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会議報告
第 38 回専門評議員会報告
第 38 回専門評議員会報告
2011 年 2 月 28 日-3 月 2 日、広島研究所
専門評議員
David G. Hoel(共同座長) 米国サウスカロライナ医科大学医学部殊勲教授
宮川 清(共同座長) 東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター放射線分子医学部門教授
柳川 堯 久留米大学バイオ統計センター教授
徳永 勝士 東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻人類遺伝学分野教授
酒井 一夫 独立行政法人放射線医学総合研究所放射線防護研究センター長
田島 和雄 愛知県がんセンター研究所所長
Marianne Berwick 米国ニューメキシコ大学疫学・生物統計学部長兼教授/がん研究・治療センター副センター長
John J. Mulvihill 米国オクラホマ大学保健科学センター小児医学研究所 Kimberly V. Talley 記念遺伝教授、小児科学
教授、遺伝科長
Michael N. Cornforth 米国テキサス大学医学部放射線腫瘍学部門生物学部教授兼部長
Sally A. Amundson 米国コロンビア大学内科・外科学部放射線腫瘍学担当准教授
特別専門評議員
John D. Boice, Jr. 米国 Vanderbilt-Ingram がんセンター Vanderbilt 大学医学センター医科教授
Colin Begg 米国 Sloan-Kettering 記念がんセンター Eugene W. Kettering 記念教授兼疫学・生物統計学科主任教授
古野 純典 九州大学大学院医学研究院予防医学分野教授
佐藤 俊哉 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻医療統計学分野教授
緒 言
研の研究プログラムを審査し、その勧告を理事会と評議員
専門評議員会が、2011 年 2 月 28 日から 3 月 2 日まで広
会に報告する。
島で開催された。専門評議員会の任務は例年通り、放射線
大久保理事長のあいさつの後、Roy E. Shore 副理事長兼
影響研究所(放影研)の研究プログラムを審査することで
研究担当理事が放影研の研究の現状を説明した。Shore 副
あった。今年は疫学部および統計部について詳細にわたり
理事長兼研究担当理事は、まず昨年の専門評議員会の勧告
評価を行った。両部の詳細な評価に焦点を当てるために、
に対する詳細な対応について述べた後、2010 年の放影研の
今年は 4 人の特別専門評議員が加わった。John D. Boice 博
主要な成果について説明した。まず最も重要な成果は、米
士と古野純典博士は特に疫学部の審査に、そして Colin Begg
国国立アレルギー感染症研究所(NIAID)プロジェクトの
博士と佐藤俊哉博士が統計部の審査に当たった。専門評議
免疫研究の試行調査の終了と、本格調査の開始である。そ
員会にとってこれら研究者の参加は極めて有益であり、こ
の他進捗が見られたのは、被爆二世(F1)集団縦断臨床調
のような優れた研究者と共に審査に携われたことは大きな
査と被爆時年齢が 10 歳未満である 1,900 人の若年被爆者の
喜びであった。米倉義晴博士の退任に伴い愛知県がんセン
成人健康調査(AHS)への追加である。更に、腫瘍登録が
ター研究所の田島和雄所長が専門評議員に就任した。
2005 年まで更新され、線量データベースの更新が大いに進
2 月 28 日の朝、放影研の大久保利晃理事長が、第 38 回
捗した。この 1 年間に、放射線に誘発された心疾患、骨髄
専門評議員会の開会の辞を述べ、すべての出席者を暖かく
異形成症候群(MDS)、および白内障について主要な論文
歓迎した。大久保理事長は、今回の専門評議員会が疫学・
が発表された。また Shore 副理事長兼研究担当理事は、公
統計両部の評価に焦点を当てることと、放影研の職員に
開しているデータベースと外部の共同研究者とのデータや
とって専門評議員会の評価がいかに重要であるかを強調し
生物試料の共同利用の両方に関して、透明性とデータの共
た。また、放影研の公益財団法人移行に伴う寄附行為の基
同利用について説明した。
本的な変更について説明した。専門評議員は名前が変わり
Shore 副理事長兼研究担当理事の説明の後、疫学部と統
科学諮問委員(科学諮問委員会)となるが、引き続き放影
計部の両部長と数人の研究員から詳細な発表があった。そ
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第 38 回専門評議員会報告
れに続き、臨床研究部、放射線生物学/分子疫学部、遺伝
放射線の影響をよりよく理解する研究上の機会も広がって
学部の活動の概要について発表があった。この発表では、
おり、これにより、システム生物学およびコンピュータ生
昨年の専門評議員会の勧告に対する対応が示され、2010 年
物学によってヒトのリスク評価にこれらの所見を組み込む
の主要な成果と将来計画が報告された。Evan B. Douple 主
必要があることは明らかである。第二に、高速コンピュー
席研究員が、生物学的試料委員会の活動について最新報告
タを用いた高度な統計的方法により、測定およびモデルの
を行った。同委員会が直面する問題の一つは、すべての試
不確実性を組み込む必要性に対処することも含め、より洗
料の中央管理の必要性(包括的なデータベースを含む)で
練されたモデル開発が可能となっている。従って、放影研
ある。また、更なる保存スペースの緊急な必要性について
は、定量的放射線リスク評価に関する我々の知識を急速に
も討議された。最後に寺本隆信常務理事より広報関連の進
深め前に進んでいく良い立場にある。このような社会的必
捗と成果について最新報告があった。
要性が増加・継続する傾向にあることに加え、健康影響の
2 日目の会議の冒頭で大久保理事長が、NTT データ社に
理解を深めるための科学的機会も増大していることから、
よる放影研の情報システムの評価に関する中間報告を発表
日本の厚労省と DOE が刺激を受け、政府の研究予算が縮
した。当該報告では、放影研の情報システムの安全性と効
小している困難な時であっても放影研に対する財政支援の
率性の両面についての評価結果が示されている。特に懸念
増大、または少なくとも現状を維持することになるかもし
すべき点は、放影研内のすべての部課からソフトウェアの
れない。放影研には、原爆被爆者の生涯にわたる放射線影
変更や作成の要求が非常に数多く出されていることである。
響を調べるという重要な使命があり、その調査プログラム
専門評議員会は来年の会議で NTT データ社の最終報告お
は世界で唯一無比である。究明すべき課題がまだ多く残っ
よびそれに対する放影研の対応について説明を受けること
ており、その解決が大いに望まれている中、それらの答え
を心待ちにしている。大久保理事長による情報システムに
を出していく上で放影研の位置付けは他に類を見ない。
関する発表の後、個々の専門評議員と各部の間で非公式の
専門評議員会は、大久保理事長と Shore 副理事長兼研究
会合が開かれた。専門評議員会は会議を通して、放影研の
担当理事が優れた指導力を発揮しているので放影研の研究
活動に関して提供された情報を審査・討議した。
の将来は更に明るくなると考える。医用放射線使用の急増
および世界的な原子力発電の増大を考えると、放影研が独
概 略
自に実施できる重要な放射線の健康影響調査を更に拡大す
昨年の報告書でも述べた通り専門評議員会は、放影研が
る時期が来ている。専門評議員会は現在の財政緊縮の折り
世界の放射線リスク研究において卓越したリーダーであり、
においても支援政府機関からの財政支援が十分に保護され
他の機関では実施できない調査を行うのに必要な専門知
ているものと理解し、それを高く評価する。
識・集団・データセットを有していると現在でも確信して
いる。日本の厚生労働省(厚労省)および米国エネルギー
全般的勧告
省(DOE)による支援と援助、ならびに米国学士院(NAS)
専門評議員会は、二つの全体的勧告に加え、五つの特定
による研究上の助言は放影研の使命遂行にとって引き続き
事項に関する勧告をする。
不可欠である。このような支援および原爆被爆者とその家
• 研究の質:プログラム全般について懸念するのは、各調
族の方々の協力がなければ、現在のように世界中に大きな
査プログラムの正当性、優先順位および全体的な質を明
影響力を持つ研究を放影研が実施することは不可能であろ
確に説明することについてである。研究計画書(RP)で
う。
は、提案する研究の科学的論拠を明確に示す必要がある。
a)原子力利用の可能性、b)医用スクリーニングおよび
現在の科学的知識と強く関連するテーマについて調査す
治療における放射線使用の増加、c)核テロリズムの脅威、
る場合に RP に着手すべきである。すべての RP は所内
そして d)最近発生した地震と津波による福島原子力発電
審査の対象であり、この審査プロセスにおいてプロジェ
所の原子炉損傷がもたらした放射性物質の環境への放出や
クトの優先順位を付け、科学的メリットの低いプロジェ
作業員の被曝量の増加などの理由により放射線の健康リス
クトについては改定したり中止したりすることができる。
クへの国際的な関心が高まっており、放影研の使命は最近
研究成果に焦点を置き、より迅速かつ効果的な形に RP
より一層重要となっている。昨年の専門評議員会以降、こ
の審査プロセスを修正し合理化することが有益であろう。
のような懸念は強まるばかりである。放射線生物学におけ
これには、研究計画の正当性を示すために RP の中で必
る新しく興味深い基礎実験所見が得られた結果、ヒトへの
要とされる情報および科学的審査の両方にとって指針と
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第 38 回専門評議員会報告
なる枠組みを示す文書の作成が必要かもしれない。米国
4)大学やその他の機関の日本の研究者との共同研究を強
国立衛生研究所(NIH)が外部研究費補助プログラムの
化すべきであり、より多くの大学院生やポスドクフェ
評価および資金提供決定のために使用する優先度スコア
ローが放影研の他に類を見ないリソースやデータベー
を取り入れることを考慮すべきと考えるが、原爆被爆者
スを使って研究に従事するよう奨励すべきである。
調査という特別な状況下で必要とされる研究活動も一部
あることも専門評議員は認識している。
• 学際的研究:現代の科学の進歩により、多分野にまたが
る共同研究の必要性はますます増している。現在の研究
5)新たな研究成果を世界に発信するため、また放影研が
今後も成功していくためには、上級研究員が質の高い
学術誌に発表することが必須である。このような発表
を増やす必要がある。
部から成る機構は専門分野の知識・経験を培う上で必要
上でこれとは別にプログラム別の機構を設けることは有
各部の審査
疫学部
益であると考える。研究の高い質および今日的課題との
概 略
関連性を保証するためにそのような運営機構を構築する
疫学部は放影研全体の調査活動の重要な基礎を提供して
選択肢を放影研指導層が考慮するよう提案する。研究プ
おり、20 万人を超える対象者の追跡調査を行う三つの主要
ログラムのテーマは放影研全体の研究の優先順位に基づ
な被爆集団(寿命調査[LSS]・AHS・胎内被爆者調査集
いて選択されるべきであり、その時々の研究の重点を反
団)と被爆者の子どもから成る F1 集団の基盤を形成して
映させるために定期的に更新することが可能であろう。
いる。これまでに実施された調査から、造血器腫瘍と固形
ではあるが、複数の分野にまたがる共同研究を奨励する
腫瘍両方の罹患率と死亡率について極めて重要かつ必要性
特定事項に関する勧告
の高い線量反応に関する情報が得られている。しかし、
1)専門評議員会は、研究対象者の情報や生物試料に関す
2006 年末の時点で LSS 対象者の約 40%(被爆時年齢が 10
る多くの多岐にわたるデータベースを中央データベー
歳未満の対象者では 85%)が存命しており、上記集団の追
スに統合し、すべての研究部の研究員が使用できるよ
跡調査を継続することにより、今後多くの学ぶべきことが
うにするよう昨年に引き続き強く推奨する。また、放
ある。甲状腺、骨髄異形成、肝臓および心血管の疾患など、
影研のコンピューティング・ツールのライブラリに精
がん以外の疾患に対する放射線の長期影響が現れつつある。
巧でユーザーが使いやすいリレーショナル・データ
この 1 年間、疫学部は活発に活動した。現在、LSS 死亡
ベース・ソフトウェアを組み入れる必要性もある。
率調査が網羅する期間は 1950−2003 年である。解析は既
ABCC−放影研を通じて、これまでかかわりのあった
に完了し、要約データを発表する準備をしている。LSS 対
すべての対象者に関するデータすべてを簡単に検索で
象者に向けた郵便調査は 3 分の 1 が終わっており、この調
きるようにすべきである。
査によりデータベースに情報が追加され放射線影響に関す
2)放影研の最も重要かつ価値のある財産の一つに収集保
る理解が深まるであろう。郵便調査の一環として唾液試料
存されている生物試料がある。新たに収集される生物
を収集する可能性を調べた調査では回答率が低かった。胎
試料の保存スペースが近いうちに一杯になる。これら
内被爆者調査集団と F1 集団の追跡調査は 2003 年まで行わ
他に類を見ない生物試料の保存スペースを追加するか、
れており、死亡率とがん罹患率について評価されている。
またはスペースの再配分によって確保することを最優
F1 集団は 77,000 人から成る大きな集団であるが、アウト
先事項とすべきである。
カム数は比較的少ない(固形がん 418 例、造血器悪性腫瘍
3)政府から支給される研究予算には限りがあるため、上
57 例、がん以外の死亡 1,270 例)。被爆二世調査において
級研究員に外部研究資金申請の機会を与えることは重
放射線に関連したリスクは同定されていないが、対象者の
要であり、そのための事務手続きの能率化を図り時間
大部分がまだ若い上に、この調査は成人した被爆二世にお
効率を良くしていくべきである。また、国際的な学会
ける放射線の遺伝リスクについて評価できる世界で唯一の
に出席するための旅費も、基本的に優先順位の高い研
ものである。約 12 件の論文を作成中である。
究活動の予算を犠牲にしない範囲で確保されるべきで
組織学的検討を行う部位別がん調査が実施中である。こ
ある。放影研の研究員は重要な研究結果を世界に向け
の調査に含まれるのは、基底細胞皮膚癌、甲状腺がん、乳
て発表する必要があり、また放射線の健康影響に関す
がん、卵巣がん、子宮がん、肺がん、軟組織がん、骨がん、
る最新の調査に精通しておく必要もある。
および悪性リンパ腫である。その多くが米国国立がん研究
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第 38 回専門評議員会報告
所(NCI)との共同研究である。血液学的研究から多くの
持つことは非常に重要であるので、原爆被爆者の現住
成果が出されており、今年、MDS に関する新しい重要な
所を確認するために努力を引き続き傾注すべきである。
論文が Journal of Clinical Oncology に掲載され、白血病と
多くの質問票が宛先不明として返送されているので、
関連疾患に関する論文を統計部と共同で作成中である。
現住所が確認できれば郵便調査の回答率も改善すると
2005 年までのがん罹患率と死亡率の更新はほぼ完了してい
思われる。
る。病理調査が精力的に行われている。喫煙と肺がんおよ
3. 専門評議員会は、各調査集団(LSS 集団、AHS 集団、
び全疾患による死亡率の関係に関する解析がオックス
胎内被爆者調査集団、F1 集団、がん登録で網羅されて
フォード大学と共同で行われている。このような共同研究
いる連絡地区に居住していると思われる広島・長崎の
は同部の継続的な生産性の面で非常に重要である。それ以
住民)について線量分布が示され、比較されれば有益
外に、ワシントン大学、アジア・コホート・コンソーシア
であると考える。そのような情報は既に存在するが、
ム、NCI、久留米大学、九州大学、放射線医学総合研究所、
同じ線量カテゴリーに基づく単一の表は作成されてい
広島大学、長崎大学、地元病院と協力している。
ないようである。
4. 今年、国際学術雑誌に掲載された論文は、印刷中の 2
評価および批評
件を含めて 13 件である。昨年と比べ件数が増加し、質
疫学部は、昨年の勧告のほとんどに対応している。生産
の向上が認められるので疫学部にとって喜ぶべきこと
性を最大限に高めるために国内外の研究グループと共同研
であるが、筆頭著者論文が相変わらず不足しているこ
究を更に進めている。プロジェクト遂行の時間枠が記録さ
とも付言する。また、発表論文数を増加させるために
れているが、もっと詳細に示すことも可能であろう。病理
更に努力すべきである。
組織標本データベースを再構築中であるが、これは大変な
作業である。この作業にどれだけの時間を要するかは明確
5. 疫学プログラムにとって非常に重要な方法論的考察を
以下に示す。
ではない。協力や共同研究によって研究員の負担は増える
a. 遺伝リスク分野の調査の継続。病因における遺伝因
が、調査研究の進展にはこのような協力や共同研究が必須
子および環境被曝(特に放射線)との相互作用が重
であり、これまでのところ、効を奏している。
要であるので、この分野の調査を継続することを推
奨する。
勧 告
b. 唾液試料収集の協力率がなぜ低かったのかを究明し、
幾つかの勧告をするが、疫学部がこれに従えば、今より
明確にしていく必要がある。遺伝分野の今後の調査
も更に成功を収めるであろう。
研究を促進する上で、拒否率が高かった理由を知る
1. プロジェクトに優先順位を付けるべきである。するべ
ことは有益であろう。例えば、唾液試料収集の実行
き仕事はまだたくさんあるのに、「研究員」の人数は
可能性を検討する調査への協力要請に応答しなかっ
限られている。疫学部の研究員数が多くないことを鑑
た人々を加えたフォーカスグループによる討議を持
みれば、プログラム目標を注意深く計画し、最も優先
つことを検討することが可能であろう。調査に参加
順位の高い研究に重点を置くことが更に重要である。
しなかった理由に対処することができれば、遺伝因
統計部との共同体制を強化することにより、疫学部研
子とリスクの関係について今後放影研が行う研究の
究員が研究に費やせる時間を増やすことも可能になる
実施が促進されるであろう。しかし、高線量被爆者
であろう。
の多くは AHS において血液などの生物試料を既に提
2. 現在、LSS がん罹患率調査の分母が推定されている。
供している。
戸籍附票に基づいて現住所を確認することが現在制限
c. 標準化死亡比(SMR)および標準化罹患比(SIR)に
されているため、現在取得している住所が古くなって
基づく一般集団と放影研集団の率の比較。中皮腫な
いる。広島・長崎のがん登録に報告されているがん症
どまれな疾患について評価する時に、このような集
例を観察集団に正しく関連付けるには LSS 対象者の正
団比較によって別の視点が得られ、有益性が増す。
しい住所が必要である。例えば、転出は推定罹患率に
d. 集団における医用画像による放射線被曝の評価。日
バイアスを生じさせる可能性があるため懸念事項の一
本では、CT や PET スキャンのような医用画像診断
つである(古い居住歴に基づく分母は不正確である可
が急激に増大しているが、被曝量の増加による影響
能性がある)。がん罹患率調査のために正確な分母を
に加え、このように正確性を増した診断が年齢別の
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第 38 回専門評議員会報告
リスク係数にどのような影響を与えるかは不明であ
作業の質に関する評価法について詳論することも重要であ
る。
ろう。インフォーマル会議において、Cullings 部長から進
6. 専門評議員会は、疫学部と統計部との協力が不十分で
行中の解析作業についての討議を促進するために毎週開か
あると考える。両部は同様の関心を共有しており、疫
れている部内会議について説明があった。同部長は、統計
学部が統計部の専門知識を大いに活用することが重要
部の研究員全員が様々な調査グループに関与しており、担
である。
当者の決まっていないプロジェクトを適切な統計研究員に
要約すれば、専門評議員会は疫学部が現在傾注している
割り当てるという自身の役割について説明した。専門評議
努力を称賛し、放影研の調査活動全体において疫学部は重
員会は昨年の批評の中で、「オミクス」技術から生み出さ
要な役割を果たしていると評価する。
れるデータの解析に関する専門知識を得るよう具体的に勧
告しているが、統計部は既にそのような解析をするための
統計部
専門知識を有している。しかし、残念ながらまだ放影研の
概 略
他の研究部の研究員による「オミクス」調査が完了してい
統計部には二つの重要な役割がある。一つ目が、放影研
ないことが同部との話し合いの中で指摘された。
の他の部の研究員に対し統計コンサルティングを提供する
報告書の重点は、新しい統計手法を構築することを目的
こと、二つ目が、新たな知見を提供したり放影研で実施さ
とした一連の調査に置かれている。最初のプロジェクトは、
れる調査のデザイン・解析をより強固なものにする統計手
地理情報システム(GIS)技術における最近の進歩を利用
法について独自の研究を行うことである。Harry Cullings
して原爆投下時の被爆者の位置を地図上でより正確に示し
部長が指揮する統計部には 8 人の研究員がおり、そのうち
被爆者の被曝線量の精度を高めるための作業である。この
の 7 人が博士号を持っている。同部には研究助手が 2 人い
作業には、Cullings 部長、大久保理事長、国土地理院の専
る。会議資料には、過去 1 年間の業績や将来プロジェクト
門家や米国の専門家が関与している。学術誌に投稿または
がリストされており、優先順位が高いと思われる方法論研
掲載された 3 件の論文について報告があった。当該プロ
究に関する特定のプロジェクトについて記述された 5 カ年
ジェクトが重要かつ生産性が高いことは明白である。専門
計画が含まれ、現在までの進捗状況や将来計画など、より
評議員会は、線量推定は放影研統計部が果たすべき極めて
詳細な説明が提供されている。
重要な役割であると考える。統計部は、線量の精度を高め
ることによって種々の放射線影響調査の結果に影響がある
評価および批評
かどうか慎重に考慮する必要がある。二つ目は、グループ
統計部の発表論文から、主要な活動が共同研究であるこ
データに基づく既存のポアソンモデルではなく、放射線量
とが示唆されたが、これについては研究員との会議におい
をすべての主要ながんに関連付ける研究から得られた個別
て確認された。文献には 26 件の論文がリストされており
データにベイズモデルを使用するプロジェクトである。考
(2010 年に出版済みまたは印刷中)、そのうちの 7 件で統計
え方としては、この方法により線量推定値が変わる可能性
部研究員が筆頭著者である。これは放影研における広範な
があり、不確実性についてより現実的な推定値(より幅の
調査プログラムに同部が大きく関与していることを示して
広い信頼区間)を提供できるような更に改善したモデル化
いる。現在特に重要な分野として、新たに構築されている
が可能となるということである。当該プロジェクトは、マ
疫学調査デザイン(2 段階症例対照調査、case-specular デ
ルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)法のコンピュータ負荷
ザイン、case-crossover 研究など)がある。放影研統計部
の問題で幾分行き詰まっているようである。三つ目は、メ
研究員はこれら調査デザインに精通すべきである。コホー
タボリック症候群の診断に必要な胴囲に関する外部研究者
ト内で行われる症例対照調査で使用される逆確率サンプリ
が積極的に関与しているプロジェクトである。残念ながら、
ング法について理解することも重要である。このような手
初期の質問票に胴囲は含まれていなかった。基本的に、メ
法を放影研の調査に応用するには疫学部および外部の生物
タボリック症候群調査において、後に得られた胴囲データ
統計学の専門家との協力が必要である。
を用いて過去の胴囲を推定することを目標としている。期
今後の報告において、目に見える統計部の成果(出版論
待していたものとは異なる結果が見られたため、この差異
文、新しい RP への関与など)に加えて、統計分野の協力
の理由を究明するための計画を立てているところである。
に関する同部の組織的側面、放影研各研究部の調査活動に
統計部はこのプロジェクトと放影研の使命との関連性につ
対する同部の関与範囲、および所内(部内)における統計
いて考慮する必要がある。この問題について最近 4 件の論
2010−2011 年報 21
第 38 回専門評議員会報告
文がある(会報が 2 件、単行本の中の章を成すものが 1 件)
勧 告
ので、これも積極的に進められているプロジェクトのよう
• 統計面の協力:統計部の全体的な使命において共同研究
である。四つ目は、LSS 集団から得られた結果が発がんの
は高い優先順位を与えられるべきである。評議員会は、
理論的モデル(Moolgavkar 2 段階突然変異モデル)から予
統計部が積極的に統計コンサルティングを提供し早い時
測された結果と一致しているかどうかを究明するプロジェ
期から調査デザインに関与していることを評価する。統
クトである。当該プロジェクトは進行中であるが、まだ結
計部との話し合いの中で、同部には広範囲な専門知識が
果は出ていない。
「因果モデル」プロジェクトの目標は、放
あり、現在の統計部員のいずれかが有する専門知識を駆
射線と白内障罹患との関係に対する炎症の関連性(仲介影
使してほとんどのタイプの解析に対応することができる
響として)を調べることである。過去の結果は三つの因子
ことが見て取れた。しかし、専門評議員会は疫学部との
すべてが関連しており、「炎症による仲介部分はすべての
協力が不十分であると考える。両部は同様の関心を共有
放射線影響の約 7%を占める」ことを示しているが、それ
しており、疫学部が統計部の専門知識を大いに活用する
に関する論文は発表されていない。疾患罹患後に比較的短
ことが重要である。新たな統計手法が絶えず構築されて
い期間しか追跡調査されていないグループの長期生存につ
いる中で共同研究の有効性を増大させるためにも、統計
いて予測する新しい生存解析法を構築するためのプロジェ
部研究員が当該分野における重要な進歩について最新の
クトもある。この解析法では、基準集団の人口動態記録の
情報を得ておくことは重要である。
年齢・性をマッチさせたデータから得たベースライン生存
• 方法論の研究:統計学的方法論に関する独創的な研究を
推定値を使って増補したパラメトリックモデルを用いる。
引き続き重要な目標とすべきである。これは、統計部研
これについてまだ結果は出ておらず、論文もまだ発表され
究員が当該分野の進展における関心を持ち続けるため、
ていない。推定放射線量における不確実性の影響を解明す
知的環境を活性化するため、また理想的には同部への認
るためのプロジェクトについて説明があった。これについ
知度を高めるために必要である。これについては、高い
ては、「操作変数」解析について簡単に言及があった以外
価値があり、成功する可能性が高いプロジェクトに重点
に当該目標をいかに達成するのかという方法について十分
を置くべきであり、放影研の調査研究によって動機付け
に詳細な説明はなかった。最後に、中間アウトカムの「仲
られねばならない。2010 年には、11 件の筆頭著者論文
介」に関する問題について対処するための解析法を綿密に
が発表されており(または印刷中)、そのうち 3 件は統
計画するプロジェクトがある。ここで言うアウトカムは放
計学の学術誌に発表されている。これは昨年の専門評議
射線被曝に起因するアウトカムのことであり、後に発生す
員会の勧告に対して十分に対応していると言える。
るがんのリスクも示し、例えば HBV 感染と肝細胞癌、慢
• 学究的アウトリーチ:他研究機関の生物統計学の専門家
性炎症などが含まれる。この調査は、パス解析、回帰代入
へのアウトリーチに更に力を入れることにより知的環境
法、全尤度法など種々の統計法を比較する形で進められる
を強化することが可能である。このような共同研究の幾
ようであり、これらは構造方程式モデルに基づき比較され
つかは進行中であるが、このような共同研究は今後全般
る。当該プロジェクトは進行中であるが、論文も報告書も
的に奨励されるべきであり、その目標としては、研究の
まだ発表されていない。
生産性の強化、統計部の外部資金の調達が挙げられる。
上記プロジェクトは進展度、科学的メリット、生産性の
統計部はワシントン大学、フレッド・ハッチンソンがん
面で種々様々である。プロジェクト全体としては潜在的に
研究センター、バッファロー大学、ペンシルベニア州立
価値があると思われるが、若干の優先順位付けが必要であ
大学、南カリフォルニア大学および多くの日本の大学の
ろう。しかし、会議中に発表された三つのプロジェクトに
専門家と積極的に共同研究を行っている。また専門評議
ついては更に深く討議され、当該プロジェクトは価値ある
員会は、学会と学界全般および日本政府に対して貢献す
貢献をしている。過去においてプロジェクトの完了を促進
ることの重要性を強調したい。学会において研究成果を
するために外部専門家の協力を得る方策が採られ良い効果
発表することは、若手研究員採用につながるので、優先
が得られており、当該リストに挙げられている優先順位の
事項とすべきである。学生インターンシップを奨励する
高いプロジェクトの一部についてこの方法を採用すること
ことは、研究のアウトプットの増大、統計部の認知度の
が有益かもしれない。
向上、および研修生に貴重な経験を提供するという観点
から有益であろう。
• リーダーシップ・使命:統計部の目標全般について明確
2010−2011 年報 22
第 38 回専門評議員会報告
に示す計画記述書の作成は有益であろう。この記述書で
関連に関する貴重な情報を提供している。肝細胞癌(HCC)
は、現行および将来の統計コンサルティングの必要性に
と白内障の研究は特に注目に値する。肝炎ウイルスの感染
応える能力、若手研究員の指導、統計部職員のキャリア
(HBV および HCV)の有無に関係なく認められる HCC の
開発について述べるべきである。統計部にとって独立し
リスクの増加を、AHS のコホート内症例対照調査によって
た研究を行うことの価値および個々の研究員が昇任のた
解析した。HBV・HCV 感染、喫煙、飲酒について考慮す
めに実施すべき独立した研究の範囲を明確に示す方針が
ると、HCC リスクは放射線量と共に増加した。将来の HCC
あるべきである。独立した方法論の研究は放影研におけ
予防の観点から同じ試料を用いて、コーヒーや運動など
るキャリアとしては必須ではないかもしれないが、最終
HCC の予防因子について調べるべきである。
的に大学に戻り研究に従事したいと考えている研究者の
様々な炎症バイオマーカーやアテローム性動脈硬化症・
キャリア開発にとっては非常に大切であることを認識す
動脈硬化症リスクと放射線量との関係を調べるために一連
べきである。
の横断調査が実施されている。調査対象のバイオマーカー
や指標の数が多すぎるかもしれない。考え得る関係の因果
臨床研究部
推論に関する概念的枠組みについて再度評価する必要が恐
概 略
らくあるのではないだろうか。
非常に充実した内容の放影研年報において、臨床研究部
は広島に 5 人、長崎に 4 人、計 9 人の研究員がいると報告
勧 告
している。昨年の専門評議員会の勧告への対応として、藤
• 心臓病学の専門医を獲得すべきである。
原部長は優先順位について取り組むために広島・長崎の臨
• 国際的な英語の学術誌に RP に基づく筆頭著者論文を掲
床研究部が 1 日戦略計画会議を開いたと述べた。専門評議
員会は、心臓超音波検査機器が調達されたと聞き喜んでい
る。これからは、トレーシング結果の解釈をする臨床心臓
専門医が診察に従事しなければならない(心室ストレイン
など、高度な解釈が必要とされる場合は特に)。当該検査
載することに優先順位を置くべきである。
• 結果の解釈においてすべての交絡因子を検討すべきであ
る。
• すべての関連性調査について十分な理由付けを行うべき
である。
機器が使用可能となったため、腹部大動脈の測定を一部の
研究計画に追加することが可能になると思われる。2010 年
1. AHS
に発表または印刷中である論文数は 34 であり、そのうち、
LSS では、がん罹患率および死因別死亡率の情報が得ら
臨床研究部の研究員が筆頭著者であるものが 13 件、最終
れる。LSS のがん罹患率調査は、分母の推定や交絡因子を
著者であるものが 16 件である。3 件は単行本の中の章とし
考慮する際に不確実性があるために、限界がある。AHS を
て発表され、7 件は日本語の学術誌に掲載、13 件は関連し
継続し、交絡および影響修飾について考慮しつつ様々な疾
た RP がない。RP のリストによれば、全体として延べ 12.4
患および発病前の状態に対する放射線の影響について明確
人の研究員と延べ 57 人の技師・事務職員が関与しており、
にしていくべきである。AHS の対象者は合計約 15,000 人
そのうち、四つの基盤計画書に延べ 5.2 人の研究員と延べ
であるが、現在は、約 4,900 人の対象者が 2 年に一度実施
54.5 人の技師が関与している。8 件の RP の日付は 2009 年
される健診に参加している。最近、被爆時年齢が 10 歳未
と 2010 年になっており、新たな取り組みが十分に行われ
満の若年被爆者 1,960 人が AHS に追加された。
ていることを示している。延べ 2.27 人の研究員と 0.75 人
の一般職のみで実施されている 17 件の研究計画から発表
勧 告
されている論文数は 11 件に過ぎず、論文が全く発表され
• 健診要請、健診およびデータ編集といった日常業務に十
ていない研究計画が 7 件ある。開始されて 5−7 年が経過
分な支援が必要である。重要な遺伝解析を行うためのイ
している RP については中止を検討する必要があるかもし
ンフォームド・コンセントの取得は、AHS と F1 臨床調
れない。15 件の研究成果の発表が日本で開かれた学会で行
査のみで可能である。
われており、海外の学会での発表は 7 件しかない。国際学
会発表のための海外出張に優先順位が与えられることが望
2. F1 臨床調査(FOCS)
まれる。
約 12,000 人の原爆被爆者の子どもが 2002 年から 2006 年
AHS は、罹病率および生化学的測定値と放射線被曝との
に実施された健診調査に参加している。当該調査では、成
2010−2011 年報 23
第 38 回専門評議員会報告
人期に発生する多因子性疾患に対する放射線の影響は見ら
家族集積性がいずれかの放射線影響に寄与していないかど
れなかった。具体的に言うと、2002 年から 2006 年にかけ
うか。
て 11,951 人の原爆被爆者の子どもを対象とし、父親の線
臨床研究部は、将来の人材養成のために、同部の研究員
量・母親の線量・両親の合計線量に基づく多因子性慢性疾
のような放射線影響研究を指向した優秀な研究者兼医師を
患のリスクについて横断的解析を行っており、親の放射線
確実に世に送り出していく責任があることを考えてほしい
被曝による個々の疾患リスクの増加を示す証拠は見られな
(例えば、医学部の学生や研修医に研修の機会を与えるな
かった。個々の多因子性疾患の診断の正確性を明確にする
ど)。1 名の若手医師が疫学においてより正式な研修を受け
必要性がある、平均年齢がまだ若い(<60 歳)ために症例
ることを望んでいる。
数が限られているなど、当該調査において解決すべき問題
感覚器官の一つである眼について所見が得られているが、
が幾つかあるので、追跡調査を継続すべきである。
もう一つの感覚器官である耳についても調査を実施できな
いだろうか。専門評議員会は、臨床研究部が被爆者および
勧 告
被爆者の子どもと放影研の接点であることを考え、地域社
• 被爆二世はまだ若いので、更に追跡調査を行うことを強
会に根ざした参加型の調査研究(対象集団が調査研究の真
く提案する。この種の調査は世界中のどこでも行われて
のパートナーであり、実施する本格調査の課題の特定や優
いないということに注目しなければならない。
先順位の決定にまで参加する)という概念について検討し
てほしいと思う。これについては、唾液試料収集の要請に
3. 白内障
対して応答率が低かった理由を明確にしていく過程でその
放射線が白内障の有病率の増加と関連していることは過
ような調査研究の実例が見えてくるかもしれない。地元連
去の AHS から分かっている。白内障に関する前向き調査
絡協議会に被爆者、被爆者の子ども、またその配偶者を加
は 2010 年 8 月に開始したばかりである。前向き調査それ
えることによって、そのようなプロセスを開始し、明確に
自体が重要であり、組織の保存も放射線誘発の白内障(そ
することが可能かもしれない。
の他の白内障に関しても)の発症機序を明確にしていく第
幾つかのまれな単一遺伝子の形質を持つ症例が同定され
一歩として貴重であると言うことができる。専門評議員会
ていることを聞き満足している。そのような症例によって
は、組織試料の収集はまだ実施可能性を調べるための第一
肝がんや結腸がんおよび心不整脈のようなよく見られる疾
段階にあると理解しているので、収集の継続および収集組
患の発症について明らかになるかもしれないので、全体的
織の使用についての明確な基準が早急に設けられることを
に見ればそれほどまれではないこのような疾患について認
望む。組織試料を用いて具体的にどのような調査をするの
知し十分に認識するよう臨床医は徹底しなければならない。
かということが明確に示されていない。
また、個々の対象者で観察された結果をすべて統合するこ
とによってそのような認識を徹底することが可能であろう。
勧 告
専門評議員会は、多くの研究対象のエンドポイントにおけ
• 水晶体組織収集の第一段階を成功させるために基準を明
る主要な交絡因子である家族歴の収集が始まったことを喜
確にし、実行していくべきである。
ばしく思う。専門評議員会は、男性の前立腺がん患者 4 人
のうち、3 人において除睾術後の心電図のブルガダ型異常
全 般
に改善が見られたことなど、予期せぬ臨床結果の偶然の発
専門評議員会は、報告書およびインフォーマル会議で行
見を評価し、大切だと考える(そしてもっと奨励すべきと
われた 8 件の発表(すべての別刷り論文を読んだわけでは
考えている)。
ない)について審査し、交絡因子や他に考え得る説明につ
いて考慮する上で限界があるのではないかと感じた。例え
勧 告
ば、なぜ閉経後の女性では放射線と共にエストロゲンとテ
• 結果の解釈においてすべての交絡因子を検討すべきであ
ストステロンの値が高くなっているのか、家族歴やヘモク
る。
ロマトーシスで HCC に対する放射線影響を説明できるか
• 若手部員の研修に力を入れるべきである。
どうか、BRCA1/2 または TP53 の突然変異で胎内被爆者集
• FOCS の健診対象者を調べる可能性も含め、F1 の先天異
団に見られた乳がん症例を説明できるかどうか、介入性の
常について徹底的に再考することに高い優先順位を与え
医療診断被曝、単一遺伝子型(メンデル型)疾患、または
るべきである。
2010−2011 年報 24
第 38 回専門評議員会報告
• 聴覚障害やメンデル遺伝疾患の全面的調査、また被爆者
グループは、互いに補完するだけでなく互いの研究を促進
団体が推薦する研究テーマなど、新しい研究テーマにつ
し合いながら機能してきた。被曝および非被曝の対象者か
いて考えるべきである。
ら入手した生体試料がほとんどの研究の基礎となっている。
全般的には同部の研究は、放影研の使命に沿っている。特
放射線生物学/分子疫学部
に NIAID 資金によるプロジェクトについては、新たな課
概 略
題が取り上げられており、新しい技法が開発・適用されて
放射線生物学/分子疫学部(楠部長および林副部長)は
いる。
主に二つの研究室から成っている。免疫学研究室には室長
過去 60 年の間、放射線発がんの中心的定説は、放射線
を務める林副部長を含め 6 人の研究員がおり、細胞生物学
が誘発した DNA 損傷ががんの発生・進行にかかわる突然
研究室には濱谷室長を含め 4 人の研究員がいる。中地前部
変異を引き起こすという単純な仮説であった。しかし同部
長は 3 年前に退職し、現在は NIAID プロジェクトのプロ
の免疫グループの作業仮説は、この定説と必ずしも相反す
ジェクト代表研究者を務めている。15 件の本格 RP、7 件
るものではないが、この定説の代わりとなる新たな考えに
のタイプ A RP と予備調査が実施されている。15 件の本格
基づく。その仮説は、後影響としてのがんとがん以外の疾
RP のうち、2010 年に論文が発表されたのは 2 件だけであ
患両方の発生において放射線が誘発した免疫老化が主要な
る。RP の中には「前世紀」から継続しているものもあり、
役割を果たし、広く加齢を促進するというものである。現
科学的論拠や放影研全体の優先順位に基づく RP の再評価・
在免疫学研究室は、原爆被爆者の免疫老化の加速に焦点を
再組織化を検討する必要がある。更に一部の RP は研究に
当てている。インフルエンザワクチンに対する応答に関す
基づくものではなく、試料の収集・保存を支援するもので
る放射線と加齢の影響の試行調査から、若年者と高齢者の
ある。このような活動は研究部によって実施されるべきで
ボランティアの間にインフルエンザワクチンへの応答に差
はなく、専門の支援部課により実施されるべきである。試
があることが分かっており、当該調査を拡大して放射線被
料・検体の収集や保存をまとめて担う部門が必要であり、
曝の影響の可能性について調べる。個人の免疫・炎症状態
放影研全体を考えても有益であると考える。
を評価することを目的とする総合スコアリングシステムを
昨年報告されたプロジェクトの幾つかについては、今年
構築するために、数多くの免疫マーカーの測定も行われて
はその進捗状況の報告がなかった。恐らく部内の優先順位
いる。遺伝子別メチル化およびグローバルなメチル化のパ
が変わったためであろう。具体的に言えば、扁平細胞肺癌
ターンと年齢・放射線被曝の関係を調べる調査も開始され
のエピジェネティックな変化の調査、AHS のがんに関連す
た。しかし、これらの調査を将来的にグローバルなエピ
る一塩基多型(SNP)の全ゲノム関連解析(GWAS)の試
ジェネティック研究へ展開していくつもりなのか、またど
行調査である。放射線被曝後のグリコフォリン A(GPA)
のようなテーマに焦点を合わせてそのような調査を進めて
突然変異率の増加と特定の 53BP1 ハプロタイプの間に関
いくのかが完全には明らかではない。
連が見られたのに ATM や NBS1 ハプロタイプとの間には
細胞生物学研究室は、数種類のがんにおけるエピジェネ
関連が見られなかった研究について今年も発表があった。
ティックな変化とゲノム変異を解析することにより、放射
しかし p16、LIG4、XRCC4、または MRE11 などの関連遺
線被曝と発がんの関係に主な焦点を当てている。同研究室
伝子における多型については、昨年の専門評議員会の勧告
は、BRAF 点突然変異や RET 再配列が見られない甲状腺が
に対する同部の対応では考慮すると述べられているにもか
んでは ALK 再配列が被爆者において多く発生しているこ
かわらず、それに関する情報は含まれていなかった。
と、および今日までに解析された ALK 再配列のほとんど
同部の研究の主な焦点は、放射線が誘発した悪性および
が ALK-EML4 融合蛋白質を生じさせるものであるという
非悪性疾患の分子的基盤を確認することであり、現在は、
知見を得た。このような知見は、染色体の再配列が放射線
免疫老化と疾患発生のエピジェネティックな機序に力点を
に誘発された甲状腺がん発生において重要な役割を果たし
置いている。同部が設立された時にこの二つの研究室から
ていることを明白に示しており、ALK-EML4 融合蛋白質に
成る構成も作られた。その時から、同部は二つの互いに補
特異的な生物学的影響を更に調査すべきである。もう一つ
完する分野の研究を続けている。原爆被爆者における放射
の新たな知見は、原爆被爆者の大腸がんにおけるマイクロ
線誘発がんに関連する分子事象の解析が細胞生物学研究室
サテライト不安定性の関与についてであり、この関与は試
の主要な課題である。免疫学研究室は、がんとがん以外の
行調査によって明らかになった。
疾患発生における免疫機序のかかわりを調査している。両
2010−2011 年報 25
第 38 回専門評議員会報告
評価および批評
ような方法が魅力的である一方で常に実施可能である
2010 年に同部の研究員は 8 件の論文を英語の学術誌に発
わけではないことも認識している。
表しており、昨年の 13 件に比べ論文数は減少した。これ
6. 生物試料の収集・保存は、個々の研究部門の責任で行
らのうち 5 件が放影研の RP に関係していた。8 件のうち
うのではなく、専門の支援部門において統一して行う
4 件では同部の研究員が筆頭または最終著者であり、すべ
べきである。
て RP に関連している。加えて四つの論文(同部の研究員
が筆頭著者であるものが 2 件と共著者であるものが 2 件、
遺伝学部
すべて関連する RP がある)が 2010 年に投稿され、レビュー
概 要
を受けている。過去 1 年間の発表論文数の減少傾向を逆転
最近採用された審査形式に従い、遺伝学部は専門評議員
させるべきであり、国際的な学術誌に筆頭著者論文を発表
会による詳細な審査の対象ではなかった。簡潔に言うと、
する重要性を強調すべきである。この 1 年間に同部の研究
遺伝学部(児玉部長)には細胞遺伝学研究室(野田室長)
員は国内外の学会においても多くの発表をしている。この
と遺伝生化学研究室(小平室長)の二つの研究室があり、
ような活動は、意見の交換や放影研の知名度維持および使
研究員 5 人と任期付研究員 3 人を含む合計 8 人の研究メン
命遂行のためにも重要である。
バーがいる。中村主席研究員は 2006 年に定年退職を迎え
たが、遺伝学部の調査研究デザインについて包括的な助言
勧 告
を提供している。
1. 放射線生物学/分子疫学部は、発表論文数の維持およ
初日の全体会議での概要説明に加え、インフォーマル会
び増加―特に英語の学術誌への筆頭著者論文の発表―
議では現在のプロジェクトの進捗状況を報告するために一
に重点を置くべきである。
部の専門評議員に対して幾つかの短い発表が行われた。
2. 試行調査においては、調査をこれ以上継続すべきでは
佐藤研究員が、被曝した父親や母親を持つ F 1 集団の将
ないと判断するのはいつか、また試行調査の結果から
来的なシークエンシングについて広範囲にわたり発表した。
より規模の大きな本格調査に向けて成功の可能性が高
考え方としては、最終的なシークエンシングのためにフ
いと判断するのはいつかを明確に示す基準を取り入れ
ローソートした 19 番染色体を分離するというものであり、
るべきである。試行調査の結果に関係なく大規模本格
まず最初に長距離のハプロタイプ決定法を示した。
調査を開始するのであれば、調査を開始する前に、実
最も興味深い発表の一つは平井研究員が示したデータに
験的研究方法を改良していく上で試行調査が果たす役
関するものであった。平井研究員は、放射線の直接影響が
割について明確にすべきである。更に、統計検出力の
見られた線量領域を超えた距離では、歯エナメル質の電子
計算は、どのような調査でも新規に開始する時は調査
スピン共鳴(ESR)シグナルと広島の爆心地からの距離の
デザインの中に組み入れるべきである。
間に相関がないことを強く示すデータを発表した。この
3. 甲状腺乳頭癌(PTC)で見られた ALK 再配列が持つ
データにより、放射性降下物が吸収線量のかなりの部分を
生物学的意味について、発がんにおけるその役割を明
占めるという概念が払拭される。
確に示すために調査する必要がある。ALK 遺伝子の再
浜崎研究員から過去に見られた現象について発表があっ
配列を持つ哺乳類の細胞すなわちトランスジェニック
た。それは、照射母親ラットのリンパ球における染色体の
マウスの確立に高い優先順位を与えるべきである。
転座頻度が線量に依存して増加するのに対し、そのような
4. インフルエンザワクチンの試行調査では、各対象者の
線量依存性が胎児には見られなかったという現象である。
過去の感染とワクチン接種歴を慎重に評価すべきであ
少なくともげっ歯類については、胎児における反応の欠如
る。
は組織に依存しており、T 細胞に特有であるようだ。
5. 複数の候補遺伝子に関する複数の SNP タイピング、全
野田研究員が、体細胞と生殖細胞における放射線誘発性
ゲノム SNP タイピング、全ゲノムアレイを用いるメ
の in vivo 突然変異に関する調査に有望であると思われる、
チル化アッセイ、また外部の大学や研究所との共同研
優れた GFP-HPRT レポーター突然変異システムを用いた
究など、より包括的な研究方法について考慮し、適切
ノックインマウスモデルの進捗状況について報告した。同
であると思われる場合は促進すべきである。しかしそ
研究員は、残存する放射線損傷について究明するために修
のような多重比較研究については必ず適切な統計検出
復されない DNA 損傷を用いる可能性も調べている。
力を得て実施せねばならない。専門評議員会は、この
高密度比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)アレ
2010−2011 年報 26
第 38 回専門評議員会報告
イを用いる 2 件の興味深い研究について報告があった。一
と述べられたが、それについて二つの疑問がある。一
つ目は、Illumina のビーズチップアレイシステムを用いる
つは、同部がもたらす変更によって線量推定値の正確
高橋研究員のプロジェクトであり、二つ目は NimbleGen
性が増したかどうかをどのように評価するのかという
の 200 万プローブアレイを用いる浅川研究員のプロジェク
こと、もう一つはそのような変更が他の研究結果やリ
トである。後者の発表は、コピー数変異(CNV)解析に関
スク評価に影響を与えるのかどうかという疑問である。
する当該システムのアーチファクトの種々の原因を取り除
もしそのような影響がなければ、この課題をなぜ部の
くという点で特に印象的であった。
重点課題としているのか、またどのようにして重点課
題とするのかが明確ではなく、見直すべきではないだ
評価および批評
ろうか。
2010−2011 年に、遺伝学部は幾つかの学会抄録と約 10
4. 次世代 DNA シークエンシングの使用:手法を検証す
件の論文を発表している(または印刷中である)。その中
る第一歩として、セルソーターで分離した 19 番染色
には査読学術誌に発表されたものもあり、すべてが特定の
体と全エクソンのシークエンシングが計画されている。
RP に関連している。遺伝学部の生産性は高いと判断する。
将来的に数多くの家族から収集した試料について大規
次年度にはより広範な審査が行われるが、遺伝学部は概し
模なシークエンシングを行うための長期計画を立てる
て正しい方向に進んでいるようである。
ことも考慮すべきである。
5. 高密度マイクロアレイを用いる CGH 研究(浅川・小
勧 告
平):マウス系統における高密度マイクロアレイを用
1. 遺伝学部は依然として放影研の強みの一つであり、新
いたモデル CNV 解析法により遺伝学部においてこの
たな技術の導入により、使命指向型の研究環境の中で
技法は確立された。当該技法は原爆放射線影響の調査
基礎科学研究がいかに成果を上げることができるかを
に応用できる状態である。
示している。遺伝学部では、中村主席研究員が部長職
6. 広島において MDM2 SCP309(G/T)頻度に有意な差
を退いてからやや流動的な状態が続いているようであ
が見られたことにより、原爆被爆者の早発性乳がんで
る。中村主席研究員のプラスとなる影響が依然として
は p53 に依存した経路により仲介された DNA 損傷応
感じられる中で、同部の長期的安定を確保するために
答を変える可能性が示唆された。しかし、長崎の生物
指導者の立場を強固なものにする必要がある。
試料による調査ではこのような結果は見られなかった。
2. 移行の時期にあるとは言え、遺伝学部は放影研の活動
全体における遺伝分野のアドバイザーの役割を担うべ
この問題に対処するために、乳がんの病理学的サブタ
イピングを行うべきである。
きであり、遺伝学・ゲノム学における驚くべき進歩に
ついての情報をもたらし、それらを利用可能にし、放
広報
影研の使命遂行に応用することを考えるべきである。
放影研について理解してもらおうという寺本常務理事が
例えば、焦点を絞った遺伝マーカー研究のメリットと
掲げる目標に沿って、広報活動は今年飛躍的な躍進を遂げ
ごくわずかな追加予算で実行できる全ゲノム研究の概
た。この数年間に専門評議員会が出した提案に対して寺本
念について考える、ターゲットを絞るよりも全ゲノム
常務理事がよく対応してくれたことに感謝する。放影研の
のシークエンシングについて考える、一部ではなく全
ような崇高な事業には、今回寺本常務理事が成し遂げた成
体的なエピジェネティックアッセイについて考えると
果が当然値するものであり、放影研指導層および研究員―
いったように、ごく初期の段階であっても RP の概念
今年は特に児玉・中村・Douple 主席研究員―からの支援
開発の問題に取り組むことができるかもしれない。放
があったことは疑いのないところである。Douple 主席研
影研の使命、リソースおよび機会について米国国立ヒ
究員は、2010 年、原爆記念日のある 8 月に放映された米国
トゲノム研究所の 5 カ年構想(Nature 2011 年 2 月 10
ナショナル・ジオグラフィック・テレビの 1 時間の特別番
日号 470:204–13)を検討すべきである。そのような
組に出演した。その他の大きな成果としては、原爆資料館
リーダーシップを促進するために、国際的なヒトゲノ
での放影研の展示、米国の三つの研究所の視察、新たに始
ムに関する会議に出席し要約を発表することが非常に
まった放影研の市民公開講座、恒例のオープンハウス、学
重要である(例:今年は国際人類遺伝学会議がある)。
生のための施設案内が挙げられ、これらの努力を継続すべ
3. 本会議の発表の時に線量推定の改善が重点課題である
きである。上級研究員は、Lancet、Science、Nature、New
2010−2011 年報 27
第 38 回専門評議員会報告
England Journal of Medicine など、科学・医学分野の国際
的な有名学術誌に 4 年ごとに科学論文の要約を掲載するこ
とにより、この活動を更に支援することが可能であろう。
ホームページの閲覧数やイベントの参加者数を正確に把握
していることを高く評価する。専門評議員会は、放影研が
重要な研究成果を発表する際によくまとめられたプレスリ
リースの文書を作成することに力を入れるよう勧告する。
今後の活動の方向性としては、放影研からのメッセージ
を広く発信するために厚労省・DOE・NAS の広報・メディ
ア担当部門と協力すること、ニューヨークタイムズやワシ
ントンポストなどの主要新聞社(米国での関心や認知度を
維持するため)またはその他世界各国の主要新聞社を引き
込むことが挙げられる。また放射線医学・放射線腫瘍学の
研修医、生物医学の大学院生、または医学部の学生を対象
とした放射線疫学・防護に関するカリキュラムを(外部資
金を得、教育専門家と協力して)立ち上げるといったこと
も含まれる。博物館での展示の巡回も(主催博物館側の経
費負担によって)可能ではないだろうか。
2010−2011 年報 28
ワークショップ報告
ミニワークショップ:放射線の肺がんリスクに及ぼす喫煙の影響
2011 年 2 月 4 日 広島研究所
主席研究員 中村 典
上記の会議が 2011 年 2 月 4 日(金)午後から放影研講
堂で開催された。
効果)。
⑥ラドンはガスだけでなく空気中の塵に付着して肺に吸着
この勉強会は、甲斐倫明先生(大分県立看護科学大学)
もする。また a 線の飛程も短い。従って、肺のどの部分
と、丹羽太貫先生(元放射線医学総合研究所)の提案によ
に影響しているのか評価は難しいと思う(もし幹細胞が
り実現の運びとなった。その背景としては、2009 年に国際
気道表面から数細胞もぐった位置にあれば細胞が被曝し
放射線防護委員会(ICRP)によりラドンの影響が再評価さ
ない可能性もある)。
れた際、ラドン濃度は同じでも喫煙者では肺がんリスクが
大きいことをどう記述するかで議論があったこと、そして
以上を踏まえて、喫煙と放射線の相互作用を考えてみた。
昨年は、原爆被爆者の肺がんでも喫煙者(ヘビースモー
原爆放射線の影響:原爆放射線は肺に一様に影響を及ぼす。
カーを除く)では放射線のリスクが大きいという研究成果
被曝により増加するのは SC と言われているので、SC は喫
が発表されたこと(古川らの論文)もあった。そこで、放
煙と同様に放射線に対しても感受性が高く、反対に Sq と
射線と喫煙の相互作用を細胞レベル(幹細胞)で理解した
Ad は放射線に対しては感受性が低いと考えられる。
いという希望もあった。
ラドン a 線の影響:ラドン被曝の場合も増えるのは SC と
大久保利晃理事長による「歓迎あいさつ」に続いて講演
言われている。だからラドン(とその娘核種)による a 線
に入り、小笹晃太郎疫学部長による「日本人肺がんのトレ
は SC の発症母体である幹細胞まで届いているということ
ンド」、古川恭治統計部研究員による「被爆者の肺がんと
になる。Sq と Ad は、もし a 線が届いていたとしても放射
喫煙」、多賀正尊放射線生物学/分子疫学部研究員による
線感受性が低いことで説明が可能だ。
「試行調査:原爆被爆者の肺がんにおけるジェネティック
放射線と喫煙の相互作用:原爆放射線被曝の場合でもラド
およびエピジェネティック変化」と続いた。そしてコー
ン被曝の場合でも、放射線と喫煙は各々単独で作用するよ
ヒーブレイクをはさんで、石川雄一博士(癌研究会癌研究
りも組み合わさった場合の方が、影響が大きい(1 + 1 =
所)による「日本人の肺がんの現状:日本人肺がんの特徴
2 よりも大きくなる)。ただし喫煙によるリスクは放射線の
と表現型−遺伝子型関係」、甲斐博士による「多段階発が
リスクと比べて格段に大きいので、喫煙側から見たら放射
んと肺がんリスク」、秋葉澄伯博士(鹿児島大学)による
線は対等なパートナーではない。それを承知で放射線の側
「屋内ラドンと肺がんリスク」そして Charles Land 博士(元
から見れば、パートナー(喫煙の影響)が強力なだけに、喫
米国国立がん研究所)による「放射線と喫煙による肺がん
煙影響の中ではトップでない SC であっても、受ける影響
のリスク」について講演が行われ、最後に締めくくりの総
は大きい。放射線と煙の中に含まれる化学物質は、DNA に
合討論が行われた。
及ぼす傷害や細胞刺激作用が異なるので、多段階の発がん
既に明らかになっている事実を整理しておくと、
過程で互いに足りないところを補い合うのであろうと想像
①非喫煙者にも低い頻度ではあるが肺がんは生じる。その
できる。
多くは肺の周辺部に生じる腺癌(Ad)と言われている。
今回のワークショップでは、肺がんサブタイプの割合が
②喫煙者では、肺の中央部に生じる扁平上皮癌(Sq)と小
日本人と白人で異なるとか、喫煙の影響が欧米人と比べて
細胞癌(SC)が増えると言われてきたが、最近では Ad
日本人では低いことなどを教えられ、20 世紀の各国の喫煙
も増えている(フィルターの改良によるという説があ
の歴史を見ている気がした。久し振りに Land 博士に会え、
る)。
にぎやかな議論もあり楽しいひとときであった。そして何
③喫煙による煙の粒子は必ずしも肺の奥までは届かない。
より、先に紹介した Land 論文は 1993 年なのでかれこれ 20
④原爆被爆者でもラドン鉱山労働者でも、放射線被曝によ
年も前である。最新の LSS データでもやはり同じ結論(放
り増加するのは SC と言われている(1993 年の Land 論
射線被曝で増加するのは SC)になるのか、興味が湧いて
文)。
きた。
⑤喫煙と放射線は互いに影響を強め合う性質がある(相乗
最後にこの誌面をお借りして、ワークショップ開催にご
2010−2011 年報 29
ワークショップ報告
協力いただいた方々にお礼を申し上げます。
多賀 正尊 放射線生物学/分子疫学部細胞生物学研究室
研究員
―プログラム―
あいさつ
大久保利晃
司会:甲斐倫明
「日本人肺がんのトレンド」
小笹晃太郎
「被爆者の肺がんと喫煙」
古川恭治
「試行調査:原爆被爆者の肺がんにおけるジェネティック
およびエピジェネティック変化」
多賀正尊
司会:丹羽太貫
「日本人の肺がんの現状:日本人肺がんの特徴と表現型−
遺伝子型関係」
石川雄一
「多段階発がんと肺がんリスク」
甲斐倫明
「屋内ラドンと肺がんリスク」
秋葉澄伯
「放射線と喫煙による肺がんのリスク」
Charles E. Land
司会:中村 典
総合討論
講演者
秋葉 澄伯 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科健康科学
専攻人間環境学講座疫学・予防分野教授
Charles E. Land 元 米国国立がん研究所放射線疫学部門
上級研究員
石川 雄一 財団法人癌研究会癌研究所病理部長
甲斐 倫明 大分県立看護科学大学人間科学講座環境保健
学研究室教授
丹羽 太貫 京都大学名誉教授
【放影研】
大久保利晃 理事長
中村 典 主席研究員
小笹晃太郎 疫学部長
古川 恭治 統計部副主任研究員
2010−2011 年報 30
ワークショップ報告
DS02 に基づく原爆被爆者の臓器線量計算改善の可能性について考える国際ワーク
ショップ
2011 年 2 月 23 日、3 月 7-8 日 広島研究所
統計部長 Harry M. Cullings
放影研の調査研究で注目すべき強みの一つが線量推定で
ヘルムホルツセンター・ミュンヘン、カナダ保健省、米国
ある。原爆被爆者の推定線量がなければ、放射線防護にお
のサイエンス・アプリケーションズ・インターナショナ
いて適用可能な単位線量当たりのリスクや影響という観点
ル・コーポレーション[SAIC]、オークリッジ米国国立研
で調査結果を示すことはできない。過去 60 年間にわたり、
究所、およびバンダービルト大学)から 5 名が発表した。
被爆者の詳細な被曝位置や遮蔽に関する情報に基づいて線
ワークショップの目的は、臓器線量改善に必要な重要課
量を計算する一連の線量推定方式が国際的な専門ワーキン
題について、また DS02 線量推定方式の臓器線量計算値を
ググループにより構築され、現在の DS02 線量推定方式に
改善するための実用的な手段について討議することであっ
至った。DS02 およびその前身である DS86 線量推定方式
た。臓器別の線量推定が必要であるにもかかわらず、それ
の特徴の一つは、人体の特定の臓器や組織について詳細な
が現在利用できない状態にある臓器が幾つかある。この
線量推定値を計算できることであるが、そのような線量推
ワークショップに関連して特別会議が開催され、提供され
定値は体内における臓器の位置によって大きく異なる可能
た歯試料の放射線量を電子スピン共鳴法により測定する生
性があり、その可能性は特に中性子線量において顕著であ
物学的線量推定についての技術的な問題や、測定値との比
る。しかし DS02 では、DS86 と同じ臓器と臓器線量計算
較のために歯エナメルの正確な DS02 線量推定値を得る必
法を使っているので、既知知識および計算能力は 1980 年
要性についても話し合われた。DS86 と DS02 はいずれも、
代初めのものである。DS86 および DS02 では一定の臓器
異なる年齢グループについて三つしか人体モデルがないた
についてのみ線量が計算されており、これらの臓器は当時
め、小児期や青年期における様々な年齢の人体モデルにつ
の放射線生物学の知見に基づいて選択されたが、実用的な
いて改善する必要がある。また、胎内被爆者については妊
理由から 15 の臓器に限定された。そのため、それ以外の
娠期間別の線量が必要である。ワークショップでは最後に、
臓器や組織については、15 の臓器の中から代替え臓器を選
どのような手法・ソフトウェア・人体モデルを 1940 年代
び、おおよその推定線量を出す必要がある。更に最近では、
の日本人集団に利用し適用すべきかを中心に討議が行われ、
医用画像工学により詳細な三次元の人体モデルデータが多
参加者は計算値改善のための新たなモデルの構築について
く利用できるようになり、また計算能力も 30 年前に比べ
協力することで合意した。今回のワークショップに関する
て格段に進歩している。
短い論文が Radiation Protection Dosimetry の特別号に掲載
上記の理由から、個々の被爆者の被曝位置において計算
される予定である。
されている詳細な放射線場を利用し、現在の臓器よりも範
囲を拡大してより精度の高い線量を計算する新しい臓器線
量モジュールを用いて、DS02 構築のために費やされた多
歯の線量推定に関する予備会議
2011 年 2 月 23 日
大な努力を生かす方法を模索することは有益であると思わ
―プログラム―
れる。このような計算の改善については多くの点で、モン
テカルロ計算法や詳細な人体モデル構築のための方法など、
既に放射線防護の世界で使用されているリソースが使用可
あいさつおよび紹介
能である。2011 年 2 月 23 日と 3 月 7−8 日に放影研広島研
Harry M. Cullings
究所において「DS02 に基づく原爆被爆者の臓器線量計算
改善の可能性について考える国際ワークショップ」が開催
された。ワークショップでは放影研から 2 名が発表し、そ
れ以外に日本の四つの研究機関や大学(放射線医学総合研
究所、日本原子力研究開発機構、京都大学原子炉実験所、
広島大学)から 6 名が、海外の研究機関や大学(ドイツの
「放影研における歯の ESR 測定値と熱中性子放射化による
Ca の測定値」
41
中村 典
「DS02 計算方法と利用可能な被曝位置における中性子・ガ
ンマ線のフルエンス」
Harry M. Cullings
2010−2011 年報 31
ワークショップ報告
「歯エナメル線量測定に日本人ファントムを用いる計算法」
高橋史明
上の考察」
Michael G. Stabin
「HMGU における歯 ESR 測定および歯エナメルのファント
ム線量の計算法」
「日本原子力研究開発機構(JAEA)の現代日本人のファン
トム」
Albrecht Wieser
佐藤 薫
「歯の線量推定に関する予備会議の要約」
全体討論
Harry M. Cullings
要約および結びの言葉
3月8日
中村 典、Harry M. Cullings
「最初の日本人標準人体モデルの開発」
河村日佐男
出席者
「DS86 における日本人の人体計測(1945 年の日本人集団)」
Albrecht Wieser ドイツ、ヘルムホルツセンター・ミュン
ヘン(HMGU)研究員
高橋 史明 日本原子力研究開発機構(JAEA)原子力基
礎工学研究部門環境・放射線科学ユニット放射線防護研
究グループ研究員
豊田 新 岡山理科大学大学院理学研究科応用物理学専
攻教授
丸山隆司
「土壌放射化による外部ガンマ線量と原爆投下直後の放射
線調査データ」
今中哲二
「核分裂による放射性降下物からの皮膚のベータ線量推定
値」
遠藤 暁
【放影研】
中村 典 主席研究員
討論 第 1 部
Harry M. Cullings 統計部長
座長:星 正治
討論 第 2 部
DS02 に基づく原爆被爆者の臓器線量計算改善
に関するワークショップ
2011 年 3 月 7-8 日
座長:Harry M. Cullings
要約
Harry M. Cullings
―プログラム―
結びの言葉
Harry M. Cullings
3月7日
あいさつおよび紹介
出席者
大久保利晃
George D. Kerr 米国 Kerr コンサルティング・コーポレー
開会の辞
Roy E. Shore
「DS02 臓器線量計算において望まれる改良」
Harry M. Cullings
「DS02 で使用可能な遮蔽フルエンスとそれがいかに計算さ
れたか」
Stephen D. Egbert
「DS86(DS02)における臓器線量の計算法」
George D. Kerr
「胎児の線量計算」
Jing Chen
「バンダービルト大学のファントムとそれに関連する計算
ション研究員
Stephen D. Egbert 米国サイエンス・アプリケーション
ズ・インターナショナル・コーポレーション研究員
Michael G. Stabin 米国バンダービルト大学准教授
Jing Chen カナダ保健省放射線防護局研究員
丸山 隆司 元 放射線医学総合研究所研究員
星 正治 広島大学原爆放射線医科学研究所線量測定・
評価研究分野教授
今中 哲二 京都大学原子炉実験所准教授
佐藤 薫 日本原子力研究開発機構(JAEA)原子力基
礎工学研究部門環境・放射線科学ユニット放射線防護研
究グループ研究員
2010−2011 年報 32
ワークショップ報告
遠藤 暁 広島大学原爆放射線医科学研究所准教授
河村日佐男 元 放射線医学総合研究所研究員
高橋 史明 日本原子力研究開発機構(JAEA)原子力基
礎工学研究部門環境・放射線科学ユニット放射線防護研
究グループ研究員
【放影研】
大久保利晃 理事長
Roy E. Shore 副理事長・研究担当理事
Evan B. Douple 主席研究員
中村 典 主席研究員
Harry M. Cullings 統計部長
John B. Cologne 統計部研究員
古川 恭治 統計部副主任研究員
Wang-Ling Hsu 統計部研究員
三角 宗近 統計部研究員
Ravindra Khattree 統計部主任研究員
Robert D. Abbott 統計部主任研究員
2010−2011 年報 33
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