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トスポウイルスの発生生態と防除対策 - 農研機構

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トスポウイルスの発生生態と防除対策 - 農研機構
トスポウイルスの発生生態と防除対策
九州沖縄農業研究センター
暖地施設野菜花き研究チーム
主任研究員 奥田充
はじめに
トスポウイルスはブニヤウイルス科(Bunyaviridae)トスポウイルス属(Tospovirus)に属するウイ
ルスの総称である。日本では 7 種のトスポウイルスの発生が確認されている(表 1)。トスポウイ
ルスは分子生物学的な性状からブニヤウイルス科(Bunyaviridae)との関係が示唆され、TSWV
をタイプウイルスとするブニヤウイルス科トスポウイルス属として分類されている。トスポウイルス
に感染した作物は葉および果実にえそ輪紋や壊死斑点が生じ、茎頂部が壊死するために被
害が大きく、作物の重要病害と位置づけられている。以下に、トスポウイルスの発生生態、診断
法および防除対策について述べる。
トスポウイルスの発生生態
自然界では、トスポウイルスは Thrips 属や Frankliniella 属などのアザミウマ類により媒介さ
れる。アザミウマは成虫の体長が約1mm の昆虫であり、産卵から羽化まで25℃下において約
2 週間程度で成長し、成虫は20日程度生存する。ウイルス種ごとに媒介するアザミウマ種が異
なる(表 1)ほか、種や系統によってウイルスの媒介効率が異なる。植物の吸汁によりアザミウマ
体内に取り込まれたトスポウイルスは虫体内で増殖するため、一度ウイルスを獲得したアザミウ
マは生涯にわたってウイルス伝搬能力を保持する。アザミウマは 1 齢から 2 齢幼虫のみがウイ
ルスを獲得し、その幼虫が蛹から羽化する時期を含めた 10 日間前後の潜伏期間を経た後、
成虫になって伝搬能力を発揮する。成虫は新規にウイルスを獲得することはなく、幼虫期にウ
イルスを獲得した成虫のみウイルスを媒介する。しかし、感染植物に寄生したアザミウマの全て
がウイルスを媒介するわけではなく、10∼40%の成虫が媒介する(アザミウマの種や系統によ
って大きく異なる)。
トスポウイルスは、実験的に機械的接種を行うことができるが、汁液中での安定性は低く、短
時間で感染性を失うため、圃場での接触伝染や汁液伝染の可能性は少ないと考えられる。種
子伝染と花粉伝染はしない。しかし、栄養繁殖性の作物では、親株の感染による子孫株の汚
染が問題となっている。とくに、キクに感染した TSWV は症状が明確でないことがあり、気づか
ないうちに感染した親株から挿し芽により増殖した株が開花期に発病し、重大な問題を引き起
こすことがある。
トスポウイルスの診断法
トスポウイルスは、種により宿主域と媒介種が異なるため、栽培現場で発生が疑われた場合、
出来るだけ早く同定し、性質を考慮した対策を講ずることが重要である。ウイルス病を診断す
る主な方法として(1)検定植物を用いた接種試験、(2)電子顕微鏡観察、(3)遺伝子診断、(4)血
清診断がある。このうち、試験場、病害虫防除所、普及所等では遺伝子診断と血清診断が常
用されていると思われる。この2つの診断法の特徴と利用法について以下に述べる。
(1) 血清学的診断
血清学的診断は、ウイルスを抗原として免役した抗血清を用いた抗原・抗体反応を利用する
診断法であり、診断精度が高く簡便な診断法である。ただし、特異的抗体が作成されていない
(あるいは入手が困難)な場合は利用できない。血清学的診断には多様な方法が開発されて
おり、それぞれに長所・短所があるが、防除所や普及所でウイルスの同定に最も一般に使わ
れている手法は DAS-ELISA または DIBA であると思われる。主要なトスポウイルスについては、
特異的抗体を利用した診断キットが販売されている(表 2)。また、TSWV と INSV については
RIPA (Rapid Immnunofilter Paper Assay)を利用した検査試薬が販売されている(表 3)。RIPA
による検出は DAS-ELISA と比較して感度および定量性に劣るものの、試料を磨砕したバッフ
ァーに検査紙を浸すだけで良く(図 1)、検査時間も摩砕時間を含めて5∼10分と極めて短い
ため、発生現場での簡易診断に極めて有効である。
(2) 遺伝子診断
遺伝子診断の本来の定義は、遺伝子(すなわち DNA 配列)を調査して、その生物の表現型
や遺伝的特性を判別することであると考えられるが、作物病害の場合には、分子生物学的手
法を用いて病原を特定する技術を意味する場合が多い。この場合、分子生物学的手法には
特定の DNA 配列を特異的に増幅する技術である PCR あるいは特定の RNA 配列を増幅する
技術である RT-PCR がもっとも広く使われている。遺伝子診断は比較的高度な機器が必要で
あることもあり、大学や試験研究機関のみで実施されていたが、装置や試薬の価格が低下し
たこともあり、防除所等にも普及し始めている。
一般に、PCR(RT-PCR)による診断は高感度であることが特徴とされるが、無病徴感染種苗
の検査のような特殊な事由を除いて、実用において検出に必要な感度は ELISA で十分である。
むしろ、作物ウイルス病害の同定における PCR の優位な点は(1) 塩基配列情報からプライマ
ーを作成できるため特異的抗体の入手が難しいウイルスも検出可能であること、(2) プライマ
ーの設計により特異性に幅を持たせることが出来るため複数のウイルス種を同時に検出できる
こと、であると考えられる。トスポウイルスの検出に用いるプライマーを表3に記載した。複数の
トスポウイルスを検出できるプライマーも報告されており、これらは同定には不向きであるが、
未知のトスポウイルスの検出に利用できる。
トスポウイルスの防除対策
トスポウイルスの発生・蔓延防止のためには、アザミウマの徹底防除と同時にウイルスを保
毒したアザミウマを侵入させないことが重要である。施設栽培では、紫外線カットフィルムの使
用とハウス側面や天井の開口部に目合い 0.8mm 以下のネットを張ることで高い侵入抑制効果
が得られる。また、トスポウイルスは、生育初期に感染すると被害が大きくなるため、定植直後
の防除が極めて重要である。
発生地域では、保毒アザミウマの発生状況を把握することが病害の蔓延防止に有効である
と思われる。以下に、アザミウマからトスポウイルスを検出する具体的な方法と発生生態の解明
により、発生根絶に成功した例を紹介する。
(1) 粘着トラップを用いた保毒率の推定
圃場での保毒虫密度の推移や保毒虫の発生確認のために、青色粘着トラップ(ホリバー、IT
シート等)を利用した保毒虫検定法を開発した(図 2)。ここでは、粘着トラップで補足したアザミ
ウマからの検出法を記載したが、植物体から直接採取したものについても検定可能である。
(2) 静岡県メロン産地における MYSV の根絶
MYSV の初発地である静岡県では、1992 年に静岡県のメロンにおける MYSV の発生面積が
47 ha となったが、地域レベルの徹底した防除により発生を根絶した。現在、静岡県のメロン栽
培地では発生していない。静岡県で行われた防除対策の中心は、媒介虫であるミナミキイロア
ザミウマの徹底防除であり、定植から収穫まで黄色粘着テープによるミナミキイロアザミウマの
誘殺数調査、メロンへの着生調査および発病調査を行った。これにより、MYSV の発生が著し
い農家でのミナミキイロアザミウマの発生をほとんど皆無にした結果、MYSV の発生が認められ
なくなり、媒介虫の徹底制御による本病防除が有効であることが示された。
(3) 大分県ピーマン産地における TSWV の根絶
大分県大野郡のピーマン産地では、1998 年頃から TSWV の発生が慢性化し、深刻な被害と
なっていた。この地域では3月下旬に定植し、11月中旬まで収穫する作型で栽培を行ってい
たが、早いところでは5月初旬に TSWV の発生が認められ、収穫がほとんど望めないハウスも
あった。そこで、九州沖縄農業研究センターと大分県農林水産研究センターは共同で発病要
因の解明を行った。とくに、収穫終了から次年度の定植までの間の動態を明らかにするため、
保毒虫であるミカンキイロアザミウマの発生およびウイルス保毒率の推移ならびに伝染源とな
る雑草の感染率を調査した。この結果、調査期間を通して少数の雑草から断続的に TSWV が
検出されたものの検出率は極めて低かった。しかし、ハウス内のピーマン果実残渣から TSWV
が高頻度に検出された。また、果実残渣にはミカンキイロアザミウマが寄生しており、TSWV 保
毒虫であることが確認された。ピーマン果実残渣はビニル被覆ハウス内では定植直前まで残
っており、熟した果実からも TSWV が検出された。また、トラップによる誘殺ではアザミウマの飛
来が観察され始める 2 月下旬に既に TSWV を保毒していることが明らかとなった。このことから、
本産地における TSWV の慢性的発生はピーマン果実残渣の放置によるものであると推察し、
徹底除去を指導したところ、2004 年以降 TSWV の発生は認められていない。
参考
1.
九州沖縄農業研究センター暖地施設野菜花き研究チーム Web ページ内「ウイルス検定
マニュアル」にウイルス検定に関わる技術情報を掲載している。また、サイト内より学位論
文「西南暖地で新規発生したトスポウイルスの遺伝的特性の解明に関する研究」全文が
ダウンロードできます。
(1) http://konarc.naro.affrc.go.jp/veg/sisetu_team/Iden/Iden/Welcome.html
2.
アザミウマの生態に関しては、以下の書籍に大変詳しく書かれています。
(1) ミナミキイロアザミウマ—おもしろ生態とかしこい防ぎ方(永井 一哉, 農文協)
(2) ミカンキイロアザミウマ—おもしろ生態とかしこい防ぎ方 (片山 晴喜, 農文協)
3.
トスポウイルス病の根絶に関して、以下などの解説をご覧下さい。。
(1) 岡崎真一郎(2006)大分県におけるトマト黄化えそウイルスの伝染環とアザミウマ類の
媒介能力 今月の農業 50、No.4:76-79
(2) 池田二三高ら(2001) 静岡県におけるメロン黄化えそ病根絶の経過 植物防疫 55:
397-400
(3) 奥田充(2007)ピーマン黄化えそ病(TSWV)の感染源は放置果実 タキイ最前線 7:
61-63
表 1. 日本で発生が報告されているトスポウイルス
略称
発生作物
媒介が確認されている
アザミウマ種
TSWV
トマト・ピーマン・キク・ガー
ベラ・アスター・スターチス・
サルビア・ニチニチソウ・シネ
ラリア・シクラメン・インパチ
ェンス・トルコギキョウ・アル
ストロメリア等
ミカンキイロアザミウマ・
ヒラズハナアザミウマ・ネ
ギアザミウマ等
インパチエンスネクロティッ
クスポットウイルス
(Impatiens necrotic spot
virus)
INSV
バーベナ・スターチス・リンド
ウ・ベゴニア・シネラリア・シ
クラメン・トルコギキョウ等
ミカンキイロアザミウマ・
ヒラズハナアザミウマ
メロン黄化えそウイルス
(Melon yellow spot virus)
MYSV
メロン・キュウリ
ミナミキイロアザミウマ
スイカ灰白色斑紋ウイルス
(Watermelon silver mottle
virus)
WSMoV
スイカ・トウガン・ニガウリ・
キュウリ・ツルナ
ミナミキイロアザミウマ
ピーマン斑紋ウイルス
(Capsicum chlorosis virus)
CaCV
ピーマン
なし(海外では報告あり)
IYSV
アルストロメリア・トルコギキ
ョウ・タマネギ・ニラ等
ネギアザミウマ
CSNV
キク
ミカンキイロアザミウマ
名称
トマト黄化えそウイルス
(Tomato spotted wilt virus)
アイリスイエロースポットウ
イルス
(Iris yellow spot virus)
キク茎えそ病
(Chrysanthemum stem
necrosis virus)
表 2. 診断用抗血清の主な入手先
入手先
抗体
日本植物防疫協会
http://www.jppn.ne.jp/nishokubo/
TSWV・INSV・IYSV・MYSV・WSMoV
Agdia (アグディア社)
http://www.agdia.com/
TSWV・INSV・IYSV・GRSV+TCSV・
WSMoV+GBNV
代理店: 和光純薬
DSMV
http://www2.dsmz.de/nf-plvirus/
CNSV・INSV・IYSV
山本薬品より輸入代理可能
http://www.yamamotokk.com
/index.html
表 3.
備考
ウイルス検出に利用できる RIPA 試験紙と主な入手先
入手先
抗体
備考
Agdia (アグディア社)
http://www.agdia.com/
TSWV・INSV
代理店: 和光純薬
図 1.
RIPA による検出例
表 4.
トスポウイルスを検出するための共通プライマー
対象ウイルス
TSWV
INSV
IYSV
WSMoV
MYSV
CaCV
CSNV
共通プライマー
増幅 DNA の
サイズ
プライマー塩基配列 (5' - 3')
TsS3': GCTCTAGAGCAATTGTGTCAATT
TsN5'-1: TTTAACACACTAAGCAAGCACA
INSV_N3': AGAGCAATTGTGTCACGAATAT
INSV_N5': AATGCATTTAACACAACACAAAG
IYSV_N5: CTTAACTAACACAAATACTG
IYS3'T: AGAGCAATCGAGGTATAAAAC
WsS2R: TCCTTAGTAAACACCATG
WsS2F: CCAATGGTTTGCCTCCGAAG
MYSV-N3: ATTCAACATCAGCAAGTCAA
MYSV-N5: TATTTCATTCAACTAGTTAA
CaCV-N5: CCAATGGTTTGCCTCCGAAG
CaCV-N3: AGAGCAATCGAGGCGCTAATA
CSNV-N5: GAGCGACTGCGGAATACTCT
CSNV-N3: GACACACTTTAAATCTTTAACACACC
(1) Tospo-L5: CCTTTAACAGTDGAAACAT
Tospo-L3: TCATCRGARTGBACMATCCATCT
(2) 3'T12: GGGGGGGGAGAGCAATTGTG
TsMCR2: TCWRDNCKNYKRAAKGTCMWRTC
1.0 kbp
1.0 kbp
1.0 kbp
1.2 kbp
1.0 kbp
1.1 kbp
0.94 kbp
0.7 kbp
0.35 kbp または
0.45 kbp
(1) Okuda and Hanada (2001) Journal of Virological Methods 96: 149-156
(2) Chu et al. (2001) Phytopathology 91: 361-368
1. 実体顕微鏡下で目的のアザミウマを粘着トラップから採取し注 1、1 頭ずつ 0.5ml マイクロチューブに入
れる
必ず陰性コントロールとして、非保毒虫も用意する
|
2. コーティング抗体を炭酸バッファー(15 mM Na2CO3, 35 mM NaHCO3, pH 9.6) で希釈し、エライザプレ
ート注 2 に 100μl ずつ分注する。37℃で 2 時間インキュベーションする注 2
|
3. 液を捨て、PBST (0.8% NaCl, 0.02% KH2PO4, 0.29% Na2HPO4・12H2O, 0.02% KCl, 0.05% Tween20, pH
7.4)で 5 回洗浄する
|
4. 蒸留水で 5 倍に希釈した Blocking One (ナカライテスク)を 100μl ずつ分注し、37℃で1時間インキュ
ベーションする
|
5. 1/20 量の含む PBST を 100μl ずつ分注し、37℃で約 2 時間(または 4℃で一晩)静置する
|
6. 液を捨て、PBST で 5 回洗浄する注 2
|
7.アザミウマの入ったチューブに 1/20 量の Blocking One を添加した PBST を 100μl を加え、ペレット
ミキサーを使って完全に磨砕する。これをコーティング抗体を処理したウェルに全量加え、37℃で 2 時
間インキュベーションする注 2
|
8.液を捨て、PBST で 5 回洗浄する
|
9.コンジュゲート抗体を 1/20 量の Blocking One を添加した PBST で希釈し、100μl ずつ分注する
|
9.37℃で 2 時間インキュベーションする注 3
|
10.液を捨て、PBST で 5 回洗浄する注 2
|
10. 基質溶液 (9.7% ジエタノールアミン, pH 9.8 にパラニトロフェニルリン酸 1 mg/ ml を溶解)を 100μl
ずつ分注して遮光し、室温で 30 分∼2時間放置する注 4、注 5
|
11.マイクロプレートリーダーまたは目視で発色を確認する注 6
注 1 アザミウマの同定に関しては、植物防疫第 48 巻 pp. 521-523 を参照
注 2 住友ベークライトの MS-8896F を推奨
注 3 4℃ 一晩でも可
注 4 基質溶液は使用直前に調整する
注 5 吸光度は 30 分、1 時間、2 時間の値を計測すると良い
注 6 非保毒虫の吸光度の 2 倍以上の値を示すものを陽性と判断する。吸光度が非常に低い場合は、
非保毒虫を 10 頭程度用意し、非保毒虫の吸光度値の平均+標準偏差×3 を超えるものを陽性と判断
する。
図 2. 粘着トップを用いた保毒虫の検出法
アザミウマ類の生態と防除
野菜茶業研究所
野菜 IPM 研究チーム
北村登史雄
アザミウマ目に属する野菜の害虫はその体サイズと高度に発達した殺虫剤抵抗性のた
め,様々な作物で重要な問題となっている。アザミウマ類の体長は 1∼2mm 程度であり、
肉眼での種の同定はほとんど不可能であるが、それぞれの種により有効な薬剤が異なる。
また、体サイズが小さいだけでなく、アザミウマは蕾や新芽などの間隙に潜む傾向にあり、
発生初期での発見難しい上に、殺虫剤もかかりにくい。
さらに農業現場で問題となっているアザミウマは広食性のものが多く、野菜、花き、果
樹で同一種のアザミウマが加害していることがある。このため、アザミウマの発生による
経済的損失の少ない作物の防除が手薄になり、そこが発生源となっていることがある。
このように従来の殺虫剤によるアザミウマ類の防除は非常に難しく、生物的、物理的そ
して殺虫剤を用いた化学的な防除手段を組み合わせて行う必要があろう。
本稿では主要なアザミウマ類の害虫の生態とその防除法について解説する。
ミカンキイロアザミウマ
ネギアザミウマ
アザミウマ類の見分け方
アザミウマ類は非常に微小であるため、肉眼で形態により判別することは難しい。形態に
より種を同定するためにはプレパラート標本を作製し、50 倍以上の実体顕微鏡下で観察し、
刺毛の場所や数などで判別する。その他、粘着トラップに誘殺されたアザミウマ類の簡易
な同定法として触角の節数や各節の色彩により判別することが出来る。
圃場現場では、発生作物と被害の様子から種を推定することになる。施設栽培で最も重要
な害虫であるミナミキイロアザミウマとミカンキイロアザミウマについては後の項で詳し
く解説する。
ミカンキイロアザミウマの口器の仕組みと摂食様式
口器の仕組み:アザミウマ類の口器は頭部の下端にあり,後ろを向いている。摂食しない
とき,口器は側舌という膜状のもので覆われている。この側舌上には多くの感覚毛があ
り,摂食刺激や摂食阻害を感知する。アザミウマが摂食刺激を感知すると側舌が左右に
開き,口針が露出する。口針は植物の表皮に穴を開けるためのものと穴に差し込んで吸
汁するための吸汁管とがある。吸汁管は断面が三日月状の 2 本からなり,これらを組み
合わせてストロー状にし,吸汁する。
摂食様式:ミカンキイロアザミウマの摂食はその口器の構造から咀嚼したり嘗めとったり
するのではなく,口針によって植物の表皮に穴を開け,そこに吸汁管を差し込んで吸汁
していると考えられている。ミカンキイロアザミウマに加害された植物の表面を電子顕
微鏡で観察すると 1μmの円形の吸汁痕がみられるが,表皮よりも内側の細胞までは達
していない。
被害の発生:ミカンキイロアザミウマは表皮細胞しか加害出来ず,生育のためには多くの
表皮細胞から吸汁しなければならない。イチゴ果実の被害の著しい部位では 1mm2 当た
り 1 万個の吸汁痕が観察された。加害された表皮は乾燥収縮し,その周囲がひび割れる。
吸汁痕からのひび割れがつながり,さらに大きなひび割れを作る。ひび割れにカルスが
形成され,被害部位が褐色になる。カンキツの果実の場合,肥大期以前に加害されると
加害部のひび割れが果実の肥大に伴って拡大し,割れ目に癒傷組織が形成され,ケロイ
ド状の症状が発現する。果実が肥大した後では加害されると褐色になった被害部により
かすり状の症状を呈する。また,被害部より細菌が侵入し腐敗を生じたりする。
ミカンキイロアザミウマによる
イチゴ果実の被害
ミカンキイロアザミウマ口器
ミカンキイロアザミウマ
頭部
ミカンキイロアザミウマ口針
アザミウマ類の発生と生態
1.ミナミキイロアザミウマ Thrips palmi
ミナミキイロアザミウマは 1987 年に宮崎県のピーマンで初めて発生が確認された侵入害
虫で,1993 年には東北,北陸の一部を含む 40 都府県で確認される全国に分布を拡大した。
ミナミキイロアザミウマの寄主範囲は非常に広く,ナス科、ウリ科、キク科など 34 科 117
種に及んでいる。生活史は成虫が卵を植物内に生み付け、ふ化した幼虫が植物を摂食加害
する。1 齢幼虫、2 齢幼虫を経て、土中または植物上で蛹化する。第 1 蛹、第 2 蛹を経て羽
化して成虫となる。各ステージの発育速度は速く、世代当たりの日数は 25℃で 14∼18 日、
30℃で 12∼13 日であるが 35℃では発育が完了しない。宮崎県などの西南地方では野外で
11 世代、施設も併せると年間 20 世代を超えると予想される。また、成虫の寿命は 25℃で
27 日間、30℃で 18 日間であり、雌成虫は成虫期間中に不規則に産卵し、20∼25℃で 82∼
94 個産卵する。越冬は西南諸島を除くと、野外ではほとんど不可能でもっぱら施設内にお
いて行われる。4∼5 月から施設からの飛び出し虫が発生源となり、圃場や周辺雑草で増殖
したアザミウマが野菜圃場や施設に飛び込み、加害が始まる。この飛び込みは生菜団地の
場合 12 月程度まで続く。
2.ミカンキイロアザミウマ Frankliniella occidentalis
ミカンキイロアザミウマは 1990 年に千葉県と埼玉県から初めて発生が確認された侵入害
虫で、侵入後急速に日本全国に分布を広げた。本種の寄主範囲は広く、北米だけで 200 種
以上の寄主が知られている。雌成虫の体長は 1.5 ㎜程度でアザミウマとしては比較的大型
である。1世代に要する期間は 20℃で約 20 日と短く、一雌当たりの産卵数は 150∼300 個
である。 低温耐性が強く、日本の野外でも越冬が可能だと考えられている。一方、高温に
対する耐性は比較的低く 45℃以上の気温では生存できないこと 35℃以上で増殖が抑制され
る。本種が十分に産卵するためには花粉の摂取が必要であるために、花に対する選好性が
強く、そのために花き類では花弁に被害が集中する。花弁にカスリ状の白斑が生じるため、
著しく商品価値が低下する。その他、野菜類での被害はトマト、オクラの白ぶくれ症、イ
ンゲン、エンドウの火ぶくれ症、イチゴでは果実の褐変や奇形果の発生である。
3.ネギアザミウマ Thrips tabaci
ネギアザミウマは全世界的に分布するアザミウマで広範な作物に寄生・加害している。
日本でも北海道から沖縄まで発生が確認されておりアザミウマ類の害虫の中で最も広く分
布していると考えられている。越冬は非休眠の成虫がネギやタマネギなどの栽培作物やノ
ビルなどの雑草で行う。西南暖地では一部幼虫で行っている報告がある。野外では気温が
10℃を超えるとタマネギなどの新しい寄主に飛び込み、増殖をはじめる。6∼8 月をピーク
に 10 月程度まで発生する。
本種による被害として葉に対する直接の吸汁によりかすり状の白斑が生じる。特に葉ネ
ギ等の葉が直接商品となる作物では少ない被害でも著しく商品価値を下げる。また、密度
が高いときは葉が曲がり、新芽の加害により伸長不良となる。西日本のタマネギ栽培にお
いては本種の加害による直接的な減収が軽微なため、防除が手薄となり、発生源となる可
能性がある。アスパラガスでは出荷後に茎頂部に潜んでいた成虫が脱出して消費者からク
レームを受けることがある。
4.ヒラズハナアザミウマ Frankliniella intonsa
ヒラズハナアザミウマはミカンキイロアザミウマと同族のアザミウマである。本種は土
着の害虫であり、ミカンキイロアザミウマほどの殺虫剤に対する抵抗性は発達していない。
その発生消長は春から秋にかけて植物の花に多く見られる。野外で花の少なくなる 8 月に
は発生が少なくなる傾向がある。冬季は成虫が落下した花や枯れ葉の間で越冬する。
本種はミカンキイロアザミウマと同様に花に生息することが多いため、その被害は花お
よび果実に集中している。トマト、オクラの白ぶくれ症、インゲン、エンドウの火ぶくれ
症、イチゴ果実の褐変や奇形の発生、そして花き類での花弁の損傷等が知られている。
被害から見るミナミキイロアザミウマとミカンキイロアザミウマの見分け方
アザミウマ類で最も問題となるミナミキイロアザミウマとミカンキイロアザミウマでは
被害の発生の様子が異なる。ナスの場合、ミナミキイロアザミウマでは葉脈に沿って食害
痕がみられる果実では筋状のケロイド状の被害痕が発生する。ミカンキイロアザミウマで
は葉脈に限らず、カスリ状の白色斑点となり、しだいに光沢を帯びて銀色に光る(シルバ
リング)
。果実では果頂部に円形状の脱色斑点が生じ、症状がひどい場合は果頂部全体が着
色不良になる。
ピーマンのミナミキイロアザミウマによる被害は果実に褐色のケロイド状の傷や傷を中
心とした奇形果が発生する。葉では汁を吸われた部分の色が白く抜け、光を反射して銀色
に光る。ミカンキイロアザミウマによる被害は果実上部が褐色に変色する。新芽の萎縮、
葉のかすれが生じる。
キュウリのミナミキイロアザミウマによる被害は果梗部、果実の基部にケロイド状の被害
痕が生じ、葉では吸汁された部分の色が抜ける。ミカンキイロアザミウマによる被害は果
実のケロイド状の傷や葉のシルバリングが発生する。
また、トマト、イチゴではミカンキイロアザミウマの発生が見られるが、ミナミキイロア
ザミウマは発生しない。
アザミウマ類の防除
アザミウマの種により有効な殺虫剤が異なるために発生しているアザミウマを同定す
ることは重要である。しかし、アザミウマ類は微小であるために圃場での判別が難しいた
め、殺虫剤の抵抗性とは無関係の天敵昆虫等の生物的防除資材、ネットや紫外線カットフ
ィルム等の物理的防除資材の併用が望ましい。
1.物理的資材
アザミウマ類の害虫に対する物理的防除資材としては施設開口部の防虫ネットによる
被覆、シルバーマルチの利用、また紫外線カットフィルムの施設への被覆などが挙げられ
る。開口部の防虫ネットの被覆は目合の小さいもの、毛羽だったもの、さらに銀色寒冷紗
で効果が高い。施設の被覆資材として紫外線を通さない紫外線カットフィルムを用いると
アザミウマの密度が低下し、被害が減少する。これは紫外線カットフィルムを被覆した施
設ではアザミウマの侵入が抑制され、移動が制限され、定着が悪くなることが密度低下の
原因と考えられている。
2. 生物農薬
現在アザミウマに類に登録のある生物農薬は 7 剤でその内訳は天敵昆虫 3 剤、天敵ダニ
剤 2 剤、微生物製剤 2 剤である。高知県などでアザミウマ類がキーペストとなるナスやピ
ーマンの施設栽培において利用されている。天敵農薬全般に当てはまることであるが、高
い防除効果を求めるにはアザミウマが低い密度の時に放飼する必要がある。また、生物農
薬に影響のある殺虫剤との併用は出来ない。このために対象外の害虫の侵入を防ぐ意味で
も施設開口部に防虫ネットの設置が望ましい。
アザミウマ類に対して登録のある生物農薬
剤名
対象作物
対象病害虫
アリガタシマアザミウマ剤
野菜類(施設栽培)
アザミウマ類
ナミヒメハナカメムシ剤
ピーマン(施設栽培)
ミカンキイロアザミウマ
天敵昆虫・ダニ製剤
ミナミキイロアザミウマ
タイリクヒメハナカメムシ剤
野菜類(施設栽培)
アザミウマ類
ククメリスカブリダニ剤
野菜類(施設栽培)
アザミウマ類
シクラメン(施設栽培)
デジェネランスカブリダニ剤
野菜類(施設栽培)
アザミウマ類
バーティシリウム レカニ水和剤
きく(施設栽培)
ミカンキイロアザミウマ
ボーベリア バシアーナ乳剤
野菜類
アザミウマ類
微生物製剤
ヒメハナカメムシ類
現在、ナスやピーマンの施設栽培で最も利用されているのが、ヒメハナカメムシ類である。
殺虫剤の散布の少ない路地ナスではアザミウマが発生するとヒメハナカメムシ類が周辺の
雑草から飛び込んでアザミウマを捕食することがあり、このヒメハナカメムシ類を天敵製
剤として利用したものがナミヒメハナカメムシ剤およびタイリクヒメハナカメムシ剤であ
る。ナミヒメハナカメムシ剤が最初に開発され、1989 年に登録されたが、この天敵は短日
条件下では産卵できないために、冬季の施設栽培では利用できない。このため現在では、
短日条件下でも産卵が可能なタイリクヒメハナカメムシ剤に置き換わっている。
タイリクヒメハナカメムシは広食性の昆虫でアザミウマ、ダニ、アブラムシを食べること
が知られているが、特にアザミウマの幼虫に対する選好性が強い。好適条件では 1 日当た
り約 50 頭のアザミウマの幼虫を補食する。
ククメリスカブリダニ
ククメリスカブリダニはアザミウマやハダニを捕食するが、アザミウマの場合はその体サ
イズから 1 齢幼虫のみを摂食することが出来る。また、卵も植物体内に産卵されるために
捕食できない。しかし、アザミウマやハダニ以外にも花粉等の摂食により生存することが
出来るため、アザミウマ密度が非常に低い場合でも待ち伏せ型天敵として利用できる。本
種の雌成虫は好適条件下で 1 日当たりミナミキイロアザミウマの幼虫を 1.3 頭捕食すること
が出来る。
トマト黄 化 葉 巻 病 等 の発 生 動 向 と防 除 対 策
九 州 沖 縄 農 業 研 究 センター
暖 地 施 設 野 菜 花 き研 究 チーム
上田重文
1.はじめに
ト マ ト 黄 化 葉 巻 病 は , ト マ ト 黄 化 葉 巻 ウ イ ル ス ( To m a t o y e l l o w l e a f
curl virus; TYLCV)が病 原 のウイルス病 である。TYLCV は,媒 介 昆
虫 であるタバココナジラミ (Bemisia tabaci, (Gennadius))を介 してト
マトに感 染 すると,1,2週 間 後 からトマトの新 葉 部 の巻 葉 ・小 葉 化 ,
葉 脈 間 や葉 縁 部 の黄 化 症 状 を発 症 させ,株 全 体 が萎 縮 させる。ま
た,初 期 には数 株 の発 病 でもその発 生 を見 逃 し罹 病 株 の処 分 と適
切 な農 薬 散 布 を怠 ると,瞬 く間 にタバココナジラミが圃 場 全 体 にウイ
ルスを伝 搬 し,その結 果 ,果 実 の収 穫 量 を激 減 させてしまう恐 ろしい
病 気 である。タバココナジラミは体 長 約 0.8mm と極 めて小 さく,また多
くの植 物 に寄 生 できる上 ,増 殖 能 力 も比 較 的 高 いため,媒 介 昆 虫
自 体 の防 除 でさえ容 易 ではない。そのため,本 病 は,日 本 だけでなく
世 界 中 のトマト栽 培 農 家 にとって,現 在 最 も恐 れられている病 気 にな
っている。
2.トマト黄 化 葉 巻 ウイルス(TYLCV)
TYLCV が属 するジェミニウイルス科 は,ウイルスを伝 搬 する媒 介 昆
虫 や 宿 主 植 物 な ど の 違 い に よ っ て 現 在 M as t re v i r u s , C ur t o v i r u s ,
To p o c u v i r u s , B e g o m o v i r u s の 4 つ の 属 に 分 け ら れ て い る 。 ジ ェ ミ ニ ウ イ
ルスは,ゲノムが 1 本 鎖 の環 状 DNA で構 成 されており,ウイルス粒 子
が 双 球 状 の 形 を し て い る の が 特 徴 で あ る 。 4 属 の 中 で も , TYLCV が
属 するベゴモウイルス属 は,コナジラミよって媒 介 されるグループでジェ
ミニウイルス科 の中 で最 も多 くのウイルス種 を含 んでいる。この属 には,
TYLCV の国 内 侵 入 以 前 から,主 として中 山 間 地 域 で散 発 的 にトマ
トやタバコに巻 葉 や萎 縮 症 状 を起 こす病 害 を発 生 させているタバコ巻
葉 ウ イ ル ス ( To b a c c o
leaf
curl
Japan
virus,
TbLCJV ) や
Honeysuckle yellow vein mosaic virus(HYVMV)などやヒヨドリバナ
葉 脈 黄 化 ウイルス(Eupatorium yellow vein virus)が含 まれている。
実 際 ,トマト黄 化 萎 縮 病 とトマト黄 化 葉 巻 病 の病 徴 は酷 似 しており病
徴 観 察 だけによる区 別 は極 めて難 しい。台 湾 やオーストラリアなど諸
外 国 では,TYLCV とは異 なる土 着 性 ウイルスがトマトに感 染 した場 合
も , 広 く ト マ ト 黄 化 葉 巻 病 ( To m a t o Ye l l o w L e a f C u r l D i s e a s e ;
TYLCD)という名 称 が使 われていることが多 い。
2-1 TYLCV のゲノム構 造 とその特 徴
TYLCV は,全 長 が約 2.800 塩 基 の環 状 1 本 鎖 DNA ウイルスで
ある。(図 1)。ウイルスゲノム DNA は IR (intergenic region)を中 心 に
して,ウイルス鎖 (virus sense) 側 に V1 (CP; capsid protain),V2
(MP; movement protein), 相 補 鎖 (complementary sense)側 に C1
( R e p ; r e p l i c a t i o n - a s s o c i a t e d p r o t e i n ) , C 2 ( Tr A P ; t r a n s c r i p t i o n a l
activator protein),C3 (Ren; replication enhancer),C4 の計 6つ
の ORF を内 在 している。IR は,ベゴモウイルスで保 存 されているステム
ル ー プ 構 造 と TA ATAT T / A C 配 列 を 含 ん で い る 。
IR
V1
(Rep)
C4
TYLCV
V2 (MP)
図1 TYLCVのゲノム構造
V1 (CP)
2.8 kb
C2
(TrAP)
C3 (REn)
新 大 陸 由 来 のベゴモウイルスは,ウイルスゲノムを 2 分 子 (DNA-A
と DNA-B)持 つウイルス種 が存 在 するが,TYLCV の起 源 は旧 大 陸 と
推 測 されており,1 分 子 (DNA-A)のゲノムを持 つベゴモウイルスである。
また,旧 大 陸 起 源 のベゴモウイルスの中 にはゲノム以 外 に DNA1 や
DNA と呼 ばれるサテライト分 子 を持 つことが確 認 された種 も存 在 する。
しかし,これらの分 子 も確 認 されていないことから,TYLCV はベゴモウ
イルスの中 でも極 めて単 純 なゲノム構 成 をしているウイルスと言 える。
2-2 トマト黄 化 葉 巻 病 の発 生 系 譜
TYLCV の起 源 ,そして媒 介 昆 虫 の起 源 も同 様 に中 東 ∼北 西 アフ
リカ周 辺 地 域 と推 測 されている。海 外 でのトマト黄 化 葉 巻 病 の発 生 は
古 く,1939-40 年 にイスラエルで初 めて報 告 されている。その当 時 から,
媒 介 昆 虫 であるタバココナジラミバイオタイプ B の生 息 地 域 が世 界 中
に拡 大 していった。これにつれて本 病 の発 生 地 域 も,地 中 海 沿 岸 諸
国 やアフリカのみならず,オーストラリア,アジア,カリブ海 沿 岸 諸 国 ,
中 米 ,アメリカ合 衆 国 ,レユニオン島 (マーシャル諸 島 )などに拡 大 し
た。但 し上 記 の 記 録 の中 には,TYLCV だけでなく近 縁 のウイルス種
による発 生 報 告 が含 まれている。東 アジア地 域 では,日 本 だけで
TYLCV が確 認 されていたが,近 年 、上 海 (中 国 )で TYLCV が確 認
された。
日 本 でも 1980 年 代 後 半 にタバココナジラミバイオタイプ B が国 内
侵 入 後 定 着 し,トマト黄 化 葉 巻 病 の発 生 が警 戒 されていた。そして,
TYLCV は 1996 年 に長 崎 県 ,愛 知 県 ,静 岡 県 で相 次 いで確 認 され,
その後 ,次 第 に発 生 地 域 が拡 大 し、2007 年 6 月 現 在 では関 東 以 西
の 32 県 で発 生 が確 認 されている (図 2)。
June, 2007
N 40
TYLCV 既発生
Total = 32
図 2 TYLCV 既 発 生 都 道 府 県
2-3 TYLCV の系 統 と国 内 の遺 伝 子 型 グループ
海 外 で発 生 している TYLCV には,遺 伝 的 に異 なる複 数 の系 統 が
あることが報 告 されている。日 本 でも九 州 で発 生 している TYLCV の
遺 伝 子 型 グ ル ー プ ( 発 生 地 の 名 前 を と っ て 長 崎
株 ; T Y L C V- [ N a g a s a k i ] ) は , 東 海 地 域 で 発 生 し て い る T Y L C V 静 岡
株 ( T Y L C V- M l d [ S h i z u o k a ] ) ・ 愛 知 株 ( T Y L C V- M l d [ A i c h i ] ) に 比 べ
てトマトでの発 病 程 度 が激 しく,ウイルス系 統 の性 質 に違 いがあること
が示 唆 された。両 地 域 で発 生 しているウイルスを遺 伝 子 レベルで詳 し
く調 べたところ,長 崎 株 は TYLCV -イスラエル系 統 ,静 岡 株 ・愛 知 株
は T Y L C V- マ イ ル ド 系 統 に 属 す る こ と が 確 認 さ れ た 。 ま た , 静 岡 株 と
愛 知 株 の間 にもわずかな違 いがあり,両 者 は異 なる遺 伝 子 型 グルー
プに分 かれることが解 明 されている(Ueda et al., 2004)。
さらに,2004 年 になって高 知 県 土 佐 市 で発 生 が初 確 認 された分
離 株 も,イスラエル系 統 に属 するものの,国 内 外 で発 生 している他 の
ウイルス分 離 株 とも異 なる遺 伝 子 型 であった。興 味 深 いことに,
T Y L C V 土 佐 株 ( T Y L C V- [ To s a ] ) は , イ ス ラ エ ル 系 統 で あ り な が ら , 部
分 的 にマイルド系 統 と組 み換 えが生 じている両 系 統 間 のいわゆる“リ
コンビナント”であることが示 唆 された (Ueda et al., 2005)。
したがって,日 本 国 内 では,少 なくとも4つの異 なる遺 伝 子 型 の
TYLCV ( 長 崎 株 , 土 佐 株 ( 以 上 イ ス ラ エ ル 系 統 ) , 静 岡 株 , 愛 知 株
(以 上 マイルド系 統 )が発 生 していることを確 認 した。また、近 年 になっ
て、土 佐 株 に極 めて似 ているものの侵 入 経 緯 が異 なる可 能 性 のある
遺 伝 子 型 の分 離 株 が、関 東 地 方 など各 地 で確 認 されている。しかし,
いずれの国 内 分 離 株 もその侵 入 の由 来 について把 握 できていない。
3.トマト黄 化 葉 巻 病 の診 断 と防 除
黄 化 葉 巻 病 の新 発 生 地 域 では,発 生 した分 離 株 の系 統 や特
徴 を確 認 することで,病 原 体 の侵 入 ルートをいち早 く遮 断 し,発 病 地
域 の拡 大 を抑 止 ,遅 延 するための有 効 な手 段 の一 つになる場 合 があ
る。なぜなら、2004 年 以 降 ,関 西 ,関 東 地 方 でも黄 化 葉 巻 病 発 生 の
原 因 の多 くは,苗 取 引 による既 発 生 地 域 からの罹 病 苗 の人 為 的 な
移 送 によるともの推 測 されているからで、過 去 にはウイルスゲノムの遺
伝 子 診 断 により侵 入 ルートをほぼ特 定 できた事 例 もある。200X 年 K
地 方 A 県 A 町 の黄 化 葉 巻 病 初 発 生 圃 場 の罹 病 株 は,S 地 方 B 県
B町 の苗 生 産 業 者 の生 産 する購 入 苗 に由 来 するものであった。その
地 域 のトマトを B 県 (当 時 未 発 生 県 )病 害 虫 防 疫 所 と演 者 が共 同 で
調 査 したところ,A 県 と全 く同 じ分 離 株 が B 町 で発 生 していることが確
認 され,A 県 では2次 ,3次 の罹 病 株 の侵 入 を防 止 し小 規 模 発 生 で
抑 制 できた。
TYLCVの診断例
某県・某町トマト診断結果の例
ポ
ジ
コ
ン
地点1
A
1 2
B
1 2
ポ
地点2 ジ
健
コ
1 2 全
ン
地点1
A
1 2
B
1 2
地点2
健
1 2 全
3kb
2kb
TY1-2
BM
TY1ー2:プライマー
TYNg1 CCCGGGGATCCGCATGCCTCTAATCCAGTG
TYNg2 CCCGGGGATCCGGCATGCGTACATGCCATA
TYLCVゲノム全長を増幅するプライマー組です.特異性が高いです
BM:BMプライマー
BM-V KSGGGTCGACGTCATCAATGACGTTRTAC
BM-C AARGAATTCATKGGGGCCCARARRGACTGGC
TYLCV やTbLCVらベゴモウイルスを増幅できます
参照:Briddonら Mol Biotechnol 1:202-205
反応条件例
96C 3min 1 cycle
TY1ー2
BM
診断結果
96C 0.5min 35 cycle
55-60C* 0.5min
サンプルA +
+
TYLCV病
72C 3min
サンプルB −
+
黄化萎縮病)
96C 5min 1 cycle
サンプルC −
−
健全
*iCyc ler なら60CでもOK
図 3 TYLCV の診 断 例
T Y L C V の 診 断 法 は 、 血 清 学 的 手 法 ( E L I S A 、 R I PA な ど ) 、 分 子
生 物 学 的 手 法 (PCR、 ティシューブロット、LAMP など)など様 々な方
法 がある。国 内 では、PCR あるいは LAMP 法 による診 断 が主 流 となっ
ており、検 体 数 や実 験 設 備 など各 機 関 の条 件 に応 じて、使 いわけれ
ばよいと考 える(参 考
九 州 新 技 術 地 域 実 用 化 研 究 成 果 No.47)。
図 3は、あくまでも PCR 法 による診 断 の一 例 であり、上 記 のTYNg1,
TYNg2 プライマーは、国 内 既 報 の全 TYLCV 分 離 株 のほぼ1分 子 の
長 さを特 異 的 に増 幅 することが可 能 である。供 試 サンプルは、トマトの
新 葉 または、脇 芽 などできるだけ新 しい組 織 を用 いることが大 切 であ
る。幼 苗 検 定 の場 合 、コナジラミによるウイルス接 種 後 、1週 間 程 度 あ
れば、発 病 前 であっても十 分 に上 位 葉 から検 出 が可 能 である。一 般
に、幼 苗 期 には短 期 間 で、また、大 玉 トマト(ピンク系 トマト)は、ミニ、
ミディートマトより病 徴 が顕 在 化 しやすい傾 向 がある。また、日 照 や植
物 体 の生 理 条 件 等 によっても発 病 が遅 延 する場 合 があるので注 意
を要 する。
また、九 州 や東 海 地 方 では、TYLCV がトルコギキョウに感 染 し、ト
ルコギキョウ葉 巻 病 を発 生 させている。他 に TYLCV の感 染 しうる主
要 な作 物 として、インゲンマメ、 タバコ、 ジャガイモ、 ピーマン(トウ
ガラシ)などが報 告 されているが、国 内 では病 害 としての報 告 は現 在
のところ確 認 されていない。
トマト黄 化 葉 巻 病 の防 除 は、すなわち媒 介 昆 虫 であるタバココナジ
ラミの防 除 とウイルス源 である罹 病 植 物 の徹 底 除 去 が基 本 である。
九 州 、四 国 、本 州 地 域 では、ウイルス源 となる罹 病 トマトと主 たる
媒 介 昆 虫 となっているバイオタイプB及 びバイオタイプQは、ハウス外
では越 冬 できず死 滅 するとされている。ウイルスを保 毒 したコナジラミ
は、春 季 に感 染 株 を放 置 したトマトハウスから野 外 へ飛 散 し、専 ら近
隣 の家 庭 菜 園 や夏 秋 栽 培 トマトなどに感 染 し増 殖 する。したがって、
基 本 的 には、各 地 域 のトマト栽 培 農 家 自 身 が、冬 季 にどれだけウイ
ルス供 給 源 とコナジラミの密 度 を減 少 させられるかどうかが本 病 防 除
にとって重 要 である。しかし、沖 縄 県 など、冬 季 が温 暖 な気 候 条 件 の
地 域 では、タバココナジラミが容 易 に野 外 越 冬 できるばかりか、野 良
生 えトマトが野 外 で枯 死 することがないため、本 病 の蔓 延 化 が大 いに
懸 念 されている。
タバココナジラミの防 除 は、薬 剤 を用 いた防 除 法 が効 果 的 であるが、
近 年 、バイオタイプQの国 内 外 での発 生 が問 題 化 し、薬 剤 に依 存 し
た防 除 法 の見 直 しが求 められている。目 合 いの細 かい防 虫 ネット等 を
用 いた物 理 的 防 除 法 と薬 剤 の併 用 が本 病 の防 除 には効 果 的 である。
また、TYLCV の抵 抗 性 品 種 は地 中 海 諸 国 など海 外 では普 及 してい
たが、日 本 人 の嗜 好 にあわせた品 種 が存 在 しなかった。そのため、こ
れまでは、加 工 用 としてなど極 めて限 られた用 途 でのみ海 外 品 種 が
一 部 で生 産 されていたに過 ぎない。現 在 、国 内 外 の複 数 の種 苗 会
社 が育 種 した抵 抗 性 ピンク系 トマト品 種 が農 家 圃 場 を用 いた試 験 栽
培 が開 始 されており、国 内 での抵 抗 性 品 種 の一 般 普 及 も間 近 に迫
っ ている。しか し、それらの抵 抗 性 品 種 は、TYLCV の増 殖 自 体 を 完
全 に抑 止 する能 力 は有 していない。そのため、発 症 しないことを理 由
にコナジラミの防 除 を簡 素 化 することは、感 受 性 品 種 へのウイルスの
飛 散 をもたらすのみならず、抵 抗 性 を打 破 するウイルス株 の発 生 や別
種 ウイルスの新 発 生 を助 長 しかねないため、慣 行 防 除 法 に基 づいた
使 用 が重 要 である。
4.コナジラミ類 媒 介 性 ウイルス病 の歴 史 及 び種 類 と特 徴
日 本 でのコナジラミ媒 介 性 のウイルス病 の初 記 載 は古 く,万 葉 集
に記 されているヒヨドリバナの葉 脈 透 化 を詠 ったもので,このことは世
界 最 古 の植 物 ウイルス病 の記 載 として世 界 的 にも有 名 である。この
現 象 は長 い年 月 を経 てごく最 近 ,本 邦 産 の一 つのウイルス種 が内 在
するサテライト DNA 分 子 内 が原 因 遺 伝 子 を保 有 することが証 明 され
ている。この例 のようにジェミニウイルスは,感 染 植 物 に鮮 やかな病 徴
を生 じさせることから,時 には園 芸 植 物 として珍 重 されて,古 くから罹
病 苗 の貿 易 が行 われてきたことも事 実 である。世 界 的 にはジェミニウイ
ルスに起 因 すると思 われる野 菜 類 や繊 維 作 物 類 の農 業 被 害 の記 述
も,1900 年 以 前 に既 に存 在 する。日 本 でのコナジラミ媒 介 性 のウイル
ス病 に関 する農 業 被 害 は定 かではないが,1970 年 台 のタバコ巻 葉 ウ
イルスによるタバコ巻 葉 病 の報 告 が最 初 と思 われる。当 時 、タバコ巻
葉 ウイルスと呼 ばれていた国 内 土 着 のウイルスは、トマトに感 染 しトマト
黄 化 葉 巻 病 を発 生 させた。近 年 でも、中 山 間 地 で散 発 的 に発 生 す
るが、トマト黄 化 葉 巻 病 のように発 生 地 域 が拡 大 する危 険 性 はこれま
での研 究 結 果 からは高 くはないと推 測 される。
近 年 ,世 界 的 にコナジラミ媒 介 性 のウイルス病 が問 題 になっている
が,その病 原 は大 まかに2つのウイルスグループに分 類 できる(表 1)。
1つは,Begomovirus 属 (ジェミニウイルス科 )に属 するウイルス種 で,
媒 介 昆 虫 は B. tabaci である。もう1つは,Crinivirus 属 (クロステロ
ウイルス科 )に属 するウイルス種 で,媒 介 昆 虫 は B. tabaci あるいは
Tr i a l e u r o d e s に よ っ て 非 循 環 伝 搬 型 で 媒 介 さ れ る 。 B e g o m o v i r u s 属
は,既 に国 内 に侵 入 し発 生 地 域 が年 々拡 大 しているトマト黄 化 葉 巻
ウイルスなどを含 んでいる。Crinivirus 属 には,キュウリ黄 化 病 の病 原
BPYV や CYSDV を 含 んで いる 。特 に 近 年 ,B. tabaci 媒 介 性 の
CYSDV はアメリカ大 陸 で急 速 に被 害 が拡 大 している。侵 入 病 害 とし
ては,TICV が群 馬 ,栃 木 両 県 内 のサンプルで発 生 が既 に報 告 され
ているが,農 業 的 な被 害 は今 のところ確 認 されていないようである。ま
た,国 内 未 確 認 の Ipomovirus 属 (ポチィウイルス科 ) に属 するウイル
ス種 も B. tabaci で媒 介 される。
タバココナジラミバイオタイプ B のみならず後 述 するバイオタイプ Q の
地 中 海 諸 国 及 び北 中 米 での生 息 地 域 の拡 大 により,上 記 のような
外 来 性 のウイルス病 が TYLCV 同 様 にいつ日 本 に侵 入 し発 生 しても
おかしくない状 況 にあると言 える(表 1)。
表1 コナジ ラミ類が媒介するウイルス
Begomovirus
(Geminiviridae)
Crinivirus
(Closteroviridae)
Ipomovirus
(Potyviridae)
タバココナジラミ
タバココナジラミ
オンシツコナジラミ
タバココナジラミ
ウイルス粒子形状
双球状粒子
15 – 20 nm
ひも状粒子
650 – 900 nm
ひも状粒子
800 – 950 nm
ウイルスゲノム
1本鎖DNAゲノム
1分節または2分節
1本鎖RNAゲノム
2分節
1本鎖RNAゲノム
1分節
媒介昆虫
代表的なウイルス トマト黄化葉巻病
( TYLCV)
と和病名*(種)
トマト黄化萎縮病
タバコ巻葉病
(TbLCJV, HYVMV等)
CYSDV
LIYV
キュウリ黄化病
(BPYV(CYV))
トマト黄化病(TICV)
CVYV
SPMM V
日本未発生
•本邦既発生のみ
•TbLCJV; Tobacco leaf curl Japan virus, HYVMV; Honeysuckle yellow vein mosaic virus
CYSDV; Cucurbit yellow stunting disorder virus, LIYV; Lettuce infectious yellows
BPYV (CYV); Beet pseudoyellows virus(Cucumber yellows virus)
TICV; Tomato infectious chlorosis virus
CVYV; Cucumber vein yellowing virus, SPMMV; Sweet potato mild mottle virus
5. むすびに
これまでにトマト黄 化 葉 巻 病 の防 除 対 策 として立 案 ・開 発 されてき
た方 法 は、バイオタイプQ問 題 が浮 上 した現 在 でも防 除 の根 幹 をなし
ている。たとえば、目 あいの細 かい防 虫 ネットによる侵 入 防 止 は、本 病
防 除 法 にとって必 要 不 可 欠 となっているばかりか、コナジラミ以 外 の
虫 害 被 害 をも間 接 的 に抑 制 している。また、侵 入 が警 戒 されているナ
ス科 、ウリ科 、アブラナ科 などに感 染 する他 のコナジラミ媒 介 性 、ある
いはアザミウマ媒 介 性 のトスポウイルス属 に起 因 するウイルス病 害 も、
対 象 作 物 、作 型 、気 象 条 件 、病 害 虫 の発 生 履 歴 など諸 条 件 など、
地 域 に応 じてトマト黄 化 葉 巻 病 対 策 を基 本 に、対 象 に応 じて使 用 す
る薬 剤 を変 更 するなどすることにより、新 規 の侵 入 ・発 生 と予 防 対 策
が十 分 可 能 であると思 われる。
本 病 の未 発 生 地 域 、あるいは、冬 季 にトマトを栽 培 しない地 域 で
は、可 能 な限 り自 家 育 苗 し、由 来 の不 確 かな植 物 や苗 を不 用 意 に
地 域 に持 ち込 まないことが何 よりも重 要 である。国 内 にトマト黄 化 葉
巻 病 が広 く定 着 した以 上 、ウイルスと媒 介 昆 虫 の特 性 を農 家 自 身 が
把 握 し、各 県 防 除 所 ・農 協 等 の指 導 にしたがって、地 域 が連 携 して
効 果 的 に予 防 ・防 除 することが大 切 である。
参考文献
長 崎 県 ・福 岡 県 ・熊 本 県
トマト黄 化 葉 巻 病 の病 原 ウイルス及 びシ
ルバーリーフコナジラミの生 態 解 明 に基 づく環 境 保 全 型 防 除 技 術
の確 立
九 州 新 技 術 地 域 実 用 化 研 究 成 果 No.47
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野菜 IPM 研究チーム
本多健一郎
1.はじめに
タバココナジラミ Bemisia tabaci (Gennadius)(図1)は、吸汁によって作物の生育を阻害し、排
泄物(甘露)によるすす病を発生させるほか、トマト黄化葉巻病の病原ウイルス(TYLCV)を永続的
に媒介することによりトマト生産に重大な被害を引き起こす。タバココナジラミはウンカ、ヨコバイ、
アブラムシ、カイガラムシなどと同様に半翅目の同翅亜目(Homoptera)に属し、蛹の発育段階を持
たない不完全変態昆虫である。成虫、幼虫ともに口針で植物の汁液から栄養を摂取し、甘露を排泄す
る。コナジラミ類の生物学的
特徴として、幼虫期に固着生
活を送ることが挙げられる。
卵から孵化した1齢幼虫は
crawler と呼ばれ歩行能力を
持つが、2齢になると脚を持
たない固着生活者となる。幼
虫期は4齢まであり、
4齢幼虫
の終期には成虫の眼点が外か
図1 タバココナジラミの成虫(左)と幼虫(右)
ら透けて見えるようになるた
め、この時期の幼虫を「蛹」と呼ぶこともあるが、正しい名称ではない。
2.タバココナジラミのバイオタイプ
タバココナジラミは形態的に区別できる特徴が乏しいため、過去に世界各地で様々な植物から採集
された多くのコナジラミ個体群が、単一の「タバココナジラミ」として整理・記載された。このため、
タバココナジラミは世界中に分布し、おびただしい数の作物を加害する「大害虫」として扱われてい
る。しかし、タバココナジラミには寄主植物の異なる寄主レースや形態以外の生物学的特徴が異なる
数多くのバイオタイプが知られており、なかでも北米産のバイオタイプ A と中東原産で世界各地に世
界各地に分布を広げているバイオタイプ B の間には、生化学的な特徴、遺伝子解析による特徴、寄主
植物に与える生理障害の有無、個体群間の交雑能力などで大きな差異が存在する。このため、Bellows
et al.(1994)は両者が種のレベルで異なっていると考え、バイオタイプ B を別種シルバーリーフコ
ナジラミ Bemisia argentifolii Bellows & Perring として記載した。
しかし今日では、タバココナジラミは潜在種(cryptic species)であるシルバーリーフコナジラミを
含めて、数多くのバイオタイプからなる種複合(species complex)として扱われるべきと考えられて
いる(Perring, 2001)
。
Perring(2001)は近年の遺伝子解析の成果をふまえて、これまでに世界各地で報告されたタバコ
コナジラミ 41 個体群(そのうち 24 個体群には特定のバイオタイプ名が与えられている)について、
グループ化を試みた(表1)
。その結果、タバココナジラミは7種類のグループに分けられたが、デー
タが不十分あるいは相互に矛盾する部分もあるため、今回のグループ化に含まれないバイオタイプも
数多く残されている。また同じグループ内にまとめられても地理的な分布が大きく離れたバイオタイ
プも存在しており、今後解決すべき問題点も多い。
表1 Perring(2001)により提示されたタバココナジラミ種複合のグループ化
グループ名
グループ1
分布
新世界
(北米、中
米、南米)
バイオタイプ名
グループ化の根拠と生物学的特徴
A, C, N, R
リボソーム DNA の ITS 領域およびミトコンドリア DNA の CO1 領域の相同性により、
これら新世界のバイオタイプは同一集団に分類される。
B
(B. argentifolii)
カボチャ葉の白化症状やトマト果実の着色異常はこのバイオタイプ B のみが引き起
こす。他のバイオタイプとの間で様々なレベルの生殖不適合が認められるが、世界
各地に生息するバイオタイプ B 間では交配可能。エステラーゼバンドパターン、遺
伝子解析などの結果、北米のバイオタイプ A と B の間には種レベルにふさわしい差
異が存在すると判断され、別種 B. argentifolii Bellows and Perring として記載された
グループ2
世界各地
グループ3
西アフリ
カ・スペイ
ン
E, S
グループ4
インド
H
グループ5
アフリカ・
スペイン
L, Q, J,
?(エジプト)
グループ6
トルコ、中
国、韓国
M, ?(海南島),
?(韓国)
グループ7
オースト
ラリア
AN
ベニン(西アフリカ)の Asystasia gangetica (ガンゲティカ:キツネノマゴ科)から採集
されたバイオタイプ E は、アロザイム解析や遺伝子解析によりスペインのサツマイモ
属 Ipomea から採集されたバイオタイプ S が近縁とされ、他のバイオタイプとは異な
る集団に分類される。
ケララ州(インド)でスイカから採集された個体群はカボチャの白化症状を引き起こさ
ないことが確認されている。遺伝子解析の結果、他のどのバイオタイプとも異なる集
団に分類される。
バイオタイプ L はスーダンでワタから採集され、カボチャの白化症状は引き起こさな
い。ミトコンドリア DNA の 16S および CO1 領域の解析によれば、バイオタイプ L は
バイオタイプ A、B、E、H と区別される。リボソーム DNA の ITS 領域の解析では、エ
ジプトの Lantana camara(シチヘンゲ:クマツヅラ科)から採集された個体群(バイオ
タイプ名なし)、スペインのトマトから採集されたバイオタイプ Q、ナイジェリアのササ
ゲから採集されたバイオタイプ J と同一集団に分類される。
トルコでワタから採集されたバイオタイプ M は、バイオタイプ B、K、Dとは交配せず、
カボチャの白化症状を引き起こさない。リボソーム DNA の ITS 領域を使った系統解
析で、海南島の個体群(バイオタイプ名なし)と韓国の個体群(バイオタイプ名なし)
と同じ集団に分類される。
クイーンズランド南部とダーウィンでワタから採集されたバイオタイプ AN はオースト
ラリア土着の個体群と考えられ、リボソーム DNA の ITS1 領域を使用した系統解析
で、世界の他のバイオタイプとは別集団に分類される。バイオタイプ AN とバイオタ
イプ B の交雑個体と見なされるエステラーゼバンドパターンを持つ個体が発見され
ているが、交配実験によって妊性を持つ子孫は得られていない。
De Barro et al.(2005)はミトコンドリア CO1 とリボソーム ITS1 遺伝子の塩基配列データを系統
解析し、世界各地のタバココナジラミ個体群がアジア、バリ(インドネシア)
、オーストラリア、サハ
ラ以南のアフリカ、地中海・小アジア・アフリカ、新世界という 6 種類の主要なレース(遺伝的に判
別可能だが、形態的に差異が認められないグループ)と、いずれのレースにも関連づけられないアジ
ア地域の多数の遺伝子型に分けられることを示した。
De Barro et al.(2005)のグループ分けは Perring(2001)の結果と共通する部分も多いが、バイ
オタイプ B を独立したグループとはせず、地中海・小アジア・アフリカのグループに含めた点が大き
く異なる。彼らの主張では、タバココナジラミ B. tabaci の原記載はギリシャのワタで採集された標本
に基づいており、B. tabaci のタイプ標本とバイオタイプ B は同じレース(グループ)に属することに
なる。従ってバイオタイプ B に後で付けられた B. argentifolii という学名は B. tabaci に対する同種異
名となり、命名規約上無効になるという。この論議の当否はさておき、最近の研究論文ではバイオタ
イプ B に対して別種を意味する B. argentifolii という学名は余り使われなくなっており、B. tabaci の
バイオタイプ B(B-biotype)として表現されることが多い。
3.日本に分布するバイオタイプと寄主植物
日本では、従来からスイカズラやサツマイモ等に生息するタバココナジラミ(在来系統)が本州以
西に分布し、13 科 23 種の植物に寄生することが知られている(宮武,1980)
。また、沖縄県などの南
西諸島では、本州の在来系統とはアイソザイムのバンドパターンやミトコンドリア 16S rRNA 遺伝子
の塩基配列が異なる別系統のタバココナジラミの分布が報告されている(大泰司・岡田,1996:Lee and
De Barro, 2000)
。これら在来のタバココナジラミは農作物で多発生することは少なく、農業生産上の
重要害虫ではなかった。
しかし 1989 年にタバココナジラミのバイオタイプ B(シルバーリーフコナジラミ)が海外から侵
入すると、国内各地で分布を広げて各種の野菜や花卉を加害するようになった(松井,1993:1995a)
。
バイオタイプ B の寄主範囲は極めて広く、日本国内では 28 科 75 種の寄主植物が報告されている(安
藤・林,1992)
。バイオタイプ B は高密度で寄生すると作物の生育を阻害し、幼虫が排出した甘露に
発生するすす病によって収穫物の品質低下をもたらすほか、多くの作物で葉や茎、果実を白化させ、
トマトでは色彩異常果を発生させることも問題となった。1996 年に TYLCV が侵入した後は、本ウイ
ルス病の媒介虫としてその防除がより切実な問題となり、タバココナジラミに対する薬剤防除回数も
増加することとなった。
さらに最近は、スペインを原産地とする別
のタバココナジラミ(バイオタイプ Q)の日
本への侵入が確認され(Ueda and Brown,
2006)
、
東北地方南部から九州までの広い地域
(36 都府県)に分布を拡大していることが明
らかになった(図2)
。バイオタイプ Q の寄
主植物は、
これまでに18科35種が確認され、
今後さらに増加すると考えられる。バイオタ
イプ Q は、かつてイベリア半島南部に局在的
に分布していたが、近年分布を広げ、イタリ
アやドイツ、イスラエル、中国、米国などで
も発生が報告されている(Nauen et al.,
2002:Horowitz et al., 2003:Zhang et al.,
2005:Brown et al., 2005)
。
上田ら(2007)は、日本国内で発生するタ
バココナジラミのバイオタイプについてミト
コンドリア CO1 遺伝子の塩基配列などの解
析を行い、本州以西でスイカズラ等に生息す
る在来系統をバイオタイプ JpL と命名した。
図2 日本国内でバイオタイプ Q の発生が
報告された地域(網線部:2007 年7月現在)
また、南西諸島に分布する別の在来系統はバイオタイプ Nauru であることも明らかにした。従って、
現在日本国内で発生しているタバココナジラミには、4種類のバイオタイプ(JpL、Nauru、B、Q)
が含まれていることになる。
4.発育と増殖
日本産のバイオタイプ B について、ナス、キュウリ、ピーマン、トマトでの発育と増殖率が報告さ
れた(Kakimoto et al., 2007)
。卵から成虫までの平均発育期間は、25℃の実験室条件下ではナスで
21.8 日、キュウリで 22.4 日、ピーマンで 22.7 日、トマトで 25.6 日となり、トマトでの発育期間が他
の供試作物に比べ有意に長かった。幼虫期の生存率はナスで最も高く、トマトで最も低くなり、両者
の間には有意差があった。平均生涯産卵数は、ナスで 221.3、キュウリで 167.6、ピーマンで 92.3、ト
マトで 62.9 となった。内的自然増加率、純増殖率、平均世代期間は、それぞれナスで 0.168、185.1、
31.2、キュウリで 0.153、130.7、31.8、ピーマンで 0.143、73.1、30.0、トマトで 0.110、36.1、32.7
となり、供試した4作物のうち、バイオタイプ B の増殖に最も適した作物はナスであり、最も適さな
い作物はトマトであると結論された。
スペイン産バイオタイプ B と Q のピーマンでの発育を 17∼35℃の定温条件下で比較したところ
(Muñitz and Nombela, 2001)
、卵期間と幼虫発育期間は温度の上昇につれて短縮し、33℃が最も短
かった。温度と発育の関係はバイオタイプによって異なった。最も短い発育期間、最も低い発育ゼロ
点と有効積算温度定数は、多くの場合バイオタイプ Q で得られた。発育に最も適した温度域は、31∼
33℃であった。スペインアルメリア地方の気象データによる推定では、温度の高い7∼8月の時期に
バイオタイプ Q の世代数がバイオタイプ B のそれを上回るという結果が得られた。
5.飢餓耐性と高温耐性
絶食状態にしたバイオタイプ B の成虫を異なる温度条件下に置き、
その生存期間を調査したところ、
温度が高いほど生存期間は短かった。水だけ与えた場合、2.5∼7.5℃での生存期間は 20 日以上となっ
た。しかし 27.5∼37.5℃では、生存期間は2日以内となり、40℃では1日以下であった。水を与えな
い場合は、生存期間は有意に短くなった(小山・松井,1994ab)
。
バイオタイプ B の成虫の死亡率は気温が 46℃以上になると急激に上昇し始め、62℃でほぼ 100%と
なった。また、寄主植物がなければ、44℃の温度でも 30 分以上の継続でほぼ 100%の個体が死滅した
(古家,2006)
。
6.越冬と耐寒性
日本在来のバイオタイプ JpL は、四国では幼虫がスイカズラで越冬する。これに対してバイオタイ
プ B は同じ場所にある野外のキャベツで越冬できなかった。若い幼虫の生存は、5℃のような低温条
件によって強い悪影響を受けることがわかった(大泰司・岡田,1996)
。バイオタイプ Q もバイオタ
イプ B と同様に、日本の野外条件での越冬は困難と考えられるが、九州南部や四国南部などの温暖地
での越冬可能性については、再度検討する必要がある。
7.垂直分散
バイオタイプ B が多発したサツマイモ畑の近くで、黄色粘着トラップを 0.5m から 5.5m の高さま
で垂直に配置し、タバココナジラミ成虫を捕殺したところ、60%の成虫は地表から 1.0m 以下の高さ
で捕獲されたが、5.5m の高さでも1週間あたり最大5個体の成虫が捕獲された。このことは少数の成
虫が温室の屋根を越える高さまで飛翔していることを示唆する(太田・小沢,1997)
8.化学的防除技術
日本在来のバイオタイプ JpL については、強い殺虫剤抵抗性は報告されなかった。1989 年頃侵入
したバイオタイプ B は、オンシツコナジラミに有効であった多くの有機リン剤、合成ピレスロイド剤
に対して抵抗性を示したため、各種薬剤に対する感受性検定と新たな有効薬剤の探索が進められた(浜
村,1999)
。その結果、イミダクロプリド、ニテンピラムなどのネオニコチノイド系殺虫剤を中心と
する新規薬剤が導入・登録され、タバココナジラミの防除に活用されるようになった。
しかし、最近日本で発生が確認されたバイオタイプ Q では、スペイン、イタリア、ドイツの個体群
でネオニコチノイド系殺虫剤に対する高度の交差抵抗性が報告され、イスラエルでは殺虫剤ピリプロ
キシフェンに対する高度の抵抗性発達が示されている(Nauen et al., 2002:Horowitz et al., 2003)
。
日本で確認されたバイオタイプ Q の個体群についても、海外と同様に高い殺虫剤抵抗性を有している
ことが明らかにされつつある。今後はバイオタイプ Q に対して有効な薬剤を探索するとともに、抵抗
性の発達しにくい気門封鎖型殺虫剤や、天敵に影響の少ない殺虫剤の効果的な使用方法を検討する必
要があろう。
9.生物的防除技術
タバココナジラミに対しては、オンシツコナジラミを対象とした天敵寄生蜂オンシツツヤコバチ
Encarsia formosa が利用できる。
オンシツコナジラミとタバココナジラミが同時に発生している場合、
オンシツツヤコバチがオンシツコナジラミを好んで寄生してしまい、タバココナジラミが逆に増加し
たという事例もあるが(松井・中島,1991)
、オンシツツヤコバチはコナジラミ密度が高いとき寄主
を選り好みするので、十分な数のオンシツツヤコバチをコナジラミの増殖開始時期から反復して放飼
すれば、2種のコナジラミを同時に制御することができる(松井,1995b)
。
また、タバココナジラミ専用の天敵寄生蜂サバクツヤコバチ Eretmocerus eremicus も市販されて
おり、気温が高い条件下ではオンシツツヤコバチよりも優れた防除効果を発揮するとされている。
タバココナジラミに有効な微生物農薬として、ボーベリア・バシアーナ、バーティシリウム・レカ
ニ、ペキロマイセス・フモソロセウスが有効で、登録市販されている。これら微生物農薬を効果的に
使用するためには、感染に好適な温度と湿度条件を設定する必要がある。
10.物理的防除技術
・黄色粘着板
アブラムシやコナジラミが黄色の色彩に誘引されることはよく知られている。さまざまな植物に寄
生するタバココナジラミ(バイオタイプ B)成虫が黄色に強く誘引されるため、黄色粘着トラップは
コナジラミ成虫が施設へ侵入するのを防ぐほか、発生個体数をモニタリングすることにより天敵放飼
のタイミングを知ることができる(三宅ら,1991:林,1999)
。
・近紫外線除去フィルム
タバココナジラミと天敵寄生蜂のいずれも、実験室条件では近紫外線を除去した環境を避けること
が知られている。しかし、近紫外線を除去した環境下でも、コナジラミ成虫は黄色粘着板に誘引され、
天敵による寄生率も変化しないことが分かった(嶋田,1994:鹿島・松井,1998ab)
。近紫外線除去
フィルムの展張は害虫の侵入を防ぎ、施設内の昆虫の活動を抑制するが、昆虫の繁殖活動や寄生活動
を完全に妨げるわけではない。
・光反射シート
温室内および外縁部に光反射シートを設置すると、タバココナジラミの侵入や繁殖を抑制すること
ができる。下からの光反射によって、コナジラミの飛翔行動や繁殖行動が阻害されるためだと考えら
れている(長塚,2000)
。
・防虫ネット
タバココナジラミ成虫の侵入を抑制するだけであれば、1mm メッシュのネットでも一定の効果が認
められた(青木,1992)
。しかし TYLCV を保毒したタバココナジラミ成虫の侵入を防止するために
は、より細かな目合いのネットを開口部に展張する必要がある。タバココナジラミ成虫の通過を 80%
以上阻止するためには、0.4mm 以下の目合いが必要であった(渡邊,2006)
。しかし細かな目合いの
防虫ネットを使用した場合、施設内の温度上昇による作業環境の悪化やトマトの生育に対する悪影響
が問題となる。また、同じ目合いでも素材(糸の太さや織り方)によって空気の透過性が異なる場合
もあるので、資材の選択にあたっては、タバココナジラミ成虫の通過率、ネットの空隙率、耐久性、
価格などを勘案するとともに、他の防除技術との組み合わせも考慮して検討する必要がある。
11.タバココナジラミとトマト黄化葉巻病の総合防除
タバココナジラミによる被害は、直接的な吸汁害よりもトマト黄化葉巻病などのウイルス病媒介が
中心である。従ってタバココナジラミ自体を防除するよりも、ウイルスの伝染環を断ち切るような、
総合的な管理技術が重要となる。
タバココナジラミは夏季には多くの種類の寄主植物で育ち、これら罹病トマト以外の植物で発育し
た大多数のコナジラミは病原ウイルス(TYLCV)を持たない無毒虫である。熊本県の調査によれば、
雑草地で捕獲されたタバココナジラミ成虫はすべて無毒虫であり、罹病トマトの栽培施設内で捕獲さ
れた個体のみ保毒虫であった(長崎県総合農林試験場ほか,2004)
。野菜茶業研究所が 2004 年に三重
県北部のトマト栽培地帯で行った調査では、8月から 11 月にかけて野外に設置したトマト苗で捕獲さ
れたタバココナジラミ成虫の TYLCV 保毒率は、全体で 10∼15%以下という低い値であった(本多・
北村,2005)
。
大部分が無毒虫である野外のタバココナジラミ個体群を殺虫剤散布などによって徹底防除しても、
TYLCV 保毒虫に対する防除効果は低い。むしろ保毒虫の発生源である罹病した野良生えトマトを除
去し家庭菜園トマトで防除を行って保毒虫そのものを減らす方が、TYLCV に対する防除効果は高い
と考えられる。また、トマト栽培終了時に株を抜根し、完全に枯死するまで施設を密閉する蒸し込み
処理を行うことによって、保毒虫の施設外への脱出を阻止すると同時に病原ウイルスの野外への放出
も防止することができる(古家,2006)
。
施設開口部への防虫ネット展張や近紫外線除去フィルムの使用による保毒虫侵入の防止、定植時の
粒剤処理等を組み合わせることによって、トマト黄化葉巻病の発生を効果的に抑制することができる
(小川,2004:小川ら,2004)
。また、防虫ネット展張と定植後の気門封鎖剤および糸状菌製剤の散
布によっても黄化葉巻病の発生を抑制できる(溝辺,2006)
。こうした防除技術を基本として、黄色
粘着板や黄色粘着テープによるコナジラミ成虫の捕殺や、春の施設内コナジラミ密度を抑制する天敵
寄生蜂の利用など、各種の防除手段を効果的に組み合わせながら施設内外の保毒虫密度とウイルス量
を減少させていくことが、トマト栽培地帯におけるトマト黄化葉巻病の流行防止につながると言えよ
う。野菜茶業研究所では、トマト黄化葉巻病の防除に関する暫定的な技術指針(野菜茶研,2007)を
取りまとめたので、参考にしていただきたい。
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アブラナ科野菜根こぶ病の特徴と防除技術
野菜茶業研究所
野菜 IPM 研究チーム
村上
弘治
1.アブラナ科野菜根こぶ病および根こぶ病菌の特徴
アブラナ科野菜根こぶ病(以下、根こぶ病)は根こぶ病菌(Plasmodiophora brassicae)
によって引き起こされる難防除土壌病害のひとつで、連作により激発し、ハクサイ、キャ
ベツ、ブロッコリーをはじめとするアブラナ科野菜に甚大な被害をもたらす。本病原菌は
19 世紀末にはすでに報告されているにもかかわらず、宿主植物の根内でしか増殖できな
い絶対寄生菌であることから、取り扱いが困難であるため、その生態や発病要因、あるい
は防除技術による発病抑制機構などに関する解析的な研究の進展は遅れている(對馬
1999)。
根こぶ病菌は、通常、土壌中で
は耐久体である休眠胞子として存
根こぶ病菌(Plasmodiophora brassicae)
在し、宿主植物の根がその近傍に
伸張してくると発芽して第一次遊
走子になり根毛感染(一次感染)
が起こる(図 1)。その後、根毛内
蛍光染色した
根こぶ病菌休眠胞子
で遊走子のうを形成し、そこから
再び土壌中に放出された第二次遊
走子が 2 個体核融合して皮層感染
(二次感染)が起こり、根の細胞
一次感染した根毛内の
二次感染し
遊走子のう
形成した根こぶ
生活環
休眠胞子 → 第一次遊走子 →<根毛感染>→ 第一次変形体 → 遊走子のう
(一次感染)
↑
↓
腐敗・拡散 ← 根こぶ ← 増殖・肥大 ← 第二次変形体 ←<皮層感染>← 第二次遊走子
(二次感染)
内で増殖して、こぶの形成、肥大
が起こるとされている。(このよう
図1
根こぶ病菌の生活環(略図)
な生活環から、分類学上は従来の
糸状菌から、近年では原生動物に区分されている。)このため、植物体は維管束がその影
響を受けて、日中、地上部の萎凋症状を示すなど生育不良となり、ひどい場合には枯死す
る(池上 1979)。
形成された根こぶ(罹病根)の中には次世代の休眠胞子が含まれており、根こぶの腐敗
に伴って土壌中に拡散する。根こぶ病菌はこのように植物体内でのみ増殖可能なため、土
壌中で腐生的に増殖して休眠胞子密度(以下、病原菌密度)が高まることがない反面、培
地上で培養、計数することができず、病原菌密度の測定に際しては土壌中の休眠胞子を蛍
光染色して直接計数する必要があり、その検出は約 1 × 10 個/g 土壌が限界となっている
4
(對馬 1999)。検出方法としては、他に抗原抗体反応を利用した方法なども検討されてき
たが(Wakeham ら 1996、Orihara ら 1998)、必ずしも簡便ではなく、検出限界も同程度で
あるなど、実用的な方法として確立されたとはいえない。また、近年 PCR を利用した方
法により土壌中においても高感度で検出可能であるとの報告がなされているが、定量性の
点で問題が残っている(Cao ら 2007)。
2.病原菌密度と発病との関係
根こぶ病の発病は、土壌
中の病原菌密度に依存し、
100
その増大に伴って、発病も
いによっても大きく変動す
る(図 2)。この病原菌密度
と発病度の関係を示す曲線
を
Dose
Response
根こぶ病発病度
に病原菌、土壌、植物の違
発病しやすい場合
80
激しくなるが、これととも
土壌条件や
植物の種類・品種など
により変動
60
40
発病しにくい場合
20
Curve
( DRC) と 称 す る ( 村 上
0
0
10
1
2000)。
1)病原菌の影響
2
3
4
5
6
10
10
10
10
土壌中の病原菌密度 (個 休眠胞子/g土壌)
図2
10
DRCパターンの変動
根こぶ病菌には、地域ご
とに、あるいは同一圃場内
100
ぶ内でも病原性の異なるも
80
のが存在することが報告さ
れており、病原菌密度等の
他の条件が同じ場合でも発
根こぶ病発病度
でも、さらには1つの根こ
病程度が異なることがある
60
40
20
0
(Suzuki ら 1992、Some ら
0
1
2
3
4
5
6
病原菌密度 (個/g土壌, LOG)
1996、田中ら 1997)。
褐色低地土 (熊谷) pH5.8
黄色土 (豊橋) pH4.9
褐色森林土 (福山) pH4.9
2)土壌条件の影響
土壌の種類や同一種類の
図3
土壌でも採土場所により
褐色低地土 (熊谷) pH6.4
黄色土 (豊橋) pH6.6
褐色森林土 (福山) pH6.4
土壌条件によるDRCパターンの相違
DRC は大きく異なる場合が
ある。また、発病は土壌 pH
100
も土壌 pH により変動し、pH
を高く矯正した土壌では、
元の土壌よりも DRC は低
く推移する(図 3)
(Murakami
ら 2002b)。
3)栽培植物の影響
植物の種類や品種によっ
ても DRC は異なり、概し
根こぶ病発病度
の影響を受けるため、DRC
80
60
40
20
0
0
2
3
4
5
病原菌密度(個/g土壌, LOG)
ハクサイ 新あづま
キャベツ YR青春2号
ブロッコリー 緑嶺
ハクサイ ビクトリア
キャベツ ナツサヤカ
ブロッコリー しげもり
て、キャベツやブロッコリ
ーよりもハクサイの方が発
図4
植物によるDRCパターンの相違
6
病しやすい傾向にある(図 4)(Murakami ら 2002b)。
ただし、これらの条件が同じ場合であっても、日長や気温、土壌水分等の環境要因によ
っても発病程度は異なる。
また、発病と収穫に対する影響との間には相関はあるものの、作物の種類によって差が
あり、カブ等の根菜では微少な発病でも収穫に大きな影響を及ぼすのに対し、ブロッコリ
ー等の果菜では比較的発病が高くてもある程度の収量が得られることがある。
3.防除対策の考え方
根こぶ病の防除においては、抵抗性品種の罹病化がみられることもあり、これまで化学
合成農薬ほど安定した効果をもち、かつ実用的な防除法は見出されていない。しかし、昨
今の環境保全や食品の安全性に対する意識の高まりから、薬剤にばかり依存した防除対策
は改革が求められている。そのため近年では圃場の状況に応じて各種防除技術を効果的に
組み合わせた総合的有害生物管理(Integrated Pest Management, IPM)の考え方に基づいた
総合防除の必要性も認識されてきている(Tsushima 1999、對馬 2000a、2000b)。すなわち、
対象圃場における根こぶ病菌の汚染状況やその土壌の発病しやすさなどを調べ、さらに栽
培法などの圃場情報を基にして、根こぶ病の発病とそれに伴う被害を予測し、その状況に
応じて各種個別防除技術を効果的に体系化した環境保全的な総合防除戦略を構築すること
が基本となる(村上 2003a)。
4.圃場カルテの作成
−圃場情報の収集と実態把握−
対象とする圃場について、栽培する植物の種類や品種、これまでの栽培歴、栽培法、肥
培管理、病害虫発生状況と防除法などの圃場履歴を聞き取り調査し、圃場カルテを作成す
る。特に、根こぶ病に関して、発生状況と収穫物に対する被害状況、農薬使用実績、根こ
ぶ病罹病根(根こぶ)など植物残さの処理方法などについて調査する。それと同時に土壌
の種類、微地形や雨水の流れ方など土壌水分含量に与える要因など土壌条件を調査し、そ
れに応じて土壌をサンプリングし、土壌 pH や病原菌密度を実際に測定して、根こぶ病菌
の汚染状況を把握する(村上 2003b)。
5.DRC 診断
本病の総合防除に際しては、圃場ごとに発病の様相が異なることが想定されるため、ま
ず、個々の圃場について発病程度を予測することが必要である。しかし、根こぶ病の発生
は、前述のように、病原菌の病原力、土壌条件、作物の種類や品種に影響されるため、圃
場の病原菌密度を測定しただけでは発病程度の予測や防除効果の推定は困難である。その
ため簡易なポット試験でこれらの要因を含む DRC を求めて DRC 診断を実施することが
有効となる。
DRC 診断では、対象とする圃場から作付け前に採取した土壌に、その圃場から採取し
た根こぶ病罹病根(根こぶ)から調製した病原菌(休眠胞子)懸濁液を噴霧接種して、0
∼ 10 個/g の根こぶ病汚染土壌を調製し、作付け予定の植物を播種して、約 5 週間ガラス
6
室内でポット栽培後、発病を調べる。ここで、対象圃場の正確な土壌評価を行うためには、
その圃場から採取した病原菌(複数の根こぶから調製した休眠胞子懸濁液)、土壌、そこ
で栽培している植物(種類・品種)を用いることが必要である。なお、ポット試験で得ら
れる DRC は当然ながら他の気象要因(特に、日長や気温など)の影響によりある程度の
ばらつきがみられるため、場合によっては試験の反復を行うことも必要である。また、DRC
の解釈に際しては、後述する薬剤の影響等も考慮する必要があるため、その使用歴などの
圃場情報を勘案することも必要である(村上 2003b)。
DRC を 用 い る と 実 測 し
100
た土壌中の病原菌密度から
実際に圃場で作物を栽培し
ることができる(図 5)。ま
た、各種防除技術により病
原菌密度が減少した場合に
根こぶ病発病度
た場合の発病程度を推定す
80
予測される
根こぶ病の
発病度
60
40
実測した
土壌中の
病原菌密度
20
発病がどの程度軽減される
かを予測することも可能で
0
ある(図 6)。ただし、この
0
10
1
10
2
3
10
10
4
10
5
6
10
土壌中の病原菌密度 (個 休眠胞子/g土壌)
ポット試験による DRC か
ら圃場での発病予測に際し
図5
DRCに基づく発病の推定
ては、圃場では栽培期間が
長いため実際の発病度が高
100
めになる場合があること、
また、発病度から推定され
植物の種類によって異なる
ことに留意する必要があ
る。
以上のように、圃場での
適切な防除手段の策定に先
立ち、土壌中の病原菌密度
80
根こぶ病発病度
る収量は、前述したように
病原菌密度の減少に比べ
発病度の低下は少ない
60
病原菌密度の減少により
発病度が大きく低下する
40
20
0
0
10
10
2
10
3
10
4
10
5
6
10
土壌中の病原菌密度 (個 休眠胞子/g土壌)
の測定と DRC 診断の結果
から発病程度や被害程度を
1
図6
DRCに基づく防除効果の推定
予測することが重要であ
る。
6.シミュレーションモデルによる病原菌密度と発病の予測
シミュレーションモデルにより作付けに伴う長期間の病原菌密度の動態や発病の推移に
ついて予測し、連作の影響や防除手段の効果について推定することも、総合防除の策定に
有効である。すなわち、DRC に基づいた病原菌密度動態モデルを利用すると、例えば、
根こぶ病罹病根をすき込んだ時の土壌中の病原菌密度への影響や防除技術による病原菌密
度低減効果等を長期にわたって推定でき、さらに、その結果に基づいて発病がどのように
推移するかも予測することができる(Tsushima ら 1999、村上 2003b)。
7.防除技術メニュー
効果的な総合防除の立案にあたり、前述のように圃場の状態をできるだけ正確に認識し、
その条件に見合った防除技術を組み合わせて体系化することが欠かせない。そのためには
選択可能な複数の防除技術が必要である。これまで防除技術は圃場の状態を正確に把握す
ることなく、「発病抑制効果」を基準に評価してきたが、前述のように、発病は病原菌密
度に大きく影響されるため、防除技術を「発病抑制効果」と「病原菌密度低減効果」とに
区別して評価を行い、メニューを作成した(表 1)(村上 2003b)。
表1
防除技術メニュー(抜粋)
個別防除技術
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
⑪
期待される効果
おとり植物の作付け
栽培作物の種類・品種の選択
セル成型苗による移植栽培
育苗培土の選択
作型の選択
土壌 pH 矯正
石灰質資材の施用
有機質資材の施用
薬剤の施用
発病抑止的土壌の活用
根こぶ病罹病根の持ち出し
病原菌密度低減、発病軽減
発病軽減
発病遅延、発病軽減
発病軽減
発病遅延、発病軽減
発病軽減
病原菌密度低減、発病軽減
病原菌密度低減、発病軽減
発病抑制、病原菌密度増加抑制
発病軽減
病原菌密度増加抑制
8.個別防除技術
A.おとり植物:おとり植物は土壌中の休眠胞子の発芽を促し、根毛感染を誘発するもの
の、その後の病徴は進展せず、根こぶ病菌の根内での増殖による根こぶの形成を抑えるこ
とで新たな休眠胞子の生産を阻害する。その結果、絶対寄生菌で土壌中では腐生的には増
殖できない根こぶ病菌の休眠胞子密度を発芽した分だけ減少させることができる。さらに、
これにより、後作における根こぶ病の発病を軽減できる。
70 種あまりの植物から選
3
コン、エン バクやホウレン
ソウ)は、 前作として栽培
することで 土壌中の病原菌
密度を 0.6 − 1.1 × 10 個休
5
眠胞子/g 土壌と、前作無作
付けの場合に比べて約 30 ∼
60%低 減 で き た ( 図 7)
病原菌密度 (×105個休眠胞子/g土壌)
抜したおと り植物(葉ダイ
48
2
ける発病度 は、前作無作付
*
*
0
無作付
(Murakami ら 2001)。
また、後 作ハクサイにお
*
*
1
ハクサイ
エンバク
ホウレンソウ
ホウレンソウ
葉ダイコン
葉ダイコン
新あづま
ヘイオーツ
アトラス
バルチック
FR-1
CR-1
前作植物
図7
病原菌密度に及ぼす前作の影響
けの対照では 95、ハクサイ
100
では 88 であったのに対し、
おとり植物 を前作した場合
80
防除価は 27 ∼ 47 であった
(図 8)
(Murakami ら 2001)。
これまで おとり植物とし
根こぶ病発病度
*
には 51 ∼ 70 と有意に低く、
*
*
60
*
*
40
20
ての有効性 が報告されてい
るダイコン は通常、点播あ
0
無作付
るいは条播 して栽培される
ため、作付 け箇所での病原
菌密度の減 少は認められる
ハクサイ
エンバク
ホウレンソウ
ホウレンソウ
葉ダイコン
葉ダイコン
新あづま
ヘイオーツ
アトラス
バルチック
FR-1
CR-1
前作植物
図8
後作ハクサイの発病に及ぼす前作の影響
ものの、圃場全体では望めない。しかし、葉ダイコンやエンバク、ホウレンソウは圃場で
散播あるいは密植が可能であるため、圃場全体での病原菌密度の低減が期待できる。ただ
し、葉ダイコンもアブラナ科に属するため、アブラナ科植物の連作に伴う他の土壌病害や
虫害が発生する可能性がある。そのため、この点においてはエンバクやホウレンソウが優
れていると考えられ、利用にあたってはこれらの特性を考慮する必要がある。
B.移植栽培:直播の場合に比べて、セル成型苗を定植する場合には発病が軽減される。
また、育苗培土には、各種資材や拮抗菌(Bacillus や Pseudomonas)を添加するなどして
発病抑制あるいは発病遅延効果を有するものもある。
C.石灰質資材:石灰質資材(石灰
100
窒素、炭カルなど)を播種 2 週間前
80
壌中の病原菌密度が無処理区に比べ
て約 10 ∼ 40%減少し、発病軽減効果
が 認 め ら れ る ( 図 9)( Murakami ら
2002a)。また、転炉スラグの多量施用
根こぶ病発病度
に施用することにより、播種時の土
60
40
20
による効果も報告されており、実用
的にも利用されている。前者では、
0
無処理
4
土壌 pH が高くなりすぎると微量要素
が欠乏することがあるが、後者では、
石灰窒素
10 個/g 土壌接種区
図9
炭カル
6
10 個/g 土壌接種区
石灰質資材による発病軽減効果
資材中に含まれているため、その危
険性は低い。さらに、pH 矯正効果の持続性も認められており、一度の施用により数年間
にわたり発病を抑制することが可能である(村上ら 2004a)。
D.有機質資材:粉末キチン、カニガラ、米ぬかなどの有機質資材を播種 1 ∼ 2 週間前に
施用すると播種時の土壌中の病原菌密度は無処理区に対して約 30 ∼ 80%減少し、その結
果、発病軽減効果が得られる(村上 2003a)。ただし、実用的には施用量が多い点が問題
であるが、近年、低分子量キチンによる発病抑制について研究が進められている。
E.フルスルファミド粉剤:本病の防除に広く用いられている化学合成農薬のフルスルフ
ァミド粉剤は病原菌密度が高い場合でも土壌と十分に混和されれば、ある程度持続的な発
病抑制効果があり、その結果、新たな根こぶの還元による土壌中の病原菌密度の増大を抑
えることができる。すなわち、根こぶ病汚染圃場(普通黒ボク土:福島)で行った春作キ
ャベツ(品種:YR 青春 2 号)の圃場試験で、無防除では発病度が高かったのに対し、フ
ルスルファミド粉剤(標準施用量 300kg/ha)を施用した圃場では発病は顕著に抑制された。
さらに翌年(2 年目)の次作を無防除としても発病は抑制され、薬剤による発病抑制効果
の持続性が認められた(図 10)。しかし、このキャベツ栽培の前後において、薬剤を施用
した場合でも土壌中の病原菌密度に差はみられなかった。一方、薬剤無施用の場合に比べ、
薬剤を施用した場合には
有意に根毛感染が減少し
ていた。このことから、
100
フルスルファミド粉剤の
効果は、休眠胞子の発芽
および根毛感染に抑制的
に作用し、病原菌密度が
高い場合にも発病を顕著
根
こ
ぶ
病
発
病
度
80
60
40
2作目
20
1作目
0
に抑制できるものの、土
無施用
施用
1作目のフルスルファミド粉剤
壌中の休眠胞子密度を低
減させる効果はあまり期
図10
待できないと考えられた
フルスルファミド粉剤による発病抑制効果
(村上ら 2003)。
F.発病抑止的土壌:土壌の種類により、発病は大きく異なるが、発病を顕著に抑制する
土壌を発病抑止的土壌という。この発病抑止要因には、土壌の生物的要因と非生物的要因
(Murakami ら 2000b)。こ
80
のような土壌の分布地域で
は発病が軽減される。また、
育苗土への発病抑止的土壌
の混和により発病軽減・遅
延効果が期待できる。
77
10
60
6
10
6
40
20
105
5
0
前作
前作罹病根
前作罹病根
無作付
すき込み
抜き取り
罹病根の処理方法
G.罹病根処理:形成され
発病度
病原菌密度
た根こぶには 10 個以上の
9
休眠胞子が含まれており、
これが土壌中に還元される
と 105 ∼ 6 個休眠胞子/g 土壌
図11
病原菌密度および発病に及ぼす
罹病根の処理の影響
前作後の土壌中の病原菌密度
(個 休眠胞子/g土壌)
100
後作ハクサイにおける
根こぶ病発病度
の双方が関与している
にも相当する。このため根こぶをすき込むことにより、土壌中の病原菌密度は顕著に増大
し、発病度も高くなるが、根こぶを除去することにより病原菌密度と発病の増大を抑制す
ることができる(図 11)(Murakami ら 2004)。持ち出した根こぶの事後処理の問題はある
が(村上ら 2004b)、このように根こぶ病罹病根の圃場外への持ち出しは病原菌密度の増
大防止の観点からは非常に重要である。
9.土壌中の病原菌密度および DRC が防除効果に及ぼす影響
防除技術 によっては、そ
病原菌密度(個 休眠胞子/g土壌)
度により大 きく変動するこ
とがある。
例えば、 病原菌密度およ
び DRC がおとり植物の効果
に及ぼす影 響を普通黒ボク
土(福島) で検討したとこ
ろ、後作ハ クサイ(品種:
後作ハクサイの根こぶ病発病度
の効果が土 壌中の病原菌密
100
10
4
5
10
けにより 10 個休眠胞子/g 土
4
6
80
60
40
20
0
無作付
葉ダイコン
無作付
葉ダイコン
無作付
葉ダイコン
前作植物
新あづま) の発病は葉ダイ
コン(品種 :CR-1) の作付
10
図12
おとり植物に対する病原菌密度の影響
壌の場合には発病度 74 から 10 へ(防除価 87)、105 個休眠胞子/g 土壌では発病度 78 から 49
へ(防除価 38)、106 個休眠胞子/g 土壌では発病度 92 から 73 へ(防除価 21)と軽減され
たものの、作付け前の病原菌密度が高くなるにつれて、その減少割合は少なくなった(図
12)(Murakami ら 2000a)。
このように土壌中の病原菌密度が高い場合には充分な発病軽減効果が得られないが、こ
の結果は、DRC から予想される病原菌密度の減少に伴う発病度の減少程度はそのときの
病原菌密度により大きく異なるという結果と合致していた(図 6)。すなわち、普通黒ボ
ク土(福島)の場合、DRC によると 106 個休眠胞子/g 土壌付近では病原菌密度が 1/10 に
なっても発病度はさほど大きくは減少しないのに対し、10 個休眠胞子/g 土壌付近では病
4
原菌密度の減少が、発病度の減少となってあらわれやすい傾向にあるためであった。
同様に、他の防除技術においても、その防除効果は土壌中の病原菌密度の影響を受ける
ため、病原菌密度が高い場合には、安定した効果を示す薬剤の有効利用も必要となる。
10.総合防除技術の体系化
根こぶ病の防除を行う際には、上述のように土壌中の病原菌密度を把握し、DRC を考
慮して防除技術を選定することが重要である。その際には、薬剤では土壌中の病原菌密度
の減少が期待できないと考えられるため、おとり植物をはじめとする病原菌密度低減効果
を有する防除技術を利用するなど、発病に伴う病原菌密度の増大を抑制するとともに、積
極的に病原菌密度を低減させていくことが根本的な解決には必要である。
このような考えに基づいて、個別防除技術の効果的な組み合わせをいくつか検討した。
病原菌密度によってはおとり植物の輪作だけでは顕著な発病抑制効果が得られない場合が
あるが、セル成型苗による移植栽培や発病抑止的土壌と組み合わせることにより効果が顕
著になった。また、アブラナ科野菜栽培時における資材の施用とおとり植物の輪作を併用
する場合、石灰窒素とおとり植物の併用では互いの効果に影響はなかったが、フルスルフ
ァミド粉剤とおとり植物の併用ではおとり植物による病原菌密度低減効果が得られず、各
々の利用時期等に留意する必要があった。つまり、アブラナ科野菜の栽培時にフルスルフ
ァミド粉剤を施用して根こぶ病の発病を抑制し、土壌中の病原菌密度の増大を抑制すると
ともに、その後、おとり植物を輪作する両者の併用が一つの有力な防除体系として考えら
れる。しかし、前述のようにフルスルファミド粉剤の休眠胞子発芽の抑制による発病抑制
効果が後作においても持続的に認められた。このことから、おとり植物とアブラナ科野菜
との短期輪作体系下でのフルスルファミド粉剤の利用はおとり植物の効果に対して阻害要
因となることが危惧された。
実際、普通黒ボク土
15
試験でフルスルファミ
ド粉剤を施用して前作
の春作キャベツ(品種
:YR青春 2 号)を栽培
すると、秋作におとり
植物の葉ダイコン(品
土壌中の病原菌密度
4
(×10 個 休眠胞子/g乾土)
(福島)における圃場
後作栽培前
後作栽培後
10
5
種:CR-1)を散播して
(播種量 60 L/ha)8 週
0
おとり植物
間栽培しても、病原菌
密度は無作付け区とほ
ぼ等しく、おとり植物
無作付
おとり植物
無作付
後作の作付け
図13
前作におけるフルスルファミド粉剤の
施用がおとり植物に及ぼす影響
の作付け前後で病原菌
密度に有意な減少はみられなかった(図 13)(村上ら 2003)。すなわち、休眠胞子の発芽
を促し、その後の病徴の進展を抑制して、結果的に土壌中の休眠胞子を減少させる効果を
持つおとり植物を作付けしても、アブラナ科野菜栽培時に施用した薬剤による休眠胞子の
発芽抑制効果が持続しているため、十分な菌密度低減効果が得られなかったと考えられた。
このフルスルファミド粉剤の発病抑制効果の持続期間、土壌の種類等による違い、おとり
植物との効果的併用方法などについてはさらに検討が必要である。実用的には農薬取締法
上の制約はあるものの、薬剤を定植位置にのみ局所施用することにより、当作の発病を抑
制でき、圃場全体としての薬剤施用量は 10 ∼ 20 %に削減できるため(佐藤ら 2003)、お
とり植物への影響も低減できると考えられる。
以上のように、個々の防除技術では十分な発病抑制効果が得られない場合もあり、複数
の防除技術の組み合わせも必要であるが、その組み合わせによっては相乗効果が得られな
いばかりでなく、効果を減退させてしまう場合もあるので注意が必要である。
また、圃場内における発病のばらつきや発病度が同じでも植物の種類などにより実際の
収穫・収量に対する影響が異なるため、目的や圃場の状態に応じた総合的な判断も求めら
れる。
11.総合防除の将来性
このように、圃場実態を把握した上で、発病や収穫を予想し、その結果に基づいた適切
な防除を行うことにより、薬剤を使用しなくても、あるいは過度に薬剤に依存することな
く、薬剤を使用する場合と同程度に病気を抑え、収穫を得ることができる。しかし、今後、
このような技術を広く普及させていくためには、作業時間等も含めた経営的な評価も受け
ていかなければならないが、現状ではコスト高や作業効率が悪いなどの問題点が必ずしも
解決されていない。また、一般消費者がより一層安全な減農薬野菜、無農薬野菜を要望す
る趨勢にはあるものの、価格面においては生産者との間にまだまだ認識のズレがあるとい
えよう。さらに、生産者においても、生産する側としての環境保全や食品の安全性に対す
る意識の向上が必要である。今後、総合防除を推進していくためには、より効率的な新た
な防除方法の開発などの技術面ばかりでなく、生産者ならびに消費者に対する教育、啓蒙
をも推進していく必要があろう。
12.引用文献
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ウリ科野菜に発生するホモプシス根腐病の発生生態と防除対策
東北農業研究センター
寒冷地野菜花き研究チーム
永坂 厚
発生状況
Kestern はオランダにおける本病の発生について報告し、
これを Phomopsis sclerotioides
による black root rot と命名した(Kestern , 1967)。 以降、海外ではマレーシア、インド、デ
ンマーク、フランス、ドイツ、ノルウェー、スウェーデン、ポーランド、スイス、イギリ
ス、イタリア、カナダ (Bruton , 1996; Cappelli et al, 2004; CMI Distribution Maps, 1989)で発生
が報告されている。国内では最初に埼玉県の施設栽培のカボチャ台キュウリでの発生が報
告され(橋本・吉野, 1985)、次いで神奈川県の露地栽培のメロン、スイカ、カボチャでの発
生が報告された(小林・大林, 1992)。近年では、福島県の露地栽培のカボチャ台キュウリで
の発生が報告された(堀越ら, 2003)。その他、島根、鳥取、群馬、茨城、千葉、宮城、山形、
岩手の各県で発生が認められている。
病原体
本病は糸状菌 Phomopsis sclerotioides によって引き起こされる。
本菌の培地上の菌相は、最初灰白色、後に褐色∼暗褐色と変化する(図 1A)。培地内の菌
糸は透明な細い菌糸(幅 2-4.5um)と、透明∼茶褐色の太い菌糸(幅 10-17.5um)から構成さ
れる(図 1B)。 また、様々な大きさの扁平な菌核が形成される。生育適温は 24∼28℃前後、
最低限界温度は 8℃前後、
最高限界温度は 32℃前後である (Kestern, 1967; 橋本・吉野, 1985) 。
本菌は高温環境に弱い。たとえば、恒温器を利用した試験では、本菌は 37.5℃以上では 2
日以内に、35.0℃以上では 6 日で死滅し、32.5℃では日数の経過とともに生存率が低下する
(小林ら,1997)。この特性を利用した防除法については後述する。
本菌は分生子殻内に二つの油球をもつα胞子のみを形成し、このことが分類に関する大
きな特徴となる(Kestern, 1967)。分生子殻はインゲン莢培地やサクランボ培地上で形成され
る(Kestern, 1967)が、培地条件や供試菌株によっては形成の確認が困難な場合もある
(Shishido et al, 2006)。
国内において分離される本菌はこの分生子殻の形成が非常に困難であったことから,カ
ボチャ台キュウリに発生した国内初発生の報告では,本菌を Phomopsis sp.と同定するに止
めた(橋本・吉野, 1985)。次に、小林・大林 (1992)はメロン、スイカ、カボチャから分離さ
れた本菌を P. sclerotioides と同定したが、分生子形成に関する情報が十分ではなかった。そ
の後、Shishido et al. (2006)が、一部の菌株では分生子形成が認められたこと、および
rDNA-ITS 配列についてタイプ株との高い相同性が認められたことから、国内でウリ科作
物から分離されたホモプシス根腐病菌は P. sclerotioides であると報告した。
本菌の土壌中における耐久生存様式は明らかになっていないが、罹病根では分生子の形
成は確認されないことから、罹病根の皮層に形成される菌糸塊(Pseudostromata)や微小菌核
(Pseudomicrosclerotia)および褐色菌糸が関係していると考えられている。このうち、微小菌
核については、罹病根組織からの分取が可能で、分取したものは土壌内で生存可能であり、
乾燥には弱い可能性があることが報告されている(村上ら, 2007)。
本菌はウリ科作物全般に寄生性を示す。カボチャ台キュウリから分離された本菌をウリ
科作物に人工接種すると、キュウリ、メロン、スイカ、カボチャ、シロウリ、マクワウリ
では激発して枯死株が多く、台木用カボチャ、ヘチマ、トウガンの場合は根腐れの程度が
比較的軽微であるが、いずれも発病したことが示されている(橋本・吉野, 1985)。ウリ科
以外の作物への寄生性は報告されていない。
検出
現在までに、分子生物学的手法を用いた本菌の検出法について、いくつか報告されてい
る。
宍戸ら, (2006)は P. sclerotioides の rDNA-ITS 領域より本菌に特異的な PCR プライマー
を構築し、このプライマーを用いて感染キュウリ根や、汚染土壌から検出できることを示
した。また、古屋ら,(2007)は、藤ら(2007)が報告した Time Release Fluorescent PCR 法と、
宍戸ら(2006)が報告した PCR プライマーを用いて、本菌の土壌からの高感度検出が可能で
あることを報告した (図 5)。
一方、筆者らは菌体破砕物を免疫したウサギの抗血清が本菌に対して特異性を持つこと、
これを用いた ELISA 法によって、人工的に接種したキュウリ苗の根から本菌を検出できる
ことを示した(図 6) (永坂ら, 2007)。
本病の感染初期の根には明瞭な病徴が現れないことがあるが、そのような場合でもこれ
らの手法を用いて感染の有無を迅速に判定できる可能性がある。さらに、土壌内の菌密度
や分布状況を把握することで、土壌消毒の成否の判定や、未発生地における本菌侵入の早
期検出が可能となることが期待される。
病徴
地上部には収穫開始期の前後から萎凋症状が認められる(図 2)。発生初期には、晴天時の
日中に葉が萎れるものの、夜間や曇天時には回復する。症状が進むと葉の黄変や枯れ上が
りが起きる。根では、発病初期には細根の褐変腐敗がみられる(図 3B)。 その後、主根や支
根にも褐変が発生する。症状の進行に伴い、褐変は局所的なもの(図 3C)から主根および支
根の全体へと拡大する。さらに進行した部位では、皮層組織が腐敗して脱落し、維管束組
織 が 露 出 す る ( 図 3D) 。 ま た 、 本 病 に 特 徴 的 な 菌 糸 塊 (Pseudostromata) や 微 小 菌 核
(Pseudomicrosclerotia)の形成が皮層に見られる。菌糸塊は、縦長かつ不整形の、幾分陥没し
た、中心が灰白色、周囲はそれよりも濃い黒色の帯で囲まれた斑点であり、主根および支
根における細根の分枝部によく認められる(図 3E)。また、微小菌核は皮層細胞内に形成さ
れた黒色の構造であり、肉眼では根の表面における微小黒点として確認される(図 3F)。根
腐症状は、主根および支根の全てで一様であるとは限らない。症状が確認される根が数本
にとどまる場合もある。根腐症状が進行すると、地際部にも腐敗症状が認められる場合が
ある。
発病環境
萎凋症状の発症程度には、根の発病程度が強く影響するが、蒸散が多く、湿度が低い条
件下では根の発病程度が低い個体でも萎凋症状を発症する(Kestern , 1967)。
土壌環境も発病に影響を与える。地温について、カボチャ台キュウリでは、本病の発病
可能地温が 15∼30℃と広く、根腐れおよび萎凋症状の程度は 20∼25℃で最も重症となるが、
これより低地温側では根量の減少と生育遅延によって実害が顕著になる(橋本・吉野, 1985)。
また、土壌水分含量が低い場合に萎凋症状の程度が発症初期から高くなる傾向がある(橋
本・吉野, 1985)。メロン苗を用いたポット試験において、低 pH やリン酸過剰が発病を促進
することも明らかにされている(大島ら, 2004)。
防除
抵抗性品種
ウリ類の中で本病の感染・発病を完全に回避する種や品種は報告されていない。これは
台木用の品種でも同様であり、現在、本病を接ぎ木によって回避することは困難であるが、
クロダネカボチャは比較的高い耐性を示す(Wiggel and Simpson, 1969)。しかしながら、クロ
ダネカボチャをキュウリの台木として用いた場合、キュウリの果実にブルームが発生する
ため、本病害への対策としてクロダネカボチャをキュウリの台木に用いることはほとんど
行われていない。
土壌消毒
施設における蒸気消毒や土壌消毒剤による消毒は本病に有効であるが、本菌の再侵入は
非常に速く(Bruton, 1996)、作付けのたびに消毒が必要である。土壌消毒剤のうち、クロルピ
クリンやメチルイソチオシアネート・D-D 油剤は効果が高い(橋本・吉野, 1985; 宍戸・竹内,
2005)。
また、本病害については、土壌消毒の効果が不安定となる要因がある。一つは、本菌が
従来の土壌消毒法では効果が及びにくい深さまで分布していることである。本菌の土壌中
の垂直分布は地表下 20cm までの浅層部に密度が高いが、地表下 30cm でも生息している(橋
本・吉野, 1985)。もう一つは、土壌の汚染程度が低い場合でも発病の可能性があることであ
る。村上ら(2006)は、プランターを用いた試験において、きわめて低い伝染源密度(1cfu/g)
でもキュウリが発病することを示した。これらのことは、土壌消毒を行っても土壌の深層
部に本菌が残存する可能性が高いこと、また、それらが土壌かく乱によって拡散した場合
に、その拡散した本菌によって発病が引き起こされる可能性が高いことを示唆する。
一方、これらの知見に基づいて、土壌消毒の効果を安定させる手段も検討されている。 一
つは、太陽熱消毒と薬剤消毒を組み合わせ、土壌深部まで消毒を試みた例である。太陽熱
消毒は夏期の高温を利用して土壌中の病害虫を死滅させる方法であり、熱に弱い本菌に対
しては効果的と考えられるものの、気象条件によっては土壌深部まで十分な消毒効果が得
られない場合がある。小林ら(1997)は太陽熱消毒だけでは地下 10cm 程度までしか消毒でき
なかった気象条件下において、太陽熱消毒に殺センチュウ剤(D-D 油剤、メチルイソチオシ
アネート・D-D 油剤)処理を併用すると、土壌深部(地下 30cm)まで高い消毒効果が得られた
ことを報告している。
また、本病に対して土壌還元消毒が有効であることも報告されている。土壌還元消毒は
土壌に有機物(米ぬか、ふすま等)を混和した後に被覆、湛水して土壌を還元状態にする消毒
法である。太陽熱消毒と比較して、熱以外の消毒効果(土壌内の嫌気的条件への移行、有
機酸の生成等)があることから、より低い温度環境下でも実施でき、防除効果も高いとさ
れている (久保・片瀬, 2007)。本病に対しては、これまでにスイカやメロン(久保・片瀬, 2007)、
施設キュウリ(桐生地区農業改良普及センター, 2004)での有効性が示されている。
露地圃場のような全面被覆を行っての消毒が困難な条件下では、マルチ畦内消毒法が有
効である。これは、畦内の土壌に土壌消毒剤を処理後、マルチによって被覆を行う方法で
あり(加々美, 1984)、消毒後に耕起を行わないため、消毒効果の及ばない部位に残存した病
原体の拡散を防止できる。本方法を用いた場合、畦間や深層には未消毒の領域が存在し、
その部位まで伸長した根には根腐症状が認められるが、萎凋症状は抑制される(図 4)
。露
地キュウリ栽培において、全面消毒と比較してマルチ畦内消毒の防除効果が高いことが報
告されている(岩舘ら, 2006 A,B)。
本方法による萎凋症状の発病抑制の機構としては、株元の消毒された土壌内で感染を免
れた部位の根が、地上部への水分及び養分供給能を維持するためと考えられている。筆者
らは積層式の土壌カラムを用いたモデル試験により、株元から汚染土壌までの距離が増す
と萎凋症状の発症が遅延すること、その遅延の程度は根が伸長して汚染部位に到達するま
でに要する期間よりも長期間におよぶことを報告した(永坂・門田, 2007)。また、岩館ら
(2007)は、畦幅を広くすることや、定植位置を畦の端ではなく中心にすることが、本方法の
防除効果の安定化につながることを報告している。これらのことは、株元から汚染土壌ま
での距離を増すことが、本方法による萎凋症状の抑制効果の安定化につながることを示し
ている。
マルチ畦内消毒法に加えて、物理的に汚染部位への根の伸長を制限することにより、発
病抑制効果の向上が可能なことも明らかになっている。露地キュウリ栽培において、遮根
シートを畦下に埋設し、根が畦から外に伸長しないように遮断したうえでマルチ畦内消毒
を行うと、遮断しない場合よりも防除効果が向上する(堀越ら, 2006)。遮根シート埋設より
も簡便な方法として、畦を 25cm の高畦とすることや、マルチの裾を 10∼15cm 埋め込む
ことによって、汚染部位への根の伸長を遅延させると、マルチ畦内消毒の効果が向上する。
この方法は遮根シートを埋設する方法よりも発病抑制効果が劣るが、生育や収穫量への影
響が小さい (山田・岩舘, 2006)。
マルチ畦内消毒法では、未消毒領域へ伸長した根への感染は避けることができないため、
その効果は一作限りと考えられている。
圃場衛生
自然発生環境下において本菌の感染は根に限定されていること、発病した植物体の根に
は分生子の形成が見られないこと(橋本・吉野, 1985)、水媒伝染の可能性が否定されている
こと(堀越ら, 2006)から、本菌の移動は主に汚染土壌の移動によると考えられている。
圃場間ないし圃場内での汚染拡大を防ぐために、汚染土の移動(農機具、靴の裏、育苗
土等)に留意する必要がある。ただし、どのような土の移動がどの程度、感染拡大のリス
ク要因となっているかは明らかにされていない。本菌は熱に弱く(小林ら, 1997)、本菌の耐
久生存器官の一つと考えられている微小菌核が乾燥に弱い可能性がある(村上ら, 2007)ため、
農機具等を熱及び乾燥処理することは汚染拡大の防止に貢献すると考えられるが、その効
果については十分な検討がされていない。
生物防除
これまでに本病に抑制的に働く微生物株が、 Gliocladium roseum や Trichoderma
spp.(GINDRAT et al, 1977)、Bacillus subtilis(Kita et al, 2005)等について報告されている。し
かしながら、現在、国内で実用化されているものはない。
萎凋症状の発現機構の解析
罹病植物体における根腐症状の程度と導管液の流速との関係
本病の萎凋症状の発症程度を決定する要因は、根の発病程度が主である(Kestern, 1967)と
されている。本菌が感染して根腐症状を起こした植物体では、根の機能低下に伴って地下
部から地上部への水分及び養分の供給能が低下することで、導管内を流れる導管液の流速
が低下し、萎凋症状が引き起こされると考えられる。しかしながら、本病について根腐症
状の程度と導管液の流速の関係を検討した例はなかった。そこで、筆者らは本病に罹病し
たキュウリ苗における導管液の流速の変化について解析し、根腐症状との関係について検
討した。本菌を接種したキュウリ苗の地上部を子葉直下で切断し、その後の1時間に採取
される導管液の量を測定すると、主根が激しい褐変症状を示して萎凋症状を発症したキュ
ウリ苗ではその量が健全個体の約 1/10 まで低下していた。一方、萎凋症状を発症していな
い接種植物体においても導管液量の低下が認められ、主根の褐変程度が激しくなると導管
液の量が減少する傾向が認められた。また、逆Y字形に接ぎ木して 1 つの地上部と 2 つの
根系を持つキュウリ苗を作り、一方の根だけに本菌を接種した場合、接種根に褐変病徴が
現れても、褐変病徴が 2 つの根系が接合する部位に伸展するまでは萎凋症状が現れなかっ
た(図 7)(永坂ら, 2006 B)。これらのことから、本病に感染したキュウリ苗では、根腐症状
の程度と導管液の流速に負の相関があること、また萎凋症状は導管液の流速が閾値を下回
るまでは発生しないことが明らかとなった。
堀越ら(2007)はクロルピクリン錠剤の地表面処理・マルチ畦内消毒法によって露地栽培の
カボチャ台キュウリにおける本病の防除を試みた場合に、根の発病状況から求めた防除価
は低いものの、萎凋株の発生率が大幅に低下することを示している。このことは土壌消毒
によって根の発病程度が低下したことで、導管液の流速が萎凋症状の発症に至る閾値を下
回らなかったことを示唆している。
菌糸の侵入様態
本菌の宿主組織内における侵入様態はこれまでに明らかではなかったため、筆者らはキ
ュウリ苗の根部に本菌を感染させ、その侵入様態を顕微鏡観察した。その結果、本菌が感
染した根部組織内では、維管束に沿って伸長する太い菌糸と、皮層細胞に蔓延する細い菌
糸が観察されることが明らかとなった(図 8) (永坂ら, 2006 A)。本菌と同じ Phomopsis 属の
植物病原性糸状菌のうち、ヒマワリに感染する P. helianthi は、宿主の葉に感染した後に葉
脈に沿って伸長し、茎まで組織内部を伸展するが、葉の中では菌糸が維管束のみに侵入し
ている (Heller and Gierth, 2001)。ヒマワリ葉内での P. helianthi の菌糸の局在性は、キ
ュウリ苗根内部における本菌の太い菌糸の局在性と類似点がある。このことから、本菌の
太い菌糸は、宿主根組織内での維管束に沿った伸長と、それに伴う発病部位の拡大に関与
している可能性がある。
おわりに
本病は根の発病程度が低い場合には萎凋症状が現れないため、圃場への侵入が認識され
ない可能性がある。また、ウリ類には他にも萎凋症状を示す病害があることや、生理的な
萎凋症を示す場合もあるため、これらと混同されることも考えられる。本病が未発生の地
域においてはこれらの点に留意し、侵入を警戒されたい。
本病に対しては土壌消毒が有効であるが、病原体が土壌深部にまで分布することや、宿
主の発病が極めて低い土壌菌密度でも起こる可能性があるなど、土壌消毒の効果が不安定
となりやすい要因がある。そのため、土壌消毒の効果を安定させる試みが行われ、これま
でに太陽熱と薬剤の併用によって土壌深部まで安定した消毒効果を得る方法や、消毒後の
土壌かく乱による再汚染をマルチ畦内消毒法によって防ぐ方法などが示された。ただし、
作付け前の環境条件が異なる場合には、適用可能な方法も異なる。ウリ科作物の品目や作
型は多岐にわたることから、本病に対する防除技術の開発は今後も必要と考えられる。
また、本病は土壌消毒を行ってもその効果は持続せず、作付けのたびに土壌消毒が必要
となる。このことは、特に化学合成薬剤を用いた土壌消毒法を行う場合に、生産者への作
業及び費用的負担、並びに環境への負荷を大きなものにする。しかしながら、露地夏秋キ
ュウリのように、作付け前の気象条件や立地条件から他の手段が選択できず、現在のとこ
ろ化学合成薬剤による消毒法に頼らざるを得ない作型もある。生産者への負担軽減や、持
続可能な農業といった視点から本病の防除法について検討する場合、このような作型に対
して適用可能な防除技術の開発が重要と考えられる。
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ら: (2007) 北日本病虫研報: (印刷中)(講要)
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ら: (2006 B) 日植病報 72: 213-214(講要)
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33. 山田 修・岩舘 康哉: (2006) 東北農業研究 59: 187-188 *
A
B
図1Phomopsis sclerotioidesの菌糸
A: PDA培地上の菌相
B:顕微鏡で観察した菌糸
A
B
図2 キュウリに発生した萎凋症状
(福島県農業総合センター,堀越氏 提供)
E
C
F
D
図3.罹病根に見られる症状
(カボチャ台キュウリ)
A:根系全体の外観 B:細
根の褐変(▲が示す) C:
支根における細根分枝部
の褐変 D: 皮層が腐敗し
て脱落した根 E:根表面の
菌糸塊(Pseudostromata) F:
根表面の微小菌核
(Pseudomicrosclerotia)
図4 畦内消毒処理によるキュ
ウリホモプシス根腐病の萎凋症
状の抑制 左: 消毒区 B: 無
処理区
(岩手県農業研究センター 岩舘
氏 提供)
B
A
図5
Time Release Fluorescent PCR 法 に よ る 土 壌 か ら の P.
sclerotioidesの検出
A:蛍光検出に用いるGenetic Analyzer、B:特異的プライマーによって
増幅されたP. sclerotioides rDNA-ITS配列の蛍光検出
(秋田県立大学, 古屋氏 提供)
0.400
0.350
0.300
0.250
A505
図 6 キ ュ ウ リ 苗 根 部 組 織 か ら の ELISA に よ る
P.sclerotioidesの検出 抗原はそれぞれの病原菌を
人工接種したキュウリ苗根部から抽出した可溶性
画分. ◆: P. sclerotioides ▲: Fusarium oxysporum
●: Verticillium dahliae ×: 無接種
0.200
0.150
0.100
図7 Y字型接ぎ木法を用いたキュウリ苗での根部の感染
程度と萎凋症状との関係の解析
A-B: 接種した穂木 (レシピエント)側の主茎に褐変が発生
したキュウリ苗.(A:外観.B: 株元の拡大)
C-D: 接ぎ木部まで褐変が進行し,萎凋症状を発症した個
体.(C: 外観 D: 株元の拡大)
A
図8
P. sclerotioides タ イ
プ由来株を接種して萎
凋症状を示したキュウ
リ苗根部の横断切片。
白い矢印が太い菌糸
を、黒い矢印は細い菌
糸を示す。Vは導管、
Vbは維管束、Coは皮
層 細胞 , * はガ ム状
物 質 で閉塞 した 導管
を表す.
B
0.050
0.000
1/100
1/400
抗原希釈率
D
C
Co
Vb
*
V
1/1600
農林水産省委託革新的農業技術習得研修「野菜の難防除病害虫の防除技術習得研修」資料
イチゴ炭疽病の特徴と防除法
九州沖縄農業研究センター
イチゴ周年生産研究チーム
高山 智光
1.はじめに
イチゴ炭疽病はイチゴ栽培における最重要病害の一つであり、夏期の育苗時には萎凋・枯死を
引き起こし、定植株の減少要因となり、本圃定植後にも生産株が収穫直前に立枯れするなどし、経
済的・精神的ダメージが非常に大きい。イチゴは栄養繁殖性であるがゆえに、保菌した株を次年度
用の親株として使用すると、これが次作での感染源となってしまう。防除が不徹底となると、さながら、
炭疽病菌の拡大再生産になる。近年、各地で被害が増加しているが、その背景には、現行栽培品
種のほとんどが感受性である事、夏期の高温傾向や多雨等の発病を助長する気象条件が続くな
どしたために、病原菌密度の増加を招いた事などが要因として考えられる。一方、雨よけ育苗や株
元灌水等、病原菌の飛散を防ぐ栽培法と薬剤散布を組み合わせる事により、高い防除効果が得ら
れる事が明らかとなった。ここではイチゴ炭疽病の特徴とそれをふまえた防除法について紹介す
る。
2.イチゴ炭疽病の特徴
1)2種類のイチゴ炭疽病菌
イチゴ炭疽病には病原菌として2種類の病徴の異なる菌が知られている。一つは俗称「葉枯れ
炭疽」と呼ばれるColletotrichum acutatumによるもので、葉、葉柄、ランナーに発生し、果実腐敗を
引き起こす事もあるが、クラウン部を侵して枯死に至る事は無い1,2)。もう一つが感染初期には薄墨
状の汚斑状病斑を葉面に形成し、萎凋・枯死を引き起こし大きな問題となっているGlomerella
cingulata(不完全世代:C. gloeosporioides)による物である(図1,2)。表1にそれぞれの炭疽病の病
徴とその類似症状について示した。
G. cingulataとC. acutatumの違いの決定的な物の一つはベノミル・ジエトフェンカルブに対する感
受性である。C. acutatumは両剤添加培地でも生育するため、両者を容易に鑑別できる3)。これは薬
剤防除の際には注意すべき事である。しかしこの点以外は両菌の防除には共通する部分が多い
ので、以下にはG. cingulataについて述べる事とする。
図1 Glomerella cingulataによる汚斑状病斑
図 2 Glomerella cingulata によるクラウン部の褐変
表1 炭疽病の病徴とその類似症状1)
発病部位
他
葉枯れ炭疽
従来の炭疽病
輪 斑 病
Colletotrichum acutatum
Glomerella cingulata
Dendrophoma obscurans
株
◆萎凋、枯死しない
◆萎凋、枯死する
◆萎凋、枯死しない
◆赤いハローのある大小の黒
色病斑(高温時はハローが不 ◆汚斑状の小斑点
明瞭となる)
◆紫紅色の不正円形(中心部
葉
は茶褐色)
◆病斑は縮れを伴うことが多
◆大型の黒色病斑
く、葉が破れやすい
◆葉枯れが著しい
◆紡錘形黒褐色の陥没病斑
◆紡錘形黒色の陥没病斑
◆紡錘形黒色の陥没病斑
葉柄および
◆多湿時に鮭肉色の胞子塊を ◆多湿時に鮭肉色の胞子塊を で、炭疽病のものより陥没が
ランナー
浅い
形成
形成
クラウン断
◆褐変しないといわれている
面
◆外部から内部へと褐変がみ
◆褐変しない
られる
病斑上の ◆葉柄、ランナー、葉に多量の ◆葉柄、ランナーに分生子を ◆新しい病斑には胞子を作ら
胞子形成 分生子を形成(単胞・紡錘形) 形成(単胞・細長い俵形)
ず、古い病斑に柄子殻を形成
◆かなりの激発でない限り、高 ◆30℃以上の高温下に4∼7
◆高温条件下でも株は萎凋、
その他の
温 条 件 下 で も 株 は 枯 死 し な 日置くと株は急激に萎凋、枯
枯死しない。
診断法
い。
死する。
2)胞子の飛散
炭疽病菌は水溶性の粘着物質中に分生子(一般に言う「胞子」)を形成するため風雨によって二
次感染を繰り返し拡散する。フザリウムによる萎黄病のように維管束内部を通り体内に蔓延すると
いう事は無い。イチゴ炭疽病菌は罹病株の葉の大型病斑や、葉柄・クラウン部の発病部位から鮭
肉色(サーモンピンク)の分生子塊を噴出する。雨滴や灌水、霧等の水滴によって、粘着物質が溶
かされ、分生子を含んだ水滴となって隣接株に付着する。石川4)によれば、罹病株に付着した水滴
が風によって吹き飛ばされるため、葉を固定すると周辺への飛散が起きないとされている。このよう
に分生子の飛散には、水で濡れる事と分生子を含んだ水滴が飛び散る事が必要である。育苗時
に地上部に直接水滴があたらないようにするために、雨よけと株元灌水を組み合わせる事は炭疽
病の二次感染を抑制するきわめて有効な方法である。また、地面に落ちた罹病株の汚染残渣から
の水滴の跳ね返りを防ぐためにベンチアップ育苗5)をする事も有効と考えられる。分生子は肉眼で
は病徴の確認できない潜在感染株からも産生される。潜在感染株の発見・除去は防除におけるキ
ーポイントとなるので後述する。
G. cingulataは子嚢殻中に子嚢胞子を形成するが、これは耐久体であり、発病・枯死した植物体
上に形成される。子嚢胞子形成までには植物体の枯死から相当の時間がかかるが、丈夫な殻に
包まれているため土壌中でも越冬し新たな感染源となる4)。また、水に触れると子嚢殻内部から胞
子を飛び出させるため空気伝染源となる事も示された6)。発病株を適切に処分せず圃場近隣に長
期間放置しておく事は、空気伝染を助長する可能性がある。
炭疽病菌は多犯性であるため周辺雑草への感染・定着も認められている。炭疽病発生圃場周
辺の雑草からも病原菌が分離され、自然感染した雑草からのイチゴへの伝染も確認されている7)。
3)潜在感染株
前述のように、炭疽病の伝染源としては、土壌中にすき込まれたり周辺に放置されたりした罹病
株の残渣、自然感染した周辺雑草等があるが、最大の伝染源は潜在感染した無病徴の親株であ
ると考えられている。育苗期に感染し汚斑状病斑を形成したが気温の低下とともに症状が収束し、
見かけ上無病徴になったような株は、体内に炭疽病菌を保菌しており、潜在感染株になっていると
考えられている。このような潜在感染株は、定植後の急激な肥効や着果負担等の株へのストレス、
被覆後の地温上昇等により病原菌のクラウン内部への侵入を許し、枯死する事もある。また、たとえ
枯死を免れたとしても、春期の気温上昇に伴い、株に付着した水滴中に分生子が放出されるように
なるため、新たに発生したランナーにも分生子が付着してしまい、次年度への感染源となる。親株
としてこのような潜在感染株を用いる事が無いようにする必要がある。潜在感染株の検定法として
は様々の方法が考案されてきたが、簡便な方法としては石川によるエタノール浸漬簡易診断法4)と、
これをもとにした広田らによる簡易検定法8)があげられる。
エタノール浸漬簡易診断法は、検定株の最下位葉を採取し流水で水洗後、70%エタノールに
30秒間浸漬し表面殺菌を行い、滅菌水で2度洗浄しアルコールを除去した物を、湿らせた濾紙を
敷いたペトリ皿に入れ10∼14日間28℃で静置する物である。応用としてペトリ皿の代わりに密閉し
たビニール袋を用いる事も行われている。この際検定葉を入れた袋をさらに大袋に入れ密封する
事で葉の乾燥を防止できる。
潜在感染している場合、図3のように鮭肉色の分生子塊が葉面に形成される。分生子塊は粘着
物質で覆われ、表面は滑らかで特徴的な色のため見間違うことは少ないと考えられるが、同じよう
な大きさの胞子塊が発生することがある。確認のために一度、10倍程度のルーペで確認するか、
生物顕微鏡で分生子の形状(図4)を検鏡しておくと、以後は確実に判定できるようになる。
図 4 分生子の顕微鏡写真
図 3 エタノール浸漬簡易診断法による鮭肉色の分生子塊
広田らによる簡易検定法は農業現場でも利用できるように、石川の方法より簡略化したもので、
一般には入手が難しいエタノール、滅菌水、ペトリ皿を使わない方法である。検出率は石川の方法
と変わらない。図5,6にその方法を示した。
イチゴの葉を一つの株の
外側から3枚以上とる
↓
水道水でゴミ等を洗い流す
↓
水道水を十分含ませたティッシュ
(または新聞紙)を入れたビニール袋に
イチゴの葉を入れ輪ゴムで口を結ぶ
↓
気温が 28℃程度になる室内に 12∼16 日間放置
↓
鮭肉色(サーモンピンク)の分生胞子層の
有無を肉眼で確認する
図 6 簡易検定法によりイチゴ葉を処理した様子 8)
図 5 簡易検定法 8)
検定時期としては、秋に育苗株を定植用と親株用に分けたときか、春に親株から採苗用のラン
ナーが延びる前に、親株に対して行うのが良いとされる。また、28℃の恒温器が無い場合、窓の小
さい部屋で家庭用エアコンにより調節する事ができるが、常時設定温度になるとも限らないので注
意が必要である。農協の育苗センター等にある水稲発芽用の加温器の利用も考えられる。ビニー
ル袋内の水分保持のためには中に入れるティッシュ等に十分水を含ませる必要があり、水を張っ
たトレイ等に5組のティッシュを浮かべ、十分水が染み渡った後引き上げ、水が滴り落ちきる直前で
ビニール袋に入れるのが良い。また、図6のようにビニール袋を膨らませると、ビニール袋と分生子
塊が接触して確認が困難になるのを防ぐことができる。8)
このような潜在感染株検定により炭疽病菌が検出された親株はその後の採苗には用いないのは
もちろん、ビニール袋に密閉し空気を抜いて嫌気発酵するなどし、速やかに除去しなくてはならな
い。
なお、このような検定法によって炭疽病菌が検出されなかったとしても、それがそのまま炭疽病
菌フリーを100%保証する物ではないことに留意すべきである。
3.防除法
1)耕種的防除法
分生子は水の助けが無くては飛散しない事、発病部位は感染部位近傍に限られる事、気温の
上昇に伴い分生子が放出される事などの炭疽病菌の特徴を踏まえて、様々な耕種的防除法が考
案されてきた。その中でも、汚染土壌や汚染残渣の影響を受けにくい棚式ポット育苗、雨滴による
媒介を防ぐための雨よけ、頭上灌水による媒介を防ぐための株元灌水や底面給水を組み合わせる
事で効果的な防除が可能になるものと考えられる。棚式育苗や雨よけは普及が進んでいるようであ
るが、灌水は頭上灌水が主流であるため、灌水のたびに炭疽病を人為的に蔓延させていることに
なりかねない。風がある場合、霧状の散水でも周囲への炭疽病菌の飛散が確認されている。株元
灌水などで地上部の濡れを少なくすることが必要である。最近、板東ら9)により不織布を利用した株
元灌水育苗法(不織布灌水法)が新たに開発されたので紹介する。
図 8 不織布植え穴部分の形状 9)
図 7 不織布灌水法の原理 9)
不織布灌水法は、毛管現象による水の浸透性が強い不織布を小型成形トレイ上に乗せ、点滴
チューブにより不織布を通してイチゴの株元へ直接灌水する方法である(図7)。不織布の植え穴
部分は図8のように切り込みを入れる事により、植え穴への挿し芽作業と育苗後の抜き取りを容易
にした。また短冊状の水誘導部を作る事で灌水を確実にした。不織布が乾燥すると均一な灌水が
できなくなるため、植え穴あたり100mlを一日に5∼6回に分けて灌水すると良い。不織布灌水によ
る炭疽病抑制効果を検討した結果を図9に示した。8月3日からの試験で中央に設置された感染株
から周辺への発病株の広がりが、慣行無処理区(頭上灌水+雨よけ)に比較して不織布灌水法+
雨よけ併用処理区では極めて少ない結果となった。9)
図 9 灌水法の違いによるイチゴ炭疽病の発病程度の推移 9)
育苗期の炭疽病菌の飛散を如何に押さえ込んだとしても、親株が潜在感染していては子苗への
伝染を防ぐことは困難である。稲田ら10)によれば、二段階育苗を導入することで親株の早期切り離
しが可能になるため、万一、一次親株が潜在感染株であっても、気温の上昇とともに分生子の飛
散が増加する前に除去が可能である。また、秋季に確保する親株の数を少なくできるので、春まで
の管理が楽になるメリットもある。しかし、一株から出るランナーの数や花芽分化までの期間など二
段階育苗に適さない品種もある。
健全親株の確保のためには定植・被覆後に発生してきた秋ランナーを用いる方法があるが、農
協等で集中的に無病苗を育成し配布する事が行われてきている。2007年5月に、山口・四国・九州
各県の無病苗配布事業についてアンケートし、集計したものを表2,3に示した。多くの県で配布事
業は行われているが、配布率が低い場合は農家圃場での再感染を防ぐような対策が必要である。
表 2 山口・四国各県の無病苗配布事業
山口
徳島
香川
愛媛
高知
・愛媛県
・全農県本部
無し
事業主体
全農県本部
無し
・香川県園芸
種苗振興協会
・JA香川
配布株数
55,000
フリー苗
-
107,300
20,000
-
配布農家率
30%
-
90%
50%
-
表 3 九州各県の無病苗配布事業
福岡
佐賀
長崎
熊本
大分
宮崎
・佐賀県(原
・長崎県種苗供給 ・熊本県農
宮崎県バイオ
大分ボール種
原種)
セ
研セ
事業主体
全農
テクノロジー
・県経済連
苗セ
・全農県本部
・経済連
種苗増殖セ
(原種)
試験場 200 研究セ 450 フリー苗 61,000
親株 18,000
配布株数
25,700
→40,000
→35,000 委託親苗 170,000
定植株 17,000
配布農家率
20%
30%
95%
-
30%
-
鹿児島
個人
25,000
14%
イチゴの育苗は果実生産の最盛期と時期が一部重なるため、防除が手薄になりがちである。ま
た、必要な労働力も多大であり、分業・集中化することでコスト圧縮や果実生産期間の延長が可能
ではないかとも考えられる。炭疽病対策として夏季冷涼な北海道で育苗を行い、産地へ返送して
定植するリレー苗生産が試みられてきた。海老原ら11)によれば田畑輪換圃場を利用することで、以
前問題であった萎凋病についても防除が可能となった。今後はリレー苗のコストの多くを占めてい
る輸送費の圧縮が課題であろうと思われる。
2)薬剤防除
現在、イチゴ炭疽病に登録のある薬剤は土壌消毒剤を除いて13種類ほどあるが、ベノミル水和
剤(ベンレート水和剤)については1989年に手塚ら12)により耐性菌が報告され、その後も耐性菌の
報告が相次いでいる。また、卓効を示していたアゾキシストロビン水和剤(アミスター20フロアブル)
も稲田ら13)により耐性菌の出現が報告され、その後各地でも耐性菌が相次いで見つかっている。
2007年5月に、山口・四国・九州各県にアゾキシストロビン水和剤耐性菌の発生についてアンケート
したところ、12県のうち8県下で発生しているとの回答を得た。発生圃場率にして90%を超えるとこ
ろや調査圃場すべてで発生していたとの回答もあり、薬剤ローテーションにアゾキシストロビン水和
剤を組み入れることはできなくなってきている。したがって高い防除効果が期待できるジエトフェン
カルブ・チオファネートメチル水和剤(ゲッター水和剤)やフルジオキソニル水和剤(セイビアーフロ
アブル20)を中心にして他剤を組み合わせるのが効果的と考えられる。奈尾14)や稲田15)によれば
有効な薬剤としてジエトフェンカルブ・チオファネートメチル水和剤のほかには、プロピネブ水和剤
(アントラコール顆粒水和剤)、有機銅水和剤(キノンドーフロアブル・ドキリンフロアブル)、イミノクタ
ジンアルベシル酸塩水和剤(ベルクート水和剤)などが挙げられている。ただし、C. acutatumによる
「葉枯れ炭疽」にはジエトフェンカルブ・チオファネートメチル水和剤は効果が無い。
稲田15)によれば表4のように、親株床から育苗床まで全期間雨よけと薬散を行い、チューブ灌水
で育苗床の灌水を行ったものは防除価91と高い防除効果を示したが、散水をスプリンクラーで行っ
たものは防除価78、被覆を寒冷紗にて行ったものは防除価73となり、雨よけなしの全期薬散と同等
であった。また、全期雨よけのみでは防除価66、全期薬散のみでは防除価72と十分な効果は得ら
れていない。
表4 イチゴ炭疽病に対する雨よけと薬剤体系散布との組み合わせによる防除効果(2000年)15)
このように薬剤散布と雨よけ育苗を組み合わせることで高い防除効果が期待できる。また、雨よ
け育苗と株元灌水を組み合わせた場合においても、台風などの強い風雨により外部からの菌の飛
び込みが考えられ、薬剤散布の重要性は変わらない。雨よけ+株元灌水での薬剤散布の体系に
ついて明らかにしてゆく必要があると考えられる。
生物農薬としてはタラロマイセスフラバス水和剤(バイオトラスト水和剤)が利用可能である。中西
16)
ら や野沢ら17)の報告によれば化学薬剤と組み合わせた体系防除において良好な結果を得てい
る。同剤の菌密度を高めたものがうどんこ病用として登録があるが、炭疽病用として適用拡大され
れば効果の安定につながるものとして期待される。
4.おわりに
現在、炭疽病抵抗性の実用品種としては「サンチーゴ」があるのみで、抵抗性品種の作出は急
務であるが、まだ相当の時間がかかると思われる。弱い現行品種で乗り切るためには、様々な防除
手段を有効に組み合わせてゆく以外に道はない。圃場内の「炭疽病菌のインフレ」を押さえ込んで
こそ、安定した苗生産が可能となるだろう。
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14) 奈尾雅浩:愛媛県におけるイチゴ炭疽病(Glomerella cingulata)に対する薬剤の防除効果 愛媛県農業試験場
研究報告,39,50∼59,2005(http://rms1.agsearch.agropedia.affrc.go.jp/contents/JASI/pdf/PREF/72-4083.pdf)
15) 稲田稔:イチゴ炭そ病(Glomerella cingulata)の育苗期における伝染と雨よけ及び薬剤体系散布による防除
今月の農業,50,30∼35(2006)
16) 中西善裕、野島秀伸、牟田辰朗:イチゴ炭疽病に対するTalaromyces flavus剤の防除効果と苗葉から分離され
る糸状菌 九州病害虫研究会報,49,125 (2003)
(http://konarc.naro.affrc.go.jp/kiban/kyubyochu/pdf49/49byougaiyousi.pdf)
17) 野沢英之、石川成寿、中山喜一、尾川新一郎、伊豆進:タラロマイセスフラバス水和剤を基軸にしたイチゴ炭
疽病,うどんこ病の防除体系 関東東山病害虫研究会報,51,37∼42 (2004)
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