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パリ・テロ ロ事件を をとその後 後の世界 界をどう「理解」 」するか か? ― ―情報と と意識の「非対称 称性」をこえて― ― 1は はじめに:フ フランスの のテロ事件と と私たち みな なさんご存知 知のように、先月 11 月 13 日には、 、パリで130人もの方 方がなくなり り、3 00人 人を超える重 重傷者を含む む負傷者を出 出した連続テ テロ事件が起 起こりました た。パリでは は、今 年の 1 月にも週刊紙 Charliie Hebdo( シャルリ・エ エブド)社へ への銃撃事件 件などの一連 連のテ 件がありまし した。 ロ事件 今日のフォーラムでは、こ これらのテロ ロ事件につい いて、前半で でフランス国 国内の問題を を、後 テロの実行犯 犯たちとの関 関連が指摘さ される「イス スラム国」と との問題を取 取り上げてい いきま 半でテ す。 半の私の話で では、多くの の死者を出し したこうした た悲惨な事件 件の社会的背 背景となる、フラ 前半 ンス国 国内の状況を を考えていき きたいと思い います。前・後半をとお おしてキーワ ワードとなっ ってい るのは「理解」で です。できご ごとに対して て感情的に反 反応するので ではなく、こ こんなことが が起こ 背景をしっか かり理解して て、私たちの の対処の仕方 方を考え、未 未来に ってしまったことの理由と背 て、少しでもよりよい世 世界を作り出 出してゆくに にはどうした たらいいのか か、その出発 発点に 向けて なるような話し合 合いの場にし したいと思い います。 1 スライ イド-2、3 う国の問題で こん んどの事件は は、遠いフラ ランスという であるだけで ではなく、私 私たち日本人 人にと っても大事な、そ そして緊急性 性のある問題 題だと私は考 考えています す。本題に入 入る前に、簡 簡単に ておきます。 。 触れて スライ イド-4 まず ず、この事件 件と日本の私 私たちとの関 関係について て、みてみま ましょう。 グローバル化の の進行の結果 果、私たちは は、世界中の の出来事の影 影響をより直 直接に受ける るよう た。今回のテ テロ事件や、 、1月のシャ ャルリ事件の の実行犯は、 いわゆる「イス になってきました 過激派」や通 通称「イスラ ラム国」との の関係が取りざたされてい いますが、や やはり1月に には、 ラム過 イスラム国に人質 質になった日本人の方が が処刑される るという痛ま ましい事件が がありました た。こ ゆるイスラム ム過激派をめ めぐる事件に には日本人も も無縁ではな なくなっています。 のように、いわゆ いう状況にい いっそう拍車 車をかける政 政治情勢が展 展開しつつあ あります。 こうい 2 それは、日本の安全保障政策の転換です。現政権は、集団的自衛権を容認することを前 提に新しい安全保障政策を推進しています。いわゆる「積極的平和主義」に基づいて、海 外での武力紛争へのより積極的な関与を進める政策を取ってゆく法律が整備されました。 11月のテロの後、フランスはすぐにシリアの空爆に踏み切りました。日本政府は今のと ころこの戦争に積極的な関与してゆく方針ではないと表明していますが、今後も同じかど うかわかりません。情勢の変化次第では、日本がより積極的に関与してゆく可能性も当然 考えられます。武器輸出についても同様です。日本は長い間、武器の輸出を禁じてきまし たが、今回、それを解禁しました。フランスも武器をたくさん輸出しています。フランス の武器輸出とテロ事件との関係は後でお話しします。 フランスの事件と私たちとのかかわりのもう一つの側面は、排外主義です。排外主義と は、自分とは異なる人種・宗教・国籍などの他者を自分たちの社会から排除しようという 傾向です。テロ事件後のフランスでも、実行犯との短絡的な連想によってイスラム教徒に 対することばや物理的な暴力行為が発生しました。こうした排外主義の傾向は日本の現実 とも無縁ではありません。数年前から、主に在日朝鮮・韓国人の人々に対するヘイトスピ ーチの問題がしばしばマスコミでも取り上げられています。国連人種差別撤廃委員会のク リックリー副委員長、この問題について、「日本政府は、事の大きさを自覚しなければなら ない。ヘイトスピーチが暴力や殺害につながりかねない。 」と警告しています。 また、今回のテロが kamikaze 攻撃と言われるように、自爆攻撃の代表例として世界中に 記憶されているのは、アジア太平洋戦争の末期に日本がおこなった飛行機による自爆攻撃 です。テロの kamikaze と特攻隊の「神風」には、共通点と相違点があると思いますが、自 爆テロの異常性にだけ目を奪われることなく、かつての日本には自爆攻撃を強制する精神 風土が存在していたことにも注意を向ける必要があると思います。 最後は、テロやテロに関連した戦争の影響に対して、日本にいてどのように対処できる か、という現実的な問題です。たとえば、シリアの戦争の影響でたいへんな数の難民が生 じていますが、この人たちの一部を日本に受けいれるか、などという点について判断しな ければならなくなるかもしれません。 最後の2点については、時間の関係で、今日は触れません。 2 「移民の子どもたち」の社会的現実 今回のテロ事件も、1月の事件も、その実行犯は宗教的にはイスラム系、人種的にはア ラブ系またはアフリカ黒人系でした。こうした宗教・人種の人々はフランスにはたくさん います。 フランスに住むイスラム教徒は 500 万とも 600 万とも言われています。その多くが第 2 次大戦後、1950‐60 年代におもに北アフリカの旧フランス植民地(マグレブ諸国と言われ ます)からの移民とその後続世代です。こうした移民たちの歴史と現実をとらえたたいへ んすぐれた映画があります。 3 5 憶」という映 映画には、第 第一世代の移 移民労働者( (最初は男性 性だけ単身でやっ この「移民の記憶 た)がきびし しい下層労働 働に従事しな ながら、 「スラム」の中で で、きわめて て劣悪な生活 活条件 て来た のもとで暮らして てきたか、証 証言があつめ められていま ます。彼らは はまた、人種 種差別にもさらさ いました。 れてい 6 4 7 8 1970年代まで でスライドの のようなスラ ラムがフラン ンス各地に存 存在し、そこ こには水道も電気 態も悪く、大 大ネズミが発 発生して常に に病気のリス スクや火事の のリスクにさらさ もなく、衛生状態 いました。ス スライドは、パリ近郊の のナンテール ルのものです すが、あのシ シャンゼリゼ通り れてい や凱旋 旋門から今で では電車でわ わずか 10 分 分くらいのところに、この のようなスラ ラムが広がり り、1 968年で5233人の住人 人がいたとい いいます(ナ ナンテール市 市 HP: m 参照)。 http:://www.nantterre.fr/182-histoire-dee-la-ville.htm 移民 民の第一世代 代の男性労働 働者たちは、 やがて家族 族を形成しま ます(当初、 家族を連れてく ることが許されな なかったとい いう事実は、 彼らが単に に「労働力」としてあつ つかわれていたこ います) 。そ それでは、第 二・第三世代 代の移民系の の子どもたち ちは、父親世 世代の とをよく示してい 5 件から脱する ることができ きたでしょう うか。確かに に、スラムは は70年代の終わ きびしい生活条件 はなくなりま ましたが、そ それに代わっ って移民系住 住民の多くが が移り住んだ だ公共の「低 低家賃 りには 住宅」 」は、住居の の質という点 点では、土着 着フランス人 人のスタンダ ダードを下回 回る「安普請」で したし、そこの「団地」に、しばしば失 失業にさらさ されて、他に に行き場のな ない移民系の住民 になりました た。70年代 代の終わりこ ころからのこ ことです。そ それまでは、団地 が集中することに は、土着のフ フランス人の の労働者・中 中間階層も混 混在していた たのですが、 彼らがより良い 内には 生活条 条件を求めて て団地を去っ ったり、ある るいは移民系 系住民の集中 中を忌避する ることによって、 団地で ではいっそう移民系住民 民の集中が進 進み、最終的 的には「ゲッ ットー」と言 言われるほどの隔 離状況 況が出現して てしまいます す。 9 10 移民 民系住民の隔 隔離状況は、住居ばかり りでなく、学 学校でも同じ じでした。こ これには、土 土着フ 6 ス人の中間階 階層(後には は下層階層も も含まれる)による「学 学校回避」と 言われる現 現象が ランス 大きく関与しまし した。フラン ンスの小中学 学校は日本と と同じように に学区制がし しかれ、生徒=家 学校を選べま ません。しか かし、移民系 系の生徒が多 多く、授業の のレベルの低 低くなりがちな学 庭は学 校(特 特に進学が意 意識され始め める中学校) には自分の の子どもを通 通わせたくな ないと思う生 生徒= 親たち ちが増え、彼 彼らは、様ざ ざま「抜け道 道」を使って て他の学区の の学校に入っ ったり、私立学校 に入っ ったりします す。その結果 果、回避され れた学校には はますます移 移民系の生徒 徒が集中し、ます ます学 学習レベルが が下がるとい いう悪循環が が生じます。 ここで、どうし して移民系の の生徒の成績 績が悪くなり りがちなのか か、考えてみ みましょう。一般 本・DVD や、情報機器 や 器などに代表 される文化的な資産、そ それには親の の「教養」や や「趣 に、本 味」といった物質 質的でない資 資産も含まれ れますが、こ こうした資産 産――「文化 化資本」とよばれ ――が豊富な な家庭環境で で育った子ど どもは学校教 教育によく適 適応します。 学校がやること ます― を、家 家庭が、子ど どもが小さい いうちから先 先取りしてい いるからです す。たとえば ば、絵本を読 読むこ と、「美しい」音 音楽を聴くこと、「教育的 的」な幼児向 向けビデオを を見ることな などという例を考 ば、文化的な な家庭と学校 校とのつなが がりは理解で できると思い います。 えれば ところで、文化 化資本というものは、経 経済資本(家 家計の豊かさ さ)と連動し して、完全に に比例 ても、大きく くなると考え えられます。移民系の家 家庭は経済的 的に恵まれて ていま 的ではないにして 。移民以前に に、本国でも も経済的に恵 恵まれていな ないのが普通 通です。そう うでなければ ば、わ せん。 ざわざ「移民」したりしない いでしょう。 。したがって て、移民の家 家庭は文化資 資本に関して ても貧 的に多いので です。文化資 資本の相対的 的な少なさ、という点で では土着フラ ランス しいことが圧倒的 下層階層も同 同じですが、 、移民の家庭 庭ではこうし したハンディ ィに加えて、 文化的な背 背景も 人の下 違うの ので、よりい いっそう学校 校での困難が が大きくなり ります。 11 イドは、フランスの幼稚 稚園にあたる る幼児学校で で、自分の名 名前をアルフ ファベットの のブロ スライ ックで でならべる練 練習をしてい いる 5 才児 です。この子 子はトルコ系 系で、他の子 子どもたちよ よりも 7 家庭でアルフ ファベットに に触れる機会 会は土着フラ ランス ずっと困難を感じているようでした。家 ずっと少ない いと推測され れます(UM MMAHAN という名前も と もアルファベ ベット 人のこどもよりず たら長くなっ ってしまう点 点も不利です す)。 にした 学校 校の成績が悪 悪い、という うことは、そ その子の将来 来の職業生活 活の可能性を をせばめてしまい ます。 。「学歴社会 会」として、しばしば批 批判されるこうした社会制 制度的な制約 約は、フラン ンスで も日本 本でも同じで です。しかし し、フランス スは日本より り、よりいっ っそう「学歴 歴社会」 ・「資格社 会」と言えるでし しょう。学校 校を出たとき きの資格によ よって、つけ ける職業の範 範囲がずっときび 規定されてい いるからです す。もちろん ん、給料や条 条件などのよ よりよい仕事 事にかわってゆく しく規 人もた たくさんいま ますが、そう うした人は、 最初に学校 校を出たとき きの資格のま ままではなく、よ り上の の資格を取っ ってゆくこと とで、職業的 的な上昇をし してゆくので です。したが がって、フランス 社会に における資格 格・免状は、私たちが日 日本で感じる るよりきびし しい意味を持 持っており、日本 よりず ずっと細かく く広範囲にそ その人の人生 生を左右しま ます。これは は、資格を取 取っていない(学 歴が低 低い)ということが、私 私たちの社会 会でみられる るよりも、よ よりはっきり とその人の職業 的可能 能性をせばめ め、排除的に に働くことを を意味します す。 中学 学校レベルで で、一部の学 学校に移民系 系の生徒が集 集中し、住居 居環境と同じ じような隔離 離状況 =「ゲ ゲットー化」 」が進んでい いる、と上で で指摘しまし したが、その のことを調査 査したデータがあ ります す。 12 れは 2000 年度における 年 るボルドー大 大学区の 333 校の中学生 生全員 144,0000 人超の名前を これ 調査して、各中学 学校のアフリ リカ黒人系・ ・マグレブ系 系・トルコ系 系の生徒の集 集中度を見たもの が、こうした た生徒の 40%が、わずか か 10%の中学 学校に集中し しています。 一番集中度 度が高 ですが い学校 校では、全生 生徒の 40%を超える生徒 徒が、これら らの外国系の の名前を持っ っていて、こ これは 大学区 区平均の 8 倍を超える集 倍 集中度です。 全中学校の のうち、17 校では、全生 校 生徒の 20-40 0%が これらの人種に属 属するのに対 対し、81 校で では、1%に に満たないという格差もあ あります。 8 学校の段階で で、学習レベ ベルの低い 「底辺校」に に集中的にと とり残された た移民系の生 生徒た 中学 ちはそ その後、学校 校でどういう う運命をたど どるでしょう う。中学の半 半ばころから ら彼らの多くは職 業課程 程に進路指導 導されます。中学卒業後 後、2-3年 年でとれる細 細かくわかれ れた様ざまな職業 資格(「短期職業 業資格」とい いう)をとる ために、職業 業高校に進学 学したり、一 一部の生徒は は現場 職業研修をし しながら教育 育を受けると という「見習 習い生」にな なってこうし した資格を目指し での職 ます。 。問題は、こ こうした職業 業高校でとれ れる短期職業 業資格の評価 価が、労働市 市場ではきわめて 低く、 、それをとっ ってもいい仕 仕事につける る可能性が低 低いことです す。 13 イドは、職業 業高校による る短期の職業 業資格と大卒 卒レベルの高 高等教育修了 了者の卒業後10 スライ 年目の の状況を調査 査したもので ですが、短期 期資格は失業 業で2.3倍 倍、労働者の の比率で2.9倍 もあります。反対 対に、この資 資格は、高等 等教育修了の資格とくらべて、中間職 職で0.29 9倍、 管理職・知識 識職では、わ わずか0.0 05倍(約2 20分の1)しかありま ません。 上級管 移民 民系の若者で でも、普通高 高校に進学し して大学に入 入学する人も もいます。し しかし、ここでも また困 困難に直面し します。フラ ランスの大学 学は、入試に にあたる選抜 抜試験はなく 、高校卒業資格 を取っ っていれば、 、定員オーバ バーとかの事 事態でもない い限り、入学 学することは はできます。しか し、進 進級はやさし しくありませ せん。退学者 者という概念 念もなく、単 単に授業への の登録をやめた者 となるだけで、そ その数が多く くなっても問 問題になるこ ことはありま ません。特に に最初の2年 年間で の者が、脱落 落しますが、その中には は、移民系の の学生をはじ じめとして、 経済的な条件が 多くの 悪いた ために、大学 学教育をやっ ってゆくため めの「文化資 資本」を十分 分にはもって ていない下層階層 の生徒 徒が多く含ま まれます。 高等 等教育を終え えるところま までいけない い移民系の若 若者にとって て、問題は資 資格社会の壁 壁だけ ではあ ありません。 。人種的・宗 宗教的差別も も大きな障害 害になります す。住居環境 境についてはすで にふれ れました。ふ ふだんの生活 活の中でも、 外観(顔つ つき、肌の色 色など)によ よる差別待遇もあ ります す。たとえば ば、店員がヨ ヨーロッパ風 風の人間(日 日常会話の表 表現では「白 白人」)だけし しか応 9 ないで、自分 分はずっと無 無視されるな などよくある ることです。こんな実験 験の結果が報告さ 対しな れてい います。アフ フリカ系の人 人がディスコ コに入ろうと とすると、入 入り口で、満 満員です、と言わ れて止 止められます す。そのすぐ ぐ後、こんど どはヨーロッ ッパ系の「白 白人」がゆく と、何ともなく 中に入 入れます。 さらに、若者の の将来にとっ って重大な結 結果を生むの のが就職差別 別です。こん んな実験もありま 。同じ内容の の履歴書を一 一つはアラブ ブ系の名前で で、もう一つ つは土着フラ ランス人風の名前 した。 で会社 社に提出しま ます。すると と、フランス ス人風の名前 前の方にだけ け、面接の通 通知が来ます す。 ここで、移民と と移民の子ど どもたちに関 関するデータ タを見ておき きましょう。 14 移民 民とは、フラ ランス在住者 者のうち、フ フランス国外 外で生まれて て、出生時に にフランス国籍を 持って ていなかった たもののこと とですが、2 2011 年現在、 、550 万人、人口(約 6 千 3 百万人 人)の 8.7% %を占めます す。また移民の直系の子孫 孫は 670 万人 人、人口の 10.6%を占め めます。移民 民のう ち、20 008 年では4 43%がアフ フリカ生まれ れ、さらにその のうち 4 分の の3 (全体から らみると32 2%) がマグ グレブ諸国(アルジェリ リア、モロッ ッコ、チュニ ニジア)出身 身です。彼ら らが直面する現実 は、フランス憲法 法で保証され れた「出身、 人種、宗教 教の区別なく、すべての の市民が法の下に 」というたて てまえとは大 大きく異なっ っています。 平等」 こうした移民の のうち、今問 問題にしてい いるマグレブ ブ系イスラム ム教徒の移民 民たちは、人種差 きびしい労働 働・生活条件 件を受け入れ れてきました た。とくに、前にみた移 移民の第一世 世代が 別やき そうで でした。しか かし、その子どもや孫の世 世代になると と、 「絶対に親 親のようには はなりたくな ない」 と思う若者が増え えてきます。それは、親 親たちのきび びしい現実を をみてきたこ ことからまず ず出て 、そのほかに に、これは移 移民系の若者 者だけでなく、土着フラ ランス人の下層階 くることですが、 若者に関して ても同様です すが、「労働者 者」という社 社会的地位の の価値がゆら らいで、自分 分のア 層の若 イデンティティー ーをそこに置 置くことがど どうしてもで できなくなっ っていること も、もう一つの られます。 原因としてあげら 10 15 80年代から進 進行した自動 動化(ロボッ ット化)や情 情報化にとも もなう、労働 働現場(工場 場)で の労働 働の再組織の の結果、戦後 後の経済成長 長の時代―― ―フランスで ではよく「栄 栄光の 30 年」とい う言い い方がされま ますが――の の主流であっ った旧来の労 労働者像が急 急速に社会的 的評価を落として いきま ました。それ れまでは、組 組合運動を通 通して国家的 的な政治勢力 力の一翼を担 担った「労働者階 級」というよりど どころを、現 現場の労働者 者たちは失っ ってしまいま ました。それ れとともに、彼ら びしい労働の の現実を支え えていたさま まざまな価値 値――つまり、仲間意識 識、相互扶助、管 のきび 理への の集合的反抗 抗、自分たち ちに特有な言 言語的・行動 動的慣習、労 労働現場の外 外における階 階層文 化などから構成さ される集団的 的・象徴的価 価値体系のこ ことですが― ――そうした た価値体系が、労 集団内部での の有効性を失 失っていきま ました。労働 働者間に、給 給与の差異化 化や担当部署 署の配 働者集 置をめ めぐって「個 個人競争」が が導入され、 また、会社 社側の意向に に沿った姿勢 勢・態度・応接が こうした競争的評 評価の中に位 位置づけられ れるようにな なりました。集団は、お お互いを支えあう ではなく、お お互いを監視 視かつ管理し しあうものに に変化しまし した。その結 結果、「階層全 全体と もので しての の生活の改善 善と社会的上 上昇」という う労働運動の のプログラム ムは、個々の の労働者にとって 現実性 性のない過去 去の遺物とな なってしまい いました。 上で でみた教育課 課程での排除 除をとおして て、職業生活 活での社会的 的上昇の可能 能性を絶たれ、そ の一方 方で「労働者 者」の現実を を受け入れる ることができない移民系の若者にとっ って、時には は「非 行」だ だけが、現実 実の行きづま まりに対する るただ一つの の反抗の手段 段となります す。シャルリ・エ ブド事 事件の実行犯 犯の略歴には は、「原理主 義」に取りこまれてテロ ロ行為に走る る前段階で、教育 課程か からの落ちこ こぼれと軽犯 犯罪の反復と という悪循環 環のプロセス スが共通して て見られます す。 いうまでもなく く、大多数の のイスラム移 移民系の住民 民たちは、自 自分たちに課 課された不利な条 ふつうに仕事 事をし、家庭 庭をきづき、友人たちと と交流し、フ フランス社会にな 件のもとでも、ふ か居場所を作 作っています す。「非行」 がエスカレー ートして、テ テロ行為など どに行きつい いてし んとか 11 まう若者は、自分たちの家庭・友人・共同体からも排除され、そこに支えを見出すことが できません。フランス社会から排除された人々の間から、さらにもう一度排除されている のです。 何世代もフランスで生まれ育った土着のフランス人の一部は、よく「フランスは移民の 国だ」とか、 「外からやって来た人々がフランスを豊かにする」とか言います。そしてそれ は、自分たちの寛容さと、とらわれない自由な精神の表れとして、彼らの自慢でもあるの です。たしかに、移民出身で「成功」したサクセスストリーは、様ざまな分野でたくさん あります。政治家だけとっても、前大統領のニコラ・サルコジ、現首相のマニュエル・ヴ ァルス、現パリ市長のアンヌ・イダルゴなど、親が移民であった政治家で、トップクラス の地位につく人もたくさんいます。しかしこれらはみな、ヨーロッパ系・キリスト教系の 移民の子孫です。数年前に、マグレブ系の知事がひとり誕生しましたが、こちらは、きわ めてめずらしいケースとして、テレビニュースになりました。 こうした状況を受けて、フランスのメディアなどではしばしばアラブ系・イスラム系の 移民がどうしてフランス社会に「同化」して「溶け込む」ことができないのか、という問 題設定がされ、その原因を、彼らの人種や宗教や「文明」に帰する言説が流通しています。 しかし、これは、フランス社会がおこなっている排除の責任を、排除された側の「自己責 任」に転換することにほかなりません(セクハラなどについて「犠牲者に被害の責任を帰 す」ことに似ています) 。事情はむしろ逆だと私は思います。社会的排除の現実がすでには っきりと存在しているから、排除の対象となった人々の特徴(人種・宗教など)が目立っ たものになるのです。排除的なカテゴリー化を習慣的に実行するために、そのカテゴリー の特徴を敏感に自動的に認知する「能力」が身につきます。人種差別や教育的排除がなか ったら、アラブ・イスラム系の住民はもっとフランス社会に「同化」して「溶け込んだ」 はずで、溶け込んでしまえば、彼らの特徴は、ボブ・マーリーの言い方を借りれば、「目の 色の違いくらいの意味しかなくなる」はずです。 アラブ・イスラムの移民系住民の、今となっては主流となっている第2・第3世代は、 フランスで生まれ、文化的にも、「完ぺきなフランス語を話す」――この基準はフランスで はたいへん重視されます――「フランス人」ですし、法的にも、フランス国籍を持ってい る「フランス人」です。しかし、それにもかかわらず、彼らは上でみたように、人種差別 など、土着のフランス人にはない困難をかかえています(教育を通した社会的排除など、 移民系の住民と土着の下層階層の住民に共通する困難もあります)。 3二重基準:圧倒的な非対称性 移民系住民のきびしい現実をまとめるとスライドのようになると思います。 12 16 済的な貧しさ さやそれにと ともなう「文 文化資本」の の不足や、人 人種・宗教的 的差別に由来 来する 経済 「社会 会的排除」に については、上で触れま ましたが、こ このような排 排除・差別体 体験をさらに先鋭 化させ せるものに、 、フランスや や現代世界を を取り巻く「二重基準」の現実があ あります。二重基 準とは は、政治的な なものも含ん んだ、公的な な原理原則が が、場合によ よって、たと えば対象となる 人によって、異な なった適用の のされ方をす することを言 言います。原 原理原則とい いうことは、だれ が共通に区別 別なく扱われ れるはずなの のに、そこに に勝手な裁量 量やごまかし しや抜け道があり、 にもが 依怙贔 贔屓(えこひ ひいき)や不 不公平が生ず ずることを言 言います。フ フランス語で ではこれを、deux poidss deux mesu ures「測るも ものがかわる ると、目盛(秤)をとり りかえる」と といって、不 不誠実 の権化 化のように使 使われます。 フランスは憲法 法で(「ライシテ laïcié」 」と呼ばれる る徹底した)政教分離を を宣言し、公 公的空 おいて宗教的 的な違いに基 基づく異なっ った取り扱い いを認めてい いません。し しかし、フランス 間にお 社会は はキリスト教 教文明の歴史 史的基盤の上 上に組み立て てられており、カトリッ ックの祝日は国民 の休日となってい います。宗教 教が介入して てはいけない いはずの学校 校も、こうし した祝日には当然 みとなります すが、それに に対して、イ イスラム教の の祝日に学校 校を欠席すれば、 のことながら休み 責の対象とな なります。移 移民系の人々 々の経済状態 態や住環境を を反映して、 イスラム教 教の寺 けん責 院には は安普請のも ものが多いで ですが、キリ リスト教の教 教会は、ノー ートルダム寺 寺院などの世 世界遺 産級の のものを頂点 点として、おびただしい お い数の立派な な建築をほこっています。 。このほかに にも、 二重基 基準によって て自分たちだ だけが不利な な扱いを受け けているとイ イスラム系住 住民が感じる機会 は、フランスの日常生活の中 中にも数多く くあります。たとえば、政治家のイ スラムに対 対する 的「失言」は は後を絶ちま ませんが、そ それに対する る社会的制裁 裁はほとんど どありません。こ 差別的 れに対 対してユダヤ ヤ人差別に関 関する行為・ ・発言は厳し しく取り締ま まられていま ます。ユダヤ人差 別に対 対しては、そ それを取り締 締まる法律が があるからで です。このこ ことは、シャ ャルリ・エブド社 襲撃事 事件で前面に に押し出され れた「表現の の自由」をめ めぐる二重基 基準の問題に にもつながってい 13 。たとえば、 、デュドネ(Dieudonn né)というお お笑い芸人は はユダヤ人差 差別的な内容 容のパ ます。 フォー ーマンスのた ために司法の の断罪を受け けています。これに対し して、イスラ ラム教を公然 然と揶 揄・嘲 嘲笑するシャ ャルリ・エブ ブド紙は法に に違反すると とされること とはありませ せんでした。 また た、世界情勢 勢に目を向け ければ、たと とえば、 「イス スラム原理主 主義者」によ よるイスラエ エルで のテロ行為には、 、国際的な非 非難が集中す することはあ あっても、そ それへの反撃 撃という名目で行 ルのガザ空爆 爆によって、 イスラム教 教徒側にイス スラエル側の の犠牲者の数 数とま われるイスラエル ないほど大規 規模な犠牲者 者が出ても、それが国際 際社会の憤激 激を買うことはあ ったく釣り合わな せん。 りませ 17 戦争が起こり りました。こ これは、イラ ラクがクウェ ェートを併合 合した 1990年~91年に湾岸戦 に、「国際社 社会」がアメリカを中心 とする多国籍 籍軍を送り込 込み、クウェ ェートを「解 解放す ために る」た ために起こした戦争で、 、その目的は は「石油を中 中東の首長た たち、つまり り欧米の企業 業に取 り戻す す」(ピケテ ティ)ことで でした。この 戦争は圧倒的 的な技術力を を持つ多国籍 籍軍が、戦争 争技術 で遅れ れをとってい いるイラク軍 軍を圧倒する るという形で で展開され、その報道は は、それ以後 後の戦 争報道 道がみなそうなったように、あたか かもテレビゲ ゲームの映像 像のように私 私たちに伝え えられ ました た。フランス スの経済学者 者・ピケティ ィこの戦争に について、「こ ここに、テク クノロジーを を駆使 した非 非対称の戦争 争の新時代が が幕を開けた たのである」 (ピケティコ コラム@ルモ モンドより)と言 ってい いますが、彼 彼の言う「非 非対称性」は は、戦争の犠牲 牲者の数字に にはっきりと と表れていま ます。 というのも、 「ク クウェートを を「解放する 」多国籍軍の死者は何百 百人規模で、 対するイラ ラク側 者は何万人規 規模」だった たからです (二ケタの違 違い)。 の死者 14 18 は、湾岸戦争 争に続くイラ ラク戦争につ ついて、この の非対称性が が「極限まで で推し さらにピケティは みています。というのも も、「2003年から11年まで続い いた次のイラ ラク戦 進められた」とみ では「イラク ク人の死者は は約50万人 である一方、 、殺された米 米兵は4千人 人余りだった た。 (筆 争」で 者注:三ケタの違 違い)しかも もそれは、イ イラクとは何 何の関係もな ない、9・1 11同時多発 発テロ 者3千人に対 対して報復を を果たすため めだった」と ということだ だからです。 の死者 また た、この戦争 争(アフガニ ニスタンの戦 戦場でも同様 様ですが)に におけるイス スラム教徒の の虐待 ――シ シャルリエブ ブドのテロ実 実行者のひと とりはアルグ グレイブ捕虜 虜収容所にお おける米兵に による イラ ク人捕虜虐 待に義憤を感じていた たと報道され れています― ――に対して て、国際世論 論は、 4-15 年に注目 目を集めた「イスラム国 国」によるキリスト教徒の の非人道的扱 扱いに対する るよう 2014 な厳然 然とした非難 難・告発の調 調子を取るこ ことはありま ませんでした た。 4テ テクノロジー ーが増幅す する戦場の論 論理 “ccollateral da amage”とい いうことばが があります。 「付帯的損害 害・巻き添え え被害」とか か訳さ れます すが、「戦闘 闘における民 民間人被害」 のことです す。また、「政 政治的にやむ むを得ない犠 犠牲」 という意味でも使 使われます。 付帯的損害」 は攻撃につ つきもの、す すなわち、「当 当然いくらか かはあ ここで大切なことは、「付 れており、だ だれも「付帯 帯的損害」を をゼロにしな なければなら らない り得る」ものとして考えられ 言っていない いことです。 とは言 15 19 20 実際 際、さる 10 0 月に、調査 査報道を中心 心にしているネットメディ ィア「インタ ターセプト」によ って暴 暴露された米 米国政府の内 内部資料には は、無人機(ドローン)を使った攻 攻撃がなされ れるの は「付 付帯的損害が が低い環境(llow collatera e nt)でなければ ばならない」 」と規 al damage environmen 定され れていて、戦 戦闘行為が、 、非戦闘員の の犠牲を一定 定程度前提に にしているこ ことがよく示 示され ていま ます。この原 原則は、ドロ ローン攻撃に に限られない いでしょう。したがって て、「テロリス ストた ちを殲 殲滅(せんめ めつ)する戦 戦争」には、 、必ず「付帯 帯的損害」が がともなうこ ことになりま ます。 民間人 人が犠牲にな なるのは、 「誤爆」に限 「 られないとい いうことです す。むしろ、 民間人の犠 犠牲が 少なければ爆撃は は「成功」で であり、それ れが一定程度 度を超えると と「誤爆」と となる、と考 考えた がいいでしょ ょう。さらに に、この内部 部文書には、 「識別特性爆 爆撃(signatu ure strike)」とい ほうが う攻撃 撃もあること とも示されて ています。こ これは、攻撃 撃対象につい いて、「テロリ リスト」とし して認 16 れた人間だけ けでなく、 「疑わしい行 「 も攻撃対象に にするという う爆撃 動パターンがある」者も 定され で、攻 攻撃対象が、 、勝手な判断 断で恣意的に に拡張され、その拡張に にはっきりと とした歯止め めがな いことを示してい います。 人の犠牲に関 関しては、イ イラク戦争中 中に起こった た「市民誤射 射殺事件」も も思い出して てくだ 民間人 さい。 。 21 ーズウイーク ク日本版のこ この記事でも も指摘された たように、この「誤り」は は兵士たちが が「明 ニュー らかに規則の枠内 内で行動」していたにも もかかわらず ず起こってし しまったもの のです(した たがっ 関係者に対す する処分が行 行なわれなか かった」 )。記 記事はさらに に、「圧倒的な な火力をもっ って敵 て「関 を制しようとする限り、この の手の過ちは は避けられな ない」とも言 言います。ま また「こうし した事 決して珍しくはないとい いうことが伺 伺える」とも も言っていま ます(この事 事件がとりわ わけ話 件が決 題にされたのは、 、犠牲者に「ロイターの の記者」が含 含まれていた たことが大き きかったかも もしれ ん。だとした たらここにも も「二重基準 準」のもう一 一つの事例が があります)。 ません 「圧 圧倒的な火力 力」や他の戦 戦争ハイテク ク技術を手の の内にした者 者が、戦場で で自己防衛を を最優 先させ せた行動を取 取れば、犠牲 牲者の圧倒的 的な「非対称 称性」が生ま まれるのも当 当然だと言え えるで しょう。パリ・テ テロ事件の後 後、フランス スをはじめと とした先進国 国の有志国連 連合はシリア アでの の空爆や、内 内戦で対立す する勢力の戦 戦闘で、多く くの市民が犠 犠牲に 空爆を強化しましたが、この ているとみら られます。イ イギリスの民 民間団体「シ シリア人権監 監視団」によ よると、 「有志 志国連 なって 合の空 空爆では三千 千六百四十九 九人が死亡し し、このうち ち民間人が二 二百人程度を を占める。同 同団体 によれ れば、ロシア アの空爆でも も死者が千三 三百人を超え え、九十七人 人の子供を含 含む民間人四 四百三 人が含 含まれる」(東京新聞 ( 20 015.11.21) ということです。 17 スライ イド22: もう一つ、ごく く最近 2015 年 10 月に起 起こったアフ フガニスタン ンにおける『国 国境なき医師 師団』 院に対する「誤爆」の事 事例を見てみ みましょう。この事件で では、アメリ リカ軍が調査 査の上 の病院 正式に「人為的ミス」による る「誤爆」を を認め、謝罪 罪しました。しかし、ア アメリカ軍に による ステムと手順 順の過失が重 重なった人為 為的ミス」と という説明に に、医師団側 側は「米軍に による 「シス 戦争の のルールの違 違反と甚だしい怠慢を明 明示している る」と批判し しています。 このことは は、い くつもの「システ テムと手順の の過失」や 「人為的ミス ス」が重なる るような体制 制を放置していて、 爆」をほんとうには防ご ごうとしてい いない(まし して「付帯的 的損害」など どなおさら)とい 「誤爆 う粗雑 雑な管理思想 想が裏に隠れ れていること とを示唆して ています(さ さらに、ここ こでも被害に にあっ たのが が、『国境な なき医師団』という西欧 先進国側の組 組織だったか からこそ、問 問題が大きく くなっ たとい いう点もある るかもしれま ません。そう うならば、もう一つの「二 二重基準」の の事例でしょう)。 5テ テロ犠牲者へ への反応を をめぐる二重 重基準 「二 二重基準」と「非対称性 性」の問題は は、もっと直 直接に今回の のテロ事件の の時にも指摘 摘され ました た。千葉大学 学の中東専門 門家・酒井啓 啓子氏は、11 月 13 日の のパリ・テロ ロ事件の前日の 12 日に中東・レバノ ノンのベイル ルートであっ ったテロ事件 件が「欧米メデ ディアのなか かでかき消さ され」、 東の出来事だ だって、パリと同じく 「被害者」と として扱われ れてしかるべ べきなのに、とい 「中東 う思い いが、中東諸 諸国だけでは はなく世界に に広がる」事 事実を指摘し しています。 18 23 進国におけるテロが、第 第三世界の紛 紛争地におけ けるテロより りもはるかに に重大かつ緊 緊急の 先進 事項として扱われ れるのはよく くみられるこ ことです。 24 実際、 、米メリーランド大学+ +経済平和研 研究所による る「世界のテ テロ動向報告 告書」をみる ると、 前年より80%増 増えて3万2 2658人と となった20 014年のテ テロによる犠 犠牲者は、 「7 78% キスタン、ナ ナイジェリア ア、アフガニ ニスタン、シ シリア、イラ ラクの5カ国 国に集中」し、「イ はパキ ラクの のテロによる同年の死者 者は9929 9人に達し、1国の犠牲 牲者としては は過去最悪」にな ったと報告してい います。第三 三世界の紛争 争地の犠牲者 者は 2 万 5500人ほどに になり、イラ ラクで 今回のパリの のテロとは文 文字通りけた た違いの数の のテロの犠牲 牲者が去年一 一年の間にう うまれ は、今 ていた たことになります。この の事実を、い いったいみな なさんのどれ れだけの人が が知っていた たでし ょうか か。こうした た事実がどれ れほど報道さ され、どれほ ほど世界の人 人々から哀悼 悼と同情を寄 寄せら 19 いたでしょうか。 れてい 25 の犠牲者を悼 悼んで、エッ ッフェル塔か からスカイツ ツリーまで、 シドニーの のオペ パリ・テロ事件の 、ニューヨー ークのエンパ パイア・ステ テートビル、上海タワー ー、リオデジ ジャネイロの のキリ ラ座、 スト像 像まで、文字 字通り世界中 中がフランス ス国旗のトリ リコロールの の照明を当て てられていま ました が、パ パリと紛争地 地との極端な な対照をなす すこうした「哀悼の非対 対称性」から ら、ほとんど ど「命 の価値 値の非対称性 性」を、 「無 無視された側 」が感じ取ることさえ、 、十分あり得 得ることだと と思わ れます す。 酒井 井氏はさらに に、ベイルー ートとパリの のテロ事件に に関する人々 々の反応の違 違いを、 「ベイ イルー トで起 起きていることは「イス スラーム国」 」の周辺とし して波及して ても当たり前 前だが、遠い いフラ ンスは理不尽なテ テロに巻き込 込まれただけ け、と思う。それは、違 違う」と批判 判しています す。フ スが「堂々と「イスラー ーム国」との の戦い」に「参戦して空 空爆でシリア アの人々の命 命を脅 ランス かして ている」のに に、「戦線か から遠いとこ ろにいる」フランス人は はそれを意識 識にのぼせる ること ができないということです。 。酒井氏によ よれば、この の物理的・地 地理的へだた たりを利用し した二 準=非対称性 性を強引に引 引き裂くため めに、テロリ リストたちは は「フランス スの人々」を を戦場 重基準 から「遠いところ ろから近いところに引き きずりだして てやろうじゃ ゃないか」と と意図したの のだと 解釈されます。 々が意識にの のぼせること とができない いのは、 「遠く く離れたとこ ころ」で、軍 軍事技 フランスの人々 に非対称な戦 戦闘行為を行 行っていると ということだ だけではありません。 術的に 20 26 テロ事件の1日前の1 1月12日の の夜のテレビ ビニュースで では、フラン ンスが やはりパリ・テ ブ首長国連邦 邦へ60機の のラファール ル戦闘機を売 売る契約が有 有望なことを を伝えていま ます。 アラブ すでに にフランスは は5月にカタ タールとこの の戦闘機24 4機を63億 億ユーロ(約 約8500億円 円)で 売却す する契約を結 結んでおり、 、その前のエ エジプトとの の契約(ラフ ファール戦闘 闘機24機と とフリ ゲート艦 1 隻で52億ユーロ ロ(約705 50億円))と合わせて、 、この戦闘機 機の好調な売 売り上 通しを報道していました た。なぜ、中 中東地域でこ このようにと とてつもない い価格の武器 器が売 げ見通 れるの のか、それを をフランスの のテレビは、「いくつもの戦争がこれ れらの国のご ごく近く、イ イラク やシリア、そして てイエメンで で起こってい いるからだ」と説明して ています。 器の販売が中 中東地域の戦 戦争のおかげ げで好調を維 維持している るは明らかで ですが、 フランスの武器 いい話のニュ ュースでは、 、定番として て戦闘機の工 工場が取材さ され、そこで で多額 こうした景気のい 約によって新 新たな安定した雇用が生 生まれること とで安心し、会社の業績 績の将来の見 見通し の契約 に期待 待を込めてコ コメントする る従業員が映 映し出されま ます。 高い い失業率と不 不安定雇用に に悩むフラン ンスの人々が が「戦争のお おかげで売れ れるようにな なった ハイテ テク兵器」お おおかげで、 、その繁栄の の少なくとも も一部を維持 持している、 というのは は少し 単純化 化した図式的 的な言い方に になりますが が、パリ人た たちの「ライ イフスタイル ル」は、そう うした 軍事産 産業も含めた た社会の繁栄 栄に基盤を置 置いていたの のです。 テロ事件の後、 、パリのアン ンヌ・イダル ルゴ市長は、追悼演説で で「テロリス ストたちがも もっと むもの」とし して、「コスモポリタン で、寛容で、 、かつ人の言 言いなりにな ならならず、騒々 も憎む しい」 」パリ人の生 生き方を称賛 賛していまし したが、そう うした生き方 方が他方で目 目をつむって ている 「非対 対称性」にも私たちは注 注目する必要 要があるでし しょう。繁栄 栄の外にいて て、その恩恵 恵を受 けられ れない人々に にとって、パ パリ人の生き き方は、井上 上陽水の歌詞 詞にある「満 満ち足りた人 人々の 思い上 上がり」と映 映らないでし しょうか。 紛争 争地における、当事国と介入した 「先進国」側 側の犠牲者の の数や、テロ ロの犠牲者の の数の 21 称性にみられ れる圧倒的な なかたよりに に対して、先 先進国の人々 々――私たち ちもその一部 部です 非対称 ――が がもつ情報と意識のかた たよりは、ち ちょうど正反 反対の方向を を向いている ることが分か かるで しょう。戦乱の地 地における大 大きな犠牲に に対する小さ さな注意、平 平和と繁栄を を謳歌する首 首都に 込まれた戦乱 乱の一コマに に対する全世 世界的な哀悼 悼、琉球新聞 聞に掲載され れた菅原文子 子氏の 持ち込 表現を借りれば、 、「私たちに には、世界の 半分しか見えていない」 」と言えるの のではないで でしょ news/entry-1179224.htm ml)。 うか(琉球新報 2015 年 11 月 28 日 htttp://ryukyusshimpo.jp/n 6「 「地元出身者 者(homegro own)」によ よるテロ行 行為の意味 今回 回のパリのテ テロ行為の実 実行犯には、 、何人もの「地元出身者 者」が含まれ れていました た。ヨ ーロッパの旧植民 民地からの移 移民の家系で である彼らは は、今日の話 話の最初のほ ほうでみたように、 まな社会的排 排除や差別的 的扱いにさら らされていま ます。しかし し、彼らは、 もうフラン ンス人 様ざま であり(あるいは はベルギー人 人であり)、 彼らはヨーロッパ系の先 先住土着フラ ランス人とお おなじ スという国、 、フランスと という文化圏 圏で生まれ育 育ったの「ネ ネイティブ」だと ように、フランス べきです。バ バタクラン劇 劇場でテロ実 実行犯のこと とばを聞いた た証人は、彼 彼らが「なま まりの 言うべ ないフランス語」 」を話したと言っていま ます。完璧な なネイティブ ブのフランス ス語というこ ことで ているフラン ンス語と同じ じフランス語 語をしゃべる る、自分と同 同じフランス ス人だ す。自分が話して めていること とになります す。 と認め スライ イド27 彼らの 宗教的特徴は は、フランス ス国民全体の の中にみられ れる他のヴァ ァリエーショ ョン― の人種的・宗 ―宗教 教・人種・出 出身などにか かかわる他の のヴァリエー ーション―― ―と同じよう うな意味しか かない と思い います。しか かし、上でみ みたように、 、彼らは様ざ ざまな排除、特に教育課 課程による社 社会的 排除をとおして「母国」の繁 繁栄の分け前 前にあずかれ れない状態に におかれてい います。どん んなに 機を売って雇 雇用を増やしても、その の恩恵は彼ら らにまでは及 及ばない、と という言い方 方もで 戦闘機 きるで でしょう。そ その一方で、 、彼らは、出 出身・宗教・人種をとお おして「戦場 場で無視され れてい 22 る人々」や「母国」による空爆時の「誤爆の犠牲者」ともつながっています。彼らが「母 国」に対して持つ感情・姿勢が大変ねじれたものになることはこうした点から理解されま す。 酒井啓子氏は、パリのテロを、外部におかれていた「遠くの戦争」が強引に繁栄の中心 にまで持ち込まれたできごととしてとらえましたが、これには、(確かにその通りではある のは間違いないのですが)、他の重要な側面があります。それは、外部と同時に「内部にお ける排除」が、排除され切らずに突然ちん入してきたともいえるからです。テロ行為は「外 部の排除」と「内部における排除」が結びついて現れた現象と言えるでしょう。テロ実行 犯たちうち何人かが、ヨーロッパの「母国」と紛争地の「イスラム国」を往来していたと いう事実もこの二つの結びつきを示しています。 移民系の若者たちはたいへん困難な行きづまりの状態におかれていると思います。 「母国」 に同化して、「本当のフランス人」たちのように、「コスモポリタンで、寛容で、かつ人の 言いなりにならない、騒々しい」豊かな生活を彼らが夢みないでしょうか。たとえそれが、 外部を遮断して、外部の紛争から(武器売買などで)利益を得る豊かさであっても…。 しかし、「母国」は彼らを拒否します。「母国」は彼らを「外部」として扱うのです。も ともと「母国」に同化して、「外部」を排除した繁栄にあずかることは、外部の「同胞」へ の裏切りともとられかねませんが、自分が「母国」の内部で、「外部」として扱われること は、「同胞」への同化意識を強化するでしょう。 しかし、移民系の若者たちが内在化している「母国」と「同胞」に対する、こうしたね じれ、かつ、もつれた関係を前向きに転換することができれば、移民系の人々こそ、ヨー ロッパとイスラム世界をつなぐメディエーター、すなわち、「媒介者」であると同時に「調 定者」になることができるのではないでしょうか。むしろ、ここにこそ大きな(もしかし たら唯一の)可能性があるのではないでしょうか。 移民系の人々が、異なった地域・文化・慣習・制度やそこで生きる人々をつなぐメディ エーターとなるには、ヨーロッパをはじめとする先進国側が変わらなければなりません。 自分たちが変わることをとおして、 「外部」や「内部にある外部」との関係を変えてゆくこ とが、外部の――つまり、中東などの第三世界の――国や社会が、自主的に変わってゆく ことをうながすはずです。 先ほど引用したピケティは、中東・アラブ世界内部における格差――「格差」とは非対 称性と同じです――について、「人口密度の薄い限られた土地に石油資源が集中している」 ことに、格差発生の自然的条件を見ています。豊かな農地や工場地帯などがあるわけでは なく、石油以外は砂漠などの不毛の地が圧倒的に多いところでは、「一握りの人間が石油と いう恵みの法外な取り分をわがものとする一方、大人数の集団、特に女性や移民労働者が、 半ば奴隷状態におかれ続けている」ことになります。中東の紛争を終わらせるには、こう 23 格差の状況を を改善しなく くてはなりま ません。先進 進国からの「援助」や 「介入」では は実質 した格 的な変 変革はできな ないでしょう。かえって て既存の社会 会・政治秩序 序を強化する ることにもな なりか ねませ せん。 ヨー ーロッパで、 、その社会の のネイティブ ブとして生ま まれ育ち、ヨ ヨーロッパの のポジティブ ブな価 値観を身につける ると同時に、その欠点に に対する批判 判精神も持っ っている移民 民系の人々が、(西 会に同化した た「成功者」としてでは はなく) 「同胞 胞」の世界と と行き来する ることで、 「外 外部」 欧社会 と「内 内部」の壁を を切り崩して てゆくこと以 以外に、希望 望の余地はな ないように思 思われます。 7結 結論:「理解 解」を阻むも ものをどう 超えるか? ? 1月 月のテロに続 続く、11月 月の二度目の のパリのテロ ロ事件、それ れへのリアク クションで強 強化さ れたシ シリアの空爆 爆、またシリ リアからは4 400万人と と言われる人 人々が難民と して国外に出て、 国内にいる難民と合わせると、シリアは は人口の半分 分ほどの1,100万人 人もの人々が が難民 ています。こ このような深 深刻な事態を をしっかりと と「理解」し し、その理解 解に基 となってしまって て考え、行動 動してゆくに にはどうした たらいいでし しょう。 づいて まず ず、「距離を を取ること」つまり「当 事者でないこと」の意味 味を考えてみ みましょう。遠く 離れた た日本で、パ パリや中東の のことを語る ると、「当事者 者ではないの のに何がわか かる!」とい いう反 応に出あうことが がよくありま ます。たしか かに当事者に にしかわから らないことも もたくさんあ あるで 、当事者でな ないからこそ そ、冷静に合 合理的に考え えられるとい いうこともあ ありま しょう。しかし、 そして、今は は「離れた者 者」として考 考え、理解し したことが、不幸にして て自分がこの のよう す。そ な悲劇 劇的な事態の の「当事者」 」になってし しまった時に に、突発的な な強い感情や や周囲の圧力 力に押 し流されずに、一 一市民として て責任のある る行動をとる ることを助け けてくれるの のではないで でしょ 24 うか。 今の世界のできごとを理解するためには、「根源を見きわめることが重要」だと、自国の 民主化に貢献したとしてノーベル平和賞を受賞したチュニジアの市民団体の人が言ってい ます。「根源」はどこにあるのでしょう。ひとつは「構造的要因」をさぐることです。世の 中のできごとは、けっして孤立して突発するわけでなく、様ざまに入り組んだ関係の網の 目をとおして現れてきます。事件の原因を探ろうとすると、多方面にこうした社会的な関 係の相互作用を見なければなりません。とくに、一見したところわかりやすく、直観に訴 える単純な一般化、つまり「決めつけ」には注意しましょう。また、 「自己責任」などとい うのも、過度に強調されると、できごとを社会的な関係の中で考えることをじゃまするこ とになります。 ものごとの「根源」は、世界の過去にもあります。たとえば、一つのことが10年前の できごとの避けられない結果であり、そのできごとも30年前のできごとから生まれ た・・・などということはよくあることです。こうした「歴史的要因」を考えるときも、 先ほどの「構造的要因」を考えるときも、視野を広くし、多方面にわたる要素を考えてゆ くことが深い理解につながるでしょう。 社会的なできごとを理解するために、もう一つ、たいへん重要な点があります。それは フランスの社会学者ピエール・ブルデューがいう「客観化する主体を客観化する」という 姿勢です。簡潔な表現にするために、むずかしい表現になっていますが、要するにこうい うことです。 「客観化する主体」とは、物事を「これが事実だ」「これが正しい」「これが客観的だ、中 立だ」というふうに、「客観性」を独占して権威をもって社会に流通させる人々や機関や制 度のことです。公的機関・マスメディア・専門家集団・教育機関などがそういう役割を担 います。こういう「客観化する主体」をこちらから「客観化する」とはどういうことでし ょう。それは、そのような「客観化する主体」が置かれている社会的条件・制約・利害関 係などを分析して、考慮に入れることです。 「事実」や「正しいこと」の認定を独占する「客 観化する主体」に、どのような政治的・経済的勢力が関与しているか、発言や行動に関し てどのような制約が課されているか、などという点を検討して、その裏をしっかりつかむ ということです。つまり、「代表して語る」声に対する批判精神―批判的検討のための手段 と姿勢―をやしなうということです。 この作業には「メディアリテラシー」が密接に結びついています。メディアリテラシー とは、メディアに現れた情報をうのみにせずに、情報内容を批判的に検討して、事態のき ちんとした認識を手に入れることです。それには、情報ソースの多様化、つまりいろいろ な情報源を参照することが不可欠ですが、「外国語」が非常に大きな武器になることは間違 いありません。一国内の情報は、その国の「客観化する主体」によって、一元的に管理さ れ、大切なことが隠されたり、ゆがめられたりすることもあるからです。また、テキスト 25 や映像などの表現を理解するには、 「行間を読む」こと、すなわち書かれていないことにも 注意をむける必要があるでしょう。そのためには、「批判精神」が不可欠です(ここでいう 「批判」とは、ものごとをじっくり検討することをいい、必ずしも欠点を探ることや、「不 信」や「非難」や「悪口」のことではありません)。最後に、last but not least ですが、も のごとをとらわれずに理解するには、自分自身が持っている――ということは、社会的に 自分に課されている――制約、つまり、偏見や好み、感情的な反応などのことですが、そ うした自分自身の傾向性、自分自身の「片より」や「ゆがみ」を意識する必要があると思 います。ポール・サイモンの歌詞にあるように、「それでも人は自分の聞きたいことだけを 聞き、残りは無視する」ようでは、あすの世界に対して悲観的にならざるを得ません。 これからの世界では、テロ行為と対テロ戦争との悪循環が暴力の連鎖を広げてゆく恐れ があります。最初に言ったように、その連鎖の中に、私たち日本人がより直接に入り込ん でゆく可能性もあります。パリのテロ事件も、シリアの戦争も「対岸の火事」ではありま せん。こういうむずかしい時代を生きてゆくみなさんには、むずかしい選択が必要になり、 その選択の結果を選挙の投票とか、そのほかの意思表示の機会をとおして表に出してゆく 必要が生まれるかもしれません。私には「こうしたらいい」というできあいの答えがある わけではありませんし、また、反対に「こうすべきだ」「こうするしかない」という言い方 には警戒が必要かもしれません。こういう言い方は若い人たち――戦場の兵士も、自爆テ .. ロ犯も必ず若い――を自殺攻撃などの方向に強制してゆくはじまりかもしれないからです。 今回の事件のように、悲劇的なこと、恐ろしいことなどはどうしても感情的な反応を引 き出します。そのようなできごとを、偏見や安直な決めつけをこえて正当に「理解」する ために、外国語をはじめとして、みなさんといっしょに勉強してゆきたいと思います。み なさんも、大学生という「距離を取る」ことができる立場や、自由になる時間を活かして、 これからのむずかしい時代に備えてください。 付録1 自殺攻撃について 自爆テロはフランス語で attentat kamikaze(カミカゼ攻撃)と言われます。「カミカゼ」 という表現はもちろん、アジア太平洋戦争の末期に日本軍がおこなった「神風特別攻撃隊」 による自爆攻撃からとられています。若者を自爆攻撃に向かわせるテロの論理を解体する ために、70年ほど前の日本人の経験を見直してみることは有意義だと思います。とりわ け、それらの日本人、私たちの親や祖父母にあたる人々の経験が、学生のみなさんにまで しっかりと伝わっていないのが現実だからです。 26 一般に自殺について考えてみましょう。 自殺というのは「自分の意志」でするものでしょうか?どんなに不自由な状況でも、こ れだけは自分自身にしかできないという点で、自殺こそ「究極の自由」だとか、だれも奪 うことができない個人の自由の「最後のよりどころ」だ、とか、そういう言い方がされる ことがあります。しかし、こうした自殺擁護・自殺礼賛の言説は大事なことを忘れていま す。忘れさせられている、といったほうが正確かもしれません。 私は、自殺という行為に、自分の意志や自分の自由の実現をみるというのは幻想だと思 います。自殺というものは、自分の自由な意志で行うように見えながら、実はいつも強制 .......... されているものだと思います。それも、二重に強制されている、といえでしょう。すでに、 「これ以上生きていけない」という状況に追い込まれていること自体が、強制の結果です し、その状況を自分の手で終わらせる、という点にもう一段の強制があるからです。 ちなみに、自殺は、こうした二重の強制を課した者たちにとってたいへん都合がいい結 果となるでしょう。このことは覚えておいた方がいいと思います。いじめ自殺などのよう に、 「加害」関係が問題にされるケースはまれです。自殺者を哀悼し、その「純粋さ」や「高 貴さ」を礼賛することで、第一段階の強制、すなわち、人をもう生きていられない状況に 追い込んだ、という事実を覆い隠すことができます。つまり、自殺者の死を社会的に利用 するわけです。こうした利用は必ず起こります。死人に口なし、自分で決めたはずの自分 の死が、自分の外部の社会や制度の中で、別のやり方で利用されることになってしまいま す。 「自分を終わらせる」には、自分に対する低い評価が必要になります。 「意味のない人生」、 「無価値な生活」、「何の役にも立たない自分」およびそのほかのヴァリエーションなど、 .. 数多くの定番の表現が存在しますが、こうした表現が国語に定着している事実こそ、自分 に対して低い評価をすることが、私たちの社会の重要な構成要素になっていることを示し ています。しかし、ここで大切なことは、こういう評価自体が社会的に押しつけられたも のであるという点です。60年代のアメリカの公民権運動(黒人差別の撤廃運動)の中で、 「自分を大切にしよう“Respect yourself ”」というスローガンが使われました(The Staple Singers による同名の歌が大ヒットしました) 。これはどういうことかというと、アメリカ の黒人差別の状況下では、差別されている当人たちには、自分の価値がわからなくなり、 自分は劣っている、ダメなやつ、無価値と思いこまされ、 「だから、自分は差別され、ひど い扱いを受け、差別されても当然だ」、というふうに差別をかえって正当化してしまう感覚 を身につけてしまうからです。不当な扱いに抗議し、それを跳ね返すためには、不当な扱 いをされているという認識が必要です。その認識は自分の価値を取りもどすこと、「自分を 大切にする」ことからのみ生まれるでしょう。 27 自殺というのは自己破壊する暴力です。では、自己破壊の暴力と他人への暴力との関係 はどうなっているのでしょう。上でみたように、外からの差別的な取り扱いが自分にも当 然のことになってしまった人には、そうした扱いがもつ暴力性を感じ取ることもできず、 また、差別的な扱いをする人々に対して自己主張するようなことも不可能なことになりま す。しかし、そこまで隔離状況が確立していないところでは、一般に、「自分を大切にでき ない人は、他人を大切にできない」し、かつ「他人から大切にされていない人は、自分を 大切にできない」という相互作用があります。 「自分を大切にできない人」から見れば、あ たりに見いだされるのは、そういう自分――自分で自分に低い評価しか与えられない自分 ――を作った他人たちです。そして、その他人たちは「他人から大切にされている」ゆえ に「自分を大切にする」ことが可能な人々です。「自分を大切にできない人」とは、他人と 自分が互いに尊重し合っている円環からはじき出された人であることがよくわかるでしょ う。それこそが、彼らが「自分を大切にできない」ことの原因なのです。だから、彼らが 自己破壊の暴力にむかう時、それはしばしば他人たちの充足した円環にも向けられます。 「生きる価値のない自分」を抹殺すると同時に、そういう自分を作った他人たちもともに 抹殺してしまうことになってしまいます。 「イスラム国」などの自爆テロや日本の特攻は、こうした自分に対する暴力と他人に対 する暴力の一体化を利用しているように思われます。こうした自死の「政治」利用は、一 方で個々の「自分」をおとしめる(無価値化する)と同時に、自己破壊にともなう他者の 破壊も正当化します。自己破壊は、高貴で栄光ある「犠牲」に転化されます。家族のため、 仲間・友人のため・国のための犠牲が「よりよい未来」「新しい世界」を約束する、と自己 と他者の破壊を正当化してゆくのです。 アジア太平洋戦争末期に、沖縄で、15-6才の少年たちを動員して「護郷隊」という 部隊が作られ、少年たちがほとんど自殺攻撃に近い戦闘に駆り出されていた事実を追った ドキュメンタリ-がありました(2015年の11月放映。NHK-BS「戦争を知らない子 どもたちへ、第一部 少年兵の告白、第二部 少年兵の戦後」 )。このすぐれた映像作品で、 当時、少年兵だった人々が何度もくり返す言葉があります。「怖くなんてなかった、何も考 えられなかった、何も感じられなかった」、そして「さからうことなどできなかった」とい うものです。実際、この少年たちは、プロの軍人からきわめて暴力的な訓練を受け、殺さ れることも、殺すことも何とも思わない「少年兵」に育てられていきました。今の世界で みられる自爆テロという行為はたしかに「異常」ですが、それを単に「異常」として考慮 の外において排除してしまうと、こんどは私たち日本の社会に特有な「異常」が息を吹き 返して侵入してくるときの備えを失うことになります。むしろ、私たちの社会が歴史的に 経験してきた「異常」をしっかりととらえることが、別の世界で起きている「異常」な事 態の理解を助けると考えるべきでしょう。 28 付録 録2 フランスの植民地 地支配に関す する小さなノ ノート って第一次大 大戦後にアメ リカが台頭してくるまで で、フランス スはイギリス スとと 20 世紀になっ 、地球上のあ あちこちに植 植民地を持つ つ一大帝国で でした。以下 下の地図では は青色がフラ ランス もに、 の植民 民地です。 植民 民地の現実が がどういうも ものであった たか、今日は は詳しく入れ れませんが、 要するに植 植民地 にされ れた国と人々 々は、支配さ され、国民と としての権利 利もなく、経 経済的には植 植民地の富は は搾取 されて て支配国に流 流れていました。それが がどれほどの のものであっ ったか、感覚 覚的によくわ わかる ことが があります。 。『世界の首 首都』である パリの街並み みは本当に美 美しいもので ですが、その の主要 な部分 分は植民地帝 帝国時代に建 建設されてい います。19 世紀の後半、 世 、植民地帝国 国でもあった た「第 二帝政 政」と言われ れる政治体制 制がありまし したが、 29 スライ イドは、ルー ーブル美術館 館の一角にあ あるその第二 二帝政の皇帝 帝・ナポレオ オン 3 世のサ サロン とダイ イニングです す。その豪華 華さというか か、けばけば ばしさという うか、いわゆ ゆる成金趣味 味のよ うでい いて、同時に にとても洗練 練されていて て圧倒的な迫 迫力がありま ますが、これ れなども植民 民地の 富を吸 吸い上げてき きた成果だと と言えるでし しょう。 30