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要旨 - 内閣府経済社会総合研究所

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要旨 - 内閣府経済社会総合研究所
経済分析
第 157 号
平成 10 年 10 月
短期日本経済マクロ計量モデルの
構造とマクロ経済政策の効果
経済企画庁経済研究所
編集
経済分析第 157 号についてのお問い合わせは、
経済企画庁経済研究所研究官室あてご連絡ください。
郵便番号 100-8970
東京都千代田区霞が関 3-1-1
経済企画庁経済研究所
電話番号 03-3581-5853 (ダイヤルイン)
本
誌
の
性
格
に
つ
い
て
本誌は、研究所員の研究試論である。この種の成果は、研究所内部においても検討中のものであ
るが、現在研究所でどういう研究が進行しつつあり、どういう考え方が生まれつつあるかを外部の
方々に知っていただくと同時に、忌憚のない批判を仰ぐことを意図するものである。そのために、
掲載は研究員個人の名義であり、研究所としての公式の見解ではないことを含まれたい。
経
済
第
分
157
平成 10 年 10 月
析
号
経済企画庁経済研究所
目
次
短期日本経済マクロ計量モデルの
構造とマクロ経済政策の効果
要旨…………………………………………………………………………………… …………… 3
ワークショップにおけるコメントと回答 ………………………………………………………… 8
第1部
短期日本経済マクロ計量モデル−基本構造と乗数分析−
第 1 章 『短期日本経済マクロ計量モデル』の基本構造………………………………………19
第 1 節 短期日本経済マクロ計量モデルの基本設計…………………………………………19
1. 理論的基本構造……………………………………………………………………………19
2. 推定作業上の特色…………………………………………………………………………21
第 2 節 ブロック別の構造………………………………………………………………………22
1. 最終支出ブロック…………………………………………………………………………22
2. 労働・生産ブロック………………………………………………………………………26
3. 価格・資金ブロック………………………………………………………………………28
4. 分配所得ブロック…………………………………………………………………………30
5. 政府財政ブロック…………………………………………………………………………32
6. 国内金融ブロック…………………………………………………………………………34
7. 国際収支・為替レートブロック…………………………………………………………36
第 2 章 モデルの動学的パフォーマンス …………………………………………………………38
第 1 節 モデルのトラッキング能力……………………………………………………………38
1. テストの方法………………………………………………………………………………38
2. 最終テストの結果…………………………………………………………………………39
第 2 節 主要シミュレーションの結果…………………………………………………………43
1.
財政政策シミュレーション……………………………………………………………43
−i−
1.1
政府支出拡大の効果……………………………………………………………………44
1.2
所得減税の効果…………………………………………………………………………49
1.3
法人減税の効果…………………………………………………………………………50
2. 金融政策の効果……………………………………………………………………………51
2.1
金融引締め効果 (短期金利 1%ポイント引上げ)……………………………………51
2.2
貨幣供給量減少の効果…………………………………………………………………52
3. 外生的ショックの影響……………………………………………………………………52
3.1
為替レート減価の影響…………………………………………………………………53
3.2
鉱物性燃料価格上昇の影響……………………………………………………………54
第 3 章
残された課題………………………………………………………………………………55
参考文献………………………………………………………………………………………………57
(補論 1−1) Augmented Dickey-Fuller 検定の結果……………………………………………59
(補論 1− 2) 資本の使用者費用 (UCCPF) について… … ……………………………………61
第2部
公共投資乗数の変化とマクロ計量モデル
第 1 章
序論…………………………………………………………………………………………67
第 2 章
マクロ計量モデルの理論構造と乗数変化の経路………………………………………68
第 1 節
マクロ計量モデルの理論構造…………………………………………………………68
第 2 節
貨幣供給量一定の下での公共投資乗数 (教科書的乗数論の一般化) ……………70
第 3 節
金利がコントロールされている場合の財政乗数……………………………………73
第 4 節
財市場 (45°線) 型乗数の決定要因…………………………………………………75
第 3 章
個別経路の歴史的検討 (過去の経済対策時点に関する回顧) ………………………78
第 1 節
70 年代以降の日本における景気対策 ………………………………………………78
第 2 節
景気対策時における乗数関連諸変数の動向…………………………………………80
1. ケインズ政策発動時における金融政策…………………………………………………81
2. 公共投資拡大と民間需要項目の動向:VAR 予測による検証…………………………82
2.1
第 6 循環の後退局面 (70年後半∼)……………………………………………………82
2.2
第 8 循環の後退局面 (77年初∼)………………………………………………………84
2.3
第10循環の後退局面 (85年半ば∼)……………………………………………………84
2.4
第11循環の後退局面 (91年後半∼)……………………………………………………85
第 4 章
第 1 節
1.
マクロ・モデルにおける乗数の変化と理論及びモデル構造の変遷…………………86
マクロ・モデル乗数とモデル構造の変遷……………………………………………87
推定パラメータ型マクロ計量モデルに見られる
乗数の変遷とモデルの枠組み …………………………………………………………87
−ii−
2.
合理的期待 (モデル整合的期待) とモデル乗数………………………………………89
2.1
合理的期待の採用がモデル乗数に与える影響………………………………………89
2.2
合理的期待の現実性……………………………………………………………………90
第 2 節
同一構造モデルによる検証……………………………………………………………91
1. 80 年代モデルの作成………………………………………………………………………92
2. 80 年代モデルの乗数とその要因…………………………………………………………92
第 5 章
結語…………………………………………………………………………………………93
参考文献………………………………………………………………………………………………95
(補論 2−1) VAR (ベクトル自己回帰) 予測による
公共投資波及の検証について………………………………………………………97
付属資料
付属資料 I
短期日本経済マクロ計量モデルの乗数詳細表………………………………… 115
付属資料 II
短期日本経済マクロ計量モデルの方程式体系及び変数名一覧……………… 153
The EPA Short−Run Macroeconometric Model
of Japanese Economy −ABSTRACT−………………………………………… 179
−iii−
−iv−
短期日本経済マクロ計量モデルの構造と
マクロ経済政策の効果**
堀
*
雅博*
鈴木
晋
萱園
理
堀雅博 (大蔵省金融企画局企画課課長補佐、前経済企画庁経済研究所客員主任研究官、前長崎大学経済
学部助教授)、鈴木晋 (経済企画庁調整局産業経済課課長補佐、前経済企画庁経済研究所研究調整官)、
萱園理 (経済企画庁経済研究所委嘱調査員、三井情報開発株式会社)
本研究をまとめるに当たっては、経済研究所ワークショップにおいて、伴金美大阪大学経済学部教授、
吉野直行慶應義塾大学経済学部教授から貴重なコメントを頂いた。また、歴代経済研究所所長である、
金子孝文、小峰隆夫、貞広彰の各氏、及び加藤裕巳経済研究所総括主任研究官、その他多数の方々か
らご助言を頂いた。ご協力頂いた方々に心よりの感謝を申し上げる次第である。いうまでもなく、本
稿にありうべき誤謬は筆者らの責任に帰されるべきものである。
**
−1−
−2−
要
第1部
旨
短期日本経済マクロ計量モデル
− 基本構造と乗数分析 − (要旨)
1.「EPA 世界経済モデル」と「短期日本経済マクロ計量モデル」の作成
(1)開発の目的
経済企画庁経済研究所では、1982 年に本邦初の世界経済モデルを完成させた後、累次の改訂
を行ない (最新版は 1994 年公表の第 5 次版) 内外の活用に供してきた。
「EPA 世界経済モデル」
は国家間の相互連関を明示的に考慮し、政策協調の有効性を明らかにする等、我が国の世界経済
戦略策定上大きな貢献をなしたが、反面そのモデルの包括性ゆえに、改訂に多大な時間とコスト
を要し、最新の情報に基づいた機動的対応を取り難いという問題を抱えていた。
90 年代の日本経済から推測される構造変化と最新情報に基づくモデルに対する要請とに鑑
み、
「EPA 世界経済モデル」を補完する機動型モデルとして、以下に紹介する「短期日本経済
マクロ計量モデル」の開発に取り組み、今般その一応の完成をみた。今後は、内外の要請に応じ、
データの更新等外部情報の変化に適応する形で、適宜機動的改訂、活用を図って行く予定である。
(2)基本設計と推定期間
「短期日本経済マクロ計量モデル」の基本設計は従来の「EPA 世界経済モデル」における日本
経済モデルと同様であるが、作業負担の軽減、モデルの機動性確保等の観点から必要以上の複雑
化は避け、結果として操作性の高いコンパクトなモデル (方程式総数 129 本、うち推定式 48 本)
になっている。
基本設計が保持され、主要関数のパラメータも変わらない場合、簡素化がモデル特性に与える
影響は小さい。また、世界経済を外生化しても一国の政策の自国への影響に大きな違いが出ない
点は累次の世界モデルにより確認されている。
モデルは「世界経済モデル」同様四半期ベースの推定パラメータ型計量モデルである。推定
期間は原則として 1985 年から直近時点 (データの入手可能性により、96、97 年) であり、5 次
版の世界経済モデル (推定期間 1983∼92 年) に比較しても、4∼5 年程度の更新となっている。
今回新たに含められた期間は、日本経済がバブル崩壊後、その後遺症の克服と構造調整への取
り組みを開始した時期に当たり、直下の経済状況を理解する上で大きな改善をもたらすことが
期待できる。言うまでもないが、最新データの活用により足下に関するモデルの追跡能力は高め
られた。
2.主要シミュレーション結果
以下に主要なシミュレーション結果 (乗数) の概略を示す。各表の数値は標準ケース (シミ
ュレーション上のインパクトを加える以前のケースで、実績値に等しい) の水準からの乖離率、
あるいは乖離幅を示している 1。
1
以下の乗数はあくまでもモデルの動学特性を検討するための機械的テストの結果であり、これをもって
直ちに現実の政策効果を評価することはできない点に注意を要する (例えば、以下の財政関連シミュレー
ションでは、金融政策については推定された短期金利の政策反応関数に基づく対応を基本としている
−3−
いずれの結果についても、モデルの内挿期間である 1994 年からの 3 年間を報告しているが、
「短期」分析を意図したモデルの性格上、2 年目以降の数字は (モデルの特性を示す) 参考程度
に解されるべきものである。*
(1)財政政策シミュレーション
ここでは代表的な財政政策のケースとして、イ)政府支出拡大ケース、ロ)個人所得税減税ケース、
の 2 つのケースを紹介する。
イ)政府支出拡大の効果 (表 1−6)
実質の公的固定資本形成を標準ケースの実質 GDP の 1%相当分だけ継続的に増加した場合、
実質 GDP にあらわれる乗数は 1.2%程度 (1年目) になる。
参考までにその後の推移を見ると、
ピークは 2 年目 (1.3%程度) で、以後は低下している。この結果を公的投資の継続的拡大が経
済成長率に与える影響という観点で見ると、1 年目に乗数分だけのプラス効果があり、2 年目以
降の効果はゼロないしマイナスとなる。
需要項目別には、民間住宅投資が公共投資に誘発される形で真先に拡大する一方、設備投資と
消費は所得の増大を受けて緩やかに進行する。内需の拡大及び金利の上昇を受けた為替の増価に
より、経常収支の GDP 比は 0.2% (1 年目) 程度低下する。
経済の拡大により、支出拡大の一部は税の増収で相殺され、一般政府赤字の増大は支出増額に
比べれば小幅に止まる (財政赤字の対名目 GDP 比は標準ケース比で 0.6%の悪化(1 年目)) が、
支出額全体がカバーされることはなく、赤字残高は累増する。
ロ)所得減税の効果 (表 1−11)
個人所得税を名目 GDP の1%相当額継続的に減税すると、実質 GDP は 1 年目で 0.4%程度増
加し、以後 2 年目 (0.6%程度増加) をピークに低下していく。
減税乗数が公共投資乗数に比べ小さいのは、公共投資が公的部門の支出という形で需要を直接
的に拡大するのに対し、減税の場合、家計の支出行動によってその効果が左右されることによ
る。本モデルの家計は、基本的には、一時的変動を除いた恒常的な所得に基づいて支出額を決
定するため、当該期の家計可処分所得が増加するほどには消費支出は拡大しない (消費の増加
率は 1 年目で 0.5%)。結果として、他の需要項目への波及効果も小さくなる。
減税乗数が小さいことから、税収減が景気拡大を通じた増収により相殺される程度は小さく、
財政赤字の名目 GDP 比は 0.9%程度悪化 (1 年目) している。
(2)金融政策の効果
ここでは代表的な金融政策のケースとして、イ)名目短期金利を標準ケースに比べ1%ポイントだ
け引き上げるケース、ロ)貨幣供給量 (M2+CD) の水準を標準ケースに比べ 1%相当削減するケー
ス、の 2 つを検討する。
イ)の名目短期金利引上げケースについては、5 次版世界モデルでは金融緩和シミュレーションを
行っているが、現在の金利水準が低く、これ以上大幅に金利を引下げることは不可能な情勢を鑑
みて、金融を引締める方向でシミュレーションを行った。なお、現実の経済では金利の引上げは
需要を減退させ、貨幣需要が低下することから金利を低下させる方向に力が働くが、このシミュ
レーションでは金利を固定しているため、この力を打ち消す方向に金融引締めをさらに強めてい
く前提となっていることに注意が必要である。
ロ)の貨幣供給量の削減ケースでは、貨幣供給量という量的指標を削減する形の金融引締めが実
物経済にどのような影響を与えるかが明らかになる。
が、現実の政策では、財政と金融を同時に裁量的に動かす場合が多く、財政政策の実施と連動して金融
の政策反応関数自体が変更されると考えるのが現実的である)。
−4−
イ)金融引締め効果 (短期金利 1%ポイント引上げ、表 1−13)
短期金利の1%引き上げによる実質 GDP 抑制効果は漸進的に生じ、1 年目の 0.1%減から 3 年
目には 0.6%減まで拡大する。
金利の上昇は、その代替効果により設備投資や住宅投資を抑制する。また、高金利は円高 (1
∼2%程度) をもたらし、所得は外需面からも抑制を受ける。金利が民間消費に与える影響は、
代替効果に加え、財産所得の変化を通じた所得効果、更には他の需要項目の変動が所得を変化さ
せる効果等、複数の経路で生じるが、本モデルではマイナスの経路である代替効果がまさり、消
費はわずかながら減少する結果となっている。
一般政府の財政バランスは、景気抑制と物価の低迷により税収が低下することや財産所得の支
払が増加することにより赤字方向に向かうが、投資減少により民間のバランスが改善しているこ
とから、経常収支はほとんど影響を受けない。
ロ)貨幣供給量減少の効果 (表 1−14)
貨幣供給量の水準を当初 1 年間かけて漸減的に 1% (標準ケース比) 低下させた後そのレベル
を継続すると、貨幣市場の均衡を達成するように金利が上昇し (1 年目の長期金利で 0.5%程度)、
代替効果により投資が抑制される。また、円高が生じて外需も抑制される。民間消費に対する影
響には、代替効果の他に、財産所得による所得効果や他の需要項目を通じた所得効果がある。財
産所得を通じたプラス効果は他の経路によるマイナス効果には及ばず、消費も若干減少してい
る。
この結果、貨幣供給量の 1%削減による実質 GDP 抑制効果は、3 年目に最大の 0.5%となり、
その後は縮小する。
投資減少による民間バランスの改善と一般政府財政バランスの悪化は、ほぼ均衡しており、経
常収支は標準ケースとわずかしか変わらない。
(3)外生的ショックの影響 (表 1−15)
ここでは政策以外の外的ショックに関するシミュレーションとして、為替減価 (標準ケース比
10%) ケースを紹介する。このケースでは、通常モデル内で内生的に解かれる為替レートを外生
化した上で、ある時点での外的要因により標準ケースに比べ 10%の減価が生じたものと想定し、
それが継続する場合を検討している 2。
為替が 10%円安 (標準ケース比) に動くことにより、輸入物価が上昇し、波及効果により物価
水準が上昇する (消費デフレータは3 年目で 1.1%上昇)。また、交易条件が変化することから、
輸出の拡大と輸入の減少が生じるが、円の減価により輸入金額は大きく高まり、経常収支黒字(円
ベース) の名目 GDP 比はあまり変化しない。
これは、
円安に応じ貿易黒字は増加しているものの、
経済の拡大に反応して金利が上昇するため海外への要素所得支払が増加し、
貿易収支を相殺して
いることによる。
外需の拡大や物価の上昇は企業収益の改善をもたらし、設備投資を促進する。また、家計の実
質可処分所得も増加することから消費も刺激され、実質 GDP は 0.4%程度拡大する (1 年目)。
経済の拡大は税収の増加をもたらし、財政バランスの改善につながる (1 年目 0.1%)。
2
ただし、現実の経済では為替減価は経常収支の黒字化を招き、為替を増価させる力が働くが、このシミ
ュレーションでは為替を固定しており、いわば一度減価させた為替が戻らぬよう当局が介入をさらに
強めていく前提となっている点に注意が必要である。
−5−
第2部
公共投資乗数の変化とマクロ計量モデル (要旨)
90 年代以降にみられた経済減速の下で「バブル崩壊後の日本経済では経済対策の効果が低下
した」という命題が、学会に止まらず、官民エコノミストを巻き込んだ広範な議論を巻き起こし
ている。本稿では、マクロ計量モデルのいわゆる「乗数」に対応するケインズ的意味での公共投
資乗数 (主として短期) に焦点を当てた分析を行う。
「公共投資乗数が低下したのではないか」という議論は広範に見られるが、その決定メカニ
ズムをマクロ経済全体の (一般均衡的) 文脈でとらえ、具体的な数値の形で示した実証分析は驚
くほど少ない。本『経済分析』のテーマであるマクロ計量モデルには公共投資乗数論の実証にお
いて中核的な役割を果たすことが期待されている。今般、新モデルの公表に当たって、開発当事
者の持つ「乗数低下論に対する感触」を明らかにしていおくことは有益だろう。以下では、本分
析第 1 部で紹介した「短期日本経済マクロ計量モデル」を念頭に、公共投資乗数低下論の蓋然性
をマクロ計量モデルの枠組みの下で (理論的/実証的に) 整理、検討する。
はじめに乗数低下に関する議論全体の見通しをよくするため、標準的なマクロ計量モデルが
持つ構造と整合的な形での開放経済マクロ理論モデルを展開し、公共投資乗数のありうべき変化
を引き起こす経路に関する整理を行った。理論的分析から得られた主な結論は次の通り。
イ) 公共投資乗数は 45°線型の素朴な乗数 ( ∆Y =
∆G
1
) を左右する要因以外に、価格伸縮
(1 − d1 + m1 )
性、国際間資本移動、貨幣需要の利子弾力性等の影響を受ける。
ロ) 利子率固定の下で公共投資が行われる場合、利子率上昇によるクラウディング・アウトや為
替増加による外需抑制は働かず、貨幣供給量固定の場合に比較して乗数は大きくなる。
ハ) 利子率固定を前提とし、加えて価格調整が無視できる短期に限定すれば、乗数は基本的に
45°線型となり、限界消費性向、限界輸入性向、及び限界投資性向に依存して定まる。
ニ) 限界支出 (消費/投資) 性向の大きさは、生涯所得に関する認識 (恒常所得) の当該期所
得感応度に依存するが、感応度は、公共投資が成長の阻害要因と認識されたり、将来の増
税に繋がると認識されたりする場合に低下して、乗数を押し下げる。
理論的整理を踏まえ、次に公共投資乗数に変化が生じた可能性について実証的接近を試みた。
実証は大きく 2 つの形態によっている。まず第 1 に、戦後の日本において裁量的な需要拡大策と
しての財政政策が実際に採用された時点を特定し、そこで生じていたであろう乗数メカニズムを
個別エピソード毎に検証した。第 2 に、本『経済分析』の中核でもある計量モデルに基づき、公
共投資乗数が変化している可能性を検討した。実証分析から得られた主な結論は次の通りであ
る。
イ) 70年以降の 4 回の対策エピソード 3 において、金利や為替を通じた間接的クラウディング・
アウトが働いて乗数を変化させた形跡はない。
ロ) 過去の対策は景気の下支え効果を発揮こそすれ、その後の成長の原動力となるような大き
な呼び水効果を持ったとは考え難い。
3
70 年後半∼、77 年初∼、85 年半ば∼、91 年後半∼の 4 エピソード。選択の基準については本文を参照。
−6−
ハ) モデル乗数の歴史的変化自体はモデルの枠組み (背景理論) に大きく影響を受けており、
モデル乗数の低下は必ずしも現実の乗数低下と一対一ではない。
ニ) モデルの理論構造の変化が乗数に与える影響を排除するため、80 年代と 90 年代について
同一構造のモデルでの乗数比較を行った結果、乗数に大きな変化はみられなかった。
以上を総合すれば、
「公的固定資本形成の乗数が 90 年代に入って顕著に低下した」とする議論
の実証的根拠は十分ではないと結論できる。にもかかわらず、
「対策の効果が 90 年代に入って
低下した」という見方が広まった背景には、a)バブル崩壊に伴う金融不安等の負のショックが大
きかったこと、や b)財政拡大の形態が通常想定される持続的拡大ではなく反動減を伴う一時的
拡大であったこと、等が挙げられる。しかし、それにも増して重要な要因は、過去における対策
の効果が過大評価されていた点ではなかろうか。対策時に関するエピソード分析も示すように、
財政拡大はその時点の経済を下支えこそすれ、その後の成長を保証する呼び水ではなかった。
−7−
ワークショップにおけるコメントと回答
本研究プロジェクトでは、研究成果を公表するにあたり、平成 10年6 月19 日、伴金美 (大阪
大学経済学部教授) 及び吉野直行 (慶應大学経済学部教授) の両氏を討論者に迎え、ワークショ
ップを開催した。以下ではそのワークショップにおいて討論者から示された意見、及び当方から
の回答の概略を紹介する。
[討論者のコメントイ)]大阪大学 伴金美 氏
・マクロ計量モデルは (政策評価手段の) 一つの手法であり、マクロ経済政策の策定に貢献し
てきた。経済企画庁経済研究所の世界モデル、計量委員会の中期多部門モデル等は、透明性
の高い形で公表されていることもあり、モデル自体の構造、パラメータ等の面でベンチマー
クとして公共財の役割も担っている (資料として研究対象にもなりうる)。その意味で定期
的にモデルを作成し、公表する意義は大きく、今回のモデルの作成・公表にまず感謝したい。
・マクロモデル開発に長年携わる評者の個人的経験からいっても、乗数が低下しているという
認識はない。その意味ではこの報告書の結論に大きな違和感はない。
・マクロ計量モデルという手法自体には批判もあり、それを代表するのが Lucas による批判であ
る。Lucas 批判の指摘は多岐に渡るが、その第一のポイントは「構造形」と「誘導形」の関係
の安定性に関わる問題である。この点については報告書でも触れられているように、外部環
境によほど劇的な変化がない限りパラメータの変化は大きくないという評者他の研究成果が
あり、少なくとも本プロジェクトが目的とするような短期分析では大きな問題とはならない
だろう。
・Lucas 批判の第二のポイントして、期待形成メカニズムの問題が挙げられる。報告でも触れら
れているが、
期待形成の両面であるbackward-looking とforward-looking をモデルにどう採り入
れるか、それによってシミュレーション結果が異なってくる。マクロ計量モデルは通常
backward だが、それだけでは分析できない重要な問題が生じている。例えば、消費税導入前
の駈け込み需要とその反動、恒久減税と一時減税の効果の違いなどは従来のbackward 型モデ
ルでは十分に説明できない。こうした問題は期待における forward-looking の要素を考慮する
ことで分析可能であり、その面での改善が望まれる。
・今回のモデルにおける評価に値する点として、消費関数に恒常所得 (潜在成長力で代理) の
概念を明示的に取り入れている点が挙げられる。恒久減税が供給サイドに大きな影響を与え、
それが潜在成長率を高め、恒常所得を高めて消費を刺激する、というのは理論的には十分考
えられる話である。ただ、残念なのは今回のモデルが恒久減税と一時的減税との違いをシミ
ュレーションしていない点である。
・Lucas の批判には含まれないが、評者が考える重要な点として「リスク」の扱いがある。つま
り一次のモーメントとしての期待値だけでなく、二次のモーメントも経済に影響する。昨今
の金融不安の例を見ても、ファイナンス等ではリスクが重要な役割を担う。これをモデルに
−8−
採り入れる方向性が欲しかった。リスクも期待と同様、観察不能なファクターではあるが、
これをいかにして観察可能な変数に置き換えるか。例えば金利の期間構造であるとか、日米
の金利差等が考えられるだろう。リスクが問題にならなければ、資金が移動して金利差は消
滅する。金利差の存在はリスクの重要性を示唆するものと考えられる。こういうものを導入
していくことで新たな分析が可能となり、 (既に述べた公共財としての) 今回のモデルの価値
をより高めることができたのではないか。
・最近国会などでも議論が行われている「乗数効果」について整理を試みたのが第 2 部であろ
う。乗数が近年になって低下したと考える材料は十分でないという主張は評者には納得し易
い結論であった。複数のモデルの乗数を比較すると 1 年目は似通っているのに、2 年目以降
はバラツキが大きい。それはモデル構造の違いである。モデル開発に携わる者として日頃肌
で感じていることではあるが、それを理論面から整理したことの価値は大きいだろう。
・石油ショック以前と以後のモデル乗数の違いは、パラメータの違い云々の問題というよりも、
基本的にモデル構造自体の変化によるという主張には、評者も同感である。1980 年代以降に
ついては、 (いろいろ批判はあるが) 計量モデルの作り方 (構造) が安定していて、乗数の変
化も緩やかなものになっている。乗数は景気循環に伴ってfluctuate する部分はあるが、少な
くとも傾向として低下しているとは評者は感じていない。「乗数が低下しているのではない
か」という議論は、実際には分析を行っていない人間が感想として言っているに過ぎないの
ではないか。
・「需給ギャップを埋める」意味での財政の活用について評者は次のように考える。石油ショ
ック以前は需給ギャップさえ埋めれば後は経済が自律的に回復していくと考えられていた。
しかし今日、従来のような発想で財政が拡大されると、それは経済を自律的なパスにのせる
どころか阻害要因になる可能性が高い。
・報告モデルでの財政乗数は中長期的にはうまい具合にプラスにもマイナスにもならない形と
なっているが、評者はそれが投資行動に与える影響の点等からネガティブな効果がもっと大
きいのではないかと考える。例えば、財政拡大が将来の増税につながる場合、グローバル化
が進んでいる今日では企業は海外立地につながる (つまり、直接投資で海外に出るチャネル
が確立されている) 。従来は為替レート変動による調整経路が注目されていたが、今日では財
政支出の増加が投資を減退させる可能性が更に高まっているのではないか。
・直接投資が輸出入行動に与える構造変化も無視できない。90 年代以降、輸出入の所得弾力
性、価格弾力性等には大きな変動が見られ、これには製品輸入のシェアの変化や直接投資の
拡大等が影響していると考えられる。報告されたモデルでは、その点の表現が十分でなく、
一層の改善が望まれる。対応としては、輸出入関数に直接投資残高を含める等の方策が考え
られるが、この問題に関するデータの蓄積はまだ十分ではなく、モデルに入れるのは難しい
というのが現状かもしれない。
・そういう問題はあるが、実はそれでも 1 年目 1∼1.3 など乗数レベルにはあまり変化は起こら
ないというのは事実である。しかし、
「いろいろ変化はあるが、それでも乗数はあまり変わら
−9−
ない」ということをきちんと示しておくことが重要である。
・最後に、報告に示された内挿テスト結果について「推定期間を通じた内挿テストはあまり重
要でない」という認識が今日の計量モデル作成において一般化していることを指摘したい。in
sampleでの長期の追跡力よりも直近のout sampleでのパフォーマンスの方が重要なインフォ
メーションになる。従って、誤差項の系列相関などの問題がむしろ重要になるわけだが、そ
れについて報告では単位根等の検証で対応している。いずれにしても RMSPE 等はモデルの善
し悪しを見分ける指標にはならないが、どの時点が説明できないのかをきちんと示すという
意味で、紙面を割くのはよいのではないか。
・モデル作成は、なるべく推定期間を短くして最新のデータを使う方がよい。85 年からの推定
には問題はないが、やや長すぎる式があるのが気になる。長くても短くても上手く推定でき
る関数等は、短いものを採用するべきだろう。
[討論者のコメントロ)]慶應大学 吉野直行 氏
・不良債権問題をどのようにモデルに組み込んでいくかが報告されたモデルの第一の課題だろ
う。評者らが財政経済協会でモデルを作成した際 (野口・吉野他 (1996) ) には、銀行の貸出市
場を考慮したモデル構築を行った。貸出市場を明示的に扱わない限り不良債権問題を分析す
るのは不可能である。具体的には、利潤最大化に基づく銀行の目的関数を作り、銀行の貸出
行動に担保価値やリスクが与える影響を分析する。そうした要因が銀行のローン供給曲線を
左側にシフトさせれば、それが投資に影響する。貸出市場を入れないで対処する簡便法とし
て投資関数に地価を直接含めることが考えられる。評者自身は不良債権を扱うには銀行貸出
市場を明示する方が望ましいと考えている。
・報告モデルの貨幣市場では、貨幣としてM2+CD のみを扱っているが、最近の問題として、ハ
イパワード・マネーは 10%程度伸びているのに M2 ベースでは3∼4%しか伸びが見られない
状況がある。貨幣としてM2+CD だけを扱うのではなく、ハイパワード・マネーをモデルに含
め、ハイパワード・マネーと M2+CD の関係を推定する形に拡張した方がよい。また、マネー
についても M2+CD を見るのか、郵便貯金まで含めた M3 や広義流動性まで見るのか等、金
融ブロックについては拡張の余地が大きい。
・金利の政策反応関数について、評者はかって義村政治氏との共同研究 (吉野、義村 (1997) )
で取り上げた。それによれば政策に影響を与える要因は時代とともに変化しており、物価が
重視される時期、為替が重視される時期 (プラザ合意以降) 等が分かれ、必ずしも安定的で
ない (80 年代と現在とでは定式化も含め反応関数が異なる) 。報告のモデルではそうした点へ
の配慮が十分でないように思える。また、金融政策だけではなく、実際には財政支出も外部
環境に対する政策反応として考えられるものだが、報告モデルでは外生として扱われている。
今後の課題としてこれを推定することも考えられるのではないか。
・労働は評者の専門外だが、報告モデルの労働市場で用いられているフィリップス曲線やオー
クン法則の関係は、単純化とは言え、あまりにも非日本的ではないか。例えば日本の労働供
−10−
給は実質賃金や人口で決まっているというより、新卒者や女性の社会進出の影響が大きいの
ではないか (これは長期的な話だが)。また労働需要もまず新卒者で対応し、それから高齢者
の退職を促す等の形が多いだろう。もう少し日本的な特性を反映した労働市場を描いた方が
現実性が高まるのではないか。
・支出面では、まず民間消費について、基本的には恒常所得に基づいており、短期的影響をも
たらす資産項には株や土地を含むということだが、実際、純粋な金融資産だけでは上手くい
かないのではないか。株や土地は時価で評価してある必要がある。住宅投資については公的
金融の影響が大きいので、住宅公庫の金利やローンを入れた定式化が必要だろう。最後に民
間設備投資については、景気がいい時と悪い時で投資の支出弾力性が変わるという結果が得
られている (吉野・嘉治・亀田 (1998a)) 。乗数の評価にあたってはそうした面での配慮も必
要なのではないか。
・次に海外との関係に関連して、近年におけるアジア依存の高まり (輸出シェアの 17%) 等に
鑑み、輸出市場における構造変化を考慮することが必要だろう。また、伴先生からも言及が
あったが、報告モデルでは海外直接投資が明示的に扱われていない。アジアとの関係の変化、
特に直接投資等を通じたそれが日本の支出構造に与える影響は無視できない。
・報告モデルの供給サイドが至極単純な扱いに止まっている点について、もしそれをより丁寧
に扱うとすれば、社会資本が供給能力に与える影響を評価する必要が生じる。社会資本を供
給サイド・モデルに採り入れる場合、社会資本に年ベースのデータしか存在しないという問
題がある。また推計に関しても、社会資本を全体でまとめてしまうと上手くいかないが、第
1 次、2 次、3 次産業を分けたり、地域別で推定したりすると上手く推定できるといった結
果 (吉野他 (1998b) ) も見られる。もしモデルを拡張する機会があれば、ぜひこうしたファク
ターをモデルの供給サイドに組み込んでいただきたい。
・最後に日本経済に生じた構造変化の可能性について言及したい。支出関数等について考えて
も、バブル当時と平成不況の最中とでは資産項等のパラメータが随分変わっていると思われ
る。金融面では、79 年∼80 年の時点や、85 年第 III 四半期あたりのプラザ合意等が構造変化の
ポイントである。モデル構築にあたっては、そうした構造変化の時期についての配慮も必要
であろう。
[コメントイ)への回答]
・モデルにおける期待形成の扱いに関する指摘に関し、その趣旨には同感である。今回、モデ
ルに前向きの期待 (具体的には合理的期待) を採り入れなかったことには幾つかの理由が
ある。第一は、モデルに対する予測シミュレーションの要請である。公表した短期日本経済
マクロ計量モデルは、政策評価とあわせ、予測作業における補助スキームたりうることが期
待されている。もしモデルに合理的期待を採用すれば、t 時点の予測作業を (t-1 時点で) 行う
際に、t+1 時点以降が既知であるという非現実的な仮定が必要になる。
・第二の理由は、報告第 2 部でも指摘している「モデル整合的な期待 (合理的期待) 」という仮
−11−
定の非現実性である。期待形成に前向きの (forward looking の) 要素が含まれる点に疑う余地
はないが、一方でその期待が「モデル整合的な期待」で示される程単純なものでないことも
明らかである。現実の期待形成は経験に基づく (backward looking の) 期待と前向きの期待の
中間に位置するものと考えられる。本報告では、分析の意図 (足下の状況を反映し、短期的
な追跡力を持つ実証的モデル開発) に鑑み、適応的期待を基礎に直近データまで反映して推
定パラメータ型モデルを構築し、必要に応じて前向きの期待変化の可能性を考慮するという
現実的対応を採用した。
・消費税時の駈け込み需要や一時的減税と恒久減税の違いに関する分析ツールの必要性はご指
摘の通り。ただ、forward looking 型のモデルを開発するというだけで、問題が全てクリアされ
るものではない (分析に現実性を持たせるのは難しい)。例えば恒久減税の効果を検証する場
合、政策で恒久減税だとアナウンスすることと、国民がそれをどう認識するかは全く別問題
である。減税が継続的に行われても、国民は財政状況をみて将来の増税を予想する (よって
消費は増やさない) かもしれないし、錯覚して消費を出すかもしれない。このような場合、
政策の効果は国民がアナウンスにどの程度クレディビリティを感じるかという点に依存する
が、それは合理的期待のモデル表現ほど単純でない。また、消費税の駈け込み需要について
も、それは確かに前向きの行動だが、比較的近視眼的な前向きの行動であるとも解釈できる。
財政の悪化は消費税の導入時点よりはるか前から認識されており、もし個人が完全に合理的
であれば、消費税引上げは (タイミングを除き) 予想されたプロセスであり、税導入の前後
で消費に大きなジャンプが生じるとは考え難い。
・金融面等でのリスク導入の必要性についてはご指摘の通りだと考える。モデルを発展させる
アイデアとして今後ぜひ検討していきたい。
・財政支出拡大が経済にネガティブな影響を与える可能性ということで、評者は、直接投資、
製品輸入を通じた経路を例示された。確かに、今回のモデルでは直接投資が陽表的に扱われ
ていない。報告中、法人税減税の箇所でも述べた通り、財政支出の拡大が将来の増税につな
がると認識される場合、それが企業立地等の面で日本経済に長期的に影響を与える可能性が
ある。但し、それはあくまでも中長期的な問題であって、本分析の中心課題である短期乗数
の点では大きな変化にはならないというのが、我々の認識である。
・確かに Long run で見た時、公共投資は民間投資にネガティブな影響を及ぼすかもしれない。
しかし一方で、社会資本が供給サイドにポジティブに利く場合もあるかもしれない。公共投
資が出ると社会資本は増えるかもしれないが、同時に民需がクラウド・アウトされる。更に、
内生的成長理論の考え方を採れば、公共投資が技術進歩にどう影響するかで長期の成長率は
まったく違ってくる。そうした面まで全て考慮するのは非常に複雑な話で、本分析の短期モ
デルに盛り込むのは現実的ではない。そういう意味で、本研究は長期の効果を今後の研究に
委ねている。
−12−
[コメントロ)への回答]
・不良債権問題を考慮するために、銀行の貸出市場を盛り込むという話はもっともである。報
告者もモデル構築作業途上で (銀行行動をミクロ面から明示的に定式化したわけではない
が) 、総資産に占める貸出比率等を考慮し、クレジット・チャネルのマクロ経済への影響を
織り込もうと試みたが、推定で良好な結果が得られず、見送った。資産価格、株価等は (時
価ベースで) 投資コスト等に組み込んであり、そういう意味での経路は設けられているのだ
が、シミュレーションしてみると思うほど利かないというのが正直な感想である。不良債権
問題については、巷間その景気に与える影響に関する議論が喧しいが、マクロ計量モデルに
上手く取り込めている例は寡聞にして見当たらない。不良債権問題については、今後データ
の蓄積を待って再挑戦したいと考えているので、適切なアイディア等あればご指導願いたい。
・労働市場の定式化について、アメリカの古典的なマクロ理論を我が国に乱暴に適用した結果
だとの印象を与えてしまったようだが、そうだとすればそれは我々の説明不足であろう。報
告モデルではフィリップス曲線は、労働市場ではなく財市場の価格を決定する式として用い
られており、財市場の稼働率が財市場の物価上昇率に影響する。労働需要はオークン法則を
通じて、財市場の需要水準から決定される。賃金も労働市場を調整する形ではなく、景況を
反映した労働分配率の変動 (日本では景気低迷時に労働分配率が上がり、好況期に下がると
いう動きが安定して見られる) により事後的に決定されている (詳細は第 2 部の理論編参照) 。
・金利の政策反応についてはご指摘の通り、時代によって当局の目標も変化しており、なかな
か安定的には推定できない。政策反応関数を推定する際には、日本銀行の操作変数として広
く認識されている短期金利を被説明変数とし、景況、物価動向、為替、株価等様々な説明要
因を試みたが、満足な結果は得られなかった。但し、今回報告の目的は金融政策反応の変遷
の詳細を明らかにする点にはない。マクロ計量モデルでは (特に政府機関の開発による場
合) 個別政策の量的評価を行う観点から、マクロ政策手段 (財政、金融) をある程度外生扱
いするのが通常である。そういう意味で、例えば現在と過去の財政政策の効果を比較する際
に、金融の政策反応の変化によって乗数が変わっていたとしても、それは興味深い結論とは
言い難い。そういう意味で、今回のモデルでは、暫定的に、景況と物価上昇のみを用いたシ
ンプルな金融の政策反応関数を推定し、その下での財政乗数を検討することにした (金融の
政策反応関数を変えれば財政乗数は当然変化する.また、金融関連のシミュレーションでは、
政策反応関数はモデルから外される)。
・財政に政策反応関数を採用してはどうかという指摘については、可能性としては考えられる。
しかし、我々のモデル開発は、マクロ政策手段 (財政、金融) をある程度外生扱いするマク
ロ計量モデルの伝統の延長上にある。モデルの従来からの開発経緯や継続性、更には公共投
資乗数に焦点を当てるスタンスの下で、財政の政策反応関数を考えることまでは考えが及ば
なかった。
・住宅投資に公的金融を反映せよとの指摘は当を得たものであると考える。過去の対策時にお
ける民間支出項目の反応をみると、住宅投資が一番対策連動的であることがわかる。しかし、
−13−
それは公共投資自体の影響というより、対策と同時に行われた公的金融の金利引下げや融資
枠拡大の影響ではないかと思われる面が大きい。その意味で、住宅投資関数に公的金融を反
映することはモデルの課題である。その場合、 (公共投資拡大に公的金融の緩和が同調しない
ことを前提とすれば) 乗数がやや低下することになるかもしれない。
・設備投資については、吉野他 (1998) の中で、景況によって投資の所得弾力性が変わり乗数も
変わってくるとの指摘が見られる。我々も試みに 91 年以降で投資関数を推定してみたが、
所得項 (加速度項) の 0.2 という係数が 0.07 まで低下することが分かった。但し、我々のモ
デルではこの (所得弾力性の小さい) 投資関数を採用しても、乗数の低下幅は僅かであった
(吉野他のモデルではそれまで 1.6 程度の乗数が 0.9 程度まで低下しているが、
本報告のモデル
では 1.3 から 1.2 強への低下に止まった)。この違いは、モデル内諸変数のバランスの結果から
もたらされたものだが、吉野他のモデルでは価格が外生扱いされていること等から、当初の
1.6 という乗数がやや過大であったは考えられないだろうか。加えて、今回のモデルの投資関
数では加速度項に民間需要を用いることにより良好な結果を得ており、これが評者の指摘の
部分的な回答になっているとは考えられないか。
・社会資本、供給面については、ご指摘の通りで、報告モデルではある意味思い切った単純化
が行われている。社会資本の生産力効果に関する地域別・産業別の先行研究では、社会資本
の供給に与える弾力性が 0.2∼0.3 程度と算出されているようだが、公共投資が民間需要をク
ラウディング・アウトする可能性まで含めて、公共投資が長期的にポジティブかネガティブ
かという問題の回答はまだ出ていないように思う。今後、長期の問題を考えていく中で課題
として検討すべきではないか。
・貨幣市場、ハイパワード・マネーの扱いについてはご指摘の通りで、そこまではやるべきだ
ったと反省している。しかし、今回のモデル開発に関する要請の基本は、世界経済モデルを
補完する機動的モデルという点にあった。その結果、モデルの簡素化が最大の眼目となった
が、最低限の支出項目は残さねばならず、分配系も政府と民間の接続を考えるとなかなか小さ
くできなかった。その皺寄せで貨幣市場は M2+CD に関する需給均衡式と金利決定式しかな
い形になり、金融が単純化され過ぎていると言えよう。次回以降の開発で、ハイパワード・
マネーと M2+CD の関係式の導入等を試みたい。
・輸出入の構造変化や直接投資の影響については、確かに長期的問題としてあり得る話だと認
識している。ただ、我々のモデルは短期分析を主眼としたものであり、弾力性のパラメータ
の変化に触れる程度が適当と認識している。企業の内外立地等、長期的な話については、伴
先生の指摘にもあったように、企業の合理的行動等を丁寧にみて長期で検討すべき課題であ
ろう。
[その他、フロアからの質問]計量班 荒井晴仁 氏
・労働分配率はそもそもロジスティック曲線で近似するようなものなのか。日本の労働分配率
は雇用者比率の上昇等の影響があり、70 年代以降も傾向的に増加している。それが価格等に
−14−
微妙に影響している部分がある。鉱物性燃料価格の上昇で名目賃金が下がったりしており、
過度の単純化による危うさを感じる。
・乗数は需要ギャップが大きい場合と小さい場合とで変わってくるのではないか。1 年目、2
年目という言い方でいいのか。そもそも乗数の議論をする時は景気が悪い時で、状況が似て
いるということでいいのかもしれないが。GDPを1%でなく、2%出したら、乗数は単純に 2
倍にならないのではないか。
[回答]
・分配率に関する指摘は、中長期的な観点から重要な論点であると考えられるが、短期モデル
であれば、この程度の単純化で問題は発生しないと考えている。燃料価格上昇のケースでは
確かに賃金が下がっているが、名目 GDP も減少しており、バランスからいって問題ないので
はないか。
・報告 (第 2 部) で、今回公表モデルと80 年代モデルとの比較を行っているが、財政支出拡大
の際の価格の反応の違い等には、推定パラメータの違いだけでなく、その時点の景況が違う
ことが影響しているかもしれない。計量モデルにそうした非線形性がどの程度表れるかにつ
いては先行研究もあるが、最近のモデルの方が線形性が高いという結果だったと記憶してい
る。近年のモデルでは、対数形や階差をとる等、加工段階が多くなっていることが作用して
いる可能性がある (未確認)。今回のモデルでの確認は行っていないが、5 次版の世界モデル
では線形性が高いという結果が得られている。
[参考文献]
Ban, K. (1982) , "Estimation of Consumption Function with a Stochastic Income Stream,"
The Economic Studies Quarterly 33, 1982, pp. 158-167.
伴金美 (1991) 、
『マクロ計量モデル分析:モデル分析の有効性と評価』、有斐閣、1991 年3月.
野口悠紀雄・吉野直行他 (1966) 、
「地価形成におけるファンダメンタルズ要因と期待形成要因の
変化の可能性とその影響に関する調査」、財政経済協会、1996 年 3 月、pp.65-84.
吉野直行・嘉治佐保子・亀田啓悟 (1998a) 、
「金融政策手段とケインズ乗数」
、
『フィナンシャル・
レビュー』第 45 号、大蔵省財政金融研究所、1998 年 3 月.
吉野直行他 (1998b) 、
「公共投資の経済効果に関する実証研究」
、Policy Research Center Note、第 19
号、建設省建設政策研究センター、1998 年 3 月.
吉野直行・義村政治 (1997) 、
「金融政策の変化とマネーサプライ」、浅子・福田・吉野編『現代
マクロ経済分析:転換期の日本経済』、東京大学出版会、1997 年 9 月.
−15−
−16−
第1部
短期日本経済マクロ計量モデル
−基本構造と乗数分析−
第1部
第1章
短期日本経済マクロ計量モデル
−
基本構造と乗数分析
−
『短期日本経済マクロ計量モデル』の基本構造
経済企画庁経済研究所では、1982 年に本邦初の世界経済モデルを完成させた後、累次の改訂
を行ない (最新版は 1994 年公表の第 5 次版) 内外の活用に供してきた。
「EPA 世界経済モデル」
は国家間の相互連関を明示的に考慮し、政策協調の有効性を明らかにする等、我が国の世界経済
戦略策定上大きな貢献をなしたが、反面そのモデルの包括性ゆえに、改訂に多大な時間とコスト
を要し、最新の情報に基づいた機動的対応を取り難いという問題を抱えていた。
90 年代の日本経済から推測される構造変化と最新情報に基づくモデルに対する要請とに鑑み、
「EPA 世界経済モデル」を補完する機動型モデルとして、以下に紹介する「短期日本経済マ
クロ計量モデル」の開発に取り組み、今般その一応の完成をみた。今後は、内外の要請に応じ、
データの更新等外部情報の変化に適応する形で、適宜機動的改訂、活用を図って行く予定である。
第1節
短期日本経済マクロ計量モデルの基本設計
「短期日本経済マクロ計量モデル」の基本設計は従来の「 EPA 世界経済モデル」における
日本経済モデルと同様であるが、作業負担の軽減、モデルの機動性確保等の観点から必要以上の
複雑化は避け、結果として操作性の高いコンパクトなモデル (方程式総数 129 本、うち推定式
48 本) になっている。
基本設計が保持され、主要関数のパラメータも変わらない場合、簡素化がモデル特性に与え
る影響は小さい。また、世界経済を外生化しても一国の政策の自国への影響に大きな違いが出な
い点は累次の世界モデルにより確認されている。
モデルは「世界経済モデル」同様四半期ベースの推定パラメータ型計量モデルである。推定
期間は原則として 1985 年から直近時点 (データの入手可能性により、96、97 年) であり、5 次版
の世界経済モデル (推定期間 1983∼92 年) に比較しても、4∼5 年程度の更新となっている。今
回新たに含められた期間は、日本経済がバブル崩壊後、その後遺症の克服と構造調整への取り組
みを開始した時期に当たり、直下の経済状況を理解する上で大きな改善をもたらすことが期待で
きる。言うまでもないが、最新データの活用により足下に関するモデルの追跡能力は高められ
た。
1.理論的基本構造
モデルは財貨・サービス市場、労働市場、貨幣市場、及び外国為替市場の 4 市場から構成さ
れている。このうち労働市場はオークン法則 (生産関数) による財貨・サービス市場との表裏関係
を基礎に構成されており、モデルのベースは伝統的な IS−LM−BP 型のフレーム・ワークである。
価格は期待修正フィリップス曲線で内生化されており、そういう意味で、モデルは「価格調整を
伴う開放ケインジアン型」ということができる。
以下、モデル構造の概略を市場別に記すと、まず財貨・サービス市場では、総需要が、家計
−19−
と企業の行動を前提とした消費、投資 (設備、住宅等) 、モデルでは外生扱いとする政府支出、
所得及び相対価格要因によって決定される外需 (輸出−輸入) の合計として決定される。価格
調整が完全でない短期において、GDP 水準はこの総需要により定義的に定まり、その関係が
モデルの IS 曲線を構成する。一方、供給側では、短期的には外生的要因により支配される生
産要素 (労働供給、資本ストック) が生産関数を通じ完全雇用 GDP に変換される。需要面か
ら定まる GDP とこの完全雇用 GDP のギャップとして稼働率が定まり、これが期待修正フィ
リップス曲線を通じ物価に影響を与える。
伝統的なモデルでは、労働市場に関し古典派の第一公準を基礎とした実質賃金での調整を考
える。しかしながら、我が国においては賃金が労働市場を均衡に向ける力は実質的には弱く、
むしろ雇用状況に応じて賃金が設定されると考えるのが現実的だろう。本モデルでは、労働需
要 (雇用水準) がオークン法則を通じ生産水準から決定されることを前提に、分配率の経済状
況に応じた調整により賃金が定まるメカニズムを考えた。
貨幣市場では、M2+CD に関する需給均衡式 (いわゆる LM 曲線) によって貨幣供給量 (金
利外生ケース) あるいは短期利子率 (貨幣供給量外生ケース) が決定される。長期利子率は、
短期金利との期間構造仮説をベースに、財政赤字累積の効果も加味した定式化で決定される。
名目利子率から期待物価上昇率を差し引いた実質利子率は、資本コストとして財貨・サービス
市場にフィードバックされ、総需要水準に影響する。
外国為替市場では為替レートが決定される。為替レート決定は、内外相対価格による均衡レ
ート、内外金利差、及びリスク・プレミアムに依存するいわゆるアセット・アプローチによる。
為替レートは輸出入価格、及び実質輸出入に影響を与え、それから経常収支が決定される。資
本収支は、外国為替市場の均衡関係 (BP 曲線) により、定義的に定めている。
(1)財貨・サービス市場
イ)需要
C = C (Y p ,Y , r )
I = I (∆ Y , r , K −1 )
(
消費
投資
)
)
X = X Y * , P EP *
M = M Y , P EP*
輸出
G =G
政府支出
Y = C + I +G + X − M
国内総生産 (IS 曲線)
K = K −1 + I
資本ストック
(
ロ)供給
Y p = F (K , L S
(
)
P& = P A ( L )P&−1 , (Y − Y
P = B ( L )P
e
輸入
p
)Y
p
完全雇用 GDP (生産関数)
)
GDP デフレータ (フィリップス曲線)
期待物価上昇率
−20−
(2)労働市場
LS = LS (W P , POP )
労働供給
LD = LD (W P , Y )
W = W (P, Y L D , ( LS − LD ) LS )
労働需要
賃金 (分配率を通じた賃金決定)
(3)貨幣市場
M S = M D (i s , Y ⋅ P )
通貨の需給均衡式 (LM 曲線)
i l = C ( L) i s
e
r = il − P&
利子の期間構造
実質長期利子率
(4)外国為替市場・国際収支
(
)
*
Ee = P& e − P& e + γ (lnE − lnPPP)
il = il*
&e
予想為替レートの変化率
+ E + δ ∑ BC−1
BC = P ⋅ X − EP * ⋅ M
BC + BK = 0
BC
BK
C
E
Ee
G
I
P
:経常収支
:国際収支
:実質消費支出
:為替レート
:予想為替レート
:実質政府支出 (外生)
:実質投資支出
:GDP デフレータ
内外の金利裁定式
経常収支
国際収支の均衡条件 (BP 曲線)
Pe
POP
PPP
is
il
K
LD
LS
:期待物価
:人口
:購買力平価
:名目短期利子率
:名目長期利子率
:資本ストック
:労働需要
:労働供給
M
MD
MS
r
X
Y
YP
:実質輸入
:実質貨幣需要
:実質貨幣供給 (外生)
:実質長期利子率
:実質輸出
:実質国内総生産 (需要)
:完全雇用 GDP
但し、ドットは変化率 (伸び率) 、添字のアスタリスクは外国変数、A(L)等はラグ演算子をあらわず。
2.推定作業上の特色
短期日本経済マクロ計量モデルには、推定作業上、従来の世界経済モデルとは異なった 2
つの特色がある。
その第一はモデルの推定期間である。従来の世界モデルでは、モデルの形式的な一貫性を重
視する観点から、データ・ベースがある時点で固定され、その時点で入手が最も遅れたデータを
基準に全ての式の推定期間を統一するというスタイルが守られていた。今回のモデルは、その開
発趣旨が直近の動向を反映した機動的モデル運用であることにも鑑み、形式にはこだわらず (各
式ごとに) 可能な限りの最新データを活用した推定を行った。この文脈で、中長期的な関係が重
要な役割を果たす式や構造変化が認められない定義的統計式等については、モデルの原則的推定
期間である 1985 年∼97 年を外れ、溯って推定を行った式も複数存在する (各式の推定機関につ
いては巻末付属資料 II の方程式体系を参照) 。
第二は、推定における階差系列の多用、及び系列相関への配慮である。周知の通り、近年に
おける時系列分析の発展は、非定常系列同士の回帰に生じる見せかけの相関のリスクを明らかに
−21−
した。第 1 部補論 1−1 (Augmented Dickey-Fuller 検定の結果) が示すように、マクロ計量モデ
ルに含まれる変数の大半については、それらが非定常過程 (具体的には I(1)) に従う確定変数であ
る可能性を否定できない。本稿のモデルでは、(主要式において) 適宜階差ベースの推定を試み
るとともに、適正に応じ Error Correction 項を活用するなど見せかけの相関を回避する手立てを
積極的に講じている。また、推計結果の誤差項に系列相関が見出された場合につい ても、
Cochrane-Orcutt 推定等で可能な範囲でのパラメータの安定性チェックを行っている。
第2節
ブロック別の構造
本モデルは大別して、1)最終支出、2)労働・生産、3)価格・賃金、4)分配所得、5)政府財政、
6)国内金融、7)国際収支・為替レートの 7 つのブロックから構成されている。以下、各ブロック
ごとに主要関数の理論的背景、主要変数及び各ブロック間の因果関係について説明する。
1.最終支出ブロック
本ブロックでは GDP の構成項目及び GDP が決定される。GDP は以下の定義により与えられ
る。
GDP = CP + IFP + IHP + INP + CG + IG + XGS − MGS
GDP
:国内総生産
CP
:民間最終消費支出
IFP
:民間設備投資
IHP
:民間住宅投資
INP
IG
:民間在庫投資
:公的固定資本形成
CG
XGS
:政府最終支出
:財貨・サービスの輸出
MGS
:財貨・サービスの輸入
(1)民間最終消費支出 (CP)
Friedman(1957)の提唱した恒常所得仮説によれば、消費支出は変動所得部分を含む現在の所得
に依存するのではなく、将来の自己の所得稼得能力をも考慮した恒常所得の水準により決定され
る。民間最終消費支出はこの恒常所得仮説に基づいた定式化を行っているが、消費や所得、資産
の間には強い相関関係があり、単純に最小二乗法を適用しても見せかけの相関に陥るリスクがあ
る。また、中長期的には恒常所得仮説が成り立つとしても、短期的には変動所得や保有資産、名
目金利等の要因で変動することがありうる。
そこで、
本モデルにおいては Davidson, Hendry, Srba
and Yeo(1978)のError Correction Model (以下、ECM) を採用した。ECM の特徴は、短期的な特性
と長期均衡条件の双方を同時に表現できるところにある。Engle & Granger(1987)は変数間に共和
分 (Co-integration) の関係が存在する場合には必ずこの ECM の形であらわすことができること
を証明している。本モデル変数に関する消費と所得の共和分関係は表 1−1 で示す通りであり、こ
こでは下式の形の消費関数を想定する。
−22−
∆ln Ct = α + β∆ln Yt −γ (ln Ct −1 − lnYt P−1)
この式では、長期的には「消費 ( C ) =恒常所得 (YP)」という均衡関係が成り立つとともに、
仮に前期において消費が恒常所得を 1 単位上回ると、今期の消費は γ だけ減少し、長期均衡へ戻
ろうとする力が働くことを示している。また β は短期の限界消費性向をあらわしている。
表 1−1 消費と所得の共和分関係
所得変数
GDP
GDPP
GDPP*(1-PTAX)
切片無し
切片あり
75-97 年
85-97 年
75-97 年
85-97 年
***
*
-2.61563
-1.54437
-2.58934
-1.52450
***
***
**
-3.44266
-2.64831
-3.43677
-2.59554
***
**
**
-3.21289
-2.14254
-3.22153
-2.13395
注) 1.右肩の*印は検定結果の有意水準をあらわし、***は 1%有意、**は 5%有意、*は 10%有意で
共和分関係を見出したことを意味する。
2.検定は 4 期ラグを伴う ADF 検定による。
実際の推計にあたっては恒常所得を計測することが事実上不可能であるため、短期的な景気
変動の影響を受けにくい完全雇用 GDP に期待租税負担率 (別途推計) を乗じたもので代理してい
る。
∆ ln CP = f  ln ( GDPP − 1 ⋅ (1 − PTAX

+
:完全雇用 GDP
GDPP
NWCV
PCP
+
−1
+
) / CP −1 ) , ∆ ln ( Y DV / PCP ) , ∆1n ( NW CV
PTAX
:期待租税負担率
YDV
/ PCP ) , ∆ R GB 

−
−1
:個人可処分所得
:家計保有純資産 RGB
:長期金利
:民間最終消費支出デフレータ
(2)民間住宅投資 (IHP)
民間住宅投資はストック調整原理を基本とする。望ましい住宅資本ストックは実質恒常所得
の増加関数であると考える。実際の推計においては、これに資本コストとしての実質長期金利を
加えている。なお、過去の実績推移から公的資本形成との間に強い相関関係がみられたため、ア
ドホックではあるが公的資本形成の対 GDP 比率の項を追加して、経済対策時に IHP が誘発され
る定式化を行った。
−
+
+
−
+


ln IHP = f  ln ( GDPP ⋅ (1− PTAX )), ln ( NWC V −1 / PIHP ), ln ( KH P −1/ POP ), RGB − PIHˆ P, ∆ln ( I G/ GDP ) 


KHP
IG
:住宅資本ストック
POP
:総人口
YDV
:公的固定資本形成
PIHP
:民間住宅投資デフレータ
:個人可処分所得
(3)民間企業設備投資 (IFP)
民間企業設備投資は、加速度原理をベースとしつつ、新古典派的最適化行動から導出される
資本コストの概念を加味した定式化で推定している。資本コストの算出にあたっては、法人税
など税制の影響も組み込んでおり (資本の使用者費用)、法人税制が投資に与える影響についても
−23−
分析が可能な設計となっている (資本の使用者費用の詳細については、第 1 部末尾の補論 1−2 を
参照) 。
本モデルの投資関数を推計するにあたり、設備投資の民間需要に対する反応と公的需要に対
する反応が異なると想定し、両者を分離した関数推定を試みたところ、加速度項として GDP を
単独で用いた場合より良好な結果を得た (表 1−2) 。
表 1−2 民間需要と公的需要が投資に与える影響
GDP
0.1947
(4.4249)
GDP モデル
民需、公需モデル
民需モデル
加速度項
民間需要
公的需要
0.2073
(6.2703)
0.2137
(6.6620)
-0.0107
(-0.8437)
資本コスト
-0.0002
(-1.1290)
-0.0003
(-1.5282)
-0.0002
(-1.4530)
R 2 (adj)
D.W.
0.7926
1.7733
0.8498
2.1484
0.8508
2.1472
注) 1.各数値はアーモンラグの係数の合計値。
2.( )内の数字は t 値。
しかしながら、公的需要については符号が逆転してしまい、また推計期間を過去に溯ってもパラ
メータは小さかったことから、その影響は小さいものと判断し、公的需要を説明変数から落とし
た定式化を採用した。
∆
+
−


IFP
= f  ∆ln ((GDP − C G − IG ) KFP−1 ),UC C PF 
KFP−1


KFP
:民間粗資本ストック
CG
:政府最終消費支出
UCCPF
:資本の使用者費用
(4)民間在庫投資 (INP)
民間在庫投資については、企業の意図した在庫投資と意図せざる在庫投資が存在するものと
想定した。まず意図した在庫投資は、稼働率及び在庫ストックの GDP 比の増加関数であり、実
質利子率の減少関数となる。一方、意図せざる在庫投資は現実の需要の変化の一部が予想されざ
る形で在庫水準に影響するものとして定式化した。
−
 +

−
INP
G DP +
∆G DP 

= f
,CU , RCD− PIN̂P,
KNP−1
KNP−1 
 KNP−1


KNP
:民間企業在庫ストック
CU
PINP
:民間企業在庫投資デフレータ
:稼働率
RCD
:短期金利
(5)政府最終消費支出 (CG) および公的固定資本形成 (IG)
本モデルでは、政府部門の支出は国民経済計算 (以下、SNA) 体系における政府最終消費支出
と公的固定資本形成に別れており、ともに外生である。
−24−
(6)財貨・サービスの輸出 (XGS)
財貨・サービスの輸出については、需要要因としての日本の輸出市場 (各国の実質 GDP の加
重平均)、相対価格要因としての輸出価格と競争国輸出価格の加重平均の比により決定される。
+
+
lnXGS = f  lnW D_ YVI,ln ( PXGS/ FXS/ WD _ PX )


WD_YVI
PXGS
:日本の輸出市場
WD_PX
:競争国輸出価格
FXS
:為替レート
:財貨・サービス輸出デフレータ
(7) (鉱物性燃料輸入を除く) 財貨・サービスの輸入 (NFMGS)
鉱物性燃料の輸入を除いた財貨・サービスの輸入については、基本的に需要要因としての国
内需要 (GDP) と相対価格要因としての輸入価格と国内卸売物価指数の比で決定され、資産の増
加による効果も考慮して定式化した。
なお、鉱物性燃料の輸入を除いた財貨・サービスの輸入は、SNA 体系の財貨・サービスの輸
入から鉱物性燃料の輸入を除いたものである。
+
−
+


∆ ln NFMGS = f  ∆ ln G DP, ∆ ln ( PNF M GS / DPI ),∆ ln ( NW CV −1 / PCP ),TIME


DPI
PNFMGS
:国内卸売物価指数
TIME :タイムトレンド
: (鉱物性燃料を除く) 財貨・サービス輸入デフレータ
(8)鉱物性燃料の輸入 (MFUEL)
本モデルにおける鉱物性燃料の輸入については、需要要因としての GDP と価格要因としての
燃料輸入価格と GDP デフレータの比で決定される。なお、鉱物性燃料の実質輸入としては、輸
入通関実績における鉱物性燃料の輸入総額を価格指数で除したものを用いている。
+
−
lnMFUEL= f  ln G DP,ln ( PFU EL/ PGDP) 


PFUEL
:鉱物性燃料価格
PGDP
−25−
:GDP デフレータ
2.労働・生産ブロック
労働・生産ブロックは支出ブロックの最終需要により決定された生産水準が、雇用水準や稼
働率、失業率等に波及していくプロセスを取り扱っている。主要変数は稼働率と失業率である。
(1)完全雇用 GDP (GDPP) 及び稼働率 (CU)
本モデルでは、まず完全雇用 GDP を推計し、稼働率は財市場における需給ギャップにより、
半定義的に与える形を採用している。
まず、財サービス市場における総供給である完全雇用 GDP を導出するために、一次同次のコ
ブ=ダグラス型生産関数を想定する。
GDP = A ⋅ e λ⋅TIME (LE ⋅ LH ) β (KFP−1 ⋅ CU )1− β
完全競争を前提とすれば、ゴブ=ダグラス関数のパラメータは労働及び資本分配率として与えら
れる。我が国の労働分配率は 1970 年代前半を境に大きく変動しているため (図 1−1 参照) 、ロ
ジスティック曲線で 1955 年 2 期から 97 年 1 期の期間の分配率を近似し、その値をもってコブ=
ダグラス関数の β とする。
図 1−1 労働分配率のロジスティック曲線による近似
YWV/NIV =0.688608
-0.166295 / (1+0.140885*exp(0.148130*TIME) )
R 2 C =0.93300 S.E.0.020204 D.W. 0.421997
(1955.2-1997.1)
コブ=ダグラス関数の対象をとるとイ)式となる。このうちβ は上気の分配率から与えられているの
で、推定すべき係数は切片と技術進歩率λ である。本モデルでは、技術進歩率をタイム・トレン
ドの 2 次近似で表し、さらに係数 (λ ) を一定とせず CHOW テストを参考としたスイッチ・パラ
メータを活用する等、技術進歩率の変化に配慮した定式化を行っている。
lnGDP = α + λ ⋅ TIME +β ln(LE ⋅ LH ) + (1− β )ln( KFP−1 ⋅ CU ) + ε ..........……....イ)
LE
CU
:労働需要
:稼働率
LH
KFP
:労働時間
:粗民間設備資本ストック
次に、上記の生産関数において稼働率を推定期間内の最大値、労働需要を労働力人口、労働時間
を過去の移動平均に置き換えることにより、完全雇用 GDP をロ)式のように定義する。
−26−
(
)
(
ln GDPP= α + λ ⋅ TIME+ βln LF ⋅ LH * + (1 − β) ln KFP−1 ⋅ CU*
LF
CU*
:労働力人口
:最大稼働率
LH*
GDPP
) ...............ロ)
:平均労働時間
:完全雇用 GDP
ここで、生産関数の推定式から完全雇用 GDP の定義式を差し引き、CU を左辺に移項して整
理すると、稼働率の定義式ハ)式が導かれる。
GDP
LE ⋅ LH
CU
= β ln
+ (1 − β )ln
+ε
*
GDPP
LF ⋅ LH
CU *
β
1
GDP
LE ⋅ LH
lnCU = lnCU * +
ln
−
β ln
− ε ............................ハ)
1 − β GDPP 1 − β
LF ⋅ LH *
ln
(2)労働力人口 (LF)
労働力人口は、外生変数である生産年齢人口の増加関数であり、実質賃金や失業率によって
変化すると想定して定式化した。
+
+
−
LF = f  POP − POP65,WPH / PCP,UR


POP65
UR
:65 歳以上人口
:完全失業率
WPH
:労働時間当たり雇用者所得
(3)完全失業率 (UR)
完全失業率については、中長期の関係を明示的に示した ECM による定式化を試みたが、良好
な推計結果が得られなかったため、財市場の需要と労働市場の供給のバランスやトレンド要因、
短期的な景気の状況 (稼働率) などから決まる、次の定式化を採用した。
−

− 

UR = f TIME,GDPV/ (W ⋅ LF ),CU 




GDPV
:名目 GDP
W
:一人当たり雇用者所得
失業率は 1−労働需要/労働供給であり、供給と需要を個別に推計し、定義式で失業率を決
定するのがオーソドックスなアプローチである。しかし我が国では失業率が比較的低位で安定し
ており、供給・需要関数のわずかな誤差が失業率の大幅なズレや変動の原因となるおそれがある。
失業率関数は労働市場の需給をあらわす重要な指標であり、失業率の誤差が大きくなるとモデル
全体の挙動に悪影響を及ぼす危険があるため、本モデルにおいては労働供給と失業率を直接推定
し、労働需要を定義で導く形で構成した。
−27−
(4)労働時間 (LH)
労働時間については、企業サイドが景気変動に対応する際に、雇用者数を動かすにはコスト
がかかるため、まず労働時間を調整し、遅れて雇用者数を調整するものと想定した (したがって、
雇用者数が増加し始めると労働時間は減少する)。また、1988 年度以降の労働基準法改正により
法定労働時間が段階的に縮小されたこと等を考慮してタイムトレンドを導入している。
−
+


LHˆ = f TIME, LEˆ , ∆ C U , LHˆ −1 




3.価格・賃金ブロック
過去のモデルにおける価格、賃金は、価格がコストを基礎とし一定の利潤を上乗せして決定
するマークアップ原理、賃金は労働市場の需給ギャップを反映するフィリップス曲線、にそれぞ
れ基づいて推定されるのが慣例であった。しかし、我が国において賃金が労働市場を均衡に向け
る力は弱く、むしろ雇用状況と生産性を前提に賃金が定まると考える方が現実的であろう。その
場合、賃金は景況に応じた分配率決定のプロセスの中で定まる形となるが、これはマークアップ
原理に基づく伝統的な価格関数と識別不能になる。そこで本モデルでは、従来と逆に、価格関数
をいわゆるフィリップス曲線に基づいた形で定式化し、一方、賃金は長期的に分配率を一定に保
ちつつ短期の経済状況に応じて変化する形を採用した。
(1)価格 (PGDP)
価格の上昇率は、期待される物価上昇率および賃金上昇率 (過去の上昇率の分布ラグで代
用) と財市場の需給ギャップで決定されており、先述したようにフィリップス曲線的な定式化で
ある。この価格決定式で定まるキー・デフレータ (市場を代表する価格) としては、GDP デフ
レータを採用しており、他の支出項目のデフレータはそのキー・デフレータを基礎に、他の価
格との相互関係の中で定まる (図 1−2 参照) 。
なお、89 年 4 月以降導入された消費税に関連して、消費税込みのデフレータ (ex.PCP) と消費
税抜きのデフレータ (ex.PCP@) をそれぞれ各支出項目について内生化している。消費税導入及
び税率引き下げによる各デフレータの上昇効果は、消費税の価格転嫁率を試算し、それに消費税率
を乗じるという手法を用いた。
+
+
+
+
∆ ln PGDP = f  ∆ ln PGDP−1 ,CU ,∆ ln WIPH , ∆ ln PFUEL


PFUEL
WIPH
:鉱物性燃料輸入価格
−28−
:労働時間当たり俸給・賃金
図 1−2 価格・賃金ブロック内の相互依存関係
注 1) 消費税転嫁分などは捨象して単純な相互関係のみ示している
注 2) 惰円が内生、四角は外生変数を示す
(2)賃金 (WIPH)
賃金については、短期的には稼働率や失業率で変動する一方、中長期的には労働分配率が均
衡水準 (図 1−1 を参照) に保たれる形に調整される ECM を用いて定式化している (分配率の均
衡分配率からの乖離に関する単位根検定の結果は表 1−3 を参照) 。
+
+
−


∆lnWIPH = f ln(GDPV−1 ⋅Y W VBF−1 /YWV−1),CU , ∆l nUR , TIME


YWVBF
:均衡労働分配率
表 1−3 長期分配率からの乖離に関する単位根検定の結果
切片無し
55∼97 年
切片あり
-3.34652 *** -3.33581 **
注) 1. 右肩の*印は検定結果の有意水準をあらわし、***は 1%有意、
は 5%有意で共和分関係を見出したことを意味する。
**
2. 検定は 4 期ラグを伴う ADF 検定による。
−29−
4.分配所得ブロック
本モデルにおける分配ブロックは他のブロックとは異なり、ブロック単独で重要な意味を持
つものではなく、もっぱら最終支出ブロックにおける消費支出関数および住宅投資関数の説明変
数となる所得を導出するためのブロックである。すなわち、支出ブロックで決定される名目国内
総生産は、このブロックを通じて各経済主体に分配されることとなる。なお、当ブロックには
D.W.比が低いなど統計的に問題のある式も存在しているが、各式は理論に基づくというよりは
定義的統計式とでも呼ぶべき性質のものであるため、特に細かな調整は行わなかった。
(1)個人可処分所得 (YDV)
個人可処分所得は、支出ブロックの最大項目である民間最終消費支出において所得要因の重
要なファクターとなる変数である。ただし、今回公表モデルでは従来のモデルとは異なり、民間
最終消費支出、民間住宅投資など家計支出項目において恒常所得仮説に基づいた長期の関係を重
視しており、当期の個人可処分所得が消費 (投資) 水準に与える影響は短期に限定される。
本モデルでは個人可処分所得の構成項目分類を、雇用者所得、家計財産所得、個人企業所得、
社会保障給付、社会保障負担、個人直接税とし、それぞれ内生的に導出することとした。個別式
の推定結果については付録 II.方程式体系を参照されたい。
YDV ≡ YWV + YIEV + YICV + BSSV − CSSV − TYPV + OTYDV
YDV
YICV
TYPV
:個人可処分所得
:個人企業所得
:個人直接税
YWV
BSSV
OTYDV
:雇用者所得
:社会保障給付
:残余項目
YIEV
CSSV
:家計財産所得
:社会保障負担
(2)営業余剰 (YFSV)
本モデルの営業余剰は、法人企業所得など詳細な個別項目から積み上げるのではなく、それ
自体を直接推計する単純な形になっている。推定式は、短期的には稼働率や名目 GDP の動きで
変動する一方、中長期的には労働分配率を一定に維持する形で営業余剰が調整される ECM に基
づいている。
+
+
+


∆lnYFSV = f ln{(1−YWVBF−1) ⋅ NIV−1/YFSV −1},CU , ∆lnG DPV 


NIV
:国民所得
(3)法人企業所得 (YCV)
法人企業所得は 2 つの経路をへてモデルに影響を及ぼす。第 1 は、株価に影響することに
より家計資産を変化させ、最終支出ブロックにいたる経路である。第 2 は、法人所得→法人税→
財政収支→民間純資産という経路をへて、最終支出ブロック、金融ブロック、及び国際収支・為
替レートブロックへとつながる経路である。
モデルでは法人企業所得は、長期的には財市場の需要水準すなわち名目 GDP とパラレルに動
き、短期的には景気変動 (ここでは実質 GDP の伸び率で代替) や名目金利の影響を受けるもの
−30−
と想定した。
+
+
−


YCV = f  G DP V , G Dˆ P , R G B 


(4)家計財産所得 (YIEV)
家計財産所得は、短期・長期の債券と株式の配当から受取額が決まると考えられる。家計の
受取額は保有金融資産残高に長短利子率を乗じた変数、及び企業収益の増加関数になる。しかし
ながら、本モデルにおける家計財産所得は純受取額であり、これだけの要因では説明しきれない。
そこで、経済規模要因として名目 GDP を追加する定式化を試みたが、結果として、企業収益の
符号が逆転し、関数から落とさざるを得なくなった。今後、検討すべき課題である。
+
+
+
YIEV = f  G D PV , RCD ⋅FNWV −1 , RGB ⋅ F NWV −1 


NIV
:金融純資産
(5)固定資本減耗 (CCAV)
固定資本減耗は、民間の企業設備、住宅資本および公的固定資本の名目ストック除却額を意
味するものである。モデルでは、単純に名目除却額の合計で推計している。
+


CCAV = f  RFPV + R HP V + RKGV 


RFPV
:名目企業固定資本除却
RHPV
:名目住宅資本除却
RKGV
:公的固定資本除却
(6)国民所得の三面等価
本モデルでは国民所得は以下の 2 本の恒等式によって決定される。この 2 本の恒等式を満
たすために国民所得を後者の式で定義し、前者の式から統計上の不突合を支出面との残差として
定義的に決定している。
NIV ≡ GDPV + RTRIV − PTRIV − CCAV − ITAXV + SUBV − SDV
NIV ≡ YWV + YICV + YCV + YIV
−31−
図 1−3 国民所得の三面等価
GDPV
CCAV
SDV
YCV
:名目国内総生産
:固定資本減耗
:統計上の不突合
:法人企業所得
RTRIV
ITAXV
YWV
YIV
:要素所得の受取
:間接税
:雇用者所得
:財産所得
PTRIV
SUBV
YICV
NIV
:要素所得の支払
:補助金
:個人企業所得
国民所得
(7)在庫品評価調整 (INPVA)
在庫品評価調整は、年率表示した前期末ストックに在庫デフレータの変化を乗じた形で定義的
に推計し、内生化している。
+


INPVA = f  ∆ PINP ⋅ KNP ( −1) × 4


5.政府財政ブロック
本ブロックは、分配面に影響する個人税などの個別税をそれぞれ決定するとともに、それら
による税収や政府支出などから財政バランスを決定するブロックである。財政バランスは、金融
資産や長期金利を介して実物経済の需要などにも影響する重要な変数である。
(1)法人税 (TYCV)
法人税は法人の各事業年度の所得に課される税である。法人税の課税標準となる法人企業は、
本来黒字企業に限定されている。しかしながらデータとして入手可能な法人企業所得は、黒字企
業、赤字企業を総計したネットでの法人所得になっている。そこで、本モデルでは黒字企業と赤
字企業の比率の変化が税収に及ぼす影響を考慮する形の税率修正を行っている。
具体的には、黒字企業の経常利益を PRB、赤字企業の経常損失を PRL とするとき、法人全体
のネットの経常利益は YVC=PRB-PRL となる。実際に徴収された法人税額 (TYCV) の YCV に対す
る比率を実効税率と呼ぼう。税制上の法人税率を τ とすると、




TYCV
(τ ⋅ PRB )
1
(実効税率) =
=
= τ
≥τ
YCV
(PRB − PRL ) 1 − PRL 
 PRB 
したがって実効税率は税制上の税率τ よりもやや高い (ただし PRB > PRL を仮定) 。ここで、[
−32−
]
部分につき、Y=1-PRL/PRB とおき、この Y を説明する要因として、法人全体の経常利益/
名目 GDP (=YCV/GDPV、以下 X と表記) を考えることにする。横軸に X、縦軸に Y をとれば X
の増加により Y も増加することになるが、Y の増加割合は次第に逓減し、1 に漸近するグラフ
がかける。この関係を式
Y = 1− a − X
( a は定数)
と近似できるものと仮定し、両者の経験的関係を直接推計したうえで、法人税関数を以下のよう
に定式化した。

τ ⋅ YCV
ln TYCV = α + βln 
( − YCV / GDPV
 (1 − a
)



図 1−4 経常利益額分布図
経常利益額 (一社当たり)
経常利益額 (一社当たり)
(2)個人直接税 (TYPV)
個人直接税は SNA 体系上の雇用者所得のうち賃金・俸給部分と個人企業所得および家計財産
所得を課税ベースとしている。
+


TYPV = f  YWIV + Y IC V + YIEV 


YWIV
:俸給・賃金総額
YICV
:個人企業所得
(3)輸入関税 (TCSTV)
輸入関税は SNA の財貨・サービスの輸入 (MGSV) を課税ベースとし、税収と課税ベースの実
績値から逆算した比率を外生としておいた統計式で定義している。
TCSTV = RTCST ⋅ MGSV
RTCST
:関税率
(4)消費税 (TCIV)
間接税収は SNA 体系上、
「輸入関税」と「その他」に区分されるが、本モデルにおいては SNA
−33−
区分の「その他」を細分化し、消費税とその他間接税に分離している。
消費税は生産者が払う税 (=直接輸出を除く生産額×税率−中間投入額×税率) であり、そ
の意味では付加価値税であるが下に列挙するような相違点もある。
(1)企業 (公的企業を含む) に還付される税=設備投資額×税率
(2)輸出業者に還付される税=輸出業者が輸出する額 (間接輸出額) ×税率
(3)輸入にかかる税=輸入額×税率
消費税のこれらの性格を鑑み、課税ベースを以下のように想定した。ただし、それぞれの GDP
需要項目は消費税分を除いた名目額である。
課税ベース
=産出額−輸出額−中間投入額+輸入額−企業の設備投資額
=GDP−輸出額+輸入額−企業の設備投資額
=民間最終消費+民間住宅投資+政府最終消費+一般政府投資
(5)その他間接税 (OITAXV)
本モデルにおける「その他間接税」は、SNA 体系上の「その他間接税」から消費税を除いた
ものである。
ここでいうその他間接税には、嗜好品課税 (酒税やたばこ税など)、流通税 (有価証券取引税
など)、個別物品税、特定財源 (揮発油税や石油ガス税など) がある。ただし平成元年の消費税
導入に際して物品税は廃止された。
課税ベースは簡略化して名目 GDP を用いているが、財貨・サービスの輸入のうち鉱物性燃料
(MFUELV) の部分は課税対象になるものと考えて定式化した。
+
OITAXV = f GDPV + M FUELV 


(6)一般政府財政バランス (BGV)
一般政府財政バランスは、各種税収など収入項目と支出項目を突き合わせて定義されている。
なお、SNA 体系の一般政府固定資本減耗には道路等が対象とされておらず、モデル上の公的資
本ストックと接続することが困難であることから、外生変数である残余項目に計上している。
BGV = TAXV + CSSV + YIGV − CGV − IGV − BSSV − SUBV + OTNGV
TAXV
CGV
SUBV
:租税総額
:政府最終支出
:補助金
CSSV
IGV
OTNGV
:社会保障負担
:公的固定資本形成
:残余項目
YIGV
BSSV
:政府財産所得
:社会保障給付
6.国内金融ブロック
80 年代以降の金融自由化や株式市場等の充実に伴い、株式市況や地価など資産価格が実物経済
に与える影響は無視できない規模となっており、いわゆる「バブル」期及びその後の「平成不
−34−
況」期においてもその重要性が再認識された。バブルは定義としてファンダメンタルズからの
乖離を意味するものである以上、これをモデルに表現することは極めて困難である。本モデルで
は、長短金利やマネーサプライに加え、株価及び地価を内生的に決定することを試みているが、
理論的には表現不能なバブル前後の時期を含んでいることから、推定は暫定的なものにならざる
をえない。
(1)マネーサプライ (M2CD)
貨幣市場では、概念的には中央銀行のコントロール下にあるマネーサプライと、取引動機、
予備的動機、投機的動機等を有する個人及び企業の貨幣需要が均衡している。貨幣需要はこれら
の動機に基づき、取引量の代理変数である名目 GDP、資産残高、及び貨幣保有の機会費用とな
る短期利子率の関数として与えられる。本モデルにおいては、名目 GDP および民間純資産と貨
幣需要の間に中長期的な関係があると想定し、EC 項を設けるとともに (共和分関係については
表 1−4 を参照)、短期的な撹乱要因として名目 GDP 及び資産残高の変化と短期利子率を考慮し
た。
 ln(GDPV −+1 / M 2CD −1 ), ln( NWCV −+1 / M 2CD −1 ), 

∆ lnM 2CD = f 
+
+
−
 ∆ ln( GDP V / M 2CD ), ∆ ln( NW CV / M 2CD ), RCD 


表 1−4 貨幣需要に関する共和分の検定 (Engle-Granger の 2 段階法による)
モデル A
切片無し
-1.66479
切片あり
-1.63591
モデル B
*
-4.16816
***
-4.18868
***
注) 1. モデル A は貨幣供給量、名目 GDP、家計保有純資産の 3 変数間の共和分、モデル B はそれにタイム
トレンドを加えた 4 変数間での共和分。
2. 右肩の*印は検定結果の有意水準をあらわし、***は 1%有意、* *は 5%有意、*は 10%有意で共和分
関係を見出したことを意味する。
3. 検定は 4 期ラグを伴う ADF 検定による。
4. 推定期間は 71 年∼97 年。
(2)短期金利 (RCD)
本モデルにおいては短期金利として CD レート (3 ヶ月物) を採用した。
譲渡性預金 CD は 1979
年の創設以来急速に成長し、現在では短期金利の代表的指標とみなされるようになっている。
短期金利は金融政策の政策反応関数で定めており、金融市場における供給関数を短期利子率
に関して逆解きしたものと考えることもできる。定式化にあたっては、政策当局が景気と物価の
動向 (稼働率、民間消費デフレータ上昇率でそれぞれ代替) を踏まえて金利水準を誘導するものと
想定した。
+ 
 +

RCD = f CU , P CˆP 




−35−
(3)長期金利 (RGB)
長期金利は、短期金利との期間構造関係をベースに、フィッシャー効果及び財政赤字のクラ
ウディング・アウト等の要因を加えて定式化した。
+
+
 +

RGB = f  RCD, PCˆP, ln SBGV @ GDPV 




(4)資産価格 (PSHARE 及び PLAND)
支出ブロックの説明でも述べたように、本モデルにおいては民間最終消費支出や民間住宅投
資など需要項目の決定に、家計保有分の純資産が影響している。家計保有分の純資産は民間純資
産に家計保有分の株式総額、土地総額を加えたものである。
株価は、収益率の代理変数としての税引後法人所得及び割引率としての長期利子率を基礎的
要因として内生化されている。実際の推定にあたっては、推定期間に 80 年代後半のバブル期が
含まれることからそれを表現するためのダミー変数を追加している。
+
−


lnPSHARE = f  ln(YCV ⋅(1 − TT )),RGB


地価は、名目 GDP、金利要因、及び家計保有資産対名目 GDP 比を基礎的要因として決定して
いる。
−
 +

lnPLAND = f  ln GD PV , RGB − PGD̂P,ln( NWCV−+1 / GDPV )


7.国際収支・為替レートブロック
本ブロックでは、経常収支および名目為替レートを決定する。経常収支は支出ブロックの財
貨・サービスの輸出および輸入に加え、海外との経常移転等から定義されている。
(1)名目為替レート (FXS)
名目為替レート (円ドル・レート) については、資産市場の需給均衡で為替レートが定まる
アセット・アプローチをベースに、リスク・プレミアムも考慮した定式化を行った。為替の期待
に影響する購買力平価項として内外相対価格を、またリスク・プレミアム指標としては累積経常
収支の対 GDP 比率を用いている。
中長期の関係を明示的に考慮するため、購買力平価と為替レートの関係に注目した ECM によ
る定式化も試みたが、為替の階差を説明することが事実上不可能であったため、採用するには至
らなかった。
−36−
+
+
−


lnFXS = f  ln( DPI/ U S_PPI ),(US_RGB− RGB),ln SBCV@GDPV 


(2)経常収支
(BCV)
経常収支は、SNA 体系の財貨・サービスの純輸出に要素所得収支を加えた形で定義されてい
る。なお、純輸出および要素所得収支は年率表示となっているため、それぞれ4 で割っている。
BCV = BFV/4 + (RTRIV - PTRIV ) / 4 + ERRBCV
−37−
第2章
モデルの動学的パフォーマンス
第1節
モデルのトラッキング能力
1.テストの方法
1990 年第 I 四半期から1996 年第 IV 四半期までの 6 年間について、本モデルの内挿シミュレー
ションを行い、モデルの精度を最終テスト (動学シミュレーション) から検討する。この結果の平方
平均 2 乗誤差率 (RMSPE) を主要変数についてとりまとめたものが表 1−5 である。
テストの方法および各数値の算出方法は以下のとおり。
(1)最終テスト (動学シミュレーション)
先決内生変数にモデル体系を解いて得られる計算値を順次代入し、全期間にわたるシミュレ
ーションを動学的に行う。この最終テストにより、同時決定過程における誤差の増幅とラグ構造
に基づく時系列的な誤差の累積とを合わせた総体的なモデルの推定精度をチェックすることが
できる。
表中の各数値の算出は次の計算式に基づく (但し、N:計算期間数、At :t 期の実績値、Et :t 期の
推計値 (モデルの解) )。
平方平均 2 乗誤差率 (RMSPE) =
平方平均 2 乗誤差 (RMSE) =
1
N
1
N
A t − E t 
∑
t=1
A t 
N
N
∑ (A
t




2
* 100
− E t )2
t =1
本モデルでは、為替レート、短期利子率、資産価格 (東証株価指数および全国市街地地価指
数) に関して外生化 (外生的に与える場合) と内生化 (内生化に解く場合) のオプションを設け
ているほか、期待租税負担率についても外生、内生の選択が可能となっている。以下に示す最終
テストではバブルの影響で追跡困難な資産価格は外生扱いを原則としつつ、イ)短期金利、為替レー
トとも外生、ロ)短期金利外生、為替レート内生、ハ)短期金利内生、為替レート外生、ニ)短期金利、
為替レートとも内生、の4 通りの結果を示している 4。
4
次節での政策分析においては、モデルに与えたショックが波及する経路を働かせるため、為替、金利、
資産価格などをすべて内生化したモデルのシミュレーション結果を示している。ただし、期待租税負
担率は短期的には不変であると想定し、いずれの場合も外生扱いとしている。
−38−
表 1−5 内挿シミュレーション(1990.1Q∼1996.4Q)による推計精度のテスト結果(*以外は%)
金利為替とも
変数
記号
金利為替外生
金利のみ外生
為替のみ外生
国内総生産 (実質)
GDP
1.31
2.34
1.24
2.07
民間消費支出 (同上)
CP
1.53
1.78
1.50
1.70
民間設備投資 (〃)
IFP
3.38
6.10
3.01
5.15
民間住宅投資 (〃)
IHP
4.63
5.04
4.62
5.05
財貨・サービス輸出 (〃)
XGS
1.94
1.71
1.92
1.57
財貨・サービス輸入 (〃)
MGS
2.66
2.87
2.53
2.83
GDPV
1.42
2.29
1.28
1.95
PCP
0.70
0.54
0.71
0.56
WIPH
1.22
1.50
1.25
1.49
失業率*
UR
0.23
0.28
0.24
0.27
稼動率*
CU
2.48
4.31
2.49
3.87
財政収支対名目 GDP 比率*
BGV @GDPV
1.24
1.65
1.22
1.54
経常収支対名目 GDP 比率*
BCV @GDPV
0.53
0.55
0.55
0.55
FXS
-
8.77
-
8.13
RGB
0.45
0.45
0.62
0.63
RCD
-
-
0.91
1.09
国内総生産 (名目)
民間消費支出デフレータ
単位時間当たり賃金
為替レート (円/ドル)
長期金利 (10 年物国債)
*
短期金利 (3 ヶ月物 CD レート)*
内生
注) 数字は原則として平方平均 2 乗誤差率 (RMSPE)、変数の右肩に*のあるものについては、平均平方 2 乗
誤差 (RMSE).
2.最終テストの結果
1990 年第 I 四半期から 1996 年第 IV 四半期までの 24 期について行った最終テストの結果を
見ると、実質GDP 誤差率 1.31、名目GDP 誤差率 1.42 となっている。個別の需要項目別にみて
いくと、民間最終消費支出、財貨・サービスの輸出についてはまずまずの追跡力を示しているが、
民間住宅投資、民間設備投資についてはやや誤差が大きくなっている。住宅投資については制度
要因などによる不規則な動きが多く、実績値の変動が激しいため、これ以上の推計精度を確保す
ることは困難であろう。民間設備投資は、1994 年後半から過大推計となっているが、これは設
備投資の説明変数である民間需要の大半を占めている民間最終消費支出が同時期の過大推計で
−39−
あることを反映したものである。
稼働率はシミュレーション期間中盤までは概ね良好な追跡力を示している。後半はやや過大
推計となっているが、これは財市場の需要項目がやや過大推計となった結果である。失業率は
シミュレーション期間中盤に過大推計となるが、これは単一方程式の段階から 91 年後半の失
業率低下が追跡できていないことによる。
短期金利外生ケースにおける長期金利のパフォーマンスは良好である。特に最近では、経済
の先行き不安による国民の「質の選考」により国債利回りが低下し、短期金利との期間構造が崩
れているとの指摘もあるが、少なくともテスト期間である 1996 年まででみる限り期間構造関
係は概ね安定していたと考えることができる。
総じて 5 次版世界経済モデルと比べて支出系変数のパフォーマンスがやや劣るが、今回のモ
デルの推計期間には、バブルの発生と崩壊という説明困難な経験が含まれていること、5 次版
世界経済モデルに比べてモデルが大幅に簡素化されている (5 次版世界モデルの日本モデルが
方程式数 219 本であるのに対し、本モデルは 129 本である) ことを考慮に入れれば、やむを
得ない結果と言えよう。
−40−
図 1−5 主要変数の実績値と最終テストによる推定値
(1)民間最終消費支出
RMSPE:1.53
(2)民間住宅投資
RMSPE:4.63
(3)民間企業設備投資
RMSPE:3.38
(4)財・サービスの輸出
RMSPE:1.94
(5)財・サービスの輸入
RMSPE:2.66
(6)国内総生産
RMSPE:1.31
(7)名目国内総生産
RMSPE:1.42
(8)民間消費デフレータ
−41−
RMSPE:0.70
(9)単位時間あたり賃金
(11)稼動率(製造工業)
RMSPE:1.22
(10)完全失業率
RMSE:0.23
RMSE:2.48
(12)CD レート
(外生)
(外生)
(13)国債利回り
RMSE:0.45
(14)為替レート
(15)経常収支対名目 GDP 比
RMSE:0.53
(16)財政収支対名目 GDP 比
−42−
RMSE:1.24
第2節
主要シミュレーションの結果
以下に主要なシミュレーション結果 (乗数) の概略を示す。各表の数値は標準ケース (シミ
ュレーション上のインパクトを加える以前のケースで、実績値に等しい) の水準からの乖離率、
あるいは乖離幅を示している。
いずれの結果についても、モデルの内挿期間である 1994 年からの 3 年間を対象としている
が、
「短期」分析を意図したモデルの性格上、2 年目以降の数字は (モデルの特性を示す) 参考
程度に解されるべきものである。
なお、以下の乗数はあくまでもモデルの動学特性を検討するための機械的テストの結果であ
り、これをもって直ちに現実の政策効果を評価することはできない点に注意を要する (例えば、
以下の財政政策シミュレーションでは、金融政策については原則として推定された短期金利の
政策反応関数に基づく対応を基本としているが、現実の政策では、財政と金融を同時に裁量的
に動かす場合が多く、財政政策の実施と連動して金融の政策反応関数自体が変更されると考え
るのが現実的である)。
1.財政政策シミュレーション
ここでは代表的な財政政策のケースとして、イ)政府支出拡大ケース、ロ)個人所得税減税ケ
ース、ハ)法人所得税減税ケース、の 3 つのケースをとりあげてシミュレーションを行う。特
に、政府支出拡大ケースでは、並行して採られる金融政策スタンスの違いが乗数にもたらす影
響を検討しているほか、通常行う実質政府支出の継続的拡大以外に、実質政府支出を一時的に
拡大するケース、名目政府支出を拡大するケース等も紹介している。
−43−
1.1
政府支出拡大の効果
(1)政府支出の継続的拡大
実質の公的固定資本形成を標準ケースの実質 GDP の 1%相当分だけ継続的に増加した場合、
実質 GDP にあらわれる乗数は 1.2%程度 (1 年目) になる。参考までにその後の推移を見ると、
ピークは 2 年目 (1.3%程度) で、以後は低下している。この結果を公的投資の継続的拡大が経
済成長率に与える影響という観点で見ると、1 年目に乗数分だけのプラス効果があり、2 年目
以降の効果はゼロないしマイナスとなる (表 1−6 参照)。
需要項目別には、民間住宅投資が公共投資に誘発される形で真先に拡大する一方、設備投資
と消費は所得の増大を受けて緩やかに進行する。内需の拡大及び金利の上昇を受けた為替の増
価により、経常収支の GDP 比は 0.2% (1 年目) 程度低下する。
経済の拡大により、支出拡大の一部は税の増収で相殺され、一般政府赤字の増大は支出増額
に比べれば小幅に止まる (財政赤字の対名目 GDP 比は標準ケース比で 0.6%の悪化(1 年目))
が、支出額全体がカバーされることはなく、赤字残高は累増する。
表 1−6 実質公的固定資本形成を実質 GDP の 1%相当継続的に拡大
実質 GDP
(%)
1 年目
1.21
2 年目
3 年目
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
財・サービス
輸出
(%)
財・サービス
輸入
(%)
名目 GDP
(%)
1.21
0.26
0.39
1.30
-0.02
1.66
1.29
1.31
0.10
0.47
0.97
0.62
-0.20
2.42
1.67
1.24
-0.08
0.66
0.81
0.45
-0.53
3.04
2.04
民間消費
デフレータ
(%)
単位時間
あたり賃金
(%)
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
財政収支対
名目 GDP 比
(%ポイント)
長期金利
(%ポイント)
経常収支対
名目 GDP 比
(%ポイント)
為替レート
(%)
1 年目
0.04
0.22
-0.07
2.59
-0.60
0.08
-0.16
-0.06
2 年目
0.19
0.70
-0.13
2.81
-0.33
0.24
-0.25
-0.55
3 年目
0.52
1.07
-0.12
2.70
-0.31
0.35
-0.41
-0.65
参考:4 年目以降の実質 GDP に関わる乗数は以下の通り。
実質 GDP
(4 年目)
0.66
(5 年目)
-0.01
(6 年目)
-0.29
(備考)
1.
実 質 公 的 固 定 資 本 形 成 が 標 準 ケ ー ス の 実 質 GDP の 1% に 相 当 す る 額 だ け 増 加 し 、 特 に 断 り が な い
限りそれがシミュレーション期間中継続するものと想定した。なお公的固定資本形成の財源は公債
発行による。
2.
金融政策の前提は、1985 年以降で推定した短期金利に関する政策反応関数によっている。財政乗数は金融
政策の想定によって大きく変わりうるものであることに注意が必要である。
3.
シミュレーションは、1994 年∼96 年の 3 年間について行っている。
4.
実 質 GDP、 民 間 消 費 デ フ レ ー タ 、 名 目 GDP、 為 替 レ ー ト は 標 準 ケ ー ス か ら の 乖 離 率 を 、 財 政 収 支
対 名 目 GDP 比 、 累 積 財 政 赤 字 対 名 目 GDP 比 、 長 期 金 利 、 経 常 収 支 対 名 目 GDP 比 は 乖 離 幅 を 示 し
ている。
5.
為替レートは名目対米ドルレートで、符号がマイナスの場合は円が増価していることを意味する。
6.
3∼ 5 に つ い て は 、 以 下 す べ て の シ ミ ュ レ ー シ ョ ン に つ い て 同 様 。 2 に つ い て は 特 に 断 り のな
い限り、金融政策シミュレーションを除き同様。
−44−
(2)短期利子率固定の下での政府支出の継続的拡大
通常、経済対策等で政府支出を拡大する場合、金利を引下げるなど金融緩和政策が同時にと
られることが通例である。以下では、参考までに短期金利を標準ケースと同水準に固定した場
合における継続的財政支出拡大の効果を示す。これは、政府支出の拡大による貨幣需要の増加
に対し、金融当局が完全なアコモデーションを行うことを意味する (表 1−7 参照) 。
短期金利を標準ケースと同水準に固定した場合、実質 GDP にあらわれる乗数は当初 1.2 程
度であり、(1)の場合と大差ない。しかしながら、金利固定政策は物価上昇の下で事実上の金
融緩和となるため、2 年目以降の乗数は拡大し 3 年目には 1.5 に達している。需要項目別には
実質金利の低下による民間設備投資の増加が著しく、1 年目は 0.4 程度、3 年目には 1.8 程度
となる。また、為替レートが円安にふれているのも本ケースの特色である。
政策反応関数の場合よりも経済の拡大、物価の上昇が大きいことから、支出拡大が税の増収
で相殺される程度も大きく、財政赤字 (対名目 GDP 比) の悪化幅は 2 年目以降縮小している。
表 1−7 実質公的固定資本形成を実質 GDP の 1%相当継続的に拡大 (短期金利固定)
実質 GDP
(%)
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
財・サービス
輸出
(%)
財・サービス
輸入
(%)
名目 GDP
(%)
1 年目
1.22
1.23
0.27
0.44
1.35
0.00
1.68
1.31
2 年目
1.43
0.21
0.51
1.39
0.89
-0.04
2.55
1.81
3 年目
1.50
0.07
0.72
1.76
0.79
-0.16
3.21
2.36
民間消費
デフレータ
(%)
単位時間
あたり賃金
(%)
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
財政収支対
名目 GDP 比
(%ポイント)
長期金利
(%ポイント)
経常収支対
名目 GDP 比
(%ポイント)
為替レート
(%)
1 年目
0.04
0.22
-0.07
2.63
-0.60
0.01
-0.15
0.09
2 年目
0.22
0.72
-0.13
3.07
-0.28
0.06
-0.24
0.29
3 年目
0.63
1.16
-0.14
3.25
-0.18
0.12
-0.41
0.61
参考:4 年目以降の実質 GDP に関わる乗数は以下の通り。
実質 GDP
(4 年目)
1.10
(5 年目)
0.63
(6 年目)
0.45
(備考)
1.
実質公的固定資本形成が標準ケースの実質 GDP の 1%に相当する額だけ増加し、それがシミュレーション
期間中継続するものと想定した。なお、公的固定資本形成の財源は公債発行による。
2.
金融政策の前提は、短期金利を外生化した上で、標準ケースと同水準に固定されるものとした。
−45−
(3)貨幣供給量固定の下での政府支出の継続的拡大
次に政府支出を拡大する際に、貨幣供給量を固定 (標準ケースと同値) する金融政策を採用
した場合を示す。これは、金融当局が需要増加に伴う貨幣供給の増加を容認しない (金融引締
め) 場合である (表 1−8 参照) 。
貨幣供給量を標準ケースと同水準に固定した場合、実質 GDP の 1 年目にあらわれる乗数は
1.0 程度であり、3 年目には 0.7 程度まで低下する。貨幣供給量を維持する為の金利引上げに
より、民間設備投資は 1 年目から後退し、3 年目にはマイナス 1.0 程度となる。一方、消費は
賃金及び金利上昇を通じた財産所得の増加を受け、若干の増加を示す。為替レートは金利上昇
を受け、最も強い増価傾向を示している。
経済の拡大により、支出拡大の一部は税の増収で相殺されるものの、貨幣供給の増加が認め
られる場合に比べ景気拡大が小幅にとどまることから、財政赤字対名目 GDP 比の悪化の程度
は最も大きい (1 年目で 0.7%)。
表 1−8 実質公的固定資本形成を実質 GDP の 1%相当継続的に拡大 (マネー固定)
実質 GDP
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
1.03
0.94
0.72
民間消費
デフレータ
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
1.04
-0.09
-0.23
単位時間
あたり賃金
(%)
0.01
0.09
0.29
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
0.21
0.40
0.51
-0.16
-0.45
-1.02
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
0.20
0.56
0.79
-0.06
-0.10
-0.08
財・サービス
輸入
(%)
-0.21
-0.71
-1.06
1.43
2.12
2.95
1.11
1.25
1.36
経常収支対
名目 GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.18
-0.23
-0.37
-1.42
-2.09
-1.93
0.85
0.17
0.11
財政収支対
名目 GDP 比
(%ポイント)
2.21
2.06
1.67
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
長期金利
(%ポイント)
-0.67
-0.51
-0.60
0.48
0.42
0.50
(%)
(%)
参考:4 年目以降の実質 GDP に関わる乗数は以下の通り。
実質 GDP
(4 年目)
0.13
(5 年目)
-0.43
(6 年目)
-0.64
(備考)
1.
実質公的固定資本形成が標準ケースの実質 GDP の 1%に相当する額だけ増加し、それがシミュレーション
期間中継続するものと想定した。なお、公的固定資本形成の財源は公債発行による。
2.
金融政策の前提は、貨幣供給を外生化した上で、標準ケースと同水準に維持されるものとした。
−46−
(4)政府支出の一時的拡大
90 年代以降に行われた経済政策に伴う現実の財政支出拡大は、シミュレーションで通常想
定される継続的拡大ではなく、一時的拡大の性質を帯びていた。そこで、参考までに、本モデ
ルで一時的拡大を行った結果を紹介する (表 1−9 参照)。
実質の公的固定資本形成を 1 年間だけ標準ケースの実質 GDP の 1%相当分増加させた場合、
1 年目の乗数は継続的拡大の場合とほとんど変わらない (1.2%程度) が、2 年目以降は公的投
資の動きを反映し、実質 GDP も標準ケースとほぼ同水準に回帰する。結果として、成長率は
1 年目に高まるものの、2 年目にはそれと同程度のマイナス効果が生じることになる (3 年目
以降はゼロ近傍から若干のマイナスへ)。
物価が (2 年目以降も) 継続的に上昇することもあり、税収が増加するため、2 年目以降の
財政収支対名目 GDP 比は若干好転している。しかし、参考までに累積財政赤字の GDP 比を
確認すると、2 年目以降は悪化傾向が続き、支出増を賄うには十分ではない (累積財政赤字
GDP 比の悪化幅は 3 年目で 0.8%程度)。
表 1−9 実質公的固定資本形成を一年目のみ実質 GDP の 1%相当拡大
実質 GDP
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
1.21
0.12
-0.02
民間消費
デフレータ
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
1.21
-1.09
-0.14
単位時間
あたり賃金
(%)
0.04
0.17
0.32
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
0.26
0.20
0.20
0.39
0.61
0.00
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
0.22
0.49
0.39
-0.07
-0.06
0.00
財・サービス
輸入
(%)
-0.02
-0.18
-0.33
1.66
0.79
0.64
1.29
0.39
0.43
経常収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.16
-0.10
-0.16
-0.06
-0.50
-0.10
1.30
-0.79
0.00
財政収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
2.59
0.21
-0.01
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
長期金利
(%ポイント)
-0.60
0.26
0.00
0.08
0.17
0.10
(%)
(%)
参考:4 年目以降の実質 GDP に関わる乗数は以下の通り。
実質 GDP
(4 年目)
-0.47
(5 年目)
-0.67
(6 年目)
-0.46
(備考)
1.実質公的固定資本形成が標準ケースの実質 GDP の 1%に相当する額だけ最初の 1 年間のみ増加するものと
想定した。なお、公的固定資本形成の財源は公債発行による。
2.金融政策の前提は、1985 年以降で推定した短期金利に関する政策反応関数によっている。
−47−
(5)名目政府支出の継続的拡大
名目の公的固定資本形成を標準ケースの名目 GDP の 1%相当分だけ継続的に増加した場合、
名目 GDP に現れる乗数は 1.3%程度 (1 年目) になる。その後は名目乗数は物価上昇を反映し
て、拡大傾向を辿る (3 年目で 2%弱)。ちなみに名目支出の拡大が実質 GDP を刺激する効果
は、物価上昇分により実質政府支出が目減りするため、実質拡大ケースよりもやや小さい (表
1−10 参照)。
需要項目別の支出動向及び財政バランス等に与える影響については、基本的に実質支出拡大
ケースと同様である。
表 1−10 名目公的固定資本形成を名目 GDP の 1%相当継続的に拡大
実質 GDP
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
1.22
1.29
1.16
民間消費
デフレータ
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
1.23
0.07
-0.13
単位時間
あたり賃金
(%)
0.04
0.20
0.52
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
0.27
0.47
0.65
0.40
0.97
0.78
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
0.22
0.70
1.05
-0.07
-0.13
-0.12
財・サービス
輸入
(%)
-0.02
-0.20
-0.53
1.68
2.39
2.93
1.31
1.65
1.97
経常収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.16
-0.25
-0.40
-0.07
-0.55
-0.64
1.32
0.59
0.39
財政収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
2.62
2.76
2.54
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
長期金利
(%ポイント)
-0.61
-0.31
-0.28
0.08
0.24
0.34
(%)
(%)
参考:4 年目以降の実質 GDP に関わる乗数は以下の通り。
実質 GDP
(4 年目)
0.53
(5 年目)
-0.19
(6 年目)
-0.46
(備考)
1.名目公的固定資本形成が標準ケースの名目 GDP の 1%に相当する額だけ増加し、それがシミュレーション
期間中継続するものと想定した。なお、公的固定資本形成の財源は公債発行による。
2.金融政策の前提は、1985 年以降で推定した短期金利に関する政策反応関数によっている。
−48−
1.2
所得減税の効果
個人所得税を名目 GDP の 1%相当額継続的に減税すると、実質 GDP は 1 年目で 0.4%程度
増加し、以後 2 年目 (0.6%程度増加) をピークに低下していく (表 1−11 参照)。
減税乗数が公共投資乗数に比べ小さいのは、公共投資が公的部門の支出という形で需要を直
接的に拡大するのに対し、減税の場合、家計の支出行動によってその効果が左右されることによる。
本モデルの家計は、基本的には、一時的変動を除いた恒常的な所得に基づいて支出額を決定す
るため 5、当該期の家計可処分所得が増加するほどには消費支出は拡大しない (消費の増加率は 1
年目で 0.5%)。結果として、他の需要項目への波及効果も小さくなる。
減税乗数が小さいことから、税収減が景気拡大を通じた増収により相殺される程度は小さく、
財政赤字の名目 GDP 比は 0.9%程度悪化 (1 年目) している。
表 1−11 個人所得税を名目 GDP の 1%相当額だけ減税
実質 GDP
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
0.41
0.57
0.22
民間消費
デフレータ
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
0.01
0.09
0.21
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
0.41
0.16
-0.37
単位時間
あたり賃金
(%)
0.05
0.28
0.37
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
0.53
0.57
0.37
0.81
1.77
0.65
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
-0.02
-0.06
-0.03
0.10
0.34
0.24
財政収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
0.88
1.15
0.36
-0.89
-0.78
-0.88
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
財・サービス
輸入
(%)
0.00
-0.07
-0.23
0.56
1.11
0.96
0.43
0.69
0.49
経常収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.05
-0.11
-0.13
-0.02
-0.26
-0.38
長期金利
(%ポイント)
0.03
0.11
0.14
(%)
(%)
(備考)
1.
個人所得税を 標準ケースの名目 GDP の 1%に相当する額だけ減税し、その変化がシミュレーション期間中
継続するものと想定した。なお、減税の財源は公債発行による。
5
2.
財政支出は実質ベースで固定されており、名目額は物価の動きに応じて変動している。
3.
2.については、以下すべてのシミュレーションについて同様。
本モデルでは家計が将来を全て見通して行動する事 (モデル整合的期待) は想定されていないため、
一時的な所得減税シミュレーションを行った場合も、1 年目の乗数は継続的減税ケースとほとんど
変わらない (0.41%程度) 。
−49−
1.3
法人減税の効果
法人所得税の引下げは、税引後法人企業所得を直接増加させ、株価を上昇させることにより、
企業の資本コストを引下げ、設備投資を増加させる (表 1−12 参照) 。
法人所得税を名目 GDP の 1%相当額継続的に減税 6 した場合の実質 GDP に対する効果は、
1 年目 0.06%、3 年目で 0.4%程度にとどまる。このように効果が小さいのは資本コストの低下を通
じた投資の増加はあるものの、家計への直接的恩恵が生じないため、家計部門の支出に与える影響
が乏しいことによる。この結果、減税による歳入減が景気拡大を通じて相殺される程度は小さく、財
政赤字の名目 GDP 比は 1 年目で1.0%、3 年目で0.9%と拡大が続く。
なお、このシミュレーションでは、本モデルが短期的な分析を目的に開発されている性格上、
法人税の引下げが企業の内外立地選択に及ぼす効果等、中長期的な変化を捉えることができて
いない点には留意が必要である。
表 1−12 法人所得税を名目 GDP の 1%相当額だけ減税
実質 GDP
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
0.06
0.24
0.35
民間消費
デフレータ
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
0.01
0.03
0.10
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
0.06
0.18
0.12
単位時間
あたり賃金
(%)
0.01
0.06
0.17
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
0.03
0.21
0.25
0.38
1.19
1.90
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
0.00
-0.02
-0.03
0.14
0.47
0.66
財・サービス
輸入
(%)
0.00
-0.03
-0.07
0.21
1.03
1.34
0.07
0.26
0.44
経常収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.02
-0.22
-0.52
-0.02
-0.10
-0.12
0.07
0.44
0.46
財政収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
長期金利
(%ポイント)
-0.97
-0.92
-0.87
0.01
0.04
0.09
(%)
(%)
(備考)
・シミュレーション期間を通じて、法人所得税の減税幅が各年とも名目 GDP 比 1%相当となるよう減税 (実
効税率で調整) した場合を想定した。なお、減税の財源は公債発行による。
6
法人減税ケースでは、シミュレーション期間を通じて法人所得税の減税幅が目標水準に見合ったもの
となるよう実効税率 (TT) で調整している。この過程で実効税率が非常に不安定な挙動を示すため、
本ケースはあくまでも参考ケースとして掲載したものであることにご留意願いたい。
−50−
2.金融政策の効果
ここでは代表的な金融政策のケースとして、イ)名目短期金利を標準ケースに比べ 1%ポイ
ントだけ引上げるケース、ロ)貨幣供給量 (M2+CD) の水準を標準ケースに比べ 1%相当削減
するケース、の 2 つを検討する。
イ)の名目短期金利引上げケースについては、5 次版世界モデルでは金融緩和シミュレーシ
ョンを行っているが、現在の金利水準が低く、これ以上大幅に金利を引下げることは不可能な
情勢を鑑みて、金融を引締める方向でシミュレーションを行った。なお、現実の経済では金利
の上昇は需要を減退させ、貨幣需要が低下することから金利を低下させる方向に力が働くが、
このシミュレーションでは金利を固定しているため、この力を打ち消す方向に金融引締めをさ
らに強めていく前提となっていることに注意が必要である。
ロ)の貨幣供給量の削減ケースでは、貨幣供給量という量的指標を削減する形の金融引締め
が実物経済にどのような影響を与えるかを検討する。
2.1
金融引締め効果 (短期金利 1%ポイント引上げ)
短期金利の 1%引上げによる実質 GDP 抑制効果は漸進的に生じ、1 年目の 0.1%減から 3
年目には 0.6%減まで拡大する (表 1−13 参照)。
金利の上昇は、その代替効果により設備投資や住宅投資を抑制する。また、高金利は円高 (1
∼2%程度) をもたらし、所得は外需面からも抑制を受ける。金利が民間消費に与える影響は、
代替効果に加え、財産所得の変化を通じた所得効果、更には他の需要項目の変動が所得を変化
させる効果等、複数の経路で生じるが、本モデルではマイナスの経路である代替効果がまさり、
消費はわずかながら減少する結果となっている。
一般政府の財政バランスは、景気抑制と物価の低迷により税収が低下することや財産所得の
支払が増加することにより赤字方向に向かうが、投資減少により民間のバランスが改善してい
ることから、経常収支はほとんど影響を受けない。
表 1−13 短期金利を 1%ポイント引上げ
実質 GDP
(%)
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
-0.09
-0.37
-0.63
1 年目
2 年目
3 年目
民間消費
デフレータ
(%)
-0.09
-0.28
-0.27
単位時間
あたり賃金
(%)
-0.02
-0.09
-0.27
1 年目
2 年目
3 年目
-0.01
-0.10
-0.27
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
-0.03
-0.10
-0.14
-0.28
-1.33
-2.28
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
0.00
0.02
0.05
-0.20
-0.77
-1.27
-0.25
-0.69
-0.62
財政収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
-0.03
-0.16
-0.33
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
財・サービス
輸入
(%)
-0.10
-0.50
-0.82
-0.12
-0.38
-0.28
-0.10
-0.41
-0.77
経常収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.01
0.00
0.03
-0.74
-2.19
-2.37
長期金利
(%ポイント)
0.27
0.40
0.37
(%)
(%)
(備考)
・ 名 目 短 期 金 利 が 標 準 ケ ー ス と 比 べ て 1% ポ イ ン ト 上 昇 し 、 そ の 変 化 が シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 期 間 中 継 続
するものと想定した。
−51−
2.2
貨幣供給量減少の効果
貨幣供給量の水準を当初 1 年間かけて漸減的に 1% (標準ケース比) 低下させた後そのレベ
ルを継続する 7 と、貨幣市場の均衡を達成するように金利が上昇し (1 年目の長期金利で 0.5%
程度) 、代替効果により投資が抑制される。また、円高が生じて外需も抑制される。民間消費
に対する影響には、代替効果の他に、財 産所得による所得効果や他の需要項目を通じた所得効
果がある。財産所得を通じたプラス効果は他の経路によるマイナス効果には及ばず、消費も若
干減少している (表 1−14 参照)。
この結果、貨幣供給量の 1%削減による実質 GDP 抑制効果は、3 年目に最大の0.5%となり、
その後は縮小する。
投資減少による民間バランスの改善と一般政府財政バランスの悪化は、ほぼ均衡しており、
経常収支は標準ケースとわずかしか変わらない。
表 1−14 貨幣供給量(M2+CD)を 1%相当縮小
実質 GDP
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
-0.22
-0.41
-0.47
民間消費
デフレータ
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
-0.04
-0.12
-0.23
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
-0.23
-0.19
-0.07
単位時間
あたり賃金
(%)
-0.03
-0.16
-0.30
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
-0.07
-0.08
-0.15
-0.70
-1.64
-1.68
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
0.01
0.03
0.04
-0.48
-0.82
-0.90
-0.57
-0.40
-0.15
財政収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
-0.08
-0.21
-0.27
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
財・サービス
輸入
(%)
-0.25
-0.59
-0.43
-0.28
-0.31
0.07
-0.23
-0.48
-0.66
経常収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.03
0.03
0.04
-1.73
-1.47
-0.65
長期金利
(%ポイント)
0.54
0.05
0.02
(%)
(%)
(備考)
・ マネーサプライが標準ケースと比べて 1 年目の第 1 四半期から 0.25%ずつ累積的に減少し、
2 年目以降は 1%
低下した水準が持続されるものと想定した。
3. 外生的ショックの影響
ここでは政策以外の外生的ショックに関するシミュレーションとして、イ)為替減価 (標準
ケース比 10%) ケースと、ロ)鉱物性燃料価格上昇 (標準ケース比 20%) ケース、の 2 つを紹
介する。
イ)の為替減価ケースでは、通常は本モデル内で内生的に解かれている為替レートを外生化し
た上で、外的な要因により標準ケースに比べて 10%減価し、それが継続する場合を想定してい
7
貨幣供給量減少ケースではモデル上の貨幣供給関数を逆解きし、M2CD が目標水準に見合ったもの
となるよう短期利子率 (RCD) で調整している。この過程で利子率が非常に不安定な挙動を示してい
るため、本ケースはあくまでも参考ケースとして掲載したものであることにご留意願いたい。
−52−
る。ただし、現実の経済では為替減価は経常収支の黒字化を招き、為替を増価させる力が働く
が、このシミュレーションでは為替を固定しており、いわば一度減価させた為替が戻らぬよう
当局が介入をさらに強めていく前提となっている点に注意が必要である。
この場合の金融政策の前提は 1985 年以降で推定した短期金利に関する政策反応関数によっ
ており、財政政策の前提は実質で一定となっている。
ロ)の鉱物性燃料価格上昇ケースでは、石油、石油製品、天然ガス、石炭など鉱物性燃料の
ドルベースの価格を標準ケースに比べて 20%上昇させ、それが継続する場合を想定している。
金融政策、財政政策の前提はイ)のケースと同様である。
3.1
為替レート減価の影響
為替を外生的に 10%円安 (標準ケース比) に動かすことにより、輸入物価が上昇し、波及効
果により物価水準が上昇する (消費デフレータは 3 年目で 1.1%上昇)。また、交易条件が変化
することから、輸出の拡大と輸入の減少が生じるが、円の減価により輸入金額は大きく高まり、
経常収支黒字 (円ベース) の名目 GDP 比はほとんど変化しない (表 1−15 参照)。これは、円
安に応じ貿易黒字は増加しているものの、経済の拡大に反応して金利が上昇するため海外への
要素所得支払が増加し、貿易収支を相殺していることによる。
外需の拡大や物価の上昇は企業収益の改善をもたらし、設備投資を促進する。また、家計の
実質可処分所得も増加することから消費も刺激され、実質 GDPは 0.4%程度拡大する (1 年目)。
経済の拡大は税収の増加をもたらし、財政バランスの改善につながる (1 年目 0.1%)。
表 1−15 円の対ドル 10%減価
実質 GDP
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
0.40
1.06
1.88
民間消費
デフレータ
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
0.40
0.67
0.84
単位時間
あたり賃金
(%)
0.18
0.60
1.08
0.05
0.33
0.86
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
0.01
0.10
0.37
0.77
2.56
4.48
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
-0.02
-0.08
-0.15
0.88
2.27
3.96
0.86
0.18
0.35
財政収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
0.09
0.32
0.67
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
財・サービス
輸入
(%)
1.63
3.19
3.87
0.15
-0.89
-2.17
0.41
1.21
2.37
経常収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.04
-0.01
-0.02
10.00
10.00
10.00
長期金利
(%ポイント)
0.09
0.29
0.44
(%)
(%)
(備考)
・ 円 の 対 米 ド ル レ ー ト が 標 準 ケ ー ス と 比 べ て 10% 減 価 し 、 そ の 変 化 が シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 期 間 中 継 続 す
るものと想定した。
−53−
3.2
鉱物性燃料価格上昇の影響
鉱物性燃料価格が外生的に 20%上昇すると、輸入価格の上昇を通じて物価が上昇 (消費デ
フレータで 0.2%程度 (3 年目)) し、輸入金額の増加によって経常収支黒字が対名目 GDP 比
0.1%程度低下する (表 1−16 参照)。
外需の減少と物価上昇を阻止するための金利引上げとを反映して、投資は抑制的になる。家
計では物価の上昇等から実質可処分所得が減少し、消費は低迷する。この結果、実質 GDP は緩
やかに低下する (標準ケースからの乖離率は、1 年目で 0.03%減、3 年目で 0.17%減) 。
物価の上昇により税収は当初わずかながら増加しているが、 (実質政府支出一定の仮定下)
名目政府支出額が増加する上、2 年目には経済縮小の効果が税収面にもマイナスとなって現れ
るため、財政バランスはわずかに悪化している。
表 1−16 鉱物性燃料価格の 20%上昇
実質 GDP
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
-0.03
-0.14
-0.17
民間消費
デフレータ
(%)
1 年目
2 年目
3 年目
0.15
0.17
0.20
実質 GDP
成長率
(%ポイント)
-0.03
-0.11
-0.03
単位時間
あたり賃金
(%)
0.00
-0.02
-0.07
消費
設備投資
住宅投資
(%)
(%)
(%)
-0.16
-0.10
-0.09
-0.06
-0.39
-0.48
失業率
稼働率
(%ポイント)
(%ポイント)
0.00
0.01
0.01
-0.05
-0.27
-0.32
0.15
-0.09
-0.12
財政収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
-0.01
-0.05
-0.09
名目 GDP
財・サービス
輸出
(%)
財・サービス
輸入
(%)
-0.03
-0.12
-0.10
-0.08
-0.13
-0.03
-0.03
-0.13
-0.18
経常収支対
名目GDP 比
(%ポイント)
為替レート
-0.11
-0.12
-0.14
-0.15
-0.05
0.38
長期金利
(%ポイント)
0.06
0.02
0.00
(%)
(%)
(備考)
・ドルベースの石油価格が標準ケースに比べて 20%上昇し、その変化がシミュレーション期間中継続するもの
と想定した。
−54−
第3章
残された課題
今回新たに構築した「短期日本経済マクロ計量モデル」は、従来の「EPA 世界経済モデル」を
補完し、最新の情報に基づいた機動的対応を実現する目的で開発された。作業負担を軽減し、機
動性を確保する観点から、モデルは大幅に簡略化されており、操作性の高いコンパクトなモデル
が開発できた。しかしながら、一方、本文中で指摘したモデルの内挿能力等、幾つかの課題も残
されており、今後モデルの改訂を行うに当たってはそうした点に関する一層の改善が望まれる。
残された課題を具体的に挙げると、その第一は供給サイドの定式化である。本稿のモデル
は、主として 1 年程度の短期分析を目的として開発された関係上、供給サイドは外生に近く 8、
結果として中長期の乗数分析等について何らの情報ももたらしていない。経済政策 (特に公
的支出の拡大) が成長の中長期的経路に与える影響については、理論・実証両面で未だ定説
がなく、定量的帰結が重視される本稿の分析において特定の見解にコミットし辛い状況もあ
った。しかし、昨今の景気対策論の多く (特に近年になって公共投資の効果が低下したとす
る議論) が対策の中長期的な有効性 (供給面での効果) に着目していることに鑑みれば、マ
クロ政策が経済に中長期的に与える影響についても一層の研究進め、その成果をモデルの供
給ブロックにも反映する必要があるかもしれない。
第 2 に、期待形成の問題がある。今回公表モデルでは、過去のデータに基づく分布ラグに
よる適応的期待形成を用いている。しかしながら、現実の期待形成においては将来の政策等外
部環境の動向が先読みの形で織り込まれ、それが経済主体の現在の行動に大きく影響している
場合が少なくない。こうした場合、行動方程式のパラメータ自体が変化するので、モデルのシ
ミュレーション結果の信頼性は損なわれる可能性がある (Lucas 批判)。この問題への対処と
してはしばしば合理的期待形成 (モデル整合的期待) が活用されているが、その合理性が文字
通り現実的であるとは到底考えられない 9。また、その後の研究では、外部環境や政策変更が
よほど劇的でない限り、期待が前向きであることによるパラメータの変化は軽微に止まるとの
結果が示されている。今回のモデルでは、直近のデータまで反映したモデル構築が可能な適応
的期待形成を敢えて選択したが、消費税導入時にみられた駆け込み行動や経済の将来に関する
悲観的展望が足下の景況に大きな影響を与えている現状を考えると、何らかの形で前向きの期
待形成を織り込んだモデルの開発が求められよう。
供給サイドおよび期待形成の問題を一括する形で課題として残ったのが、モデル上での恒常所
得の扱いである。景況やマクロ経済の変動メカニズムに大きな影響を与える家計部門の支出は、
当該期所得に見られる変動全てではなく、一時的と見なされる変動を排除した恒常所得の変動に
よって支配されるという見方が今日一般的である (リカード等価定理等)。しかるに、この恒常所
得は観察不能な変数であり、そのままモデル上に表現することは実際上できない。そこで、本
8
9
本稿のモデルがこうした定式化を採用している背景には、
「供給サイドの定式化の違いが短期 (1 年程
度) の乗数に与える影響は小さい」という判断がある。
期待に過去の経験が影響していることは疑いないし、期待形成が前向きに行われるとしても、過度の悲
−55−
モデルでは一時的変動の影響を受けにくい供給サイドの変数である完全雇用 GDP を恒常所得
の代理変数として活用している。しかしながら、本来の恒常所得が現在の供給能力のみならず
経済の将来展望にも大きく影響されることは明らかであり、モデルの最大のネックになっている。
モデルのもう一つの大きな課題は、バブルの発生と崩壊に関連する資産価格の取り扱い、お
よびそれに付帯した不良債権問題にかかわる取り組みの不足である。80 年代後半に膨張し 90
年代に崩壊したバブルは、定義としてファンダメンタルズからの乖離を意味するものであり、
それをモデル上に表現することは極めて難しい。このことは資産価格 (地価、株価) 推定の問
題に止まらず、支出構成項目や資産需要式におけるその影響のあり方にも関わっている。資産
価格変動がマクロ経済に与える潜在的な影響は無数の経路で発生し得るものと考えられるが、
今回のモデルにおいてその可能性を十分に検討し尽くすことはできなかった。また、「平成不
況」後の我が国の景気低迷にはバブル以後の不良債権問題が大きく影響しているとの指摘があ
るが、貸し渋り問題やクレジット・チャンネルの定量的評価を含め、満足な実証結果を得るこ
とはできず、今回の作業ではその定式化を見送った。
こうした課題は残されているものの、世界経済モデルを機動的に補完し、足下の状況を反映
した経済分析を行う上で今回のモデル開発の意義は大きい。経済企画庁経済研究所では、加え
て、最近の計量経済学の一潮流である時系列分析やデータよりも経済理論との整合性を重視し
た応用一般均衡モデルの開発等を行っている。今回公表することとなったこの「短期日本経済
マクロ計量モデル」についても、こうした大きな文脈の中で、その有効性と限界とを十分に踏
まえつつ、相互補完的に活用され、経済動向に関する一層の理解の深まりに資するものとなる
ことを期待したい。99
99
観や楽観はつき物である。
−56−
参考文献
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−58−
(補論 1−1) Augmented Dickey-Fuller 検定の結果
最小二乗法の推定が望ましい特性を持つためには、説明変数、被説明変数が一定の期待値及
び分散を持った分布からランダムに抽出されたものであることが必要である。しかし、消費や所
得等のマクロ時系列データの多くは、時間が経つほど期待値及び分散が大きくなっている上、前
期と今期の間には強い相関関係がみられることも多い。このような誤った確率分布に基づく推定
は統計的に意味を成さず、両者に実際の相関関係がなくともきわめて高い決定係数がえられる、
いわゆる「見せかけの相関」が生じている可能性がある。
こうした非定常時系列データを含む方程式を推定する際、階差をとることで定常時系列に変
換できる場合がある。これは見せかけの相関に対処する有効な方法であり、本 モデルにおいても
いくつかの関数で階差系列を用いた回帰を試みている。
一次階差をとることにより定常時系列と
なるデータ系列を I(1)と呼ぶ。
以下では、今回公表モデルに含まれる主要時系列データが、何次の階差をとることで定常時
系列とみなせるかを単位根検定で検討する。用いた検定手法は、最もポピュラーな Augmented
Dickey-Fuller 検定である。検定にあたっては、各変数について可能な限り長い期間を対象とし、
1%の有意水準で単位根をもつとの仮説が棄却できるかどうかを基準とした。検定結果は表 1−
1 7 に示しているが、LANDV や SHAREV 等ストック系の変数を除くと、概ねI(1)という結果が
得られた。
−59−
表 1−17
Full Model
モデル主要変数の ADF 検定結果
Selected Model
Full Model
階差
ラグ数
N/C/T
階差
ラグ数
CG
I(1)
7
C
I(0)
CP
I(1)
2
C
CU
I(1)
7
DPI
I(1)
FXS
Selected Model
変数名
階差
ラグ数
N/C/T
階差
ラグ数
8
PINP
I(1)
5
N
I(1)
5
I(0)
3
PLAND
I(2)
7
N
I(0)
6
N
I(1)
8
PNFMGS
I(1)
4
N
I(0)
5
4
T
I(1)
4
PSHARE
I(1)
2
N
I(0)
1
I(1)
2
N
I(1)
2
PTAX
I(2)
1
N
I(2)
1
GDP
I(2)
8
C
I(0)
8
PXGS
I(1)
1
N
I(1)
1
GDPP
I(1)
1
T
I(1)
1
RCD
I(1)
4
N
I(1)
4
GDPV
I(1)
1
C
I(0)
2
RDIS
I(1)
6
N
I(1)
6
IFP
I(1)
7
C
I(0)
8
RGB
I(1)
2
N
I(1)
2
IG
I(1)
1
C
I(0)
1
SHARETV
I(2)
7
N
I(2)
7
IHP
I(1)
3
C
I(0)
4
SHAREV
I(2)
7
N
I(2)
7
INP
I(0)
1
C
I(0)
1
TCIV
I(2)
2
N
I(1)
3
INPVA
I(1)
4
N
I(0)
5
TCSTV
I(1)
7
C
I(1)
7
ITAXV
I(1)
2
C
I(0)
3
TYCV
I(1)
3
T
I(1)
3
LANDV
I(2)
7
N
I(2)
7
TYPV
I(1)
7
T
I(1)
7
LF
I(1)
8
C
I(1)
8
UR
I(1)
8
N
I(1)
8
LH
I(2)
7
N
I(1)
7
US_PPI
I(2)
2
N
I(2)
2
M2CD
I(2)
8
N
I(2)
8
US_RGB
I(1)
4
N
I(1)
1
MFUEL
I(2)
8
C
I(1)
7
WD_PX
I(2)
6
N
I(2)
6
NFMGS
I(1)
5
C
I(1)
5
WD_YVI
I(2)
1
C
I(1)
1
NIV
I(1)
3
C
I(0)
4
WIPH
I(0)
6
T
I(0)
6
NWCV
I(2)
7
N
I(2)
7
XGS
I(1)
3
T
I(1)
3
PCG
I(1)
4
N
I(0)
6
YCV
I(1)
1
C
I(1)
1
PCP
I(2)
4
N
I(2)
4
YDV
I(0)
5
T
I(0)
5
PFUEL
I(1)
1
N
I(1)
1
YFSV
I(1)
7
C
I(0)
8
PGDP
I(1)
3
N
I(0)
4
YICV
I(1)
1
T
I(1)
1
PIFP
I(1)
1
C
I(1)
1
YIEV
I(1)
7
T
I(1)
7
PIG
I(1)
3
N
I(0)
4
YIGV
I(1)
7
N
I(1)
7
変数名
PIHP
I(1)
1
N
I(0)
1
YWV
I(0)
5
T
I(0)
検定で用いた各モデルのラグ数は、AIC (Akaike's Information Criterion) 基準に基づい
てそれぞれ決定した。
*2 Full-Model で結果が空白の場合、Full-Model のままでは 2 階にしても単位根をもつとの仮説
を棄却できなかったことを示す。
*3 Selected-Model で"N/C/T" の欄は、T がトレンド+定数項 (Full-Model と同義)、C が定数
項のみ、N はどちらもなし、のモデルを示す。
*1
−60−
5
(補論 1−2) 資本の使用者費用 (UCCPF) について
企業は、その資本設備を用いて生産活動を営むが、この設備を耐用年数に至るまで稼動させ
るには、償却費を始め各般の費用がかかるはずである。資本コスト (資本の使用者費用) はこ
うした諸費用を集計したものであり、いわば資本設備に帰属する準レントである。こうした意味
で、広義の資本コスト面から見た設備投資環境を示すものであり、マクロ計量モデルの投資関数
の説明変数の一つとなっている場合が多い。
新古典派の投資決定モデルでは、企業自らの総価値の最大化行動を前提に、企業に最適な資
本ストックが決定される。具体的には、企業はネット・キャッシュ・フローの流列{x}の割
引現在価値の最大化を図るものとする。これに従えば、企業の最大化問題は、下式のように定義
できる。
∞
maxW 0 = ∫ x t e
− rt
0
dt = ∫
∞
0
[(1 − τ ) ∏ (K t ) − (1 − k )P kt I t + τ (t ) ⋅ Dep t ]e − rt dt
•
sub .to . K = Ι t − δ K t
∏ (K t )
It
:最大化実質所得
k
Pt
:生産者価格
Pkt
:資本財価格
:租投資額
r
:割引率
:純資本ストック
δ
Kt
:投資税額控除率
:経済的減価償却率
Dept
:税法上の減価償却費
τ
:法人税実効税率
今、減価償却費の課税所得控除をモデルに明示的に導入すると、上の式は次のように変形さ
れる。
∞
W 0 = ∫0 [(1 − τ) ∏(K t ) − (1 − k − z)P kt I t ]e −rt dt + A 0
ただし、 A 0 =
∞
o
∫ o τ(t){∫−∞ D (t − s, s) Pks I s d s }e
− rt
dt
D ( t − s , s ):s 時点に取得した 1 円の資本財に対する s 時点の税制下での t−s 年後の減価償却費。
z :今期投資資産の将来に亘る減価償却控除額の累計の割引価値。
従って、最初の式の最大化問題は、結局のところ、
∞
max ∫0 e − rt [(1 − τ ) ⋅ ∏ ( K t ) − (1 − k − z ) Pkt I t ]
•
sub .to. K = I t − δK t
に帰着する。ここで、Hamiltonian を
H = e − rt [(1 − τ ) ⋅ ∏ ( K t ) − (1 − k − z ) P kt I t ] + µ t [ I t − δ ⋅ K t ]
一階の条件より、
∂H
= − e − rt (1 − k − z )Pkt + µ t = 0
∂It
•
µt = −
∂H
∂Π
= − e − rt (1 − τ ) ⋅
+ δµ t
∂K t
∂K t
−61−
が得られる。今、λ t = µt e −rt と置くと、上の式はそれぞれ、
λ t = (1 − k − z )Pkt
λ t = (r + δ )λ t − (1 − τ )Pt
∂Π
∂K t
となり、以上を解いて資本コスト (∂ ∏ / ∂K t ) を得ることができる。
~
∂ Π Pk (1 − k − z )( r + δ = Pk )
1− k − z
~
=
= Pk ⋅ (r − Pk + δ ) ⋅
= P ⋅ D ⋅T = C
∂K
(1 − τ )
1 −τ
•
∆ C ∆ P ∆ D ∆T
≅
+
+
C
P
D
T
~ Pk
但し、 Pk =
Pk
ここで、割引率 r は、借入資本の場合、10 年物国債金利と CD レートの加重平均にしており、
法人季報の全規模・全産業の短期借入金と長期借入金の比率でウェイトを付けている。
他方、自己資本の場合は、株式益利回り (株価収益率 (PER) の逆数である) を用いるが、日本
のように持合構造が進んでいる国の場合には見かけ上の益利回りが低下してしまうので、 (1−
PER×平均配当利回り×持合比率) / (1−持合比率) /PER として、持合修正をしている。
ここでの持合比率は株式数ベースの投資部門別株式保有比率で銀行・信託等と事業法人等の和を
全体で割った比率で計算している。
次に、減価償却額の現在価値は減価償却法の相違により異なっており、資本コストの計算に
当たっては、実際に行われている償却制度に即して、それを反映した定式化を行う必要がある。
現在のところ、日本の減価償却法の多くが定率法であることから、次のように定式化を試みてい
る。
この方法は、減価償却を指数関数的な形で進めていこうとする考え方である。平均耐用年数
を LNA (本モデルでは 18 年) として、その時のスクラップ・バリューをゼロとして償却パタ
ーンを求める。だが、定率法では、スクラップ・バリューをゼロと置くと、償却率は求まらない
ので、通常は償却終了後のスクラップ・バリュー (SP、本モデルでは 0.1) を制度的に与え、
償却終了後の償却価値が所定の値になるようにしている。RGB は、長期金利の割引率である。
部分積分では大変煩雑になるので、以下では最終的に近似として無限積分を行っている。
z =
LNA
∫0
≅
∞
∫0
{1 − SP ⋅ e − RGB⋅LNA ⋅
− log SP
− log SP t − RGB⋅t
⋅ {1 −
} ⋅e
dt
LNA
LNA
{ − (RGB +
− log SP
⋅ {1 − SP ⋅ e − RGB ⋅LNA ⋅ e
LNA
[
− log SP
⋅ 1 − SP ⋅ e − RGB
LNA
=
− log SP
RGB +
LNA
LNA
:平均耐用年数
⋅ LNA
− logSP
)⋅t }
LNA
} ⋅ dt
]
SP
−62−
:スクラップ・バリュー
また、本モデルにおいては、実際の資本コストの計測に当たって若干の修正を行っている。
すなわち、割引率要因の箇所で割引率から設備投資デフレータの上昇率をそのまま差し引いてい
るが、実際の意思決定は「期待」上昇率であるため、以下の式のように今期の物価上昇率が期待
物価上昇率に反映される割合 x を掛けたもので実質の割引率を求めている。
~
1− k − z
C = Pk ⋅ ( r − χ ⋅ Pk + δ ) ⋅
1 −τ
−63−
−64−
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