と聞き返してしまいます。 ﹁うん﹂ ﹁嘘はいけないな﹂ 伊鹿は呟くように言いました。 そこに少女のあとの二人もやってきて、黄色い声をあげて騒ぎだす まであっという間です。 男の森の小裸 ﹁きゅーとだね﹂ ﹁びゅーてぃほー!﹂ キッチョウ ﹁小裸は演技がうまいんだよ﹂と 吉兆 。 ﹁そんなことない﹂ 小裸はやっきになって否定しました。 ﹁赤ちゃんのふりをしたり、中学生の真似だってできるもん。だから お客さんにも人気があるんだね﹂ ﹁みんなだって﹂ フーフー ﹁まだ終わらないの?﹂ 花 花 がその場でしゃがんでおしっこを始めます。 ﹁あたしも練習していこう。小裸みたいにうまくいかないけど﹂ やっぱりお尻がぬれてしまいました。 ﹁がいこーかんなの?﹂ 小裸が伊鹿にたずねます。 ﹁そうだよ﹂ フーフー ﹁がいこーかんはらんぼーだ! キッチョウ というのは花 花 。 ﹁みてるだけ!﹂ ﹁みんな変態﹂と 吉兆 。 しゃちょーさんはインポだよ﹂ ﹁がいこーかんて、おいしいの?﹂ ﹁自衛隊とどこがちがうの?﹂ ﹁メシウマーなの!﹂ ﹁へいたいさんは、やさしいよ﹂ ﹁料理ができるんだ!﹂ ﹁ちがう。殺人免許証をもっているんだって﹂ ﹁ちょっと。ちょっと﹂ 三等書記官が外交権限で制止しました。 ﹁さすがに、そんなことはできないよ﹂ ﹁じゃあ何ができるの。お料理?﹂ ﹁まだなったばかりで仕事のことはよくわからないんだ。残念ながら﹂ 男の森の小裸 男の森の小裸 ﹁ぷりちぃーだわ﹂ ﹁あ、いかないと。はぐれちゃったら大変﹂ と小裸がめずらしく素っ頓狂な声でいいました。 ﹁お姉さんがジゴクへいくって﹂ ﹁ジゴクって﹂ ﹁上よ。お客さんと行くところ。迷路みたいなの﹂ ﹁君も行くの?﹂ ﹁あたしは嫌!﹂小裸が強く否定しました。 ﹁行くんでしょう﹂ ﹁今はあの人たちについて行くのが仕事なんだ﹂ ﹁明日、またきてくれる?﹂ キッチョウ ﹁小裸はあなたが好きなの﹂ 吉 兆 がまじめな顔でいいました。 ﹁そうなのかい﹂ ﹁うん﹂ 男の森の小裸 小裸が首を縦に振ります。 ﹁行かないと遅れちゃうよ﹂ ﹁ほら、あっち﹂ チレンコ 小裸が階段の暗がりに消えるスタッフの後姿を指さして、言いまし た。 取材班は青 蓮閣 のさらに奥へ進みます。 狭い廊下をぬけ、急な階段をいくつも上って、伊鹿三等書記官がやっ とのことでついて行くと、一種異様な臭気が立ち込めた通路の両側に チレンコ 数多くの個室が並んでいました。 青 蓮閣 では韓国人は立ち入り禁止でした。移送日本人と客の区別が できず、何度も日本人客と揉め事を起すので、北朝鮮から来るような 高官・上層階級ならともかく、韓国のパスポートでは入れません。 それでは民族差別だ、日本人優遇だ、陰謀だ、と強い抗議を受けて 裏口から直接、寝屋へ行けるように計らったのです。宴席を通らず、 男の森の小裸 チレンコ 他の客と顔を合わせないのでトラブルがありません。どんな少年少女 でもいい、ただやるだけならとても簡単で、便利です。 他の外国人観光客にも評判を呼び、建て増しを重ねて、 青蓮閣 の最 奥部に迷路のように入り組んだ一画ができあがったのです。 そこはまさにジゴクでした。 小部屋の入り口にドアはなく布が一枚かかっているきりで、目隠し になっていましたが、中を覗くのは簡単でした。天井は低く、窓はあ りません。 鯨油の灯火を模した暗い照明の下、マットを敷き詰めた穴倉の内部 に目を凝らすと、素っ裸の大男がうずくまっていました。 汗にまみれた広い背中の全面に剛毛をなびかせた巨体の下にかろう じて今にも押しつぶされそうな、少女の白い体が覗いています。 男は撮影用のライトにまぶしそうに目を細め、カメラに気づくと我 にかえったように怒号を発して、取材班に向かって突進してきました。 小澤アリアは闘牛士もかくやとばかり、あざやかに身をかわし、和了 男の森の小裸 はぶざまに尻餅をついて、それでもどうにか対面の部屋に逃げ込むと、 少年と繋がっていそがしく腰を動かしていた若者がカメラに向かって ピースサインを送りました。 奥では彼の父親ほどの年齢の、太った中年男が、両わきに幼い女の 子を抱きかかえて布団に寝そべっています。少女の一人は鼾をかいて 眠っていましたが、尻から腿にかけては少なからぬ血のあとがついて いました。 伊鹿は気分が悪くなって、思わず﹁ひどいな。まるで阿片窟だ。こ れがみんな日本人なんですか?﹂と口に出して言ってしまいました。 ﹁そう見えない子もいるでしょうけど、日本の子供よ。日中両国で検 査しているので間違いはないでしょう﹂ チレンコ 小澤アリアは答え、平然とレポートを続けます。 ﹁ご覧のように、 青蓮閣 は現地中国人ばかりでなく、さまざまな国か ら訪れる長期逗留客でにぎわっています。買春客が落とす金額は、年 間どれほどになるのでしょうか。ここまで人気が沸騰すると、戦犯の 男の森の小裸 せいで日本の観光客が奪われるのではないかと心配する声も聞えてき そうです﹂ ﹁何もこんなところまで撮影しなくても﹂と嘆く三等書記官に向かっ て、ディレクターは当り前のように、 ﹁国民に真実を伝えるのが報道の責務ですからね﹂ ﹁撮っておいて損はないわ﹂ 小澤アリアはウインクします。 ﹁そりゃあね。いざとなったらモザイクをかければいいんだから﹂ ディレクターはまじめくさって言いました。 ﹁見ているだけの人間って、どんな嫌な話でも、いえ嫌な話ほど興味 をひかれるものなの﹂ 男の森の小裸 2 小澤アリアはけっきょくその晩、伊鹿三等書記官と寝ることにしま した。 チレンコ 利用できる人間かどうか確かめたかったせいもありますが、姿を現 すやたちまち青 蓮閣 の少女たちのお気に入りになってしまったように、 彼女も気づかないセックスアピールがあるのかもしれません。 少女とやった人間と寝てみたい、なんていう報道的な興味でないだ けましだと思ったかどうか。 若い男には慣れっこのつもりでしたが、経験は当てにならないもの シャンハイダーシャ です。 上 海大厦 スーペリアスウィートのダブルベッドのシーツの下で三等 書記官が目を覚ました頃、小澤アリアは蘇州河畔の小路をジョギング 男の森の小裸 していました。ランニングパンツにタンクトップで走る長身の美女は 人目をひきます。すらりと長い手足を見せびらかすような、露出の多 い格好です。 ほてった体を冷ますように、胸を突き出し、一心不乱に走ります。 ラオファンズ 黒髪をなびかせ、強剪定された、数えるほどしか葉をつけていない プラタナス並木の下を駆け抜けると、 老房子 も、再開発ビルも、水も 空もスモッグも、人も、車も、景色は流れ、ひとつに溶け合い、はじ ける筋肉の中では昨日の記憶、取材内容も、汗となって蒸発するよう でした。 バンド ホテルに帰ると、和了はもう朝食をすませているでしょう。アリア は安心しました。 朝靄にかすむ東方明珠塔の光も薄れ、 外灘 は本格的に目を覚ましま チレンコ す。 青 蓮閣 の正面はビルの影が落ちて、昨日よりもいっそう暗く、入り 男の森の小裸 口も見つからないほどでした。 チレンコ 取材班はまだ到着していません。 青 蓮閣 は二十四時間コンビニエンスな売春宿なので、少女はいつで も買えます。眠っている子を叩き起こしてその場で相手をさせるので した。先乗りした二人は、 ﹁あなたもお気に入りのようだから﹂とアリ アが言うので小裸を探しましたが、建物の内部は迷宮のように入り組 んでいて、簡単には見つかりません。 宴席は閉まっていましたが、舞台ではいたいけな日本人の少女が五 人の男にかわるがわる犯されていました。 少年少女歌劇団が出し物のリハーサルをやっていたのです。 さすがに選りすぐった美少女だけあって、見映えがします。人気が あるのは頷けました。 まだリハーサルだというのに、今からこれではそうそう体がもたな トゥーリー いのではないかと心配になるほどの演技でした。 樹 理 は舞台の花形でした。そろそろ役立たずの年齢に近づいている 男の森の小裸 キッチョウ ので、演出がだんだんハードなものになっていくのはやむを得ません。 とはいえ遠目には、まだ彼女の幼さは完全で、近づいても 吉兆 の偽 装︵生えかかった毛を剃り、陰唇をたたんで内部に押し込んでいまし た︶のような無理をしているわけではなかったのです。 直前にひとりの少年とのささやかな性交場面があるところからして、 日本兵に蹂躙される薄幸の美少女役のようでした。中国人の戦争犯罪 トゥーリー に対する憎しみと侮蔑、恐怖には特別なものがあり、無惨に犯される 悲劇のヒロインを演じる 樹理 には、日本人戦犯に対するのではないよ トゥーリー うな、真摯な同情と人気が集まったほどでした。 樹 理 を輪姦する日本兵役はちょんまげの鬘をかぶり、ふんどし一丁 で登場します。 背中の刺青から、元やくざのように見受けられました。 悪事を働いたとはいえ警察官だけを粛清するのはいかにも不公平な ので、警察と関係が深い暴力団や芸能関係者も、戦犯とすることに決 まったのです。 男の森の小裸 戦争責任をなすりつけるのは、別に誰だってかまわないわけですし ね。アジア・太平洋各国の人々にとっては日本人であるなら戦争犯罪 者なので問題はありません。 同じように警察や暴力団や芸能事務所と癒着してきたマスコミが今 回ばかりは政府に全面協力しているのも、この見せしめが効いたので しょう。 証拠の捏造、事件の隠蔽、収賄、横領、脅迫から証人の抹殺まで、悪 逆非道のかぎりを尽くしてきた警察官は日本兵役にはうってつけでし た。 トゥーリー 上官役は腹のたるみ具合からして本部長クラスでしょうか。 職務質問するときの、横柄な態度そのままに、 樹理 を責めさいなみ、 あげくはやくざと一緒に輪姦します。 こんな場所に流れてきてまで人をいたぶるときだけはじつに楽しそ うでした。 男の森の小裸 トゥーリー トゥーリー リハーサルを終えて舞台から下りてきた 樹理 とは昨日、取材の前に 二言三言挨拶をかわしただけでしたが、 トゥーリー ﹁小裸をお探しですか﹂ 樹 理 は自分から声をかけました。 トゥーリー ﹁あの子は特別室での接待が控えているので、今は会えません﹂ 伊鹿三等書記官は 樹理 のことをよく憶えていました。 向こうもそうだったのを嬉しく思って、質問をみすかしたような 樹理 の態度も気にならないようです。 トゥーリー ﹁舞台はお気に召しましたか﹂ 樹 理 はたずねました。 どこにも引っかかりがない身体をした少年少女にとって、日本人の 制服は当人に誘惑するつもりがなくてもあまりにも脱げやすく、胸は はだけて、膨らみかけた乳房が覗いています。 ﹁ええ、あなたはとても素敵です﹂ 伊鹿三等書記官はうつむいて、目をそらします。 激しい運動のあとの汗の匂いと、日本兵がだらしなく漏らした精液 の匂いが入り混じり強烈な媚薬のように鼻先に香って、めまいがしま トゥーリー す。 トゥーリー 樹 理 は股間を拭う手をとめました。脚を閉じ、股間を拭っていたタ オルをそっと背後に隠すのも忘れませんでした。 歳でした。 幼い少女たちの間に入ると大人びて見えましたが、 樹理 はまだ十二 産毛よりわずかに濃くなりだした陰毛を他の少女たちのように剃っ てはいず、それについて質問されると、 ﹁この方が自然でいいという人がいるの﹂ と年齢のわりに深いしわを目尻によせて、笑って見せるのでした。 トゥーリー ﹁へん。おべっかを使ったって﹂ 暗い顔つきの、 樹理 の恋人役の少年が、クッションに寄りかかって ︵少年はたいてい客の足もと、床に正座させられています︶うめいてい 男の森の小裸 男の森の小裸 ました。 目のまわりに青痣をこしらえ、前歯の上一列が欠けています。 昨晩、のどに突っ込まれた性器の大きさに思わず歯をたてて、 ﹁お客 ポンセ トゥーリー に殴られた﹂のでした。 玉 早 というのが樹 理 の恋人役の少年の名前です。 彼は舞台に出演するたびに毎回ヒロインとよろしくやっているおか げで、客から妬まれていました。 ついさっきも、リハーサルの最中に日本兵に殴られて、傷口からま た出血していました。 ﹁二度も同じところを殴られた。あいつら、わざとやってるんだ﹂ トゥーリー ﹁やくざに嫌がらせしたら仕返しされるのはと当たりまえよ﹂ 樹 理 がさとすと、 ビィユウ ﹁だってあいつら、しつこいんだ。B優が泣いてるのに⋮⋮﹂ B 優 はさっきのリハーサルにも出ていた少年の姉役の女優で、十代 の頃は童顔で人気のあったグラビアアイドルでした。 男の森の小裸 チレンコ 二十歳を過ぎているので 青蓮閣 の商品にはなりません。舞台に出て いないときは下働きをしていて、日頃から従業員や出入り業者、成人 した他の日本人戦犯のなぐさみものになっています。 色落ちした髪はまばら、おでこは飛び出し、肌はくすみ、胸も尻も しぼんで見る影はありませんが、性格は我慢強く、こんな状況にも絶 望しないもって生まれた明るさがありました。優しくて何かと面倒を 見てくれるB優を、少年は本当の姉のように慕っていたのです。 少年の姉は日本兵の拷問されても口を割らずに死んでしまいます。 売春宿のショーにラスベガスのような豪華な舞台装置は望めません。 俳優だって素人です。だったらいっそ学芸会らしくあからさまなネタ バレドラマを演じた方が、観客も安心して見ていられるというもので す。 芸能関係者もいるので再現ドラマはお手の物でした。 残虐シーンが売りなので、そこだけはリアルです。幸いやくざも警 官も暴力に関しては専門家でした。 殴るのも蹴るのも本気。 強姦も、吐瀉物も、流される血もみな本物でした。 B優はいつ本当に死んでもかまわない屠殺要員だったのです。 ﹁だからって、ひどい。まだリハなのに﹂ 少年はまた泣くのでした。 トゥーリー 樹 理 が言うと、事情を知っている小澤アリアは苦笑をうかべました。 トゥーリー ﹁なによ。まだ根にもってるのね﹂ ﹁あいつら殺しを楽しんでるんだ﹂ 少年は吐き捨てるように言いました。 ﹁今さらそんなことをしてやったって、何にもならないさ﹂ と樹 理 がお姉さんぶってそう言うと、 て﹂ のに。あなたは吐くのを手伝ったこともないくせに。汚い、くさい、っ ﹁B優は毎回排泄物を食べさせられるのよ。それでも黙って我慢してる 男の森の小裸 先週のことでした。べつのテレビ局が取材に訪れたときに、 トゥーリー ﹁どう、あなたたちは中国の人たちのお役に立っていると思う?﹂ という台本どおりの女性レポーターの取り澄ました質問に、 樹理 が、 てるの﹂ トゥーリー ﹁なんなのよ、あなたは。自分がどうしてこんなところにいると思っ をばかにしているようなところがありました。 なまめかしいというよりは露骨なだけの 樹理 のしぐさは、どこか人 れちゃうところだったんだから﹂ ﹁この間なんか舞台まで上がってきて、もう少しでそのまま突っ込ま と答えて憤激をかったのでした。 を当てようとするんだから。しつこくて嫌になっちゃう﹂ るの。おしっこがでそうになるとすぐに飲ませろっていうし、直接口 う触り続けているし、おじさんほどすぐにおちんちんをにぎらせたが しで、クリちゃんがおかしくなっちゃう。席に着いているあいだじゅ ﹁いちばん嫌らしいのは日本人の客よ。最初から最後までこすられどう 男の森の小裸 男の森の小裸 ﹁あたしのせい?﹂ ﹁まったくもう、これだから嫌になっちゃう。どうせあなたも不良教 師の娘なんでしょうね﹂ この新人女性レポーターにすれば、日本人の戦争責任が自分たちに 負わされているという自覚がない移送日本人なんて、最低でした。 唇をかんで、せいいっぱいの威厳を見せて、こう言いました。 ﹁皆さんの人生はうまくいかなかったのだからそれはもう仕方がない わ。でもわたしたちには未来があります。あなたはたには日本という 国の将来がかかっているの。いくらなんでもそういう態度は無責任じゃ ないかしら。あなたには国を愛する心がないの?﹂ 彼女が身をそらすと自慢の胸がブラウスの薄い生地をつきあげ、い きどおりで乳首が立っているのがわかるほどです。 トゥーリー ﹁もう日本人じゃないもん!﹂ 樹 理 が無邪気ぶって言い放つと、あとは大騒動でした。 コップの水をこぼす、物を投げる、泣いて、泡を吹いてキーキー声 男の森の小裸 を張り上げる新人レポーターをなだめるのは一苦労だったのです。 収録は中止になりました。 ﹁次は僕の番だったのに。もしこれきりテレビに出られなかったら、 君のせいだ﹂ 思い出して、少年はまた涙をこぼすのでした。 ﹁君が生意気なことをいうからだ。日本人のお客をけなしたりするか らだ﹂ ﹁テレビにでたからって、誰かが助けてくれるってもんじゃないわ﹂ ﹁舞台じゃ悲劇のヒロインで、可愛いがられてるからって、生意気だ よ。日本人をけなしちゃ駄目なことぐらいわかってるじゃないか。お しっこなんか、そんなの馴れててなんでもないくせに⋮⋮僕はここか ら出たいんだ。もういやなんだよ。病気になって死んでしまう﹂ ﹁あんたはいつだってひーひー泣いるだけじゃない。やれ殴られた、 歯が折れたって。情けないったら。毅然としてないから、殴られたう えにビール臭いおしっこまで飲まされるのよ。舞台でだってうまく立 男の森の小裸 たないし。昨日だっておとといだって、あたしがうまくごまかしてあ トゥーリー げたじゃない。そんな歯の抜けた、みっともない顔を撮られなくって、 かえってよかった﹂ ポンセ それでも僕はテレビにでたかったんだ、と 樹理 を責めて、いつまで も意気地なく泣きつづける 玉早 をなだめて、 ﹁誰だっておんなじよ。いずれは殺されてしまうんでしょ。だったら トゥーリー こんな暮しでも生きているだけましだわ﹂ 樹 理 は言いました。 ﹁なるべく目立たない方がいいの。あなたはもう、体だってボロボロ じゃない。お尻の穴も使いものにならないし。このうえテレビ出演ま でしちゃったら、何をされるか、わからないの。処分されるかもしれ ポンセ ないのよ﹂ 玉 早 は気圧されたように、ビクッと肩をふるわせます。 トゥーリー ﹁あなたのためを思っているのに﹂ 樹 理 はぽろぽろと涙をこぼし、少年を押しのけて立ち上がると、伊 鹿の腕を取って、 ﹁さあ、いきましょう。弱虫はほっといて﹂ 二人に向かって言いました。 ﹁どこへ﹂ ﹁小裸は夜になるまで部屋から出られないわ。特別室へは、時間がき たら、後でご案内します。それまではわたしの部屋でお休みください﹂ これが少年少女たちの寝室で、報道陣に公開された階上の豪華な個 屋がびっしりと並んでいました。 四方を自動的に水が流れる溝に囲まれ、中心部には三角屋根の犬小 三越の一階フロアほどもあるでしょうか。 ンクリートが打ちっ放しの広い地下室に出ます。 舞台裏の階段を下りて地下へ、下りて、下りて、下りていくと、コ 室は取材禁止なの﹂ ﹁ちょうどいいわ﹂アリアは小声で和了に伝えます。﹁この子たちの私 男の森の小裸 男の森の小裸 室は客をとるとき専用です。犬小屋は子供ひとりがやっと入れるくら いの大きさでした。内部には藁が敷かれて何かの巣穴のようです。縦 横に列を成し、しかも十段以上積み重なっているので、危なっかしい 梯子を伝ってよじ登らなければ上の部屋へは戻ることもできません。 周囲の溝に沿って並んだ直径三十センチほどの穴が便所で、溝は洗 面所と風呂場をかねていました。 数分おきに自動的に流れる大量の水が汚れた体を洗い、穴に吸い込 まれた余り水が排泄物を押し流します。 B優が溝のわきで体を洗っていました。 同じ日本人の制服でも成人女性は上着に銀行員のような紺のブレザー をはおり、下半身は短い布切れを前後に垂らしているだけでした。男 性と違って草履を履いていましたが、残念ながら、内股で歩くのはす れ違いざまに指を突っ込まれないか警戒するときくらいでした。 B優はしゃがんで、溝の残り水をすくって股間を洗いながら、穴に 向かって何度も吐いていました。 男の森の小裸 自由に使える蛇口は部屋の四隅にしかないのです。 そこにはやくざや警官が陣取って、むしろを敷いて雑魚寝していま す。女子供は怖くて近寄れません。 大人には犬小屋があてがわれていないのです。 むしろの上に上がれるのはやくざの情婦か芸能関係者、パチンコ屋 の女房ぐらいで、女性や一般人出身者は仕事場の片隅かコンクリート の床にじかに寝るしかありませんでした。 警官ややくざばかりが目立つのは身体が頑健で、権力意志が強く、 すぐに徒党を組んで力を振うからで、社会保険庁や厚生省や他の省庁 トゥーリー の役人では、彼らに寄生して生き延びるのがせいぜいでした。 樹 理 の両親のような国策に反対する不良教師も戦犯にされたのです が、教師は中国でも嫌われ者でした。職業がばれて嫌われたのではな く、もともと嫌われる性格だったのかもしれません。大半が面白半分 に処刑され、誰も生き残ってはいませんでした。 ﹁こんなところに夜までいるのはたまらないな﹂ 男の森の小裸 伊鹿三等書記官がふうっとため息をつと、アリアは携帯電話をとり だして夢中でシャッターを切っていました。彼はあわてて、 ﹁やめろよ。あいつらに見つかるぞ﹂ トゥーリー といって雑魚寝するごろつきたちを流し見て、アリアに注意をうな がしました。 ﹁平気ですよ﹂ 樹理 がいう。 ﹁これはスクープなのよ﹂ ﹁つかまったら何をされるか﹂ ﹁心配ないわ﹂ アリアは笑います。 ﹁戦犯じゃない日本人には絶対手を出さないから﹂ ﹁でも﹂ ﹁そんなことしたら生かしといてくれないもの﹂ ﹁もし﹂ ﹁警官にそんな勇気があれば犯罪になんか手を染めないでしょう﹂ 男の森の小裸 ポンセ 部屋の四方を囲む溝に瀧のような水が流れて、アリアの声をかき消 してしまいます。 トゥーリー 泣き疲れた顔の少年がフロアに姿をあらわしました。 玉早 でした。 彼は十分にまわりを見回してからおずおずとB優に近づくと、 樹理 に言われたとおり、体を洗うのを手伝ってやるのでした。 B優は上目づかいで伊鹿の方をうかがいながら、少年のなすがまま 身をまかせていました。 ﹁ありがとう﹂ とお礼をいったとたん、﹁あっ﹂と声をあげます。 痛めつけられなれた体はやさしく撫でられるのには敏感なのです。 B優は泣きながら、震えていました。 ついには膝の力が抜けてへたへたと崩れ、軟体動物のようにぐんにゃ りとコンクリートの床に這いつくばってしまいました。両目を大きく 見開いたまま、体はまだぴくぴく小刻みに痙攣しています。 男の森の小裸 B優の肛門は膿んで、ウジが湧いていました。 それがまたちんぽにからみついて快感だ、などとうそぶいて、ごろ ポンセ つきたちは好んでB優を犯すのでした。 玉 早 は自分の肛門が男性器を受け入れられず、いつもつらい思いを しているので、つい興味を示してB優の肛門を指でほじくり、B優に 痛い思いをさせてしまい︵そのひょうしにB優は正気に戻ったわけで すが︶、きつく睨まれて、またしゅんとしてしまうのでした。 トゥーリー ﹁ごめん﹂ 少年は 樹理 のそばによってあやまります。 ﹁ごめんよ。本当に﹂ ﹁もういいの﹂ 顔をそむけたままの少女に無理やり頬をすりよせて、 ﹁君は僕のためにしてくれてるんだ。わかってるけど、つらいんだ。 この暮らしが嫌なんだ。だからわがままをいうんだ。ごめんなさい。 だからお願い、こっちを見てよ﹂ 男の森の小裸 トゥーリー 少年は 樹理 のまぶたにくちづけして、涙の扉をこじ開けます。 何か言おうとするのに、何も言えないぽかんと開いた少女の口に舌 をさしいれ、てのひらで顔を包んで抱きしめます。 この茶番劇の幕ぎれは唐突でした。 少年は少女が望んだように体をよせて押し倒し、唇から胸へむしゃ トゥーリー ぶりつき、呪文のように﹁好きだよ﹂と﹁ごめん﹂を繰り返しながら、 理 の制服を脱がすと、股間に勃起したペニスをあてがいます。 樹 トゥーリー 舞台では、いつもこっそり肛門に唐辛子をねじ込まないと勃たない のに、と 樹理 が思ったかどうかは知りませんが、入れやすいように手 をそえて、導いていたのは確かでした。 トゥーリー 少年少女は伊鹿の目の前でセックスを始めます。 かすかに黒ずみはじめた 樹理 の陰唇にはさまれてせわしなく出入り トゥーリー する少年の性器はゆでたアスパラガスのように生白く、あっというま に射精して果てると、少年は十八番の泣き芸も早々に 樹理 の鎖骨に頭 をのせて、すやすやと眠ってしまいました。 男の森の小裸 トゥーリー にもかかわらず、 樹理 は紅潮した顔で、脚をつっぱり、特有の匂い を発散して、逝ってしまったのがわかりました。 伊鹿三等書記官はうんざりして、B優を抱いてみようかなどという いたずら心すら起きませんでした。 男の森の小裸 3 小澤アリアは携帯電話でスタッフと連絡を取りながら、精力的に取 材を続けていました。 和了はなんだか疲れてしまい、壊れて脇にどけてある犬小屋の屋根 トゥーリー に坐って、頭をかかえています。 樹 理 は黙って彼を見つめています。 少女は少年を犬小屋の中に追い込んで、藁でくるみ寝かしつけてか ら、体を洗い身じまいを整えていました。 トゥーリー ﹁そろそろ行きましょう﹂ 樹 理 が言いました。 いつのまにか時間がたっていたのです。 アリアに声をかけて一緒に階上へ戻ると、外はもう午後も遅く、宴 男の森の小裸 席にはちらほら客が入っていました。 伊鹿が探し物をするかのように頭をめぐらすのを見て少女が言いま す。 ﹁小裸はここにはいませんよ﹂ 探すつもりはありませんでしたが、彼はつい少女たちを数えていま した。それは熱帯雨林の水場に群れる原色の蝶を数えるほどに無益な ことでしたが。 チレンコ いったい何人の子供がいるのでしょう。 青 蓮閣 の日本人の制服は薄暗がりの中ではしどけなく着くずした幼 い肉体の白さだけが目につきました。ちらちらと視界をかすめるおぼ ろげな白は幻のように、確実に性欲を刺激するものの、誰が誰やら判 別はつかないのでした。 ﹁特別室へご案内します﹂ ﹁取材許可がいるのでは?﹂ ﹁抜け道があります。ついて来て下さい﹂ チレンコ 特別室を利用する顧客には年配のお金持ちも多く、ご婦人方は下品 な男性客の目に付くことを嫌がるため、エントランスは 青蓮閣 から離 れた目立たない建物の内部にあり、地下通路からじかに各部屋へ向か チレンコ うようになっていました。 青 蓮閣 の特別室は一般の客からは完全に隔離されています。少年少 トゥーリー 女は抜け道を使って客の相手をしに行くのでした。隠し通路は複数あ りました。 樹理 は舞台裏のセットの一部に見せかけたドアを開けて、 人の姿はなく、静まり返っていました。 んでも足音を立てない分厚いレッドカーペットを敷いた廊下には他に 装飾のない清潔な壁。青みを帯びた蛍光色で塗られた天井。強く踏 通り、病院を抜けてようやく目指す特別室が並ぶ廊下にでました。 下が覗けます。階段を下りるとボイラー室で、そこから死体置き場を コロニアル風の瀟洒な階段を上って屋根裏へでると、吹き抜けから ﹁ここからいけます﹂と手招きしました。 男の森の小裸 男の森の小裸 トゥーリー 樹 理 はこっそり部屋の一つを覗かせてくれました。特別室といえど も安全のため、ドアには鍵がかからないようになっているのです。 ドアは音もなく開きました。覗きやすいように、入口の衝立は部屋 の内部からはこちらが見えないマジックミラー構造になっていました。 照明は明るく、室内のようすが手にとるようにわかります。 裸の女の背中が見えました。ベッドに腰を下ろして、かすかに肩を 震わせているようです。よく見るとひろげた脚のあいだに、少年の頭 をはさんで奉仕させていました。ずいぶん長い時間そうしているらし く、汗がうかんだ女性の尻の下で窒息しかけ、ベッドに寝そべった少 年は足の指をまげてひきつらせているので、かろうじて生きていると わかります。女はあまり若くはありません。金髪は染めたのかもしれ ませんが、白いが肌理の粗い、染みだらけの肌は白人特有のものです。 ﹁こんなところで何してる﹂ 声がする方に少年が一人立っていました。 男の森の小裸 少年は十歳かそこらで、非常に整った体つきをしていました。涼や かな目元まで前髪をたらし、はだしで、上半身も無毛の性器も、皮を ダニー 剥いたバナナのようにすっぱだかでした。 トゥーリー 堕 仁 は下から三人を睨みつけ、 ﹁樹 理 ﹂ と呼び捨てにします。 ﹁客か﹂ トゥーリー ダニー ﹁あたしのことは、放っておいて﹂ 樹 理 が投げやりに言うと、堕 仁 は肩をそびやかして行ってしまいま した。 本物の美少年は貴重でした。まして日本人には稀な存在なので、表 ダニー に出さず特別室に隔離していたのです。 堕仁 は高価でしたが引く手はあまたで、甘やかされ、贅沢になれ、 わがままいっぱいで、おまけにとても残酷でした。そのぶん弱虫で、 情けないほど苦痛に対して耐性がないので、いざ自分が何かされると 男の森の小裸 なると大袈裟に泣き叫ぶものだから、若い女性には恰好のおもちゃに なっているのです。 おっぱいを吸わせて母親ごっこをするだけが楽しみではありません。 自らもてあそぶことも、お酒を飲みながら少女と性交を実演させて 見学することもあります。 国際線の客室乗務員などが搭乗勤務の帰りに寄っていくと、目の前 に何人か好みの少年をならべて、他のものの助けをいっさいかりず、 手だけで何度逝かせられるか競い合うのが恒例でしたが、息も絶え絶 えになって泡をふきながら射精する少年をまだ執拗にしごき、こらえ きれなくなってくすぐり、舐めて、さすって刺激し続け、少女のよう に大はしゃぎする裸の女たちのようすはこっそり覗きたがる政府高官 のファンも多く、女たちはうすうす見られるのを知っていながら、そ ダニー のぶん格安で遊べるとあって申し込みは引きも切らないほどでした。 死屍累々たる惨状を放ったらかしに、その場に 堕仁 を呼んで、全員 で息があがるまで刺激し続けるのが宴の仕上げで、最高の贅沢なので 男の森の小裸 した。 ダニー ﹁あいつは嫌い﹂ トゥーリー 堕 仁 を見送った樹 理 が言いました。 ﹁ここにいるのはよくないわ。行きましょう﹂ ダニー 特別室には他にもいろいろな出し物があります。 堕仁 は花形でした。 年配の客の中には自分では何もせず、見ているだけの人間も結構いま ダニー す。いけないことは他人にやらせて、それを見物して快感をむさぼる のですが、堕 仁 はセックスをするだけではなく相手をいじめて泣かせ たり、叩いたり、髪の毛をむしったり、唾を吐きかけたり、人を貶め る行為が得意でした。客の望みのままに、いくらでもひどいことをし ます。 生きた猫を殺して見せたこともありました。 献血ではなく、拷問まがいに限界まで少女の血を抜き取ることもあ ります。 男の森の小裸 ダニー 堕 仁 は専門の拷問屋よりやることが不器用で、しかも素人がなれな い手つきでするときよりはるかに大胆なので、少年の針で血管をいた ぶられる少女の苦痛は、それは凄まじいものでした。 やりすぎて死んでしまった例もあるそうです。 若い女性の中には器具からあふれ出した大量の血を見て卒倒するも のもいました。しかし、拷問ショーの後で少年を抱きたがらない若い 女性は、ほとんどいなかったという話です。 そんなエピソードを聞いているうちに、伊鹿は小裸がもう死んでい るのではないかと心配になりました。 ﹁だいじょうぶ。殺されるのはたいてい東南アジアから密輸された子 供か、間違って送られてきた不良品よ。生意気な子役の芸能人とか、 客の相手もろくにできないような、聞き分けのない幼稚園児とか、自 分じゃ何もできないくせに要求だけは多い車椅子の少女とか、ぶさい ダニー くな知恵遅れとかで﹂ さっき 堕仁 と会ってから、彼女はどこか変でした。 男の森の小裸 トゥーリー それになんだかおぞましいことばかり想像させようとして 樹理 がわ ざと言っているように思えて、いい気持ちはしません。 ﹁小裸みたいなかわいい子はまだ使い道があるから。車椅子の子のと きは面白かったわよ。脚がきかないので、逃げることもできないの。 シーツの端をつかんでじたばたするのを追いつめて、脚が立たないく なに﹂ せに、生意気にお尻だけはふれるんだから。かたわが、かたわを犯す の。そりゃあ見物だった。ん? トゥーリー 伊鹿と小澤アリアは顔を見合わせました。 トゥーリー ﹁刺青を見た?﹂ 樹 理 が言いました。 ﹁見えなかったでしょう?﹂ 伊鹿はわけがわからず、アリアは、 樹理 にすればいないのも同然で ダニー した。 ﹁堕 仁 のことよ。彼、ほんとうは左腕のひじから先が全然ないの。わ かんないでしょ。二の腕に刺青がしてあってそれが光を反射して、空 男の森の小裸 トゥーリー 中に腕があるように見せているの﹂ チレンコ 樹 理 は言います。 青 蓮閣 にはおかかえの刺青師がいて、彼は肌を極彩色に飾るだけで なく、特殊な白彫りで傷つけた肌の模様で光を屈折して空中に幻像を 投影するのだと。 その刺青は実際にはないものをあるように錯覚させ、そればかりか ダニー あるものを消して見せることさえ可能なのでした。 ﹁堕 仁 の義手はじっさいにはバイブレーターになっていて、いつもあ んまし役に立たないおちんちんの代りに、女の子を犯すときに使って る。すっごく太くて、振動がしびれるし、ぐねぐねで、だけど見えな トゥーリー いからよけい怖いの。刺青のおかげよ。凄いでしょ﹂ かたわじゃ、いくら美少年でも価 樹 理 は熱狂的に、泡を噛んで話し続けます。 全然わからなかったでしょう? 値がないですもんね。 それは奇跡のような技術で、体を美しく見せるのはもちろん、顔か 男の森の小裸 たちを変えて、まったく別人に仕立て上げることもできるし、姿が見 えないようにもできるらしいわ。 整形するわけじゃないから後で崩れる心配はないし。 服を着たら消えちゃうけど。 顔は化粧をしなけりゃ平気。 美少年がいないぶん、透かし彫りでペニスがあるように見せかけて、 美少女をそれらしく仕立てて使うことも、日本人を白人にすることも、 東南アジアの子供を日本人に見せかけることだってできる。 レーザーなんかじゃなく、手彫りで、それはそれは痛いらしいけど、 まったく別人になれるのよ。 だって、今殺されるのは私たちじゃないけれど。 子供の密輸は規制が厳しくて、車椅子の子はどうなったのか、あた しだっていつどうなるか、わからない⋮⋮ 心配しないで。 小裸は、きっと犬だか、サルだか、ブタだか、鳥の相手をしている 男の森の小裸 だけよ。もしかしたらネズミかゴキブリかも。 特別室では動物愛護団体の目をぬすんで、こっそり獣姦ショーが行 われているという噂があったのです。 ﹁ああでも、電気ウナギだったらまずいタイミングね。しばらくは足 腰が立たないし、話をしようにもうまくしゃべれないでしょう。水槽 トゥーリー 室じゃなきゃいいけど﹂ 樹 理 はうわごとのようにしゃべり続け、先へ行ったアリアが小裸を 見つけたことを伝えると、憑き物が落ちたみたいに呆然として、黙り 込んでしまいました。 小裸は鳥芸人の部屋にいました。 鳥芸人は体中に這わせた青虫やイモ虫、脚をむしったバッタ、ミミ ズ、ウジの他にも、すりつぶした果物や蜜をぬった小裸の体を、客の 目の前で小鳥についばませていました。 小鳥はよく仕込まれていて、乳首や陰核を上手につつきます。 男の森の小裸 小裸は敏感な部分をつつかれるたびに身をよじっていました。 猿轡を外されているのでよほど歯をくいしばっていないとかすかな 声がもれるのですが、小裸がやせ我慢をするのを面白がって、大勢の 客が﹁声をたてたらお仕置きだ﹂と脅かしています。 日本人の団体客でした。女体盛りとまちがえて、どこかの建設会社 の慰安旅行が大金をはたいて貸し切ったのです。 少女ひとりに三十数人では満足できない、と次々に要求をエスカレー トさせ、無理難題をふかっけて、鳥芸人に﹁おまえじゃなまぬるい。俺 チレンコ にやらせろ﹂と言いだす始末。 青蓮閣 では接待がうまくいかなければ責任は少女が負わされます。 どんな仕打ちでもおとなしく受けるしかないのでした。 客の要望で小裸は口いっぱいに青虫をくわえ、性器と肛門にもぎゅ うぎゅう押し込んで、鳥芸人は小鳥の大群をけしかけます。 こうなると、たいてい収拾がつかなくなって、男たちは大声を出し て騒ぎだし、少女は身をよじって金切り声をあげ、傷を負って、血を 男の森の小裸 流すことにならなければ幸い、青虫の色素で染みだらけになるのは間 違いありませんでした。 払ったんならやらなきゃ損だ、と虫の汁まみれの小裸に何人もの男 が挑みかかります。酔っているので人目なんか気にしません。 小裸が性交するところを実際に見るのは初めてでした。 あれは昨日の小裸だろうか。伊鹿はふと、考えていました。刺青の 話を聞いたからかもしれませんね。 とっかえひっかえ何人もの男に抱かれ、もとからの青虫汁や蜜に加 えて、汗まみれ、よだれまみれ、いかにも演技な鼻にかかった声であ えぎながら、身をよじり、性器から精液をあふれさせる小裸の姿を見 る限り、体にはまだ何の手も加えられていないようでしたが、じつは 巧妙な偽装がされていて、彼女を昨日と同じ小裸と思わせているだけ だとしたら、どうでしょう。彼には判別する手段がないのでした。 男たちは小裸を奪い合い輪をかけて大騒ぎです。 宴会はそのあと三時間も続きました。 男の森の小裸 特別室から戻ってきた小裸は、踵までべとつく蜜と小鳥も無数の足 跡を洗いおとし、湯上りの肌から石鹸の匂いをさせていました。伊鹿 三等書記官を見つけると小走りに駆けよります。疲れたようすも見せ ず、 ﹁がんばったの。見てくれた?﹂ ﹁うん﹂ 最後まで泣かなかったものな。 頭をなでてやると小裸はにっこり笑います。 ﹁ありがとう﹂ 小裸が笑うと、生えかけの永久歯が歯茎の上でキラリと光るのに、 彼はそのときはじめて気がつきました。 男の森の小裸 4 ﹁困ったことになったわ。ちょっと﹂ 電話にでていたアリアが不機嫌な顔で言います。 ﹁どうかしたんですか﹂ チレンコ ﹁スタッフがホテルで足止めされているのよ﹂ 本当なら今頃は上海市内の撮影を終えて、 青蓮閣 に向かっているは ずでした。 現地のコーディネーターを通しての話なのでもう一つはっきりしな いが、どうも大規模なデモがあるらしく、取材が規制されているのだ とか。 ﹁抗議デモですか?﹂ ﹁さあ。わからないわ。領事館からは何か聞いていないの?﹂ ﹁特別何も。あれば連絡があるはずですが﹂ 男の森の小裸 チレンコ 携帯をかけても領事館には通じません。 ﹁青 蓮閣 での撮影は無理ね﹂ と言った小澤アリアの顔には、不測の事態になれたジャーナリスト らしい、ふてぶてしさが戻っていました。 ﹁インタビューの許可は撮ってあるのだから、何人かホテルへつれて いけないかしら。小裸と、もう二三人。ホテルで話させた方がいい気 がするのよね。その方が本音も聞けるでしょうし。どう思う﹂ ﹁外へでられるの?﹂聞きつけた小裸は大喜びです。 ﹁どうって言われても、危いんじゃあないかな﹂ ﹁デモはこっちのせいではないんだし、取材には予定ってものがある のよ。相手の都合にばかり合わせてはいられないわ。少しくらい強引 にやらなきゃならないこともある。だって、これは日本人の問題なの なんだし、時間までに戻せば文句はないはずよ﹂ 思い立ったら独断専行。 信念が強すぎるのが玉に瑕。 男の森の小裸 キッチョウ フーフー しかしありあまる実行力が小澤アリアの持ち味でした。 ホテルで取材の続きを収録すると聞いて、 吉兆 と花 花 が顔を輝かし たのは言うまでもありません。 日本人の制服で表を歩くわけにはいかないので、三人にはコスチュー ムプレイ用に常備してある小学校の制服を着せました。ランドセルは チレンコ 背負わさず、小さなリボンがついた通学帽をかぶせ、子供たちとは手 をつないで、アリアとふたり保護者のような顔をして 青蓮閣 を出ます。 ﹁迎えに来てくれたのね﹂ 小裸は言いました。 ﹁ほんとうに、ありがとう﹂ 外交官だから救ってくれると思っているのかもしれない、と彼は考 えました。当然だろう。こんな境遇にいれば誰だってそうだと。私服 のガードマンが見てみぬふりをするのも僕が書記官だからだ。 僕は運良く、小裸は不運にも選ばれただけだ。力の差なんてないの に立場は真逆。 男の森の小裸 小裸の期待と、自分の考えが食い違っていてもしょうがない。 だからって本当は何をしたいのか考えてみても、さっぱり見当がつ かないのでした。 これまでの生活を顧みても、何かあることを強く望むような習性は なく、そんな機会も与えられたことがありませんでした。 小裸は勇敢にも私をたすけて欲しいと、彼に向かって訴えていたの です。 もっとも小裸の悲しげな目の色は、それを本気で信じているように は見えませんでしたが。 諦めと希望がいりまじったとでも言いましょうか。小裸の目の色は ビルの谷間に見え隠れする雲の黄金を映しています。 チレンコ やがて空は鈍色に変わり、わずかに残った雲の輝きもしだいに薄れ、 あたりに夕闇が迫ります。 デモが始まっていました。そういえば 青蓮閣 の中にまで、男女の学 男の森の小裸 生の先触れが発する金切り声が聞えていました。シュプレヒコールと 怒号と群集の足音が地鳴りのように徐々に近づいてくるのがわかりま す。 通りかかる人々の顔もいつもとは違っていました。 キッチョウ フーフー 外国人観光客の姿はありません。 吉 兆 と花 花 は遠足の小学生みたいにはしゃぐので、おとなしくさせ チレンコ るのが大変でした。 なにしろ青 蓮閣 にフリルのついたキャミソールや貞操帯はあっても 普通の下着は置いていないので、少女たちは小学生の制服の下はノー パンでした。小澤アリアがノーブラなのがテレビでばれても問題ない チレンコ でしょうが、もし人込みにもまれて肌が露出し、下着をつけていない ことがわかって 青蓮閣 を脱け出した戦犯の子だとばれたら、ただでは 済まないでしょう。 三人は見るものすべてが珍しくてしょうがないのでした。上海に送 られて一年近くたちますが、初めて街に出たのです。 男の森の小裸 子供が嬉しくて、じっとしていられないようすを見るのは楽しいこ とです。 ですが警戒は怠らないよう注意しなければなりません。 キッチョウ 南京路からあふれ出したデモの参加者が路地を埋め、行くてを塞い フーフー でいたのです。 アリアは花 花 と手をつなぎ、伊鹿は小裸と 吉兆 の手をひいて、人の バンド 流れに逆らわないよう注意しながらゆっくり歩きました。 外 灘 へ抜けると群衆はさらに数を増しました。 まばゆいイルミネーションが闇を照らし始めると、古い建物や新し い建物が渾然一体となって、人々の顔は区別がつかなくなり、逆に子 供たちの小さな体が目立ちます。何を見ているのか、何を考えている のか、デモの参加者は自らの声と密度と運動に興奮状態をつのらせて いました。 まだ殺伐とした雰囲気はありませんでした。しかし、これだけの人 数が集まれば何が起こるかわかりません。 男の森の小裸 アルマーニもカルティエも軒をつらねた有名ブランド店はどこも シャッターを閉じていました。格子状のシャッターは中が覗けるだけ によけい空虚な感じです。 どこを見ても人人人。人の波でした。 そこからも、ここからも、わらわらと群衆が湧いてきます。 バンド もはや逃げ道がなくなるほど。 外 灘 が埋めつくされるのは時間の問題でした。交通は遮断され、取 り残された車は立ち往生するしかありません。遠くでサイレンが鳴る のが聞えたような気がしました。耳を澄ますと、人々の騒ぐ声にかき 消されてしまいました。 見るからに不穏な空気をただよわせた一団が、建物の前の通りを占 キッチョウ 拠していました。聞えてくる声が殺気立っていました。 急いで通り抜けようとすると、隣にいた 吉兆 が、ビクッと身をふる わせ、目を凝らし、立ち止まりました。 男の森の小裸 キッチョウ ﹁姉さん﹂ チレンコ 吉 兆 は交差点の歩道橋の上に、 青蓮閣 から請け出されて幸せに暮ら しているはずの姉の姿を発見したのです。 彼 ら は︵ 驚 い た こ と に 官 僚 主 義 で は な く ︶相 次 い で 倒 産 し た ベ ン チャー企業を糾弾していました。こぶしを突き上げ、腕をふりまわし、 チュンペー 口々に何か叫んでいました。 春 平 は身請けした青年実業家のIT会社が倒産したので債権者が差 し押さえたのです。 彼らもずいぶん損をしたに違いありません。それでも衰えない購買 意欲と消費行動が、世界中のハイエナのような企業家がこぞって中国 チュンペー を付け狙う理由なのでした。 春 平 は裸でした。髪をふり乱し、体は薄汚れて、手足は煤で真っ黒 になっています。もう長いことそうして引き回されていたらしく、哀 れな姿を人目にさらすことにもなれきって、抵抗するそぶりさえ見せ ませんでした。 男の森の小裸 チュンペー 債権者の男は怒りにまかせて 春平 を小突き、つばを吐きかけ、噛み つかんばかりにわめきます。 チュンペー それでもまだ怒りが収まらないのか、薄っぺらな胸をつかんで思い きり爪を立てました。どうしても 春平 に悲鳴をあげさせたいのでしょ う。 キッチョウ ﹁姉さん﹂ チュンペー 吉 兆 がか細い声で、また言いました。 チュンペー チュンペー 首に縄をかけられた 春平 が、両脇から別の男に肩をつかまれていま す。男は 春平 を肩の上まで持ち上げました。 ﹁姉さん!﹂ 大の男が二人がかりで手すりの上から投げ落とすと、 春平 は歩道橋 にぶら下がり、ギリギリ足は地面につかず、一瞬で首の骨がはずれ、 目玉がとびだし、失禁し脱糞しながら息絶えます。 一瞬のことだったので多分苦しまずにすんだでしょう。顔はあっと いう間にどす黒く変わり果てました。 男の森の小裸 キッチョウ 吉 兆 が悲痛な叫びを上げました。 人々の注意を引かないわけがありません。 キッチョウ あわてて口をふさごうとする小澤アリアの手をふりほどいて、 吉兆 は姉のいる方へ駆けだしました。 ﹁日本人!﹂ 誰かが叫びました。 キッチョウ 自動車ショーか宝石の見本市に雁首を並べていそうな、いかにも亡 キッチョウ 者面した債権者の小父さんが、 吉兆 の制服の襟をつかんで引き倒しま す。 足下に転がった 吉兆 はスカートがめくれて下半身がむき出しです。 それを見てすかざず、 ﹁青蓮閣児童﹂ 小母さんが叫びました。 ﹁戦犯!﹂ ﹁児童福祉﹂ 男の森の小裸 ﹁莫迦子福嗣小水垂﹂ ﹁我不饒恕﹂ ﹁我要去殺日本人﹂ キッチョウ そうやって我先に言い立てながら、例外なくあさましげな顔つきを した若者が、 吉兆 に向かって手を伸ばします。ちょっと遅れて小父さ ん小母さんも。 いたたまれなくなった小澤アリアが逃げ出しました。 誰ひとり彼女には手を出しません。 ﹁見此処﹂ 一人が伊鹿たちを指差すと、 ﹁児童二名﹂ ﹁青蓮閣児童﹂ ﹁戦犯!﹂ わらわらと人だかりができて、三人をぐるりと囲みます。 ﹁傲慢不遜強欲小人﹂ 男の森の小裸 ﹁非道日本人﹂ というお決まりの唱和に続き、 ﹁中華人民共和国万歳!﹂ キッチョウ 若者が叫びました、 ﹁絶滅日本人!﹂ ﹁是々非々﹂ ﹁非!﹂ 男が倒れている 吉兆 を蹴り上げました。 ﹁止﹂ ﹁為何?﹂ キッチョウ ﹁個娘是青蓮閣児童﹂ と男は 吉兆 を指差します。 ﹁盗人打擲﹂ ﹁不。不対。那是功夫足球﹂ ﹁絶望出場世界杯﹂ 男の森の小裸 ﹁下手糞﹂ キッチョウ ﹁決意不退転﹂ 男は 吉兆 の髪をつかんで引き起こし、センターラインまで蹴り飛ば しました。 服は脱げて、少女は白目を剥いています。顔や背中にはべったりと はりついたような擦り傷が見えました。 ﹁やめろ﹂ キッチョウ 伊鹿三等書記官は必死で叫びました。 ﹁その子に手を出すな!﹂ キッチョウ 男は﹁芬﹂と鼻を鳴らして、 吉兆 を首吊り死体の下まで引っ張って いくと、債権者の目の前で高々と頭の上に差し上げた 吉兆 を汚物まみ れの路上にたたきつけ、 ﹁経済因果不可制裁。失金自業自得。我不壊﹂ 大音声で呼ばわりました。 ﹁不論誰都是大家小?﹂ 男の森の小裸 企業買収と株価操作で儲けたあげくインサイダー取引で指名手配中 キッチョウ の、倒産企業の社長か何かだったのかもしれません。 血反吐を吐いてのたうちまわる 吉兆 を、悠然と踏みつけにすると、 ﹁塗糞債権者。塗糞国家。塗糞中国人民﹂ と言って歩み去ろうとします。 ﹁火病!﹂ ﹁背反祖国的人間﹂ キッチョウ 若者がそしるのに耳をかすこともありません。 路上にうずくまる 吉兆 を助けに行こうとしましたが、人の壁に阻ま れ近づけません。しかも伊鹿は足手まといの二人を両手に抱えていま キッチョウ す。身動きがとれません。 黙って 吉兆 が歩道橋の上につれて行かれるのを見ているしかありま せんでした。 ﹁このままでは、嬲り殺しにされるのは時間の問題だ。どうすればい 男の森の小裸 い﹂伊鹿は考えようとしましたが、この状況では頭がまったく動かな フーフー いのでした。 フーフー 花 花 はさっきからずっと泣いていました。 フーフー 伊鹿が抱えた小裸と 花花 をねらう中国人から守って、さらに強く二 人を抱きしめると、小裸の息があたって鳩尾が熱いほどです。 花花 は 地面にぺたんと尻をついて彼の足にしがみついたまま離れようとしな いのでした。 ﹁近寄るな。俺は外交官だ。あっちへ行け﹂ 伊鹿三等書記官は必死で叫びました。 頭越しに腕が伸びてきて小裸の襟首をつかんだかと思うと、そのま ま引き倒しました。 身を挺してかばうと、とたんに四方八方からこぶしや蹴りの雨が降 り注いで、 ﹁アイ・アム・ディプロマット﹂ 尚も叫ぶ三等書記官の頭めがけて、プラカードが容赦なく振り下ろ 男の森の小裸 されました。 ﹁停止停止。プリーズ﹂ ﹁児童欺瞞﹂ ﹁日本人卑怯﹂ ﹁やめろ﹂ と言っても聞きません。 ﹁やめるんだ、ちくしょう﹂ 何本もの腕が小学生の制服を引きむしり、裸にした少女を路上でひっ ぱりまわしました。 群集は、男だけでなく女も、学生も年配者も、夢中になって小裸を 打擲し、唾を吐き、蹴りを入れ、大の大人が寄ってたかかって、無防 備な小裸をいたぶりました。 あげく泣き叫ぶ少女を鬼の首でも取ったように頭上にもちあげ、口々 に叫ぶのでした。 ﹁青蓮閣児童!﹂ 男の森の小裸 ﹁児童欺瞞。交付青蓮子!﹂ ﹁悪徳日本人﹂ ﹁これは犯罪だ﹂伊鹿はうめきます。﹁イッツ・クライム﹂ ﹁珍説多母神﹂ ﹁七生報国陰茎不能︵笑︶﹂ 股間に蹴りを入れました。 ﹁報復報応﹂ 彼をとりおさえた誰かが耳元で囁くのでした。 ﹁舐舐﹂ ﹁可陰唇!﹂ 伊鹿の頭を膝蹴りして、また唾を吐きます。 ﹁青蓮閣児童!﹂ ﹁子宮腐女子﹂小母さんが言い募ります。 ﹁児童欺瞞。交付青蓮子!﹂ ﹁悪徳日本人﹂ 男の森の小裸 ﹁知ッテルカ?﹂ 汚い言葉が飛び交う中、灰色の帽子をかぶり作業服を着た中年の男 が片言の日本語で、伊鹿に話しかけました。 ﹁青蓮閣児童、ワタシタチノモノ。日本人汚イ﹂ ﹁いやだめなんだ、この子はちがうんだ﹂ 身分証明書を取り出してもさっぱり動じることはなく、外交特権を 知らないんだ、と伊鹿は残念に思いましたが、 ﹁やめてくれ。たのむから。ちょっと待って﹂ と手を合わせても、聞く耳はありません。 ﹁コノ子、ドコノ子。ワタシノ子。日本人汚い。ワタシたちの賠償ま で盗むのか。アナタ、コノ子、渡しなさい﹂ 男は主張し続けました。 そのとき、颯爽と現われたグリーンピースの勇者たちが救出してく れなければ、彼らの運命は決まっていたでしょう。 男の森の小裸 いざ殴り合いになると白人は強い。まるでブルドーザーです。 伊鹿は思い知りました。刺青の腕は棍棒のように太く、中国人なん か、ひとたまりもありません。 ﹁ファック!﹂ ﹁マック!﹂ ﹁ケンタッキー!﹂ 尻餅をつき、四つん這いで逃げ出しながら、悪罵するだけでした。 寸足らずな小父さん小母さんはいうに及ばず、虚勢を張って踏みと どまろうとする若者たちも、あっという間に蹴散らしてしまいます。 ﹁逃﹂ ﹁三十六計走為上﹂ ﹁可孫子!﹂ ﹁撤退!﹂ ﹁可欧米!﹂ 群集が遠巻きになった頃合を見て、すばやく少女二人を担ぎあげ、 男の森の小裸 黄浦公園に運んで彼らを茂みの中に隠すことに成功したのです。 疾風怒涛の力業でした。 制服の上着の切れ端に︵やっとのこと取り戻したものです︶ 、袖を通 フーフー しただけの小裸が、地面に這いつくばってハァハァと息をついている かたわらで、花 花 はまだ泣きじゃくっていました。 ﹁もうひとりは?﹂ キッチョウ と聞いても男は肩をすくめるばかりです。 グリーンピースも 吉兆 までは助けられませんでした。今頃は歩道橋 に吊られているかもしれないと思うと、胸が痛みました。 男は流暢な日本語で、 ﹁おまえさんにはこれが必要だろう﹂ と護身用に持っていたシグの9ミリオートマチックを彼に渡して言 いました。 ﹁使い方はわかるな。ここを、こうして﹂ 弾倉には弾が込められています。安全装置をはずして、引鉄を引け 男の森の小裸 ば簡単に人を撃ち殺せます。 フーフー ﹁使うときは、よく考えてな﹂ 花 花 は運動靴以外、何も身に着けていません。それも片方だけです。 これでは街を歩けません。 バンド 公園の草むらにいつまで隠れていられるか。少し考えてみればわか るはずです。 外灘 には何万ものデモの参加者がひしめいています。彼 らが置かれている立場はまだ十分に危険でした。 思えば毛沢東は偉大でした。 ﹁虫けらの虫けらによる虫けらのための衆愚政治を否定して、全体主 義を文化と生活と人間関係を破壊するためだけに推し進めようとした んだからな﹂ と、伊鹿三等書記官は鼻血を拭きながら考えていました。 中国人民を野放しにしたらどうなるか。 十億の犯罪者を解き放つことだとわかっていたから、厳重に共産主 男の森の小裸 義の檻の中に閉じ込めて置いたのだ。 文化大革命万歳! ああ。文化大革命が挫折することなく続いていればなあ。 そうしたら今の世界だって、もう少しましなものだったかもしれま せんね。 毛沢東語録の無意味なアジテーションが言い続けている内容は唯一 つでした。 ﹁打倒我利我利亡者老若男女﹂ ︵人間は洗脳し白痴化しただけではまだたりない。意志をくじき、徹 底的に無力化しなければならないのである︶ イスラム原理主義者がやろうとしているのはそれだけれども、欲望 の馴致が全然たりません。 虫けらは虫けらの巣にかえれ。欲惚けた髭面をお天道様の下にさら すな。女たちの顔をベールで覆うのと同様、旦那がたのだらしない珍 棒を去勢しなければ、一万回の自爆テロも所詮は無駄な足掻きでしか 男の森の小裸 ないでしょう。 大衆とは組織化され無力化された痴呆状態にある人間である。大衆 を大衆それ自身の鉄壁とすること。さもなくば人民大衆はすべからく 犯罪者となるだけである。黄土高原全体にコンクリートを打って固め なければ黄砂の飛散は防げない。 しかしながら文化大革命は挫折し、イナゴの大群が解き放たれまし た。まさに黄禍です。 登小平の陰謀が成功したおかげで地上は虫けらどもに食い尽くされ、 薄汚いドブネズミの巣と成り果てたのでした。 ﹁ワット?﹂ グリーンピースの男が叫びました。 懐中電灯の光が彼の顔をまともに照らし、それから他の二人、伊鹿、 少女たちと順番に照らしました。誰何したのは騒ぎを聞いて駆けつけ た武装警官でした。彼らはデモを遠巻きに警戒していたのでした。 男の森の小裸 ﹁ワイ!﹂ 英語と中国語がちゃんぽんにとびかい、交渉と恫喝と応酬のすえに、 最後に若い警官が通りのよい日本語で、さっきから黙ったままの伊鹿 三等書記官に向かって、こう言った。 チレンコ ﹁この子らは中国人民の財産だ。盗むことは許されない﹂ ﹁そんなことは﹂ 言い逃れはできません。 青蓮閣 の子供を無断で外に連れだせば、そ れだけで公序良俗に反する罪になります。これは外交問題でした。 尚も武装警官とグリーンピースの押し問答はしばらく続きました。 群集はどうやら公園からは締め出されているようです。 ようやく交渉が進展した模様で、警官と環境活動家が笑顔で握手を 交わします。 グリーンピースは賄賂に小裸を差しだしました。その代りに乱闘騒 ぎは不問に付すというわけです。 武装警官はズボンだけ下ろすと、さっそく小裸に挑みかかりました。 男の森の小裸 ﹁好、野鶏小子﹂ 小裸はぐったりとして、あきらめていたのか、大人たちのされるが ままです。 もう一人の警官だって待ってはいません。すぐさま続いて加わると、 同僚が挿入しただばかりの同じ穴に、強引に突入します。 ﹁少々﹂ フーフー 小裸の中はさすがにせまく、警官二人をいっぺんに受け入れるのは ひどく苦しそうでした。 グリーンピースは三人がかりで、入れかわり立ちかわり 花花 を犯し ます。武装警官が少女を犯すなら、彼らもそうしなければ交渉は成立 フーフー しません。いざというときの信用の問題です。小太りで肉付きのいい 花 は大柄な白人の相手にはうってつけでした。 花 日本人のものとは比べものにならない巨大なペニスが少女の口と性 器と肛門を忙しく出入りする光景は、ボリショイサーカスの熊のダン スか、雑技団の新作アクロバットだと言われればそう見えないことも 男の森の小裸 ないでしょう。 ただし蹂躙される少女からは、いつまで待っても鳩も、旗も、贋物 の花束すらでてこないので、子供には退屈な見世物だったかもしれま せん。 ずいぶん長い時間が経過したように思えました。気のせいかイルミ ネーションの光も薄れ、デモの喧騒も少しは遠ざかったように感じら れます。大量に失血のせいか、それとも本当に夜が暗さを増したのか、 伊鹿にはどちらとも判断がつきませんでした。 警官と環境活動家たちは相手を換えてもう一度。さらに二度。三度。 ヤーチー ヤーチー 少女の吐息と、擦れあう性器が立てる淫猥な音に混じって、 ﹁野 鶏 、野 鶏 ﹂ と歌うように、うめくように、いい調子で合わせる声が、子守唄の ように聞こえてきます。 ﹁好少女﹂ ﹁再一次、小裸﹂ 男の森の小裸 ﹁用舌頭﹂ ﹁野鶏、野鶏﹂ ﹁好好野鶏﹂ だんだん自分は眠っていて、夢の続きを見ているような気がしてく るのでした。 武装警官はやっぱり小裸が恋しいと、どんぐり眼で訴えるので、も う何度目の交代か、グリンピースが腰を引くと、開ききった性器から 精液がこぼれます。 これなら二本同時でも、それほどきつくないでしょう。 ﹁原爆子笑止﹂ ﹁巴巴巴ッ﹂ ﹁消息不明拉致被害者﹂ ﹁丁!﹂ 武装警官二人は笑い合って、小裸の顔にカメムシのように臭い汁を 塗りたくり、 ﹁これで仕上げは終わった﹂と、小裸に向かってウインク 男の森の小裸 するのでした。 グリーンピースのごろつきたちは、血と汗と泥で汚れ、精液と涙に ぬれた少女たちの裸の胸に世界野生動物基金のピンバッジ︵パンダの 絵柄︶を突き刺して立ち去ります。 元はお仲間のシーシェパードが人殺しの企業から金をもらって鯨を 過剰警護するスーパーヒーローの派手な海上パフォーマンスに励んで いる間にも、彼らはこうして地道な活動を続けていたのでした。 チレンコ 武装警官は﹁坊ちゃん一緒に帰りましょ﹂とでもいうような鼻歌を フーフー 歌いながら、外交官と少女二名を無事、 青蓮閣 まで送り届けました。 伊鹿は自力で歩きましたが、小裸と 花花 は死体袋に隠して運んだの です。 武装警官は問題を起してもすぐ揉み消せるように、携帯用の死体袋 を持ち歩いていたのです。 男の森の小裸 5 チレンコ 伊鹿和了は軟禁されたホテルの部屋で、丸一日眠り続けました。 青 蓮閣 に戻るとすぐに拘束され、携帯電話も取り上げられたので小 澤アリアとも連絡が取れず、無事逃れたのかどうか。少女たちとはひ き離され、尋ねても安否は確認できませんでした。 彼を監視していたのは高級スーツに身を固めた、中国人だか、日本 人だか、在日朝鮮人だかよくわからない顔つきをした男で、年齢は三 十代か四十代前半でしょう。日本語と同じくらい流暢に北京語や英語 を話しました。 浅黒い顔と細い目のせいで無愛想に見えますが、そのじつ、五対一で 仏頂面より愛想笑で表情を作っているときの方が多く、話が核心にふ れないかぎり、雑談を拒むこともありませんでした。自分でタバコを 男の森の小裸 吸うことはあっても彼に勧めることはなく︵和了が吸わないのを知っ ているだけなのかも︶、新聞も雑誌も自分が読むだけでした。 暴力を振るうのが性に入った職業ではないようです。もしかすると 彼が知らないだけで領事館の上役だったのかもしれません。 男は夜どおし彼を見張っています。朝食にはオレンジジュースとパ ンケーキ︵最初の日はジャム、二日目はバターたっぷりのオムレツ、 三日目はアーティーチョ−クのサラダ︶を注文し、昼食前には姿を消 して、午後十時以前に部屋に戻ることはありません。おそらくその時 間帯は外で代わりの者が見張っているのでしょう。 チレンコ さしあたって知りたいのは、BBCはだしの捏造ドキュメンタリー を撮るために、 青蓮閣 を脱走したと看做された少女たちがどうなるか、 でした。 ﹁テレビの仕事ってどうなんでしょうね﹂ 伊鹿は男に話しかけます。本当に聞きたいのは小裸の消息でした。 ﹁どうせ放送の三分の二はレポーターが、俺さま顔を大写しにして、 男の森の小裸 あることないことしゃべっているだけです。映像を歪めるのは簡単だ。 捏造するなら勝手にやればいいので、メッセージピースを拾うための インタビューなんてこれからは禁止すべきでしょう。おかげで死者ま で出たんですから﹂ 男はつい気を許したのか、 ﹁どうかな。ルールを破ったんだから処罰するのは当然だが、貴重な 財産だ。まだすぐには殺さないだろう﹂ チレンコ 言ってしまってから後悔しましたが、軽はずみなのはお互いさまで す。相手は美人レポーターの口車にのせられて 青蓮閣 の少女をつれだ すような若輩でした。話していれば何か良からぬことを白状するかも しれないと考え、続けました。 ﹁死んだのは、あれは事故みたいなものだ。ただ次の記念日あたりは チレンコ どうだろうね。大きな催しには処刑がつきものだし。わからんよ﹂ ﹁まさか。青 蓮閣 は戦犯で運営しているんでしょう? そんなにどん どん殺していたらもつはずがない﹂ ﹁もたせて見せるよ。戦犯はビジネスになる。援助も人権擁護も十分 金になるけれど、人権無視ほど儲かるものは他にないからね﹂ 男は開き直って、現地コーディネーターのように軽快に話し続けま す。 ね。大家族は優遇されるだろう﹂ ﹁ギブ・アンド・テイクですか﹂ ﹁だって福祉ってそういうものだろう? ﹁青 蓮閣 に日本政府が関わっているなら、戦犯はさらに増えるってこ チレンコ やすい環境をつくるために、政府は万全の努力を惜しまない﹂ 母親たちが子供を産み育て 額され、これまで以上に手厚くなる。出生率ももっと上がって欲しい 国家にとって、いっそう貴重な財産になる。育児手当も休業補償も増 たんだから、しょうがない。ただ保護は続くよ。子供は必要だ。いや が犠牲になったようにね。これまでさんざん保護され甘やかされてき こんどは子供たちが犠牲になる番だ。高度経済成長の時代には労働者 ﹁日本が老人の国になった今、その役立たずの老人たちを養うために、 男の森の小裸 男の森の小裸 とですね﹂ 伊鹿はさらに鎌をかけます。 ﹁そういうことだな﹂ 男はわずかに眉をひそめました。 チレンコ 翌日は南京大虐殺記念日のお祭りでした。 青 蓮閣 では一日中、さまざまな出し物が舞台に載せられます。通路 という通路には縁日のように屋台が並び、宴席は外国人で、玉串に飾 られた特設の観客席は今日ばかりは入場無料の中国人客で満員でしょ う。 男は朝食にオレンジジュースとパンケーキと、今日はゆで卵を注文 しました。 食べ終わるとタバコを一服。 ボーイが皿を下げにくるまで、一時間の余裕があります。 彼は隠し持っていたオートマチックを突きつけて男を脅し、ハンカ 男の森の小裸 チを口に詰め、ネクタイで猿轡をかまし、後ろ手に縛り上げました。 ついでに足首を縛った手荷物ベルトと結び、えびぞりに固めて床に転 がしました。男は抵抗しません。そんなことをしても無駄だぞと言い たげに、恨めしそうな眼差しを向けるだけです。 チレンコ 伊鹿は屋上から非常階段を使ってホテルを脱け出しました。裏路地 に降りると、すぐに 青蓮閣 に向かいます。 のぼり 街はお祭り気分一色で、暴動の痕跡すら感じとれません。 壁や窓辺をいろどり、各種の 幟 や中国国旗にまじって各国の国旗が なびいているのは、祭りが万国博覧会の予行を兼ねているからでした。 福州路に入ると人込みはさらに増しました。 朝早くから同じ路地につめかけた群集に、大規模なデモを支えてい た凶暴な目の光がないというのは、何か不思議な感じです。 南京大虐殺の記念日を日本人を貶めて祝おうなんて、単純な脳髄の 持ち主なら考えつかないようなアイディアを、本当に実現してしまう なんて凄いことです。しかも、それを国家に対する不満の解消と愛国 男の森の小裸 心の発揚のイベントにして成功させるなんて。 いったん人の弱みをにぎったら傷口が塞がらないよう事あるごとに 塩をすりこむのが、中国式のやり方でした。 チレンコ ヒステリックなだけで何も考えていない朝鮮方式とはそこがちがう ところです。 伊鹿は人込みにまぎれ、正面入り口から 青蓮閣 に乗り込みました。 舞台では軽い余興が始まっています。もちろん青蓮閣児童だけでは 芸がなく、間がもたないので雑技団や養成学校から多くの人数を借り ていました。 今は日本人の少年が猿回しをしていました。猿は少年の髪の毛をひっ ぱたり、噛み付いたり、ちっとも命令を聞かないばかりか、反対に少 年を威嚇して、観客の笑いをとります。 猿は雑技団で訓練されたプロフェッショナルで、観客席のさくらが リンゴを投げると、すばやい身のこなしで少年の頭に飛び乗り、見事 男の森の小裸 にキャッチしました。 小裸はどこだろう。楽屋だろうか。 居住区へ行って警官どもに見つかっても嫌だし。 伊鹿がそう考えていると、宴席に給仕をする見覚えのある女を発見 しました。B優でした。お祭りなので日本人の制服ではなくナイキの Tシャツを着ています。もちろん上だけで、下半身は裸です。 他の女たちもそれぞれにアディダスやプーマやスポルディングのT シャツを着て給仕しています。飾られた万国旗に合わせて、ワールド カップの雰囲気を演出していたのでしょう。 草履を履いて歩くB優の姿がいつもより内股なので、よく見るとバ イブの代わりに生きた蛇が肛門の奥深く突っ込んであります。蛇は尻 尾がわずかに垂れているだけです。 B優は何度もふりかえり、後ろを警戒しいしい、こちらに向かって 歩いてきます。 蛇をひっぱると蛇以上にB優が身もだえします。客が面白がってい 男の森の小裸 たずらするので、給仕の間も彼女はおちおちしていられないのでした。 B優は伊鹿を見つけると、あわててUターンします。 彼は手を伸ばし、B優の肩をつかんでひきよせました。 ﹁ご自慢のお尻もそうやって締めると、まだまだ見れる﹂ などと、のんびりした声で言いながら、B優の尻尾をつかみます。 女がかすれた悲鳴をあげました。 物陰につれていって問いただすと、小裸は下手の楽屋にいる、と白 状しました。 ﹁でも、男の人も大勢いますよ﹂ B優は言います。 ﹁気をつけて﹂ ﹁平気さ﹂ と伊鹿。 ﹁じゃんけんで自分だけチョキを禁じ手にされても、一対一ならまだ 勝つチャンスはある。それには相手が勝ちにきてチョキを出す瞬間を 男の森の小裸 逃さないことだ﹂ それが気休めにすぎないのは、B優も知っています。 ﹁頑張って﹂ ﹁ありがとう﹂ 伊鹿は早足でその場から立ち去りました。 下手の楽屋は日本人用で、雑技団の連中はいません。 小裸は楽屋の共同便所で、日本兵を演じるやくざの一人に演技指導 と称して喉の奥に真珠入りのペニスを押し込まれ、しゃがんで泣いて いるところでした。 伊鹿を見つけると、やくざに体当たりした勢いで転びそうななりな がら走ってきて、彼に抱きつきました。 やくざは銃を見せるまでもなく、最初から逆らう気などないようで す。 ﹁いいか﹂ 男の森の小裸 伊鹿は小裸の顔を正面から見据えて言いました。 ﹁ここから逃げるんだ﹂ 少女は、まるで映画のヒロインになったみたいに伊鹿の唇に吸いつ トゥーリー トゥーリー きました。舌を入れてかきまわすのが、小裸にとっては初恋の味なの でしょう。 楽屋には樹 理 の姿が見えました。 それで、彼はとっさに思いついたのです。 このまま逃げてもすぐにつかまるだろう。 樹理 のいう刺青師に賭け てみよう。小裸を別人に変えることができれば、逃げられるかもしれ ません。 ダニー 伊鹿が刺青師の居場所をたずねると、 ﹁刺青師のことは 堕仁 が知っています。今も毎日のように世話になっ トゥーリー ているはずです﹂ 樹 理 は言いました。 ﹁わたしも一緒につれて行ってください﹂ 男の森の小裸 戦時中の日本の少女のようにもんぺをはいて、防空頭巾をまだかぶ トゥーリー らず、膝にのせてのせていたのを左手でつかみ、腰掛けていた籐椅子 からすっくと立った樹 理 は、主演女優の貫禄まで感じさせます。裸で、 トゥーリー 惨めったらしく薄汚れ、よろこびで顔をくしゃくしゃにした小裸と比 べるとなおさらです。 ポンセ どうやら彼女は本気のようでした。 ﹁どこへ行くんだ?﹂ 足もとにはいつくばっていた 玉早 が、いまにも 樹理 の膝にしがみつ きそうにすりよって、いいました。 ポンセ ﹁あなたはここにいた方がいいわ。また、この人を案内してくるだけ トゥーリー よ﹂ 樹 理 はかがんで、そっと顔をよせ、玉 早 の頬にキスをして、耳もと でお別れの言葉をささやきます。 伊鹿は二人をつれて、特別室へ向かう抜け道をかけあがりました。 数人いた元警官は黙って見ているだけでした。 男の森の小裸 もともと警察官の首から上はただの飾りなので、虱つぶしに溝をあ さるか、ゴミ溜めに顔を突っ込むか、自分たちででっち上げた犯人を 逮捕する以外、能はないのです。あらかじめ指示がないと不測の事態 には何ひとつ対応できないのでした。 ダニー 一日中他人の尻を嗅いでいた頃の尊大な犬の面影はありません。ま トゥーリー るでかたわの野良犬です。 彼らは 樹理 の案内で特別室のドアをつぎつぎに開け、 堕仁 を探しま ダニー した。小裸は黙って彼の後をついてきます。 堕 仁 は大理石張りのトイレで便器にすわって用を足しているところ でした。 ﹁なんだよ﹂ ﹁彫り師はどこだ﹂ 伊鹿が訊いても、 ﹁堀さん?﹂ 男の森の小裸 と何のことだかわからないようすで、首をかしげ、 ﹁知らないなあ。だれなんだ﹂ ダニー ﹁おまえの刺青を彫った刺青師だよ﹂ 堕 仁 はきょとんとした顔で、止まってしまいました。 ダニー ﹁左手の義手を隠した刺青だ﹂ トゥーリー 伊鹿がひったくるように 堕仁 の左腕をつかむと、それは本物の少年 の腕でした。 ふりかえって 樹理 の顔を見るまでもなく、彼は理解しました。 刺青師なんて最初から存在しなかったのです。すべては少女の願望 が生みだした妄想、いえ彼女を決して救ってくれない大人に対する無 意識の罠だったのかもしれません。 あのとき小裸をつれてすぐに逃げていたら、と伊鹿は考えました。 もしかすると逃げられたのではないだろうか。 いやどのみち無理だったろう。 彼は思い返し、誰かを恨むのはよしました。 男の森の小裸 ﹁ばかだな﹂ ダニー 少年が言います。 引鉄を引くと、 堕仁 の頭に大穴が開き、轟音がして少年の体は大理 石の床に倒れ、飛び散った脳漿の上に血が流れました。 じゃんけんに生死を賭けるのはばかだ。そんなことは初めからわかっ ていました。 ただし自分に銃を向けた相手を罵るのも、同様に愚かしい行為です。 彼は手をひいていた小裸を体ごと両腕に抱えました。こうしてみる とまだ本当に幼い。小裸は小さな顎をあおむけて、不安そうに彼を見 上げます。その頭のすぐ後ろではシグの銃口が硝煙の熱い残滓を漂わ せています。 彼は途方にくれました。何を言っていいのかわからなかったのです。 ﹁ごめん﹂ それでも真っ直ぐに目をあわせ、小裸の顔だけを見つめて、伊鹿は 言いました。 男の森の小裸 ﹁さよならだ﹂ 小裸がのぞんだお別れのくちづけは間に合いませんでした。 背後のドアから軍服の男数人がトイレになだれこみ、少女を押しの け、アサルトライフルの銃口を突きつけて伊鹿を囲んだのです。 トゥーリー ポンセ 彼は両手を挙げ、オートマチックを捨てました。 中国語が聞えたので、両手を頭の後ろで組んで正座。口笛。お決ま 樹 理 が玉 早 にいって通報させたのでした。 りの手順。もういちど小裸をふりかえろうとすると、銃の台尻で殴ら ダニー れ、そのまま倒され、トイレの床に顔をつけ腹ばいになるよう押さえ 込まれます。 意識が薄れ、 堕仁 の血で視界が真っ赤に染まりました。 見納めが血と軍靴か。 伊鹿は最後に考えました。 せめて小裸のおまんこだったら良かったのに。 男の森の小裸 6 小澤アリアは一時はスパイ容疑をかけられたものの、無罪放免され ました。 ﹁一人では何もできなかった﹂というのが理由です。 チレンコ アリアは上司からきつくお叱りを受けたあと、現場に復帰して、少々 げんなりしながら南京大虐殺記念日の青 蓮閣 をレポートしていました。 お昼休みをはさんで、午後からはいよいよ﹁日本人の公開私刑﹂で す。不器用な日本人の少年少女が雑技のまねごとをしても大怪我する だけでした。だからこそ、彼らはわざとやらせて、日本人が失敗する のを見て楽しむことにしたのです。 失敗した子供たちは演目のよっては、運がわるければ首の骨を折り ました。 最初は皿回しの少年で、落とした皿で額を割ります。 男の森の小裸 書割は戦前の見世物小屋でしょうか。縄で縛った木組みと汚い布を 背景に、うらぶれた雰囲気がよくでた昔の日本映画のセットのようで す。 ふざけた寸劇をまじえながら、彼ら中国人は中国人の助けを得ても なお失敗ばかりする少年少女のつたない演技を延々とつらねて、過去 の正しい歴史をたどり、このままではこのさきも未来永劫、同じ失敗 と敗北が続くだろう日本人の何一つ満足にできない姿をばたっぷり鑑 賞しようという腹でした。 次の出し物は包丁でのジャグリングでした。開始して二十秒ほどは 上手く回し続けましたが、包丁を受けそこねて指を落とします。舞台 袖から走りでた元警官が、あわてて指と包丁を拾い集め、少年をひき ずって退場しました。 自分のものではない金を数えすぎて感覚が麻痺した財務官僚のもの まねだとしたら、お粗末でした。彼らは両手を失くしても口を使って 男の森の小裸 おまんこを舐めて女にとりいるような族です。ご機嫌をとった女を利 用して理事をあやつりオリンピックのルールを変え、パラリンピック にして乗っ取るでしょう。 瓦解した体制を象徴するように、変則的に積み上げた椅子の上で危 イ ー・チ ョ ー シ ー なっかしくバランスをとる少年の出番です。日本人の制服を着ている のは同じですが彼の場合上着ははっぴで、背中に﹁ 三代目茅ヶ崎 ﹂と ウソー ヨサコイ 唐様の文字で染めてあります。 ウソー 太 郎 は蚤使いで次 郎 は蚤です。 太郎 は独善的バランサーなので、自分ではいっさい平衡をとらず、 積み上げた椅子の支え手にとらせます。 少年は思いきり口を歪め、唇の右端でパイプをくわえ、火皿に小さ な日本の国旗を突き刺し、その上になみなみと赤ワインが注がれたグ ラスを支えています。物を乗せていくのはアシスタントの仕事で、む ウソー ろん本職の雑技団でした。 太 郎 はよだれをだらだらこぼしながら、なんとか口の左側でポッキー 男の森の小裸 をくわえ、いっそう顔を歪めて、パチリ。ウインクすると、蚤の次郎 がポッキーの先端に跳び乗ります。 蚤は飛び跳ね、三回転して着地します。 次はひねりを加えて二回半。 お次は四回転です。 さらに少年が目をパチクリさせて合図をすると、ポッキーの先端か ら、蚤ががぴょん、とワイングラスの縁に跳ねますが、着地を決めそ こなって、危うくワインの海に落ちかけます。どうにかグラスの縁に しがみつき、つるつるすべるのが厄介でしたが、なんとか足場を固め ると体勢を立て直して、またぴょんと、蚤は空中五回転。 落下の速度を利用して、三角蹴りの要領で少年の額を蹴って、また ジャンプ。月面宙返りを決めて、ポッキーの上に着地します。見事な 大技です。 しかしながら蚤には必死の大跳躍もいかんせん、小さすぎて観客か らはほとんど見えません。 男の森の小裸 ウソー 太 郎 は椅子の上でふらふらしながらも、演技が成功したので得意気 ウソー でした。満面の笑みをうかべて観客に向かって挨拶します。どうだ、 とばかりに首をふります。 何をしているかわからないのに 太郎 の態度が大きいので、客からは 口笛や野次といっしょに、物が投げ込まれます。 やんやの喝采です。 椅子を支えていたのは雑技団の本職で、少年を椅子の上に乗せたま ま、降り注ぐ酒瓶の雨を器用によけて、見事砂上の楼閣を維持したの ですから。 ウソー 観客の拍手を一身に集めるのは無理ないことです。 太 郎 は不満そうですが仕方ありません。 チレンコ 椅子の山のてっぺんにしがみついているだけでは蚤と同じです。 ところが、二階席の幼児が放った紙飛行機が、 青蓮閣 の高い天井近 ウソー くをゆうゆうと旋回した末に、今ごろになって舞台に届き、柔らかな 紙で折られた先っちょを、 太郎 がくわえたパイプの上の煙のように軽 男の森の小裸 薄なワイングラスの表面にコン、という音も立てずにぶつけます。 ワインが波立ち、グラスの縁にしがみついていた蚤が落ちます。 あっ、とくわえていたポッキーを落とすと、よだれにパイプをすべ らせて、国旗は倒れ、グラスが落ち、ワインにぬれた椅子の脚が肘掛 から浮き、あとはもう連鎖反応で、本職の雑技団でも手の施しようが ありません。椅子の楼閣は、世界貿易センタービルのように一気に崩 壊します。 哀れな少年は椅子の下敷きになったり、動きません。 他愛のないものです。 蚤の行方を気にする者はもとより誰もいませんでした。 キヤノン トヨタ 中には見るにたえないひどい見世物もありました。 結構いい歳をした少年二人、 経団 と連 によるお互いの尻の突き合い です。ベロベロといい加減いつまでも尻を舐め合い、ついでに亀頭と 睾丸の裏までしゃぶりあってよだれまみれのうっとりした顔を見せた 男の森の小裸 トヨタ キヤノン キヤノン かと思えば、便所虫役の 経団 がひりだした糞便を連が呑みこみ、おか トヨタ まの子豚役の連 がふきあげた精液を 経団 が残さず舐めとります。 トヨタ 便所虫が子豚の肛門にちくわを刺すと、 連 は一兆の精子を無駄に失っ た悲しみと不満をこめて鳴らします。 ちくわが鳴るとクラクションにも似た音がして、 連 はぶーぶーピー ピーと下品なメロディを奏でるのでした。 いかんせん少年としては塔が立っているので恍惚と薄ら笑いを浮か キヤノン トヨタ べると、まるで中年の親父です。 経 団 と連 が相手の名前をしつこくさん付けで呼ぶのも鬱陶しく、肛 門にバイブを突っ込まれると、奥だ、奥だ、もっと奥だ、と果てしな チレンコ く欲求を募らせるのが厚かましく、とても嫌らしい感じです。 ちょっと前まで、 青蓮閣 の看板だったいうのが信じられません。 少年の色香の褪せるのは早いものです。 模擬裁判所のセットの中心に犯人役が立っています。 男の森の小裸 犯人はもとより、裁判官、検事、弁護士、そして裁判員も全員裸で す。裁判とはそういうもので、すべてをさらけ出さないといけません。 ただし裁判員は素人なので、両手首にホワイトバンドをしています。 ホワイトバンドは低能のしるしです。ホワイトバンドを付けること で人は、﹁ほら、私はこんなにばかです﹂と宣言し、﹁私はあなたより 明白に劣っています﹂と謙遜の意味を表すのです。 裁判員は被告を見ながら必死でオナニーを始めます。 被告が犯人なら逝けるはずです。 首尾よくぶっかけが完了すれば被告は有罪と決まります。 ぶっかけるのは、もちろん生出しの精液ですが、女性は小便でもか まわないことになっていました。そうそう誰にでも潮噴きができるわ けではないからです。 裁判員は必死です。 仕事を休んで、安い日当でオナニーをしているのですから、さっさ と達しなければ困ります。 男の森の小裸 裁判員はなかなか逝けないのはおまえのせいだ、と被告を責め、鼻 くそや、フケや、雑巾や、家庭から持ち込んだありとあらゆる汚いも のを投げつけ、口汚くののしって、つばを吐きかけます。 評決に失敗した裁判員は、被告を逆恨みして⋮⋮ あとはご想像にお任せしましょう。裁判員になるような人間の考え ることは決まっています。 書割が変わります。 舞台には六本の木の杭が、その向こう側に人糞を盛って造ったビル の模型が建っています。うんこ盛りビルの前は沼になっています。 杭の先端は鋭く尖らされていて、その上を鉄の下駄を履いた子供た ちが軽快に渡ってゆきます。ランドセルを背負っているので、通学途 中の小学生でしょう。木の杭が立っているのは沼のほとりで、落ちた らたいへん。沼にはヒルがウヨウヨしています。 うまく渡り切るのは養成学校の生徒たち。渡りそこねて、運悪く杭 男の森の小裸 に目玉をえぐられるのが日本人の子供です。 チレンコ セットの沼には本物のヒルが飼われています。 ウヨウヨネトネトするヒルは 青蓮閣 中の嫌われものです。 しょっちゅうセットを逃げ出してはどこにでも現われて、非国民の 子供の体に取り付くと、汚い汁をだして肌を汚し続けながら、いつま でも調子に乗って、執拗くちゅうちゅう血を吸うのをやめないからで す。 フーフー ヒルは自分が嫌われ者であることを知らないのです。 花 花 は自分の住いである犬小屋をでて、沼へ水汲みにいきます。 六本の木の杭がたった水場につけば、両端に水桶のついたてんびん フーフー 棒をかつぐ、重量挙げのまねごとです。ただし水は偽装された牛や豚 など家畜の臓物なので、水桶は異様に重く、非力な 花花 ではなかなか 持ち上げられないのでした。 重量挙げの選手が力を入れすぎて、失禁するという話はよく知られ 男の森の小裸 ています。 ここにも一人。重量挙げの少女は失禁しやすいように前もって水を フーフー がぶ飲みさせられていたのですから、もちろん漏らします。 花 花 が股を割り、足を踏ん張って力を入れた瞬間に、股間から噴水 のようにほとばしる小便に滑ってころんでてんびん棒に押しつぶされ、 フーフー ひっくり返った水桶からあふれだした大量の腐った臓物を全身にかぶっ キッチョウ チュンペー て泣きじゃくる 花花 のようすを見て、観客は心置きなく失笑をもらす のでした。 小澤アリアは歩道橋からぶら下がった 吉兆 と春 平 姉妹の姿を思い出 して気分が悪くなり、少しは戻しました。 ﹁失礼﹂ 取材前にチョコレート・パフェなんか食べるんじゃなかった。失敗 チレンコ したわ。 青 蓮閣 にもゲロバケツは常備されていました。 綺麗に吐いたつもりでした。それでも染みになった服を見て、やっ 男の森の小裸 ぱり白はまずかったかしら。小澤アリアは考えるのでした。私だって フーフー いつまでも白いイメージのままではいられないのじゃないかしら、と。 花 花 はまだ泣きじゃくっています。 新たな少女が一人。 少女は裸で、軟体芸を披露します。 雑技のまねごとの中ではどれが危ないって、素人の無理な軟体芸が いちばん危険でした。 みんなはらはらしながら見ています。 少女が結構可愛いからです。 見たことないわね。新人かしら。それにしては上手い。 少女は最後にお尻を客に向けて舞台にしゃがみ、顔だけふりむいて、 ﹁卵を産みます﹂ と言いました。 少女はM字開脚をしたまま逆立ちして︵W字ですね︶ 、尻の穴から卵 男の森の小裸 を産み落とします。 少し汚い音を立てながら、卵はぽんと舞台に落ちます。 もうひとつ。 なかなかでません。 さんざん軟体芸をしているうちに奥へ入ってしまったのかもしれま せん。 少女はあきらめて、逆立ちをしたまま大開脚。 そして言います。 ﹁鳩がでますよ﹂ 鳩はでません。 一羽は卵の中で窒息死していました。 もう一つの卵は腸の中でつぶれてしまい、鳩は少女の肛門の中で糞 まみれになって死んでいます。 少女はしかたなく、 ﹁中国共産党万歳﹂ 男の森の小裸 と日本語で叫びます。 舞台の袖から、密林のセットと共に、乳首にピンで蝶をとめた裸の 少女が走ってきました。少女は元気よく密林をとびまわり、捕虫網を ふりまわして蝶を追っています。 お友達のアルカイダが落とし穴の場所を教えてくれるので彼女は罠 にかからずにすみますが、少女の後を追ってきた少年は罠にかかって 逆さ吊りになります。 南洋の人喰い土人︵警官とやくざの扮装でした︶が集まってきて、 罠にかかった少年のロープをひっぱります。ロープは少年の首に、手 足にからみつき、股間をまわり、膝の裏でよじれ、大の男が三人がか りでひっぱりまわしたものですから、少年の体はあやつり人形のよう に翻弄され、やがて宙に浮いた体は空中ブランコの様相を呈します。 半径三メートルちょっとの円を描いて、少年は面白いように回りま す。 男の森の小裸 脚は回転につれてぶらん、ぶらん。 足の指が痙攣するのが見えたので、男たちはあわててロープをたぐ り寄せます。 人が吊られるのは嫌なんだってば。 少年は泡をふいてぐったりしています。 だから! 小澤アリアは席をはずし、タバコを吸いに喫煙所に向かいました。 死体なんか見なれているのに。 アリアは自分の拒否反応がいぶかしく、思わず煙にむせ、一人でく すくす笑ってしまいました。 プログラムと時計を交互に眺めながら、二流の見世物が終わるのを しばらく待ちます。 戻ってみると、舞台では、今回特別にゲスト出演するフラワー・チ ルドレンズ・キンダーガーテンの公演が始まっていました。 まあこれも、とうてい一流とは言えませんが。 男の森の小裸 選挙でみじめな敗北を遂げたものの、長いあいだ権力の座にあった 旧政権与党は野党に落ちることを受け入れられず、複数のカルト宗教 団体と組んでクーデターを計画したのですが失敗し、粛清されました。 協力を約束した自衛隊の幕僚長があまりにも無能だったのです。 粛清されても政治家は戦犯にはされません。 孝太郎も進次郎も優子も無事でした。 代わりに民間のブレーンや後援会関係者から適当に人をみつくろっ て戦犯に仕立て、日本政府は﹁花の子幼稚園﹂という巡礼団を組織し て世界各地を回らせたのです。 幼稚園といっても団員の年齢は子供から大人までさまざまです。 なぜかといえば、総じて知能程度が幼稚園児なのです。 旧与党支持者は利権を目当てに集まった欲ボケばかりですので誰を 選んでも例外なくそんなものでした。 世界に陳謝して回るといっても花の子幼稚園のメンバーがすること は、地面に寝そべって、死んだふりをするだけです。 男の森の小裸 原爆ドームの前でダイ・イン。 平和記念公園でダイ・イン。 沖縄、東京、大阪ででダイ・インするように、アウシュヴィッツで もダイ・イン。 ボルゴグラードでも、ベルリンでも、カチンの森でも、ダイ・イン。 ノルマンディでも、ロンドンでも、ダイ・イン。 ベルファストでも、ベイルートでも、エルサレムに到着して早々に、 嘆きの壁の前でもダイ・イン。 バグダッドで、恐る恐る三秒だけダイ・イン。 アフガンでダイ・イン。バーミヤンでは危うくタリバンに本当に殺 されるところでした。ヒグマならいざ知らず、死んだふりをしても助 からないので一目散に逃げたそうです。 インドでも、パキスタンでも、チベットでもダイ・イン。 南京では陥落の日にダイ・イン。 じつのところ、南京大虐殺記念日は歴史上のタイムテーブルとは無 男の森の小裸 関係なのです。 インドシナで、南洋諸島で、ニューギニアでもダイ・イン。 オーストラリアには行きません。人間には無視されて、カンガルー か羊に踏まれるのが落ちだからです。 真珠湾でもダイ・イン。 世界貿易センタービルの跡地でもダイ・イン。 どこへ行ってもダイ・イン。 地面に寝そべって、死んだふりをするだけです。 あまりにも無能で、それしか芸がないのでした。 いや一つだけありました。 それが今回披露するとっておき、花の子幼稚園プロデュース﹃八紘 一宇南進ショー﹄です。 ハワイやブラジルの日系人には好評を博したそうですが、どう見て もただの盆踊りです。 男の森の小裸 浴衣を着て花笠をかぶった男女の間にしずしずと山車が引き出され ます。山車には御神体が乗っていました。 花の子幼稚園の戦犯はいまだに偶像を崇拝していました。 彼らが崇めるのは、つつましく左手でペニスを隠したポーズの考え る人の奇妙な彫像、顔を真っ黒く濃い墨で塗って、はだしの足には靴 をはかせた蝋人形でした。 失敗した政治改革の象徴で、ハートのないライオン像と同類です。 途中、竹島に上陸して無断で伐採した竹を使って作った竹馬に乗っ て、被り物の馬から首を出し、平蔵&太蔵と有象無象ダンサーズが偶 像を囲んで踊ります。 クーデターに失敗したカルト宗教団体は信者からしぼりあげた莫大 な資産を政府に提供して罪を免れ、政府はその資金の一部を使って、 戦犯選抜団体を運営していました。 花の子幼稚園はその別組織です。 男の森の小裸 彼らは戦犯でありながら、国民の中から無作為に戦犯を抽出して、 チレンコ 戦犯の安定供給を図る仕事もこなしていたのでした。 今回、彼らは特別ゲストとして青 蓮閣 の舞台に友情出演するにあたっ て東南アジアやアラブ、アフリカから、戦犯候補の子供たちを大量に 運んできました。 東南アジアの子供はともかく、黒い肌では日本人には見えないので はないでしょうか。疑問が湧きます。なに、もともと偽装と人買いは お手の物です。彼らには旧政権時代からの人脈と金脈が残っています。 黒い肌が使えないなら臓器だけを切り売りすればいいのです。移植 用の子供の臓器はどこへ行っても引っ張りだこでした。 陳謝の行脚といいながら、徴用した豪華客船で世界をめぐり、戦犯 とは名ばかりの贅沢三昧。裏では密売された子供を運ぶのです。子供 たちは船倉に押し込め、自分たちは個室とサロンでくつろぎます。船 は十分広いのでその必要もないのですが。 民営化された郵政事業直轄の配達作業の極意でしょう。何のことは ない、片手間の人身売買で商売相手を開拓しながら、快適きわまる世 界一周旅行です。 いったい何をやっているんだか。 クーデター失敗の張本人、元幕僚長は艦橋に立ち、船長然として双 眼鏡で海原を睥睨していました。 まるで世界が自分のものでもあるかのようです。 もっとも本物の船長は別にいて、しっかり実務をこなしていました。 元幕僚長に任せたらあまりに無能すぎて、船が座礁しかねませんも のね。 赤や黄や白やピンクの花飾りに覆われた山車の垂れ幕が開きます。 そこから竹の腕が伸び、大きな黒い箱をそっと舞台に置きます。 どうも何か説明しているらしい。スピーカーの具合が悪いのか、 は︵どこにも︶ない﹂ ﹁日本は逆パンドラの箱だ。 ︵悪いものは︶何でもあるが、希望︵だけ︶ 男の森の小裸 男の森の小裸 こんな調子で、とぎれとぎれで聞き取りにくいナレーションが聞え ます。 つづら 箱は、結構しっかりしたつくりでした。見た目は舌切り雀のお婆さ チレンコ んが背負ってきた 葛篭 のようです。 花の子幼稚園から 青蓮閣 へ心ばかりのプレゼントでした。 公演はこれでおしまい。 チレンコ 終わるやいなやのことでした。 リーマン シティーバンク 彼らはそそくさと 青蓮閣 から退散します。こんな所には一瞬でもい たくありません。 チレンコ 一行は港から豪華客船に乗り込み出発します。 箱の中から飛び出したのは 青蓮閣 恒例、町 村子 と 薄馬鹿 の夫婦漫才 でした。 漫才といってもそれはとても稚拙なパントマイムでした。 本物の雑技団で目の肥えた観客は、日本人少年少女の音痴な歌、珍 男の森の小裸 妙なダンスや大げさな演技をばかにして、口笛をふき、罵言を浴びせ、 食べかすや酒瓶を投げつけて騒ぎたてるのが死ぬほど好きだったので リーマン す。 町 村子 はパンダのように目と口のまわりを墨で黒く塗り、裸で、腰 をふっていました。 ラジオ体操にしか見えません。 リーマン それでも自分ではセクシーなベリーダンスのつもりのようです。 町 村子 の白くてぺったんこなお腹にはおおざっぱに中国と日本と地 図が描かれています。 矢印つきで、尖閣諸島と朱書きされているのがちょうど、鼠径部の シティーバンク あたりでした。 薄 馬鹿 はおもちゃの機関銃を構えています。 シティーバンク 引鉄を引くと、銃口で赤いランプが点滅しました。 薄 馬鹿 は威張っています。 無理やりに肩幅を広げ、胸を張ってふんぞりかえり、やけに下腹を 男の森の小裸 突き出すものですから、役に立たない、皮を被ったおちんちんがまる で勃起しているように見えるのです。 中東でも、アジアでも、日本人はどこでも同じでした。傲慢無礼な シティーバンク リーマン 態度はいつも卑屈な奴隷根性と裏腹なものです。 薄 馬鹿 は町 村子 の体をおもちゃの銃身で突っつきまわし、さんざん じゃけんに扱い、一転して、いとおしそうに舐めまわしたあげく、い きなり少女の性器にぎゅうぎゅう詰めに爆竹を突っ込み、火をつけま した。 爆竹は大量です。 性器からこぼれて二メートルも繋がった爆竹の列が、順番に破裂し てゆきます。 激しく燃えあがる火薬の炎。 観客が、あっ、と思ったのもつかの間。 リーマン 連続する爆発音と立ち込める硝煙がくぐもった音と血しぶきに変わ り、町 村子 は陰唇をふきとばされて声もなく、股間をおさえ、血を流 男の森の小裸 し、いつまでもいつまでも舞台の上をのたうちまわるのでした。 しばしの沈黙。 それから、宴席は拍手喝采。 観客は心を一つにして、二階席も平土間もなしに、底抜けの大爆笑 につつまれるのでした。 こうして第一部は好評のうちに終了します。 トゥーリー さて、第二部はお待ちかね。﹃南京大虐殺物語﹄の始まりです。 ところが、ヒロインとして登場したのは 樹理 ではなく、小裸でした。 観客はざわめきます。 小裸はいつもにも増して、茫然としているようです。疲れているの と小澤アリアは思っ か、それとも何か考えごとにふけっているのか。心ここにあらずとい うか、魂が抜けてしまったのではないかしら? たほどです。 小裸は全く演技ができません。 男の森の小裸 ポンセ 衣装も日本人の制服を着たきりです。 恋人役の少年︵やはり 玉早 ではありませんが、演技は数段上手でし た︶に乳首をペロペロ舐められても、ナイフ投げの的にされても、踏 まれても、叩かれても、反応しません。 観客は大いに不満でした。 あらかたストーリーが進んでしまっても同じです。 小裸は自分のまわりで起こることに何の興味を示さず、ひたすら、 されるがままでした。 観客がいっそう騒がしくなります。 そのうち客席にどこからともなく、 ﹁いつもは死んだ演技をするだけ のヒロインが、今日は本当に殺される﹂という噂が聞こえだし、緊迫 感は一気に高まりました。 舞台装置は大陸風な居酒屋の内部とその前庭。 日本人が中国人を演じる劇のしるしとして、子豚の丸焼きが二匹、 男の森の小裸 串刺しのまま交叉して、看板の下にかけられています。子豚の丸焼き は原爆の被害を象徴するものだそうです。 日本兵が現われました。 警官とやくざは服を着ていると区別がつきませんが、裸になればす ぐわかります。刺青をしているのがやくざで、していないのが警官で す。 輪姦される場面でも小裸はほとんど抵抗もしなければ、興味も示し ません。 ほとんど寝た子をあやしているようにしか見えない始末。 やくざと警官が一致協力。思いきって凶暴な同時多発的腰の突き上 げもむなしい爆発に終わります。悲愴感はまるでありません。 トゥーリー それでも観客は小裸が本当に殺されるのを信じて固唾を呑んで見守っ ています。 劇中のヒロインを演じては、 樹理 の人気に敵うべくもありませんで した。 男の森の小裸 が、生贄としてなら別です。 小裸の儚げな物腰、可憐な体つきは、観客の涙腺を刺激して、涙は 今や遅しと出番を待ちかまえていました。 長々と続いた迫力のない輪姦場面が終わって、少女が裸で立ち上が ります。 日本兵役の警官が、いつもは足蹴にするだけですが、今日は仕方が ないので、やっこらしょ、と起してやったのです。 戸口に恋人の少年が現われて、たたずみます。 少女を見て、顔を伏せ、歯を食いしばり、また少女のことを見つめ ます。入魂の演技でした。 少女が歌を歌います。 といっても相変わらず、突っ立っているだけです。 柱のきずはおとといの銃殺刑の弾のあと 赤んぼ蹴りけり兵隊さん 男の森の小裸 犯してくれた五十回 きのう百回きょうはまだ︵終わらない]︶ トゥーリー あたしはじゅうごのゴミバケツ 歌は 樹理 の吹き替え、括弧内はコーラスです。 小裸は口パクもしません。 観客は今か、今か、と待っています。 いよいよ最後の愁嘆場です。 演技はパントマイムになります。観客の想像力に訴えるためでしょ う。 遠くから二人の様子を見て、観客が話のないようを察することで、観 客と劇中の人物がより強い共犯関係で結ばれるようにするためでした。 少年は小裸にくちづけし、両手でやさしく髪を梳りました。何も見 ていないような瞳と、さもお互いに心を通わせているかのように、見 つめ合います。 男の森の小裸 両腕を広げ。いっしょに逃げよう。 もっと。広い世界へ。 自由な世界へ。 ということなのでしょうか。 少年は熱演します。口を動かし、足を踏み、少女を抱きしめ、もう いちど顔をのぞきこんでキスします。 そこに日本兵が現われて、少年は力ずくで小裸から引き離され、抵 抗しながら連れて行かれます。 舞台裏で銃声が鳴ります。 一発。本物の生々しい音です。 観客は息を呑みます。 日本兵が舞台裏から何かひきずってきて、放り投げます。 血は固まっていて、もう流れていません。飛んだのは脳みそのかけ らです。日本兵役は元警官でしたから死体の扱いが粗雑なのになれて 男の森の小裸 いるのでした。 ダニー 脳みそのかけらは少女の頬にぺたりとはりつきます。 小裸の目の前に投げ出されたのは、 堕仁 の死体でした。 ﹁本物だ﹂ 小澤アリアはあらためて愕然としました。 ダニー あの子、本当に殺されるんだわ。 堕 仁 の死体を見て、何を思い出したのか、それまで無表情だった小 裸の顔が表情を取り戻しました。 探し物をするように頭をめぐらし、まわりを眺め渡します。 日本兵が十四年式拳銃を取りだすと、小裸が小さな悲鳴をあげます。 それは本当に小さな、ささやくようにかすかな声が、少女の唇から もれただけだったので、役者も観客も誰一人気づきませんでした。 でも、小裸は何かを見ていました。 やくざの一人がそれに気づいて目を向けると、居酒屋のセットの入 り口にぼうっと霞んだ人影が一つ、立っていました。 男の森の小裸 なんだろうと思って目を凝らしたときには、同じような影は二つ、 三つ増えてテーブルの脇に、厨房の前にも見えました。 警官もようやく異変を感じます。 見回した自分の顔のすぐ横に、覚えのない土気色の顔がこちらを向 いて、じっとたたずんでいたのです。 人影はたちまち増えて、居酒屋をはみ出し、舞台に入りきらないく らい、いっぱいなります。 影が増えるにつれて背景は遠のき、居酒屋は消え、いつのまにか灰 チレンコ 色の靄がたれこめた大陸の沃野のような広大な空間を、無数の死者の 姿が埋めつくしていました。 そうです。 その瞬間、観客も、役者も、そうでない者も、 青蓮閣 にいる人間は すべて、彼らが戦死者たちだと理解したのです。 戦争の犠牲者は誰もがみな同じ顔をしています。 老若男女あらゆる人種の死者たちはいずれも同じ沈痛な表情うかべ、 男の森の小裸 幾人も幾人も列をつくって見渡すかぎり、凝然とたたずんでいます。 太古以来の有名無名の戦死者にまじって、日本人にも親しい太平洋 戦争の戦死者たちがいます。慰霊祭でおなじみの原爆や沖縄戦の犠牲 者も見えます。原爆の死者は小澤アリアでも区別がつきました。 もちろん﹁鬼畜米英﹂の兵隊も、戦場となった現地の住人もいます。 ヨーロッパやインドシナ、ロシア戦線の戦死者たち。その前の第一 次世界大戦の戦死者の姿も見えます。 冷戦時代の、収容所の、独立戦争の、数々の内戦の犠牲者たち。 群を抜いて多い二十世紀の死者たちの列は地図のように綺麗に色分 けされています。それ以前の戦争の死者たちが霞むほど、多数で、色 とりどりです。 天安門でミンチにされた十万人。 南京で虐殺された百万人。 舞台袖にはチベット人の姿もあります。 ウイグル族もいます。 男の森の小裸 アフガン・イラクで死んだ一千万。 数は少なくても態度は大きいアメリカ兵。 それ以外の中東でも三千万。 南米大陸でも一億人。 アフリカで餓死した数億人。 あとはいろいろ。 アリアにはとてもではありませんが、全部判別することなどできま せんでした。それほどに戦死者の数は膨大で、果てしなく地平線を埋 めつくすほどに繋がっています。 ああ。あれはバルカン半島の人かしらね。 新しめの記憶をたどって、少しばかり考えてみましたが、すぐにあ きらめてしまいました。 前景で鮮やかな衣服の色に焦げ跡を閃かせるのは、空爆の死者たち か、あるいは最新のテロの犠牲者でしょうか。 いずれにしても死人です。 男の森の小裸 チレンコ ありえないほどとうの昔から死んでいます。 青 蓮閣 にとっても当局にとってもそれは予定外の事態でした。 どれほどの時間がったったのでしょう。 小澤アリアが絹を裂くような悲鳴をあげました。 幽霊の肌が左腕にさわったような気がしたからです。 冷気が背中を、首筋を、胸の谷間をかけのぼり、膝ががくがくして 力が抜けてしまい、どうにもうまく立っていられません。 ようやく客席が騒然とし始め、恐怖の大波がすべてを呑み込もうし た瞬間。 甲高い警笛の音がして、人民解放軍の一団が舞台になだれ込み、小 裸を手荒に押さえ込みます。 死者たちの姿は跡形もなく消え失せました。 男の森の小裸 7 伊鹿和了が目を覚ましたのは、天井と床以外は全面ガラス張りの部 屋の中でした。 手足は椅子に拘束されていて、体どころか頭さえ動かすことができ ません。背凭れと一体化した自在鉤が頭と首を、棘のある数本の爪で つかんでいたからです。勝手に頭の向きを変えようとすれば頚動脈が 切断され、頬がえぐれ、目に針が突き刺さるのは確実でした。 全面のガラスと見えたのはマジックミラーでした。隣の部屋の内部 が、拡大されたように隅々まではっきりとよく見えました。 向こうからこちらが見えないようになっているのがなぜわかるかと いえば、正面の部屋には九十度近く傾いてこちらに腹を向けた解剖台 が据え付けてあり、そこに小裸が磔にされていたからです。小裸の目 は正面を向いていたのに、全然彼を見ていませんでした。マジックミ ラーでないならば、そんなことは起こらないはずです。 小裸はそれがもはや常態となったかのように素っ裸でした。 椅子は昇降機に乗っているらしく、ゆっくりと上下に移動します。 もがいても、人の体がふれる部分が革張りの他は金属製の頑丈な構造 で、ちょっとやそっとの力ではびくともしません。 伊鹿の後ろに立っていた男が、前へ回って姿を現わしました。靴音 は全くしません。 ﹁ようこそ、と言うのは場違いでしょうな﹂ 男は細くつりあがった目をことさら細めて、愛想よく笑いかかけま した。 チレンコ 中国人には珍しい天然パーマの長髪が、白衣より男の姿をいっそう 異様なものにしています。 ルを破ったものは処罰されます。不始末をしでかしたお客さまは、ふ ﹁では挨拶ははぶいて、さっそく状況を説明しましょう。 青蓮閣 のルー 男の森の小裸 男の森の小裸 つう、全身の体毛を剃ってしまうのですがね。ほら﹂ と男は指さして、リモコンのスイッチを入れます。伊鹿の頭をつか んでいた自在鍵が動いて、椅子ごと首を右に向けます。 思わず目を閉じようとすると、瞼にバチッと電撃がはしり、瞼は瞬 間的にまた開きます。彼は目を閉じることができないのでした。 隣の部屋を見ると、マジックミラーの向こうで、泣きながら小澤ア リアが頭髪と眉と陰毛を剃られているところでした。 防音になっているので、悲鳴も何も聞えません。 ﹁眉は描けばいいですし、髪の毛はかつらをかぶっていれば、そのう ちにまた生えてくるでしょう。でも陰毛は永久脱毛します。お仕置き ですからね﹂ 男が言うには部屋はどの部屋も同じような造りで、中央にある昇降 機が解剖台や椅子を乗せて上下し、舞台装置と小道具をいれかえ、人 は階段を使います。 マジックミラーの偏光を変えることで、こんどは逆のサイドが観察 男の森の小裸 場所になる仕掛けでした。 昇降機で運ばれるのはもはや人間ではない物というわけです。 ﹁ご安心ください。鞭打ちも、市中引き回しもありませんから。そん な野蛮なことは、とんでもない。これ以上は何もいたしませんよ。事 の重大さにかかわらず、お客さまに対する処罰は体毛を剃るだけです。 確かにあんまり悪質な行為の場合、男ですと、陰毛を焼いてしまうな んてこともありますがね。なあに、ごくたまに。ほんの一、二度あっ ただけですよ﹂ アリアは拘束されてはいず、脅されておとなしくしているだけでし た。 腕を上げろといわれれば腕を上げて腋を剃られ、頭を突き出せと命 じられれば頭を下げて髪の毛を剃られました。 陰毛は永久脱毛ですので台に上って、機械に向かって脚を開きます。 レーザーで毛根を焼ききるのです。 機械は傷を残さないように、しかしわざと痛みと苛立つような刺激 男の森の小裸 を与え続けるように絶妙な調整がなされているのでした。 ﹁あなたは外交官なので何もいたしません﹂ 男はきっぱり言いました。 ﹁外交官は丁重に扱うことになっています。いえ、そうでなければな りません﹂ 椅子がゆっくりと回転し、真後ろの部屋が見えると、そこには犬に 食われたようにボロボロになったB優の死体が天井からフックで吊ら れています。 部屋は薄暗く、誰もいません。すべてが終わった後のようでした。 男は説明をはぶき、無視しました。 回転はそこでは止まらず、彼は何もできません。 男が﹁外交官は丁重にお迎えいたします﹂と言って示した左側の部 屋では、上海総領事・珍家聖子がはちきれんばかりの体を包む郵便ポ ストのように真っ赤なスーツを脱ぎ捨て、黄色いバラの花冠を頭にの 男の森の小裸 せただけで接待を受けていました。 チレンコ 部下の不祥事が︵伊鹿和了三等書記官のとった行為のことです︶問 題になって、わざわざ謝罪に 青蓮閣 を訪れたのでした。 総領事は裸で、ベッドに横たわった少年に跨っています。 全身の脂肪をぶるぶる揺らし、感きわまって泣きながら、股をひら いて、凸凹とセルライトが隆起した巨大な腰をふると、馬の尻尾のよ うにふさふさと繁った尻毛が、蝿でも追いそうに左右にゆれます。 一人の少女が珍家聖子の汗まみれの背中をさすり、乳房にかじりつ トゥーリー き、わき腹を舐め、首筋や二重顎を刺激して、必死に奉仕していまし ポンセ たが、それは樹 理 でした。 すると下にいるのは 玉早 かも。あるいはそうでないのかもしれませ トゥーリー ん。足の裏で少年を見分けるような芸当は、伊鹿にも持ち合わせがな かったのでした。 総領事は悦びのあまり泡を吹きながらも、 樹理 の尻をちぎれるほど 男の森の小裸 つねって、苦痛で躍り上がらせます。 トゥーリー ぶくぶくと醜く太った自分に比べて、あまりにも細くて未熟な 樹理 の柳腰をうとましく感じていたため、無意識にやったことでしょう。 痙攣し、突っ伏して、そのまま失神してしまいました。 椅子が一回転すると、男は正面で待っています。 ﹁一瞬だけあなたの姿を見せてあげましょうか﹂ 手足を大の字に広げて解剖台に縛られ、うつろな眼差しで、鏡に映っ たむきだしの自分と対面して、少しばかりとまどっているらしい小裸 を見て、男は言いました。 ﹁ミラーの設定を変えるのは簡単ですよ﹂ 男はさほど自慢そうでもなく、説明しました。 ﹁幻だと思うか、第一あなただと判別できるでしょうかねえ﹂ ﹁そんな。残酷なことはやめてくれ﹂ 伊鹿は懇願しましたが、男は笑うだけです。 リモコンに置いた指を弾きます。 男の森の小裸 部屋が暗くなったと思ったのは、向こうが見えなくなったからでし た。 ふたたび部屋が明るくなると、鏡の向こうの小裸の表情は一変して いました。 それをよろこんでいいのか、悲しんだらいいのか、伊鹿にはもうわ かりませんでした。 男が言うようにこの特別な特別室は中国国民の、他人を苦しめるこ とに関する第一級の技術と残酷、執拗さのたまものでした。 小裸のわくわくした顔と、絶望と、紅潮した頬と、蒼白な唇が、めま ぐるしく入れかわる表情を見るにつけ、そう思わずにはいられません。 ときに解剖台の拘束をひきちぎるばかりに身を躍らせ、ミラーが光 の透過を変えるたびに意気消沈し、悶え、苦しんだかと思うと、目を 閉じてほほえみ、次の瞬間には白目を剥く。そしてまた、すべてを忘 れたように目を開く。そのくりかえしでした。 男の森の小裸 小裸は見る間に衰弱してゆきました。 ﹁やめてくれ。お願いだ﹂ 男は笑顔を絶やさず、落ちついてスイッチをあやつります。 用意周到と機知縦横が渾然一体となった民族精神の精髄を見せつけ るつもりなのでした。 さすが中華四千年。無駄に万里の長城を築いただけのことはありま す。 ﹁残念ですが、小裸は処分されます。人に幻を見せる力は危険ですか らな。ぶっちゃけ革命なんか起されちゃ、たまったものではありませ んよ﹂ 男は言いました。 わからん話でしょうな。革命 ﹁どんな構成も策略も、禁止も、呪縛も、人が見る幻の前では雲散霧 消してしまいます。おわかりですか? を夢みたことも、圧制を望んだこともない、なりゆきにまかせて、何 事にも唯々諾々として従うばかりのお国の方には﹂ 男の森の小裸 男は首をふって天然パーマの長髪を顔の前からはらいのけ、少し満 足したようでした。 ﹁先ほども言いましたが﹂と男は続けます。﹁あなたは外交官なので 危害は加えません。ですが、小裸の処刑を見ていって頂きましょう。 おつらい気持ちはわかりますが、これが規則なもので当方としてもい たし方ないところです。あなたには近く国外退去の処分が下されるで しょう。なあに、心配なさいますな。戦犯ではないんですから無事お 国へ帰れますよ﹂ ﹁そんなのは、片手落ちだ﹂ 伊鹿がかろうじて動く口を開いて抗議すると、 ﹁だいじょうぶ、心配なさることありません﹂ 男はニコニコしたまま、 ﹁両手両足を切り落とすまで、ちゃんと生かして置きます﹂ と見当ちがいな答えをかえしました。 ﹁まさか代わりに俺を殺せ、なんて言わんでしょうな。そんなに死に たいわけでもないでしょうに。御覧なさい。あのレポーターは死なず にすんで、随喜の涙を流してます﹂ と言って、男は小澤アリアのいる部屋を指しましたがリモコンの操 作を忘れたので、伊鹿は何も見えません。 ﹁美しい胸を涙で濡らす。これがマスコミの真の役割ですよ﹂ 男は陶然と眺めやります。 の仕事では快楽と義務、勤勉と怠惰は不即不離です。ところで、好奇 な意味で言って、そうですね。生殺与奪を弄ぶこと、でしょうか。こ これはマスコミ対策にかぎったことではありませんが、もっと全般的 たには小裸だけを見ていてもらいましょう。え、我々の仕事ですか? すわけでもないし、飽きがくるだけね。それよりは、仕事優先。あな ですからね。女なんて一度抱けばあとは同じだ。それ以上美しさがま 失礼。いや、でも見る必要もないでしょう。たっぷり一晩楽しんでん ﹁なすすべもなく茫然とたたずむばかり。おや、見えませんか。これは 男の森の小裸 男の森の小裸 心から訊くんですがね。あなたは小裸のどこに惚れたんですか?﹂ 男はしばし考えたふりをして、それから厳かに言いました。 ﹁もしやわかるかもしれません。解剖してみれば、幻を見せる力の秘 密がね。なぜ彼女が幽霊を、いえ、失礼しました。もとから存在しな い死者たちを、幽霊とは呼べませんな。どうして大勢の人々に同時に 同じ幻を見せられたかが、判明するやも知れません。むろん彼女が死 んでしまったら、謎は解けないでしょう。だから小裸はちゃんと最後 まで生かして置きますよ。生きているうちに、できるだけ長い時間を かけて、詳細に調査することをお約束します。貴重な財産である少女 の死を無駄には使いませんからご安心召され﹂ 男は話し続けます。 伊鹿は小裸の姿を瞬きもせず見つめていました。 ということはまた、小裸は彼が見えないのでした。 今はまた瞼を閉じようとすれば閉じられる設定に変わっていたので す。これから起こることに配慮して、無駄に目を疲れさせないためで 男の森の小裸 した。 夢中になりすぎたのか男の話す日本語は、少々たどたどしくなって いました。 ﹁生体解剖する間、小裸が死にもせず、失神して楽にもならないよう に、うまくやります。われわれの技術。とても凄いです。あなた、ご 存知の通りね。あなたにはこれから、小裸の処置を見守っていただく。 各部分を順番に提示しますので、切られた指、抜かれた歯、濡れ濡れ 目玉、脈うつ心臓が、確かに小裸のものか、おなじ日本人として、ご確 認ください。お願い。おわかりと思うことですが、目を逸らすことは できません。あなた、小裸から目が離せない。意志の力で肉体を制御 しようなんて、土台無理な話。電気ショック、ビリッときます。さっ きよりもっと強烈。目はつぶれない。あんまり逆らうと、心臓止まっ てしまうから、お気をつけ﹂ 男が言葉を切ると、いかにも中国人好みのだらしなく太った処刑人 男の森の小裸 が、解剖人といっても同じことですが、ミラーの向こうに姿を現わし ました。 上半身は裸で、足にはサンダルを突っかけているのみです。短い木 綿の下穿きが肉蒲団深くくいこんで、腹の贅肉はへそを隠していまし た。顎は二重三重にたるみ、血色のいい頬はぷっくり膨れ、厚顔に終 始無恥なほほえみをたたえ、どこかで見たことがある、と思ったら処刑 人は、もちろん屠殺屋といっても同じですが、驚くほど毛沢東にそっ くりでした。 小裸の解体作業が始まります。 * 一週間後、見る影もなくやつれた伊鹿和了が日本に送還されました。 男の森の小裸 無断改変お断り。 不狼児 Copyright (C) 2010 All Rights Reserved. 男の森の小裸