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ギリシャ・ラテン語に由来する語の活用

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ギリシャ・ラテン語に由来する語の活用
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コラム
1
ギリシャ・ラテン語に由来する語の活用
論文に好んで使われる単語とは?
もし病院で,業務日誌のようなものがあれば,上記のような文章
で報告を書く人がいるだろうか.会話体など軽い文章であれば,上
記の文体でも特に奇異な印象を与えることは無いかもしれないが,
恐らく次のような文章が好まれるであろう.
「近くで」が「近隣にて」に,「車とバスがぶつかる」が「乗用車
とバスの衝突事故」に,「けがをした人」が「負傷者」に,「病院に
いっぱい来た」が「多数来院」に変更されているが,これは通常日
本語の論文を書く場合など,漢字(語)を使い簡潔な硬い文章表現
を心がけることと共通している.日本語論文では,平仮名で表現す
るよりも漢字(語)で表現することが好まれる.
同じように英語論文でも,好まれて使われる語がある.学術用語の
多くが,ギリシャ・ラテン語を語源に持つことからも類推されるよう
に,ギリシャ・ラテン語から派生した単語が使われる傾向が強い.
英会話の習熟には,give ・ get などの基本語を上手に使いこなす
ことが学習方略の1つとして挙げられるが,ライフサイエンス等学
術分野の論文で使う英語となると,give ・ get ではなく,provide ・
obtain など,ギリシャ・ラテン語に由来する語を優先的に使うこと
を心がける必要がある.
「与える」= give という等式を頭に描く学習者は多いと思われる
が,「与える」の意味を核として持つ動詞は,本書の姉妹編である
コ
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コ
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ム
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『ライフサイエンス英語類語使い分け辞典』でも取り上げている通り,
provide, confer, contribute, render, supply など多様である.英語
論文で,give が使われる場合もあるが,「与える」という意味で使わ
れる例はあまり無い.それは,ここに列挙したような同様の意味を
持つギリシャ・ラテン語に由来する語が好んで使われるという慣習
による.
英語を母国語としていれば,これらの動詞と共起する名詞を連想
することはそう難しくないかもしれない.しかしながら,外国語と
して英語を学習する日本人には,この連想作業は,必ずしも容易で
はない.研究関連分野の英文に多量に接して,やがて頻出語・頻出
表現に習熟するという過程を経て,これらの語を適切に使い分ける
ようになるのが通常である.本書は,その過程を少しでも効率良く
こなす一助となることを狙って編纂されているが,ここでは,具体
的に provide ・ confer と共起する名詞を,本書の元資料である LSD
コーパス(ライフサイエンス分野に特化した英語母国語話者の英語
論文抄録から成る約 6 千万語の英文コーパス)を使って確認してみ
よう.
“「与える」= give”を捨てる
図 1 から,evidence/information/insight/support などの名詞に
図1 ● provide のコンコーダンス一部
は,「与える」の意味では,provide が好んで使われることが読み取
れる.大まかにまとめれば,「役立つ情報に関連するもの」を「与え
る」場合には,provide を使うのが通例であると言える.
図 2 は,confer のコンコーダンス(検索語を中心に前後の文脈を
表示したリスト)を示したものである.共起する名詞として,protection/resistance/sensitivity/specificity/susceptibility が挙げられ
る.「能力・性質など」を「与える」場合は,confer が好んで使わ
れることが読み取れる.confer は初学者には比較的馴染みの薄い単
語であり,日本人の英語論文では出現頻度が非常に低いが,resistance を目的語とする場合は最も頻度の高い動詞である.
ただし,英語論文でも give の出番が無いわけではない.次の3つ
の用法において,頻出語である.
① 特に文頭で好んで,Given として使われ,「∼を考慮すれば
/∼を考慮して」という意味を表す.
② give rise to +名詞(句)として使われ,
「∼を引き起こす,
∼のもとになる」という意味を表す.
③ given が直後の名詞を修飾するかたちで使われ,「定められ
た,一定の,既定の」という意味を表す.
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ム
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図2 ● confer のコンコーダンス一部
“「得る」= get”を捨てる
一方,「得る」= get という等式を思い描く学習者は,以下のよう
なギリシャ・ラテン語に由来する類義語(acquire, attain, elicit,
図3 ● obtain のコンコーダンス一部
evoke, obtain, receive)に加えて,ギリシャ・ラテン語由来ではな
いが,特定の名詞と共起頻度が高い gain とを適切に使い分けること
に習熟する必要がある.
英語論文では,get が「得る」という意味で使われることはあま
り無い.図 3 が示すように,data ・ image ・ result ・ sample ・
evidence が「得る」対象である場合は,「得る」を意味する動詞は
図 4 は,「得る」という意味で使われる gain のコンコーダンスの
一部である.この図から,insight ・ access ・ understanding を目
的語とする場合は,gain が好んで使われることが読みとれる.
「理解」
に至るには,gain が通例使われると言える.
give と比較すると,学術論文での get の頻度はきわめて低い.ま
obtain が好んで使われており,しかも過去分詞として直前の名詞を
た用法としては,get +形容詞/過去分詞の形で使われることが主で,
修飾する形での用法が多い.「有益なもの」を「得る」場合は,原則
「得る」という意味ではなく「∼になる」という意味で使われている.
として obtain が使われると言える.
この場合は,obtain ・ gain では代用できないので当然である.
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コラム
2
Evidence Based Englishのすすめ
Evidence Based English の重要性
近年,医療・医学の分野でしきりに Evidence Based Medicine
(EBM) という言葉が使われているのを見聞きする.客観的・科学
的根拠に基づいた医療の実践を推進することの必要性・重要性が声
高に叫ばれているようである.実は,英語学習の世界でも,客観的
根拠に基づいた学習が必要であるという点で,この Evidence
Based Medicine にならって,Evidence Based English(EBE)の
重要性が叫ばれてしかるべきである.多くの日本人にとって,英語
は生活の中で自然に習得する言語ではなく,教科書などを中心に,
教材を手本として学習するものである.言語習得にとっては,いわ
ば不自然に学習する言語である.教材はいずれも,英語習得のため
図4 ● gain のコンコーダンス一部
に創意工夫されて作成されているはずだが,提供される情報(英語)
は限定され,偏りがあるのは避けられない.多読・多聴を通して,
言葉の相性に敏感になろう
さまざまな生きた英語に出会い,語感を鍛え,実際に使いながら,
以上紹介したように,学術論文で好まれる語は,主としてギリシ
時には間違いを犯しながら,できるだけ自然に近い英語を生成する
ャ・ラテン語由来の語であるので,これらの語を適切に使うことが
能力を培うことが学習者には求められる.しかし実情は,快適に原
重要である.また,単語同士には相性のようなものがあることも学
書を読んだり,英語ニュースを聞いたりするレベルに達するほど時
ぶ必要がある.個々の単語をそれぞれ独立して学習しているだけで
間をかけて英語の学習に専念できる人は少なく,多くの学習者は,
は,実際に使用するときに思わぬ失敗をすることがある.英和辞書
教材の中で出会って獲得した,単語の知識と文法力を駆使して英文
の訳語(日本語)からは,言葉の相性を知ることは難しい.amica-
を生成することになる.しかしながら,学術目的に叶った英文を生
ble/friendly はいずれも「友好的な」という訳語が当てられているが,
成するためには,従来型の「語彙力+文法力」という視点に加えて,
amicable divorce (友好的な離婚)という表現はあっても,friendly
EBE の視点からの英語学習方略が不可欠である.
divorce とは通常言わないようである.言葉の相性に敏感になるた
めには,本書の主眼である「言葉の共起」に敏感になることである.
(大武 博)
「金魚=サシミ」? 奇異な表現が生まれる理由
知人のアメリカ人女性が来日間もないころ体験した,日本語の誤
解から生じた失敗を話してくれたことがある.金魚を観賞用に購入
したいと思い,ペットショップへ出かけた時のことである.水槽の
コ
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ム
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コ
ラ
ム
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中を泳ぎ回る金魚を指差して「サシミ下さい」と注文してしまった
という.来日前に知っていた数少ない彼女の日本語の語彙の中に
「サシミ」があり,そして彼女の頭の中では「サシミ=魚」という等
式のような概念があったのであろう.「金魚」というこの場面で適切
な語彙をまだ習得していなかったためと,「刺身」の定義が彼女の頭
の中で曖昧であるにもかかわらず,勝手に意味を類推して独自の解
図1 ●日本人英語の誤用例:for the purpose to のコンコーダンス一部
釈をしてしまったために生じた間違いである.
このように,人間の頭脳は類推するという点で優れているので,
(ライフサイエンス分野に特化した英語母国語話者の英語論文抄録か
未知の単語・表現・場面などに出会っても,コンピュータのように
ら成る約 6 千万語の英文コーパス)の中には,for the purpose to
「知りません・対応できません」とにべも無く即答することは避けて,
do は用例が検出されない.類似の表現 for the purpose of ∼ ing と
通常なんらかの解釈・対応をしようとするものである.この点から,
いう表現は多数検出されるが,日本人が好んで使っている表現 for
日本人の生成する英語に,類推・拡大解釈・規則の拡大適応などか
the purpose to do は使われている証拠(Evidence)が無いのであ
ら生じる誤表現が含まれるのは,ある程度仕方がないことである.
る.「語彙力+文法力」からの拡大解釈によって生成された,典型的
「薬を飲む」は,drink medicine とは言わず take medecine というの
な誤用であると言える.
が一般的な表現であり,「スープを飲む」は,drink soup とは言わ
「梅雨が明ける」と「梅雨が上がる」は,いずれも一見自然な日本
ず(スープの内容によっては drink も可),eat(have) soup という
語であるように思われるが,前者が標準的な表現である.後者は,
表現が使われるというように,medecine/soup という名詞は,通常
「雨が上がる」の表現があることからも,日本語を学ぶ外国人が生成
drink よりもそれぞれ take/eat(have)と共起するということを学ば
しても不思議ではないし,標準から大きく逸脱した表現であるとい
ねば,日本語表現からの直訳による奇異な英語を生成してしまうこ
う印象を受けることはないように思われる.実際,インターネット
とになる.英語論文作成の視点からは,実際に学術英語の実態を客
上で「梅雨が上がる」を検索してみると,例は極端に少ないながら,
観的に学び,すなわち Evidence Based English に習熟し,誤解を生
日本人の生成した日本語の文章の中でも使用が確認される.しかし
じない英文作成を心がけることが大切である.
ながら,日本語コーパスを分析すれば,「梅雨」と頻繁に共起する動
詞は「上がる」ではなく,「明ける」であるという客観的証拠を入手
日本人英語の誤用例: for the purpose to do
図 1 は,日本人英語コーパス(ライフサイエンス分野に特化した,
できるであろう.「梅雨が上がる」は意味伝達上支障は無いであろう
が,気象庁などの正式な機関が使う文書に,この表現が使われると
日本人によって書かれた英語の論文抄録約 1 千万語から成る英文コ
は思われない.同様に,for the purpose to do は意味伝達は可能で
ーパス: J-Corpus)の中で多数検出された「∼する目的で」に相当
あろうが,学術論文では通常使われることが無い表現ということで,
すると思われる英語表現 for the purpose to という連語のコンコー
歓迎されない英語表現である.非標準の英文生成から脱却するため
ダンスの一部を示したものである.しかしながら,この表現は残念
には,EBE の習得に鋭意努力すべきである.
ながら日本人独特のものである.本書の元資料である LSD コーパス
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possibilityと共起する動詞の頻度順リスト
表1
表2
J-Corpus
LSDmini
1位
suggest
287
1位
raise
2位
be
205
2位
suggest
78
3位
have
118
3位
investigate
69
4位
indicate
91
4位
examine
48
5位
consider
89
5位
explore
47
6位
investigate
60
6位
rule
21
7位
examine
48
7位
consider
18
8位
raise
44
8位
exclude
18
9位
show
40
9位
assess
14
10位
discuss
31
10位
discuss
13
11位
exclude
28
11位
be
12
12位
evaluate
25
12位
evaluate
12
13位
rule
11
13位
indicate
7
14位
explore
11
14位
show
1
15位
assess
10
15位
have
0
355
図2 ●日本人英語:suggest the possibility のコンコーダンス一部
図3 ●日本人英語:there is a possibility のコンコーダンス一部
possibility と共起する動詞の頻度格差
さて,同じく EBE の視点から,ライフサイエンス関連英文におい
図4 ●日本人英語:have a possibility のコンコーダンス一部
て頻出単語の 1 つである possibility という名詞と共起する動詞に着
目してみたい.表 1 は,日本人英文コーパス(J-Corpus)を利用し
一方,表 2 は,LSDmini コーパス(約 1 千万語から成る J-
て,possibility の直前 3 語以内に出現した動詞を頻度順にリストア
Corpus と頻度比較するために,約 6 千万語から成る LSD コーパス
ップしたものである.
から約 1 千万語を抽出して作成したもの)を利用して,possibility
の直前 3 語以内に出現した動詞を頻度順にリストアップしたもので
この表から,日本人が possibility を使う場合の,一般的な表現形
ある.この表からは,欧米の研究者らが,学術論文の中で,possi-
式が想像できる.共起する動詞の頻度上位 5 語(suggest/be/
bility という単語を使う場合,どのような表現を慣習的に生成し,そ
have/indicate/consider)を使った典型的な英文は,以下の図 2 ∼
の結果出現頻度の高い動詞が何であるかが判明する.日本人の英語
6 に示す文章パターンであることが窺える.
とは,動詞の出現傾向が明らかに違う.日本人は,「可能性がある
(を持つ)」/「可能性を示す」という自然な日本語表現を英語で表す
傾向が強いため,there is a possibility/have a possibility/indicate
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図5 ●日本人英語:indicate the possibility のコンコーダンス一部
図7 ● raise the possibility のコンコーダンス一部
した,「金魚=サシミ」と類似の間違いであるが,「raise the possibility =可能性を上げる(高める)」と誤解したまま合点している学
習者が驚くほど多い.raise の意味としては,通常「上げる,高める」
として学習されている場合が多く,その学習済みの意味で間に合わ
図6 ●日本人英語:consider the possibility のコンコーダンス一部
せてしまうと,解釈の間違いに気がつかないことになる.多くの英
和辞書でも,この表現(raise the possibility)が成句・熟語の取り
(show)the possibility という表現の頻度が高い.しかし,これらの
扱いになっているわけではなく,用例にも登録があまり確認されな
動詞はいずれも,LSDmimi コーパスでは,ほぼ出現数がゼロに近い
いことから,「raise =提起する」から推論するしかないのが実情で
(have 動詞は出現ゼロ)と言えるほど極端に頻度が低い.学術論文
ある.「raise the possibility =可能性を上げる(高める)」という等
の英語表現として,これらの表現は非標準である,と言わないまで
式は,実は,「a number of = たくさんの」という等式同様,日本
も,非常に頻度が低いか,あるいはきわめてまれな表現であること
人学習者に頻繁に見られる誤解である.raise the possibility は「可
は,留意しておく必要があるだろう.
能性を示唆する」という意味であることを確認しておくことが重要
である.raise the possibility を使った典型的な英文は,図 7 に示す
学術英語の定番表現: raise the possibility
通りである.
表 2 のリストが示す通り,「学術英語で,possibility と頻繁に共起
する動詞は何か?」という問いに,迷わず 「raise である」,と答え
表 2 が示しているように,「可能性を示唆する」という意味を表す
ることができるほど,この動詞の頻度が突出して高い.学術論文に
ときに,頻度上位 2 位にランクされている suggest を使うこともあ
おいては,possibility という単語を使う場合は, raise the possibili-
るが,raise の頻度と比べると大きな差異がある.この点で,日本人
ty という表現を使うのが定番であると言える.日本人学習者は,こ
が suggest the possibility をもっぱら好んで使うのとはまったく対
の客観的事実(Evidence)を頭に入れておくことが英語論文を書く
照的であることが客観的に示されている.raise ・ suggest 以外の頻
場合有益である.しかしながら,初学者はこの表現の意味を誤解し
出動詞としては,「調べる・精査する・探査する」の意味の動詞
がちであるので注意を要する.この英語表現の意味を確認しないま
(investigate/examine/explore)が好んで使われているのが学術英語
ま独自の解釈で済ませている学習者が,実は非常に多い.先に紹介
の実態である.
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図8 ● one possibility is that のコンコーダンス一部
日本人英文コーパスで多数検出された表現,there is a possibility/
have a possibility/indicate(show) the possibility は,実はすべて
raise the possibility という表現に集約されると言える.標準的な日
本語表現から直訳的に生成された英語表現(there is a possibility/
have a possibility/indicate(show) the possibility)を諦めて,
EBE の学習方略を活かして,raise the possibility を優先的に使う,
と肝に銘じておくことが賢明である.あるいは,より明確に possibility を伝えるのであれば,図 8 に示すように,one possibility is
that という表現も使われるという証拠(Evidence)を確認しておく
とよい.この表現は,日本人英語コーパスでは 1 例しか検出できな
かった.客観的な分析に基づいた英語学習,Evidence Based
English の重要性・意義を再確認したいものである.
(大武 博)
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