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第三者のためにする生命保険契約をめぐる 新たな動向

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第三者のためにする生命保険契約をめぐる 新たな動向
生命保険論集第 187 号
第三者のためにする生命保険契約をめぐる
新たな動向
―フランス法・ベルギー法を中心に―
山野 嘉朗
(愛知学院大学法学部 教授)
1.はじめに
2.保険金請求権の固有権性――保険料の過大性と持戻し・遺留分減
殺(フランス)
3.遺言による保険金受取人指定の解釈(フランス)
4.保険金請求権の固有権性と違憲性(フランス・ベルギー)
5. おわりに
1.はじめに
第三者のためにする生命保険契約において保険金請求権は保険金受
取人に固有の権利として取得される。この権利は、一方で、相続債権
者から保険金受取人を保護するという機能を有するが、他方で、相続
法規の適用との関係で深刻な問題を惹起する。
すなわち、
固有権性が、
共同相続人や遺留分権利者との関係で保険金受取人を過度に保護し、
いきおい、利害関係者間の公平に反する結果を生み出しているのでは
ないかという問題である。
―39―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
この点については、最近、フランスとベルギーにおいて、相続法と
の関係のみならず憲法との関係でも激しい議論が展開され、興味深い
判例が続出している。とりわけ、ベルギーでは関係保険法規の違憲性
を憲法裁判所が認め、それを受けて、保険契約法が改正されるに至っ
た。
本稿においては、第三者のためにする生命保険契約に関する諸問題
のうち、①保険料の過大性と持戻し・遺留分減殺の問題、②遺言によ
る保険金受取人指定と相続法規の問題、③相続法規との関係における
保険金請求権の固有権性と違憲性に関する問題に的を絞り、フランス
法とベルギー法の動向を紹介・分析する。
2.保険金請求権の固有権性――保険料の過大性と持戻し・遺留分減
殺(フランス)
2-1. 保険金請求権の固有権性と持戻し・遺留分減殺に関する規律
フランスでは、19世紀末に生命保険金請求権の性質について重要な
判例が出現した。それによれば、まず、保険金受取人は保険者に対し
て、保険契約者の財産の一部を決して構成することのない固有かつ直
接の権利を有することになる(破毀院民事部1888年1月16日判決1)、
破毀院民事部1888年2月6日判決、同2月8日判決、同2月22日判
。このように、判例上、保険金請求権の固有権性が認められたわ
決2))
けである。もっとも、これは第三者のためにする契約の当然の帰結で
あって、議論の余地のないものであると考えられていた3)。この法規
範は、1930年の陸上保険契約法(1930年法)67条に取り入れられた。
1)Civ. 16 janvier 1888, DP. 1888.Ⅰ.77.
2)Civ. 6, 8 et 22 février 1888, DP. 1888.Ⅰ. 193.
3)A. Favre Rochex et G. Courtieu, Le droit du contrat d’assurance terrestre,
LGDJ, 1998, p. 425.
―40―
生命保険論集第 187 号
同条は、
「被保険者の死亡の場合に特定の保険金受取人またはその相続
人に対し支払うことを約定した金額は被保険者の相続財産を構成しな
い。
保険金受取人は、
その指定の方式および日付の如何にかかわらず、
承諾が被保険者の死亡の後になされたときであっても、契約の日より
単独の権利を有するものとみなす。
」と規定していたが、その後の法改
正を経て、
現在は次のような規定になっている
(保険法典L.132-12条)
。
「被保険者の死亡の場合に特定の保険金受取人またはその相続人に
対して支払うことを約定した保険金または年金は、被保険者の相続財
産の一部を構成しない。保険金受取人は、その指定の方式および日付
の如何にかかわらず、承諾が被保険者の死亡の後になされたときであ
っても、契約の日より単独の権利を有するものとみなす。
」
ちなみに、
「被保険者の相続財産の一部を構成しない」という部分の
「被保険者」は自己の生命の保険契約を想定したものであるから、こ
れが他人の生命の保険契約であれば、
「保険契約者の相続財産の一部を
構成しない」という趣旨である。
以上から、保険金受取人は指定の時から保険者に対する直接的かつ
固有の権利を有するが、保険金受取人の受益の意思表示があるまで
は4)、指定が撤回される可能性があるので、この権利は潜在的、暫定
的かつ不確定なものに過ぎない。いずれにしても、第三者のためにす
る生命保険契約において保険金受取人は保険契約者の財産から保険金
を承継取得するのではなく、固有の権利として取得することが法律上
も明らかにされている。したがって、保険金受取人は相続債権者から
の追及を回避することができる。
次に問題となるのは、保険契約者が死亡した場合の相続法規(処分
任意分を制限する諸法規――持戻し・遺留分減殺に関する規律)との
4)保険法典L.132-9条1項により、保険金受取人による受益の意思表示(明示
または黙示)があれば指定の撤回ができない。
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第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
関係である。以下、これに関する規範の変遷を概観する。
まず、
「契約者の財産の一部を構成しない約定保険金額は相続財産を
構成しないので、遺留分額の算定に際しこれを加算することはできな
い」と解する判例(破毀院民事部1896年6月29日判決5))が登場した。
この判例法理は、1930年の陸上保険契約法(1930年法)68条に取り入
れられた。その後の法典化に伴い、この規律は保険法典L.132-13条に
継承されたが、その基本的な構造に変化はない。
ここでは、1930年法から現行法までの部分改正の経緯を振り返って
みたい。
<1930年法68条>
①「被保険者が死亡した場合に、指定された保険金受取人に支払わ
れる保険金または年金には、相続財産への持戻しに関する規定および
被保険者の相続人の遺留分侵害による減殺に関する規定が適用されな
い。
」
②
「この規定は、
被保険者が保険料として支払った金額に対しても、
それが被保険者の資力に比して明らかに過大であった場合を除き、適
用されない。
」
1930年法の立法者は被保険者と契約者が同一人である自己の生命
の保険契約を想定してこのような規定を設けたものと考えられる。し
たがって、他人の生命の保険であれば、
「被保険者の相続人の遺留分侵
害」の「被保険者」および第2項の「被保険者」という文言は「契約
者」と解釈しなければならない。
この規定は1981年の保険法改正によって次のとおり改められた。ポ
イントは、第1項の「金額」
(les sommes)を「保険金または年金」
(le
capital ou la rente)に、第1項および第2項に見られる「被保険者」
(l’assuré)を「契約者」
(contractant)に改めたことである(ただ
5)Civ. 29 juin 1896, D. 1897.Ⅰ.73.
―42―
生命保険論集第 187 号
し、« au décès de l’assuré »の部分は変更なし)
。
<保険法典L.132-13条――1981年段階>
①「被保険者が死亡した場合に、指定された保険金受取人に支払わ
れる保険金または年金には、相続財産への持戻しに関する規定および
契約者の相続人の遺留分侵害による減殺に関する規定が適用されな
い。
」
②「この規定は、契約者が保険料として支払った金額に対しても、
それが契約者の資力に比して明らかに過大であった場合を除き、適用
されない。
」
1981年の改正後、1992年6)に第1項の「被保険者の死亡」« au décès
de l’assuré »が「契約者の死亡」« au décès du contractant »に改
められた。この改正の趣旨は必ずしも明らかではない。死亡保険の保
険事故(死亡)の対象は被保険者であるから、この場合の契約者は被
保険者の地位をかねていなければならないことはいうまでもない。こ
の改正の立法担当者は、一般的である自己の生命の保険契約を想定し
て字句を修正したようである。このような改正の必要性については疑
問がないわけではないが、いずれにしても、 1930年法で「被保険者」
« assuré »とされていた部分はすべて「契約者」« contractant »に改
められたわけである。
現行規定は次のとおりである。
<現行保険法典L.132-13条――1992年改正>
①「契約者が死亡した場合に、指定された保険金受取人に支払われ
6)1992年7月16日法(Loi n° 92-665 du 16 juillet 1992 portant adaptation
au marché unique européen de la législation applicable en matière
d'assurance et de crédit)21条・24条によって改正がなされている。なお、
この法律の主たる目的は保険監督法改正である(その点に言及した論稿とし
て、山野嘉朗「保険監督機関の現代化と保険契約者保護に関する最近のフラ
ンス保険法改正の動向」損害保険研究66巻3号3頁-7頁(2004)参照)
。
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第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
る保険金または年金には、相続財産への持戻しに関する規定および契
約者の相続人の遺留分侵害による減殺に関する規定が適用されない。
」
②「この規定は、契約者が保険料として支払った金額に対しても、
それが契約者の資力に比して明らかに過大であった場合を除き、適用
されない。
」
このように、保険法上、保険金受取人が受領する保険金には、相続
法規(持戻し・遺留分減殺)の適用が排除されることが明らかにされ
ている。ただし、保険契約者が支払った保険料については、それが保
険契約者の資力に比して明らかに過大であった場合に限り、相続法規
が適用されることになる。その場合、過大である以上、保険料全額が
その対象となるのか、それとも、過大部分のみが対象となるのかが問
題となるが、後者と解する説が有力である7)。しかし、とくに契約者
が悪意で権利を濫用したり、詐害行為を行ったことが明らかな場合に
は、保険料全額を対象とする余地があると指摘する見解も見られる8)。
また、持戻しの対象は保険料全額であるとする判例(破毀院第1民事
部1997年7月1日判決9))も見られる。
保険法典は、何をもって保険料が明らかに過大であるかについては
具体的に説明していない。そこで、その解釈が問題となるが、以下、
それを争点とする主な判例を概観する。なお、過大性の主張立証責任
。
は契約者の相続人が負担する(1997年3月11日判決10))
2-2. 判例の動向
まず、最新判例から紹介する。破毀院第1民事部2012年12月19日判
7)M. Picard et A. Besson, Le contrat d’assurance, tome 1, 1982, no 520 ;
J. Bigot, RGDA 1997. 181.
8)Favre Rochex et Courtieu, supra note(3), p. 428.
9)Civ. 1re, 1er juillet 1997, RGDA. 1997. 822, note J. Bigot.
10)Civ. 1re, 11 mars 1997, RGDA. 1997. 821, note J. Bigot.
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生命保険論集第 187 号
決11)は次のような事案に関するものである。
1996年11月29日、Aは3人の子B、C、Dを残して死亡した。以上
の3名の子がAを相続した。2000年8月20日、Bは子を残すことなく
死亡した。Cは2件の相続財産の配分と分割のためDを裁判所に召喚
した。
原審判決は、以下のような理由で、Aが締結していた生命保険契約
の受取人としてDが受領した保険金額は積極相続財産に加算されると
判示した。
保険法典L.132-13条の規定は、契約者が保険料として払い込んだ金
額には適用されない。ただし、その額が契約者の資力に鑑み著しく過
大な場合はこの限りでない。本件においてAは、1993年1月16日に本
件契約を締結した。次いで、1993年1月20日と26日にそれぞれ6万フ
ラン、10万フランを払い込んだ。Aの年齢は83歳6ヶ月であった。A
は、その4年後に亡くなった。払い込まれた保険料は、20年6ヶ月の
期間中の契約者の収入額に相当するとともに、Aが郵便局に開設した
口座(普通預金口座に3万フラン、一覧払いの預金口座に6万フラン)
またはP銀行に開設した口座(一覧払いの預金口座4万フラン)に有
する流動資産のほとんど全てであった。このように行われた金融取引
は、Aの年齢およびニーズを考慮すれば、もっとも有利な解約が6年
の期間満了時である以上、Aにとって何ら有用なものではなかったこ
とも確認されている。反対に、Aは将来の相続財産の一部を分離する
ことにより、Dが利益を受けることを可能にしているが、その金額に
よる利益は偽装贈与(donation déguisée)を構成する。その上、1995
年4月15日に行われた贈与分割(donation-partage)に際し、不動産
全体の虚有権(nue-propriété)の被分与者であるDに対し、Aが自宅
を出る決意をした場合やAの健康状態が医療機関への収容を必要とす
11)Civ. 1re, 19 décembre 2012, RGDA. 2013. 381, note J. Bigot.
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第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
る場合に、受入施設(老人ホーム)に要する毎月の費用と贈与者・用
益権者の毎月の資産額との差額に相当する月額補償の払込を行う義務
を課す条項に関しては、この取引を根拠づける潜在的な「備蓄」
(prévoyance)が黙示的に排除されている。
Dは次のように主張して上告した。民法典843条を生命保険契約の
利益を相続財産に持ち戻すことの根拠とすることができるとするなら
ば、それは、生命保険契約締結の条件が、保険金受取人のために現在
かつ最終的に財産を投げ出すという被相続人の意思を明らかにしてい
ることが必要である。したがって、その効果が人の生命に依拠する契
約の前では、裁判官は保険金受取人が指定された状況が、現在かつ最
終的に財産を投げ出すという契約者の意思を明らかにしているかを確
認しなければならない。契約締結時の偶然性の欠如を証明するという
不適切な理由に基づいて判断しているのであるから、控訴院は、保険
法典L.132-13条についてはその適用を拒否した点で、
民法典843条につ
いてはこれを誤って適用した点で違反している。
これに対し、本判決は以下のとおり判示して原審判決を破棄し、こ
れを取り消した。
なお、本件の他の論点として、Bが郵便局に開設した住宅積立預金
(plan d’épargne logement)に生じた利息がP銀行に開設した住宅積
立預金に回復した日から分割すべき相続財産に加算されるか否かとい
う論点があるが、原審判決は、Dは、2人の共同相続人が個々の権利
に応じて本件相続財産の分与に合意しているとは主張していないので
あるから、当該分与は貸付に過ぎないのであって、相続分ではないと
判示した。本判決はこの点についての原審の判断を支持し、上告を棄
却した。
判旨(破棄・取消)は次のとおりである。
「持戻しおよび遺留分減殺に関しては、保険料として支払った金額
だけが相続財産に加算されなければならなかったにもかかわらず、以
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生命保険論集第 187 号
上のように判示したのであるから、控訴院は上記条文に違反した。
」
本件では、最終的に2人の兄弟の相続分が問題となっている。両名
の親のAはDを受取人として生命保険契約を締結していたが、そのた
めに払い込んだ保険料の額は、Aの年齢、経済状況に鑑み、過大なも
のであった。原審判決は、保険法典L.132-13条の規定は、契約者が保
険料として払い込んだ金額には適用されない(ただし、その額が契約
者の資力に鑑み著しく過大な場合はこの限りでない)と判示した。そ
して、本件における払込済保険料の額の過大性および本保険契約がA
にとって有用でないことに言及しつつ、本件保険契約は偽装贈与とな
ると解した上で(本件保険契約の性質を無償譲与(libéralité)であ
ると再性質決定(requalification)した上で)
、Dが受領した保険金
の全額が持戻しの対象となると判示した。
これに対し、本判決は、本件生命保険契約の再性質決定を否定しつ
つ、本件生命保険契約においては、持戻しおよび遺留分減殺の対象は
保険料として支払った金額だけであり、それが相続財産に加算されな
ければならないと判示した。
以上から、本事案では、まず、払い込まれた保険料が過大なもので
あるか否か、そして、本件のような事情において締結された保険契約
が偶然性を欠く結果、保険契約としての性質を喪失することにより、
これを無償譲与と再性質決定しつつ、持戻しの対象となると解してよ
いかが検討の対象となる。
さて、本件原審判決の論理は妥当でなく、破毀院がこれを破棄した
ことは当然と思われるが、原審のような判断に際しては、契約者が支
払った保険料が過大な場合に限り、保険料のみを対象としてこれが相
続財産に持ち戻されるという結論に納得がいかない相続人が少なから
ず存在するという事情が考慮されているのかもしれない。だからとい
って、本事案のような場合に、生命保険契約を再性質決定して保険法
典L.132-13条の適用を排除することは困難であろう。
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第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
なお、以下<4>で詳述するが、相続人サイドの不満は、保険法典
L.132-13条自体の違憲性を争うという形でも示されている。
次にこれまでの判例の流れを概観しておきたい。この問題について
は、とりわけ破毀院合同部2004年11月23日判決12)が明確な判断基準を
示しているので、
同判決およびそれ以降の主な判例について考察する。
同判決は第1事件から第4事件からなるが、第1事件では次のよう
に判示された。
保険料支払時は65歳であり、
死亡時は72歳であったが、
残した相続人は一人であり、その年金は毎月3万フランを保障してい
た。預金口座には1992年に行われた投資を除き、保険契約締結以来、
貸し方が大きかった。有価証券も有していたが、動産総額の4分の1
に過ぎない総額31万フランの保険料は、その支払能力に鑑みて過大で
ない。
他方、第3事件では、「保険法典L.132-13条によれば、相続財産へ
の持戻しの規定および相続人の遺留分侵害による減殺の規定は、保険
料として契約者が払い込んだ金額が契約者の資力に比して明らかに過
大であった場合を除き適用されない。この過大性は、年齢ならびに契
約者の財産状況および家庭状況に照らして、保険料支払時に評価され
る。
」という判断基準が示されている。この判断基準は極めて重要であ
る。まず、保険契約者の年齢である。それだけで保険料の過大性が特
徴付けられるわけではないが、
保険契約者が高齢であるということは、
保険料の過大性の判断要素となりうるのである。何故ならば、年齢と
いう基準の背後には、保険契約者にとっての保険契約の有用性という
基準が潜んでいると考えられるからである13)。したがって、過大性は
金額、契約者の財産状況、家庭状況という客観的基準に契約者の年齢
12)Ch. mixte, 23 novembre 2004, RCA. 2005, no 42, JCP G, 2004 act. 624,
RGDA. 2005, 110, note L. Mayaux.
13)M. Chagny et L. Perdrix, Droit des assurances, LGDJ, 2e éd., 2013, no
1072.
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生命保険論集第 187 号
という基準を加味して判断されることになろう。
破毀院第2民事部2007年7月4日判決14)は、80歳の保険契約者が処
分可能な財産の73%に相当する保険料22万8844ユーロの支払額につき、
たとえ低い年金額しか受領していなくても、離婚後の共通財産の清算
によって間もなく31万3151ユーロを受領できることになっているとし
て、過大性を否定した。
破毀院第1民事部2007年10月31日判決15)は、89歳の保険契約者が、
1996年10月11日から1998年7月6日の期間内に計4回支払った保険料
総額8689.59ユーロに過大性を認めた。この契約者は、遺産を全く残し
ていない。同人は、約1372.04ユーロの月収を得ていたが、そのうちの
731.76ユーロを娘に支払っていた。したがって、契約者に残されてい
た月収は640.29ユーロであったが、それは、152.45ユーロを除けば、
保険料の支払に必要な額に相当した。
破毀院第2民事部2011年10月6日判決16)は過大性が一部否定された
事案である。1989年12月31日にAは、義姉であるCを保険金受取人と
して2件の生命保険契約を締結した。
Aは2005年に死亡した。
そこで、
Aの最初の妻との間の子であるBは、Aが支払った2件の保険契約の
保険料は明らかに過大であるとして、Cに対し、既払い保険料の相続
財産への持戻しを求めて訴えを提起した。原審判決は、2件の契約に
ついて支払われた保険料のうち約14万8109ユーロについてのみ持戻し
を認めたが、Aが2001年1月16日に支払った保険料額である約13万
2946ユーロについては、同保険料は、Aが保険金受取人であった先行
する保険を買い替えるための保険料であり、かかる事情は当該保険料
が明らかに過大な性質を有していたか否かに影響を与えていない以上、
14)Civ. 2e, 4 juillet 2007, RGDA. 2007. 881, note L. Mayaux; RCA. 2007.
no 332.
15)Civ. 1re, 31 octobre 2007, Bull. civ. 2007,Ⅰ, no 341.
16)Civ. 2e, 3 novembre 2011, RGDA. 2012.395, note L. Mayaux.
―49―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
相続財産に持ち戻すことはできないと判示した。破毀院はこれを支持
した。本判決は、保険料の原資によって過大性につき異なる判断をし
ている。保険契約者の財産状況や収入状況との関係で、まず、保険料
の過大性を認めつつも、先行する保険の買い替えの原資に相当する保
険料は、自分が保険金受取人として指定されていた生命保険の積立部
分等であるから、過大性の判断の対象とはならないと判断しているの
である。
破毀院第2民事部2011年11月3日判決17)は次のような事案に関する
ものである。Aは、死亡時(2006年4月7日)まで不倫関係にあった
Bを保険金受取人として保険料20万ユーロの生命保険契約を締結し
た18)。Aの息子Cは、Bに対し、既払保険料である20万ユーロの返還
を求めて提訴した。これに対し、原審判決は、Aの年齢、財産および
17)Civ. 2e, 3 novembre 2011, RGDA. 2012.400, note L. Mayaux.
18)そのような契約も公序良俗に反しないというのがフランスの判例の立場で
ある。ちなみに、フランスにおいて、保険金受取人指定と公序良俗の問題は、
愛人に対する遺言による無償譲与と同列で議論されている。すなわち、無償
譲与が直接的であるのに対して、保険金受取人の指定はそれが間接的である
に過ぎないと考えられるからである。保険金受取人指定の有効性と公序良俗
の関係に関するフランスの判例は、当初は、不貞関係の維持・継続を動機と
する指定は公序良俗に反して無効であると解していたが、無償譲与に関する
1999年および2004年の判例の影響を受け、たとえ、保険金受取人指定の動機
が不貞関係の維持・継続が目的であったとしても、それは公序良俗には反し
ないという立場を明確にしている(破毀院第1民事部2005年1月25日判決<
Civ. 1re, 25 janvier 2005, Bull. civ., 2005,Ⅰ,no 35>)
。この点について
は、学説上異論も見られるが、近時の有力説はこれを支持する(L. Mayaux,
Traité de droit des assurances, t.4, LGDJ, 2007, no 310)。同学説は、
男女の結びつきには様々な形があり、そこで行われる財産の移転行為につい
ては、国家は極力干渉を避けるべきであるという立場を強調する。もっとも、
その学説に従っても、共同生活の事実がなく、単に性交渉のみを目的とする
ような刹那的理由によって報酬を支払うことにより無償譲与や保険金受取人
の指定・変更が行われるというような特段の事情が認められる場合は、公序
良俗違反になると解される。
―50―
生命保険論集第 187 号
家庭状況を考慮して、生命保険料として支払われた金額は、保険契約
者の5万ユーロまでの支払能力に鑑み、明らかに過大であると判示し
て、Cに対し、5万ユーロを支払うよう命じた。破毀院は、Bと合意
した無償譲与がCの遺留分を侵害しているか否かを調べることなく以
上のような判断をしたとことは、
保険法典L.132-13条および民法典913
条に違反するとして、これを破棄した。原審判決がAの年齢、財産お
よび家庭状況を考慮して、支払済保険料の明らかな過大性を認めたこ
とは、破毀院も正当な判断であると認めているが、しかし、原審判決
が、何故、Aの支払能力の上限である5万ユーロを保険契約者の相続
人である遺留分権者(héritier réservataire)に支払うよう認めたの
か理由は定かではない。破毀院はまさにその点の誤りを指摘している
のである。本件を保険法典に従って解釈すれば、15万ユーロが明らか
な過大部分であるから、同金額が遺留分減殺の対象となるのではある
まいか。
破毀院第2民事部2012年6月28日判決19)は、過大性が認められた事
案である。過大性の判断基準として、本判決は、
「保険料の明らかな過
大性は、保険契約者の年齢ならびに契約者の財産状況および家庭状況
ならびに当該保険契約の保険契約者にとっての有用性に照らして、保
険料支払時に評価される。
」と判示している。これは、上記2004年判決
の定式を踏襲かつ補足するものである。もっとも、本件において原審
判決は、原告は払い込まれた保険料が明らかに過大ではないと考えて
いたし、保険契約者の収入は十分ではなかったものの、先だった妻の
少なからぬ動産を保持しており、同妻に帰属する財産の用益権者で、
かつ、その営業財産の売却額も得ていたとして、保険料の過大性を認
めなかった。しかるに、本判決は、原審判決は保険料の支払時の契約
者の財産状況および家庭状況を考慮せず、また、契約締結時および受
19)Civ. 2e, 28 juin 2012, RGDA. 2013. 150, note L. Mayaux.
―51―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
取人変更時における契約者にとっての保険の有用性を考慮していない
と判示して、これを破棄している。
破毀院第1民事部2012年10月10日判決20)は次のような事案に関する
ものである。被相続人である保険契約者は、まず、約17万6840ユーロ
で不動産を売却し始めた。次いで、生存配偶者および娘を保険金受取
人に指定して生命保険契約を締結したが、不動産売却価格のうち約10
万6114ユーロを同保険の保険料に充当した。原審判決(カーン控訴院
2010年11月23日判決)は、このような保険料額は過大であると判示し
たが、本判決もこれを支持した。
2-3. 生命保険契約の再性質決定と持戻し
上記<2-2>で取り上げた2012年12月9日判決は、
「持戻しおよび遺
留分減殺に関しては、保険料として支払った金額だけが相続財産に加
算されなければならなかったにも拘わらず、以上のように判示したの
であるから、控訴院は上記条文に違反した。
」と判示して、
「Aが締結
していた生命保険契約の名目でDが受領した保険金額は積極相続財産
に加算される」
と判示した原審判決を破棄している。
保険法典L.132-13
条の解釈からは当然の帰結であって、同条から原審判決のような結論
を導くことはおよそ不可能である。それでは、いかなるロジックでそ
のような結論を導き出したのか。原審判決は、本件生命保険の保険金
受取人指定を偽装贈与であると判断している。つまり、実質が贈与で
ある以上、
保険契約における偶然性の要件を欠いており、
したがって、
保険法典L.132-13条が適用されず、
民法典843条が受領保険金額にも適
用されると解しているようである。すなわち、保険契約の再性質決定
を行っているようである。
保険契約の再性質決定に関しては、前掲<2-2>破毀院合同部2004
20)Civ. 1re, 10 octobre 2012, RGDA. 2013. 170, note F. Douet.
―52―
生命保険論集第 187 号
年11月23日判決がこれについて判断している。
まず第1事件では、「その効果が生存期間に依存する保険契約は、
民法典1964条、保険法典L.310-1条1項1号およびR.321-1条20号にい
う偶然性を含むものであり、生命保険契約となる。
」
「控訴院は、保険
者の債務について債権を有する者は、保険加入者が保険金の支払が行
われるときに生存しているか否かによって異なる以上、本件契約の締
結日において自分自身と受取人のいずれが保険金を受領することにな
るのか知らないと判示することによって、前記条文にいう契約に固有
の偶然性を特徴付けているのであるから、その判断は法的に正当であ
る。
」
第2事件では、「その効果が生存期間に依存している保険契約は、
民法典1964条、
保険法典L.310-1条1項1号およびR.321-20条2号にい
う偶然性を有するものであるから、生命保険契約といえる。
」
「P契約
およびQ契約は変額生命保険と定期保険を含む生死混合保険であり、
それによって実際の保険金受取人が確定する保険契約者の生存期間を
考慮しているのであるから偶然性を含む。他方、R契約およびS契約
の履行は被保険者の生存期間に依存している。以上の事実認定から、
控訴院は上記条文にいう契約固有の偶然性の存在が導かれると正当に
判示した。
」
第3事件では、「その効果が生存期間に依存している保険契約は、
民法典1964条、保険法典L.310-1条1号およびR.321-1条20号にいう偶
然性を有するものであるから、生命保険契約といえる。
」
「カピタリザ
シオン取引および保険取引に共通の方法によって契約者の貯蓄に利益
をもたらす債務の履行は、人の生存期間に依存していることから、控
訴院は上記条文にいう契約固有の偶然性の存在が導かれると正当に判
示した。
」
第4事件では、契約者の死亡という事実によって影響を受けるのは
保険金受取人が誰になるかということだけであり、保険者の給付義務
―53―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
の履行および保険者によって支払われる金額は、被保険者の生存期間
に依存していないと判示した原審判決につき、
「以上のように判示した
点で、
控訴院は民法典1964条、
保険法典L.310-1条1号および同R.321-1
条20号違反する。
」としてこれを破棄した。
以上では、貯蓄性の高い新型生命保険は資産の移転手段であって、
これは、資産管理技術の点から生命保険に隣接する制度であるカピタ
リザシオン(capitalisation)のそれを借用しているのであるから、
その種の保険については生命保険を保険契約者の積極財産に保険金額
を持ち戻す義務を伴った純粋な貯蓄契約と再性質決定できるか否かが
問題とされている。破毀院合同部は、民法典1964条、保険法典L.310-1
条1号ならびに同R.321-1条20号につき判断した。
民法典1964条1項は、
「射倖契約は、当事者のすべてまたはそのうちの1人または数人にと
って、利益および損失に関する効果が不確実な出来事に関わる相互的
な合意である。
」と規定し、同2項で、その典型例として保険契約を列
挙しているが、合同部は、不確実な出来事すなわち事故の偶然性は生
存期間に依存しているという。すなわち、生死混合保険(養老保険)
においては、満期日に被保険者が生存していれば、被保険者に生存保
険金(満期保険金)が給付され、満期日前に死亡すれば指定された受
取人が死亡保険金を受領することになる。このように、だれが最終的
に保険金を受領するかは、被保険者の生死という不確実な出来事に依
存するということである。
次に、保険業法の規定である保険法典L.310-1条1号は、債務の履
行が人の生存期間に依存する契約を締結する企業を国の監督の対象と
している。また、同L.321-1条20号は、人の生存期間に依存した債務を
含む取引を事業免許の対象としている。これらの規定に依拠して、破
毀院合同部は、生死混合保険を生存期間という不確実な出来事に依存
する射倖契約と解することにより、原告の再性質決定の主張を排斥し
た。
―54―
生命保険論集第 187 号
前掲<2-1>2012年12月9日判決では、以上のような意味での再性
質決定の問題とは異なり、生命保険の性質剥奪(disqualification)
ともいえる解釈が行われているようである。
すなわち、
特定の場合に、
射倖契約性という他人のためにする生命保険契約の要素が失われる以
上、当該契約は保険契約ではなく無償譲与とみなされる(すなわち、
その意味で、当該生命保険契約を無償譲与と再性質決定する)という
ことである。
同事案においてDは、民法典843条が生命保険契約の利益を相続財
産に持ち戻すことの根拠とすることができるとするならば、それは、
生命保険契約締結の条件が、保険金受取人のために現在かつ最終的に
財産を投げ出すという被相続人の意思を明らかにしていることが必要
であるとしつつ、その効果が人の生命に依拠する契約の前では、裁判
官は保険金受取人が指定された状況が、現在かつ最終的に財産を投げ
出すという契約者の意思を明らかにしているか確認しなければならな
い、と主張している。その上で、契約締結時の偶然性の欠如を証明する
という不適切な理由に基づいて判断しているのであるから、
控訴院は、
保険法典L.132-13条についてはその適用を拒否した点で、民法典843
条についてはこれを誤って適用した点で違法である、と主張する。す
なわち、確定的な財産放棄の意思で受取人指定が行われたことが立証
されない限り、民法典843条の適用は認められないのであって、偶然性
の欠如を理由とした生命保険の資格剥奪は誤りであると主張している。
さて、生命保険における偶然性は保険契約締結時に問題とされるの
であって21)、受取人指定の時と解することはできない(破毀院合同部
。ちなみに、第三者のためにする生命保険契約
2007年12月21日判決22))
を介した保険契約者による財産の放棄は、保険契約者が契約解約権お
21)L. Mayaux, Les grandes questions du droit des assurances, LGDJ, 2012,
no 260.
22)Ch. mixte, 21 décembre 2007, RGDA. 2008. 210, note J. Bigot.
―55―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
よび受取人変更権を有する限り、撤回できないわけではないことを付
言しておくべきであろう23)。
なお、破毀院合同部2007年12月21日判決24)は、税務当局が再性質決
定を主張した事案であるが、破毀院は、生命保険契約の締結に財産の
80%を投資し、死の3日前に、先に包括受遺者に指定した者を保険金
受取人に指定した場合には、保険契約の要素である偶然性を欠くので
贈与とみなされ、無償移転税の課税対象となると判示している。
また、破毀院第1民事部2011年10月26日判決25)は、ほとんど死の床
といえる状況で締結された生命保険契約は解約権や受取人変更権が存
在しないに等しいので、偶然性は存在せず、贈与と再性質決定でき、
したがって、無償譲与の減殺に際し積極的財産に加算されると判示し
た。
下級審判例ではあるが、ポー控訴院2010年1月18日判決26)は、契約
者の健康状態に問題があるにもかかわらず、死亡3ヶ月前に、直系卑
属の1人と配偶者を受取人として、契約者の確定資産(退職年金の約
45ヶ月分)の大半に相当する一時払保険料9万9000ユーロを支払った
という事案につき、真の偶然性を認めることができず、とりわけ財産
放棄の過大な額により、持戻しの対象となる偽装贈与であると判示し
ている。生命保険の偶然性を認めず再性質決定を行ったものとして、
他に破毀院第1民事部2007年7月4日判決27)がある。
23)J. Bigot, RGDA. 2013. 384.
24)Voir supra note (22).
25)Civ. 1re, 26 octbre 2011, RGDA. 2012. 407, note L. Mayaux.
26)Pau, 18 janvier 2010, JCP. G. 28 juin 2010, p. 1336.
27)Civ. 1re, 4 juillet 2007, RCA. 2007. no 333.
―56―
生命保険論集第 187 号
3.遺言による保険金受取人指定の解釈(フランス)
フランス保険法典では、遺言による保険金受取人の指定・変更が認
められているが(保険法典L.132-8条第6項)
、その意思解釈をめぐり
紛争が生じている。以下、最新判例を3件紹介する。
3-1.フランス破毀院第1民事部2013年3月20日判決28)
Aは2003年1月6日に死亡した。Aと先に死亡した妻Bとの間には
息子Cと娘Yがいたが、
Cも死亡した。
Cには息子X(Aの孫)
がいた。
Aの財産は、YおよびX(代襲相続人)が相続した。Aの自筆証書遺言
には、自分の相続財産のうち処分任意分はYに遺贈(léguer)し、Yの
具体的相続分には「生命保険契約のすべて」が含まれなければならな
い(devront figurer « l’intégralité des contrats d’assurance-vie »)
と記されていた。Aは1999年4月7日、P生命保険会社との間で生命
保険契約を締結していた。その生命保険約款には、受取人は①保険契
約者自身、②保険契約者が死亡している場合はその配偶者、③配偶者
が存在しない場合は生存している子、④子も存在しない場合は保険契
約者の相続人とするという規定が置かれていた。XはYに対し相続財
産の清算・分割等を求めて訴訟を提起しつつ、Yに支払われた生命保
険金が遺留分および処分任意分の総額の計算に含まれると主張した。
控訴院(裁判所名および判決年月日不詳)は次のように判示して、
Xの請求を棄却した。①本件生命保険契約締結前に死亡した以上、X
の父は本件生命保険契約の保険金受取人になり得なかった、②生命保
険契約は偶然性を前提にしている以上、Xは贈与に関する民法典894
条にいう自由な意思を証明していない、③払込済み保険料は、所有す
る動産・不動産の規模の大きさを考慮すれば、
Aの負担能力からして、
28)Civ. 1re, 20 mars 2013, RGDA. 2013. 673, note L. Mayaux.
―57―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
明らかに過大とはいえない。
Xの上告に対し、破毀院第1民事部2010年7月8日判決29)は次のよ
うな理由で原審判決を破棄した。すなわち、原審判決は、遺言書の中
で、本件保険金は処分任意分の受遺者である娘の相続分に含まれなけ
ればならないと明示している以上、Aは、本件生命保険金は遺留分お
よび処分任意分の計算にあたりこれを考慮するというXの意思を明ら
かにしているという主張に応えることなく上記のような判断をしたこ
とは、民事訴訟法典L.455条30)に反して違法である。
破棄移送後のランス控訴院2011年9月23日判決はXの請求を棄却
した。
そこで、Xが次のように主張して上告したのが本件である。
(1)控訴院は、本件生命保険契約は、生存配偶者が存在しない場合
は保険契約者の子を受取人と定める受取人指定条項を含んでいること
を確認した上で、遺言者は、契約締結後に、遺言によって娘を受取人
に指定したと判示しているが、その理由は矛盾している。
(2)決められた財産は相続人に帰属する具体的相続分に含まれなけ
ればならないという記載は、当該財産は分割可能な財産に含まれるこ
とを必然的に意味している。したがって、
「具体的相続分」という文言
の採用だけで、遺言者が相続財産に生命保険契約を含めると考えてい
たと帰結するには十分でないと判示した点で、控訴院は法的根拠を欠
くものであって、民事訴訟法典455条に違反する。
(3)同様の理由で、控訴院は遺言者の意思を無視している点で民法
典1134条31)に違反する。
29)Civ. 1re, 8 juillet 2010, RGDA. 2010, note L. Mayaux.
30)同条第1項は、判決は、当事者の各主張およびその理由を簡潔に示さなけ
ればならないと規定し、同第3項は、判決は理由がなければならない、と規
定する。
31)民法典1134条は合意に関する規定であるが、何故これが援用されているの
―58―
生命保険論集第 187 号
(4)遺言書の中で本件生命保険契約は処分任意分の受遺者である娘
に帰属すべき具体的相続分の中に含まれなければならないと明示され
ていたにもかかわらず、Aは生命保険契約が相続財産全体に含まれる
との意思を有していなかったという結論を得るために、遺言者が持戻
し規定の免除に関する保険法典の規定を認識していることを根拠した
点で、
控訴院は民事訴訟法典455条の要件を無視した無効な理由で判決
を下した。
(5)遺言者の意思を示す表現が、生命保険契約は相続財産全体に含
まれることを意味するものではないという結論を得るために、Xにと
って有用と思われる家財道具はXの具体的相続分に含めておくという
権限がYに与えられていることを根拠とした点で、控訴院は民事訴訟
法典455条の要件に違反した全く無効な理由で判決を下した。
これに対し、破毀院は次のように判示した。
「控訴院は、請求されたとおり、専権を行使して遺言者の意思を探
究しつつ、遺言者は生命保険金が遺留分および処分任意分の計算に含
まれるとは思っていなかったと判断したが、これは遺言者の意思と矛
盾するものではない。
」
本件は、自分の相続財産のうち処分任意分は娘であるYに遺贈し、
Yの具体的相続分には「生命保険契約のすべて」が含まれなければな
らない、という保険契約者の遺言の意思解釈が争点となっている事案
である。
さて、本件において契約者である遺言者は、「Yの具体的相続分に
は『生命保険契約のすべて』が含まれなければならない」という一文
を遺言書に記している。そこで、この文言を記した意図がはたして奈
辺にあるのかが問題となる。これを遺言による保険金受取人指定であ
る(第三者のためにする契約)と考えれば、保険金受取人は保険金請
かは不明である。
―59―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
求権を自己固有の権利として取得することになるから、持戻しや遺留
分減殺の対象とはならない32)。
他方、契約者の意思は、保険法典の適用を排除し、相続法の規律に
従って、相続人の1人に保険金請求権を遺贈することにある、と解す
ることができれば、保険金請求権は特別受益として、相続財産に持ち
戻して相続分が算定されることになる。ただし、保険法典L.132-13条
第1項は強行規定であるから、そのような解釈を単純に認めてよいか
については検討が必要である。
いずれの見解を採用するかによって、保険金受取人以外の相続人の
相続分は大きく変わってくる。それだけに、相続人間で深刻な対立が
生じうる。以下、本判決を分析する。
Aは、自らを被保険者として生命保険契約を締結していた。その生
命保険約款には、受取人は①保険契約者自身、②保険契約者が死亡し
ている場合はその配偶者、③配偶者が存在しない場合は生存している
子、
④子も存在しない場合は保険契約者の相続人とするという規定
(受
取人条項)が置かれていた。
Aには先に死亡した妻Bとの間に息子Cと娘Yがいた。Cには息子
X(Aの孫)がいたがCも死亡したため。死亡したAの財産は、Yおよ
びX(代襲相続人)が相続した。Aの遺言には、自分の相続財産のう
ち処分任意分はYに遺贈し、Yの具体的相続分には「生命保険契約の
すべて」が含まれなければならないと記されていた。Yに対しては上
記生命保険金が支払われたため、XはYに対し相続財産の清算・分割
等を求めて訴訟を提起しつつ、Yに支払われた生命保険金が遺留分お
よび処分任意分(自由分)の総額の計算に含まれると主張した。すな
32)前掲<2-1>で紹介したとおり、保険法典L.132-13条第1項は、
「契約者が
死亡した場合に、指定された保険金受取人に支払われる保険金または年金に
は、相続財産への持戻しに関する規定および契約者の相続人の遺留分侵害に
よる減殺に関する規定が適用されない。
」と規定している。
―60―
生命保険論集第 187 号
わち、Xの主張の根拠は、Aの意思は、本件生命保険金をYの相続分
に含めることにある以上、Yは、固有の権利として保険金請求権取得
するのではなく、保険金請求権を遺贈されたに過ぎないということに
あるようである。したがって、これは特別受益として相続財産に持ち
戻されなければならないということになる。
この主張に対して控訴院は、①本件生命保険契約締結前に死亡した
以上、Xの父は本件生命保険契約の保険金受取人になり得なかった、
②生命保険契約は偶然性を前提にしている以上、Xは贈与に関する民
法典894条にいう自由な意思を証明していない、③払込済み保険料は、
所有する動産・不動産の規模の大きさを考慮すれば、Aの負担能力か
らして、明らかに過大とはいえないと判示して、Xの請求を棄却した
が、このような判示は、Xの主張に応接するものではなかった。破毀
院はこの点をとらえ、
控訴審判決は民事訴訟法典L.455条に違反すると
いう形式的な理由で、これを破棄した。
破棄移送後の控訴審判決は次のような理由でXの請求を棄却した。
(1)本件生命保険契約は、生存配偶者が存在しない場合は保険契約
者の子を受取人と定める受取人指定条項を含んでいるが、遺言者(保
険契約者)は、契約締結後に、遺言によって娘を受取人に指定した。
(2)決められた財産は相続人に帰属する具体的相続分に含まれなけ
ればならないという記載は、当該財産は分割可能な財産に含まれるこ
とを必然的に意味している。したがって、
「具体的相続分」という文言
の採用だけで、遺言者が相続財産に生命保険契約を含めると考えてい
たと帰結するには十分でない。
(3)遺言者は持戻し規定の免除に関する保険法典の規定を認識して
いる以上、Aは、生命保険契約が相続財産に含まれるとの意思を有し
ていなかった。
(4)Xにとって有用と思われる家財道具はXの具体的相続分に含め
ておくという権限がYに与えられているのであるから、遺言者の意思
―61―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
を示す表現は、生命保険契約が相続財産に含まれることを意味するも
のではない。
本破毀院判決は、遺言者の意思解釈として、遺言者は生命保険金が
遺留分および処分任意分の計算に含まれるとは思っていなかったとい
う原審の判断は遺言者の意思と矛盾するものではない、と判示した。
まず、
(1)については、たとえ、受取人指定条項が存在したとし
ても、遺言が保険契約者(遺言者)の最終意思であるから、これによ
って受取人を指定することができ、それが優先することに問題はなか
ろう。
次に、
(2)については、Yの具体的相続分には「生命保険契約の
すべて」が含まれなければならないという部分の解釈は微妙である。
遺贈という言葉をあえて避けている点を重視するのであれば、遺言に
よる保険金受取人指定と解することになろう。
「具体的相続分に含まれ
る」という点を具体的相続分の計算にあたって生命保険金請求権を考
慮させる趣旨であると解せば、生命保険金請求権は相続財産に含まれ
ることになろう。もっとも、Yの具体的相続分に生命保険金を含ませ
るということは、生命保険金請求権を特別受益としないという意思表
示と解釈することが可能であり、その方が自然とも思われる。したが
って、これは、固有の権利としてYに保険金請求権を取得させたいと
の意思の表明と解することが可能である。
(3)については、Aが持戻し規定の免除に関する保険法のルール
を知っていたか否かは相当に微妙である。
(4)についても根拠として
は薄弱といえそうである。
結局、最高裁は、総合的観点から、原審判決の判断を支持していよ
うであるが、本件の事実関係からすると、保険契約者(遺言者)は、
遺贈と保険金請求権を与える意思を分けて考えていた節が窺える。し
たがって、本件では、保険契約者(遺言者)は、保険金請求権を単に
遺贈したのではなく、持戻しの対象とはならない特別な権利を授与し
―62―
生命保険論集第 187 号
た(固有の権利として保険金請求権を取得させた)ものと考える方が
自然といえようか。
なお、仮に、Aの意思が相続法ルールに従うことにあるとの結論を
採用した場合には、前述したように、保険法典L.132-13条第1項の強
行法規性との関係が問題となる。そこで、同規定との抵触を回避する
ためには、Aが遺言によって生命保険金を相続財産全体に含めるとの
意思が認められる場合には、それは、とりもなおさず、Aが保険金受
取人指定を黙示的に撤回し、当該保険契約を第三者のためにする保険
契約から自己のためにする保険契約に変更した(原始取得から承継取
得に変更された)と解さざるを得ないであろう33)。
3-2. 破毀院第1民事部2012年10月10日判決34)
Bの夫であるAは2007年2月26日に死亡した。Aは相続人である3
人の子Y1、X1、X2を残した。Aは、自筆証書遺言において、生命保
険契約の保険金はY1とその子Y2およびY3に遺贈すると明言した。そ
こでXらは、Yらに対して、AとBの各財産および共通財産の清算と
分割を求めて提訴したのが本件である。
原審判決は本件生命保険金の供託を命じた。
これに対しYらは、次のような理由で上告した。保険法典L.132-8
条およびL.132-12条によれば、被保険者の死亡時に所定の受取人に支
払われるものと約定された保険金額は、被保険者の相続財産の一部を
構成しない。指定の形式および日付のいかんを問わず遺言により保険
金受取人を指定することができるが、遺言によって指定された保険金
受取人は、保険契約締結の日から単独の権利を有するものとみなされ
る。したがって、遺言による保険金受取人の指定を理由に本件生命保
33)L.Mayaux, note in RGDA. 2010. 1130.
34)Civ. 1re, 10 octobre 2012, RGDA. 2013. 160, note L. Mayaux.
―63―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
険契約の保険金が無償譲与の対象となるとして上記法文の適用を拒否
した点で、控訴院はこれらの法令に違反する。
破毀院は、次のように判示して、本件上告理由には根拠がないとし
た(ただし、他の理由で結論としては破棄)
。原審判決は、保険契約者
意思の専権的な評価に基づき、本件遺言には、Aは生命保険契約の保
険金はY1とその子Y2およびY3に遺贈すると記されていたと摘示した
後で、保険契約者は、本件生命保険金は相続財産に含まれ、かつ、指
定受取人に無償譲与するものと理解していることを認めた。
本事案では、
「保険金を遺贈する」という文言の解釈が争点となっ
ている。すなわち、遺言による受取人指定の意図で行われたのか、そ
れとも、単に、受遺者に対して保険金請求権を遺贈したに過ぎないの
かが問題であるが、仮に前者の意図であれば保険金請求権は相続財産
に含まれないが、後者であればこれに含まれることになる。最高裁は
原審判決を支持して、遺贈という文言が使用されている以上、保険金
を保険契約法上の固有権として取得させるのではなく、相続法という
法的仕組みの中で取得させると解しているようである。なお、この点
については、保険法典L.132-13条の強行法規性との関係が問題となる
が、破毀院はこの点については何ら言及していない。
3-3. 破毀院第1民事部2012年11月7日判決35)
1991年、使用者が締結した団体生命保険契約に加入する際に、被保
険者AはBを保険金受取人に指定した。
1998年、
AはBと結婚したが、
2000年になり、AとBの離婚が宣言された。Aは2008年5月4日に死
亡し、再婚後の妻Xおよび先妻Bとの間の2人の子CとDがAの財産
を相続した。2005年12月29日の自筆証書遺言により、CとDが、各自
1/2の包括受遺者とされ、かつ、とくにXには相続財産の終身用益権
35)Civ. 1re, 7 novembre 2012, RGDA. 2013. 375, note L. Mayaux.
―64―
生命保険論集第 187 号
(usufruit viager)が無償譲与されている。そして、遺言書面には、
遺言者は過去の処分(disposition antérieure)をすべて取り消す
(révoquer)と記載されていた。そこで、XはBに対する本件生命保
険金の支払に異を唱えた。
原審判決は、Xの請求を棄却しつつ、Y保険会社はBに対してAが
締結した生命保険契約の死亡保険金を支払わなければならないと判示
した。
Xの上告に対し、本判決は次のように判示してこれを棄却した。
上告理由は、当裁判所の前で議論を蒸し返しているに過ぎず、事実
審裁判官の事実認定および評価に従えば、Aは死亡前に本件生命保険
の利益がBに帰属することを取り消すだけの確固たる意思を明らかに
していないということになる。
本件では、「過去の処分をすべて取り消す」という文言の解釈が争
点となっている。過去の処分の中に、保険金受取人指定が含まれるの
か、含まれるとしたら、その処分が取り消され、当該契約は第三者の
ためにする生命保険契約から自己のためにする生命保険契約に変更さ
れることになる。そうであるとすれば、死亡保険金請求権は法定相続
人に相続されることになる。しかし、処分という文言は極めて抽象的
であり、複数の解釈が可能である36)。
狭義では、遺贈を意味するという解釈がありうる。遺贈である以上、
保険金受取人指定条項とは無関係ということになる。本件遺言前の遺
贈が取り消されるだけである。しかし、本件ではそのような遺贈が行
われたかは不明である。
広義では、遺贈のみならず先行する遺言の中に含まれた意思による
処分を意味するという解釈がありうる。この解釈に従えば、遺言によ
る保険金受取人指定もかかる処分に含まれるので、処分の取り消しは
36)以下の分類につき,voir L. Mayaux note in RGDA. 2013.376 et 377.
―65―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
保険金受取人指定の取消となり、第三者のためにする生命保険契約は
自己のためにする生命保険契約となる。
最広義では、死亡を原因とするあらゆる無償の処分を意味するとい
う解釈も考えられる。
この解釈に従うと、
遺言による処分のみならず、
死亡によって保険金請求権が具体化する以上、生命保険契約も含まれ
ることになる。しかしながら、判例においては、生命保険契約の締結
は処分とは異なると解されているようである
(前掲<2-3>破毀院合同
部2007年12月21日判決)
。
本件における証拠からは、Aは再婚後の妻Xを寵愛しており、先妻
を保険金受取人に指定していたことを完全に失念していたようである
が37)、それだけで、処分の取り消しを指定の取消と解するのに不十分
であろう。
なお、本件では、AがBを保険金受取人に指定したことから、それ
が遺言によって取り消されたか否かが問題となったが、仮にAが「妻」
という抽象的な指定を行っていれば、Aの死亡時の妻であるXが受取
人となるので(保険法典L.132-8条第4項)
、指定の取消は問題となら
ない。Aがこのような保険法の規律を知悉していたか否かは不明であ
る。
3-4.総括
以上、遺言書に見られる、
「具体的相続分には『生命保険契約のすべ
て』が含まれなければならない」という記載、
「保険金を遺贈する」と
いう記載、
「過去の処分をすべて取り消す」という記載の解釈に関する
最近のフランス判例を概観した。いずれの記載もその趣旨が明確では
ないため、遺言者意思の探究は容易ではない。遺言による保険金受取
人指定・変更の有用性は否定できないものの、その文言が利害関係者
37)Mayaux, supra note (36), 377.
―66―
生命保険論集第 187 号
間の紛争の火種となりうることにも注意しなければならない。この点
については、今度の判例動向をなお注視していく必要があろう。
4.保険金請求権の固有権性と違憲性(フランス・ベルギー)
4-1.フランスの動向
前掲<2>で詳述したとおり、フランス保険法典は、指定された保
険金受取人に支払われる保険金または年金には、相続財産への持戻し
に関する規定および契約者の相続人の遺留分侵害による減殺に関する
規定が適用されない、と規定する一方で、契約者が保険料として支払
った金額に対しては、それが契約者の資力に比して明らかに過大であ
った場合に限り適用されると規定している。
近 時 、 フ ラ ン ス で は 、 QPC (La Question Prioritaire de
Constitutionalité)(合憲性に関する優先問題)という制度が導入さ
れた。これは事後的な違憲立法審査権である。この制度は、大いに活
用され、その対象は保険法規にまで及んでいる38)。この制度によれば、
憲法院による憲法判断が行われる前に、破毀院(最高裁判所)による
選別を受けなければならない。選別基準は複数存在するが、とくに重
要なのは、判断の対象とされる問題の新規性および重大性である。す
なわち、当該問題が新規性や重大性を欠いていれば、憲法院への移送
が行われないことになる。
さて、最近になって、フランスでは、
「相続財産への持戻しに関する
規定および契約者の相続人の遺留分侵害による減殺に関する規定が適
用されない」という保険法典の規律が、フランス憲法およびヨーロッ
38)その問題を検討した論稿として、山野嘉朗「憲法的価値理念と保険関連法
規――フランスにおけるQPC(合憲性に関する優先問題)判例および男女別料
率制度に関するEU司法裁判所2011年3月1日判決を中心に」生命保険論集177
号1頁(2011)参照。
―67―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
パ人権条約に定める法の前の平等原則および遺留分権利者間の非差別
原則に違反するのではないかという問題提起がなされ、破毀院の判断
が求められることになった。
フランス破毀院第2民事部2011年10月19日判決39)は、次のように判
示して、当該問題を憲法院に移送する理由はないと判示した。
保険法典L.132-12条およびL.132-13条は、持戻しに関する規律およ
び遺留分減殺に関する規律が、生命保険契約を締結した者の死亡時に
所定の保険金受取人に支払われるべき保険金または年金には適用され
ず、かつ、保険料が少なくとも契約者の資力に比して明らかに過大で
なかった場合には保険料にも適用されないと定める。
これらの規定は、
それ自体、相続人間に差別を生ぜしめるものではないし、平等原則に
違背するものでもない。また、過大な保険料は、裁判官が、これを相
続財産に持ち戻すことができるのであるから、保険法典L.132-12条お
よびL.132-13条について提起された問題には重大性が認められない。
このような判断については、保険法学説上異論がないところである
が40)、後掲<4-2>で紹介するとおり、隣国のベルギーでは、生死混合
保険に関する事案において同様の規律(ベルギー陸上保険契約法124
条)の違憲性が認められているので(ベルギー憲法院2008年6月26日
判決)
、合憲性をめぐって両国で見解の対立が生じている。なお、この
合憲性の問題は、今後、ヨーロッパ人権条約との関係でも議論されて
いく可能性がある41)。
4-2. ベルギーの動向
後述するとおり、ベルギーでは、2012年12月10日に保険契約法(陸
39)Civ. 2e, 19 octobre 2011, RGDA. 2012. 386, note L. Mayaux ; RCA. 2012.
no 21, note P. Pierre.
40)Chagny et Perdrix, supra note (13), p.559.
41)Chagny et Perdrix, supra note (13), p.560.
―68―
生命保険論集第 187 号
上保険契約に関する1992年6月25日の法律)の規定が一部改正された
が、同改正前の保険契約法124条の規定は次のとおりであった。
「保険契約者が死亡した場合は、払込保険料が保険契約者の資産に
鑑み明らかに過大である限り、保険契約者が支払った保険料だけが持
戻しおよび遺留分減殺の対象となる。ただし、持戻しおよび遺留分減
殺は支払期限の到来した保険金額を超えることができない。
」
この条文の前身である1874年6月11日法43条は次のように規定して
いた。
「保険契約者の死亡に際して支払われる約定保険金額は、当該契約
において指定された保険金受取人に帰属する。ただし、保険契約者が
行った保険料の払込みを理由とする持戻しおよび遺留分減殺に関する
民法典の規律の適用は妨げない。
」
両者の違いは次のとおりである。まず、1874年法43条では、原則と
して、第三者のためにする生命保険契約の保険金請求権の固有権性を
認めつつも、払込保険料については持戻しおよび遺留分減殺の適用が
可能であることを認める。これに対し、改正前の保険契約法124条も同
様に、保険金請求権の固有権性を認めながらも、払込保険料が保険契
約者の資産に鑑み明らかに過大である限り、例外的に持戻しおよび遺
留分減殺の適用を認める点が異なる。
ベルギーでは、
上記改正前の保険契約法124条の違憲性が問題とされ
ることになった。
4-2-1. ベルギーの判例
(1)ベルギー憲法院2008年6月26日判決42)
42)Cour const. Belge, 26 juin 2008, arrêt no 96/2008.なお,事実の概要
については,voir A. Deleu, L’article 124 de la loi du 25 juin 1992 jugé
discriminatoire par la Cour constitutionnelle : Enfin l’égalité entre
les héritiers réservataires ? RGAR. 2008. 14445.
―69―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
本件は、3人の兄弟姉妹のうちの2人(Yら)が、母親Aが締結し
た生死混合保険の死亡保険金受取人に指定されていたところ、上記3
人の兄弟姉妹からYらを除いたXが、Yらが受領した生命保険金の相
続財産への加算を主張したという事案である。
ブリュージュ(ブルージュ)第1審裁判所(le Tribunal de première
instance de Bruges)は、本件生命保険契約は、保険契約法124条の(批
判の余地のある)効果を免れるための間接的な贈与であると再性質決
定して、贈与金額は相続財産に加算しなければならないと判示した。
この判決を不服としたYらは、次のように主張して控訴した。
①本件約定は、生命保険契約であるが、その契約の締結は、一時払
保険料と引き換えに決まった月収を自由に使いたいとの配慮が動機と
なっている。
②死亡時にはこの保険料は死者の財産にはもはや含まれないので、
積極相続財産の一部を構成しない。
③保険金受取人に支払われた保険金は、生命保険契約の履行として
契約上行った約定給付に関しては、
保険契約法124条に従い本件保険金
は持戻しに服さないことを考慮すれば、いかなる場合も、これを贈与
とみなすことはできない。
ガン(ゲント)控訴院(la Cour d’appel de Gand)は、2007年5月
10日判決の中で、憲法院に次のような内容の質問を提起した。
「陸上保険契約に関する1992年6月25日の法律第124条は、
次の点に
関し、憲法10条および11条43)に違反するのではないか。被相続人の貯
蓄の努力が証券その他の貯蓄財産の購入で示される場合には、遺留分
を主張できる。換言すれば、遺留分減殺請求が可能となるのに、生命
保険契約が技術的観点から見て、以上とは別異の方法で表明された貯
43)憲法10条は、法の前の平等の規定で、同11条は権利・自由の保持の規定で
ある。
―70―
生命保険論集第 187 号
蓄形式である場合にすら、その効果として、生死混合保険という形式
で被相続人が行う貯蓄取引の場合に遺留分を主張できない。
」
この質問に対し、憲法院は次のように判示した。
保険契約法121条によれば、
生命保険金受取人は指定を受けるだけで
保険金請求権を有する。
同121条は、
第三者のためにする契約に関する規定を生命保険に適用
したものである。受益の意思表示の前に、保険金受取人の権利は既に
同人の財産となっているが、この権利は暫定的なものに過ぎない。
保険金受取人が受領した保険金は、死亡した保険契約者の財産には
帰属しない以上、
同121条は遺留分権利者である相続人は生命保険金に
対する権利を主張することができない。
しかしながら、同124条は、保険契約者が払い込んだ保険料について
の持戻しおよび遺留分減殺の可能性を規定する。ただし、それは払込
金額が保険契約者の財産状態に鑑み明らかに過大な場合に限られる。
保険契約者の死亡によって保険金受取人に支払われた保険金は、し
かしながら、死亡した保険契約者の相続財産に戻ることはなく、相続
人の主張から免れる。
持戻しおよび減殺に関しては、生命保険契約の受益者である遺留分
権利者たる相続人と贈与のように生命保険契約以外の無償譲与の受益
者である遺留分権利者たる相続人を別異に扱うことに正当性はない。
2つの場合において、遺留分侵害の危険は、上記124条が定める持戻し
および遺留分を制限する客観的かつ合理的な説明を提供できるほど異
なるものではない。
保険契約法124条は、それが、生死混合保険の形式による被相続人の
貯蓄取引の場合の保険金に関して遺留分を主張できないという効果を
有する点においては、憲法第10条および11条に違反する。
―71―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
(2)ベルギー憲法院2010年12月16日判決44)
2008年判決は、結論として遺留分との関係で保険契約法124条が違
憲であると結論づけただけであった。したがって、持戻しに関しての
判断については白紙であった(もっとも、持戻しに関しても違憲性を
うかがわせるようなニュアンスのある判旨ではあるが)
。
そこで、2010年になって、保険契約法124条は、生死混合保険の形
式で被相続人が貯蓄取引を行った場合に持戻しを主張することができ
ないという効果をもたらす点において憲法10条および11条に違反する
か、という質問がリエージュ第1審裁判所(le tribunal de première
instance de Liège)から提起された。これに対し、憲法院は、次のよ
うな趣旨の判断を示して、違憲性を否定した。
法律が規定する場合においてしか遺留分権利者からの請求を回避で
きず、かつ、遺留分権利者たる相続人しか主張できず、かつ、被相続
人にとっては処分不可能な遺留分とは異なり、持戻しについては、単
なる贈与者の意思によってこれを免除することができるように、相続
人からの持戻請求を回避できる。このように、民法典が定める贈与と
遺贈の場合は持戻義務が推定されているのに対し、保険(生命保険契
約を利用した贈与)の場合は持戻免除が推定されていると考えられる
が、いずれの場合も、被相続人は、その意思を優先させることができ
るので、両者の扱いの差異をもってこれを妥当でないと評価すること
はできない。
以上から、ベルギーの憲法裁判所の立場は、次のように要約するこ
とができる。
① 保険契約法124条の規定は、持戻しに関する限りは憲法に違反
しない。
② 保険契約法124条の規定は、貯蓄型生命保険に限り、遺留分侵
44)Cour const. Belge, 16 décembre 2010, arrêt no 147/⑵010.
―72―
生命保険論集第 187 号
害による減殺請求との関係で憲法に違反する。
このようにベルギーの憲法裁判所は、①被相続人は相続法の規律に
従っても、持戻免除を適用して特定の相続人に特別な恩恵を施すこと
ができるのであるから、
生命保険金受取人の指定を受けて被相続人
(保
険契約者)から間接的な贈与を受けたとしても、憲法違反となるよう
な不平等は生じていない、②遺留分に関しては、持戻免除は遺留分を
侵害することはできないので、持戻しの場合のような事情が認められ
ない、として、憲法違反となるような不平等が生じていると判断して
いる。
4-2-2.ベルギーの立法
以上のような流れの一方で、立法者が法改正の検討を開始してい
た45)。
2008年判決後(ただし2010年判決前)
、保険契約法124条の改正法案
が議員立法として上院に提出された(2010年11月24日)
。その後、立法
府での議論を経て、「相続の場合の生命保険金の遺留分減殺に関する
1992年6月25日の陸上保険契約法第124条を修正する法律」
として2012
年12月10日に公布された。同法第2条は次のように規定する。
「第2条 陸上保険契約に関する1992年6月25日の法律第124条は次
のとおり改める。
『第124条 保険契約者死亡の場合の持戻しおよび遺留分減殺
保険契約者が死亡した場合は、保険給付は民法典に従い遺留分減殺
に服する。保険契約者が明示的にその意思を表示した場合に限り、保
険給付は持戻しに服する。
」
この法改正によって、次の3つの点が明らかにされた。①個人生命
45)以下の叙述につき、voir J. Rogge et autres, Droit des assurances,
Bruylant, 2013, nos 105 et s.
―73―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
保険であれば、いかなる形態であれ保険契約法124条が適用される、②
同条は保険給付を対象とした持戻しおよび遺留分減殺に適用される
(贈与者が減少させた金額<保険料>ではない)
、
③保険金受取人は原
則として持戻しの適用を免れる(ただし、保険契約者が民法典の規律
に従う意思を明示的に表示した場合はこの限りでない)
。
まず、①について考えてみよう。上述したように、憲法院は貯蓄性
の生命保険(生死混合保険)に限定して判断を示したが、特定の生命
保険が保障性の機能を有しているのか、貯蓄性の機能を有しているの
かを峻別することは必ずしも容易ではない。したがって、判断が恣意
的になるおそれがある。こうした点を踏まえて、法律では保険の性質
の特定を避けたようである。
次に②であるが、持戻しや減殺の対象となるのは払込済み保険料で
はなく、保険給付であるという点である。この点については立法過程
において上院議員から次のような説明がなされている。保険金受取人
が指定されていない場合は、保険給付は相続財産に加算されるが、こ
れは法定相続人が保険金受取人に指定されている場合も同様である。
したがって、受取人に対して保険給付を行うことができないときは、
それは保険契約者またはその相続財産に対してなされることになるの
で、保険給付が持戻しまたは減殺の対象となるのは当然である。この
説明は、保険契約者が譲与したのは保険金受取人が受け取るべき保険
金であって、払込済み保険料ではないという有力学説を踏まえている
ようである。
この考え方に対しては異論がないわけではない。改正法は保障性の
強い生命保険についても適用されるが、その場合、保険金額は貯蓄金
額に対応しておらず、被保険者の死亡蓋然性に対応しているだけであ
る。したがって、そのような偶然の結果としての保険金額を持戻しの
対象としてよいかという疑問である。
最後に③について付言する。この点については次のような説明がな
―74―
生命保険論集第 187 号
されている。保険契約者が法定相続人の一人を保険金受取人に指定し
たということは、その者に、持戻しを免除するというアドバンテージ
を付与したかったということである。もし、保険契約者が法定相続人
を平等に扱いたいと思うのであれば、相続人全員を受取人に指定すれ
ばよい。保険契約者が結婚しているが、その子を受取人に指定したと
いうことは、保険契約者は妻が保険給付から得られる利益を剥奪した
ということであり、これは持戻免除の法律上の推定を意味する。この
推定は保険契約者(遺言者)の意思表示によって覆すことができる。
このように、推定を覆す規定が設けられているが、保険金受取人を指
定するということは、上記のとおり、保険金受取人である相続人を厚
遇するということであるから、あえて、これを覆す意思表示をすると
いう場面は限られよう。
5. おわりに
以上、保険契約法、相続法、憲法が交錯する領域におけるフランス
とベルギーの判例・立法の動向を概観した。第三者のためにする生命
保険契約においては、保険契約者から保険金請求権という利益が譲与
される(間接的な贈与がなされる)ので、相続関係者間で利害の衝突
が生じることがある。その場合には、利害調整に関わる法規の価値理
念が衝突することになる。
保険法では、保険金請求権に固有権性が認められているように、保
険契約者の意思の尊重と保険金受取人の保護が重視される。したがっ
て、その意味では、個人主義的価値理念が強調されていると見ること
ができる。これに対し、相続法では、被相続人(保険契約者)の財産
処分の自由を保障しつつも、共同相続人間の公平を維持すべく一定限
度においてこれを制限することが求められる。その意味では公序とい
―75―
第三者のためにする生命保険契約をめぐる新たな動向
う価値理念が貫かれているのであろう46)。これらの上位規範である憲
法においては、基本的人権としての平等という価値理念に基づき、共
同相続人間での差別的な扱いが批判の対象とされうる。本稿で紹介し
た判例・立法においては、まさにそうした価値理念の競合状態を具体
的にどのように調整するかが問題となっているように思われる。
フランスもベルギーも保険金請求権の固有権性と持戻し・遺留分減
殺に関しては同様の保険法規を有していた。すなわち、保険金請求権
は持戻し・遺留分減殺の対象とはならず、契約者が支払った保険料だ
けが、それが契約者の資力に比して明らかに過大であったという条件
付きで対象となるという規律である。しかし、保険金受取人に指定さ
れなかった相続人は、保険金受取人指定は生前贈与や遺贈と変わらぬ
ものと認識しているようである。そうであれば、保険金請求権が固有
権として不可侵のものであることに疑問を抱く者が少なからず存在す
るということになろう。そして、そのような意識の下で、様々な訴訟
が提起されている(前掲<2>、<3>)
。その究極の形が、違憲立法
審査権の行使である(前掲<4>)
。この点につき、フランスの最高裁
判所は違憲性を否定し、ベルギーの憲法裁判所は生死混合保険に限定
して遺留分との関係で違憲性を認めた。そして、ベルギーではそのよ
うな判例の影響を受けて保険契約法が改正されるに至った。
以上の動向は、法制度の違いもあり、わが国における保険法の解釈
論に直ちに影響を及ぼすものではない。とはいえ、本質論においては
共通する問題を抱えているといってもよかろう。とくに持戻し・遺留
分と保険金請求権取得の固有権性との関係については、わが国におい
てもなお未解決な問題が残存しているので、参照すべき点が少なくな
いように思われる。
本稿では、フランス・ベルギーにおける判例・立法動向のタイムリ
46)Mayaux, supra note (18), no 341.
―76―
生命保険論集第 187 号
ーな紹介・分析に主眼を置いたため、わが国の法制度との比較検討に
入ることができなかったばかりか、ベルギーの立法過程(保険契約法
改正過程)
における議論についても十分な紹介・検討ができなかった。
それらの点については他日を期したい。
(付記)本稿は平成26年3月12日に開催された平成25年度第6回生保
関係法制研究会(生命保険文化センター主催:座長・甘利公人上智大
学教授)における報告をまとめたものである。同研究会においては参
加者の諸先生、とりわけ野村修也中央大学教授から貴重なご意見を頂
戴した。記して御礼申し上げたい。
本稿は、財団法人かんぽ財団による調査研究助成(平成24年度)の
研究成果の一部である。
―77―
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