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第 5 章 固定系ブロードバンド - 京都大学 大学院経済学研究科・経済学部

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第 5 章 固定系ブロードバンド - 京都大学 大学院経済学研究科・経済学部
『ブロードバンド・エコノミクス』
京都大学大学院経済学研究科 依田高典
9/26/2006
第 5 章 固 定系ブ ロー ドバンド
本章では、導入期の固定系ブロードバンドの市場構造を、計量経済分析を交えなが
ら、考察する。日本の固定系ブロードバンドは、2001 年、ソフトバンク BB の参入を契機
に、爆発的に普及した。しかし、その後、FTTH サービスの本格的普及の兆しが見え、
早晩、ADSL は FTTH によって代替されると思われる。本章では、固定系ブロードバン
ドを、次のような 4 点から考察していく。第一に、データに基づき、固定系ブロードバン
ドの供給構造を説明する。ADSL、FTTH、CATV インターネットを、順次、取り上げ、そ
れぞれの契約回線数の推移、市場シェアの動向、価格水準の推移を見ていく。第二
に、消費者アンケートに基づき、ブロードバンド・ユーザの需要構造を説明する。インタ
ーネット利用目的、回線接続事業者の選択理由等を調べ、インターネット接続サービ
スがどのように、ナローバンドからブロードバンドへ、ADSL から FTTH へ移行していく
のかを考察する。第三に、消費者アンケート・データをもとに、離散選択モデル分析を
行う。先ず、実績データである RP データを用いて、需要の代替性を測定する。その際、
それぞれのサービスが、どの程度、価格に関して、弾力的なのかどうかが焦点となる。
次に、仮想的な選択に基づく、SP データを用いて、速度に関する支払意思額を考察
する。その際、FTTH の現実利用可能性が、どのように消費者選好に影響を与えるの
かが焦点となる。第四に、ブロードバンド市場の画定、ADSL 市場の有効競争状況、
FTTH 市場の市場支配力の有無等、政策的論点を議論する。
5.1 固定系ブロードバンドの供給分析
図 1.4 に、ブロードバンド・サービス別の契約回線数を掲載してある。本節では、サー
ビス毎に、ブロードバンドの供給動向を分析する。現在のブロードバンドは、大半が
ADSL によって占められている。その後、FTTH、CATV インターネットが続いている。
2000 年前後、日本でようやくブロードバンドが普及し始めた頃は、CATV インターネッ
トが主役であった。2002 年、ADSL の爆発的な普及が起きると、あっという間にブロー
ドバンド=ADSL の図式ができあがった。今後は、ADSL のシェアを FTTH が奪い、既
に FTTH が ADSL と大差ない料金で提供されている都市部では、両者の関係は早晩
逆転するであろう。このように、移り変わりが激しいブロードバンドの世界であるから、供
給動向の変動も著しい。以下では、ADSL、FTTH、CATV インターネットの順にそれぞ
1
れのサービスの動向を見ていく。
5.1.1 ADSL の供給分析
表 5.1(a)は、2001 年から 2005 年まで、ADSL 契約回線数の推移を掲載している。
ADSL が本格的に立ち上がったのは 2002 年だが、その後、一貫して増加を続け、
2004 年には 1 千万回線も突破した。しかし、半年の増加数で見ると、2002 年度後期に
280 万件増加したのが最高で、2004年度後期は 88 万件の増加にとどまった。従って、
ADSL 市場は成熟しており、ほぼ飽和しつつある。FTTH 市場が立ち上がりつつある
現在、ADSL から FTTH への移行が本格化すれば、ADSL 契約回線数が純増から純
減に転じるだろう。こうした動向は、我々にブロードバンドのダイナミズムの激しさを感じ
させる。
表 5.1(b)は、2002 年から 2005 年までの、ADSL 契約回線数事業者別シェアの推移
を掲載している。ADSL サービスは、ADSL 事業者が NTT 東西の加入者電話回線を、
ラインシェアリングの形態で利用して、最終消費者へ販売している。従って、インフラの
ほぼ 100%を NTT 東西に依存しているわけだが、NTT 東西の市場シェアは 50%を下
回っている。2002 年から 2003 年の ADSL の爆発的普及期に、NTT 東西の市場シェ
アは 40%台から 30%台へ減少したから、ADSL の爆発的普及が NTT 東西以外の競
争事業者の牽引によるものである。しかし、2004 年以降は、NTT 東西の市場シェアは
30%半ばで安定している。要するに、都市部での NTT 東西と競争事業者の競争によ
って、ADSL 市場は成長したのだが、都市部での普及が飽和すると、ADSL 市場の趨
勢は地方での普及に移ってきている。地方部では、需要密度が低い等の理由により、
競争事業者のサービス展開も消極的になるので、全国規模でサービスを提供する
NTT 東西の市場シェアも、自ずと回復する。
<表 5.1 挿入>
もう少し詳しく、事業者間の競争構図を見てみよう。表 5.2 は、2005 年 9 月における、
ADSL 契約回線数の事業者別構成を掲載している。NTT 東西の市場シェアは 39%で、
トップを保ってはいるものの、ソフトバンクがシェア 35%であり、僅差の 2 位となっている。
続いて、イーアクセス、アッカの順番であり、日本の ADSL 市場は 4 大企業の寡占構造
である。都市部では、ソフトバンク等、価格競争力に勝る競争事業者が優位に競争を
進めており、地方部では、競争事業者がサービス提供に消極的なことから、NTT 東西
が優位に競争を進めるという二極分化が起きている。市場は寡占的であるものの、4 大
ADSL 事業者間の顧客獲得競争は熾烈であり、無料キャンペーンのような導入価格
戦略や通信速度の向上等、消費者に対するサービス利便性は年々向上しており、競
2
争は有効に機能している。
<表 5.2 挿入>
ADSL サービスの中身を、詳しく見てみよう。ADSL は、2000 年前後から下り
1.5Mbps 程度の低速度で、サービスが始まった。その後、8Mbps や 12Mbps 程度の中
速度サービスが登場し、2002 年の ADSL の急成長に結びついた。現在は、40Mbps
から 50Mbps へと、高速度化が進んでいる。しかし、インターネットはベストエフォート型
のサービスであり、局舎からの距離が遠くなると、実効速度は落ちる。表 5.3 は、ADSL
の下り速度別の契約回線数を掲載している。第一に、低速度 ADSL を契約しているユ
ーザは少数であることが判る。それほどインターネット接続を利用しないユーザ、ある
いは地方で高速度 ADSL が利用できないユーザが、低速度 ADSL を利用している。
第二に、中速度 ADSL が ADSL 市場の大半を占め、その比率は 58%である。多くの
ユーザは、名目速度が高速度化しているにもかかわらず、実効速度がさほど向上して
いないことを冷静に受け止め、中速度帯にとどまっているのだろう。第三に、それでも
なお、高速度 ADSL は着実に契約回線数を伸ばしている。この意味で、一部のユー
ザは絶えざる通信速度の向上を望み、低速度 ADSL から中速度 ADSL、高速度
ADSL、さらには FTTH へと、移行を続けている。
<表 5.3 挿入>
表 5.4 は、NTT 東日本とソフトバンクの ADSL 料金を、比較している。注意すべき点
は、NTT 東日本は回線接続サービスと ISP サービスを垂直分離しているので、その料
金に ISP 料金が含まれていないのに対して、ソフトバンクは回線接続サービスと ISP サ
ービスを垂直統合しているので、その料金に ISP 料金が含まれていることである。従っ
て、数字を比較するには、NTT 東西の料金に 500-2000 円程度、ISP 料金を上乗せす
る必要がある。そのように考えると、ソフトバンクの料金の方が、NTT 東西の料金よりも、
圧倒的に安い。ソフトバンクが参入する前は、ADSL は約 5000 円だったが、ソフトバン
クはその半額以下で ADSL 市場に参入したわけである。また、街角、店頭での販売と
いう、NTT グループとは全く異なる営業戦略により、消費者の ADSL への認知度は格
段に向上した。従って、日本の ADSL の爆発的普及を導いたのはソフトバンクと言って
も、過言ではない。もちろん、その背景には、NTT 東西の加入者回線を、低価格水準
で、新規参入者に開放させた総務省の競争政策があったことも見逃せない。それにし
ても、これほど料金の格差があるにもかかわらず、NTT 東西とソフトバンクの市場シェ
アが拮抗しているのはなぜだろうか。需要分析で取り上げるが、ブロードバンド・ユー
ザは、価格重視のグループとブランド力や安定性を重視するグループに二分化される
3
ようだ。以上、次の通り要約できる。
<表 5.4 挿入>
【要点】ADSL の供給分析
日本のブロードバンドの大半を占める ADSL は、ソフトバンクの価格破壊戦略を契
機として、2002 年頃、爆発的に普及した。現在の市場シェアは、NTT 東西とソフトバ
ンクが拮抗し、4 社寡占構造となっている。しかし、近年、ADSL 市場の成熟化が見
え、早晩、FTTH に代替される見込である。
5.1.2 FTTH の供給分析
表 5.5(a)は、2002 年から 2005 年まで、FTTH 契約回線数の推移を掲載している。ま
だ、爆発的言えるほどの普及の伸びではないが、着実に契約回線数は増加している。
2004 年、200 万件を突破し、CATV インターネットと肩を並べた。これだけの規模で、
FTTH 市場があるのは、日本だけである。FTTH は、大容量、超高速、通信速度上下
対称等、真のブロードバンドとしての性質を備え、固定系ブロードバンドとしては最終
形であり、移動体系サービスとの融合も進むだろう。
表 5.5(b)は、2002 年から 2005 年まで、FTTH 契約回線数の事業者別シェアの推移
を掲載している。2002 年、FTTH のサービス開始間もない頃、NTT 東西の市場シェア
は小さく、競争事業者の方が大きな市場シェアを持っていた。言い換えれば、NTT 東
西は、最初から、FTTH 市場の市場支配的事業者であったわけではない。しかし、そ
の後、NTT 東西は市場シェアを伸ばし、2004 年 9 月には、六割のシェアに達した。従
って、最近の FTTH 市場の急成長の中核には NTT 東西があると言えよう。対して、競
争事業者であるが、自ら光ファイバを所有し、FTTH を提供する電力系事業者と、NTT
東西の光ファイバを利用して、FTTH を提供する事業者とに区別される。前者を設備
ベースの競争事業者、後者をサービス・ベースの競争事業者と呼ぶ。NTT 東西として
は、電力系事業者に顧客を奪われると、NTT 東西の電気通信設備を経由しない利用
者が生れるわけであるから、卸市場でも、小売市場でも、一切収入が入って来なくなる。
まして、相手が NTT 東西に勝るとも劣らない資金力、ブランド力を持つ電力系事業者
となれば、究極の競争相手と言えよう。電力系事業者のシェアは、今のところ、10%前
半程度だが、関西電力系、九州電力系事業者等、ごく一部の電力系事業者の善戦を
反映した数字であり、今後、他の電力系事業者がシェアを伸ばすと、電力系事業者の
存在感はもっと高まるだろう。
<表 5.5 挿入>
4
表 5.6 は、主な FTTH サービスの料金推移を掲載している。NTT 東日本の数字は
ISP 料金を含んでおらず、ケイオプティコム、USEN の数字は ISP 料金を含んでいる。
従って、両者を比較するには、NTT 東日本の料金に、500-2000 円の ISP 料金を足す
必要がある。競争の進展の結果、FTTH の料金は順調に下がっている。重要なのは、
FTTH 内の価格競争のみならず、ADSL との価格競争である。都市部で、ADSL を利
用するには、固定電話の基本料金 1500-1700 円が必要であるから、NTT 東日本の
ADSL を利用するのに、合計 4500 円かかる。他方、NTT 東日本の FTTH を利用し、
0ABJ 型 IP 電話を契約すれば、固定電話を解約しても良いので、戸建ての場合には
ほぼ同額、マンションの場合にはむしろ安いことが判る。従って、価格面から見て、
ADSL から FTTH へ移行する障害は、もはや存在していない。
<表 5.6 挿入>
ここまで、FTTH 市場を戸建て・ビジネス向け市場と集合住宅向け市場の別には考察
していない。表 5.7 は、戸建て・ビジネス向け FTTH の推移を掲載し、表 5.8 は集合住
宅向け FTTH の推移を掲載している。表 5.7(a)と表 5.8(a)を比較すると、戸建て・ビジネ
ス向け FTTH 契約回線数の方が、集合住宅向け FTTH 契約回線数よりも、高めに推
移している。これは、集合住宅に FTTH を導入しようとする場合、世帯間の調整が難航
し、導入に手間取ること等が理由として考えられる。興味深いのは、事業者別シェアで
ある。表 5.7(b)は、戸建て・ビジネス向け FTTH の事業者別シェアを掲載している。
2005 年 9 月の時点で、NTT 東西のシェアは実に 73%に及び、それを電力系事業者が
23%で追いかけている。戸建て・ビジネス向け FTTH 市場では、NTT 東西が圧倒的な
市場支配力を持っていると言えよう。表 5.8(b)は、集合住宅向け FTTH の事業者別シ
ェアを掲載している。2005 年 9 月の時点で、NTT 東西の市場シェアは 40%に過ぎな
い。以上から、FTTH の市場支配力を論ずる場合、戸建て・ビジネス向け FTTH 市場と
集合住宅向け FTTH 市場を区別しなければならない。以上、次の通り要約できる。
<表 5.7 挿入>
<表 5.8 挿入>
【要点】FTTH の供給分析
FTTH 市場における NTT 東西の市場シェアは非常に高い。一部の電力系事業者
の善戦は特筆に値するが、まだ十分な対抗勢力に育っていない。しかし、戸建て・
ビジネス向けの FTTH 市場に比べて、集合住宅向け FTTH 市場では、NTT 東西の
市場シェアは必ずしも高くない。価格面で見ると、FTTH の割高感はほとんどなく、
5
今後、ADSL から FTTH への移行が急速に進むだろう。
5.1.3 CATV イ ンターネットの供給分析
表 5.9 は、2002 年から 2005 年まで、CATV インターネット契約回線数の推移を掲載
している。CATV インターネットは、ブロードバンド普及の当初から、かなり多くの契約
回線数を持っていた。しかし、その後の CATV インターネットの成長は、ADSL、FTTH
に比べて、小さい。日本のブロードバンドにおいて、CATV インターネットがそれほど
大きな役割を果たしていないことは、諸外国と比べて、大きな違いの一つである。また、
事業者数も 300 を超え、地域密着型の事業者も多い。通信速度はベストエフォートで
30Mbps 前後の事業者が多く、月額基本料金は 5500 円(J-COM)、5200 円(イッツコム)
と、ADSL 事業者に比べて、割高になっている。ADSL が爆発的に普及し、FTTH が本
格的に立ち上がる中、CATV 事業者はどのように独自性を打ち出していくのかが、重
要な課題となる。この点、J-COM のように、精力的に CATV 会社の統合を進め、固定
電話サービスやインターネット接続サービスの拡充に努めてきた革新的な企業の今後
が注目されよう。以上、次の通り要約できる。
<表 5.9 挿入>
【要点】CATV インターネットの供給分析
CATV インターネットの相対比率は低下傾向にある。事業者も小規模で、事業者数
も多い。地域密着型の企業も多く、今後、どのように独自性を打ち出していくのかが
課題である。
5.2 固定系ブロードバンドの需要分析
本節では、サービス毎に、ブロードバンドの需要動向を分析する。総務省・京都大
学は、ブロードバンド需要動向を分析するために、2003 年 11 月、インターネット接続サ
ービスに関するアンケート調査を行った。調査は、5 つのインターネット接続サービスを
全て利用可能な環境にある 1013 世帯を対象に、Web アンケートの形態で実施された。
その際、人口密度を地域別にコントロールし、調査会社の登録モニタの中から、ランダ
ムに抽出した。最終有効回答は 799 世帯である。このデータを用いて、次節の計量経
済分析も行われた。以下、調査結果を紹介する。
5.2.1 消費者アンケート調査結果
6
先ず、アンケート結果の全体的な概要から、解説していこう。表 5.10 は、インターネ
ット接続の利用目的を掲載している。Web 検索が一番多く 44.7%、メールが 34.9%と続
く。その他、ショッピング・オークション、チャット・掲示板、金融取引、ゲームと続くが、
数字は小さい。従って、インターネット接続の利用目的は、Web 検索やメールのような
基本的用途に限られ、まだ高度な用途には使われていない。表 5.11 は、回線接続事
業者の選択理由を掲載している。低利用料金が一番多く、続いてブランド力、通信速
度、サービスの信頼性、IP 電話、CATV 放送と続く。事業者を選択する際に、大きく分
けて、価格、ブランド力、サービスの 3 つが、重要な要因となっている。
<表 5.10 挿入>
<表 5.11 挿入>
表 5.12(a)は、現在、主に利用中のインターネット接続サービスの選択比率を表して
いる。ダイアルアップと ISDN を加えたナローバンド利用者の比率が 7.3%と低く、
ADSL、FTTH、CATV インターネットを加えたブロードバンド利用者の比率が 92.7%と
高い。表 5.12(b)のように、同じ 2003 年 9 月時点で、国民全体のナローバンド利用者比
率は 65%、ブロードバンド利用者比率が 35%であるから、数字は Web 調査の偏りと考
えられる。しかし、ブロードバンド利用者に限って見れば、アンケート調査が ADSL:
FTTH:CATV インターネット=72%:9%:19%なのに対して、国民全体比率は ADSL:
FTTH:CATV インターネット=77%:6%:17%と大体等しい。従って、アンケート調査を、
ブロードバンド利用動向調査として見る限り、妥当性を持つ。
<表 5.12 挿入>
表 5.13 は、基本的統計を掲載している。先ず、インターネット接続回線料金と ISP 料
金を加えた平均月間支出額を見ると、ブロードバンドの中では ADSL が一番安く、
FTTH が一番高い。次に平均名目速度と平均実効速度を見ると、ブロードバンドの中
では、ADSL が一番遅く、FTTH が一番速い。安くて遅い ADSL、速くて高い FTTH、
中間的な CATV インターネットという、一般的なイメージが支持される。以上、次の通り
要約できる。
<表 5.13 挿入>
【要点】消費者アンケート調査結果
ブロードバンド・ユーザの多くが、まだ、Web 閲覧やメール利用のような基本的利用
にとどまっている。回線接続事業者の選択も、価格が重要な要因である。これらは、
7
現在のブロードバンドの過半が ADSL ユーザであることに対応している。
5.2.2 ブロードバンド需要代替性
本項では、アンケート調査結果からうかがえる、ブロードバンド・サービス間の需要
代替性を解説しよう。表 5.14 は、現在利用中のインターネット接続サービスを選択した
理由を掲載している。全体で見ると、常時接続性に対する評価が高く、定額料金、低
利用料金、通信速度と続く。これをサービス毎に見てみると、ADSL と CATV インター
ネットでは、上位 2 つまでが一致し、常時接続性と定額料金となっている。これは、ナロ
ーバンド・サービスに対する、ブロードバンド・サービス一般の特徴である。ADSL では、
低利用料金、無料キャンペーンと続き、通信速度が最後にランクされているのは妥当
な結果である。CATV インターネットでは、通信速度の後に、住宅条件、IP 電話・TV
放送と続き、CATV の地域的特性やサービス特性を反映している。FTTH では、通信
速度が圧倒的な大差で首位となり、常時接続性、定額料金とブロードバンド一般の特
性が続く。要約すると、常時接続性、定額料金という優位性を持つブロードバンドでは、
ADSL と CATV インターネットがその入り口としての役割を果たし、さらに高機能・高速
度を求める利用者が真のブロードバンドである FTTH へ移行するという構造になって
いる。
<表 5.14 挿入>
表 5.15 は、現在利用中の回線に移る前に利用していた回線を掲載している。ブロ
ードバンド・サービスへの移行を見てみると、ダイアルアップ、ISDN、CATV インターネ
ットからの移行先は圧倒的に ADSL が多い。そして、ADSL からはほとんどが FTTH へ
移行している。FTTH からの移行はほとんどない。従って、ADSL はブロードバンド・サ
ービスの始発点であり、FTTH はブロードバンド・サービスの終着点と言えよう。
<表 5.15 挿入>
最後に、表 5.16 は、1年後に利用したいか、利用していると思う回線を掲載している。
ダイアルアップ、ISDN、ADSL では、ADSL を利用したいか、利用していると考える利
用者が多い。しかし、ISDN、ADSL では、FTTH が二番にランクされ、CATV インター
ネットでは、FTTH が一番にランクされている。要約すると、ナローバンド・サービス利用
者も、いずれはブロードバンド・サービスに移行し、ADSL や CATV インターネットのよ
うなブロードバンド入門サービスの利用を経て、最終的には、FTTH に行き着くというマ
イグレーションをたどるだろう。以上、次の通り要約できる。
8
<表 5.16 挿入>
【要点】ブロードバンド需要代替性
ブロードバンドの入門サービスは ADSL と CATV インターネットであり、常時接続性
と定額料金が高い評価を受けている。FTTH は真のブロードバンド・サービスであり、
超高速性が高い評価を受けている。ナローバンドからブロードバンドへ、ADSL から
FTTH へというマイグレーションをたどる。
5.3 固定系ブロードバンドの計量経済分析(RP 編)
本項では、インターネット接続サービスのアンケート調査データを使用して、第 4 章
で説明した離散的選択モデルの分析を紹介する1 。情報通信産業の需要分析におい
て、計量経済学的研究はあまた存在する2 。それに関して、Taylor (2002)の優れたサ
ーベイが参考になる。1980、1990 年代の電気通信需要計量経済分析の特徴は、離散
的選択モデルの発展である。特に、加入する、しないという加入需要に関して、離散的
選択モデルは適している。その嚆矢は、Perl (1978, 1983)であるが、その後、多くの離
散選択分析(例えば、Ben-Akiva et al. 1989、Kridel 1988、Taylor and Kridel 1990、
Kridel and Taylor 1993、Bodnar et al. 1988、Solvason 1997)が続いた。近年の注目は、
Train et al. (1987, 1989)のような、誤差項の IID 仮定を緩和した入れ子ロジット(NL)・モ
デルの普及であろう。本節の分析も、情報通信産業の需要を、NL モデルを用いて、
分析している。ブロードバンド・サービス需要に関する分析は、まだほとんど存在して
おらず、わずかに Madden et al. (1999)、Madden and Simpson (1997)、Eisner and
Waldon (2001)、Kridel et al. (2001)、Dufy-Deno(2003)等だけである。
5.3.1 RP データ
本分析で用いるデータは、2003 年 11 月、総務省『電気通信事業分野における競争
状況の評価の実施について』に沿って実施された個人向けアンケート調査から取られ
た。同調査は、アンケート登録会社にモニタ登録している人の中から、地理的な人口
分布を考慮して、ランダム・サンプリングした。同調査は、費用と効率性の観点から、
1
本項の分析は、黒田・依田(2004)、Ida and Kuroda (2006)に基づいている。
他方で、日本の地域電気通信産業における需要分析は必ずしも多くない。通話需
要分析としては三友(1995)、加入需要分析としては浅井・鬼木・栗山(1996)が地域別
分析を行っている。長距離通話も含めた需要分析サーベイとしては、浅井(1999)が有
益である。
2
9
Web アンケート上で実施され、(i)固定電話ダイアルアップ(DU)、(ii)常時接続 ISDN、
(iii)ADSL、(iv)CATV インターネット、(v)FTTH の 5 つのインターネット接続サービスを
全て利用可能な環境にある世帯 1013 から回答を得た。その中から、記入漏れ、異常
値を排除し、最終的な有効サンプル数は、名目速度が 799、実効速度が 789 である。
サンプルの記述統計は、表 5.17 の通りである。選択比率は、DU:2%、ISDN:5%、
ADSL:67%、FTTH:8%、CATV:18%である。しかし、DU と ISDN の選択者数が少な
いため、独立した選択肢と見なすのは困難である。そこで、本分析においては、DU と
ISDN をひとまとめにナローバンド・サービスとして扱う3。
<表 5.17 挿入>
ADSL と FTTH の利用者を NTT ユーザと非 NTT ユーザに区分したのが、表 5.18
である 。 月 間 支 出額 に関 し て、NTT ユ ー ザ の方 が、 非 NTT ユー ザ に よりも 、
1000~1500 円以上、高い価格を支払っている。NTT ユーザと非 NTT ユーザの平均支
出額が等しいという帰無仮説を Welch 検定でテストしたところ、それぞれの t 値は 7.16、
3.86 で、帰無仮説は 1%水準で棄却された。NTT ユーザの方が、非 NTT ユーザよりも、
高い料金を支払っているのに、NTT ユーザは ADSL ユーザの 32%、FTTH ユーザの
65%を占めている。NTT ユーザの名目速度、実効速度が高いという事実はないのに、
高い料金を支払っても、なお NTT を選択するのは何故だろうか。現在のインターネッ
ト・アクセス回線事業者を選択した理由は、低料金(44.4%)、ブランド力(23.0%)、通信
速度・機能性(22.7%)、安定性・信頼性(17.9%)の順となっている。要するに、インター
ネット接続利用者は、料金の廉価性を求めるグループとサービスの安定性を求めるグ
ループに二分化される。以上、次の通り要約できる。
<表 5.18 挿入>
【要点】RP データ
Web 調査によって得られた実績データを分析すると、NTT ユーザの方が、非 NTT
ユーザよりも、1000~1500 円余計に支払っているのに、NTT 東西の市場シェアは大
きい。これは、ブロードバンド・ユーザが価格重視派と安定性重視派に分かれている
からである。
5.3.2 4 選択肢モデルとモデル選択
3
McFadden (1984)はサンプル数が 30 以下の選択肢を個別に立てて漸近推定を行っ
ても信頼のおける推定結果を得ることはできないと述べている。そこで 18 のサンプルし
かなかったダイアルアップ接続を ISDN と同一のナローバンドという選択肢とみなす。
10
ロジット・モデルを用いて、インターネット接続サービス需要を分析する。選択肢は 4
つ考え、(i)NB(DU、ISDN)、(ii)ADSL、(iii)CATV、(iv)FTTH とする。NB はナローバン
ド、BB はブロードバンドの略である。説明変数は、各選択肢の定数項、平均支出額
(以下価格)、通信速度、NTT ユーザ・ダミーである。観察されなかった選択肢の価格
や速度については、インターネット接続回線事業者、ISP 事業者、所得階層等の個人
属性を用いて、全てのサンプルを類型化し、それぞれのグループについて平均価格と
平均速度を計算し、それを選択された選択肢も含めた全ての選択肢における代理変
数として用いた45。通信速度には、名目速度、実効速度を用いる。所得のような個人属
性も説明変数に入れてみたが、有意ではなかった。
検討するロジット・モデルは、以下のような条件付きロジット(CL)・モデル、4 種類の入
れ子ロジット(NL)・モデルである6。


CL:
NL(i):
[NB, ADSL, CATV, FTTH]
[NB] v. [ADSL, CATV, FTTH]

NL(ii):
[NB] v. [ADSL] v. [CATV, FTTH]

NL(iii):
[NB] v. [FTTH] v. [ADSL , CATV]

NL(iv):
[NB] v. [CATV] v. [ADSL , FTTH]
注:[ ]は入れ子を表す。
CL モデルでは、IIA 仮定が成立することが必要である。そこで、IIA 仮定に関して、
ハウスマン・テストを行う。NL モデルを用いる場合、入れ子構造の決定が問題とされる
4
総務省(2004)、黒田・依田(2004)では、Hensher et al. (2005 pp.222-224)で紹介され
ている通り、選択された選択肢の変数には実績値を用いて、選択されなかった選択肢
の変数には他者によって選択された場合の平均値を代理変数として用いた。しかし、
Ida and Kuroda (2006)を発表する際に、Journal of Regulatory Economics の査読者と
のやりとりにおいて、注 5 で説明するような理由から、本文で用いた方式による再推定
を要求された。その結果、Ida and Kuroda (2006)では総務省(2004)、黒田・依田(2004)
に比べて、推定値が大きくなり、需要弾力性も高くなった。しかし、全体としての推定結
果の傾向は同じである。
5
選択された選択肢の変数には実績値を用いて、選択されなかった選択肢の変数に
他者によって選択された平均値を用いることは、以下説明するように、内生性の問題
が発生するかもしれない。選択者 n が選択肢 j を選ぶときダミー変数 Dnj = 1 で表し、
そうでない場合 0 とおく。その結果、選択者 n にとって選択肢 j の価格は、(価格 nj)=
(実際の価格 nj) Dnj + (平均価格 mj)(1-Dnj)となる(m≠n)。従って、被説明変数 Dnj が価
格変数の中に入ってくる(Ida and Kuroda 2006 n.9 参照)。
6
黒田・依田(2004)では、3 段階 NL モデルの推定も行ったが、推定値の統計的有意
性は低かった。
11
(Greene 2003 参照)。ここでは、次のようなモデル選択基準を考える。第一に、重要な
変数(価格、速度)に関して、パラメータの符号条件が満たされるかどうかを検討する。
価格パラメータの符号は負、速度パラメータの符号は正と期待される。第二に、重要な
変数(価格、速度)に関して、パラメータの統計的有意性(t 値)が 5%水準で満たされて
いるかどうかを検討する。最後に、マクファデンの ! を比較検討し、 ! の高いモデルを
選択する。
5.3.3 4 選択肢モデルの推定結果
モデルの比較結果が、表 5.19 に掲載されている。第一に、CL モデルであるが価格・
速度パラメータの符号条件と価格パラメータの統計的有意性(1%)は満たしたが、速度
パラメータの統計的有意性(5%)は満たさなかった。そして、NB と ADSL の 2 つの選択
肢を落としたモデルに関して、ハウスマン・テストを行ったところ、 ! 2 (2)=17.77 であり、
1%水準で IIA 仮定は棄却された。従って、CL モデルの採用は不適切である。
<表 5.19 挿入>
第二に、NL モデルであるが、いずれも価格・速度パラメータの符号条件と価格・速
度パラメータの統計的有意性(1%)は満たした。そこで、 ! を比較検討したところ、NL(i)
モデルが最も高かった。従って、NB に対して、ADSL、CATV、FTTH から構成される
BB を、一つにカテゴリ化することが適当である。以上から、NL(i)モデルの採用が最も
適切である。NL(i)モデルの推定結果が、表 5.20 に掲載されている。
<表 5.20 挿入>
次に、NL(i)モデルの価格に関する、需要の自己弾力性を見ると、ADSL は約 0.85
であり、非弾力的である7。従って、ADSL の価格が上がっても、ADSL の需要はそれ
ほど低下しない。その理由は、ADSL 利用者は BB サービス利用者の 60%を超え、
7
交叉弾力性も併せて計算したが、NL モデルでは、カテゴリ間の IIA 仮定は緩和され
るものの、カテゴリ内の IIA 仮定は緩和されていない。従って、カテゴリ内の選択肢に
対する交叉弾力性は一定となる。例えば、ADSL の FTTH と CATV に対する交叉弾力
性は共に 0.602、FTTH の ADSL と CATV に対する交叉弾力性は共に 0.100、CATV
の FTTH と ADSL に対する交叉弾力性は共に 0.184 である。以上の理由で、交叉弾
力性情報をここでは分析に用いない。また、反トラスト市場画定において必要な情報
は自己弾力性であり、交叉弾力性ではない。交叉弾力性は近接代替財の選択に用い
られる。より詳細は、Werden (1993, 1998)を参照。
12
ADSL の中には低速度(1.5Mbps 程度)、中速度(8-12Mbps)、高速度(24Mbps 以上)と
いうサービスの幅があり、多くの利用者は ADSL 内でサービスを変更しているからと考
えられる。そこで、ADSL を幾つかの部分市場に分割して、より細かく分析する必要が
あろう。他方で、FTTH と CATV の需要の自己弾力性は約 3.2 と約 2.5 で、弾力的であ
る。つまり、価格が下がれば、もっと需要が伸び、価格が上がれば、もっと需要が減る。
以上、次の通り要約できる。
【要点】4 選択肢モデルの推定結果
ブロードバンド需要において、一番適合度の高いモデルは、第一段階で、ナローバ
ンドかブロードバンドかを決定し、第二段階で、ブロードバンドの中から、ADSL、
CATV インターネット、FTTH のどれかを決定する入れ子である。価格に関する、需
要の自己弾力性を調べると、ADSL は非弾力的で、CATV インターネットと FTTH は
弾力的である。
5.3.3.1(*) 名目速度と実効速度
インターネットの通信速度には、名目速度と実効速度の 2 つがあり、どちらが消費者
選択に重要な変数なのかは、一概には明らかでない。実効速度を説明変数として、
CL モデルを分析したが、実効速度パラメータの符号条件すら満たされておらず、統計
的有意性も低かった。従って、名目速度の方が、実効速度よりも、説明変数として望ま
しいと言える。この理由として、第一に、実効速度の変動係数(分散/平均値)が大きい
こと、第二に、ベストエフォート型のインターネット接続サービスが一種の「経験財」
(Nelson 1970)であり、実際に使ってみないと、真の品質が判らないことが考えられる。
しかし、今後、ブロードバンド・サービスが広く普及すれば、消費者の選好は名目速度
よりも、実効速度に依存するようになるかもしれない。
5.3.4 ADSL 市場の部分市場分析
前項では、ADSL 価格に関する、需要の自己弾力性が、非弾力的であることを論じ
た。しかし、ADSL は巨大な市場であり、日本のブロードバンド・サービスの約 70%が
ADSL を利用しているので、それを幾つかの部分市場に分割することを検討する。ここ
では、ADSL 市場を名目速度 1.5Mbps 程度の低速度(L)ADSL、8-12Mbps 程度の中
速度(M)ADSL、24Mbps 以上の高速度(H)ADSL に三分割する。ADSL 市場の記述統
計は、表 5.21 の通りである。ADSL 利用者のうち、74%が中速度 ADSL を利用してい
る。
13
<表 5.21 挿入>
モデルの選択基準が、表 5.22 に掲載されている。先ず、CL モデルであるが、価格・
速度パラメータの符号条件と価格・速度パラメータの統計的有意性を満たした。低速
度 ADSL を選択肢から落し、ハウスマン・テストを実施したところ、 ! 2 (2)=289.3 であり、
1%水準で IIA 仮定は棄却された。そこで、3 種類の NL モデルを比較検討した。

NL(i):
[L-ADSL] v. [M-ADSL, H-ADSL]

NL(ii):
[M-ADSL] v. [L-ADSL, H-ADSL]

NL(iii):
[H-ADSL] v. [L-ADSL, M-ADSL]
注:[ ]は入れ子を表す。
モデルを比較検討したところ、NL(ii)が優れている。NL(ii)の価格・速度パラメータの
符号条件・統計的有意性(1%)が全て満たされ、 ! が一番高い。NL(ii)の推定結果は、
表 5.23 に掲載されている。価格に関する、需要の自己弾力性に目を向けると、中速度
ADSL は 2.6 と弾力的であり、低速度・高速度 ADSL は 10.6、9.1 と非常に弾力的であ
る。以上から、ADSL を1つの選択肢とみなした場合、その価格に関する需要の弾力
性は非弾力的であったが、ADSL をさらに 3 つに分割したところ、価格に関する需要の
弾力性はそれぞれ弾力的であり、特に、低速度と高速度 ADSL の弾力性が高いことが
判った。これは、ADSL 内部で利用者の移行が進んでいるためだと思われる。以上、
次の通り要約できる。
<表 5.22 挿入>
<表 5.23 挿入>
【要点】ADSL 市場の部分市場分析
ADSL 需要を細かく分析すると、一番適合度の高いモデルは、中速度 ADSL と低速
度、高速度 ADSL を分割する入れ子である。価格に関する、需要の自己弾力性を
調べると、ADSL 内部では弾力的で、特に低速度、高速度 ADSL は高度に弾力的
である。
5.4 固定系ブロードバンドの計量経済分析(SP 編)
前節では、RP データを用いて、日本のブロードバンド市場を分析した。しかし、FTTH
のサービス開始からまだ数年しか経過していないことから、FTTH のような新興市場を
含めた分析をするためには、SP データを分析する価値がある8。なぜならば、技術進
8
本項の分析は、佐藤・依田(2004)、Ida and Sato (2005)に基づいている。
14
歩と共に、急速に変貌を遂げつつあるブロードバンド市場においては、観察可能な市
場データに制約がある。具体的に言えば、FTTH 等の高速通信サービスや IP 電話サ
ービス、TV プログラム配信といった機能の需要分析には、技術水準および市場規模
で仮想的な要素が加わってくるため、RP データでは十分に分析仕切れない。例えば、
光ファイバが敷設されていない地域での需要を分析しようとしたとき、RP データを用い
た分析は不可能である。そこで、本節では、コンジョイント分析を用いて、日本のブロ
ードバンド・サービスを分析する。コンジョイント分析は、実際に観察された市場データ
を用いるのではなく、アンケート等による仮想的な選択質問に対する消費者の回答か
ら、選好体系を明らかにする。
5.4.1 SP データ
コンジョイント分析では、財を様々な属性の束(プロファイル)から成り立っているものと
見なし、属性ごとに評価する。ブロードバンド・サービスに即して言えば、通信速度、価
格、IP 電話の有無のような項目が属性として考えられる。こうした属性を幾つ設定する
か、何を設定するかは調査者の判断によって決定される。ただし、導入した属性数が
多すぎると、回答者の回答が困難になる9。他方で、属性数が少なすぎると、商品の表
現としては不十分になってしまう。適切なプロファイル作りのためには、プレテストを通
じた消費者調査による観察を十分に踏まえる必要がある。本研究では、3 回にわたる
プレテストを通じて、次のようにブロードバンド・サービスの属性および水準を決定し
た。

商品タイプ:ADSL、CATV インターネット、FTTH。

商品タイプ別価格:インターネット接続料金、ISP 料金、モデム・レンタル料金等を
含めた月間総支出額。

ADSL 価格:金額の範囲は 2500 円、3000 円、3500 円、4000 円。

CATV インターネット価格:金額の範囲は 4500 円、5000 円、5500 円、6000
円。



FTTH 価格:金額の範囲は 6000 円、6500 円、7000 円、7500 円。
商品タイプ別通信速度:下り最大速度。

ADSL 通信速度:速度の範囲は 1Mbps、10Mbps、20Mbps。


CATV インターネット通信速度:速度の範囲は 20Mbps、30Mbps。
FTTH 通信速度:速度の範囲は 30Mbps、100Mbps。
IP 電話利用の有無:ADSL、CATV インターネット、FTTH いずれも、有りまたは無
し。
9
心理学の観点から人間は 6 を超える情報を同時に処理することは困難であることが
知られている。これは「ミラーの法則」(Miller 1956)と呼ばれる。
15

通信速度の上下対称性: ADSL、CATV インターネットは常に非対称。FTTH は
常に対称。

TV 番組配信サービス:ADSL は常にサービス無し。CATV インターネットは常に
サービス有り。FTTH はサービス無しまたは部分的にサービス有り。

国内最大手ブランド:ADSL・FTTHは国内最大手会社のサービス提供無しまた
は有り。CATV インターネットはサービス提供無し。
これらの属性および水準を組合せて、プロファイルを作るわけであるが、あらゆる組
合せを想定すれば膨大な数になる。そこで、用いられるのが直交計画法である。直交
計画法とは、変数間の相関とるための手法であり、少ないプロファイル数でも効率よく
推定できる。
ここでは、選択設問は 5 つの選択肢から択一する問題にした。選択肢 1、2 は ADSL、
選択肢 3 は CATV インターネット、選択肢 4、5 は FTTH を表している。従って、選択
肢1と 2、選択肢 4 と 5 は強い類似性を示すだろう。図 5.1 は、代表的な質問例を掲載
している。
<図 5.1 挿入>
さて、本分析で用いる SP データは、2003 年 11 月、総務省『電気通信事業分野にお
ける競争状況の評価の実施について』に従って実施されたアンケート調査結果である。
FTTH の利用可能性の違いが SP にどのような影響を与えるかを分析するために、全て
の選択肢が利用可能なサンプルの中から 105 のサブサンプル(A グループ)、FTTH が
利用不可能なサンプルの中から 104 のサブサンプル(N グループ)をそれぞれランダム
に抽出した。このように抽出されたサンプルに対し、設問をそれぞれ 7 回繰り返し質問
した。表 5.24 は、その回答結果を掲載している。
<表 5.24 挿入>
N グループは、A グループよりも、ADSL 選択割合が高く(60.1%対 52.5%)、FTTH
選択割合が低い(27.6%対 32.5%)。サブサンプル間で、ADSL と FTTH 共に価格・速度
とも大差ない。従って、FTTH が利用可能かどうかという環境の相違が、消費者の選好
に影響を及ぼし、選択結果の相違を引き起こしていると考えられる。以上、次の通り要
約できる。
【要点】SP データ
技術革新が早く、導入間もないブロードバンドでは、仮想的質問に基づく SP データ
の分析が有効である。FTTH の利用可能性が、どのように消費者選好に影響を及ぼ
16
しているのかを分析する。
5.4.2 SP 分析結果
本項では、主要な分析結果を解説する。先ず、CL モデルを用いてデータを分析し
た。CL モデルでは、先ず、IIA 仮定の妥当性にをテストする必要がある。ハウスマン・
テスト統計量を計算したところ、 ! 2 =44.21 となり、IIA 仮定は 1%水準で棄却された。従
って、ここで、CL モデルは不適当である。そこで、NL モデルを用いて、データを分析
した。NL モデルの推定結果は、表 5.25 のようにまとめられる。
<表 5.25 挿入>
仮想的選択から消費者選好体系を分析するのが、コンジョイント分析である。回答
者が住んでいる地域において現実に選択肢が購入可能か否かによって、仮想的選択
に影響が及ぶかどうか興味深い。サブグループ A と N の違いは、FTTH が利用可能か
どうかという現実選択肢の違いであり、調査票は同一である。こうした現実選択肢の違
いが仮想的選択に影響があるとすれば、サブグループ間で異なる選好体系を示すで
あろう。
選好の差を統計的に検定するために、両サブグループ間でパラメータが等しいとい
う帰無仮説を立て、次のような尤度比テストを用いた(Ben-Akiva and Lerman 1985 参
照)。尤度比テストは、検定統計量 ! =-2[LL(A+N)‐(LL(A)+LL(N))]が ! 2 分布に従う
ことを利用する。LL は対数尤度を表し、括弧内はグループ名を表す。計算の結果、
! =-2[-2150.248-(-1093.883-1067.324)]= 21.919
が得られ、帰無仮説は 1%水準で棄却された。すなわち、選択肢の利用可能性が、選
好体系に有意な差異を引き起こしたと言える。
そこで、各グループの WTP をまとめると、表 5.26 のようになる。FTTH が利用可能な
ユーザ(A グループ)は 1Mbps あたり 32 円の WTP を持っているのに対して、FTTH が
利用可能でないユーザ(N グループ)は 1Mbps あたり 45 円の WTP を持っており、後者
の方が速度に対して高い選好を持っている。
<表 5.26 挿入>
A グループと N グループの相違は、FTTH の利用可能性にある。FTTH の利用可能
な環境は東京、大阪、名古屋等、大都市圏近郊が多く、FTTH 利用不可能な環境は
17
地方都市、過疎地に多い。大都市圏近郊では、複数の事業者が ADSL・FTTH を提供
し、テレビ CM のみならず、街頭宣伝、電話勧誘を通じて、積極的な顧客獲得を展開
している。そのため、僅かでも自分に有利なプランがあれば、消費者はサービスや事
業者を変更しようとする。他方、そのような競争環境は地方では存在せず、一社の独
占であったり、そもそもサービスの提供が始まっていないことも少なくない。従って、A
グループにとって重要なのは、いかに安くて良いブロードバンド・サービスを利用でき
るかであり、N グループにとって重要なのは、先ずはブロードバンド接続環境を確保す
ることなのである10。
この結論は、ユニバーサル・サービス政策やデジタル・デバイド問題と併せて考える
と興味深い。ブロードバンド接続が限られているユーザの方が、速度に対して高い
WTP を持っている。こうして、地方ユーザはブロードバンドに対して高い潜在的ニーズ
を持っているが、実際の利用可能性が限られているために、まだ現実的な需要として
顕在化するに至ってない11。以上、次の通り要約できる。
【要点】SP 分析結果
FTTH の利用可能性が消費者の選好に影響を与えている。FTTH が利用できない
ユーザの方が、通信速度に対して、高い支払意思額を持つという結果が得られた。
この結果は、地方では、ブロードバンド需要が存在しないという見解を否定する。
5.5 固定系ブロードバンドの政策的論点
本節では、ここまでの分析をもとに、固定系ブロードバンドの主要な競争政策的論点
を取り上げ、議論する。
5.5.1 インターネット接続市場の画定
本項では、インターネット接続市場の画定について議論する。固定系インターネット
10
この結論は、経済心理学的に見ても興味深い。Schwarz and Vaughn (2002)は、個
人的に未経験な事柄に関する場合は、直感的想起のし易さに基づき意思決定を行い、
個人的に経験がある場合は、経験の量に基づき意思決定を行うことを指摘している。
これを想起しやすさ(availability)仮説という。従って、FTTH が利用不可能な地域では、
直感的想起のし易さに基づく選好形成となっており、FTTH が利用可能な地域では、
経験の量に基づく選好形成となっているのではないだろうか。
11
しかしながら、地方の方が需要密度が小さく、需要規模でも劣ることは事実であろう。
従って、密度の経済性や規模の経済性から、地方では供給費用が高いという問題は
依然として残る。
18
は、ナローバンド・サービスとブロードバンド・サービスに分けられる。さらに、ブロード
バンド・サービスは、ADSL、CATV インターネット、FTTH に分けられる。果たして、こ
れらのサービスは1つの市場を形成しているのだろうか。それとも、別々の市場を形成
しているのだろうか。
独占禁止政策や競争評価では、市場を画定するために、仮想的独占者テスト
(SSNIP テスト)を用いる。しかし、SSNIP テストを行うには、価格に関する需要の自己弾
力性とマークアップ率の情報が必要である。需要弾力性は、離散選択分析によって、
推定可能である。しかしながら、個別サービスのマークアップ率は通常入手できないの
で、SSNIP テストを厳密に行うことは困難である。そこで、5.3 の推定結果をもとにしなが
ら、市場の画定のアウトラインを解説しよう。第一に、ナローバンド・サービスとブロード
バンド・サービスであるが、NL モデルの比較の結果、両者のカテゴリが異なることが判
った。従って、ナローバンドとブロードバンドを異なる市場として画定することが適当だ
ろう。
第二に、ブロードバンド・サービスの需要の自己弾力性に注目すると、ADSL は非弾
力的であり、CATV インターネットと FTTH は弾力的であった。通常独禁政策上、問題
になる臨界的価格弾力性はおよそ1から 2 の範囲内にあるので、ADSL は独立した画
定市場を構成していると考えられる(Werden 1998 p.390 参照)。ADSL は大きな市場で
あり、それ自体、幾つかの市場に分割される可能性もあるが、低速度・中速度・高速度
ADSL 共に弾力的であったので、ADSL を1つの市場として考えることができる12。
第三に、CATV インターネットと FTTH であるが、両者を提供するには、それぞれ別
の回線を新規に敷設する必要があり、両者を併せて提供する事業者はいない。従っ
て、CATV 事業者が FTTH に参入したり、FTTH 事業者が CATV に参入したりするこ
とは困難であり、両者の間には供給の代替性は存在しないと考えられる(総務省 2004
p.90 参照)。以上から、先ず、ナローバンド市場とブロードバンド市場として市場の画定
ができ、次に、ADSL、CATV インターネット、FTTH 市場として市場の画定ができる。
以上、次の通り要約できる。
【要点】インターネット接続市場の画定
SSNIP テストの考え方に従って、インターネット接続市場の画定を考えてみると、第
一に、ナローバンドとブロードバンドの区切りがあることがわかる。第二に、ブロード
バンドの中でも、需要代替性から、ADSL は独立した市場をなすことが判る。第三に、
供給代替性から、FTTH と CATV インターネットにも境界がある。
12
注 4 の通り、Ida and Kuroda (2006)は、データの定義を変えて推定したので、中速
度 ADSL の非独立性に関して総務省(2004 p.87)との議論と若干差異がある。ただし、
中速度 ADSL 市場を別市場と画定しない点では、同じである。
19
5.5.1.1 SSNIP テスト
市場とは、競争が行われる場のことであり、反競争効果が生じうるかどうかを判断する
ための場のことである。市場の画定は、需要代替性と供給代替性の二つの観点から、
吟味される。需要での代替性とは、需要者からみて問題の商品と他の商品との間に乗
り換え関係があるかどうかを判断するものであり、供給面での代替性とは、供給者から
みて問題の商品と他の商品相互の間に容易に供給を行える関係にあるかどうかを判
断するものである。市場の画定基準は、通常、需要代替性を中心に議論が展開される
(林・依田 2006 参照)13。
米国では、1968 年、合併ガイドラインが定められ、市場画定が定式化された。1982
年ガイドラインは、1968 年ガイドラインの内容を全面的に改訂し、市場画定手法も一新
した。1982 年ガイドラインの市場画定手法は、次のようにまとめられる。利潤最大化を
図る仮想的な独占者を想定し、この仮想的な独占者が、現行価格を基準として、「小
幅であるが有意かつ一時的でない価格引上げ(small but significant and nontransitory
increase in price, SSNIP)」を行う場合、買手の需要面での反応をみる。もし当該製品の
多数の買手が、他の代替品に乗り換えるために、1 年間で 5%程度の価格引上げが利
潤とならないのであれば、当該製品の次善の代替品を含めた上で、それらの製品群
に対して、再度、SSNIP を行って、利潤となりうるかを問う。このようにして、SSNIP を行
って利潤となりうるまで、このプロセスを繰り返す。そして、SSNIP が利潤となる製品の
範囲が、関連市場であるとする。供給の代替性では、SSNIP に反応して、6 ヶ月以内に
関連製品を生産・販売できる企業を、市場参加者に含める。
実際の市場画定には、需要の臨界的弾力性(critical elasticities of demand)を計算す
る必要がある。需要の臨界的弾力性が、現在の価格水準で測定される需要弾力性よ
りも大きければ、利潤極大価格の上昇は SSNIP よりも大きい。従って、この仮想的な独
占者は、SSNIP によって、利潤を増加できるので、このような製品を市場として画定す
る。逆に、臨界的な需要の価格弾力性が、現在の価格水準で測定される需要の価格
弾力性よりも、小さければ、このような製品を市場として画定できない。
5.5.1.2(*) 臨界的弾力性
線形需要の場合の臨界的弾力性を説明しよう。線形需要曲線を p = a ! bq とおく。p
13
需要代替性からみた市場画定には、3 つの注意が必要である(Gual 2004 参照)。第
一に、潜在的な事業者との競争も考える必要がある。第二に、バンドル・サービス間の
需要の補完性を考える必要がある。第三に、固定費用の大きな産業では、単純にマ
ークアップ率を、市場支配力の代理変数とみなすことはできない。
20
は価格、q は需要、a、b はパラメータである。現在の価格を p 0 とおく。以上から、現在
の価格での需要弾力性を計算すると、 ! ii ( p 0 ) = ( p 0 ) / (a " p 0 ) を得る。次に、利潤極
大価格を p m 、限界費用を c とおくと、仮想的独占者の利潤極大価格を計算すると、
p m = (a + c) / 2 を得る。m という価格費用マージンを得ている仮想的独占者が t という
価格引き上げ(SSNIP)を行う場合、利潤が最大化される臨界的弾力性を計算すると、
a = 2 p m ! c から、 ! ii ( p 0 ) = ( p 0 ) / (2 p m " c " p 0 ) = 1 / (m + 2t) を得る。ここで、現行の価
格費用マージンは m = ( p 0 ! c) / p 0 である。また、SSNIP は t = ( p m ! p 0 ) / p 0 である。
5.5.2 ADSL 市場の有効競争
現在のブロードバンドの過半を占める ADSL であるが、ADSL 市場の特徴は次のよう
にまとめられる。

ADSL 市場は、成長期から成熟期に移行している。特に、契約者数の純増数は
既に FTTH に追い抜かれ、早晩、衰退期に入る可能性もある。

世界的に見て、価格は最も低く、通信速度は最も高い。NTT 東西、ソフトバンク、
イーアクセス、アッカによる4社寡占的状況であるが、突出した支配的事業者は見
あたらず、競争は有効に機能している。

常時接続性・定額制が魅力である ADSL は、ナローバンドからブロードバンドへ
の入り口としての役割を果たし、ナローバンドからブロードバンドへの移行ユーザ
を未だに吸収している。

サービス提供地域は、都市部から地方部へ拡大し、特に、NTT 東西が積極的に
地方展開を手がけている。
ADSL サービスは、競争事業者が NTT 東西のラインシェアリングやダークファイバを
利用して、サービスを展開している。従って、ADSL の激しい競争には、総務省の接続
規制に負うところが大きい。現在、ADSL の競争は有効に機能し、日本のブロードバン
ド普及の契機を担った。特に、画期的な低料金、斬新な街角営業、050 型 IP 電話の提
供等、次々に新規な営業戦略を打ち出したソフトバンクの貢献は特筆すべきである。
しかしながら、ADSL 市場の成長にかげりが見られ、都市部に住むヘビー・ユーザか
ら FTTH への移行が始まっている。ADSL から FTTH への移行は、ADSL 市場の最も
収益性の高い利用者から抜けることを意味するので、高次機能、コンテンツ等の売り
21
上げも考えると、ADSL 事業者にとって、大きな収益減少となる。
NTT 東西は ADSL と FTTH をあわせて提供しているが、その他の事業者は ADSL
専業であるか、FTTH 市場の実績はまだ小さい。従って、NTT の ADSL ユーザは、メ
ール・アドレス変更等に煩わされることなく、スムーズに ADSL から FTTH へ移行できる
のに、その他の事業者の ADSL ユーザが FTTH に移るには、金銭・非金銭、両方のス
イッチング費用を負担しなければならない。このスイッチング費用の非対称性は、今後、
ADSL が成熟期から衰退期に向かう際、ADSL 事業者の採算性の深刻な悪化として
顕在化するだろう。スイッチング費用のため、ADSL から FTTH へ移行することが困難
で、ADSL 事業者の採算性の悪化によるサービスの縮小等により、ADSL サービスの
継続的利用が脅かされる ADSL ユーザをどのように救済するかは、重要な政策課題で
ある。以上、次の通り要約できる。
【要点】ADSL 市場の有効競争
ADSL 市場は 4 者寡占体制になっているものの、競争は有効に機能している。しか
し、ADSL 市場は成熟期から衰退期にさしかかっており、今後、都市部では、FTTH
との競合が強まるだろう。その時、ADSL と FTTH を併せて提供する事業者と、そう
でない事業者との間の競争上の非対称性を注視する必要がある。
5.5.3 FTTH 市場の有効競争
ブロードバンドの本命と期待される FTTHL 市場の特徴は、次のようにまとめられる。

2004 年以降、FTTH 市場の立ち上がりがはっきりした。また、NTT 中期経営戦略
による 2010 年 3000 万世帯獲得目標や、ケイオプティコムによる価格引き下げ、
東京電力と KDDI の提携等、事業者の積極的取り組みを考えると、今後は、加速
的に普及が進むだろう。

高速インターネットの他に、品質や機能が固定電話並みの 0ABJ 型 IP 電話や衛
星放送並みの多チャンネル・テレビ番組の配信等、光ファイバのマルチ・メディア
戦略(いわゆるトリプルプレイ)が徐々に浸透し、贅沢品から日常生活品へと変わり
つつある。他方で、供給側から見ると、従来ばら売りできたサービスを、廉価な一
体料金で提供せざるを得ず、収益性の向上には結びつかない。

FTTH の営業エリアは急拡大しているが、地方部ではき線点 RT の光化すら未了
の地域があり、光化地域と暗黒地域のデジタル・デバイドが深刻な社会問題とな
っている。
FTTH に関しては、NTT 東西のみならず、電力系事業者がインフラを所有するので、
NTT の光ファイバを借りてサービスを展開するサービス・ベースの競争と、自前で光フ
ァイバを敷設する設備ベースの競争が存在する。設備ベースの競争が主流の戸建て
22
FTTH 市場では、NTT 東西のシェアが圧倒的に高いが、サービス競争が主流の集合
住宅 FTTH 市場では、NTT 東西のシェアは必ずしも高くない。従って、今後 FTTH 市
場の有効競争には、競争事業者による活発な設備投資があるかどうかが重要だろう。
実際問題として考えると、NTT 東西以外に、光ファイバ投資を担える競争事業者は電
力系事業者以外おらず、FTTH 市場では電力系事業者の動向が重要である。NTT グ
ループとしても、ブランド力で NTT 東西に勝るとも劣らない電力系事業者との競争は
かってない脅威となる。
現在、光ファイバの開放義務が NTT 東西だけにかかり、電力系事業者にはかからな
い。そこで、NTT 東西は光ファイバ開放義務の撤廃を強く訴え、光ファイバ開放義務
が地方での光ファイバ投資インセンティブを阻害していると主張している。しかし、NTT
東西が電力系事業者と競争に直面しているのは今のところ都市部だけであり、NTT の
光ファイバ開放義務が撤廃されたからといって、NTT が過疎地域への光ファイバ投資
を行うという保証はなく、収益性の高い都市部の競争で勝つことに特化する可能性も
ある。従って、光ファイバ開放義務の問題と地方の投資インセンティブの問題は、競争
政策の問題と産業政策の問題として、はっきりと区別するべきである。既に、NTT の光
ファイバを借りてサービスを提供する競争事業者がいる以上、NTT 東西の光ファイバ
を撤廃することは、現在上手く機能している競争政策の針を戻しかねない。要は、ダー
クファイバの料金を合理的に設定することで、NTT 東西だけに一方的に損失を与える
ような偏った仕組みを作らないことである。何事もバランスが重要である。以上、次の通
り要約できる。
【要点】FTTH 市場の有効競争
FTTH 市場の立ち上がりが明確になっている。しかし、都市部と地方部での普及に
は大きな格差がある。都市部では、設備ベースの競争が進展するが、地方部では、
そもそもサービスの提供が始まっていないところもある。従って、競争政策と産業政
策を使い分けるという困難な政策課題に直面している。
5.6 要約
本章で得られた結論を要約すると次のようになる。

日本のブロードバンドは、当初は CATV インターネット、続いて ADSL によってリ
ードされてきた。今後は FTTH の成長が鍵を握る。

ADSL 市場では、NTT 東西とソフトバンクがほぼ拮抗し、4 社寡占体制が確立して
いる。ソフトバンクの大胆な営業戦略によって、市場は競争的に推移しているが、
市場に成熟化の兆しが見られる。

FTTH 市場では、NTT が高い市場シェアを持つが、集合住宅市場では必ずしも
23
支配的な地位を占めていない。戸建て市場では、電力系事業者との設備ベース
の競争が本格化している。

消費者アンケートによれば、ブロードバンド普及の契機は、常時接続性と定額料
金制の導入であった。今後、先進ユーザはより質の高いサービスを求めるように
なる。従って、ADSL から FTTH への移行がどのように進むかが、重要な論点であ
る。

計量分析の結果、ナローバンド・サービスとブロードバンド・サービスの間には、区
分が存在する。ADSL は非弾力的なサービス、FTTH と CATV は弾力的なサービ
スである。ただし、ADSL を詳しく見ると、低速帯と高速帯では非常に弾力的であ
る。

コンジョイント分析の結果、FTTH の利用可能性が消費者の選好に影響を与え、
FTTH が利用できない地域の方が、むしろ、インターネットの速度に高い評価を持
っている。
日本のブロードバンドは世界に先駆けて、ADSL から FTTH へ、ブロードバンドの中
の移行を経験している。この時、NTT は、メタル・ネットワークをどのように廃棄して、光
IP ネットワークを敷設するのかという、ネットワークの移行の問題に直面することになる。
当然、都市部での移行はスムーズに進むが、地方での移行はなかなか進展しないだ
ろう。社会的に見れば、ネットワークの無駄な重複を避けなければならない。他方で、
地方の情報弱者に、費用相応の負担を求めることも難しい。独占時代ならば、一元的
に進められたインフラ整備が、競争下では全国一律には進められないのは当然である。
しかし、時計の針を、もう一度、競争から独占へ戻すことは難しい。競争と公益の両立
が求められている。
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